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はじめに かつてインドと言えば、閉鎖的な経済運営の下で長期経済停滞

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はじめに かつてインドと言えば、閉鎖的な経済運営の下で長期経済停滞
Kojima Makoto
はじめに
かつてインドと言えば、閉鎖的な経済運営の下で長期経済停滞に甘んじていた国であっ
た。しかしインドは、農業、製造業、サービス部門の幅広い基盤のうえに、過去 20 年間、5
―6% 台の経済成長を実現させ、高いレベルでの持続的な成長軌道を確保するに至っている。
昨今、21 世紀の世界経済を牽引する勢力として、BRICs の動向が新たに注目されるようにな
っているが、まさにインドは中国、ブラジル、ロシアと並んで、BRICs と呼ばれる国々のひ
とつに数えられている。
長期的展望で言えば、インドは2050年までには世界第3 の経済大国になるとの予測が有力
である。インド政府自身、今後の経済成長について強気の姿勢を崩していない。計画委員
(2002 年)では、2020 年までに年間 8.5 ― 9% の国
会が発表した『インド:ビジョン 2020 年』
内総生産(GDP)成長率を達成し、1 人当たり所得(2001 年現在、460 ドル〔2005/06 年現在、
588 ドル〕
)を 4 倍にするとのシナリオが提示されている。また 2004 年 5 月に成立した現国民
会議派連立政権は、
「国家共通最小限プログラム」の下で年 7 ― 8% の経済成長、さらに第 11
次5 ヵ年計画(2007/08 ―2011/12年)では年平均 8.5% の経済成長が目指されている。
目下、経済成長のレベルでインドは中国の後塵を拝しているが、長期的展望という観点
からすれば、インドの今後の発展は中国に比べても遜色なく、より安定的な基盤の上に立
っていると想定することが可能である。第1 に、インドでは独立後50 年以上にわたって議会
制民主主義が定着し、総選挙を通じて政権が交代するというルールが確立されており、政
治システムの正統性と安定性がすでに確保されているということである。第 2 に、過去二十
数年にわたって一人っ子政策を採用してきた中国の場合とは異なり、今後、人口の老齢化
が急速に進行する懸念がないことである。現在、インドは 15 歳以下の人口比率が高いため、
2020 年の生産人口は 2001 年の人口構成比を前提とした場合に比べてもプラスであると展望
されている(1)。第 3 に、インドは中国に比べて成熟した資本市場を有するとともに、グロー
バル展開できるいくつかの世界クラスの企業を誕生させており、グローバリゼーションの
時代に飛躍するうえで有利な条件を具備していることである(2)。ソフトウェア分野ではイン
ドの大手情報技術(IT)企業は、中国の追随を許さない文字どおりの世界レベルの企業に成
長しており、またごく最近、タタ鉄鋼会社がイギリスとオランダの鉄鋼会社であるコーラ
スの買収交渉を進めており、それが実現すれば世界第 5 位の鉄鋼会社に躍り出るという状況
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 24
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
にある。
本稿では、目下、グローバル・プレーヤーとしての地位確立に向けて力強い成長を示し
ているインドについて、1990 年代以降の新たな発展過程をいかに理解したらよいのか、そ
の原動力としての IT 産業の台頭、さらには持続的経済成長の課題について検討することに
したい。
1 サービス産業が牽引する経済成長
独立後、1950 年代初頭から 70 年代末までの期間を通じて、インドはネルー型開発方式の
下で別名「ヒンドゥー成長率」とも呼ばれる年平均3.5% 前後のGDP成長率に甘んじていた。
その後、インドの GDP 成長率は 1980 年代では 5% 台、1990 年代以降では 6% 台の水準を記録
するようになった。1980 年代以降、インドが良好な経済成長を実現するようになった背景
としては、①穀物自給の達成を契機として、農業部門がもはや発展のボトルネックではな
くなったこと、それに、②経済自由化が徐々に導入されたことにより、市場原理、競争マ
インドが産業活動のガイドラインとして確実に浸透し始め、工業部門の生産性向上に大き
な刺激を与えるようになったこと、の2 つが重要である。
さらに 1991 年の経済改革導入後、インドの経済成長はさらに加速傾向を示すようになっ
た。基幹産業分野での公共部門独占体制が撤回されるとともに、民間企業の活動を制約し
ていた産業許認可制度が撤廃された。また閉鎖的な経済運営も刷新され、貿易政策や外資
政策の分野でも着実な自由化措置が講じられるようになった。その結果、輸出依存度は
1980 年代の 4.5% から 1990 年代には 7.7%、さらに 2005/06 年には 14.1% に上昇した。また外国
直接投資においても 1990 年代後半以降、従来よりも高めの水準での流入がみられるように
なり、2000/01年の 29 億ドルから 2005/06年には45 億ドルに拡大した。
