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日本企業の国際競争力と海外進出

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日本企業の国際競争力と海外進出
Journal of JBIC Institute
ISSN 1345-238X
Journal of JBIC Institute
■〈巻頭言〉人間の安全保障
■ 日本企業の国際競争力と海外進出
■ 日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から見た今後の展望
■ SDRM −IMFによる国家倒産制度提案とその評価−
■ 中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題
■ 世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ
本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務
参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する
もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解
ではありません。
開発金融研究所
CONTENTS
〈巻頭言〉
人間の安全保障 ………………………………………………………………………………………2
開発金融研究所長
丹呉 圭一
〈海外直接投資〉
日本企業の国際競争力と海外進出
―
『空洞化』
の実態と対応策― ………………………………………………………………………………4
学習院大学経済学部教授
宮川 努
日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から
見た今後の展望 ……………………………………………………………………………………20
開発金融研究所
豊田 健
〈法・制度〉
SDRM
―IMFによる国家倒産制度提案とその評価― ………………………………………………………38
開発金融研究所主任研究員 荒巻 健二
〈国際金融〉
中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題
慶應義塾大学総合政策学部助教授
………………………82
白井早由里
〈国際機関の視点〉
世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ …………104
開発金融研究所主任研究員 島本晴一郎
JBICI便り ………………………………………………………………………………………………111
開発金融研究所総務課
開発金融研究所報 第15号
Journal of JBIC Institute
人間の安全保障
開発金融研究所長
丹呉 圭一
冷戦が崩壊し、GLOBALIZATIONが進展していく中で、これまでになかった
色々の現象が現れてきた。
その第1は、従来国家が責任を持って解決すべき問題であった政治不安定、貧困
と失業、不法移民、医療保健の安全、食品食料の安全、麻薬や密輸・武器流出によ
る治安の悪化、依然として残っている偏見と差別、環境悪化、等の問題が個人の日
常生活レベルの問題となってきていることである。
第2に、「9.11」以降、テロは地球上のどこか特定の地域にのみ起こる現象では
なくなったことである。民族・宗教・集団・グループを政治的・経済的に疎外し、
その孤立化を進めることが、現状(改革)への絶望感を生み出し、極端な
IDENTITYを強調することとなり、これがテロの原因の一つとも言われる。この
政治的・経済的疎外や孤立化の進展は開発途上国にだけ起こっていることではな
い。先進国を含む全世界のすべての地域で起こりうる可能性をもつ事柄である。
第3に、多くの紛争がかつての国家間の戦争という形式から国内紛争や内戦の形
をとり、これらの紛争や内戦の多くが開発途上国で起こっていることである。紛争
の共通点は、民族的・宗教的対立、多数者支配対少数者抵抗の形であらわれ、その
影響は、弱者・権力をもたない層(女性・子供)の自由や基本的人権を脅かし、ま
た伝染病の蔓延等社会的環境的生活面で顕著に表れている。
こうした、人間の基本的生存権を脅かす問題に対して、国連のKOFI ANNAN事
務総長は「恐怖からの自由・欠乏からの自由」という表現で、
「人間の安全保障」の
重要性を訴えた。この人間の安全保障という言葉についてはその曖昧さと不明瞭さ
を指摘する者も多いが、その今日的意義を否定する者はいない。
この「人間の安全保障」とは次のように言い得るであろう。
「①GLOBALIZATIONと相互依存関係が進展する中で、顕在化してきた新し
い脅威に対して、人間自身が身を守るための力をつけるというPROCESSを通
じて、包括的な対応のあり方を提示しようとする考え。
②国家と個人の間を繋ぐ市民社会やCOMMUNITYに焦点をあて、人々の保護
とEMPOWERMENTを強化し、従来の「国家の安全保障」を補完することに
より、より幅広い脅威に対応しようとする考え。
4
開発金融研究所報
③これまで国際社会には「人権」や「人間開発」等の概念が存在しているが、
それらを統合し、また両立させる考え。」
現在、開発途上国の多くで紛争が起こり、その解決に国際機関を始め、多くの国
家・政府・団体・NGO・そして個人が係ってきた。その誰もがこうした紛争が二
度と起こらないようにするために何をするべきかについて思いをはせ、いろいろな
考えや意見交換を通じ国際的な枠組みつくりを進めている。紛争が起これば、紛争
を(外から)終結させ、平和構築をし、復興支援をする。いつもこうした国際的な
平和構築と復興支援行動は活動として高く評価されているが、実は、その裏には紛
争地域の人々の悲惨な生活があることを忘れるわけにはいかない。こうした紛争は
なぜ繰り返し起こるのか。その原因はどこにあるのか。
一部の人々は、開発途上国の遅れた政治的・経済的・社会的構造を指摘し、選挙
制度・自由経済システム、教育・保健・医療制度の整備など、先進国の国家運営の
やり方を導入しようとする。しかし、先進国のやり方はその過去の歴史を見れば分
かるように、多くの血と汗の結果として築き上げたものであり、そのやり方も国ご
とに異なる。
また一部の人は先進国の国家運営のやり方そのものではなく、開発途上国の歴史
的・民族的・宗教的特徴と両立させながら、紛争の原因となる普遍的な要素を抽出
し、これに焦点を当てようとする。その一つとして指摘されるのが「差別」である。
「差別」には、「差別する側」があり、「差別する方法」がある。一般的に「差別
する側の論理」とは「多数による少数の差別」であり、それによる「利益の独占的
かつ構造的な確保」である。また、その「差別する方法」は伝統的には「力による」
ものであるが、「力による差別」は「物理的な力・暴力的な力」から「数や量によ
る力・多数による力」に形を変えてきている。しかし、結果として「少数の差別」
にどれほどの変化があったろうか。一般的に、いかなる国家・社会・集団・組織で
も、「多数の論理・やり方」が「少数意見の無視・少数者は多数者のやり方にした
がえ」という「強者の論理=抑圧」に変わる時、それらの集団は紛争という要素を
将来的に抱え込むこととなる。
「人間の安全保障」は「新しい概念」であるが、そこで主張されている「個人の
生存と尊厳」については、古代ギリシャ以来多くが語られてきた。しかし、その多
くが実行されてきたのだろうか。もし、ほんのわずかしか実行されてこなかったと
したら、その原因は何処にあるのだろうか。
これから我々が一方的に、開発途上国の紛争を対岸の問題と考えていけば、
GLOBALIZATIONの中で、紛争や争いの原因の一つである「多数による抑圧」
「差別」の問題を正確に捉えることは出来ないであろう。GLOBALIZATIONの中
で考えるべき「多数による抑圧」「差別」の問題は、先進国・開発途上国を問わず、
国家・市民社会・集団・組織・個人等のレベルで、それらを生み出してきた国家や
社会、組織のシステム、規則・ルールをどう変えていくかという問題でもある。
2003年3月 第15号
5
日本企業の国際競争力と海外進出
―『空洞化』の実態と対応策 ―*1
学習院大学経済学部教授 宮川 努
要 旨
1990年代から続く日本経済の長期低迷は、80年代に生産性の低迷に苦しんだ米国経済の状況に似て
いる。当時の米国も日本企業の技術的追い上げに対して、自国の製造業が不振となり、生産拠点を海
外へ移転する動きがみられた。当時の米国にとっての日本は、現在の日本における韓国や中国に相当
する。しかし、こうした産業の国際競争力の変化と海外直接投資の問題を包括的、定量的に捉えた分
析は少ない。
リカードモデルを多数財に拡張したDornbusch=Fischer=Samuelsonモデルでは、各産業の国際競
争力は、労働生産性の相対比と賃金コスト比によって決まる。日本、韓国、中国の産業連関表や物
価・賃金統計を利用して、日韓間、日中間の生産性格差及び賃金コスト比を調べると、1980年当時は、
繊維や食料品などわずかな産業が優位性を失っていたに過ぎないが、2000年には日本の産業すべてで
優位性が失われている。この20年間に日韓間、日中間とも賃金コスト比が大きく縮小しているが、そ
れ以上に生産性格差が縮小した。特に日韓間では電機など一部の産業では、韓国の生産性が日本を上
回るまでに至っている。
ただしこの国際競争力は、為替レートの動向にも依存する。実際吉川教授にならって日韓間、日中
間の均衡為替レートを計測すると10-15%ほど円が高く評価されている。しかしより円が高く評価さ
れているのは日米間で、2000年時点での均衡為替レートは1ドル194円となる。
こうした日本産業の国際競争力の喪失は、海外直接投資を活発化させる。日本の問題点は、非貿易
財産業の低生産性が続く中で、生産性の高い電機産業などが海外へ生産拠点を移転していくことにあ
る。こうした問題への対応策として円の減価が考えられるが、米国の例をみるとそれほど有効とは思
われない。短期的には投資減税で、国内投資の収益率をあげ、長期的には、規制緩和、新産業創出な
どを通じて、産業構造の転換を図る必要がある。
Abstract
The long stagnation of the Japanese economy is similar to the US economy in the 1980s. Losing
international competitiveness in manufacturing industries in the 1980s was a major factor of the low
productivity growth in the US economy. Many factories of US firms moved to foreign countries like
Japanese firms in recent years.
The paper studies empirically why Japanese manufacturing firms have lost international
competitiveness and had an incentive to move abroad. According to Dornbusch=Fischer=Samuelson
model which extended Ricardian trade model to continuum of goods, international competitiveness of
an industry depends on relative labor productivity and relative wage between two countries. In 1980,
*1
4
本稿は、2002年11月19日に国際協力銀行開発金融研究所で行われた講演(
「日本企業の国内事業と海外進出の方向性 −『空洞
化』の実態と対応策−」
)をもとに書かれている。本稿の基礎になる資料の整備について、伊藤由樹子氏(日本経済研究センタ
ー副主任研究員)
、牧野達治氏(中央大学大学院経済学研究科)から多大な助力をいただいた。記して感謝したい。また中国の
データについては、劉徳強東京学芸大学教授から御教示をいただいた。記して感謝したい。
開発金融研究所報
Japanese manufacturing industries except few industries such as foods and textile maintained
comparative advantage to Korean and Chinese industries, because labor productivity gaps were
larger than wage gaps. However, all industries in Japan lost comparative advantage to Korean and
Chinese industries in 2000, because the relation between productivity gaps and wage gaps was
reversed in all industries.
Exchange rate also affects international competitiveness through wage gap. Calculating
equilibrium exchange rate studied by Professor Yoshikawa, Yen was overvalued about 10-15% to
Won and Yuan in 2000. However, international competitiveness in Japanese industries will not
recover even if current exchange rate converges to equilibrium exchange rate.
The declining international competitiveness has induced foreign direct investment(FDI)from
Japan. Japanese FDI was active in high productivity industries such as electric machinery and
transportation industries. This behavior has affected low productivity growth in the Japanese
economy.
Economic policies which restrain FDI and promote productivity growth in the Japanese
industries are as follows. In the short run, investment tax credit will increase rate of return on new
capital and stimulate domestic capital formation. In the long run, we have to make an effort to create
new industries with high productivity by promoting a structural reform.
第Ⅰ章 はじめに−80年代の米国、
90年代の日本−
一方供給側に経済低迷の要因があるとする論者
は、この10年余りの間に失われたのは、生産性の
上昇分に伴う所得であると考える。そして、労働
日本経済の混迷が深まるにつれて、1990年代か
時間の短縮に伴う労働投入量の減少や生産性の低
らの日本経済の軌跡をもう一度回顧し、その分析
迷が、潜在成長力を低下させ、その低下に対応す
を通して、これからの経済対策を考察しようとす
るように日本経済の成長率も下方シフトしたのだ
る問題意識が広がっている 。しかし、経済学の
と説明している*4。
*2
常として、この10年余りにわたる経済の評価です
しかし、これらの議論からは、現在産業界で最
ら定まったものはない。というより、これまで曖
大の問題となっている、東アジア諸国の経済発展
昧にされてきた論点がより先鋭化されて議論され
に伴う日本の各産業の国際競争力低下という視点
ているように見える。
が抜け落ちている。特に供給サイドから日本経済
そこでの議論の中心は、国内経済に関わるもの
を捉える場合は、東アジアや東南アジア諸国に技
である。すなわち、1990年から始まる日本経済の
術的にキャッチアップされたため、日本経済が80
長期低迷を、需要側から説明しようとする論者は、
年代のような高い生産性上昇率を達成できなくな
潜在GDPと現実のGDPとの乖離分(GDPギャッ
ったという考え方を検証する必要がある。
プ分)の需要が失われたと述べる。したがって、
現在をデフレ局面と考え、このデフレ局面から
彼らの主張は、標準的な財政拡張政策または一層
脱却する政策を検討する立場の論者は、現在の日
の金融緩和政策を使って、GDPギャップを埋める
本経済を1930年代に重ね合わせて分析を行ってい
ことである 。
る*5。しかし、供給サイドに注目して過去の経済
*3
*2
*3
*4
*5
かつて、1990年代の終わりにもそれまでの10年を総括するような著作が出されたが、そこでは後に述べるような、需要側、供
給側のどちらかに偏った解釈は見られなかった。例えば、吉冨(1998)
、吉川(1999)
、奥村(1999)などを参照されたい。
この説の代表的な論者で、特に金融政策の誤りに重点を置くものとして野口(2002)がある。
日本経済の長期低迷を供給サイドから説明しようとする代表的論文は、Hayashi and Prescott(2002)である。
デフレ論の代表的著作としては、岩田(2002)をあげることができる。そして、1930年代の経済論議を現在に投影した著作と
しては、竹森(2002)がある。また定量的な分析としては、岡田・安達・岩田(2002)がある。
2003年3月 第15号
5
動向を教訓にするとすれば、石油危機以降の日本
短期間で収束させた要因であった*7。このように
経済の歩みと、1980年代の米国経済に着目すべき
過去の日本経済の景気回復と経済拡大は、必ず生
であろう。
産サイドの変化を伴ってきたのである。
最初に、1970年代以降の日本の景気回復につい
この点は米国の経験も同様である。1980年代の
て考えてみよう。第1次石油危機に伴う大きな景
初めにレーガンが大統領に就任した頃の米国は、
気停滞からの脱却は、赤字国債の発行を伴う大胆
インフレとデフレの違いはあるものの実体経済面
な財政政策であったが、最終的に日本経済を安定
では、現在の日本の状況と酷似していた。すなわ
成長に載せた要因は、エネルギー多消費型の重厚
ち生産性は、ベトナム戦争が終了した1970年代半
長大産業主流の経済から、省エネルギー、技術革
ばから低迷を続け、80年代初めには、10%を超え
新主導型の加工組立型産業が主流となる経済への
るインフレと失業を経験した(図表2参照)
。製造
転換であった。名目付加価値ベースでみて、化学、
業の国際競争力の低下も進み、産業空洞化の問題
鉄鋼などの重厚長大産業は、1970年には製造業全
は深刻であった。基幹産業の自動車産業は、省エ
体の42.7%を占めていた 。これに対し同年の機
ネルギータイプの車を安いコストで量産する日本
械系産業(一般機械、電気機械、輸送機械、精密
企業にシェアを奪われ、クライスラーは経営危機
機械)の比率は34.0%であった。それが1985年に
に陥った。製造業が海外での生産を志向するなか
は、前者が33.6%、後者が39.8%と逆転すること
で、次代の成長産業を見出せない状況は、かつて
になる。このような石油危機という大きな相対価
の日本を中国や韓国と置き換えれば、現在の日本
格の変化に対応した産業構造の変化が、80年代の
が置かれている状況そのものといえよう。
*6
安定成長の要因なのである(図表1参照)
。
産業空洞化の問題が、つい20年前に米国も経験
また1985年に起きた急激な円高に伴う不況も、
した問題であったことは、今日ではほとんど話題
財政・金融政策の支えはあったが、製造業に代わ
にすらのぼらないが、そうした記憶の空白こそが、
って非製造業が大きく伸びたことが、この不況を
現在における産業空洞化問題の分析の少なさを象
図表1
日本の産業構造の推移
100%
90%
サービス業
80%
運輸・通信業
不動産業
70%
金融・保険業
60%
卸売・小売業
50%
電気・ガス・水道業
建設業
40%
非機械系産業
30%
鉱業
10%
農林水産業
0%
*6
*7
6
機械系産業(一般、電気、輸送、精密)
20%
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
具体的な産業名は、繊維、パルプ・紙、化学、石油・石炭製品、窯業・土石製品、一次金属、金属製品である。
宮川・徳井(1994)第4章では、1980年代の半ばの円高によって実質所得が増加し、これが非貿易財である非製造業を活性化さ
せたプロセスを構造型VARモデルを使って実証している。
開発金融研究所報
図表2
1990年代の日本と1980年代の米国
経済指標
経済成長率
労働生産性変化率
消費者物価上昇率
マネー・サプライ増加率
失業率(最大値)
財政赤字/GDP比率(最大赤字幅)
日本(1990年代)
1.5%
1.2%
0.8%
2.7%
4.7%(1999年)
△7.8%(1999年)
米国(1980年代)
3.2%
1.4%
4.7%
7.4%
9.7%(1982年)
△4.1%(1983年)
注1: 財政赤字を除き、日本は『平成14年度 経済財政白書』巻末データより、
米国は、Economic Report of the President 2002巻末データより作成
注2: マネーサプライは、日本はM2+CD、米国はM2をとっている。
注3: 財政赤字比率は、OECD Economic Outlookより作成
ただし1980年代は68SNAベースで、90年代は93SNAベースという違いがある。
徴しているといえよう。これは、産業空洞化の問
拡張はどのように説明されるのか。深尾(1997)
題が、単に海外直接投資の問題に止まらず、国内
が述べるように、もし生産知識は両国で賦存量が
の産業構造転換を含めた多面的な側面を有してい
決まっているとすると、競争力で優位に立ちなが
るという理由に加え、個別の事例が強調されるこ
ら生産技術を有しない国は、生産技術を有する国
とが多く、全体を鳥瞰した議論が少ないことも影
からその技術を移転してもらわなくてはならな
響している。こうした問題意識から、本稿では、
い。この生産技術の移転を海外直接投資とみなす
この産業空洞化の問題をできるだけ定量的、かつ
ことができる。第Ⅳ章では、この海外直接投資の
包括的に捉えた議論を試みたい。
動向を簡単に調べ、それが必ずしも為替レートの
次節では、産業空洞化の原因となっている、諸
動きと連動していないことを示す。
外国、特にアジア諸国との産業別競争力をリカー
以上の産業別国際競争力の低下や海外直接投資
ドモデルを多数財に拡張したDornbusch=Fischer
の増加、すなわち所謂産業空洞化は、必ずしも経
=Samuelson(1977)Modelを利用して検討する。
済厚生上悪いことではなく、むしろ望ましいと考
Dornbusch=Fischer=Samuelson Modelでは、二
えるのが自然である。しかしながら生産性にばら
国間の貿易構造を決めるのは、両国の技術格差や
つきが残ったままで、各産業のウエイトが変化し
賃金コスト比である。本稿では、日韓、日中につ
ていくとダイナミックには生産性の低下が続く可
いて、この技術格差や賃金コスト比を調べ、日中、
能性がある。最終節ではこの産業空洞化に伴う課
日韓間で賃金コスト比の縮小以上に技術格差が縮
題を述べ、それに対する数々の政策の効果につい
小してきた事実を確認する。
て検討を行う。
Dornbusch=Fischer=Samuelson Modelでは、
各産業の国際競争力が変化すると、両国間の貿易
構造が変化していく。この貿易構造の変化に対し
て、貿易収支が均衡するように決まってくる為替
2 韓国、中国の台頭と日本産業の国際競
争力低下
レートが、長期の均衡為替レートと解釈すること
ができる。そこで、第Ⅲ章では、この均衡為替レ
1980年代後半以降のアジア諸国の発展は目覚し
ートの推移を日中、日韓について計測した結果を
く、その勢いは、97年のアジア通貨危機によって
報告する 。
も本質的に損なわれていない。そして、このアジ
*8
ここまでは、産業別にみた国際競争力の変化を
ア諸国の経済発展が近年の日本の各産業における
対象としたが、それでは「産業空洞化」という言
国際競争力の低下と産業空洞化問題の加速化につ
葉に代表される海外直接投資の増加や海外生産の
ながっていることは言うまでもない。かつて日本
*8
日中間で我々と同様の分析を行ったものとして、広瀬・森藤(2003)がある。
2003年3月 第15号
7
の産業は、米国や欧州の先進国を意識していたが、
もはやその対象は、アジア諸国、特に韓国や日本
へと移りつつある。しかし、こうした国際競争や
貿易構造の変化にもかかわらず、その変化を定量
図表3 Dornbusch=Fischer=Samuelson
モデルの概念図
賃金コスト比
生産性格差
生産性格差
的に捉えようとした試みは非常に少ない。そこで
本節では、産業空洞化の問題に入る前に、その背
景にある、日本産業の国際競争力の変化や貿易構
造の変化について定量的な観察を行う。
賃金コスト比
E
W
W*Z
分析の基礎となるモデルは、Dornbusch=
Fischer=Samuelson が 1977年 に American
A(Z)
Economic Review誌上に発表したモデル(以下
DFSモデルと呼ぶ)である。DFSモデルは、標準
Z*
0
的なリカードモデルを多数財に拡張して、貿易構
1
Z
造の変化や貨幣的撹乱の影響を調べたものであ
る。ここで紹介するのは、そのモデルのごく一部
を決めることはできない。自国の生産性が上回っ
であるが、簡単に概要を紹介すると、まず経済に
ているからといって、外国より必ずしも安い価格
はn種類の財が存在し、各産業は1種類の財しか
の財を生産できるわけではない。いま財iの国際
生産しないと考える。またすべて貿易が可能な財
競争力を自国と外国の間の相対価格で表すとする
であるとする。リカード・モデルであるから生産
と、
(1)式を利用することによって、
要素は労働1種類で、その投入係数をaとすると財
(または産業)iの生産Yiは、
1
Yi = ― Li
ai
(1)
となる。ここでpは財の価格、wは賃金率であり、
Eは自国通貨建ての為替レートである。自国が外
で表される。外国も同様の生産関数を有すると考
国に対して製品価格で優位性を有する状態とは、
えるが、生産性(投入係数の逆数)は財によって
相対的に自国の価格が、外国の価格より安くなる
自国と異なると考える。したがって自国の生産性
ことを意味するから、(3)式は1を上回らなく
が外国の生産性を上回る順に財を並べて生産性格
てはならない。その条件を書き直すと、
差を表現すると、
a a a
a
a
―>―>―>…>―>…>― (2)
a1 a2 a3
ai
anl
*
1
*
2
*
3
*
i
*
n
1
Yi = ― Li
ai
(4)
となる。
(4)式は、自国と外国の生産性格差が、
となる(*は外国を示す)
。
(2)式では、財1
賃金で測ったコスト比率を上回っていれば、その
における生産で、外国の方が自国に比べて1単位
財の価格競争力は自国が優位になることを示して
の生産に要する労働投入が多いため、生産性が低
いる。
いと考えることができる。この財の分布が[0,1]
図表3でこの賃金コスト比を与えてやると、
の間で連続であるとすると、(2)式は図表3の
[0,z*]の間に存在する財は、自国が価格競争力
右下がりの曲線として表すことが出来る。ここで
を有するため、自国から外国へ輸出が行われ、逆
zは財につけられたインデックスである。
に[z*,1]の区間に存在する財は、外国から自国
しかしこれだけでは、各財に関する国際競争力
*9
8
pi*E ai* wi*E
―― = ― ―― (3)
pi
ai wi
へ輸入される財となる*9。
本稿では、賃金コスト比を外生としているが、実際のDFSモデルでは、消費行動を含めることによって、財への需要関数を導
出し、賃金コスト比が内生的に決まることを示している。
開発金融研究所報
図表3の概念を、実際のデータを利用して図示
5倍あったが、その後20年間でその差は3倍程度
したものが図表4及び図表5である。ここでは、
にまで縮小している。一方生産性格差の方でみる
日本、韓国、中国の産業連関表、物価・賃金の統
と、80年当時は、あらゆる産業で日本の生産性が
計を使って、日韓間、日中間の生産性格差と賃金
韓国の生産性を上回っていた。ただしその中で、
コスト比の関係を示している。これをみると、ま
当時の賃金コスト比を上回って(すなわち(4)
ず日韓の賃金コスト比は、1980年に日本は韓国の
式の条件を満たして)、日本が価格競争力を有す
図表4
生産性格差と賃金コスト比(日韓)
9.000
8.000
7.000
6.000
生産性格差 (1980)
生産性格差 (2000)
賃金コスト比(1980)
賃金コスト比(2000)
5.000
4.000
3.000
2.000
1.000
0.000
輸
送
用
機
械
図表5
一
次
金
属
一
般
機
械
電
気
機
械
パ
ル
プ
・
紙
化
学
精
密
機
械
窯
業
・
土
石
製
品
金
属
製
品
食
料
品
繊
維
生産性格差と賃金コスト比(日中)
140.000
120.000
100.000
生産性格差 (1980)
生産性格差 (2000)
賃金コスト比(1980)
賃金コスト比(2000)
80.000
60.000
40.000
20.000
0.000
輸
送
用
機
械
一
般
機
械
一
次
金
属
窯
業
・
土
石
製
品
パ
ル
プ
・
紙
化
学
電
気
機
械
精
密
機
械
食
料
品
金
属
製
品
繊
維
2003年3月 第15号
9
る産業は、輸送用機械、一次金属、一般機械、電
上回る生産性格差を有し(すなわち日本が中国に
気機械、パルプ・紙、化学、精密機械で、窯業・
対し、生産技術上の優位性を保つ)、これを大き
土石、金属製品、食料品、繊維は、当時から価格
く下回る産業は、金属製品と繊維くらいであった。
競争力において優位性を失っていた。これが、
しかし2000年になると様相は一変する。まず名目
2000年になると、すでに生産性を比較した段階で、
為替レートが大きく元安(1円0.007元→1円0.077
韓国との優位性を失っている産業が現れている。
元)になったため、賃金の上昇率では中国が日本
昨今半導体で大きくシェアを奪われた電気機械を
を上回ったものの、賃金コスト比でみると、日本
初めとして、窯業・土石、食料品、繊維がこれに
は中国の49倍にまで逆に上昇した。生産性格差の
あたる。すでにみたように賃金コスト比は3倍で
面で見ると、日本は化学の23倍から繊維の6倍ま
あるから、生産性格差が急速に縮小した状況では、
で、あらゆる産業で技術的な優位性を保っている
日本が価格競争力を有する産業は1業種もないと
が、賃金コスト差をカバーするほどの優位性を有
いう状況である。
する産業はなくなってしまった。
次に日中間の産業別競争力をみてみよう。日中
こうした点は貿易構造の変化にも顕著に現れて
間でも韓国と同じく、1980年当時は賃金コスト比
いる。図表6、図表7は、日韓、日中について生
が28倍であったのに対し、多くの産業ではこれを
産性格差と賃金コスト比の比率と各産業の純輸出
図表6-1
対韓国 生産性格差/賃金コスト比と純輸出率の関係 1980年
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
輸
送
用
機
械
図表6-2
精
密
機
械
パ
ル
プ
・
紙
化
学
一
次
金
属
金
属
製
品
一
般
機
械
電
気
機
械
食
料
品
窯
業
・
土
石
製
品
対韓国 生産性格差/賃金コスト比と純輸出率の関係 2000年
0.5
0.4
0.5
0.3
純輸出率
0.2
生産性格差/
賃金コスト比比率
0.0
-0.5
0.1
0.0
-1.0
輸
送
用
機
械
開発金融研究所報
生産性格差/
賃金コスト比比率
繊
維
1.0
10
純輸出率
精
密
機
械
パ
ル
プ
・
紙
化
学
一
次
金
属
金
属
製
品
一
般
機
械
電
気
機
械
食
料
品
窯
業
・
土
石
製
品
繊
維
図表7-1
対中国 生産性格差/賃金コスト比と純輸出率の関係 1980年
純輸出率
生産性格差/賃金コスト比比率
1.0
4.5
4.0
3.5
0.5
3.0
2.5
0.0
2.0
1.5
-0.5
1.0
0.5
-1.0
0.0
一
次
金
属
化
学
図表7-2
輸
送
用
機
械
窯
業
・
土
石
製
品
パ
ル
プ
・
紙
一
般
機
械
精
密
機
械
電
気
機
械
食
料
品
金
属
製
品
繊
維
対中国 生産性格差/賃金コスト比と純輸出率の関係 2000年
0.5
1.0
0.4
0.5
0.3
純輸出率
0.2
生産性格差/
賃金コスト比比率
0.0
-0.5
0.1
0.0
-1.0
化
学
一
次
金
属
輸
送
用
機
械
窯
業
・
土
石
製
品
パ
ル
プ
・
紙
一
般
機
械
精
密
機
械
電
気
機
械
食
料
品
金
属
製
品
繊
維
率を描いた図である。これをみると、日韓、日中
する機械産業では、比較的純輸出率がプラスとな
両国とも、1980年には、純輸出がマイナス、すな
っているが、その他の産業では純輸出率がマイナ
わち日本からの輸入が輸出を上回っている産業
スに転じているところが出ている。このように国
が、国際競争力が相対的に低い(生産性格差/賃
際競争力の低下は、貿易構造の変化に対して緩や
金コスト比で1を下回る)食料品や繊維となって
かながらも影響を与えている。
いる。これが2000年には相対的に国際競争力を有
2003年3月 第15号
11
(7)式は、均衡為替レートが、両国の名目賃
第Ⅲ章 均衡為替レートと産業の国
際競争力
金比、労働生産性の格差、原材料生産性の格差、
そして交易条件に左右されることを示している。
前章では、日韓間、日中間での生産性格差と賃
この(7)式に沿って具体的に日米と韓国、中
金コスト比をみたが、賃金コスト比は為替レート
国との均衡為替レートを推計したものが図表8、
を媒介とするため、その為替レートの動きに左右
図表9である。推計データとしては、それぞれの
される。前章ではその為替レートの動きを所与と
国の産業連関表と物価、賃金指数を利用している。
して、日韓間、日中間の産業の国際競争力を考え
またベンチマークとなる年次としては、韓国や中
たが、もしすべての産業で賃金コスト比が生産性
国の経常収支が縮小した1990年をとっている。図
格差を上回り、日本から韓国、中国へ輸出する
表8をみると、日韓間の均衡為替レートは、90年
財・サービスが無い状態にあるとすれば、為替レ
代前半まではほぼ現実の為替レートと一致した動
ート自身が円安となって、賃金コスト比が縮小す
きを示している。しかし、90年代後半には一時均
る方向へと変化しなくてはならない。こうして長
衡為替レートが現実の為替レートよりも少しウォ
期的に見て日韓間、日中間で輸出と輸入が均衡す
ン安になった後、アジア通貨危機で現実の為替レ
るように調整される為替レートを均衡為替レート
ートが均衡為替レート以上にウォン安になるとい
と呼ぶ 。
う状況が起きている。その後均衡為替レートも減
*10
Yoshikawa(1990)や吉川(1992)で議論され
価しているが、2000年時点でも現実の為替レート
た均衡為替レートも基本的にはこの考え方に基づ
が若干ウォン安気味に推移している。同じ図で、
いている。ただ吉川教授の議論では、多数の貿易
賃金比だけでみた均衡為替レート(賃金で測った
財を考察してその貿易収支を均衡させる為替レー
購買力平価)と生産関数を(1)式で考えた場合
トを求めるのではなく、貿易財を1財にまとめた
の均衡為替レートを示しているが、日韓の場合、
上で、その貿易財価格が両国で一致するような為
韓国の賃金上昇率が日本に比べて高いため、賃金
替レートを求めているのである。
で測った購買力平価は、現実の日韓レートよりも
いま吉川教授にならって、自国と外国の貿易財
価格を次のように表そう。
さらにウォン安である。しかし前章でみたように、
労働生産性格差が大きく縮小しているため、それ
を考慮すると均衡為替レートははるかにウォン高
P=aw+bPm(5)
となる。我々の均衡為替レートがそれよりもウォ
ン安になるということは、原材料の生産性上昇率
P*=a*w*+b*P*m(6)
において日本が韓国に勝っているためである。
同様の推計を米韓についてみると、日韓と同様
(5)
、
(6)式は、
(1)式のリカード的な生産
1990年代半ばに若干均衡為替レートが現実の為替
関数を拡張し、労働だけでなく原材料も生産要素
レートを下回る状況が生じている。アジア通貨危
としていることを示している。bは、原材料の投
機によってこの関係は逆転し、現実の為替レート
入係数であり、Pmは原材料価格である。いまgを
の方が均衡為替レートよりも円安になっている。
貿易財価格及び現在料価格を国際的に一致させる
その関係は縮小しながらも2000年まで続いている。
均衡為替レートであると考える(すなわち、gP
*
宮川・外谷(1999)では、1996年までのデータ
=P, g Pm = Pm)とすると、
(5)
、
(6)式から均
を利用して日韓間の均衡為替レートを推計してい
衡為替レートを次のように求めることができる。
たが、そのときは、90年代の均衡為替レートは、
*
P*m
P*m *
(7)
g=
(w/w*[a/
) {1-b
(――)}
]
/
{a*+
(――)
b }
P
w*
*10
12
日韓間でも日中間でも現実の為替レートよりもは
るかにウォン安であり、アジア通貨危機はむしろ
実際には、日本は韓国や中国とだけ貿易を行っているのではないので、二国間で貿易収支が均衡する必要は無い。かつて日本
は米国に対して大幅な輸出超過であったが、産油国に対しては輸入超過となっていた。
開発金融研究所報
図表8-1
日韓間の均衡為替レート
14.00
12.00
10.00
現実のウォン/円レート
8.00
賃金で測った購買力平価
6.00
リカードモデル
4.00
均衡為替レート
ウ
ォ
ン
/
円
2.00
0.00
1
9
8
0
図表8-2
1
9
8
2
1
9
8
4
1
9
8
6
1
9
8
8
1
9
9
0
1
9
9
2
1
9
9
4
1
9
9
6
1
9
9
8
2
0
0
0
米韓間の均衡為替レート
1600
1400
1200
ウ
ォ
ン
/
ド
ル
現実のウォン/ドルレート
1000
賃金で測った購買力平価
800
リカードモデル
600
均衡為替レート
400
200
0
1
9
8
0
図表9-1
1
9
8
2
1
9
8
4
1
9
8
6
1
9
8
8
1
9
9
0
1
9
9
2
1
9
9
4
1
9
9
6
1
9
9
8
2
0
0
0
日中間の均衡為替レート
0.14
0.12
現実の元/円レート
0.1
元
/
円
0.08
賃金で測った購買力平価
0.06
リカードモデル
0.04
均衡為替レート
0.02
0
1
9
8
5
1
9
8
6
1
9
8
7
1
9
8
8
1
9
8
9
1
9
9
0
1
9
9
1
1
9
9
2
1
9
9
3
1
9
9
4
1
9
9
5
1
9
9
6
1
9
9
7
1
9
9
8
1
9
9
9
2
0
0
0
2003年3月 第15号
13
図表9-2
米中間の均衡為替レート
16
14
12
元
/
ド
ル
レ
ー
ト
現実の元/ドルレート
10
賃金で測った購買力平価
8
リカードモデル
6
均衡為替レート
4
2
0
1
9
8
5
1
9
8
6
1
9
8
7
1
9
8
8
1
9
8
9
1
9
9
0
1
9
9
1
1
9
9
2
1
9
9
3
1
9
9
4
1
9
9
5
1
9
9
7
1
9
9
8
1
9
9
9
2
0
0
0
均衡為替レートへの収束であるとの見方を示して
なっている。しかし、原材料の生産性格差におい
いた。しかし宮川・外谷(1999)では、90年より
て日本が中国に勝っているため、それを考慮した
も現実の為替レートがウォン安で均衡為替レート
均衡為替レートは現実の為替レートより若干の元
がウォン高の77年をベンチマークとしていたため、
高に止まっている。
90年時点ですでに均衡為替レートは現実の為替レ
米中間についてみると、現実の為替レートは、
ートよりも安い値をとっていた。これに加えて、
90年代半ばまで元安が続いた後、ドルとの平価を
宮川・外谷(1999)では、米国の生産性を「産業
維持する方向で推移している。これは元が実質的
連関表」ではなく。「工業統計表」から計算してい
にドルにペッグしていることを示している。一方
た。この「産業連関表」を利用すると、米韓間の
均衡為替レートの方は、90年代半ばより、現実の
生産性格差の縮小がより顕著となり、均衡為替レ
為替レートから乖離し、元高気味で推移している。
ートもウォン高傾向で推移することになった。
ここまでは日韓、日中間の均衡為替レートの推
一方日中間については、1990年代半ばまで、現
移をみてきたが、合わせて日米の均衡為替レート
実の為替レートは円高元安で推移してきた。これ
を見ておこう。図表10は、日米の産業連関表を利
は日中間の賃金格差の縮小と軌を一にしており、
用し、1990年をベンチマークとした日米間の均衡
均衡為替レートはその動きに呼応して元安方向で
為替レートである。これをみると、「失われた10
推移してきた。しかし90年代半ばから元は円に対
年」の間に現実の為替レートと均衡為替レートの
して増価した後、99年から再び元安気味となって
間には大きな乖離が生じたことがわかる。現実の
いる。均衡為替レートも90年代半ば以来ほぼ横ば
為替レートは、ほぼ賃金コスト比の動きに沿って
いに動いており、2000年時点では現実の為替レー
推移しているが、日米間でも日本の生産性が米国
トよりもわずかに元高方向に位置している。日中
よりも劣っているため、均衡為替レートは大きく
間でも日韓間と同様賃金コスト比は縮小している
円安方向へと動き、2000年時点では1ドル194円と
が、労働生産性格差はそれ以上に縮小しているた
なっている。これはより簡便な方法で推計した宮
め、労働のみを生産要素と考えた場合の均衡為替
川・日本経済研究センター(2002)の推計とも整
レートでは現実の為替レートよりはるかに元高と
合的である*11。
*11
14
1
9
9
6
Yoshikawa(1990)や吉川(1992)が推計したように、1975年をベンチマークとして米国の「工業統計表」を利用した場合で
も2000年時点では1ドル170円となる。
開発金融研究所報
図表10 日米間の均衡為替レート
300
250
現実の円/ドルレート
200
円
/
ド
ル
賃金で測った購買力平価
150
リカードモデル
100
均衡為替レート
50
0
1
9
8
0
1
9
8
2
1
9
8
4
1
9
8
6
1
9
8
8
1
9
9
0
1
9
9
2
1
9
9
4
1
9
9
6
1
9
9
8
2
0
0
0
以上の均衡為替レートの推計をまとめると、日
(1)式では、生産に必要な要素は労働のみで
韓、日中いずれの場合についても現行の為替レー
あると仮定していた。しかし、生産をするときに
トよりも均衡為替レートは約10%から15%ほど円
労働だけでなく、生産に関する技能や知識が必要
が割高であることを示している。この点でみれば、
であると考えよう。これを生産知識と呼び、自国
両国との賃金コスト比は本来もう少し縮小して考
は[0,R*]だけの財・サービスを生産する知識を
えてよいかもしれない。しかしより重要なのは、
保有し、外国は[R*,1]だけの財・サービスを生
ドルとの関係である。2000年時点での現実の為替
産する知識を保有していると考える。そして、い
レートは均衡為替レートよりも45%近く割高であ
ま初期の時点で、図表11のように、Z*=R*である
る。その意味では日韓、日中の為替レートの調整
としよう。
を問題にするよりも、日米間の為替レート調整の
方が重要な意味を持っている。
ここで、もし自国と外国の労働生産性格差が縮
小するとすると、自国が外国へ輸出できる財・サ
ービスのヴァラエティーは、[0,Z*]から[0,Z’]
第Ⅳ章 直接投資と為替レート
へと縮小する。一方外国が輸出できる財・サービ
スのヴァラエティーは、[Z’,1]へと拡大するが、
さてこれまで、産業別の国際競争力の変化に伴
外国にとって[Z’,R*]間の財・サービスは生産
う貿易構造の変化、そしてそれらに影響を与える
に関する技能や知識を有さないため外国からその
為替レートの評価についてみてきた。しかし産業
知識を導入しなくてならない。もし技術に関する
空洞化の本質は、生産拠点が自国から外国へと移
ライセンス契約等がないとすると、その生産知識
転する現象にある。すなわち海外直接投資の問題
導入の方法は海外直接投資によって実現される。
に踏み込まない限り、産業空洞化を議論したこと
このように考えると海外直接投資は、賃金コスト
にはならない。そこでここでは、これまでの枠組
比や生産性格差など貿易構造に影響を与える要因
みの中で、海外直接投資をどのように捉えるかを
の他に自国が保有する生産知識ストックの量にも
考えてみよう*12。
依存することがわかる。
*12
以下の考え方は、深尾(1997)で展開されたモデルを簡単化したものである。深尾(1997)では、差別化された製品を考えて、
直接投資の要因を一般均衡モデルの中で分析している。
2003年3月 第15号
15
図表11
DFSモデルと直接投資
半の反動で減少していた。一方その後90年代後半
に為替レートが安定的に推移した後、海外直接投
賃金コスト比
生産性格差
資が再び増加し始めている。またこうした海外直
接投資の動きは、先ほど推計した均衡為替レート
と現実の為替レートとの乖離度にも依存していな
賃金コスト比
E’
W
W*E
いことがわかる。
E
もっとも、ここでの海外直接投資は、財務省の
「対外直接投資届出統計」からとっているため、
現地での資金調達による投資額を含んでいない。
また1990年代後半はアジア向けの直接投資が進ん
生産性格差
0
1
Z*(=R*)
Z’
Z
だため、米国との為替レートで調べることについ
ての疑問もある。しかし、図表12のような現象は、
海外直接投資が単に為替レートにのみ影響を受け
Z’R*:自国から他国へ海外直接投資分
R*:自国が保有する生産知識の量
ているのではなく、その他の経済要因との複合的
な結果であることを強く示唆している。実際に深
よく円高が進行したために、海外直接投資が盛
尾一橋大学教授による一連の海外直接投資に関す
んになるといった表現がなされる。確かに為替レ
る分析は、技術資本ストックや人的資本ストック
ートが円高になれば、外国との賃金コスト比でみ
など、無形固定資産を直接投資の要因と考えた実
ると、日本の賃金が相対的に高くなり、海外直接
証分析を行っている*13。
投資が起きる要因となる。しかし図表12をみても
この深尾教授の議論から、産業空洞化の真の問
わかるように、海外直接投資と国内投資の相対比
題点が見えてくる。すなわち生産知識や技術知識
は、必ずしも為替レートの動きと連動しているわ
を蓄積し、本来ならそれを国内での生産性向上に
けではない。すなわち、1990年代前半は円高ドル
利用する産業ほど、海外での生産活動を行いやす
安が進行したが、海外直接投資の方は、80年代後
いということである。実際図表13をみればわかる
図表12
為替レートと海外直接投資比率の働き
12
250.00
230.00
11
210.00
10
190.00
170.00
円
/ 150.00
ド
ル
130.00
9
%
8
110.00
7
90.00
6
70.00
50.00
1989年
*13
16
5
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
2000
例えば、深尾・伊澤・国則・中北(1994)
、深尾・天野(1998)を参照されたい。
開発金融研究所報
為替レート
均衡為替レート(日米)
海外投資/国内投資
図表13 産業別海外直接投資と生産性上昇率
%
25
%
10
8
20
6
4
15
2
0
10
-2
-4
5
-6
-8
0
農
林
水
産
業
鉱
業
食
料
品
繊
維
パ
ル
プ
・
紙
化
学
鉄
・
非
鉄
一
般
機
械
電
気
機
械
輸
送
用
機
械
対外直接投資のシェア(1995∼99年)
そ
の
他
の
製
造
業
建
設
業
卸
売
・
小
売
業
金
融
・
保
険
業
不
動
産
業
運
輸
・
通
信
業
サ
ー
ビ
ス
業
TFP上昇率(1995∼99年、右目盛り)
ように、1990年代で他産業に比べて高い生産性上
円が減価する必要がある。しかし比較的日本に競
昇率を達成していた電気機械産業で、海外直接投
争力があるとされる輸送用機械や化学でも、2000
資の伸びが高かった事実が上記の仮説の妥当性を
年時点での賃金コスト比は、生産性格差の2倍近
示している。
くある。このため宮川(2003)でも示したように、
円がドルに対して減価し、ウォンや元がドルにペ
第Ⅴ章 産業空洞化問題にどのよう
に対処するか
ッグしたとしても、日本が競争力を回復する産業
それでは、以上のような産業空洞化問題に対し
べたように、円安は、輸入物価上昇を通して国内
て、どのような政策が望ましいのだろうか。ここ
物価を上昇させ、企業の過剰債務軽減、収益増加
では円安誘導政策、国内の企業に対する減税策、
に寄与すると考えられる。しかし、長期的な国際
規制緩和などの構造改革による非貿易財(非製造
競争力が回復しなければ、企業としては回復した
業)の生産性向上策の3つを考えることにしよう。
収益を海外に投資する資金とするだろう。その意
まず円安誘導政策について考えてみよう。すで
味で円安は一時的に経済の低迷から脱却する効果
に均衡為替レートの分析において、日韓間、日中
をもたらすが、長期的に日本経済が再生するため
間の均衡為替レートは、現実の為替レートよりも
の切り札にはならない。
は現れない。
勿論宮川・日本経済研究センター(2002)で述
円が安く評価されることをみた。しかし実際の為
次に国内企業に対する減税策について考えてみ
替レートが均衡為替レートへと収束しても、その
よう。1980年代のレーガン政権においても大胆な
調整はたかだか10-15%程度の円安に過ぎない。
減税が実施され、それが米国内への直接投資や米
一方日米間の均衡為替レートと実際の為替レート
国から海外への直接投資に及ぼす影響が論じられ
との乖離は大きく、ここでの試算では45%程度の
た*14。そこで得られた結論は、減税による企業収
*14
例えば、Hartman(1984)やBoskin and Gale(1987)を参照されたい。
2003年3月 第15号
17
益の増加は、国内への直接投資を増加させ、海外
脱却した要因として、IT革命と金融革命があげら
直接投資を減少させるというものであった。日本
れる。二つの共通点としては、「情報」、「資金」
ではレーガン政権のような大胆な減税が実施され
というどの産業でも利用せざるを得ない投入要素
ていないため、こうした実証分析を見かけないが、
の段階で革新を起こしたことであろう。何か特定
もしかつての実証結果にしたがうならば、法人所
の産業や製品が、巨大なマクロ経済の生産性を向
得にかかる減税は、海外直接投資に歯止めをかけ
上させることには無理がある。むしろ多くの産業
ることができる可能性がある。
が利用する要素の投入段階での革新こそが、多く
そこで問題になるのは、減税の方法として、法人
の産業での生産性向上につながり、多様な新産業
税の減税がよいか投資減税がよいかという点であ
が興りやすいことを米国の経験は教えている。そ
る。理論的には、双方とも資本コストを引き下げ、
の意味で、日本でも「情報」、「金融」に加えて
投資収益率を上昇させることにより、設備投資を
「流通」、「エネルギー」面での革新や合理化が必
促進すると考えられる。しかし現実には、企業は
要とされるだろう。
法人税減税で得た所得については、その使途が限
1980年代の日本の繁栄は、それまでの米国中心
定されているわけではないので、先ほど述べたよ
の巨大技術の行き詰まりに対して、日本が得意な
うに海外への投資資金として利用することが可能
微細技術に支えられていた。90年代の日本経済の
である。日韓間や日中間での国際競争力に大きな
低迷は、その裏返しとして、日本の独壇場であっ
格差がある今日、この可能性は否定できない。そ
た技術が、アジア諸国にキャッチアップされ、一
うすると、国民の税金を産業空洞化促進のために
方で米国の技術革新をフォローできなかったこと
利用するといういささか皮肉な現象が生じてしま
にある。産業空洞化問題は、こうした長い技術や
う。こうした点を回避するためにも、来年度実施
生産性の面における優位性の変遷の中で生じる問
されるような国内投資に対して一定額を減税また
題である。通常の失業問題でもそうだが、ここで
は特別償却として認めるの方が、国内経済への寄
も生産拠点の移転による雇用の喪失を、直接的な
与という点では確実な効果が期待できるであろう。
雇用対策等で対応するには限界がある。税制の活
最後に最も本質的な対策について述べておこ
用などの短期的な対策と、産業構造の転換策や技
う。前章でみたように、産業空洞化の最大の問題
術革新の促進策など長期的なヴィジョンに基づい
は、貿易財で生産技術を蓄積し、これまで日本の
た政策との組み合わせが必要とされる。
生産性向上に寄与してきた産業で海外直接投資が
増加している点である。こうした現象は、日本の
[参考文献]
将来的な所得の増加や産業構造の転換を難しくす
る。電気機械や輸送用機械産業にとって、海外へ
生産拠点を移すことが合理的であるとすれば、日
本経済が今後も伸びていくためには、それ以外の
産業で、生産性の向上が図られなければならない。
しかし日本の非貿易財産業は、規制の存在や閉
鎖的な市場のために長年にわたって生産性上昇率
深尾 京司(1997)
「直接投資とマクロ経済」
『経
済研究』第48巻第3号 pp. 227-243.
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と製造業の「空洞化」
」
『経済研究』第49巻
第3号 pp. 259-276.
が低い状態に甘んじてきた。またこうした分野で
深尾 京司・伊澤 俊泰・国則 守生・中北 徹
の、新しい企業や産業の創出も米国と比べて見劣
(1994)
「対外直接投資の決定要因 −我が
りがする。この非貿易財(非製造業)産業の生産性
国電機企業のパネルデータによる実証分
向上による産業構造の転換策については、「規制
析−」『経済研究』第45巻第3号 pp. 261-
緩和」
、
「構造対策」
、
「新産業創出」という言葉で
278.
繰り返し述べられてきた。ここでもそれらの言葉
18
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80.
2003年3月 第15号
19
日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの
部品取引から見た今後の展望
開発金融研究所 豊田 健
要 旨
欧米の完成車メーカーによる日本の完成車メーカーのへの資本参加により、完成車メーカーとサプ
ライヤーとの部品取引関係に影響が表れている。その中で注目される動きとして、グローバル調達と
モジュール化が挙げられる。グローバル調達を行うことで完成車メーカーはコスト削減と調達の効率
化を目指しており、その対応はサプライヤーにとって重要であるが、グローバルに供給を行うことが
できるサプライヤーは少なく、提携等での対応が行われている。また、完成車メーカーはモジュール
化を推進することで、開発のスピードアップ、原価低減を図ろうとしているが、現在は構造統合モジ
ュールの段階であり、サプライヤーにとっては、その次の段階である統合規模の拡大と新機能の創出
への移行が重要となる。さらに、日本の完成車メーカーとの取引と、欧米の完成車メーカーとの取引
では、サプライヤーの選定において相違が見られ、選定の重要な点としては開発への関与が見受けら
れる。
グローバル調達やモジュール化への対応は、完成車メーカーから受注を獲得するためのサプライヤ
ーの戦略オプションではあるが、受注獲得のために重要なことは技術力に裏打ちされた製品を提供で
きるかどうかである。今後の完成車メーカーとサプライヤーの関係は、サプライヤーの技術力が重要
な製品分野についてはより緊密な関係が構築されると考えられるため、サプライヤー自身のコア技術
の育成の上に、グローバル調達やモジュール化への対応などの戦略を加えることが重要となってくる。
Abstract
Movements by European/American automakers to have equity stakes in their Japanese
counterparts have affected transactions between automakers and auto parts suppliers in Japan. Two
notable developments in this context are global procurement and modularization. Automakers are
resorting to global procurement for cost reduction and an increase in efficiency of procurement.
