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三中全会を機に進展する中国の企業改革

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三中全会を機に進展する中国の企業改革
平成 26 年(2014 年)7 月 30 日
NO.2014-6
三中全会を機に進展する中国の企業改革
【要旨】
 中国では高度成長期終焉後の経済を底支えるために構造改革の再加速が不
可欠となった。そうしたなかで、国有企業が独占分野を中心に経済を牽引
する位置付けに据えられながら、民間企業に比して生産性が低いという状
況は主要な改革課題となっている。
 習近平政権は 2013 年 11 月の中央委員会第三回全体会議(三中全会)で改
革のアウトラインを示した。企業改革については国有経済と非国有経済に
よる混合所有制経済が主体で、先行して発表された政府系シンクタンクの
改革プランに比べ、革新性を抑え、既得権益層にも配慮した感は否めない。
 混合所有制改革として、国有の石油会社やコングロマリットが民間資本受
け入れに向けて動き、一方、政府は民間資本受け入れのテストケースとし
て 6 社を選定した。また、国有企業利益の国庫納付率も引き上げられたが、
民生向けの移転支出だけでなく、国有企業の構造調整や競争力強化のため
の支出も増えている。
 民間企業に対する国有独占分野の開放については、これまで規定が出され
ても効果が乏しかったが、三中全会後、携帯電話、航空などの開放に続き、
エネルギー、交通インフラを中心に民間開放のモデルプロジェクト 80 件が
選定され、これが呼び水となって、地方政府でも同様の動きが広がってい
る。加えて、民間企業の資金難解消の期待を担って民間銀行の新設の動き
も進んでいる。
 これまでの企業改革をみると、国有企業優先主義の修正により、民間企業
の市場参入と平等な競争環境がどこまで実現されるのかについては不透明
感が強い。ただし、民間企業にとって外部環境の改善であることは事実で
あり、民間企業のダイナミズムの発現の好機となる可能性も否定できない。
企業改革は習政権における構造改革の中核であり、中長期的な中国の成長
力を決定付け得るものだけに、引き続き、その帰趨を注視する必要がある。
1
中国では高度経済成長期が終焉し、以後の経済を底支えるために構造改革の再加速
が不可欠だといわれるようになっている。こうした状況下、2012 年 11 月に共産党総
書記となった習近平氏は就任以前から改革推進をアピールし、2013 年 11 月の中央委
員会第三回全体会議(三中全会)では「改革の全面的な深化に関する若干の重大な問
題に関する決定」を採択して、改革のアウトラインを示した。同決定は政治・経済・
社会と広範囲な分野における改革を提起しており、これに基づく改革が進められつつ
ある。そのなかで、本稿では経済活動の中核を担う企業における改革の進捗状況を確
認し、それを踏まえて、その有効性を考察していきたい。
1. 改革を要する企業の現状
まず、1970 年代末の改革開放政策導入から現在に至る企業改革とそれに伴う企業業
績の変化を敷衍しておきたい。工業部門における参入規制緩和に伴い、外資系企業・
民間企業との競争が激化するにつれて、80 年代後半から国有企業の業績悪化が目立つ
ようになった(第 1 図)。このため、政府は 95 年に「抓大放小(大をつかみ小を放つ)
」
として、大企業に重点を置き、中小企業を自由化する国有企業改革を打ち出した。結
果、90 年代後半以降、人員削減や中小企業の民営化などにより市場に占める国有企業
のシェアは縮小した(第 2 図)。こうして「国退民進(国有企業の退潮と民間企業の
発展)」が進む一方、国有企業の総資産利益率は 96~98 年の 1%未満から持ち直した
が、民間企業、外資系企業よりも低いという状態は変わらなかった。
第 1 図:工業部門の企業の総資産利益率の推移
(%)
第 2 図:売上高に占めるシェア
(%)
60
国有企業
国有企業(石油採掘部門を除く)
民間企業
外資系企業
全体
18
16
14
国有企業
50
民間企業
外資系企業
40
12
10
30
8
6
20
4
10
2
0
0
78
83
88
93
98
03
08
13
(年)
(資料)中国国家統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 (年)
(資料)中国国家統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
政府は、国有中小企業民営化の一方、国有大企業については国際競争力の高いグロ
ーバル企業への育成を志向し、支援体制を強化した。2006 年、国有企業の監督官庁で
ある国有資産監督管理委員会は「国有資本の調整と国有企業再編の推進に関する指導
意見」で、国有資産を国家の安全と経済の鍵を握る優先分野に集中させ、国有企業の
国際競争力を強化する方針を示した。その優先分野には、「国有企業が絶対的な支配
力を維持すべき重要分野」として、軍事工業、送電・電力、石油・石油化学、通信、
2
石炭、航空、海運が、「国有企業のシェアが低下しても、その影響力・牽引力は増強
する基幹分野」として、機械設備、自動車、電子情報、建設、鉄鋼、非鉄金属、化学、
探査・設計が選定された。
その後、グローバル経済・金融危機の発生に対し、大規模なインフラ投資を中心と
した景気下支え政策が展開された際、国有企業がその担い手となったことで「国進民
退(国有企業の発展と民間企業の退潮)」との批判の声があがった。もっとも、前掲
第 2 図の通り、国有企業の売上高に占めるシェアが再拡大したわけではなく、シェア
