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Lost Wings Blasted Sky ー砕かれた空ー ID:17647

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Lost Wings Blasted Sky ー砕かれた空ー ID:17647
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このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者・
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻タイトル︼
Lost Wings Blasted Sky ー砕かれた
空ー
︻作者名︼
STASIS
︻あらすじ︼
彼は、自らの翼を失った。そして代わりに手に入れたのは、自分か
ら翼を奪った力だった⋮⋮。
とある天才科学者により発表され、瞬く間に世界の軍事バランスを
崩 壊 さ せ た 〝 史 上 最 強 〟 の 兵 器﹁I S︵イ ン フ ィ ニ ッ ト・ス ト ラ ト
ス︶﹂。
この兵器は女性しか扱えない。それだけの理由で社会的地位を失
われれ、理不尽なまでに貶められたは決して少なくなかった
﹁彼﹂も、その一人であった
そんな中現れた﹁世界で唯一、ISを扱える男﹂織斑一夏。
これにより各軍で行われたIS起動試験。そこで、1つの事実が発
覚する
﹁彼﹂も、ISを扱えてしまったのだ。
オリジナル展開、設定多め。
Mission00 歪んだ大空
空。人類が長い事、その空間を舞う事を夢見た、青く遠い幻想の世
界。
何もかもがちっぽけに見える地表。無限に拡がるように見える地
平。そして、頭上に拡がる無限の成層圏⋮⋮。
その蒼い、静かな世界を三つの輝きが切り裂いた。
ファイター
航空機⋮⋮それはその種別の中でも、〝かつて〟戦場を席巻した、
戦闘機と呼ばれる物だ。
F︱4F ファントムⅡ。そしてユーロファイター タイフーン。
垂直に駆け上がるその二機は、それぞれそう名付けられていた。
-3-
≪コントロールより、レーヴェ及びブルーメへ。状況、開始せよ。
≫
そのF︱4のコックピットに座る彼の耳に、遥か5000メートル
以上下に居る管制官の声が、機械の声に変換されて届く。彼は右手に
持った操縦桿を引き、加速しつつ地上に対し上下反転、機体をロール
させると、鋭いターンを描いて旋回した。
彼の視界、キャノピーのフレームと透明な風防で隔たれた向こうで
は、デルタ翼の戦闘機 タイフーンが
軽々と空を舞っていた。
流石にタイフーンとファントムでは、差があり過ぎるか
?
≪どうだ
≫
?
レシーバーから嫌味ったらしい女の声が聞こえる。あのタイフー
ンのパイロットだ。
≫
≪まあ、折角ISを降りて貴様らの土俵で戦ってやるんだ。この位
のハンデは当然だろう
その言い回しに、彼は一瞬苛立った。
だが次の瞬間にはその感情は霧散する。
彼⋮⋮レオ・エルフォードは何も答えず、ガンレティクルに重なる
タイフーンの姿を、ただじっと睨んでいた。
真っ
向
勝
負
タイフーンがレオに機首を向けた。
ヘッドオン。レオは増速すると、バレルロールの機動を掛けながらタ
イフーンへと突っ込んだ。
二人はほぼ同時にトリガーを引き、お互いのペイント弾が空を切っ
た。
⋮⋮命中せず。弾は双方とも、虚空に消えた。
尚もタイフーンが迫る。レオは咄嗟に機体をロールさせて上下を
入れ替えると、タイフーンの真上⋮⋮実際には真下⋮⋮を潜り抜け
た。
互いの機体が擦れる程の至近距離。ゴングのような轟音を響かせ、
二機は別々の方向に飛んだ⋮⋮。
-4-
?
気が付けば、全てが終わっていた。
F︱4のコックピットからコンクリートの地面に足を付ける。ヘ
ルメットを外すと、青みがかった銀色の髪が、黄昏のそよ風に靡いた。
﹁⋮⋮お疲れ。﹂
言いづらそうに、レオの前に立った男がそう言った。
ガクト・リーフィル。東洋系の顔立ちをした彼にヘルメットを押し
付けると、レオはフライトジャケットの襟を引っ張って直し、落日で
伸びる影を引き摺って建物の中へと歩いた。
⋮⋮彼の背後では、滑走路上で未だ黒煙を吐き続けている鉄屑の姿
があった。
辛うじて読み取れる機体No.から、それが一時間程前、レオが〝
死の宣告〟を下したタイフーンである事が判別出来た。
﹁⋮⋮模擬戦中の機体接触未遂及び⋮⋮及びそれに起因すると思われ
る着陸脚の損傷による墜落、搭乗者死亡⋮⋮。﹂
大 会 議 室。周 囲 か ら 突 き 刺 さ る 視 線 ⋮⋮ 大 概 視 線 の 源 は 女 ⋮⋮。
それらに晒されつつ、レオは読み上げられる内容に耳を傾けていた。
⋮⋮状況を纏めるとこうなる。
ドイツ空軍少佐であるレオと、ある部隊の女性軍人との模擬戦闘。
何故そういう運びになったかは兎も角、ISパイロットでもある彼女
がこの任に着くに辺り、レオには旧式のF︱4が、彼女にはドイツ空
軍現行主力機のタイフーンが与えられた。
-5-
ドッグファイト
ミ サ イ ル は 双 方 と も 積 ま ず に、 格 闘 戦 に よ る 勝 負。デ モ ン ス ト
レーション、とでも言うのか、明らかにタイフーン側が勝つように仕
組まれた物だった。
⋮⋮何より、ブリーフィングの段階でそんな事を仄めかすような命
ド
ロー
令があったのも、その事実により説得力を与えた。
模擬戦の結果は、時間切れによる引き分け。
戦闘内容をカメラに収めていたチームからも、ヘッドオン時に機体
がすれ違った時以外見所は無し、との手厳しい言葉を頂いた。
ランディングギア
そして、基地への帰還時、それは起こった。
タイフーンの着 陸 脚の故障。ロック不全の脚に機体荷重が一気に
掛かり、ギアは破損、機首から滑走路にめり込み⋮⋮クラッシュ。
彼女が普段ISパイロットであり、〝着陸脚を出す〟という操作が
染み付いて居なかったのも、ギア破損に気付けなかった一因であっ
た。
パイロットは死亡。しかもそれがISパイロットだと言う事で、現
在この〝事故〟の処理を決める会議は文字通り紛糾していた。
片方が感情的に怒鳴れば、その中に含まれた差別的な表現にもう片
方が反応して怒鳴り返す。節操も何も無い言い争いは、いつ果てると
も知らず続いていた。
﹁⋮⋮よって、当該案件におけるレオ・エルフォード少佐の責任を、当
委員会は一切認めない。以上。解散。﹂
-6-
その場を仕切る髭面の男の一声で、ようやくその激論は終わりを告
げた。
﹂
その代わりに、会議室にざわめきと非難の声、懐疑の視線が齎され
る。
﹂
だからこんな不当な判決を下せるんだ
﹁こんなの⋮⋮こんなの認められ無い
﹁議長が男だから
﹁⋮⋮レオ・エルフォード。﹂
今回の事故も、そんな対立を引き起こす引き金となっていた。
いた。
た線引きの元、まるで戦争状態のような対立が、世界各地で起こって
白人主義に似た思想。そんなものが横行した結果、男性女性といっ
比べ、根本から優れた存在であり、優遇されるべきなのである。
〝女尊男卑〟。ISは女性にしか扱えない。そんな女性は男性に
が、世界中を席巻した。
る火力。それらが現行の主力兵器の座を奪い取った時、一つの風潮
航空機を上回る運動性に、戦車、そして過去のバトルシップを超え
発したパワードスーツだ。
⋮⋮IS。インフィニット・ストラトス。とある日本の科学者が開
た。
中に回した手で両開きの扉を閉じ
結局また始まった言い争いを尻目に、レオは会議室を抜け出し、背
!!
!!
廊下を歩くレオは、唐突に背後から呼び止められた。
-7-
!
振り返るとそこには、黒い軍服に身を包んだ少女達が、一斉に此方
を睨んでいた。
全員、右眼に眼帯を着用している。その事から、レオは彼女らの所
属部隊を一瞬で察した。
シュヴァルツェア・ハーゼ
黒ウサギ部隊。IS三機を擁する、ドイツ軍の最強部隊。
﹂
先頭に立つ小柄な銀色の少女。それが、彼女らの親玉であった。
﹁⋮⋮私は認めない⋮⋮隊長を⋮⋮あの人はお前が殺したんだ
レオの身体に向けられる。
彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒが叫ぶ。怒り、憎しみ、その全てが
!!
に初めて口を開いた。
﹂
﹂
﹁⋮⋮そんなに死にたく無ければ、二度と空の上で俺の前に立たない
事だな。﹂
﹁何⋮⋮ィッ
があっても、お前は俺がこの手で殺すッ。﹂
﹁⋮⋮お前を殺す筈が、結局殺したのは鴨一羽。憶えておけ。例え何
!?
-8-
﹁⋮⋮。﹂
逃げるな
レオは顔を戻すと、ラウラ達を無視して廊下を歩き出した。
﹁待て貴様
!!
尚も喚く少女。レオは溜息をついて足を止めると、この数時間ぶり
!!
途端、レオ、そしてラウラの脳裏にある光景が過る。レオは刺すよ
うな視線をラウラに投げると、今度こそ廊下を歩き出した。
その場を支配していた緊張は、お互いがお互いを見えなくなるまで
続いていた。
IS。その存在は、従来の兵器によるパワーバランスを徹底的に破
壊していた。
その絶対数、僅か467機。だがその突出した性能は、従来の兵器
⋮⋮戦闘機や戦車などといった⋮⋮では到底太刀打ち出来る物では
無く、〝白騎士事件〟と呼ばれた事件や、それに続いた幾多の事件に
﹂
の群を横切って歩いた。その横を今しがた肩を叩いた人物⋮⋮ガク
-9-
よりISの有効性が実際に証明されると、各国の軍備は緩やかに、だ
が確実にIS主体の物へとシフトして行った。
⋮⋮ISの登場で変わって行ったのは、何もパワーバランスだけで
はない。基地の軍港エリア、コンクリートの絶壁や錆ついた数々の港
湾施設、桟橋に係留されたまま放置され、朽ちるに任せられた軍用艦
の骸達で構成された歪な海岸に立つレオ。その眼前に悠然と構える
〝それ〟も、そんな変化の象徴だった。
原子力航空母艦。真っ平らな甲板と、それに見合わぬちっぽけな艦
早く行こうぜ
橋が目立つその軍艦は、アメリカ海軍の原子力空母、ニミッツ級と瓜
二つであった。
﹁⋮⋮何してんの
?
肩をポンと叩かれ、レオはその甲板の上に登り、駐機された戦闘機
?
トが並ぶ。
﹁い や ∼ な か な か 爽 快 だ っ た な
アマ
﹂
舐め切ったあの女が無様にコケる
所。あいつあんだけデカイ口叩いといて今じゃただの炭だぜ
ボーデヴィッヒ
二 人 は 甲 板 の 端 か ら 階 段 を 降 り て 一 階 層 下 の フ ロ ア へ と 降 り た。
れとも世界そのものに呆れたのか⋮⋮。
ガクトは呆れたように言った。それはレオの言葉に呆れたのか、そ
﹁⋮⋮共食いしてない国なんて、このご時世何処にも無いよ。﹂
機体を軽く撫でた。指にうっすらと黒ずんだ汚れが付着する。
レオは首を横に振ると、主翼を畳んだ艦載機の横を通り抜け、その
﹁それに⋮⋮どう言い訳しようがこれはただの味方同士の共食いだ。﹂
﹁⋮⋮ああ。﹂
﹁⋮⋮結局 あ の 女は殺せなかったがな。﹂
における相手側の態度には気になる物もあったのだろう。
まさしく彼がパイロットである事の証だ。それだけに、今回の模擬戦
ガクトが実に愉快そうに言った。彼の胸に輝くウイングマークは、
?
壁に書かれた〝NGE〟と微かに読み取れるロゴを一瞥すると、レオ
は耳障りな音を立てながら扉を開き、艦内へと入った。
- 10 -
?
Mission01 鋼鉄の要塞
無機質な鉄の扉を押し開け、レオはラウンジスペースへと入った。
途端、そこで談笑していた乗員が一斉に会話を止め、不気味な程の静
けさと共にレオの方をじっと見た。
続いて入ったガクトが、その雰囲気に圧倒され、入室を躊躇う。
﹁⋮⋮何だ。﹂
レオは彼らを一瞥して言った。
﹂
﹂
直後、部屋中を覆い尽くす程の歓声が一斉に上がり、レオもガクト
も驚いて後ずさった。
贈る。
﹂
﹁い や ぁ ∼ 良 く や っ て く れ た ぜ 本 当、こ こ 数 年 で 一 番 ス カ ッ と す る
ニュースだったぜ
に一つに纏まっていた。
彼らは肌の色も、使う言語も実はまちまちだ。ガクトはその名前が
- 11 -
﹁ぃぃやったぁぁぁぁッ
アマ
﹂
﹁無様なもんだぜあのクソ女共がッ
﹁ざまァみやがれ、ウサギ共がッ
!!
やがて彼らの一群が波となってレオ達を襲い、口々にレオに賛辞を
!!
!!!
⋮⋮良い悪いは別として、この場にいる人間達の意志はいとも簡単
!!
示す通り日系、後はドイツ人かと思いきや、イタリア系、黒人、アメ
リカ人、色々な人種の坩堝。
だが、かつてあれ程いがみあった人種同士でさえ、今はこうして一
つの意志の元に纏まっている。
共通の敵という物があれば、人はこうも簡単に手を取り合う事が出
来るのか。
本
艦
ムッター
そして、そうでもしなければ、人は決して手を取り合う事ができな
いのだろうか⋮⋮
≪ 各 員 へ 通 達。ケーファー は 間 も 無 く 基地 に 接 舷 す る。上 陸 準 備
せよ。≫
艦内に、澄み切ったアナウンス音声が鳴り響いた。その時、レオは
丁度甲板に居り、艦載された戦闘機をじっと眺めていた。
空はやがて闇に閉じようとしている。彼が落日を眺めていると、突
然その前に、鋼鉄の海上要塞が姿を表した。
何もない海面が鋼鉄の脚に置き換わり、偽物の海鳥が空に滲んで消
える。
⋮⋮無論現実には違う。もしこの空母を外から眺めている者があ
れば、そこからは空母が何もない海に消えたように見えただろう。
地上に建てられた航空基地に匹敵する大きさの滑走路を持つ長方
形プラントを中心に、連絡通路で繋がれたプラント群が、それを囲む
- 12 -
?