Although it is a pressing issue for auto parts suppliers to respond to such a move, few of them have
the capacity to supply their products globally. They are thus dealing with this move by forming
business alliances.
Automakers are also making greater use of modules to increase the speed of
development and thereby cut costs. However, the present level of modularization is such that
modules only integrate structure of various parts. Thus it is important for the auto parts suppliers to
shift to the next stage where they expand the scale of integration and build modules that embody
unique innovative functions.
Another point to be noted is differences in transactions between Japanese and
European/American automakers in terms of the way they select auto parts suppliers. We found that
involvement in the development process is an important factor for the selection of suppliers.
While responding to global procurement and modularization is a strategic option for suppliers
as they seek to win orders from automakers, what is of paramount importance in the selection
process is whether auto parts suppliers are capable of providing products backed up by superior
20
開発金融研究所報
technology. It is foreseen that automakers and auto parts suppliers will form more intricate
relationship in the coming years in the product areas where technological capabilities of auto parts
suppliers matter. Therefore, what is called for is adding a strategy to respond to global procurement
and modularization to the core technology auto parts suppliers develop by themselves.
はじめに
の事業展開のキーワードであるかのように議論さ
れることが多いが、この両者は完成車メーカーと
日本の製造業企業の多くがデフレ不況によって
の取引を行う上での戦略オプションであり、むし
苦しんでいる中で、自動車産業は、比較的好調な
ろサプライヤー自身のコアとなる技術の活用が重
業績を維持している。しかし、完成車メーカーの
要であることを示すことになろう。
数でいえば、純日系資本の完成車メーカーの数は
トヨタ、ホンダの2社となり、他の完成車メーカ
ーは程度の差はあるものの欧米系完成車メーカー
の資本を受け入れている。その影響で、日本の自
第Ⅰ章 グローバル調達の与える
影響
動車産業の構図が大きく変わろうとしている。以
世界各地にて販売競争が激化している状況にお
前「系列」と呼ばれた完成車メーカーとサプライ
いて、完成車メーカーにとって、価格競争力が重
ヤーの強固な関係は崩壊しつつあり、部品取引に
要であることは言うまでもない。その中で、自動
も変化が生まれている。また、縮小する国内市場、
車生産において総コストの6∼7割を占めるとい
拡大を続ける日本車の海外生産など、自動車産業
われる部品調達コストの削減が重要なポイントに
を取り巻く環境も大きく様変わりした。そのよう
なるが、その対応策の一つとして行われているの
な環境に対応するため、日系サプライヤーは日系
がグローバル調達である。本章では、グローバル
以外の完成車メーカーとの取引を拡大していかざ
調達の促進要因とサプライヤーへの影響について
るを得ない状況にある。
概観する。
世界の各完成車メーカーは、環境問題やITS
(Intelligent Transport Systems)への対応を進め
1.グローバル調達とは
るために多大な投資を行う必要がある。さらに世
界的な供給過剰の状況にも置かれているため、コ
「グローバル調達」という言葉には2つの側面
スト削減は生き残るために必須の条件となってい
があると考えられる。まず一つは、部品の品質・
る。その対応策としてプラットフォームの共通化
価格・納期が自社の要求に見合えば、世界中のど
やモジュール化、グローバル調達が行われており、
のサプライヤーからでも部品を買うという完成車
それらの動きはサプライヤーとの関係にも影響を
メーカーの購買戦略である。この戦略を採用する
及ぼしている。
ことで、完成車メーカーは自身が求める部品の中
本稿では、完成車メーカーとサプライヤーの関
で最も安価な部品を調達することが可能となり、
係に変化を生じさせているといわれているグロー
大幅なコスト削減を実現することができる。また、
バル調達とモジュール化の動向、そして日系完成
国内外のサプライヤーを問わずに部品調達するこ
車メーカーとの取引形態と欧米系完成車メーカー
とを表明することで、既存のサプライヤーへのコ
との取引形態の違いについて概観した上で、それ
スト削減圧力を強めることにもなる。
らが部品取引にどのような影響を与えているのか
もう一つの側面は、世界に生産拠点をもつ完成
を探りつつ、サプライヤーの今後の部品取引戦略
車メーカーが拠点を問わず世界規模で供給できる
を模索してみたい。その総論から、グローバル調
サプライヤーから一括して調達を行うという完成
達やモジュール化への対応が今後のサプライヤー
車メーカーの購買戦略である。この戦略において
2003年3月 第15号
21
は、取引に関連するサプライヤーが絞られるため、
978万台となっている。これはピーク時の1990年
スケールメリットを生かすことでコストを抑える
と比較するとおよそ15%減の台数となっている。
ことができ、開発・製造期間を短縮することも可
完成車メーカーの国内生産台数と海外生産台数の
能となる。完成車メーカーにとって部品コストは
推移を見ると、その差は縮まってきており、完成
総費用の6∼7割を占めるので、コスト削減とリ
車メーカーにとって海外生産の重要性が増してい
ードタイムの短縮を実施し、グローバル市場に対
ることがわかる(図表1)
。自動車部品の場合は、
応して部品調達を効率的に行えるメリットは大き
国内と海外でのインフラ集積度や技術集積度の違
いと言えよう。
いがあるので、急速に海外生産が増加する可能性
は低いものの、このように完成車の海外生産が増
2.グローバル調達の促進要因と部品取引
への影響
大するにつれて、部品生産の現地生産拡大の可能
性は考えられる。完成車メーカーは現地での調達
比率を上げることでコスト削減やリードタイムの
グローバル調達には上記2つの側面があると考
短縮を目指しており、取引先確保のためにも、サ
えられるが、この動きを促進している要因として
プライヤーは日本国内からの供給だけでなく完成
考えられるのが、(1)完成車メーカーの海外生
車メーカーの進出地での供給を行う必要性に迫ら
産の拡大、
(2)完成車メーカーの共同購買戦略、
れている。
(3)電子調達の存在、があると考えられる。
(2)完成車メーカーの共同購買戦略
(1)完成車メーカーの海外生産の拡大
近年の完成車メーカーの外資系メーカーとの提
日本の自動車業界では早くから海外進出が活発
携もグローバル調達の動きを促進している。日産
に行われ、海外生産の台数は年々増加している。
自動車は提携先のルノーとともに共同購買会社を
2001年の海外自動車生産はおよそ633万台となっ
設立しており、年間210億ドル規模で共同購買を
ており、10年前の1990年と比較するとおよそ2倍
行うことにしている。そのほか、マツダはフォー
となっている。一方で国内生産台数は縮小傾向と
ドとすでにグローバル調達を始めているほか、富
なっており、2001年の自動車国内生産はおよそ
士重、いすゞ、スズキはGMと共同チームを立ち
図表1
完成車の国内生産と海外生産の推移
(万台)
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
国内生産台数合計
海外生産台数合計
出所)日本自動車工業会資料より筆者作成
22
開発金融研究所報
95
96
97
98
99
00
01
(年)
上げている。また、三菱自もダイムラークライス
ーによってデータ形式や通信回線が異なってい
ラー、現代自動車と共同購入を開始する予定とな
る。そのため、多くの完成車メーカーと取引のあ
っている(図表2)
。
るサプライヤーは、完成車メーカーによって異な
共同購買を行うことによって、その発注ボリュ
った対応をせざるを得ない状況にあり、完成車メ
ームと迅速な意思決定を背景に、グローバルなサ
ーカーにとっても専用回線がないサプライヤーと
プライヤーからより大きな原価低減効果を得るこ
はデータ交換が出来ず、取引先拡大の壁となって
とができる。そのほか、共同組織の設立によって、
いると考えられる。しかし、インターネット普及
提携会社同士で世界の至るところでサプライヤー
に伴い、企業間取引にも変化が現れ、新たなネッ
と均一なコミュニケーションをとることが出来、
トワーク調達が行われるようになった。以下では、
一貫性のある効率的な購買業務を行うことが可能
自動車産業において使われているネットワーク調
となる。また、購買分野における原価管理、品質、
達のうち、インターネット調達と専用回線による
輸送に関する情報を共有化し、共に実行すること
業界標準ネットワークについて概観する。
で、更なるスケールメリットに向けた購買活動の
標準化も期待できる。
インターネット調達とは、Covisint*1などの電
子調達市場を介して新規取引先の募集や見積り依
頼を行うことである(図表3)。この場合、オー
(3)電子調達の存在
クション形式で調達を行うため、不特定多数の参
通常、完成車メーカーとサプライヤー間には専
加者から見積りを徴収することが出来、その中か
用の通信回線が接続されており、各完成車メーカ
ら一番安い価格を提示した相手から購入すること
図表2
日産
調達におけるグループ内協力の進展
・Renaultとの調達統合
2001年1月、Renault日産共同購買会社を設立。同社を通じて、両者の総購買額の7割を集中購買する計画。
Renaultとの統合効果により2005年までに30億米ドルの購買コスト削減を目指す。
三菱自
・世界一括調達
2000年8月、世界一括調達を開始、30品目の部品・材料について、関連サプライヤーを1社または少数に限定。そ
の他部品も調達先を世界規模で選定。海外部品調達率を2000年度の6%から2003年度までに30%へ拡大する計画。
・DaimlerChrysler、現代との部品共同購入
2003年6月より共同購入開始、年間130億ドルの調達規模を目指す。乗用車向けから商用車向けまですべての分野
を対象。
マツダ
・Fordグループとの共同購買
2001年9月、Fordグループとの世界的な部品共同購買に向け、購買本部内に購買クロスカーライン統括室を新設。
スズキ
・世界共同購買
2001年初、GM世界調達網WWP(World Wide Purchasing)に参加。汎用性の高い部品・資材の調達を増やし、
WWP利用による調達コスト削減への貢献度を2001年度の8%程度から10数%に引き上げる。
いすゞ
・世界共同購買
2000年、GM世界調達網WWP(World Wide Purchasing)に参加。GMグループとの共同購買比率を金額ベースで
2001年の30%から2003年をめどに50%に、海外サプライヤーからの調達を3割から4割に引き上げる計画。
富士重
・国際調達の導入
2000年12月、2001年よりGMの部品調達を参考に国際調達導入。従来の取引部品メーカーとの部品共同開発関係
を契約書化、既存取引にこだわらず世界に部品調達先を求める。GM世界調達網WWP(World Wide Purchasing)を
通じた部品購買を2001年度10%以上、2005年度30%に拡大する計画。
出所)FOURIN 『2002日本自動車産業』、各種報道より筆者作成
*1
米国ビッグスリーをはじめ日米欧の自動車大手5 社が、2000 年12月に共同で設立したCovisint社の運営する自動車部品・素材の
総合電子取引市場のことで、Covisint社が提供するマーケットプレイス、ツールによって、ユーザーは必要な部品の仕様や数量
などをネット上で提示し、入札形式で価格を決定することができる。
(藤樹[2002]
)
2003年3月 第15号
23
が可能となる*2。
い、製品が日本に送られてくるという三角関係と
専用回線による業界標準ネットワークについ
なっているが、JNXが米国のANX(Automotive
て 、 日 本 に は JNX ( Japanese automotive
Network eXchange)と相互接続サービスを開始
Network eXchange)が存在する。JNXとは、自
した*4ことにより、ANXと提携したJNXにアクセ
動車産業をはじめとする産業界を繋ぐ業界共通ネ
スすることで、ANXを通じてANXに加入してい
ットワークであり、現在はおよそ420社の企業が
る複数の現地サプライヤーとの取引が可能となっ
加入している(図表4)
。サプライヤーにとって、
ている。現在、インターネットを介した海外調達
JNXへの加入によって得られる主な効果として、
も行われているが、業界共通ネットワークを介し
今まで完成車メーカーごとに違っていた専用回線
た取引はセキュリティー等の問題が比較的少な
が統一されることによるネットワークコストの削
く、安全性が高いため、実用性が高いと考えられ
減が考えられる。一方で、完成車メーカーにとっ
る。また、世界にはヨーロッパのENX、韓国の
てのメリットとしては、ネットワークに加入して
KNX、オーストラリアのAANXと、同様の業界
いる全企業とのコンタクトが容易になり、部品調
共通ネットワークが存在しており、JNXはそれら
達の選択の幅が広がることであろう。そのため、
との相互接続を進めていくことになっている。こ
品質・価格両面において、今まで以上にサプライ
れが実現すれば、全世界を網羅したネットワーク
ヤー間の競争が厳しくなる可能性もある。また、
が構築され、さらにグローバル調達を加速させる
海外から部品調達を行う際は、海外現地法人や支
可能性もある。
*3
店を介したネットワークを使用してオーダーを行
図表3
インターネット調達の概念図
サプライヤー
電子調達市場
(Covisint 等)
完成車メーカー
サプライヤー
サプライヤー
出所)筆者作成
図表4
業界標準ネットワークによる調達の概念図(JNXの場合)
自動車メーカー
部品メーカー
部品メーカー
JNX
自動車メーカー
自動車メーカー
部品メーカー
部品メーカー
出所)JNXのホームページ(http://www.jnx.ne.jp)より引用
*2
*3
*4
24
取引を行う上で有利な手段と考えられるインターネット調達だが、実際はそれほど進んでいないと言われている。2000年に全
米購買部協会(現米供給管理協会)と米フォレスターリサーチが共同で米国企業700社を行った調査によると、
「インターネッ
トによって自社の調達プロセスが大いに変わった」との回答は7.7%、
「変わらない、ほとんど変わらない」との回答は92.3%と
なっており、実態は単に紙や電話でのやり取りがインターネットに置き換わっただけのことである。
(
『日経情報ストラテジー』
2001年4月号、p49)
JNXの詳細については、庄司[2000]
、JNXのHP http://www.jnx.ne.jp/を参照。
2002年9月25日付当機関プレスリリースによる。
開発金融研究所報
3.グローバル調達への対応
他国のサプライヤーとの協力体制が必要となって
くる。つまり、アライアンスを組んで他のサプラ
以上のような要因があってグローバル調達は進
イヤーの拠点を活用し、完成車メーカーへの供給
展していくと考えられるが、グローバル調達は完
を行うということである*5。また、アライアンス
成車メーカーの調達方針であり、サプライヤー選
を組んで共同受注をすることで、開発費負担低減
定の基準の一つである。後述するが、完成車メー
によってコストを削減したり、生産の空白地を埋
カーは見積りの提出要求の際に、サプライヤーに
めることが出来るなど利点は大きい。戦略的なア
対しグローバル供給を行った場合とそうでない場
ライアンスは完成車メーカーにサプライヤーとし
合の見積りを求めるなどグローバル調達を意識し
て選定されるために有効な手段であり、サプライ
た選定を行っているように見受けられる。グロー
ヤーにとっても新しいビジネス獲得のチャンスと
バル調達は日系完成車メーカー、欧米系完成車メ
いえよう。
ーカーに関係なく行われている戦略であり、日系
と欧米系の間で大きな違いは見られない。
ただ、実際のところサプライヤーが1社で完成
第Ⅱ章 モジュール化の動向
車メーカーの世界各地の生産拠点に同一部品を供
日本国内では、生産能力が生産台数を上回って
給できる体制を構築するのは難しい。そのため、
おり、いわゆる設備過剰状態にある(図表5)。
図表5
日本国内の自動車生産能力と生産台数
(万台)
1,500
(%)
30
20
1,000
受
給
ギ
ャ
ッ
プ
率
10
500
0
88
89
90
91
生産能力
92
93
生産台数
94
95
96
97
受給ギャップ
98
99
00
0
01
(年度)
受給ギャップ率
注)生産能力は車両メーカー各社の有価証券報告書年度末ベース。生産実績は自工会統計ベース。
受給ギャップは生産能力から生産実績を差し引いたもの。
出所)土屋、大鹿[2002]p21
*5
仏ヴァレオと資本提携している市光工業は、ホンダが欧州で販売する主力車「シビック」の次期モデル向けのリアランプを受
注した。市光工業は欧州に生産拠点がないため、ヴァレオの工場を活用し年間約四万四千台分を納入する。また、トピー工業
は伊マニエッタホイールグループと共同で、日産が日欧で投入する小型車「マーチ(欧州名マイクラ)
」向けスチールホイール
を受注した。トピー工業は国内向けを納入し、マニエッタホイールが欧州向けを担当する。
(
『日本経済新聞』平成14年10月17日)
2003年3月 第15号
25
また近年のデフレ傾向により価格競争が激化して
向しているという。
おり、完成車メーカーとしては、いかに魅力のあ
それでは、2つのモジュールは概念的に見た場
る車を開発するかと同時に、いかに安く作るかと
合はどう違うのであろうか。モジュール化には、
いうことが重要となってきている。また、完成車
①製品アーキテクチャのモジュール化(製品開発
メーカーは環境問題やITS(Intelligent Transport
におけるモジュール化)
、②生産のモジュール化、
Systems: 高度道路交通システム)対応のため、
③企業間システムのモジュール化(調達部品の集
莫大な開発コストを負担しなければならず、生産
成化)があると言われている(藤本[2002]
)
。上
におけるコスト削減は重要な課題となっている。
記の定義から見ると、欧米の完成車メーカーにと
そのコスト削減の手法の一つとして、近年脚光
ってのモジュール化は、完成車メーカーはサプラ
を浴びてきたのがモジュール化である。モジュー
イヤーから「より大きな部品の固まり(より集積
ル化の起源は、1980年代にGMオペル(独)の86
度の高いモジュール)」を調達し、それを組み立
年型オメガにコックピットモジュールを採用した
てるという方法を取ることとなるので、③の調達
のが発端と言われており、導入目的は生産性の向
部品の集成化にあたる。一方、日本の完成車メー
上と作業の負担軽減であった(藤樹[2002]
)
。90
カーにとってのモジュール化とは、「より大きな
年代以降はコスト削減の重要戦略として、欧米の
単位での開発のアウトソーシング」であり、モジ
各完成車メーカーが導入を進めており、日本の各
ュール単位ごとの設計改善など、開発段階のアウ
完成車メーカーもモジュール化への取組みを進め
トソーシングを行っているといえる。各サプライ
ている(図表6)
。
ヤーは、より早い段階から開発部分に携わること
以上のように各完成車メーカーがモジュール化
で、開発力の強化や開発期間の短縮を行いやすく、
への取組みを進めている。本章では、モジュール
大幅なコスト削減や付加価値の創出を行う。これ
化について概観し、部品取引に与える影響を考え
は②にあたり、サプライヤーは大きい単位でのア
る。
ウトソーシングを受けているために、製品構造を
より大きな範囲で捉えることが出来るため、設計
1.モジュール化とは
の改善を行う際に生産工程との関係を以前よりも
見極めやすく、生産工程の中間レベルにおいて、
池田[1999]によると、欧米の完成車メーカー
のモジュール化は「完成車メーカーが、サプライ
より大きな組立ライン(モジュール生産を行うラ
イン)を導入することとなる。
ヤーに対し、従来よりも大きな単位で組立のアウ
トソーシングを行う」ことであり、日本の完成車
2.モジュール化に対応するための必要能力
メーカーは「より大きな単位での開発のアウトソ
ーシングを行う」開発レベルのモジュール化を志
図表6
日本の完成車メーカーにとってのモジュール化
日系完成車メーカーのモジュールへの取組み
モジュールの取組み内容
トヨタ
日産
ホンダ
三菱自工
マツダ
富士重工
・トヨタ主導によるサプライヤーとの共同開発。
・新型スカイラインで、コックピット、フロントエンド、天井回りの各モジュールを採用。適用部品を拡大する。
・取引サプライヤーにモジュール化への取組みを要請。
・2002年までに新型車の組立にフロントエンドモジュールを導入する計画。当初フィットでの導入予定もあったが、
効果が予想より低いとして採用見送り。
・ Zカーで、フロントエンド、コックピットモジュールなどを導入予定。
・2002年をめどにコックピット、センターメーターパネル、フロントエンド、ドア部をモジュールへ移行する方針。
・「設計モジュール」を次期フォレスターから導入する予定。まずコックピットモジュールを開発。協力サプライ
ヤーが開発参加。
出所)FOURIN「2002 日本自動車産業」
、p18より抜粋
26
開発金融研究所報
は、より大きな単位での開発のアウトソーシング
であるが、それに対応するためには以下のような
能力が必要であろう。
(4)マーケティング
モジュールを構築する際に、サプライヤーは今
まで以上にデザインや機能についても考える必要
がある。完成車メーカーへの提案力をつけるため
(1)インターフェースの構築能力
通常であれば、サプライヤーは発注された部品
もしくは製品を完成車メーカーに納入し、完成車
には、自身での情報収集を行う必要があり、顧客
ニーズの把握のためにマーケティングを行うこと
が重要となる。
メーカーがそれら部品を組み合わせるためのイン
ターフェースを構築していた。しかし、モジュー
3.モジュール化への適合と今後の方向性
ルの場合は、いままでよりも大きな単位の製品で
あるので自社の部品だけでは完結できない場合が
サプライヤー分類の考え方の一つとして、「貸
あり、自らモジュール全体の構想設計を行い、他
与図のサプライヤー」と「承認図のサプライヤー」
のサプライヤーから部品を調達して組み立てなけ
があるといわれている(浅沼[1997])。「貸与図
ればならない。つまり自社の専門でない部品との
のサプライヤー」とは、詳細設計までは完成車メ
連結(インターフェース)を考えて製品を構築す
ーカー自らが行い、図面通りの製造を依頼される
る能力が必要となる。
サプライヤーであり、「承認図のサプライヤー」
とは、完成車メーカーに詳細設計と製造をまとめ
(2)製品のラインナップと他のサプライヤーと
のネットワーク
てまかせられるサプライヤーのことである。承認
図のサプライヤーは詳細設計を任せられているた
モジュールは以前の製品よりも単位が大きいた
め、貸与図のサプライヤーよりも開発能力が高い
め、使用する部品も多くなる。多くの種類の部品
と考えられるだろう。藤本[1998]によると、日
を自社で生産していればいるほど、自社内での迅
系サプライヤーには承認図のサプライヤーが多い
速な対応が可能となる。また、自社の売上向上に
ことが示されている。また、日系サプライヤーは、
寄与することもできる。一方、自社で生産してい
欧米系サプライヤーと比して完成車メーカーへの
ない部品については他のサプライヤーから調達し
製品開発の関与度が高く、例えば、平均的なプロ
なければならず、優良なサプライヤーとのネット
ジェクトにおいて日系サプライヤーのこなす開
ワークが必要となってくる。
発・設計作業量はアメリカのサプライヤーのおよ
そ4倍多いといわれている(Clark and Fujimoto
(3)製品評価能力と機能保証能力
[1991])。以上より日系サプライヤーは概して開
モジュール構築の際に他のサプライヤーから調
発に関する能力は欧米系に比較して高いと考えら
達を行う場合、当然ながらその製品についての評
れる。一方、欧米系のサプライヤーは日系サプラ
価を行いモジュールに取り込むに足る部品かどう
イヤーに比較して規模が大きく、モジュールに必
かを判断しなければならない。また、完成車メー
要な製品ラインナップを自社で揃えられる可能性
カーへモジュールを供給する際には、調達した部
が高い。そのため、インターフェース構築や製品
品も含めたモジュール全体の機能を完成車メーカ
評価については自社内で行うことが出来、モジュ
ーに対して保証しなければならない。しかし、イ
ール対応能力を備えているものと考えられる。
ンターフェースの構築や製品評価、機能保証など
(図表7)
は、従来は完成車メーカーが行っていたため、モ
モジュールには、構造統合、機能統合、新機能
ジュール製品を生産したことのないサプライヤー
の創出と3つの段階があると考えられ、現在行わ
にはそのノウハウがない。そのため、ノウハウ取
れているモジュールは構造統合と、一部ではある
得のために完成車メーカーに人材を派遣するなど
が機能統合の段階であるということができる。こ
の対応を図らねばならず、モジュール対応能力を
の段階で得られる効用は、構造統合に伴う部品点
身につけるには難しい一面もある。
数の削減によるコスト低減などがあるが、これだ
2003年3月 第15号
27
図表7
世界のサプライヤーの売上規模上位10社
Delphi Automotive Systems Corp.
Visteon Corp.
Robert Bosch GmbH
デンソー
Lear Corp.
Johnson Controls, Inc.
TRW Inc.
Dana Corp.
Magna International Inc.
Valeo SA
0
5000
10000
15000
20000
25000
30000
(100万ドル)
出所)FOURIN 『日米欧主要部品企業の世界生産体制』P58より筆者作成
けでは開発や製造技術のアウトソーシングの域を
にはどのような違いが存在しているのだろうか。
出ない。サプライヤーがより付加価値を得るため
本章では、日本企業と欧米企業との契約の違いを
には、部品統合による軽量化や小型化等を通じた
概観した上で、実際の取引の過程と、それぞれの
デザインの自由度の増大、環境負荷低減などの新
取引の特性を考察する。なお、本章の日本型取引、
機能の創出につながるモジュール構築が必要とな
欧米型取引の内容については、筆者が2003年1月
ってくる。モジュールの上記3段階のうち、構造
に行った聞き取り調査を参考にしている。調査対
の統合については規模が重要であり、規模で勝る
象は、日系完成車メーカー、欧米系完成車メーカ
欧米系のサプライヤーに有利に働く可能性があ
ーともに取引のあるサプライヤーであり、エンジ
る。しかし、サプライヤーにとって新たな付加価
ン系、駆動系、内装系、電装系の各サプライヤー
値創出が見込める新機能の創出には開発能力が欠
5社の日本、北米、欧州の担当の方に対して聞き
かせない。モジュール自体は車体との関係が深い
取り調査を行った。本稿における聞き取り調査は、
ため、モジュールの開発において完成車メーカー
サンプル数が少なく、ここから完成車メーカーと
との共同作業が重要であるが、現在のところ、モ
の取引を完全には把握する事はできない。しかし、
ジュールに必要な部品を供給するサプライヤーの
本稿では聞き取り調査で得られた結果のうち、各
選定権や価格決定権は完成車メーカーが握ってい
社の共通部分を取り上げて考察を試みており、部
る場合が多い。よって日系サプライヤーとしては、
品取引全体の中で著しく偏った事例ではないと判
完成車メーカーの信頼を勝ち取ってこれらの権限
断している。
を委譲してもらい、新機能の創出などのモジュー
ル提案能力を構築することが重要となると考えら
1.契約書
れる。
(1)日本における「取引基本契約」
28
日本の完成車メーカーは、サプライヤーとの取
第Ⅲ章 日米欧における取引形態の
違い
引を行う際の内容の取り決めについて、「取引基
自動車部品の取引において、日系完成車メーカ
は、企業間で反復継続して行われる取引について
ーとの取引形態(以下「日本型取引」)と欧米系
共通的に適用される事項をまとめてあらかじめ定
完成車メーカーとの取引形態(以下「欧米型取引」
)
めたものであり、基本契約の取引条件は、特約し
開発金融研究所報
本契約」を締結することが多い。取引基本契約と
ない限り個別契約の取引条件となる。継続的な取
されるのであろうか。浅沼[1997]によれば、自
引を前提としているため、双方が異議申立てをし
動車産業における取引基本契約は、取引対象とな
なければ契約期間が自動延長されるのが一般的で
る特定の品目がなんであるかにかかわりなく、両
ある。
当事者が守るべき一般的義務だけを定めているだ
取引基本契約の主な条項としては、図表8の通
けであり、最初の価格がいつ定められるか、納入
りだが、契約自由の原則から、その取捨選択は当
がどれだけの期間続くものと想定されているか
事者間の合意による(滝川[2000]
)
。
は、基本契約の文面を見ていてもわからないとい
それでは、実際にはどのような項目が取捨選択
図表8
う。とすれば、自動車産業における取引基本契約
取引基本契約の条項
条項
内容
条項
内容
1.タイトル
取引基本契約書など
(23)知的財産権
2.前文
当事者の名称、対象、目的、趣
旨、合意の旨など
(24)権利義務の譲渡禁止 債権譲渡と債務引受け
基本契約と個別契約の関係
(25)第三者への販売禁止 当事者の図面、仕様に基づいた
目的物の第三者への販売禁止
(2)適用範囲
適用する目的物の特定
(26)機密保持
(3)個別契約の締結
品名、数量、価格、引渡時期、
引渡場所、支払時期
当事者の営業上、技術上の秘密
の保持
(27)再委託
(4)納入
納入手続、納入不可時の対応と
保証
再委託の承諾、再委託時の売主
の保証
(28)補修部品の供給
生産終了後の供給義務
(5)不可抗力
天災地変時等の対応や売主の免
責
(29)技術輸出管理
安全保証輸出管理(外為法)の
遵守
(6)検査・受領
検査実施と通知義務、検査省略
の特約
(30)安全防災環境管理
公害防止、防災、環境の保持
(31)保安規律遵守
相手方の事務所内立入り時の遵
守事項
(32)任意解除
解約告知の通知方法
3.契約条項
(1)基本契約性
(7)不合格品引取り
不合格品、過納品の引取り
(8)特別採用
不合格品の使用とその価格の協
議
(9)所有権の移転
移転時期(引渡、検収時、代金
決済時など)、所有権留保
(10)危険負担
不可抗力、第三者による滅失・
毀損時の負担
(11)品質保証
買主の要求に合致することの保
証
(12)仕様
(13)支給品
(14)貸与品
第三者の知的財産権侵害時の対
応、改良技術の申請方法
(33)届出・営業状況報告 安定的・継続的な納入が可能か
の確認、信用状態の確認
(34)契約の解除
継続し難い事由発生時の契約の
解除
(35)期限の利益喪失
当然喪失型・請求喪失型
(36)担保提供
契約締結時の担保提供、売主要
求時の担保提供
目的物の使用の基準
(37)連帯保証人
買主と連帯しての履行責任
原材料、部品の有償支給・無償
支給
(38)契約終了時の措置
貸与物件の返還、買主に必要な
物件の優先買取権
機械、型、治工具等の貸与と取
扱い方法
(39)残存条項
契約終了後も効力を発揮させる
条項
(15)貸与図面
買主の図面と貸与の管理方法
(40)有効期間
契約期間、自動更新の有無
(16)見積書
見積書の提出(指定様式、見積
区分)
(41)協議解決
定めなき事項・疑義ある事項に
ついての双方協議の原則
(17)価格
当事者協議、価格条件、見積書
の提出期限
(42)合意管轄
合意による裁判管轄
(43)経過措置
本契約締結以前の基本契約・個
別契約の取扱い
(18)支払い
支 払 条 件 ( 締 切 日 、 支 払 日 )、
支払方法(振込、手形等)
4.後文
原本保有当事者、写保有当事者
(19)相殺予約
相殺適状前の対等額での相殺
5.契約締結日
契約発効日、単なる契約締結日
(20)遅延損害金
納期遅延、支払遅延時の違約金
6.当事者名記名、押印
(21)瑕疵担保責任
受領後の目的物の隠れたる瑕疵
の対応
記名・署名、押印(代表印、職
印、個人認印、個人実印)
(22)製造物責任
目的物の欠陥に因る第三者の生
命、身体、財産への侵害対応
出所)滝川[2000]p10-11
2003年3月 第15号
29
図表9
取引基本契約における基本契約と個別契約
内容
条項
その他
基本契約
すべての取引に関係する基本的な事
項を規定
支払条件、危険負担、秘密保持、契
約解除条項、等
契約締結は1度だけ(自動更新規定
付きが主)
個別契約
個別の取引にのみ適用される特殊な
事項を規定
商品の価格、数量、納入期日、納入
場所、等
簡便な注文書や注文請書で代用され
る
出所)筆者作成
においては、図表9に示す通り、支払条件や秘密
ーとの取り決めはPurchasing Order(PO)とそ
保持、契約解除などの取引に関する基本事項は基
れに付随する文書によることが多い。POそのも
本契約に示されており、価格や数量などについて
のには基本的な事項のみが数頁で書かれており、
は個別契約によることになる。
詳細な規定については別の文書を参照するように
では、数量や価格の個別契約はどのような形に
書かれている。また、POを単年契約を基本とし
なっているのだろうか。まず数量については、サ
ており、完成車メーカーとサプライヤーは年毎に
プライヤーから完成車メーカーの工場への部品納
更新にかかる交渉を行う。図表10は、欧米自動車
入は「かんばん」やオンラインの端末などによる
産業での部品取引におけるPOおよびその裏書に
納入指示情報に基づいて行われている。ただし、
記載される事項の一覧である。これによると、生
これらの納入指示情報は、完成車メーカーの工場
産する部品や数量、価格が明記されており、サプ
に必要な時間に必要な量の部品が届くように詳細
ライヤーはPOを受け取った時点でどの製品を、
なコントロールを行うためのものであり、全体の
どれだけ、どの価格で生産すべきかが明確となる。
納期や部品の数量については、もっと早い時期に
完成車メーカーより提示される「月間納入日程表」
によって決まっている。そしてこれが部品の数量
図表10 POおよび裏書の記載事項一覧
項目
備考
に関する個別契約である。また、単価については、
1.部品番号
取引する製品の番号。
完成車メーカーは、モデルの開発にあたって社内
2.自動車モデル名
部品を搭載する自動車モデルとその
モデル年。
3.価格
部品単価。
4.支払方法
特になし。
5.品質管理に関す
る規定
一般的な目標が示されており、詳細
については参照すべき文書を指定。
にて基本構想をまとめ、サプライヤー選定、部品
設計、図面確定、量産試作、量産開始という順に
作業を進めていく。そして量産試作の期間に「単
価決定通知書」によって価格が確定する。実態か
ら見ると、この文書が単価に関する個別契約とな
る(浅沼[1997]
)
。なお、単価にかかる交渉につ
いては後述することとする。
自動車の組立においてジャストインタイムを実
現するには、必要なものを、必要な分量だけ、必
要な時に仕入れる必要があり、注文を繰り返すご
6.配達に関する規
(同上)
定
7.補修部品に関す
る規定
補修用部品の生産義務について規定。
8.契約の継続や解
除に関する規定
契約解除の条件や次期取引での契約
継続、優先などについて規定。
出所)筆者ヒアリングより作成
とに個別取引契約が必要となるのは事務負担が大
きくなる。取引基本契約の場合は、基本契約を締
2.完成車メーカーとの取引過程
結した後はあらためて個別契約を作ることなく、
簡便な注文書などで代用できるため、生産工程を
上記では日本型取引と、欧米型取引でそれぞれ
考えれば合理的な契約方法であると考えられる。
使用される契約の違いについて見てみたが、それ
ぞれの取引の過程はどのようになっているだろう
30
(2)欧米における「Purchasing Order」
(PO)
か。以下では、筆者が行った複数の日系サプライ
一方、欧米では、完成車メーカーとサプライヤ
ヤーへの聞き取り調査を基に、完成車メーカーと
開発金融研究所報
サプライヤーとの取引の過程について日系と欧米
サイクル等が記載されており、サプラ
系に分けて見ていくこととする。
イヤーはそのRFQに基づいた見積り
を作成する。見積り提出時には、見積
(1)日系完成車メーカーとの取引過程
りの根拠となるコスト構造の資料、部
新規モデルに関する完成車メーカーとサプライ
品表、仕様、作成の条件、設計図など
ヤーとの取引は、完成車メーカーによるサプライ
を添付し、場合によってはプレゼンテ
ヤー選定から始まることとなる。
ーションを行う。また、それとは別に
使用部品の変更によるコスト削減の提
(a)日系完成車メーカーのサプライヤー選定
案などを行う。
1970年代から80年代にかけて、日本の自動車産
第3段階…提出された見積りやプレゼンテーショ
業は急速に国際競争力をつけていった。その源泉
ンをもとに評価が行われ、試作を発注
になったのが、トヨタ生産方式に代表される日本
するサプライヤーが決定する。そして
式生産システムであり、この生産方式を支えてい
完成車メーカーは、試作を発注するサ
るのは、完成車メーカーとこれを下支えするサプ
プライヤーに対してLOI(Letter of
ライヤーによって築かれた日本独自のサプライヤ
intent)を発送する*7。サプライヤー
ー・システムであると考えられる。そして、その
選定の際に重視されるのは製品価格や
特徴としては、①完成車メーカーの高い外注比率、
技術力、グローバル供給に対応できる
②少数の一次サプライヤーとの長期継続取引、③
拠点の有無、ロジスティックスの安定
サプライヤーの高度な開発関与性があげられる
性、問題対応能力などとなる。この段
(池田[1998])。一方で、自動車産業のグローバ
階で事実上のサプライヤー決定と考え
ル化、系列崩壊が進む中で、日本のサプライヤ
られるが、あくまで試作を担当するサ
ー・システムはどのように変化しているのだろう
プライヤーであり、場合によってはサ
か。その変化を把握するため、以下では現在の日
プライヤーを変更させられる可能性は
系完成車メーカーとサプライヤーとの取引過程を
ある。しかし、サプライヤーの変更に
見ていく。
伴い新たなコストが発生するため、よ
第1段階…完成車メーカーは様々なサプライヤー
ほどの問題や競争相手が現れない限り
とコンタクトをとり、品質や技術、経
量産用部品も受注する可能性が高い。
営状況、過去の実績などのサプライヤ
完成車メーカーが新規モデル開発を始める前段階
それらの情報をもとに完成車メーカー
(上記第1段階の前)において、以下のような段
はサプライヤーの評価を行い、その評
階が存在する場合もある。
価を基準として選定を行ったサプライ
第0段階…サプライヤーから完成車メーカーへの
ヤーに対してRFQ (Request For
製品や技術の売り込みが行われ、場合
Quotation)を送付する。RFQを送付
によっては車両開発の初期段階でPre-
するサプライヤーはおよそ3、4社で
RFQのようなものがサプライヤー数
ある 。
社に送付される。この段階で選定され
*6
第2段階…サプライヤーに送付されたRFQには、
開発予定のモデルの基本仕様やライフ
*6
*7
*8
以上がサプライヤー決定までの過程となるが、
ーに関する情報を収集する。そして、
たサプライヤーから、完成車メーカー
へのゲストエンジニア*8の派遣が行わ
完成車メーカーによっては、より多くのサプライヤーにRFQを送付することもある。
製品によっては、LOIは発送されない場合もある。
ゲストエンジニアとは、部品開発の一定期間にサプライヤーの開発担当者が完成車メーカーの開発部署に常駐し、完成車メー
カーの担当エンジニアや他のサプライヤーのゲストエンジニアとともに共同で部品設計に取り組むエンジニアのこと。
2003年3月 第15号
31
れ、完成車メーカーとサプライヤーが
共同で車両開発を行っていく。その場
(d)契約の時期
合は、開発を行ったサプライヤーの中
日本型取引において、既に取引のある完成車メ
から最終的なサプライヤーが選定され
ーカーとサプライヤーは取引基本契約を締結して
ることが多い。
いることが多く、実際の契約は個別契約によるこ
とになる。前述の通り個別契約は注文書などで代
(b)サプライヤーの開発への関与
替されるため、サプライヤーに注文書が届くのは
上記の第0段階のように、サプライヤーは車両
量産開始直前となる。よって真の契約成立の時期
開発の初期段階からゲストエンジニアとして参加
は、量産の図面が承認され、量産の注文書が届い
するなど、かなり早い段階から開発に関与する事
た時となる。ただ、サプライヤー選定の際には
になる。その場合は、完成車メーカーが持つ基本
LOIが発送され、その文章に価格や数量が記載さ
的な構想にあわせて共同で開発を行うが、サプラ
れているため、この文書をもって受注したと見る
イヤーは完成車メーカーの種々の要求に応えなが
こともできる。
ら作業を行う立場となる。この段階に参加できる
サプライヤーには相当の技術力や提案能力が要求
(2)欧米系完成車メーカーとの取引過程
されるが、参加できれば新規モデルに関する多く
上記では、日系完成車メーカーとの取引を見て
の情報を得られることとなり、受注の可能性も大
きたが、以下では欧米系完成車メーカーとの取引
きくなる。
を見ていく。
また、第1段階から選定が開始される場合、試
作サプライヤーに認定された後に完成車メーカー
(a)欧米系完成車メーカーのサプライヤー選定
との共同作業が行われる。この場合は、完成車メ
従来、欧米で行われていたサプライヤーの選定
ーカー内で基本構想がある程度できあがっている
方法は、完成車メーカーの用意した図面をサプラ
ため、完成車メーカーから送付されるRFQととも
イヤーに送付し、その中で最も安値を提示したサ
に仕様提示書が添付される。サプライヤーはそれ
プライヤーを選定するという競争入札が主であっ
に基づいて提案図を提出し、完成車メーカーはそ
たといわれる。しかし最近では、サプライヤーが
れを評価した上で、試作用の承認図を発行するた
開発段階から関わるようになり、以前の競争入札
め、図面については実質的にはサプライヤーが引
とは異なる選定方式となっている。以下ではその
いているが、開発の構想は完成車メーカーが行っ
選定方法を見ていく。
ていると考えられる。
第1段階…完成車メーカーが世界的規模で重要な
(c)価格交渉
完成車メーカーとサプライヤーの価格交渉は、
32
サプライヤーの製品を比較して、この
中で技術的に優れ、かつ現実的に発注
RFQへの回答を提出する段階から始まる。選定段
可能な3、4社に発注先を絞り、それら
階において、完成車メーカーはサプライヤーの技
のサプライヤーに対して完成車メーカ
術力などとあわせて価格に関する評価も行い、そ
ーからRFQが送付される。
の段階で価格交渉を行う。サプライヤーは数回見
第2段階…サプライヤーに送付されたRFQには、
積りを提出し、サプライヤー決定時点での価格が
モデルや数量、仕様などが提示されて
設定される。この価格を標準価格と呼ぶことにす
おり、サプライヤーは提示された基本
る。標準価格は見積りに記載されたスペックや数
設計に沿って見積りを作成する。見積
量を基にした価格であり、試作段階や量産段階で
りについては、グローバル供給を行っ
スペックや数量の変更が行われた際に改訂されて
た場合とそうでない場合の見積りな
いく。そして、実際の価格は前述の通り「単価決
ど、数種類を作成する。場合によって
定通知書」によって確定する。
は商品のプレゼンテーションを行う。
開発金融研究所報
第3段階…完成車メーカーは、サプライヤーから
込まれ、完成車メーカーから「ターゲット価格*10」
提出された見積りやプレゼンテーショ
が提示される。サプライヤーは「ターゲット価格」
ンを基に評価を行ってある程度サプラ
が提示される度に見積りを提示しながら価格交渉
イヤーを絞り込み、その中から最終的
を行う。この交渉後に決まった価格が標準価格と
なサプライヤーを選定する。選定され
なるが、見積りにはモデル継続期間(ライフ)や
たサプライヤーは完成車メーカーから
新規投資に対する保証などを前提条件をとして記
POもしくはLOIを受け取る 。
載しており、その前提条件が変更されると価格も
以上がサプライヤー選定までの過程となる
変更される。また、POは単年の契約となってい
が、この前段階(第0段階)において開発だけを
るため、更新にかかる交渉が毎年行われることに
行うサプライヤーが存在する場合がある。
なるが、値下げ交渉が中心となり、材料コストや
第0段階…開発だけを行うサプライヤーの選定の
労働コストの削減、VE(Value Engineering)*11
*9
場合は、サプライヤー同士を競合させ
の実現によるコスト削減などがあげられる。
るのではなく、完成車メーカーが決め
打ちで打診を行う。そして、選定され
(d)契約の時期
たサプライヤーは開発だけを請負うこ
欧米型取引で使用されるPOは開発、試作、量
ととなり、この段階で開発のみの
産の各段階で発行される。つまり、例えば開発段
Agreementを交わすことになる。開
階では開発のみの発注という様に、次の段階での
発にあたっては、完成車メーカーが仕
取引を前提としておらず、必ずしも量産まで結び
様を提示するのではなく、サプライヤ
つくとは限らないということになる。確かに開発
ーが仕様から考えていく場合が多い。
に関わった製品の受注可能性は高くなるだろう
できあがった試作品を納入して取引は
が、サプライヤーはその利点を活かしたコスト削
終了となる。
減等を要求されることになる。
(b)サプライヤーの開発への関与
3.日本型取引と欧米型取引における相違
上記のように、欧米系完成車メーカーとの取引
においてもサプライヤーが開発の初期段階で参加
上記では完成車メーカーとサプライヤーとの取
する可能性があるが、この場合は開発の大部分が
引過程について、日本型取引と欧米型取引に分け
サプライヤーに任せられる。この段階に参加する
て概観してきたが、取引過程をまとめると図表11
には、技術力と完成車メーカーに対する提案力が
の通りとなる。この中で(1)サプライヤー選定
必要となるが、開発を任せてもらうということで、
の位置付け、(2)サプライヤーの開発関与、に
完成車メーカーに対する自社技術のブラック・ボ
おいて違いが見て取れる。以下では両者の相違部
ックス化の可能性もあると考えられる。
分につき検証する。
(c)価格交渉
(1)サプライヤー選定の位置付け
欧米型取引の場合も、価格交渉の開始は日本型
サプライヤー選定方法について、RFQを送付す
取引と同じくRFQに対する見積り提出の段階であ
るサプライヤーが完成車メーカーによって選定さ
る。最初の見積り提出段階でサプライヤーが絞り
れる段階は両者にほとんど違いは見られないが、
*9
*10
*11
POがLOIの代わりを果たすことになる。この後の量産が前提になる場合は、量産に関するLOIを受け取る。
最初の段階でサプライヤーが完成車メーカーに提示した見積価格のうち、最も低い価格の8割程度の価格である事が多い。タ
ーゲット価格が提示されない場合もある。
製品やサービスの価値を機能とコストとの関係で把握し、システム化された手順により価値の向上を図る手法。VEの適用分野
は、購入資材費の低減や製品全体のコスト低減だけでなく、製品開発段階にも広がり、組立作業や機械加工、梱包や運搬など
の製造過程、さらに物流業務への適用も進められている。
2003年3月 第15号
33
図表11
日本型取引と欧米型取引におけるサプライヤー選定の違い
日系取引
欧米系取引
最初の状態
取引基本契約の締結(新規取引以外の場合)
選定対象のサプライヤー
車両開発段階
完成車メーカーのエンジニアとサプライヤーのエン
ジニアによる共同作業。(もしくは完成車メーカー
内での作業)
実績などで完成車メーカーによって選定されたサプ
ライヤーへの開発作業依頼があり、開発依頼のPO
が発送される(もしくは完成車メーカー内での作業)
サプライヤー選定
初期段階
技術力や取引実績などのサプライヤーに関する情報
をもとにRFQを提示するサプライヤーを選定
製品比較にてベンチマークを行った後、現実的に発
注可能なサプライヤー(RFQ提示サプライヤー)を
選定
サプライヤー選定
中期段階
提出された見積もりおよび資料をもとにサプライヤ
ーの評価を行う。この間に価格交渉を行い、見積も
りの再提示も求める
技術プレゼンや提出された見積もり、資料をもとに
サプライヤーを絞り込み、ターゲット価格の提示を
行う。
サプライヤー選定
後期段階
試作を発注するサプライヤーが決定し、LOIを発送
する(量産まで行う前提だが、量産時に注文書が発
送される)
試作を発注するサプライヤーが決定し、試作依頼の
POが発送される(量産時には量産依頼のPOが発送
される)
出所)筆者作成
選定の意味合いが多少異なる。欧米型取引におい
て、契約の代わりを果たしているPOはそれぞれ
の段階で発送されるため、サプライヤーの選定は
第Ⅳ章 グローバル調達、モジュール化
および取引過程における相違が
取引に与える影響と今後の方向性
各段階で行われることとなる。一方、日本型取引
では試作サプライヤーの決定が事実上のサプライ
第Ⅰ章、第Ⅱ章ではグローバル調達とモジュー
ヤー決定となり、試作段階での品質不良や納期の
ル化の動きを概観したが、その両方がサプライヤ
遅延などの問題がなければそのまま量産を受注す
ーの選定段階に影響を及ぼしている。また、第Ⅲ
ることが多い。この点においては、欧米型取引の
章では、日本型、欧米型の取引について概観した
方が厳しい競争にさらされる可能性が高いと考え
が、サプライヤーの選定の位置付けと開発関与に
られる。
相違が見られた。以下では、グローバル調達、モ
ジュール化、取引過程における相違が、それぞれ
(2)サプライヤーの開発関与
日本型取引と欧米型取引の両方において、開発
の初期段階でのサプライヤーの関与が見られた
日系サプライヤーの部品取引に与えている影響、
ならびに、今後の完成車メーカーとサプライヤー
の関係構築の方向性につき、検討する。
が、開発におけるサプライヤーの立場に相違が見
られる。欧米型取引においては、完成車メーカー
1.グローバル調達が取引に与える影響
からの仕様の提示は少なく、サプライヤーからの
提案に基づき仕様を作成していくことが多い。そ
サプライヤー選定の第1段階において、日本型
のため、サプライヤーに対する開発負荷は高いが、
取引でも欧米型取引でも完成車メーカーへのコン
その部分についてはサプライヤーにとって取引構
タクトについては世界中のどの企業でも可能であ
築のチャンスとも考えられる。一方、日本型取引
ろうが、RFQが送付されるサプライヤーは限定さ
においては、完成車メーカーはある程度の仕様を
れているため、世界中のどの企業でも取引できる
サプライヤーに提示し、共同で開発を行っていく
わけではない。また、RFQの送付先選定の際に考
ため、サプライヤーの立場は完成車メーカーのバ
慮されるのは、サプライヤーの技術や経営状況、
ックアップという形になりやすい。よって、開発
過去の実績などであり、この段階でグローバルに
負荷は欧米型取引より低いと考えられる。
供給できる能力を重視しているわけではない。そ
ういった意味では、第1段階にてグローバル調達
が選定に影響を与えている部分は、完成車メーカ
34
開発金融研究所報
ー側に選ぶ選択肢が増えて、強力な競争相手が現
れる可能性があるという点があげられる程度であ
るが、第2段階では、製品によってはグローバル
3.取引過程における相違がもたらす影響
および今後の完成車メーカーとサプラ
イヤーの関係構築の方向性
供給能力が選定の基準の1つになることがある。
日本型取引の場合は、選定の要素に含まれること
自動車産業の取引過程において、最初の開発段
があり、欧米型取引の場合は見積りを提出する際
階で完成車メーカーとサプライヤーが共同作業を
に、グローバル供給を前提にした見積りを加える
行うが、開発段階では車のデザインや性能・規格
ことがある。ただ、グローバル供給で重要なのは
が決められるため、この段階での作業は量産化決
Delivery能力であり、必ずしも完成車メーカーの
定後の完成車メーカーとサプライヤーとの取引関
生産拠点の近くに供給拠点がなければならないわ
係に大きな影響を及ぼす。よって開発における共
けではない。第Ⅰ章ではアライアンスでの対応を
同作業は製品の取引関係にとって重要なプロセス
示したが、もし完成車メーカーが要求する期限に
ということができる。
納入できるのであれば、生産拠点の有無は重要で
はない。むしろ、開発において完成車メーカーと
のコミュニケーションが重要となるため、開発拠
(1)開発関与の相違が部品取引に与える影響と
今後の方向性
点を完成車メーカーの開発拠点の付近に設置する
日本型取引の製品開発プロセスで行われている
ことが重要であり、「開発のグローバル化」が求
「ゲストエンジニア制度」は、価格交渉による原
められてくるのではないだろうか。
価低減ではなく、設計コストと個別具体的な改善
活動との関連性を完成車メーカーとサプライヤー
2.モジュール化が取引に与える影響
とのエンジニア間で「認識」をそろえることによ
り、VEやコスト改善の有効性を高めるのである。
モジュール化については、完成車メーカーとの
どちらかが勝ちどちらかが負けるといったwin-
共同作業が重要になるため、第0段階において完
lose関係ではなく、長期的なwin-win関係を構築
成車メーカーへの売り込みを行い、開発段階から
することにその目的がある。これは完成車メーカ
作業を行うことになる。第Ⅲ章で示した通り、日
ーとサプライヤーとの間に「信頼」*12を形成し、
本の完成車メーカーにとってのモジュール化は開
それを基礎として、最終段階での値下げ(price
発のアウトソーシングであるため、モジュール対
down)でなく開発段階での原価低減(cost
応ができるサプライヤーにとっては、完成車メー
reduction)を行うための装置であったといえる。
カーへの提案の幅が広がり、サプライヤー選定に
このようにゲストエンジニアを通じて、共存共栄
有利に働く可能性がある。モジュールを導入する
のパートナーとして互いの信頼関係を築き、知識
意思が完成車メーカーにあるかどうかという問題
や開発プロセスを取得することで取引の効率性を
はあるが、取引を行う完成車メーカーにモジュー
高めていくことが望ましいと考えられる。
ルを導入する意思があるならば、モジュール化は
サプライヤーにとって大きな武器となり得る。
一方で、欧米型取引の場合は、サプライヤーは
開発の大部分を任せられるため、開発費、品質保
証など開発における負担は増すものの、開発面に
おける完成車メーカーとの分業体制を確立し、従
来の下請体制から完成車メーカーと独立対等なパ
ートナーになることが重要であろう。そのために
*12
信頼には「合理的信頼」と「関係的信頼」の2つがある。
「合理的信頼」とは合理性を背景にした信頼で、短期的な経済活動に
直接関係する期待のことであり、
「関係的信頼」とは企業間の関係性を背景にした信頼で、相互の共存共栄を目指すことへの期
待、関係の長期的継続を目指すことの期待のことである(延岡、真鍋[2000]
)
。日本型取引における信頼は「関係的信頼」に
近く、共存共栄、長期的関係構築を目指した信頼であると考えられる。
2003年3月 第15号
35
は、サプライヤーが完成車メーカーに対して積極
完成車メーカーの要望に対応している。また、完
的なマーケティングを行い、製品の技術力や提案
成車メーカーは燃料電池や環境対応、車両・歩行
力などの能力をアピールしていく必要がある。
者の安全性向上などトータルな技術開発を行わな
ければならないため、モジュール化を進めること
(2)サプライヤー選定の相違が部品取引に与え
る影響と今後の方向性
で開発部分をアウトソーシングし、自社の人材や
資本などの経営資源をこれら先進技術の開発に充
サプライヤー選定において、日本型取引の場合
当していく可能性もある。ただ、取引関係につい
は基本的に量産を前提としたサプライヤーを初期
ては、完成車メーカーはサプライヤーとの開発段
段階から選定している一方で、欧米型取引の場合
階からの緊密な関係を活かしながらオペレーショ
は、段階ごとに選定が行われる仕組みになってい
ンの効率性を高めている部分もあり、その部分が
る。そのため、欧米型取引では、各段階に即した
選定に大きな影響を及ぼしているように見受けら
交渉戦術を立てる必要がある。例えば試作の段階
れる。
での選定の場合、欧米取引の場合は量産を前提と
以上から考えるに、グローバル調達やモジュー
した価格で見積りを作成すると量産部分を受注で
ル化への対応は、完成車メーカーから受注を獲得
きないリスクを背負うため、短期取引であること
するためのサプライヤーの戦略オプションではあ
を念頭に置いた価格交渉を行う必要があるが、日
るが、選定に重要なことは技術力に裏打ちされた
本型取引の場合は量産を前提に価格低減などの提
製品が提供できるかどうかである。それが実現で
案を行うことで受注獲得を目指すべきであろう。
きて上記の戦略が活かされることになるのではな
このように、サプライヤーとしては量産を前提と
いだろうか。今後の完成車メーカーとサプライヤ
した交渉と前提としない交渉を使い分ける必要が
ーの関係は、サプライヤー自身の技術力が重要な
あると考えられる。
製品分野についてはより緊密な関係が構築され、
汎用レベルの製品分野についてはより厳しい受注
むすび
競争が行われていくと考えられる。ただ、実際に
ネット調達などの不特定多数の競争相手が存在す
経営環境の変化に伴い、完成車メーカーとサプ
るのではなく、完成車メーカーによって選定され
ライヤーの関係も新たな段階に入ってきた。完成
たサプライヤー間での競争が激しくなると予想さ
車メーカーの資本提携に伴うグループ化が進むこ
れる。そういった意味では、競争相手は一定レベ
とで、サプライヤーは今まで取引のあった完成車
ルの技術を持ったサプライヤーであると考えられ
との関係の見直しを迫られる一方、新たな取引先
るため、自社の技術力、製品の特徴を活かしつつ、
の拡大を目指さなければならない。これからは日
完成車メーカーとの関係を構築していくことが望
系と欧米系などで取引先を選ぶのではなく、自社
ましいのではないかと考えられる。
の生き残りのために、関係が構築できる完成車メ
ーカーとの取引を拡大していく必要がある。
グローバル調達とモジュール化の進展によっ
部門、経営管理部門などを訪問し、日系完成車
て、完成車メーカーがサプライヤーに求める役割
メーカーおよび欧米系完成車メーカーとの取引
も変化しつつある。完成車メーカーはグローバル
の現状に関してインタビューを実施しました。
調達を行う中で、一括調達や共同購買によってサ
本稿では、そうしたインタビュー内容も参考に
プライヤー数を減少させ、グローバルに製品を供
しながら考察致しました。ご協力を頂きました
給できるサプライヤーと取引すること更なるコス
多くの方々に、この場を借りて厚く御礼申し上
ト削減や調達の効率化を図ろうとしており、今ま
げます。当然ながら本稿にありうべき誤謬はす
での取引実績などは関係ないように見える。しか
べて筆者の責に帰するものです。
し、実際にグローバル供給に対応できるサプライ
ヤーは少なく、実態としてはアライアンスなどで
36
※筆者は2003年1月に日系のサプライヤーの営業
開発金融研究所報
[参考文献]
編成」藤本隆宏、西口敏宏、伊藤秀史編
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庄司敏一[2000]「日本の自動車業界標準ネット
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藤秀史編『リーディングス サプライヤ
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ムとモジュール化」青木昌彦、安藤晴彦編
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延岡健太郎、真鍋誠司(2000)「組織間学習にお
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学経済経営研究所。
Harvard Business School Press.(田村明比
土屋勉男、大鹿隆[2002]
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古訳[1993]
、
『製品開発力』ダイヤモンド
社。
)
平野健[1998]「ビッグスリーの部品取引の内的
2003年3月 第15号
37
SDRM
―IMFによる国家倒産制度提案とその評価―
開発金融研究所主任研究員 荒巻 健二
要 旨
本稿は、IMFによるSDRM提案(いわば国家倒産制度導入提案)について、法制的観点及び必要性
の面から、その評価を試みるものである。
IMFは、2001年11月、新興市場国の持続不能な債務の再編をより迅速かつ効率的に進めるため、国
内倒産法制を参考に、国家債務再編メカニズム(Sovereign Debt Restructuring Mechanism:SDRM)
を導入すべきことを提案した。これに対し、債務者による制度の濫用や債務再編負担の民間セクター
へのシフトを懸念する民間金融機関を中心に強い反対論が提起された。しかし、G7は、債務約款へ
再編フレンドリーな条項(例えば全員一致でなく多数決で再編を行い得るとするもの)を織り込むこ
とにより債務再編問題に対処するという契約アプローチとともに、IMFの提案する法制的アプローチ
を平行して検討するという、いわゆるTwo Trackアプローチを採用し、IMFに対し本年4月の国際通
貨金融委員会に具体案を提出することを要請した。これまでのところ、昨年12月に開催されたIMF理
事会の討議結果に見られるように、SDRMに対する各国の意見はなお大きく分かれており、4月の委
員会に向けどのように意見が集約されていくか注目される。
本稿は、SDRM提案に関し、
(1)国内倒産法制とのアナロジーで議論されることを踏まえ、現行
の日米の再建型倒産法制と比較してどのような特性を持ちどのような問題を抱えるか分析するととも
に、
(2)IMFがその論拠としてあげる主要な論点、即ち資金調達形態の証券へのシフトによる債務
再編の困難化、及び債務再編を脅かすholdout債権者の脅威はどの程度の深刻さを有するかについて
検討することにより、SDRM提案の妥当性について評価を試みるものである。また、併せてSDRMと
平行して検討されている契約アプローチについてもその実効性に対する評価を行う。
本稿の主要な結論は次のとおりである。①SDRMの現実的必要性ないし緊要性については、現時点
では、賛成論・反対論いずれのサイドにとっても決定的な証拠は見出されない。②契約アプローチも
短期的には現実的解決策とはなりがたい。③SDRMの制度デザインについては、国内倒産法制におけ
る裁判所に当たる機関が不在である(IMFは利益相反によりこの役割を公式に果たすことはできない)
ことから、債務再編における債務者と債権者の利益保護のバランスが既存の国内法制例におけるもの
とは異なるものとなる(既存制度に比べ債務者利益保護の強いものとなる)可能性があり、この問題
を緩和するための制度デザインの修正により今度は制度の実効性が低下しかねないというリスクが生
じている。この小論は、SDRM提案が国家倒産制度の存在しない現在の状況に比べdebtor friendlyで
あることを主張するものではないが、国内倒産法制とのアナロジーで考える限り、実効性の高い国家
倒産制度の導入を図るためには、国際倒産法廷の設立といった新たな思考の枠組みが必要ではないか
ということが示唆される。
Abstract
This paper tries to evaluate a proposal made by the IMF to introduce a sovereign bankruptcy
mechanism, from the legal viewpoint and in relation to its practical needs.
