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自動車損害賠償責任保険における 損益相殺と生命保険金
自動車損害賠償責任保険における 損益相殺と生命保険金 武 田 昌 之 (専修大学助教授) (り 近年、自動車事故の増加率は、自動車の保有台数の増加および道路 事情の不備あるいはまたその他の社会経済的問題と相まって著しいこ とは、周知のところである。ここ1、2年事故件数の増加率は、多少 おとろいてはいるものの、これとて今後どのように変るかということ になると、増加することはあっても減少することは考えられないであ ろう。損害保険の分野で、自動車保険の占める割合が増加すればそれ だけ事故率も増加することになり、如何に対処するかという問題が生 ずる。 しかし、損益相殺という面からみると自動車事故は、人の傷害または 死亡事故をもたらすものであり、それが損害保険の範疇でのみ処理さ れ、生命保険の分野では従来の死亡保険と同じ取扱いがなされている ことがこれで果してよいのであろうか。損害保険の分野では、自動車 傷害保険、自動車損害賠償責任保険、普通傷害保険、交通傷害保険が、 自動車事故に対する主たる保険であることは周知のところである。も ちろん、社会保険の分野でも労働者災害補償保険、国民健康保険など 一31− 自動車損害賠償貴任保険における損益相殺と生命保険金 が自動車事故により生ずる損害をも項補するものである。また自動車事 故は人の傷害および死亡を惹起することから人保険である生命保険が、 これに無関係であることはあり得ないことは申すまでもない。生命保 険はその保険給付の目的による分類からすれば、死亡保険、生存保険、 生死混合保険、および傷害保険がある。また、特約の面からすれば、 災害保障特約、家族災害保障特約、交通災害保障特約および家族災害 保障特約などがある。 従来、生命保険は将来の経済準備的要素が強く死亡保険(定期保険 を除く)にしても、生存保険にしても、普通、いつかは保険金請求権 は生ずるものとされて来たのである。そして、その保険金の金額は払 込保険料合計額と最終的にはバランスする程度のものであるとされて 来た。ところが、現在、各生命保険会社とも、災害保障特約および交 通災害保障特約を重視しており、その契約高め成長率は著しいものがあ る。このように災害保障特約または交通災害保障特約の契約高が増加 するにつれて、生命保険は必ずいつかは保険金の支払がなされる保険 であるという特質は一面においてなくなり†定期保険はもちろんのこ と災害保障特約およびこれを普通保険に組み入れた保険の性格と内容 につき考え直す必要が生じているといっても過言でない。 すなわち、災害保障特約などは自動車賠償責任保険と損益相殺とい う問題を考える場合見逃すことのできない問題であるということにな る。換言すればいつかは必ず保険金の支払がなされるという理由で損 益相殺の対象にならないと最近いわれていることに対する疑問と反論 である。 特に、近年、生命保険においても、損害保険においても、それぞれ 相互に生命保険は損害保険の、そして損害保険は生命保険の長所また は利用出来る特質を利用二補完するという傾向の強まっていることは、 −32− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 政策または実務の分野において明らかなところである。そして、それ は、例えば傷害保険の性格をめぐっての論争の如きものから、地味で あるが着々とその努力が続けられているものまで、その巾は、可成り 広いものである。ただ、両保険が相互にその長所、利点を利用、適用 しようとする場合それは、むしろ生命保険の分野に有利に働くことは 諸般の事情からして明らかなところである。現に生命保険の分野では 地味ではあるが、着々とその努力のなされていることも周知のところ である。換言すれば、危険すなわち保険事故発生の客体が人(Per− sonen)であるということで、その場会の損害に対する保障という形. 式で、生命保険がその範噂を拡大していることは、この問題に限らず 無視できないところであろう。 私は、そのことの批判を考えているのでない。実務上のカ:かる傾向 は、そのまま素直に受けとめる。ただこのような事情を前提として、 2つの問題を考えてみるのも意義のないことではないと思う。その1 つは、前述の如き自動車賠償責任保険または損害賠償責任保険におけ る損益相殺ということであり、ほかの1つは、生命保険の普通保険お よび特に災害特約条項の性格と内容と自動車賠償責任保険での損益相 殺の関係ということである。 もちろん生命保険金の取扱いの問題は、自動車賠償責任保険におけ る損益相殺という課題の中で生ずる問題点の1つであるのであって、 本来ならば、この損益相殺そのことについてより詳細な分析が必要で あることはいうまでもない。しかし本稿では自動車損害賠償責任保険 における損益相殺の概略を学説、判例により把握して、生命保険金に ついての疑問点を明らかにしたに過ぎない。 一33− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 自動車損害賠償責任保険および損害賠償責任保険における損益相殺 であるが、これもいわゆる損益相殺そのものの立場からの論述と自動 車事故の被害者の不当利得という観点からの分析をすることが可能で あろう。 現在最高裁による損益相殺についての判決(1)ぉよび諸学説は、生命保 険特約条項については必ずしも適切なものでないということができる のでなかろうか。そしてこの理由付けは被害者の不当利得という面か らも考えられるであろう。すなわち生命保険特約条項それ自体の性格 から生ずる問題点のほかに自動車事故による被害者または間接被害者(2) の被る損害という立場からの分析も必要であり、理論的にはこれがむ しろ中心の問題点ということになる。