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『経営に貢献するIT∼効果をどう創出するのか∼』
第26期 情報化推進懇話会 第3回例会:平成20年12月16日(火) 『経営に貢献するIT∼効果をどう創出するのか∼』 講 沼畑 幸二 師 氏(アクセンチュア株式会社システムインテグレーション& テクノロジー本部 テクノロジーコンサルティング統括エグゼクティブ・パ ートナー) 財団法人 社会経済生産性本部 情報化推進国民会議 『経営に貢献するIT∼効果をどう創出するのか∼』 プロフィール 沼畑 幸二 氏 アクセンチュア株式会社システムインテグレーション&テクノロジー本部 テクノロジーコンサルティング統括 エグゼクティブ・パートナー) 略歴 外資系コンピューターメーカーにてSE、ネット系コンサルティング会社にてテクノロジー 担当副社長を経て、2003年 アクセンチュア株式会社入社。グローバルビジネスソリュ ーション統括を経て現職。 前職では、通信、ハイテク産業、メディア、製造、流通、金融、化学、公共サービスな ど、多岐に渡る業界でのシステムインテグレーション、ITコンサルティングに携わる。 ITアーキテクチャデザイン、IT戦略立案、ITガバナンス等の経験も豊富。 IT生産性調査、テクノロジービジョン、次世代システムのあり方等、数多くの講演、寄稿を 行う。 以上 1.ITに対するマネジメントの期待 当社が行った第3回CIOワークショップ(CIOのための朝食会)での事前アンケー トで、IT部門への要請として一番多かった回答は、「大変なお金をかけたのだから、もっ と効果を出してくれ」「情報活用がうちの会社でできているのか」というものです。また、 「ERPを導入したが、受注・製造の段階でどのような判断があってそこへたどり着いた のか知りたい」「将来予測をする仕組みが足りない」「情報が多過ぎて、どこに何があるか 分からない」という回答もよく見られました。 2点目として「JSOX、セキュリティー、M&Aなどで忙しいのは分かるが、重複し ているデータ、システム機能のスリム化の提案も積極的にやってほしい」という声もあり ましたが、IT部門では現在のシステムを安定化させることに時間を割いているので、な かなかそういう目線の高い領域に進んでいけないところもあります。 3点目はコスト削減で、これが不況の今、最もニーズが高くなっています。「台帳にある システム以外に、現場の営業グループや事業部、海外などのIT投資がありそうだ。何と かしてほしい」という話が私どもで一番増えているのです。しかし、来年度も新しいIT 投資や老朽化システムの更改、バージョンアップが進んでいきますし、M&Aに伴うシス テム統合の話もあります。すなわち、今までのITのスピードは経営のスピードに追いつ いていないわけです。 トヨタは今や車の会社ではなく、カーライフカンパニーという形で金融やハウジングな どを提供するようになっています。しかし、ITシステムはなかなかインテグレーション できません。ビジネスのスピードに合わせてITのスピードを加速させるには、クイック ダーティの世界でも構わないのです。全部仕様が出来上がらないと使えないということで はなく、すぐ使ってそれから発展させるような仕組みでITを考えてほしいということも よく耳にする話です。 4点目は、やはり今のシステムを安定稼働させてほしいということで、1∼3点目と互 いに反するようなものが経営からのニーズとして下りてきて、CIOの方、IT本部の方 は結構悩んでいらっしゃることと思います。 2.IT投資要望と実際 日本と欧米のIT投資の構造を比較してみましょう。固定的IT支出とは、何もしなけ ればずっとかかるものです。サーバー、データセンター、ネットワークの費用に加え、そ の上で動いているデータベース、もしくはERPのパッケージシステム、ユーザーライセ ンスにも、毎年 15∼17%の保守料がかかります。それに対して戦略的投資とは、お客さま が業務改革をするために使う投資です。例えばサプライチェーンを効率化する、在庫を可 視化していく、リードタイムを減らすといったビジネスニーズに対して投資する部分に加 え、ITの足元を強化する投資があると思います。 