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ブッシュ米大統領の中東初訪問

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ブッシュ米大統領の中東初訪問
ブッシュ米大統領の中東初訪問
歓迎されたが成果は疑問
!三井物産戦略研究所
研究フェロー
"日本エネルギー経済研究所
榊
客員研究員
原
櫻
1.ブッシュ米大統領の初訪問
思われる。これは政権末期になって中東和平に
#
熱心に取り組み始めたクリントン前大統領と同
日程と目的
ブッシュ米国大統領が,1月9日から1
6日ま
様である。
で8日間中東を歴訪した。
ブッシュ大統領は,アッバス・パレスチナ議
同大統領は,1月9日から1
1日までイスラエ
長との会談後の共同記者会見で,イスラエルと
ル,パレスチナ自治区(西岸)を,1
1日から1
2
パレスチナとの和平協定締結が自分の任期中に
日までクウェート,1
2日から1
3日までバーレー
実現すると確信していると述べ,楽観的な見通
ン,1
3日から1
4日までアラブ首長国連邦のアブ
しを示した。しかし,オルメルト・イスラエル
ダビとドバイ,1
4日から1
5日までサウジアラビ
首相,アッバス・パレスチナ議長とも国内基盤
ア,そして1
5日から1
6日までエジプトを,それ
が弱い上に,ガザ地区では混乱が続いているた
ぞれ訪れた。エジプト以外の諸国は,大統領就
め,早期の和平実現は期待できないとする見方
任から8年目となる同大統領にとって初めての
が強い。
訪問であった。しかし,今回の同大統領のこの
大統領は,この後に訪れたアブダビでの演説
地域への実質的な初訪問が,目論み通りの成果
でも,主要アラブ諸国に対し,和平問題につい
を挙げたとは言い難い。
ての米国の努力への支持を呼びかけている。し
訪問の目的の第1は,昨年1
1月のアナポリス
かし,サウード・サウジアラビア外相が「イス
中東和平会議を受けて和平プロセスを次のステ
ラエルにこれ以上どう歩み寄ればいいのか」と
ップへ進ませることであり,第2は,湾岸諸国
語るなど,米国と同盟関係にあるアラブ諸国か
を取り込んでのイラン包囲網構築であった。さ
らも否定的な反応が出ている。
らに,湾岸産油国に対しては,原油価格の高騰
この背景には,これまでの米国のイスラエル
を受けて生産増加の要請を行った。
偏重とも言える姿勢と,ブッシュ大統領が過去
7年間,中東和平にはほとんど関心を示さなか
$
中東和平への取り組み
ったにもかかわらず,レーム・ダック状態とな
まず大統領は,イスラエルとパレスチナ自治
った今になって初めてイスラエル,パレスチナ
区(ヨルダン川西岸)を訪問し,イスラエルと
自治区を訪問したことに対する不信感がある。
パレスチナ双方の首脳と会談し,和平への取り
つまり,真剣かどうかを疑っているのである。
組みを促した。大統領は,残りの任期が1年と
なお,ブッシュ大統領は5月にイスラエルと
なり,外交上の成果を挙げたいと考えていると
パレスチナ自治区を再訪することを予定してい
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る。
ムハンマド・サバーハ外相がブッシュ大統領の
中東訪問中の1月1
5日というタイミングでテヘ
!
