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英語受動態の補文節主語i
靑山學院女子短期大學 紀要 第 66 輯(2012) i) 英語受動態の補文節主語 湯本久美子 〔キーワード〕英語受動態・補文節主語・認知文法・参与者非フォーカス・客観的解釈 1.はじめに 英語受動態は下記 1)の下線部“(The) construction of the building”等の名詞句を主語とす るのが典型的である。 1)(The) construction of the building is being planned. 1)の主語を日本語にすると「ビルの建築」という名詞句が相当し,英語と同じく「ビルの建 築が予定されている」と受動態の主語として可能である。加えて,日本語の場合,「ビルを建 てることが予定されている」に見るように動詞を名詞化した「こと」表現も受動態の主語とし て可能であるii)。 「こと」表現に相当する英語名詞化表現として動名詞句, 不定詞句そして That 定形節がある。 能動態の場合はこれらの動名詞句,不定詞句, That 定形節(これらを補文節と呼ぶこととする) は主語として機能する場合が多い(2)―4) ) 。さらに,It が外に出た形式(5)) (この形式を It 外置主語と呼ぶこととする)も That 定形節を導き能動態が可能である。 2)Dancing is wonderful 動名詞主語 3)To dance is wonderful. 不定詞主語 4)That he hasn’t phoned worries me. That 定形節主語 5)It worries me that he hasn’t phoned. It 外置主語 Huddleston & Pullum (2002:1403) Huddleston & Pullum (2002:1403) しかし受動態においては日本語と英語には異なる振る舞いがみられる。6) の日本語表現に対 応する 7)の不定詞を主語とした英語受動態は非文である。英語受動態の機能についての研究 は多いが,それらのほとんどは典型的である名詞主語の受動文に集中し,補文節主語について 言及されることは少ないようである。 6) [それらの問題を解決すること]が主催者によって多いに期待されていた。 7)* [To encounter those problems] was fully expected by the organizers. ― 39 ― 湯本久美子 Langacker (2008:430) 本論の目的は,二つである。第一は,英語受動態において補文節主語にどのような制約があ ,そしてその理由はなぜかを認知文法(Cognitive Grammar)の枠組み るのか(3.1 節―3.3 節) において問うものである。そしてその分析結果から補文節主語受動態による事態の把握の仕方 を考察するのが第二の目的である(3.4 節)。2 節で認知文法における受動態の事態の把握を概 観し,その後に分析を進める。 結論として受動態の主語として一般的に可能なのは動名詞と It 外置主語であり,一方,不定 詞及び That 定形節主語は厳しい制約を持つことを述べる。そしてその理由について認知文法 を軸とした説明を試みる。この分析結果から有標である受動態の中でも有標度の高い補文節主 語受動態は通常の名詞主語受動態よりさらに参与者の姿を低めた事態の客観的把握を示すもの であることを述べる。 2.認知文法における受動態 認知文法では二つの角度から受動態を説明しており,この二つの角度は認知文法における受 動態の事態の把握を表現している。 ま ず 一 つ は, ア ク シ ョ ン・ チ ェ ー ン に お け る 受 動 態 の 位 置 づ け で あ る(Langacker )。私達は通常エネルギーの流れについてエネルギーを発するものに第一の際 (1990:229―230) 立ちを認め,そしてそのエネルギーを受けるものへ目をやるという順序で認識するが,その認 知メカニズムと重なるものがアクション・チェーンである。そして,認知文法においては,プ ロファイルされたものの中で最も際立ちの高いものがトラジェクター,次に際立つものがラン ドマークと呼ばれる。 そしてトラジェクターが主語に選択される傾向があると説明されている。 そこから,能動態の場合は,最も際立ちを持つアクションを引き起こすモノが統語的に際立ち を持つ場所である主語に置かれ,それを受けるものが目的語の位置を占め,アクション・チェー ンと流れが一致している。一方,受動態の場合はアクション・チェーンの下流にあるアクショ ンを受けるモノが主語として際立ちが与えられている。エネルギーの流れと際立ちの順序が一 致しておらず,この不一致が受動態を有標な形式としている(p. 229) 。そして,受動態にお いてアクション・チェーンのヘッドは含意されるか斜格で表現されるにとどまり,受動態は自 動詞構文であると説明されている(p. 230) 。 二点目は,be 動詞+過去分詞という形式を持つ構文の 3 種の意味である。Langacker(1982) では受動態が能動態からの派生ではないこと,文法的要素と言われる“be”, “by” ,そして過 去分詞形態素には意味があること,そして“by”の目的語は単に“by”の目的語であり,能 動文の主語から降格されたものではないことを主張している。その上で, [PERF]というシ ンボルで表されている“the participial predicate” (分詞)を相という観点から 3 種の variants に分類している。Langacker(1990:3.1 節) “The perfect participle”でも同じ説明をしており, 下記は Langacker(1990:129―135)からの例文である。 ― 40 ― 英語受動態の補文節主語 [PERF1]はプロセス全体をベースとしてはいるが,プロセスで起こった結果状態・最終状 態を表す。[PERF1]は,動詞ではなく,形容詞の一種である状態的関係を表す。 [PERF1] 8)My wrist is all swollen. Langacker (1990:129) 9)Janice is gone. Langacker (1990:129) 10)The side walk is cracked. Langacker (1990:129) [PERF2] は[PERF1] と同じように状態または場所の変化概念を喚起する。しかし [PERF2] は二つの参与者間のプロセスをベースとして持つことにより, [PERF1]より複雑な構造になっ ている。二つの参与者の内の一つがトラジェクターであり, もう一つの参与者であるランドマー クに変化を引き起こす力を行使する。 [PERF2]はこの変化の最終結果のみを表し,変化を経 る参与者をトラジェクターとして選択する。 [PERF2]は[PERF1]と同じように,形容詞の 一種であるが, [PERF1]とは異なる点がある。それは[PERF2]の場合は,ベースにおける ランドマークが[PERF2] においてはトラジェクターとなる不一致である。例えば, 11)の“steal” の場合,ベースにおいてのランドマークである目的語“that watch you bought”が“stolen” では主語・トラジェクターとなる。 [PERF2] 11)That watch you bought is probably stolen. Langacker (1990:130) 12)The cathedral is totally destroyed. Langacker (1990:130) 13)This slipper is all chewed up. Langacker (1990:130) 14)My arm was (so) burned (I could hardly move it). Langacker (1990:131) 15)The town was (already) destroyed (when we got there). Langacker (1990:131) 16)The infield was covered with a tarp (all morning) Langacker (1990:132) [PERF3]が受動態である。 [PERF2]と[PERF3]はベースに対して何をトラジェクター, ランドマークにするかという点では一致している。異なる点は[PERF3] ,つまり受動態は 最終状態のみではなくプロセスが経るすべての状態を表していることにある。下記の例文の 括弧と[PERF2]の括弧内(14 ∼ 16) )は異なっており,その異なりが[PERF3]がプロセ ス全てを表していることを示している。しかし, [PERF3]がベースの持つプロセスと同一 のプロセスをプロファイルしておりベースとの違いはトラジェクターとランドマークの選択 だけであるというのではない。 [PERF3]はベースとは異なり“atemporal”であり,従って “nonprocessual”である。この違いは,定形節は常にプロセスをプロファイルし,一方,非定 形名詞修飾は常に“atemporal” (p. 132)であることによる。 ― 41 ― 湯本久美子 [PERF3] 17)My arm was burned (as soon as I reached into the fire). Langacker (1990:131) 18)The town was destroyed (house by house). Langacker (1990:131) 19)The infield was covered with a tarp (in five minutes). Langacker (1990:132) これらの二つの説明から,認知文法における典型的な受動態とはベースプロセスにおいて力 を及ぼされ,ランドマークとなるモノに焦点を当てそれをトラジェクター,つまり主語とし, そして動詞が表すベースプロセスの最終段階に焦点をあてつつも全ての段階を非プロセス的に プロファイルしている構文である。そして受動態はそのように事態を把握している話し手の姿 を表現しているのである。 3.動名詞主語・不定詞主語・That 節主語 /It 外置主語 本節では,受動態の主語としてどの補文節主語が可能であるのか,そしてその理由を認知文 法の枠組みを中心にして考察し,その分析結果から補文節主語受動態による事態の把握を考え る。 3.1 動名詞主語 本節では動名詞と現在分詞の意味の議論からはじめる。日本の学校文法では,同じ ing 接辞 を持つ形態である動名詞と現在分詞には各々の名称が与えられ異なったものとして扱われてい る。この区分において,動名詞は動詞の名詞化表現であり,受動態の主語として生起するが, 現在分詞は名詞化表現ではないことから主語とはならないと説明できる。しかし,海外の言語 学では動名詞と現在分詞の区分は De Smet(2010) ,安井(2008:1 章)が指摘しているように 議論の的となっており,特に二大英文法書と呼ばれる Huddleston & Pullum(2002)と Quirk et al. (1985) は動名詞と現在分詞の二つの区別を認めていない。このような考え方においては、 同一接辞を持つ形態の一部が名詞化表現として受動態の主語としてなぜ生起できるのかについ て説明が必要である。本節ではまず動名詞・現在分詞の分類についての議論を概観し,ついで 認知文法でどのように説明できるかを試みたい。 Huddleston & Pullum(2002:80) は -ing 接 辞 形 態 を“gerund participials” と 呼 び“This form covers the gerund and present participle of traditional grammar, which are always identical in form.”と述べている。伝統文法における動名詞と現在分詞を一つのカテゴリーと 見なしており,歴史的には両者の発達は異なるが,現在では同一屈折形式を持っていることを (2010:1154) 同一視の理由の第一に挙げている (p. 76, pp. 82―83)。この理由について,De Smet は“They argue that English gerunds can be conflated with English present participles into a single category of‘gerund participials’ .”と説明し,現代英語では両者は融合していると Huddleston & Pullum(2002)は捉えていると説明している。 同じく,Quirk et al.