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KETpicの埋め込みを用いたグラフ描画の指導法 1 はじめに
KETpic の埋め込みを用いたグラフ描画の指導法 小山工業高等専門学校 阿部 弘樹 Hiroki Abe Oyama National College of Technology 長野工業高等専門学校 濱口 直樹 Naoki Hamaguchi Nagano National College of Technology 1 はじめに 近年,数式ソフトウェアの普及に伴い,誰もが容易に 2 変数関数のグラフを作成でき るようになった.スマートフォン上にも計算機代数システム(CAS)が移植され,フリー で利用することができる.これは数学教育において有意義なことであり,学習者にとっ て曲面がより一層身近なものとなった訳である.しかし 1 変数関数の解析とは異なり 2 変数関数の解析においては,必ずしもグラフの形状と関数の性質を結びつけて解析する 指導は行われていない.1 変数関数の場合は増減表を筆頭にグラフを用いた指導法が確 立しているが,2 変数関数の場合はヘッセ行列などを用いた数量的な解析が優先され,グ ラフを用いた解析は稀である.もちろん,数量的な解析はグラフの形状がわからなくて も関数の性質を知ることができるという点で,数学の醍醐味(視覚的に観察する事がで きないものも,数量的な情報からその性質を理解することができる)が味わえる優れた 指導法なのであるが,その結果として,学習者は曲面の形状に数学的な側面を見出すこ とができず,曲面をどのような視点から観察すればよいのか,その指針を持たずにいる. 誰もが数式ソフトウェアを使って自由に曲面を作成できる時代にあって,このような現 状は改善されるべきであろう. そこで本稿では,曲面を数学的に観察する素養を育むことを目的として,KETpic に よって作成した曲面図を用いた 2 変数関数のグラフ描画の指導法を紹介する.また,そ の実践例として,2 変数関数の微分可能性に対してグラフの形状からアプローチする指 導法を紹介する. 本稿において注目する曲面図は,曲面内に曲線が埋め込まれた図である,KETpic に よる曲面の作図では,このような曲面図が自在に作成できる.曲線が埋め込まれた曲面 図を用いると,曲面の観察に 1 変数関数の微積分において学習した曲線に関する素養が 反映されるので,曲面の数学的な観察につながりやすい.このような指針を持って曲面 を観察すれば,2 変数関数に対してもグラフの形状と関数の性質を結びつけて解析する 素養が育つと期待される.同時に,1 変数関数の微積分と 2 変数関数の微積分の継続性 が強く意識されることによって,微積分の統合的な習得,さらには微積分の普遍的な理 解につながると期待される. 1 2 曲面に関する指導 2 変数関数 z = f (x, y) のグラフの概形を描く指導法としては,各変数 x, y, z を固定 して得られる曲線を複数描き,それら曲線群が定める曲面を描く手法が代表的である. ここで変数を固定して得られる曲線とは 2 変数関数と定数関数のグラフの交線に他なら ない.例えば,この手法によって,2 変数関数 z = x2 + y 2 のグラフは次の手順で概ね描 くことができる. 曲面の描画 手順 1 z = x2 + y 2 と x = 0 の交線を描く 手順 2 z = x2 + y 2 と y = 0 の交線を描く 手順 3 z = x2 + y 2 と y = 1 の交線を描く 手順 4 z = x2 + y 2 と z = 1 の交線を描く 手順 5 z = x2 + y 2 と z = 2 の交線を描く 手順 6 曲線群から曲面を描く これらの手順は,KETpic を用いて一連の図ファイルとして書き出すことができる. KETpic 上での作業の流れは以下のようになる.詳細は参考文献 [1] を参照. データの作成 (1) 曲面の関数データを定義する.関数の定義式および関数の定義域をリ ストにまとめて定義する. (2) 曲面の輪郭線と境界線データを作成する.Sfbdparadata および BorderHiddenData() を用いる. (3) 曲面の関数データと平面の方程式から交線のデータを作成する.Sfcutdata を用いる. (4) 交線を曲面に貼り付けたデータを作成する.Crvsfparadata および CrvsfHiddenData() を用いる. ファイルへの書き出し • 手順 1∼5 の交線を (3) で作成した交線の中からそれぞれ選んで,図ファ イルに書き出す. • 手順 6 の図ファイルは (2) と (4) を書き出すことで作成される.その際, 曲面自身によって隠れた部分を点線で表すか,描かないようにするかな ど自在に表現できる. 上記の方法によって,手順 1∼6 を図ファイルとして書き出したものを以下に示す.実 際にこれら図ファイルを学習者へ提示する際は,適宜交線を彩色するなどして交線や座 標軸の重なりによる判別の難しさを回避するとよい. 