In November 2001, the IMF proposed to introduce a Sovereign Debt Restructuring Mechanism
38
開発金融研究所報
(SDRM)
, a type of bankruptcy procedure for a sovereign debtor, in order to promote smoother and
more efficient restructuring of unsustainable sovereign debt of emerging market economies. While
the private financial institutions, concerned about the abuse of the mechanism by the debtor and a
possible shift of debt restructuring costs onto the private sector, fiercely opposed to the idea, the G7
adopted the so-called two-track approach, under which a statutory approach such as the one
proposed by the IMF is to be explored together with a contractual approach that addresses the issue
through the inclusion into debt contracts of restructuring-friendly clauses such as a majority, as
opposed to unanimous, restructuring clause. The G7subsequently requested the IMF to come up
with a concrete proposal of the SDRM to the International Monetary and Financial Committee in this
April for its consideration. As was observed in the relevant discussion by the IMF Executive Board
in last December, however, the views of member countries are widely divided up to this moment
and, therefore, careful attention is needed to see how these divergent views could be reconciled
toward the April meeting.
This paper tries to evaluate the plausibility of the SDRM, first by examining the characteristics
and problems of the SDRM as a bankruptcy procedure in the light of existing domestic bankruptcy
laws of restructuring type in Japan and the US and, second, by analyzing two major rationales of the
SDRM presented by the IMF, that is, i)the increasing difficulties involved in debt restructuring
reflecting recent shifts in external financing toward bonds, and, ii )the threat of holdout creditors
that disrupt debt restructuring process. En passant, the effectiveness of contractual approach is also
examined.
Major conclusions of this paper are as follows. First, conclusive evidences relating to the
practical necessity or urgency of the introduction of SDRM are not found neither for the proponents
nor for the opponents of the mechanism at this moment. Second, it is difficult to expect the
contractual approach to be a short term practical solution to the problem. Third, regarding the
design of the SDRM, the absence of equivalent to a bankruptcy court may create a balance of benefit
protection under the mechanism between the debtor and the creditors which is different from that
envisaged under the existing domestic bankruptcy law, shifting it toward and in favor of the debtor.
The adjustments to the design of the mechanism to alleviate such problem may bring about a risk of
impairing the effectiveness of the mechanism. This short paper does not arque that the SDRM is
more debtor friendly than the status quo where there exists no sovereign bankruptcy procedure but
it implies that, so long as the issue is examined in an analogy to the domestic bankruptcy laws, if we
would like to have a sovereign bankrupcy mechanism that is highly effective, we might need to
embrace a new framework of thoughts including the establishment of an international bankruptcy
court.
目 次
はじめに
1.SDRM提案の概要 ……………………………………………………………………………………………42
(1)アン・クルーガー講演 ………………………………………………………………………………45
(2)改定提案冊子 …………………………………………………………………………………………46
2003年3月 第15号
39
(3)具体案ペーパー ………………………………………………………………………………………46
2.日米の再建型倒産法制 ………………………………………………………………………………………47
(1)日本法制と米国Chapter11の共通点…………………………………………………………………52
(2)日本法制と米国Chapter11の相違点…………………………………………………………………53
(3)米国Chapter11とChapter9の相違点 ………………………………………………………………55
3.日米の再建型倒産法制に照らしたSDRM提案の特徴と問題点…………………………………………56
(1)裁判所の不在 …………………………………………………………………………………………56
(2)債務者と債権者との利益保護のバランスの変化(債務者利益保護への傾斜)…………………58
(3)SDRM提案の再建型倒産法制としての問題点 ……………………………………………………61
4.SDRM提案の論拠の妥当性(1)−最近の対外ソブリンボンド再編の事例− ………………………61
(1)最近の対外ソブリンボンド再編の事例 ……………………………………………………………62
(2)最近の対外ソブリンボンド再編事例に見られる特徴 ……………………………………………66
(3)まとめと残された問題点 ……………………………………………………………………………67
5.SDRM提案の論拠の妥当性(2)−Holdout Creditorの脅威(Elliottケース)− ……………………68
(1)事実関係 ………………………………………………………………………………………………68
(2)Elliottケースの論点……………………………………………………………………………………69
(3)まとめ …………………………………………………………………………………………………70
6.SDRMへの対案−Collective Action Clauses(CACs)− ………………………………………………70
(1)既存の代表的なCACs…………………………………………………………………………………70
(2)新たなタイプのCACs提案……………………………………………………………………………72
(3)CACsの有効性に対する議論…………………………………………………………………………72
(4)Two-Stepアプローチの提案 …………………………………………………………………………73
(5)CACs提案の評価………………………………………………………………………………………74
7.SDRM提案への関係者の反応 ………………………………………………………………………………74
(1)民間金融機関 …………………………………………………………………………………………74
(2)新興市場国 ……………………………………………………………………………………………75
(3)米国 ……………………………………………………………………………………………………75
8.IMF理事会における具体案の検討 …………………………………………………………………………76
(1)IMF理事会における討議結果の概要 ………………………………………………………………76
(2)まとめ …………………………………………………………………………………………………78
9.結論 ……………………………………………………………………………………………………………78
図表1 SDRM提案の変遷 ……………………………………………………………………………………42
図表2 日米再建型倒産法制の概要 …………………………………………………………………………47
図表3 日米再建型倒産法制における裁判所の主な機能とSDRMにおける措置 ………………………57
図表4 Chapter11、Chapter9、及びSDRMにおける債務者保護、債権者保護の仕組み ……………60
図表5 最近の対外ソブリンボンドの再編の事例 …………………………………………………………64
40
開発金融研究所報
はじめに
推進と併せ、法改正を伴う法制アプローチについ
本稿は、IMFが提案しているSDRM(Sovereign
すという、いわゆるTwo Track アプローチを採
てIMFが作業を進めることに対する支持を打ち出
Debt Restructuring Mechanism、いわば国家倒産制
用した。更に、G7は、2002年9月27日の声明で、
度)について、日米の再建型倒産法制や最近の対
Two Trackアプローチを確認するとともに、IMF
外ソブリンボンド再編の事例等を踏まえ、その評
に対し法律に基く債務再編メカニズムについて
価を試みるものである 。
IMFの春の会合*4に具体的な提案を提出すること
*1
国家に倒産制度を適用すべきであるとのアイデ
を要請した。これを受け、IMFは2002年末に具体
ィアは決して新しいものではなく、こうした考え
案を作成し、同年12月にIMF理事会で初めて詳細
は少なくともアダム・スミスにさかのぼり、近年
な討議を行うとともに、2003年1月にはセミナー
では、1980年代の中南米債務危機に際し米国議会
を開催し、内外での公式・非公式の協議を続けな
が財務長官に対し国際倒産メカニズムの創設につ
がら具体案の改定作業を進めている。本文で述べ
いて検討を行うよう指示する法律 を定め、また
るように、IMFの提案に対しては民間金融機関が
1990年代半ばにジェフリー・サックスがメキシコ
強く反対するなど様々な批判が提起されており、
危機への対応に関連しIMFを融資機関から国際破
現時点で今後の見通しは不透明であるが、本年春
産裁判所に組織替えすべきであるとの提案を行う
のIMF国際通貨金融委員会に向け国際的な議論が
などこれまで何度かアイディアが提起されてきて
どのように集約されていくかが注目されるところ
いる問題である 。
である。
*2
*3
90年代後半以降、アジア通貨危機を始めとして
本稿の構成は次のとおりである。まず、最初に
国際金融危機が頻発し、危機の予防と解決に向け
IMF提案(SDRM提案)の概要を当初案から最近
国際金融システムの強化が広範に検討されてきた
の具体案までの変遷を含めて紹介する(第1項)
。
が、そうした中、2001年末、IMFは、新興市場国
これが本稿の出発点である。次いで、日米の再建
の債務問題の解決に関し国家倒産制度の導入を提
型倒産法制を取り上げ、その基本構造を解説する。
案し、大きな国際的議論を巻き起こすこととなっ
ここで取り上げるのは、日本の会社更生法、民事
た。G7は、IMF提案が行われた翌年の2002年4
再生法と米国のChapter11及び自治体の債務調整に
月20日に開催された会合における声明で、新興市
適用されるChapter9である(第2項)
。これを踏
場における危機の予防と解決に関し「行動計画」
まえSDRM提案の特徴と再建型倒産法制としての
を発表し、ソブリン債務の再編プロセスについて、
問題点を分析する(第3項)
。続いて、SDRM提案
債務契約条項の工夫で対応する契約アプローチの
の主要論拠とされる2つの問題、即ち近年の新興
*1
*2
*3
*4
本稿の記述のうち意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、筆者が現在帰属し、あるいは過去に帰属したいかなる組織
の意見をも代表するものではない。本稿の作成に当たっては、図表2のドラフトの作成段階で梶谷綜合法律事務所の岡正昌弁
護士より貴重なコメントをいただいた。また、財団法人国際通貨研究所孕石健次氏、富士総合研究所の小野有人氏からは有用
な資料をご提供いただいた。それぞれ記し厚く感謝する次第である。また、国際協力銀行法規室の石渡久代氏には日米の倒産
法制に関する資料文献の収集に関し広範な助力をいただいた。併せて感謝の意を表したい。なお、本稿は国際金融情報センタ
ーの主催する債務問題研究会において筆者が行った報告を基礎としており、そこでコメントをいただいた同研究会委員他の出
席者の方々に対してもこの場を借りて謝意を表するものである。但し、言うまでもなく、本稿に誤りや分析の不十分な点があ
る場合にはその責任は全て筆者個人に帰属するものである。
Section 3111 of The Omnibus Trade and Competitiveness Act of 1988。
ソブリン倒産制度に関わる近年の様々なアイディアの歴史については、Kenneth Rogoff and Jeromin Zettelmeyer
“Bankruptcy Procedures for Sovereigns: A History of Ideas, 1976-2001” IMF Working Paper WP/02/133参照。同working
paperからの引用であるが、アダム・スミスは、
「もし国家が、個人がそうする必要が生じた場合と同じように、破産を表明す
ることが必要となった場合には、常に、公平透明で公然の破産が債務者にとって最も不名誉が少なく、債権者にとって最も害
の少ない方法である。
」
(Adam Smith “An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations”1776(1937 Edition)
と述べている。また、本文で触れた Jeffrey Sachs の提案は、1995年の講演“Do We Need an International Lender of Last
Resort ? ”の中で示されたものである。
IMF国際通貨金融委員会の次回会合は、2003年4月12日に予定されている。
2003年3月 第15号
41
市場国の資金調達形態の証券へのシフトに伴う債
務者間調整の困難化の問題(集団行動問題)
、及び
債務再編に抵抗するいわゆるholdout債権者の問題
SDRMとは、国際法(条約)により、国家債務
が、どの程度深刻なものであるかを見るため、最
の再編手続き(いわば国家倒産法制)を導入しよ
近の対外ソブリンボンドの再編事例(第4項)と
うとする提案である。このアイデアは、2001年11
ペルー政府を屈服させたholdout investor(Elliott
月に、アン・クルーガーIMF筆頭副専務理事の講
Associates)による訴訟事例(第5項)を紹介す
演*5の中で初めて明らかにされた。その後、IMF
る。次いで、法制アプローチと平行して進められ
は、2002年4月に改定提案を冊子の形で公表し、
ている契約アプローチ、いわゆる集団行動条項の
更に変更を加えた事務局作成の具体案(2002年11
議論を紹介する(第6項)
。その後、SDRM提案に
月付け)を2003年1月に公表した。それぞれの段
対する民間金融機関等の市場参加者等の反応(第
階での提案のポイントは、図表1に示してあるが、
7項)と2002年12月のIMF理事会における具体案
これを参照しつつ、以下、本稿における検討の出
の討議内容(第8項)を概観し、最後に本稿の検
発点として、提案内容の変遷と現時点での内容を
討をまとめ、結論を述べる。
見ていこう*6。
図表1
SDRM提案の変遷
項目
当初案(2001年11月)
改定案(2002年4月)
具体案(2002年11月)
根拠法令
法規
条約
IMF協定改正
(注)投票権の85%を有する5分
の3の加盟国の同意によって、全
ての加盟国に対して効力を発する
(IMF協定28条)
手続きの
対象者
国
国
国
(注)中央政府は、中央銀行、国
内倒産法制の対象とならない公的
機関・地方政府の債務を対象に含
めるオプションを有する
目的
持続不能なソブリン債務の再編を
より迅速かつ効率的に進めること
持続不能なソブリン債務の再編を
より迅速かつ効率的に進めること
持続不能なソブリン債務の再編に
ついて、債務者と債権者の早期協
調的な関与へのincentiveを作り出
すことにより、これを迅速に進め
ること
手続き開始
原因
債務が持続不能であること
債務が持続不能であること
債務が持続不能であること
申立て権者
*5
*6
42
1.SDRM提案の概要
債務国
(注)債務国が、IMFに、債務の再
編交渉を行う期間として、債務返
済の一時的停止を要請することに
より申立て
債務国
(注)発動後の重要事項(債務再
編の条件、一時的停止(stay)の
発動と更新、新規資金への優先性
の付与等)は、債務者と特別多数
債権者が決定する
債務国
Anne Krueger “A New Approach to Sovereign Debt Restructuring” November 26, 2001
SDRM提案の内容は多岐にわたり、以下の記述の中で焦点を当てるもの以外にも、対象債務の範囲、手続き開始後の優先借入
れの条件等多くの論点があるが、本稿ではとりあげない。なお、具体案ペーパー(IMF“The Design of the Sovereign Debt
Restructuring Mechanism-Further Considerations”November 27, 2002)は、対象債務の範囲について、ソブリン債務のうち、
国内債務は除外、パリクラブ債権(二国間公的債権)は当面除外が1つの選択肢、担保付債権は債権者の同意を条件として対
象とすること等を提言している。
開発金融研究所報
(不明)
発動による一般的な執行停止や契
約規定の停止は導入しない
(注)stayを導入しない制度の下で、
撹乱的な訴訟を回避するため、訴
訟を通じて特定の債権者が回収し
た金額は、債務再編合意の下で支
払われる金額から差引く措置
(hotchpot(財産併合)rule)
、及び
一定の訴訟に対する個別的な執行
停止命令制度を導入することを検
討すべきであるとしている(後述)
申立てから
開始決定ま
での債務者
の執行行為
からの保護
(不明)
(注)債務国による申立てから発
動(IMFによるstayの承認)まで
に時間的ギャップが生ずることを
想定していない可能性もある
手続き開始
決定
IMFが、債務が持続不能であるこ
と等に基づき、債務返済の一時的
停止を承認した場合に、手続きが
開始
(不明)
(注)左記の当初案(IMFによる承
認)とは異なり、債権者からの訴
訟提起に対する一時的停止(stay)
を、IMFの承認によってではなく、
所定の多数債権者の同意を得た債
務国の要請によって、発動する方
式もあるとしているが、この場合、
債権者による決定に相当の時間が
かかりうることから、債務国によ
る時限的な一方的stayの発動等の
選択肢(後述)を提示している
①債務国による債務の持続不能性
を示した発動通知によって、自動
的に発動するとするか、②発動に
は債務国以外の者が債務の持続不
能性を検証することを要するとす
るかのオプションがある。
後者のオプションの困難は、誰が
この機能を果たすべきかという点
にある。
開始決定と
債務者
(特に、言及なし)
(注)国の業務執行・財産の管理処
分権には基本的に変化がないこと
を前提していると考えられる
(Chapter9の手続きに類似との説
明)
(システムデザインの原則の1つと
して、債務者の主権に干渉すべき
ではないことをあげている)
(注)債務国と債権者、また債権者
間の問題に対処するため、債権者
委員会が設置される
開始決定と
財産保全
債務返済の一時的停止(前述)が
適用される
この一時的停止は、債務国の経済
政策と債権者との関係についての
リビューを経て、更新されうる
(注)債務国は、この間、資金の
国外逃避を防ぐため、おそらく一
時的に為替規制を課すこととなろ
うとしている。また、為替規制の
発動によりstay期間中対外支払い
ができず訴訟に曝される可能性の
ある非ソブリンの債務者を保護す
るため、stayを、非ソブリンの対
外債務に対しても適用する必要が
ありうるとしている
自動的ないし所定の多数債権者の
支払停止後・再編計画合意前の債権
投票による一般的な執行停止
者からの訴訟提起に対しては、一
(stay)は、導入しない
時的執行停止(stay)で対応する
その代わりに、債務再編合意が成
(注)なお、stayを、IMFの承認でな
立した場合、訴訟を通じて特定の
く、所定の多数の債権者の同意を
債権者が回収した金額は、その合
得た債務国の要請で発動する方式
意の下で支払われる金額から差引
もあるが、この場合、債権者によ
く措置(hotchpot(財産併合)rule)
る決定に相当の時間がかかりうる
の実施により訴訟へのdisincentive
ので、①ソブリンが最初の90日間
のみ一方的にstayを発動できる、 を作る
ただし、特定の債務者がリストラ
②当初の90日間のstayのみIMFの
合意の下で支払われる金額以上の
承認で行い、更新は債権者の多数決
ものを回収する場合、上記の
で行う等の選択肢を提示している
hotchpot ruleでは対応できないの
また、支払いの停止とstay発動と
の間に若干時間があることから、 で、債務国が、債権者の同意の下で、
SDDRF( Sovereign Debt Dispute
IMFプログラムに一時的資本取引
Resolution Forum)に対し、こう
規制を入れて資本流出に対応する
した特定の執行行為を禁止するこ
ことが必要となる場合がありうる
とを要請し得るとすべきかという
としている
問題がある
為替規制の結果defaultした非ソブ
リン債務者がその在外資産につい
て債権者から執行を受ける可能性
があるが、これに対処するため、
SDRMに非ソブリンへのstayを発
動する法的権限を含めることが考
えられるが、この権限の発動は債
権者の多数決でというわけにはい
かず、IMFが行う必要があろうと
している
2003年3月 第15号
43
債権の確定
債権の検証、紛争の裁定等はIMF
に適さない
IMF協定の改正により、債権の検
証、投票プロセスの運営、紛争の
処理等を行う独立性のある紛争解
決フォーラムを設置する
再建計画の
作成主体
債務再編の内容は、債務者と債権
者が定める
債務再編の内容は、債務者と債権
者が定める
再建計画の
決定
十分な債権者の合意
所要の多数の債権者の合意
債権者への通知、債権の登録、投
票プロセスの運営等の運営機能、
紛争の処理を担う独立のSDDRFを
設置する
(注)SDDRF設置については、ま
ず、IMF専務理事が7∼11人の裁判
官ないし民間practitionerからなる
選定パネルを指名し、このパネル
が12から16人の候補を選定する。
危機が起こった場合、SDDRF理事
長(メンバーが互選)は、このプ
ールから4人の審判官を選び、う
ち1人が最初の決定を担当し、残
る3人が不服審査を担当する
SDDRFは、理事会の決定に挑戦す
ることはできず、債務国の債務の
持続可能性に係る問題につき決定
する権限はない
債務国
債務国による債務再編案は、所要
の多数債権者の合意で決定される
(注)所要の多数とは、再編対象債
権元本の75%
再建計画の
認可
(上記に加え、IMFがどのように関
わるかについては、明確ではない)
IMFが、債権者により可決された
計画を、持続可能な債務内容
(debt profile)をもたらすものか
どうかに基づき、承認することと
する考えもある
投票がSDDRFによって証明された
段階で、再建計画は全ての債権者
を拘束する
計 画 の 可
決・認可の
効力
多数により同意された債務の再編
取り決めは、少数債権者を拘束し
なければならない
適格多数(qualified majority)債
権者の同意は、反対する少数者を
拘束することが、最重要である
SDDRFにより適格多数債権者が合
意したことが検証(certify)された
再編合意は、全ての登録債権者
(及び再編対象であることを通知さ
れたが登録しなかった債権者)を
拘束する
債務者の詐
害行為等へ
の対処
IMFは一国の債務と経済政策の持
続可能性や国際収支の改善と将来
の債務問題の回避に必要な政策を
実施しているか国際社会が判断す
る最も効果的なチャネルであり、
IMFの関与はシステムの成功に不
可欠である
債務国が、stay期間中、IMFプロ
グラムを実施し、又はIMFとその
協議をすることを通じて、stay中
に債務国がその資産価値を維持す
ることを相当確保できる
債務国が、このメカニズムを非協
力的にないし不適切に利用するこ
とに対する制裁は、滞納国への貸
し付け政策を含めIMFの既存の貸し
付け政策によるべきである
stay導入後のファイナンスは、既
存の私的債権に優先するとしうる
所要の多数債権者の合意により、
一定額ないし一定の取引形態によ
る債務国の優先借入れを認め得る
(注)所要の多数は、対象債権元本
額の75%
返済の一時的停止を一定の期間に
限って認め、その国の経済政策と
債権者との関係のリビューを経て
これが更新されうるという仕組み
を通じ、この間、債務者が適切に
行動することが確保される
事業継続に
必要な行為
44
開発金融研究所報
新規資金に優先債権の地位を与え
る必要がある
計画の履行
(特に、言及なし)
(注)IMFによる経済プログラムの
実施状況のモニターの中で、計画
の実行がフォローされていくもの
と考えられる
(特に言及なし)
(特に言及なし)
手続きの終
結
(不明)
(不明)
SDDRFによる再編合意の検証
(certification)によって手続きは
自動的に終結する
SDDRFは、再編合意の相応の見込
みがない時は、手続きを終結できる
債権者は、発動が正当化できないと
考える時は、投票により終結できる
債務国は、いつでも終結できる
(濫用防止の必要あり)
出典)SDRMの当初案は、Anne Krueger“A New Approach to Sovereign Debt Restructuring”November 26, 2001によっており、同改定案は、
Anne Krueger“A New Approach to Sovereign Debt Restructuring”IMF, April 2002及び“Sovereign Debt Restructuring MechanismFurther Considerations”IMF, August 14, 2002の記述によっている。同具体案は、IMF“The Design of the Sovereign Debt Restructuring
Mechanism−Further Considerations”November 27, 2002によっている。
(1) アン・クルーガー講演(2001年11月)
2001年11月の講演でクルーガー副専務理事は、
策の実施を条件に、必要な再編を妨害する債権者
*7
からの法的保護を提供するフ
(holdout creditor)
国際金融危機の解決への民間セクター関与
レームワークを作る必要があることを主張した*8。
(Private Sector Involvement:PSI)という観点
その上で、同副専務理事は、IMFのマネージメン
から、持続不能な債務を秩序だった形で解決する
トとスタッフが検討している新たなアプローチと
メカニズムは、現在、国際社会が民間債権者を救
して、次のような制度(以下「当初案」という)
済(bail out)することのみであるが、これには
の導入を示唆した。
モラルハザードの懸念があるとし、持続不能なソ
①債務国は、IMFに対し、その持続不能な債務
ブリン債務の再編をより迅速かつ効率的に進める
の再編交渉を行う間、一時的に債務返済の停
ためには、債務者に対し、誠実な交渉と必要な政
止*9を行うことを要請する。
*7
*8
*9
その例として、債務再編合意の履行を妨害することによりペルー政府から巨額の支払いを獲得したElliot Associatesのケースが
あげられている。このケースについては、
「5.SDRM提案の論拠の妥当性(2)−Holdout Creditorの脅威(Elliottケース)
−」
で検討する。
SDRM導入の論拠については、その後の改定提案・具体案においてより詳しい説明が行われている。その都度説明の力点は異
なるが、そのポイントは概ね次の通りである。
①現在の債務再編プロセスは予測不能でかつ長期化の可能性があるため、債務国は再編を回避しようとするが、こうした再編
プロセスの遅れが再編コスト(実質所得の低下、投資の急減、金融部門の困難、外貨準備の減少など)を増加させ、債務国、
更には企業の経済価値と徴税能力の低下を通じて債権者に不当なコストをもたらしている。
②こうした現在の債務再編プロセスには、contagionのリスクがあり、国際金融システムの安定性へのコストとリスクをもたら
す可能性がある。
③新興市場国の資金調達形態が80年代の銀行融資中心から90年代に証券へとウェイトをシフトさせ、その結果債権者の利害が
多様化し、債務再編に必要な債権者間調整が非常に難しくなったこと(いわゆる「集団行動(collective action)問題」の深刻
化)
、特に再編合意に参加せず当初契約通りの支払いを求めて訴訟を起こすいわゆるholdout債務者の問題などが、予測可能で
秩序立った再編合意を阻害し、債務再編プロセスの開始の遅れ、長期化の一因となっている。
④このため、債務国と債権者に対し、持続不能な債務の再編への迅速で協調的な合意へのインセンティブを強化するフレーム
ワークを提供する必要がある。
なお、こうしたIMFの考えに対するブラジルのペドロ・マラン大蔵大臣の批判(p.75)を参照。
一時的停止という場合、契約上の義務(返済義務等)の停止と債権者による取立てのための執行行為(訴訟提起や強制執行)
の停止という2つの内容がありうる。当初案では債務返済の一時的停止(temporary standstill)という言葉が使われている。
それが契約上の義務の停止をさすのか、執行行為の停止をさすのかは必ずしも明確でないが、後者の執行行為の停止の意味で
用いられているとみられる。2002年4月の改定提案ではこの措置を債権者による執行行為(enforcement)の停止(stay)とし、
明確に後者の意味で用いている。2002年11月付けの具体案では、契約上の義務の停止をsuspension、執行の停止をstayと呼び、
2003年3月 第15号
45
②IMFは、当該国の債務が持続不能である場合、
③債務再編の内容は、債務者と債権者が定め、
債務返済の一時的停止の発動を承認する。
多数債権者の合意で決定するが、それが持続
③一時的停止を一定の期間に限って認め、債務
可能な債務内容(debt profile)をもたらすも
国の経済政策と債権者との関係のリビューを
のかどうかに基づき、IMFがこれを承認する
経てこれが更新されうるという仕組みを通
こととする考えもある。
じ、債務者の適切な行動を確保する。
④債務の再編の内容は債務者と債権者が定める
(国際社会が押し付けることはない)
。
⑤再編取決めが十分な多数債権者により合意さ
れたときは、少数債権者を拘束する。
④多数債権者の合意は、反対する少数者を拘束
する。
⑤債権の検証、投票プロセスの運営、紛争の処理
等を行う独立性のあるフォーラムを設置する。
この改定案で留意を要するのは、まず、一時的
ここに見られる問題意識は、債務の再編交渉を
停止発動の仕組みについてIMFの関与を後退させ
円滑に進めるためにはこのプロセスを混乱させる
る案が示されたことである。これは債務国の債務
訴訟(以下「攪乱的訴訟」という)からの保護を
再編制度の発動に債権者の一員でもあるIMFが重
提供する一時的執行停止の制度が必要であるこ
要な役割を果たすことに対し、民間債権者等から
と、債務の持続不能性(制度利用の適格性)を
強い批判が寄せられたことによるものと考えられ
IMFが認定すること、債務者の適切な政策採用を
る。しかし、当初案で制度の出発点とされていた
担保する必要があることである。
一時的停止発動の仕組みが不確実となったことに
より、制度の発動(手続きの開始)と一時的停止
(2)改定提案冊子(2002年4月)
の発動とが別のものとなる可能性が生じ、また、
IMFは、翌2002年4月、
“A New Approach to
債務の持続不能性(制度利用の適格性)について
Sovereign Debt Restructuring”と題する冊子を
の判定を誰がどのように行うかが不明となること
アン・クルーガー名で公表した。これは上記のク
となった。他方、債務再編合意が持続可能な債務
ルーガー講演以後のIMF内外での検討の結果を踏
内容をもたらすものかどうかをIMFが判定すると
まえたものであると考えられるが、そこでは次の
いう考えが示されたことは注目に値する。
ような考え(以下「改定案」という)が示された。
①債権者による執行行為の一時的停止について
は、(当初案に示された)IMFの承認により
2003年1月に公表されたスタッフ作成の具体案
発動する案のほかに、債権者の多数の同意を
ペーパー*10(2002年11月付け。同年12月にIMF理
得た債務者の要請で発動することを基本とし
事会の検討に付されたもの)は、初めてある程度
つつ、当初の一定期間(例えば90日)のみ債
詳細に制度の全体像を示した。しかし、このペー
務国が一方的に、あるいはIMFの承認を得て
パーが示す制度の概要は次のようなもの
(以下「具
発動する案がある。
体案」という)であり、結果として、IMFが提案
②一時的停止期間中、債務国がIMFプログラム
を実施し、ないしその協議をすることにより、
債権者の利益保護が図れる。
*10
*11
46
(3)具体案ペーパー(2002年11月)
する制度の骨格は、大きく変化することになった。
①債務国はその債務の持続不能性を示した発動
通知を発する*11が、制度がこれにより自動的
IMF(November 27, 2002)
発動がどのような手続きで行われるかについては、具体案ペーパーは明確に述べていないが、その記述からは、ソブリン債務
国がSDDRF(Sovereign Debt Dispute Resolution Forum)
(本文後述参照)に対して発動通知(Activation Notice)を送付し、
発動条件が満たされ次第SDDRFがこれを公表するという手続きが想定されているとみられる。なお、債務国は、SDDRFによ
る発動通知の受領後一定期間内に、その債務(SDRMの外で再編される債務を含む)に係る全ての情報(Claims Notification)
をSDDRFに対して提供し、これをSDDRFがそのweb siteで公表することにより債務再編プロセスの透明性の向上を図ることと
している。Claims Notificationは、第1リスト(SDRMの下で再編する債務)
、第2リスト(SDRMの外で再編する債務(例えば
パリクラブ債務や国内債務)
)
、第3リスト(再編しない債務(例えばSDRMの対象としうるものの個別の再編において除外さ
れる債務及びより一般的に再編から除外される債務(例えば国際機関に対する債務)
)
)からなる。
開発金融研究所報
に発動されるものとするか、発動には債務国
が示された最大の点は、当初案及び改定案で制度
以外の者が債務の持続不能性を検証すること
の中核と位置付けられていた一時的停止制度導入
を要するとするかとの選択肢がある(但し、
が断念されたことである。これに代え、具体案で
後者の場合、持続不能性の検証を誰が行うか
は債権者による攪乱的な債務取り立て行為に対し
が困難な問題となる)
。
ては、再編合意下での支払額の調整による執行行
②制度の発動によって一般的に執行行為が停止
される制度は導入しない。
為へのdisincentiveの提供とSDDRFによる個別的
執行停止制度の導入で対応するという考えが示さ
③但し、攪乱的訴訟防止のため、特定の債権者
れた。また、当初案で明確に述べられていた発動
が訴訟で回収した金額は債務の再編合意下で
に際しての債務の持続不能性の検証の有無が未確
の支払い金額から控除する措置を導入する
定となり、更に債務再編合意についてそれが持続
(これは、19世紀の英国倒産法上の工夫に由来
可能な債務内容をもたらすものかどうかをIMFが
。
し、hotchpot(財産併合)rule と呼ばれる)
*12
検証するという考えも公式には影を潜めた。
④上記③の措置で対処できない特定の攪乱的執
このようにSDRM提案は具体案の段階で当初案
行行為(その最も重要なものは、訴訟によっ
から大きく変化し、複雑さも増している。本稿に
て、再編合意下での支払い金額以上の額の回
おいては、(本制度を法制的視点からのみ分析す
収が図られる場合)を防止するため、債務国
るのは適当ではないと思われるが)当初よりこの
が、債権者の同意の下で、新たに設立される
制度が国家倒産法制を作るという視点に立って提
紛争解決機関(SDDRF: Sovereign Debt
案されたものであることを踏まえ、まず次項以下
Dispute Resolution Forum)に対し、こうし
で日米の再建型倒産法制の構造を簡単にレビュー
た特定の執行行為を禁止することを要請しう
した上で、日米の現行法制の特性に照らして、再
るとすることを検討する。
建型倒産法制としてみた場合に、SDRM提案にど
⑤債務国がこの制度を非協力的にないし不適切
に利用することに対しては、IMFの既存の貸
のような特徴と問題点があるかを検討することと
したい。
し付け政策により対処する。
⑥多数債権者は、発動が正当化できないと考え
2.日米の再建型倒産法制
るときは、手続きを終結できる。
この具体案の段階で当初案から大きな方向転換
図表2
図表2は、日米の再建型倒産法制の概要を示し
日米再建型倒産法制の概要
日本
米国
項目
会社更生手続
民事再生手続
Chapter11
Chapter9
根拠法令
会社更生法
民事再生法
米国連邦破産法第11章
「再建」
米国連邦破産法第9章
「自治体の債務の調整」
手続きの
対象者
株式会社(1条)
債務者(法人及び個人)
(1条)
米国内に居住し、住所又
は営業の本拠を持ち、あ
るいは米国内に財産を所
有する者(109条a項)
自治体であって、次の要
件をみたすもの(109条
c項)
①州法によって、又は州
法により権限を付与され
た政府職員等によって、
個別に(specifically)、
申立てを行う権限を認め
られていること(注:
“specifically”は、94年
*12
hotchpot(財産併合)とは、複数の者に財産を平等に分配するために、これらの者に属する財産を1つにまとめることをいう。
2003年3月 第15号
47
改正で“generally”に
代えて挿入されたもの)
②insolventであること
(「(善意で係争中である
ものを除き)期限の到来
した債務支払いの一般的
不履行があること、又は
支払い期限の到来する債
務を支払えないこと」
(101条(32)c))
③債務を調整する計画を
実行することを意図して
いること、及び
④次のいずれかに該当す
ること
・Chapter9による調整
を意図する各債権者クラ
ス毎に少なくともその過
半数の債権額を有する債
権者の同意を得ているこ
と
・誠実に交渉をしたが、
上記の合意を得られなか
ったこと
・交渉を行うことが実際
的でない(impracticable)
ことから交渉ができない
こと、又は
・債権者が547条の否認
権の対象となる財産譲渡
を得ようと試みかねない
と信ずる合理的理由があ
ること
目的
手続き開始
原因
48
開発金融研究所報
窮境にあるが再建見込み
のある会社につき、債権
者・株主等の利害を調整
し、その事業の維持更生
を図ること(1条)
①債務弁済困難
②破産のおそれ
(30条)
(注)破産法上の破産原
因は、①債務の支払い不
能(支払い停止は支払い
不能と推定)、②債務超
過(法人の場合)(破産
法126、127条)
窮境にある債務者につ
き、債権者との民事上の
権利関係を適切に調整
し、その事業又は経済生
活の再生を図ること(1
条)
①債務弁済困難
②破産のおそれ
(21条)
(注)同左
(規定なし)
(規定なし)
(規定なし)
(注)債務者の裁判所へ
の申立てにより開始
(301条)。但し、債権者
等による申立ての場合
で、適時に異議が申立て
られた場合は、裁判所は
審理を行い、債務弁済の
一般的な不履行など一定
の要件を満たすときに救
済命令(注:日本法の開
始決定に相当)を発する
(303条h項)
(規定なし)
(注)債務者の裁判所へ
の申立てにより開始され
る(901条による301条
の適用)が、申立てに対
して異議があったとき
は、
裁判所は審査を行い、
債務者が不誠実な申立て
をなし、あるいは申立て
が法の定める要件に合致
しないことが判明したと
きは、申立てを棄却しな
ければならない(921条
c項)とされており、法
の定める債務者適格要件
として上記のように
insolventであること等が
定められている
申立て権者
①会社、②一定の債権者、 ①債務者、又は②債権者
又は③一定の株主(後二 (後者は申立て原因②の
者は、申立て原因②の場
場合のみ)
(21条)
合のみ)(30条)
申立てから
開始決定ま
での債務者
の執行行為
からの保護
裁判所が個別に執行行為
の中止を命令(37条2
項)
手続き開始
決定
裁判所は、手続き開始原
因(前述)の存在等の要
件を満たすとき、開始を
決定(38条)
開始決定と
債務者
裁判所は、開始決定と同
時に、管財人を選任(必
置機関)し(46条)、これ
により事業の経営・財産
の管理処分の権限は、管
財人に専属する(53条)
①債務者、又は②一定の
債権者(301条、303条)
債務者(901条による301
条の適用)
手続き開始の申立てによ
り、司法上及び司法外の
全ての取り立て行為は自
動的に停止(automatic
stay)
(362条a項)
自動的停止が適用
(901条による362条の適
用)
裁判所は、手続き開始原
因(前述)の存在等の要
件を満たすとき、開始を
決定(33条、25条)
手続きは、申立てにより
開始(301条)
但し、債権者等による申
立ての場合で、適時に異
議が申立てられた場合
は、裁判所は審理を行い、
債務弁済の一般的な不履
行など一定の要件を満た
すときに救済命令(注:日
本法の開始決定に相当)
を発する(303条h項)
(前述)
手続きは、申立てにより
開始(901条による301条
の適用)
但し、申立てに対して異
議があったときは、裁判
所は審査を行い、債務者
が不誠実な申立てをな
し、あるいは申立てが法
の定める要件に合致しな
いことが判明したとき
は、申立てを棄却しなけ
ればならないとされてい
る(921条c項)。法の定
める債務者適格要件とし
て上記のようにinsolvent
であること等が定められ
ており(以上前述)、こ
れらの要件を満たさない
申立ては、裁判所により、
棄却される
次の3つの処理手続きが
ある
債務者は、原則として、
業務執行権・財産管理権
を失わない(1101条1
号)
債務者が同意した場合又
は再建計画に定めがある
場合を除き、裁判所は、
債務者の政治・行政権力
の行使、財産・歳入、収
入源財産の使用享受を妨
げてはならない(904条)
(注)管財人・調査員の
選任にかかる条項(1104
条)は適用されない
裁判所が個別に執行行為
の中止を命令(26条1項)
裁判所は個別の中止命令
では目的を達成できない
とき、執行行為の包括的
禁止を命令(27条1項)
「DIP型」
債務者が、開始決定後も、
業務遂行権・財産管理処
分権を保持する(36条。
41条参照)
「監督型」
裁判所は、監督委員によ
る監督を命じ、その同意
を得なければ債務者がす
ることのできない行為を
指定する(54条。56条参
照)
「管理型」
裁判所は、債務者の財産
の管理処分が失当である
等の場合、管財人による
管理を命ずることができ
る(65条)。この場合、
業務遂行・財産の管理処
分権は、管財人に専属す
る(66条)
裁判所は、救済命令後計
画認可前に、利害関係人
の要求により、現行経営
陣に詐欺・不誠実・無能
力・重大な経営過誤等が
あるとき、又は債権者等
の利益に資するときは、
管財人を選任しなければ
ならない(1104条a項。
1104条b項参照)
裁判所は、管財人が選任
されていない場合に、利
害関係人の申立てがある
ときは、計画認可前に限
り、債務者の業務遂行に
当っての詐欺・不正直・
無能力・不適切等がある
か等を調査させるため、
調査員を選任することが
できる(1104条b項)
2003年3月 第15号
49
開始決定と
財産保全
債権の確定
再建計画の
作成主体
50
裁判所は、債権者が構成
する委員会に再生手続き
への関与(裁判所・債務
者・監督委員への意見の
陳述、債権者集会の招集
申立て等)を承認するこ
とができる(118条)
手続き開始後、無担保債
権者の委員会(債権者委員
会)が任命され(1102条a
項1号、b項1号)
、債権
者委員会は、手続きの運
営についてのDIP又は管
財人との協議、債務者の
業務運営等の調査、計画
案立案への関与等の機能
を果たす(1103条)
債権者委員会に関する規
定は適用される(901条
による1102条、1103条
の適用)
開始決定後は、債権及び
担保権は、更生手続きに
よらなければ弁済できな
い(112条、123条)
開始決定後は、債権は、
再生計画の定めるところ
によらなければ弁済でき
ない(85条)
(注)抵当権等の一定の
担保権は、再生手続によ
らないで行使することが
できる(53条。但し、
31条、148条以下参照)
自動的停止(前述)が適
用されている
自動的停止(前述)が適
用されている
開始決定後は、執行行為
は禁止・中止される(67
条、
68条)
(更生第一主義)
開始決定後は執行行為は
禁止・中止される(39
条、40条)
所定の期間内に、裁判所
に届出(125条)
所定の期間内に、裁判所
に届出(94条)
所定の期間内に、裁判所
に届出(501条)
所定の期間内に、裁判所
に届出(901条による
501条の適用)
当初の120日間は、債務
管財人(189条)(会社、 債務者(管財人が選任さ
れているときは管財人) 者(管財人が選任されて
債権者等も、裁判所の定
いる場合は管財人)のみ
める期間内の提出が可能 (債務者(管財人が選任
されている場合)又は債 (その間に計画が提出さ
(190条))
れなかったとき等は債権
権者も、裁判所の定める
期 間 内 の 提 出 が 可 能 ) 者委員会、個々の債権者
等も提出が可能)(1121
(163条)
条b、c項)
債務者(自治体)(941
条)
(注)債権者等は計画案
の提出はできない
(1121条の不適用)
再建計画の
決定
更生計画案は、権利の種
類により分類された組ご
とに、所定の多数決で可
決する(205条)
再生計画案は、所定の多
数決で可決する(171条)
再建計画案は、同種の権
利ごとに分けられた組ご
とに、所定の多数決で受
諾される(1126条c、d
項)
再建計画案は、同種の権
利ごとに分けられた組ご
とに、所定の多数決で受
諾される(1126条の適
用)
再建計画の
認可 裁判所は、可決された更
生計画が公正、遂行可能
等の要件を満たす場合に
限り、認可できる(233
条)
裁判所は、可決された再
生計画が、計画遂行の見
込みがない等の不認可事
由に該当しない限り、認
可する(174条)
裁判所は、計画案が下記
を含む所定の要件を満た
す場合は、認可しなけれ
ばならない(1129条a項)
・計画案が本法の規定に
従うものであること
・本手続きに関する役務
又は費用に対する支払が
全て裁判所に開示され、
かつ認可前の支払いが合
理的であり、認可後の支
払いの合理性については
裁判所の許可をうるべき
ものであるとされている
こと
・計画案が善意で提案さ
れ、かつ法律によって禁
じられている手段によっ
裁判所は、計画案が下記
を含む所定の要件を満た
す場合は、認可しなけれ
ばならない(943条a、b
項)
・計画案が本法の規定に
従うものであること
・本手続きに関する役務
又は費用に対する支払い
が全て開示され、かつ合
理的であること
・計画案が善意で提案さ
れたこと
・債務者が計画案を履行
するために必要な行動を
とることを、法律によっ
て禁じられていないこと
・計画案が債権者の最大
開発金融研究所報
て提案されたものではな
いこと
・計画案が、仮に債務者
が清算されたとした場合
に債権者等が受領するも
のより少なくない価値を
受け取ることを定めてい
ること
の利益(best interest)
に合致し、実行可能であ
ること
裁判所は、計画案を受諾
しない組があったとして
も、立案者の申立てによ
り、計画案が受諾しなか
った組の権利者を不公正
に差別しておらず、公正
か つ 衡 平( fair and
equitable)である場合、
他の要件を満たす限り、
認可できる(cram down)
(1129条b項1号)
cram down条項は、適用
される(901条による
1129条b項1号の適用)
計 画 の 可
決・認可の
効力
更生計画は、認可時に効
力を生じ(236条)、こ
れにより、債権者・担保
権者・株主の権利は、計
画の定めに従って変更さ
れる(242条)
再生計画は、認可決定の
確定により効力を生じ
(176条)、これにより、
債権者の権利は、計画の
定めに従って変更される
(179条)
計画案が認可されると、
計画の諸規定は、債務
者、債権者、株主等を拘束
し、それらの債権者等が
届出をしたか、受諾した
か等を問わず、その権利
は、計画の条項に従って
変更される(1141条a項、
d項1号A)
認可された計画の定め
