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「希望」による格差の連鎖
Discussion Paper Series University of Tokyo Institute of Social Science Panel Survey 東京大学社会科学研究所 パネル調査プロジェクト ディスカッションペーパーシリーズ 「希望」による格差の連鎖: 希望の無さは格差を広げるか? Does a "hope" contribute to a cycle of social inequality? 田辺俊介 (早稲田大学) Shunsuke TANABE June 2015 No.87 INSTITUTE OF SOCIAL SCIENCE 東京大学社会科学研究所 UNIVERSITY OF TOKYO 東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ペ ー パ ー シ リ ー ズ No.87 2015 年 6 月 「希 望 」による格 差 の連 鎖 希 望 の無 さは格 差 を広 げるか? 田辺俊介(早稲田大学文学学術院) 要約 本稿では,個人の持つ「将来への希望」という意識が,階層的・社会的な格 差に与える影響について,パネル調査データを用いて検討する.まず個人的に 将来への「希望」を持つことの格差,とくに社会階層による差異について検討 する.その上で,個人の持つ希望が社会的資源の獲得や階層的地位の上昇と関 連するのか,言ってしまえば「希望」を持つことの効果を分析した.分析の結 果,希望の有無に一定の「階層差」が存在しており,その上で希望があること が,非正規職から正規職になることに一定の影響を与えていた.さらに希望を 持つ人の方が,交際相手の獲得確率が高いなど,将来への希望のなさは「未婚 化」や「少子化」とも関連している可能性が示された.このように個人の希望 の有無と個人の社会的な行動が実際に関連するならば,個人の希望はひいては 社会自体をも変化させる要因となると考えられることが示唆された. 謝辞 本 研 究 は ,科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究( S)( 18103003, 22223005)の 助 成 を 受けたものである.東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては, 社会科学研究所研究資金,株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受け た.パネル調査データの使用にあたっては社会科学研究所パネル調査企画委員 会の許可を受けた. 付記 本 稿 は , 2013 年 4 月 に 脱 稿 し た も の で あ る . 最 新 版 の デ ー タ を 反 映 し た 改 訂版については、勁草書房より出版予定の書籍に集録予定である。 1 .「 希 望 」 が 前 提 で は な い 現 代 ? 1950 年 代 後 半 の 高 度 成 長 期 か ら 1990 年 代 以 前 の 日 本 社 会 で は , 継 続 的 な 経 済成長を背景に,努力をすればいつかは報われる,と広く信じられていたとい う.大多数の人々に基礎財 1) が 行 き 渡 る 「 基 礎 的 平 等 化 」( 原 ・ 盛 山 1999) が 進展する中, 「 多 く の 個 人 に と っ て ,将 来 の 予 測 が た ち ,生 活 設 計 が 容 易 な 時 代 だ っ た 」( 山 田 2004: 35) と さ れ る . そ の 時 代 状 況 は ,「 か つ て , 希 望 は 前 提 だ っ た 」( 玄 田 2010: i) と も 称 さ れ る ほ ど で あ る . そ の よ う な 平 等 化 が 進 展 す る 時 代 , と く に 高 度 成 長 期 や 1964 年 の 東 京 オ リ ン ピ ッ ク の 時 期 に つ い て , 2000 年 以 降 は「 希 望 に 満 ち た 時 代 」と し て 語 ら れ る こ と が 多 い .た と え ば 2005 年 に 公 開 さ れ て 人 気 を 博 し た 映 画 「 ALWAYS 三 丁 目 の 夕 日 」 で は , 東 京 タ ワ ー の 完 成 ( 1958 年 ) 直 前 の 東 京 下 町 に 生 き る 人 々 の 生 活 を ,「 貧 し い な が ら も 希 望 に 満 ち た 日 々 」と し て 描 い て い た 2) . そ し て 多 く の 批 評 に お い て そ の 姿 が , 21 世 紀以降の「希望なき」現代日本と対比されて語られている. た し か に 2013 年 現 在 の 日 本 社 会 は , バ ブ ル 崩 壊 後 の 景 気 低 迷 が 継 続 し ,「 失 わ れ た 20 年 」と い う 言 葉 で 描 写 さ れ る 経 済 成 長 の 乏 し い 時 代 が 続 い て い る .あ るいは,ばく大な財政赤字や急速な少子高齢化による財政や年金の破綻の危険 性 が 叫 ば れ て い る ( た と え ば 鈴 木 2010 等 ). さ ら に 個 々 人 の 生 き 方 と し て も , 将 来 の 予 測 が 難 し く な り ,と く に 若 者 達 に と っ て 生 活 設 計( ラ イ フ・デ ザ イ ン ) が 困 難 な 時 代 に な っ た , と い う ( 宮 本 2002, 岩 上 2003, 山 田 2004 等 ). そのような社会情勢を背景とし,数多くの文学や社会批評が「希望」につい て 語 っ て い る .た と え ば 文 学 で は 村 上 龍 が ,1998 年 か ら 連 載 し た『 希 望 の 国 の エクソダス』において,登場人物の一人に「この国には何でもある.本当にい ろ い ろ な も の が あ り ま す . だ が , 希 望 だ け が な い 」( 村 上 2002: 314) と 語 ら せ た .あ る い は 2005 年 に 連 載 を 開 始 し た 久 米 田 康 治 の コ ミ ッ ク ス『 さ よ な ら 絶 望 先 生 』の 主 人 公 糸 色 望( 横 に つ な げ て 読 む と「 絶 望 」)は ,現 代 日 本 社 会 の さ ま ざ ま な 事 象 を 題 材 に , 事 あ る ご と に 「 絶 望 し た ! ! 」 と 叫 ぶ ( 久 米 田 2005). そのユーモアとしての「絶望」は,勿論単純な希望の対義語ではない.だが, 主 人 公 が 「 絶 望 」 を 連 呼 す る 漫 画 が 少 年 誌 に 掲 載 さ れ る こ と 自 体 ,「 夢 と 希 望 」 を語る少年の成長物語がコミックスの王道とされた時代からみれば隔世の感が -1- ある. 社会批評における「希望喪失」言説は枚挙にいとまがないが,社会科学にお い て も 「 希 望 」 が 議 論 さ れ る こ と が 増 え て い る . た と え ば 山 田 ( 2004) は , 希 望 は も は や 誰 も が 持 て る も の で は な く ,将 来 に 希 望 を 持 て る か 否 か に つ い て「 格 差」が存在するとして「希望格差社会」という言葉を生み出した.また社会に おける希望が失われつつあるのではないか,という問題認識から始まった東京 大学社会科学研究所の「希望学プロジェクト」が行ったいくつかの調査結果か ら も , 希 望 の 有 無 に は 一 定 の 格 差 が 存 在 す る こ と が 示 さ れ て い る ( 玄 田 2009, 2010).さ ら に 近 年 で は ,若 者 に と っ て 日 本 は す で に「 絶 望 の 国 」で あ る ,と ま で 断 ず る 論 者 も 出 て き て い る ( 古 市 2011). そ し て 本 章 で 用 い る 社 会 調 査 の 結 果としても,詳しくは後述するが,個人的な希望を持つ人や将来の暮らし向き が 良 く な る と 考 え る 人 の 割 合 は , 2007 年 か ら 2012 年 の 6 年 間 , 毎 年 減 少 を 続 けている. そ こ で 本 章 で は ,ま ず 2007 年 以 降 の 日 本 社 会 に お け る「 社 会 の 希 望 」と「 個 人の希望」の現状とその変化について,同一人物を対象とするパネル調査を用 いて確認する.続いて,個人的に将来への「希望」を持つことの格差,とくに 社会階層による差異について検討する.その上で,個人の持つ希望が社会的資 源の獲得や階層的地位の上昇と関連するのか,言ってしまえば「希望」を持つ ことの効果を分析する.仮に,希望の有無に「階層差」がある上で,希望があ ることが階層上昇(あるいは希望のなさが階層下降)につながるならば,希望 を通じた格差拡大が予想されうる.