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MOD(金属有機化合物分解法)による薄膜形成技術

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MOD(金属有機化合物分解法)による薄膜形成技術
河 原 正 美*
酸化物薄膜の代表的な製膜方法として,スパッタ法,EB 蒸
着,CVD 法などがあげられ,広い産業分野で応用されている。
これ以外に化学的な手法を用いる MOD 法がある。
MOD 法とは,「Metal Organic Decomposition(金属有機化
合物分解法)」の略称で,金属の有機化合物を主成分とする溶
液を塗布して液膜化し,乾燥・焼成処理を施すことで酸化物薄
膜を形成するシンプルな手法である。今回はこの MOD 法とい
う薄膜形成法を実例をとりあげながら紹介していく。
MOD 材料の開発ブームは 15 年程前で,成膜法
その理由として,材料のバリエーションが豊かで
としては比較的歴史が長く,技術分野でありながら
あり,組成・成分などのカスタマイズがし易いこと,
も,材料の好適化や成膜プロセスの研究改良が進め
初期コストが比較的少ないこと,シンプルな薄膜形
られており,今でもさまざまな分野で用いられ,さ
成法であり導入が簡便なことなどがあげられる。
らなる応用も期待されている。その反面,
「MOD 材
研究用途だけでなく,産業分野ではガラスの表面
料とは何か」といった問い合わせが当社に寄せられ
コートや,セラミックス材料の表面改質,強誘電体
ており,先端産業に関わる若手の技術者の中には,
メモリなどの最新技術にも応用されている(表1)。
知らない人も多くなってきたようである。
この記事の執筆依頼を頂いた際,MOD 法は目新
MOD 材料の一般的合成法
しい技術ではなく,この手法で成膜した透明導電性
薄膜である ITO 薄膜も,電極用途としては抵抗値
も高いため,寄稿を躊躇したが,広い分野の方に今
MOD 材料の一般的な合成法には,大きく分けて,
①金属の有機酸塩を溶液化する手法と,②アルコキ
一度 MOD 法という手法に触れて頂きたく,材料の
紹介を主に,金属酸化物薄膜の形成法の原理や実例,
応用の可能性について紹介していく。
MOD 法の応用分野
表1
主な MOD 材料の応用分野
薄膜組成
応用分野
ITO,AZO
透明導電膜
SnO2―Sb2O3
静電防止膜
(BaSr)TiO3系
機能性セラミックス薄膜の多様化・高機能化に対
する期待が高まる中,それらの初期特性評価や可能
性を探るための試験研究材料としても MOD 材料は
優れている。
*Kawahara Masami
(株)高純度化学研究所 ファインマテリアル部 製造技術課
課長代理
2008 年 5 月号別冊
高誘電体メモリ
高周波フィルタ
SrBi2Ta2O12系
強誘電体不揮発性メモリ
Pb(ZrTi)O3系
圧電体膜
SiO2,Y2O3
絶縁膜,保護膜など
ZnO,TiO2
紫外線防止膜
SiO2―P2O5
Siウェハへのn型拡散材料
159
シドなどを加水分解してコロイド溶液状にしたゾル
形成した際に主成分の析出が起こり,表面が粗れて
ゲル法の2製法がある。
しまうことがある。この問題を回避するために,各
¸ 有機酸塩分解を用いる場合の製法(図1)
金属有機酸塩の物性に応じて融点・沸点の異なる有
主に使用される原料は,金属の無機化合物や金属
機酸や有機溶剤を調合し,乾燥したときに均一な液
単体,アルコキシドなどで,そこから種々の化学反
膜が形成されるように工夫されている。
応を用いてカルボン酸塩,βジケトナートなどの金
¹ ゾルゲル法を用いる場合の方法(図2)
属の有機化合物とする。これらの塩類は一般に有機
アルコキシド類を加水分解し,Metal ― Oxide の
溶剤に可溶であり,酢酸エステルなどに溶解できる。
結合を多数持つ高分子の重合体とする。高分子化し
比較的溶解度の低い有機酸塩類の場合は,塗膜を
すぎて固化(ゲル化)したり,沈殿が生成しないよ
う,溶液の pH を調整し,溶液中に分散したゾル液
とする。
Mx(原材料の無機化合物)
MOD 法による成膜方法
(化学反応)
前述のような製法で合成した MOD 材料溶液を基
カルボン酸塩 M(RCOO)n
有機溶剤へ溶解
図1
塗布(ディップコート/スピンコートなど)
有機酸塩分解を用いる製法
乾燥
(有機溶剤を除去する)
(ゾルゲル法材料の場合はゲル膜化する)
アルコキシドなど
仮焼成
加水分解
(熱処理を施し,有機物を分解,揮発させる)
分子中に(―M―O―M―O―)n の構造をもつ
焼成
高分子重合体の溶液
図2
ゾルゲル法を用いる製法
写真1
160
(酸化物化,緻密化,結晶化)
図3
MOD 法による成膜
基板を回転させ,基板上
基板をMOD材料溶液に
へMOD材料溶液を滴下
浸漬してゆっくりと引き
し,遠心力を用いて薄膜
上げ薄膜を形成する。大
とする。
型基板に向いている。
スピンオンコート法
写真2
ディップコート法
電 子 材 料
写真4
周期律表状に並べた MOD 材料
120
20
15
100
TG(%)
80
DTA(μV)
60
5
0
−5
40
DTA( μV )
10
−10
TG(%)
20
0
写真3
MOD 法による ITO 薄膜の断面 SEM
−15
0
200
図4