は、債権の届出があった
か、計画案を受諾したか
等を問わず、債務者と債
権者を拘束する(944条
a項)
債務者の詐
害行為等へ
の対処
管財人は、会社が債権者
等を害することを知って
した行為等について、こ
れを否認する訴えの裁判
所への提起等を行うこと
ができる(78条、82条。
72条、76条参照)
管財人は、債務者が債権
者を害することを知って
した行為等について、こ
れを否認する訴えの裁判
所への提起等を行うこと
ができる(127条、135
条。56条、72条、76条参
照)
管財人(ないしDIP)は、
一定の財産譲渡行為を否
認することができる
(547条等)
債務者は、一定の財産譲
渡行為を否認することが
できる(901条による
547条等の適用)
(注)債務者が、否認権
による訴訟の追行を拒否
したとき、債権者の要求
により、裁判所は、訴訟
を追行するための受託者
を選任することができる
(926条)
事業継続に
必要な行為
手続き開始後の事業経
営・財産の管理処分費用
等一定の費用は、優先弁
済される(208条、209
条)
手続き開始後の業務・生
活・財産の管理処分費用
等一定の費用は、計画に
よらず、随時弁済される
(121条)
通常の業務の範囲内の借
財は、裁判所の許可は不
要で、その債権は共益債
権とされる(364条a項、
503条b項1号)
通常の業務の範囲外の借
財は、裁判所の許可を要
し、それにより共益債権
となる(364条b項)
裁判所は、新たな借財の
ために必要あるときは、
既存の担保権に優先する
担保権の設定等を許可し
うる(364条c、d項)
裁判所は、新たな借財の
ために必要あるときは、
既存の担保権に優先する
担保権の設定等を許可し
うる(364条c、d項の適
用)
計画の履行
認可された更生計画の履
行は、管財人又はその監
督の下で、取締役が、こ
裁判所は、計画が認可さ
れると、債務者等に対し、
計画実施のために必要な
裁判所による計画実行指
示条項(1142条b項)は
適用される
計画認可決定が確定した
とき、DIP又は管財人は、
速やかに再生計画を遂行
2003年3月 第15号
51
手続きの終
結
れを行う(247条)
しなければならない。監
督委員が選任されている
ときは、監督委員は計画
遂行を監督する(186条)
行為の実施を指示するこ
とができる(1142条b項)
裁判所は、更生計画が遂
行されたとき、又は遂行
されることが確実となっ
たときは、手続き終結を
決定する(272条)
裁判所は、次の場合、手
続き終結を決定しなけれ
ばならない(188条)
DIP型:計画認可決定が
確定したとき
監督型:計画が遂行され
たとき、又は認可決定確
定後3年を経過したとき
管理型:計画が遂行され
たとき、又は遂行される
ことが確実となったとき
裁判所は、債権者と債務
者の利益となるときは、
手続きを棄却し、又は停
止できる(305条a項)
裁判所は、財団の管理が
完全に行われ、かつ管財
人を終任させた後、手続
き終結の決定を行う
(350条)
(注)手続きの開始によ
って、債務者の全ての財
産によって構成される財
団が形成される(541条)
裁判所は、計画が成功裏
に実行されるために必要
であると認められる期間
は、手続きについて管轄
を継続することができる
(945条a項)
裁判所は、下記を含む事
由に該当する場合には、
手続きを棄却することが
できる(930条a項)
・遂行の欠如(want of
prosecution)
・債務者にとり不利益な
債務者の不合理な遅滞
・裁判所の定める期間内
の計画案の不提出
・裁判所の定める期間内
に計画案が受諾されなか
ったとき
・計画案が不認可とな
り、かつ計画案の再提出
又は計画案の修正のため
の提出期限の延長の否定
・
(認可後も裁判所が管
轄権を有するときは)債
務者が計画の重大な不履
行をしたとき等
裁判所は、手続きについ
ての事務執行が完結した
ときは、手続きを終結さ
せなければならない
(945条b項)
出典)日本法制については,兼子一監修「条解会社更生法上中下」(昭和48年4月、弘文堂)、瀬戸英雄(新再建型手続き研究会)「民事再生法」
(平成12年2月、新日本法規)、高木新二郎・山崎潮・伊藤眞編集代表「倒産法実務事典」(平成11年4月、(社)金融財政事情研究会)に
よる。米国法制については、高木新二郎「米国新倒産法概説」(昭和59年2月、(社)商事法務研究会)、高木新二郎「アメリカ連邦倒産
法」
(1996年7月、(社)商亊法務研究会)及び渡邉光誠「最新アメリカ倒産法の実務」(平成9年8月、(社)商事法務研究会)による。
ている。日本については、会社更生手続き及び民
(1)日本法制と米国Chapter11の共通点
事再生手続きを掲載し、米国についてはともに連
(イ) 全体の手続き構造
邦破産法中の規定であるが、企業等に適用される
日本法制と米国Chapter11を比較すると、まず
第11章(Chapter11)と地方自治体に適用される
全体の手続き構造が下記①∼⑨に掲げるように非
第9章(Chapter9)を示している。同図表を参
常に類似していることが見てとれる*13。即ち、日米
照しつつ、まず、日本法制(会社更生法と民事再
ともに、基本的なプロセスは債務者の裁判所への
生法)と米国Chapter11の主な共通点と相違点を
申立てに始まり、多数債権者による再建計画案*14
検討し、次いで、米国のChapter11とChapter9と
の可決と裁判所の認可による効力発生・実行とい
の相違を見ていこう。
う手順で進められる。
*13
*14
52
こうした類似性は、会社更生法が1952年に当時の米国法(連邦破産法第10章「会社更生(Corporate Reorganization)
」
)を範と
して導入されたこと、民事再生法の制定も1978年の米国連邦破産法改正により企業再建のための手続きとして従来の関連規定
を整理統合して制定された第11章「再建(Reorganization)
」の登場により大きな影響を受けていることを背景とすると考えら
れる。
本稿では、再建計画と債務再編計画(合意)は同じ意味で用いている。
開発金融研究所報
①債務者(一定の場合債権者等)による裁判所
への申立て
④業務の継続を可能とする措置
一定の条件の下で優先弁済権付きの新たな借財
②手続き開始決定
を認容する等、債務者による業務の継続を可能と
③債権の確定
する措置を講じている。
④債務者(管財人が選任されている時は管財人)
(一定の場合には債権者等)による再建計画
案の作成
⑤所定の多数債権者による計画案の可決
⑥裁判所による計画案の認可
⑦計画の効力発生・権利の変更
⑧計画の実行
⑨手続きの終結
⑤原則として債務者による再建計画案の作成
申立てと同様、債務者(管財人が選任されてい
るときは管財人)が再建計画案を作成するとし、一
定の場合に債権者等が作成することを認めている。
⑥多数債権者により合意された再建計画による
少数債権者の拘束
いずれの手続きも所定の多数債権者による再建
計画案への合意が(裁判所の認可を経て)少数債
権者を含む全債権者を拘束することを定めてい
(ロ)個別の共通点
上記のプロセスの中で、日本法制と米国
Chapter11に共通して認められる個別の特徴は次
の通りである。
る。これは手続きに不可欠の要素と考えられる。
⑦手続き全体への裁判所の関与
手続き開始申立ての受理、手続き開始の決定
(米国は原則として申立てにより自動的に開始)、
①申立て権者
債務者の財産の保全、債権者により可決された再
いずれの手続きでも債務者に申立て権を付与
建計画の認可など手続き全体を通じて裁判所に重
し、一定の場合に債権者等も申立てを行いうると
要な役割が与えられている。
している。
②手続き開始決定後の債権者の取り立て行為の
停止
日米いずれの手続きの下でも、少なくとも手続
(2)日本法制と米国Chapter11の相違点
上記に対し、次のような点に日本法制と米国
Chapter11との相違が認められる。
きの開始決定後においては、債権者による強制執
①手続き開始原因の定め方
行や訴訟の提起を通じた債権取り立て行為は禁
日本の法制においては、手続き開始原因を法律
止・中断される(但し、下記(2)②参照)。か
が特定し(債務弁済不能又は破産のおそれ)、裁
かる執行停止により、下記(1)③の債務者によ
判所がかかる開始原因の存在を認めることが手続
る不適切な行為の防止と併せて、債務者の財産を
き開始決定の前提となっている。これに対し、米
充実・保全し、手続きの公平かつ円滑な実施が図
国Chapter11では、手続き開始原因の特定はない。
られている。
従って、債務者による申立ての場合、insolventで
③債務者の詐害行為の否認等による債務者財産
の充実・保全
あることを要さず*15、申立てにより手続きは当然
に開始される*16。このため、財務内容に全く問題
債務者が手続き開始前に行った詐害行為に対す
のない会社が手続きを開始することも可能であ
る否認権の管財人等への付与、手続き開始後の裁
る。例えば企業買収合戦で大きな損害賠償責任を
判所による管財人・調査人等の選任等を通じ、債
負った会社がその減額交渉の梃子として(テキサ
務者の財産を充実・保全する規定が設けられてい
コ)、またアスベスト訴訟処理のため(ジョン
る。
ズ・マンビル)、あるいは労働協約破棄のために
*15
*16
申立てについては、債務者はinsolventであることを要さないが、申立て前の一定の財産譲渡行為を否認しうるためには、その
要件の1つとしてinsolventであることを要すると定められている(547条b項(3)
)
日本法制の下での裁判所の手続き開始決定に当たるのは、米国法制の下では救済命令であるといえるが、債権者による申立て
の場合、手続きは申立書の裁判所への提出によって開始され、
「手続きの開始は、・・・救済命令を構成する」
(1978年連邦改正破
産法301条)と位置付けられている。
2003年3月 第15号
53
(コンチネンタル航空)、chapter11に移行すると
は、会社更生手続きでは管財人が必置機関として
いった企業再建という本来の目的以外に利用され
選任される。民事再生法では法律上は図表2に示
るケースも生じている 。
す3つのタイプがあるが、これまでのところ、東
*17
なお、債権者による申立ての場合で債務者が異
京地裁や大阪地裁では原則として監督命令を発令
議を申し立てたときは、手続きは自動的に開始さ
し監督委員を選任するという実務運用がなされて
れず、債務者が期限の到来した債務支払いの一般
いることから、実際は監督委員の監督の下で債務
的な不履行があること等一定の要件を満たすとき
者が業務運営を行うケース(
「監督型」
)がほとんど
に裁判所は開始決定を行う。
であり(管財人が選任された例はわずかにある)*18、
②手続き開始決定前の債権者の取り立て行為か
らの債務者財産の保護
前述のように、手続き開始決定後でみれば、日
何ら監督機関が設けられずに債務者が業務運営を
継続するいわゆる「DIP(Debtor In Possession:
占有継続債務者)型」の例はまだないようである。
米ともに債権者による訴訟等を通じた取立て行為
これに対し米国Chapter11では、債務者がいわ
は禁止・中断されるが、申立てから開始決定のま
ゆるDIPとして業務運営を継続するのが原則であ
での間(日本の場合は裁判所による開始原因の審
る。法律上は手続き開始決定後で計画認可前であ
査プロセスがあるため、この間に必ずギャップが
れば、利害関係人の請求により、現行経営陣に重
生ずる。米国の場合は、債務者による申立ての場
大な経営過誤等があるとき*19、又は債権者等の利
合はギャップはないが、債権者による申立ての場
益に資するときは、裁判所は、管財人を選任しな
合ギャップが生じうる)における債権者の取り立
ければならないとされているが、裁判所は一般的
て行為からの財産保護については、日米法制で相
に債務者に好意的であり管財人の選任を認めさせ
違がある。即ち、日本の法制では、裁判所が、利
るのは容易ではないとされている*20。同様に、債
害関係人の申立て又は職権で、個別にないし包括
務者の業務運営を調査するため(管財人ではなく)
的に強制執行等の手続きの中止を命じうるとされ
調査員を選任することも可能であるが、その選任
ているのに対し、米国の法制では、手続き開始の
も例は少ないと言われる。
申立てが行われることにより司法上・司法外の全
上記をまとめると、ここであげた3点、即ち、
ての取り立て行為の開始と継続が停止される(自
①申立て原因に限定がなくinsolventでない債務者
動的停止(automatic stay)
)
。債権者による申立
であっても手続き開始の申立てを行いうること
てに対して債務者が異議を申立てたときは、上記
(実際にそうした事例が生じていること)
、②申立
のように一定の要件を満たすときに裁判所は手続
てと同時に手続きが開始されない場合(いわゆる
き開始決定を行うため、開始の申立てと開始決定
ギャップ期間がある場合)であっても申立てと同
との間に米国でもギャップが生ずるが、この場合
時に債権者による全ての取り立て行為が停止され
でも自動的停止は申立てと同時に発動される。
ること(automatic stay)
、③手続き開始後も原則
③手続き開始決定後の業務運営
として債務者が業務運営を継続すること(日本の
手続き開始後の業務運営について、日本法制で
民事再生法は類似の制度となっているが、運用上
*17
渡邉光誠「最新アメリカ倒産法の実務」(平成9年8月、(社)商事法務研究会)P23及び高木新二郎「アメリカ連邦倒産法」
(1996年7月、
(社)商事法務研究会)P344
*18 山本和彦・長谷川宅司・岡正晶・小林信明編「Q&A民事再生法」
(2001年9月、有斐閣)P14、17
*19 例えば、イースタン航空倒産の際、申立て後かなりたって、申立て時の経営陣では業務を遂行できないということを主な理由
として裁判所は外部の管財人を選任したとされている(早稲田経営学院主催「米国の動産担保権法・破産法セミナー」
(1991年
10月)におけるウィンスロップ・スティムソン・パットナム&ロバーツ法律事務所「担保権法・破産法セミナー」配布資料)
。
*20 平成11年に米国倒産手続きに携わる実務家等から米国で聞き取り調査を行った 川畑正文(大阪地裁判事補(当時)
)は、
「実務
上、管財人の選任は、非常に稀であるようである」とし、その背景として債務者が反対するのは当然のこととして「債権者ら
も、管財人の報酬に多額の費用がかかることから、管財人選任を望まないのが通常であるということである」と記している。
具体的には、
「アトランタでは、1999年1月1日以前に申立てられた未済事件129件中、管財人が選任されている事件は10件にす
ぎ」ず、
「全国的には、管財人が選任されている事件は、全体の3∼4%にも満たないのではないかということであ」るとして
いる(
「アメリカ合衆国における倒産手続きの実務(2)
」
(NBL2001.3.15)
)
。
54
開発金融研究所報
は監督委員による監督が原則となっている)から
合は自治体のみに再建計画案による提出が認めら
見て、米国Chapter11は、日本法制に比べ、より
れ、債権者には計画案の作成は認められていない。
債務者利益の保護に厚い(debtor friendlyな)制
以上の相違点はいずれもChaptere11に比べ
度となっているといえる。
Chapter9の下での債務者の利益保護を強めるも
のであると考えられる。しかし、同時にChapter
(3)米国Chapter11とChapter9
の相違点
*21
最後に、米国Chapter11とChapter9とを比較し
てみよう。
基本的な手続き構造は同様であるが、次のよう
な相違点がある。
9は、Chapter11に見られない次のような規定を
置いており、この面では債権者利益の保護を強化
している。
①債務者適格の法定
Chapter11の場合、債務者による申立てについて
①申立て権者の限定
は手続き開始原因の限定はなく、申立てにより自
Chapter11では一定の債権者も申立て権を付与
動的に手続きが開始されるが、Chapter9の場合、
されているが、Chapter9の場合申立ては自治体
自治体(債務者)による申立てに対し異議があっ
に限定され、債権者に申立て権はない。
たときは、裁判所が審査を行い、債務者が不誠実
②自治体の行政権能への不介入
な申立てをなし、又は申立てが法の定める要件に
Chapter11の場合、裁判所が一定の場合管財
合致しないことが判明したときは、裁判所は申立
人・調査人を選任するとされているが、Chapter
てを棄却しなければならないとされている(921条
9の場合、裁判所は、自治体が同意した場合又は
c項)
。同法は、自治体が申立てを行うための適格
再建計画に定めがある場合を除き、自治体の政治
要件として、
(i)州法等により個別にChapter9の
行政権力の行使、財産・歳入、収入源財産の使用
申立てを行う権限を付与されていること、
(ii)債
享受を妨げてはならないとされている。管財人・
権者との交渉を行うことが実際的でない場合等に
調査員選任の規定も適用されていない(否認権の
該当すること等に加え、
(iii)insolventであること
規定は適用される)
。
を定めている(109条c項)
。ここでいうinsolventと
③再建計画案の提出権の独占
は、
(i)
(係争中であるものを除き)期限の到来し
Chapter11の場合、債務者が当初の120日間に再
た債務支払いの一般的な不履行があること、又は
建計画案を提出しなかった場合等には、債権者にも
(ii)支払期限の到来する債務を支払えないことと
再建計画案の提出が認められるが、Chapter9の場
*22
、この要件を満たさ
されており(101条(32)c)
*21
Chapter9は、1930年代の恐慌の中で、自己の無責任な政策の結果ではなく国家経済の悪化によって財政危機に直面した自治体
に対し連邦として保護を提供するために、破産法の改正として追加されたものである。当初、1934年にChapter9として追加さ
れたが、1936年に最高裁判所より州の財政マターへの不当な干渉であると違憲判決が出されたため、37年に議会は改めて破産
法改正を行いChapter10(現在のChapter9)を追加した。内容的にはほとんど違いはなかったとされるが、最高裁判所は、
1938年、Chapter10は債務者たる自治体に財政マターへのコントロールを保持させるように構成されているとして合憲判決を出
したとされる(David L. Dubrow “Chapter9 of the Bankruptcy Code: A Viable Option for Municipalities in Fiscal Crisis ?”
The Urban Lawyer, Vol.24, No.3, Summer 1992)
。なお、Chapter9は、制定以降、60年以上が経過するが、自治体からの申立
ては500件未満にとどまっているとされている(Public Information Series, Bankruptcy Judges Division, Administrative Office
of The United States Courts “Bankruptcy Basics” August, 1998)
。
*22 自治体にとってのinsolventのこうした定義は88年の法改正で挿入されたものである。改正以前は、自治体の債務者適格要件の
1つとしてinsolventであるか又は弁済期限の到来した債務を弁済できないこと(109条c項)と定められ、insolventは債務者の
負債総額がその公正に評価した全財産よりも大である財務状況をいう(101条(26)
)とされていた。改正後は、109条に定める
債務者適格が「insolventであること」とされるとともに、101条(32)に自治体についてのinsolventの定義が設けられ、自治体
が(i)善意での係争の対象となっているものを除き、期限の到来する債務の支払いが一般的に不履行となっているか、又は
(ii)期限の到来する債務を支払えないような財政状態をいうとされた。当該改正について下院司法委員会は、次のような説明
を行っている。
「現在のinsolventの定義、一般的には、債務が非除外資産を超えるということは、自治体には適用できない。自
治体のほとんどの資産は(債権を満足させる手続きから)除外されており、債務の支払いに用いることはできない。このため、
財政的に健全な自治体であってもほとんどの場合その債務は非除外資産を超え、現行法ではinsolventとみなされる。改正は…
…これを修正……する。債権者にとって重要なものは、自治体の資産ではなくその債務返済能力である」
(Dubrow(1992)
)
。
2003年3月 第15号
55
ないときは申立ては棄却される*23。なお、申立て
が棄却されなかったときは、裁判所は救済命令を
発しなければならない(921条d項)
。
②手続きの棄却
3.日米の再建型倒産法制に照らし
たSDRM提案の特徴と問題点
ここまでSDRM提案の概要、日米法制の共通点
Chapter11では、裁判所は、債権者と債務者の
と相違点、更に米国法制の中でChapter11と
利益となるときは、手続きを棄却ないし停止でき
Chapter9の相違点を見てきたが、本項では、日
るとしている(501条a項)
。これに対し、Chapter
米の現行法制に照らし、SDRM提案がどのような
9では、裁判所は、
(i)
(手続き)遂行の欠如、
(ii)
特徴を持ちどこに問題を抱えるか検討する。
債務者にとり不利益な債務者の不合理な遅滞、
結論から先に述べれば、SDRM提案の特徴であ
(iii)裁判所の定める期間内の計画案の不提出、
り、かつ再建型倒産法制として見た場合の主要な
(iv)裁判所の定める期間内に計画案が受諾され
問題点は、第1が裁判所の不在であり、第2が債
なかったとき、
(v)計画案が不認可となりかつ計
務者利益保護と債権者利益保護の(現行法制に比
画案の再提出又は計画案の修正のための提出期限
べた)バランスの変化(債務者利益保護への傾斜)
の延長が否定されたときは、手続きを棄却すると
である。以下、それぞれ検討する。
し(930条a項)、債務者の誠実な対応を促す規定
を置いている。
このように、Chapter9の手続きにおいては、
(1)裁判所の不在
図表3は、日米の法制で裁判所が果たす主要な
一方で(日本法に比べると既にかなりdebtor
機能をあげるとともに、SDRM提案(当初案、改
friendlyとなっている)Chapter11と比べ更に債務
定案、具体案)でこれら機能に対しどのような措
者利益保護を強める規定を置いているが、他方で、
置を講じているかまとめたものである。
自治体に対し、債務者適格(insolventであること
ここから見てとれる1つ目の特徴は、現行の日
等)の証明を要請し、また債務者による不合理な
米法制で裁判所が果たしている機能のうち、形式
遅延等の場合に裁判所が手続きを棄却することを
的側面が強い要素をSDDRFが担うという流れで
定め、債務者の誠実な対応を促し債権者保護を強
ある。形式的な要素とは、申立ての受理、債権の
めるものとなっている。これは、裁判所に行政権
確定、多数債権者の合意に係る投票の検証である。
力への介入を禁ずる一方で、裁判所の監視の下で、
2つ目の特徴として、現行法制で裁判所が担っ
制度の濫用を防ぎ、プロセス全体を通じて債務者
ている実質的機能(裁判所の行為に伴い自動的に
と債権者の利益保護のバランスの維持が図られて
他の法的効果が生ずる場合の当該法的効果(例え
いることを示すものであると考えられる。
ば開始決定後の一般的執行停止)を含む)につい
て、一部はその機能自体を制度から取り除き、残
*23
56
1991年6月6日、米国Connecticut州のBridgeport市は、Chapter9の申立てを行った(同市は人口14万人(当時)で、それまで
にChapter9の申立てを行った最大の自治体である)
。これに対し、同年8月1日、裁判所は、Bridgeportはinsolventでないと
の理由で申立てを棄却した。裁判所は、insolventといえるためには、現年度において、あるいは採択された予算に基づき次年
度において、期限の到来する債務を支払えないことを証明しなくてはならないとした。Bridgeportは、別途積立ててあった債
券発行収入のおかげで現年度である1991-92年度においてはcashがなくなることはないが、1992-93年度には期限の到来する債務
を支払えないのでinsolventであると主張した。しかし、裁判所は、Bridgeportの1992-93年度の財政状態は、地域・州・国の経
済の健全性、州・連邦の支援、労働組合の譲歩の可能性、効率化による節約の可能性、徴税率の増加、及びbudget gapを埋め
る借入れ努力の成否を含め、様々な変数に影響されるものであり、まだ予算案さえ提出されていない年度のcash positionの不
確実性からしても、申立て時点において、同市が1992-93年度において期限の到来する債務支払いが不能となるとの予想
(prediction)は信頼するに足りない(unreliable)
、同市は、近い将来(near future)において資金がなくなり、期限の到来す
る債務を払えなくなると証明しなくてはならないと判示した( Dubrow(1992)
)
。但し、Dubrowが同論文で記しているように、
この状況を踏まえても、
「近い将来」とはどのようなタイム・フレーム(年度末までにか、あるいは数ヶ月ないし数週間内にか)
であるかが不明確であり、また、判決があげる様々な変数を考慮する場合、債務支払いのために自治体は常に歳入増ないし歳
出カットを行いうるとの議論がありうるために、増税が非生産的で歳出カットも実行可能でないことが明確に示せるようなケ
ースを除き、何を基準としてinsolvency testをクリアするかを判定するかが難しい問題として残るといえる。
開発金融研究所報
りはSDDRFに担わせるという流れである。前者
く指摘されたことが決定的に作用したと考えられ
(制度から除かれる実質的機能)に当たるものが、
る。しかし、IMFが実質的な機能を担う主体とな
一般的執行停止、再建計画の実質的審査(認可)
りえないことを制約条件として課し、かつIMF協
である。仮に開始決定時の申立て適格性(債務の
定改正で対応する(IMF協定改正で対応できる範
持続不能性)の第三者による審査が入らない場合
囲内で考える)という前提で考える場合、形式的
には、これも制度から除かれる実質的要素となる。
機能はSDDRFに担わせることができても、現行
後者(SDDRFに担わせる実質的機能)は、個別
法制で裁判所が債務者及び債権者の双方から独立
的執行停止及び手続きの棄却である。
したいわば中立的な審判者ないし裁定者として担
SDRM当初案あるいは改定案では、現行法制で
っている実質的機能を遂行する存在を見出すこと
裁判所が担っている機能の重要な部分をIMFが担
は、困難となるといえる*24。この結果、一般的執
うという考えが示されていた。しかし、改定案を
行停止、再建計画の実質的審査、手続きの棄却*25、
経て具体案では上記のように変化した。これは、
場合によっては申立て適格性の審査といった実質
前述のように債権者の一員であるIMFに実質的機
的な要素が公式の制度からは断念される流れが生
能を担わせることに対し、利益相反の可能性が強
じてきている。こうした流れの中で制度デザイン
図表3
日米再建型倒産法制における裁判所の主な機能とSDRMにおける措置
日本
会社更生法
申立ての受理
裁判所
申立てから
開始決定ま
での間(ギ
ャップ期間)
の執行停止
裁判所(個別)
米国
民事再生法
Chapter11
Chapter9
当初案
改定案
具体案
裁判所
裁判所
裁判所
IMF
(不明)
SDDRF
裁判所(個別
−
−
−
(不明)
又は包括)
(Automatic Stay)(Automatic Stay)(Stayの発動)
SDDRF
(個別)
開始決定
裁判所
裁判所
−
(一定の場合、
裁判所)
開始決定後
の債務者の
業務運営へ
の関与
管財人
原則、監督委
員(運用)
例外的に、管
財人(運用)
(注)原則、債務
者が業務運営
開始決定後
の執行停止
−
(自動発動)
−
(自動発動)
債権の確定
裁判所
裁判所
*24
*25
SDRM
−
(一定の場合、
裁判所)
IMF
債務国又
は第三者
(債務者の行政 (言及なし)(Chapter (債務者の
権の行使等は
9に類似) 主 権 に 干
妨げられない)
渉すべき
でない)
IMF
―
―
(Automatic Stay (Automatic Stay (Stayの発
動)
が既に発動)
が既に発動)
裁判所
(不明)
裁判所
(IMFは適
さず)
IMF又は
多数債権
者(stay
の発動)
(但し、当
初90日間
のみは債
務国又は
IMF)
SDDRF
(個別)
独立の紛
争解決フ
ォーラム
SDDRF
IMFの具体案ペーパーP26においても、適格性審査を第三者に行わせるとなると、誰に担わせるかが困難な問題であるとしてい
る。
具体案には、債権者及びSDDRFによる手続きの棄却が含まれているが、後述(第8項)するように、2002年12月のIMF理事会
ではほとんどの理事がSDDRFに棄却権能を与えることに反対している。
2003年3月 第15号
57
多数債権者
の合意を得
た再建計画
の認可
裁判所
裁判所
裁判所
裁判所
計画の履行
の確保措置
管財人
原則、監督委
員(運用)
裁判所
裁判所
手続きの棄
却・終結
裁判所
裁判所
裁判所
裁判所
(不明)
IMF
SDDRFに
よる投票
の検証
(言及なし)(言及なし)(言及なし)
(不明)
(不明)
SDDRF、
債務国又
は債権者
注) 1.それぞれの法制ないし提案において、左欄に掲げた機能を主として担う機関をあげている。具体的な機能の内容は図表2参照。
2.上表に示したギャップ期間は、Chapter11の下での債務者による申立ての場合、Chapter11の下での債権者による申立てやChapter9の
下での自治体の申立てに異議が出なかった場合には生じない。SDRM当初案においては、ギャップ期間の発生は想定されていなかった
と考えられる。
を行おうとすると、法制度としてみた場合に、後
利益保護を強める規定も置き、ある意味でバラン
述するように、濫用の防止、実効性の担保、債務
スが取られている。具体的には、繰り返しになる
者と債権者利益の適切な考量等の面で問題を生ず
が、Chapter9は、申立て権の債務者への限定
るものとなる可能性がある。
(債権者に申立て権なし)
、管財人・調査員選任規
定の不適用(行政権への不介入)、再建計画案提
(2)債務者と債権者との利益保護のバランスの変
化(債務者利益保護への傾斜)
権なし)を定め、債務者(自治体)の利益保護を
次に、第2の特徴である債務者利益の保護と債
強化する規定を有しているが、同時に、債務者適
権者利益の保護とのバランスの変化(債務者利益
格要件の法定(異議が出た際には、自治体は
保護への傾斜)を見よう。これは第1点目の裁判
insolventであること等を証明する必要がある)、
所の不在と大きく関連している。
裁判所による手続き棄却事由の拡大(債務者の不
図表4は、米国のChapter11、Chapter9、
合理な遅滞等で棄却)を定め、債権者利益の保護
SDRM具体案のそれぞれにおいて、制度のキーと
を図る規定を置いている。また、これはChapter
なるいくつかの要素に関し、債務者保護に資する
11とChapter9双方に含まれている規定であるが、
規定内容となっているか(●)、債権者保護に資
裁判所が、多数債権者の合意を得た再建計画を債
する規定内容となっているか(○)、そのどちら
権者利益保護等の観点から実質的に審査する仕組
とも言えないか(−)を分類したものである。例
みが置かれている。即ち、Chapter11では、裁判
えば、申立て権者について、Chapter11は債務者
所は、計画案が仮に清算するとした場合に受領す
にこれを認める(債務者保護(●))とともに一
る以上の額を債権者等が受け取ることを定めてい
定の債権者にも認めている(債権者保護(○))
ること、また、(受諾しない債権者がいるにも関
が、Chapter9では債務者にのみ認めている(債
わらずcram down(図表2中の説明参照)により
務 者 保 護 ( ● ))。 ま た 、 開 始 原 因 に つ い て 、
再建計画を認可する場合には)計画案を受諾して
Chapter11は規定を置かず開始原因を限定してい
いない債権者等を不公正に差別せず公正かつ衡平
ないという債務者に有利な仕組みとなっている
(fair and equitable)であること等が審査され、
(債務者保護(●))が、Chapter9では異議が出
債権者の利益保護が図られている。また、
たときはinsolventであること等債務者の申立ての
Chapter9においても、裁判所は、再建計画案が
適格性が審査され、濫用が防止されている(債権
債権者の最大の利益(best interest)に合致する
者保護(○)
)
。
こと、実行可能(feasible)であること等を満た
こうした観点から、まずChapter11とChapter9
とを比較すると、前項でも触れたが、Chapter9
58
出権の債務者による独占(債権者による対抗提案
すときに計画案の認可を行うとされ、債権者保護
が図られている。
は、Chapter11に比べ、一部債務者の利益保護を
これらの2つの手続きとの比較でSDRM具体案
強める規定を置いているが、その一方で債権者の
を見ると、債務者保護と債権者保護のバランスが
開発金融研究所報
変化(債務者利益保護へ傾斜)し、場合によって
ている。即ち、Chapter9では、先述のように再
はその傾向が更に強まりかねないことが見てとれ
建計画案の提出権は債務者(自治体)が独占して
る。即ち、Chapter11との対比で、Chapter9では、
いるが、再建計画案が債権者のbest interestに合
申立て権、業務執行の面で債務者保護を強めたが、
致するかどうか等を裁判所が計画案の認可に当た
申立て適格性の審査により濫用を防ぐ形となって
り審査することとされている。実際のChapter9
いる。これに対し、SDRMでは開始原因の第三者
のケースでは、裁判所は、自治体の課税水準、支
審査が入るか否か未定である。IMF協定の枠組み
出水準等を踏まえて計画の妥当性の判断を行って
の中で考える限り(IMFの債権者としての立場と
いると見られる*27。これに対し、SDRMでは、債
の矛盾が生じるため)適切な審査主体は見出し難
務国に計画案提出権を独占させる*28一方、第三者
いと考えられることから、仮にSDRMに第三者に
が債権者保護等の観点から再建計画案を実質的に
よる(債務の持続不能性の)審査が入らないとす
審査する仕組みは置いておらず、債務国の主権に
ると、この手続きは濫用のリスクにさらされるこ
干渉すべきではないとの制度の基本的考え方とも
とになる 。
あいまって、計画案の作成における債権者利益の
*26
また、再建計画案の作成・認可についても、
Chapter9に認められる債務者と債権者の利益保
護のバランスを図る仕組みが、SDRMでは変化し
保護がChapter9などと比べると後退した制度と
なっているように思われる*29。
なお、Chapter9では債権者利益の保護の観点
*26
IMFによると、新興市場国との非公式協議において、SDRMが導入される場合には、債務が持続可能である場合にも、これを
発動すべきであるとの国内政治上の圧力に抗することが一層困難となりうるとの懸念が表明されたとされている(IMF
(November 27、2002)P25)
。
*27 裁判所の認可要件の中で、問題となりうるのは、特に計画案が債権者のbest interestに合致すること(943条b項(7)
)である。
これに関し、Dubrow(1992)は、
「判例の示すところは、自治体の文脈で計画が……債権者のbest interestに合致するか否かの
決定に当たっては、裁判所は、計画において定められている支払いがその状況の下で債務者が合理的に支払い得る全てである
かどうかを審査する(will examine whether the payments provided for in the plan are all that the debtor is reasonably able to
pay under the circumstances)ということである」としている。そうであると、
(計画が前提とする)自治体の課税レベルと支
出水準が決定的に重要な問題となる。Kelley対Everglades Drainage Districtケース(1943)において、最高裁判所は、次のよう
に述べた。
「将来の税収が債権者がその債権の支払いのために見出し得る唯一のソースである場合、その収入見通しが、異なる
クラスの債権者のそれぞれの利益を評価する上で、唯一の利用可能なベースとなる。裁判所が計画により債権者に提供される
現金ないし証券の総額の公正性(fairness)を決定し得るようにするためには、裁判所は、債権者の満足のために利用可能な将
来のありうべき収入の合理的かつinformされた推計を行うことを可能とするデータの提示を受けなければならない。検討対象
に含めることが適当な事実としては、過去の税目毎の収入、課税対象資産の現在の評価額、過去の滞納率、及び将来の滞納率
に影響すると合理的に予想されるDistrictの一般的な経済状況がある。
」更に、Fano対New Port Heights Irrigation Districtケー
ス(1940)において、裁判所は、主として税率引上げが行われないことを理由に計画を否認した。裁判所は、滞納率がわずか
5%であり債務を支払うために増税をするには課税能力が不十分であるということが全く十分に示されていない状況において、
債務支払いために十分な税率の引上げができない理由は見出し難いとした。更に、本件における裁判所の判断に影響した追加
的要素としては、近年の維持費支出が法外に大きく(extravagant)
、明らかに金利支払いの停止に影響した事実があげられて
いる。他方、裁判所が、ガス料金の引上げはgas authorityの競争力を削ぎ顧客を失わせることからその引上げは行えないとし
て、計画を認可したケースもある。また、裁判所は、税収は債務支払いだけでなく自治体運営の費用にも当てなければならな
いことを認識している。このため、所与の状況の下で何が合理的(reasonable)であるかの決定に当たっては、裁判所は、収
入見通しだけでなく、予想される支出の合理性についても分析しなくてはならないことになる。従って、裁判所は、計画の認
可に当たっては、課税レベルが債権者にとってfairなものか、公共サービスへの支出が必要かつ合理的なものか、予算が実行可
能なものかについて、難しい判断を迫られることになる。この意味では、計画の評価に当たって、裁判所は、不可避的に自治
体の財政的・政治的マターに引き込まれていくことになる。なお、計画が否認された場合、裁判所は計画の修正をサジェストで
き、これを受け入れるか否かは自治体の判断になる。もし修正が受け入れられ、かつ重要でない場合は、計画は認可される。
もし修正が受け入れられ、かつ重要である場合は、新しい計画に対する債権者の投票が行われなくてはならない。もし修正が
自治体にとって受け入れられない場合、手続きが棄却されるか、あるいは自治体は計画を作り直して債権者の投票にかけるこ
とも可能である(以上、Dubrow(1992)による)
。
*28 この点は具体案で必ずしも明確とされているわけではないが、具体案ペーパーにおける記述が債務国による再建計画案の提出
を前提としており、また債権者による計画案の提出については何ら触れられていないことから、本稿では債権者には対案の提
出権はないと整理している。
*29 対象債務の範囲が、具体案が示すように国内債務を除外する等によりソブリンの全債務とならない場合には、債務再編におけ
る債権者間の公平の確保も重要な問題となる。
2003年3月 第15号
59
から手続き棄却事由を拡大しているが、SDRMに
以上をまとめると、制度デザインにおける利益考
おいても債権者は手続き発動を正当化できないと
量という観点で見ると、Chapter 9に見られる債
考えるときは終結できるとし債権者の利益保護を
務者と債権者の利益保護のバランスを図る仕組み
図っている。ただし、同時に債務国も手続きをい
が、SDRMでは債務者利益保護の強化に傾斜した
つでも終結できるとしており、債務国の利益も図
ものになっており、未確定の部分を含めると更にそ
られているといえる。
の傾向が強まる可能性が高いことが見てとれる*30。
図表4 Chapter11、Chapter9、及びSDRMにおける債務者保護、債権者保護の仕組み
(債務者保護に資すると考えられるもの
(●)
、
債権者保護に資すると考えられるもの
(○)
、
どちらとも言えないもの
(−)
)
項目
Chapter11
申立て権者
SDRM具体案
自治体(債務者)
(注)債権者に申立て権なし
●
債務国
(注)債権者に申立て権なし
(規定なし)
(注)債権者による申立て
の場合、異議が申し立てら
れたときは、裁判所が審理
を行い、一般的債務不履行
などがあるときに開始決定
●
(規定なし)
(注)申立てに対し異議が
申立てられたときは、裁判
所が審理を行い、insolvent
(一般的債務不履行、債務
弁済不能)等に該当すると
きに開始決定
○
未定
債務持続不能
(注)開始原因の有無を審 (●又
査するかどうか、審査する は○)
とした場合誰が審査するか
未定
開始決定と
債務者
原則、債務者は業務執行
権・財産管理権を維持する
が、例外的に管財人・調査
人が選任される
●
(○)
裁判所は、自治体が同意し
た場合又は再建計画に定め
がある場合を除き、自治体
の政治行政権力の行使、財
産・歳入、収入源財産の使
用享受を妨げてはならない
●
再建計画の
作成主体
債務者(管財人)、又は債権
者(当初の120日間に計画
が提出されなかったとき等)
●
○
再建計画の
認可
裁判所は、計画案が、清算
の場合に受領する以上の額
を債権者が受け取ることを
定 め て い る こ と 、( c r a m
downが行われる場合)計
画案を受諾していない債権
者等を不公正に差別してお
らず、公正かつ衡平(fair
and equitable)であるこ
と等を満たすとき、認可
○
*30
60
Chapter9
●
○
開始原因
債務者、又は一定の
債権者
自治体
(注)債権者に作成権なし
裁判所は、計画案が債権者
のbest interestに合致する
こと等を満たすとき、認可
債務国の主権に干渉すべき
ではない
●
●
●
債務国
(注)債権者に作成権なし
●
○
SDDRFによる適格多数債
権者の合意の検証により、
効力発生
(注)内容にわたる審査は
行われない模様
−
企業が倒産し再建型の倒産手続きに移行する場合、債務再構築交渉は一般的には交渉不成立時の清算の可能性を背景として行
われ、これが債務者の誠実な交渉を担保すると考えられる。ところが、債務者がソブリンである場合には、清算の可能性はな
い。このため、債務者が誠実に債務再構築交渉を行い、かつ債務返済能力を高めるような適切な政策を採用するためのインセ
ンティブをどのようにして確保するかが重要な問題となる。SDRMにおいても、当初案の段階では、stayの適用を一定の期間
に限って認め債務国の政策と債権者との関係のリビューを経て更新するという仕組みにより、債務者の適切な行動の確保を図
るとの考えが示されていた。また改定案の段階ではstay期間中IMFプログラムを実施し又はその協議をすることを通じて債務
国がその資産価値を維持することを確保する、他方IMFが債権者により可決された計画を持続可能な債務内容をもたらすもの
かどうかに基づき承認するとのアイデアが示され、債務国の政策と債務再編内容とを整合的にIMFが審査をしていくとの考え
が示唆されていた。しかしながら、これらの点については、具体案の段階でstayが断念され、stayの更新の可否を梃子に債務
国の適切な対応を促すという仕組みが成り立たなくなったこと、IMFの公式の役割を限定するとのスタンスが強く打ち出され
再編合意のIMFによる承認という考えは影を潜めたことから、現時点では債務国の適切な対応を促すためのメカニズムには、
①多数債権者の決議による手続きの終結、②既存のIMFの貸付け政策の活用の2つとなる。①は再編合意を受け入れるかどう
かという決定権を有する債権者に新たに大きなleverageを与えるものではない。②は、運用の仕方によっては強力な手段とな
りうるが、IMFの実質的な関与については否定的な意見が多い中で現実に機能するか見通しは困難である。
開発金融研究所報
手続きの終
結
裁判所は、債権者と債務者
の利益となるときは、手続
きを棄却又は停止
−
裁判所は、財団の管理が完
全に行われ、かつ管財人を
終任させた後に、手続きを
終結
−
裁判所は、債務者の不合理
な遅滞、期間内の計画案の
不提出、期間内の計画の不
受諾、計画案の不認可かつ
提出期限延長の否定などが
あるとき、手続きを棄却
○
裁判所は、事務執行が完結
したときは、終結
−
(3)SDRM提案の再建型倒産法制としての問題
点
本項におけるここまでの検討をまとめると、
SDRMは、再建型倒産法制として日米の現行法制
例との比較でみると、次のような問題があると考
えられる。
債務国は、いつでも終結で
きる
債権者は、手続き発動を正
当化できないと考えるとき
は、終結できる
SDDRFは、合意の相応の
見込みがないとき、終結で
きる
●
SDDRFによる合意の検証
により自動的に終結
−
○
−
うした要素は制度から取り除かれ(あるいは取り
除かれる可能性が高くなり)、その結果として、
債務者と債権者との利益保護のバランスに影響が
生じたと考えられる。
制度上の利益保護バランスの重要性はIMFも認
識しているが、中立的第三者を見出し難いという
①制度の中に、債務者利益と債権者利益を中立
制約条件の結果、むしろ制度の機能を弱めること
的立場から考量し、円滑公正な運営を図る審
によりかかるバランスへの影響を回避するという
判者・裁定者としての裁判所ないし裁判所に
対応が図られているように思われる。具体的には、
代わる存在が不在であること
例えば、具体案では一般的執行停止が断念された。
②個別の制度デザインにおいて、(そもそも
これは、これまで再編合意前の訴訟が限定的であ
debtor friendlyである)現行米国法制との比
ること等を理由としているが、一般的執行停止を
較で見ても、債務者利益の保護に傾斜し、債
入れないことが制度濫用の防止に寄与するとの位
務者と債権者の利益保護のバランスが(債務
置付けも行われている*31。しかし、こうした対応
者保護に)偏るおそれがあること
の結果、SDRMは先に見た日米の現行法制の例か
ここで、②の問題(債務者利益保護への傾斜)
は、立案者が意図したものではなく、①の問題
らも異なるものとなっており、制度の実効性が損
なわれる懸念が生じているといえよう。
(中立的審判者・裁定者の不在)から派生したも
のであると考えるべきであろう。即ち、図表3で
見たように、当初案あるいは改定案では、開始原
4.SDRM提案の論拠の妥当性(1)
最近の対外ソブリンボンド再編の事例
因の審査(当初案)、計画案の審査(改定案)を
IMFが行うとの考えが示され、制度上は債務者と
さて、ここで少し視点を変え、SDRM導入の論
(IMF以外の)債権者との利益考量のバランスを
拠にさかのぼってその評価を試みることとした
図りうる提案が含まれていた。しかし、これらが
い。SDRM提案の背景説明は、当初案から改定案、
前述のような理由で維持できなくなったため、こ
具体案と制度内容が変化するにつれ、若干変化し
*31
具体案は、制度の濫用防止を、①その発動によって債務国の債権者に対する法的leverageが強化されることのないような制度
とすること(具体案は、制度発動により自動的にstayが適用される仕組みを採用しないこととしたが、これは、再編合意前の
訴訟提起が現在までのところ限定的であること、一般的な執行停止の導入は不必要に介入的であることを理由とするものの、
併せて制度の濫用防止に寄与するとの説明も行われている(IMF, November 27, 2002, P26)
)に加え、②IMFの通常の貸付け政
策を活用すること(IMFプログラムの協議とその実施プロセスにおいてIMFが債務国に適切な政策の採用と誠実な債務再構築
交渉を促すことをさすものと考えられる)により対処する考えを示している。しかし、①は制度の実効性の点で問題を抱える
可能性があり、②のIMFの貸付け政策の活用による対応は先に述べたように(IMFの実質的な関与に対し否定的な意見が強い
中で)どのように機能するのか見通しが困難である。
2003年3月 第15号
61
ているが、主たるポイントは次の2つである。
London Clubのbank advisory committeeを再形成
①新興市場国の資金調達形態は80年代の銀行融
し、defaultしたnoteのほとんどはこれらの銀行が
資中心から90年代に証券へとウェイトをシフトさ
保有していると予想されたことから、これと協議
せており、その結果、債権者の利害の多様化によ
を行った。その結果、債務の一部免除(再編され
り、債務の再編に必要な債権者間の調整が著しく
た元本note(PRINs)につき37.5%、再編された利
困難となっていること(いわゆる集団行動(collective
子note(IANs)につき33%を削減)のうえ、残額
action)問題の深刻化)
をユーロボンドにexchange(交換)することで合
②特に、債務再編合意に参加せず当初契約通り
意し、証券の再編が実現した。exchangeへの参加
の支払いを求めて訴訟を起こすいわゆるholdout
率は、99%超(2000年8月)とされている*33。な
creditorの脅威が顕在化していること(例えば、
お、ロシア政府は、ロシア政府の発足以降新規に
Elliott Associatesケース)
発行したユーロボンドについては支払いを継続し
本項では、これらのうち第1点目、即ちソブリ
ており、defaultは選別的であった。
ン債務の再編における債権者間の調整が近年一層
困難な問題となっているかどうかについて見るこ
(ロ)パキスタン
ととし、そのため、以下で、最近のソブリンボン
パキスタンは、ロシア危機を契機とする資金流
ドの再編の主要事例を紹介し、分析する。第2点
出や核実験(98年5月)に対する経済制裁から外
目のholdout creditorの代表例としてのElliott
貨繰りが悪化し、99年2月にはParis Clubのリス
Associatesケースについては、次項で分析する。
ケを受けたが、パキスタン政府は、99年5月、こ
のリスケ合意に含まれていた他の債権者について
(1)最近の対外ソブリンボンド再編の事例*32
も 平 等 の 扱 い を す る と い う comparability of
図表3は、最近の対外ソブリンボンド再編の4
treatment clauseを実行するため、99年12月と
つの主要事例を掲げたものである。以下、ケース
2002年2月に償還を迎える3本のユーロボンドの
毎に簡単に説明する。
再編について非公式に協議を開始した。ボンドは
中東の金融機関とretail投資家に広く保有されて
(イ)ロシア
最近におけるボンド再編の最初の主要事例はロ
値ベースで残高を約27%削減する形でドル建てユ
シアのケースである。98年8月、ロシアは金融危
ーロボンドへのexchangeが行われ、99%の参加を
機に襲われたが、これにより居住者・非居住者の
得た。これは、キーとなる債権者との非公式コン
双方に保有されていたルーブル建ての短期国債
タクトの結果、政府が大多数のボンド保有者にと
(GKO)がdefaultしたほか、旧ソビエト時代の貿
って受け入れ可能なexchange offerを形成できた
易決済関連の商業銀行借入れを96−97年にかけて
ことによるとされる。
再 編 し た international noteに つ い て も defaultし
なお、旧ボンドは英国法準拠であり、所定の多
た。これに対し、ロシア政府は、これら旧ソビエ
数債権者の合意で支払条件を変更できるというい
ト時代の債務の再編時のメカニズムを用い、
わゆるcollective action clauseを有していたが、パ
*32
*33
62
いたが、協議の結果、元本の削減は行わず現在価
本項の記述は、主として次によっている。IMF“Involving the Private Sector in the Resolution of Financial Crises‐