低下ペースの鈍化にとどまっている。
企業業績をみると、総資産利益率は工業部門全体として 2011 年をピークに下落に
転じている。総資産利益率は所有制別にみても全てで低下傾向にあり、2013 年時点で
比較すると、民間企業の 11.9%、外資系企業の 7.9%に対し、国有企業は 4.4%と特に
低い。なお、国有企業の利益率は後掲第 1 表にもある通り、国有独占色が強い石油・
天然ガス採掘の高収益で押し上げられている側面があり、2013 年の数値は現時点では
未公表ながら、石油・天然ガス採掘を除くと、一段と低い可能性が高い。
業種別でみると、国有資産監督管理委員会が国有企業の優先分野とした業種は、国
有資産を集中させただけあって、売上高に占める国有企業のシェアが高いものが多い
(第 1 表)。なかでも「国有企業が絶対的な支配力を維持すべき重要分野」に当たる
電力、石油・天然ガス採掘、石油加工、石炭採掘では過半を占める。これらは必要と
される投資額が大きいことも参入障壁となっていると考えられる。加えて、中国では、
インフレ抑制のため、エネルギー販売価格統制が続けられていることから、エネルギ
ー資源価格上昇時には電力、石油加工などの業種は収益圧迫を余儀なくされる点でも
参入意欲がそがれる。
「国有企業のシェアが低下しても、その影響力・牽引力は増強する基幹分野」のう
ち、輸送機器、鉄道・船舶・航空機、鉄鋼、非鉄金属については相対的に国有企業の
シェアが高いが、利益率は輸送機器を除くと非国有企業に比べ見劣りする。輸送機器
については、自動車の完成車製造における外資規制に基づき、国有企業と外資系企業
の合弁が多いため、国有企業の利益率も高水準にあると考えられる。その他の「国有
企業の基幹分野」にあたる機械、化学では国有企業のシェアは民間企業、外資系企業
をともに下回り、同様に利益率も民間企業、外資系企業を下回っている。
グローバル企業化への期待を担って国家支援を受けている国有企業の収益性が低
く、全体の足を引っ張っているという状況は、今後、中国経済の生産性向上を進める
上での大きな障害であり、習近平政権における主要な構造改革課題となるのは至極当
然といえよう。
3
第 1 表:企業別の生産シェアと利益率(2012 年)
1社当た
売上高シェア(%)
総資産利益率(%)
り資産
(億元) (億元) 国有 民間 外資 全体 国有 民間 外資
929,292
2.2
26.4 30.7 23.9
8.1
4.9 13.2
8.1
工業全体
2.5 31.4
99.4
0.1 0.02 15.1 15.1
7,572
52.5
煙草加工
52,733
16.4 93.5
1.0
5.5
3.0
3.0
3.2
5.1
電力・ 蒸気・ 温水供給
131.3 89.4
0.3
5.5 23.0 22.3 13.3 36.1
11,665
石油・ 天然ガス 採掘
39,399
10.3 69.7 13.0 11.6
1.4 ▲ 1.2
5.2
0.9
石油加工・ コーク ス 製造
34,050
5.7 59.2 19.3
4.6
8.5
6.4 14.6 15.4
石炭採掘
輸送機器製造
51,236
3.6 44.3 16.8 45.8 10.7 11.0 10.3 14.2
鉄道・ 船舶・ 航空機等製造
15,748
3.9 39.3 28.2 20.5
4.9
2.5 10.7
6.9
非鉄金属精錬圧延加工
41,267
4.0 33.8 29.3 11.3
6.3
2.1 12.6
4.6
71,559
5.3 33.7 30.1 11.1
2.9 ▲ 0.7
9.8
2.8
鉄鋼精錬圧延加工
飲料製造
13,549
2.1 19.7 27.6 27.1 14.3 17.4 17.4
9.6
28,711
1.8 19.3 36.4 20.8
8.1
3.3 13.9
6.9
専用機械製造
67,756
2.3 18.4 33.4 23.4
7.7
1.7 14.6
7.5
化学原料・ 製品製造
8,758
2.3 17.9 57.5
2.9 13.9
5.0 26.4 14.2
鉄鉱石採掘
17,338
2.5 12.8 26.5 23.4 11.8
7.9 15.2 11.7
医薬製造
汎用機械製造
38,043
1.4 12.6 40.5 26.2
8.7
4.2 12.9
8.2
43,989
1.2
9.5 50.7 11.5
9.7
4.8 14.3
6.0
非金属製品製造
8.2 73.8
6.9
3.3
9.7
7.0
70,430
3.8
8.6
電子・通信機器製造
8.5 34.1 27.5
8.1
2.1 11.2
7.2
54,523
2.0
電気機器製造
1.0
7.4 50.6 20.4
9.5
3.3 12.3
7.5
金属製品製造
29,070
6.5
1.5 12.8
4.3
7.3 39.1 27.0
製紙
12,501
1.7
食品製造
15,834
1.4
5.9 34.5 31.5 14.2
5.7 15.8 13.7
5.7 45.8 19.6 13.7
5.0 19.0 10.2
1.0
食品加工
52,146
9.7
3.7 13.8
5.8
ゴム・プラスチック製品製造
24,157
1.0
5.4 46.3 27.0
9.4
0.7
4.3 43.9 35.5 11.7
7.6 13.9
文教体育用品製造
10,277
9.2
1.8 11.5
6.4
紡績
32,241
1.0
2.6 51.4 17.2
8.3
木材加工
10,275
0.5
1.8 68.1
9.2 16.7
3.0 22.0
1.2 45.4 33.7 11.5
4.0 12.9 10.0
0.7
衣料・繊維製品製造
17,286
7.0 18.8 11.8
皮革、毛皮製造
11,269
0.7
