...

『勉強は 小論文から はじめよう Ver.2』 ‐200 字作文から始める卒業論文

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

『勉強は 小論文から はじめよう Ver.2』 ‐200 字作文から始める卒業論文
『勉強は
勉強は
小論文から
小論文から
はじめよう
Ver.2』
Ver.2』
‐200 字作文から
字作文から始
から始める卒業論文入門
める卒業論文入門-
卒業論文入門-
東京大学教育学研究科博士課程 安藤
理
あきらめたらそこでゲームはおしまいだよ。
安西先生の言葉 井上雄彦『SLAM DUNK』より
こんな強えぇ奴がいて、オラわくわくしてきたぞ。
孫悟空の言葉 鳥山明『DRAGONBALL』より
目次
第1章
はじめに ............................................................................................................... 3
第1節
ごあいさつ........................................................................................................ 3
第2節
ほんとうの「はじめに」 .................................................................................. 3
第3節
本冊子が対象としている人 .............................................................................. 4
【コラム「学問のすすめ」
】............................................................................................... 4
第4節
(1)
なぜ小論文なのか ............................................................................................. 8
小論文をめぐる誤り............................................................................................. 8
【コラム:大学生のための準備】 ................................................................................ 14
【コラム アンケート調査こぼれ話】......................................................................... 15
第2章
中学生編 ............................................................................................................. 16
第1節
中学生の
中学生の失敗 .................................................................................................. 16
第2節
中学生の作文執筆術 ....................................................................................... 16
第3章
第1節
(1)
高校生編 ............................................................................................................. 18
高校生の
18
高校生の小論文執筆術....................................................................................
小論文執筆術
内容 .................................................................................................................... 18
(2 )
形式.................................................................................................................
19
形式
(3 )
そして勉強
そして勉強へ
勉強へ .................................................................................................. 20
第2節
具体的な
具体的な小論文の
小論文の書き方 ................................................................................ 22
(1)
小論文の注意事項............................................................................................... 22
【コラム「
「20 分で「不可」
不可」を「可」にする方法
にする方法」
方法」 ..................................................... 23
(2 )
なぜ論文
なぜ論文には
論文には注
には注がつくのか ............................................................................ 25
(3 )
小論文には何を書けばよいのか。 ................................................................. 26
1
【コラム ラブレターも小論文】 ................................................................................ 28
【コラム 「Google Scholar」
29
Scholar」】..................................................................................
】
(4 )
「「つまり
「つまり」
つまり」「たとえば
「たとえば」
たとえば」必殺術」
必殺術」 ................................................................. 29
【コラム「〆
「〆切効果
「〆切効果。
切効果。」】 .............................................................................................. 33
【コラム「
34
コラム「センターは
センターは二度おいしい
二度おいしい。
おいしい。」】.....................................................................
】
【コラム なぜ英語を勉強するのか? ーAmazon.co.jp で目標にする本を買うー】34
第4章
第1節
(1)
大学生編 ............................................................................................................. 36
大学生活入門 .................................................................................................. 36
本の種類 ............................................................................................................. 36
【コラム 体調管理にご
体調管理にご用心
にご用心】
用心】 ................................................................................... 48
【コラム あんどうウォーズ ―勉強は スター・ウォーズから はじめよう‐】 ... 49
第2節
(1)
小論文と大学のテスト・レポート ................................................................. 51
これまでの本との違い ....................................................................................... 53
【コラム 説明書】...................................................................................................... 53
(2)
起承転結とは? .................................................................................................. 54
(3)
演繹と帰納-考え方のプロセス‐ ..................................................................... 57
【コラム「大学のテストの予想のしかた(最強編)
」】 ............................................... 61
(4)
現代文は小論文からはじめよう......................................................................... 61
(5)
小論文と論文の関係........................................................................................... 66
(6)
「考える」ってなんだろう? ............................................................................ 67
(7)
5 月病脱出大作戦 ............................................................................................... 69
第3節
レポート・卒業論文の書き方......................................................................... 72
(1)
「層」のお話...................................................................................................... 72
(2)
パラグラフ・ライティングとフリー・ファイティング .................................... 77
第4節
統計分析で書く社会科学系論文 ..................................................................... 78
(1)
形式編................................................................................................................. 79
(2)
つながり編 ......................................................................................................... 86
(3)
プロセス編 ......................................................................................................... 98
【コラム「まだ着れる」をめぐる争い】 ....................................................................112
(4)
第5章
研究生活のコツ .................................................................................................119
就職活動・就職後と小論文 .............................................................................. 123
第1節
論文の書き方は社会に出ても役に立つか .................................................... 123
第2節
エントリーシートも小論文だ....................................................................... 123
第3節
問題解決能力を身につける .......................................................................... 130
第6章
おわりに ........................................................................................................... 131
2
第1章はじめに
第1節 ごあいさつ
どうも、安藤理(さとる)です。昨年度・本年度と『高校卒業後の生活と意識に関する
調査』にご協力いただき誠にありがとうございました。この調査は卒業後も一年ごとにア
ンケートを郵送するという、高校生のみなさんから見れば大変めんどーなものになってお
りました。そこで、なんとかお礼ができないかと考えて書かれたのがこの文章です。もち
ろん、
「もしかしたらほとんどの人が返してくれないかもしれない。サンプル数が十分でな
くて分析ができなくなってしまうかもしれない。
」というような打算的な不安感もあります。
けれども、アンケートを郵送するときに、卒業後の生活でも役に立つような文章をそのつ
ど更新していくことで、僕が経験してきた失敗をせずにみなさんが楽しい学生生活を送っ
てくれたらいいなというのがこの文章の本当のメッセージです。
目次では主に大学生活を想定していますが、文章を書くというのは短大・専門学校に進
学したり、就職したりしても使うスキルなので、いろいろな方に十分楽しんでもらえるよ
うな内容にしたいと考えております。
昨年度は、高校卒業後1年くらいの生活に役に立つ内容で、本年度は高校卒業後2年以
降に役に立つ内容にしています。
本冊子は、以下のような日程で内容を更新していきたいと思います。
二○○七年十二月
○○七年十二月 昨年度、年末年始の帰省に合わせて、ご実家に卒業後1年のアンケー
トを郵送いたしました。そのときに書かれたのが「勉強は
小論文から
はじめよう」で
す。
二○○八年十二月
○○八年十二月 お盆の帰省に合わせて、ご実家に卒業後2年のアンケートを郵送しま
した。そのために書かれた「勉強は 小論文から はじめよう2」です。
以上のようなかたちでアンケートに回答していただくごとに更新しておりますので、ご
協力のほどよろしくお願いいたします(やっぱり打算的に書かれた冊子かな)。
第2節 ほんとうの「はじめに」
なんで数学で「集合」なんか勉強しているのだろう?なんで現代文なんて読まないとい
けないのだろう?なんで小論文なんて練習しているのだろう?一体全体、なんで僕は受験
勉強なんかしているんだろう?医学部面接のための「面接票」ってどう書けばいいの?
3
高校生はこんな疑問をもつかもしれません。
大学の講義ってどうやって受ければいいのか?そもそも板書もしてくれないし。大学で
「テスト」を受けたら、いきなり小論文でビビッてしまった。とりあえず字数は埋めたけ
ど、どうやって書けば「不可」が来なかったんだろう?明日がレポートの提出日だけど、
まだ0字・・・。卒業論文ってどこから書き始めればいいの?公務員試験の2次は小論文
だけど、どうやって書いていいかわからない・・・。就職のためのエントリーシートって
どういうふうに書けばいいの?
大学生はこんな疑問をもつかもしれません。
以上のような高校生・大学生の悩みに対して、小論文の書き方を教えることで解決をめ
ざす、これが本冊子の目的です。具体的には、「勉強する気が起きないときは、とりあえず
小論文を書いてみる」「レポートの分厚い課題文献を読む時間がないときは、論文検索をし
てうまく読んだふりをする」「20000字の卒業論文を書く前に、とりあえず200字作
文を書いてみる」などなど、特に、高校卒業後2年以降の方に役立つ内容になっています。
第3節 本冊子が対象としている人
本冊子が役に立つ対象としているのは、高校卒業後2年の方です。ただ、文章を書くと
いうのは、どんな勉強、どんな仕事をするにも共通するスキルですので、高校生・受験生・
大学生・就職活動中の方(公務員試験をふくむ)
、一般の社会人の人にも役立つ内容になっ
ていると思います。むしろ、そういう広い視野にたったうえで、小論文の書き方を考え直
してみようというスタンスになります。
【コラム「学問のすすめ」
】
最近ちょっと気になっていることがあります。それは、なんで二十歳前後を境に「モリ
モリ食べる男の人が好き」という女の子が出てくるのか、というものです。高校生くらい
までの女の子ってあんまりそういうタイプの子の話をききません。それがなんで二十歳く
らいから急に出てくるのか。
みなさんにとってはどうでもいいことかもしれませんが、僕にとっては切実な問題です。
なぜ切実なのか。
理由の第一は、大学デビューの戦略を間違ってしまったからです。
経緯をお話しましょう。
まず、高校生の頃まで僕はモリモリ系で攻めておりました。部活が終われば牛乳一気飲
み。ラーメン屋に行けばラーメンとチャーハンと餃子とジャージャー麺。けれど、剣道部
でクサイし、肩幅が広すぎて着れる服が少ないし、太ももの筋肉がつきすぎていてジーパ
ンをはくこともできません。さらには、男子校で出会いがないということもありました。
とどのつまり、まったくモテなかったわけです。
4
そこで、大学に入ったらクサイ剣道をやめて、ちょっとは洋服にも気を使おうとがんば
ったわけです。もともと中学時代の友だちはおしゃれなやつが多かったからそいつらと一
緒に服を買いに行ったりしました。食べ物もとんこつラーメン中心をやめて、あんまりモ
リモリ食べるのをやめました。そして、太ももの筋肉がモリモリすぎて入らなかったGパ
ンも、筋肉を落としてはけるようにししました。
ところがどうでしょう。大学に入って半年か1年経ってみると、「モリモリ食べる人が好
き」という女の子が出てくるではありませんか。クサイと言われていた剣道も「男らしく
てかっこいい」という女の子が出てきて、挙句の果てには「やっぱり男の人は筋肉だよね」
という女の子が出てくるわけです。モリモリ系好き型女の子はいったいどこに隠れていた
のでしょうか。まったくの手遅れです。もうその頃には筋肉をけずってしまった反動で、
メタボリックの予備軍になりつつあったからです。
そうした問題よりさらに深刻な理由は、妥協説です。簡単に言えば、妥協かもしれない
からです。
これも経緯をお話しましょう。
まず、大学に入ると高校以上に異性に出会う機会が増えます。サークルとか合コンとか
バイトとか、とにかく出会いがあればアタックも増える。アタックが増えれば失敗も増え
る。というわけで、女の子のほうもだんだんイケメン一本釣りは難しいな、という現実に
気づくわけです。それで、顔がダメならとりあえず健康は第一ということで、モリモリ好
き系が出てくる。その時期がちょうど20歳前後かもしれないということです。大学に入
って1年か2年くらいの頃です。
そのように考えると、その頃からあんどうでもいいかと判断してくれた女の子は、結局
妥協ってことになるわけです。イケメンは無理だからデブメンということです。けれど、
それではあまりに哀しすぎるわけです。
したがって、その問題を解決するためには、そもそも、なんで20歳前後になってモリ
モリ系好き型女の子が出てくるのか、というメカニズムを解明しておかないといけなませ
ん。しかも、できれば「妥協説」じゃないかたちで、結果が出てきてほしいわけです。
けれど、その問いに答えるにはどうしたらいいでしょうか?とりあえず僕は、20歳前
後の女の子にインタビューをしてみました。
インタビューをして出てきた、妥協説に続く第二の説は「潜在説」です。つまり、それ
まで目だって表明されることはなかったけど、20歳前後になって目立つようになってき
たということです。
具体的にお話しましょう。
中学・高校くらいのときには、「好きな男の子のタイプ」について頻繁にお話をする女の
子とあまりお話をしない女の子がいます。あるいは、かわいくて男の子とよく付き合う感
じの子とそうでない感じの子です。僕の完全な独断と偏見で部活で分類すると、前者は女
5
バレ・テニス系で、後者は卓球・美術部系です(卓球部と美術部の子、とりあえずゴメン
ナサイ)。
けれど、20歳前後になると卓球・美術部系の子たちも彼氏獲得作戦に乗り出してきて、
「モリモリ系が好き」という意見が表立って表明されるようになるわけです。あるいは、
男の側としても、中学の頃はまったくノーマークだった子に成人式で久しぶりに会って「お
っ、こんなにかわいい子いたのか」と気づくということもけっこうあるわけです(卓球部
と美術部の子、オッケー)
。つまり、それまでは潜在していたモリモリ好きという主張が顕
在化するということです。
これだと「妥協」にはならないから僕も哀しくならずにすみます。
ただ、これはどうも事実にそぐわなそうです。俺の中学校では、卓球部・美術部系はや
っぱりイケメン好きだったわけです。少女マンガ系とB’z稲葉系(世代がバレる)と相関
が高かったわけです。そうなると、やっぱり妥協ってことになってしまうのでしょうか。
「稲
葉さんのような王子様はいないから、とりあえずモリモリでがまんするか」という感じか
もしれません。
そのように考えるとやっぱり哀しくなってしまったので、あきらめずに他の子にもイン
タビューしてみました。
そしたら出てきたのが、「妥協説」「潜在説」に続く第三の説である「基準多様化説」で
す。どういうことか。
大学に入ると男の子と接触する機会が増えます。
「ともだち」としていろいろ遊びに行く
機会が増えるという感じです。もちろん中学生・高校生のときもあるけれど、やっぱりつ
きあっている人同士が多いわけです。遊びに行くっていうと、だいたい男子は男子、女子
は女子って言う感じにいつの間にかなってしまうわけです。しかし、大学に入ると、一気
にその境界がなくなります。
ここまでは「妥協説」と同じです。けれど、接触の機会が増えれば男の子を評価する基
準も自然と増え、それによって出てきたのが「モリモリ型好き」だというのが「基準多様
化説」です。高校生まではあんまり一緒に長い時間遊ぶということがないからやっぱり外
見の基準オンリーになってしまう。深く話し合う機会がないのかもしれません。けれども、
大学に入って、一緒に桜を見に行ったり、海に行ったり、スノボーに行ったりっていうふ
うになると、生活レベルでいろいろな場面に遭遇するわけです。サーフィンを教えてくれ
るとか、重いものを親切に持ってくれるとか、へこんでいるときに元気づけてくれるとか
です。そうしたなかで、
「将来どうする?」とかいろいろ深い話も出てくるようになります。
そうしたときに、「やっぱり顔を見てただけじゃだめだ。健康とやさしさだ」というかたち
で基準が変化して「モリモリ好き型」が出てくるということです。
こうなっていたとすれば、俺もちょっとうれしくなれるわけです。顔だけじゃない自分
の良いところを発見してくれて、それが評価されたっていうことになるからです。
6
けれど、それでも「妥協説」の可能性を完全に否定したことにはならないかもしれない。
もしかしたら、妥協と同時に基準が変化したという可能性もあるからです。イケメンにフ
ラれたあとに、そのときやさしく相談に乗ってくれたデブメンとつきあいだすというかた
ちです。よくある話といえばよくある話です。これだとやっぱり妥協だったのかってこと
になっちゃって、ちょっと哀しい気持ちになるわけです。
それでは考えればいいのか。「妥協説」を否定しつつ、「接触変化説」を肯定するにはど
うすればよいのか。
このことを説明するために、ここでは「変数」について説明します。変数とは、何かの
結果の原因・要因となるものです。ここでは、「モリモリ好き型女の子」が出てくる原因と
考えられるものです。
接触変化
あり
潜在説
基準多様化説
な
し
あ
り
好
み
変
化
妥協説
?
なし
図 「モリモリ好き型」女の子発生の要因4類型
変数という考え方を取り入れると、これまで説明してきた「妥協説」「潜在説」「基準多
様化説」をきれいに説明することができます。それが図です。ここでは、
「女の子の好みの
変化」
「男性との接触の変化」という2つの変数が示されています。
「なんで20歳前後になってモリモリ系好き型女の子が出てくるのか」っていう問いに
対して、「女の子の好みが変化したから」とか、「男性との接触のあり方が変化したから」
というふうに説明できるわけです。
しかも、変数という考え方を取り入れることで、インタビューから出てきた仮説を「妥
協説」「潜在説」「接触変化説」っていうかたちでばらばらにしておくのではなく、きれい
に図に示せるようになっています。ここが変数という考えのすごいところです。
「妥協説」と「接触変化説」はけっこう似ている部分があって、そこが問題になってい
ました。それについてどこが同じでどこが違うかをきれいに整理できているわけです。
まずは、
「妥協説」です。これは、
「男性との接触」の仕方が変化したわけではないが、
「女
の子の好み」が変わったからという説明になります。具体的にいうと、いろいろ長い時間
7
遊んだりして顔以外の良い部分とかが見えてきたわけではないけれども、かっこいい男に
は手が届かないから顔がいまいちのやつで手を打とうという女性が 20 歳前後で出てきたと
いうことです。好みの軸は変えてないけれども、レベルを下げたということです。「レベル
を下げて、あなたを選びました」ってことになったら哀しいわけです。
次は、「潜在説」です。これは、「女の子の好み」は変わっていないが、「男性との接触」
のあり方が変わったからという説明になります。具体的に言うと、もともと「モリモリ型
が好き」っていう子がいたという点で、好み自体は変化したわけではないけれども、美術
部・卓球部系の女の子たちも彼氏獲得に乗り出してきたので、そういう意見が出てくるよ
うになったということになります。
「男性との接触」
「女の子」の好みっていう軸を入れると、きれいに説明できます。そし
て、それらの両方を取り入れたのが「基準多様化説」になります。
これは、「男性との接触」の仕方が変わり、「女の子の好み」も変わったからという説明
になります。具体的に言うと、男の子と長い生活時間をすごし、いろんなことを話すよう
になったことによって、その男の子の顔以外の良い部分も見えてくるということです。顔
はあきらめたといえば妥協といえば妥協かもしれませんが、基準自体が変わったといえば
基準が多様化したということです。
とりあえずこれで、3つの説を紹介しました。理解してもらえたでしょうか。
ただし、おそらく一つ疑問に残るところがあると思います。「男性との接触」の仕方に変
化もなく、
「女の子の好み」の変化もなかった場合にはどうするか。図の左下の「?」の部
分です。実は、これを考えていくのが「学問」です。説明できない状況が生じたときに、
新たな説明要因を考えていくことです。
高校生のみなさんや公務員受験のみなさんが今やっているのは「勉強」です。勉強には
必ず「答え」がある。けれど、「学問」には「答え」はありません。「答え」はいろいろ考
えて探していくものです。どっちかっていうと、こっちのほうが楽しいのではないか。
ということで、コラムの題名である「学問のすすめ」というお話になります。他の原因・
要因もたぶんいろいろあると思うので、みなさんもぜひ考えてみてください。
第4節 なぜ小論文なのか
(1
1) 小論文をめぐる誤り
なぜ小論文に着目する必要があるのでしょうか。これを説明するためには、さまざまな
人たちの小論文に対する勘違いを整理していかなければなりません。そこで、①中学生・
高校生、②中学・高校の先生、③大学生、④大学の先生、⑤予備講師の順番で問題点を指
摘していきましょう。
(a)中学生
(a)中学生・
中学生・高校生の
高校生の誤り
中学生・高校生の問題点は、ふだんの勉強・受験勉強と、小論文・大学の研究との関係
8
がわかっていないということです。
研究やバイトで中学生・高校生と接するときにはいつもこういう質問をしてみるように
しています。「受験勉強と小論文ってどういう関係があると思う?」「受験勉強って大学に
入って役に立つと思う?」という質問です。すると、たいてい返ってくるのが「関係ない
んじゃないか」
「役に立たないんじゃないか」という答えです。
けれど、本当にそうでしょうか。受験勉強は、小論文と関係なくて、大学に入ってから
も役に立たないとしたら、なぜする必要があるのでしょうか。大学に入れないからしかた
ないといってしまえばそれまでですが、受験にしか役に立たないのだと考えてしまったの
だったら勉強の意欲の低下につながってしまいます。
(b)中学
(b)中学・
中学・高校の
高校の先生の
先生の誤り
それでは、中学・高校の先生はどうでしょうか。それは、小論文の書き方を知らないと
いうことです。つまり、自分の感情をありのままに書くのが小論文だと勘違いしてしまっ
ていることが多いということです。
しかし、小論文は決して感情をありのままに書くというものではありません。研究がら、
高校の先生方にお話を聞くことが多いのですが、小論文の親玉である論文にはフォーマッ
トがあるということをご存じない先生がけっこういるようです(もちろん、ちゃんと理解
してくれている先生方もいます)。このままの指導が続けられていると、大学入試の小論文
で合格点が出ないばかりでなく、大学に入ってからテスト・レポート・論文が書けない学
生が続出してしまうことになります。
(c)大学生
(c)大学生の
大学生の誤り
大学生の問題点は、二つのパターンに分けられます。
ひとつは、小論文の書き方を知らないまま大学に進学してきてしまうパターンです。そ
の場合、大学の初めてのテストでいきなり論述形式の問題が出てパニックになるか、ある
いは、とりあえず用紙を埋めるくらいの解答を書いて、
「不可」になってしまう可能性があ
ります。
もうひとつは、受験のための現代文の読み方・小論文の書き方はちゃんと身につけてき
たのだけど、それらを受験テクニックだと勘違いしてしまうということです。もし仮に、
受験で得た力が大学の勉強に役に立つとしたら、そうした力以外のところに身につけるべ
き力があると想定してしまうことによって、大学での勉強の仕方がわからないということ
に陥ってしまいます。僕がまさにこのパターンでした。
(d)大学
(d)大学の
大学の先生の
先生の誤り
大学教授の問題点は、大学1年生がそれまでに身につけてきた力についての知識が足り
ないことです。そして、
「最近の学生は、本も読めないし、まともな文章も書けなくなった」
と嘆くばかりです。
実際には、現代文や小論文に良い受験参考書が出ているので、それを学生に勧めればよ
9
いのですが、自分の研究に忙しいため、そうした本が出ていることすら知りません。
このままでは、せっかく大学に入ったのに文章を書けないまま卒業していく学生が多く
出ることになってしまいます。
(e)予備校講師
(e)予備校講師の
予備校講師の正解と
正解と不備
こういうことを大学の研究者が言うと意外に思われるかもしれませんが、予備校講師の
書いた受験参考書は現代文・小論文ともに文章にはフォーマットがあるということを認識
している点では正しいということができます。僕もすでに研究者の端くれとして何本か
「小」のつかない「論文」を書いていますが、それを読む上でも書く上でも、実は高校の
授業よりも受験参考書の「テクニック」をおさえていることが最低限の条件になるという
ことです。
また、予備校講師の人は、小論文を書くことが、大学に入ってから社会に出てから役に
立つということを認識していることも正しいといえます。就職するためのエントリーシー
ト、大学院に進学するための研究計画書、社会に出てからの企画書、裁判の判決文などな
ど、すべて小論文と同じフォーマットで書かれているからです。
しかし、残念ながら、予備校の講師が言っていることがいかに正しくても、高校生や大
学の教授は信じてくれません。
「テクニック」と勘違いしてしまうからです。また、小論文
の受験参考書では、具体的にどういうかたちで大学の研究と接続しているのかが示されて
いません。このままでは、せっかく受験で小論文の書き方を学んでも、大学やその後の生
活で活かしていくことができません。
そこで、受験小論文の書き方が大学に入っても役に立つということを大学の研究者の側
からお墨付きを出し、さらに、小論文を書くことが大学の研究やその後の社会生活にどう
役に立つのか、を具体的に示す必要が出てくるわけです。
(f)受験勉強と小論文の関係
(f)
なぜ小論文にこだわるのか。この問題にこたえるために、ここでは、受験勉強と小論
文の関係について考えてみましょう。
「普段の科目ごとの受験勉強と、AO 入試や後期試験の小論文ってどういう関係があると
思う?」こういう質問をすると、たいていの高校生は、
「うーん、関係ないんじゃないか」
というふうに答えるようです。実は、これまでの小論文の解説書にも、受験勉強と小論文
がどう関連しているかなんてことは書かれていません。勉強は勉強、小論文は小論文、と
いうふうに考えているようなのです。
それに対して、ちがうよ、というのが僕の立場です。そのことを説明するために、まず、
小論文の構造を簡単に見てみましょう。
小論文はどういうふうにできているのか。答えは、「主張」と「根拠」です。小論文の構
造なんていうと難しいことを考えてしまう人がいるかもしれませんが、いたってシンプル
10
です。主張と根拠だけです。
例を2つくらい挙げてみましょう。
テーマ 男女共同参画社会
主張 女性が働きやすいように、保育所をもっと設置すべきだ
根拠 ある新聞社がとったアンケートによると、20 代の女性で子どもを預けられる場所が
あれば働きたいと考えている人が 70%もいるから。
テーマ 少年法の厳罰化
主張 少年法は厳罰化すべきでない
根拠
「少年法は厳罰化すべきだ」という論調の背後にある「少年が凶悪化している」と
いう官庁統計の解釈が間違っているから。
こんな感じです。高校入試の 200 字の作文だろうが、200000 字の博士論文だろうが、こ
の構造は変わりません。変わるのは、根拠の厚みだけです。
「アンケート」といっても、新
聞社が行うのと自分一人で博士論文のために行うのとでは、根拠の説明に格段の差が出る
でしょう。
それでは、以上の小論文の構造を踏まえたうえで、小論文と受験勉強の話に戻りましょ
う。
受験勉強と小論文の関係に対する答えは、受験勉強=知識は小論文のうちの「根拠」を
集めることだ、ということです。
例えば、男女共同参画について論じる際にも、まず、現代社会・政経の知識が必要にな
るでしょう。次に、これまで男女差別はどう行われてきたのかというように考えると、日
本史・世界史といった歴史の知識が欠かせなくなります。社会学では、昔から男は仕事、
女は家事という仕事性別役割分業は太古の昔から行われていたのではなく、産業革命で工
場が出来始めてから生まれてきたものだ、と考えられています。さらに、もし卒業論文や
博士論文などを書くという段階になったら、自分でアンケートを作成し、統計分析にかけ
る必要が出てきます。そのときには文系であっても、確率・統計をはじめとする数学の知
識が欠かせません。
以上のように、高校生活・受験勉強で養ってきた知識は、これから何かを主張するため
の根拠を確かにするものです。夏休みも10日を過ぎて「あー、私、なんで勉強なんかし
てんだろう?」と哲学の道に入ってしまった受験生や「とりあえず大学に入ったものの、
俺、何やってんだろう?」と悩んでしまった人がいたら、まず、何か自分の「主張」とな
るものを見つけてみてください。
11
といってもそう簡単に見つからないと思うので、大学受験生は国立の後期試験の小論文、
大学生は今受けている講義の過去問、公務員試験受験生は2次試験の小論文を眺めてみて
ください。小論文を説得的に書くには、根拠=知識が必要なはずです。つまり、大学の前
期試験や公務員の 1 次試験で課題とされている知識を十分に養う必要があるということで
す。そうなってくると、勉強することの意義が少し見出せるのではないでしょうか。
勉強は 小論文から はじめよう
表題はそんなメッセージです。
ただ、具体的な小論文の書き方を説明する前に、文章を書く際にどういう間違いをしや
すいのかを説明したいと思います。
(g)「
(g)「記述」
記述」と「論述」
論述」
大学生の書いた文章を読んでいるときによく混同されているのが「記述」と「論述」の
違いです。例を2つ出しましょう。
第一は、大学のレポートです。ティーチング・アシスタントとして学部生のレポート課
題の添削を手伝ったことがあります。そのとき、大学のレポート課題はたいてい「論ぜよ」
とか「自分の考えを述べなさい」となっているのに、講義の内容をまとめただけで「論」
も「自分の考え」もないレポートが 7 割くらいありました。
第二は、公務員試験の模試の添削です。添削していると、
「記述」と「論述」を混同して
いる人がたくさんいることに気づきます。「記述」問題で自分の考えを展開してしまったり
する人がけっこういるということです。
具体的に、公務員試験の模試について考えて見ましょう。例えば、家裁調査官の 1 次試
験の「記述」問題への解答で、「マルクスについては、『疎外』の概念を中心に考えるべき
である」と書いている。あるいは逆に、家裁調査官の 2 次試験の「論述」問題で、
「児童虐
待はここ数年で増えてきている」というだけで終わっている。
なにがまずいのか?
まず、前者については、
「記述」の問題に対して「べきである」と主張をしてしまっている
ことです。次に、後者については、「論述」の問題に対して、「である」と事実の指摘だけ
で終わってしまっていることです。
ここで、
「記述」と「論述」を簡単に図式化して見ましょう。一言で言ってしまえば、
論述=記述+主張
です。
12
この冊子の理念である「小論文=知識(勉強)+
主張」という公式と同じです。した
がって、記述問題では主張を展開してはいけないし、論述問題・小論文・レポートでは主
張を展開しなければならないということになります。
こういった関係は、大学受験や大学のレポートにもそのままあてはまります。例えば、
東京大学の世界史だったら、第 3 問が記述で、第 1 問が論述に近いです。
出題者が何を求めているのか。知識や事実をもとめているのか、それとも、主張を求め
ているのか。これを正確に判断できないとそれだけで点数ががくんと落ちてしまいます。
気合を入れてレポートを提出したのに成績が「可」だったとか、小論文がうまく書けた
と思ったのに判定が悪かったとかいう人がいたら、自分の書いた内容が出題者の意図に沿
うものだったかどうか、もういちど確認してみてください。
主張の要らない問題で主張をしてしまっていたり、主張が必要なところで主張ができて
おらず、事実の指摘だけで終わっていたりするかもしれません。
この冊子が書かれた本当の経緯について。
以上、公務員試験の模試を例にお話をしました。実は、このような小論文の構造を説
明しなければいけないと考えるには、以下のような経緯がありました。
僕は去年1年間でたくさんのレポートや模試を添削して怒り心頭に達したのです。大
学のティーチング・アシスタントや資格試験予備校のアルバイトで、大学3年生の授業
のレポート、演習のレポート、公務員試験のための小論文などなど、全部でのべ300
~400くらいのレポートやら答案やらを添削したかと思います。その9割くらいが、
「一言で言うと何が言いたいのか」が分からない答案でした。自分が何を主張したいの
かも自覚しないままに、使い慣れない小難しい言葉をただ並べ立てていくだけなので、
結局何を主張しているのかがこちらに伝わってこないのです。
僕がこの冊子を書こうと思うに至った動機は、そのようなものからです。ここで主張
したいのは一つです。それは、
「論文で主張したいことは一言でまとめるべきだ」という
ことです。この鉄則は、どのような論文を書く場合でも共通です。県立高校入試の二○
○字作文でも、大学入試の八○○字の小論文でも、公務員試験の一二○○字の小論文で
も、大学の四○○○○字の卒業論文でも、一○○○○○字の修士論文でも、五○○○○
○字の博士論文でも、はたまた就職して会社で書く文章でも、すべてにあてはまるルー
ルです。
そして、そのルールから派生的に出てくるのが、
「主張したいことは冒頭で述べよ」とい
うことです。文章の書き方は起承転結がよいという風習がありますが、論文に関してはあ
てはまりません。論文の落としどころ(=結論)がどこにあるのかがわからないままに読
み進めていくのは、読み手にとって大変な負担となるからです。たくさん添削していて最
13
も疲れるのは、落としどころがわからないままに読み進めていってなんとか最後まで読ん
だが、結局オチも何もなかったという論文です。
また、結論が最後に書いてあると、採点者は二度手間を食うことになります。結論ま
で読んだ上でその根拠がどこに書いてあるのかを探し、そのうえでその根拠が結論を裏
付けているのかどうかを判断するために最初に戻るという作業が必要になるのです。
日々忙しい大学の先生や各種試験の試験官がそんな労力を払ってくれるとは思えません。
それに対して主張が最初に書いてあると、あとは続けて書かれている根拠がその主張を
しっかりと裏付けているか、ということだけに気をつけて読んでいけばよいということ
になります。したがって、結論はまず最初に述べるべきなのです。
以下では、結論を最初に書くにはどうしたらよいか、という問いに答えるために、中
学生の作文、高校生の小論文、大学生の卒論という順で、説明していきたいと思います。
【コラム:大学生のための準備】
この冊子を書くにあたって僕は、うちの大学の3年生にインタビューをしてみました。
その際の質問は、
「大学に入る前に知っておけばもっと楽しい学生生活が送れただろうとい
う情報は?」というものです。返ってきた答えは2パターンです。
第一は、あっと言う間に2年生になってしまうということです。大学に入学すると、
サークルの勧誘やら授業の選択やらに巻き込まれてしまい、気付いたらもう2年生にな
ってしまっているということです。目的意識を持っていないと、流されるがままに時間
が過ぎていってしまい、
「わたしって1年間何してきたんだろう」と振り返ることになる
のです。
そこで、インタビューした3年生から皆さんへのメッセージは、「受験勉強をやってい
るときに、大学に入ったらやりたいことをしっかりメモしておく」ということです。中
国語を学んで旅行をする。自転車で日本一周。塾の先生のバイトをする。うまい棒を全
種類モグモグ食べる。24時間耐久マージャン大会。マルセル・プルーストの『失われ
たときを求めて』を読破する。カクテルを自分で作って飲んでみる(お酒は20歳から)
。
ドラクエのレベルを99まで上げる。クラブで踊りまくる。などなど、大きなことから
小さなことまで何でもオッケーです。特に、小さな目標については合格したとたんに忘
れがちになってしまうので、とりあえずメモしておいてください。
そして、大学に入って目標を成し遂げるたびに、そのメモに○をつけていくわけです。
そうすれば「何してきたんだろう」と振り返ったときに、自分が成し遂げてきたことが
はっきりわかり、しっかりとした充実感を味わえるでしょう。
3年生の答えの第二のパターンは、「大学の先生は教科書でない教科書を買わせる」と
いうものです。これについては、大学生編で扱います。
14
【コラム アンケート調査こぼれ話】
みなさんのなかには、アンケートというと、個人的なことをあれこれ聞かれていやだ
なぁ、と思う人が多いかもしれません。
「アンケート」という名を使って個人情報を聞き
取ろうとしているんではないか、とか思ってしまうかもしれません。正直なところ、ア
ンケート調査を自分でやってみるまでは僕もそんな一人で、適当に答えたり返送しなか
ったりしました。
けれども、実際やってみると「個人」に関してはそんなに興味を持たないことがわか
りました。研究者が興味を持つのは「個人」ではなく、
「パーセント」なのです。新聞や
本を読んでいると、いろいろと統計的なお話が出てくると思います。例えば、「○○研究
所が十一月に行った小学生アンケートによると、四十五%の生徒が『学校に行きたくな
い』と回答していることがわかった」というようなものです。スペースがあればその横
に棒グラフがついてくるはずです。今回の調査ではただ%を出すだけでなく、重回帰分
析や HLM といった統計的手法にかけて分析していきますが、その際にも注目するのはグ
ループごとの「平均」です。例えば、「大都市の生徒は~の平均が高いのに対し、地方の
生徒は低い」とかいうことになります。そうしたアンケートの結果をもとに、苅谷教授
(研究代表)のような研究者が文部科学省に「地方に手厚い政策をしたほうがいいので
はないか」というような政策提言をしていくわけです。
ただ、正直なところを言ってしまうと、そうしたなかでも唯一個人単位で考えてしま
う部分があります。アンケートを回収したあと、まず最初にやるのが「調査票チェック」
という作業です。ごくたまに全部「1」に○をつけてしまったり、
「1・2・3・4・5・
4・3・・・」とジグザグにつけてしまったりする人がいるので、それを取り除くとい
う作業です。調査によっては合計4000近い生徒の皆さんから回答をいただくことも
ありますので、5人で段ボールに囲まれながら朝から夜遅くまで丸々2日の作業におよ
ぶこともあります。埃まみれの単純作業です。何番の人が何番に○をつけたなんていう
ことは、気にしている暇もありません。けれども、そのなかでただ一つ個人単位で考え
てしまう部分があります。それは、
「自由回答」の部分です。アンケートに何回か答えた
ことがある人は、だいたい最後に「ご自由にお書きください」と書いている部分がある
ことに気付くと思います。その部分です。
ここで、ちょっと想像してみて下さい。5人の大学院生が狭い部屋で段ボールに囲ま
れてアンケートをぺらぺらとめくっている図を。だんだん頭が働かなくなり、やる気も
集中力も落ちてきます。そんなときに救いになるのが、この自由記述なのです。ここに
「苅谷先生がんばってください」などと書いてあったりすると、「この子はいい子だな
ぁ。」などとみんなで話しながらまたやる気が出てくることになるわけです。
15
ちなみに、アンケート調査でがんばっているのは、たいてい研究代表の教授ではなく、
下っ端の大学院生たちです。なので、もし今度大学のアンケート調査に回答することが
あったら、
「大学院生のみなさん、がんばってください」と一言書いておいてくれると何
人かの大学院生の苦労が報われると思うので、よろしくお願いします。
第2章 中学生編
第1節 中学生の
中学生の失敗
みなさんは、中学生の夏休みにレポートの課題を出されたことはないでしょうか。
「第二
次世界大戦について調べよ」とか「光合成について調べよ」とか「竹取物語について調べ
よ」とかいった具合です。しかし、先生のほうは、課題は出したものの、課題の調べ方や
レポートの書き方については教えてくれません。したがって、夏休み最後の部活もない日
に友だちと図書館に行き、分厚い百科事典なんかを引っ張り出してきて5ページくらい丸
写しにして何とか提出するということになります。しかも、その5ページを書き上げる間
に、スイカ味の百円パック・ジュースや『ガリガリくん』アイスが何本か消費されるはず
です。
こういうレポートの出し方はたいへんもったいない。夏休みの貴重な青春の時間を百科
事典の書き写しで浪費してしまうのはまったく無駄である。そういう考えから書かれたの
がこの本です。
一方で、都道府県の高校入試の問題では、国語の問題として「作文」というものが出さ
れます。この書き方についても、実は国語の先生は教えてくれません。中3の十月過ぎ頃
になって入試に作文が出ると知り、急いで国語の先生に相談に行き、三、四本その先生に
みてもらったらなんとなくわかった気がして本番に臨む。そういうことが日本全国の中学
校で行われているのではないかと想像します。けれども、結局何を書けばよかったのか。
ふと振り返ってみるとよくわかっていないような気がしてきます。
こういう作文の書き方はたいへんもったいない。中学3年という青春真っ盛りの時間を
『なんとなく作文』で終わらせてしまうのは無駄である。そういう観点から書かれた本が
この本です。
以上、レポートの失敗、作文の失敗というかたちで中学生の失敗を簡単におさらいして
きました。この章では、高校入試の作文を書くことを目的とし、夏休みのレポートを手段
として、この失敗を克服しようと思います。具体的には、作文にもレポートにも決まった
書き方があることを示し、よい作文を書けることを目標にして、レポートの書き方を学ぶ
ということをしていきたいと思います。それでは、高校入試作文編のはじまりです。
第2節 中学生の作文執筆術
16
(a)高校受験
(a)高校受験の
高校受験の作文問題
大学受験の小論文のお話をする前に、高校受験の作文のお話をします。なぜなら、小論
文と作文との違いを明らかにすることが小論文上達の第一歩だからです。
まず最初に、埼玉県の高校入試の国語で出題される作文の問題を見てみましょう。
(回転できない図ですみません。)
みなさんは、この問題についてどのような意見を書くでしょうか。あるいは、どのよう
な「形式」で書くでしょうか。ここでは、作文の内容と形式の両面から、執筆法に迫って
みたいと思います。
(a)内容
(a)内容
まず、内容についてです。ここで注意しなければならないのは、「(注意)(1)自分の体験
(見たこと聞いたことなども含む)をふまえて書くこと」という点です。これが書かれて
17
いないと点数になりません。
(b)形式
(b)
次に、形式についてです。ここで覚えてほしいのは、
「たしかにーしかし」論法です。た
しかに、この論法についてはすでに多くのみなさんが無意識に使っているかもしれません。
しかし、ここで重要なのはこの論法を自覚的に使って作文を書くということです(おっと、
思わず自分でも使ってしまった!)