あるいは希望の有無が,交際相手の獲得や 子 ど も の 誕 生 と も 関 連 す る の で あ れ ば ,将 来 へ の 希 望 の な さ は「 未 婚 化 」や「 少 子化」とも関連してくるだろう.また個人の希望の有無と個人の社会的な行動 が実際に関連するならば,個人の希望はひいては社会自体をも変化させる要因 となると考えられる.本章ではそれら問題について,データ分析の結果を踏ま え,できうる限り実証的な知見を元に議論したい. 2 .「 希 望 」 は 失 わ れ つ つ あ る の か ? 2000 年 代 以 降 の 日 本 社 会 に「 希 望 が な い 」こ と は ,先 ほ ど 紹 介 し た 文 学 作 品 -2- や多くの社会批評などでは,ほぼ自明な事象として語られている.だが,前述 の「 希 望 学 プ ロ ジ ェ ク ト 」が 2006 年 に 日 本 全 国 の 20 歳 か ら 59 歳 を 対 象 に 行 っ た調査では, 「 現 在 ,あ な た は 将 来 に 対 す る「 希 望 」 (将来実現してほしいこと・ 実現させたいこと)がありますか」との質問に 8 割弱の人が「ある」と答えて おり,希望を持っている人々は決して少数派ではなかった.さらに希望保持者 の 内 の 8 割 が ,そ の 希 望 に は 実 現 の 見 通 し が あ る と 答 え て い た .そ の た め , 「希 望がない」もしくは「実現見通しのない希望がある」と回答した人の割合は, 併 せ て も 4 割 弱 で あ っ た( 玄 田 2009, 2010).絶 対 数 の 多 寡 の 判 断 は 難 し い が , 希望を持つ人々の方が持たない人よりも多数派である,という結果であった. た だ し 上 記 は 2006 年 と い う 一 時 点 の 調 査 結 果 で あ り ,希 望 が 失 わ れ て き て い るのかという「変化」を検討することはできていない.そこで本章では,東京 大 学 社 会 科 学 研 究 所 が ,日 本 全 国 の 2007 年 時 点 で 20 歳 ~ 40 歳 の 方 々 を 対 象 と し て 毎 年 実 施 し て い る 「 働 き 方 と ラ イ フ ス タ イ ル の 変 化 に 関 す る 全 国 調 査 」 3) ( 英 名 Japanese Life Course Panel Survey か ら , 以 下 JLPS-Y お よ び JLPS-M) と い う パ ネ ル 調 査 の デ ー タ を 用 い る こ と で , 2007 年 か ら 2012 年 ま で の 6 年 間 の 「希望」の変化を確認していく 4) . 希望について, 「 社 会 の 希 望 」と「 個 人 の 希 望 」と い う 2 つ の 側 面 か ら 検 討 し て い る 仁 田 ( 2009) の 議 論 を 参 考 に , ま ず は 「 社 会 の 希 望 」 に つ い て 確 認 し て み よ う .「 社 会 の 希 望 」 は , JLPS-Y・ JLPS-M に お い て は 「 日 本 の 社 会 に は , 希 望 が あ る 」と い う 質 問 で と ら え て い る .そ の 設 問 に つ い て「 1. そ う 思 う ,2. ど ち ら か と い え ば そ う 思 う , 3. ど ち ら と も い え な い , 4. ど ち ら か と い え ば そ う 思 わ な い , 5. そ う 思 わ な い , 6. わ か ら な い 」 と い う 選 択 肢 の 中 か ら 当 て は ま る も の を 一 つ 選 ん で も ら う 形 式 で あ る .こ の 質 問 は 2008 年 の 調 査 か ら 採 用 さ れ て い る が , 日 本 社 会 に 希 望 が あ る と 思 っ て い る 割 合 (「 1. そ う 思 う 」 + 「 2. ど ち ら か と い え ば そ う 思 う 」 の 合 計 ) は , 2008 年 か ら 2012 年 ま で 大 き な 変 化 は なく常に 1 割程度であった.つまり,上記のような質問に対する回答から見て 取れる日本という国レベルの「社会の希望」については,非常に低水準の評価 が 続 い て い る と 言 え よ う .ま た こ の 結 果 か ら は ,リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク や 3.11 の 震 災 な ど が 起 こ る 前 の 2008 年 ( 1 月 ~ 3 月 ) の 時 点 か ら , JLPS-Y・ JLPS-M で 対象としている若年世代の中で「日本社会」に希望を持っている人が極少数で -3- あった,ということが伺える. 図表 1 希 望 や 生 活 満 足 の 経 年 変 化 ( 2007 年 時 点 20-40 歳 70% 67% 65% 67% N=2675) 67% 62% 62% 60% 55% 50% 50% 44% 42% 41% 40% 39% 生活全般に満足 将来の自分の生活・仕事に希望 10年後の暮らし向き悪くなる 30% 31% 日本社会には、希望がある 23% 20% 25% 24% 20% 15% 10% 13% 14% 13% 11% 10% 0% 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 ではその一方,個人の希望についてはどうであろうか.本章で個人の希望と 見なして用いるのは「 , あ な た は ,将 来 の 自 分 の 仕 事 や 生 活 に 希 望 が あ り ま す か 」 と い う 質 問 へ の 回 答 で あ る . そ の 選 択 肢 は ,「 1. 大 い に 希 望 が あ る , 2. 希 望 が あ る ,3. ど ち ら と も い え な い ,4. あ ま り 希 望 が な い ,5. ま っ た く 希 望 が な い 」 の 5 つ で あ る . こ こ で は 「 1. 大 い に 希 望 が あ る , 2. 希 望 が あ る 」 と 回 答 し た -4- 人 た ち を 「 希 望 が あ る 」 と 見 な し た . 前 述 の 玄 田 ( 2009) の 結 果 に 比 べ る と , 「 3.ど ち ら と も い え な い 」が あ る た め と 思 わ れ る が ,希 望 を 持 つ 人 の 割 合 は い く ぶ ん 低 め と な っ て い る .そ れ で も 2007 年 の 時 点 で は 20 歳 か ら 40 歳 の 人 々 の 55%が 「 希 望 が あ る 」 と 答 え て い た . し か し そ れ が 年 々 減 少 し , リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク 後 の 2009 年 の 調 査 で は 44% に , 2012 年 で は 39%と 減 少 を 続 け て い る 5) ( 図 表 1). 他 に も JLPS-Y・ JLPS-M に は「 10 年 後 の あ な た の 暮 ら し む き は ,今 よ り も 良 くなると思いますか.それとも悪くなると思いますか」という将来の生活の見 通 し を 聞 い た 質 問 も あ る .そ の 質 問 の 選 択 肢「 1. 良 く な る ,2. 少 し 良 く な る , 3. 変 わ ら な い , 4. 少 し 悪 く な る , 5. 悪 く な る 」 の 内 で 4 と 5 と 答 え た 人 の 割 合 に つ い て も , 2007 年 に は わ ず か 15%の 人 が 「 悪 く な る 」 と 考 え て い た の が , 2009 年 に は 23%ま で 上 昇 し , 3.11 の 震 災 後 の 2012 年 に は 31%ま で 急 上 昇 し て い る .以 上 の よ う に 2007 年 以 降 ,少 な か ら ぬ 人 々 が 希 望 を 失 い ,将 来 へ の 展 望を悪化させてしまったと考えられる状態である. その一方,同じく図表 1 には,生活全般への満足度として「あなたは生活全 般 に ど の く ら い 満 足 し て い ま す か 」と た ず ね た 設 問 に 対 し て「 満 足 し て い る 」・ 「どちらかといえば満足している」と答えた人の割合を載せている.その満足 し て い る と 回 答 し た 人 々 の 割 合 は ,2007 年 に 62%で あ っ た が ,リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク 後 の 2009 年 に は 67%と む し ろ 上 昇 し て お り 6) , 2010 年 も 65 %, 震 災 後 の 2012 年 で す ら 67%と ,ほ ぼ 同 水 準 を 維 持 し て い た .