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1 内向き志向からの脱却 の日本の交渉入りについては、既得権益保持の
Kimura Fukunari
1 内向き志向からの脱却
環太平洋パートナーシップ協定(TPP: Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)へ
の日本の交渉入りについては、既得権益保持のために一切の改革を拒否する人たちと、一
部の日本人の意識に根強く残る嫌米感情に訴える人たちによる強力な反論によって、議論
が大いに混乱した。しかし、メディアによって行なわれた多数の世論調査では、交渉事で
あるから細かいことはいろいろ出てくるにしても、大筋ではグローバル化がいまだかつて
ない速度で進展する時代に積極的に対応していくべきとの感覚をもった国民が常に優勢で
あった。このことは、通常の日本人の感覚が世界とそれほどずれていないことを証明した。
自民党の安倍晋三政権がTPP 交渉参加に踏み切ったことは、結果が百パーセント読めている
わけではないにしても、なすべきことをなしたと評価できるだろう。
しかし、TPP 交渉参加賛成派と反対派の間の議論が日本国内の細かい問題に終始してしま
ったことによって、TPP 交渉のもつ意味が矮小化されてしまった感もある。
国内改革をめぐる論議はもちろん重要である。今回の議論のなかでも、農産品に関する
関税・国境措置を国内補助金に切り替えることに対する反対は、農業保護でも農家保護で
もなく、農業協同組合(農協)の既得権益保護に主眼があることが、衆目のうちに明らかと
なった。日本医師会の混合医療反対についても、必ずしも日本の医療が金儲け主義になっ
てしまうことが心配されるということではなく、むしろ日本の先端医療の国際競争力を削
ぎ、医療サービスの国際展開を遅らせる可能性があることもわかってきた。改革が政治家
の売り文句になりにくい日本の政治風土のなか、一種の外圧を受けて自らを見直すことは、
むしろ積極的にやったほうがいい。その意味で、TPP 交渉参加は一定の意義を有する。
しかし、TPP を含む広域自由貿易協定(FTAs)の最も大きな意義は、日本がアメリカ等の
要求に対してどう答えるかではなく、新興国・発展途上国に対して一定の国際ルールを課
すところにあることを忘れてはならない。これまでの日本国内の議論では、アジアの成長
を取り込むと言うがいったいどうすれば本当に取り込めるのか、そこで経済外交が担うべ
き役割は何なのか、こういった本質的な議論が不足している。
日本企業が東アジアでビジネスを展開し、そこで上がった収益を日本に送金してくれる
ことは、もちろん大事である。しかし、海外からの利益送金だけでは、日本全体は成長で
きない。日本企業の海外活動をさらに活発化させるにはどうすればよいか、そして同時に
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国際分業のなかで日本国内の仕事も増やしていくにはどうすべきなのか、このような検討
なしに、真の意味で成長を取り込むことはできない。
世界は、生産工程あるいはタスクの単位で国際分業を行なういわゆる「第 2 のアンバンド
リング」の時代に入っており、先進国と新興国・発展途上国の国際分業は、それ以前とは
まったく様相を異にするものとなってきている。この新しい国際分業形態は、新興国・発
展途上国の開発戦略を根本的に改変し、先進国側の空洞化への対処方法をも大きく変えつ
つある。この 21 世紀型国際分業を支える 21 世紀型国際通商政策はどのようなものなのか。
このことを突き詰めて考えることによって、日本が採るべき経済外交戦略の方向もみえて
くる。
筆者は、これまでもさまざまな機会をとらえて、新しい国際分業と新たな国際経済秩序
の構築とを有機的に摺り合わせていくべきと主張してきた。本論では、広域 FTAs 形成につ
いての最新情報を踏まえつつ、重複を恐れずに、日本の経済外交が向かうべき方向につい
て、議論していきたい。
2 今なぜ国際ルール作りなのか
経済活動のグローバリゼーションは新たな段階に突入している。19 世紀末以来、第 1 のア
ンバンドリング、すなわち産業単位の国際分業を中心とする時代が 100 年続いた。しかし、
1980 年代半ば以降、第 2 のアンバンドリング、すなわち生産工程・タスク単位の国際分業の
時代へと大きく転換した。ここでは、企業の活動自体が国境を越えて分散立地されるよう
になった(1)。