。なぜなら、この論法が小論文執筆の際にも大いに役立
つからです。
以上、作文の内容と形式について、簡単にまとめました。高校1年生のみなさんなら、
5分くらいあれば作文を書けると思います。解答例を見てみる前にちょっと試しに書いて
みるとよいでしょう。
(c)解答例
(c)
わたしは、ふだんからあいさつをしっかりするように心がけている。たしかに、部活の
友だちを見ると、あいさつをしなかったり、
「どうも」などで済ませたりしてしまっている
人が多い。しかし、それでは自分の気持ちを正確に相手に伝えることができない。先生や
先輩には「おはようございます」としっかりしたあいさつをすることで敬意を示すほうが
よいのだろう。
したがって、わたしはふだんからあいさつをしっかりするように心がけているのである。
以上が
以上が、高校入試の
高校入試の作文についてです
作文についてです。
についてです。
これを見
「しかし
れを見てきて疑問
てきて疑問に
疑問に思うのは、
うのは、なぜ「
なぜ「たしかに」
たしかに」
「しかし」
しかし」論法なのか
論法なのか、
なのか、ということで
す。あるいは、
あるいは、この論法
この論法は
論法は、作文以外の
作文以外の文章にも
文章にも役
にも役に立つのか。
つのか。
そこで、
そこで、高校生の
高校生の小論文に
小論文に役に立つのかどうかを検討
つのかどうかを検討していくことにしましょう
検討していくことにしましょう。
していくことにしましょう。
第3章高校生編
第1節 高校生の
高校生の小論文執筆術
それでは、大学入試の小論文の執筆法のお話に入りましょう。ここでも、中学生の作文
と同様、内容と形式に分けて議論を進めてみましょう。
(1
1) 内容
まず、内容についてです。大学入試の小論文で注意しなければいけないのは、自分の具
体的な経験はなるべく書かないようにするということです。この点が、高校入試の作文と
18
まったく逆になります。
どうしてこのような違いが生まれるのでしょうか。それは、求められている力が違うか
らです。中学生が書く作文では自分の「感情」を表現する力が重視されるのに対し、高校
生が書く小論文では自分の「主張」を説得する力が重視されるのです。
したがって、大学入試の小論文では、具体的な経験に基づいた自分の感情を表現するの
ではなく、客観的な根拠に基づいた自分の主張を書かなければならないことになります。
(2)形式
それでは、この「客観的な根拠に基づいた自分の主張」を書くためにはどのようにすれ
ばよいでしょうか。ここでは、そのためのフォーマットをお教えしましょう。主張の「内
容」を良くするために、
「形式」に着目するというのが面白いところです。
文章を書くのが苦手な人でも小論文を書けるようにするのがこの冊子の目的です。した
がって、その目的を達成するためには、フォーマットを決めてしまうのが一番の近道だと
考えるべきです。その根拠は3点です。
第一に、
「第一に」「第二に」
「第三に」と並べることで主張の根拠を書いていることが明
確になるからです。文章を書くのが苦手な人は、文章を書いているうちに自分の書いてい
ることが主張なのか根拠なのか、わからなくなってしまうという経験をしたことがあるで
しょう。その点、先に「第一に」と定めてしまうことは、自分が根拠を書いている、とい
う点に常に自覚的になれるという効用があります。
第二に、一文を短く押さえることができるという点です。悪い小論文の例に共通するの
は、一文が長すぎるということです。これに対し、先に根拠の段落を3つに区切ってしま
うことで、一文が長くなるのを防ぐことができます。なぜなら、長い文を書くとそれだけ
で一つの段落が終わってしまうことになるからです。しかも、一文を短くすることで論理
のねじれを防ぐことができます。
第三に、形式をそろえてしまうことでオリジナリティが増すという点です。これに対し
てはたしかに、文体をそろえてしまったら生徒のオリジナリティがかき消されてしまうの
ではないかという反論もあるかもしれません。しかし、そうした意見のなかでは二つのオ
リジナリティが混同されています。一つは、形式に関するオリジナリティ、もう一つは、
内容に関するオリジナリティです。小論文というのは主張の根拠を争うものですから、そ
こで重視されるのは前者ではなく、後者の内容に関するオリジナリティです。したがって、
形式をそろえたとしても、小論文に必要なオリジナリティが減少することはありません。
それどころかむしろ、形式をそろえることは内容のオリジナリティを増すことにもつな
がります。なぜなら、形式に使っていた労力を内容に関する労力に注ぐことができるよう
19
になるからです。これならば、小論文が苦手な人でも「あとは主張の根拠を探せばいい」
ということになるのです。
以上、3つの根拠により、小論文を書くのが苦手な人でも書けるようにするには、フォ
ーマットをそろえてしまうのがよいと考えます。
あらら、今書いていた文章自体がフォーマットにしたがっていることに気付かれたでし
ょうか。「主張→根拠1→根拠2→根拠3→主張のまとめ」です。文字数も926文字と小
論文にぴったりの長さです。中学生の作文のところで使った「たしかに」
「しかし」論法も
使われています。「です・ます」を「である」に直していけばそのまま小論文になってしま
うのではないでしょうか。
(3)そして勉強
そして勉強へ
勉強へ
小論文を形式から書き始めることは受験勉強をする意義にもつながります。なぜか。そ
れは、小論文の根拠を探すことが勉強だ、というかたちで勉強を位置づけなおすことがで
きるからです。
20
縦書きのメモのページを見てください。これは、僕が小論文を書く前につけるメモです。
空欄になっている部分を探していくのが勉強に当たります。国語の論説文や英語の読解問
題を解いていけば、自ずとパクれる根拠が見つかっていくでしょう。また、小論文を書く
ためには正確な知識を必要とされますから、社会や理科の科目で正確な知識を身につけて
おくことも求められます。
例えば、環境問題について、
「環境を保護するためには、再利用を進めることが必要であ
る」とだけ述べるのと、
「環境を保護するためのキーワードは3R である。これは、
「リデュ
ース(廃棄物を減らす)」
「リユース(再使用)」
「リサイクル(再生利用)
」である」と述べ
るのでは、全然説得力が違います。端的に言って「言い回しがかっこいい」です。そして、
この説得力の違いを生んでいるのが3R という知識であり、勉強の成果なのです。
受験勉強ばかりしているとそれをやっている意味がわからなくなってしまう、それがこ
21
の冊子の導入の部分でした。それを打開するためにはどうしたらよいか。僕が持っている
答えは、小論文を書いてみようということです。この結論を言うために、題名が『勉強は
小論文から はじめよう』となっていたわけです。おわかりいただけたでしょうか。
具体的には、フォーマットのメモを5枚くらい書いてみましょう。自分の第一志望の大
学の問題の過去5年くらいを読んで、それについて5枚にまとめてみるのです。そして、
そのうえで空欄を埋めるために勉強を始めるわけです。
国語の論説文を読んだり、英語の和訳をしていたりするときにかっこいい言い回しが見
つかるかもしれません。物理や地学を勉強しているときに、
「これは使える!」という知識
が見つかるかもしれません。あるいは、哲学の小論文を書かなければならないから世界史
の哲学者の流れをきっちり整理しておこう、というアイデアが生まれるかもしれません。
そうやって、勉強の意義を確認してもらうきっかけになるのが小論文です。以下では、
小論文を書く際の注意事項を確認し、上に書いたメモをより詳細にしたものを検討してい
くことにしましょう。
第2節 具体的な
具体的な小論文の
小論文の書き方
(1
1) 小論文の注意事項
(a)記述
(a)記述と
記述と論述
公務員試験の模試を添削していると、
「記述」と「論述」を混同している人がたくさんい
ることに気づきます。例えば、家裁調査官の 1 次試験の「記述」問題で、
「マルクスについ
ては、
『疎外』の概念を中心に考えるべきである」と書いている。あるいは逆に、家裁調査
官の 2 次試験の「論述」問題で、「児童虐待はここ数年で増えてきている」というだけで終
わっていることです。
なにがまずいのか。まず、前者については、「記述」の問題に対して「べきである」と主
張をしてしまっていることです。次に、後者については、「論述」の問題に対して、「であ
る」と事実の指摘だけで終わってしまっていることです。
ここで、
「記述」と「論述」を簡単に図式化して見ましょう。一言で言ってしまえば、
論述=記述+主張
です。この文章の理念である「小論文=知識(勉強)+ 主張」という公式と同じです。
こういった問題は、大学受験や大学のレポートにもそのままあてはまります。例えば、
東大の世界史だったら、第 3 問が記述で、第 1 問が論述に近いです。出題者が何を求めて
いるのか。知識や事実をもとめているのか、それとも、主張を求めているのか。これを正
確に判断できないとそれだけで点数ががくんと落ちてしまいます。
22
気合を入れてレポートを提出したのに成績が「可」だったとか、小論文がうまく書けた
と思ったのに判定が悪かったとかいう人がいたら、自分の書いた内容が出題者の意図に沿
うものだったかどうか、もういちど確認してみてください。主張の要らない問題で主張を
してしまっていたり、主張が必要なところで主張ができておらず、事実の指摘だけで終わ
っていたりするかもしれません。
文章を書く際には、記述なのか、論述なのかに着目して書く必要があります。
(b)「小論文ははずかしくない。
」
(b)
小論文の具体的な書き方を説明する前にもうひとつ注意事項があります。それは、小論
文は恥ずかしくないということです。
高校生でも大学生でも、自分が書いた小論文とかレポートを友だちに読んでもらうとい
うのは、自分の頭のなかを覗き見られているようで恥ずかしく感じてしまうようです。「ち
ょっと読ませてよ」と言うとたいていの場合「恥ずかしいからダメ」という答えが返って
きます。しかし、「恥ずかしい」と感じてしまう時点で、小論文というものを取り違えてい
る可能性があります。
なぜ小論文を読まれるとはずかしいと考えると、小論文というものを理解できていない
ことになるのでしょうか。それは、はずかしいと思うことが「主張」と「根拠」を混同し
ていることに起因していると考えられるからです。
確かに、小論文を感想文などの作文と同じように考えている場合は、それを読まれるこ
とで自分の感想や感情を読まれていることになり、少しはずかしい気持ちになるかもしれ
ません。しかし、小論文は感情の部分で争うものではありません。「主張」というのは感情
に近いかもしれませんが、小論文の良さは「主張」のよしあしで決まるのではありません。
そうではなく、「根拠」の部分で決まるのです。「主張」がきちんと「根拠」をもって説明
されているかが勝負の鍵なのです。したがって、
「根拠」が感情とかの入る余地のない事実
関係だとすると、小論文を友だちに読まれてもまったく恥ずかしくありません。
むしろ、
「20 分で『不可』を『可』にする方法」というコラムのところで書くように、事
前に友だちに読み返してもらうほうがよいです。できれば一週間くらい前に書き上げて、
友だちに一回読んでもらって書きなおしてから提出するというのが、
「可」から「優」への
近道だと思います。
そのことを次に、
「論文にはなぜ注がついているのか」ということで説明したいと思いま
す。
【コラム「
「20 分で「不可」
不可」を「可」にする方法
にする方法」
方法」
ところで、みなさんはラブレターというものを書いたことがあるでしょうか。恥ずかし
ながら僕はあります。中学2年生のときです。朝までかけて一生懸命書きました。どうい
う結末になったか・・・はとりあえず内緒です。っと、また余談に走り出しそうになりま
23
した。
ところで、レポートを提出するときに、20分で「不可」を「可」にするにはどうすれ
ばよいでしょうか。それは、レポートを書き上げたあと、10分かけて読み直し、10分
かけて書き直すというものです。
あたりまえじゃん、って思われるかもしれませんが、このことがけっこうできていない。
僕が学部のときなんかもとりあえず4000字とか5000字でレポートを書き上げると
いつの間にか午前3時。その文字数に満足してしまって読み返すなんてことはしませんで
した。そうすると、一生懸命書いたのに「不可」で返ってきたりするものです。
何が悪かったのか。あるいは、逆にどこを読み返せばいいのか。それは、
「問い」と「答
え」があっているかどうか、という点です。
レポートをはじめとして、論文というものにはかならず「問い」と「答え」があります。
これは、小論文の要素で言ったところの「主張」の部分を二つに分割したものです。
公式に戻ると、
論文 = 主張(=問い+答え) + 根拠
ということになります。
例えば、レポートの「答え」が「女性が働けるように保育所を整備していくべきだ」と
いうものだった場合、その「問い」は「女性が働けるようにするにはどうすればよいか」
というものになります。
この「問い」と「答え」の結びつきというものを自覚的に書けていないレポート・小論
文がけっこう多いです。レポートの冒頭で「少年の犯罪を食い止めるためにはどうすれば
よいか」という「問い」を立てておいたのに、最後の結論が「少年犯罪を食い止めるため
に社会全体で考えていかなければならない」と、
「答え」にならない答えがあったりします。
そんなことあるのかと思うかもしれませんが、他にも「問い」と「答え」がねじれている
どころか、そもそも「問い」や「答え」のないレポートもけっこうあります。大学のレポ
ートや公務員模試小論文の8割がたはそんな感じです。
「問い」と「答え」がずれている時
点で、
「不可」になる確率が相当高くなります。大学の先生は忙しくて適当に点数をつけち
ゃうかもしれませんが、公務員試験はだいたい倍率が10倍とかなので、これが合ってい
ないとその時点で相当大きなハンデになります。
では「問い」と「答え」がきちんと一致したかたちのレポートにするにはどうすればよ
いか。それは、出てきた「答え」に合わせて「問い」を立て直すというものです。
長い文章を書いていると、いつの間にか関係ない答えを導いてしまったということがよ
24
くあると思います。そうした場合にもう一度「問い」に合わせて「答え」を書くという時
間はたいていの場合ありません。そういうときには、「答え」に合わせて「問い」を立てて
ください。
例えば、「少子化について論ぜよ」というレポートが出ていたとします。そのとき、「少
子化はそもそも問題なのか」という「問い」を立てたのに、書いているうちに論点がずれ
ていって、いつの間にか最後には「少子化を食い止めるために、女性が安心して働けるよ
う、保育所の整備をするべきだ」という結論を導いていたとします。この場合どうするか。
それは、
「少子化はそもそも問題なのか」という最初に立てた「問い」を「答え」に合わ
せて、「少子化を防ぐにはどうすればよいのか」というものに変えるということです。「答
え」に合わせて「問い」を立て直していのだから、
「問い」と「答え」がずれることは絶対
にありません。これなら、20分でできるでしょう。「不可」を喰らってまた来年必修を取
り直すってことになるのなら、この午前3時からでもあと20分がんばったほうが得なは
ずです。
なんか邪道なことばかり書いているかもしれませんが、社会科学系の研究はけっこうこ
んなものです。データをいろいろいじっていると自分の主張したいことがわからなくなっ
てしまい、それなのに〆切はあと一週間。そんなときは、データから出てきた答えに合わ
せて書き直し始めます。研究者として論文投稿する場合には、「問い」と「答え」が合って
いない時点で一発アウトになってしまうので、こういう方法をとるわけです。レポートや
小論文だけでなく、論文というものには必ず〆切というものがあるので、どんな論文でも
〆切と相談しながら「答え」に合わせて「問い」を考え直すという作業が必要になります。
したがって、全然邪道な書き方ではありません。
レポートは真夜中に書いたラブレター。
読み返さないとイタいめにあいます。
中2のときの僕みたいに・・・。
って、冒頭のラブレターのエピソードは読み返してみて最後に付け加えたものだってわか
るかな。
(2)なぜ論文
なぜ論文には
論文には注
には注がつくのか
論文やら本やらを読んでいると、やたらと「注」というものがついていることに気づき
ます。高校生や入りたての大学生はきっと思うはずです。いったいぜんたいなんであんな
にいっぱい注がつくのか。あるいは、逆にみなさんがレポートやら論文やらを書く際に、
なんとなく「注」をつけておくと学問っぽいことをやっている気分になってしまわないで
25
しょうか。なんか「注」入れとくとかっこいいという感じです。
けれど、「注」がつく理由をしっかり理解せずに雰囲気だけでたくさん入れてしまうと、
大変読みにくいレポートになってしまい、逆効果になるかもしれません。そこで、なんで
「注」がつくのか、ということを理解しておかなければなりません。
なんで「注」が入るのか。それは、いろんな人からコメントをもらうからです。
卒業論文を書くようになると、論文の案をゼミ形式で発表し、教授や先輩からいろいろ
な意見をもらうようになると思います。コメントです。コメントに従って、論理がつなが
っていないところを少しずつ修正していくというのが論文執筆の作業です。このとき、そ
のコメントの大きさによって、以下のような対処の仕方があると考えられます。
①論文全体の位置づけにかかわる大きなコメント
→「先行研究」のところを修正
②論文全体には関係しないが、多くの人から出るだろうという反論・コメント
→コメントをもらった本文中で、
「たしかに、・・・。しかし」というかたちで再反論。
③細かいことに気づく人は気づくだろうなという小さなコメント
→「注」で説明
したがって、本来はレポートをたくさんの人に読んでもらってコメントをもらわない限
り、「注」が 10 個も 20 個もになることはありません。そのことに気づかないで、「先行研
究」や「本文中」で再反論しておくべき大きな反論を「注」に持っていってしまったりす
ると、レポートの評価が下がってしまいますのでご注意です。
そういうことも含めて、レポートを書いたら友だちに読んでもらうということをお勧め
します。小論文も同じです。友だちから反論されたら「たしかに、しかし」ってかたちで
論文の内容が深まっていくことになるからです。
以上、小論文に着目する理由を簡単にまとめて来ました。以下では、
「たしかに、しかし」
という形式に着目して、小論文の書き方を説明していくことにしましょう。
(3)小論文には何を書けばよいのか。
最近、卒業論文を書いている四年生によく質問されることがあるのでそれに答えるかた
ちで説明していくことにしましょう。論文には何を書いておかなければならないか、とい
うことです。けれども、いろいろ話を聞いていくと、卒業論文を書く前に、小論文やレポ
ートの段階で何を書けばよかったのかを理解できていない子がけっこういるようです。
そこで、卒業論文について考える前に、小論文について考えてみましょう。小論文に必
26
要なのは、
問い(-か)
答え(と考えるべきである)
根拠(なぜなら-から)
予想される反論(たしかに、-かもしれない)
再反論(しかし、-である)
結論(したがってーと考えるべきである)
です。小論文というと何か自由なことを書いていいんじゃないかと勘違いしてしまう人も
いますが、書くべき形式は決まっています。なぜか。それは、「小」論文でなくて、ちゃん
とした論文でもフォーマットがきまっているからです。
それでは、論文には何が書かれていないといけないのでしょうか。
問題設定
先行研究
アプローチ
分析
考察
この5つです。論文はこの5つの要素を穴埋めしていくだけです。なんだ当たり前だ、
と思う人もいるかもしれません。具体例としては、Google Scholar というサイトで、以下
の論文を検索してみてください。
安藤理(2006)
「世代間学歴移動の社会的効果」教育社会学研究
です。論文の構成が5つから成っていることが確認できると思います。
したがって、論文にも決まった形式があるのだから、小論文にも決まった形式があると
いうことになります。小論文の6つの要素を穴埋めしていけば、自然と小論文ができあが
るというわけです。
具体例を見てみましょう。
女性の社会進出について
女性は仕事を持って働くべきか。
27
働くべきである。
なぜなら、財政赤字が蓄積してきた日本においては女性も働いて税金をたくさん払って
もらわないといけないから。
たしかに、女性が働きに出ると育児がおろそかになるかもしれない。
しかし、保育事業を充実させ、その仕事に女性が就けるようにすれば、育児と女性の仕
事とが両立する。
したがって、女性は仕事を持って働くべきである。
具体例で書くとこんな感じです。たしかに、
「女性が保育士などにしか就けないのは男女
差別だ」という批判がくるかもしれません。しかし、そしたら、またその批判を踏まえて
「しかし」と書き直せばよいわけです。小論文というのは、そうやって「たしかに」
「しか
し」を繰り返して、できるだけよい根拠を探していくことなわけです。
「穴埋め」というと、「なんだそれだけか」と思ってしまった人がいるかもしれません。
しかし、「たしかに」「しかし」を繰り返してよりよい根拠を探していくのが小論文の難し
いところであり、面白い部分でもあります。
受験勉強に疲れてしまったり、大学の講義がつまらないと感じてしまった人は、すでに
書いたように適当な小論文の問題で6つの項目を紙に書き、いつも持ち歩くようにしてみ
てください。「たしかに」に使える部分が英語の長文にあるかもしれないし、「しかし」に
使える部分が現代文の問題文にあるかもしれません。そうやって探しながら勉強していく
と、けっこう面白いかもしれません。
【コラム ラブレターも小論文】
ちなみに、ラブレターも同じ構成で書かれているはずです
君はこのラブレターにどう反応すべきか。
君は僕とつきあうべきだ。
なぜなら、僕は君を大切にするからだ。
たしかに、僕はカンニング竹山みたいな顔をしているかもしれない。
しかし、僕には変な顔であることを補えるくらいの優しさがある。
したがって、君は僕とつきあうべきである。
なんていうラブレターを書いたら、確実にフラれてしまうけど、文章の構成は必ずこう
なっているはずです。ラブレターを書いたけどフラれてしまった人は5つの要素のどこか
が抜けてたかもですね。あるいは、「大切にする」というプラスの要素よりも、「カンニン
28
グ竹山」のマイナスの要素のほうが大きかったか?
【コラム 「Google Scholar」
Scholar」】
本文に書いた論文(安藤 2006)は検索してもらえたでしょうか。
「Google Scholar」
Scholar」とい
うサイトで
サイトで検索し
検索し、ページの右のほうに、「Cinii PDF」っていう表示があったらそれをク
リックすれば、なんとネット上で論文が読めます。日本語の論文はまだ整備が進んでない
けれど、英語だったらたいてい読めます。
大学生の人には、めっちゃ役立つページだってのが分かってもらえるでしょうか。ここに
論文があれば、わざわざホコリ臭い図書館の書庫とかに行かなくても、論文が手に入るか
らです。レポートの参考文献も充実するはず。だけど、高校生にとってはどうか。
高校生は、自分が進もうとしている学部で問題になっているキーワードを Google Scholar
で検索してみてください。
「安楽死」とか「小児医療」とか「環境」とか「年金」とか、な
んでもいいと思います。それで、ネット上でダウンロードできる論文を読んでみるわけで
す。たぶんさっぱりわからないと思います。けれど、その「さっぱりわからない」という
感覚を今のうちに持っておくことが重要なのではないかと思います。
今はわからないけど、受験勉強が終わったらどうか、大学に入って授業を受けてみたら
どうか。今のうちに何か目標とする論文があったりすると、その論文の内容がちょっとず
つ分かってきたときに、勉強をがんばった自分をほめてあげられるのではないかと思いま
す。
論文の参考文献に英語の論文がずらーっと並んでいたり、わけのわからない数式が並ん
でいたり、読み方のわからない学術用語が並んでいたり、みんなもあと何年かすればそれ
をわかるようになると思います。ただ、それを目標にがんばってきたかどうかで自分をほ
めて挙げられるかどうかが決まるのではないかと思います。意識的に目標にしていないと
ただ通り過ぎてしまう感じかもしれません。
ということで、受験勉強につかれてしまったときには、ぜひ Google Scholar で論文を検
索してみてください。国語も数学も英語も社会も理科も、全部必要だっていうのが分かっ
てもらえると思います。
(4)「「つまり
「つまり」
つまり」「たとえば
「たとえば」
たとえば」必殺術」
必殺術」
小論文は、6つの要素を穴埋めしていけば完成だ、というお話をしました。けれども、
こう考えた人もいるかもしれません。600字くらいは埋まるかもしれないけど、100
0字はきついのではないか。
それでは、1000字の文章にするにはどうすればよいでしょうか。それは、
「つまり」
「たとえば」を加えるということです。
29
「つまり」 言い換え
「たとえば」 具体例
「たとえば」は具体例でなくて、比喩表現に使われる時もありますが、小論文ではあま
り比喩表現は好まれません。むしろ、具体的な解決策を求められる傾向が強いです。だか
ら、具体例が必要なのです。
それでは「たとえば」と「つまり」は
うか。基本的には、
-
のどこのところに追加すればよいのでしょ
のところです。
「問い」と「答え」はシンプルなほうが読みやすいので、文章をあんまりこねくりまわさ
ないほうがよいです。分厚くしていくのは結局「根拠」のところです。具体例で考えて見
ましょう。
女性は仕事を持って働くべきか。
働くべきである。
なぜなら、財政赤字が蓄積してきた日本においては女性も働いて税金をたくさん払って
もらわないといけないから。
「つまり」女性が仕事を持って働くことが、日本の財政構造を維持していく上で不可欠
な要素だということである。
たしかに、女性が働きに出ると育児がおろそかになるかもしれない。
「すなわち(=つまり)」女性の社会進出は、子どもの健全育成を妨げるという意見であ
る。
しかし、保育事業を充実させ、その仕事に女性が就けるようにすれば、育児と女性の仕
事とが両立する。
「言いかえれば、(=つまり)」一方でこれまで賃金が支払われることのなかった育児を
保育事業にすることで雇用の機会を創出しながら、もう一方で保育の専門家によって子ど
もの健全育成をめざすということである。
「たとえば」スウェーデンでは、実際に雇用の機会と子どもの健全育成が両立できてい
る。
したがって、女性は仕事を持って働くべきである。
なんだか一気に小論文らしくなってきたんではないでしょうか。
-
の骨組みさえし
っかりしていれば、あとは「つまり」「たとえば」で増やしていくだけなわけです。
とはいっても、たしかに、「1200字になると埋まらないんだけど」とか、「公務員試
験の小論文は文字数が決まってなくて、もうちょっと長めなんだけど」とかいう意見もあ
30
るかもしれません。しかし、そうした意見に対しては、
「2段組作戦」が有効です。それは、
「たしかに」「しかし」を2段組みにするということです。論文の構成にするとこんな感じ
になります。
問い(-か)
答え(と考えるべきである)
根拠(なぜなら-から)
予想される反論(たしかに、-かもしれない)
再反論(しかし、-である)
予想される反論(たしかに、-かもしれない)
再反論(しかし、-である)
結論(したがってーと考えるべきである)
のあとにもう一回
を重ねるわけです。最高3段組みくらいまでやれば、大学受
験でも大学の論述式のテストでも公務員試験でも十分な文字数になっているのではないで
しょうか。小論文のフォーマットのところでも、根拠を「第一に」「第二に」「第三に」と
いうかたちで並列させています。
しかも、複雑になってしまった文章を読みやすくさせるコツがあります。それは、
の
あとに次の一文を入れることです。
なぜなら-からである。こうした意見に対しては以下のような二つの反論が考えられる
かもしれない。
という一文です。そのうえで、
第一に、たしかにーかもしれない。しかし、―。
第二に、たしかにーかもしれない。しかし、―。
とつなげるわけです。「二つの反論が考えられるかもしれない」の一文のように、論文の構
成要素と構成要素をつなげる働きを持つ一文のことを、僕は個人的に「つなぎ文」と読ん
でいます。これを入れると、論文を審査する側は「あー、この子は論文の書き方がわかっ
ているな」と大変好印象になるのではないかと思います。
ちなみに、コラム「20 分で「不可」を「可」にする方法」のところで、
「書き上がったら
提出する前にアタマからもう一度読みなおして」ということを書きました。そのときは特
に「問い」と「答え」を一致させるという話がメインでした。これに加えてさらにこの「つ
31
なぎ文」を入れられれば「可」が「良」くらいにはなるのではないかと思います。
これで、レポートの書き方にもつながってきたでしょうか。3000字のレポートだっ
たら5段組みくらいになると思います。
ただ、40000字の卒業論文や200000字の博士論文だったら何段組みになるで
しょうか。むしろ、博士論文だと「段」ではなくて「層」みたいなものも出てくるかもし
れません。ただ、これについては、卒業論文のほうでまとめたいと思います。
ちなみに、この冊子自体も、小論文のあんどうメモのフォーマットにしたがって書かれ
ています。これ以降の文章は、「たしかに」「しかし」などの接続語に着目しながら読んで
いってみてください。
◇あんどうメモ-小論文の構成-
○小論文の問題 試験名(平成 年 )
○問い(-か)
か。
○答え(と考えるべきである)
と考えるべ
きである。
○根拠(なぜなら-から)
なぜなら、
からである。
○予想される反論 たしかに、-かもしれない。
たしかに、
かもしれな
い。
○再反論 しかし、-である。
しかし、
である。
○結論 したがってーと考えるべきである。
したがって、
と考えるべ
きである。
◇使い方
①第一志望大学の問題を5問写す。
②とりあえず穴埋めしてみる。
③勉強するときにいつも持ち歩き、アイデアがひらめくごとに修正していく
32
以上をまとめたのが、小論文のあんどうメモです。これによって、小論文のフォーマッ
トは 8 割くらい理解してもらえたのではないかと思います。最初に書いたように、こうし
たフォーマットすらもまもられていない答案が多いので、これができれば小論文試験やレ
ポートではほぼ合格点が付くでしょう。ただ、もっとハイレベルな小論文を書きたい人に
は、根拠のなかに「理論的根拠(そもそも)
」を追加してもよいです。これについては、大
学生の論文編を理解してもらわなければなりませんので、そちらの最後にまとめます。
【コラム「〆
「〆切効果
「〆切効果。
切効果。」】
「〆切効果」とはなにか。人間は〆切がないと勉強しない。この一言です。
このことは、大学の受験勉強、公務員試験勉強、大学のレポートでも何でも通じるもの
です。そこで、〆切効果を自分のなかでどう活用するのか、というのを説明したいと思い
ます。
まずは、〆切効果の活用法①受験勉強編です。それは、模試とか講義とかを〆切にして
勉強するということです。
例えば、模試の場合、どの範囲が出るかわからないから全部勉強しないとと考えてしま
うと、結局勉強の焦点が定まらず、モチベーションもあまり上がらないまま模試を迎え、
あんまりよい成績が返ってこないという悪循環にはまってしまいます。僕も若い頃ははま
りました。
そこで、模試までに勉強する範囲を決め、その範囲の問題が出たら絶対に得点をもらう
というかたちで勉強するのがおすすめです。やる勉強を決めて、模試をその〆切に使うと
いうことです。
例えば、大学受験の世界史だったら、次の模試までに中世ヨーロッパの歴史まで終わら
せて、そこの問題が出たら絶対に間違えないように勉強するということです。センター模
試なんかは、この勉強法がめっちゃ効きます。数学だったら、二次関数、確率、数列・・・
って感じで範囲を増やしていけばいいし、英語だったら、文法、中くらいの長さの文、長
文読解って感じで増やしていけばいいからです。あるいは、公務員試験の人は、次の模試
までに社会学の理論はすべて終わらせてそこの問題が出たら絶対に間違えないように勉強
するということです。
模試は何回かありますから、そうやって絶対に間違えない問題を増やしていって、受験
本番(=最後の模試)までに、全部の範囲が終わっていればよいという計算になります。
次に、〆切効果の活用法②レポート・論文編です。
と言ってますが、その内容はすでに書いてしまっています。レポートの場合は友だち、
論文の場合は教授ってかたちで、コメントをもらうひにちを決めてしまうということです。
〆切が決まってしまえばそれまでに何とか書かなければなりません。
「決まってしまえば」
というか、自分で書くようにするために、自分で無理やり〆切を作ってしまうわけです。
この方法は、受験の小論文でももちろん使えます。友だちとか先生に読んでもらう日を
33
先に決めてしまうわけです。特に友だち。受験勉強はだいたい友だちと一緒に乗り切るも
のです。だから、小論文友だちを作って、お互いに〆切を作って、お互いにそれまでに書
くっていうシステムにしてしまうというのがよいと思います。このシステムを構築しても
らうために、「小論文ははずかしくない」という注意事項をまとめたわけです。
〆切効果は小論文以外で、暗記系の勉強にも使えます。例えば山川の『世界史一問一答』
の50ページを来週までにっていう〆切を友だちと作って、お互いに問題を出し合って負
けたほうがジュースをおごるとかいうかたちです。
っと書き進めていくうちに「レポート・論文編」っていう内容からかけ離れてしまった。
いつの間にか「暗記系」の話になっちゃったからな。これがレポートだったらこのままだ
と「不可」になっちゃうから、20分かけて冒頭の部分を書きなおさなきゃいけないなぁ。
【コラム「
コラム「センターは
センターは二度おいしい
二度おいしい。
おいしい。」】
冒頭でも少し書きましたが、公務員試験の予備校で講師のバイトをしています。そこの
学生さんが一番悩んでいるのが実は一般教養の試験です。高校生から考えると「一般教養」
って何なのかと思うかもしれません。が、なんのことはない、高校の5科目です。化学と
か世界史とか数的処理(数学)とか。公務員試験では配点の二、三割と無視できない比重
を占めます。
公務員以外にも、いろいろな国家試験とか就職試験において一般教養という名前でセン
ターとおんなじような問題が出ます。だから結局大学四年でほとんどの人がセンターみた
いな問題を解くわけです。したがって、大学受験でセンター対策をしっかりやっておくと、
大学受験と大学四年で二度おいしい思いをできます。受験生のうちにがんばっておくべし。
あと、センター対策をやることは小論文の根拠(=知識)を身につけることだってのを 忘
れないでください。実際、この前公務員試験の合格者座談会というところに言ってきたの
だけど、合格した人は「一般教養の政治・経済と論文試験は似ている部分があったので、
いつもセットにして勉強していました」と話をしていました。「勉強は 小論文から はじ
めよう」の精神でがんばってみてください。
【コラム
なぜ英語を勉強するのか?
