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国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2
98 研究ノート Research Note 研究ノート 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 対木 さおり 要 約 所報前号の研究ノート「国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 1」 に続き、本稿では、東京が国際金融センターになるための課題について、三菱総合 研究所が 2008 年に実施したアンケート結果を紹介する。今回は都市、金融規制、 税制、アジア共通通貨などの各論に関わる論点について、国別・地域別のクロス集 計を用いて考察を行った。 アンケート結果を概観すると、各国金融プレイヤーから提示された課題は、決し て解決不可能なものではないが、地域や国別にみればばらつきがある結果となっ た。今後、すべての課題を一気に解決しようとすることは現実的ではなく、東京が 今後どのような過程で、どのような国際金融センターをめざすべきかに応じて、課 題解決の優先順位を決める必要がある。そして、そのためには、今後東京がめざす べき国際金融センター像について、まずは議論を深めていくことが必須となる。 目 次 1.アンケート調査の概要 2.都市に関わる論点 2.1 国際金融センターとして都市が求められる機能 2.2 東京が都市としてめざすべき方向性 2.3 東京の都市としての課題 3.金融規制、税制、個人投資家育成に関わる論点 3.1 金融規制・監督に関わる課題 3.2 税制に関わる課題 3.3 個人投資家の育成策に関わる課題 4.アジア通貨制度に関わる論点 4.1 AMU(アジア共通通貨)の実現可能時期 4.2 AMU 実現時の市場 5.まとめ 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 Research Note Tokyo’ s Position and Challenges as a Global Financial Center Part2 - Based on the Results of a Survey of the Tokyo Market as a Global Financial Center Saori Tsuiki Summary Following“Tokyo’ s Position and Challenges as a Global Financial Center Part 1,”this report presents several results of a survey conducted with both Japanese and foreign financial players in 2008. It discusses specific policy issues related to Tokyo’ s position and functions as a city, financial regulation, tax system, and Asian Monetary Unit (AMU) with analysis of cross country survey data. Generally, it seems possible to achieve each of the requests presented by the overseas financial players: however, opinions vary according to country or area. It is unrealistic for Japan to meet all of the requests of the overseas players at once. The most important point is that without a clear scenario about how to promote the globalization of the Tokyo market and an idea of what will constitute a“Tokyo Global Financial Center,”we cannot determine the order of priority among the various options. Thus, we need to hasten our efforts to build an image of a“Tokyo Global Financial Center”and determine what that