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経済犯罪防止のための 非刑法的手段および刑法的手段

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経済犯罪防止のための 非刑法的手段および刑法的手段
経済犯罪防止のための
非刑法的手段および刑法的手段
*
ローランド・ヘーフェンデール
**
二本柳 誠(訳)
済犯罪は,優れた監視の結果,あるいは運良く
Ⅰ.テーマへの導入
発覚する場合を除けば,暗がりの中でその脅威
を拡大しているのであろう。
経済犯罪という概念に何が属するのか,我々
論文タイトルにおいていわば格調高く掲げら
は厳密には知らない。少なくとも,エンロン1や
れるところの,見付け難くそして多種多様な敵
ワールド・コム2の会計スキャンダルを我々は
を,いかにして阻止すべきであろうか。一般に,
そこに数え,また,フォルクス・ワーゲン3や
こ の 敵 に 対 し て は, い わ ゆ る 対 策 立 法(Be-
4
6
kämpfungsgesetze)
が充てられる。対策立法と
シーメンス の事件を,さらには,とりわけ国際
5
競争下で確認された製品偽装 をそこに数える。
は,とりわけ近年加熱している行動主義(Aktio-
こうしてみると,経済犯罪として数えられる
nismus)と共に,敵ないし危害との闘いを目指
ものには,様々なものがあることが分かる。経
すものであり,経済犯罪との闘いのための2つ
* 本稿は,2007年5月18日にオスナブリュックで開催された刑法学者会議において著者が行った報告の草稿
に,最小限の改定およびアップデートを行い,注を付したものである。印刷版の作成に際して,調査に協力し
ていただき,議論を交わし,助力を賜った,Thomas WischmeyerとKathrin Schenkに謝意を表する。
** 清和大学法学部専任講師
1 Findlawにおける,エンロンの会計スキャンダルに関連する全文書の一覧<http://news.findlaw.com/legalnews/lit/enron/[26.10.2007]>参照。事案については,特に,証券取引委員会(SEC)がAndrew S. Fastowに
提 起 し た 訴 訟(2002年10月 のCivil Action No. H-02-3127 (SDXT)) <http://www.sec.gov/litigation/com
plaints/comp17762.htm [26.10.2007]>参照。
2 事案については,2003年3月31日のワールド・コム役員特別捜査委員会による捜査レポート<http://fl1.
findlaw.com/news.findlaw.com/hdocs/docs/worldcom/bdspcomm60903rpt.pdf [26.10.2007]>および証券取引
委員会がワールド・コムに提起した訴訟(Civil Action No. 02-CV-4963 (SDNY) (JSR))<http://www.sec.gov/
litigation/complaints/complr17588.htm [26.10.2007]>。他に,ワールド・コムにまつわる会計スキャンダル絡
み の あ ら ゆ る 文 書 を 集 め た も の と し て, <http://news.findlaw.com/legalnews/lit/worldcom/index.html
[26.10.2007]>参照。vgl. ferner Tanski, DStR 2002, 2003.
3 Börsenzeitung v. 15.6.2007, S. 7, v. 16.1.2007, S. 1 und v. 26.7.2005, S. 9; ZEIT v. 23.2.2006, S. 13 und 14; Handelsblatt v. 5.3.2007, S. 13, v. 19.2.2007, S. 11 und v. 26.1.2007, S. 10.
4 ZEIT紙のまとめ<http://www.zeit.de/themen/wirtschaft/unternehmen/korruption/siemens [26.10.2007]>
参照。
5 Oracle とSAPの争いについておよび自らの行いについて語ったものとしてBörsenzeitung v. 4.7.2007, S. 1
und 9; Frankfurter Allgemeine Zeitung v. 4.7.2007, S. 18 参照。Henning Kagermannのインタビューとして
Frankfurter Allgemeine Zeitung v. 4.7.2007, S. 14; Handelsblatt v. 4.7.2007, S. 1 und 2参照。
6 対策立法としては下記の長いリストを参照。不法就労対策法(Gesetz zur Bekämpfung der Schwarzarbeit
v. 30.3.1957, BGBl. I S. 315)
,テロ対策のためのヨーロッパ協定に関する法律(Gesetz zu dem Europäischen
Übereinkommen v. 27.1.1977 zur Bekämpfung des Terrorismus v. 31.3.1978, BGBl. II S. 321),第18次刑法改
正法─環境犯罪対策法(Achtzehntes Strafrechtsänderungsgesetz – Gesetz zur Bekämpfung der Umweltkriminalität v. 28.3.1980, BGBl. I S. 373)
,テロ対策法(Gesetz zur Bekämpfung des Terrorismus v. 19.12.1986,
BGBl. I S. 2566)
, 麻 薬 取 引 そ の 他 の 組 織 犯 罪 の 現 象 形 態 対 策 法(Gesetz zur Bekämpfung des illegalen
Rauschgifthandels und anderer Erscheinungsformen der Organisierten Kriminalität v. 15.7.1992, BGBl. I S.
1302),腐敗対策法(Gesetz zur Bekämpfung der Korruption v. 13.8.1997, BGBl. I S. 2038;),性犯罪その他の
198
の法律は,まさにその例である7。
くかもしれないが─「変わりばえしないもの
ほとんど意識されてさえいないことかもしれ
(a more of the same)」から,修正された法的
ないが,当然,刑法こそが,経済犯罪との闘い
操縦および内部からの事実解明を経て,事実性
のための手段として最前線に立たなければなら
(Faktizität)とガバナンスによる統制にまで及
ないのだが,かといってまたそれは,刑法以外
ぶ。その代わり,この行動主義の目的の背後の
の措置と結びついていることもある。なぜなら,
目的8は,拙速を避けるよう促す。
一般と特別の関係にある法と刑法は共に,今も
Ⅱ.経済犯罪概念
昔も,政治的な議論においては,不可欠の操縦
手段(Steuerungsinstrument)として挙げられ
1.冒頭から闘いの相手を見失わないために,
ているからである。しかし,経済犯罪の構造的
特殊性が,または,一般的に確認されている操
我々は,経済犯罪という概念に若干の内容的限
縦懐疑主義が,既に長い間,異なる統制モデル
定を加えなければならない。ここで,闘争の成
(Lenkungsmodell)の採用を余儀なくしてきた
果を喧伝するためには,いわゆるOK(組織犯
のである。
罪)の場合と同じように,敵対者を謎に包んで
以上でプログラムの概略を示したが,本稿で
おくのが最上ではないか,という疑念が生じる
の検討は,次のように進めることにしよう。ま
かもしれない。しかし,このような政治的なト
ず,あまりに範囲の狭い経済犯罪概念には,よ
リックに与したくはない。ビジネスという表現
り広い輪郭を与える必要があることを示す(後
と少しでも関係がありさえすれば,どのような
述Ⅱ.)
。それを受けて,第2のステップでは,経
現象形態でも経済犯罪に分類してしまうような
済および法における古典的操縦モデルの主張と
モデルについても同様である9。このモデルを
現実を分析する(後述Ⅲ.)
。第3のステップ(後
採用すれば,ショットガンの原則(Prinzip der
述Ⅳ.)では,経済刑法における統制モデルの危
Schrotflinte)に従って,確実に,闘争の成果を
機から生じる帰結を明らかにし,それを再構築
報告できるだろう。
2.3つの視点─詳細は後述する─が,
する。以上の検討は,─一見しただけでは驚
危 険 な 犯 罪 対 策 法(Gesetz zur Bekämpfung von Sexualdelikten und anderen gefährlichen Straftaten v.
26.1.1998, BGBl. I S. 160)
,組織犯罪対策の向上に関する法律(Gesetz zur Verbesserung der Bekämpfung der
Organisierten Kriminalität v. 4.5.1998, BGBl. I S. 845),国際取引における外国公務員の贈収賄に関する協定の
ための法律(Gesetz zu dem Übereinkommen v. 17.12.1997 über die Bekämpfung der Bestechung auslän-
discher Amtsträger im internationalen Geschäftsverkehr (Gesetz zur Bekämpfung internationaler
Bestechung – IntBestG) v. 10.9.1998, BGBl. II S. 2327),危険な犬に関する対策法(Gesetz zur Bekämpfung
gefährlicher Hunde v. 12.4.2001, BGBl. I S. 530)
,国際テロ対策法(Gesetz zur Bekämpfung des internationalen Terrorismus v. 9.1.2002, BGBl. I S. 361)
,違法雇用および不法就労対策の容易化のための法律(Gesetz zur
Erleichterung der Bekämpfung von illegaler Beschäftigung und Schwarzarbeit v. 23.7.2002, BGBl. I S.
2787),「0190」「0900」番で始まる電話番号を使ったサービスの濫用対策法(Gesetz zur Bekämpfung des
Missbrauchs von 0190er-/0900er Mehrwertdienstleistungen v. 9.8.2003, BGBl. I S. 1590),不法就労および不
法就労に関連する脱税対策の強化に関する法律(Gesetz zur Intensivierung der Bekämpfung der Schwarzarbeit und damit zusammenhängender Steuerhinterziehung v. 23.7.2004, BGBl. I S. 1842),そして,第39次刑法
改正法(das 39. Strafrechtsänderungsgesetz v. 1.9.2005, BGBl. I S. 2674)も,それに先行する多様な草案にお
いて「グラフィティ対策法(Graffiti-Bekämpfungsgesetz)」と称していた。この概念に関する批判として,
Hefendehl, NJ 2002, 459 f.; ders., JZ 2004, 18, 19; Hettinger, NJW 1996, 2263, 2264参照。
7 第一次経済犯罪対策法(Gesetz zur Bekämpfung der Wirtschaftskriminalität v. 29.7.1976, BGBl. I S. 2034),
第二次経済犯罪対策法(Gesetz zur Bekämpfung der Wirtschaftskriminalität v. 15.5.1986, BGBl. I S. 721)。
8 ビデオ監視の文脈におけるこの問題については,Stolle/Hefendehl, KrimJ 2002, 257, 267 ff. 参照。
9 ビジネス犯罪を,万引きのような軽微な犯罪も含むような小売犯罪(Retail Crime)と混同することについ
て は, <http://www.homeoffice.gov.uk/crimevictims/reducing-crime/business-retail-crime/?version=2 [26.
10.2007]>参照。
199
経済犯罪の領域における目下の戦略を明らかに
13
Gehorsam)」
の風土をつくり,責任逃れや改善
することになる。第1の視点は,経済犯罪遂行
者の人的特徴( Person des Wirtschaftskriminalität) である。このような視点は,サザーラン
ド 10の業績と関連して歴史的意義があるのみな
らず,非常にアクチュアルなものである。私が
想起しているのは,ワールド・コムのEbbersお
よびフォルクス・ワーゲンのHartzの名前であ
る。有罪判決を受けた両氏の名は,各社にとっ
て象徴的である。
第2の視点は,法益を志向している。この視
点が,経済犯罪の規範的テーマとしての経済刑
法へと反映され,保護法益が分析されるのであ
る。その際特に重視すべきは,集合的法益の保
護(kollektiver Rechtsgutsschutz)としての経
済犯罪と,付加的な(前倒しされた)財の保護
(Vermögensschutz)としての経済犯罪との間
の区別である11。各々から浮かび上がってくる
刑法構想は全く別のものであるし,また,法益
保護の管轄が様々であることがこの区別から明
らかになる。国家は,租税犯を越えて保護すべ
き財源に配慮している。例えば,秘密を漏洩さ
れた企業は,告訴権限を有し,刑法にあえて頼
らないという選択をすることもできる12。
最後に第三の視点は,「企業犯罪( corporate
crime)
」構想 を目指すホワイトカラー犯罪研究
の継続的発展を受けたものである。これに関し
ては,法人という組織が持つ厳格な階級制とい
う特徴と,企業文化が前面に出てくる。これら
が,追従ないし「性急な服従(vorauseilende
は不能だと開き直ったりするなど,犯行の便宜
を図ってしまう中和効果(Neutralisationseffekte)14を促進するものであって,システム論的考
察の出発点をなす15。それゆえ,働きかけを試
みる際には,個人の他に,このような特別な組
織的特徴にも目を向けなければならない16。
3.法益の視点および企業犯罪の視点からは,
警 察 犯 罪 統 計(Polizeiliche Kriminalstatistik)
も,定期治安報告書(Periodischer Sicherheitsbericht)も,経済犯罪の実態を確実に描いたも
のではありえないことが明らかになる。ドイツ
で既に30年来みごとに構築・洗練された経済刑
法,すなわち,結局のところ核となる条件を
失ってしまった経済刑法は,統計上,かろうじ
てその存在をつないでいるにすぎないが,これ
は,訴追問題だけでは説明できない。経済犯罪
の被害企業は,経済的打算から,刑事処分に関
心を抱かないことが多い17。暗数調査も,問題
となる行為や情報が多様な分野では,限界にぶ
つかる。
4.かくして,企業構造には,犯罪促進効果
があるのみならず,犯罪予防効果もあるほか,
発覚を困難にする効果もある。経済犯罪は,犯
人としての協力の場でもあり,また,被害者と
しての協力の場でもある。経済スパイを理由と
してOracleがSAPに提起したいわゆる懲罰的損
18
害賠償(Strafschadensersatz)
訴訟の事案が,
このことを明らかにしている。
10 Vgl. Sutherland, in: Sack/König (Hrsg.), Kriminalsoziologie, 1968, S. 187 (Original: American Sociological
Review 5 [1940], S. 1); Sutherland, White Collar Crime, 1949.
