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読解力を高める授業づくりとその評価 - 東京大学|大学院教育学研究科

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読解力を高める授業づくりとその評価 - 東京大学|大学院教育学研究科
第 10 回研究会 「読解力を高める授業づくりとその評価」
2006 年 10 月 17 日 於:東京大学赤門総合研究棟 A200 講義室
第 10 回研究会
第
「読解力を高める授業づくりとその評価」
Ⅰ
部
堀江 祐爾(兵庫教育大学)
第
Ⅱ
部
はじめに,PISA 型読解力の出題例について,旧来の日本の国語の問題との
相違を西欧のレトリックという観点から比較して紹介した。次にそれを採り入
れたときの教科書・授業はどう変わるのか,について提案ならびに一部の学校
での実践例を VTR を交えながらとりあげた。最後に,このあたらしい読解力
の考え方に基づいた作問・測定のポイントについても言及し,作問の事例を提
示した。
注記)本稿は,講演内容および事後の質疑応答を事務局が要約的にまとめたものである
はじめに
そこで最後に,PISA 型読解力に対応した作問のあり
方に踏み込んで,話を終える予定です。
本日は「読解力を高める授業づくりとその評価」とい
うテーマでお話をいたします。かつて,国語科で「読
解力」という言葉を生のまま使うことは,あまりあり
ませんでした。国語科の学習指導要領の中では,読む
1 PISA型読解力とは
1.1 PISA 型読解力とは
こと領域の指導や,読むことの指導というのが普通で
それでは,まず PISA 型読解力について確認をし
す。読解力という言葉を使うようになったのには,い
ていきます。本日のタイトルにも用いた「読解力 」
わゆる PISA 型読解力の登場が背景にあります。
とは,今までの読むことの力ではなく,もう少し狭
まず,私自身がたくさんの小学校,中学校,主に小
い意味での,いわゆる PISA 型読解力です。もう少
学校の先生方とお話をし,いろいろな研究会に関係す
し言いますと,後で示しますようにグローバルスタ
る中で整理をしてきた資料を今日はご紹介します。
ンダード,世界的な基準と日本のやってきた国語教
読解力を高めるとひとことに言っても,読むことだ
育の中の読む力と,その文化のぶつかり合いと言う
けを教えるものではなく,まさにカリキュラム開発・
ことができましょう。そのせめぎ合いの中でどう考
教育測定などの大きな問題と関わっています。PISA
えていくかということが問題となります。
型読解力については,この講座でも研究会やシンポジ
ウムが盛んに行われて確認はされていますが,もう一
度おさらいの意味で,その内容について軽く触れてお
きたいと思います。
そして,PISA 型読解力への対応の具体例とはどう
1.2 「贈り物」問題
PISA2000 年調査の,
「贈り物」問題において日本の
生徒はあまり成績がよくありませんでした。
この物語は洪水で家が流されたという設定になって
いうものなのか。教科書がどう変わるのか。そして,
います。そして,大きな木がドンと自分の家にぶつか
授業はどう変わるのか。それぞれの具体例のビデオや
ってきて,その木の上には何とヒョウが乗っていた。
資料をお見せします。
題にある「贈り物」というのは,洪水の「贈り物」のこ
教育測定上,評価から評定へ向かうときの作問のポ
とです。ありがたくない「贈り物」です。
イントや作問そのものがずれていると,せっかく評定,
第 3 段落の後半において,彼女は自分の食料である
測定をしても,その数字・結果に信頼性がありません。
ハムをヒョウに分け与えています。そして最後の段落
(( 1
において,「そして,ヒョウは去っていた。足跡はポ
やけて,もう消えかかっていた。ポーチの上には,か
ーチからカシの木まで続いていて,その先は湿地帯の
じられたハムが白い骨になって残っていただけだっ
中へと続いているに違いないが,柔らかい泥の中でぼ
た。
」という終わり方をします。これが問題文です。
(資料 1)
そして資料 2 にあるように,問 1 は,内容に関する
では,こういう問いかけ方は余りなされません。「証
