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細菌性髄膜炎を併発した播種性糞線虫症の1例 - J
680 細菌性髄膜 炎 を併発 した播種性糞線 虫症 の1例 1)北松 中央 病 院 ,2)長 崎 大 学第2内 科,3)琉 球大 学 第1内 科 東 山 康 仁1)坂 田 嶋 藤 登 美 子1)森 斎 藤 英 雄1)尾 理 比 古1)石 厚3)原 Key 序 words 靖1)坂 田 慎 吾1) 野 徹1)河 野 茂2) 耕 平2) : (平成8年4月26日 受付) (平成9年4月22日 受理) Strongyloides stercoralis, meningitis, へ5回 文 糞 線 虫(Strongyloldes 長 谷 stercoralis)は,熱 帯, 亜 熱 帯 に広 く分 布 し,我 が 国 で は沖 縄 県 と鹿 児 島 県 の 南 西 諸 島 が 浸 淫 地 で,そ の 他 の地 域 で の 糞 線 ivermectin 目の 入 院 とな り同 月31日 よ りイ ンス リ ン療 法 開 始.そ の後 経 過 良 好 で あ っ た が,4月 下旬 よ り食 思 不 振,嘔 吐,傾 眠 傾 向 お よ び発 熱 を認 め た. 発 症 時 現 症:身 長145cm,体 温 虫 保 有 者 は まれ で あ るが,糞 線 虫 保 有 者 が 免 疫 低 39.3℃,脈 下 状 態 に な っ た と き,重 篤 な 日和 見 感 染 を引 き起 眠 傾 向,項 部 強 直(±),腱 こす こ とが 知 られ て い る1).今 回我 々 は佐 賀 県 出 し,貧 血 中 等 度,黄 疽 な し,胸 腹 部 異 常 な し,浮 身 者 で 糖 尿 病 を 基 礎 疾 患 に有 し,細 菌 性 髄 膜 炎 で 腫 な し. 播 種 性 糞 線 虫 症 を発 症 し,Ivermectinが 著 効 した 1症 例 を経 験 した の で 文 献 的考 察 を加 え て報 告 す る. 患 者:75歳,女 例 反 射 正 常,病 的 反 射 な 示 した よ うに,白 血 球 の増 多 お よ び核 の 左 方 移 動,CRP亢 進 を認 め た.ま た 性. が,血 糖 は245mg/dlと 欲 不 振,嘔 意識 障 害 を きたす原 因 と は 考 え ら れ な か っ た.血 吐. HTLV-1抗 清免 疫学 的検 査で は 体 は2,048倍 と強 陽 性 で あ っ た が,血 中 の リ ンパ 球 分 画 は正 常 で あ っ た. 家 族 歴:脳 梗 塞(父),乳 既 往 歴:昭 和43年 寄 生 虫 症 で入 院加 療 歴 あ る も 癌(姉). 詳 細 は不 明. 現 病 歴:昭 上 昇 し糖 尿 病 に よ る慢 性 腎不 全 の 合 併 が 認 め られ た の み で 渡 航 歴 な し. 主 訴:食 高窒 素 血 症 を認 め,蛋 白尿 や 尿 中 β2-microglobulinも 生 活 歴: 入 院 後 経 過(Fig.1):4月 下 旬 よ り,食 思 不 振, 意 識 障 害 が 出現 し,慢 性 腎 不 全 に よ る尿 毒 症 の悪 和57年 夏 よ り糖 尿 病 を発 症 し,昭 和 よ り当 院 に て加 療.同 年7月 糖 降 下 剤,翌59年2月 また,こ 検 査 成 績:Tableに 圧136/80mmHg,傾 同 時 に,BUN66.3mg/dl,Cr4.7mg/dlと 症 58年6月 拍120/分,整,血 重37kg,体 よ り経 口血 化 の た め の意 識 障 害 の可 能 性 が 示 唆 さ れ た た め, 全 身状 態 の改 善 を図 る た め に も血 液 透 析 に導 入 し よ り降圧 剤 の 投 与 を受 けた. 連 日透 析 を施 行 した が 意 識 レベ ル に変 化 な く,さ の こ ろ よ り蛋 白 尿 及 び 腎機 能 の 低 下 を指 らに39度 を越 え る発 熱 を認 め る よ う に な った.こ 摘 され 糖 尿 病 性 腎 症 の合 併 が 示 唆 され て い た.平 の た め髄 液 検 査 を施 行 し た と こ ろ髄 液 は血 清 混 濁 成6年3月22日 を呈 し細 胞 数2,993/3と 細 胞 数 増 加 し,そ の 分 画 は 血 糖 コ ン トロー ル 不 良 の た め 当 院 別 刷 請 求先:(〒859-61)長 299 崎 県北 松 浦郡 江 迎 町赤 坂 免 北松 中央 病 院 内科 単 核 球79%分 核 球21%で 検 査 で は,Nonne-Apelt反 東山 康仁 あ っ た.