こ の よ う に 生 活 満 足 感 の よ うな現在の状況への評価は維持か,むしろ好転している.それにも関わらず, 未来に対する希望や将来への見通しは悪化しているのである. それでは特定の不利な属性の人々,あるいは何らかの状況の悪化を経験した 人々だけが,何らかの個人的な理由で希望を失っているのであろうか.その場 合 は ,リ ー マ ン ・シ ョ ッ ク や 東 日 本 大 震 災 な ど が 直 接 的 に 個 人 の 状 況 を 悪 化 さ せ , 将来への希望を失わせた,とも考えられよう.そのような可能性を検討するた めに,希望を失ったことに対してどのような個人的な属性や変化が影響したの かを検討した.まず,収入の低下など経済状況の悪化による影響を分析したの が,次の図表 2 である. -5- 図表 2 30% 世帯収入・個人収入の変化別の希望喪失者の比率 26% 26% 24% 24% 低下 (N=1745) 維持 (N=4317) 上昇 (N=1948) 25% 24% 25% 維持 (N=6815) 上昇 (N=2622) 20% 15% 10% 5% 0% 低下 (N=1902) 世帯収入 個人収入 一見して分かるように,世帯収入・個人収入の変化 7) と個人的な希望の水準 を低下させたケースの比率には大きな差がない.そのため,個々人が希望を失 った主要な原因は,たとえばリーマン・ショックの影響による失業や賃金低下 のような直接的な経済問題ではないと思われる.また雇用状態の変化(たとえ ば,正規雇用からパートや派遣などの非正規雇用)の影響もとくになかった. 性別や学歴,また雇用状態によっても,希望を失った人の比率にはほとんど差 は な か っ た .あ る い は , 「 男 性 ・ 大 卒・ 典 型 雇 用 」な ど の 属 性 の 組 合 せ 別 に 見 た 場合でも,特定の属性が組み合わさった人々が大きく希望を失っているという 傾 向 は 見 ら れ な か っ た( 以 上 分 析 の 図 表 は 省 略 .一 部 は 田 辺・吉 田・大 島 2011 を 参 照 の こ と ). さらに詳細な分析結果は省略するが,個人内の変化(個人収入・世帯収入の 増減,正規・非正規などの雇用形態の変化等)の影響について,より厳密に検 討するために上記変化の影響を相互に統制しながら検討する分析を行ったが, それらさまざまな変化も希望の水準の低下には大きな影響を与えていなかった. 以 上 の 検 討 が 示 す よ う に ,2007 年 か ら の 6 年 間 に 起 こ っ た 希 望 の 喪 失 と い う 現象は,個人的な要因だけでは説明が難しい.たしかに,リーマン・ショック や震災のような社会現象が,個人個人の生活状況自体を悪化させた例も決して -6- 少なくはないだろう.しかし社会の単位で見ると,それら社会現象は,現在の 生活実態や現状認識よりも,むしろ将来への希望や見通しのような未来への意 識に強い影響を与えたと考えられる.ここ数年のさまざまな社会的な事件は, ( 少 な く と も パ ネ ル 調 査 に 答 え 続 け て い る 対 象 者 の 方 々 )個 々 人 の 生 活 自 体 や , 現状の実感にはそれほど大きな影響を与えていない.しかしその一方,社会全 体の将来の希望や将来見通しを悪化させ,イメージとして「暗い未来像」を抱 く人の総量を増加させ続けているのだと考えられる 8) . 3.誰が希望を持てないのか?:希望と社会階層 個人が希望を持っているのか,いないのか,その要因については,いくつか の 先 行 研 究 が 存 在 す る . た と え ば 玄 田 ( 2009, 2010) は , 階 層 的 な 変 数 と し て は学歴や所得水準が低い人ほど,希望はないと答える傾向があったという.そ こで本節では,前述の個人の希望を尋ねた質問「あなたは,将来の自分の仕事 や生活に希望がありますか」という質問を従属変数として,その規定要因を分 析 し て い く こ と で ,「 誰 が 希 望 を 持 て な い の か 」 を 確 認 し て い く . 本章では階層的変数,とくに本人が選ぶことのできない出身家庭という属性 的地位の影響を検討していく 9) .生まれ落ちる家庭を選べる人はいない.その ため,出身家庭の状況や階層的地位の高低が,現時点の本人が抱く希望の有無 に影響しているのかを検討することで,希望の格差が連鎖してしまうものであ るのか,その端緒を確認することができるだろう. そ の 検 討 の た め に , wave1 時 点 の 将 来 希 望 の 回 答 に 対 し て , 性 別 や 年 齢 等 の 基礎属性に加え個人の社会経済的属性,さらに出身家庭の状況などを独立変数 とした重回帰分析を行った 10) .その結果が以下の図表 3 である. -7- 図表 3 個人の将来希望の規定要因についての重回帰分析の分析 女性 年齢 15歳時暮らし向き(良) 15歳時自宅本量(多) 15歳時家庭雰囲気(良) 父教育年数 母教育年数 (基準:父職:管理/専門) 父職:父不在/無職 父職:事務・販売・サービス 父職:ブルー(含農業) 母:主婦 本人教育年数 既婚 (基準:正規) 非正規 学生 無職 現在暮らし向き(良) 大都市居住 生活満足度(高) 階層帰属(高) N 自由度調整済R 2 出身階層 モデル β 0.014 -0.052 ** 0.055 ** 0.068 ** 0.098 ** 0.006 0.006 客観階層 追加(男) β 主観追加 (男) β 客観階層 追加(女) β 主観追加 (女) β -0.081 ** -0.034 0.085 ** 0.094 ** -0.026 -0.046 -0.110 ** -0.036 0.071 ** 0.061 * -0.019 -0.056 -0.138 0.014 0.052 0.061 -0.019 0.024 -0.147 ** 0.024 0.048 * -0.005 -0.029 0.009 -0.019 0.096 -0.075 0.024 -0.036 0.200 -0.161 0.008 0.099 ** 0.174 ** -0.034 0.389 -0.345 0.002 0.067 * 0.115 ** 0.011 -0.140 0.151 0.040 0.037 0.129 ** 0.020 -0.250 0.268 0.038 0.007 0.048 0.034 0.075 -0.066 0.154 0.052 0.059 * 0.036 -0.027 0.025 0.038 0.139 ** 0.226 ** 1665 0.149 -0.014 -0.001 0.015 0.136 ** 0.023 0.020 -0.005 0.026 -0.013 0.009 0.243 ** 0.228 ** 1727 0.160 3454 0.026 1692 0.095 * ** ** * 1748 0.052 ** ** ** * 注 : **: p<0.01, *: p<0.05 分 析 結 果 の 中 で ,ま ず 基 礎 的 属 性 と し て は ,年 齢 の 効 果 が マ イ ナ ス で あ っ た . つまり年が若い人の方が希望を持っている,ということである.この結果は, 先行研究でも述べられているように,若年者の方が「時間という貴重な資源に 恵まれていることの多い」 ( 玄 田 2010:71)た め ,将 来 が よ く な る と い う 展 望 を 持 ち や す い こ と を 示 し て い る の だ ろ う .さ ら に 本 人 の 婚 姻 状 況 に つ い て は , (未 婚や離別と比べて)既婚者であることが希望を持ちやすい傾向が示された.こ の点は希望を持つ人ほど結婚しやすいという逆の因果もありえるが,結婚を望 みつつもできない人が将来への希望を失ってきている,という可能性も考えら れる結果であろう. -8- 続いて出身階層の影響を見ていこう.まず,父親・母親の教育年数や父親の 職業のような客観的指標の影響力は大きくない.しかし,より包括的ともいえ る 「 15 歳 当 時 の 暮 ら し 向 き の 良 さ 」 や 「 15 歳 当 時 の 家 に あ っ た 本 の 量 」, あ る い は よ り 主 観 的 に な る が「 15 歳 当 時 の 家 庭 の 雰 囲 気 の 良 さ 」な ど が ,そ の 後 の 20 歳 以 降 に お け る 希 望 の 有 無 に 関 連 し て い る こ と が 興 味 深 い .ま た そ れ ら 出 身 家庭の影響は,本人の現在の階層的地位を統制しても消えず,主観的地位や現 在の生活への満足度をモデルに入れても一部は残る.その結果から,個人が自 分の将来に希望を持つか否かについて,本人が選びえない出身家庭の影響が存 在すると考えられよう.言い換えれば,現代の日本における「希望」には,出 身階層による一定の格差がある,ということを示す結果である. また意識面との関連では,生活満足度が高い人や主観的な所属階層の高い人 の方が,希望も抱きやすい傾向が見られた.