2 人の会話を示して,「この 2 人が自分の意見を証明す
明するには∼」と聞くと,
「数学じゃあるまいし・・・」と
るにはそれぞれどう言えばいいでしょうか。この物語
感じるのです。それから「証拠を探して」という形でも
からそれぞれの証拠をさがして,次に示してください」
あまり問われません。ちょっと戸惑ってしまうに違い
という問題です。このような問いかけに対して日本の
ありません。一方,問 2 は選択問題ですので,日本の
生徒は当惑してしまうでしょう。日本の国語教育の中
生徒にとって取り組みやすいでしょう。
(資料 2)
2 ))
第 10 回研究会 「読解力を高める授業づくりとその評価」
問 3(資料 3)をご覧下さい。この問 3 では,
「物語の
ょうか。あなたの考えを述べてください」と問うてい
後半で起こったことを考えると,筆者はヒョウを登場
ます。これも日本の国語教育ではあまりなされない問
第
させるにあたって,なぜこういう書き方をしたのでし
いです。
Ⅰ
部
(資料 3)
第
Ⅱ
部
私の講義の中でこれを扱う場合,この 3 つに共通す
るものは何ですかという問いかけをします。この場合,
「苦しそうな」
,
「疲れた響きで」
,
「苦しんでいる」とい
うヒョウの状態を,前半に描いていることに注目させ
ます。
いているということになるのです。
贈り物に関する問 4 も,選択問題ですから,日本の
子供たちは得意でしょう。
問 5(資料 4)はまた難しく,「暗示」という表現に当
惑させられます。文学作品においては,因果関係の一
後半で起こったことを考えると,前半でなぜこう書
方を暗示的に示すことがあります。おそらく「私に食
いたのか。ヒョウが苦しんでいる状態を前半で描き,
事をさせてちょうだい。それからお前のことを考える
後半では,ヒョウが今度はハムを分けてもらって,元
わ」,こういったあたりのところを答えればいいのだ
気になって去っていく。そういうことの対比的な表現
と思われます。
をよりくっきりとするために,前半は苦しい状態を描
(資料 4)
問 7 は,
「PISA 型」
をまさに象徴しています
(資料 5)
。
これはヒョウがハムを与えてもらったために,元気を
このような設問に,高校 1 年生の子供たちが当惑して
取り戻して去っていった。彼女にとって「洪水」と「ヒ
しまい,できないのは当たり前です。先生方も,ここ
ョウがいる」という 2 つの危機が終わったということ
にいらっしゃる方も同様だと思います。文章の最後の
を示しています。この終わり方がそういった意味を持
部分に,「ポーチの上には,かじられたハムが白い骨
つことについて,それを評価,吟味させようとしてい
になって残っていただけだった」とあります。つまり,
る問題です。
(資料 5)
今までの国語教育では,こういった問いかけ方はあ
して感動を持って教える,読み浸り,読み味わうこと
まりされていません。日本の和文化的な風土において
を教えるのが文学教育なのだと考えてきた面がありま
は,文学作品に対して,作家が血の汗を流して,書き
す。もちろんそれを分析的に教える先生はいますが,
刻んだ一つの芸術作品であるため,ありがたく押しい
この問題例のレベルまで分析的,吟味的,批判的では
ただいて,読み味わい,読み浸る,また感動を持って
ありません。
読むものだ,という考え方が基盤となっています。そ
(( 3
1.3 欧米レトリックに基づいた伝統的指導例
それに対して,資料 6 をご覧ください。これは
1980 年代のアメリカの教科書の一部を私が翻訳した
ものです。
(資料 6)
2 PISA型読解力への対応の具体例
2.1 教科書はどのように変わるか
−「森林のおくりもの」事例−
今度は,教科書はどのように変わるか,というテー
マでお話します。私が関わった東京書籍の小学校 5 年
生の教科書に「森林のおくりもの」という富山和子さん
の教材があります。実際の教科書は「豊かな森林に恵
まれた日本,この森林はだれからのおくりものなので
しょう」という見出しの扉があって,次のページから
「日本は森の国,木の国です」という書き出しになって
います。
私がこれを PISA 型に書きかえてみました。教科書
の最後の「手引き」には読みの観点が示してあります。
