...

2 初産牛に続発した乳房炎への対応

by user

on
Category: Documents
31

views

Report

Comments

Transcript

2 初産牛に続発した乳房炎への対応
2 初産牛に続発した乳房炎への対応
○山本健晴 南波ともみ 吉崎 浩 岩倉健一
要 約
平成 25 年 7 月 3 日に岩手県より八丈島内の酪農家に導入された初任牛 6 頭の内 2 頭が、8 月に分娩後
相次いで乳房炎を発症した。1 頭目の出産予定日は 8 月 9 日であったが、8 月 6 日に死産し、翌日、乳房
炎を発症して死亡した。2頭目は、8 月 14 日に正常分娩したが、乳房炎を発症した。1 頭目および 2 頭
目の牛の乳汁細菌検査ではいずれも環境性細菌が分離され、ストレスを背景として環境性細菌により発
症したものと考えられたため、乳房炎発症防止のために、1)血液検査による代謝プロファイルテスト、2)
サーモグラフィを用いた飼養環境温度分析、3)ティートシールを使用した物理的乳頭防御の 3 点の対策
を行った。代謝プロファイルテストでは、エネルギー・蛋白質不足が見られたため、給与飼料メニュー
を作成し農家に対して説明会を実施した結果、給与飼料が改善された。サーモグラフィによる分析では、
高度な暑熱環境であることが伺えたため、畜舎に寒冷紗を設置した。ティートシールを装着した牛では、
臨床型乳房炎を発症しなかったことから、新たに牛を導入する際は出産前にティートシールを使用する
よう改善がなされた。今後は、引き続きストレスを軽減するような飼養管理指導を行うと共に、ティー
トシールをより効果的に使用することで分娩後の乳房炎発生を防ぐことが必要であると思われた。
はじめに
発生の経緯と細菌学的検査の概要
東京都家畜保健衛生所八丈支所(当所)は、こ
発生の経緯:平成 25 年 5 月 26 日、当所管内唯一
れまで八丈島牛乳の生乳安定生産や消費拡大の取
の酪農家が廃業し、生乳生産が一時停止したこと
り組みを支援すると共に、家畜飼育指導や衛生指
を受けて、同年 7 月 3 日、牛乳工場経営者が岩手
導に取り組んできた。しかし、酪農家は減少し続
県二戸市よりジャージー種の初妊牛 6 頭を導入し
け、平成 25 年 5 月に管内最後の酪農家が廃業し、
た。その際、
飼養地が確保できていなかったため、
島内における生乳生産が停止した。
廃業した農家の敷地内で飼養した。同年 8 月 6 日、
これを受けて島内の牛乳工場経営者が、同年秋ま
導入牛 1 頭目(牛 A)が死産(分娩予定日は 8 月
でに島内牛乳供給の復活を目指して急遽他県より
9 日)
し、
その後当該牛は死亡した。同年 8 月 14 日、
ジャージー種の乳牛 6 頭を導入し、生乳生産のた
導入牛 2 頭目
(牛 B)
が出産した。正常分娩したが、
めの乳牛飼養を開始した。導入牛はいずれも初任
乳房炎を発症した。
牛であったが、出産後に乳房炎が相次いで発生し
細 菌 学 的 検 査: 牛 A か ら 採 取 し た 乳 汁 の 細
た。乳房炎の発生を防ぐため、複数の対策を行っ
菌 培 養 検 査 に よ り Klebsiella pneumoniae、
た結果、一定の知見と成果が得られたのでその概
Enterobacter cloacae、Lactococcus lactis spp.
要を報告する。
および coagulase-negative staphylococci(CNS)
が分離された。また、牛 B から採取した乳汁の細
菌培養検査により Klebsiella pneumoniae およ
平成25年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2015)
- 5 -
び CNS が分離された。
環境温度を測定し飼養者に示した。
また、敷料として使用されていたカヤ、サ
ティートシール:乳頭の物理的防御としてティー
サおよびオガ粉等の環境材料について細菌培
トシールの使用を提案した(図 2)
。これは乳頭
養 検 査 を 行 い、 各 材 料 か ら Pantoea spp. ( カ
にサシバエがたかっていることが確認されたた
、Serratia
ヤ)
、Staphylococcus lentus ( サ サ )
め、サシバエを介した乳房炎原因菌の伝播を防ぐ
marcescens (ササ)、Staphylococcus sciuri (サ
と共に、環境中からの乳房炎原因菌の侵入を防ぐ
サ)
、Lactococcus lactis spp. (オガ粉)および
目的で行った。使用した製品は Westfalia-Surge
Enterobacter cloacae (オガ粉)を分離した。な
Inc. 製造、オリオングループ販売の商品名『DRY-
お、環境材料から分離された細菌の一部は乳房炎
OFF』であり、天然ゴムを主成分とした保護シー
から分離された菌と同一菌種であった。
トである。使用方法は製品をカップ等に注いで一
定時間置いて表面に膜を作り乳頭にディッピング
乳房炎防除のための対策
し、その後、乾燥するまで待つ。分娩 7 ~ 10 日
導入牛 2 頭が分娩後に続けて乳房炎に罹患し、
前から装着する。実際にティートシールを使用し
