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2011年10月23日 中谷 比呂樹 講師(世界保健機関(WHO)本部事務

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2011年10月23日 中谷 比呂樹 講師(世界保健機関(WHO)本部事務
慶應義塾大学大学院経営管理研究科
グローバル・ビジネス・フォーラムによる日本のグランド・デザイン策定を行う融合型実践教育
(慶應義塾創立150年記念事業未来先導基金プログラム)
第
6
回
フ
ォ
ー
ラ
ム
Grand Design by Japan
-The 2011 Quake and Tsunami Project-
2011
10.23
2011東日本大震災の危機対応(7)
医療・水産・ITC
[講演録]
Newsletter
健康危機管理に関する地球規模の枠組み
―国連機関、特に世界保健機関(WHO)の役割―
中谷 比呂樹
世界保健機関本部事務局長補
(エイズ・結核・マラリア・特定熱帯病局担当)
WHOの姿
博士も喜んで和服姿で写真を撮っており、師匠と弟子を超え
た友情と尊敬があったことがうかがえます。訪日時の記念講
私の母校は慶應義塾大学医学部で、初代医学部長の北里柴
演では、結核の話ではなくアフリカ睡眠病の話をしたそうで
三郎先生は、ドイツ留学から帰国後、医療エスタブリッシュ
す。アフリカ睡眠病は脳の中に寄生虫が入り込む病気で、非
メントに苦労されました。その時に支援してくれた福澤諭吉
常に死亡率が高いのです。この病気も私の担当です。過去10
先生の恩顧に応えるため、「自分の最後の仕事は新しい医科
年で30万人の患者がいましたが、今は年間1万人を切るように
大学を創設することだ」ということで1917年に慶應医学部が
なり、制圧に向けた取り組みを進めています。
発足したわけです。
さて、国際保健というと、多くの人は野口英世博士がアフ
北里先生の師匠はロベルト・コッホ博士で、偉大な細菌学
リカに行って試験管を振り、未知の病原菌を退治するワクチ
者。結核菌の発見者として歴史に名を残しています。今の私
ンや薬を開発する、あるいはシュバイツァー博士のように密
の仕事はエイズ・結核・マラリア・特定熱帯病で、まさに
林を切り開いて病院を作り医療を行うイメージがあると思い
コッホ博士の行ってきた仕事の延長線上にあります。独・ベ
ます。WHOの先輩も四輪駆動車で奥地の村々まで行き、天然痘
ルリンのコッホ博物館には正面に和服姿のコッホ博士の写真
患者がいたら周りの人に予防接種をするなど、危険を顧みな
があり、コッホ博士の弟子として北里先生が右端にいます。
い活動をしました。これらを礎にして、国際保健は大きく変
また、コッホ博士来日の折には北里先生は大歓迎し、コッホ
わりつつあります。
国連は、第二次世界大戦後、紛争や戦争を防ぎ、起きたと
してもそれを拡大させないことを目的に設立されましたが、
戦後の復興という意味で、健康問題は非常に大きな課題でし
た。そこで、1948年、WHOが国連の専門機関として創設されま
した。WHO憲章の基本理念は、健康を病気ではないとか弱って
いないということではなく、「肉体的・精神的・社会的に満
たされた状態にあること」だとし、健康の定義を非常に広く
とらえています。さらに重要なことは、「健康は基本的権利
の1つである」と前文で宣言していることです。また、WHOは
[資料]和服姿のコッホ博士。北里先生のコッホ博士への尊敬は
厚く、コッホ博士もまた北里先生を敬愛していたという。
基本的に政府間機関であることが大きな特徴で、本文の第2条
には「政府間機関として国際保健の指導調整機能を果たす」
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2011東日本大震災の危機対応(7)
と明示されています。つまり、WHOは各国で構成する機関なの
慢性疾患対策も重要性を増しています。
で、最大の意思決定機関は世界保健総会(WHO総会。英語略称
WHA)です。そこには、各国の保健大臣が政府代表として出席
国際保健への投資に変化
し、WHOの方針や予算などを論議し、WHO事務局が作った保健
医療に関するガイドラインや統計を承認します。これらは、
国際保健は過去10年で大きく発展しました。米国の疾病対
世界の保健大臣が承認した方針であり、それ故に、WHOの活動
策センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)
や各種資料は、他の機関にはない非常に強い正統性を持って
が世界の有識者を集めて、過去10年の10の大きな成果を論議
いると言えましょう。
して公表しています。乳児死亡率が約2割低下したこともその
WHO総会を支え、決定事項を実行するために事務局が置かれ
1つです。予防接種が拡大し、三種混合、ポリオ、麻疹など5
ています。現在の事務局長は中国(香港)出身のマーガレッ
つのワクチンで毎年約250万人の死亡を防いでいると考えられ
ト・チャン博士、事務局次長はガーナ出身のアサモア・バー
ています。私が担当しているエイズ・結核・マラリア・特定
博士。事務局長補(ADG:Assistant Director-General)は私
熱帯病でも非常に大きな成果が上がっています。これらの病
を含め8人が政治任命されています。ジュネーブにある本部の
気の新たな発生が減り、アフリカ睡眠病などのいくつかの熱
外、地域事務局が6つあり、地域内の各国の調整や情報の集約
帯病では、制圧に向けた取り組みが着実に成果を挙げて、日
を行います。日本が属している西太平洋地域事務局のヘッド
本も大きな貢献をしています。制度面では、禁煙の推進が世
