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ブック 1.indb - 東京成徳大学・東京成徳短期大学

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ブック 1.indb - 東京成徳大学・東京成徳短期大学
我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察
─北欧の支援システムを通して─
石 田 祥 代*
野 澤 純 子**
藤 後 悦 子***
A Study of Support for Children with Special Needs in Japan
-As Seen through the Scandinavian Support System-
Sachiyo ISHIDA
Junko NOZAWA
Estuko TOGO
The deterioration in the educative ability and the child care ability of the family along with the reduction in
community support for child care has been pointed out through "studies on the construction of family support
model of the day care for children with special needs". In addition, consultations at nurseries show that there is
a great need for advice regarding training children in their daily habit. Parents are having trouble because their
FKLOGUHQZKRDUHGHOD\HGLQGHYHORSPHQWDQGFKLOGUHQZLWKVSHFLDOQHHGVKDYHGLIÀFXOWLHVZLWKGDLO\KDELWV
This study considers the support system and the tasks for children with special needs in Japan by the analysis:
DWÀUVWWKLVVWXG\RXWOLQHVWKHGD\FDUHV\VWHPLQ6ZHGHQ'HQPDUNDQG)LQODQG6HFRQGO\LWDQDO\]HVWKHFR
operation between nurseries and other organizations. Thirdly it reports on the support system for children with
special needs at nurseries. As a result, it makes recommendations that the co-operation between the nurseries
and other organizations is needed more than ever, and that each community should establish a key person and
a key organization which will collect information about children and make suggestions to their families. At
the same time, the number of travelling guidance programs should be increased. Additionally, it is better that
the expert's teams establish close relations with the nurseries. There is a shortage of nursery teachers in Japan;
KRZHYHULWLVQHFHVVDU\WRKDYHDFDUHIXOGLVFXVVLRQDERXWDQ\QHZTXDOLÀFDWLRQV
Keywords: 気になる子ども、家族支援、保育
Children with Special Needs, Family Support, Day Care
*
**
***
Sachiyo ISHIDA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology)
Junko NOZAWA 東京家政大学(Tokyo Kasei University)
Estuko TOGO 東京未来大学(Tokyo Future University)