もちろん、第 1 のアンバンドリングの時代にも国際貿易や直接投資は存在していたし、国
際産業連関表で記述される生産・流通の上流・下流のリンクという意味では、グローバ
ル・ヴァリュー・チェーン(GVC)も展開されていた。しかし、生産活動の大きな部分は産
業をひと固まりとして一国のなかで完結しており、貿易されるもののほとんどは原材料か
完成品であった。これらの産品の多くは、2 ― 3 日予定外に港の倉庫に留め置かれても腐っ
てしまうわけでもなく、ゆっくりと安く運べればよかった。一方、第 2 のアンバンドリング
では、それとは質的に異なるレベルの国際分業がなされるようになる。国際間のリンクに
おいても、時間費用や信頼のおけるロジスティクス・リンクが重視され、緊密なコーディ
ネーションが求められるようになった。
それにより、求められる国際政策環境も変わった。第 1 のアンバンドリングの時代には、
まずはモノを安く大量に運ぶことが重要であり、関税削減・撤廃を中心とする狭義の貿易
政策が重視された。しかし、第 2 のアンバンドリングが始まると、部品・中間財貿易の比重
が増し、時間費用がきわめて重要となってきた。また、モノのみならず、資本、技術、ビ
ジネス・モデル、人的資源などさまざまなものが、国境を越えて盛んに動くようになる。
したがって、国際政策環境が手当てすべき政策モードも大きく拡大されざるをえない。
新たな国際政策環境作りを先導するフォーラムはどこであろうか。本来、世界貿易機関
(WTO)がその役割を果たせるとよいが、短期的には期待できない。WTO は設立以来すでに
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日本のアジア太平洋における FTA 戦略
20 年弱が経過しているが、その間、新しい国際分業に対応する政策モードを WTO の枠内に
取り込むことはほとんどなされてこなかった。交渉項目を極限まで矮小化したドーハ開発
アジェンダ(DDA)さえ妥結に至ることができず、ましてや WTO の守備範囲を拡張するこ
とは容易ではない。近年、FTAs 等地域主義によって、WTO における約束よりもはるかに深
掘りされたモノ・サービスの自由化が進展し、また WTO では十分にカバーされていない投
資の自由化、政府調達、知的財産権保護などが経済統合の枠組みに取り込まれていってい
る。重複して五月雨式に締結されていく FTAs への抵抗感が薄れてきたことも、地域主義の
跋扈に拍車をかけている。そして今、広域 FTAs による国際ルール作り競争が始まった。
TPP 交渉の進展および日本の交渉参加は、多くの経済統合の動きを活性化しつつある。
TPP 交渉が前に進めば、韓国、フィリピン、タイなども参加に向けての検討を本格化させ、
アジア太平洋諸国の TPP への参加はさらに促される。また、TPP 交渉の進展は仲間はずれを
恐れる中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)を刺激し、日中韓 FTA や東アジアにおける広域
経済統合(「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」)についての交渉も加速され、またその内
容も高度化する。アメリカの動きに触発された欧州連合(EU)の積極姿勢により、日本・
EUFTA 交渉も始まった。さらには、米国・ EUFTA 交渉も始まる。これらの動きは、さまざ
まな政治経済学的抵抗を克服しながら望ましい国際経済秩序を構築していくために、必ず
しも悪いことではない。Baldwin(2006)の言うところのドミノ効果によって各国は他国に遅
れをとってはいけないと FTAs への参加を促され、また、ジャガーノート効果によって各国
内でグローバル化を望む産業の政治力が強まっていく現象が、今まさに観察されている。
日本の経済外交戦略も、この現状を踏まえて構築されるべきである。国際ルール作りの
主眼は新興国・発展途上国の政策環境改善にあることをしっかりと認識することが重要で
ある。
3 新しい国際分業のメカニズムと現状
もう少し詳しく、第 2 のアンバンドリングあるいは生産ネットワークのメカニズムとその
現状についてみておこう。
国際貿易論の授業で最初に登場するリカード・モデルやヘクシャー = オリーン・モデル
は、基本的に産業単位の国際分業と産業間貿易パターンを説明する理論である。そこでは、
技術水準の違いや生産要素賦存比率(資本豊富国か労働豊富国か)の違いが、産業単位の国
際分業を決定する。通常、国際間の資本・労働移動が存在しないことが仮定されている。