(地域事務局長)は韓国出身のシン・ヨンス博士です。本部
界の健康改善に大きく貢献したとされています。
及び地域事務局長は選挙で選ばれるのが他の国連機関には
ない特徴です。
この10の成果の基になっているのは、国際保健に対する5つ
のパラダイムの変化だと私は思います。第一に、9.11の同時
WHOの活動領域は幅広いものがありますが、「大規模感染症
多発テロの影響は極めて大きなものでした。9.11の後、多国
の予防と対策」が伝統的な重要課題です。私が担当する、エ
籍軍がイラクへ侵攻しましたが、やはりテロの根源の貧困対
イズ・結核・マラリア・特定熱帯病も、各国に大きな負担を
策をしないと根本解決にはならないでしょう。貧困の理由に
強いている慢性感染症でその一部です。近時、「地球環境変
ついては、「不健康だから働けず、働けないから貧しいので
動による健康被害の軽減」という活動も着目されてきました
あり、健康問題の改善が大きな貢献になる」という発想が出
が、我々の役割は、CO2排出を減らすといった話というより、
てきました。この発想の形成には日本も少なからず貢献して
「気温が高くなると熱帯病が増えるので、きちんと対応せ
います。日本の戦後の保健医療がまさにこうした発想でした。
よ」「今年の夏は暑くて高齢者が脱水で死ぬ可能性があるか
1950年代初頭、国立病院・療養所の病床の半分を結核患者が
ら、各国は救急医療を充実させよ」と健康への影響・被害防
占め、医療費の4分の1は結核医療費でした。若い労働力が戦
止が主体となります。その他、母子保健、生活習慣病対策な
争で失われたため、戦後復興において、健康な労働者を確保
ど、地球規模での健康危機管理から個人の健康や安全・安心
するべく国を挙げて熱心に結核対策を行いました。日本はこ
を守るということまで、幅広い保健活動をするのがWHOです。
の経験を九州・沖縄サミットでも主張しています。
さらに、保健システムや医療施設の整備や保健人材の計画的
こうしたことが積み重なり、9.11を契機に、国際保健への
な育成も大きな課題で、こうした活動ができるような国際保
投資が増えました。国際保健に対するODAは、1990年の50億ド
健医療協力の仕組みを作ることもWHOの仕事です。
ルから、今は5倍以上の約270億ドルに増えたのです。
ここで、平均寿命を見てみると、2009年のWHO統計では、日
さらに、貧困撲滅と健康問題を1つの開発問題としてとらえ
本、オーストラリア、欧州、カナダは80歳を超えていますが、
て、G8ではホスト国が毎年保健のイニシアチブをとるように
世界全体では68歳です。ただ、中国は70歳を超え、インドも
なりました。これが21世紀の最初の10年の姿です。
60歳台になる一方、アフリカは57歳で、世界平均となお相当
第二は、グローバル化の影響です。典型がインフルエンザ
の開きがあります。これを反映して、日本のODAの対象は主に
やSARSといった感染症です。SARSは2003年に起こり、交通
アジアでしたが、アフリカの健康開発への関わり方が今後大
(航空機など)を遮断する事態になりました。ここから、グ
きな課題となることは明らかです。
ローバル化した世界における健康危機管理の仕組み作りの機
また、今までの国際保健は感染症の予防が中心でしたが、
運が急速に盛り上がってきました。
高齢化が進むと、日本と同じように慢性疾患が多くなるため、
第三が、健康外交に目覚める国が現れたことです。国際保
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健に大きな資金が動くようになるとそのリーダーシップを取
務省の局長クラスや大使が来ます。受け手の国は、保健大臣
ることで国の存在感を強めようとする国が現れてきました。
か局長が来ます。大きな特徴は、NGO出身者も投票権を持った
ブラジル、タイ、メキシコ、ケニアなどがその例です。以前
理事として入っている点です。ビル&メリンダ・ゲイツ財団
は軍事力、経済力、人口規模などがジオポリティクスの基本
出身の理事も入っています。国連機関は、国連合同エイズ計
因子でしたが、今は、地球規模への健康課題への対応力・発
画(UNAIDS)の事務局長、WHO代表の私、世界銀行副総裁とい
信力も外交力の1つになってきていると思うのです。
うメンバーです。このようにガバナンスが大きく変わってき
第四が、国際保健のプレーヤーの顔ぶれの変化です。世界
同時不況によって世界地図が大きく変化し、昔のG7/G8より、
ました。
世界の保健の方針を決めるWHO総会の代表団の数も変化して
今はG20が大きな存在となりました。さらにはG20にも入って
います。今はG7よりもBRICs+ケニア・メキシコ・タイの代表
いないケニアやタイが存在感を増しており、一層多極化して
団の方が多数となっています。
います。また、WHOの最大のドナー(資金提供者)は米国です
プレーヤーの変化は医薬品分野でもあります。日本では
が、 2番目がビル&メリンダ・ゲイツ財団、4番目がロータ
ファイザー(株)や武田薬品工業(株)などが有名ですが、
リー財団というように、民間財団の役割も進展しています。
今、私たちがアフリカで使っている最新の髄膜炎菌ワクチン
第五が、資金提供メカニズムの変化です。9.11の翌年の
を作っているのは、インドのSerum Instituteという製薬会社で
2002年から先進国のODAが非常に増えましたが、その収集と配
あり、エイズ治療薬でもCipla(シプラ)というやはりインド
分メカニズムも様変わりしています。その典型が世界エイ
の会社などジェリック薬会社が大きな役割を果たしています。
ズ・結核・マラリア対策基金(略称グローバルファンド(世
資金調達の方法も変化しています。以前は、ODAが政府間で
