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資本主義の中核に存在する倫理性

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資本主義の中核に存在する倫理性
資本主義の中核に存在する倫理性
岩井克人氏
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 教授 会社はだれのものか。株主のものか、
そうではないのか。東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 教授 岩井克人氏は、
この問いに
対して「会社とは何か」という根源的なテーマから独自に紐解いていく。今号では、岩井教授をお招きし、資本主義の仕組みから、
自
己利益追求には還元できない法人の「信任」関係の必然性についてお話をうかがった。
聞き手 ●
幕 亮二 株式会社三菱総合研究所
地域経営研究センター 主任研究員
幣が必要です。貨幣とは何か、貨幣を使
う経済はどういう仕組みなのかを考え達
した結論は、貨幣経済は一種の二律背反
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幕主任研究員(以下、幕)●学生時代に、先
した構造を持っているということです。
生のご著書『不均衡動学の理論』を読み
貨幣のない、物々交換の経済では、互
ましたが、鮮明に覚えているのは、資本
いの交換したいモノが一致し、さらに、そ
主義を、このシステムが効率性を突き詰
の一致する人同士が近くに、そして同じ
めていくゆえに、不安定性を免れないと
時間にいなければ交換できません。貨幣
描かれていたことです。
のない経済は、時間や空間、ニーズの多
岩井教授(以下、岩井)●資本主義には、貨
様性に大きく限定されることになります。
200706 新社会像を語る
貨幣が生まれた経済では、貨幣を媒介
率性を生み出すと同時に安定性に寄与し
することによって交換の数が飛躍的に増
ている。だから、世の中には理想状態な
大します。貨幣は人々の経済活動に自由
どないことを認識して、安定性と効率性
を与え、モノを交換する可能性を広げる
のバランスをいかにとっていくかを考え
ことで、経済の効率性を高めるという性
るより他はないと言うことなのです。
質を持っています。ところが、貨幣は、
ゲストプロフィール
岩井克人
いわい・かつひと●1947 年生
まれ。専門は経済理論。東京
大学経済学部卒、マサチュー
セッツ工科大学 Ph.D.。イェー
ル大学助教授、東京大学助教
授、プリンストン大学客員準
教授、ペンシルベニア大学客
まさに自由を与えることによって、同時
員教授などを経て、現在、東
に資本主義を不安定にさせます。なぜな
京大学経済学部教授。著書に
ら、お金はすぐ使う必要がありません。
幕●近年、日本でも株主利益を追求する
そして、実際、多くの人がお金を使わない
動きが高まりました。そして、それをア
とすると、財・サービスの供給に比べて、
メリカ型の資本主義と考えるステレオ・
需要が減ってしまいます。これが不況で
タイプな風潮もある。しかし、アメリカ
す。逆にお金を使い需要が増えると、ハイ
でも CSR への取り組みは多くの会社で
パーインフレが起きることもあります。
取り組まれていますし、先生の本の中で
経済を効率化する貨幣は、まさに自由
も触れられていますが、ジョージ・ソロ
を与えることによって、必然的に需給の
ス氏のように、巨額の儲けを寄付する人
ギャップを生み出し、世の中を不安定にす
がいる。利益の追求と社会への還元を両
る。効率化しようとすると不安定性が高
立させる努力というか、文化があるよう
まり、不安定性を減らそうとすると、効
にも思います。あるべき経済活動と社会
率が下がってしまう。効率性と不安定性
的利益への貢献の関係を、どのように考
は二律背反の関係になっているのです。
えればよいのでしょうか。
アダム・スミスは、個人が市場におい
岩井●社会的意識の高い株主が、より環
て自己利益のみを追求していくことで、
境に望ましい会社に投資する SRI は、ア
結果的に社会全体の利益に通じる、と
メリカ的経営、株主論理の枠組みの中で、
言っています。したがって、現実の経済
社会的責任を果たす唯一の方法です。
が理想的ではないなら、それは規制や因
ソロス氏は、まずはとことん利益追求
習などが市場の働きを阻害しているから
を行い、儲けた資金を社会的貢献に使う。
だということになる。だから、理想状態
ミルトン・フリードマンも、会社はあく
を実現するためには、市場の働きを阻ん
までも利益追求の道具であり、利益最大
でいる経済外的要因、例えば貨幣賃金の
化が目的である、と言っています。会社
硬直性を取り除けばいいという発想が
が、利益を株主配当以外に使うのは株主
