...

4.拡大するアジアのITS市場と日本企業の対応

by user

on
Category: Documents
2

views

Report

Comments

Transcript

4.拡大するアジアのITS市場と日本企業の対応
特集 アジアの新たなる挑戦
4
拡大するアジアの ITS 市場と
日本企業の対応 山岸良一
アジア各国では、予想をはるかに超える速度でITS(高度道路交通システム)
の導入が進み、市場が拡大している。しかし、これらの国々では、システムの
標準化など、克服すべき課題も少なくない。また、アジア各国に導入されてい
るITSアプリケーション(サブシステム)は、日本企業のシステムに比べ、欧
米企業のシステムが圧倒的に多いが、アジアのITS市場を欧米企業が席巻して
いることに関連して、いくつかの問題点が生じてきている。
わが国は欧米と並ぶITS先進国の1つである。わが国のITS推進の経験や技
術力を活かして、アジアのITS市場に乗り込むと同時に、アジア諸国のITS推
進に貢献することが望まれる。
48
知的資産創造/ 1999 年 5 月号
Ⅰ 高度道路交通システム「ITS」
図 1 首都高速道路上の文字情報板(上)と図形情報板(下)
1 安全、快適で利便性の高い
交通環境を実現するITS
近年、わが国でも ITS という言葉がよう
やく一般的になりつつあるが、本稿の最初
に、まずこの言葉の意味を明らかにしてお
くこととしたい。
ITS(Intelligent Transport System)と
は、情報通信などの最先端の技術を用いて、
安全、快適で利便性の高い交通環境を実現
しようとするシステムであり、日本語では
高度道路交通システムと呼ばれている。
身近な例では、高速道路・一般道路上の
文字情報板や図形情報板(図 1)、わが国で
すでに 400 万台近く普及しているカーナビ
ゲーションシステム(以下カーナビ)、あ
るいは今年度中に一部の高速道路でサービ
ス開始が予定されている自動料金収受シス
写真提供)首都高速道路公団
テム(ETC : Electronic Toll Collection)
などがあげられよう。
れらを通して収集された情報を交通管制セ
これらのなかには、身近すぎて、「高度」
ンターに送り、管制センターはこの情報の
道路交通システムとは感じられないものも
処理を行い、さらに約 430 ヵ所に設置され
含まれているかもしれない。しかし、上記
た情報板それぞれに適切な情報表示をさせ
の例のうち、最も身近に感じられる文字情
る、という膨大な作業が行われている。こ
報板や図形情報板でさえ、これらを使って
のような作業は、高度技術を駆使すること
表示する情報を収集・処理するためには、
により初めて可能となる(首都高の数値は
道路上に多数の車両感知器やテレビカメラ
1997年4月1日現在)。
を設置し、それらを通して得られた情報を
1ヵ所に集めて処理を行い、さらにさまざ
2 30年の蓄積が開花したITS
まな場所に設置された情報板一つ一つに、
次ページの図 2 は、日米欧の ITS 関連プ
それぞれ適切な情報表示を指示する、とい
ロジェクトの系譜を示したものである。
う一連の処理が必要である。当然、このた
ITS の萌芽は、30 年も前の 1960 年代後半に
めには高度な技術が必須となる。
米国で試みられた ERGS(電子経路案内シ
ちなみに、首都高速道路の場合、全長約
ステム)プロジェクトにさかのぼる。その
250kmの道路上に車両感知器約2100基、テ
後、1970 年代前半の日本の CACS(自動車
レビカメラ約 1000 基が設置されており、こ
総合管制システム)、ドイツの ALI(ドラ
拡大するアジアの ITS 市場と日本企業の対応
49
た商業ベースに乗るまでには、さらに数年
図2 ITS 関連プロジェクトの系譜
が必要とされ、ここ2、3年で急速に普及
ALI
が始まったものである。
欧
州
PROMETHEUS
DRIVE
PROMOTE
DRIVE
TELEMATICS