界基金))です。その創設には日本も強く関与しており。九
移転するという図式でしたが、今はそれだけではありません。
州・沖縄サミットで日本が国際感染症対策をまとめ、それを
私の局に事務局を置いているUNITAID(国際医療品購入ファシ
もとに次のG8の主催国のイタリアが作り上げたのが、世界基
リティー)は、航空券に国際連帯税を掛けてそれをプールす
金なのです。また、GAVIというワクチンのための資金を集め
るという方式で資金調達を行っています。例えば、チリは、
る組織も資金量を大きく増やしています。財団、NGO、民間は、 国際線搭乗者から2ドルずつ徴収しています。この2ドルは、
昔は少数でしたが、今はビル&メリンダ・ゲイツ財団が急激
マラリア治療費2人分に相当します。フランスでは国際線のエ
に資金量を増やしています。1990年代、国際保健の主な財政
コノミークラスの搭乗者から4ユーロを徴収しています。これ
上のプレーヤーは二国間援助機関や国連機関で、民間財団は
は防虫剤を塗り込んだマラリア予防用の蚊帳の値段です。
脇役でしたが、今は各種資金提供メカニズムの興隆によって、 「みなさん、エッフェル塔を見て楽しかったでしょう。アフ
プレーヤーの顔ぶれが変わってしまったのです。このような
リカで困っている人に蚊帳を買うために、4ユーロ払ってくだ
マルチプレーヤーの中にいると大変な目に遭うこともありま
さい」という説明に搭乗者は納得していると言います。アフ
すが、さまざまな団体の理事会のたびに、世界の保健大臣が
リカのニジェールの航空会社もこの様な仕組みに参加してい
承認したWHOの基準で治療するよう主張し、幸いにして広範な
て、途上国も資金提供者の一端を担っています。
支持を得ています。
このように、国際協力資金は先進国が拠出していましたが、
近年は途上国もオーナーシップを分担する組織も出てきたの
国際保健のガバナンスと新しい資金提供メカニズム
です。更に、彼らは、プールした資金で単に薬を買うのでは
なく、マーケットダイナミクスを使って、「大量一括購入を
ここで、前節の最後のポイントである新しいプレーヤーと
するから安くしろ」などの交渉もします。加えて、UNITAIDは
それらがもたらすガバナンスの課題に目を転じてみましょう。 姉妹組織を創設して医薬品の特許をプールしています。例え
WHOのガバナンスは、世界各国の保健大臣が集まって決議を行
ば、日本では薬局に行けば薬が簡単に手に入りますが、途上
うという公人(政府)だけの世界です。ところが、世界基金
国ではほとんど輸入なので、薬の供給が途切れてしまうこと
は違います。2008年の理事会構成を見ると、議長はラジャ・
があります。特に感染症治療では、3つの薬を飲まなくてはい
グプタ氏(マッキンゼー&カンパニー元副代表)で民間セク
けない時に2つしか飲まないと、耐性菌ができる最大の原因に
ター代表として入ってきました。副議長はザンビアのNGOのエ
なってしまいます。われわれはこのような事態を避けるため
リザベス・マタカ氏です。ドナー国は、保健大臣ではなく外
合剤を勧めますが、途上国や中進国の製薬会社にとってはパ
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テントが障壁になります。その際、特許ごとに交渉するのは
人。ピークが過ぎてもこの数です。1日当たり約1万人、1時間
大変なので、ワンストップショップ型の特許プールの意義が
当たり433人。約400人で運航するジャンボ機が1時間に1機、1
生ずるのです。また、Debt Swapでは、途上国が健康上いい成
日に24機落ちている、ニュージーランドの人口400万人、静岡
果を上げると、有償協力資金を返さなくてもよくなります。
県380万人、毎年静岡県やニュージーランドが1つ消えてなく
これはドイツが非常に熱心に使っている手法です。GAVIは、
なる状態が続いています。
世界銀行にワクチン債を発行してもらうという形で資金集め
第二がタバコによる健康被害です。肺がんや心血管疾患な
をしています。出稼ぎに行く人が多い国では出稼ぎ送金税を
ど、タバコ関連の疾病で年間500万人が亡くなっていると言わ
導入して資金を集めようとしています。
れています。これを放置してさらに増加することの懸念から、
これまでのパラダイムでは、先進国から途上国にお金が動
「たばこ規制枠組み条約」(以下「タバコ条約」)という健
いていましたが、新しいパラダイムでは、先進国だけでなく
康に関する条約が出来ています。条約批准国は、タバコ需要
新興国も途上国もドナー足りうるのです。またUNITAIDのよう
の低減につながる価格・課税措置を取らなければならず、日
に、非伝統的な方法で資金調達をしたり、ワクチン債のよう
本でもタバコの価格が上がっています。それ以外の需要低減
な市場メカニズムを使って資金を活用する新たな資金メカニ
策には、健康に関する警告を明示することも含まれ、他の国
ズムもできたとうことも過去10年の大きな動きなのです。
は激しい表現を義務付けています。例えばオーストラリアで
は、タバコの箱に口腔がんの写真を印刷し、その絵を見ない
近年の健康危機
と箱を開けられないようにして喫煙阻止を試みています。分
煙など、受動喫煙からの防御、広告制限、若年者への販売抑
さていよいよ本題に入ります。感染症分野では、人の動き
が増えたため、世界規模の課題が起きやすくなりました 。
制、タバコ農家の転換促進といった条項もあります。
こうした“静かな”健康危機が2つあることをご理解いただ
1960~1970年代は、北米と欧州の行き来が多く、その他は若
きたいと思います。過去10年、国際社会は、それに対する条
干でした。今は、5大陸すべてで人が動き回っています。アフ
約やメカニズムを作り対応してきたのです。
リカ内の移動も多くなり、どこかで感染症が起きると一挙に
