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発表レジュメ
2012/07/21
P・
F学 会 関東地 区
第 9回 課題研 究
道徳性 の育成 にお ける親子 関係
― ペ ス タ ロ ッチー の教育関係 を手 がか りとして一
中島
朋紀
(鎌 倉女子大学短期大学部 )
は じめに
道徳性 の育成 は、人 間 が他者・ 社会 と調和 して生 活す るた めに不可欠 である。子 どもにお ける
「道徳性 の芽 Jは 、幼児期 よ り家族や他者 とのや りとりの なかで培 われ 、道徳性 の基盤 形成 はま
ず家庭 の親子 関係 に よつては ぐくまれ る。 家族 や他者 と調和的 な信 頼 関係 を築 く こ とに よつて子
どもは 自分 ら しさを形成 し、 自分 の力 で外 の世界 へ とはた らきか けることがで きるよ うにな る。
ボル ノー (0.RBo■ nOw)は 、そ の著『 教育 を支 えるもの』 (Die padagOgische AtomOsphare)の
中で、現代 の教育関係 が 直面 してい る諸問題 を克服す るためには、 この 自明的原理 を再考す るこ
とを要 請 す る。 そ の 叙 述 の 中 で 、 教 育 思 想 家 で あ り教 育 実 践 家 で もあ つ た ペ ス タ ロ ッチ ー
(J.H.Pestalozzi)こ そ 、この原理 の体現者 であ る と評 してい る。ペ ス タ ロ ッチ ーの教育実践 が示
す よ うに、彼 は教育関係 につい て深 い反省 の もとで教育 を思索 した人物 の一 人 であ る。 ペ ス タ ロ
ッチ ー にお いて 、「人間 とは何 か」を考察す る視点 は単 に人 間 の本性 が教育的要素 に よつて特色 づ
け られ てい るか を分析す るこ とに とどま らず 、人間 が 現実社会 の人間関係 の なかで生 き生 き と活
動す るた めには どの よ うな かかわ りを もつ べ きか を探 究 した。 そ のた め 、彼 は 「居 間 の 教 育 」
(Wohnstubenerziehung)を モ デル として、「健全 な人間 の発達 は信 頼 の雰 囲気 の なかで活動 し
てい る ときに の みな し遂 げ られ ることがで きる」 つ ので あ り、真 に望 ま しい親子 関係 、家庭 関係
に教 育関係 の原型 を探 ろ うと した。
そ こで 、本発表 では 、ペ ス タ ロ ッチ ーの教育関係 を手がか りと して 、教育 の基礎 とな る親子 関
係 が子 どもの道徳性 の育成 に どの よ うな意味 を成す もので あ り、そ の行為 の 当事者 である親 と子
は 、相 互 に どの よ うな影響 を及 ぼす のか を人 間形成 の視点 か ら考察 しよ うとす るもので ある。
1.家 庭 にお ける教育関係
ペ ス タ ロ ッチ ー は 、家庭 にお ける 「居 間 の教 育」を人 間教 育 の基礎 にお いてい る。この居 間 は、
あ る。 それ は具体的 には、「母親
"で
は 、幼児 が義務 とか感謝 とか い うこ とばを 口にで きな い うち に、感謝 の本質 であ る愛 を幼児 の心
に形成す る。 そ して父 親 の与 えるパ ン を食 べ 、父親 とともに囲炉 裏 で身 を暖 める子 どもは、 この
自然 の道 で子 ども としての義務 の うちに 自己 の生涯 の幸福 を見出す」うとい う愛 に支 え られ た親 と
人 間関係 の なかで 「最初 のかつ また最 も優れ た 自然 の 関係 」
子 の 「自然 の 関係」 である。 つ ま り、居 間は道徳 的な感情 の端緒 とな る親子 関係 がは ぐくまれ る
重要 な場 であ る。彼 は、 この居 間 の もつ 「自然 な関係 」 の なかに教 育 の本来的 な在 り方 を示 そ う
と し、 また生活基盤 の居 聞 こそが人間教育 の基礎 にな るもので ある と考 えたのであ る。