1.0 43.5 38.6 14.7
(注)対象は年間売上高2,000万元以上の企業のみ。太字、太線枠内は国有企業優先分野。
売上高
国有企業
が絶対的
な支配力
を維持す
べき重要
分野
国有企業
のシ ェア
が低下し
ても、 影
響力・ 牽
引力は増
強する基
幹分野
(資料)中国国家統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2. 三中全会の決定が示す改革の道筋
(1)先行したシンクタンクの改革案
冒頭で述べたとおり、習政権は 2013 年 11 月の三中全会で「改革の全面的な深化に
関する若干の重大な問題に関する決定」を発表し、政治・経済・社会の広範囲にわた
る改革を提起した。中国では同決定に先行して、政府系シンクタンクである国務院発
展研究センターが 383 改革(注)と称する改革プランを公表していた。同センターは、
2012 年に世界銀行が 2030 年までに中国が高所得国になるという目標を達成するため
の構造改革案を提起した「チャイナ 2030」と題した報告書の共同研究パートナーであ
る。383 改革プランは「チャイナ 2030」の提案を踏襲した部分が多いが、インターネ
ット上に現れる国民の声にも合致したものと評価され、有力シンクタンクのプランだ
けに実際の政府の改革案にどこまで採用されるのかが注目されていた。
(注)383 改革の最初の「3」は「市場システムの整備」、「政府機能の転換」、「企業体制の革新」による三位
一体の改革であること、「8」は行政管理体制 、独占産業、土地制度、金融システム、財税制、国有資
産管理体制、イノベーションシステム、対外開放の 8 分野の改革であること、最後の「3」は「外部投
資家の参入促進による市場競争の強化」、
「国民基礎社会保障パッケージの設立を含む社会保障体制改革
4
の深化」、
「集団所有地の市場取引を含む土地制度改革の深化」で、改革 8 分野に関わり、大きなブレー
クスルーとなる 3 大改革のこと――を意味する。
383 改革の 8 が示す改革 8 分野の一つに「国有資産管理体制」があり、そのなかで
国有企業については、経営効率が低く、競争力も強いとはいえないと断じており、そ
れゆえ、以下の 4 つの機能――①年金、医療、教育、住宅等の社会保障機能、②イン
フラ建設等の非営利公共サービス機能、③エネルギー、交通、通信、金融等の戦略性
産業における安定、競争、革新の促進機能、④国防などの国家安全保障機能――のい
ずれかを有する企業に限定すべきであるとした。
さらに、機能別に異なる国有資本投資運営基金を設立して、傘下の国有企業の株主
権を移転し、それぞれの機能に応じた目標と評価システムを適用し、中長期的には国
有資本と財政資金を含む統一的な国家のバランスシートを作成し、財政余剰が国有資
本を拡充することもあれば、国有資本が財政赤字を補うことも可能とした。国有企業
の範囲を限定したうえで、国有企業資産と財政の一体化を前面に押し出している。地
方財政悪化への危惧が膨らむなか、緊急時には、中央財政、さらには国有企業資産も
その底支え機能を果たし得るという姿を端的に示した構想といえる。
同様に「独占産業」も改革を要する 8 分野の一つに挙げられ、鉄道、石油、電力、
電信について、政府による価格設定の廃止、事業の分離、外部資本の導入、競争強化
を通じた効率の向上が志向されている。
こうした 383 改革プランの提言には、長く、国民の不満を喚起してきた「国進民退」
における国有企業優遇の打破が強く打ち出されている。
(2)三中全会の決定
三中全会の決定では市場が資源配分における「決定的な役割」を果たすとして、そ
れまでの「基礎的な役割」から格上げし、改革深化に向けた強いメッセージを発した。
一方、「公有制を主体とし、複数の所有制経済が共に発展する基本的経済制度は中国
の特色ある社会主義制度の重要な柱であり、また、社会主義市場経済の根幹でもある」
とも明記され、国有企業優先主義が温存されているようにみえる。
こうしたなかで、①国有経済とその他所有制経済による混合所有制経済の発展、②
シンガポールの政府系持株会社テマセクを参考にした国有資本運営会社・国有資本投
資会社を通じた国有資産管理体制の改善、③国有企業の国庫納付比率を引き上げ、
2020 年には 30%とし、民生の保障と改善により多く充当――という形で改革プラン
が示された。
また、国有独占業種については、政府・企業の分離、政府・資本の分離、免許制に
よる参入、政府の監督管理を主要内容とする改革を実行し、各業種の特色に応じて整
備部門と運営部門を分離し、競争的業務については自由化し、公共部門における資源
配分の市場化を推進するとしている。さらに、水、石油、天然ガス、電力、交通、通
信など独占分野の価格改革推進も盛り込んでいる。
5
非公有制企業については、不合理な規定を廃止し、様々な障壁を取り除き、免許制
を通じて独占業種に参入するための具体的な規定を制定するとしている。非公有企業
の国有企業改革への参加を奨励するうえで、「非公有資本が過半出資する混合所有制
企業の発展」も奨励対象とされ、これは実質的に民間資本による国有企業の吸収合併
を意味するとの見方もある。市場参入にあたってはネガティブリスト方式の採用によ
り、リスト以外の分野への平等な参入を容認し、外国資本に対しても「内国民待遇+
ネガティブリスト」という管理方式を模索するとした。
三中全会の決定における企業改革は総じてみれば 383 改革に比べ、革新性に劣ると
の評価もある。383 改革については、本来、公表されるはずではなかったものが改革
派によってリークされたとの見方もあるので、それも驚くには当たるまい。もっとも、
国有企業の業種を大きく限定する 383 改革では国有企業を過度に刺激し、抵抗を強め
