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センサネットワークと制御理論
一般解説 センサネットワークと制御理論 センサネットワークと制御理論 飯 穣* ,** 畑 野 中 健 志** 藤 田 政 之** キーワード:センサーネットワーク (sensor network),協調制御 (cooperative control),合意形成フィルタ (consensus filter),ロボティク ネットワーク (robotic network),分散コンピューティング (distributed computing),被覆制御 (coverage control) *株式会社東芝 電力社会システム技術開発センター東京都 府中市 東芝 町 1 丁目 **東京工業大学 東京都目黒区大岡山 2-12-1 S5-26 *Power and Industrial Systems Research and Development Center Toshiba Corp., 1,Toshiba-cho, Fuchu-shi, Tokyo, Japan **Tokyo Institute of Technology 2-12-1 S5-26 O-okayama Meguro-ku, Tokyo, Japan *E-mail: [email protected] C 2003 SICE JL 0008/03/4208–0685 ° の視点が異なってくることを付記しておく. 1 . はじめに 以下,第 2 節では,まずセンサネットワークの研究課題 が の分類を試みる.第 3 節では情報処理技術として,合意問 目覚しく発展し,ビルや交通システムなどの社会インフラ 題の研究動向を紹介する.第 4 節では典型的な制御問題と 分野から,農場の監視,設備管理,防犯・防災,医療・福祉, して被覆制御問題を紹介する.第 5 節では,センサネット 近年,無線技術を応用したセンサネットワーク技術 民生機器まで,幅広く応用が検討されている マートダストプロジェクト 3) 2) 1) .米国のス ワークの無線通信制約を考慮した研究動向を紹介する.最 を始めとして,わが国でもユ 後に第 6 節で全体を総括し,今後の理論発展の方向を考察 ビキタス情報社会を目指した国家プロジェクト u-Japan の一環で,センサネットワーク応用の研究会活動 5) 4) も実施 する. されている.計測と制御における計測を司るセンサの無線 2. 化は,制御においても画期的な技術革新をもたらす可能性 2.1 センサネットワークの機能分類 を秘めており,近年の計測制御分野の国際学会でも多数の 関連研究が発表されている. センサネットワーク研究課題の分類 まず,センサネットワーク技術に関して,制御理論の視点 での機能定義から分類を試みる.センサネットワークとは, 本誌の以前のセンサネットワークに関する特集号 1) では, 多数のセンサが相互に接続した計測システムを指す.前提 センサネットワークそのものの応用の可能性が広く紹介さ として,システムを構成するセンサは複数であり,ネット れた.また,センサネットワークと深い関連をもつ協調・ ワークは無線通信によって構成される.ここで,センサ間 フォーメーション制御理論 前に特集が組まれている 8) 6), 7) についても本誌において以 の相互通信は ZigBee 10) などに代表される ad hoc 通信方 .しかしながら,センサネット 式がとられるのが一般的で,状況に応じた自律的なネット ワークの制御分野への応用が進む一方で,それを最大限に ワークの構築が可能であるという特徴をもつ.一方,無線 考慮した系統的な制御系設計理論はまだ少なく,その確立 センサノードは,センサ機能,通信機能に加え,簡易な演 が期待される.また,広範な制御理論とセンサネットワー 算機能とメモリを有する.これらの特徴から,センサネッ ク技術との関連性が予感される.本解説では,制御理論の トワークは以下の機能を実現できる. 視点からの研究動向のサーベイと研究領域の定義,および, 制御理論とセンサネットワーク技術の相互発展の展望を明 らかにすることを目的とする.センサネットワーク技術その ものは,ネットワーク,無線技術,ロボティックネットワー ク技術等 9) との関連で研究領域が広範囲に渡り,境界が曖 昧な部分もあるが,本解説では,制御理論の視点からの定 義と課題抽出に限定する.なお,本特集号の主要なテーマ である一般的なネットワーク化制御システムは,インター • 設置コスト低減,仮設センサとしての利便性 • 広域計測(災害時被災者探索など) • 線/面/空間的計測(3Dセンシングなど) • 動くセンサ(ロボティックネットワークへの応用) • 多点情報の収集と利用(計測の冗長化,合意形成) • 耐故障性(一部のノードが故障しても耐えられる計測 システム) • 柔軟性とスケーラビリティ(新たなノードの追加,無 ネット網などの共有ネットワークを対象とするゆえ,遅延, 線通信が途絶えたときなど,ネットワークトポロジー 輻輳,パケットロスなどの制御性能への影響が主な課題と が自動再構成される計測システム) なるが,本解説のセンサネットワークは独占したローカル 2.2 センサネットワークの研究課題 なネットワークであること,無線通信をベースとしている センサネットワークに求められる研究課題としては,人 こと,対象エージェントが移動するケースではネットワー 間が介在することなくネットワークを長期間で稼動させる クトポロジーが時々刻々と変化すること,などから,通信 ための電池消費の低減化,効率的なセンサの配置,多様な の信頼性と消費電力・伝送レートのトレードオフ,アドホッ データの融合・統合による必要なデータの抽出等があげら ク通信特有のコントロールなどが主な課題となる点で議論 れる.