actually means as our future goal. Contents 1.Summary of the Survey 2.Tokyo’ s Issues as a City 2.1 Functions of the Global Financial Center as a City 2.2 What will Tokyo be like as a City? 2.3 Tokyo’ s Important Issues to be solved from the Perspective of Urban Functions 3.Reforms Required for Tokyo to Become a Global Financial Center 3.1 Reforms Related to Financial Regulation 3.2 Reforms to Increase the Attractiveness of the Japanese Tax System 3.3 Reforms to Promote Household Investments in Financial Goods 4.Currency System in Asia 4.1 How Long will it Take for an AMU (Asian Monetary Unit) to Come About? 4.2 The Main Market for an AMU 5.Remarks 99 100 研究ノート Research Note 1.アンケート調査の概要 三菱総合研究所では、東京の金融センター化に向けての課題を検証する目的で、2008 年 1 〜 6 月にかけて、2 回に分けてアンケート調査を行った* 1。アンケートの設問構成として は、総論パートと各論パートに分かれており、今回は各論パートの一部を考察する。 各論パートは、金融センターとしての都市論パートと、金融センターに関わる制度・政策 パートに大別できる。東京金融センターに関わる制度・政策パートでは、東京市場に関する 専門的な知識を必要とする設問も多いため、海外回答者のうち調査時点で東京市場へ投資を 行っている金融プレイヤーのみを回答の対象とした。一方で、都市論パートについては、東 京金融センターを他都市と比較し、より客観的に分析する必要があることから、内外問わず 全回答者に回答をしてもらった。 表 1.海外回答者の分布(東京市場への投資の有無) 合計 合計 (%) 米国 (%) 英国 (%) 国 日本市場に投資している 日本市場に投資していない 600 320 211 わからない、無回答 69 100.0 53.3 35.2 11.5 200 76 93 31 100.0 38.0 46.5 15.5 160 75 57 28 100.0 46.9 35.6 17.5 ドイツ 40 13 24 3 (%) 100.0 32.5 60.0 7.5 中国 (%) 香港 (%) シンガポール (%) 70 53 15 2 100.0 75.7 21.4 2.9 60 49 8 3 100.0 81.7 13.3 5.0 70 54 14 2 100.0 77.1 20.0 2.9 第 1 回は 2008 年 1 月に実施、第 2 回は 2008 年 4 〜 6 月に実施 作成:三菱総合研究所 2.都市に関わる論点 まず、都市に関する論点について考察する。国際金融センターにとって、都市としての特 性は鍵となる要素だ。金融取引は物理的に集積する傾向が強いことがC.P.キンドルバーガー 著『金融センターの形成 —比較経済史研究』 [1]でも論じられており、集積できる「場」が 必要となる。三菱総合研究所編著『東京金融センター戦略』 [2]では、①金融取引における コミュニケーションの重要性、②金融取引の要である金融プレイヤーはより魅力的な都市に 集まる傾向が強いこと、③都市間の競争の激化、などが金融取引の集積の背景にあると分析 している。 東京が国際金融センター化に向けて発展するためには、国際的な都市としての魅力を高め るような取り組みが必要不可欠である。そこで、国際金融センターとしての都市に求められ * 1 アンケート回答者の属性については、引用文献 1)参照。 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 る機能や、将来の課題について回答してもらった。 2.1 国際金融センターとして都市が求められる機能 国際金融センターとしての都市が求められる機能は多様だ。ビジネス面での機能のみなら ず、交通機関、住居など多くの要素が関わってくる。その中でも、日本、欧米の回答者に 重要視されたのが、「金融機関および周辺サービス(弁護士、会計士その他)の集積(クリ ティカル・マス)」である。