Restructuring International Sovereign Bonds”January 2001、Luisa Palacios“Sovereign Bond Defaults and Restructuring in
Emerging Markets:A Preliminary Review”July 2002 JBICI Working Paper No.6、IMF“Sovereign Debt Restructuring and
the Domestic Economy‐Experience in Four Recent cases”February 21, 2002 及び小野有人「国際金融危機における「民間セ
クター関与」‐国際金融システム安定化のジレンマ‐」2001年12月 富士総合研究所研究レポート
市場参加者が組織する複数の機関が合同で公表したペーパー(EMCA・EMTA・IIF・IPMA・SIA・TBMA“Sovereign Debt
Restructuring-Past Experiences with Market-Based Restructuring-(Discussion Draft)12/6/02)は、ロシアの債務再編につ
いて、97年12月の第1回exchangeへの参加率が96%、2000年8月の第2回exchangeへの参加率が99%超としており、これに基
づき本文では第2回exchangeへの参加率を記している。
開発金融研究所報
キスタン政府は、債権者集会で所定の多数の合意
は潜在的な訴訟リスクにさらされたが、ボンド保
が得られないことへの懸念、またexchange offer
有者は訴訟は起こさずexchangeに応じ、参加率は
の段階でdefaultは生じておらず、従ってボンド保
99%に上った。
有者は訴訟を提起できなかったが、債権者集会を
招集する場合にはそれが再編を阻害する行動(例
えば、default発生の際の訴訟プランの作成など)
(ニ)エクアドル
ロシア金融危機、石油価格下落という国際環境
のきっかけとなることが懸念されたことから、こ
の悪化に加え、財政再建策をめぐりIMFとの間で
の条項を活用しなかった。
融資交渉が進まなかったことを背景に、エクアド
ルは外貨資金繰りの困難に直面し、99年9月、ブ
(ハ)ウクライナ
レイディ・ボンドの最初のdefault国となった。そ
ウクライナは、ロシア危機の影響で新規の民間
の後エクアドルは、ユーロボンドや他の種類のブ
資金調達が困難となり資金繰りが悪化した。ウク
レイディ・ボンドなどの対外債券についても
ライナ政府は、98年から99年にかけてボンド毎に
defaultした。エクアドルの場合は、パキスタンに
再編を図る個別再編アプローチをとり、短期高金
比べ、債券保有者ははるかに多様で、商業銀行、
利ボンドへの置き換えを進めたが、その結果、
保険会社、hedge fundなどの様々な機関投資家に
2001年2月にかけ巨額のボンドの償還を迎えるこ
保有されていたが、retail投資家は比較的少なか
ととなった。このため、政府は、2000年2月に、
った。エクアドル政府は、default後、少数債券保
2000年と2001年に償還を迎える4本のユーロボンド
有者との交渉や債券保有者委員会の設立を拒否し
とGazpromボンド(複数)
(ロシアの天然ガス企業
た。これは再編が非常に異なる金融的特徴をもつ
ガスプロムからの天然ガス輸入に関する債務(私
6種類のボンドを対象とすることから、真に債券
募債)
)の包括的なexchangeのオファーを開始し
保有者を代表する委員会を形成することが非常に
た。4本中3本のボンドは比較的少数の投資銀行
困難であったことなどによるものである。それに
やhedge fundに保有されていたことから政府はこ
代え、政府は、exposureの大きい8つの機関投資
れらと非公式に協議し、4本目のボンドはアジ
家からなるconsultative groupを設立し、エクア
ア・ヨーロッパのretail投資家に保有されていたこ
ドルの経済状態と再生プログラムについて情報提
とから投資銀行4行を使ってexchangeの売り込み
供した。しかし再編の条件に関する情報は提供し
を図った。再編の条件は、元本削減なし、金利ゼ
なかった*34。政府は、最初のdefaultからほぼ11ヵ
ロの据置期間なし、2001年償還開始、既存の延滞
月後の2000年7月、defaultしたボンドを単一の米
金利の現金での支払いという魅力的なものであっ
ドル建てのグローバルボンドに交換する
た。なお、ルクセンブルグ法の適用される3本の
exchange offerを公表した。defaultしたブレイデ
ボンドについては、それに付されたcollective action
ィ・ボンドもユーロボンドもニューヨーク法に準
clauseを活用し、事前に支払条件の修正への取消
拠し支払条件に関するcollective action clauseを有
し不能の賛成委任状を集め、それが所要の多数に
していなかったが、単純多数決により支払い条件
達した段階で債権者集会を開催し、修正案を可決
以外の内容の修正(少数者を拘束)を行いうる条
した(全ボンド保有者を拘束)
。その上で修正後の
項を有していたことから、エクアドル政府は、こ
旧ボンドを新ボンドにexchangeした。ドイツ法が
れを活用し、exchange offerを行うに当たり、こ
適用されcollective action clauseを持たないもう1本
れに応ずる場合には旧ボンドについて支払い条件
のボンドについては、単純なexchangeオファーが
以外の一定の条項の修正(ルクセンブルク取引所
行われた。exchange期間中にdefaultが発生し政府
への上場継続義務の削除等旧ボンドの魅力を減少
*34
政府は、再編の条件に関するいかなる情報も債券保有者と共有しない理由として、米国証券法上の懸念を示唆した。1933年米
国証券法は、証券発行者は、市場を予め条件付けることを目的として公募に関する情報を(証券の登録に先立って)開示し配
布することはできないとしている。
2003年3月 第15号
63
させる内容を含む *35 )への同意(これをexit
ボンドを新ボンドに転換するとともに、旧ボンド
consentないしexit amendmentという)を要する
を修正した。こうした修正は、旧ボンドの魅力を
との条件を付し、これを受諾したbondholderの旧
減らし(流通価格を低下させ)
、holdout債権者と
図表5
最近の対外ソブリンボンドの再編の事例
項目
パキスタン
ウクライナ
エクアドル
再編の時期
2000年7月
1999年11月
2000年2月
2000年7月
対象ボンド
旧ソビエト債務の再編に
よる対ソブリン及び対民
間証券
3本のユーロボンド
4本のユーロボンドと
Gazpromボンド
ブレイディ・ボンドとユ
ーロボンド
ボンドの準
拠法
ルクセンブルク法
英国法
ルクセンブルク法とドイ
ツ法
ニューヨーク法
再編のメカ
ニズム
ユーロボンドへのdebt
exchange
ドル建てユーロボンドへ
のdebt exchange
(注)旧ボンドに付され
ていたcollective action
clauseは使用せず
ルクセンブルク法の適用
される3本の旧ボンドに
ついては、それに付された
collective action clause
を活用し、支払い条件の
修正案への賛成委任状が
適格多数(qualified
majority)に達した段階
で、債権者集会を開催し、
修 正 案 を 可 決 ( 全
bondholderを拘束)。そ
の上で、修正後の旧ボン
ドを新ボンドにexchange
債権者との
協議
1997年の旧ソビエト債
務の再編に関わった
London Club の bank
advisory committeeを通
じて協議
(注)対象証券は、旧ソ
発行時の取得者や既発債
の取引パターンに関する
情報に基づき、政府は
keyとなる債権者に接触
しボンド再編案に関して
非公式に協議することが
対象ボンドのうち3本は、
比較的少数の投資銀行と
hedge fundが 保 有 し て
いたことから、政府はこ
れらと再編案につき非公
式に協議できた
*35
64
ロシア
旧ボンドはcollective
action clauseを有さなか
ったが、多数決により支
払い条件以外の内容の修
正(少数者を拘束)を行
いうる条項を有してい
た。エクアドル政府は、
これを活用し、exchange
offerを行うに当たり、こ
れに応ずる場合には旧ボ
ンドについて支払い条件
以外の一定の条項の修正
(ルクセンブルク取引所
への上場継続義務の削除
ド イ ツ 法 が 適 用 さ れ 、 等旧ボンドの魅力を減少
させる内容を含む)への
collective action clause
同意(これを、exit
を有さないボンドについ
consentないしexit
ては、新ボンドへの単純
amendmentという)を要
なexchange
するとの条件を付し、こ
れを受諾したbondholder
の旧ボンドを新ボンドに
転換するとともに、旧ボ
ンドを(魅力を減ずる方
向に)修正
(注)本exchangeは、NY
法適用のブレイディ・ボ
ンドとユーロボンドの最
初の再編例である
エクアドルのbondholder
は、パキスタンの場合に
比べ、民間銀行、生命保
険 会 社 、 hedge fundな
どの多様な機関投資家に
広く分散していた(retail
exit amendmentの対象には、ほかにcross-default条項(債務者が他の債務でdefaultを起こした場合、当該債務の不履行事由とな
り、債権者に債権回収機会が与えられるもの)の削除、negative pledge(担保権設定制限条項(債券の満期まで債務者が他の
債務のために担保権を設定することを制限するもの)
)の削除、acceleration(期限の利益喪失、即ち債務支払い不履行、契約
上の義務の不履行、破産などが起きた場合に、契約で定められた期限まで債務返済を求められない権利(期限の利益)を喪失
すること)の取消しには全ての支払いの不履行が解消されなくてはならないとする条項の削除、支払い不履行がある間におけ
る政府によるブレイディ・ボンドの購入を制限する条項の削除が含まれた(IMF(January 2001)P35、小野有人(2001年11月)
)
。
開発金融研究所報
ビエトに対する民間銀行
ローンの再編の結果であ
ることから、その処理に
関わった銀行がその大部
分を保有していると予想
された
exchange時
点で国際ボ
ンドについ
てのdefault
の有無
旧ソビエト債務に係る証
券につき、1998年12月に
民間銀行に債務不履行。
ユーロボンドについて
は、defaultなし
(注)1998年8月、居住
者及び非居住者に保有さ
れているルーブル建てボ
ンドにつきdefault。
1998年8月及び9月、ド
イツ政府に対するParis
Club債務につき債務不
履行
できた
(注)対象ボンドは、中
東の金融機関とretail投
資家に広く保有されてい
た模様。その投資家層の
特殊性からみて、パキス
タンのケースの将来のボ
ンド再編への先例として
の有用性は限られている
との指摘がある
これに対し、4本目のボ
ンドは、アジアとヨーロ
ッパのretail投資家に広く
保有されていたことから
その識別と協議は困難で
あった。政府は4つの投
資銀行を雇い、internet等
を通じ、retail投資家の識
別とexchangeの売込みを
行った
defaultなし
exchange期間中に
default
投資家は比較的少ない)。
政府は、default後、少数
bondholderとの交渉や
bondholder’s committee
の設立を拒否(再編が非
常に異なる金融的特徴を
持つ6種類のボンドを対
象とすることから、債権
者委員会の設立は当局に
とり大きなchallengeとな
ることが懸念された)。
その代わり、政府は、
exposureの大きい8つの
機関投資家からなる
Consultative Groupを 設
立し、エクアドルの経済
状態と再生プログラムに
ついて情報提供(同じ情
報は、NYのEmerging
Markets Traders Association
を通じて、関心のある
bondholderに提供され
た。しかし、政府は秘密
情報は提供せず、また再
編案の条件に関する情報
はbondholderと共有しな
いと決定(米国証券法に
かかる懸念を示唆)
1999年9月、default
(exchange offerの11ヶ
月前)
(注)ブレイディ・ボン
ドへのdefault国は、エ
クアドルが初めて
特徴
defaultの選別性(ユー
ロボンドはdefaultせず)
1999年2月のパリクラブ
リスケ合意における
comparability
of
treatment clauseの要請
により行われたソブリン
による初めてのユーロボ
ンドのdefault
GDPのわずか1%相当の
小額の対外民間債務を再
編
CACの活用による支払
い・返済条件の変更。
パリクラブ債権者は、対
民間債務の再編を要請し
ていた
exit amendmentsの活用。
当初、1999年8月には
selectiveにdefaultを考え
たが、bondholderに支
持されず、その後ブレイ
ディ・ボンドとユーロボ
ンドの双方につきdefault
訴訟の有無
なし
なし
なし
なし
参加率
99%超(2000年8月)
99%
99%
97%
出典)Luisa Palacios“Sovereign Bond Defaults and Restructuring in Emerging Markets: A Preliminary Review”July 2002 JBIC Working Paper
No.6, IMF“Involving the Private Sector in the Resolution of Financial Crises‐Restructuring International Sovereign Bonds”2001、IMF
“Sovereign Debt Restructuring and the Domestic Economy‐Experience in Four Recent cases”February 21, 2002 及びInstitute of Inter
national Finance(IIF)
“Action Plan: Strengthening Emerging Markets”April 22, 2002より作成
2003年3月 第15号
65
なるincentiveを減らすことを目的とした。エクア
ないニューヨーク法、ドイツ法の下でも行われて
ドル政府は、collective action clauseを有さない対
いる。
外ソブリンボンドの再編において、潜在的な
④debt exchangeの一般的活用
holdout問題に対処するため、exit consentを通じ
上記の4つのケースのいずれもdebt exchange
てこうした修正を行った最初の国である。こうし
を活用している。旧ボンドが多数決で支払条件を
たexit consentの活用は効果を発揮し、97%のボン
変更できるとしていない場合は、exchangeが実質
ド保有者がexchangeに参加した。この手法は訴
的には不可欠であるかもしれないが、exchangeの
訟でチャレンジされず、またholdout債権者から
活用はcollective action clauseを有し、従って支払条
当初の契約通りの支払いを求める訴訟も提起され
件の変更を多数決で行いうる場合も同様となって
ていない。なお、本ケースは、ニューヨーク法準
いる。これは再編に必要なその他の修正事項を債
拠のブレイディ・ボンドとユーロボンドの再構築
権者の多数決でなくexchangeにより一挙に行うこ
の最初の事例である。
とが可能であることを理由とすると考えられる。
⑤collective action clauseの不使用から活用への
(2)最近の対外ソブリンボンド再編事例に見ら
れる特徴
ボンド再編手法はケース毎に進歩しているよう
上記の4件の対外ソブリンボンド再編の事例で
に見える。その第一は、collective action clauseの
は、おおむね円滑に再編プロセスが進められたと
活用である。パキスタンは債権者委員会で再編可
いえるが、その特徴をあげると次の通りである。
決に必要な多数債権者を確保できるか懸念がある
①defaultのタイミングと再編のタイミングとの
こと等からこの条項を活用しなかったが、ウクラ
関連性の薄さ
再編とdefaultとの間にタイミングの面での明確
な関連性は認められない。exchangeオファーの
段階でロシアはdefaultを発生させていたが、パキ
スタンではdefaultは生じていなかった。ウクライ
イナのケースでは、予め賛成委任状を集めておく
ことによってこうした懸念を回避し、このclause
を活用して必要な支払い条件の修正を行った。
⑥exchangeとexit amendmentのinnovativeな活
用
ナはexchange期間中にdefaultし、エクアドルで
再編手法の進歩を示す2つ目の例としてエクア
はdefault後1年近くたってexchangeが開始され
ドルのケースがあげられる。このケースでは、対
た。
象ボンドがcollective action clauseを持たないニュ
②選別的再編の困難化
ーヨーク法準拠のボンドであるにも関わらず、多
先にみたようにロシアのケースにおいては、政
数債権者の合意で支払条件以外の条項を修正でき
府はロシア政府となってから発行したユーロボン
るとの条項を有していたことから、エクアドル政
ドについては、支払いを継続しており、選別的に
府は、この条項とexchangeを組合せ、exchange
ボンドの再編を行った。これに対し、パキスタン
に応ずる条件として旧ボンドの魅力を減ずる修正
の場合は、政府は当初Paris Clubでの二国間公的
(exit amendment)への賛成を求め、旧ボンドに
債権繰り延べに当たり求められた債務の平等性原
holdoutするdisincentiveを作り出すという
則のユーロボンドへの適用に否定的であったとさ
innovativeな再編手法を編み出した。
れるが、結局はユーロボンドの再編を行った。ウ
クライナも当初は個別ボンド毎に対応していた
66
変化
⑦investor baseの相違を反映した債券保有者と
の協議プロセスの多様性
が、結局包括的な再編に移行した。このように次
上記のボンド再編の4つの例だけを見ても多様
第に選別的再編は困難となっているとみられる。
な協議プロセスが認められる。これはinvestor
③多様な準拠法の下での再編
baseの相違、対象ボンドの同質性の有無等を反映
上記の事例で明らかなように、ボンド再編は
するものである。ロシア、パキスタン、ウクライ
collective action clauseを持つ英国法及びルクセン
ナ(4本中3本のボンド)のケースは、いずれも
ブルグ法の下のみならず、こうしたclauseを持た
investor baseの限定性から対象ボンドの大部分を
開発金融研究所報
保有する債権者ないし少なくともキーとなる債権
うな問題が残る。
者との非公式な協議がなりたった例である。政府
①holdout債権者による訴訟の可能性
はこうしたコンタクトを通じて債券保有者に受け
上記の4例ともに訴訟は提起されていないが、
入れられ得る再編の条件を形成していった。ウク
exchangeに応じなかった債権者からの訴訟提起
ライナの4本目のボンドはretail投資家に幅広く
の可能性は排除されていない*37。結局、対象とな
保有されていたことから、事前の協議は成り立っ
るボンドが少数債権者を拘束する条項を持たない
ておらず、政府が形成したexchange条件を、金
場合、関係国の全てで法規面での協調がなされな
融機関を通じて売り込むことによって再編を成功
い限り、voluntaryなexchangeを通じたボンドの
させている。最後のエクアドルのケースでは、対
再編が訴訟によりチャレンジされる可能性はゼロ
象ボンドの金融的特徴の多様性から保有者の利害
とはならないといえる。
調整が困難であると予想されたこと等を背景に、
②exchangeに応じなかった債権者の扱い
政府はボンド保有者と再編条件について事前に協
上記の4例ともに少数であるがexchangeに応じ
議は行わないという方針で臨んだ。
なかった債権者が存在すると見られるが、こうし
⑧exchangeへのボンド保有者の高い参加率
た債権者の取り扱いについては、支払いを行うの
上記の4例ともに、97%から99%超とほぼ100%
かどうか(全く行わなければ訴訟のリスクを高め
に近いボンド保有者がexchangeに応じ、ボンド
る)
、どのような支払いを行うのか(exchangeに
の再編は成功した。これは、事前の協議(ロシア、
応じた債権者との公平性が必要である)が問題と
パキスタン、ウクライナ(3本のボンド)
)
、魅力
なる。エクアドル政府は、exchangeに応じなかっ
的な条件のオファー(特にウクライナ)、手法の
た旧ボンド保有者に支払いを続けているとされ*38、
工夫(エクアドル)によるものと思われる。
これは訴訟抑止には有効かもしれないが、支払い
⑨訴訟提起の不存在
の内容によってはexchangeに応じた債権者との公
上記4例ともに、defaultが発生しているケース
平の問題を生じ、また将来のexchangeを通じたボ
が多く、またexchangeに参加しない債券保有者
ンド再編への参加に対するdisincentiveとなるおそ
がいると見られるにもかかわらず、訴訟の提起は
れがある。
行われていない 。
*36
③債権者への協議チャネルの未確立
上記4例では保有者が広範なretail投資家であ
(3)まとめと残された問題点
る場合、あるいは機関投資家が保有者であっても
上記の4例において再編は結果として順調に進
対象債券の特性上保有者の利害が多様なものとな
められており、資金調達形態の証券へのシフトが
る場合には、exchangeオファーを行うに当たっ
集団行動問題を著しく困難としているとの認識を
ての事前の債権者との協議プロセスが形成されな
裏付けるものとはなっていない。少なくともこれ
かった。そもそもretail投資家については、金融
までのところ集団行動条項の有無等に関わらず、
機関等が保有者である場合に比べ、その利害を代
ケース・バイ・ケースのアプローチが機能してき
表する組織が十分に整備されていないことも指摘
ているといえる。ただ、これらの国はロシアを除
できる。債券の売買に関わる金融機関は発行者で
きいずれも国際経済とのリンクが弱く経済規模の
ある債務国の国内で他の業務上の利害を有しかつ
小さい国を対象とするものであったということに
債務国当局の監督を受ける立場にあることから、
留意を要する。また、この4例を将来のソブリン
最終投資家の利害を必ずしも代表できる立場には
ボンド再編の先例としてみた場合、なお、次のよ
ないと考えられる。このため、今後ソブリンボン
*36
*37
*38
Luisa Palacios(July 2002)
、P29
本文で紹介したexit consentsを活用したエクアドルの債務再編は、債権者のコミュニティに相当の居心地の悪さ(unease)を
生み出したとされている(IMF“Collective Action Clauses in Sovereign Bond Contracts−Encouraging Greater Use”June 6,
2002、P19−20)
。
Luisa Palacios(July 2002)
、P29
2003年3月 第15号
67
ドの再編を円滑に進めていくためには、retail投
の合計で55.7百万ドル(プラス判決後の金利)の
資家等ボンドの最終投資家の利害を代表する組織
回収を認める判決を出した。裁判所は、併せて、
の設立が大きな課題となると考えられる 。
米国において商業活動に使用されている被告の財
*39
産に対する判決の執行を認めた。
5.SDRM提案の論拠の妥当性(2)
Holdout Creditorの脅威(Elliott ケース)
こうした状況下で、ペルー政府は国際的な決済
をニューヨーク以外の金融センターで行ったが、
Elliottはドイツ、オランダ、ベルギー、英国、ル
SDRM提案の2つ目の論拠は、プロセスの円滑
クセンブルグ、カナダでペルー資産を差し押さえ
な進行を妨害するholdout債権者、あるいはrogue
る努力を開始した。しかしながら、差押さえすべ
(ならず者)creditorの問題である。こうした
holdout債権者等の脅威を強烈に印象付けたのが、
き大きな資産は見出されなかった。
ブレイディ・ボンドの保有者への最初の金利支
Elliott Associates(以下「Elliott」という)とい
払いは2000年9月7日に到来し、そのためにペル
うhedge fundによるペルー政府からの巨額の資金
ー政府は80百万ドルをfiscal agentであるチェース
回収の成功である。本項では、本ケースの事実関
マンハッタン銀行に2000年9月6日までに支払う
係を押え、何が問題であり、holdout債権者の脅
必要があったが、Elliottは、これを知った上で、
威をどう評価すべきか検討する 。
その資金をfiscal agentの段階でインターセプトす
*40
べく、チェースに送られる資金はなおペルー政府
(1)事実関係
の資産であるとして裁判所よりチェースによる金
ペルー政府は、1995年10月、defaultしていた商
利の支払に対する差止め(restraining)命令を取
業銀行借り入れの再編を行うブレイディ・ディー
得した。更にチェースから送金を受け(投資家へ
ルを公表した。このディールの公表後、ニューヨ
の)利払いを行うベルギーのEuroclear等の決済
ークベースのvulture(ハゲタカ)fundである
機関を通じた利払いを阻止するため、Elliottは、
Elliott Associatesは、額面金額20.7百万ドルのペ
英国、ベルギー、ルクセンブルグの3カ国で訴訟
ルー政府保証の商業銀行借入れを、11.4百万ドル
を提起した。
で購入し、ペルー政府に対し全額支払いの要求を
これに対し、ペルー政府は、ブレイディ・プラ
開始した。1996年6月、ペルー政府は、ブレイデ
ンで当初定められていたチェースへの送金を行わ
ィ・ディールを実施するため、商業銀行借入れと
ず、Elliottの試みに対抗したが、2000年9月7日
ブレイディ・ボンドとのexchangeの実施を指示
の利払いを履行できなかった。ペルー政府は、ブ
したが、Elliottはexchangeに参加せず、1996年10
レイディ・プランの下で30日間の猶予を与えられ
月、額面金額全額と金利の支払いを求めてニュー
たが、その間に金利の支払いが履行されない場合
ヨークで訴訟を起こし、併せて差押さえ請求を提
にはdefaultとなり、全てのブレイディ・ボンド保
起した。地方裁判所ではElliottは訴訟提起を目的
有者が債券の全額の支払いを要求する権利を得、
として債務を購入したとしてその主張を退ける判
その総額は3,837百万ドルに上ることになると見込
決が出されたが、控訴審ではElliottの主たる目的
まれた。
は必ずしも訴訟を起こすことではなく有効な債務
9月22日、Elliottは、ベルギーのブラッセルの
の回収にあるとされ、最終的に、2000年6月22日、
裁判所に対し、Euroclearがブレイディ・ボンド
裁判所は、Elliottの主張を認め、元本と延滞金利
の金利支払いのためにペルー政府から資金を受け
*39
こうした問題意識からの試みとして、The Emerging Markets Creditors Association(EMCA)あるいはThe Argentina
Bondholder’s Committee(ABC)といった組織が保有者の利害を代表するものとして最近設立されていると報告されている
(Luisa Palacios (July 2002)
、P9−10)
。
*40 本項の記述は、主として、Hal Scott and Howell Jackson“Sovereign Debt Restructuring:Should We Be Worried About
Elliott?”May 2002によっている。
68
開発金融研究所報
取り又はそれを支払うことを阻止するための申請
おいて少なくとも同等(pari passu)にランクす
を提出した。一審で申請を退けられたElliottは、
るものであることを定める条項であるとされる*42。
9月26日、控訴審において、主張通りの裁判所命
この「支払いの優先性において同等にランク」
令を獲得した。その際裁判所が認めたElliottの主
とは何を意味するかにおいて、異なる理解がある。
たる主張は、ペルー政府はEuroclearを用いて、
上述のブラッセルの裁判所が採用した解釈は、
Elliottが保有する債務契約に含まれたpari passu
pari passu条項は「債務は全ての債権者にpro rata
条項(後述)に基づく債権者の平等扱いの原則を
で支払われなければならないことを実際上定める
侵害しようとしているというものであった。
ものである」というもので、その結果、「金利の
9月29日、ペルー政府は、defaultの圧力の下、
支払いにおいて、どの債権者もその比例的なシェ
Elliottに58.45百万ドルを支払うことで決着をつけ
アを奪われることはできない」と結論し、「ペル
た。これは、ペルーやEuroclearが裁判所に反論
ー政府は、外国債権者の平等扱いの原則(pari
を行う機会を待たずに行われた。その結果、ブレ
passu条項)を侵害する利払い(そこからElliottは
イディ・ボンド保有者への10月5日の金利支払い
排除されている)を行おうとしている」との
は履行された。
Elliottの主張を認めた。しかし、Harvard大学の
Hal ScottとHowell Jacksonは、pari passu条項の
(2)Elliottケースの論点
解釈について、ブラッセル裁判所の採用したpro
Elliottケースは、強いインパクトを持つもので
rataでの支払いを求めるものであるとの解釈と大
あり、IMFによるSDRM提案の重要な根拠ともな
きく異なる有力な解釈があることを主張してい
ったが、その法的な評価についてはIMFも
る。即ち、後者の解釈の下では、この条項は、ソ
「Elliottがその主張を訴訟で遂行するに当たり基づ
ブリン債務者がフォーマルな形
(立法)
でこの条項
いた法的な根拠は……やや議論の多いもの
を有する契約に基づく債務を、他の対外債務に劣
(somewhat controversial)である」 としている
後させることを制限するものであるとされる*43。
ように、定まったものではない。同ケースについ
更に、ScottとJacksonは、同条項がpro rataでの
て詳細な法的な検討を行うことは本稿の目的を超
支払いを要求するものであるとするとソブリンは
えるが、同ケースについてどのような論点があげ
特定の債権者を他の債権者に優先して支払うこと
られているかをリビューし、将来のholdout問題
はできなくなるが、ソブリンは実際上IMF等の国
へのimplicationを探ろう。
際機関には優先債権者のステータスを付与してお
①pari passu条項の解釈
り、その他にも短期貿易債務等を優先債権と位置
ソブリンボンドにおけるpari passu条項とは、
付けている例があること、pro rataでの支払い義
*41
その定義について一般的なコンセンサスはないも
務と解するとsharing clause(特定の債権者が受
のの、当該債務が、その債務者の他の対外債務と
け取るものは全て他の債権者と比例的にシェアし
の間で、支払いの優先性(priority of payment)に
なければならないとするもの)などソブリン債務
*41
*42
*43
IMF(January 2001)
、P12
pari passuとは、語源的には、ラテン語で同等(equalないしlike)を意味するparと、歩調ないしペース(step、pace、stride)
を意味するpassuに由来すると説明される(Scott and Jackson(May 2002)P21)
。
IIF(The Institute of International Finance)が2002年4月22日に公表した文書(Action Plan: Strengthening Emerging
Markets Finance)においても、法分野のコメンテーターのほぼ全員が、本条項を、債務国が事後的に現在の債権者の債権に優
先する債権者クラスを法的に作り出さないこと(担保付債権等の優先債権を除く)を目的とすると見ているとしている(同文
書P47)。また、若干古い資料であるが、William Tudor John“Sovereign Risk and Immunity under English Law and
Practice”P82(Robert S. Rendell“International Financial Law”1980 Euromoney Publication発行 所収)においては、ソブリ
ンの文脈で、pari passu条項とは、
「一般的に特定の債権者群を他の債権者群に優先させる結果となり、あるいは債権者間で差
別を行う法的措置」を禁ずるものであり、平等扱いを侵害する特定の法的措置を伴わない限り、金融面で困難にある債務国が
特定の債権者に優先的に支払うことは本条項違反とはならない、即ち、単に特定の債権者が他の債権者よりも先に支払いを受
けることによって本条項の違反とはならないとしている。
2003年3月 第15号
69
契約に含まれている他の条項の機能とオーバーラ
いし英国の裁判所がこの問題に決着をつける必要
ップを生じてくること(即ち、両者を含めている
性を強調している*44。また、民間金融機関も公的
国際金融慣行を説明できないこと)などの問題を
セクターと協力してソブリンボンドにおけるpari
指摘している。
passu条項の歴史をリビューし同条項がpro rataで
②ニューヨークの裁判所の判決の執行
の支払いを要請するものではないという一般的に
2000年6月22日のニューヨークの裁判所の判決
受容された市場の見解を打ち立てる「専門家の」
は、ペルーに55.7百万ドルの支払いを最終的に命
宣誓供述書の準備等により、holdout債権者によ
じ、かつ米国内の商業的活動に用いられているペ
る本ケースのような攪乱的訴訟を制限する法的戦
ルー資産への執行を認めた。従って、Elliottが米
略を作るべきであると提言している*45。
国の領域の外に所在する資産に対しこの判決を執
行することを試みたことは、この判決に適合しな
いものである。ペルー政府はこの問題を認識して
6.SDRMへの対案
Collective Action Clauses(CACs)
おり、ニューヨークとブラッセルでElliottの企て
を覆そうとしたが、それが解決される前に、ブラ
ソブリンボンドの再編に関して、SDRM提案と
ッセルの裁判所は前記の命令を出すこととなっ
ともに国際的に検討が進められている手法が、集
た。なお、ペルー政府とElliottとの間で問題が解
団行動条項(Collective Action Clauses: CACs)
、
決された後、ニューヨークの裁判所は6月22日の
即ち、債権者間の集団行動あるいは協調的な行動
判決を外国で執行する権利があるとのElliottの主
を確保することを狙いとする条項をソブリン債券
張を退けている。
の約款に含めようという提案である。公的セクタ
③Euroclearに送金された資金の所有権
ーは、これまで、国際的なソブリンボンドの発行
Elliottは、ペルー政府のfiscal agentであるチェ
に当たってこうした条項を使用することを促して
ースのみならず、チェースから送金を受けて投資
きた。具体的には、G10代理により設置された作
家に金利を支払うEuroclearへの資金の送付とそ
業部会は、1996年の報告書*46において集団行動条
の資金の支払いをインターセプトしようとした
項をエンドースし、その後も国際通貨金融委員会
が、Euroclearに送金された資金の所有者はいま
(IMFC)やG7のコミュニケなどで新興市場国に
だペルー政府なのかという問題がある。
よるこうした条項の活用が促されてきた。
本項においては、以下で、まず現在ソブリンボ
(3)まとめ
ンド市場で用いられている集団行動条項(以下
上記のように、Elliottケースは、衝撃的な結末
「CACs」という)の主要なタイプについてその内
ではあるが、その内容を見るとこれが将来の
容を紹介する。そのうえでCACsの活用によりソ
leadingケースとして裁判所でサポートされてい
ブリン債務の再編の問題への対応を図ろうとする
くものかどうかは不確実であると言わざるをえな
考えとその問題点を検討する。
い。ScottとJacksonは、ブラッセル判決が国際的
貸し付けの世界に及ぼす影響は大きなものである
べきではないととしつつ、この判決が国際金融市
①Majority Restructuring条項
場に持ち込んだ不確実性に憂慮を表明し、米国な
本条項は、適格多数債権者の投票により、償還
*44
*45
*46
*47
70
(1)既存の代表的なCACs*47
IIF(May 2002)P47−49
ペドロ・モラン、ブラジル大蔵大臣(当時)は、2002年9月28日の国際通貨金融委員会でのスピーチで、既に米国及び英国に
存在する外国中央銀行資産の差押さえ免除を他の国に拡大すること、Euroclear等の決済システムへの支払いとそこからの支払
いを差押さえから保護するルールを採用すべきことを主張している。
Group of Ten“The Resolution of Sovereign Liquidity Crisis”May 1996
本項の記述は、特に、IMF“The Design and Effectiveness of Collective Action Clauses”June 6, 2002(以下、IMF(June 6, 2002a)
)
を参考としている。
開発金融研究所報
期限、金利と元本の額、支払い通貨など支払い条
ソブリンに対して訴訟手続きを開始することを制
件の変更を行い、これが債券保有者全員を拘束す
限しうるとするものである。
るとするものである 。具体的な規定内容は様々
まず、accelerationについては、その発動には
であるが、ボンドに定められた定足数(典型的に
一定の債券額(10%−25%)を有する債権者の要
は、発行元本残高総額の4分の3(場合により3
請を要するとしている例がある。
*48
分の2)を有する2人以上の者とされ、初回の集
また、ニューヨーク法準拠の多くの国際ソブリ
会が成立しなかった場合はこの割合は25%に引き
ンボンドには、50%から75%の元本残高を有する
下げられる)を満たす債券保有者集会において、
債券保有者は、
(accelerationの結果支払い期限が
出席債券保有者の保有するボンドの3分の2から
到来した金額を除き)当初の支払いスケジュール
4分の3の多数で重要な支払条件の変更を行うこ
に係るdefaultが是正された場合には、acceleration
とができ、修正は債券保有者集会に出席しなかっ
を覆すことができるとしている。こうした条項は
た者を含め債券保有者全員を拘束するとするもの
債務再編交渉中の訴訟を抑制する効果があり、こ
である。
のメカニズムの存在がエクアドルの1999年の債務
Majority Restructuring条項は、一般的に英国
再編中の訴訟の抑止に重要な役割を果たしたと言
法(及びルクセンブルグ法)及び日本法準拠の国
われている。また、債券発行が信託証書(trust
際ソブリンボンドに見られる。ドイツ法ないしニ
deed)の下で行われている場合、個々の債券保有
ューヨーク法準拠のものには含まれていない
。
*49*50
者の訴訟提起権能は一定の条件の下で受託者
ただし、ニューヨーク法準拠の国際ソブリンボン
(trustee)に授権され、20%から25%の債券保有者
ドでMajority Restructuring条項を有するものが
からの要請があること等の場合にのみ受託者は訴
少なくとも1例あり、何ら法改正をしなくとも、
訟提起を求められるとされている。
こうした条項を含めないとのpracticeは変えうると
英国法と米国法準拠のボンドは、本条項を含み
一般的には認識されている。他方、ドイツ連邦政
うるし、実際多くのケースで含んでいるとされる
府は、2000年2月14日、ドイツ法に服する外国ソ
が、ドイツ法の下でのボンドに本条項を含めうる
ブリンボンドにCACsを含めることは許容されると
かについては多くの専門家は法的不確実性がある
の声明を発したが、この声明は裁判所を拘束する
と考えており、また、日本法準拠のボンドに含め
ものではないと指摘する声もあり、現在のところ
うるかも不透明であるとされている。
声明は市場のpracticeに影響を与えていないとされ
ている。
③Sharing条項
これは、広義のMajority Restructuring条項の
②Majority Enforcement条項
1つであるが、ボンドではなく、銀行による国際
本条項は、defaultが発生*51した後、適格多数の
的なシンジケートローンに一般的に含まれる条項
債券保有者は、個々の債券保有者がボンドの全額
で、特定の銀行が訴訟によりソブリンから回収し
につき支払期限の到来を宣言し(acceleration)
た額は、同じシンジケート内の他の銀行とシェア
*48
*49
*50
*51
この条項は、19世紀において、多数の債権者が債務の再編を選好する場合でも非協力的な少数債権者が全員一致条項に基づき
債務者の清算を強要するという少数者のleverageを減らし債券価値の減少を防ぐことを目的として、債券保有者の要請で、英
国法準拠の社債に導入され、英国における市場の標準的慣行となったもので、それがソブリンボンドの発行において採用され
たとされている(IMF“Collective Action Clauses in Sovereign Bond Contracts−Encouraging Greater Use”June 6, 2002(以
下、IMF(June 6, 2002b)
)
、P3)
。
IIF(April 22, 2002)P44によれば、1939年以前の多くの米国のボンドには、特別多数決で支払条件であっても変更できるとす
る英国法準拠のボンドと同様の条項が含まれていたが、1929年の株式暴落後の株式所有者による濫用のため、議会は1939年
Trust Indenture Actにより、ボンド保有者の金銭債権を(倒産手続き外で)強制的に減額することを禁ずることとなった。こ
れは主として公募社債に適用されるものであるが、これがdocumentation standardを作り出し、外国のソブリンが米国で発行す
るボンドでも採用されたとしている。
ブレイディ・ボンドは、準拠法如何に関わらずこうした条項は含んでいない(IIF(April 22, 2002)P44)
defaultには、典型的には、元本・金利の不払いばかりでなく、他の債務に係るdefault(cross-default)など他の多くの事由が含
まれる。
2003年3月 第15号
71
しなければならないとするものである。ボンド保
するため、再編案が適格多数債権者の支持を得た
有者は常に変化しその識別が難しいことから、本
かどうかの決定に当たり、この条項を含む債権を
条項のボンドでの活用は、ボンド契約に信託を用
有する者の投票は同じ条項を含む他の全ての債権
いていることが必要となると考えられる 。
者の投票と合算されるとするものである。この提
*52
案に対しては、ソブリン債務者の影響下にある債
(2)新たなタイプのCACs提案
上記のように既にボンド契約に盛り込まれてい
るものに加え、最近ソブリンボンドの秩序だった
権者の投票を含めた合算が行われることにより投
票の操作のリスクが増大する等の懸念が表明され
ている。
再編を促進する観点から、いくつかの新しいタイ
プの集団行動条項を盛り込むべきであるとの提案
が行われている。これらの条項は再編プロセスに
適切なCACsの考案とその利用の拡大によりソ
どのように貢献するか、及び市場参加者に受け入
ブリン債務の再編メカニズムを改善しようとする
れられるかという観点から見る必要があるが、提
考えについては、その評価が大きく分かれている。
案のいくつかを次に紹介する。
まず、金融機関等の市場参加者は、CACsによ
①代表条項(Representation clause)
るアプローチが市場志向であること、即ち、
この条項は、債券保有者の代表者に対し、債券
SDRMのように法的枠組みとして強制されるもの
保有者集会に先立つ債務者と債券保有者との間の
ではなく債務者と債権者の選択に委ねられている
コミュニケーションのチャネルとして行動する権
点を最も評価しているように思われる。テイラー
能を付与するものである。これは、内容的にはテ
米国国際担当財務次官は、「債務再編プロセスの
イラー米国国際担当財務次官がその講演*53で提案
改革を現実に実施するには、高度のfinancialな
したengagement clause、即ち債券保有者の代表
diplomacyが必要である。新興市場には多様な経
者を選任し債務者と交渉する権能を付与するなど
済的政治的利害と見解を有する多くの参加者が存
交渉プロセスについて定める条項に近いといえる。
在する。現実性が不可欠である。」と前置きした
②Initiation clause
上で、新たなCACsを提案しており、CACsの実
本条項は、テイラー次官により提案されたもの
際的な可能性を評価しているとみられる。
で、ソブリンが債務の再編を行うことを公表して
他方、IMFを中心にCACsに対し、次のような
から代表が選出されるまで(例えば60日間)の
基本的な疑問が提示されている。第1に、1996年
cooling off期間を定め、この間は、支払いは一時的
のG10代理の報告以降、公的セクターはCACsの
に停止ないし延期され、また債券保有者の訴訟提
活用を促してきたが、市場慣行にインパクトは見
起が禁じられるとするものである。これについて
られず、それがmarket standardとなっている国
は、leverageを債券保有者から債務者に移すもの
においては継続して使用されているものの、それ
で市場参加者が抵抗を示す可能性があるとされる。
以外の国では採用されていないこと(国際的なソ
③Aggregation clause
ブリンボンド残高のうち、約69%が米国法ないし
この条項は、上記のCACsは全て同一の発行に
ドイツ法の下で発行され、英国法、日本法等の下
属する債券保有者のみを拘束し、他の発行債券の
で発行されたものは30%に過ぎないが、CACsの
保有者あるいは銀行貸付や貿易信用等他のタイプ
使用と準拠法との間には強い相関があることか
の債務には何の影響も持たないという問題に対処
ら、国際的ソブリンボンドの大半はCACsを有し
*52
*53
72
(3)CACsの有効性に対する議論
英国法の信託を用いて保有されるユーロボンドにおいては、無記名式のボンド(bearer bond)では訴訟は受託者を通じてのみ
提起でき、受託者は回収額をpro rataで債券保有者に分配しなければならないため、その機能はこの条項に近いものとなる。し
かし、信託の活用は、過去10年間、英国法・米国法ともに頻度が減少しているとされる(IIF(April 22, 2002)
)
。
John B. Taylor“Sovereign Debt Restructuring: A U.S. Perspective”April2, 2002及びJohn B. Taylor“Using Clauses to
Reform the Process for Sovereign Debt Workouts: Progress and Next Steps”December5, 2002
開発金融研究所報
ていないといえる)*54、第2に、今後全ての新発債
にCACsを含めたとしても既発の債券が償還され
・可能であればexit amendmentを用い、旧ボ
ンドを魅力のないボンドにしてしまう。
ソブリンボンドのストックの大半にCACsが含ま
第二ステップは、債務者と債権者委員会との間
れるようになるまでおそらく10年程度かかるであ
で再編協議を行う。そこで再編について合意が得
ろうこと、第3に、発行地や債権種類を問わず同
られ、かつIDC保有者の多数により承認された時
一文言のCACsが使用されるとは限らないこと、
点で、exchangeを行なう。第一ステップで
第4に、同一の文言が使われたとしても同一の解
holdoutした債権者が、第二ステップで参加する
釈や執行が確保されるかどうか定かではないこと、
ことも可能である。ただしその場合は、cash
第5に、個々の債権ごとに投票が行われた場合、
payment は受取ることは出来ない。
異なる投票結果をどのように合算し多数の賛成が
なお、提案者は、このアプローチは、債務国が
得られたと判定するか、またその判定を誰が行う
IMFとの間で改革プログラムに合意することを前
のかという問題があることが指摘されている 。
提としており、また再編後の債務の内容はIMFプ
*55
ログラムで定めたdebt serviceのレベルと整合的
(4)Two-Step アプローチの提案
CACsの使用促進を既存のボンドのストックま
でなくてはならないとしている。
②提案の評価
で含めて一挙に進めるという提案がJ.P.Morganの
この提案の利点は、第1に、CACsに関するい
Bartholomew等により行われている 。このアイ
わゆるストック問題、transition periodの問題に
デアはおそらく前記のエクアドルケースを踏まえ
対応できることである。しかも共通のIDCを介在
て形成されたと思われるが、exchangeを用い2
させることで、準拠法や管轄の相違、関連条項の
段階でCACsを全ての債券に導入しようとする極
解釈の相違等のリスクやaggregation問題にも対
めてcreativeな提案である。
処できる。
*56
①提案の概要
この提案は、次の二つのステップを経て、ボン
ドの再編を行なう。
第一ステップでは、ソブリン債務者は債権者に
対して旧ボンドを共通の新ボンド(Interim Debt
第2に、IDCを流動性の高い性格を待つように
構成できれば、第一ステップ後にexitしたい債権
者はIDCをマーケットに売却することによって
exitできるようになる。
第3に、holdoutへのdisincentiveを作り出すこと
Claim:IDC)にexchangeするというofferを行う。
ができる可能性があることである。即ち、holdout
・IDCには、collective action clause等再編フレ
しようとする債権者は、第一ステップのexchange
ンドリーな条項を全て入れる。
の段階、つまり再編プロセスのかなり早い段階で
・発生金利は、全てcapitalize される。
holdout戦略へのコミットが求められる。何故なら
・償還する期間は例えば6ヶ月と非常に短くす
ば第1ステップでIDCへの交換を受諾した債権者
る。
・必要に応じて、exchange受諾の誘因として
一定額のcash payment を追加する。
はIDCにはCACsが付されているので多数が支払条
件変更に同意した場合これに拘束され、holdoutは
出来ないからである。このように早い段階で
*54
テイラー次官は、こうした条項の利用が進まない理由として、債務国側にこうした条項を含めない方が数ベーシス・ポイント
金利が低くなるという見方があることを指摘し、こうした条項の活用を促進するために、IMFプログラム国にこうした条項の
使用を要請すること、その債務にこうした条項を含めている国へのIMF融資金利を若干優遇することを提唱している。かかる
方策を含め様々なCACs使用促進策は、IMF(June 6, 2002b)において検討されているが、IMFの貸付け政策を梃子にCACsの
使用を進めることについては、IMFは一般的に慎重なスタンスを示している。なお、CACsの借りれコストへの影響について、
IMF(June 6, 2002b)P12−13は、既存のevidenceは、CACsの使用が借入れコストをシステマティックに引上げることを示唆
してはいないとしている。
*55 Jack Boorman, Special Advisor to the Managing Director, IMF“Sovereign Debt Restructuring: Where Stands the Debate ?”