すなわち自動車事故により生じ た損害を加害者の立場からみれば民法第709条、第7壬0条および第7Z2 条第2項に基づき損害賠償すべきであることになる。しかし被害者の 立場からすれば、損害を生ぜしめた事故と同じ原因で利得することは 認められるべきでないであろう。被害者は自動車事故に遭遇したこと により損害を被った場合には、当然保険者に対する定額保険金の請求 権、保険者に対する損害填補請求権および加害者に対する損害賠償請 求権をそのまま重畳的に取得すると考えてよいであろうか。これら請 求権の総てが認められれば被害者は損害を被ったことにより不当に利 得することになる。そこで被害者が自動車事故に遭遇したことにより 不当に利得することのないように利得控除により的確な損害賠償を得 ることを考える必要のあることは周知のところである。 −34− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 まず定額保険金の請求権についてみると、これは従来から学説およ び判例においても被害者の損害を生ぜしめた原因と同一原因による利 得(3)ではないとされて来た。従って定額保険金であるところの生命保 険金および傷害保険金の取得は如何なる場合にも不当利得とはみなさ れないということになる。ただ保険料の対価として定額保険金を支払 うのであるとしても、相当以上に多額のまたは多数の契約の保険金請 求権が同時に生ずることがある。よってこの間題をただ従前通りに解 していてよいものかどうかということも問題であろう。 また損害保険者もしくは社会保険者がこ被害被保険者の損害填補請求 により損害嘆補をなしたときはその損害填補の範囲すなわち支払った 保険金の範囲内において加害第三者に対し代位による求償権を行使す る。(4)この求償権の行優により被害者が損害賠償義務者および損害賠 償責任保険者に対して請求権を行使することのできる額の調整が可能 となる。自動車事故によって生ずるこの相対立する2個の債権は相殺 されるものではなく、それにより不当利得の生じないように控除また は代位による求償されるものであると考えればよいことになる。その 控除すなわち損益相殺についてみるならば次のように考えられる。す なわち被害者または間接被害者の加害者に対する損害賠償請求権が生 じても、その損害賠償額は損害額から利息、扶養費、社会保険給付金 および税金などを控除したものであるとされているのであり、これが 民事交通訴訟における損益相殺の主たるものであるということができ る。この問題については判例により後述する。またこの場合生命保険 金を如何に取り扱うべきかが一つの問題点であるのは前記の通りであ り、よって後で私見を述べることにする。 (注)(1)最判(第二小法廷)昭39・9・25民集18巻7号1528頁 (2)徳本伸一・間接被害者の損害賠償請求権、法学33巻4号45真 一35− 自動車損害賠借賃任保険における損益相殺と生命保険金 以下 (3)松坂佐一・不当利当論、247頁(なお反論については同、 248頁) (4)社会保険者の求償権行使については、金沢理・社会保険にお ける求償権(フランスにおける学説・判例を中心として)保険 学雑誌438号63頁以下がある。損害保険者の求償権については、 大森忠夫・続保険契約の法的構造82頁以下がある。 (3) さて、損益相殺とは、基本的には債務不履行または不法行為により 損害を受けた者が、同じ原因により利得する場合に、損害賠償請求は 被害者の損害額から同じ原因による利得を控除した額について行使さ れるべきであるということである。この場合注意しなければならない 二つの問題点がある。その一は、同じ原因による利得とは、問題とさ れる不法行為と相当因果関係を持つものである(1)ということである。 従って、別個の原因または別個の契約による利得は、控除の対象にな らないということである。その二は、その利得が、結局は不当とみな されるということである。ただ、これが直ちに不当利得(ungerechト fertigt。B。r。ich。rung,B.G.B.§812(2)、我民法703条)と して考慮されるべきものでないことはいうまでもない。すなわち、不 当利得の成立要件とは、法律上の原因なくして(ohne rechtlichen Grund)他人の財産又は労務により利益を受け、その為に他人に損 失を生ぜしめることであると規定されている。受益者の受益と他人の 損失との間に因果関係のあること(3厄、勿論である。本稿で考えてい る損益相殺とは、かかる不当利得発生前に、損益を相殺するというこ −36− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 とである。ただ、不当利得と不法行為の相関関係についてみれば、債 権発生原因である法律要件として成り立つについては法律上の構成お .よび財産上の関係において極めて類似している要素と反対に対立して いる要素とある。よく問題とされるのは、不当利得の返還請求権と不 法行為による損害賠償請求権とはその成立要件を異にするものである けれども、競合して成立するこということである。しかし、自動車事 故のごとく他人の物を毀損したとか、他人の身体を害した場合には、 かかる問題は生じない。すなわち、損害賠償額の決定の段階で、既に、 損益相殺手続がなされるからである。従って、訴訟および控訴の段槽・ では、不当利得返還請求権など問題とされず損益相殺の問題が、対象 とされる。損益相殺の問題が、民事交通訴訟において重視されること により、結果的に、不当利得の防止または回避がなされているというこ とができる。 ただ、不当利得は、民法703条に規定された概念であるが、損益相 殺は、損害賠償の観念からして当然に認められるべき概念であって、 換言すれば、原状回復を意図した損害賠償額決定手続上不可欠の概念 である。 さて、ここで、前記の第一の問題点について詳細に考察してみよう。 