そこで伝統的な健康危機管理の問題である急性感染症に目
世界へ拡大します。特に途上国は感染症対策が十分ではない
を転じてみたいと思います。対応強化の契機になったのが
ので、一気に広がってしまいます。
SARSです。SARSが起きた2003年、国際交通量が激減しました。
また、世界人口が高齢化し、感染症への抵抗力が弱い方が
空港の待合室には人がいず、国際交流が止まりました。そこ
増えています。新興感染症という今まで知らなかった感染症
で、従来の国際的な検疫規則を急遽見直す流れになったわけ
が見つかったり(新興感染症)、一度制圧した感染症が再び
です。背景には、感染症だけではなく、9.11で問題意識が高
出てきたり(再興感染症)、薬剤耐性菌が出てきたりもしま
まった化学テロ、生物テロ、核テロへの懸念も加わりました。
す。放射線・化学・食品安全の分野でもグローバル化がさま
実は、起こった当初は、原因がなんなのか、よくわからない
ざまな課題を投げ掛けています。
ことが多いのです。例えば和歌山ヒ素カレー事件でも、保健
過去30年の健康危機の1つはエイズです。当初は治療方法が
なく、感染経路や病原体もわからず、大きな驚異でした。ペ
ストやエボラ出血熱も相当な死亡者を出しています。SARSや
新変異型CJD(いわゆる『狂牛病』が人にうつる病気)も大問
題になりました。チェルノブイリ、ハイチ地震、ボルネオ沖
大地震、東日本大震災、福島原発の損傷なども世界規模の健
康危機です。WHOが2007年1~11月に受けた健康危機に関する
報告を地図上にプロットすると、アフリカ、インド、インド
シナ地域に集中しており、そこでの対策が課題だといえます。
また静かな健康危機もあります。2つ例示しましょう。第一
が、エイズ、結核、マラリアです。直近の年間死亡者は、エ
イズ約160万人、結核140万人、マラリア80万人、合計約400万
[スライド] 2001年1月から2007年11月までの健康危機情報の
報告事例。1,500件を超え、その分布も分散している。
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所は当初、食中毒対応を取りました。後からヒ素による化学
情報を収集・評価し、実地疫学チームで調査を行うという共
テロというか犯罪の一種だとわかりました。そのため、「と
通の『1階部分』と、原因別の各論的対応の言わば『ダブル
にかく共通の仕組みを作って危機管理対応をしよう」という
デッカー(2階建て)』で対応しようというのがIHRの発想で
のが根本にある発想です。SARSの問題をきっかけに、従来の
す。IHRの下、WHOは、わからない病気が出現したら誰もが報
検疫の仕組みを見直すことが最重要の課題になったのです。
告できるよう暫定診断基準を作り、次に、治療指針や隔離や
そして、2005年のWHO総会において国際保健規則
感染防止措置を助言します。
(International Health Regulations:IHR)が採択されました。従
特に、WHOが重視するのが実地疫学です。発生場所に行き、
来は、コレラ、ペスト、黄熱病、天然痘の4つを指定して、
流行範囲を定めます。これが封じ込め対策の根本です。国際
「この病気の患者は各国に入れない」という取り決めでした。 チームを編成する際、各国がそれぞれ異なる教育では困るた
SARSは含まれていません。SARSが起こったとき、「どのよう
め、米国CDC方式を国際的な基準にしています。主要国にはそ
な国際的な理由で交通を止めるか」「それがリーズナブル
れぞれトレーニングコースがあり、日本では、国立感染症研
か」といった議論に大きな時間を割きました。改正IHRでは、
究所に2年間のコースがあります。
原因を問わず、公衆衛生上の国際的な脅威となるあらゆる事
また、途上国の診断検査能力を平時から高めるようするこ
象を対象としました。和歌山ヒ素カレー事件など、感染症か
とが大切です。一方で、高度な診断検査能力をもったスー
どうかがわからない段階でも、公衆衛生上の脅威と認識すれ
パーナショナルラボも必要で、アジア地域では日本の国立感
ば報告して、リスクアセスメントを行って対応することにし
染症研究所が大きな貢献をしていますが、オーストラリアや
たわけです。各国の担当窓口も設け、WHOが対応方法を勧告す
中国の検査機関もますます大きな役割を果たしつつあります。
る手続きも定めました。勧告は事務局長の独断ではなく、
さらに、物流整備、事前対策の計画、資材の備蓄を行って
各国の専門家の意見を聞いて決めることにしました。
います。日本でも各種装備や医薬品の備蓄が行われています。
一連の行動のベースは、各国からの情報です。政府の発表
国際的な大感染が起きた場合には日本の専門家も派遣され、
のみならず、「変な病気がはやっている」という新聞記事が
国際チームの一員として経験を積み、同時に、各種装備を実
発端になったりもします。そうした一次情報を「いかにとら
際に使って、将来の改善事項を明らかにします。
えるか」という問題がありました。WHOの各国の担当窓口には、
チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日に起こりました。
公式・非公式を問わず多数の情報が寄せられます。アルゴリ
初めはあまり情報もなく、徐々に騒然としてきたことをよく
ズムを作り、そこに入る情報は各国に報告してもらいます。
覚えています。WHOの招集する技術委員会は5月6日に初めて開
そこに入らない非公式な情報や新聞情報、その他の情報は、
かれましたが、WHOは加盟国主体の組織なので、加盟国から要
WHOで毎朝レビューされ、問い合わせや確認要請をした後評価
請があってから本格的に動きます。旧ソ連からの正式な協力