これらの課題に関して制御理論の貢献が期待される 計測と制御 第 47 巻 第8号 2008 年 8 月号 1 4 1 4 3 1 ものはおおよそ以下のようなものであろう. • 動くセンサとしての通信経路 (トポロジー) の最適化 • 情報の集約 (合意形成) などの最適な情報処理アルゴリ 3 1 3 2 2 2 (a) (b) (c) 図2 図 1 センサネットワークと制御理論を関連付ける技術マ ップ 4 様々なグラフ 表的な合意形成アルゴリズム 8) を紹介する.ここで n 個 のセンサノードがグラフ G を形成しているとする.グラフ G は,ノード集合 I = {1, …, n} と枝集合 E ⊆ I × I の組 G = (I, E) からなる. 例として,図 2 のようなグラフでは,ノード集合は I = {1, 2, 3, 4},枝集合は ズム • 通信容量・信頼性∼消費電力のトレードオフ問題(電 波強度,通信レートの最適化) • ZigBee 方式 10) などに代表される ad hoc 通信の経路 探索などの最適制御 • 各センサの位置推定問題 これらの研究課題を後述するアイテムも含め,図 1 にまと めた.図中,上段はセンサネットワークそのものの性能向 (a) E = {(1, 2), (2, 3), (3, 1), (3, 4), (4, 1)} (b) E = {(1, 2), (2, 3), (3, 4), (4, 1)} (c) E = {(1, 2), (2, 3), (4, 1)} となる.片方向通信の場合は有向グラフ,双方向通信の場 合は無向グラフとなる.i 番目のノードは周辺の限定され た近傍 上と制約条件改善に関する研究領域,左下はセンサネット Ni := {j ∈ I| (j, i) ∈ E}, i ∈ I ワークの移動可能性を生かした“ 動くセンサ ”としての研究 領域,右下は,センサネットワークの分散型処理を生かし のノードのみから情報を受けることができるものとする. た“ 複数ノードの情報処理 ”機能に関する研究領域である. ここで,グラフラプラシアンと呼ばれる行列 L を以下に定 義する. −1, j ∈ Ni L = [lij ], lij = din i , j =i 0, otherwise 図 1 をまとめると,センサネットワークの利点をどう生 かすか,という「機能活用型」の研究と, 「問題解決型」の研 究とに分けられる.前者の代表例として合意 (consensus) 問題と被覆制御 (coverage control) 問題,後者の代表例と して通信性能と消費電力のトレードオフ最適化問題を取り 上げ,次節以降に最新の研究動向を紹介する. さらに,制御と計測は対を成すものであるので,計測分 野の発展は制御理論自体に新たな研究課題をもたらす.こ の点については,6 節に示す. 3 . センサネットワークと分散型フィルタ リング:合意形成問題への応用 センサネットワーク自身は,分散コンピューティング機能 を実現するセンシングプラットフォームとしても注目され ただし,din i はノード i に情報を伝達できる近傍 Ni のノー ド数 (入次数) である. n 個のノードの状態量を qi ∈ R, その初期値を zi とする. このとき, lim kqi − qj k = 0 ∀i, j ∈ I t→∞ ならば,合意が達成されたという.特に,その収束値が初 期値 zi の平均値 1/n P i zi る.計測データの分散信号処理の協調制御への応用として, 合意形成 (consensus) 問題が挙げられる.合意形成問題と は,複数のセンサノードが異なる計測値を得たとき,各セ ンサが限定された範囲のローカルネットワークでの通信で の場合,平均合意と呼ばれる. 最も簡単な合意形成アルゴリズムとして, q̇i = X (qj − qi ) j∈Ni なる制御則がある.系全体はグラフラプラシアン L により 近隣のセンサノードと情報交換しながら全ノードが同じ値 に収束するアルゴリズムを設計する問題である.まず,代 2 q̇ = −Lq 計測と制御 第 47 巻 第 8 号 2008 年 8 月号 で与えられる.ここで,各ノードの状態量 qi はダイナミク Sensor data ui ,qi スに支配される量ではなく,合意形成アルゴリズムはある Consensus Filter 種の平均値計算手段と解釈できる. 一方で,全体システムの状態量 xi が特定のダイナミクス に支配される動的な問題への合意問題の拡張12)∼14) に関す Covariance data Xi,Ui Consensus Filter る研究が近年注目されている.ここでは,特に文献 12) の Distributed Kalman filter (DKF) の定式化について,概 Sensor data ui n 個のセンサノードで測定される全体システムは状態変 数 x(k) をもつ動的なシステム Consensus Filter State estimation data Consensus Filter i or i とする.i 番目のセンサノードは観測値 zi (k) = Hi x(k) + vi (k) Ri とする.