11 この点に関する詳細については,Hefendehl, Kollektive Rechtsgüter im Strafrecht, 2002, S. 252 ff. 参照。
12 Hefendehl, in: Spindler/Stilz (Hrsg.), AktG, Kommentar, 2007, § 404 Rdn. 3.
13 Siehe schon Clinard, Corporate Ethics and Crime, 1983, S. 142.
14 Hierzu Sykes/Matza, in: Sack/König (Anm. 10), S. 360.
15 Boers, MschrKrim 84 (2001), S. 335, 350 ff.; Boers/Theile/Karliczek, Ritsumeikan LawReview 21 (2004), S.
109, 110; Karliczek, Strukturelle Bedingungen von Wirtschaftskriminalität, 2007, S. 31 ff.
16 Slapper/Tombs, Corporate Crime, 1999, S. 17; Etzioni/Mitchell, in: Pontell/Geiss (Hrsg.), International
Handbook of White-Collar and Corporate Crime, 2007, S. 187 f.; Abraham/Büschges, Einführung in die Organisationssoziologie, 3. Aufl. 2004, S. 138–148.
17 Siehe Anm. 12.
18 2007年5月のドイツ語版の訴状について,<http://www.oracle.com/sapsuit/complaint-german.pdf [26.10.
2007]>参照。
200
の相対化に,第2は 複雑化する操縦対象に関す
Ⅲ.操縦モデル─主張と現実
るものである。ボン大学の経済学者・数学者で
あるラインハルト・ゼルテン は,
「限定合理性
( bounded rationality)」26という構想の発展にお
いて指導的な役割を果たし,ホモ・エコノミク
スというモデルは,これによって明白に相対化
された(後述aa)。そして,1995年にルーマンは,
グローバル化した金融市場の時代にあって政治
というものはホピ族の雨乞いの踊り(der Regentanz der Hopi-Indianer)と大差ないと述べ
た27(後述bb)
。
aa) ゼルテン の示した新しい方向性は,例
えば,経済的な意思決定プロセスは原則として
非合理的なものである ─エンロンやワール
ド・コムの事件において指導的な立場にあった
者達に関して,人々はまずもってこのような印
象を抱くであろう─という意味ではない28。
彼の説によれば,意思決定は,原則的に,合理
的なファクターに基づいて下されるものである。
しかし,本説はまず,人間の認識能力には限界
があり,人間が一貫した選好を持たないことを
顧慮する29。次に,経済行動は,利潤および効
用の最大化のみを目指すものではなく,個人を
満足させる要求水準の達成をも目指すものとさ
れる30。
さらに,認知心理学 31ないしいわゆる行動の
1.操縦および操縦懐疑主義
闘いの刑法は,フォイエルバッハ の心理強制
説19の伝統の中で,消極的一般予防の意味にお
ける操縦機能に全幅の信頼を置いている20。制
裁規範には,憲法的に許される限度内で可能な
限り効果的に操縦目的の達成を図る任務があ
る21。
a) このような操縦思考の出発点には,ホ
モ・エコノミクスという人間モデルを前提とす
る合理的選択アプローチ 22が存在する。これに
よれば,効用の最大化を目指すアクターの態度
には,刺激の変更により影響を与えることがで
きる。アダム・スミス やジョン・スチュアー
ト・ミル の古典派経済学において既に,この構
想が理論的な支えになることが認識されてい
た23。完全に操縦可能なアクターという根本想
定は,今日なお,経済学の世界では支配的であ
る24。加えて,少なくともアメリカでは,法律
家の研究状況を見渡すと,合理的選択アプロー
チが法的な問題の設定に用いられることが非常
に多い25。
b) 操縦懐疑主義には,2つの異なる内容が
含まれている。第1は アクターの完全な合理性
19 Feuerbach, Lehrbuch des gemeinen in Deutschland gültigen peinlichen Rechts, 12. Aufl. 1847, S. 38 ff.
20 積極的一般予防および積極的特別別予防の全形態ならびにそれらの背後に存在する改善ないし際社会化思
想が後退することを指摘するVogel, Festschrift für Jakobs, 2007, S. 731, 737も同様である。
21 例えば資産刑は最後の関門を突破するものではない。
22 Vgl. Becker, The economic approach to human behavior, 1976; Kirchgässner, Homo Oeconomicus, 2. Aufl.
2000, S. 12 ff.; Vogel (Anm. 20), S. 731, 738; zur Begriffsentwicklung Manstetten, Das Menschenbild der Ökonomie, 2000, S. 34 ff.
23 Vgl. nur Mill, Einige ungelösten Probleme der Politischen Ökonomie, herausgegeben von Hans G. Nutzinger,
1976, S. 162.
24 Eidenmüller, JZ 2005, 216, 218; Frey, Not Just for the Money, 1997, S. 118.
25 Eidenmüller, JZ 2005, 216, 217.
26 Simon, Models of Man, 1957; ders., Models of Bounded Rationality, 1982; Selten, Journal of Institutional and
Theoretical Economics 146 (1990), S. 649.
27 Luhmann, Merkur 1995, 573, 579.
28 Selten, in: Hoffmann (Hrsg.), Erweiterung der EU, 2000, S. 129 f.:「限定合理性」とは,
「完全な合理性」の単
なる欠損ではなく,むしろ,
「完全な合理性」からは構造的に区別される別物とされる。
29 Selten, in: Hoffmann (Anm. 28), S. 129, 130; それゆえ,記述的に理解された効用理論は経験的な基礎を欠くの
である。
30 Sauermann/Selten, Zeitschrift für die gesamte Staatswissenschaft 118 (1962), S. 577, 579. 要求水準という概
念は,もともと,実験心理学から発生したものである。hierzu Lewin/Dembo/Festinger/Snedden/Sears, in:
201
法と経済学(Behavioral Law and Economics)32
の経験的知見からしても,完全な合理性という
観念には相対化が必要である。とりわけ次の3
つの知見が,刑法の操縦の議論に関連して注目
されている33。第1は,認知的不協和( kognitive
Dissonanz)34であり,アクターは,自己にとっ
て最適でない状況となることを知りつつ意識的
に意思決定することがあるのみならず,既存の
認知は誤りであったと体系的に解釈することさ
えある35。第2は,時間的不整合性( Zeitinkonsistenz)36であり,個人の効用関数は,短期間の
僅かな利益の方が長期間の持続的な利潤よりも
優先されるという意味で,不合理な影響を受け
る。将来の刑罰は,犯罪から得る現在の利益と,
明白な関係にあるわけではない。第3は,フ
レーミング効果( Framing Effects) であり,こ
れによれば,同一の問題状況に対する反応は,
問題設定の表現次第で大きく異なる37。
Eidenmüllerは,以上のことを,
「ホモ・エコ
ノミクスの必然的メタモルフォーゼは,彼をし
てより人間らしくせしめると共に,より複雑化
38
せしめる」と評した 。効用および利潤の最大
化を純粋に志向するアクターというモデルは,
古典的な,ゲーリー・ベッカー の創設した経済
学的犯罪理論の基礎にも置かれるものでもある
が39,これは,理論的モデルとして妥当するこ
とが明らかになった。
bb) 操縦懐疑主義の第2 の側面は,複雑化
する,固有のルールに従って組織された操縦対
象に関するものである。グローバル化という標
語と共に語られる世界経済の活性化によって,
政治的操縦の試みに関する考え方が一新され
た40。グローバル・ガバナンス( Global governance)41という概念によって,公的なアクターと
私的なアクターの間の新しい協調形態を目指す
構想が導入された42。
Hunt (Hrsg.), Personality and the Behavior Disorders, 1944, S. 333.参照。
31 これについては,基本的にFestinger, Theorie der kognitiven Dissonanz, 1978; Tversky/Kahnemann, Cognitive Psychology 5 (1973), S. 5およびEidenmüller, JZ 2005, 216, 218の概観を参照。
32 Hierzu Eidenmüller, JZ 2005, 216; Engel (Hrsg.), Recht und Verhalten, 2007; Sunstein (Hrsg.), Behavioral
law and economics, 2000.
33 Frey (Anm. 24), S. 121 ff.の概観参照。
34 Akerlof/Dickens, American Economic Review 72 (1982), S. 307. が,この表現について標準を示す。
35 Vgl. auch Kahnemann/Tversky, Econometrica 47 (1979), S. 263; Selten/Tietz, Zeitschrift für die gesamte
Staatswissenschaft 136 (1980), S. 12; Gigerenzer/Selten (Hrsg.), Bounded Rationality, 2002.
36 Laibson, Intertemporal Decision Making, 2003 < http://www.economics.harvard.edu/faculty/laibson/papers/ecsmar2.pdf [26.10.2007]>; Loewenstein/Thaler, Journal of Economic Perspectives 3 (1989), S. 181.
37 Eidenmüller, JZ 2005, 216, 219; Tversky/Kahneman, The Journal of Business 59 (1986), S. 251; vgl. zudem
Tenbrunsel/Messick, Administrative Science Quarterly 44 (1999), S. 684: これによれば,行為のプログラム
が,倫理的ルール─社会的スティグマによる制裁がなされる─として記述されるのか,それとも,市場の
ルール─これによれば,制裁は単に行為の「価格」であることになろう─として記述されるのかが,その
履行に関して決定的な影響を与えることになる。社会規範と小規模な刑罰を伴うシステムは,危険であること
が明らかになった。なぜなら,そのような場合,名宛人が問題とすべき原則は,「それが社会規範だ」という
原則から,「それが市場だ」という原則へと転換するからである。しかし,このような提案は,包括的な操縦
のジレンマのミニチュア版であることが明らかになる。というのも,重い刑罰にも(Ⅲ. 2.c)),正しいイメー
ジにも誤ったイメージにも(Ⅳ. 7.)
,作用はないからである。
38 Eidenmüller, JZ 2005, 216, 221.
39 Vgl. Becker, The Journal of Political Economy 76 (1968), S. 169.
40 法的観点からは,例えば,下記参照。Ruffert, Die Globalisierung als Herausforderung an das Öffentliche
Recht, 2004; Schoch, Die Europäisierung des Allgemeinen Verwaltungsrechts und der Verwaltungsrechtswissenschaft, DV, Beiheft 2, 1999, S. 135; Tietje, Internationalisiertes Verwaltungshandeln, 2001.
41 Vgl. Brenner/Reinicke/Witte, in: Wagner u. a. (Hrsg.), Jahrbuch Internationale Politik 1997–1998, 2000, S.
17, 23.
42 Vgl. Franzius, VerwArch 97 (2006), S. 186; Schuppert in: ders. (Hrsg.), Governance-Forschung, 2005, S. 371,
382 ff.; kritisch Voßkuhle, in: Hoffmann-Riem/Schmidt-Aßmann/ders. (Hrsg.), Grundlagen des Verwaltungsrechts, Bd. I, 2006, § 1 Rdn. 21, 68 ff.
202
2.法における操縦モデル
いえ,少なくとも,例えば民間化(Privatisie-
以下では,全部で3つの法領域における操縦
50
rung)49や「活動国家(aktivierender Staat)」
モデルをみることにしよう。いずれも,強度こ
といったキーワードの下で議論されるところの
そ異なるが,あるときは操縦のメカニズムに,
重点は認識できる。国家および行政は,名宛人
またあるときは操縦の名宛人に焦点を当てるも
に対するコントロールに見切りを付けるのであ
のである。
る51。国家および行政の目的は,制裁の威嚇に
a) 公法
よってではなく,市民の側へ歩み寄り,市民の
公法における現代的操縦モデルとしては,国
目的を最適に実現するための行動の選択肢を提
家的および非国家的アクターは,しばしば,因
供することによって追求される。このように,
果的に必ずしも完全には支配できない行為経過
いわゆる「新しい操縦モデル」の考え方は,市
に積極的に関与しているとみる一般的な認識論
場のメカニズムを受け継ぐ内部的な自己操縦に
的考慮に立脚するものや43,─さらに先鋭的
信頼を置くものに他ならない。その際,共通し
44
に─システム論構想に立脚するものがある 。
て発展した指導形象および態度規範は,「ソフ
結果志向的法規制学(folgenorientierte Recht-
トな(weich)」態度操縦を可能にすることにな
45
setzungswissenschaft) という標語の下で,階
る52。新しい操縦モデルの例としては,大学の
級組織的・規制的な政治および立法という従来
領域における目標合意(Zielvereinbarungen)
のアプローチは,グローバルなつながりを有す
を挙げることができる。
46
b) 私法
る現代国家においては明白に相対化される 。
確かに,この点に関するアクチュアルな行
aa) 損害賠償法は,その出発点が補償にあ
47
政法上の議論が用語を巡って行われているが ,
るにもかかわらず,私法における操縦思考の足
自己批判的な評価によれば,利用可能な成果は
掛かりとなる53。このことは,ヨーロッパ法上
これまであまり得られていないという48。とは
の規範的準則─これは,懲罰的・予防的にし
43 Lepsius, Risikosteuerung durch Verwaltungsrecht, VVDStRL 63 (2004), S. 263, 266 ff.
44 この点について,各々強調点は異なるが,下記参照。Luhmann, Soziale Systeme, 5. Aufl. 1994, S. 57 ff.;
Teubner, Recht als autopoietisches System, 2. Aufl. 1996; zusammenfassend Lepsius, Steuerungsdiskussion,
Systemtheorie und Parlamentarismuskritik, 1999, S. 35 ff.