3 渋滞緩和、安全性向上に
大きな効果
米
国
ERGS
では、ITS によって、具体的にはどのよ
MOBILITY 2000
CACS
IVHS
ITS
うな効果が得られるのであろうか。
冒頭、ITS という言葉も一般的になりつ
RACS
VICS
つあると述べたが、逆に見れば、ITS とは
AMTICS
ごく新しい概念であり、現在急速に進化し
ARTS
ITS
日
本
SSVS
ているシステムであるといえる。
また、ITS がもたらす効果は、現状の交
ASV
通インフラの状況と、そこでの実際の交通
UTMS
1970 75
80
85
90
91
92
93
の現状がどうなのかといった、導入する地
94
95
96年
注)ALI:ドライバー案内および情報システム、AMTICS:新自動車交通情報通信システ
ム、ARTS:次世代道路交通システム、ASV:先進安全自動車、CACS:自動車総合
管制システム、DRIVE:欧州交通安全道路施設、ERGS:電子経路案内システム、
ITS:高度道路交通システム、IVHS:知能化車両・道路システム、MOBILITY 2000
:新交通計画 2000、PROMETHEUS:欧州高効率高安全交通プログラム、
PROMOTE:欧州新交通プログラム、RACS:道路・自動車通信システム、SSVS:
スーパー・スマート・ビークル・システム、TELEMATICS:高度情報化交通プロジ
ェクト、UTMS:新交通管理システム、VICS:道路交通情報通信システム
出所)財団法人道路新産業開発機構『ITS ハンドブック』1996 年版
域に固有の状況によっても大きく異なる。
このため、包括的な形で、「ITSの導入に
より、渋滞は○%緩和され、交通事故は×
%減少する」ということは不可能である。
一般的には、ITS は渋滞の緩和と安全性
の向上に大きな効果が期待できる。ここで
は具体例をあげて、この2つの面での ITS
イバー案内および情報システム)などが試
みられたが、いずれも技術的に機が熟して
いなかったこともあり、頓挫した。
まず、わが国の代表的な交通情報提供シ
ステムの1つである VICS に関して、首都
その後の現在の ITS につながるプロジェ
高速道路を走る車の 20 %が VICS を装着す
クトは、日米欧各地で 1980 年代半ばから始
ると、交通渋滞が約 10 %削減され、経済損
まった。日本では、1984 年に開始された
失の削減効果は年間 300 億円にのぼると予
RACS(道路・自動車通信システム)など
測されている(財団法人 VICS センターの
が、現在の VICS(道路交通情報通信シス
試算による)。
テム)につながっている(イメージ工学研
ちなみに、VICS は、渋滞情報などの道
究所編『ITS のすべて』日本経済新聞社、
路交通情報を、電波、光を媒体としてほぼ
1995年)。
リアルタイムで受け取り、カーナビに表示
このように、ITS は 30 年余りの歴史を持
つが、実用化されるためには、近年の情報
通信技術の進展を待つ必要があった。また、
カーナビのように一般ユーザーを対象とし
50
の効果をイメージすることとしたい。
知的資産創造/ 1999 年 5 月号
するシステムであり、わが国では1998年12
月現在、約90万台普及している。
また、現在の高速道路の料金所は、1レ
ーン(車線)当たり約 230 台/時間の処理
能力を持つが、1999 年度内のサービス開始
道路交通行政上の課題として、以下の3つ
が予定されているノンストップ型の ETCが
の点をあげることができよう。
設置されれば、これが約 1000 台/時間の能
力、すなわち現在の4倍強もの処理能力を
1 大都市における渋滞問題
の解消
持つこととなる。ETC は、高速道路の料金
多くのアジア諸国は、ここ 10 年間で飛躍
所での渋滞緩和に多大な貢献をすることが
期待されている。
渋滞解消だけでなく、安全性の向上にも
的な経済成長を遂げ、図3に示すように、
特に大都市部での自動車台数が急増した。
ITS の効果が期待されている。1997 年のわ
