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[特 集]発達障害とストレス ストレス関連障害を示す発達障害 林 剛丞,江川 純,染矢 俊幸 新潟大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野 キーワード:ストレス関連障害,発達障害,自閉スペクトラム症,注意欠如・多動症 (ストレス科学研究 2015, 30, 10-15) Abstract Many individuals with developmental disorders, especially autism spectrum disorder and attention deficit/hyperactivity disorder, cannot adjust themselves to their daily living environment (e.g., home, school, or work). This is a result of their poor social skills and the inappropriate stimuli they receive (e.g., bullying by classmates, severe rebuke from parents or teachers), which are based on an improper understanding of their condition and its features. Their stressful environments may result in secondary disabilities such as depression, anxiety, and stress-related disorders (e.g., adjustment disorder, posttraumatic stress disorder, reactive attachment disorder, or disinhibited social engagement disorder). In individuals with mild features of developmental disorders, these symptoms are often overlooked in childhood, and are pointed out to them only in adulthood, when secondary disabilities are already fixed. To enable early detection and to support individuals with developmental disorders, efforts should be made to impart a proper understanding of these disabilities to the general population. Keywords: Stress-related disorder, Developmental disorder, Autism spectrum disorder, Attention deficit hyperactivity disorder 場合もあれば,快感消失や不機嫌症状,外に表出され 1.はじめに る怒りと攻撃性,解離症状などを呈する場合もあり, 非常に多様な表現型を示す。 2013 年に米国精神医学会から出版された国際診断 発達障害は主に乳幼児期あるいは小児期にかけてそ 基準である「精神疾患の分類と診断の手引第 5 版(Di- の特性が顕在化する発達の遅れまたは偏りであり,主 agnostic and Statistical Manual of Mental Disorders に先天性の中枢神経系の機能障害を原因とするが,従 Fifth Edition: DSM-5)」1) においてストレス関連障害 来は知的能力障害を伴うものに対してのみ用いられて は「心的外傷およびストレス因関連障害群」としてま いた。現在では,自閉スペクトラム症(Autism Spec- とめられており,反応性アタッチメント障害(Reactive trum Disorder: ASD),注意欠如・多動症(Attention- Attachment Disorder: RAD),脱抑制型対人交流障害, Deficit/Hyperactivity Disorder: AD/HD),限局性学習 心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Dis- 症,神経発達運動症群など知的能力障害を必ずしも合 order: PTSD),急性ストレス障害,および適応障害が 併しない疾患概念を包含し,時代とともにその概念を 含まれる。心的外傷となるようなストレスの強い出来 拡大している。発達障害の人々は,その特性ゆえに様々 事に暴露された場合の心理的苦痛はきわめて多様であ なストレスと直面する機会が多く,またストレスの受 り,不安または恐怖など理解しやすい症状が出現する け止め方や対処の仕方が適切でないため,環境への不 The relation between developmental disorders and stress-related disorders Taketsugu Hayashi, Jun Egawa, Toshiyuki Someya Department of Psychiatry, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences ̶ 10 ̶ ストレス科学研究 Vol.30(2015) 適応を引き起こしやすい。 