このような標準的な国際貿易理論の説明能力は大幅に低下しつつある。
フラグメンテーション理論(Jones and Kierzkowski 1990)は、生産工程やタスク単位の生産
のフラグメンテーション(分散立地)、あるいは第 2 のアンバンドリングを説明する理論であ
(1)生産ブロ
る(第 1 図参照)。生産のフラグメンテーションが経済的に成り立つためには、
ック内における生産費用が大幅に軽減されることと、
(2)生産ブロック間を結ぶサービス・
リンク費用が高すぎないことという、2 つの条件が必要である。
(1)の条件は発展段階が異
なる国をまたがる生産ネットワークが有効である理由となっており、
(2)の条件をも満たす
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日本のアジア太平洋における FTA 戦略
第 1 図 フラグメンテーション理論:生産ブロックとサービス・リンク
・フラグメンテーション以前
・フラグメンテーション後
SL
PB
PB
SL
SL
PB
PB
SL
SL
PB
PB:生産ブロック
SL:サービス・リンク
(出所)
筆者作成。
ことができれば、先進国から発展途上国への生産ブロックの移動が実現する。
さらに Kimura and Ando(2005)は、フラグメンテーションを地理的距離の次元、企業内・
企業間の次元の二次元に拡張した。企業間のフラグメンテーションは、取引費用を軽減す
るために地理的に近接した企業同士でなされることが多く、それが産業集積を生み出すひ
とつのメカニズムとなっている。特に、フラグメンテーションとアグロメレーション(集積)
が同時に進行する東アジアの状況を説明するために、この分析枠組みが有効である。
製造業における第 2 のアンバンドリングへの世界各国の参加の度合いは、機械・機械部品
輸出入の全商品輸出入に対する比率をみるとよくわかる。機械産業は、用いる部品点数も
多く、精緻な分業体制がもともと進んでいた業種である。国際的生産ネットワークと産業
集積においても、迅速で高頻度かつ同期化された出荷・納入網を展開する。機械産業に関
して第 2 のアンバンドリングが観察されれば、他の業種についてもそれが可能であると判断
することができる。
第 2 図は、2010 年における東アジア、ラテンアメリカ、ヨーロッパ諸国の機械・機械部品
輸出入比率を示したものである。各国は機械部品輸出比率の高い順に左から並べてある。
図の右側の国々では、機械類の輸出がほとんどなく、まだ産業単位の国際分業、第 1 のアン
バンドリングを行なっていることがわかる。それに対し図の左側には、機械産業における
生産工程・タスク単位の国際分業、第 2 のアンバンドリングに深くかかわっている国々が並
んでいる。生産ネットワークに入れる国・地域と入れない国・地域は明確に色分けされる。
ASEAN および東アジアは全般として、機械産業に関する生産ネットワークが最も発達して
いる地域であるが、それでも国によって参加の度合いはかなり異なる。シンガポール、マ
レーシア、タイは国際的生産ネットワークに深く入り込んでおり、さらに産業集積形成も
かなり進んできた。一方、インドネシア、インド、ベトナムなどは、まだ十分に国際的生
産ネットワークへの参加ができているとは言えない。ラテンアメリカについては、メキシ
コを例外として、機械産業の生産ネットワークにはまったく参加できていない。東欧諸国
のいくつかは、次第に第 2 のアンバンドリングに組み込まれつつあるが、産業集積の形成は
まだ始まったばかりである。新興国・発展途上国の工業化戦略において、このような新し
い国際分業に参加できるかできないかが、大きな分岐点となってきている。
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日本のアジア太平洋における FTA 戦略
第 2 図 世界各国の対世界全輸出入に占める機械類・機械部品の比率(2010年)
(%)
80
■ 輸出:機械類
■ 輸出:機械部品
■ 輸入:機械類
■ 輸入:機械部品
70
60
50
40
30
20
10
0
フ香シ韓日マチハコル中ドオ米メタスフポイス英スエオカトブベブイラギイリエアニオコロチグエペベパカ
ィ港ン国本レェンスー国イー国キイロラータロ国ペスラナルルトラントリントルルューロシリアクルネラン
リ ガ
ーコガタマ ツス シ バンラリベ イトンダコガナジドビシドアサゼースンア テアーズグボ