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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
しながら、
現状では保育士の経験や能力の不足、
1.はじめに
資質向上のための機会の不足により、家庭支援
や親への対応の困難さを訴える保育士も多いと
近年、我が国では、家庭の教育力や子育て機
いう(野澤・藤後 , 2013)
。
能が低下してきており(松田 , 2011)、社会状
本稿では、共働き率が高く、同時に、福祉国
況の急激な変化に伴い家庭生活の維持そのもの
家としての地位を早くから確立してきた北欧3
が困難を極める状況を生み、子どもの家庭教育
カ国:スウェーデン、デンマーク、フィンラン
に少なからず影響を及ぼしているといわれてい
ドを取り上げ、気になる子どもの支援に関して
る(工藤 , 2010)。特に、発達に遅れのある子
考察する。
まず、保育・幼児教育の制度を概説し、
どもや気になる子どもを養育している多くの親
就学前幼児を取り巻く支援体制として各国にお
や家庭は、大きな不安とともに閉塞感を感じ、
いて特徴的な機関・施設を取り上げ、その役割
孤立している現状にある(寺沢ら , 2013)。
を検討する。さらに、気になる子どものための
筆者らは、保育所等の特別ニーズ保育におけ
支援の観点から保育施設における配慮・工夫を
る巡回相談を活用した身辺自立等に関する家庭
分析する。なお、各国によって制度と呼称が異
支援の方法を明らかにするために、これまでに
なるため、就学および教育施設を総称し「保育
①現代社会では、親の就労形態や家庭構造、地
施設」とする。また、保育士、保育補助士、幼
域社会の変化に伴い、家庭における「しつけ」
稚園教諭など資格も各国により異なるため、総
の主な役割は母親が担っているが、
「しつけ」
称しスタッフ(北欧では、
日本のように「先生」
に関する悩みや心配事は多くの母親にみられ
と呼称せず、「ブリギッタ」などと名で呼称す
(石田・野澤・藤後 , 2015)
、②気になる子ども
るのが一般的である)とする。
は基本的生活習慣が確立しづらく、気になる子
の親はより一層子育ての困難さを抱きやすいこ
とを報告してきた(野澤・藤後 , 2013;野澤・
2.各国の保育・幼児教育制度
藤後・石田 , 2014;藤後・野澤・石田 , 2014)
。
1)スウェーデン
このような子どもを育てる家庭への支援とし
現在、スウェーデンの保育施設としては、就
て、
母子保健家庭訪問や児童発達支援センター、
学前学校(förskolan;フォーシュコーラ * 就学
幼稚園や保育所での相談等が挙げられるが、こ
前保育所と訳している資料もある)と保育ママ
のうち保育時間が長く、日中のほとんどを過ご
がある。就学前学校の歴史は、1836 年に遡り、
す子どもたちも多い保育所に対しては、挨拶や
「小さな子どもの学校(småbarnsskolorna )」と
食事、排泄をはじめ交通ルールを守ることや集
呼ばれる園がストックホルムに設立されたのが
団の中での決まり事を守ること等の生活習慣の
始まりとされている。その後、1854 年には全
確立への高いニーズが認められる。これに加え
日保育の前身である託児(barnkrubban)がス
て、先述のように、家庭の教育力低下や、発達
トックホルムに開設された。1896 年には、アナ・
障害を含む気になる子どもの親が「困り感」を
エクルンド(Anna Eklund)によってストック
持っており、多様なニーズを有する子どもたち
ホルムに最初の幼稚園(barnträdgården )が開
が通所していることから保育士の資質・専門性
設されている。
の向上がますます重要となってきている。しか
第 二 次 世 界 大 戦 後 の 1945 年 に、 社 会 庁
14
我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察─北欧の支援システムを通して─
(socialstyrelsen)が保育を含めた児童福祉に責
を利用する親が大半を占めるということが分か
任を負うことになり、社会的なニーズもあって、
る。
保育所(daghem, dagis)と家庭的保育施設とし
保育施設のスタッフは、就学前学校指導員、
ての保育ママが各地に設けられた。1975 年に
余暇施設指導員、
(補助)保育士、家庭型保育
は半日と全日の保育所が förskola として統合さ
所保育士の4種類のカテゴリーに分かれる。
れ、ますます増設された。
就学前学校指導員と余暇施設指導員は、教授法、
スウェーデンで特徴的なのは、就学前学校と
幼児心理学、家庭社会学、創造活動を中心とす
して教育省が管轄している点であり、1996 年
る3年間の大学レベルの教育を受けている。す
に主管が社会省から教育省へ移管されたことに
なわち、就学前学校指導員と余暇施設指導員の
よる。すなわち、スウェーデンの保育施設は、