きない場合が多い。適切な対応なく繰り返される叱責 本稿では発達障害の中でもとりわけ近年医療機関へ により本人は「また怒られた」という事実ばかりが蓄 の受診数の増加が著しく社会的注目も高い ASD およ 積され,自己肯定感が低下すると同時に,他者の言動 び AD/HD に焦点を充て,ストレス関連障害との関係 を過度に被害的に受け取るようになる。そして,反抗 について解説する。 的な態度など不適切な言動が増え,悪循環が完成して しまう。 2.ASD とストレス関連障害 次に ASD とトラウマ関連障害との関係について解 説する。ASD を対象にした脳画像研究では海馬や扁 ASD は他者の気持ち,その場の状況,流れを読み 桃体などの PTSD の脆弱性に関連する脳領域の異常が 取ることの苦手さなど社会的コミュニケーションの障 繰り返し報告されており 7)8),ASD は生物学的にトラ 害を中心に,こだわりや感覚過敏性などの自閉症の特 ウマに対する脆弱性を有すると考えられる。成人女性 性を様々な程度で示す発達障害である。ASD の特性 を対象とした調査で,ASD の特性が強ければ強いほど の程度は多様であり,さらには定型な発達までスペク 幼少期の虐待を経験する割合が高く,PTSD を発症す トラム(連続体)を成すとして,現在では自閉スペク る割合が高くなると報告されている 9)。杉山は ASD トラム症という名前で DSM-5 に定義されている。 が不快記憶のフラッシュバックが高率に認められるこ ASD は不安や抑うつを呈しやすいことが以前より とに着目し,ASD 独特の視覚過敏性に関連するトラ 指摘されている。最新のレビューにおいて ASD の ウマによる一連のフラッシュバックをタイムスリップ 9 ∼ 42% にうつ病を認め 2),国内でも高機能 ASD の 現象として報告している 10)。ASD は,PTSD を発症す 11% にうつ病を認めると報告されている 3)。また,不 るほどの生死に関わるような重度のトラウマに遭遇せ 安に関しても 31 の報告のメタ解析によって ASD の ずとも,叱責やいじめなどを繰り返し経験した後にフ 39.6% になんらかの不安症を認めるという高い併存 ラッシュバックが出現することが臨床上,多く認めら 率が報告されている 4)。ASD を対象とした生物学的 れるが,ASD によく見られる特性である感覚過敏(視 研究からは抑うつや不安に関与するセロトニン神経 覚,聴覚,および触覚など)がフラッシュバックを出 系の異常が示唆されており 5),ストレスに対する生物 現を助長している可能性があると推測されている 11)。 学的脆弱性が存在し,心理社会的要因の影響をより 「こだわり」は同一性の維持したがり,変化を嫌が 強く受けると考えられている。ASD では抽象的な論 る傾向であり,ストレスコーピングにも関連してくる。 理思考がある程度可能となる思春期になるまで,他者 こだわりの強さのため,失敗体験の後に改善策を示さ や集団としての視点を持つことができないと言われて れたとしても,その通りに行動できず,以前の行動を いる。そのため対人関係や集団行動がうまくいかず, 繰り返す可能性がある。 「自分は能力が低いからみんなと同じことができない」 6) ここまでにあげられた「ストレス状況の引き起こし と自己肯定感が低下していることが多い 。このよう やすさ」と「ストレスへの対処能力の低さ」により, に適切な支援を受けず成長した ASD の人々は社会生 ASD は定型発達に比べてストレス関連障害を引き起 活を送るうえでストレスに曝されることが多く,また こしやすくなる。各々の発達障害の特性自体が日常生 生来のソーシャルスキルの乏しさや生物学的なストレ 活を妨げている場合を一次障害といい,強い特性を ス脆弱性を持つことから,様々なストレス反応性の病 持った個体が集団の中に入り,共に過ごすことで生じ 態をきたしやすい。ASD の人々は他者の心情や意図 てくる行動面や情緒面での問題を二次障害という。 を読めずその場にそぐわない言動(いわゆる“空気が ASD をはじめとして,発達障害は被虐待,いじめ被害, 読めない言動”)を示し,他者との適切な距離感がと 不登校,ひきこもり,うつ状態,不安状態など二次障 れないことが多い。また,「暗黙の了解」などの「明 害の高リスク群であり 12),さらに発達障害は一次障 文化されていない社会のルール」が理解できない場合 害よりも,むしろ二次障害の有無によって予後が影響 が多く,対人トラブルへと発展しがちである。他者と されると言われているため,二次障害の予防は重要な の関係においてこのような出来事が続けば,いじめや 意味を持つ 13)。そのために最も重要となってくるの 過剰な叱責を受ける機会が多くなる。ここで対人トラ は「環境調整」,つまり「その人の特性を理解し,そ ブルとなった原因を自分でフィードバックし,行動を の特性に合わせた対応をする」ことである。ASD の 変容させることができればよいが,ただ叱責される 人が全員一律で同様の対応が通用するわけではなく, だけではどこが悪くて次からはどうすればいいのかが 診断名が同じであっても,その特性は一人一人得意不 わからない場合が多い。つまり,文字通り“全く同じ 得意が異なる。