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空力騒音低減技術の最近の動向 - 鳥取大学工学部 機械工学科
358 日本音響学会誌 65 巻 7 号(2009) ,pp. 358–363 空力騒音低減技術の最近の動向* 西 村 正 治(鳥取大学)∗∗ 43.28.−g 1. は じ め に 空力騒音は,送風機,圧縮機,ジェットエンジ 上記 EFD(Experimental Fluid Dynamics)に よるアプローチも CFD によるアプローチも音源 の探査や発生音の予測には有効と考えられるが, ン,バルブなどの大きな騒音源として古くから注 発生音の低減手法の開発に直接答えを与えてくれ 目され,低騒音化のための研究・開発が進められ るものではない。発生音の低減には,現象の流体 てきた。最近では,車両,自動車,航空機などの 力学的洞察に基づいた適正形状,低騒音化デバイ 乗り物において,高速化,エンジン音などの静粛 スの開発が必要である。つまり空力騒音の低減検 化に伴い空力騒音が目立つようになり,その静粛 討には,EFD や CFD などの道具を駆使して流れ 化が一層求められるようになってきている。また, 特性を把握することにより,そこでの騒音発生メ 家庭やオフィスにおいても,空調機,換気扇,OA カニズムを洞察し,それを低減するための形状変 機器の冷却ファンなど空力騒音が主体となる機器 更や低騒音化デバイスの設置を行っていく必要が が増加してきており,その低騒音化が製品の重要 ある。EFD や CFD については上記をはじめ多く な付加価値となってきている。 の解説書が発行されているのでそれを参照いただ このような背景の下,空力騒音の発生メカニズ くとして,ここでは主に騒音発生メカニズムの洞 ムを正しく理解し,その原因を取り除くことによっ 察と低騒音化デバイスについて解説する。詳しく て空力発生音自体を低減することが求められてい は参考文献 [1] を参照願いたい。 る [1]。空力音源を実験的に探査する方法として, マイクロホンアレイを利用する方法 [2, 3] や,PIV や静圧変動プローブを用いて渦度や静圧変動を計 2. 空力騒音の基礎式と発生メカニズム 空力騒音の発生メカニズムを理解するうえで, 測することにより音源を可視化する方法 [1, 4, 5] 少し厄介であるが,基礎式とその物理的意味を考 などが試みられているが,その音源がどのような えることが重要である。これについては多くの先 メカニズムで発生するかについては,流体力学的 人が種々の式を誘導し,解釈を加えている [1]。こ 洞察が必要である。一方,CFD(Computational こでは,発生音低減という工学的見地から重要と Fluid Dynamics)の進歩も著しく,LES(Large Eddy Simulation)非定常解析に基づいた渦度音 考えられる内容に絞って紹介し,空力音発生メカ 源の予測やその結果に基づいた発生音スペクトル 流体の連続の式,運動量の式から,波動方程式 の予測まで可能となってきている [6–9]。これらの 結果は,その絶対値の精度については今後多くの 応用に対して検証をしていく必要があるが,そこ で発生している現象に対する流体力学的洞察には 多くのヒントを与えてくれる。 ∗ ∗∗ The state of the art of aerodynamic noise reducing techniques. Masaharu Nishimura (Department of Mechanical and Aerospace Engineering, Tottori University, Tottori, 680–8552) e-mail: mnishimura@mech. tottori-u.ac.jp ニズムを考察していきたい。 は次のように導かれる [10, 11]。 ∂ 2ρ ∂Q ∂Fi ∂ 2 Tij 2 2 + − c ∇ ρ = + ∂t2 ∂t ∂xi ∂xi ∂xj ここで, ρ :流体の密度 (1) vi :xi 座標軸方向の流体の速度 Q :単位体積,単位時間当たりに生成される質量 Fi :単位体積当たり作用する外力 pij :応力テンソル(= pδij + τij ) 359 空力騒音低減技術の最近の動向 p :圧力 τij :粘性応力 c :音速 ∇2 :ラプラスの演算子 Tij :音響的応力テンソル(ρvi vj + pij − c2 ρδij ) δij :クロネッカのデルタ i, j :1, 2, 3 である。ここで,第 1 項は湧き出し音源に対応す である。 となって音速で観測点まで伝搬し,観測点で重ね る項で,固体表面の振動速度変動が音源となって いる。