ーAmazon.co.jp で目標にする本を買う
ー】
なんで英語なんか勉強しなければならないのでしょうか。ずっと日本で暮らしていくつ
もりだからべつにいいじゃないか。そう思う人も多いはずです。それに対して、大学生活
を過ごした僕の感想から言えば、答えは「普通に使うから」です。
大学3年のときのエピソードを紹介しましょう。僕は行政学に興味があったので、森田
34
朗先生のゼミを取りました。すると、初回の授業でいきなり小さなアルファベットがびっ
ちり詰まった英語文献を100枚くらい渡されたのです。僕ら3年生がびっくりした顔で
先生の顔を見返すと、先生は「来週までに20ページまで読んできてね」とおっしゃいま
した。
「なんでそんなに驚いてるの? 別に普通のことでしょ?」という顔でです。
僕はそのときに「英語ってのは、普通に使うものなんだ」と痛感しました。そして、英
語の辞書を引いて悪戦苦闘しながら、『速読英単語』の「上級編」も完璧にしておけばよか
った、と後悔したわけです。難解な単語を出題しない国立が第一志望だった僕は、とりあ
えず「必修編」だけしかやっていなかったのです。
もしかしたら、そんなエピソードを出したせいで、逆に英語が嫌いな人のモチベーショ
ンはもっと下がってしまったかもしれません。そこでここでは、モチベーションを高める
ための一つの作戦として「洋書たまにチラ見作戦」をご紹介することにします。それは、
受験が終わったらスラスラ読めるだろうというレベルの洋書を机の片隅に置いておき、受
験勉強の合間にペラペラとめくってみるという作戦です。
実際僕は、高1のときに日本語で『スタンド・バイ・ミー』(新潮文庫)という本を読ん
で感動し、どうしてもこの本のなかのスラングを英語で読んでみたいと思って、隣の市の
大きな書店に原著の Stephen King, Different Seasons を買いに行きました。ただ、いきな
り読んでみてもさっぱりわからなかったので、とりあえず机の片隅に置いておきました。
高2のときは、たまにめくってみても2~3ページで挫折、高3の夏休みに受験勉強で英
文法を勉強したら、なんとか5ページくらい進めるようになったでしょうか。結局その本
は難しすぎて受験勉強がすべて終わった段階では読みこなせませんでしたが、ちょうど森
田ゼミをきっかけにして英語を勉強しなおした大学三年の夏頃に、最初から最後までぶち
通して読むことができました。今思えば、「ちょっとずつでも読めるようになっている」と
いうこと自体が英語を勉強するモチベーションにいつの間にか変わっていたのではないか
と思われます。
しかも、そのときには高1のときには気付かなかったその本の本当のテーマを理解する
ことができたのです。英語で読んだことがテーマの理解に役に立ったのかもしれません。
そんなわけで、Different Seasons だと受験勉強を終えても読みこなせないので、3冊ほ
ど受験終了レベルの本をご紹介しておきましょう。
歴史好きの人 → Everything You Need To Know About World History Homework
(Everything You Need to Know About) Kate KellyAnne Zeman (ペーパーバック ー
2004/12/30)
価格: ¥ 1,095 ¥ 987 (税込み)
アメリカの小学校高学年の子が何か調べものをするときに参照する本らしいです。アメリ
カ人から見て、世界史のなかで日本がどのように位置づけられているのか、という点もわ
かる本。
35
数学好きの人 →
Bob Miller's Basic Math and PreーAlgebra for the Clueless: Basic
Math and Prealgebra (Bob Miller's Clueless Series) Robert Miller (ペーパーバック ー
2002/6/4)
価格: ¥ 1,586 (税込み)
中学生レベルの数学から復習するための本らしいです。数式を読めば内容がわかるので、
そこから分からない英単語の意味も自然と類推できる力が養えるかも。
理科好きの人 → Popular Science Almanac for Kids Scott Mowbray (ペーパーバッ
ク ー 2004/7/20)
価格: ¥ 1,468 ¥ 1,321 (税込み)
小学校高学年向けの科学の本。けれども、内容は身体のメカニズムから宇宙の成り立ちま
で、最新の情報をふまえた大人でもふむふむと学んでいけると思います。
「なんてことを言われても洋書なんかどこで買っていいかわからない」と思ったそこの
アナタ。最近はネットで家まで郵送してもらえます(http://www.amazon.co.jp/)。「洋書」
と書いてあるところをクリックして検索してみてください。僕の高校時代みたいに隣りの
市の大きな本屋さんまで買い出しに行く必要はありません。
しかも、上に挙げた3冊はシリーズものなので、amazon でうまく検索すれば、「世界史
選択じゃないよー」という人でも地理とか他の科目の本も見つけることができます。便利
な世の中になったものです。
ということで、「なんで英語なんか勉強しなきゃならないんだ」と怒らずに、「普通」な
感じで英語を読んでいってもらえればいいのではないかと思います。
第4章 大学生編
第1節 大学生活入門
(1
1) 本の種類
(a) 大学生の
大学生の失敗
大学に入ってまず最初に疑問に思うのが、なぜ大学の先生は教科書として自分の書いた
本を売りつけようとするのか、ということです。
初回の講義で「教科書」と指定されていたから購買部で1冊 5000 円もする本を買ってみ
たものの、講義を聞いていてもその本に関するお話がいっこうに出てこないまま終わって
しまう。そういうことが大学の最初の学期には多々あります。それは一言で言ってしまえ
ば、大学の先生が印税目当てで「教科書」にしたからです。
したがって、大学の先生が指定した文献をまじめに読んでしまうというのは、おおかた
間違えになります。僕が3年生にしたインタビューで第二に返ってきた答えが、このこと
を早く教えておいてほしかったというものでした。学問に燃えて大学に入った人も、教科
書のつもりで一生懸命読み進めてみたがさっぱりわからず、ゴールデン・ウィークを過ぎ
た頃から出席をとる授業以外は出なくなる。そういう失敗をみんなしてきたのです。
36
それでは、どうすればこのような失敗を避けることができるでしょうか。それを考える
ために、ここでは本には種類があるということを簡単に説明しておきます。
ただ、
ただ、それを説明
それを説明する
説明する前
する前に、高校と
高校と大学の
大学の違いを簡単
いを簡単におさらいしておきましょう
簡単におさらいしておきましょう。
におさらいしておきましょう。
(b)教授
(b)教授と
教授と先生って
先生って何
って何がちがうんだろう
大学の教授ってけっこう漢字書けません。講義中に板書を書こうとしてド忘れしてしま
って、前のほうに座ってる子に聞くなんていう場面がけっこうあります。小中高までの先
生だったらけっこう信頼失墜です。そんなことも知らんのかと。けれど、大学の教授の場
合は別に信頼はゆらぎません。なぜでしょうか。
それは、教授と先生の威信を支えているものが違うからです。つまり、教授の威信は知
識を疑う力によって支えられているのに対し、先生の威信は知識を保有する力によって支
えられているということです。先生は知識を持っているかどうかが、えらいと思われるか
どうかの鍵だから、漢字という知識を正確に書けないとダメな先生だと思われてしまう。
それに対し、教授は知識を持っているかどうかでその偉さが決まらないから、別に漢字を
間違えてもダメな教授だと思われない。そういうことです。
たしかに、こういうお話が何の役に立つのか、と思うかもしれません。しかし、大学っ
て何だろう、あるいは大学と高校の違いってなんだろうってことを考えるのは、論文って
何だろうっていうことを考えるのにとても必要なことです。
それでは、教授と先生のちがいという話と小論文の公式の話はどうつながっているので
しょうか。
まず、高校の先生が教えることには基本的に「主張」はありません。教科書に書いてあ
ることを正確に伝達することが先生の仕事だからです。したがって、「根拠(知識)」を正
確に記憶していることが勝負になります。
それに対し、大学の教授は「主張」ができます。しかも、その教授がよい教授かどうか
を決定するのは、「主張」がよいかという問題なので、知識を常に正確に記憶しておく必要
はないんですね。必要になったら文献を調べればよいからです。
この教授と先生の違いというのは、大学と高校とのちがいを明確に表しています。
「主張」
が必要とされているか否かです。小論文というのは、高校生に出される課題でありながら
「主張」が必要とされている点で、高校教育と大学教育をつなぐ重要なポイントにありま
す。だから高校教育と大学教育をうまくつなげないかな、と考えたこの文章では小論文に
着目しているわけですね。
一方で、小論文と同様に高校教育と大学教育をつなぐ役割を果たすことを期待されてい
る大学の「一般教養」という講義にいろいろな問題点があるようです。
「大学で学問するぜ」
と気合を入れて入った子ほど、この一般教養でやる気をそがれてしまい、雀荘に入り浸り
37
になってしまいます。大学に入って「一般教養」の授業で失敗しないにはどうすればよい
か。「本の種類」という点に着目しながら明らかにしていきましょう。
。
(c)「裏・教科書」とは何か
(c)
高校生が読んでいるかもしれないので念のため本題に入る前にちょっと注意事項があり
ます。大学の「教科書」というのは、本屋さんで売っているふつうの本のかたちをしたも
のです。高校の教科書みたいに決まったかたちのものがあるわけではありません。講義を
担当する教授ごとに教科書が決められ、学生はそれを生協の本屋に買いにいくわけです。
だとすると、教授はどうするか。自分の書いた本をたくさん売りつけるわけですね。印
税のために。「教科書」として指定されているにもかかわらず、講義を全部聞いてみたら全
然関係ない本だったという場合もけっこうあります。あるいは、とりあえず講義と関連が
あるらしいけど、専門的過ぎて講義と合わせて読んでみてもさっぱりわからんという本も
けっこうあります。
学術研究の基礎のために売れない本を売れるようにするという観点からはよいかもしれ
ませんが、高い本を売りつけられる学生の立場からするとたまったもんではありません。
一冊 5000 円とか 6000 円とかするものもけっこうあるからです。一週間に15コマの講義
をとって一講義に一冊の教科書を買ってもたいへんな金額になるわけです。
そんなときにはどうすればよいか。不適切な教科書が指定されているわけですから、適
切な教科書を探せばいいわけです。それが「裏・教科書」です。定義を書けば、裏・教科
書とは、「教授から指定されたものではなく、講義を理解するために適切な内容が書かれて
いる教科書」ということになります。
一方で、小論文の相談に行くと高校の先生は「本を読みなさい」って言って本を紹介し
てくれたりします。けれど、読んでみるとちんぷんかんぷん。そんな経験がないでしょう
か。そんなときに役に立つのも「裏・教科書」です。
それでは、なぜ教授や先生から紹介されている本は難しくて読めないのか。それは知識
が足りないからです。では、知識を補うにはどうすればよいか。それは「裏・教科書」を
読めばよいということになります。僕が「裏・教科書」と読んでいるのは、一般向けの教
養書のことです。具体例を挙げていきましょう。
例えば、公務員試験の社会学では『社会学の基礎知識』というのが定番になっています
が、読んでも古臭い言葉で書かれていてさっぱりわからないわけです。そこで、公務員試
験の学生さんには森下伸也『社会学がわかる事典』という読みやすい本を公務員試験向け
の講義で紹介することにしています。これを読んでから『基礎知識』のほうに進めば、い
きなり最初から読むよりは断然に読みやすくなるはずです。
こうしたことは、小論文でも大学の授業でも同じです。紹介された本が難しすぎたとき
38
には、適切なわかりやすい本(=裏・教科書)を読んでから、紹介された本に戻るわけで
す。
なんだか遠回りしているように見えますが、「急がば回れ」というやつです。さっぱりわ
からない本を読んでいると、なによりもまずやる気がしょげてきてしまいます。そうする
と復活するのは大変。それに対し、わかりやすい本を一回はさんでおけば、やる気を失う
ことなく勉強を続けることができます。さっきの『社会学がわかる事典』っていう本だっ
たら、図とか絵で分かりやすく説明してくれてるので、寝転んで読んでも2、3時間あれ
ば読めてしまえます。やる気を喪失っていう落とし穴にはまるくらいだったら、遠回りし
てでも進んだ方がいいわけです。
(d)「裏・教科書」の探し方
(d)
それでは、「裏・教科書」ってヤツをどう探せばいいのでしょうか。一言で言ってしまう
と『図解雑学』シリーズです。
「雑学」なんて名前がついてるけれど、ちゃんとした人が書
いてます。大学の教授のなかにも学生にわかりやすく伝えることを重視している先生がい
て、そういう先生が執筆とか監修とかしてるので内容は十分です。わかりにくい教授に当
たってしまったら、まずこっちの本を読んでみてください。
裏・教科書には他にもシリーズがあるので、具体的に場合わけをして検討していきまし
ょう。
①学問分野が
学問分野が分かっている場合
かっている場合
学問分野が分かっている場合、以下のシリーズで該当するものを探してみてください。
『図解雑学』シリーズ(ナツメ社)
『本当のことが本当にわかる』シリーズ(中経出版)
『手にとるようにわかる』シリーズ(かんき出版)
『有斐閣アルマ』シリーズ(有斐閣)
特に理系の人は、以下のシリーズもおすすめです。
『ゼロから学ぶ』シリーズ(講談社)
『キャンパス・ゼミ』シリーズ
あと、これよりちょっとまじめな本で、大学の教科書にも使われたりしている『有斐閣
アルマ』シリーズというのがあります。これは、「教養科目として学ぶ人に」「基礎科目と
して学ぶ人に」「専門科目として学ぶ人に」「高度な学習をめざす人に」という4段階に分
かれています。これなんかも、同じテーマでレベルを分けてくれているので、いろいろ探
してみるとよいと思います。どれもものすごく分かりやすく書いてあります。文系の人で
39
も理系の内容がわかるくらいに。『キャンパス・ゼミ』シリーズは、俺も統計を勉強するた
めに「微分・積分」
「線形代数(ベクトルと行列の発展版)」でお世話になりました。
②学問分野が
学問分野が分からない場合
からない場合
問題は、学問分野自体がわからない場合です。
大学の講義だと授業の名前と教授の専門がずれていたりします。特に、一般教養科目の
場合です。例えば、
「基礎演習Ⅰ」とか「方法論基礎Ⅰ・法学」とかいう授業の名前なのだ
けど、実際には「言語学」をやっていたり「民法」をやっていたりします。そんなときど
うすればよいか。それは、著者紹介を見る、です。
教授とか先生に紹介されて難しかった本の最初か最後に「著者紹介」というページがあ
ります。ふつうに読んでいる場合にはすぐに読み飛ばしてしまう部分です。というか、一
度も開かないかもしれない。けど、ここが重要です。例えば、以前にちょっと例を挙げた
苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』という本の最後から2ページ目には以下のようなこと
が書いてあります。
著者 苅谷剛彦
1955 年 東京生まれ
東京大学教育学研究科修士課程修了。
専攻 教育社会学 比較社会学
このうち、「専攻」の部分でやっていることがわかります。ちなみに、「教育社会学」っ
ていうワードで検索しても出ません。『有斐閣アルマ』シリーズに『教育の社会学』ってい
うのがあります。「の」のところがひっかけ問題ですね。パソコンの検索だとちょっと違う
だけで出なかったりするから、
「教育社会学」みたいに微妙に長い学問分野だったら「教育」
or「社会学」っていうかたちで検索したりするとよいかもしれません。
あと、勉強に飽きてしまったら、
「裏・教科書」を読んでみるとよいかもしれません。な
ぜかというと、
「あんどうウォーズ」のところでお話した『手にとるように政治のことがわ
かる本』あたりがちょうど「裏・教科書」と対応しているからです。
(e)本
(e)本と雑誌
「裏・教科書」のお話は、本の種類というお話の導入部分にあたります。以下では、具
体的に本の種類を検討していくことにしましょう。
本の種類を考える際にまず知っておかなければならないのは、本には二種類あるという
ことです。書籍と雑誌です。この区別がついていないとどういう問題が起こるかを具体的
に見てみましょう。
40
例えば、レポートの参考文献で、
苅谷剛彦「階層化日本と教育危機」
で書いたらアウトになります。なぜか。それは、書籍と雑誌では引用の仕方が違うからで
す。書籍は『』
(二重かっこ)、雑誌は「」
(かっこ)です。つまり、
苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機』有信堂。
と書かなければなりません。これがなにげに重要です。
たしかに、レポートは「内容」が勝負だから、参考文献の引用の仕方なんていう「形式」
なんてどうでもいいのではないか、という意見もあるかもしれません。あるいは、いいか
げんな大学の教授がそんなところ気にするのか、と思った人も多いかと思います。しかし、
実はそうではありません。むしろ「いいかげん」だからこそ引用の仕方っていう「形式」
の部分を気にするかもしれないのです。
具体的な場面を想定しながら考えてみましょう。大学の講義は一つの授業で100人と
か200人とかの学生が受けます。それでレポートを課題に出すと、200本のレポート
が提出されるわけです。教授はそれを一本一本読んでいかなければなりません。最後のほ
うなんかもう意識が朦朧としてきてしまいます。そんなとき、章とか節も分けずダラダラ
文字ばっかり書かれていて、しかも引用文献の書き方が変なレポートに出会うわけです。
俺が教授だったら最後のページで引用文献の書き方を見て一発でアウトー。
というのは嘘ですが、けっこうそれに似ている状況はあるかもしれません。なぜなら、
形式がちゃんと整っていないレポートで内容がしっかり書かれているものはほぼないから
です。すでに書いたように僕もティーチング・アシスタントっていうのをやって、何百本
もレポートにコメントを返したことがありますが、だいたい書き方が変なやつは内容もど
っかの本の丸写しだったりします。
ちょっと偉そうなことを言ってしまいましたが、僕もティーチング・アシスタントで添
削する立場になるまで、そういうことにまったく気が付かず、「内容がよければそれでいい
んだ」とか思ってました。なので、そこらへんをみなさんには今のうちにわかってもらえ
ればありがたいです。引用文献のしかたをちょっと気をつけるだけで、大学の1、2年の
レポートだったら、すごい印象がよくなると思います。けっこう「不可」は防げるくらい
の威力はあるかもしれません。
もちろん大学受験とか公務員試験もたぶん大学のレポートと同じ状況だと思います。む
しろ受験数を考えるとその何百倍とかになるから試験官の負担は数倍になります。試験を
41
受けるときには、部屋でかんづめになって○をつけている教授とか試験官の気持ちになっ
て解答を書くようにすると、おのずとわかりやすいよい答えが書けるのではないでしょう
か。
引用の仕方の詳細はとりあえず
小笠原喜康(2002)『大学生のためのレポート・論文術』講談社。
小笠原喜康(2003)『大学生のためのレポート・論文術-インターネット完全活用編』講談
社。
を見てください。
(f)本
(f)本の種類
それでは具体的に本の種類に入っていきましょう。本の種類と学校段階をまとめると以
下のようになります。
たとえば、新書は、大学入試や大学教養レベルの本ということになります。
書籍
新書
大学入試 大学教養
一般書
大学入試 大学教養 裏・教科書
大学教科書 大学教養 大学専門
専門書
大学専門 卒論
雑誌論文
一般雑誌
大学入試 大学教養
大学紀要
大学専門
ワーキングペーパー・報告書 大学専門
学会誌
大学専門
このように並べたことの意義は、すでに裏・教科書のところで述べています。簡単な本
から順番にレベルを上げていくということです。基本的には、まず書籍から攻め、徐々に
雑誌に入っていくということになります。
それでは、次に雑誌の種類を詳細に説明していくことにしましょう。
【コラム 「レポート直前、こまったときに。」】
300ページの課題図書を 1 時間で読んだふりをする作戦です。それは、本の一部を雑
誌で読んでしまうというものです。
42
例えば、苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機-不平等再生産から意欲格差(インセ
ンティブ・ディバイド)社会へ』という本を読んでレポートを書きなさい、というのが課
題だったとしましょう。まだだいじょうぶだろうと思っていて気づいたら明日が締切、な
んてことはよくあることです。
読み始めてみても統計の話が出てきてよくわからないし、最初と最後だけ読んで書こう
かと思ったけど、抽象的な話が多くてやっぱり中身まで全部を読まないと分からないらし
い。バイトもあるし、明日までに時間はない。だいたい大学の教授なんか、印税を稼ぐた
めにわざと高い専門書を学生に買わせているだけじゃないのか、などと愚痴っている暇も
ない。そんなときにどうするか。
学問分野にもよるかもしれませんが、社会科学系の専門書ならば、たいていは「初出一
覧」というのがあります。
「はじめに」とか「おわりに」のところにあります。例えば、苅
谷(2001)の場合だと 237 ページの「おわりに」の次のページにあります。
それを見れば分かると思いますが、どんなに分厚い本でもだいたい最初は薄い論文を積
み上げた形になっているわけです。だとするならば、その論文のなかで一番本の主題に一
番近いものを選んで読めば、分厚い本のエッセンスを1時間で理解できるはずです。例え
ば、苅谷(2001)の場合、第 8 章になったもとの論文が「日本は階層社会になる-『ゆとり
教育』がもたらすインセンティブ・デバイド」
『論座』2001 年 1 月号となっています。これ
はまさに分厚い方の題名そのもの。しかも、
『論座』というのは、統計とかを使いまくった
研究雑誌ではなく、一般の人も読める雑誌です。それなら大学 1 年生でも読めるはず!な
ので、この『論座』を大学の図書館で探し、該当部分をコピーして読めば分厚い本を 1 時
間で読んだふりをできるはずなわけです。
たしかに、そんなことをするくらいだったら、第 8 章だけ読めばいいんではないか。そ
う思うかもしれません。本によってはそれでだいじょうぶなときもありますが、たいてい
の場合は雑誌論文をそのままつなげただけでなく、本にするために加筆修正を施します。
その過程で何本かの雑誌論文に共通する部分は序章とか終章にもっていってしまったりと
いうことが起こるので、一部の章を読んだだけでは主張を読み取りにくくなってしまうと
いうことが起こるわけです。僕も学部の時には、一つの章だけ読む作戦をやって何度か失
敗しました。
それに対し、雑誌論文だったらそれ一本で読者に分かってもらわないといけないので、
僕らはそれだけ読めばすべて飲み込めるというわけです。細かいところなんだけど、こう
した違いがギリギリのところでは結構効きます。長年の知恵といったところでしょうか。
ちなみに、例として使った苅谷先生は、印税を稼ぐために専門書を売りつけるようなワ
ル教授ではありません。学生の理解度に合わせて授業を柔軟に変えていくという、大学教
授には大変珍しい、理解ある先生です。誤解せずに。
43
なんかワル知恵を書いてしまったような感じですが、こうした問題が起こる背景には、
日本の大学では誰もレポートの書き方を教えてくれない、という大きな問題がひかえてい
ます。
「レポートのために論文を読め」って言われても、論文ってどこにあるの?とか、
『論
座』は読みやすいってのはどこらへんから判断するの?とか、いう疑問を持った人がいる
かもしれません。そこで、次の本文では、雑誌論文の探し方とか、本・雑誌の種類とか、
「古
典はいきなり読んではいけない」といったかゆいところに手が届くお話をこの文章でまと
めていこうというわけです。
【コラム「大学のテスト問題をどうやって予想するか?」】
この前のコラムでは、レポート直前どうするか、というお話をしました。そのなかで、
論文を検索するということを説明しました。けれど、大学1・2年生だと、
「論文ってどう
やって検索するの?」とか、「論文を検索してもそんなに得なことがあるのか?」とか考え
てしまうかもしれません。
そこでまず、論文の検索の仕方を簡単に説明します。
一つ目は、芋づる式です。本の参考文献から選んでいくというやつです。根強い人気が
あります。
もう一つは、検索エンジンを利用するというものです。例えば、Yahoo あたりで「Cinii」
と検索してみてください。そうすると、
「CiNii (NII 論文情報ナビゲータ) 」というページ
が表示されるはずです。そのページの「著者名」というところに、探したい人の名前を入
れて検索すれば、その人の論文が表示されます。その雑誌が大学の図書館にあるかどうか
はわからないので、検索したあとは図書館の職員の人に聞いてみてください。
次に、論文を検索すると、他にどんな得があるのかという点です。それは、大学のテス
ト問題を予想できるということです。
本ではだめなのか。本だと「予想」には向かない場合が多いです。なぜなら、前のコラ
ムでお話ししたように、本になるには雑誌を何本か貯めていかないといけないので、逆に
言えば、本に載る状況になるとすでに古い研究になってしまっている場合が多いからです。
大学の先生というのはたいてい自分が「今」研究していることをテストに出したがるもの
なので、最新の論文を読むというのがテスト問題を予想するのに有効になります。
そういうことは、もっと早く教えてくれればよかったのに、という学生さんが多いかも
しれませんが、ぜひ次のテストのときに利用してみてください。
論文を読んで分からないところを質問に行ったりするとさらに印象アップかもしれませ
ん。
44
(g)本
(g)本の種類(
種類(雑誌編)
雑誌編)
書籍の種類については、
「裏・教科書」のところでけっこうお話したので、以下では雑誌
の種類のお話をしたいと思います。
まずは、雑誌の種類を説明する意義について検討します。学部生に「先行研究を探して
きて」っていうと、たいてい名前も聞いたことのないような大学の紀要から先行研究をひ
っぱってきてしまいます。
「学部紀要」というのは、大学が学部ごとに出している研究雑誌
のことです。
けれど、これは要注意です。論文を読み慣れてくると分かるんだけど、学部紀要は微妙
な位置付けです。なぜか。それは、査読がないからです。査読ってのは、研究誌に載せる
レベルに達しているか審査することです。学会誌には査読があります。例えば、安藤 2006
の『教育社会学研究』という雑誌は教育社会学会の学会誌で査読付きです。厳しく審査さ
れ、最近だと投稿された論文のうち載るのは五分の一くらい。それに対し、学部紀要には
査読がないので何でも載ってしまうのです。そのため、内容もピンからキリまでというこ
とになってしまいます。
それでは、紀要論文でちゃんとした論文はどう探せばよいでしょうか。それは、人名で
検索しなおすです。キーワードで検索すると、論文が何百件もヒットします。学部紀要も
けっこうひっかかります。そうした論文にいいことが書いてあるかは、それぞれの筆者で
検索しなおすことでわかります。人名で検索して学会誌に掲載された論文が近くにあれば
ちゃんとした論文。なければいまいち。これでけっこうしぼれるのでないかと思います。
ただ、ホントのことをいうと学会誌と紀要以外にもいろいろひっかかってしまうので、
ちょっとここらで雑誌の種類をまとめておきます。
雑誌の種類はおおむね以下の4つにまとめられますないかと思います。具体例は、教育
社会学関連の雑誌です。
学会誌 『教育社会学研究』
紀要 『東京大学大学院教育学研究科紀要』
専門家が読む雑誌 『中等教育資料』『月刊高校教育』
一般の人が読む雑誌 『中央公論』
『論座』
レポートとか小論文でこうした雑誌の論文を引用すると思います。実は、それにも暗黙
のルールがあります。以前に話した論文の構成要素のうち、どこかの部分では
ー
どれ
かの論文を引用してはいけないかたちになっています。どの種類の雑誌が、論文のどの部
分で引用してはいけないでしょうか。これが問題です。
45
けっこうこれはたぶん暗黙のルールで、論文を書いている人は無意識のうちにやってい
ますが、学部生のレポートではあまり意識されていないようです。けれど、変な雑誌を変
なところで引用しちゃうと、「この子はわかってないな」と判断されてしまってよい成績が
来なかったりするので要注意です。
さらに、問題なのは、
「問い」が立たないことです。レポートや卒業論文で相談にきた学
部生に「先行研究をもってきてください」というと、先行「研究」でないものをもってき
てしまいます。そうすると「問い」が立たなくなってしまいます。なぜか。雑誌検索でひ
っかかっものでも、研究論文でないものには「問い」がない場合が多いからです。
以上の意義をふまえたうえで、「どの雑誌を論文のどの部分で引用してよいのか?」の答
えを書きます。
基本的には、
学会誌
先行研究
紀要
先行研究
専門家が読む雑誌
問題設定
一般の人が読む雑誌 問題設定
というかたちになります。
ただ、
は、問題設定のほうでも引用して可なのに対し、
究として引用するのは基本的にだめです。なぜか。
を先行研究でもろに研
は「研究」雑誌なのに対し、
は
研究雑誌ではないからです。研究雑誌でないものを先行「研究」として引用するのはおか
しいわけです。
とは言っても、大学では雑誌に種類があるなんて教えてくれないので、学部生のなかで
はけっこうごっちゃになっちゃいます。だからご注意。研究雑誌でない雑誌の文章を先行
「研究」として引用しちゃうと、「ちゃんと先行研究をもってきなさい」と怒られてしまい
ます。卒論とかだったら途中で注意してもらえるけど、レポートだったら「不可」になっ
てしまうかもしれないから要注意です。
【コラム「
コラム「小論文の
小論文の前に倫理・
倫理・政経」
政経」】
小論文の参考書で「小論文のネタ集」みたいなのが出ていますが、中身は実は倫理か政
経の教科書とけっこう同じということがあります。あるいは、倫理や政経よりはずっと発
展的な内容が書かれているんだけど、こちらに知識が足りないので読んでもよく理解でき
ないという場合もあります。そんなとき必要なのは、倫理か政経の知識です。なので、「小
論文の前に倫理・政経」ということになります。
実際、東大の後期試験(小論文がメイン)を受けるためには、倫理か政経をセンターで
46
を 理解する ことが できた のです。英 語 で読 んだ ことが テー マの理解 に役 に立 っ
た のかも しれま せん。
そんなわけ で、 ”Different Seasons”
だと受験勉強を終 え ても読 み こな せな いの
で、 3冊ほど受験終 了 レベ ルの本をご紹介 しておきま し ょう。
取っておく必要があります(俺が受験した時はたしかそうだったな。今もたぶん・・・)。
4444( )
5555
( )
価格 :¥ 1,095¥ 987税(込 み )
6666 ア
(
) メリカ の小学校高学年 の子が何 か調べも のをするとき に参 照する本
ら し いです。 アメリカ人から見 て、世 界史 のな か で日本が ど のよう に
位置づ けられ ている のか、と いう点もわかる本。
7777
( )
政経でなくても、日本史・世界史の現代の部分を読むだけでもけっこう役に立ちます。大
About World History Homework (Everything You Need to Know
About) Kate KellyAnne Zemanペ(ーパーバ ック ー
2004/12/30)
学受験だけでなく、公務員試験なんかの小論文も実は高校レベルの倫理・政経がしっかり
Algebra for the Clueless: Basic Math and Prealgebra (Bob
Miller's Clueless Series) Robert Miller ペ
( ー パ ー バ ック ー
できているかで違ってきます。さらに、理系で一般教養科目にてこずっている人は、高校
の倫理・政経の教科書を読み返してみるとよいかもしれません。
歴 史 好 き の人
数学好き の人 →
小論文・大学のテストが書けなくて悩んでいる人は、
小論文 = 主張
+ 根拠(=知識)
Everything You Need To Know
【コラム スキル】
→
というこのブログのメインテーマに沿って、知識を補充してみてください。
ー
Bob Miller's Basic Math and Pre
2002/6/4) 価格 :¥ 1,586税(込 み )
8888( 中
) 学生 レベ ルの数学 から復 習するため の本 ら し いです。数式を読めば
内容がわ かる ので、 そ こから分からな い英単語 の意味も自然と類推 で
きる力が養 えるかも。
しかも、 そ のとき には高 1のとき には気 付かなか った そ の本 の本当 のテー マ
そのくらいの知識がないと小論文は書けないよというメッセージだと思われます。倫理か
こういう論文の書き方に関する冊子を書いたりすると、かならず出てくる意見が「マニ
ュアルは役に立たない」という意見です。高校生にも、大学生にも、
「レポートの書き方」
みたいなマニュアル本はかっこわるい、というような先入観があるように思います。
「大学
とは自由に学問をやるべきところであり、マニュアルなんてのは受験勉強のテクニック至
上主義の名残だ!」という考え方です。
一方で、
「レポートの書き方」本を読んだ経験のある人も「ふーん」って感じで読み飛ば
してしまった人が多いのではないかと思います。1年生の頃に読んだことは読んだけれど
も、レポート課題が本格化する3年になる頃には内容を忘れてしまっているという感じで
す。
しかし、ここで重要なのは、
「レポートの書き方」本は繰り返し読むことが必要だという
ことです。レポートを書く前に「ふーん」と読み飛ばしてしまった部分も、実際にレポー
トを書いた後で読みなおしてみると、「おー!こんなところにこんなことが書いてあった
か!」と大いなる発見があるものです。
このことをより一般化すると、「スキル」に関する本は繰り返し読むべし、ということに
なります。論文の探し方とか文章の書き方とか受験勉強のしかたとかいろいろな「やり方」
に関するものです。
したがって、この冊子も、小論文とかレポートとかを一回書いてみたうえで、もう一度
最初から読み返してみると、「おー!こんなところにこんな情報が!」ということがあると
思います。この「スキルの本は繰り返し」という一文自体、今は「ふーん」の人も多いか
もしれないけど、しばらく時間がたってから読みなおしてみると「おー!」と思ってくれ
るかもしれません。
47
【コラム 体調管理にご
体調管理にご用心
にご用心】
用心】
高校3年の夏で体育会系の部活を引退すると、食べすぎで太ると一般にいわれています。
だから体調管理が大事です。これをちょっと大学のテスト風に書いてみましょう。
問題
一般には、高校三年の夏で部活を引退して受験勉強に専念するようになると運動不足で
太るというふうに言われている。しかし、安藤の場合には、高校3年終了時には部活終了
時よりも6キロ減った。その後、予備校生になって一年後に大学に合格する頃には、高校
3年終了時よりも6キロ増え、部活終了時と同じ体重に戻った。これはどういうメカニズ
ムでなりたっているか。また、大学に入って運動をやらなかったあんどうの体重はその後
どうなったと考えられるか。あなたの予想するところを論じなさい。
大学のテストでは、実際にはこんな内容の問題は出ないんだけど、形式としてはこうい
う論述の問題が出されます。「テスト」っていうと基本的に穴埋め式とかマークシートをイ
メージするかもしれないけれど、実はほぼ論述、つまり小論文形式です。だから、「勉強は
小論文からはじめよう」という冊子を大学生向けに書いているわけですね。
ここでは、受験生の体調管理のためにも、以下の公式の説明をしておきましょう。
Δ部活引退時の体重=Δ脂肪の増加―Δ筋肉がぜい肉に変わる重さ
「Δ(デルタ)」は、変化量という意味です。微分のところで出てきたやつね。部活引退
時のΔ体重は、変化がない状況なので「0」です。そこから始めましょう。
部活引退時
0=0+0
このころはまだあんどうもメタボリックではなく、筋肉モリモリだったはずです。
高校卒業時
―6=+3―9
見かけの体重は6キロ減っているのでやせているように感じます。ただし、そこには以
下の二つのメカニズムが関わっています。部活が終わっても部活をやってたときと同じよ
うに飯を食ってしまうので、脂肪の量は3キロ増えます。ただし、筋肉よりもぜいにくの
ほうが比重が軽く、運動をやらないので筋肉がぜいにくに取って替わる分だけ軽くなりま
す。そのせいで9キロ減ります。そのため、見かけでは体重が減っているように見えるの
48
です。
予備校生終了時
0=+9―9
見かけの体重は部活引退時と同じなので「0」に戻ります。ただし、そのころには食べ
すぎで脂肪が十分に蓄積されるようになります(+9キロ)
。そしてそれが筋肉がぜい肉に
変わった分に追いついてしまうので、見かけの数値ではプラス・マイナス0ということに
なります。けれども、その頃には筋肉がすべてぜい肉になっているので、筋肉モリモリマ
ンからカンニング竹山くらいに変身してしまっていたわけです。
その後
このあとは、メタボリックあんどうへまっしぐらなので数値は書けません。
ということで、特に運動部をやっていた人は、最初ちょっとやせちゃったりするのでご
注意。調子に乗ってモリモリ食っているとあとから痛い目にあうので、運動ができないと
きは食べる量を控えましょう。
【コラム あんどうウォーズ ―勉強は スター・ウォーズから はじめよう‐】
『スター・ウォーズ』という映画があって、それを続けざまにみてしまいました。基本
的にはドンパチ映画なんだけど、いちおう民主主義っていうテーマがあるみたいです。東
大文一の後期試験ではだいたい毎年、公務員の教養は試験によってけっこう出るテーマな
ので、映画を見てから勉強につなげる方法を書きましょう。これは、勉強は小論文からっ
ていうけれど具体的にどうすればよいのという疑問に答えるお話です。
Episode
スターウォーズを全編見る
エピソード4―5―6―1―2―3の順で放映されているから注意です。とりあえずド
ンパチを楽しむ。あと、英語のリスニングの練習にもなる。教養で社会学を勉強していて、
「パレートのキツネ型エリートとライオン型エリート」という言葉が思いつけばけっこう
勉強が進んでいる人です。
Episode
過去問を読んでみる(2)
東大文Ⅰ後期の過去問とか公務員試験の教養の過去問を何年分か見てみましょう。模範
解答があったらそこもです。たぶんさっぱり分からない部分もけっこうあると思います。
けれど、「わからない」から無駄なのではなくて、ここが「わからない」ってことをわかっ
49
ておくことが重要です。もう一度ここに戻ってくるときにはたぶん問題文の意味が分かっ
ているはず。
Episode
小論文のネタになる本を読む。
『伊藤真の憲法入門―講義再現版』』(¥1,785)
『手にとるように政治のことがわかる本』
(¥ 1,470)
高校生でもわかるくらいに分かりやすく書いてあります。法学部を受ける人も、公務員
試験を受ける人も憲法と政治を理解しておかないとね。これを読んで「民主主義」がどう
いうふうに成り立っているのかを理解する。
Episode
過去問を見てみる(1)
東大前期の世界史の過去問、公務員試験一般教養の世界史・政治経済あたりの過去問を
見てみる。ここでも「わからない」と確認することが重要です。
Episode
世界史を勉強する
『伊藤真』『政治』を読んでから世界史を勉強すると、なんで世界の歴史を勉強しないと
いけないのかがわかります。特に、市民革命以降、ヒトラーが出てくるまでの近現代史。
なんで最も民主的な憲法を持つワイマール共和国で、ヒトラーのような「皇帝」が生まれ
てしまったのか。共和制と君主制それぞれにどういうメリット・デメリットがあるか考え
ながら勉強すると効果が絶大です。東大前期世界史の勉強順は、①センター世界史を完璧
に②大問3番一問一答③大問2番短い記述④大問一番長い論述の順番です。公務員社会学
の人は、一般教養の世界史と大衆社会論を並行して勉強してみてください。
Episode
過去問を解いてみる
「過去問を読んでみる(2)
」で確認した小論文の問題を解いてみましょう。前に確認し
たときは、問題文を読んでもさっぱりだったのが、今度はけっこう意味がわかるようにな
っていると思います。ただ、まだわからない部分もあるかもしれないし、実際に書いてみ
ようとすると筆が進まないかもしれません。そんなときはまだ「知識」の部分が不十分な
ので、またエピソード
というかたちで繰り返してみてください。勉強っての
はこういう風にぐるぐる回ることを言います。
このあんどうウォーズのお話を「勉強は
小論文から
はじめよう」というテーマに戻
って考え直してみましょう。
だいたいはエピソード
から勉強するのがふつうだと思います。けれど、これじゃ何の
ために勉強しているのかわからなくなってしまうことがあります。覚えるってだけじゃや
る気出ないよね。そこで、エピソード
から始めるわけです。一周してからもう一度スタ
ーウォーズを見てみるとなんで「フォース(force)」という言葉が使われているのかがわか
るかもしれません。
「パワー(power)
」(政治学では power の訳語はだいたい「政治権力」
)
でなくてね。ジェダイが force でなくて power を持ってしまったらどんな社会になるだろ
50
うか、っていうことを考えてみると小論文にも書けるようないろいろ面白いことが思い浮
かぶかもしれませんね。
最後に、あとひとつ疑問が残ります。なんで『伊藤真』『政治』が Episode
で完結して
いるのか。
とその前に、スターウォーズをまだ見ていない人のためにちょっと復習です。スターウ
ォーズの映画が公開された順番は、
です。ただ、時系列的には
の順番になっています。そこが面白いので、それを真似て書いたわけです。ここで、
と
いうのは、時系列的には最後に当たります。受験勉強から考えると受験が終わるところに
当たるわけです。
ここで最初の問いに戻ります。じゃあ、なぜ Episode
に『伊藤真』
『政治』があるのか。
それは、この2冊くらいが大学の教養レベルの「裏・教科書」にあたるからです。受験
勉強が終わって大学に入ったら今度は大学の一般教養の授業が始まります。Episode
がし
っかり理解できるようになれば、大学の授業にもしっかりついていけるという点で、受験
勉強のゴールになっているわけです。あるいは、公務員試験の人も試験に受かって公務員
として働くようになったら、実は教養を幅広く身につけていることが差になってきます。
したがって、教養レベルの本を一冊一冊増やしていくことが試験勉強のゴールになるわけ
です。
ところで、「裏・教科書」って何か。っていうことで、続く本文で「本の種類」を説明し
たいと思います。
第2節 小論文と大学のテスト・レポート
そこで、大学のテストはどうなっているのかを確認することにします。高校生の間はわ
からないかもしれませんが、大学のテストはだいたい小論文形式です。
「~について論ぜよ」
となっています。
「ゆとり教育の帰結について論ぜよ」とか「福祉国家は後退しているのか?