国際金融センターの発展には、高度化・複雑化した金融取引の ための専門サービスも含め、金融機能が物理的に集積した都市の形成が重要であることがわ かる。 一方でアジアの回答者の意見をみると、金融機能の集積は、それほど重要視されていな い。この背景には、香港、シンガポールなどアジアの国際金融センターが、国内金融セン ターから発展した集積型というよりも、通貨取引やファンドなどの海外取引に特化する専門 型に近いということも関係している可能性がある。アジアで最も重要視された要素は、「利 便性の高い公共交通機関および英語で利用できるタクシー」(30.0%)であり、アジアの金 融プレイヤーからは移動効率の高い都市へのニーズが高い。また、「アクセス性の高い国際 空港」も高い関心を集めた。今後、東京では、羽田空港の国際便の増加や成田空港から首都 圏へのアクセス時間の短縮など、国際空港へのアクセス面では大幅な改善が見込まれ、イン フラ面で大きな前進となろう。 加えて、日本以外のアジア、欧米では、「公共空間における英語を含めた多言語による案 内表示」も重要との意見も多かった。 図 1.国際金融センターに求められる都市としての機能(N = 831) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 公園・緑地 その都市 (あるいは国) の特徴的な文化やファッションが感じられる街並や施設 その都市 (あるいは国) 固有の歴史や伝統を感じられる景観や施設 美術館、 博物館、 劇場、 コンサートホール、 オペラハウスなど サービスアパートメントもしくは2ベッドルーム以上の高級賃貸住宅 魅力的な高級ショッピング街 5つ星クラスの高級ホテル パブ、 ナイトクラブや世界各国料理のレストラン ビル内あるいは勤務場所近くの託児施設 ビル内あるいは勤務場所近くのフィットネス施設 公共空間における英語を含めた多言語による案内表示 ワンフロアが広く、 高性能なオフィスビル 英語を含めた多言語に対応できる病院、 医療技術やサービス水準の高い病院 渋滞の少ない道路網 利便性の高い公共交通機関および英語で利用できるタクシー 良好な治安 アクセス性の高い国際空港 高度な金融分野の人材を育成する教育機関 金融機関および周辺サービス (弁護士、 会計士その他) の集積(クリティカル・マス) アジア 作成:三菱総合研究所 欧州 米国 日本 101 102 研究ノート Research Note 2.2 東京が都市としてめざすべき方向性 次に、東京が国際金融センターをめざす過程で、手本とすべき都市はどこかを選択しても らった。米国、英国、中国、香港は、自国内の金融センター(順に、ニューヨーク、ロンド ン、上海、香港)を東京が手本にすべきという意見であった。ただし、第一に注目すべき は、米国以外の国々は自国の金融センターの次に、東京の手本として、ニューヨークをあげ ている点である。このようなニューヨークに対する評価の高さから考えれば、東京がニュー ヨークから学ぶべき点は多いといえよう。なお、シンガポールの回答者の意見は、「香港」 (44.3%)と「シンガポール」(40.0%)が拮抗しており、香港への信頼度が高い。 第二に注目すべき点は、米国の金融プレイヤーの意見では、「ニューヨーク」(46.0%)に 次いで、東京が「独自の魅力を活かした都市になるべき」(17.5%)という意見の割合が一 定程度みられることである。日本国内の金融プレイヤーによる回答をみると、「ロンドン」 (33.8%)、「ニューヨーク」(26.0%)、「シンガポール」(17.3%)に「独自の魅力を活かした 都市になるべき」 (14.3%)が続く結果となっているものの、「独自の魅力」というキーワー ドも東京が意識すべきポイントだ。 さまざまな都市が乱立するアジア域内での、東京国際金融センターの将来を展望すると、 域内唯一の国際金融センターをめざし、上海、香港、シンガポールなどとしのぎを削ること だけが唯一の方向性ではない。アジアの各都市が個々の魅力を生かしながら、アジア域内で 複数の国際金融センターが補完し合うというシナリオも十分に視野に入れるべきであり、こ のケースでは東京の独自の魅力、強みが一層重要になる。 図 2.東京がめざすべき都市のモデル(N = 831) 0% 10% 20% 米国 40% 50% 46.0 英国 26.3 ドイツ 27.5 香港 18.3 7.1 14.3 8.3 シンガポール 4.4 13.1 5.0 8.1 9.5 17.5 2.9 1.4 37.1 6.7 1.7 香港 上海 8.4 5.7 1.4 44.3 17.3 100% 7.5 5.0 50.0 33.8 ロンドン 90% 17.5 2.5 12.9 40.0 ニューヨーク 80% 15.0 6.7 26.0 8.0 3.8 17.5 7.1 70% 2.5 16.0 12.5 1.4 日本 60% 35.0 24.3 中国 シンガポ ー ル 30% 2.6 1.7 14.3 独自の魅力を活かした都市を目指すべき 4.3 その他 作成:三菱総合研究所 2.3 東京の都市としての課題 都市パートの最後として、東京が国際金融センターをめざす上での都市面での課題につい 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 て回答してもらった。