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私立高校と公立高校の学校間格差 - 同志社大学 情報公開用サーバ

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私立高校と公立高校の学校間格差 - 同志社大学 情報公開用サーバ
私立高校と公立高校の学校間格差
――進学期待に注目して――
西丸 良一
1
問題の所在
高等教育進学という観点から、最近は公立高校よりも私立高校の方が優れているといわれている。
こうしたことは、学校 5 日制による授業時間の減少や、学習内容の削減による公立校への不信感に
よるものだと一般的に認知されている。しかし、こうした話はいつも特定の地域(特に都市部)の
状況によって語られてきた。たとえば、
「最近、東大・京大進学者の出身高校は昔にくらべて私立に
占有されている」といった限られた銘柄大学に焦点を当てたものや、都市部における新設私立高校
の躍進などである。公立と私立の学校間格差は全国規模で語られることは、あまりなかったように
思う。
学術研究においても、公立校と私立校の学校間格差研究が存在するかというと世間一般で語られ
るわりにあまりみられない。そのような状態において、公立校と私立校の学校間格差を扱ったもの
として Kariya and Rosenbaum(1999)の研究がある。この研究は、総合選抜制度や小学区制によ
って進学したい公立高校を選択できないことから、学力の高い生徒が私立高校へ進学する「ブライ
ト・フライト」を生じさせ、私立高校から東大・京大へ進学する可能性を高めたことを示している。
しかし、この研究も特定のエリート大学への進学に対して、私立高校と公立高校のどちらが優位な
のかを示しているに過ぎない。
このように、日本において局地的なデータや全国データに関わらず、私立校と公立校の学校間格
差に関する研究はあまりみられない。これまでの学校間格差が注目してきたところは、私立や公立
という設立種別に関係なく、各高校の高等教育進学率の差や卒業後の進路選択の差という一元化し
た価値によって序列づけられた高校間の格差であった。これまでの学校間格差研究は、高校の学校
間格差研究であったことを飯田(2007)の研究にも示されている。では、これまでの間に、卒業後
の進路選択によって私立高校と公立高校の学校間格差は存在しなかったのだろうか。ここでは文部
科学統計要覧を用いて、公立高校よりも私立高校の方が高等教育進学に優れているか確認する。
図 1 は、高校の設立種別による高等教育進学率の趨勢を示したものである。1990 年まで私立高
校と公立(国立も含む)高校による高等教育進学率に大きな差はみられず、ほぼ一定の間隔で推移
している。この結果から、高校卒業後の進路選択の差に注目してきたこれまでの学校間格差研究に
おいて、設立種別による学校間格差を不問にしてきたことが理解できる。
しかし、全体的に高等教育進学率が上昇する第二次ベビーブーム世代の進学時期を皮切りに、
1990 年以降、私立高校の高等教育進学率は大きく上昇している。1990 年において設立種別による
70.0%
62.8%
60.0%
52.9%
50.0%
40.0%
48.6%
33.5%
30.6%
30.0%
29.4%
20.0%
10.0%
0.0%
1970
1975
1980
私立
1985
1990
1995
国・公立
2000
2005
2008
全体
図 1 設立別高等教育進学率
※文部科学統計要覧より作成
高等教育進学率の差は 4.1 ポイントしかなかったにもかかわらず、2008 年では 14.2 ポイントに
もなっている。この図をみる限り、最近の公立校への不信感による私立校の優位性は、局地的なも
のではなく、全国的な現象といえるのかもしれない。
こうした設立種別による高等教育進学率の差の拡大は、やはり学習指導要領に忠実に従わなけれ
ばならない公立高校に在籍する生徒の学力低下によるものなのだろうか。本稿は、こうしたことを
踏まえ、全国規模のデータである PISA2003 を用いて、これまで不問にされてきた私立高校と公立
高校の学校間格差を検討していく。
2
PISA2003 を用いるにあたっての留意点
日本において、高校生を対象とした全国規模の調査であり、かつ分析可能なデータはあまり存在