ここで,各センサの観測行列 Hi はセンサごと に異なるものとし,全体を集めたものに対しては状態 x は 可観測 (collectively observable) であるとする.このとき, 各センサノードに microfilter という概念で状態推定アルゴ 状態推定値の更新 Pi ← AMi A> + BQB > 状態推定値 x̂ を得ることを目的とする.文献 12) では,次 x̄i ← Ax̂i の 3 種類のタイプの DKF が提案されている. Type I: センサノード i において,センサデータ ui ,そ の共分散行列 Ui ,システム出力 y の推定値 qi ,状態 ベクトル x の共分散行列推定値 Xi をセンサ間で情報 Type II: センサノード i において,センサデータ ui ,そ の共分散行列 Ui に加え,状態 x の推定値 ψi をセンサ 間で情報交換する方式. Type III: センサノード i において,センサデータ ui , その共分散行列 Ui に加え,状態 x の 1 ステップ予測 値 x̄ をセンサ間で情報交換する方式. 特に Type III の方式について,以下に紹介する.センサ ノード i に対する DKF アルゴリズムは以下となる. 初期化: Pi = P0 , x̄i = x(0) 観測データと共分散行列の計算 Ji = Ni ∪ {i} uj = Hj> Rj−1 zj ∀j ∈ Ji , yi = Hj> Rj−1 Hj X (1) uj ∀j ∈ Ji , Si = X + x̂i = x̄i + Mi (yi − Si x̄i ) + ²Mi 2008 年 8 月号 ゴリズムが一体化しており、状態推定値の更新において同 時に周辺センサノードと状態推定値を情報交換し、合意形 成の更新を行う方式となっている.式中の ² は合意形成の 収束速度を調整する時定数に関連するパラメータである. 図 3 は各方式の入出力関係をまとめたもので、いずれ も合意形成アルゴリズム (consensus filter) と状態推定器 (Micro Kalman filter) が組み合わさった構造となっている. このように,各センサノードが測定値のみでなく,組込 換することで,分散型推定器が局所的なセンサ値から全体 システムの状態量を推定できることが示された.DKF の Uj (2) が注目される. 4. 効率的なセンサネットワークの構築 4.1 被覆制御問題 X j∈Ni 第8号 値を計算している。(3) 式は Kalman filter と合意形成アル たこれらの研究はごく最近の動向と考えられ,今後の発展 合意形成アルゴリズム Si−1 )−1 た計測情報 ui ,共分散 Ui から出力 yi と共分散 Si の推定 研究は古くから提案されているが,合意問題と組み合わせ j∈Ji 計測と制御 第 47 巻 上記の (1) 式で Ji は周辺ノード集合 Ni に自分自身 i を みシステムにより情報処理した推定値をノード間で情報交 j∈Ji Mi = k ← k+1 加えたものである.また周辺のセンサノードと情報交換し 交換する方式. (Pi−1 xi 図 3 Distributed Kalman filter による合意形成アル ゴリズム リズムを分散させ,各ノード間で情報交換しながら共通の Uj = Micro Kalman Filter (1) Type II, III Consensus DKF を観測するものとする.ただし,cov(w) = Q, cov(vi ) = 時刻 k での操作 xi (1) Type I Consensus DKF 要を紹介する. x(k + 1) = Ax(k) + Bw(k), k ∈ {0, 1, 2, · · · } Micro Kalman Filter (3) (x̄j − x̄i ) センサネットワークの課題の一つに効率的なネットワー クの構築があげられる.ここでいう効率には複数の意味があ るが,本節では情報収集のための効率を考えることとする. 3 複数のセンサを用いる動機は多様な情報の収集にあるが, 情報の差異がセンサの位置によって規定されるとすれば,セ ンサを空間的に分散させて配置することで初めて複数のセ ンサを用いる意味があるといえる.このセンサ配置問題に ついては既に多くの研究がなされているがこれは最適施設 配置問題と呼ばれる問題の一種と捉えることができる.最 適施設配置問題とは,指定の地域にある施設 (ポストや学 校など) を配置する際,経済性・利便性の観点で最適な配 置はどのようなものであるかを考える数理計画問題で,古 くから様々な考察がなされてきた (詳細は文献 24) を参照さ (a) 静的なセンサ れたい). (b) 動的なセンサ 最適施設配置問題に基づくセンサ配置は基本的に静的な 図4 センサの配置を考えるのに対して,ここで考える問題は近 年注目を集めている移動能力をもつセンサ(モバイルセン サ)による領域被覆問題であり,本解説ではこれを被覆制 センサ故障の状況下での配置 与えられているものとする.各センサのダイナミクスは ṗi = ui , i ∈ I 御問題と呼ぶ.ただし,このようなモバイルセンサネット ワークが制御理論の分野から登場したというわけではない. 既にセンサネットワークやロボティックネットワークの研 究分野において,移動体を用いた領域被覆の手法は提案さ れていた 17), 23) .その問題に理論的保証を与えるという形 で制御理論が参入したと見るほうが妥当であろう. 