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付 属 資 料 - 日本貿易振興機構

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付 属 資 料 - 日本貿易振興機構
付 属 資 料
55
《付属資料目次》
Ⅰ. 2002 年以降の米国の FTA 交渉
59
〔貿易促進権限(TPA)と米国の FTA 戦略〕
59
上院、貿易促進権限の審議を再開 ―労働者への健康保険補助問題で対立― (2002 年 5 月 8 日)
59
貿易促進権限審議をどうみるか ―識者に聞く― (2002 年 5 月 9 日)
61
激しさ増す貿易促進権限法案審議 ―デイトン修正法案の扱いは今後の議論次第― (2002 年 5 月 17 日)
63
上院、貿易促進権限法案を可決 ―両院協議会での最終意見調整へ― (2002 年 5 月 24 日)
64
貿易促進権限法案、成立の可能性高まる ―識者に聞く― (2002 年 6 月 4 日)
66
貿易促進権限(TPA)法案成立へ ―8 年ぶりに復活― (2002 年 7 月 29 日)
67
貿易促進権限(TPA)法案が成立 ―自由貿易の信頼回復は図れるか― (2002 年 8 月 5 日)
70
二国間、多国間の通商交渉を加速 ―ブッシュ大統領、TPA 法案に署名― (2002 年 8 月 8 日)
72
FTA をさらに追求 ―中間選挙と通商政策― (2002 年 11 月 13 日)
74
貿易促進権限を駆使して通商交渉を推進
―大統領経済報告で通商政策の方針を確認― (2003 年 2 月 14 日)
76
FTA の推進がマルチ交渉に刺激
―IIE が FTA および米国通商政策に関するセミナーを開催― (2003 年 5 月 14 日)
78
米国の FTA 戦略を巡る議論 (2003 年 7 月 18 日)
80
〔シンガポールおよびチリとの FTA 締結〕
82
米シンガポール FTA 交渉は終盤へ ―金融、原産地規則などが課題― (2002 年 8 月 16 日)
82
米国・シンガポール自由貿易協定交渉が事実上合意
―米国にとってアジアとの初の FTA― (2002 年 11 月 22 日)
84
米チリ FTA 交渉、終盤へ (2002 年 11 月 26 日)
85
米国−チリ FTA 最終合意 ―専門家に聞く― (2002 年 12 月 19 日)
87
米シンガポール FTA の協定文を公開(その1)
―多数派は賛成も手続きの閉鎖性には不満― (2003 年 3 月 18 日)
89
米シンガポール FTA の協定文を公開(その2)
―シンガポールのサービス市場参入に期待― (2003 年 4 月 22 日)
91
シンガポールとの FTA に署名 ―2004 年の発効を目指す― (2003 年 5 月 7 日)
92
米シンガポール FTA の協定文を公開(その3) ―知的財産権保護を大幅強化― (2003 年 5 月 12 日)
94
米チリ FTA、6 月 6 日にマイアミで調印へ (2003 年 6 月 3 日)
95
米国-チリ FTA に関する経済・産業分野別の効果分析
―経済的効果は僅少(ITC レポート)― (2003 年 6 月 23 日)
99
米星 FTA 議会から ISI 条項に懸念の声 (2003 年 7 月 3 日)
102
米星、米チリ FTA、下院を通過 ―TPA 効果で早期可決― (2003 年 7 月 28 日)
103
上院、シンガポール、チリとの FTA を可決 ―労働者受け入れ条項に多くの批判― (2003 年 8 月 5 日)
104
〔FTAA および中米との FTA〕
105
中米諸国との FTA 交渉に向けて作業開始 ―FTAA 交渉にモメンタムも― (2002 年 2 月 1 日)
105
TPA 付与で弾みつく中南米との FTA 交渉
―早期実現の可能性が高いチリとの FTA― (2002 年 8 月 15 日)
106
FTAA 交渉が活発化 (2002 年 10 月 2 日)
108
成功の鍵を握るのはブラジル ―ブラジル大統領選挙後に FTAA 交渉が本格化― (2002 年 10 月 18 日)
110
57
FTAA 交渉の行方 ―キトーでの貿易大臣会合を終えて― (2002 年 11 月 8 日)
112
米国−中米との FTA 交渉開始を発表 (2003 年 1 月 10 日)
114
FTAA 事務局招致合戦が過熱 (2003 年 2 月 7 日)
115
米国の対中南米政策 (2003 年 3 月 5 日)
116
米・中南米 FTA の見通しを識者に聞く
―発効期限が危ぶまれる FTAA、中米 FTA は年内合意の見込み― (2003 年 6 月 10 日)
米国・ブラジル両首脳が協調姿勢をアピール (2003 年 6 月 25 日)
〔ASEAN との FTA(シンガポール除く)〕
118
120
121
タイとの自由貿易協定研究で合意 ―「短期的実現は困難」との見方が支配的― (2002 年 1 月 24 日)
121
アジアに広がる米国の FTA 戦略 ―ASEAN イニシアティブ計画― (2002 年 11 月 1 日)
122
タイとの FTA を検討 ―ブッシュ大統領、タクシン首相と会談― (2003 年 6 月 16 日)
124
ブッシュ政権の対アジア通商政策を批判 ―ボーカス上院議員が 4 つの提言― (2003 年 8 月 7 日)
125
〔オーストラリアとの FTA〕
127
豪州との FTA 交渉開始を発表 ―焦点は農産物― (2002 年 11 月 21 日)
〔中東、アフリカとの FTA〕
127
129
中東諸国との FTA を提案(その1) ―10 年におよぶ長期構想の効果に疑問も― (2003 年 5 月 13 日)
129
中東諸国との FTA を提案(その2) ―ブッシュ提案に賛否両論― (2003 年 5 月 16 日)
131
中東諸国との FTA を提案(その3) ―識者の見方― (2003 年 5 月 20 日)
132
バーレーンとの FTA 交渉開始を発表 ―強まる安全保障政策との連携― (2003 年 5 月 29 日)
134
ブッシュ大統領、アフリカ歴訪(その1) ―政治・外交・経済での利益を追求― (2003 年 7 月 17 日)
135
ブッシュ大統領、アフリカ歴訪(その2) ―識者の見方― (2003 年 7 月 22 日)
137
米国-モロッコ自由貿易協定交渉が本格化 ―モロッコの農業問題が交渉のポイント― (2003 年 7 月 29 日) 139
進展する中東、北アフリカとの FTA 交渉 ―安全保障と FTA の結びつき強める― (2003 年 8 月 11 日)
〔WTO カンクン閣僚会議決裂〕
140
142
WTO カンクン閣僚会議の展望(その 1) ―農業交渉成功の可能性は低い― (2003 年 9 月 1 日)
142
WTO カンクン閣僚会議の展望(その 2) ―非農産品交渉は中堅途上国の譲歩が鍵― (2003 年 9 月 3 日) 144
WTO カンクン会議に向け意気込み示す
―シンガポール・イシューについては懐疑的― (2003 年 9 月 10 日)
米国は FTA シフトを強める ―WTO カンクン閣僚会議決裂― (2003 年 9 月 16 日)
145
146
WTO、FTAA 交渉期限の遅延は必至
―WTO カンクン閣僚会合に関する有識者インタビュー(その 1)― (2003 年 9 月 19 日)
147
西半球およびブラジルとの通商交渉の行方
―WTO カンクン閣僚会議に関する有識者インタビュー― (2003 年 9 月 26 日)
Ⅱ. 米議会予算局による報告書
149
152
1. 『自由貿易協定推進の賛否』 ――議会予算局、FTA 推進の賛否を論じる
152
2. 『NAFTA が米国・メキシコ貿易と GDP に与えた効果』
――貿易拡大および外国投資の増加に貢献と議会予算局が分析
58
156
(注)参考までに①エネルギー法案は昨夏に下院を通
Ⅰ. 2002 年以降の米国の FTA 交渉
過し、上院も 4 月 25 日に通過した。しかし、ブッシュ
政権が目指すアラスカ自然保護区(ANWR)の開発
を定める修正法案が否決されるなど、上院案と下院
本調査の一環として、米国の FTA を巡る動
きをフォローした海外事務所の報告をトピック
別に整理した。
案の間でへだたりが目立つ。②投票システムの改
善などを柱とする選挙改革法案は、下院を 12 月、
上院を 4 月 11 日に通過、現在両院協議会で審議
中。③10 年間にわたり総額 735 億ドルの農業支援
策を定める農業法案は、下院を 10 月、上院を 2 月
に通過、両院で意見調整後、5 月中旬までに成立
貿易促進権限(TPA)と米国の FTA 戦略
の見通し(同法案が定める巨額の農業補助金につ
いては諸外国から批判が強い)。
◇ 上院、貿易促進権限の審議を再開
―労働者への健康保険補助問題で対立―
<1.TPA 法案はパッケージ化>
(2002 年 5 月 8 日)
TPA 法案は、他のいくつかの通商法案と合わせて
ブッシュ政権の最優先通商課題のひとつに挙げら
パッケージ化される。①2001 年 12 月に失効した「アン
れている貿易促進権限(TPA)の審議が上院でようやく
デ ス 貿 易 特 恵 法 ( ATPA ) 」 の 更 新 ・ 修 正 法 案
再開した。11 月の中間選挙を控え、限られた審議日
(HR.3009)、②「貿易調整支援(TAA)プログラム」の更
程の中で、ブッシュ政権、共和・民主両党、上下両院
新・修正法案(S.1209)、③「一般特恵関税(GSP)」の
議員の駆け引きが激しくなっている。
更新(S.1671)などである。より正確には、反対意見の
少ないアンデス貿易特恵法の更新をメイン法案として、
<4 ヵ月ぶりの議論再開>
TPA 法案などをこれに盛り込む方法をとる(以下、便宜
「貿易促進権限(TPA)法案」(HR.3005)は、2001 年
上「TPA 法案」とする)。なお、民主党有力議員のひと
12 月 6 日、下院を賛成 215、反対 214 の僅差で通過し
りであるホリングス議員(民、サウスカロライナ)は、米繊
た。上院では1週間後の 12 日、ボーカス議員らによっ
維産業への打撃を懸念し、アンデス法案の更新にも
て労働・環境保護条項が強化されたのち、財政委員
強く反対の立場だ。
会を 18 対 3 で可決、その後上院本会議の審議待ちと
法案をパッケージ化するのは、限られた審議日程で
なっていた。
複数法案を通すためにしばしば使われる方法で、その
民主党が多数を占める上院のダシェル院内総務は、
限りにおいて TPA 成立の可能性は高まった。上記①
「エネルギー法案、選挙改革法案、農業法案などの審
から③の法案は、途上国や労働者などいわば弱者へ
議が終われば、できるだけ早く TPA 審議を開始する」
の支援策であり、またいずれも失効した既存の法律の
(1 月 4 日発言)としたため、同法案審議の開始は近い
更新であるから、多くの議員は原則支持している。従
と見られていた。しかし、エネルギー法案をはじめ重要
ってそれら議員は、仮に法案の一部に不満であっても、
法案は最近になってようやく進展を見せた状況で、こ
パッケージ化された全体の法案には反対票を投じにく
の間 TPA 法案はいわば放置されたままとなっていた。
い。またパッケージ化された法案にはさまざまな要素
共和党側からは、「ダシェル院内総務は TPA 審議を
が含まれるため、賛成票を投じることに対して、圧力団
遅らせている」との批判の声が出始めていた。ブッシュ
体などから直接的な批判を受けにくいというメリットがあ
大統領は 4 月 4 日、上院に対し TPA 審議を 4 月 22
る。
日の週までに開始するよう呼びかけ、またゼーリック
USTR 代表も 14 日、「ニューヨーク・タイムズ」紙への寄
<2.多くの修正法案>
稿の中で、「米国は、自由貿易協定の追及において他
しかし、TPA のような意見対立の激しい法案の場合、
国に遅れをとっている」とし、TPA の早期審議を求め
事態はより複雑だ。ロット共和党院内総務は、「上院で
た。
TPA 審議が始まったことは歓迎するが、4 つの法案を
4 月 29 日に再開した上院の TPA 法案審議は、「今
パッケージ化する方法には賛成できない」と述べる。
後採決まで数週間を要する」(通商情報誌)と見られる。
審議の主なポイントを列挙すれば以下の通り。
第一に、審議する法案が多くなればそれだけ議事
が長引く。議会は 5 月の最終週、7 月の第 1 週、8 月の
59
全週が休会となる(上院と下院で若干異なる)。さらに
象者を限定するなどの対案を検討中だ。
休会明けの 9 月からは、11 月 5 日の中間選挙に向け
ダシェル院内総務は「健康保険をカバーする TAA
た活動が本格化し、議員はワシントンを留守がちにす
を認めなければ TPA の成立はありえない。TPA が成
るため、法案審議の日数は限られてくる。
立しない場合、それは共和党の保守派が、貿易法案
第二に、法案をパッケージ化すると、主たる法案と
の成立よりも健康保険補助の廃案を優先させた結果
は主旨を異にする多数の修正法案が出されるようにな
である」と、共和党の譲歩を迫った。ブッシュ大統領は
る。既に TPA 法案に対し、約 60 本もの修正法案が出
「何らかの形での労働者支援を考えている」と言われ、
されている。数例を挙げれば、①TPA 法案が定める基
妥協点を探る構えだ。
本的労働基準をさらに厳格化、②米通商法を変更す
るような通商協定は TPA 手続きから除外、③外国の投
<4.環境・労働問題は低調>
資家と州政府の紛争に関する NAFTA 第 11 条を改定、
クリントン政権時代に TPA(当時はファスト・トラック
④スーパー301 条の恒久化、⑤アンデス特恵貿易法
権限と呼称)が失効して以来、最大の争点は「環境・労
の対象品目からマグロを除外、⑥同法におけるアスパ
働」であった(相手国に環境・労働保護の遵守を求め、
ラガスの輸入を国内市場の 30%以下に制限―などで
違反には制裁を加えるというもの。民主党の多くは支
ある。
持、共和党の多くは反対)。しかしこの議論は昨今や
これら修正法案は、TPA 反対派が賛成派から譲歩
や低調である。
を引き出すための材料、ないしは自己の選挙区・支持
その背景としては、①これまでの環境・労働の議論
者向けの政治的なアピールや利益誘導(pork barrel)
が行き詰まり、議員にとって議論の新規性が減じた、
法案である場合が多い。その多くは否決されると見ら
②ブッシュ政権・共和党が、環境・労働保護の文言を
れるが、反対派や条件付賛成派は、自己の修正案が
通商協定に含めることに反対しない姿勢を示している
否決されれば新たな要求を出すか TPA を廃案に追い
(制裁発動には否定的)、③京都議定書を脱退するな
込もうとし、仮に廃案となっても、それを TPA 賛成派の
ど米国が諸外国に環境保護を強く求めにくい状況、④
責任に帰すことができる。また、全ての修正法案につ
石炭・石油・鉄鋼業界などでは、「環境よりも雇用」を重
いて審議と投票が必要なため、多くの時間が費やされ
視する傾向(環境団体と労働団体の連携が弱まる)、
る。
⑤2001 年 9 月のテロ以降、環境団体らによる過激なデ
モ行動が沈静化―などが考えられる。
<3.労働者への健康保険付与問題が浮上>
パッケージに含まれる予定の法案のうち、特に意見
<5.60 票が攻防ライン>
が対立しているのが「貿易調整支援(TAA)プログラ
上院では TPA に対する支持者(条件付支持者を含
ム」である。TAA は貿易、特に輸入の進展によって解
む)の数は、法案通過に必要な過半数に達していると
雇や減給などの影響を受けた労働者に対し、職業訓
見られるが、上院では、時間無制限の議事妨害
練や所得補助などの支援策を定めるもので、1974 年
(filibuster)が認められているため、一旦議事妨害が起
修正通商法の一部として成立、また NAFTA 発効に合
きれば審議は行き詰まる。議事妨害に対しては 60 票
わせて「NAFTA-TAA」が作られた。現行 TAA は 2001
以上の賛成があれば、それを打ち切り、採決を動議す
年9月末に失効した。
ることができる。従って上院では一般に 60 票が重要法
多くの議員は TAA の更新には反対しない。しかし
案の攻防ラインとなるが(それに届かないことが明白な
上院民主党の一部から、悪影響を受けた労働者の健
場合、法案は議題に載らないことが多い)、TPA 法案
康保険補助を TAA の対象に含めるべきとする新たな
の場合それは微妙な状況で、今後両党がどこまで歩
修正法案が出され、これに共和党が反発している。争
み寄るかにかかっている。仮に妥協が成立せず、ある
点は補助の支給率と対象者の範囲で、民主党は①健
いは議事妨害が続く状況になれば、院内総務はじめ
康保険支出の 73%を税控除、②対象者は下請け企
上院議会指導部は、他の重要法案の審議を優先する
業の労働者(secondary worker)を含む、③旧勤務先
ことになろう。その場合、TPA は事実上廃案になる。
が破綻した鉄鋼業界の引退者に対して1年間手当て
ちなみにこういった規定は、下院に対する上院のチ
を支給―などを要求している。これに対し共和党は
ェック・アンド・バランス機能を示したものであり、「上院
「悪しき前例になる」(グラム議員(共、テキサス))と非
は超党派で運営される」と言われるゆえんでもある。
難。報道によれば税額控除を 60%程度に下げる、対
60
<6.中間選挙が近づけば成立は一層不透明に>
修正法案の扱いで意見が対立している。同修正法案
上院が TPA 法案を可決したとしても、下院案とは内
は、輸入増や工場の海外移転による失業など、貿易
容が異なる結果、その後両院協議会を開くなどの方法
によって悪影響を受けた労働者に対し、医療支出の
で両者は意見調整を行い、最終的に両院が再度同一
73%を健康保険補助として提供しようとするもので、共
の法案を可決しなければならない。元 USTR の高官は、
和党は莫大なコストがかかるとして反発している。
ジェトロ・ニューヨークのインタビューに応え「最終的な
ダシェル上院院内総務(民、サウスダコタ)は 5 月 6
TPA 成立の確率は五分五分」とした。
日、「TAA についてこのまま進展が見られなければ、
昨年 12 月の下院本会議での採決はわずか1票差
TPA 法案は廃案になるだろう。廃案になればその責任
での可決であった。中間選挙が近づくにつれ選挙基
は共和党保守派にある」と、共和党の対応を厳しく批
盤の声が影響力を強め、法案成立の不確実性は高ま
判した。他方ブッシュ政権は、8 日、「TAA の拡大は過
る。ある通商筋は、「7 月中に両院で採決に入らないと
大なコストがかかる。昨年 12 月に上院財政委員会を
TPA の成立は危うい。それ以降は、特に前回賛成票
通過した TPA 法案内容を崩すようないかなる修正法
を投じた共和党の下院議員の中から反対に回る議員
案にも反対する」との声明を出した。
が増えるだろう」と予測する。
( 注 ) TPA 法 案 は 、 ア ン デ ス 貿 易 特 恵 拡 大 法 案
(HR.3009)を主法案とするパッケージの一部として
(注)貿易促進権限(TPA)とは、合衆国憲法第1条8節
審議されている。
によって議会に優先的に付与されている通商交渉
権限を、大統領に与えるもので、議会は大統領が締
<夏期休会前の採決が必須>
結した通商協定について原則 90 日以内に批准の
ジェトロ・ニューヨークでは、TPA 法案の見通しなど
可否を決定する。ただし修正は行えない。クリントン
について識者の意見を聞いた。主な意見を拾えば、①
大統領時代の 94 年に同権限は失効し、以来数度
両党が TAA の拡大について合意できるかがカギ、②
にわたり復活の試みがなされたがいずれも失敗。大
夏期休会前に両院で採決できれば TPA 成立の可能
統領が TPA を持たない場合、締結した協定内容が
性はある、ただし下院の採決は微妙、③夏期休会以
修正され、あるいはそのために批准が遅れる可能
降だと成立は危うい、④議員にとっては TPA に賛成す
性があり、米国の対外交渉力を低下させる一因とな
るリスクの方が高い、⑤TPA に対するビジネス界のロビ
っている(TPA がなくても交渉力は発揮できるとする
ー活動は低調、⑥ブッシュ政権による議会への働きか
意見も一部にある)。TPA を獲得したとしても締結し
けは限定的―などの意見が聞かれた。
た協定が議会で否決される可能性は残るが、「総論
また、TPA を獲得するためにブッシュ政権や共和党が
賛成、各論反対」の議員が反対票を投じにくくなる
どこまで譲歩するかについては、「TPA は、全てを譲歩
効果がある。
してまで獲得するほど重要ではない」、「ブッシュ政権
(ニューヨーク・センター)
はあらゆる譲歩をしてでも TPA を獲得する」などの異な
る意見が示された。
◇ 貿易促進権限審議をどうみるか
<TPA 賛成のリスクは大きい>
―識者に聞く―
○グレッサー(Edward Gresser)進歩的政策研究所
(2002 年 5 月 9 日)
(Progressive Policy Institute)通商国際マーケット研
上院で審議中の「貿易促進権限(TPA)法案」は、修
究部長
正法案の扱いを巡り共和・民主両党の意見対立が顕
TAA について両党が合意すれば上院は通る。議論
在化、議論は膠着状態となっている。ジェトロ・ニューヨ
が決裂すれば、アンデス貿易特恵法だけを通すことに
ークでは、TPA 法案議論を見る上でのポイント、成否
なろう。共和党にとって譲歩の中身は悪いものではな
の見通しなどについて識者に意見を聞いた。
いはずで、健康保険補助に反対するというのは、有権
者へのまずいメッセージだ。
<TAA の拡大で両党譲らず>
上院が可決した場合、下院の法案とは中身が異な
現在、TPA 法案(HR.3005(注))には、民主党議員
るため、もう一度採決をする。昨年 12 月の下院での可
らから約 60 本もの修正法案が提出されているが、とり
決はわずか 1 票差だった。前回賛成票を投じた共和
わけ貿易調整支援(TAA)プログラムの拡大を定めた
党議員のうち 5∼6 人は今回反対に回る。しかし、健康
61
保険補助まで含めた TAA で合意すれば逆に民主党
和党にはまた、極端な自由貿易主義者がいる。グラス
議員の 5∼6 人が賛成に回る。例えばローラバッカー
リー議員(アイオワ)、グラム議員(テキサス)、マケイン
議員(共、カリフォルニア)、ハンター議員(同)は今回
議員(アリゾナ)らで、いずれも農産物輸出を図りたい
は TPA 反対、スミス議員(民、ワシントン)は今回賛成
議員だ。
に回ると見られる。下院の予測は難しい。
TPA そのものに反対する上院議員は少ない。しかし
議員にとって、TPA に賛成するリスクは反対するリス
TPA の中身が、ブッシュ政権や共和党寄りに過ぎるな
クよりも高い。ビジネス界は、2000 年に行われた中国
らば反対する議員が増える。ただし、議員は政治的理
への最恵国待遇(通常貿易関係/NTR)恒久化法案
由ばかりで動くのではなく、正しい意味で、外国との貿
審議の際には、極めて熱心なロビー活動を繰り広げ、
易の考え方において両党には越えがたい意見相違が
法案通過に貢献したが、現在の TPA にはそれが見ら
ある。
れない。むしろ労働組合からの強硬な反対を考えれば、
賛成に回る方が議員にとってのリスクは大きい。
<TPA を通すために大幅譲歩>
チリやシンガポールは、米国との自由貿易協定
○イケンソン(Daniel Ikenson)ケイトー研究所貿易政策
(FTA)交渉の進展が遅いと考えている。ブッシュ政権
アナリスト
は、TPA が成立しその内容が明確になるまでは、労働、
TPA が今本当に必要かどうかは疑問だ。だがブッシ
環境、投資条項について交渉できないとしているが、
ュ政権はこれまでそう主張し続けてきたのであり、今さ
優先順位を TPA に置き過ぎているのではないか。
ら「TPA は必要でない」と言って、民主党と決裂するこ
とはできない。従ってブッシュ政権は、あらゆる手段を
<遅くとも 6 月中の採決が必要>
使い TPA を通そうとするだろうし、そのために鉄鋼セー
○ムーア(Michael Moore)ジョージ・ワシントン大学国
フガードも発動した。現在上院では TAA が問題になっ
際貿易投資政策プログラム教授
ているが、ブッシュ政権はここでも譲歩するはずだ。
TAA について両党が合意できるかが TPA 成否の分
上院を通過し再び下院の採決になると、前回の下
岐点だ。11 月の中間選挙直前になれば、ブッシュ政
院での投票時同様、ブッシュ政権に様々な圧力・要求
権に TPA という「勝利」を与えたくない議員は増える。
があるだろう。ブッシュ政権は譲歩する用意があると見
遅くとも 6 月中に両党で TPA を採決にかけないと成立
られており、多くの議員がその恩恵に預かろうとしてい
の見込みはない。そう考えると、大統領が TPA を獲得
る。
するのは来年になるかも知れない。ただし、そうであっ
TPA に反対するホリングス議員は、「輸入によって
ても現在外国と交渉中の通商案件には何ら影響を与
雇用が失われている」と主張するが、雇用喪失は、製
えない。ゼーリック USTR 代表が、「交渉中の FTA をま
造技術の進歩と生産性向上によるものだ。同議員の出
とめるために TPA が必要」と言うのは当然だろう。TPA
身州であるサウスカロライナは、自動車産業など諸外
があれば彼の仕事はずっと容易になる。ブッシュ政権
国からの投資が全米で最も多い州の一つ。同州の輸
にとって、本来の政策に反する鉄鋼セーフガードを発
出は拡大しつづけており、彼の議論は説得力を欠く。
動したにも関わらず、TPA が獲得できないならば皮肉
なことだ。
<ブッシュ政権の関与は限定的>
民主党指導部は、少なくとも共和党が望む形での
○ストークス(Bruce Stokes)外交問題評議会研究員
TPA は通せないと考えている。ブッシュ政権には譲歩
中間選挙近くまで議論がもつれることがなければ
の用意はあるようだが、どこまで民主党の要求を満た
TPA は何とか成立するだろう。議会は紛糾しているが、
すものかは不明だ。ただ、TPA は全てを譲歩してまで
この手の駆け引きはどんな法案審議にも見られるもの
獲得するほど重要ではない。94 年以降この権限は失
だ。ただ TPA が通らなければ、両党は激しく責任を転
効しているが、現に米国は通商交渉を行えたし、成果
嫁し合うだろう。下院では何人かの共和党議員が次回
も挙げてきた。
は賛成から反対に回るが、TAA 問題で合意ができれ
民主党のロックフェラー議員(ウェストバージニア)や
ば何人かの民主党議員は逆に賛成に回る。
ホリングス議員(サウスカロライナ)は、根強い保護貿易
ブッシュ大統領は、今のところ TPA 議論にあまり関
主義者だが、彼らが貿易問題について他の民主党議
与していないように見える。しかしこれは TPA に限らず
員を結束させる力があるとは思えない。中道寄りの例
多くの政治案件について当てはまる。ブッシュ政権は
えばボーカス議員(モンタナ)の方が影響力はある。共
まず議会で議論を戦わせ、合意や成立の間際になっ
62
てようやく関与し、そして「勝利宣言」をする。これはテ
を変更する場合、上院では貿易促進権限手続きを適
キサス州知事時代からのブッシュ・チームの手法で、
用しない」と定める。
政治的エネルギーを浪費したがらない。ブッシュ政権
①相殺関税、アンチダンピング税の適用、②不公正
は、議論に深入りはしないが、TPA が否決されれば民
な競争や輸入からの保護、③輸入品との競争に基づく
主党を批判し、可決されれば自らの成果にするという
損害の救済―などの通商救済法の変更をその対象と
ことだ。結果的に TPA を「自然死」(廃案)させることは
し、該当する通商案件にはこれまでどおり議会に協定
あっても、少なくともブッシュ政権が自ら TPA を諦める
を修正する権限を与える。共和党議員 13 人、民主党
ことはない。
議員 13 人がスポンサーに名を連ねる超党派修正法案
中国へのNTR恒久化法案審議時に比べると、ビジ
だ。
ネス界のロビー活動は弱い。これは仕方のないことで、
法案提出者であるデイトン議員(2006 年に改選対
TPA は中期的に企業に多少の利益をもたらすに過ぎ
象)は、「議会のみが貿易救済法を定める権利がある」
ない。GATT ウルグアイ・ラウンドの時には、知的所有
と訴える。クレイグ議員は一般に自由貿易派とみられ
権など国際ルールがカバーしていない分野がたくさん
ているが、11 月の中間選挙の改選対象になっており、
ありビジネス界の関心も高かったが、今はそのような
支持基盤、特に自州の産業保護を強く主張している。
「最優先事項」と呼べる分野がない。
同議員は、「この修正法案は、『議会は大統領とともに
TPA が通らない場合、いくつかの国は米国政府の
米国通商法を固守する』というメッセージを交渉相手
交渉力欠如を非難するだろう。しかし TPA がなくても
国に送るもので、大統領の交渉権限を強化する法案
通商交渉は可能だ。それらの国は多くの国内的政治
だ。不当に安い韓国のマイクロチップやカナダの針葉
的制約要因を抱えているのだが、通商交渉が失敗す
樹材の輸入からアイダホの産業を守るため、米通商法
ると、TPA のない米国を責めることで責任転嫁の材料
は不可欠だ」と訴える。
にしている。
(ニューヨーク・センター)
<ブッシュ政権は拒否権発動を示唆>
同修正法案は TPA 本来の目的である「一括承認手
続き」(大統領が外国と締結した通商協定について、
◇ 激しさ増す貿易促進権限法案審議
議会は大統領が議会に提出してから 90 日以内にその
―デイトン修正法案の扱いは今後の議論次第―
批准の可否を決定し、修正は行えない)を事実上無効
(2002 年 5 月 17 日)
にする。
上院の「貿易促進権限(TPA)法案」の審議におい
同修正法案に関しブッシュ政権の高官は、同修正
て、5月 14 日、大統領の交渉能力を大幅に減殺する
法案が最終的に TPA 法案に含まれた場合、拒否権
内容の「デイトン・クレイグ修正法案」が可決された。同
(注)を発動する可能性を示唆した。ゼーリック米通商
法案にブッシュ政権は激しく反発、拒否権発動も辞さ
代表部(USTR)代表、ベネマン農務長官らも同修正法
ないとしたため、TPA 成立の可能性は低まったとみら
案を厳しく批判する声明を出した。
れた。しかし、ダシェル民主党院内総務が、「最終的に
5 月 10 日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、
同修正法案が TPA 法案から除かれたとしても TPA 法
「通商協定の一部が議会の修正を受ける可能性があ
案を受入れる」との意向を表明、TPA の行方は引続き
るならば、いかなる国も米国とはセンシティブな交渉を
今後の議論次第となった。
しなくなる」と批判、5 月 13 日付ワシントンポスト紙も「修
正法案は WTO 交渉を失敗させる。シアトル会合失敗
<通商救済法を TPA から除外>
の原因のひとつは、クリントン政権が通商救済法を交
上院本会議での「貿易促進権限法案」(アンデス貿
渉議題に含めなかった点にある。開発途上国が米国
易特恵法(HR.3009)に盛り込まれている)審議は、提
製品に対して通商救済法を多用しており、これに一定
出されている約 60 本もの修正法案の扱いを巡り、議論
の枠をはめる必要がある」と述べた。
は日々めまぐるしく変化している。
マケイン議員(共、アリゾナ)は、「デイトン・クレイグ
デイトン議員(民、ミネソタ)、クレイグ議員(共、アイ
修正法案には反対だ。同法案を取り除くためにも、ブ
ダホ)が提出した「デイトン・クレイグ通商救済法修正法
ッシュ政権の積極的な審議への関与が必要になる。し
案」(SA.3408)は、「不公正な外国貿易慣行から米国
かし一つの大きな問題は、ブッシュ政権がすでに鉄鋼
の企業と労働者を守るあらゆる米国法について、これ
セーフガード、農業法案などの保護主義措置に手を
63
染めていて、議員に自由貿易を強く主張できない点
付)のである。
だ」と論じた。事実デイトン議員の側近は、「ブッシュ政
第三に、同修正法案は「一括承認手続き」を最大の
権からはこれまで何ら意味ある対案がなく、我々の立
眼目とする TPA の精神に相容れず、従ってブッシュ政
場を変更する理由がない」と述べ、暗に代償措置を求
権は拒否権発動を示唆しているが、同時に TPA 獲得
める姿勢を示した(ワシントンポスト紙、5月 14 日付)。
を推進してきたのもブッシュ政権自身である。仮に
(注)大統領が拒否権を発動した場合、これをさらに議
TPA 法案が両院を通過した場合、ブッシュ大統領は
会が覆すには両院の3分の2の賛成が必要。過去
TPA 獲得のために一つの修正法案を受入れるか、一
43 人の歴代大統領によって合計 2,549 回の拒否権
つの修正法案のために TPA 全体を拒否するか(注)と
が発動されたが、議会で覆されたケースは 106 回
いう難しい選択を迫られる(この点クレイグ議員は「ブッ
(4.1%)のみ。
シュ大統領は拒否権を発動しない」とみている)。
(注)法案の一部のみに拒否権を発動する「個別拒否
<「拒否権行使の脅しを無視」>
権」(line-item veto)は、憲法で禁止されている。
5月 14 日、ブッシュ政権からの強力な反対にもかか
わらず、上院はデイトン・クレイグ修正法案を可決した。
<院内総務は柔軟な姿勢を示す>
まず同修正法案を棚上げする動議を賛成 38(共和党
複数の通商情報誌が伝えたところによると、ダシェ
32 人、民主党 6 人)、反対 61(共和党 16 人、民主党
ル院内総務(民、サウスダコタ)は、「デイトン・クレイグ
44 人、独立議員1人)で否決。法案は審議に付され、
修正法案が TPA 法案から除外されることになれば残
その後発声投票で可決された。発声投票方式とした
念だ。だがそれでも TPA 法案を引き続き支持する」と
のは、賛成、反対議員の名前が明らかになるのを避け
述べ、同修正法案が両院協議会の場で削除されても
るためとみられる。
それを容認する旨発言した。発言は5月 15 日に行わ
米メデイアは、「議会はブッシュ政権の拒否権行使
れたブッシュ大統領と議会指導部との会合後になされ
の脅しを無視」(ロイター、5 月 14 日付)、「上院、議会
たもの。
に通商権限を認める」(AP、5 月 14 日付)などと報じ、
しかし同院内総務は続けて、「だが我々は何らかの
シカゴ・トリビューン紙は「この修正法案は保護貿易以
妥協点を見出し、この修正法案の主旨が最終法案に
外の何ものでもない」と厳しく批判した。フライシャー報
残るよう努力する」とし、修正法案の扱いは今後の議論
道官は 15 日、「上院通過後開かれる両院協議会で、
次第との姿勢を維持した。
同修正法案は取り除かれるべきだ」と述べたが、仮に
上院はなお残る多くの困難な修正法案の審議を続
同修正法案が維持された場合、大統領が拒否権を発
け、早ければ5月 20 日の週にも TPA 法案の最終採決
動するかどうかについては明言を避けた。
に入る。下院は既に同法案を可決しているため、上院
が可決すれば、その後両院協議会で上下両院の法案
<デイトン修正法案の難しさ>
の一本化作業が行われる。
これまでの TPA 法案審議は、もっぱら、自由貿易派
(ニューヨーク・センター)
議員と国内産業や雇用を重視する議員間の意見調整
で難航してきた。しかしデイトン・クレイグ修正法案の困
難な点は、第一に、前述の通り、法案主旨が「通商救
◇ 上院、貿易促進権限法案を可決
済法を弱体化させない」という点にあるため、自由貿易
―両院協議会での最終意見調整へ―
派の議員も表立って反対しにくい。ブッシュ政権も、諸
(2002 年 5 月 24 日)
外国の不公正な通商慣行には厳格に対処する旨、繰
5月23日、上院は賛成66、反対30、棄権4で、貿
り返し表明している。
易促進権限(TPA)法案を可決した。1994年以来失
第二に、この修正法案は共和党対民主党の対立と
効中の貿易促進権限(TPA、ファスト・トラック権限)審
いうよりは、通商交渉に関する議会の権限や関与の問
議は、両院協議会の場に持ち込まれ、大詰めを迎え
題、すなわち「大統領府対議会」の問題である。大半
る。
の議員は、議会が過去のファスト・トラック権限が定め
る以上の権限を持つことに賛成である。「党を問わず
<圧倒的多数で可決>
議員は、憲法が認める彼らの権限を大統領に委譲す
4月29日に上院本会議で開始された TPA 法案
ることに積極的でない」(ワシントンポスト紙、5 月 15 日
(H.R.3009)審議は、約3週間を経て採決に付された。
64
賛成票66の内訳は、共和党41、民主党24、独立議
成―であるため、デイトン・クレイグ修正法案は多くの
員1。反対票30の内訳は共和党5、民主党25。共和
賛同者を得ている。事実、同修正法案は上院で安定
党議員の約9割、民主党議員の約5割が賛成票を投じ
多数で可決した(発声投票のため票数は不明)。
た。
すでにハスタート下院議長(共、イリノイ)宛てには、
ブッシュ大統領は訪問先のロシアにおいて、「TPA
100 人以上の民主党議員が、デイトン・クレイグ修正法
法案の上院通過は、米国が自由貿易にコミットしてい
案を最終法案に含めるよう求める書簡を提出。ゲッパ
ることを貿易相手国に示すものである」と、法案通過を
ート(ミズーリ)、ランゲル(ニューヨーク)、レビン(ミシガ
賞賛した。
ン)議員ら有力民主党議員が名を連ねる。しかし、レビ
ワシントンポスト紙(5月24日)は、「上院の TPA 法
ン議員らは「拡大デイトン・クレイグ修正法案が TPA に
案は、大統領が欲していた権限の、全てではないが多
含まれるだけでは不十分」と述べ、一層の労働者保護、
くを与えることになる」と論評。ニューヨークタイムズ紙
投資家保護などを迫る意向だ。
(同)は、「鉄鋼セーフガード、大型補助金を定めた農
ブッシュ政権および TPA 支持派の選択肢としては、
業法案など、米国の保護主義的貿易政策が諸外国を
①同修正法案は認めず、仮に含まれれば拒否権を発
憤慨させている現在、TPA 法案通過はブッシュ大統領
動、②デイトン・クレイグ修正法案を認める代わりに、他
にとって大きな勝利だ」と報じた。
の分野での譲歩を勝ち取る、③同修正法案を認めな
米労働総同盟産別会議(AFL−CIO)のスィーニ
い代わりに他の分野で譲歩する、④採否が微妙な下
ー会長は、「大企業の利益を労働者や環境よりも優先
院で TPA を通すために、条件をつけず同修正法案を
させた浅薄な決定」と批判。他方、ロビー団体ビジネ
認める―などが考えられる。
ス・ラウンドテーブルは、「世界人口の 95%は米国領
土外の人々だ。米国経済は国内活動だけで成長し続
<手厚い労働者保護>
けることは不可能。TPA は国内に雇用をもたらすもの
ブッシュ政権や TPA 支持派内は、すでに反対派に
だ」と TPA を強く支持する声明を出した(ロイター、
対し相当な譲歩をしているとの意識がある。貿易調整
同)。
支援(TAA)プログラムの上院最終案は、非常に広範
な労働者保護策を盛り込むこととなった。推計では、
<多くの修正法案が提出>
対象者は現在の5万人から 10 万人に拡大、コストは今
上院の TPA 法案は、アンデス貿易特恵法の更新を
後10年間で120億ドルに倍増するという。
主法案とし、大統領に対する TPA の付与、一般特恵
TAA の主なプログラムは、①貿易によって失業した
関税(GSP)制度の更新、貿易調整支援(TAA)プログ
労働者への健康保険補助の70%をカバー、②失業
ラムの拡充など複数の重要法案を含むパッケージに
保険は現行の26週間から52週間に拡大、③対象は
なっている。最終的にはさらに多くの修正法案が盛り
下請け企業まで含む、④50歳以上の労働者が貿易
込まれ、いわゆる「クリスマス・ツリー型法案」となった
被害によって給与の低い職業への転職を余儀なくさ
(個々の修正法案については別途報告予定)。
れた場合、一定の条件のもと給与差額の半分を年間
上院審議では、これら修正法案を巡りしばしば議論
5,000 ドルまで補助する―などである。グラム議員(共、
は紛糾、中でも「米通商救済法の変更は、TPA 手続き
テキサス)ら共和党指導部は、「悪しき前例になる」とし
から除外する」とした「デイトン・クレイグ修正法案」
てプログラムの縮小を主張している。
(SA.3408)にはブッシュ大統領が猛反発。仮に同修正
法案が上下両院による最終 TPA 法案に盛り込まれた
<両院協議会で一本化なるか>
場合は拒否権を発動すると示唆したため、TPA 成立の
下院は既に昨年 12 月に1票差で可決しているため、
可能性は低まったと見られた。しかしその後、ダシェル
今後は両院協議会で法案一本化を図ることとなるが、
院内総務が「両院協議会で同修正法案が削除されて
その行方は不透明だ。特にデイトン・クレイグ修正法案
も受入れる」旨表明し、ひとまずこの問題は今後の議
の扱いを巡っては、激しい攻防がなされるだろう。
論に委ねられることとなった。
上院の有力議員らは、「意見調整は難航するが、妥
協は可能」(ワシントンポスト紙、5月24日)と見ている。
<デイトン修正法案で意見対立は必至>
下院歳入委員会のトーマス委員長(共、カリフォルニ
党を問わず多くの議員は、①通商救済法の弱体化
ア)は、「両院協議会を早急に開催し、夏期休会前に
には反対、②通商分野における議会の権限強化に賛
は TPA 法案を成立させる」と強気だ(ロイター、23 日)。
65
しかし、「上院は伝統的に自由貿易支持だが、その
みで、その修正は行えない)を事実上無効にしかね
上院でこれだけ議論が紛糾したのは、雇用不安を抱
ない。上院で5月 14 日に可決され TPA 法案に盛り
える多くのブルーカラーが選挙基盤にいる両党議員の
込まれた。ブッシュ政権は同修正条項に激しく反発
抵抗を示したもの。しかし、労働者への手厚い保護を
し、拒否権発動も辞さないと表明している。
講じた上院の TPA 法案は、下院で数人の民主党支持
者を増やすだろうが、同時に自由貿易推進議員の反
<繊維産業への保護措置をどうするか>
発も買うことになる」(ニューヨークタイムズ紙、24日)と
○パオーネ(Jon Paone)ビジネスラウンドテーブル・ニ
見られ、法案成立には依然紆余曲折が予想される。
ューヨーク代表(注:ビジネスラウンドテーブルは米
(ニューヨーク・センター)
産業界の代表的なロビー団体)
下院案には盛り込まれていなかった、大規模な貿
易調整支援(TAA)が上院案に含まれた。これがその
◇ 貿易促進権限法案、成立の可能性高まる
まま維持されれば、夏季休会前の7月末までに TPA 法
―識者に聞く―
案は成立するだろう。一つの難しい点は、昨年下院で
(2002 年 6 月 4 日)
TPA 法案を通すためブッシュ政権は繊維族議員と取
貿易促進権限(TPA)法案は上院を5月 23 日に通
引をしたことだ。このお陰で下院は辛うじて一票差で
過、現在下院案との相違を埋めるため両院協議会の
可決したのだが、上院との協議では、このような特定産
開催待ちとなっている。TPA 法案の今後の見通しにつ
業の保護措置は認めないという圧力がかかるだろう。
いて識者に意見を聞いたところ、TPA 法案の成立の可
繊維産業への保護措置は TPA とは別途議論されるの
能性は高いとの声が聞かれたが、多くの保護主義的
ではないか。この点は両院協議会の議論で大きな争
措置が取引材料に使われている点に懸念も表明され
点になる。
た。
ブッシュ政権は下院の指導部に対し、両院協議会
では TAA の拡大に反対するよう促すだろう。しかし、
<共和党、6月中の法案一本化を望む>
大統領は TPA を得るためにはあらゆる譲歩をする用
TPA 法案の早期成立を求める共和党指導部は、6
意があるとみられている。本来これらの条項は認めたく
月中には法案の一本化を終え、両院の採決に付した
ないはずだが、事実すでに多くの取引をしてしまって
い意向だという。議会は8月から9月初めまで夏季休
いる。TAA が拡大されれば、前回反対票を投じた下院
会に入り、また休会明けからは11月の中間選挙に向
議員のうち、元来自由貿易派の議員らは賛成に回る
けた選挙活動が本格化するため、7月中には採択に
だろう。昨年の下院での審議時にも TAA 拡大の要求
付す必要がある。
はあったのだが認められず、そのため反対票を投じた
ジェトロ・ニューヨークが行った識者へのインタビュ
民主党議員は多い。
ーでは、①TPA 成立の可能性は高まった、②労働者
ちなみに中国への最恵国待遇(MFN または通常貿
への救済措置を定める貿易調整支援(TAA)は大幅に
易関係(NTR))の恒久化法案は、もっと多くの民主党
拡充される(それが TPA 成立の必須条件)、③デイト
議員が支持した(注:2000 年5月の対中NTR恒久化
ン・クレイグ修正法案(注)は削除されるだろう、④ブッ
法案は下院を賛成 237、反対 197 で通過。賛成票の内
シュ政権は既に多くの保護主義的措置を認めたが、
訳は共和党が 164 票、民主党が 73 票。一方 2001 年
議員からの要求は引続き強い、⑤そのような措置は米
12 月に下院を通過した TPA 法案は、賛成 215、反対
国の対外交渉力を弱める、⑥党派を問わずいかなる
214。賛成の内訳は共和党 194 票、民主党はわずか
貿易法案にも反対する一定の勢力がいる―などの意
21 票)。
見が出された。
デイトン・クレイグ修正法案は削除されるだろう。これ
(注)デイトン・クレイグ修正法案−デイトン議員(民、ミ
を残すよう要求している議員が下院にも多数いるが、
ネソタ)、クレイグ議員(共、アイダホ)提出によるもの
彼らは去年の 12 月の TPA 採決時にも反対票を投じた
で、「不公正な外国貿易慣行から米国の企業と労働
議員であり、結局 TPA には反対の議員だ。党派を問
者を守るあらゆる米国法について、これを変更する
わずいかなる通商法案にも反対する勢力はいるものだ。
場合、上院では TPA 手続きを適用しない」と定める。
ウェルストーン(民、ミネソタ)上院議員のような極端な
TPA 本来の主旨である「一括承認手続き」(議会は
労働組合寄りの議員や、逆に極端な保守主義・孤立
大統領が結んだ通商協定に関し採否を決定するの
主義の議員である。前者の議員は貿易によって雇用
66
が脅かされると信じ、後者は貿易の拡大は国家主権の
デイトン・クレイグ修正法案のような法案の目的は、
侵害だとみなす。
TPA そのものを廃案にすることであるが、もう一つゼー
リック米通商代表部(USTR)代表に対する警告メッセ
<デイトン法案は削除、TAA は大幅拡充>
ージでもある。ゼーリック代表はドーハの WTO 閣僚会
○デスラー(I.M. Destler)国際経済研究所(IIE)客員
合の前に、議会から通商法は交渉議題に含めてはな
研究員、メリーランド大学教授
らないという明確な指示を受けていたにも関わらず、ド
下院と上院の TPA 法案には非常に多数の相違が
ーハ会議を失敗させないために譲歩(アンチ・ダンピン
あり、両院協議会は難しいものになるだろう。法案の行
グ規則の見直しを議題に含めることに同意)した。これ
方はわからないが、合意を形成する素地はあるので、
も同修正法案のメッセージだ。従って、その意図がゼ
この秋までに TPA は成立するとみる。ブッシュ政権の
ーリック代表に十分伝わったとみれば同修正法案は削
第一の課題はデイトン・クレイグ修正法案を取り除くこ
除されることになろう。ただし同修正法案の目的が
とだ。ブッシュ政権としては、上院で含まれた貿易調整
TPA の廃案それ自体にあるのであれば、特に下院で
支援(TAA)を小規模なものに抑えたいところだが、
はこの扱いを巡って激しい駆け引きがなされることにな
TPA への支持を減らす可能性もあるので強くは出られ
る。
ない。デイトン・クレイグ修正法案を削除する代わりに、
(ニューヨーク・センター)
大盤振る舞いの TAA を残すことになるだろう。
多くの民主党議員がデイトン・クレイグ修正法案を最
終法案に残すよう要求しているが、彼らの多くは、同修
◇ 貿易促進権限(TPA)法案成立へ
正法案が残ろうが除かれようが TPA に反対する人たち
―8 年ぶりに復活―
だ。下院の共和党指導部は同修正法案に強く反対し
(2002 年 7 月 29 日)
ている。従って一部民主党議員からの強い要求があっ
ブッシュ政権の最優先通商課題であった貿易促進
ても同修正法案はやはり削除されるだろう。大きな問
権限(TPA)が、8年ぶりに復活する。上下院をそれぞ
題は、このように対立軸がはっきりしすぎていて、両院
れ通過した TPA 法案は、法案一本化のため両院協議
協議会が何かを交渉する場になりにくいことだ。
会に持ち込まれていたが、意見調整が難航。夏季休
会前成立を目指すブッシュ政権は、大統領以下、主
<デイトン修正法案の持つ2つの意図>
要閣僚による説得活動を続けた。7月25日に両院協
○ワイントローブ(Sidney Weintraub)戦略国際問題研
議会は法案の一本化で合意、休会入り直前の27日未
究所(CSIS)研究員・政治経済部長
明、下院本会議はわずか3票差で同法案を可決した。
確実とは言えないが TPA 成立の確率は高くなった。
上院も今週中に可決すると見られる。
両院協議会という重要なステップが残っている。両院
協議会はデイトン・クレイグ修正法案を取り除かなけれ
<休会入り直前の採決>
ばならない。そして、下院採決時にブッシュ政権が約
7月27日午前3時過ぎ(米東部時間)、下院本会議
束した繊維関連の保護措置を多かれ少なかれ最終案
は TPA 法案(H.R.3009)を賛成215、反対212で可決
に盛り込む必要がある。従って大統領が獲得する TPA
した。下院は29日から、上院は8月5日から約1ヵ月間
は、諸外国との交渉の妨げにはならないが、かなり制
の夏季休会に入る。休会後の議会は中間選挙を控え
約されたものになるだろう。もっとも、諸外国との交渉の
ているため、政治的にも時間的にも TPA 法案成立の
難しさは、制約された TPA ではなく、先般成立した農
可能性は低くなると見られ、ブッシュ政権にとって休会
業法案などの保護政策によってもたらされる。諸外国
前採決は法案成立の重要要件となっていた。休会前
は、多額の農業補助金制度を持つ国とは交渉したが
の採決ができなかった場合、11月5日の中間選挙後
らないからだ。
の会期(注)まで待つべきとする議員も出はじめた(注:
すでにブッシュ政権は多くの保護主義的措置を認
翌年1月の任期切れまでの1ヵ月程度開かれる会期。
め、譲歩すべき手だてはほとんど出し尽くしてしまった。
落選した議員にとっては最後の議員活動をする場で、
デイトン・クレイグ修正法案に固執する人々に対し、ま
レイムダック会期とも呼ばれる)。
た何か譲歩しなければならない。この譲歩内容が実際
賛成票の内訳は共和党190、民主党25、反対票は
の TPA 法案に含まれるとは限らないが、何らかの形で
共和党が27、民主党が183。また7人が投票を棄権し
議員が選挙基盤に対し訴えられるものになるだろう。
た。共和党議員の9割が賛成、民主党議員の9割が反
67
対票を投じるというもので、昨年 12 月の下院採決に続
年9月まで延長する。工場移転や閉鎖など貿易によっ
き極めて党派色の強い結果となった。
て悪影響を受けた労働者に対し、医療支出の65%を
29日の週には上院が同法案を採決に付す予定だ。
金額の上限なしに税控除する(連邦政府として初めて
上院での可決は堅いと見られているが、上院では時間
の措置)。また再就職のための職業訓練を最大72週
無制限の議事妨害(フィリバスター)が認められている
間まで延長、そのための予算を2億 2000 万ドルに倍
ため、採決までに時間を要する可能性もある(フィリバ
増する。これらは下請け企業の労働者(セコンダリー・
スターを中止させるには60票以上の賛成が必要)。
ワーカー)にも原則として適用する。上記措置により
ブッシュ大統領は27日、「議会は歴史的な合意をし、
下院で TPA を成立させた。上院がすぐに可決すること
TAA の対象者は現在の2倍に増え、政府支出見込み
額は今後10年間で120億ドルとなる。
を望む」との声明を出した。TPA 獲得によって、WTO
○ 議会は大統領が締結しようとする通商協定のい
新ラウンド交渉、米州自由貿易地域(FTAA)交渉、チ
かなる条項に対しても反対意見を表明することができ
リ、シンガポールなどとの自由貿易協定(FTA)交渉な
る。ただしこの条項には強制力はない(注:「米通商法
どに弾みがつくことが期待される。
に修正を加える場合、その通商協定には TPA を適用
しかし、ある通商法律弁護士はジェトロ・ニューヨー
しない」とする通称デイトン・クレイグ修正法案は、この
クの問いに対し、「ブッシュ大統領は TPA を獲得するこ
条項と引き換えに削除された)。大統領は協定により
とになるだろうが、鉄鋼セーフガードの発動、新農業法
通商法を変更しようとする場合、協定締結の180日前
などによって、ブッシュ政権が標榜する“自由貿易主
までに上下院に通知しなければならない。
義”に対する諸外国の信頼は大きく揺らいでいる。
○ 大統領は、通商交渉の前後および交渉途中に
TPA を手に入れたからといって、ブッシュ政権がどこま
おいて議会と緊密な協議を行わなければならない。そ
で自由化に取り組むのか疑問だ」との懸念を表明し
のための監視グループを設ける。
た。
○ TPA のもと締結される通商協定において、米国
(注)貿易促進権限(TPA)とは、憲法上議会に優先的
内に投資した外国企業には国内の米企業以上の優遇
に与えられている通商交渉権限を大統領に与える
措置は与えない(注:北米自由貿易協定(NAFTA)で
もので、議会は大統領が締結した通商協定を批准
は投資先政府の環境規制の変更などによって企業が
するか否決するかの決定しかできず、修正は認めら
被害を受けた場合、投資先国政府を相手取って訴訟
れない。TPA(当時はファストトラック権限と呼称)は
を起こすことができる。投資誘致および外国政府によ
1974 年通商法制定以来歴代の大統領に付与され
る接収を防ぐための条項だが、外国企業を不当に優
てきたが、クリントン政権下の 94 年に失効、以来数
遇しているとの強い批判がある)。
度にわたり復活の試みがなされたが、特に労働と環
○カリブ海地域支援法(CBI)、アンデス特恵関税
境の扱いを巡り意見が対立しいずれも失敗した。ブ
法(ATPA)のもと輸入される繊維製品は、米国内で染
ッシュ政権は政権発足当初から「TPA の欠如によっ
色かつ最終加工(dyed and finished)された場合に限り
て、米国は貿易交渉で他国に遅れをとっている」と
非課税扱いとなる。
の危機感を示し、その獲得を通商政策上の最優先
○アンデス特恵関税法(ATPA)を 2006 年末まで延
課題に掲げてきた。
長。
○一般特恵関税(GSP)を 2006 年末まで延長。ただ
<TPA 法案のポイント>
し特恵供与の際の基準に「児童労働の禁止」を加える。
下院を通過した TPA 法案は300ページを超える長
ATPA、GSP ともに失効日まで遡って適用。
文だが、その主なポイントをあげれば以下のとおり。
○ 大統領に対する貿易促進権限を 2005 年6月ま
<党内でも分かれる意見>
で付与。大統領が要求し、上下院いずれかが否決し
両院協議会は7月25日、上記法案内容で原則合
なければさらに2年間の延長が可能。
意した。しかし下院での票読みは依然微妙な状況であ
○ TPA の目的は、貿易障壁の削減、労働・環境基
り、ブッシュ政権によるロビー活動は採決ぎりぎりまで
準の遵守、米貿易救済法の保護、サービス産業の市
続いた。
場開放、知的所有権の保護、電子商取引、繊維輸出
TPA は議員に対し厳しい選択を迫った。
の拡大―である。
農業団体や農業州出身議員は輸出拡大を見込み、
○ 現行の貿易調整支援(TAA)プログラムを 2007
一般に TPA には賛成と見られたが、「わが選挙区の農
68
業は貿易の自由化で大打撃を被っている」(マクヒュー
<手厚い貿易調整支援>
議員、共、ニューヨーク)など異なる声も聞かれた。ヘ
第二に、フォード大統領以下、5人の大統領に付与
イズ議員(共、ノースカロライナ)は、昨年12月に TPA
されてきた過去のファストトラック権限と異なり、今回の
に賛成票を投じたのち、繊維業界から激しい非難にさ
TPA は、労働者への手厚い救済措置、議会との緊密
らされてきたという(ワシントンポスト)。同議員は最終的
な協議、通商法の変更に対する議会の懸念表明、環
に反対票を投じた。
境・労働への一層の配慮など多くの条項を盛り込み、
全米労働総同盟・産別会議(AFL−CIO)や米繊
大統領には様々な制約が課せられている。
維製造業協会らは26日、議員らに TPA 法案に反対票
しかし逆にこれら措置が盛り込まれなければ、TPA
を投じるようあらためて書簡を提出し、数十人ものロビ
は成立しなかったと言えよう。とりわけ「貿易調整支援
イストを送り込んで反 TPA キャンペーンを展開した。鉄
(TAA)は TPA に不可欠」(ダシェル院内総務)であっ
鋼業界は、過去のファストトラック権限には一貫して反
た。エショー議員(民、カリフォルニア)やベンツェン議
対してきたが、ブッシュ政権による鉄鋼セーフガードの
員(民、テキサス)などは、一本化された法案が、十分
発動を考慮してか、今回の TPA 法案については目立
な TAA を含んでいるとして賛成に回る意思を示した。
った活動を取らなかった。
他方、このような手厚い保護は「悪しき前例になる」
民主党指導部内でも、上院のダシェル院内総務(サ
(グラム議員、共、テキサス)、「TPA に含まれる貿易調
ウスダコタ)やボーカス財政委員長(モンタナ)は TPA
整支援は、失業者に無償で健康保険を与えるという
原則支持、下院のゲッパート院内総務(ミズーリ)やレ
“選挙対策”に過ぎず、何も合意しない方がはるかにま
ビン議員(ミシガン)は反対というように意見が分かれた。
しである」(ケイトー研究所ムーア(Stephan Moore)上
反対に回った民主党議員の中には、下院採決後、
級研究員)などと厳しく批判する意見も聞かれた。
「TPA は、中間選挙で当選の危うい共和党議員に対
する格好の攻撃材料として使う」と述べる議員もいた。
<遅れる自由化交渉>
第三に、ブッシュ大統領は両党指導部らに対し、
<8 年ぶりの TPA 獲得の要因>
「TPA は雇用維持、輸出拡大、経済成長のために不