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ア ーカア
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ア
シアバチーラア
ラル ライア
ル
ア
ア ドンラリ
ル ンア
ド
(出所)
Ando and Kimura(2012c), データは国際連合商品貿易統計データベース(UN COMTRADE)より。
第 1 表 日本の製造業企業における海外進出と国内雇用:
東アジアにおける子会社数の変化と国内雇用の変化率
1998―2002年
増加させた企業(新規も含む)
東アジアにおける子会社数を
0.043*
2002―06年
2007―09年
0.066*
0.036*
一定だった企業
−0.015
−0.004
減少させた企業(撤退も含む)
0.005
−0.008
−0.006
0.033*
(注)
回帰分析結果の一部。東アジアに子会社を所有していない企業をベースとして、それよりもどれだけ追加的に国
内雇用を創出したかを表わしたもの。
*=1%水準でゼロと有意に異なることを表わす。
(出所)
Ando and Kimura(2012c).
一方、先進国側も、新しい国際分業をうまく利用できれば、空洞化を防止あるいは遅延
させることが可能となる。筆者らが行なった日本の製造業企業の個票データを用いた実証
分析(Ando and Kimura 2007, 2012c)によれば、東アジアにおける海外子会社を増加させてい
る企業は、日本国内でも相対的に雇用・経済効果を拡大していることが、統計的に明らか
になっている(第 1 表参照)。東アジアにおける子会社数を増加させた企業は、東アジアに子
会社を有していない企業に比べ、1998 ― 2002 年の 4 年間に 4.3%、2002 ― 06 年には 6.6%、世
界金融危機下の 2007 ― 09 年にも 3.6%、追加的に日本国内雇用を創出している。発展途上国
に工場を出すというと、本国の工場を閉じて労働者を解雇して外に出ていくというイメー
ジをもつかもしれない。しかし、少なくとも企業レベルではそうはなっておらず、むしろ、
国外のオペレーションを拡張している企業は、第 2 のアンバンドリングによる国際分業のな
かで、日本国内の仕事も増加させている(2)。
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もちろんこのためには、日本こそが最適の立地条件であると言えるような生産工程・タ
スクが存在していなければならず、そのためには立地条件の不断の改善努力が必要である。
世界金融危機以降の日本の輸出データを精査すると、危機勃発後の輸出の落ち込みはドル
建てベースでは 1 年以内に元に戻っているが、輸出をしている細品目数×仕向国数(extensive margin)は減ってしまったまま元の水準まで戻っていない。すなわち、日本発の輸出の
幅が狭くなっている(Ando and Kimura 2012a)。また、日本の製造業企業の個票データをみて
も、東アジアで子会社を増やしている企業でさえも、本社機能は大きくなるが製造活動が
伸び悩む傾向も出てきている(Ando and Kimura 2012c)。何が日本国内に残せるのかをよく考
え、そのためにどのような立地条件が必要なのかを精査し、整備していかなければ、空洞
化を遅延させることも難しくなっていくであろう。日本に残すべきタスクは、一般論とし
ては、研究開発機能、マザー工場、集積を生かす工程、大型投資を伴う資本集約的工程、
特許使用や技術のブラックボックス化を狙う工程などが考えられるが、地方ごとの特性、
企業ごとの戦略に基づいてさまざまな創意工夫が求められる。
また、国際的生産ネットワークは、遠く離れた所で起きたショックも伝搬してしまうと
いう意味で、経済の脆弱性を増加させる危険性を伴うものと受け止められることもある。
しかし一方で、世界金融危機や東日本大震災などのような大きなマクロショックに際して
も、国際的生産ネットワークは分断されにくく、またいったん途切れても復活しやすいこ
とが明らかになっている(Ando and Kimura 2012a)。このように、生産ネットワークがマクロ
的にはビルトイン・スタビライザーとして働く側面があることも見逃せない。
4 TPP と RCEP の競争・補完関係
第 2 のアンバンドリングのためには、どのような政策環境が必要となるのだろうか。生産
ネットワーク構築・運用に際しては、(1)ネットワーク構築コスト、(2)サービス・リン
ク・コスト、