あなたの考えを述べなさい」とかなっているわけです。高校生に限らず、大学に入って初
めてのテストで、問題文は「~を論ぜよ」の一文で、解答欄には四角もなにもない横線だ
け引いてある解答用紙をもらって、びびってしまったという大学生も多いかもしれません。
これまでいろんな学生に聞いた話だと、だいたいの戦略は「とりあえず用紙いっぱいに
埋めておいた」というものです。戦略と言えるほどのものでもないかもしれません。僕も
学部時代はそうでした。
けれど、そうした答案を添削する側に回ってみてわかったのが、そういうのは最悪の答
案だったというです。内容がない文章をたくさん読まなければいけなくなるわけですから。
それでは、小論文形式の大学のテストでちゃんとした成績を取るにはどうすればいいか。
基本的には、教授の主張していることを批判するということです。高校生とか大学一年
生とかだと、「教授の言っていることを批判したら嫌われてしまうんではないか」と考えて
しまう人がいるかもしれません。けれど、まったくそんなことはありません。むしろ、教
51
授の言っていることをそのまままとめたような解答は、あんまり良い成績がつかないとい
うのが僕の経験です。また、添削する側としても読んでいて面白くありません。だから、
ちゃんと批判して書く必要があります。
では、「ちゃんと批判する」ってどういうことか。あるいは、なぜ教授の言っていること
をそのまままとめたような解答は成績が悪くなってしまうのか。そのメカニズムを説明し
ましょう。
まずは経験談からです。おととしにレポートをたくさんチェックしたということはすで
に書きました。何十本もチェックしてると飽きてきます。特に、ちゃんとまじめに講義に
出てた子の答案は同じようなことしか書いてないからです。そうなってくると、不思議な
ことに、「こいつ、ぜってぇ講義出てねぇな」っていうのが一目してわかるような解答のほ
うが逆に面白く読めてしまったりするわけです。僕の学部時代の友だちにも、講義に全出
席したのに「不可」が来てブチ切れているやつがいました。こうしたことが起こるのはなぜ
か。
それは、よく考えて書かれているからです。むしろ、授業に出てなくて知識が足らない
ので、文字数を埋めるために自分で考えて書かざるをえないわけです。一方、授業に出た
人は授業で得た知識を何とか出し切ろうとして、それだけでいっぱいになってしまいます。
しかし、本当にいい解答というのは、この両者の間にあります。そのことを説明するた
めに、これまでの小論文のフォーマットをもとに、レポートを書いた人のタイプわけをし
てみましょう。
講義に出た人
→講義で聞いたことを一生懸命まとめる。
→「知識」のみの解答
講義に出なかった人
→講義に出なかったので自分の意見で埋める。
→「主張」のみの解答
つまり、
「知識」か「主張」のどちらかしかない解答が多いわけです。
一方で、小論文のフォーマットは、
小論文=主張+根拠(=知識)
でした。つまり、「知識」と「主張」の両方が必要なわけです。
したがって、大学の教授は「知識」と「主張」の両方を必要としているのに、解答には
どちらかしか書かれていないという残念な状況が生じることになります。これでは、
「論ぜ
52
よ」という課題に答えていないので、「不可」がきても仕方ありません。(実際は、そうい
うことをしてしまうとほとんどが不可になってしまうので、基準を緩めていますが・・・。
)
それでは、以上をふまえたうえで「ちゃんと批判する」にはどうすればよいでしょうか。
小論文の定義そのものですが、
「批判」っていうのは、「根拠(=知識)」をもって相手の意
見に矛盾があることを「主張」することです。
したがって、大学のテスト・レポートに対しては以下のような注意が必要になります。
講義に出た人
→ちゃんと「主張」ができるように注意。
→参照ページ「記述と論述」
講義に出なかった人
→ちゃんと「根拠」を準備してテストに向かう。
→参照ページ「記述と論述」
「大学のテストをどうやって予想するか」
(1
1) これまでの本との違い
以上、小論文をフォーマットで書くということでまとめてきました。ここでは、このフ
ォーマットをもとに、大学の卒業論文につなぐための準備作業をします。
そこで、フォーマットをふまえたうえで、なぜ小論文に着目する必要があるのかという
問題を捉えなおしてみたいと思います。
たしかに、これまでにも受験小論文の書き方の本はありました。樋口裕一シリーズです。
しかし、受験小論文の本には、その書き方が大学に入ってからどう役に立つかは書かれて
いません。そのままでは小論文の書き方を受験テクニックだと勘違いしてしまう可能性が
あります。
一方で、たしかに、これまで大学生のレポートの書き方を論ずる本はありました。小笠
原喜康です。しかし、そこでは、高校までの勉強と大学のレポートとの関係が論じられて
いません。そのままだとレポートは小論文とはまったく違うものだと、大学生が勘違いし
てしまう可能性があります。
以上のような問題状況のなかで、本冊子は高校の小論文と大学のレポートを連続したも
のととらえて、文章の書き方を論じることにします。
【コラム 説明書】
恥ずかしながら、最近ニンテンドーDSの『信長の野望』を勝てしまいました。ただ、
信長の野望の説明書って毎回長いのです。田畑を開発したり騎馬で合戦したり、いろいろ
コマンドがあるから。そんなときはざっと飛ばし読みして、とりあえすやってみます。新
しく買ったときってウズウズしてくるよね。それで、ちょっとやってみてから読み直して
みると、「おぉ、こんな戦い方があったのか」「このマークは商人が鉄砲を売りにきたって
いう意味だったのか」と新たな発見がいっぱいあります。
53
ところで、論文の書き方マニュアルの場合はどうでしょうか。マニュアルというのは説
明書という意味です。こちらのほうは自分で論文を書いてみてからマニュアルを読み返し
てみる人は少ないようです。
しかし、おそらく書きはじめてから読み直してみるとおそらく「こんなこと書いてあっ
たのか」という発見があります。ちょうど信長の説明書と同じようにです。
したがって、この冊子も論文の説明書なので、ちょっと小論文・レポートを読んでみた
上で、もう一度読み返してみてください。最初に読んだときとはちがう発見があるはずで
す。
(2
2) 起承転結とは?
論文を書くときには、
「主張+根拠」というフォーマットが大事だというお話をしました。
ただ、注意しないといけないのが、一般に「良い文章」とされているのは「起承転結」
だということです。
たしかに、これまでの論文の書き方マニュアルにも、論文のときは「起承転結」で文章
を書いてはダメだっていうのが鉄則としてかかれてきました。漢文のルールであって論文
のルールではないとか、朝日新聞の「天声人語」は文章の玄人でないと書きないとかいう
ことです。
けれども、それだと高校生は混乱してしまいます。高校の先生は「新聞を読め」ってい
うけれども、新聞の文体は小論文の書き方には役に立たないことになるからです。あるい
は、逆に論文型の文章を起承転結の文章だと思って読んでしまっても理解できにくいとい
うことが起こります。
そこで、大きな問題になるのが、起承転結の文章と論文は本当に関係がないのか。関係
があるとしたら、どのような関係なのか。ここらへんのことがこれまでの文章マニュアル
にはどうも書いていないようなのでここでまとめたいと思います。
54
論文型
起承転結型
主張 マニュアルは自分で手を
動かしてみてから読み直すべきだ。
起
承
信長の野望の説明書は、やる前に読んで
もわからないが、ちょっとやってから読み
直すとよくわかる。
根拠
具体例1 信長の野望の説明書
具体例2 レポート・小論文の書き
方マニュアル
結論 マニュアルは自分で手を
動かしてみてから読み直すべきだ。
図を見てください。例は、「コラム
転
ところで、レポート小論文のマニュアルも、
書く前に読んでもよくわからないが、自分
で書いてから読み直すとよくわかる。
結
したがって、説明書・マニュアルは、自分
で手を動かしてみてからもう一度読み直
すべきだ。
説明書」の文章です。これを見るとわかるように、
論文型の文章と起承転結型の文章は次のようなかたちでつながっています。
まず、論文型「根拠」の「具体例1」が起承転結型の「起・承」と同じ内容です。
「具体
例1」のところに「なぜなら、信長の野望の説明書は、やる前に読んでもわからないが、
ちょっとやってから読み直すとよくわかるからだ」と代入すれば文章がつながります。
次に、論文型「根拠」の「具体例2」が起承転結型の「転」と同じ内容です。これも「具
体例2」のところに「なぜなら、レポート小論文のマニュアルも、書く前に読んでもよく
わからないが、自分で書いてから読み直すとよくわかるからだ」と代入すれば文章がつな
がるからです。
そして最後に、論文型「主張=結論」と起承転結型「結」が対応しています。これは両
方「結」って漢字が入っているからだいじょうぶでしょう。
もしかしたらこれは、論文型と起承転結型の結びつきのひとつのパターンに過ぎないか
もしれないけれど、けっこうオーソドックスな部類に入ると思います。
それでは、これがわかるとどんなよいことがあるのでしょうか。実はこれは、
「本の種類」
のお話と密接に関連しています。そこで「本の種類」を見なおしてみて、どの本が論文型
なのか、どの本が起承転結型なのか、を考えてみてください。
本の種類と文章の型との対応関係をまとめると以下のようになります。
本の種類
新書
大学入試 大学教養
起承転結型
一般書
大学入試 大学教養 図解雑学 起承転結型
大学教科書 大学教養 大学専門
起承転結型
55
専門書
大学専門 卒論
論文型
このお話がわかることのメリットは2点あります。
ひとつは、本の読み方を間違えないということです。対応関係を見てわかるように、専門
課程に入って専門書を読み始めると、急遽文章の型が変わることになります。そのことを
理解していないと、分厚くて文字が小さい専門書を開いただけで頭が痛くなってしまいま
す。けれど、専門書は一定の論文の型にしたがって書かれているということがわかれば、
おのずと読むべきことが限られてきて、むしろ起承転結型の文章を読むよりも早く読める
ようになります。なぜなら、起承転結は結論が最後なのに対して、論文型はいきなり最初
に結論を書いておいてくれるからです。
これよりももっと重要なメリットその二は、文章の書き方を間違えないということです。
新書・一般書・大学教科書は起承転結型、専門書は論文型になります。基本的には、大学
の専門課程に入って専門書に出会うまでは、多くの人は論文型の文章に出会いません。読
む文章はほとんど起承転結型です。特に、中学・高校の先生が小論文を書くために読むの
を勧める新聞の社説やコラムは起承転結型です。それに対し、小論文は「小」が付くけれ
ど、もちろん論文型です。ここに齟齬が生じるわけです。つまり、小論文は論文型で書か
なければならないのに、慣れ親しんだ起承転結型で論文を書こうとしてしまう人が多くな
ってしまうということです。
この文章の型のお話をちゃんと理解しておかないと、間違った文章の書き方をしてしま
うというリスクが出てきてしまうということです。実際、小論文の添削をしていると起承
転結型で書いてくる人がけっこういます。けれど、これだと結論まで読んでその根拠を探
しに前に戻らないといけないので二度手間になってしまいます。何百枚も添削していると
きに読み直さないといけないような文章が出てきたら紙飛行機にして夜空に飛ばしたくな
ってきてしまいます。逆に言えば、ちゃんと理解しておけばそのリスクがなくなるという
ことです。
それでは、そもそもなんでおんなじことを言うのに2つの文章のタイプが出てきてしまう
のでしょうか。それは、その文章を読む人のタイプが違うからです。つまり、論文型の文
章はプロの人向けで、起承転結型は素人の人向けだということです。
論文・専門書を読むのは、大学の教授とか試験の採点官とか専門家です。だから、いきな
り主張から入って難しいお話からしてもだいじょうぶなわけです。それに対し、起承転結
型の文章を読むのは、素人の人です。新書・一般書・大学の教科書は学問の専門家じゃな
くて、それをこれから勉強しようとしている素人の人を対象とします。だから、
「具体例1」
を前にもっていって、読者が親近感を沸かせやすいように身近なお話からはじめるわけで
す。
信長の野望の説明書のお話も、いきなり「マニュアルは繰り返し読むべきだ」なんていっ
56
たら読者が引いてしまうので、NintendoDS の身近なお話からはじめて、レポート・小論文
のマニュアルのお話までつなげていったということになります。
これと同様に、新聞のコラムや社説も一般の人向けです。定番の「天声人語」とかです。
だから、起承転結の文章の型を理解したうえで読んでみるとよりわかりやすくなるかもし
れません。あるいは、天声人語を論文型の文章に書き換えるとどうなるかとか考えると現
代文読解の基礎が身につくかもしれません。
むしろ「マニュアルは繰り返し読むべきだ」っていう主張が先にあって、それを読者に
わかりやすく伝えるために「具体例1・信長の野望の説明書」のお話を作り出したって考
えてもいいかもしれません。起承転結でも、やはり最初にあるのは主張だということです。
(3
3) 演繹と帰納-考え方のプロセス‐
それでは、「主張」があった場合にはさらに何か問題があるでしょうか。高校生や学部生
の小論文やレポートを読んでいると、仮に「主張」があったとしても、
「みんながんばろう」
という抽象論に終わっているか、身近な体験談という具体例だけに終わっているかどちら
かのタイプが多いようです。こうした状況を打開するにはどうすればよいでしょうか。
それが「帰納」と「演繹」を理解してもらうということです。実は、起承転結のお話を
したのは、この帰納という頭の使い方を理解してもらうための具体例でした。
そのことを理解してもらうために、まずは定義から確認していきましょう(ネットの『大
辞泉』より)。
演繹
1 一つの事柄から他の事柄へ押しひろめて述べること。
「身近な事象からすべてを―する」
2 与えられた命題から、論理的形式に頼って推論を重ね、結論を導き出すこと。一般的な
理論によって、特殊なものを推論し、説明すること。「三角形の定理から―する」
帰納
個々の具体的な事例から一般に通用するような原理・法則などを導き出すこと。
「以上の事
実から次の結論が―される」
です。
では、この定義と起承転結のお話はどういう関係があるのでしょうか。論文型の文章を
起承転結型に変換するとき、「演繹」をしたというのはどういうことだったのでしょうか。
簡単にまとめると、論文型の「マニュアルは繰り返し読むとよい」という抽象的なお話を、
「信長の野望」というわかりやすく具体的なお話にしたというのが「演繹」だということ
です。
「一般的な理論によって、特殊なものを推論し、説明すること」っていう定義にあて
はまります。
ただ、お話のアイデアが生まれたのは、実は信長の野望のお話を適当に書いてからです。
だから、実際にはマニュアルのお話は「帰納」によってできあがったとも言えます。
「個々
57
の具体的な事例から一般に通用するような原理・法則などを導き出すこと」っていう定義
にあてはまります。
以上をふまえて、小論文・レポートの書き方のお話に戻りましょう。演繹と帰納のお話が
わかると小論文を書くときにどんなメリットがあるのでしょうか。
それは、具体例を忘れない、具体例に終わらない、ということです。これは、小論文を
書くときの鉄則です。抽象的な主張をしたら必ず具体例を出す。具体例を出したら、それ
はどういうお話の例なのかを書く。この2つです。
いちおうこれまでこの冊子を読んできてくれたみなさんには、
「論文は穴埋めだ」という
ことを理解してもらえていると思うので、あんどうメモにしたがって書いてくれればだい
じょうぶです。思い切って穴埋めにしたのは、具体例だけに終わっている答案、抽象論だ
けに終わっている答案が多かったからです。穴埋め式の効用を理解してもらえたでしょう
か。
とは言っても、他の人の小論文の答案を読んだことのない人は、「具体例だけに終わって
いる」とか「抽象論だけに終わっている」って言ってもわからないかもしれません。もし
かしたら、このお話自体が「抽象論だけに終わっている」可能性もあるということです。
そこで、ちゃんと演繹して、これら2つのタイプの答案の具体例を挙げていきます。
「具体
例だけで終わっている答案はだめだ」っていう「主張」をしたいならば、その「具体例」
を出さないといけないからです。
まず、具体例のみのお話です。「具体例のみ」の具体例は、公務員試験の家裁調査官1次
試験によく見られる解答です。たとえばこんな感じです
マートンの潜在的順機能とは、たとえば雨乞いである。雨乞いをしている本人たちには意
識されていないが、そのコミュニティの結束を高めるという点で潜在的順機能といえるの
である。
「とは」とあるので、抽象的・一般的な定義のお話が来るのかなと思わせておいて、次
にいきなり「たとえば」と具体例がきて、具体例のまま終わってしまうのでアウトになり
ます。定義はちゃんと一般に通用するような言葉で書かなければなりません。正しくは次
のような感じになります。
マートンの機能分析では、その結果が望ましいものである順機能とそうでない逆機能、そ
の結果が知られている顕在的機能とそうでない潜在的機能の区別が提唱された。潜在的順
機能とは、その結果が知られておらず望ましい働きのことである。たとえば、雨乞いの儀
式が挙げられる。雨乞いをしている本人たちには意識されていないが、そのコミュニティ
の結束を高めるという望ましい結果をもたらすからである。
58
これは記述の問題だから小論文の具体例としてはいまいちかもしれません。けれど、こ
の記述に主張を追加すれば小論文になるので、結局は同じことになるかと思います。
次は、
「抽象論のみ」の具体例です。これも家裁調査官の公務員試験問題から例をあげまし
ょう。
・H18家裁 2 次家 族 社 会 学
家族と階層に関する次の1及び2の小問に答えよ。
1 配偶者選択や結婚について,階層の観点から論ぜよ。
2 子どもの教育について,階層の観点から論ぜよ。
この問題について、たとえば以下のような小論文が書かれたりします。
子どもの教育方針については、階層ごとに異なると考えられている。階層の高い人は子
どもの大学進学に積極的になるので、その子どもは大学に行くことでまた高い階層に入る
ことができる。一方、階層の低い人は子どもの大学進学に消極的になるので、その子ども
は高卒にとどまることでまた低い階層にとどまることになるのである。
こうした状況は、機会の平等という観点から見て望ましくない。出身階層に関わらず、
より高い地位につけ、より多くの人が幸福になれるような政策をこれから考えていかなけ
ればならない。
読みおわってみると、たしかに、間違っていることはありません。
「主張」もしっかりあ
ります。けれど、「じゃあ、具体的にどういう政策をすればよいの?」と突っ込みたくなっ
たのではないでしょうか。採点官の人も思うはずです。
「そんなこと書かないよー」と思う
人もいるかもしれませんが、公務員試験の模試を採点した感触だとだいたい半分が「抽象
論のみ」に分類されます。この型はだいたい「みんなが幸せになれるように」的な文章で
終わるのが多いようです。この一文を書きそうになったら要注意です。みんなが幸せにな
れるように、「具体的に」何をすればよいのかが書かれているかを確認してみてください。
それでは、「帰納」と「演繹」ってどうすればできるようになるのでしょうか。ここまで
確認しておかないと、「抽象論のみ」
「具体例のみ」解答を撲滅することはできません。
まず、
「帰納」です。
「帰納する」っていうとなんだか難しいことをやるように見えます。
けれど、そんなに難しくありません。小論文やレポートを書いていて、「なんだか具体例ば
っかりになっちゃったな」と思ったら、自分に対して「一言で言うとなんだろう?」と問
いかければよいだけです。そうすると、いろいろな例を一言に凝縮しないといけないので、
自然と抽象度が高まります。例えば、「信長の野望の説明書」と「論文の書き方」っていう
59
二つの具体例があって、その共通部分を抜き出すと、「マニュアル」という言葉が出てくる
わけです。
「マニュアル」のほうがより広い場面で使えます。そして、そのように抽象化す
ると「マニュアルは繰り返し読むとよい」という法則が抜き出されてくるわけです。
言われてみればあたりまえのことです。けれど、
「一言で言うと?」っていう問いかけ方
が重要です。なぜなら、読む側の人も「この人は一言で言うと何を言いたいんだろう?」
というかたちで読むからです。
では次に、演繹をできるようにするにはどうすればよいか。演繹をするには「具体例は?」
って自分に問いかければよいです。それならば、具体例を探すにはどうしたらいいでしょ
うか。
もう定番になってきましたが、これが「勉強」です。「根拠(=知識)」を探すのが勉強
です。そして、あんどうメモでは具体例が「根拠」のなかに入っているので、具体例を探
すのも勉強になるわけです。
大学受験で言えば、国語以外の教科でもいろいろ小論文に使えるネタ(=具体例)があ
るだろうし、公務員試験で言えば、一般教養のなかにネタ(=具体例)があるはずです。
何か主張しようって思うと、正確な知識が必要になって「おー、ちゃんと勉強しないと」
と思います。そういうところから、このブログのテーマは「勉強は
小論文から
はじめ
よう」となっているわけです。
まとめると、
帰納する=具体例から抽象化する
=「一言で言うと?」
演繹する=抽象論を具体例にあてはめる
=「具体例は?」
→そして勉強へ
です。
ちなみに、なぜ高校数学の「数列」のところで「数学的帰納法」っていうのが出てくる
のか、ということを考えたことがあるでしょうか。逆に言えば、演繹はやってないのか。
ここでしか「帰納」という言葉が出てこないのは、高校までの数学では数学的帰納法以外
はすべて演繹だからです。数学というと、一般的な公式があってそれをあてはめていくと
いう作業をするのが普通です。それが演繹です。ほとんど全部「演繹」だから毎回毎回「演
繹だ」とは言わないわけです。それに対して「数学的帰納法」は珍しく出てきた「帰納」
だから、「ここは帰納です」って宣言してくれているわけです。
整理できたでしょうか。さらに「ちなみに」のお話ですが、高校の数学の考え方と小論
文の考え方がつながっているということがわかってもらえればありがたいと思います。
60
【コラム「大学のテストの予想のしかた(最強編)
」】
前にも「大学のテストの予想の仕方」というお話を書きました。実は、もっと悪くて効
果的な方法があったので、それを書いてしまいます。それは、前年の講義ノートを先輩か
らもらって、今年の講義ノートと見比べるという作戦です。前年のやつにない内容が今年
講義されていたらそこが試験問題です。
学問分野にもよるかもしれませんが、法学部では特に効果的です。僕は学部は法学部だ
ったので。
教授というのは、自分が調べたことをすぐ発表したがりな人たちです。だから、自分が
研究したばっかりのところを試験問題に出すというわけです。
なんてことばかり書いているとただの悪ヂエになってしまうので、できればその教授の
最新の論文も探して読んでみてください。そうすればみなさんも学問の片鱗に触れられる
ので、ただの悪ヂエではなくなるかもしれません。たぶん講義ノートが変わったところと、
最新の論文の内容がかぶっているはずです。
(4
4) 現代文は小論文からはじめよう
それでは、小論文と現代文はどのような関係にあるのか。受験の現代文は、新聞のコラ
ムや新書などの起承転結型の文章が出されることが多いようです。そのような文章を読み
解くにはどうしたらよいか。
この点については、高校の先生でもなく大学の教授でもなく、出口の現代文シリーズが
明快な答えを出しています。ただ、それを説明するためには、そもそも「論理」とは何か、
というお話をしなければなりません。
(a)論理
(a)論理って
論理って何
って何?
身近な人に聞いてみてください。
「論理って何?」って。僕もまわりの人に聞いてみまし
たが、実はけっこう説明できないようです。
「筋道立っていること」って言う人がいますが、
「じゃあ、筋道って何?」っていうと「うーん・・・」ってなってしまいます。だから、
たぶん違う説明をしないといけないと思うわけです。
一方、論文を書くには「論理的」に書かないといけないっていうのが大前提です。それ
では「論理的」な文章ってどういう文章でしょうか。実は、これを説明してくれっていう
と、けっこう誰も説明できないようです。けれど、それではどうやって小論文を書くので
しょうか?大学のテストはどう書けばよいのでしょうか?
そこでまずは、辞書で確認しましょう。Yahoo!辞書には以下のような定義が載っていま
す。。
ろん‐り【論理】
1 考えや議論などを進めていく筋道。思考や論証の組み立て。思考の妥当性が保証される
法則や形式。「―に飛躍がある」
61
2 事物の間にある法則的な連関。
3 「論理学」の略。
ろんり‐てき【論理的】 [形動]
1 論理に関するさま。「―な問題について書かれた本」
2 論理にかなっているさま。きちんと筋道を立てて考えるさま。「―に説明する」「―な頭
脳の持ち主」
わかったでしょうか。あるいは、この定義を用いて、
「おー、俺の書いた小論文は論理的
だ!」と判断できるでしょうか。友だちの小論文を読んで論理的だと判断できるでしょう
か。そもそも「筋道」ってなんでしょうか。
「組み立て」られた状況ってどういう状況でし
ょうか。
いろいろ考えると、けっこうわからなくなってきます。ましてや、人に説明するってな
ると、「筋道は筋道だ!」なっていってブチ切れてしまうしかなくなってしまうわけです。
けれど、人に説明できないってことは自分でわかってない証拠です。したがって、人に
説明してわかってもらえるように定義しなおさなければなりません。
まず、「論理」とは何か。それは、
「主張」と「根拠」です。漢字の意味のとおり、「論」
は「主張」で、
「理」は「理由(=根拠)
」です。
それでは、「論理的」とは何か。ここで僕が採用したい定義は、「根拠が主張を裏付けて
いること」となります。既述の辞書の定義で言えば、通常は「筋道」が重視されのに対し、
「思考の妥当性が保証される法則や形式」という定義に近いです。主張の妥当性を根拠が
保証しているっていうことだからです。
それでは、この「論理」の定義がどのように役に立つのか。それは、小論文を友だちと
読みあうことの意義を再確認できる、ということです。なぜなら、どういうときに「論理
的だ」と判断できるか、という問いに対する答えは、他の人もその「根拠」が妥当だと考
えたときだからです。特に、受験の小論文で言えば採点官、投稿論文で言えば査読者が「こ
の根拠は妥当だ」と考える必要があります。ただ、その前に身近な友だちくらい説得でき
ないで、もっと厳しい採点官や査読者を説得できるはずがありません。だから、身近な友
だちに読んでもらって、納得してもらえるかを繰り返しやっていく必要があります。
このことはだいたいどこにでも書いてあるのですが、だいたいの人が恥ずかしくてでき
ないことです。ただ、その点に関しても、この冊子にはすでに「恥ずかしくない!」って
いうことが書かれているので、大丈夫かと思います。
そこでは、「小論文ははずかしくない」って書きました。ただ、論理の妥当性が他の人に
読んでもらってはじめてわかるのならば、むしろ、
「小論文ははずかしくてはいけない」と
いうほうが正しいかもしれません。誰かを「根拠」によって説得するのが小論文だからで
62
す。
以上、「論理的」っていうのを「主張が根拠を裏付けていること」と定義づけしたことに
よって、「裏付けている」状態は他の人に読んでもらって根拠が妥当かを判断してもらうこ
とだという視点が出ました。それによって、
「小論文ははずかしくない」ということもより
わかってもらえたのではないかと思います。
(b)現代文
(b)現代文と
現代文と小論文の
小論文の関係
そこで、次に、論理の定義を新しくしたことによって、現代文と小論文の関係がわかる
というメリットについて書きたいと思います。
ここで問題なのは、現代文と小論文、同じ日本語の文章を扱っているのに、これまで教
えるときの構成がちがっていたということです。順番に見ていきましょう。
まず、現代文の構成は以下のようになります(出口 2006)。
主張=具体例=比ゆ
現代文の主張と具体例と比ゆが同じかたちをしているはずだ、というのが要旨になりま
す。
次に、小論文の構成は以下のようになります(樋口 2007)。
問題提起
意見提示
展開
結論
最初に問題提起をして意見を提示し、その意見を展開して、最後に結論を述べるという
「四部構成」になっているということです。
論文型の文章にはフォーマットがあるということを認めたという点では、出口現代文と
樋口小論文の功績は非常に大きいものがあると思います。ただ、なぜ同じ文章を扱ってい
るのに、違う見方になってしまったのでしょうか。受験生としてみれば、
「あれ、現代文で
はこう言ってたのに、小論文はこうなの?」というかたちで混乱してしまうことになりま
す。
そこで、
「論理」の定義を新しくしたことで、両者を統一的に把握できるということを書
きます。
<参考文献>
出口汪(2006)『出口のシステム現代文―大学入試 (バイブル編) 新改訂版』水王舎。
63
樋口 裕一(2007)
『読むだけ小論文 基礎編 3 訂版―すべての受験生向け“頻出の 11 テーマ”』
学習研究社。
出口
現代文
論
樋口式
四部構成
あんどうメモ
問題
提起
問い
意見
提示
答え
主張
根拠
予想される
反論
理
具体例
(比ゆ)
具体例・
言い換え
展開
具体例・
言い換え
再反論
結論
結論
それをまとめたのが図です。
まず、「問い」と「問題提起」、
「答え」と「意見提示」が対応しているっていうのはわか
ってもらえると思います。次に、「結論」と「結論」が対応しているのもわかってもらえる
と思います。違うのは、
「展開」の部分です。
樋口式の本では、「意見提示」で提示した意見を「展開」する部分と説明されています。
けれど、
「展開」っていう言葉があまりわかりにくいわけです。展開って何を展開するのか、
っていうことになってしまいます。それに対して、あんどうメモの場合は、
「根拠」を提示
するとまとめています。
「~べきだ」という意見を述べたら「なぜなら」っていう「根拠」
がくるのが自然な流れになるからです。
実際に樋口本を読んでもらえればわかりますが、もちろんちゃんと「展開」のところに
は「具体例」「予想される反論」とかを書きなさい、と書いてあります。ただ、そうだとし
たらそれも箇条書きにしてしまえばよいというのがあんどうメモの立場になります。それ
が「予想される反論(たしかに)」
「再反論(しかし)」とそれに続く「具体例」「言い換え」
になります。
おそらく「具体例」「言い換え」で言葉を広げていくところを捉えて「展開」っていう言
64
葉を使ったのだと思います。しかし、それだともともとの「論理」の「理」っていうとこ
ろからは意味がずれてしまいます。そのずれを直したのがあんどうメモになります。
「理」
は「根拠」で、その「根拠」の部分を「具体例」と「言い換え」で広げるのが「展開」だ
ということです。
このようにまとめたことにより、あんどうメモの特長がより深くわかってもらえたので
はないかと思います。ポイントは2つです。ひとつは、小論文を箇条書きで書けるように
してしまったことです。もうひとつは、箇条書きの最初に接続語を入れたことによりアイ
デアがスムーズに出てくるようにしたことです。これなら、誰でも小論文を書けるように
なるわけです。
ただ、それでも、小論文のフォーマットを決めてしまうということに対してはまだ抵抗
があるかもしれません。フォーマットを決めてしまうことで自由な発想が奪われるという
考え方です。
しかし、実際は、フォーマットを決めてしまうからこそ、自由な発想が生まれるという
のが実情です。なぜなら、
「小」の付かない本家「論文」には確固たるフォーマットがある
からです。
このようなフォーマットがわかると、現代文を勉強中の高校生には大きなメリットがあ
ります。
(c)現代文
(c)現代文と
現代文と小論文の
小論文の関係がわかるとどういう
関係がわかるとどういうメリット
がわかるとどういうメリットがあるか
メリットがあるか
受験現代文の鉄則は、自分の意見は入れず筆者の主張をそのまま読み取るということで
す。つまり、問題文に書いてない内容を解答してはいけないということです。これはなん
ででしょうか。予備校とか高校の先生は、ルールだからと言ってその理由は教えてくれま
せん。
それでは、そもそも現代文ではなんで自分の意見を入れて解答してはいけないのでしょ
うか。
この問いに密接に関わるのが、小論文の前に要約問題が出るのはなぜかという問いです。
それは、大学に入ってから書く研究論文でも「先行研究」を要約してまとめないといけな
いからです。
それでは、国語の先生はなんで文章の要約を書かせようとするのか。それは、大学に入
ってレポートや論文を書くときには、「先行研究」とか「これまではーと言われてきた」と
いうかたちで、文献の内容をまとめる必要があるからです。
以上をふまえたうえで、現代文ではなんで自分の意見を入れて解答してはいけないのか、
という問いに戻りましょう。
それは、現代文に自分の意見を入れると以下のような矛盾が起きてしまうからです。ま
ず、現代文を読み込む作業は、大学で論文を書くという作業からみれば、先行研究の内容
を理解し、要約するということです。次に、先行研究というのは、論文で批判し乗り越え
65
るものです。したがって、現代文の読み込み(=先行研究)のところで自分の意見を入れ
てしまうと、自分の意見をあとで自分で批判するということになってしまうことになりま
す。
このように考えると、論文の書き方や先行研究の引用の仕方とかを細かく見ていったこ
とが現代文読解の根底を支えているってことが理解できたでしょうか。こういうところを
高校や予備校の先生はあんまり説明してくれないので、かゆいところに手が届いた指摘で
はないかと思います。。
それでは、次に、小論文と論文の関係をまとめていきたいと思います。
(5
5) 小論文と論文の関係
出口
現代文
論
樋口式
四部構成
あんどうメモ
問題
提起
問い
意見
提示
答え
学術論文
問題
設定
主張
根拠
予想される
反論
理
具体例
(比ゆ)
具体例・
言い換え
展開
具体例・
言い換え
結論
先行
研究
具体的な
先行論文
分析
再反論
考察
結論
結論
現代文・小論文・研究論文とあんどうメモの関係をまとめたがの図になります。図の詳
しい説明をしましょう。
まず、樋口の「問題提起」「意見提示」と学術論文の「問題設定」が対応しています。ど
ちらも「なぜ~か」
「~と考えるべきだ」という内容が書かれています。
次に、樋口の「展開」と学術論文の「先行研究」
「分析」「考察」が対応しています。
「展
開」の内容は、
「先行研究(たしかに~)
」「分析(~という根拠がある)」「考察(したがっ
て~と考えることができる)」というものです。学術論文っていうと何万字もあるから難し
いことが書かれているように感じてしまうかもしれませんが、この内容を繰り返し言葉を
換えて説明しているだけです。
66
最後に、樋口の「結論」と学術論文の「結論」が対応しています。基本的には「意見提
示」の部分を繰り返せばよいわけです。
以上の内容から考えると、「あんどうメモ」っていうたいそうな名前をつけたけど、実際
には学術論文のフォーマットを樋口小論文に対応するように書き直しただけなわけです。
けれど、こうやって直してみると、小論文には決まったフォーマットがあって、それにし
たがって書かなければならないというのが改めてわかってもらえるのではないかと思いま
す。
したがって、これにより、受験小論文に対して、大学に入っても役に立つという大学側
からのお墨付きを出せたのではないかと思います。
(6
6) 「考える」ってなんだろう?