またこれは『基礎陶冶の理念に関する見解と経験』(Ansichten und Erfahrungen,die ldee der
Elementarbildung betrettnd,1807。
)に お いて、彼 が 「家庭 生活 の紐帯 はそ の本質 にお いて愛 の
紐 帯 であ り、 かつ この ゆ えに神 か ら与 え られ た愛 のた めの 覚醒手段」のと述 べ てい るよ うに、「家
庭 生活 が神 自身 によ つ て与 え られ た唯 一 の、真 実 の人 間陶冶 の外的基礎 」Dで あ る と考 えてい る。
つ ま り、彼 は家庭 の人 間関係 の本質 に親 と子 の 「愛」 の契機 を見出 し、そ の 「愛 の 関係 Jに よ つ
て 「人間教育 に必 要 な全精神 を包括す る」 0の である。
では、家庭 にお ける親 と子 の 間 に具 体的 に どの よ うな教育関係 が成 り立 つの であろ うか。 ペ ス
タ ロ ッチー は『 グ ル トル ー トは い か に して そ の 子 らを教 え るか 』 (Wie GeFtrud ihre Kinder
lehrt,1801.以 下『 ゲル トルー ト』 と略す )に お いて 、「ど うしてわた しは人 間 を愛 し、人 間 に感
謝 し、人間 に従順 にな るのか」つと自問 し、それ につい ての見解 を 「子 どもの 両親 と両親 に対す る
子 どもの 関係 とい うこの 中心点か ら出発す る」0と してい る。つ ま り、彼 にお いて まず 、家庭教育・
親子 関係 の要件 は、子 どもの 内部 か ら発達す るものが 人間 の本性 に備 わ つてお り、 それ と父母 の
愛 か ら出て くる もの とが一 致す る こ とである。 しか も、道徳感情 を育て る力 と して父母 の愛 も人
間 の本性 として内在す る と考 える。 この『 ゲル トルー ト』 にお いて 見 られ るよ うに、愛 の感情 は
「主 として幼児 と母 親 との 関係 か ら生 じる」 9の であ り、「母親 は子 どもを育み、養 い 、守 り、喜
ばせず にはおれ ない。母親 はそれ以外 の ことはで きな くてそ うす る」10の であ る。「せ ず におれ な
い」 とい う母 の愛 と、子 どもが 自ら主体的 に発達 しよ うとす る力 とが一 致す る ときに道徳感 情 が
育 つ ので ある。
この よ うに、ペ ス タ ロ ッチ ー は教 育 関係 の根底 を家庭 にお ける親子 関係 に見出 し、 と りわけ母
と子 の 関係 の重要性 を強調 してい る。
2.母 と子 の 関係 にお ける道徳感情 の発達
では、母 と子 の 関係 を成 り立たせ る要因 として の道徳感情 は どの よ うに発達す るので あろ うか。
ペ ス タ ロ ッチ ー は『 グル トルー ト』 の なかで次 の よ うに述 べ て い る。母親 はまず わが子 へ の愛 に
促 され て 、「全感 覚的 な本能 の力 に よつて」 lD子 どもを育み、養 い 、食 べ させ 、喜 ばせず にはお ら
れ な い。そ の よ うな配慮 の もとで、「子 どもは育 まれ 、喜 び 、愛 の芽 は子 どもの心のなかに成長す
る」 1か 。 そ して 、子 どもはまだ見た こ ともな い もの を見ては驚 き、恐れ て泣 き出す が 、母 が子 ど
もをかば つて胸 に抱 いてや り、微 笑む と子 どもは泣 くの をや める。そ う して 、「子 どもは明 るい澄
んだ 日で母 の微笑み に報 い る一一信 頼 の芽 は子 どもの心 の なかに成長す る」 19。
さらにまた、子
どもが飢 えれ ば食 べ させ 、渇 けば飲 ませ る とい つた よ うに子 どもの要求 を満 足 させ てや るのが母
であ り、「母 とい うこ とと満 足 とい うこ とは 、子 どもに とつ て全 く同 じと考 え られ る。―一子 ども
は感謝す る」1。 こ とをおぼ える。 この よ うに して 、「愛 と信頼 と感謝 との芽 はた ちまち広 が る」lυ