45 この概念の広がりについては下記参照。Eidenmüller, JZ 1999, 53, 60; Schmidt-Aßmann, Das allgemeine
Verwaltungsrecht als Ordnungsidee, 2. Aufl. 2004, S. 26; Voßkuhle, in: Grundlagen (Anm. 42), § 1 Rdn. 15.
46 Lepsius (Anm. 44), S. 34; 環境法における執行の欠陥についての経験的研究に関する証明については,
Voßkuhle, in: Grundlagen (Anm. 42), § 1 Rdn. 10. 参照。
47 とりわけ,アウトプット(規範付与手続の成果)
,インパクト(ミクロの結果),およびアウトカム(マクロ
の結果)が区別される。vgl. Franzius, in: Grundlagen (Anm. 42), § 4 Rdn. 67 ff. そのほかに,理論的な派生と
しては,例えば,経験的な現実領域の研究(vgl. Voßkuhle, VerwArch 85 (1994), S. 567),法律から導かれる
結果の評価(vgl. Böhret/Konzendorf, Handbuch Gesetzesfolgenabschätzung, 2001; Ennuschat, DVBl. 2004,
986, 992 ff.; ferner Kommission, Mitteilung über Folgenabschätzung, KOM (2002), 276 endg., v. 5.6.2002),回
顧的な法効果の研究,ないし,履行および評価の研究(vgl. insb. Stockmann (Hrsg.), Evaluierungsforschung,
2. Aufl. 2004)がある。
48 Lübbe-Wolff in: Hof/dies. (Hrsg.), Wirkungsforschung zum Recht I, 1999, S. 645, 655 ff.
49 現在の議論状況を概観するものとして,Schulze-Fielitz, in: Grundlagen (Anm. 42), § 12 Rdn. 91 ff. 参照。
50 Hierzu Voßkuhle, in: Grundlagen (Anm. 42), § 1 Rdn. 63 f. m. w. N.
51 Vgl. etwa Mayntz, in: Burth/Görlitz (Hrsg.), Politische Steuerung in Theorie und Praxis, 2001, S. 17.
52 Franzius, in: Grundlagen (Anm. 42), § 4 Rdn. 24 ff.
53 この出発点に関しては,Honsell, in: Staudinger, 13. Aufl. 2004, Einl. BGB Rdn. 113参照。「懲罰的損害賠償」
判決の執行に関連して,BGHZ 118, 312, 340参照。懲罰的要素はドイツの損害賠償法にとっても「本質的に異
質(wesensfremd)
」なものというわけではないとの指摘の下で「懲罰的損害賠償」に向けられた訴状の送達
に関して寛大なものとして,BVerfG NJW 1995, 3096参照。懲罰的損害賠償の考え方を現行法に取り入れるこ
との限界については,Spindler, in: Beck’scher Online-Kommentar BGB, § 253 BGB Rdn. 19参照。
203
か 解 釈 で き な い ─ に 基 づ い て 浸 透 し た54。
活動として正当化されるような措置が私法へと
もっとも,このヨーロッパ法の変容以上に,ア
編入されるのは,パラドクスであるように思わ
メリカの影響の受容が重要であり,このことは,
れる61。指導的な立場にある市民が,ドイツ法
損害賠償の一般的威嚇機能を承認するかどうか
曹大会において,贖罪と復讐は重要な刑罰目的
という問いに ,そして,
「懲罰的損害賠償 」構
であると語るとき,他の法領域の習熟の質が明
想に反映される56。利潤を吸い上げ,補償額以
らかになる62。なお,この領域における個々の
上の額を請求することで,金儲けを目論む犯罪
経済学的分析からは,完全に相反する帰結が示
を遂行する誘因が低下し,かつ,より高い威嚇
される。
「懲罰的損害賠償」が部分的に事業投資
効果が得られることになるとされる。Caroline
の削減をも導いたことは確実である63。
55
c) 刑法
判決において一時的に頂点に達した一般的人格
権に関する判例において,このようなアプロー
刑法は,この操縦に関する議論ないし問題の
チを見出すことができる57。また,共通の損害
コンチェルトの中で,一見奇異などっちつかず
を清算するためのクラスアクション(Sammel-
の態度を取っている。一方で,闘争というレト
klagen)を認めれば,
〔法の〕貫徹の不備が減少
リックにしても,絶えず行われる厳罰化にして
58
も,少なくとも一瞥しただけでは,刑法の操縦
することになるとされる 。
bb) これらの考え方は,しばしば,素朴な操
機能の意味においてしか理解できないが,他方
縦楽観主義に立脚し,また,社会・個人モデル
で,少なくともドイツにおいて,刑法の古典経
─これは,複雑であるとのみ指摘されている
済学的分析は,昔から困難な立場に立たされて
─に立脚している59。しかし,私法上の損害
おり,周辺的な現象を越えるに至ったことは一
賠償と刑法上の罰金刑との間の限界を技術的・
度もない64。
60
aa) 経済学的分析に対する批判は,体系内
それを拒否することが刑法においては私法上の
在的 根拠からして既に支持されうる65。なぜな
目的論的な理由から曖昧にすることによって ,
54 例えば,民法(BGB)旧611条a第2項による差別を受けた労働者の賠償請求(現行は,一般平等取扱法
(AGG)15条である。EuGH NZA 1997, 645 – Draemphael),民法241条aの注文されていない品物の送付に関
する規制,民法288条2項の事業主の遅延利息。Körner, NJW 2000, 241の概観参照。
55 Wagner, Gutachten A zum 66. Deutschen Juristentag, 2006, A 76; アメリカの視点から論じた基本的なもの
として,Sunstein/Kahneman/Schadke, Yale Law Journal 107 (1998), S. 2071参照。
56 この点に関するドイツの議論として,下記参照。Mörsdorf-Schulte, Funktion und Dogmatik US-amerikanischer punitive damages, 1999; Müller, Punitive damages und deutsches Schadensersatzrecht, 2000.
57 Zunächst BGH NJW 1995, 861; OLG Hamburg NJW 1996, 2870; gebilligt von BVerfG NJW 2000, 2187;
Caroline判決の概観としてSpindler (Anm. 53), § 253 BGB Rdn. 17参照。
58 Hierzu Wagner (Anm. 55), A 106 ff.
59 この点についてはとりわけWagner (Anm. 55), A 79 f. が,国家による操縦の危機において広く民法に信頼を
置くことを明らかにしている。詳しくは,ders., AcP 206 (2006), S. 352, 363, 445 ff.; 複数の法領域の強調につい
ては,Schmidt-Aßmann, in: Hoffmann-Riem/ders. (Hrsg.), Öffentliches Recht und Privatrecht als wechselseitige Auffangordnungen, 1996, S. 7, 13 ff. も参照。
60 Vgl. Coffee, Yale Law Journal 101 (1992), S. 1875; Mann, Yale Law Journal 101 (1992), S. 1795. アメリカにお
いては,「懲罰的損害賠償」の目的が,刑事刑法の目的と同一であることが承認されている。Brockmeier, Punitive damages, multiple damages und deutscher ordre public, 1999, S. 18 m. w. N.; vgl. U.S. Supreme Court,
BMW v. Ira Gore, 116 S.Ct. 1589, 1595 m. w. N.
61 これに批判的なものとして,Elliott, Alabama Law Review 40 (1989), S. 1053参照。
62 Wagner (Anm. 55), A 133, These 12.
63 Boyd/Ingberman, International Review of Law and Economics 19 (1999), S. 47, 61.
64 Vgl. Kunz, Kriminologie, 4. Aufl. 2004, § 24 Rdn. 17 ff.; Streng, Strafrechtliche Sanktionen, 2. Aufl. 2002, Rdn.
58; siehe auch Safferling, ZStW 118 (2006), S. 682, 698 ff.; Sack, Oldenburger Universitätsreden, Nr. 147 (2003),
S. 7, 23 ff. <http://docserver.bis.uni-oldenburg.de/publikationen/bisverlag/unireden/2003/ur147/pdf/ur147.
pdf [26.10.2007]>参照。
65 ここでは,予防的観点に対して全く意義を認めない見解または少なくとも重要な意義を認めないその他の
204
ら,仮に経済学的分析のロジックが刑法に関し
ない。すなわち,そこにおいては犯罪が実際に
ても承認されるとしても,経験的な制裁研究は,
経営学的計算の一部であるような領域や,そこ
消極的一般予防という試みについて惨憺たる証
においては他の理由から合理的な犯罪が起こり
拠を示すからである。刑罰の威嚇効果が名目的
そうな領域がそれである74。このことは,概し
であることに関しては,しばしば,法定刑の引
て,経済犯罪に関してまさに想定されることで
き上げと認知件数の変化の対比が引き合いに出
ある75。もっともこれは,漠たる推測以上のも
66
される 。そこには弱い関連性しかみられない
のではない。もちろん,経済犯罪の領域でも,
が,多くの顧慮されない変数があることからす
認 知 的 不 協 和 と 共 に 選 択 的 知 覚(selektive
れば,訴える力(Aussagekraft)があるかどう
Wahrnehmung)が行われることもあり,また,
か疑わしい67。加えて,後の追試を経ていない
厳格な合理性が要求するところとは合致しない
68
69
古い研究 の参照が指示される場合や ,死刑の
意思決定モデル(Entscheidungsmuster)が存
ような極刑の威嚇効果が主張される場合もあ
在することもある。会社絡みの野心やステータ
70
ス,責任感といった動機は76,ホモ・エコノミ
る 。さらには,刑罰量と発覚可能性を分ける
71
ことは,部分的には不自然に感じられるが ,
クスの私利私欲によって説明できる場合もあれ
これを諦めるという意味で,刑の重さに重大な
ば,そうでない場合もある。
意義が与えられることもある72─そして,両
cc) 経済犯罪というものが,例えば暴力犯
者を混合させてしまうと,言明の価値(Aussa-
罪と比べれば「合理的選択」と親和的だと考え
gewert)は著しく低下する。加えて,聞き取り
られるとしても,経済犯罪にとって特徴的かつ
調査によれば,刑の重さは調査対象の犯罪に
特有の,訴追および証明の問題が依然として残
とって意味がないことが示された。アメリカに
る77。発覚のリスクがどれくらいあると考える
おける犯罪統計調査によれば,例えば1990年代
かは,少なくとも軽微な犯罪の場合には意思決
に導入された再犯の厳罰化に関して,同様の所
定の要素をなすことが経験的に証明されている
見が示された73。
が78,このことからすれば,制裁規範から予防
bb) 経済学的な犯罪理論は,少なくとも次
効果が生じるとしても,その効果は低下してし
の領域においては,説得力を持ちうるかもしれ
まうのである。安定した視点を得るためには,
刑法理論的構想については立ち入らない。
66 ドイツに関しては,Curti, in: Ott/Schäfer (Hrsg.), Die Präventivwirkung zivil- und strafrechtlicher Sanktionen, 1999, S. 71. 参照。
67 Vgl. Simpson, Corporate Crime Law and Social Control, 2002, S. 26 ff.
68 Vgl. Simpson (Anm. 67), S. 27.
69 Siehe Nagin, Crime & Justice 23 (1998), S. 1, 2.
70 Dezhbakhsh/Shepherd, Economic Inquiry 44 (2006), S. 512.
71 Mendes/McDonald, Policy Studies Journal 29 (2001), S. 588 ff.
72 Schöch, Festschrift für Jescheck, 1985, S. 1081, 1098 ff.; Bönitz, Strafgesetze und Verhaltenssteuerung, 1991,
S. 329.
73 Vgl. Streng (Anm. 64), Rdn. 57.
74 Bock, Kriminologie, 2. Aufl. 2000, Rdn. 193; vgl. auch Hess/Scheerer, KrimJ 1997, 83, 111 Fn. 59. Boers
(MschrKrim 84 [2001], S. 335, 349) の疑念の根拠は,企業においては,全体的合理性(Gesamtrationalität)を
形成することは困難であることのみに求められている。
75 Siehe etwa Vogel (Anm. 20), S. 731, 745.
76 Vgl. Bock, in: Kaiser/Jehle (Hrsg.), Kriminologische Opferforschung, Teilband I, 1994, S. 171, 177; ders.
(Anm. 74), Rdn. 193.