その中に,「この文章を読み,初めて知ったこと,知
ってはいたが改めて考えさせられたこと,もっと詳し
く知りたいと思ったことについて,各自の感想を発表
しよう」という学習活動を置いていますが,この活動
をさせるのなら「手引き」の内容は教材の冒頭に置いた
ほうがいいじゃないか,という提案をしています(資
料 7)
。
(資料 7)
冒頭の説明部分から,課題の提示まで,まるで教科
書自体がワークブックのようです。物語の終わり方に
ついて問うていましたが、この教材では始まり方に焦
点が当てられています。
物語の冒頭部や結末部には意味がある,そこには仕
掛けがある,そこを吟味して批判的に読まないと,物
語を読んだことにはならない,と考えるのが西欧のレ
トリックなのです。PISA の事例にある問 7 は,それ
を反映しています。つまり,物語の始まりも終わりも
吟味をして批判的に読む,という西欧のレトリックに
よってつくられているのが PISA の問題です。
「教材を読み,次のことを明確にしよう。1.初めて
ですので,日本の子供たちが PISA にあるような問
知ったこと,2.知ってはいたが改めて考えさせられ
いかけ方をされたときに,できないように見えるのは,
たこと, 3 .もっとくわしく知りたいと思ったこと。
ある意味で仕方がないと思います。問題が一部しか公
そして,本文のどの部分がそれらと対応しているかを
開されていないので何とも言えないですが,おそらく
明確に示そう。」こういうふうに目的的に,吟味的に,
成績が悪かった問題は,問題例よりもっと子供たちに
批判的に読んでいくということを教材本文の前に示す
とって当惑するような問い方であったと思うのです。
のです。今までは,読んでから段落に分けて,要約を
して,その上で,やっと最後に感想を言いながら少し
吟味するということでしたが,そうではありません。
新出漢字や注を書いてある部分に,初めて知ったこ
4 ))
第 10 回研究会 「読解力を高める授業づくりとその評価」
と,もっと知りたいと思ったことを書いていかせます。
「日本は森の国,木の国です。国土の 3 分の 2 が森林
です」というふうに教科書本文に書いてあるわけです
どこにあるのか示しなさい」というところまできちん
と問うように,国語教育は変わっていくであろうと思
第
います。
Ⅰ
部
が,ほかの国がどうなのか知りたい,という疑問を抱
この文章を読み,前述の 3 つの課題に呼応して,こ
く子どももいることでしょう。日本は木の国と言って
の中で,調べて知りたいカード,教えてカードをつく
もいいかもしれませんが,実際には日本よりもずっと
ろう,そしてカードの裏になぜその事項を知りたいの
第
森林が多い国がまだまだあるのです。そういったとこ
か,その理由を教科書の本文を引用しながらまとめな
ろを考えさせていきます。
さい,というふうに学習活動が変わっていく。ただし,
Ⅱ
部
そして,この手引きをさらに PISA 型に変えてみま
カードをつくるのが目的ではなく,本文を吟味する行
した。先ほど申し上げましたように,西欧レトリック,
為へ返していく。証拠,根拠を求める学習へと転換し
吟味読み,批判的な読みを意識します。批判的な読み
ていくということになっていくと思います。
というと,日本語の場合,
「非難」というニュアンスが
込められてしまいますので,意図的に,吟味・批判と
2.2 授業はどのように変わるか
いう言葉を使います。
◆実践例(1)ブックレポート
元の手引きでは例えば,
「筆者はなぜ『森林のおくり
ではここで,具体的に授業はどのように変わるのか
もの』
という題をつけたのだろうか」
と書いてあります。
という実践例をご紹介します。兵庫県の三田市立ゆり
今までの読解力観では,これでよかったのです。しか
のき台小学校,現在はけやき台小学校にお勤めの,
し,これからの教科書ではおそらく以下のように変わ
伊
ってきます。
の人は博報賞という,国語教育の分野では非常に権威
一夫教諭の授業ビデオを見ていただきます。こ
筆者が「森林のおくりもの」という題をつけた。「筆
のある賞を受賞しています。この年度の博報賞の中で
者が使った『森林のおくりもの』という題の効果を 3 つ
最高のレベルにある総理大臣奨励賞ですので,全国で