ま た,生 化学的 応 お よ びPandy反 は強 陽 性 で 総 蛋 白 も415mg/dlと 感 染 症 学雑 誌 増 加 し,ブ 第71巻 応 ドウ 第7号 細菌性髄膜炎 を併発 した播種性糞線虫症 Table Fig. 1 Clinical Laboratory 681 Findings 傾 向,意 識 レベ ル の 改 善 傾 向 を認 め,髄 液 所 見 も course 改 善 の 方 向 に 向 か っ て い た が,再 び5月 下 旬 よ り 発 熱,意 識 障 害 の 増 悪 が 認 め られ,5月20日 取 した 髄 液 の混 濁 も増 強 して い た.さ に採 らに,こ の こ ろ よ り下 痢 が 出 現 し糞 便 お よび 喀 痰 の塗 沫 中 に ラ ブ ジチ ス型 幼 虫 の 糞 線 虫 を検 出 し た(Fig.2). また ド リガ ル ス キ ー培 地 に て1gの 糞 便 を培 養 し た と こ ろ糞 便 の周 囲 に糞 線 虫 の幼 虫 が 遊 走 して で き た 轍 つ ま り這 痕 と,そ れ に沿 っ て 細 菌 の コ ロ ニ ー の形 成 が 認 め られ た.し か し,喀 痰 の塗 沫 か ら も糞 線 虫 が 検 出 され た に もか か わ らず 胸 部 レ ン トゲ ン写 真 で は異 常 は認 め られ な か った.こ 糖 は血 糖519mg/dlに して い た.こ 比 較 して198mg/dlと 低下 の所 見 よ り細 菌 学 的 検 査 で は起 炎 菌 は 同 定 さ れ な か った が,細 Imipenem(IPM/CS)の 平成9年7月20日 菌 性 髄 膜 炎 と診 断 し 投 与 を行 っ た と こ ろ解 熱 れら の こ と よ り,起 炎 菌 は不 明 で あ っ た が,播 種 性 糞 線 虫 症 に 伴 う腸 内 細 菌 に よ る髄 膜 炎 と診 断 し, IPM/CSとampiciline(ABPC)を 併 用投与 を開 始 し,全 身状 態 の著 明 な 改 善 と炎 症 反 応 の陰 性 化 東山 康仁 他 682 Fig. 2 Rhabditis form larva of Sir(Strongyloides ster- coralis 播 種 し た 糞 線 虫 が 髄 腔 内 に 迷 入 し,髄 し た も の と考 え ら れ た.髄 膜 炎 を発 症 膜 炎の起炎病 原体 とし て は髄 液 中 の 細 胞 分 画 で は 単 核 球 が 優 位 で あ り 糞 線 虫 そ の も の に よ る 髄 膜 炎 も否 定 で き な い が,そ の後 の治 療 経 過 で 抗 生 剤 に反 応 して い る こ と よ り 起 炎 菌 は 不 明 で あ っ た が,細 菌 性 で あ る と考 え ら れ た. ま た,本 症 例 は糞 線 虫 非 流 行 地 域 で あ る西 北 九 州 在 住 患 者 で あ り,そ て は,そ の 初 感 染 の感 染 経 路 につ い の 夫 が 戦 時 中 フ ィ リ ピ ン に4年 歴 が あ り,第 間 の従 軍 二 次 世 界 大 戦 中 に 東 南 ア ジ ア に派 遣 さ れ た 欧 米 将 兵 や 日本 人 兵 士 が 糞 線 虫 症 を き た す こ と が 報 告 さ れ て い る こ と か ら7)8),夫 か ら の 二 次 感 染 の 可 能 性 が 示 唆 さ れ る が,す て 死 亡 し て お り,詳 で に夫 は 塵 肺 に 細 に つ い て は 不 明 で あ っ た. 糞 線 虫 の 駆 虫 に 関 し て はThiabendazoleや Mebendazoleが を得 た.一 方,糞 線 虫 駆 虫 につ い て は,最 効 果 が 高 く,副 作 用 も軽 微 なIvermectinを 大 学 第 一 内 科 よ り入 手,6mgを2回 も駆 虫 琉球 投 与 す る1 治 療 の た め に使 用 さ れ て い た が9)10),今 回 我 々 は,前 者 よ り も副 作 用 が 軽 微 で 駆 虫 効 果 も 高 いIvermectin11)∼13)を で き た.本 使 用 す る こ とが 症 例 に お い て も,Ivermectin投 与 によ クー ル を2ク ー ル 行 い糞 便 中 の 糞 線 虫 は陰 性 化 し る 副 作 用 は ま っ た く見 ら れ な か っ た.し た もの の,2カ 全 に 糞 線 虫 が 糞 便 中 で 陰 性 化 す る ま で 通 常2錠 月 後 の10月 中 旬 再 び糞 便 中 の糞 線 虫 が 陽 性 とな り,6mg,4錠 のIvermectinの 投 与 を余 儀 な くされ たが,そ 追加 の 後 は再 発 な く,外 来 に て 経 過 観 察 中 とな っ て い る. 