日本の回答者の意見が「国際空港からのアクセス」(56.7%)に集中 したのに対して、米国、欧州では「公共交通機関における英語対応」(46.5%、43.0%)の回 答割合が多かった。アジアでは、「公共交通機関における英語以外の多言語対応」(34.0%) に対する回答割合が大きい結果となった。つまり、物理的なアクセス改善よりも、交通機関 での言語対応というソフト面での改善が重視される結果となった。加えて、アジアでは「金 融機関の要求するスペックに見合ったオフィスビルの不足」(34.0%)の改善も同様に重要 との意見も多く、オフィスビルは量ではなく質が重要との認識があるようだ。東京が今後ア ジアで中心的な国際金融センターとしてプレゼンスを高めていくためには、これらの要望に も配慮が必要であろう。 図 3.東京の都市としての課題(N = 831) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 外国語に対応した家事・育児支援サービス・施設の充実 英語で対応できるアフター5の娯楽施設の不足 公共交通機関における英語以外の多言語対応 公園・緑地の不足 災害発生時を想定した外国人向けの情報提供 公共交通機関における英語対応 金融機関の要求するスペックに見合ったオフィスビルの不足 医療機関のサービス水準の向上(医療技術や接遇面等) や、多言語対応の拡充 英語でビジネスができる人材プールの不足 勤務地に近い場所での良質な住宅の不足 国際空港からのアクセス 作成:三菱総合研究所 アジア 欧州 米国 日本 3.金融規制、税制、個人投資家育成に関わる論点 次に、制度・政策パートのアンケート結果の中から、金融規制、税制、個人投資家の育成 策に焦点を当てて紹介し、今後の課題を考察する。 3.1 金融規制・監督に関わる課題 日本の金融規制については、金融危機以前、各国の金融規制緩和の流れが強まったことも あり、英国型のプリンシプルベース* 2 に移行すべきとの議論が活発になった。日本でも金 * 2 プリンシプルベースとは、金融監督に際して、いくつかの基本となる行動原則である「プリンシプル」にもとづき、 金融プレイヤーによる自主的な取り組みを促す規制の仕組み。一方、ルールベースとは、金融当局が、詳細 なルールを事前に設定し、それを個別事例に適用していくという規制の仕組みであり、これまでの日本ではルー ルベースが主流であった。金融規制の改革の流れを受け、2008 年 4 月に金融庁は「金融サービス業におけ るプリンシプル」を公表し、ルールベースとプリンシプルベースの最適な組み合わせによって、金融規制・監督 の全体としての実効性を確保する「ベター・レギュレーション」をめざす方針を明確化させている。 103 104 研究ノート Research Note 融庁を中心に議論が重ねられ、改革が進められてきた。その後、米国サブプライム問題に端 を発する 2008 年の金融危機以後は、欧米を中心に規制緩和よりも規制強化の流れが強まり、 緩和一辺倒の雰囲気はやや変化したともいえる。しかしながら、時代ごとに規制内容や手法 に変化はあっても、規制の効率性、透明性の向上といった論点は普遍性を持つ。金融危機の 発生以前に実施されたこのアンケートにおいても、規制の効率性、透明性に関わる論点を重 視する意見が多くみられた。 まず、日本、欧州で最も多かったのが、「商品取引・不動産取引など金融庁以外が所管す る取引について、監督体制を整理・集約化すべき」(47.6%、38.6%)との意見であった。日 本では、現行、商品取引は経済産業省と農林水産省が所管し、不動産取引は国土交通省が所 管している。しかし、規制の効率性の面からは監督体制の整理・集約化が進められるべきで あり、相談窓口の一本化なども検討に値するのではないだろうか。日本の意見で、次に多 かったのが、 「金融庁の検査ルールおよび処分の発動基準を事前に明確にすべき」(42.4%) との意見であった。同選択肢は米国でも回答割合が比較的多く(31.6%)、規制の透明性が 重視されている。その他、米国、欧州の意見としては、「ルールベースからプリンシプル ベースに移行すべき」との意見も多かった。また、アジアでは「ファイアーウォール規制を 緩和、もしくは規制内容の透明性をあげるべき」(41.0%)との意見が多くみられた。 図 4.