この結果については「肯定的な回 答 を 好 む 人 」,言 い 換 え れ ば ポ ジ テ ィ ブ・シ ン キ ン グ 的 な 思 想 傾 向 の 影 響 は 無 視 しえない.しかしそれでも,その他の客観的指標で捉えきれない「社会階層の 高さ」が,希望の有無にも影響していることを推察させる結果である. 加えて男女差としては,男性では教育年数が長いことが希望を持つことと関 連していた.この点については,未だに残る男性に対する「稼ぎ手規範」など を考えると,高学歴であることが男性の職業上の,ひいては人生上の成功につ な が り や す い こ と と 関 連 し て い る と 思 わ れ る . さ ら に 吉 川 ( 2009) の い う 「 学 歴分断社会」の議論と接合して考えれば,とくに男性において学歴によって将 来に対する希望が分断されている可能性を示唆する結果でもあろう.あるいは 逆に,未だに続く職業上の差別待遇などを原因として女性がその高学歴を発揮 できない社会環境にあることから,高学歴が「希望」と結びつかない,とも考 えられよう. 4.希望の「効果」の分析 前節で述べたように社会階層,とくに出身階層が個々人の持つ希望の有無と 一定程度関連していた.そのため,希望の有無が人々の将来に実質的な影響を 与えるならば,希望を媒介した「格差の連鎖・蓄積」という現象が生じる可能 -9- 性が指摘できよう.出身家庭が恵まれないことが,希望を持てないことにつな がり,その希望がないことが階層上昇を妨げる.そのようなメカニズムが存在 するならば,出身階層の低階層であることが,世代を超えて連鎖し,格差の蓄 積につながるだろう.逆に出身階層に恵まれることで希望を持てる人が,それ ゆえに階層上昇を続けるとすれば,それもまた,格差を拡大させていくことと なる. そこで本節では,希望の「効果」を分析することで,前記のようなメカニズ ムが実際に作動しているのか,その点をデータ分析によって検討していく.具 体的には,非正規雇用から正規雇用への転換について,個人の持つ希望の「効 果」について分析していこう 11 ) . そ の た め に ま ず wave1 か ら wave6 の デ ー タ を 累 積 さ せ ,あ る 年 度 で 非 正 規 だ っ た 人 の み を 分 析 対 象 と し た .そ の 上 で ,翌 年 正 規 職 に な っ た 場 合 を「 正 規 化 」 と 見 な し ,そ の 正 規 化 に 対 し て 個 人 の 将 来 へ の 希 望 の 有 無 が 影 響 し て い た か を , クロス集計表によって検討したのが次の図表 4 である. 図表 4 非正規就業者・無職者の正規化と個人将来希望の関連 全体 非正規or 無職継続 正規化 希望あり 91.6% どちらともいえない 希望なし 全体 男性 N 非正規or 無職継続 正規化 8.4% (3242) 78.8% 93.5% 6.5% (2892) 92.4% 7.6% (1146) 92.5% 7.5% (7280) 女性 N 非正規or 無職継続 正規化 N 21.2% (538) 94.1% 5.9% (2704) 82.1% 17.9% (531) 96.1% 3.9% (2361) 85.5% 14.5% (359) 95.6% 4.4% (787) 81.7% 18.3% (1428) 95.1% 4.9% (5852) 正 規 職 に な っ た の は 全 7280 ケ ー ス 中 7.5%と 比 較 的 少 数 で あ っ た . た だ そ れ でも, 「 希 望 が あ る 」と 答 え た ケ ー ス の 方 が 正 規 職 に な り や す い 傾 向 が 見 て 取 れ る . と く に 男 性 で は 希 望 あ り の 人 で は 21.2% が 正 規 職 に な っ て い た の に 対 し , 希 望 な し で は 14.5% と 7 ポ イ ン ト 近 い 差 が 出 て い る . た だ し , こ の 分 析 で は 非 正規を続けている同じ対象者が,複数のケースとして含まれている.また年齢 や学歴,あるいは性別など正規化に影響を与える他の変数の影響は統制されて いない.そのため,この結果だけでは希望に「効果」があるとの結論は出せな い. -10- そ こ で 次 に , こ の 累 積 デ ー タ に つ い て , 回 答 者 個 人 を 上 位 の , 各 wave の 回 答を下位レベルのデータとして扱うマルチレベル分析という統計手法を用いて 分析した.それによって,個人の変化しない属性だけでなく,個人の変化する 意識なども含めた上で,複数の変数の影響を同時に考慮した分析を行うことが できる.そしてその分析結果が,以下の図表 5 である. 図表 5 「正規化」へのマルチレベル 2 項ロジスティック回帰分析の結果 切片 性別(女性) 出生年 本人教育年数 希望(個人内平均) 希望(個人内変化) (基準:未婚(男女)) 既婚×女性 既婚×男性 B -1.184 -0.717 ** 0.015 0.038 0.286 ** -0.036 Exp(B) 0.306 0.488 1.015 1.038 1.332 0.965 -1.280 ** 0.562 ** 0.278 1.754 12) 注 : **: p<0.01, *: p<0.05 図表 5 の結果を詳しく見ていこう.まず,男性や男性既婚者の方が正規職に なりやすいことが示され,それらは常識に反さない結果であろう.また女性の 既婚者が正規職になりにくい傾向については,既婚女性が「主婦」として正規 になることを求めず,非正規パートや無職を選択していることが影響している と思われる. それら社会的属性に加え,個人的な将来への希望を持っている人の方が,非 正規や無職から正規職になりやすい傾向が示された 13) .つ ま り 個 人 が 将 来 に 抱 く 希 望 に は ,実 際 に 将 来 を 好 転 さ せ る 効 果 が あ る 可 能 性 を 伺 わ せ る 結 果 で あ る . 続いて,他の側面に対する希望の「効果」を確認するため,希望を持ってい ると,持っていないよりも交際相手が見つかりやすいのか,ということを検討 し た . 具 体 的 に は , wave1 に お い て 交 際 相 手 の い な か っ た 人 た ち が , wave2 で 交 際 相 手 や 結 婚 相 手 を 得 て い る か 否 か に つ い て , wave1 時 点 に お け る 個 人 的 な 将来への希望の状態の関連を見たのが,以下の図表 6 である. -11- 図表 6 交際相手の獲得と希望の関連 全体 男性 相手なし 相手なし →あり 継続 N 相手なし 相手なし →あり 継続 女性 N 相手なし 相手なし →あり 継続 N 希望あり 17.7% 82.3% (587) 15.9% 84.1% (301) 19.6% 80.4% (286) どちらともいえない 12.5% 87.5% (464) 9.5% 90.5% (275) 16.9% 83.1% (189) 7.4% 92.6% (215) 5.1% 94.9% (118) 10.3% 89.7% (97) 14.1% 85.9% (1266) 11.5% 88.5% (694) 17.1% 82.9% (572) 希望なし 全体 分析の結果としては,まず全体として前年度で希望を持っていた人の方が, 翌 年 度 に 交 際 相 手 を 獲 得 し て い る 傾 向 が 示 さ れ た .男 性 で は と く に「 希 望 あ り 」 の人が交際相手を見つけやすく,また女性では「希望なし」の場合に交際相手 が見つかりにくい傾向が確認された.この希望の効果については,先に「正規 化」について行ったように他の変数を統制して分析した場合でも,同様の傾向 が示された.そのため,交際相手の獲得という側面についても,希望があるこ とに一定の効果があると考えられる.またこの結果から,希望を持つ事の効果 は,正規職になるという職業面だけでなく,より広い個人の状況の変化にも影 響している可能性が示された. 5.希望喪失論と階層格差 こ こ ま で の 分 析 に よ っ て , た し か に 2007 年 か ら 2012 年 の 6 年 の 間 に , 将 来 への希望を持っている人が減る傾向が見られた.またその希望の有無について は,先行研究と同じく,階層格差を反映した一定の「格差」が存在することが 確認された.それに加えて,前節の分析で示されたように,希望を持つことは その後の行動や状況と一定の関連がある 14) .そ し て そ の 関 連 の 方 向 は ,格 差 を 押 し 広 げ る 方 向 の 影 響 で あ っ た .つ ま り ,希 望 の 有 無 に 格 差 が あ る だ け で な く , その希望を持てる人が不利な状況から上昇する一方,持てない人が上昇できな いということでさらなる格差を生む可能性を秘めているわけである.