4.2 なぜモバイルセンサなのか? モバイルセンサを用いる利点としては,構成されたネッ トワークが自律性・仕様や環境の変化に対する柔軟性・セン サの着脱可能性 (拡縮性)・耐故障性といった性質をもつと いう点があげられる 15), 16), 23) .例えば,図 4 のようにいく つかのセンサが故障したとしよう.このとき,静的なセン サを用いる場合 (図 4(a)) には被覆ホールと呼ばれる領域が 現れ,故障センサの担当領域の情報を取得することができ (4) とする.ここで,pi (t) ∈ Q および ui ∈ R2 はセンサ i の位置 および入力を表し,p := (p1 , · · · , pn ) ∈ Qn := Q×· · ·×Q, u := (u1 , · · · , un ) ∈ R2 × · · · × R2 と表記する.また, 各エージェントには非増加かつ区分的微分可能な性能関数 h : [0, ∞) → R が与えられているものとする.これはある エージェント i がある点 q ∈ Q を被覆するとき,その距離 kpi − qk の大きさに応じて被覆性能が下がることを意味し ている.すなわち,大まかにいえば,φ(q) が大きい (つま り重要度が高い) q の近辺には必ず一つ以上のエージェン トが存在することが望ましい. 問題の解法に入る前に,以下の用語を定義する. 置を変更するか新たなセンサをその位置に付加するかであ ) ある集合 Q ⊂ R2 とその内部 の n 個の異なる点 p := (p1 , · · · , pn ) が与えられたとき,p から生成される Q のボロノイ分割 {V1 (p), · · · , Vn (p)} は るが,センサネットワークにおけるセンサの故障は頻繁に 次式で定義される. なくなる.これを克服するには,人間が全てのセンサの配 定義 1 (ボロノイ分割 15) 生じるためこれは手間であるだけでなく,状況によっては 危険を伴う.それに対して,モバイルセンサを用いる場合 Vi (p) := {q ∈ Q| kq − pi k ≤ kq − pj k ∀j ∈ I \ {i}} (図 4(b)),(もちろん故障検出が可能であるという仮定の 下ではあるが) 被覆ホールを埋め合わせるようにセンサが 図 5 に一例を示す. 自律的に再配置される.また,モバイルセンサネットワー 本節では,ボロノイ領域の境界が接するセンサ間でのみ情 クは拡縮性をもつので,正常なセンサ数の減少によって十 報の通信が可能であるとする.ここで,前節同様,i ∈ I が 分な情報が取れなければ,任意の位置にセンサを投入しさ 情報を得ることができるセンサの集合 (近傍) を Ni と表記 えすれば,やはりセンサが自律的に効率的なネットワーク する.このような通信構造を表すグラフはドロネーグラフ を再構成する. と呼ばれる 4.3 被覆制御アルゴリズム 定義する. Cortes らの手法 .また,任意の集合 V ⊆ Q に対して以下を Z ここでは,最も基本的な被覆制御アルゴリズムである 16) 15) MV := を紹介する. 2 まず,問題設定を与える.凸多面体 Q ⊂ R 内に n 個の モバイルセンサが存在する状況を考える.なお,Q 内の各 点の相対的な重要度を表す可積分関数 φ : Q → [0, ∞) が φ(q)dq, CV := V 1 MV Z qφ(q)dq V ここで,CV を V の重心と呼ぶ. 被覆制御を考える上で最も重要なことは,センサの集団 にどのような目的関数 H : Qn → R を課すかという点で ある (本節では H(·) の最大化を目指すが,最大か最小かは 4 計測と制御 第 47 巻 第 8 号 2008 年 8 月号 0.5 0 −0.5 q 2 −1 −1.5 −2 −2.5 −3 −2 0 図5 q1 2 4 ボロノイ分割 本質的ではない).基本的に被覆制御では入力 ui を集団目 的関数の勾配とする,つまり ui = ∂H ∂pi (5) 図6 は次式で与えられる. ∂H (p) = 2MVi (p) (CVi (p) − pi ) ∂pi ととる.これにより,全体のシステムはポテンシャル関数 −H に関する勾配系 ṗ = 被覆制御アルゴリズム (8) の適用結果 (7) ここで,センサ i のボロノイ領域 Vi (p) は近傍のセンサの ∂H ∂p 位置 pj , j ∈ Ni にのみ依存するため 15), 16) ,被覆制御アル ゴリズム となるので,全エージェントは H(p) が局所的最大値をとる ような配置に収束する.この制御方針に従うとすると,目 的関数 H(·) は以下の要求を満足すべきである. (i) H(·) の最大化が被覆性能の向上と対応していること ∂H ∂pi ui (t) = ∂H (p(t)) = 2MVi (p(t)) (CVi (p(t)) − pi (t)) ∂pi (8) はドロネーグラフの意味で分散制御となる.また,被覆制 御アルゴリズム (8) の意味は,各センサをボロノイ領域の が pi および (ii) 任意の i ∈ I に対して,勾配 pj , j ∈ Ni のみの関数であること (i) の仕様は当然として,(ii) の仕様は (5) が分散制御 (取 得可能な情報のみで制御すること) となることを保証する の局所的最大値を与える配置へと誘導する.