日本では大体7割が固定的IT支出なのですが、欧米はそれが5割です。私たちの分析 では、IT支出の半分は人件費で、人件費は時間に依存します。日本ではその時間の 34% を運用に使っているのに対し、欧米は 27%で、日本では不具合対応にも時間が取られてい るのです。 IT投資で実現したい中期的な経営課題として経営が求めているのは、第1に迅速な業 績把握、第2に業務プロセスの改革です。例えば経営統合や分社化をするときに、相手の システムにつながらないのは、組織も含めてプロセスが複雑化して入れ子になっているか らです。従って、プロセスをシンプルにすることによって生産性を上げられるのではない かと考えています。 あとは顧客重視のIT投資や、顧客に直接接する営業力の強化が経営側からの要請です が、IT投資の内訳を見ると、守りの投資の方が多いのです。ここ2∼3年で、業務プロ セスの整理をしてリスクチャートを作るという内部統制がかなり行われましたが、内部統 制では経営の業績把握を早めたり、営業力を強化したりすることはできませんでした。ま た、今のような冬の時代になってくると、新しい取り組みを全部やめて、今あるものを維 持するだけのIT投資に陥りやすい傾向があります。 もう一つ、経営が言っているのは、最初に予算化したときと比較してコストオーバーラ ンしてしまうということです。2004∼2006 年のデータでは、予定より遅延したのが半分以 上、現実はそれが増えている傾向にあります。しかし、最近の幾つかの訴訟から実態を見 ると、最初の提案段階でお客さまがかなり無理を言っているケースもあるのです。例えば、 このシステムは1年半後にカットオーバーしたいと言うので、提案する側はそれを実現す るために、設計の最中に開発が始まり、開発の最中にテストが始まるという形の工程表を 作ることになり、レギュレーションテストと言われる反復テストの頻度が多くなってしま うこともあるのです。 出来上がったシステムの効果測定に対しては、昔と違って最近は2割、一部実施を含め ると6割ぐらい行われるようになっているといいます。ただ、最初に投資対効果(ROI) を経営者に見せる段階でかなり色が付いたものとなっているケースもありますし、効果測 定のチェックポイントが足りないという現実もあります。私どもの調査では、11%しか効 果把握を実施していません(一部実施は 42%) 。海外ではCIOがかなり経営に対して効果 の責任を持っているのですが、日本企業の傾向を見ると「われわれはユーザーのニーズに 合わせてきちんと作った。効果が出せないのはユーザーの責任だ」というのがIT部門の 主張としてあるようです。 3.IT投資削減の落とし穴 現在の不況の下、ある素材産業では 20%のITコスト削減をしろという命令がIT部門 に下りてきました。それを受けたCIOは、100 億のIT投資のうち運用費が 70 億を占め る中、10 億しか新しい(戦略的)投資ができないという判断をするわけです。こうなると、 不況が通り過ぎたときに、新しいテクノロジーに投資・教育する場を失った結果ITが提 供できるケイパビリティが下がってしまい、ビジネスのニーズにこたえることができなく なってしまいます。もしくは、インターフェースを多くの古いシステムにつなげなければ ならないことから、ITの柔軟性がなくなってしまいます。 従って、戦略的なコスト削減のアプローチとは、オペレーションコストを下げられるI T特化型投資を推進し、併せてビジネスの投資をするというものです。その前提として、 IT 支出を①ビジネス成長型投資、②IT特化型投資、③オペレーションコスト、④隠れた コストの四つに分けて考えた方がいいと思います。 ①ビジネス成長型投資では、最初にきちんとした投資対効果の数式を作ることが重要で す。例えば外資系企業や日本の強い企業は、「この投資はあなたが責任を持ってやります。 私たちはそれを徹底的にサポートします」という契約にサインさせているのです。 ②IT特化型投資は、固定費を削減して戦略的投資に振り分けるために行うテクノロジ ー投資です。IT部門が各サービスレベルを明確に定義できれば、システムにおける運用 費の分布、工数が分かってきて、このサービスに高い外注は要らないという判断が可能に なります。 ③オペレーションコストに関しては、各事業部がいろいろなシステムを作った結果、機 能やデータの重複が山のようにあるという現状となっています。こういう無駄なIT資産 を整理してスリム化する、もしくは、来年予定されているシステムのバージョンアップを どこかに寄せることによって効率を上げる方法があるかもしれないのです。 厄介なのは、④隠れたコストをどう削減するかという問題です。各事業が有する、隠れ た資産を見えるようにして、それを削ぎ落とすことが重要になります。 4.ビジネス成長型投資 第1に注目すべきが、最近よく話題に上るクラウドコンピューティングで、2点目が、 IT自身がITを改革するということです。オペレーションコストの半分は人件費だと言 いましたが、その内訳を見ると、それほど付加価値が高くないプログラミングに高い費用 を払っているところが結構あるのです。そういう部分にオフショアやニアショアを使って いくことで、外注コストをスリム化することができます。ただ、私どものリサーチでは、 日本企業は言葉の問題等でオフショアを使えないという意見が出ています。すなわち、こ の時期にどんな仕様書を使ってどういうチェックをすればいいかという方法論の確立がさ れていないのです。また、外注時の品質管理の手順が整備されていないところもあります。 ですから、ここはIT部門として方法論を整備して、プロジェクトマネジメントを育成し、 企業全体のアプリケーションポートフォリオを整備して、どの部分を作り直していくかを 明確にすることが重要になってくるでしょう。併せて、過去の意思決定の精査を行い、不 用の資産をどうやって削減するかも考えなければいけません。 私どもでは、クラウドコンピューティングを次の四つに分解して考えています。 ①ソフトウエアクラウド:これは今まで使っていたソフトウエアをネット上から利用する もので、一部、ERPの部分でもこれが出てきています。これからSAPやオラクルがこ ういうものを提供するでしょう。 ②ハードクラウド:アマゾンのEC2やS3のように、自分たちでインフラを調達するの ではなく、それを利用するという考え方です。 ③デスクトップクラウド:これが最も早く進むだろうと思われている領域で、企業がコミ ュニケーションやコラボレーションのために必ず持っているメールのシステムやポータル を外から利用するものです。ご存じのように、グーグル・ドックスという形でワードプロ セッシングや表計算がネット上にあるので、私も海外出張時などに利用しています。また、 マイクロソフトも、Office を Live Office という形でネット上に提供しています。 ④サービスクラウド(SaaS):これから最も進むであろうという領域で、今まで営業マンや コールセンターが受けて入力していた仕事を Web サービスとして提供するもので、それに より企業のシステムとの直接の連携が可能になります。 ④プラットフォームクラウド(PaaS):ここにはサーバー、ストレージ、データベース、開 発環境、ワークフロー、ポータル、画面設計機能もすべて用意していますから明日から開 発を始められるという考え方です。すなわち、その部品を使って、すぐアプリケーション を作って何人かで試すことができるということです。これによってユーザーはインフラを 意識せずに開発に着手し、クイックなシステム開発を実現できると同時に、固定費を持た ずに利用料だけを払えばいいことになります。さらに、途中で利用をやめることもできる という点で、ITのソーシングオプションとしてとらえることもできるでしょう。 しかし、ここで実は五つの落とし穴が考えられます。第1はセキュリティーで、プライ シングなどお客さまの大事なデータを本当に外に持っていいのかどうか。第2は企業シス テムとの統合で、外に置いたシステムの重要性が増してくると、企業のシステムとの連携 にもリアルタイム性が求められます。例えば顧客マスターや価格表は企業の基幹システム にありますが、それを外にあるCRMのクラウドに同期させるとなると、どんどんインタ ーフェースが複雑化して、それなりの開発が発生してきます。第3に、本当に安いのかど うか。自分が3年で作ったシステムの方が安いかもしれないのです。 第4に、万能ではないということです。これは、どこの企業もERPを導入にするとき に感じたことで、足りない部分はアローンで作っているのです。