(3)生産ブロック内の生産コストという三種の費用がかかる。生産ネットワー
クを十分に展開できないとすれば、これらのコストのどこかにボトルネックが生じている
可能性がある。それを解消するために必要となってくる政策モードを、ハイレベル FTAs で
カバーされるものとそれ以外の開発アジェンダに分けて整理したのが、第2 表である。
第 2 表 第 2のアンバンドリング活性化のための政策
ネットワーク構築
コストの軽減
ハイレベル FTAs
開発アジェンダ
サービス・リンク・
コストの軽減
生産ブロック内の
生産コストの軽減
・投資自由化
・知財保護
・競争政策
・関税撤廃
・貿易円滑化
・運輸サービスの自由化
・制度的なコネクティヴィテ
ィーの向上
・生産支持型サービス(金融、
電気通信、流通、専門家サ
ービスなど)の自由化
・投資自由化
・投資円滑化
・投資促進
・物理的なコネクティヴィテ
ィーの向上(ハードおよび
ソフトのロジスティクス・
インフラの整備を含む)
・経済活動における取引費用
の軽減
・電力供給、経済特区等のイ
ンフラ・サービス向上
・中小企業振興を通じての集
積の利益の拡大
・イノヴェーションの強化
(出所)
筆者作成。
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日本のアジア太平洋における FTA 戦略
FTAs も、第 2 のアンバンドリングの活性化を目的とするならば、伝統的な関税撤廃にと
どまらず、さまざまな政策モードをも包摂するものとなってくる。ネットワーク構築コス
トを軽減するためには、どのような生産ブロックを展開できるかが効いてくるわけで、投
資自由化のみならず、知財保護や競争政策が重要となってくる。サービス・リンク・コス
トの軽減については、関税撤廃に加え、貿易円滑化、運輸サービスの自由化・効率化が重
要となるし、さらに企業内か企業間かという第 2 のディスインテグレーションの次元のフラ
グメンテーションを考えるならば、制度的なコネクティヴィティー(連結性)も大事である。
生産ブロック内の生産コスト軽減に関しては、生産支持型サービス(たとえば金融、電気通
信、流通、専門家サービスなど)の自由化、投資自由化などが課題となってくる。
一方、FTAs はあくまでも通商政策の範疇に属するものであり、第 2 のアンバンドリング
のために必要となる種々の開発アジェンダは通常カバーされない。この部分は新興国・発
展途上国個々の自助努力に委ねるべき部分も大きいが、援助供与国や国際機関による政府
開発援助(ODA)や官民連携(PPP)によって加速できる側面もある。ネットワーク構築コ
ストの軽減については、投資受け入れ体制の充実が決定的に重要である。サービス・リン
ク・コストの軽減では、ハードおよびソフトのロジスティクス・インフラの整備が欠かせ
ないし、また法制・経済制度の整備を通じての取引費用軽減も大事である。生産ブロック
内の生産コスト軽減については、電力供給や経済特区などの経済インフラ・サービスの供
給がボトルネックにならぬようにしなければならず、また中小企業振興を通じての集積の
利益の獲得、イノヴェーションの強化なども課題となる。
これらの政策改革の主眼は、新興国・発展途上国側の政策環境改善にある。それが実現
すれば、生産ネットワークのフロンティアを拡大・深化させていくことが可能となる。こ
れは、単に先進国企業の利益となるにとどまらず、新興国・発展途上国の開発戦略におい
ても重要な一歩となる。
TPP の強みは、アメリカの強力な交渉力の下、高いレベルの関税撤廃、サービス・投資の
自由化、知財保護が実現しうるところにある。さらに、特に社会主義国の場合に問題とな
る政府調達や競争政策の分野でも、一定の成果が得られるかもしれない。これらは、まだ
TPP 交渉に参加していない新興国、たとえば中国やインドに対しても、一定の政策規律基準
を示すものとなるだろう。ただ、アメリカの主要な関心は自らの輸出増大とサービス産業
の直接投資促進にあり、第 2 のアンバンドリングを活性化させるというところに焦点を合わ
せているわけでは必ずしもない。また、TPP はあくまでも FTA であり、国際通商政策の範疇
に含まれない開発アジェンダについてはほとんど手当てされない可能性が高い。TPP は、新
しい国際分業を支える国際経済秩序構築とベクトルを共有するものではあるが、そこです
べてがカバーされるわけではない。
したがって、東アジアの経済統合も、戦略的かつ補完的に進めていかねばならない。先
に述べたように、東アジアは製造業に関しては、第 2 のアンバンドリングが最も進んでいる