ように建っている。
光学迷彩によるステルスフィールド。そんなカラクリで隠された
海上要塞。その名は〝ムッター・シュテッツ〟、マザーベースだ。
些か久しぶりに見る所属基地を前に、レオはゆっくりと立ち上がる
と、〝上陸〟準備の為に艦内へと走った。
ムッター内に入った途端、周りの空気が重苦しい、閉塞感に染まっ
た灰色の空気となった。
使い心地は。﹂
何時になってもなれない、このムッターの雰囲気。レオは深呼吸し
ようとして⋮⋮思いとどまった。
﹁⋮⋮やあやあ少佐。どうですかな
レオの前方から、スーツ姿の壮年の男が、柔和な微笑みを浮かべて
歩み寄って来た。
スーツの胸元には、〝NGE〟の文字。ノースロップ・グラマン・
ヨーロッパ、のイニシャルだ。
IS技術の発達により競合に敗れたかつての一大軍需企業の成れ
の果て。一部が遂に本社を見限り、比較的IS技術で遅れを取ってい
たヨーロッパへと勢力圏を移した結果、ノースロップ・グラマンはア
メリカでIS技術をもたつきながら研究する本社と、過去の製品の
アップグレード品をヨーロッパ⋮⋮というかドイツに売り、そこそこ
の利益を得る支社及び傘下企業の連合体とに分裂していた。
﹁⋮⋮運用実績はアメリカで幾らでも出来たんだろう。ベトナムに始
まりイラクに至るまで⋮⋮﹂
﹁いえいえ、環境も何も違うこの地での運用。既存のF︱4のアップ
- 13 -
?
デブリーフィング
グレード機にしても、やはり実際に運用する方々の御意見は貴重です
からね⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮俺はこの後帰還報告だ。他の奴を探す事だな。﹂
レオは素っ気なく言うと、スーツの男の横をすり抜けて通路を歩い
て行った。
レオはあまりこの手の人種⋮⋮企業人という物は好かない。あの
打算を隠したような、張り付いたような笑みを浮かべた顔を見る度
に、思い起こす度に、嫌悪感が露わになる。
そうして思わず表に出た嫌悪感を表情の奥に押し込めると、レオは
司令官室へと通じる曲がり角を曲がろうとし⋮⋮
﹂
- 14 -
﹁ぅぉっ
を走り去って行った。
ギルトベルクは焦ったように言うと、その見事な腹を揺らして通路
て来た連中を第五ブリーフィングルームに集めてくれ。﹂
直ちに君の部隊、〝シュネー〟の隊員及び空母ケーファーから上陸し
﹁帰ったか⋮⋮帰還報告は後回しで良い。ちょっとした緊急事態だ。
な〝輝き〟を持っている。
がり、嵌められた幾つかの指輪は、その男の趣味を想像させるに充分
太ましい身体に纏ったブルーの特別製の軍服には数多くの勲章が下
そこで丁度基地司令と鉢合わせした。アルバート・ギルトベルク。
﹁ッ⋮⋮失礼しました。ギルトベルク大佐。﹂
!?
﹁ハッ。⋮⋮緊急事態、ね。指輪でも無くしたか。﹂
レオはそれを敬礼して見送ると、ボソッと漏らして、来た道を戻っ
た。
⋮⋮やがて、隊員を掻き集めてブリーフィングルームに辿り着いた
レオは、そこで自分達が最初の到着者だと知った。ガクトやレオを含
め若い少年達で構成された隊員達が、ぞろぞろと並べられた席に着い
た。その全員が、パイロット徽章を付けている。
﹂
司令の指輪が一つ無くなった、とか。﹂
﹁⋮⋮緊急事態って何かね
﹁さあ
た連中は来る必要無いよなぁ
﹂
﹁ま∼た全員身体検査かよ⋮⋮いや、それだったらケーファーで戻っ
?
﹁⋮⋮よォ、帰ったか孤児院部隊。﹂
トを着ている。
イトジャケット姿なのに対し、彼らはオレンジ色のフライトジャケッ
航空隊のパイロット達がドカドカと入って来た。レオ達が白いフラ
ややあって、レオが隊員達をたしなめた。それと同時に、その第七
るぞ。﹂
﹁⋮⋮お喋りもそれ位にしとけ。第七隊のおっさん達にまたドヤされ
好き勝手に言い合っている。
隊員達が口々に言った。自分達しか居ない事を良い事に、なかなか
?
- 15 -
?
レオの隣の席にどっかと座るなり、第七航空隊の隊長が馬鹿にした
ようにレオに言った。
孤児院部隊。字面から解るように孤児を集めた部隊、という意味
だ。
レオ率いるシュネー隊は、その全てが若年層の少年達で占められて
いる。彼らは皆、様々な理由から軍の教育施設で育った者ばかりだっ
た。
親の顔も知らず、ただ戦闘訓練に明け暮れた者達。親の、家族の不
在による情操面への影響を、部隊員を家族として、そして何より性別
による帰属意識を認識させてクリアした、数年で一気に軍国化したド
イツを象徴するような部隊。
上
- 16 -
⋮⋮つまり、隊員達は過激な程の女性嫌悪という事だ。無論、それ
﹂
はレオも例外では無いし、それ以前にこの基地に居る連中は皆そう
だった。
﹁何だと⋮⋮馬鹿に⋮⋮ッ
目
第七航空隊の隊長は鼻を鳴らして言った。
のか。﹂
﹁フン。若造が、親も知らないと年上の人間に対する礼儀も知らない
プライドは傷付くが、ここでは問題を起こさない事が先決だ。
﹁⋮⋮申し訳ありません。﹂
それをサッと制すると、第七航空隊の隊長に軽く礼をした。
レオの隣にいたクルト少尉が思わず立ち上がろうとした。レオは
!!
親⋮⋮ね。
レオは腕を組むと、目を閉じて今の言葉について考えた。目を閉じ
ていると、その真っ暗な空間に、奥底に埋もれた記憶が呼び覚まされ
るようだった。
﹁⋮⋮結局、誰も〝あいつ〟を引き取るつもりはない、という事だな
﹂
﹂
﹁フン。このお屋敷を相続する貴方にこそ、その義務があると思いま
すが
そしてそこに、一人の女性がやって来て、しゃがみ込んで彼と同じ
いた、幼い日のレオはハッキリ理解出来た。
妙な物。それは自分の事だ。これも今とは違う名前を付けられて
から。﹂
﹁ただの子なら引き取った物を⋮⋮あの男、妙な物を養子にする物だ
た。
でいるように見せてはいたが、その会話の内容は、レオには理解出来
会話の意味が解らないかのように、ぬいぐるみや玩具を持って遊ん
敷のカーペットに座った彼を囲む、この会話だった。
レオの恐らく一番古い記憶は、何かがすっぽり抜け落ちたような屋
?
目線の高さで話し掛けて来た。
- 17 -
?
﹁⋮⋮はじめまして
⋮⋮。﹂
他の人とは明らかに違う、柔らかな雰囲気の女性。その雰囲気がど
ういう物なのか、当時の彼には解らなかったが、それでも、彼女にだ
けは、彼は話をする気になれた。
﹁⋮⋮パパとママが⋮⋮死んじゃったんだ⋮⋮。そしたら、色んな人
が来た。色んな大事な物を持って行った。パパの大事な彫刻も、ママ
の大事なお花も。﹂
そう途切れ途切れに言うと、彼女はそっと、レオを抱きしめた。
﹁ひとりぼっちになっちゃったの⋮⋮。寂しいわね⋮⋮。でも、安心
し て。貴 方 は 今 日 か ら、私 と 一 緒 に 暮 ら す の。貴 方 は ひ と り ぼ っ ち
じゃないわ。﹂
その語りかける声は、よく覚えていない母親を想起させた。暖か
な、優しい声。
そして彼女は、レオの青みがかった銀色の髪に触れて言った。
﹁⋮⋮綺麗な髪をしているのね⋮⋮。﹂
﹂
﹁⋮⋮皆、この髪を見て、僕を化け物って言うんだ。⋮⋮お姉さんは、
そんな事言わない
レオが不安そうに問い掛けると、彼女は微笑んで言った。
﹁ええ。そんな事、決して言わないわ⋮⋮﹂
- 18 -
?
?
だが、そんな彼女との生活も数年で終わりを告げた。何故離れ離れ
ブリーフィングを始める。﹂
になったのかは、定かでは無い。気が付いた時、彼は軍の教育施設に
⋮⋮
﹁静かに
と、ギルトベルクのドラ声がレオの意識を引き戻した。既にブリー
フィングルームは満員で、部屋は暗く、前方のスクリーンが起動して
いた。
ん⋮⋮
まず誰もが思った疑問。
スクリーンに写ったのはレオと同じ位の青少年。しかも信じがた
い事にISパイロット養成学校﹁IS学園﹂の制服を着ている。
答えは基地司令の言葉が出した。
﹁諸君、信じがたい事態だが⋮⋮日本の高校生オリムラ・イチカがIS
パイロット養成学校〝IS学園〟が所有する訓練機を起動し、さらに
﹂
﹂
教官一名を模擬戦闘で撃破した。﹂
﹁何だって
﹁ニッポンのスクールボーイが
う事だ。
の学生がISを起動出来たのであれば、諸君らにも可能性があるとい
﹁諸君、静粛に。さて、君達に集まって貰った理由は他でもない。日本
り返す破壊力があった。
ざわめき。無理もなかろう。今の説明は世界の常識を軽くひっく
?
- 19 -
!
?
!?
従って、これより第一から第四格納庫において、IS起動試験を開
始する。本試験は、基地内の全将兵に受けてもらう事となる。海軍の
者は第一、第二格納庫、空軍の者は第三、第四格納庫に移動、試験を
受けよ。﹂
司令の指示の元、大勢の者が移動を始めた。
ある者は期待に胸を膨らませ、ある者は疑問に頭を痛めて。
そしてレオはというとどちらでもなく、ただオリムラという特殊
ケースに対する興味だけがあった。
⋮⋮その時は。
指定された第三格納庫。その中心にて順番にISの起動試験が行
われている。
試験官の指示に従い、一人一人起動しようとするのだが、誰一人、そ
のISを起動させる事は出来なかった。
触れて見る者、弄ってみる者、眺めてみる者⋮⋮
皆興味津々に試していたが、すぐにその表情は落胆に変わっていっ
た。
﹁次。﹂
試験官の女性士官の声が響く。そして彼女の指示に従い起動試験
を行うのだが、この女性士官、典型的な女尊男卑にどっぷり浸かった
人物で、男ごときにISが使える訳がないとでも思っているのか、試
験が失敗する度に鼻で笑っていた。勝ち誇った顔で。
レオとしてはこの態度が何とも怒りを誘う物で、出来ればこの場を
さっさと立ち去りたかったが、試験するまで立ち去らせて貰えるはず
もなく、とうとうレオの番が来てしまった。
﹁次。﹂
- 20 -
試験官が若干疲れた声で指示する。レオは台に上がると、目の前の
物体を睨む。灰色の鎧、それが試験用のISだった。
⋮⋮こんな、時代錯誤みたいな代物が、世界を激変させたのか。
こんな物が、女性と言う物をああも醜くさせたのか。
こんな物が⋮⋮。
⋮⋮気に入らないな。
レオは憎しみを込めて、そのISに触れた。
- 21 -
Mission02 与えられしは忌むべき力
レオがそれに触れた瞬間、情報の奔流とでも言うべき物が、右手か
ら全身に駆け巡った。
永遠とも思える一瞬、その歪な感覚が続いた直後に、今度はそれと
は正反対の、暖かな、安らかな感覚が続いてレオを包み込んだ。
その感覚に、レオは憶えがあった。
〝あなたは、ひとりぼっちじゃないわ⋮⋮〟
過去に聞いた言葉が、脳裏に響く。
これは⋮⋮このISという物は⋮⋮
俺の⋮⋮俺の⋮⋮ッ
し、やがてそれが収まった後には、その試験用ISを身に纏ったレオ
そして迸る閃光。あまりの眩さに格納庫に居た誰もが目を覆い隠
!!
- 22 -
違う、そんな筈は無い。レオは首を横に振った。
こ れ は I S だ。I S は ⋮⋮ I S は、俺 の ⋮⋮ 俺 た ち の ⋮⋮ 宿 敵
⋮⋮。
過去に何度も聞かされたお題目を、レオは必死に頭の中で繰り返し
いや違う⋮⋮
た。そうしていないと、レオは駆け巡る濁流に飲み込まれてしまいそ
うだった。
⋮⋮宿敵⋮⋮
?
だが、再びあの女性の声が響き、レオはハッとした。
?
﹂
が、そこに立っていた。
﹁なん⋮⋮ですって
も。
﹁な⋮⋮に⋮⋮
パイロット達の間にざわめきが走る。
スクリーン上に織斑一夏共々映るレオの写真。
エルフォード少佐がISに適合した。﹂
﹁またしても信じがたい事実だが、今度は当基地の戦闘飛行隊長レオ・
基地司令のドラ声が響く。
た。
一時間後、ブリーフィングルームにて緊急ブリーフィングが行われ
﹁えぇ⋮⋮諸君。﹂
彼、レオ・エルフォードは、世界で2人目の、IS適合者となった。
実。
信じがたい事実。認めたくない事実。しかし認めざるを得ない事
﹂
そろそろと目を開けた試験官が強張った声を出す。そして、レオ
?
﹁⋮⋮彼で、世界で2番目だそうだ。これはとてつもなく〝名誉な〟
- 23 -
?