94年に失効したファスト・トラック権限は、以後クリン
可欠だ」と訴えた。その主張は、TPA 反対派による「貿
トン大統領によって数度にわたり復活の試みがなされ
易は雇用を奪う」との懸念を正面から打ち消そうとする
たが、果たせないままに終わった。8年ぶりの TPA 復
ものだ。企業会計疑惑、株価の下落をはじめ米経済
活をもたらした要因は多々あるだろうが、ここでは①大
情勢の悪化は、大統領の支持率を徐々に低下させて
統領と下院の多数党がともに共和党である、②貿易調
いるが、皮肉ながらも、先行き不透明な米経済の状況
整支援などの手厚い労働者保護措置、③経済環境の
と輸出への期待が TPA の下院通過を後押ししたと言
悪化と輸出への期待、④諸外国による貿易自由化の
えよう。
進展―を指摘したい。
第四に、大統領が TPA を持たないために、チリ、シ
第一に、クリントン政権時代は大統領が民主党、上
ンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなどとの
下両院の多数党が共和党であったため、通商問題で
自由貿易協定交渉が行き詰まりを見せている。他方、
のクリントン大統領の議会工作は、しばしば困難を極
欧州、南米、日本、ASEAN など諸外国は、積極的に
めた。ファストトラック権限を獲得しようとすれば、クリン
二国間・地域間の自由化交渉を進めている。サンマイ
トン大統領は何よりも下院の自党・民主党の支持を取
クロシステムズのコール副社長は「通商交渉はビジネ
り付けなければならなかった(上院は伝統的に党を問
スと同じだ。最終権限を持った相手とでなければ本当
わず自由貿易派が多い)。しかし NAFTA、WTO が発
の交渉はできない」と述べ、TPA 欠如による通商交渉
足し貿易自由化の波が進展するにつれ、民主党には
の遅れに危惧を表明した(マーキュリー・ニューズ)。
労働組合や斜陽産業からの強い圧力がかかってきた。
米政府は「議会が TPA を可決するまで通商協定は
また当然ながら共和党からの支持取り付けも容易でな
結ばない」(ゼーリック米通商代表部(USTR)代表)と
かった。他方、現ブッシュ政権においては、通商問題
の立場を取り、いわば通商交渉を TPA 獲得との交換
で下院共和党の8割から9割の支持は比較的容易に
条件にしてきた。これによって輸出の拡大を求める産
得られる。ブッシュ政権は、極論すれば両党の「浮動
業界や議員を巻き込み、TPA 成立のモメンタムを得よ
票」議員に議会工作を集中することができた。
うというものだが、他国に対する米国の立ち遅れは目
に見えて明らかとなっていた。諸外国の中には「われ
69
われは TPA を持たない米国をはずし、他の国と地域
○7月25日―両院協議会、法案一本化で合意。
統合を進める」(7月10日、メキシコとの通商協定合意
○7月27日―下院本会議、TPA 法案を215対212で
の場でのオペルティ・ウルグアイ外相発言)との姿勢を
可決。
強める国も出はじめていた。
(ニューヨーク・センター)
<これまでの審議過程>
TPA を巡るこれまでの審議経過をまとめれば以下の
◇ 貿易促進権限(TPA)法案が成立
とおりである。
―自由貿易の信頼回復は図れるか―
○ 2001 年 1 2 月 6 日 ― 下 院 本 会 議 、 TPA 法 案
(2002 年 8 月 5 日)
(H.R.3005)を215対214で可決。これと前後してアン
大統領に貿易促進権限(TPA)を付与する法案は
デス特恵関税制度(ATPA)更新法案、貿易調整支援
両院協議会で一本化され、下院を7月27日に3票差
(TAA)法の更新を可決。
で通過したのち、8月1日、上院において賛成64、反
○12月12日―上院財政委員会、下院 TPA 法案を若
対34で可決された。ブッシュ大統領は6日にも署名す
干修正し、18対3で可決。
る見込みだ。TPA は 2005 年6月までに締結される通
○2002 年 1 月4日―ダシェル院内総務、「TPA 法案は
商協定に適用され、さらに2年間の延長が可能。TPA
できるだけ早く本会議で審議する」と述べる。
成立の要因、今後の米国の通商課題などについて国
○2月12日―ボーカス財政委員長、「TPA 法案は、ア
内メディアの反応をまとめた。ブッシュ政権は TPA を獲
ンデス貿易特恵法や TAA の拡充など他の通商法案と
得できたとはいえ、自由貿易に対する米国の国際的
ともにパッケージ化し、3月中に上院で審議に入る」と
威信は大きく低下している―などの論調が目立った。
表明。
○3月25日―米商業会議所、上院議員に対し TPA 審
<7議員が反対に回る>
議の早期開始を訴える。同時に TAA の拡充は議論を
上院は8月1日、TPA 法案(H.R.3009)を賛成64、
複雑化し TPA 審議を遅らせると警告。
反対34で可決した。ドーガン議員(民、ノースダコタ)、
○4月4日―ブッシュ大統領、上院に対し TPA の早期
ホリングス議員(民、サウスカロライナ)ら TPA 反対派は
審議をうながす。
議事妨害(フィリバスター)も辞さない構えだったが、法
○4月29日―上院本会議で TPA 審議開始。貿易調
案成立が堅いとみた上院指導部は7月30日、審議時
整支援などを巡り意見対立。
間を制限する「審議打ち切り動議(クローチャ)」を発議
○5月14日―米通商法を変更する場合は TPA を適用
した。同動議が 8 月 1 日に賛成64、反対32で可決さ
しないとするデイトン・クレイグ修正法案が61対30の
れたことにより、TPA 法案票決の障害がなくなった。
賛成多数で可決され TPA 法案に追加される。ブッシュ
今回の投票内容を、一本化前の上院案の5月23日
政権は拒否権発動を示唆。
の採決(66対30で可決)と比べると、前回賛成または
○5 月23日―上院、TPA 法案(H.R.3009)を賛成多数
棄権した議員のうち、バイデン議員(民、デラウェア)、
で可決。法案一本化のための両院協議会開催に向け
デイトン議員(民、ミネソタ)ら7人(民主党5、共和党2)
調整開始。
が今回は反対に回った。上院案に含まれていた通称
○6月26日―下院、両院協議会開催のための決議案
「デイトン・クレイグ修正法案」が両院協議会で削除さ
(H.Res.450)を216対215で可決(賛成票の内訳は共
れ、また失業者への医療給付などを定める貿易調整
和党205、民主党11)。
支援(TAA)の範囲が縮小されたことに反対したものと
○7月8日―ブッシュ大統領、企業会計改革法案およ
みられる。
び TPA 法案の早期成立を要求。
ただし、デイトン・クレイグ修正法案の提唱者のひと
○7月12日―上院、両院協議会のメンバーを指名。
りであるクレイグ議員(共、アイダホ)は前回に続き賛成
民主党3人、共和党2人。両院協議会の議長を巡りト
票を投じた。同議員は自州農産物の輸出促進を強く
ーマス議員(共、カリフォルニア)とボーカス議員(民、
提唱、また米・チリ自由貿易協定によるチリの農産物
モンタナ)が対立。
市場へのアクセス拡大に期待を表明してきた。修正法
○7月23日―両院協議会始まる(議長はトーマス議
案は削除されたが、TPA 法案全体に反対するには及
員)。ブッシュ大統領、夏季休会前の法案一本化を要
ばなかったということであろう。また、前回反対または棄
求。
権した議員のうち3議員(いずれも共和党)が今回は賛
70
成票を投じた。
れわれの行動ではなく、われわれの言葉に従え」という
米国の姿勢は富める国の詐欺行為である。米国はま
<まずはチリ、シンガポールとの FTA>
ずその大きな過ちを認識し、自由貿易の信頼回復を
上院での可決を受けてブッシュ大統領は、「ゼーリッ
進めなければならない(リンゼイ(Brink Lindsey)ケイト
ク米通商代表部(USTR)代表はようやくランニング・シ
ー研究所貿易政策研究部長、ウォールストリートジャ
ューズを履くことができた。WTO 新ラウンド、米州自由
ーナル紙(7月30日付)への寄稿、「貿易障壁に関す
貿易地域(FTAA)交渉などを進め、労働者、酪農家、
る様々なシグナル」)。
農家を支援する通商協定を結んでいく。これら通商交
渉によって米国企業の海外でのビジネス・チャンスは
<途上国に市場開放を>
一層拡大する。米国製品を多くの人が買えば買うほど
◇大統領が TPA を獲得したとはいえ、今後の米国
に米国に雇用が生まれる」と述べた。ボーカス上院財
と他国との通商協定交渉はかつてなく困難なものとな
政委員長(民、モンタナ)は、「TPA によって通商分野
るだろう。大統領がこれまで国内のごく少数の特殊利
での米国の国際的威信を回復できる。また米経済の
益グループのために行った譲歩―最高30%の鉄鋼
回復を後押しするだろう」とコメントした。
関税上乗せ、カナダ産木材への高関税、それによる
現在、米国は、チリおよびシンガポールと自由貿易
住宅価格の値上がり、輸入割当と輸出補助金からなる
協定(FTA)の交渉中で、そのほかオーストラリア、ニュ
新農業法など―に対し、多くの国が怒りを感じている。
ージーランド、中米諸国、南アフリカ、モロッコ、台湾な
富める国の農業市場を開放することほど開発途上
どとの FTA を検討している。ゼーリック代表は特に交
国に繁栄をもたらすものはない。そうして初めて、開発
渉が最終段階にあるチリ、シンガポールとの FTA につ
途上国に市場開放するよう説得できる。クリントン前大
いて、「数ヵ月以内に交渉をまとめる」との意向を表明
統領は、保護主義が、特殊利益層に与える利益以上
した。
の損失をそれ以外のすべての人にもたらす、ということ
を知っていた。ただ彼は残念ながらそのことを自分の
<米国の国際的信頼はゼロ>
党内に理解させることはできなかった(ボストン・ヘラル
TPA 法案可決に関するここ数日のメディア論調の要
ド紙7月31日付社説、、「来るべき貿易の戦い」)。
旨を以下に紹介する。①ブッシュ政権の保護主義的
措置によって米国の信頼は大きく損なわれた、②開発
<通商法の濫用を正すべき>
途上国に対する市場開放が必須、③TPA 法案が定め
◇TPA 法案に含まれる貿易調整支援(TAA)は、今
る失業者救済措置は過大、④失業者救済は必要な措
後10年間で100億ドルから120億ドルもの支出を必
置で今後も拡大、⑤通商法の濫用を防ぐべき、⑥繊維
要とする。なぜ貿易によって失業した労働者だけを特
産業の反応はまちまち―などの見方が示された。
別扱いするのか。TPA を通すためには小さい代償だっ
たかも知れないが、既存の社会政策で対応すべき問
◇TPA を獲得するためにブッシュ政権が用いた手
題である。
段は、貿易自由化というこれからの本当の仕事を難し
さらに悪しき条項は、諸外国と(アンチダンピングな
くするだろう。鉄鋼セーフガードに始まり、ブッシュ政権
どの)通商法について討議する場合、議会は反対決
は次から次へと保護主義と補助金増額の圧力に屈し、
議案を提出することができるというものだ。この決議案
今や米国の国際的な信頼はゼロとなった。
に強制力はないとはいえ、セーフガードやアンチダン
相手国と貿易交渉をする際に手ぶらでは交渉でき
ピングの使用を控える代わりに相手国から何かを得る、
ないから、自国の貿易障壁は残しておくか高めておい
という交渉戦略を米政府がとれなくなる可能性がある。
たほうがよい、という手法は、期待はずれの結果しか生
通商法の発動はどこの国でも秘密裏に決定され、
まない。90年代前半までに開発途上国が行った貿易
発動のための法律も不要であるため、部外者はそれら
自由化は、保護主義という過去の反省から自発的にな
の政策がもたらすコストを(事前に)知ることができない。
されたものであり、米国が何を交渉材料にしてきたか
米国はリーダーシップを発揮して各国によるこれら保
は関係がない。
護措置の近視眼的な濫用を制御すべきである。しかし
しかし途上国はもはや市場開放に興味がない。過
ブッシュ大統領はこれら保護措置を黙認してきたので
去の市場開放から得られたものは期待を下回り、先進
ある(フェルドマン(David Feldman)ウィリアム・アンド・メ
国の貿易障壁は依然彼らの発展を阻害している。「わ
アリー大学教授、ボルチモア・サン紙(7月31日付)へ
71
の寄稿、「新通商法案は保護主義を温存」)。
付記事、「州民、貿易法案の繊維産業への影響で意
見割れる」)。
<民主党、TAA 対象者の拡大を見込む>
◇TAA の拡大に反対する人々は、その対象範囲が
(注)貿易促進権限(TPA)とは、憲法上議会に優先的
次々に拡大し、財政負担を増やすことを懸念する。し
に与えられている通商交渉権限を大統領に与える
かし対象範囲の拡大こそが実は民主党の狙いでもあ
もので、議会は大統領が締結した通商協定につい
る。民主党のある幹部は「10年後にこの決定は重要な
て議会提出後90日以内に批准するか否決するか
意味を持つだろう」と言う。TAA のプログラムのひとつ
を決定し、修正は行えない。TPA(当時はファストトラ
は、貿易によって給与が減った労働者に2年間で最大
ック権限と呼称)は 1974 年通商法制定以来歴代の
1万ドルまでの給与補填をする。ブルッキングス研究所
大統領に付与されてきたが、クリントン政権下の 94
のライタン研究員は、「かつて私は、TAA は貿易による
年に失効、以来数度にわたり復活の試みがなされ
給与の減少だけを対象とすべきだと考えていたが、多
たが、特に労働と環境の扱いを巡り意見が対立しい
くの人と話をするうちにすべての人に適用されるべき
ずれも失敗した。ブッシュ政権は政権発足当初から
だと考えるようになった。TPA 法案はあらゆる限定条件
「TPA の欠如によって、米国は貿易交渉で他国に
を課しているとはいえ、TAA の対象は次第に拡大する
遅れをとっている」との危機感を示し、その獲得を通
だろう」とコメントした。
商政策上の最優先課題に掲げてきた。
TAA の拡充に強く反対したグラム議員(共、テキサ
(ニューヨーク・センター)
ス)は、「世界中の社会主義国家は今こういった政策を
廃止しているのに、われわれがそれをしようとしている。
しかし TPA を獲得すれば今後10年間で13兆ドルの
◇ 二国間、多国間の通商交渉を加速
輸出が見込まれる。TAA は10年間で120億ドルだ。
―ブッシュ大統領、TPA 法案に署名―
TPA 獲得の交換条件としては悪くない」と述べ、TAA
(2002 年 8 月 8 日)
が TPA 獲得のために必要な取引材料であったとの見
ブッシュ大統領は8月6日、上下院を通過した貿易
解を示した(ワシントンポスト紙8月3日付記事、「貿易
促進権限(TPA)法案に署名、同権限は94年の失効
法案は失業者を救済」)。
以来8年ぶりに復活した。TPA 成立の要因、今後の米
国の通商課題などについて識者に聞いた。
<繊維州の反応はさまざま>
◇ノースカロライナ州出身議員のうち、TPA 法案反
<FTA、WTO 交渉を加速>
対派は、この法案で15万人もの雇用が奪われると言
両院協議会で一本化された TPA 法案(H.R.3009)
い、賛成派は議会指導部とブッシュ政権から失業者救
は、7月27日に下院を215対212、8月1日に上院を6
済措置を獲得できたと言う。州の繊維産業にとって
6対34のいずれも賛成多数で通過した。同法案は8月
2001 年は、116の紡績工場が閉鎖され、6万 7,000 人
6日、ブッシュ大統領がホワイトハウスで署名、成立し
が失業、大恐慌以来最悪の年であったといわれる。ノ
た。
ースカロライナ州選出のバレンジャー議員、ミリック議
大統領は、「8年間におよぶ TPA(以前はファスト・ト
員、バー議員(いずれも共和党)は TPA 法案に賛成し
ラック権限と呼称)失効後、ようやく繁栄と成長のため
た。「外国産アパレルは米国内で染色と最終加工が施
の自由貿易交渉に戻ることができた。米国の通商政策
されなければ特恵関税の対象とはならない」との限定
が停滞している間、他の国・地域は貿易協定の締結を
条件と失業者救済の拡大を獲得したからだ。
進めてきた。貿易は米国民に利益をもたらす。私は
他方、ヘイズ議員とコブル議員(ともに共和党)は反
TPA を米国民のために使う」とのコメントを発表した。
対票を投じた。ヘイズ議員はアンデス特恵関税法は州
ゼーリック米通商代表部(USTR)代表は、TPA 獲得
の繊維産業に打撃を与えると主張する。「米国繊維貿
後は①チリ、シンガポールとの自由貿易協定(FTA)締
易行動連合」の代表は「これらの国の繊維製品は労賃、
結、②WTO 農業、サービス、鉱工業品関税引き下げ
環境、安全、衛生基準、税制などで強力な優遇を受け
交渉、③中米、モロッコ、オーストラリア、南アフリカの
ながら、あたかも米国産の繊維製品として米市場で売
国々との FTA 交渉の開始または検討、④米州自由貿
られている」とアンデス特恵関税法を批判した(シャー
易地域(FTAA)交渉の 2005 年までの完了―といった
ロット・オブザーバー紙(ノースカロライナ州)7月30日
主要課題に取り組む意図を表明した。
72
は WTO 新ラウンド、FTAA やその他 FTA 交渉が進展
<南米との通商関係を強化>
中で、これらを締結し、議会で通すには TPA が不可欠
ブッシュ政権が TPA を獲得したことについて外交問
だ。
題評議会のミード(Walter Russel Mead)上席研究員は、
チリ、シンガポールとの FTA は今年中にはまとまり、
「TPA は米国の対外交渉力を各段に向上させる」(ニュ
来年の新議会で批准されるだろう。次いでオーストラリ
ーヨーク・タイムズ紙、8月5日付)と述べた。「特に南米
ア、モロッコ、南アフリカ、中米との FTA 交渉を進める
のアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイの経済危機に
ことになるだろう。ブッシュ政権には、欧州が FTA で先
対処するのに TPA は極めて重要なツールだ。現在の
んじていることへの危機感がある。しかし、このような多
経済危機によって、この地域が米国と対等の強力な共
数の FTA は、関税率、原産地規則などを極めて複雑
同市場体となることは難しくなった。FTAA の締結はま
にし、国ごとに異なる特恵待遇を生み、それ以外の国
だ先であり、アルゼンチンもブラジルも個別に米国と何
との摩擦の原因にもなる。米政府は、単に欧州に遅れ
らかの通商協定交渉を行う可能性がある」と述べ、
をとっているからという理由ではなく、もっと明確な長期
TPA によって米国と南米の関係強化が進むとの見解
的・広域的な戦略のもと FTA 交渉を行うべきだ。
を示した。
クリスチャン・サイエンス・モニター紙社説(8月6日
<景気の悪化が TPA 成立に貢献>
付)も同様に、「TPA を獲得した米国は、北米自由貿
○ヤング(Bernard Young)ニューヨーク大学教授(国際
易協定(NAFTA)の成功に基づき、経済が停滞し保護
貿易投資)
主義が台頭する中南米との FTAA を至急進めるべき
大統領が TPA を獲得すれば、特定の国内利益にと
だ」と論評した。
らわれることなく貿易自由化交渉を行うことができる。フ
今回成立した TPA は、議会が通商交渉に関与する
ァスト・トラック権限が有効であった当時、NAFTA や
余地を多分に残している。一部のメディアは、TPA 法
WTO が生まれたように、米国だけでなく世界経済にと
案が下院では僅差での可決となったように、今後結ば
って利益があるだろう。
れる通商協定の議会での批准も紛糾すると見ている。
クリントン政権時代の米経済は好調だった。自国経
この点について前述のミード氏は、「具体的な通商協
済が好調の時、米国は他国の保護貿易に多少寛容な
定の利益は、TPA そのものの利益よりも明白だ。ビジ
ところがあるが、景気が悪くなると閉鎖的な外国市場が
ネス界は TPA 法案を通すためにロビー活動をしたが、
経済に悪影響を与えると考える。従って、景気の悪化
実際の通商協定の審議・批准段階ともなればロビー活
は TPA 成立に貢献した一因だろう。ブッシュ大統領の
動はさらに活発になる。締結した協定を議会が否決す
高い支持率も後押しした。
ることは難しいだろう」との見方を示した。
TPA を獲得したことで、米国が貿易交渉で他国から
信頼を得ることは確かだ。それにこたえるためにも、一
<長期戦略に基づく FTA を>
方的な政策ではなく、他国の利益を考慮する国際的
以下、TPA の成立に関し、ジェトロ・ニューヨークが
な協調姿勢が一層必要になる。
行った識者へのインタビュー概要を紹介する。
ブッシュ政権が TPA をどう使うかにもよるが、今回の
○グレッサー(Edward Gresser)進歩的政策研究所(P
TPA 審議が11月の中間選挙に与える影響は限定的
PI)貿易・国際マーケット部長
だろう。選挙の争点は、むしろ企業スキャンダル、株価
昨年の12月に下院を通過した時、TPA 成立の可能
など経済に直結する問題だ。民主党は企業の不正と
性はあるとみてはいたが、よく通ったというのが実感だ。
共和党を結びつけて攻撃するだろう。TPA が争点にな
TPA に反対する勢力は激しく反発するが、賛成派は
るとは思えない。
批判を避けるためあまり目だった活動をしないからだ。
クリントン時代とは違い大統領が共和党だったこと、
<ブッシュ政権の通商政策改善を期待>
テロの影響で共和党内の結束が固かったことなどが
○デスラー(I.M.Destler)国際経済研究所(IIE)客員
TPA 成立の要因だろう。クリントン時代の後半は、中国
研究員、メリーランド大学教授
への恒久的通常貿易関係(PNTR)供与が大きな課
TPA 成立の要因としては、共和党内で多くの賛成
題だったが、これはもっぱら国内問題であり TPA は必
票を得られたことと、テロ後の高い大統領支持率が挙
要なかった。また当時はチリとの FTA 交渉は始まった
げられる。TPA をめぐっては最後まで党派対立が解け
ばかりで、TPA が必要な段階でなかった。しかし現在
なかったが、これは民主党との対話を怠った共和党指
73
導部に責任があるだろう。貿易調整支援(TAA)をあれ
に前倒しし、大統領が再選を目指す 2004 年までに交
だけ手厚いものにしたにもかかわらず、下院では民主
渉をまとめ、この成果をアピールしようとすることは十分
党の賛成は25人しか得られなかった。次の選挙で民
考えられる。
主党が下院の多数党になるようだと、TPA を獲得して
シンガポール、チリとの FTA は、既に交渉が終盤に
も、議会の反対は一層強まる。TAA のような労働者救
入っている。しかし WTO 新ラウンド交渉と FTAA 交渉
済は、社会にとって一種の義務であり、必要なものだ。
を行い、さらに多くの二国間 FTA をまとめることは体制
ただし、TAA が定める職業訓練プログラムなどは、実
や人員的に難しく、それだけのキャパシティが USTR に
際はうまく機能しておらず、改善を要する。
あるのかは疑問だ。
鉄鋼セーフガードや農業法案など、これまでのブッ
ブッシュ政権による鉄鋼セーフガードや新農業法な
シュ政権の通商政策には批判が多かったが、TPA の
どの保護貿易措置は、TPA を獲得するために行われ
獲得によって多少改善されるだろう。また WTO 交渉で
たといえる。従って TPA を獲得した現在、そのような保
の新たな農業提案(7月26日に米政府が発表したもの
護主義が弱まることが期待される。
で、世界の農産物の平均関税率を15%に引き下げる、
(注)98年9月25日、ファスト・トラック権限更新法案の
農業の輸出補助金を5年かけて全廃するなどを提案)
採決が下院で行われ、同法案は賛成180、反対24
も、農業法案で受けたマイナスをいくらかとり戻すだろ
3で否決された。賛成票の内訳は共和党151、民主
う。米政府は二国間の FTA を進めているが、2005 年
党29、反対票は共和党71、民主党171、無所属1。
の決着をめざす WTO 交渉が遅々として進まないと、
クリントン大統領に対するファストトラック権限付与で
FTA への傾斜は一層加速すると思われる。
ありながら、民主党議員の9割近くが反対した。クリ
TPA が選挙に与える影響は限定的だ。いくつかの
ントン政権下ではこれが同権限をめぐる最後の採決
選挙区では、賛成票を投じた議員が支持集めや選挙
となった。
資金の面で影響を受ける可能性はあるが、全体的に
(ニューヨーク・センター)
見ればその影響は小さい。
<FTAA の早期妥結をめざす>
◇ FTA をさらに追求
○パオーネ(Jon Paone)ビジネスラウンドテーブル・ニ
―中間選挙と通商政策―
ューヨーク代表(同ラウンドテーブルは、ビジネス界
(2002 年 11 月 13 日)
の主要ロビー団体の一つ。本拠地ワシントン)
2002 年 11 月 5 日の中間選挙は、共和党が上下両
TPA 獲得によって、米国は二国間・地域間の貿易
院を制するという結果に終わった。通商問題は選挙戦
協定締結交渉を一層加速させる。しかし現在の議会、
に影響を与えたのか、今回の選挙結果によって米国
特に下院の状況を勘案すると、今後、大統領が締結し
の通商政策にはどのような変化があるか、今後のブッ
た協定は議会を通りやすくなるとはいえ、決して簡単と
シュ政権の通商政策の優先課題は何か――。ジェト
は言えない。
ロ・ニューヨークでは 2 人の識者にインタビューをした。
クリントン大統領もファスト・トラック権限獲得を図った
その要旨は以下のとおり。
が、労働組合や環境保護団体を敵に回すことを危惧
した民主党からわずかな支持しか得られなかった。共
◇エドワード・グレッサー(Edward Gresser)進歩的政
和党議員の支持票も十分ではなく、結局獲得はならな
策研究所通商国際マーケット部長(クリントン政権時
かった(注)。
バシェフスキー米通商代表部(USTR)代表の政策
また、手厚い TAA を含んだことも今回の TPA の成
アドバイザー)
立に寄与した。ただし、下院の民主党議員は25人し
<通商政策には大きな影響なし>
か賛成しなかった。これは法案の中身というよりは民主
――選挙結果は米国の通商政策に変化をもたらす
党との対話をおろそかにした共和党指導部に反発し
か。
たためだろう。TPA 法案を主管したトーマス歳入委員
共和党は上下院の多数党となったが、知事選では
長(共、カリフォルニア)は、必要最小限の民主党票を
民主党が勝っており、共和党の圧勝という見方は適当
獲得すればいいと考えたようだ。
でない。しかし民主党に大幅な戦略的立て直しが必要
今後、ブッシュ大統領は FTAA 交渉に力を傾注す
なことは確かだ。
るだろう。現在目標となっている 2005 年の妥結をさら
今後の米国の通商政策に大きな変化はないが、何
74
を優先させるかという点で多少共和党色が強くなるだ
デス特恵貿易制度を通じて)無税で輸入されるが、フィ
ろう。また指導部の顔ぶれも替わる。上院の財政委員
リピンのまぐろ製品には関税がかかるという具合だ
長は、諸外国のアンチダンピングにうるさかったボーカ
(注:品目により異なるが、例えばHSコード 1604.14.50
ス議員(民、モンタナ)からグラスリー議員(共、アイオ
の場合6%の関税がかかる。フィリピン政府は同国産
ワ)に替わる。逆に、多数党院内総務は自由貿易派の
品の競争力を阻害するとして米政府に改善の圧力を
ダシェル議員(民、サウスダコタ)から、やや国内産業
かけている)。FTA には、貿易体制を複雑化するという
寄りのロット議員(共、ミシシッピ)になる。下院では、通
副作用があり、基本は WTO であるべきだ。
商問題で常に大きな発言力を持っていたゲッパート少
――上下院選挙で敗北した民主党の通商政策はど
数党院内総務(民、ミズーリ)が中間選挙の敗北の責
うなるのか。より穏健になるか、より労働組合寄りになる
任をとって指導部を退任するのが注目される。
か。
――鉄鋼セーフガードや貿易促進権限(TPA)法案
何ともいえない。民主党の通商政策が有する問題
は選挙に影響を与えたのか。
のひとつは、意見が分裂していることだ。まとまった通
鉄鋼セーフガードは、ブッシュ政権や共和党にほと
商政策を作ることは民主党にとって難しい目標だ。(自
んどプラスの影響をもたらさず、(対象除外品目の拡大
由貿易派の多い)上院では可能かも知れないが、下
によって)むしろ若干マイナスの影響が出た。というの
院では非常に難しい。2004 年の大統領選挙に向けて
も、ペンシルバニア、イリノイ、ミシガン、ウィスコンシン
議論していかなければならない。
などの鉄鋼生産州では、久々に民主党の知事が勝利
途上国支援というのはひとつの有効なアイデアにな
したからだ。
るだろう。ただし労働と環境にどこまでこだわるかは問
TPA については、同法案に反対票を投じた下院の
題だ。労働と環境は、チリやシンガポールとの FTA 交
ヘイズ議員(共、ノース・カロライナ)の動向に注目して
渉ではさほど問題になっていないが、FTAA や WTO
いたが、彼は今回54%の得票率で当選した。2000 年
交渉では途上国の反発を受ける。民主党の一部は、
の選挙での彼の得票率は55%だったから、TPA の影
米ヨルダン FTA が定める貿易制裁方式を今後のモデ
響は特になかったと言うべきだろう。結局のところ、通
ルにすべきと主張する。しかし同 FTA には、実は明確
商問題は今回の選挙で争点にはならなかった。
な制裁規定がなく、また米国は補完協定において制
裁を用いる意思のないことを確認している。そもそも北
<FTA は貿易制度を複雑化し不公平を生む>
米自由貿易協定(NAFTA)の経験に鑑みても、米国が
――ブッシュ政権の今後の優先通商課題は何か。
貿易相手国に制裁を課すという事態は考えにくく、労
チリ、シンガポールとの FTA 交渉を終わらせ、その
働と環境問題であまり硬直的になるべきではない。
後、他の多くの国と FTA 交渉を進めることだ。米州自
由貿易地域(FTAA)交渉、WTO 交渉も同時に進める。
南アフリカ関税同盟との FTA 交渉の開始も発表された。
この背景には、①南アフリカ諸国はここ数年来、WTO
◇サラ・フィッツジェラルド(Sara Fitzgerald)ヘリテージ
財団通商政策研究員
<米豪 FTA は交渉開始の方向へ>
で重要な位置を占めるようになった、②アフリカ支援団
――選挙結果によって米国の通商政策はどのよう
体は米国内で大きな影響力を持つ、③アフリカを巡っ
な影響を受けるか。
ては欧州との間で一種の競争関係にある、④ゼーリッ
大きな影響はないが、ブッシュ政権は労働と環境問
ク USTR 代表は、スワヒリ語を話すなどこの地域に思い
題などでは、より自由貿易的な政策を追求しやすくな
入れがある―といった要因を指摘できる。
る。オーストラリアとの FTA について、ボーカス財政委
――ブッシュ政権は積極的に FTA 交渉を進める考
員長はオーストラリアの食品検査制度を問題にし同
えだが、これをどう評価しているか。
FTA には否定的だった。グラスリー議員が新たに財政
多くの FTA をまとめるのは不可能ではないが、困難
委員長になることで、米豪 FTA は交渉開始の方向に
で時間も要する。USTR は組織としては小さいので、他
進むだろう。
省庁との連携や調整が必要だ。しかし米国があまり多
WTO ドーハ・ラウンドの重要な問題のひとつは農業
くの FTA を追求することは、WTO を中心とする現在の
の自由化だが、この点では、党を問わず議員は農業
国際貿易制度を混乱させることになる。FTA は関税を
補助金の削減には後ろ向きだから、大きな変化はない
引き下げる効果があるが、同時に不公平な扱いを生
だろう。
む。例えば現在エクアドルのまぐろ製品は米国に(アン
75
――TPA 法案などの通商問題は今回の選挙に影
析を行っているが、第 6 章でグローバル経済
響を与えたか。
(Pro-Growth Agenda for the Global Economy)を取り
通商問題が選挙に影響を及ぼしたとは言えない。
上げ、世界経済の成長に資する経済政策を推進し、
選挙前には、サウス・カロライナの繊維業者が TPA 法
国民の生活水準を向上させることの重要性を訴えてい
案に賛成したデミント下院議員(共、サウスカロライナ)
る。
を非難する声明を出したりしたが、同議員は無事当選
大統領経済報告は経済成長を促進する政策手段と
した[注:得票率69%で圧勝]。個々の選挙区によっ
して、貿易促進権限(TPA:Trade Promotion Authority)
ては、通商問題が多少影響を持った地区もあっただろ
の有効性を強調しており、米国が進める自由貿易政
うが、選挙戦全体で言えば非常に小さい。
策と TPA の説明にページを割いている。同報告は、
TPA 成立により米国は迅速な通商政策の展開が可能
<USTR のマンパワーには問題>
になったと述べ、TPA を駆使して二国間・地域・グロー
――ブッシュ政権の今後当面の通商課題は。
バルの各レベルで通商交渉を進展させる米国の政策
チリ、シンガポールとの FTA 交渉を仕上げ、次はモ
方針を確認している。
ロッコや南アフリカとの FTA 交渉を始める。ニュージー
貿易自由化を推進する政策方針を鮮明に打ち出し
ランド、オーストラリア、台湾などは、米国との FTA を結
た 2003 年大統領経済報告から、貿易と TPA に関する
ぶためにワシントンで大規模なロビー活動を行ってお
部分を以下に要約して紹介する。
り、これらの国・地域とも FTA 交渉に入る可能生が高
い。
<TPA 成立により迅速な通商政策が可能に>
これまでは下院と上院とで多数党が異なっていたた
TPA の重要性は大統領が各国と通商協定を交渉
め、法案審議の速度は遅かった。TPA 法案は下院を
する能力を高める点にある。TPA が成立したことにより、
2001 年の12月に通過したのに、結局成立までにさら
議会は大統領が締結した通商協定について、「賛成」
に8ヵ月を要した。今回共和党が上下院を制したため
か「反対」の投票を行うことだけが許され、協定の内容
に、法案は若干通過しやすくなり、ブッシュ政権はさら
について修正を行うことができない。議会が通商協定
に多くの FTA を追求するだろう。ただし FTA をまとめる
の合意内容について細かな修正要求を行うと、多大の
には多くのマンパワーを必要とする。USTR の資源が
時間と労力をかけて漸く合意に至った交渉の成果が
限られるている点は問題になるだろう。
損なれ、その結果として迅速な通商政策が実施できず
――南アフリカとの FTA を追求する背景は。
貿易自由化の妨げとなる。しかし、米国合衆国憲法は、
このアイデアは、数年前に「アフリカ成長機会法(A
外国との通商に関する権限は議会に在ることを定めて
GOA)」が成立し、それが彼らの成長を助けたとの認
いることから、行政府は今後も通商交渉の進捗状況に
識があるからだろう。世銀もAGOAの貢献を裏付ける
ついて議会と頻繁に協議する方針である。
報告書を出している。アフリカ諸国のために市場を開
TPA 成立により通商協定を従来より迅速に締結でき
放し、同時にアフリカの市場も開放するという政策は非
るようになった結果、米国は新しい輸出機会を創出し、
常に意義深い。ただし労働と環境という難しい問題が
より低廉な輸入品とサービスを利用できる。同時に、開
ある。これについては、経済が成長し、所得が増加す
発途上国は米国への輸出拡大を通じて競争力を強化
れば労働や環境問題にも取り組むことができると考え
できる。規則に基づく協定の存在は、途上国に法律に
るべきだろう。
従った貿易慣行の導入を促進する。
(ニューヨーク・センター)
開発途上国はグローバル市場に参加することにより
大きなメリットを享受している。最近の調査報告書は、
GDP の 1%に相当する貿易額が増加すると、一人当た
◇ 貿易促進権限を駆使して通商交渉を推進
り所得が 3%上昇すると示唆している。GATT ウルグア
―大統領経済報告で通商政策の方針を確認―
イ・ラウンドで 1994 年に各国が合意した貿易自由化措
(2003 年 2 月 14 日)
置は、開発途上国の GDP を 0.8%上昇させた。例えば、
大統領経済諮問会議(CEA)は 2 月 7 日、大統領経
インドの GDP は貿易自由化の効果が表れ、貿易自由
済報告(Economic Report of the President)を発表した。
化を行わない場合よりも 1.1%増加した。
2003 年版の大統領経済報告は、マクロ経済情勢、コ
貿易のより一層の自由化は、世界各国に所得拡大
ーポレートガバナンス、税制等を主要課題に掲げて分
をもたらす。世界銀行の調査によると、関税、輸出補
76
助、国内生産補助等をすべて撤廃した場合、世界全
業者と投資家は、活発に事業展開を図ることが可能に
体の所得は 2015 年までに 3,550 億ドル増加する。所
なる。
得の増加分の 52%が中・低所得層の諸国が享受する
FTA の取り組みが米国経済全体に与える影響はそ
とみられる。
れほど大きくないが、世界貿易機関(WTO)での多国
また、他の調査は世界各国が農業・工業品とサービ
間貿易交渉における貿易障壁削減に果たす役割は
スの障壁を 3 分の 1 に減らしたならば、米国 1 カ国に
大きい。TPA は米国および開発途上国にとって、現在
おいて、1 世帯あたり 2,500 ドルの所得に相当する恩
進められている WTO 交渉を結実させるために大変重
恵を受けると報告している。
要である。各国を WTO の世界貿易システムの中に統
合していくことが大切だ。米国はドーハ・ラウンドで農
<TPA を駆使して貿易自由化を推進>
業・非農業品の貿易障壁削減で大胆な提案を行って
大統領が獲得した TPA は既に、シンガポールおよ
いる。米国は農業分野では、関税の引き下げ、政府の
びチリとの二国間自由貿易協定(FTA)交渉に役立っ
農業支援を国内生産額の 5%を上限とすること、そし
ている。両国との FTA は広範な分野を含んでおり、主
て輸出補助の撤廃を提案している。
要な項目を挙げると、関税撤廃、通信および他のサー
米国は非農業品については、繊維、アパレルを含
ビス分野の市場開放、透明性の確保、外国投資家の
め、WTO 加盟国が現行の関税率が 5%以下の品目に
保護、労働・環境水準の条項等である。調査によると、
ついて 2010 年までの関税撤廃を、それ以外の品目に
両国との FTA 締結による米国への経済効果は、それ
ついても大幅な引下げを提案している。さらに米国政
ほど大きくないが(GDP ベースでチリとは 0.05%、シン
府は、すべての非農業品の関税を 2015 年までに撤廃
ガポールとは 0.18%の効果)、チリとシンガポールにと
することを提案したところだ。
っては大きな効果が発生する(GDP ベースでチリには
0.6%、シンガポールには 2.7%)。
<貿易自由化は輸出増加と輸入価格低下を通じて利
TPA は他の諸国との通商協定締結に弾みをつける。
益をもたらす>
現在、米国は西半球各国を包摂する米州自由貿易圏
関税の引き下げと撤廃は米国の貿易自由化政策の
(FTAA)の交渉を行っているのに加えて、オーストラリ
一側面にしか過ぎない。米国政府はこの他にも法律の
ア、モロッコ、中米諸国(コスタリカ、エルサルバドル、
透明性確保、金融・サービス産業の自由化をはじめ、
グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア)、南アフリカ関税
多数の提案を行っている。これらの自由化イニシアテ
同盟(ボツワナ、レソト、ナミビア、南アフリカ、スワジラ
ィブは、輸出の増加と輸入品の価格低下を通じて米国
ンド)と FTA 交渉を進めている。米国は TPA を駆使し
企業、労働者、消費者、そして農家に大きな利益をも
て、特に開発途上地域における貿易自由化を推進す
たらす。
る方針である。
現在行われている WTO 交渉が合意・発効した場合
FTAA 交渉には南北米州大陸の 34 カ国が参加して
の経済的効果を計算することは、交渉の合意内容を
おり、米国が現在交渉中の通商協定では最も大規模
確定できない現段階では困難である。しかし、調査に
かつ複雑なものである。調査報告書は、FTAA が発効
よると仮に全部門で貿易障壁が 33%削減されるシナリ
すると米国の GDP は 0.6%増加し、ラテンアメリカ(メキ
オでは、米国の GDP は 2%増加する。同様に、欧州は
シコとチリを除く)の GDP は 1.1%成長すると見通して
1.5%、日本は 1.9%成長するとみられる。フィリピンは
いる。FTAA が発効するとメキシコとチリの GDP は、そ
5.4%、韓国は 2.5%、メキシコは 1.8%、チリは 2.4%、
れぞれ 0.8%、2.5%拡大するとみられる。
その他のラテンアメリカは 1.4%、そして中東・北アフリ
チリとシンガポールの二国間 FTA の恩典は、米国よ
カ諸国の GDP は 1.9%成長するとみられる。これらの
りも締結相手国のほうが大きいとみられる。その理由は
経済的影響は、資源の再配置、価格低下等の静態的
米国の経済規模が両国と比較して格段に大きいから
効果だけを考慮したものであり、経済規模の拡大、生
である。加えて、米国経済は既に自由化が進展してお
産性上昇、技術向上等の動態的効果を盛り込んでい
り貿易障壁は低い。米国の経済規模はチリの 151 倍で
ないため、動態的効果を考慮すると貿易自由化の影
ある。チリとの貿易額(輸出と輸入の合計)は米国の貿
響はさらに大きくなるものとみられる。
易総額の 0.4%を占めるに過ぎない。米国の平均関税
サービス分野の自由化の経済的影響を計算するこ
率は 1.6%だが、チリの平均関税率は 8%にのぼる。し
とも困難な作業である。しかし、サービス分野は開発途
かし、チリの市場が自由化されることにより米国の輸出
上国においても大きな割合を占めるまで成長している。
77
サービス分野は 1965 年に開発途上国の GDP の 40%
収用から保護する条項を盛り込んでいる。
を占めるのにとどまっていたが、99 年には 50%にまで
米国は低所得国に対して数々の特恵供与を通じて
拡大している。サービス分野の障壁を削減することに
援助を行っている。具体的には、一般特恵関税、キャ
より、通信、E-コマース、運輸、金融等、重要な産業に
パシティ・ビルディング、アンデス特恵貿易法、アフリカ
おけるコストの低下と効率の改善を実現できる。世界
成長機会法(AGOA)である。AGOA は 2000 年 5 月に
銀行の報告によると、各国がサービス分野を自由化す
発効しており、サブ・サハラ地域のアフリカ諸国に対し
ると、開発途上国全体の GDP を約 9,000 億ドル増加さ
て低関税を適用する支援を行っている。しかし、同地
せる。
域の国がすべて自動的に低関税の対象となるわけで
米国にとって WTO 交渉を合意させることが大切だ
はない。適用対象国に選ばれるため各国は市場経済
が、二国間と地域レベルでの通商協定を通じても利益
を導入し、国家の経済介入に制限を設け、知的財産
を得ることができる。例えば、全世界が関税を 33%引
を保護しなくてはならない。加えて、各国政府は貧困
き下げる場合、米国の GDP は 1,770 億ドル拡大し、チ
を減らし衛生状態を改善し、民間企業を振興する経済
リの GDP は 19 億ドル増加する。世界経済の GDP は
政策を採用しなくてはならない。さらに AGOA 対象国
6,120 億ドル拡大する。また、米国とチリの二国間 FTA
は、贈収賄と闘い労働者の権利を守らなければならな
が成立すると、米国の GDP は 42 億ドル、チリの GDP
い。要約すると、米国は良い政策と制度を追及する努
は 4 億 7,900 万ドル拡大するとみられる。
力を行っているアフリカ諸国に対しては、AGOA を通じ
て特恵待遇を供与する方針である。
<二国間・地域・グローバルの各レベルで通商交渉を
(ニューヨーク・センター)
進展させる方針>
二国間と地域レベルの貿易自由化に注力すること
は、WTO による多国間の貿易自由化プロセスを損なう
◇ FTA の推進がマルチ交渉に刺激
との指摘が一部にあるが、米国政府は二国間・地域レ
−IIE が FTA および米国通商政策に関するセミナー
ベルの通商協定を“競争的自由化戦略(competitive
を開催−
liberalization)”の一部として位置付けている。競争的
(2003 年 5 月 14 日)
自由化戦略は、世界全体の貿易自由化を進める“踏
ワシントン D.C.の国際経済研究所(IIE;Institute for
み台(steppingstone)”となるものであり、“つまずきの石
International Economics)は 5 月 7∼8 日、「FTA およ
(stumbling block)”ではない。政府は米国と貿易相手
び米国通商政策」と題したセミナーを開催した。本セミ
にとって幅広い貿易自由化の実現が達成されるように、
ナーには、日本から参加した畠山国際経済交流財団
二国間・地域・グローバルの各レベルでの通商交渉が
会長をはじめとして、世界各国の FTA に関する有識者
調和を保ちながら進展するように努めている。
がプレゼンテーターやパネリストとして登場し、また、ラ
米国が推進する通商交渉は間接的な経済効果を
ンチョンにはゼーリック米通商代表部(USTR)代表、米
併せ持つ。透明性の確保、知的財産権等、規則に基
下院議員等が参加するなど、メンバーおよびセミナー
づく現代の通商協定は、グローバル経済を成長させる
の内容の充実度が高かった。主なポイントを報告す
制度作りに資するものである。通商協定は政策の透明
る。
性と国民への情報開示を高める。中国では、通商協
定が国内改革の強化に貢献する状況をみることができ
<米国 FTA 交渉の基準およびプライオリティ>
る。対外的な公約が国内改革を進展させるのである。
IIE のフレッド・バーグステン所長は、セミナーの開
通商協定は法律と契約に基づく行動を奨励する。規
会 挨 拶 で 、 米 国 は 、 「 競 争 的 自 由 化 ( Competitive
則を明文化することが基本となり恣意的な政策に制約
liberalization)(注 1)」を旗印に、 グローバル(WTO)、
がかかる。紛争が発生する場合は、第三者によるパネ
スーパー・リージョナル(FTAA 等)、二国間(FTA)とい
ルを設けて解決を図る。
う 3 つのアプローチで通商交渉を進展していると指摘。
規則に基づく貿易体制は、外国直接投資に関する
その上で、米国の FTA 交渉の基準は何か、次の交渉
取り極めを通じて知的財産権の保護に資するものであ
対象国のプライオリティは何かについて議論すること
る。北米自由貿易協定(NAFTA)、イスラエルおよびヨ
がセミナーの一つの大きな目的と発言。更に、今回の
ルダンとの二国間 FTA、そして、現在交渉中のチリ、シ
セミナーでは、「米国はそれぞれの FTA の経済的側面
ンガポールとの FTA を含む多くの通商協定が、投資を
に注目して FTA 交渉を実施すべきなのか」、「FTA 締
78
結は米国の安 全保障政策に影響を与える のか」、
て質問を受け、概ね以下のとおり応えた。
「FTA は交渉相手国の経済改革および政治改革を促
(FTA 締結の基準)
進するのか」といった疑問についても議論を深め、米
USTR では、交渉開始への条件として、以下の 13 の
国が次はどの国との FTA 交渉を開始するのかについ
基準を設けている。ただし、これが全てではなく、議会
ても議論したいといった発言があった。
との関係等も考慮され、基準を満たしている場合でも
自動的に交渉開始となるわけではない。13 の基準は、
<米チリ、米星 FTA は、労働、環境および投資分野で
①関税関連の基盤が既に構築されていること(米国が
FTA のモデル>
特恵関税等を付与していることや、域内での関税同盟
チリおよびシンガポールとの FTA について、戦略国
等があること)、②米議会が関心を持ち、かつ FTA 交
際問題研究所(CSIS)のシドニー・ワイントラウブ氏がプ
渉の流れをサポートすること、③米国のビジネス界、農
レゼンテーションを行った。
業団体が興味を示し、サポートすること、④相手国に
○米国の対チリ、シンガポール貿易額はそれほど
特別な産品があること、⑤相手国が重要なパートナー
大きくはないが、FTA を締結したのは、その他の国に
(serious partner)であること(農業問題も含め全てをカ
対して、米国市場へのアクセスを容易にする FTA の締
バーすることが可能であること、ハイレベル(首相レベ
結を促進する意味もある。
ル)でのコンセンサスがあること、投資協定があること
○チリとの FTA は、FTAA 参加国にインセンティブ
等)、⑥相手国に交渉能力があること、⑦WTO 加盟国
を与える。
であること、⑧FTAA 等をサポートしていること、⑨いく
○チリとの FTA では、労働および環境について、
つかの団体が労働および環境問題についてサポート
NAFTA よりも明確に紛争処理規定等が設けられた。
していること、⑩米国と安全保障面で協力していること、
紛争処理機関を設け、貿易制裁措置ではなく罰金を
⑪相手国に特恵扱いのニーズがあること、⑫発展の可
徴収し、その罰金の一部は、チリの労働および環境規
能性がある国であること、⑬USTR の人的リソースで十
定の遵守に活用すると規定された。
分対応できることである。
○チリ、シンガポールとの FTA において投資関連で
(今後の FTA 交渉対象国のプライオリティについて)
は、投資を受入国政府が一定期間制限する規定を禁
バーグステン IIE 所長が、米国が新たな FTA 交渉対
止している意味は大きい。
象国(地域)として重視している国(地域)はどこかと質
○米国は、アンチダンピングおよび相殺関税措置
問したところ、ゼーリック代表は、アジア太平洋地域、
発動の権利を維持した(米国議会との関係で発動不
具体的にはオーストラリアの後は、タイとの交渉を示唆
可にすることは協定の締結そのものを阻む可能性があ
した。また、中東についても言及し、モロッコの後は、
るとして、チリ側が譲歩)。
エジプトとの交渉開始を示唆した。
○米国とチリとの FTA 調印の遅れは、チリ政府の対
(日本、中国、韓国をアジアの一つの地域として FTA
イラク戦争に関する対応(国連安全保障理事会で米
を締結する可能性について)
国に賛同しなかった)に関連がある。米国議会は、チリ
畠山国際経済交流財団会長が、ゼーリック USTR 代
との FTA 締結を早急に承認すべき(注 2)。
表に対して、アジアを日本、中国および韓国を含めた
○チリ、シンガポールとの FTA 締結により、今後の
一つの地域として FTA 交渉を実施する可能性につい
貿易交渉は、グローバルから二国間(バイ)に、差別的
て質問したところ、ゼーリック代表は、1992 年ブッシュ
取り扱いが終焉するというよりは、むしろ非 FTA 締結
父政権で、ASEAN に FTA を提案したが時期早尚だっ
国・地域間で差別的取り扱いが交錯する可能性がある
たとの経験を紹介した。その上で、北東アジアを含め、
ことを指摘した。
アジアを一つの地域として交渉することについては、3
ヵ国(ブルネイ、カンボジア、ラオス)が WTO にまだ加
<FTA 交渉開始に 13 の条件>
盟していないこと、アジア地域は非常に広範囲である
セミナー2 日目のランチョンでは、ゼーリック USTR
ことをコメントした。
代表が参加者から質問を受けてこれに答えるというス
タイルをとった。なお、本件は非公式の質疑応答との
<ASEAN との FTA 交渉では、次はタイが有力>
位置付けである。
IIE のディーン・デローサ氏はプレゼンテーションの
○ゼーリック USTR 代表は、バーグステン IIE 所長の、
①FTA 締結の基準、②次の FTA 交渉対象国につい
中で、シンガポールとの FTA 締結が ASEAN との FTA
のモデルになり得ることを示唆。特にタイは関税面で
79
のアドバンテージが高いことを指摘した。ASEAN4(タイ、
指摘した。
マレーシア、フィリピン、インドネシア)との FTA におけ
るセンシティブ問題は、①市場アクセスでは、農業、加
<FTA は小経済圏(国)にメリットをもたらす>
工食品、繊維、アパレル等、②サービス分野では知的
バーグステン IIE 所長はセミナーのまとめとして、
財産権、③労働および環境問題、④経済構造改革、
FTA は 経 済 大 国 が 経 済 小 国 を 圧 倒 す る
⑤グローバル・テロリズムであると指摘した。
(overwhelming)といった誤解を招いているのではない
本セッションで畠山会長が、「中国、日本が ASEAN
かと指摘。実際、NAFTA の勝者はメキシコであり、EU
との FTA に取り組んでいる。なぜ米国はアジアを一体
統合の勝者はポルトガルであるとして、FTA が小経済
として扱わないのか」と質問した。これに対し、バーグス
圏(国)に大きな利益をもたらしていることを我々は見
テン IIE 所長は、米国は NAFTA で成功したが APEC
落としていると指摘した。最後に、米国はマルチでの
は設立から 2∼3 年で思うように機能しなくなった。米
交渉を継続しつつ、二国間の FTA を推進し、これがス
国は、ASEAN に対しては、シンガポールをモデルとし
ーパー・リージョナルに発展し、「競争的自由化」を実
て、その近隣諸国を FTA に引き込んでいく戦略と考え
現していくと指摘して、セミナーは閉幕した。
られ、(アジア全体ではなく)ASEAN を一つのグループ
として見ている可能性が高いと回答した。
(注 1)競争的自由化(Competitive liberalization):米
国や EU といった大国(地域)が小国もしくは小経済
<中米との FTA の目的は複雑>
圏と貿易上の特恵的な取極を締結することにより、
米州開発銀行のジャイム・グラナドス氏は中米との
貿易障壁をより低くし、最終的にはマルチ交渉
FTA に関するプレゼンテーションの中で、以下のよう
(WTO 交渉)に刺激を与え、これを推進する新たな
に述べた。
原動力とするとの考え方。
○米国の中米との FTA 締結のモチベーションと目
(注 2)本件については、セミナー初日のランチョンでも
的は、経済、貿易政策、安全保障上の戦略が複雑に
話題となった。特にドゥーリー下院議員(民主党、カ
交じり合ったものである。その中で最も重要なことは、
リフォルニア)は、一部議員が遅延の原因となってい
米国と経済的なアライアンスを締結することは「競争的
ると批判した。
自由化」を旗印にする米国の貿易政策に合致し、これ
(ニューヨーク・センター)
が米国の安全保障および西半球の民主化促進に寄
与する。
○米国の FTA 締結に関するモチベーションおよび
◇ 米国の FTA 戦略を巡る議論
目的は、①貿易政策:FTAA へのポジティブ・ステップ、
(2003 年 7 月 18 日)
小規模経済圏との FTA 締結の成功事例とすること、②
米有力紙の 1 つである「ウォールストリート・ジャーナ
安全保障:麻薬、マネー・ロンダリングおよびテロリズム
ル」紙は、二国間の自由貿易協定(FTA)を追求する
への対処、移民抑制との関連、③政治的戦略:中米で
米国政府の姿勢を批判し、米国政府に WTO ドーハ・
の政治的安定および民主化、米国の中南米へのコミッ
ラウンド交渉を推進するよう訴えるジャグディシュ・バグ
トのシグナル、④経済:中米への輸出拡大と、大きく 4
ワティ(Jagdish Bhagwati)・コロンビア大学教授の論説
つに区分して説明がなされた。
を掲載。その後、同教授の意見に反論するゼーリック
他方、中米諸国の米国との FTA 交渉のモチベーシ
米通商代表部(USTR)代表の寄稿を、7 月 10 日付で
ョンおよび目的は、①貿易政策:米国市場へのアクセ
掲載している。また、「フィナンシャル・タイムス」紙が、
スのみならず、FTAA 交渉遅延のリスクに対する保険、
同教授の更なる論説を掲載(7 月 13 日付)するなど、
②経済および開発、③政治の 3 つに区分して説明が
米国の FTA 推進に関する議論が有力紙上でなされて
なされた。
いる。
○中米との FTA 交渉で最も重要な交渉事項は、労
働および環境と指摘。特に米国と中米諸国の農業従
<バグワティ教授:米国の二国間貿易協定推進を批
事者の労働条件に大きな隔たりがある問題を指摘した。
判>
しかし、環境および労働については、チリとの FTA の
コロンビア大学のバグワティ教授(同氏は外交評議
経験が参考になるほか、米国は NAFTA においてメキ
会のシニア・フェローでもある)は、7 月 2 日付「ウォー
シコとの関係で多くの経験があり、これが参考となる旨
ルストリート・ジャーナル」紙に、「カンクン・キャラバン
80
隊(The Caravan to Cancun)」と題する論説を寄稿し
業分野での関税引き下げなど、米国の WTO への提
た。
案を説明している。また、EU の CAP 改革に関して
同論説は、今年 9 月にメキシコ、カンクンで開催され
WTO への提案に反映するよう要請するとともに、世界
る WTO 閣僚会合は、グローバリゼーション反対派の抵
貿易システムの受益者である日本のリーダーシップを
抗運動の中で物別れになったシアトル会合の二の舞
歓迎するとしている。
になると警告している。その理由として、①グローバリ
また、貧困国に対しては、特別な配慮が必要と認め
ゼーション反対派は暴れる場所を求めており、カンクン
ながらも、WTO 加盟国は相互責任を果たすことが必
はドーハに比べアクセスが容易な場所であること、
要であり、途上国の関税問題を棚上げにして先進国
②WTO 加盟国の意見の対立が続いており、合意文書
だけの責任を問うのは間違っているとした。あくまでも、
なしで会議が始まる可能性があることを挙げている。
米国の基本方針は、自由な競争を促進することであり、
また、EU が CAP(共通農業政策)改革で合意したこ
それ故に、米国は WTO 交渉を推進すると同時に、
とは一歩前進であると評価。他方、米国は、アンチダン
FTA を推進しているとしている。また、米国が推進する
ピング規制について、米国の議会や産業界が執拗に
FTA には、サービス、電子商取引、知的財産権、労働、
維持しようとしていること、知的財産権問題では、米国
環境などの新しい分野がカバーされており、これらが、
の製薬業界が特許保護のために圧力をかけているが、
当該分野での自由化に向けた協定の原型(プロトタイ
この保護体制がエイズや炭疽菌事件で市民団体から
プ)となるとしている。特に、チリおよびシンガポールと
道徳的批判を受けていることを指摘している。
の FTA について言及し、最新の FTA が現在議会で審
さらに、結局 WTO ドーハ・ラウンド交渉の成功は、