地域である。つまり、そこで求められる国際政策環境については、TPP よりもはるかに明確
なヴィジョンを有しているのである。
国際問題 No. 622(2013 年 6 月)● 25
日本のアジア太平洋における FTA 戦略
たとえば、ASEAN および東アジアでは、コネクティヴィティーの充実、言い換えればサ
ービス・リンク・コストの軽減が、明確に強調されている(3)。アジア太平洋経済協力会議
(APEC)もコネクティヴィティーに関心を示してきたが、まだどのようなコネクティヴィテ
ィーを検討の対象とするのかについての理解が共有されていない。ASEAN あるいは東アジ
アにおける議論では、製造業の生産ネットワークを中心に据えて具体的に物理的連結性、
制度的連結性を高めるための戦略・戦術を議論しているわけで、内容的には一歩先を行っ
ている。また、コネクティヴィティーに限らず、ハイレベル FTAs と開発アジェンダとを適
切に組み合わせることの重要性も、よく認識されている。
モノ・サービス貿易、投資の自由化については、RCEP で TPP レベルの自由化を実現する
のは難しいかもしれない。しかし、ASEAN 内の関税撤廃では例外のきわめて少ない自由化
を実現しており、既存の ASEAN + 1 FTAs よりも高いレベルの自由化を目指せる(4)。原産地
規則も、co-equal system(付加価値基準と関税品目変更基準のどちらかを満たせばよいという方
式)の大幅な導入で、東アジアの原産地規則は北米自由貿易協定(NAFTA)などよりもはる
かに使い勝手のよいものができあがってきている。サービス貿易の自由化についても、
ASEAN 内の自由化がこの地域では一番深いものとなっており(5)、このレベルであっても中
国、インドを含めて自由化が進めば、かなりの効果が期待できる。RCEP は、自由化という
意味でも、それなりの成果を上げるように設計していくことが可能である。
日中韓 FTA も、自由化という意味では限界があるかもしれないが、近いうちに韓国も TPP
交渉に参加してくることを想定すれば、ルール作りの面で一定の効果を上げる可能性が出
てきた。
5 東アジアの経済発展と日本の FTA 戦略
2000 年代は、世界中の発展途上国が急速な経済成長を遂げた希有な時期であった。しか
し、成長要因は地域・国によって大きく異なっていた。サブサハラ・アフリカの多くの国
などは、折しも訪れた資源高を受け、資源開発ブームと為替増価が進み、20 年間にわたっ
た 1 人当たり所得のゼロ成長を脱却した。一方、東アジア諸国は、資源に対する製造業品の
交易条件悪化に見舞われながらも、第 2 のアンバンドリングを基盤とする着実な経済成長を
遂げた。この 2 つの経済成長は、持続可能性と所得分配への含意という意味で、まったく性
格を異とするものである。いまや、ラテンアメリカや東欧はもとより、サブサハラ・アフ
リカと比べても、東アジアの賃金水準は相当に低い。これは、交易条件の悪化に加え、イ
ンフォーマル・セクターの人々をフォーマル・セクターに取り込んでいく過程が順調に進
行していることを意味する。この 10 年で、製造業に関する東アジアの優位は当分揺るぎな
いものになったと言える。
機械産業を代表とする足の速い生産ネットワークにいかにして参加するかについての開
発戦略は、十分に確立された。また、人口希薄な遠隔地でも、一定の質のロジスティク
ス・リンクを整備すれば、新しいビジネス・モデルを構築でき、地理的な意味での開発格
差は縮小できることがわかってきた。残る課題は、生産ネットワークに参加して産業集積
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日本のアジア太平洋における FTA 戦略
の形成を始め、中進国レベルの所得水準に達した後に、いかにして地場系企業・企業家を
生産ネットワークに食い込ませて生産活動のなかで開発格差を縮小していくか、いかに自
らイノヴェーションを起こしていけるような産業集積を育てていくかにある。それさえで
きれば、東アジアの開発戦略は、世界の開発戦略となる。
日本は、国際通商政策をめぐる議論を国内経済・国内改革への影響に矮小化させてしま
うのはやめて、新しい国際分業のための新たな国際経済秩序の構築こそが日本の歴史的使
命であることをしっかりと自覚すべきである。日本および日本企業が製造業における第 2 の
アンバンドリングの極意を最もよく理解しているはずである。そのための国際経済秩序の