ここで大事なのは、例え ばフォース・コムにしても、マイクロソフトが提供予定のアジュール(AZURE)にし ても、必ずいろいろな制約があるはずだということです。その制約を理解した上で仕組み を作らなければなりません。何でもできると思うと、いろいろな落とし穴があって、でき ないとなると、逆に作ろうとしてもともと柔軟性があったプラットフォームがガチガチに なってしまう可能性があります。従って、カスタマイズがどこまでできるのかという見極 めを早めにすることです。 第5はパフォーマンスです。SaaS はお客さまごとにシステムを用意しているのではなく、 マルチテナントという形で一つのビルに複数のお店が入っているようなもので、データベ ースもサーバーもシェアリングしています。ですから、本当に性能的に大丈夫かという点 も確認する必要があります。 5.IT特化型投資 投資に当たっては、どこに投資するか、どこをスリム化するのかを見極める必要があり ます。第一歩としてやるべきは、アプリケーションポートフォリオの整備です。すなわち、 会計、財務、調達、販売、生産、人事など企業のビジネス機能を表したアプリケーション ヒートマップを作り、そこに今あるシステムをマッピングしていくと、どこが重複してい るかが見えてきます。すなわち、事業部で同じビジネスファンクションを持っているとこ ろが六つある、海外も含めるともっとあるというのが分かるのです。そして、次にどこを 整備すべきかということが見えてきます。 併せて、ヒートマップという意味は、どこが傷んでいるかも書こうということです。傷 み度合いが分かれば、どこに手を付けたらいいかも分かります。あとは維持コストがかか りすぎていないかを見るためにそれぞれのカルテを作っていくと、ここが傷んでいる、こ こを手術しよう、ここを新しく作った事業のシステムに寄せてしまおうということが分か ってきます。 このようにシステムを整備していくと、SOAの話がよく出ると思います。SOAとは、 会社が持っているビジネス機能をサービス化して持っておくことによって、必要なときそ れを組み合わせて使えるようにすることです。すなわち、ビジネスの機能としての部品化を 進めれば、もっと柔軟にグループ会社や投資先などと組み合わせて使うことができるので す。 私どもがよくお話しするのは、レガシーは全部再構築する必要はない、捨てる前に使え ないのかを見極める必要があるということです。そのポイントとしては、その機能を使っ ているかいないかをまず見なければいけません。私どもがお客さまに、「使っている機能と 使っていない機能が分かっていますか」とお聞きすると、 「分からない。しかし、怖いから 捨てられない」とお答えになる方が結構いらっしゃいます。 「では、一回止めてみましょう」 という話になるのだと思います。これはERPも同様で、SAPとオラクルのよい点は、ど の機能を実行したかが分かることです。このようにして、もしシステムの利用率を把握で きれば、使っていないシステムを削ぎ落とすことができます。そうすれば、システムの保 守は変わるはずですし、新規の開発ができる可能性も出てきます。 それから、システムが連携していないというのが一番厄介なところで、人が間に入って 人件費がかかっているケースが結構あります。また、国内のシステムの連携は良くても、 海外のシステムが結構切れているケースが意外と多いのです。また、今までのシステムは 各事業部が自分の思いでシステムを作ってきているため、ユーザーは自分で画面を切り換 えなければなりませんでした。経費精算はこの画面、人事の手配はあの画面という具合で す。今後、フロント側でポータルのようなシステム統合をするだけで、今のシステムが生 きてくる可能性があります。 6.コストの削減とIT投資をマネジメントする仕組み アウトソーシングをするときに私どもがお話しするのは、長期にわたって出ていくコス トをどう管理するのかということです。例えば 30 億かかっているコストを 20 億にしよう としたときに、最初の人員構成の大半はオンサイトの人間、あるいは付き合いのあるベン ダーになっています。オペレーションコストの半分ぐらいは人件費なので、今の人員構成 を変えていくという意味で、段階的にオフショアの比率を増やしていって、オンサイトの 人間を少しずつシフトする必要があります。