ところで、いろいろ書いてきたうえで、本当に書かなければならないことというのは、
いったい「考える」ってなんだろうっていうことです。
大学に入ると、大学の教授陣はだいたい「常識を疑うのが大学の役割だ」みたいなお話
をします。そして、
「それこそが研究だから」ということで、自分の研究のお話を講義でと
うとうと続けるわけです。
けれど、大学の1年生なんてそんな最先端の研究のお話なんて聞いてもあまりわかりま
せん。だから、結局どうやっていることが「常識を疑っている」ことなのかもわからない
ということになります。
したがって、
「常識を疑え!」っていう前に「常識を疑う」っていうのはどういうことか、
っていう定義をしっかりしなければならないわけです。そして、
「常識を疑え!」って具体
的にどうすればよいのか。それが「考える」って何だろうというお話です。
問題なのは、そもそも大学で「考える」ということの定義がなされていないということ
です。定義がなされていないと、そこに含まれているかどうかっていうのも議論できない
わけです。自分が今やっていることが「考える」っていうことに該当しているのかいない
のか。
僕が大学に入った頃のことを振り返ってみると、そこらへんがわからなかったから大学
の講義の聴き方がわからなかったのだと思います。今から考えれば、俺は高校の時点で「考
える」という習慣が身についていたのだけど、大学に入ったら「君たちはこれからは『考
える』っていう新しいことをしないといけない」っていうお話をされたものだから混乱し
てしまったわけです。もともとできているのに、それ以外のところに「考える」を想定し
てしまったからです。ないものを探したって見つからないのは当然のことです。
それで、駒場の2年間の講義はほとんど記憶にないというもったいないことをしてしま
いました。教授が言っていることのどこらへんをノートにとっておけばいいのかもよくわ
からなかったのです。
そういう経験をしているのは僕だけではないかもしれません。大学受験の知識は大学に
67
入ったら役に立たないって思って、自分の頭だけで考えようとして失敗してしまった人も
多くいるかもしれません。
実際、毎年 5 月のゴールデン・ウィークが明ける頃になると、大学に来ている学生の数
がガクっと落ちます。もちろん、学食が空いて入りやすくなるのはいいことなのですが、
将来的に大学で教鞭をとる立場としては微妙な気持ちになります。おそらくほとんどの学
生が講義の受け方もわからずに大学から逃避してしまっているからです。
そこで、まず、「考える」とはどういうことかを考え、そのうえで、大学の講義の受け方
を検討することにしましょう。
まず、「考える」の定義です。それは、限り有る時間のなかで、自分の意見とその他の意
見の長所と短所をできる限り挙げ、よりよい可能性を導き出すということです。
長い定義なので分割して考えていきましょう。まずは、「限り有る時間のなかで」の部分
です。
そもそもなんでこんな言葉が定義のなかに入る必要があるのでしょうか。
第一は、実際問題として必ず締め切りがあるからということです。レポートであれ、論
文であれ、締め切りがあります。研究全体っていっても、大きな目で見れば研究者の寿命
っていう締め切りがあります。環境問題の論文を書くときには、地球の寿命という締め切
りもあります。
第二の、それ以上に大きな意味は、真実は誰にもわからないということです。このこと
は、自然科学であれ、社会科学であれ、共通です。なぜ物質に重みがあるのか。なぜ日本
は格差社会になったのか。本当の原因はわかりません。けれど、
「できるところまで」がん
ばろって考えてみようというのが今の科学の立場です。その「できるところまで」の限界
を示すのが時間だから「限り有る時間のなかで」という表現を入れたということです。
次に、
「自分の主張とその他の主張の長所と短所をできる限り挙げ」の部分です。これは、
それぞれの主張の根拠を思いつく限り挙げていくということです。ここで、小論文のあん
どうメモが関係してきます。あんどうメモの根拠の部分は以下の4パターンにまとめられ
ます。
たしかに、 相手の長所 しかし、自分の長所
たしかに、 相手の長所 しかし、相手の短所
たしかに、 自分の短所 しかし、自分の長所
たしかに、 自分の短所 しかし、相手の短所
ここで困るのが、小論文を書いていて、相手の主張のほうが正しいように感じてきてし
まった場合どうするかということです。つまり、
「たしかに」に入れようとした「相手の長
所」のほうが説得的に見えてしまったり、「しかし」に入れようとした「自分の長所」がそ
68
んなに良い根拠に思えなくなってしまったりしたときどうするかということです。
そして、それが「考える」の定義の「よりよい可能性を導き出す」っていうところとつ
ながってきます。相手の主張が正しいと感じたときは、相手の主張をあたかも自分の主張
であるかのように書いてしまえばよいです。具体的には、「たしかに」のあとに書いてあっ
たことを「しかし」のあとに、
「しかし」のあとに書いてあったことを「たしかに」のあと
にするということです。
けれど、もうちょっと考えてみたらやっぱりもとの自分の主張のほうが正しかったので
はないかと思うようになるかもしれません。新しい「根拠」が思いついた場合です。そし
たらどうすればよいか。その場合にはまた「たしかに」と「しかし」の内容をひっくりか
えして書けばよいわけです。このように、「たしかに」「しかし」を何度も何度もひっくり
返してみることが「よりよい可能性を導き出す」という作業になります。
以上の「考える」の定義をもとに、具体的に「考える」ことをするにはどうすればよい
かという問題に戻ってみましょう。僕の立場は、小論文のあんどうメモを埋めてみればよ
いというものです。締め切りまでに、あんどうメモをもとに「たしかに」
「しかし」を繰り
返して、よりよい答えを探していくのが「考える」ということだからです。
それでは、こうやって「考える」を定義したことは、
「常識を疑え!批判せよ!」とだけ
いう大学教授の考え方をどう乗り越えたでしょうか。「常識を疑え!批判せよ」とは具体的
にどうすればよいか。
それは、
「考える」ことをすればよいということです。これまでふつうになされてきたい
ろいろな主張(=常識)の根拠を出して、時間のある限りどの根拠が一番いいかを検討す
ることです。「批判」とか「常識を疑え!」なんていうと難しいことをしなきゃと勘違いし
てしまう人もいるかもしれません。けれど、
「根拠の良いところと悪いところをできるだけ
挙げよ」っていうのなら誰でもできるということです。
しかも、
「批判せよ」って言われると相手の主張の短所ばかり挙げてそれで終わってしま
うのに対して、自分の主張と相手の主張の長所・短所っていうふうに分ければ、
「あれがい
い」「これが悪い」っていう感じで、さらなる議論を生み出すことができるようになるわけ
です。これが「考える」っていうのを「考えて」みたことの意義です。
(7
7) 5 月病脱出大作戦
それでは、以上のように「考える」のやり方がわかるとなぜ5月病を脱出できるように
なるのか。それは、講義の受け方がわかるようになるからです。
では、どういうふうに講義を受ければいいのか。板書をしてくれない大学の講義のなか
で、何をノートにとればよいのか。テスト・レポートに向けて、どういう講義の受け方が
効果的か。
これまでこの冊子を読んできてくれた人は「講義も一つの小論文だ」って言ってしまえ
ば、もう言うことが決まっていることは読まれてしまうかもしれません。いちおう書きま
69
す。
まずは、どうやって講義を受ければよいか。それは、主張と根拠でメモをとるというこ
とです。
講義って何をやってるかっていうと、教授が論文とかで書いたことを発表してるわけで
す。だから、かならず主張と根拠から成り立っています。ぼそぼそと長い話をされてると
どこをどうノートにとればいいかわかんなくなると思うけれど、結局は主張と根拠です。
教授は、結局のところ何を言いたいのか。なぜそういうことが言えるのか。そういうこ
とを順番にメモしていけばいいわけです。
では次に、「主張」と「根拠」でノートをとると、レポートを書くときどう役に立つか。
それは、教授の「主張」を批判するというかたちでレポートを書けるということです。主
張と根拠で書くというのは、実はレポートに直結したノートの取り方なのです。
具体的なレポートのフォーマットにすると以下のような感じです。
たしかに、
(教授の「主張」)。
しかし、(自分の「主張」
)
。
こうした講義の受け方のポイントは2点です。
第一は、テストやレポートを書くときに、しっかりと自分の「主張」を明確にして書け
るということです。
、レポートというと教授の主張だけをまとめて満足しまう人が多いとい
うことを以前に書きました。けれど、これだと課題に答えたことにはならないわけです。
レポートの課題に「論ぜよ」と書いてあったらかならず自分の「論」=「主張」を書かな
いといけないからです。そこで、ノートのレベルで教授の「主張」をきれいにまとめてお
けば、それとは別のものとして自分の「主張」を展開しやすくなるということになります。
第二のポイントは、レポートをイメージしながら講義を受けられるということです。具
体的には、レポートで「しかし」の次につなげる「自分の主張」を考えながら講義を受け
られるということです。たしかに、教授の言っていることをただ記憶しようとして講義を
聞いているとすぐにあきてしまいます。ボソボソ話す系の教授だったりすると、絶対に9
0分なんて持たずに寝てしまう。けれど、教授の意見をふまえながら、それについて自分
はどう考えるのかっていうのを考えながら講義を受けていればけっこう楽しくなってくる
し、頭を使っているから眠くならないというわけです。
さらに具体的には、教授の主張の「根拠」がおかしいところをノートに取っておくとい
うことをします。「ここがおかしい!」とか「ここがよくわからん!」とか。「不明
マー
ク」とかを自分で作ってもいいかもしれません。
このときにまさに、教授の主張を裏付ける根拠の長所・短所、自分の主張を裏付ける根
拠の長所と短所をできる限りあげないという作業を頭の中で行っています。そしてそれこ
70
そが、
「考える」ことをしながら講義を受けるということなのです。
こうやって書かれたメモはレポートに直接的に役に立ってきます。
「論ぜよ」形式のレポ
ートだったら、
「講義で言っていたことのここがおかしい!なぜなら、自分はこう考えるか
らだ」っていうかたちで書けるからです。
ただ、こうやってテストやレポートで自分の主張を展開するためには事前にしておかな
ければならないことがあります。それは、一度質問に行って探りを入れてみるということ
です。
それでは何を探るか。それは、教授の主張を批判して答案を書いてよいか、ということ
です。
もちろん、「批判して書いていいですか?」なんて、教授に直接聞いてはいけません。基
本的には、
「論ぜよ」とあったら批判するのが前提になっているからです。
けれど、あんまり痛烈に批判しすぎると、逆に点数が悪くなっちゃうときもあるわけです。
それを探るにはどうすればよいか。ポイントになるのは、質問をしにいって丁寧に答え
てくれるかどうかです。質問に丁寧に答えてくれる教授は、いろいろな批判にも比較的寛
容に受けてとめてくれます。けれど、概して質問に丁寧に答えてくれない教授は批判する
と、すぐキレ気味になってしまう。だから、それをふまえていい感じで論じないといけな
いわけです。
もちろん全員が全員、この法則でうまくいくわけではないです。けれど、僕や友人の経
験からはけっこう相関関係は強いです。したがって、批判を真摯に受け止めてくれる教授
かどうかを見極めるため、事前に一回質問に行ってみると良いと思います。
しかも、質問しに行くには、ちゃんと考えながら講義を聞いていないといけないから、五
月病脱出大作戦の一部になるわけです。
とは言っても、なんでもかんでも質問すればいいというわけではありません。ちょっと
調べればわかるようなくだらない質問だったとしたら、どんな教授でも丁寧に答えてくれ
ない可能性があるからです。
どういう質問をすればいいか?もう答えはバレてるかもしれませんが、いちおうフォーマ
ットが決まっているので、それを書きます。
教授は講義で「A だ」「B だから」とおっしゃっていましたが、納得のいかないところがあ
ります(C)。
なぜならDだからです。
その点、教授はどうお考えですか?
A:教授の主張
B:教授の根拠
71
C:自分の主張
D:自分の根拠
この A~Dをノートでとっておくわけです。そして、こうやって根拠をもって教授の主張
に対抗することが「批判する」ってことだっていう納得してもらえると思います。こんな
感じで「質問=批判」してみて、まじめにとりあってくれない教授の場合には、テストや
レポートでは無難な感じの答案を書きましょう。逆に、まじめに議論してくれる教授の場
合は、ちゃんと根拠を書いて批判してみるといい点数がくるかもしれません。
以上、大学の講義の受け方をまとめてきました。これで、あたりまえといえばあたりま
えのことなのですが、意識しないでやるのと、意識してやるのとではテストやレポートの
ときに大きな違いが出るのではないかと思います。しかも、5 月病から大脱出できる学生が
少しでもいれば万々歳です。
第3節 レポート・卒業論文の書き方
(1
1) 「層」のお話
これまでのお話で、大学受験の小論文や大学の論述式テストには対応できそうなことが
わかってもらえたのではないかと思います。ただ、1000 字前後の小論文を発展させて、5000
字のレポートとか 40000 字の卒業論文を書くとなると、以下のような問題にぶつかるかも
しれません。
課題1「根拠」ってどのくらい詳しく書けばよいの?
課題2 文字数をオーバーしちゃいそうなんだけど。
課題3 文字数に全然足りないんだけど。
課題4
作文と小論文とレポートと卒業論文ってどういう関係なの?関係あるの?ない
の?
課題5 小論文で「根拠」にしたところが一つの「主張」だったりすることもある?
課題6 よく考えてみたら「根拠」と「主張」ってどうちがうの?
段落ってどう区切ればよいの?
課題7「仮定する」ってどういうこと?
課題8 接続語を使っていくとどういうメリットがあるの?
課題9 「つなぎ文」を使うとどういうメリットがあるの?
課題10 段落ってどう区切ればよいの?
しかし、これまでのレポート・マニュアルではそこらへんのことが上手く説明されてい
ないようです。小論文は小論文、レポートはレポートと考えられているからかもしれませ
ん。
72
そこで、これらの疑問に答えるために、論文の「層」のお話をしましょう。
「層」のお話というのは、小論文のあんどうメモの「2段組み作戦」を発展させたお話
です。
「段」が根拠の「数」を増やしていくものに対して、
「層」は根拠の「深さ」を深めてい
くものです。だから、課題1「「根拠」ってどのくらい詳しく書けばよいの?」という問題
が出てくるわけです。根拠はどのくらい深めればよいのか。
その問いに対する僕の答えは、「文字数が許すまで」というものです。「なんだあたりま
えじゃん」って感じかもしれませんが、これが重要です。なんで文字数が許すまででよい
のだろうかという問いを立てると途端に答えが分からなくなるからです。試験がそう決ま
っているから、と答える人もいるかもしれませんが、ではなぜ試験はそう決まっているの
か。
「層」のお話は、論文というものの根幹にかかわる重要なお話なのです。
ここでポイントになるのは、根拠はどこまででも深く書くことができるということです。
具体例は、「つまり」「たとえば」必殺術で使った文です。
問い 女性は仕事を持って働くべきか。
答え(主張) 働くべきである。
根拠
なぜなら、財政赤字が蓄積してきた日本においては女性も働いて税金をたくさん
払ってもらわないといけないから。
このうち根拠はどこまででも深く書けます。なぜか。それは、この根拠一つに対してい
くらでも「反論」が入る可能性があるからです。日本ではそもそも本当に財政赤字が蓄積
してきているのか。女性が働かなくても借金を返せる可能性があるのではないか。などな
ど、いくらでも突っ込みがはいるわけです。
これに対してどう答えればよいか。「財政赤字が増えてきた」という統計データを財務省
のホームページから取ってきたり、女性の就業率の国際比較のデータを集めてきたりして、
いろいろなグラフをつくらないといけなくなってしまうわけです。まじめに答えようとす
ると小論文とかの文字数では完全に足りなくなってしまいます。文字数に限りがあればも
ちろん答えきれません。そもそも受験の小論文ではグラフを用いることもできません。
したがって、論文が「層」になっているということを理解する必要があります。さっき
の文は正しくは、次のようになっているわけです。
根拠
なぜなら、財政赤字が蓄積してきた(という先行研究の知見が正しいと「仮定」
して)日本においては女性も働いて税金をたくさん払ってもらわないといけない(という
先行研究の知見が正しいと「仮定」できる)から。
73
ここでやっと課題7「「仮定する」ってどういうこと?」というのが出てきました。この
仮定というのが「主張」と「根拠」を「層」にする秘密兵器です。
図 「層」を図にしてみると
段1
層
1
主 女性は職を持って
張 働くべきだ
女性が働いてくれ
根
ると財政赤字が減
拠
るから。
―
段2
事実
(と仮定
している)
|
主張
層
2
根拠
女性が働いてく
れると財政赤字
が減る、と
と考え
るべきだ。
るべきだ。
OECDのデータ
事実
で、女性の就業
― (と仮定
率が高い国ほ
している)
ど、財政赤字が
少ないから
|
主張
層
3
根拠
主張
ーと
と考えるべきだ。
えるべきだ。
根拠
OECDのデータで、
女性の就業率が高
い国ほど、財政赤字
が少ない、と
と考える
べきだ。
べきだ。
高齢者率や経済成
長などの他の要因
をコントロールして
も、女性就業率が財
政赤字に負の影響
を及ぼすから。
―
事実
(と仮定
している)
根
・・・
・・・
図が「層」と読んでいるもののを示しています。図を見ただけで小論文・レポート・卒
業論文の関係がわかったでしょうか。これは、課題5「小論文で「根拠」にしたところが
一つの「主張」だったりすることもある?」課題6「よく考えてみたら「根拠」と「主張」
ってどうちがうの?」という問いに答える形の図になっています。
層1のところで「根拠」だったものが、層2では「と考えるべきだ」という「主張」に
なっています。
「女性が働いてくれると財政赤字が減る」という関係は全然自明のことでは
なくて、いろいろな統計データに即して考えるべきことだからです。
小論文などのように短い文章のときはもちろんそんなデータを出しているスペースはな
いからそんなところまで考えませんが、大学のレポートとか卒業論文とかのときにはデー
タが必要になります。つまり、小論文の時は「根拠」を事実と「仮定」しているだけだけ
ど、卒業論文になったらその「仮定」をはずすためによりしっかりとした根拠でその事実
を「主張」しないといけなくなるわけです。
しかも、層2の「根拠」ももっと文字数のある論文では、より厳密な「根拠」を持って
74
事
(と
して
主
|
主張
根拠
層
4
―
きて層3で一つ一つ「主張」していかないといけなくなるわけです。これが「層」のお話
です。
ちょっと抽象的なお話になってしまったので、高校生にもわかるくらいの具体的なお話
で説明しましょう。こうした「層」の関係は、中学・高校の教科書と大学の研究との間に
も見られます。わかりやすい例が「慶安の御触書」です。
慶安の御触書は、これまでの中学・高校の教科書には「1649 年に3代将軍徳川家光によ
って出された法令で、百姓に対し贅沢を戒め、農業に精を出すように求めたもの」と書か
れていました。つまり、
「事実」として書かれているわけです。しかし、大学の研究レベル
では、慶安の御触書があったと考えるべきだという一つの主張があったにすぎません。実
際、最近の研究では慶安の御触書が 1649 年に出されたことを示す実物の資料(=根拠)が
なく、そもそも存在しなかったのではないかという説(=主張)が有力になっているよう
です。
大学の研究というのは、世間一般で「事実」と考えられていることを一つの「主張」に
過ぎないと考え、新たな「主張→事実」を生み出すところというふうに考えると、講義の
受け方とかのお話もより深くわかってもらえるのではないかと思います。
そして、こういうふうに考えてくると、高校入試の200字作文と200000字の博
士論文の関係がわかってきてもらえたのではないかと思います。
具体的にお話しすると、層1が高校入試の 200 字作文、層 2 が 1000 字前後の大学受験小
論文や大学のテスト、層 3 が 5000~6000 字くらいのレポート、層 4 が 40000 字の卒業論
文、層 5 が 100000 字の修士論文、層 6 が 200000 字の博士論文という感じです。
このように、
「層」のお話を理解してもらえると、課題2「文字数をオーバーしちゃいそ
うなんだけど。」課題3「文字数に全然足りないんだけど。」に答えられるのではないかと
思います。それは、課題の文章に合うような文字数まで根拠を書かなければならないとい
うことです。文字数をオーバーしているときには、無駄に「層」を深めてしまった根拠が
ないか、文字数が足りないときには「層」を深め切れていない根拠がないかを検討してみ
てください。
とはいっても、そんなことがどうやってできるのか。それに答えるのが段落の書き方で
あり、課題10に答えることです。
段落はどこで区切ればよいか。その文章で一番小さい単位の主張を行うのが「段落」で
す。段落がついつい長くなってしまう人がいるけど、そういうときはその段落で何個の主
張をしているか数えてみてください。
「一主張一段落」が読みやすい文章の鉄則になります。
これまで何となく長くなったら段落を切るっていうことをしていた人が多いかもしれな
いませんが、一応こういう原則になっています。
ただ、「根拠のところがめっちゃ長くなって、結局段落がめっちゃ長くなっちゃったんだ
けど」と思う人がいるかもしれません。そういうときはどうすればよいでしょうか。
75
「根拠」を一つの「主張」に落として新しい段落を起こすという修正を施せば良いです。
どういうことか。「根拠」が長くなるということは、たいてい「根拠の根拠」をつらつらと
書いてしまっているということです。けれども、論文の「層」の図を見れば分かるように、
「根拠(①)の根拠(②)
」と言った場合、根拠(①)は一つの「主張」になってしまって
いるわけです。だから、根拠(①)を主張にする段落を新しく書きなおすということにな
ります。
けれど、そうやって段落を細かく区切っていくと、逆に文章の全体像やつながりがわか
らなくなってしまうのではないか。おそらくそういう反論も出てくるはずです。そこで解
く必要があるのが課題8「接続語を使っていくとどういうメリットがあるの?」課題9「つ
なぎ文」を使うとどういうメリットがあるの?」です。
まずは、課題8「接続語を使っていくとどういうメリットがあるの?」についてです。
第一に、
「層」の図からわかるように、根拠が何段に分かれているかを明示できるという
メリットがあります。図で言うと、
「段1」のところに「第一に」
、「段2」のところに「第
二に」という接続語があります。こう書いてあることによって、どことどこの部分が対応
しているかが論文を採点する側にも一目でわかるようになります。
第二に、小論文について書いたときの「2段組み作戦」を思い出してください。これを
考慮すると、根拠の部分を増やしていくと分量が多くなるということが分かります。増え
た分量の関係を明示するのが接続語だということになります。
次に、課題9「「つなぎ文」を使うとどういうメリットがあるの?」
接続語だけでもわかりやすい文章になりますが、もっと長くなる場合には段落と段落の
関係をあらかじめ明示する役割を果たす「つなぎ文」を入れるとよりわかりやすくなりま
す。
女性は仕事を持って働くべきだ。
【つなぎ文】なぜなら以下のような2つの理由があるからである。
第一に、
第二に、
となるわけです。2段組みのところでも書きましたが、大学受験とか公務員試験の小論文
ではこの「つなぎ文」が入っているかどうかで、採点者の印象はけっこう変わります。公
務員試験の模試をたくさん採点してきた経験からいえば、「つなぎ文」がはいっているだけ
で、「おっ、こいつ、わかってるな」という感じになります。
以上から、課題4「作文と小論文とレポートと卒業論文ってどういう関係なの?関係あ
るの?ないの?」にも答えたことになるかと思います。答えは、
「関係ある」です。作文と
小論文と卒業論文は「層」という関係になっています。
76
(2
2) パラグラフ・ライティングとフリー・ファイティング
「層」のお話で重要なのは、
「層」を逆に見ていくと、200000 字の博士論文でも 200 字
に要約できるかたちで書かれていないといけないということです。
具体的な失敗を見てみましょう。卒業論文を書く人は、たいてい本文の結論を書き終わ
った後に「要約」を書くようです。そうすると、本文中で導いた結論と要約で導かれる結
論がちがうものになってしまうことが(ほぼ絶対)あります。そうして相談にやってくる
わけです。
「あんどうさん、結論がかわっちゃったんだけど、どうしたらいいですか?締め
切りが明日なんです」という感じです。
なぜこのようなことが起こってしまったのでしょうか。それは、「主張」」と「根拠」の
関係について、「層」になっていることを意識せずに文章を書き進めてしまったからです。
きれいに「層」になっていれば 40000 字の卒業論文を 200 字に要約しても結論はぶれませ
ん。そもそも、200 字のかたちにできる主張の根拠をしっかりしたものにするために 40000
字にしたというのが卒業論文だからです。
それでは、結論がぶれないような書き方をするにはどうすればよかったのでしょうか。
それに答えてくれるのがパラグラフ・ライティングという考え方です。
パラグラフ・ライティングの考え方では、パラグラフは3タイプのセンテンスから成り
立っていると考えます。トピック・センテンス、サポーティング・センテンス、コンクル
ーディング・センテンスです。
ただ、パラグラフ・ライティングと言っても、この冊子の立場から考えると、そんなに
新しい考え方でもありません。パラグラフ・ライティングの考え方と本冊子との対応関係
をみてみましょう。
トピック・センテンス
主張
サポーティング・センテンス
根拠
コンクルーディング・センテンス 結論(=主張)
です。主張と結論は同じことですので、トピック・センテンスもコンクルーディング・セ
ンテンスも「主張」です。そして、その主張をサポートするのが根拠なので、サポーティ
ング・センテンスは根拠になります。「1パラグラフ1主張」という原則に則れば、パラグ
ラフは論文の「層」の最小単位になっているということになります。
したがって、一つの段落が小論文のあんどうメモにしたがっているようにパラグラフを
作っていけば、おのずと「論理的」な文章になるというわけです。「論理的」な文章を書く
ためには、パラグラフ単位で主張が一つで明確かどうか、パラグラフ内の根拠が主張をサ
ポートしているかを確認していけばよいということです。
それでは、具体的にはどうすればよいでしょうか。それを簡単にしてくれたのが Word
77
の「アウトライン」という機能です。
アウトラインは、文章を層にして整理していく機能です。Microsoft Word では、
「表示」
→「アウトライン」で表示できます。詳しい説明は Word のマニュアルに譲りますが、本冊
子との関係を簡単に述べれば、ひとつのレベルがこの冊子のひとつの「層」に対応してい
ると考えてもらえればよいと思います。
また、パラグラフ・ライティングと同じくらい重要なのが、フリー・ライティングとい
う作業です。難しいことはありません。ただ頭に浮かんだことをただ順番に書いていくだ
けです。
実際、この節を書くときにもフリー・ライティングをしてから書き始めています。最初
に出した課題1~11です。なんで順番どおりに答えないのかと疑問に思った人がいるか
もしれませんが、実はフリー・ライティングのプロセスをイメージしてほしかったからで
す。とりあえず頭に浮かんだものを書いていき、その関係は後で考えるというのがフリー・
ライティングの特長です(あとで、詳述します)
。
論文執筆というと難しいイメージがあるかもしれませんが、具体的なプロセスを述べて
しまえば、とりあえずフリーライティングをしてみて、アウトラインにかけるという作業
をくり返すだけです。
この冊子ももともとはブログに毎日ちょっとずつ書き溜めて(=フリーライティング)、
それを一気に Word に貼り付けて、関係を整理したものです。アウトラインは絶対おすすめ
の機能ですので、Word のガイドを読んでみてください。
第4節 統計分析で書く社会科学系論文
以上で、作文から論文の構成というのがわかってもらえたのではないかと思います。
それでは、実際にレポート・卒業論文を書くにはどうすればよいか。統計分析で書く社
会科学系論文というテーマに特化して書いてみたいと思います。たしかに、統計分析も使
わない、社会科学系でもない人には関係ないと思われるかもしれません。しかし、これが
卒業論文の書き方の王道ですので、それ以外の分野の人はこれをもとに微調整をしていっ
てもらえるといいのではないかと思います。
また、高校生にはどのように役に立つのか。ひとつは、小論文を深めていくとどうなる
かという先が見えるということです。論文の「根拠」のところを統計データによって深め
ていくことになるわけです。もうひとつは、今やっている数学の勉強が超役に立つという
ことがわかるということです。文系の人は数学をあきらめがちになってしまいますが、セ
ンターをきっちり解けるくらいの力があれば、大学に入ってからかなり応用がききます。
そこで、具体的に社会科学系の論文を統計分析で書くにはどうすればよいかをまとめて
いくことにしましょう。
ここでは、まず、卒業論文の「形式」に着目します。形式が整っていないと完成といえ
ないので、これは、卒業論文のゴールを設定することになります。これを最初に説明する
78
のは、走り出すにしてもゴールが先に決まってないとどこに向かってよいかわからないか
らです。
そのうえで、卒業論文の「プロセス」に着目します。ゴールに向かってどう走るとよい
かというお話です。
(1
1) 形式編
小論文にもフォーマットがあるように、卒業論文にもフォーマットがあります。たとえ
ば、雑誌の投稿論文を読んでみると、だいたい以下のようなかたちで章立てがなされてい
るのではないかと思います。
問題設定
先行研究
対象とアプローチ
仮説
分析
考察
結論
ここで、問題になるのは、論文のそれぞれの構成要素には、そこで書かなければならな
いことがあるのに、書かれていないことが多いということです。
たとえば、学部生が卒業論文執筆のために持ってきたレジュメには、たしかに、「1.問
題設定」という章があります。しかし、だいたいそこでは「問題」が「設定」されていな
いことが多いです。これは、「問題」とは何か、「問題設定」とは何かがわかっていないた
めに起こる問題と考えられます。
他にも、
「考察」のところで「分析」で書いた内容と同じものが繰り返されているという
ことが多くあります。「考察」と書かれているのに、ぜんぜん考察されていないということ
になります。これは、「考察」とは何か、「分析」と「考察」はどういう関係がわかってい
ないことによると考えられます。
そして、一番多いのが「問題設定」で設定された問題とぜんぜん関係ない「結論」が書
かれているということです。要約を書いたら結論が変わってしまったという例をすでに書
きましたが、そのパターンです。
このままでは、書いた卒業論文が「論理的」でないと判断されてしまう危険性がありま
す。
それでは、このような問題はなぜ起こるのでしょうか。それは、論文の構成要素につい
て決まりがあるということを知らないからだと考えられます。論文の構成要素に何が書か
れていないといけないのか。論文の各構成要素の間にはどのような関係がないといけない
79
のか。ここでは、そのような知識に着目してまとめていきたいと思います。
その際、この冊子の特長は、文のフォーマットがあるということです。問題設定には問
題設定の、先行研究には先行研究のフォーマットがあります。そして、それらを順番に穴
埋めしていくことで、論文の全体構成ができあがるというかたちです。
(a)問題設定
(a)問題設定
問題設定には、二つのことが書かれていなければなりません。
まず、「問い」が書かれていないといけません。たとえば、なぜ福祉国家が形成されてき
たのか、なぜ大学に行こうと思うのか、などです。
次に、この「問い」が重要だという「根拠」も書かれていなければなりません。なぜそ
の問いが重要だと言えるのかということです。基本的には、社会背景とか政策とかのお話
を書きます。たとえば、日本社会で福祉関係支出の削減がなされているという社会背景が
あるから、
「大学全入時代」といわれていながら家庭の経済的理由で大学進学をあきらめる
人がまだたくさんいるから、とかです。
学部生のレポートを読んでいると、「問い」はあるけれど、「根拠」とつながっていなか
ったり、社会背景や政策のお話はあるんだけど「問い」がなかったりするものが多くあり
ます。
論文の「層」のお話をふまえると、この問題設定自体も一つの「層」になっています。
主張は「この問いが重要だ」であり、根拠は「~という社会的背景があるからだ」という
ことになります。
問題設定を読んだ人がちゃんと「おー、これは大きな問題だ。なんでこんな問題が起こ
ったんだろう?」って思ってつづきを読んでもらえるように、問いの重要性を主張してお
く必要があります。
具体的な書き方のフォーマットとしては、予想がはずれたというかたちで書くのが書き
やすいと思います。社会背景としては、マスコミや政策の動向を書きます。そして、
「マス
コミ・政策の目的や予測では~となるはずだった。しかし、実際はそうでない」という書
き方です。そうすると、予測どおりになっていないのは「なぜか?」というかたちですん
なりと「問い」につながるからです。
問題設定のフォーマット
マスコミ・政策の目的や予測では~となるはずだった。しかし、実際は~ではない。
なぜ~にならなかったのだろうか?
