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第3章 超伝導サブミリ波リム放射サウンダ (SMILES) の 概要と初期成果

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第3章 超伝導サブミリ波リム放射サウンダ (SMILES) の 概要と初期成果
平成21年度宇宙環境利用の展望
第3章 超伝導サブミリ波リム放射サウンダ (SMILES) の
概要と初期成果
宇宙航空研究開発機構
宇宙科学研究本部 ISS 科学プロジェクト室
佐野
琢己
Overview and Early Results of the Superconducting Submillimeter-Wave
Limb-Emission Sounder (SMILES)
ISS Science Project Office,
Institute of Space and Astronautical Science,
Japan Aerospace Exploration Agency
SANO, Takuki
Abstract: SMILES has been successfully launched and attached to the Japanese Experiment
Module (JEM) on the International Space Station (ISS). It has been doing superb
observations in the Earth atmosphere since October 12, 2009 with the aid of a 4-K mechanical
cooler and superconductive mixers for the submillimeter limb-emission sounding. Data
processing has been run to retrieve vertical profiles of atmospheric species. At the same time,
we have been conducting the preliminary validation by comparing the SMILES data with
other existing data sources. Results from SMILES have demonstrated its high potential to
observe the atmospheric minor constituents in the stratosphere and the mesosphere. We hope
that these outstanding data from SMILES can make a breakthrough in the middle
atmosphere science.
1.
はじめに
SMILES は、地球大気から放出される微弱な電磁波(波長が 1mm より短いことから「サブミリ
波」と呼ぶ)を検出することで、大気中の微量成分の分布を観測し、成層圏オゾン(いわゆる「オゾ
ン層」)等の化学過程の詳細を明らかにすることを目的として、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と
情報通信研究機構(NICT)とが共同開発した地球大気観測センサである。[SMILES Mission Team,
2002]
関係者の尽力により、2009 年 9 月 11 日(JST、以下同様)に SMILES は HTV に搭載され H-IIB
ロケットによって打ち上がり、同月 25 日に国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の船外実
験プラットフォームに取り付けられ、翌 26 日には稼働を開始した。装置の初期チェックアウトを
経て、10 月 12 日からは本格的に地球大気の観測を開始した。
オゾン層の問題は、地球温暖化の陰に隠れ、またフロンガス等の排出規制が進んでいることか
ら「過去の環境問題」と捉えられがちである。しかし、
「オゾンホール」が毎年発生している南極
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だけでなく、中緯度・低緯度においても大気中のオゾンの減少は依然として重大な問題として残
っている。
「オゾンホール」の回復予測については、各種の化学気候モデルの計算結果から、2035
~50 年とも、2060~70 年になるとも言われているが、様々な予測モデルの出している結果はま
ちまちであり、いまだ大きな不確定性が残っている。これには、オゾン破壊にまつわる化学過程
のうち、塩素化合物や臭素化合物に関する化学反応に未解明な部分が残っているのが深く関わっ
ている。[Bodeker and Waugh eds. 2006] また、対流圏における温暖化が成層圏では逆に寒冷化
を引き起こし、成層圏オゾンの破壊を促進することもあり、地球大気の諸問題はそれぞれが関連
しており、オゾン層問題・地球温暖化問題とそれぞれを切り離して取り組むやりかたには限界が
あるということがわかってきた。
SMILES は、上記のオゾン破壊にまつわる化学反応の他、臭素収支や酸化水素類収支、無機塩
素化学反応など、大気中の化学反応を多面的に捉えることで、地球大気の諸問題の解決に貢献し
ようというアプローチを取る。
SMILES
図 1 「きぼう」船外実験プラットフォームに取り付けられた SMILES の写真(NASA 提供)。
SMILES は、写真の右上方向を向いて地球大気から放射されるサブミリ波を観測する。
2.
SMILES の概要
SMILES の特徴は、地球大気から発せられる微弱なサブミリ波を捉える高感度な検出器と、そ
の検出器の雑音を理論限界近くまで抑えるための機械式冷凍機である。検出器には広い受信周波
数帯と低雑音性能とを両立した超伝導 SIS ミクサを採用し、冷凍機は 4K ジュール・トムソン冷
却器(設計上の冷却能力は 4.5K で 20mW)とそれを予冷する二段式スターリング冷却器(同様に各
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ステージで、20K で 200mW・100K で 1W)とで、内部構造としては「三段式」となっている。
軌道上での初期運用の実績では、絶対温度 4.15K を達成できている。
超伝導 SIS ミクサは、もともと地上電波望遠鏡に適用するために国立天文台野辺山で開発され
た技術を応用している。
サブミリ波を導入するアンテナは、縦 40cm×横 20cm のオフセットカセグレン式楕円形アンテ
ナであり、瞬時視野は 0.09 度(高度 3km 相当)である。これを高度方向に走査することで高度 10
~60km の範囲を中心として大気観測を行うとともに、校正用に深宇宙の観測と装置内部の黒体
の測定とを行う。アンテナから導入されたサブミリ波は、前述の超伝導 SIS ミクサにより 11.0~
13.0GHz のマイクロ波帯の周波数に変換され、さらに 1.55~2.75GHz のビデオ帯に変換・増幅
された後、音響光学型分光計(AOS)によって 1500 チャンネルの 12 ビットスペクトルとして分光
される。この周波数変換は 3 系統に分かれており、これらが 3 つの観測周波数帯(観測バンド)に
対応している。
3 つの観測バンドのそれぞれの観測周波数帯は 624.32~625.52GHz(バンド A)・625.12~
626.32GHz(バンド B)・649.12~650.32GHz(バンド C)である。このうち 2 つのバンドを選択し
て同時に観測することができる。
また、地球上のどの地点の上空を観測しているのかを正確に求めるため、時刻・軌道位置及び
SMILES の観測方向を精密に測定する必要がある。このためにスタートラッカーを搭載している。
3.