考 与 で 充 分 と 考 え ら れ て い るIvermectin を,8錠 計48mgの 投 与 を 余 儀 な く さ れ た こ と は, 染 が,駆 虫 効 果 を妨 げ る一 つ の 要 因 で あ る こ と を 示 唆 す る も の で あ っ た13). 糞 線 虫 症 は,糞 線 虫 が 自由 世 代 の フ ィ ラ リア型 幼 虫 が 皮 膚 か ら感 染 し,肺,咽 計 12mg投 HTLV-1感 察 か し,完 頭,消 化 管 を経 由 本 症 例 は 非 流 行 地 に お い てHTLV-1感 染 と糖 尿 病 を基 礎 疾 患 に有 し髄 膜 炎 で発 症 した播 種 性 糞 し,小 腸 に寄 生 す る経 皮 感 染 と,小 腸 で 産 生 さ れ 線 虫 症 例 で,流 た卵 が,ラ 常 に糞 線 虫 症 を念 頭 に置 か な けれ ば な らな い こ と ブ ジ チ ス 型 を経 て フ ィ ラ リア 型 幼 虫 に 行 地 で な く て も免 疫 低 下 患 者 で は な り,腸 管 内 や肛 門 周 囲 か ら再 び体 内 に侵 入 す る を 再 認 識 さ せ る 症 例 で あ っ た.ま た,そ の治療 に 自家 感 染 経 路 が あ る1).こ の後 者 の 自家 感 染 と宿 お い て,Ivermectinが 後,糞 線 虫症 の 主 の 免 疫 能 とは 密 接 に関 連 して い る と され,悪 性 治 療 を 考 え る 上 でIvermectinの リ ンパ 腫 や 成 人T細 が 確 認 さ れ た 症 例 で あ っ た. 胞 性 白血 病 な ど のHTLV-1 感 染 者,多 発 性 骨 髄 腫 や抗 癌 剤 使 用 時 の 免 疫 低 下 状 態 に伴 う糞 線 虫 の 過 剰 感 染 が,播 種 性 糞 線 虫 症 有 効 で,今 本報 告 は1995年4月 に 開催 され た第69回 日本 感 染 症 学 会 総 会 で発 表 した. 文 を引 き起 こ す と さ れ て い る2)∼5).本症 例 で は 入 院 前 糖 尿 病 の コ ン トロ ー ル が 不 良 で あ っ た こ と, HTLV-1感 染 者 で あ る こ とが,免 疫 を低 下 させ る 基 礎 疾 患 とな っ た と考 え られ,こ の免 疫 低 下 に伴 い 宮 国 らの 報 告 に み られ る よ う に6),腸 管 内 か ら 有 用 性 と安 全 性 1) 志 喜 屋孝 伸, 斎 藤 献 厚: 糞線 虫. 化 学療 法 の領 域 1992; 8: 80-86. 2) Neva FA : human strongyloidiasis. Biology and immunology J Infect of Dis 1986 ; 153 : 397-406. 感 染 症 学雑 誌 第71巻 第7号 683 細菌性髄膜 炎を併発 した播種性糞線虫症 3) 郡 T 義 明, 安 間 あ か ね, 有 田 眞 知 子, 他: cell lymphomaに 例. IBL-like 9) 親 川 富 憲, azole反 合 併 し た 重 症 糞 線 虫 症 の1 臨 床 寄 生 虫 研 究 会 誌1992; 症 誌1990; 3: 102-106. 4) Purvis RS, Beightler EL, Diven DG et at. : Strongyloides stercoralis hyper infection. Int J Dermatolog 1992 ; 31(3) : 160-163. 10) 繁, 鳥 居 本 美: 愛 媛 県 で見 出 され た多 発 性骨 髄 腫 に合 併 した 糞線 虫 症 の1例. 感 染症 誌1994; 68: GV, infection Bell DR : 11) Albeiz in former far east 8) 関 川弘 雄, 監物 13) 実: 新 潟 県で 見 出 され た 所謂"戦 争 糞線 虫 症"の2例. 臨床 寄 生 虫研 究 会 誌1992; 金城 渚, 池間 稔, 他: Mebend- 感 65: 681-686. EJ, Walter G, Kaiser tological examination therapy with A et al.: His- of onchocercomata ivermectin. 