イラン包囲網の構築
ランを訪問した。同外相は2日間の滞在中にア
ブッシュ大統領は,イスラエル,パレスチナ
フマディネジャド大統領,国会議長,外相,最
自治区の後に訪れた湾岸諸国ではイランの脅威
高安全保障評議会議長とそれぞれ会見したほ
を強調し,包囲網構築を呼びかけた。スンニ派
か,イラン・クウェート合同委員会を開催した。
がマジョリティを占める湾岸産油国にシーア派
これは,湾岸諸国が,自分たちは自分たちの,
のイランの脅威を強調したのである。
自国の利益のために行動する,それは必ずしも
アブダビでの演説で,
「イランはテロの支援国
常に米国の利益に沿ったものではない,今回に
ナンバー・ワンであり世界の脅威である。手遅
ついて言えば,自分たちはイランと対峙しよう
れにならないうちに湾岸の同盟国とのコミット
とする米国の姿勢に同調しない,という明確な
メントを強化する」と言明し,イランとの対決
シグナルを送ったものである。仮に,クウェー
に協力するよう要請した。この演説は,直前の
ト政府が言うように外相のイラン訪問は以前か
1月6日に起きたホルムズ海峡付近でのイラン
ら決まっていたものであったにしても,やはり
革命防衛隊の高速艇と米海軍艦艇の接触事件の
こう考えるのが自然である。
緊張を,一面では反映しているものでもあった。
このように,米国のイランに対する対決姿勢
もっとも,サウード・サウジ外相は,事件直後,
は,湾岸諸国にとっては迷惑であり,基本的な
双方に自制を呼びかけている。また,大統領の
認識違いと考えられている。もともと湾岸諸国
アブダビでのこの発言については,
「現在は挑発
では,米国のイラクにおける間違いがイランを
する時ではない。これがサウジの立場だ」と言
利したと捉えられている。米国は間違いを繰り
明している。
返すのか,それに組み込まれたくない,との思
大統領は今回の中東歴訪で,イランの核開発
いが強いのである。
の脅威を強調し,湾岸諸国によるイラン包囲網
もちろん,湾岸諸国がこのような消極的な姿
を構築することを目指していた。しかし,これ
勢を見せるのは,米国がイラクとアフガンで手
には少なくとも表立っては,理解を得ることが
がいっぱいでイラン攻撃は実際にはできないと
できなかった。湾岸諸国のリーダーたちはイラ
読みきっていた,つまりイランに関するブッシ
ン問題について,外交的に解決すべきと反応し
ュ大統領の発言や姿勢を本物と受け取っていな
たのである。
かったとの解釈も可能である。
例えば,サウード・サウジ外相は,前述の発
本当のところ,サウジなど湾岸諸国はイラン
言に加え,
「イランは,小さな湖であるアラビア
を脅威と感じている。湾岸諸国にとってイラン
(ペルシャ)湾の隣人である。関係もあるし対話
はいやだが,隣にある大国であり,うまく付き
もある。この地域での平和と協調が我々の関心
合わざるを得ない存在である。対立があるとし
事である。もし脅威があると感じれば,イラン
ても,巧みに封じ込めるか引き入れることで解
と直接話をする」とその考え方を表明している。
決すべきで,対決・対峙すべきではないという
クウェートは,米国には湾岸戦争でサダム・
立場である。
フセインのイラク軍を追い出し独立を回復して
米国では,昨年1
2月の NIE(National Intelli-
もらった恩義があり,また国内に米軍基地が存
gence Estimate)の「イランは2
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3年以来核兵器
在するという深い関係にあるにもかかわらず,
計画を停止した」との報告に続き,ブッシュ大
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統領の湾岸滞在中に GAO(General Accounting
しかし結局,OPEC は2月1日の閣僚会合で
Office)が「2
0年にわたる米国のイラン経済制裁
生産量を据え置き,米国の要請を退けた。この
は効果がなかった」との報告を発表した。
決定の背景には,OPEC の米国発のサブプライ
湾岸諸国の目には,米国の政策は混乱してい
ム・ローン問題に発する不況が石油需要を抑え
ると映っている。湾岸諸国は勝ち馬に乗りたい,
ることに対する危惧がある。産油国側には,不
そして米国は勝てそうにないと見えるのであ
況を招いたのは誰だとの思いがあるだろう。
る。ブッシュ政権はイラクでもアフガニスタン
そもそも,大統領が国王との首脳会談で生産
でも失敗し,湾岸諸国では国民の多くが米国の
量増加を求めるのはきわめて異例である。この
対応に拒否感を持っている。この点からも,表
ような問題はエネルギー長官レベルがやること
立って米国に追随するわけにはいかないのであ
である。なお,大統領の後にエネルギー長官が
る。
サウジを訪問し同じことを求めたのは,大統領
の要請がサウジ首脳の判断に影響していなかっ
!
