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8.比較政治学 岸 川 毅

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8.比較政治学 岸 川 毅
第Ⅲ章 専任教員による専門分野紹介
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8.比較政治学──岸 川 毅
1.何を研究する学問なのか
世界の政治のあり方は多様性に満ちている。ある国では定期的選挙を通じ
た平和な民主政治が行われるが、別の国ではクーデターや反乱が起こり、軍
事政権や一党独裁政権が支配する。さらに定期的選挙を実施する平和な民主
国家のなかには、二つの政党が入れ替りに政権を担当する国もあれば、何回
選挙をしても同じ政党が勝利する国もある。福祉が広く行き渡っている国も
あれば、貧富の格差の大きい競争社会というべき国もある。一方、強権的な
独裁国家のなかには、経済発展著しい国があるかと思えば、国民が飢餓に苦
しむ悲惨な国もある。宗教的権威が絶大な権力を振るう国もあれば、徹底し
た世俗主義の国もある。これらの違いは何に由来するのだろうか。近代化の
度合いか、風土や歴史か、あるいは指導者次第なのか。またこれらの違いは、
そこに住む人々の生活を平穏なものにしたり、苦痛や恐怖に満ちたものに変
えたりもする。それは運命なのか、克服可能なのか。
このような疑問を抱いたとすれば、あなたはすでに比較政治学者と関心を
共有している。比較政治学とは、現実政治の多様性を認識した上で、異なっ
た結果をもたらす原因やメカニズムの解明を目指す学である。では、どのよ
うにして解明するのか。実は比較政治学と呼ばれる学問領域のなかにも複数
の異なる立場や方法がある。例えば、理論構築こそが比較政治学の目的であ
り現実の事例はそのための素材であるとする立場がある一方、これとは対照
的に現実の国や地域の理解こそが目的であり理論はその道具であるとする立
場がある。ここでは前者を政治科学的アプローチ(接近方法)、後者を地域
研究的アプローチと呼び、それぞれの用いる方法を簡単に紹介しよう。
2.一般的パターンや因果関係を探る:政治科学的アプローチ
政治科学的アプローチは、個々の事例を越えてみられる普遍的な政治の法
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則やメカニズムを探ろうとする立場である。例えばこれまで多くの政治学者
が、どのような条件が揃えば民主化は達成されるのかと問い、その最も重要
な条件は経済発展だと考えてきた。
「経済が発展すれば民主主義が成立する」
という命題の正しさを判断するには、できるだけ多くの民主化の成功と失敗
の事例を探し出して検証する必要がある。確かに歴史的にみて経済発展と民
主化が軌を一にした例が多く見出されるし、特に安定した民主主義国の大部
分は先進工業国である。また GDP(国内総生産)のような指標と、民主化の
度合いには一定の相関関係が見出される。正確に言うと、経済発展は民主化
の必要十分条件ではなく、他のいくつかの条件と組み合わせて説明されるべ
きなのだが、両者の間には確かに因果関係を推定するに足る種々の根拠が見
出されるのである。
また、政治制度と政治過程にも様々な関係があることが分かっている。例
えば「小選挙区制は二大政党制を促す」という命題は、数多くの事例から証
明されてきた。小選挙区制を採用して以来、日本の政党政治にも同様の変化
が起こっていることを観察できる。このほかにも教育水準、産業構造、階層
構造、民族構成など社会の性格を示す何らかの要素(「変数」と呼ばれる)を
取り出して、それらの間の関係を見つけ出し、一般化し、理論化する作業を
行うのが政治科学的アプローチの特徴である。そこで比較とは、複数事例間
の共通点や相違点を見出し、そこから政治のメカニズムや因果関係を導き出
すための不可欠の手段である。
ただし一般化といっても、人間の価値観が行動を左右する政治現象の場合、
自然科学のような厳密な法則を導き出すことは不可能であるし、実験を通し
て確実に検証することもまず出来ない。そこで実験の替わりに比較という方
法が用いられ、確率的に答えを出す有効な手段として統計的手法が用いられ
る。また近年米国では、ゲーム論など数理的方法を駆使した「より科学的な」
方法も開発されている。ただし統計的手法は有意なデータが揃った場合にの
み使用可能であり、また科学的方法は厳密化すればするほど検証可能な現象
の範囲が狭くなることは認識する必要がある。
それに政治現象の場合、往々にして解明したい現象の事例数が少ない。民
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主化の比較研究が近年急速に進んだのは、ある意味で、民主国家が欧米地域
を越えて世界的に拡大し、十分な数と種類の事例が揃ったからである。とこ
ろが、例えば革命という現象を研究したい場合、事例が少ないため比較研究
の対象もたかだか数カ国となり、そこから導き出せる結論の一般性には限界
がある。この場合は少数事例を綿密に検証するしかなく、むしろ次に述べる
地域研究の手法に似てくる。
3.事例を綿密に観察し解釈する:地域研究的アプローチ
次に地域研究的アプローチとは、少数(多くの場合は一つ)の事例に焦点
を絞り、その地の政治に対する体系的な解釈を試みる方法である。特定の地
域や国家に関心を持ち、その土地の政治を理解したいと考える人々にとって、
抽象的な命題の有用性は限られている。そこで、単純な因果関係の抽出とい
うより、事態の経過の綿密な観察と分析を通して、一定の結果に至った複数
の条件や理由の組み合わせを特定しようとする。民主化を例にとるならば、
体制側と民主化諸勢力との間で交わされた対立・交渉の過程や、主導権を握
った勢力の思想・行動・能力などを事例に即して調べることで、なぜ民主化