半数以上が、就学前保育指導員になるための訓
後述する就学前クラス(förklass)、9年間の義
練を受けたか、レクリエーションや余暇教育の
務教育学校に当たる基礎学校(grundskola)
、学
学位を有している。一方、原則として、(補助)
童保育所を含め、教育課程に沿って教育を提供
保育士は高校を卒業していなければならず、市
する施設となっている。また、北部地方のラッ
町村にあたるコミューン(Kommune)が主催
プランド地方では、サミ語(Sami)での幼児
する養成コースを受けている。その他のスタッ
教育が提供されている。
フの多くは何らかの形で子どもに携わる訓練を
主管が教育省に移されたことに伴い、1998
受けている。就学前学校指導員の約2%、余暇
年以降、就学前保育独自の教育課程が導入され
施設指導員の約 14% が男性である(SI, 2005)。
ており保育施設は遵守しなければならない。た
だし、教育課程には「いかに」して目標を到達
2)デンマーク
すべきであるかに関しては規定されてはおら
千 葉 (2011) に よ る デ ン マ ー ク 学 校 体 系 図
ず、個々の保育施設に委ねられている。目標と
で は、 0 か ら 3 歳 が 保 育 所 お よ び 保 育 マ マ
一般的指針は次の分野に及ぶ。
(vuggestuer;委託保育)、3から6歳が幼稚園
①基準と価値観
(børnehaver)、6から7歳が就学前学級と記載
②成長と習得
されているが、実際に、デンマークでは、我が
③子ども自身の影響力
国のように保育園と幼稚園の公的な区別はな
④就学前保育と家庭の協力
されておらず、様々な形態の保育施設が存在す
⑤就学前クラス、基礎学校、学童保育所(余暇
る。保育・幼児教育の主管は健康省(Sundheds-
施設)との相互協力
ældremnisteriet;元々社会省が主管であったもの
多くの親は、1974 年に導入された両親保険
の 2015 年に省庁が再編成され健康省が設けら
を利用し、育児休暇をとる。両親保険では、
れた)であるため、0から3歳が乳児園、3か
480 日の育児に伴う休業が認められ(うち 390
ら6歳が保育所、乳児園と保育所が総合されて
日は給与の 80% が保障、残りの 90 日は1日に
いる園を総合保育園と訳している報告書もあ
つき 180skr が支払われる)、約 90% が有給の
る。国の教育目的は下記の分野に及ぶ。
両親保険を、約 80%が 90 日の保険を消化して
①子ども一人ひとりの全般的な発達
いる。このように、スウェーデンでは、子ども
②社会適応力
が1歳数ヶ月から1歳半になってから保育施設
③言葉
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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
④身体と運動
3)フィンランド
⑤自然と環境
フィンランドの保育施設として、保育所(幼
⑥文化的表現と価値
稚園と訳している資料もある)と保育ママ
(ファ
歴史的には、1920 年代に不況の波を受け、
ミリーデイケア、家庭委託保育等と訳している
保育ニーズが高まり、従来の教育を目的とした
資料もある;1人の保育者が3つの家庭を回り
園と社会的サポートを目的とした園の2つの目
ながら、それらの家庭の幼児を集めて保育を行
的を統合した保育施設(dagtilbud)を設けたと
う場合もある)、複数の家庭が数名の保育ママ
されている。現在の保育施設には、女性の雇用
(家庭委託保育者)を呼んで家庭等で行われる
を助ける、平等に良い環境を提供する、成長を
グループ保育がある。
保育所にも標準的なもの、
促すという3つの側面がある。0歳から1歳ま
24 時間運営の長時間保育所、オープン保育所、
での間は育児休暇を利用して親が育てるために
移動保育所等多様であり、これらが設置主体と
含まれていない。ただし、フルタイムで働く親
運営主体によって、公立の保育施設(kunnallinen
は生後6ヶ月から保育所へ預けることができる
päivähoito) と、 私 立 の 保 育 施 設(yksityisen
こととなっている。
päivähoito)に分かれている。 フィンランドで
保育施設の職員は、ペタゴー(pædagog)の
は、歴史的に、幼児への「教育」と「ケア」と
資格を有している。ペタゴーとは、日本語では
を二分するような考え方をとっておらず(山田 ,
「社会教育士」「社会生活指導員」
「社会保育士」
2005)
、その潮流は現在もエジュケア・モデル
等といわれるが、基本的には日本でいう保育・
として引き継がれている。すなわち、ケア・保
療育領域の指導者である、幼稚園・保育所、あ
育・教育の要素が組み合わされている(Ministry
るいは学童保育等で子どもを対象とする仕事に
of Social Affairs and Health, 2013)。
就いている人が大部分のようであるが、配属先