原油増産の要請
たことを示したものでもある。
ブッシュ大統領はサウジアラビアで,アブダ
2.サウジアラビアへのアプローチ
ッラー国王に対し,公然と石油価格引き下げの
要請を行った。大統領は「現在の石油価格は非
ブッシュ大統領は,初めてとなるサウジアラ
常に高く,米経済にとって厳しい状況」である
ビア滞在中に,アブダッラー国王と3度にわた
との認識を示し,
次期 OPEC (石油輸出国機構)
り会談した。王宮での1回と,リヤド郊外ジャ
会合で原油価格高騰を抑制する措置,つまり原
ナドリアの国王牧場での2回である。
油増産を決めるよう求めた。
今回の中東歴訪で同じ指導者と3度も協議を
国王との会談に先立ち,大統領はビジネス関
行うのはサウジだけであり,米国のサウジ重視
係者との会合で,
「石油価格は高すぎる。OPEC
と大統領の国王に対する個人的な信頼感・親近
が生産に関する政策を議論する際には,原油価
感を表そうとするものである。
格の高騰が米国の需要を冷やす恐れがあること
サウジアラビアは,世界最大の原油埋蔵量を
を念頭に置くべきだ。経済が低迷すれば,
原油・
持ち,メッカ,メディナのイスラムの2聖地を
ガスの購入量が減少することを理解すべきであ
擁するイスラム世界の盟主であり,またスンニ
る」と言明している。
派アラブ諸国のリーダーである。米国の中東政
大統領が帰国した後にリヤドを訪れたボドマ
策にとって,サウジとの強力な同盟関係は不可
ン米エネルギー長官は,1月1
9日大統領発言を
欠である。また大統領は,1月1
5日のサウジの
繰り返す形で,
「過去最高水準の原油価格高騰を
ビジネスマンとの会合で,「
(皇太子時代に国王
緩和しなければならず,原油の供給量を増やす
を牧場に迎えて以来)国王陛下とは極めて密接
ことが重要だ」と言明した。
な関係にある」と述べるなど,相性がよいこと
これらの発言に対し,アリ・ナイミ・サウジ
を公言している。
石油相は,
「市場をできる限り健全に保つように
会談では,ブッシュ大統領の今回の中東歴訪
する。市場がそれに正当性を与えるなら増産す
の目的である中東和平達成に向けた協力,イラ
る。我々はどの国も不況になることは望まない。
ン問題での米国との協調,原油増産要請のほか,
米国の経済は気にかかるが,石油だけが影響し
アル・カーイダなどテロとの戦いや武器売却計
ているわけではない」と反応した。
画についても議題になったとされる。
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中東和平問題でも,イランへの対応について
機 や 地 政 学 的 思 惑 な ど で 動 い て い る こ と,
も,サウジアラビアの協力を得られるかどうか
OPEC の生産量は世界の総生産量の4
0%に過ぎ
がカギである。原油生産については,論を俟た
ないことを挙げて要請を一蹴している。
ない。しかし,サウジアラビアは,今回求めら
3.サウジアラビアの対応
れたこの3点について,距離を置いた冷静な対
応に終始した。
アブダッラー国王は,ブッシュ大統領を第一
中東において失敗を繰り返したブッシュ政権
級の歓迎で迎えた。今の米国はかつてのような
に,サウジ国民の多くが辟易していることに加
輝きを失っている。しかし,依然として唯一の
え,米国内でのブッシュ政権の支持が極めて低
超大国である。2国間の友好・同盟関係は6
0年
くレーム・ダック化しつつあるためである。も
以上にわたる。サウジにとり米国は地域問題で
ちろん,米国の政策に全面的に賛同しなかった
の意見を異にし,関係にさざ波が立っていたと
としても,米国は米国自身の利益のためにサウ
しても,安全保障の観点からは最も重要な存在
ジを守り続けるとサウジが確信していることが
であり,政府が大統領の訪問を歓迎したのは当
根底にある。
然であり,自然のことである。
中東和平については,アブダッラー国王の,
米大統領の到着時には,国王が出迎え専用機
イスラエルが占領地から撤退すればアラブ諸国