77 Vgl. Bannenberg, Korruption in Deutschland und ihre strafrechtliche Kontrolle, 2002, S. 263 ff.; Dannecker,
in: Wabnitz/Janovsky (Hrsg.), Handbuch des Wirtschafts- und Steuerstrafrechts, 2007, S. 22 ff.; Heine, ZStrR
119 (2001), S. 22, 25 f.; Kunz, Das strafrechtliche Bagatellprinzip, 1984, S. 68 ff.
78 Streng (Anm. 64), Rdn. 55.
205
犯罪理論に関しても,発覚可能性の分析に関し
きた操縦問題に鑑みれば一見したところ矛盾し
ても,少なくとも部分合理的(teilrational)に
ているように思われるかもしれないが─刑事
論証せざるをえない─あるいは,このような
政策にも同様に当てはまる。このことは,フ
観点は断念せざるをえないのかもしれない。
リードマン ,ベッカー ,ポズナー ら経済学者が,
極めて厳密に,辛抱強く,ホモ・エコノミクス
のモデルを刑事政策的問題設定に適用したアメ
リカにおいては,疑念にさらされていない83。
刑法の経済学的分析は,少なくともドイツにお
いては受け入れられておらず,また,上でみた
ように経験的にも失敗に終わったというテーゼ
は,実は,検討不十分であった。なぜなら,第
1に ,威嚇効果の増加を根拠とする厳罰化は,
昔から,経済刑法においても慣例となっている
からである。第2に ,利潤の吸い上げのような
新しい制裁形態は,直接的な,純粋経済的に解
釈できる影響力に信頼を置いている84。第3に ,
経済犯罪との闘いは,これまで常に,多角的な
闘いであった。犯罪予防の,事実的予防へと向
けた徹底的拡充は,便宜性(Opportunitäten)
を改めること,すなわち,犯罪を割に合わない
高価なものにせしめることを目指す。法益保護
のために費やされるコストと逆数関係にある関
数として供給を理解するならば,Fritz Sackの経
済政策と同じく,供給志向刑事政策(angebotsorientierte Kriminalpolitik)という言葉を用い
ることができよう85。
Ⅳ.統制モデルの危機から導かれる,(経
済)刑法に関する帰結
以上で操縦モデルの主張と現実を検討したの
で,次に,そのことから経済刑法に関して引き
出される帰結をみてみることにしよう。
1.刑事政策の経済化(Ökonomisierung)
a) 経済動向と政治動向の間には,喧伝され
る刑事政策が存在するという側面のほか,単な
る偶然として片付けることのできない平行性が
存在するという側面もある79。このテーゼが出
発点となる。経済および政治の針路を大まかに
示そうとする試みに関しては,今も昔も,新自
由主義的なサプライサイドの政策( neoliberale
Angebotspolitik)80が支配的であると思う。これ
は,国家による制限(Restriktion und Reduktion)の意義を新たに規定し,ないしは固定化
しようとするものである81。経済論理および経
済合理性が,その代わりに,指導的な政治原則
となる82。
b) 以上のことは,─これまでに確認して
79 Streng (Anm. 64), Rdn. 55.
80 So auch Sack (Anm. 64), S. 7, 31; Singelstein/Stolle, Die Sicherheitsgesellschaft, 2006, S. 20; 用語については,
Beuck/Diederich, in: Albers u.a. (Hrsg.), Handwörterbuch der Wirtschaftswissenschaft, Band 5, 1980, S. 433,
443 ff.参照。Der Brockhaus Wirtschaft, 2004のキーワードは「供給重視の経済政策(angebotsorientierte Wirtschaftspolitik)」,Dichtl/Issing (Hrsg.), Vahlens Großes Wirtschaftslexikon, Band 1, 2. Aufl. 1994のキーワー
ドは「供給重視の経済政策」
,dies., Vahlens Großes Wirtschaftslexikon, Band 3, 2. Aufl. 1994のキーワードは
「価格政策(Preispolitik)
」
,Gablers Wirtschaftslexikon, Band 1, 16. Aufl. 2004のキーワードは「供給経済学
(Angebotsökonomik)
」および「供給重視の経済政策」,Gablers Volkswirtschaftslexikon, Band 1, 3. Aufl. 1996
のキーワードは「供給経済学」
。Schaper, Makroökonomie, 2001, S. 86 ff.; Wartin, in: Albers u. a. (Hrsg.), Handwörterbuch der Wirtschaftswissenschaft, Band 6, 1981, S. 109, 113参照。
81 Sack (Anm. 64), S. 7, 31; その他,注80に掲げた文献参照。
82 Sack (Anm. 64), S. 7, 31; vgl. auch Schünemann, in: Hefendehl (Hrsg.), Empirische und dogmatische Fundamente, kriminalpolitischer Impetus, 2005, S. 349, 361.
83 Vgl. u. a. Becker, Journal of Political Economy 76 (1968), S. 169; Posner, American Criminal Law Review 17
(1980), S. 409; ders., Columbia Law Review 85 (1985), S. 1193; vgl. auch Vogel (Anm. 20), S. 731, 738 m. w. N. in
Fn. 29.
84 後述Ⅳ. 4.参照。
85 Sack (Anm. 64), S. 7, 31 は,犯罪行為が法益侵害を実現するために費やすコストの増加によって,他方では,
法益保護のコストが減少するという意味で理解されなければならない。
206
2.犯罪を通じた統治(Governing through
「犯罪を通じた統治」という背景にも,「刑事政
Crime)
策の経済化」という背景にも,十分な説得力が
a) 刑事政策の経済化とパラレルに,第2の
あるように思われる。なぜなら,その場合,経
重要現象を考察しなければならない。これによ
済刑法が操縦という意味で作用しているかどう
り,なぜ,上記のような操縦問題が存在するに
かは,もはや重要ではないからである。むしろ
もかかわらず,これまで厳罰化に信頼が置かれ
決定的であるのは,政治的な上得意への作用で
86
てきたのかが分かる。
「犯罪を通じた統治」 と
ある。Popitzによる不知(Nichtwissen)90の予防
いう表現は,犯罪および刑事政策を,政治力の
効果に関する認識に依拠するならば,ここで,
目的のために手段として利用することを意味し
─より一般的な,かつ予防には関連しない
ている。この,典拠の疑わしい目的を基準に掲
─不知の政治的作用 について語ることができ
げる政策は,明白な機能的特徴を有する点で,
るだろう。
例えば環境刑法に関して知られているような宥
和的象徴的政策とは一線を画している87。経済
3.刑法的な統制思考の推進
犯罪の領域でこのような「犯罪を通じた統治」
以上で,
「犯罪を通じた統治」という観点に
が行われるのは,例えば,多数の利害関係者を
よって,領域によっては今も昔も刑法および厳
越えて広範な社会的影響が見込まれる場合や,
罰化に信頼が置かれている理由を示した。しか
経営トップの行為が多くのメディアでスキャン
し,
「犯罪を通じた統治」という観点は,多岐に
ダルとして扱われる場合である。このように考
渡るこの政策の全てを説明するものではない。
え た 場 合 の み,
「 企 業 犯 罪(corporate delin-
私は,その他の補強材料として,ヨーロッパ化,
quency)
」─すなわち,団体の(刑法的)責
国際化,経済学的誤解の優勢,経済刑法および
任─の出発点であるアメリカで,なぜ,エン
経済犯罪学に関するドイツの伝統を挙げたい。
ロンやワールド・コムに関する刑法的検討がご
a) 共同体の財政的利益の刑法的保護は,刑
く一部の世間に名の知れた大実業家に集中した
法のヨーロッパ化の原動力となった91。このよ
のかが説明できる88。ここでは,本稿冒頭で言
うな超国家的保護対象に関して明白であるのは,
及した89,経済犯罪遂行者の人的特徴という視
制裁水準が引き下げられるリスクよりむしろ,
点が現れている。
厳しい制裁威嚇による確実な保護の確保が求め
b) 社会的重要性が認められる領域では,
られるリスクである。このような気迫のこもっ
86 これをタイトルに掲げるモノグラフィーとして,
Simon, Governing Through Crime: How the War on Crime
Transformed American Democracy and Created a Culture of Fear, 2007参照。
87 Hassemer, NStZ 1989, 553; Hefendehl (Anm. 11), S. 310 ff.; Müller-Tuckfeld, in: Institut für Kriminalwissenschaften Frankfurt a.M. (Hrsg.), Vom unmöglichen Zustand des Strafrechts, 1995, S. 461, 475 ff.; Schmitz
(Anm. 43), Vor §§ 324 ff. Rdn. 9.
88 エンロンのかつての重役Skilling,Lay,およびFastowに対する刑事訴追に関する報道としては,Frankfurter
Allgemeine Zeitung v. 25.10.2006, S. 26, v. 24.10.2006, S. 13, v. 27.5.2006, S. 14 und v. 26.5.2006, S. 11参照。ワー
ルド・コムのEbbersについては,Frankfurter Allgemeine Zeitung v. 31.7.2006, S. 14 und v. 16.3.2005, S. 15参
照。
89 上述Ⅱ. 2.参照。
90 Popitz, Über die Präventivwirkung des Nichtwissens: Dunkelziffer, Norm und Strafe, 1968.
91 Delmas-Marty (Hrsg.), Corpus Juris der strafrechtlichen Regelungen zum Schutz der finanziellen Interessen der Europäischen Union, 1998; Europäische Gemeinschaften/Kommission (Hrsg.), The legal protection of
the financial interests of the Community, 1993; Fromm, Der strafrechtliche Schutz der Finanzinteressen der
EG, 2004; Pache, Der Schutz der finanziellen Interessen der Europäischen Gemeinschaft, 1994, S. 188;
Brüner/Spitzer, NStZ 2002, 393; Dannecker, ZStW 108 (1996), S. 577; Hefendehl, Festschrift für Lüderssen,
2002, S. 411; Schwarzburg/Hamdorf, NStZ 2002, 617; Stoffers, EuZW 1994, 304; Tiedemann, NJW 1990, 2226;
Zieschang, EuZW 1997, 78.
207
た政策の例としては,絶えず公に強調される,
うな制度は当時は夢想にすぎなかったかもしれ
カルテルとの闘いに関する欧州委員会の決意の
ないが,今日では既に,そして環境保護に関す
強さを挙げることができる。制裁金5億ユーロ
る欧州司法裁判所の気掛かりな判決が出された
92
という判決も決して稀ではない 。これは,単
後は特に95,結論として実践されている。威嚇
純に経済的な理由付けの契機を提供するもので
的・効果的保護というものが,政策的には未解
ある。2006年の共同体の総予算約1000億ユーロ
決の問題であるにもかかわらず,忽然と刑法が
であるが,少なくともその1%相当額は制裁金
かつぎ出される。なぜ刑法が効果的でなければ
の収入であり,増加傾向にある93。同年の,い
ならないのかは根拠付けられていない。それは,
わゆる詐欺との闘いのための予算は,貸方を参
これまでに語られてきたことをもってしても不
照すると,約6000万ユーロ超であったと見積も
可能であろう。
b) 理論的に洗練された形で厳罰化が行われ
94
ることができる 。
るリスクは,EU内のみならず,経済刑法の国際
欧州憲法草案第3部415条1項には,激しい
闘いの刑法(Bekämpfungsstrafrecht)の哲学
化に際しても生じている。この点に関しては,
が,周知の形式によって,いま一度明示された。
とりわけ,アメリカが適合の圧力を掛けている
「共同体および加盟諸国は,詐欺的行為(Betrü-
ことが重要な要因と解される。例えば,ヨー
gereien)その他共同体の財産的利益に向けら
ロッパにおける資金洗浄立法や96,2002年に刑
れた違法な行為に対しては,本条の措置でもっ
罰による補強がなされたものの依然として厳し
て対処する。この措置は,加盟諸国ならびに共
い批判が向けられている財務諸表の正確性の確
同体の組織,施設,その他の官署において威嚇
97
認(Bilanzeid)
─これは,透明性に関する指
的でなければならず,かつ,効果的な保護の作
令98の国内法化である─を挙げることができ
用を及ぼすものでなければならない。
」このよ
る。これらに際しても,刑法投入に関するアメ
92 エレベーターのカルテルに対する総額9億9000万ユーロの制裁金(COMP/E-1/38.823)─エレベーターお
よびエスカレーター。ThyssenKruppに対しては単独で4億7900万ユーロが課された。Pressemitteilung der
Kommission v. 21.2.2007 (IP/07/209) 参照。;ガス絶縁開閉装置のカルテルに対する総額7億5000万ユーロの
制裁金(COMP/F/38.889)─ガス絶縁開閉装置。シーメンスに対しては単独で3億9600万ユーロが課され
た。Pressemitteilung der Kommission v. 24.1.2007 (IP/07/80) 参照。;ゴムのカルテルに対する総額5億1900
万 ユ ー ロ の 制 裁 金(COMP/F/38.638) ─ 合 成 ゴ ム。Pressemitteilung der Kommission v. 29.11.2006
(IP/06/1647) 参照;石膏ボードのカルテルに対する総額4億7830万ユーロの制裁金(COMP/E-1/37)─石
膏ボード。Pressemitteilung der Kommission v. 27.11.2002 (IP/02/1744) 参照;ビタミン剤のカルテルに対する
総額8億5500万ユーロの制裁金(COMP/E-1/37.512)─ビタミン剤。F. Hoffmann-LaRoche AGに対しては
単独で4億6200万ユーロが課された。Pressemitteilung v. 21.11.2001 (IP/02/1625) 参照。Abl.-EG v. 10.1.2003,
L 6/1も参照。
93 2006年会計報告参照について,ABl.-EU v. 16.3.2007, L 77 I/19参照。
94 ABl.-EU v. 16.3.2007, L 77 II/1243.
95 EuGH v. 13.9.2005, C-176/03, NVwZ 2005, 1289; hierzu Hefendehl, in: Joerden/Szwarc (Hrsg.), Europäisierung des Strafrechts in Polen und Deutschland – rechtsstaatliche Grundlagen, 2007, S. 41 m. w. N.