SMILES の運用
ISS の周回軌道は軌道傾斜角 51.6 度の太陽非同期軌道である。サブミリ波の測定方向(視野)を
ISS 進行方向 真正面に向けると、SMILES の観測緯度帯域も南北 51.6 度に限られてしまう。人
間活動に関連の深い北半球だけでも極域に近い高緯度を観測するため、アンテナを ISS 進行方向
から 45 度左に向くように設計された。これにより、観測緯度帯は北緯 65 度~南緯 38 度の範囲
となっている。
アンテナの走査時間は 53 秒であるため、走査数(地球上における観測点数)は ISS の一周回で約
100 点、一日で約 1600 点となる。ただし実際には、SMILES の観測視野を太陽電池パネルが妨
害したり、その他 JEM や ISS 全体の様々な運用制約があるため、観測数はこれよりも少なくな
る。
また宇宙ステーションは人工衛星とは異なり、宇宙飛行士の船内での活動による振動など、姿
勢に対する様々な変動要因がある。そのため、実際の運用では SMILES 自身がもつスタートラッ
カーの情報だけでは不十分であることがわかり、ISS 自身の姿勢データも援用することで、観測
位置情報を算出している。
ミッション期間は 1 年間としているが、それよりも長期にわたって観測を継続できる可能性は
あり、大気化学研究者らのコミュニティは長期観測に期待を寄せている。
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4.
軌道上での観測性能
SMILES の装置としての性能を直接表わすのは、低次データである輝度温度スペクトルである。
システム雑音温度は設計上で 500K 程度と予測されていたが、実際の測定結果は 300K 程度と予
想を上回る結果となった。この雑音の少なさは、同様な観測原理を採っている
EOS-Aura/MLS(米)・Odin/SMR(スウェーデン)の 10~20 分の 1 程度で、大気観測センサとして
は世界最高級と言える。
図 2 は、SMILES が連続観測を開始した初日(2009 年 10 月 12 日)に取得された、バンド A の
輝度温度スペクトルである。各高度をスキャンしたデータのうち、いくつかの高度をサンプルと
して抜き出して、同じ図にプロットしてある。ランダム雑音は 1K 程度と極めて低いことが見て
取れる。バンド A の周波数帯にスペクトルを持つ大気成分として、オゾンのほか HCl・HOCl・
HNO3・BrO・HOCl とオゾン同位体があり、それぞれの成分から放射されるサブミリ波がスペク
トルとして捉えられていることが判る。この図では高度 40km 程度までしかスペクトルを例示し
ていないが、実際は高度 60~70km も十分観測できている。
図 2
SMILES バンド A で 2009 年 10 月 12 日に北緯 23.3 度・東経 173.83 度(ハワイ島西方 約
2,000km)を観測した輝度温度スペクトル
5.
大気成分の高度分布の導出
こうして得られた輝度温度スペクトルから各高度における各種大気成分の分布を求める高次デ
ータ処理の計算(リトリーバルアルゴリズム)についても、実現までには大きな努力が払われている。
理論の基本は、大気リモートセンシングのデータ解析に使われる最もスタンダードな最適推定法
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(Optimal Estimation Method)を使用しており、その基礎理論は 1970 年代に確立されたものであ
る。
この理論を SMILES のデータ解析に適用するにあたり、地球大気からの放射や SMILES 装置
特性などを精密にモデル化して取り入れている。[Takahashi, 2010a] [Imai, 2010] また、これら
の計算には非常に時間がかかるため、計算プログラムとしてのコーディングにも効率化などに注
意を払い、計算速度の向上を図っている。その結果として、1 スキャンの観測に要する時間(約 53
秒)でその観測データを処理する、準リアルタイム処理を行えるシステムを構築することができた。
[Takahashi, 2010b]
6.