第 2 項は力音源に対応する項で,固体表面 の圧力変動が音源となっている。第 3 項は乱れな どに起因する音響的応力テンソルの時間変動が音 源となっている。本式は,それぞれの原因でそれ ぞれの場所で発生した局所的圧力変動が,球面波 式 (1) の右辺は音源の強さを表し,それぞれ,質 合わされることによって観測点での音圧を形成す 量の湧き出し変動,流体に働く外力(定常値,変 ることを意味している。従って固体表面の振動や 動値)の空間分布,流体の乱れや渦などによる内 圧力変動に起因する第 1,2 項は面積分となってお 部応力(定常値,変動値)の空間分布に対応する り,乱れに起因する第 3 項は体積積分となってい 項である。本式を基に,気流中を観測者に対して る。通常の場合,上記の局所的圧力変動は少し距 相対運動する物体から遠方場へ放射される音圧を 離が離れるとほとんど相関がなく,その擾乱が観 求めたのが Ffowcs Williams-Hawkings の式 [12] 測点まで伝搬する間に大部分が互いにキャンセル であるが,ここでは個々の現象を理解し易くする してしまう。つまり,音として観測されるのはそ ため,場合分けして考える。 の残りの部分で,空間的に相関のある波面を形成 2.1 自由音場中の静止物体からの発生音 式 (1) を気流中に静止した固体境界(物体)の している成分である。このことから,低騒音化の ある場合に適用すると,自由な遠距離音場に対し 変動自体を低減することと,その圧力変動の空間 て観測点での音圧は次式で与えられる [13]。 的相関をいかに小さくするかが重要であることが p(x, t) 1 ∂(ρun ) 1 dS = 4π S r ∂t 1 (xi − yi ) ∂Pi + dS 4π S cr 2 ∂t 1 (xi −yi )(xj −yj ) ∂ 2 Tij + dy 4π V c2 r 3 ∂t2 (2) ためには各種擾乱によって生成される局所的圧力 分かる。更に上記の各種局所的圧力変動も流れの 各種擾乱の結果であることを忘れてはならない。 Lighthill の次元解析によると,遠方観測点での 音響インテンシティは,第 1 項湧き出し音源につ いては ρU 4/c に,第 2 項力音源については ρU 6/c3 に,第 3 項乱れ音源については ρU 8/c5 にそれぞれ 比例することが分かっている [10, 11]。ここで U は物体に相対的な流速である。従って,流速が速 くなるにつれて第 3 項が支配的になるが,マッハ ここで, p(x, t) x y dy r [ ] { }dy :観測点での音圧 数 0.4 以下程度の振動しない物体から放射される :観測点の位置ベクトル 音は第 2 項が支配的であることが分かっている。 :音源の位置ベクトル 送風機や乗り物など通常問題になる空力騒音はこ :y の位置における体積要素 れに対応する。 Pi :固体境界が流体に及ぼす単位面積当 :音源から観測点までの距離(|x − y|) そこで,第 2 項にのみ注目し,物体から放射される :時刻 (t − r/c) における値(遅延値) 空力騒音の音響パワー W を求めると次式になる。 :音源を囲む空間積分 V たりの xi 方向の力(= −li pij ≈ li −li pw , τij を無視,pw:壁面圧力変動) :面積要素 dS に固体壁の方向に向けて 立てた垂直ベクトル n の i 方向余弦 un :固体表面に垂直な粒子速度変動 2 (xi − yi ) ∂pw (y)i 1 W= 12πpc3 S r2 ∂t ∂pw × Sc y, dS(y) ∂t 1 2 = [pw (y)i ] ω2 Sc (y, pw )dS(y) 12πpc3 S (3) ここで, は時間平均を表す。また,Sc:固体 360 日本音響学会誌 65 巻 7 号(2009) 図–2 音場のフィードバック現象 [1] p(x, t) = 図–1 渦の加速度運動 [1] x i − yi 4πcr 2 (1 − Mr )2 ∂Fi Fi ∂Mr × + ∂t 1 − Mr ∂t (5) 表面圧力変動の相関面積,ω:角周波数である。こ れからも,空力発生音を低減するには,物体表面 の圧力変動を低減すると共に,その相関面積を小 さくする必要があることが分かる。 一方,Powell は式 (1) から次式を誘導してい る [14]。 ここで,Mr:音源が観測者の方へ近づく速度成分の マッハ数(= M (x − y)/r ) ,M:音源の移動マッ ハ数ベクトルである。右辺第 2 項から,物体に作 用する力が時間的に変化しなくても,その運動が観 測点に対して加速度運動する場合(∂Mr /∂t = 0) , 音が発生することが分かる。 