1991 年当時、インドは国内外の要因が絡んでマクロ経済不均衡が拡大し、危機的状況に
陥っていた。そのためインドの経済改革は、構造改革(経済自由化)のみならず、経済安定
化をも同時並行的に目指したものであったが、当初優先されたのは安定化政策のほうであ
った。その結果、財政赤字、経常赤字、インフレ率は最悪の事態を脱し、紆余曲折を経つ
つも、改善される傾向を示している。
とりわけ経済安定化政策が功を奏したのは対外不均衡の是正面である。実際、経常赤字
の対 GDP 比率は 1991/92 年以降、1% 台以下に抑えられている。これは、貿易赤字のかなり
の部分が非貿易収支黒字(ソフトウェア輸出に伴う非要素サービス受け取りを含む)によって
相殺されるようになったためである。実際、2001/02 年から 2003/04 年の期間中、経常収支は
黒字に転じていた。庶民生活に多大な影響を及ぼす物価動向についても、1995/96 年以降、
卸売物価上昇率は一桁台の水準に抑えられてきている。
経済改革後の GDP 成長率は、1992/93 年― 2003/04 年の平均で 6.2% を記録した。ただし部
門別でみれば、1997 年以降、農業、製造業のいずれも成長が鈍化している。1994/95 ― 96/97
年から 1997/98 ― 2003/04 年にかけて、農業の年平均成長率は 4.6% から 2.5% に、工業は
10.8% から 5.4% に低下した。農業生産の成長が伸び悩んだのは財政赤字を背景に、灌漑向け
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 25
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
の農業公共投資が低下したことが響いている。また工業成長が鈍化を余儀なくされたこと
については、1990 年代後半に経済自由化が一巡し、硬直的な労働市場やレッドテープ(官僚
的形式主義)に十分なメスが入れられないことが尾を引く結果となっている。
総じてインドの経済成長は、東アジア諸国にみられたような工業部門主導型の実態と異
なるものになっている。実際、インドの GDP に占める工業(第 2 次部門)のシェアは 2005 年
現在、27% であり、中国の47% に比べて一段と低い水準にとどまっているだけでなく、しか
も経済成長が順調に推移するなかで、1990 年には 28%、2000 年には 26% という具合であり、
一向に上昇せず、頭打ちになっている(3)。
1990 年代を通じて、経済成長をリードしているのはサービス部門(商業・ホテル、輸送・
通信、金融・保険・不動産・ビジネスサービス、行政サービスなど第 3 次産業)である。とりわ
け成長力の高い分野として注目されるのが、IT サービス、通信、ホテル、レストランなど
である。1981/82 ― 1990/91 年の期間から 1992/93 ― 2003/04 年の期間にかけて、サービス部門
の成長率は 6.7% から 8.0% に上昇した。また GDP に占めるサービス部門の比率も、1980/81
年の 36.6% から 2000/01年には48.9%、さらに2003/04 年には51.0% に上昇した(第1表参照)。
また雇用拡大が期待できるのも、工業部門ではなく、サービス部門のほうである。実際、
組織製造業(4)の場合、そこでの雇用数は 1997 年の 673 万人をピークにその後はやや減少傾向
にある。組織製造業の場合、企業倒産や労働者の解雇を阻む労働法が温存され、そのこと
が新規雇用の拡大への足枷になっていることは事実である。しかしより重要なことは、経
済自由化の下でコスト削減や競争力強化に向けての努力を迫られ、製造業における労働集
約的性格が薄まりつつあるという事実である。公企業、民間企業を問わず、製造業では合
理化が推し進められる一方、希望退職に基づいた人員削減が図られており、雇用削減につ
ながる結果になっている。
1990 年代以降、確かにインドの経済成長がサービス部門牽引型であったことは否定でき
ないが、ここで留意されるべきことは、21 世紀に入って、自動車、鉄鋼をはじめ製造業も
また力強い成長を示すようになったことである(5)。実際、2004/05 年、2005/06 年と 2 年連続
で工業部門は 8% 近い成長を示し、工業部門もサービス部門と並んで経済成長を牽引するエ
ンジンの役割を果たすようになっている(第1 図参照)。
第 1 表 部門別GDP成長トレンド
改革前10年間
部門
農業
工業
サービス
GDP
(単位 %)
過渡期
改革期
フェイズ 1
(1992/93―
(1981/82―
(1991/92年)
2003/04年) (1992/93―
90/91年)
93/94年)
3.1
7.6
6.7
5.6
−1.5
−1.2
4.5
1.3
3
6.5
8
6.2
5
5.3
6
5.5
フェイズ 2
(1994/95―
96/97年)
(1997/98―
2003/04年)
4.6
10.8
7.9
7.5
2.5
5.4
7.7
5.8
(出所)
Reserve Bank of India(RBI)
, Report on Currency and Finance, 2001―02 ; Ministry of Finance, Economic
.