事である。そして、各国合致の意見として、彼はIS学園への編入が
求められている。﹂
ギルトベルクの声が冷たく響く。ブリーフィングルームの全員の
視線が、レオに注がれた。
確かにレオの年齢は、軍のデータベースによると17歳。年齢的に
は問題無いとはいえ⋮⋮。
﹁尚これにより、シュネー隊は解体、他の部隊へと再編される事とな
る。﹂
次の瞬間パイロット達から、特にシュネー隊パイロットからざわめ
きが起こる。
〝孤児〟達を押し付けられる側、唯一の居場所を失う側。
人種の坩堝と言えるこの基地は、多民族国家と似た性格を持ってい
た。様々な人種が一堂に会しているからこそ、それぞれの民族は群れ
集まり生きて行く。それは、例え国家と比べて人の数が少ないこの基
地でも変わらない。どの民族に属するか解らない、自分が何者か解ら
ないと言うのは、彼らシュネー隊員に多くの苦難を齎す事となった。
多民族集団、それは如何なる民族や宗教に属さずとも生きていける
世界では無い。そこでは逆に、自分が何者であるか、常に発信し続け
る事を要求される。
自分が何者か解らない、そんな彼らは、同じ境遇の者同士で寄り集
まる他、選択肢は無かったのだ。
当然、レオも衝撃を受けた。
- 24 -
自分にある欲しくもなかった才能により、編隊員全員の居場所がバ
ラバラにされる。
⋮⋮そんな事は、当然認められる筈も無かった
﹁⋮⋮何か、異論はあるかね。﹂
ギルトベルクはじろりとレオを睨んだ。レオはやや考え、そして意
を決して立ち上がった。
﹁⋮⋮この決定の根拠は、何でしょうか。﹂
レオは、仕返しのようにじろりとギルトベルクを睨んだ。ギルトベ
ルクは眉を顰めた。
モルモット
- 25 -
﹁⋮⋮国連からの要求だ。近いうちに正式な声明が出されるだろう。﹂
﹁⋮⋮私に、特殊ケースの被検体になれ、と仰るのですか。﹂
その場の空気が、急速に重苦しい物へと変質して行く。
﹁⋮⋮世界に今一度、我がドイツの優秀さを知らしめるのだ。貴様は
﹂
その先鋒を担う事が出来る。〝孤児〟の身としては、この上無い名誉
だと思うのだが⋮⋮
レオが言った。
﹁⋮⋮では司令。貴方は、それで良いのか。﹂
長に飛び掛からんばかりの姿勢を見せる。
た。同時にシュネー隊員達が、今にもギルトベルクや第七航空隊の隊
嫌味たらしい言い方に、第七航空隊の隊長が下衆めいた笑いを上げ
?
﹁何⋮⋮
﹂
﹁私がモルモットになる事で証明されるのは〝ドイツという国の〟優
秀さではない。結局利するのはIS技術を選択した本国の方だ。貴
方はただ、本国の〝女性達〟を讃える為だけにこの選択を成す事にな
る。それで良いのですか。﹂
女
性
達
ギルトベルクの表情が強張った。元々IS関連の物を全て排斥し
たこの基地は、IS中心にシフトした本国の軍人達との対立は根強
い。ことにギルトベルク自身、それで中央から蹴落とされたのだから
尚更である。
結局その場での解決には至らず、レオのIS学園への編入は公式に
は〝IS操作技術の練成期間〟とする事で、問題は先送りにされた。
⋮⋮実際、こうなった以上レオもIS操作技術は習得しておく必要
がある。この建前は、あながち嘘とも言い切れなかった。
一時間後、レオは無機質な鉄の壁で囲われた六角形の空間、IS用
テストフィールドに立って居た。
壁の所々に開けられた窓からは時折研究者か技術者のような人影
がチラホラと見え、フィールドの真ん中に立ってその全員の視線を浴
≫
びせられているのは何だか裁判所に居るような気分になり、レオは顔
を顰めた。
≪少佐、準備は宜しいですか
レオの耳元に装備したインカムにオペレーターの女性の声が届く。
?
- 26 -
?
それが先程の試験官の声だと気付くと、レオの気分は一層苛立たし
い物となった。
﹁⋮⋮ああ。﹂
レオは素っ気なく答えると、自身の左腕を持ち上げた。
そ の 手 首 に は 銀 色 の ブ レ ス レ ッ ト の よ う な 物 が 装 着 さ れ て い る。
何種類かのスイッチ類やプラグが配置されている事から、割と技術が
未発達な時期に開発された事が見て取れた。
≪貴方の腕のそれが、待機形態のISです。貴方の思考を反映して
展開しますので、起動してみて下さい。≫
﹁了解。﹂
一瞬後、レオの全身にISが展開された。白い光に包まれ、それが
消えた後には特殊合金製の装甲で、身体が覆われていた。
身に纏ったラバー系素材で出来たISスーツと同じ色合い、角ばっ
た灰色の装甲を持つ無骨なその機体は、レオがテストで起動させた物
と同一の機体である。
≪それが我が国初の第一世代型IS、シュヴァルヴェです。性能的
には心許ないですが、IS操縦の感覚を掴むには最適と言える機体で
しょう。≫
オペレーターが淡々と解説した。
シュヴァルヴェ⋮⋮ツバメか。
成る程。これは世界初のジェット戦闘機、メッサーシュミットMe
- 27 -
262 シュトゥルムフォーゲルにあやかった機体名。という事
か。
だが灰色の角ばったシルエットは、戦闘機と言うよりは戦車か何か
のようにも見える。それでも、背部浮遊ユニットから生え、地面に垂
直に折りたたまれている楕円翼形状の主翼ユニットを見ると、確かに
シュトゥルムフォーゲルの面影は無くは無い、と言えた。
≪先程申し上げた通り、ISは専ら操縦者の思考をもって制御しま
す。今から空中にナビゲーションポイントを表示するので、スラス
ターを使用してポイントを通過して下さい。≫
レオがそうイメージすると同時に、主翼が地面と平行に展開、肩の
左右に浮遊するスラスターが噴射し、レオを、機体を空中へと一気に
﹂
ベータ
- 28 -
放り投げた。
﹁っ⋮⋮
アルファ
≪直線航行時は、一般的に自分の前方に角錐を展開するイメージ、
同じように直線航行も、中々思うように速度が出ない。
レスポンスに、不慣れなレオの思考がまだ追いつけていないのだ。
レオは機体姿勢を変えようとしたが、思うように行かない。良好な
斜め上方向だ。
オペレーターが告げ、空中に新たなポイントが表示される。今度は
≪ポイント α 通過、確認。ポイント βを表示します。≫
ビゲーションポイントの一つを通過した。
した。レオが思い描いたのとあまり大差ない軌道で、機体は空中のナ
スラスターユニットを可動させて、レオは機体の飛行コースを設定
!!
とされています。ですが⋮⋮貴方の場合は頭の中でスロットル操作
をした方が早いかも知れませんね。≫
オペレーターの助言に従い飛行して行く内に、やがてレオの動きか
らは最初の頃のような不安定さが消え、一般的なISパイロットの動
きに、徐々に近付いていった。
≪⋮⋮実働1時間弱としては、なかなかの成果ですね。本日の機動
テストは終了と致します。お疲れ様でした。≫
レオが床面に降り立つと、ISは粒子となって霧散、元のブレス
レット形状へと戻った。
レオは暫く待機形態へと戻ったISを眺めていたが、やがてそれを
外すと、テストフィールドを後にした。
外では、オペレーターの制服を着た女性士官が待っていた。
﹁お疲れ様でした。ISを⋮⋮。﹂
言い終わる前にレオは待機形態のISを、彼女の手に押し付けた。
そのままベンチに置いてあったジャケットを羽織る。ISスーツ
を着た身体を隠すかのように。
﹁⋮⋮随分、冷たい態度をお取りになるのですね。﹂
﹁⋮⋮貴様に用は無い。それだけだ。﹂
敵愾心露わにレオは言った。オペレーターは肩を竦めて目を逸ら
すと、受け取った待機形態のISを専用のジュラルミンケースに収め
た。
- 29 -
﹁⋮⋮ そ う で す か。貴 方 ら し い お 答 え で。⋮⋮ ご 挨 拶 が 遅 れ ま し た。
貴方の専属オペレーターを務めさせて頂きます。レノア・リースと申
します。お見知り置きを。
⋮⋮因みに、私も貴方と同じ〝孤児〟です。﹂
最後の言葉に、レオはピクリと反応した。
﹁⋮⋮そうか。よく考えれば〝孤児〟が男だけな訳は無い。か。﹂
レオは振り返って言った。同時にレノアの姿も目に入る。纏めた
﹂
金色の髪に、キリッとした細いエメラルドグリーンの目。事務職とい
うイメージにかなり合致した外見であった。
﹁⋮⋮女性である私にオペレートされるのは屈辱ですか
アは悪戯っぽい笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
それは、貴方も
- 30 -
﹁⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮そうでしょうね。しかし、IS学園への即時編入を蹴って、上官
続けた。
レノアは些か挑発的に言った。レオが無視していると、彼女は再び
?
のギルトベルク大佐に対する発言の数々⋮⋮。専属オペレーターま
﹂
で蹴れば、貴方や部隊のお立場にも影響致しますよ
お望みでは無い筈ですが
?
レオはそう言って、足早にその場を立ち去った。その背後で、レノ
﹁⋮⋮恐れ入ります。﹂
﹁⋮⋮フン。良く絡む女は好かんのだがな。﹂
?
Mission03 怒りの矛先
レノアのオペレートの元、ISの操縦訓練を始めて、一ヶ月半程が
過ぎた。
当初こそ不慣れな動きでISを動かしていたレオだったが、実働二
マニューバ
十二時間を越える頃には、既に国家代表候補生に選ばれても可笑しく
はなさそうなレベルに⋮⋮機 動に限って⋮⋮達していた。
一回一回のテスト時間がかなり長かった事を考えても相当な上達
身
柄
引
渡
し
要
請
ぶりであった。軍上層部からの期待も厚い⋮⋮と同時に、IS学園や
国 連 か ら の IS学園編入要請 も、日 に 日 に 無 視 出 来 な い 程 強 い 物 と
なっている。
- 31 -
⋮⋮最も、レオ自身としてはそんな事で褒められても何も有り難く
も無かったのだが。
その日も、レオは訓練を終えて、海上要塞ムッター・シュテッツ中
央プラントのラウンジで寛いでいた。
﹂
そこへ、何人かの男達がドカドカと荒々しい音を立てながら歩み寄
る。
﹁⋮⋮今日は取り巻きは居ないようだな
﹁⋮⋮何か用ですか
少佐殿。﹂
の他隊員達が群れを成して、レオを取り囲んでいた。
野太い声が言った。レオが目を上げると、第七航空隊の隊長と、そ
?
またか。若年にして、彼と同じ少佐の階級にまで登り詰めたレオ。
レオは気だるそうに言った。
?
それは幼少期から続けられた軍事教練の結果、つまりはスタートが早
嫌がらせ
かった事も関係しているのだが、そんな物は、昔からの叩き上げ軍人
からすれば面白い物では決して無い。
そんな訳で、レオは大体一週間に三回程のペースで彼らからの教導
に対応せねばならなかった。
﹁いやな⋮⋮女になった気分はどうかってな。﹂
周りの隊員達がヒヒヒ⋮⋮と笑みを浮かべる。彼らに、レオの階級
を認める気はさらさら無さそうだった。
﹂
全く、テメェは男の風上にも
﹁ガキが佐官だってのも気に喰わないのによ、加えて世界で二番目に
えェ
ISを使えるようになった男、だとォ
置けねえ奴だなァ
?
⋮⋮つまり俺は、どこに居ても厄介者な訳か
実に示していた。
厄介事に巻き込まれるのは御免だ。彼らの態度は、そんな姿勢を如
いように一人、また一人と出て行っていた。
出して〟、ある者は〝忘れ物に気付いて〟、ラウンジから気付かれな
ふと見れば、周りの連中はそそくさと、ある者は〝急な用事を思い
を誘うつもりだ。レオはそう判断した。
声を張り上げて彼は言った。語気を強める事で相手を威嚇し、萎縮
!?
レオは心の中で肩を竦めた。
﹁だいたい⋮⋮。﹂
?
- 32 -
!
﹁ッ
﹂
と、彼ら以外誰も居なくなった事に気付いた第七航空隊の隊長は、
﹂
おもむろにレオの青っぽい銀色の髪を鷲掴みにし、強引に立たせた。
気色悪いんだよ
!!
﹂
﹁何だよこの髪はよォ
﹁っ⋮⋮離せッ
!!
を立てて倒れ、隊長がそれを踏みつける。
﹂
﹁まるで⋮⋮ボーデヴィッヒ、そう、黒ウサギの親玉みてぇだなぁ
る程だから昇進も早かった訳だな∼
?
﹁奴と一緒に⋮⋮するなッ
!!
にぶつかる。
﹁てめェ⋮⋮ふざけやがって
!!
!!
﹂
﹁〝目上の相手〟への態度がなってねぇなぁ
クソガキがッ
才能鼻に掛けた傲慢な
隊長はパッと起き上がると、レオの襟首に掴み掛かった。
﹂
れ混んだ。テーブルが椅子をひっくり返し、その椅子がまた別の椅子
レオの拳をモロに受けた隊長は、背後に居た隊員諸共テーブルに倒
﹂
拳を隊長の頬に叩き込んでいた。
隊長が嘲笑った。直後、レオはまるで反射的であるかのように、左
?
成
どうにかレオは隊長の手を振り払った。彼の座っていた椅子が音
!!
!!
- 33 -
!!
﹂
零距離で放たれた肘がレオの右肋に突き刺さった。コンビで力の
抜けた腹に逆の膝がめり込む。
﹁一から礼儀ってモンを叩き込んでやら⋮⋮ぶふっ
俺と同格の面しやがって
も来ない。所詮は取り巻き。金魚の糞。口先だけの連中か。
てめェみたいな奴が
!!
﹁てめ⋮⋮ッ
﹂
倒れこんだ隊長の腹をレオは踏み付けた。周囲の隊員達は、襲って
て反対の脚で回し蹴りを放つ。
長の顎を蹴り上げ、そのまま隊長の肩を足場に、駆け上がるようにし
レオの反撃。床面を蹴り、サマーソルトキックを思わせる勢いで隊
!!