日本の金融規制の課題(N = 551) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% ルール・規制・行政処分などの情報を英語でもリリースすべき 市場の効率性を高めるため、監視及び捜査機能や人員の強化をすべき 規制内容や行政手続きについて、ワンストップで相談できる窓口 (担当者およびインターネット)を設けるべき 個々の検査官の検査基準・検査内容を統一化させるべき 金融庁の検査と日本銀行考査との重複を減らすべき 金融庁の検査ルールおよび処分の発動基準を事前に明確にすべき ノーアクションレターをもっと活用すべき ファイアーウォール規制を緩和、もしくは規制内容の透明性をあげるべき ルールベースからプリンシプルベースに移行すべき 商品取引・不動産取引など金融庁以外が管轄する取引について、 監督体制を整理・集約化すべき 作成:三菱総合研究所 アジア 欧州 米国 日本 3.2 税制に関わる課題 次に、税制の課題についてみてみよう。総じてみれば、税率引き下げに加え、手続きの簡 素化を重視する意見も多く、海外プレイヤーから制度や手続きの複雑さを指摘されてきた日 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 本の金融税制における課題の 1 つが浮き彫りになった。金融庁は、「平成 22 年度税制改正要 望について」[6]において、金融商品の損益通算の拡大や海外投資家に対する社債等の利子 の非課税措置の導入に加え、海外投資家向け非課税措置の手続き簡素化などを要望してお り、税制の簡素化が 1 つの論点となっている。 具体的な回答結果をみると、日本と欧州では、「税制面での手続きを簡素化し、課税要件 を明確にする」 (62.3%、46.6%)が最も回答割合が高かった。米国では、「法人税率を欧米 諸国と同様のレベルにする」(35.5%)、「株式にかかる税率(譲渡益・配当課税)や利子に かかる税率を下げる」(32.9%)などの税率引き下げへの要望に加え、「税制面の手続きを簡 素化し、課税要件を明確にする」(32.9%)も重要な論点の 1 つとして認識されている。 多様なプレイヤーが活躍する国際金融センターでは、幅広いプレイヤーに対応できるシン プルでわかりやすい税制の構築が金融取引のインフラとしての役割を担っていることから、 手続き面が重視されていると考えられる。 図 5.日本の金融税制の課題(N = 551) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 確定拠出年金制度の税制面の見直し 外国企業への特区・優遇税制の導入など ファンドの課税要件の見直し (適格投資家要件、同族会社要件の見直しなど) 税制の事前相談制度を迅速化し、金融専門窓口および英語対応窓口を創設する 租税条約の改定作業を進め、諸外国間との恩恵措置を拡大する (実質的な投資関連税率の引き下げ) 個人向け貯蓄優遇制度(一定額・一定期間、 利子・配当関連を非課税化など)の創設 金融商品の所得を一体化し、様々な金融商品との損益通算を可能にして、 損失の繰延機関を無期限にする 株式にかかる税率(譲渡益・配当課税)や利子にかかる税率を下げる 法人税率を欧米諸国と同様のレベルにする 税制面の手続きを簡素化し、課税要件を明確にする 作成:三菱総合研究所 アジア 欧州 米国 日本 3.3 個人投資家の育成策に関わる課題 次に、個人投資家の育成策についてのアンケート結果を検討しよう。日本における家計の 中長期的な姿を展望すると、今後、少子高齢化の流れの中で貯蓄率の低下が予想され、いか に効率的に手持ちの金融資産を活用し収益を増やすかが、重要なポイントとなる。「貯蓄か ら投資へ」の流れに沿った個人投資家の育成は、まさに国家的な視点から検討すべき論点で ある。 まず、日本の金融プレイヤーの意見をみると、育成策として「個人向け貯蓄投資優遇制度 105 106 研究ノート Research Note の導入」 (57.6%)と、 「金融税制の見直しと制度の簡素化」 (61.5%)の回答割合が大きかっ た。一方で、米国やアジアの金融プレイヤーの意見をみると、 「プライベートバンキングな ど富裕層向けビジネスの活用」や「プロ向け市場への個人投資家の参加」を重視する一方、 優遇制度や税制による「てこ入れ」についても、ある程度の関心が集まっている。個人投資 家の育成には金融リテラシーの向上が伴う必要があることから、長い期間を要すると予想さ れ、この結果も踏まえれば、政策面ではバランスのとれた対応が求められる。 図 6.個人投資家に関する課題(N = 551) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% プロ向け市場への個人投資家の参加 日本版401Kの拡大 プライベートバンキングなど富裕層向けビジネスの活用 個人投資家の意識改革、投資教育 個人向け貯蓄投資優遇制度の導入 金融税制の見直しと制度の簡素化 アジア 欧州 米国 日本 作成:三菱総合研究所 4.