考えよう」。解答例としては例えば,擬人法を使って
も指折りの実践者ということが証明されたわけです。
いる。「おくりもの」というところに込められた,「お
では,その人の授業の VTR を今からお見せします。
くりもの」だからおくられたもの,つまり大事にしな
非常に個性的な授業です。
いといけないものということ,それから「森林からの
おくりもの」ではなく,「森林のおくりもの」という凝
(※ VTR。自分たちが読んだ本のブックレポートを書
いて発表させる授業。詳細は割愛)
縮した表現を使った,等々が考えられます。
また,「あなたならほかにどのような題をつけます
PISA 型読解力というのは,
「情報の取り出し」
「解釈」
か,具体的な題とそれをつける理由を示しなさい」と。
「熟考・評価」という 3 つの枠組みによって構成されて
例えば本文中に,
「地球の緑を守れ」
と書いてあります。
います。
「情報の取り出し」というのは逐語的に読む段
「地球の緑を守れ」という題名でもよかったかもしれな
階です。日本語の話者の場合は日本語についての「情
いですね。私はこれを選びたい,その理由を,根拠を
報の取り出し」は一瞬のうちに行われることが多いで
挙げながら具体的な題とそれをつける理由を示してい
しょう。ただし,「解釈」をして「熟考・評価」をしよ
くのです。
うとしたときに,今度はまたこの「情報の取り出し」に
「森林のおくりもの」の具体例としてどんなものが挙
げられているか。法隆寺の木のことだとか,いろいろ
返ってきます。この 3 つは関係し合っているわけです
ね。
なことが挙げられています。具体例として,どんなも
今までも,日本の国語教育のなかで「解釈」まではあ
のが挙げられているかでとどまるのではなく,「それ
る程度おこなっていたと思います。ところが,「贈り
らはどのような効果をねらって示されたものであるか
物」問題のように,「あなたはどう思いますか。」
「この
を考えよう」と効果までを問わないと,吟味,位置づ
終わり方はどうですか。」
「これに対してどういう証拠
け,批判的な読みにはなりません。
が挙げられますか」という「熟考・評価」と呼ばれると
今までは「筆者は森林をだれのおくりものだと言っ
ころまで踏み込んではいなかったかもしれません。と
ているか。」と問えばよかったのですが,「その根拠は
ころが,今お見せした実践では,ブックレポートを書
(( 5
く中できちんと理由を言わせている。そこが,一つの
大きな達成点だと思います。
それから,「つけたい力を見通して授業をつくる」。
先程のブックレポートをつくるのが偉いのではなく,
PISA 型のもう一つの重要な要素であります非連続
自分たちで考え出してきたワザ,コツを使っていくと
型テキスト,つまり表,グラフ,絵,地図など,挿絵
ころに意味があります。教師はつけたい力というもの
を映像化させていくということ,ある意味でこれも含
を使って授業を考えていくのですが,それが先程の実
んだ実践であると考えていいのではないかと思いま
践例では教師のほうが主導になり過ぎていて,「あっ,
す。
しまった,子供たちと合っていなかった」というので,
このブックレポートの年間指導計画をご紹介しま
す。これは 6 月時点のものです(資料 8)。一つ一つの
あの先生はすぐに学習指導のあり方を変えたわけで
す。
単元,教材を美しくまとめるというのが今までの日本
ですから,学びの「めあて」を解きほぐすことが非常
の教師の考え方だったのですが,そうではなく,「年
に重要になってきます。ですから,子供たちから学ぶ
間指導計画的な観点を持つ」ことが非常に重要になっ
べき価値,工夫が出てきた。そして,学習指導が変わ
てきます。
っていったのです。それから,「伝え合いの場を設け
(資料 8)
る」。本人は気づいていないが,伝え合う中で他者は
勝手に焦点化して評価してくれます。「きょう,その
ネクタイいいね」
「そのワンピースいいじゃない」
「その
髪形いいね」,というふうにして自分のことは自分が
よく知っているのですが,情報が多過ぎて自分のよさ
というのはわからない場合も多いのです。
ところが,伝え合いを行うことによって,他者が絞
ってくれる。他者の目をくぐらせて学びの成果を焦点
化し,メタ認知まで導く。ただ,ブックレポートを書