しない。そうしたなかで PISA 調査は、先にも述べたが、局地的なデータではなく全国を代表する
ものとして数少ないデータである。
だが、
私立高校と公立高校の学校間格差を検討するにあたって、
本稿で用いる PISA2003 は必ずしも最適であるとはいえない。なぜなら PISA 調査は高校 1 年生を
調査対象としているため、卒業後の進路に関するデータは含まれていないからである1)。これまで
の学校間格差研究は、おもに高校卒業後の進路選択の差によって検討されてきた。そのため、私立
高校と公立高校の学校間格差の検討は、卒業後どのような進路選択をしたか判明するデータを用い
ることが本来なら最適であろう。そこで本稿では、卒業後の進路選択に対する代替変数として「進
学期待」の差を学校間格差の指標として用いることとする。ここでの進学期待とは、調査時に在籍
1)
データの詳しい概要は国立教育政策研究所編「生きるための知識と技術②」を参照されたい。
する高校卒業を含めて、今後どの学校まで卒業すると思うかという質問によるものである。この代
替案がデータの制約を打開する策とはいいきれないが、
こうすることで、
今まであまり注目されず、
近年、顕著になりつつある私立高校と公立高校の学校間格差の検討が全国規模で可能となる2)。
学力指標に関しても注意が必要である。PISA2003 は数学・読解力・科学・問題解決能力の 4 つ
の分野にわかれており、そのなかで本稿は「数学リテラシー(PV1)
」を分析に用いる。PISA 調査
はこれらの学力指標に対して「学力」ではなく「リテラシー」いう用語を使用している。こうした
用語を使用する理由は、PISA 調査の重点が学校カリキュラムで規定された数学知識や技能ではな
いことを強調するため(国立教育政策研究所編 2004 : 15)である。つまり PISA 調査の学力指標
は、高等教育進学に必要な学校カリキュラムによって習得する学力とは異なるものとして考えられ
る。そのため、学校カリキュラムによって生成される学力で卒業後の進路を選別し、それによって
おこる学校間格差を学校の設立種別で検討する本稿では、学力の定義が一致しないのではないかと
いう疑念を生じさせるだろう。しかし、数学リテラシーが学校カリキュラムで培われる学力とまっ
たく異なるものかというと、決してそのようなことはない。現に「生きるための知識と技術②」の
なかで、学校で習得した知識や技能のうち、明確な方向性のない現実の世界で遭遇する問題に対し
て、どのようなものが適切、かつ有効に適用することが問題解決を可能とするか(国立教育政策研
究所編 2004 : 13-4)とされている。こうしたことから、本稿は、数学リテラシーを学校カリキュ
ラムによって習得する学力とほぼ同じものとして扱うことにそれほど大きな差がないと考える。
分析
3
3.1
各設立種別の数学得点と社会経済的地位
まず、学校単位で公立(国立を含む)高校と私立高校の数学得点の状況をみてみよう。図 2 は生
徒の属する各学校の PISA 数学得点平均値と、生徒の属する各学校の社会経済的地位平均値3)を用
いて示した散布図である。この図からわかることは三つある。一つ目は、数学得点と社会経済的地
位が正の相関関係にあるということである。これは、これまでの教育社会学で明らかにされてきた
とおりの結果である。二つ目は公立高校よりも私立高校の在籍者の社会経済的地位が高いことであ
る。顕著なところでいえば数学得点の 500 から 600 点に散布されている部分である。得点はほぼ同
じにもかかわらず、
私立高校の方が平均よりも社会経済的地位の高いことを示している。
三つ目は、
私立高校よりも公立高校の方が数学得点の高いことである。これは図を全体的にみると明らかにそ
2)
3)
日本の高校生を対象とする調査として、東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「高校生の進路
についての調査」がある。この調査は日本全国から無作為に 4000 人の高校 3 年生を対象に追跡調査しており、2005
年 11 月に第 1 回調査、2006 年 3 月に第 2 回調査、2006 年 11 月に第 3 回調査、2008 年 1 月に第 4 回調査という
かたちでおこなわれている。高校卒業後の進路が判明しているので、本稿の目的においては最適なデータといえる