ここで注意しなければならないことがあります。ひとつは、「問題設定」は刊行されてい
る論文の順番では最初なのに対し、実際に論文を書くときには最後に執筆されることが多
80
いということです。もうひとつは、
「問題」には3種類あるということです。これらについ
ては、プロセス編でまとめていきたいと思います。
(b)先行研究
(b)先行研究
先行研究には何が書かれていないといけないでしょうか。4つです。
・これまでの研究の流れ
これまでどういう研究がなされてきたか、です。
文のフォーマットは、
「
(たしかに)これまで~という研究がなされてきた」です。
・これまでの研究の問題点
これまでの研究にどういう問題があるのか、です。
文のフォーマットは、
「しかし、~という問題がある」です。
・(その問題点に関する改善案)
これまでの研究の問題点をどうやれば乗り越えられるか、です。
文のフォーマットは、
「そこで本研究では、こうした問題点を乗り越えるために、~とい
う視点・手法から検討する」です。かっこがついているのは、先行研究ではチラ見させて
おいて、その詳しい内容は「考察」のほうで書くからです。
・問い
問題設定のところでも出した「問い」をここでも繰り返します。ただし、注意しなけれ
ばいけないのは、使う言葉がちがうということです。
「問題設定」のところで書いた「問い」
は一般的な言葉、「先行研究」のところで書く「問い」はこれまでの研究をふまえたうえで
の学術的な言葉になります。これは説明が長くなるので、<つながり編>のところで書き
ます。
「層」のお話をふまえると、この「先行研究」の章もひとつの「層」になっていないと
いけません。主張は、「これまでの先行研究には問題がある」であり、根拠は「~という事
象をうまく説明できないからだ」になります。
(c)分析
(c)分析
①方法・アプローチ・対象
研究の方法にはさまざまなものがあります。質問紙調査、インタビュー調査、フィール
ドワーク、言説分析、官庁統計を用いた統計分析などです。
今回の論文のフォーマットでは、質問紙調査を用いた統計分析を中心に説明していきま
す。書かなければならないことは、
「サンプリングの仕方」「調査時点」「調査票の配布・回
収の仕方」
「対象」です。
Google Scholar のところで検索してもらった安藤(2006)を例に見て行きましょう。
研究方法 質問紙調査を用いた統計分析
81
サンプリングの仕方 「層化 2 段無作為抽出法」
調査時点 「2000-2003 年」
「各年とも 10-11 月」
調査票の配布・回収の仕方
「調査方法としては、職業や世帯構成などの項目を主に面
接調査で尋ね、その他の生活意識などの項目は留置き調査票に自記の後、郵送で回収して
いる」
研究の対象 「調査対象は全国満 20-89 歳の男女個人である」
「層」のお話をふまえると、ここでもこの章が一つの「層」になっていないといけませ
ん。主張は、
「問題設定で設定した問いに答えるにはこのアプローチと対象に着目する必要
がある」です。根拠は、
「問いに答えるにはこのアプローチがぴったりあっているからだ」
になります。
②仮説
論文で実証する仮説を書かなければなりません。
安藤(2006)でいうと、
「仮説 HHはCHよりも再分配政策に賛成しにくい」という部
分です。
基本的に統計の仮説は「~ほど~」というかたちで表されている必要があります。安藤
(2006)でも本文中には、
「高学歴を継承した人ほど、再分配に反対しやすい」ということ
を説明してあります。
③変数
変数をどういうかたちで作ったかという部分です。統計分析では、他の人が同じような
分析をできるように、丁寧に書いておく必要があります。
安藤(2006)でいうと、たとえば以下の部分です。
質問文は、「『政府は、裕福な家庭と貧しい家庭の収入の差を縮めるために、対策をとる
べきだ』という意見に、あなたは賛成ですか、反対ですか」である。これに対する回答は、
1:賛成、2:どちらかといえば賛成、3:どちらともいえない、4:どちらかといえば反対、
5:反対の中から選択することになっている。本論文では、1:賛成(=1:賛成+2:どちら
かといえば賛成)、0:その他というダミー変数を作成した。
文章の長さにもよりますが、
「質問文」は個人的には載せたほうがよいと思います。概念
と質問文がぜんぜん違うような論文もたまにあるからです。
④オチのクロス表
一番重要なのが「オチのクロス表」です。これは、論文全体の主張を裏付ける根拠とな
る図表です。小論文との対応関係ではこれこそが「根拠中の根拠」です。これまで書いて
きた「先行研究」とか「仮説」とか「変数」とかはすべてこのひとつの図表がかっこよく
82
見えるようにするための準備作業に過ぎません。
安藤(2006)を例に取ると、
「表2」が「オチのクロス表」に当たります。たしかに、
「ロ
ジスティック回帰分析なんて難しいことしやがって、クロス表じゃないじゃないか!」と
いう人もいるかもしれません。けれど、実際は同じことをやっています。
表 オチのクロス表
HH以外 HH
再分配賛成
55%
40%
再分配反対
45%
60%
合計
100%
100%
図 学歴移動パターンごとの再分配賛否
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
HH以外
再分配賛成
HH
再分配反対
ロジスティック回帰分析のもとになっているのは、もともとクロス表です。ちょっとマ
ニアックなお話をすると、クロス表からオッズ比というものを計算し、それの対数をとり、
それを従属変数として回帰分析にかけたものがロジスティック回帰分析です。
クロス表を見ると、
「HH 以外」は 55%の人が再分配に賛成するのに、
「HH」の人は 40%
しか再分配に賛成しないということが読み取れます。同じものを棒グラフにすると一目瞭
然で、HH の人が再分配に賛成しにくいというのがわかります。
このクロス表が、
「HH ほど再分配に賛成しにくい」という仮説が実証される「根拠」に
なっているわけです。
この「オチのクロス表」ってのがポイントになります。論文を読んでいるといろんな図
表がたくさんあって難しい印象を受けるかもしれません。しかし、最終的に論文で言える
ことはひとつのみです。だから、それを裏付ける根拠=クロス表もひとつになります。そ
れがオチのクロス表です。その他の図表はすべてこのオチにつなげるための準備作業にす
ぎません。
重要なのは、論文を読むとこの「オチのクロス表」はあたかも最初から狙っていたかの
83
ように書いてあるけれども、実際はこれを出すまでに何ヶ月も統計ソフトと格闘しなけれ
ばならなかったりするということです。そこらへんの詳しいところはまた<プロセス編>
で説明します。
(d)考察
(d)考察
考察には何が書かれていないといけないのか。
、
・仮説が分析(根拠)によって裏付けられたことの確認
分析結果を考察する準備として、
「分析」で得られた結果を確認しておく部分です。安藤
(2006)では以下の部分です。
以上、再分配政策への賛否に対して世代間学歴移動が与える影響を検討してきた。そこ
からわかったのは、高等教育学歴を継承した人(HH)は、父親が義務教育学歴で本人が
高等教育学歴に上昇してきた人(CH)よりも、再分配政策に賛成しにくいということで
あった。
・実証された仮説は先行研究をどう乗り越えたか
=先行研究との違い
=本研究のオリジナリティ
=これまでの理論をどう修正したのか
安藤(2006)では以下の部分です。
このように述べると本論文の主張は、
「機会を均等にせよ」という従来の教育社会学の研
究と変わらないように見えるかもしれない。しかしながら、本論文の主張はただ機会を均
等せよというだけではない。そうではなく、機会の均等を拡大することが再分配政策への
賛成を通してさらなる機会の均等を導くというメカニズムである。
論文というのは、これまでの理論・先行研究では言われていないことをいうものなので、
この一文が一番の勝負どころです。
ただ、今読み直してみると、われながら「考察」の部分がいまいちだったなと思います。
こう書き直せばよかったという案については、<つながり編>のところで書きたいと思い
ます。
(e)政策提言
(e)政策提言
84
政策提言とは、分析結果で得られた事実から「~という政策をするべきだ」という主張
を行う部分です。安藤(2006)でいうと以下の部分です。
こうした世代間学歴移動の機能から導かれる政策提言は、父学歴という点で不利な地位
に立っている人に高等教育学歴の機会を開いていくということである。
・本研究の限界
=今後の課題
論文に書き忘れやすいポイントは、その論文の限界を書く、ということです。
社会科学系の論文の最後には必ず「この論文の限界は~だ。次の課題にしたい」という
ような文章が入っています。これは、論文を書くときのルールなので、絶対に書かなけれ
ばいけません。
なぜかというと、統計分析のような実証論文では、社会全体の普遍的な事実を述べるこ
とはできないからです。ある特定の時代の、特定の地域の、特定の対象に関する知見であ
るということを「限界」として書くわけです。
自分の論文を読み直してみて、
「根拠」のあるところはそのままでよいです。それに対し、
「根拠」のない「主張」をしてしまっていたら、提出後の口述試験でつっこまれてへにょ
へにょになってしまいます。事前にしっかり対処しておく必要があります。
とはいっても、そんなに難しいことをする必要はありません。
「次回の課題」って明示し
ておくだけです。「今回はここまでの根拠しか探せなかった」っていうことをちゃんと自覚
しておくことが重要だということです。
たとえば、安藤(2006)で言えば以下の部分です。
本論文の限界は、高等教育内部の移動を考慮していないということである。
「限界」は、裏返せば「今後の課題」になります。違うデータを取ったら違う結果にな
るかもしれないので、今後その作業をしていく、と書くことになります。
以上が、論文の形式編ということになります。たしかに、ここまではあたりまえの議論
です。どこの論文の書き方マニュアルにも書いてあります。あるいは、論文を一本読んで
しまえばわかるようなお話です。ただ、これをふまえていないと、次の<つながり編>を
理解してもらえません。
ちなみに、この冊子のこれまでの文章も、だいたいこの形式で書かれています。「こうい
う問題がある」
「なぜ問題が起こったか」
「なぜなら~」「それではこうするべきだ」という
85
構成です。
「スキル」のお話に沿って読み返すときには注意して読んでみてください。
それでは本題のつながり編に入っていきましょう。
【コラム「
コラム「最初の
最初の論文はまねっ
論文はまねっこ
はまねっこ。」】
論文っていうと長くてよくわからないことがつらつらと書いてあるイメージかもしれま
せん。しかし、実際には一文一文になくてはならない意味があります。それが<形式編>
でなんとなくわかってもらえたのではないかと思います。
そこで、それを確実なものにしてもらうために、みなさんが面白いと思う論文を一本、
構成要素に分解してみてください。
「問い」はどこか、「仮説」はどこか、
「先行研究をどう
乗り越えたか」はどこか、という具合です。
最初の論文は、気に入った論文をまねっこするかたちが多いです。その際、どこをまねす
るかというと、「構成要素」のところです。だから、一度分解してみようというわけです。
いちおう本文中では安藤(2006)を中心に説明しましたが、この作業を実際に手を動かして
やってみると、次の<つながり編>、<プロセス編>がよりわかりやすくなるのではない
かと思います。
(2
2) つながり編
(a)つながり
(a)つながり編
つながり編の「問題設定」
問題設定」
大学や学部によって形式は違うようですが、卒業論文を書くために3年生くらいから論
文指導ゼミというものに所属するようになるようです。卒業論文の案を持っていって、教
授や院生や上級生からコメントをもらうというものです。
このとき、最初のうちは、好き勝手な角度から論じられている錯覚に陥ってしまいます。
教授や院生の言っている言葉が難しすぎてわからなかったり、厳しい言葉で言われたりす
るので、怒られているように感じてしまうということです。卒論生がぼこぼこに言われて
泣き出してしまうような場面もしばしばです。
けれども、本当は怒られているわけでもないし、泣き出したりする必要もありません。
それなのに、なぜ卒論生は困り果ててしまうのでしょうか。
これまで多くの学部生を指導してきてわかったのは、コメントはどこに対して出されて
いるのかということを理解していないからだということです。
それではそもそもコメントはどこに対して出されているのでしょうか。論文指導で困り
果ててしまう学部生を今後見ないようにするために、説明していくことにしましょう。そ
れが<つながり編>です。
(b)コメント
(b)コメントはどこに
コメントはどこに対
はどこに対してだされるか。
してだされるか。
それではコメントはどこに対して出されるのでしょうか。
まず、小論文のあんどうメモをもとに考えて見ましょう。小論文のフォーマットでいえ
86
ば、「主張」と「根拠」のつながりに対してです。「この根拠では君の言いたい主張が言え
ないのではないか」というのがコメントです。難しいことは何も言っていないのです。
では、論文のフォーマットでいうとどうでしょうか。コメントは、論文の構成要素同士
のつながりに対して出されます。なぜなら、
「主張」と「根拠」を詳しくしたのが論文の構
成要素だからです。問題設定で設定した問題と、先行研究、分析、考察、結論がちゃんと
対応した形になっているか。論文のフォーマットというのを理解しないうちだとわからな
いかもしれませんが、実は教授や院生からのコメントはすべてこうした角度から出されて
います。
それではどことどこがどういうふうにつながっていればよいのでしょうか。順番にまと
めていきたいと思います。
(c)問題関心
(c)問題関心と
問題関心と先行研究
まずは、問題関心と先行研究ってどんな関係かです。レポートを書く3年生や卒論を書
く4年生がまずぶつかるのが「問題関心と先行研究ってなにがちがうんですか」というと
ころです。
一言で言ってしまうと、
問題関心 フツウの言葉
先行研究 アカデミックな言葉
という感じです。
たとえば、安藤(2006)を例に取ると以下のような対応関係になります。
問題設定
先行研究
(一般の言葉)
(学術の言葉)
格差社会
世代間学歴移動
新自由主義的改革
再分配政策
「格差社会」とか「新自由主義的改革」とかいう言葉は新聞とか一般雑誌のレベルで使
われる言葉なのに対し、
「世代間学歴移動」とか「再分配政策」っていう言葉はあんまり見
かけません。
レポートや論文を書いていて、「問題設定」と「先行研究」の内容がほぼ同じになってし
まった場合は以下の2つの可能性が考えられます。矢印のあとに対応策もまとめます。
87
・先行研究を一般の言葉で書いてしまっている
→先行研究を読み直して学術的な言葉をあてはめる
・問題設定を学術の言葉で書いてしまっている
→新聞や雑誌を探して、社会全体としても大きな問題であることを説明する
これまでに僕が見てきたなかでは前者のほうが多いようです。なかなか学問の言葉を使
いこなすっていうのは難しいのかもしれません。けれど、それはデータと先行研究を行っ
たり来たりすることで徐々にできていくことなので、詳しいことは<プロセス編>で書き
ます。
そこで、ここでは「フツウの言葉」と「アカデミックな言葉」の違いをより深く理解して
もらうために、
「問題」って何かというお話をします。
①問題とは
論文の最初は必ず「問題設定」からはじまります。その「問題」とは何か。そして、そ
れぞれの問題を論文のどこに書かないといけないか。
第一は、理論的問題です。これは、理論による予測と現実との乖離です。つまり、これ
までの先行研究の理論ではうまく説明できないということです。そうすると、「なぜ」予想
外のことが起こっているのかっていう問いが立ちます。これは、論文のフォーマットで言
えば、
「先行研究」のところに書きます。だから、アカデミックな言葉になるわけです。
第二は、社会的問題です。これは、社会のあるべき姿と現実との乖離です。つまり、政
策の目的やマスコミによる提言がうまくいっていればこういう社会になっているはずなの
に、実際にはそういうことになっていないということです。そうすると、なぜうまくいか
ないのかっていう問いが立ちます。これが、論文のフォーマットでいうと、
「問題設定」の
ところで書く問題になります。だから、フツウの言葉になるわけです。
たとえば、安藤(2006)では、「世代間学歴移動」という言葉がアカデミックな言葉になり
ます。ふだんの生活では使わないだろうし、マスコミとか新聞とかでも使われないです。
ふつうの人だったら「学歴を移動するってどういうこと?」と疑問に思ってしまうはずで
す。
そこで、問題設定の1行目では、
「父親の学歴と本人の学歴の異同」というフツウの言葉
を用いています。これなら一般の人でも「あー、父親の学歴と本人の学歴がどう違うかっ
ていうことね」と納得してもらえるということです。
文章の流れとしては、まず、フツウの言葉で導入をし、次に、
「世代間学歴移動」という
言葉をアカデミックな言葉として定義し、そのあとで先行研究に入るというかたちになっ
ています。
これで問題設定と先行研究が密接に関連しているということがわかってもらえたでしょ
うか。出口の現代文では、主張を何度も繰り返し言い換えるのが論文だという説明がされ
88
ています。学術論文でも同じだというのがわかってもらえるとありがたいです。
第三は、個人的問題です。これは、自分はなぜそれを問題だと思うかということです。
これについては、論文の書き方マニュアルには書かれていません。また、実際の論文にも
書かれていません。けれど、これがないと研究をうまく継続していけません。そこで、こ
れについては<プロセス編>のところで説明します。
②主張とは
「問題」に「理論的問題」と「社会的問題」があるのに対応して、社会科学の論文の場
合には「主張」にも2種類あるということを確認しておかなければなりません。
ひとつは、価値に対する主張です。時間軸を基準にすると、未来への主張と言ってもい
いかもしれません。「こうあるべきだ」「こうするべきだ」という主張です。安藤(2006)
では「不利な状況にある人に機会を開いていくべきだ」という部分が価値に対する主張で
す。「機会の平等」という価値の重要性を説いているからです。
小論文のあんどうメモとの関係を延べると、「記述」と「論述」のところでまとめた「主
張」というのは、主にこの価値に対する主張です。
そして、こうした主張は、政策に対する未来への主張にもなっています。だから、社会
科学の論文のフォーマットの最後に「政策提言」がはいっているわけです。小論文の例で
も、「保育所を増設すべきだ」という政策提言がなされていました。
たしかに、「主張」というと、価値に対する主張がすぐに思い浮かぶかもしれません。こ
れまでの論文の書き方マニュアルでもこちらの「主張」に焦点があてられていたようです。
しかし、
「層」のお話をふまえると、もうひとつ、事実に対する主張というのもあるのだ
ということに気づきます。時間軸を基準にすると、過去への主張と言ってもいいかもしれ
ません。
過去に起こった事実に対しても、それが本当だったのかどうかはわからないことがあり
ます。
「層」のところでは慶安の御触書の例を挙げました。そこまでさかのぼらなくっても、
たとえば、裁判における「事実」が挙げられます。本当にその人が犯罪行為を犯したのか
どうか、というは実はわかりません。そこらへんのことは、映画『羅生門』や『それでも
僕はやってない』を見てもらえばわかると思います。
社会科学の場面でも同様です。「日本は格差が広がっている」という事実一つを考えてみ
ても、経済学者や社会学者の間でさまざまな論争があります。統計の指標の作り方しだい
でいろいろな解釈の仕方が出てくるからです。
安藤(2006)の「事実」についても同様です。この論文では、
「世代間学歴移動をすると再
分配政策に賛成しやすくなる」という事実に対する主張をしています。これについても、
世代間学歴移動の指標の取り方を変えたらどうなのか。
「大卒」のなかに短大・高専卒を入
れたら結果は変わるのか。変数の作り方は妥当か。などなどさまざまな批判があるかもし
れません。
89
したがって、「層」のお話をふまえてもらったうえで、「事実」に対しても、それを一つ
の「主張」と考えるのがよいのではないかと思います。
そして、論文のフォーマットとしては、未来への主張が「政策提言」、過去への主張が「分
析」「考察」になります。
(d)先行研究
(d)先行研究と
先行研究と分析
学部生のレポートや卒論案を見ていると、
「問い」とアプローチが対応していないことが
あります。
「どのような」という問いを立ててフィールドワークをやると書いていたり、
「ど
のように」という問いを立てて一時点の質問紙調査をやると書いていたりすることです。
ここにはどのような問題があるでしょうか。それを知るために、問題設定と分析との関係
を整理していきましょう。
問題設定と分析のところで対応していないといけないのが、「問い」と「問い」とアプロ
ーチです。
なぜ「問い」が二つも出てくるのか。それは、問いには、先行研究のところで導かれた
問いと分析上必要な問いの二つあるからです。ここでは、前者を「理論的な問い」、後者を
「分析上の問い」というかたちで区別することにしましょう。
まずは、それぞれの言葉の定義です。
理論的な問いは、問題設定のところで導入し、先行研究の中で位置づけた「なぜ」とい
うかたちの問いのことです。
分析上の問いは、
「なぜ」と立てた問いを分析するための問いです。これは、大きく二つ
にわけられます。「クロスセクションの問い」と「プロセスの問い」です。前者は、時点を
同じにして、カテゴリーごとの比較に焦点を当てる問いです。これは、「なぜ」という問い
を「どのような」というかたちに言い換えると出てきます。後者は、カテゴリーを同じに
して時系列の変化に焦点を当てる問いです。これは、「なぜ」という問いを「どのように」
というかたちで言い換えると出てきます。
そして、この分析上の問いとアプローチが密接に関連しているわけです。クロスセクシ
ョナルな問いには、量的な研究が対応しています。質問紙調査や官庁統計を用いた統計分
析です。それに対し、プロセスの問いには、質的な研究が対応しています。インタビュー
調査やフィールドワークや歴史研究などです。
具体的に見てみましょう。
たとえば、「なぜゆとり教育が導入されたのか」という理論的な問い立てたとします。
これについてクロスセクショナルな問いを立てるとどうなるでしょうか。
「どのような国
でゆとり教育が導入されたのか」という問いになります。こうすると、国際比較研究にな
ります。日本の他にも、アメリカやイギリスや中国などさまざまな国の教育政策の変化を
調べるという研究です。各国の制度を見た上で、最終的にはOECDなどから統計データ
を持ってきて統計分析にかけるというかたちが予想されます。もしかしたら、経済成長率
90
が高い国ほど、カリキュラムを削減したり、あるいはその逆という関係もあるかもしれま
せん。
それでは、プロセスの問いを立てるとどうなるでしょうか。「日本ではどのようにゆとり
教育が導入されたのか」という問いになります。こうすると、歴史研究になります。日本
の教育政策の変化を明治時代あたりから振り返り、国会議員や文部省(文部科学省)の動
きを丁寧に追っていくというかたちが予想されます。
もうひとつ例をみてみましょう。
「なぜ再分配政策に賛成するのか」という理論的な問い
を立てたとします。
これについてクロスセクショナルな問いを立てるとどうなるでしょうか。
「どのような人
が再分配政策に賛成するのか」という問いになります。こうすると、個人間での比較にな
ります。男性のほうが賛成しやすいのか、女性のほうがしやすいのか。貧乏な人がしやす
いのか、お金持ちの人がしやすいのか。安藤(2006)では特に、世代間学歴移動を経験した人
というカテゴリーに着目して、移動を経験しなかった人と比較を行ったということになり
ます。
それでは、プロセスの問いを立てるとどうなるでしょうか。「どのように再分配政策に賛
成するようになるのか」という問いになります。こうすると、個人内での変化を追うこと
になります。理想論を言えば、対象とした人を生まれたときからずっと追跡して賛成する
ようになるプロセスを記述できればよいです。けれども、そんなことは無理なので、その
一部だけでも切り取れるように、インタビュー調査でこれまでの経験や意見を聞いたり、
フィールドワークで観察したりします。貧しい人が身近なところにいたり、自分自身がお
金に困った経験があったりすると、賛成しやすくなってくれるかもしれません。
以上が先行研究と分析との関係です。これで問いとアプローチのずれた卒論がなくなる
でしょうか。
もちろん、すべての研究がきれいにこの二つの問いに分類されるわけではありません。
たとえば、国際比較研究で最後に統計分析をやるとしても、それまでの制度の概要は歴史
研究に当たるからです。けれども、こうした2つをまず自覚的におさえておかないと、次
に進むことができません。したがって、大まかに分けてこの2つに分類されているという
のを理解しておいてもらう必要があります。
(e)先行研究
(e)先行研究と
先行研究と分析と
分析と考察
学部生のレポートや卒論案を読んでいてよくあるのが、先行研究で「管見の限りない」
とだけ書いてあるものです。あるいは、
「これまでこういう研究がやられてこなかった。だ
から、自分がやります。
」というフレーズです。
そして、だいたい教授や先輩の人から出るのが、「『ない』だけではダメ」という言葉で
す。けれど、だからどうすればいいっていうのは、教授や先輩は教えてくれないのです。
91
それで、卒論生とか修論生は混乱してしまうわけです。
それでは、そもそもなぜ「ない」だけではダメなのでしょうか。また、
「ない」だけに終
わらせないためにはどうすればいいのでしょうか。混乱中の卒論生、修論生を救うために
まとめておく必要があります。
まずは、「ない」だけではなぜだめなのか。端的にいうと、「ない」だけでは「論文」に
ならないからです。クリティカルな問題です。
では、そもそも論文とは何か。
論文とは、根拠を用いて理論を修正することです。だから、理論を修正できなければ論
文にならないわけです。
では、この論文の定義と「ない」だけではだめのお話がどう関連するのでしょうか。「な
い」だけではだめなのは、先行研究にないのは理論でそのまま説明されてしまうからかも
しれないからです。理論の予想どおりだったら、修正しようにもできないわけです。
たとえば、卒論生を見ていてよくあるのが、「なぜ大学進学しにくいのか。階層が低いか
らだ。女子だからだ」というという問題設定を卒論のテーマとして持ってくることです。
しかし、こうした知見は教育社会学の分野ではすでに蓄積されてきてしまっています。
それで、「その問いはもう解かれてしまっているよ」というコメントをすると、「なんだ、
もう解かれちゃっているのか」というように、やる気がなくなってしまうわけです。
そういったときにどうするか。つまり、もう解かれてしまっているときにどうすればよ
いか。それは、問いを深めるということです。つまり、まだ説明されていない人を特定し
て、場合分けするということです。
たとえば、「階層が低いほど大学進学しにくい」という関係が見られたとしても、ホワイ
トカラー出身の人が100%大学に進学するわけでもないし、ブルーカラー出身の人が
100%大学に進学しないわけでもありません。だから、「ホワイトカラー出身の人でも大学
に行かないのはなぜか?」
「ブルーカラー出身の人でも大学に行くのはなぜか?」という問
いを立てれば、まだ解かれていない人を特定できるわけです。これはまさに、「問題」にお
ける「理論的問題」
、つまり、理論と現実との乖離の部分です。
そのうえで、
「ホワイトカラー/ブルーカラー出身者では、どのような人が大学に行くの
か/行かないのか」というように「なぜ」から「どのような」っていうかたちに問いを落
とせば、また新たな場合わけ(=理論の修正)が可能になります。なぜなら、
「どのような」
っていう問いは、まさに場合を分けるかたちになっているからです。
例を挙げて考えてみましょう。たとえば、ブルーカラーの人でも「学び合い」型授業の
多い学校に通っていると、授業理解度が高まって大学に進学しやすくなるという関係が見
られます。このときには、
「学び合い」型授業が多いかどうかというのが場合分けになって
いて、階層だけによる説明理論を修正することになってるわけです(苅谷剛彦・安藤理ほ
か著『教育改革を評価する』岩波ブックレット 500円で好評発売中)
。
92
ただ、この例は少しわかりにくかったかもしれません。場合分けのときに「~的」とか「~
型」っていう言葉が付いてくれるとわかりやすいので、そこらへんを<プロセス編>でまと
めます。
いちおうここでは、「ない」だけで終わってしまう状況を防ぐために、先行研究と分析と
考察の関係をまとめておきましょう。
まずは、先行研究と考察との関係です。これは、
「先行研究」で書いたこれまでの研究の
問題点と「考察」で書く改善点が対応している必要があるということです。
「問題」のレベ
ルは理論的問題で対応しています。
図 論文のフォーマットと構成要素間の関係
Ⅰ.問題設定
①社会的背景
②社会的問題
③問い(なぜ)
Ⅴ.結論
⑫論文の限界
⑪政策提言
⑩答え(なぜなら)
Ⅱ.先行研究
④理論的背景
(たしかに)
⑤理論的問題
(しかし、Aだろう)
⑥問い
(なぜ、どのような)
Ⅳ.考察
⑨改善点
(Aである。)
⑧答え
(なぜなら)
Ⅲ.分析
⑦仮説(~ほど~)
独立
従属
変数
変数
~ほど~
理論仮説
操作仮説
最初に、論文の構成要素の図で確認してみましょう。
これを見ると、④理論的背景ののところに「たしかに」があり、⑤理論的問題のところ
に「しかし、Aだろう」があります。そして、この⑤の「A」を受けて、⑨改善点のところ
に「A」があるというかたちになっています。
ここでポイントなのは、⑤のところでは「A だろう」と推量になっているのに、⑨のとこ
ろでは「A である」と自信満々に断定になっていることです。なぜ推量が断定になったのか。
それは、何より⑨に「問い」の「答え(なぜなら)」があるからです。「なぜなら」ってい
う根拠があるから断定ができるようになったわけです。
論文を書き慣れていない人の論文を読むと、前半と後半でまったく違うことを書いてし
93
まっているということがよくあります。けれども、論文には必ず決まった構成があって、
自分の主張したい事を繰り返し説明していくことになります。したがって、先行研究のと
ころで「-だろう」と答えをチラ見させておいて、それを考察のところでもう一度「-で
ある」と繰り返すことになります。
こうした関係を具体的に考えて見ましょう。たとえば、安藤(2006)では以下のような
先行研究の問題点が挙げられています。
このなかで特に着目するのは、経済学的研究と社会意識の研究である。経済学的研究の
問題点は、理論に縛られてしまい、データから湧き上がってくるものを見逃していること
である。それに対し社会意識の研究の問題点は、データから湧き上がってくるものの解釈
に終始し、社会的背景との関連が薄れてしまったことである。ここで、社会的背景との関
連が薄れるというのは、格差社会が問題となるなかでそこで必要とされる政策との関連が
明確な変数を用いていないために、有効な政策提言がしにくくなっているという点である。
そして、これをふまえて考察を読むと以下のような記述があります。
そして、以上のような示唆を得たことによって、階層帰属意識研究が失ってきた社会的
背景との関連を取り戻すという目的も達成できたと言えよう。
そして、このように改善できたことの根拠が「分析」の部分に当たるわけです。
ここで重要なのは、論文は、
「分析」の部分を中心として、前後対称に書かれていないと
いけないということです。実は安藤(2006)では対称になっていない部分があるのがわかるで
しょうか。それは、社会意識研究の問題点に対する改善点は確認されているが、経済学的
研究の問題に対する改善点が確認されていないということです。
たぶん、校正の段階でいつの間にかはずれてしまったのだと思いますが、本当なら「そ
して、以上のような示唆を得たことによって」の前に以下のような一文が入っていないと
いけません。
以上のような考察は、経済学的研究が見逃してしまった、データから湧き上がってくる
ものを丁寧に解釈しなおしたことによって得られたといえよう。
この一文が入っていればちゃんと前後対称になります。こうやってちゃんと前後対称に
なっているかを確認しながら書いていくのが論文なのですが、そこらへんはプロセス編で
書きます。
94
(f)問題設定
(f)問題設定と
問題設定と結論
先行研究と考察が前後対称になっているように、問題設定と結論も前後対称になってい
ないといけません。
「問題」のレベルでは「社会的問題」で一致しているとということです。
まず確認しなければいけないのは、「問い」と「答え」の対応です。つまり、「問題設定」
で書いた「問い」に「結論」で書いた「答え」がしっかり答えているか、ということです。
安藤(2006)で言うと、
問い
なぜ、格差社会が問題となる中で、格差を縮小するための政策に賛同が得られない
のか
答え 高学歴を継承した人が反対してしまうから。
となります。シンプルです。論文っていうと、なんだか小難しいことをダラダラと書いて
いるように見えますが、言いたいのはこの「問い」と「答え」だけです。逆に言えば、ど
んなに長く書いても「問い」と「答え」が一致していなければアウトになります。だから、
ちゃんと対応しているかを確認する必要があるわけです。
ただ実際は、論文を書いている途中ではずれまくります。そこで、もしずれていたとき
の対処方法は、<プロセス編>のほうで書きたいと思います。
次に対応していないといけないのが、問題設定と政策提言です。
安藤(2006)を例に説明しましょう。
「問題設定」には以下の記述があります。
ここでもし仮に、不利な地位から上昇してきた人が再分配に賛成しやすいということに
なれば、格差を縮めることはさらに継続的に格差を縮めていく可能性を秘めている。逆に、
有利な地位を継承した人ほど再分配に賛成しにくいという結果が出れば、すでにある格差
がさらなる格差を継続的に拡大していく可能性がある。そこで問題になるのが、どのよう
な人々が再分配政策に賛成しているか、ということである。
これに対応した「政策提言」の部分は以下です。
こうした世代間学歴移動の機能から導かれる政策提言は、父学歴という点で不利な地位
に立っている人に高等教育学歴の機会を開いていくということである。
(g)<
(g)<つながり編
つながり編>のまとめ
以上、つながり編として論文の構成要素同士の関係を見てきました。ポイントになるの
95
は、論文は前後対称で書かれているということです。こうした関係がわかっていないと、
いくら読んでも論文を理解できません。
しかも、こうした関係がわかることによって大きなメリットが生まれます。それは、実
は論文は半分読めばわかる構造になっているということです。前後対称になっているのだ
から、前半を読めばそれを裏返したものが後半で、後半を読めばそれを裏返したものが前
半になります。こうした構造がわかっていれば、論文を読む早さがぐんと早くなるはずで
す。
(というかたちで、ごちゃごちゃと書いていたら論文の書き方の「政策提言」のようなも
のが出てきたので、本来なら<つながり編>の「問題設定」のところにも、
「学部生は論文
をはじめから最後まで順番に読んでしまうからわからなくなってしまう」というような問
題を設定しておかないといけませんね。
)
【コラム「過去問と先行研究。」
】
高校生も公務員受験生も、必ず志望大学や志望職の試験で出される過去問を解くと思い
ます。ここで問題なのは、過去問を解くというと純粋に受験勉強のためにしか役に立たな
いイメージがあるということです。けれど、解き方によっては受験勉強に限らず役に立つ
スキルになります。
そのことを理解するために、まず、どのように過去問を解けばよいのか、を考える必要
があります。それは、何が出題されていないのかを特定するために解く、ということです。
だいたいの人はただ漠然と出題年別に解いていくだけかもしれません。それに対し、今年
の問題を予想しながら解くというのが大事です。こうした解き方には、おそらく2つの機
能があります。
ひとつは、共通項をくくりだす力を養う、もうひとつは、差異をくくりだす力を養うと
いう機能です。
過去問を勉強する際には、第一に、これまでの過去問の共通点を抜き出します。たとえ
ば、微分が毎年出るとか、アジア史が毎年出るとかです。そして第二に、そうした共通点
のなかから、まだ出題されていないパターンをくくりだします。たとえば、微分は微分で
も、微分方程式はここ数年出ていないとかです。
数学の先生は怒るかもしれないませんが、数学の問題ってのはだいたい一分野について
20パターンくらいしかありません。特にセンター試験などは必ず決まったパターンの範
囲内で出題されます。それで、その 20 パターンがだいたいひとつの問題集に載っているわ
けです。だから、ここ10年くらいの過去問で出たパターンに星印とかをつけていけば、
だいたい残っているのを特定できることになります。これは、大学受験だけでなく、他の
受験でもだいたいあてはまるようです。
ところで、レポートや論文を書くときには、「先行研究」というものを書かないといけま
せん。これは、これまでの研究の問題点を指摘し、自分の研究の意義を説明するという作
96
業です。具体的にはどうやるのでしょうか。先行研究のフォーマットは次のようになりま
す。
これまでの研究には、~というものがあった。しかし、こうした研究には-という問題
がある。したがって、本研究では、-という問題を乗りこえる。
これを書くときに必要な力はどういう力でしょうか。
第一に、これまでの研究の共通の問題点を探す、という力です。たとえば、このブログ
をひとつの研究だとすると、「これまでの論文マニュアルには、高校の小論文と大学の論文
の関係を論じる視点がないため、高校生も大学生もいろいろと勘違いしてしまうという問
題があった」となります。
第二に、これまでの研究との自分の研究との差異を抜き出すという力です。たとえば、
「し
たがって、本ブログでは高校の小論文と大学の論文の関係を論じる」となります。
以上のように考えると、過去問の傾向を探るという作業と先行研究をまとめるという作
業は実質的に同じ作業をやっていることになります。したがって、過去問を解くというの
は、論文の「先行研究」をまとめるときに役に立つということになるわけです。
ちなみに、このコラムは「起承転結型」で書かれています。「ところで」という接続詞が
入ったところで気づいてくれた人がいたらありがたいです。文章のフォーマットに着目し
ながら読んでみてください。
【コラム「メタボリックのお話も論文?」】
最初のほうのコラムにおいて、「体調管理」という題名で、僕の高3以降の体重の変化を
しました。
「しようもない話をしているな」と思った人もいるかもしれませんが、実はあれ
もれっきとした研究論文の形式になっています。そこで、「先行研究の引用のしかたのフォ
ーマット」にしたがって書き直してみましょう。
これまでは部活を引退した後は運動不足のために体重が激増するといわれてきた。たし
かに、食べすぎで脂肪が増える量だけに着目すれば、その通りである。しかし、筋肉が脂
肪に変わって軽くなるという要因も考慮に入れなければならない。なぜなら、部活引退後
一定期間は体重が軽くなるというデータが取れたからである。したがって、部活引退後の
体重に関しては、食べすぎ要因だけでなく、筋肉が脂肪に変わるという要因も合わせて考
えるべきであろう。
「研究」っていうとなんだか難しいことをやっているように見えるかもしれませんが、
97
そんなにカタく考える必要はありません。統計を使う研究に限って言えば、
「新しい要因を
探す」ということだと思います。筋肉が脂肪に取って替わるという要因を考えたようにで
す。
僕の場合は、
「誰が再分配政策に賛成するのか」という問題に対して、「世代間学歴移動」
という要因が考えられますよ、と論文を発表したわけです。
ポイントになるのは、なんでも問題にしてその要因を考えていけば「研究」になるので
はないかということです。なぜメタボリックになってしまうのか、とか、なぜアフリカの
人たちには食べ物が回らないのか、とか、なぜ地球は温暖化しているのか、という具合で
す。なぜあんどうは女の子にモテないのか、でももしかしたら研究論文になるかもしれま
せん。
「学問のすすめ」というコラムで書いたようなお話です。心理学か社会学か、はたま
た病理学か。
先行研究の引用の仕方との関連でポイントになるのは、メタボリックの例におけるあん
どうの体重のように、「これまでの考え方(=理論)では説明できないデータ」を持ってく
るというのが論文を書く際に必要だということです。
(3
3) プロセス編
(a)論文
(a)論文は
論文は書き直し
それでは、やっとプロセス編に入りましょう。ここでのポイントは、論文は書き直し続
けるものだというものです。
レポートの書き方ってことで、「一回書き終わったら、頭に戻って書き直して」というこ
とを書きました。論文もそれと同じ要領です。
ただ、論文の書き方のプロセスに入っていく前に、ちょっと確認しておきたいことがあ
ります。それは、論文の書き方タイプというお話です。性格判断のようなものです。
これまで多くの学部生・修論生を見てきました。大きく分けて三つのタイプに分けられ
ると思います。
「問い」から入るタイプ
「政策提言」から入るタイプ
データから入るタイプ
このタイプは、論文をどこから書き始めるか、ということと密接な関連を持っているよ
うです。そして、このタイプと書き方がずれてしまって困っている人がけっこういるよう
です。したがって、自分はどういうタイプ化というのをあらかじめ確認しておくことが必
要になります。
98
「問い」から入るタイプ
第一は、問いから入るタイプです。正統派です。「なぜ」という問いから入るからです。
なんで女性は子どもを産んだら仕事をやめないといけないのか。なんで日本では地方分権
が進められているのか。などなど、
「なぜ」という問いを立てて、それに答える根拠を探す
形で論文を書いていくことになります。レポート・論文の書き方のマニュアル本は基本的
にはこのタイプを中心に書かれています。だから「正統派」です。
ただし、全員が全員、このタイプに含まれるわけではありません。それなのに、あくま
で「問い」から入ることにこだわってしまうと、まったく「問い」が立たず研究が進まな
いという困った状況に陥ってしまうことがよくあります。はずかしながら、僕自身もそう
でした。
「政策提言」から入るタイプ
そこで、次に出てくるのが、
「政策提言」から入るタイプです。邪道派です。実は僕はこ
ちらのタイプでした。「なぜ」という学問よりは、政策をなんとかしたいタイプということ
です。女性がふつうに働けるように保育所をどんどんつくれ。地方分権なんかやったら地
域間格差が広がっちゃうからなんとかしろよ。など、「こういう社会にしろよ!」という政
策提言から入るタイプです。これまでのマニュアル本には書いていませんが、このタイプ
の人がけっこういます。このタイプが「問い」から書いていくマニュアル本を読んでしま
うと、どこから書いてよいのかわからず困ってしまうことになるわけです。
データから入るタイプ
ただ、「なんで?」も「こうしろよ!」もない人がいます。そういう人は、データから入
るタイプというかたちで分類します。無関心派と言ってもいいかもしれません。
「問い」も
「政策提言」もないタイプです。こういう人もけっこういます。そういう人は、しかたな
いのでとりあえず教授からデータをもらっていじってみることになります。このタイプの
人も「問い」から書いていくこれまでのマニュアルを読んでしまうと混乱してしまいます。
タイプ診断テスト
さて、みなさんはどのタイプでしょうか?
