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こちら - 公益財団法人海外日系人協会
日本だけでなく海外にも進出 通信のほか事業の多角化を推進 川合ウイルソン健司(ブラステル株式会社社長) サラリーマンが嫌で会社設立 私は1983年に県費留学生として初めて来日しました。その時母親の出身地であり群馬県の群馬大学で勉強しました。 工学部は桐生市にありましたので、桐生市に1年間住みました。その3年後、4年後にこんなにブラジル人が日本に住むよ うになるとは思いもしませんでした。 1983年にスタートして1年間の留学を終わってから研修生として、日立製作所に1年間入りました。研修期間がおわ ったあとにもう少し日本でいろいろなことを学びたいと思い、日本で就職しました。就職した会社は、日本で初めてパソコ ンで翻訳(日本語から英語に翻訳)するシステムを開発する会社でした。入社したのが一番忙しい時期だったこともあり、 5カ月間1日も休まないで働いていました。それは今考えれば、この仕事で自分はどこまでやれるかの挑戦でした。 日本で働くことで、日本の良いところ悪いところが見えるようになってきました。その会社では5年間働きました。その 後、日本に残るかブラジルに帰るか迷った末、日本に残るにもサラリーマンにはなりたくなかったのでチャレンジして会社 を創りました。 本日は、会社を経営する中で私が何を大切にしているかを話したいと思います。初めにエヌ・スリー・プラスという株式 会社を創りました。自分の失敗を次のブラジル人が繰り返さないように、そのためにはまず日本語が大切だということで日 本語学校を始めました。留学生、研修生たち、またそのOBたちが日本で仕事をしたいとなったら、日本語をしっかり勉強 していないとうまくいかない現実があるからです。幾つかの日本語学校と提携して、土曜日と日曜日に日本語コースをつく り教室を始めました。 月曜日から金曜日まで働いたり勉強したりしている人に、さらに土曜日曜に勉強を勧めるために説得をしたことも少なく ありません。日本語ができないというハンディキャップを抱えているより、「とにかく1年間、2年間我慢して日本語をマ スターしてください。日本語が習得できたら、その後の未来は開かれているよ」と説得したものです。出稼ぎの日系人は日 本滞在を短いスパンで考える癖があります。ブラジル人のカルチャーかもしれませんが、今だけを大切にして未来のことは そんなに考えていないのです。日本人みたいに貯金して将来どうするか、といった考え方はまずしません。今日を生きて今 日を楽しめたらいいという気持ちが強いのです。そうしたブラジル人に自分たちの将来の生活をどうプランニングしていく かを一つ一つ教え、考え方を変えさせなければなりませんでした。 ブラステルの中でもそういう考え方を生かすために、初めは南米マーケットを中心として電話サービスを開始しました。 1年間やってブラジル、南米だけでは物足りなくなり、日本の外国人マーケットのスペシャリストになろうと思って対象を 広げました。 ブラジル人にかぎらず出稼ぎに来ている人たちは、仕事をするため滞在している人が大半です。彼らは不安定な気持ち的 で暮らしており、不安をプラスに変えようと各国のマーケットは全部その国の出身者に任せました。ブラジルマーケットは ブラジル人、フイリピンはフィリピン人に、そういう形でブラステルはスタートさせました。 国際電話を半額でスタート 初めは、電話でのコールバックシステムという方法を取りました。最初はアメリカに電話し、戻ってきた電話を全世界に つなげたんです。この方法だと、その時代のKDDIの電話料金よりも半額の値段でした。KDDIが360円だったもの を、我々は185円ぐらいに価格設定しスタートしました。 ブラステルはすでに 18 年間やっています。我々が185円でスタートしたものが、今では3円か5円になってしまって利 益が出なくなってきています。だから通信コストは一般ユーザーに対してただと同じになってしまいました。今はインター ネットが普及して無料のものも出てきています。我々も通信分野だけでは利益が出なくなってきました。そのため他の業務 も始めています。 私が在日日系社会に対して支援しているのは、頭を切り替えて考えることのできない大人ではなく、将来のある子どもた ちに対してです。子どもたちの役に立つものであれば、いろんなものに参加してもいいと思っています。親はお金を稼ぐた めに出稼ぎにきたとの考えを変えようがありません。だけど子どもたちは自分の人生をどうするか考える中で、様々な未来 があることを教えてあげないと、将来への選択の幅が小さくなると思うんです。子どもたち一人一人と話をして将来の夢を 語り合うつもりです。 ブラジルの領事が、企業から資金を集めて、各地のブラジル人学校の子どもを東京に連れてきてミュージアムや日本のい いものを見せる企画を5年前から始めています。私も参加して出来るだけの協力をしています。子どもたちに自分たちが働 いているところだけをエリアで過ごすのでなくちょっと外に出て違う人生を見せチャンスを与えたいと思っています。 日本では、ブラジルはBRICsの一員で景気がいいと思われています。確かに経済は成長を続けており、近い将来確実 に人手不足になるでしょう。ブラジルは技術者が今でも足りません。いま日本の工場で働き技術を習得している人たちをブ ラジルで使えないか、日本の企業はもっと真剣に検討してもいいのではないでしょうか。 ブラジルに進出する日本企業の一番頭が痛い問題は、労働問題です。どんなダメな社員でもクビにしたら確実に裁判にな ります。