Survey(various issues)
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 26
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
第 1 図 加速する経済成長
(%)
(1999―2000年価格基準)
12
製造業
サービス
GDP
10
8
6
4
2
0
2001/02
2002/03
2003/04
2004/05
2005/06 (年度)
(出所)
Central Statistical Organisation のデータより作成。
2 躍進する IT 産業
サービス部門のうち、生産、雇用両面で最もダイナミックな拡大を遂げ、その波及効果
も大きいのが IT 産業である。インドの IT 産業が大きく台頭するようになったのは、1990 年
代に入ってからである。1990 年代以降、世界経済はグローバリゼーションと IT 革命という
潮流に見舞われ、大きな変容を迫られている。グローバリゼーションと IT 革命の潮流は、
その発信源である米国経済それ自体に大きな変容を迫っているばかりでなく、米国企業と
の関係を通じて、それはインド IT 産業の台頭をもたらす大きな原動力になった。
留学、海外勤務、移民などを通じて、2005 年現在、米国在住のインド系の人々は、非居
住インド人(NRI)を含めて 230 万人に及んでいる。インド系の人々は圧倒的に高学歴の専
門職の人々が多く、米国の IT 産業を支える貴重な存在になっている。ちなみに米国在住の
インド系住民の 1 人当たり所得は6 万ドル強あり、米国人平均所得を33% 上回る水準にある。
米国企業はインド進出の際、パイプ役としてインド系人材を多く活用するととともに、イ
ンド人 IT 技術者の帰国も増加しており、頭脳還流の動きが顕著になりつつある。米国とイ
ンドの間で緊密な人的ネットワークが形成されており、そのことがインドの IT サービス産
業を開花させる有力な下地を提供してきたのである。コンピューター西暦 2000 年問題(Y2K
問題)を無事クリアしたことで、インドのソフトウェア技術に対する信頼性は一段と高まっ
た。
2005/06 年現在、インドの IT 産業は 364 億ドルの規模に達し、その売り上げは GDP の 4.8%
を占めるまでになっている。インドIT 産業の特徴として、次の3 点を指摘することができる。
第 1 に、ハードウェア(PC、周辺機器、ネットワーキング機器)よりもソフトウェア(IT サー
ビス)に大きく傾斜した構造になっていることである。IT 産業の構成比をみると、1990 年前
半まではハードウェアがソフトウェアを圧倒していたが、1996/97 年以降、ソフトウェアが
ハードウェアを上回るようになり、2005/06 年現在、IT 産業に占めるハードウェアのシェア
は19% にとどまっている。
第 2 に、インドの従来の産業とは対照的に、典型的に輸出志向型であることである。
2005/06 年現在、IT 産業全体に占める輸出シェアは 64% であり、ハードウェアを除いた IT サ
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 27
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
第 2 表 インドの ITサービス輸出
ITサービス
ITES-BPO
エンジニアリングR&Dサービス
およびソフトウェア製品開発
全体
(単位 10億ドル)
2003/04
2004/05
2005/06 E
CAGR*
7.3
3.1
10.0
4.6
13.2
6.3
34.5%
42.6%
2.5
3.1
3.9
24.9%
12.9
17.7
23.4
34.7%
(注)
*CAGR(年平均成長率)は、2003/04 年から2005/06年までの期間である。
(出所)
NASSCOM, The IT Industry in India: Strategic Review 2006.
ービス全体に占める輸出シェアは79% に上っている。
第 3 に、限りなき IT 革命の進展と産業横断的な IT 化の進行を反映して、インドの IT 産業
それ自体が急速な広がりと多様化をみせていることである。インド・ソフトウェア・サー
ビス企業連盟(NASSCOM)の『2006 年版年報』によれば、インドの IT 産業は IT-ITES 産業
として一括され、① IT サービス、② ITES-BPO、③エンジニアリング研究開発(R&D)サー
ビス、ソフトウェア製品開発、④ハードウェアの 4 分野に分類されている(第 2 表参照)。た
だし本稿で IT サービスという場合、ソフトウェア・サービスに限定した狭義の IT サービス
ではなく、②と③を含む広義の IT サービスであることに留意されたい。
IT サービス分野では、従来のソフトウェア・サービスに加えて、IT 活用サービス(ITES)
あるいは事務委託(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)としての ITES-BPO が 1990 年代
末より急速に拡大するようになった。当初、IT サービスはプログラミング、メインテナン
スなどバリュー・チェーン(価値連鎖)の下流に位置するものが圧倒的であったが、徐々に
システム・インテグレーション、ソリューションなど高付加価値、高収益の上流に位置す
るものが増加するようになってきている。また ITES-BPO(顧客サービス、財務、総務、コン
テンツ開発、支払いサービス、医療事務サービスなど)についても、そこで要求されるスキル
レベルはソフトウェア・サービスに比べて概して低いとされてきたが、近年、データ調
査・管理、マーケット・リサーチ、株式調査・保険数理、医療コンテンツ・サービスなど、
高度の専門性を要求される知識プロセス・アウトソーシング(KPO)が急成長する傾向にあ