をします。このような仕組みで早期発見し、対応することに
要請はなんとベルリンの壁崩壊後の1990年2月でした。相当な
しました。
時間的ギャップです 。翌年、WHOはIPHECA( International
Program on the Health Effects of the Chernobyl Accident)プロ
危険の感知
ジェクトを立ち上げ、健康調査、地元の保健従事者のトレー
ニング、機材の供与を開始しました。この中心的なドナーが
例えば天然痘は、既に撲滅しているので、出現したら直ち
公益財団法人笹川記念保健協力財団で、大きな貢献でした。
に生物テロが疑えます。野生型ポリオ、生物テロ、あるいは
フォローアップ活動として仏リヨンにあるIARC(国際がん研
公衆衛生上の危惧がある場合は、4つのファクターを勘案して
究機関)というWHO直轄の研究機関が、がんの長期発生調査を
報告いただきます。①公衆衛生上非常に深刻か、②まったく
実施しています。
考えられないような事態か、③国際的に影響が大きいか、④
この事故を受け、事故発生時に速やかに通報し合う国際条
国際的な旅行や交通を遮断する必要性があるか、です。これ
約ができました。翌1987年には、WHO-REMPAN(The Radiation
らを自問し、疑念が2つ以上ある場合にはWHOに報告する仕組
Emergency Medical Preparedness and Assistance Network)
みを作りました。
という、事故発生時に助け合う緩やかな専門家ネットワーク
現場での円滑なオペレーションのため、化学的健康被害の
もできました。23年後の2010年には、Joint Radiation Emergency
問題や感染症の問題から新変異型CJDの肉(食品)の問題まで、 Management Plan of the International Organizationsという国連機
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2011東日本大震災の危機対応(7)
関の間での取り決めもなされました。これは、事故発生時の
公式・非公式なネゴシエーションを行い、国内外の利害関係
WHO、FAO、ICAOなどの機関の役割分担を定めたものです。
者の調整をします。
この場合、NGOも企業も含まれます。例えば、タバコ条約の
国際的な枠組み作りの要点
場合は、各国とも、国内の利害調整に苦労しました。タバコ
企業のみならず、零細なタバコ販売店やタバコ農家の生計な
従来、専門家委員会の報告を受けて問題への対応方法を事
ど、難しい議論でした。だからこそ、エビデンス収集・解析
務局の意見としてまとめたものを、WHO総会や総会の下部機関
により合理的な案を作るという知的作業が必要になります。
である執行理事会で論議することから始まったことが多かっ
さらには、それを政策レベルに高める政治力や行政力、国際
たのですが、最近は、加盟国が総会議決の基本案を作成し、
的な働き掛けを可能にする財政力、調整力、外交力も必要で
事前に執行理事国や地域委員会で各国の賛同を取り付けて提
す。これらは掛け算の関係にあると良く言われます。いくら
出されることが多くなりました。例えば、昨年、日本が提出
専門家がいい案を作っても、国際ネゴの能力がゼロだと所期
国した保健システム強化決議がWHO総会で議決されました。こ
の目的を達することは出来ません。各種資源を総合的に活用
のときは、まず、WHOの専門家委員会の報告を受けて、日本が
しなければ、枠組み作りはできないのです。
「事務局長に加盟国の努力を支援するよう求める決議を作ろ
う」と考えました。これを、日本が属する西太平洋地域の地
貢献は、ビジネスチャンスでもある
域委員会で議論し、執行理事会に上げました。西太平洋地域
出身の理事は既知の日本の提案に速やかに賛同します。執行
日本は世界規模の枠組みづくりにも多大なる貢献をしてき
理事会では、今度は欧州地域の理事が意見を加えて修正がな
ましたが、技術面の貢献も大きいものがあります。しかし、
された後、理事会として総会で採択することを勧告するとい
残念ながらあまり知られていません。
う付帯意見を添えて日本案が総会に上がるという流れでした。
WHOの正面玄関前に、子どもが棒を持ち、大人を導いている
ただ、IHRやタバコなどの決議はもっと複雑です。まずWHO総
像があります。西アフリカには河川盲目症(オンコセルカ
会で政府間の交渉グループを作る決議し、政府間協議会を設
症)という、河川周辺に発生するブヨが運ぶ寄生虫によって
定して決議内容を作成するという手順になりました。
失明する病気があります。今は激減していますが、昔は、ま
また、国連総会で決議する場合もあります。保健問題でも、 だ目の見える子どもが、盲目になってしまった大人を棒で
他のセクターへの影響が強い時に用いられる手法です。例え
引っ張って歩いている姿がよく見られたそうです。激減を可
ば、エイズについては国連総会で決議しました。エイズは保
能にしたのが、北里研究所の大村智博士(北里研究所名誉理
健問題ですが、2001年時点で、状況が極めて深刻だったから
事長)が発見したイベルメクチンという特効薬です。また、
です。当時、国民の3割がエイズに感染しているという国があ
米メルク社とは、パテントを寄付する代わりに、制圧できる
りました。そうすると、警察官がエイズになってしまって治
まで無償で薬を供給するという契約になっています。これで
安が維持できないとか、教師がエイズになってしまって小学
河川盲目症を制圧しつつあるのです。
校教員が足りないなど、社会面でさまざまな影響があったか
日本人の銅像も1点だけあります。笹川良一氏の像です。誰
らです。もはや保健だけの問題ではないので、国連総会決議