これに対し、一般にこれらの国々では大都
が国の交通事故死者数は 9640 人であった。
市部においても、都市鉄道などの大量公共
その事故原因を見てみると、「発見の遅れ」
輸送機関の整備が遅れている(香港、シン
が 50 %、「操作・判断ミス」が 27 %と、こ
ガポールなどの例外もある)。このことは、
の両者が事故原因の77 %を占める(財団法
多くのアジア諸国に共通に見られる首都へ
人道路新産業開発機構『ITSハンドブック』
の人口の一極集中傾向とも相まって、深刻
1998年版)。
な渋滞問題を引き起こしている。
発見の遅れには、レーダー等による障害
タイの首都、バンコクの交通渋滞は特に
物検知・警報システムや、突発事象検出シ
悪名高い(48 ページの写真)。筆者の知人
ステム(前方で起きた事故を検知し、後続
のある国際機関のバンコク駐在員は、外国
車に速やかに知らせることで、二次事故を
からのお客さんに「空港から市内までどの
防ぐシステム)などによる警報がすでに効
くらいかかるか」と聞かれたときには、
果をあげ、また操作・判断ミスには、レー
「30 分から3時間の間」と答えることにし
ンマーカーによる車線逸脱防止システムな
ていたという。
どが効果をあげることが期待されている。
バンコク以外でもマニラ、ジャカルタ、
なお、一般的には ITS は渋滞の緩和、安
全性の向上に大きな効果を持つと述べた
が、それ以外にも道路管理の効率化や、こ
図3 アジア9ヵ国・地域の車両登録台数の推移(1996年=100)
120
れらを通じた環境問題の改善、生活環境の
改善など、多くの効果が期待できるものと
考えられる。
Ⅱ アジアにおける道路交通・ 道路交通行政の課題
さて、ここまで日米欧を例にとり、ITS
100
80
60
40
20
アジア諸国に共通する主要な道路行政、
マレーシア
中国
インドネシア
香港
タイ
台湾
フィリピン
シンガポール
とはどういうものかを見てきたが、ここか
らはアジアに目を向けることとしたい。
韓国
0
1990
91
92
93
94
95
96年
出所)各種資料より野村総合研究所作成
拡大するアジアの ITS 市場と日本企業の対応
51
クアラルンプール、北京、台北など、アジ
地方道路の建設・改良には、各国とも力を
アの大都市は、皆似たような状況にあるの
入れている。
が実情であり、これら都市の渋滞問題の解
題の1つとなっている。
Ⅲ 交通問題解決に向けた ITS
導入への取り組みと課題
2 交通事故の削減
1 アジア諸国のITSへの
消は都市の枠を超え、国家の政策的主要課
自動車台数の急激な増加は、これらの
期待と取り組み
国々に交通事故件数の増加をももたらして
大都市における渋滞問題の解消、および
いる。特に交通事故の問題は、道路状態の
交通事故の削減に向けて、各国政府は ITS
悪さ、運転マナーの悪さも影響し、大都市
に大きな期待を抱き、また導入に取り組ん
内にとどまらずに、都市間、地方でも深刻
でいる。
な問題となっている。
表1は日本を含むアジア10 ヵ国・地域の
たとえば、マレーシアでは1992年に約11
ITS(高度道路交通システム)への取り組
万 8000 件であった交通事故件数が 96 年に
みと、ITS の代表的なアプリケーションで
は約 18 万 9000 件へ、タイでは 90 年に約4
ある、①道路交通情報システム、②高度交
万 3000 件であった事故件数が 95 年には約
通管理システム(高度交通信号システム)、
9万 4000 件へと激増している(ただし、国
③ ETC(自動料金収受システム)──の3
により事故の定義が異なるため、国間の比
つのアプリケーションの導入状況を簡単に
較は不適当と考えられる)。このため、交
まとめたものである。
通事故の削減もまた、渋滞解消と並んで、
政策的な大きな課題と認識されている。
この表からわかるように、ITS 推進体制
や ITS 全体計画など、ITS 推進のための仕
組みに関しては、国ごとの行政制度、行政
3 均衡ある国土の発展に資する