﹂
﹁二人とも止めて下さい
﹂
ていたが、もう一度脚を減り込ませ、顎を蹴ると大人しくなった。
低い声でレオは言った。隊長は尚もレオの脚の下でジタバタとし
にも立たんッ
﹁異論があるなら実績で示せッ。能書きだけの奴など、戦場で何の役
!!
ち去った。取り巻き達も一緒に、だ。
ると、レオに唾を吐き、来た時と同じようにドカドカと音を立てて立
レオは漸く脚を隊長の腹から退けた。隊長はよろよろと起き上が
﹁⋮⋮アグニス大尉⋮⋮。﹂
副官だ。騒ぎを聞きつけたか。
短髪の男性士官が駆け込んで来ている。基地司令、ギルトベルグの
と、出入り口の方から叫び声がした。
!!
- 34 -
!!
!!
﹁⋮⋮。﹂
袖口で頬を拭うと、レオは倒れた椅子やテーブルを起こした。金属
製の椅子や無愛想なデザインのテーブルは特に何事も無かったかの
ように元の位置に戻った。
﹁⋮⋮どう報告しても構わんよ。アグニス大尉。﹂
﹁これで何回目ですか⋮⋮。あの人も問題ですが⋮⋮少しは堪えたり
⋮⋮ってと、充分堪えてますよね⋮⋮。殴り合いの頻度からして。﹂
アグニスは盛大に溜息をついた。レオはテーブルが全て元に戻っ
た事を確認すると、先程隊長が出て行った出口から廊下に出て、彼と
﹂
- 35 -
は反対の方向に歩いた。アグニスがそれに続く。
﹁⋮⋮そういえば、IS学園の件、蹴りっぱなしのようですけど
やや開けて、アグニスが無関係の話題を出した。
﹁ああ。そうだな。﹂
レオの表情が一気に険しい物となり、アグニスがハッとする。
い。それに⋮⋮彼処には⋮⋮奴が居る。﹂
﹁ふざけるな。そんな物には用済みのちり紙以下の価値しか見出せな
すよハーレム。しかも向こうは貴方に興味津々でしょうし。﹂
﹁何が不満何ですかね⋮⋮。周りはうら若き乙女ばかり、ハーレムで
?
﹁ラウラ・ボーデヴィッヒ⋮⋮。﹂
ラウラ・ボーデヴィッヒ。黒ウサギ部隊の現隊長。一ヶ月半前の前
隊長の死により隊長に繰り上がったようだが⋮⋮。
た。
﹂
﹂
チェイサー
これでは随伴機が追
!!
シュヴァルツェア・ハーゼ部隊との、初めての共同任務での事だっ
ラウラ・ボーデヴィッヒへの、ISへの憎しみの原点。
前を思い起こす度に、レオの脳裏にはある光景が浮かんだ。
レオは遂に怒鳴った。ラリー。ラリー・F・カプチェンコ。その名
﹂
彼女がIS学園に編入するという情報がレオの元に届いたのは、つ
い二日前の事だ。
味方同士ですよ
﹁⋮⋮あいつ⋮⋮次に会った時こそ必ず⋮⋮ッ
﹁いけません少佐
!!
﹁その味方に殺された、ラリーの事を考えてから言えッ
!?
試験プログラムに戻れ
!!
- 36 -
!!
!!
≪⋮⋮何をしてる
≫
!!
何時もはISを越えるだの何だの言っている癖に、結局は
随出来ないぞ
≪フン
!
その程度なのか
≫
その時彼らは渓谷の上を飛行していた。一機の黒いISを先頭に、
四機程のユーロファイター タイフーンが追い掛ける。
レオが叫ぶのをよそに、先頭のIS、ラウラ・ボーデヴィッヒの駆
る新型IS、シュヴァルツェア・レーゲンは高速を維持したまま狭過
ぎる渓谷の中へと飛び込んだ。
≪あちゃ∼⋮⋮あのお姫様完全に馬鹿にしてやがる。≫
二番機に乗ったガクトが呆れた声を出した。
チェイサー
その時の任務は、ドイツが開発した第三世代型ISの試作機のテス
トに随行し、随伴機としてデータを取る事。
だが、ボーデヴィッヒが飛び込んだ渓谷は、各所を突起した岩に阻
まれた、とても航空機で通るような場所では無かった。
しかし、レオ達のタイフーンに搭載されたデータ収集装置は、デー
タ収集対象に対しかなり近距離でないと効果が発揮出来ない。
つまり、これではデータ収集は不可能だ。
﹁全く⋮⋮コントロール、これではデータ収集が出来ない。どうにか
してくれ。﹂
≪ ⋮⋮ コ ン ト ロ ー ル よ り シ ュ ネ ー 1。障 害 は 認 め ら れ な い。試 験
≫
を続行せよ。⋮⋮貴様ら〝幼少から訓練を受けた部隊〟の事だ。渓
﹂
?
- 37 -
!?
谷内でも航行出来る腕はあるのだろう
﹁何ィ⋮⋮
?
管制官の女性の言葉に、レオは我が耳を疑った。
鳥だってぶつかるぜあんなの
≫
あの渓谷を、あんな速度で。幾ら何でも不可能だ。
≪アンタ正気かよ
!!
ラリー
何を言ってる
サーは俺がやる。≫
﹁何
!!
﹁無茶するな
≪開発遅延は新型機の天敵だ
≫
俺達の本分に集中するしかない
こんなのに付き合う必要は⋮⋮﹂
入角度を測っている。
タイフーンの一機が高度を下げた。段々と高度を下げ、渓谷への進
ら⋮⋮自信はある。≫
≪俺の得意分野は低空進入ミッション。低空での地形追随飛行な
﹂
≪ ⋮⋮ シ ュ ネ ー 4 か ら シ ュ ネ ー 各 機 へ。仕 方 な い。ア レ の チ ェ イ
い。
ガクトが抗議の悲鳴を上げた。だが、管制官の答えは全く変わらな
!?
﹁貴様⋮⋮ッ
﹂
≪⋮⋮良く躾けてあるじゃないか。結構な事だ。≫
そしてそれを見届けたラウラが、満足そうに言った。
て行った。
そう言うとラリーは雄叫びを上げながら、渓谷の闇の中へと突入し
!!
- 38 -
!
!!
!!
!!
!?
操縦桿を握る手に力が篭る。
⋮⋮初めの内は、ラリーもどうにかボーデヴィッヒに追随出来てい
た。だが、あるタイミングで記録更新のアナウンスが続々と出て以
降、ボーデヴィッヒはどんどん速度を上げて行った。
≫
そして、その瞬間が訪れた。
≪⋮⋮少佐、危ない
シュヴァルツェア・ハーゼのオペレーターが悲鳴のような声を上げ
る。ボーデヴィッヒが岩肌に激突しそうになったのだ。
フ ル ブー ス ト
瞬間的にボーデヴィッヒは〝跳ねた。〟機体をロールさせ、岩肌に
フ ル ブー ス ト
着地するようにバンプ。全力噴射でその場を離脱する。
至近距離での全力噴射。それは、その些か柔らかい岸壁の崩落を齎
﹂
≫
した。そしてその後方に、高速で追随するタイフーンの姿。
﹁ラリー
≪うぉぁ⋮⋮
応答しろラリー
≫
ラリー
≫
が不自然に途切れ、直後、渓谷内から爆発の炎が燃え上がる。
≪ラリー⋮⋮ラリー
答えてくれ
!!
!!
!
≪そんな⋮⋮おいラリー
!
!!
- 39 -
!!
一瞬で、タイフーンは崩落する岩に飲み込まれた。悲鳴と共に無線
!!
!!
﹁ッ⋮⋮
≫
チェイサー
シュネー1よりコントロール、随伴機が墜落した
無事ですか
即時中止を⋮⋮﹂
≪少佐
試験の
!!
・
・
・
ヴィッヒは渓谷から出ると、水平飛行に移って言った。
ア。試験終了。帰投する。≫
﹁待て、何が何の滞りもなくだ
≪了解。全機帰投せよ。≫
随伴機墜落と⋮⋮﹂
・
・
・
≪シュヴァルツェア・レーゲン、全試験項目を何の滞りもなくクリ
・
う ね る 黒 煙 も 何 も か も、ま る で 何 事 も 無 か っ た か の よ う に ボ ー デ
ボーデヴィッヒは澄ました声で言った。背後で巨大生物のように
≪⋮⋮無事だ。何ら問題は無い。≫
泣きそうな声を上げる。
レオの通信を遮って、シュヴァルツェア・ハーゼのオペレーターが
!?
み付けた。
何が史上最強の兵器だ⋮⋮
何が一人の死者も無く勝利した、だ
何が⋮⋮
何がッ
!!
のやりとり。黒煙の周りを旋回しながら、レオはその飛び去る影を睨
ISは優雅にその場を飛び去った。信じ難い目の前の光景と、彼女ら
まるで悪夢のように事が進んだ。ラリーの死は全く無視され、黒い
!!
!!
- 40 -
!!
!!
!!
﹁ふざけるな⋮⋮ふざけるなァァァァァッ
﹂
誰も答えぬ通信回線に、レオの叫びが虚しく響いた。
甲高い音が鳴り響く。呼び出しコール。その音が、レオの意識をを
回想から現実へと引き戻した。
﹁⋮⋮エルフォードだ。﹂
≪少佐、そろそろお時間です。テストフィールドの方へお越し願い
ます。≫
呼び出したのはレノアだった。レノアは何時も通りの何の感情も
込めない声で、淡々と告げた。
﹁⋮⋮了解。﹂
レオは腕のコムリンクを切ると、さも気乗りしなさそうな様子でテ
ストフィールドの方へと向かった。
テストフィールドでは、レオ以外にもう一人、ISを展開した人影
があった。頭部のバイザーによって、顔は確認出来ない。
訝しがりながらも、IS、シュヴァルベを起動し展開する。良くよ
- 41 -
!!!
シュ ヴァ ル ベ
く見れば、その人影が装着しているのも、同じ機体だった。
オーギュメンテッド・リアリティ
≪ 今 回 は I S 同 士 で の 模 擬 戦 闘 を 行 い ま す。武 装 は 全 て
拡 張 現 実 で す の で 遠 慮 は い り ま せ ん。思 う 存 分 に 戦 っ て 下 さ
い。≫
レノアが無線越しに言った。途端、目の前のシュヴァルベが右手の
ライフルを此方に向ける。
﹁⋮⋮いきなり言ってくれる⋮⋮。﹂
レオも同じようにして、機体サーバー内に量子変換されて収納され
ていた実弾ライフルを取り出して右手に持つ。次の瞬間放たれたラ
イフル弾を避けて、上方向へと飛んだ。一瞬の差で、レオが立ってい
た床に弾丸が跳ねる。
ライフル弾を断続的に相手目掛けて放ちつつ、レオは機体のステー
タスウィンドウを呼び出した。半透明のスクリーンが、レオの眼前に
映し出される。
⋮⋮武装は実弾式ライフルに、左腕固定式レーザーブレード、ウイ
ングユニットの根元に装備された誘導弾ランチャー二基⋮⋮。
誘導弾と言ってもこのサイズだ。精々誘導付きの手榴弾程度の威
力しか無いだろう。
と、ステータススクリーンが警告ウィンドウで遮られた。相手の
シュヴァルベから誘導弾が放たれたのだ。放たれた二発の誘導弾は
螺旋状の軌道を描きながらレオに迫った。
レオはライフルでの迎撃を試みた。だが当たらない。照準が誘導
- 42 -
﹂
弾の螺旋状の軌道によりことごとく惑わされているのだ。
﹁チィ⋮⋮ッ
落ち着け⋮⋮。レオは自分に言い聞かせ、そして問い掛けた。
戦闘機においてミサイルを撃たれた時の回避方法は何か。チャフ
フ ル ブー ス ト
やフレアの類は積まれていない。で、あるなら⋮⋮。
決断と同時に、レオは全力噴射で壁際を飛んだ。誘導弾もそれに釣
られて壁際を沿うように飛ぶ。
何枚かの窓を衝撃波で破壊しそうな勢いで通過すると、レオは徐に
機体の前後を反転させた。垂直反転。浮遊スラスターユニットの向
きは変えない。
目の前には、まるで静止しているかのような誘導弾二発。
≫
ファイア&フォアゲット
次の瞬間、誘導弾は空中で炸裂させられていた。
≪甘いッ
だが、これで終わりでは無かった。 撃 ち っ 放 し 能力とは、ミサイル
発射後も母機がミサイルのレーダー誘導に縛られず、自由に行動出来
る事を意味する。再び反転したレオの目の前からは、左腕から桃色の
光刃を発生させて斬りかかるシュヴァルベの姿があった。
刹那、レオも左腕のレーザーブレードを起動。桃色の光刃が迸り、
相手の光刃と交差して閃光と過負荷に悲鳴を上げるような音を発生
させる。
﹂
≪ッぃ⋮⋮。≫
﹁この⋮⋮ォッ
!!
- 43 -
!!
!!
鍔迫り合いが続く。スラスターを使用しても押し切れない。
≫
ならば。レオは右脚を振り上げ、相手の左腕を蹴り飛ばした。
≪んな⋮⋮ッ
≪あぁッ
中央へと叩き落とされた。
﹁これで⋮⋮終わらせてやるッ
!!
と一直線に進んだ。左腕のレーザーブレードを後ろに引く。
レオは壁を蹴ると、全スラスターを噴射し、墜落した相手の機体へ
﹂
クリーンヒット。相手は大きく吹っ飛ばされ、テストフィールドの
≫
き抜き、レーザーブレードを右から左へ一閃させる。
続けてその脚を振り下ろし、肩口へと踵落とし。そしてその脚を引
!!
﹂
そして、世界が歪み、崩れた。
﹁な⋮⋮
- 44 -
!!
突如としてドクン、というような心音が頭の中に響き、周囲の音が
?