る。さらに近年では、上記の IT サービスや ITES-BPO に加えて、コンピューターを用いた設
計・製造支援サービスを提供するエンジニアリング(CAD/CAM)、組込みソフトウェアなど
先端のモノづくりに直結したサービス、あるいはソフトウェア製品開発など高度な技術知
識を要求されるものが台頭するようになった。
IT サービス輸出は米国向けを中心に 1990 年代を通じて年平均 50%、また 21 世紀に入って
IT 不況に直面したにもかかわらず、30% 近い成長を示しており、文字どおりインド最大の輸
出品目であり、2004/05 年には 177 億ドル、さらに 2005/06 年には 234 億ドルを計上した。現
在の趨勢が続けば、2009/10 年までに IT サービス輸出は 600 億ドルに達し、サービス貿易を
含む輸出全体に占めるシェアも 2004/05 年の 14% から 31% に拡大することが見込まれてい
る。インドはすでに世界の IT ハブとして、揺るぎない地位を確立している。2005 年現在、
海外アウトソーシング (オフショアリング) 先に占めるインドのシェアは、IT サービス
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 28
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
(ITES-BPO を除く)では 65%、ITES-BPO では 46% に及び、2 位以下の国を大きく引き離して
いる。
IT サービス輸出のプレーヤーを構成しているのが、民族系ソフトウェア企業、それに外
資系企業(自社内センター)である。IT サービス輸出の約 70% を担っているのが、3000 社強
存在する民族系ソフトウェア企業である。TCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)、イ
ンフォシス、ウィプロ、サティヤム、HCL など民族系トップ 5 社はいずれも世界レベルの IT
企業であり、2004/05 年現在、上記 5 社だけで IT サービス輸出全体の約 46% を占めている。
民族系トップの TCS を例にとると、2005/06 年の売上高は前年度に比べて 33% 増の 29.7 億ド
ル、2006 年 6 月現在、従業員数は 6 万 7000 人に及んでいた。同社の活動拠点は単にインド国
内にとどまらず、米国、欧州、南米、中国など世界 11 ヵ国 41 ヵ所に海外拠点をもち、まさ
にグローバル・デリバリー・モデルに基づいてインド国内外から世界市場向け IT サービス
の提供を図っている。同社の活動で特に注目されるべき点は、グローバル IT 企業としての
地位向上を目指して、売り上げの 4.5% を R&D 活動に計上し、金融ソフト製品、自社内ソフ
ト開発用の自動化ツール、e-セキュリティー、さらにはゲノム解析やドラッグデザイン向け
のバイオインフォマティクス製品の開発など各種 R&D に最大限の努力を傾注していること
である。
他方、外資系企業(自社内センター)に目を向けると、現在、400 社を超える企業がイン
ドで開発センターを設立している。IT サービス輸出に占める外資系企業のシェアは拡大す
る傾向にあり、1999/2000 年の 14 ― 15% から 2004/05 年には 30% に拡大している。世界の IT
トップ 10 社の場合、本国以外での最大規模の R&D センターの立地はインドに求める傾向に
ある。とりわけ自社内センターが大きなシェアを占めているのは ITES-BPO の分野であり、
そこでのシェアは 65% 強に及んでいる。自社内センターは機密性が高く、民族系企業にア
ウトソーシングする場合に比べて知的財産権の流出の恐れが少ないという利点がある。
IT サービスは技能集約的、高生産性活動であり、その労働生産性は製造業の 2 倍に及んで
いる(6)。IT 産業で特に注目されるのは、IT 技術者が享受する所得は他業種に比べて格段に高
く、しかも年々、その雇用数が急激に拡大しつつあることである。実際、技術者の雇用数
は 1990/01 年には 5 万 6000 人であったのが、その後 2000/01 年には 52 万 2000 人、さらに
2005/06 年には 128 万 7000 人に拡大したと推計されている。1999/2000 ― 2004/05 年の期間中、
IT 技術者の雇用成長率は年平均 25% に及び、毎年、20 万人の雇用増を続けている。雇用効
果全体でみれば、通信、電力、建設、施設管理、輸送、賄いなど間接雇用、さらには高所
得を享受する IT 技術者の消費支出に伴う誘発雇用を含めれば、2005/06 年の場合、直接雇用
とは別に 300 万人の雇用が創出されたものと推計される。
インド IT 産業の今後の課題は、ソフトとハード、また国内市場と輸出との間でのバラン
スのとれた発展をいかに確立するかに求められる。ソフトとハードは不可分の関係にあり、
IT 産業にとってハードウェアの充実は不可欠である。ハードウェアの充実にとって重要な
のは、一定規模以上の国内市場の存在である。ハード面での中国の優位性は、コンピュー
ターの保有台数においてインドの 6 ― 7 倍の水準にあることに示されている。他方、携帯電
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 29
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
話に目を転ずれば、インドの加入者数はすでに 1 億人を超え、相当規模の国内市場が存在し
ており、2007 年には携帯電話の約 80% がインド国内で生産される見込みである。ハードウ
ェアの充実は、組込みソフトウェアの面での競争力強化を図るうえでも、きわめて重要で
ある。また e ガバナンスの推進、それに PC やインターネットの普及を通じてのソフトウェ