議されていることを紹介。途上国との FTA 締結は、地
いかに米国が主導権を取るかに懸かっているにもかか
域統合や米国経済との関係強化など、途上国側にと
わらず、現在の米政府の対応は、多国間貿易システム
っても大きなメリットになり、また、近隣の途上国に自由
(WTO 体制)に混乱を招く二国貿易協定(FTA)を推
貿易のメリットを啓蒙するモデルともなると主張してい
進(多くの二国間取極めが、それぞれの原産地規定と
る。
関税を複雑化させ、「スパゲッティー・ボール」になると
最後に、ゼーリック USTR 代表は、9 月のカンクンで
説明)している状況と批判している。更に、USTR が、
の WTO 閣僚会合に最善を尽くすとしながらも、仮に滞
WTO 体制の基本構造を脅かす恐れがある通商交渉
った場合でも、ブッシュ政権は、自由貿易と公正な競
を推進することは、まるで、道路地図なしに道路の穴
争を促進するための交渉を続けていくと締めくくってい
埋め作業に精を出している「何でも屋」と批判してい
る。
る。
<パグワティ教授、パナガリア教授:FTA は一種の
<ゼーリック USTR 代表:WTO と FTA を通じて競争を
「詐欺」に等しい>
促進すると反論>
7 月 14 日付のフィナンシャル・タイムス紙は、米国の
ゼーリック USTR 代表は、7 月 10 日付ウォールストリ
二国間 FTA 推進の姿勢を厳しく批判するバグワティ教
ート・ジャーナル紙に、9 月のカンクンでの WTO 閣僚
授とパナガリア・メリーランド大学教授の連名の寄稿を
会合に向けて、「我々の信条:自由貿易と競争(Our
掲載した。タイトルは、「二国間協定は一種の“詐欺”
Credo: Free Trade and Competition)」と題する記事を
(Bilateral trade treaties are a sham)」。世界唯一の超
寄稿し、2 日付のバグワティ教授に反論している。具体
大国である米国の近視眼的で独善的な利益追求の実
的には、ブッシュ政権の通商政策の基本方針は、
現ための政策により、二国間 FTA が世界貿易システム
WTO を通じた自由貿易の拡大と、それを補う意味で
を傷つけ、WTO 体制をゆがめていると指摘している。
の FTA(地域、二国間)の推進であり、市場開放のた
冒頭で、同教授は、ラミー通商担当欧州委員の「二
めに別の努力を講じるべき(二国間協議を推進するの
国間貿易協定の流行に対して、全世界の半数の経済
ではなく WTO 体制を推進すべし)とするバグワティ教
学者が異を唱えている」との発言を引用し、むしろ国際
授の主張は、WTO 体制そのものを弱め、自由貿易か
経済学者のほとんどが、FTA に懐疑的見解を示し、あ
ら享受する利益を放棄しているというものである。
るいは反対しているのが事実であると主張している。一
ゼーリック USTR 代表は、米国は、EU と共にドーハ・
方、政治家はゼーリック USTR 代表が推進する二国間
アジェンダを推進することが重要であるとし、2015 年ま
協定主義に屈服し、二国間 FTA の交渉に奔走してい
での工業製品の関税撤廃や、輸出補助金の削減、農
ると批判している。さらに、同教授は、経済学者の見解
81
が正しいと主張し、その理由として、3 点あげている。
<年内妥結をめざす>
①二国間貿易交渉は、WTO の最恵国待遇という大
ゼーリック通商代表部(USTR)代表は、8 月 13 日、
原則を台無しにしている
ブッシュ大統領主催の経済フォーラムの場で「チリ、シ
②米国は、多国間取極めのモデルとして、小国との
ンガポールと年内に FTA を締結する。並行して中米5
二国間協定を利用している
カ国(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジ
③二国間協定における米国の戦略は、WTO にお
ュラス、ニカラグア)、モロッコ、南アフリカ関税同盟(南
ける途上国の立場を弱めることである。米国は、
アフリカ、ボツワナ、ナミビア、レソト、スワジランド)との
二国間交渉で、貿易に直接関係ない問題を協定
FTA 交渉に入りたい。オーストラリアとも FTA 交渉を始
に 盛 り 込 ん でき て お り 、 これ に よ り 、 途 上 国 は
められるかもしれない。WTO ドーハ・ラウンドと米州自
WTO でこのような問題に反対することができなく
由貿易圏(FTAA)交渉も 2005 年までの妥結をめざ
なる。
す」と述べた。ブッシュ大統領はゼーリック代表に対し、
さらに、同教授は、貿易自由化(二国間貿易協定)
「貿易促進権限(TPA)というツールを獲得したのだか
のプロセスは、一種の「詐欺」に等しいとしている。その
ら、米国は世界中と FTA 交渉を精力的に行うべきだ」
理由として、米国の最終的な目的は、米国内の利益に
と指示したという。
沿って WTO 体制を作り直すことであるからとしている。
USTR は、すでに 6 月、日本部と中国部を統合し、ま
その例として、NAFTA(北米自由貿易協定)において、
た市場アクセスを所管する産業部を拡充するなど組織
米国はメキシコに対し、貿易とは関係がない知的財産
改編を行い、今後増大する FTA 交渉への対応を進め
権保護の規定を受け入れさせ、ウルグアイ・ラウンド交
つつある。しかし、「FTA は成果を強調するには都合
渉でも他国にこれを受け入れるように主張し、これによ
が良いが、このような多くの交渉を同時に進めるのは
り TRIPs(知的所有権の貿易関連の側面に関する協
困難」(元 USTR 高官)と疑問視する声も出ている。
定)が WTO 協定に盛り込まれたことを紹介している。
また「多数の FTA は、関税率、原産地規則などを極
また、最近の例として、チリおよびシンガポールとの
めて複雑にし、国ごとに異なる特恵待遇を生み、それ
FTA で、米財務省が求めていた、キャピタル・コントロ
以外の国との摩擦の原因にもなる」(進歩的政策研究
ールに関する規制の廃止を認めさせている点を取り上
所のグレッサー研究員)との懸念も示されている。
げている。
USTR は、8 月 7 日、次回第10回目の米シンガポー
同教授は、偉大な国際経済学者であるチャールズ・
ル FTA 交渉は9月30日から10月4日、ロンドンで開催
キンドルバーガー氏が 19 世紀や 20 世紀の状況につ
すると発表した。TPA 法案は、大統領に対し通商協定
いて、多国間貿易システムの公益を訴える「利他的な
交渉に入る90日前に議会にその旨通知し助言を受け
覇権国」の概念を生み出したことを引用して、今日は、
ることを義務付けているが、チリやシンガポールとの
「利己的な覇権国」がまったく逆のことを生み出してい
FTA は TPA 法案成立以前に既に交渉が開始されて
ると批判し、寄稿を締めくくっている。
いるため、この事前通知義務は免除される。ゼーリック
(ニューヨーク・センター)
代表は8月7日、「議会と緊密に協議しつつ FTA 交渉
を進める」とし、議会との協調を約束した。
<「金融市場は極めて閉鎖的」>
シンガポールおよびチリとの FTA 締結
米シンガポール FTA(米星 FTA)交渉の論点とその
課題をまとめる。ただし交渉内容は公式に発表されて
◇ 米シンガポール FTA 交渉は終盤へ
いないため、その詳細は依然不明な点が多い。以下
―金融、原産地規則などが課題―
は、各種報道や通商弁護士への聞き取りをもとに作成
(2002 年 8 月 16 日)
した。
貿易促進権限(TPA)を獲得したブッシュ政権は、ま
○金融―USTR の「外国貿易障壁報告書」(2002
ず交渉が最終段階を迎えているチリ、シンガポールと
年)は、シンガポールの市場は総じて開放的であると
の自由貿易協定(FTA)を年内にもまとめたい意向を
するが、金融分野については「極めて閉鎖的でまた内
示している。以下ではこのうち、米シンガポール FTA
国民待遇も守られていない」などと、その開放を厳しく
の現状と交渉課題についてまとめる。
迫っている。FTA 交渉において米国は、外資の参入
規制の完全撤廃、自動現金支払機(ATM)市場への
82
参入許可、全ての業務が認められる「完全資格銀行
○労働と環境―先に議会を通過した TPA 法案が定
(QFB)」の拠点数制限撤廃―を強く要求している。
める労働と環境条項について、シンガポール側は受
これに対してシンガポール側は、通貨金融庁
入れ可能と表明しており、交渉の障害とはなっていな
(MAS)を中心に、「金融市場の安定のためには強い
い。TPA 法案は、貿易協定の締結国は労働者の権利、
地場の金融機関が必要」として、外資による銀行の株
児童保護を遵守し、貿易を拡大するために労働法や
式取得を49%以下にとどめることを主張する。シンガ
環境基準を緩めることがあってはならない、などと定め
ポールでの業務拡大に強い関心を持つ米シティ・グル
る。
ープは、このようなシンガポール側の交渉姿勢に不満
USTR はじめ複数省庁の代表からなる「貿易政策ス
を表明している。
タッフ委員会環境・天然資源小委員会」は、8 月 8 日、
米星 FTA の環境への影響に関する中間報告書を発
○ハイテク製品(原産地規則)―米星 FTA はハイテ
表した。報告書は、米星 FTA が米国に自国のGNP比
ク製品に限り適用範囲をインドネシアのビンタン島・バ
0.18%(167億ドル)、シンガポールに同 2.7%(20億ド
タム島に拡大し、「ヴァーチャル関税同盟」(米政府高
ル)相当の経済効果をもたらすと試算している。また、
官)とする方向で交渉が進んでいる。USTR のアイヴス
「シンガポールは効率的な環境規制を設けており、空
次席代表補によれば、この地域で製造されたハイテク
気と水の汚染を防止している。FTA によって米国の環
部品は、原産地規則の計算をする際シンガポール製
境技術がシンガポールに導入されても、シンガポール
としてカウントされるという。
の環境改善は小幅にとどまるだろう」としている。
シンガポールのヨー貿易産業相は、「グローバル経
しかし「シンガポールは絶滅の危機にある生物、オ
済の下では1つの製品の製造が複数の国にまたがるこ
ゾン破壊物質、木材、生きた魚など環境に害を与えか
とは自然であり、米星 FTA の原産地規則もその流れに
ねない財の主要な中継地になっており、FTA によって
適応すべき」と述べる。しかし米議会には、他の国がこ
これらが米国に持ち込まれる可能性が増える」とし、監
の規定を用い不当に関税減免待遇を受ける可能性を
視強化が必要と結論付けている。
指摘する声があり、同代表補によれば、FTA 発効後3
年間は対象をマイクロチップのみに限り、その後徐々
○医薬品・特許製品の並行輸入、知的所有権―シ
に対象製品を広げていくことになるという(北米自由貿
ンガポールには、第三国から正規代理店以外のルー
易協定(NAFTA)では、例えば米国で製造が開始され、
トで医薬品や特許取得済み製品が輸入されている。
その後第三国で追加加工がなされ、さらにメキシコで
米国は「一般に第三国の販売価格の方が安いため、
最終加工がなされた場合、原産地規則の計算に際し
並行輸入はシンガポールでの販売価格の下落をもた
ては、米国での製造分は計算に含まれず、メキシコで
らし、また偽造品を横行させる要因となっている」との
の最終加工分のコストしか計算されない)。
懸念を表明、取締りの強化を要求している。しかし、シ
ンガポールは「市場競争の範囲内」として介入しない
○繊維(原産地規則)―米国内繊維業界と米輸入
立場を維持している。
業界・流通業界とでは、異なる意見が聞かれる。米繊
維製造業協会などは、シンガポールが中国、インドネ
○通信市場―シンガポールの通信市場は外資にも
シアなどの繊維製品の主要な中継地となっている点に
広く開放されているが、米国は電話料金の一層の引き
懸念を示しており、これら製品には米星 FTA の関税減
下げ、内外無差別原則に従い独立した市場参入規則
免を適用しないこと、およびそのための税関の監視強
の採用を要求している。
化を求めている。
一方、米国繊維輸入協会の代表は、4月に USTR
○建設業、エンジニアリング業―USTR によれば、シ
が開催した公聴会で、「米国は繊維の輸入関税を撤
ンガポールの建設業、エンジニアリング業には100%
廃すべきである。また FTA の原産地規則は単一のシ
外資の参入が認められているものの、取締役会の長
ンプルなものとすべき。新たな規則は不要であり、まし
およびメンバーの3分の2はシンガポールで公的に登
て複雑で制約の多い NAFTA 型規則には強く反対す
録した建築家やエンジニアで構成されなければならな
る」との意見を表明した。
いなどの制限がある。
<労働・環境は障害にならず>
○政府調達―米企業の一部は、シンガポールの政
83
府関連企業が政府調達において優先的な待遇を受け
(TPA)の規定に従い、米国議会に対して FTA に調印
ていると不満を述べているが、シンガポール政府は否
する 90 日以前に通知を行う、③両国は 2003 年の早い
定している。
時期に FTA に調印する、④2003 年中に議会による承
上記のほか、電子商取引、自動車市場へのアクセ
認を取り付け大統領が FTA に署名する、そして、⑤米
ス、投資、輸出規制、積荷の安全確保などが交渉課
国・シンガポール FTA は 2004 年に発効する。
題として残っているとみられる。
<シンガポールのサービス市場開放に期待>
<在星米企業は 1,300 社>
米国の 2001 年の対シンガポール輸出は 176 億
米国にとってシンガポールは、2001 年の輸出が17
5,200 万ドルで、総輸出に占める割合は 2.4%と米国
7億ドルで第11位、輸入は150億ドルで第14位と、重
の輸出先第 11 位に位置する。米国の対シンガポール
要な貿易相手になっている。米国の輸出品目は、コン
輸入は 150 億ドルで、総輸入に占める割合は 1.3%と
ピュータ・同部品などの機械類が26%、次いでICなど
米国の輸入先第 14 位である。
の電気機械が25%、航空機が20%を占める。輸入は
シンガポールの関税率は既に低く、多くの品目でほ
コンピュータ・同部品などの機械類が55%、ICなどの
ぼゼロの水準である。このため、両国間で FTA を導入
電気機械が20%、有機化学品が6%などとなってい
する場合、関税引き下げによるメリットは米国よりもシン
る。
ガポールの方が大きいとみられている。米国にとって
米星 FTA ビジネス連合(ワシントンDC)によれば、
魅力的なのは、シンガポール国内のサービス市場開
在シンガポールの米国企業は1,300社以上あり、うち
放によるメリットである。FTA 交渉におけるセンシティブ
330社がシンガポールをアジアの本部と位置付けてい
分野は、シンガポールの金融サービス、弁護士・建築
る。
家・エンジニアなどの専門職の活動自由化、電気通信
(ニューヨーク・センター)
市場の開放、原産地規則の厳格化、繊維製品輸出の
第三国からの積み替え、知的財産権の保護などであ
った。
◇ 米国・シンガポール自由貿易協定交渉が事実上
USTR は米国・シンガポール FTA の主な合意点を
合意
次のとおり列挙し、FTA は両国の貿易と投資を促進す
―米国にとってアジアとの初の FTA―
るとしている。
(2002 年 11 月 22 日)
1.商品貿易:両国は大半の関税を撤廃する。原産地
ゼーリック米通商代表部(USTR)代表は 11 月 19 日、
訪問先のシンガポールで、米国とシンガポールの自由
規則を厳格に適用することにより、原産地規則を満
たす商品に対して特恵関税を適用する。
貿易協定(FTA)交渉が、事実上の合意に達したと発
2.サービス貿易:内国民待遇と最恵国待遇を保証し、
表した。米国・シンガポール FTA は、米国にとってアジ
法律の透明性、承認手続きの迅速化、専門サービ
アと結ぶ初の FTA になる。シンガポールにとっては、
ス分野(法務、建築、エンジニア等)での市場アクセ
ニュージーランド、日本、EFTA、オーストラリア(交渉
スの向上を図る。
は終了したが、協定は未調印)に次いで第 5 番目の
3.金融サービス:銀行、証券、保険部門での市場アク
FTA になる。
セス拡大。具体的には、米国銀行のシンガポール
国内での金銭自動支払機(ATM)ネットワークへの
<2003 年早い時期の調印と 04 年の発効を目指す>
アクセス、銀行支店の開設等。
ゼーリック通商代表は、シンガポールのヨー貿易産
4.通信・E-コマース:シンガポールの通信ネットワーク
業大臣と共に記者会見し、両国の FTA 交渉が事実上
への市場アクセス拡大。具体的には、ケーブル局へ
合意に達したと発表した。米国とシンガポールとの
のアクセス権利、テレコム・サービスの再販売権利、
FTA は、2000 年 12 月に交渉を開始し、これまで合計
ネットワーク間のインターコネクション、E-コマースに
10 回に及ぶ交渉を行った。
よる製品の電子的配達における内国民と最恵国待
ゼーリック通商代表は、米国とシンガポールの FTA
遇の保証、電子的に配達される製品の恒久的免税
が発効するまでのスケジュールを、次の 5 段階に分け
措置。
て説明した。①両国は 12 月末までに法律家による協
5.透明性:規則制定に際して透明性を確保する。紛
定書の内容チェックを完了する、②貿易促進権限
争解決過程における公聴会の開催など、透明性の
84
確保。
アクセス交渉のセンシティブ品目」などの懸案事項が
6.迂回輸出:迂回輸出の禁止。繊維貿易と知的財産
残り、次回交渉で引き続き協議される模様である。な
権への厳格な適用。
お、12 月 2∼6 日まで、ワシントン D.C.で 14 回目の交
7.競争政策:シンガポールは競争法の制定を約束。
渉が開催される予定。
政府機関は、米国製品とサービスを差別扱いせず、
非競争的な行動を採らない。
<第 13 回交渉の結果>
8.知的財産権:法的措置の整備など、知的財産権保
11 月 4 日からサンチャゴで開催された第 13 回交渉
護の強化。
では、以下の点について話し合われた。
9.投資と労働・環境:シンガポールでの米国投資家の
(1) ビザ問題
保護。投資と労働・環境分野における紛争解決手
米政府は、チリ側提案の「人の移動(チリの専門技
段の透明性確保。
術・技能者のビザ取得)」に係る緩和措置について、
米上下院司法委員会が拒否したことを受けて、拒絶し
<FTA は包括的内容に>
たと見られている。しかし、本件も含め、米政府は、米
米国・シンガポール FTA は、関税引き下げ、市場ア
国の貿易救済措置(アンチダンピング関税等)に関す
クセス拡大に加えて、労働・環境、繊維・アパレル、競
る譲歩をチリから引き出すために、チリの要求にある程
争政策、投資等を含む包括的な内容となっている。シ
度譲歩する姿勢で議会と調整を始めた模様だ。
ンガポールは、労働・環境条項で制裁の発動を可能と
(2) 通商規定および労働と環境規定に違反した
する米国・ヨルダン FTA 型の規定を受け入れる方針で
場合の措置
ある。
米国が検討していた労働と環境規定に違反した場
また、IT 製品に対する市場アクセス条項を拡大適
合の罰金制度の導入について詳細は不明だが、チリ
用し、特恵関税をシンガポールに近いインドネシア領
政府関係者は、救済措置としての貿易制裁は実施し
のバタム島、ビンタン島に対して適用する「統合関税イ
ないことに米側が合意する可能性を示唆している。ま
ニシアティブ」(Integrated Tariff Initiative)と呼ぶ特別
た、米側の罰金および課徴金に関する提案について
プログラムを盛り込む方向で交渉が進んでいる。今回
は、チリ側は徴収された罰金および課徴金が直接的
の USTR の発表には、このプログラムの詳細について
にチリの労働および環境規定の実施に活用されること
の言及はない。
の保証を求めた模様だ。また、通商規定に違反した場
ゼーリック通商代表は、「シンガポールとの FTA を、
合の罰金と貿易制裁の組み合わせ措置(米国案)に
米国が今後、各国・地域と締結する FTA のモデルにし
ついては、議論がなされなったとチリ政府関係者は発
たい」と期待を述べる。さらに、ゼーリック代表は、「競
言している。
争的自由化 (competitive liberalization)」との言葉を用
(3) 市場アクセスに係るセンシティブ品目の取り扱
いて米国の通商戦略を説明する。競争的自由化とは、
い
米国が特定の国と二国間通商協定を締結すると、そ
チリの加工食品(フルーツの缶詰など)など、米国に
の他の国に米国と交渉しなくてはならないとの圧力が
とって非常にセンシティブな品目の市場アクセス交渉
かかるとの考えである。同代表は、「私は競争的自由
は次回協議に持ち越され、最後までぎりぎりの交渉が
化の過程が米国の通商交渉能力を高め、一層の市場
進められると見られる。他方、鉱工業製品に関しては、
開放をもたらすものと信じている」と語っている。
早期自由化で合意した模様。チリは繊維製品を除く輸
(ニューヨーク・センター)
出額の 88%、および米国は輸出額の 83%を協定施行
直後に自由化する見込みと消息筋は話している。しか
し、米国はチリの主要輸出品目である銅の早期自由
◇ 米チリ FTA 交渉、終盤へ
化を留保しているほか、チリが 1 万 5,000 ドル以上の自
(2002 年 11 月 26 日)
動車に課す奢侈税の撤廃を要求している模様であ
11 月の第 2 週、13 回目の米チリ FTA 交渉がチリの
る。
サンチャゴで開催された。チリの交渉担当者は、同交
一方、チリは化学製品およびプラスチックの早期関
渉中に記者団に対して年内合意を楽観視する発言を
税撤廃に抵抗していると見られている。その他、本交
行った。しかし、「貿易救済措置の取り扱い」、「労働と
渉前に、米タバコメーカーなどが下院議長に対し、タ
環境規定違反に係る紛争処理」、「サービス」、「市場
バコを市場アクセス交渉の対象品目に含めるよう要望
85
書を出すなど、米国タバコメーカーの要望にもかかわ
措置と罰金のどちらかを提訴国が選択できる案が考え
らず、米政府は自由化交渉をしたがらない可能性があ
られている。この場合、貿易制裁措置は被害国が被っ
るとチリ側関係者が発言した。チリとしてはチリ産タバコ
た損害と同等レベルのものになるが、罰金は、損害額
の米国向け輸出のプライオリティは高くないが、例外
の約 50%となる可能性を通商交渉関係者は示唆して
措置を設けることには反対するとしている(米州自由貿
いる。
易地域(FTAA)交渉において例外規定導入の前例と
他方、労働と環境規定違反には、罰金制度で対処
なることを懸念)。
することが想定されている。仮に、被提訴国が罰金支
(4) サービス分野
払いを拒んだ場合は課徴金が課せられる。
チリは、米提案の電気通信分野の規制問題に関す
チリ政府は、労働と環境規定を適格に実施するため
る章を協定文に盛り込むことに合意しているが、その
のメカニズムとして貿易制裁を用いることに一貫して反
詳細については議論が続いている。同じく米提案で、
対で、むしろ、全ての義務違反は罰金制度で対処す
電子商取引を行った際の課税方法についても意見が
べきと提案している。米国側は今回の交渉までに議会
対立しているという。チリの年金基金の規制撤廃(米国
関係者などと調整するとしていた。徴収した罰金は、
の年金基金の参入)を米国は求めているが、チリは現
被提訴国の労働および環境規定の適正な実施に充て
在の年金システムを維持するための規制緩和には消
るとするチリの提案を、米側は若干修正したと見られて
極的である(チリは、カナダおよび EU との FTA では当
いる。米側は、罰金をどのように活用するのかについ
該規制を維持している)。
て、両国間で合意することが必要としており、また、罰
金の額については、限度額を設定する可能性を示唆
<年内合意に向け、今後もぎりぎりの交渉が続く>
している。
チリの FTA 交渉団の団長であるチリ外務省国際経
済関係オフィスのオサバルド・ロサレス・ディレクターは
<民主党の貿易推進派が声明を発表>
11 月 6 日夜、「約 95%の交渉事項は今週中に決着が
10 月下旬に USTR が明らかにしたチリとの FTA 実
つくだろう。その結果、いくつかのワーキンググループ
施メカニズムについて、民主党下院議員の貿易推進
は 12 月の最後の交渉(14 回目)に出席する必要がな
派(ドゥーリー議員(カリフォルニア)、ジェファーソン議
くなるだろう」と記者団に語った。米側交渉団長である
員(ルイジアナ)、タナー議員(テネシー))は 10 月 25
レジナ・バルゴ米通商代表部(USTR)次席代表も、「交
日、「USTR が今後の貿易取り決めに関する効果的な
渉担当者は、全ての交渉事項をテーブルに載せ、年
実施メカニズムを開発したことを喜んでいる。貿易促進
内の FTA 締結に向け、今回の交渉に臨む」とした。し
と厳しい労働および環境規定の維持に適切なバランス
かし、交渉直前に米議会関係者が反対を表明した「人
を与え、また、TPA 法の中で規定した義務を満たし、
の移動」の問題、タバコメーカー等が要望書を提出し
通商取り決めを促進する効果的な方法となろう。このメ
たタバコの取り扱い問題、その他これまでの交渉で決
カニズムが将来の貿易取り決めのモデルとして活用さ
着がついていない事項などをこの後詰めていく必要が
れることを確信する」とのステートメントを発表している。
あり、今後ぎりぎりの交渉が行われることが予想され
る。
<環境規定に係る環境団体の要望>
<通商規定および労働と環境規定違反に係る措置>
連団体の長が連名でゼーリック USTR 代表宛にレター
第 13 回交渉の直前の 11 月 5 日、米国内の環境関
ブッシュ政権はチリとの FTA で、チリが協定および
を送付した。この中で、米国とチリの FTA に追加的に
労働と環境に関する規定に記された義務に違反した
国民からの申し立てメカニズムを盛り込むことを要請し
場合、罰金および制裁措置を組み合わせて対応する
ている。国民からの申し立てスキームを導入することは、
ことを 10 月下旬に議会関係者、産業界および労働と
環境規定の遵守に非常に有効であると主張するととも
環境団体代表に明らかにしている。特に、8 月に成立
に、チリとカナダの FTA に規定されている同様のスキ
した貿易促進権限(TPA)法に、環境および労働規定
ーム以上に独立性をもたせるべきとしている。また、同
の違反に関する紛争処理および改善について、適切
レターには、環境規定に係るコミットメント遵守のため、
な手続きおよび救済措置規定を盛り込むことを求める
紛争解決メカニズムの構築も要望している。米通商関
旨明記されている。問題は、どのような救済措置を実
係者の話では、米政府も前向きな提案と受け止めてい
施するか、また、通商規定違反に対しては、貿易制裁
る模様である。
86
だった。入国政策は議会メンバーの関心が高く、議会
<「人の移動(チリの特殊技術・技能者のビザ取得)」
再開後、内容を十分にレビューするまでは本提案を慎
に係る緩和措置を巡る動き>
むべきとし、提案の緊急延期要請を行っている。また、
USTR が 10 月下旬、チリの特殊技術・技能者が米労
LAC はその書簡の中で、USTR の提案は、米国の移
働市場に容易にアクセスできる仕組みを二国間協議
民政策を変更する可能性を秘めており、TPA 法の規
で提案する見通しを明らかにし、これに対し、米下院
定を考慮して広く議論すべきとした。
司法委員会および労働アドバイザリー委員会(LAC)
が反対するという動きがみられた。
<タバコ産業の動き>
反対派は、USTR の提案は H-1B ビザ プログラムを
米タバコ関連産業は、米政府がタバコをチリとの市
大きく変更するものであると指摘している。具体的には、
場アクセス交渉の対象外品目としないよう躍起になっ
チリの専門的技術・技能者には 2004 年 1 月(米チリ
ている(対チリ FTA のみでなく全ての通商協定から除
FTA 発効)以降、H-1B ビザの枠が実質的に撤廃され、
外されるという脅迫観念がある)。関係者は対チリ FTA
チリの専門技術・技能を有する者の資格審査はもはや
やその他の通商取り決めに関し、タバコ商品を適用除
必要なくなる。H-1B プログラムは、申請者の米国経済
外としないよう要望するレターを米下院のデニス・ハス
においての必要性を審査し、これを根拠に米国内で
ター議長(共和党、イリノイ州)に送付した。フィリップ・
仕事をするために米国に入国する外国専門家の人数
モーリス社をはじめとするタバコメーカー、タバコ輸出
を制限することを許容するものであり、これを侵害する。
団体などが連名となっている。米国産タバコは輸出の
また、H-1B プログラムは、来年米議会において再承
割合が大きい農産物の一つで、その収穫のうち 6 割は
認される予定で、現在の経済情勢から現行の 19 万
輸出向けで、うち 4 割は紙巻タバコが占める。産業界
5,000 の枠を制限するよう議会が要請する可能性があ
では、ブッシュ政権が対チリ FTA 交渉からタバコを除
る。
外することを積極的に検討していることは事実だとい
米労働組合はチリに対して人の移動で自由を与え
われている。
ることが、他の二国間協議および地域取り決めでの先
例になること、今後、入国管理政策の緩和を助長する
<チリとの FTA 締結の意義>
ことなどを恐れている。さらに、H-1B ビザプログラムは
ゼーリック USTR 代表は 11 月 19 日、シンガポール
労働条件申請書(LCA)の申請が必要とされているが、
との FTA 交渉で原則合意したことを発表した。同 FTA
USTR の提案にはこれが含まれていない。LCA は雇用
は、今後米国が提案したアセアン諸国との FTA の一
主に対して労働者に支払う賃金を明記させているが、
つのモデルとなるものであろう。更に、米国とチリの
これは(ストライキ権がある)他の労働者の賃金に影響
FTA は、シンガポールのケースと同様に、米国が進め
しないものとされている。これにより国内労働者への影
る西半球の自由経済圏を構築する FTAA、来年早々
響も懸念される。
に交渉がスタートする中米との FTA のモデルとなるも
USTR 案は、人の移動について NAFTA が規定して
のである。チリと米国とで交渉が続けられてきた労働お
いるものより幅広く、専門家の明確な定義を示していな
よび環境規定に係る措置、センシティブ品目への対応、
い。NAFTA では K-12 教師(概ね小学校 1 年∼高校 3
貿易救済措置などは、今後米国が締結する FTA にも
年の教師)へのビザ発給は NAFTA の枠組み内のビザ
大きく影響するものとなることが予想される。
発給プログラムから除かれている。
(ニューヨーク・センター)
米国の労働組合では、看護婦および教師の雇用へ
の影響を憂慮している。米国の上記の提案は、書類の
提出なしに、H-1B ビザの枠外として当該資格要件を
◇ 米国−チリ FTA 最終合意
クリアする者に対し1年更新のビザを認めるというもの
―専門家に聞く―
である。これに対し、米議会司法委員会は入国政策を
(2002 年 12 月 19 日)
変える可能性のある提案は、徹底的にそして幅広く関
米通商代表部(USTR)は 12 月 11 日、米国・チリ自
係者と調整することが必要であり、長期的な影響を精
由貿易協定(FTA)交渉が最終合意したと発表した。
査した後、相手国との協議のテーブルに載せるべきで
今後は議会での批准プロセスに移ることになる。ジェト
あるとしている。さらに、連邦議会は休会中(第 13 回協
ロ・ニューヨーク・センターでは、米国内の専門家に対
議は議会休会中に開催)で、議会との調整は不可能
して、今回の最終合意に関する評価等についてインタ
87
ビューを実施した。
議会で議論が紛糾する可能性があるが、大部分は
既に、関係者との間で慎重に検討されてきた。チリ
○シドニー・ワイントラウブ(Sidney Weintraub)国際戦
が貿易制裁措置を好むか、好まざるかに拘らず、同
略問題研究所(CSIS) Director, Americas Program
措置は協定の主な柱となっており、これが、米議会
<合意内容を高く評価>
における反対勢力の厳しい批判を和らげることに役
問:今回の合意による米国のメリットは何か。
立つだろう。
答:今回、チリとの合意がなされなかったなら、中南米
諸国との広範な FTA の達成が難しくなる可能性が
<国際的には大きなインパクト>
あった。こうしたことからも、今回の合意は非常に重
問:今回の合意による米国のメリットは何か。
要だった。多くの関税が協定発効時に撤廃され、
答:FTA により貿易取引が増大し、両国にとって有益
それ以外、例えばワインなのどのセンシティブ品目
であることはもちろんである。他方、国内の政治的な
は 12 年間でフェードアウトする。また、労働および
メリットは、ほとんどない。平均的米国民は、安い靴
環境基準に関する規定は、議会でも受け入れ可
がどこの国から輸入されようが、米国製の品物がど
能なものとなっており、非常に評価すべき内容と考
こに輸出されようがほとんど関心がない。一方、国際
える。最終合意では、労働および環境基準違反に
的には大きな政治的インパクトがある。大統領がコミ
金銭的なペナルティを課すことに合意したが、これ
ットしたことを実現し、1つの FTA 合意が他の地域と
は、非常に有効なメカニズムだと評価している。
の FTA に繋がる。非常にプライオリティが高い事項
一方、米国の経済的メリットはさほど大きくない。
である。
チリの社会保障のファンド運用が民営化されるの
で、米国の金融、銀行部門にとっては利益がある
○キショア・ガワンデ(Kishore Gawande)テキサス A&M
だろう。今回の合意は、南米の国との初めての
大学ブッシュ行政および公共サービススクール準教
FTA であり、象徴的な意味で非常に重要と考えて
授
いる。
<メルコスール、メキシコに影響>
問:今回の合意をどのように評価するか。
○ステファン・ジョンソン(Stephen Johnson) ヘリテージ
答:チリはメルコスールに正式に加盟していないため、
財団 中南米政策アナリスト
メルコスール域内で無用な政治的取引を行う必要
<議会承認を得られれば、政権に大きな成果>
がなく、米国にとってもチリにとっても交渉は比較的
問:今回の合意をどのように評価するか。
容易だったと思われる。今回の合意は、チリにとって
答:批准のためには議会承認プロセスが必要だが、国
歓迎すべきものだが、(本 FTA の当事国ではない)
内的には現状維持を求める声が依然強い。これは、
メキシコに問題が生じる可能性がある。つまり、メキ
南米諸国と関係改善しようとする米国政府の努力を
シコと競合する製品が、チリで、より低コストで効果
ないがしろにする可能性もある。また、米州自由貿
的に生産される可能性があるからである。更には、メ
易地域(FTAA)締結に向けた動きの障害ともなりか
ルコスール諸国に生じるであろう多くの問題は、メキ
ねない。仮に議会で承認され、協定が発効すれば、
シコのそれとは比較にならないほど重大だ。メキシコ
ブッシュ政権や貿易推進勢力にとっては非常に大
とチリを比較すると、メキシコは米市場に対して地理
きな成果になる。また、チリとの FTA 締結によって、
的に優位な位置にあるが、輸送コストと生産コストと
多少減退気味になっている FTAA 推進に向けた各
の兼ね合いで、米国の直接投資がチリへ向かう可
国の努力を再び活性化することが期待される。チリ
能性もある。チリは教育水準が非常に高いので、例
はブラジルからメルコスールへの正式加盟を促され
えば、メキシコがソフトウェア関連の直接投資を欲し
ているが、今回の合意で、米国との貿易関係を一層
たとしても、それがチリへと流れる可能性がある。
強めると思われる。メルコスールへの加盟、つまりは、
域外からの投資やビジネスを阻害する関税同盟や
問:今回の合意は、他の中南米諸国との通商交渉
(FTAA や WTO 交渉等)にどのようなインパクトを与
貿易ブロック化ではなく、貿易相手国と相互に利益
えたか。
を得る1つの形が米国との二国間 FTA であるとのメ
答:協定発効後に、米国との FTA 締結によって、チリ
ッセージを発しているとも言える。
が他国に対し特別なアドバンテージを得られるとい
農業分野や労働および環境規定について、米国
うことがビジネス上明らかになれば、メルコスール諸
88
国にとってニュースになるだろう。仮にメルコスール
ゼーリック USTR 代表は、協定文の一般公開にあた
諸国がチリと同様の米市場アクセス権を得ることが
り、「米星 FTA は米国市民に多大な便益をもたらすも
できるのであれば、同諸国はそれを欲する可能性
の。USTR はこれまで、ビジネス界、農業関係者、労働
がある。しかし、それは、メルコスール諸国(特にブ
組合、環境団体、消費者団体など 700 人を超える貿易
ラジル)が、米国に譲歩することが前提となる。
諮問委員会の人々と 100 回を超える会合を開き、彼ら
(ニューヨーク・センター)
の意見を吸い上げてきた」と、同 FTA の意義とこの協
定が多数の人々の利益を反映したものである点を強
調した。
◇ 米シンガポール FTA の協定文を公開(その1)
しかし、労働組合、環境団体、民主党議員らからは、
―多数派は賛成も手続きの閉鎖性には不満―
交渉が秘密裏に行われ、一般意見の吸い上げがない
(2003 年 3 月 18 日)
ままに協定内容が固められたことに不満が出ている。
米通商代表部(USTR)は3月7日、米シンガポール
2002 年8月に成立した「2002 年貿易法」(TPA を定め
FTA(以下米星 FTA)の協定テキストを公開した。協定
る)は、大統領は外国と協定を締結しようとする 90 日以
は 21 章から成り、金融サービス、競争政策、投資、知
上前に、その旨を議会に通知しなければならないと定
的所有権、労働、環境など多岐にわたる包括的なもの。
める。先述の通り、ブッシュ大統領は1月 30 日に議会
米国は ASEAN との FTA 締結にも意欲を示しており、
への通知を行うとともに、協定文を議員と貿易諮問委
米星 FTA はアジアにおける FTA の今後のひな型にな
員会メンバーに公開したが、一般市民には非公開とな
ると予想される。
った。議員からは「USTR は公衆の情報アクセスをない
がしろにしている」(ドジェット議員、民、テキサス)とい
<交渉開始から 2 年間で合意>
った声が挙がっていた。
米星 FTA は 2000 年 11 月に交渉開始が正式発表
また、多くの貿易諮問委員会メンバーからは、依然
され、2年後の 2002 年 11 月に実質的な合意に達した。
米星両国の事務方レベルで作業が続けられている点
その後、事務レベルでさらに詳細に関わる作業が続け
について「協定文が最終段階にないのに協定内容を
られるとともに、1月 30 日にはブッシュ大統領が貿易促
検討することはできない。現在進行中の作業内容を明
進権限(TPA)の規定に従い、同協定に署名する意思
らかにすべき」といった意見が出た。化学・医薬品作業
を議会に通知した。また協定テキストは、議員および
グループは「2月の会合にはブッシュ政権から誰も出
700 名以上から成る貿易諮問委員会(1974 年通商法
席せず、我々は不完全な情報で不完全な報告書を提
にもとづき設置。31 の分野別委員会がある)のメンバ
出せざるを得なかった」と不満を漏らした。また守秘の
ーに公開され、各委員会は2月末に評価報告書を提
観点からペーパーではなく、コンピュータの画面上で
出した。そして3月7日、協定文が一般公開された。協
しかテキストを見られなかった点も不満を増幅したよう
定文は現在なお両国で詰めの作業が行われている。
だ。
公開された協定文は 800 ページを超える長文。その
これらの点についてゼーリック代表は、「北米自由
構成は、(1)FTA の創設と定義、(2)内国民待遇と財の
貿易協定(NAFTA)の時も同様のスケジュールであっ
市場アクセス、(3)原産地規則、(4)税関の運営、(5)繊
たし、(クリントン政権時に結ばれた)米ヨルダン FTA は
維、(6)貿易の技術的障害、(7)緊急輸入制限(セーフ
大統領が署名してからようやく公開された」と反論した
ガード)、(8)国境を越えたサービス貿易、(9)電気通信、
が、対外交渉の秘密性保持と国内関係者との情報共
(10)金融サービス、(11)短期的な人の移動、(12)競争
有の両立という点で、今後も引き続き難しい対応を迫
政策、(13)政府調達、(14)電子商取引、(15)投資、(16)
られる。
知的財産権、(17)労働、(18)環境、(19)規則の透明性、
(20)管理組織上の調整、(21)一般事項である。
<FTA に関する評価は上々>
協定の主な内容については次回「その 2」で報告す
ただし、協定の中身に関する貿易諮問委員会によ
ることとし、以下では一部の議員や業界団体らによる
る評価は総じて前向きであった。貿易諮問委員会は、
交渉過程の秘密性に対する批判と、貿易諮問委員会
5つの主要政策委員会(貿易政策と交渉、貿易と環境
による米星 FTA の評価についてまとめた。
政策、政府省庁間政策、労働政策、農業政策)、5つ
の農業技術政策委員会、17 の産業セクター委員会、4
<交渉過程の秘密性への批判も>
つの産業機能別委員会から成る。委員の過半数が反
89
対したのは、労働政策委員会と甘味料委員会のみで、
違反に対する罰則が弱い(労働)
それ以外は原則賛成か、少なくとも賛否両論が混在す
○砂糖は自由化の対象とすべきでない。本 FTA が
る形となった。各委員会の立場および主なコメントは以
我々産業界に利益をもたらすとは言えない(甘味
下のとおり。
料)
○本 FTA の原産地規則を支持(織物・繊維=製造業
〔米星 FTA をほぼ全面的に支持〕
者)
(委員会名)
○本 FTA の原産地規則は厳格すぎる。もっと緩める
①貿易政策と交渉委員会、②農業政策、③動物・
べき(アパレル=輸入業者)
動物製品、④小麦・飼料・種子、⑤航空宇宙機器、⑥
(注)果実・野菜委員会は「現在既にほとんどの製品が
資本財、⑦消費財、⑧電子機器・装置、⑨製紙、⑩運
シンガポールに無税で輸出されており、特に評価す
輸、⑪通関業務、⑫知的所有権、⑬電子商取引
る材料がない」とし報告書の提出を取り下げた。
(主な意見)
○本 FTA は米国経済の利益に適う包括的な協定であ
<議会の採決は秋以降?>
り、全面的に支持する(貿易政策と交渉)
以下は、TPA にもとづく協定交渉の主要手続きであ
○米農産物の輸出拡大に貢献する。本 FTA が定める
る。これに従えば7月下旬の夏季休会前に、大統領は
原産地規則は厳格なものであり、不当な無税扱い
米星 FTA の批准を求め議会に協定文および関連法
製品の流入を防止できる(農業政策)
案を提出、休会明けから審議がなされ秋頃には採決
に持ち込まれる。可決はほぼ間違いなく、米星 FTA は
〔米星 FTA を原則支持するが、いくつかの懸念を表
事実上の交渉合意からほぼ1年を経て発効に漕ぎつ
明〕
けることになる。迅速とは言いがたいが、TPA は少なく
(委員会名)
とも各手続きの期限を設定しているため、しばしば米
①貿易と環境政策、②政府省庁間政策、③たばこ、
議会に見られるように、法案が棚上げされ無作為に
綿、ピーナッツ、④化学・化学関連、⑤エネルギー、⑥
日々が過ぎていくということはない。TPA は批准手続き
鉄鉱石・金属、⑦建築製品・資材、⑧ゴム・木製品、⑨
の短縮化と法案成立の予見可能性をもたらす効果が
非鉄鉱石・同金属、⑩サービス、⑪小企業、マイノリテ
ある。
ィ企業、⑫卸・流通、⑬基準
(主な意見)
内容
○米側関税引き下げのスケジュールはさらに遅らせる
米シンガポー
ル FTA の場合
べき(ピーナッツ、セラミック)
○内国民待遇、投資に関する制限が厳しすぎる(エネ
ルギー)
○USTR が直ちに撤廃すべきとしている 5%以下の低
①大統領は、通商協定交渉開始の 90 日
2002 年 10 月1
(注 1)以上前に議会に通知
日(注 2)
②USTR は環境、労働、国内の雇用に与え
同年 10 月1日
る影響につき調査。議員、産業界などから
∼
関税品目の関税(いわゆるニューサンスタリフ)とい
なる貿易諮問委員会が検討開始。
えども、徐々に関税を撤廃すべき(非鉄鉱石・金属)
③USTR は議会に対し通商協定締結の 90
2003 年1月 31
○金融、専門職業、速達・配送、電気通信、情報技術
日以上前にその意思を通知。また国際貿
日
など広範囲におよぶ市場開放は我々の目的にかな
易委員会(ITC)に対し米経済・産業への
うもの。しかし法律事務所、郵便サービスについて
影響調査を依頼(ITC は協定締結後 90 日
は依然制限が残っており改善が必要(サービス)
以内にレポートを提出)。
④90 日目以降、大統領は協定に署名。
〔米星 FTA に反対・不満または賛否両論〕
2003 年5月初
旬?
(委員会名)
⑤大統領は協定署名後 60 日以内に議会
2003 年 6 ∼ 7
①労働(反対)、②甘味料(賛否両論)、③靴・革・革
に批准を求め提出。(a)協定本文、(b)国
月?
製品(賛否両論)、④繊維・アパレル(賛否両論)、⑤
内実施法、(c)国内法の変更点に関する
果実・野菜(注)
説明などを同時に提出。
(主な意見)
⑥議会は 60 日以内、米国の歳入に関わ
○労働権の保護が不十分であり受け入れられない。
る場合
90
日以内に 採決を行う(修正は
2003 年 10 月?
る場合 90 日以内に、採決を行う(修正は
取引についてポイントを紹介する。次回で投資、労働、
行えない)。シンガポール FTA の場合は 90
環境、紛争処理などについて報告する。
日。
⑦協定が両院で可決(批准)されれば成
2004 年 1 月 1
立し、発効。
日?
<関税削減は問題とならず>
一般に FTA 交渉で最も合意が困難な分野のひとつ
が、農産物や繊維など労働集約的産業に関する関税
(注 1)議会のワーキングデイ(休会日以外)の数。以下
削 減 ( 市 場 ア ク セ ス ) で ある 。 し か し 米 議 会 調 査 局
も同じ。
(CRS)によれば、米星 FTA の場合シンガポール側の
(注 2)①については、TPA 法案が成立した時点で既
に米星 FTA は交渉が開始されていたため、本来の
対外関税はその品目の 99%がすでに関税ゼロであり、
規定からは外れる。
米側も貿易加重平均による対シンガポール輸入品へ
の関税は 0.6%と同様に極めて低い。同 FTA 交渉に
(ニューヨーク・センター)
おいて関税削減はほとんど障害とはならなかった。協
定発効とともにほぼ全ての品目が関税ゼロとなり、残る
◇ 米シンガポール FTA の協定文を公開(その2)
品目についても今後3年から 10 年で撤廃される。シン
―シンガポールのサービス市場参入に期待―
ガポールの数少ない関税化品目としてビールなどがあ
(2003 年 4 月 22 日)
るが、これも協定発効時に関税が撤廃される。繊維・ア
米シンガポール FTA(以下米星 FTA)はすでに両
パレル製品については、米国またはシンガポール産
の紡ぎ糸を使用したものに限り原則無税となる。
国で実質的な合意に達し、現在細部の詰めの作業が
行われている。ブッシュ大統領は5月前半には協定批
<厳格な原産地規則>
准のための法案を議会に提出するとみられ、その後議
会は 90 日以内に採否を決定する。本 FTA が定める市
シンガポールは製品の中継地として重要な位置を
場アクセス、サービス市場の開放などについてそのポ
占めるため、米国は安価な製品の流入を防ぐ目的か
イントをまとめた。
ら厳格な原産地規則を採用することを求めた。同 FTA
は以下の3つの条件のいずれかに合致した場合にの
み米国産またはシンガポール産と認定され、無税扱い
<センシティブ品目の少ない FTA>
米星 FTA に対する米主要諮問委員会(業界団体)
となる。①米国またはシンガポールで産出されること、
の反応や評価については既に紹介した。同諮問委員
②米国またはシンガポール以外からの製品はいずれ
会では唯一労働委員会が本 FTA に対する明確な反
かの国で付加価値を付けられ関税分類に変更が生じ、
対意見を述べたが、他の委員会は軒並み原則賛成の
かつローカル・コンテント要求を満たすこと、③原材料
姿勢を示し、米星 FTA に対する支持の高さが伺われ
段階から米国またはシンガポールで生産されること。
た。また本 FTA は米国にとっていわゆるセンシティブ
米国繊維業者は安価な繊維品の流入を食い止める
品目が少ないため、強い反対意見がなかったというこ
ためにこのような厳格な原産地規則を強く要求してい
とができる。例えば繊維について、国内繊維業者から
たが、輸入アパレル業者は貿易拡大が望めないなどと
は安価な繊維の流入を懸念する声があった半面、ア
懸念を表明している。
パレル輸入業者は同 FTA を強く支持、むしろ貿易拡
また米星 FTA には「統合調達イニシアティブ(ISI)」
大のため原産地規則を緩めるべきとの意見さえ示され
が盛り込まれ、FTA の便益の一部をインドネシアのビ
た。また環境団体は本 FTA の環境規制が依然不十分
ンタン島、バタム島などに拡大する。同措置はIT製品
との懸念を示しつつも、両国が環境保護に取り組む姿
や医療用器具などの非センシティブ製品についてシ
勢を協定文に反映させたことを評価、原則支持した。
ンガポールの工場で最終製品に組み込まれればシン
協定は 21 章から成り、金融サービス、競争政策、投
ガポール産とみなすというもの。これは、「米国企業が
資、知的所有権、労働、環境など多岐にわたる包括的
同地域での部品調達をより円滑にするための措置」
なものである。米国は ASEAN との FTA にも意欲を示し
(ゼーリック USTR 代表)として米政府が要求した。
ており、同 FTA はアジアにおける FTA の今後のひな
<サービス市場の大幅な自由化>
型になると予想される。
協定文は 800 ページを超える長文。以下では市場
シンガポールのサービス市場は比較的開かれてい
アクセス、原産地規則、サービス、電気通信、電子商
るとはいえ、サービスは最も交渉が難航した分野だ。
91
交渉では市場開放を行わない分野を列記する「ネガ
する。米星両国は今後、専門職業者の免許や資格認
ティブ・リスト方式」によって市場開放を加速させる手法
証に関する基準づくりに取り組む。
がとられた。ネガティブ・リストに掲げられた業種・職業
は、弁護士、会計士、空港、社会保障、病院、原子力
○電気通信市場
関係など。
米星 FTA は電気通信市場の大幅な開放を行い、
サービス分野のうち米国にとって関心の高い主な業
相手国に対する無差別待遇を約束する(1997 年に米
種についてポイントを挙げる。
国は WTO 加盟国に対し、放送を除く同国の電気通信
○銀 行
市場への外国企業の参入を原則自由化した)。これに
シンガポールでは総合業務(full service)への新規
より地元企業が市場において優先的な地位を与えら
参入は禁じられていたが、FTA 発効後 18 ヵ月以内に
れることを防ぐ。米電話会社は妥当な接続料金でシン
それが解禁され、3年以内には大口取引のみを扱う銀
ガポールの電話ネットワークに接続することが可能とな
行(wholesale bank)も自由化される。総合業務を行う
る。物理的なネットワークの構築、リース、再販につい
銀行は1年目は国内 30 支店まで認められ、2年以内
てもほぼ自由化される。FTA はシンガポール政府に対
に支店制限は解かれる。米銀の現地法人は2年以内、
し、電気通信規則の作成過程を公開すること、接続に
米銀の支店では4年以内に、シンガポールの ATM ネ
関する規約やサービス価格に関する公開資料を整備
ットワークへの参加が可能になる。
するよう定めている。米星 FTA は、政府ではなく企業
がワイヤレス・サービスの方式を決定すること、両国が
○保 険
協力し電気通信機器に関する包括的な相互認証方式
米国保険会社の活動に対する制限は原則撤廃さ
の統一などに関する作業を行うことを定める。
れる。子会社、支店、合弁の設置も可能で、シンガポ
ール国外にある米企業が保険を販売することもできる
○電子商取引、デジタル製品
ようになる。海上、航空、運送の各保険、再保険なども
両国は電子商取引の発展のために電子的に配布さ
認められる。事前許可が一部で必要となるが、手続き
れるソフトウェア、ビデオ、テキストなどに関し無差別待
は簡素化される。
遇を提供、電子的に配布される製品に対する課税は
行わない。この規定は FTA としては世界で初のもの
○証券、関連金融サービス
(CRS)。CDなど物理的に配布されるものについては、
シンガポールの民間社会保障制度への参入が緩
その中身ではなく物理的な媒体に対し課税する。
和される。アセット・マネージメント、ポートフォリオ・マネ
本 FTA が定めるサービスに関する規定は、インター
ージメント、証券業務などが認められる。年金業務に
ネットを通じた金融サービスなどにも同様に適用される。
ついては、シンガポールに在勤しなければならないポ
これらは WTO ではまだ任意の規定にとどまっているが、
ートフォリオ・マネージャーの数などについての条件は
米星 FTA では義務化した。
残る。金融情報の提供、助言、データ提供などは海外
からも可能となる。
本稿は米星 FTA 協定本文、議会調査局(CRS)によ
る同協定文の分析レポート、各種報道などを参照した。
○速達、宅配
米星 FTA のテキストは、以下のウェブサイトで閲覧可
速達、宅配および関連事業に関するシンガポール
能。
側の規制が緩和される。シンガポール側からも同国で
http://www.USTR.gov/new/FTA/Singapore/consolid
効率的な速達、宅配しシステムを導入したいとの要望
ated_texts.htm
が聞かれた。
(ニューヨーク・センター)
○専門職業
シンガポールは合弁法律事務所の設立規制を緩和
◇ シンガポールとの FTA に署名
するとともに、米国の一部の弁護士資格者をシンガポ
―2004 年の発効を目指す―
ールでも認可する。建築、エンジニアリングの取締役
(2003 年 5 月 7 日)
会に関わる制限、土地測量サービスに関する資本要
ブッシュ大統領とシンガポールのゴー首相は、5 月 6
求、特許取り扱い業者の認定方法などの規制を緩和
日、ワシントンで米シンガポール FTA(以下、米星
92
FTA)に署名した。これを受け、ブッシュ大統領は 5 月
東南アジア諸国連合(ASEAN)とも貿易・投資の促進
中にも、議会に批准を求め協定文と国内実施法を提
を図る。米国は、アラブ諸国として初めてヨルダンと
出するとみられ、議会は 90 日以内にその採否を決定
FTA を結ぶとともに、チリとの FTA 交渉も実質終了した。
する。貿易促進権限(TPA)が成立して以来、初の
今後はオーストラリア、モロッコ、中米 5 カ国、南アフリ
FTA 審議となる。批准はほぼ確実視されており、2004
カ関税同盟(SACU)とも FTA 交渉を行う。
年1月からの発効が期待される。
シンガポールは 400 万人からなる強固な経済を持ち、
米国にとって 12 番目の貿易相手国である。同国は機
<“新しい協定”>
械から農産物まであらゆる米国産品を買っている。本
ブッシュ大統領は、署名式典の場で、米星 FTA を
FTA は電子商取引、知的所有権、労働、環境などを
“新しい協定”と称するとともに、議会が早期に同協定
含む“新しい協定”だ。昨年、議会は TPA を成立させ
の批准を行うよう求めた。米星 FTA はサービス市場の
ることで自由貿易への支持を表明した。議会が同様の
開放、市場アクセス、知的所有権、投資、労働・環境な
精神で、早急に本 FTA を批准することを望む。
ど広範な内容を盛り込み、今後米国が進める東南アジ
シンガポールは国際テロとの戦いにおいても米国の
アにおける FTA 交渉の雛形になっていくものとみられ
強固な同盟国であり、また(イラクの大量破壊兵器破
る。両国の関税は、既にほとんどの品目でゼロに近く、
棄を求めた)国連決議 1441 の成立に努力した国でも
本 FTA が発効しても、貿易の急激な拡大は見込まれ
ある。イラクが解放された現在、シンガポールは警察機
ないが、米国にとっては、むしろシンガポールのサー
能回復と衛生管理でイラク再建に貢献してくれている。
ビス市場参入への期待感が大きい。
シンガポールが危機の克服と平和の防衛に貢献して
また、ブッシュ大統領は会見で、シンガポールがテ
いることを感謝する――。
ロとの戦いおよびイラク攻撃への支持(基地使用、人
道支援など)を行った点を高く評価した。同じく米国が
<経済と戦略という 2 つの理由>
進めてきたチリとの FTA は、米星 FTA とほぼ同時期に
ゴー首相の会見要旨は次のとおり(ブッシュ大統領
交渉が実質合意に達したにもかかわらず、依然署名ス
の発言と重複する部分は省略)。
ケジュールが立っていない。ゼーリック USTR 代表も 4
――2 年前のブルネイでの APEC 会合で、米星両
月中旬に、「タイムスケジュールは未定」との見解を示
国は FTA 交渉開始に合意した。理由は経済的と戦略
した。これは、チリがイラク攻撃に明確な反対を唱え、
的の 2 つ。FTA は両国経済の強化に貢献し、米国が
これにブッシュ政権および一部の議員が反発している
長期にわたり東南アジアの発展に貢献することを示す
ためと見られている。
シグナルである。また、東南アジアでのテロの根絶に
米チリ FTA の早期批准を唱えるボーカス議員(民、
は米国のリーダーシップが不可欠である。第 2 次世界
モンタナ)は、4 月 11 日、ブッシュ政権に対し、「早急に
大戦後、米国ほど東南アジアの中で重要な地位を占
米チリ FTA に署名すべきだ。イラク攻撃での立場の違
めた国はない。また韓国で、ベトナムで自由のために
いから署名が遅れているとすれば大きな間違い」と発
戦い、共産主義を排除した。
言したが、ブッシュ政権からの反応は今のところない。
米国は東南アジアのために自国市場を開放し、技
術を共有し、資本を投下し、この地域の発展に貢献し
<テロとの戦いに貢献>
た。米星関係はビジョンを共有する戦略的、経済的に
ブッシュ大統領の会見要旨は次のとおり。
重層的な関係にある。
--―北米自由貿易協定(NAFTA)が示すように、自
米星 FTA は、米国が提唱する ASEAN との FTA 構
由貿易は消費者に多くの安価な選択肢を与え、彼ら
想(ASEAN エンタープライズ計画)のモデルとなってい
の生活水準を引き上げる。NAFTA やウルグアイラウン
くものである。米星 FTA は多くの産業界が後押しした。