つまり, 希望が「前提」として大多数の人々に共有されるものではなく,階層的な格差 がある存在になったからこそ,安易な「希望(称揚)論」は,むしろ格差を広 げる存在にもなりうるのである. -12- そのような現状に対し,本章の1節で触れたような「希望」を論じる諸説か らは,いかなる対応を考えうるであろうか.本節ではその点を批判的にまとめ つつ,ここまでの分析結果を踏まえた提案を出すこととしたい. 5.1. 「絶望」と認識すれば良いのか? 日 本 と い う 社 会 か ら 希 望 が 失 わ れ ,と く に 若 者 の 状 況 は 希 望 が な い ど こ ろ か , 「 絶 望 」と 呼 ぶ べ き 状 態 で あ る ,と い う 議 論 は 少 な く な い .た と え ば 本 田( 2011) は,現在の若者は「家族-教育-仕事という三つの社会領域間の循環関係の破 綻 」( 本 田 2011: 6) に よ っ て 生 じ る 「 軋 み 」 の 中 で 苦 悩 し て い る , と 述 べ た 上 で,逆説的に唯一の「希望」はその軋みの大きさゆえに,絶望的状況に気づく 人 々 が 増 え て き て い る こ と だ け だ ,と 論 じ る .ま た 同 様 の 論 調 と し て 古 市( 2011) は, 「 複 数 の 指 標 で 主 要 国 最 悪 の 財 政 赤 字 .少 子 高 齢 化 に よ る 社 会 保 障 費 の 増 大 . 硬 直 化 し た 組 織 形 態 や 労 働 市 場 が 引 き 起 こ す 弊 害 」( 古 市 2011: 228) と い う 日 本社会の絶望的な諸点を列挙する.その上で「正社員」になれない若者の増加 と現役世代への不十分な社会保障のような世代間格差などから,若者にとって 「 日 本 の 未 来 が 絶 望 的 」( 古 市 2011: 242) と 断 言 す る 15) . しかし古市が述べるそれら絶望的な状況を示す情報には,選択の恣意性がな い だ ろ う か .「 1 兆 ド ル を 超 え る 世 界 屈 指 の 外 貨 準 備 高 . 1500 兆 円 近 い 個 人 金 融資産.米国に次ぐ国際特許数.改善を続ける治安状況.先進諸国内では比較 的 低 い 若 年 失 業 率 」( ス ペ イ ン や ギ リ シ ャ , あ る い は イ タ リ ア で は 25 歳 以 下 の 失 業 率 は 5 割 超 )と い う 希 望 に 溢 れ て み え る 数 字 を 元 に , 「日本の若者に希望は あります」と論ずることも可能である.もちろん,そのような希望を語る言説 は理論的に曖昧で,実証的な根拠も薄い.しかしその点は,前出の絶望を語る 言説も大差はない.つまり,古市が挙げたような絶望を示す「客観的な指標」 は,たとえ 1 つ 1 つは事実であったとしても,それをもって総じて絶望的状況 とは断言できず, 「 希 望 」と し て 語 り 得 る 指 標 を 選 択 的 に 無 視 し て い る だ け ,と も言えるだろう. そ の た め 問 題 は ,本 田 が 言 う よ う に「 絶 望 」と 認 識 で き て な い こ と で は な い . むしろ全く逆に, 「 希 望 」を 語 る 指 標 よ り も「 絶 望 」と 判 断 し う る 数 字 や 議 論 こ そが人々に受け入れられやすい,という状況自体ではないだろうか.そこには -13- 「絶望的」と見なせるようなデータのみが選択される,という情報選択の歪み が存在しているように思われる.そして,そのような偏りの原因としては「損 失の方が,利得よりも感情が強く反応する」という損失回避性という認知的バ イアスの存在 16) が 無 視 で き な い . そ し て そ の バ イ ア ス を 触 媒 と し ,「 絶 望 」 を 語る社会科学者の言説自体が,人々の間に「希望の無さ」を広げている,とは 考えられないだろうか 17) . 図表 1 で示したように,日本社会に希望を抱く人は極少数(1 割程度)であ る.さらに個人的な希望を持たない人も,個々人の生活状況の変化では説明で きないほど増えてきている.つまり,さまざまな「絶望が広がっている」とい う言説,とくに日本社会の希望は失われているという議論の影響を受け,人々 の個人的な希望までもが失われてきている,という可能性は無視できない.そ の よ う な メ カ ニ ズ ム の 傍 証 と し て JLPS-Y・JLPS-M の デ ー タ で も , 「日本社会に 希望がない」と答えていた人ほど,次年度に個人的な希望の水準が低下した比 率 が 高 か っ た .( 図 表 7). そ の た め 現 状 の 日 本 社 会 の 状 況 を 絶 望 的 と み な す 言 説の広がり自体,実は人々が希望を失う要因の一つである可能性も指摘できよ う. 図表 7 日本社会への希望の有無と個人的希望が低下した人の比率の関連 35% 29% 30% 25% 21% 22% 社会の希望ある (N=1963) どちらともいえない (N=5811) 20% 15% 10% 5% 0% 社会の希望ない (N=8196) また本章の分析でも示した通り,希望を持たないことが客観的状況の好転を -14- 妨げるのであれば,絶望という言説によって,現実自体が「絶望的な状況」へ と 向 か っ て い く 危 険 性 す ら 存 在 し よ う .以 上 考 え て い け ば , 「 絶 望 」を 語 る 言 説 は,それ自体では残念ながら状況を好転させるよりも,むしろ悪化の一助とな る危険性すらあるのではないだろうか. 5.2. 個人的対処への公的支援で解決するか? 主 に 若 年 層 の 間 で 広 が る 「 希 望 格 差 」 の 問 題 を 指 摘 し た 山 田 ( 2004) は , そ の著書の最終章において, ( そ れ ま で の 製 造 業 中 心 の 産 業 構 造 が ,情 報・サ ー ビ ス産業中心の構造に転換したという)ニューエコノミーにおける労働の2極化 を前提とした上で,個人的対処への公的支援を総合的に行っていく必要性を主 張している.具体的には,能力開発の機会と努力をすれば報われることが実感 で き る シ ス テ ム の 構 築 ,過 大 な 期 待 を ク ー ル ダ ウ ン さ せ る 職 業 カ ウ ン セ リ ン グ , コミュニケーション能力(魅力)の獲得支援,さまざまな家族リスクに対応し た 制 度 構 築 , 若 者 へ の 逆 年 金 な ど で あ る ( 山 田 2004: 240-244). 以 上 の 施 策 1 つ 1 つ に つ い て ,そ れ ら が 推 進 す べ き 方 策 で あ る こ と に つ い て , 多くの人々もとくに異論はないだろう.しかし現実問題としては,それら施策 を推進するための公的支出や制度改革への支持,あるいはその前提となる議論 への関心,さらにはそれら対策を政治的に実現する回路が存在しないことこそ が,それらの施策の実現を阻んでいるのではないか,と思われる. 2013 年 現 在 の 日 本 社 会 に お い て , 多 く の 人 々 の 間 で 支 持 を 集 め て い る の は , 若者への支援の拡大よりは,どちらかと言えば公的支援を縮小させてしまうよ う な「 小 さ な 政 府 化 」な の で あ る 18) . 本 章 で 用 い た 同 じ JLPS-Y・ JLPS-M デ ー タ の 分 析 結 果 か ら も ,広 い 意 味 で の 格 差 解 消 を 求 め る 人 々 の 割 合 は ,2007 年 以 降 む し ろ 低 下 傾 向 に あ る こ と が 示 さ れ て い る ( 図 表 8). た と え ば ,「 日 本 の 所 得格差は大きすぎる」と思う人が減少傾向にあることが示されている(有田 2012).あ る い は 社 会 福 祉 に つ い て も ,財 政 問 題 と の 関 連 か ら か ,財 政 が 苦 し く ても充実すべきという意見を持つ人は減ってきている.さらに「所得格差を縮 めるのは政府の責任だ」と考える人も横ばいの状態である. -15- 図表 8 格差や格差解消に関する意識の経年変化 ( 2007 年 時 点 20-40 歳 N=2675) 80% 72% 70% 71% 73% 68% 72% 64% 69% 65% 60% 57% 63% 59% 56% 47% 50% 44% 44% 44% 41% 42% 40% 30% 日本の所得の格差は大きすぎる 所得格差を縮めるのは政府の責任だ 20% 社会福祉は財政が苦しくても極力充実するべきだ 10% 0% 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 そのような人々の意見の布置状態に示されるように,ただ必要な施策を提示 するだけでは,その実行可能性は低く,ひいては「希望の喪失」の解消にはつ ながらない,と考えざるをえないだろう.