形成を促進することによって、日本および日本企業の国際競争力を保持してアジアの経済
活力を取り込むと同時に、経済統合の深化と開発格差の是正を同時に達成していけば、東
アジアが押し進めてきた開発モデルの優位性が証明されることになる。
くれぐれも、農業その他、国内改革に対する抵抗の強い部門に足を引っ張られて、自ら
国際経済秩序の実現に向けての交渉力を減衰させてはならない。TPP 交渉参加を勝ち取った
際、農業部門に関税撤廃例外の可能性を担保するため、アメリカ、カナダの自動車関税保
持に道を開いてしまったことは、何が交渉力を弱め、何が強めるのかを、明確に示すもの
となった。交渉相手と傷をなめ合って縮小均衡に陥るのではなく、自ら身ぎれいとなって
真の国益を増進することこそ、今、日本に求められているものである。
( 1 )「第2 のアンバンドリング」概念については、Baldwin(2011)参照。
( 2 ) なお、以上の実証分析は製造業企業に関するものであり、サービス業でも同じことが成り立つか
どうかはさらなる検証が必要である。Samuelson(2004)や Blinder(2006)の議論は、製造業より
もサービス業に比重をおいた立論になっている可能性がある。
( 3 ) アジア総合開発計画(ERIA 2010)およびASEAN連結性マスタープラン(ASEAN Secretariat 2010)
参照。
( 4 ) Fukunaga and Kuno(2012)参照。
( 5 ) Ishido and Fukunaga(2012)参照。
■参考文献
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Data,” CEPR(Centre for Economic Policy Research)Policy Insight, No. 16, December 2007(in http://www.
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is in http://voxeu.org/)
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The Global Financial Crisis and the East Japan Earthquake,” Asian Economic Journal, Vol. 26, No. 3, pp.
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―(2012b)“From Regional to Global Production Networks: Linkage between Europe and East Asia via CEE,”
Forthcoming in a special issue of the Journal of Economic Integration.
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国際問題 No. 622(2013 年 6 月)● 27
日本のアジア太平洋における FTA 戦略
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(http://www.asean.org/asean/asean-secretariat)
.
Baldwin, Richard(2006)“Multilateralising Regionalism: Spaghetti Bowls as Building Blocs on the Path to Global
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, pp. 1451–1518.
―(2011)“21st Century Regionalism: Filling the Gap between 21st Century Trade and 20th Century Trade
Rules,” CEPR Policy Insight, No. 56(May)
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きむら・ふくなり 慶應義塾大学教授
[email protected]
国際問題 No. 622(2013 年 6 月)● 28
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