生まれる。これに対して、不均衡動学に
からの盗みだ、とも。しかし、儲けた後、
よれば、貨幣賃金の硬直性は確かに失業
株主が配当された利益をどう使うかは個
などを生み出しますが、だからといって
人の自由で、いわば、個人主義が徹底さ
それを取り除けばいいのかというと、ハ
“Disequilibrium Dynamics”
(日
経・経済図書文化賞特賞)
、
『貨
幣論』
(サントリー学芸賞)、
『会社はこれからどうなるの
か』
(小林秀雄賞)など。
イパーインフレや大恐慌が起こりさらに
不安定性が増してしまうことを重視しま
す。現在、市場がまがりなりに持ちこた
えているのは、例えば賃金水準を公平性
という概念が支えたりして、これが非効
新社会像を語る
200706 15
です。例えば、法人化された東京大学で
は、大学が法律上のヒトとして私の雇用
主となり、雇用契約を結びます。
法人というこの不思議な仕組みは、さ
まざまな人間が集まって組織を作るのを
簡単にします。法人という仕組みがなけ
れているわけです。
れば、集まった人々がお互いに契約を結
しかし、私はこういう立場に反対して
ばなくてはいけません。ところが法人に
います。企業価値というと、一般的には
なると、私は他の人といちいち契約する
株式価値と同一視されますが、これは誤
必要はなく、東京大学との契約書一枚で
解です。経済活動の最終目的は、消費者
済みます。さらに、法人を構成する人が
主権の満足であり、企業の価値とは消費
変わっても、法人自体は永続していきま
者の立場から評価されるべきです。株価
す。このように、とても便利な仕組みだ
の最大化は、株式配当を通して、消費者
からこそ、これだけ発達したわけです。
が自由にできる所得を最大化しますが、
私は法人の仕組みをよく人形浄瑠璃に
それは消費者利益を最大化する限りにお
例えます。会社をヒトとして動かすため
いて正当化されるに過ぎません。しかし、
には、人形を動かす浄瑠璃使いと同じよ
消費者のためには、株価の最大化以外の
うに、生身の人間が必要です。会社で言
方法が正しい場合も沢山ある。たとえば、
えば、代表取締役です。法人も人形と同
組織それ自身が利益を生み出す場合で
じく、本当の人ではありませんから、代
す。
「組織特殊的な人的資産」と言って
表取締役のサインが法人としての会社が
いますが、組織を永続させて組織に有
サインしたものとして見なされる。
用な能力やノウハウが蓄積されていくほ
幕●ヒトとしての法人と、これを動かす
うが、結果的に、社会全体の利益になる
取締役の、ヒト対人としての関係が重要
ケースはたくさんあります。
ですね。
岩井 ●この関係は、アダム・スミスなど
による、基本的な資本主義における契約
幕 ● 企業活動自体が社会的利益に繋が
るということでしょうか。先生はご著書
『会社は誰のものか』で、
「法人」という
仕組みの重要性を指摘されていますが、
企業活動の中心である法人の役割とは何
なのでしょう。
岩井 ● 経済学者が「企業」と言うと、個
人経営のオーナー企業を想定しているこ
とが多いのですが、実際の経済では、大
部分が法人化された会社です。法人とは、
本来ヒトではないものを、法律の上であ
たかもヒトのように扱う、不思議な存在
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200706 新社会像を語る
を主体とした経済モデルの枠組みとは別
のものです。法人(会社)と取締役の関
係において、私はそこに倫理性を導入し
た「信任関係」が鍵になると考えます。
浄瑠璃使いは、一人を除いて黒い服を着
て顔を隠しています。若い浄瑠璃使いは
目立ちたくて自分の顔を出したいと思う
かもしれない。しかし、その感情を抑え
て人形をいかに人間のように動かすかに
徹します。この文楽の世界のように、会
社の代表取締役は、会社という法人の利
益にのみ忠実に行動することを法律に
よって義務付けられています。
実は、19 世紀の中頃に英米で株式会社
法人の起源は古く、経済活動において
が発達し始めましたが、当時の取締役に
は、イギリスの東インド会社が王様から
なる人はいわゆる名望家で、報酬を得て
特許を得て、法人の仕組みを導入したの
はいけなかったようです。法人の利益に
が始まりと言われています。しかし、実
忠実に行動するという、倫理性が要求さ
は当時アングロサクソンには抵抗があっ
れますが、中には悪いことをする人もい
たようで、法人の仕組みはなかなか広が
て、信頼や倫理だけには任せられないと、
らず、むしろ今の会社にあたる活動には、
忠実に行動することを法的に義務付ける
信託(トラスト)という仕組みを使いまし
ようになったわけです。守らなければ信
た。投資家が自分の財産を、経営者にあ
任法における忠実義務違反となり、取締
たる人に信託財産として受託させ、経営
役は背任罪として懲役が課されます。