保育施設は 1860 年代に遡り、ハンナ・ロス
によって、障害者や社会的弱者に対する教育的
マン(Hanna Rothman)女史によりヘルシンキ
支援をする「ソシアル・ペダゴー」やレクリエー
にフレーベル施設が設立されたのが始まりで、
ション(リラックス・運動療法)を担当する「ア
ベルリンでの勉強を経てロスマンは 1888 年に
ウスペニングス・ペダゴー」等も含まれ、ペタ
幼稚園(Fröbel-anstalt i Helsingfor)も設立した
ゴーの活躍する場は「子どもから刑務所まで」
とされている。その後、1913 年には幼稚園が、
といわれるほど広い。ソーシャルワーカー(以
国家教育委員会(Opetushallitus)から社会保健
下 SW とする)は、病院・機関等において相談
省(Sosiaali-Ja Terveysministeriön Selvityksiä)の
援助業務のみを行うもので、別途の養成課程が
管轄に移された(現行も社会保健省が主管であ
ある(加登田 , 2012)
。ペタゴーの養成は、中
る)
。1936 年「児童福祉法(Lastensuojelulaki)」
期高等教育機関である職業短期大学(2008 年
が施行され、保育に関する地方自治体の責任が
1月より施行)に位置づけられ、3年半の教育
明記された。スウェーデンやデンマークと同様
を修了すると職業学士が授与される。保育施設
に、第二次世界大戦後の女性の社会進出に伴っ
のスタッフには、ペタゴーの他に実習生やジョ
て、1960 年代から 70 年代に保育ニーズが高ま
ブトレーナーにも給与が支給され、労働力とし
り、保育施設や保育ママが増設された。
て認知されている(大石 , 2012)。
現在の保育施設の根拠法としては、1973 年
の「児童保育法」があり、「義務教育以前の子
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我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察─北欧の支援システムを通して─
どもたちに、発達と学習の可能性を促進させ1
教育が行われるのが一般的である。スウェーデ
日の間の必要な時に利用できる持続的な保育を
ンでは、
スタッフを加配するのが一般的であり、
つくりあげることである(第 1 条第2項)
」と
フィンランドでは特別な療育を必要とする幼児
規定されている。 保育・幼児教育の目的は、
の受け入れ人数を2名とし、受け入れた場合に
親がその子どもたちを養育することを支援し、
は保育グループ・クラスの定員を減らすという
親と協力して、調和のとれた人格と発達を促進
形で対応するのが一般的である。スウェーデン
することである。
では、地方自治体によって、例えば、聴覚障害
保育施設の職員として、大学で教育を受けた
のある子どもを多数受け入れる、肢体不自由の
幼稚園教諭と高校卒業後に職業訓練学校で養成
子どもを多数受け入れる保育施設を自治体内に
されるラヒホイタヤ(lähihoito )
、地方自治体
設置し、施設内の設備を整え、専門性の高いス
の養成コースを修了した、保育補助員やチャ
タッフを配置する場合もある。この場合、特
イルドマインダー(child minder)
、保育ナース
別ニーズのある子どもとそれ以外の子どもを一
(kindergarten nurse ま た は children’s nurse 等 訳
緒に保育するのが通常の方法である。スウェー
される)が配置されている。幼稚園教諭の養成
デン南部のマルメ市内(Malmö stad)の聴覚障
は、高校卒業生を対象として幼稚園教諭養成所
害幼児が多く通う保育施設において聞き取りを
や大学の教育学部教員養成学科で行われてい
行った際、当該施設に通う健常児の中には、聴
る。
覚障害のあるきょうだいや親をもつ子どもが複
フィンランドにはスウェーデン語を母語とす
数いるとの回答を得た。また、フィンランドで
る国民がおり、スウェーデン語で、保育・幼児
は、5名以上の特別ニーズのある子どものイン
教育が提供される保育施設もあるのはフィンラ
テグレート・グループを受入れている保育施設
ンドにおける特色であろう。加えて、スウェー
がある。スウェーデンと同様に健常児とともに
デンと同様に、北部地方では、サミ語(Sami)
過ごす保育施設もあれば、特別なニーズのある
での保育が提供されている。
子どものみで構成される保育施設もある。ヘル
育児休業制度は日曜と公的休日を除く 263 日
シンキ(Helsinki)やエスポー(Espoo)といっ
間、約1年が保障されており、両親で分けて休
た比較的大きな町の郊外地域に は、特別なニー
業することができる。そのため、1歳より保育
ズのあるこれらの子どもたちにも利用できるよ
施設を利用する親が多い状況にある。この一方
うな屋内外の設備を持つ施設もある(このよう
で、育児休業を終了後、国から手当をもらいな