すなわち、損害賠償においては、損害賠償債務の発生原因である事実 によって生じた損害を賠償しなければならないため、相殺しなければ ならない利得も同一原因事実によって生じた利益でなければならない ことは、周知のところである。しかし、損益相殺の通用に付いては、 損害と利益が同一の損害発生の原因事実より生ずることを必要とせず、 同一の損害賠償義務発生の原因事実により損害と利益が生じたのであ るから、損害と利益が共にその直接の結果であると、一方はその直接 の結果であると、一方はその直接の結果であり、他方はその間接の結 −37− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 果、すなわち損害賠償義務発生の原因事実により生じた直接の結果が 損害または利益の発生原因事実となって生じた結果であるかまたは両 者ともにその間接の結果であるかは、問題でないとする説(4)がある。 また、昭和3年3月10日大審民三判決(集第7巻第3号55頁)も同旨 である。しかし、この説および判決に対しては、末川博士の反対説(5) がある。いわく、「吾々が客観的事後遡及の方法によって観察して、 被害者の利益は損害を発生したのと同一の出来事に因って発生したも のであるとい、得る場合には、利益は単に正味の結果を量定するに当 って掛酌せらるべき−の材料たるに止まって居るから、固有の意義に 於ける損得相殺を認むべきであるが、之に反して利益の発生が当該の 加害行為を前提として居ても其の行為の当時に於ては決して期待する ことを得なかったところの爾後の事実に対して更に条件関係の下に在 る場合に於ては法律上ちがった関係が生ずるのであって、通説が斯か る利益は差引せられることができぬといって居るのは正当である。蓋 し客観的事後遡及の見地から観察して加害行為と利益の発生との間に 相当因果関係があるとなされ得る場合においてのみ固有の意義に於け る損得相殺は内面的に正当づけられることができるものである。しか し利益が加害行為以外の事実に対して条件関係の下にあるとせられる 場合をいかに取扱うか一殊に債権法のシステムに於て之をいかに配 列するか一については今日なお定説はない。」である。従って、結 局は、同一原因または一つの加害の出来事により、損害賠償権利者に、 同時に損害と利益が生じた場合、その同一原因または一つの加害の出 来事と相当因果関係のある利益を損害額より控除し、実際に損害賠償 すべき賭償金額すなわち加害の出来事による正味の結果(Nettoergeb− nis)を量定することが、損益相殺であるということになる。同一 の原因または一つの加害の出来事と相当因果関係のある利益とは、損 −38− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 害賠償金額を内定する際に比較考量されるに過ぎない相反する2個の 分子(Faktoren)の一方にしか過ぎない。よって、相殺という文言 を使っても、民法505条の相殺の如く、2個の債権相互間において債 権額の差引控除というものではなく、また関係当事者による相殺の意 思表示により効力が生ずるという性格のものではないという点からし ても、損益相殺において損害と対比される利益は未川説に代表される 学説が通説とされているのが当然であろう。ただ、この通説は、同一 の原因または一つの加害の出来事と利益の関係および損益相殺の対象 となる利益の範囲を、前掲の学説よりも、狭く解釈している。 従って、損益相殺をと′りまく現今の交通事故による社会経済状態か らすると、必ずしも通説が的確性のあるものであると断定することも できないであろう。すなわち、例えば一つの加害の出来事の場合にお いて、他人の不法行為により身体傷害を被った被害者が、その労働能 力喪失または労働能力の低下のために、使用者または労災保険から、 法律規定または労災保険法の規定に基づき、その補償金または障害補 償年金を受ける権利を取得した事例においてである。石坂説(6)は、こ の点につき、取扱上疑問あ。とし、沼説(7)は、これを損益相殺の対象 とみなすものと理解してよいであろう。未川説(8)も、勝本説(9)も、損 益相殺の対象とはみなさないが、その論拠は相異なっている。すなわ ち、勝本説は、「賠償権利者甲と、第三者乙との特別の契約に基き、 損害の発生を条件として賠償権利者甲が一定の利益を受くべき場会に おいては、賠償権利者甲は、賠償原因発生以前に、既に乙に対して一 定の期待権、叉は、停止条件付債権を有するものであって、損害の発 生は、単に右の期待権を確定ならしめ、又は債権を発生せしめる条件 たるに過ぎない。而して、期待権の価値の中には、将来発生すべき債・ 権の価値も当然包含せられているから損害の発生によって確実となっ −39− 自動車損害糖償責任保険における損益相殺と生命保険金 た期待権は、これを以って、特別なる事情を前提として賠償原因から 生じたr新なる』利益となし得ない。」というものである。これに対 して、未川説は、損益相殺を固有の意義における損益相殺として厳格 に解釈するものである。同説(10によれば、Rappaportの所説を引用 して、「被害者が加害者に対して有する請求権と第三者に対して有す る請求権との間に併存的に原因ならびに結果についての関係(kumu− lativ kausale und finale Verknupfung)が認められるとし、適 当条件説によれば、両請求権は決して其の原因において関係があると することを得ないのであって、ただ結果において両者が相交渉するこ とを認め得るにとどまる。」というものであり、ここには、固有の意 義における損益相殺はないというのである。そして、同一の加害の出 来事により、同時に発生した利益が正味の結果たる真の損害を量定す る一材料に過ぎぬ場合には、固有の意義における損益相殺を認めると いうものであり、利益概念を明確に区別することに力点を置いている のである。 