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環境対応自動車用 水性塗料の開発
環境対応自動車用 水性塗料の開発 −水性3WET について− Development of Waterborne Automotive Coatings Applicable in 3 Wet System Aiming at Environmental Protection 新 技 術 自動車塗料本部 技術開発部 自動車塗料本部 技術開発部 自動車塗料本部 第1技術部 門脇康二郎 遠藤 貢 平松靖博 Kojiro Kadowaki Mitsugu Endou Yasuhiro Hiramatu 1.はじめに 2. VOC・CO2 排出量の現状 世界的な地球環境保護活動の高まりの中、環境負荷物質 現在、自動車用中・上塗り塗料は一般的には溶剤型が使 の削減は我々にとって重要な課題である。自動車塗装ライン われており、塗装面積当り50∼60g/ßのVOCを排出し においては、塗料中に含まれる大気汚染の原因となるVOC ている。各塗装材料からのVOC排出量比率を図1に示す。 (揮発性有機化合物)や塗装焼付け乾燥炉等でのエネル 中塗り、ベース工程での排出量の多いことが判る。 ギー消費により地球温暖化の原因となるCO2が多く排出さ 各工程でのCO2 排出量比率を図2に示す。各乾燥炉・各 れている。これらを削減するため、環境対応塗料や塗装シス ブースでの温度管理等によるエネルギー消費を示したもので テムの開発が急務である。 あり、特にブースの温度管理に係わるエネルギー消費が大き 環 境 保 護 が 進んでいる欧 州では、すでにD a i m l e r- いことがわかる。 Chrysler社がRastatt工場で、従来の中塗り乾燥炉を省く水 性中塗り/水性ベース/粉体スラリークリヤーの3WET工程 3.システムの概要 を採用し、環境対応塗料と塗装システムによりVOC・CO2 の削減を行っている。日本国内の自動車メーカーの取り組み 3.1 水性3WET塗料の開発狙いと考え方 としては、溶剤型塗料において、中塗り乾燥炉を省いた溶剤 国内で環境対応塗装として採用されている工程は表1に 型中塗り/溶剤型ベース/溶剤型クリヤーの3WET工程採用 示す三つの塗装系がある。塗装系Aは前述したCO2 削減に によるCO2の削減が行われている。また、環境対応塗料で 効果のある溶剤型3WETである。この工程は外観仕上り ある水性塗料採用によるVOCの削減が行われている。し の面において、現行2C1B工程(ベース/クリヤー塗装〔2 かしながら、 VOC・CO2 の両方を大幅に削減するまでには C〕後1回焼付〔1B〕工程)の水準までは達していない。塗 至っていない。 装系Bは現行2C1B工程のベースのみを水性化した工程、 そこで、我々はコストの厳しい軽商用車向けに低コストで 塗装系Cは中塗りとベースを水性化した工程である。両工程 VOC・CO2 の両方を削減できる環境対応自動車用塗料を ともVOCの削減には効果があるが、CO2 排出量、コストの 弊社の重要顧客である自動車メーカー殿と共同開発し、水 面では現行2C1B工程と同水準である。これらいずれの工 性3WETシステムを国内で初めて展開した。 程もVOC・CO2 削減と塗装仕上り外観、低コストの全てを 電着 2% シーラー炉 2% その他 7% クリヤー 19% 中塗炉 4% 上塗炉 4% 電着炉 6% ベース 51% 中塗 21% 前処理・電着 10% 上塗ブース 40% 中塗ブース 18% 図2 各工程からのCO2排出量比率 図1 各塗装材料からのVOC排出量比率 塗料の研究 No.144 Oct. 2005 その他 16% 50 環境対応自動車用水性塗料の開発 −水性3WET について− 表1 環境対応塗装系と期待できる効果 中塗 ベース クリヤー 期待できる効果 分類 塗料タイプ 焼付け 塗料タイプ 焼付け 塗料タイプ 焼付け VOC低減 CO2低減 仕上り 低コスト 現行溶剤型塗装系 溶剤 あり 溶剤 なし 