何も聞こえなくなる。続いて視界が歪み、何故か深いと解る黒い渦の
中へと飲み込まれる。
薄れ行く意識の中で⋮⋮いや、これは本当に意識が薄れているのか
⋮⋮レオは機体を必死に制御しようとした。だが、僅かに生きてい
る視界の中の機体は、全く問題無く機動している。
視界の中の敵機が、スラスターを噴射してレオの前から逃れた。
すぐにスラスターを止めるか推力方向を偏向して、奴を追随しなけ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
そこまで考えた所で、視界が完全に消え、全てが無になった。
- 45 -
?
Mission04 イレギュラー
気が付いた時、レオはドレッシングルームの自分のロッカーの前で
項垂れていた。
その右手には今にも零れそうな急角度に傾いたドリンクのボトル。
狭い部屋の真ん中に置かれた長椅子に、レオはドッと腰を落とし
た。身体が鉛のように重い。
首を横に何度も振ると、それでも消えない疲労感と違和感を忘れよ
うと、レオは手に持ったドリンクを一気に呷った。
ドリンクは只のミネラルウォーターだった。一気に水を流し込み
⋮⋮むせる。
負荷が蓄積した内臓の拒否反応だった。口内に逆流した水を無理
矢理飲み込むと、鳩尾の辺りに掴み上げられるような鈍い痛みが染み
渡り、日頃あまり意識しない〝胃〟という臓器の存在を嫌という程認
識させられる結果となった。
やがてそれが落ち着くと、レオは目の前に聳え立つボコボコに凹ん
だロッカーの扉を眺めながら、最後に見た景色を記憶の中で反芻し
た。
だが、どれ程考えても、ISでの模擬戦闘中に突然視界がブラック
アウトした、という事だけしか思い浮かばない。
模擬戦開始は、確か少し遅れて1115だった筈が⋮⋮
レオは壁の時計をチラっと見た。まだあれから一時間と経ってい
- 46 -
ない。
モヤモヤとした気持ちを抱えながら着替えに入る。ロッカーを開
﹂
こうとした時、その扉の凹みに、見慣れない物が混じっている事に気
付いた。
﹁これは⋮⋮俺か⋮⋮
だが、その可能性はすぐに否定された。その凹みのすぐそばに殴り
書きされた、ご丁寧にも日付け付きの侮蔑の言葉がその証拠だ。
明らかに損傷し過ぎで、カラフルな罵詈雑言で彩られたロッカーの
扉。交換する気も修理申請する気にもならない。実行犯はあまりに
も容易く予測出来る上、どうせすぐに元通りになる。
⋮⋮実行犯は、今レオが想像した奴だけでは無いだろう。孤児たる
自分とその部隊をやっかむ連中は、果たしてどれだけ居るのやら。
やがて終わる気がしない思考を追いやると、レオは重くのし掛かる
﹂
疲労を無視して、ムッター所属員に支給される、黄色いラインが入っ
た黒と濃紺色の軍用ジャケットを羽織った。
﹁⋮⋮まるでG疲労だな⋮⋮これ、そうなのか⋮⋮
早い物と聞いていましたが。﹂
﹁⋮⋮着替えにしては随分遅かったですね。男性の着替えはもっと素
そこで、レノアが待ち構えていた。
ルームの扉を開けた。
空のボトルをダストボックスに突っ込むと、レオはドレッシング
?
- 47 -
?
﹁⋮⋮相変わらず良く回る口だな。﹂
レオは出来る限りレノアを無視して廊下を進もうとした。だが、レ
ノ ア は 慎 ま し さ を 演 出 し な が ら 彼 の 後 ろ を コ ツ コ ツ と 着 い て 来 る。
お陰で常日頃から注がれる周囲からの興味、やっかみの視線に、新た
に憎悪まで加わる事となった。
﹁エルフォード少佐、ご苦労様でした。﹂
ラウンジにまで差し掛かった時、耳慣れぬ声がして二人の前に見慣
れぬ白衣の女が現れた。手に持ったデータパッドを見ながら、何やら
興奮を隠せていない。
﹁素晴らしい結果が出ましたよ
﹂
- 48 -
まさか第一世代機のシュヴァルベが
あれ程の数値を叩き出すなんて
こから機体コンセプトを設定させて頂きましたが⋮⋮﹂
段に上がっています。あの速度で機動しながらあの命中率⋮⋮。こ
ね。ですが、その後射撃戦闘に持ち込んでからは、ダメージ効率が格
﹁今 回 の 模 擬 戦 で レ ー ザ ー ブ レ ー ド を 使 用 し た の は 一 回 だ け で し た
面図を表示してレオに見せた。
白衣の彼女はデータパッドを操作すると、設計中のISと思しき三
高速機かつ中距離射撃型になると思われますが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮取れたデータを元に、少佐用のISを調整しています。今の所
さを感じた。
ろにレノア。図らずも女性二人に挟まれたレオは、ひどく居心地の悪
キラキラと輝く目で、顔をずいっとレオに近付ける。前に彼女、後
!
!!
嬉々としてまくしたてる。当然レオの身に覚えの無い話なのだが、
彼女の話から推測すると、どうやらレオはブラックアウト後もごく普
﹂
通に戦闘を継続、しかもそこからは破格のスコアを叩き出しているら
しい⋮⋮。
﹁⋮⋮戦闘後、何か⋮⋮変わった様子はあったか
﹁⋮⋮機体には問題はありませんでしたが⋮⋮
﹂
﹁そう、か⋮⋮。ならいい。﹂
﹁
﹂
女の話を遮ってレオは言った。彼女は首を傾げた。
?
﹁ひゃっ
﹂
﹁⋮⋮は∼かせ。﹂
が、彼女はそれから暫くは訝しむような態度を見せていた。
レオが首を横に振る。それからレオは機体構築に話を擦り替えた
?
らひょっこりと、赤い髪の少女が顔を覗かせる。
﹁あのさ∼⋮⋮、彼の話も良いけど、私の方、忘れないでくれない
﹁⋮⋮誰だ。﹂
?
目の前に現れた存在に若干の戸惑いを覚えつつ、レオは尋ねた。赤
﹂
と、唐突に白衣の女が悲鳴のような声を上げた。直後、その後ろか
!?
- 49 -
?
﹂
髪の少女はチラっとレオの方に目をやり、興味深そうにレオをジロジ
ロと見つめる。
﹁⋮⋮貴方が、さっきのIS動かしてた人
﹁に、なるな。﹂
﹁さ っ き は す っ か り し て や ら れ ち ゃ っ た わ ね ⋮⋮ 凄 か っ た わ よ。貴
方。﹂
ドライバー
そう言うと、赤髪の少女は唐突にピシッと姿勢を整えて、レオに敬
礼した。
﹁自己紹介させて。さっき貴方の相手をしたシュヴァルベの操縦者を
してた、ユリシア・リィンフォースよ。﹂
ユリシアはそう名乗り、レオが返礼を返すのを待たずに敬礼を解
く。相手役を務めた以上、向こうもレオの事は知って居るのだろう。
ISを使える事について特に質問はして来なかった。
と、その時になってレオは初めてユリシアの着た軍服の胸元に輝
く、金色の徽章の存在に気付いた。
ウイングマーク。パイロット徽章とも言われるそれは、無論レオも
付けている。だが今彼が付けているのは本来戦闘機パイロットが付
ける、文字通り翼を象った金色のウイングマークではない。今彼の胸
にギラギラと煌めくのは、戦女神 ヴァルキューレをモチーフにし
た、二振りのレイピアを構えた、翼を持つ騎士の姿を象った物だ。
ISドライバーを表すウイングマーク。それを付ける事がどうい
う意味を持つかは、レオも重々理解している。
- 50 -
?
だが、ユリシアの胸に輝くのはそれとは別物。羽ばたくように大き
﹂
く伸ばした翼。正しく、戦闘機乗りのそれだった。
﹁ウイング⋮⋮マーク
レオは思わずそう呟く。ユリシアは頷いた。
﹁そ。私はISドライバー本業って訳じゃないわ。貴方と同じ、戦闘
機パイロットよ。﹂
そして彼女はウインクすると、白衣の女性に連れられて何処かへと
去って行った。彼女が動く度に、彼女の赤い髪が靡き、視線がそれに
惑わされる。
本当にそうなのか
⋮⋮レオはそれが不快だった。
⋮⋮不快だった
明らかに狙い澄ましたタイミングで、レノアが指摘した。しれっと
﹁大分気にしておいででしたね。彼女⋮⋮リィンフォース中尉を。﹂
﹁⋮⋮。﹂
のか分からないまま、彼女らは通路の角へと消えてしまった。
忘れていた何かを、思い出させるかのような感覚。だがそれが何な
が、レオ自身の心の中の〝何か〟を揺さぶるのだ。
不快なのではない。あの赤い髪が不快なのではない。あの赤い色
?
した態度ではいたが、かなり細かい所まで彼女はずっと観察していた
のだ。
- 51 -
?
やや開けて、レオは考えを改めた。
?
﹁⋮⋮ステルス機か、お前は。﹂
精一杯の皮肉を返す。するとレノアは何ら動じる様子も無く切り
返した。
﹁オペレーターの仕事は、目立つ事ではありませんしね。⋮⋮まあ、彼
女にならすぐにまた会えますよ。﹂
﹁⋮⋮どういう意味だ。﹂
﹁そのままの意味です。﹂
レオがレノアを睨み付ける。暫くそうしていようかとも思ったが、
改めて思い起こせばここはラウンジの目と鼻の先。下手に注目を浴
びて、また妙なやっかみを増やす事は決して得策とは言えない。
﹁フン⋮⋮小賢しい女は好かんな。﹂
すると、レノアはにっこりと笑って答えた。
﹁恐れ入ります。﹂
- 52 -
レノアの言った事は、現実となった。
三日程後。第六ブリーフィングルーム。ギルドベルグに紹介され、
隊員達の正面に立つ彼女を見た時、レオはまたあの、不快なようなそ
うでないような感覚に陥り、眉間の辺りを指で強く押して、その痛み
で感覚を誤魔化す必要性に駆られた。
﹁⋮⋮彼女、ユリシア・リィンフォース中尉をシュネー隊に編入させる
事。これが本日の伝達事項の最初の一つだ。﹂
明らかに不服そうな隊員達の視線を無視して、ギルドベルグは偉そ
うに言った。
ユリシアがレオの左の席に着くと、向けられて居た刺すような視線
が彼女と共に移動し、自分にその矛先が向けられているかのような錯
- 53 -
覚から逃れたギルドベルグは、いかにも御満悦な様子で頷く。
﹁⋮⋮次。そのシュネー隊なのだが、隊長たる彼がISパイロットと
隊長はまだISパイロットになるって表明しては
もなった以上⋮⋮﹂
﹁ちょっと待てよ
⋮⋮﹂
けた。
﹁特殊部隊にでもする、か。﹂
あらゆる、多彩な訓練を受けた稀有な存在である事を利用し⋮⋮﹂
そこで、貴様らが全員孤児部隊。つまり操縦技術だけでなく、ありと
﹁⋮⋮ シ ュ ネ ー 隊 を 単 な る 一航空隊 に し て お く 事 は、難 し く な っ た。
時代遅れの剣
ドベルグはなんら動ずる事なく⋮⋮いや、寧ろ完全に無視して話を続
ガタッと音を立てて、ガクトが立ち上がって抗議する。だが、ギル
!
レオがそっと言った。
﹁⋮⋮解っているなら話は早い。要するに、シュヴァルツェア・ハーゼ
に部隊としての性格は近くなる、という事だ。﹂
シュヴァルツェア・ハーゼ。その名が出た時点で、隊員達の感情を
逆撫でする結果になる事は火を見るより明らかだった。ガクトやク
ルト他、何人かの隊員が不平不満を漏らす。
﹁⋮⋮シュヴァルツェア・ハーゼに近い性格で⋮⋮色々と面倒な孤児
部隊で⋮⋮能力だけは無駄に高い。汚れ仕事を押し付ける対象とし
て、これ程良い奴は居ないだろうな。﹂
不平不満の中、レオは一際大きな声でそうギルドベルグに言った。
全員が静まり返り、視線が集中する。
﹁⋮⋮当たり前だ。彼女達は〝特別〟だからな。﹂
ギルドベルグが言った。
特 別 ⋮⋮。そ う。名 実 共 に 〝 最 強 〟 の 称 号 を 保 持 す る 部 隊。ド イ
ツの軍事力の看板役でもあり、一般への露出も高い、〝綺麗な〟特殊
部隊。
大事な大事な箱入り娘に、汚れ仕事はさせられない。つまりは、そ
う言う事だ。
﹁貴様らには色々と〝例外〟が多過ぎる。組織としては、突出した存
在は邪魔なのだよ。永久に陰を蠢く蛆虫で居てくれるのが最も、貴様
らが、〝世界に名だたる我がドイツ〟に貢献
- 54 -
出来る唯一のあり方なのだよ。﹂
ギルドベルグはかなり直接的に言った。隊員達の怒りの感情が物
イレギュラー
〝特別〟が、例 外に勝てた試
ス ペ シャ ル
凄い勢いで高まる中、一つの声が、ブリーフィングルームに響いた。
﹂
﹁⋮⋮しかしな、知ってるかオッサン
しは無いんだぜ
﹂
ケツ拭く紙にもなりゃしねえ。見ものだな
出た時、どんな能力を見せ付けてくれるか
か
そいつらが現場に
んな名前だけの特殊部隊なんて⋮⋮面白くもないジョークじゃねえ
﹁⋮⋮仕事だけ俺達にやらせて、名声だけ彼女らが持って行く⋮⋮そ
る者は、彼を産んだ、顔も知らぬ塵のような親だけだ。
⋮⋮無論、〝カノンフォーゲル〟は渾名に近い。彼の本当の姓を知
な黒い髪が特徴的な隊員。名は、ギルバート・カノンフォーゲル。
列の最後列に座る隊員。声の主は彼だった。ねっとりとしたよう
?
?
笑い声を上げる。
﹂
⋮⋮やがて笑いが収まった後、ギルドベルグはフンと鼻を鳴らして
言った。
ルー ル
﹁⋮⋮蛆虫どもが。孤児部隊とはやはり、無礼なのが売りなのか
歩と、わざと緩慢な動きでギルドベルグに歩み寄りつつ、話を続けた。
レオが言い返した。レオはゆっくりと立ち上がると、一歩、また一
﹁無礼な物言いをされれば、同じように返す。それが俺達の規範だ。﹂
?