このように、諸説それぞれその意図するところは異なり、それに則 って、実務の現状においても利益控除の否定および肯定と双方の考え 方が認められる。そして、後述するごとく、現今では、この利益控除 に関する通説的考慮に対する反省というか批判といえ得るまでの強さ はないにしても、何とかしなければという見解も多々聞かれる。しか し、通説に則ることにより生ずる問題解決のために、例えば、沼説の ごとき考え方を直ちに適用できるであろうかという点になると、これ また問題がある。すなわち、沼説によるならば、利益控除の範囲が広 くなり過ぎるということと、民法理論上の統一性に欠けるということ になる。してみると、現今、問題とされている点については、民法理 論における損益相殺の範疇では、十分に明快なる解決_は、なされない −40− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 ということになる。いや、それは、むしろ、損益相殺の範噂外のとこ ろで解決すべき問題なのかもしれない。 (注)(1)松坂佐一・前掲書247頁 (2)B.G.B.§ 821Wer ohne rechtlichenGrundeineVerbind− lichkeit eingeht,kann die Erfullung auch dann verwe1− gern,Wenn der Anspruch auf Befreiung von der Verbind− 1ichheit verjahrtist (3)松坂佐一・前掲書、203頁以下 (4)沼義雄・綜会日本民法論別巻第四債権総論132頁 (5)末川博・債権、38頁 (6)石坂音四郎・日本民法債権総論332頁 (7)沼義雄・前掲書132頁 (8)末川博・前掲書39頁 (9)勝本正晃・債権法概論(総論)194頁 (1ゆ 注8参照。 損益相毀なる概念は、元来、民法422条の債権者が損害賠償とし て、その債権の目的たる物または権利の価額の全部を受けたるときは、 債務者はその物または権利につき当然債権者に代位するという、賠償 者代位と同一の立法理由によるものであるさ1)すなわち、損害賠償請求 権を得た債権者が、加害第三者により損害を被ったことにより、不当 に利得することがあってはならないということは、周知のところであ る。従って、債権の目的たる物又は権利の価額の全部の賠償を支払う ことにより、賠償者代位が、生ずる。一部の賠償の支払では、それが 一41− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 債権者に利得をもたらすか否かが未定であるとされ、賠償者代位は認 められないさ2)しかし、損害保険契約については、特別として、商法 662条第三者に対する権利の代位が規定されている。この点について は、生命保険契約に関しての規定はない(商法683条においても商法 662条の準用はなされていない。)その理由として掲げられる事由が、 如何なるものであるかにつき、2つの点を対象として検討することに する。まず、第1の理由は、生命保険契約そのものの性格の把握が、 生死混合保険として利用されて来た普通保険を基にしてなされている ことによるものであり、生命保険金はいつかは支払われるものである という考え方があるからであろう。ところが、昭和43年「保険の自由 化」が、明確となったときに、以前から社会問題とされて釆つつあっ た交通災害による死傷事故に対する対策として、大型交通災害保障特 約が積極的に促められるに至ったのであって、現今では、大型の災害 保障特約、家族災害保障特約、交通災害保障特約、家族交通災害保障 特約がむしろ主たる生命保険契約といっても過言でない程増加してい るのである。そして、しかも、これらの保険は、被保険者またはその 家族の一般的災害および交通災害による死亡または廃疾の場合の保障 はもちろん、被保険者またはその家族が傷害を被った場合もしくは入 院した場会に、一定の給付金を支払うというものである。すなわち、 現今の生命保険は、従前の如きいつかは必ず保険金の支払を受けるこ とができるというものからは全く脱却しているのである。 生命保険における保険事故については、人の一定年令までの生存ま たは死亡という普通保険をベースとして、例えば、(1)運行中の交通機 関(これには積載されているものも含みます)の衝突、接触、火災、 爆発、逸走などによるその運行中の交通機関に乗っていない被保険者 の偶発的な外来の事故(以下「不慮の事故」といいます)(2)運行中あ ー42− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 交通機関に乗っている間または客として改札口を有する交通機関の乗 降場構内(改札口の内側をいいます)にいる間における被保険者の不 慮の事故(3)建造物、工作物などの倒壊または建造物、工作物などから の落下物による道路通行中の被保険者の不慮の事故(交通災害保障特 約第6条第1項)などによって生じた死亡または傷害(3)を対象とする 特約条項が、付加通用されるに至っている。 このような生命保険における保険事故の現状からすると、生命保険 は、従来の生命保険と傷害保険の合体したものに変質しているとみて よいであろう。丁度、傷害保険についての商法規定の不備なことから 問題が生じた如く、商法の生命保険の規定にも前記諸特約を想定した 規定付けがないために問題が解決しないということも可能であろう。 しかし、唯、その規定があればよいという単純なものではない。すな わち商法甲3条の準用規定に災害保障特約に関する商法622条の準用 ということでよいものであろうか。損害が加害第三者の行為に因りて 生じた場合において保険者が被保険者に対してその負担額を支払った 場合その支払った金額の範囲内で被保険者が加害第三者に対して有す る権利を取得するということになれば、災害保障特約の大型化と相ま って生命保険者の代位権が広くほかの請求権と重複することになり、 ここでまた問題が生ずるさ4)従って、生命保険の災害保険化では解決 されない。