の であ り、「母 が愛す る者 は子 どももまた愛す る」 16)の で ある。 そ うして 、「人間愛 の芽、同胞愛
の芽 は子 どもの心の なかに成長す る」1つ ので ある。つ ま り、母 の愛 と行動 とが子 どもの 「愛 と信
頼 との感 情 の融合 」 を生 じさせ 、「感 謝 の最初 の芽 を成長 させ る」 lυ ので ある。 この よ うに、道
徳感情 の最初 の段階 にお いて 、母 と子 の本能的 関係 の なかで感性 的 な もの として育て られ る。彼
は 、 この本能的 関係 、感性的な道徳感情 を重要 視 し、それ以降 の道徳性 の発達 の基盤 と考 えてい
る。
この よ うな道徳感情 が萌芽 と して子 どもにおいて芽生 えたか らとい つて 、そ の こ とが直接 的 に
子 どもの道徳 的発達 に通 じるのではな い。道徳 的発達 に至 るにはある一つの契機 が必 要 とされ る。
そ の契機 は母 と子 どもにお ける本能的 関係 、感性的 な道徳感 情 の発達 で ある。 そ の発達 を介 して
の み子 どもは完成 され た道 徳性 を もち、そ の具現 と しての道 徳 的行動 を実現 させ るので ある。
3.教 育関係 にお ける 「愛」 の契機
では、 この よ うな道徳 的発達 の なかで母 は子 に対 して どの よ うに かかわるので あろ うか。道徳
性 の発達 の前提 である人間 の道徳感 情 につい て 、ペ ス タ ロ ッチー に よれ ば、 この よ うな道徳感情
の萌芽 は 「幼児 とそ の母 との 間 の 自然 の 関係 が啓 き顕 わす 自我発展 の最初 の根本的特徴」 19で あ
る。道徳感情 の萌芽 は、子 どものなかに 自我 の感情 が芽 生 えて くる こ とにそ の特徴 をもつが 、 そ
の本質 の 点では子 どもが従来母 を対象 として育成 した 「愛、信頼 、感謝」 とい う人 間 の 内的感情
と外的態度 と同様 の ものであ る。根本的 には 、神 へ の 「愛、信頼 、感謝」 は、原初的形態 とな る
人間愛 を媒介 した 「幼児 と母 との 関係 」 か ら生 じるのである。 つ ま り、道徳感情 の 萌芽 は、子 ど
もの対象 が母 か ら神 へ 転換 して も、子 どもが 「愛」 をもつ て母 に対す る単純 で本能 的関係 の なか
で成長 した 「愛 、信頼 、感謝」 とい う 「これ らの感情 が発達す る仕 方 もまた両者 の場合 ま つ た く
同 じ」20)で ぁる。
また 、子 どもは 自我 の感情 の芽 生 えによ つて 、や がて母 の手か ら離れ て独 立 しよ うと 「自分 で
感 じ始 め 、そ して彼 の胸 にはわた しには も う母 は い らな い」 2つ とぃ ぅ予感 が生 じる。 ペ ス タ ロ ッ
チ ー によれ ば 、子 どもの この よ うな精神 の変化 は子 どもの内面にお ける 「母 とは独 立 した 自己 の
存在 の 自覚」 と 「生活 に際 して もはや母 の 手助 けが不要 になった とい う予感 」 の生 起で ある。 こ
の二つの子 どもの内面の変 化 を発端 として神 へ の帰依 心が発達す るので ある。 もちろん、そ の時
母 はそ の変化 を子 どもの なかに読み と り、「お前 にわた しは も う要 らな くなる とき、お前 に必要 な
の は神 である」2の と語 り、母 は子 どもに神 の存在 を確信 させ るこ とを 目指す ので ある。 この よ う
な母 の配慮 こそが神 の本質 へ の確信 を子 どもに行 わせ る こ とに もな り、子 どもの心 に聖 な る感情
を生起 させ るので ある。 そ う して 、子 どもは 「今 まで母 の ために正 しい行 い を した よ うに 、今度
は神 のために正 しい行 い をす るよ うにな る」 2め ので ある。 ペ ス タ ロ ッチ ー は、母 の この行為 につ
いて 、「自我 の力 の最初 の 目覚 めを、神 へ の信仰 心 に よつて 、芽 生 えたばか りの道徳感情 に結 び つ