October 17, 2002参照。数字については、 IMF(June 6, 2000b)P 4−6 参照。
*56 “Two-step Sovereign Debt Restructuring,”Emerging Market Research Special Report, J.P.Morgan Securities, April 8, 2002
2003年3月 第15号
73
holdout戦略へのコミットを求められることは、
の反対理由として(それらが妥当であるかどうか
holdoutへのdisincentiveとして働く可能性がある。
は別として)下記のような点をあげ、SDRMは不
他方、この提案の問題点は、第1に、合意形成
必 要 か つ 非 生 産 的 ( unnecessary and
がない時点で、債権者がIDCへのexchangeに応じ
counterproductive)であり、それをどのように修
てくれるかどうか不明であることである。
正しても市場参加者の懸念を変えるものとはなら
第2に、反対債権者がシェアを増大させexit
amendmentの成立を阻止することもありうる。
第3に、exit amendment自体が訴訟でチャレ
ンジされる可能性もある。
ないと結論付けるところもある*57。
①SDRM提案は、新興市場国の金融危機解決の
ための既存のメカニズムが機能しないとの誤った
前提に立っているが、近年のソブリンボンド再編
なお、本提案には、債務者は金利を支払う資金
の経験から見ても、集団行動問題は事実というよ
がないことを踏まえ全ての金利をcapitalizeすると
り理論的なものであり、holdout債権者の問題も
し、同時に金利なしのボンドへ債権者を永久に縛
誇張されている。
り付けることを回避するため短い償還期間を置く
②SDRMを民間企業の倒産法制とのanalogyで
としていること等テクニカルな点での工夫が認め
捉えることは誤っており、民間企業は破産裁判所
られるが、償還期間を余りに短くすると再編協議
の管轄に服するが、SDRMの下ではソブリンは必
が困難となるなど、現実に機能させるためには更
要なチェックの下に置かれない。
に検討が必要であると考えられる。
③SDRMは、その対象債務の選別性から、対外
民間債権者を、法的に、(現在は法的に優先して
(5)CACs提案の評価
上記のように、CACs提案については、市場参
加者の支持から見て現実性で優れている面がある
いるわけではない)他の債務クラス(国内債務、
パリクラブ債務、IMFへの債務等)に劣後させる
こととなる。
ように見られる反面、これまで使用拡大が進捗し
④結果として、SDRMは、新興市場国の資金調
てこなかったこと、ストック問題、aggregation
達コストの上昇とこれらの国への資金フローの減
問題等様々な未解決の重要な問題があることが指
少をもたらす。
摘され、CACsをボンドに個別に挿入していくア
⑤SDRMは、新興市場国の過去の金融危機(国
プローチを取る限り、少なくとも短期的には現実
内債務の問題であったメキシコ、ロシア、ブラジ
的解決策にはならないのではないかと考えられ
ル(1999)、企業部門の問題であったタイ、イン
る。なお、最後に紹介した2段階アプローチは極
ドネシア、韓国、基本的な経済問題であったアル
めて興味深いアプローチであるといえるが、現在
ゼンチン)に対処できない。
のところ本提案に対する国際的検討が進んでいる
ようには見受けられない。
⑥SDRMは、99年のブラジルのように持続不能
な債務と映りかねないケースを、(本来インフォ
ーマルな対応が適切であるにも関わらず)コスト
7.SDRM提案への関係者の反応
の大きな包括的な再編へと強制的に追いやってし
まう。
次に、本項では、SDRM提案に対する民間金融
機関を始めとする市場参加者等の反応を概観する。
⑦債務の持続不能性をSDRMの発動要件とし、
事実上IMFに審査させることは、持続不能性の判
定の難しさと債権者としてのIMFの利害に照らし
(1)民間金融機関
民間金融機関は、SDRM提案に強く反対してき
ている。民間金融機関の組織の中には、SDRMへ
*57
74
問題がある
⑧SDRMはCACsを無意味にするので、この論議
をすることがCACsの普及をより困難としている。
EMCA・EMTA・IIF・IMPA・ISMA・SIA・TBMA“Sovereign Debt Restructuring-Executive Summary-”Discussion Draft
12/6/02及びEMTA/MMC “Position Regarding the Quest for More Orderly Sovereign Work-Outs”10/17/02
開発金融研究所報
(2)新興市場国
える場合)IMFは新規融資を控えることができる
SDRM提案に対して、新興市場の重要な債務国
のいくつかは懸念を表明している
*58
。例えば、
ためIMFが再編合意のあり方に過剰な力を持ちう
ることを批判している*61。
2002年9月28日の国際通貨金融委員会で、IMF理
事国であるブラジルのペドロ・マラン大蔵大臣
(当時)は、理事選出母体国であるブラジル、コ
(3)米国
テイラー米国国際担当財務次官は、先に触れた
ロンビア、エクアドル等中南米9カ国を代表し、
ように、2002年4月に新たなCACsをソブリンボ
次のように述べた。①CACsの使用拡大に基づく
ンドに含めるべきであるとの提案を行ったが、そ
契約アプローチの方がSDRMよりも国際的なソブ
の際先に触れたように債務再編プロセスの改革の
リン債務再編プロセス改善の現実的な見込みを持
実施に当たっては、「現実性が不可欠である」と
つと信ずる。②ソブリンが債務状況を持続困難と
述べている。また、同次官は、2002年12月5日に
であると認識するのに消極的で遅れるのは、債務
EMTA( The Emerging Markets Traders
がいつ持続不可能となるかの判定が不確実である
Association)の年次総会で行ったスピーチにおい
こと及び債務再編に伴う大きな経済混乱と
て、①CACsをソブリンボンドに入れることが米
reputation面でのコストによるものであり、債権
国政府の新興市場国に係る全体戦略の重要な構成
者の集団行動を確保しあるいは債権者の権利執行
要素であると述べた上で、②ソブリンボンド再編
からの一時的保護を提供するメカニズムが欠けて
へのアプローチとしては、分権的なアプローチ
いることによるものではない。③SDRMは、この
( C A C s 提 案 を さ す )、 集 権 的 な ア プ ロ ー チ
2つの困難のいずれも軽減しない。④最近のソブ
(SDRM提案をさす)及びその二つの組合せ、即
リンボンド再編ではholdout creditorや債権者によ
ち新規ボンドにCACsを入れつつaggregation等
る訴訟は重要な阻害要因とはなっていない。⑤
CACsでカバーできない問題に対処するためパネ
IMFにリンクした紛争解決フォーラムを設置する
ルないし審判機関(court)を作るという考えの
ことは、IMFが債権者であり、主要な政策アドバ
3つがあるが、もし分権的なプローチが集権的な
イザーであり、潜在的な将来の貸し手であること
ものやその組合せよりもうまく機能するのであれ
を考えると、利益相反の問題がある。⑥本件は
ば、ブッシュ政権は分権的アプローチを支持する、
IMFの目的の外にあり、もしSDRMを導入すべき
もし残る2つのうちどちらかのほうがよく機能す
であるということであれば、それはIMF協定の改
るのであればそれが支持されること、③G7は
正ではなく、全く新たな国際合意により行うべき
SDRMアプローチをいまだエンド−スしてはおら
である*59。
ず、単に2003年春の会合に検討を行いうるように
また、メキシコ中央銀行のギジェルモ・オルテ
ィス総裁は、2002年7月7日に行った講演
*60
で、
案を出すように求めただけであることを述べてい
る。ここには、明確に述べられているわけではな
SDRM提案(改定案までの段階のもの)について、
いが、SDRM提案に距離を置く姿勢が認められる。
この手続きを使うことができるかどうかにIMFが
このように民間金融機関は強く反対し、いくつ
関わること、再編合意に不満がある場合(特に新
かの大きな新興市場国もネガティブな反応を示し
たな債務レベルが依然として持続不能であると考
ている。米国はなお立場を明らかにしていないが、
*58
The New York Times December 19, 2002によれば、ブラジル、メキシコ、ポ−ランド、トルコ等の途上国が、新制度が貸し手
をたじろがせ(scare off)
、将来的な借入れコストを上昇させる懸念があることから、反対しているとしている。
*59 “Statement by Mr. Pedro Malan, Minister of Finance of Brazil, International Monetary and Fiscal Committee”, September 28,
2002
*60 Guillermo Ortiz“Recent Emerging Market Crises: What Have We Learned ?”July 7, 2002
*61 オルティス総裁は、更に、90年代半ばの危機のほとんどが流動性危機であったにも関わらず政策論議が支払い能力の問題に偏
していることに懸念を表明しているが、これは極めて重要な指摘である。国際金融危機の予防と解決のためには、新興市場国
の持続不能な債務の問題とは別に、適切な為替レートの選択や資本取引規制のあり方など流動性危機に関わる未解決の問題の
検討が重要であるが、本稿では触れない。
2003年3月 第15号
75
CACsを推奨しており、SDRMには距離を置く姿
・ほとんどの理事は、具体案ペーパーに示され
た一般原則*64はメカニズムのデザインをガイ
勢が伺われる。
ドするベースとなるとしたが、理事たちは現
8.IMF理事会における具体案の検討
時点では検討中の全てのオプションを選択肢
として残すことを強く主張した。
IMF理事会は、2002年12月19−20日の2日間に
わたり、IMF事務局作成のSDRMの具体案(2002
(ハ)対象債券の範囲
・債務国が、経済的金融的混乱を少なくするた
年11月付け)について審議を行った。これは、
め、一定の債権を再編から除外することがあ
SDRMの制度デザインに係る様々な論点について
りうることを踏まえ、理事たちは、SDRMの
IMF理事会が行った初めての包括的かつ詳細な検
下で潜在的に対象とし得る債権の範囲を定
討である。その結果概要は、IMFのweb siteで公
め、その範囲内で債務国が債権者と交渉し特
表されている 。以下、同文書の中に、理事会終
定のケースにおける対象債権を決定すること
了時のクルーガー筆頭副専務理事のステートメン
が適当であろうとした。しかし、いく人かの
トという形で示されている討議結果のポイントを
理事は対象債権をより明確に定めることを選
あげよう。
好した。
*62
・「ソブリン」の定義について、ほとんどの理
(1)IMF理事会における討議結果の概要
事は、中央政府は、自己の債務と、(国内倒
(イ)理事会の評価
産フレームワークに服さない)中央銀行、公
*63
・多くの理事は、市場参加者の支持を得る努力
的機関、地方政府の債務をその同意を得て、
は歓迎するがそれにより制度の実効性が失わ
SDRMの対象に含めるオプションを持つこと
れることのないようにすべきであるとした。
に同意した。しかし、いく人かの理事は対象
その一方で、他の複数の理事は市場と発行者
債務を中央政府のもの以外に広げることは支
が受け入れることの重要性を強調した。
持しなかった。
(ロ)目的と主導原理
・ほとんどの理事は、注意深くデザインされた
債務再編メカニズムが危機解決のフレームワ
ークを改善し国際金融システムの安定性に貢
献するとの考えを確認した。
*62
・理事たちは、法的な又は契約上の優先性を持
つ債権をSDRMの外で再編するメリットを認
めた。
・理事たちは、国内法に服し国内裁判所の排他
的管轄下にある債権はSDRMから除外するこ
IMF Public Information Notice(PIN)No. 03/06 January7, 2003“IMF Board Discusses Possible Features of A Sovereign
Debt Restructuring Mechanism”
*63 本項は、クルーガー筆頭副専務理事の公表ステートメントの関係部分をそのまま要約したものである。なお、意見を述べた理
事の多数性に関わるそれぞれの表現に対応する原文は、次のとおりである。
「理事たち(Directors)
」
「ほとんどの理事(most
Directors)
」
「多くの理事(many Directors)
」
「かなりの理事(a number of Directors)
」
「何人もの理事(several Directors)
」
「いく人かの理事(some Directors)
」
「2∼3人の理事(a few Directors)
」
「他の複数の理事(other Directors)
」
*64 具体案ペーパー(2002年11月付け)は、SDRMの制度設計の主導原理として、次のような一般原則を提案している。
①持続不能債務の再編のみを対象とすること(債務再編の蓋然性を高めたり、defaultを促進しないこと)
②迅速な再編を促進するため、債務国と債権者の早期協調的な関与へのincentiveを作ること
③契約上の権利義務への干渉を最小限とすること
④債務再編プロセスの透明性を向上させること
⑤債務者の主権に干渉せず、ソブリンの要請なくして発動できないこと
⑥市場の発展に対応できるよう、柔軟で簡素な制度とすること
⑦既存の法制度(国内倒産法制等)を代替すべきではないこと
⑧効率的で公平な紛争解決プロセスを持つべきこと
⑨制度の下でのIMFの公式の役割は限定的であるべきこと(既存の貸付とサーベイランス権限によるべきこと)
なお、これらは、当初案の公表以降IMFが行ってきた市場参加者や法律専門家等との協議の結果を踏まえたものと考えられ、
具体案で提示された制度の枠組み(特に当初案等からの変更)を大きく決定付けているとみられる。
76
開発金融研究所報
とを支持した。
れるまでの短い期間は、訴訟に対する自動的
・理事たちは、SDRM下での透明性の要請が、
停止を課すオプションを残す方が良いとした。
制度外での再編と制度内での再編との十分な
・しかし、他の多くの理事は、自動的停止は契
調整に寄与するとした。しかし、2∼3人の理
約上の権利に対する重要かつ不必要な侵害で
事は、債権者はいつでもSDRMを終結させら
あり、いわゆるhotchpot 条項で訴訟を抑制
れるので国内債務を含む完全な情報共有義務
することが有効であるとした。
は債務国を不利な立場に置くとの懸念を表明
した。
・いく人かの理事は、このhotchpot条項を
SDDRFによる個別的執行停止命令の制度で
・国際機関の債権は除外されるべきであること
有効に補完できるとした。しかし、他の理事
におおむね合意があった。しかし、いく人か
は、これはSDDRFに不必要な権限を与える
の理事は、優先債権者の地位(preferred
ことになるとした。
creditor status)の付与対象機関は過度に広
・可決要件を登録債権の75%とすることにおお
げるべきでないとした。
・多くの理事は、公的二国間債権はSDRMの対
象から除外しつつ密接に調整すべきであると
した。しかし、他のかなりの理事は、債権者
間の公平を達成するためには別個の債権クラ
むね合意があった。
・理事たちは、優先債権の再編は債権者の同意
を必要とするとすることを一般的に支持した。
(ト)制裁
スとしてでも公的二国間債権をSDRMに含め
・いく人かの理事が、債務国からの虚偽の情報
ることが重要であるとした。この結果、適当
提供はIMF協定違反を構成するとの提案を支
な進め方は公的二国間債権は少なくとも当初
持した。しかし、多くの他の理事は、IMFは
は除外し、SDRM下での再編との調整の仕方
この点について公式の役割を有するべきでは
を更に検討することであると考えられる 。
なく、既存の貸し付け政策が協調的な合意に
*65
(ニ)発動
・SDRM提案は、持続不能な債務を負う加盟国
を支援するためであることについて、一般的
な合意があった
・ほとんどの理事は、提案されたメカニズムの
特性が制度の濫用を防ぐことから、債務国は
向けた加盟国の善意の努力を評価する適切な
手段であるとした。
(チ)終結
・債権者に手続きを終結させる権限を付与する
ことにおおむね支持があった。
(リ)SDDRF
第三者の確認なしに一方的にメカニズムを発
・ほとんどの理事は、SDDRFをIMF協定の改
動できるとすべきであるとした。しかし、い
正で設立することを一般的に支持した。しか
く人かの理事は、第三者(おそらくIMF)が
し、他の理事たちは、SDDRFの実際的な必
独立に持続不能性を確認すべきであるとし、
要性に疑問を提起した。
他の理事はIMFの役割の強化を好まなかった。
(ホ)発動の効果
・いく人かの理事は、債権の登録は最終投資家
に行わせることが望ましいとした。しかし、
何人もの理事がこれは市場慣行と異なるとし
た。
・多くの理事は、現時点では、債権者がその延
長について投票できるように十分に組織化さ
*65
(ヘ)債権者の参加:組織、投票、決定
・2∼3人の理事は、SDDRFにメカニズムを
終結させる権限を付与することを支持した。
しかし、ほとんどの理事は、これはSDDRF
の役割の不必要な拡大であるとした。
・理事たちは、SDDRFは、IMF融資を行う上で
の加盟国の政策の十分性や債務の持続不能性
に関するものを含め理事会の決定にチャレン
ジする権能を持つべきでないことに合意した。
この最後の一文には、公表ステートメント上主語が示されていないことから、クルーガー筆頭副専務理事の評価であると考え
られる。
2003年3月 第15号
77
・ほとんどの理事は、IMF協定の改正でSDRM
②米国法制中のChapter11とChapter9(自治体
を導入することが最も適当であるとした。し
債務の調整)を比較すると、Chapter9は、
かし、2∼3人の理事は、SDRMの目的は
申立て権、業務執行権、再建計画案提出権を
IMFの目的の外にあり、IMF協定改正により
債務者が独占する規定となっている点で
SDRMを導入することは不適当であるとした。
Chapter11よりも更に債務者利益の保護に手
・この関係で、多くの理事が、SDRMが加盟国
厚いものの、同時にChapter11に見られない
の法システムにどのようなimplicationを持つ
債務者適格の法定、債務者の不合理な遅延等
か評価するため、スタッフがクエスチョネア
に基づく裁判所による手続きの棄却を定め債
を作ることを求めた。
権者利益保護を図っており、全体として裁判
(ヌ)次のステップ
・理事たちは、IMFマネージメントとスタッフ
所の関与による債務者利益と債権者利益の保
護のバランスが図られている。また、
がSDRMの特性につき作業を継続し、改訂ペ
Chapter11もChapter9も裁判所は再建計画の
ーパーを作ることを促した。また、民間セク
認可に当たり債権者の利益に適合するかどう
ター及びソブリン発行国をSDRMのデザイン
かを審査することとされ、この点でも債権者
の検討に関与させることの重要性を強調した。
利益の保護が図られている。
③これに対し、SDRMにおいては、第1に現行
(2)まとめ
倒産法制における裁判所に当たる存在がな
上記のように、IMF理事会においては、SDRM
く、第2に現行法制例との比較で見て債務者
が持続不能な債務の問題を扱うことについて一般
と債権者の利益保護のバランスが変化(債務
的合意があった一方、SDRMの重要な構成要素、
者保護に傾斜)しているという特徴がある。
即ち、発動原因を第三者が審査するのか否か、一
この2点目(利益保護バランスの変化)は立
般的な執行停止を導入すべきか否か、債務国の誠
案者が意図したものというより、1点目(裁
実な交渉への取り組みをどのようにして担保する
判所に当たるものの不在)から派生したもの
のか、SDDRFの必要性とその役割についてどう
と考えられ、その結果として、開始原因の第
考えるか、IMF協定改正によりをSDRMを導入す
三者審査が入らない場合の(債務者による)
ることが適当か等広範な項目につき意見の集約が
制度濫用リスク、再建計画の第三者による実
なされていない状況にあることが示されている。
質的審査が存在しないことによる債権者利益
保護の低下(債務者利益保護への傾斜)、更
9.結論
に独立第三者不在という制約条件下で利益バ
ランス維持方策として制度の機能を弱める選
本稿においては、まず、1.から3.までの冒
頭の3つの項で、SDRM提案の変遷と現時点での
択がなされたための制度の実効性低下の懸念
といった問題が生じている。
案の内容を押えた上で、これを日米の再建型倒産
法制と比較し、その特徴と問題点を分析した。そ
こで得られた結論は次のようにまとめられよう。
①日米の再建型倒産法制(日本の会社更生法・
78
次いで、4.から6.までの3つの項で、
SDRM提案の理論的根拠とされる2つの問題(集
団行動の問題とholdout(rogue)creditorの問題)
、
民事再生法と米国Chapter11)の手続き構造
及びSDRMと競争的関係(G7は補完的関係とし
は裁判所がプロセス全体を通じ重要な形で関
ている)にあると見られるCACs提案について分
与しているなど非常に類似しているが、個別
析した。そこで得られた結論は次のとおりである。
に構成要素を見ると、原則として申立て原因
①新興市場国の資金調達形態が銀行融資から証
を限定しないことなど米国Chapter11の手続
券発行に変化していることにより、債権者が
きは日本法制に比べ債務者利益の保護の手厚
多様化し、債務再編に不可欠な債権者間の調
い(debtor friendlyな)制度となっている。
整(集団行動)が困難となっているとする見
開発金融研究所報
方の妥当性に関し、近年のソブリンボンドの
昨年12月に具体案ペーパーをもとに行われたIMF
再編事例を4つ取り上げた。これによると、
理事会の結果を概観した。民間金融機関はSDRM
4つの事例全てでexchangeを用いたボンド
に対し、その問題意識の否定(集団行動問題や
債務の再編が成功していること(参加率はい
rogue creditor問題は誇張されている)
、制度の実
ずれもほぼ100%に近い)
、訴訟は提起されな
効性の批判(SDRMは近年の危機に対処できない、
かったことが見てとれた。これらの事例は1
またかえってコストを拡大させる)
、CACs論議へ
国を除き経済規模の小さな国を対象とするも
の阻害効果等の観点から、強く反対している。ブ
ので、全てが将来の先例として有用であるか
ラジル等の新興市場国もネガティブな反応であ
定かではないが、ケース・バイ・ケースのア
り、米国は距離を置いている。一方、具体案に基
プローチが少なくともこれまでは機能してい
づくIMF理事会での検討では、全てのオプション
ることが示されている。
がオープンな状態であり、重要な構成要素、即ち
②holdout(rogue)creditorの代表的事例とさ
手続き開始原因の第三者審査が入るのか、一般的
れるElliottケースについては、その結末(訴
執行停止を入れるのか、債務国の誠実な交渉取り
訟を通じペルー政府から巨額の資金を回収)
組みをどう担保するのか等についてもなお意見の
は衝撃的であるが、その内容を見るとリーデ
集約はなされていない。
ィング・ケースとして裁判所により将来的に
サポートされていくかかなり疑問があるもの
であるといえる。
以上の諸点からSDRM提案への現時点での評価
を導き出すとすれば、以下の通りであろう。
1.SDRMの現実的必要性ないし緊要性につい
③statutory approachとされるSDRMとは異な
ては、現時点では、賛成論・反対論いずれのサイ
り、個々のボンド契約約款に債務再編フレン
ドにとっても決定的なevidenceは見出されない。
ドリーな条項を盛り込むことにより集団行動
2.SDRMと平行して検討されているCACs提
問題に対処しようとするいわゆるCACs
案についても、個別ボンドごとに挿入を試みるア
(Collective Action Clauses)提案については、
プローチを取る限り、短期的には現実的解決策と
民間金融機関、米国などが評価しているが、
はなり難い。
これまでその活用が公的セクターにより推奨
3.SDRMの制度デザインについては、中立的
されてきたにも関わらず使用が進んでこなか
な審判者・裁定者として機能する裁判所の不在が
ったこと(国際的ソブリンボンドの約30%が
重要な制約要因として働いている。具体的には、
使用するにとどまる)、新発ボンド全てにこ
第1に、制度利用の適格性(債務の持続不能性)
れを入れても既存のボンドのストックの大部
の第三者審査が入らない可能性があること、第2
分が全て置き換わるには10年かかること、文
に、再建計画の妥当性についても制度上の第三者
言や解釈の不統一、更にaggregation(ボン
審査は存在しないことである。こうした制度デザ
ドをまたがって投票を合算しなくてはならな
インの結果、公式の制度上は、米国Chapter9に
い)の問題があることから、CACsの挿入を
見られるような債務者と債権者の利益保護のバラ
個別に行っていくというアプローチを取る限
ンスが変化する(既存の国内法制例と比べると債
り少なくとも短期的には現実的解決策にはな
務者利益保護に傾斜したものとなる)可能性が生
り難いと考えられる。
じている*66。他方、こうした問題を緩和するため
次いで、本稿では、7.でSDRMに対する民間
制度の機能を一部取り除く提案が行われている
金融機関等市場参加者等の評価を紹介し、8.で
が、その結果、今度は制度の実効性が低下するリ
*66
ここではSDRM提案と既存の再建型国内倒産法制との制度内容の比較を行っている。これに対し、国家倒産制度の存在しない
現在の状況とSDRM提案とを比較し、SDRM提案の下では債務者と債権者の利益保護のバランスはどう変化するか、即ち、
SDRM提案は現状よりもdebtor friendlyであるのか、それともcreditor friendlyであるのかについて評価・分析するためには、
制度の細部にわたるデザイン内容の確定と予想されるその運用のあり方を踏まえた別途の検討が必要である。本稿は、SDRM
提案が現状との比較でdebtor friendlyであることを主張するものではない。
2003年3月 第15号
79
スクが発生している。
ているのではないかと思われる。
4.米国のChapter9の経験は限られたもので
あり、一般化には慎重であるべきであるが、その
[参考文献]
米国での運用を見ると、自治体の行政権能等に介
[和文文献]
入しないという原則の下にありつつ、裁判所は、
小野有人「国際金融危機における「民間セクター
債務者適格の審査(insolventであることの認定)
、
関与」‐国際金融システム安定化のジレン
再建計画案の審査(債権者のbest interestへの適
マ‐」2001年12月 富士総合研究所研究レ
合性の認定)に当たり、自治体の課税水準、支出
ポート
水準等の評価を行い、その評価に基づき判断を行
っていると見られる。こうした収入支出を含む債
兼子一監修「条解会社更生法上中下」(昭和48年
4月、弘文堂)
務者の政策の評価は、裁判所がChapter9手続き
川畑正文「アメリカ合衆国における倒産手続きの
の下で債務者(究極的にはその市民)の利益と債
実務(1)−(5・完)」(NBL No.708
権者の利益のバランスを図っていく上で欠くこと
のできない要素であると思われる 。
*67
5.こうした点を踏まえると、国家倒産制度を
創設するのであれば、中立的第三者機関が、課税
のあり方、支出のあり方を含め債務国の経済政策
全般の状況を踏まえ、債務の持続不能性(手続き
の利用適格性)、再建計画の妥当性を判断する仕
(2001.3.15)−No.714(2001.3.1)
)
瀬戸英雄編集(新再建型手続き研究会)「民事再
生法」
(平成12年2月、新日本法規)
高木新二郎「米国新倒産法概説」
(昭和59年2月、
(社)商事法務研究会)
高木新二郎「アメリカ連邦倒産法」
(1996年7月、
(社)商亊法務研究会)
組みを用意する必要があるのではないかと思われ
高木新二郎・山崎潮・伊藤眞編集代表「倒産法実
る。即ち、債務の再編が一時的な救済ではなく持
務事典」
(平成11年4月、
(社)金融財政事
続可能な形で債務支払いを行い得るように債務国
情研究会)
を再生させることを目指すのであれば、債務国の
ディナタレー、アンドリューP.、カレンB.カ
政策是正は避けて通れない問題であり、その観点
ミングズ(梅島修訳)「米国破産法ガイド
から見ると、現在のSDRM提案は、IMF協定の枠
〔1〕−〔6・完〕」(国際商事法務Vol.21,
内での検討を前提としたことから、適当な独立第
三者機関を欠くこととなり 、結果として上記の
*68
ような国家再建という再建型国家倒産法制が本来
視野に入れるべき問題との関わりを明確に示さな
い制度となってしまっていると考えられる。
SDRM提案の試みは、国家倒産の制度化には現行
IMF協定とは異なる新たな思考の枠組み(例えば、
No6(1993)−No.11 (1993)
)
宮下佳之・渡邉光誠「米国倒産法概説(1)−
(12・完)
」
(JCAジャーナル93.2−94.1)
山本和彦・長谷川宅司・岡正晶・小林信明偏
「Q&A民事再生法」
(2001年9月)有斐閣
渡邉光誠「最新アメリカ倒産法の実務」(平成9
年8月、
(社)商事法務研究会)
国際倒産法廷の設立)が必要であることを示唆し
*67
こうしたソブリン債務者の政策の評価は再建計画の実行可能性(feasibility)を担保する上でも不可欠であると考えられる。実
行可能(feasible)であることは、Chapter9の計画認可要件の1つとなっており(943条b項)、我が国の法制でも認可要件
(
「遂行可能」
)に盛り込まれている(会社更生法233条、民事再生法174条)
。会社更生法233条の「遂行可能」の解釈に関し、兼
子一監修「条解会社更生法下」
(平成9年、弘文堂)P616∼617は、この文言はアメリカ破産法に由来し、証券取引委員会の解
釈によれば、アメリカ法における「遂行可能性(feasibility)とは、……債務者が更生手続きから支払い可能な状態へと脱出で
きるか否か……の問題である。
」といわれているとし、換言すれば、更生計画の遂行可能性とは、更生計画が、企業を、再び更
生手続きに舞いもどらないですむような健全な財政状態に置きうるという適性をさすものと考えられていると述べている(但
し、我が国の判例の多くは、債務弁済方法あるいは弁済資金の調達方法を定める条項が実行可能かどうかという観点のみから
遂行可能性を論じているとされている)
。
*68 IMFが提案するSDDRFは、前述のように、既存の法制度で裁判所が担っている機能のうち主として形式的な要素(申立ての受
理、債権の確定など)を担い、申立ての適格性審査、再建計画の認可などの最も重要な実質的機能は付与されていない。なお、
IMFは個別的執行停止、手続の棄却の権能をSDDRFに付与するとの提案をしているが、IMF理事会では反対が多い状況にある。
80
開発金融研究所報
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2003年3月 第15号
81
中国の金融・資本市場改革の成果と
今後の課題
*1
慶應義塾大学総合政策学部助教授 白井 早由里
要 旨
1978年に対外経済開放政策を打ち出して以来、中国は高度経済成長を持続させ、世界経済の牽引力
となっている。その一方で、中国は、現在、銀行の不良債権問題の累積と国有企業の業績の悪化とい
う深刻な構造的問題に直面している。また、中国が2001年12月に世界貿易機関に加盟したことで、外
資系銀行は近く人民元業務の取り扱いが認められ、外資系銀行設立に関する地域的制限も撤廃される
ことから、国有独資銀行への競争圧力が高まることになる。したがって、競争力があり健全性の高い
国内金融システムの形成が早急に急がれる。同時に、政府は、国策として株式市場の発展を目指して
いる。本稿では、1990年代を中心として中国政府が行った一連の銀行改革の成果について銀行側とそ
の借り手である企業側の両方のデータを用いて評価を下し、残された課題について検討する。また、
株式市場の特徴について概観し、株式市場が企業統治の改善に寄与しているのかを上場企業データを
もとに実証分析を行い、今後の政策課題について論じる。
Abstract
Since opening up its economy to the world in 1978, China has maintained remarkably high
economic growth and contributed to world prosperity. Nevertheless, China has suffered from poor
banking sector performance and hence serious non-performing loan problems, caused by rapidly
deteriorating performance of state-owned enterprises. Moreover, the competitive pressures towards
the domestic banking sector have been intensified, as the government has gradually liberalized
regulations imposed on foreign banks with respect to local currency-denominated transactions and
areas approved for branch establishment under the WTO framework. Given that it is an urgent
matter for the government to improve the domestic banking system, this paper overviews the
banking sector reforms launched since the early 1990s and assesses whether the reforms have
exerted any positive impact on the performance of the banking sector. Also, this paper identifies the
features of the stock market and examines if the market has helped improve the performance of
listed companies. Finally, the paper discusses policy implications.
第1章 イントロダクション
1978年に対外経済開放政策を打ち出して以来、
残高・GDP比率は1979年の48.6%から1999年には
120%へと急速な伸びを示し、1992年から1998年
中国の国民総生産(GDP)は実質ベースで9.7%の
の資金循環データによると企業が新規に調達した
成長率を維持し、GDPに占める預金残高の割合は
資金の7割以上が銀行融資で占められており、社
1985年の26%から1999年には120%へと急増し金融
債・株式による資金調達は10%以下に過ぎない。
深化をとげている。また、中国経済における銀行
*1
82
の金融仲介機能の役割は重要で、銀行による貸出
こうした銀行中心の経済体制のもとで高度経済
本稿は2003年2月7日に国際協力銀行開発金融研究所において行われた講演会原稿を加筆修正したものである。
開発金融研究所報
成長を実現してきた中国政府は、現在、銀行の不
不足を補完する資金を国家が保有する株式の売却
良債権問題の累積と国有企業の業績の悪化という
により調達することにある。
深刻な構造的問題に直面している。そこで、中国
本稿では、1990年代を中心として中国政府が行
政府は一連の金融・資本市場の改革に段階的に着
った一連の金融・資本市場改革の成果について銀
手している。1978年以前の中国の銀行セクターは
行側とその借り手である企業側の両方のデータを
モノバンク制を採用しており、その主要な業務は
用いて分析する。本稿は6章から構成されている。
国有企業からの収益の徴収、そしてその資金をグ
まず第2章で銀行改革の具体的な内容について展
ラントとして生産計画にもとづいて各企業に再配
望し、第3章において銀行のパフォーマンスを表
分し、人件費や農産物購入の支払いに必要な現金
すさまざまな指標を測定して改革の成果について
の付与あるいは資金の流れを監視することに特化
検討する。第4章では中国の株式市場の特徴につ
していた。しかし1978年以降は非近代的な金融シ
いて概観するとともに、株式市場が企業統治(コ
ステムから近代的な銀行システムの構築に向け
ーポレート・ガバナンス)の改善に寄与している
て、段階的に規制緩和を実施している。また、中
のかを上場企業データをもとに実証分析を行う。
国が2001年12月に世界貿易機関(WTO)に加盟
第5章では、銀行が収益やリスクに配慮して適切
したことで、外資系銀行は2年以内に国内企業向
な融資決定を実施しているのかを検討するために、
けの人民元業務を、5年後には窓口業務の取り扱
企業が弱い予算制約(Soft Budget Constraints)
いが可能となる。徐々に外資系銀行設立に関する
に直面しているのか(そうであるならば適切な融
地域的制限も撤廃されており、外資系銀行はいず
資決定をしていないことになる)という上場企業
れは沿海部から内陸部へ、大都市から中都市へと
側の観点から実証分析を行う。第6章では今後の
支店網を展開していくであろうと予想されてい
課題について論じる。
る。また外資系企業、国内の輸出志向型企業、大
規模集団公司、技術集約的企業などの有力取引先
をめぐって顧客の争奪戦が展開され、国有独資銀
第2章 銀行改革の展望
行への競争圧力が高まることになる。したがって、
競争力があり健全性の高い国内金融システムの形
2.1. 1980年代の改革の概要
成が早急に急がれるのである。
その一方で、中国政府は1990年12月に上海証券
中国政府は、銀行改革に着手するにあたって近
証券取引所を設立
代的な中央銀行制を設立する必要があるとの認識
し、株式市場の発展に努めている。株式市場の時
に立ち、まず1980年代にかけて4行の専門銀行を
価総額は2002年7月現在で4.6兆元(GDPの約5
設立して中国人民銀行から分離させ、二段階制の
割)にも達し、アジアで第2位の香港と並ぶほど、
銀行システムを導入した。これにより、中国農業
急速に増加している。政府は現在、国策として株
銀行は農業関連融資と6万社の農村信用合作社の
式市場の発展を目指しているが、その第一目的は、
監督を、中国銀行は外貨取引業務を、中国建設銀
国有企業が設備投資のための資金調達において多
行は建設関連融資を、中国工商銀行は商業銀行業
額の不良債権問題に直面する国有独資銀行への依
務を担うことになった。そして、1984年より中央
存度を減らし、家計や外国投資家からの直接金融
銀行業務に特化することになった中国人民銀行に
を進めるためである。それと同時に、投資家の資
対して、1986年にはその業務を金融政策と金融シ
産ポートフォリオの多様化を促進し、多額の銀行
ステムの規制・監督の実施と定めた。しかし、同
預金をより有効に活用する必要性が高まってい
銀行は国務院の管轄下にあり金融政策について中
る。第二に、株式市場を通して有望な国有企業の
央政府からの独立性を確保したわけではない。
取引所を、1991年7月に深
業績の改善を促し、採算の取れない国有企業は吸
さらに、インフレを抑制するために、中国人民
収・合併を促進することで淘汰することにある。
銀行は信用計画を策定し、国家経済計画に基づい
第三に、今後予想される全国社会保障基金の財源
て同銀行の支店ごとに信用貸出総額を割り当てる
2003年3月 第15号
83
ことが義務付けられた。この政策は各支店に対し
になり地方政府との癒着や介入は少なくなった。
て信用貸出総額を上限として信用配分の決定に自
しかしその一方で、四大国有独資銀行に対する中
律性をもたせた反面、地方政府が各地域の支店長
央政府による介入は、直接的な介入は少なくなっ
の選定に介入する機会を与えることになった。そ
てはいるものの、間接的な介入は今日でもみられ
の結果、支店と地方政府との癒着を生みだした。
ている。また四大国有独資銀行は1998年には「生
そして、このような総量規制が適用されない地方
涯責任制」を導入し、不適切な融資を実施した管
銀行やノンバンクがつぎつぎと設立されるように
理者に対して退職後も罰することができると規定
なると、信用貸出総額のコントロールが難しくな
した。この自発的な原則の設定は不良債権の急増
り金融政策の有効性が低下するようになった。一
への歯止めとなる一方で、融資活動への慎重な態
方、国有企業の財務に規律を与える目的で、これ
度を助長しているとの指摘がある。
まで国有企業に無利子で付与していたグラントが
利付きローンに置き換えられた。
(2)参入規制の緩和
政府は発展している地域の経済発展を加速させ
2.2. 1990年代の改革の概要
るために、地域レベルの株式制商業銀行の設立を
許可した。1984年に交通銀行が設立された。その
こうして二段階制の銀行システムが定着する
後、深 発展銀行、廣東発展銀行、上海浦東発展
と、政府は中国人民銀行による金融政策の手法を
銀行、福建興業銀行などが設立された。華夏銀行、
改善した。まず、1994年にマネーサプライの公表
光大銀行などは1990年代前半に設立された。民生
を開始し、翌年にはマネーサプライを金融政策の
銀行は1995年に最初の民間銀行として設立された
中間目標と位置付けた。また、中国人民銀行によ
が、これを除きほとんどが地方政府などが所有す
る財政融資を停止した。そして、1998年には全国
る銀行が中心となっている。また、新しい銀行が
を8地域に分けてそれぞれに支店を開設し、本店
参入し商業銀行数は100行強に増えているが、こ
には金融政策の策定を検討する通貨政策委員会を
れには2200社余りの都市信用合作社を合併して商
設置した。また、これまで中国人民銀行の省・市
業銀行化した109行の都市を中心に業務を展開す
に展開する支店には(限定的ではあるが)貨幣発
る城市銀行が含まれており、新規に設立された銀
行権限が付与されており地方政府の財源の一部を
行の数は少ない。また、資本金などの一定の条件
形成していたが、1994年にはこの貨幣発行権限を
を充たせば銀行業務の申請が自動的に認められる
廃止し、通貨発行による収入を中央政府へ上納さ
わけではなく、依然として厳しい参入規制が存続
せることを義務付けた。また、政府は以下の一連
している。このため、四大国有独資銀行のマーケ
の銀行改革を開始した。
ット・シェアは預金・貸出残高ベースのいずれに
おいても7割近くを保っており、寡占的な状態は
(1)商業金融と政策金融の分離
84
今日でもほとんど変わっていない。
政府は、まず初めに1995年に政策金融業務をと
その一方で、中国政府は2002年に外資系銀行4
りおこなう銀行として新たに三行の政策性銀行
行の支店開設申請を受理し、14行の事務所開設を
(農業発展銀行、中国輸出入銀行、中国発展銀行)
許可した。また、これまで、上海と深 において
を設立した。同年に商業銀行法を施行し、4行の
試験的に人民元業務を認可してきたが、2001年の
専門銀行から政策金融業務を取り除いて商業金融
WTO加盟後時に、正式に上海、深 、天津、大連
業務に特化させ、中央政府による独資の商業銀行
において外資系銀行による人民元業務の規制を緩
として確立させた。そして1998年には貸出総量規
和した。さらに2002年12月には、これらの地域に
制が撤廃された。また、これまで業績が振るわな
加え、広州、珠海、青島、南京、武漢の5都市に
い国有企業への支援を促すために四大国有独資銀
も範囲を拡大している。ただし、外資系銀行の支
行への地方政府の介入は続いてきたが、これらの
店が人民元業務の許可を受ける条件として「開設
銀行の本店が各省レベルの支店長を任命するよう
3年で過去2年間は黒字の達成」が規定されてお
開発金融研究所報
り、支店ごとに人民元融資に8%の自己資本金を
(4)金利規制の緩和
積むことを義務付けるなどの規制を敷いている。
1993年に中国人民銀行は公的金利(中国人民銀
また、同一外資系銀行の支店開設が認可された後、
行・市中銀行間の金利)をベースレートとした金
1年間は次の支店の開設申請を認めないといった
利変動幅を導入した。商業銀行に対しては対顧客
地場銀行を保護する規制も設けている。2002年10
金利の上限をベースレートの20%増のレベル、同
月現在で営業権をもつ外資系銀行は181行あるが、
下限をベースレートの10%減のレベルとし、都市
その内53行(上海で30行、深 で14行、天津5行、
信用合作社に対しては上限を同+30%、下限を
大連4行)に人民元業務が認められている。
同−10%、農村信用合作社に対しては上限を+
こうした規制に対して、香港上海銀行(HSBC)
60%、下限を−10%と定め、この範囲内で銀行は
ホールディングズは外資系銀行が中国の地場銀行
自由に貸出金利を設定することが可能となった。
の株式を最大25%保有できる規定を活用し、上海
1996年に入ると、この範囲は商業銀行については
銀行の株式を取得し、規制で縛られた支店開設に
上限・下限はベースレートの±10%レベルと定め
代わって地場銀行との提携で支店網の強化を図っ
られ、農村信用合作社については上限が+40%、
ている。中国人民銀行は、さらに2002年12月27日
下限が−10%へと変更された。1998年には中小企
に中国国内で預金獲得が困難な外資系銀行に対し
業融資の上限が+20%、都市信用合作社について
て、2006年末までに国内インターバンク・マーケ
は上限が+50%とされた。1999年には中小企業融
ットでの人民元調達額を資本金を除いた人民元負
資の上限はさらに+30%まで引き上げられた。ま
債の4割以下に抑制する新たな公布を発表する方
た、中国人民銀行は外貨建てローンの金利と300
針を示し、WTO加盟を契機に予想される外資系
ドル以上の外貨建て預金の金利については完全に
銀行による競争圧力を前にして保護色を強めてい
自由化した。
る。 この公布は中国の地場銀行にも適用される
インターバンク市場については、これまで各地
が、人民元調達の7割前後をインターバンク・マ
域の銀行の支店間などで実験的に取引が行われて
ーケットで調達して融資業務を行う外資系銀行へ
いたが、1996年1月にコンピューター・ネットワ
の打撃が特に大きいと予想される。
ーク・システムを通して単一の全国市場として統
合された。これにより、銀行は流動性管理の一環
(3)銀行の業務範囲
として多額の準備金を抱える必要がなくなった。
銀行の業務範囲については、中国銀行が独占的
しかし、金利が固定され金融市場が地域間で分断
に実施していた外貨取引業務については徐々に他
されていたため地域間の資金の流れはバランスせ
の銀行にも認められた。さらに1992年に融資以外
ず、しかも多くの取引が担保を伴わなかったこと
の非伝統的業務が認められたことで、4行の専門
から、深刻な満期上のミスマッチ(短期借入れ、
銀行(当時)とそれらの支店が金融会社を設立し
長期貸出し)が発生していた。そこで、中国人民
た。そして、これらの金融会社を通してリスクを
銀行はインターバンク金利について参照金利を提
省みない融資活動が促進され1992∼1993年にかけ
示し、省ごとに規制を導入した。1996年にはその
て不動産・株式バブルが発生するに至った。多く
インターバンク金利の上限が撤廃され、1997年に
の銀行が農業やその他の主要なプロジェクト案件
は国債を用いたインターバンク・レポ市場が導入
に配分する予定の資金をこうした投機に集中させ
され、間接金融政策の促進と国債の流通市場の発
た。インフレ懸念から中国人民銀行が1993年末に
展に寄与した。
金融政策を引き締めると、銀行やその支店は損失
を出し、銀行システムを不安定化させた。それ以
来、商業銀行法によって銀行は投資銀行業務から
(5)プルデンシャル規制
プルデンシャル規制については、1990年代半ば
脱却することが義務付けられ、銀行、証券、保険、
に自己資本比率、貸付・預金比率、流動的資産・
信託は厳格に分離された。
負債比率などの健全性指標が導入された。1998年
には国際基準である5段階の債権分類が試験的に
2003年3月 第15号
85
導入されたが、多くの銀行はこの規定を厳格に適
総資産比率はそれまでの73%から53%以下にまで
用することはなかった。そこで、政府は2001年に
低下した。この結果、交換を実施した8割の企業
は5段階の不良債権分類に関する方針を、2002年4
が赤字体質から脱却することができた。しかし、
月には引当金に関する方針を発表し、プルデンシ
どの企業が債務・株式交換できるかは経済貿易委
ャル規制が強化された。
員会が選定し、資産管理会社が選定することはで
きない。
2.3. 増資と不良債権処理
残りの1兆元の不良債権については、2001年末
までに、資産管理会社は1781億元の不良債権を処
(1)増資を目的とした公的資金の投入
分し、この内資産や負債の再編を通して現金で
政府は四大国有独資銀行の不良債権処理にあた
369億元を回収した。さらに、2001年には、資産
り、まず1998年に国債発行により2700億元の公的
管理会社は不良債権の償却に外資を導入し、入札
資金を投入した。この増資政策は、四大国有独資
により、中国華融資産管理公司は128億元の不良
銀行のバランスシートの負債側では中国人民銀行
債権を売却し、2割の現金収入を得た。中国東方
に対するこれらの銀行による債務と政府による国
資産管理公司は18億元の不良債権を売却し、1割
有独資銀行株の保有との交換、資産側では準備預
程度の現金収入を得た。2002年末現在、4つの資
金と国債保有の交換を伴った。また、この目的で
産管理会社は合計して3014億元の不良債権を処分
銀行が保有する準備預金を減らすために、法定預
し、1013億元を回収している(資産回収率は
金準備比率は13%から8%(1999年には6%)に
33.6%、現金回収率は22.4%となっている)。具体
引き下げられ、7%の余剰預金準備比率は撤廃さ
的には中国信達資産管理公司は868億元の不良債
れた。
権を処分し、336億元を回収し、この内266億元の
現金を得ている。中国東方資産管理公司は455億
(2)資産管理会社の設立
元の不良債権を処分し、206億元を回収し、この
1999年には四大国有独資銀行それぞれに資本金
内112億元の現金を取得した。中国長城資産管理
100億元の資産管理会社(中国信達資産管理公司、
公司は1060億元の不良債権を処分し、199億元を
中国東方資産管理公司、中国長城資産管理公司、
回収し、この内98億元の現金を得ている。中国華
中国華融資産管理公司)を設立し、1995年以前に
融資産管理公司は632億元の不良債権を処分し、
実施された融資で不良債権化した1.4兆元の債権
273億元を回収し、この内198億元の現金を得てい
(四大国有独資銀行の集計貸付残高の内の2割に相
る。
当)について額面価格で移管された。資産管理会
資産管理会社は10年をめどに不良債権処理を完
社は8500億元の債券の発行と中国人民銀行による
了させる予定である。資産管理会社が受ける損失
5500億元の融資を受けて不良債権を購入した。こ
は中央政府が負担することになっている。最近で
の合計1.4兆元の資金は四大国有独資銀行による
は、中国信達資産管理公司が2003年1月にドイツ
同管理会社が発行する債券の購入と中国人民銀行
銀行と資産の証券化について下請け契約に合意
への同銀行による債務の削減(四大国有独資銀行
し、不良債権処理の新しい動きとして注目を集め
のバランスシートの資産側では1.4兆元の不良債
ている。同管理公司は早急な現金の回収を計るた
権額の減少と8500億元の資産管理会社が発行する
め、25億元相当の20案件の不良債権を証券化し、
債券の増加、負債側では5500億元の中国人民銀行
この資産の回収をドイツ銀行に委託し、同銀行は
への負債の減少)を伴ったことから、ハイパワー
3∼5年かけて資産の回収を予定している。
ド・マネーの増加はみられなかった。
この1.4兆元のなかで、資産管理会社は比較的
86
(3)行内に残された不良債権処理
業績の良い580社の国有企業による4050億元相当
中国人民銀行の戴相龍総裁(当時)は2002年3
の不良債権を株式と交換する債務・株式交換を実
月24日に開催された「中国発展トップフォーラム」
施した。この交換により、これらの企業の負債・
2002年年次総会において、国有独資銀行の不良債
開発金融研究所報
権について、「数万人を動員した厳正な調査、各
ン・アプローチを採用することなく、参入・金利
銀行のトップ更迭、1994年からの継続管理を背景
規制と外資導入に関する部分的緩和を中心とする
に算出されているため、2001年末の不良債権比率
グラジュアリズム・アプローチを採用してきた。
が25.4%という数字に間違いはない」と主張した。
こうしたアプローチはビッグ・バン・アプローチ
また、不良債権問題解決へのタイムテーブルも発
に比べると、調整期間が多時点にわたることで調
表し、抜本的改革と政府指導により、遅くとも5
整にかかる経済的負担が比較的小さくて済み、政
年で長年の潜在的欠損を処理し、貸出の質を高め
治的な支持も受けやすいが、効率的な資源配分の
るとともに期限を迎えた資産の回収と清算を進め
実現に時間がかかり、調整費用がかえって高くつ
る予定を示した。これにより、不良債権比率を毎
いてしまう可能性がある。本章ではBankscopeデ
年3ポイントずつ下降させ、2005年までに15%ほ
ータベースから得られた銀行総資産の8割をカバ
どへ引き下げる方針を明らかにしている。
ーする主要銀行の財務諸表をもとに銀行セクター
こうした政府による公表データに対して、市場
の特徴ならびに健全性について分析を進めなが
は懐疑的で厳しい評価を下している。ムーディー
ら、改革の成果について検討する(詳細について
ズ・インベスターズ・サービスは、不良債権比率
はShirai (2002a)を参照)
。
は45%にも達すると推計している。さらに、2003
年1月末にはゴールドマン・サックスは「中国は
3.1. 低下する金融仲介機能
弱体化している国有銀行をただちに救済すべきで
あり、それには24兆元か、それ以上の資金が必要
資産の主要項目(貸出残高、国債保有残高、準
である」と報告している。さらには、「外資を誘
備預金残高)の推移をみると、まず資産に占める
致するためには、中国の国有独資銀行は、再度、
貸出残高の割合が減少していることが分かる(図
公的資金を投入し、バランスシートを改善しなけ
表1を参照)
。四大国有独資銀行は同比率を1994年
ればならない。これらの銀行の不良債権比率を
から1998年の期間において増やしてきており、
10%以下に引き下げ、自己資本比率を3∼4%の
1998年には64%に達したが、それ以来低下傾向を
水準に維持する必要がある。これらの銀行の不良
示しており、2000年には57%まで引き下げている。
債権を額面の40%から50%という極めて楽観的な
その他の商業銀行は、1994年の52%を除くと45%
価格で再販できると仮定するならば、救済費用は
程度で推移していることから、貸出を控える行為
少なくとも8000億元は必要である。しかし、不良
は四大国有独資銀行を中心にしてみられる現象で
債権比率が(政府の公表する25.4%ではなく)
あると言える。
40%とし、その回収率は25%というより現実的な
つぎに、大半が国債である証券投資を資産で割
数値を用いるならば、必要な公的資金は24兆元、
った比率に注目すると、1997年に国債を用いたイ
GDP比にして20∼30%以上にも達するであろう」
ンターバンク・リポ市場が設立されて以来、全て
と指摘している。また、モルガン・スタンレーは
の銀行が国債保有額を増やしているが、その他の
「中国の不良債権問題は5年以内に金融危機を引き
商業銀行による国債保有率の方が四大商業銀行に
起こすであろう。中国の金融セクター問題が解決
くらべて常に6∼7ポイント高い。これは、前者
できる見込みは、政府が資本に対するコントロー
が支店網を形成して企業や消費者へのリテール融
ルを緩和しない限りありえない」と断言している。
資業務を展開するよりも、安全で流動的な資産で
ある国債への嗜好が強いことを反映していると思
第3章 銀行セクターのパフォー
マンスの分析
われる。しかし、国債保有が増加する傾向がこの
まま持続すると借り手企業の信用調査やプロジェ
クト案件の審査などに必要な技術や経験を蓄積す
中国政府は一連の金融改革について国有独資銀
ることが難しくなり、銀行は融資業務に関わる規
行の民営化、参入・金利規制の撤廃、外資の大幅
模の経済性を実現することができず、長期的にみ
な導入といった改革を一度に実施するビッグ・バ
て金融仲介機能が高まらない可能性がある。
2003年3月 第15号
87
また、その他の商業銀行は四大国有独資銀行と
図表1は、四大国有独資銀行のROAとROEはそ
比べてより多くの流動的資産を保有していること
れぞれ0.2%以下、4.5%以下ときわめて低い水準に
が分かる。流動性比率を中国人民銀行へ預ける準
位置していることを示している。四大国有独資銀
備預金を預金残高で割った比率と定義すると、四
行のなかでも中国建設銀行のROAとROEはとも
大国有独資銀行が最近では10%程度を維持してい
に1999年からそれぞれ急速に改善(ROAについ
るのに対して、その他の商業銀行は常に20%程度
ては1998年の0.05%から2000年には0.3%強、ROE
を確保している。このような現象は、中国人民銀
については1998年の1.5%から2000年には7%)を
行が法定預金準備比率を1993年の(超過預金準備
みせており、中国農業銀行のROAとROEがそれ
比率を含む)20%から1998年には8%へ、1999年
ぞれ0%前後ともっとも低い水準を維持している
には6%まで引き下げたにもかかわらず発生して
のと対照的である。それ以外の商業銀行は依然と
いる。つまり、銀行は法定預金準備を上回る資金
して四大国有独資銀行と比べてROA、ROEとも
を中国人民銀行に超過預金として預けていること
に上回っているものの、近年悪化する傾向にある。
になる。この原因として、中国人民銀行によって
悪化の背景には、新しい銀行の設立とともに人件
超過分を含む準備預金への金利の支払いが行われ
費が上昇していることがあり、人件費が全支出に
ていること、決済を円滑に実施するためにクッシ
占める割合は1997年には3.2%であったのが、1998
ョンをおく必要があること、満期上のミスマッチ
年には12%、1999年には13%、2000年には8%に
を緩和すべく流動的資産への嗜好が強いこと、プ
まで上昇している。
ルデンシャル規制の強化のもとで融資に慎重にな
っていることなどが指摘できる。
つぎに、収益を金利収益と手数料収益とに分類
する。まず、金利収入から金利支払いを差し引い
以上から、新規に設立された銀行は、四大国有
た差額を総資産で割ったマージン比率を用いる
独資銀行に比べて融資活動に消極的で、国債保有
と、四大国有独資銀行の比率は常にそれ以外の商
や中国人民銀行への準備預金を増やす傾向がある
業銀行の比率を下回っている。このことは、四大
ことが明らかになった。こうした銀行の金融仲介
国有独資銀行に比べてそれ以外の商業銀行の商業
機能を高めるためには、借り手企業のリスクに応
意識が相対的に高く収益やリスクに敏感であるこ
じた貸出金利設定ができるように金利規制を撤廃
とから、認定されている範囲内で貸出金利を高い
することが必要である。また、金利規制の撤廃と
水準に設定しているか、あるいは金利利払いの延
ともに、貸出金利と預金金利のスプレッドが縮小
滞が少ないことによるものと考えられる。しかし、
し、銀行が従来の預金受け入れ・融資業務から十
最近では、マージン比率はどちらの銀行とも低下
分な収益が得られなくなる可能性がある。そのた
傾向にあり、銀行の融資活動の低迷による金利収
め、銀行の業務範囲の拡大を検討していく必要が
入の減少が反映していると思われる。
ある。
そして、非金利関連の収益として、外貨取引、
送金、国債取引などによる手数料収入とそのほか
3.2. 改善しない収益率
の業務収入からそれらの支出を差し引いた差額を
総資産で割った比率(純手数料収入・総資産比率)
第2章で展望した一連の銀行改革を実施したこ
を用いると、一貫してその他の商業銀行の収益率
とで、四大国有独資銀行の収益率はどのように推
が四大国有独資銀行の比率を上回っており、前者
移しているのだろうか。そこで、企業収益を表す
の方が業務の多様化に努めていると言える。
代表的な指標として、本稿では企業資産がどれだ
け利益を生み出したかを測る総資産収益率(税引
き後利益を総資産で割った比率;
ROA)と株主
3.3. 低い費用効率性、不十分な自己資本、
高いレバレッジ、低い財務格付け
資本(資本金と剰余金の合計)がどれだけ利益を
生み出したかを測る株主資本収益率(税引き後利
益を自己資本で割った比率;
88
開発金融研究所報
ROE)を用いる。
営業支出を営業所得で割った比率を「費用効率
性」と定義すると、この指標が低いほど銀行の効
図表1
銀行のパフォーマンスに関する代表的な指標
(%)
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
四大国有銀行
47.3
51.5
56.7
62.4
63.5
59.6
56.7
その他の商業銀行
52.2
47.8
45.3
43.9
45.0
44.8
45.5
貸出残高・総資産比率
証券投資・総資産比率
四大国有銀行
2.9
3.3
3.7
3.4
8.4
7.9
10.9
10.4
8.9
14.5
9.1
15.7
15.7
17.1
四大国有銀行
11.3
25.3
23.9
17.6
12.9
11.6
10.1
その他の商業銀行
24.2
20.0
21.8
25.2
19.5
21.9
22.5
四大国有銀行
0.1
0.2
0.2
0.1
0.1
0.1
0.2
その他の商業銀行
1.8
1.7
1.6
1.4
1.2
0.8
0.6
その他の商業銀行
流動性比率
総資産収益率 (ROA)
株主資本収益率 (ROE)
四大国有銀行
その他の商業銀行
1.8
4.5
4.4
2.6
1.2
2.2
3.1
20.5
25.3
24.8
21.1
15.7
11.1
11.3
人件費・総支出比率
四大国有銀行
-
-
-
5.4
5.7
8.6
11.2
その他の商業銀行
-
-
1.2
3.2
12.0
12.9
8.1
純金利収入・総資産比率(マージン比率)
四大国有銀行
3.1
1.7
1.9
2.2
2.3
1.9
1.8
その他の商業銀行
2.5
3.4
3.3
3.4
3.1
2.3
2.2
純手数料収入・資産比率
四大国有銀行
1.5
0.1
0.1
-0.2
-0.2
-0.1
0.0
その他の商業銀行
1.9
0.6
0.6
0.5
0.2
0.3
0.3
四大国有銀行
85.9
70.2
69.3
67.5
79.9
78.7
77.0
その他の商業銀行
45.1
43.8
59.9
49.9
56.9
63.6
66.1
営業支出・営業収入比率(費用効率性)
株主資本・総資産比率
四大国有銀行
3.5
3.3
3.0
3.2
5.8
5.4
5.3
その他の商業銀行
8.8
6.4
8.2
6.8
9.5
8.7
5.3
四大国有銀行
3.6
3.4
3.1
3.3
6.2
5.7
5.6
その他の商業銀行
9.8
6.9
9.2
7.4
13.5
12.9
5.6
株主資本・負債比率
貸倒引当金・貸出残高比率
四大国有銀行
0.5
1.1
0.9
0.7
0.8
1.2
1.0
その他の商業銀行
0.6
0.7
0.9
1.3
1.6
1.7
1.4
出所)Bankscope, Fitch IBCAから入手したデータをもとに筆者が作成。
率性が高いことになる。この指標によると、その
除けばその他の商業銀行の方が四大国有独資銀行
他の商業銀行の費用効率性は四大国有独資銀行の
よりも株主資本が相対的に大きいことが分かる。
費用効率性を一貫して上回っていることが分か
四大国有独資銀行の株主資本・総資産比率は1994
る。しかし、その他の銀行の費用効率性は1998∼
年の3.5%から2000年には5.3%に上昇したものの、
2000年にかけて悪化しており、四大国有独資銀行
多額の不良債権を抱えている現状では十分な自己
の費用効率性がほぼ一定水準を保っていることか
資本があるとはいえない。一方、その他の商業銀
ら、両者の乖離が縮小している。
行は2000年を除けば6%を上回っている。株主資
そして、自己資本の大きさをみるために株主資
本を負債で割った比率(レバレッジの逆数)につ
本が総資産に占める割合を算出すると、2002年を
いても、同様に、その他の商業銀行のレバレッジ
2003年3月 第15号
89
が(2000年を除けば)四大国有独資銀行のレバレ
る。
ッジを下回っていること、したがって、それだけ
相対的に健全性が高いことを示している。
3.4. 深刻化する不良債権問題
つぎに、ムーディーズの財務格付けを用いる。
これは、銀行の基礎指標、フランチャイズ・バリ
前節で示したように、四大国有独資銀行は資産
ュー(預金者に多大な影響が生じるのみならず、
管理会社を設立して不良債権の一部をオフ・バラ
決済機能を含む金融機関の営業体としての価値)
、
ンス化したが、依然として多額の不良債権が残さ
業務・資産の多様化などをもとに「銀行が株主、
れている。政府の公表データによると、2001年9
グループ企業、公的機関から救済を受ける必要が
月現在で不良債権額は18兆元、およそ26.6%にも
あるのか」を判断する格付けである。AからEま
達している。2001年末には不良債権比率は25.4%
であり、Eは外部からの救済が必要とされる可能
と若干減少しているものの、国際基準にあった不
性が高い銀行とみなされている。図表2によると、
良債権分類を適用すれば、四大国有独資銀行すべ
ほとんどの銀行の格付けは改善しているものの、
てが債務超過に陥るとの見方が大勢を占めてい
DからEの範囲内での格付けとなっており、きわ
る。
めて低い評価を受けていることが分かる。また、
全体として四大国有独資銀行の格付けの方がその
(1)改善しない不良債権問題
他の商業銀行のそれを下回っている。このような
不良債権問題がなかなか改善しないのは、融資
脆弱な財務状態にもかかわらず、「中央政府によ
の四分の三を占める主要な借り手である国有企業
る完全所有により潰れない」という安心感と多様
の業績が悪化する傾向にあるからである。1990年
な金融資産が存在していないという現状を反映し
代に中国全体が高い経済成長を持続しているなか
て四大国有独資銀行への預金が増加しており、こ
で国有企業の多くが利益の大幅な減少を経験し、
れらの銀行は高い流動性を維持しているのであ
四大国有独資銀行の資産の不良債権化に寄与し
た。また、付加価値の寄与率が低下し、設備稼働
図表2
率が6割を下回っている国有企業に多額の資金が
ムーディーズの財務格付け
優先的に配分されたことで、付加価値の寄与率が
現行の格付け 以前の格付け
変更日
四大国有銀行
1999年1月
いう問題も発生した。新しい企業がつぎつぎと設
中国農業銀行
E
E+
中国銀行
D-
E+
2002年3月
立され競争が激化するなかで、国有企業は新しい
中国建設銀行
E+
E
2002年3月
生産技術を導入して効率性と競争力を高めること
中国工商銀行
E+
E
2002年3月
ができず、多額の負債を抱えることになった。
交通銀行
D
D+
1999年1月
中南銀行
D
-
1996年8月
外のさまざまな社会的サービスを提供しており、
光大銀行
D-
E+
2002年3月
利益が低下するなかでその負担が重くなってい
招商銀行
D-
E+
2002年3月
る。また、退職後も従業員に給与を払いつづける
国華銀行
D
-
1996年8月
中信実業銀行
D
-
1997年1月
ような財務管理上の問題も少なくない。さらに、
廣東発展銀行
E+
E
2002年10月
その他の商業銀行
また、国有企業の多くが従業員に対して給与以
国有企業の所有者や経営責任が不明確なことが企
金城銀行
D
-
1996年8月
業経営を悪化させている。政府は、比較的優良な
廣東省銀行
D
-
1996年8月
一部の国有企業を株式会社化して証券取引所に上
浙江興業銀行
D
-
1996年8月
場させて経営改善を目指しているが、第4章でみ
上海浦東発展銀行
D-
E+
2002年3月
深 発展銀行
E+
E
2002年3月
新華銀行
D
-
1996年8月
は経営規律の改善に寄与していない。多くの国有
鹽業銀行
D
-
1996年8月
企業が上場後も商業的志向で経営を改善すること
出所)Bankscope, Fitch IBCA.