96 詳しくは,Ambos, ZStW 114 (2002), S. 236参照。アメリカによる政治的圧力に言及するものとして,Winkler,
Versicherungswirtschaft 1992, 1238; Scherp, wistra 1998, 81, 84; weiterhin Arzt, ZStW 111 (1999), S. 757, 769
参照。
97 サーベンス・オクスリー法により導入された財務諸表の正確性の確認への批判については下記参照。
Fairfax,
Rutgers Law Review 55 (2002), S. 1; Hefendehl, JZ 2004, 18, 22 f.; Perino, St. John’s Law Review 76 (2002), S.
671, 682 f.; Romano, Yale Law Journal 114 (2005), S. 1521, 1540 ff.; ドイツの「財務諸表の正確性の確認」への
批判としては,Fleischer, ZIP 2007, 97, 103 ff. m. w. N; Heldt/Ziemann, NZG 2006, 652参照。2006年8月16日の
透明性指令の転換のための法律(TUG)の政府草案に対するドイツ株式資本協会(Deutsches Aktieninstitut)
の意見表明11頁以下(復刻版はNZG 2006, 696, 699 ff.)参照。
98 規制された市場における取引が許可された有価証券の発行に関する情報に関する透明性の要請の調和に関
する欧州議会および欧州理事会の指令の転換のための法律(Gesetz zur Umsetzung der Richtlinie 2004/109/
EG des Europäischen Parlaments und des Rates v. 15.12.2004 zur Harmonisierung der Transparenzanforde-
208
上のものではありえないと私は考える100。
リカ的な哲学が,ドイツにおける直接的な影響
力を与えた。ブリュッセルで広範囲に見受けら
また,批判的犯罪学は,長い間,権力者の犯
れるアメリカ的傾向は,少なくとも経済犯罪の
罪を,それゆえ経済犯罪の大部分を避けて通っ
領域においては合理的選択政策の挫折が強情と
てきたが101,Peter-Alexis Albrechtの教科書は,
もいえるほどに無視されているとの印象を,強
経 済 刑 法 に 関 す る 章 に お い て, 軽 微 な 犯 罪
く抱かせる。財務諸表の正確性の確認を偽るこ
(Kleinkriminalität)の非犯罪化に焦点を当てて
いる102。ようやく,局面が変わりつつあるのだ。
とが犯罪化されたが,これが,いま一度個人に
信頼を置くものであって,理論的に厳密な帰属
4.法による効果的な制裁形態の探求につい
を断念するものであることは,
「犯罪による統
治」という前述のロジックに基づくものである。
c) 刑法的な統制思考を推進する事情として,
て
法による効果的な制裁形態の探求に際しては,
最後に,ドイツ刑法学および犯罪学を挙げよう。
法領域の違いに応じた区別は,それが操縦効果
経済刑法は,数十年来,古典的刑法解釈論の手
に信頼を置くものであり,かつ,重大な基本権
中にある。フランクフルト学派の議論は,おそ
侵害と結びついている限度では,有益でない。
らく,経済刑法においては,集合的法益という
我々は,これとパラレルな議論を,いわゆるテ
概念でもって,多くの格好の素材を見出すこと
ロとの闘いに際して交わしてきた103。
になるであろう。しかし,フランクフルト学派
比較可能な介入の深さ(vergleichbare Ein-
その他が,この点に関してまさに非刑法的介入
griffstiefe)に際しては,欧州人権裁判所の傾向
99
法(strafrechtsfreies Interventionsrecht)
に信
と合致する形で,広い意味における制裁に関す
頼を置くことによって,彼らは,チャンスを逃
る独自のカテゴリーを設けうるが,その目的は,
しているように思われる。つまり,刑法を純粋
例えば,関係者の権利の一切を救済可能にする
なものとして維持し,場合によっては刑法より
ことにある。欧州司法裁判所は,刑法上の制裁
も一層厳しい基本権侵害をいわばアウト・ソー
と行政法上の制裁の区別について,確かに,原
シングするという提案は,疑わしい美的観点以
則として,形式的な立法上の分類が優先される
rungen in Bezug auf Informationen über Emittenten, deren Wertpapiere zum Handel auf einem geregelten
Markt zugelassen sind, und zur Änderung der Richtlinie 2001/34/EG (Transparenzrichtlinie- Umsetzungsgesetz [TUG]) v. 5.1.2007, BGBl. I, Nr. 1 S. 10–32)
。 平等取扱に関する指令については,ABl.-EU v. 31.12.2004,
L 390/38参照。
99 Hassemer, ZRP 1992, 378, 383; ders., StV 1995, 483, 489 f.; ders., HRRS 2006, 130; ders., Produktverantwortung im modernen Strafrecht, 2. Aufl. 1996, S. 22 ff.; Lüderssen, Die Krise des öffentlichen Strafanspruchs,
1989, S. 37 ff.; Naucke, Die Wechselwirkung zwischen Strafziel und Verbrechensbegriff, 1985, S. 35 ff.
100 特別な敵味方刑法ないし介入法(Feindstraf- oder Interventionsrecht)を喧伝する見解には,これと匹敵す
る問題性を見出すことができる。Jakobs, ZStW 97 (1985), S. 751; ders., in: Eser/Hassemer/Burkhardt (Hrsg.),
Die Deutsche Strafrechtswissenschaft vor der Jahrtausendwende, 2000, S. 47; ders., HRRS 2004, 88; ders.,
ZStW 117 (2005), S. 839参照。この点に関する批判として,Gössel, Festschrift für Schroeder, 2006, S. 33;
Hefendehl, StV 2005, 156; Hörnle, GA 2006, 80; Kindhäuser, Festschrift für Schroeder, 2006, S. 81; Cancio Meliá, ZStW 117 (2005), S. 267; Roxin, Strafrecht Allgemeiner Teil I, 4. Aufl. 2006, § 2 Rdn. 126 ff.; Saliger, JZ
2006, 756; Schünemann, GA 2001, 205, 210 ff. 参照。このテーマに関しては,Uwer (Hrsg.), „Bitte bewahren Sie
Ruhe“ – Leben im Feindrechtsstaat, 2006に掲載された論稿も参照。
101 Karstedt, MschrKrim 90 (2007), S. 78, 79.
102 P.-A. Albrecht, Kriminologie, 3. Aufl. 2005, § 31.
103 危険予防(Gefahrenabwehr)の領域における無罪推定に関する議論については,Süddeutsche Zeitung v.
19.4.2007, S. 1; Frankfurter Rundschau v. 21.4.2007, S. 6 (Interview mit Hans-Joachim Jentsch) 参照。その際,
部分的には,憲法的に保障されている比例性原則の妥当性は,等しく介入の度合いが強い危険予防に際して
は,無罪推定のような刑事手続法上の保障が妥当しないことが(形式的に)含意されることによって,動揺す
る。
209
としている。しかし,欧州司法裁判所は,欧州
a) この新しい制裁形態の第1グループ に分
人権裁判所の基準を援用して,一般的な共同体
類されるのは,経済犯罪行為に対して競争上の
法上の原則こそが限界であるとの判断を示して
不利益を定めるものである。これに属するもの
おり,また,欧州人権条約の手続的権利が適用
としては,例えば,さらしもの効果(Pranger-
104
可能であるとみなしている 。欧州人権裁判所
wirkung)の意味における判決の公表や106,委
はまた,抑止的・予防的措置の区別に際して,
託発注手続(Vergabeverfahren)におけるいわ
実質的に,制裁によって関係者にどのような法
ゆるブラックリストへの掲載107,腐敗企業の登
益侵害作用が生じるかを問うとともに,さらに
録(Korruptionsregister)への掲載108,活動禁
は,違反行為の性質,制裁の重さ,制裁を課す
109
止(Tätigkeitsverbot)
,─例えば許認可の
105
ような─権利の剥奪110,─例えば税制上の
ための手続を問うている 。
104 Vgl. z. B. EuG EuZW 2001, 345 (Mannesmannröhrenwerke); EuGH EuZW 1999, 115; zum Ganzen Schwarze,
EuZW 2003, 261.
105 EGMR EuGRZ 1976, 221, 232 (Engel); 1985, 62, 67 (Öztürk); 1987, 399, 401 f. (Lutz); weitere Nachweise bei
Grote, EMRK GG, 2006, Kap. 15 Fn. 38; Schwarze, EuZW 2003, 261, 264.
106 条約81条および82条に定める競争規制の貫徹のための理事会規則30条(Artikel 30 der Verordnung (EG) Nr.
1/2003 des Rates v. 16.12.2002 zur Durchführung der in den Artikeln 81 und 82 des Vertrags niedergelegten Wettbewerbsregeln, ABl.-EU v. 4.1.2003, L 1)参照。知的財産の侵害については,知的財産権の貫徹のた
めの欧州議会および欧州理事会指令15条(Art. 15 der Richtlinie 2004/48/EG des Europäischen Parlaments
und des Rates v. 29.4.2004 zur Durchsetzung der Rechte des geistigen Eigentums (ABl.-EU v. 30.4.2004, L
157) , Berichtigung ABl.-EU v. 2.6.2004, L 195)参照。刑罰としての明白な分類を伴う,知的財産権の貫徹のた
めの刑法上の措置に関する欧州議会および欧州理事会指令の変更提案5条2項(Art. 5 Abs. 2g des geänderten
Vorschlags für eine Richtlinie des Europäischen Parlaments und des Rates über strafrechtliche Maßnahmen zur Durchsetzung der Rechte des geistigen Eigentums, KOM (2006), 168 endgültig)も参照。vgl. auch
Tiedemann, Wirtschaftsstrafrecht Allgemeiner Teil, 2004, S. 143 f.; フランスについては,刑法(Code pénal)
131-48条および 131-35条と結びついた131-39条9号参照(Code pénalのドイツ語訳として,<http://www.
jura.uni-sb.de/BIJUS/codepenal/ [26.10.2007]>参照。原文テキストは1999年6月1日当時のもの)。
107 欧州不正対策局(OLAF)のFranz-Hermann Brüner局長の主張として,ZEIT v. 4.8.2005, S. 20参照。農業
分野における既存のヨーロッパ規制として,欧州農業調整・保証基金(EAGFL)による区画の保障(Abteilung Garantie)・財政的措置を利用した一定の方法による受益の予防策に関する理事会規則(Verordnung
1469/95 des Rates v. 22.6.1995 über Vorkehrungen gegenüber bestimmten Begünstigten der vom EAGFL,
Abteilung Garantie, finanzierten Maßnahmen, ABl.-EU v. 29.6.1995, L 145/1),上の理事会規則の貫徹のため
の委員会規則(Verordnung 745/96 der Kommission v. 24.4.1996 zur Durchführung der Verordnung 1469/95
des Rates über Vorkehrungen gegenüber bestimmten Begünstigten der vom EAGFL, Abteilung Garantie,
finanzierten Maßnahmen ABl.-EU v. 25.4.1996, L 102/15)参照。また,腐敗および価格協定を理由とする企業
の追放に関する連邦交通・建設・都市計画省の命令(Erlass des Bundesministeriums für Raumordnung, Bauwesen und Städtebau betr. den Ausschluss von Unternehmen wegen Korruption und Preisabsprachen v.