ここで,H(·) ための要求である. の局所的最大値を与える配置 p は次式を満たす. Cortes ら 16) は以上の仕様を満たす集団目的関数として Z H(p) := max h(kq − pi k)φ(q)dq Q i∈I (6) なる関数を提案している.集団目的関数 (6) の被積分関数 をみると,関数 h(·) の単調非増加性より,各 pi を φ(q) が 大きい値をとる地点に配置することが望ましいことがわか る.しかしながら,あまりに多くのエージェントが狭い領 域に集まると,各エージェントの担当領域である Vi (p) の 面積が小さくなるため,集団目的関数自体は小さくなる. 重心に向かわせるということである. 以上により,被覆制御アルゴリズム (8) は各センサを H(·) (9) 式を満たす配置は重心ボロノイ配置と呼ばれる.一般に 重心ボロノイ配置は一意には決定されず,最終的に H(·) の 大域的最適解に収束するわけでもない.しかしながら,被 覆制御では重心ボロノイ配置に収束すればよいと考えるの である.これは,重心ボロノイ配置を複数のセンサが形成 すべき“ 秩序 ”であるとみなしていることに他ならない. 図 6 に Q = [0, 500] × [0, 500], N = 8, µ よって,φ(q) が小さい領域にもある程度はエージェントを 配置することが,H(·) の最大化に関して効率が良い.この (9) pi = CVi ∀i ∈ I φ(q) = exp kx − µk2 1000 ¶ # 450 , µ= 450 " ことは,効率的なエージェントの配置という被覆問題本来 の目的に合致する.つまり,集団目的関数 (6) は (i) の要求 と設定した場合の被覆制御則 (8) の適用結果を示す.ここ を満たす. で,図中の記号○は各エージェントの初期値であり,¤ が 次に,要求 (ii) を満たすことを確認する.詳細は省略す るが,h(r) = r2 であれば,集団目的関数 (6) の勾配 計測と制御 第 47 巻 第8号 2008 年 8 月号 ∂H ∂pi 収束値である.図より,全てのエージェントが最重要地点 µ の近辺を被覆するように収束していることがわかる. 5 このように,被覆制御問題は対象の安定化という従来の Fischione ら 26), 27) は,センサネットワークの諸問題の 一般的な制御目的を内包する秩序あるいはパターンへの収 トレードオフ関係を明確にし,最適化の指針を明示してい 束という新たな問題を制御理論に投げかけており,これは る.そこでは,無線プロトコルの設計だけでなく,制御シ 制御理論が取り組むべき問題の広がりを予感させる.した ステムなどのアプリケーションと協調連携した cross-layer がって,これに応えるための新たなパラダイムの構築が望 design の必要性を強調している.特に電源供給の課題とな まれる 25) .加えて,ここで紹介した被覆制御アルゴリズム るバッテリー寿命制約と通信信頼性のトレードオフ問題を は耐故障性・拡縮性をもつが,より一般的にこのような性 以下に紹介する.想定するセンサネットワーク構成を図 8 質をもつ制御アルゴリズムの設計のための枠組みも求めら に示す.ここで MS は移動センサ,RS は n 個の中継局,SC れている. 4.4 その他の被覆制御則 文献 15) には,前節の制御則の他にも様々な被覆制御ア ルゴリズムが紹介されているので,興味のある読者は参照 していただきたい.ここには紹介されていないものとして, 文献 17) では,近傍及び障害物からの反力を仮定する被覆制 御アルゴリズムが提案されており,これは非凸かつ未知の 環境にも適用可能であるという利点をもつ.Hussein and Stipanovic 18) はエージェントが収集すべき情報量に閾値 を設けた動的な被覆制御アルゴリズムを提案している.文 献 20) においては,Receding Horizon 制御に基づく被覆制 御法が提案されている.また,センサネットワークにおい て重要となる電池消費の抑制を考慮したアルゴリズムもい くつか提案され始めている.例えば,Li and Cassandras 19) は,イベントの検知確率を最大化するアルゴリズムを提 図8 無線センサネットワークの想定システム構成 26) 案しているが,ここでは通信にかかるエネルギー効率を考 は親局である.RS,SC は固定を前提としている.具体例と 慮したネットワークを構築する被覆アルゴリズムも提案さ して倒立振子の先端に加速度センサを MS として設置し, れている.文献 21) では移動にかかるエネルギー消費を抑 えるアルゴリズムが提案されている.さらに,文献 22) で は,被覆を達成しつつ,異なるタスクも実現する制御アル ゴリズムが提案されている. 5 . 無線通信制約を考慮した最適化 センサネットワークには,前提である無線通信に関して SC を制御器として配置する例 28) が挙げられる.MS と RS 間のチャネルゲインを hi (t) とすると, p hi (t) = gi (t) Li (t)PL (di ) gi (t) = |gi (t)|ejφi (t) Li (t) = eBi (t) PL (d)db = −PL (dr )db − 10l log10 (di /dr ) 距離による減衰,ノイズ,反射などの通信の信頼性にかか 性を実現する代償ともいえる.センサネットワークにかか とあらわせる.ここで,gi (t) は減衰項,Li (t) は Shadowing, P L(di ) は距離減衰を意味する.