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PDF/602KB - みずほ総合研究所

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PDF/602KB - みずほ総合研究所
増産凍結でも変わらぬ
原油相場の不透明感
9 月下旬のアルジェリア会合では、大方の予想に反して産油国が増産を凍結するこ
とで合意した。三度目の正直となった今回の合意だが、原油相場の押し上げ効果につ
いては懐疑的な見方も根強い。今回の合意は転換点となり得るのか。原油市場の現状
を考察しながら、原油相場を展望したい。
よって輸出の道が開けたイランが増産を思いとどま
る合理的な理由が見当たらなかったためだ。また、サ
ウジアラビアが自らの増産凍結によってイランに
「100ドル相場」が常態化していた原油相場が2014
シェアを手渡すことに懐疑的な見方は根強く、サウ
年夏に突如値崩れを起こしてから 2 年以上が経過
ジアラビアの発言が必ずしも今回の会合での合意を
した。原油相場は、2016 年の年初に発生した人民元
示唆していなかったことも、協議の不調を予想する
ショックの余波から一時は1バレル=20ドル台に下
根拠となっていた。
しかし、過去 2 回の協議の時とは状況が異なって
落し、その後についても半値以下の 1 バレル= 40 ド
いたことが合意を促したとみられる。これまでは協
ル台の推移が続いていた(図表1)。
原油安が長期化する中で危機感を強めた産油国
議が開催された際、市場には「自然体でも需給は近く
は、9月下旬に開催された石油輸出国機構(OPEC)の
均衡に向かう」との予想があったが、9 月なって主要
臨時総会(アルジェリア会合)の前から生産協調を
な国際機関が原油の超過供給(過剰生産)は長期化す
模索してきたが、4 月と 6 月にそ
れぞれ設けられた協議の場で
は、いずれも合意に至っていな
かった。2 月にはすでに水面下
での交渉が始まっていた増産
凍結協議は、今回のアルジェリ
ア会合において、ようやく実を
結ぶこととなった。
●図表1 原油相場の推移
(ドル/バレル)
140
WTI原油
ブレント原油
120
OPEC臨時総会
(アルジェリア会合)
100
産油国会合 増産凍結
(ドーハ会合) 協議の
再開報道
OPEC
最初の
総会
増産凍結
報道
80
60
40
今回のアルジェリア会合に
ついて、当初は合意に達する可
能性が低いとの見方も少なく
な か っ た 。経 済 制 裁 の 解 除 に
6
20
0
2014/6
14/9
14/12
15/3
15/6
(資料)
Thomson Reutersより、みずほ総合研究所作成
15/9
15/12
16/3
16/6
16/9
(年/月)
るとの見通しを相次いで公表したことで、サウジア
ル業者の参入阻止はそもそも不可能であったとの思
ラビアのスタンスに大きな変化があった。
惑が広まったと考えられる。そのため、増産凍結によ
サウジアラビアがこれまで生産調整を行ってこな
る相場の下支えは限定的な効果にとどまるとみら
かったのは、急速にシェアを伸ばした米国の原油生産
れ、今後原油相場が持ち直す局面でもシェールオイ
業者に市場からの退出を迫る戦略を取っているため
ル業者の再参入(もしくはその観測)によって上値が
だと理解されてきた。つまり、米国の原油生産がシェ
抑えられる可能性が高い。
アを伸ばして来られたのは、産油国が大幅な超過利潤
そうした増産の動きは協調に合意したOPECの中
を享受する原油相場の下では高コスト体質のシェー
でも発生する可能性がある。カルテルによって原油
ルオイル業者でも参入が可能であることが原因であ
相場が下支えされている状況においては、生産量の
り、シェールオイル業者が生産を継続できない原油安
割り当てを守らず増産することでより多くの利潤を
を意図的に許容してきたという解釈である。そのた
獲得する誘因が働きやすいことが知られており、特
め、今回の合意は、一義的にはサウジアラビアがこれ
にシェアの小さい加盟国ほど協調破りの際に発生す
までの戦略を変更したことを意味している。
る原油相場の下押し圧力が弱いため、増産のインセ
ンティブが高くなる。実際、サウジアラビアがカルテ
ル維持のために割り当てを順守する一方で、他の加
盟国がそれを破って割り当て以上の生産を行うとい
サウジアラビアの変化は、上述した戦略の維持が
う行動は、過去にも多々見られた。
難しいことに大きな原因があったと考えられる。サ
サウジアラビアにしてみれば、増産凍結を真面目
ウジアラビアの狙いがシェールオイルとのシェア争
に実行することで、シェールオイル業者やイランへ
いであれば、シェールオイル業者が退出した後に過
のシェア移譲を容認するだけでなく、協調に合意し
剰生産をやめ、再び超過利潤の獲得を目指すことが
たはずの他の加盟国にもシェアを奪われるリスクを
考えられるが、原油相場の持ち直しと共にシェール
負うことになる。最悪のケースでは、原油相場の十分
業者の再参入が始まれば、それは不可能になる。その
な押し上げが実現しないまま、単にシェアを落とす
ため、シェールオイル業者の再参入を思いとどまら
だけの結果にもなりかねない。
せるクレディブル・コミットメント(競合相手が次の
長い歴史をもつ OPEC だが、シェールオイルの存
一手を取る際に考慮に入れる信ぴょう性のある確
在によって価格支配力の低下は今後さらに進む可能
約)が重要な役割を果たし、具体的には「シェールオ
性があり、その先にはニューノーマルとしてのより
イル業者の退出が完了するまで原油の過剰生産を
競争的な原油市場であると考えられる。OPEC が今
維持する」という確固たる信念を示すことが必要で
後再びカルテルを強めようとしても、いったん揺ら
あった。
いだクレディビリティを取り戻すことはたやすいこ
つまり、サウジアラビアにとっては、原油相場が多
とではなく、シェールオイル業者が存在する限りは、
少持ち直したとしても、再参入すれば消耗戦の結果、
かつてのような超過利潤を再び獲得することは困難
結局は投資コストを回収するだけの利潤を確保でき
であろう。原油相場が再び高値を回復するには需要
ないとシェールオイル業者に信じ込ませることが何
のフロンティアである新興国経済がハイペースの成
よりも重要であったが、サウジアラビアが徹底抗戦
長経路に回帰する必要があるが、新興国経済につい
の構えを崩さないというクレディビリティ
(信ぴょう
ては従来考えられていたほどの潜在成長率をもはや
性)
を維持するは容易なことではなかったのである。
期待できないとの見方が多く、原油安が常態化する
可能性は一段と高まっている。
みずほ総合研究所 市場調査部
今回の合意は、サウジアラビアが取る戦略のクレ
ディビリティの維持が難しいかったことに大きな原
主任エコノミスト 井上 淳
[email protected]
因であることは間違いなく、市場にはシェールオイ
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