的慣習の違いもあり、さまざまであるが、
都市間道路の建設・改良
アプリケーションを軸として見てみると、
アジア諸国における近年の経済発展は、
主に大都市部、特に首都圏における経済発
都市数、規模に違いはあるものの、ほとん
展によるところが大きく、都市部と地方と
どすべての国・地域で導入されている。
の経済格差は、以前にも増して大きな問題
の1つとなっている。
また、道路交通情報システムも、文字情
報板を使用した情報提供なのか、ラジオを
これに対しては、各国政府とも強い問題
使用した情報提供なのか、あるいは高速道
意識を持ち、種々の地方開発政策を講じて
路上のごく一部の区間だけなのか、一般道
いる。ちょうどわが国が新全国総合開発計
も含め、大規模な交通情報システムが導入
画(1969 年策定)において、地域格差の是
されているのか、などの違いはあるものの、
正を目的として全国的なネットワークの整
ほとんどの国・地域で導入されている。
備に力を入れたのと同様に、地方開発のた
めの重要施策として、なかでも都市間道路、
52
高度交通管理システムは、導入されている
知的資産創造/ 1999 年 5 月号
さらに、ETC に関しても、多くの国で稼
働中、実験中である。わが国のETC配備が
表 1 アジア各国における ITS の進展状況
個別アプリケーションの開発・導入状況
中国
ITS 推進体制
ITS 全体計画
道路交通情報システム
高度交通管理システム
ETC
科学技術部、交通部
─
─
稼働中・拡大予定
試験運用中
を中心として関連機
● 北京、広東省など
関が推進
香港
運輸局運輸署が主導
─
ラジオによる交通
稼働中
稼働中
● 8 つの民間有料トンネル
情報提供
で稼働中
インドネシア
関連機関が推進
─
日本
関連省庁からなる
1996 年 7 月策定
導入予定(VMS)
稼働中・拡大予定
─
稼働中
稼働中
1999 年度に運用開始予定
稼働中・拡大予定
1999 年 4 月に 3 回目の実験
(VMS、VICS)他
5 省庁連絡会議、
VERTS などが推進
韓国
建設交通部が主導
1997 年 9 月策定
試験運用中
を実施
(VMS 他)
マレーシア
関連機関が推進
REAM が策定中
稼働中(VMS)
フィリピン
一部機関が推進
─
導入予定(VMS)
稼働中・拡大予定
導入予定
(2000 年完了予定)
稼働中
導入予定
● 建設中の「スカイウェイ」
(第 1 期 35km)に導入
シンガポール
政府 LTA が推進
ITMS 構想
稼働中(VMS 他)
稼働中
稼働中
● ERP システムが 1998 年
4 月に稼働開始
台湾
交通部、台北市、産
─
稼働中(VMS 他)
稼働中
学官による ITS 台湾
実験中
● 試験運用中
の 3 機関が推進
タイ
関連機関が推進
─
─
稼働中・拡大予定
注)ERP :電子式道路課金、ETC :自動料金収受システム、ITMS :統合情報管理システム、LTA :陸上交通庁、REAM :マレーシア道路技術者協会、
VERTS :道路・交通・車両インテリジェント化推進協議会、VMS :文字情報板
出所)各種資料より野村総合研究所作成
1999 年度中に予定されている状況と併せて
1番目の課題は、標準化の問題である。
考えれば、若干の意外感すら覚えるほどに、
2番目は体系的な ITS の導入をいかに進め
各国の ITS に対する取り組みは進んでいる
ていくか、3番目は民活による高速道路上
ということができよう。
での ITS 推進を、標準化の観点からいかに
コントロールしていくか、である。
2 アジア諸国における
ITS推進上の課題
これまで見てきたように、多くのアジア
今、3つの課題を指摘したが、これらは
別々の問題ではない。すなわち、これら3
つの問題点の最上位に位置するのが標準化
諸国の ITS に対する期待は大きく、また実
の問題であり、これを達成するために、
際に導入が進みつつある。しかし、導入の
ITS の導入をいかに体系的に進めていくの
実態を見てみると、そこにはいくつかの課