この結果,MS と SC わる各種の課題を図 7 にまとめる. との間の通信の強度は, わる諸問題と,電源供給の問題がある.いずれも移動可能 y(t) = N X wi ai (t)[hi (t)s(t) + vi (t)] + v(t) i=1 とあらわせる.ここで,wi は各ノードの複素重み係数,ai (t) は activity factor といい,無線通信が活性化している時間 は ai = 1, スリープモードの状態は ai = 0 と定義する.s(t) は信号源の強度,vi (t) は各センサノード (RS),v(t) は SC のノイズでそれぞれの分散を σi , σ とする.ここで,通信 の信頼性指標として,次式の Signal to Interface + Noise 図7 6 センサネットワークの実用上の技術課題 Ratio (SINR) を導入する. PN Es Pi ai (t)ri (t) SIN R = PN i=1 i=1 Pi ai (t)σi + σ 計測と制御 第 47 巻 第 8 号 2008 年 8 月号 ここで Es は伝達信号のエネルギー,ri (t) = |hi (t)|, Pi は √ Pi ejφi (t) の関係にある. このとき,ある閾値 γ に対し,通信エラーの確率 Pout を ノードのパワーを意味し, wi = Pout = P [SIN R(P, h, v) < γ] とし,その最大許容通信エラー率 P̄out に対し, min P N X WSAN, WSCAN, Robotic Network, ρi µi Pi i=1 s.t. P [SIN R(P, h, v) < γ] < P̄out Pmin ≤ Pi ≤ Pout , i ∈ I 図9 センサネットワークと制御理論の相互作用的発展 .札鵐汽轡好謄爐虜得澤 センサネットワークの配置, 個数,通信周期などの仕様,性能や制約条件は制御 なる制約付き最適化問題として,出力 P を最適化する設計 系全体の性能と深く関係する.これらの諸条件を考慮 手法が提案されている. しながら,制御システム全体の最適設計をおこなう, このように,センサネットワークを用いたシステム設計 あるいは要求制御仕様からセンサ系の設計仕様を導出 では,電力消費,通信信頼性などが位置やノード数,通信頻 するなど,センサシステムの再設計問題を理論的に体 度,外部環境に依存した複雑な関係になっており,その特 系化する必要がある. 性モデルを拘束条件に上記のようなトレードオフ最適化問 題を解く必要がある.制御系設計問題との連成による,よ 儻両秬 を考慮した制御系の安全柔軟・ロバスト設計 り一般的な設計法の確立が今後期待される. 従来のロバスト制御問題以外に,センサ故障や通信障 6 . まとめと今後の展望 害などの信頼性を考慮した制御システムの耐故障性 は,産業応用上極めてニーズが高い.また,センサの 追加で制御システム構造が自動再構成されるなどの柔 以上,最近の制御理論分野におけるセンサネットワーク 研究の動向の一部を紹介した.最後に,センサネットワーク 軟性も,応用において魅力的な機能である.安全性, と制御理論の相互作用的な発展の見通しを以下の 3 グルー 柔軟性を備えた新しいロバスト制御系設計論の確立が プにまとめる. 望まれる. \ 御理論によるセンサネットワークの機能向上 ▲ チュエータ,コントローラの分散化センサネット • 情報収集のための効率的な配置 (被覆制御問題,ad hoc 通信のセンサノード配置最適化など) • 多点計測値の情報処理による高次の情報獲得 (合 意形成問題など) • 通信の信頼性と電力消費のトレードオフ最適化 ▲札鵐汽優奪肇錙璽 ワークで多様な情報が得られたとしても,アクチュエー タが固定,あるいは一ヶ所に集中していては測定値の 多様性をうまく使いこなせない.従ってセンサだけで なくアクチュエータ,さらには処理装置 (コントロー ラ) も考慮した,WSAN, WSCAN を前提としなけれ の利用による制御応用の拡大 ば,制御理論としての発展は望めない.このような概念 • 広域・空間的計測を生かした制御システムの応用 はロボット工学や組込み理論で既に提案されているも 領域拡大(ビル空調で3D計測による空間温度制 御など) のもあり,制御理論側からの研究の発展が急務である. センサネットワークにより制御応用技術が産業界に貢献 • 移動可能なセンサとしての制御応用 (ロボティック ネットワークへの応用など) • センサ系の耐故障性,柔軟性,スケーラビリティ できる範囲が拡大し,無線,多点計測,空間∼広域化,移動 による制御システム全体の機能と信頼性の向上 トしたばかりである.今後,制御理論や制御技術応用のパ 札鵐汽優奪肇錙璽 による新たな制御理論の発展 体,自律分散協調などの新しい制御理論の入り口が見えつ つある.しかしながら,その理論研究の大半はまだスター ラダイムシフトをも予感させるセンサネットワークの無限 • 多点同時計測+多点制御(Wireless Sensor and Actuator Network : WSAN)の制御理論 • さらには制御装置(知脳)の分散化による分散型 制御システムの制御理論(Wireless Sensor, Controller and Actuator Network : WSCAN) これらの関係を図 9 に示す.特に,上記の中で今後の制御 の可能性を見据えながら,各種課題の解決策と現実的なシ 理論の発展と制御応用の拡大に関する重要と思われる項目 1) 特集「社会システムを支えるセンサネットワーク技術」,計測 と制御,Vol.46, No.2 (2007) を以下に考察する. 