るリスクもあり、また、市場参入におけるネガティブリスト方式の導入など、むしろ、
三中全会の決定の方が先進的な部分もあるとの意見もある(第 2 表)。いずれにせよ、
習政権の一定の改革意欲は窺われるものであり、具体策を通じてどこまで企業改革が
実現されるのかに焦点は移った。
第 2 表:三中全会と 383 改革プランにおける企業関連改革の概要
三中全会の決定
383改革
・ 混合所有制の積極的な発展を推進
・ 国有企業を4つの機能――①社会保障機能、②非営利公
共サービス機能、③戦略性産業における安定、競争、革新
・ 国有資本運営会社の新設と一部国有企業の国有資本
の促進機能、④国家安全保障機能――に限定。国有資本
投資会社への改組
国有資産管理
運営基金が機能毎に異なる経営目標と評価体制で管理。
・ 国有企業の国庫納付比率を2020年までに30%へ引き上
げ、民生の保障・改善により多く充当
・ 国有資本と財政資金を含む統一的な国家のバランスシート
の作成
・ 国有独占産業における政企分離、免許制による参入、 ・ 独占打破と競争強化による基幹産業の改革
政府の監督管理を主要内容とする改革を実行し、各業
* 鉄道:投資の多元化と地域・幹線間の競争強化
種の特色に応じて整備部門と運営部門を分離し、競争
独占禁止と市場参入 的業務については自由化。
* 石油:新価格決定メカニズム導入と資源開発への参入規制緩
和
・ ネガティブリスト方式による統一的な市場参入許可制度
の導入
* 電力:消費者への直接販売を通じた発電市場の競争強化
* 通信:電信、インターネット、テレビの相互開放
・ 金利自由化の加速と預金保険制度
・ 金利自由化と預金保険制度の確立
・ 人民元の取引規制緩和加速、相場形成メカニズム改善 ・ 人民元相場と資本移動の自由化、人民元国際化の推進
金融システム
・ 民間金融機関の設立認可
・ 民間金融機関の発展奨励
(資料)中国共産党中央委員会「改革の全面的な深化に関する若干の重大な問題に関する決定」、国務院発展研究センター「383改革プラン
総報告」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
3. 国有企業改革の進捗動向
(1)混合所有制改革
三中全会の決定における企業改革では国有資本と非国有資本が並存する混合所有
制経済の発展が中軸に据えられている。政府はこれを 90 年代の国有企業民営化策が
国有企業を安値で民間の手に渡した国有資産の流出という側面もあったとの反省に
基づくものとしているようである。
① 石油会社
企業側からいち早く混合所有制改革に呼応する動きをみせたのは石油業界であっ
た。石油業界は中国石油天然ガス集団(CNPC)、中国石油化工集団(シノペック)、
6
中国海洋石油(CNOOC)という国有大手 3 社が独占状態の下で高収益を享受し、国
内の不満を喚起してきた。
2014 年 2 月、シノペックは 30%までの民間資本受け入れを発表した。具体的には 4
月に販売部門の全資産を全額出資子会社である中国石化銷售有限公司に移管し、同社
を民間資本の受け入れ対象とした。これに対し、電子商取引大手のアリババやインタ
ーネット大手のテンセントを含む 20 を超える民間企業が投資意欲を示し、シノペッ
クは今後、投資家の選定を進める予定である。
また、CNPC も周吉平・会長が 3 月に、石油・天然ガス資源開発、シェールガス事
業、海外投資などで最大で 6 つの事業プラットフォームを設立し、民間からの共同出
資を呼び込む方針を示した。さらに、5 月に、CNPC の子会社ペトロチャイナは天然
ガスを新疆ウイグル自治区や中央アジア諸国から中国東部の都市に運ぶパイプライ
ン事業を新会社に移管し、その後、同社を完全売却する意向を発表した。
石油業界が民間資本受け入れを急ぐ背景には政府の意向に加え、環境対策コストの
増大があるとみられている。PM2.5 による深刻な大気汚染は低品質のガソリンがその
主な原因の一つと目されている。このため、政府はガソリンの硫黄含有量を 2013 年
の 150ppm から 2017 年末には 10ppm と日本や EU 並みに引き下げることを決定した。
従来から低品質ガソリンは問題視されていたが、豊富な資金力を持つ「石油閥」を後
ろ盾にした国有石油企業の抵抗が障壁となっていたといわれている。しかし、習政権
の厳しい汚職・腐敗摘発の下で国有大手石油企業の幹部や元幹部であった政府・党首
脳などが相次いで捜査、摘発、処分の対象となったことから、「石油閥」の抵抗力は
弱まった模様である。
開発事業を中心とする CNOOC と異なり、CNPC、シノペックはガソリンの高品質
化に伴う投資負担が大きく、相対的に収益性の低い川下の販売事業に民間からの資本
参加を受け、投資資金を確保する思惑が指摘されている。このため、民間参入による
競争強化を通じた効率化ではなく、民間からの資本を受けて国有大企業の強大化が進
むだけではないかと危惧する声も出ている。
②CITIC
2014 年 3 月、中国の国有大手コングロマリット CITIC の香港上場子会社 CITIC パ
シフィックは親会社である CITIC のほぼ全資産を約 370 億ドルで取得すると発表した。
CITIC は金融、資源、製造業、不動産など幅広い業種の企業を傘下に収め、フォーチ
ュン誌の 2014 年の世界企業ランキング「グローバル 500」では第 160 位に入っている。
グループ傘下の優良企業のみを上場するという従来の形式と異なり、実質的に CITIC
グループ全体を香港市場に上場するという形になる。中国市場よりも厳しい規則や開
示義務が課せられるなかで国際基準に則ったガバナンスの向上が見込まれ、国有企業
の改革モデルを示すとの期待を担う。ただし、政府の支配権が本当に弱まるのかにつ