商法622条を生命保険に準用しない第二の理由であり、こ れがその主たる理由であるところのものは、生命保険契約がその普通 保険においても定額保険であるということである。すなわち、定額保 険契約であるということが、生命保険に商法622条が準用されない主 たる理由である。前述の如く、保険事故と関連しての理由付けには無 理があるが、結局、商法673条の規定の如く生命保険は定額保険であ るということから、保険価額の観念もなく、一部保険、超過保険およ −43− 自動車損害賠償賃任保険における損益相殺と生命保険金 び重複保険の問題も生ぜず、また重複して項補するという問題も生じ ないことになるのであって!5)もちろん保険代位の問題も生じない。 よって、商法622条の生命保険への適用はかかる点からして全くその 余地はない。すなわち定額保険であれば、損害填補を意図したもので なく、一定金額の給付ということであり、保険代位の必要もない。こ のように考えて来ると、普通保険および特約条項よりなる生命保険は 保険事故を特定された定額保険であるということになり、保険代位の 問題は生じないとされる。従って定額保険であれば、それが大型交通 災害保障特約付きであろうとそれにより不当に利得するということは あり得ないということもできるであろう。 このように、我国において、商法622条が生命保険に準用されない 理由は、一応把握出来た。これは生命保険はもちろん廃疾保険および 傷害保険(ただし治療費の実費填補額は除く。)について同様に通用 するとされている。 前述の如く、生命保険が、その内谷を社会的要請に応じて変えて来 たことから、災害保障性という点に着目して近年民事交通訴訟上賠償 額を構成する一要素として把握できないものかという議論が法律実務 家の話題にのぼることがある。しかしそれはかかる理由で不可能とい うことになる。私は現在この間題につき、我国の生命保険の把握の仕 方からすれば、これ以上の確固たる見解を明らかにすることは出来な いが、根本的にこの間題を解決するためには、例えば田辺康平教授の 指摘しておられる広義の被保険利益概念を駆使しての生命保険、廃疾 保険、責任保険または費用保険の根底にある概念の把握ということも かかる観点から興味のある考え方であると思う。生命保険、廃疾保険 および傷害保険が、実務上定額保険として通用されていることから、 例えば交通事故で死亡または傷害を被った場合複数の保険者から合計 −44− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 して多額の保険金の支払を受けるということがそのまま是認されてよ いものであるか否かということになると確かに疑問なしということは できない。従って、その点についての現在の理論、学説からして、ど のように処理すればよいかは後述する。その前に、我国における損益 相殺の実態を把握する必要がある。 (注)(1)勝本正晃・前掲書192頁 (2)一部の賠償の支払ということをめぐって民事交通訴訟上は問 題があるが、災害保障特約については3種の支払保険金につき 独立性を認めてよいのでなかろうか。 (3)交通災害保障特約第6条交通事故の範囲(元木文男編図説日 本の生命保険61頁より) (4)生命保険者の求償権の存否の問題そしてその範囲の問題につ いては大森忠夫・保険契約法の研究70真以下参照 (5)田辺康平・保険法126頁 (5) さて次に、自動車賠償責任保険において、具体的にどのように損益 相殺がなされているかを判例分析により、通説的考え方を把握するこ とにする。 中間利息については、ライプニッツ方式により控除する(大阪地判 昭43・1・13交通民集1巻1号8頁、最高裁昭37・12・14第2小法廷 判決民集16巻12号2368頁、山口地下関支判昭44・5・15交通民集2巻 3号671頁、名古屋地豊橋支判昭45・5・25交通民兵3巻3号780頁 )ということである。 子供が死亡してその親が損害賠償を請求した場合の養育費について −45− 自動損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 は、意見が分かれている。まず損益相殺を認めた事例としては、幼児 から成年になるまでの養育、教育費を損益相殺する(大阪地判昭44・ 4・28交通民集2巻2号611頁、横浜地判昭44・8・18交通民集2巻 4号1121頁、東京地判昭44・11・12交通民集2巻6号1638頁、東京地 判昭44・11・19交通民集2巻6号1672頁、東京高判昭44・12・19交通 民集2巻6号1805頁、東京地判45・4・27交通民集3巻2号618 頁、東京地判 45・6・22交通民集3巻3号927真、東京地判45・ 11・4交通民集3巻6号1725頁)とするものである。これは、子供の 死亡による逸失利益(幼児(男子)の逸失利益最高裁昭39・6・24第 3小法廷判決民集18巻5号874頁、ジュリスト交通事故判例百選98頁、 幼児(女子)の逸失利益大阪地裁昭42・4・19判例時報484号34頁、 ジュリスト交通事故判例育選100頁)の損害賠償請求権を相統した者 がその子供の扶養義務者である場合には、子供が成年になり独立でき るまでの扶養期間についての教育または養育費Lを利益控除の対象とす べきであるというものである。しかし、一方、養育費の損益相殺を否 定するもの、すなわち、子供の死亡による逸失利益の算定につき養育 費または大学卒までの養育費の控除を認めなかったもの(大阪地裁昭 43・3・12交通民集1巻1号253頁、神戸地尼崎支判昭44・7・21交 通民集2巻4号1006頁、大阪地裁昭45・10・810・8交通民集3巻5 号1502頁、札幌地裁昭44・1・31交通民集2巻1号177頁)もある。 