が、現時点でデータの公開はされていない。
各学校の社会経済的地位とは、ある高校に在籍している生徒個人の社会経済的地位の総和をその高校に在籍してい
る生徒数で除したものである。
私立
公立
800
727.6
684.5
700
数 600
学
得
500
点
400
300
-1.5
-1
-0.5
0
0.5
1
1.5
社会経済的地位
図 2 各学校の PISA 数学得点平均値と各学校の社会経済的地位平均値
の傾向を示している。また、最高得点校も公立高校であり、私立高校の最高得点校である 684.5 点
よりも 43.1 ポイント高い 727.6 点となっている。世間一般で公立高校よりも私立高校の方が優れて
いるという認知が、いかに局地的な情報であるかが全国データから示したこの散布図によって確認
できる。
3.2
各設立種別の進学期待
では、高等教育への進学期待はどのように分布しているのであろうか。基本的に高等教育へ進学
するためには、それ相応の学力を必要とする4)ため、図 2 をみる限り、私立高校よりも公立高校の
方で高等教育への進学期待は高いはずである。これを確かめるために、生徒の属する各学校の PISA
数学得点平均値と生徒の属する各学校の進学期待平均値5)を用いて散布図を示す。なお進学期待の
数値は教育年数を与えており、数値は高等学校専門学科:12、高等学校普通科:12、短期大学また
は高等専門学校:14、大学または大学院 16 とした。
図 3 はその散布図である。数学得点が 600 点以上の場合、進学期待の天井効果によって設立種別
による数学得点と進学期待との差は確認できない。だが、全体的に図からわかることは、私立高校
よりも公立高校の数学得点の方が高いにもかかわらず、私立高校の方が高い進学期待をもっている
ことである。
4)
5)
もちろん大学入試は学力のみによって選抜されているわけではない。中村(2008)は、一般入試による入学者が、
大学入学者全体で 6 割となっていること、また私立大学に限定していえば、推薦入試や AO 入試による入学者は、
2007 年に一般入試の比率を上回ったことなどから入試の多様化を示している。
各学校の進学期待平均値も各学校の社会経済的地位と同様の算出方法であり、ある高校に在籍している生徒個人の
進学期待の総和をその高校に在籍している生徒数で除したものである。
私立
公立
800
700
数 600
学
得
500
点
400
300
12
13
14
15
16
進学期待
図 3 各学校の PISA 数学得点平均値と各学校の進学期待平均値
なぜ公立高校よりも私立高校の方が高い進学期待をもてるのか。その理由として、経済的要因が
考えられる。日本の場合、私立によって高等教育の大衆化が進んだこともあり6)、経済的要因は高
等教育進学への大きな規定要因として捉えられてきた。学力が高くても、高等教育進学に必要とな
る学費や生活費の負担ができないのであれば、進学を断念しなければならない。図 2 でも確認した
が、公立高校よりも教育費の高い私立高校に在籍できることから推測できるように、私立高校の生
徒は高い社会経済的地位にある。そのため、私立高校の生徒は経済的要因の観点から高等教育進学
に対して有利な立場にあるといえる。こうしたことから、私立高校よりも公立高校の生徒は高い学
力をもつにもかかわらず、家庭の経済的状況によって自身の進学期待を制限しているのかもしれな
い。そこで、次に生徒の属する各学校の社会経済的地位平均値と生徒の属する各学校の進学期待平
均値の関連はどのようになっているのか散布図で確認しよう。
図 4 が学校ごとの社会経済的地位と進学期待の散布図である。図をみると、図 2 と同様に、やや
私立高校の方が公立高校よりも高い社会経済的地位にあることが確認できる。しかし、この散布図
をみる限り、設立種別によって社会経済的地位と進学期待とに明確な差があると判断することは難
しいといえる。
6)
2008 年度の大学数のうち私立の占める割合は 76.9%、短期大学では 92.5%となっている。
私立
公立
1.5
1
社
会 0.5
経
0
済
的
地 -0.5
位
-1
-1.5
12
13
14
15
16
進学期待
図 4 各学校の社会経済的地位平均値と各学校の進学期待平均値
3.3
進学期待に対する設立種別の効果