いては疑問視する声がある。
7
③ 混合所有制改革対象 6 社の選定
2014 年 7 月、国有資産監督管理委員会は国有企業の民間資本受け入れ拡大に向けた
改革の対象として、国家開発投資、中糧集団、中国医薬、中国建材、新興際華集団、
中国節能環保集団の 6 社を選定した。そのなかで、
(a)国家開発投資、中糧集団は国
有資本投資会社への改組、
(b)中国医薬、中国建材は混合所有制、
(c)新興際華集団、
中国節能環保集団、中国医薬、中国建材は取締役会による幹部職員の選抜・業績考課・
報酬管理体制――のテストケースとされている。国有資産監督管理委員会は、この他
に、2~3 社を選定して、規律検査チームを派遣・駐在させるテストケースの導入も明
言している。
三中全会の決定から 8 カ月を経て、ようやく、中央政府からの国有企業改革政策が
発表されたことになるが、依然、具体性に乏しく、改革意欲に対する疑義も生じてい
る。
(2)国庫納付比率の引き上げ
国有企業は利益の一部を国庫に納付することになっているが、非国有企業との競争
激化に伴う経営不振により 94 年には一時停止された。2000 年代半ばからは高度経済
成長と余剰人員整理が相まって業績が急回復したにもかかわらず、納付停止が続いた
ため、内部留保が肥大化し、批判を招いた。この結果、2007 年以降、一般財政予算か
ら独立した国有資本経営予算制度の下でようやく国庫納付が再開され、納付率も徐々
に引き上げられた。2013 年には中央企業(中央政府傘下の国有大企業 121 社)は食糧・
綿備蓄を扱う政策性企業 2 社を除き、利益の 5~20%を国庫に納付したが(第 3 表)、
加重平均の納付率は 10%に満たなかった。三中全会の決定では 2020 年の国庫納付率
30%を明示しており、これを踏まえ、2014 年 5 月、財務部は中央企業に対して国庫納
付比率の 5%引き上げを発表した。
第 3 表:国有企業の国庫納付比率
業種
中央企業数
第1類 煙草
第2類 石油・石油化学、電力、電信、石炭など資源型企業
1
第5類 中国備蓄食糧総公司、中国備蓄棉総公司
(資料)中国財政部資料等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2011年
2012~13年
2014年
20%
25%
15%
20%
10%
15%
70
5%
10%
10%
15%
34
0%
5%
5%
10%
2
0%
0%
0%
0%
14
第3類 鉄鋼、運輸、電子、貿易、建築など一般競争型企業
第4類 軍需企業、科学研究機関、中国郵政集団公司
国庫納付比率
2007~10年
納付率の引き上げに伴い、2014 年度の国有資本経営予算では歳入面で国有企業の納
付金額を 1,426 億元(前年比+36.1%)と大幅増加を見込み、歳出面では社会保障など
の民生支出に充当する移転性支出を前年の 65 億元から 184 億元に増額させた(第 4
表)。もっとも、歳出面で増えたのは移転性支出だけではなく、資源探査と商業・サ
ービス業において構造調整を進めるための支出や競争力強化・安全保障に充当する重
点項目支出の増加も目立っている。国有資本経営予算に関しては創設時より国庫納付
8
金が結局、国有企業のために使われる特別会計になっているとの批判が出ていた。仮
に納付率が 30%に高まり、移転性支出が増えても、同様に、国有企業支援に充当され
る支出も増えるとすれば、国民の国有企業優遇への批判は払拭できまい。
第 4 表:国有資本経営予算
(億元)
2012年
2013年
2014年
実績
実績
予算
970.8
1,058.3
歳入
1,426.0
950.8
1,039.5
1,414.9
国有企業国庫納付金
第1類 煙草
252.6
295.5
400.0
302.0
290.9
397.7
石油・石化
62.8
122.2
149.6
電力
第2類
106.9
110.0
128.6
電信
59.1
59.6
70.5
石炭
2.5
1.7
1.3
非鉄金属採掘
16.2
5.4
5.1
鉄鋼
4.9
3.8
5.4
運輸
1.3
1.3
2.7
電子
28.4
29.5
52.2
機械
6.3
7.1
11.7
投資サービス
第3類 紡織軽工業
0.3
0.2
0.0
29.0
26.5
30.3
貿易
22.4
29.3
53.4
建築
4.7
3.0
3.9
建材
26.0
25.4
47.1
海外事業・海外協力
1.7
2.0
3.0
医薬
0.0
0.2
0.1
農林・畜産・水産
1.8
1.8
3.4
研究所
0.4
0.6
1.7
地質探査
第4類
1.0
2.0
2.0
教育文化
20.6
21.5
45.2
その他
1.7
0.4
1.1
株式配当
18.4
18.4
10.0
国有資産譲渡
0.0
0.0
0.0
清算
(資料)中国財政部資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
歳出
教育
文化・スポーツ・メディア
社会保障・雇用
農林水産
通信運輸
国有経済構造調整
重点項目
従業員補助
資源探査情報等
国有経済構造調整
重点項目
産業高度化・発展
海外投資・海外協力
従業員補助
その他
商業・サービス業
国有経済構造調整
重点項目
産業高度化・発展
海外投資・海外協力
従業員補助
その他
重点項目
産業高度化・発展
その他
移転性支出
2012年
実績
929.8
2.2
6.2
17.2
14.8
35.3
n.a.
n.a.
n.a.
685.5
n.a.
n.a.
n.a.
n.a.
n.a.
n.a.
108.6
n.a.
n.a.
n.a.
n.a.
n.a.
10.0
n.a.
n.a.
n.a.