なグループのある保育施設を特別幼稚園と訳し
がら保育施設に子どもを預けず家で育児をする
ている資料もある)
。
選択肢(hoitovapaa)もあり、これを利用する
これらに対して、デンマークでは、従来は国
親も多い。
の責任として、都道府県にあたる地方自治体
アムト(amt)に特別保育所(særlige dagtilbud)
3.気になる子どもの支援システム
を設けなければならず、特別保育所では、身体
的または知的な障害が重度の子どもを観察、診
1)障害のある子どもの保育体制
断し、特別支援、療育が提供され、同時に、障
スウェーデンとフィンランドでは、障害の
害のある幼児とその保護者が通所する通常の保
有無に関わらず、通常の保育施設で保育・幼児
育施設に助言や指導を行うという役割も有して
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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
いた。Steen らの報告(2009)によれば、社会
子どもの発見と支援に果たす役割は大きい。ま
サービス法(Serviceloven)第 32 条の規定をもっ
た、北欧各国にある就学前学級は移行支援とし
150 から 180 の特別保育所が設けられ、
2,000
て、
て重要なシステムとなっている。
から 3,000 名の幼児が療育を受けていた。しか
しながら、2007 年コムーネ(kommune;市町
2)多機関・多職種が関与する重層的システム
村に当たる)改革を通して、コムーネの数を減
デンマークでは、1歳、2歳、3歳時の医師
らすとともにアムトを解体し、新たな広域連合
よる健康診断が義務付けられている。身体的な
を設けた。この改革を通し、従来の特別保育所
成長の診断が主であるものの、知的障害や情緒
を設けていたコムーネと設けていなかったコ
的障害、発達障害等の疑いがあるときには、地
ムーネとで、義務教育学校での特別支援教育の
方自治体の担当者など関連部署への報告をしな
あり方と同様に、障害のある幼児への保育の提
くてはならない。加えて、自治体では、出産後
供体制が異なってきている。
の子どもに対しコムーネ担当者を決定し、自治
関係諸機関と保育施設との連携については、
体の保健師や SW が家庭を訪問し相談に乗る体
我が国と同様に、産前産後の親および就学前の
制も設けられている。自治体の保健師は、家庭
子どもの健康面での相談は保健機関が担ってい
のみならず学校、児童福祉施設、保育施設も担
る。このような保健機関が保育施設の気になる
当しており、家庭保健師としてだけではなく学
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図1 デンマークにおける障害児の早期発見と早期対応システム(出典:齋藤, 2011 図-3)
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我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察─北欧の支援システムを通して─
校保健師としても継続的に子どもに関わること
フィンランドのネウボラ (neuvola, 原語でアド
ができる体制となっている。加えて、他の北欧
バイスの場所 ) には、妊娠期から周産期に対応
諸国と同様に、家庭医の存在が大きい。すなわ
する「出産ネウボラ」
、周産期後から就学まで
ち、病気になった際には家庭医に診察をしても
に対応する「子どもネウボラ」
(
「出産・子ども
らい、重篤な場合には紹介状を携えて総合病院
ネウボラ」を統合しネウボラとしている自治体
に行くシステムである。子どもが生まれた時か
も多い)
、学齢期の子どもの問題行動、親子間
ら、健康全般について診察してきた家庭医が子
の問題、夫婦間問題、家族機能等の支援を行う
どもの成長と発達を見守る体制があり、発達の
家族ネウボラがあり、妊娠から就学までは同じ
遅れについて家庭医が発見することも多いとい
ネウボラ保健師が、母子と家族全体の健診の調
う。
整、相談支援を担当する。高橋(2014)は、ネ
図1には、齋藤ら(2011)が作成したデンマー
ウボラの特色として8点を挙げている。
クにおける障害児の早期発見と早期対応のシス
①普遍性の原則(全ての妊婦・母子・子育て家
テムを示した(一部改変)
。図1にあるように、
族が対象)
多機関多職種がそれぞれの立場から重層的に関
②動機付けの工夫・社会からの祝福:育児パッ
わり、それをコムーネ担当者が統括しているシ
ケージ(母親手当)
ステムが構築されているのが理解できる。この
③利用者中心の「切れ目ない子育て支援」
ようなシステムは、障害の早期発見のみならず、
④リスクの早期発見・早期支援
就学前の子どもへの特別な配慮や虐待や貧困等
⑤ネウボラ保健師と後方支援チーム・他職種連
の家庭の問題への介入にも用いられている。
携