ドによって、米国の典型的な 4 人家族に毎年 2000 ド
特にボーイング、エクソン・モービル、UPS などが率い
ルもの利益がもたらされている。NAFTA 以来、メキシコ
る米星ビジネス評議会、米 ASEAN ビジネス評議会、
では新規に作られる工場の半分以上は貿易に従事し
米商工会議所などである。またシンガポール議会の支
ている。
持にも感謝したい――。
自由貿易を支持するブッシュ政権は、今後も世界
貿易機関(WTO)の新ラウンド、米州自由貿易地域
<工業品を中心にした貿易構造>
(FTAA)を推進し、アジア太平洋経済協力(APEC)や
米星間の主要貿易品目は次のとおり。米星間貿易
93
は、ほぼ輸出入額のバランスがとれているが、最近 2
○投
資
年間は米国の対星輸出が対星輸入を若干上回る。品
米星 FTA は、双方の投資家や進出企業に対し、安
目はともに機械、電気機械を始めとする工業製品が多
定的で予測可能な法的枠組みを提供する。一部の例
い。上位品目の中では、シンガポールから有機化学品、
外はあるが、米国の投資家は基本的にシンガポール
アパレル、米国からは航空・宇宙関連および燃料が輸
企業と同等の法的保護を受ける。例えば、投資家の土
出されているのが特徴的だ。
地家屋の収用が行われた場合、土地家屋は公正な市
場価格で査定される。パフォーマンス要求(注:進出企
(表)米国とシンガポールの貿易動向(単位:万ドル)
米国の輸
2000 年
2001 年
業に対し現地人の採用、地元産品の購入や使用、技
2002 年
術移転などを一定の割合で義務付ける要求)、支店数
入
の制限、輸出要求などは禁止される。
合
計
19,178
15,000
14,793
政府が投資家の財産を収用したり、経済活動を阻
機
械
10,385
8,222
8,007
害するなど、FTA の義務違反である可能性がある場合、
4,762
2,977
2,411
投資家は国際仲裁裁判所(international arbitration
634
869
1,558
tribunal)に紛争解決を求め、直接訴えることができる。
715
722
756
意見を開陳する機会が与えられる。
266
234
234
○知的財産権
電気機械
有機化学
品
紛争解決パネルは公開されるとともに、関係当事者は
光学、医療
機器
ニット・アパ
レル
米国が、今後アジア諸国との FTA を進めていく上で、
(出所)米商務省
これらの国が米国の知的財産権をどこまで保護できる
かは重要なポイントである。ゼーリック USTR 代表は、
米国の輸
2000 年
2001 年
2002 年
「米星 FTA が定める知的所有権は米国が結んだ過去
出
のいかなる FTA よりも強化されたものだ」と述べる。本
合
計
17,806
17,652
16,221
FTA では、あらゆる形態の知的財産権に対し、差別待
機
械
5,364
4,610
4,159
遇があってはならないとし、紛争が発生した場合、両
5,935
4,407
3,819
国政府の介入を求めている。
航空、宇宙
841
3,548
2,828
商標や地理的表示は、先に登録した者に権利があ
光学、医療
1,369
1,021
1,125
る(first-in-time, first-in-right)とする。音楽、ビデオ、
321
467
615
電気機械
機器
燃料、石油
ソフトウェアなどについては、作成者のみがオンライン
上に公開することができる。そのほか、データの改ざん
(出所)米商務省
や海賊版、不正な流通の防止を規定し、合法ソフトを
(ニューヨーク・センター)
使用すること、CD などの不当コピーの防止、衛星通信
の信号およびプログラムの保護、インターネット・プロ
バイダーの権利と違反などの条項を盛り込んでいる。
◇ 米シンガポール FTA の協定文を公開(その3)
さらに米星 FTA は、特許申請に関わる行政上、規
―知的財産権保護を大幅強化―
則上の遅れが発生した場合の補償、一方的な特許取
(2003 年 5 月 12 日)
り消しの防止、バイオ植物やバイオ動物の特許保護、
米国、シンガポールの両首脳は 5 月 6 日、米シンガ
医薬品の不当な輸入の防止などを定めている。製品
ポール自由貿易協定(以下、米星 FTA)に署名した。
認可のために政府に提出された試験データ、企業秘
今後、ブッシュ大統領は議会に批准を求め、協定文お
密は、医薬品の場合 5 年間、農薬の場合 10 年間は非
よび国内実施法を提出、議会は 90 日以内に採決を行
公開となり保護される。知的財産権の保護に違反した
う見通し。批准はほぼ確実視されており、2004 年初か
企業には、刑事罰が課せられるとともに、違反物の没
らの発効が見込まれる。これまでの 2 回に続いて、協
収、取り消し、廃棄などがなされる。また、第三国から
定内容を概観する。
の積み替えによる海賊品の流入を防ぐための法執行
も強化される。
<過去のいかなる FTA よりも強化>
94
<政府の影響力を排除>
○労
○競争政策
働
USTR は労働についても TPA に合致したものと説明。
米星 FTA はシンガポールに対し、2005 年 1 月まで
両国は国際労働機関(ILO)のメンバーとしての義務を
に反競争的商業行為を規制する規則の導入と競争促
果たすとともに、国内法を国際的に認知された労働基
進委員会の設置を求める。また、シンガポール政府が
準に沿うものとしなければならない。環境と同様、貿
影響力を持つ私企業といえども、商業的見地から運営
易・投資を促すために、国内の労働基準を緩めてはな
されること、米国企業との間に差別的待遇があっては
らない。この問題に関わる紛争が生じた場合、両国は
ならないことを定めている。政府が私企業の意思決定
紛争解決手続きにしたがって問題を解決する。
に関与しないこと、これら企業は毎年、収益および資
産を明らかにすることが義務付けられる。
○紛争解決
本 FTA が定める両国の義務は、全て紛争解決手続
○政府調達
きの対象となる。紛争解決パネルは、高い公開性と透
特定分野を除き、両国は政府調達に関し、非差別
明性を持つもので、すなわち公聴会の開催、当事者
的待遇を相互に供与しなければならない。政府調達
が提出した法的文書の公開、利害関係を持つ第三者
規定が適用される金額が引き下げられ、米国の場合、
による意見提出の機会などを定める。本協定は、違反
一般の財・サービスで 5 万 6,190 ドル、建設サービスで
に対する制裁を行う場合、貿易制裁その他の貿易制
648 万 1,000 ドルとなる(WTO 政府調達協定ではそれ
限的手法ではなく、協議や貿易促進的な補償(金銭
ぞれ 17 万 8,000 ドル、685 万ドル)。この額は 2 年に 1
的なペナルティ)を通じた義務履行を目指すよう強調
度インフレ調整される。また、シンガポール側は今後
している。
一層の情報公開を進めることを約束。
(注 1)本稿は、米星 FTA 協定本文、議会調査局
○税関手続き
(CRS)による分析レポート、各種報道資料などを参
米星 FTA は、米国が結ぶ FTA として、初めて税関
考にした。米星 FTA のテキストは次のウェブサイトで
手続きについて明確に定めている。両国は透明で効
閲覧可能。
率的な税関手続きを行い、税関手続きに関わる法律
http://www.USTR.gov/new/FTA/Singapore/consol
や規則をインターネット上、もしくは印刷物で公開しな
idated_texts.htm
ければならない。本 FTA は非合法取引を封じるための
(注 2)USTR によれば、3 月 7 日に一般に公開された
情報共有の実施、速達・宅配を妨げない税関手続き
協定文と 5 月 6 日に米星両首脳が署名した協定文
などを盛り込む。
は実質的に同じもので、文法上の誤りや意味の不
明瞭な点を修正した程度とのこと。
○人の短期的移動
(ニューヨーク・センター)
本 FTA はビジネスや投資のために短期的に入国す
る人々に対し相互に便宜を図る。
◇ 米チリ FTA、6 月 6 日にマイアミで調印へ
<貿易制裁には否定的>
○環
(2003 年 6 月 3 日)
境
米国はチリとの自由貿易協定(FTA)の調印式を 6
USTR は、米星 FTA が貿易促進権限(TPA)法が定
月 6 日、フロリダ州マイアミで行うことを発表した。署名
める環境保護の規定を遵守していると述べる。本 FTA
者は米国がゼーリック米通商代表部(USTR)代表、チ
は両国の国内法が高度な環境保護を図るべきとし、そ
リがアルベアル外相を予定している。USTR が公表した
の規則を強化することを要求する。両国は貿易・投資
米チリ FTA の協定文は 24 章で構成され、約 900 ペー
を拡大するために、環境規制を緩めることがあっては
ジに及ぶ。その概要を報告する。
ならない。環境に関わる紛争が生じた場合、両国は紛
争解決手続きにしたがい、問題を解決する。違反に対
<露骨な差をつけた米国>
する制裁手段は、紛争解決手続きを基に決定される
米国は 2002 年 12 月、シンガポールおよびチリとの
(後述)。
FTA に、ほぼ同時に合意した。しかし、対シンガポー
ル FTA は 5 月 6 日、ブッシュ大統領がホワイトハウス
95
でゴー首相と共に署名を済ましている。チリは国連の
メキシコ、カナダと同様もしくはそれ以上となった。また、
安全保障理事会非常任理事国だが、米国のイラク攻
農業補助金の取り扱いは、両国が協力して WTO の場
撃を支持しなかったことから、米政府の不興を買って
で交渉し、二国間では、特定分野について規則化す
いたとされる。このため、調印が遅れていた上に、署名
る努力を行うこととした。
者のレベル、および場所でも露骨に差をつけられるこ
(参考:農産品等の自由化の例)
ととなった。マイアミは、次回(2003 年 11 月)の米州自
牛肉:現在、チリ産の牛肉に対する米国の関税率は
由貿易圏(FTAA)閣僚会合の開催地である。チリとの
26.4%。これが協定発効後 4 年間は 1,000 トンの輸入
FTA 締結は、FTAA 交渉を促進する上で大きな意味
枠まで無税となる。輸入枠は年間 10%ずつ拡大する。
持つことから、マイアミを調印の場所として米政府が選
5 年目以降、輸入枠および関税が撤廃される。
定したことはうなずける。
豚肉、羊肉:協定発効時に、関税および輸入枠を
6 月 6 日に調印が済めば、ブッシュ政権は、議会に
撤廃。
対して協定文、国内実施法を提出し、FTA 批准を求
鶏肉:チリは現在の 25%の関税率を 10 年間で撤
めることになる。米チリ FTA の発効は、2004 年 1 月を
廃。
目標としている。
乳製品:年間 3,500 トンの無税輸入枠を、年 7%の
割合で拡大。協定発効後 12 年で撤廃。
<協定文の概要>
桃の缶詰:現行 17%の関税率を 12 年間で撤廃。
○市場アクセス
グレープジュースおよびレモン:現行 12.5%の関税
2001 年の米国とチリの財・サービスの貿易総額は約
率を 8 年で撤廃。
880 億ドル。協定発効後最大 12 年で関税およびクオ
農業関連産業の重要な産品(缶詰、パルプおよび
ータ(輸入枠)は例外なく撤廃する。大部分の品目に
冷凍食品)は 12 年で自由化。ただし、次の産品につ
ついて、関税は協定発効後即時、もしくは 4 年以内に
いては前倒しで自由化。
撤廃する。
イチゴおよびブラックベリー:即時自由化、アーモン
チリの対米輸出品目の 95%(ドル金額ベース 87%)
ド、ナッツ等:4 年で自由化、グレープジュース、冷凍ラ
について、関税は協定発効時に撤廃され、1.2%(ドル
ズベリー:8 年で自由化、チリ産ワインは、米国が将来
金額ベース 4.7%)については、最大 10∼12 年で撤廃
他国と締結する協定において譲許した以上の対応を
される。また、米国の対チリ輸出品目の 90%(ドル金額
コミット。
ベース 88.5%)について、関税は協定発効時に撤廃さ
(価格バンド制度)
れ、4%(ドル金額ベース 2.4%)については、8∼12 年
米国はチリの価格バンド制度(砂糖、小麦などの価
で撤廃される。
格を一定に維持する制度)について、WTO 協定で許
(工業製品)
容される範囲を容認した。小麦の価格バンド制から関
チリの対米輸出品目の 97%について、関税は協定
税化への移行では、12 年かけて関税を撤廃。最初の
発効時に撤廃され、0.4%については、10 年で撤廃さ
4 年間は関税率が 31.5%(WTO 協定税率)、その後の
れる。繊維製品については、協定発効時に即時自由
4 年間で 21%まで削減し、最後の 4 年間で関税撤廃と
化される(ただし、原産地規定を満たすことが必要)。
した。
(鉱業品)
(奢侈税に対する課税)
鉱業産業の全ての品目について、関税は協定発効
チリは、奢侈品に対する税率を、1 年目:64.75%、2
時に即時撤廃される。チリの天然産品(精錬された銅、
年目:42.50%、3 年目:21.25%と漸次削減し、4 年目
レニウム、アルミ等)は現存の一般特恵関税に基づき、
で撤廃する。
一定の条件下で無税だが、協定発効時に、即時完全
自由化となる。
○原産地規則
(農産品)
米国とチリの原産地基準は、域内付加価値率の計
チリの対米輸出品目の 82%について、関税は協定
算方法を単純化(ビルド・ダウン方式またはビルド・アッ
発効時に撤廃され、4.8%については、協定発効後 8
プ方式)し、NAFTA のそれよりも柔軟性を持たせてい
∼12 年で撤廃される。また、米国の対チリ輸出品目の
るとしている。協定では、米国産およびチリ産の定義が
20%について、関税は協定発効後 8∼12 年で撤廃さ
概ね以下のように示されている。
れる。これによりチリ農産品の米国市場へのアクセスは、
96
①完全に米国もしくはチリで産出された材料、製品
を用いて米国もしくはチリで生産された製品。
繊維および農産品のみに適用され、市場アクセス
②生産に用いられた非米国産原材料および非チリ
の章の中で規定されている。特別セーフガード措置の
産原材料の関税番号が、協定書の添付文書(原産地
税率は特恵税率∼最恵国待遇に基づく実行税率の
規定の付属書 4.1 項)にある特定品目の関税番号変
範囲内となる。
更に適合していること。もしくは、同添付文書にある域
内付加価値率を満たしていること。
○政府調達
ただし、繊維については NAFTA の原産地基準と同
基本的に NAFTA、イスラエルとの FTA と同様。チリ
様となっている(繊維製品がチリもしくは米国原産と認
企業は米国内の業者と同条件で政府調達に参入でき
定されるためには、糸の段階から同国原産でなければ
る。米企業は、チリ政府の大部分の政府調達、13 の地
ならないということ)。原産地基準が緩和された品目と
方政府の調達、11 の港湾や空港、350 以上の自治体
しては、農業関連産業ではフルーツカクテル、ジュー
の調達にチリ企業と同等の基準で参入できる。
スなど、その他、革靴、自転車などがあげられる。
(注)ビルド・ダウン方式:非域内原産の原材料の価値
○投 資
をベースとした方式。ビルド・アップ方式:域内原産
本協定では、相手国の投資家の投資に関し、①無
の原材料の価値をベースとした方式。
差別基準(内国民待遇および最恵国待遇を付与)を
基本とすること、②パフォーマンス要求の禁止、③投
○衛生・植物検疫
資に関する送金、④国際法に準拠した収用と補償等
米国とチリは WTO の衛生植物検疫措置(SPS:
を保証している。
Agreement on the Application of Sanitary and
また、チリは付属書において、実質的な損害がない
Phytosanitary Measures)の実施を促進することに同意。
限りにおいて、1年間資本の送金(返送)を制限する措
これを確実に実施するための措置として、米チリ間で
置を認められた。仮に、チリの制限措置が実質的な損
SPS 委員会を設置し、衛生植物検疫の技術的な問題
害を及ぼしたと判明した場合、当該措置が採られた日
について調整を行い、商取引を促進するための検査・
からその利子の発生が認められる。1 年以上に渡り送
認定システムを確立することとした。
金を制限した場合は、2 年目から、投資家は資産の価
値に関連する補償を求めることができる。また、投資国
○ 貿 易 の 技 術 的 障 害 ( TBT : Technical Barriers to
政府が投資規定に違反して、投資家に直接もしくは間
Trade)
接的に損害を与えた可能性がある場合、投資家が申
米国とチリの FTA では、WTO の技術的障害に関す
し立てを行う紛争処理メカニズムが規定されている。
る協定の実施を促進することが明記され、更に二国間
での規格作成プロセスの透明化と説明責任の向上を
○サービス
規定している。
基本的に国境を越えた貿易(cross-border trade)も
し く は 国 境 を 越 え た サ ー ビ ス の 提 供 ( cross-border
○セーフガード措置
supply by service)について規定している(サービス提
二国間セーフガード、一般セーフガードおよび特別
供のための投資は含まない(投資分野に規定))。本
セーフガードの 3 つを規定。これらは NAFTA とほぼ同
内容は、NAFTA、チリ−カナダ FTA、チリ−メキシコ
様の措置。特別セーフガード措置は農産品および繊
FTA およびチリ−中米 FTA を参考に作成され、WTO
維製品のみに認められる。
サービス協定に適合している。適用除外について、付
(二国間セーフガード)
属書Ⅰ(現状の適用除外措置)およびⅡ(将来にわた
鉱工業産品では関税撤廃スケジュールの期限であ
る適用除外措置および分野)にて規定しており、特に、
る 10 年以内、農産品は 12 年以内に限り二国間セーフ
チリの文化関連産業(書籍、ビデオ、映画、音楽、ラジ
ガードを発動できる。発動期間は 3 年。関税率は最恵
オ、TV 等)について、適用除外としている。また、郵
国待遇税率と同率。一般セーフガードとは同時に発動
便・宅配サービス分野について、米国の参入を促進す
できない。
る。更に、専門的職業人の資格の相互認証、資格の
(一般セーフガード)
水準の標準化等についても規定されている。
WTO ルールを維持。
(特別セーフガード)
○金 融
97
金融分野には、保険、保険関連サービス、銀行およ
のとしている。また、インターネットを介した知的財産に
びその他金融サービスが含まれる。米国の保険会社
対する差別的取り扱いの禁止をうたっている。
は、全ての保険分野でチリに支店もしくはジョイント・ベ
(商標関係)
ンチャーを設立できる。また、米国の銀行、証券会社
商標や地理的表示は、先に登録した者に権利があ
は、いかなる制限もなく支店やチリの金融機関への投
る(first-in-time, first-in right)こととし、インターネット・
資が可能となった。チリの年金基金について、チリ中
ドメイン名の取得に関し、ドメイン名と別の権利者によ
央銀行の海外向けの投資への制限付与の権利は残
る商標が関連する場合の紛争処理手続きについて保
る一方で、米企業の投資ファンドの参入を自由化した。
証している。
さらに、チリは、米国企業に、チリへの金融情報の提供、
(著作権関係)
データ送信、金融相談サービスを解禁した。
音楽、ビデオ、ソフトウェアなどについて、著作権者
のみが、オンライン上でその著作物を公開する権利を
○電気通信
有し、また、その著作物を保護する観点から、例えば、
電気通信ネットワークユーザー、および米国の電話
当該著作物が一時的にコピーされ、それがインターネ
会社は、チリのネットワークへの無差別かつ妥当な価
ットを通じて不当に配信される場合、著作権者の全て
格でのアクセスが保証された。これにより、米国の電気
権利を擁護することが規定されている。
通信業者のチリ市場への参入が促進される。
(特許関係)
○人の移動
せた場合の有効期間の延長や,一方的な特許取り消し
特許申請に関し、当局側の理由により後れを生じさ
ビジネスや投資のための入国、企業内の異動のた
の防止について規定。また、医薬品や農薬に関し、承
めの入国、専門的人材の入国について相互に便宜を
認を得るため政府に提出したデータや企業秘密情報
図ることとしている。米国は、チリとの FTA に基づき新
の保護規定(医薬品は 5 年、農薬は 10 年)などが含ま
たにビザ申請書を作成し、4 年間有効のビザを一定量
れている。
発給することとした。特に専門的人材には毎年、一定
(法の適正な実施)
数量(数量制限あり)のビザを発給する。本件は米国
エンドユーザーの著作権侵害を有罪とし、海賊版お
内の法改正を伴うものであり、議会との調整が必要と
よび模造品に対する強い抑止力とする。チリ政府は、
なる。他方、米国の専門的人材のチリへの入国に数量
海賊版および模造品の押収、廃棄、罰金徴収等につ
制限はない。
いて保証している。
○電子商取引
○労 働
コンピュータ・プログラム、画像、音響などのデジタ
USTR は、チリとの FTA が貿易促進権限(TPA)法に
ル信号化された製品の輸出および輸入を通信を通じ
規定されている労働規定を全て満たし、FTA のコア部
て行う場合、非課税とする。CD やテープを媒体として
分を占めるものであると説明している。また、チリおよ
ソフトウェアや画像等を輸入する場合は、媒体となる
び米国は、国際労働機関(ILO)のメンバーとしての義
CD 等に対して関税を課す(コンテンツやソフトウェアに
務を果たすとともに、国内法を国際的に認められた労
課税するものではない)。また、米国およびチリとも内
働基準に合致したものとすることを保証し、貿易と投資
国民待遇を付与。
を促進するために、国内の労働保護規定を弱め、もし
くは削減することは不適当とすることを明確にしている。
○競争政策
本件に係る紛争が生じた場合、当事者間で 60 日以内
チリは、非競争的なビジネスを禁止する競争法を維
の調整を行い、その後、調整がつかない場合は、米チ
持し、当該法の適切な実施に務める。また、チリの国
リ FTA で合意した紛争手続きに沿って、問題を解決す
営企業や独占企業は米国企業によるビジネスを阻害
る。紛争処理小委員会(パネル)が設置され、年間
しないことを規定。
1,500 万ドル/件を超えない範囲での金銭的評価を
通じた解決が図られる。
○知的財産権
著作権、特許権、商標権などに関する保護は、過
○環 境
去に米国が締結したいかなる FTA の規定を超えるも
USTR は、労働規定と同様、チリとの FTA が TPA 法
98
に規定されている環境規定を全て満たし、FTA のコア
の部分を占めると説明している。また、チリおよび米国
<関税引き下げの効果は僅少>
は、国内法により高度な環境保護を規定し、継続的な
2016 年の全商品の関税撤廃時に、米国からチリへ
改善に努力するとしている。当該環境規定は、貿易と
の輸出額は、2004 年に比べ 18∼52%増加し、チリか
投資を促進するためには、国内の環境保護規定を弱
らの輸入額は、同 6∼14%増加する。これらは、米国
め、もしくは削減することは不適当とすることを明確に
の全貿易を 0.03∼0.09%増加させるもので、ごく僅か
している。また、両国は、環境問題評議会を設置し、毎
な変化に過ぎない。また、関税削減期間における米国
年大臣レベルの会合を開催し、環境規定の実施状況
生産物に与える影響は 0.1%以下と小さい。最も影響
に関する意見交換を行うことに合意している。
があるとされていた、「その他穀物(小麦、砂糖、野菜、
環境に関する紛争が生じた場合、当事者間で 60 日
フルーツおよびナッツを除いた全ての穀物)」では 0.01
以内の調整を行い、その後、調整がつかない場合は、
∼ 0.03 % 、 テ キ ス タ イ ル 、 ア パ レ ル 、 革 製 品 へ は
米チリ FTA で合意している紛争手続きに従う。パネル
0.05%以下、その他機械・設備では 0.02∼0.05%の影
が設置され、年間 1,500 万ドル/件を超えない範囲で
響を受ける。
の金銭的評価を通じた解決が図られる。
2016 年の関税撤廃時における米国経済へのインパ
クトは、米国 GDP の 0.0002∼0.003%に過ぎず、米国
○紛争処理
経済への影響はほとんどない。また、サービス分野に
米チリ FTA が規定している全ての義務は、本 FTA
おける米国貿易に与える影響もほとんどない。その理
の紛争処理手続きの対象となる。パネルは、高い透明
由として、①米国およびチリは、低関税措置を既に講
性および公開性が求められる。具体的には、公開ヒア
じていること、②チリとのサービス貿易は相対的に少な
リング、当事者が提出した法的文書の公開、環境およ
いことが挙げられる。
び労働分野の紛争のための当該分野の専門家の登
(注)当該レポートの分析は、関税撤廃措置のみを反
録、利害関係を持つ第三者による意見提出機会の確
映させたものであり、非関税障壁の削減、税関手続
保などを挙げている。また、事前調整、共同行動計画
きの簡素化等の措置を反映させたものではない。
および貿易促進措置を通じた協定整合的な措置を促
進することを強調するとともに、ビジネス、労働および
<個別産業への影響>
環境義務の違反に対する制裁措置の実施は、金銭的
FTA 締結による関税引き下げ(最終的には撤廃)お
ペナルティ措置を通じて履行することとしている。
よび非関税障壁の削減により、建設および鉱業機械・
設備、自動車、電気通信機器に関するチリへの輸出
米通商代表部が公表した FTA およびファクト・シー
が増加し、アボガド、柑橘類の缶詰、メタノールに関し
トは次のアドレスで閲覧できる。
米国の輸入が増加する。金融サービス、電気通信サ
http://www.USTR.gov/new/FTA/chile.htm
ービス、米国からの投資については、FTA による変化
(ニューヨーク・センター)
は大きくない。その理由として、既に米国およびチリで
は非関税障壁が低く、さらに、チリの市場が小さいこと
があげられる。また、FTA 締結の結果、知的財産権の
◇ 米国-チリ FTA に関する経済・産業分野別の効果
保護が図られることになり、これは、米国の音楽業界、
分析
ソフトウェア、出版業界の収益を増加させるが、これら
―経済的効果は僅少(ITC レポート)―
の増加は米国全体の経済への寄与としては非常に小
(2003 年 6 月 23 日)
さなものとなる。
米国国際貿易委員会(ITC)は 6 月 10 日、米国−チ
個別産業別分析の主な概要は次のとおりである。
リ自由貿易協定(FTA)に関する経済的影響および米
○牛肉・牛肉製品
国内の産業への影響についての分析レポートを発表
米国は、世界最大の牛肉生産国、世界第 2 位の牛
した。本レポートは、2002 年通商法 2104 条に基づき米
肉輸出国でありながら、主要な輸入国でもある。他方、
通商代表部(USTR)の求めに応じて調査・分析を行っ
チリは世界第 9 位の牛肉輸入国(主にメルコスール諸
たものであり、ブッシュ大統領および米国議会に報告
国から輸入)であり、牛肉はチリの農産品輸入の上位
することを目的としている。本報告書の分量は 180 ペ
を占めている。米国のチリ産牛肉の輸入が米国内の
ージに上る。以下、その概要を報告する。
牛肉生産、当該分野の雇用に与える影響は、チリの牛
99
肉生産量がそもそも小さいことから、関税が撤廃された
業にとってのチリにおける潜在的需要が減少する可能
場合でも、その影響は最小限のものとなり、米国の牛
性も指摘できる。
肉産業への影響はほとんどない。
また、米国の全牛肉輸出に与える FTA のインパクト
○果物類
は、ほとんどとるに足らない程度である。これは、チリ市
米国の果物類の生産は、チリ、EU、インド,ブラジル
場がそもそも小さいこと、および、米国産の牛肉はチリ
に次いで世界第 5 位(2002 年)である。
−メルコスール FTA により、チリ市場で非常に価格競
報告では特にアボカドおよび柑橘類缶詰を取り上
争力、販売力、認知度があるメルコスール産牛肉と競
げて調査する。米国のアボカド輸入先の一位はチリで、
合せざるを得えないためである。
チリのアボカド供給国先の一位は米国である。米国−
(注 1)メルコスール:南米南部共同市場(ブラジル、ア
チリ FTA では、関税割当制度を採用し 12 年間で撤廃
ルゼンチン、ウルグアイおよびパラグアイが加盟
される。米国産のアボカドおよびアボカド生産のため
国)。
の雇用への影響は限定的であるが、これは、チリのア
(注 2)米国は、現在、牛肉の輸入に関し、関税割当制
ボガド生産の季節(8 月∼1月)が、米国のそれとは重
度を採用しているが、チリとの FTA により 4 年目から
ならず、また、メキシコ産およびドミニカ共和国産と競
関税が撤廃される。他方、チリは、牛肉の輸入に関
合することになるためである。果物類の缶詰について
し、米国と同様関税割当制度を採用しているが、
は、米国は短期的には最小限の影響を受け、長期的
FTA により 4 年目から関税が撤廃される。
には、チリからの果物類および果物類の缶詰はかなり
増加する。その主な理由として、チリの柑橘類の生産
○建設および鉱業用機械・設備産業
コストは米国よりはるかに安価であり、また、米国内の
米国の建設および鉱工業機械・設備産業(例えば、
缶詰産業は、資金繰りの問題やリストラに襲われてい
米国のキャタピラー社等)は、2001 年の出荷額が 250
る状況にあり、12 年間の関税割当撤廃期間中に徐々
億ドル、そのうち輸出額が 95 億ドルとなっている。他方、
に、影響が出てくるものと予想できる。また、米国は、
チリは、2000 年のデータで出荷額が 5 億ドル、そのう
現在、チリの競争相手となるアルゼンチン、オーストラ
ち輸出額が 5,200 万ドルとなっている。チリとの FTA に
リア、南部アフリカと FTA 交渉(アルゼンチンに関して
よる米国の当該分野の輸入は、既に関税がゼロで、
は FTAA の枠組み)を行っており、チリからの輸入増が、
2002 年の輸入は 210 万ドルと、米国の当該分野にお
これらの国からの輸入に置き換わる可能性も指摘でき
ける総輸入額の 0.04%に過ぎず、米国内への影響は
る。
ほとんどない。他方、米国のチリへの 2002 年の輸出は
(注)米国のアボカド生産量は全世界の生産量の8%
約 2 億 2000 万ドルと、当該分野における米国の全輸
を占め、生産者農家数は 6,000。米国の柑橘類缶
出の 2%強である。チリの当該分野の輸入量は、他国
詰の生産量は全世界の生産量の 53%を占めてい
への輸出に比べれば非常に少ないといえるが、チリに
るが、近年、EU からの輸入の増加、国内マーケット
とって鉱業は非常に重要な産業となっており、また、建
の停滞、消費者の嗜好の変化(生の果物へシフト)
設産業は成長が見込まれている。
などにより、国内生産能力は減少している。
米国の当該分野の企業は、世界各地に生産拠点を
有し、生産の合理性を追求しており、米国企業はチリ
○メタノール
への当該分野の製品を供給する際、既にチリと FTA を
チリ産のメタノールがかなりの程度米国に輸入され
締結しているブラジルやメキシコの生産拠点から供給
ることが見込まれる。米国内のメタノール需要は、米国
している。このため米国−チリ FTA により、米国からチ
内生産の約 3 倍となっており、既にチリ産のメタノール
リへの輸出が大幅に増加するとは考えられないが、こ
は、米国の全消費の 15%を賄っている。現在、チリか
れまでカナダから供給していた製品(カナダはチリと
らのメタノール輸入は、一般特恵関税の下、一定量は
FTA を締結しており、関税を回避)を米国から供給す
関税ゼロで輸入されているが、FTA 締結により輸入さ
る可能性はある。当該製品は単価が非常に高く、注文
れるメタノールすべてに関税がかからないことになる
の量によっては、現行の 6%の関税が協定発効後ゼロ
(現行 5.5%関税)。また、チリは現在、メタノール生産
となることは、米国企業にとって大きなインセンティブ
能力を増強している状況である。チリからのメタノール
になる。しかし、チリは、当該分野で競争相手となる EU
輸入の増加は、米国内の古くなったメタノール生産設
や韓国と FTA を締結若しくは交渉をしており、米国企
備を休眠に追い込み、他国からの輸入に置き換わる
100
可能性が指摘できる。
帯電話の規格に適応したものとなっており(米国から
輸出される携帯電話の規格は、西半球仕様。同仕様
○自動車
はシェアを縮小しつつある)、今後、米国の携帯電話
米国−チリ FTA により、米国からチリへの輸出に多
供給企業と、アジアや欧州の供給企業との間で競争
少の影響があるとしている。チリへの輸出は 2002 年の
が激しくなると予想される。
米国の全輸出量の約 1%に過ぎないが、FTA 交渉に
より 6%の関税が撤廃されることおよび奢侈税(現在
○小麦および小麦粉
85%)が 4 年で撤廃され、これにより自動車が最もチリ
チリから米国への小麦および小麦粉の輸出は現在
国内の消費意欲を掻きたて、その結果としてチリへの
でもほとんどないため、影響はほとんどない。他方、米
自動車の輸出が増加することが見込まれる。現在、米
国からチリへの輸出は、カナダ産の小麦に短期的にシ
国の自動車メーカーのチリ市場への供給方法は、①
ェアを取られていたものを奪回する可能性がある。カ
チリ国内で生産(GM)、②ブラジル、アルゼンチン等の
ナダとチリは FTA を締結しており、そのメリットがあった
地域で生産し輸出、③カナダ、メキシコおよび米国で
が、米国は、チリとの FTA による 12 年間の段階的関税
生産し輸出するという 3 つの方法をとっている。このた
撤廃で、チリでの売上を伸ばすことが見込まれる。
め、自動車産業界は、域内原産の原材料価格をベー
2000 年および 2001 年のカナダ産小麦のチリでのシェ
スにしたビルド・アップ方式(域内付加価値率を計算)
アは、それぞれ、54%、71%であったが、米国産は、
という原産地規定について懸念を表明している。
短期的にはチリへの輸出が 2 倍に増加することが見込
ビルド・アップ方式は、製品の労働コストを除いて原
める(3 万 5,000 トン(2001 年)→7 万トン/年)。また、
産地(域内付加価値率)を確定する方法であり、自動
小麦粉についても、FTA 締結により、アルゼンチンや
車産業では、製品に関する全コストの主要な部分を労
EU に代わって米国産がチリでのシェアを伸ばす。
働コストが占めていることから、当該規定が米国自動
FTA 締結によりチリの価格バンド制度(価格を一定
車メーカーの FTA による関税上の恩恵享受を困難に
に維持する制度)が廃止され、関税化に移行し、12 年
してしまう可能性があるからである。他方、奢侈税の削
後には関税が撤廃されることとなっている。これにより、
減・廃止は、自動車産業にとっても FTA で最も重要な
潜在的な米国産の小麦および小麦粉のチリへの輸出
点であるが、ビルド・アップ方式により原産地を確定す
増加は、米国の現在の全世界への輸出量(2,600 万ト
ることは、米国の輸出における FTA による関税削減の
ン)を 2.3%程度押し上げると予想できる。
メリットを妨げる可能性がある。
(注)米国−チリ FTA は、①ビルド・アップ方式(域内の
○金融サービス
原材料価格をベースとする域内付加価値率を算出
金融サービス規定には、保険、銀行業務(預金、貸
する方式で、域内の労働コストは除かれる)、②ビル
出し業務は除く)、証券、資産運用サービス等が含ま
ド・ダウン方式(域外の原材料価格を差し引いて域
れている。チリの金融サービス業は、米国に比べ市場
内付加価値率を算出する方式で、労働コストを包含
規模は非常に小さく、保険関係では生命保険会社 33
することが許されている)の 2 つの方法により原産地
社、災害関係保険会社 23 社、再保険会社 5 社(チリ
を確定する。自動車に関しては、ビルド・アップ方式
資本、米国資本、欧州資本)、銀行は 2003 年 3 月時
のみが適用されている。
点で、国営銀行 1 行、信用組合1組合、民間銀行 9 行、
地域銀行 16 行となっている。米国の金融サービス関
○電気通信機器
連の輸出へのインパクトとしては、米国は金融サービ
電気通信機器(携帯電話、ファクス、電話の交換機、
ス部門の特定分野の輸出を増加させるが、米国の当
送信機等)の米国からチリへの輸出に、大きな影響は
該分野輸出全体のほんの一部に過ぎず、米国の輸出
ない。米国にとってチリは当該分野では大きな輸出相
を牽引するほどのインパクトはない。具体的に、金融サ
手国ではなく(当該分野の全輸出量の 1%以下)、6%
ービス分野をみると、保険については、海上保険、航
の現行の関税率も相対的に低いためであるが、携帯
空保険および輸送保険分野において、チリ政府が外
電話(2002 年の、チリ向け電気通信分野の輸出の
国企業に参入を許可するのは初めてとなる。また、従
37%を占めている)については、多少の効果を見込め
来は、米国企業の現地子会社のみが企業活動を認め
る可能性がある。他方、チリでは携帯電話のインフラが
られていたが、FTA 締結により米国保険会社の支店の
改良されており、これはアジアや欧州で使用可能な携
設立が許可されることにより、企業の経費削減に資す
101
るものとなる。ただし、米国保険会社の支店開設は 4
権保護の体制も整備されている。FTA の最も重要なメ
年の間に段階的に実施されるため、短期的な輸出に
リットは、相互の関税引き下げや非関税障壁の削減だ
関するインパクトは最小限のものとなる。また、資産運
けではなく、そうした部分の効果は、量的に計ることが
用サービスについて、チリ国内にある米国の子会社が、
難しい。米国−チリ FTA では知的財産権、サービス、
年金等の資産の運用(海外での運用)を行えるように
投資、人の移動、電気通信サービス分野で特別の措
なるのは初めてとなる。
置を課しており、これまでの他国との二国間交渉には
しかし、本報告では金融サービス産業関係者のコメ
ない広範な非関税分野の取り決めが盛り込まれている。
ントを引用する形で、「米国−チリ FTA は将来米国が
これらは、現在米国が交渉している FTA のモデルとな
締結する FTA の基準となるという意味で非常に重要な
り、その意味は大きい。
ものであり、チリとの FTA では、透明性に関する条項と
なお、本レポートは次の URL で閲覧できる。
投資に関する条項が特に重要。既に FTA 締結前に、
ftp://ftp.usITC.gov/pub/reports/studies/pub3605.P
チリでは市場アクセスのレベルが高く、米国の資産運
DF
用会社による売上はあまり増加しない」と、その重要性
(ニューヨーク・センター)
について言及している。
<投資に関するインパクト(米国経済への潜在的影
◇ 米星 FTA 議会から ISI 条項に懸念の声
響)>
(2003 年 7 月 3 日)
米国−チリ FTA は 2 つの面を持つ。1 つは、モノと
米シンガポール FTA(以下、米星 FTA)は5月6日
サービスの貿易の市場アクセスを自由化し、外国から
に両国による署名も終え、両国国内での批准へと局面
の間接的な投資も呼び込み、二国間貿易を促進する
が移っているが、同 FTA の特長の1つである ISI(統合
こと。つまり、貿易の自由化は、外国投資を増加させる
調達イニシアティブ)の運用をめぐり、米国内で議論が
結果となることである。
出てきている。今後、ISI の運用をめぐる米国内での動
2 つ目は、投資の自由化で障害を除去することを通
きが、注目される。
じて、また、投資のフレームワークの安定と透明性を確
保し、外国投資家の信用を得ることにより、投資を促進
<削除された「最終製品への組込み」条項>
することである。
ISI は、IT 製品など一部の財に関し、原産地規則を
大幅に緩和するもの。草稿段階では、「①リストに掲載
<知的財産権に関するインパクト(米国経済への潜在
されている財については、締結国から輸入される限り
的影響)>
は、(それが元々どこで製造されたかを問わず)締結国
米国−チリ FTA の知的財産権に関する条項は、チ
産とみなす、②リストに掲載されている財を、締結国産
リの知的財産権政策に関する米国産業界の重大な懸
の財の部品・材料として組み込めば、この部品・材料
念を反映したものとなっている。仮に、チリが FTA の当
は(それが元々どこで製造されたかを問わず)締結国
該条項を全て実行し、さらに同条項の遵守を促進す
産とみなす」の2点から構成されていた。しかし、通商
れば、知的財産権の保護のレベルがあがり、著作権、
専門誌や米国の通商関係弁護事務所などによると、
特許、商標等を有する米国企業の収益は増加する。
中国などの財がシンガポールを経由して免税で米国
ただし、チリは WTO の TRIPS(知的所有権の貿易関
に流れ込むのを危惧した議会筋がこれに強く異論を
連の側面)や WIPO(世界知的所有権機関)のインター
唱え、結局、両国による署名前の条文調整の最終段
ネット協定を含む過去の国際的取り決めの履行が遅
階で、この②の条項が削除されたという。
れていると、米国産業界は懸念している。さらに、相対
的に経済規模が小さいチリ経済において米国の知的
<ISI がいかに運用されるのか>
財産保有企業の収益が増加しても、米国経済への影
残る①の条項に関しても、議会筋の懸念は強い。米
響は限定的となる。
星 FTA 交渉では、ISI を適用されるのが、インドネシア
のバタム島とビンタン島のみと伝えられてきたが、結局、
<FTA のモデルとしての意味は多大>
条文上は地域指定が一切なく、世界中、どこからでも
米国、チリ両国は、既に相対的に低関税が設定さ
対象となるように読める。
れ、自由貿易体制が確立され、また、投資や知的財産
6 月上旬に開かれた歳入委員会貿易小委員会で、
102
レビン下院議員(民主党、ミシガン)は、「ISI が、(第3
なく行われたと言えるが、それでも 1 年近くを要した。
国などに対し)門戸を開きすぎている」として懸念を表
ブッシュ政権は中米、中東、東南アジア諸国連合
明した。同議員は、部品・材料の貿易などで ISI をどう
(ASEAN)、アフリカ地域などを対象に「世界中で貿易
機能させようとしているのかを明確にするよう、米通商
自由化の意思ある国と FTA 交渉を行う」(ゼーリック
代表部に求めた。同議員はまた、議会は実施法案な
USTR 代表)構えであり、今回のような早期の法案成立
どを通し、ISI を修正するかもしれない、と示唆してい
によって、今後の各種 FTA 交渉にもプラスの影響が出
る。
ると見られる。
ブッシュ政権は、2002 年8月に成立した 2002 年通
ゼーリック代表は、「両 FTA の下院通過は、世界中
商法で貿易促進権限(TPA)を獲得、議会は FTA 批准
の市場を自由化するために、大統領と議会が協力して
の際に条文の部分的な修正をすることは出来ないが、
TPA を有効活用したことを示すもの」と TPA 効果をアピ
今後、ISI の運用方法がどのように具体化されていくの
ールした。
か、注目される。
(米州課)
<労働・環境で反対意見相次ぐ>
前述のとおり、米星 FTA、米チリ FTA ともに法案成
立は確実視されていたが、審議中、民主党を中心とす
◇ 米星、米チリ FTA、下院を通過
る議員からは反対意見の表明が相次いだ。特に、労
―TPA 効果で早期可決―
働・環境保護の規定が甘いとする批判が強く、例えば
(2003 年 7 月 28 日)
ランゲル議員(民、ニューヨーク)は、「両 FTA が定める
米下院本会議は 7 月 24 日、米シンガポール自由貿
労働・環境規定は、相手国の自発的な法執行の強化
易協定(以下、米星 FTA)と米チリ FTA の協定文およ
を期待するもの。中米や米州自由貿易地域(FTAA)
び国内実施法案を賛成多数で可決した。上院は夏季
のように、労働・環境保護が不十分な地域との FTA に
休会に入る前の 7 月最終週にも可決する見通しだ。両
は適用すべきではない」とし、両 FTA は今後の FTA の
協定への署名・締結後、約 3 ヵ月で議会批准のめどが
モデルとなるべきでないとの見解を示した(ただし同議
ついたことは貿易促進権限(TPA)の効果を十分に示
員は両 FTA 法案には賛成票を投じた)。
すものと言える。協定発効は 2004 年 1 月の予定。
ブラウン議員(民、オハイオ)は、「両 FTA が発効す
れば、米国の雇用に多大な被害が出る」とし、国内へ
<署名から約 2∼3 ヵ月で批准へ>
の悪影響に懸念を表明。通商問題に影響力の強いレ
米星 FTA は 5 月 6 日、米チリ FTA は 6 月 6 日にそ
ビン議員(民、ミシガン)は、商務省・司法省・国務省関
れぞれ当事国同士による署名・締結が行われ、ブッシ
連予算法案に対する修正法案(H.R.2799)を提出、こ
ュ大統領は議会の批准を求め協定文と国内実施法案
れは中米 FTA および FTAA 交渉において、一層の労
を提出した(大統領に法案提出権はないので実際に
働基準の厳格化、知的財産権保護の強化、農産物市
は議員が提出。また歳入に関わる法案であるため下
場の開放などがなされなければ、同交渉のための
院先議となる)。7 月 24 日、下院本会議は米星 FTA
USTR 予算の執行を認めないというものだ。多くの民主
(H.R.2739)を賛成 272、反対 155、棄権 9、米チリ FTA
党議員の支持を得たものの僅差で否決された。
(H.R.2738)を賛成 270、反対 156、棄権 8 で可決。事
また、米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)、チーム
前予想どおり、安定的賛成多数による可決であった。
スター(米トラック運転手労働組合)、米自動車労働者
両 FTA 法案は、貿易促進権限(TPA)発効後の初
組合、米鉄鋼労働者組合なども両 FTA への反対ロビ
の通商法案審議として注目されたが、結果としてファス
ー活動を展開した。
ト・トラック手続き(法案の早期一括審議:議会は法案
他方、両 FTA 支持派は、「(レビン議員の修正法案
が提出されてから原則 90 日以内に賛成か反対かを決
を認めれば)結局どの国も米国とは FTA を結ばなくな
定しなければならず、中身の修正は行えない)の効果
る」(コルベ議員(共、アリゾナ))、「欧州やカナダと
を十分に発揮したと言えよう(注)。
FTA を結んでいるチリにおいて、これまで米国は競争
ちなみに、政府が TPA を獲得する前に結んだ米ヨ
力上の後れをとっていたが、米チリ FTA によってこれ
ルダン FTA は 2000 年 10 月に署名・締結し、議会通
が解消される」(ブルメナウアー議員(民、オレゴン))な
過は 2001 年 9 月であった。同 FTA はセンシティブ品
どと反論した。
目や労働・環境での問題点が少なく、法案通過は滞り
(注)米大統領に与えられていた TPA(当時はファスト・
103
トラック権限)が 94 年に失効したため、米国が締結
<“越権行為”と USTR を批判>
した通商協定が議会の大幅な修正を受け、あるい
上院での審議では、一部議員から、両 FTA が定め
は批准遅れるなどの可能性があり、TPA 推進派はこ
る専門職の短期受け入れ、弱い環境・労働規定、米産
れが米国の対外交渉力を殺ぎ、また諸外国も米国
業界への悪影響などについて懸念が表明された。
との交渉に躊躇するという状況を生んできたと主張
専門職の米側受け入れは、米星 FTA が年間 5,400
した。
人、米チリ FTA が 1,400 人となっている。他方、シンガ
(ニューヨーク・センター)
ポール、チリ側の米国人専門職受け入れには制限が
ない。この規定には民主党、共和党を問わず反対意
見が出された。とりわけ、①移民政策を決定する権限
◇ 上院、シンガポール、チリとの FTA を可決
は議会にあり、これは USTR の越権行為、②米国の雇
―労働者受け入れ条項に多くの批判―
用情勢が不確かな現状で、外国人労働者を増加させ
(2003 年 8 月 5 日)
ることはできない―の 2 点が強調された。
米上院は 7 月 31 日、米シンガポール自由貿易協定
ハーキン議員(民、アイオワ)は、「全米で既に 900
(米星 FTA)および米チリ FTA の協定本文と国内実施
万人(労働省数字によれば、7 月は 906 万人)の失業
法案をそれぞれ賛成多数で可決した。米国がアジア
者がいる」と懸念を表明、両法案に反対票を投じた。
および南米地域で結ぶそれぞれ初の FTA となる。
セッション議員(共、アリゾナ)らは、共同決議案(意見
表明をすることが主な目的で法的拘束力はない)を提
<3 分の 2 の賛成を獲得>
出し、ブッシュ大統領に両 FTA から移民条項部分を
7 月 24 日、下院を通過した米星 FTA(H.R.2739)、
削除するよう求めた。ただし、同議員は両 FTA には賛
米チリ FTA(H.R.2738)は、1週間後の 7 月 31 日、上
成票を投じた。USTR は、「この規定は労働者を一時的
院で可決された。大統領の署名を経て、ともに 2004 年
に受け入れるというもので、永住や市民権に関わる移
1 月 1 日に発効する予定(ただし、シンガポール、チリ
民政策とは無縁」と反論している。また、この条項を
側での批准はまだ終わっていない)。米星 FTA は賛成
FTA に含めるにあたって USTR から何ら協議がなかっ
66、反対 32、米チリ FTA は賛成 66、反対 31。ともに 3
た点も議員らの反発を増幅させた。
分の 2 以上の議員が賛成した。両 FTA は米国にとっ
マコウスキー議員(共、アラスカ)は、チリからサーモ
て、米イスラエル FTA(85 年発効)、北米自由貿易協
ンなどの魚類が不当に安い価格で輸入されているとし、
定(NAFTA:94 年。89 年に結ばれた米加 FTA は
自州の水産業者の持つ懸念を代弁した。同議員は米
NAFTA に統合)、米ヨルダン FTA(2001 年)に次ぐも
星 FTA には賛成、米チリ FTA には反対票を投じた。
のとなる。
ホリングス議員(民、サウスカロライナ)は、FTA がサウ
米星両国の関税は既に極めて低い水準にあり、
スカロライナの抱える繊維・アパレル産業に与える打
FTA の発効は、財貿易の拡大よりも、金融、保険、電
撃を訴え、両 FTA ともに反対票を投じた。
気通信などのサービス分野の市場拡大や、知的財産
米国は現在、モロッコ、オーストラリア、中米 5 カ国
権強化による利益保護などの効果が大きいと見られる。
(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、
自由化交渉の過程でシンガポール側から最も抵抗の
ニカラグア)、南アフリカ関税同盟(ボツワナ、レソト、ナ
強かったのも金融分野であった。知的財産権保護に
ミビア、南アフリカ、スワジランド)と FTA を交渉中。そ
ついて、ゼーリック通商代表部(USTR)代表は、「米星
の他、中東、ASEAN、ニュージーランドと交渉を開始
FTA は米国が過去に結んだいかなる FTA よりも厳格
する姿勢を示している。ブッシュ政権にとって、今回問
なもの」と自賛した。
題となった労働・環境規定、労働者受け入れ条項など
チリとの FTA においては、貿易額の 87%相当品目
は、今後交渉を進めていく上で引き続き要注意事項と
の関税が協定発効と同時に撤廃され、4 年以内に残る
なろう。
品目のほとんど(肉類、大豆、穀物など)、12 年以内に
全ての品目の関税が撤廃される。ビアンキ駐米チリ大
<電子機器の輸入が減少>
使は「これでチリは、北米 3 カ国すべてと FTA を結ん
米国の対シンガポール貿易(2002 年)は、輸入が
だ」と述べ、今後この地域における一層の貿易拡大に
148 億ドル(米国の対世界輸入で第 15 位)で前年比
期待を表明した。
1.3%減、輸出が 162 億ドル(第 11 位)で前年比 8.1%
減。10 年前の 92 年との比較では、輸入が 30.8%増、
104
輸出が 68.5%増となり、この間の米国の対世界輸入の
―FTAA 交渉にモメンタムも―
伸び(輸入 118.0%、輸出 54.7%)と比較すると、輸入
(2002 年 2 月 1 日)
の伸びが弱いことがわかる。
2002 年 1 月 16 日、ブッシュ大統領は、世界問題評
2002 年の輸入品目の上位は、1 位機械類、2 位電
議会(World Affairs Council)で講演を行い、米国が、
子機器、3 位有機化学品で、この 10 年間ほぼ変動が
中米諸国との自由貿易協定締結に向けて作業を開始
ない。ただし、電子機器は 92 年比で 17.5%減。この間、
する旨と発表した。同講演では、「持続的な発展は、市
米国の同品目の対世界輸入は 122%増となっており、
場経済、健全な金融財政政策および近隣諸国との自
米国にとって、シンガポールの電子機器生産・中継地
由な貿易によりもたらされる」とし、自由貿易および米
としての地位が低下していることがうかがえる。
州自由貿易地域(FTAA)創設の重要性や、昨年末以
2002 年の輸出品目上位は、1 位機械類、2 位電子
降混乱が続いているアルゼンチン経済に対しても発言
機器、3 位航空機・同部品。これも 10 年間大きな変動
している。
はない。3 位の航空機・同部品は 92 年比で 3 倍近くに
増加した。
<中米5ヵ国との自由貿易協定>
講演の中では、ブッシュ大統領は、「米国は、中米
<伸び悩む対チリ輸出>
諸国との自由貿易協定を探求(explore)する。この目
米国の対チリ輸入(2002 年)は 38 億ドル(第 36 位)
的のために政府としては、議会に積極的に働きかけて
で前年比 8.3%増、輸出は 26 億ドル(第 34 位)で前年
いく。我々の目的は、米国とこれら諸国との経済関係
比 16.3%減。92 年との比較では、輸入が 173%増、輸
を強化し、経済面、政治面、社会面における改革進展
出が 5.8%増であり、輸出の伸び悩みが明らかだ。チリ
を補強することであり、さらには、FTAA 創設に向けて、
はカナダ、メキシコ、ペルー、コロンビアなど既に 16 カ
さらなる進捗を見ることである」と発言。これら諸国との
国と FTA を結んでいる。チリとの FTA がなかった米国
FTA を結ぶことにより、米国との経済関係深化と同時
は、同国との貿易で競争上の不利に直面してきたと言
に、FTAA の交渉進展への足がかりとして位置づけて
われるが、輸出の数字にそれが表れている。チリはさ
いる旨明らかにした。
らに、欧州自由貿易連合(EFTA:アイスランド、リヒテン
この中米諸国との FTA に関する詳細は、講演では
シュタイン、ノルウェー、スイス)、日本、韓国とも FTA を
直接触れられていないが、同時に発表されたファクト
交渉または検討中である。
シートによれば、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマ
米国の主な輸入品目(2002 年)は、1 位ブドウなどの
ラ、ホンジュラス、ニカラグアの5ヵ国を挙げ、これら諸
食用果実、2 位銅・銅製品、3 位木材。10 年前と比較
国を一体として、「米・中米自由貿易協定(US-Central
すると、食用果実が 2.6 倍、銅・銅製品が 3 倍、木材が
America Free Trade Agreement)」の交渉を始める用
10.7 倍に増えた。現在、米国に輸入されるブドウの
意があるとしている。
75%はチリ産だ。逆に 10 年前に 3 位だった金・銀など
貴石・貴金属は 66%減少し、輸入品目としては現在
<昨年 9 月に中米諸国と協議>
12 位に落ち込んでいる。
中 米 諸国 と の貿 易 拡大 に つい て は 、 昨 年9 月 、
輸出品目は 1 位機械類、2 位電子機器、3 位自動車
FTAA の貿易交渉委員会(TNC)を前に、米国とこれら
の順。前述のとおり、この 10 年間、対チリ輸出はほとん
5ヵ国間で議論が行われていた。このとき、米国との
ど伸びていないが、増加した品目としては機械類
FTA を求める中米諸国の姿勢に応える形で、米国と
(36.7%)、電子機器(71.0%)、光学機器(52.2%)な
の緊密な貿易投資関係樹立に向けた技術ワーキング
どがある。逆に大幅に減少した品目として、航空機・同
グループ設置に合意した。しかしこれは、米国にとって
部品(86.4%減)、飼料(45.2%減)などがある。
中米諸国との FTA 締結に向けて積極的に取り組むと
(ニューヨーク・センター)
いうよりは、目前に控える WTO 閣僚会議で、新ラウン
ド開始に向けて、これら中米諸国の支持を取り付ける
ためのものとの色彩が強かった。これに比べると、「米・
中米自由貿易協定」と銘打って具体的に協定締結に
FTAA および中米との FTA
向けての取り組みをコミットした今回の大統領の発言
は、非常に重要なステップであるといえる。
◇ 中米諸国との FTA 交渉に向けて作業開始
105
<米国の対中米諸国向け輸出促進>
段階に入りつつあるチリとの FTA 交渉に加えて、米国
前出のファクトシートによれば、2000 年の米国の中
が中米5ヵ国と FTA 締結交渉に入れば、FTAA 交渉の
米諸国への輸出額は88億ドルと、ロシア、インドネシ
進展に大きく貢献すると前出のファクトシートでは強調
ア、インドへの輸出合計額よりも多く、また輸入は 118
している。米国としては、中米 5 ヵ国との FTA 交渉の先
億ドルに上るとなっている。NAFTA 加盟国であるカナ
に FTAA の期限内交渉終結を見据えているのである。
ダとメキシコが、中米諸国市場の重要性をすでに認識
し、中米5ヵ国のうちいくつかの国と自由貿易協定して
<アルゼンチン経済危機と FTAA 交渉>
いるのに対し、米国がこれに乗り遅れていることを認め
ブッシュ大統領は、今回の講演で、経済危機に陥っ
ている。
ているアルゼンチンに関しても発言している。大統領
他方、これら中米5ヵ国は、カリブ諸国貿易特恵法
は、「アルゼンチンにおいて、健全かつ持続可能な経
(Caribbean Basin Partnership Act: CBTPA)により、そ
済回復計画が策定されれば、米国としては、国際金融
の恩恵の対象となっていることから、米国にとっては、
機関を通じて積極的に支援していく」と、これまでの米
FTA 交渉に取り組みやすいともいえる。この FTA が実
国の姿勢を維持した。さらに、経済回復計画策定に際
現すれば、前述のカナダ、メキシコと中米諸国との