データ処理の流れ
データ処理は大きく二段階に分けられる。テレメトリデータを工学値に変換する DPS-L0/L1
は筑波宇宙センターに、それらのデータから大気成分の高度分布を計算する DPS-L2 は相模原キ
ャンパスにある。データ処理の流れの概要を図 3 に示す。
図 3
SMILES データ処理の流れ。(左上) DPS-L0/L1 では、SMILES からの生データを処理し
て L0,L1B データを生成する。(右下) DPS-L2 は、インターネット経由で L0,L1B データを取得
し、L2 プロダクトを作成・公開する
DPS-L0/L1 は、レベル 0 及びレベル 1 データ処理を担うシステムである。JEM から配信され
るパケットデータを再構成して SMILES ミッションデータ(L0 データ)を生成する。さらに、L0
データから分光データと各種補助データを抽出し、較正処理を行い、輝度温度スペクトルを算出
したものが L1B データとなる。L1B データの保管は、筑波宇宙センターに設置されている L1B
配布サーバが主に担うこととなっており、このデータはスペクトル自体の特性に興味をもつ研究
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者等に提供される予定である。
DPS-L2 は、L1B データから大気微量分子の濃度の高度分布を導出する部分である。まず
forward model において、仮定した微量分子の高度分布から輝度温度スペクトル及び導出する大
気成分高度分布に対する weighting function を計算する。観測されたスペクトルに forward model
による計算結果を合わせ込むことで、各微量分子の高度分布が最適解として得られることになる。
このデータ(L2 プロダクト)は、地球観測衛星のデータフォーマットとして広く使われている
HDF-EOS フォーマットで生成され、web サーバを通じて提供される。
7.
観測の初期成果
2009 年 10 月 12 日に観測した高度約 28km におけるオゾン分布を図 4 に示す。本来、SMILES
の観測は「点」であり、一日に 1600 点の離散的な観測データが得られる。この図は、それらの
観測データを面的に補間したものである。傾向として、低緯度域でオゾン量が多く高緯度域にな
るに従って低くなることが図から読み取れる。
図 4
2009 年 10 月 12 日に観測した高度 28km のオゾン分布
また、これらの観測データの妥当性を確認するため、SMILES と同様な観測原理を採用してい
る MLS センサ(米国の EOS-Aura 衛星に搭載され、2004 年から観測を続けている)の観測データ
との比較も行なった。SMILES のある一点の観測データに対して時間的・空間的に近い MLS の
観測データ(ここでは距離で 500km 以内・時間で 1 時間以内を基準としている)との差をとること
で、SMILES と MLS との同時観測データの一致性を検証した。SMILES のオゾン観測データ一
つ一つについてそのような差分をとった結果を、北緯 30~60 度の観測データ(SMILES の 3519
観測に対し、それぞれの観測点について MLS 1~3 観測)すべてについて統計処理したものを図 5
に示す。高度 20~45km の成層圏では両者の差が±5%程度に収まり、双方の観測結果がよく一致
していることを示している。現段階では、どちらが真値に近いと結論はできないが、SMILES 側
のデータ処理に大きな問題が無いことは、この図からも明らかである。
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図 5
SMILES と MLS とのオゾン観測データの差。
北緯 30~60 度の観測データ(SMILES 3519 観測)すべてについて統計処理を行なったもの
8.
まとめ
SMILES は、2009 年 9 月 11 日の打上げ後、装置・データ処理ともに重大な問題を起こすこと
なく、順調に観測を続けている。その装置性能の高さにより、大気微量成分の全地球的な高度分
布を高い精度で導出できている。データ処理アルゴリズムは現在も改良を繰り返しているが、他
の衛星観測データや地上観測との比較検証結果についての科学的妥当性が確認できた段階で、広
くデータを公開し、内外の大気化学研究者等に活用していただく所存である。SMILES の観測デ
ータによって、成層圏・中間圏を中心とした地球大気の科学がいっそう進展することを願ってや
まない。
※今後の SMILES の観測や成果については、JAXA の SMILES ホームページにて公開していく
予定です。
http://smiles.tksc.jaxa.jp/indexj.shtml
(参考文献)
SMILES Mission Team, JEM/SMILES Mission Plan Version 2.1 (2002), available at
http://smiles.tksc.jaxa.jp/document/SMILES_MP_ver2.11.pdf
G.E. Bodeker and D. W. Waugh et al., “Chapter 6: The Ozone Layer in the 21st Century”,
Scientific Assecement of Ozone Depletion (2006), pp. 6.1-43
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C. Takahashi, S. Ochiai, and M. Suzuki, “Operational retrieval algorithms for JEM/SMILES
level 2 data processing system”, Journal of Quantitative Spectroscopy & Radiative Transfer,
vol. 111 (2010), pp. 160-173
K. Imai, C. Takahashi, and M. Suzuki, “Evaluation of Voigt algorithms for the
ISS/JEM/SMILES L2 data processing system”, Advances in Space Research, vol. 45 (2010), pp.
669-675
C. Takahashi et al., “Capability for ozone high-precision retrieval on JEM/SMILES
observation”, submitted to Advances in Space Research.
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