2 手順 1 z = x2 + y 2 と x = 0 の交線を描く z y x 手順 2 z = x2 + y 2 と y = 0 の交線を描く z y x 手順 3 z = x2 + y 2 と y = 1 の交線を描く z y x 3 手順 4 z = x2 + y 2 と z = 1 の交線を描く z y x 手順 5 z = x2 + y 2 と z = 2 の交線を描く z y x 手順 6 曲線群から曲面を描く z y x 4 このように KETpic を用いて 2 変数関数のグラフの概形を,上記の手順に従って描く と曲面内に交線が埋め込まれた図が得られる.この図は曲面を曲線の集まりとして表現 しているため,曲面の解析を曲線論の発展的内容として位置付ける.こうして 2 変数関 数のグラフ描画の指導と 1 変数関数の微積分において学習した内容とが互いに関係し合 い,微積分の統合的な学習が可能になる.また交線は KETpic 上で自由に選べるので, 学習者の視線を曲面の特定の箇所へ容易に誘導することができる.それによって 2 変数 関数特有の問題を視覚的に気付かせたり,新しい数学的概念の必要性を視覚的に認識さ せるというような指導が可能になる.次節ではそのような指導法の実践例として方向微 分の指導例を紹介する. KETpic を用いたことのもうひとつのメリットとして,上述したグラフの概形を描く 一連の手順がプログラムとして実現されている点が挙げられる.今回作成したプログラ ムでは,2 変数関数の定義式を 1 行書き換えることで,その関数のグラフの概形が同じ 手順によって描かれる.作図のプログラム化は作図労力を大幅に軽減し,数学教育的な 面に労力を集中できる点において有意義である.またプログラムを利用することで教材 として適当な関数を探し出すことにも役立つ.このような KETpic のプログラミング作 法は “Symbolic Thinking” と呼ばれ,参考文献 [2] において詳細に考察されている.以 下の図は,同じプログラムを用いて 2 変数関数 z = x2 − y 2 のグラフの概形を描いたも のである. 手順 1 z = x2 − y 2 と x = 0 の交線を描く 手順 2 z = x2 − y 2 と y = 0 の交線を描く z x z x y 5 y 手順 3 z = x2 − y 2 と y = 1 の交線を描く 手順 4 z = x2 − y 2 と z = 1 の交線を描く z x z x y 手順 5 z = x2 − y 2 と z = 2 の交線を描く 手順 6 曲線群から曲面を描く z x y z x y y ここで得られた z = x2 − y 2 のグラフの概形は鞍点を有する曲面の典型的な例である. この図から 2 変数関数 f (x, y) = x2 − y 2 は点 (0, 0) で極値をとらないことが視覚的に理 解できる.しかしながら 1 変数関数の微分法において学習した内容より,z = f (x, y) と y = 0 の交線から偏微分係数 fx (0, 0) = 0 が視覚的にわかり,また z = f (x, y) と x = 0 の交線から偏微分係数 fy (0, 0) = 0 も容易に見て取れる.このように 1 変数関数と 2 変 数関数の本質的な違いを視覚的に確認できる点において,この曲面図が役立つ. 6 実践例 3 3.1 方向微分 初学者が 2 変数関数の微分法を学習する際,偏微分可能性は比較的容易に習得するが, 全微分可能性についてはなかなか理解に至らない傾向がある.そこで少々遠回りではあ るが理解を優先して,方向微分の観点から 2 変数関数の微分法を指導する案を紹介する. 方向微分は偏微分可能性と全微分可能性を同一の文脈に位置付けるので,全微分可能性 まで自然な議論が展開できる.また 1 変数関数の微分可能性の自然な拡張として 2 変数 関数の全微分可能性を捉えることができるので,初学者にとっては理解が容易になると いう長所がある. 簡単に方向微分について復習しよう.2 変数関数 z = f (x, y) において独立変数の組 (x, y) は xyz-空間における xy-座標平面に対応するが,この x 軸と y 軸の選び方には必 然性はなく,必ずしもこの軸上に独立変数の値を取らなければならない訳ではない.同 様に考えて,点 (a, b) における偏微分係数 fx (a, b) は z = f (x, y) のグラフの定義域を y = b に制限して得られる曲線の接線の傾きを与えるが,必ずしも x 軸に平行な直線に 定義域を制限しなければならない訳ではない.こうして得られる偏微分可能性の拡張概 念が方向微分であった.即ち,点 (a, b) を通る直線 l を xy-座標平面内に 1 つ定めたと き,z = f (x, y) の定義域を l に制限して得られる曲線の接線の傾きを与える量が方向微 分係数である.これを式で表すと次のようになる. ( 方向微分の定義 2 変数関数 z = f (x, y) および xy-平面内の直線 l の方向ベクトル ~u = ) u1 u2 に対して,極限値 lim t→0 f (a + tu1 , b + tu2 ) − f (a, b) (t は実数) t が存在するとき,z = f (x, y) は点 (a, b) において ~u 方向に方向微分可能で あるといい,その極限値を f~u (a, b) で表し,~u 方向微分係数という. ~u 方向微分係数の定義より ( ) ( ) 1 0 ~u = のとき f~u (a, b) = fx (a, b), ~u = のとき f~u (a, b) = fy (a, b) 0 1 が従うので,方向微分係数は偏微分係数の拡張である.z = f (x, y) が点 (a, b) におい て全微分可能であるとき z = f (x, y) は xy-平面の全方向に対して方向微分可能である (逆は反例あり).