しては、「市場経済に基づいたものであるべきであり、
FTA と相まって、事実上「拡大 NAFTA」が実現するこ
安易かつ中途半端な策(half-measures)に頼るようなこ
ととなり、その効果は通常の二国間 FTA よりも高くなる
とになれば問題は長期化する」として、現在の二重為
と考えられる。米国にとっては、「米・中米自由貿易協
替管理制度を批判しているともとれる発言を行ってい
定」は、「実現しやすく、効果の高い」FTA となるのであ
る。
る。
アルゼンチンの経済危機が FTAA 交渉に与える
影響に関しては、様々な意見があるが、大統領や経済
<FTAA 交渉推進のためでもある>
大臣が交替しても、次官以下実際の交渉担当者に大
FTAA 交渉のスケジュールに関しては、昨年4月
きな変更がないことや、なによりもドゥアルデ大統領自
の貿易大臣会合およびケベックでの米州サミットにお
身が FTAA の必要性を十分認識していることから、短
いて各国が合意したように、2005 年1月までに交渉を
期的には大きな影響を及ぼすことはないというのが大
終結することとされている。さらに詳細なスケジュール
方の見方のようである。しかしながら、バシェフスキー
としては、今年4月1日までに、市場アクセスの交渉の
前米通商代表部(USTR)代表は、「自分自身は影響な
交渉方式(モダリティ)に関する案を作成し、直後に開
いと思っているが、もう少し事態の推移を見る必要があ
催される TNC において合意することになっている。合
る」と、やや慎重である。さらには、アルゼンチン・ペソ
意された交渉方式に基づき、5月15日までには実質
の切り下げがブラジル・アルゼンチン間の貿易問題に
的な交渉に入り、8月には第2次協定ドラフトを作成す
発展し、その結果としてブラジルが FTAA に対するスタ
ることとされている。
ンスを硬化させる可能性を指摘する者もいる。これに
しかしながら、ここへ来て、このスケジュールどおりの
対して、経済戦略研究所シニア・フェローのピーター・
交渉に疑問が投げかけられている。全米製造業者協
モーリッチ氏は、「経済混乱は今後6ヵ月以内には沈
会(National Association of Manufacturers: NAM)のフ
静化するので、これが FTAA 交渉に影響を及ぼすこと
ランク・バルゴ国際経済担当理事は、「貿易促進権限
はない」と楽観的な見方をしている。
(TPA)がペンディングのままでは、市場アクセス交渉
(ニューヨーク・センター)
に遅れが生じる可能性が高い。ブラジルは5月14日ま
でに TPA が決着していない場合は、市場アクセスの実
質的交渉に入らないと明言している」として、現在の事
◇ TPA 付与で弾みつく中南米との FTA 交渉
態を非常に懸念している。これに加え、ブラジルは、昨
―早期実現の可能性が高いチリとの FTA―
年12月に下院を通過した TPA 法案に対しては、最も
(2002 年 8 月 15 日)
関心の高い農産物の関税引き下げが、実質的に TPA
貿易促進権限(TPA)法案の成立により、米国の自
の対象から外されているとして反発しており、現在の案
由貿易協定(FTA)交渉が加速するとみられる。ブッシ
で法案が可決されたとしても、すんなりと交渉に入るか
ュ大統領、ゼーリック通商代表部(USTR)代表ともに、
どうかは不透明な状況となっている。
FTA を推進すると発言している。
FTAA 交渉を巡るこのような状況に対して、現在最終
中南米との関係では、米国は現在、チリと FTA を交
106
渉中、中米 5 カ国と FTA 交渉の開始を模索中だ。前
に交渉を終えることを期待する旨表明したが、米国側
者は早期妥結の可能性が高く、後者はサービス部門
はその時点では TPA 法案の行方が未確定だったこと
の自由化を組み込めるかがカギを握っている。TPA と
もあり、交渉終了の時期には言及しなかった。同会議
ともに成立したアンデス特恵貿易法の延長、拡大は対
では、紛争解決、環境、労働、投資といった両国間で
象国から歓迎されている。
センシティブとされているテーマについては進展がな
かった模様だ。一方、衛生植物検疫措置(SPS)につ
ブッシュ大統領は 8 月 6 日、TPA 付与法案に署名し
いては個別協議を継続すると両国政府関係者が発言
た。その際に、大統領は「TPA は諸外国の貿易障壁を
した。
取り除く重要なツールとなる。われわれはチリやシンガ
今後の具体的な交渉スケジュールについてチリ外務
ポール、モロッコとの FTA の締結を早急に進め、さらに
省筋は、9 月 26 日∼10 月 2 日に米国アトランタで、11
米州自由貿易地域(FTAA)交渉を推進し、中米 5 カ
月 4∼8 日にチリのサンティアゴで、12 月 2∼6日に米
国との FTA も進める」と発言した。
国内で交渉を行うことを明らかにしている。
また、ゼーリック代表も 8 月 1 日の TPA 法案の上院
での可決を受けて、ステートメントを発表し、その中で
<11 月頃の交渉開始が見込まれる中米との FTA>
中南米諸国などとの通商課題について次の 4 点を指
ブッシュ大統領は 2002 年 1 月の世界問題評議会
摘した。
(World Affairs Council)での講演で、中米 5 カ国(コス
(1) 米国は、チリおよびシンガポールとの FTA 交渉
タリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニ
を速やかにまとめる。
カラグア)との FTA 締結に向けて作業を開始すると発
(2) アンデス特恵貿易法(ATPA)を延長、拡大する。
表した。
(3) 中米 5 カ国との FTA 交渉を開始する。
その後、インフォーマルな会合が重ねられている模
(4) FTAA 交渉を WTO 新ラウンド交渉のスケジュー
様だが、2002 年 6 月にコスタリカのアルベルト・トレホス
ルに合わせて強力に進める。
貿易相は 2002 年 11 月または 12 月に FTA 交渉を開
世界にはすでに 140 前後の FTA(注1)が存在する
始し、2003 年中に締結するとの見通しを示した。
が、米国はこれまでに 3 つしか FTA を締結していない。
トレホス貿易相は、米国との FTA 交渉で争点となりう
このため、米国政府は FTA に関しては他国に遅れをと
る通信、保険、電力などサービス部門を交渉議題から
っているとの認識だ。米国が現在取り組んでいる FTA
除くことを示唆している。これは、コスタリカの議会が通
交渉の中ではチリとの FTA が最も早く実現する可能性
信、保険、電力の民営化(現在は国家独占)を認める
が高く、ブッシュ政権は同 FTA を他国、特に中南米諸
とは思えないからだ。
国との FTA 交渉の弾みにしたいと考えている。
他方、企業関係者からは、サービス分野の交渉保留
は明らかに米国の政策と相反すると指摘されている。
<チリとの FTA では 17 の交渉分野を設定>
その理由は、次の 2 点だ。
米国は、チリとの FTA 交渉を 2000 年 12 月に開始し、
①中米 5 カ国のサービス部門の開放は、米国産業
2002 年 4 月 9∼12 日に 11 回目の交渉を行った。交渉
界にとって(これらの国に進出する)大きなインセンティ
の対象は、工業製品貿易、農産物貿易、原産地規則
ブとなる。
および税関手続き、セーフガード、アンチダンピング・
②中米 5 カ国との FTA 交渉に限って、特定の分野
相殺関税・補助金など 17 分野である。
を除外することは、米州自由貿易地域(FTAA)交渉に
関税撤廃スケジュールでは、センシティブ品目を除
悪影響を及ぼす。また、他国との FTA 交渉にも影響を
き、協定発効時即時撤廃品目、協定発効後 4 年間で
及ぼしかねない。
撤廃する品目、8 年間で撤廃する品目の 3 つのカテゴ
また、別の民間筋も、交渉開始時点でサービス部門
リーが設けられる見通しだ。農産物に関して、米国は
を交渉の対象外とすることは、米国にとって受け入れ
小麦、鶏肉、牛肉、乳製品、砂糖(注2)、チリは果物、
難いとしている。特に通信は、米国の産業界にとって
野菜などの関税撤廃を要求している。また、米国はチ
最も関心の高い部門であり、中米諸国が通信の自由
リの輸出産品生産のための原料輸入関税払戻制度の
化を FTA 交渉の対象外にすると主張すれば、交渉そ
廃止を要求している。
のものが開始できないであろうとの見方を示している。
6 月 13 日に両国 FTA 交渉団団長会議が開催され
たが、大きな進展はなかった模様だ。チリ側は本年中
<中米 5 カ国との 2003 年中の締結に意欲的な米国>
107
米国を含めて、それぞれの国にセンシティブな案件
易交渉委員会:TNC)において、関税撤廃スケジュー
が存在するため、包括的な FTA の締結には至らない
ルや交渉の進め方について合意に至った。しかし、ブ
可能性もあるとトレホス貿易相は発言している。また、
ラジルなど中南米諸国は、農産物や鉄鋼などセンシテ
コスタリカの特別貿易アドバイザーのゴンサレス氏は、
ィブ品目に関する米国の保護主義的な姿勢に懸念を
いずれの国にとっても農業はセンシティブ分野である
示している。
ため、WTO 新ラウンド農業交渉の進展を踏まえつつ、
交渉を進めることが望ましいと発言している。
<TNC会合での合意事項およびその背景>
農業以外のセンシティブ分野としては、繊維、労働
米州自由貿易地域(FTAA)交渉の次官級協議が 9
と環境、政府調達、著作権、SPS などが考えられる。
月 2 日の週に、ドミニカ共和国サントドミンゴで開催さ
米国は、中米 5 カ国との FTA を 2003 年中に締結
れた。ブッシュ政権が貿易促進権限(TPA)獲得後、初
することに意欲を示している。これは、同 FTA が FTAA
めての TNC となる。米通商代表部(USTR)のピータ
交渉における米国の立場を強化するからだ。
ー・アルガイアー次席代表などの発言によれば、主な
FTAA の交渉期限は 2005 年 1 月だが、中米 5 カ国
合意事項は概ね以下のとおりとなっている。
との FTA 締結に失敗、もしくは遅れることになれば、そ
① 関税交渉スタート時の基本税率は、最恵国待遇
の先にある FTAA の締結にも影響する可能性がある。
原則を基本とする実効税率を基本とする。
②関税撤廃スケジュールは、4 段階(FTAA 発効時、
<ATPA の延長、拡大をアンデス 4 カ国は歓迎>
5年以内、8∼10 年以内、最終時)とすることで合意。
8 月 6 日に成立した TPA 法案は、さまざまな通商関
最終撤廃時期は未定(北米自由貿易協定(NAFTA)
連法案を含む包括通商法案となっており、これにより
の場合は 15 年)。
ATPA も改正、延長された。ATPA は、麻薬対策の一
③ 交渉の進め方(モダリティ)として、カリブ共同体
環として、ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルーの
などの小経済圏に対しては、特定の産品(農産品が焦
アンデス 4 カ国からの輸入において、センシティブ品
点)を例外扱いにすることで合意。
目を除く約 6,300 品目の関税を免除するものである。
④ 米国とブラジルが FTAA 交渉の共同議長を務め
今回の改正で、ATPA は 2006 年まで延長されるとと
ることについての協議は、10 月にブラジル大統領選挙
もに、新たに繊維、アパレルが非課税品目に盛り込ま
が控えていることからペンディング。
れ、米国の繊維製品の全輸入量に占める域内産布地
関税交渉スタート時の基本税率を実効ベースとする
によるアパレル製品の上限シェアを 2002 年の 2%から
ことは、米国にとって大きな意味を持つ。一般特恵関
2006 年には 5%まで拡大することが認められた。
税およびアンデス特恵関税(最恵国待遇原則の例外)
今回の ATPA の拡大、延長について、アンデス 4 カ
の対象国以外の諸国や、対象国であっても、品目によ
国の政府はいずれも歓迎の意向を示している。ロイタ
っては対象外となる国(ブラジルの砂糖やかんきつ類
ー通信によると、ペルーのトレド大統領は、「ブッシュ
など)に対して、直ちに税率をゼロとするスケジュール
大統領に特に感謝する。ATPA によってペルーでは数
をセットする必要がなくなるからである(特に、特恵関
百万人の雇用が創出される」と発言している。
税には繊維製品など米国にとってセンシティブな品目
(注1)2002 年 6 月末までに WTO および前身のガット
が含まれている)。また、米国は現在適用している一般
に通報された FTA(関税同盟を含む)の数は、重複
特恵およびアンデス特恵関税について、関税撤廃ス
部分を除くと 143 件である。
ケジュールの最終段階まで維持したいと考えている模
(注2)チリは小麦、小麦粉、食用油、砂糖の国内価格
様である。
支持のために価格バンド制を用いて、従量税を課し
他方、ブラジルは、カリブの小経済圏に対して彼ら
ている。米国は同制度の廃止も求めているとみられ
の主要な輸出産品については早期の関税削減を実施
る。
することに同意はするが、原則、関税削減率および関
(ニューヨーク・センター)
税削減スケジュールの横並びを主張していたようであ
る。
アルガイアー次席代表によると、市場アクセス交渉
◇ FTAA 交渉が活発化
で各国は、貿易相手国の経済レベル、経済開発の状
(2002 年 10 月 2 日)
況(カリブ諸国等)によってそれぞれ違った市場アクセ
米州自由貿易地域(FTAA)交渉の次官級協議(貿
スをオファーすることを許容するかどうか議論している
108
状況であり、米国はより柔軟な方法を支持するとした。
⑤政府調達問題については、国のみらならず地方
また、同次席代表は、国によって違った関税撤廃スケ
の調達も議論することになった模様だが、本件は
ジュールを認めた場合でも、各国は関税撤廃(関税ゼ
FTAA 諸国にとって非常にセンシティブな問題である。
ロ)の措置を受け入れるとの見通しを示している。これ
特にブラジルは、地方政府における調達まで中央政
に対し、ブラジルは関税の撤廃については難色を示し、
府と同様、外国の企業を国内企業と同等に取り扱うこ
引き下げにとどめたいとしている模様だ。
とに難色を示している。米国は WTO 協定に基づくもの
今年 5 月にパナマで開催された TNC が FTAA 創
をオファーすると思われる。
設に向けた本格交渉のスタートであったが、カリブ共
⑥FTAA 交渉で共同議長を務める米国とブラジルに
同体が農産品、鉱工業品に関し、関税交渉スタート時
よる議事運営方法などに関する協議(11 月 2 日協議開
の関税率を実効税率とすることに難色を示し、本件に
始)については、10 月のブラジル大統領選挙によりペ
ついては先送りされていた。
ンディング。
<交渉の主要イシュー>
<センシティブ品目に係る米国スタンス>
9 月の TNC 会合を経て、今後、問題となる事項が明
米国は農産品の関税引き下げは市場アクセス交渉
らかになってきた。具体的には、
で行いつつ、農業補助金問題(FTAA の農業交渉グ
①具体的にどの品目を、4 段階のどの関税撤廃グ
ループが担当)については、WTO 交渉で取り扱うとい
ループに落とし込んで交渉を行うかという点。今後、各
うスタンスが明らかになった。これは、関税は最終的に
国は市場アクセスのオファーおよびリクエストの交換を
大幅に引き下げるが、補助金は残すというスタンスとも
行うが、これには関税削減のためのスケジュールも含
考えられる。欧州および日本の農業分野は米国以上
め、農業分野の適用除外、鉱工業品、輸入クオータの
にセンシティブな問題 であり、農業補助金問題は交
取り扱い、サービス分野のコミット、投資と政府調達な
渉の難航が予想される。WTO での交渉結果が FTAA
ど、広範にわたるものになり、交渉の難航が予想され
に適用されると考えれば、FTAA での農業補助金につ
る。
いては、WTO での決着のラインから譲歩しない可能
②農業分野の取り扱いにおいて、米国は市場アク
性もある。鉄鋼については、米国は OECD の事務レベ
セス交渉(関税/非関税障壁削減、原産地証明等)に
ル協議に対し、鉄鋼補助金を世界的に削減する計画
軸足を置いて、各国と交渉したい意向である。中南米
案 を提出しているが、米国の利益を優先した内容(中
諸国が強く要求する米国の農業補助金の削減につい
南米諸国にとっては不利な内容)となっている。
ては、WTO 交渉の場で議論されるべきとの立場であり、
米国が、センシティブ分野である農業、鉄鋼に関し
FTAA 交渉の農業交渉グループ(農業補助金、検疫ル
ては、FTAA 交渉以外の場で着々とことを進めつつ、
ールの策定等)で議論の進展は見込めない可能性が
それを FTAA 交渉に持ち込んでくることは容易に予想
ある。これは、WTO 交渉における農産品への補助金
される(TPA 法成立によりファストトラック権限は獲得し
削減を含め、ヨーロッパ、日本との交渉が重要との認
たが、議会との関係で協定締結の 90 日前に議会の助
識からと思われる。また、米国はチリやアンデス諸国で
言を得る必要があり、このやり方は、議会への説明、説
実施している価格バンド制の撤廃を強く求めると思わ
得にも資すると思われる)。
れる。
また、アルガイアー次席代表は、「FTAA 諸国は例
③米国は TPA 法成立により、一括交渉(ファストトラ
外品目をアプリオリには認めないと決定しているが、最
ック)権を得たが、議会との調整が必要である。特に農
終的に例外品目を認めないというものではない。我々
産品(オレンジジュース、特定の果物、野菜、砂糖な
は交渉がどのようなことをもたらすかに留意して、交渉
ど)の関税交渉において、議会に対して FTAA はどの
相手国の要求を注視しなければならない」と発言して
ようなメリットがあるのか説明、説得する必要が生じてく
おり、農業分野のみならず、鉄鋼や繊維といった米国
る。
にとって非常にセンシティブな品目についても、今後
④貿易問題による自国内産業への被害に係る救済
の交渉によっては例外となる可能性を否定していな
措置について、何らかの特別ルールを規定すべきか
い。
否か、米国と FTAA 諸国で合意に至っていない。米国
は FTAA での特別ルールを規定することに反対してお
<ブラジル国内に、FTAA に反対する動き>
り、WTO ルールに従い、議論すべきとしている。
ブラジルのサンパウロ州工業連盟 (Fiesp)は 7 月
109
27 日、FTAA 締結に反対するレポートを発表した。こ
れによると、ブラジルが FTAA 交渉を継続し、関税をゼ
ロまで下げた場合、FTAA 諸国との貿易赤字は 10 億ド
◇ 成功の鍵を握るのはブラジル
ルと試算している。他方、米国は FTAA 諸国から総じ
―ブラジル大統領選挙後に FTAA 交渉が本格化―
て利益があり、FTAA 諸国からの輸入額 26 億 5,000 万
(2002 年 10 月 18 日)
ドルを上回る輸出があるとする。ブラジル経済界のリー
ワシントンの有力シンクタンク戦略国際問題研究所
ダーらは、米国製品が関税ゼロで輸入されることに対
(CSIS)は、10 月7日、「今後の FTAA 交渉の見通し」と
して、ブラジル製品はまだまだ競争力がないとして政
題するセミナーを開催した。通商関係者、ビジネス関
府の対応を批判している。
係者の間では、10 月 27 日のブラジル大統領選挙決戦
投票後にエクアドルにて開催される FTAA 貿易交渉委
<ブラジル大統領選挙を注視>
員会(TNC)が迫っていることから、その交渉の行方に
南米最大の経済規模を有するブラジルでは、10 月
注目が集まっている。パネリストの主な発言および
6 日に大統領選挙が行われる。現状では左派労働者
CSIS 専門家の見解は以下のとおり。
党のルーラ名誉党首の優勢が伝えられている。24 日
のブラジル世論統計協会(IBOPE)の最新の調査結果
<ブラジルの協力に期待>
によるとルーラ名誉党首への支持率が 41%でトップを
○ピーター・アルガイアー米国通商代表部(USTR)次
維持し、与党・社会民主党のセーハ前保健相の 18%
席代表
と差を広げている。左派候補の優勢に、ブラジル通貨
ブッシュ大統領は、先般獲得した貿易促進権限
レアルは 9 月 30 日に 1 ドル=3.89 レアルと過去最安値
(TPA)を西半球における通商交渉を進めるために“迅
を記録した。
速に、精力的に、確実に”活用していく意向だ。大統
ルーラ名誉党首は、そもそもブラジル経済のグロー
領 は TPA 活 用 に 際 し 、 議 会 の 監 視 グ ル ー プ
バル化には否定的な見解を示しており、同氏が大統
(Congressional Oversight Group)と緊密に協議し、議
領選挙に勝利すれば、FTAA 交渉に大きな影響があ
会の全面的なサポートを得たいとしている。 FTAA 交
ることは否めない。時事通信によると、ブラジルのエス
渉の中で障害になるであろうと予想されるのは、アンデ
タデ通信とのインタビューにおいて、同党首は FTAA
ス地域の“政治流動性(political fluidity)”、メルコスー
について「米国ではなくブラジルの利益を主張してい
ルの金融問題等である。しかしながら、34 カ国すべて
く」と述べ、米国主導の FTAA 交渉に反発している。選
が交渉に参加し、交渉はスケジュールどおりに進めら
挙結果が今後の FTAA 交渉に与える影響が大きいこ
れる。
とから、その結果が注目される。
国の発展のためには、チリ、メキシコ、コスタリカのよ
うな貿易自由化が必要だ。FTAA は西半球の繁栄の
<今後の見通し>
ために欠かせない要素である。しかしながら、FTAA は、
ブラジル大統領選挙が終了後、11 月初めにエクア
誤った経済政策を進める国を救済するものではない。
ドル・キトで第 7 回 FTAA 貿易相会合が開催される。ま
市場アクセス、サービス、投資、政府調達分野交渉は、
た、これに先立つ 10 月末に TNC が開催される。ブラ
既に5月15日から始まっているが、詳細に関する交渉
ジル大統領選直後の会合でありブラジルの出方等が
は、12月15日から翌年2月15日にかけて行われるだ
注目される。
ろう。市場アクセス交渉は、国の発展度によってその
FTAA 交渉はブッシュ政権が TPA 法案を成立させ
速度が異なると思われる。交渉をとりまとめるためには、
たことから活発化してきている。American Society and
開発途上国に対し米州機構(OAS)、米州開発銀行
Council of the Americas のパーシェル副会長は、
(IDB)などを通じたキャパシティー・ビルディング、技術
FTAA の 2005 年 12 月交渉完了とのスケジュールは実
提供が必要だ。開発途上国には時間的な猶予を与え
現が難しいとの認識を示した。その理由として、農業分
るが、最終的には34カ国すべて同一に扱う。特別扱
野の交渉が難航すること、ブッシュ政権の鉄鋼セーフ
いはしない。
ガード発動等により、ブラジルが米国の保護主義的な
米国とブラジルが共同議長を務めることになる今度
動きに非常にセンシティブになっていること、などを挙
の TNC では、FTAA 協定の第2草案について議論さ
げている。
れ、第2草案は一般にも公開される予定。ブラジルと共
(ニューヨーク・センター)
同議長を務め、FTAA 交渉を成功に導くことを楽しみ
110
にしている。両国は WTO ドーハ・ラウンドを通して、将
来的な農業分野等での共通利益を相互に認識してい
<米国−チリ FTA 成功が FTAA 交渉に弾み>
る。米国とブラジルは、FTAA 交渉成功のための牽引
○カル・ドゥーリー下院議員(民主党、カリフォルニア)
役に指名(lock)されている。
米国と南米諸国との貿易は、米国企業に利益をも
たらすだけでなく、貿易相手国にも経済発展をもたら
<大統領選挙は FTAA 交渉に影響与えず>
す。さらに、米国との貿易は、貿易相手国の労働条件
○ルーベン・バルボサ駐米ブラジル大使
の改善、人権擁護、個人の自由の保証を助長する。
FTAA 交渉のこれまでのすばらしい進展を評価する。
現在議会は、自由貿易を促進するための政治環境を
ブラジルは、特に過去 8 年間にわたり自由貿易に注力
整えることに尽力している。その第一歩が大統領への
してきた。多くのブラジル製品が、米国市場へのアクセ
TPA 付与だった。次のステップは、米国−チリ自由貿
スを制限されているにも関わらず、米国はブラジルにと
易協定(FTA)締結だ。TPA 付与後の米国−チリ FTA
って、約25%の割合を占める最大の貿易相手国だ。
交渉に際してもブッシュ政権が議会との緊密な協議を
今後の FTAA 交渉で、現在問題とされている製品の市
継続するよう望む。
場アクセスがどれだけ改善されるか注視している。
米国内の自由貿易反対派は、労働及び環境に関
ブラジルは、依然として米国と通商協定を結んでい
する懸念を抱いている。現在チリとの間では、ヨルダン
ない。メキシコは、北米自由貿易協定(NAFTA)に加
との FTA に准ずる労働及び環境に関する規定を採用
盟しているし、チリも米国との自由貿易協定(FTA)締
できるかが議論されている。併せて、経済制裁を盛り
結は時間の問題とされている。しかしながら、ブラジル
込むことも議論されている。米国−チリ FTA 締結が
は、農業政策、アンチ・ダンピング制度についての議
FTAA 交渉進展に貢献するよう期待している。
論をせずに米国との(FTAA を含む)通商協定を焦っ
先般、議会を通過した新農業法案については、自
て締結することはない。最近の米国の動向では、新農
由貿易政策に反するもので容認できない。しかしなが
業法(農家への補助金)、鉄鋼セーフガード、TPA の
ら、WTO 交渉で提案した、農業分野での輸出補助金
運用などがブラジルとの貿易に与える影響に着目して
廃止、関税の引き下げなどの積極的な改正案は評価
いる。
できる。
ブラジルの大統領選挙でどの候補者が当選しよう
バルボサ大使が述べたように、中南米の開発途上
が、通商問題が最重要課題の一つであることに変わり
国の貿易自由化は、慎重に時間をかけて行われるべ
はない。決戦投票を行うルーラ候補、セーハ候補のい
きである。そのためにも米国はそれらの国々に対し、
ずれも FTAA 交渉を継続するだろう。 対ブラジル投
米国との貿易のメリットを明確に示していく必要があ
資の落ち込みを補うためにも貿易の増加が望まれるこ
る。
とから、両候補ともカルドゾ大統領の通商政策を継承
現在の米国の関税政策は、非常に理不尽である。
するだろう。両候補とも、通商交渉を担当する新しい機
例えば、米国はフランスから徴収している関税よりも、
関の設置を約束している。ルーラ候補は、USTR のよう
バングラデシュから徴収している関税の方が多い。つ
な機関を設立したいとするのに対し、セーハ候補は、
まり、米国は、工業依存製品より労働依存製品に高額
通商交渉を担当する新たな省庁を設立したいとしてい
な関税を課している。
る。
ブラジルの大統領選挙については、いかなる選挙
(米国の TPA により一層厳しい要求が予想される)
結果であっても、新大統領が自由貿易の利益を正しく
労働・環境問題に対するブラジル政権の姿勢は政権
判断するものだと楽観視している。
交代後も変わらない。通商協定の中で、労働・環境規
定に言及することに何ら問題はない。しかしながら、米
<米国とブラジルの交渉が FTAA の行方を左右>
国が労働・環境規定と貿易制裁が結びつくような事項
同セミナーではパネリストが一様に、ブラジルの大
を盛り込む場合は、ブラジルにとって協定締結は難し
統領選挙の結果は FTAA 交渉に大きな影響を与えな
い 。 そ の 他 、 一 般 特 恵 関 税 制 度 ( General System
いとの見方を示した。バルボサ大使は、ブラジルの新
oFTAriff Preference / GSP)は、十分に議論すらされて
政権誕生後も同国は積極的に FTAA 交渉に参加する
おらず、米国の一方的な措置(concession)に過ぎない。
ことを明言する一方で、米国の農業、鉄鋼問題への対
ブラジル国内で、最も活用している企業は、米国企業
応を牽制した。同大使が、米国が独自に想定する交
である。
渉のタイムテーブルを批判すると、アルガイアー次席
111
代表が、「交渉のタイムテーブルはブラジルが握って
途上国が FTAA を締結することで最大限のメリットを享
いる」と、あたかもブラジル側の妥協の必要性を暗に強
受できるよう、包括的な貿易キャパシティ・ビルディング
調するかのような回答をするなど、米国側、ブラジル側
(協定履行能力構築)を促す「西半球協力プログラム
双方から今後の交渉の難しさを予想させる発言が目
(HCP)」を貿易大臣会合に提案し、承認された。ゼー
立った。
リック USTR 代表は、FTAA 域内における同プログラム
今後の交渉の行方について、シドニー・ワイントラウ
の 2003 年度予算を 37%増額し、1 億 4,000 万ドルと
ブ CSIS 上級研究員(南米政治・経済)は、以下のよう
するよう努めると表明した。
に分析する。「FTAA 交渉の成否は、今後の米国とブ
② 市場アクセス交渉の促進
ラジルの交渉にかかっている。11月1日から両国が共
サービス、投資、農業、政府調達、非農業分野への
同議長を務めることに注目している。ブラジルは従来
市場アクセス交渉における関税引き下げのためのオフ
どおり FTAA 交渉を進めると思われる。新ブラジル大
ァー交換の具体的スケジュールを確認。
統領の最有力候補であるルーラ氏は、選挙戦前半こ
○第1次オファー:2002 年 12 月 15 日∼2003 年 2 月
そ反 FTAA を唱えてきたが、最近では若干トーンダウ
15 日
ンしている。ブラジルにとって一番大切なのは、FTAA
○第1次オファーの修正期限:2003 年 7 月 15 日
に反対することではなく、結果として FTAA をいかに自
交渉のスタート税率については、税率の高い WTO
国に有利にするかということだ。ブラジルには、FTAA
協定税率とはせず、基本的には現在の実行税率とす
に参加しないという選択肢はない。ブラジルが FTAA
ることで合意。
から取り残され、南米で経済的に孤立することの方が
③ ブラジルとの共同議長
よっぽどリスクが高く、ブラジルの将来に影を落とすこと
2005 年 1 月の交渉終結までの期間、米国はブラジ
になる。米国は、FTAA 成功への大事なステップにな
ルと FTAA 交渉の共同議長となる。次回の貿易大臣会
るチリとの FTA 交渉、そして FTAA 交渉そのものにも
合は 2003 年後半にマイアミで開催、2004 年はブラジ
全力を注ぐであろう。それと同時に、将来的に米国の
ルで開催することで合意した。また、各国貿易担当次
輸出にとって不利になる可能性があると見られるアジ
官級会合(TNC:Trade Negotiations Committee)を
ア地域内での多国間自由貿易協定に向けた動向にも
2003 年に3回、トリニダード・トバコ、エルサルバドル、
細心の注意を払うであろう」。
メキシコで開催することで合意。
(ニューヨーク・センター)
④ 各交渉グループおよび委員会の議長の選出
各交渉グループおよび委員会の新たな議長国任
命で各国の合意を取り付け(議長および副議長のリス
◇ FTAA 交渉の行方
トはキトー閣僚宣言の付属書 II として添付されてい
―キトーでの貿易大臣会合を終えて―
る)。
(2002 年 11 月 8 日)
⑤ FTAA のドラフトテキスト第 2 版の公表。
エクアドル・キトーで 11 月 1 日に開催された FTAA
FTAA のドラフトテキスト第 2 版を公表することで合
貿易大臣会合に、北米、中米,南米、カリブ諸国の 34
意。
ヵ国の貿易担当大臣が出席。2005 年1月を交渉期限
⑥ ビジネス・フォーラムとの意見交換
とする米州自由貿易地域(FTAA)の交渉を本格化さ
貿易大臣は、10 月 31 日に米国ビジネス・フォーラム
せることを盛り込んだコミュニケを採択。同会合の結果
の代表者と会談し、交渉分野の全てをカバーする提案
を踏まえて、今後の FTAA の行方を探ってみた。
を受理。
⑦ 市民団体との意見交換
<キャパシティ・ビルディングを促すプログラムを採用
貿易大臣は、環境団体、労働組合の代表と会談し、
>
提案書を受理。USTR は米国の貿易協定にかかる環
米通商代表部(USTR)は同会合の成果について、会
境アセスに関する会合に出席。
合前の 10 月 30 日に公表した目標に沿って、以下の7
点を発表した。
<本格的交渉に向けたステップ>
① 西 半 球 協 力 プ ロ グ ラ ム ( HCP: Hemispheric
今回の貿易大臣会合では、2005 年の FTAA 創設を
Cooperation Program)の採用
目指して交渉を活発化させることなどを盛り込んだコミ
米国は、FTAA 域内の小経済圏・小国および発展
ュニケを採択して閉幕した。今回の会合では、市場ア
112
クセス交渉に係るスケジュールを確定したことで、より
題は米国の農業保護主義政策であり、われわれはとも
本格的な交渉に向けたステップとなったと言える。その
にこれを解決する必要がある」と発言している。また、
ほか、米国が提案したキャパシティ・ビルディングに係
アルゼンチンの外務大臣は、「全てを交渉テーブルに
るプログラム(HCP)を貿易大臣会合で採択したことで、
載せる必要がある。米州大陸の全ての国にとって有効
域内の小経済圏や開発途上国の交渉参加能力が向
な FTA を締結するためには、われわれは 2 つのグル
上するものと思われる。米国とブラジルが共同議長に
ープに分かれて交渉することはできない」と発言し、米
選出されたが、両国の FTAA の主導権を巡る思惑も相
国の農業分野交渉は WTO での交渉の進展を見つつ
まって、今後の両国の対応が注目される。
行うという姿勢を批判している。今回の貿易大臣会合
しかし、成果の裏には問題点もある。市場アクセス
のコミュニケでは、農業分野のセンシティブ案件につ
交渉のスケジュールおよび交渉スタート時のオファー
いて、「西半球の農産品貿易に影響を与える輸出補
税率の問題については、既に8月中旬に開催された
助金を撤廃し、農業輸出補助金と同等な貿易歪曲的
TNC で、基本的には現在適用している最恵国待遇の
な効果をもたらす全ての措置の取り扱いに係る規則を
実行税率を、交渉の基本税率とすることで合意してい
設置し、市場アクセス交渉において実質的な進展を実
る。問題は、交渉参加国に対し、それぞれ異なる自由
現することを断言する」と明記するとともに、WTO と
化オファーを提出させることで差別的取り扱いを許容
FTAA 交渉との関係については、「我々は、FTAA およ
するか、もしくは、交渉参加国で共通のオファーを提
び WTO 双方の農業分野交渉で、結果を出さなけれ
出させることで無差別取り扱いを貫くかという点である。
ばならないと認識している。このため、FTAA 域外諸国
前者は米国が支持し、後者はブラジルが支持してい
の農産品にかかる貿易歪曲的措置を考慮しなければ
る。
ならない」と明記している。農産品問題では米国以上
発表されたコミュニケを見る限り、貿易大臣会合で
にセンシティブとなる EU、日本の対応を WTO 交渉で
は引き続き TNC で議論を続けるよう明記している一方、
見つつ、FTAA 交渉を行うとする米国のスタンスが垣
開発レベルおよび経済圏の大小のレベルを考慮する
間見られるコミュニケとなった。
旨も明記されている。USTR が公表したファクトシートに
は、関税交渉は現在使用している実行税率を適用す
<ブラジルは FTAA 交渉を遅らせる戦略か?>
る旨明記されているが、域内の開発途上国や小経済
ブラジルでは 10 月下旬、左派労働者党総裁のル
圏の取り扱いについては明記されていない。
ーラ氏が次期大統領として選出された。同氏の言動に
次に、米国が提案した HCP は、域内諸国もしくは小
はこれまで FTAA に関して反対するものが目立った。
経 済 圏 の 、 ①FTAA 交 渉 の 準 備 に 関 す る こ と 、
特に、「FTAA は、ブラジルを米国の属領にするに等し
②FTAA で約束した事項を実施する能力向上に関す
い」と公然と発言し、米有力紙でも紹介された。来年1
ること、③経済統合に係る調整に関することについて、
月には新大統領に就任するため、FTAA 交渉は難航
米国が支援を行うという内容である。ここで問題となる
することが予想される。こうした中、ゼーリック USTR 代
のは、カリブ諸国にとってアクションプラン作成には人
表は、「仮に中南米諸国、特にブラジルが FTAA 交渉
的資源の配分に限界や不透明なところがあること、他
を前に進めることを好まないのであれば、米国は当該
方,米国にとっては国家予算を使って交渉相手国の
地域の半数あまりの諸国との FTA を進める」と発言し
交渉準備を支援すべきではないとする議会関係者の
た。現に、米国とチリとの FTA 交渉は佳境を迎えてお
認識があるということだ。これらをどのように克服するか
り、来年には中米諸国との FTA 交渉がスタートする。こ
注目される。
の発言には、ブラジルが FTAA 交渉の進展を遅らせる
また、来年の貿易大臣会合はマイアミで開催するこ
ことへの警告の意味が含まれているものと思われる。
とが承認され、2004 年はブラジルで開催されることがコ
米国にとってブラジルは南米最大の貿易相手国であり、
ミュニケに明記された。しかし、ブラジル次期大統領は
同国が参加しない FTAA はあり得ない。ルーラ次期大
ルーラ労働者党総裁であり、米国の関係筋が認めて
統領はゼーリック USTR 代表のこの発言に反発してい
いるように、FTAA 交渉に政治的影響を及ぼす可能性
る。しかし、ブラジルにとっても米国という世界最大の
がある。
市場へのアクセスを容易にする FTAA 交渉を断念する
ことはあり得ない。
<米国の農業保護政策への批判>
ブラジルは、綿に係る米国の補助金について WTO
エクアドルの外務大臣は、「我々にとって重要な問
に訴えている(EU の砂糖に係る補助金についても
113
WTO に申し立てを行っている)ほか、鉄鋼製品に対す
交渉とは別に、農業貿易に関する検疫問題関連を話
る米国のセーフガード措置発動に関しては日本と同様、
し合う特別なフレームワークを早急に構築することに合
WTO パネルで争っている。ブラジル政府高官は具体
意したことを明らかにした。特に、米国産の豚肉、鶏肉
的品目は明らかにしていないものの、更に WTO への
などの食肉や乳製品の輸入に係る規制について焦点
申し立て行うことを明らかにしている。こうした動きは、
を当てて早期に解決を図ることとしている。
ブラジルが米国のセンシティブ品目について WTO で
の議論を見極めつつ対処するスタンスの現れとも思わ
<中米の重要性について>
れる。ルーラ次期大統領の FTAA への姿勢は基本的
ゼーリック USTR 代表は、今回の交渉開始の記者会
に不透明だが、ブラジルは、米国が求める早急な
見において、中米との FTA 交渉が米国にとっていか
FTAA 交渉の進展に協力する姿勢は取らないと考えら
に重要であるかについて、以下の5つをあげて説明し
れる。
ている。
① 成長する中米市場
<メルコスールの結束強化へ>
米国は 2001 年において中米5ヶ国に対し 90 億㌦を
ルーラ次期大統領は、11 月中にアルゼンチンを訪
輸出。これは、ロシア、インド及びインドネシアへの米
問することを明らかにしている。同氏は大統領選挙期
国からの輸出総額に匹敵する市場。米国は既に中米
間中からブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグ
からの輸入の 74%について、既に関税を撤廃している。
アイの4ヵ国で構成するメルコスール(南米南部共同市
米国としては、中米へ一方的に特恵を与えるのではな
場)の強化を訴えてきていた。次期大統領がアルゼン
く、中米とのパートナーシップを構築し相互の利益拡
チンを最初に訪問するということは、FTAA 交渉に関し
大を目指すとしている。
てはメルコスールの結束をアピールし、米国を牽制す
② 民主化への支援及び繁栄の促進
る狙いもあると思われる。
中米地域は、平和プロセス、民主化、経済面で過
(ニューヨーク・センター)
去 20 数年間に渡り苦しんできた。今後は、法制定、所
有権の確立、競争及び統治体制の確立を通じて自由
社会の構築を支援する。
◇ 米国−中米との FTA 交渉開始を発表
③ キャパシティ・ビルディング支援
(2003 年 1 月 10 日)
中米との交渉は、中米の開発を促進する機会を与
米通商代表部(USTR)は、1 月 8 日、コスタリカ、エ
える。2003 年の予算案では、4700 万㌦の中米へのキ
ルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス及びニカラグ
ャパシティ・ビルディング支援予算が含まれている。こ
アの中米共同市場(CACM)加盟5ヶ国との FTA 交渉
れは 2002 年に比べ 74%増加している。
を今月 27 日、コスタリカのサン・ホセで開始し、2003 年
④米国企業の中米での活躍の場の拡大
中の合意を目指すことを発表した。
現在、米国製品は、中米との FTA を締結していな
いため、中米との貿易協定を結んでいるメキシコ、カナ
<9 回の交渉ラウンド、5 つの交渉グループを設置>
ダ、チリ、その他いくつかの南米諸国の製品に比べて
中米との FTA 締結を目指すことについて、2002 年
不利益を被っている。FTA 締結により米国企業のビジ
1月にブッシュ大統領が表明してから約 1 年を経て、
ネスチャンスの拡大を図る。
今回の正式交渉開始となった。
⑤ 中米との FTA は、米国の中南米貿易自由化政策
USTR の発表によると、1 月下旬の第一回交渉ラウ
の鍵
ンドを皮切りに、2003 年中に合計 9 回の交渉ラウンド
中米との FTA は FTAA へ繋がる。中米との FTA は、
を行い、5 つの交渉グループを設置して交渉を進める
西半球での自由貿易をリードする米国、メキシコ、カナ
ことを各国の閣僚レベル(産業・貿易担当大臣)で合
ダ及びチリに中米が加わることを意味するものである。
意した。また、5 つの交渉グループと並行的にキャパシ
ティ・ビルディングに関するグループ会合も実施する予
<FTA 交渉での達成目標>
定。5 つの交渉グループは、①市場アクセス、②投資
USTR は、中米との FTA 交渉において次の 7 つの
及びサービス、③政府調達及び知的財産権、④労働
点を交渉の達成目標として示している。
及び環境基準、⑤紛争処理となっている。また、ゼーリ
① モノ及びサービス(電子商取引を含む)の市場ア
ック USTR 代表と 5 ヶ国の産業・貿易担当大臣は、FTA
クセスの自由化
114
② 非関税障壁の撤廃
ブッシュ・フロリダ州知事は 1 月 31 日、米国、カナダ、
③ 科学的な食品検査システムの確立
中南米およびカリブ海諸国から 34 ヵ国の貿易大臣と
④ 知的財産権の保護及び投資者の保護
多くのビジネス関係者が集まるビジネス・サミットを、
⑤ 政府の規制及び政府調達に関する透明性の向
2003 年 11 月にマイアミで開催すると発表した。フロリ
上
ダ州は、「FTAA 事務局設置はマイアミで決まり」という
⑥ 労働者保護及び環境基準の向上
ことを強く印象付けたい考えだ。
⑦ 紛争処理メカニズムの確立
FTAA が実現すれば総人口約 8 億人、経済規模は
これらは、FTAA 交渉における主要課題をカバーし
約 13 兆ドルの世界最大の自由貿易圏が誕生する。こ
ているものであり、米国は、チリとの FTA 締結及び中
れを機能させるため、最低でも 200 人規模の常設事務
米との FTA 締結により、2005 年締結を目指す FTAA
局を組織する必要があるという。また、金融、法律、運
交渉での主要な交渉課題への米国のポジションを確
輸関連の専門機関が集結し、その規模は数百にのぼ
立し、FTAA 交渉に臨むとのスタンスが伺える。また、
ると期待されており、FTAA 事務局所在地はまさに米
NAFTA、チリ及び中米が一体となって貿易問題につ
州自由貿易のハブとなる。
いて幅広い共通認識を醸成していくことが予想され
マイアミは既に 4 年前から FTAA 事務局招致に照
る。
準を絞り運動をしてきた。2001 年には非営利組織
(NPO)であるフロリダ FTAA, Inc を発足させ、招致運
<中南米を巡る FTA の動き>
動に注力。初代議長にキャサリン・ハリス氏(現連邦下
中南米にとって、米国が最大の貿易相手国である
院議員、前フロリダ州務長官)が就任した。同 NPO は、
ことは疑いのないところであるが、米国に次ぐ貿易パ
既に約 160 万ドルの資金を集め、2003 年中に 50 万ド
ートナーは EU である。当然、EU にとっても、中南米市
ル集め、さらに州財政から約 100 万ドルの資金を求め
場は重要となる。EU と中南米との FTA は、2000 年 7
るものと言われている。
月にメキシコとの FTA 協定発効、2002 年 11 月にはチ
リと合意。メルコスールとの FTA 交渉は、昨年 11 月に
<マイアミ先行、追うアトランタ>
第 8 回交渉が実施され、2003 年には閣僚会議開催を
一方、後発ながら FTAA 事務局招致にアトランタも
目指している。米国と EU の中南米市場での主導権争
名乗りを挙げた。メトロアトランタ商工会議所がその中
いも今後激化していくことが予想される。
心的な役割を果たしているが、事務局招致を実現させ
米国は、最終的に 2005 年の FTAA 合意を勝ち取り、
るためには、最低でも 200 万ドルの資金集めが必要で、
西半球全体の自由貿易地域を構築することを目指し
2003 年および 2004 年の 2 年間で、35 万ドルずつを州
ているが、それには、南米の大国、ブラジルの対応が
財政から拠出させるべく働きかけが始まっている。
鍵を握っている。ブラジルは、新大統領のもと、メルコ
さらに不足する 130 万ドルについてはデルタ航空、コ
スールの結束をアピールし、米国主導の FTAA を牽制
カコーラ、ベル・サウス、UPS 等アトランタを本拠とする
している。こうした状況下で、EU とメルコスールとの
大企業からの拠出が期待されている。
FTA 交渉がどこまで進展するのか、ブラジルの対応を
含め米国にとっては気になるところかもしれない。
<自信を見せるマイアミ>
(ニューヨーク・センター)
フロリダ FTAA, Inc は、マイアミへの事務局招致の
成功に強い自信を示している。州知事が FTAA のイニ
シアチブ発揮に力を揮うブッシュ大統領の実弟である
◇ FTAA 事務局招致合戦が過熱
こと、資金面でもライバルに差をつけていることがその
(2003 年 2 月 7 日)
理由である。また、既に 1 万 4,000 平方メートル規模の
2005 年 内 の 締 結 を 目 指 す 米 州 自 由 貿 易 地 域
FTAA 事務局ビル構想も出来上がっている。フロリダ
(FTAA)の事務局設置を巡り、米国南部のマイアミとア
FTAA, Inc の幹部は、「アトランタはパナマ・シティ(フロ
トランタで激しい招致合戦が繰り広げられている。ブッ
リダ州)と同列程度のライバル」とコメントし、マイアミへ
シュ知事のイニシアチブや資金面でマイアミがリードし
の招致実現を確実視した。
ている。
ちなみに、アトランタ、パナマ・シティ以外にヒュース
トン、メキシコ・シティ、パナマ、トリニダード・トバゴが事
<招致に向け早々に準備を開始>
務局招致に強い関心を示している。
115
てこの 1 年は、経済環境が悪化した年だった。米国が
<経済効果に疑問の声も>
ブラジルおよびウルグアイを支援したことは評価できる
FTAA 事務局招致については、その経済効果に疑
が、経済状態が極めて悪い中南米諸国の経済的懸念
問を呈する向きもあり、ブッシュ・フロリダ州知事もその
を払拭するに足る政策は明確にされていない。同諸国
点には確信を持っていないとの見方もある。また、最
の経済を回復させるためには、米国の経済回復が重
大の課題となる資金についても、フロリダ州の財政は
要で、これが第一のステップである。次に、同諸国が
逼迫している。州政府の経済・貿易政策の担い手であ
成功に必要な改革を実施することが必要となる。
るエンタプライズ・フロリダは 8 つの海外事務所を暫時
閉鎖する等、厳しい状況にある。
<ブラジルへの対応をモデルとすべき>
(アトランタ・センター)
ネルソン・カニングマン氏(キッシンジャー・マクラティ・
アソシエート、代表取締役)
一般的に言って、米国の現在の対中南米戦略はあ
◇ 米国の対中南米政策
まり上手くいっていない。2001∼2002 年当初、米国と
(2003 年 3 月 5 日)
ブラジルの関係は悪かった。ブラジルでは多くの人が、
中南米に関する米国のシンクタンクである米州協議
ブッシュ大統領はあまりにもメキシコ寄りと考えており、
会(The council of the Americas)は 2 月 6 日、米国の
クリントン政権へのノスタルジーを持った。テロ事件以
対中南米政策に関するセミナーを実施した。パネラー
降、米国の中南米政策に変化が起き、これを顕著に
の間では、ブッシュ政権の中南米への対応について、
表すものとして、鉄鋼セーフガードが発動され、中南
批判と擁護の両論が繰り広げられた。以下、概要をま
米に大きな影響を与える農業関連法が成立した。
とめた。
他方、唯一評価できる点を挙げると、ブラジルの大
統領選挙期間中、米国はそのプロセスに何ら関与しな
○ 新たな対中南米政策構築の時
かったことである。米国は、誰がブラジル大統領になろ
<米国の経済回復が中南米支援となる>
うが、次期ブラジル大統領とは良好な関係を構築する
ロバート・パスター氏(アメリカン大学国際関係学部、
ことを望み、それを実現した。また、IMF の 2002 年にお
副学長)
けるブラジルへの支援パッケージは非常に効果があっ
我々は、2000 年の米大統領選挙当時、ブッシュ大
た。米国が、金融市場の安定のためにブラジルをサポ
統領の中南米への取り組みに高い期待を持っていた。
ートしたことは非常に評価できる。現在、ルーラ大統領
しかし、2001 年 9 月 11 日のテロ事件以降、メキシコと
は少なくとも市場指向型の政策を推進すると思われ、
の関係は緊迫化し、北米自由貿易協定(NAFTA)の
彼の従来のレトリックをトーンダウンさせてきている。米
成功が台無しとなり、期待を裏切られたと思っている。
国の対ブラジル政策は、米国の中南米政策の一つの
ブッシュ政権のお粗末な中南米への取り組みで唯
モデルとなろう。
一評価できる点は、ゼーリック米国通商代表部
他方、ブラジル国内には不満がくすぶっているが、
(USTR)代表の貿易政策のみだ。彼は貿易促進権限
ルーラ大統領はこれを上手く処理してきている。彼の
(TPA)獲得でブッシュ大統領を助けた。チリとの自由
基本的な支持者である左派は、ブラジルの原子力計
貿易協定(FTA)や中米との FTA イニシアティブは米
画を再開することを望んでいたがこれを抑えた。また、
国の中南米政策の成果として最も注目される出来事
企業の国営化について議論を始めているが、これも抑
だ。しかし、目新しいものは何もない。ブッシュ大統領
えている。一般的に、ルーラ大統領の政策チームは期
はクリントン政権のアンデス・イニシアティブやコロンビ
待が持てると受け止められており、市場に適した政策
ア・プランを基本的に引き継いでいるにすぎないから
を実施することにより、ルーラ政権の経済チームが建
だ。
設的に前進できる可能性がある。
現在のブッシュ政権の中南米政策は、特にベネズエラ
しかし、ブラジルの経済チームが貿易アジェンダを
への対応でわかるように、手探りの状況が続いている。
本当に前進させる意思があるのか疑問で、米国経済と
中南米諸国のリーダーがベネズエラのゼネスト問題で
ブラジル経済の本質から起因する対立を我々は従来
調整を行っているにもかかわらずである。
にも増して予想すべきである。また、ブラジルは、メル
政治的なぎこちなさに加え、米国は中南米地域へ
コスールの結束を主張している。ブラジルはイラクにつ
の経済政策においてもつまずいている。中南米にとっ
いては何ら態度を示さず、これが米国にとって不満の
116
原因となるかもしれない。しかし、米国にとって中南米
米州全体の取り決めの合意はブッシュ政権の成果で
諸国とのトップ同士の関係を維持することは非常に重
もある。メキシコと米国の間では、国境警備に関する協
要であり、これは中南米諸国にとっても重要だ。ブッシ
力の重要性が増している。コロンビアではテロリスト問
ュ大統領は、全ての選挙に中立的立場をとるだろう。
題が進行している。アルゼンチンには援助が必要であ
ブッシュ政権にとって西半球の貿易アジェンダを前進
り、メキシコはうまくいけば成長し続けるだろう。
させるためには賢明な措置だと思う。
中南米には左派へ傾倒しつつある政府もあるが、
私の政策提言としては、ブッシュ大統領はアルゼン
エクアドルのグティエレス大統領、コロンビアのウリベ
チンやチリを訪問すべきだ。訪問は我々が予想する以
大統領、ホンジュラスのマドゥーロ大統領、ニカラグア
上の意味をもたらすからだ。また、ブッシュ大統領は大
のボラーニョス大統領などは非左派政権である。ブラ
統領就任時に「クリントン政権は中南米との関係を構
ジルのルーラ大統領の勝利は、現実主義的な政党の
築する機会を失ってしまった」と批判し、外交政策の基
リーダーが大統領になるというこれまでの通例を覆した。
本事項の一つとして南を向くと言っていた。彼は米州
エクアドルのグティエレス大統領は左派へシフトしてい
の関係を利用し、そしてブラジルをモデルとして他の
ると言われるが、これは伝統的な中南米の左派ではな
中南米諸国へ政策展開すべきである。
い。今後、中南米諸国の政権にとって、自国内の経済
政策の重要性が益々高まってくる。
○ ブッシュ政権の中南米政策は問題なし
<「ワシントン・コンセンサス」の着実な遂行を>
○質疑応答
スーザン・パーチェル氏(米州協議会、副会長)
問:米国にとって、今が新たな中南米政策を打ち出す
米国の中南米政策を云々する前に、中南米諸国が
時か?
「ワシントン・コンセンサス」を実施していないことを批判
答:(カニングマン氏)米国のブラジルへの対応は、他
するべきだ。中南米で最も経済的に成功している 2 ヵ
の中南米諸国への対応のモデルとなり得る。仮に
国はメキシコとチリだが、これは驚くべきことではない。
中南米諸国の駐米大使に 4 年前よりも米国との関
この 2 ヵ国は、「ワシントン・コンセンサス」の処方箋を着
係がよくなっているかと尋ねれば、多分、全ての大
実に実施したのである。
使が「ノー」と答えるだろう。また仮に、4 年前に比
ブッシュ大統領は、クリントン前大統領と同様に中
べ米国は中南米諸国のニーズに応えようとしてい
南米諸国との約束を実行しており、彼が何ら中南米と
るかと問えば、全ての大使が「ノー」と答えるだろ
約束していないとの批判は真実ではない。クリントン政
う。
権は TPA を獲得できなかったがブッシュは獲得した。
(パーチェル氏)米国の新たな対中南米戦略の構築の
オニール前財務長官は、あまり政権内では役に立った
タイミングに関するもっとも大きな論点は、中南米
とは言えないが、中南米諸国と約束は交わした。米国
諸国が米国に何を求めているかということである。
の中南米政策は全般的に上手くいっているが、中南
新たな戦略が必要であると主張することは容易だ
米の経済状況は以前より悪くなっており、経済政策面
が、そのように主張する者にとって最も難しいこと
では上手くいっているとは言えない。
は、中南米諸国が米国にどのような戦略を求めて
いるのかを説明することである。米国の戦略の一
<中南米諸国では自国の経済政策の重要性が高ま
つとして、中南米諸国のリーダーとの個人的な関
る>
係を構築することが含まれるであろうが、さしあたり
ミッシェル・ザリン氏(国務省、政策立案スタッフ)
中南米諸国が望むのは、米国の経済回復であろ
ブラジルについては、米国はルーラ大統領と建設
う。
的かつ協力的な関係を続けることを模索している。中
(パスター氏)中南米諸国は経済危機に陥っており、こ
南米との貿易については、ブッシュ政権は TPA を獲得
れは、米国のバブル崩壊によるものだけとは説明
し、チリとの FTA 合意、アンデス特恵関税の拡大、中
できない。米国経済の回復には、現政権が取り組
米との FTA イニシアティブ、更には米国の中南米に対
んでいない財政再建への努力が必要だ。この時
する最も重要な政策として米州自由貿易地域(FTAA)
期に戦争を始め、さらに減税を行うブッシュ政権は
を推進している。
信じられない。その他に、ブッシュ政権の政策への
ブッシュ政権は、米州機構(OAS)の再活性化と機
批判としては、TPA は獲得したが超党派的なサポ
能強化を望んでおり、汚職および安全保障に関する
ートがなく、これは保護貿易主義者との妥協の上
117
に成立したものだ。ブッシュ政権は、中南米諸国
了しており、年内合意に向けて着実に進展している。
がブッシュ大統領の就任を快く思っていないという
こうした状況下、ジェトロ・ニューヨークは、米国と中南
事実に注意を払うべきだ。また、NAFTA を含めた
米との FTA に関する現状と見通し等について、米国
新たな戦略のカギは、カナダと米国の関係に比べ
内の有識者にインタビューした。
て、メキシコと米国の関係が窮屈になってきている
ことである。NAFTA は当初は成功だったが、入国
○ シドニー・ワイントラウブ(Sidney Weintraub)国際戦
管理問題では失敗した。
略問題研究所(CSIS)米州プログラム、ディレクター
問:中南米は貿易を促進したいのか?米国と中南米
問:2005 年末までの FTAA 協定発効の可能性は。
間の自由貿易は本当に機能するのか?
答:2005 年の協定発効期限までに発効するのは、多
答:(パーチェル氏)農業問題が最大の懸案。農産品
少難しいと考えている。その主な理由は、ブラジル
について米国は WTO に斬新な提案を行った。米
が交渉を遅らせていること、およびブラジルが交渉
国は、欧州が主張しているような一方的な農業補
期限について固執しないという態度を取っているこ
助金削減には応じないだろう。
とである。ブラジルが FTAA 交渉を遅らせる理由は、
問:キューバについて、米国との関係の見通しは?