物体が回転運動をしている場合は,静止座標系 2 1 ∂ p − ∇2 p = p div (ω × u) c2 ∂t2 (4) から見ると常に加速度運動をしていることになり, これが回転音として観測されるものである。この ここで,ω:渦度ベクトル,u:流速ベクトルであ 種の音の低減には物体に作用する定常圧力分布の る。右辺は流れに直行する方向の渦度の空間分布 ピーク値を抑える必要がある。つまり回転翼の場 が音源になることを示しており,物体周りの流れ 合では,翼面上の揚力分布をできるだけ均一化し を考えると,物体周りの渦度の加速度運動が局所 ピーク圧力を低減することが必要である。なお, 的な圧力変動を誘起し,それが重要な音源(渦度 回転物体においても, 2.1 節に示す各種音源が同 音源と呼ばれる)となることを示している。また, 様に存在することを念のために付記しておく。 これは,流速ベクトルと渦度ベクトルが直角な横 2.3 拘束音場中での発生音 渦は,物体の形状変化に応じて加速度運動し易く, 空力音の発生メカニズムは上記の 4 種類と考え 音源となる相関の大きな局所的圧力変動を発生し られるが,実際の発生音の大きさは,周囲の音場 易いことを表している。一方流速ベクトルと渦度 の影響を強く受ける。図–2 に示すように,同様な ベクトルが平行な縦渦は,加速度運動がしにくく 速度変動でも周囲の音場の負荷インピーダンスに 相関の大きな変動も発生しにくいため,音源とな よって発生する圧力変動・音圧の大きさが変化す りにくいと推察される。図–1 は後ろ向き段差での る。ここで負荷インピーダンスとは,粒子の速度 空力騒音の発生の様子を模式的に示している。境 変動がどの程度の圧力変動を発生するかを示す量 界層内の渦が段差を過ぎるとき急激に曲げられ, で,速度変動に対する抵抗の大きさに対応する量 衝突し(加速度運動し)それが原因で後縁付近の である。つまり,同じ粒子速度変動でも,負荷イ 物体表面に大きな圧力変動を誘起してそれが音源 ンピーダンスが大きい場所であれば大きな圧力変 になると考えられる。渦ができるだけ急激な加速 動を発生し,負荷インピーダンスが小さな場所で 度運動をしないように流してやることが空力発生 は小さな圧力変動しか発生しないことになる。 音の低減につながると考えられる。 2.2 自由音場中の回転物体からの発生音 Lowson によると,物体に作用する力を一点に 集中して Fi とし,それが任意運動するとき,遠距 離音場の音圧 p(x, t) は次のようになる [15]。 また,音場の固有特性,減衰特性により形成さ れる音場の状況が変わってくる。よって流れ場へ のフィードバックの状況も変化する。ここで,流 れ場へのフィードバックとは,音場の生成によっ て生じた粒子速度変動が,流れ場に影響し,渦の生 361 空力騒音低減技術の最近の動向 表–1 空力発生音制御の考え方 [1] 成状況などに影響を与えることを言う。このルー プが正帰還になってループゲインが 1 を超えると 音源 制御 ループが発振し,いわゆる自励音に成長する。キャ • 渦の急速な加速度運動を制御 ビティトーン,管群共鳴音などはこの一例である。 (鈍頭,柔毛材,縦渦の利用 etc.) • 音場の拘束を利用 負荷インピーダンスの低減 空洞を小さく高周波化 音響減衰を大きく (G/T 排気音,共鳴音 etc.) 空力自励音はいったん発生すると大きなトラブル になる重要な現象であるが,本稿では紙面の都合 低速一般空 力音 で省略する。参考文献 [1] などを参照されたい。 音場からのフィードバックがなくても,発生し • 流れの拡散を早める た音が音場の影響を受けて増幅したり,減衰する 断現象 [1, 16] もこの一種である。動静翼枚数の決 (多孔質弁,シェブロンノズル,微小噴 流 etc.) • スクリーチなど自励音の低減 (Wyggy Wire,タブ etc.) 定にはこの現象を十分利用すべきである。 • 送風機などの空力性能を向上させ周速 ことはよくあることである。ファンの動静翼干渉 音に伝搬モードや遮断モードが発生するダクト遮 高速空力音 (噴流) このような音場の影響は,一般に音場の拘束が 強い内部流体音で重要となり,高速車両の車外音 やプロペラ音など外部流体音ではその影響は比較 的小さいと考えられる。 回転空力音 を低減する. • 翼面上の揚力分布をできるだけ均一化 しピーク圧力を低減する(幅広翼) • 動静翼干渉の低減,ダクト遮断現象の 利用 3. 空力発生音制御の考え方と低減デバイス 3.1 空力発生音制御の考え方 以上,空力騒音の発生メカニズムから,その低 騒音化の考え方を検討してきた。