(1985)は,この形態を“-ing clauses”と一括し,その中で従来の動 ― 42 ― 英語受動態の補文節主語 名詞を“Nominal -ing clauses (or more fully, nominal -ing participle clauses)(p. 1063)と, そして現在分詞を“participles” (p. 153)と呼んでいる。 Dixon(2005:367)もやはり動名詞を“ING”と呼んでいる。そして受動態と“ING”の 関 係 に つ い て“ING complement clause in O relation can almost always become passive subject.”と述べ,“ING”は受動態主語に可能であるとして下記の例文を挙げている。これら の例文中の“ING”は学校文法で動名詞と呼ばれるものである。 20)Mary’s having been passed over was mentioned at the party. Dixon (2005:367) 21)Counting the prisoners was begun/tried on Tuesday. Dixon (2005:367) 22)Jane’s having been promoted was pondered over. Dixon (2005:367) 認知言語学において動名詞と現在分詞がどのように説明されているかについて De Smet (2010:1169)は“3 節 The semantics of -ing”の中で認知言語学においても ING 形の統一的意 味説明が追及されていると述べている。 Especially the cognitive literature has addressed the latter issue and has attempted to provide a unified semantic characterization of the -ing-form of the verb, tending towards a unification of the categories of gerunds and participles. This has led to two main proposals, sometimes formulated together as two aspects of the meaning of the -ing-form. De Smet (2010:1169) De Smet(2010)は認知言語学における -ing-form の意味の二つの局面として Langacker (1991)らによる“atemporalizing” (p. 1169)と“imperfectivizing” (p. 1170)を挙げている。 “atemporalizing”とは動詞が表すプロセスは一つのゲシュタルトとなり,時間的な連続的な 意味をプロファイルせず,発話時との関連もなくなるという事柄の非時間化的な捉え方を意味 する。 “Imperfectivizing”とはプロセスの内的局面をとらえ,その始まりと終わりはプロファ イルしないことを指す(p. 1170)と,De Smet は説明している。 さて,ここからは認知文法の枠組みにおいて,まず同一接辞を持つ -ing 形式の共通の意味を 明らかにし,そして -ing 形式の一部がどのように名詞の意味を強く獲得しいわゆる動名詞とし て受動態の主語として生起できるのかの説明を試みる。 Langacker(1991(II):26)は名詞の議論の中で“ing”の形式について次のように述べている。 冒頭の“these nouns”は“Derived nouns like walking, complaining, sleeping, etc.”を指して いる。 The fact that these nouns are derived by -ing, which also appears in the progressive construction, provides a clue to their semantic analysis. I have argued elsewhere (1987b) that the progressive -ing does three things to a ― 43 ― 湯本久美子 perfective verb stem: (1) It construes the event holistically (by suspending a sequential scanning): (2) It confines the profile to an immediate scope of predication consisting of an internal series of component states; and (3) It construes these states at a level of abstraction that neutralizes their differences. The impact of -ing is diagrammed in Fig. 1.4, where (a) represents a perfective stem, and (b) its present participle. As before, the profiled states implicitly define an abstract region. Nominalizations like walking, complaining , etc. represent a higher level of conceptual organization obtained by shifting the profile to this region, as shown in (c). Langacker (1991(II):26) 派生名詞の“walking”の -ing は進行形の -ing と同じ形式を持ち,この -ing が派生名詞の意味 分析の鍵であると説明している。進行形の -ing は perfective verb の語幹に 3 つの性質を与える: (1)連続スキャンを停止させることによりイベントの全体的解釈を課す, (2)プロセスの中の 一部を表す特性を与える(時間ドメインの中に一定の範囲を持つ直接スコープを課す),(3) 焦点化された状態に見られるあらゆる違いを抽象化させるのでそれらの違いは実質的には同 等 / 均質のものと見なされる。これらの 3 つの性質は現在分詞と動名詞に共通する性質である という説明である。先ほど紹介した De Smet (2010)のことばを用いると (1)が“atemporalizing” そして(2)が“imperfectivizing”を意味している。 次に,下記の図 1.4 は動詞から現在分詞そして動名詞へと変化していく姿を表している。 (a) は perfective verb の語幹を, (b)は現在分詞,そして(c)が名詞化である。この図によって 名詞の“walking”等はより高いレベルの概念構造を持ち抽象境域にプロファイルがシフトし ていることが表されている。 そしてこの抽象領域にプロファイルがシフトしたことにより walking 等の派生名詞は質量名 詞の性質を得ることになる。下記の第一行目の“these expressions”は名詞化された walking 等の派生名詞を意味する。 図 1 Langakcer (1991(II): 26 Fig. 1.4) ― 44 ― 英語受動態の補文節主語 The mass-noun status of these expressions reflects the conceived homogeneity of the profiled region and the absence of bounding within the scope of predication. The constitutive entities are homogeneous by virtue of their common construal as‘representative internal states’of the process designated by the verb stem. The designated region can therefore be expanded or contracted without altering its basic character, so long as it is confined to such states; however, the endpoints of the process are necessarily excluded from the profiled region, being neither‘representative’nor‘internal’. Now by definition, the profile at a given level of organization is restricted to the scope of predication at the level, and in this construction the profile is coextensive with the immediate scope imposed by -ing. An expression like walking or complaining thus conforms to the characterization of a mass noun: the profiled region lacks inherent bounding with the scope of predication, since the endpoints of the process fall outside the relevant scope. Langacker (1991(II):26) 質量名詞の性質を得たことにより,内部は均質であり, “the scope of predication”内の境界 を失う。動詞語幹が表すプロセスの代表的内的状態として内部が均質であると捉えられる。基 本的特徴を変えることなく,指し示す部分が拡張したり収縮したりすることが可能である。し かしながら,プロセスの最終部分は必然的にプロファイルから排除され,代表的内的状態に は含まれない。定義として名詞化レベルの構造は“the scope of predication”に限定され,こ れは -ing によって課せられた直接スコープと同一の広がりを持つ。Walking, complaining のよ うな表現は従って質量名詞と特徴が一致している:プロファイルされた領域は“the scope of predication”内の境界を失うがプロセスのエンドポイントは関連スコープの外にある。と,以 上のように説明している。 このように,Langacker は -ing による派生名詞は抽象領域にプロファイルがシフトしたこと により質量名詞と同等の性質を持つと説明している。この質量名詞の性質は可算名詞のもつ 性質と対照的である。可算名詞の場合は例えば物質の広がりの範囲は区切られており境界は 直接スコープの中にあり,例えば“board” (板)の具体事例として同定するためには境界が 必要となる。一方,質量名詞の“wood”を同定する場合には必ずしも境界を認識する必要は ) 。その境界の認識が必要ないことを“absence of bounding ない(Langacker(2008:133―134) within the scope of predication”で表していると思われる。 可算名詞と質量名詞との平行性について Langacker(1987:91)では動詞“jump”と名詞 化した“jumping”の例を挙げて説明している。その説明の中で“jumping”の総称性につ いて次のように述べている。 “...... so can a jump be regarded as a bounded instance of the abstract‘substance’jumping. For one thing,“a noun like jumping does not describe a single episode of the base process, but instead refers to it in a generalized, even generic ― 45 ― 湯本久美子 fashion (e.g. Jumping is hard on the knees)” このように質量名詞の性質を得たことが -ing に名詞の性質を加え一般的に動名詞と言われる -ing 形式に変化させており,受動態の主語として生起可能になるのである。そして名詞化する ことによって得た総称的性質という説明は Huddleston & Pullum(2002:1435)が示している 動名詞主語受動態の特徴と一致する。 