90
上昇している新興企業へ十分な資金が回らないと
開発金融研究所報
るようにほとんどの上場企業では外部株主の存在
ができないのが現状である。
(2)不十分な貸倒引当金
貸倒引当金が全貸出残高に占める割合は、図表
1に示されているように、1%前後と四大国有独
資銀行とその他の商業銀行ともに低い水準にある
が、最近では若干増加する傾向がみられる。2000
∼2001年ともに西ヨーロッパの銀行の引当金比率
が3.5%、日本の銀行の引当金比率が2∼3%、比
較的健全性が高い米国の銀行でも約2%であるの
と比較すると、中国の銀行の引当金比率は国際的
にみてきわめて低い水準にあると言える。このよ
うに不良債権問題が先進国(日本の不良債権比率
図表3
(単位:%)
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
1994
は2002年3月現在の大手銀行で8%強、2002年現
1995
1996
1997
全国銀行
在の米国の銀行で1.5%、2001年現在の西ヨーロッ
パで4.6%)よりもはるかに深刻であるにもかかわ
総資産収益率
1998
都市銀行
1999
2000
上場銀行
出所)Bankscope, Fitch IBCAから入手したデータをもとに筆者が作成。
らず引当金比率が極めて低いのは、全貸出残高の
僅か1%の引当金の維持が義務付けられているか
資パートナーに迎え、さらに管理権を与えるとい
らである。また、一貫してその他の商業銀行の引
う大胆な経営戦略を採用し、業務改善に着手して
当金比率が四大国有独資銀行の引当金比率を上回
いる。
っている。
3.5.株式市場を通じた銀行経営改善の欠如
第4章 上場企業のパフォーマンス
の分析
現時点で上場している銀行はその他の商業銀行
本章では1992∼2000年に国内証券取引所に上場
に属しており、わずか5行(深 発展銀行は1991
した企業1098社の(中国人民銀行から直接入手し
年上場、上海浦東発展銀行は1999年に上場、華夏
た)財務データをもとに、株式市場の動向を概観
銀行と民生銀行は2000年に上場、2002年には招商
する。そのうえで、上場企業のパフォーマンスに
銀行)にとどまっている。すでに多くの銀行が株
ついて分析を行う(詳細についてはShirai
式会社化しており、中国人民銀行は合併、外資の
(2002b)を参照)
。
導入、取締役会による経営者の監視の強化、外部
取締役制度の導入などを通して銀行経営を改善さ
4.1. 株式市場の概観
せることを検討している。
しかし、図表3によると、招商銀行を除く4行
中国に証券取引所が設立されて以来、株式時価
の上場銀行の総資産収益率はその他の商業銀行の
総額のGDPに占める比率は1992年には僅か4%で
平均を上回っているわけではない。いま、その他
あったのが、2000年には54%にまで達している。
の商業銀行を全国に支店を展開する全国銀行と都
国内上場企業数については、1992年の53社から
市を中心に業務展開する城市銀行に分類し、これ
2002年6月現在では1178社へと増加している。
らを上場銀行と比較すると、城市銀行の収益率が
こうして急速に成長している株式市場ではある
上回っていることが分かる。このことは、上場銀
が、さらに検討を加えると中国特有ないくつかの
行の選択が必ずしも利益率などの客観的な基準に
特徴が明らかとなる。第一の特徴は、中国株の約
よって行われていないことを示している。また、
6割に相当する株式が(中央・地方政府、および
利益率は上場後に必ずしも改善する傾向を示して
国務院や政府に任命された部局によって保有され
いない。このような状況で深 発展銀行は2002年
る)「国家株」と(上場企業の発起人である母体
に米国のニューブリッジ・キャピタルを戦略的投
国有企業が保有する)「国有法人株」を合計した
2003年3月 第15号
91
「非流通株(国有株)」から構成されていることであ
任を負っているわけでなく、業績が改善しても利
る。株式市場の規模を測定する場合には、非流通
益の分け前を得られるわけではないので、企業の
株を除いた株式時価総額も用いる必要がある。流
業績を改善する動機は低い。一方、国有企業が経
通株は、国内投資家向けの(人民元建ての)A株、
営困難あるいは破綻する場合に、最終的な損失は
ならびに外貨建てで外国投資家向けに国内で発行
税金の増加という間接的な形態をとるため、国民
されるB株と香港で発行されるH株などから構成
が経営者を監視する動機も低いと言える。
されている。A株は一般株、従業員株、株主割当
第三の特徴として、中国政府は、全国社会保障
発行株などから構成される。一般株は、一般投資
基金の財源捻出のために非流通株の売却を意図し
家や機関投資家の保有する株式である。従業員株
ているが、売却が株価暴落を誘発して一般投資家
は職員の士気を高めるために上場企業の従業員や
が損失を蒙り反発することを恐れて、売却を断行
経営者に与えられる株式であり、通常は6ヶ月か
できないことである。政府は、2001年6月14日に
ら1年の保有期間を経て証券取引所で売却できる。
「非流通株放出による社会保障基金管理臨時方法」
流通株の時価総額の対GDP比は1993年の3%から
を発表し、国が株式を保有する企業(国外の上場
2000年には僅か18%へと増加したに過ぎない(図
企業を含む)は、株式の新規公開あるいは増発を
表4)
。
行う際に、追加資金調達額の一割に当たる国家株
第二の特徴は、上場企業の多くが事実上の国有
を売却し、その売却額を全国社会保障基金に納め
企業であることである。上場企業数の9割にあた
ることを義務づけた。この結果、キャピタル・ロ
る企業において、その非流通株が全株式発行残高
スを恐れる投資家による株式の売却が促されA株
に占める割合が40∼80%の水準に集中している。
の株価が30%も下落したので、政府は10月23日に
非流通株の最終的な保有者は政府であることか
この規定の実施を停止した。ところが、政府は再
ら、たとえ一般株主が集団的に投票権を行使した
び12月17日に「非流通株放出は中国政府にとって
としても経営に影響を及ぼすほどの投票率に達す
社会保障を充実させるための重要な資金源で、こ
るのは困難なので、多くの上場企業にとって企業
れを停止するわけにはいかない」という方針を示
の統治方法が株式の上場によって本質的に変わる
した。しかし、高まる一般投資家の憂慮に応える
とは考えにくい。さらに、政府の株式保有比率が
ために、政府は、結局、2002年6月23日に国内上
高い場合には、「だれが企業の経営者を監視する
場企業の非流通株放出に関する規定方案の停止を
のか」という古典的な問題に直面することになる
決定し、これにより非流通株の市場流通が凍結し、
(Chang 2002)
。すなわち、国有企業の最終的な所
それによる社会保障基金調達計画は変更が迫られ
有権は国民に属し、国家は国民を代表して企業を
ることになった。この発表を受けて翌日の両証券
経営する。しかし、経営者は経営の失敗による責
取引所では10%の値上げ幅を記録した。その後、
政府は、非流通株放出は重要な改革であり、その
図表4 株式時価総額、社債発行残高、銀行融
(単位:%)
資残高の対GDP比
入れられる方案を検討している。
一方、中国には現在54のクローズド・エンド型
60
140
50
120
投資信託と17のオープン・エンド型投資信託があ
40
100
るが、株価の低迷により、現在ではほとんどが損
80
失を出している。ベンチマークの上海総合物価指
60
数は2002年末には心理的境界の1400ポイントを下
40
回った。これに加え、2000年末にファンド・マネ
10
20
ージャーによる市場操作が雑誌で暴露されたこと
60
0
30
20
1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
全株式
流通株
社債
銀行融資(右目盛り)
出所)中国人民銀行から入手したデータをもとに筆者が作成。
92
方向性は正しいと強調し、現在は、広範囲に受け
開発金融研究所報
を契機に中国証券監督管理委員会が規制の強化に
乗り出してからは、投資信託の経済活動は低迷し
ている。
こうした状況を背景にして、価格対策の一貫と
受け取られ、安価なB株への需要が増加して、株
して、中国証券監督管理委員会と中国人民銀行は
価の価格差はこれまでの5倍以上から2倍ほどま
QFII(指定国外機関投資家)の認可について検
でに縮小している。前述しているようにA株の株
討を重ね、2002年11月7日には、「合格境外機構
価は現在では低迷しているが、依然として過大評
投資者境内証券投資管理暫行辧法」、いわゆる
価の傾向にあるとの意見が大勢を占めている。
QFII施行方案を発表した。同方案は2002年12月1
第五の特徴は、上場企業は上海・深 両証券取
日から正式に施行され、外資の本格的な中国証券
引所に同時に上場することはできないが、同取引
市場への進出が開始することになった。これによ
所のA株とB株の両方あるいはそのどちらかを発
り、1年以上にわたり株価の低迷に直面していた
行することが認められている。また国内取引所と
中国証券市場で株式投資需要が高まり、再び活性
外国証券取引所の両方あるいはいずれかに上場す
化する可能性が高まっている。しかし、外資系金
ることもできる。したがって、国内上場企業はA
融機関が単体で投資できる限度は上場企業の持ち
株のみを発行する企業、A株とB株を両方発行す
株比率の10%以下、条件に合致した外資系金融機
る企業、B株のみを発行する企業、A株とH株
関全体で単体の上場会社に投資できる限度は同じ
(中国で登録を行い、中国証券監督委員会の認定
く20%と制限されることになっている。したがっ
を受けて香港取引所に上場している企業の株式)
て、上場企業の9割が政府や国有企業が筆頭株主
の両方を発行する企業とに区分できる(H株のみ
である現状を考慮すると、外資系金融機関が筆頭
を発行している企業は含まれない)。また上海証
株主となるのは難しく、企業統治の改善はそれだ
券取引所と深 証券取引所に上場する企業の割合
け限定的となると予想される。2003年1月末現在、
はほぼ半数ずつである。
7機関のQFIIがA株に投資する予定規模について
一般的に、透明度が高い企業統治制度を採用し
の計画を中国人民銀行に申請している。この
ていると定評のある香港で発行されるH株は格が
QFIIの預託銀行として、中国人民銀行は現時点
高いと投資家に認識されているが、上場企業の9
で四大国有独資銀行、民生銀行、交通銀行などの
割以上がA株のみの発行企業である。A株が圧倒
地場銀行とスタンダード・チャータード・バン
的に多いのは、一般投資家が購入する普通株であ
ク、HSBC、シティ・バンクなどの外資系銀行の
るという理由以外に、最近まで各種の株式発行量
9行を預託銀行として認可している。
について割当が適用されたことがあげられる。さ
第四の特徴は、企業によっては、投票権や配当
らに、B株の発行には外国投資家の信認を高める
割当について同等な株主権利が付与されている株
ために、比較的厳格な会計基準が適用され、国有
式を国内投資家と海外投資家向けにそれぞれ(人
企業が株式化する過程で国際的に知名度の高い監
民元建ての)A株と(上海証券取引所はドル建て、
査法人が採用されることが多く、かつ配当を外貨
深 証券取引所は香港ドル建ての)B株として発
で支払わなければならないために外貨収入が必要
行しているが、これらの株式の間で一物一価が成
である。こうした相違が比較的発行条件の緩やか
立していないことである。中国では一般投資家の
なA株に集中する原因となっている。
数が急増(株主口座数は1992年の220万口から2000
また、A株の上場時期は1996∼1997年に集中し
年には5800万口に拡大)し、A株への需要が高く、
ており、この時期の時価総額の増加に寄与した。
A株はB株をはるかに上回る価格で取引が行われ
それに対してB株上場のタイミングは上場が認可
ている。そのため、いずれA株市場とB株市場が
された1992∼1994年に集中し、1990年代後半には
統合されると見込んだ国内投資家がB株を不正に
活発な上場が行われていない。
購入する投機行為を助長した。ただし、こうした
第六に、上場企業を産業別で分類すると石油化
違法行為は、政府が2001年2月19日に外貨口座を
学、エネルギー、原料などの保護産業が多く、全
保有する国内投資家を対象にB株市場を開放した
体の4割に達している(図表5)。こうした産業
ことで、現在では減少している。また、この政策
は寡占的で、企業は国務院の直接の管理下で運営
は両市場の将来的な統合を意図したものと市場に
されていることが多い。また、上場企業の選抜に
2003年3月 第15号
93
図表5
産業別上場企業の分布状況(2000年)
A株
発行企業
A・B株
発行企業
A・H株
発行企業
B株
発行企業
保護産業
381
18
14
15
石油化学
53
3
2
0
公益産業
65
5
1
3
原料
138
4
5
4
その他の産業
595
53
15
8
13
2
0
0
農業
自動車、オートバイ、飛行機
51
6
1
2
複合企業
44
2
2
0
消費財
101
12
2
0
商業
128
7
2
2
73
10
3
2
電気製品
金融
7
0
0
0
ガラス、ガラス製品
5
2
1
0
ハイテク関連
15
0
0
0
情報関連
17
0
1
0
機械類
58
1
4
5
0
医療機器
4
0
0
医薬品
46
1
1
0
不動産、土地開発
61
8
1
0
通信
12
0
1
1
繊維、衣類
67
5
2
3
輸送
18
2
0
0
0
1
0
1
その他
出所)中国人民銀行から入手したデータをもとにAharony, Lee and Wong(2000)の分類を参考にして筆者が分類。
おいてこうした企業が選択される傾向がある
過去3年間にわたって連続して利益をあげている
(Aharony, Lee and Wong 2000)
。上場を希望す
ことと規定されている。上場企業はこれらの上場
る国有企業の数が上場認可数を大きく上回ってい
資格を充たさなければならないことから、元来、
る現状では、上場企業の選抜に政治的圧力やロビ
相対的に優良な大企業であることが多い。企業の
ー活動が影響を及ぼすことがあり、必ずしも最も
資産規模は上海証券取引所の上場企業で平均して
優良な企業が選ばれているとは限らない。また、
20億元、深 証券取引所の上場企業で平均して16
こうした企業の最高経営責任者は現職に就く以前
億元である。上場企業の中には、国有企業の内部
には政府内で重要な役職に就いていた人物である
組織の優良資産のみを切り離して株式会社化し、
場合が多く、上場企業の選抜において政治的なコ
国有企業はその親会社として存続する分社型がみ
ネクションを行使することがある。これに対して
られる(中屋 2001)。この場合には、分社化し
保護産業に属さない企業では中央政府から直接支
た上場企業の収益は、分社化前の国有企業の収益
援を受けることが少なく、また国内市場でも厳し
と比べて高くなるはずである。
い競争にさらされていることが多いうえに、上場
申請に際して優遇されている事例は少ない。
そこで、上場企業の業績の推移を分析するため
に、総資産収益率(ROA)と株主資本収益率(ROE)
を用いる。図表6は、二つの指標とも1994年をピ
4.2. 上場企業の利益率の推移
ークとして収益率が著しく低下していることを示
している。実質GDPの増加率は1992年の14%から
1993年に制定された会社法の第152条によると、
94
2000年には8%まで低下していることから、景気
上場企業は資本金が最低5千万元に達しているこ
後退が収益率の低迷の一因であると考えられる。
と、少なくとも3年間は営業を継続していること、
また、企業数が増えて競争が激化していることも
開発金融研究所報
図表6 上場企業の総資産収益率と株主資本収
(単位:%)
益率
12
25
10
20
8
15
6
10
4
5
2
0
1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
総資産収益率(左目盛り)
0
図表7 上場企業の非流通株比率と総資産収益率
(単位:%)
総
資
産
収
益
率
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
0-20 20-30 30-40 40-50 50-60 60-70 70-80 80-90 90-100
非流通株比率
株主資本収益率(右目盛り)
出所)中国人民銀行から入手したデータをもとに筆者が作成。
出所)中国人民銀行から入手したデータをもとに筆者が作成。
収益率を低下させる原因となっている。
律を高めることができる。しかしこうした上場企
つぎに、収益率が株式の所有形態とどのような
関係にあるのか検討する。中国では国有企業が上
場する目的のひとつに業績の改善がある。会社法
業は現時点でわずか26社に過ぎず、例外的な存在
である。
非流通株比率がこの中間に存在する場合には、
の第112条では取締役会の役割の一つを経営者の
政府による監視機能が低下し、経営者が資産や利
任命と監督と位置づけているが、取締役会は筆頭
益を略奪する行為がみられる。この違法行為は
株主、共産党の役職にあった人物、退職官僚など
1990年代初期には毎年500億元から千億元に達し
から構成され、筆頭株主が経営者を推薦すること
ていたが、国有企業の組織再編成によって国有企
が多い(Tian 2002)
。したがって、非流通株が資
業の経営者を監視するのが困難になるにつれ、さ
本金に占める割合が低下するほど、外国投資家を
らに増加している(Ding 1999)
。とりわけ、分社
含む一般投資家が株式を保有する割合が高まり、
型の株式化をして書類上は独立企業となっても、
外部投資家への情報開示や説明責任が問われ、業
母体国有企業の幹部が経営者を兼任し、安価な投
績改善が促されると予想される。すなわち、非流
入財の仕入先、あるいは製品の販売先として母体
通株比率と収益率は負の関係にあると考えられ
国有企業との不透明な関係が継続している場合
る。そこで、2000年について横軸に非流通株比率
に、このような問題が起きやすい。あるいは、国
を、縦軸に総資産収益率をとってみることにする。
有企業が組織の再編成をして製造事業会社を設立
図表7は、予想に反して、V字型曲線に近い関係
し、販売事業会社と輸送事業会社を子会社として
を示している。つまり、一方で政府や母体国有企
分離しても、製造事業会社は販売事業会社から市
業が筆頭株主として株式を多く保有するほど収益
場価格に15∼20%上乗せした価格で設備投資を購
率が改善し、他方で一般株主が保有する株式が増
入し、分離した子会社に移った従業員の給与を払
えるほど収益率が改善している。
い続ける事例が指摘されている。また、経営者が
V字型曲線の存在は、次のように説明すること
個人企業を香港やマカオに設立し、国有企業の資
ができる。まず、非流通株のなかでも国家株比率
産を移転する事例もある。このように外部株主で
が高い水準にあるときには、政府による監視が容
ある一般投資家と経営者との間に利害相反が発生
易になり、業績改善の効果が見込める。また、保
しても、少数株主の一般投資家によって経営者の
護産業に属する企業が多いので、市場は寡占状態
規律を高めることは難しい。また、母体国有企業
にあり高い利益が得られる。他方、非流通株比率
などの内部株主や経営者との間で癒着が進み、業
が40∼50%を下回る場合には株主と経営者の間の
績がむしろ悪化することがある。さらに、非流通
利害相反問題が深刻化する反面、一般投資家によ
株比率がこの水準にあると企業買収も困難で、経
る集団的な監視が相対的に容易になるため経営規
営者の経営改善意欲は高まらない。こうした問題
2003年3月 第15号
95
は、国有企業の非流通株とくに国家株比率を引き
下げて民営化を推し進めたとしても、それだけで
4.3.
収益率と企業の特徴についての実証
分析
企業統治が改善するわけではないことを示してい
ここでは、企業収益率の決定要因を分析するた
る。
最後に、A株のみの発行企業とそれ以外の企業
めに実証分析を実施する。従属変数は総資産収益
(A・B株あるいはA・H株の発行企業、ならびに
率(ROA)を用いる。重要な説明変数として、非
B株のみの発行企業)の間で、総資産収益率につ
流通株比率を用いる。分析ではV字型曲線の存在
いて格差がみられるのかを検討する。前述してい
を確認するために2種類の方法を採用した。一つ
るように、外国投資家への株式発行は相対的に厳
の方法は、非流通株比率を0∼20%(STATE20)
、
しい条件が課せられ、幅広い資産選択が可能な海
21∼40%(STATE40)、41∼60%(STATE60)、
外投資家には良好な業績を示す必要があるので、
61∼80%(STATE80)
、81∼100%(STATE100)
外国投資家向けに株式を発行している企業の収益
の5つのダミー変数に分け、STATE100を切片と
率の方が高いと予想される。図表8は、この予想
して除去して回帰分析を行う。そして、
(81∼100%
に反して、A株のみの発行企業の収益率がそれ以
水準と比べた)それぞれの係数の大きさから、総
外の企業の収益率をともに上回っていることを示
資産収益率と非流通株比率の関係を導くことがで
している。こうした結果が得られる理由として、
きる。もし、ダミー変数の係数の値がSTATE60
上場企業の多くがA株のみの発行に偏っているこ
で一番小さく、STATE40やSTATE80がその次に
とから、優良企業がA株のみを発行する企業に集
小さい値であるならば、V字型曲線の存在が実証
中していることにあると考えられる。また、A株
されることになる。もう一つの方法は、上場企業
のみの発行企業の方が、B株やH株の発行企業に
を非流通株比率が50%を下回る企業と上回る企業
比べて緩やかな会計・監査基準が適用される傾向
の二つに分け、それぞれのグループについて非流
があるので、粉飾決算が行われやすいと考えられ
通株比率(STATE)を説明変数として回帰分析
る。つまり、経営者が株式発行価格を引き上げて
を実施する。前者についてSTATEの符号が負、
資金調達費用を低下させるために、会計上の利益
後者についてSTATEの符号が正となれば、V字
率を高めることがある。さらに、B株やH株の発
型曲線の存在が実証されることになる。
行企業の業績が下回っているのは、それだけ外国
その他の企業のさまざまな特徴を表す説明変数
投資家による企業監視能力が限定的であることを
として、保護産業ダミー変数(PROTECTED:当
示している。
該企業が保護産業に属する場合には1、それ以外
は0)を用い、当該企業が保護産業に属する場合
図表8 A株のみの発行企業とそれ以外の企業の総
(単位:%)
資産収益率
には1、それ以外は0とした。企業のリスクの程
12
年間の総資産収益率データを用いて算出した分散
10
(VARIANCE)、もう一つは長期負債・株主資本
8
比率(LEVERAGE)を用いる。企業設立年数に
6
ついてはAGE(設立あるいは株式会社化した年
4
数から2000を差し引いた数値)を用い、この変数
が大きくなるほど当該企業は設立年数が経過した
2
0
度を表す説明変数として、一つは当該年と過去2
企業ということになる。さらに、上海証券取引所
1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
A株のみ発行の企業
それ以外の企業
出所)中国人民銀行から入手したデータをもとに筆者が作成。
ダミー変数(SHANGHAI:当該企業が同取引所に
上場する場合は1、深 取引所に上場する場合は
0)、B株ダミー変数(BSHARE:当該企業がA
株・B株の両方またはB株のみ発行する場合には
1、それ以外は0)そしてH株ダミー変数
96
開発金融研究所報
(HSHARE:当該企業がA株・H株の両方を発行す
負の符号を有し、規模が相対的に小さく、設立年
る場合には1、それ以外は0)を用いる。また、
度が新しい企業ほど収益率が高いことが明らかで
企業の資産規模を表す変数としてASSET(総資
ある。第五に、VARIANCEとLEVERAGEの係数
産を自然対数に転換)を採用する。そして、企業
は統計的に有意で負の符号をとり、相対的にリス
の保有する固定資産規模が収益率に影響を及ぼす
クが高い企業ほど収益率が低いという結果が得ら
かどうかを調べるために、CSTOCK(長期資産
れている。第六に時間ダミー変数の係数は1997∼
と長期投資の合計を経常資産で割った比率)を用
2000年については統計的に有意で負の符号を、
いる。また、企業の経済活動の程度を測る代理変
GASSETの係数は統計的に有意で正の符号を有し
数としてGASSET(総資産の変化率)を用いる。さ
ており、図表6で示された企業収益の低迷は景気
らに、景気変動が企業収益に与える効果を識別す
後退と企業活動の停滞が一因であることを明らか
るために、時間ダミー変数(TIME)を用いる。
にした。
これらの変数を用いて、前述した1992∼2000年
の上場企業の財務データを用いて最小二乗法を用
図表9
ROAの 実証分析結果
いた回帰分析を実施する。VARIANCEの測定に
当該年とその二年前のデータが必要なため観察期
説明変数
係数
t-値
C
22.47
TIME95
-0.11
-0.27
性については相関係数行列を用いて検証したとこ
TIME96
-0.05
-0.12
ろ、その存在は棄却された。また、分析にはホワ
TIME97
-1.15***
-2.93
イトの不均一分散を補正した標準誤差を用いた。
TIME98
-2.30***
-5.35
TIME99
-2.74***
-6.13
***
-8.49
間は1994∼2000年となる。説明変数間の多重共線
実証結果は、非流通株比率ダミー変数を用いた場
***
12.21
TIME00
-3.79
合を図表9に、非流通株比率を用いた場合は白井
BSHARE
-1.04***
-3.08
(2002)に示した。Shirai(2002b)では従属変数と
HSHARE
-4.30***
-5.57
して株主資本収益率や一株あたりの収益を用いて
SHANGHAI
分析を行っているが、類似した結果が得られてい
る。主要な実証結果は以下のようにまとめられる。
第一に、図表9はSTATE60の係数が統計的に
0
0.02
AGE
-0.42***
-10.77
VARIANCE
-0.03***
-8.7
LEVERAGE
-0.02***
-5.98
CSTOCK
有意で一番値が小さく、STATE40とSTATE80が
ASSET
統計的に有意で次に小さい値であることから、非
GASSET
0.01***
4.5
-0.72***
-4.29
0.03***
9.58
STATE20
-1.93
STATE40
-2.90***
-5.4
形成し、図表7と一致する結果を示している。ま
STATE60
-4.26***
-11.52
た非流通株比率を用いた分析では、非流通株比率
STATE80
-3.70***
-11.25
が50%を下回る企業についてはSTATEの係数が
PROTECTED
0.82***
3.7
流通株比率が41∼60%の水準でV字型曲線の底を
統計的に有意な負の符号を、50%を上回る企業に
ついては統計的に有意な正の符号を示し、同様に
V字型曲線の存在が確認された。第二に、
PROTECTEDの係数が統計的に有意で正の符号
*
決定係数
0.4
F-統計量
162
観測数
-1.8
4,798
注) ***, **,*はそれぞれ1%, 5%, 10% の有意水準を表す。
を持ち、保護産業に属する企業はそうでない企業
に比べ収益率が高いことが確認された。第三に、
BSHAREとHSHAREの係数がそれぞれ統計的に
4.4.IPO前後の収益率の動向についての
実証分析
有意で負の符号をもつことから、B株やH株を発
行する企業のほうがA株のみ発行する企業よりも
つぎに、企業収益が上場後に改善しているかど
利益率が低く、図表8と一致する結果を得ている。
うか検証するために上場企業をA株発行企業(A
第四に、ASSETとAGEの係数は統計的に有意で
株のみの発行企業、A・B株ともに発行する企業、
2003年3月 第15号
97
図表10
ROAの実証分析結果(IPOを含む)
非流通株比率50% 非流通株比率50%
以下
以上
説明変数
係数
t-値
ついて恣意性が入り込む余地があり、会計上の収
t-値
益率を操作することが可能である(Aharony, Lee
6.56
and Wong 2000)
。第三に、前述したように、国
14.98***
TIME95
-0.79
-1.1
-0.65
-1.42
TIME96
-1.62*
-1.9
0.09
0.2
TIME97
-1.98**
-2.2
-0.47
-1.05
に至るまでは上場資格を充たすために利益を高め
TIME98
-1.79**
-2.11
-1.52***
-3.1
る努力を行い、上場後には母体国有企業は支配的
TIME99
-1.64*
-1.8
-1.95***
-3.88
な筆頭株主となって同企業の利益を横領または採
TIME00
-2.76***
-3.13
-2.89***
-5.81
0.97*
1.86
15.71***
したような利益率など会計上の数値の計算方法に
C
SHANGHAI
2.59
係数
基準に移行するプロセスを踏むが、その際に前述
0.04
0.19
有企業は分社化して株式化することが多く、上場
算の取れない事業単位へ横流しすることがある。
AGE
-0.37***
-3.8
-0.33***
-7.77
このため、株式の新規公開前には収益率が高く、
VARIANCE
-0.02***
-9.02
-0.03***
-5.97
公開後には収益率が低下する結果となる。第四に、
LEVERAGE
-0.03
-4.3
-0.03
***
CSTOCK
ASSET
GASSET
-6.11
少数株主である一般投資家の経営権は限定的で、
0.01
1.37
0.01***
3.51
-0.13
-0.25
-0.59***
-2.95
経営に影響を及ぼすことが難しい。したがって、
4.77
0.03***
8.08
0.06***
***
0.04***
一般投資家は長期的視点にたって投資先の企業統
5.66
治を改善する動機が希薄で、博打に近い意識で株
***
-12.14
式投資を行うことが多い。そしてこのことが、経
0.62***
2.53
営者側が一般投資家への説明責任や情報開示基準
STATE
-0.07***
-3.4
IPO
*
-2.00
-1.71
PROTECTED
1.01*
1.71
決定係数
0.54
0.33
F-統計量
54.65
117.26
(Lin 2000)。第五に、上場後の経営者の収入が企
771
3,785
業の業績と無関係に決まり、経営者が業績を改善
観測数
注)
,
-4.12
, はそれぞれ1%, 5%, 10% の有意水準を表す。
*** ** *
を改善する意欲を引き下げる原因となっている
する意欲が低い。最後に、最高経営責任者の権力
が強大であるので、上場しても内部監査の役割お
A・H株ともに発行する企業)に絞り、STATEを
よび効果が低いことが指摘できる(Lin 2000)
。
説明変数とする上記の計量モデルを用いて実証分
析を実施する。また、株式の新規公開年とそれ以
降の年度を1とし、それ以前を0とする新規公開
ダミー変数(IPO)を説明変数に加えた(B株や
第5章 上場企業に関する銀行融資
のバイアスの実証分析
H株については十分なサンプル数と詳細なデータ
第3章では、銀行改革が実施されているにもか
がないので実施しない)。非流通株比率を用いた
かわらず銀行セクターのパフォーマンスが改善し
場合の実証結果は図表10に示されており、これに
ていないことを明らかにした。本章ではパフォー
よると新規公開年とそれ以降に上場企業の収益率
マンスが不振である原因について調べるために、
が悪化していることが明らかである。
銀行が業績の不振な企業により多く融資を行って
企業の業績が株式の上場を契機として悪化して
いるのか(銀行融資にバイアスがみられるのか)
、
いるという実証結果は、中国の株式市場に制度上
つまり業績不振な企業は弱い予算制約に直面して
の問題点が内在していることを示していると考え
いるのかを企業データで唯一入手可能であった上
られる。こうした結果が得られる理由として次の
場企業データを用いて借り手企業の側からの実証
6点が考えられる。第一に、国有企業の経営者は
分析を行う。
上場企業として選抜されることで金銭外(たとえ
ば名声や権威)の利益を得られるので、上場基準
5.1. 弱い予算制約についての実証分析
を充たすために新規公開までは業績を改善する誘
98
因が高い。第二に、国有企業が株式化する際に、
従属変数を銀行融資が(自己資本、準備金、内
社会主義体制の会計基準から資本主義体制の会計
部留保を含む)負債総額に占める割合(LOAN)
開発金融研究所報
とし、説明変数として第4章で用いたASSET、
分析にはホワイトの不均一分散を補正した標準誤
AGE、STATE、BSHARE、HSHARE、ROA、
差を用いた。実証結果は、図表11に示され、以下
VARIANCE、PROTECTEDなどを用いる。この
のようにまとめられる。
他に、固定資産が全資産に占める割合(FIXED)
第一に、ASSETの係数はどちらの期間につい
も担保資産の大きさを表す指標として用いる。ま
ても統計的に有意で正の符号を示し、銀行は中小
た、企業の経済活動の大きさを表す指標として
企業にくらべて大企業により多くの融資を行って
GASSETを、景気循環を表す指標として時間ダミ
いるという結果が得られた。第二に、ROAの係
ー変数を用いる(詳細についてはShirai(2002c)
数はどちらの期間についても統計的に有意で負の
を参照)
。
符号を持っており、収益の少ない企業の方が収益
そこで、銀行が収益やリスクに配慮した適切な
の多い企業よりも銀行融資を多く受けているとい
融資活動を実施しているのかを判断するために、
う結果が得られた。第一と第二の結果は、銀行融
業績の不振な企業に相対的に多くの融資を行って
資のバイアスについて1998年以降も変化が見られ
いるのかを調べることにする。第4章より、中小
ないこと、すなわち業績が相対的に不振な企業の
企業に比べて大企業の方が、新規企業に比べて古
方が弱い予算制約に直面していることを示してい
くから設立されている企業の方が、VARIANCE
る。第三に、AGEの係数は1994∼1997年について
で測ったリスクの低い企業相対的にもリスクの高
は統計的に有意ではなかったが、1998∼2000年に
い企業の方が、総資産収益率が低いことが明らか
ついては統計的に有意で正の符号となっており、
にされている。したがって、収益率が相対的に低
最近になるほど設立年度が古い企業の方が新規企
い大企業、設立年度が古い企業、リスクの高い企
業に比べてより多くの銀行融資を受けていること
業に対して銀行がより多くの信用貸出を行ってい
が分かる。すなわち、銀行の融資バイアスは近年
るとするならば、銀行は平均的に見て不適切な融
資活動を行っていることになり、ASSET、AGE、
VARIANCEの係数は正の符号となると予想され
図表11
LOANの実証分析結果
る。さらに、収益の高い企業よりも低い企業によ
り多くの銀行融資が行なわれている場合には、
ROAの係数は負の符号をとると予想される。
STATEの係数については、政府や国有企業に
1994-1997
説明変数
C
係数
-18.39***
1998-2000
t-値
係数
t-値
-3.96
3.15
0.63
TIME95
1.42
1.62
TIME96
1.56*
1.84
よる株式保有比率が高い企業ほど優先的に銀行融
TIME97
資を受けているというしばしば指摘されている事
TIME98
実が正しい場合には、符号は正となると考えられ
TIME99
0.04
0.07
TIME00
-0.85
-1.25
る。また、保護産業に属する企業ほど多くの銀行
-0.56
-0.66
AGE
0.09
0.84
0.80***
6.95
融資を受けている場合は、PROTECTEDの係数
ASSET
2.92
***
7.41
1.56***
3.76
は正の符号をとると予想される。さらに、企業活
STATE
0.18***
10.35
0.04**
2.01
動が活発であるほど銀行融資が増えると考えられ
ROA
-0.63***
-10.68
VARIANCE
-0.01
HSHARE
-5.34
-3.7
-3.54
BSHARE
-1.16
-1.27
0.61
0.62
ると考えられるので、FIXEDの係数は正の符号
GASSET
-0.02***
-2.52
-0.01
-1.05
をとると予想される。
FIXED
るので、GASSETの係数は正の符号をとると思わ
れる。また、担保の多い企業ほど銀行融資が増え
実証分析には、最小二乗法を用いた。また、観
察期間を政府が銀行の債権分類を厳格化した1998
年を境にして、それ以前の1994∼1997年とそれ以
後の1998∼2000年に分け、こうした政策が銀行の
融資活動に影響を及ぼしたのかを分析する。また、
PROTECTED
-1.19
***
0.11***
6.12
-2.32***
-3.56
-0.87*** -13.55
0
-0.21
*
0
-1.85
0.24
-0.09
決定係数
0.18
0.28
F-統計量
42.71
90.49
観測数
2,530
2,774
-0.13
注) ***, **,*はそれぞれ1%, 5%, 10% の有意水準を表す。
2003年3月 第15号
99
になるほど悪化していると言える。第四に、STATE
数との交差変数とし、5.1.節で紹介した計量モデ
の係数はどちらの期間においても統計的に有意で
ルに説明変数として含めることにする。企業の特
正の符号をもっており、非流通株比率の高い企業
徴を表す変数としてASSET、ROA、STATE、
ほど多くの銀行融資を受けているという結果が得
VARIANCE、AGE、GASSET、FIXEDを用い、
られている。
IPOと交差させる。この実証結果は図表12に示さ
第六に、PROTECTEDの係数は1994∼1997年
れ、次のようにまとめられる。
については統計的に有意で負の符号をもち、保護
第一に、IPO×AGEとIPO×ASSETは統計的に
産業に属する企業がより多くの銀行融資を受けて
有意でかつ正の符号をとり、設立年度が古い企業
いるわけではないことが明らかになった。しかし、
や大企業に対して多くの銀行融資を配分する傾向
この結果は保護産業に属する企業は寡占状態で業
は、当該企業が証券市場に上場してA株を発行す
務を展開しているために収益率が高く内部留保を
るようになってからむしろ増えていることが分か
用いて資金調達ができるだけでなく、中央政府か
る。株価が上昇し株式市場を通して安価な資金調
らのさまざまな支援を受けていることから、銀行
達が可能であるにもかかわらず設立年度が古い企
融資への依存度が低いという事実を反映している
業や大企業への銀行融資が上場を契機にして高ま
と考えられる。しかし、近年、中央政府による予
っているという結果は、これまでの長期的な顧客
算からの補助金やグラントが削減されるにつれこ
関係や癒着を通して銀行がこうした企業に対して
うした企業の銀行融資への依存度も高まってお
り、それは1998∼2000年における係数が統計的に
表12
LOANの実証結果(IPO含む)
有意でなく保護産業と非保護産業それぞれに属す
1994-1997
る企業に格差がみられないという結果と一致して
説明変数
係数
t-値
いる。第七に、HSHAREの係数はどちらの期間
C
-3.34
-0.36
TIME95
-0.58
-0.66
TIME96
0.42
0.5
TIME97
-0.95
-1.12
においても統計的に有意で負の符号を、
BSHAREの係数はどちらの期間においても統計
的に有意でないという結果が得られた。このこと
TIME98
はA株のみ発行している企業はH株を発行してい
TIME99
る企業よりも銀行融資への依存度が高いことを示
TIME00
しており、香港で上場している企業は国内銀行以
AGE
-0.11
-3.12
-1.4
3.33
0.12***
3.16
ている。しかし、国内で上場しているA株発行企
ROA
-0.57***
-4.53
業とB株発行企業はともに資金調達手段が国内に
VARIANCE
いて統計的に差がみられない結果となっている。
IPO
PROTECTED
5.2. 株式市場が予算制約の程度に与える
インパクトの実証分析
1.4
-0.25
STATE
FIXED
0.94
-0.12
外のさまざまな資金調達手段があることを反映し
GASSET
2.03
-0.08
2.26***
0
t-値
53.28**
-0.81
ASSET
限定されており、銀行融資へ依存する度合いにお
0.21***
3.14
-0.89*** -4.25
0.03
-0.14**
-2.18
***
-2.57
-0.06**
-1.95
0.18***
6.15
0.13*
1.63
-2.35
-55.43**
-2.07
-0.03
-24.62**
-2.87***
-2.65
2.91
1.08
IPO×AGE
0.62**
2.4
0.98**
2.02
IPO×ASSET
2.11***
2.65
5.36**
2.37
IPO×STATE
-0.06
-1.32
-0.23**
-3.2
IPO×ROA
-0.39***
-2.75
-0.07
-0.31
IPO×VARIANCE
-0.02
-1.22
業が直面する予算制約の程度に変化がみられるの
IPO×PROTECTED
1.33
かを分析する。そこで、サンプルをA株を発行す
IPO×GASSET
0.04***
つぎに、企業が証券取引所に上場したことで企
る企業に絞り、新規上場の当該年とそれ以降の年
度を1とし、それ以外を0とするIPOダミー変数
(IPO)を導入する。そして、このIPOを弱い予算
制約を受けていると思われる企業の特徴を表す変
100
-0.19
1998-2000
係数
開発金融研究所報
IPO×FIXED
決定係数
F-統計量
観測数
1
-0.12
***
0.26
2.86
-3.24
0.14**
-3.04
0.06*
-0.13
0.31
42.3
61.1
2,395
2,638
注) ***, **,*はそれぞれ1%, 5%, 10% の有意水準を表す。
2.14
-1.09
1.87
-1.55
金利優遇などの恩恵を与えているか、企業経営者
い。中国国内には闇金融市場が存在し、そこでの
が資金調達源を多様化するインセンティブをもっ
貸出金利が200%を上回っている事実などが指摘
ていないかのどちらかの要因を反映していると考
されていることからも、現行の貸出金利の上限で
えられる。それに対して、中小企業や新規企業は
は企業のリスクを十分に反映させることが困難で
こうした企業に比べて厳しい予算制約に直面して
あると考えられる。また、銀行の貸し渋り行為を
おり、証券取引所への上場を契機にして株式市場
緩和するためにも、上限の大幅な拡大や撤廃は早
からの資金調達に傾斜していると思われる。第二
急に検討すべき課題である。
に、IPO×ROAについては1994∼1997年について
第二に、参入規制の一層の緩和を促進する必要
は統計的に有意で負の符号をもっており、収益率
がある。参入規制はセクター間やプロジェクト案
の低い企業への銀行融資のバイアスは上場してか
件の間で非効率な資金配分をもたらし、また銀行
ら高まっていることを示している。しかし、そう
間や銀行と債務者企業の間で不透明な関係を生じ
したバイアスは1998∼2000年にはみられなくなっ
やすい。しかも、四大国有独資銀行のマーケッ
ている。
ト・シェアが今日においても市場の7割を占めて
第三に、IPO×STATEの係数は1998∼2000年
おり、収益率、費用効率性、自己資本比率などの
について統計的に有意で負の符号を有しており、
健全性指標に大きな改善がみられていない。その
非流通株比率の高い企業への銀行融資のバイアス
上、これらの銀行のパフォーマンスはその他の商
は上場を契機にして低下していることが明らかと
業銀行のパフォーマンスを下回っている。このこ
なった。しかし、こうした企業は既存株主による
とからも、参入規制の緩和が四大国有独資銀行に
株式保有額を増やしており、一般株主への株式発
与えた効果は限定的で、これらの銀行へ競争圧力
行を増やしているわけではない。こうした行為は
を与えるほどではなかったことが明らかである。
筆頭株主である国家によるコントロールを弱めた
したがって、参入規制の自由化の促進がこれらの
くないという意図があるとも考えられる。ただし、
銀行の競争圧力を高める効果は高いと思われる。
第4章でみてきたように、非流通株比率を引き下
また、中国がWTOへ加盟したことで外資系銀
げることが必ずしも企業の収益率を改善するわけ
行が人民元業務を認められるようになり、今後は
ではない点を考慮すると、所有権や少数株主保護
競争圧力が高まることが予想される一方で、外資
が確立していない現状では次善の策とも言える。
系企業は顧客を外資系企業や大手の国内企業に絞
り、インターバンク・マーケットなどのホールセ
第6章 残された課題と政策提言
ールを中心に営業を展開するとの予測もある。ま
た、外資系企業は支店網を形成して預金の獲得を
本稿では中国政府が1990年代を中心にして実施
行わない可能性もある。このような場合には、外
してきた銀行・資本市場改革は四大国有独資銀行
資系銀行と四大国有独資銀行が同じ顧客をめぐっ
を始めとする銀行と企業のパフォーマンスの改善
て競争することが少ないために、四大国有独資銀
に大きな成果をもたらしていないことを明らかに
行の競争意識はそれだけ損なわれることになる。
した。WTOに加盟したことで銀行セクターの競
したがって、外資系銀行の参入だけでなく、新規
争が激化することが予想されるなかで、国内銀行
国内銀行の参入の促進も視野に入れて検討する必
の健全性を高め、かつ企業の競争力を高めるため
要がある。同じく1990年代当初から銀行改革を進
には、以下に示す改革を早急に実施していく必要
めているインドでは支店網を開拓し国有銀行とリ
がある。
テール・マーケットで競争している銀行は国内民
第一に、貸出金利の上限の撤廃を検討する必要
がある。中小企業や新規企業への融資を促すため
間銀行であって外資系銀行ではないことが明らか
になっている(Shirai 2002d)
。
には、十分にリスクを反映した価格設定が不可欠
第三に、金利規制を緩和すると利鞘が縮小し融
である。現時点では、中小企業への融資について
資業務からの収益が減少することが多い。したが
は上限にベース金利の30%までしか上乗せできな
って、適切なプルデンシャル規制の導入とともに、
2003年3月 第15号
101
証券引き受け、証券売買、信託などの銀行の業務
市場の時価総額は国際的にみて大きい反面、市場
範囲を拡大する政策を同時に進める必要がある。
の成熟度は依然として低く、会計・監査・情報開
これにより、銀行は従来の融資活動からの収入を
示制度ならびに少数株主を保護する立法・司法制
手数料などの新しい業務からの収入で相殺するこ
度は不十分であるといえる。中国政府はこうした
とが可能となる。とりわけ、収益の動向が相互に
制度を整備するとともに、国有上場企業の民営化、
不完全に相関している業務を行うことで、安定し
A株の過大評価、全国社会保障基金の財源捻出問
た収益を実現することができる。また、銀行はす
題などについて一般投資家が信頼できるような形
でに保有している企業情報を用いることで比較的
で、早急に包括的な展望を示す必要がある。
少ない費用で多様なサービスを顧客に提供し、顧
客との安定的な関係を維持することができる。
第七に、本稿では(上場企業のデータをもとに
して)銀行の不良債権問題の背景に比較的業績の
第四に、中・長期的には、四大国有独資銀行の
低い企業への融資バイアスがあること、しかもこ
支店の閉鎖・合併・売却および人員の大幅な削減
のバイアスは証券取引所に上場後も持続している
などの合理化を行い、かつ株式化を進めて上場さ
ことを明らかにした。銀行が不良債権額を減らし、
せる必要がある。ただし、これにはまず不良債権
健全なバランスシートを構築するためには、収益
分類や貸倒引当金規定を国際的基準に合わせ、銀
とリスクを考慮した融資決定をする必要がある。
行の抱える問題の実態を開示する必要がある。そ
比較的業績の悪い企業が緩い予算制約に直面する
の上で、不良債権処理をすすめ、バランスシート
問題を解消するためには、銀行改革の加速化を急
を改善していくべきである。
ぐとともに、採算のとれない企業を淘汰し再編を
第五に、中国政府は預金保険制度を保有してい
促す政策を同時に実施する必要がある。
ない。大手銀行が中央政府によって所有されてい
ることから、現時点では預金保険制度の導入は緊
[参考文献]
急を要するものではない。しかし、新しい銀行が
[和文文献]
設立されている現状を考えると、金融システムの
白井早由里[2002]「中国の上場企業の特徴と収
安定化のために近い将来は導入を検討する必要が
益率の分析―中国株式市場の現状と問題点
ある。中国で預金保険制度の導入が困難なのは、
―」
『中国研究月報』第56巻、第10号。
預金残高の大きい四大国有独資銀行がそれに比例
中屋信彦[2001]「中国における国有企業の株式
して多額の預金保険料を支払わなければならず、
会社化と資金調達システムの変革―鉄鋼業
導入に難色を示しているからである。かといって、
における改組事例をもとにして―」『中国
四大国有独資銀行を除いて預金保険制度を導入す
研究月報』第55巻、第9号。
ると、手数料が小額で同制度を運営するのが難し
い。既に見てきたようにその他の商業銀行のパフ
ォーマンスが悪化していることから、同制度の導
入は今後重要な課題となる。
第六に、本稿では非流通株比率が低下すること
が必ずしも上場企業の収益率の改善をもたらさな
102
[英文文献]
Aharony, Joseph, Chi-wen Jevons Lee, and T. J.