- 55 -
?
これに反応して、ガクトが言った。途端、隊員達はかなり挑発的な
?
?
﹁俺達に、通常の軍律なんか通用しない。⋮⋮寧ろ、俺達を蛆虫呼ばわ
俺には⋮⋮。﹂
りしたり、汚れ仕事を押し付けてみたり、色々としてくれるお前達の
方が、そんな物を適用する気が無いように思えるがな
﹁⋮⋮おい、お前
も見せて居なかった。
俺達にゃ認められねぇなぁ
そんなの
﹂
だ。ユリシアはと言うと既に覚悟して居たのか、特に驚くような様子
ギルドベルグが消えた途端、隊員達が一斉にユリシアを取り囲ん
﹂
るようにブリーフィングルームを出た。
て全員の視線が改めて彼女へと向く。その隙に、ギルドベルグは逃げ
ギルドベルグの言葉で、隊員達はユリシアの事を思い出した。そし
への歓迎レクリエーションでもしておく事だな。﹂
られない。追って通知は行くだろうから、まあ、リィンフォース中尉
﹁⋮⋮フン。何を言おうが、貴様らの再編は決定事項だ。異論は認め
?
!!
﹁何が編入だよ
!
﹂
このクソアマに⋮⋮﹂
叩き、大きなおとを立てて全員の注意を奪うと、ゆっくりとその集団
へと近付いていった。
﹁あ、隊長も何か言ってやって下さい
﹁⋮⋮部屋まで案内する。来い。残りは各員解散。正式通知が来れば
!
- 56 -
!
﹁お 前 は 俺 達 の 〝 家 族 〟 に 相 応 し く な い。お 嬢 様 は ス ッ 込 ん で な ッ
!
口々に言う隊員達。レオは一度だけ演台として使うデスクを強く
!!
招集も掛かるだろう。﹂
次の瞬間、隊員達の目の前でレオはユリシアの手を引き、半ば強引
に、出かかったユリシアの抗議も無視して彼女を引っ張り、ブリー
フィングルームを出た。
⋮⋮残された隊員達全員の、呆気に取られた顔をブリーフィング
ルームに残して。
- 57 -
Mission05 血染めの翼
埃がうっすらと積もったような格納庫。まるで冷戦時代からタイ
ムスリップして来たかのように、何機かのF︱5系戦闘機やMiG︱
﹂
21、MiG︱29が並んでいるそのハンガーに、ユリシアは連れ込
まれた。
﹁ちょっと∼、部屋案内するって、ここ明らかに違うでしょ∼
何か嫌な予感を感じているのか、無理矢理おちゃらけたような声で
タ イ ガー Ⅱ
ユリシアはレオに言った。そのレオはと言うと、全く無言でユリシア
を引っ張ると、並び立つ戦闘機の内の一機⋮⋮F︱5Eのような外観
タイガー・シャーク
でありながら、本来双発のエンジンノズルが、尖った大型の一つしか
見受けられない、 F ︱ 2 0によく似た機体の側まで彼女を連れて行
き、そこでようやく彼女を放した。
﹁あっつ⋮⋮ちょっと、本当になんな⋮⋮の⋮⋮﹂
手首を摩りながらユリシアが抗議の声を上げる。だがその抗議が
﹂
終わらない内に、レオは彼女の両肩を掴み、F︱20の機首部分に押
し付ける。
﹁⋮⋮お前、模擬戦の時の事覚えてるか
筈無いでしょ
﹂
何か俺の様子がおかし
- 58 -
?
﹁え、ええ⋮⋮。覚えてるわよ。あれだけボッコボコにされて、忘れる
?
﹁あの時⋮⋮何か気が付いた事は無かったか
かった、とか⋮⋮。﹂
?
?
レオが小声で尋ねた。だが如何に声を小さくしたとしても、この無
音で、静寂に支配された格納庫の中では、そんな小さな声ですら格納
庫中に響き渡った。
そしてそれが余計に、〝内緒話をしている〟ような気分を助長し、
二人共必要以上に声を潜めようとする。
﹂
﹁何か⋮⋮って⋮⋮途中から急に代表候補生並みに強くなってたり、
とか
﹂
﹁⋮⋮恐らく⋮⋮そのタイミングからなんだろうが⋮⋮記憶が抜け落
ちてる。﹂
﹁⋮⋮何ですって
﹁⋮⋮で、そこから記憶に無い、と
シュヴァルベ
?
﹁⋮⋮報告した
それ。﹂
そこまで言うと、レオはようやく彼女の肩を放した。
たよ。﹂
﹁気が付いたらドレッシングルームの中。ロッカー前で立ちすくんで
﹂
たか。突然、何の前触れも無く意識が朦朧としだして⋮⋮﹂
﹁いつだったかは憶えていないが、 I Sを急降下させている時だっ
持ちを消すと、真剣そうな、訝しむ眼差しをレオに向けた。
ユリシアの声量が元に戻った。彼女はその少しふざけたような面
?
ユリシアは視線だけレオに向けると、少し強い調子で尋ねた。
?
- 59 -
?
﹁⋮⋮いや。あの博士にもまだだ。まあその時は状況もあまり飲み込
めて居なかったとはいえ⋮⋮。﹂
﹁そう⋮⋮博士には報告しても無駄でしょうね。あの人自分が造った
〝作品〟にしか興味ない人だから。﹂
良く居るタイプだ。レオはそう言って同意した。
﹁⋮⋮ねぇ、これは私の私見なんだけど⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮何だ。﹂
言うと、ユリシアはそっとレオに近付き、囁くように⋮⋮
機材にしがみつき、転倒だけは免れた。積み上げられた箱やらが崩れ
落ちる音に混じり、再び轟音が響くと、館内放送のスピーカーがノイ
ズを発した。
﹂
本基地は現在、巡行ミサイルによる攻撃を受
更に後方より、所属不明の編隊が接近中
﹁ムッター、総員に通達
けた
コントロールタワーからの全館放送だ。恐らく今頃タワーでは、ミ
!
!
- 60 -
﹁貴方、ひょっとしてそ⋮⋮﹂
﹂
彼女が話し終わるのを待たず、突然、轟音と共に世界が揺れ動いた。
﹂
﹁きゃっ
﹁ッ
!?
よろめいて、鋼の床にキスする羽目になる前に二人は手近な機体や
!!
!
サイルの被害報告やら、接近する編隊とやらの所属確認で忙殺されて
いるのだろう。ノイズの向こうから、悲鳴に近い怒号が聞こえてい
た。
大きな揺れの後の、余震さながらの小規模な揺れ。それが収まった
のを確認すると、レオは急いで格納庫壁面の内線端末装置の受話器を
ゼクス
取り、管制室の番号を入力した。
﹁第六ハンガー、エルフォード少佐だ。状況を報せてくれ。﹂
≪こちら管制室。巡行ミサイルの方は止んだ。編隊の所属は不明。
各パイロットは直ちに迎撃に発進
こちらからの交信は一切無視している⋮⋮≫
﹁接 近 中 の 編 隊 を 敵 と 断 定 す る
﹂
ドで構わない、とも頼む。﹂
レオはそう言うと、受話器を戻そうとした。
テスト
≪⋮⋮少佐、今第六ハンガーと仰いましたね
丁度第六ハンガー前
ンを回しておくように、と。武装が間に合わなければ、バルカン・ポッ
うに言っておいてくれ。それと、ハンガーに俺のタイフーンもエンジ
﹁⋮⋮迎撃命令、了解した。シュネー隊メンバーは各自で発進するよ
上、一瞬のタイムラグも無くそれに従うのが軍隊と言う物だ。
⋮⋮何を持って〝断定〟したかは解らない。だが、命令が下った以
声だ。
スピーカーが再び怒鳴り出した。今度は基地司令、ギルドベルグの
!
に、整備後の試験飛行を控えていたMiG︱29が何機かあります。
?
- 61 -
!
パイロットを交代させますので、そちらで出撃して下さい。≫
レオはハンガーの入口の方へと目をやった。入口はシャッターで
完全に閉じられているのだが、目を凝らしてみれば開けられた覗き穴
から、それらしき影を確認出来た。
﹁⋮⋮ 了 解 し た、そ の 期 待 に は 応 え よ う。そ れ と こ ち ら に リ ィ ン
フォース中尉も居る。彼女もそちらで出させる。﹂
≪了解。パイロットには伝えておきます。後続もすぐに行かせま
すので、先行して敵編隊の出鼻を挫いて下さい。≫
﹁了解。﹂
と走った。ユリシアもそれに続く。
﹂
シャッター脇に備えられたドアを蹴飛ばす勢いで開くと、まず暮れ
掛けの太陽をバックにエンジン音を響かせる青いMiG︱29の姿
が 目 に 入 っ た。数 は 3 機。丁 度 コ ッ ク ピ ッ ト か ら 乗 っ て い た パ イ
ロットが降りてくる所だ。
﹂
- 62 -
受話器を戻すと、レオはユリシアの方へと顔を向けた。
﹁⋮⋮お前、パイロットとしての腕に自信は
﹁ならその腕見せて貰うぞ。来い
﹂
﹁勿論。戦闘訓練所じゃトップ5に入ってるわよ。﹂
?
レオは彼女に〝ついて来い〟と身振りで示すと、ハンガーの入口へ
!!
機体は何時でも出れます
!!
﹁⋮⋮少佐
!
レオが機体に走り寄ると、整備士と思しき格好の男がレオにパイ
ロット装備を手渡した。
⋮⋮特別な用事が無い限り、スクランブルに備えて普段はフライト
ジャケットで過ごす。彼の身に染み付かせた習慣が、この状況で幸い
ラ ダー
した。レオは装備を手早く装着すると、ヘルメットを深く被り、降り
Mr.イレギュラーの坊主、何せ俺よりあんたの方が
て来たパイロットと交代で機体の梯子に足を掛けた。
﹁⋮⋮頼むぜ
腕は確かなんだからな⋮⋮たくし⋮⋮﹂
交代のパイロットがそう言って笑う。最後は聞き取れ無かったが、
﹂
そうした皮肉を受け流す術は、レオは既に身に付けていた。
﹁⋮⋮コントロール、敵の種別は付いたか
事を考えると、発射母機が居る筈だ。そのつもりで。≫
16が主力である事は解ったが、そこまでだ。ただ、巡行ミサイルの
≪こちらコントロール。敵がジャミングを展開したようだ。F︱
線で問い掛けた。
吸気ホースのマスクを装備、キャノピーが閉じられると、レオは無
?
ISは出ないのか
﹂
﹁了解。実際にこの目で確かめるか⋮⋮。コントロール、迎撃に上が
るは戦闘機だけか
?
らが出撃しないのは⋮⋮
た機体を含めてたISも配備されているし、その操 車も居る。彼女
ドライバー
レオはふと疑問を口にした。少なくともここには、レオが受け取っ
?
- 63 -
?
≪⋮⋮コントロールよりシュネー1、お前は⋮⋮あの調子に乗った
女共に俺達の〝家〟を守って貰って、奴らにデカイ面させるのが平気
なのか。≫
管制官は怒気を含んだように言った。
⋮⋮この海上要塞ムッター・シュテッツでは、現在の世界、引いて
はISそのものを嫌悪する向きが強い。管制官の声色には、それがあ
りありと浮かんでいた。
﹁⋮⋮了解した。﹂
レオのMiG︱29が前進し、滑走路プラントへとタキシングを始
めた。
⋮⋮このプラント要塞は、中央の滑走路プラントを挟むように格納
庫プラントが隣接しており、そこだけは居住プラントや基地プラント
などの他のプラントのように連絡通路では無く、〝地続き〟の甲板で
繋がっている。タキシング中のレオの前方では、パイロット交代の無
かったMiG︱29が、離陸開始位置に辿り着いて居た。
インターセプター
そのまま停止せずに滑走を開始。ランニング・テイクオフ。敵に基
地を急襲された時の迎 撃 機の発進手順だ。
≪コントロールよりシュネー1、前方のヴュルガー5に続いて発進
せよ。≫
管制室から指示が飛ぶ。そのヴュルガー5は、たった今滑走路を飛
び立ち、もう急上昇して、レオ達を待っている所だ。
やがてレオ機は滑走開始位置に着いた。その後ろにはユリシアの
MiG︱29。滑走路軸線を中心に滑走路へと回り込むと、続くユリ
- 64 -
フ ル ブー ス ト
シアの機は、レオ機の出力全開による乱気流を避ける為、機首軸線を
やや外側にずらして、レオ機の斜め後ろに並ぶ。
﹁フン⋮⋮。﹂
レオはスロットルに手を掛け、それを押し上げた。一瞬後、強烈な
Gによってレオはシートに強く押し付けられ、レオのMiG︱29は
ギ
ア
空中へと舞い上がった。
⋮⋮着陸脚が地面を離れた時、レオはふと、先程の交代パイロット
が、かつてレオの教官を務めていた男と同一人物である事を思い出し
た。
途端、何か大変な事を見落としたような気分に陥る。あれは皮肉で
隊が、彼ら三機に向けて突進している。
そして、その中には⋮⋮
- 65 -
は 無 か っ た の か も し れ な い。そ し て、彼 は、何 か 言 お う と し て い な
かったか⋮⋮
≫
!
僚機のパイロットが叫ぶ。レオ達の前方では、確かにF︱16の編
≪⋮⋮敵機捕捉ッ
レ ン ジ・ オ ン
ると、三機で編隊を組み、接近する編隊へと一直線に飛翔して行った。
そんなレオの思いをよそに、MiG︱29は一気に空高く飛び上が
?
≪⋮⋮あれは⋮⋮B︱1じゃないのか
ン
﹂
サー
諦めたような声でユリシアは言った。
≫
がこうして話せるのは、至近距離に居るからでしょう。≫
≪駄目。こっちはジャミング圏内に入っちゃってるし。多分私達
は
﹁⋮⋮あれがミサイルの母機、だな。ユリシア、コントロールとの通信
B︱1B。それは、そう呼ばれる機体であった。
ラ
そしてコンコルドのオージー翼の代わりに装備された、可変翼。
見 方 に よ っ て は コ ン コ ル ド を 連 想 さ せ な く も な い 色 と シ ル エ ッ ト。
のサイズでは無い、だがジェットエンジンを装備した、流線形の機体。
編隊の中に3機、一際大型の機体が存在していた。明らかに戦闘機
?