Passives with gerund-participial subjects are uncommon; a fair number of catenative verbs that take complements of this form do not allow passivisation. Compare: [29] i. Taking out a mortgage wasn’t considered/recommended/suggested. ii * Painting the house was begun/kept/hated/intended/remembered by Sam. Note that there is a difference in the interpretation of the corresponding actives. In Sam remembered painting the house the understood subject of paint is recovered from the matrix clause: it was Sam who painted the house. In Sam recommended taking out a mortgage, however, the subject of take is not specified syntactically but has to be contextually recovered. It is this type of gerundparticipial construction that most readily allows passivisation. Huddleston & Pullum (2002:1435) 動名詞が受動態の主語として可能なのは,“Sam recommended taking out a mortgage.”の “taking out a mortgage”のようにアクションが主節の主語に限定されず「一般的に抵当権を 設定する行為」の場合だと述べている(i) 。 “Sam remembered painting the house.”の“painting the house”は主語のサムの行為を動名詞が限定的に指していることから受動態にすると非文 (ii)であると説明されている。従って下記の受動文の主語の“Paying taxes”も特定の動作主 による「税金の支払い」ではなく, 総称化された「税金の支払い」という意味になる。従って, Langacker の指摘の通り,受動態主語としても動名詞“Paying taxes”は質量名詞と同等の総 称性という性質を見せている。 23)You can’t avoid paying taxes. Huddleston & Pullum (2002:1434) 24)Paying taxes can’t be avoided. Huddleston & Pullum (2002:1434) しかしながら動名詞主語を説明するにはこれまでの説明では不十分な点がある。それは名詞 化された -ing は進行形 -ing が持つプロセスの最終段階はプロファイルしないという性質を引き 継ぎ,名詞化された場合もその部分はプロファイルされないと説明されている部分である。 De Smet(2010:1170)が“imperfectivizing”と呼んでいる性質である。プロセスの最終段階 をプロファイルしないという説明は例えば, “I like walking.”のような場合には当てはまる。 ― 46 ― 英語受動態の補文節主語 主語が好きなのは「歩いている状態」であり,「歩き終わる」ことまでは通常,意味しない。 しかし,De Smet(2010:1170)はこの“imperfectivizing”が全てに当てはまらないことを 下記の例文を挙げて批判している。この批判は動名詞のみならず分詞にも及ぶと述べている。 例えば,動名詞“piercing my lip”が示していることは「唇に穴を貫通させる」ことであり, endpoint が含まれている。また現在分詞構文の“knocking him unconscious”が意味している ことは「彼を意識がなくなるまで打ったこと」であり endpoint は意味の中に含まれている。 25)If you were my parents would you forgive me for piercing my lip. De Smet (2010:1170) 26)But as the trial opened, she changed her plea and admitted shooting Staudinger last December, at his Manhattan apartment. De Smet (2010:1170) 27)During his 23rd bombing mission on October 26, 1967, a missile struck John’s plane and forced him to eject, knocking him unconscious and breaking both his arms and his leg. De Smet (2010:1170) 28)The governor shall certify to the department of administration the name of the person giving the information leading to the arrest, immediately upon conviction of the person arrested. De Smet (2010:1171) そ こ か ら,De Smet(2010:1171) は 次 の よ う に 自 分 の 見 解 を 述 べ て い る。-ing-form は“a baseline semantics of atemporalization”を持ち,それは動名詞と分詞にも適応されるが, “an additional layer of imperfectivization” が あ る 用 法, そ の 多 く が 進 行 形 に 適 応 さ れ る。意味的には -ing-form はある場合には他の用法より多くの意味をもち,ある場合は単に “atemporalizing”であり,ある場合には“imperfectivization”である。しかし自分の意見で は伝統的に動名詞と分詞と区別されるものを整理できる意味的分割は見いだせないとしてい る。自身の結論として,-ing-clauses の二者間の意味的違いを否定するというのはおそらく強 すぎるが,弱い主張―動名詞と分詞は意味的基盤において区別できないというのは妥当である としている。 確かに,例文の動名詞と現在分詞の意味を考えると De Smet(2010:1170)の批判は妥当で ある。そして動名詞はプロセスの endpoint である「結果」に焦点を当てる受動態の主語にな ることができる。例えば,安井(2008:5)の例文の“coming”は“He is coming.”の現在分 詞としては「彼は未着」であるが,動名詞としての“The coming of the transistor”の場合, トランジスターは「到来」しているのである。 29)The coming of the transistor could not have been foreseen. 安井 (2008:5) この“imperfectivization”から“perfectivization”への拡張には何等かの“skewing”が関わっ ているはずであり認知文法の枠組みでの説明を試みたい。第一の“skewing”は Langacker ― 47 ― 湯本久美子 (2008:141―142)が述べている質量名詞の“contractibility” ・ “expansibility”によるものであ ると考える。Langakcer は可算名詞と質量名詞を「均質性」 「有界性」そして「収縮性 / 拡張性」 , の 3 点から整理している。「収縮性」とはあるタイプの質量のあらゆる部分がそのタイプの具 体事例になりうることを意味している。例えば,湖の“water”は個々の調査により採取され た湖の水の一部は全て“water”と言える。これが「収縮性」である。そして均質的であり境 界がないという質量の特性により「拡張性」という収縮性とは反対の特性が生じる。例えば, 小麦粉にさらに小麦粉を加えると,小麦粉の量は増えるが,全体は一つの具体事例と見なされ る。 この収縮と拡張という相反する 2 つの性質はメトニミーとして整理することができる。つ まり,部分が全体を,全体が部分を指し示す構造である。例えば, “Jumping is hard on the knees.”の場合, “jumping”自体が示しているのは現在分詞形が示す始めと終わりの含まれな い「飛んでいる」部分である。この部分は「飛ぶこと」において最も際立つ部分であり,この 部分が「飛び始めから飛び終わりまで」の行為全体を指すことを可能にさせる,部分と全体の メトニミーを成り立たせているのではないだろうか。そして名詞表現の持つ抽象領域へのプロ ファイルが現在分詞にないこのメトミー解釈を動名詞に可能にさせていると考える。 第二の“skewing”として,受動態の主語としての動名詞の場合,受動構文という構文自体 が解釈に働きかけをしていると考える。受動態の場合はアクション・チェーンの下流にあるア クションを受けるものが主語として際立ちが与えられている。逆に見ると,受動態の主語の位 置に置かれる要素は何らかの被影響性・変化を帯びていると解釈することが可能である。例え ば, “The city was destroyed by the enemy.”において, “The city”は「壊されていなかった町」 から「壊された町」へと変化している。 「壊されている」という要素は“the city”の元々の要 素にはなく,それは“was destroyed”によって引き起こされ変化させられている。 とするならば,元々 endpoint を示すことがなかった動名詞が表すモノ化しているプロセス が受動構文の影響を受けて変化をしているという解釈を与えられる。その変化の方向は“be V-en”の具象化で表される。例えば, “Counting the prisoners was begun/tried on Tuesday. Dixon (2005:367)”の場合は“was begun”でそれまで -ing がプロファイルできなかった「始め」 の部分が完了したこと,また動詞が“was completed”ならば,全てのプロセスの「完了」へ と変化する。典型的受動態主語の持つ被影響性と結果を示す“be V-en”によって -ing が元々 プロファイルしていない部分までも表すことができるようになるのではと考える。 3.2 不定詞主語 1 節冒頭の 7) “* To encounter those problems was fully expected by the organizers.”で 示したように,不定詞は一般的に受動態の主語になれない。本節ではその理由の説明を試みる。 Langacker(2002:78)は,不定詞は“atemporal relations”非時間的関係を表すカテゴリー であると主張している(その他の“atemporal relations”を表すもの:前置詞,形容詞,副 詞,分詞)。それに対して“temporal relations”を表すのが動詞であり,動詞は時間軸におい て事柄の展開を表すものである。それに対して非時間的関係を表すカテゴリーについて“The ― 48 ― 英語受動態の補文節主語 corresponding atemporal relation employs summary scanning for the same series of state.” (p. 80) と述べている。つまり非時間的関係を表すカテゴリーとは一続きの状態をサマリー・スキャ ニング,一括しての捉え方を意味する。不定詞はベースとして動詞が表すプロセスを持ってお り,その上で事柄を連続スキャンとして捉えることを停止させ,一つのゲシュタルト・サマリー としてプロファイルしていると説明している。 