溶剤 あり 標準 標準 標準 標準 環境対応塗装系A 溶剤 なし 溶剤 なし 溶剤 あり 中 大 小 大 環境対応塗装系B 溶剤 あり 水性 なし 溶剤 あり 中 小 中 小 環境対応塗装系C 水性 あり 水性 なし 溶剤 あり 大 小 中 小 狙い 考え方 手法 VOC削減 塗料中の溶剤量削減 中 塗り・ベースの 水 性 化 C O2 削 減 ブース空 調・乾 燥 炉 からの 3 W E T 化( 工 程 短 縮 ) 排出量削減 コスト削減 仕上り確保 新 技 術 技術課題 図3 水性3WET塗料の開発の狙いと考え方 満足するものがない状況である。今回これらを満足 する環境対応水性3WET塗料の開発に取り組ん 【現行2C1B】 【水性3WET】 だ。 水性3WET塗料の開発の狙いと考え方を図3 H/Sクリヤー 30∼35μm に示す。水性3WET化は中塗り、ベースを溶剤型 H/Sクリヤー 塗料から水性塗料化することで塗料中に含まれる VOCの削減を図り、CO2 の削減は発生源の一つ 焼付け 溶剤型ベース 10∼15μm 水性ベース プレヒート 水性中塗 焼付け である中塗り焼付乾燥炉を廃止することで可能とな 30∼35μm る。また、中塗り焼付乾燥炉の廃止は、工程も短縮 できコスト低減にもつながる。 プレヒート 焼付け 溶剤型中塗 15∼20μm 電 着 電 着 3.2 水性3WETの塗装工程 開発システムと現行2C1B工程の塗膜構成を図 前処理 前処理 15∼20μm 4に示す。本システムは中塗り及びベースの水性化を 図4 現行2C1B工程と水性3WETの塗膜構成比較 図り、現行2C1B工程では中塗り塗装後焼付けを 行うが、中塗りを焼付けず中塗り、ベース、クリヤー を塗り重ねるWet on Wet塗装システムである。なお、3WET 3.3 水性3WETの技術課題 工程の場合、中塗りを第1ベース、ベースを第2ベースと称す 本システムは中塗り、ベース、クリヤーを焼付けず塗り重ね ることがあるが、本報では以下第1ベースを中塗り、第2ベー る塗装システムのため、 (1)中塗りとベースとの混層等によ スをベースと表記する。 る仕上り外観低下、 (2)焼付け工程削減のため下地(凹凸) 現行2C1B工程と比較した本システムの塗装工程を図5 隠蔽不足による平滑性低下が懸念される。また、性能面では に示す。本システムでは現行2C1B工程と異なり中塗りの 層間混層による膜物性連続化によりチッピング性能の低下 焼付けを行わないため、中塗り焼付乾燥炉、中塗り品質検 が懸念される。 査工程がなく、工程が短縮される。 今回、現行2C1B工程との違いから生じる種々多様な塗 料的課題に対し、ベース、クリヤーは勿論ではあるが中塗り が最も重要であると考え、水性中塗り塗料の開発を行った。 51 塗料の研究 No.144 Oct. 2005 環境対応自動車用水性塗料の開発 −水性3WET について− 【2C1B工程】 電着 焼付けオーブン 検査 溶剤型中塗 焼付けオーブン 検査 溶剤型ベース 溶剤型クリヤー 焼付けオーブン 検査 【 3 W E Tシステム】 電着 焼付けオーブン 検査 水性中塗 プレヒート 水性ベース プレヒート 溶剤型クリヤー 焼付けオーブン 検査 工程短縮 (工程長) 図5 現行2C1B工程と水性3WETの塗装工程比較 方である下地へのヌレ性、 下地隠蔽性の確保と水性3WET 4.水性3WETの技術の特徴 固有の中塗りとベースの混層制御がある。特に下地隠蔽性 新 技 術 4.1 水性3WET技術の考え方 の確保は水性3WETが中塗り/ベース/クリヤーから成る一 中塗り塗料の開発の考え方を図6に示す。水性3WET 層から形成されているため、中塗り層とベース/クリヤー層の で現行2C1B工程と最も異なるのは中塗りとベースをWet 二層から成る現行2C1B工程に比べ難しくなる。下地隠蔽 on Wetで塗装することである。このことは中塗りとベースの 性の制御要因である熱フロー性をさらに付与しなければな 混層による仕上り外観の低下を引き起こしてしまう。中塗り らない。 