9.9.1997, GMBl. 1997, S. 563)
,労働力を違法に雇用した場合における公的な建設委託からの企業の追放に関す
る連邦国土計画・土木建設・都市計画省(BMBau)
,連邦経済技術省(BMWi),連邦国防省(BMVg),連邦
交通省(BMV),連邦郵電省(BMPT)の共同規制に基づく手続問題および法効果に関する命令(Der Erlass
verweist für Verfahrensfragen und Rechtsfolgen auf die Gemeinsame Regelung des BMBau, BMWi, BMVg,
BMV und BMPT für den Ausschluss von Unternehmen von der Vergabe öffentlicher Bauaufträge bei illegaler Beschäftigung von Arbeitskräften v. 22.3.1994, GMBl. 1994, S. 478)をも参照。
108 ベルリンにおける腐敗の著しい企業の登録の準備および実行のための法律(Gesetz zur Einrichtung und
Führung eines Registers über korruptionsauffällige Unternehmen in Berlin – Korruptionsregistergesetz –
(KRG) v. 19.4.2006, Gesetz- und Verordnungsblatt für Berlin v. 3.5.2006, S. 358),腐敗対策の向上ならびにノ
ルトライン・ヴェストファーレンにおける委託に関する登録の準備および実行のための法律(Gesetz zur Verbesserung der Korruptionsbekämpfung und zur Errichtung und Führung eines Vergaberegisters in Nordrhein- Westfalen – Korruptionsbekämpfungsgesetz – (KorruptionsbG) v. 16.12.2004, Gesetz- und Verordnungsblatt für Nordrhein-Westfalen v. 4.1.2005, S. 8),ラントの規制の概観として,Jansen, WuW 2005, 502,
512 Fn. 47; 腐敗に関する登録の法的評価についてはBattis/Bultmann, ZRP 2003, 152参照。連邦全域の腐敗企
業の登録のための草案については,Stoye, ZRP 2005, 265.
109 経営幹部の活動禁止については,刑法283条および283条dで有罪判決を受けた際の有限会社法(GmbHG)
6条2項2文参照。フランスにおける企業の活動禁止については,刑法(Code pénal)131-48条1項および 131-
210
─優遇措置の剥奪がある111。
る犯罪に関連するものとして解釈するのは困難
第2グループ の制裁は,外部又は内部からの
であるとしても,法による効果的な制裁形態の
コントロールを通じて企業から自律性を奪うこ
探求に際しては,犯罪の対象と少なくとも部分
とを目的とするものである。これに属するもの
的に一致する刑罰を創設することは有益である
としては,モニタリング・システムの下への配
ように思われる。なぜなら,そのような刑罰に
置や,企業後見(Kuratel)ないし企業内管理者
は,第1に ,少なくとも例えば罰金刑や自由刑
112
(Betriebsbeauftragte) による監視,強制管理
以上の威嚇作用が見込まれ,第2に ,経済活動
113
(Zwangsverpachtung)
,連邦金融監督局(Ba
ないし少なくともそのコントロールに対して影
114
Fin) や証券取引委員会(SEC)─その権勢
響力を及ぼす可能性があるという,二重の効果
はシーメンスの事件においても明らかに示され
が見込まれるからである。企業から部分的にそ
115
た ─のような外部機関によるコントロール
の自律性を奪うという上記第2グループは,本
がある。
質的に,このような刑罰に属するものである。
制裁に関する第3のグループ は,犯罪によっ
この領域においては,比例性の検討を越えて,
て得られた利益を,行為者から剥奪しようとす
経済活動を圧殺するような方法に限定すべきで
るものであり,例えば,犯罪収益(Verbrechens-
ないという要請が出てくる。
c) 効果の検討に関して言えば,経験的な社
116
produkte)
の没収,収奪,無効化を挙げるこ
会研究から得られる興醒めな知見については既
とができる。
b) これらの制裁においては,比例性 の原則
に述べたが,この知見が,ここでも同様に妥当
および牽連性( Konnexität) の原則という2つ
す る。 制 裁 の 交 換 可 能 性(Austauschbarkeit
の制限がとりわけ重要である。ハレで開催され
118
der Sanktionen)
の原則によるならば,上記の
た刑法学者会議において,主刑としての運転禁
諸々の制裁には一層の創意工夫の余地があると
止について議論されたが,その際に後者の原則
いうことになるけれども119,予防作用は変わら
117
が重要な役割を果たした 。予防志向的な刑法
ないであろう。ハレの会議では,制裁の刷新は
において,自由刑および罰金刑を,処罰理由た
可能であるとの意見が大勢を占めたが,この意
28条と結びつく131-39条2号参照(Code pénalのドイツ語訳については前掲注106参照)。
110 Siehe etwa für die Niederlande Art. 7 f WED.
111 Vgl. hierzu Schwinge, Strafrechtliche Sanktionen gegenüber Unternehmen im Bereich des Umweltstrafrechts, 1996, S. 163.
112 フランスについては,刑法(Code pénal)131-46条と結びつく131-39条3号(Code pénal のドイツ語訳は前
掲注106参照)。Schünemann, in: Schünemann/González (Hrsg.), Bausteine des europäischen Wirtschaftsstrafrechts, 1994, S. 265, 290 f.;��������������������������������������������������������������������
ドイツに関しては������������������������������������������������������������
Schünemann (Hrsg.), Deutsche Wiedervereinigung, Bd. III: Unternehmenskriminalität, 1996, S. 147 f.の提案参照。
113 Siehe hierzu Schwinge (Anm. 111), S. 163.
114 金融機関に対する監督を定める信用制度法(KWG)6条1項参照。具体的には,連邦金融監督局が特命委
員(Sonderbeauftragten)を就任させる可能性を定める同法36条1a項,経営幹部の解任を定める同法36条1
項および2項。保険会社に対する監督を定める保険監督法(VAG)81条1文および146条,証券会社に対する監
督を定める証券取引法(WpHG)4条1項1文,不法な銀行業務および金融サービスに関する連邦金融監督局
の調査権限については,Schröder/Hansen, ZBB 2003, 113参照。予防と制止(Prävention und Repression)が
交錯する連邦金融監督局の任務の範囲については,Vogel (Anm. 20), S. 731, 741参照。
115 例えば下記の報道参照。ZEIT v. 7.12.2006, S. 31; Börsen-Zeitung v. 27.4.2007, S. 11; ZEIT v. 3.5.2007, S. 29;
Handelsblatt v. 9.5.2007, S. 17; Frankfurter Rundschau v. 9.5.2007, S. 10; Frankfurter Allgemeine Zeitung v.
15.5.2007, S. 20; Handelsblatt v. 18.5.2007, S. 14; Börsen-Zeitung v. 29.5.2007, S. 8.
116 刑事訴訟法(StPO)407条2項1文1号参照。廃棄処分請求(Vernichtungsanspruch)については商標法
(MarkenG)18条も参照。
117 議論のレポート(Julius, ZStW 111 (1999), S. 889, 903 ff.)参照。
118 Zu diesem Streng (Anm. 64), Rdn. 278 f.
119 Julius, ZStW 111 (1999), S. 889, 906.
211
見は,威嚇的一般予防に関してはせいぜい限定
するものにすぎない。上記の歪曲効果(Verzer-
的に主張することしかできない。なお,1999年
rungseffekten)に際して,名宛人としての団体
に は 例 え ば 電 子 装 置 に よ る 監 視(elektroni-
において情報環境が向上することになると想定
120
するならば,それと同時に,情報が団体内部で
scher Hausarrest)が引き合いに出された 。
制裁の賦課には犯罪予防の事実的効果がある
分配されることを考慮せざるをえなくなってし
ということによってのみ,追加的な効果が達成
まう124。加えて,既述の企業内部における中和
されうることは既に述べた。この犯罪予防の事
技 術(Neutralisationstechniken)125は, い わ ゆ
実的効果は,後述の事実的犯罪予防におけるの
る団体の犯罪的態度( kriminelle Verbandsattitüde)126に 働 き か け る も の で あ る。 い わ ゆ る
121
と同様の傾向を有している 。
d) 企業自体への制裁について,ここで,そ
127
「リーン・マネジメント(lean managemen)」
れが予防作用を高めるかどうかという観点から
を,すなわち無駄を省いた経営を表向きは推進
検討する。
していても,当然,今も昔も階級組織的構造が
122
「企業犯罪(Corporate Crime)
」 の社会学的
特徴的なのであって,そのことから結局は,経
特徴から,組織を企業のアクター(korporativer
営トップの考え方が通例は貫徹されることに
123
なっている128。
Akteur) として理解するという考察方法は,
一見反論の余地のない結論を引き出しているが,
こうしてみると,団体に対する制裁を可能に
この場合,制裁の名宛人もまた企業だというこ
することで,確かに訴追問題が減少するかもし
とになってしまう。しかし,このような考察方
れないが,だからといって予防作用が得られる
法においては,確実に操縦の欠陥が存在するた
わけではないと考えるのが実際的 であろう。
め,そこから決定的なものは何も得られないよ
「食肉偽装(Gammelfleisch)」スキャンダルの
うに思われる。それは,単に,理論的な帰属条
後,あらゆる方面から激しく企業処罰が求めら
件を緩めて,システムとしての企業を帰属先と
れたことは,既述の「犯罪を通じた統治」とい
120 Streng, ZStW 111 (1999), S. 827, 848 ff.
121 後述Ⅳ. 6.参照。
122 Siehe Clinard, Corporate Crime, 1980, S. 16 ff.; Benson/Cullen, Combating Corporate Crime, 1998, S. 21 ff.;
Boers, MschrKrim 84 (2001), S. 335; Simpson (Anm. 67), S. 6 ff.; Eisenberg, Kriminologie, 6. Aufl. 2005, § 47
Rdn. 4 ff.; 組織要因については,Simpson/Gibbs (Hrsg.), Coporate Crime, 2007参照。この文脈において同様に
よく使われる用語である「組織犯罪(Organizational Crime)」については,下記参照。Cullen/Cavender/
Maakestad/Benson, Corporate Crime under Attack, 2. Aufl. 2006, S. 8 f.; Pearce, in: Shover/Wright (Hrsg.),
Crimes of Privilege: Readings in White-Collar Crime, 2002, S. 35, 36 f.
123 組織を行為の集合体として把握する個人的・方法論的解明アプローチに基づく「企業のアクター」という概
念については,Coleman, Foundations of Social Theory, 1990, S. 539 f.; Abraham, Rational Choice-Theorie und
Organisationsanalyse, 2001, S. 2, 14<http://www.orgsoz.org/abraham.pdf [26.10.2007]>; Abraham/Büschges
(Anm. 16), S. 79–83. これによれば,法人の行為は,集合的な現象として個人の共同作業の結果ではあるが,そ
れでもなお,各人の個別行為の単なる総和ではないとされる。
124 団体における情報の病理(Informationspathologien)の多様性については,Scholl, in: Frese (Hrsg.), Handwörterbuch der Organisation, 3. Aufl. 1992, Sp. 900 ff.; Wilensky, OrganizationalIntelligence, 1967, S. 41 ff.;
Bronner, in: Schreyögg/v. Werder (Hrsg.), Handwörterbuch Unternehmensführung und Organisation, 4.
Aufl. 2004, Sp. 229, 235 f.; Frey/Schulz-Hardt, in: Hoyos/Frey (Hrsg.), Arbeits- und Organisationspsychologie,
1999, S. 313, 316参照。とりわけ,情報の病理の多様性に起因して,組織は,その構造─完全な合理性という
理想に向かう官僚主義的支配タイプ─にもかかわらず,
個人よりも過ちに陥りにくいわけではない。
Bronner,
in: Handwörterbuch, a. a. O., Sp. 235; Weber, Wirtschaft und Gesellschaft, 5. Aufl. 1980, S. 128 ff. 参照。
125 Hefendehl, MschrKrim 86 (2003), S. 27, 31 ff.; ders., MschrKrim 88 (2005), S. 444, 449 ff.
126 Schünemann, Unternehmenskriminalität und Strafrecht, 1979, S. 22 ff.
127 von Eckardstein/Seidl, in: von Eckardstein/Kasper/Mayrhofer (Hrsg.), Management, 1999, S. 431 ff.
128 まさに階級組織的構造により,情報の病理の発生が促進・強化されるのである。Scholl, in: Handwörterbuch
(Anm. 124), Sp. 907; Bronner, in: Handwörterbuch (Anm. 124), Sp. 235; Wilensky (Anm. 124), S. 42–48参照。ス
リムな階級組織における中和のメカニズムについては,Hefendehl, MschrKrim 86 (2003), S. 27, 34.