も顧みなかったハンセン病対策に資金提供し続けたからです。
となったのです。政治声明など、保健セクター以外を巻き込
この支援により、ハンセン病は残り1カ国を残して、公衆衛生
む場合には非常に有効な方法で、それが条約などに結実して
の問題から消え去ろうとしています。住友化学(株)は、防
ゆく場合もあります。
虫剤を繊維に塗り込んだ蚊帳を製造しています。このような
枠組み作りの要点をまとめてみましょう。まず、プロセス
蚊帳はマラリア対策として非常に有効です。タンザニアには
としては、決議や条約の作成では、とにかく説得力のあるエ
合弁工場を開設し雇用創出にも大きく貢献しています。エー
ビデンスが不可欠です。それを集積して、国際世論を形成す
ザイ(株)からは、最近、DECというフィラリア症の特効薬22
るため発信しなくてはいけません。国際世論の形成が重要な
億錠を無償供出してもらうことになりました。インドにある
のです。そうした世論をベースに、国際的な論議のアジェン
最新鋭の工場の1生産ラインをDECのために割り当ててくれた
ダに乗せる必要があります。G8、国連総会、WHO、ASEAN他の
のです。これによってフィラリア症を制圧しようと考えてい
国連・国際地域フォーラムで論議の舞台に乗せて、政府間で
ます。
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2011東日本大震災の危機対応(7)
「日本はお金がなくて大変なのに、なぜ地球の裏側まで援
助するのか」と聞かれることがありますが、国際交流が盛ん
時代には感染症が他国から入ってきますから、公衆衛生の観
点からの国際協力は日本のためにもなるのです。例えば、関
西の多剤耐性結核の菌は、中国の菌に非常に似ているので、
中国の結核対策の向上は日本にも益することになります。
そして、国内行政を国際基準で展開する必要性があります。
例えば、日本ではハンセン病の国賠訴訟がおきました。WHOで
は、早い時期から「ハンセン病は感染力が弱いので、隔離は
原則不要で、非常にまれな場合だけでよい」としたのにもか
かわらず、日本では隔離政策を続けたことから生じた問題で
す。そのためにも、国際的な基準作りにも積極的に関与した
[資料] 防虫剤練り込
り国内施策に速やかに反映させることが重要です。
み蚊帳
また、貢献は、ビジネスチャンスでもあります。国際保健
協力は、20年で50億ドルから270億ドルと、500%伸びました。
これほどの成長分野はあまりないでしょう。蚊帳もそうです。
あるいは、トヨタ自動車(株)のランドクルーザーは、ポリ
オワクチンの容器を冷たいまま田舎の村まで運ぶのに大活躍
しています。現在、WHOがフィールドで使用している車はラン
ドクルーザーが主流です。その前は英国のランドローバーで
したから、「ポリオを撲滅する前にランドローバーを撲滅し
た」という冗談があるほどです。
外交カードとしても活用できます。二国間援助は2001年以
降激増していますが、日本は逆に減少しています。ODAが横ば
いの中で存在感を示すには、ヘルス分野はわかりやすく、国
[資料] WHOの正
面玄関前:子ど
もが棒を持ち、
大人を導いてい
る像
民に対しても「世界の人たちを助けている」という分かりや
すさがあると思います。
今後は、例えば、「金融工学による新たな資金調達を考え
る」「薬価を下げるために一括大量購入をすすめる仕組みを
作る」「ジェネリックカンパニーがより早くIP(知的財産)
を使えるようにする」など、総合力が試されるでしょう。こ
こ、経営管理研究科(ビジネススクール)では、マルチディ
シプリナリーで様々な今日的課題を検討されると聞きました。
これまでの国際保健や医療協力は医師の世界でしたが、異分
野の多彩な人が参加する機会になりつつあります。ハーバー
ド・ビジネス・スクールでもグローバル・ヘルスの講座が好
評で、パブリック・ヘルス・スクールと合同で実施している
と聞きます。慶應にも健康マネジメント研究科があるそうで
すが、このような新しい境界領域の研究やその実践は、大き
[資料]河川盲目症の特効薬「イベルメクチン」の発見
大村智博士(北里研究所)
な可能性を秘めている分野だと思います。
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2011東日本大震災の危機対応(7)
質疑応答
(Q1)感染症関連の医療機器や医薬品のベンチャーの価値評
価では、企業としては費用対効果が極めて低くても、社会の
視点からは非常にメリットがあるという話がよくあります。
そうした社会的価値を評価するための指標はありますか。
(中谷)IFPMA(国際製薬団体連合会)では、毎年、参加企業
の国際協力度を公表しています。フィランソロピー関連の資
金拠出額や社員のボランティア活動も指標になっています。
また、世界基金を見ると、欧米企業はフィランソロピーをよ
[資料]エーザイ:インド工場からのDEC22億錠の寄付
く考えていると感じます。私は、マラリアのパートナーシッ
プのボードに参加しますが、そこでとても熱心なのは米エク
や、途上国の市場でWHOへの協力が宣伝になるといったメリッ
ソンモービル社です。同社はマラリア流行地域に多くの油田
トを考えなくはなかったと思います。
を持っていますから、マラリア対策は、職員の労務管理上も
指標という意味では、様々な観点からの評価があるべきだ
重要なのです。企業の場合、一方的に貢献するというより、
と思います。
本業と連動して継続的支援とすることが大切だと思います。
薬の分野では、我が国の製薬会社は先進国をターゲットに
(Q2)WHOでは、情報収集や実際の対応において、例えばアフ
したがる傾向があります。成熟したマーケットがあるからで