者が信託受託者(トラスティ)として管
幕●法人という、資本主義の発達に重要
理する形で企業経営を行っていました。
な役割を果たした「発明」にも、二律背
幕●経営者と投資家の、人対人の契約で
反の性格があるということでしょうか。
行われていたのですね。
岩井●資本主義が発達して組織が必要に
岩井 ●「トラスト」は、本来は信任や信
なり、そこでは法人の仕組みがとても便
頼という意味になります。中世の史料を
利だったので浸透していきました。とこ
見るとその起源は後見人の仕組みや僧院
ろが法人はモノなのにヒトであるという
にあるんですよ。後見人と子供の契約で
矛盾した存在なので、実際に法人を動か
は、子供が後見人を全面的に信頼すると
す代表取締役の行動は自己利益追求、自
いう関係になります。後見人は、自分の
己責任という契約関係とは違った信任関
利益を抑えて、子供の利益にのみ忠実に
係が必要になります。必然的に、アダム・
行動しなくてはなりません。僧院の方は、
スミスの描いた、契約関係を拡大し、自
アッシジのフランシスコ派のことなので
己利益を追求することが結果的に公共利
すが、そこの修道士は、私有財産をすべ
益になるという資本主義像に反して、資
て拒否しています。彼らが属する僧院も
本主義の中核に法人が存在し、その発達
財産を持てません。ここに土地を寄進す
に倫理性を要請するようになったのです。
るには、所有権を信頼する人に与え、収
新社会像を語る
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穫を修道士に与えてくれるよう頼まざる
するようになる、と。この「分知化」に
を得ません。土地を受け取った人の倫理
より医者や弁護士、エンジニア、教師と
性に全面的に依拠しなくてはなりません。
いった専門家がどんどん増えていきます。
幕 ●私は、コミュニティ・イノベーショ
そうなると専門家しかわからない情報が
ン研究会という社内有志の会で、公益信
増えることになります。
託などを活用した、地域で資金をまわす
幕●情報が絶対的に非対称になりますね。
仕組みについて研究しています。例えば、
岩井●そうです。それも医者は患者より
住み続けられないマイホームをリバー
も患者の体のことを知っている。法人の
スモゲージにより年金化し、公益信託と
話と同じで悪用する人がいるかもしれま
して基金に積み上げ、これを元に住み続
せん。自己利益追求という、契約関係だ
けられる街や地域を支えることができ
けに還元してしまうのは危険です。分知
ないだろうかと。もちろんタウンマネー
化が進むと、ここでもやはり「信任」が
ジャーや基金の運用者には、高い倫理が
必要になります。職業倫理だけで規制で
求められることは間違いありません。
きないものは、信任を法律で規制する関
係が必要です。ここでも資本主義の発達
は、自己利益追及という契約関係だけで
うまくいくのではなく、実は、逆にかつ
「信任関係」が重要
幕●その他の局面で、
必然的に、信任や倫理を求めることにな
となることがありますか。
ります。自己利益追及であるはずの資本
岩井●先ほど信任の話をしましたが、も
主義の一方で、同時に自己利益を抑える
う一つ、アダム・スミスは、資本主義の
ような信任関係の発達が必然となる。こ
発達とは分業の発達に他ならないと言っ
れはとても重要なことです。
ています。より現代的には、ハイエクの
環境問題を始め市民の意識も成熟して
ように、知識の分業化と言ったほうがよ
います。必ずしも自己利益追求だけに還
い。資本主義が発達すればするほど、一
元できない「信任関係」は資本主義を超
人ひとりが自分の得意な分野での知識や
えて「市民社会」に繋がるのではないで
スキルを身に付け専門性を高めて仕事を
しょうか。
対談を終えて ● 幕 亮二
「単純化することが理論ではありませんよ」。今は亡き指導
教授からたしなめられてきたことを、再度岩井先生に思い出
させられました。資本主義における効率化ツールである、貨
幣、法人、分業のいずれにおいても、効率化の追求が不安定
性を内包しているということ。そのリスクを回避するために
は、
「信任関係」が鍵となること。その関係を維持するための
法整備が進められてきたこと。先生は、度々アダム・スミス
を引き合いに出されておられましたが、
「見えざる手」によ
る制御・調整機能を、単純化した昨今の議論に、警鐘を鳴ら
されていたような気がします。資本主義の発達に不可欠の
「信任関係」が、今後の「市民社会」の基盤として共通のもの
であり、これが資本主義の修正の過程で歴史的に育てられて
きた知恵であることに、社会の明るい未来に自信を持つとと
もに、不断の修正のためにシンクタンクが何ができるのか、
大きな宿題を改めて認識した次第です。
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