ここまでの分析で明らかになったことは、私立高校よりも公立高校の方が高い数学得点にもかか
わらず、数学得点の低い私立高校で進学期待が高くなっていた。そして、こうしたことは経済的要
因による影響の可能性から、社会経済的地位と進学期待の関連が私立高校と公立高校で異なるので
はないかを検討した。しかし、私立高校と公立高校とで、その関連に大きな違いは確認できなかっ
た。
では、他の要因を統制した場合、公立・私立という設立種別は進学期待に効果を示すのだろうか。
散布図をみる限り、私立高校と公立高校とで社会経済的地位と進学期待の関連の仕方に大きな差は
みられない。しかし、社会経済的地位が高いほど進学期待は高まっていることは全体の傾向から明
らかであり、進学期待にとって経済的要因が重要なものだと判断できる。また他にも統制しなけれ
ばならない要因もいくつか存在する。それら要因を統制した上で、進学期待に対し、私立高校と公
立高校という設立種別の要因は、独自に効果を示しているのかを本節は検討していく。
分析には進学期待を従属変数とした重回帰分析を用いる。変数については次の通りである。従属
変数は「進学期待」を用いる。先にも述べたが、数値は高等学校専門学科:12、高等学校普通科:
12、短期大学または高等専門学校:14、大学または大学院 16 を与えた。
独立変数には「SES」
「男性ダミー」
「都市規模」
「学校ランク」
「職業科ダミー」
「私立ダミー」を
用いる。SES は社会経済的地位を示し、親学歴、親職業、家庭での所有物の合成変数である7)。男
性ダミーは男性を 1、女性を 0 としている。都市規模は人口 3,000 人未満を 1、3,000~15,000 人未
満を 2、15,000~100,000 人未満を 3、100,000~1,000,000 人未満を 4、1,000,000 人以上を 5 とし
ている。学校ランクは、生徒の数学得点から生徒の属する各高校の数学得点平均を算出したものを
7)
詳しくは OECD, 2005, PISA Data Analysis Manual 2003 を参照されたい。
表 1 進学期待を従属変数とした重回帰分析
B
SES
男性ダミー
都市規模
学校ランク
職業科ダミー
私立ダミー
2
決定係数 R
サンプル数 N
.414
.070
.044
.010
-.881
.305
.393
4556
t
13.351
1.774
1.722
30.630
-18.313
6.220
用いる。職業科ダミーは、各高校の学科が職業科ならば 1、普通科ならば 0 を与えた。私立ダミー
は、私立高校に 1、公立高校に 0 を与えた。
表 1 がその結果である。これまでの散布図をみてきた結果と同様に、SES は 1 ポイント上昇する
ことで進学期待を 0.414 年上昇させており、数学得点で構成されている学校ランクは 100 点上がる
と進学期待が 1 年上昇する効果を示している。性別において、中西(1998)は学力が同程度にもか
かわらず、進路選択に男女間で明らかに差があることを示しているが、ここでの分析からそうした
効果を確認することはできなかった。PISA 調査の場合、調査対象が高校 1 年生であることから、
進路選択に対して性別役割期待を感じることなく、将来の進学期待をもっていると考えることがで
きるのかもしれない。地域要因を示す都市規模変数も統計的に有意な効果を示さなかった。都市部
にくらべ地方は、高等教育進学の場合、自宅外通学を余儀なくされることが多い。だが、高校 1 年
生の段階で地元での高等教育機会の少なさや、それにより自宅外通学で生じる生活費を考慮するこ
となく、進路期待をしているのであろう。
在籍する高校が職業科であることは、進学期待に大きな影響をもっており、0.881 年減少させる
効果を示している。高等教育の大衆化により職業科高校からの進学希望者は増加しつつあるが、依
然として、普通科との進学期待の差は大きいといえる。そして、本稿のテーマである設立種別によ
る進学期待の差であるが、高等教育進学に必要な経済的要因やこれまでの学校間格差研究が注目し
てきた学校ランクなどを統制しても、公立高校より私立高校に在籍している方が 0.305 年高い進学
期待をもつことを示している。
こうした結果になる可能性として考えられることは二つある。一つ目は、学校の進路指導によっ
て公立高校よりも私立高校の方が高い進学期待をもっているということである。私立高校の場合、