その後 4 頭が出産予定であったため(表 1)
、当
たのは 6 頭中 2 頭であった。
所では乳房炎発生を防ぐため以下の対策を行っ
対策による成果
た。
代謝プロファイルテスト:導入牛は八丈島到着後、
代謝プロファイルテストの結果、特に総コレス
配合飼料は給与されず野草と少量のフスマのみを
テロール値(T-cho)や血液尿素窒素値(BUN)
与えられており、
慢性的な栄養不足が予想された。
これを証明し、
また飼養者に効果的に伝えるため、
導入時と牛 A 死亡後の血液サンプルで血液生化学
検査を実施した。
飼養環境温度分析:導入牛は分娩日が夏季であっ
たことや、導入以前は岩手県で飼養されており、
八丈島に導入後、未経験の暑熱環境にさらされ
た(図 1)ことなどから、暑熱ストレスの影響を
受けたことが伺われた。そこでより客観的な温度
図1 導入牛所在地の気温(近似値)
データを得るためにサーモグラフィを用いて飼養
表1 導入牛の分娩予定日
図2 ティートシールの装着
平成25年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2015)
- 6 -
図3 説明会の実施
図4 サーモグラフィによる温度測定
が大きく低下していた。飼養者の理解が得られ易
表2 ティートシール装着効果
いように栄養状態を視覚化したグラフと共に給与
飼料メニューを作成して、説明会を実施した(図
牛
装着有無
PLtest
診断
3)
。その後、
給与飼料は徐々に改善されていった。
A
B
C
D
E
F
無
無
無
装着
装着
無
+
+
-
-
-
+
乳房炎
乳房炎
暑熱環境の改善策として寒冷紗の設置を指導し
た。それまで飼養牛は屋根の無いフリーバーンで
飼養されており、牛の体表温度は 40℃以上、地
面は一部がコンクリートで覆われ、表面温度は
乳房炎
60℃に達することもあった(図 4)が、寒冷紗の
設置場所では直射日光が当たらないためか、体感
で、分娩後、乳房炎を続発したと考えられた。当
温度は低く感じられた。
所では更なる乳房炎の続発を防ぐため、ストレス
ティートシールを使用しなかった 4 頭中 3 頭が
を軽減する対策を講じた。
乳房炎に罹患したのに対し、使用した 2 頭では臨
導入牛は短いものでは分娩約 1 ヶ月前に導入さ
床型乳房炎の発生が見られなかった(表 2)
。飼
れ、急激な飼料の変更が起こりルーメン内微生物
養者自身も効果を感じたためか、今後、分娩の際
の順化が追いつかなかったこと、また、飼料の絶
にはティートシールを使用していくことを決め
対的量も不足していたため、慢性的栄養不足に
た。
陥っていたと推察された。当初から飼料不足は口
頭で指導していたが、飼養者は理解できず飼料の
考 察
変更は行われなかった。しかし、牛 A の死亡後、
乳房炎を発症した牛から採取した乳汁および環
血液生化学データを視覚化して示すことで、徐々
境材料を用いた細菌学的検査成績から、乳房炎の
に飼料は改善されていった。現在は粗飼料と配合
発生は牛どうしの関係という点では疫学的に無関
飼料を島外から購入すると共に、わずかではある
係であり、環境材料中に存在する細菌が乳房炎の
が自家飼料と、島内野草を刈り給与している。
発症に関与したものと考えられた。
暑熱はストレスとして大きな要因であったと思
一般的に未経産牛での乳房炎の発生頻度は、経
われる。しかしながら寒冷紗の設置後、台風 26
産牛に比べると高くないが、本事例は導入された
号の影響で飼養していた廃業農家の搾乳舎が倒壊
初妊牛が分娩前に様々なストレスを受けたこと
して飼養場所を移さざるを得なくなり寒冷紗は使
平成25年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2015)
- 7 -
用出来なくなった。幸運なことにその後は島内の
予定日からずれたためティートシールを装着でき
気温が下がり暑熱の影響は無くなったが、来年以
ず乳房炎を発症したが、その他の牛は初妊牛で適
降の暑熱対策を考える必要がある。
切にティートシールを使用し、平成 26 年 1 月時
ティートシールの効果が高かった要因として、
点では乳房炎は発症していない。
牛が初妊牛であったため潜在的な感染が無かった
当初の予定よりは遅れたが、平成 25 年 12 月
ことと、装着するタイミングが分かりやすかった
26 日に八丈島牛乳は島内主要スーパーでの販売
ことが挙げられる。一方で問題点として牛の歩行
が再開された。平成 26 年 1 月現在、生乳の体細
により剥がれやすいことが分かった。装着後は牛
胞数は 10 万 /ml 以下で推移している。今後は引
を観察し、剥がれていることが確認されたら再度
き続きストレスを低減させるような飼養管理指導
装着するよう指導している。また、平成 25 年 11
を行うと共に、ティートシールのより効果的な利
月に山梨県より新たに妊娠牛 4 頭が導入された。
用により乳房炎の発生を防いでいく。
これらの牛のうち 1 頭は経産牛であり、分娩日が
平成25年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2015)
- 8 -
Fly UP