私には不明だが、カンクンでの WTO 新ラウンド交
答:(パスター氏)米国が大胆なアプローチを取ろうが、
渉で何らかの重要な動きがあるとブラジル側が考
キューバには何ら有効ではないだろう。米国がキュ
えている可能性がある。私の個人的な考えでは、
ーバへの制裁を解除したとしても、キューバの民主
アルゼンチンの新大統領は、FTAA 交渉妥結に向
化は非常に限られたものにとどまることが予想され
けた取り組みを急ごうとはしないだろう。この見方が
る。カストロが政権を握っている限り、何ら変わらな
正しければ、FTAA は関係国も多く、全体を管理
い。米国にとって最良の選択は、カストロ封じ込め
することが難しいことから、2005 年までの交渉妥結
を続けることである。
は困難となる。2005 年末までに FTAA 協定が発効
問:米国と中南米との間にはエネルギー協力の問題が
する可能性は 45%、発効しない可能性は 55%と
あるはずだ。なぜこの時期にもっとエネルギー政策
みている。
について注意を払わないのか。
問:FTAA 合意のための米国の戦略は何か。
答:(ザリン氏)エネルギー問題については、米国政府
答:2005 年末の協定発効期限を厳守するための唯一
内で議論されている。メキシコでは、エネルギー市
考えられる戦略は、米大統領が 2005 年末の協定
場を再構築することは、国内問題として取り扱って
発効期限の遵守を自ら約束し、その際、ブラジル
いるようである。ベネズエラのゼネスト問題につい
やアルゼンチン等が交渉を前向きに進めるに足り
ては、どの程度続くかは誰も予想できていない。ボ
る譲歩案に言及するというもの。米国政府がこのよ
リビアの天然ガスについては、天然ガスを太平洋
うなやり方を想定しているか私には分からないが、
岸地域に送るためにチリと上手く交渉する必要が
私は、米国政府は協定発効期限を遵守したいと考
あると思われる。
えており、そのために最善の方法を模索すると思
(ニューヨーク・センター)
っている。
問:メルコスールとの交渉について(4プラス1交渉)。
答:私は、米国がメルコスールと直接交渉することは間
◇ 米・中南米 FTA の見通しを識者に聞く
違いと見ている。仮にこれが FTAA の代用品という
―発効期限が危ぶまれる FTAA、中米 FTA は年内
ことにでもなれば、FTAA は実現しないと確信す
合意の見込み―
る。
(2003 年 6 月 10 日)
(注)メルコスール:南米南部共同市場(ブラジル、アル
ゼーリック米通商代表部(USTR)代表は 5 月 27、28
ゼンチン、ウルグアイおよびパラグアイが正式メン
日、ブラジルを訪問し、パロッシ財務相およびアモリン
バー)。4プラス1とは、メルコスース4ヵ国と米国を
外相と米州自由貿易圏(FTAA)の現状等について会
指す。
談した。6 月 12、13 日には、米メリーランド州で、FTAA
問:最も難しい問題は何か。
ミニ閣僚会合(FTAA 共同議長国の米国およびブラジ
答:農業と米国の農業補助金問題。農業は、米国にと
ルの他、13 ヵ国が出席)が開催される予定。また、米-
って最も重要な貿易品目であるだけでなく、ブラジ
中米との FTA(CAFTA)交渉も既に 4 度目の交渉が終
ルやアルゼンチンにとっても重要である。その他の
118
問題としては、アンチダンピング、相殺関税措置な
加することが必要。欧州が農業補助金を撤廃しな
どが言われているが、中南米諸国にとって、これら
ければ、米国が撤廃できないことを知る必要がある。
は農業問題ほどいらだつものではないと考えてい
欧州が共通農業政策をどの時点で改革しようが、
る。
2007 年までは農業補助金問題は解決しないとの
問:CAFTA が 2003 年末までに妥結する可能性は。
見方もあるが、私は、農業補助金問題について出
答:これまでの交渉で議論されていない問題がいくつ
来るだけ早く解決が図られるような、政治的コミット
かある。米国が農業分野で何を譲歩するか疑問が
メントが発せられ、米国およびその他の FTAA 諸
残るし、どの程度譲歩するかもわからない。一方、
国が 2004 年末までに、これを克服して、何らかの
中米は電気通信分野のような米国が重要と考える
合意に達するものと期待し続けている。
問題に関して、どの程度譲歩するか見通しが立た
問:CAFTA が 2003 年末までに妥結する可能性は。
ない。
答:2003 年内に妥結するだろう。2004 年は米大統領
問:米国と中南米諸国との貿易関係について。
選挙の年だが、私は、米国議会は本件を承認する
答:良好である。今後については、WTO 新ラウンド交
と考える。米州評議会としても年内に交渉妥結し、
渉において、何が起きるかに大きくかかわってくる。
2004 年に議会の承認が得られると考えている。
同交渉において、農業に関して何らかの合意がで
CAFTA を承認するのは、CAFTA への支援者が
きれば、FTAA 交渉でも農業問題の解決が図られ
多いということの証である。
るだろう。FTAA 交渉の行方は、ブラジルや米国の
問:労働と環境問題は解決できるか。
動向によるものだけではなく、WTO 農業分野での
答:解決を確信している。CAFTA は、対象国に大きな
欧州の対応に大きく依存している。
利益をもたらすため、政治的圧力が問題解決に働
くと考えている。貿易は中米諸国にとって最大の
○ マイレス R.R フレチェット(Myles R.R Frechette)
課題であり、中米諸国の全ての大統領は、米国と
米州評議会、アメリカズ・ソサエティ会長
の貿易、投資の拡大に意欲を持って取り組んでい
問:FTAA の 2005 年末までの協定発効の可能性は。
る。
答:2005 年末までの協定発効は非常に厳しいが、達
成は可能だ。それには、政治的決断が、今すぐに
○ ピーター・ハキム(Peter Hakim)インター・アメリカ
必要。我々はこれまでの FTAA 交渉の議論の中か
ン・ダイアローグ(Inter-American Dialogue)会長
ら、何が鍵を握る分野なのか既に判っている。政
問:2005 年までの FTAA 協定発効の可能性は。
治的決断は、技術的な問題以上に難しいものだが、
答:FTAA 協定が期限どおり(2005 年末)に発効するこ
2004 年末(協定発効期限は 2005 年末)までには
とは非常に難しい状況。米国とブラジルの交渉が
合意ができると考えている。政治的決断があれば、
非常に重要であり、農業分野が最大の問題である
交渉関係者は期限までに最大の努力を払うもので
ことは疑いがない。WTO 新ラウンド交渉に進展が
ある。
見られない場合、2005 年までに FTAA 交渉を妥結
問:メルコスールとの交渉について(4プラス1交渉)。
するためには、ブラジルもしくは米国のどちらかが
答:このアイディアは、見込みがないと思われる。アン
譲歩する必要があり、これは非常に難しいと思わ
デス諸国は経済状況も異なり、どのようにこれが機
れる。一つの選択肢としては、予備的な合意のよう
能するのかイメージできない。更に交渉を複雑化
なものを締結し、WTO の交渉状況を見つつ、
するものと思われる。
FTAA の交渉を始めるということが考えられる。い
問:最も難しい問題は何か。
ずれにせよ、あと 2 年で交渉を妥結することは非常
答:農業補助金が最も困難な問題。その他サービス分
に困難だろう。WTO 新ラウンドの交渉状況が非常
野、知的財産権などで多くの問題がある。これらの
に重要であるし、来年には米大統領選挙もある。
分野で合意できれば、中南米は投資家にとって非
FTAA 交渉妥結は、希望を抱いて言えば 2007 年
常に魅力的な地域となる。
より遅れることはない。
問:農業補助金の議論を WTO と FTAA 間でどのよう
問:FTAA 合意のための米国の戦略は何か。
に整合させるのか。
答:米国の戦略は米国政治の状況により変化する。政
答:農業補助金は地域レベルでは解決できず、世界
治情勢は、例えば農業分野の取り扱いによっては
規模で議論すべき。日本および欧州が議論に参
簡単にはいかなくなる。米政府は、政治問題化す
119
るような事態を避けて、事を進めたいと思っている
のは確かである。
<米州自由貿易圏(FTAA)の期限内締結を再確認>
問:メルコスールとの交渉について(4プラス1交渉)。
両国首脳は共同声明の中で、FTAA 交渉の共同議
答:メルコスールと交渉することは米国にとって最良の
長を務める責任からも、FTAA の交渉締結期限は 2005
方法でないことは確かである。私は、米国は FTA
年1月であることを再確認した。同時に、2005 年 1 月が
締結への過程を混乱させるようなことはしないと思
交渉締結期限となっている WTO 新ラウンド交渉の成
っている。
功に向けて両国が協力していくことも確認した。また、
問:CAFTA が 2003 年末までに妥結する可能性は。
両国の経済、貿易、投資関係を発展させるため、ビジ
答:2003 年末までの妥結は可能だろう。グアテマラの
ネス界の直接対話を通じた協力も行う旨、言及した。
大統領選挙などがあり、中米の政治情勢はベスト
具体的な行動計画として米政府は、2003 年 11 月に商
とは言えないが、総じて、中米諸国において
務次官を団長とする貿易ミッションをブラジルに派遣
CAFTA に関する政治的支援は強い。
することを発表した。
問:労働と環境問題は合意の鍵を握る問題と思われる
が、これを克服できるか。
<各種ジョイント・イニシアティブを発表>
答労働および環境については、解決可能な問題であ
両国政府が発表した各種ジョイント・イニシアティブ
る。米国および中米が、例えば農業分野で実質的
は、貿易ミッションの派遣、アフリカの HIV/AIDS 対策
な譲歩を行う覚悟があれば、労働および環境につ
等のほか、農業分野の覚書、両国財務当局が共同協
いても解決できるであろう。
議会を設置、エネルギー協力のための覚書を締結す
(ニューヨーク・センター)
るなど多方面に及んでいる。これらはいずれも、両国
の高官が定期的に協議を開催するもので、米伯の協
力を内外にアピールしたものと言える。主な内容は以
◇ 米国・ブラジル両首脳が協調姿勢をアピール
下のとおりである。
(2003 年 6 月 25 日)
○農業分野で覚書を締結
ブッシュ大統領は 6 月 20 日、ホワイトハウスでルー
ベネマン米農務長官とロドリゲス伯農業大臣は、首
ラ・ブラジル大統領と会談し、共同声明を発表した。ル
脳会談に合わせて会談し、両国の農業分野の協議会
ーラ大統領の訪米は今年1月の同大統領就任後、初
設置に関する覚書に署名した。本協議会は、市場アク
めて。ブラジルが米国のイラク攻撃に反対したことや、
セス、食品安全、調査、技術的サポートなどの政策に
通商問題(鉄鋼セーフガード等)で対立していることも
ついて調整を行うとともに、二国間の農業分野の通商
あり、今回の会談が注目されていたが、結果は、両国
案件について意見交換の場も提供するとしている。
の関係強化をアピールするものとなった。
○財務省が協議会を設置
スノー米財務長官およびパロッシ伯財務大臣は、生
<両国の協調をアピール>
産性向上を検証する「成長のためのグループ(The
共同声明の冒頭には、「米国とブラジルは、緊密か
Group for Growth)」を創設することに同意した。協議
つ強力な関係を構築する。西半球および全世界の協
会における議題として、財政政策と税制改正、中小企
力を促すため、自由、民主主義、平和、繁栄および両
業の創設および拡大に関する障害の削減、投資の増
国民の幸福に向けたビジョンを共有することによって
大、貿易の促進などを設定。両国が民間セクター等か
促される我々の新しい重要な方向が示される時であ
ら代表を招聘して、成長のための鍵となる障害および
る」と記載されている。ブッシュ大統領は歓迎挨拶の中
改革の必要性についての認識を共有するとしている。
でも、「ブラジルは、南北米大陸の平和および繁栄に
米国側は、財務省国際担当のテイラー次官補が代表
とって非常に重要な位置を占める。両国の関係は、米
となり、ブラジル側は財務省国家財務担当のレヴィ長
国から見て死活的に重要で、持続的なもの」と、ブラジ
官および経済政策担当のリスボア長官が共同議長を
ルとの関係を重視する発言をした。
務める。初会合は今秋の予定。
両国は、ブラジルの中小企業支援政策、アフリカの
○ エネルギー分野で覚書を締結
HIV/AIDS 対策、エネルギーに関する協力などにつ
両大統領が共同声明の中で言及しているエネルギ
いてジョイント・イニシアティブを公表し、両国の協力関
ー分野のパートナーシップ構築の合意を受け、両国の
係をアピールした。
エネルギー省閣僚は、水素エネルギー、電力の近代
120
化、再処理可能なエネルギー、沖合でのエネルギー
いて交渉するという。
施設の安全性等に焦点を当てた協議会を設置する旨
ただしこの件について米政府からは発表がなく、米
の覚書を締結した。初会合は、2003 年 12 月にエイブ
国内にも関連する報道はない。ある米政府高官は、ジ
ラハム米エネルギー長官が訪伯する際、開催される予
ェトロ・ニューヨークに対し「今のところ具体的な進展は
定。
ない」とコメントした。
<イラク攻撃反対には触れられず>
渉に加え、チリ、シンガポールなどとの2国間 FTA 交
米国は WTO、米州自由貿易地域(FTAA)での交
6 月 21 日付「ワシントン・ポスト」紙がブラジル政府関
渉を推進している。ブッシュ大統領は1月16日、米州
係筋の話として伝えたところによれば、ルーラ大統領
機構(OAS)ワシントン会議の場で演説し、FTAA 推進
が米国のイラク攻撃に強硬に反対したにもかかわらず、
とともに、コスタリカ、エルサルバドル、グァテマラ、ホン
今回の会談ではその話題は出なかった。ルーラ大統
デュラス、ニカラグアといった中米諸国との FTA を目指
領は、加盟国間の貿易関係強化や議会の創設など、
す考えを明らかにした。米政府は、「多国間の枠組み
同盟強化で合意したメルコスール首脳会談に出席し
を主体に、地域・2国間の自由化交渉も行う」(ゼーリッ
た足でワシントン入りしている。ブラジルやアルゼンチ
ク USTR 代表)との立場をとっており、タイからの FTA
ンは FTAA 交渉で米国が主導権を握ることを避けたい
研究提案もそのような米側姿勢に呼応したものと言え
とする姿勢を示しているが、今回の首脳会談での共同
る。
声明を見る限り、これらの問題点には触れていない。
また、各種のジョイント・イニシアティブは、米政権がル
<タイへの直接投資は依然少ない>
ーラ政権を支援する意志の表われとも取れ、もっぱら
タイは米国にとって輸出相手国としては世界で22
両首脳の協調を強力にアピールしたものとなった。
番目(01年1月―11月累計で56億ドル、前年同期比
(注)メルコスール:南米南部共同市場(ブラジル、アル
5.5%減)、輸入では15番目(同136億ドル、9.3%
ゼンチン、ウルグアイおよびパラグアイが加盟国)。
減)に位置する。タイへの輸出品目はIC、セミコンダク
(ニューヨーク・センター)
ターなどの電気機器が33%、事務機器など機械類が
16%、航空機が10%を占める。輸入はIC、テレビなど
の電気機器が21%、コンピュータなど機械類が17%、
ニット製衣類が7%、魚介類6%となっており、輸出入
ASEAN との FTA(シンガポール除く)
ともに工業製品が上位を占める。
タイへの直接投資額は、99年に 11 億 4,300 万ドル
◇ タイとの自由貿易協定研究で合意
と前年比 170%増を記録した。しかし、2000 年はこれ
―「短期的実現は困難」との見方が支配的―
が 5 億 3,900 万ドルに急減、残高は 71 億ドルで、これ
(2002 年 1 月 24 日)
は米国の対世界直接投資残高の0.6%を占めるにと
タイの報道機関が伝えたところによれば、米タイ両
どまっている(ちなみに日本は 4.5%、香港 1.9%)。
国は自由貿易協定(FTA)の共同研究を始めることで
合意した。ただし米政府は今のところ本件について一
<マルチの成果は 2 国間の比ではない>
切の公式発表をしておらず、メディアの報道も全く見ら
ジェトロ・ニューヨークでは、米タイ FTA および米国
れない。ジェトロ・ニューヨークが行った識者へのインタ
の FTA 政策などについて識者にインタビューした(な
ビューでは、米タイ FTA は実現するとしても長期間を
お以下の両氏ともに米タイ FTA 研究の合意について
要する、2国間よりも WTO などマルチの自由化交渉の
は承知していなかった)。
方がはるかに便益は大きいとの見方が示された。
○ ケイトー研究所グリスウォルド(Daniel Griswold)通
商政策研究所副部長
<米側の反応はなし>
多くの国が米国との FTA に興味を示しており、タイ
1月15日付けタイの The Nation 紙などが報じたとこ
もそこに加わったということだろう。しかし、交渉を始め
ろによれば、12月にタクシン・タイ首相とともに訪米し
ることと何かを実現し議会を通すことの間には大きな隔
たアディサイ商業相は、米通商代表部(USTR)に対し
たりがある。米国の FTA はこれまで、地理的に近いか
米タイ FTA の共同研究を始めることを提案、米国も原
戦略的利益の大きい国に限られている。南米ではチリ
則合意した。3月には USTR 高官が訪タイし細部につ
が最も経済的自由化の進んだ国であり、米チリ FTA が
121
最も早く実現するだろう。しかしそれでも自由化交渉は
国もこの動きに遅れることなく FTA 戦略を打ち出してき
難航し、いまだに出口が見えていない。米タイ FTA の
た格好だ。
実現ははるか先の話だ。
現在、WTO などマルチの場と地域・2国間の自由
<2つの条件を課す>
化交渉という2つの流れがあるが、ブッシュ政権はマル
ブッシュ大統領によるこの提案は、「ASEAN イニシ
チの方をより重んじるだろう。米国の輸出の96%は
アティブ計画(Enterprise for ASEAN Initiative: EA
WTO 加盟国に対するものであり、マルチでの自由化
I)」と呼ばれ、ブルネイ、ミャンマー、カンボジア、インド
は米国の利益に直結する。2国間交渉は政治的な困
ネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、
難が多い割には果実が小さい。ただし WTO 交渉が行
タイ、ベトナムの10カ国が対象。大統領は、「南アジア
き詰まれば米国は地域・2国間を追求する。地域・2国
地域の安定と発展のため、米国と ASEAN の強固な関
間はいわばマルチの安全弁であり、両者は相互補完
係は不可欠」であるとし、ASEAN との FTA 締結の必要
的だ。2国間協定は実験が可能であり、貿易自由化に
性を強調。また「ASEAN は米国にとって3番目に大き
勢いを与えるには良い手段だ。
い輸出市場であり、2001 年の輸出入総額は1,200億
ドルにのぼる」とその重要性を指摘した。
○ ヘリテージ財団シャヴェイ(Aaron Schavey)国際貿
ブッシュ大統領は、ASEAN イニシアティブ計画を、
易経済センター政策アナリスト
FTA を進めるための道筋(road map)を示すものと位置
マルチ、地域、2国間を問わず貿易自由化交渉は
付ける。具体的には FTA 交渉開始の条件として、①交
米国にとって歓迎だ。USTR が言うようにウルグアイ・ラ
渉候補国が世界貿易機関(WTO)に加盟していること、
ウンドと NAFTA は、米国の一家族当たり年間 2000 ド
②米国との間で知的所有権、規則の透明性などを定
ルの便益をもたらしている。貿易の自由化は他のいか
めた貿易投資枠組協定(TIFA)を締結していることを
なる政策よりも大きな経済的利益をもたらす。しかし、
求め、これに合致する国とは積極的に FTA 交渉を進
貿易は米国民にとって一般的な関心事ではなく、タイ
める。
との FTA などはほとんど記事にはならない。
これに従えば、インドネシア、タイ、フィリピンが現在
(両国間の主要輸出品はともに電気機器や機械類
すぐにも候補となり得る(シンガポールも当然対象だが、
だが、との問いに)これは工業国間の貿易ではしばし
同国との FTA 交渉はすでに最終段階にあり、次回11
ば見られる傾向だ。ただし同じ品目でも機能や品質は
月中旬に事務会合が開かれる。協定違反に対する制
異なり、またタイに進出した米工場が部品を米国から
裁方法などで最終的な詰めがなされる予定)。FTA の
輸入し、それをまた輸出しているということも考えられる。
内容や形式について、米政府の高官は、「現在交渉
タイからの農産品、繊維は米国にとって自由化の大き
中の米シンガポール FTA が基本型になるだろう」との
な障害になるだろう。
考えを明らかにした。
各地で2国 間 の自由化交 渉 が進展してい るが、
WTO は 140 以上の国・地域による自由化交渉であり
<次の候補はフィリピンか>
その影響力は2国間の比でない。さらに重要な点は
米国が、ASEAN のどの国といつ FTA 交渉を開始す
WTO には紛争解決メカニズムがあることだ。
るのかは今のところ明らかでない。米通商代表部
(ニューヨーク・センター)
(USTR)のゼーリック代表は、11月中旬にマニラを訪
問し、FTA 交渉の可能性について意見交換を行う予
定という。
◇ アジアに広がる米国の FTA 戦略
米国内の具体的手順について、過去の例では、相
―ASEAN イニシアティブ計画―
手国との事務レベルでの打合せのほか、議会や USTR
(2002 年 11 月 1 日)
が国際貿易委員会(ITC)に当該 FTA の効果などを調
10 月 26 日、アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会
査させ、また関係団体から意見聴取を行うなどし、FTA
議に出席したブッシュ大統領は、東南アジア諸国連合
の実現可能性を多方面から探っていく。その結果交渉
(ASEAN)10 カ国との自由貿易協定(FTA)締結に向
に入るか否かが決定され、交渉に入る事が決まれば、
け検討を始める意向を明らかにした。APEC 会議の場
この8月に成立した貿易促進権限(TPA)の規程に従
で ASEAN の首脳らと会談した際に表明した。中国、日
い、大統領は通商協定交渉に入る90日前に議会に
本が相次いで ASEAN との FTA 交渉に乗り出す中、米
通知をする。またそれ以後、政府は交渉途中において
122
適宜議会の助言を受けることになる。
交渉を始めるには WTO に加盟し、米国と貿易投資枠
同計画の交渉対象から当面はずれるのは、WTO に
組協定を結ぶという2つの条件が課されており、例え
加盟していないカンボジア、ラオス、ベトナムと、投資
ばベトナムやラオスが交渉対象となるのはかなり先のこ
枠組協定を結んでいないブルネイ、ミャンマー、マレ
とになるとみられる。ブッシュ政権は、これらの条件を
ーシア(およびカンボジア、ラオス、ベトナム)の6カ国
設定することで、自由貿易の姿勢を内外に示しつつ、
である(米国はシンガポールとも投資枠組協定を結ん
同時に国内の懸念にも配慮する姿勢を示すことができ
でいないが、現在交渉中の FTA には各種の投資関連
ると言える。
条項が含まれる)。米政府高官は、投資枠組協定につ
⑤ASEAN イニシアティブ計画は、FTA 交渉にあたり
いてはまずマレーシアと締結交渉を行う可能性が高い
ASEAN をグループとしてではなく、個々の国ごとにとら
との見解を示した。
えるという。米政府高官は、「これは ASEAN 各国の経
済発展の相違を考慮した現実的アプローチ」と述べる。
<日本・中国の動きに合わせ参戦>
ブロトディニングラット(Seomadi D.M. Brotodiningrat)
ASEAN イニシアティブ計画に関して、その背景や特
駐米インドネシア大使も同様に、「ASEAN は国ごとに
徴などについて主な点を挙げれば以下のとおり。
経済発展レベルが異なるから、2国間での交渉が適当
①アジアとりわけ ASEAN をめぐっては、中国と日本
だろう」との見方を示した。
が 積 極 的 な FTA 戦 略 を 打 ち 出 し て い る 。 中 国
⑥ASEAN イニシアティブ計画の呼称は、1990年に
ASEAN・FTA は既に 2002 年5月に交渉が開始され、
ブッシュ前大統領が打ち出した北米自由貿易協定
日本 ASEAN・FTA も 2003 年には交渉が開始される予
(NAFTA)の創設および拡大 NAFTA(=米州自由貿
定で、ともに10年以内の成立を目指す。米国はこれま
易圏(FTAA))構想を定めた「米州イニシアティブ計
で中米・中南米、アフリカとの FTA 交渉に積極的で、
画」と共通するもの。今回ブッシュ政権が再びこの名称
アジアとは唯一シンガポールとの交渉が進められてき
を援用したのは、ブッシュ父子二代にわたる自由貿易
ただけであったが、ここにきてアジアにも本格的に参
の積極的展開を内外に示す意図があると見られる。
戦する姿勢を示したことになる。この点、今回の計画が、
⑦ゼーリック USTR 代表は、「米国は自由化の意思
日本や中国も出席した APEC 首脳会議の場で初めて
のある全ての国と交渉する用意がある」と述べる。これ
公表されたのは象徴的である。
まで FTA 候補国・地域として名前が挙がっているのは、
②米国が進める反テロ戦争、過激派組織の取締り、
今回の ASEAN のほか、台湾、韓国、中米5カ国(コス
武器不拡散、イラク、北朝鮮問題などでアジア諸国の
タリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンデュラス、ニ
支持や賛同を取り付けるには、同計画は有効な材料と
カラグア)、モロッコ、エジプト、南アフリカ関税同盟(南
なりうるだろう。米政府高官によれば、今回のブッシュ
アフリカ、ボツワナ、ナミビア、レソト、スワジランド)、オ
大統領の提案は ASEAN の首脳達から「非常に前向き
ーストラリア、ニュージーランドなどである。このように米
な反応」を受けたという。
国の FTA 戦略は極めて野心的なものだが、「USTR の
③ASEAN イニシアティブ計画が、米国のアジア政
限られた陣容でどこまで実行可能かは疑問」(元 USTR
策をよりバランスのとれたものに修正することを期待す
高官)との声も聞かれる。
る声もある。米 ASEAN ビジネス・カウンシル(本部ワシ
ントンDC)のバウワー(Ernst Bower)会長は、「米国の
<格差の大きい貿易構造>
アジア政策は安全保障に偏りすぎてきた。今回の計画
ASEAN 原加盟国(マレーシア、シンガポール、タイ、
は、米国のこの地域に対する政策を経済とのバランス
フィリピン、インドネシア)と、その後に加盟した 5 カ国
がとれたものに再定義することになるだろう」と期待を
(ベトナム、ブルネイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア)
表明する。
との明らかな差が見られ、圧倒的に原加盟国による貿
易額が大きい。また米国の輸入品目は、前5カ国から
<交渉はグループではなく国ごとに>
は電気機器、機械類といった工業品が主品目である
④他方、FTA の推進については、貿易や環境、繊
のに対し(衣類も上位に入るが金額的には電気機器と
維、農産物などを巡って米国内に根強い懸念や反発
機械類が過半を占める)、ベトナム以下の5カ国は衣
がある。「ASEAN10カ国を対象とする FTA」と言うと非
類、魚介類、木材などが主流であり、経済発展度の差
常に野心的であるが、上記の通り当面対象となるのは、
異が貿易品目にも現れている。
タイ、インドネシア、フィリピンの3カ国に限られる。FTA
123
米タイ首脳会談について米メディアの注目は主にテ
◇ タイとの FTA を検討
ロ問題であった。両国は、反テロ戦争、イラク攻撃をめ
―ブッシュ大統領、タクシン首相と会談―
ぐりギクシャクした関係が続いてきた。タイ政府はタイに
(2003 年 6 月 16 日)
はテロ組織は存在しないと主張し続けてきたが、これ
ブッシュ大統領は 6 月 10 日、訪米中のタクシン・タ
はタイの重要な観光産業への打撃を避けたいためだ
イ首相と会談。両国が自由貿易協定(FTA)締結に向
と見られている。米国務省はタイへの渡航に関し「要
け検討を始めることで合意した。ただし FTA 交渉の開
注意。特に欧米人が集まるクラブ、ディスコなどは危
始時期については、早くて来年以降とする米国と、早
険」などと警告を出している。
期の開始を望むタイ側との間で意見相違が見られた。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙(6 月 10 日付
け)は、「タイは同国にはいかなる国際テロ・グループも
<イラク、ミャンマー、北朝鮮に懸念>
いないとし、米国の反テロ戦争にも非協力的で、またイ
ブッシュ大統領とタクシン首相は、首脳会談後の共
ラク攻撃にも明確な支持をしなかった。しかし、米タイ
同声明で、「両首脳は、両国が結んでいる貿易投資枠
首脳会談が近付くにつれ、複数のタイ政府高官がイス
組協定(TIFA)をさらに発展させ、FTA 締結に向けた
ラム原理主義者がテロ組織を作っていたことなどを認
一歩を踏み出すことを確認する」とした。首脳会談では
めるようになった」とタイ側の姿勢の変化を報じた。また
このほか、イラク問題、中東和平、ミャンマー問題、反
同紙は、イラク攻撃の際には、タイが米空軍のタイ基
テロ対策、麻薬問題、SARS 対策などが話し合われた。
地への離着陸を許可し(ただし、タイ政府は公式には
米タイ首脳会談共同声明の要旨は以下のとおり。
認めていない)、またタイ議会が厳格な反テロ法案を
○米タイ両首脳は繁栄した民主イラクを創るため協力
検討している―といった最近の新たな動きがあることも
することを約束。米国はタイがイラクへの人道支援を
指摘した。(注:タイの米軍基地は 1975 年に閉鎖され
行い、アフガニスタンに技術部隊を派遣したことを
た)。
感謝。
なお人権団体は、タイが麻薬撲滅のための取締りを
○両首脳は中東の平和が国際社会にとって死活的に
強化し、既にここ数カ月で 2,000 人以上の容疑者が警
重要であることを確認。
察によって殺害されたことに懸念を表明している。
○両首脳は朝鮮半島情勢に懸念を表明。他のアジア
諸国と協力し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
<米国は早期の FTA 交渉開始に難色>
から完全かつ検証可能な方法で永久に核を除去す
タクシン首相は 6 月 10 日、米 ASEAN ビジネス評議
ることを確認。
会で講演した。まずタイ経済について、「昨年は 5.2%
○最近のミャンマー情勢に深い憂慮を表明。アウン・
の成長を示し、今年第1四半期も 6.3%という高成長を
サン・スー・チー氏らの即時解放を要求する。
記録した。これは 97 年の通貨危機以降最も高い数値
○インドネシアのアチェ問題の平和的解決に向け両
だ。今年前期の輸出額は前年比 19%増となり、今年
国が支援することを確認。
通年では低く見積もっても 10%増を達成するだろう」と
○ブッシュ大統領はタイの反テロ対策を評価。ASEAN
し、堅調なタイ経済をアピールした。
諸国が協力し、ジェマ・イスラミアのメンバーの逮捕
続いて首相は、「タイは中国と果実・野菜に関する
など反テロ対策を強化することを確認。ブッシュ大
FTA を結び、またバーレーンとも FTA を締結したところ。
統領はタイがコンテナ・セキュリティ・イニシアティブ
インドやオーストラリアとの FTA を今年中にまとめ、日
に参加した点を賞賛。
本との FTA も希望している」と積極的に FTA を展開し
○両国は麻薬、エイズ、SARS 対策で協力する。
ていく考えを示した。同じく同セミナーに招かれたゼー
○両首脳はブッシュ大統領による「ASEAN エンタープ
リック通商代表部(USTR)代表は、「ブッシュ大統領は、
ライズ計画」の進展に関心を示した。両国が結んで
タイは(FTA の)非常に強力な候補国と考えている」と
いる貿易投資枠組協定(TIFA)をさらに発展させ、
し、「タイとの FTA 進展の可能性は高い」と述べた。
FTA 締結に向けた一歩を踏み出すことを確認。
首相は FTA 交渉の早期開始を希望したが、これに
WTO ドーハ・ラウンドでの協力を確認。とりわけ農業
対しゼーリック代表は「交渉開始は早くても来年。さら
分野での進展がカギになるとの点を強調。
にまとめるまでには数年必要」と慎重な見解を示し、両
者には温度差が見られた。米政府高官は、米タイ間の
<テロ問題でタイの姿勢に変化か>
市場開放は(タイ・中国 FTA のような)部分的なもので
124
はなく、全品目で行われるべきとの認識を示した。とり
ようやくこの地域の人々にとってもテロが他人ごとでな
わけ、タイ側の農産物、電気通信市場の開放、非効率
くなった。
な税関制度、知的財産権の保護が課題だとした。
(首脳会談の開催が遅れたのは)イラク攻撃後、40
ブッシュ大統領は 2002 年 10 月 26 日の APEC 首脳
を越える国の元首がブッシュ大統領との会談を希望し、
会議の場で、ASEAN エンタープライズ計画を発表。こ
日程が極めてタイトになったからであり、あまり意味は
の中で①WTO 加盟国、②米国と貿易投資枠組協定
ない。
(TIFA)を結んでいる ASEAN 加盟国と FTA 交渉を行う
米タイ FTA 交渉の見込みは、知的財産権問題、税
用意があるとの考えを示した。既に FTA を締結したシ
関手続きなどで今後進展が見込めそうであれば、10
ンガポールのほか、タイ、フィリピン、インドネシアがこ
月のバンコクでの APEC 首脳会議の場で正式に交渉
の 2 条件をクリアしている。また米国は、マレーシアと
開始を発表することになろう。一旦交渉が始まれば1
の TIFA 締結を検討中だ。ブッシュ大統領は 10 月 20
年程度でまとまると見ている。日タイ FTA と異なり、米
日から 21 日にタイで行われる APEC 首脳会議に出席
タイ間では農業はあまり問題にならない。
する予定。
(ニューヨーク・センター)
<少ない農産物貿易>
2002 年の米国によるタイからの輸入は 143 億ドル
◇ ブッシュ政権の対アジア通商政策を批判
(米国の輸入相手国として世界 15 位)、輸出が 61 億ド
―ボーカス上院議員が 4 つの提言―
ル(同 23 位)で、貿易赤字は 82 億ドル。輸入品はその
(2003 年 8 月 7 日)
22%が電気機器、17%が機械類、次いでニット・アパ
米上院財政委員会の有力議員、マックス・ボーカス
レル、貴石・貴金属などと続く。輸出はその約 3 割が集
上院議員(民−モンタナ州)が、7月24日、在ワシント
積回路や半導体などの電気機器で、2 割が事務機械・
ンシンクタンク“New America Foundation”主催のセミ
部品やコンピュータなどの機械類、次いで航空機、プ
ナーで、「対アジア通商政策の再活性化(Reenergize
ラスチックなど。輸出入ともに農産物は少なく、輸入で
America’s Trade Policy)」と題するスピーチを行い、現
は穀物が 9,500 万ドル、輸出では種子・果実が1億
政権の対アジア通商政策、その中でも特に対中政策
1,600 万ドル、穀物 6,400 万ドルなどとなっている。
を批判した。ボーカス議員は、現政権の自由貿易協定
文末の図が示すように、米国の対タイ貿易は米国の
(FTA)政策にも疑問を呈しており、去る6月5日には米
世界貿易とほぼ同じ動きを示している。ただし 2002 年
会計検査院(GAO)に対し、現政権がどのような基準
は、タイへの輸出の落ち込み(前年比 19%減)が対世
で FTA 交渉国を選定しているかを調査するよう要求し
界輸出の落ち込み(5%減)を上回った。これは主に、
ている。
輸出上位 3 品目の電気機械(32%減)、機械類(8%
減)、航空機(59%減)が大きく落ち込んだため。
<対アジア通商政策の欠如を批判>
<農業は問題にならない>
代に比べ、現在の対アジア通商政策に計画性と積極
7月24日のスピーチで、ボーカス議員は、1990年
ジェトロ・ニューヨークでは、カール・ジャクソン・ジョ
性が欠ける点に触れた上で、通商問題を日本、中国、
ンズ・ホプキンス大学教授(米タイビジネス評議会会長、
他のアジア諸国に分けて指摘した。また、その解決策
元国家安全保障会議大統領特別補佐官など)に米タ
として現政権に対して、4つの提言、すなわち①中国
イ首脳会談の評価を聞いた。
の世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉での更な
首脳会議は両国関係を立て直し、近付けるという意
る譲歩を促す②中国の農業分野に関する WTO ルー
味で非常にうまく行った。米タイ間には多くの誤解があ
ル不履行に対する紛争申し立ての準備をする③通商
って、例えばタイは米国のイラク攻撃を十分サポートし
問題を他の外交問題と切り離して扱い、米国の経済的
たはずだったが、明確にそれを表明せず、両国の意
利益につながる FTA 交渉国を選択する④米国通商代
思疎通は機能していなかった。だが、タイは他の支持
表部(USTR)の予算を増額する、を行った。発言要旨
国以上に米国に貢献したというのが事実だ。
は以下のとおり。
9 月 11 日の同時多発テロ事件は、アジアの国にとっ
てはやはり遠い国の出来事だった。バリ島でのテロ、
<日本はさらなる市場開放を>
シンガポール、バンコクでテロ組織の摘発などが起き、
――過去 10 年の不景気にもかかわらず、日本は世
125
界第2位の経済規模を維持しており、その規模は第3
交渉での更なる譲歩を促す:例えば、サービス分野に
位のドイツの2倍以上に相当する。また日本は、米国
おいて、以前よりも進展は見られるものの、未だ改善の
の第3位の貿易相手国でもあり、中でも米国農産物の
余地が十分にある。中国が WTO に加盟したばかりだ
主要輸入国である。しかしながら、日本にはまだ閉鎖
からといって、甘く見ることはできない。
的な市場が多数残る。米国は日本に対し、更なる規制
②中国の農業分野における WTO ルール不履行に
緩和を求め、米国製品に対する市場開放を進めるよう
対する、WTO 紛争申し立てを準備する:中国は全て
強く求めるべきだ。最近の、米国産牛肉に対するセー
の農業分野に関するルール履行を目指さなければな
フガードは、全くもって受け入れられない。
らず、特定の品目に例外処置を設けることは許されな
93 年の日米包括経済協議の枠組み合意により米
い。
国産牛肉、自動車、金融サービス、情報通信機器など
③通商問題を他の外交問題と切り離して扱い、米
の市場アクセスは一時期改善されたが、継続的な通
国の経済的利益につながる FTA 交渉国を選択する:
商政策の欠如により、2000 年から 2002 年の対日輸出
米国は、通商問題を外交政策の一部として、他国の賞
は、21%も減少している。にもかかわらず、現政権は具
罰に利用しすぎる傾向がある。現政権は、米国の雇用
体的な行動をとろうとしていない。我々は、再度日本の
を直接増やすようなメリットのある FTA 交渉をすべきで
市場開放を強く要求すべきである。
ある。この過去2年間で 200 万人が職を失っている現
実を直視すべきだ。
<中国は WTO ルール遵守を>
④米国通商代表部(USTR)の予算を増額:下院は、
――現在の中国は、米国のビジネスにとって、競争
来年度の USTR の予算を 500 万ドル増額する法案を
者であり、また同時に魅力的な輸出市場でもある。今
可決した。先般、行政管理予算局(OMB)の高官が、
こそ米国は、中国が WTO ルールを遵守するよう積極
予算増加を“不必要”と言ったことが全く理解できない。
的に働きかけるべきである。例えば、WTO 加盟の際に
私は、500 万ドルを上院歳出予算案に加えるよう全力
公約した農産物の関税輸入割当て(tariff rate quotas)
をつくし、USTR が対アジア通商政策に注力できるよう
は、完全に不履行で受け入れ難い。さらに、受け入れ
サポートする。
難いのは、中国市場に出回る米国映画、コンピュータ
ーゲーム、音楽の約90%が海賊版であるという事実で
<FTA 交渉国選定過程を調査>
ある。我々は、中国政府に対し、知的財産権の保護を
去る6月5日、ボーカス上院議員は、カル・ドゥーリー
強く求めるべきだ。対中国通商政策は今が最も大事な
下院議員(民−カリフォルニア州)とともに、会計検査
時期である。戦略的な通商政策が欠如すれば、中国
院(GAO)に対し、ブッシュ政権が FTA 交渉国の優先
は将来日本のようになってしまい、市場アクセス問題
順位をどのように決め、交渉のための人員配置をどの
が肥大化する。
ように行っているか調査するよう要求する書簡を送付し
た。ボーカス議員は、調査要求に際し、「昨年、大統領
<ASEAN 諸国との FTA 交渉を>
に貿易促進権限(TPA)を付与して以来、二国間及び
――日中両国以外のアジア諸国も米国にとって大
多国間 FTA 交渉の数が増加しているが、交渉国の選
切な貿易相手国である。例えば、昨年のタイとの貿易
定について計画性が無く、また選定過程に透明性が
額は、全ての中米諸国との貿易総額に匹敵する。また、
欠けていることを憂慮している。通商交渉担当者の数
昨年の台湾との貿易は、タイ、中米諸国、南アフリカ関
は限られており、的確な人員配置が求められる」と現
税同盟、モロッコ、バーレーンの貿易額を合わせた額
在の FTA 交渉を批判。一方、ドゥーリー議員は、「FTA
に匹敵する。東南アジア諸国も大切な貿易相手国で
交渉には、経済的、地政学的利益に基づいた戦略的
ある。中国は ASEAN 諸国と積極的に FTA 交渉を進め
なロードマップが必要だ。そのためにも現状の FTA 交
ており、中国に先を越される前に米国も ASEAN 諸国と
渉国選定の基準及び過程を明らかにする必要がある」
の FTA 交渉を推進すべきであるが、今のところほとん
と調査の目的を強調した。調査結果は、今秋にも取り
ど交渉が進んでいない。このままだと大きなビジネスチ
まとめられる。
ャンスを中国に独占されてしまう。
(ニューヨーク・センター)
<対アジア通商政策に対する提言>
――①中国の世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド
126
せたいところ。またブッシュ大統領が仮に 2004 年の大
オーストラリアとの FTA
統領選挙で再選を果たしたとしても、ゼーリック氏が
USTR 代表の地位にとどまるかは不明であり、同氏とし
◇ 豪州との FTA 交渉開始を発表
ては現任期中にできるだけ多くの成果を残したい意向
―焦点は農産物―
とみられる。それが、TPA 法案成立後の相次ぐ FTA 交
(2002 年 11 月 21 日)
渉の開始発表につながっていると言えよう。
米政府は 11 月 14 日、オーストラリアとの自由貿易
(ちなみに、ブッシュ大統領は現在 60%を超える支
協定(FTA)交渉を開始すると発表、その旨議会に通
持率を維持している。例えば 11 月 13 日から 14 日に
知した。これまで米国の主要農業団体は、豪州の輸入
かけて CNN と TIME が共同で行った世論調査では、
制度、とりわけ衛生・植物衛生(SPS)措置が米農産物
「ブッシュ大統領を支持する」との回答が 64%にのぼり、
の市場アクセスを阻害しているとして同 FTA に反対し
「不支持」の 30%を大きく上回っている。また 2004 年
てきたが、一部団体は豪州側に改善が見られる点を
大統領選に関する調査でも 55%前後の支持を受け、
評価し柔軟な姿勢を見せつつある。しかし農業団体か
ゴア前副大統領、ヒラリー・クリントン上院議員、リーバ
らの懸念の声は依然根強く、交渉の進展次第では再
ーマン上院議員ら他の想定される有力候補者を 10 ポ
び反発が強まる恐れがある。
イント以上引き離している。)
<相次ぐ FTA 交渉開始の発表>
<農業問題が焦点となる最初の FTA>
米通商代表部(USTR)は 10 月に入り、諸外国との
10 月2日に訪米したベイル貿易相はゼーリック
FTA 交渉開始を相次いで発表している。10 月1日に
USTR 代表、ベネマン農務長官、議会指導者らと会談、
は、モロッコおよび中米5カ国(コスタリカ、エルサルバ
米豪 FTA の早期交渉開始を訴えるとともに、そのため
ドル、グアテマラ、ホンデュラス、ニカラグア)、11 月5日
の豪州側の改善努力をアピールした。11 月6日、
には南アフリカ関税同盟(SACU)、11 月 14 日にはオ
USTR のジョンソン農業交渉担当大使は、米農業団体
ーストラリアとの FTA 交渉開始を発表した。このほか 10
および議会関係者らに対し、衛生・植物衛生(SPS)
月 26 日、ASEAN10 カ国との FTA の可能性について
措置に関する豪州側の改善状況について説明し、米
検討する旨を明らかにしている。
豪 FTA への理解を求めた。
11 月 14 日から 15 日にかけてシドニーで開催された
米豪 FTA 交渉は、米国にとって農業問題に最大の
WTO の「ミニ閣僚会合」に出席したゼーリック USTR 代
焦点が当てられる初の FTA と言ってよい。同 FTA は
表は、ハワード豪州首相、ベイル貿易相らと会談。両
今後、WTO 農業交渉や、ニュージーランド、アルゼン
国は、米豪 FTA 交渉を開始すると発表、同代表は本
チン、ASEAN(タイ、インドネシア)などの農業国との
国議会にその旨を正式に通知した。同代表は「オース
FTA 交渉・貿易交渉に影響を与える FTA として注目さ
トラリアとの FTA は米国に多くの利益をもたらす」と述
れる。
べるとともに、米豪 FTA は「農業、製造業、サービス、
米豪 FTA はクリントン政権時代から検討課題として
投資、知的所有権などをカバーする包括的なものにな
俎上に上がりつつも、正式交渉には至らなかった。し
る」との見解を示した。
かし8月に TPA 法案が成立、11 月5日の中間選挙で
は共和党が上下院を制し、ブッシュ政権が FTA 交渉
<大統領選挙前の交渉決着目指す>
を加速させるのに望ましい環境が整いつつある。
8月に成立した貿易促進権限(TPA)法(「2002 年貿
易法」)は、政府が他国と FTA 交渉に入ろうとする場合、
<農業団体が軟化>
その 90 日以上前に議会に通知しなければならないと
加えて、これまで豪州との FTA に反対してきた米農
定める。これによれば米豪 FTA の交渉開始は早くて2
業団体の一部が柔軟な姿勢を見せ始めた。これまで
月中旬以降となる。ゼーリック代表は、「両国経済のた
米農業団体らは、豪州が米国のとうもろこし、豚肉、鶏
めに来年の早いうちに交渉を開始したい」とした。
肉、粗穀物などの市場アクセスを妨げていると批判、
豪州政府高官によれば、米豪 FTA 交渉は 1 年から
米豪 FTA が結ばれれば米農業に大打撃を与えるとし
1 年半を要する見込み。米国は 2004 年 11 月に大統
てきた。
領選挙・議会選挙を控えることから、国内的にセンシテ
11 月 12 日、米農業会連合会(AFBF)、米大豆協会
ィブな FTA 交渉は、選挙戦が本格化する前に終了さ
(ASA)ら農業団体は、USTR への書簡の中で「豪州政
127
府には米国の農産物の扱いに関する協力姿勢がみら
米豪 FTA は経済関係のみならず、社会、安全保障
れる」とし、FTA 交渉の開始それ自体には反対しない
の絆をも強める。今回米豪 FTA 交渉を開始する決定
旨を明らかにした。ただし「最終的な FTA を受け入れ
に至ったのは、この FTA に関心を寄せる多くの意見が
るとは限らない」とし、今後の交渉に彼らの要求が正し
あったからである。今後の交渉過程でこれらの意見が
く反映されるよう求めた。
十分反映されるよう、交渉過程を透明で参加可能なも
他方、米牧畜牛肉協会(NCBA)や米砂糖工業会
のとする。
など複数団体は、依然米豪 FTA には強い懸念を表明
する。NCBAは、「FTA が結ばれても、豪州産品の対
<市場アクセスに重点>
米輸出は増えるが、米産品の対豪州輸出はほとんど
具体的な交渉目標は以下のとおり。
増えない」と批判、農業交渉は WTO の場で行うべきと
1.モノや農産物の貿易――可能な限り広範に関税
の立場を示した。
を撤廃。ただし輸入センシティブ品目はしかるべき調
ゼーリック代表は、シドニーにて「豪州との FTA は、
整期間を設定。豪州の連邦および州政府による小麦、
豪州の貿易障壁を是正するよい機会となる」と述べ、
大麦、砂糖、コメの輸出独占措置の撤廃。具体的には、
交渉では豪州の農産物輸入制度の是正を要求する
特定公社に与えられている独占的輸出権の廃止。こ
米国内の声を交渉に反映させると主張した。しかし、
れに関する情報公開。米国の生鮮食品・季節食品に
2003 年 1 月から始まる第 108 議会で上院財政委員会
対する豪州輸入(制限)措置の撤廃。米国の輸入救済
委員長に就任するグラスリー議員(共、アイオワ)は「米
措置の改善。WTO 交渉においては豪州と協調し、あ
豪 FTA を支持するが、農業問題での交渉はかなり難
らゆる輸出補助金を撤廃。ただし真に必要な輸出信
しいものとなるだろう」と、やや悲観的な見方を示して
用などは維持。繊維・アパレル製品の相互市場アクセ
いる。
ス改善。
2.税関、原産地規則など――豪州の税関措置の
<交渉過程は透明で参加可能なものに>
透明性、予測可能性の向上。各種規則や決定が貿易
ゼーリック USTR 代表が、11 月 14 日に議会に提出
を阻害しないこと。原産地規則の厳格な適用と貿易制
した書簡の骨子は以下の通り。
限的運用の防止。
米政府は「2002 年貿易法」2104 条(a)(1)に基づき、
3.衛生・植物衛生(SPS)措置――豪州が WTO の
大統領が豪州との FTA 交渉を行う意思がある旨を交
SPS措置約束を遵守することを確認。不当なSPS制
渉開始 90 日前に議会に通知する。豪州との FTA は米
限の廃止。米豪SPS管轄当局間の協力。国際的SPS
国に対し多くの利益をもたらす。この 10 年間米豪間の
基準・ガイドライン作成に向けた協力。
貿易は飛躍的に拡大し、双方の貿易額は 190 億ドル
4.貿易の技術的障害(TBT)――食品ラベルの扱
(2001 年)に達した。米豪 FTA は両国の雇用と貿易・
い、バイオ・テクノロジーによって生産された農産物の
投資を増進し、経済統合を加速させる。
扱いについて、豪州は WTO の TBT 約束を遵守する
米国は特に豪州の衛生および植物衛生(SPS)措
ことを確認。TBT に関わる一層の情報交換。
置が貿易制限的にならないよう豪州政府と協議を続け
5.知的所有権保護の改善。海賊版、偽物に対する
ており、例えばブドウの市場アクセスが改善された。S
刑事罰規定の強化。
PS措置は科学的根拠に基づいた透明なものでなけ
ればならないということで、米国と豪州は合意してい
<アンチダンピング法等は変更せず>
る。
6.サービス――電気通信を始めとするサービス市
米豪 FTA 交渉においては、工業製品の高関税品
場の開放。差別的措置や障壁の撤廃。金融市場など
目の削減、知的所有権保護、サービス市場の開放を
での規則の透明性確保。ビジネス・パーソンの短期入
進める。この FTA は WTO ドーハ・ラウンドをさらに後押
国に関する妥当な規則の作成。
しするものとなろう。というのも WTO 農業交渉において
7.投資――投資スクリーニングなどの投資制限措
豪州を始めとするケアンズ・グループ(注:アルゼンチ
置の撤廃。米国に投資した豪州企業は、米国企業に
ン、ブラジル、カナダなど 18 カ国・地域)は、野心的な
与えられている以上の権利は与えられないことを確認。
農業改革案を提示しており、豪州は、米国が 7 月に提
逆も同様。豪州に投資した米企業は、米国法下で享
出した WTO 農業提案にも一早く強い支持を表明した
受しうる権利と同等の権利が豪州内において与えられ
国でもある。
ることを確認。投資に関わる透明で公正な紛争処理過
128
程の設立。
中東・アフリカとの FTA
8.電子商取引――電子形態による財・サービスの
豪州市場参入を確保。電子形態の製品に対し関税を
適用しないこと。電子形態の製品に対する差別的待遇
◇ 中東諸国との FTA を提案(その1)
を行わないこと。
―10 年におよぶ長期構想の効果に疑問も―
9.政府調達――公正・透明・予測可能な政府調達
(2003 年 5 月 13 日)
制度の確立。米国製品・サービスの豪州調達市場へ
ブッシュ大統領は、今後 10 年で中東諸国との自由
のアクセス拡大。
貿易協定(FTA)の締結を推進する考えを明らかにし
10.各種規則の透明性確保。汚職の防止。
た。ただし現在、FTA 交渉を開始する条件に合致する
11.独占の禁止など競争政策の強化。米豪間協力
国はエジプトとバーレーンのみに限られ、その他の国
の拡大。
とは、まずは貿易投資協定の整備から段階的に始め
12.貿易救済措置――移行期間において二国間セ
ることになる。FTA の締結に至る道のりは長く、その効
ーフガード措置を設ける。米国アンチダンピング法、相
果が出始めるのは相当先になりそうだ。
殺関税法についての変更は行わない。
13.労働者の権利確保。児童労働の禁止。労働基
<WTO 加盟と貿易投資協定締結が条件>
準確保などのための二国間協議・協力。
ブッシュ大統領は 5 月 9 日、サウス・カロライナ大学
14.環境――貿易と環境政策の促進。貿易や投資
の卒業式で、ブッシュ政権の外交政策を中心に講演
を促進するために環境法・規則を弱めてはならない。
を行った。中東問題については、中東諸国の経済発
そのための協議メカニズムの検討。
展と民主化を支援する必要性を説き、イスラエル、パレ
15.国家間の紛争処理――協議を通じた早期の紛
スチナ双方に対し、和平協定交渉を再開するよう強く
争の明確化と解決。公平・透明・タイムリー・効率的な
促した。
紛争処理手続きの確立。
大統領は、「中東諸国の GDP を合わせても、スペイ
ン一国のそれよりも小さい」と述べ、米国は今後 10 年
<豪州は米国の数少ない出超国>
間で同地域との FTA 交渉を進める考えを明らかにした。
下表にあるように米豪間貿易は米国の出超である。
ブッシュ政権はイラク戦争後、アラブ諸国との関係強
米国が貿易で大幅な出超となっている国はそれほど
化を精力的に進める構えを強めており、中東 FTA 構
多くない。最大の黒字相手国はオランダ(100 億ドル)
想はその具体的政策の一つ。ブッシュ大統領の構想
で、次いで豪州(45 億ドル)、香港(44 億ドル)、ベルギ
は次のいくつかの段階からなる。
ー(33 億ドル)、エジプト(27 億ドル)などとなっている
○WTO に未加盟の中東諸国の改革を支援し、WTO
(金額は 2001 年)。
加盟を後押しする。
世界銀行によれば、1999 年時点の両国の平均関
○貿易投資の環境整備を進める意思のある国と、二
税率(貿易加重平均)は、米国が 2.8%(全製品)、
国間投資協定(BIT)および貿易投資枠組み協定
2.0%(一次産品)、豪州が 3.8%(全製品)、1.0%(一
(TIFA)交渉を行う。
次産品)とともに低い。豪州外務・貿易省の調査による
○今年末までに、モロッコとの FTA 交渉をまとめる。
と、米豪 FTA は締結後 20 年間にわたり、GDP ベース
○米議会と協議の上、高度に貿易自由化を進めてい
で米国側に 169 億ドル、豪州側に 155 億ドルの経済効
る国との FTA 交渉を開始。
果があるという。
○中東諸国が世界の貿易システムに統合できるよう貿
貿易品目をみると、米国からの輸出はほぼ工業製
易能力の拡大を支援。
品であり、米国の関心品目である農産物は極めて少な
ブッシュ大統領の構想は貿易・投資分野での支援
い。農産物輸出の中では、「食用の果実、ナッツ、柑
にとどまらず、中小企業向け金融機関、商法、特許法、
橘類の果実」が最も多いが、2,800 万ドル(対豪輸出全
公的金融の整備、汚職の追放、教育支援(女性の識
体のシェア 0.25%)にとどまっている。
字率向上、米教育省によるセミナー開催)、司法改革、
(ニューヨーク・センター)
女性の政治進出支援、報道機関への訓練、議会制度
の訓練―などを含むもの。
ゼーリック USTR 代表は 6 月下旬にヨルダン、エジプ
トを訪問し、中東諸国との経済協力、中東 FTA 構想に
129
ついて協議する予定だ。
「中東」の定義や範囲について同高官は、「経済改
革と貿易自由化の用意のある国と交渉する」と述べる
<条件に合うのはエジプトとバーレーン>
にとどまり、具体的な範囲を示さなかった。ただし、パ
中東 FTA 構想は、ブッシュ大統領が 2002 年 10 月
キスタンとアフガニスタンは「中東」の定義には入って
に発表した「ASEAN 行動計画」に類似するもの。この
いないとし、これらの国とは二国間で経済協力を進め
計画は、ASEAN 各国との FTA 締結を最終目標(期限
るとした。
は明示されていない)とするが、FTA 交渉に入る相手
記者からは「チリとの FTA ですら 10 年を要した(注)。
国の条件として米国は、①相手国が WTO に加盟して
中東との FTA を 10 年で結ぶというのは非現実的では
いること、②米国との間で TIFA を結ぶこと―を挙げて
ないか」との質問がなされた。同高官は「チリとの 10 年
いる。次の FTA 交渉対象国候補としてはタイ、マレー
間の交渉のうち、9 年間は大統領に貿易促進権限
シアがとりざたされている。
(TPA)がなかった。大統領が TPA を持っている現在、
米国は、中東地域では既にイスラエルおよびヨルダ
チリとのケースと比較するのは間違いだ」と反論した。
ンと FTA を締結、現在モロッコと交渉中である。中東
また、「米国はサウジアラビアが反イスラエル姿勢を
諸国の中で、①WTO に加盟し、②二国間投資協定ま
とっているため、同国の WTO 加盟に反対しているが、
たは貿易投資枠組み協定を締結済みなのは、エジプ
その姿勢に変化はないのか」との質問に対し、同政府
トとバーレーンの 2 カ国。
高官は、「われわれはサウジアラビアの WTO 加盟作
ブッシュ政権の高官は、大統領の講演後、記者の
業部会の一員で、むしろ加盟をサポートしている立場
質問に答え、「エジプトやバーレーンは(FTA 交渉に)
だ」と反論、さらに、この中東 FTA 構想においては、反
興味を示している。ただし、モロッコを除くいかなる国と
イスラエルかどうかは問わず、WTO メンバーであるか
も交渉は行っておらず、相手国あるいは米議会との協
どうか、その国の貿易体制が WTO に準じているかが
議の上、交渉開始の是非を決定する」と述べ、候補国
重要だとした。なお、サウジアラビアは 93 年に WTO
や交渉スケジュールについては明言を避けた。
(当時 GATT)加盟を申請したが、いまだに加盟に至っ
2003 年 4 月現在、WTO に加盟している中東諸国(注:
ていない。
国務省中東局の管轄地域は、西はモロッコから東はイ
同高官はまた、イラクの扱いについて、「まずは国の
ランまでの範囲)は、バーレーン、エジプト、イスラエル、
再建が優先的で、市民生活の整備や民主的な政府の
ヨルダン、クウェート、モロッコ、オマーン、カタール、チ
設立が急がれる」とし、当面投資協定や FTA 交渉の対
ュニジア、アラブ首長国連邦(UAE)の 10 カ国。
象にはならないとした。
WTO に加盟していないのは、アルジェリア、リビア、
シリア、イラン、イラク、レバノン、イエメン、サウジアラビ
<より短期的な支援策を求める>
アの 8 カ国(イエメンとサウジアラビアは WTO にオブザ
ボーカス議員(民、モンタナ)は、中東地域に対し一
ーバー参加、アルジェリア、レバノンは加盟交渉中)で
般特恵関税制度(GSP)の供与など、特恵待遇を与え
ある。
るべきだと主張、近々、同主旨の法案を提出する予定
なお、米国が貿易投資枠組協定(TIFA)を締結して
だ。先の政府高官はボーカス提案に関し、「GSP のよう
いる国は、バーレーン、エジプト、ヨルダン、モロッコの
に、米国から一方的かつ短期的に特恵を与える方法
4 カ国、二国間投資協定(BIT)はエジプト、ヨルダン、
ではなく、当事国双方が貿易の恩恵を恒久的に得ら
モロッコ、チュニジアの 4 カ国。
れる方法が望ましい。短期的な制度は外国の投資家
にとっても予測がたてにくい」と述べ、中東向け GSP の
<発展レベルに合わせた漸進的アプローチ>
設置に否定的な見解を示した。
前述の政府高官は、次の点を補足した。「中東諸国
ボーカス議員は、ブッシュ大統領の中東 FTA 構想
との FTA 構想は、今日明日に可能なものではなく、今
について、「私の考えと基礎を共有するもの」と賛同の
後 10 年かけて進めていくもの。10 年後に FTA を結ん
意を示したが、ブッシュ構想は 10 年もの長期間を要す
だ国々を束ねて、米・中東自由貿易地域を作る。ただ
るため、その効果はすぐには期待できず、「短期的な
し、この地域の国々は、発展のレベルも国際貿易制度
行動も必要だ」とし、中東地域への特恵関税制度の早
への関わりのレベルにおいてもそれぞれ異なる」とし、
急な創設を再度促した。
国ごとの事情に合わせた漸進的な交渉を行うとの見解
民主党系シンクタンクの進歩的政策研究所(PPI)の
を示した。
グレッサー研究員らは、中東諸国(特にムスリム諸国)
130
は世界の貿易体制から総じて取り残されたままである
<欧州との競争を加速>
とし、米国はこれら諸国との関係強化を図るべきであり、
国際問題専門誌「ストラットフォー」(5 月 9 日、12 日
それが安全保障の観点からも重要と主張している。
付け)は、今回の FTA 構想は「かつてない大胆な政
次回は、中東 FTA 構想に関する識者の反応などを報
策」であると評価する。同誌は「ブッシュ構想が実現す
告する予定。
れば、中東経済に多大な影響を与え、イスラム過激派
(注)米国とチリの FTA 交渉が公式に開始されたのは
の活動を鈍らせ、この地での米国の地位を一層安定
2000 年 10 月。ただし、チリは北米自由貿易協定
的にする」とし、さらに「中東地域が世界貿易に占める
(NAFTA)が発足した 94 年に NAFTA 各国との FTA
割合は 3∼5%に過ぎず、米国にとって FTA はあまり
締結に意欲を見せたが、TPA(当時はファストトラッ
意味がないが、中東にとっての意義は大きく、国の信
ク権限)が失効していた米国は、チリとの正式な
頼度を上げ、外資誘致に貢献するだろう」と FTA の利
FTA 交渉に入らなかった。チリはカナダ、メキシコと
益を強調する。
FTA 交渉を先んじて行い、すでに両国と FTA を締
しかし、米国は第 2 次世界大戦後、管理貿易によっ
結済み。
てドイツや日本の成長を支援したが、国内的に一層困
(ニューヨーク・センター)
難な自由貿易を中東諸国が受け入れられる環境には
ないと警告する。中東諸国の国内政治は不安定で、
貧富の格差が激しく、宗教と軍の力が強く、FTA という
◇ 中東諸国との FTA を提案(その2)
手段が必ずしも有効とは言えないと論じた。
―ブッシュ提案に賛否両論―
また同誌は、ブッシュ構想は中東地域での欧州との
(2003 年 5 月 16 日)
経済的、政治的競争に拍車をかけるとみる。「EU は中
ブッシュ大統領が 5 月 9 日に行った中東諸国との自
東と北アフリカ市場を自分の市場に取り込もうとしてき
由貿易協定(FTA)提案について、メディアや識者の
た。多くの中東諸国にとって、最大の貿易相手は EU
見方を紹介する。論点はさまざまだが、米国内からは
だが、ブッシュ大統領の中東 FTA 構想はこの現状を
ブッシュ提案を支持する声が聞かれる一方で、その実
変え、この地における欧州の経済的、政治的影響力を
現可能性への疑問も出ている。また、中東諸国からは
弱める可能性がある」とする。そして、「これまで政治と
米国の覇権主義への懸念が示されている。
石油の関係に限られてきた米国は中東のいくつかの
国と、EU よりも良い条件の FTA を、しかも早く結ぶこと
<政治的 PR に過ぎない>
ができるだろう。FTA の経済的効果はまだ不明だが、