けばいいのではなく,情報伝達名人のワザとかコツと
いうようなものをつくって,自分たちのやったことの
意味を考えさせる。どのような言葉の力をつけたかを
目に見える形にしていくという学習が,先程の実践事
例の本質なのです。
こうしたことがなされて初めて,PISA 型読解でい
う「情報の取り出し」
「解釈」
「熟考・評価」が授業に組
み込まれて,意味を持つのだと思います。
◆実践例(2)
今度は広島の廿日市市立宮園小学校の曽根芳子先生
これは年間指導計画をいつも作れというのではな
の実践です。 1 年生の授業です。「いろいろなふね」,
く,このくらいの粗さで作っていくこと、そして、こ
1 年生の下巻ですから,10 ∼ 11 月頃に扱うものです。
のくらいの粗さの年間指導計画が教師の頭の中に入っ
「いろいろなふね,ふねにはいろいろなものがありま
ているかどうかが重要なのです。単元と単元を関連づ
す」という文章です(※著作権の関係上,本報告書で
ける,授業と授業を関連づける。子供たちが VTR の
は素材文章を掲載しておりません)
。
中で休み時間にその関連づけを実際におこなってみせ
ました。教師がおこなってないと子供もできません。
これは主題文ですね。初めの文,導入文です。「きゃ
そして,単元の関連づけ,授業びらき,授業づくり,
くせんはたくさんのひとをはこぶためのふねです」=
授業おさめ,それらをどういうふうに関係づけていく
「やくめ」。「このふねにはきゃくしつやしょくどうが
かが重要なのです。
6 ))
教科書には,
「ふねにはいろいろなものがあります」
あります」=「つくり」
。
「ひとはきゃくしつでやすんだ
第 10 回研究会 「読解力を高める授業づくりとその評価」
り,しょくどうではしょくじをしたりします」=「でき
けたい力をわかっているわけです。あの学びの「めあ
ること」
。つまり,
「やくめ」
,
「つくり」
,
「できること」
て」を子供たちと一緒に砕きながら,伝え合いの場を
第
が書いてある。こうしたメタ認知,つまり上位の認知
きちっと設けて自分が学んだことのメタ認知まで至ら
を 1 年生でもきちんとできるわけです。
せるというしっかりとした構成になっていると思いま
Ⅰ
部
そして,それについてまとめてあります。「きゃく
す。
せん」の,やくめ,つくり,できること。
「フェリーボ
ート」の,やくめ,つくり,できること。「ぎょせん」
の,やくめ,つくり,できること。もう一つは「しょ
うぼうてい」の,やくめ,つくり,できること」
。
この教材を用いて行われた指導のビデオを紹介しま
す。
(※ビデオ上映。詳細割愛)
第
◆2つの事例から
個が生み出す場をきちんと保障し,それを目に見える
形にすることをきちんとおこなっていることです。そ
して,個が生み出したものを他者と伝え合っていま
す。
以上のように,他の子供の話を引用して,自分の意
しかし,ここでとどまってはいけません。PISA 型
見にして返す,即ち価値をとるということが 1 年生の
の「熟考・評価」という要素を加えるには,目に見える
教室において実現されているわけです。これをもう少
形になったものをもとに,他者と伝え合ったものを個
し詳しく見ていきますと,例えば,工夫されたところ
の中で位置づけることが必要になります。さっきのふ
は,「やくめがよかったです」,「私たちの暮らしを守
りかえりカード,アドバイスカードがそうですね。そ
るというところがよかったです」というように発表し
してさらに,自分はどのような言葉の力を身につけた
ます。ここで注目していただきたいのが,子どもに配
かを認識していきます。「やくめ」
「つくり」
「できるこ
付するアドバイスカードの項目です。
「やくめ」がわか
と」,それから先ほどの「伝達名人のワザ」というふう
りました。
「つくり」がわかりました。
「できる」がわか
にして,それを目に見える形で確認をしていく。ただ,
りました。感想はどうですか,絵はどうですかという
作業すればいいということではなくて,どういう力を
ふうに,黒板に書かれた授業の目標=「めあて」と,ア
つけたのか,きちんと確認していくのです。そうした
ドバイスカードの「めあて」とが一致しているのです。
手順をふんでいくことが,
「熟考・評価」に関係してい
ふりかえりカードというツールにおいても同様で