リカの奥地に行く場合、そこは現地政府の指揮下、あるいは
す。問題は、マーケットのない分野です。先ほどDECの話をし
NGOなどの多様なパートナーが存在しているのですか。また、
ましたが、フィラリア関連のマーケットは日本にはもちろん
プレーヤーの多様化で、対策において変化がありましたか。
ありませんし、途上国でもそれほど大きな需要はありません。
現在、フィラリアのDECを製造する主な企業はエジプトの会社
(中谷)WHOの仕事の基本は、政府へのアドバイスです。エイ
ですが、製造継続が心許なかったため、私たちは困っていま
ズの例では、途上国政府と会議し、「こういう資料が足りな
した。そこでエーザイ(株)が乗り出してくれたのです。同社
いので、このような調査をしたらどうですか。その調査の設
の決断は、「貢献」がベースとはいえ、企業イメージの向上
計を手伝います」と提案しました。調査の結果、エイズ感染
外交力の一助=武力の無い
日本の外交力の要
オバマ政権
国際保健イニシアチブ
日本
アフリカ 10万人
保健人材養成計画
英国
IHP +
ブラジル・タイ・インドネシア
知的所有権の議論等を活用した
国益追求型保健外交
国際保健協力
公衆衛生の課題
日本国民の専守防衛
国際基準での国内行政の展開
・多剤耐性結核など日本
を取り巻く地域からの
流入の防止
・パンデミック等の感染
症危機に対する対応
・国賠訴訟の回避
(過去のハンセン病、血液対策等
の反省)
・国内状況に対応した国際基準設
定に関する交渉
ビジネスチャンス
大規模化した国際保健分 ・医薬品
・蚊帳
・ランドクルーザー
などの国際調達
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[スライド]
「日本は、なぜ地球の裏側まで援
助するのか」:ヘルス・ディプロマ
シーを発揮していくことの重要性。
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2011東日本大震災の危機対応(7)
者は、男性同性愛者間で激増していることがわかり、そうし
てインド政府からクレームを受けたという話は聞いていませ
た特定グループに対する啓発活動を重視するよう助言しまし
ん。
た。成功国の事例を視察するフィールドツアーのアレンジも
WHOの基本的な仕事の1つです。さらに、国が「男性同性愛者
(Q4)温暖化の影響による自然現象が起こっています。将来
に焦点をあてたプログラムの実行には、どこかから資金を得
の感染症への気候の影響などを考えると、WMOよりも大きな国
なければならない」という場合は、一緒に資金援助申請書を
際的なフレームワークが必要なのではないでしょうか。
作成し、世界基金などの資金援助機関に申請します。
つまり、現場に行って直接ワクチンを投与する仕事は徐々
(中谷)その分野は詳しくありませんが、WHOもWMOもスイス
に減っています。例外的に、ポリオは行っています。衛星画
のジュネーブに所在していますから、環境グループのメン
像を使って家の場所を特定し、1軒1軒を回って接種します。
バーは協働していると思います。例えば、マクロな気候変動
ワクチンのクーラーボックスの中に記録装置を取り付けて、
が蚊やハエのような移動物とどのように関係するのかという
確かにその村まで行ったかどうかを確認するなど、WHOのオペ
ことを担当部局で議論していると思いますが、具体的なフ
レーションが非常に強い分野です。奇想天外かもしれません
レームワークなどは残念ながら私は承知していません。意外
が、JAXA(独立行政法人宇宙航空研究開発機構)の人工衛星
に緊密な関係を保っているのがFAO(国際連合食糧農業機関)
による協力が頂けないかと考えています。
です。人畜共通感染症などを議論しています。
(Q3)国民の健康に関する情報の中には、国家機密に当たる
(姉川)感染症のブレイクアウトを感知するのにテクノロ
ものもあるのではないでしょうか。その場合、WHOではどのよ
ジーが使えるのではないでしょうか。どの機関・国・団体が
うな考え方で情報を取り扱っていますか。
どんなITや分析能力を保持していますか。
(中谷)WHOが公式に出す統計は国から出された数値ですが、
(中谷)米CDCの知見は非常に豊富です。また、WHOでは、各
何度も確認を重ねます。例えば、私の分野で毎年発表するマ
国の対応能力を高める多くのトレーニングプログラムを用意
ラリアの統計では、ある国の観光省から「こんな数字を出さ
しています。WHOもジュネーブ大学と共同でコースを創設して
れては観光客が来なくなる」とクレームが付いたことがあり
います。制度は、共通の基準で運用していかなければなりま
ました。私たちは「保健省からこういうデータが出ている。
せんから、“人づくり”は重要なファクターになります。
私たちがあなたの国で行ったワークショップでもこういう結
果である。ここはやはり真実を言うべきではないか」と粘り
(姉川)感染症のブレイクアウトは新聞の断片的な記事に表
強く交渉し、政府の納得のもと、報告書に正確な情報が記載
れることが多いそうなので、各国のローカルな新聞をどこか
できました。
でサーベイし、それを探知するような仕組みがIT技術を活用
しかし、国からの情報を受け身で待つだけでは、ネガティ
して既に構築されているのではないかと思ったのですが。
ブ情報が出て来ない可能性があります。今は新聞やネットに
は情報が出ますから、WHOから当該国に「こんな情報がありま
(中谷)そういうモニタリングを実施している団体があり、
したが、大丈夫ですか」と問い合わせ、情報を得ることもあ
WHOはそれらの団体と連携しています。また、各国にフォーカ
ります。いずれにしてもWHOが一方的に情報を出すことはあり
ルポイントがあるので、そこから報告が来ます。