アジア通貨制度に関わる論点 最後に、アジアの通貨制度として、アジア共通通貨(Asian Monetary Unit:AMU)に ついてのアンケート結果を考察する。時代ごとの通貨制度や基軸通貨のあり方は、国際金融 センターの発展と一定の関係性を持っている。例えば、20 世紀前半までロンドンが国際金 融センターとしての地位を確保してきた背景には、歴史的にみれば大英帝国の発展と、当時 の基軸通貨であった英国ポンドの確固たる地位というものがあった。20 世紀に入り米国経 済が英国経済を凌駕するようになってからも、基軸通貨としてのポンドの地位が続いたた め、ロンドンも国際金融センターとしての地位を確保していた。その後 20 世紀中頃からド ルが基軸通貨としての地位を獲得した結果、ニューヨークが国際金融センターとして発展し てきた。アジアの中で国際金融センターとしての道を模索する日本としても、アジア域内の 通貨制度がどのような姿になっていくのか、東京市場がその中でどのような役割を果たすの かという論点は、中長期的にみて避けて通れない。そこで、通貨面から東京国際金融セン ターの方向性を模索する目的で、アジア共通通貨の実現可能性と、AMU の主な市場につい て調査したアンケートの結果を考察する。 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 4.1 AMU(アジア共通通貨)の実現可能時期 AMU の実現はどの程度先の将来になると予想するか、質問した。日本では「AMU の実 現は困難」 (24.7%)との意見が最も多いのに対して、アジアや米国では「早くても 20 年以 上先」(36.5%、31.6%)、通貨統合の経験のある欧州では「早くても 10 年以上先」(43.2%) という回答が多い結果となった。注目すべきは、日本が実現可能性について相当悲観的に捉 えているのに対して、アジアでは、「AMU の実現は困難」との意見は 0.6%とごくわずかで あり、アジア共通通貨実現に対する日本とアジア各国との温度差が明らかになった。 図 7.AMU(アジア共通通貨)の実現可能時期(N = 551) アジア (N=156) 欧州(N=88) 0.6% 2.3% 3.2% 7.1% 2.3% 30.8% 11.4% 43.2% 18.6% 17.0% 19.3% 36.5% 米国(N=76) 日本(N=231) 1.3% 13.2% 5.3% 20.8% 28.9% 24.7% 15.8% 21.2% 31.6% 10.4% 10.8% 2.6% 早くても10年以上先 AMUの実現可能性はあるが、 実現可能な時期については、 わからない 早くても20年以上先 AMUの実現は困難 早くても30年以上先 実現可能性、 およびその時期についてもよくわからない 早くても40年以上先 作成:三菱総合研究所 4.2 AMU 実現時の市場 仮に AMU が実現した場合に、AMU の主な取引市場はどこになると思うか、という質問 に関しては、米国、英国、ドイツのプレイヤーは日本に対して高い期待を持っているものの、 107 108 研究ノート Research Note 香港、シンガポールは香港を、中国は上海を主要な市場として想定していることがわかった。 AMU が将来実現するとしても、アジアの中心的な通貨センターはどこになるのか。これ はアジアが多様な国家を擁する地域であるが故に、非常に難しい問題ではある。しかし、東 京が AMU の主な取引市場になった場合のメリットは大きい。AMU に各アジア通貨を一定 のウェイトで組み合わせるバスケット方式が採用されることになれば、日本の役割や経済規 模などを背景に円が相対的に大きな地位を占める可能性がある。その場合は、AMU に円が 一定程度連動することでアジア域内での為替リスクが軽減されるというメリットがある。ま た、今後東京が AMU のマザーマーケットとなるか否かは、国際資金の中継地としての東京 の役割を位置付ける決定的な要素となる。東京の国際金融センター化をめざすのであれば、 AMU のマザーマーケットをめざし日本も率先して取り組む必要がある。 図 8.AMU の主要な市場(N = 551) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 米国 42.1 22.4 6.6 2.6 英国 42.7 21.3 9.3 ドイツ 38.5 中国 香港 24.5 23.1 17.0 7.5 14.3 シンガポ ー ル 80% 10.5 7.5 日本 東京 14.3 香港 シンガポ ー ル 15.7 14.6 3.8 39.6 12.2 40.7 29.9 4.1 4.1 4.0 1.9 33.3 23.4 ソウ ル 19.5 0.4 100% 15.4 23.1 61.2 24.1 5.3 6.7 90% 上海 11.7 その他 作成:三菱総合研究所 5.