層とベース層の混層を制御するためには、中塗りの粘弾性を 耐チッピング性の考え方は、現行2C1B工程同様に衝撃の 制御しベースとの混層抵抗性を上げること、及びベースとの 緩和・吸収等が考えられるが、 これも一層から成る水性3WET 極性差を大きくし根本的に混層を防ぐことである。これらの では制御が難しくなる。そのため、現行2C1B工程以上に柔軟 防止策は、ベース層の水分が中塗り層へ移行し中塗りが再 性及び衝撃エネルギーの分散性が塗膜に求められる。 溶解(低粘性化、再乱流)され引き起こす仕上り外観低下を 防ぐことにもなる。 4.2 混層制御 仕上り肌を平滑にすることは外観品質にとって重要であ 中塗りとベースとの混層の制御には、中塗りの粘弾性の調 る。肌を平滑にするためには、現行2C1B工程同様の考え 整と極性差が重要になって来る。特にプレヒート後、つまり ベースが塗装される前段階が重要 である。今回の開発では、中塗りプ 開発のポイント キーワード 制御要因 レヒート後の粘性を確保するために 凝集力の高いエマルジョンに着目し 中塗り/ベースの混層制御 肌/平滑性 粘度 プレヒート後の粘弾性 水溶解性 極性 ヌレ性 微粒化 下地隠蔽性 熱フロー性 ベースとの混層 粘弾性 衝撃緩和・吸収 柔軟性 層内破壊 脆弱性 素地密着 付着性 た。図7に凝集力を高めた塗料系 のプレヒート過程での粘度を通常の 水性中塗りとの比較で示す。凝集力 を高めた塗料系ではプレヒート過程 において温度上昇とともに粘度も上 チッピング性 昇していることがわかる。 プレヒート後の中塗り塗膜へパラ フィンと水性ベースコートをスポット した時の接触角を表2に示す。プレ ヒート後の凝集力を高めた塗料系 塗膜は、通常の水性中塗り塗膜と 比べパラフィンの接触角は小さく、 より疎水性が大きくなり水性ベース との極性差が大きくなっている。エ 図6 中塗り開発の考え方 塗料の研究 No.144 Oct. 2005 マルジョンの適用により、造膜過程 52 環境対応自動車用水性塗料の開発 −水性3WET について− 1.E+08 160 は4.2項で述べた通りである。ここでは中塗りの下 1.E+07 140 地隠蔽性について説明する。 下地隠蔽性は熱硬化塗料の場合、熱フロー性が 120 高凝集タイプ 1.E+05 100 1.E+04 80 1.E+03 60 ポイントとなる。温度上昇とともに硬化するまでに、 温度/℃ 粘度η*/mPa・s 1.E+06 1.E+01 セッティング プレヒート 1.E+00 0 500 保ちプレヒート後には混層を引き起こさない粘度を 20 焼付け 初期 確保することである。 0 1500 1000 3WETの場合、熱フロー性を追及するあまり低粘度 Tで重要な特性はプレヒート過程では低粘度状態を 40 温度 滑な肌が形成できるかが重要である。ただし、水性 化を図るとベースとの混層を引き起こす。水性3WE 水性中塗り 1.E+02 いかに低粘度状態で流動性を保ち下地を隠蔽し、平 そこで、プレヒート過程で流動性を確保すべくエマ ルジョン量の適性化や顔料の分散度アップによる粘 時間/秒 弾性の調整を行った。その結果を図9に示した。 粘度上昇がプレヒート初期で抑制できプレヒート 図7 中塗りプレヒート時の粘度挙動 後には粘度が確保(回復)されていることがわかる。 この結果、 下地隠蔽性と混層制御が両立できた。 表2 中塗りプレヒート後の塗膜の接触角 接触角 パラフィン 4.4 耐チッピング性 耐チッピング性能で水性3WET塗膜に求められるのは 水性ベース 水性中塗 47.5° 49.1° 高凝集タイプ 29.0° 63.2° 塗膜の柔軟性と脆弱性であると考えた。一見相反するよう に思えるが水性3WETの場合、硬化塗膜としては一層の ため、衝撃をED膜まで伝達しないよう一層で衝撃のエネ ルギーを吸収、緩和しなければならない。現行2C1B工程 において水素結合力等により凝集力が高まり、その結果、粘 であれば、硬化塗膜として中塗り層とベース/クリヤー層の2 度を確保し、かつ疎水化したものと推測する。