ローランド
二機で回り込んで、左か
⋮⋮まあ、そうだろう。そうである事は最初から予測出来ていたの
だ。
﹁⋮⋮だ、ろうな⋮⋮ユリシア
!
≪あいよォ
≫
≪オッケー。≫
ら仕掛けてくれ。俺がこいつらを引きつけておく。﹂
!
でやれるやら⋮⋮ッ。﹂
﹁⋮⋮さて⋮⋮。東ドイツ時代からの化石で、この大群相手にどこま
ロールして遠ざかる。
ユリシアのMiG︱29ともう一機のMiG︱29が、左方向へ
!
- 66 -
?
レオが呟く。とある事件の影響により、現在ドイツ軍の、いや各国
の保有戦力は著しく減少している。それは、ドイツ軍とて例外では無
い。彼が乗るMiG︱29やF︱4、果てはMiG︱21などのよう
な古臭い代物を第一線に持って来ねばならない程、主力機のタイフー
ンは数が減っているのだ。
⋮⋮特に戦争中という訳でも無い現状では、それで何とかなってい
る、というのは何とも言えないのだが。
何にせよ、兵器の能力差が勝敗の全てでは無い。昔から言われてい
るこの言葉を自分に言い聞かせる事しか、任務に就くパイロット達に
出来る事は無かった。だから、レオもそうした。
⋮⋮だが今回はそんな事を考えるより早く、レオはロックオンした
敵機の一つに対してミサイルの発射スイッチを押した。AA︱10
- 67 -
アラモ。セミアクティブ・レーダー・ホーミング方式で誘導されるこ
のミサイルは、命中までに発射母機からレーダー波を当て続けなけれ
ばならない、旧式のミサイルだ。
故に、回避機動に強い制限が加えられてしまうのだが⋮⋮。
MiG︱29の右主翼下のパイロンからミサイルが解き放たれ、末
端から火を吹きつつ敵機へと向かう。
﹂
⋮⋮そして、あまりにも呆気なく敵機に命中した。
﹁⋮⋮
!!
﹁⋮⋮とはッ
﹂
鳴り響き、レオ機はフレアを撒きながら大きく右上方へと跳ねた。
レオが眉を顰める。直後、MiG︱29の警報装置がけたたましく
?
欺瞞に引っかからなかったミサイルに危うく衝突しそうになりつ
ロール、下方の部隊目掛けて突っ込みを掛ける。
つ、レオ機は敵編隊よりもかなり上を通り抜けた。そして機体を18
0
無論の事ながら、編隊の中から三機別れて、レオ機を迎え撃つべく
上昇して来る機があった。右に二機、左に一機。
おそらく左の方は囮だろう。レオが数の少ない方から片付ける事
﹂
を想定しての事であるだろうし、実際それが普通の対応だ。
セオリー
﹁⋮⋮だが、俺に普通の規範は通用しないッ
﹁もう⋮⋮体勢の立て直しは効かないぞッ
﹂
G︱29も再上昇して、そのF︱16の喉元に喰らいつく。
掛けた。そしてまるでそれに引き寄せられるかのように、レオのMi
一機だけの方のF︱16は慌ててレオの背後を取ろうと、ループを
﹁そう⋮⋮そして、こうだ。﹂
抜いた。
にレオの横を抜けようとしていた右の二機の内、片方を機関砲で撃ち
レオは左の一機へと一直線に飛ぶと、徐に進行方向を変え、今まさ
!!
した。
まるで機械の流れ作業のような瞬間。この一瞬で、三人の人間を殺
うな機動と共に最後に残ったF︱16を機関砲で砕く。
て濃紺色の海面へと堕ちて行く。それをすり抜けると、レオは捻るよ
た〟物で真っ赤に汚したF︱16が、燃え盛る穴だらけの鉄屑となっ
キャノピーの内側を飛び散った血と、一瞬前までパイロット〝だっ
!!
- 68 -
°
⋮⋮そして、そんな事はどうでも良いとばかりに、レオは表情に何
の色も浮かべぬまま、例の一際大きな獲物へと飛んだ。
その周囲では、ちょっとした混乱が見て取れた。先程別れた二機の
MiG︱29が、F︱16の編隊を思う存分引っ掻き回しているの
だ。
﹁お い お い ⋮⋮ あ い つ ら だ け で 全 部 終 わ ら せ ち ま い そ う な 勢 い だ な
⋮⋮﹂
まるで、その言葉への抗議であるかのように、編隊の外から飛来し
﹂
たミサイルが、続け様にMiG︱29の一機へと命中した。
﹁ッ
≫
- 69 -
≪ローランド
いた。敵機を振り切ったかと思えばまた別の敵機からの弾が視界を
増援到来に敵も勇んだか、敵機は今までよりも強気の姿勢を見せて
そこに増援と来れば⋮⋮。
まだこちらの敵編隊は六機程残っている上、B︱1は全機健在だ。
遠方にちらほら見える影を一瞥すると、レオは呟いた。
﹁⋮⋮新手かッ。﹂
オ、そしてユリシアにとってそれは非常に重大な意味を持っていた。
だが例え小さな輝きであったとしても、撃ち落とされた当人と、レ
を留めぬ形で砕け散り、ちょっとした、ささやかな火球に変わる。
MiG︱29のエンジンが、翼が、機首が胴体が、その全てが原型
!!
!!
﹂
このままじゃ狙い撃ちよ
≫
掠め、気が付けば、増援を含めた編隊に、二人は囲まれていた。
﹁ッィ⋮⋮。﹂
≪どうするの
﹁隙がある筈だッ
視界を埋めるのは敵機の影、影、影⋮⋮。
≪隙なんて無い
燃料だって⋮⋮≫
いのに、諦める事など出来はしない。
り、機関砲に弾が残っている限り、ミサイルすら撃ち尽くしてもいな
⋮⋮だが、諦める事はしなかった。このエンジンが咆哮を上げる限
覚しつつ、レオは言った。
自分でも、よくもまあこれほど馬鹿馬鹿しい見栄が張れる物だと自
!?
れ早かれこうなるのは必然だとも言えた。
﹁⋮⋮活路が無いなら⋮⋮自前で用意するまでッ
﹂
る事を躊躇させる程の開きを見せている事を鑑みると、そもそも遅か
ユリシアが反論する。確かにそうだ。彼我の戦力差が、それを考え
!
ルロールを行いながら突っ込み⋮⋮
意を決し、レオは強引に機体を加速させると、包囲網目掛けてバレ
!!
﹂
- 70 -
!?
!
直後、全く別の方向の敵機が火を吹いた。
﹁⋮⋮
!?
﹂
≪オイオイ隊長さんよ、どうした
﹁ガクトッ
自決でも覚悟したか
?
≫
?
へ向けて飛んで来る所だった。
そしてもう一隊。
≪行くぜ⋮⋮トンボ共ォッ
≫
!!
い タイフーンが、こちら
IM7スパローを敵機に放ちつつ、戦闘速度まで加速して編隊の真ん
かって来ていた。彼らの駆るF︱4Fはそれぞれ空対空ミサイル、A
レオにとって既にお馴染みとなった、第七航空隊の機体も同時に向
その羽根毟り取ってやらァァァァッ
ば、ようやく出撃出来たのか、何機かの白
シュネー隊仕様の
レオ機のレシーバーに、耳慣れた声が届く。基地の方を振り向け
!
中へと突っ込んで行った。
- 71 -
!!
≫
≫
Mission06 虚空の刃
≫
﹁シュネー1、FOX1ッ。﹂
≪ゲルプ5、FOX2
≪ああ、ゲルプ1がやられたッ
≪落ち着けゲルプ2、指揮を引き継げ
無線に様々な声が錯綜する。キャノピー越しに見える空がひっく
り返る。高度計の針が狂ったように踊り出し、ブースト計は一気に
レッドゾーンに突入する。
上、下、左、右。もはやどれがどれだか解らなくなる程に機体を暴
U
D に敵が見えたら撃ち殺す。
ヘッド・アップ・ディスプレイ
れさせ、透明の H
ためらえば、反応が遅れれば自分が死ぬ。自身の人間としての闘争
本能をさらけ出し、ただひたすらに敵を撃つ。
そうやっている内に、翼下にぶら下げていたミサイルは尽き、機関
﹂
砲の弾もどんどん無くなって行く。
﹁なのに⋮⋮まだ居るのかよッ
だが、その最後の一機を取り囲むように直掩機がレオ達の行く手を
件のB︱1は残り一機を残して撃墜出来てはいる。
態をついた。
もう何機目か解らない敵機を機関砲で撃ち抜くと、レオは思わず悪
!!
- 72 -
!
!
!
阻み、次々とこちらの機体を追い返している。
⋮⋮数も、パイロットの練度も、恐らく現在は拮抗しているだろう。
だがこちらの戦力はMiG︱29が二機、F︱4が6機、MiG︱2
1が8機。F︱16との性能差は決して無視出来る物では無く、状況
≫
は着々とレオ達が追い込まれる形となっていた。
≪野郎ォォォッ
﹂
また一機、味方が墜ちた。F︱4が一機減り、敵との戦力差が開き
つつある。
﹁⋮⋮増援は無いのかッ
を闊歩するのかよッ
≫
≪増援⋮⋮か。それでまたあのウサギ女達が来て、我が物顔でここ
基地に、救いの手など来る筈も無かった。
化を認められずに組織から弾かれたような人間の集まりであるこの
者たちだ。本土にいる殆どの部隊の体質が変わっていく中で、その変
その上、ムッターにいる軍人達は、その殆どがIS否定派に属する
旧式機ばかりであっても、その事実は揺るがない。
れる部分も多い。条約で規定された以上の戦力を持つ。例えそれが
⋮⋮海上要塞ムッター・シュテッツは元々、存在そのものが法に触
レオは思わず言った。無理な願いであると知りながら。
!!
ロット達は口々に怒号を発しながら、それを発散するかのように敵機
へと向かった。
- 73 -
!!
無線から誰かの声が届く。その言葉に怒りを覚えたか、他のパイ
!!
≫
助け
≪やっと見つけた俺達の居場所⋮⋮この基地まで、あいつらの思い
通りに作り変えられてたまるかッ
≪俺達には⋮⋮戦闘機乗りとして、男としての誇りがあるッ
などォ⋮⋮無よ≫
こちらは途中で無線が途切れてしまった。
誇り、プライド、仲間意識⋮⋮彼らが自ら救いの手を拒む理由はそ
れだ。
だが、レオはそれが納得出来なかった。
戦闘中である事を理解しながらも、レオは叫ばずにはいられなかっ
た。
﹂
≫
彼らは正しい事をしたッ
﹁誇りもプライドも結構だが⋮⋮その為に命を失う事に何の意味があ
るッ
答えた。
≫
我々を認めない世界、いずれ
≪あんた達は⋮⋮いつもそうやって正義面して⋮⋮あんたは一体
何と戦っているんだッ
≪勿論、この間違った世界全てだッ
≫
≫
!! !!
!!
全てを元に戻す⋮⋮それが俺たちのォ
≪爆撃機、基地へ接近
!!
- 74 -
!!
!!
≪貴様⋮⋮仲間の死を愚弄するのかッ
自分の正義に殉じたのだ
!!
!!
!!
無線で怒鳴り返され、レオは正面から迫るF︱16を見据えながら
!!
管制塔からの無線が、レオ達の意識を現実に引き戻した。
護衛の航空隊に阻まれて爆撃機を仕留められない内に、爆撃機は要
塞へと確実に歩み寄りつつあったのだ。
﹂
その死を呼ぶ白い鳥が腹の爆弾倉を開いた時、レオは誰へ向けるで
兎に蹂躙される以前に、奴にやられるぞ
もなく叫んでいた。
﹁奴を落とせ
﹁ッ⋮⋮
﹂
しく大量に放り出された。
れ
いう所で、B︱1の腹から爆弾が、どこぞの映画のダルメシアンよろ
B︱1のエンジンがレオ機の機銃の射程に入るまでまだまだだと
⋮⋮それは、比べるまでもなく明らかだった。
B︱1が腹の中の爆弾を空中に解き放つのと、どちらが早いか⋮⋮
このMiG︱29がフルスロットルでB︱1を射程に収めるのと、
あ
静かなのを見ると、これに期待するのも考え物だ。
⋮⋮爆弾倉は既に開いている。基地の対空設備がここに至っても
みつける。
うなヒビを作り出すのを尻目に、レオはB︱1の四基のエンジンを睨
突っ切る。敵弾がキャノピーを掠め、キャノピー一面に蜘蛛の巣のよ
言いつつレオも、敵にロックオンされる危険を顧みず敵集団の中を
!!
恐らくこれだけでも、ムッターは相当な被害を被るだろう。滑走路
に直撃した日には、この基地の存在意義はほぼ無くなる。
航空戦力のみで戦力が成り立つような基地だ。航空機の発着が出
- 75 -
!!
駄目だった。レオは操縦桿を握る手に力を込めた。
!!
来なければ、基地機能どころかレオ達が例え生き残っても、帰る場所
が無くなる⋮⋮。
そうしている内にも、投下された爆弾は微かな甲高い音を立てなが
ら、基地に振り注ごうとしている。
そしてそれが要塞の甲板に着弾し⋮⋮
なかった。直前で、何処からか放たれた光の矢が爆弾を一度に全て
﹂
貫き、空中で破壊した。
﹁な⋮⋮
レオが、基地の職員が、そして何より爆撃機のパイロットが、突然
何が起こった
の事態に暫し唖然とした。
何だ
≪ラジャー。≫
≪了解。ハーゼ2、敵集団の撃退に移行する。散開せよ。≫
≪⋮⋮ハーゼ2よりハーゼ1、目標破壊完了。≫
その先には、二つほどの黒い〝点〟があった。
直後、全員の視線が、光の矢の飛来方向、その源へと一斉に向く。
?