みなさんがレポート・論文に書きたいことを「なんで―なのか?」あるいは「-しろよ!」
のどちらかのかたちで、一言でまとめてみてください。その答え方によって、論文をどこ
から書き始めるとよいかがわかります。
論文を書き始めてみたものの、いざパソコンに向かってみたらまったく文章が進まなく
99
なってしまったという人には効果大です。もちろん論文だけでなく、小論文のあんどうメ
モの6つの要素のところもどこから書き始めてよいかわかるようになります。
一言が「なんで―なのか?」となった人
→「問い」から入るタイプ
一言が「-しろよ」となった人
→「政策提言」から入るタイプ
どうがんばってひねり出しても一言で言えなかった人
→データから入るタイプ
「どうがんばってひねり出しても」というのは重要です。最初はどんな人でも一言でま
とまるはずはないからです。だから、最初は「一言で言うとなんだろう」ってずっと考え
ていって、それでもだめだったらとりあえず使えそうなデータから逆に「問い」を導き出
す感じです。
では、「それでもだめだったら」というのはいつ判断すればよいか。それは、締切と相談
してみるということになります。締め切りがある程度近くなったのに、「問い」も「政策提
言」も思いつかない場合は、あきらめてデータをとりあえずいじりはじめるということで
す。
タイプごとにどこから書き始めるか、というのも大丈夫でしょうか。「問い」から入るタ
イプは「問題設定」、「政策提言」から入るタイプは「結論」、「データ」から入るタイプは
「分析」です。
これをふまえたうえで、プロセス編に入っていくことにしましょう。
論文を書くプロセス、もっと正確に言うと、統計による社会科学論文を書き直し続けて
いくプロセスは大まかに言って以下の13段階になると思います。
問題関心あるいは政策提言を書く
先行研究を読む
仮説を作ってみる
4つの四角
仮説設定の注意事項
質問項目の設定
アンケートの配布または2次データの入手
分析=クロス表を出す
仮説の崩壊
100
仮説崩壊に対する3つの対処
オチのクロス表
先行研究の読み直し
論文の執筆
これまでの論文の書き方マニュアルと違うのは、
3つの対処
オチのクロス表
仮説の崩壊
仮説崩壊に対する
先行研究の読み直しっていうところを書いている部
分です。これまでの本だと、仮説を立ててクロス表を出したらすぐに仮説が検証されてし
まうような書き方がされています。それを前提に分析に入ると、分析結果が仮説どおりに
行かなかった時点で思考停止になっちゃうわけです。
けれども、実際には仮説崩壊してからが本当の分析の始まりなので、そこのプロセスを
具体例を挙げながら説明していきたいと思います。
問題関心を書く
「この問題は重要だ」ということを書きます。ただ、最初に問題関心を書くときのポイ
ントは、「問題とは?」というお話で書いたように、社会的に問題かどうかよりも、自分が
問題だと思っているかです。自分が問題だと思ってないと研究してても面白くないからで
す。「社会的にも問題だ」っていうかたちにするのは、一通り分析した上で最後に「問題関
心」を書き直すときです。
たとえば、あんどうの最初の問題関心は、
「なんで東大生は恵まれた環境にあるにも関わ
らず、社会的弱者に厳しい発言をするのだろう?」というものでした。安藤(2006)には「東
大生」なんて一言も出てこないから直接は結びつかないように見えるかもしれません。け
れど、自分のなかではつながっていて、かたちを変え、対象を変えて安藤(2006)の「格差
社会は問題だ」というところまで何とかたどりついたというわけです。これによって、い
つの間にか社会的にも問題だということが言えてきたわけです。
たしかに、「あとで書き直すんなら最初から社会的に問題だ」ということから入ったほう
が近道なんじゃないのか、という意見も出るかもしれません。しかし、それだと長続きし
ません。自分の経験でもそうだし、他の院生の状況を見ていてもそうです。研究するとな
ると、いろいろ調査をしたり資料を集めたりすることになります。そういうときに自分が
こだわっている問題でないと途中で「どうでもいいや」ということになってしまうようで
す。
だから、最初に問題関心を書くときは、「他の人は何というかわからないかけど、俺はこ
れが問題だと思うんだ」という関心を書いておく必要があります。これが、
「問題」のとこ
ろでお話した個人的問題です。どんなことでもいいです。なんで勉強しないといけないの
101
か。なんで女性は就職の際に不利になるのか。僕が去年見た学生は「なんで卒論なんか書
かないといけないのか」という「問い」を立てて卒論を出して卒業していきました。とり
あえず自分がどうしても「なんで?」と思ってしまうことがあれば、それをちゃんと文字
に起こして書いておくことが重要です。これが研究の原点になるので。
この問題関心の書き方は、「論文の書き方」マニュアルにも書かれていません。また、実
際に書かれた論文にも、いつのまにか「社会的にも問題だ」に書き換えられてしまってい
るので書かれていません。けれど、超重要です。それは、社会科学の重要な基礎概念とつ
ながってもいるからです。
それでは、「問題設定」のところで「自分が問題だと思うこと」にこだわる必要性がある
のはなぜか。それは、ヴェーバーのいう「価値自由」を確保するためです。どういうこと
か。
まず、定義を確認しておきましょう。価値自由とは、客観的事実の探求をする場合に、
あるべきものの探求という主観的価値評価を捨てるのではなく、むしろ自らの拠って立つ
価値を自覚することによって主観的価値評価に囚われずに認識を行う方法です。つまり、
自分の価値観にどういう偏りがあるのかについて自ら注意しながら認識するということで
す。
たとえば、「日本は貧富の格差が大きい」という事実を検討するさいにも、自分は社会の
なかでどういう位置にいるのか、ということを自覚しながら認識するということです。も
しかしたら、貧乏だから「大きい」と主張しているだけかもしれないし、お金持ちだから
「格差なんてない」と主張しているだけかもしれません。そういう立場を考えずに適当に
研究すると、自らの立場を正当化するだけのことをあたかも「客観的」であるかのように
主張してしまうことになります。それよりも、
「たしかに自分は貧乏な立場にいるかもしれ
ない。けれど、それをふまえたうえでも、やっぱり格差は大きいよね」という発言のほう
がなんか信頼できそうです。それが価値自由ということです。
したがって、社会科学の論文を書く際には、つねに自分がどういう社会的立場から主張
を行おうとしているのかを自覚していなければなりません。それを行うのが、「自分が問題
だと思うことにこだわること」です。なぜなら、どうしてもこだわってしまうことってい
うのがその人の偏りだからです。
したがって、以下のようなことを考えていくことになります。自分はどこらへんが問題
だと思うのだろう。社会がどうなれば満足いくのだろう。そして、それらをもとに「問題
設定」を何度も何度も書き直していくわけです。
(b)先行研究
(b)先行研究を
先行研究を読む
次は、先行研究を読むということです。これをしている際にも問題設定のプロセスは継
続していることに注意してください。
102
さて、みなさんは、レポートの課題図書をがんばって読み終わって、「さぁ、レポートを
書くぞ」とパソコンに向かった瞬間に「あれ?結局この本には何が書いてあったんだっ
け?」と、結局ほとんど最初から読み直すことになったということはないでしょうか。高
校時代の現代文と違って、大学では「本」が単位になるので、最初から読み始めると最後
のほうを読む頃になると、最初のことを忘れていたということがよくあるようです。大学
1年の頃は僕もそうでした。
そこで、レポート・卒論の締め切り直前に困ったことにならないように、ここでは本の
読み方を説明していきたいと思います。
①本の読み方
小論文とか卒業論文とかいうとすぐ「本を読まないと」というイメージがあると思いま
す。そんでいきなり難しい本を買ってきてしまって3ページ読んで熟睡してしまうという
のがよくあります。
「本の種類」というところでお話しました。そこでは、とりあえず本に
種類があるらしいってことはわかってもらえたと思います。では、それをどう読んだらい
いのか。それが次の課題です。
読書には大きく分けて2種類あります。
読むための読書
知識を得るための読書
書くための読書
先行研究を批判するために引用をする部分を探す読書
問題なのは、これまでの小論文・レポート術などの本で
と
が区別されていないこと
です。おそらくこれは、研究ノウハウが確立した教授レベルの人が書いていることによる
ものだと思われます。なぜなら、研究を長くやっているといつの間にか
きるようになるからです。そのため、
「本を批判的に読め!」とか
と
を同時にで
の読書法のみを説明す
ることになってしまいます。
しかし、実際には十分な知識がないと何が正しくて何が正しくないか分からないので批
判することができません。したがって、高校生や大学生にはちゃんと
の段階の読書があ
るということを説明してあげないといけないわけです。
ちょうど僕の場合、教授と高校・大学生の間にあるので、
と
の違いでみんなが悩ん
でいるなということに気づいたわけです。
本や論文は、研究に慣れていない間は、期間を開けて2度読むとよいです。
卒業論文で相談に来た学部生に「先行研究は読んだの?」と聞くと、たいていは「いち
おう読んだんですけど、いいのがなくて」という答えが返ってきます。けれども、卒業論
103
文とか小論文のために最初に読んだ本は、こちらに知識がなくてほとんど「読んだふり」
くらいで終わっています。
それに対し、何冊か他に読んで十分な知識がついてきてからもう一度よみなおすと、ま
ったく違った読み方ができます。そうしてその段階になって初めて「この部分はおかしい
な。あっちの本で書いてあったことと逆のことをいってないか?」などと批判ができるよ
うになってきます。そして、「こんなところにこんなことが書いてあったのか!」といろい
ろ発見できるようになるわけです。
「いいのがない」と言っていたのは、本当にいいことが書いていないわけではなくて、
「い
い」ものを発見できるためのメガネ(=知識)がこちらになかっただけなわけです。
②線を引く場所と要約
「本を読むときには線を引きながら読みなさい」といわれます。しかし、どこに線を引
いていけばよいかよくわからない。
「重要なところに線を引け」というけれども、分厚い専
門書のどこが重要なのかがわからない。そんな相談をよく受けます。
高校の教科書では重要語句は太字になっています。それに対し、大学に入ったとたんに
教科書から太字が消えるのでこまってしまうようなのです。しかも、レポートとか卒業論
文でたくさん本を読まないといけない状況になると、問題はさらに深刻になります。それ
に答えるのがどこに線を引くかというお話です。
まずは、一番簡単なところからです。それは、太字の代わりになる部分です。
「定義」の
ところに線を引く必要があります。
それでは、
「定義」は本文中のどこに書かれているか。答えは「とは」のあるところです。
たとえば、
福祉とは、幸福あるいは幸福のための物質的社会的諸条件を意味する。
という感じです。
こういう文があったら僕はかならず言葉を四角で囲って、定義のほうに線を引いていく
ことにしています。太字の代わりに四角で囲むわけです。こうしておくとあとで読み返し
たときにすぐわかります。
レポートを書きたい人は、レポートの課題文に出てきた重要な言葉の定義をレポートの
最初で「~とは」みたいなかたちで書いておくとちょっとかっこよく見えます。
それでは、ほかにはどこにどうやって線を引くか。どういうメモをとっておくか。これ
は、実は小論文のあんどうメモと同じです。
「問い」 →
Q
「答え」 → A
104
「根拠」 → 根拠
「具体例=たとえば」→ 例
「言い換え=つまり」→「つまり」があるところは、
「とは」に続いて「定義」が書かれ
ている場合が多いので、
「定義」のかたちで線を引く。
本もなにかを主張するためのものなので、実は必ず小論文と同じ構成要素が入っている
ことになります。だから、基本的には、上の5個のところにチェックを入れてくことにな
ります。
特に、「問い」と「答え」と「根拠」です。これがちゃんとつながっているかどうかを確
認していくのが本を読むという作業だからです。
だいたい僕は該当するところを「」(かぎかっこ)でくくり、その上の余白のところに、
「Q」とか「根拠」とかを書いていきます。
そうすると、読み終わってからしばらくたって、さてレポートを書き始めようかという
ときに、「あー、忘れちった。結局何が書いてあったんだかな」と最初から読みなおす必要
がなくなるというわけです。
~
を並べていけば、その本の簡単な要約がすぐにできる
からです。
「層」のお話を思い出してみればわかるように、どんなに長い文章も結局は20
0字の作文に還元できるからです。そして、それが文章の要約です。
そして、あんどうメモの5個の要素に分解するための力がを養うのが『出口のシステム
現代文』シリーズです。だから、これをふまえていないと、大学で教科書を読めないとい
う困った状況に陥ってしまいます。
③文献目録
文献目録の作り方について説明しておきます。文献目録というのは、読んだ先行研究を
まとめたものです。具体的には、表のようになります。
日付
パネル
学力
ジャンル サブジャンルID
著者名
刊行年
書名・論文名 収録文献編著者
収録文献
出版社
訳者
日本語訳 日本語訳出版社
巻
開
2008/3/3
小論文
higuchiyuichi
樋口裕一
2001
読むだけ小論文 ①入門編
学研
2008/3/4
小論文
higuchiyuichi
樋口裕一
2001
読むだけ小論文 ②応用編
学研
2008/3/5
小論文
higuchiyuichi
樋口裕一
2001
読むだけ小論文 ③医歯薬
学研
2008/3/6
小論文
higuchiyuichi
樋口裕一
1997
「型」書き小論文
2008/3/7
小論文
higuchiyuichi
樋口裕一
2000
樋口裕一の小論文トレーニング
ブックマン社
2008/3/8
福祉国家
Iversen, T. Iversen, T.
2005
Capitalism, Democracy and
Cambridege
Welfare: The
University
ChangingPress
Nature of Production, Elections and Social Protectio
2008/3/9
ネットワーク
Lin, Nan
1999 Social Networks and StatusAnnual
Attainment
review of sociology
2008/3/10
2008/3/11
1
Lin, Nan
学研
再分配政策への賛否
Alesina, Alberto
Alesina,
andAlberto
Ferrara,
2001
and
Eliana
Ferrara,
Preference
La Eliana
ForLa
Redistribution
Journal
in theofLand
Economic
of Opportunities
Literatures
再分配政策への賛否
Alesina, Alberto
Alesina,
andAlberto
George-Marios
forthcoming
and George-Marios
Fairness
Angletos,
and RedistributionNBER
2003,
Angletos, 2004, papers, forthcoming in American Economic Review
では、なぜこんな面倒くさい表を作っておかなければならないのでしょうか。
たしかに、ただ箇条書きにしてるだけではないかと思う人もいるかもしれません。しか
し、実際にレポート・論文の最後に貼り付ける段階になると、いろいろ困ったことが起こ
るのです。そこでまず、なぜ困ってしまうのか。どのようなところで困ってしまうのかと
105
25
いう説明をしたいと思います。
理由の第一は、たくさん読むようになると、どういう文献を読んだのかということすら
も思い出せなくなってしまうからです。
たしかに、学部の1、2年生くらいのときは、まずは遊ぶことが大事だし、そんなに本
を読んでないからだいじょうぶかもしれません。しかし、卒論とか修論を書き始めたとた
ん、文献の数の桁が一気に跳ね上がります。僕の場合は少ないほうだと思うけど、修論で
1000、博論(今、整理に困っているやつ)で3000くらいです。はっきり言ってわ
けわからなくなります。
したがって、文献目録を丁寧にとっておく必要があるのです。
理由の第二は、雑誌ごとのフォーマットに合わせやすいからです。そもそもめんどくさ
いのが、雑誌ごとに参考文献のフォーマットが違っていることです。具体的に言うと、
苅谷剛彦・安藤理・内田良・清水睦美・藤田武志・堀健志・松田洋介・山田哲也(2006)
『教
育改革を評価する‐犬山市教育委員会の挑戦‐』岩波ブックレット。
って書いたり、
苅谷剛彦・安藤理・内田良・清水睦美・藤田武志・堀健志・松田洋介・山田哲也, 2006,教
育改革を評価する‐犬山市教育委員会の挑戦‐,岩波ブックレット.
って書いたりすることです。かっことかかぎかっことかの使い方がまちまちなわけです。
それで、何十冊もある参考文献をを一個一個直していくのって神経を使うし、ものすごい
めんどうです。しかも、提出なんてだいたい締め切りぎりぎりで出すわけだから、かぎか
っこを直している時間なんてありません。したがって、前もって一気に変換するときに便
利なのが Excel で作っておくことになるわけです。
これは、実際に締め切り直前で一回あせってみないとわかってもらえないことかもしれ
ませんが、いちおう事前にチェックしておいてもらえるとありがたいです。
理由の第三で、かつ、一番重要なのは、文献目録は高校生にも役に立つということです。
しかも、この理由を説明することによって、
「勉強は
小論文から はじめよう」って言っ
ているけど、具体的にはどうすればよいのかという疑問にも答えることになると思います。
「あんどうウォーズ」のお話を読んでみると、受験小論文の過去問を見るところから勉
強が始まります。そのうえで、その「根拠」を探すということで勉強が始まります。その
ことから考えると、文献目録はこの「根拠」を書くためのメモという位置づけになります。
たとえば、センター試験の過去問を解いていると「民主主義をどうすべきか」という「問
い」に答えるための「根拠」が書いてあるかもしれないし、2次試験の英語の長文を読ん
106
でいたら「環境問題をどうすべきか」という「問い」に答えるためのかっこいいフレーズ
が書いてあるかもしれません。
そうした「根拠」や「フレーズ」っていうのは、時間が経つと忘れてしまいます。特に、
受験勉強をやっているときは毎日何問も問題を解くことになるからです。けれど、それだ
といざ小論文を書くという段階になって「何を書いていいか思いつかない」ということに
なってしまいます。だから、こまめに「文献目録」を作るわけです。
この文献目録と小論文のあんどうメモを連動させることで、教科の勉強を、ただめんど
うくさいものとしてとらえるのではなく、小論文のための「ネタ帳」づくりとして位置づ
けなおすことができるわけです。
しかも、これは、大学生にとっても、レポートから卒業論文をスムーズにつなぐための
橋渡しになります。
レポートは、多くの学生にとって書きっぱなしで終わってしまうのではないかと思いま
す。僕の場合もそうでした。「文書1」のまま保存してパソコンのなかで行方不明になって
しまったりもしました。楽をしようとしてその場その場を乗り切ることばかり考えている
とそうなってしまうかもしれません。
けれど、それはもったいないです。できれば、書いたレポートを集めていって卒業論文
の一部に組み込むことができれば、楽で、かつ、議論を深めることができます。昔書いた
レポートを読み直して、書き直すという作業ができるからです。
その場合、文献目録が役に立ちます。昔書いたレポートでどういう文献を読んで、それ
に対してどういう意見を書いたかが一目でわかるかたちになっているからです。
それでは、以上のように役立つ文献目録には、どのようなメモを残しておけばよいでし
ょうか。一般的なお話はすでにしたので、ここでは統計分析で書かれた論文に特化してま
とめたいと思います。
統計分析で書かれた論文に関してはだいたい下のようなかたちでメモを残しておきます。
レジュメや論文を書くときにそのまま引用されるようなかたちです。
ブラウとダンカンは、OCG(Occupational Changes in a Generation)調査データにパ
ス解析を適用し、地位達成過程研究の道を開いた。彼らの分析は、子どもの教育達成に親
の地位は影響するが、その後の職業達成には親の地位がほとんど影響せず、本人の教育が
強く影響するというものであった。この結果から、現代産業社会の人員配置において、個
別主義・属性主義原理よりも普遍主義・業績主義原理が優越しているという結論を導いた。
けれど、この具体例を見ただけではまねできません。実は、こうした要約を書くために
は、ポイントがあります。それは、
「論文の構成要素」の図にしたがってまとめるというこ
とです。
107
既述の具体例で行くと、
データ
OCG(Occupational Changes in a Generation)調査
手法
パス解析
分析結果
子どもの教育達成に親の地位は影響するが、その後の職業達成には親の地位が
ほとんど影響せず、本人の教育が強く影響する
結論(理論)
現代産業社会の人員配置において、個別主義・属性主義原理よりも普遍主
義・業績主義原理が優越している
要約のときはだいたい「データ」
「手法」
「分析結果」
「結論」というかたちでまとめてお
けばいいというのがポイントです。
これは、小論文のフォーマットとも対応しています。
「データ」
「手法」
「分析結果」は「根
拠」、「結論」は「主張」になるからです。
いちおう高校生向けのメモの取り方も確認しておきましょう。小論文の「あんどうメモ」
に沿ってまとめるということです。
論文のメモの取り方が「論文の構成要素」なら、小論文のためのメモの取り方は「あん
どうメモ」になります。
ただ、「ちょっと長いメモになっちゃうな。めんどいな。」って思う人もいるかもしれま
せん。そういうときは、端的に、「主張」と「根拠」だけメモればよいです。
現代文を読んでいたり、英語の長文を読んでいたりしたときに、目標にしている大学の
小論文で出されそうなテーマの文章が出ていたら、
「主張」と「根拠」をメモっておくとい
うことです。
たとえば、法学部を目指している学生なら「民主主義」とか「死刑制度」とか、医学部
を目指している学生なら「脳死問題」とか「インフォームド・コンセント」とかです。現
代文とか英語長文とかでも頻繁に出題されます。他にも、新聞を読んでいたり、テレビの
ドキュメンタリを見ていたりするときでももちろんよいです。新聞とかテレビとかも、何
かの「根拠」をもって、何かの「主張」をしようとしているわけだからです。
(c)分析
(c)分析の
分析の仕方 統計のお
統計のお話
のお話
最近感じているのは、文系の人が統計分析を理解するには、だいたい3段階のステップ
が必要なのではないかということです。
結果を解釈できる
中学レベルの数学で理解できる
行列と微分を使って理解できる
108
このステップを間違ってしまうと、大変な迷路にはまってしまうことになります。何の
知識もないのにいきなり数式だらけの
レベルの教科書を買ってしまったりすることです。
3ページ読んだらノックダウンで、僕のところに相談に来る学部生がけっこういます。
ただ、教授は学部生の学力が低下したと嘆くばかりか、あるいは、学部生がまったく理
解できていないということに気づいてもいないかで、あくまで
レベルからお話を始めよ
うとしてしまうようです。しかし、これだと、実際に分析にたどり着く前に学部生は統計
を断念してしまうか、あるいは、数式丸暗記でテストに対応してしまうようです。
このままでは、統計をまったくわからないまま卒業してしまう学生を大量に生産してし
まいかねません。
そこで、分析の仕方自体は他の本に譲ることにして、ここでは、統計の勉強の順番につ
いて、注意事項をまとめておきたいと思います。
高校生にとっても、最近では文系理系に関わらず統計が必要になってきているので、「数
学をがんばっておくとこんなに役に立つ」というメッセージで読んでもらえればと思いま
す。
以下、3段階のステップで説明していきます。
結果を解釈できる
統計分析の結果を解釈できるレベルです。と同時に、統計ソフトでアウトプットを出せ
るレベルでもあります。このレベルになれば論文はふつうに読めるようになります。
参考書は、
馬場 浩也(2005)
『SPSS で学ぶ統計分析入門 [第 2 版]』東洋経済新報社。
です。
とりあえず適当にアウトプットを出していけば、だんだんわかってくるようになります。
数式はとりあえず飛ばしてまず手を先に動かしてみることが大事です。そのうちに、
「R2
乗」ってなんだろうとか、
「ロジット」ってなんだとかとかいろいろな疑問(=わからない
ところ)が浮かんできます。
また、ずっと
のレベルにいると、いつまでたっても発表をする際に「統計の厳しいコ
メントが来たらどうしよう?」とおびえつづけることになってしまいます。そこで
へ進
むわけです。
中学レベルの数学で理解できる
足し算・引き算で分析の意味が分かるレベルです。これが分かれば、文系だったら発表
の際でもだいたいエラそうな顔をできます。
109
参考書は、
片瀬 一男(2007)
『社会統計学』放送大学。
です。
ここでのポイントは、とりあえず実際に計算してみることです。テキストにだいたい「練
習問題」みたいなのが付いているので、めんどくさがって飛ばさずに手計算してみてくだ
さい。レベル
のときに難しそうに見えた数字が実はそんなに難しくなかったことに気づ
きます。
行列と微分を使って理解できる
行列と微分で数式を展開できるレベルです。ここまで来ると文系の人は、行列と偏微分
を勉強し直さないといけないので大変です。僕の場合は、文系なのになぜか高校で数Ⅲ・
Cまでやってたので比較的スムーズに入れました。
参考書は、
浅野 皙・中村 二朗(2000)『計量経済学』有斐閣。
です。
いきなりこの本では厳しいと感じた人は、「裏・教科書」で「行列」「微分」の本を探し
てから読んでみてください。
ここでのポイントも一度手計算してみることです。数式を順番に展開できるかひとつず
つ確認していかないと、5分くらいで眠くなってしまう。けれど、こうして計算していけ
ば、「ははーん、こっちのほうが簡単だったんじゃん」ということに気づきます。
しかも、いきなり数式に入った場合には、ただ計算式を覚えるだけだったかもしれない
のに対し、先に分析をして「R2乗ってなんだろう?」という問いが明らかになっている
ので、勉強のモチベーションも維持できると言うことになります。ここがポイントです。
以上、分析の仕方として、統計の勉強の順番について注意事項をまとめました。詳細に
ついては各参考書を見てもらえればと思います。
(d)仮説
(d)仮説の
仮説の作り方・考察の
考察の仕方
①論理と理論
仮説の作り方と考察の仕方を理解してもらうには、論理と理論の関係を理解してもらう
必要があります。それは、まさにこの関係を理解することが「論文は書き直し」というプ
110
ロセス編のテーマであるからです。では、「論理」と「理論」とは何か。
高校生くらいだとたぶんあんまり違いがわからないかもしれませんが、現代文とかを読
んでると必須単語だと思います。
とりあえず僕の定義を書いておきます。
論理=主張(論)を根拠(理由)をもって説明すること
理論=理由(理)を説明(論)してくれるもの
論理のほうはずっと説明してきたからいいと思います。では「理論」のほうは同でしょ
うか。これは、理由を説明してくれるものです。
たとえば、「なぜ所得格差があるのか?」という問いに対して理論はどう説明していくれ
るか。階層理論だったら、
「ホワイトカラーとブルーカラーの違いがあるから」って説明し
てくれます。ジェンダー理論だったら「男性と女性で就職機会に差があるから」と説明し
てくれます。
あるいは、「なぜ非行に走るのか」という問いに対して、文化的学習理論だと「非行の文
化を学習してしまうから」と説明してくれます。中和理論だと「非行をしているというこ
とを自分のなかで一時的に中和してしまうから」と説明してくれます。
では、論理と理論の関係はどうなっているでしょうか。それは、理論は論理の根拠とな
るということです。
たとえば、所得の格差を小さくすべきだという主張をしようとしたとします。格差社会
がどうのこうのっていうのが話題になっているからです。そうすると、
「そもそもなぜ所得
格差があるのか」っていう問いが立つわけです。その問いに対して、これまではデータか
ら湧き上がってくるものをもとに「~から」っていうことを説明してきました。
「具体例」
からの説明です。
けれど、一方で、すでに理論があるならばそれだけを示せばよいわけです。階層理論だ
ったらそもそもホワイトカラーとブルーカラーの分類があるから、ジェンダー理論だった
らそもそも男女で就業機会が違うからというかたちで理論がちゃんと理由(根拠)になっ
てくれるわけです。
これが、論理と理論の関係です。行ったり来たりの関係になっているわけです。
では、こうした論文の構造がわかることで小論文の書き方がどういうふうに変わるか。
それは、「根拠」のところに「具体的根拠(たとえば)」に加えて「理論的根拠(そもそ
も)」を持ってくるということです。「そもそも」っていうのを持ってくると論文に深さと
か厚みが加わってくるわけです。
たとえば、安藤(2006)の構造は以下のような感じになっています。
理論的根拠
そもそも、準拠集団理論を前提とすると上昇移動した人のほうが格差が大き
111
いと判断するから、再分配政策に賛成してくれるはずだ。
具体的根拠
たとえば、JGSSっていうデータでクロス表を出してみると、実際に学歴
が上昇した人のほうが再分配政策に賛成してくれている。
2万字も書いてるけれど、骨組みはこれだけです。
ここでポイントになるのは、
「場合分け」です。これは、実は高校数学と密接な関係があ
ります。そこで、次に高校数学と理論との関係を整理していくことにしましょう。
【コラム「まだ着れる」をめぐる争い】
どんな学術書でも、最初の何ページかを使って、
「~とは」って概念の整理を行っていま
す。この作業だけで20~30ページ使うということもよくあります。けれど、慣れてい
ない学部生だと、ここを読んでいるだけで疲れ果ててしまうわけです。抽象的な概念を説
明し続けるだけだからです。
それでは、そもそもなぜ長いページを使って概念の整理を行うのでしょうか。それを説
明するために、
「まだ着れる」をめぐるエピソードをお話しましょう。
先日、俺が着ていったティーシャツの背中の部分がちょっと破けておりました。しかも、
いい感じにきれいな円のかたちにです。そのときに出た俺と友人の会話が以下です。
「まだ着れるって」
「もう着れねぇって」
「まだ着れるって」
「もう着れねぇって」
ってことで三分くらい着れるか着れないかという神々の闘争を行ったわけです。
それではなぜ二人の議論すれちがってしまったのでしょうか。それは、俺と友だちの間
で「まだ着れる」の定義が違ったからです。つまり、「まだ着れる」のなかに入る内容が違
っていたからです。
俺の定義では、少しくらい穴が開いていても、暑さ寒さを調整できれば「まだ着れる」
の範囲に入るわけです。ビンボー学生だからしかたがない。
けれど、友だちの定義では、穴が開いた時点で「まだ着れる」の範囲の外になっちゃう
わけです。だから、きれいな穴であっても、穴が開いた時点でダメというわけです。
こんなお話が論文執筆とどういう関係にあるのでしょうか。もう一つ、
「友だち」の例を
見てから検討しましょう。
大学をCくんと歩いていて、他の友だちと会ってあいさつをして通り過ぎたあとの僕と
Cくんの会話です。
112
Cくん 「今会ったの、友だち?」
あんどう「ともだちっていうか、なんていうか、まぁ、強いていうなら仲間かな」
Cくん 「仲間?そんじゃ、そんな仲良くない感じ?」
あんどう「仲がいいも悪いも、まぁ、腐れ縁っていうか、アホ友だちっていうか」
このあと、Cくんは怪訝な顔をしておりました。なぜ話がすれちがってしまったのか。
それは、Cくんとあんどうの間で「友だち」と「仲間」の定義が違ったからです。つまり、
Cくんの定義では、「友だち=仲がいい」「仲間=友だちよりは仲がよくない」という定義
になっているのに対し、あんどうの定義では「仲間=仲がいい」
「友だち=仲間よりは仲が
よくない」ということです。
けれども、あんまり仲のよくない友だちのことって「アホ」って言えません。というこ
とは、逆に言えば(正確に言うと、
「対偶」をとれば)、
「アホ」っていえるってことは仲が
いいっていうことです。
このように、定義がしっかりしてないと、議論がすれちがってしまうわけです。
ところで、論文でも同じことが言えます。定義に違いがあったまま論文を書いても、議
論がすれちがってしまうということです。つまり、有効な批判にならないわけです。そう
した状況を防ぐためにするのが、理論研究であり、定義を書くということです。
ここでいう理論研究とは、議論がすれちがわないようにするために、状況の場合分けに
対応させて概念に定義を与えるという作業です。
たとえば、マートンが考えた「準拠集団」という要因が人々の行動に影響を与えている
という状況があっても、そのなかにはいろんな場合が含まれます。ちなみに、準拠集団と
いうのは、人々が行動するための基準となる人々という社会学の概念です。
例1 ヤンキーの人たちは友だちや先輩を準拠集団として非行行動をとる
例2
高収入の弁護士の人たちは、実際にはお金持ちなのに弁護士友だちや先輩を準拠集
団として「自分は貧しい」と判断する
両方の例で「準拠集団」という言葉を使っているます。けれど、準拠集団の中身が違い
そうな感じがします。例1のほうでは友だちや先輩が持っている文化とか規範が影響を与
えているのに対し、例2のほうでは文化とか規範ではないようです。なぜなら、高収入の
弁護士たちが貧困の文化をもっているわけではないからです。
この場合にも、「まだ着れる」と同じように、同じ言葉のなかに複数の意味が含まれてし
まっているようです。そういうときどうすればよいでしょうか。
それが「場合分け」です。準拠集団の例の場合、ケリーという人が例1のような場合を
「準拠集団の規範的機能」
、例2のような場合を「準拠集団の比較機能」と名前をつけて場
113
合わけをしています。
そのように定義を与えると、なんかうまく例を説明できている感じがしてきます。
たとえば、ヤンキーはなぜ非行に走るかという問いに対し、準拠集団の規範的機能が影
響するからと答えることができます。また、弁護士軍団はなぜ『貧しい』と判断するのか
という問いに対し、準拠集団の規範機能が影響しているからと答えることができます。
それでは、以上のお話をふまえて「まだ着れる」の話に戻るとどうなるでしょうか。そ
うすると、
「まだ着れる」には2つの場合があるということになります。
保温型「まだ着れる」
見た目型「まだ着れる」
俺は、
「見た目」はどうでもよくて、とりあえず保温さえしてくれていれば「まだ着れる」
だと定義したのに対し、友だちは「見た目」を重視して、穴が開いたやつはもう切れない
と判断したわけです。
それでは、「仲間」と「友だち」のお話はどうでしょうか。あんどうとCくんの定義の違
いは以下のようにまとめられます。
あんどうの定義 仲間⊂友だち
Cくんの定義
仲間⊃友だち
となっているわけです。
「⊂」と「⊃」は、高校数学の集合のところでやった記号です。あ
んどうの定義の場合、「仲間は友だちに含まれる」
、Cくんの定義の場合、「仲間は友だちを
ふくむ」という意味になります。
一般には、Cくんの定義を使う人がおおいかもしれません。「仲間」のほうが友だちより
も広くて遠い感じです。
けれど、あんどうの場合は、「友だち」のほうが遠くて、「仲間」のほうが親密な感じで
す。昔っからいっしょにアホなことばっかりやってきた奴らを「友だち」っていうのもな
んだか恥ずかしいからです。ちゃんと正確に言えば「アホ連中」とか「腐れ縁」とかそう
いう感じだけど、あえて言葉にするんだったら「仲間」くらいかなという感じです。
以上で見てきたように、あんどうの定義がちょっと異常だったせいで議論が混乱してし
まったわけです。だから、言葉の定義をちゃんとしないといけません。
ただ一方で、実は、異常な定義を与えることで意義が出るのが「論文」というものでも
あります。どういうことか。それを説明するために、書いたのが「『ない』だけではダメ」
のところで書いた「そもそも論文ってなんだろう?」というお話でした。ただし、論文の
定義だけわかっても、論文を書けることにはなりません。そこで、異常な定義を与えると
114
いうプロセスを順番に説明していくことにしましょう。
②高校数学と理論研究
ここまでいろいろ書いてきましたが、それでもうまく解けていない問題が以下のように
残っています。とりあえず箇条書きにしてみましょう。
なぜ、文系でも数学を勉強しないといけないのか?
高校の数学はその後の人生でどう役に立つのか?
ベクトルって役に立つのか?
集合って役に立つのか?
なぜ、学者は4パターンに分けたがるのか?
ベン図と矢印との関係は?
モリモリ好き女子のお話と理論研究はどういう関係にあるのか?
論文の構成要素の「考察」って考えればよいの?感想を書けばよいの?
そこで、ここではこの箇条書きの課題を順番に解いていくという作業をしたいと思いま
す。
いろいろな専門書とか論文を読んでいると、なんだか座標軸みたいな感じで、4パター
ンに分けている表とかを見ます。なぜ学者は4パターンに分けたがるのでしょうか。
具体的なイメージで書くと、ちょうど「学問のすすめ」のお話に出てきた図です。こう
いう図が本とか論文の最初のほうで必ず出てくるわけです。なんでこんな図が出てくるん
だろう。学者が4パターンに分けたがるのはなぜだろう。決まって4パターンなのはなぜ
だろう。6パターンじゃだめなのか。それがこのお話の問題設定です。
なぜ、学者は4パターンに分けたがるのか。それは、新しい軸を設定して、理論を修正
(場合わけ)するのが論文の仕事だからです。そしてその作業が考察です。軸が一つだと
2パターン、軸が二つになると2×2=4パターンになるわけです。数学の関数で出てくる
座標軸です。
実は、それを説明したのが最初のほうにあった「学問のすすめ」というコラムです。頭
の中でつながってきたでしょうか。これにより、
「モリモリ好き女子のお話と理論研究はど
ういう関係にあるのか?」という課題を解いたことになります。
では、具体的には、学問のすすめのお話はどういうかたちで理論を修正したことになっ
ているのか。
まずは、
「モリモリ型発生要因4類型」の図を見直してみてください。
「なぜモリモリ型の女の子が発生してきたのか?」という問いに対して、もともとあっ
たの(=先行研究・理論)は、好みが変化したからという説明です。これがもとの軸です。
115
けれど、これだけだと、
「妥協説」しか出てこないし、妥協説ではうまく説明できない女の
子もけっこういるわけです。
それに対し、僕が新たに立てたのが「接触の仕方が変化したから」という軸です。この
軸を立てたことによって、新たに「基準多様化説」と「潜在説」っていう新たな説明が出
てきて、これまでの理論を修正(=場合わけ)できるようになったわけです。これによっ
て、これまで説明できなかった女の子も、新たな理論のなかで説明できるようになったわ
けです。
こうやって、軸を少しずつ増やしながら、つまり、理論を少しずつ修正しながら、説明
できる事象を増やしていくのが研究です。研究っていうとなんだか難しいことばっかりや
っているように見えますが、実はこんな単純なことです。
それではさらに、この理論を修正するっていうお話と高校数学ってどういう関係にある
のか。4パターンの図は、集合のお話とどういう関係にあるのか。
文系でも論文を書くときには理論を修正しなければいけなくて、理論を修正するというこ
とが高校数学で身につける力と同じだとしたら、文系でもがんばって数学をやっておかな
ければなりません。
U
20歳前後のすべての女性
A
意識に変化があった人
B
接触に変化があった人
A かつ B
基準多様化説
A かつ B ではない
妥協説
A でない かつ B
潜在説
A でない かつ B でない
?