す。「わかりやすく紹介できましたか」。「やくめ」
「つ
Ⅱ
部
この 2 つの実践の共通点は,伝え合うべきものを,
くのではないかと考えています(資料 9)
。
(資料 9)
くり」
「できること」
「こえの大きさ」など。そして,ふ
りかえりですので,「ともだちのはっぴょうをきいて
アドバイスできましたか」
「ともだちのいいところを見
つけられましたか」
「がんばったところやもっとがんば
りたいところ」など 1 年生らしい構成になっています。
基本的には,事前に設定した「めあて」がこの授業を
貫いている。1 回,2 回,3 回と黒板での「めあて」の
砕き,アドバイスカードの項目,ふりかえりカードの
項目,ほとんど同じ,これが「指導と評価の一体化」と
言われているものの一つの姿だと思うのです。
そして,
「やくめ」
「つくり」
「できること」という 3 つ
もう少し大きく言いますと,教師にとって,見通す
力,見取る力,そして見返す力というものを持つこと
が非常に重要になります。
の要素に着目して何かを説明することによって,わか
欧米レトリックに基づいた PISA 型読解力を和文化
りやすく説明,伝えることができる言葉の力を身につ
風に展開するということは,今までやっていないこと
けたということを,1 年生でも見取ることができるよ
ではないのです。今の曽根先生の実践は 2003 年のも
うにしているのです。
のです。それから,伊
このように単元指導計画を示し,つけたい力として,
3 つの要素を揃えたということは,教師がきちんとつ
先生の実践は去年(2005 年)
のものです。ですので,やっている人はきちんとやっ
ています。ということは,今までの国語の指導の否定
(( 7
ではないということです。しかし,くっきりとさせる,
ん』という表現が何度も使われています。これはどう
重点を置く,ポイントを置く場所をきちんと押さえて
いう効果を持つと思いますか,説明しなさい。
」このよ
いくという意味において,ある程度の変更を迫られて
うにすると PISA 型になります。答えの例としては,
いるということは確かでしょう。
「娘たちへの温かい呼びかけとなっている。
」
「娘たちへ
もう少し大げさに言いますと,先程示しましたグロ
の語りであることを示している。」
「長い語りであるの
ーバルスタンダード,西欧レトリックが現在のグロー
で,行為の主体がだれであるのかをはっきりと示す必
バルスタンダードである。それと和文化的な指導との
要がある。
」というふうになるでしょうか。
融合をどう図っていくのかということが求められてい
るのだろうと思います。
次に,さらにこの文章をきちんと読んで,その特性
を生かした作問づくりがなされなければなりません。
「とうさんの語りの部分において,月という表現が何
3 PISA型読解力の評価事例
度も出てきます。月を出すことによって,どういう効
果がこの文章にもたらされていますか,2 つの事柄を
さて,この講座は,教育測定・カリキュラム開発の
書きなさい」
。答えとしては,
「夜の出来事であること
講座ですので,もう少し踏み込んで,今度は PISA 型
を示す。」
「月明かりによって夜であっても情景を見る
読解力に対応した作問,つまりいくらいい授業をして
ことができる。」ということになるでしょう。「月明か
も,テストなどによる評定によってきちんとその力が
りはおとうさんの家族を包み込むような温かさを象徴
測られなければなりません。
している」という象徴表現ととっても構わないでしょ
評価問題の事例として,以下素材文をご紹介します。
う。
「とうさんが動物を撃つのは何のためだと考えてい
3.1 物語文を用いた案
(猟師の父が狩りについて子どもに説明する場面 ましたか。
」これが今までの問い方です。間違ってはい
ませんが,古いタイプの作問の典型の一つです。次の
※著作権の関係上,本報告書では素材文章を掲載して
ように,理由について根拠を挙げさせて説明させるほ
おりません。
)
うがいいでしょう。「とうさんが動物たちを殺さねば
ならないのはなぜですか。その理由と根拠となる一文
問 1 は「情報の取り出し」です。
「
『そのわけを話すと
を抜き出しなさい。
」という問いによって本文に立ち返