そのため,より積極的になぜ一定以 上の格差は是正すべきなのか,そのことを人々の不安の解消という側面との関 連も踏まえて考える必要があると思われる. 5.3. 希望喪失論を超えて 5.1.で 述 べ た よ う に 「 希 望 」 が 失 わ れ て い る と い う 言 説 は , そ れ 自 体 が 「 予 言の自己成就」 ( Merton 1957=1961)に よ っ て 人 々 の 希 望 を 失 わ せ ,希 望 の な い -16- 社 会 を 作 り ,さ ら に は 客 観 的 状 況 ま で も 悪 化 し て い く 社 会 を 招 来 さ せ か ね な い . あるいは現実の客観的状況の問題を,意識や意欲の問題として矮小化した,口 先だけの施策への援護射撃にも陥りかねないと思われる. そ の よ う な「 意 図 せ ざ る 結 果 」 ( Merton 1957=1961)を 避 け る た め に ま ず 必 要 なことは,現実社会がそれほど「希望」がない状態であるのか,その現状認識 自 体 の 再 検 討 で あ ろ う . 5.1.で 述 べ た 通 り , 人 間 に は 「 損 失 回 避 性 」 と い う 避 け が た い 認 知 の 歪 み が あ る .2013 年 現 在 の 日 本 社 会 は ,一 定 の 基 礎 財 の 平 等 化 が果たされているからこそ,その基礎財が失われることを(損失回避的に)怖 れる分,未来を悲観しやすい状況にあると言える. 誰もが欲しがる基礎材の普及という形で「将来が良くなる」ことを前提とし て い た 高 度 成 長 期(「 3 丁 目 の 夕 日 」的 な 社 会 )は ,希 望 に 溢 れ て い た の か も し れ な い .し か し 現 代 日 本 社 会 は ,そ の よ う な 時 代 と は 大 き く 異 な る 局 面 に い る . そのため,高度成長期以来の(経済)成長の物語から決別しない限り,成熟社 会となった現代日本社会では,新たな希望は生まれがたいと思われる.成長神 話それ自体が,基礎材の一定の平等化を果たした社会では,むしろその喪失を 恐れる人々の認知によって,希望を失わせる要因となりうるからである. そ の よ う に 考 え て い く と ,現 代 の 日 本 社 会 に お け る「 希 望 」の な さ は , 「絶望」 を示すのではなく,現在の生活水準を維持できず,失うことへの「不安」の言 い 換 え と 見 な す べ き で は な い だ ろ う か . JLPS-Y・ JLPS-M の 調 査 票 で は 最 後 に 「将来に働き方について,または結婚や家族(子育て・介護など)について, 何かお考えがありましたら,ご自由にお書き下さい」として自由回答を求めて い る . そ の 記 述 に お け る 頻 出 ワ ー ド は 「 不 安 」 で あ る . 具 体 的 な 記 述 に は , 20 代の女性が持つ年金への不安や子どもを持つ前から子どもの教育費への不安, 20 代 男 性 の 家 族 を も つ こ と へ の 不 安 , 30 代 の 女 性 が 抱 く 60 代 の ま だ 元 気 な 両 親の介護や自分が高齢になった時に対する不安などが綴られていた.それら, まだ現実化するのは期間があるはずの諸問題について,未来を先取りした予期 の上で,大きな不安を感じている人々の姿が浮かび上がってくる. それでは,そのような「不安」はどのようにすれば解消しうるのだろうか. 人々の生活上の不安を解消する術として,戦後の日本社会がその発展を促して きていたのは,さまざまな社会福祉政策による公的なセーフティネットであっ -17- た .し か し そ の セ ー フ テ ィ ネ ッ ト は ,20 世 紀 末 か ら 現 在 に 至 る ま で ,新 自 由 主 義的な思想潮流とそれに基づく政策変更による攻撃を受け続けている.その結 果,多くの人々はその弱体化を懸念し,その分将来への不安が広がっていると 思 わ れ る . 実 際 , 大 沢 ( 2009) が 指 摘 す る よ う に 現 状 の 日 本 の 生 活 保 障 シ ス テ ムは,不安を減らすよりも,むしろ特定の人々の「希望」を「台無し」にする 制度になっている.正社員として働く男性稼ぎ主中心に制度が組み立てられて いることが,若年層の労働市場の非正規化を増幅している.税制についても, 1990 年 代 末 か ら 企 業 と 高 所 得 者・資 産 家 へ の 課 税 が 低 減 さ れ た 一 方 ,低 所 得 者 の負担としては逆進性のある間接税収(消費税等)の比重が増している.さら に 他 の 先 進 諸 外 国 に 比 べ , 失 業 時 の 生 活 保 障 も 受 け に く い . そ の よ う に 2013 年 現 在 の 日 本 の 社 会 保 障 制 度 は ,不 平 等 の 緩 和 や 貧 困 削 減 に つ い て は「 逆 機 能 」 状態であるという. このような生活保障の不備は,そのような支援が必要な人々のみの問題には 止まらない.何らかの理由によって現状の生活に危機が訪れた時(たとえば失 業 な ど ),現 状 の 生 活 水 準 が セ ー フ テ ィ ネ ッ ト で 維 持 さ れ る こ と は な い ,と 多 く の人々は感じており,結果的に社会全体の不安を増加させていく.あるいは, ある個人が周囲のサポートが得られず,公的支援も得られずに貧困に落ち込ん でいくことは,そのような個人を傍目で見ている人々の間の相互信頼をも失わ せ,不安を広げ,希望も失わせてしまうだろう.さまざまな生活上・経済上の 問題が, 「 社 会 」の サ ポ ー ト に よ っ て 脱 出 が 可 能 で あ る ,と 人 々 が 思 う こ と が で きない「自己責任」の世界を突き進めば,その問題は個人に止まらず,社会全 体へと及んでいくのである 19) ( Judt 2010=2011). そのため,実は希望が失われ,不安が広がっていく社会を変えるには,まず は従来的な制度の不備を是正することによって,野放図な格差拡大を停止させ る必要があるのだ.具体的には,とくに若年層に対する施策としては,高すぎ る利息の奨学金,年金の世代間格差,労働市場の硬直性などの修正こそが,当 座必要な施策となるだろう. ただし前節でも述べたように,民主主義社会において行われる政策は,人々 の「支持」を受けなければ成立が難しい.たとえば前記のような若年層に対す る施策については,若者の人口構成上の低比率が若者に利する政策成立の困難 -18- を生み,一方で増加を続ける高齢者優先の政治(シルバー・ポリティクス)に よって実現が阻まれるだろう,との議論もある.しかし,本当に高齢者は自分 た ち「 だ け 」の 利 害 を 優 先 し ,投 票 す る で あ ろ う か . 「 若 者 の 希 望 」と い う 問 題 は,実はその若者が担う税金や年金の支払いや社会福祉に依存する高齢者にと っ て も , 決 し て 人 ご と で は な い . ま た 先 に 引 用 し た ジ ャ ッ ト ( Judt, T.) も 述 べ るように,若者であっても公的支援の不足によって貧困が広がれば,高齢者層 に と っ て も 相 互 信 頼 の 失 わ れ た , 不 安 に 満 ち た 社 会 に な り か ね な い ( Judt 2010=2011). つ ま り , 近 視 眼 的 な 利 益 追 求 で な い 限 り , 若 者 の 希 望 や 格 差 に 関 わる諸事象は,世代を超えて共有しうる問題なのである. そのように考えれば,公的援助の不要な富裕層や将来の希望を強く持つ高階 層者にとっても,公的扶助で救済されない極端な格差や社会に広がる希望の無 さは, 「 他 人 事 」で は な く な る .公 的 支 援 は ,と か く 世 代 間 や 経 済 格 差 に よ る 対 立として語られることが多い.しかし,そのような対立は本当に「前提」なの だろうか.上記のように,多くの問題は,特定の社会に生きるほとんどの人た ちにとって「自分たち,私たち」の問題と見なしうる.そして,そのような視 点に基づいて調達しうる支持を基盤にした政治により,格差を広げず,人々の 不安を薄めることができるような施策を着実に実施していく.遠回りに見える が, 「 希 望 の 喪 失 」に 立 ち 向 か い ,過 剰 で は な い ま で も 生 き る の に 必 要 な 程 度 の 「 希 望 」を 復 活 さ せ る た め に は ,そ の よ う な 方 法 こ そ が 近 道 で は な い だ ろ う か . 本章では,希望の格差とその効果について論じてきた.さらに観察される希 望の「喪失」という事態が,実は希望喪失言説の影響を受けているのでは,と いう論を展開した.以上のようなテーマは,広く社会意識と社会の間の相互関 連に関わるものである.