なぜなら、オペレーショナルな領域は定形業 務を継続的にやっている部分が多いので、人が変わってもできるからです。合わせて、や っている作業もKPI(重要業績評価指標)で管理していくのです。例えば障害が起きて いる場合、その障害の原因を小さくすることによってそれに対応する人件費コストが減る わけです。 併せてミーティングの時間がどれぐらいかかっているかを見なければなりません。今の IT部門はミーティングの時間が1日の3割を占めるというケースが多いのです。そして、 残りの3割は物を探していて、残りで仕事をしている形です。従って、何のためのミーテ ィングなのかも工数として出していくと、全体の工数を最適化できるのです。また、それ によって外注費を落としたり定形化することで、安い単価のところへ外注したりすること もできるようになるのです。 あとはIT部門がIT投資をマネジメントする仕組みを用意する必要があるでしょう。 社内に 2000 台あると思っていたサーバーが、調べてみると 4000 台見つかるというのはよ くあることです。要は、見えないものをどう見つけだすかということです。今、ネットワ ーク上にあるサーバーを見つける製品が何社かから出ていますが、それを使うと、ハード だけではなく、ソフトも発見できます。ですから、まずはITのアセットが見えるように することです。 そして、今動いているプロジェクトの数と費用、それの進捗具合を見なければなりませ ん。進行基準で考えたときには、お金を払う時期には、その時期にやるべきことが終わっ ているかどうかを見なければならないのです。ITプロジェクトの実際のポートフォリオ を管理できれば、企業で今行っているプロジェクトが危機的状況に陥る前の早い段階でと らえて対策を打つことができ、障害が起きてから追加で 10 億円も 20 億円もかかるという ことにはならないのです。 さらに、外注で何社と付き合っているかも把握してください。外で付き合っているベン ダーが多ければ多いほど、管理コストが少しずつ全部にかかっているのです。契約、コミ ュニケーションについても同様です。あとは単価です。どこに幾らというのを全部見える ようにすることによって、もっと効率的なITの投資配分が見えてくるはずです。 7.効果創出事例 しかし、投資が抑制できても効果が出せなければ何にもなりません。効果についてはユ ーザーが責任を持ってどうするかを決めるべきです。あるハイテク系の製造業では、CE Oが介入して、「海外展開をするため企業内部の改革をするが、君たちはコミットできるの か」とすべての業務部門に聞いていきました。経理、業務、資材がそれぞれ、その効果に ついて、人数、リードタイム、在庫などを全部数値化して、投資対効果のビジネスケース を作りました。そして、IT部門が新しいシステム導入にかかる費用は 30 億円と見積もっ たわけです。それに見合う効果が出ているかというところで経営的な判断があって、最終 的にはやろうという判断で進んでいきました。 また、この取り組みでは、プロジェクトのシステムのライフサイクルにおいて、ユーザ ーの効果に対する強い執着心が見られました。まず企画段階で経営層から、ユーザー部門 が効果に責任を取るなら投資する、イエスかノーかという話が最初にありました。各業務 部ではそれに対する意識の醸成がされて、自分も何か結果を出さなければいけないという ことで、みんなが合意した上で投資判断をしました。 当然、それは次のステージでは要件定義になってくるわけです。この段階ではそれぞれ の部署がビジネスのオーナーとして要件を出していくわけですが、どんどん新しい要件を 出せば当然コストが増えていくわけですから、それをやるならまた新しい効果を出さなけ ればいけないということで、お互いに話し合って要件をフィックスしました。ほとんどの 企業のユーザー部門はここで終わってしまいます。 しかし、この企業では想定効果の再検証を開発中にやっているのです。「市況が変わって きているが、本当にやれるのか」もしくは「事業計画をもう少し膨らませるけれども、こ ちら側でも効果が出るのか」という問い掛けを、開発期間中やテスト期間中にも経営側が 繰り返し行っているのです。 そして、システムが稼働しました。