ア国内市場の充実は、IT 産業の基盤を強化するためにも不可欠である。今後、インド国内
で IT 化が産業横断的に進行するなかで、IT 産業は他の産業の生産性を高める enabler として
の役割を発揮することが期待される。
3 持続的経済成長に向けての政策課題
1991 年の経済改革導入後、既述したようにインド経済は成長軌道に乗り、着実な拡大を
示してきた。5 ヵ年計画期でみた年平均成長率は、第 9 次計画(1997/98 ― 2001/02 年)の 5.5%
から第 10 次計画(2002/03― 06/07年)には約 7% を実現する見込みである。この数値は目標成
長率の 8% には及ばないものの、これまでの 5 ヵ年計画期のいかなる実績をも上回る水準で
ある。経済成長が着実に進展する過程で、徐々にではあるが、インドの宿弊である貧困問
題は間違いなく軽減される傾向にある。実際、計画委員会によって公表された数値によれ
ば、貧困線以下の比率は1993/94 年の36.0% から 1999/2000年には26.1% に低下した(7)。
貧困線以下の比率が低下したとはいえ、1999/2000 年現在、インドが抱える絶対的貧困者は
依然として 2 億 6000 万人という膨大な数に及んでいる。実際、国民の福利厚生にかかわる分
野では、インドは全般的にスリランカや東アジア諸国に比べて大きな遅れをとっている。初
等学校の就学率は統計上100% になっているが、途中で約30% の児童がドロップアウトする。
家計の 70% は改良型トイレを設置しておらず、また電気を引いている家計は全体の 55% に
とどまっている。さらには 5 歳以下の幼児死亡率をみると、2003 年現在、人口 1000 人当た
りスリランカの 15 人、中国の 37人であるのに対して、インドでは87 人という高さである(8)。
議会制民主主義が政治システムとして定着しているインドでは、総選挙、さらには州議
会選挙を通じて、国民の多数意見が政治に反映される仕組みになっている。そのため経済
開発の推進に際しても、それが国民の大多数を占める貧困層、社会的弱者の経済的底上げ
を伴うものでなければ、選挙民からの支持を得られず、頓挫せざるをえないことになる。
2004 年 4 ― 5 月に実施された第 14 回下院総選挙で、それまでの経済成長の実績を引っ下げ、
「輝くインド」
(Shinning India)という謳い文句で選挙戦に臨みながら、インド人民党連立政
権(国民民主同盟)が敗北したのも、経済改革の恩恵に与らなかったとの不満を抱く農村貧
困層から見放されたためである。
他方、現在の国民会議派連立政権(統一進歩同盟)は、政権発足時に発表された共通最小
限綱領に基づいて、経済改革路線を継承しつつも、社会的調和の維持という観点から雇用
や農業を重視し、社会的弱者に強く配慮した政策を採用している。それを象徴しているの
は、社会的セーフティーネットとしての意味合いをもった農村雇用保障計画の実施である。
これは貧困線以下の農村家計を対象に、1 人 1 日当たり 100 ルピー(1 ルピー=約 2.5 円)のコ
スト負担に基づいて年間 100 日分の雇用提供を保障するもので、2006 年 2 月に正式に実施に
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 30
長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
移された。
目下、経済開発の推進に際して、インドで強く目指されているのは、雇用拡大と貧困緩
和を伴う高レベル経済成長の実現である。ちなみに第 11 次 5 ヵ年計画(2007/08 ― 2011/12 年)
では、冒頭で述べたように年平均 8.5% の GDP 成長率が設定されるとともに、部門別には農
業3.9%、工業9.9%、サービス 9.4%の成長率が目指されている(9)。
雇用拡大と貧困緩和を伴う高レベル経済成長の実現に向けて、インドが取り組むべき課
題として重要なのは、特に次の 2 点である。第 1 に指摘されるべき点は、残された規制緩和
の分野にさらなるメスを入れることである。1991 年に経済改革が導入され、それによって
多大な成果が上がったものの、いまだ規制緩和の徹底が図られていないため、農業、工業、
サービスなど部門別成長にとっての足枷になっているものが少なくない。例えば、産業許
認可制度が事実上撤廃されたとはいえ、砂糖、石油精製、肥料、製薬の分野では、いまだ
に経済統制の対象から外されていない。また1973 年の石炭鉱業国有化(改正)法が施行され、
国有化されて以来、石炭産業はいまだに民間部門の自由な参入が認められておらず、エネ
ルギー供給面で支障を来たす結果になっている。農業分野では、農産物の加工、流通を規
制する法律が残存しており、農業多様化やアグロビジネスの発展を阻害する要因になって
いる。
とりわけ工業部門の場合について言えば、特に次の 2 つが留意されるべきである。ひとつ
は、インドでは工業生産が顕著に拡大する場合でも、そこでの雇用吸収力はきわめて限定
されたものになっていることである。その最大の要因は、労使紛争法に代表される労働関
係法に基づいて、企業閉鎖や労働者の解雇が州政府の許可対象となっているため、雇用調
整に柔軟に対応することが難しいことにある。そのため企業は従業員の雇用拡大には躊躇
せざるをえず、いきおい労働集約的ではなく、資本集約的な生産方法の採用に走ることに
なる。もうひとつは、小規模単位の保護を目的とした留保政策が温存されていることであ
る。留保政策の対象はひところの 800 品目強から現在では 326 品目に削減されているものの、
留保品目では中・大企業の参入が規制されているため、当該品目について規模の拡大や生
産性向上が困難であり、輸入自由化の下で外国品との競争で不利な状況に追い込まれる結
果になっている。