更に、税金については、損益相殺をなすべきであるとする説と実質 収益推定により損害賠償額が決められたものであるので税金の控除は なすべきでないという説とある。損益相殺すべきであるとするもの(大 阪地判昭45・4・7交通民集3巻2号525頁、大阪地判昭45・4・18 交通民集3巻2号571頁、東京地判昭45・8・12交通民集3巻4号12 11頁)は、逸失利益の計算につき税金または給与に対する税金あるい 一46− 自動車損害賠償賛任保険における損益相殺と生命保険金 は弁理士の休業損害の賠償につき所得税を控除したものである。また、 一方、損益相殺すべきでないとするもの(東京地判昭43・10・3交通 民集1巻4号1137頁、東京地判昭44・8・25交通民集2巻4号1148頁、 最高(第二小法廷)判昭45・7・24 3巻4号1013頁、神戸地判昭45 ・9・25交通民集3巻5号1411頁、福島地判昭45・12・14交通民業3 巻6号1874頁、東京地判昭40・8・30判例タイムズ181号175頁)は、 「もともと損益相殺の対象になる必要経費とは性質が異なるし、税率 そのものも立法政策により一定していない。給与所得者以外の税額も 把握しがたい。加えて所得税法第9条20号で損害金を非課税と定めて いる趣旨からみても、その立法趣旨ならびに加害者に不当に利益を与 える結果を避けるためからいっても、消極説が正当である。喪失利益 を算定する実質は生命の評価であり、観念的な収入がある以上それを 基礎に喪失利益を算定するのが当然である。(11とするものである。ま た、税金については学説上も損益相殺の対象とすべきでないとするも のが多いようである。 さて社会保険給付金についてみる。損益相殺についての積極説およ び消極説について考察する前に給付金そのものの内容分析が必要であ ろう。恩給法第3章第72条以下による遺族扶助料、労働者災害補償保 険法第16条の2および6によ,る遺族補償年金および遺族補償一時金、 労働者災害補償保険法第12条に ̄よる保険給付、および失業保険法第17 条による失業保険金などが掲げられる。まず、恩給法72条以下による 遺族扶助料であるが、損益相殺を認めるもの〔最判(第一小法廷)昭 41・4・7民集20巻499頁〕は、「恩給権者国有の恩給と遺族の扶助 料の両者が、当該遺族についてその日的あるいは機能を同じくするこ とを考えると、恩給を受けている者が、他人の不法行為により死亡し、 これによって被った財産的損害の中に、その者がなお生存したであろ −47− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 う期間内に取得すべき恩給受給利益を喪失した損害が計上されており、 右財産的損害賠償債権の全部もしくは一部が、相続により、一相続人 に承継された場合において、右相続人が、他人において、前記恩給受 給者の死亡により、扶助料の支給を受ける権利を取得したときは、右 相続人の請求できる財産的損害賠償額の算定にあたり、右損害賠償債 権の中の恩給受給の利益に関する部分は、右扶助料額の限度において、 当然、減縮しなければならないと解するのが相当である。」とするも のである。これに対し、損益相殺の消極説は、恩給の一身専属性とい うところに立却したものである。次に、労災保険法による遺族補償金 であるが、これは昭和40年の労災保険法改正により従前の一時金から 年金に改められ、年金額は標準家族(妻と子供2人)で賃金の50%と され、遺族の状態に応じてスライドするようになっている。遺族年金 は、その性質上、損害填補というものでないため損益相殺すべきでな い(高知地判昭43・4・15交通民集1巻2号397頁)とするものと、 損害賠償額からは控除すべきである〔高松地丸亀支部判昭45・2・27 交通民集3巻1号333頁、仙台地古川支部判喝44・9・2交通民集2 巻5号1254頁(農村漁業団体職員共済組合法による遺族年金)〕とす るものとある。労災保険法12条による保険給付金については、末だ現 / 実に支給を受けていない労働者災害補償保険金は、損益相殺すべきで ない(名古屋地半田支部昭45・3・3d交通民集3巻2号504頁)とす るものがある。労災保険と民法の損害賠償との関係については、今後 その保険給付金額すなわち補償額が増額されれば、学説上も社会保障 制度の一環として性格付けることが必要になるとも考えられる。しか し、現在は、民法上の不法行為に対する損害賠償請求権と競合関係に たつものとされている。 また、失業保険法による失業保険金であるが、失業保険は政府管掌 −48− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 のもとに、被保険者および被保険者を雇用する事業主の支払う保険料 と国庫負担の給付費用により運用されているものであり、かつ、失業 保険法には失業が第三者の加害行為に起因する場合において政府が加 害者に対して保険給付額の償還を求めうる規定は存しないから、原告 の受領した後の失業保険金を、損害賠償の義務者である被告の利益の ために損益相殺することは、正当でないとされている(神戸地判昭45 ・11・18交通民集3巻6号1788頁)。国民健康保険の給付金について の判例は、定かでないが、国民健康保険法64条第1項で保険者は事故 が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をなしたとき には、その給付の価額の限度において被保険者または被保険者であっ た者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得するとして、保険 者による求償権の取得を規定している。従って、労災保険と同一の基 盤で考慮すればよいであろう。ただ、実務上は社会保障制度としての 自覚にもとずき求償権の行使はなされていないようである。 さて、最後に生命保険金についてであるが、わが国の学説および判 例〔最判(第2小法廷)昭39・9・25民集18巻7号1528寛〕とも非控 除説を通説としている。