そのため,社会的コミュニケーション シチュエーション”なら対応できるが,その応用はで の障害,こだわりの強さおよび過敏性などの特性がそ ̶ 11 ̶ ストレス関連障害を示す発達障害 れぞれどの程度の強さで存在しているかを日常の行動 ことを好み,列を乱すとかんしゃくを起こした。幼稚 パターンなどから評価する必要がある。自宅,学校(職 園では一人遊びを好み,集団行動はできなかった。学 場),その他の場所にいるときなどどこでも同じ行動 童期も集団行動は苦手だったがなんとか先生の対応で パターンとは限らないため,様々な状況における行動 参加できていた。授業中に空気を読まない発言をする パターンの把握が必要である。 ことが多く,注意しても繰り返すため,先生から激し DSM-5 よりこのカテゴリーに含まれた反応性ア い叱責を受けていた。学業成績は中位くらいだった。 タッチメント障害(RAD)と ASD はどちらも他者へ 高校に入学すると空気の読めない言動を繰り返し,ク の好感や信頼などポジティブな感情を示して対人交流 ラスで「浮いた」存在となっていた。また,小学校の を求めることが少ない,認知や言語の発達の遅れをき 先生から激しい叱責を受けた場面がフラッシュバック たしやすいなど表現型が似ているため鑑別診断が難し するようになった。 1)14) 。先天的要素(遺伝要因+胎児期の 高校卒業後,接客業に就くも,客の言っていること 環境要因)が主体であれば ASD,後天的要素(出生 の意図がわからない,業務が覚えられない,上司から 後の環境要因)が主体であれば RAD と判断するが, 注意されている内容の意味がわからない,同時並行の 多くのケースでは先天的要素と後天的要素の掛け合わ 仕事で優先順位が判断できないなどにより仕事に支障 せの割合を正確に見積もることは困難である。また, を来たした。フラッシュバックが仕事中も出現するよ ASD の特性を持つ乳幼児はこだわりが強いこと,か うになったため,上司の勧めで当院を受診した。 いことが多い んしゃくを起こしやすいことおよび乳幼児独特の可愛 現在症より,本人の特性に合ってない仕事において らしいしぐさを示さないことなどが多く,養育者は子 失敗を繰り返し,それに対して上司から叱責を受け続 育てにやりがいが見いだせず不全感を持ちやすい。そ けるというストレスフルな状況が続き,過去の失敗体 のため,ASD は被虐待の高リスク群となり,RAD と 験のフラッシュバックが頻回となった。さらに「また 重複する例も多い 15) 。RAD は不適切な養育環境を早 失敗するかもしれない」と過剰な不安感を募らせてお 期に改善すれば,症状が劇的に改善するケースがあり, り,外傷体験としては PTSD や急性ストレス障害の基 やはり早期に発見し対応することが重要となる。 準には達しないものの侵入症状であるフラッシュバッ 可能な限り環境調整を行っても,二次障害の出現お よび悪化を防げなかった場合には補助的に薬物療法を クが出現しているため「ASD,適応障害 不安を伴う」 と診断した。 行う場合がある。抑うつ,不安,およびフラッシュバッ SSRI を処方したところ,不安感とフラッシュバッ クに対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Se- クは軽減した。同時に,発達障害支援センターと連携 lective Serotonin Reuptake Inhibitors: SSRI)の効果が し,本人および上司への疾病教育と同センターによる 16) が,ASD にトラウマ関連障害が合併し 介入を開始した。しかし,職場における環境調整には た症例に SSRI を使用する場合,SSRI の長期使用によっ 限りがあり,職種自体が本人の適性にあっていないた て気分変動が助長される例が多いことが指摘されてお め,退職することとなった。その後,発達障害支援セ り 17),注意が必要である。推奨されるトラウマの心理 ンターおよび障害者職業センターが再就職を支援し, 治療法にはトラウマ焦点化認知行動療法(Trauma- 事務の仕事に就職した。再就職にあたり事前に上司に Focused Cognitive Behavior Therapy: TF-CBT)18), 対して障害の特性を説明し,業務内容について臨機応 Eye movement desensitization and reprocessing 変な対応を必要とすることなく可能な限り本人に見通 (EMDR)19) などがある。しかし,それらの治療法の しがつきやすい形で指示を与えるなどの配慮をしても 示されている 標準的なセッションは 1 回 1 時間∼ 1 時間半を要し, らい,現在は問題なく勤務できている。 我が国での日常臨床への適応は困難であるため,限ら れた施設でしか行われていない。 本症例は,社会的コミュニケーションの障害を認め る ASD には適性がないと考えられる接客業についた 以下に,ASD の特性により失敗体験を繰り返し, ことで,業務に支障が生じて上司に繰り返し叱責され, トラウマ関連症状が出現した症例を提示する。なお, 不安症状およびフラッシュバックが出現したことで社 本稿に提示する症例については個々に本人の同意を得 会生活に支障が出た症例である。この症例は比較的早 ているが,プライバシーに配慮し経過の細部には若干 期からすでに ASD の特性を疑わせる所見があるにも の修正を加えている。 関わらず,周囲に気付かれることなく社会に出てしま い,不適応を起こしている。知的障害を伴わない場合 症例:25 歳男性,ASD,適応障害 不安を伴う にはこのように成人になるまで周囲はその特性や本人 乳幼児健診で言葉の遅れを指摘された。