How do infinitives and participles fit into this scheme? Though sometimes called“nonfinite verb forms” , they are not in fact verbs by my definition ― instead they designate atemporal relations. They nevertheless derive from verbs, so the profiled relation is characterized with reference to a process; this sets infinitives and participles apart from other atemporal relations. More specifically, the process designated by the verb stem functions as the base for the infinitival or participial predication overall The semantic value of the derivational morphology (to, -ing, -ed) resides in the effect it has on the process introduced by the stem: each derivational morpheme profiles a schematically characterized atemporal relation, and imposes in atemporal profile on the processual base provided by the stem. In brief, the morphemes deriving infinitives and participles have the semantic effect of suspending the sequential scanning of the verb stem, thereby converting the processual predication of the stem into an atemporal relation. Where these morphemes differ is in the additional effect they have on the processual notion that functions as their base. I analyze the infinitival to as having no additional effect whatever: in the first person to leave or Jack wants to leave, the infinitive to leave profiles the same sequence or relational configurations as the verb stem leave, but construes them by means of summary scanning as a single gestalt. Langacker (2002:81―82) Langacker(2008:433)は“raising” (繰上げ)と呼ばれることがある現象の議論の中で,不 定詞が受動文の主語にならないことについて次のように説明している。 30)The organizers fully expected those problems. Langacker (2008:430) 31)The organizers fully expected [to encounter those problems]. Langacker (2008:430) 32)Those problems were fully expected by the organizers. Langacker (2008:430) 7) * [To encounter those problems] was fully expected by the organizers. Langacker (2008:430) 不定詞補部は,まず出来事の記述として使えるほどそれだけでは十全に充足していないことか ― 49 ― 湯本久美子 ら概念的具象化されにくい。グラウディングされていないことと,名詞的な主語が欠如してい ることが具象化されにくい原因である。例えば, “to finish on time”のみでは,グラウディン グもされておらず,主語も欠如しており,非特定のイベントを表している。従って,特定化さ れたイベントでないことからその実現性は判断の対象とはならない。 しかしこの説明だけではなぜ不定詞が受動態の主語になりえないのか十分とは言えない,何 故ならば,Langacker(2008:119)では不定詞が文法的に名詞としても機能することをとりあげ, プロファイルが名詞へと移行する段階を示している。不定詞はサマリー・スキャニングを表し, サマリー・スキャニングは名詞化する上で必要な段階の一つであるとし,次の段階ではそれが モノへと移行すると述べている。それならば,不定詞が名詞化された動名詞と異なり,なぜ受 動態の主語としての名詞として機能するに足る具象化とはならないのかが十分には説明されて いない。認知文法の枠組みで考えうる説明としては,不定詞はプロセスの一括視点を表すが, 受動態はプロセスの終わりを強調しており,その不一致により受動態の主語としては不可であ ると言えるだろう。そして,不定詞はプロセスを非時間化した捉え方を表しており,受動態の 機能が Haspelmath(1990)が主張するように“inactivization”であるとすれば,既に非行為 化されている事態は非行為化できないということになる。 しかし,それだけではなぜ,動名詞に可能な“skewing”が不定詞には不可能なのかを説明 できない。現在の認知文法の枠組みのみでは説明は不十分であり,それを補う別の角度からの 説明が必要である。下記はその試みである。 現在分詞から動名詞への変化に見られる“skewing”が不定詞に起きない理由としては下記 に挙げる不定詞の持つ二次的な性質と受動態の性質が 3 点において一致しないことが考えられ る。 不定詞が持つ二次的な性質の第一は未来性である。Langacker(1991(II):446)は不定詞が非 時間的サマリー・スキャニング以外の意味をも持つのかという点について次のように述べて いる。まず,Langacker(1987:76)では,“the semantic effect of suspending the sequential scanning of the verb stem” と 述 べ, さ ら に“I analyse the infinitivial to as having no additional effect whatever.”と不定詞には連続スキャンを停止させる以上の意味はないと主 張している。この主張に対して,Wierzbicka は to-complement constructions について, “a future orientation”という意味があると反論している。この反論に対して改めて Langacker (1991)で自身の考えを述べているのが下記の引用部分である。 At the very least, Wierzbicka has persuaded me that there is more to the meaning of the infinitival to than I have previously claimed (1987b): that it merely suspends sequential scanning, thus driving a complex atemporal relation that profiles all the component state of the verb it combines with. I would still propose this as a schematic characterization valid for all class members, while recognizing that its prototypical value further incorporates some notion of futurity. Langacker (1991(II):446) ― 50 ― 英語受動態の補文節主語 ここでは自身の元々の主張を若干弱め,Wierzbicka の主張を完全に否定するということはな いが,Langacker(1987)で述べたことが動詞の全てのクラスに適応するスキーマであると主 張し,ただ,典型的な意味となんらかの未来性の概念が結びつくことは認識していると述べて いる。 もし不定詞に“a future orientation”の意味を認めることができれば,受動態の主語になり えないことは説明がつく。なぜならば,アクション・チェーンの最後の部分,アクションを受 ける結果に相応するものが受動態の主語となることから,結果性と未来性は矛盾する概念であ るからである。 そして不定詞に未来性をもたらすものとして“to”の働きが考えられる。Tyler & Evans (2002:149)/ タイラー・エバンズ(2005:183)は「to の原図形は方向付を持ったトラジェクター が強調されたランドマークに向いているという空間関係を表す」と述べ,その中の意義の一つ として「出来事義」を挙げている。 「この意義では to は特定のトラジェクターとランドマーク によって引き起こされた出来事との関係を表す」タイラー・エバンズ(2005:187)としてその 一例として“(6.34c) She sang the child to sleep.”を挙げている(タイラー・エバンズ(2005: 188) )。「補文化における不定詞句の to の役割が究極的にはこの意義から導き出された可能性 があるという仮説を立てている。 」(タイラー・エバンズ(2005:188) )と説明している3)。To 不定詞の“to”が前置詞の“to”と何らかの意味の共通性を持っていることは十分考えられ, 前置詞“to”の持つ方向性が不定詞の未来性と関連を持っている可能性がある。 しかし,不定詞と未来性・反事実性の関係は, factive/non-factive 動詞と補文の関係(Kiparsky, & Kiparsky(1971) )でも議論されているが,全ての factive 動詞が不定詞と共起できないこと はなく,明白な説明は未だなされていない。ただ,一般的に同一述語が動名詞と不定詞を許す とき,前者は叙実的前提を持つが後者は持たないと言われているのみである。従って、不定詞 と未来性との関係はあくまでも傾向にとどまる。しかしながら、Langacker(1991(II):446)が 述べているように典型的意味と未来性は結びつくことが多く、この点が不定詞主語受動態の可 否に影響を与えているものと考える。 第二の説明は Dixon(2005)が指摘している不定詞を目的語として取る動詞と受動態の 機能の関係である。まず Dixon(2005:368)は to 不定詞節については, “A Model (FOR) To complement”の議論として,下記の i ∼ iii の 3 種をあげて,“We can now enquire whether the for clause in (i) and the to clause in (iii) may become passive subject. They may be in principle, but seldom are in practice.”と述べている。つまり,現実には to 不定詞節が受動態 の主語になるのは少ないという意見である。 33)Dixon(2005:368)による不定詞の 3 種 i. I chose for Mary to go. Full form Dixon (2005:368) ii. I chose Mary to go. Reduced form Dixon (2005:368) iii. I chose to go. Further reduced form Dixon (2005:368) ― 51 ― 湯本久美子 そして,33―i)の full model (for) to clause,つまり for が加わっている to 不定詞が受動化され るのは“deciding, wanting, liking”の動詞であるとして下記の例文を示している。 34)For John to receive the house and Mary the money was finally decided on. Dixon (2005:368) 35)It was finally decided for John to receive the house and Mary the money. Dixon (2005:368) 36)It has been intended for Mary to go. Dixon (2005:368) 37)It was preferred for the sermon to come last. Dixon (2005:368) “deciding and wanting”動詞の場合は受動が可能で,し 33―ii)の Reduced form については, かし“liking”動詞は受動化はできないようだと述べ,次の例文を挙げている。 