ただ、簡易生命保険金については、損益相殺 を認めたもの(東京地判昭32・10・22不法下民集昭32年度(上)281 頁)、損益相殺を認めないもの(神戸地裁尼崎支判昭36・3・28交通 下民集昭36年度164頁)とがある。簡保金の場合、それは保険料の対 価としての性格と社会保険としての性格とを兼ね備えていることおよ び保険金額が低いということが、かかる判例の原因とみてよいであろ う。しかし、これは生命保険金についての最高裁判決以前のものであ り、昭和39年9月25日の判決で生命保険金につき損益相殺の適用なし とされた。従って、被保険者は保険金請求権と損害賠償請求権を重畳 的に取得するものであると理解してよいであろう。簡保金のごとく損 −49− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 害賠償請求額の方が保険金額より多い場合は例えば保険者の直接的求 償権または代位による求償権を認めることも政策論的に可能であるが、 生命保険金(特に交通災害保障特約付き)の場合、保険者の代位によ る求償権を認めることなどは到底無理である。また、求償権を、加害 第三者の損害賠償額に限定するということも、理論的根拠に乏しく的 確性もない。 このように、判例について考察すると損益相殺は、中間利息につい ては異論なく適用され、生命保険金については一応異論なく適用され ず、その他の項目について適用されるものと適用されないものとある ということになる。しかし今後社会保険金ならびに生命保険金につい てはなお考慮すべき点は残されているということができる。 (注)(1)井口敏郎・牧野利秋・損害賠償の範囲に関する諸問題、ジュ リスト砿381、87頁、明石三郎・損益相殺一税金−ジュリスト 交通事故判例百選95頁 (2)また求償権を認めるべきであるとしても大森忠夫(前掲書) 教授の指摘されるごとくその範囲をどのようにするかが問題と なるであろう。 (6) 生命保険特約条項においての保険事故は、単なる生存保険または死 亡保険における保険事故とは異なる点があると思う。すなわち生命保 険における保険事故は広義の保険事故(Versicherungsfallim weiteren Sinne)と狭義の保険事故(Versicherungsfallim erl− geren Sinne)とあるということである。狭義の保険事故とは保険 事故発生の客体である人体に危険の発生すること換言すれば死亡であ ー50− 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 り、一定年令における無事生存であろう。これが従来生命保険におい て考えられていた保険事故であり、生命保険金は保険料の対価であり、 所定の一定金額の支払いは、いつか必ずなされるという論法も、ここ から生ずるものと思われる。そして、よくこのことが損益相殺不適用 の理由付けとされることがある。−一方、広義の保険事故とは、保険事 故発生の客体である人体に一定期間に特定の事由によって死亡または 傷害事故の発生することであろうJl)すなわち一定期間における特定 の事故ということであれば、それは必ず生ずるものであり、一定金額 の支払いは、いつかは必ずなされるということはない。 従来、生命保険は、一定金額の給付をH途とした経済準備的または 貯蓄的要素の強いものであり、これが、定額保険の特質であるともさ れて来た。ところが、災害保障特約においては、前記の保険事故につ いての特質のほかに、災害給付金(死亡給付金、および廃疾給付金) 傷害給付金、入院給付金などの、事故発生の客体は人体であっても、 損害保険的要素のある定額給付がなされている。わが傷害保険普通保 険約款第21条は「当会社が保険金、支払ヲ為シタル場合ト錐モ被保険 者若ハソノ相続人ガ其ノ傷害二付第三者二対シ有スル損害賠償請求権 ハ当会社二移転セザルモノトス」と規定し、定額保険契約性を考慮し て保険者の求償権を認めていない。このようにみて来ると災害保障特 約の損害保険的特質を認めるとしても、傷害保険においても求償権を 認めていないということになれば、単純に定額保険として処理する以 外方策がないことになる。さて、そこで傷害保険の性格と内容を正確 に把握することが、必要となるであろう。もともと傷害保険とは、単 純に費用利益として把握すべきものでないであろう。また費用利益の 保険であるが、便宜上定額保険として利用されているという性質のも のではない。その点例えばドイツでは、傷害保険とは、実は、死亡事 一51一 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 故保険(Todesfall−Ⅴ.)、医療疾病保険(Kranken−Ⅴ.)およ び不具廃疾保険(Invaliditats−Ⅴ.)の結合したもの(2)であるとさ れている。従って純定額給付(reine Summen−Leistung)、準定 額給付(verunreinigte Summen−Leistung)、ならびに損害填補 および費用填補給付(Schadenersatz−und Aufwandersatz LeistT ung)をなすもの(3)とされている。そして、その内容は、わが災害保 障特約と同一のものであるということになる。災害保障特約と同様に 傷害付加保険(Unfall−Zusatzversicherung)においては、死亡 保険金の倍額が支払われる。紬)このようにドイツの傷害保険と対比し て生命保険契約における保険事故およびその給付内容ということから 分析すれば、生命保険契約と傷害保険契約の結合体が、現在、広く宣 伝され利用されているものであるということになる。ただ、保険契約 者の側における保険料負担ということを考えると生命保険契約プラス 傷害保険契約にしては、随分と高額であるので、それ以外の何物かが あるかは定かでないが、この点については、私自身まだ十分な結論に 達していない。