212
う文脈において理解できるであろうが,
「食肉
a) カルテル法において発展してきた考え方
偽装」が減れば人々はそのようなことをほとん
に依拠して,私人の関与による法の貫徹が強化
ど望まなくなるであろう。理論的には ,操縦に
されることになっている134。ドイツでは既に伝
関する議論を捻じ曲げた場合に,システム理論
統的に,私法上で,民法823条が競争制限防止法
的知見とアクター理論的知見を結合する道は通
(GWB)およびEC条約87条・88条と保護法規と
じていないのである129。
して協同することを通じて,被った損害の賠償
を請求する可能性が認められてきたが,欧州委
5.制裁の貫徹の推進
員会は,このような慣行の本質的拡大を計画し
発覚リスクおよび訴追リスクが高まれば,操
ている。欧州司法裁判所は,Courage事件判決
縦作用が高まるであろう130。しかし,この領域
において,カルテル禁止の充分な実効性は,私
でも,企業犯罪の構造に基づく「変わりばえし
的な訴追の可能性を欠く場合には減少してしま
ないもの(a more of the same)
」では,効率性
うことを示したが135,欧州委員会は,2005年の
の理論の観点からは期待が持てない。このよう
緑書( Green Paper) において,刺激志向的な
私的損害賠償手続に関する広範囲に及ぶ提案を
提示した136。そこでは,アメリカを手本に掲
げ137,例えば,原告の立証負担軽減や,国家に
よる訴訟費用負担,さらにはまた,いわゆる二
倍賠償( double damage) の導入,すなわち,補
償を越えて明白に懲罰的な作用を伴う損害賠償
などが挙げられている。とりわけ,原告と被告
は互いに競争する者であって直接的な利害関係
があることから,原告においては,受ける刺激
な背景がありつつ,いわば内部からの法の貫徹
を促進する,つまり,訴追を少なくともイニシ
アチブの点で民間化する新たな試みが登場して
いる。上で公法に関する操縦問題について述べ
たが,そこで言及したメカニズムが,ここでま
さに現れる131。とりわけ,私人による法の実現
( Private Enforcement)132および内部通報( interne Whistleblowing)133という制度が重要な道具
である。
129 2つの視点の両立可能性については,Schimank, in: Allmendinger/Hinz (Hrsg.), Organisationssoziologie,
2002, S. 29 f.
130 Schöch (Anm. 72), S. 1081, 1098 ff.; Schumann u. a., in: Schumann/Berlitz/Guth/Kaulitzki (Hrsg.), Jugendkriminalität und die Grenzen der Generalprävention, 1987, S. 51 ff.; siehe auch Streng (Anm. 64), Rdn. 59.
131 C III. 2. a).
132 私人に義務を負わせる証券取引法(WpHG)上の例について,Vogel (Anm. 20), S. 731, 742 ff. 参照。
133 内部通報者とは,企業または官庁内部の誤った行為に関する情報および状況を,それを正す措置を講じうる
人物に報告する職員(場合によっては元職員)のことである。Miethe, Whistleblowing at work, 1999, S. 11 ff.;
Graser, Whistleblowing, 2000, S. 4; Lederberger, Whistleblowing unter dem Aspekt der Korruptionsbekämpfung, 2005, S. 7; Bürkle, DB 2004, 2158; Callahan/Dworkin/Fort/Schipani, American Business Law Journal 40
(2002), S. 177; Schmidt, International Review of Law and Economics 25 (2005), S. 143, 148; 職員が,自己の持
つ情報を企業外部の機関(大抵は官庁)に通報することは,外部通報(externe Whistleblowing)と呼ばれる。
これは,いわゆる私人による法の実現の特徴を備えている。というのも,ここでは,市民としての職員が,(大
抵は金銭的な)刺激に基づいて,法律ないし刑事訴追の貫徹に協力するものだからである。Graser, a. a. O., S.
255 ff.; weiterhin Belova, White-collar crime and whistle-blowing: theoretical and empirical analysis, 2003参
照。
134 Hierzu jüngst Basedow (Hrsg.), Private Enforcement of EC Competition Law, 2007.
135 EuGH EuZW 2001, 715 Rdn. 26 (Courage/Crehan):「EC条約81条の完全な有効性およびEC条約81条1項に
規定された禁止の実際上の有効性は,次の場合には害されるであろう。すなわち,競争を制限若しくは歪曲し
うる契約またはこれに相当する行為によって発生した損害について,必ずしも全ての人がその賠償を要求でき
るわけではない場合がそれである。
」
136 Kommission, Grünbuch Schadensersatzklagen wegen Verletzung des EU-Wettbewerbsrechts,
KOM/2005/672 (19.12.2005).
137 とりわけ,1914年のクレイトン法(Clayton Act)4条が定める三倍賠償制度がある。アメリカ法の概観と
して,Ginsburg, Journal of Competition Law and Economics 1 (2005), S. 427, 428 ff. 参照。
213
の増大が見込まれるのみならず,ありうる侵害
する態様で戦略的・侵害的に競争相手に対して
を発見するためのコストの減少もまた見込まれ
濫用されうることが,アメリカ法に関して記録
る点に,操縦の付加価値が見出されている138。
により裏付けられている142。濫用の例としては,
また,業界の事情に通じている私人は,国家的
買収のターゲットが敵対者に対して訴訟を提起
機関と比較して情報の優位性を保持しており,
し,その手続の間に買収に備えることが挙げら
これは上手く利用できるものと信じられてい
れている143。
b) サーベンス・オクスリー法144以前から,
139
る 。
しかし,そこに実際の効率上昇作用があるか
アメリカでは,内部通報制度145が徹底的に実践
どうかは,争われている140。仮に,慎重な検討
されてきたが,この制度は,問題の発覚を目指
の結果これを肯定できるのだとしても141,この
して,多くのコストを費やしている。これは,
ような法貫徹技術の短所は拭い去れない。例え
コーポレート・ガバナンス146として扱われてい
ば,カルテル法上の手続が,本来の目的を阻害
るが,結局のところ企業トップを煩わすもので
138 例えば,McAfee/Mialon/Mialon, Private v. Public Enforcement, Emory University School of Law Public
Law Research Paper No. 06-4, 2006, S. 1 参照<http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=775245
[26.10.2007]>。
139 McAfee/Mialon/Mialon (Anm. 138), S. 1 f.
140 私人による法の実現に好意的な学派として例えば,Becker/Stigler, Journal of Legal Studies 3 (1974), S. 1; 批
判的なのは,Landes/Posner, Journal of Legal Studies 4 (1975), S. 1; vgl. auch Ginsburg, Journal of Competition Law and Economics 1 (2005), S. 427, 435 ff.; Wills, World Competition 26 (2003), S. 473.
141 So z. B. McAfee/Mialon/Mialon (Anm. 138), S. 1, 20 f.
142 この点に関して引用されることが多いのは,U.S. Supreme Court, Utah Pie Co. v. Continental Baking, 386
U.S. 685である。概観として,McAfee/Vakkur, Journal of Strategic Management Education 2 (2005), S. 1参照
<http://www.hss.caltech.edu/~mcafee/Papers/PDF/strategicantitrust.pdf [26.10.2007]>。McAfee/Mialon/
Mialon, Private Antitrust Litigation: Procompetitive or Anticompetitive?, in: Ghosal/Stennek (Hrsg.), The
Political Economy of Antitrust, 2006, S. 453.
143 このようなやり方は,市場で成果の上がらない企業は,ありうる懲罰的損害賠償を通じてライバルの成果か
ら利益を得る目的で,自社の価値を意識的に害してもよいという倒錯した論理にまで通じている。vgl. Nachweise bei McAfee/Mialon/Mialon, Private v. Public Enforcement: A Strategic Analysis, Emory University
School of Law Public Law Research Paper No. 06-4 (2006), S. 5.
144 サーベンス・オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act of 2002, Pub. L. No. 107-204, 116 Stat. 745 (2002))806条
─これに従って,合衆国法典18編1514A条が挿入された─は,利害関係者に対する不正行為がなされてい
た場合における,内部通報者への報復からの保護のための民事訴訟の制度を導入したものである。内部通報者
保護のため法律は,この他にも多数存在する。例えば,False Claims Act of 1863, 31 U.S.C. §§ 3729–3732参照。
連 邦 の 機 関 に つ い て は,Civil Service Reform Act of 1978, vgl. Publ. L. No. 95-454, 92 Stat. 1111 (1978);
Whistleblower Protection Act of 1989, vgl. 5 U.S.C. § 1221; National Labor Relations Act of 1935, vgl. 29 U.
S.C. §§ 151–169; Notification and Federal Employee Antidiscrimination and Retaliation Act of 2002, Pub. L.
No. 107-174, vgl. 5 U.S.C. § 2301; さらに,公務員制度改革法(CSRA)に依拠する各州の規制を参照。サーベ
ンス・オクスリー法から3年を経て内部通報規制が上げた成果については,Scalia, Practising Law Institute
735 (2006), PLI/Lit 291参 照。 内 部 通 報 手 続 に 関 す る 統 計 と し て,Earle/Madek, American Business Law
Journal 44 (2007), S. 1, 9 f. 参照。これは,内部通報者の保護が充分はないとの批判を含む。
145 密告(Denunziation)という概念は,議論において圧倒的に批判に出くわすが(議論のレポートはBeckemper,
in diesem Band, S. 968 [Hellmann], 969 [Dölling])
,部分的には,旧東ドイツの秘密警察シュタージのメソッド
(Stasi-Methode)という概念(Beckemper, a. a. O., S. 971 [Schünemann])によってさらに先鋭化された。仮に
内部通報というものをニュートラルな「届出(Anzeige)」の意味に限定することができるのだとしても,ここ
でその言葉は,本稿で示唆した理由から,ネガティブな意味で用いられる。
146 Berndt, BB 2005, 2623; Bürkle, DB 2004, 2158; Callahan/Dworkin/Fort/Schipani, American Business Law
Journal 40 (2002), S. 177; Wisskirchen/Körber/Bissels, BB 2006, 1567, 1569; 29条データ保護調査委員会(Art.29-Datenschutzgruppe) の2006年 1 月 の 意 見 表 明 も 参 照 <http://ec.europa.eu/justice_home/fsj/privacy/
docs/wpdocs/2006/wp117_de.pdf [26.10.2007]>。ドイツ・コーポレート・ガバナンス・コーデックス(Deutscher Corporate Governance Kodex)は,適切なリスク・マネジメントおよびリスク・コントロールに一般的
にのみ着目する。2006年6月12日版の4.1.4. 参照<http://www.corporate-governance-code.de/ger/download/
D_CorGov_Endfassung_Juni_2006.pdf [26.10.2007]>。
214
はないし,また,濫用を誘発するものである。
うな事実上の,ないしは状況上の予防の若干の
この濫用は,BackesとLindemannの研究によれ
例としては,次のものを挙げることができる。
ば,見せしめや場合によっては憂さ晴らし(ein-
まず,企業が採用の際に行う平易なプロファイ
drucksvoll und teilweise erheiternd)であるこ
リングのような,市場参加の許認可の必要条件
147
とがわかる 。さらには,アメリカの研究によ
化がそこに属する。職員の機能分離のような労
れば,内部通報者から持ち込まれる異議の数は,
働 支 援 策 や,Need to knowの 原 則(Need-to-
安全対策が施されているにもかかわらず,それ
know-Prinzip) ,従業員の計画的異動(Jobro-
ほど多くない148。企業文化に鑑みても,内部通
tation),技術的に保護された領域,署名の必要
報というものは,2つの相反する価値を含むも
条件化(Abzeichnungserfordernisse),ビデオ
のといわざるをえない。これと比べればほぼ無
監視なども,犯罪行為に出るコストを高める152。
害ともいえる王冠証人規定が,有効性の問題を
最後に,外部からの攻撃に対する防護壁も築く
含めあらゆる側面で重大な疑念にさらされてい
ことができる。
151
149
ることは,理由のないことではない 。しかし,
b) 犯罪学,刑法,政治および経済は,少し
Zypries法相は,彼女が内部通報制度を─時代
前から,異口同音に次のような措置を喧伝する
の流れ(am Puls der Zeit)─と短く公式化
限りで,危険に満ちた同盟を結んでいる。すな
していることに照らすと,犯人のことを密告す
わち,コストが克服不可能なほどに高まり,か
150
つ,犯罪の解明に関する困難な探究が実際に行
る動機付けを人々に与えたいようである 。
われない間に,犯罪学は,成功の保証を伴う正
6.法による統制から事実性による統制へ
真正銘の経済学的アプローチを問題にしてい
a) 法による統制が抱える根本問題は,操縦
る153。政治と経済は,官民連携(Public Private
の名宛人の行為のメカニズムに起因するもので
Partnership)を実践しているが,その結果,営
あるが,この問題が示すのは,経済犯罪の効率
利事業の自由行動の余地は,予防措置との関係
的な領域的保護というものが,犯罪行為を事実
では法律的にただ不完全に限界付けられるのみ
上不可能といえるほどに著しく困難にせしめて
であり154,政治はその対抗策として予防の成果
はじめて実現可能だということである。このよ
を独占する。
147 Backes/Lindemann, Staatlich organisierte Anonymität als Ermittlungsmethode bei Korruptions- und Wirtschaftsdelikten, 2006.
148 合衆国のメリットシステム保護委員会(Merit Systems Protection Board)が1993年10月に公表した研究「連
邦政府における内部通報:最新版(Whistleblowing in the Federal Government: An Update)」4章参照<
http://www.mspb.gov [26.10.2007]>。この点に関して,Estlund, Indiana Law Journal 71 (1995), S. 101, 120 f.
参照。特にサーベンス・オクスリー法に関しては,Earle/Madek, American Business Law Journal 44 (2007),
S. 1; Moberly, William and Mary Law Review 49 (2007), S. 1参照。
149 Bocker, Der Kronzeuge, 1991, S. 79 ff.; Eisenberg, Beweisrecht der StPO, 5. Aufl. 2006, Rdn. 942; Jaeger, Der
Kronzeuge unter besonderer Berücksichtigung von § 31 BtMG, 1986, S. 39 ff.; Jessberger, Kooperation und
Strafzumessung, 1999, S. 83 ff.