のタラップの下で抱擁し,一緒に赤のカーペッ
は関係を正常化するという和平イニシアティブ
トを進み,儀仗兵を閲兵した。国王は大統領に
が,アラブ連盟の和平案となっている。サウジ
アブドルアジズ一級勲章を贈った。サウジ・テ
の立場は,今度はイスラエルが札を切る番だと
レビでも,国王,皇太子のほか,リヤド州知事
いうものである。
など有力プリンスが歓待する様子が延々と放映
イラン問題でも,サウジアラビアは米国に同
された。
調していない。サウジはホメイニ時代とイラ
サウジの米国との関係における9・1
1の後遺
ン・イラク戦争時にイランと対峙した。その後,
症は,双方の努力と時間の経過で,政府レベル
シーア派による1
9
9
6年6月のホバルでの爆破事
ではほぼ払拭され,さらなる改善の方向にある。
件がサウジを震撼させ,脅威ではあっても,引
しかし国民レベルでは,前述のように,ブッシ
越しできない隣国であるイランと協調する路線
ュ政権の中東での度重なる失敗のため,不満や
を選択させた。サウジは,脅威であるがゆえに
拒否感が強く見られる。地元紙は,
「多くの人が
うまく付き合うというソフィスティケイティッ
大統領を歓迎する様子が放映されたテレビのチ
ドな外交を試みている。昨年1
2月の GCC サミ
ャンネルを変えた。これはブッシュ大統領の不
ットに主催国のカタールがアフマディネジャ
人気を示している」と報じている。また別の地
ド・イラン大統領を招待した際も,サウジは,
元紙は,
「この訪問は役に立たない。任期の終わ
公然とは反対しなかっただけではなく,その後,
りであり地域問題には何の影響力もない。レー
彼をイラン大統領として初めてメッカ大巡礼に
ム・ダックの大統領の初の湾岸訪問に何を期待
正式に招待してもいる。またサウジ国王とイラ
できるだろうか」
「ブッシュ大統領はアラブの民
ン大統領はブッシュ大統領のサウジ訪問の翌週
衆の声に耳を傾けるべきだ」と論じている。
に電話で話しているのである。
米国側は大統領のサウジ訪問に際し,タイミ
原油価格,生産量の問題については,市場は
ングをあわせて,精密誘導ミサイル9
0
0基(1億
供給不足にないこと,価格は需給に関係なく投
2,
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0
0万ドル)のサウジへの売却方針を議会に通
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なお,注目すべきは,ブッシュ大統領のサウ
告するといった配慮を見せた。
米議会では,この売却はイスラエルの安全を
ジ訪問に同行した記者の中にイスラエル人女性
脅かす可能性があると一部の親イスラエル議員
が含まれており,リヤドで王族経営企業の女性
が主張したが,イスラエル政府筋は,イスラエ
スタッフ,ならびにサウジ人映画プロデュー
ルは米国からよりすぐれた武器の供与を受ける
サーとのインタビューを行ったと英国発行のア
だろうと表明することで静かに黙認する姿勢を
ラビア語紙で報道されたことである。記事は,
示した。サウジが購入する武器はイスラエルに
リヤドの中心にそびえ立つランドマーク・タ
とっては脅威ではなく,イランを牽制する効果
ワーにあるオフィスで働く先進的なサウジ女性
を持つものであり,回りまわって自国にとって
の姿と,2年の内にリヤドは文化的イベントの
損はないと判断したものと思われる。これは,
活気に満ちた娯楽都市となるだろうという映画
また,中東和平のカギを握る地域のリーダーで
プロデューサーの言葉を伝えている。これは,
あり,イスラエルが自国にとって最大の敵であ
サウジアラビアとイスラエルとの関係,今後の
るイランに対峙する際に大きな存在となりうる
サウジ社会の変化を示唆するものとして興味深
サウジに対するメッセージでもある。
い。
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