視線が合わ ず,模倣をしなかった。ミニカーを一列に並べて遊ぶ の困り感に気づかれないことが多い。不安症状への一 般的な治療対応のみでは根本的な解決とはならず, ̶ 12 ̶ ストレス科学研究 Vol.30(2015) ASD の特性に沿った環境調整を行う等,治療者には 人交流障害と状態像が似ており,しばしば鑑別が問題 発達障害の知識と理解が求められる。 となるが,ASD と RAD の関係と同様に,両者が合 併しやすいため鑑別は困難である。そして被虐待,い 3.AD/HD とストレス関連障害 じめ,および叱責がエスカレートして激しさを増した 場合にはトラウマ関連障害を発症する可能性がある AD/HD とは,多動性・衝動性・不注意を主症状と する一群であり,多動・衝動性が優勢に存在するタイ が,AD/HD 群は定型発達群に比べて 2.9 倍 PTSD に なりやすいと報告されている 24)。 プと,不注意が優勢に存在するタイプ,両方が混在す 治療については ASD に準じ,早期に環境調整を行 るタイプに分かれる。多動・衝動性が強いタイプは うことは重要であるが,環境調整でもコントロールが じっとしていられない,離席を繰り返す,しゃべりす 難しい場合には薬物療法も検討する。現在日本で保険 ぎる,順番を待つなどの我慢ができない,他者の妨害 適応が認められている AD/HD 治療薬にはメチルフェ をするなどの特徴があり,不注意が強いタイプは学業・ ニデート徐放剤(商品名:コンサータ)25)とアトモキ 仕事・課題などに集中して取り組めない,他者の話を セチン(商品名:ストラテラ)26)の 2 剤がある。メチ 聞けない,物事の優先順位を決められない,忘れ物が ルフェニデート徐放剤は,シナプス間隙へのドパミン 多い,すぐ気が散るなどの特徴がある。これらの症状 濃度上昇を引き起こすことで飲み始めた初日から効果 は 12 歳になる前から存在しており,幼少期からその 出現をもたらすという即効性がある。効果の持続時間 1) 特徴が伺えることも多い 。 は約 12 時間と朝服用して夕方まで効果が得られるよ AD/HD も ASD と同様に抑うつや不安との関連が うになっている。アトモキセチンは選択的ノルアドレ 指摘されている。小児期から青年期の年代を対象とし ナリン再取り込み阻害薬であり,シナプス間隙のノル た AD/HD とうつ病の関連を調べた 27 の報告のメタ アドレナリンとドパミンの濃度を上昇させることで効 解析により,AD/HD の存在と後のうつ病発症は有意 果をもたらすが,コンサータと異なり十分な効果発現 に関連していると報告されている 20)。また不安につ には 4 ∼ 8 週かかるが,効果の持続は終日とされてい いても,横断研究にて AD/HD の 62% に不安障害を る。現在は成人にも AD/HD 治療薬 2 剤とも保険適応 認めるという報告がある 21)。また,健常群と比較して, が認められているため,生活上や仕事上で失敗体験が AD/HD 混合型(多動・衝動性,不注意症状が両方と 多い成人の場合もまた検討すべきであろう。 も混在するタイプ)は 6.5 倍全般性不安障害になりや すいという報告も認める 22)。AD/HD を対象とした生 症例:30 歳女性 AD/HD 不注意症状が優勢に存在, 物学的研究からは,ASD と同様にセロトニン神経系 適応障害 抑うつを伴う 23) ,抑うつや不安への 乳幼児期は明らかな発達の遅れや特性は認めなかっ 生物学的脆弱性を有し,心理社会的要因の影響を強く た。幼稚園ではやや落ち着かない面はあるが集団行動 受けると考えられる。 はなんとかできていた。小学校入学後も落ち着かなさ の異常が示唆されているため AD/HD はその多動・衝動性,あるいは不注意症状 はあるものの離席なく授業を受けることができてい から ASD とは異なる形での生き辛さや育てにくさが た。しかし,集中力がなくよそ見をしていることが多 ある。乳幼児期や学童期から多動・衝動性による対人 いため,授業の内容はついていけなかった。また,忘 トラブル(すぐに喧嘩してしまう等)や不注意症状か れ物が多く,担任や母よりよく注意を受けていた。対 ら主に学業面における失敗体験などによって自己評価 人関係には大きな問題はなかったが,友人との約束を が低下していることが予想される。またこれらによっ 忘れることは多かった。中学,高校でも同様の状況は て周囲からいじめを受け,教師を含む大人との関係も 続いたが,卒業することはでき,テレフォンアポイン 芳しくないものとなり,ストレスフルな状況が続くこ ターの仕事に就いた。しかし,客に言われたことを忘 とによりイライラからの暴言・暴力,抑うつ症状,お れてしまう,出勤予定を忘れてしまう,上司に注意さ よび不安症状などの二次的な障害を呈する。成人にな れたことを聞いていない,書類のミスが多いなどを繰 れば多動・衝動性は次第に落ち着いていくが,不注意 り返して上司に叱責されることが多く,次第に気分の は比較的長期に持続し,成人になっても仕事場面で失 落ち込み,意欲の低下が出現してきたため当院を受診 敗を繰り返すことが多い。多動・衝動性に基づく問題 した。 行動は単に注意を繰り返していてもなくならず,故意 「AD/HD 不注意症状が優勢に存在,適応障害 抑う にやっているように親や教師に受け取られるため, つを伴う」と診断され,仕事を休職とし,抑うつ症状 AD/HD は被虐待,いじめなど迫害体験の高リスク群 に対して SSRI を処方された。休養と薬物療法によっ となる。