38)It was decided to eliminate wastage. Dixon (2005:368) 39)It is hoped/planned/intended to complete these tasks today. Dixon (2005:368) 不定詞補文が受動文の主語には実際にはほとんど可能ではないことについて,Dixson (2005:368)は,To 不定詞の主語は活動に関与はするが,主節の主語がそれを望むという意味 を表す。そこから他動的主語が“demote”され,受動文ができることはないと説明している。 They may be in principle, but seldom are in practice. A Modal (FOR) TO complement describes the complement clause subject getting involved in an activity, but also carries a sense that the subject of the main clause wanted it to happen; in view of this, the transitive subject is seldom open to demotion in passive. Dixon (2005:368) Dixon(2004:368)のこの説明は,受動態の典型的機能と不定詞を目的語としてとる典型的動 詞を重ねあわしたことに基づく実際的な説明であると考える。受動態の第一の働きについて Shibatani(1985)は動作主の姿を低めるものであり,実際多くの受動態は斜格 by 句を言語化 しない(p. 831)と述べている。一方,能動文不定詞補文の場合,動作主に相当する主語の働 きが重要となる。なぜならば,不定詞を目的語としてとる動詞(「to VP」方補文)は栞原・ 松山(2001)によると主語の認識的見解や意志・意図を表す動詞が典型的である。 40) (主語)繰上げ動詞:appear, tend, chance, promise, seem, threaten, prove, come, happen, turn out, remain, etc. ―「それらの多くは,補文が表す内容の真実性に対して,話者が自 分の知識や確信の程度を表すという,認識的(epistemic)意味を持つものである」 栞原・松山(2001:74) ― 52 ― 英語受動態の補文節主語 41) 主 語 コ ン ト ロ ー ル 動 詞:agree, attempt, begin, bother, cease, choose, condescend, continue, decide, demand, decline, design, endeavor, fail, forget, etc. ―「これらの動詞の ほとんどは,補文内容の実現に関して,主語の意思(volition)や意図(intention)を表 栞原・松山(2001:75―76) しているものである」 とするならば,例えば,“I agree to go to the party.”において重要な部分は主語“I”の同意 であり,主語を defocus することは適切ではない。従って受動態の agent defocusing 機能に一 致しないということになる。 第三の説明として語順と不定詞の解釈が考えられる。佐藤・田中 (2009:80―81) はレキシカル・ グラマーの枠組みによる説明の中で「目的」を示す TO DO と「結果」を示す TO DO の違い について議論している。ただし,「目的」の用法については,文尾でつかわれるのと文頭にく る場合とで,解釈の幅に相違が生じるとのことである。 42)He worked hard to support his large family.(彼は大勢の家族を養うために一生懸命働い た。 ) 佐藤・田中(2009:80) 文の後半に TO DO があると, 「一生懸命働いた」という行為が先に示されてから,それに続 く表現として「大勢の家族を養うという行為に向いて」がくるために, 「一生懸命働いて大勢 の家族を養った」というように, 「結果」としてのニュアンスも感じられるようになる。一方, 不定詞が文頭にくれば,あらかじめある行為に向いているという状況が設定されてから,文の 骨格情報が提示されることになる。 43)To support his large family, he worked hard. 佐藤・田中(2009:80) そして,行為連鎖の原理( 「目的に向いてから何かをする」のは可能だが, 「結果に向いてから 何かをする」ことはできない)に照らして,文頭の TO DO は 「結果」を意味することはあり得ず, 必ず「目的」として解釈される。例えば、43)はつまり「大勢の家族を養うために」という目 的解釈になる。従って, 「結果」を示す不定詞は,文頭にくることはあり得ず,44)∼ 46)の ように必ず文尾にくると説明されている。 44)She grew up to be a world-famous scientist. 佐藤・田中(2009:80) 45)My grandmother lived to be 95 years old. 佐藤・田中(2009:81) 46)He woke up to find himself a famous man. 佐藤・田中(2009:81) そこから,不定詞が受動態の主語となる場合には文頭に置かれることになり,結果ではなく目 的読みが優勢になるということになる。そうなると受動態がプロファイルするプロセスの結果 とは不一致ということになる。この語順による to 不定詞の解釈の異なりは,to 不定詞が本来 ― 53 ― 湯本久美子 プロファイルしている非時間化されたプロセスと語順がもたらす Active-zone の不一致と解釈 することができる。 とするならば,典型的には結果をプロファイルする受動態だが,結果をプロファイルしな い受動態の場合には不定詞は主語として可能になるはずである。この意見は Huddleston & Pullum(2002:1435)と一致する。Huddleston & Pullum(2002:1435)は不定詞が受動態また は外置受動態の主語となりえるのは,その不定詞節が述語の補語である場合であり,他の節タ イプではごく少ない連鎖動詞に限られかつ外置受動態形式の場合であると述べている。 Infinitival clauses can occur as subject or extraposed subject in passive clauses in which they are related to a predicative complement; in other types of clause, infinitivals are restricted to just a few catenative verbs (e.g. decide, desire, hope, prefer), and then only in extraposed position: i. a. Not to go would be considered rude. b. It would be considered rude not to go. ii. a. * To accept the offer was decided. b. It was decided to accept the offer. iii. a. * To receive more help was expected. b. * It was expected to receive more help . Huddleston & Pullum (2002:1435) この述語の補語という位置づけの不定詞の場合,受動態の形式ではあるが行為の連鎖は表して おらず, 「イコール」であることのみを示している。そこから“Not to go”は結果とも目的と も解釈することがなく,単にプロセスのサマリースキャンを表しており受動態の主語として可 能となる。 3.3 That 定形節主語・It 外置主語 Langacker(2008:432)は補部が定形節である場合には,これを受動化した文は一般にまっ たく容認不可能とはならないにしても非常に不自然な文となると述べている。 47)[That he would lose the election] was predicted by all the commentators. Langacker (2008:430) * 48)? [That she will graduate in June] is expected by her mother. Langacker (2008:432) 49)?[That they would encounter problems] was expected by everybody. Langacker (2008:432) まず,48)の低容認度について,その理由は“expect”がプロファイルしているのが物理的 な関係ではなく心的関係だからというのではないと述べている。なぜならば,同じく心的関係 ― 54 ― 英語受動態の補文節主語 を表す動詞“predict”が使われている受動文(47))は問題がないからである。低容認度の理 由は“predict”と異なり,“expect”は命題的ランドマークを名詞というより関係として捉え る動詞であることによる。その為,詳細化された定形節は名詞的対象物ではなく,関係を表し た補部である。従って,受動化できない。また,49)のように定形補文主語受動文の容認度が 上がる場合があることについては,次のように説明している。 “that”でマークされた場合, 定形節は概念的に具象化され,さらに抽象的な“thing”と解釈される可能性がある。命題は 特定の概念化者から独立した操作可能な対象としてメタファー的に解釈される。そのような場 合,定形節は名詞としての資格をもち, 動詞 expect の持つ他動的な意味と結びつくようになる。 この説明から,定形節が表している内容が動詞の行為の対象として捉えることができる場 合には容認度が高いということになる。この説明は名詞主語を持つ無標受動態の容認度の議 ,久野(1983) 論と一致する。他動詞の場合には Bolinger(1974)―affectedness「被影響性」 -involvement「関与」 ,久野・高見(2005)―「総体的ターゲット性制約」が容認度の条件と してあげられている。これらの概念は動詞が表す行為がその対象へと向かう関係を示してい る。そして受動態に生起しない動詞については Pinker(1999:93)は“Because the passive argument structure express an asymmetrical relation in which the passive subject is in the circumstance characterized by being acted upon by an agent, any verb for which there is no way of construing one entity as agent and another as patient should fail to undergo passivization.”と述べ,下記の動詞は受動態には生起しないと説明している。これらの動詞は 行為と対象の関係ではなく,対象同士の「関係」を表している。 50)受動態に生起しない動詞 Pinker (1991:93) Transitive verbs of spatial relations; contain, lack, fit, (static sense of) touch Transitive verbs of pure possession: have Symmetrical verbs: resemble Measure verbs: last 受動態は行為と対象のイベントを表すものであり, 対象同士の関係を表すものではない。 従っ てこの点において先ほどの Langacker(2008:439)の 47)の適切性と 48)の不適切性の説明は 納得のいくものである。しかしながら,48)に比べなぜ 49)の容認度が高くなるのかの説明 は納得がいくものではない。なぜならば,49)はメタファーとして抽象的なモノと解釈されや すいとからと説明されているがこれは十分とは言えない。これが第一の疑問である。 第二の疑問は That 定形節に比べて It 外置の方が一般的に用いられるという現象についてで ある。 