けよ うとす る母 の純情 と愛情 との この最初 の試 み の なかに、お よそ 教授 と教育 とが いや しく もわ
れ われ の 向上 を確保 しよ うとす るな ら、必ず 目を注がな くてはな らな い基礎 的 な見地が あ らわれ
る」 20と 評価 してい る。
この よ うに、ペ ス タ ロ ッチ ー においては 、母 と子 の 関係 は全 く自然 な、最 高 の 関係 であるが 、
そ の 関係 の なか に本能的な愛 の絆 で結 ばれ た関係 があ り、 そ こで道徳感 情 が芽生 える。 しか し、
そ の 関係 だ けでは真 の愛や信仰や道徳性 は育 たない。 なぜ な ら、子 どもがや がて 自己の支 え とな
る母 か ら離れ 、母 が信仰 した神 を見出す こ とが容 易でな くな る と、子 どもは危機 的状況 に陥 りや
す くな り堕落す るか らである。 それ ゆ え、 そ の 関係 で芽生 えた 「愛 、信頼、感謝」 の感 情 が確 実
な ものに な るためには さらな る発展 が要求 され る。つ ま り、ペ ス タ ロ ッチー に よれ ば、「愛 と感謝
と信 頼 との最初 の芽生 えが母 と子 との 間 の本能的な感情 の触れ合 いの単 なる結果 である とすれ ば、
今や これ らの芽 生 えて きた感情 の そ の後 の発展 は高 き人間 の術」25)が 必要 とな る。 家庭 にお ける
母 と子 の 関係 において 、真 正の信仰 と愛 の教育 は本能的 な ものの克服 に よっては じまる ものであ
り、そ の克服 は 「高度 な人間 の術」 に よらなけれ ばな らな いので あ る。
ペ ス タ ロ ッチー によれ ば 、 この 「高度 な人間 の術」は、「一 般 に教授 と教育 とを一 面にお いて は
曖味 な直観 か ら明晰 な概念 にわれ われ の精神 を向上 させ る 自然的機構 の法則 と調和 させ 、他 面 に
お い てわれ われ の 内的 な 自然 の感情 とを調和 させず におかな い よ うな原則 J20に 従 うところにあ
る。 つ ま り、神 によ つ て子 どもの うちには道徳感情 の発達 の 可能性 とそ の方 向 とが与 え られ てい
るが、それ に従 つて教育 と教授 を展 開 させ るこ とである。 それ を損 なわず に保 護 し、伸 ばす教育
と教授 こそが危機 的状況 を克服す る唯 一 の手段 とい うので ある。 そ して 、そ の手段 につ いて 、彼
は 「母 と子 どもとの結 び つ きの 自然 の原 因 が 消 え失 せ る ときに、再びそ の子 どもに母 を与 えるだ
けではな くて、 さらに技術 手段 の 系列 を母 に与 えるこ とにある」2つ と述 べ てい るよ うに、子 ども
の危機 的状況 には 「母 自身」 とそ の母 を通 しての 「高度 な人間 の術 」 を与 えるこ とが克服 の道 で
ある と考 えてい る。
そ の教授法 は「幼児 と母 との間 に起 こる 自然 の 関係 のみ か ら発 して J20み られ る道徳感 情 の「連
続的 な原理」 である。 この連続性 の原理 は、「子 どもの最初 の教授 は決 して頭脳 の仕事 ではな く、
決 して理性 の仕事 ではな く―― それ は常 に感 覚 の仕事 であ り、それ は常 に心 情 の仕事 であ り、常
に母 の仕事 である」29と ぃ ぅ原 理 であ る。 そ して 、そ の教授法 は 「す べ ての認識 の 出発 点 を純粋
に確保す るこ とと、 この 出発点 か ら最後 に完成 され るべ き 目的に いた るまで の漸進過程 を最 も厳
密 に連続的 な ものにす ることとが、何 よ りも必要 とな る」 30の で ある。 それ ゆ え、危機 的状況 を
克服す る技術 は 、連続性 の原 理 に も とづ く教育 によるのであ り、 また道徳感 情 の発達 を連続的、
計画的 に支 援す る教 育 の前提 にお い ては 、常 に人 間 の感 覚や 心情 の側 面 を重視 しな くてはな らな