志 喜 屋 孝 伸, 上 原 誌1991; of war. Brit Med J 1979 ; 2 : 572-574 感 染 304-310. Trop after Med Parasit 剛, 上 地 博 之, 他: Ivermectin に よ る 糞 線 虫 症 治 療 に 関 す る臨 床 的 研 究. stercoralis prisoners Thiabend- 1988 ; 39 : 93-99.88 12) 58: 463. Strongyloides 他: よ る 糞 線 虫 症 治 療 に 関 す る 臨 床 的 研 究― 染 症 誌1991; 弘, 砂 川 隆 二, 他: 重 症 糞線 虫 症 の2剖 検例. 感 染 症誌1984; 7) Gill 新 垣 民 樹, 粉 末 投 与 と錠 剤 投 与 の 有 用 性 に 関 す る検 討―. 539-543. 毅, 赤嶺 65: 志 喜 屋 孝 伸, azoleに 5) 篠 崎 史 城, 高 田清 式, 玉井 伴 範, 安 川 正 貴, 藤 田 6) 宮 国 国 吉 孝 夫, 復 投 与 法 に よ る糞 線 虫 の 駆 虫 成 績. 65: 志 喜 屋 孝 伸, 患 者125症 感 染症 1085-1090. 座覇 修, 新 村 政 昇, 例 に 対 す るIvermectinの 関 す る 臨 床 的 検 討. 感 染 症 誌1994; 他: 糞 線 虫症 治療効 果 に 68: 13-20. 3: 102-106. A Case of Bacterial Meningitis Induced by Strongyloidiasis Yasuhito HIGASHIYAMA1), Hideo SAKATA1), Yasushi OBASE1), Shingo SAKATA1), Tomiko SHIMAFUJI1), Michihiko MORI1), Tohru ISHINO1), Shigeru KOHNO2), Atsushi SAITO3) & Kohei HARA2) 1)Hokusho Chuo Hospital , Nagasaki 2)Second Department of Internal Medicine , University of Nagasaki 3)First Department of Internal Medicine , University of the Ryukyus, Okinawa A 75-year-old female with diabetes mellitus, who was born and lived in West north Kyusyu, was admitted to our hospital, because of unconsciousness and loss of appetite. The physical examination showed neck stiffness and a high fever. The laboratory data showed accentuation of inflammatory reaction and azotemia and positive HTLV-1 antibody. The spinal fluid showed increase of cell count and amount of protein. A stool and sputum smear revealed rhabditis form larvae of the nematode. Antibiotics and ivermectin were administered for the bacterial meningitis and hyperinfection of the strongyloides, respectively. Consequently, meningitis and strongyloidiasis improved. It was considered that the patient was infected with strongyloides from her husband who served in the army during World-War II, and hyperinfection of strongyloides resulted from the immunosuppressive state of diabetes mellitus. Ivermectin, an anti-strongyloides agent, was effective, and no side effects were seen. However, the therapeutic resistance in this case was associated with the positive HTLV-1 antibody. 平 成9年7月20日