社会の認知が個人の意識を変化させ,さらにその意識 の変化が個人の客観的な状況の変化にも影響する.そして,その個人の状況の 集積が実際に社会状況の変化にもつながり,その社会の変化がまた個人の社会 に 対 す る 認 知 に フ ィ ー ド バ ッ ク さ れ る ( 図 表 9). -19- 図表 9 社会意識と社会の関連構造の概念図 本章では希望や格差に関わるそのようなメカニズムの一端を,データ分析の 結果を通して論じた.しかし,当然ながら本章の議論だけでそのメカニズムの 全体は解明できておらず,ましてや現状発生している問題の解決法にはほど遠 い.とはいえ,今後そのような視点からの詳細な研究によって,社会と個人の 間で生じるメカニズムを実証的に明らかにすることこそ,容易な言説を振りか ざすだけに終わらず,かといってただの傍観者にもならない社会科学たり得る のではないか.本論考が,その試みの,わずかではあるが,着実な一歩である ことを「希望」する. 注 1) 貧 困 や 飢 餓 に 苦 し ま な い 程 度 の 所 得 ,テ レ ビ・車・エ ア コ ン に 代 表 さ れ る 耐 久消費財,あるいは子どもの高等学校進学などのことを指す. 2) 現 実 の 1950 年 代 末 か ら 1960 年 代 が 果 た し て 本 当 に「 希 望 」に 満 ち た 明 る い 時代であったかについては,さまざまな異論がある.たとえば,格差や生活の 実 態 に つ い て は ,橋 本 編( 2010)な ど を 参 照 の こ と .ま た そ の「 三 丁 目 の 夕 日 」 の 映 画 シ リ ー ズ の 三 部 作 の 最 終 話 が ,1964 年 の 東 京 オ リ ン ピ ッ ク の 年 で あ る こ とも, 「 希 望 に 満 ち た 」時 代 が 1950 年 代 後 半 か ら 1964 年 の 東 京 オ リ ン ピ ッ ク の 時期までであることを象徴的に示している. 3) 調 査 の 詳 細 に つ い て は , 第 1 巻 総 論 を 参 照 の こ と . 4) 2007 年 か ら 2012 年 ま で の 6wave 全 て の 調 査 に 回 答 し た 2675 ケ ー ス に 対 象 を -20- 限 定 し て い る . た だ し , 次 に 述 べ て い く 結 果 の 傾 向 に つ い て は , 全 wave に 答 え た 人 に 絞 ら な い 場 合 で も ,ほ と ん ど 差 は な か っ た .そ の た め ,後 述 の 図 表 1, 並びに図表 8 が示す傾向は,6 年分のパネル調査に協力した人だけに限られる 結果ではないと推察される. 5) 分 析 結 果 の 詳 細 は 後 述 す る が ,年 齢 が 若 い 人 ほ ど 希 望 を 抱 き や す い 傾 向 が あ る.そのため,対象者の加齢の効果によって希望を持つ人が減っている,とい う点も無視できない.しかし,後に行う重回帰分析の結果による予測値を援用 す れ ば ,「 大 い に 希 望 が あ る 」 を 5 点 ,「 ま っ た く 希 望 が な い 」 を 1 点 と し て 計 算した平均点も,加齢以上のスピードで年々低下を続けている.具体的には, 重 回 帰 分 析 の 結 果 か ら , 1 年 の 加 齢 で 希 望 は 0.02 ポ イ ン ト 程 度 低 下 す る と 推 定 さ れ る .つ ま り ,回 答 者 全 員 の 加 齢 に 伴 う 希 望 の 平 均 点 の 低 下 も 0.02 ポ イ ン ト 程 度 と 予 想 さ れ る が ,希 望 の 単 純 平 均 点 は wave1 か ら wave2 の 間 で 0.09 ポ イ ン ト ,wave2 か ら wave3 で は 0.11 ポ イ ン ト と 大 き く 低 下 し て い た .つ ま り ,加 齢 の効果で予測される以上に,大きく平均値が下がっており,加齢だけで説明で きる変化ではないのである. 6) た だ し こ の 上 昇 に つ い て は 満 足 度 を 尋 ね た 質 問 項 目 に お い て ,こ こ で 用 い て い る 「 生 活 全 般 」 の 前 に ,「 あ な た の 親 と の 関 係 」「 あ な た の 子 と の 関 係 」 と い う 家 族 に 対 す る 項 目 が 加 わ っ た こ と の 影 響 も 考 え ら れ る .そ の た め ,2008 年 か ら 2009 年 に か け て 生 活 満 足 感 が 上 昇 し て い る , と ま で は 言 い 切 れ な い だ ろ う . 7) 2007 年 か ら 2012 年 の デ ー タ を 累 積 さ せ た 上 で , 個 人 収 入 ・ 世 帯 収 入 の 回 答 に お け る カ テ ゴ リ ー が 上 昇 し た ケ ー ス ( 上 昇 ), 変 わ ら な い ケ ー ス ( 維 持 ), 下 降したケース(低下)に分けた.その上で,2 カ年の間で希望の水準が低下し た人の割合を提示した. 8) そ の 証 左 と し て ,希 望 を 持 つ 人 と 持 た な い 人 の 間 の 変 動 も 決 し て 少 な く な い ことが挙げられる.1 年ごとの変化を見ると,希望の水準が低下したケースが 25.4% , 変 化 し な い ケ ー ス が 54.2%, 上 昇 し た ケ ー ス は 20.5% で あ っ た . つ ま り,希望の水準が低下した人が上昇した人よりも多いため,全体として希望を 持つ人の割合が減っているという結果になっている.しかし同時に,それだけ 移動があることから,希望の有無については個人内変動も決して小さくない. 9) 玄 田( 2009)で も 中 学 生 の 頃 の 家 庭 状 況 と の 関 連 が 検 討 さ れ て お り ,家 族 関 -21- 係に恵まれた人ほど希望を持ちやすい傾向が示されている.しかし,他の要因 を統制した結果ではないため,本研究では本人の現在の階層等を統制した上で も出身家庭の影響が残るのかを検討していく. 10) 「 15 歳 時 自 宅 本 量 」 は カ テ ゴ リ ー の 中 央 値 を 10 で 割 っ た 値 を 用 い た . 正 規職には「経営者・役員,正社員・正職員・自営業主・自由業者」を含め,一 方の非正規には「パート・アルバイト・契約・臨時・嘱託,派遣社員,請負社 員,家族従業者,内職」を分類した.また学生には学生としてアルバイトで仕 事 を し て い る 者 も 含 む . ま た こ の 分 析 に つ い て は , wave2 以 降 の デ ー タ を 用 い た 場 合 ,あ る い は wave1 か ら wave6 を 累 積 さ せ た デ ー タ で も ,ほ ぼ 同 様 の 傾 向 が示された.そのため,脱落などの影響がない分,最も代表性の高いと考えら れ る wave1 デ ー タ の 分 析 結 果 を 提 示 し た . 11) 社 会 階 層 の 上 昇 に つ い て は , 複 数 の 指 標 で 捉 え る こ と が 可 能 で あ る . た と えば社会階層を所得の面で捉えるのであれば年収や賃金の上昇,学歴であれば 上級学校への進学などである.ただし,現在日本において「非正規雇用」と若 者 の 希 望 の 無 さ を 結 び つ け る 議 論 は 少 な く な い . た と え ば 益 田 ( 2012) は 若 年 非 正 規 労 働 者 を ,「『 希 望 』 を つ ね に 求 め つ つ も , そ れ が 叶 わ ぬ 間 は 現 在 に 身 を 委 ね ざ る を え な い と い う , 希 望 と 現 在 と を 往 還 す る 生 き 方 」( 益 田 2012: 101) を強いられる存在として描いている.そのような議論を踏まえ本章では,まず 非正規・無職から正規職への変化に対する希望の影響を分析対象とした. 12) 係 数 は Population-average model の 結 果 を 採 用 し た . 最 大 の 個 人 の ケ ー ス 数 は 1727,最 大 の Person-year の ケ ー ス 数 は 5950 で あ る .ま た 結 婚 関 連 の 変 数 に ついては,個人内変化(未婚から既婚への変化)をモデルに入れても有意では な か っ た た め ,こ こ で は wave1 の 婚 姻 状 態 を 個 人 間 の 差 と し て モ デ ル に 組 み 入 れるのみとした. 13) た だ し , 希 望 の 個 人 内 変 化 の 係 数 が 有 意 で は な い こ と か ら , あ る 個 人 が 希 望を獲得したり,喪失したりする効果は検出されていない. 14) パ ネ ル 調 査 の デ ー タ を 用 い た と は い え , こ の 分 析 に よ っ て 「 因 果 関 係 」 が 解明されたと断言できるわけではない.