いので あ る。
この教育 の具体的方法 としては、「愛 、信頼 、感謝」 とい う内的感情 と外的態度 が及 ぼ され る対
象 として の神 自体 の存在 を子 どもに確信 させ る前提 とな るべ き母 の存在 が基礎 とな る。彼 は 「母
の書 は子 どものために神 の 世界 を開 いて くれ る。 …… い つ さいの ものの うちに彼女 は神 を示す」
3つ
と述 べ て い るよ うに、子 どもは母親 の最 の純粋 な愛 の言葉 によ つて 自然 と世界 を示 され 、それ
らす べ ては神 の創造 に よる ものである ことを知 つて 、創 造主 に感謝す るよ うにな る。 そ して 、母
「子 どもの精神 的形成 と道徳的形成 とを調和す る段 階 の第 一 歩 が こ う
との 関 わ りの状況 に よ つて 、
して 開 かれ る」 3'の で ある。 つ ま り、神 の認識 、信仰 へ 至 る道 は 、 まず母 と子 にお ける感 覚的 、
感情的側 面 での交わ りを通 して 、 正 しい知 識 、 心理 の なかに神 を啓示す る子 どもの教育 の 「精神
的形成」 と 「道徳的形成」 の調和 、統 一が母 に よつてな され なけれ ばな らな い こ とが基礎 とな つ
てい る。母 の 「愛」が 常 に教 育 の核 心 をなす もの として語 られ てお り、「愛」 が 「道徳的形成 」 の
「精神的形成」との 関 わ りの 可能性 を も示 してい る。母 の「愛」
み に とどまる もの としてではな く、
こそが根源力 として教 育 を基礎 づ けるもの としてあ らわ され てい る。
さらに、究極 的 には危機 的状況 を克服す る法則 は 「自己否 定 の愛」 である。 ペ ス タ ロ ッチ ー に
お いて は、 この法則 とは、「人間は 自分 ひ と りの ために この世 に在 るの ではな い とい うこ と、彼 は
ただ彼 の 同胞 の完成 に よ つて の み、 自分 自身 を完成す る」30と ぃ ぅ自己否 定 の愛 である。言 い 換
えれ ば、人 間は成長過程 のある時期 に、親 を離れ神 を捨 て る とい う裂 け 目を生 じた危機 的状況 が
訪れ るが、そ の状況 を克服 させ る唯 一 の道 は、母 と子 の 間 にある生活 体験 と しての 「安 らぎ」 の
関係 であ り、また母 の 「自己否定 の愛」 を基盤 とした連 続的 な方法 によるものである。子 どもの
無条件 に愛す る素朴 な父母 あるが ゆ えに、子 どもは この愛 の なかで愛 を生 きよ うとす る。そ して 、
子 ども自らもそ の父母 が 自分 を愛 して くれ た よ うに、 自分 を献 げて他者 を愛す る ことに生 きよ う
とす る。愛や感謝 を徳 日概念 として知的 に理 解す るので はな く、具体的 な家庭 生活 の なかで父母
は愛 を生 きる こ とに よつ て 、父母 の愛 に感謝 し、 自らも、 自分 は 「自分ひ と りの ために この世 に
あるので はな い」 とい うこ とを実感 し、 自己否 定 の愛 を生 きて い くのであ る。 つ ま り、家庭 にお
ける 「安 らぎ」 の あ る人間関係 は 、人間 が人 間 と して愛 を享受 し、愛 を与 えて くれ るものに感謝
し、 自らも他者 の ために 自己否定 の愛 を生 きる教育 の源 泉 である。 ペ ス タ ロ ッチ ー にあ つて は 、
この人間的 「安 らぎ」 の 関係 こそ 自然 の教育であ り、人 間教育 の 出発 点であるばか りか 、学校教
育 において も、 この 関係 をそ の基礎 とす べ きである と主張 す るので ある。
この よ うに 、ペ ス タ ロ ッチ ー は母 の神 へ の信仰 心ない し母 の 「自己否 定 の愛」 こそが子 どもに
神 を知 らせ 、神 に立 ち返 らせ 、同胞 のために生 きる 自己否 定 の愛 を教 えるこ とにな る。 そ して 、
子 どもは母 の愛 に触れ るこ とに よつて 、 自己 の なかに愛 、信頼 、感謝 の道徳感情 を育成す るの で