しようか』とありますが,とうさんの話はどこまで続
らせる。こうすると,しっかりとした教育測定になっ
くのでしょうか。その終わりの 5 文字を書きなさい」。
ていくと思います。
古いタイプの典型の一つです。本文が父の語りの形式
であるため,文末に括弧がついていますので,答えが
すぐにわかり,簡単すぎるように思います。これは,
もう一つ事例をご紹介します。PISA 型読解力に対
次のように効果を説明するようにさせればいいでしょ
応したというあるワークの点検を頼まれました。例え
う。
ばアサギマダラ(※蝶の一種)の説明文を読んで,本文
関係を問うのが PISA 型読解力の基本です。因果関
にあるアサギマダラの「渡り」を日本地図に矢印であら
係の因と果だけを今まで日本の国語教育では扱ってき
わしてみる,というものです。恐らく非連続テキスト
たのかもしれません。「主人公はどう思いましたか」
に関する問いのつもりなのでしょうが,これでは理科
「悲しくなりました」
「そうですね。次,行きましょう」
ではなくて,
「どこに書いてあるのでしょうか。
「
」なぜ,
の学習になってしまいます。
これを,読解力を測る国語の問題にするには,ただ
そう言えるのですか」と,関係性を見ていかねばなら
単に「わたり」を示す矢印を書かせるのではなく,その
ないのです。
根拠となる本文との関連,関係を明示させなければな
そこで,「情報の取り出し」という要素を強調して,
8 ))
3.2 その他の事例
りません。
私なりに変えてみます。
「情報の取り出し」とは文章に
もう一つ,修正のし甲斐のあるおもしろい事例とし
寄り添っていく部分ですので,今読んだところであれ
て,無地の恐竜の絵に色を塗らせる問題を示しましょ
ば,例えば「とうさんの語りの部分において,
『とうさ
う。確かに非連続テキストに関する問いですが,これ
第 10 回研究会 「読解力を高める授業づくりとその評価」
を次のように変えてみてはいかがでしょうか。ただ単
うございました。
に色を塗るのではなく,例えば本文の中にこういう部
授業の一番大事な展開の中心的な話題ではなく,枝葉
分があることに着目したいところです。「例えばシマ
の部分なのですが,気になったことがあります。VTR
ウマの白と黒のしま模様,シマウマが敵に襲われて逃
で紹介された児童の例ですが,この子は「共生」という
げるとき,あのしま模様のおかげでどっちに逃げたか
言葉をあまり正しく理解していないのではないかなとい
ということが敵にわかりにくくなって,シマウマは生
うことです。
き残ることができます」というふうに書いてあります。
ただ,本の紹介をつくる,効果的な伝え方をする,と
こういった点に着目して,本文のこの部分を参考に,
いう授業のねらいの骨の部分からするといい事例です
あなたがその色を塗った根拠を述べなさいという問題
が,こういう場合にはどこのタイミングで指導するのか,
にすると,PISA 型の国語科の問題になります。ちょ
あるいはあまり指導しないのか,その点を教えていただ
っと極端な例を示してみました。
けないでしょうか。
おわりに
本日は,「読解力を高める授業づくりとその評価」
Ⅰ
部
第
Ⅱ
部
堀江:今おっしゃったことは確かです。このブックレ
ポートでは赤ちゃんとお母さんの共生,つまり
共に生きるというそのままの意味でとってしま
という意味で,PISA 型読解力がどういう問題である
っていますから。あの具体例を出したのは,さ
か,それからそれが西欧,欧米のレトリックに基づい
まざまな言葉の工夫が凝らされている,ためで
た,ある意味では文化の衝突であり,それを日本の中
す。
にどう取り入れていくべきであるのかについてお話し
第
これが理科や総合的な学習の時間だったら,
しました。また,それを取り入れた時に,教科書や授
共生についてもう少し本格的に扱うのでしょう
業はどう変わるのか,についても具体例を示しまし
が,この事例では国語の力として扱っています
た。
ので,本の紹介がある程度うまくいっているか,
最後に,本講座は教育測定・カリキュラム開発の講
それから,自分の考えをしっかりと理由を伴っ
座ですので,評定のための作問のポイントについて述
て述べられているか,という点に,この先生は
べます。ポイントがずれてしまうと,今までの学力観