新しい仕組みですから、当然ながら最初の想定効果 は出ません。必ずマイナスから始まります。しかしこの企業では、目標のKPIとは何な のか、海外展開すると人員が増えていくけれどもこのシステムを使えば増えない、もしく は在庫が減る、リードタイムが短くなる、それがどういう状態かということをずっとモニ ターしていったのです。この段階では当然、操作トレーニングをやっているのですが、業 務における「運用定着マニュアル」を作っているのです。そして、このシステムを使って 情報を見ると、在庫がこことここにあるから、削減する方法としてはこうマッチングすれ ばいいといった活用事例を、現場のリーダーがどんどん出してくるのです。 それをマニュアル化して、効果達成度の調査を現場にしていくと、 「まだ効果の2割しか 改善されていません」「効果の5割まできました」という答えが返ってきました。そこでユ ーザーがやったのは、これを使って効果を出すための投資です。つまり、システムを作る ための投資だけではなく、システムを作った後にユーザーに定着させるための投資をここ で行っているのです。そして、そのための教育やユーザーの巻き込みなども継続してやっ ています。ですから、効果の定着に対する経営の強い執着心とユーザーのコミットがあり、 投資もそれを下支えして、最終的な効果達成を目指したということで、現在はほぼそれが 達成している状態です。 重要なのは、ユーザーにこういう意識を持たせて進めるということを、IT部門も働き 掛けていくことです。日産などもCIOの行徳さんがよく「BEST」というプログラム について述べておられます。BESTのBは Business Alignment で、ビジネス側がIT投 資にコミットしなければ投資しない。Eは Enterprise Architecture で、企業全体でこれ を定義し、標準化を徹底的にやることによって早くシステムを組み立てることができると いうことです。Sは Selective Sourcing で、グローバルレベルでお付き合いのあるベンダ ーをスリム化して統合し、かつ見えるようにすれば、全体的なコスト構造を変えることが できるということ。Tは Technology Simplification で、標準化や簡素化を進め、世の中 で多く使われているソリューションをできるだけ選べば、それに携わるエンジニアが多い ので単価が安くなるということです。 資料にはリコーやユニクロの例もお付けしているので、ご覧になってください。リコー は業務部門がシステムのオーナーになっていることが特徴で、ユニクロは経営トップの柳 井さんが、M&Aなどの際、CIOと緊密なコミュニケーションを取っているのが特徴で す。 8.おわりに 今後は、IT部門を受け身から攻めに変えていかなければなりません。今までのIT部 門は、システムの安定やさまざまな案件の対応に大半を費やしてきました。しかし、これ からは企業の情報化の進展により、実際のビジネスに対してドライブをかけていく時代に 入ってきたと思うのです。従って、IT部門がどんどん企画提案をしていき、ITを活用 した事業価値の創造を実現できるようなスキルセットに人を育て上げていく必要が出てき ているということです。 その場合、IT部門のあるべき姿とは、CIOがいて、企画担当がいて、サービスを設 計開発し、それをマネジメントする人がいるという形です。しかし、今のIT部門では人 材構成の大半が運用に割かれていて、企画などの能力を養うための機会が提供されていま せん。今後は開発・運用を外部に任せ、もっとビジネスに近いところで企画ができるよう にしていかなければいけません。もう一つは、サービスをどう組み合わせて使えば最も効 率がいいのか、あるいはどこの外部のサービスを持ってきて組み合わせていけばいいのか を考える必要があります。すなわち、企業内部に持っているものも含め、ITをすべてシ ステムではなく、サービスとしてとらえ、全体を管理していくということです。 そういう意味で、IT効果の創出のステージは四つに分けられます。レベル1が研修、 レベル2が馴致、レベル3が洗練、レベル4が変革です。レベル2までは今までどこの企 業もやってきました。これからはレベル3、レベル4を目指してほしいと思います。 ご清聴ありがとうございました。