また AD/HD は DSM-5 における脱抑制型対 て抑うつ症状は改善したが,職場に復帰すると同様の ̶ 13 ̶ ストレス関連障害を示す発達障害 状況から症状の増悪を認めたため,職場の上司に疾病 2) Matson J. L., Williams J. L., Depression and mood dis 教育を繰り返し行った。また同時に,不注意症状によ order among persons with autism spectrum disorders. る失敗体験が二次的に抑うつ症状を引き起こしている Research in Developmental Disabilities 35, 2003-2007, 2014. と考え,不注意症状改善のために AD/HD 治療薬を開 3) 並木典子,杉山登志郎,明翫光宣,高機能広汎性発達障 始した。不注意症状の改善を認め,職場による環境調 害にみられる気分障害に関する臨床研究.小児の精神と 整も功を奏し,問題なく勤務できるようになった。 神経 46, 257-263, 2006. 本症例は学生時代から不注意による失敗体験を繰り 4) Van Steensel, F. J., Bögels, S. M., Perrin S., Anxiety dis 返していたが,対応されずにそのまま社会に出てし orders in children and adolescents with autistic spec- まったために同様の失敗を繰り返して適応障害となっ trum disorders: a meta-analysis. Clinical child and family た。AD/HD の多動・衝動性が比較的目立たず,不注 意症状が主体の場合は他者への迷惑行為が少ないた psychology review 14, 302-317, 2011. 5) 遠藤太郎,染矢俊幸,広汎性発達障害の脳画像研究.分 め,その特性に気づかれず,そのまま放置されること 子精神医学 7, 249-253, 2007. が多い。ASD の場合と同様に早期発見し,周囲の理 6) Farrugia, S., Hudson, J., Anxiety in adolescents with As- 解の中で対応していく必要がある。また,AD/HD に perger syndrome: Negative thoughts, behavioral prob- 関しては ASD と異なり一次障害自体を改善する治療 lems, and life interference. Focus Autism Other Dev. Disa- 薬が存在するため,環境調整のみで難しい場合はその 投与も検討する必要があるだろう。 bil 21, 25-35, 2006. 7) Gilbertson, M. W., Sheton, M. E., Ciszewski, A., et al., Smaller hippocampal volume predicts pathologic 4.おわりに vulnerability to psychological trauma. Nat. Neurosci. 5, 1242-1247, 2002. 本稿では発達障害の中でも臨床現場で出会う機会の 8) Endo, T., Shioiri, T., Kitamura, H., et al., Altered chemi- 多い ASD,AD/HD が呈しやすいストレス関連障害 cal metabolites in the amygdara-hippocampus region のパターンを解説した。生来の社会的コミュニケー contribute to autistic symptoms of autism spectrum dis- ションの障害,多動・衝動性,不注意に関連した適応 orders. Biol. Psychiatry 629, 1030-1037, 2007. 障害から,感覚過敏,いじめ,虐待などのトラウマ関 9) Roberts, A. L., Koenen, K. C., Lyall, K., et al., Association 連障害,アタッチメント障害まで幅広い状態像を呈す of autistic traits in adulthood with childhood abuse, ことからわかるように,周囲の理解,環境調整が非常 interpersonal victimization, and posttraumatic stress. に重要であり,医療のみでは対応は困難である。近年, マスメディアやインターネットなどによる情報の拡散 Child Abuse & Neglect 45, 135-142, 2015. 10) 杉山登志郎,自閉症に見られる特異な記憶想起現象:自 により発達障害についての知識は徐々に知られ始めて 閉症の time slip 現象.精神経誌 96, 281-297, 1994. いるが,未だに誤った情報に基づく誤解も多い。高機 11) 多田沙織,杉山登志郎,西沢めぐ美,他,高機能広汎性 能 ASD や不注意症状主体の AD/HD などの気づかれ 発達障害のいじめを巡る臨床的研究.小児の精神と神経 にくいタイプの発達障害については見逃されることも 38, 195-204, 1998. 多々あり,成人になって初めて専門外来に受診する症 12) 本田秀夫,自閉症スペクトラム 10 人に 1 人が抱える「生 例が近年急増している。成人まで失敗体験を重ねて過 度なストレスを受け続け,二次障害が固定化されてい きづらさ」の正体.SB 新書,2013. 