おそらく生徒の卒業後の進路によって次年度入学志願者数は大きく影響する。こうしたことから、
公立高校よりも私立高校では、
進学アスピレーションを高める進路指導をしているのかもしれない。
しかし、何度も述べたが、PISA2003 は高校 1 年生を対象としており、さらに、日本においては 2003
年の 7 月に調査を実施している。そのため、高校への在籍期間は 3 ヶ月程度であり、この間に公立
高校とは異なる、私立高校独自の進路指導によって、生徒の進学期待が高められていたということ
にはやや疑問視せざるをえない。
二つ目は、在籍している私立高校が大学や短期大学の附属高校であるか否かである。こうした学
校運営の形態をとっている場合、基本的にほぼ無試験に近い状態で系列の大学・短期大学に進学で
きる。つまり、学力がそれほど高くなくても、経済的要因に問題がなければ進学することは可能な
のである。公立高校よりも私立高校が高い社会経済的地位にあることは、すでにこれまでの分析で
確認されている。大学・短期大学附属の私立高校であることと、高い社会経済的地位にあることに
よって、公立高校より学力が低いにもかかわらず、私立高校の方が高い進学期待をもつ結果になっ
たのではないだろうか。次節では、この観点から、設立種別による進学期待の学校間格差をさらに
考察していく。
設立種別による進学期待の格差に対する解釈
4
前節では、重回帰分析の結果に対し、私立の大学・短期大学附属という学校運営形態が、無試験
に近い状態で系列の高等教育へ進学を可能にしていることによって、公立高校よりも高い進学期待
を私立高校ではもてると解釈した。だが、この解釈にもやや違和感を感じる。その原因は附属高校
の「学力的優秀さ」にある。大学附属高校の学校は、伝統ある銘柄大学の附属高校として存在し、
そうした高校に入学すること自体、かなりの学力を必要とする。結果的に系列大学へ進学したとし
ても、そもそもの学力から考えると大学附属高校に在籍していなくとも、大学への高い進学期待を
もっていただろうし、また系列大学への進学が閉ざされていたとしても、自身の高い学力によって
系列外の大学に進学しようとするだろう。
また、短期大学附属高校の学校も、伝統校であったり、附属中学校を備えた名門女子高校として
存在している。こうした高校に在籍する生徒も、大学附属高校と同様に、学力が高いことから系列
の短期大学にかかわらず、高等教育への進学期待は高いだろう。つまり、在籍している高校が大学・
短期大学附属の私立高校であり、運営上、卒業後の高等教育進学が確保されていたとしても、その
整備されたルートに関係なく、高等教育への進学期待を高くもっている可能性は充分にあるといえ
る。
では、大学・短期大学附属の私立高校はすべてそのような高校なのであろうか。この問題に答え
てくれるのが図 5 である。図 5 は、図 3 をもとに作成しており、数学得点から、擬似的ではあるが、
高校の難易度を算出し示したものである。難易度 50 は各学校の数学得点の全体平均である 529.8
にあたる。このような示し方をすることによって、実際に高校入試で用いられている入試難易度を
ある程度再現することが可能である8)。
8)
難易度(偏差値)は次の式で算出した。難易度 = 10 (各学校の数学得点-平均点) / 標準偏差+50
私立
公立
70
(
難 60
易
度
50
偏
差
値 40
)
30
12
13
14
15
16
進学期待
図 5 難易度(偏差値)と進学期待平均値
図をみると、破線と実線で示した二つの学校群に分類することができる。破線部分は私立、公立
という設立種別に関係なく、高い進学期待をもっており、先ほど述べたような、大学・短期大学附
属の私立高校の多くは入学の際に高い学力を必要とするので、ここに位置すると推測できる。
その一方で、実線で示されている部分に目を転じると、公立高校より難易度が低いにもかかわら
ず、私立高校の方が高い進学期待をもっているということが明確に示されている。ここに位置づけ
られる高校の場合、破線部分に位置する高校とくらべ、学力面のみで考えれば、高等教育へ進学で
きない可能性が高い。こうした場合、私立高校と公立高校との進学期待の差はどのように解釈でき
るのか。それはやはり、学力とはほぼ無関係に高等教育への進学を可能にする大学・短期大学附属