50.0
2013年
実績
978.2
2.0
10.0
19.3
17.0
56.2
50.5
0.0
5.6
701.2
245.7
292.9
89.1
65.9
7.7
0.0
97.6
31.8
19.8
28.2
17.6
0.1
10.0
0.0
10.0
0.0
65.0
2014年
予算
1,578.0
4.1
14.8
10.4
25.7
160.7
35.6
125.0
0.1
864.6
466.2
136.8
83.4
104.5
3.7
70.0
185.2
113.4
13.0
14.1
44.5
0.2
128.7
100.0
13.7
15.0
184.0
4. 民間企業の振興
(1)民間企業への市場開放
①乏しかった過去の規定の実効性
国有独占分野の民間企業への開放については 2005 年に「非公有経済の奨励と指導
に関する意見」、2010 年に「民間投資の健全な発展の奨励と指導に関する意見」と規
定が出された。しかし、2013 年 9 月に国務院常務会議で報告された全国工商業連合会
による第三者評価によると、実施細則に具体性が乏しく、政策実施に関する審査・監
督もないため、民間企業の市場参入に関する体制的・政策的障害は依然として大きい
という問題が指摘された。これを踏まえ、同会議では、
(a)実施細則改善措置の期限
内実施、
(b)行政審査認可制度改革の深化と市場メカニズムが機能する分野における
行政審査の不設定、
(c)金融、石油、電力、鉄道、通信、資源開発などにおける民間
開放、
(d)民間投資に関する法規制の全面整理と参入条件の緩和、
(e)政策実施状況
の監督・審査強化――の 5 対策が打ち出された。
前述の通り、2 カ月後の三中全会の決定では、非公有制企業について、不合理な規
9
定の廃止や様々な障壁の除去、免許制を通じた独占業種の参入支援のための具体的な
規定の制定等の改革策が盛り込まれた。
②携帯電話事業と格安航空事業で先行開放
2013 年 12 月、工業情報化部は電子商取引大手のアリババや京東商城など民間企業
11 社に対し、中国移動、中国聯通、中国電信という国有 3 大通信会社の通信インフラ
を利用する形の携帯電話事業を認可した。さらに、2014 年 5 月、工業情報化部と国家
発展改革委員会が連名で全ての通信料金の自由化を発表した(10 日実施)。民間企業
の参入による新サービスと価格低下が期待されているが、国有通信会社の接続料金に
大きく左右される。中国聯通、中国電信はかつてインターネットにおいて他の事業者
向け接続料金を吊り上げたとして、国家発展改革委員会に独占禁止法違反で調査を受
け、結局、違反を認め、中止を約束した経緯がある。それだけに携帯電話事業での展
開が注視されよう。
2014 年 2 月、民用航空局は参入障壁の引き下げ、手続きの簡素化などを通じて、格
安航空会社(LCC)の発展を促進するための指導意見を発表した。これにより、中国
国際航空、中国南方航空、中国東方航空の 3 大国有航空会社が約 8 割の市場シェアを
有する航空業界でも競争強化を促す。既存の航空会社による大都市間の路線はすでに
飽和状態であるが、中都市を結ぶ路線及び LCC 市場にはまだ発展の余地が大きいと
みられている。航空規制緩和を受けて、東方航空は傘下の中国聯合航空を LCC に転
換する計画を発表した。これに伴い、聯合航空の航空運賃は 2~4 割程度引き下げら
れるとの期待が寄せられている。
③民間開放モデルプロジェクト
2014 年 4 月の国務院常務会議では、企業の投資自主権拡大とともに、鉄道・港湾等
の交通インフラ、次世代情報インフラ、大型水力・風力・太陽光発電等のクリーンエ
ネルギー、石油・ガスパイプライン及び備蓄施設、石炭・石油加工基地等、80 項目の
モデルプロジェクトについて民間開放が決定された。これに従い、国家発展改革委員
会は 5 月にプロジェクトの詳細を公表した(第 5 表)。80 項目のプロジェクトのうち、
太陽光発電を中心とするクリーンエネルギー分野が 36 項目、石油、天然ガス、石炭
等の従来型のエネルギー分野が 18 項目とエネルギー関連が全体の 3 分の 2 を占め、
次いで、鉄道、道路、港湾といった交通インフラ関連が 24 項目となっている。
10
第 5 表:民間開放プロジェクト
クリーンエネルギー(36)
水力発電
青海省黄河上流の瑪爾擋水力発電所、湖北省清江姚家平水力発電所、四川省霍曲河雄美水力発
電所
風力発電
新彊ウイグル自治区哈密第2期風力発電基地プロジェクト、河北省承徳第2期風力発電基地プロジェク
ト
ハイブリッド発電
太陽光発電
石油・ガスパイプライン及び
備蓄施設(10)
石炭・石油化学
産業基地(8)
交通インフラ(24)
パイプライン
青海省龍羊峡第2期水力・太陽光ハイブリッド発電基地プロジェクト
太陽光発電のモデル事業30カ所
「西気東輸(西部の天然ガスを東部に輸送)」第3ルート工事、陝西省-北京天然ガスパイプライン第4
ルート工事、江蘇省如東-海門-崇明島天然ガスパイプライン工事、吉林省慶鉄線原油パイプライン改
造工事、既存の原油パイプライン安全改造プロジェクト、既存の天然ガスパイプライン改造プロジェク
ト、CNPCの深セン迭福北LNG調峰駅プロジェクト、シノペックの天津LNG受信所プロジェクト
備蓄施設
CNPC陝西224天然ガス地下貯蔵庫工事、CNPC金壇天然ガス地下貯蔵庫第2期工事
石炭化学
新蒙能源オルドスクリーン・コール高効率総合利用モデルプロジェクト、内蒙古華星石炭ガス化プロ
ジェクト、新疆富蘊広匯喀木斯特石炭ガス化プロジェクト、新疆慶華石炭品質別総合利用プロジェクト
石油化学
広東省恵州百万トン級エチレンプラント拡張工事、福建省古雷石油化学産業基地第1期工事、大連
長興島石油化学産業基地第1期工事
鉄道、地下鉄
内蒙古自治区-中部石炭輸送鉄道、吉林省長春-内蒙古西巴彦花鉄道、広東省広州市と佛山市を結
ぶ都市間軌道交通環線、北京市の地下鉄16号線、深セン市の地下鉄6号線
港湾
福建省寧徳港1号バース工事、上海国際水運センター洋山港第4期工事、浙江省寧波-舟山港6~10
号コンテナ埠頭工事、遼寧省大連港大窯湾港区第4期工事、大連港長興島30万トン級原油埠頭工
事、江蘇省蘇州港太倉港区第4期工事、福建省福州港羅源湾港区1~3号バース拡張工事、福建省