13) 杉山登志郎,発達障害の子どもたち.講談社現代新書, る場合に治療は困難を極める。発達障害の人々が,周 2007. 囲の人々の誤解に基づく不適切な対応により不必要な 14) Davidson, C., O’Hare, A., Mactaggart, F., et al., Social ストレスを受けることがなくなるよう,発達障害に対 relationship difficulties in autism and reactive attach- する正確な理解が社会全体に定着することが強く望ま ment disorder: improving diagnostic validity through れる。 structured assessment. Res Dev Disabil. 40, 63-72, 2015. 15) 東 誠,発達障害と児童虐待.治療 90, 2281-2285, 2008. 文 献 16) PTSD の薬物療法ガイドライン:プライマリケアのため 1) American Psychiatric Association, DSM-5 Diagnostic and に.日本トラウマティック・ストレス学会.http://www. Statistical Manual of Mental Disorder. America: American jstss.org/wp/wp-content/uploads/2013/09/JSTSS-PTSD Psychiatric Association, 2013.(高橋三郎・大野 裕監訳, DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.日本精神神 薬物療法ガイドライン第 1 版.pdf 17) 杉 山 登 志 郎, 発 達 障 害 の 薬 物 療 法 ―ASD・ADHD・ 経学会,2014.) PTSD への少量処方―.岩崎学術出版社,2015. ̶ 14 ̶ ストレス科学研究 Vol.30(2015) 18) Cohen, J. A., Mannarino, A. P., Trauma-focused Cogni- tention symptoms and the diagnosis of comorbid atten- tive Behavior Therapy for Traumatized Children and tion-deficit/hyperactivity disorder among youth with Families. Child Adolesc Psychiatr Clin N Am. 24, 557-570, generalized anxiety disorder. J Anxiety Disord. 28, 754- 2015. 760, 2014. 19) Shapiro, F., Eye movement desensitization and repro- 23) Banerjee, E., Nandagopal, K., Does serotonin deficit me- cessing (EMDR): evaluation of controlled PTSD research. diate susceptibility to ADHD? Neurochemistry Interna- Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry 27, tional 82, 52-68, 2015. 209-218, 1996. 24) Spencer, A. E., Faraone, S. V., Bogucki, O. E., et al., Ex- 20) Meinzer, M. C., Pettit, J. W., Viswesvaran, C., The co- amining the Association between Posttraumatic stress occurrence of attention-deficit/hyperactivity disorder disorder and Attention-deficit/hyperactivity disorder: A and unipolar depression in children and adolescents: A Systematic Review and Meta-analysis. J Clin Psychiatry meta-analytic review. Clin Psychol Rev. 34, 595-607, 2014. 21) Sciberras, E., Lycett, K., Efron, D., et al., Anxiety in 2015. 25) 独立行政法人医薬品医療機器総合機関.http://www. children with attention-deficit/hyperactivity disorder. info.pmda.go.jp/go/pack/1179009G1022_1_11/ 26) 独立行政法人医薬品医療機器総合機関.http://www. Pediatrics 133, 801-808, 2014. 22) Elkins, R. M., Carpenter, A. L., Pincus, D. B., et al., Inat- ̶ 15 ̶ info.pmda.go.jp/go/pack/1179050M1023_1_14/