ません。加盟国の了解を得て、少なくとも事前に知らせてか
ら出すというやり方です。
衛星からの情報は別の法的議論が必要ですが、インドでの
(姉川)日本は、テクノロジーや医薬品といった形では貢献
していても、制度設計では比較的弱く、教育の観点でマルチ
ポリオのオペレーションでは、衛星写真で家の位置を特定し、 ディシプリナリーな人材が必要とのことでしたが、弱い点と
ヘルスワーカーが効率的に村を動き回るための順路を作成し
欠けている部分を具体的に教えてください。
ます。また、ワクチンを入れたボックスには記録装置を備え、
経路をトレースしています。流行地域では1軒ずつ回ってワク
(中谷)秋田県はかつて脳卒中が多い地域でしたが、県を挙
チンを接種するため、人工衛星画像は有効です。これによっ
げて減塩運動を行い、脳卒中は大きく減少しました。生活習
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2011東日本大震災の危機対応(7)
慣病予防には行動変容が不可欠です。県民の行動変容を促す
大キャンペーンが奏功したのです。
しかし、秋田の成功経験は、海外ではほとんど知られてい
ません。外国語での情報発信が乏しいからです。また、これ
を1地域にとどめず、国家政策に当てはめて健康増進法が成立
しましたが、それも世界には伝わっていません。
中国医学と西洋医学と合わせて薬を作ることもあります。
例えば、現在有効なマラリア薬は、漢方薬と西洋薬の合剤で
す。以前からあるマラリア薬とアルテミシニンという漢方薬
を合剤にして、大きな効果を上げています。
また、慢性病の時代ですが、一般には、「心臓の血管が詰
まったから心筋梗塞」などと病理学的な疾病分類をしますが
国際保健と国内行政の話をすると、「どちらで進めるべき
東洋医学的な疾病分類の一部導入を検討しています。加盟す
か」とよく聞かれますが、私は「Why not both?」と返します。
る世界194カ国すべてがWHOの基準コードで医療統計をとりま
国内行政の延長線上に国際保健があり、国際保健の応用が国
す。例えば、「932番の心筋梗塞は、わが国は6千人」といっ
内行政だと考えるからです。日本は特に、どちらかの道を究
た具合です。WHOではこの疾病分類コードを定期的に見直しま
め る と い う 発 想 が 強 い よ う で す が 、 諸 外 国 で は 「 Why not
す。現在も改定作業中です。これが進むと、疾病分類などの
both?」の意見が多数です。国内でやっていることが国際的に
衛生統計の基本が少し変わってくると思います。
もいいことであれば広げたいという発想があるようです。
情報発信の問題に返るのですが、1年ほど前、チャン事務局
(Q6)昨年は、インフルエンザの蔓延で、タミフルの世界的
長と私は、菅総理(当時)ほか、日本の政府関係者に会う機
な不足や偏在が取り沙汰されました。その際、WHOは国際間の
会がありました。チャン事務局長は、「日本はとてもいいこ
どのような調整・働き掛けをしましたか。
とをしてきた。しかし、それがうまく発信されていないので、
正当な評価が与えられていないのが非常に残念だ。どんどん
(中谷)タミフルもそうですが、ワクチンをどうするかが大
発信してほしい」と、あらゆる場で言っていました。
変な話題でした。WHOは、先進国やメーカーからワクチンを一
私は、日本の方自身にも日本のすばらしい行動を知ってほ
定量提供してもらい、できる限り公平に配分する仕組みを作
しいと思っています。むしろ外国の人の方がそれをよく知っ
り分配しました。また、タミフルでは、備蓄もそうですが、
ています。だからこそ東日本大震災のときに多くの国が援助
生産力を高めるため、技術移転を促して製薬環境整備の橋渡
を表明したのです。実は、2011年は、日本が一番多くの援助
しもしました。後に、検証委員会でそのやり方の是非も検証
を受けた国なのだそうです。それはやはり、日本が、静かだ
しました。私の知る限り、WHOは十分な機能を果たしたと言わ
が誠実な援助を長い間続けてきたからでしょう。ですから、
れています。
まず情報発信をして、発想自体をボーダレスでやればいいの
ではないかと思います。
(Q5)日本を始めアジアでは、古くから東洋医学が効果を上
げている領域もあると思いますが、WHOではそういったものを
どのように取り上げていますか。
(中谷)WHOには、伝統医学という事業領域があります。中国
医学のほか、ベトナムやインドなど様々な伝統医学がありま
すし、アフリカでは魔術師・祈祷師といった伝統的施術者も
含めて、それぞれ保健体系の中で位置付けを持っています。
[資料] WHO本部本館(スイス・ジュネーブ)
映像記録
[ http://www.ustream.tv/channel/keio-grand-design ]
一部の講演については、右記にて視聴いただけます。
平成24年1月25日発行 発行人■姉川知史
編集■中島薫
発行■慶應義塾大学大学院経営管理研究科「グローバル・ビジネス・フォーラムによ
る日本のグランド・デザイン策定を行う融合型実践教育 Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-」事務局
〒223-8526 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1 慶應大学日吉キャンパス 協生館5F E-mail [email protected]
URL http://anegawa.kbs.keio.ac.jp/Grand_Design_Project/index2.html
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