Dixon(2005:367)は“A THAT or WH-clause in O relation passivizes much like an ING clause, except that here the complement clause is more often extraposed to the end of the main clause, with it filling the subject slot, e.g. with primary verbs,”と,多くの場合 It によ る外置の形式がとられると述べている。ではなぜ,外置構文のほうが好まれるのだろうか。 ― 55 ― 湯本久美子 51)It was reported that war had broken out. Dixon (2005:367) 52)It was recognized that we would all die. Dixon (2005:367) 53)It was expected/hoped that it would all be over quickly. Dixon (2005:367) Dixon (2005:367) これらの二つの疑問を解決するためにはやはり他の角度からの説明を補う必要がある。下記 はその試みである。まず,Quirk et al.(1985:1392)によると,外置構文が好まれるのは受動 態に限らない現象のようである。Quirk et al.(1985:1392)は,外置形式は普通形式より一般 的であると述べている。 “But it is worth emphasizing the for clausal subject (though cf 18:34) the postponed position is more usual than the canonical position before the verb (cf 10:26). Examples are: Type SVC: It is a pleasure to teach her. Type SVA: It was on the news that income tax is to be lowered. Type SV: It doesn’t matter what you do. Type SVO: It surprised me to hear him say that. Type SVOC: It makes her happy to see others enjoying themselves. Type SVpass: It is said that she slipped arsenic into his tea. [cf. Note [a]] Type SVpassC: It was considered impossible for anyone to escape. Quirk et al. (1985:1392) 例外が(cf. 18:34)で示されている -ing clauses の外置である。同じく,Huddleston & Pullum (2002:1434)も“extraposition of gerund-participial is severely restricted”と述べている。 なぜ標準形式より外置形式が好まれるのかについて Huddleston & Pullum(2002:1403)は 情報構造から extraposition を分析しており,外置の効果を 3 つ上げている。その第一は“a heavy constituent”を節の最後に置くことにある。英語の特徴として重い要素を文頭に置く こと好まず,重くなりがちな that 定形節を文末に置くことによりそれを解消できる。第二と して,外置のほうが情報のプロセスを容易にする効果があると述べている。例えば,外置の場 合は複数の埋め込み節の理解を容易にさせる(pp. 1405―1406)。 54)It embarrassed her that it was so obvious that he was angry. Huddleston & Pullum (2002:1406) 55)#That that he was angry was so obvious embarrassed her. Huddleston & Pullum (2002:1406) 第三として情報の新旧の扱いを挙げている。英語は文末焦点の原則を一般的にもっていること ― 56 ― 英語受動態の補文節主語 から文頭には旧情報が置かれ文末に向けて新情報を配置することが多い。従って,外置されて いない That 定形節主語部分は背景化された知識,前提となっている知識を表すと述べている。 (Non-extraposed content clause treated as background knowledge./Non-extraposed content 例えば, clauses representing presupposed information. Huddleston & Pullum (2002:1404―5)) 新聞記事の冒頭としては,That 定形節主語文は不自然となる。 56) 新 聞 記 事 の 冒 頭 A:It is amazing that the real problems surrounding NATO’s planned bombing raid on Serbia were never addressed during the marathon peace talks now underway in France. Huddleston & Pullum (2002:1404) 57)新聞記事の冒頭 B:#That the real problems surrounding NATO’s planned bombing raid on Serbia were never addressed during the marathon peace talks now underway in France is amazing. Huddleston & Pullum (2002:1404) そこから,that 定形節主語文(58) )の場合は「戦争が起こった」ことが聞き手にとってすでにファ ミリアな知識である場合に適し,一方,It 外置主語文(59))の場合はそのような含意はなく 逆に「戦争が起こった」ことが新情報であり,かつ文末に重い要素が配置され英語の好みに合 致するということになる。 58)That war had broken out was reported. 59)It was reported that war had broken out. この「ファミリアな知識」という点について叙述性から分析しているのが稲田(1989: 165)である。動詞“report”は 60)― 62)からわかるように叙実的にも非叙実的にも用いられる。 そして,普通,that 定形節補文が文末にある 63)― 64)では「報告」の内容に関して真か偽の いずれの前提もない。しかし, that 定形節補文を主語に持つ 65) では補文の内容が 「既知の情報」 であるか,それが真であることが含意されている。そして非叙実述語が主語節ではなく外置節 により頻繁に現れるという事実は,一般に主語節は叙実的前提を持つ傾向があることと関連し ていると説明している。 60)He reported that she had committed the crime. 稲田(1989:165) 61)He reported her having committed the crime. FACTIVE 稲田(1989:165) 62)He reported her to have committed the crime. NON-FACTIVE 稲田(1989:165) 63)The UPI (reported/didn’t report) that the explorer was found alive. 稲田(1989:165) 64)It (was/wasn’t) reported that the explorer was found alive. 稲田(1989:165) 65)That the explorer was found alive (was/wasn’t) reported by the UPI 稲田(1989:165) 以上を踏まえ 48)と 49)を見直すと、48)は主語の that 節補文は未来時制を持っており, ― 57 ― 湯本久美子 かつ本動詞も現在形であることから,that 節補文内容が聞き手にとり既知情報とは言い難い。 それにも関わらず主語の位置にあり,情報構造と一致しない。さらに,受動態はプロセス全体 を表しながらも結果に焦点を当てる構文であるが,焦点を当てるべき結果が未来の確定しない 事柄であることにより,焦点を当てにくくさせている。一方,49)は主動詞が過去形であるこ とから主語の that 節補文が聞き手にとり何らかのことで既知または真情報であった可能性が あり,情報構造と一致する。そして過去の事柄であることにより受動態が持つ結果に焦点を当 てることを若干容易にさせていると考えられる。 48)?* [That she will graduate in June] is expected by her mother. Langacker (2008:432) 49)?[That they would encounter problems] was expected by everybody. Langacker (2008:432) 3.4 補文節主語受動態の事態把握 3.1 節から 3.3 節での考察の結果,補文節主語受動態には制約が多いことが明らかになった。 まず動名詞は補文節主語の中でもっとも容易に生起可能であるが、下記の 2 例の違いが示す ように総称性という特徴を持っている。 66)Taking out a mortgage wasn’t considered/recommended/suggested. Huddleston & Pullum (2002:1435) 67)* Painting the house was begun/kept/hated/intended/remembered by Sam. Huddleston & Pullum (2002:1435) 次に,不定詞はほとんど受動態の主語となりえず、例外として不定詞が受動態または外置受 動態の主語となりえるのは,その不定詞節が述語の補語である場合である(Huddleston & Pullum(2002:1435) 。 66)Not to go would be considered rude. Huddleston & Pullum (2002:1435) * 67) To accept the offer was decided. Huddleston & Pullum (2002:1435) さらに、That 定形節の場合はその定形節が表している内容によって制約が見受けられる。つ まり,that 定形節主語受動態の場合,主語で表されている事柄が既知であるか真であるかが含 意されている傾向が見受けられ,そのような場合に容認度が高いということになる。それ以外 のケースの解決策として It 外置が用いられる。 これらの分析から,補文節主語を持つ受動態は形態の複雑さ,制約4)の多さ,意味の有標性 という点から受動態の中でもさらに有標な構文であることになる。受動態そのものが既に有標 (Comrie(1988) )である上にさらなる有標性を持つ補文節主語受動文はそれではどのような 事態把握を示しているのだろうか。 ― 58 ― 英語受動態の補文節主語 上述の不定詞・動名詞・that 定形節の制約から補文節主語受動態の一つの特徴が浮かびあがっ てくると考える。それは参与者の姿をさらに低めた事態の把握である。Shibatani(1985)が 主張しているように受動態は動作主の姿が低められている。補文節主語受動態はそれに加えて の参与者のさらなる“defocus”ということになる。 動名詞主語の総称的性質は言い換えると参与者の姿をさらに低めた事態の把握と捉えること ができる。そして不定詞は補語という状態表現としてしか可能ではなく,参与者の活動表現に はなりえない。That 定形節主語の場合も既知情報と真の内容しか伝えることができず,命題 内容について発話者である概念化者の判断を表現することはできない。 そして下記に見るように,that 定形節および外置ではこの参与者・概念化者の姿を言語化す ることができない。Huddleston & Pullum(2002:1434)は NP object と a subordinate clause complement の両方がある場合は,NP object が外置可能と述べている。68)は能動態で目的 語の“me”と that 定形節が現れている。そして 69)はその“me”を主語“I”とした普通の 受動態で that 定形節が目的語として言語化されている。しかし、that 定形節を主語とした受動 態の場合,参与者“me”を言語化すると非文になってしまう(70)) 。 