正規化の機会があること,あるいは交 際相手獲得の見込みがあることが「希望」の源泉となっていて,結果的に正規 職になったり,交際を開始したりしたのであれば,因果順は逆である.とはい -22- え通常の一時点の調査よりは,パネル調査の特性を生かして前時点の意識を用 い て い る た め ,「 希 望 を 持 つ 」 こ と が 効 果 を も つ 蓋 然 性 を 示 せ た 結 果 と 考 え る . 15) 同 書 で も 述 べ ら れ て い る よ う に , 貧 困 が 現 実 的 に 「 餓 死 」 に 至 る よ う な 問 題になっているのは高齢層である.そのため,客観水準だけで「絶望」を考え るならば,本章で対象としたデータでは検証のできない高齢者層において,そ れが広がっているのかも知れない. 16) 行 動 経 済 学 に お け る 「 予 測 理 論 ( Prospect Theory)」 の 中 で 主 張 さ れ る 概 念 で あ る . そ の 理 論 に つ い て の 簡 便 な 紹 介 や 説 明 に つ い て は , Bernstein ( 1996=2001) の 第 16 章 な ど を 参 照 の こ と . そ の 中 で 予 測 理 論 の 発 案 者 の 一 人 トヴァスキーの言葉として引用されているように「人間が快楽を得る仕組みの 最も重要で大きな特徴は,人々はプラスの刺激よりもマイナスの刺激に対して ず っ と 敏 感 で あ る ,と い う こ と で あ る . ( 中 略 )あ な た の 気 分 を よ り 良 く し て く れ る も の は い く つ か あ る だ ろ う が ,今 の 気 分 を 害 す る も の の 数 は 無 限 大 で あ る 」 ( Bernstein 1996=2001: 170-171). 17) こ の 点 に つ い て は , 「 恐 怖 」を 振 り ま く こ と で 人 々 の 関 心 を 集 め ,世 論 を 誘 導 す る 「 恐 怖 の 文 化 」( Glassner 2000=2004) と 類 似 の 現 象 が , こ の 「 希 望 」 に まつわる言説においても発生している,とも言えるだろう.社会における「問 題」を告発する際,冷静な議論や厳密な統計数値を出すよりは,前述の「損失 回 避 性 」と い う バ イ ア ス も 手 伝 い , 「 恐 怖 」や「 危 機 」を 煽 る 個 別 事 例 の 方 が 人 々 の 関 心 を 集 め ,印 象 に 残 り ,広 ま り や す い .そ の た め , 「 絶 望 」と 銘 打 つ 議 論 の 方が人々に受け入れやすく,社会に浸透しやすい傾向があるのだろう. 18) 2006 年 の 日 本 の 一 般 政 府 支 出 の 対 GDP 比 は 36.0%と , OECD 平 均 の 40%よ り も 低 く , 小 さ な 政 府 の 代 表 の よ う に 語 ら れ る 米 国 と 同 程 度 で あ る ( OECD 2009).そ の よ う な 指 標 で 見 れ ば ,日 本 は す で に 十 分「 小 さ な 政 府 」で あ る .し か し な が ら ,2012 年 の 衆 議 院 選 挙 で は ,ど ち ら か と 言 え ば 若 者 へ の 支 援 や 公 的 サービスの拡充を主張した民主党は惨敗し,一方で躍進した日本維新の会やみ んなの党の基本的な経済政策は「小さな政府化」である.そのことからも,そ のような方向の政策への支持は未だに少なくない,とも考えられる. 19) 社 会 疫 学 者 の ウ ィ ル キ ン ソ ン ( Wilkinson, R. G.) は , 社 会 に お け る 格 差 そ れ自体が,所得階層間の社会的距離を増大させ,共通のアイデンティティを欠 -23- 如させ, 「 彼 ら 」と「 我 々 」と い う 社 会 内 で の 分 断 を 生 み 出 す ,と 論 じ る .ま た その結果として, ( 低 階 層 者 に 限 ら ず )人 々 の 健 康 を 損 ね ,社 会 的 信 頼 を 低 下 さ せ,社会不安を引き起こし,最終的には社会を破壊する要因となる,と主張す る ( Wilkinson 2005=2009, Wilkinson and Pickett 2009=2010). そ の 理 論 展 開 や 議 論 に は , と く に 右 派 か ら の 批 判 は 少 な く な い が ( た と え ば Snowdon 2010), 社 会的格差の放置がもたらす帰結として,社会不安の増加や希望の喪失がもたら される可能性はすでに指摘されている,と言えよう. 文献 有 田 伸( 2012) 「薄れゆく格差感と格差の実態」 『 東 京 大 学 社 会 科 学 研 究 所 の「 働 き 方 と ラ イ フ ス タ イ ル の 変 化 に 関 す る 全 国 調 査( JLPS)2011」に み る 若 年 ・ 壮 年 層 の 格 差 の 実 態 と 意 識 』 中 央 調 査 報 No.656 (http://www.crs.or.jp/backno/No656/6561.htm). Bernstein, Peter L.( 1996) Against the Gods, John Wiley & Sons.= ( 2001) 青 山 護訳『リスク―神々への反逆 下』日本経済新聞社. 玄 田 有 史( 2009) 「 デ ー タ が 語 る 日 本 の 希 望 ― 可 能 性 ,関 係 性 ,物 語 性 」東 大 社 研 ・ 玄 田 有 史 ・ 宇 野 重 規 編『 希 望 学 1 希望を語る―社会科学の新たな地平 へ 』 127-172. ― ― ― ― ( 2010)『 希 望 の つ く り 方 』 岩 波 書 店 . 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Wilkinson, Richard G.( 2005) The impact of inequality: how to make sick societies healthier, New York, NY: The New Press.= ( 2009) 池 本 幸 生 ・ 片 岡 洋 子 ・ 末 原睦美訳『格差社会の衝撃―不健康な格差社会を健康にする法』書籍工房 早山. Wilkinson, Richard G. and Kate Pickett( 2009) The Spirit Level: Why More Equal Societies Almost Always Do Better, Allen Lane.= ( 2010) 酒 井 泰 介 訳 『 平 等 社会―経済成長に代わる,次の目標』東洋経済新報社. 山 田 昌 弘 ( 2004)『 希 望 格 差 社 会 』 筑 摩 書 房 . -25- 東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトについて 労働市場の構造変動、急激な少子高齢化、グローバル化の進展などにともない、日本社 会における就業、結婚、家族、教育、意識、ライフスタイルのあり方は大きく変化を遂げ ようとしている。これからの日本社会がどのような方向に進むのかを考える上で、現在生 じている変化がどのような原因によるものなのか、あるいはどこが変化してどこが変化し ていないのかを明確にすることはきわめて重要である。 本プロジェクトは、こうした問題をパネル調査の手法を用いることによって、実証的に 解明することを研究課題とするものである。このため社会科学研究所では、若年パネル調 査、壮年パネル調査、高卒パネル調査の3つのパネル調査を実施している。 本プロジェクトの推進にあたり、以下の資金提供を受けた。記して感謝したい。 文部科学省・独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究 S:2006 年度~2009 年度、2010 年度~2014 年度 2016 年度 基盤研究 C:2013 年度~ 厚生労働科学研究費補助金 政策科学推進研究:2004 年度~2006 年度 奨学寄付金 株式会社アウトソーシング(代表取締役社長・土井春彦、本社・静岡市):2006 年度 ~2008 年度 東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト ディスカッションペーパーシリーズについて 東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズは、 東京大学社会科学研究所におけるパネル調査プロジェクト関連の研究成果を、速報性を重 視し暫定的にまとめたものである。 東京大学社会科学研究所 パネル調査プロジェクト http://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/