即ち,ある方向に方向微分可能でないならば全微分可能でない. 2 変数関数の微分可能性をグラフの形状から視覚的に捉えようとするとき,“全微分可 能” と “全方向に方向微分可能 ’ ’はかなり近い形を与え,偏微分可能と全微分可能の間 にある概念的な飛躍を埋めてくれる.z = f (x, y) に対して,点 (a, b) において全方向 へ方向微分可能なとき,点 (a, b) における接平面が自然に現れる(反例はある).この 7 とき z = f (x, y) のグラフは点 (a, b) の近くで平面によって近似される.z = f (x, y) の グラフを平面によって近似することは,独立変数の組 (x, y) の変化量に対する従属変数 z の変化量が比例関係によって近似できることを意味しており,その比例定数に該当す る量が全微分 ∂z ∂z dz = dx + dy ∂x ∂y であるという導入が可能である. このような議論の進め方で 2 変数関数の微分可能性を指導すれば,視覚的な理解を維 持しながら全微分の指導につなげることができる.全微分の視覚的な指導法については 参考文献 [3] が詳しく,方向微分の学習後に取り組む内容として適切である. 3.2 方向微分の指導例 方向微分の観点から偏微分可能性と全微分可能性を指導する際,偏微分可能だが全微 分可能でないことが視覚的に確認できる例を提示することが効果的である.その際,前 節で紹介した曲面内に交線が埋め込まれた図を用いると理解が容易になる.そのような √ 指導例として,ここでは 2 変数関数 z = − |xy| を取り上げ,曲面内に交線が埋め込ま れた図の効果的な利用法を紹介する. √ z = − |xy| のグラフを KETpic を用いて描くと,次のような曲面が得られる. z y x まず点 (0, 0) において x および y に関して偏微分可能であることを確認する.そのた √ √ めに z = − |xy| と y = 0 の交線(= x 軸)および z = − |xy| と x = 0 の交線(= y 軸)をこの曲面内に埋め込む.この場合は交線に彩色し,交線と座標軸が区別できるよ √ うにする必要がある.するとこの交線から z = − |xy| は点 (0, 0) において x 軸方向お よび y 軸方向へ方向微分可能であることが見て取れるから,点 (0, 0) において x および y に関して偏微分可能であることが視覚的に確認できる. 8 ( ) 1 1 次に点 (0, 0) を通る直線 l : y = x を取り,方向ベクトル ~u = 方向に方向微分 √ 可能でないことを確認する.そのために z = − |xy| と y = x の交線をこの曲面に埋め 込む. z y x すると,この交線が 1 変数関数の微積分で学習した関数 y = −|x| のグラフと同じ形状で √ あることから,点 (0, 0) において微分可能でないことに気付く.こうして z = − |xy| は点 (0, 0) において ~u 方向に方向微分可能でないことが視覚的に確認できる. √ 以上のことから,z = − |xy| は点 (0, 0) において偏微分可能であるが,全微分可能 でないことが視覚的に確認できた.このように交線を埋め込んだ曲面図を用いることで 曲面を明示的に観察する指導が可能になり,曲面の形状に数学的性質を見出す素養を育 むことができると期待される. 4 まとめと今後の課題 本稿では 2 変数関数のグラフ描画に関する指導を通して,KETpic によって作成した交 線を埋め込んだ曲面図の効果的な利用法について紹介した.この指導法の土台は 2 変数関 √ 数のグラフが内包する 1 変数関数のグラフにある.前節で扱った 2 変数関数 z = − |xy| のグラフは 1 変数関数 y = − |x| のグラフを内包していた.これを教材作成の視点から √ 捉え直すと,1 変数関数 y = − |x| を “持ち上げ” て 2 変数関数 z = − |xy| を作ったと いう作業行程になる.今後の課題としては,1 変数関数の微積分において習熟した関数 を如何にして 2 変数関数に持ち上げるか,その方法論を構築することである.この作業 は試行錯誤の部分が多く,数式ソフトウェアの力を借りなければなかなかできることで はない.その作業行程における数式ソフトウェアの使用法を確立することは,教材作成 において有用なばかりでなく,学習者がオリジナルの曲面を作成する手法を与えること にもなり,数学教育的にも大変有意義であると思う. 9 参考文献 [1] CASTEX 応用研究会編, 「KETpic で楽々TEX グラフ」,イーテキスト研究所,2011 年. [2] 山下哲,高遠節夫, 「KETpic による教材作成と Symbolic Thinking」,数理解析研 究所講究録,第 1780 巻,pp.72–82,2012 年. [3] 北原清志,阿部孝之,金子真隆,山下哲,高遠節夫, 「全微分に関する図入り教材 の作成例とその研究授業報告」,数理解析研究所講究録,第 1674 巻,pp.132–145, 2010 年. 10