Wong(2000)
,“Financial Packing of IPO Firms
in China”, Journal of Accounting Research, Vol.
38, No.1, pp. 103-126.
いこと、B株やH株を発行する企業の収益率がA
Chang, Gordon G.
(2002), “China’s Equity Markets,
株のみの発行企業の収益率を下回っていること、
Part II”, China Brief, Volume 2, Issue 11.
ならびに新規公開年度およびそれ以降に収益率が
Ding, X. L.(1999),“The Illicit Asset Stripping of
低下していることを明らかにした。これらの現象
Chinese State Firms”, The China Journal, Vol.
は、A株のみを発行する企業が粉飾決算をしてい
43、 pp.1∼28.
る疑いがあるだけでなく、外国投資家の参入を認
Lin, Cyril(2000),“Corporatisation and Corporate
可しても企業統治が改善する効果が必ずしもみら
Governance in China’s Economic Transition”,
れないことを示している。すなわち、中国の株式
Economics of Planning、Vol.34、No. 1、 pp.5
開発金融研究所報
∼36.
Shirai, Sayuri(2002a),“Banking Sector Reforms in
the Case of the People’s Republic of ChinaProgress and Constraint”, Chapter III, in
Rejuvenating Bank Finance for Development in
Asia and the Pacific, United Nations.
Shirai, Sayuri
(2002b),“Is the Equity Market Really
Developed in the People’s Republic of China?”,
ADB Institute Research Paper No. 41.
Shirai, Sayuri
(2002c),“Banks’ lending Behavior and
Firms’ Corporate Financing Pattern in the
People’s Republic of China”, ADB Institute
Research Paper No.43.
Shirai, Sayuri(2002d),“Assessment of India’s
Banking Sector Reforms -From the Perspective
of the Governance of the Banking System,
Chapter IV, in Rejuvenating Bank Finance for
Development in Asia and the Pacific, United
Nations.
Tian, Lihui(2002),“Government Shareholding and
the Value of China’s Modern Firms”, A paper
presented at the Second Asian Corporate
Governance Conference, Seoul, South Korea,
May.
2003年3月 第15号
103
連載 国際機関の視点③
世界銀行の民活開発戦略と
ビジネスパートナーシップ
開発金融研究所主任研究員 島本 晴一郎
世界銀行は貧困撲滅を最重要課題に掲げ、その
本稿では先ず前半(1∼3)にて、世銀が民間活
ためのアプローチを開発してきた。その組織とし
力をどう位置付けてきたかについて述べ、後半
てのアカウンタビリティとは、援助資金の効率性
(4∼5)にてビジネスパートナーシップの可能
を如何に上げるかという点に尽きる。このアプロ
性と問題点について述べる。
ーチとしては2つのアプローチがある。一つは、
限られた公的資金を重点セクターに配分すること
1.貧困撲滅のための全包囲網
である。配分の重点化はいたるところに見られる。
インフラから衛生、教育、環境などの社会開発セ
1995年に世銀総裁に就任したウォルフェンソン
クターへのシフト、サブサハラアフリカ、ポスト
のダイナミックな試みは、開発に関る全てのプレ
コンフリクト地域を初めとする最貧地域へのシフ
イヤーを含んだ全包囲網を貧困撲滅のために敷く
トがそれである。2つ目は直接貧困層に直結した
というもので、それを具体化したのが、CDF
プロジェクトを選び、最終受益者の実態と効果を
(Comprehensive Development Framework:1999
捉え、最適コストで効率よく開発援助をすること
年1月)である。即ち、これは貧困撲滅に向け、
である。そのためには、幾つかの方法が試みられ
国連、世銀、IMF、地域国際機関、2国間援助機
ている。受益国行政組織の管理実施能力の強化、
関、民間セクター(企業、NGOなど)並びに受
ドナー間の連携強化、受益者の実態をとらまえた
益国当事者の全関係者を巻き込んで、効率的な連
草の根市民団体との連携、民間企業との連携の強
携のもとに貧困を狙い撃ちしようというもので、
化である。世銀の民活開発戦略は以上の流れを踏
その試みは一部パイロット国のPRSP*1の策定作
まえ、先ずその実施主体として民間活力をその主
業において先ず実施されている。このように、専
軸に据えた。民活のためには市場メカニズムが最
門性、効率性、資金動員力、市場メカニズムを最
大限適正に働く事業環境を整備し、同時にまた民
大限に生かそうとする流れの中から、開発援助に
間企業側の市民意識を高めることが必要である。
おける民間活力の重要性は益々高まっていると言
また受益者の実態をきめ細かく掴むことが前提で
える。
ある。世銀の言うビジネスパートナーシップとは、
企業、行政、NGO等との間で覚書もしくはそれ
2.開発援助と民間活力
に類する合意書で決めたこのような協調スキーム
を言うものと定義できる。果たしてこのようなビ
このようなウォルフェンソンの考え方は、2002
ジネスパートナーシップが開発援助の効果的なツ
年4月の世銀IMF合同開発委員会のテーマ「効率
ールとなるのかどうか、が大きな課題といえる。
化とパートナーシップ」にも現れており、世銀の
*1
104
Poverty Reduction Strategy Paper:貧困国の債務削減及びIDA融資の前提となるカントリーペーパー
開発金融研究所報
関心事は貧困撲滅のために如何なるパートナーシ
委員会では、市民団体、民間セクターに支えられ
ップを推進するのがより援助機関として効果的か
た「オーナーシップとパートナーシップの実現」
と言う点である。本会議に先立ち、世銀はこれま
と言うテーマで議論を展開し、特定貧困問題
で実施したプログラムやプロジェクトの効果を、
(HIV/AIDS等伝染病撲滅、水、衛生の普及)に焦
途上国の横断的調査、個別国別のサンプル調査、
点をあて、国連ミレニアム開発目標(Millennium
特定プロジェクトの調査、地球汎用プログラムの
Development Goals)に言う貧困撲滅効果を上げ
調査の4調査に基づき検証したが、以下のような
ることを謳っている。従来世銀は借り入れ国当事
結論を出している点が興味を引く。
者を相手にしてきたわけだが、今やより効果的な
即ち、先ず明らかになったのは、貧困削減効果
かつ効率的な貧困撲滅のためには、民間セクター
がもっとも発揮されたのは、受益国の政策が健全
を開発援助の世界に取り込んでいくべきであると
であり、統治能力(ガバナンス)が備わっていた
考えており、そのためのアプローチを戦略として
場合という事実である。従って、今後世銀が効率
まとめようとしている段階と見ることが出来る。
的な開発援助を行なうためには、このような健全
政策の履行国に資金を重点配分していくことが求
められるというものである。
3.世銀の開発援助における民活戦
略とは
ここでいう受益国が取るべき健全な政策とは、
市場メカニズムの活用を念頭に置いて、救済すべ
(1)民間活力利用の新コンセプト
き層に目的を絞り、それら貧困層が自ら持続的に
これまでの世銀が行なってきた開発援助と民間
参加することで貧困から脱出できるように、投資
企業の関り方は、電力、上下水、道路などハード
事業環境を整える効果的な貧困撲滅政策を意味す
インフラの調達もしくは教育、衛生などの社会開
る。また、同委員会は、投資事業環境整備は国際
発プログラム(以下ソフトインフラ)のコンサル
環境への同調が必要であると同時に、各国の風土、
タント契約による関係が一般であった。しかし上
文化、経済、社会発展段階を踏まえたアプローチ
述のごとく、今日世銀の貧困撲滅プログラムは貧
が重要であるとし、あくまで受益国のオーナーシ
困層を直接対象とした地元の受益者参加型プログ
ップが鍵であるとした。更に、個別調査によれば、
ラムに変わりつつあり、この個別分野にどう民間
開発援助が個別のターゲットに集約すればするほ
活力を導入するかが課題となってきた。伝統的な
ど、その成功例が多いことを物語っており、特に
調達では、受注をした民間企業が目的物(サービ
保健、衛生、農業の分野においては、個別の受益
スもしくは建造物)を引き渡した時点でその業務
者参加型のプログラムが大きな効果を上げている
は達成されたとする考え方が一般であった。例え
としている点が注目される(アフリカのリバー・
ば、教育プログラムを例に取れば、民間企業の役
ブラインドネス・プログラム、国際農業研究協議
割は、教室を目標室数建造した時点で終了したと
グループ(Consultative Group on International
考えられ、その時点で支払いが完了した。しかし
Agricultural Research)の「緑の革命」
、中国農村
ながら、もとより世銀が目指す教育プログラムの
におけるヨード化食塩の普及プログラム、マリの
最終の効果は教室を増やすことではなく、地方の
予防接種運動、ブラジルのエイズ患者対策など)
。
特定貧農地域における未就学児童の就学率を上昇
言い換えれば、開発援助の効率化のためには、
させる点にある。このような点を踏まえ、世銀の
大きくは供与国同士のハーモナイゼーション、供
民活戦略は、民間企業への業務委託の範囲に、最
与国側と受益国側のパートナーシップが必要であ
終効果を達成した時点まで含めると言う新しい考
るが、世銀の意識を下支えしているのは、貧困層
え方を打ち出した(後述の世銀「民活戦略ペーパ
を狙い撃ちした受益者参加型、かつ民間企業を巻
ー」ではこのような最終効果まで含めた援助を
き込んだ市場経済依存型の個別のプログラムこそ
Output Based Aidと呼んでいる)
。
サステイナブルな開発援助であるという認識であ
即ちこの戦略は、民間企業間の競争原理がもた
る。これを受けて2002年9月の世銀IMF合同開発
らすコスト削減ひいては補助金の削減効果と、民
2003年3月 第15号
105
間企業の持つ専門性と効率性を受益者の便宜に直
応用させ、またより多彩な個別の実地例を集めさ
結させることにより、目に見える形で貧困撲滅に
せることで、地場にあった個別の民間戦略を樹立
直結する開発援助効果の達成をねらおうとする野
していくという方向性を提示しており、今後新た
心的なコンセプトであると言える。しかしもとよ
なアプローチが明らかになるかもしれない。具体
り、民間企業には収益性の原則があり、実際的に
的には、世銀の民活開発・インフラ局傘下の民活
そのようなことは現実的なのだろうか。世銀は
ア ド バ イ ザ リ ー グ ル ー プ ( Private Sector
2001年から2002年にかけ、各援助国行政関係者や
Advisory Service)は今後、年間25から30の各分
民間企業、NGOなどから広範な意見を集め、ま
野にわたる実例を地域局から上げさせ、4∼5年
た豊富な実例を内外に求めながら、かつ世銀グル
のサイクルでモニタースタディすること、一方パ
ープ内での議論を尽くした結果、いわゆる世銀の
イロット国を15カ国選び、民間のための投資事業
「民活戦略ペーパー」 (2002年4月)として、
環境スタディを精力的に実施していくことにして
その実現への可能性に言及するとともに、そのた
いる。また併せて、1990年代の民活プロジェクト
めの課題をまとめている。
の実施例の広範な収集分析を再度行い、先述戦略
*2
ペーパーを補強すると共に、多国籍企業と協調し
(2)世銀民活戦略のアプローチ
て企業社会責任、企業統治のキャンペーンを大々
この戦略ペーパーによると、いくつかの民間企
的に繰り広げようとしている。「ビジネスパート
業もしくはNGOを巻き込んだ個別成功例を数例
ナーシップ」とはこのような流れの中から、特に
挙げているが、これらのケーススタディを通じて
民間企業と受益者(貧困者)、行政とを結ぶ官民
明らかになったのは、目的効果まで含めるために
協調のアプローチとして出てきた概念であり、今
は、いくつかの課題があるということである。先
後の開発援助における注目されるツールになりう
ず①開発の対象特定地域は貧困層であり、通例マ
ると言える。
ーケットとしての魅力が著しく欠けている分野で
それでは、世銀の言うビジネスパートナーシッ
ある。したがって、民間企業への収益性の補填が
プとはどのようなものなのか、開発援助のツール
不可欠であり、これをどう決定しどう支給するか
としてどのような可能性と課題があるのかを次に
という問題がある。またリスクヘッジの問題があ
述べることとする。
る。次に②最終目的をどう数値化し、達成のため
のモニタリングをどうするかといった問題があ
る。これがないと目的の達成時点も不明である。
4.世銀の「ビジネスパートナーシップ」
開発援助のツールとして
そして最後ではあるが最も重要なものとして③そ
もそも金融制度や法制、許認可など民間企業が無
理なく活動できる事業環境が整っているのか、こ
の整備をどうするのかといった課題がある。
世銀の言う「ビジネスパートナーシップ」とは、
ウォルフェンソンが1998年の年次総会のプレスコ
「民活戦略ペーパー」は、上記課題を解決した
ンファレンスにおいて、正式に発表した「開発の
個別民活事例は挙げているものの、現在のところ、
ためのビジネスパートナーシップ(Business
いくつかの限られた参考例を提示したのみで、こ
Partnership for Development: BPD)
」構想に端を
れらの課題に対する回答として、まだ一般解を提
発するコンセプトである。その趣旨は開発援助の
示するにいたってはいない。従って、アプローチ
効果を引き出すため、世銀グループが仲介し、企
のあり方の模索についてはいまだ発展途上にある
業、政府、NGOなど市民団体をパートナーシッ
といってよい。少なくとも今後の発展の段階とし
プとして結び付け、開発支援のための共同プログ
ては、世銀の各地域局に対し、これまでの成功例
ラムを世界規模で起こしていこうとするものであ
のノウハウをおろす形で各地の個別プログラムに
る。世銀はこの一環として、「開発のためのグラ
*2
106
(1)
「ビジネスパートナーシップ」のコンセプト
World Bank(2002)
開発金融研究所報
ント制度(Development Grant Facility)
」の資金
シップによる貢献が明らかであり、地元住民や行
を利用して、まず実験的に4つの分野(資源開発、
政との信頼関係が強ければそれだけ、また地元住
水、交通安全、青年教育)でBPDを展開し、その
民も協力的であるという傾向がある。環境アセス
有効性を学習することとした。
メントを行なう場合にも、そのインパクト調査も
世銀の民活局(Private Sector Development &
Infrastructure)が定義する「ビジネスパートナー
しやすくなる。
たとえば、ベネズエラにおけるLas Cristinas
シップ」
とは、世銀グループ(IBRD、IFC、MIGA)
Gold Mineの例のように、社会開発と衛生面での
のメンバーと民間企業が覚書(Memorandum of
パートナーシップを企業が積極的に推進したこと
Understanding: MOU)もしくはそれに類する文
で、地元住民の当該企業に対する評価が高まり、
書に基づき、共通の目的のために、相互のノウハ
結果として、コンセッション期間の延長や新たに
ウ資源(資本、技術、人材)を持ちよることによ
コンセッションを取得することを容易にしたこと
り、協業するその合意形態そのものを指すとして
等が挙げられる。
いる 。先ずこれをベースに他のプレイヤーに参
また、企業であるから不採算の場合には当然首
加を働きかけると言う手法である。更にビジネス
切りなどをしなければならない、或いは逆に急遽
パートナーシップは次の要件を満たすことが必要
新規雇用をしなければならないという局面に瀕す
とされた。それらは、貧困削減に寄与すること、
るが、このような場合にも地元の協力と理解が得
共通目的の透明性が確保されていること、公開性
られやすいと言うことにもなる。
*3
が確保されていること、特定企業利益のためにく
③NGOが草の根に入り込んでいる場合には、
みせず、世銀の独自性、中立性を阻害しないこと
受益者にマッチした個別の革新的なサービスのデ
である*4。
リバリーの仕組みが考え出される可能性があるこ
と。また新商品の開発契機にもつながる場合もあ
(2)民間活力のとりこみかた
る。例えば、南アジアの交通安全キャンペーン
世銀は上記3.(1)でも述べたように、世銀
(Global Road Safety Partnership: GRSP)に参加
は先ず貧困撲滅に直結する地元受益者参加型のプ
した3Mは、学童の着衣用発光性物質を考案、配
ログラム分野に対し、民間活力を取り込みたいと
布することで児童の年間事故率の低下に寄与した
している。しかし、必ずしも直接利益に結びつか
が、これは新製品のテスト市場としての役割を担
ない可能性のあるパートナーシップに、企業はど
ったと言われる。このように必要な製品がひとた
のような理由で参加する(コスト負担する)ので
びパートナーシップを通じて試供され、効果を発
あろう。前記4つのBPDクラスターの実例を学習
揮することがわかれば、これはその後の将来的な
した結果、同クラスターの事務局(Knowledge
需要につながっていく糸口ともなる。
Resource Group, BPD)は次の諸点を掲げている。
④企業のブランドイメージを効果的に高める成
①企業にとっては、受益者との媒体となる
果も否めない。例えばVOLVOはスウエーデン以
NGO等との連携により、地元受益者の声を吸収
外の国で、GRSPに積極的に参画していっている
できること、また、地元に醸成されるかもしれな
が、これは当社の「安全性の限りなき追求」とい
い過剰期待を逆にあらかじめ是正することができ
う企業ブランドイメージを効果的に高めることが
ること。
できるからと言える。
②地元との協調関係を確保できる(public
⑤このように、回りまわって全ての面で、地元
relation)
。鉱山会社や大規模インフラ工事などを
との協力関係が顕著な場合には、銀行などから見
行なうような企業の場合、地元住民の反対は進出
た場合には、当該企業の進出にかかる社会的リス
コストを著しく引き上げる。しかし、パートナー
ク、或いは環境面でのリスクは比較的軽減され、
*3
*4
World Bank(2000)
World Bank(2001)
2003年3月 第15号
107
この結果としてその資金融資先としてのグレード
国のNGOとウォルフェンソンとの間で出てきた
は向上するため、有利な資金調達コストを引き出
構想であり、その基調には企業の社会責任
すことにつながることにもなる。
(Corporate Social Responsibility: CSR)普及運動
昨今では企業が積極的に社会貢献活動を年次報
と言う意味合いがあった。仮に、ビジネスパート
告の欄外に記載するなど、企業評価の内容にも社
ナーシップそのものが、企業の言わば「社会責任
会活動が寄与する状況の中、企業の公的分野にお
実習活動」もしくは「フィランソロピー・クラブ」
けるパートナーシップ参加の機運は高まってきた
のようなものに終わるとすれば、企業にとっては
といえる。
負担に感ずるのみではないだろうか。民間企業の
行動要因は長期であれ短期であれ、利益をどう捉
(3)企業に対するレッスン
えるかと言うことである。これに対し、世銀のビ
ところで、BPDの詳細な分析結果は近々発表さ
ジネスパートナーシップは公共性、中立性を重ん
れる予定だが、これまでの事前調査 によると、
ずるために、企業責任の概念に引っ張られ、利益
パートナーシップに参加する企業に対しては、参
に対する理解がないがしろにされる可能性が無い
加の際の留意点を以下のごとく提示しているが、
とは言えない。このところのバランスが必要であ
極めて説得的である。
る。パートナーシップは各プレイヤーが平等の立
*5
①参加目的を明確化しておくことである。その
場でそれぞれの目的を満たすためのものであり、
パートナーシップが公共財のためのどういった分
現実的なウィンウィンの関係でなければならな
野に貢献ができるのか、またその貢献(持ち出し
い。
になる)の長期的な成果とは企業利益から見てど
(2)世銀の民活戦略は特定貧困層をねらった
のようなものなのかを明確に掴んでおくことであ
個別プログラムにおいて、実効性を挙げていくた
る。
めの戦略作りを行なっており、ビジネスパートナ
②単独企業で参画するよりは、同業他社或いは
ーシップはその延長線上で論じられがちである。
異業種他社も巻き込んで、いわば企業集団として
しかし、貧困解消につながる開発援助は特定貧民
携わる方がそれぞれの知恵を出し合えるしまた負
層を受益者とする小口の地元プログラムのみなら
担の軽減にもなる。
ず、特にフロンティア国における不特定一般多数
③充分に専門性を発揮し、そのパートナーシッ
を対象とした公共インフラの補強も必要とするは
プの目的達成のために常に革新的であることが必
ずである。しかも、公共インフラを民活で行なう
要で、これが新たな製品の開発に発展する可能性
には、法制度、金融制度、投資制度、関税、外資
もある。パートナーシップを単なる「付き合い」
規制など、様様な法体系の整備と機関整備が必要
と考えず、進捗状況、成果を常にフォローしなが
であり、また受益国政府との間の相克も一般であ
ら、自社戦略として捉え、活動内容を随時公開し、
る。このためには実体経済を熟知している民間企
企業イメージの向上を図ることも大事である。
業が自らパートナーシップに参加し、そのパート
企業側の公共財を目的としたビジネスパートナ
ナーシップを通じて民活事業のための法制度や事
ーシップへの参画は、しかるべき成果を認識した
業環境整備の分野で提案し、行政と協調して法体
場合には十分企業利益の延長として、位置付けら
制を整備した上で、フロンティア地域における具
れるものと考えられる。
体的な民活案件をパイロット的に実現することが
有意義である(日本経団連と世銀との間の「民活
5.世銀ビジネスパートナーシップ
のあり方についての私見
のためのパートナーシップ」がこれに該当する)
。
(3)民間企業は、途上国の中小企業やマイク
ロ企業の育成、更には産業裾野の拡大効果をもた
(1)ビジネスパートナーシップはもともと英
*5
108
Business Partners for Development(2002)
開発金融研究所報
らすプレイヤーとして、当該国の産業連関の発展
に貢献できる。現地で企業経営を営む立場から現
ートナーシップの発掘、形成、稼動、完了の4段
地政府や業界団体、企業、労働者など市民団体と
階における組成上のポイントはその意味では合理
パートナーシップを組むことで実体経済面での貢
的な協調体制を導入すると言う意味で日本の公共
献ができると同時に、結果的には自社操業のコス
政策、援助政策にも大いに参考になると思われる。
トダウンにつながる(現地進出企業による地場中
ビジネスパートナーシップは公共政策と企業活
小企業育成のためのパートナーシップなど一案で
動の双方に受益者の利益を入れた形で結び付ける
ある)
。
ための三位一体の媒体である。その意味では世銀
(4)民活戦略の事例でみても、ビジネスパー
が推進しようとしている開発援助の世界のみなら
トナーシップそのものが補助金の受け皿になる可
ず、日本国内の公共分野でも使える発想である。
能性もあり、また情報の流れが集中、固定化する
今日ではより受益者に近い分野のプレイヤーとし
可能性がある。結果的に独占的な位置を確保し、
て日本でもNPO(非営利組織)や社会起業家の議
自由競争を阻むことにもなる点注意を要する。そ
論が出てきているが、既存の企業組織が横断的に
の目的はあくまでパイロット的なものであり、
官民市民の緩やかな組織を形成し、相互のシナジ
「進化しながら撤退する」と言う性格のもので無
ーを高めながら、質的にも社会の向上に寄与する
ければならない。そのような視点は今のところ民
ケースも出てくるものと思われる。その意味では
活戦略の中にも、BPDの分析の中にも無いようで
ビジネスパートナーシップは広義で語られるべき
ある。
開発のための民間活力利用のツールであると思料
(5)通例、「官民協調」は日本の得意とすると
する。今後、ビジネスパートナーシップの組織化
ころでもあるが、その協調関係は必ずしも合理的
事例を収集し、活用しうるモジュールを探すこと
な契約関係に基づくものではなかったと言える。
が大いに期待される。
以上
上述、BPDの事務局グループが事例を分析したパ
参考 ビジネスパートナーシップの組成上のポイント
第1段階:パートナーの発掘……イニシアティブを取るチャンピオンが必要である。そのチャンピ
オンが各パートナーの要望や関心、能力を熟知し、目的についての共通の理解が得られるかどうか、
またそれぞれのパートナーのコストベネフィットを評価しながら業務範囲、メンバーを固める。
第2段階:コンセンサスの形成……固定メンバーのそれぞれの役割分担や戦略について合意を形成
し(覚書)、また目的に到達するためのそれぞれの能力を高める工夫(組織対応)をする。コンサル
テーションを通じてコンセンサスを形成するが、大事なことは常に弾力的に対応し、変化を排除しな
いと言うことである。キーワードはCore Objective(核となる目的)
、 Complementarity(相互補完)
、
Competence(能力)という「3つのC」と呼ばれる要素である。組織としての決裁手続きや、伝達方
法、リスクの削減方法や資金調達方法など、運営に必要なチェックポイントをこの段階で抑え、稼動
段階のための組織体としての体を為す段階と言える。
第3段階:目的に向けた稼動……実際にパートナーシップが稼動した結果の効果のインパクトを計
測し、コミュニケーションを頻繁に取りながら内外の需要を取り込んでいく稼動段階である。
第4段階:評価完了……各パートナーの目的達成評価と、パートナーシップのスタンドアローンと
しての稼動が確保される状況になっているかどうかを判断する。仮に目的の大半が達成され、各パー
トナーの個別目的も達成されたと判断されれば解散もありうる。
出所:Business Partners for Development(2002)
2003年3月 第15号
109
[参考文献]
Business Partners for Development (2002)
,
“19982001 Tri-sector Partnership Results and
Recommendations”in Putting Partnering to Work
World Bank( 2000), Business Partnership &
Outreach Group Briefing Note No.1
110
開発金融研究所報
World Bank(2001),Assessment and Approval,
Partnership with the Private Sector(by Business
Partnership & Outreach Group)
World Bank(2002),Private Sector Development
Strategy:Directions for the World Bank Group
JBICI便り
開発金融研究所総務課
1.刊行物のご案内
・JBICI Research Paper No. 21の発刊
国際協力銀行 マニラ駐在員事務所 駐在員 (前 開発金融研究所 開発政策支援班 副調査役)木村 出
「参加型アプローチの費用便益分析―概念整理と推計の枠組み―」
開発プロジェクトにおける参加型アプローチをめぐる諸理論・諸概念・実践での取り組みの変遷を整理
した上で、参加型アプローチが開発プロジェクト(ここでは灌漑プロジェクトを想定)にもたらす効果
を定量的に把握するための視点・方法論を検討しました。
URL: http://www.jbic.go.jp/japanese/research/report/paper/pdf/rp21_j.pdf
・JBICI Working Paper No. 8の発刊
開発金融研究所 開発政策支援班 副調査役 飯味 淳
「Efficiency in the Pakistani Banking Industry: Empirical Evidence after the Structural Reform in
the Late 1990s」
近年、金融セクターの健全な発展は、経済開発において最も重要な条件の一つであると認識されつつ
あります。特に、銀行部門の適切な民営化、規制緩和は途上国共通の課題であり、1990年代後半、パキ
スタンでもマクロ経済の安定化策と合わせて国有商業銀行の民営化に向けた改革が行われました。本稿
では、パキスタン中央銀行の協力の下、計量的手法によって、銀行の効率性の改善が主に雇用削減によ
って行われ、改革の進捗は二極化しつつあるということを実証しました。
URL: http://www.jbic.go.jp/japanese/research/report/working/pdf/wp08_e.pdf
2. セミナー・ワークショップ開催報告
●「海外投資セミナー」
開発金融研究所では、
「わが国製造業企業の海外事業展開調査」ご協力企業へのフィードバックと海外
事業活動に関する各種情報提供等を目的に、各地にて「海外投資セミナー」の開催や講演協力をしてい
ます。最近の実績は以下の通りです。
・東京セミナー
「JOI海外直接投資セミナー2003 ∼日本の海外直接投資の現況および今後の展望∼」
開催日:平成15年1月16日(木)
場 所:国際協力銀行本店
共 催:国際協力銀行、財団法人海外投融資情報財団
内 容:・
「日本の海外直接投資動向」
(財団法人海外投融資情報財団 調査部 上席主任研究員 岩見
元子 氏)
・
「わが国製造業企業の海外事業展開調査の結果報告(第14回海外直接投資アンケート調査結
果報告)
」
(開発金融研究所 海外投資研究班 主任研究員 丸上 貴司)
・
「日本企業の国際経営戦略」
(法政大学 経営学部 教授 洞口 治夫 氏)
2003年3月 第15号
111
・福岡セミナー
「中国とアセアン、日系企業の現状と展望」
開催日:平成15年1月22日(水)
場 所:福岡商工会議所
共 催:福岡商工会議所、国際協力銀行、財団法人海外投融資情報財団
内 容:・
「中国とASEANへの事業展開の課題と展望 ∼国際協力銀行調査結果から∼」
(開発金融研
究所 海外投資研究班 主任研究員 丸上 貴司、同 研究員 豊田 健)
・
「中国の産業力」-注目9産業の現状と展望(財団法人海外投融資情報財団 調査部 主任研究員
寺中 純子 氏)
・シンガポールセミナー
「日本企業にとってのASEAN事業:競争優位性を維持・強化する上での展望と課題」
開催日:平成15年1月28日(火)
場 所:シンガポール日本人会
共 催:国際協力銀行シンガポール駐在員事務所、シンガポール日本商工会議所
内 容:・
「グローバル競争時代のASEANと中国:今、ASEAN事業に求められる積極思考」
(開発金
融研究所 海外投資研究班 主任研究員 丸上 貴司)
・「欧米企業の事業戦略と日本企業の対応:タイの自動車部品産業に起こりつつある変動」
(開発金融研究所 海外投資研究班 研究員 春日 剛)
●「紛争と開発:JBICの役割」ワークショップ
近年頻発している内戦やテロ等、紛争問題を抱える開発途上国に対し、本行が紛争予防・平和構築・
復興支援等にどのような役割を果たせるかを広く議論するため、1月29日(水)本行本店にて開催されま
した。
開発金融研究所では、昨年7月より国内外の専門家と共同して「紛争と開発:JBICの役割」と題した調
査を実施してきました。本調査は3部構成であり、(1)「紛争と開発」に関する総論的な議論を整理する
『平和構築に資する開発援助の理論と手法』、(2)現在和平交渉が進展しつつあるスリランカへの支援の
あり方を検討した『スリランカの開発政策と復興支援』
、
(3)復興途上国への平和構築・復興支援と地域
協力のあり方について、アフガニスタンとその周辺国を取り上げた『西・中央アジア地域の安定のため
の開発政策』からなります。
本ワークショップでは、これまでの調査結果について専門家から発表があり、日本政府・各国大使
館・国際機関・学識経験者・NGO・民間企業・報道機関等から100名を超える参加者を得て、活発な議論
が行われました。
※本ワークショップの記録は、次号開発金融研究所報に掲載予定です。
3. GDN*(Global Development Network)第4回年次会合(於カイロ)報告
2003年1月19日(日)∼21日(火)
、エジプトのカイロにおいて、GDNの第4回年次会合が開催されまし
た。エジプト政府の全面的な支援を受けて開催された本会合では、ムバラク エジプト大統領夫人、オベ
イド エジプト首相、サッセン シカゴ大学教授、スターン 世界銀行上席副総裁、セディージョ メキシコ
前大統領、ムカパ タンザニア大統領等を初めとする、世界各国の研究者、援助関係者、政策担当者など
約500名が参加し、
「Globalization and Equity」をテーマとした活発な議論が行われました。
本行は「Globalization and Pro-poor Growth in Asia」をテーマに分科会を開催し、貧困層に配慮した成
長における雇用の重要性、成長と貧困削減間のトレードオフの存在の有無、などを議論しました。
112
開発金融研究所報
また会場では、会議と平行して28機関が参加するナレッジフェア(展示会)が開催され、本行もGDNJapanネットワークのハブ機関としてGDN-Japanブースを設置し、活動内容についての紹介を行いました。
最終日には第3回国際開発賞のプレゼンテーションが行われ、開発の現場での新たな実践の試みを行っ
たプロジェクトに授与されるプロジェクト部門の審査委員として、本行から丹呉開発金融研究所長が参
加しました。
※GDN第4回年次会合の詳細については、GDNウェブサイト「GDNet」http://www.gdnet.org/ および
GDN-Japanウェブサイトhttp://www.gdn-japan.jbic.go.jp/ に掲載予定です。
*GDNは開発途上国・先進国の研究者ネットワークを形成し、情報交換、知識の共有、共同研究活動を通じ、途上国の
政策に密着した調査活動のキャパシティビルディングを行うことを目的に1999年に設立されたネットワークです。開
発金融研究所は、現在10地域にあるGDNの地域ネットワークの一つである日本ネットワークのハブ機関としての役割
を担っています。
上記に関するお問い合わせは、開発金融研究所総務課まで宜しくお願い申し上げます。以下連絡先を
ご参照下さい。
E-mail: [email protected]
Tel. 03-5218-9720
Fax. 03-5218-9846
Website: http://www.jbic.go.jp
2003年3月 第15号
113
開発金融研究所報索引
号
掲載月
〈巻頭言〉
「開発金融研究所報」発刊によせて
………………………………………………………創刊号
2000.1
グローバリゼーション雑感 …………………………………………………………………第2号
2000.4
貧困削減の包括的枠組み ……………………………………………………………………第3号
2000.7
「情報技術(IT)革命」に思う ……………………………………………………………第4号
2000.10
特集「21世紀の開発途上国の社会資本を創る」によせて ………………………………増刊号
2000.11
21世紀の開発援助を求めて …………………………………………………………………第5号
2001.1
新たな時代の開発 ……………………………………………………………………………第6号
2001.4
─市場主義を超えて─
市場万能主義の罠 ……………………………………………………………………………第7号
2001.7
どういう国(社会)を創るのか ……………………………………………………………第8号
2001.11
─経済構造改革を進めるために─
世界は変るのか ………………………………………………………………………………第9号
2002.1
蓄えた知識と経験を生かす開発援助 ………………………………………………………第10号
2002.3
「モンテレーからヨハネスブルグへ」………………………………………………………第11号
2002.4
国際金融の渦 …………………………………………………………………………………第12号
2002.9
地図を見ながらアジアを考える ……………………………………………………………第13号
2002.12
競争相手として不足はない! ………………………………………………………………第14号
2003.1
人間の安全保障 ………………………………………………………………………………第15号
2003.3
〈開発〉
途上国実施機関の組織能力分析 ……………………………………………………………創刊号
2000.1
─バングラデシュ、タイ、インドネシアの事例研究─
中国2010年のエネルギーバランスシミュレーション ……………………………………創刊号
2000.1
インドネシアコメ流通の現状と課題 ………………………………………………………創刊号
2000.1
開発金融研究所のベトナム都市問題への取組み …………………………………………第2号
2000.4
─都市開発・住宅セクターと都市公共交通に関する2つの調査─
ベトナム都市開発・住宅セクターの現状と課題 ……………………………………第2号
2000.4
ベトナム都市公共交通の改善方策 ……………………………………………………第2号
2000.4
南部アフリカ地域経済圏の交通インフラ整備 ……………………………………………第2号
2000.4
タイ王国「東部臨海開発計画 総合インパクト評価」 …………………………………第2号
2000.4
─円借款事業事後評価─
[報告]主要援助国・機関の動向について
………………………………………………第3号
2000.7
─援助実施体制の合理化、分権化の動き─
[報告]Education Finance:教育分野における格差の是正と地方分権化 ……………第3号
2000.7
─フィリピン中等教育プロジェクトにおけるADBとJBICの取組み─
上下水道セクターの民営化動向 ……………………………………………………………第3号
2000.7
─開発途上国と先進国の経験─
農村企業振興のための金融支援 ……………………………………………………………第3号
114
開発金融研究所報
2000.7
─タイ農業・農業協同組合銀行(BAAC)を事例に─
特集:開発のパフォーマンス向上をめざして ……………………………………………第4号
2000.10
─開発途上国の公共支出管理と援助機関の対応(開発政策・事業支援調査)─
─プログラム援助調査─
開発途上国と公共支出管理 ……………………………………………………………第4号
2000.10
公共支出管理と開発援助 ………………………………………………………………第4号
2000.10
[報告]プログラム援助調査 …………………………………………………………第4号
2000.10
─国際収支支援からセクター・一般財政支援へ移行する援助手法─
社会資本の経済効果 …………………………………………………………………………増刊号
2000.11
─日本の戦後の経験─
動学的貧困問題とインフラストラクチャーの役割 ………………………………………増刊号
2000.11
交通社会資本の特質と費用負担について …………………………………………………増刊号
2000.11
都市環境改善と貧困緩和の接点におけるODAの役割と課題について …………………増刊号
2000.11
日本のインフラ整備の経験と開発協力 ……………………………………………………増刊号
2000.11
IT革命とeODA ………………………………………………………………………………増刊号
2000.11
東アジアの持続的発展への課題 ……………………………………………………………第5号
2001.1
─タイ・マレーシアの中小企業支援策─
特集:Global Development Network ………………………………………………………第6号
2001.4
開発における知識ネットワークの可能性と課題 ……………………………………第6号
2001.4
─Global Development Networkについて─
Global Development Network第2回年次総会(東京会合)報告 …………………第6号
2001.4
JBICセッション「インフラ開発、経済成長、貧困削減」開催報告 ………………第6号
2001.4
経済発展における社会資本の役割 ……………………………………………………第6号
2001.4
交通インフラの成長及び公平性に与える影響 ………………………………………第6号
2001.4
─トランスログ費用関数とCGEモデルの韓国経済への適用─
ベトナムの工業品輸出拡大戦略 ……………………………………………………………第7号
2001.7
中国の中小企業の現況について ……………………………………………………………第7号
2001.7
[報告]地方自治体の都市間協力と円借款との連携可能性と課題
……………………第8号
2001.11
東南アジア住宅セクターの課題 ……………………………………………………………第8号
2001.11
─フィリピンにおける環境保全対策を事例として─
─インドネシア・タイ・フィリピン・マレーシア─
ベトナム工業品輸出振興の課題 ……………………………………………………………第8号
2001.11
フィリピン:効率的な商品作物流通のあり方 ……………………………………………第9号
2002.1
─課題と対策─
序論:域内協力の意義とJBICの役割 ………………………………………………………第10号
2002.3
広域物流インフラ整備におけるメルコスールの経験 ……………………………………第10号
2002.3
中・東欧の広域インフラ整備をめぐる地域協力 …………………………………………第10号
2002.3
─国際運輸インフラ・ネットワーク構想の発展とEUによる支援─
東アジアの域内経済協力 ……………………………………………………………………第10号
2002.3
JBIC-ADB-IDBセミナー「アジアとラテンアメリカの域内協力」の概要報告 ………第10号
2002.3
「経済開発のための保健への投資」に関する8つの疑問に答える ……………………第11号
2002.4
紛争予防の視点から見た自然資源管理 ……………………………………………………第12号
2002.9
メコン地域開発をめぐる地域協力の現状と展望 …………………………………………第12号
2002.9
2003年3月 第15号
115
インドシナ域内協力(電力セクター) ……………………………………………………第12号
2002.9
会議報告 第3回JBICシンポジウム ………………………………………………………第12号
2002.9
∼21世紀の開発援助戦略:地球規模問題、地域問題∼
21世紀の国際協力 ―地球共生社会の創成をめざして― ………………………………第12号
2002.9
IT化のマクロ経済的インパクト ……………………………………………………………第13号
2002.12
高等教育支援のあり方―大学間・産学連携― ……………………………………………第13号
2002.12
農産物流通におけるIT活用の可能性 ………………………………………………………第13号
2002.12
ケニア:ナクル地域の開発と自然環境の共生に関する一考察 …………………………第13号
2002.12
―環境事業、ひとつの取り組み―
インフラストラクチャー整備が貧困削減に与える効果の定量的評価 …………………第14号
2003.1
―スリランカにおける灌漑事業のケース―
〈国際金融〉
アジア危機の発生とその調整過程 …………………………………………………………創刊号
2000.1
東アジアの経済危機に対する銀行貸出のインパクト ……………………………………第2号
2000.4
─均衡契約理論から導かれるインプリケーション─
アジア危機、金融再建とインセンティブメカニズム ……………………………………第3号
2000.7
東アジアの経済成長:その要因と今後の行方 ……………………………………………第5号
2001.1
∼応用一般均衡モデルによるシミュレーション分析∼
ASEAN諸国における地場銀行業の比較計量分析 ………………………………………第8号
2001.11
─銀行再編への政策的インプリケーション─
97年アジア危機の流動性危機的側面 ………………………………………………………第9号
2002.1
─過剰投資の下での過度な債務不履行リスク─
通貨危機の予測 ………………………………………………………………………………第11号
2002.4
通貨危機のタイプの検出 ……………………………………………………………………第11号
2002.4
─ラージ・サンプル型分析の課題と新しい試み─
アジア諸国のインフレーション・ターゲティングと為替政策 …………………………第11号
2002.4
Bipolar Viewの破綻 …………………………………………………………………………第13号
2002.12
─中南米の為替制度動向が意味するもの─
中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題 …………………………………………第15号
2003.3
〈金融〉
日本の金融システムは効率的であったか? ………………………………………………第4号
2000.10
〈海外直接投資〉
わが国製造業企業の海外直接投資に係るアンケート調査結果報告(1999年度版) …創刊号
2000.1
─わが国製造業企業の今後の海外事業展開とアジア経済危機以降の事業見直し─
アジア法制改革と企業情報開示 ……………………………………………………………第2号
2000.4
わが国家電産業の今後のASEAN事業の方向性 …………………………………………第2号
2000.4
1999年度わが国の対外直接投資届出数字の解説(速報) ………………………………第3号
2000.7
タイの事業担保法草案とその解説 …………………………………………………………第4号
2000.10
国内外の経営改革を急ぎつつ、海外事業拡大の姿勢をみせるわが国製造業企業 ……第5号
2001.1
─2000年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第12回)─
116
開発金融研究所報
ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーの動産担保法と日本企業のビジネス …………第5号
2001.1
日本企業の工場部門改革の参考になるのか ………………………………………………第5号
2001.1
─EMS(Electronics Manufacturing Service)ビジネスモデル─
[寄稿]我が国製造業の競争パフォーマンス
……………………………………………第6号
2001.4
─擦り合わせアーキテクチャとバランス型リーン方式─
欧州にみるクロスボーダー敵対的TOB(Take-Over Bid)と
リスク・マネジメントへの示唆(上) ……………………………………………………第6号
2001.4
─マンネスマン社(ドイツ)
、ロンドン証券取引所(LSE)の事例を中心として─
国際再編成の中でのわが国自動車部品メーカーの成長戦略 ……………………………第6号
2001.4
─日産系部品メーカーの対応─
クロスボーダー敵対的TOB(Take-Over Bid)と
リスク・マネジメントへの示唆(下) ……………………………………………………第7号
2001.7
─ESOP(Employee Stock Ownership Plan)によるリスク・マネジメントの視点から─
2000年度わが国の対外直接投資動向(速報) ……………………………………………第7号
2001.7
海外直接投資を通じたアジアへの技術移転が経済開発に及ぼすインパクト …………第8号
2001.11
─日本企業と欧州企業へのアンケート調査にもとづく─
アジア地域の本邦製造業企業におけるB2B利用の展望 …………………………………第8号
2001.11
2001年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第13回) ……………………………第9号
2002.1
中国への研究開発(R&D)投資とそのマネジメント ……………………………………第9号
2002.1
─インタンジブルの蓄積と保護の視点から─
中国市場を指向した共生型製造モデル ……………………………………………………第11号
2002.4
―日中企業間連携の模索とマネジメント上の留意点―
我が国製造業の競争力強化への示唆 ………………………………………………………第11号
2002.4
―電機2社のケーススタディーより―
国際ライセンス・ビジネスの中国への展開は可能か ……………………………………第12号
2002.9
―市場を指向したノウハウのライセンスアウトを中心として―
<解説>2001年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) ……………………………第12号
2002.9
直接投資が投資受入国の開発に及ぼす効果 ………………………………………………第13号
2002.12
わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 ……………………………………第14号
2003.1
―2002年度海外直接投資アンケート調査結果(第14回)―
<講演抄録>日本企業の中国における市場戦略のポイントを考える …………………第14号
2003.1
日本と中国の貿易・産業構造から見た今後の展望 ………………………………………第14号
2003.1
国際貿易理論の新たな潮流と東アジア ……………………………………………………第14号
2003.1
日本企業の国際競争力と海外進出 …………………………………………………………第15号
2003.3
―『空洞化』の実態と対応策―
日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から見た今後の展望 ………第15号
2003.3
〈海外直接投資・開発〉
タイの行政手続法と行政行為 ………………………………………………………………第7号
2001.7
〈研究ノート〉
国際協力銀行のアジア支援策下の融資にかかる経済効果についての試算 ……………第4号
2000.10
─アジア支援策を振り返る─
2003年3月 第15号
117
〈法・制度〉
ロシアにおけるコーポレート・ガバナンス ………………………………………………第9号
2002.1
アジアでの営業秘密を巡る企業戦略 ………………………………………………………第9号
2002.1
SDRM …………………………………………………………………………………………第15号
2003.3
―IMFによる国家倒産制度提案とその評価―
〈国際機関の視点〉
市場経済移行10年の教訓:IMFスタッフ・ペーパー ……………………………………第12号
2002.9
援助の制度選択 ………………………………………………………………………………第13号
2002.12
I.IDA13次増資と無償化論
Ⅱ.USAIDにおける融資対無償援助―考え方と対応―
世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ …………………………………第15号
118
開発金融研究所報
2003.3
CONTENTS
< Foreword >
Human Security
2
< Foreign Direct Investment >
International Competitiveness and Foreign Direct Investment in
Japanese Manufacturing Industries
Prospects of Parts Transactions between
the Automakers and the Japanese Auto Parts Suppliers
4
20
< Law >
SDRM (Sovereign Debt Restructuring Mechanism)
− A Proposal by the IMF to Introduce a Sovereign Bankruptcy Mechanism
and an Evaluation of its Rationales and Legal Structure−
38
< International Finance >
Financial and Capital Market Reforms and Remaining Agenda:
The Experience of China
82
< Views from the International Organizations >
Private Sector Development and Business Partnership
of the World Bank
104
JBICI Update
111
開発金融研究所報 第15号
2003年3月発行
編集・発行
国際協力銀行開発金融研究所
〒100-8144
東京都千代田区大手町1−4−1
電話 03−5218−9720(総務課)
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印 刷
©国際協力銀行開発金融研究所
株式会社ガム・コーポレーション
2003
読者の皆様へ
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