か、民活道路の ITS 推進をいかにコントロ
題があることが指摘できる。
ールしていくのかという問題が派生するの
拡大するアジアの ITS 市場と日本企業の対応
53
である。
ITSを含む多くの分野においては、「標準
の ITS アプリケーションに関係する国際標
化」が非常に重要な課題である。たとえば、
準が決められようとしている時期である。
現在の日本では、家庭用の電源は 100 ボル
このため、国際標準に合致した国内標準を
ト・ 50 ヘルツおよび同・ 60 ヘルツの2種
定めようと思えば、それが容易に実現でき
類である。
るはずである。
これが、都道府県ごとに 100 ボルトであ
ったり 220 ボルトであったり、50 ヘルツで
では、なぜ、アジアではそれが実現でき
ないのであろうか。
あったり 60 ヘルツであったり、さらにはコ
1つには、各国の道路行政、交通行政を
ンセントの形がまちまちであったりしたと
担う主体の、標準化に対する認識がこれま
すれば、引っ越しをするごとに電気製品を
で不足していた点があげられよう。つまり、
買い替えなければならない。そこまで行か
このような認識を強く持って ITS アプリケ
なくても、100ボルトと220ボルトでスイッ
ーションの国内標準規格を決める以前に、
チを入れ替えなければならなくなったり、
さまざまな国のさまざまなメーカーが、さ
プラグを付け替えなければならなくなった
まざまな規格の商品を売り込みにきたので
り、あるいは、どこの県では何ボルトかを
ある。
いちいち調べなければならなくなったり
2つめには、いくつかのアジア諸国では、
と、非常に不便でコストもかかるであろう
道路を所管する公的主体が複数あり、往々
ことは、容易に想像がつく。だれもが標準
にして、相互の調整が全くとられずに、そ
化の重要性を理解するであろう。
れぞれが独自に道路建設、設備の導入を進
しかし、ITS の世界では、このようなこ
める場合があることがあげられる。たとえ
とが現実に起こっているのである。たとえ
ば、タイでは高速道路を所管する主体が
ば、マレーシアやタイ、中国などのETCで
DOH(運輸通信省道路局)と ETA(内務
は、複数の異なる規格が導入されている。
省高速道路・鉄道公社)2つの組織に分か
このため、A 高速道路を通るときには A 型
れており、これらの機関の間では相互の調
の車載機を、B 高速道路を通るときには B
整が全くとられていないことが、さまざま
型の車載機を搭載しなければならず、A、
な側面で弊害を生んでいる。
B の高速道路の双方を頻繁に通行する車は
3つめは、アジア諸国の高速道路建設で
2種類の車載機を装着しなければならな
は、民活の手法が取り入れられているケー
い、といった事態が現実に発生している。
スが多々あり、たとえある時期に政府が
こうしたことは、何もアジアだけで起こ
ITS アプリケーションの国内標準を定めよ
っているわけではない。米国のETCでも事
うとしても、すでに結ばれている政府と民
情は同じである。しかし米国は、世界でも
間企業間の契約の中に、そのような条項が
最も早い時期にETCの導入が始まった国の
含まれていないため、事実上国内標準を定
1つであり、これは開発者のリスクであり
めることができない場合が往々にしてあり
仕方がなかったという事情がある。
うることである。
一方、現在は、ISO(国際標準化機構)
54
や ITU(国際電気通信連合)の場で、多く
知的資産創造/ 1999 年 5 月号
以上のような3つの問題が、相互に関係
表 2 アジア各国の高速道路延長計画
高速道路延長(km)
新規建設予定(km)
備考
中国
7,100(1998 年末)
10,000(2000 年)
● 内需拡大のため、前倒しで建設中
インドネシア
472(1997 年末)
1,196
● 民活による建設。予定年は未定
● 経済危機により実現は遅れる見込み
● 経済危機により遅延が見込まれる
韓国
1,918(1998 年末)
2,400(2004 年)
マレーシア
1,831(1996 年末)
N.A.