ある。 この危機 的状況 を克服す るため の飛躍 を可能 にす るもの は、連続 的教育 の基本形態 であ る
母 と子 の 関係 にお ける こ う した母 の態度 の なかにある。
むす び
ペ ス タ ロ ッチー は 、子 どもの 「愛 と信頼 と感謝 の感情」は、「主 と して幼児 と母親 との 関係 か ら
生 じて くる」30こ とを根底 にお き、それ らを子 どもの心 に育成 し習慣化 しよ うとした。それ ゆ え、
教育 関係 の 営み に とつ て 、母 と子 の 「自然 の 関係 」 を基 調 とし、 そ の 中で育 まれ る人間的 な感情
と しての 「愛」 を不可欠 の前提 とした のであ る。彼 が 、親子 関係 を教育 の原 点 にす る こ とは 、教
育関係 が感覚的で感情的側 面に よつて強 く結 ばれ る こ とを示 してお り、そ の感覚的、本能的契機
である母 の子 どもへ の 「愛」 が教育関係 を成 り立たせ る要因である。 このよ うな母 と子 の相 互的
かかわ りは、相互 に 自己否 定 しつつ それぞれ を絶対的な 自己 として 肯定的 に包み込み 、 そ の本質
的契機 の愛や信頼 に よって相 互 を人格 的に生か し合 う関係 である。
親子 関係 にお ける雰 囲気 は、相互的信頼 を基盤 とし、 この よ うな関係 が成 立 すれ ば 、子 どもは
親 の も とで安 らぎを感 じるのであ る。 この よ うな親子 関係 が さらに質 の 高 い もの とな るには、人
生 の経験 に よる人 間 の深 さが要求 され 、 この人間 の深 さが 「愛」 とい う善意 になってい くので あ
る。 そ して 、そ うい う人間 にな つ て い くこ とは、 自信 を もつて相手 に関わるこ とがで きる人 間 で
ある。 したが つて 、親子 関係 の相 互 行為 は 、子 どもも親 もそ の異世代 間 の相 互 作用 を図 りつつ 人
間形成 が成 され て い く過程 であ り、子 どもも親 も成長 してい く過程 で もある とみ ることがで きる。
註
:
1)ボ ルノー著 峰島旭雄訳 『 実存哲学と教育学』 理想社 1970年 237頁
2)ペ スタロッチー著 長田新編 『ペスタロッチー全集』第 1巻 『隠者の夕暮』 平凡社
377頁
3)ペ ス タ ロッチー著 長 田新編 『 ペ ス タ ロッチー全集』第 1巻 『 隠者 の夕暮』 平凡社
1974年 370頁
4)ペ スタ ロ ッチー著 長 田新編 『 ペ スタ ロッチー全集』第 10巻 『 基礎陶冶 の理念に関す る
見解 と経験』 平凡社 1974年 65頁
5)前 掲書 65頁
19744「
5
6 7 8
ペスタロッチー著 長田新編 『ペスタロッチー全集』第 8巻 平凡社 1974年 205頁
同上
ペスタロッチー著 長田新編 『ペスタロッチー全集』第 10巻『 基礎陶冶 の理念 に関す る
見解と経験』 平凡社 1974年 63-64頁
9)ペ ス タ ロ ッチー 著 長 岡新編 『 ペ ス タ ロ ッチー全集』 第 8巻 平凡社 1974年 205頁
10)前 掲書 205頁
11)前 掲書 205頁
12)前 掲書 205頁
13)前 掲書 206頁
14)前 掲書 206頁
15)前 掲書 206頁
16)前 掲書 206頁
17)前 掲書 206頁
18)前 掲書 206頁
19)前 掲書 207頁
20)前 掲書 207頁
21)前 掲書 208頁
22)前 掲書 208頁
23)前 掲書 208頁
24)前 掲書 208頁
25)前 掲書 20卜 209頁
26)前 掲書 212頁
27)前 掲書 21■ 215頁
28)前 掲書 214頁
29)前 掲書 213頁
30)前 掲書 213頁
31)前 掲書
32)前 掲書
33)前 掲書
34)前 掲書
215216頁
216頁
219頁
205頁
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