まずは注目したということです。
では PISA 型に対応できません。簡単に言えば本文へ
共生という言葉の意味自体は,他の子のレポ
返る,根拠を明確にするということをきちんと行わせ
ートを順に読むうちにだんだんわかってくるは
ることが,ある意味で,欧米のレトリックと日本の教
ずです。それでもわからなければ,赤ちゃんと
育とを相互に関係づけながら,これから先,我々が気
お母さんというのは共生とも言えるけれども,
をつけなければならないところだろうと考えておりま
実際には異なった種類の動物たちがともに助け
す。
合うというのが本当の共生だ,とひとこと言っ
ただし,これは先ほど具体例をお見せしましたよう
てしまえば済むことですが,おそらく伝え合い
に,一部の先生はすでに実践されています。ですので,
が何回も何回も行われる中で,子供が気づくの
今までの授業の否定ではありません。授業改善や,ポ
を待っているのではないかと思われます。貴重
イントの置き方を少し変えていくだけで,十分 PISA
なご指摘をありがとうございました。
型には対応できると思います。
◆テストに使用する素材文の論理性について
質疑応答
◆課題指導法における疑問
私は PISA 型の問題を作問しておりまして,堀江先生
にも一度ご指導いただいております。テストなどは既に
出版された文章を素材として用いますが,その場合に論
ゆりのき台小学校の授業の事例が非常に興味深いもの
理的に構成がされていないものが多いのです。実際にテ
でしたし,全体的な授業の年間を通じての先生のねらい
ストなどで素材文を採用するときには,書き起こしのほ
や,展開例なども,とても参考になりました。ありがと
うがいいのでしょうか。
(( 9
堀江:なるほど。私も教科書の編集に関わっています
と書かない,前倒しに結論を示さないものが今
ので,そこは悩みの種です。文学作品の場合は
までよしとされ,一つの文化になっているので
ある程度,筆者が責任を持って吟味を重ねてう
す。もちろんそれを否定することはできません。
まく書いていますよね。ところが,説明文の場
ただし,国際化という時代を迎えたときにそれ
合は,研究者の著作になります。そのまま掲載
でいいのかどうかという問題がわれわれにつき
できることはほとんどありません。一部変えて
つけられたということはできないでしょうか。
いただくこともあります。
したがって,既存の文章の中でそういった素
材を求めようとすると,かなり難しいというこ
西欧レトリックの指導を受けていない日本人
とは言えます。だからこそ,そういった書き手
の今までの文章に比べて,西洋人の論理という
も育てないといけない。その一方で,日本人が
のは,とてもはっきりとしています。
育てて続けてきた,そこはかとなく,何となく
ですので,日本人の書いた文章の中から素材
わかる,つれづれなるままに書いた,といった
が求めにくいということ自体が PISA 型読解力
綴り方の伝統がある。見たまま,感じたまま,
の本質を語っています。PISA はリテラシーす
思ったままを書くといったような伝統も残しつ
なわち読み書き能力なので,ほんとうは
つ,論理的な文章も書ける。欲張った感じです
「PISA 型学力観」と呼びたいのです。日本人の
が,その両方を実現する国語教育へ変えていか
言語の能力が劣っているのではなく,以心伝心
なければならない時代になってきたのだろうと
の世界に生きているということを,しっかりと
思います。
認識する必要があるということです。はっきり
参考資料・参考文献
・国立教育政策研究所編(2002)
『生きるための知識と技能 OECD 生徒の学習到達度状況調査(PISA)2000 年国際
結果報告書』 ぎょうせい
・国立教育政策研究所監訳(2004)
『PISA2003 年調査 評価の枠組み OECD 生徒の学習到達度状況調査』
ぎょうせい
・国立教育政策研究所編(2004)
『生きるための知識と技能② OECD 生徒の学習到達度状況調査(PISA)2003 年国
際結果報告書』
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ぎょうせい
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