それをまとめる と表–1 のようになる。以下,種々の低騒音化デバ イスについて解説する。 3.2 鈍 頭 空力発生音の低減には,まず形状をスムースに 変化させ,流れが急速に変化することを避ける必 要がある。図–3 に段差で発生する空力音を比較し ている [17]。この場合,上流の境界層や段差の澱 み点で発生した乱れが,上部のエッジ部を通過す 図–3 立ち上がり段差での空力発生音 [17] るときの加速度運動が音の発生源と考えられ,段 差の立ち上がりを緩やかにしたり,鈍頭にするこ ると推察されている(図–5 参照)[19]。 とにより発生音が大幅に低減していることが分か 本技術は既に風洞の低騒音化に実用化され,大 る。特に形状 C が高周波成分に有効で,形状 D が きな成果を挙げている [20]。また,最近では植毛 低周波成分に有効なことは注目に値する。 ファンの開発も進んでいる [19, 21]。一方,気孔率 3.3 柔毛材,多孔材 の大きな多孔材も類似の効果があることが確認さ 物体形状だけでなく物体表面の性状を変化させ れ,車両など屋外での使用を念頭に開発が進めら ることも有効である。図–4 に柔毛材をパイプに巻 れている [22–25]。 いたときの発生音の低減効果を示す [18]。広帯域 る。これは流れの渦が柔毛材の抵抗により徐々に 3.4 ボルテックスジェネレータ 図–6 に二重ストラットで発生する音をボルテッ クスジェネレータで低減した例を示す [1]。無対策 減衰し急激な圧力変動を発生しないこと,及び物 の上流ストラットの後流渦は典型的な横渦で,後 体境界を曖昧にして後流のせん断層の速度勾配を 流ストラットとの干渉で強い自励音を発生してい 緩やかにすることにより,圧力変動を低減してい る。ボルテックスジェネレータで縦渦を作り横渦 ランダム音が 5∼10 dB 低減していることが分か 362 日本音響学会誌 65 巻 7 号(2009) 図–4 柔毛材によるパイプからの放射音の低減 [18] 図–5 柔毛材の減音メカニズム [19] 図–6 ボルテックスジェネレータの効果 [1] 図–7 多孔側壁による排気低周波音対策 [26] を壊すことにより,自励音のみならず,高周波の ランダム音も低減していることが分かる。 させるかが重要である。図–8 は流れがチョークし 3.5 多 孔 側 壁 ている部分直後に開孔率の大きな多孔質金属を設 拘束音場での空力発生音の低減には負荷インピー 置し,乱れのスケールが小さいまま流れを急速に ダンスを低減することも重要であると述べた。図– 拡散減速することを可能にした例である [27]。流 7 はガスタービン排気煙突モデルにおける空力発 生音の低減対策事例を示している [26]。無対策の れはスロート部でチョークしたままなので,流量 場合は,下部で放出された噴流に対して,煙突の 生音を 20∼30 dB 大幅に低減可能である。自由噴 共鳴周波数において負荷インピーダンスが増大し, 流の低騒音化でもシェブロンノズルや,微小噴流を ピーク音を放射している。煙突出口付近の壁を適 使っての流れの拡散が有効であることが示されて 切な多孔側壁にすることによって,煙突の開口端 いる [28]。また,興味深い例として,超音速ジェッ における音響反射率が低減し,煙突内音場の減衰 ト軸に沿って紐(Wyggy Wire)をなびかせるこ が増し,音源に対する負荷インピーダンスが低減 とにより,発生音の大幅な低減が可能なことも報 する。その結果,ピーク音が大幅に低減している 告されている [29]。 ことが分かる。多孔側壁の詳細については参考文 献 [26] を参照されたい。 3.6 多孔質金属ディフューザ 高速噴流では,いかに流れを早く拡散して減速 特性は変化しない。放風弁や安全弁に有効で,発 4. お わ り に 空力騒音の発生メカニズムと,それを踏まえた 発生音低減の考え方及び最近注目されている低騒 空力騒音低減技術の最近の動向 図–8 多孔質金属低騒音弁 [27] 音化デバイスについて紹介した。空力騒音の低減 は,流れを大きなショックや擾乱を受けないよう に流してやり,空間相関の大きな圧力変動を発生 させないことに尽きると考えられる。具体的には 個々のケースで方策は異なってくるので,種々の アイデアを試していただきたい。 文 献 [ 1 ] 吉川 茂, 和田 仁 編著, 音源の流体音響学(コロナ . 社, 東京, 2007) [ 2 ] 前田達夫, “鉄道総研大型低騒音風洞と空力騒音風洞 試験,” 騒音制御, 27, 305–310 (2003). 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