400
温度(℃)
600
−20
800
ITO コート材料の TG―DTA
板に均一に塗布する。手法としてスピンオンコート
法(写真1)とディップコート法(写真2)の2つ
MOD 法応用のメリット
が主に用いられている。
液膜を形成してから乾燥し,膜状となった金属有
この材料のメリットはなんといっても「液体」で
機化合物に焼成処理を施すことで有機酸成分が熱分
あることである。代表的な2製法のうち,有機酸塩
解・燃焼・揮発し酸化物薄膜が残るという仕組みで
分解を利用した MOD 材料は,さらに「バリエーシ
ある(図3)。
ョンの多さ」があげられる。当社の MOD 材料の品
成膜例として,ITO 薄膜を写真3に示す。
揃えも,周期律表を大きくカバーするものである
(写真4)。
MOD 材料溶液を混合することで,任意比率の調
2008 年 5 月号別冊
161
Air
シート比抵抗(Ω・cm)
シート比抵抗(Ω・cm)
0.30
0.3
0.2
0.1
0
N2
0
図5
50
100
150
形成膜厚(nm)
200
焼成雰囲気による ITO 薄膜の特性変化
0.20
0.10
0.00
ITOのみ
図6
SiO2下地
下地層による ITO 薄膜の特性例
合が簡単であり,溶液中に均一に混在させることが
できる。比率や膜厚を変えた試作は,スパッタリン
グ法,CVD 法などに比較し,MOD 材料を用いる
と簡単に試験が行える。
ITO 薄膜の成膜
例として,ITO 薄膜用 MOD 材料(商品名: ITO
― 05C)の例をあげる。これは In2O3 と SnO2 それ
写真5
SrGa2S4 : Eu 薄膜の蛍光
ぞれの金属有機酸塩が,酸化物の質量%比で 95 :
5 になるように有機溶剤へ溶解されており,濃度は
酸化物換算で約5%となるように調整されている。
保護膜用 SiO2 の成膜例
図4は ITO 薄膜用 MOD 材料の TG ― DTA である。
100 ℃近辺の低温域で主溶媒が乾燥・蒸発し,
ゾルゲル法を利用した MOD 材料の代表例は
350 ∼ 450 ℃に発熱ピークがあり,有機物の燃焼
SiO2 薄膜用 MOD 材料料である。(商品名: Si ― 0
が起きている様子が観察される。
5S)この材料を用いて,ITO 薄膜の下地保護膜と
この ITO 薄膜用 MOD 材料を用いて,ガラス基板
して使用し,特性に変化が現れるか簡易的な実験を
へ ITO 薄膜を形成し,塗布回数(膜厚)や,最終
行った。製膜に使用したガラス基板に含まれるアル
焼成の雰囲気を変えて処理した(図5)。
カリ成分が抵抗値に影響を与えると考え,ITO 薄膜
比率は添加される各有機酸塩の量を調整すればよ
く,膜厚は濃度や,スピンコート時の回転数,ディ
ップコートであれば引き上げ速度などでコントロー
ルができる。
の下層部に SiO2 膜を保護層として製膜した場合の
薄膜抵抗値の変化を比較した(図6)。
特に目新しいデータでもなく,それぞれの膜特性
はスパッタ法に比べると低いが,MOD 法を用いる
ことで,このような試作は非常に簡易であるという
162
電 子 材 料
400
Si
300
回折強度
○
○
200
○
100
○
○
0
0
20
40
60
2θ
図7
MOD による SrGa2S4 : Eu 薄膜の XRD
大気中焼成にて酸化物薄膜を形成した。その後硫黄
発光強度(AU)
ガス雰囲気中にて硫化処理を施した。図7は得られ
た薄膜の X 線回折測定の結果である。
MOD 法により,目的物質 SrGa2S4 : Eu の結晶
MOD法薄膜
母体となる SrGa2S4 相の形成が確認された。
同じ組成の MOD コート材料をアルミナ基板上に
Bulk
製膜し,ブラックライトを照射した。形成した膜厚
は約 0.2μm であり,写真5のような緑色の発光が
425 450 475 500 525 550 575 600 625 650
波長(nm)
図8
SrGa2S4 : EuPL 発光特性
点を見て頂きたい。
硫化物蛍光体薄膜を MOD 法で成膜する
観察された。
簡易的に発光スペクトルの測定を行ったところ,
図8のような発光スペクトルが得られ,硫化物蛍光
体 Bulk の特性とほぼ差異のない結果となった。
□
MOD 法は,熱処理が必要というデメリットがあ
無機 EL ディスプレイ用途として,各種プロセス
るが,より熱分解しやすい組成や有機成分の追求に
による硫化物蛍光体の研究開発が行われている。こ
より,低温成膜化などが研究され,いまだ各分野で
の硫化物蛍光体薄膜の作製を MOD 法で試みた。
利用されている。また,MOD 法で得られた薄膜特
今回は緑色蛍光特性を示す SrGa 2 S 4 : Eu を製
性はスパッタや CVD 法には及ばないといわれつつ
膜するため,Sr および Ga の MOD 材料溶液を mol
も,優位に立つ事例もまだまだ多く聞くことができる。
比で 1:2 になるように調製し,そこへ Eu の MOD
今回いくつかの成膜事例を紹介した。MOD によ
材料を 4mol %添加した。
スピンコート法にて Si 基板上へ製膜した薄膜を
2008 年 5 月号別冊
る薄膜成膜法が,研究開発の支援に役立てられ,新
しい可能性を見い出して頂けると幸いである。
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