150 Süddeutsche Zeitung v. 16.5.2007, S. 8.
151 これは,任務遂行に必要なだけの権利ないし情報しか与えないという原則である。
152 Benz/Heißner/John, in: Dölling (Hrsg.), Handbuch der Korruptionsprävention, 2007, S. 49 ff.; Maschmann,
in: Handbuch, a. a. O., S. 103 ff.; Hassemer, StV 1994, 333, 336 f.; ders., StV 1995, 483, 489 f.; 連邦行政における
腐敗防止のための連邦政府ガイドライン(die Richtlinie der Bundesregierung zur Korruptionsprävention in
der Bundesverwaltung v. 30.7.2004)も参照<http://www.transparency.de/fileadmin/pdfs/Themen/Verwaltung/040702_Richtlinie1_BMI.pdf[26.10.2007]>。
153「状況的犯罪予防(situational crime prevention)
」の合理的選択アプローチとの理論的結びつきについては,
Clarke, Crime & Justice 19 (1995), S. 91, 97 ff.
154 かくして,許容限度の体系的逆転から出発しなければならない。国家機関が基本権侵害を行う際には法的基
礎という形態における正当性が要求されるのに対して,私的な機関による措置が許されないのは,それが禁止
215
c) 確実な成果に至る経済化も,一見したと
しては,根本的な社会政策上の疑念が存在する。
ころ魅力的かもしれないが,やはり,やむをえ
例えば職員採用に関して排除のための枠組を設
ず不均衡 が生じる場合が多いであろう。この不
けることは,新たな権力におけるラベリングに
均衡は,一方で,直接的な関係者に対する介入
ほかならないのではないか。これには,目的の
の深さから,他方で,牽連性という上記の根本
背後の目的 が関係している。すなわち,事実的
予防は,法律違反行為という限界を超えて及ぶ,
包括的な社会統制へと至るのである159。なぜな
ら,事実的予防には,規律への服従を迫る包括
的機能が備わっているからである160。このよう
な本質的により劇的な統制が問題となる場面で
は,国権の介入による拘束は,広範囲に亘って
もはや存在しない161。正当な事実的予防という
領域は,それゆえ,本質的には,企業への外部
からの攻撃の予防に限定される。
思想から生じる155。代案を欠く基本権制限は,
つまり,ターゲットである直接的名宛人のみな
らず,この制限に関わるその他の─いわゆる
偽陽性 ─にも及んでしまうため,その限りで
「盲目的」である156。従業員採用の際のインテグ
リティ・テスト(Integrity-Test)157はその例で
ある。このテストは,チャンスを台無しにする
ような破壊的人間像に当てはまるかどうかを問
うものであり,そこでは,1つでも基準を充た
さない場合には失格となるノックアウトの基準
7.法による統制から(コーポレート)ガバ
(K.o.-Kriterien)が利用される。これは,実際に
ナンスによる統制へ
は,代わりに採用する人を用意している場合に
a) コーポレート・ガバナンスという言葉を,
のみ意味を持つ。経済的に非生産的な効果が生
じるリスクも結局は存在することは,強調する
組織の指導および監視に関する理論の意味で用
には及ばない。なぜなら,企業は通例,このよ
いるとき162,そこには,ひょっとしてこれまで
うな交絡変数を統制するすべを心得ているから
みてきた操縦の行き詰まりを打開する鍵がある
である。とはいえ,あらゆる技術的予防措置に
のではないか,という期待が沸き起こる。その
際してはそれを潜脱しようとする試みが行われ
際,コンプライアンスおよび企業倫理は,よき
るが,これは,最適な統制技術の研究によれば
コーポレート・ガバナンスの「柱」としての役
増大効果(Eskalationseffekte)を促進するもの
割を果たし163,また,自己規制という考え方を
である158。
具体化するものであり,さらには,経済的な機
d) このように予め防御措置を施すことに対
能体系の特殊性と外部的操縦の限界とを考慮す
に違反している場合だけである。雇用者と労働者の関係においては,従属関係が存在するため,一定の措置を
受けてもそれに同意するか,少なくともそれを甘受する場合が多いであろう。
155 運転禁止が一般的制裁として牽連性を欠くことについては,Streng, ZStW 111 (1999), S. 827, 852 ff. 参照。
156 Vgl. Grabovsky, in: Homel (Hrsg.), The Politics and Practice of Situational Crime Prevention. Crime Prevention Studies, 1996, S. 25–56.
157 この点については例えばBussmann, MschrKrim 86 (2003), S. 89, 94 m. w. N. ならびにネットワーク上に無数
に存在する営利の提供品を参照。
158 Vgl. Hefendehl, NJ 2006, 17, 19.
159 Singelnstein/Stolle, Die Sicherheitsgesellschaft, 2006, S. 55; ビデオ監視の例については,Stolle/Hefendehl,
KrimJ 2002, 257, 267 ff. 参照。
160 Singelnstein/Stolle (Anm. 159), S. 60 f.
161 Siehe Anm. 154.
162 Peltzer/v. Werder, AG 2001, 1; v. Werder, in: Ringleb/Kremer/Lutter/v.Werder, Deutscher Corporate
Governance Kodex, Kommentar, 2. Aufl. 2005, Vorbem. Rdn. 1.
163 Schneider, ZIP 2003, 645, 647; Wieland, in: ders. (Hrsg.), Handbuch Wertemanagement, 2004, S. 13, 19, 25 f.;
Fürst/Wieland, in: Handbuch, a. a. O., S. 595, 599 f.; vgl. auch Vogel (Anm. 20), S. 731, 736; コンプライアン
ス・アプローチとインテグリティ・アプローチの区別については,Paine, Harvard Business Review Nr. 2
(1994), S. 106参照。
216
るものだとされる164。
であることが明らかになっているにもかかわら
b) このようなメカニズムは,類型的に,よ
ず,なぜ,政治的な文脈においても経済的な文
きコーポレート・ガバナンスを行えば金銭的に
脈においても比較的大きな役割を果たしている
165
報われる資本市場であれば実施されるという 。
のかである。内部から身を清める企業というイ
これにより,いま一度,合理的選択アプローチ
メージは,政治的に作用せず168,経済的にも妨
のための道が切り開かれるのだが,ここでも,
げになるものでもない。なぜなら,見せかけの
合理的選択アプローチは概して機能しない。経
コンプライアンス・プログラムや企業倫理プロ
済学者Bassenの最近の研究によれば,コーポ
グラムは,むしろ,企業の従属物にすぎないか
レート・ガバナンス・コーデックス(Corpo-
らである。責任の分担と服従の風土を伴う階級
rate Governance Kodex)の達成度と企業が収
組織的システムにおいては,経営トップの目く
める成果との間の想定上の関連性については,
ばせ ─いわゆるウィンク ─で充分なので
弱い経験的証拠しか認められないという166。
あって169,後の手続において場合によっては証
Nowakらも同様に,コーデックスへの適合の度
拠となるような明示的な指図は必要ではない170。
合にかかわらず金銭的に報われることもあれば
ますます知れ渡っているシーメンス・コンツェ
処罰されることもあるのであって,市場の制裁
ルンの詳細が,このことを印象的な形で明らか
メカニズムは,期待された成果を挙げていない
にしている。包括的なコンプライアンス・プロ
167
と断言する 。このような背景の下,ITガバナ
グラムを公表することと,犯罪行為が不可欠の
ンスという名のコントロール・システムが,一
構成要素をなす固定的な経営構造を構築するこ
見したところ自己操縦に信頼を置くものである
とが,互いに摩擦を起こすことなく並行して行
ように思われるが,実際には,状況的予防措置
われえたのである。シューネマン は,
「カント学
を講じているものであるとすれば,それはほぼ
派的な心情倫理に貫かれた経営者という指導形
防衛策であるように思われる。
象は,とうの昔に,利己主義的な効用最大化を
c) 問題は,コーポレート・ガバナンスとい
目指す個人という指導形象に取って代られてい
うものが,その遵守が本質的に経済的に無意味
る。」と,ドラスティックに述べた171。この点に
164 この点に関して,Bussmann, MschrKrim 86 (2003), S. 89, 93 f. は,とりわけ,経済と刑法の間の,構造的な
体系の相違を強調する。自己規制という考え方は,とりわけ,厳格なシステム理論に基づくならば,当然の帰
結であるように思われる。というのも,システム理論よるならば,オートポイエーシス・システムによる他者
操縦は,「コード(Code)
」がその都度異なることを理由として,可能でないからである。この点について,
Boers/Theile/Karliczek, Ritsumeikan Law Review 21 (2004), S. 109, 114, 122参照。
165 Frankfurter Allgemeinen Zeitung v. 19.12.2001に引用された,「コーデックスを尊重しない者は,市場がこ
れを罰する」というCrommeの発言(記事のタイトルでもある)参照。
166 Bassen/Kleinschmidt/Prigge/Zöllner, DBW 66 (2006), S. 375, 385 ff., 391 ff.
167 Nowak/Rott/Mahr, ZGR 34 (2005), S. 252, 279. それでも,コーポレート・ガバナンス・コーデックスの一部
は評価される。役員変動と企業の成果の間には,有意な関連が確認されうる。さらに,主要な経済的操縦アプ
ローチにもかかわらず,職員の満足度や,世間の評判,環境への配慮といったソフトファクター(weiche
Faktoren)を通じて,コーポレート・ガバナンス・コーデックスの方向性に適度の作用が与えられうる。
Wieland, in: Handbuch (Anm. 163), S. 13, 21; Hauschka, ZIP 2004, 877, 879; Bussmann, MschrKrim 86 (2003),
S. 89, 100参照。持続性を重視する投資モデルの魅力の高まりも,この点に関連する。いずれにせよ,当然の帰
結だが─前述Ⅲ. 1.参照─,この文脈においても厳格に合理的な態度を期待することはできないのである。
168 その際,刑法にとってそうであるのと同様,経済的な刺激システムは本質的に存在しないことを主題に据え
ることは,非生産的であるように思われる。かくして,このような状況は,公の議論においては語られないの
が通例である。
169 Laufer, Vanderbilt Law Review 52 (1999), S. 1343, 1412 ff.
170 ワールド・コムに関しては,Brickey, Wash. U. L.Q. 81 (2003), S. 357, 374参照。
171 Schünemann, in: Hefendehl (Anm. 82), S. 349, 361.
217
ついては,上述の認知心理学的知見に基づいて,
172
はあるが,麻痺ないし鎮静化させられた状態で
疑問が生じるかもしれない 。しかし,操縦は,
もある。これ以上刑法を求める声は,おそらく
心情倫理的でなくかつ経済に敏感でもない人物
上がらない。最悪の事態は免れているのかもし
がそれを行う場合には一層困難になるのである
れない。
二本栁誠(訳)
から,そのように考えても成果が上がらなくな
るだけである。
【訳者あとがき】
Ⅴ.要約
本翻訳原稿は,早稲田大学大学院法務研究
科田口守一教授が,直接,原著者であるフラ
イブルク大学ローランド・ヘーフェンデー
ル教授から日本語訳の許可を頂き,グローバ
ルCOE刑事法グループの研究の一環として,
Roland Hefendehl, Außerstrafrechtliche
und strafrechtliche Instrumentarien zur
Eindämmung der Wirtschaftskriminalität,
ZStW 119 (2007), S. 816 ff.を訳出したもので
ある。
経済刑法を経済学的に分析するというような
思考方法はドイツ刑法には関係がないこと,そ
して,コスト上昇を通じた操縦は不可能である
ことを理由とすると,経済刑法の経済学的分析
は,少なくともドイツにとっては無駄な試みで
あるのか,あるいはそうではないのか。仮に,
経済的影響というものを,単純にコスト上昇を
通じた操縦に限定してしまうのであれば,経済
刑法の経済学的分析は無駄だということになろ
う。法における経験的な統制問題に基づいて提
案されている代替手段は,経済刑法の下にも
やってきた。国家が「厳しい(tough)
」経済刑
法によって「犯罪を通じた統治」を実践し,ま
た,私的な「トロイの木馬」─内部通報およ
び私人による法の実現─の助けを借りて経済
刑法をより効果的なものにしようと試みること
で,国家と経済は,官民連携という沈黙の提携
を結んでいるのである。経済は,それ自体が関
わりを持つ犯罪対策という形態に替わる措置が
講じられてこなかったことから,それ自体を保
護するために刑法の助けを借りることは結論と
して断念してきた。それは同時に,目的の背後
の目的を明らかにする。すなわち,新しいスタ
イルの,明らかにソフトな統制がそれであり,
このような戦術は,国家が推進する企業倫理プ
ログラムによっても婉曲的に表現されている。
経済は,これまで以上に強くなり,かつ他の干
渉を受けないものとなる。経済犯罪もまたそう
である。我々は,本稿の冒頭に記した観客(Zuschauer)の役割において,魅了された状態で
172 前述Ⅲ. 1.b)aa)参照。
218
Fly UP