第 2 に指摘されるべき点は、ガバナンス面での改善である。このことが強く求められるの
は、とりわけ州政府レベルの場合である。インドでは憲法の規定上、農業、教育、保健衛
生、インフラストラクチュア分野(通信と鉄道を除く)などの分野は、州政府の専管事項、
あるいは中央政府と州政府の共同専管事項とされており、州政府は経済開発面できわめて
強い権限を付与されている。州によっても大きな相違があるが、政治的腐敗、レッドテー
プなど概して州政府はガバナンス面で大きな課題を残している。貧困線以下の家計を対象
にした食糧配給制度も、ビハール州など貧困州ほど十分機能していない傾向にある。また
インドの電力事情は劣悪であり、産業活動に対する重大な制約要因になっている。電力供
給を担っているのは大方において州電力庁(SEB: State Electricity Board)であるが、SEB は慢
性的な経営赤字に陥っており、健全な電力供給ができない状況にある。その根本原因は、
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長期的成長が見込まれるインド経済とその課題
盗電が蔓延し、電力供給の約 40% が送配電ロスとして計上されるまでになっているにもか
かわらず、それを改善できないでいる州政府のガバナンスのあり方に求められる。
4 インフラ整備の課題
インド経済が今後とも着実な拡大を続けていくうえでの鍵を握っているのが、インフラ
整備の動向である。近年、民間部門の参入に基づいて、通信設備は急速に整備されつつあ
るが、大きな課題として残っているのが、電力部門、それに鉄道、道路、港湾の物流部門
である。上記インフラ分野のなかで、とりわけ改革への道のりが平坦ではなく、従来の混
合経済体制の下での宿弊が凝縮されているのが電力部門である。
(1) 電力部門
インドの電力不足は、1980 年代以降、経済成長が回復・加速し、電力需要が拡大するな
かで表面化するようになった。電力不足はやや緩和する傾向にあるとはいえ、2006 年現在、
最大電力の 12.2% に達している。日常的に停電、不安定な電力供給に見舞われており、その
ため工場・事業所の多くは自家発電・UPS(uninterrupted power supply)の設置を余儀なくされ
ている(10)。国民生活に直結するもうひとつの問題は、各家計への電気の普及を示す電化率が
いまだ 2001 年現在、55%(農村では 45%)にとどまっているという事実である。電気が普及
すれば、冷凍貯蔵やコールドチェーンが可能となり、農業部門の活動も多様化し、より付
加価値の高い活動が展開されることになり、農総所得の向上につながることになる。
2006 年 2 月現在、インドの電力事業体の発電設備は日本の約 45% に相当する 12 万 3668 メ
ガワット(MW)のレベルにある。発電部門の所有形態別構成では、州部門 57.1%、中央部
門 32.3%、民間部門 10.5% となっている。電源別構成では、火力 66.4%、水力 26.0%、原子力
2.7%、再生可能エネルギー(風力を含む)4.9% となっている。石炭火力が主力であり、全体
の 55.5% を占め、その他火力ではガス 10.0%、石油 0.9% になっている。インドは豊富な石炭
産出国であるが、国内炭は灰分の含有量が多いため、火力発電に使用する石炭の半分は輸
入炭に依存せざるをえない状況にある。また石油・天然ガスについては、供給の約 70% を
輸入に仰いでいる。インドでは原子力発電は稼動しているものの、そのシェアはいまだ小
さい。
インドの電力問題は、SEB の経営赤字が絡んだ構造的問題に帰着する。そのために単に民
間部門の参入や発電所の増設によって電力不足の解消を図れば事足りるという問題ではな
く、深刻化する SEB の経営赤字にメスを入れ、その機構改革を図ることが問題解決の鍵に
なっている。SEB の赤字は州政府からの補助金、州政府保証のSEB 債の発行などによって補
填される。SEB の経営赤字は中央政府、州政府双方の財政赤字の原因を構成し、電力部門向
け公共投資の抑制、電力供給低迷・経営赤字の悪循環を形成している。
SEB の経営赤字には多くの要因が作用している。第 1 に、農業部門や家庭部門にはコスト
を大幅に下回る料金が適用され、合理的な料金制度が欠如していることである。第 2 に、盗
電を含めて送配電損失率が 40% 以上に及び、料金の請求・徴収が杜撰であることである。
煎じ詰めれば、利用者負担の原則が貫徹されていないということである。それ以外にも、
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SEB の過剰人員、低いプラント負荷率、自家発電の普及といった要因も作用している。
中央政府主導の下で SEB の経営体質改善を促すべく、中央政府との合意書(MOU)締結
を伴う各種誘因措置が講じられた。また 2003 年にはこれまでの電力関連法を統合した「電
力法」が新たに制定された。
「2003 年電力法」は競争原理の導入、消費者利益の保護、電力
普及の促進という観点から制定されたもので、
(1)
2 年以内を目処にメーター設置の義務付
(3)
盗電への厳
け、
(2)
配電ネットワークへのオープンアクセスの実施(期限: 2009 年 1 月)、
しい罰則の適用、
(4)
貧困線以下、かつ毎月の電力消費量が 30 単位以下の家庭向け最低料金
(コストの 50%)の設定、
(5)
自家発電から免許事業者・消費者への電力供給、など意欲的な
内容が多く盛り込まれている。ただし、
「2003 年電力法」は、基本的には電力改革の道筋を
提示したものであり、最終的な実施上の権限は州政府に委ねられている。
SEB 改革の進捗状況をみると、州によって足並みに相違がある。インド全土28 州のうち、
州電力規制委員会は 24 州ですでに設置されており、州電力規制委員会によって電力料金が
設定されている州は 20 州に及んでいる。さらに SEB の業務分離・法人化を定めた州電力改