米主要紙は今回のブッシュ提案を、「イスラエル・パ
米欧間の政治的な競争は確実に強まる」と予測した。
レスチナ和平プロセスを進めるための魅力的な経済的
報酬」(「ワシントンポスト」紙、5 月 9 日付け)などと一定
<中東諸国は警戒>
の評価をしている。また、「米国の目的は、中東の政治
ブッシュ大統領の提案に対し、中東、特にアラブ諸
的安定とそれによる石油の安定的確保。中東が安定
国は、これまでのところ米国の経済的帝国主義の現れ
すれば、イスラエルとエジプトへの経済援助を年間 30
として否定的姿勢を示している。ロイター通信(5 月 11
億ドルから 40 億ドル減らすことができる」(国際経済研
日付)は、中東諸国がブッシュ提案を「米国の優越的
究所ハフバウワー上級研究員)といった見方も示され
地位を強化するだけのもの」とみなしていると報じた。
た。
レバノンのコラムニスト、サミー・サーブ氏は、「ブッシュ
他方、「中東諸国との FTA がすぐに実現し、この地
大統領はイラクに侵攻し中東の政治的地図を書き直し、
域の経済発展が実現できるとは思えず、ブッシュ提案
今度は FTA 計画によって経済地図を作ろうとしてい
は単なる政治的 PR に過ぎない」(通商問題と開発問
る」と米国の覇権主義を非難した。
題に詳しいハーバード大学のロドリック教授)、「中東
また、先のロイター電によれば、中東諸国は米国市
諸国は地理的にも近い欧州との経済関係が強く、彼ら
場に魅力を感じてはいるものの、自国市場を開放すれ
が米国市場で中南米製品らと競争ができるか疑問」
ば国際競争に耐えられないと感じ、また痛みを伴う国
(中近東問題を専門とするミネソタ大学アサド教授)な
内改革によって、国内の安定が失われることを不安視
どの懐疑的見方も根強い(以上、いずれも「ワシントン
している。エジプトは米国との経済関係強化に熱心だ
ポスト」紙)。
が、同国のマーヘル外相でさえ「まずはブッシュ大統
領提案を検討しなければならない」と慎重な姿勢を示
131
した。他方、エジプトのアル・アーラム政治戦略研究セ
○ エド・グレッサー氏(進歩的政策研究所(PPI)貿易
ンターのガワード氏は、「人々はレトリックではなく結果
国際市場部長)
で判断する。もし、米国がイスラエル・パレスチナ問題
私は以前から、ムスリム諸国に対する経済支援の必
を進展させることができれば、ブッシュ提案への支持も
要性を説いてきたので、ブッシュ構想には賛成だ。た
増えるだろう」との見解を示した。
だ、10 年という目標は長すぎる上、中東地域全体の
FTA 創設というのは不可能に近い。米州自由貿易圏
<イスラエルを巡る諸問題の解決を>
(FTAA)は 30 を超える国々が FTA をめざし交渉中だ
5 月 11 日付「アラブ・ニュース」紙は、中東 FTA は
が、先行きは不透明。アジア太平洋経済協力(APEC)
「真剣に検討すべき提案」と評価しつつも、2 つの点に
のように自由化交渉がしやすいと思える枠組みであっ
留意すべきとした。第 1 に、アラブ国内の弱い企業や
ても極めて難しい。
産業が米国によって駆逐されないための保護措置が
モロッコやいくつかの湾岸の国との FTA は比較的
必要。第 2 に、米国の文化的帝国主義が強要されて
容易かも知れないが、一般に中東諸国の貿易政策は
はならないとし、「米国は、豊かな経済、自由な資本移
時代に逆行しているし、イスラエルを巡る確執も強い。
動、多元的民主主義に基づくが、それが必ずしもあら
したがって、特恵関税の供与など米国側でできること
ゆる国で有効と考えるべきではない」と警告した。
から始めるべきだ。
同紙(5 月 12 日付)はまた、「91 年の湾岸戦争後、
○ ダン・グリスウッド氏(ケイトー研究所通商政策研究
“中東開発銀行”を創設する考えが生まれたが、米国
センター準研究員)
がこれにイスラエルの参加を求めたため、同構想は頓
良い提案だ。中東諸国には、平和と政治改革だけ
挫した」とする。「今回の中東 FTA 構想がイスラエルを
でなく経済改革も必要。この地域は石油以外の分野
含むものであるならば、イスラエル・パレスチナ紛争を
への投資や貿易が極めて少なく、世界経済からとり残
国連決議に沿う形で解決し、イスラエルとシリア問題
されている。これがこの地域の若者から希望を奪って
(ゴラン高原の返還)、イスラエルとレバノンの国境紛争
いる。貿易は魔法の杖ではないが、世界との接点を持
を終わらせ、アラブ諸国によるイスラエル認知がなされ
つための有益な道具。国によって FTA 締結までに要
なければならない」とし、イスラエルを巡る諸問題の解
する時間は異なるだろう。エジプト、バーレーン、クウェ
決を進めるべきと主張した。加えて「中東 FTA 構想は、
ート、カタール、UAE などは比較的可能性が高いが、
決して非現実的ではないが、中東諸国の政治制度や
シリア、リビア、サウジアラビア、スーダンなどとは極め
機構制度の遅れ、ナショナリズム、巨大な経済格差な
て難しい。
どが障害となるだろう」とし、同構想の道のりは険しいと
○ マーク・マイルス氏(ヘリテージ財団、国際貿易経
の見解を示した。
済センター研究員)
(ニューヨーク・センター)
ブッシュ構想は、経済的にも政治的にも優れたアイ
デアで、世界的な貿易自由化の流れに沿うもの。この
構想が進めば、中東諸国に便益を与えることは間違い
◇ 中東諸国との FTA を提案(その3)
ない。しかし、問題は彼らの指導者たちがこれを受け
―識者の見方―
入れるかどうかだ。貿易によって中産階級が豊かにな
(2003 年 5 月 20 日)
れば、彼らは政治的自由を求める。それをアラブ指導
ブッシュ大統領が 5 月 9 日に明らかにした中東諸国
者たちが果たして容認するかということだ。
との自由貿易協定(FTA)構想への見方を識者に聞い
○ マイケル・ヤング氏(ジョージワシントン・ロースクー
た。①FTA 締結の可能性は国によって異なる、②本構
ル教授)
想は経済・政治の両面での効果を狙ったもの、③FTA
人々が考えるほど、中東地域との FTA は難しくない
は米国よりも中東諸国への便益が大きいなどの見方が
だろう。既に、欧州とは多くの FTA が締結され、また交
示されたが、特恵関税供与の是非については意見が
渉中である。さらに、彼らの経済は非常に小さく、米国
分かれた。
を脅かす産業も少ないため、米国内の反対も小さいだ
ろう。(注:欧州は、中東地域でチュニジア、イスラエル、
<中東の指導者は FTA を受け入れるか>
モロッコ、パレスチナと FTA、ヨルダン、レバノン、エジ
―ブッシュ大統領の構想を評価するか。10 年以内
プトとは特恵的な協力協定を結んでいる。)
に FTA を結ぶことは可能か。
132
<中東の市場改革、政治改革を促す>
○ グリスウッド氏
―ブッシュ提案の狙いは何か。経済的利益、安全
ブッシュ政権の提案の方がより中身があり広範囲だ。
保障上の利益を目指したものか、あるいは単に政治的
農産品や繊維などへの高関税は削減されるべきで、
アピールに過ぎないのか。
その意味でボーカス議員の提案は正しい。しかし、最
○ グレッサー氏
大の問題は特恵関税を供与するという手法では、彼ら
いずれの要素も含まれているように思うが、経済的
に国内改革への圧力がかからない点だ。
利益が一番小さいだろう。ただし、米ヨルダン FTA がヨ
○ マイルス氏
ルダンに良い経済効果をもたらしており、アラブ諸国
一方的な特恵制度よりは互恵的な協定を結ぶべき。
のうち数カ国が既に米国との FTA に関心を示している。
彼らの国内改革を支援し、自助努力を側面支援する
ブッシュ政権は、議会やバシェフスキー前 USTR(米通
方法が望ましい。米国と包括的な FTA を結ぶことがで
商代表部)代表らから、中東への経済関与のなさを批
きれば、中東諸国は欧州と FTA 交渉を進める場合に
判されていた。ブッシュ政権の中東政策に、これまで
も、特に農業分野の市場開放で圧力をかけることがで
なかった経済的側面を加え、政治、安全保障政策を
きるだろう。
側面支援するという狙いがある。
○ ヤング氏
○ グリスウッド氏
FTA だけでは貿易体制は歪んでしまう。FTA は世
外交政策上の理由が大きいだろう。FTA によって米
界全体の大きな貿易の枠組みの中で考えるべきだ。
市場を開放すれば、中東諸国は農産品、軽機械など
た だ し 、 FTA は 自 由 化 を 加 速 す る 役 割 を 持 つ 。
を輸出できるようになるだろうが、それよりも FTA によっ
NAFTA がウルグアイ・ラウンドを加速させたように、現
て中東市場を開放し改革を促し、政治改革を進める。
在世界で多く結ばれている FTA は、貿易自由化が決
これが最大の目的と言える。
して国内産業の脅威にはならないことを知らしめて、ド
○ ヤング氏
ーハ・ラウンドを後押しするだろう。ただし、ドーハ・ラウ
FTA には、常に経済的、政治的両面の理由がある。
ンドの最大の課題は農業。多くの FTA は農業につい
メキシコとの FTA(NAFTA)は経済的理由に加え、ヒス
ては自由化を避けているため、その点は影響が限定
パニック支援という政治的理由があった。中東 FTA 構
的だ。
想もその典型だ。この地域の経済は悲惨な状況で、
FTA によって少しでも経済が改善されれば、それが政
<中東諸国への便益が大きい>
治的安定に寄与する。また、彼らを世界の通商体制に
―中東 FTA の便益は米国、中東のどちらに多くも
組み込む必要性もある。人々に多くの選択肢を与えれ
たらされるか。米国は総じて既に関税が低く、米側が
ば、人々はそれを当然のこととみなし、政治の世界で
譲歩する分野は少ないのでは。
も多くの選択肢を求めるようになる。
○ グレッサー氏
一般に米国側の関税は低いが、中東諸国が主力産
<FTA のみでは不十分>
品としている石油以外の製品、例えば革、衣類、織物、
―ボーカス上院議員(民、モンタナ)は、米国側から、
オリーブなどに対する関税は高い。こういった高関税
まずは特恵関税など即効性のある支援策を講ずるべ
の悪影響を最も被っているのがエジプト、トルコ、カン
きとし、他方ブッシュ政権は互恵的な長期政策を主張
ボジア、パキスタン、インドネシアなどで、これらが削減
しているが。
されれば、彼らにとって大きな便益になる。10 年といわ
○ グレッサー氏
ず、短期にできることから始めるべきだ。
米側からまず、この地域全体への支援策を講ずる
中東 FTA 構想は USTR ではなくホワイトハウスによ
べきだ。二国間 FTA はそれを結ばない国との間に不
る発案と思われる。やや素人的発案だが、中東に対し
公平を生む。特定地域への支援策も、そうでない地域
て何かをするとの意思が表れている。野心的なゴール
との格差をもたらす。アンデス特恵関税制度は、エクア
を設定し、その方法は USTR に任せるというものだ。
ドルのまぐろ産業に恩恵を与えたが、タイやフィリピン
○ グリスウッド氏
のまぐろ産業には打撃を与えた。優れた繊維産業を持
貿易は基本的に双方に利益をもたらすが、どちらか
つエジプトと FTA を結べば、同様に繊維産業の多い
と言えば中東諸国が得る便益の方が大きいだろう。米
パキスタンは打撃を受けてしまう。つまり、対象範囲は
国の経済は彼らに比べて格段に大きい。チリやモロッ
広いほうが好ましい。
コとの FTA がそうであるように、彼らに与える変化と利
133
益は大。中東諸国にとっても、国内の競争が増えるこ
締結済みである。
とは良い結果をもたらすだろうし、米国への輸出機会
ゼーリック米通商代表は 5 月 21 日、バーレーンのサル
も増え、特にこの地域の若い世代に希望を与えるだろ
マン皇太子と会談。「バーレーンとの FTA は中東地域
う。
の経済統合と改革を促す」と述べるとともに、2004 年の
○ マイルス氏
早い時期に交渉を開始したいと述べた。また、現在交
双方に利益がある。貿易依存度の高い国同士は、
渉中のモロッコとの FTA 交渉は年内にはまとめたいと
お互いを必要としており、それだけで紛争、戦争のリス
した。
クが低くなる。中東諸国には、石油だけでなく多くのポ
ゼーリック代表は 5 月 8 日に国際経済研究所(IIE)
テンシャルをもったサービス産業や工業がある。中東
のセミナーで講演し、米国が FTA 交渉を行う要件のひ
には高等教育を受けた人々がたくさんいる。イラクがイ
とつに「外交政策および安全保障面で米国と協力関
ンドのような科学や産業の基地にならないとは言い切
係にあること」を挙げた。バーレーンには米軍兵士約
れない。
1,000 人が駐留し、キーティング海軍中将率いる第 5
○ ヤング氏
艦隊が拠点を置くなど、同国は中東における米国の重
米国が得られる利益はあまり多くない。中東諸国は
要な戦略拠点となっている(ただし、2002 年 4 月には、
マーケットとしては小さすぎる。彼らが関税を撤廃して
約 2,000 人の学生による反米・反イスラエル・デモが起
も、米国経済全体に与える効果はほんのわずかだろう。
き、約 500 人が負傷するという事件が起きた)。バーレ
競争が起きることは中東諸国にとってプラス。
ーン政府は、米国の対イラク攻撃に早い段階から支持
(ニューヨーク・センター)
を表明し、支援部隊をクウェートに送り込む措置をとっ
た。こういった点も、今回の迅速な FTA 交渉開始の発
表につながっている。
◇ バーレーンとの FTA 交渉開始を発表
―強まる安全保障政策との連携―
<FTA の効果に疑問も>
(2003 年 5 月 29 日)
USTR によれば、バーレーンの関税はすでに相当
ブッシュ大統領は、バーレーンとの自由貿易協定
程度低く、2004 年には通信市場が開放されるなどサ
(FTA)交渉に入ることを明らかにした。同大統領は 5
ービス分野の自由化も進んでいる。USTR は FTA によ
月 9 日に中東諸国との FTA 構想を打ち出しており、今
って市場開放がさらに進めば、金融、流通、エネルギ
回の発表は同構想を受けた具体的な第一歩。2004 年
ー、建設、医療、教育などの分野で米国企業の利益
早々には交渉を開始したい考えだ。バーレーンは米
が一層見込まれるとしている。また FTA はバーレーン
国の対イラク攻撃を支持し、今後も中東地域における
市場の透明性向上、法律による統治の強化、知的所
米国の重要な戦略拠点と位置付けられる。ブッシュ政
有権保護、電子商取引の発展を促進するとした。
権は FTA 戦略を外交・安全保障政策に関連付ける姿
ボーイングやシティバンクなどを会員に持つワシント
勢を強めている。
ンのロビー団体、米国外国貿易評議会(NFTC)は、
「バーレーンは中東における経済改革のリーダーで、
<中東の重要な軍事拠点>
洗練された投資環境を持つ。また、この地域での米国
ブッシュ大統領は 5 月 21 日、バーレーンとの FTA
のカギとなる外交パートナーでもある」と述べ、同 FTA
交渉を開始すると正式に発表した。貿易促進権限
構想を支持する考えを表明した。しかし、ある議会関
(TPA)は、米国が外国と貿易協定交渉を行う場合、大
係者は「バーレーン経済はあまりに小さく、同国との
統領に対し、その 90 日以上前に議会に通知すること
FTA は経済的にほとんど意味がない」とし、その効果
を義務付けている。今回の大統領発表はこの規定に
に疑問を呈した(米通商情報誌)。
基づく措置。
同じく、中東地域で米国の有力な FTA 候補に挙が
ブッシュ大統領は、去る 5 月 9 日に中東諸国との
っているエジプトは、GDP でバーレーンの約 12.5 倍
FTA 構想を打ち上げたが、これによれば、米国は
(987 億ドル、2000 年)、6,400 万の人口を擁する。しか
①WTO に加盟し、②米国と投資協定を締結している
し、進歩的政策研究所(PPI)のグレッサー研究員は、
国と FTA 交渉を行う用意がある。現在、中東地域では、
エジプトをはじめ中東諸国との FTA 交渉は困難が多
エジプトとバーレーンがこの条件に合致する。米国と
いと見る。「中東諸国の貿易障壁はきわめて高く、これ
バーレーンは 2002 年に貿易投資枠組協定(TIFA)を
ら諸国との FTA は、米州自由貿易地域(FTAA)やア
134
ジア太平洋経済協力(APEC)よりもはるかに困難。ま
<アフリカ重視の姿勢を強める>
た、例えばエジプトが強みを持つアパレル、綿などの
ブッシュ大統領のアフリカ訪問は当初 1 月に予定さ
輸出品目は、米国にとってまさにセンシティブ製品で
れていたが、イラク攻撃のため延期されていた。今回
ある」とする。同氏は「むしろ特恵関税の供与など、ま
の訪問は、5 日間で 5 カ国を回るという過密日程。米大
ずは米側の措置を講ずるべきだ」と主張する。
統領のアフリカ(サハラ以南のアフリカ諸国)訪問として
は、F.ルーズベルト(43 年にガンビア、リベリア、セネ
<経済規模はきわめて小さい>
ガル)、カーター(78 年にナイジェリア、リベリア)、ブッ
商務省統計によると、2002 年の米国の対バーレー
シュ(父)(93 年にソマリア)、クリントン(98 年にガーナ、
ン輸出は 4 億 1,900 万ドル(米国の輸出先順位で 71
ウガンダ、ルワンダ、南アフリカ、ボツワナ、セナガル、
位)、輸入は 3 億 9,500 万ドル(同 76 位)で、輸出入は
2000 年にナイジェリア、タンザニア)の各大統領に続く
ほぼ均衡している。米国の主な輸出品は航空機、機
5 人目。エジプト、チュニジアなど北アフリカを含めれ
械、武器、自動車、電気機械。輸入は衣類、アルミニ
ば、アイゼンハワー、ニクソン大統領らも訪問してい
ウム、飼料、綿、有機化学品。
る。
米国の対バーレーン輸出は、最近 10 年間は約 3 億
現ブッシュ政権は、特に 9 月11日のテロ事件以降、
ドルから 5 億ドルの幅で推移。航空機輸出の増減が貿
アフリカ重視の姿勢を強めてきた。同政権からはすで
易額を左右する傾向が強い。輸入はほぼ 4 億ドル前
にパウエル国務長官、オニール財務長官(当時)、エ
後で変化が少ない。バーレーンの主要輸出相手国は
バンス商務長官、ゼーリック通商代表ら主要閣僚がア
インド、米国、サウジアラビア、日本。輸入はサウジアラ
フリカを訪問した。今回のブッシュ大統領歴訪の目的
ビア、米国、英国、フランスである(2000 年)。
は、①反テロ戦争のための協力強化、②米国一国主
バーレーンの人口は 65 万人。GDP は 79 億ドルで、
義外交批判への対処、③エイズ対策支援、④経済・貧
ミャンマーやジャマイカと同規模(日本の約 500 分の1)。
困・飢餓対策支援、⑤エネルギー問題―などであっ
ただし、一人あたり GDP は 1 万 2000 ドル(2000 年)と、
た。
中東諸国の中では上位に位置する。石油の生産およ
び精製が同国輸出の 60%、国民総生産(GDP)の
<一国主義批判をかわす>
30%を占める。
①の反テロ対策は最も重要な課題であった。国務
米中央諜報局(CIA)は同国の直面する経済問題と
省はこれまで、東アフリカ地域がアル・カイダなどテロ
して、若年層の失業(全体の失業率は 15%、98 年)と、
組織の温床となっているとたびたび警告。ブッシュ大
石油資源、地下水の減少を挙げる。米国が関心を示
統領は 7 月 12 日、訪問先のナイジェリアでオバサンジ
す電気通信分野を見ると、バーレーンのインターネッ
ョ大統領との会談後、「アフリカをテロの基地にさせて
ト・ユーザーは 14 万人(人口比 22%)、インターネット・
はならない」と訴え、同地域の反テロ対策に 1 億ドルを
サービス・プロバイダーは 1 社による独占となっている
拠出する考えを明らかにした(具体的な支援内容は不
(2000 年時点)。
明)。ブッシュ大統領はまた、貧困や人権抑圧がテロを
(ニューヨーク・センター)
生む一因であるとし、訪問先々で貧困撲滅、人権擁護
を強く説いた。戦略情報誌「ストラットフォー」は、対テ
ロ対策におけるブッシュ大統領の目的は、「米国が諜
◇ ブッシュ大統領、アフリカ歴訪(その1)
報能力に劣るアフリカ地域で、特にテロ組織の情報収
―政治・外交・経済での利益を追求―
集について各国から協力を得ること」と分析した。
(2003 年 7 月 17 日)
②イラク攻撃を機に米国の一国主義や強硬外交に
ブッシュ大統領は 7 月 8∼12 日にかけて、セネガル、
対する批判が高まったが、アフリカ諸国で米国のイラク
南アフリカ共和国、ボツワナ、ウガンダ、ナイジェリアを
攻撃を明示的に支持したのはエリトリア、ウガンダ、ル
訪問した。反テロ対策、エイズ、貧困・飢餓問題、リベリ
ワンダ、アンゴラの 4 カ国のみであった。南アフリカの
ア問題などが話し合われた。大統領のアフリカ訪問の
マンデラ元大統領は、米国のイラク攻撃を最も厳しく
背景には、反テロなどの政治・外交上の目的とならび、
批判した 1 人である(今回スケジュールが合わないとの
アフリカへの医薬品・GM食品輸出、新たなエネルギ
理由で両氏は会談せず)。
ー源確保などの経済的利益の追求がある。
ブッシュ大統領にはアフリカ訪問中、対話や融和的
外交姿勢、各種支援策を通じ、一国主義批判を和ら
135
げようとする意図がうかがえた。大統領はアフリカ訪問
飢餓対策支援を打ち出した。7 月 8 日に発表された
の第一歩として、かつて奴隷貿易の基地であったセネ
「2003 年・国連人間開発報告書」によれば、90 年代を
ガルのゴレ島で演説。「奴隷制度は史上最悪の犯罪
通じてサハラ以南のアフリカ諸国の 1 人あたり平均所
の 1 つ」とし、奴隷制度の過ちを認めた。ただし謝罪の
得は 0.4%減少、1 日 1 ドル以下で暮らす貧困層は 90
言葉はなかった。
年の 47%から 99 年には 49%に拡大した。上記のとお
セネガルでは、ワッド大統領および西アフリカ諸国
り、ブッシュ大統領は貧困がテロの温床となっていると
の 6 人の首脳と同時に会談するなど、各国首脳と精力
強調し、貧困撲滅を訴えたが、その一環として、栄養
的に対話をした。前掲「ストラットフォー」誌は、「イラク
価が高く耐性に優れた遺伝子組み替え(GM)農産物
やイスラエル問題で世界の注目は中東に集まり、アフ
の輸入規制撤廃、輸出拡大を主張した。欧州連合は
リカ問題は取り残されてしまった。ブッシュ大統領のア
GM 食品の輸入規制を敷き、これに歩を合わせる形で
フリカ訪問によってアフリカ諸国は再度注目されるよう
ザンビアなどアフリカ諸国の一部でも GM 食品による
になり、その見返りに米国は反テロでの協力を求める
援助受け取りを拒否する動きが出ている。
だろう」と論じた。しかし、南アフリカの「サンデー・タイ
米国は、南アフリカ関税同盟(南アフリカ、ボツワナ、
ムズ」紙は、「ブッシュ氏に人間らしさを与えようと十分
レソト、スワジランド、ナミビア)との自由貿易協定
練られたアフリカ訪問は、米国内の選挙対策としては
(FTA)交渉を進めており、貿易拡大による経済支援、
良い効果をもつかもしれない」と皮肉まじりに報じ、ア
貧困救済支援も図る。また、サハラ以南諸国に対する
フリカ諸国への直接的な便益は薄いとの見解を示し
特恵関税を供与するアフリカ機会成長法(AGOA)に
た。
ついて、6 月 26 日、ブッシュ大統領は「(同法は失効期
限を迎える)2008 年以降も有効とすべき」と AGOA の
<巨額のエイズ対策支援>
延長を支持する発言を行った。現在 AGOA の延長を
③ブッシュ大統領はアフリカ歴訪中、エイズ患者を
含む複数法案からなる通商法案(H.R.1047、S.671)が
見舞ったり、同地の担当医と懇談するなどエイズ問題
議会で審議中。ブッシュ政権高官は、AGOA の 2015
に取り組む姿勢を強く示した。エイズ対策支援として同
年までの延長を示唆している。
大統領は、今後 5 年間で 150 億ドルという巨額の支援
策を打ち出した。2003 年度の米国の HIV/AIDS 基金
<供給市場と開発の両面に食指>
が 8 億 9,980 万ドル(国際開発庁および疾病予防セン
⑤エネルギー問題では、アフリカのエネルギー不足
ターの同対策予算)であることを考慮すればその金額
への対応および米国のアフリカ石油資源への参入と
の大きさがうかがえる。
いう 2 つの視点がある。前者については、例えば今年
大統領がエイズ対策支援に取り組む背景には、人
3 月下旬にフロリダ州でエネルギー省、国際開発庁、
口の 9%、約 2,850 万人がエイズに感染しているという
環境保護省による合同作業部会が開かれ、この中で
アフリカ・エイズの深刻さもさることながら、エイズ対策
開発途上国における「エネルギー貧困」問題が討議さ
による莫大な経済利益を見込む米大手製薬企業の圧
れた。国際開発庁によれば、世界中で 20 億人が十分
力や米国内のエイズ撲滅支援団体からの支持取り付
な電力供給を受けておらず、その大半がアフリカ国民
けといった国内的な思惑があるとみられている。ブッシ
である。米政府と米エネルギー業界は協力し、アフリカ
ュ大統領は 7 月 1 日、同政権のエイズ対策責任者に、
へのエネルギー・インフラ支援などを推進する。
医薬品大手イーライ・リリー社の元会長ランディ・トビア
2001 年 5 月にブッシュ政権が明らかにした「国家エ
ス氏を指名した。
ネルギー戦略」は、既にアフリカ・エネルギー資源の高
アフリカ支援団体からは、医薬品業界とブッシュ政
い潜在力に注目している。また、去る 6 月 24 日から 27
権との癒着を批判する声があがっている。ナイジェリア
日にかけてワシントンで開催された米アフリカ・ビジネ
の「デイリー・トラスト」紙は「ブッシュ提案で最も利益を
スサミット(ブッシュ大統領もこの場で演説)の会期中に
得るのは巨大医薬品企業だ。この提案では、手ごろな
は、「西アフリカの石油・ガス開発」、「アンゴラの石油
エイズ対抗大衆薬は支援対象にならず、医薬品企業
産業」、「ナイジェリアの天然ガス」、「アフリカの石油:
に補助金が与えられるに過ぎない」との見解を示した。
その戦略的意義」といったアフリカのエネルギー開発
を主題とするセミナーが多数開催された。ナイジェリア
<GM食品輸出、貿易拡大を目指す>
は既に米国石油輸入量の 10%を占める。「ブッシュ政
④ブッシュ大統領はまた、10 億ドルの対アフリカの
権は政治的に不安定な中東への過度の石油依存を
136
見直し」(「クリスチャン・サイエンス・モニター」、7 月 9
る」というメッセージを指導者達に送る必要がある。
日)、ロシア、カスピ海周辺に新たな供給源を模索して
ブッシュ大統領は就任前にはほとんどアフリカ
いるが、アフリカにもその食指を動かし始めたと言えよ
に目を向けていなかったが、9 月 11 日のテロ事件
う。
と、アフリカの石油資源の重要性(後述)がこれを
(ニューヨーク・センター)
変えた。貧困と疲弊する経済がテロの温床になっ
ている。在アフリカ米大使館へのテロ事件、イスラ
エル航空機へのテロ未遂事件などの実行犯も、ソ
◇ ブッシュ大統領、アフリカ歴訪(その2)
マリアやスーダン出身と見られる。今回のアフリカ
―識者の見方―
訪問には、米国内の黒人層へのアピールという目
(2003 年 7 月 22 日)
的もある。クリントン氏の訪問は明らかにそれを目
ブッシュ大統領は 7 月 8∼12 日にかけて、アフリカ 5
的としたものだった。
カ国を訪問、反テロ対策、エイズ、貧困・飢餓問題、リ
ベリア問題などを話し合った。ジェトロ・ニューヨークで
<エイズ問題では南アの対応に不満>
は、本歴訪への見方をライマン外交評議会上級研究
問:エイズ問題では巨額の支援策が提示された。また、
員、アイエティ・アメリカン大学助教授に聞いた。
この問題では南アフリカ(南ア)との意見相違が注
目されたが。
<各国の関心をアフリカに向けた>
ライマン氏:米議会は大統領の提案(5 年で 150 億ド
問:アフリカ歴訪全体の印象、対テロ対策についての
ル)に近い金額を予算化するだろう。大きな支援だ。
評価は。
南アは米国のイラク攻撃に反対したが、首脳会談
ライマン氏:訪問は全般に成功。ブッシュ政権のアフリ
では対決姿勢をうまく回避した。ムベキ大統領は
カ問題への取り組み姿勢をアピールするのに役立
かつて HIV/AIDS 対抗薬の効能に疑問を呈したが、
った。リベリア派兵とイラク攻撃の情報操作の問題
母子感染の予防薬の販売に関する裁判で国が負
に注目が集まり(テロ、エイズ、貧困問題への)焦
けたことも影響し、現在は積極的にエイズ撲滅を
点がぼやけた点は残念。イラクとアフガニスタン問
進めている。しかし、レトルウィルス薬の扱いにつ
題のために、現在、世界のアフリカに対する関心
いては、コストとの関連で依然極めて慎重だ。
は低く、振り向けるリソースも限られている。事実、
アイエティ氏:ブッシュ大統領は 150 億ドルという巨額
国連は加盟各国に合計 50 億ドルの人道援助の拠
のエイズ支援策を計上したが、財政赤字、大型減
出を求めたが、イラクやアフガニスタン向けに比べ、
税、長引くイラク駐留などを考えると、実施可能か
アフリカ向けは非常に少なく、希望額の 4 分の 1 に
疑問。南アのムベキ大統領との会談は、よく練られ
とどまった。アフリカ諸国は、米国の各種支援提案
てはいたが、ぎこちないものだった。南アはイラク
がどこまで実施されるのか懐疑的だ。
攻撃に強く反対した。マンデラ元大統領との会談
ケニアやタンザニアのテロ組織は深刻な問題。
も行われなかった。マンデラ氏は「ブッシュ大統領
米国大使館やイスラエルなどがテロの標的となっ
には先見性がない」とまで言ったが、対照的に同
ている。シエラレオネやテイラー大統領のいるリベ
氏はクリントン前大統領とは極めて良好な関係に
リアでは、ダイヤモンド採掘で得た資金がテロの資
あった。ムベキ大統領は国内のエイズ患者にレトロ
金源となっている。他方、興味深い点は、セネガル
ウィルス薬を与えることを認めていない。米国はこ
やマリなどのイスラム国が穏健派であることで、これ
の問題での南アの対応が鈍いとしており、同大統
が継続すればアフリカ・イスラムは中道勢力として
領のより強いリーダーシップを求めたと思われる。
の地位が高まろう。
(注:南アの成人人口に占める HIV/AIDS 患者の割合
アイエティ氏:人々がアフリカに目を向けたという意味
は 20%に達し、今回訪問した 5 ヶ国の中では、ボ
でブッシュ大統領の訪問は歓迎できる。しかし、過
ツワナの 39%に次いで高い)
度の期待も禁物。クリントン大統領がアフリカを訪
問したときの期待は非常に大きく、その反動でむし
<GM 食品が飢餓に必要化は疑問>
ろ状況はその後悪化した。ブッシュ大統領は「米
問:遺伝子組み替え(GM)食品の輸入問題で、アフリ
国は多くの支援を与えることができるが、アフリカ
カ諸国はどう対応するのか。
自身が改革に取り組まなければ支援はむだにな
ライマン氏:欧州は GM 技術を使った食品の輸入は一
137
切認めないとしており、輸出を望むアフリカ諸国に
だ。彼らは国が崩壊して難民が大量発生しては困
とっては難しい問題。欧州の NGO からの圧力も強
るのだ。また、南アやナイジェリアは、ジンバブエの
い。推進派、反対派ともに科学的で公平な議論が
反体制派を欧米の手先とみなしており、可能な限
必要。ロックフェラー財団はナイロビに同問題の研
りジンバブエ与党内での首脳交代を探りたい考え
究プログラムを創設する。こういう一歩が重要だ。
だ。
なお、南アは GM 食品の生産者であり消費者でも
問:米国は南 ア フリカ関税同盟との自由 貿易協定
あり、他のアフリカ諸国とは立場が異なる。
(FTA)交渉を継続中。この見通しは。
アイエティ氏:ザンビアなどの一部アフリカ諸国は、欧
ライマン氏:南アフリカ関税同盟との FTA 交渉は重要
州の輸入規制に呼応し GM 食品を拒否している。
だが、各国の抱える課題が異なり、交渉妥結まで
GM 食品が飢餓対策に必要という米国の論理は疑
には 2∼3 年はかかるだろう。アフリカの農産物市
問だ。アフリカに今 GM 食品が必要とは言えない。
場の開放が最大の障害になる。
確かに飢餓問題は生じているが、それは内戦、イ
アイエティ氏:アフリカには本来、援助ではなく貿易(輸
ンフラの破壊、誤った農業政策によるもの。50∼60
出 ) が 必 要 だ 。 FTA や ア フ リ カ 機 会 成 長 法
年代のアフリカは食料自給が可能であったし、ジ
(AGOA)は意味ある政策だが、アフリカには輸出
ンバブエは周辺国に輸出さえしていた。政治の混
競争力のある製品が少ない。貿易協定を多く結ん
乱で農業生産システムが崩壊した。こういう地域に
でも輸出力がなければ、米国製品がアフリカ市場
GM 食品やその技術を導入しても効果は薄いだろ
に入ってくるだけで恩恵は少ない。
う。
<リベリア派兵では意見分かれる>
<長所の多い西アフリカの石油資源>
問:米国はリベリアに派兵すべきか。
問:アフリカの石油資源もブッシュ訪問の目的の 1 つと
ライマン氏:リベリアに派兵し、安定化を進めるべきだ。
見られたが。
しかし、わずかな兵を送り込むだけでは失敗に終
アイエティ氏:不安定な中東情勢を考えると、西アフリ
わる。英国はシエラレオネで、フランスはコートジボ
カの石油資源は魅力的な選択肢。特に、ギニア湾
ワールで平和維持活動を行っている。米国とリベリ
を中心とし、ナイジェリア、カメルーン、チャド、アン
アの関係は建国以来の長きにわたる。イラクへの
ゴラ、赤道ギニアの莫大な埋蔵量が注目される。
駐留などで余力は少ないが行動が必要。テイラー
西アフリカの石油資源は、①距離的に米国に近い、
大統領は亡命の意思を示しているが、これまでもこ
②硫黄分が少なく精製コストが抑えられる、③海洋
の種の発言を繰り返しており、信用できない。シエ
油田が主であるため、国内の厄介な政治問題に
ラレオネの場合、国連部隊は 1 万 1,000 人に上っ
関わらずに開発を進めやすいという利点がある。
たので、リベリアにもこの程度の規模は必要だろ
(注: 米エネルギー省によれば米国の石油消費量に
う。
おける対外依存度は約 50%。その 4 分の 1 が中
アイエティ氏:リベリア問題では、米国よりもガーナ、ナ
東地域であり、日本などアジア諸国の中東依存に
イジェリア、セネガルなどの周辺国の介入が望まし
比べれば低い。国別の輸入先は 1 位カナダ、2 位
い。フランスがコートジボワールに派兵し、英国が
サウジアラビア、3 位ベネズエラ、4 位メキシコで、こ
シエラレオネに介入し、今米国がリベリアに派兵す
れら 4 カ国で全輸入量の 55%を占める。2000 年)
れば、欧米によるアフリカの再植民地化に等しい。
何か問題が起きると、アフリカの指導者は責任を回
<ジンバブエへの対応では温度差>
避し、国際社会に助けを求めるという構図が続い
問:ジンバブエ問題への対応では、米国とアフリカ諸
てきた。米国は武器・技術支援などにとどめ、派兵
国のスタンスはどう異なるのか。
は見送るべきだ。
ライマン氏:米国はジンバブエのムガベ大統領批判を
(注:米政府は 7 月 7 日、リベリアに調査団を派遣し、
強めているが、アフリカ諸国は近隣国の指導者を
派兵の可能性や規模を調査中。米国防省は 2000
批判することに極めて消極的で、南アも水資源や
人程度までの派兵が選択肢としている。ただし、ブ
電力カットによる経済制裁は行わないだろう。アフ
ッシュ大統領は 7 月 14 日のアナン国連事務総長と
リカ諸国は、舞台裏ではムガベ大統領に対し反体
の会談で、「西アフリカ諸国経済共同体
制派との対話を促し、辞任の道を探っているはず
(ECOWAS)が主要な役割を担う」として、米軍の
138
関与は限定的になるとの考えを示した)
ちた経済を育て、人々の生活水準を上げる」と述べ、
(識者プロフィール)
モロッコとの FTA を始め、中東諸国との FTA がいかに
○プリンストン・ライマン氏
重要かを強調した。また同フォーラムで、ゼーリック代
外交評議会アフリカ政策研究上級研究員。元ナイ
表は、モロッコの次の FTA 交渉国としてバーレーンの
ジェリア、南アフリカ大使。クリントン政権時代に国際機
名前を挙げた。
関 担 当 国 務 次 官 補 。 主 著 に Partner to History :
ThEU.S. Role in South Africa's Transition to
<農業問題が交渉のポイント>
Democracy (2003)。
アフリカ大陸の北西の端に位置するモロッコは、EU、
○ジョージ・アイエティ氏
アフリカ、中東諸国との通商関係が深く、国際通貨基
アメリカン大学経済学部助教授。自由アフリカ基金
金(IMF)の統計によると 2002 年のモロッコの総貿易額
会 長 。 ガ ー ナ 出 身 。 主 著 に Indigenous African
195 億ドル(輸出 79 億ドル、輸入 116 億ドル)のうち米
Institutions
Ghana's
国との貿易は、約 10 億ドル(米国の対モロッコ輸出 6
Economic Recovery (1997), Africa in Chaos (1998)があ
(1992),
The
Blueprint
for
億ドル、対モロッコ輸入 4 億ドル)にすぎない。また、商
る。
務省の 2002 年の統計でも、モロッコは米国にとって世
(ニューヨーク・センター)
界第 73 位の貿易相手国に止まっている。米国の輸出
が少ない理由の一つに、対米製品に課されるモロッコ
の関税率が挙げられる。現在、米国製品に課されるモ
◇ 米国-モロッコ自由貿易協定交渉が本格化
ロッコの平均関税率は 20%で、米国のモロッコ製品に
―モロッコの農業問題が交渉のポイント―
対する平均関税率 4%に比べるとはるかに高い。特に
(2003 年 7 月 29 日)
モロッコは、農業に経済の 20%、雇用の 40%を依存し
米−モロッコ自由貿易協定(FTA)交渉が、7 月 21
ている上、農産品に対する平均関税率が約 80%と高
日からワシントン DC で行われた。2003 年 1 月から開
く、同 FTA 交渉では、農業問題が最大の難関となる。
始された同交渉は、2003 年末までの締結を目指し、今
FTA により米国側は、小麦、油料種子、飼料用穀物
後、懸案である農業問題等について具体的な交渉に
等の輸出拡大およびエネルギー産業、観光産業、環
入る。交渉に先立ち同日、モロッコ側を代表する外務・
境保護産業等への参入促進を期待している。一方、
協力省のタイビ・ファシ・フィリ(Taieb Fassi Fihri)氏、
モロッコ側は、米国の技術支援を得て、農業に対する
米側交渉担当者のキャサリーン・ノベリ米通商代表部
依存度が高い国内経済改革に取り組みたい意向だ。
(USTR)欧州・地中海担当代表補らが参加し、戦略国
その中でもモロッコは特に穀物の生産に依存している
際問題研究所(CSIS)にて、同 FTA をめぐる今後の展
ことから、米国の技術支援を通して、競争力のある果
望についてのセミナーが開催された。これまでの交渉
物、野菜、石油製品産業育成を行い、米国への輸出
の経緯、ポイントと交渉担当者のコメントを紹介する。
を増やしたい考えだ。しかし、これまで農業に依存して
きた同国では、急速な産業構造改革は難しく、フィリ外
<中東自由貿易圏の第一歩>
務・協力代理大臣は、「農業製品に対する関税は、10
米−モロッコ FTA 交渉は、2002 年 4 月のブッシュ
年もしくはそれ以上かけて、段階的に削減したい」と農
大統領とモロッコ元首モハメッド 6 世との合意に基づき、
業分野開放の難しさを述べた。
2003 年 1 月に開始され、2003 年末までの締結を目指
一方、米側の交渉担当者であるノベリ USTR 次席代
している。同 FTA は、5 月 9 日にブッシュ大統領が明ら
表補は、交渉中であることを理由に農業問題に関する
かにした、今後 10 年で中東諸国と FTA の締結を目指
言及は避けた。代わりに FTA によるモロッコの知的財
すとする「中東自由貿易圏 (U.S.-Middle East Free
産権保護の改善、政府調達制度の改善による米ビジ
Trade Area/MEFTA) 」構想の一環として注目されて
ネスの参入拡大への期待を述べるとともに、「交渉は
いる。米−モロッコ FTA が締結されれば、イスラエル
順調に進んでいる」として、年内の FTA 締結に自信を
(1985 年)、ヨルダン(2001 年)に続く、同地域で 3 番目
みせた。
の FTA となる。6 月にヨルダンで開催された世界経済
フォーラムに参加したゼーリック USTR 代表は、「米国
<議会はモロッコ・コーカスを組織>
は、今後長期にわたり、根気強く MEFTA 設立を目指
米−モロッコ FTA を支持するフィル・イングリッシュ
す。MEFTA を通じて、中東諸国に自由且つ活力に満
下院議員(共、ペンシルバニア州)は、上述 CSIS のセ
139
ミ ナ ー で 、 議 会 モ ロ ッ コ 議 員 総 会 ( Congressional
<関係改善の一歩となるか>
Morocco Caucus)の翌 22 日からの始動を発表した。イ
米国とサウジアラビア(以下、サウジ)政府は 7 月 31
ングリッシュ下院議員ら 4 名の議員が共同代表を務め
日、ワシントンで貿易・投資枠組み協定(TIFA)を締結
る同議員総会は、現在 10 名の超党派議員から構成さ
した。ゼーリック通商代表部(USTR)代表とヤマニ商工
れており、来月にはメンバーを 20 名まで増やしたい意
業大臣が調印した。USTR によると、両国は政府代表
向だ。22 日には、ゼーリック USTR 代表も参加した同
による常設評議会を設け、今後両国間の貿易・投資問
議員総会のプレス発表が連邦議会で行われた。22 日
題、内国民待遇、知的財産権などの問題を定期協議
付の通商関係紙によるとゼーリック代表は、現在進行
する。
中のモロッコとの FTA 交渉において、米政府は農産物
ブッシュ大統領は 5 月 9 日、中東地域との FTA を
の関税引き下げ問題に関し、スケジュールなどについ
2013 年までに結ぶ構想を発表したが、その際①WTO
て、柔軟に対応する準備があると述べた。
に加盟、②米国と TIFA を締結している―の 2 点を
FTA 交渉に入る国の前提条件に掲げた。中東地域で
<ビジネス界は米−モロッコ FTA 連合を組織>
はバーレーンとエジプトがこれに該当し、既に米国は
ビジネス界は、AOL タイム・ワーナー社、CMS エナ
バーレーンと FTA 交渉を開始、エジプトともその可能
ジ ー 社 が 中 心 と な っ て 、 米 − モ ロ ッ コ FTA 連 合
性を検討中だ。
(U.S.-Morocco FTA Coalition)を組織し、米−モロッ
今般 TIFA を締結したサウジは、まだ WTO に加盟し
コ FTA を支援している。メンバーには、キャタピラー社、
ていない。ヤマニ大臣は「今年末までに WTO 加盟交
シティグループ、イーストマン・コダック社、フェデラル・
渉を終えたい」と早期加盟に意欲を示した。サウジが
エキスプレス社、メリル・リンチ社、マイクロソフト社、ボ
WTO 加盟を申請したのは GATT 時代の 93 年と古い
ーイング社などの大手企業が名を連ね、7 月 2 日時点
が、同国がこれまで市場開放要件の受け入れなどに
の総メンバー数は、69 社に上る。同連合は、ビジネス
難色を示してきたため、未だ加盟は実現していない。
界からの FTA に対する期待として、主に①関税引き下
EU のラミー通商担当委員は、7 月に行われたサウジと
げによる総貿易額の 10 億ドル増加、②小麦、穀物、大
の一連の WTO 加盟交渉後、同国の加盟は「早期に可
豆などの農産物および肉類の対モロッコ輸出増加、③
能」との見通しを示した。
電気通信、観光、エネルギー、映画、運輸、金融、保
一方、米サウジ関係は不安定な状態が続いている。
険産業への参入促進、④知的財産権保護の改善、⑤
TIFA の締結は、その関係修復へ向けた一歩となり得
電子商取引の導入を挙げている。同連合の代表を務
るか。サウジはイラク攻撃で米国を批判する立場をとり、
める AOL タイム・ワーナー社のローラ・レーン国際問
米国がこれに強く反発した。その後米国は、サウジが
題担当副社長は、CSIS のセミナーで、「米国の映画産
イスラム原理主義者へテロ資金を提供し、反イスラエ
業に多大な損害をもたらす著作権の侵害は、FTA 締
ル、反米運動を支援しているとし、同国にその中止圧
結により改められるべきだ」と FTA への期待を述べた。
力をかけている。また米国は、米中央軍の主要部隊を
(ニューヨーク・センター)
サウジのプリンス・スルタン空軍基地からカタールに移
すことを決めた。
5 月 12 日には、サウジの首都リヤドでアルカイダの
◇ 進展する中東、北アフリカとの FTA 交渉
犯行と見られるテロ事件が発生、2 百数十人の死傷者
―安全保障と FTA の結びつき強める―
が出た。米政府はサウジに対しテロ対策の強化を求め
(2003 年 8 月 11 日)
た。最近では、2001 年のテロ事件を巡る米議会報告
ブッシュ政権はサウジアラビアと貿易・投資枠組み
書において、サウジがテロ組織を支援していたとする
協定(TIFA)を結 んだ。将来的 には自由貿易協定
報告書 28 ページ分が機密扱いされ、これにサウジ側
(FTA)締結の可能性を探る。また、バーレーンと来年
が反発。その開示を米国に要請したが、米側がこれを
2 月に FTA 交渉を開始する旨を議会に通知。モロッコ
拒否するという一件が起きている。
とは第 4 回目の FTA 交渉を終えた。米国の中東、北ア
フリカ地域での貿易交渉、FTA 交渉の現状を概観す
<バーレーンとは来年 2 月に交渉開始>
る。また TIFA とは何か、投資条約、貿易協定とどのよ
8 月 4 日、ゼーリック USTR 代表は上下両院に対し、
うに異なるのかをまとめた。
バーレーンとの FTA 交渉を 2004 年 2 月に開始すると
通知した。貿易促進権限(TPA)の規定によると、政府
140
は貿易交渉を開始する 90 日以上前に議会にその旨
は明らかでない。第 5 回交渉は 10 月初旬にモロッコで
を通知しなければならない。今回の通知はその規定に
行われる予定。
したがったもの。
タトワイラー駐モロッコ米国大使は、「モロッコは
バーレーンと米国の貿易規模は小さく、米国にとっ
2001 年 9 月のテロ事件以降、米国支持を明らかにして
て同国は、輸出で世界 71 位、輸入で世界 76 位の地
きた国。米国はモロッコの抵抗勢力ではなく、真の改
位にとどまっている。2002 年の米国の対バーレーン輸
革派を支持する」との意向を示した。米モロッコ FTA は、
出は 4 億 1,900 万ドル、輸入は 3 億 9,500 万ドル。バ
このような対モロッコ関係強化の一環として位置付けら
ーレーンの主要輸出相手国はインド、米国、サウジア
れる。「ニューヨーク・タイムズ」紙(7 月 5 日)は、米国防
ラビア、日本。輸入はサウジアラビア、米国、英国、フ
省が今後、モロッコやチュニジアとの軍事協力、軍事
ランスである。
訓練の拡大を図る意向だと伝えた。
バーレーンとの FTA は、安全保障・外交上の同国
サウジでの前述のテロが発生した 4 日後の 5 月 16
の重要性、テロ対策やイラク攻撃に対する同国の貢献
日には、モロッコのカサブランカでユダヤ人クラブやベ
に応える意味合いが強い。バーレーンには数千人規
ルギー大使館が標的となる自爆テロが発生、約 40 人
模の米軍兵士が駐留、キーティング海軍中将率いる
が死亡した。犯人は全員モロッコ人でアルカイダとの
第 5 艦隊が拠点を置く。バーレーン政府は、米国の対
関連が濃厚と見られている。ブッシュ大統領は事件後、
イラク攻撃に早い段階から支持を表明し、支援部隊を
モロッコ政府にテロ対策を強化するよう求めるとともに、
クウェートに送り込む措置をとった。
捜査協力を申し出た。
しかし、バーレーンのような経済小国と FTA を結ぶ
ことには、共和党議員からも懐疑的見解が聞かれる。
<参考: 貿易・投資枠組み協定>
上院財政委員会委員長のグラスリー議員(共、アイオ
ジェトロ・ニューヨークでは、米国の「貿易・投資枠組
ワ)は、バーレーンではなく、「例えばコロンビアと FTA
み協定」(TIFA)について、USTR に聞き取り調査を行
を結ぶ方がよほど効果が大きい」として、USTR に対し
った。TIFA と似た概念として投資条約、貿易協定があ
FTA の優先順位付けを明確にするよう求めた。
る が 、 そ れ ぞれ の 違 い な ど も 記 す 。 以 下 の 内 容 は
USTR による解釈であり、国際的に統一されたものでは
<モロッコとの交渉は農産物が障害に>
ない。
7 月 24 日、モロッコとの第 4 回 FTA 交渉が首都ワ
○ 貿易・投資枠組み協定(Trade and Investment
シントンで終了した。第 1 回交渉は 1 月にワシントン、
Framework Agreement: TIFA)
第 2 回は 3 月にジュネーブ、第 3 回は 6 月にモロッコ
締結国間において、投資家の法的保護、知的財産
でそれぞれ開かれた。
権保護、税関手続きの透明性・公平性確保、政府規
USTR のノヴェリ欧州・地中海担当次席代表補は、
制や商業規則の透明性向上などを図るため、双方の
「今回の交渉の進展は大きく、今年中には交渉を終え
政府代表者からなる貿易投資委員会(CTI)を設立す
ることができるだろう」との見通しを示した。具体的には
る。委員会メンバーは定期的に会合を開き、民間の意
知的財産権、税関規則、電子商取引、環境、政府調
見を聴取しつつ、二国間の懸案事項を協議、問題の
達などで大きな進展があったと述べた。ただし交渉の
解決を図る。
詳細は不明。
TIFA は、相手国に関税上の特恵待遇やその他特
ノヴェリ氏は、交渉が難航しているのは農業、投資、
別な便宜を供与するものではなく、話し合いの場を設
サービス分野だと述べた。農産品に対するモロッコ側
けるための枠組み。したがって、締結・発効にあたり議
の平均関税率は 80%と高い。モロッコ政府高官も「農
会の承認は不要。米側は USTR が代表。米国は従来
業が最大の障害になる」との見解を示した。
から FTA を結ぶ前提として、WTO への加盟や TIFA
またノヴェリ氏は、「関税撤廃は 10 年以内とする方
の締結を求めてきたが、これは慣習上の要請であり法
針」と述べたが、モロッコのフィリ外務・協力代理大臣
的な要件ではない。
は「農産品については 12 年から 15 年」とし、農産品の
○ 投資条約(Investment Treaty)
例外扱いを求めた。同代理大臣は「農産品は、自由化
締結国間において、内国民待遇の確保、パフォー
がもたらすインパクトに応じ、1∼2 年おきに関税割当、
マンス要求の禁止、一方的収用の制限、各種投資規
関税率、移行期間を再調整していくべき」と述べ、米
則などを定める。投資協定は通常 USTR と国務省が交
側の柔軟な対応を求めた。これに対する米側の反応
渉を主導し、商務省と財務省がこれに加わる。投資条
141
約は TIFA と異なり、締結国による正式な取り決めで、
述べた。
法的拘束力を伴う。「条約」であるので上院の 3 分の 2
の賛成をもって批准される。批准されれば 10 年間有
<開発途上国の利益にどう応えるか>
効で、一方が脱退の意思表示をしない限り、以後自動
問:ドーハ・ラウンドの現在までの交渉進捗状況をどう
的に延長される。
みているか。カンクン閣僚会議の展望は。何が交
○ 貿易協定(Trade Agreement)
渉のカギとなるか。
締結国間における貿易の拡大に向けた各種合意を
答:1999 年の WTO シアトル閣僚会議の失敗以降、
定めたもの。無差別待遇、財・サービスの市場アクセス
WTO にとって、①非政府組織(NGO)の支持取り
改善、企業活動支援、知的財産権保護などが定めら
付け、②開発途上国の利益への対応が焦点とな
れる。批准には上下院の過半数の賛成が必要。また、
ってきた。貿易が途上国の経済発展に効果がある
現在は貿易促進権限(TPA)手続きの対象となり、議
ことは疑いない。先進国による政府開発援助
会は賛成か反対かのみを決め、協定の中身の修正は
(ODA)は 2002 年に約 500 億ドルだったが、対して
行えない。多くは 3 年間の有効期限が設けられ、どち
途上国の輸出額(石油を除く)は1兆 9,000 億ドル
らかが破棄を求めない限り、自動延長される。
にも達した。また ODA は途上国の公的部門を潤
USTR によれば、TIFA の締結は投資条約、貿易協
すが、貿易は民間に利益をもたらす。そして、「途
定を結ぶ前提条件にはなっていないという。また国に
上国の利益」を謳うことは、NGO からの攻撃を防ぐ
よって TIFA、投資条約、貿易協定のいずれも結んで
ことにも貢献する。
いる国がある。
ただしドーハ・ラウンドの進展には障害が多く、
○ 米国が TIFA を結んでいる国・地域(2003 年 8 月 8
成功は危ういと見ている。①中国やインドなどの経
日現在)
済急成長を遂げる国を「途上国」として扱うのか、
アルジェリア、バーレーン、ブルネイ、東南アフリカ
②先進国がどこまで市場を開放するか、途上国に
共同市場、エジプト、ガーナ、モロッコ、ナイジェリア、
どれだけ猶予を与えられるか、③相互主義を排除
パキスタン、フィリピン、サウジアラビア、南アフリカ、ス
できるか―といった点に注目している。
リランカ、台湾、タイ、チュニジア、トルコ、西アフリカ経
済通貨同盟(UEMOA)
<農地所有者が自由化に抵抗>
なお、米国が結んでいる投資条約、貿易協定につ
問:農業交渉の行方は。米 EU による枠組合意をどう
いては、
みるか。米国は農業交渉で実はあまり野心が高く
http://www.tcc.mac.doc.gov/cgi-bin/doITCgi?226:54
ないのではないか。
:782867107:15
を参照。
答:米 EU は、カンクン閣僚会議を失敗させないことを
(ニューヨーク・センター)
優先し、妥協と合意に動いており、野心のレベル
は引き下げられている。工業品の関税引下げでは、
米 EU は関税を一気にゼロに下げるほどの大胆な
提案はしていない。農業ではさらに野心が低く、イ
WTO カンクン閣僚会議決裂
ンド、ブラジル、中国は、米 EU 合意を批判してい
る。先進国間での妥協が続くと「ドーハ開発ラウン
◇ WTO カンクン閣僚会議の展望(その 1)
ド」とは名ばかりで、途上国のためのラウンドにはな
―農業交渉成功の可能性は低い―
らない可能性が高い。
(2003 年 9 月 1 日)
農業自由化によって農家が打撃を受け、農業を
9 月 10 日から 14 日にかけメキシコ、カンクンで開か
やめれば農地価格が下がる。米国や欧州で最も
れる第 5 回 WTO 閣僚会議のポイントおよびドーハ・ラ
自由化に反対しているのは農家というよりは農地
ウンド全般の展望について識者に聞いた。第 1 回目は
所有者である。したがって、自由化を進めるには、
国際経済研究所のハフバウワー上級研究員(経歴は
農家への直接支払いなどよりも農地所有者への補
文末)。同氏は、ドーハ・ラウンドの行方については全
償が必要になる。
般に懐疑的で、特に農業交渉が望ましい成果を生む
他方、途上国の場合は事情が異なり、零細農家
可能性は低いとする。また各国が WTO に失望すれば、
が痩せた土地しか持たないために農業自由化に
自由貿易協定(FTA)への取り組みが一層加速すると
踏み切れない。途上国の農村地帯の収入は都市
142
部の半分以下だ。考えられる解決策は、農地の集
S&D は後発開発途上国に限られるべきだし、
約化や農村と都市との融合などだが、それには少
恐らくドーハ・ラウンドでもそういう決着になるはず
なくとも 20 年は必要。したがって、途上国の農業
だ。ブラジルや中国の抵抗は相当激しいだろうが、
自由化には、20 年程度の長期の猶予期間を設定
どの国も彼らが S&D の対象になるとは考えないだ
すべきだろう。
ろう。
<手法の問題は重要でない>
<先進国は 1%、途上国は 4%>
問:米 EU 合意では、輸入センシティブ品目の関税率
問:工業品の関税引下げやサービス交渉は、農業分
について各国に一定の裁量を認める一方、スイ
野での先進国の譲歩待ちという状況で交渉が思う
ス・フォーミュラ(一律削減)方式や関税撤廃など
ように進んでいない。交渉の展望は。
複数手法をミックスした内容となったが、この点をど
答:途上国は、ある分野で交渉したくない時、先進国
う評価するか。関税の上限設定は必要か。
が農業分野で譲歩するのが先だと言う。ある分野
答:手法自体には反対しない。最終的に、先進国の場
で進展がなければ、他の分野の交渉も止まってし
合は全農産品の平均関税率を定めるとともに、上
まうというのはばかげている。これはドーハ・ラウン
限関税率を設定すべきだ。途上国についても平均
ド交渉の欠点だ。
関税率は低いほうが望ましい。関税削減の手法は
工業品の関税引下げに関しては、現在先進国
いくつかあるが、いずれも単に技術的な問題であ
の平均関税率(MFN ベース)は 2.8%、途上国は
るにもかかわらず、それを決めるだけで膨大な時
8.3%程度。米国は、先進国・途上国を問わず工
間を要する。最終的な姿を決め、期限内にそれを
業品の最高関税率を 8%とし、そこから関税 0%を
達成するよう義務付けるだけでよいはずだ。
目指すという提案をしている。関税 0%の世界が実
いずれにせよ、先進国が様々な関税削減手法
現すれば、途上国、とくに中国やインドが受ける利
を議論しているのは、自由化を進めるためではなく
益は莫大で、農業交渉がまとまるよりも大きな成果
一部品目の高関税を残したいからに過ぎない。ド
となる。そもそも農業交渉はまとまらない可能性が
ーハ・ラウンドで農業交渉が満足のいく成果を出
高い。
せる確率は 20%もないと見ている。
工業品の貿易拡大は直接投資を呼び経済を発
展させる。FTA に乗り遅れている途上国が FTA と
<ブラジル、中国に S&D は不要>
同じ環境を享受できるようにもなる。先進国は工業
問:ブラジル、中国、インドなど比較的経済発展の進ん
品の平均関税率を今後 5 年間で 1%(最高 5%)
だ開発途上国が、一層の「特別かつ異なる待遇(S
に、途上国は 10 年間で 4%(最高 15%)に削減す
&D)」を要求している。先進国は途上国に対し、S
るというところが妥当ではないか。
&D をどこまで与えるべきか。
サービス交渉ではモード4(人の移動)の交渉が
答:1日1ドル以下で暮らす貧困人口は世界で 12 億人
難しい。インドなどは一時労働ビザ(米国の H-1B
近くいるが、そのうち約 2 億人が中国、5 億人がイ
など)の発給拡大を求めているが、先の米チリ FTA、
ンドやパキスタンなどの南アジア、3 億人がサハラ
米シンガポール FTA での議論で見られたように、
以南のアフリカにいる。貧困問題ではとかくアフリ
米議会は、移民政策は米通商代表部(USTR)の
カに焦点を当てがちだが、中国と南アジアこそ貧
所管ではなく議会にあると主張しているから、米国
困問題の中心だ。
は安易に交渉できない。EU や日本も移民受入れ
しかし今や製造業大国の中国に対し、米国内で
拡大には消極的だ。サービスでは電子商取引の
はかつての日本に対するように、中国への強硬な
拡大などを優先すべき。
通商政策を支持する雰囲気があり、中国に S&D
結論的に言えば、WTO は制度的な困難に直面
を与える気配はない。中国とインドはドーハ・ラウン
している。多くの FTA は、既にドーハ・ラウンドより
ドで同盟を組み、S&D を獲得するには至らないま
も高度な内容(知的所有権、投資、労働・環境保
でも、少なくとも将来的に不利な合意ができること
護など)を協定に含めている。ドーハ・ラウンドが満
は避けたいと考えている。この同盟にパキスタンや
足いく成果を生まなければ、各国は FTA 交渉を加
バングラディシュが加われば、貿易面だけでなく、
速させるだろう。
安全保障の観点からも意義深い。
○ ゲーリー・ハフバウワー(Gary Hufbauer)氏
143
国際経済研究所上級研究員。ジョージタウン大学
その足を引っ張るようなことはできない。
教授(1979-81、85-92)、財務省国際貿易投資政策担
自由化の例外を作らないためにも、スイス・フォ
当次官補(1977-79)などを歴任。主著に Benefits of
ーミュラ(関税の一律削減)は何らかの形で必要。
Price Covergence (2002) 、 World Capital Markets
ただし欧州は一方で国内補助金を増やしている。
(2001)などがある。
フォーミュラ方式で関税を削減する姿勢を示しつ
(ニューヨーク・センター)
つ、補助金を温存するという手法だ。しかし補助金
を削減しないと自由化の意味はない。ある品目の
関税が 10%下がったとしても効果は少ない。米国
◇ WTO カンクン閣僚会議の展望(その 2)
は衣類、日本や欧州は農産物、インドなどの豊か
―非農産品交渉は中堅途上国の譲歩がカギ―
な途上国は周辺の貧困国に対する扱いを改めな
(2003 年 9 月 3 日)
ければ、真に意味のある「開発ラウンド」にはならな
9 月 10 日から 14 日にかけメキシコ、カンクンで開か
い。
れる第 5 回 WTO 閣僚会議のポイントおよびドーハ・ラ
農産品関税の上限設定を日本が呑むには長い
ウンド全般の展望について、前回に引き続き識者に聞
時間が必要だろう。コメなどの特定の高関税品目
いた。今回は民主党中道系シンクタンクの進歩的政策
をどうするのかが全く決まっていない。ただ日本に
研究所のグレッサー通商国際マーケット部長(経歴は
とって、現在米国が農業であまり野心的でない点
文末)。同氏は、農業交渉は先進国の譲歩、非農産品
は救いだろう。
交渉は途上国、特にインド、ブラジルなどの中堅途上
国の譲歩が不可欠との見解を示した。またサービス交
<非農産品は中堅途上国の障壁が問題>
渉では人の移動の問題が極めて難しいとした。
問:米 EU 合意では、先進国は途上国の農産品の一
部を無税扱いすることを定めたが、これは評価でき
<ブッシュ大統領の支持率低下で米国の譲歩は一層
るか。ブラジルや中国も「特別かつ異なる待遇(S
困難に>
&D)」の対象とすべきか。
問:カンクン閣僚会議の見通し、交渉のこれまでの印
答:一定の産品を無税扱いするといっても、その方法
象は。
は様々。米国の場合(既に関税の低い)チョコレー
答:まず WTO が定期的に閣僚会議を開く必要性自体
トや茶などを無税にし、乳製品、砂糖、柑橘類、オ
に疑問を持っている。通商交渉において各国は、
リーブ油などの高関税品目を維持することができる。
交渉開始時と交渉終了時に大きい妥協をする。そ
高関税品目はおよそ途上国が競争力を持ってい
の中間地点での妥協は難しい。特に農業は各国
るから、仮にこれらが無税になるのならその意義は
利害の核心部分であるから、安易な妥協はできな
極めて大きい。だがそうはならないだろう。
い。カンクン会議が成功するかは不透明である。
S&D はカンボジアやボリビアなどの後発開発途
問:農業交渉の行方、米 EU の枠組合意をどう見るか。
上国に与えられるべきで、中国やブラジルは対象
米国は自由化への意思があまり強くないのではな
外とすべき。ブラジルの1人当たり年間 GDP は約
いか。関税削減の手法をいくつか組み合わせてい
3,000 ドル。チャドはわずか 200 ドル。ブラジルは農
る点についてどう評価するか。
産物も輸出し、航空機もコンピュータも製造してい
答:米 EU 合意の野心は低い。何かを成し遂げようとい
るが、チャドには輸出すべき物がほとんどない。こ
うよりは、農業補助金を WTO に整合的にしようとす
れらの国を同等に扱うべきでない。
る意図が強い。ケアンズ・グループと異なり米国は、
農産品の場合、先進国の保護主義が問題の大
国内補助金や輸出信用の削減意思が弱い。米国
半だが、非農産品は違う。バングラディシュは米国
は、欧州が譲歩すれば譲歩し、欧州が譲歩しなけ
に年間 20 億ドルの輸出をしているが、インドに対し
ればしないという立場。今のところ両者ともに痛み
ては 1,600 万ドルに留まっている。インドでは、輸
の少ない道を選んでしまっている。ゼーリック米通
入される衣類には、30%もしくは 110 ルピア(約 2.4
商代表部(USTR)代表は欧州が大きな譲歩をする
ドル)のうち高いほうの関税が課せられる(注)。例
準備がないと見て、悪い中でのベストな選択をして
えば1ドルのバングラディシュのスカートに 2.4 ドル