計測と制御 第 47 巻 第8号 2008 年 8 月号 ステム設計手法などの理論的体系が確立することを望む. 謝辞 研究動向の調査に協力いただいた東京工業大学大学院生 宮野竜也君に謝意を表する. 参 考 文 献 7 2) 徳田 英幸: センサネットワーク総論, 計測と制御, Vol.46, No.2, pp.71-76 (2007). 3) J. M. Kahn, R. H. Kartz and K. S. J. Pister: Mobile Networking for Smart Dust, Proc. of 4th International Conf. on Mobile Computing and Networking (MobiCom99) (1999). 4) 総 務 省 HP: u-Japan 政 策, http://www.soumu.go.jp/menu_02/ict/u-japan/index.html 5) 総 務 省 HP: セ ン サ ネット ワ ー ク 調 査 研 究 会 http://www.soumu.go.jp/s-news/2004/040806_4.html 6) 早川,藤田: マルチエージェントシステムとビークルフォーメ ション, 計測と制御, Vol. 46, No. 11, pp. 823-828 (2007). 7) 藤田,畑中: 協調制御 −合意から被覆まで−,第 52 回システ ム制御情報学会研究発表講演会予稿集,pp. 1–6 (2008). 8) 特集「協調とフォーメーションの制御理論」, 計測と制御,Vol. 43,No. 11 (2007). 9) Tobe, et al.: A Network Architecture for Mobile Sensing Robot Network, The 36th International Symposium on Robotics (ISR) (2005). 10) ZigBee SIG ジャパン HP: http://www.zbsigj.org/ 11) W. Ren and R. W. Beard: Distributed Consensus in Multivehicle Cooperative Control, Springer (2007) 12) R. Olfati-Saber: Distributed Kalman filter with embedded consensus filters, 44th IEEE Conference on Decision and Control and 2005 European Control Conference, pp.81798184 (2005) 13) R. Olfati-Saber: Distributed Kalman filter for Sensor Networks, 46th IEEE Conference on Decision and Control, pp.5492-5498 (2007) 14) R. Carli, A. Chiuso, Luca Schenato and S. Zampieri: Distributed Kalman filtering using consensus strategies, 46th IEEE Conference on Decision and Control, pp.5486-5491 (2007) 15) S. Martinez, J. Cortes, and F. Bullo: Motion Coordination with Distributed Information, IEEE Control Systems Magazine, Vol. 27, No. 4, pp. 75–88 (2007). 16) J. Cortes, S.Martinez, T. Karatas and F. Bullo: Coverage control for mobile sensing networks, IEEE Trans. on Robotics and Automation, Vol. 20, No. 2, pp. 243–255 (2004). 17) A. Howard, M. J. Mataric and G. S. Sukhatme: Mobile sensor network deployment using potential fields : a distributed, scalable solution to the area coverage problem, Proc. of 6th International Symposium on Distributed Autonomous Robotics Systems, pp. 299-308 (2002). 18) I. I. Hussein and D. M. Stipanovic: Effective Coverage Control for Mobile Sensor Networks With Guaranteed Collision Avoidance, IEEE Trans. on Control Systems Technology, Vol. 15, No. 4, pp. 642–657 (2007). 