高校数学の「集合」の最初に出てくるような図です。集合 A と集合 B が交わっていま
す。
もともとは、
「意識の変化」によってモリモリ好き型女の子が出てくるっていう説明しか
ありませんでした。それで説明される女の子の集合が A です。
けれども、いろいろインタビューをしてみると、そうでない子も出てくるわけです。そ
116
んなモヤモヤした人たちを説明するためには、「接触の変化」による説明も必要になるわけ
です。それによって説明される女の子の集合が B になります。そして、この B の軸を入れ
たことによって、これまでの説明では説明できなかった人たちをうまく説明できるように
なりました。
結局、座標軸的なお話とベン図はおんなじお話をしているわけです。
したがって、高校数学の集合のお話、つまり、場合分けのお話は大学の教科書を読むと
きにも役に立つということになります。むしろ、理解できてないとうまく読めないことに
なるかもしれません。
このように説明することによって、
「なぜ、文系でも数学を勉強しないといけないのか?」
「高校の数学はその後の人生でどう役に立つのか?」っていう問いにも答えたことになる
でしょうか。論文を書くには、あるいは、逆に大学の教科書を読むには、場合分けの力が
必要だからです。
集合のときだけでなくても、
「a>0 のとき」とか、
「b が正の整数の場合」とか数学の問題
全般で「場合わけ」の力が養われるようになっています。「数列」とか「微分」とかは、文
系の人には直接役に立たないかもしれません。けれど、そういう問題を解いていくなかで
養われている「場合分け」の力がその後の大学の生活では必須となるわけです。
以上見てきたように、この「場合分け」を書くのが理論の修正であり、
「考察」で書く
べきことになります。
そして、論文を各プロセスとしては、
「場合分け」をしては分析をし、分析をしては「場
合分け」をしなおしというのをくり返していくことになります。最初に立てた仮説が崩壊
しても、また場合わけをしなおせばよいだけなのです。
(e)小論文
(e)小論文あんどう
小論文あんどうメモ
あんどうメモの
メモのバージョン・
バージョン・アップ」
アップ」
以上のように考察の仕方がわかってもらえると、小論文のあんどうメモも理解してもら
えることになります。
117
◇あんどうメモ-小論文の構成○小論文の問題 試験名(平成 年 )
○問い(-か)
か。
○答え(と考えるべきである)
と考えるべ
きである。
○根拠(なぜなら-から)
・理論的根拠
そもそもなぜなら、
からである。
・具体的根拠
たとえば、
ということで
ある。
○予想される反論 たしかに、-かもしれない。
たしかに、
かもしれな
い。
○再反論 しかし、-である。
しかし、
である。
○結論 したがってーと考えるべきである。
したがって、
と考えるべ
きである。
◇使い方
①第一志望大学の問題を5問写す。
②とりあえず穴埋めしてみる。
③勉強するときにいつも持ち歩き、アイデアがひらめくごとに修正していく
図を見てください。「根拠」のところに「理論的根拠」というのが追加されています。フ
レーズとしては、「そもそも」がキーワードです。「そもそも平等には、機会の平等と結果
の平等の 2 種類がある」とか書くと、一気に小論文らしくなります。
さらに、これがわかると、樋口の小論文が、「二項対立」を見抜いて「イエス/ノー」を
書くというフォーマットが理解してもらえると思います。「平等」と一言で言っても、その
118
うち機会の平等を重視すべきだと考えれば、機会の平等に対して「イエス」
、結果の平等に
対して「ノー」と主張になるからです。場合分けをして対立点を準備できればあとは自分
の立場の根拠を書くのみです。
大学受験の勉強をしている人は、後期の小論文でここに知識の裏づけのある理論的根拠
を書けるようにするために前期試験の勉強をしているわけです。特に、倫理・政経・世界
史・日本史あたりです。
繰り返しになって恐縮ですが、いちおうここからも、
「勉強は小論文からはじめよう」と
いうメッセージを理解してもらえたのではないかと思います。
(4
4) 研究生活のコツ
以上のプロセス編まで読んでもらえれば、だいたい卒業論文で書かなければならないこ
とがわかってもらえたのではないかと思います。ただ、それ以外にも長丁場の論文執筆に
おいては、ちょっとした心がけが大きな差を生むことになります。
そこで、ここではそうした細かいけれど重要なノウハウを、「研究生活のコツ」としてお
話しておきたいと思います。
(a)進
(a)進まないときは単純作業
まないときは単純作業
卒業論文を書いたり、受験勉強をしたりで長期に頭をひねっていかないといけないとき
には、かならずアイデアが浮かんでこない時期というのがあります。スランプというやつ
です。そんなときにどうするか。みんなも無意識のうちにやってるかもしれません。机に
向かう気になれず、とりあえず散らかった机の上を掃除してみたりということです。ある
いは修論で重症になると、部屋でぐうたら生活に陥ってしまうということがあります。
この失敗も僕自身がしました。慣れてないとパソコンの前でうんうんうなって、まった
く進まず困ってしまうのです。
ただ、特に論文を書くときには、頭を使わないで書ける部分というのがあります。
「調査
の概要」とか「データの説明」とか「変数の説明」とか「参考文献一覧」とかです。
そこで、アイデアが浮かばない時はさばっとあきらめてしまって、そういう単純に書け
るところから書いてみるとよいです。すると、いつの間にかリズムが出てきて他の文章も
書けるようになったりします。
具体的に僕がよくやるのは、
「データ入力」です。いろいろなデータを世界中のホームペ
ージから集めてきてひとつのファイルにしたり、そもそも紙ベースでしかない資料を手打
ちしたりという作業です。ぼーっとしながら打ち込んでたら、知らぬ間に次のアイデアが
出てくるようなこともよくあります。
ただし、それでも回復しないときがあります。次に読むべき本がわからなくなったり、
次に打ち込むべきデータがなくなったりするときです。
そんなときは、ゆっくりするのが一番です。映画を見たり漫画を読んだりです。そんな
119
ことをしてると、ふとした瞬間にアイデアが浮かんだりします。スランプに陥ると不安に
なってどんどん本を読んでしまったりする卒論生・修論生がいますが、逆にふっと力を抜
いたときのほうがいい考えが浮かぶようです。僕個人の長年の経験でもありますが、この
話をすると他の研究者の人もけっこう納得してくれます。
受験勉強でも論文執筆でもスランプの時期は必ずきます。そして、このスランプの時期
を最小限に抑えた人が最高のパフォーマンスを発揮できるわけです。したがって、スラン
プの時期をうまくコントロールできるように、いろいろ工夫してみるとよいと思います。
(b)「
(b)「7:2:1。」
最近、卒論生・修論生が「ぜんぜん研究できてないですよー」と相談にやってくるよう
になりました。
「データ入力と資料の整理ばっかりやっててぜんぜん本が読めないし」との
ことです。そういった不満がたまってくると、けっこう寝込んでしまう人がいます。僕に
も昔それと似たような状況がありました。
さて、「研究生活」っていうとみなさんはどんな生活をイメージするでしょうか。論文を
書いたり、本を読んだり、歴史の資料を集めたり、実験してデータを取ったり・・・。い
ろいろなことをイメージするのではないかと思います。それでは、そういった作業の割合
はどのくらいか。それがここでの問題です。
論文の執筆
先行研究を読むこと
資料やデータの収集
研究生活を大きく分けると、上の
から
に分けられます。それぞれの作業に割り当て
られる時間はどのくらいでしょうか。答えは、「7:2:1」になります。では、どれが7
でどれが2になるでしょうか。
実は、
7
データ・資料収集
2
先行研究を読む
1
論文執筆
です。
研究をやったことがない人だと、2と7の割合を勘違いしてしまっています。
2
データ・資料収集
7
先行研究を読む
120
1
論文執筆
という感じで、データとか資料ってのはちょっと集めればよくて、研究論文を読むのが研
究だと思い込んでしまうわけです。そうなると、
「データ・資料収集ばかりやってるなんて
研究じゃない」と勘違いしてしまうわけです。
けれど、実際はデータ・資料収集がほとんどを占めます。この問題が重要だと言うこと
を理解してもらうために簡単なエピソードをお話しましょう。
それは僕が修士論文を書いていたときでした。
『学校基本調査』という統計データがうま
いかたちにデジタル化されていなくて、結局30年分くらい手で打ち込むことになってい
たころです。毎日毎日データの打ち込みばかりで、10日でやっと半分くらい終わったと
いう頃、「俺は研究をやりに大学院にきたのになんでこんなつまらん作業をやっているん
だ?もっと本を読みたいのに」と思っていたわけです。単純作業が精神的に負担になる感
じです。
そんなある日、ある博士の人からこんなアドバイスをいただいたわけです。「あんどうく
ん、研究は『7:2:1』だよ」と。
これを聞いた瞬間に胸のモヤモヤが一気に吹き飛びました。そのことを知る前には研究
ってのは本を読む事だって思ってたので単純作業がものすごく辛く感じられたのに対し、
「研究っていうのはそういうもんだ」って開き直れたら全然負担に感じなくなったわけで
す。
こういった気持ちの問題は、卒論とか修論とか長い期間にわたって作業をするときには、
大きな影響を及ぼします。有意にならない統計のアウトプットを出しまくったり、絶版に
なった古い研究書を発掘してきて何冊もコピーしたり、歴史の資料をいろんなところに取
りに行ったり、という作業は全部研究のうちです。10個やって1個当たればいいくらい
です。誰も持っていない資料・データを発掘できれば論文では百人力なわけですから。
したがって、
「7:2:1」のお話は重要なのです。卒論とか修論とか長い研究生活に入
らないと実感がわかないかもしれませんが、これを知っておくだけで一見無駄だと思われ
ることにも、意識を持って取り組めるのではないかと思います。
(c)書
(c)書いてから
いてから考
から考える
この冊子はもともと僕が毎日ちょっとずつブログのほうで書き溜めていたものをまとめ
たものです。最初のうちは、半年も書けばだいたい書き終わってしまうだろうと思ってい
ました。
しかし、はじめてから一年経っても、書くべきことが減っていきません。どうしてでし
ょうか。それは、書けば書くほど次に書かなければならないアイデアが浮かんでくるから
です。
ところで、論文を書くというのもこれと同じです。
121
たしかに、論文を執筆するというと、ふつうは十分に考えてから書きはじめるものと思
っているかもしれません。十分に頭の中でアイデアを練って、一気にそれを書き出すとい
うイメージです。
しかし、実際に研究者が行っているのは逆です。考えてから書くのではなく、書いてか
ら考えるのです。
例をあげましょう。「高校数学と理論研究」のところで、先に「なぜ」という課題を8個
箇条書きにして、書きながらそれらの課題の関係がどうなっているのかを順番に整理して
いきました。とりあえず頭にあるものをバーっと打ち込んでいって、関係はあとから考え
るという手法です。
すでに一度書いたように、実はこうした手法は、
「フリーライティング」というかたちで、
知的生産の一つの手法になっています。ポイントになるのは、整理しながら書こうとしな
いことです。丁寧に書こうとすると、その間にアイデアが飛んでしまうのです。だから、
とりあえず関係なさそうなこととかでも適当に書いていきます。
関係は後から考えればいいのです。どれが主張で、どれが根拠にあたるのか。どれが根
拠の具体例にあたるのか。
最初に、
「主張は何か?」と考えてしまうとその時点で手が止まってしまうことが多いか
もしれません。けれども、それを考えるのは後でいいわけです。
明日が卒論発表会なのに何を書いていいかわからずパソコンのまえで固まってしまった
卒論生がいるかもしれません。それは、おそらく頭の中で整理してから書こうとしている
からです。それにはまりそうになってしまったら、とりあえずフリーライティングで書い
てから考えるというのをお勧めしたいと思います。
(d)誰
(d)誰かの顔
かの顔を思い浮べながら書
べながら書く
大学院というと何をやっているかあまりイメージがわかないかもしれません。研究をし
ているっていうけれども、具体的にどういうことをしているのか。
基本的には、査読つきの雑誌に投稿することをやっています。しめきりまでに投稿し、
内容がよかったら雑誌に載り、ダメだったら査読者のコメントが付いて「掲載見送り」と
いう返事が返ってきます。審査した匿名の教授から「ここがわからん」とか「ここがつな
がってない」とかです。
大学院の後輩の子たちを見ていると、こういうコメントをもらったときに最初に出る感
想は、
「査読者とか言って偉そうなこと言ってるけど、全然読めてないじゃないか」という
ものです。「『こことここがつながってない』とか書いてあるけれど、ちゃんとこのページ
にその説明をしてあるのに」というのです。僕も最初のコメントをもらったときはそうい
う感想をもちました。「ここにちゃんと書いてあるのに」と。
たしかに、ぜんぜん理解していないというコメントが返ってくることがあるのも事実で
す。研究領域が細分化していくと、どうしても専門外の内容に査読コメントをつけないと
122
いけなくなるという状況があるからです。
しかし、そこを非難しても論文が載ることにはなりません。くだらないコメントに怒っ
た後輩がグチをこぼしにきたときには、僕はかならずこういうことにしています。「相手に
伝わらないのは書き手の責任。どんな人が読んでもわかるように文章を書いておかなけれ
ばならないのだ。」
こうしたきまりは、査読つきの論文に限ったことではありません。大学受験の小論文、
大学のテスト・レポート、卒業論文、社会に出てからのプレゼンテーションなどなど、ど
こでも共通のことです。プレゼンした企画が通らなくて、上司の理解力不足を嘆いても、
結局企画は通らないからです。
それでは、コメントにグチをこぼさないようにするにはどうすればよいでしょうか。そ
れが、誰かの顔を思い浮かべながら書くということです。教授でもいいし、院生の先輩で
もいいし、同級生でもいいです。こういう書き方をしたら教授はどういうコメントをする
だろうか。先輩や同級生はどういうだろうか。そして、そうした人たちの意見を「たしか
に」でくくり、自分の意見を「しかし」のあとに続けていけば、おのずと多くの人が納得
してくれる文章が書けるわけです。
高尚なお話をしてみましたが、大学のテスト・レポートや卒業論文のの文字数が埋まら
なくて困っている人、こうやって「たしかに」「しかし」を入れていけば、いつの間にか説
得力が増すし、しかも文字数が埋まります。一挙両得ですね。試してみてください。
第5章就職活動・就職後と小論文
第1節 論文の書き方は社会に出ても役に立つか
以上、卒業論文に向けて、大学受験小論文、レポートなどの書き方を説明してきました。
それでは、卒業論文に向けて養った力は、社会に出るために、あるいは社会に出てからは
役に立つのでしょうか。僕の答えはイエスです。その根拠を、エントリーシートの書き方
と問題解決能力というテーマに分けて説明していきましょう。
第2節 エントリーシートも小論文だ
毎年 1 月から 2 月にかけて、学部 3 年生が就職のためにエントリーシートというのを書
くのに四苦八苦しています。各会社に対する応募用紙です。
大学のテストやレポートと
同じように、文字数だけはいっぱいいっぱいまで埋めてやる気のあるところを示してはい
るようです。
けれども、書けば書くほど不安にもなるようです。就職活動では、エントリーシートを
提出して書類審査のみで落とされるということも多くあります。そのたびに考えるわけで
す。何を、どう書けばよかったのか。
ここまで読んできてくれたみなさんにはわかってもらえるように、答えは簡単です。「自
分を採用すべきだ」という主張とその根拠を、人事担当者にわかってもらえるように書け
ばよかったのです。
123
具体例を出しましょう。例として挙げたのは、僕が個別指導でみていた受験生が大学医
学部入試の面接のために出した「自己紹介書」ですが、形式はエントリーシートと同じで
す。公務員試験のときにも面接がありますが、そのときの「面接カード」もほぼ同じです。
どこらへんが良くてどこらへんが悪いか。悪いとしたらどう直せばいいか。他の人の文
章を読むと自分の文章の悪いところもわかってくると思うので、ちょっと考えてみてくだ
さい。あとで、僕が書いたコメントをページの脇に表示していきますので、それとどこが
同じでどこが違うかを確認できるように、自分でもメモを取ってみるとよいと思います。
初稿
自己紹介書
志望学部・学科 医学部医学科
受験番号
医師には、学生時代から自主的な学習を維持・継続することが求められます。これに関す
る素養を面接で伺います。自主学習においては、具体的には、①目的意識、②進取の気性、
③評価と改善、④コミュニケーション能力が大切な要素となります。これらを総合的に見
るために、前期日程に面接を行います。
ついては、面接における参考資料としますので、次の事項について、あなた自身のこと
を明確に記入してください。
1.「これまでに自分で計画して実行できたこと」について
身体を動かすことが好きなので、高校 2 年・3 年時に、2 日間かけて行われる学校行事の
球技・スポーツ大会の委員を務めました。そのとき、クラスの式を 1 つにまとめ、3 年時に
は委員長として大会内容の決定・実行などの総括的な仕事を行いました。大会では、中・高 6
学年の全生徒が一生懸命に戦える場や雰囲気を盛り上げ、大きな事故もなく終えることが
できました。多くの笑いや涙の感動が得られ、何よりもクラス全員の気持ちが 1 つになっ
たのは、忘れることのない思い出です。
2.「自分のことで改めたいこと」について
これはどちらが正しかったのか、どちらが良いのかなど、はっきりとした議論を求めて
考えてしまうときがあります。世の中にはあいまいのままにしておいたほうが良いときも
124
あるので、そのような姿勢を持ち、腰をすえて大きな視野で物事に対処できる人間性を、
今後見につけることができるように努力していきたいと思います。
3.「今後やりたいこと」について
小さい子どもが大好きで、小児科、特に新生児科に大きな興味を抱いています。まだ、
専門的なことはわかりませんが、病気で苦しんでいる小さな体が少しでも楽になることが
できるように、全身全霊を尽くしたいです。また、小学校のときからカトリック教育を受
けており、小学校 5 年時に、カメルーンで現地の子どもたちの支援活動を行っている修道
女であるマスール末吉のお話を聞いたことがきっかけで、将来、海外の恵まれない子ども
たちを救える力になりたいと考えています。
4.「自分の特徴」や「自分をほめたいこと」について
根が明るいので、友人といるときにその場を楽しい雰囲気に作ることができると思いま
す。また、人の感情を害したり、人にいやな思いをさせないこと、人の話をしっかり聞き
学ぶ姿勢を常に心がけています。学習面においては、受験勉強を通じて、
『続けることを続
ける』ということを念頭において努力できるようになりました。小学校 2 年生のころから
医師という職業に興味を持ち、そのころから朝晩寝る前に自分はどのような医師になりた
いかを空想し続けて気明日。私の描いている夢の大きさは、誇れるところであるのではな
いかと考えています。
以上、相違ありません。
署名
125
自己紹介書の初稿を読んでみてどういう感想を持ったでしょうか?
大学に入るときや就職のときに、ほとんどの人がこうした文書を書かなければなりませ
ん。しかし、こうした文書の書き方は学校や大学では教えてくれないのが実情です。いや、
むしろ、先生や教授は当然のこととして教えているのだけれど、それが学生のみなさんに
は伝わりにくいというのが現状かもしれません。
そこで、ここでは「自己紹介書(エントリーシート)も小論文だ」という立場から、書
き方をまとめていきたいと思います。
自己紹介書(エントリーシート)を書く際のポイントは、大きく分けて二つです。
第一は、「自己紹介書(エントリーシート)」となっていますが、これも小論文だという
ことです。したがって、
「主張」と「根拠」が必要になります。なすべき主張は、「私は自
主的な学習を維持・継続できる」です。平たく言うと、
「私を入学(入社)させるとこんな
にがんばれるよ」ということです。根拠は、1~4で書いていく内容です。平たく言うと、
「これまでもこんなにがんばってきたし、悪いところは直そうと思っているから」となり
ます。
たしかに、多くの学生は、「自己紹介書」と書いてあるのだから自己紹介すればいいので
はないかと、特に準備をせずに書き始めてしまう傾向があるようです。しかし、大学教授
や人事面接官といった、読む相手がいる以上、わかりやすい文章にしておく必要がありま
す。そのフォーマットが「主張」と「根拠」というあんどうメモです。
第二は、面接で質問されることを想定して書くということです。面接ではこの紙をもと
に質問がなされます。だから、質問への答え方を前もって考えておく必要があります。む
しろ、答えやすいような質問が出るように「質問のタネ」をこの紙に書いておく必要があ
るということです。
たしかに、こうした作法は、何社もエントリーシートを出して面接をこなしていくうち
に、学生さんの間に自然と身についていくようです。しかし、大学受験の場合や第一志望
の会社が最初の面接だった場合には、徐々に身につくということでは間に合わなくなって
しまいます。そこで、事前に「質問のタネ」を書いておくということを身につけておく必
要があります。
それでは具体的にはどうしたらよいのか。以上の2つのポイントをふまえて、以下では
先ほどみなさんに読んでもらった文章にコメントを入れていくかたちで具体例を示したい
と思います。
自己紹介書
志望学部・学科 医学部医学科
受験番号
医師には、学生時代から自主的な学習を維持・継続することが求められます。これに関す
る素養を面接で伺います。自主学習においては、具体的には、①目的意識、②進取の気性、
③評価と改善、④コミュニケーション能力が大切な要素となります。これらを総合的に見
コメント :
るために、前期日程に面接を行います。
解したうえで書き始める必要があ
ついては、面接における参考資料としますので、次の事項について、あなた自身のこと
を明確に記入してください。
問題文をしっかり理
ります。具体的には、①~④を文
章の中に盛り込む必要があるとい
うことです。この4つの能力を身
1.「これまでに自分で計画して実行できたこと」について
につけているということが「根拠」
になります。
身体を動かすことが好きなので、高校 2 年・3 年時に、2 日間かけて行われる学校行事の
球技・スポーツ大会の委員を務めました。そのとき、クラスの式を 1 つにまとめ、3 年時に
は委員長として大会内容の決定・実行などの総括的な仕事を行いました。大会では、中・高 6
学年の全生徒が一生懸命に戦える場や雰囲気を盛り上げ、大きな事故もなく終えることが
できました。多くの笑いや涙の感動が得られ、何よりもクラス全員の気持ちが 1 つになっ
たのは、忘れることのない思い出です。
コメント : 大学に入って自主的な
学習をしていくことの根拠になっ
ているか?委員長をやるというの
は、ものすごい対人関係能力が必
要なので、問題文の「④コミュニ
ケーション能力」の具体例という
位置づけにできないか。
コメント : 大会の委員長をやった
ときに、なにか従来のやり方を変
えたような具体例がないか?あれ
ば、
「②進取の気性」の具体例にな
る。
コメント : 委員長をやったという
のは、最大のアピールポイント。
ここで質問が出るように書く。そ
のうえで、どう答えるかも考えて
おく。
コメント : 大学が求めている人材
2.「自分のことで改めたいこと」について
像に答えている必要があります。
大学は学問を通じて「あいまいな
これはどちらが正しかったのか、どちらが良いのかなど、はっきりとした議論を求めて
考えてしまうときがあります。世の中にはあいまいのままにしておいたほうが良いときも
部分」をできるだけなくしていく
ように努力する場所なので、この
例はあまりよくないです。
あるので、そのような姿勢を持ち、腰をすえて大きな視野で物事に対処できる人間性を、
今後見につけることができるように努力していきたいと思います。
コメント : 問題2は「③評価と改
善」に答えている必要があります。
これも、
「主張」と「根拠」で整理
すれば、書くフォーマットが自動
的に決まってしまいます。
コメント : 私には~という欠点が
ある。たとえば、~ということが
あった。しかし、こうした欠点は
~という角度から見れば長所とな
ることもある。
コメント : 今後は長所となること
が多くなるように努力していきた
い。具体的には、大学に入ったら、
~をしていきたい。
3.「今後やりたいこと」について
コメント : ここでは、「①目的意
識」をアピールする。大学に入っ
小さい子どもが大好きで、小児科、特に新生児科に大きな興味を抱いています。まだ、
て、新生児医療と途上国の医療問
専門的なことはわかりませんが、病気で苦しんでいる小さな体が少しでも楽になることが
題を勉強したいことをアピール。
できるように、全身全霊を尽くしたいです。また、小学校のときからカトリック教育を受
けており、小学校 5 年時に、カメルーンで現地の子どもたちの支援活動を行っている修道
女であるマスール末吉のお話を聞いたことがきっかけで、将来、海外の恵まれない子ども
たちを救える力になりたいと考えています。
コメント : ここで、
「なんで新生児
医療なの?」という質問が出るよ
うに書く。まず先に、新生児医療
に興味を持って、そのうえで医学
を志すようになったというお話を
4.「自分の特徴」や「自分をほめたいこと」について
ちゃんと書こう。
根が明るいので、友人といるときにその場を楽しい雰囲気に作ることができると思いま
す。また、人の感情を害したり、人にいやな思いをさせないこと、人の話をしっかり聞き
学ぶ姿勢を常に心がけています。学習面においては、受験勉強を通じて、
『続けることを続
ける』ということを念頭において努力できるようになりました。小学校 2 年生のころから
医師という職業に興味を持ち、そのころから朝晩寝る前に自分はどのような医師になりた
いかを空想し続けて気明日。私の描いている夢の大きさは、誇れるところであるのではな
いかと考えています。
コメント : なんだかごちゃごちゃ
している。
「医者になる夢を持ち続
けていること」で一本化しよう。
そのうえで、1~3で書いたこと
をまとめ、
「自分の長所は大学に入
って生かせる」というかたちで終
わる。小論文と同じで、最後に「主
張」をもう一度まとめる感じです。
以上、相違ありません。
署名
以上が初稿に対して僕が出したコメントです。これをふまえて修正したのが第二稿が以下
になります。
志望学部・学科 医学部医学科
受験番号
医師には、学生時代から自主的な学習を維持・継続することが求められます。これに関する
素養を面接で伺います。自主学習においては、具体的には、①目的意識、②進取の気性、
③評価と改善、④コミュニケーション能力が大切な要素となります。これらを総合的に見
るために、前期日程に面接を行います。
ついては、面接における参考資料としますので、次の事項について、あなた自身のことを
明確に記入してください。
1.「これまでに自分で計画して実行できたこと」について
高校 3 年時に学校の2大行事の1つである球技・スポーツ大会の委員長を務めました。
その際、これまで行われていなかった新たな競技を作りました。新たな競技を作る為には
先生方の了解を得、安全性を確保するために競技参加者にルールを徹底させるようにしま
した。大会は中高6学年の生徒が懸命に戦える場を作ることが出来、大きな事故も無く終
えることが出来ました。こうした事は、進取の気性やコミュニケーション能力を駆使して
こそ出来たことだと考えています。
2.「自分のことで改めたいこと」について
興味のあることばかりに熱中してしまうことを改善したいです。例えば、私は受験勉強
において、生物と化学が特に好きでした。この科目において疑問がわくと解決するまで調
べ続けるのですが、古文や漢文はこのような形で時間を費やすことが滅多にありませんで
した。しかし一方では、このことは一度興味を持てば没頭できるという、探究心につなが
るのではないかと考えています。大学に入ってからは多くの人と関わり多くの経験を積み、
自分の視野を広げて行きたいです。
3.「今後やりたいこと」について
新生児医療と発展途上国の医療に大きな興味を抱いています。病気きや障害で苦しんで
いる小さな体が少しでも楽になることが出来るように勉強していきたいです。また私は小
126
学校から 12 年間カトリック教育を受けてきました。 小学校 5 年生の時にカメルーンで現
地の子供の支援活動を行っている修道女であるマスール末吉のお話を聞いたことがきっか
けで、将来、海外の恵まれない子供達を救える力になりたいと考えています。その為に、
発展途上国の医療についても勉強したいです。
4.「自分の特徴」や「自分をほめたいこと」について
小学校 2 年生の頃から医師という職業に興味を持ち、その頃から寝る前に自分がどの様
な医師になりたいかを考え続けてきました。確かに受験勉強は大変で、友人の中には夢を
諦めてしまった人も居ます。しかし私はこれまで夢に向かって学習面のみならず、学校行
事にも全力を注いで努力してきました。私の夢の大きさは誇れる所であり、
「続けることを
続ける」と言う自分の信念に基づき行動できることも良い点だと考えています。
127
志望学部・学科 医学部医学科
受験番号
医師には、学生時代から自主的な学習を維持・継続することが求められます。これに関す
る素養を面接で伺います。自主学習においては、具体的には、①目的意識、②進取の気性、
③評価と改善、④コミュニケーション能力が大切な要素となります。これらを総合的に見
コメント :
るために、前期日程に面接を行います。
解したうえで書き始める必要があ
ついては、面接における参考資料としますので、次の事項について、あなた自身のこと
を明確に記入してください。
問題文をしっかり理
ります。具体的には、①~④を文
章の中に盛り込む必要があるとい
うことです。この4つの能力を身
1.「これまでに自分で計画して実行できたこと」について
につけているということが「根拠」
になります。
高校 3 年時に学校の2大行事の1つである球技・スポーツ大会の委員長を務めました。そ
の際、これまで行われていなかった新たな競技を作りました。新たな競技を作る為には先
コメント : させる質問
生方の了解を得、安全性を確保するために競技参加者にルールを徹底しなければなりませ
にはどのような競技を企画し、ど
ん。大会では中高6学年の生徒が懸命に戦える場を作ることができ、大きな事故も無く終
ういう点で苦労したのですが?
えることが出来ました。こうした事は、進取の気性やコミュニケーション能力を駆使して
「具体的
削除 : させるようにしました
こそ出来たことだと考えています。
削除 : は
削除 : 出来
2.「自分のことで改めたいこと」について
興味のあることばかりに熱中してしまうことを改善したいです。例えば、私は受験勉強
において、生物と化学が特に好きでした。この科目において疑問がわくと解決するまで調
べ続けるのですが、倫理はこのような形で時間を費やすことが滅多にありませんでした。
削除 : 古文や漢文
コメント : させる質問
「あると
しかし、あるときから倫理が面白くなり、多くの時間をさいて勉強するようになりました。
き」とはどういうときですが?ど
このことは一度興味を持てば没頭できるという、探究心につながるのではないかと考えて
ういうきっかけで倫理に興味を持
います。大学に入ってからは多くの人と関わり多くの経験を積み、自分の視野を広げて行
つようになったのですか?」
きたいです。
削除 : 一方では、
コメント : させる質問
「なんで
新生児医療なのか?」
削除 : き
書 式変更
式変更 : 箇条書きと段落番号
削除 : が
削除 : なる
3.「今後やりたいこと」について
削除 : 私は小学校から 12 年間カ
新生児医療と発展途上国の医療に大きな興味を抱いています。病気や障害で苦しんでい
る小さな体を少しでも楽にさせることが出来るように勉強していきたいです。また、
小
学校 5 年生の時にカメルーンで現地の子供の支援活動を行っている修道女であるマスール
末吉のお話を聞いたことがきっかけで、将来、海外の恵まれない子供達を救える力になり
たいと考えるようになりました。その為に、発展途上国の医療についても勉強したいです。
トリック教育を受けてきました。
削除 : ています
コメント : 前の書き方だと、
「自分
の特徴」や「自分をほめたいとこ
ろ」について、という問いに答え
ていない。そこで、この一文を入
4.「自分の特徴」や「自分をほめたいこと」について
「自分をほめたいところ」は、医者になるという夢を持ち続けてきたことです。小学校 2
れた。
削除 : 居
年生の頃から医師という職業に興味を持ち、その頃から寝る前に自分がどの様な医師にな
コメント : させる質問
「夢の大
りたいかを考え続けてきました。確かに受験勉強は大変で、友人の中には夢を諦めてしま
きさ」とはどういうことですか?
った人もいます。しかし私はこれまで夢に向かって学習面のみならず、学校行事にも全力
この質問をさせたいので、次の「続
を注いで努力してきました。私の夢の大きさは誇れる所であり、この夢を持ち続けて大学
けることを続ける」のところは削
に入っても勉強し続けていきたいと思います。
除にした。なぜなら、「」(かぎか
っこ)を使っているということは
筆者が独自の意味を与えていると
いうことであり、
「具体的にはどう
いうことですか?」という質問が
出てしまうからである。
コメント : 最後は、やはり「勉強
し続けていきたい」という「主張」
で終わる。これが求められている
課題だから。
削除 : 「続けることを続ける」と
言う自分の信念に基づき行動でき
ることも良い点だと考えています。
どうでしょうか。基本的には、面接官に「この子を合格にしたい」と思ってもらえるよ
うなことが書いてあればよいです。そのために、わかりやすい文章構成になっていること
が必須です。
次にポイントになるのが、もうちょっと修正を加えて、どういう質問が出るかを予想し
ておくという作業です。この「どういう質問が出るかを予想しておく」っていう作業が、
これまでに書いた論文の書き方の作業のなかにも同じものが含まれているとしたら、論文
の書き方を学ぶことがエントリーシートの書き方にもそのままあてはまるということが納
得してもらえるはずです。
128
4つの課題があって、それぞれのところでひとつずつ「予想される質問」を書いておき
ました。「予想される」ではなくて、「させる質問」になっているのがポイントです。みな
さんがこの「自己紹介書」を読んだらどこらへんを質問するでしょうか。
具体的には、前回のやつに比べれば「新競技」とか「あるとき」とか気になる言葉を入
れたり、それぞれの課題で言いたいことを最初に持ってきたりしています。それが、
「させ
る質問」になっているということです。
「新競技」ってあったら、
「具体的にどういう競技?」
って聞きたくなるし、「あるとき」ってあったら「どんなとき?」って聞きたくなるわけで
す。こうした質問の答えまで準備しておけば面接は万全です。
それでは、このようにして面接の質問に対する回答を準備しておくのは、論文執筆のプ
ロセスのどの部分と同じでしょうか。
それは、コメントをもらって注を入れることです。注というのは、審査する人が気にな
るであろうところに先回りして補足説明しておくことです。審査する側が「ここ、ちょっ
とおかしいんでないか」と思うようなところに注を準備しておくと、そこに説明が書いて
あると、「おー、そういうことか」と納得してもらえるわけです。
これと同じことが面接にも言えます。面接の場合にも、面接官が気になってしまうよう
な言葉を意図的に配置しておいて、それに対して事前に準備しておいた回答を答えられれ
ば、面接官は「おー、そういうことだったのか」と納得してくれるはずです。
それでは、実際の面接ではどういう質問が出たでしょうか。答えは、「スポーツ大会では
具体的にどういうことをしたのか?」
「なんで新生児医療なのか?」でした。予想的中です。
むしろ、がんばってちゃんとそこを質問してくれるようにエントリーシートを書いておい
たのです。だから、そういう質問が出たらこういうふうに回答しようというのが準備でき
ていて、面接でも答えがすんなり出てきたとのことです。
僕としてもこんなにドンピシャであたるとは思わなかったのですが、とりあえず無事合
格できて本当によかった。
例としては、大学受験の面接の自己紹介書でしたが、これは就職のためのエントリーシ
ートや公務員試験の面接カードとほとんど同じです。2点ほど例を見てみましょう。
就職エントリーシートの例
1.大学時代にチャレンジして、やり遂げたことは何ですか?また、そこから何を得まし
たか?(全角 800 字以内)
2.自己PR
エントリーシートでも、小論文や卒業論文でも書き方がいっしょになるのは、そもそも
思考のあり方が同じものしかないからです。これまでにどういう問題がおこったのか、今
129
後どうすべきかです。自己紹介書でも、
「1.これまでに自分で計画して実行できたこと」
「2.自分のことで改めたいこと」は、受験生自身にこれまでにどういう問題があったの
かということと対応しています。「3.今後やりたいこと」「4.自分の特徴や自分をほめ
たいこと」は今後どうすべきかと対応しています。
さらには、こうした考え方というは、社会に出てからもそのままあてはまるようです。
それが「問題解決能力」のお話です。
第3節 問題解決能力を身につける
最近、「問題解決能力」という言葉が世をにぎわせているようです。社会人が見につける
べき力として、コンサル関係の人がいろいろそのマニュアル本を書いたりしてます。
けれど、その能力って、中高や大学で身につけたものと何がちがうのか。お決まりの言
葉は、
「中学・高校では知識を覚えるだけだったのに対し、問題解決能力は知識を使うもの
で、全然ちがうのだ」という言葉です。ただ、知識を使うとはどういうことか。
あるいは、大学の教育は、日本社会ではこれまで社会に出てからは役に立たないものと
みなされてきました。つまり、大学で学んだことと社会に出てから学ぶことはまったくの
別物だと考えられてきたわけです。本当にそうでしょうか。
ただし、一方で、大学の教育に対する期待も高まっています。国際競争が高まるなかで
企業内で社員教育をしていく余裕がなくなってきたからです。そうしたなか、大学では出
席率が低下していることが問題だと考え、出席をとってとりあえず学生の出席率を高める
ことのみに躍起になっています。しかし、出席すれば教育の効果があらわれるのでしょう
か。
とりあえずこれまでの議論で、中学・高校での勉強と大学での卒業論文執筆がつながっ
たと思います。ここで仮に、大学での卒論執筆と社会に出てからの問題解決能力が同じも
のだとすれば、中学・高校での勉強が問題解決能力に結びついてくるはずです。
そこで、問題解決能力の定義を確認してみましょう。たとえば、渡辺健介(2007)
『世界
一やさしい問題解決の授業』ダイヤモンド社によると、問題解決とは、
現状の理解
原因の特定
打ち手の決定
実行
に分けられるとのことです。
この4つの分類と論文の書き方はどこが対応しているのでしょうか。
現状の理解
問題設定-社会的問題
130
原因の特定
分析
打ち手の決定
結論-政策提言
実行
(政策まかせ)
まず、現状の理解というのは、現状にどういう問題があるのか、ということです。なぜ
問題が起こったのか。これはまさに、論文の問題設定と対応します。
次に、原因の特定というのは、なぜ問題が起こったのかという問いに対する答えとその
根拠ですから、論文の分析と対応します。
そして、打ち手の決定というは、具体的にどうすればよいかということですので、論文
の政策提言と対応します。
最後に、実行は論文には対応するものはありません。政策担当者まかせになります。
このように、最後の「実行」以外はすべて対応しています。だとするならば、大学で論
文を書くということと社会で問題解決能力を発揮することはつながっていることになりま
す。特に、問題の原因の追究という点では、大学で論文を書くという作業が役に立つとい
うことになります。
たしかに、問題解決能力の4要素のうち、「実行」の段取りが大部分を占めるとしたら、
大学での論文は役に立たないという議論は成り立つかもしれません。しかし、正しい原因
が特定されていないと、問題が解決されるどころか余計な問題を引き起こすという大問題
にもつながります。
たとえば、これまで大学での能力が社会で生かされなかったのは、大学がレポートを添
削しなかったからだとします。それに対し、大学側は問題の特定を誤り、出席率を高める
ことのみに集中したとします。すると、部活やサークルの時間も削減されざるを得ません。
そして、それまで部活やサークルで養われてきた共同作業能力のようなものも養われなく
なってしまうわけです。このままだと最終的には、レポートもまともに書けないうえに、
さらに共同作業能力もない社会人を送り出すという副作用を及ぼすことになりかねません。
以上、大学での論文と問題解決能力との関係を論じてきました。大学での研究と社会に
出ての問題解決能力が連続線上にあるとしたら、大学にできることは、レポートを添削し
て返すということではないかと思います。
そして、ここで確認しておいて欲しいのは、レポート・卒業論文を書いていくというこ
とが、実は社会に出てからの問題解決能力を養うことにつながっているということです。
第6章おわりに
というかたちで、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き綴ってきたわけで
すが、実はこの冊子自体が僕のフリーライティングの一部です。もしかしたら、他の人が
すでに書いていることを知らないうちにパクってしまっているだけかもしれません。だか
ら、この文章を「由無し(=理由・根拠なし)」から「由有り(=理由・根拠あり)」にす
131
るには、これから、文章の書き方マニュアルという先行研究を片っ端から当たって行かな
いといけないわけです。
なんていうと、このフリーライティングはただの思いつきの役に立たない文章だと思っ
てしまうかもしれません。けれど、実は大きな意義があります。
「読むために読む」から「書
くために読む」への変化です。
一回とりあえずの文章を書いてみると、読書の仕方がまったく変わります。ただ漫然と
読むだけの読書から、自分の文章との対応関係を確認するための読書に変わるということ
です。自分の書いたことがただのパクリではないか。書いたことが間違った知識に裏付け
られていないか。自分の書いた文章でつながりの悪いところを穴埋めしてくれる文献はな
いか。そういう読み方に変わります。
そこで、ここでも出てくるフレーズはこれです。
勉強は 小論文から はじめよう
まずは僕から実践することにしよう。
以上で、今回の冊子は終わりになります。ただ、まだ書き足りないところや書き直した
いところはたくさんあります。もし興味を持ってくれた方がいたら、毎日ちょっとずつ修
正していますので、以下のブログも参考にしてください。
検索「勉強は 小論文から
はじめよう」http://wave.ap.teacup.com/benkyoumemo/
132
Fly UP