シンガポール
139(1996 年末)
225 レーン km(2000 年)
台湾
152(1998 年末)
353(2003 年)
● この他 499km を計画中
● 現在無料の台北市内快速道路(150km 供用
中)を有料化する計画もある
タイ
170(1997 年末)
4,345(2015 年)
● 予定は DOH 分のみ
注)DOH :運輸通信省道路局
出所)各種資料より野村総合研究所作成
しあい、アジア諸国では標準化を進めるこ
ステムを導入、または拡大する計画を持っ
とが困難な場合が少なくない。しかし、逆
ている。ETC(自動料金収受システム)に
にそれだけに、アジア諸国にとって、ITS
関しても、多くの国で稼働中、または実験
の国内標準化を達成することは大きな課題
中であり、稼働中の国では拡大する予定を
といえよう。
持ち、実験中の国では、実験終了後、速や
かに実配備する計画を持っている。
Ⅳ 拡大するアジアの ITS 市場
と市場参入に向けた課題
さらに、各国とも均衡ある国土の発展に
向けて、都市間道路の建設に力を入れてお
り、このなかには高速道路が多く含まれる。
1 拡大するアジアのITS市場
表2に各国の現在の高速道路延長と、今後
さて、アジアにおいて ITS の導入を推進
の建設予定を示した。判明しているもの
する際の課題として標準化をあげたが、こ
だけでも、ここ数年のうちに新規に1万
のようなことが問題となってくること自
3000km 以上もの高速道路が建設される予
体、アジアのITS(高度道路交通システム)
定となっている(日本の高速道路延長は
市場が急速に成長していることを示すもの
1996 年4月1日現在で 5932km)。ETC に
であろう。先に見たように、多くのアジア
限ってみても、そこには膨大な潜在市場が
諸国は、ある面では日本以上に ITS の導入
あるものと考えられる。
が進んでおり、また各国とも今後も積極的
に進めようとしている。
繰り返しになるが、表1に見たように、
2 活発な欧米企業の活動と
日本企業への大きな期待
都市内の交通渋滞緩和のために、多くの国
さて、このように有望なアジアの ITS 市
が道路交通情報システムや高度交通管理シ
場であるが、この市場に対して、日米欧の
拡大するアジアの ITS 市場と日本企業の対応
55
各企業はどのようなアプローチをとってい
るのだろうか。
実際、前述のタイの ETA(高速道路・
中立的に見て、欧米およびオーストラリ
鉄道公社)は、バンコク首都高速道路に導
ア企業はこの市場に対して非常に積極的な
入したある米国企業のETCシステムが、満
活動を展開しているのに比べ、日本企業の
足な機能を果たしていないとして、全面的
活動は消極的に思われる。
な更新をしたいと考えている。
たとえば、表1にあげた日本以外の9ヵ
また、先にETCをはじめとするITSアプ
国・地域中、8ヵ国・地域に高度交通管理
リケーションの国際標準制定の動きが進ん
システムが導入され、残るフィリピンも導
でいることを述べたが、ある欧米系企業が、
入を予定しているが、このうち6ヵ国・地
この国際標準に合わなくなった古いシステ
域にオーストラリアの SCATS と呼ばれる
ムを、強引にアジアの国に売り込んでいる
システムが導入されている。また、英国の
という事例もいくつか聞こえてくるところ
SCOOT と呼ばれるシステムも、2ヵ国・
である。
地域に導入されている(1ヵ国に複数のタ
イプが導入されている例あり)。
その古いシステムが、すでにアジアの国
において事実上の国内標準となっているの
また、ETC に関しても、欧米企業の活動
ならば、そうしたこともまた正当化される
が活発であり、多くの国・地域に欧米メー
かもしれない。しかし、その国に別のシス
カー製のETCが導入されている。アジア各
テムが入っている場合でも、新たに古いシ
国の ITS 関係者に話を聞くと、「なぜ、日
ステムの導入を働きかけている例すら見ら
本企業はセールスに来ないのだ」と答えに
れるのである。
窮するような質問をされることもしばしば
である。
しかし、このような質問を裏返せば、日
偏見という批判を覚悟でいえば、一部の
欧米系企業は、長期的に見て何が相手国に
とって望ましいのか、という視点を欠きが
本企業に対する期待、日本の技術力に対す
ちであり、自社製品を短期的に売り抜ける、
る期待が込められているということができ