19) W. Li and C. G. Cassandras: A minimum-power wireless sensor network self-deployment scheme, Proc. of the 44th IEEE Conference on Decision and Control and European Control Conference 2005, pp. 2542 – 2547 (2005). 20) A. Ahmadzadeh, A. Jadbabaie, V. Kumar and G. J. Pappas: Cooperative Coverage using Receding Horizon Control, Proc. of European Control Conference, pp. 2466–2470 (2007). 21) A. Kwok and S. Martinez: Energy-balancing cooperative strategies for sensor deployment Proc. of the 46th IEEE Conference on Decision and Control, pp. 6136–6141 (2007). 22) C. H. Caicedo-N and M. Zefran: Balancing Sensing and Coverage in Mobile Sensor Networks: A Min-Max Approach, Proc. of the 46th IEEE Conference on Decision and Control, pp. 6124–6129 (2007). 8 23) 戸辺,鈴木: 実世界情報モニタリングに向けたセンサネットワー ク技術, 日本ロボット学会誌,Vol. 25,No. 4,pp. 514–519, (2007). 24) 岡部,鈴木: 最適配置の数理, 朝倉書店 (1992). 25) 伊藤,市川,須田: 自律分散宣言–明日を拓くシステムパラダイ ム–, オーム社 (1995). 26) C. Fischione, A. Bonivento, K. H. Johansson, A. Sangiovanni-Vincentelli: Cooperative Diversity with Disconnec-tion Constraints and Sleep Discipline for Power Control in Wireless Sensor Networks, Proc. of IEEE Vehicle Technology Conference, pp. 578–582 (2006). 27) C. Fischione, A. Bonivento, A. Sangiovanni-Vincentelli, F. Santucci, and K. H. Johansson: Performance Analysis of Collaborative Spatio-Temporal Processing for Wireless Sensor Networks, Proc. of IEEE Consumer Communications and Networking Conference, Las Vegas Vol. 1, pp. 325–329 (2006). 28) X. Liu, A. Goldsmith: Wireless network design for distributed control, Proc. of the 43th IEEE Conference on Decision and Control, pp. 2823 – 2829 (2004). [著 いい の 飯 野 者 紹 介] ゆたか 穣 君(正会員) 1984 年早稲田大学大学院理工学研究科電気工 学専攻修士課程修了.同年,株式会社東芝に入社, 研究開発部門にて制御技術の応用研究に従事.現 在は,電力・社会システム技術開発センターにて, 分散電源システム制御技術,省エネルギー技術, 設備設計・管理技術などの技術開発に従事.また 現在,東京工業大学大学院博士後期課程社会人プ ログラムに所属.センサネットワーク応用制御, モデル予測制御などの研究に取り組む.計測自動制御学会,電気学会, IEEE の会員. はた なか たけ 畑 中 健 し 志 君(正会員) 2004 年京都大学大学院情報学研究科数理工学 専攻修士課程修了.2006 年日本学術振興会特別 研究員 (DC 2).2007 年京都大学大学院情報学研 究科数理工学専攻博士後期課程修了.2007 年東京 工業大学理工学研究科助教となり現在に至る.博 士 (情報学).センサネットワーク,拘束システム の研究に従事.計測自動制御学会,IEEE の会員. ふじ た まさ ゆき 藤 田 政 之 君(正会員) 1984 年早稲田大学大学院理工学研究科博士前 期課程修了(電気工学専攻).1985 年同博士後期 課程中退.同年 金沢大学工学部電気・情報工学 科助手.同講師,助教授を経て,1992 年 北陸 先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教授. 1999 年 金沢大学工学部教授.2005 年 東京工 業大学理工学研究科教授.ロバスト制御,予測制 御,協調制御,ビジュアルフィードバックに関す る研究に従事.工学博士.計測自動制御学会,システム制御情報学会, IEEE などの会員. 計測と制御 第 47 巻 第 8 号 2008 年 8 月号