の私立高校という運営システムによるものと解釈することである。世間一般の大学・短期大学附属
の私立高校に対するイメージは、破線部分に位置する学校を代表している可能性が高い。しかし、
現に新設私立校のなかにも附属高校は存在する。また、大学・短期大学附属でない私立高校は、経
営面から考えても、系列関係にない他大学に指定校枠を多くもち、学校独自の特色を示そうとする
ことが多い。このように、附属高校ではないが卒業後の進路が、高等教育進学という点で、ある程
度保証されているという特色を示す私立高校の場合、相対的に進路多様校である可能性が高い。こ
のように考えると、難易度 50 周辺に位置する実線部分の私立高校の高い進学期待は、私立高校に
しかない独自の学校運営システムによって解釈することがもっとも妥当だといえる。
5
まとめ
本稿は、高等教育進学という観点において、公立高校と私立高校の学校間格差が、局地的な状況
ではなく、全国的な現象といえるのかを、PISA2003 データを用いて検討した。分析の結果、学力
指標として用いた PISA 数学得点は、私立高校よりも公立高校の方で高くなっていた。これは、
「私
立高校の方が優秀」という世間一般の認知とは逆の結果を示しているといえる。次に、設立種別に
よって数学得点と進学期待を示すと、公立高校より数学得点の低い私立高校の方が、その後の進学
期待を高くもっていることがわかった。高等教育へ進学するためには、それ相応の学力を必要とす
るにもかかわらず、私立高校の方が高い進学期待をもつという「ねじれ」が存在していたのである。
しかし、進学期待には、本人の学力だけでなく経済的要因などのさまざまな要因が影響している。
そこで、それら要因を統制しても、私立か公立かという設立種別は進学期待に影響するのかを検討
するため、重回帰分析をおこなった。その結果、私立高校への在籍ということが、進学期待を高く
もつことに独自の効果を示したのである。
この効果は、大学・短期大学附属という私立高校特有の学校運営だと解釈できる。大学・短期大
学附属の私立高校は、歴史的背景から、本来、名門校であるという強いイメージをもつが、新設私
立高校でも同様の運営形態である学校は存在し、附属高校が一概に名門校であるとはいえない。公
立高校よりも私立高校で高い進学期待をもてることは、そうした新設私立高校によって、進学期待
の学校間格差をもたらされたのである。それと同時に、世間一般の大学・短期大学附属の私立高校
に対するイメージは、新設私立高校によって進学期待が高められたということを隠蔽していた可能
性も考えられる。こうした隠蔽構造をつくりあげた要因は、公立校よりも私立校の方が優秀である
というイメージを局地的なデータによって構築したことにあるだろう。
本稿は、これまで扱われなかった学校の設立種別による学校間格差を検討することで、この問題
を扱う意味を提起できたのではないかと考える。また、このように客観性に乏しいイメージによっ
てつくりあげられた問題に対し、より客観的なデータを用いて検討することの重要性も示せたので
はないだろうか。
高校卒業後の進路を従属変数とした場合の設立種別による学校間格差の検討など、
不十分な点に関しては今後の課題としたい。
【参考文献】
飯田浩之,
2007,
「中等教育の格差に挑む――高等学校の学校格差をめぐって」
『教育社会学研究』
第 80 集: 41-58.
Kariya, Takehiko, and Rosenbaum, James, E, 1999, “Bright Flight: Unintended Consequences of
Detracking Policy in Japan,” American Journal of Education 107: 210-30.
国立教育政策研究所編,2004,
『生きるための知識と技能② OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2003 年
国際結果報告書』ぎょうせい.
中村高康,2008,
「大学入学者選抜の変容――推薦入試・AO 入試の拡大を中心として」IDE(506): 23-27.
中西裕子,1998,
『ジェンダー・トラック――青年期女性の進路形成と教育組織の社会学』東洋間出版社.
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