という意識が強いように思われる。
るのではないだろうか。
このような欧米系の一部企業のふるまい
アジア各国の ITS 関係者は、日米欧のシ
に対し、日本企業は、相手国関係者との長
ステムを正しく評価して、自分の国のニー
期的な関係を考慮し、相手国にとって何が
ズに合ったシステムを導入したいという意
本当に望ましいかを踏まえた上で、適切な
識を強く持っている。また、そのための情
システムの導入を働きかけるという戦略を
報を得たいと強く願っているが、これに対
もって、これまでさまざまな国との関係を
して十分にこたえられていず、結果として
築いてきているように見受けられる。
アジアの ITS 市場への参入機会を逃してし
日本企業においては、ITS に関しても、
まっているのではないか、と思える場面が
このような戦略をもって、その上で各国の
しばしばある。
関係機関に積極的に自社システムの採用を
このような事態は、わが国にとっても、
アジアの各国にとっても幸福な状態とはい
56
いがたいだろう。
知的資産創造/ 1999 年 5 月号
働きかけることが望まれよう。また、その
際には、アジア全体に広がる経済不況の折、
低利の円借款なども視野に入れながら働き
ら逆算して、実現できる信頼性や盛り込む
かけることも、1つの有効な方法と考えら
べき機能を絞り込む必要があろう。その際
れる。
にはアジア各国のニーズを十分に反映させ
ねばならないことは言うまでもない。
3 アジアITS市場参入のための
課題
有望なアジアの ITS 市場に日本企業が参
入するためには、いくつかの課題がある。
課題の第1は、声がかかれば応札する、
課題の第3は、相手国機関にコンサルテ
ィングをしながら、より望ましいシステム
の導入を働きかけることである。
ここ数年、アジア諸国の多くが ITS 関連
のセミナーを開催し、外国から講演者を招
あるいは、「このようなシステム」という
請するなどしている。アジア各国の ITS の
要望があれば開発して納入する、というよ
状況、国内標準化の重要性、国際標準の動
うな受け身の活動ではなく、アジア各国の
向などに対する理解もようやく深まってき
ニーズをくみ上げ、各国にとって望ましい、
たように思える。
魅力ある商品を自ら先手を打って開発し、
しかし、このような理解もまだ十分とは
この商品の導入を働きかける、という積極
いえない。日本企業は、これらの最新の情
的な活動が必要なことである。
報も伝えながら、アジア各国にとってどの
相手国のニーズに本当に合っているかど
ような ITS の姿が望ましいかのコンサルテ
うかはともかくとして、欧米企業は実際に
ィングを行い、そのなかでシステムの導入
商品を持ち込んでセールス活動を行ってい
を働きかける必要があろう。その際、導入
る。こうした欧米企業の活動に対抗するた
を働きかけるシステムは、その望ましい
めには、日本企業も待ちの姿勢ではなく、
ITS の姿を反映していなければならないの
攻めの姿勢での活動が求められる。
は当然である。
課題の第2は、各国のニーズに合わせる
日本企業の優れた技術を使って魅力的な
ため、日本の文化や交通環境に合致するよ
商品をつくり、高い視点からその商品がな
う細心に調整されたシステムに、変更を加
ぜ魅力的であるかを理解してもらい、その
えることである。
上さらに欧米企業と同じ土俵に上がって勝
日本の環境に合わせて開発したシステム
負することによって、日本がアジア諸国の
をそのまま持ち込もうとすることは、前述
交通問題の解決に寄与することが、強く望
した一部の欧米系企業の行動と何ら変わら
まれるところである。
ない。また、一般に日本では、より完璧に
近いシステムが求められ、高価格なシステ
ムとなりやすい。このため、日本のシステ
ムそのままでは、価格競争力の面で圧倒的
に不利となる場合が少なくない。
もちろん、安全にかかわる側面では、よ
著者───────────────────────
山岸良一(やまぎしりょういち)
国際プロジェクト研究部上級研究員、工学博士
1988 年東京理科大学大学院工学系研究科博士後期
課程修了
専門は都市計画、交通インフラ計画、都市・イン
り高度な信頼性が求められようが、それ以
フラ整備財源問題など
外の部分では、国際競争力のある価格帯か
電子メール [email protected]
拡大するアジアの ITS 市場と日本企業の対応
57
Fly UP