いるようだ。時間的な余裕もあると見ている。何より
もの関税が加わる。これではバングラディシュ製品
もブッシュ大統領の支持率が低下する中にあって、
はインド国内で競争できない。
144
インドやブラジルなどは、保護主義の根源は先
◇ WTO カンクン会議に向け意気込み示す
進国にあると主張し、世論もそれを信じている。し
―シンガポール・イシューについては懐疑的―
かし工業品の分野では、先進国の関税は既に相
(2003 年 9 月 10 日)
当低く、途上国に対して出来ることは限られている。
WTO カンクン閣僚会議を直前に控え、米通商代表
むしろ比較的裕福な中堅途上国の障壁にこそ問
部(USTR)の高官が記者会見を行った。米国からは政
題がある。
府、民間から少なくとも 1,000 人近くがカンクン入りする
(注)2003 年 4 月以降、関税率が 25%に引き下げられ
予定で、官民ともに関心は高い。同高官は「農産品、
るなど、変更されている。
非農産品の市場アクセス改善が米国の主たる目標」と
述べるとともに、シンガポール・イシューの交渉開始に
<移民政策の変更に議会は猛反発>
ついては懐疑的な姿勢を示した。
問:非農産品交渉では、途上国は、先進国が農業で
譲歩することが先決とのスタンスをとっているため、
<米国からは大代表団>
交渉が思うように進んでいない。またサービス交渉
WTO カンクン閣僚会議には米国から大代表団が参
のポイントはどこか。
加する見込みだ。USTR は 9 月 8 日、米政府からは、
答:農産品は最大の課題だから、彼らがそういうスタン
USTR、農務省、商務省、環境保護庁、連邦貿易委員
スをとるのはやむを得ない。農業ではやはり先進
会、健康保健省、国土安全保障省、司法省、労働省、
国の譲歩が何より必要だ。
国家安全保障会議、貿易開発庁、財務省、国際開発
非農産品の関税削減は重要だが、例えば、セ
庁など多岐にわたる省庁からの出席が予定されると発
ーターの関税が 30%から 20%になったとしても、
表した。
それほど意味はない。非関税障壁も含めた総合的
その他、下院歳入委員会、上院財政委員会などか
な市場開放が必要。米国は非農産品の関税引下
ら議員 40 人以上とそのスタッフ、また産業界、労働組
げでは野心的な提案をしていて、評価できる。
合、環境団体、消費者団体などのアドバイザー75 人、
サービス交渉は困難が予想される。(途上国か
非政府組織 275 団体から 700 人以上がカンクン入りす
ら)査証の発給緩和など人の移動に関する要求が
るという。
大きくなっている。しかし米議員の多くが、米チリ自
米国の交渉はゼーリック USTR 代表とベネマン農務
由貿易協定(FTA)、米シンガポール FTA の批准
長官が主導する。国務省からはラーソン国務次官(経
審議において、短期労働者の入国緩和に反対し
済・農業担当)、商務省からはアルドナス商務次官(国
た。上院では、このために 8 人から 10 人くらいが反
際経済担当)が出席する。
対に回ったと思われる。議員は移民政策が貿易協
定の中で規定されることに反発しており、WTO 交
<市場アクセスに焦点>
渉に含まれることにも反対だ。米国内でも短期労
ゼーリック USTR 代表は会議開催を目前に控え、精
働者の受け入れ増は支持が少ない。他方、途上
力的に各国代表と意見調整を行った。同代表は、EU
国からの要求は非常に強いという状況にある。
のラミー通商担当委員、メキシコのデルベス外相(カン
サービス交渉は、かつては、例えば、米国の保
クン会議議長)はじめ、日本、カナダ、アフリカ、カリブ
険会社が日本で営業しやすくなることが目的であ
海諸国、中南米、アジアの代表らと会談。同代表は「カ
り、議会も輸出拡大の機会ととらえ、ほとんど注意
ンクンで、我々は真に野心的な貿易制度改革のため
を払わなかった。人の移動は極めて厄介な問題で、
の適切な枠組を作る。だがそれは米国一国では不可
サービス交渉は先行きが見えない。
能だ」と述べ、各国の歩み寄りを求めた。
○エドワード・グレッサー(Edward Gresser)氏
USTR 高官は 9 月 5 日、「米国の主たる交渉目標は、
2001 年から進歩的政策研究所(PPI)通商国際マー
農産物と非農産物の市場アクセス」とした。農産物の
ケット部長。クリントン政権時代にバシェフスキーUSTR
市場アクセスに関しては、米国と EU は既に農業交渉
代表(当時)の政策アドバイザーなどを務める。通商関
枠組で合意。①関税の平均削減率および最低削減率
係の論文多数。PPI は民主党中道系シンクタンク。
を定めたウルグアイ・ラウンド方式、②一律に関税を一
(ニューヨーク・センター)
定水準に引き下げるスイス方式、③関税撤廃、④関税
上限を超える品目の関税は上限まで削減するか、輸
入割当の拡大などの措置による市場アクセス改善を図
145
る―を組み合わせたブレンド方式とすることを提案して
いる。
◇ 米国は FTA シフトを強める
非農産物について米国は、①既に関税が 5%以下
―WTO カンクン閣僚会議決裂―
の品目や貿易額の大きい品目については、2010 年ま
(2003 年 9 月 16 日)
でに関税撤廃、その他は 8%にまで引き下げ、②2015
メキシコ、カンクンで開催されていた第 5 回 WTO 閣
年までに全品目の関税撤廃―を提案している。
僚会議は、主要 5 分野(農業、非農産品、シンガポー
同高官は「米国はあらゆる分野で志が高い」と述べ、
ル・イシュー、開発、その他)の自由化交渉の枠組(モ
農業分野では EU やインドが消極的、非農産品分野で
ダリティ)などを盛り込んだ閣僚宣言を採択できないま
はブラジルやインドが消極的、サービスではブラジル
ま閉幕した。米通商代表部(USTR)のゼーリック代表
が消極的とし、他国の姿勢を批判。特にインド、ブラジ
は、いくつかの国の消極的な交渉姿勢が失敗の主因
ルなどの中堅途上国が米国批判を強めている点を牽
と述べた。同代表は、2005 年 1 月のドーハ・ラウンド交
制した。また、「2005 年の交渉妥結期限は延長すべき
渉期限は実現困難との見方を示すとともに、自由貿易
でない」とし、ブラジルが、先進国による途上国への配
協定(FTA)交渉を加速させる姿勢を明らかにした。
慮の欠如、不満足な農業補助金削減などを理由に期
限の延長も考慮すべきとしている点に不快感を示し
<中堅途上国の姿勢を厳しく非難>
た。
WTO カンクン閣僚会議の終了した 9 月 14 日、
同高官は途上国問題について、「交渉のあらゆる局
USTR のゼーリック代表は「いくつかの途上国から修辞
面で柔軟性を考慮する」と述べた半面、「貿易制度は1
的な発言(rhetoric)ばかりが相次ぎカンクン会議は失
つであるべき」とし、先進国と途上国を分離する考え方
敗した」と述べ、ブラジルやインドなどの中堅途上国の
を排除した。例えば最貧国に対しては、「一定の期間
交渉姿勢を厳しく批判した。同代表は「我々は自力で
内に全品目の関税化を進めることが先決」とし、これに
自由化を進める。カンクン会議中、多くの国が米国と
よって途上国は先進国と同じ条件に立つが、その後の
の FTA 交渉の可能性について打診してきた」と述べ、
関税削減については十分な柔軟性を持たせるべきと
FTA 交渉をさらに推進する姿勢を示した。
の考えを示した。
同代表はまた、「カンクン会議の失敗は、米州自由
貿易地域(FTAA)交渉にも悪影響を与える」とした。第
<下院議員が投資の交渉開始に反対>
8 回 FTAA 閣僚会議は 11 月にマイアミで開催される
日本や EU が交渉開始を強く主張している「投資」を
予定。同代表は、ブラジルやアルゼンチンが、先進国
含むシンガポール・イシユー(投資、競争政策、政府
に対し農業補助金の急進的な削減を迫る一方、自国
調達、貿易円滑化)について同高官は、「インドやアフ
の農業市場の開放には消極的だった点を問題にし
リカ諸国が反対しており、特に投資と競争政策の交渉
た。
開始合意は難しい」との展望を示した。米国はこれま
カンクン会議はシンガポール・イシュー(投資、競争
で、投資については中立的な立場と見られてきたが、
政策、貿易円滑化、政府調達)の取り扱いを巡っても
カンクン会議を前に消極的な姿勢が目に付く。
大いに紛糾したが、この点について同代表は、いくつ
下院歳入委員会のランゲル(民、ニューヨーク)、レ
かの国が柔軟な姿勢を示したものの、最終的には途
ビン(民、ミシガン)両議員は 9 月 4 日、ゼーリック USTR
上国の無意味な批判によって決裂したとの考えを示し
代表に書簡を送り、この中で、投資政策と競争政策は
た。
ドーハ・ラウンドの議題に含めるべきではないと主張し
た。特に投資については、①WTO の場で低い水準の
<ブッシュ政権 1 期目の妥結は困難に>
投資規則が作られる可能性を懸念、②交渉開始で合
2004 年 11 月に大統領選挙を控える米国としては、
意したとしても 2005 年の期限は守られない可能性が
現在は国内の政治的圧力をそれほど受けることなく貿
大きいという 2 点をその反対理由に挙げた。
易交渉に臨める格好の時期といえる。カンクン会議で
両議員はシンガポール・イシューのうち、「政府調達と
自由化に向けた道筋をつけ、2004 年の大統領選でブ
貿易円滑化に絞るべき」と主張、これらを投資政策、競
ッシュ大統領が勝利、そして選挙直後の 2005 年初に
争政策とリンクさせるべきではないとの考えを示した。
ドーハ・ラウンドを妥結させる―というのが現ブッシュ政
(ニューヨーク・センター)
権の通商政策上、望ましいシナリオであったろう。しか
し、今回の決裂によって、ドーハ・ラウンドの実質的な
146
交渉をブッシュ政権1期目に終えることはほぼ困難とな
解決に努力していた。その他の途上国のうち、市場開
った。
放と経済改革に前向きな国は、米国との FTA 締結に
大統領に与えられた貿易促進権限(TPA)は 2005
興味を示した。
年 6 月 20 日に失効する(大統領が望めば 2007 年7月
1日までの延長が可能。この場合、大統領は 2005 年 3
<WTO のコンセンサス方式は維持>
月1日までに議会にその旨を書面で通知する)。
○農業に関してはいくつかの先進国が消極的だっ
最近の世論調査では、ブッシュ大統領の再選を支
た。米国は他の国がそうするのであれば農業補助金を
持しないとする声が強まっている。例えば、ゾグビー社
削減し市場を開放する用意があった。実際、農業分野
が 9 月 6 日に発表した世論調査では、ブッシュ大統領
ではいくつかの進展があったが、シンガポール・イシュ
を「支持」が 45%、「不支持」が 54%で、政権発足以来、
ーを巡る意見相違が明らかとなり、そういった進展は具
初めて不支持が支持を上回った。
体化されなかった。
ブッシュ大統領が再選されれば、その 2 期目にドー
○99 年のシアトル閣僚会議は交渉開始の合意に失
ハ・ラウンドがまとまる可能性は残されるが、いずれに
敗し、ドーハで我々はそれに成功した。(シアトルでは
せよ、通商課題としての重要性・緊急性は相当程度薄
米国が交渉決裂の一因となったが)カンクンで米国は
れたことになる。ゼーリック代表の以下の記者会見(質
交渉をまとめるために努力した。しかし米国単独では
疑応答を含む)は、このような同政権の苛立ちが強く現
WTO の自由化交渉はできない。他国の協力が必要
れたものとなった。
だ。
○FTAA 交渉は今回の会合結果の影響を受ける。
<米国は FTA を加速>
カンクンにおいて、中南米のいくつかの国は譲歩の姿
○米国は多くの国との意見の差異を埋め、閣僚宣
勢を示さず、先進国の農業補助金を削減できる機会
言をまとめる用意があったが、他の国々にはその意思
を逃した。FTAA 交渉の行方は彼ら次第であり、消極
が見られなかった。カンクン会議前に米国は、難しい
的な国があれば交渉は停滞する。そうなれば彼らは単
医薬品の特許問題を解決し、交渉に向けた前向きの
独で米国と FTA を結ぶだろう。
姿勢を示した。カンクン会議では積極的な国(can do
○中国は、今回新規加盟の途上国として優遇措置
countries)の声を消極的な国(won’t do countries)の
を求めていたが、それは交渉を阻害するような方法で
声が圧倒した。要求のみを行い、激しいレトリックを述
はなかった。米国は中国との間に大きな貿易赤字を抱
べるのは簡単だ。国連総会と異なり、貿易交渉はそれ
えており、引続き中国の市場開放を求めていくが、中
では機能しない。
国は現在経済改革に向けて難しい課題に真剣に取り
○(インドやブラジルなどの)大きい途上国には責任
組んでいる。
があるはずだが、彼らは柔軟性を欠き扇動的な主張に
○WTO の機構・制度改革をすべきとの声があるが、
終始し、残念なことに多くの小さな途上国がこれに追
現行のコンセンサス方式は変わらない。事務局長の権
随した。インドやブラジルが主導した G-22 は自由貿易
限はあるものの、WTO は加盟国が動かすのが基本。
派と非自由貿易派が混在していた。問題はいかに妥
従って制度ではなく、いくつかの国が交渉や妥協を拒
協するかであったはずだが、彼らのうちの多くは最終
否することに問題がある。例えば農業問題で米国と EU
的に自由化を拒否した。
は交渉し、枠組合意を作成。それが閣僚宣言案にほ
○交渉決裂を決定付けたのはシンガポール・イシュ
ぼ盛り込まれた。妥協は不可欠だ。
ーだったが、これについては以前より問題が指摘され
(注)FTA を締結済みの国はカナダ、メキシコ、イスラエ
てきた。米国は、貿易円滑化と政府調達については途
ル、ヨルダン、チリ、シンガポールの 6 ヵ国。交渉中
上国に便益があると考え、積極的に交渉開始を支持し
の国はモロッコ、オーストラリア、中米 5 ヵ国、南アフ
た(日本や EU が求めた投資、競争政策については言
リカ関税同盟(5 ヵ国)、バーレーン、ドミニカ共和国
及せず)。
の 14 ヵ国。
○米国は他の国同様に、WTO を通じた貿易自由
(ニューヨーク・センター)
化を追求してきた。しかし、今回のカンクン会合が出し
たメッセージは、「自由化は時期尚早」というものだった。
米国は既に 6 ヵ国と FTA を結び、現在 14 ヵ国と交渉
◇ WTO、FTAA 交渉期限の遅延は必至
中だ(注)。これらの国はいずれもカンクン会議で問題
―WTO カンクン閣僚会合に関する有識者インタビュ
147
ー(その 1)―
FTAA の交渉期限は遅延すると考える。
(2003 年 9 月 19 日)
WTO ドーハ・ラウンド、FTAA の交渉期限は、両
メキシコ、カンクンで開催された WTO 第 5 回閣僚会
者ともに数年遅延することになるだろう。
合は、閣僚宣言を出せずに決裂した。これにより、
2005 年 1 月のドーハ・ラウンド交渉終結期限の遅延は
<米国は南部アフリカ、中米との FTA 交渉を継続>
必至となった。ジェトロ・ニューヨークは、カンクン会合
問:グラスリー上院財政委員長は、二国間 FTA の相手
の失敗が、ドーハ・ラウンド交渉の行方、米国の二国間、
国を選択する際、どの国が妥協しなかったかを忘
地域間自由貿易協定(FTA)戦略にどのような影響を
れないだろうと発言したが、米国は今後、どのよう
及ぼすか等について、有識者にインタビューした。
な行動に出るか。
答:何が起こるか、数週間待つ必要がある。米国政府
○I.M.デスラー氏、国際経済研究所客員フェロー
がどのように反応するかによるが、南部アフリカや
<WTO、FTAA 交渉とも遅延>
中米との FTA 交渉を引き続き推し進めるかという
問:カンクン会合の結果について。
問題がある。対イラク政策に関して見られたように、
答:途上国の懸念と政治的行動が連動した政治的プ
米国は通商問題においても「米国と共に進むか、
ロセスが非常に興味深かった。途上国を中心とす
否か」という本来の交渉事項からかけ離れた副作
る 22 ヵ国のグループのリーダーがどの国かは定か
用が広がりつつある。チリおよびシンガポールとの
でないが、ブラジルおよびインドは、その手法およ
FTA 署名の最終段階において、米国は、チリのイ
び問題設定から、明らかに会合を失敗させる意図
ラク戦争に対する姿勢を理由に、シンガポールへ
も持っていたと考える。同グループのリーダー諸国
の扱いと差をつけた(シンガポールとの FTA はブッ
は、特にブラジルと米国、EU の取引に関与し、柔
シュ大統領が自らホワイトハウスで署名。チリとの
軟に活動した。しかし、シンガポール・イシュー(投
FTA はゼーリック米通商代表部(USTR)代表がマ
資、競争政策、貿易円滑化、政府調達)において、
イアミで署名)。
それらの努力が強い反動となり、問題がすり替わっ
更に言えば、議会はチリとシンガポールとの扱
たと考える。日本および EU がシンガポール・イシュ
いに差をつけることに消極的だった。これは、政治
ーを推し進め、EU が譲歩をほのめかしたにもかか
によって経済を動揺させることを望まなかったため
わらず、会合は決裂してしまった。
である。
実質的に最も重要なことは、カンクン会合に向
今回のケースは、経済的な交渉における各国の
けて、米国および EU が第三世界にとって最も議
対応ということで、チリとの FTA 署名とは事情が違
論のある問題、例えば、医薬品と知的財産権、農
う。米国政府がどのような決定を行うかが大きな問
業問題での譲歩について、両者が協力して前に
題となる。グラスリー委員長は強硬かもしれないが、
進め、解決を図ろうとした点である。
私は、同委員長は、米政府が南部アフリカや中米
問:2005 年 1 月の交渉締結期限は遅延するとの見方
との FTA を引き続き推し進めると決定した場合は、
が大勢である。ドーハ・ラウンド交渉成功のために
これに強硬に反対するとは思わない。
は何が必要か。
問:中国は WTO 加盟後、初めて閣僚会合に出席した。
答:ドーハ・ラウンド交渉を推進する力が後退したこと
中国の今後の WTO での役割は。
は事実。関係者がお互いに調整し合う時間が必要
答:中国は先進国と一線に並ぶことに積極的な行動を
だろう。12 月にジュネーブで調整が再開するとの
とってきたと思うが、今後、さまざまな問題の最前
見通しもあるが、私は懐疑的だ。カンクン閣僚会合
線に積極的に出て解決を図るという行動は避ける
は終わった。この結果について、各国が自ら望ん
と思う。中国は、しばらく、慎重な対応を続けるだろ
だものだったのか、実質的に何を得たのかを問い
うが、そのうち、途上国支援に軸足を移す可能性
直す必要がある。
がある。中国が新たな問題を WTO の場で提起す
農業問題は、今回後退したため、米国は、
るとは思わない。
FTAA(米州自由貿易圏)交渉では、困難な対応
問:日本の役割に期待するものは。
を強いられるだろう。欧州および東アジアの農業
答:日本は、通商交渉において守りの姿勢で対処して
分野で市場開放が進まなければ、農業分野でブラ
きており、今回のラウンド交渉でその姿勢が変化し
ジルに譲歩を迫ることは非常に難しい。従って、
てきているとは思えない。
148
単に、物事を次回会合に先送りしたに過ぎないと
○サラ・フィッツゼラルド氏、ヘリテージ財団貿易政策
感じている。
アナリスト
問:シンガポール・イシューは議題から完全に落ちたの
<米欧にも交渉失敗の責任の一端>
か。農業問題等はどうなっているのか。
問:カンクン会合の結果について。
答:シンガポール・イシューは議題からまだ落ちていな
答:根本的な問題点は農業問題。仮に、農業分野で
いと思う。農業問題では、米国は途上国が受け入
基本的に合意していれば、決裂という結果にはな
れやすい取引をする必要があると考えている。米
らなかっただろう。しかし、シンガポール・イシュー
国と EU が、物事を進めるために力を持っていると
が決裂点となった。WTO の意思決定は各国のコ
いう共通のコンセンサスに基づき、問題解決が図
ンセンサス方式となっており、小さな途上国でも先
られると思う。
進国と同様の声をあげることが可能だ。問題となっ
た事項への積極的な取り組みも往々にして、今回
のような結果をもたらすのは常である。私は、米国
◇ 西半球およびブラジルとの通商交渉の行方
と EU の提案内容には賛成しかねるが、両者が合
―WTO カンクン閣僚会議に関する有識者インタビュ
意したことは注目に値する。また、ブラジルが交渉
ー―
におけるリーダーシップの役割を担ったことは注目
(2003 年 9 月 26 日)
できる。
カンクンでの WTO 閣僚会合は、開発途上国を中心
問:誰の失敗か。
とした 22 ヵ国のグループ(G-22、注)と、米国、EU など
答:米国は、途上国がそう仕向けたと考えているだろう。
が対立したことが決裂の一因である。G-22 をリードし
仮に、米国および EU が一方的に補助金を削減し
たのは南米の大国ブラジルだった。ゼーリック米通商
ていたなら、大きな前進があったはずである。私は、
代表部(USTR)代表は、カンクン会合の決裂を受けて、
米 EU は、譲歩に見合う何らかの見返りが担保され
二国間および地域間の通商協定を推し進める意志を
ていない状況下で、それは出来なかったと思うが、
表明している。
物事を前進させるためには何が必要かということで
米国は、ブラジルと共同議長を務める米州自由貿
ある。
易圏(FTAA)交渉、中米共同市場(CACM)との FTA
問:グラスリー上院財政委員長は、二国間 FTA の相手
(CAFTA)など、二国間・地域間協定交渉を、多数進
国を選択する際、どの国が妥協しなかったかを忘
めている。特に FTAA、CAFTA 交渉の主要メンバーは、
れないだろうと発言したが、米国は今後、どのよう
G-22 メンバーでもあることから、今後の米国の対応が
な行動に出るか。
注目される。
答:ゼーリック USTR 代表が、ギブ・アップするとは思っ
ジェトロ・ニューヨークは、中南米専門家にインタビュー
ていない。彼は、他の諸国と努力し続けると思う。
を行った。
同代表の記者会見では、二国間および地域間の
FTA 交渉に言及があった。私の理解では、米国は
○アルバート・フィッシュロー氏、コロンビア大学中南
自国の通商政策の全てを WTO の場で推し進めよ
米研究所所長
うとしているわけではない。同代表は、更なる二国
問:ブラジルの地域間および多国間の通商交渉戦略
間および地域間の FTA 交渉に意欲を示してい
をどのように見ているか。
た。
答:ブラジルの戦略は、国際問題を多国間で解決する
問:カンクン会合の決裂は、ドーハ・ラウンドの成功にと
ことを引き続き押し進めることである。ブラジルは、
ってどのような意味をもつか。また、2005 年 1 月の
カンクン閣僚会合で中国、インド、南アフリカ諸国
交渉締結期限について、どう考えるか。
などを含めた G-22 グループを組織化する力があ
答:最終的には締結されると思うが、2005 年 1 月の交
ると自ら認識した。ブラジルは交渉テーブルに再び
渉締結期限までは無理だろう。これまでも、シアト
着き、オープンな議論を行うという従来の姿勢を推
ル会合が失敗し、2001 年にドーハ・ラウンド交渉が
し進めるであろう。
立ち上がった。2003 年 3 月の交渉モダリティー(大
カンクンの失敗は、議論の失敗を意味するもの
枠)決定期限も延期せざるを得なく、結局、カンク
ではないと考える。ウルグアイ・ラウンド交渉は 8 年
ン会合まで持ち越された。そして今回決裂したが、
かかったことを、我々は改めて認識することが適当
149
である。ドーハ・ラウンド交渉は交渉期間が 5 年だ
論がスタートすると思っている。本件は、ブラジル
が、期限内に交渉を終了させるのはあまりにも志が
にとっては、コロンビアとのコーヒー価格の問題や、
高すぎると感じていた。
国境関連の問題などで他国と協力関係を見出す
問:カンクン閣僚会合の間、ブラジルは G-22 をリード
良い機会になると思う。うまくいけば合意にこぎつ
する役割を担ったが、今後の通商交渉においてど
けるが、(ブラジルを除く中南米諸国は米国との
のような役割を担うか。
FTA 交渉を進めたいと考えているため)統一的な
答:G-22 でブラジルは、非常に大きな役割を担う。
コミットメントを発することを避けると考えられ、ブラ
WTO での主要メンバー国としての役割がその一つ
ジルのみが孤立する可能性がある。
で、また、これまでブラジルが取り組んできたさまざ
問:EU とメルコスールとの通商協定は、地域間および
まなことがその役割と言える。私は、まさに、多国間
世界貿易にどのような影響があるか。
の議論を促進することが、ブラジルの役割と考えて
答:この通商協定交渉はカンクン会合と同じ問題が含
いる。
まれていると考えている。EU はカンクン会合で提案
FTAA 交渉では、カンクン会合と同じ結論になる
しようとした農産品の市場アクセスに関する多数の
と考えている。ブラジルは、知的所有権問題、政府
譲歩案を、メルコスールとの FTA 交渉では示さな
調達問題などを取り上げるシンガポール・イシュー
い可能性がある。ブラジルおよびアルゼンチンの
の議論に踏み込むつもりはないだろう。なぜなら、
欧州市場向け主力輸出品目が農産品であることを
ブラジルは、農業問題と同様に、シンガポール・イ
考えると、ブラジルにとって EU との交渉が自国に
シューも、地域間よりは多国間で取り扱うべきものと
有益なものとならないのは明らかである。つまり、
考えているからである。
EU とメルコスールの FTA 交渉の影響は、あまり大
問:米国の今後の FTAA および CAFTA の交渉戦略お
きなインパクトは与えないと考えている。
よび見通しは。
答:まずは、CAFTA 交渉を押し進めることが米国の戦
○アナ・アイラス氏、ヘリテージ財団中南米担当シニ
略であり、CAFTA の合意はそれほど難しいもので
ア・政策アナリスト
はないと考えている。中米諸国にとって米国との
問:カンクン閣僚会合の間、ブラジルは G-22 をリード
FTA 締結は歓迎すべきことである。その理由の一
する役割を担ったが、今後の通商交渉においてど
つは、カリブ海諸国は、米国のカリブ関連法による
のような役割を担うか。
メリットを FTA に組み込むことができ、そのメリットを
答:ブラジルは、引き続きリーダーシップを担うだろう。
引き続き享受できるからである。また、米国にとって
G-22 の諸国は経済的な力が欠けており、ブラジル
は、今年 11 月にマイアミで開催される FTAA 閣僚
がリーダーシップを果たすためには経済的なパワ
会合の場で、CAFTA の進捗状況について発言で
ーが必要だと思っている。ブラジルのリーダーシッ
きる。FTAA 閣僚会合において米国は、FTAA 交
プを担う努力それ自体に何ら問題はないが、G-22
渉の継続についてブラジルと共に議論するだろう。
が現実的な選択肢なのかがわからない。G-22 のメ
FTAA 交渉は農業問題だけではなく、知的所有
ンバー国は、米国および EU に対抗するために集
権の問題もあり、これがより事態を難しくしている。
結しただけで、そこには建設的な対話がないと考え
米国は FTAA 交渉でシンガポール・イシューにつ
る。問題は、交渉を前に進められないということであ
いても議論するよう主張するだろうが、ブラジルは
る。
これに反対するだろう。ブラジルは、米国との間で
問:地域間および多国間通商交渉のブラジルの戦略
僅かな合意も受け入れないと思うし、また、ブラジ
に関する見解は。
ルが素直に米国と共に FTAA 交渉を進めていくと
答:ブラジルの通商政策は、地域間および多国間で変
も到底思えない。
わりはない。ブラジルの関税率および非関税障壁
問:ブラジルが南米統合を推し進めていることに関す
をベースに判断すれば、ブラジルは自由貿易主義
る見解は。
者ではないと考えている。チリの法律が貿易促進
答:メルコスールは、アンデス諸国と引き続き議論して
の精神を反映したものとなっているのに比べ、ブラ
いる。ペルーは既に合意し、ベネズエラは、合意す
ジルの法律では、貿易促進の精神が規定されてい
るための準備に入っている。コロンビアは説得され
ない。ブラジルの指導者の間では、貿易が本当に
ると思う。FTAA の次のラウンドで、本件に関する議
メリットをもたらすものであるという共通のコンセンサ
150
スが存在しないため、ブラジルと交渉を行うことは
困難を伴う。
ブラジルが FTAA および WTO において、貿易
促進に関するリーダーになり得ることに懐疑的だ。
ブラジルの指導者は、「米国と共にブラジルは
FTAA のリーダー」と発言しながら、「FTAA は信じ
られない」という発言を一方で発する。声明は頻繁
に変化し、それ故にブラジルの通商政策に関する
本当のメッセージがつかめない。
問:ブラジルが南米統合を推し進めていることに関す
る見解は。
答:主要な問題点は、ブラジルが通商問題を政治的目
的に活用しようとしている点である。貿易促進の目
的は人々の生活水準の向上であり、交渉官はこれ
を心に留めるべきである。しかし、メルコスールもし
くは新たな南米統合の目的は、これとは違っている。
南米統合の目的は、米国と均衡できる政治勢力、
政治的連合を構築することであるが、米国の力に
対抗するまでにはならないと思う。また、貿易問題
については、何ら建設的な議論がない。この地域
の政府関係者は、メルコスールがあろうがなかろう
が、米国市場にアクセスすることを望んでいる。
問:EU とメルコスールとの通商協定は、地域間および
世界貿易にどのような影響があるか。
答:メルコスールが EU との貿易の結びつきを強めよう
としている点を懸念しているだろうが、EU とメルコス
ールの通商交渉は、南米統合交渉より難しいと思う。
私の意見としては、メルコスール諸国は米国市場
へのアクセスを望んでいるができないため、それが
EU に向かっていると考える。また、メルコスールと
EU の合意は、EU が EU 内の農業補助金について
メルコスールから一定の譲歩を引き出し、他方、メ
ルコスール諸国は EU から関税割当や工業品での
適用除外などを獲得するという合意内容になると予
想しており、あまりインパクトのある内容にはならな
いと見ている。
(注)G-22:アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、中
国、コロンビア、コスタリカ、キューバ、エクアドル、
エジプト、グアテマラ、インド、インドネシア、メキシ
コ、ナイジェリア、パキスタン、パラグアイ、ペルー、
フィリピン、南アフリカ、タイ、ベネズエラ
(ニューヨーク・センター)
151
国を加盟国とする北米自由貿易協定(NAFTA)が発
Ⅱ. 米議会予算局による報告書
効した。次いで、ヨルダンとの FTA が 2001 年 12 月 17
日に発効した。
米国は各国との FTA 交渉を活発化させ、シンガポ
1. 『自由貿易協定推進の賛否』
――議会予算局、FTA 推進の賛否を論じる
ールとチリとの FTA 交渉を 2000 年 12 月に開始した。
これら 2 ヵ国との FTA 交渉は 2003 年 6 月に合意に至
り、上下両院は 7 月に両国との FTA 協定案と国内実
米議会予算局(CBO)は 2003 年 7 月 31 日、
「自由貿易協定推進の賛否」と題する報告を
発表した。同報告は、多国間貿易自由化の実
現が米国にとって最も望ましい通商政策だが、
貿易自由化の目標を達成する方策として、自
由貿易協定(FTA)が適当かどうかは経済的理
由だけでは説明できず、米国の外交政策と戦
術上の理由が経済的理由とともに重要である
と結論付けている。
施法案を可決した。
さらに、米国は中米 5 ヵ国(コスタリカ、エルサルバド
ル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア)との FTA 交
渉を 2003 年 1 月に開始し、12 月までの交渉合意を目
指している。加えて、西半球 34 ヵ国をカバーする米州
自由貿易地域(FTAA)の交渉を行っており、2004 年
12 月 31 日までの合意を目指している。ブッシュ大統領
は 2002 年 10 月 26 日に ASEAN エンタープライズ構
想を提案し、ASEAN10 ヵ国との FTA 締結に向け検討
を始める意向を明らかにした。ASEAN との具体的な交
<短期で成果を得られる FTA に重点>
渉は開始していないが、交渉相手国としてはフィリピン、
米国の通商政策の基本方針は、通商分野における
タイ、インドネシア、マレーシアが想定される。米通商
リーダーシップの復活である。ブッシュ政権は、①
代表部(USTR)は 2002 年 11 月 5 日、南アフリカ関税
WTO ドーハ・ラウンド、②地域レベルでの FTA、そして、
同盟(SACU)と FTA 締結に向け交渉する意思を議会
③二国間 FTA の 3 段階の貿易自由化政策を同時並
に通知した。SACU の加盟国は、ボツワナ、レソト、ナミ
行で進める方針であり、その中でも FTA を積極的に活
ビア、南アフリカ、スワジランドの 5 ヵ国である。さらに、
用する姿勢を打ち出している。同政権は、最大の政治
USTR は 2002 年 11 月 13 日に議会に対してオースト
目標に掲げる 2 期連続の共和党政権を実現するため、
ラリアとの FTA 交渉開始の意思を通知した。加えて、
通商分野でも具体的成果を求めている。このため、交
2003 年1月 21 日に米国とモロッコは FTA 交渉開始を
渉に時間がかかる割に成果の上がらない多国間貿易
発表した。そして 5 月 21 日に米国はバーレーンとの
交渉よりも、短期的に成果を示すことのできる二国間
FTA 交渉開始の意思を明らかにした。
FTA に重点を置いている。FTA が政治的アピール度
2002 年の貿易をみると米国が FTA を締結している
と貿易自由化へのモメンタム付与の両面で効果的で
各国(イスラエル、カナダ、メキシコ、ヨルダン)との貿易
あると認識しているためである。米国には FTA では他
は、米国の輸出総額の 37.2%、輸入総額の 31.0%を
国・地域の後塵を拝しているとの認識があり、世界各
占めている。これに現在、FTA 交渉中と交渉予定の各
地域で FTA が進展する中、遅れを挽回しようとしてい
国を加えると、米国の輸出総額の 49.4%、輸入総額の
る。一方で、FTA に偏重する通商政策は、WTO の多
39.0%に達する(表参照)。
国間貿易自由化を損ねるものであり、排他的な地域通
商ブロックの出現につながりかねないと懸念する意見
<多国間貿易自由化のメリット>
も聞かれる。
米国はこれまで多国間の貿易自由化を支持してき
CBO の報告の内容を以下に紹介する。
た。米国の伝統的な通商政策は、貿易自由化が参加
国にとって利益になるとの経済的理由と経験的証拠に
<失地回復に向け活発化する FTA 交渉>
基づき進めてきたものである。経済理論で説明すると、
まず、米国がこれまでに締結した FTA、そして現在、
天然資源、労働、技術、資本などの条件により生産能
交渉中の FTA を整理すると以下のとおりである。米国
力が異なる国・地域は、自国が得意とする分野に特化
が史上初めて FTA を締結したのはイスラエルで、同国
する方が経済的かつ効率的であるとの比較優位説に
との FTA は 85 年 9 月 1 日に発効した。2 番目はカナ
基づいている。
ダとの FTA で、89 年 1 月 1 日に発効した。5 年後の
関税引き下げなど貿易障壁削減による貿易拡大は
94 年 1 月 1 日には米国、カナダ、メキシコの北米 3 ヵ
世界経済に利益をもたらす。貿易収支は貿易障壁削
152
減により根本的な影響を受けるわけではなく、当該国
相当する。さらに、NAFTA はメキシコとの貿易収支に
の貿易収支、特に国際収支に最も影響を与えるのは
ほとんど影響を与えていない。CBO は NAFTA の影響
貯蓄・投資バランスである。CBO の試算によると、米国
を分析した結果、NAFTA は米国の GDP を年間数十
の貿易赤字が GDP と雇用に与える影響は小さい。雇
億ドル程度の規模という、米国経済にとっては小さい
用に関して輸入増加により直接被害を受ける産業で
額で拡大させていると推計している。
の雇用調整は必要であるが、米国の雇用全体に与え
現在、米国が FTA 交渉を進めている各国は、メキシ
る影響は大きくない。
コよりも貿易額がはるかに小さい国ばかりで、メキシコ
のように米国と国境を接する隣国でもない。したがって、
<FTA の利益:貿易創出効果と貿易転換効果>
米国・メキシコ間で起きた製造業拠点の移転や生産分
FTA の経済効果には、「貿易創出効果」と「貿易転
業が発生するとは考えられない。上述したとおり、
換効果」がある。貿易創出効果とは、FTA 締結による
NAFTA が米国経済に与えた影響から判断すると、今
域内関税撤廃によって、関税障壁が存在したためコス
後、米国が締結する FTA が米国経済に与える影響は
トの高い自国で生産していた商品がコストの低い他の
基本的にはプラスではあるが、その規模は極めて小さ
域内国から輸入されることにより、域内の貿易が拡大
いものとみられる。FTA 締結国からの輸入の拡大が米
する効果を意味する。したがって、自国で高コストの製
国内で競合する産業の雇用に与える影響も小さいと
品を生産していた国は、域内の他国から低コスト品を
みられる。
輸入し消費することができる。また、低コスト品の生産
一方、米国と FTA を締結する相手国からみた効果
国は域内の他国に対して輸出を拡大できるため、双方
ははるかに大きい。なぜならば、相手国の経済規模は
の経済にとって利益をもたらす。
米国と比較すると極めて小さいからである。NAFTA を
貿易転換効果とは、FTA を締結する前は外国から
例にとると、米国 GDP に与えた影響は小さいが、メキ
低コスト品が輸入されていたものが、FTA による関税
シコ経済に対する影響は大きかった。NAFTA 効果 に
障壁の削減により域内国からの高コスト品の輸入に置
より増加した 2001 年の米国の対墨輸出はメキシコ
き換わってしまうことを意味する。関税が課せられない
GDP の 1.9%に相当する。同様に、米国の対墨輸入は、
高コスト品が、関税が課せられている低コスト品よりも
メキシコ GDP の 1.7%に相当する。米国が現在 FTA
価格が安くなることにより生じる現象である。一般的に、
交渉を進めている相手国の経済規模はメキシコよりも
貿易転換効果は域外国にとっては利益を失い、域内
小さい国が多いので、FTA による貿易と GDP への効
輸入国にとってはケース・バイ・ケースによりプラスとマ
果はより大きくなるとみられる。さらに、開発途上国の
イナスに作用する。
経済構造は米国のように多様化しておらず、主要輸出
品目が数品目に限られる場合が多い。このため、FTA
<米国への影響は小、締結相手国は大>
締結により主要輸出品の対米輸出が拡大することは、
FTA を推進すると、米国経済にどのような影響を与
当該国にとって大きな利益をもたらす。
えるのか。CBO は、NAFTA が米国の貿易と GDP に与
えた影響を分析した報告書(The Effects of NAFTA on
<WTO 交渉の足踏み打破>
U.S.-Mexico Trade and GDP)を 2003 年 5 月に発表し
米国が最近になって FTA を積極的に推進する理由
た。
は、第 1 に WTO での多国間交渉の合意が困難になっ
CBO は、同局が開発した経済モデルを用いて、
ている状況を打破するためである。WTO 加盟国の拡
NAFTA が発効した 94 年から 8 年が経過した時点の米
大に伴い、通商交渉を合意に至らせる多国間の意見
国とメキシコの貿易および GDP を分析した。その結果、
の調整は年々、困難になっている。新規の加盟国は
NAFTA が米国貿易と GDP に与えた影響は小さいと結
開発途上国が多く、先進国との合意点を見つけ出す
論付けている。NAFTA が発効して 8 年後の 2001 年の
のが難しい。WTO は前身の GATT 時代から、貿易自
貿易をみると、米国の対メキシコ輸出は NAFTA が存
由化で顕著な成果を達成してきたが、貿易自由化が
在しない場合に比較して、わずか 11.3%増加したに過
進めば進むほど最後に残る懸案は合意が困難になっ
ぎない。これは金額ベースでは 103 億ドルの増加だが、
ている。このため、WTO では解決を先延ばしにする傾
米国 GDP の 0.12%の規模にとどまっている。輸入では、
向がみられる。WTO ドーハ・ラウンドは、2005 年 1 月 1
メキシコからの輸入を 7.7%拡大させたに過ぎない。こ
日を交渉期限として合意を目指しているが、EU が農
れは金額ベースでは 94 億ドル、米国 GDP の 0.11%に
業問題で妥協を拒んでおり、米国もアンチダンピング
153
問題での妥協を認めないことから、交渉期限までに新
規模の小さい国が FTA で大幅に譲歩して貿易自由化
ラウンドが合意に達するかどうか予断を許さない状況
を行うと、その後 WTO での多国間交渉で自由化を求
にある。
められても譲歩する余地がなくなってしまうと懸念され
この点、FTA は、WTO での多国間協議の進展を阻
る。開発途上国が WTO の場で団結し、数の力で主要
む懸案を交渉対象から除いて交渉を進めることが可能
先進国に対抗する状況は、このような理由により説明
で、懸案を除く分野での貿易自由化を進展させるため
できる。
に有用だ。
多国間貿易自由化の目標を達成するための方策と
米国が FTA を推進することは、WTO での多国間協
して FTA が適当かどうかとの設問に対する結論として
議を刺激する効果を併せ持つ。米国経済は、停滞を
は、経済的理由だけでは説明できない。米国の外交
続ける日本や欧州経済と比較すると、近年は実質的
政策と戦術上の理由が同様に重要である。多国間貿
に高い成長を示してきた。米国の輸入額は大きく、対
易自由化の実現は、米国経済の生産性、効率性の観
米輸出国にとって米国市場の存在価値は高い。米国
点からすると最も望ましい通商政策である。FTA は多
への輸出に依存する国にとっては、米国が他国と FTA
国間貿易自由化と同様に米国に利益をもたらすが、
を締結して貿易自由化を進めると、自国の輸出に取っ
利益の度合いは、貿易転換効果の大きさによるものの、
て代わられる恐れが発生する。このため、対米輸出国
多国間貿易自由化よりは小さい。
は置き去りにされないよう WTO での多国間協議に積
(注)CBO の「自由貿易協定推進の賛否」(The Pros
極的に参加して自由化を進める、あるいは、米国と
and Cons of Pursuing Free Trade Agreements)報告
FTA 交渉を開始する誘因が働く。
は次のアドレスで閲覧できる。
http://www.cbo.gov/showdoc.cfm?index=4458&seq
<外交政策と戦術上の理由>
uence=0
米国が FTA を推進する第 2 の理由は、米国の外交
政策によるものである。FTA 締結による経済的効果は、
上述したように米国よりも相手国にとっての利益が大き
い。このため、FTA を用いて相手国を支援する政策は
米国にとって比較的容易な方策である。
米国は 85 年にイスラエルと FTA を締結したが、同
国との FTA は外交政策を理由とするものである。米国
は現在、中東地域との FTA を検討しているが、これも
同地域の安定に寄与する外交政策として位置付けて
いるものだ。同様に、SACU 諸国と交渉中の FTA は、
アフリカの開発途上国支援と地域の安定を主な目的と
する。メキシコと締結した NAFTA も外交政策上の目的
を含んでいた。メキシコは米国にとって比較的大きな
貿易相手国だが、それでも FTA 締結はメキシコの貿
易拡大と経済自由化を促すものだと位置付けられた。
米国では誰もが必ずしも FTA 推進派ではなく、反対す
る意見も聞かれる。代表的な反対意見は、FTA を推進
すると肝心の WTO での多国間での貿易自由化を損
なうというものだ。FTA の拡大ばかりに注力すると、米
国・西半球諸国、欧州、日本とアジア太平洋諸国を中
心とする個別の通商ブロックが出現し、それらのグル
ープが競合する対立関係に繋がると懸念する。
また、米国が自国の経済規模の巨大さを武器に
FTA 交渉を行うと、経済規模が小さい相手国は二国
間交渉で、米国の要求を受け入れて譲歩せざるを得
ない状況に追い込まれるとの指摘がある。さらに、経済
154
(表) 米国の自由貿易協定締結国・交渉相手国との貿易(2002 年)
(単位:億ドル、%)
米国からの
輸出
米国の
輸入
米国総輸出に 米国総輸入に
占める割合
占める割合
○発効済みの FTA
米国・イスラエル自由貿易協定
53
124
0.8
1.1
1,425
2,105
22.6
18.2
861
1,341
13.7
11.6
4
4
-
-
147
141
2.3
1.2
23
36
0.4
0.3
米国・中米自由貿易協定
(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジ
ュラス、ニカラグア)
94
118
1.5
1.0
米州自由貿易地域(FTAA)
(カナダ、メキシコ、チリ、中米5カ国を除く米州 25
カ国)
341
514
5.4
4.5
米国・カナダ自由貿易協定
北米自由貿易協定(メキシコのみ、カナダ除く)
米国・ヨルダン自由貿易協定
○合意済であるがまだ発効していない FTA
米国・シンガポール自由貿易協定
米国・チリ自由貿易協定
○交渉中または交渉予定がある FTA
米国・南アフリカ関税同盟自由貿易協定 (ボツ
ワナ、レソト、ナミビア、南アフリカ、スワジランド)
25
48
0.4
0.4
123
64
2.0
0.6
米国・モロッコ自由貿易協定
6
4
-
-
米国・バーレーン自由貿易協定
4
4
-
-
3,107
4,504
49.4
39.0
米国・オーストラリア自由貿易協定
○発効および交渉中の FTA の合計
合 計
(注)−印は、輸出入額が1億ドル未満、輸出入シェアが0.1%未満。
(出所)米議会予算局
155
2. 『NAFTA が米国・メキシコ貿易と GDP に
与えた効果』
――貿易拡大および外国投資の増加に貢
献と議会予算局が分析
米国、メキシコ、カナダ 3 カ国の貿易と投資に関する障
壁を 10 年間(センシティブ品目は最長 15 年間)で撤
廃する野心的な試みである。米国とカナダは NAFTA
に先立って二国間 FTA を締結しており、関税・非関税
障壁は既に低い水準にあることから、報告書は
米国議会予算局(CBO)は「北米自由貿易
協定(NAFTA)が米国・メキシコ貿易と GDP に
与 え た 効 果 (The Effects of NAFTA on
U.S.-Mexican Trade and GDP)」と題する報告
書を 2003 年 5 月末に発表した。同報告書は、
NAFTA が発効して貿易拡大効果は着実に表
れているが、米国とメキシコの GDP に与えた影
響は小さいと結論付けている。報告書は、米国
の貿易収支が悪化した理由は NAFTA による
ものではなく、メキシコ経済危機と不況、そして
米国とメキシコ両国の景気循環による国内需
要の増減等の要因が大きいと分析している。さ
らに報告書は、NAFTA は貿易拡大効果に加
えて、外国投資の増加に貢献していると述べ
ている。
NAFTA が米国とメキシコの両国経済と貿易に与えた
影響を分析する。
NAFTA が発効して 8 年が経過した結果、米国・メキ
シコ間の大半の貿易・投資障壁が除去された。2001
年の時点で、米国の対メキシコ輸入(金額ベース)の
87%が関税が賦課されることなく輸入された。関税が
賦課された輸入(残りの 13%)に対する平均関税率は
僅か 1.4%だった。メキシコからの輸入に対する平均関
税率は 93 年の 2.1%から 2001 年には 0.2%にまで低
下した。一方、メキシコの米国からの輸入に対する平
均関税率は、93 年の 12%から 2001 年には 1.3%にま
で大幅に低下した。NAFTA が貿易と投資の自由化に
貢献した度合いは関税率をみる限り実質的に大きい。
議会予算局は米国・メキシコ貿易統計モデルを用
いて分析した結果、以下の 3 点の結論を導いた。第一
に、米国とメキシコ間の貿易は NAFTA が発効する前
<NAFTA の効果を分析して米国通商政策を検討>
の段階から拡大していた。第二に、米国とメキシコ両国
議会予算局の報告書は米国上院財政委員長の要
間の貿易額の増加のうち NAFTA によるものは、拡大
求に基づき、1994 年に NAFTA 発効後、8 年に亘る期
してきているもののそれほど大きくなく、雇用への効果
間の米国・メキシコ経済と貿易を計量的に分析し、
も小さい。そして、第三に、NAFTA の米国 GDP 成長
NAFTA が両国の貿易と GDP に与えた影響を調査した
への寄与度は小さい。メキシコへの寄与度は米国に比
ものである。
較すると大きい。
NAFTA は米国、メキシコ、カナダ3カ国間の自由貿
米国の貿易収支悪化をみて NAFTA は米国経済に
易協定として 94 年 1 月 1 日に発効したが、北米大陸
よくない影響を与えていると批判する意見は正しくない。
を包摂し米国が本格的に参加する FTA として注目を
NAFTA により両国の輸出と輸入が共に拡大し、両国
集めた。NAFTA を拡大しようとする潮流は現在も続い
は労働・資本等の資源を効率的に投入することが可能
ており、西半球(米州大陸)全体を自由貿易地域にす
となった。
ることを目指す米州自由貿易地域(FTAA)交渉が 34
議会予算局の分析によると、米国の貿易収支が悪
カ国の間で継続されている。さらに、ブッシュ政権は世
化した主な原因は NAFTA によるものではなく、94 年
界各国・地域との FTA 交渉を積極的に推進する FTA
末に発生したメキシコ通貨ペソ危機、90 年代を通じて
通商戦略を展開している。
急成長した米国経済、そして 2000 年∼01 年にメキシ
議会予算局のホルツ・イーキン局長は、「NAFTA 協
コが再びリセッションに陥ったことによるものである。
定が発効して 8 年間が経過した段階で米国とメキシコ
NAFTA は米国の貿易収支悪化を説明する観点から
経済に与えた影響を分析し評価することは、今後の米
すると影響は極めて小さい。
国の通商政策を検討する際に重要である」と報告書を
輸出と輸入の拡大効果に加えて、NAFTA は外国投
作成した目的を説明している。
資の拡大に大きく貢献している。外国投資が拡大した
NAFTA が米国・メキシコ貿易と GDP に与えた効果
理由は、メキシコの外資規制撤廃および関税と輸入割
に関する報告書の概要を以下に紹介する。
当の撤廃によりメキシコへの投資が利益を生み出すこ
とに繋がったからだ。メキシコは米国向け製品の組み
<関税・非関税障壁を撤廃した結果、貿易が拡大>
立て・加工基地としての地位を向上させた。但し、メキ
NAFTA は 1994 年 1 月 1 日に発効した。NAFTA は
シコへの外国投資拡大が NAFTA によるものなのか、
156
それともメキシコ政府が先んじて進めていた経済自由
米国は過去 17 年間に亘ってほぼ一貫して対メキシコ
化政策によるものなのかの判別は難しいのが実態であ
貿易で赤字を記録しつづけているが、貿易赤字の規
る。
模は対米貿易額からみると相対的に小さい。しかしな
がら、NAFTA 発効後に貿易赤字が急速に拡大したこ
<米墨貿易は 8 年間にどのように変化したか>
とにより、NAFTA が米国の貿易赤字拡大の主因では
メキシコにとって NAFTA は経済自由化政策の一環
ないにも拘わらず、米国の対メキシコ貿易収支を悪化
である。メキシコは 86 年に世界貿易機関(WTO)の前
させているとの批判を招いた。
身である GATT に加盟し、関税の大幅な引き下げを実
施した。GATT 加盟による経済自由化度は NAFTA よ
<貿易・投資関係に影響を与える NAFTA 以外の 4 点
りも大きかった。GATT に加盟する前の 82 年時点のメ
の重要な要因>
キシコ平均関税率は 27%であったが、93 年には 12%
NAFTA は米国とメキシコの貿易拡大に寄与してい
にまで低下した。さらにメキシコ政府は 80 年代末から
るが、NAFTA 以外に両国間の経済関係に大きな影響
90 年代にかけて国営企業の民営化、規制緩和を実行
を及ぼした要因が 4 点存在する。第一に、94 年末にペ
し、インフレの沈静化に取り組んだ。メキシコのインフレ
ソ危機が発生し、メキシコ通貨ペソが大幅に下落した
率は 87 年に 187.8%にも達したが、NAFTA が発効し
ことによりメキシコの対米輸出が急拡大した。第二に、
た 94 年には 6.4%にまで低下した。
ペソ危機に伴いメキシコ経済が不況に陥りメキシコ国
内の需要が縮小したため、米国の対メキシコ輸出が減
<メキシコは 2001 年に米国第 2 位の相手国に>
少した。第三に、90 年代を通じて米国経済が成長過
米国とメキシコの間の貿易は過去 20 年間に急速に
程にあり全世界からの輸入が拡大した。そして、第四
拡大してきた。82 年後半∼93 年後半までの 10 年間に
に、2000 年∼01 年に米国・メキシコ両国が不況に陥っ
米国の対メキシコ輸出は 6 倍に増加した。そして、94
た結果、米国に加えてメキシコの需要が減少したこと
年から 2000 年第 3 四半期までの間にさらに 3 倍に拡
である。
大した。米国の対メキシコ輸入は 82 年後半∼93 年後
米国の経済成長と景気後退は NAFTA とは直接関
半に約 3 倍に増加した。そして 2000 年第 3 四半期ま
係ないので、米国とメキシコの貿易と GDP に与えた影
での間に、さらに 3 倍に拡大した。
響の分析から除外しなくてはならないが、両国の貿易
対メキシコ貿易が大きく増加したことにより、メキシコ
は実際には米国とメキシコ経済の動向に左右される要
が米国の貿易総額に占める割合も上昇した。輸出を
素が大きい。特に、94 年のペソ危機は深刻でメキシコ
みると米国の対メキシコ輸出は、82 年末に全体の
経済に厳しい試練を与えた。94 年の第 4 四半期から
3.7%のシェアを占めていたが、NAFTA 発効直前の 93
95 年の第 1 四半期の期間にメキシコ通貨ペソの実質
年第 4 四半期には 8.8%に上昇し、2001 年末には
的な価値は3分の 1 に下落し、リセッションに陥ったメ
14.2%にまで拡大している。輸入をみると米国の対メ
キシコの GDP は 9.7%縮小した。
キシコ輸入は、86 年末に全体の 4.6%を占めていたが、
メキシコの経済危機は NAFTA 発効 1 年後に発生し
NAFTA 発効直前には 7.1%に上昇し、2001 年末には
たが、NAFTA が原因で通貨危機が発生したのではな
11.8%に拡大している。
い。メキシコ経済危機が発生した理由は、①それまで
米国の貿易相手国としてのメキシコの地位は、
ペソ高に維持され過大評価が続いてきた通貨ペソの
NAFTA が発効する前までは輸出・輸入とも第 3 位であ
調整、②チアパス州での先住民組織の武装蜂起、当
ったが、2001 年には輸出・輸入の双方で第 2 位に上
選確実とみられていた有力与党大統領候補の暗殺等、
がった。
連続して発生したメキシコでの政治的混乱、③同時期
NAFTA 発効後、米国の対メキシコ貿易収支は大幅
に米国で実施された金利引き上げ、そして、④メキシ
に悪化した。実際には NAFTA が発効する 2 年前から
コの政策や投資環境に懸念をもった投資家のメキシコ
悪化する兆候が現われていた。対メキシコ貿易赤字は
からの資金引き揚げの 4 点である。
95 年∼98 年に落ち着きをみせるが、99 年以降、再び
これらの要因を背景に 94 年に外国資本が急速に減
貿易赤字が顕著に拡大している。但し、米国の貿易赤
少したメキシコでは金利が上昇すると共に、ペソ通貨
字はメキシコに対してだけ悪化したのではなく、同時
が下落した。メキシコ中央銀行は外貨準備不足に陥り、
期に他の世界各国・地域との貿易赤字も拡大を示して
通貨制度の変動相場制への移行を余儀なくされた。
いる。
金利が急激に上昇し、外国からの新規融資を受けるこ
157
とができなかった同国は厳しい不況に突入した。これ
年に悪化した理由は、メキシコの不況によるものである。
がメキシコ経済危機の概略であるが、この一連の出来
メキシコの輸入をみると、94 年∼95 年で対世界輸入は
事に NAFTA は直接関係していない。
17.4%減少した。対米国輸入は 6.3%の減少に留まっ
たので、むしろ減少幅は小さかった。同様に、ペソ通
<NAFTA の米国・メキシコ貿易への効果>
貨が大幅に下落したメキシコは対世界輸出を 94 年∼
上述したように NAFTA が発効するのと同時期にメ
95 年に 46.2%増加させたが、対米国輸出は同 28.0%
キシコ経済危機が発生したため、NAFTA が与えた効
に留まった。
果を単独で取り出して分析するのが困難な状況にある。
メキシコ経済は 96 年に入り漸く需要回復をみせた
議会予算局はこのような糸の縺れをほぐすために米
が、この時期には米国の経済成長が顕著であったた
国・メキシコ統計モデルを用いてシュミレーションを行
め、米国の対メキシコ輸出の増加を上回ってメキシコ
った。議会予算局のシュミレーション結果によると、
の対米国輸出が拡大した。その結果、米国の貿易赤
NAFTA は米国とメキシコの貿易を確かに増加させた
字が再び増加することに繋がった。米国経済は 2001
が、NAFTA 以外の要因による影響のほうが遥かに大
年にリセッションに陥りメキシコからの輸入が減少した
きい。議会予算局の推計によると、93 年∼2001 年の期
が、同時にメキシコもリセッション入りしたため米国の対
間において米国の対メキシコ輸出増加額の 85%、同
メキシコ輸出はそれ以上に減少した。
様に対メキシコ輸入増加額の 91%は、仮に NAFTA が
議会予算局の見解では、仮にメキシコの通貨ペソ
導入されていなくても発生していたと考えられる。
危機、景気後退、米国の好況持続、そして 2000∼
議会予算局の推計によると、NAFTA は米国の対メ
2001 年の米国・メキシコ両国の景気後退が発生してい
キシコ輸出を 94 年に 2.2%(11 億ドル)増加させたとみ
なければ、米国とメキシコの貿易はほぼ均衡していた
られる。NAFTA 導入による貿易拡大効果は着実に続
であろうとみている。
いており、NAFTA は米国の対メキシコ輸出を 2001 年
には 11.3%(103 億ドル)増加させたとみられる。同様
<NAFTA が米国 GDP に与えた効果>
に、輸入では 94 年に 1.9%(9 億ドル)、2001 年には
議会予算局によると、NAFTA は米国の GDP を毎年
7.7%(94 億ドル)拡大させたと考えられる(表 1 参照)。
増加させており米国経済の成長に貢献しているが、そ
NAFTA による貿易拡大効果を両国の対 GDP 比で
の寄与度は小額にとどまっている。金額ベースでは毎
みると、NAFTA の輸出効果は米国 GDP の 0.12%を超
年、数十億ドル程度の規模にすぎないとみている。
えたことはなく影響は限定的である。輸入の増加をみ
2001 年の場合、GDP への効果は金額ベースで 5∼36
ても米国 GDP の 0.11%を超えていない(表 2 参照)。
億ドル、成長率では僅か 0.006%∼0.041%の効果に
米国と比較して経済規模が格段に小さいメキシコにお
すぎない(表 3 参照)。一方、NAFTA がメキシコの GDP
いても、米国の対メキシコ輸出増はメキシコ GDP の
に与える影響は米国よりも大きい。メキシコの経済規模
1.9%(2001 年)、対メキシコ輸入増では 1.7%(2001
は、96 年∼2001 年の間、米国の約 16 分の 1 から 21
年)の水準である。
分の 1 の水準で推移しており、貿易拡大による GDP 成
貿易収支の動向を取り上げて議論することは経済
長への寄与度は米国よりも高い。
的にはさほど重要ではないが、政治的に大きな関心を
NAFTA が米国 GDP に与えた効果は、対メキシコ輸
招く問題である。93 年以降の米国貿易収支の悪化は、
入が対世界輸入にどれだけ取って代わったかにもよる
米国内で NAFTA および貿易自由化に反対する消極
が、議会調査局はこの点に関しては調査の対象外で
的な意見の醸成に寄与した。しかしながら、議会予算
あるとして分析を行っていない。
局のシュミレーションによると NAFTA は米国の貿易収
支に殆ど影響を与えていない。同シュミレーションによ
<外国直接投資の効果>
ると、NAFTA に直接起因する米国の貿易収支への影
NAFTA とメキシコの経済自由化政策導入により、外
響は、99 年が 9 億ドル、2000 年が 13 億ドル、2001 年
資規制が緩和され外資の流入増加に繋がった。また、
が 9 億ドル、各々貿易黒字を増加させている。この額
関税と輸入割当の撤廃、規制緩和により、メキシコで
は、米国の GDP 比でみると、0.02%以下でしかない。
のビジネス機会が広がったため外国投資が拡大した。
米国の対メキシコ貿易収支が悪化した理由は
外国投資の拡大は米国にとって 3 点の特徴をもつ。
NAFTA によるものではなく、米国とメキシコの景気循
第一に、メキシコへの外国投資の大半は米国が投資
環が主な原因だ。特に、米国の貿易収支が 94 年∼95
したものである。米国企業はメキシコでのハイリターン
158
を求めて、こぞってメキシコへの投資を行った。第二に、
米国の対メキシコ直接投資が拡大したことにより、米国
内での投資が相対的に減少した。米国の経済規模が
大きいため、メキシコに向かった投資額は米国経済全
体に影響を与えるほどのインパクトは持たなかったが、
国内投資がメキシコに置き 換わった分だけ米国の
GDP は減少した。第三に、米国からメキシコへの直接
投資の重要な部分は、メキシコでの組立て工場建設
に投下された。このため、工場で使用する米国製中間
財の輸出が拡大し、次いでメキシコ工場で生産された
最終製品の輸入の拡大に繋がったのである。
議会予算局の NAFTA 報告書は以下のアドレスで
閲覧できる。
http://www.cbo.gov/showdoc.cfm?index=4247&seque
nce=0&from=7
159
(表 1) 北米自由貿易協定(NAFTA)の米国の貿易への効果
貿易効果(億ドル)
貿易効果(%)
年
輸出
輸入
収支
輸出
輸入
1994
11
9
1
2.2
1.9
1995
20
29
△8
4.7
4.9
1996
38
42
△4
7.2
6.1
1997
56
54
2
8.6
6.8
1998
69
64
5
9.5
7.2
1999
84
75
9
10.8
7.4
2000
104
91
13
10.3
7.2
2001
103
94
9
11.3
7.7
(出所)米国議会予算局
(表 2) NAFTA の貿易効果の対米国 GDP 比
貿易効果の対米国 GDP 比(%)
年
輸出
輸入
収支
1994
0.016
0.014
0.002
1995
0.029
0.040
△0.012
1996
0.052
0.057
△0.006
1997
0.074
0.071
0.003
1998
0.086
0.080
0.006
1999
0.101
0.090
0.011
2000
0.120
0.105
0.015
2001
0.118
0.107
0.010
(出所)表 1 に同じ
(表 3) NAFTA が米国 GDP に与えた効果
年
GDP 成長に与えた効果
(億ドル)
1994
1∼4
1995
1∼7
1996
2∼13
1997
3∼20
1998
3∼24
1999
4∼30
2000
5∼36
2001
5∼36
(出所)表 1 に同じ
GDP 成長に与えた効果(%)
0.001∼0.005
0.001∼0.010
0.002∼0.018
0.004∼0.026
0.004∼0.030
0.005∼0.035
0.006∼0.042
0.006∼0.041
160
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