専門の弁護士がいっぱい裁判所の外で待っていて、クビにされた人に裁判を働きかけます。労働者問題では難しい 部分もありますが、 せっかく出稼ぎの歴史が 20 年もあり、 この 20 年でかなりの人たちが日本で働いて経験を積んでいます。 この人たちをもう少し上手く使える仕組みを作れば、すごく面白いことになると思います。 我々のブラステルは、一番多いときは 35 カ国の国の人たちがいました。6年前から日本国内に持っていたコールセンター を海外に移しました。コストの問題で海外に持っていったほうが安く上がるからです。カスタマーセンターは、スリランカ、 フイリピン、インドネシア、タイ、あとは小さいですがベトナムとネパール、ブラジル、それから日本にあります。このカ スタマーセンターのグループ・チャンネルを活用して商品を入れたりすることを考えています。 現在は通信だけでなく送金も始めました。新しい分野として考えているのは、日本の中小企業の持っている技術を海外に 紹介することです。日本の中小企業で作っているものには、すごくいいものが沢山あります。だけど小さい企業は海外に持 っていく力がなく、これはもったいない話です。大手企業は大きなものでないと手を出しません。 一例を挙げれば、去年始めたミルクチェックというものがあります。牛乳の病気を検査するものですが、いまブラジルで はミルク検査に3日間かかります。この機械ではなんと 10 秒で出来るのです。この機会をブラジルの乳業協会に紹介してい ます。この例のようにブラジルでは、小さなものでも十分に商売出来るのです。我々も今後、このような分野でも何ができ るか考えているところです。 外国人の人材斡旋業 もう一つは人手不足の問題、特に建設関係です。日本で 10 年ぐらい働いていた人たちがスリランカとフイリピンの責任者 をしており、建設労働者の派遣を準備してくれと言っています。スリランカとフイリピンを中心にしたリクルートの準備で す。日本に派遣するチャンネルを作るよう指示しています。カスタマーセンター、コールセンターにいる人たちの新しい仕 事ができる仕組みができないかとスタートさせたものです。 スリランカの人たちは日本で 10 年、15 年前まで建設関係で働いていました。私の知る限り、ある時期にみんな追い出さ れてしまいました。この人たちをいち早く使うようにしたのが韓国政府です。その人たちにビザを与え、どうぞ仕事にきて ください、と呼びかけたのです。今はかなりのスリランカ人が建設関係の分野で働いています。再度日本にもどることにな ると若干コストがかかりますが、アジアの人たちはどこの国の人でも日本が大好きな人たちが多くいます。同じ賃金か、少 し低くてもどこで仕事をしたいかと問えば、日本と答える人が大勢います。そこをうまく利用した仕組みを作り上げれば、 外国人も安心して働けると思います。 斉藤俊男(株式会社ティー・エス社長)さんがタイでポンデケージョでうまくやっているので、私もフイリピン、インド ネシアでやるから譲って欲しいと交渉中です。 私が来た時は中曽根康弘さんが総理大臣だったんですね。群馬県の出身だということで話に行った時は、是非日系人とし て二つのカルチャーをしっかり持っている本物の大使になってください、と言われたことを覚えています。その気持ちを今 も忘れていません。どこまで二つのカルチャーをどこまでうまく利用できるか、ブラジルにも日本にも役に立つようになっ ていきたいと思います。 今後日本企業が海外進出するとき、我々のようなベースを持っているところがどこまで役に立つかということを考えても いいんじゃないかと思っています。実際にインターネット電話がすごく発達し、世界中どこに行っても簡単に電話できる様 になっています。ブラステルは各国仕様の電話を持っていますから、その電話で電話すれば日本語だったら日本に、タガロ グ語だったらフイリピンにつながる、そういう時代になってきています。6月のブラジルワールドカップには間に合いませ んが、2年後のオリンピック・パラリンピックには間に合うよう考えていることがあります。海外へ行った人たちが困った とき、英語なら英語で特定の番号に電話したら、そこで通訳してくれる仕組みです。 どのスマートフォンでもスピーカーにしておけば、単純に3人が参加して話ができる仕組みになっています。ここをもう 少しうまく使ったらいろんなことができると思います。会社で営業マンにうるさく言っていることは、毎回、毎回技術者を 連れて行かなくても、時間を決めて本社の技術者が対応するようにしておけば、スマートフォンで仕事ができるわけです。 技術的には出来ますが、実現までにはもう少し時間がかかりそうです。出稼ぎの人もこのシステムがあれば、病気になって も困らないと思います。このシステムについてはすでにスリランカでテスト中です。 日本人が持っているいいものの一つはサービス精神です。簡単には外国人がマネができないものです。日本のカルチャー が全部入っているからです。外国人が日本にきてびっくりするのが、このサービス精神です。どこに行っても、例えばデパ ートに行ったら必ずいらっしゃいませと挨拶してくれます。すごく気持ちがいいものです。外国人の中にはいい気持ちにな るため朝一番にデパートへ行く人が沢山います。 我社では今でも 27 カ国の人が働いています。時間がある限り社員みんなと話すようにしています。文句を言うのは簡単。 しかし自分たちが何かを欲しいんだったらやる気持ちが大切です。それを社員には力説します。私は今もゼロでもスタート する気持ちで働いています。これからも日本やブラジル、あるいは関係している国の役にたちたいと思っています。