さらに、子どものニーズに応じて、心理士
⑥手厚い産後ケア:ポジティブ・楽しい子育て
と SW の他に、理学療法士、作業療法士、言語
経験のために
聴覚士、総合・大学病院の小児科医等による定
⑦母子支援から子育て家族全体をつつむ「切れ
期的な支援や、これらの支援チームから日常的
目ない支援」へ
に接する親および保育施設スタッフへの情報提
⑧ネウボラ保健師のための全国共通の指針の開
供、助言など連携が図られている。
発
スウェーデンも、デンマークと同じように重
ネウボラにおける個別の面談では 1 回に通常
層的な支援システムを構築しており、障害が発
30 ∼ 40 分程度かけて母と子の心身の健康や子
見されれば自治体の障害担当者が中心となり、
育ての様子の傾聴・相談を行い、このような面
行政サービスを提供したり、情報提供を行った
談を積み重ね、保健師と母子間で信頼関係を築
り、ハビリテーションセンターと繋いでくれた
いていく。1人の保健師が1日数組の親子を面
りする。家庭医、総合病院、行政担当者、行政
談することで、保健師も親子もゆったりとした
の心理士と SW、
ハビリテーションセンター(理
気持ちで話すことができる環境を整えることが
学療法士、作業療法士)等がネットワークを設
できる。誕生から就学時に至るまでのネウボラ
け、支援にあたる。
で入手した各々の子どものデータは小学校入学
と同時に、学校の保健センターに移され、切れ
3)ネウボラに情報が集まる基盤支援システム
間のない継続的な保健が提供できるようになっ
乳幼児の保健・相談センターの役割を有する
ている。必要に応じ、外部の子育てサークルや
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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
プレイパークなど地域の社会資源について情報
歳で入学することができるようになったことが
を提供するとともに、心理カウンセリングや自
きっかけで、公的保育も整備されることとなっ
治体担当者との連携もネウボラ保健師の主な役
た。現状では、就学前学級に通う子どものうち
割となっている。
92%が公立の学級、残り8%が特別学校に敷設
図2にはフィンランドの保健福祉サービスの
される学級、サーメ学校に敷設される学級、私
構造を示したが、ネウボラが基盤となって、保
立の学級に通っている。デンマークやフィンラ
健福祉サービスを支えていることが理解でき
ンドも同じ傾向にあるが、スウェーデン語以外
る。ネウボラには、地域のプレイパーク、保育
を母国語とする子どもの割合は多く、保育施設
施設、民間の児童虐待防止センター等からも情
から学校への移行機関として非常に重要な役割
報が寄せられる。子どもとその家庭に関して
を担っている。
様々な情報が集まるネウボラは、自治体担当者
デンマークの就学前学級は 1970 年代よりあ
と連携を図りながら子どもとその家庭に適切な
り、当時は「幼稚園生クラス」
と呼称されていた。
介入をするための鍵となる機関となっている。
2000 年代のいくつかの調査では 90% 以上が幼
稚園生クラスを利用しており、調査の結果、利
4)就学前学級
用していない幼児との社会的成熟度の違いが明
スウェーデンの就学前学級が公的に設置され
確になったため 2009 年度より義務教育化され、
たのは、デンマークとフィンランドに先駆け
通常「0年生」学級と呼称されている。6歳の
て 1998 年のことである。1991 年に「柔軟な就
8月より入級する子どもが多いが、他の北欧諸
学制度」、すなわち、7歳時入学のところを6
国と同様に5から7歳と幅を持たせてあり、就
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図2 フィンランドの保健福祉サービスの構造(出典:資生堂児童福祉海外研修報告書, p.23改変)
20
我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察─北欧の支援システムを通して─
学前学級教諭、保育施設スタッフと保護者が子
デンマークの保育施設では、原則として読み
どもの育ちについて話し合いながら、最終的に
書きや算数などは教えないことになっており、
は保護者の判断によって入学が決定する
(齋藤 ,
幼児は家庭にいる時と同じように自由に遊んで
2008)。また、就学前学級が1年修了した段階
行く中で自然と触れ合い、他の子どもと一緒に
で、学校への入学はまだ早いと判断されれば就
遊ぶ経験を通して、自立心や自分で物事を解決
学前学級を2年間経験してから学校へ入学する
していくための術を学ぶことが重視されてい
といったケースもある。さらに、新年度開始の
る。保育園ではひたすら遊び、つめこんだり、
8 月の就学前学級入学をひかえて、5 月から入
押しつけたりするのは「子ども時代」を奪うこ
学まで「入学前準備クラス」が設定され、任意