廈門港古雷港区南3号バース工事、深セン港塩田港区コンテナ埠頭拡張工事、山東省青島港董家
口港区鉱石埠頭工事
浙江省杭州-江蘇省南京高速道路拡張工事、山東省東阿-聊城国道、江西省南昌-九江高速道路拡
張工事、山東省泰安-東阿国道、湖北省嘉魚長江大橋、湖北省武漢青山長江大橋、湖北省石首長
江大橋、湖北省赤壁長江大橋
新世代情報インフラ 3G、4G移動ネットワーク、大容量ネットワーク、次世代インターネットなどの新世代情報インフラ建設
情報インフラ(2)
試行プロジェクト
民間企業ブロードバンド接続ネット、データセンター、仮想移動体通信運営試行プロジェクト
(注)カッコ内の数値は各分野のプロジェクト数。
(資料)中国国家発展改革委員会「民間投資奨励プロジェクトリスト」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
道路、橋
中央政府の動きが呼び水となり、地方政府でも民間開放プロジェクトの発表が相次
ぎ、6 月だけで 1 兆元を超える規模になった。陝西省では交通、水利、情報インフラ、
天然ガス開発、新エネルギー、文化産業の 6 分野で 39 項目、総投資額 2,704 億元のプ
ロジェクト、江西省では 300 項目のモデルプロジェクトで 2,701 億元の非国有資本導
入を目指す。甘肅省では 100 項目のインフラプロジェクト、広東省では 97 項目、総
投資額 2,120 億元の重大プロジェクトについて入札により民間投資を募る。重慶市で
は傘下の国有重点企業が非公有資本向けに 110 項目 2,650 億元の協力プロジェクトを
発表した。
地方政府債務の拡大が懸念されるなかで新たな資金調達源として民間資本への期
待を高めているようにみえる。しかし、民間企業からは、元来、国有企業に比べ、借
入れコストが高いこともあり、投下資本の回収に時間がかかる長期プロジェクトには
参加しづらいとの意見が出ている。また、民間の資本参加率は最大でも 30%とみられ
ており、発言権が確保されないことにも不満が大きい。民間資本が参入しやすい制度
設計の改善と権益保障に向けた法整備が不可欠といえよう。
④ ネガティブリスト方式に基づく市場参入
2014 年 7 月に国務院(政府)は「市場の公平な競争の促進と市場秩序の維持に関
する若干の意見」を公表した。そのなかで、国務院が市場参入に関し、禁止ないし制
限の対象とする産業、分野、業務等を明記したネガティブリストを策定し、リスト以
11
外の領域には平等に参入することが可能とした。また、地方政府が独自に調整する場
合、国務院の批准を取得しなければならないことも明記した。
もっとも、どこまで市場開放が進展するのかという評価はネガティブリストの発表
を待たねばなるまい。2013 年 9 月、全国に先駆けた改革の試行地域として設立された
上海自由貿易試験区においても、ネガティブリスト方式による外国投資への市場開放
が期待されたが、ネガティブリストには従来の外資系企業全般に対する制限・禁止業
種が多く含まれ、失望を誘ったという前例もある。
(2)金利自由化と民間銀行の新設
銀行業における国有独占が貸出の国有企業への傾斜と民間企業の資金調達難に結
び付いていることが民間企業発展の大きな阻害要因と指摘されてきた。とくにリーマ
ン・ショック後、極端な金融緩和から引き締めに移行するなかで中小企業≒民間企業
の資金難は一段と深刻化した。金融当局は既存の銀行に対して中小企業金融の拡大を
促し、統計上の金額は順調に増加しているようにみえるが(第 3 図)、実態的には国
有企業の子会社や関連会社向けが多いとの報道もあり、中小企業の資金難を訴える声
はいっこうに弱まる兆しがない。
第 3 図:企業規模別の貸出残高
(兆元)
18
16
大企業
14
中堅企業
12
中小企業
10
8
6
4
2
0
06
07
08
09
10
11
12
13 (年)
(資料)中国人民銀行統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
低効率の国有企業部門に貸出資金が集中していることはマクロ経済上では経済合
理性を欠いている。しかし、規制金利下で十分なマージンを確保できる以上、国有企
業のように暗黙の政府保証が期待できないハイリスクの中小民間企業への貸出に消
極的になるのは、ミクロ経済上の銀行の視点からいえば、むしろ、合理的といえなく
もない。
構造改革を掲げる習政権にとって、マクロ上の問題となっている金融の非効率性の
解消は放置し難い重要課題である。このため、政権発足前から中国人民銀行(中央銀
行)は金利自由化に取り組み始めた。預金・貸出基準金利に基づく実際の適用金利幅
の拡大を再開し、貸出金利については 2013 年 7 月の下限撤廃により完全自由化した
(第 4 図)
。日本では金利自由化に伴うマージン圧縮が大企業の直接金融志向と相ま
って中小企業金融拡大に結び付いたとされている。中国でも、人民銀行の周小川総裁
12
が、今後、1~2 年の預金金利自由化実現に自信を示す発言を繰り返しており、いずれ、
同様の効果も期待できよう。ただし、預金金利自由化に対する国有銀行・国有企業の
抵抗は相当に強く、周総裁の見込みほど容易ではないとの見方もある。
第 4 図:金利(1 年物)動向
8
7
(%)
貸出基準金利
貸出金利下限
預金金利上限
預金基準金利
プライムレート
金利の自由化の進展
2004年
10月
貸出金利:上限を撤廃
(下限は基準金利の90%)
預金金利:下限を撤廃
(上限は基準金利)
2012年
6月
貸出金利:下限を基準金
利の80%に引き下げ
預金金利:上限を基準金
利の110%に引き上げ
7月
貸出金利:下限を基準金
利の70%に引き下げ
7月
貸出金利:下限を撤廃
6
5
4
預貸マージン
3
2
2013年7月
撤廃
1
10月 プライムレート公表開始
12月 譲渡性預金(CD)解禁
0
99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
(資料)中国人民銀行統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2013年
11
12
13
14 (年)