が始まり、どのように達成されたのかを解明し、さらには達成後の民主主義
の行方を推測することができる。この種の研究を行うためには、当該地域の
歴史や文化といった背景知識に加え、現地の資料を読むための言語の習得も
必要である。場合によっては現地に赴いて調査を行う必要も生じる。
この方法は一見比較とは無関係にも見えるがそうではない。一事例に見出
されるパターンや因果関係には、他事例にも当てはまる一般化可能なものと、
他の地域や国では観察されない独自のものとが含まれている。これらを峻別
するには、既存の研究が明らかにした理論的命題や他の事例の知識もある程
度必要になる。他の研究との対話があってこそ、地域の理解は豊かで深いも
のとなるのである。実際、民主化研究は、共通の理論的関心を持つ研究者が
各々の事例研究の成果を相互参照するなかで大きな発展を遂げた。その意味
で個々の事例研究は一つの完結したものと言うよりは、より大きな研究の営
みのなかにあると言い得る。逆に言うと、地域研究的アプローチは、比較の
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台湾:陳水扁候補の当選後、民進党本部に集まる支持者
視点を失ったとき、独りよがりな自閉症的解釈に陥る危険性を持っている。
以上述べてきた二つの方法は完全に相容れないものではなく、ある程度は
組み合わせも可能であるが、柱となる方法はどちらかに定める必要がある。
採用すべき方法は基本的にはその人の関心の種類によって決まる。本来的に
どちらかの方法が優れているということはなく、どちらの場合も意識的に比
較してこそ有効な結果を生み出しうるのである。
4.国際関係論のなかの比較政治学
ところで、これまで述べてきたような国内政治の比較は、どのように国際
関係論の中に位置づけることができるのだろうか。まず、多くの国内問題が
国際要因を考慮に入れないと理解できない現実を指摘できる。民主化の事例
のほとんどに国外からの支援や圧力といった国際的要因が働いているが、中
には外国が強制的に民主化を押し付ける例もあり、その場合は国際要因こそ
が民主化の主要な理由である。また、近年経済のグローバル化が深まった結
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果として、金融・財政など重要な国内政策が、サミットや国際組織のような
超国家的枠組みの中で方向付けられるようになった現実がある。
しかし逆に、国内政治もまた様々な形で国際関係に影響を与える。再び民
主化を例にとると、20世紀終盤に民主国家が世界的に増大し、冷戦終焉で
共産党一党支配体制が大量に崩壊したことで、民主主義の正統性が高まり、
非民主国家への規範的圧力が強まった。地域によっては民主化が経済統合へ
の参加条件とされるなど国益を左右する現実的圧力となっている。また、国
際政治学者のB・ラセットは、第二次大戦後に民主国家同士は戦争をしてい
ないという圧倒的な証拠をもとに、民主国家の増大によって平和な国際関係
の領域は拡大すると主張した。
このように比較政治学の扱う問題と、国際政治学や国際政治経済学の扱う
問題の間には密接な関連があり、国内・国際双方向の影響は不可分なほどに
強まっている。その意味で比較政治学は国際関係論の重要な一角をなすので
ある。
5.何から始めればよいか
最後に、比較政治学の入り口への簡単な道案内をして小文を終えたい。す
でに述べたとおり比較政治学という看板を掲げていても用いる方法は研究者
によって異なるので、入門書を読む場合にも、どのような立場で書かれてい
るのかを認識する必要がある。文末には本稿で紹介した 2 つのアプローチの
解説書を挙げた。筆者は主に地域研究的アプローチを用いて研究を進めてき
たが、講義ではできるだけ多様なアプローチによる研究成果を盛り込むよう
にしている。講義は民主主義国を扱う「比較政治学 1」と非民主主義国を扱う
「比較政治学 2」から構成され、主要概念やモデルを紹介したうえで、それら
をもとに各国の政治がどのように解釈できるかを解説していく。筆者はクー
デター、反乱、独裁者の登場といった「民主主義でない政治」への関心を出
発点として比較政治学の世界に入ったのだが、当時はこの種の関心に体系的
に応える入門書や授業がほとんどなかったので、非民主的政治に関する著作
(J・リンスの権威主義体制論、山口定のファシズム論、H・ウィーアルダの
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コーポラティズム論など)を読みながら手探りで自分なりに整理するしかな
かった。
「比較政治学 2」はそのような経験をもとに作られている。外国語学
部の諸学科がカバーする言語圏には長らく非民主主義体制のもとにあった国
が少なくないので、
「民主主義でない政治」に関する知識の需要や必要性は低
くないのではないかと思う。
そして講義を聴いた後に、もし比較政治への関心が深まり、一歩進んで主
体的に探求してみたいと思ったら、演習(比較政治学)に参加して研鑽を積
んでほしい。自分の成果を残したいと考える人には、卒業論文を作成すると
いう選択肢もある。
6.参考文献
河野勝・岩崎正洋編『アクセス比較政治学』
(日本経済評論社、2002 年)。比
較分析のため主要な理論や概念枠組みと、最新の政治科学的アプローチ
が紹介されている。
岸川毅・岩崎正洋編『アクセス地域研究Ⅰ』
(日本経済評論社、2004 年)。地
域研究的アプローチによる比較政治学の入門書。研究方法と各国の事例
研究が掲載されている。
R・ダール『デモクラシーとは何か』
(岩波書店、2001 年)
。民主主義の成り立
ち、基本的原理、条件、構造、問題点を論じた、民主主義研究の泰斗に
よる解説書。
S・ハンチントン『第三の波:20 世紀後半の民主化』
(三嶺書房、1995 年)
。世
界的な民主化潮流について解説した基本文献。
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