とと考えられている。食事も昼寝も散歩も、無
で通うことができる。近年では、遊びを中心と
理やりやらせることはなく、例えば、外に出た
した社会性や規律の理解のみならず、アルファ
がらない子がいたら、遊んでいる子を見て引き
ベットや数字など従来は国民学校1年生で行う
込まれていくようにする(齋藤 , 2008;江口 ,
内容を行う学級もみられるようになっている。
2010)という。
フィンランドにおいても、以前より任意で就
このような、保育・幼児教育の在り方は、ス
学前学級が置かれていた。そして、いち早く就
ウェーデンやフィンランドにおいても同様であ
学前学級を義務付けたノルウェーやスウェーデ
る。すなわち、日課を保育施設側で準備するの
ンから影響を受け、2001 年度より、ほとんど
ではなく、活動の場を設定した自由遊びを中心
の自治体で半日制を原則とした無料の就学前学
に日課を構成している保育施設が多く、例えば、
級を開くようになった。2015 年 8 月からは、フィ
園内の教室(工作の教室、絵本や玩具の教室、
ンランドにおいても就学前学級が義務化されて
踊り場や廊下等)や園庭、森などに子どもを連
いる。
れて行き、一人ひとりの子どもの関心に先生が
いずれの国においても、遊びを通じて言葉と
寄り添い、見守る活動である。日課として、朝
表現、算数や時間の概念、自然や社会、音楽や
の会や終わりの会を設けている保育施設は一般
芸術への関心を助長し、学校教育に必要なルー
的ではなく、幼児クラスで一斉に誘導する場面
ルを体得させることが教育内容の中心になって
として一般的なのは、①昼食前のお手洗い、②
いる。また、義務教育学校への入学を控え、一
昼食、③昼寝や休息、④1日 20 から 30 分程度
人ひとりの成長と発育を観察し、保護者に助言
の一斉保育(歌、絵本、ゲームなど)
、⑤散歩・
することも大きな目的の一つである。
園外での活動(季節を感じるような活動:キノ
コ取り、水遊び、ソリ遊び)である。
4.保育施設での「気になる子ども」の支援
以上から理解できるように、障害のある子ど
もや気になる子どもがいたとしても保育・幼児
1)日課とその進め方
教育の場面で「困り感」が比較的少なくなる要
気になる子どもへの意図的な支援とはいえな
因として①子どもの関心とペースを尊重し活動
いものの、北欧3カ国で共通してみられるのは
を進める、②活動するグループの大きさが比較
保育施設での日課とその進め方である。結果的
的小さく、グループの人数がまちまちのことも
に、子ども自身やスタッフが「困り感」を抱え
ある、③一斉に誘導する場面が少ない、を挙げ
る場面の出現が少なくなっている。
ることができる。
21
東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
2)環境的な支援
3)人的な支援
環境的な支援として、建物内外のアクセスが
3カ国において人的支援の提供方法はそれぞ
挙げられるが、世界に先駆けて高齢化を体験し
れであるが、障害のある子どもの受け入れに対
たスウェーデンとデンマークにおいては、全て
して支援体制が整えられている。スウェーデン
の国民の平等を社会目標とし、ノーマライゼー
では、障害のある子どもとその保護者に保育施
ションの思想に基づいた福祉施策を展開してい
設を選ぶ権利があり、保育施設側は地方自治体
る。このためバリアフリー施策も障害者等を特
(kommune;コミューン)と相談しながら受け
別に対象とするような差別禁止法の形をとって
入れ体制を整える必要がある。障害のある子ど
いない(大谷・畑 , 2000)
。建築物や住宅につ
もの場合は、加配手当もしくは補助スタッフの
いては既に 1960 年代から建築法によって規制
加配という形でいずれにしても人的に支援され
を行っており、スウェーデンでは 1969 年建築
る。例えば、障害児それぞれに補助スタッフが
法改正(公共建築)によって、全ての公共建築
加配されるため、障害児が多いグループには、
物を障害者が利用可能にすることが義務付けら
7人や8人のスタッフがいるといった状況も生
れた。1987 年計画・建築法では、公共建築物
み出す。ただし、軽度の障害には加配はなされ
は新築・改築の際にはバリアフリー化を行うこ
ず、その代替として、自治体より巡回指導者が
とが義務付けられ、1994 年改正を経て 2000 年
1日につき2時間来るといった形が取られるこ
改正の建築法が現行制度である。デンマークに
ともある。地方自治体によって、体制に多少差
おいても 1977 年建築規則改正、1995 年の改正
はあるもののスウェーデンでは補助スタッフの
を経て、現行は 2010 年改正の建築法である。
加配という形で人的な支援を行っている。
スウェーデンでは、日本の多くの保育所と同
デンマークでは、特別支援保育所で特別支援
様に、3歳以上児(いわゆる幼児クラス)と3
を受ける既存の体制がまだ残っているが、地方
歳未満児(いわゆる乳児クラス)では、空間と