こうしたなかで、預金金利自由化に先行し、中小企業金融拡大と銀行業の競争強化
の期待を担って民間銀行設立の動きが本格化している。2013 年 7 月、国務院は「金融
による経済の構造調整と高度化への支援についての指導意見」を発表し、経済構造調
整に資する金融改革を提起した。そのなかで、第 3 条では中小企業への金融サービス
強化、続いて、第 9 条では民間資本の既存金融機関への出資ならびに自らリスクを負
担する民間銀行、ファイナンスリース会社、消費者金融会社等の設立を奨励した。11
月の三中全会の決定でも、
「民間資本による中小型銀行などの金融機関設立を認める」
とした。
これを好機とみて、民間企業による銀行設立の動きが相次いだ。2013 年 8 月、家
電量販大手の蘇寧雲商集団が先陣を切って銀行設立に関する申請を行ったことを公
表し、その後も家電、インターネット、鉄鋼、航空、農業、アパレルなど多様な業界
の企業が同様の申請を行った。
結局、2014 年 3 月、銀行業監督管理委員会は第 1 陣として民間銀行試行の対象と
する 5 行を決定した。5 行は異なる地域、異なる事業モデルの下に各々2 社を発起人
として設立され、発起人となる 10 社にはアリババやテンセントなど、すでにインタ
ーネット資産運用商品を通じて、既存の銀行預金市場を脅かす勢いを示す企業も含ま
れている(第 6 表)。認可要件として、発起人には良好なガバナンス、中核事業にお
ける高い地位、潤沢なキャッシュフローなど、銀行のリスク発生に耐え得る高いリス
ク対応能力が要求されており、リスク発生時の対応と再建についてもあらかじめ計画
が策定されている。さらに、7 月にはそのなかから、テンセント、百業源が発起人と
なる深セン前海微衆銀行、華北集団、麦購(天津)集団が発起人となる天津金城銀行、
正泰集団、華峰集団が発起人となる温州民商銀行の 3 行が正式に設立認可を受けた。
13
第 6 表:新設民間銀行
銀行名
①
深セン前海微衆銀行
②
天津金城銀行
③
温州民商銀行
④
復星銀行
⑤
阿里銀行
発起人企業名
業種
テンセント
インターネット
百業源
投資
華北集団
電線・ケーブル
麦購(天津)集団
投資
正泰集団
電機
華峰集団
素材
復星集団
コングロマリット
均瑶集団
サービス投資
アリババ
電子商取引
万向集団
自動車部品
開設地域
事業モデル
広東省深セン市
大口預金、小口貸出
天津市
法人業務限定
浙江省温州市
地域限定
上海市
浙江省杭州市
小口預金、小口貸出
(資料)中国銀行業監督管理委員会資料等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
5. 望まれる民間企業のダイナミズムの発現
以上の通り、三中全会の決定に沿って混合所有制拡大や国有独占分野の開放を中心
とした企業改革が具体化し始めた。ただし、決定における改革自体が世界銀行の「チ
ャイナ 2030」、国務院発展研究センターの 383 改革プランのような革新性を抑え、既
得権益層に配慮した現実的な案である。それだけに、企業改革のポイント――国有企
業優先主義の修正により、民間企業の市場参入と平等な競争環境がどこまで実現され
るのか――については不透明感が強いとみる向きが少なくない。
確かに、三中全会の決定における企業改革の中核は混合所有制改革であり、383 改
革のように国有企業の業種を明確に限定するという発想は示されていない。それでも、
非公有資本による混合所有制企業への過半出資という位置付けで民間企業による国
有企業の吸収合併が進むとすれば民間主導の経営効率化への期待も高まる。地方政府
債務が膨らみ、不動産市況の低迷により土地譲渡収入も細るなかで傘下の国有企業を
放出する動きに弾みがつくとみる向きもある。
また、民間企業の最大の問題である資金調達難に対しては中小企業専門金融機関を
設立すべきではないかという主張もあったが、結局、民間銀行の新設となった。民間
企業の金融リスクは民間銀行に負担させ、国家としての支援対象はあくまでも国有企
業に限定している点にも国有企業優先主義継続の色彩が濃い。もっとも、民間銀行の
発起人に名乗りを上げたアリババは 2013 年のインターネット資産運用商品の販売に
先行して、2010 年から自社のネット通販サイトに出店する中小企業を対象に小額融資
も展開しており、自社の取引記録などのビッグデータ解析技術を駆使したリスクマネ
ジメントの経験を積み上げてきたと報じられている。新たな審査モデルの創出にはむ
しろふさわしいとも考えられる。
前掲第 1、2 図の通り、民間企業はこれまでも厳しい環境の下で国有企業、外資系
企業との競争に耐え得る企業のみが生き残り、シェアを拡大してきた。三中全会の決
定に基づく企業改革が民間企業にとって多少なりとも外部環境の改善であることは
事実であり、民間企業のダイナミズムの発現を通じた再度の国退民進の起点となる可
能性も否定できない。
国有企業改革と民間企業振興を軸とする企業改革は緒についたばかりであり、早計
14
な評価はし難いが、習政権における構造改革の中核であり、中長期的な中国の成長力
を決定付け得るものだけに、引き続き、その帰趨を注視する必要がある。
以
(H26.7.30 萩原
陽子
上
[email protected])
発行:株式会社 三菱東京 UFJ 銀行 経済調査室
〒100-8388 東京都千代田区丸の内 2-7-1
当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、金融商品の売買や投資など何らかの行動を勧誘するも
のではありません。ご利用に関しては、すべてお客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。
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せん。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は著作物であり、著作権
法により保護されております。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。
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