まとめ 本稿では、各論部分のアンケートについて、国別や地域別のクロス集計を中心に、アン ケート結果を紹介した。紙面の都合もあり、各論の一部を紹介する形式になったが、各論点 を総括して感じるのは、「その 1」1)でも指摘したように海外サイドから考える東京市場の 課題と、日本サイドが考える東京市場の課題には、ずれがあるという点である。また、東京 が国際金融センターとして取り組むべき課題は多いものの、一つひとつは比較的シンプル で、決して解決不可能なものではないという点も注目に値する。 しかしながら、各国、各地域の意見を詳しく分析すると、それぞれ内容や優先順位におい て大きな相違がある。すべての課題を短期間で解決することは事実上困難だ。東京が、アジ アの国際金融センターをめざすのか、それとも世界経済全体を網羅するような国際金融セン ターをめざすのか、によっても重視する論点は異なってくる。例えば、言語対応 1 つをとっ ても、英語情報の拡充が前提条件ではあるものの、アジアからは公共交通機関などにおける 英語以外の多言語対応への要望が強い。東京がアジアの国際金融センターをめざすのであれ ば、英語のみにとらわれず、どのようなレベルで多言語対応のニーズがあるかについても的 確に把握する必要があろう。 国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 2 〜東京の国際金融センター化に関するアンケート調査結果から〜 東京がどのようなスタイルの国際金融センターをめざすのか。この答えがまだ明確になっ ていないことは、大きな問題である。アジア共通通貨の実現可能性について、日本の金融プ レイヤーが消極的な点にも不安が残る。東京金融センターのめざす方向が決まらなければ、 今後の優先課題も絞れない。このような認識の下、三菱総合研究所では、日本に存在する家 計金融資産や、巨大な金融市場といったストックや、成長を続けるアジア市場との近さ、正 確さ・信頼性を大切にする国民性、高いものづくり力など、日本の強みを最大限に生かした 「日本型国際金融センター」を東京市場がめざすべき姿として提案している。 2008 年後半からの金融危機以後、アジア各国が世界経済に先んじて回復基調を強めてい ることもあり、アジア各国の勢いが増している。今後アジアにおける国際金融センターの地 位をめぐって、今まで以上に積極的な取り組みが求められるだろう。ブルームバーグによる 最新のグローバル調査(2009 年 10 月末実施)[8]では、世界最高の金融センターとして 1 位のニューヨーク(29%)に続き、シンガポール(17%)が 2 位となり、ロンドン(16%) を抜いた。今後万博を控える中国の金融センターである上海への支持も 11%であったのに 対して、東京への支持はたった 1%に過ぎなかった。 このまま手をこまねいていれば、東京が、他のアジア金融センターの躍進の中に埋もれて しまうリスクすらある。どのような過程を経て、最終的にどのような東京国際金融センター をめざすべきか。将来に向けた明確なビジョンとプランが、今まさに求められている。 参考文献 [1] [2] C.P.キンドルバーガー , 飛田紀男訳 :『金融センターの形成 —比較経済史研究』, 巌松堂出版(1995). 田中將介監修 , 三菱総合研究所編著 :『東京金融センター戦略 —見えない規制を超えて』, 日本経 済新聞社(2008) . [3] 金融庁:「市場強化プラン(金融・資本市場競争力強化プラン)について」 (2007). (http://www. fsa.go.jp/policy/bmi/index.html) [4] 金融庁:「金融サービス業におけるプリンシプルについて」 (2008) ( .http://www.fsa.go.jp/news/ 19/20080418-2/01.pdf) [5] 三菱総合研究所: 「内外経済の中長期展望 2008-2020 年度 —金融危機からの脱却を模索する日 本経済」(2009) . [6] 金融庁: 「平成 22 年度税制改正要望について」 (2009) ( .http://www.fsa.go.jp/news/21/sonota/ 20091031-4/01.pdf) [7] 伊藤隆敏 , 小川英治 , 清水順子編著:『東アジア通貨バスケットの経済分析』, 東洋経済新報社 (2007) . [8] ブルームバーグニュース: 「世界の金融拠点、NY堅首 シンガポール2位躍進」 (2009 年 10月31日) . 引用文献 1) 対木さおり: 「国際金融センターとしての東京の地位と課題 その 1 —東京の国際金融センター 化に関するアンケート調査結果から」『三菱総合研究所所報』No.51, 180-99(2009). 109