自治体によっては通常の保育所で障害児や特別
プログラムの面で2分している。他方で、日本
な配慮が必要な子どもを受入れている。そのた
では一般的に行われている、月齢で忠実に区切
め、地方自治体は、専門的なノウハウを提供し、
りを付けるクラス編成とは異なり、おおよその
スーパービジョンを行える特別支援スタッフ
発達によって柔軟にクラス編成が行われている
チームを設けている。保育施設に身体障害、知
(佐藤・山田 , 2010)
。このようなスタイルはデ
的障害、行動障害、社会的問題を抱える幼児が
ンマークやフィンランドでもみられ、日本のよ
入園した場合に、このような特別支援スタッフ
うに年齢別よりは、ランチルーム、工作教室、
チームが関わる。
玩具教室など目的別に教室が配置されている園
他方で、フィンランドでは、有資格者がさら
が多い。加えて、月齢ではなく、各々の活動の
に1年間の養成を受けて特別幼稚園教諭とな
興味や日課によって、小さなグループを設ける
り、特別ニーズのある子どもの保育施設に加配
ことも多い。
されている。本教諭は医療機関と連携を図りな
以上から、①早期からの建築法整備、②目的
がら、子どもの診断やスタッフ、親への助言を
に応じた保育施設内の空間の設定、③小さなグ
行う。
ループで保育施設内外の空間を使用、が北欧の
以上のように、気になる幼児の人的な支援の
環境的な支援の特徴として挙げられる。
特徴として、①加配もしくは専門スタッフの配
22
我が国における「気になる子ども」の支援に関する一考察─北欧の支援システムを通して─
置、②専門スタッフチームの関わり、が挙げら
幼児教育が行われていた。我が国においては、
れ、保育施設内にスタッフが多く配置されるこ
依然として保育士不足が問題となり新しい資格
とで、結果として障害児のみならず特別な配慮
の創出も検討されているが、例えば、スウェー
が必要な子どもや気になる子どもへの関わりに
デンにおいては、就学前保育所指導員と(補助)
余裕が生まれるという結果をもたらす。その半
保育士の保育連携、資質、給与の差などが課題
面、例えば、スウェーデンでは補助スタッフの
となることも多く、特に気になる子どもの支援
多くは自治体の養成は受けてはいるものの障害
にあたってはより専門性が求められるため、資
に関する専門性は欠けていることや、スタッフ
格については慎重に検討を重ねる必要があるだ
間の密な連携における課題が残っているといえ
ろう。
よう。
本稿では取り上げなかったが、自然の中で子
どもたちの元気な体と心を育てる「森の幼稚園
5.まとめと今後の課題
活動」は、森林資源環境に恵まれたスウェーデ
ンやデンマーク等の北欧諸国やドイツで盛んに
これまで見てきたように、北欧における気に
行われており、調査を通して、傷病による欠席
なる子どもの支援システムには、多機関・多職
の状況が低い、体力・運動能力が高い、集中力
種が関与しネットワークを構築していた。そし
が高いなどの結果が得られたという。健常児は
て、そこには自治体担当者、ネウボラ保健師と
もちろん、喘息や体の弱い子、多動や注意欠陥
いった連絡調整の鍵となる専門家の存在があっ
障害の傾向のある子どもの親からの入園希望も
た。我が国においても、保健センターの保健師
多い(渡部 , 2011)ようである。我が国におい
や児童発達支援センターの保育士、市町村の担
ても泥遊びや屋外での活動を推奨している保育
当者といった専門家が複数存在し、連携を図り
園や幼稚園は全国各地に見られ、気になる子ど
ながら支援にあたっている。しかしながら、支
もの発育と自然・屋外での活動との関係性に関
援の構造がクリアでなく、窓口が1本化してい
して、その成果を調べることが今後の課題の一
ない自治体も多い。今後は、これまで以上に連
つであると思われた。
携を図るとともに、ネットワークの中に情報を
集約し必要な助言を提供するキーパーソンや鍵
謝辞
となる機関を明確に設置することで、保育施設
本研究は、JSPS 科研費 25381068;
「特別ニー
における支援体制も整っていくのではないかと
ズ保育における基本的生活習慣に関する家庭支
考える。また、巡回の頻度を多くすること、専
援モデルの構築(基盤研究 C)
」から助成を受
門スタッフチームのこれまで以上の密接な関わ
けている。
りは我が国が今後より一層改善すべき点であろ
う。
他方で、保育施設内においては、気になる子
どもに焦点を当てた支援システムとはいえない
ものの、日課と保育施設の環境の在り方が「困
り感」を軽減する役割を有していた。これに加
え、人的な支援があり、気になる子どもの保育・
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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)
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