これらの手法 層で構成されているため、衝撃エネルギーを吸収、緩和する により水性3WETでの混層制御が可能になった。 ことが容易であるが、一層では物性特性が各界面で連続す 4.3 平滑性(下地隠蔽性) する、つまり、塗膜の凝集破壊を利用するのである。エネル 水性3WETは焼付け工程が現行2C1B工程に比べて1 ギーを吸収するためには柔軟性、塗膜が凝集破壊するため 回省かれることから平滑性を確保するためには中塗りの下地 には脆弱性が必要となる。 隠蔽性(下地の凹凸の平滑化)とベースとの混層制御が非常 柔軟性は、樹脂骨格によるところが大きく、塗膜を脆弱に に重要になってくる。そのメカニズムを図8に示す。混層制御 するには、粒子成分や体質顔料の適用が有効である。これ るため難しくなる。そこで、衝撃のエネルギーを吸収し消費 らを満足する手法として、体質顔 料とウレタン成分の適用が有効 であった。図10、図11にグラベ 【水性3WET】 【現行2C1B工程】 ロ試験機による耐チッピング性 下地隠蔽 下地粗さを1回のみで隠蔽 の結果を示した。剥離面積、素 地到達キズとも現行2C1B工程 (塗装後) 上塗 焼付けなし 中塗 焼付け (焼付け時) 上塗 上塗 中塗 中塗 電着 電着 とほぼ同等の結果が得られた。 5.まとめ 今回2004年12月に生産を 開始したダイハツ大分工場へ水 電着 混層なし、 かつ下地隠蔽 性3WETが採用され、水性3 WET塗料のVOC排出量は、 混層による肌不良 欧州メーカートップレベルの20 g/ßの達成が可能である。ま 図8 3WETにおける平滑性のメカニズム た、ソリッド色については中塗工 53 塗料の研究 No.144 Oct. 2005 新 技 術 環境対応自動車用水性塗料の開発 −水性3WET について− 20 80 1.E+06 LW SW 15 60 対策前 40 1.E+04 対策後 Wave Scan値 温度 温度/℃ 粘度η*/mPa・s 1.E+05 5 20 1.E+03 1.E+02 0 200 400 600 800 10 0 0 1000 水性3WET水平 2C1B水平 水性3WET垂直 2C1B垂直 注)LW:平滑性を表す指標。 SW:ツヤ感を表す指標。 いずれも数値が小さい方が良好。 時間/秒 図9 対策後の中塗りプレヒート時の粘度挙動 図12 水性3WET塗料の仕上り外観達成レベル 5 て、水性3WETは従来の軽乗用車と同等の品質を確保す ることができた。シルバー色の品質を図12に示した。 その他要求される塗装品質及び耐候性・耐チッピング性 3 等の塗膜品質についても従来塗装系と同レベルを確保でき ている。 2 6.今 後 1 国内では、大気汚染防止法が改定され、今後益々塗料の 0 水性3WET 水性化、省工程化が重要になってくる。 2C1B 今回軽乗用車向けに塗料を開発したが、今後、さらに仕 (注)剥離面積:評点 良5 劣1 上り外観を向上させ乗用車向けに塗料を開発していかなけ ればならない。 図10 グラベロ試験による耐チッピング性剥離面積結果 素地到達キズ/個 新 技 術 剥離面積/評点 4 5 7.参考文献 4 1)児玉敏、涌田充啓、棚橋朗ら:2004年度色材協会発表 3 2)児玉敏、涌田充啓、棚橋朗ら:第20回塗料・塗装研究発 2 3)Bradford,E.B,andJ.Wvanderhof:J.Macromol,Chem.,1,335 1 4)日本レオロジー学会編、 “講座・レオロジー”、高分子刊 0 5)関西ペイント技術本部著、 “水性塗料の基礎と最新技 会、講演予稿集 表会、講演予稿集 (2005) (1966) 行会、1992 水性3WET 2C1B 術”、コーティングメディア (2001) 図11 グラベロ試験による耐チッピング性素地到達キズ結果 程のない1コート水性ソリッドが採用されており、ダイハツ大 分工場塗装工程として、中塗りブース、中塗り焼付け炉の廃 止等でダイハツ社の従来の3コートラインに対しCO2 排出量 は15%と大幅な低減が図れた。 塗装の商品力として重要項目である仕上り外観につい 塗料の研究 No.144 Oct. 2005 54