68)My solicitor assured me that we would win the case. Huddleston & Pullum (2002:1434) 69)I was assured by my solicitor that we would win the case. Huddleston & Pullum (2002:1434) 70)* That we would win the case was assured me by my solicitor. Huddleston & Pullum (2002:1434) そ し て Dixon(2005:368) も, 下 記 の 例 文 を 挙 げ,order の 対 象 と な る 聞 き 手(the firing squad)が含まれている場合は,It 外置主語受動態は不可となると述べている(73) )。 71)It has been ordered that all prisoners should be shot at dawn. Dixon (2005:368) 72)The firing squad has been ordered that all prisoners should be shot at dawn. Dixon (2005:368) 73)* It has been ordered the firing squad that all prisoners should be shot at dawn. Dixon (2005:368) このように参与者の“defocus”という特徴を持つ補文節主語受動態は,池上(2011)の 主張する客観的把握に近いものであると考える。池上(2011:52)は主観的把握(subjective construal)と客観的把握(objective construal)に次のような特徴づけをしている。 〈主観的把握〉 :話者は問題の事態の中に自らの身を置き,その事態の当事者とし て体験的に事態把握をする―実際には問題の事態の中に身を置いていない場合で ― 59 ― 湯本久美子 あっても,話者は自らがその事態に臨場する当事者であるかのように体験的に事 態把握をする。 〈客観的把握〉:話者は問題の事態の外にあって,傍観者ないし観察者として客 観的に事態把握をする―実際には問題の事態の中に身を置いている場合であって も,話者は(自分の分身をその事態の中に残したまま)自らはその事態から抜け 出し,事態の外から,傍観者ないし観察者として客観的に(自己の分身を含む) 事態を把握する。 池上(2011:52) 動名詞主語が示す客観的把握は第一に非グラウンディング表現であることによると思われ る。所有代名詞の付加によりグラウンディングすることは可能だが,裸の動名詞のみでも受動 態主語として生起できる。グラウンディングされていないことにより談話の参与者との結びつ きが確定されない。第二に動名詞が持つ質量名詞性質による。質量名詞が持つ非境界性は個々 の個体を同定することができない,従って,動名詞主語の場合も個々の具体例を指すことはな い。不定詞についてもやはりグラウンディングされていないことが客観的把握表現の理由の第 一であり,第二が不定詞が持つ未来性との関係であると考える。 It 外置主語の場合の客観的把握は, “It”の働きによるものと考える。Quirk et al(1985:1392) は外置形式の it について note[f]で次のように説明している。 The it used in extraposition is called‘anticipatory it’because of its pronominal correspondence for a later item. But informationally, this it is similar in effect to prop it, as in‘It started to rain’which likewise enables us to end the clause at a focal point. Contrast Rain was starting. Compare also It was snowing beside Snow was falling. Quirk et al (1985:1392) 上記の記述の“Prop it subject”とは天候や時間等を表す“it”を指しており,その“it”の効 果の効果について“Prop it has also been termed‘ambient’it, in accordance with the view that it has some generalized reference to the environment in a given context.” (Quirk et al (1985:749) )と述べている。 そして,Langacker(1991(II):369)も“it”が示す“ambience”について同様のことを言っ ている。 The most serious effort has been made by Bolinger (1977, Ch. 4), who speaks of“ambience”or an“all-encompassing environment.” Importantly, his notion of ambience is not limited to the atmosphere or the physical surroundings, and meteorological expressions are seen as forming a gradation with other itconstructions. He posits an abstract meaning shared by all uses of it:“... It is a‘definite’nominal with almost the greatest possible generality of meaning, ― 60 ― 英語受動態の補文節主語 limited only in the sense that it is‘neuter’.... It embraces weather, time, circumstance, whatever is obvious by the nature of reality or the implications of contest (pp. 84―85). .... I feel that Bolinger’s analysis is very much on the right track. The one refinement I will offer at this juncture is to suggest that the“ambient”sense of it designate an abstract setting (cf. 8.1.3.4). As a consequence of the subject’s non-participant status, sentences of the type It falls rain are intransitive. Langacker (1991(II):369) “It”のプロファイルする“ambience”によって示された事態は,状況化・環境化として事 態が把握されていることを表現する。また,Langakcer(2000:43)は“I would argue, for instance, that the so-called“dummy”or“expletive”it represents an abstract, maximally schematic setting(FCG2:8.3) ”と述べている。従って,It 外置主語受動態においても,参与 者の姿は低められ,事態を客観的に捉えている話し手の解釈を表していることになる。 4.結論 日本語では容易な「こと」名詞化主語受動文は英語受動態ではどのように表現されるのだろ うか,そして補文節を主語にもつ英語受動文を目にすることが少ないという 2 点が本論の疑問 の出発点であった。 認知文法では英語受動態をアクション・チェーンと過去分詞の意味から説明している。受動 態はアクション・チェーンの中で力を及ぼされるモノがトラジェクターとして選択され,受動 態は動詞語幹が表すプロセスをベースとしながらもそのプロセスを非時間的行為と捉え,プロ セスの全体そして最終ステップに焦点を当てる事態把握を表している。本論では,この事態把 握と動名詞・不定詞・That 定形節が表す意味の整合性が補文節主語生起を可否することを述 べた。 動詞に付加される接辞 -ing は“atemporalizing”そして“imperfectivizing”という性質を” 現在分詞に与え,さらに名詞化した表現へと抽象領域へとプロファイルシフトさせている。そ してその結果,質量名詞と類似の性質を持つこととなった動名詞は“imperfectivizing”とい う性質を“skewing”させることにより受動文の主語として機能する。この“skewing”には 質量名詞としての性質,部分―全体のメトニミー機能,そして受動構文が持つ変化結果を表す 意味が大きな働きをしている。 不定詞は“atemporalizing”そしてサマリー・スキャニングを基本的意味として持っている。 非時間化した一括スキャニングというその把握が受動態の事態把握と一致しないことに加え, 不定詞の持つ二次的性質―未来性志向・主節主語焦点性質・語順による意味の活性化が不定詞 の受動態主語としての働きを妨げている。 That 定形節主語はそれが表している事柄が動詞の行為の対象の場合は受動態主語として可 能であり,その点,通常の名詞句主語受動態と性質を共有している。しかしながら,That 定 ― 61 ― 湯本久美子 形節主語はそれが表す内容の既知性等・名詞句の重さ等の制約を持っていることから It 外置主 語の方が好まれる。 以上のことから,補文節主語として動名詞そして It 外置主語が最も多く用いられること,そ してそれらの理由について認知文法の枠組みを軸とした説明を試みた。 最後に補文節主語受動態の事態の把握を考察した。動名詞主語の持つ総称性,不定詞主語の 持つ述語の補語としてのみ可能という制約,そして That 定形節主語の持つ既知・真情報とい う制限,さらに It 外置主語の It の状況性が補文節主語受動態の特徴である。これらのことから 有標である受動態の中でも補文節主語受動態のさらなる有標性が浮かびあがった。これらの有 標性から補文節主語受動態は,参与者の姿をさらに低め事態を客観的に捉えている話し手の把 握を示すものであると考える。 References 安井稔.2008.『英語学の見える風景』開拓社 池上嘉彦.2011.「日本語と主観性・主体性」澤田治美(編) 『ひつじ意味論講座 5 主観性と主体性』 pp. 49―67. 稲田俊明.1989.『補文の構造』 .大修館書店 久野暲.1983.『新日本文法研究』 .大修館書店 久野暲・高見健一.2005. 『謎解きの英文法 文の意味』くろしお グリーンボーム,S. 1983.郡司利男他(訳)『英語副詞の用法』研究社 佐藤芳明・田中茂範.2009. 『レキシカル・グラマーへの招待』開拓社 タイラー,アンドレア・ビビアン・エバンズ.2005.国広哲哉(監訳)・木村哲也(訳)『英語前置詞 の意味論』研究社 栞原和生・松山哲也.2001. 『補文構造』研究社 湯本久美子.2011.「英語受動態の補文節主語―東京言語研究所『2011 年度認知言語学Ⅱ』西村義樹 先生 期末レポート」(未公刊) Bolinger, Dwight. 1974.“On the passive in English” . LACUS 1: pp. 57―80. Comrie, Bernard. 1988.‘Passive and voice’. In Masayoshi Shibatani (ed.) Passive and Voice (Typological Studies in Language 16). Amsterdam: John Benjamins. pp. 9―23. De Smet, Hendrik. 2010.“English -ing-clauses and their problems: The Structure of Grammatical categories.”Linguistics 48―6. pp. 1153―1193. Dixon, R. M. W. 2005. A Semantic Approach to English Grammar. Oxford. Haspelmath, Martin. 1990.“The grammaticization of passive morphology.”Studies in Language 14―1. pp. 25―72. Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. 2002. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge University Press. Kiparsky, Paul & Carol Kiparsky. 1971. Fact. Steinberg, Danny D, and Leo A. Jakobovits (eds.). Semantics: An Interdisciplinary Reader in Philosophy, Linguistics and Psychology . London & Newyork: Cambridge University. Press. pp. 345―369 Langacker, Ronald W. 1982.“Remarks on English Aspect.”In Paul J. Hopper (ed). Tense-Aspect: Between Semantics & Pragmatics. John Benjamins: Amsterdam/Philadelphia. pp. 265―304. ― 62 ― 英語受動態の補文節主語 ―. 1987.“Nouns and Verbs.”Language, Vol. 63, No. 1. pp. 53―94. ―. 1990. Concept, Image and Symbol. Mouton de Gruyter. ―. 1991. Foundations of Cognitive Grammar Volume II. Stanford. ― 2000. Grammar and Conceptualization. Berlin/New York: Mouton de Gruyter. ―. 2002. Concept, Image, and Symbol. Berlin/Newyork: Mouton de Gruiyter. ―. 2008. Cognitive Grammar A Basic Introduction. Oxford University Press. Pinker, Steaven. 1991. Learnability and Cognition. MIT. Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, Jan Svartvik. 1985. A Comprehensive Grammar of the English Language. Longman. Shibatani, Masayoshi. 1985.“Passives and related constructions.”Language, Volume 61, Number 4. pp. 821―848. Tyler, Andrea & Vyvyan Evans. 2002. The Semantics of English Prepositions. Cambridge. 注 i) 本論は湯本(2011)を加筆・修正したものである。 ii) 但し日本語の場合も「の」の名詞化表現は「? 問題を先送りするのが予想される。」(田辺 p.c.)に 見るように不自然な場合がある。 iii)この説明に対してタイラー・エバンズ(2005)の監訳者注は「... to は基本義に含まれる空間的移 動が抽象的転義を受け〈目標〉を指すようになったもので, これも出来事とは直接の関係がない。 (6.34c)の分は表面的に見れば〈結果〉を指すようにも見えるが,この文型では‘sing’の裏側 に〈brought〉に類する意味が推定され,それが意味的に‘sang’と重層をなしていると考えら れる。 」(p. 319)とある。 iv)Huddleston & Pullum(2002:1435):外置のみを許す受動態として下記を挙げている。 1)It was charged that they had used the funds for private purposes. Huddleston & Pullum (2002:1435) 2)It was objected that the costs would be excessive. Huddleston & Pullum (2002:1435) Huddleston & Pullum(2002:1434―1435):外置をしてもしなくとも受動を許さない動詞として下 記を挙げている。 3)We complained that there was no hot water. Huddleston & Pullum (2002:1435) 4)They rejoiced that the war was finally over. Huddleston & Pullum (2002:1435) 5)He snarled that would never agree to such terms. Huddleston & Pullum (2002:1435) また,グリーンボーム(1983:pp. 320―321)は[J]クラス離接詞は二つの構造に生じることが できる分詞と 2 番目の it is 動詞 -ed(that)節のみに生起できるものがある。前者の例として下記 が挙げられている。 6)That they have taken the job is (implied, announced, not questioned, acknowledged, rumoured) p. 320 7)It is implied that they have taken the job. そして後者の例は下記である。 8)It is (judged, said, argued) (that) they have taken the job. p. 321 9)* That they have taken the job is judged. ― 63 ― 湯本久美子 Complement Subjects in English Passive Construction YUMOTO Kumiko In Japanese, not only nouns but also nominalized expressions can freely be the subject of a passive sentence as seen in “Mondai o kaiketu suru koto ga kitai sareteita.” However, English seems to have certain constraints on having nominalized expressions or complement clauses as passivized subjects as shown in the following ungrammatical sentence “* To encounter those problems was fully expected by the organizers.” The purpose of this paper is to examine two questions covering the clausal complements in subject position in English passive construction which have not been fully discussed. Firstly, I will give accounts of constraints on complement subjects – to infinitive, gerund and that complement – in the frame of Cognitive Grammar. And secondly, I will claim that “complement passive constructions” show an objective construal of an event by a conceptualizer, where the conceptualizer and/or participants of the event are more defocused than in “non-complement passive construction.” Key words: English Passive, Complement clauses as passivized subjects, Cognitive Grammar, Defocused participants, Objective construal ― 64 ― 背厚 8mm ISSN 0385-6801 要 第六十六輯 第六十六輯 紀 要 紀 靑山學院女子短期大學 靑山學院女子短期大學 JOURNAL OF AOYAMA GAKUIN WOMEN’S JUNIOR COLLEGE NO. 66 平成二十四年十二月 刊 平成 24 年 12 月 刊 DECEMBER, 2012 背厚 8mm ISSN 0385-6801 要 第六十六輯 第六十六輯 紀 要 紀 靑山學院女子短期大學 靑山學院女子短期大學 JOURNAL OF AOYAMA GAKUIN WOMEN’S JUNIOR COLLEGE NO. 66 平成二十四年十二月 刊 平成 24 年 12 月 刊 DECEMBER, 2012 目 次 誠 おかざきかずお 見 章 河 子 1 井 15 中 湯 本 久美子 27 鬼束ちひろ 論― 39 鬼束ちひろの表出史における第 シングル作品︿育つ雑草﹀の位置 正義・福祉・愛 英語受動態の補文節主語 ∼セバスティアン・フランク﹃パラドクサ﹄をめぐって パラドクスとしての福音 代理出産から﹁法の正しさ﹂を考える ― 11 ― 渡 部 かなえ 村 知 稔 三 田 中 志 帆 西 願 広 望 93 79 65 総力戦の文化史とフランス革命の世界史的位置 文化史の危険性と可能性 ― ― 定時制高校での教育相談、スクールカウンセリングにおける今日的課題 世紀ロシア子ども史研究の意義 ケリーの著書をめぐって︵上︶ ― アクション・リサーチによる子どもが自由にのびのびと楽しんで 動きをつくりだす身体表現の授業研究 青山学院女子短期大学研究成果一覧 107 117 20 CONTENTS OKAZAKI Kazuo A Research on the Position of <Sodatsu Zassou> (“The growing weed”) in the Poetical Works written by Chihiro Onitsuka 1 KAWAMI Makoto Justice, Welfare, and Love ―― Examination of “Jus” through Parental Surrogacy 15 NAKAI Ayako Christianity as Paradox: Sebastian Franck’s “Paradoxa” 27 YUMOTO Kumiko Complement Subjects in English Passive Construction 39 SEIGAN Kôbô The Cultural history of total war and the French Revolution Reconsidered in Worldhistorical perspective — The risk and the potentiality of Cultural history 65 TANAKA Shiho Contemporary Problems with School Counseling and Educational Consultation at Night High School 79 MURACHI Toshimi Review on History of Childhood in Russia in the 20th Century (Part 1) 93 WATANABE Kanae Action Research of a Joyful, Free, Imaginative, and Creative Dance and Performance Class for Children 107 背厚 8mm 編集委員 宮 田 雅 智 清 水 康 幸 鈴 木 直 子 浅 見 者︵五十音順︶ 中 知 井 稔 章 三 教 授 子 教 授 均 松 村 伸 一 執 和 夫 教 授 村 筆 岡 崎 誠 教 授 西 願 志 帆 准 教 授 広 望 准 教 授 渡 部 かなえ 教 授 湯 本 久美子 准 教 授 河 見 田 中 丸 善 株 式 会 社 東京都渋谷区渋谷四ノ四ノ二五 青山学院女子短期大学 第六十六輯 平成二十四年十二月一日発行 靑山學院女子 短期大學紀要 編集 発行 印刷