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『零細起業―ナゾの職業「猫の手、貸します」』を読んで

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『零細起業―ナゾの職業「猫の手、貸します」』を読んで
『零細起業―ナゾの職業「猫の手、貸します」』を読んで・今週の本棚−JanJan
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『零細起業―ナゾの職業「猫の手、貸します」』を読んで
林田力
2008/05/08
週刊誌の編集長時代に過労で鬱病になり退職した著者が、人生をリセットして便利屋を開業した。こ
の転換で、著者は鬱病から人生を楽しむ健康体へと変われた、その半自叙伝である。便利屋は顧客
が喜んでくれたかすぐ分かり、それが心底嬉しいという。労働をして鬱にまで至るような避け難いストレ
ス回避の手がかりを本書は提供している。
ジャーナリストから便利屋を起業した著者による、半生を
振り返った自叙伝である。著者は『週刊金曜日』編集長時代に
過労で鬱病になり、退職した。当初は新聞も読みたくない、テレ
ビも見たくない、家族と会話することも面倒、という状態であっ
た。数ヶ月間、自宅療養を続けることで次第にエネルギーが蓄
積され、「人生のリセット」を決意するに至る。
人生をリセットする手始めとして、著者は生活空間のリセット
を試み、自分で自宅をリフォームした。それが近所の評判にな
り、近所の人からもリフォームを依頼されたのが、よろず便利
屋の始まりである。近隣住民に「猫の手」を貸す便利屋稼業
は、頭と体をバランスよく使うため、企業内ジャーナリスト時代
には味わえなかった楽しみと快適さ、健康をもたらしてくれたと
いう。
著者:松尾信之
出版社:中央出版
定価:1500円+税
様ざまな話題が提供されている。まず鬱病からの回復過程については、企業社会のストレスで
悩む人にとって参考になる。便利屋として実際に行った仕事内容も書かれており、DIYに取り組み
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たい人にも役に立つ。古い家具の修理・再生については大量消費・大量廃棄社会への反省を迫
る。
第4章の「三十年の記者生活」は週刊ポスト、日刊ゲンダイ、日刊アスカ、週刊金曜日でのジャ
ーナリスト生活が書かれており、ジャーナリストの仕事に興味のある人は必読である。また、定年
後の生活の送り方についても意見しており、第2の人生を送る団塊世代への応援歌にもなってい
る。
これだけ盛りだくさんの内容を僅か172ページでまとめている。分かりやすく読みやすい文章で
一気に読むことができた。もっと詳しく知りたいと思う点もあるが、著者にとっても書きたいことは、
たくさんあった筈である。あれもこれもと飽和させてしまうのではなく、贅肉を削ぎ落とし、読みや
すくまとめることは大変であったと推測する。
盛りだくさんの内容だが、核となるのがジャーナリストから便利屋への転換である。これによっ
て著者は、鬱病から人生を楽しむ健康体へと変わることができた。そこには様ざまな要素がある
が、顧客の顔が見えるようになったという点が大きいと考える。著者はジャーナリストとして報道
を続けてきたが、読者が本当に喜んでくれたか分からないと書いている。一方、便利屋では顧客
が喜んでくれたかは、すぐ分かるとする。そして、顧客が喜んでくれれば心底嬉しいという。
この点が正に現代の労働では見えにくくなっている点であり、現代の労働者に鬱病や鬱病予備
軍が増えている一因であると考える。仕事が細分化・分業化され、労働者からは誰に、どのよう
な価値を提供するために働いているのかが見えにくくなっている。
本書では使えない元サラリーマンが批判されている。団地の自治会で会議や企画を仕切りた
がるくせに、自分では動かないで人に頼る人達のことである。会議の進行や議事録作成も満足
にできなかったという。会社から与えられた仕事をこなしていただけで人間力の研鑽が疎かにな
っていたのではないかと著者は指摘する。これも顧客を喜ばせることを考えない労働を繰り返し
た結果であろう。
評者自身の経験でも思い当たることがある。評者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から
購入したマンションでトラブルになったことがある(後掲記事参照)。評者が交渉した担当者は無
責任の一言に尽きた。販売代理の東急リバブルの営業担当者は販売を代理しただけで、後は知
らないという態度であった。一方、売主の東急不動産の担当者は建設地の購入や近隣対策屋を
通した建設時の近隣折衝に関与しただけで、販売経緯は知らないという状況であった。
責任を持って販売後の消費者に向き合うことができる担当者が誰もいなかった。だから評者が
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何を問題にしているのか、何故怒っているのかを理解したのかさえ疑わしい。交渉事であるから
顧客の言い分をすべて受け入れるだけが担当者の仕事ではないとしても、最低限、顧客が何を
問題にしているかを理解した上で拒否すべきであるが、それが全くできていなかった。
担当者の資質に依存する面もあろうが、顧客である消費者とは向き合わない分業体制からくる
構造的な要因が大きいと感じられた。東急不動産は用地を仕入れて開発する、東急リバブルは
モデルルームで販売する、という分業では建設されたマンションに住み続ける住人のことを考え
る必要はない。誰にどのような価値を提供するかを考えなくても仕事ができてしまう。
顧客に何らかの価値を提供し、喜んでもらう。この過程が抜け落ちた労働を繰り返すならば、人
間力の研鑽が疎かになってしまう。または脳が悲鳴をあげて鬱病になってしまう。それを回避す
るための手がかりを本書は提供している。
その意味で本書は人生のリセットを考えている人はもちろん、様々な事情からストレスの多い会
社生活を続けなければならない人にとっても有益である。顧客に喜ばれる仕事をする。そのよう
な毎日の経験を仕事のステップアップにつなげる。これだけでもストレスの多い労働を潤いのあ
る豊かなものに変えていけるのではないかと考える。
◇ ◇ ◇
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