革法を制定した州は、オリッサ、ハリヤナ、アンドラ・プラデーシュ、カルナータカ、ウ
ッタル・プラデーシュ、ウッタランチャル、ラージャースターン、デリー、マディヤ・プ
ラデーシュ、グジュラート、マハラシュトラなど 10 州である。盗電防止法については、西
ベンガルなど5 州ですでに制定されている。
SEB 改革の最大の眼目は、配電ネットワークへのオープンアクセスや配電部門の民営化を
含む配電部門の改革にある。しかし配電部門の民営化について、それを実施した州はこれ
までオリッサ、デリーの 2 つだけである。1998 年のオリッサに続いて、デリーにおいて配電
部門が分割・民営化されたのは 2002 年であった。デリーでは盗電が横行し、送配電損失率
は 50% 前後の高さに及んでいたが、民営化後 3 年間で送配電損失率は 7 ― 15% ほど低下する
に至っている。
目下、インドでは電力不足解消という観点から、2012 年までに 10 万 MW の追加発電設備
の設置を目指し、4000MW 級の 5 つのメガプロジェクトを含め、民間部門による発電所建設
が奨励されている。今後、インドの電力部門が大きく前進するかどうか、その最大のポイ
ントは、利用者負担の原則の徹底を図りつつ、SEB の配電部門改革を軌道に乗せるうえで、
どこまで強力な政治的リーダーシップを発揮できるかという点にある。
(2) 物流部門
インドの鉄道はすでに飽和状態にあり、安全性や輸送能力の強化において大きな課題を
残している。鉄道輸送の利点は、石炭、鉄鉱石、食糧など大口輸送にある。第10 次 5 ヵ年計
画(2002 ― 07 年)では、新規敷設、広軌への転換、複線化を通じて広軌鉄道網を 5000km 追
加することが目指されてきた。インド国鉄は料金面その他で政治的圧力に晒されており、
経営自主権の確立は達成されていない。最近の動向として、鉄道ネットワーク上のコンテ
ナ輸送における民間参入が認められるようになった。第 11 次 5 ヵ年計画中には、デリー―ム
ンバイ、デリー―ハウラー(コルカタ〔カルカッタ〕)間の高速貨物専用鉄道の建設が着手さ
れる見込みである。
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道路は鉄道に代わってすでに輸送面での主役の座にあり、貨物輸送の 70%、旅客輸送の
85% を占めている。総じて、インドの道路事情は劣悪である。全天候型の道路が整備されて
いないため、雨季には外部との物流面で支障を来たす地域が少なくない。現在、インドで
は本格的な 4 車線高速道路プロジェクトが進行中であり、大きな期待が寄せられている。ひ
とつはデリー、ムンバイ、チェンナイ、コルコタを結ぶ総延長距離5546km の「黄金の四辺
形」であり、2006 年 6 月末現在、すでに全体の 92% が完了している。もうひとつはインドの
東西南北の両端を貫く総延長距離 7300km の「東西南北回廊」であり、2005 年 9 月末現在、
全体の 10.7% が完了し、2008 年末の完成が目指されている。道路建設の資金調達には、公共
部門のみで賄うことは想定されておらず、一部の箇所は BOT(Build Operate Transfer)方式あ
るいは官民パートナーシップ・スキームとしての SVP(Special Purpose Vehicle)方式に基づい
て、シンガポール、マレーシアなど外資を含めた民間部門の参入が開始されている。
インドの港湾は中央政府管轄下の12 のメジャー港と州政府管轄下の185 のマイナー港から
構成されており、前者が貨物総量の 90% を占めている。2004/05 年現在、メジャー港での貨
物取扱量は 3 億 8380 万トンであり、前年度に比べて 11.3% の増加であった。近年、インドの
港湾設備は改善される傾向にある。平均滞船時間は、1997/98 年の 6 日強から 2004/05 年には
3.4 日に短縮された。しかしながらシンガポール港の 6 ― 8 時間に比べると、依然として大き
な格差がある。またコンテナ輸送も増加し、メジャー港での取扱量の約 15% を占めるまで
になっている。しかしながら年間取扱量が 2193 万 TEU である香港に比べると、インド最大
のコンテナ港であるジャワハルラル・ネルー港の取扱量でも 237 万 TEU にとどまっており、
香港の 11.4% ほどの規模でしかない。総じてインド発着の貨物輸送コストは高くつき、産業
全般の国際競争力をそぐ結果になっている。
現在、インドでは港湾の効率性改善、取扱・処理能力の向上を図るべく、港湾業務の民
営化が進行中である。そのモデルとして注目されているのが、ジャワハルラル・ネルー港
でみられたBOT方式に基づくコンテナ・ターミナルの建設である。
(3) 通信部門
他方、電力をはじめインフラ整備で大きな問題を残しているなかで、唯一、急速な進展
がなされているのが通信分野である。通信は電力のような中央政府と州政府の共同専管部
門ではなく、中央政府の管轄下にある。州政府の権限が及ばないため、改革のテンポは速
やかである。改革に向けて大きな流れを形成したのは、
「1999年国家通信政策」が発表され、
通信分野での公企業独占体制が打破されたことにある。
従来、固定電話サービスは BSNL と MTNL(デリー、ムンバイ担当)の 2 大公企業が、また
国内長距離電話サービス、国際電話サービスもそれぞれ BSNL、VSNL の公企業が独占して
いたが、2001 年以降、固定電話サービス分野で民間企業が参入し、現在、合計 8 社の間で競
争が展開されている。公企業の民営化という面でも、VSNL の経営権がタタ・グループに移
管され、新たな展開を迎えている。
携帯電話サービスの分野では、当初、主要都市を対象に民間企業が営業を行なっていた
が、2001 年より公企業の BSNL、MTNL も参入し、厳しい競争が繰り広げられるようになっ