しかし理論的には前記のように現壷広く利用されてい る生命保険を把握してよいであろう。してみると傷害保険の、すなわ ち災害保障特約の純損害保険的部分についてはmoller が不当利得は ぁり得るとし、(5)そしてEhrenzweigが代位による求償権の取得があ り得るとしている(6)点からしても、生命保険の定額性および保険事故 の特質により、民事交通訴訟における損益相殺の対象とならないとい う論述には再考の余地はあるということになる。 (注)(1)広義の保険事故としては勿論定期保険契約における保険事故 が該当するが、その主たるものは災害保障特約である。特約条 項を普通保険と同等に取り扱うことについては反論はあるであ ろう。ただ注意すべきことは、この災害保障特約を普通保険契 −52一 自動車韻書賠償責任保険における規益相殺と生命保険金 約の一部であるかの如き形式で利用されているものが随分と増 加しているということである。従ってかかる分類も可能であろ う。 (2)Albert Ehrenzweig,Deutsches Versicherungsvertrags− recht,1952,S.440 (3)A.U.B.§8Art und Voraussetzung der Leistungに よれば①Todesfallenentschidigung(Entschadigungnachder versicherten Todesfa11summe)、⑧Invalidit瓦tsentschadigu− ng(Der Versicherer zahlt bei Ganzinvaliditat dievo11e fur denInaThliditatsfall versicherte Summe,bei Teil− invaliditat den,dem Grade derInvalidit邑t entsprechen Teil gemiP dennachLolgenBestimmungen),③Tagegeld (ImFalle derBeeintr且chtigung derArbeitfahigkeitwird fiir die Dauer der arztlichen Behandlung Tagegeld geza− hlt.Das Tagegeld wirdnach dem Grad der Beeintr嵐ch− tigung abgestuft.)および④Heilkosten(Fiir die Be− hebungder Unfailfolgen werden dieinnerhalb des ersten Jahres nach dem Unfall erwachsenen notwendigenKosten des Heilverfahrens,fdr kiinstliche Glieder und arlder− Weitige nach dem邑rztlichen Ermessen erforderlichen Anschaffungen bis zum versicherten Betrag furieden Versicherungsfall ersetzt.)が嘆補される。 (4)Hermann Eichler;Versicherungsrecht,S.184 (5)Fritz Bornemann;Zurilrechtim Querschnitt Band ⅣDie Lehre von Anspruch1971S.124 (6)Albert Ehrenzweig;a.a.0.,S.450 −53− 自動車損害賠償賓任保険における損益相殺と生命保険金 (7) さて、生命保険契約が、従来の生死混合保険から前記の如く自由化 対策の一環として特別保障特約付、災害保障特約付そしてまた交通災 害保障特約付保険として主たる保険でもあるかの如く積極的に広告、 宣伝および募集がなされていることは、周知のところである。 ところが、前述の如く、これら一連の特約は、実は、傷害保険とそ の内谷が同一のものであることは注意しなければならない。わが傷害 保険契約は最初から一個の契約として出来上っているものである。も ちろん死亡保険金、不具廃疾保険金および医療保険金の支払をするも のであるが、これら保険金を総会した一定額保険という立場に立って いる。その点死亡事故保険、医療疾病保険および不具廃疾保険の結合 して出来上った傷害保険として把握されているドイツにおいて医療疾 病保険に該当する部分について不当利得または求償権取得の問題が論 じられている程積極的な主張がわが国の傷害保険に通用するかという 問題は考慮の余地はある。しかし、かかる畦格、内容を有するもので あることは間違いない。 とすると、我々は、生命保険金は民事交通訴訟上損益相殺または求 償権行使の対象にならないとする従来の一般的考え方は捨て去らなけ ればならない。生命保険金についても医療保険金については求償権行 使が可能であり、また複数の生命保険契約または傷害保険契約からそ れぞれ医療保険金を給付されるようなことがあれば、当然これは不当 利得となるものであり、損益相殺の対象となるものとみなしてよいも のであろう。 以上述べた点からすると、過失相殺の一方策とし、また損益相殺の 一方策としてもなされているドイツ自動車保険における分担協定( −54一 自動車損害賠償責任保険における損益相殺と生命保険金 Teilungsabkommen)において自動車損害姶償責任保険者が中心に なり社会保険者、車両保険者および医療疾病保険者がこれに加入して、 自動車交通事故を同率で分担していることの意味するものが何である かがおのずと明らかになって来るであろう。 ただ、この医療保険金の金額が少額であるので問題とする程のもの でないという論法を採れば問題外である。しかし、生命保険金に損益 相殺通用の余地はこの点についてだけはあるということができる。 一55−