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た。現在、携帯電話の分野では大手のバルティ、リライアンス、BSNL、ハッチソンなどを
中心に10 社を超える企業が参入している。
料金値下げを背景として、近年、インドでは電話が急ピッチで普及しつつある。電話加
入者数は 1991 年には 550 万人(電話普及率 3%)でしかなかったのが、その後 2004/05 年には
9841 万人(携帯電話は 5222 万人)、さらに 2005/06 年には 1 億 4032 万人(携帯電話は 7594 万人)
に増大した。とりわけ携帯電話の普及は目覚しいものがあり、すでに 2006 年 5 月には 1 億人
の大台を超え、日本の携帯電話加入者を上回るに至った。現在、電話普及率は農村では3%
にとどまっているが、都市では 31% に達している。
おわりに
インドは、今後とも貧困問題やガバナンスの問題を抱えつつも、少なくとも年間 6% 前後
の経済成長を長期的に確保できる見込みである。またインフラ整備の問題で特に躓くこと
がなければ、それ以上の経済成長を期待することも可能である。インドの貧困問題は依然
として深刻であり、北インドのヒンディー・ベルト地帯の貧困州であるビハールやオリッ
サでの改善は進まず、依然として 40% 以上の人々が貧困線以下の状態にある。しかしなが
ら 1990 年代を通じて貧困線以下の比率が全体的に低下していることは事実であり、所得格
差は拡大しているものの、貧困問題は持続的な経済成長が進行するなかで、徐々に改善さ
れる性格のものであると考えられる。
11 億の人口を抱えつつ、高レベル経済成長を続けているインド経済に対して、現在、欧
米のみならず東アジア諸国など、世界から熱い眼差しが注がれている。中国が「世界の工
場」であるとすれば、インドは「世界の IT ハブ」として、その地位を着々と築きつつある。
米国企業は IT サービスのインドへのアウトソーシングを通じてコスト節約を図るだけでな
く、R&D の分野でもインドの人材を活用している。インドの最大の強みは、ソフトウェア
を中心に知識集約的産業を担う人材を豊富に擁していることである。ソフトウェア産業に
続く比較優位産業として、医薬品産業やバイオ産業が有力である。また近年、製造業分野
でも力強い生産拡大がみられる。世界経済におけるインドの重要性がますます高まるなか
で、今後、国内市場、生産拠点、あるいはアウトソーシング先として、インドの潜在力を
いかに活用すべきか、グローバル戦略の展開を迫られる日本企業にとっての大きな課題で
ある。
( 1 ) 2002 年現在、14 歳以下の人口比率は、中国 21% であるのに対して、インドでは 33% である。
2001 年の年齢構成を前提にした場合と差し引きした 2020 年の生産人口(15 ― 59 歳)は、中国では
マイナス 1000 万人であるのに対して、インドではプラス 4700 万人であることが見込まれている。
All India Management Association, The Boston Consulting Group, India’s New Opportunity-2020, Confederation
of Indian Industry, 2003.
( 2 ) National Intelligence Council, Mapping the Global Future: Report of the National Intelligence Council’s
Project, NIC, 2004.
( 3 ) Asia Development Bank, Key Indicator 2006.
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( 4 ) 組織部門とは、公共部門および「工場法」が適用される従業員 10 人以上の民間部門より構成さ
れる部門である。
( 5 ) 2001/02 年から05/06 年にかけて、インドの自動車産業をみると、四輪車の生産台数は 83万台から
170 万台に、自動二輪は 427 万台から 760 万台に、また自動車部品生産額は 44 億 7000 万ドルから
100 億ドルに拡大した。また同期間中、最終鋼材生産の場合も 3067 万トンから 4264 万トンに拡大
した。
( 6 ) RBI, Report on Currency and Finance 2001 ― 02.
( 7 ) 1993/94 年のデータに整合的で比較可能な最新のデータは、2004/05 年に実施されたNSS(National
Sample Servey)のサンプル調査に求めることができる。それによれば、2003/04 現在、インドの貧
困線以下の比率は 28% であるとされる(Planning Commission, Towards Faster and More Inclusive
Growth: An Approach to the 11th Five Year Plan, 2006)
。
( 8 ) Arvind Virmmani, “Sustaining Employment and Equitable Growth: Policies for Structural Transformation of
the Indian Economy,” Planning Commission, Working Paper No. 3/2006-PC.
( 9 ) Planning Commission, op. cit.
(10) 世界銀行の調査によれば、自家発電を設置している企業の割合は、中国では 30% であるのに対し
て、インドでは 69% であるという結果が示されている。
こじま・まこと 拓殖大学教授
国際問題 No. 557(2006 年 12 月)● 36
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