〝点〟の一つがもう一つの〝点〟に語り掛けると、二つの〝点〟は
- 76 -
?
?
空中をVの字を描くように別れて、敵航空戦力へと飛び込んで行っ
た。
≪⋮⋮ハーゼ1より残存戦力各機へ。後は、我々に任せろ。≫
レオのレシーバーにそう無線が入る。
レオは無線で応答すると、残った機体を集めて編隊を組み直し始め
た。
⋮⋮そしてその間、視線はある一点にずっと集中したままだった。
ある〝一点〟⋮⋮ある〝点〟⋮⋮そのISに、その兎のエンブレム
に。
中
に
避
退
し
て
一夜開けた朝、レオは前日から着ているフライトジャケットを着っ
空
放しの状態で、食堂の椅子に腰を降ろした。
窓の外では、基地司令が⋮⋮昨日から迎撃行動に出ていた基地司令
ギルドベルクがさり気なく着陸態勢に入る所だった。それこそ、大
空こそは開闢以来の我が家であるかのように。
食堂内の、と言うより基地内の雰囲気は最悪だった。昨日の戦闘で
実働パイロットがほぼ死亡、もしくは重傷を負っており、その穴を埋
めるかのように、シュヴァルツェアハーゼを筆頭とするIS運用部隊
が、基地内を我が物顔で闊歩しているからだ。
⋮⋮戦力差をありありと見せ付けられた。
レオは机に爪を立てた。
- 77 -
旧式機ばかりとは言え、何機もの戦闘機で阻むことが出来なかった
敵を、たった二機のISが、40秒と掛からずに撃退してしまった。
確かに、ISを見た敵が一斉に逃げの手を打ったという事もあるか
ドライバー
も知れない。だが、そもそもムッターにも、ISだって、それを使え
る操 者だって居た。
だが、旧式機で編成された防空戦隊など、結局は何の役にも立たな
かった。それが今まで露呈しなかったのも、この基地がさして重要な
拠点でも無かったからだ。
⋮⋮俺達は思い上がった猿の王様と同じだッ
机の上の手をゆっくりと閉じ、机を引っ掻く。
最終的にそれで握り拳を作り、レオは自分の額をそれで小突いた。
﹁⋮⋮はい。﹂
﹂
ふと自分の前にトレイが置かれ、レオは顔を上げた。
﹁⋮⋮とりあえず、何か食べて気を紛らわせたら
ユリシアだった。ユリシアはレオの前に置いたトレイとは別のト
レイをレオの向かいの席の前に置くと、自分はそこに座った。
⋮⋮当然、ユリシアは女性と言う事で、周囲のパイロットや職員達
からは刺すような憎悪の視線が集まっている。が、彼女はそれを気に
していないのかそれとも我慢しているのか、レオのトレイを少し押し
た。
﹁⋮⋮食事だって、立派なストレス発散でしょ。﹂
- 78 -
!!
?
﹂
﹁⋮⋮良くこんな所に来る気になったな。ここに居る全員に一斉に襲
われても文句は言えないんだぞ
新しく来た皆様とは、波長が合わないとい
﹁⋮⋮そうか⋮⋮あいつらも死んだのか。﹂
た。
そこでレオは初めて、第七航空隊の面子が全員居ないのに気付い
て来なかったか、誰が死亡したのかが予想出来た。
た所で一人でいたりと様々だったが、そこから推測すれば、誰が帰っ
まっていたり、各々気の合う奴らで連んでいたり、もしくは少し離れ
確かにここの席はほぼ固定化していた筈だった。それは部隊で纏
レオの視線に気付き、ユリシアが説明した。
﹁食堂の人達の意向だって。﹂
ていた。
そこに誰かが戻って来て、それを食べ始めるかのように丁寧に置かれ
その席には誰も座っていない。だが、温かい食事が、まるで今にも
付いた。
レオは眼を逸らすと、ふと他の机の上に置かれた沢山のトレイに気
ユリシアはそう苦笑いしてみせた。
うか何というか⋮⋮。﹂
﹁私は、〝戦闘機乗り〟よ
ファイターパイロット
レオにはそれ位しか言えなかった。
?
誇りの為に死を選ぶと言っていて、本当にそれを実践したようだ。
- 79 -
?
レオは視線を戻すと、トレイの上のパンを掴むと、1/4程千切っ
て口の中に押し込んだ。
危うく喉を詰まらせそうな勢いでそれを飲み込む。喉の下の辺り
からこみ上げる抗議を無視して、レオはパンの代わりに言葉を吐き出
した。
﹁⋮⋮ 基 地 防 衛 の 脆 弱 性 が 露 呈 し た な。あ あ も あ っ さ り 抜 か れ る と
は。﹂
﹁⋮⋮色々不味かったわね。対空設備はほぼ仕事する前に壊されてた
し、機体は旧式機ばかり。腕良いのは認めるけど⋮⋮﹂
﹁傲慢だったんだよ。自分達は本国の女達とは違う、奴らより遥かに
自分が何故、襲撃の、そして救援の理由に⋮⋮
⋮⋮理由はすぐ予想が付いた。
﹁ま ず ⋮⋮ 敵 は 貴 方 を 消 そ う と し た。I S 学 園 に も 最 初 の 要 請 か ら
二ヶ月近くも⋮⋮向かう事なく、海上の秘密基地でISの訓練してた
- 80 -
上だ。そう思い込んで⋮⋮いや、そう思い込んでいなければやって行
けなかったんだろうな。力の差を見せ付けられて海の向こうまで飛
ばされた人間としては。何かしら理由を付けて⋮⋮。﹂
﹁でも結局、応援が無ければやられていた。これは⋮⋮与太話程度の
﹂
話なんだけど、この基地が襲われたのも、救援が飛んで来たのも、全
﹂
部⋮⋮貴方のせい、みたいよ
﹁⋮⋮俺の
?
レオは思わず手にしたカップを落としそうになった。
?
⋮⋮。気に入らない人達だって居るでしょ。そして救援が来たのも
やはり、〝貴方を〟助ける為。貴重な⋮⋮特異ケースの発現体で、未
﹂
だ国際的な注目も高い貴方をむざむざ死なせる事は、出来ないでしょ
う
ユリシアが慎重に説明し始めた。本人なりに選んだのであろう言
葉の一つ一つが、鋭い棘となってレオに突き刺さる。
つまり⋮⋮レオ自身がIS学園行きを渋り、基地に残った事から基
地が襲われ、それによって、彼ら他のパイロット達の居場所もプライ
ドも、何もかも鉄屑に変わってしまった、という事か。
﹁⋮⋮滅茶苦茶だな。全くもって⋮⋮。﹂
レオはその表情を隠すべく、カップの中のコーヒーを喉に強引流し
込んだ。
カップで顔を隠すだけのつもりが、泥水のような味が口の中に広が
ると、レオは本当に顔を顰めた。
﹁⋮⋮つまり、これ以上君をここへ置く事は不可能、という事だ。﹂
二時間後、ユリシアから言われたのとだいたい同じような内容の話
を、レオは司令官室にて、ギルドベルクから聞く羽目になった。
いつも通りの苛立たしげな表情から、つい見落としそうになるが、
彼もまたこの基地の現状を〝憂いて〟⋮⋮いるのだ。
- 81 -
?
﹁要するに、直ちにIS学園へと赴いて、軍人ではなく学生になれ、と
いう事か。﹂
IS学園
﹁IS学園に在籍する者は、その間、いかなる国家にも帰属しない。こ
れは貴官が日本に居る間、貴官は貴官の部隊⋮⋮シュネー隊でした
秘 密 裏 に 行 う 特 殊 な 訓 練
か。 彼 ら の 長 で は 無 く な る 事、 そ し て こ の 要 塞 内 で の
独自のIS操縦訓練が不可能となる、という事を意味します。﹂
同じ部屋にいる女性士官⋮⋮シュヴァルツェア・ハーゼ副隊長、ク
ラリッサ・ハルフォーフが言った。
彼女の口調は努めて事務的ではあったものの、語感に滲み出るその
言葉の真意は、この要塞の所属員全員に喧嘩を売るような物であり、
その目に付けた眼帯は、今尚生きてエリート街道を行く、怨むべき相
手を思い起こさせる。
そういう訳でレオは彼女を極力無視しようと努力する事としてい
た。
どうせ、向こうだって同じようなものだろう。
﹁⋮⋮そして、ここと違い安全性は日本政府によって保障されている、
という事だ。君がこのままこの基地に留まるという事は、君自身の寿
命を縮める結果にも繋がる。﹂
ギルドベルクが咳払いをして言った。確かに、聞けばIS学園は海
上に浮かぶ人工島の上に建っており、外部からの立ち入りについては
〝無菌室〟と呼ばれる程に徹底されているという。
一応各国の機密の塊が集まる場所でもあるのだし、宅配便一つでも
相当なチェックが入るのは避けられない。
いわば、〝結界〟が張ってあるような物だ。産業スパイから暗殺
- 82 -
﹂
者、テロリスト、盗撮者、覗き、隠しカメラなどなど、あらゆる物を
弾く障壁の張られた、日本の中に存在する国際空間。
それは、世間的には正しい。だが⋮⋮
﹁⋮⋮だが、その割には随分と不祥事が多いそうじゃないか
レオはフッと笑った。日本に張られたドイツ軍スパイ網からの情
報が正しいとすると、五月頃には制御下を離れた⋮⋮つまり、暴走し
た軍用ISの襲撃が、つい先日も軍用ISの暴走が発生し、イベント
が二度中止となっているそうだ。
しかも、その内後者に至っては〝我が栄えあるドイツ軍のエリート
〟、ラウラ・ボーデヴィッヒ機が、国際条約で保有が禁止された能力、
V
T システムを搭載していた事が明らかとなっている、とい
ヴァルキリー・トレース
うではないか。
無論、ドイツ本国でも日本政府でも、証拠隠滅や揉み消しに躍起に
なる一派がいる。だが、当日のイベントはいわば校内ランキングマッ
チ。上級生達にとっては、将来の就職先へのPRの場も兼ねている為
か、様々な国の軍人、企業人などが来訪しており、そのほぼ全てが、
メモリー・クラッシャー
ボーデヴィッヒ機の〝不祥事〟を目撃している。
記 憶 破 壊 者でも居なければ、揉み消しなど不可能だろう。
﹁⋮⋮そう⋮⋮だな。不明ISの侵入の例もあり、我が軍としても、か
の国のセキュリティ態勢の確実性に疑問を投げ掛ける声が大きい。﹂
ギルドベルクは言いながら目を泳がせた。
⋮⋮IS主体となった軍を嫌ってこの基地の司令官に収まった男
が、今度はその軍の失態に触れたがらない。
- 83 -
?
一体貴様は、誰の味方だ。レオは心の中で呟いた。
﹂
﹁そこで⋮⋮レオ・エルフォード少佐、貴官に、特別任務を与える。﹂
﹁特別⋮⋮任務
ギルドベルクは、普段極秘任務の命令書を挟んでいるファイルを取
り出すと、レオに手渡した。
﹂
レオはそれを開くと、それに目を通し始め⋮⋮そして眉を顰めた。
﹁⋮⋮IS学園への技術協力
﹁⋮⋮で、私に、〝そこで何をしろ〟と
レオは僅かに口角を上げて言った。
﹂
たままの軍人を、兵器を持たせたまま立ち入らせる⋮⋮。
S学園の所在地は日本。そこへ他国の軍人を、それもドイツに帰属し
国際空間として、いかなる国家にも属していない場所とはいえ、I
生徒達への技術指導の為に、IS 操 人を派遣する、という事らしい。
ドライバー
と〝IS 操 人 候補生〟を編入させるのではなく、各国から集まった
ドライバー
⋮⋮何だか複雑な話ではあるが、要するにドイツ軍からIS学園へ
て同行する。﹂
遣される。シュネー隊としての装備、兵力はそのまま、君の護衛とし
はドイツ軍よりIS学園生徒への技術指導、教導隊として、日本へ派
﹁今言ったように、我々は日本の安全神話を認めていない。よって、君
?
表情。
ギルドベルクはフッと笑みを浮かべた。見る者に嫌悪感を与える
?
- 84 -
?
﹁流石に、君にも軍本部の言いたい事は解るか。詳しい指示は、その命
令書に記されている。この私でさえ、内容は知らされていない。私が
伝えるべき事は残り三つ。三日後、君は部隊を率いて出発して貰う
事。太平洋上にて演習中の我が軍の原子力空母、ケーファー級二番艦
シュティーアが君達の拠点となる事。本基地に駐留中のケーファー
の艦載戦闘機を使用し、北極周りで日本へ向かって貰う事だ。﹂
ディナイアブルな
基地司令も内容を知らされていない極秘任務。それはつまり、余程
外に漏らしたく無いような、否定できる作戦、ということだ。
少なくとも、レオはそう解釈した。
﹁了解致しました⋮⋮。﹂
レオはファイルを脇に挟むと、右手でギルドベルクへピシッと敬礼
した。
これで見納めになるかもしれぬ基地司令へと、いかにも形式的な別
れの姿勢だ。
﹁第13独立機動軍第88混成戦闘飛行隊所属、レオ・エルフォード少
佐、特別任務、受領致しました。﹂
そして敬礼を解くと、レオは踵を返し、扉へ手を掛けた。
﹁⋮⋮これで貴様らも、汚らしい戦争の犬へと堕ちたな。﹂
去り際に、クラリッサが言った。レオがそちらを向くと、クラリッ
サは素知らぬ顔をしている。
レオはフッと笑みを浮かべると、前に向き直りつつ言った。
﹁⋮⋮汚れ仕事の一つも出来ない箱入り娘の特殊部隊なんて、〝高官
- 85 -
向けの接待役〟位にしかなりそうも無くて。﹂
﹁何⋮⋮﹂
クラリッサの反応を確かめるまでもなく、レオは扉をそっと閉じ、
シュネー隊の隊員が待つラウンジへと歩を進めた。
憎
む
べ
き
その表情は、心底楽しそうに、微かに歪な笑みを浮かべていた
﹁そうだな⋮⋮これで⋮⋮やっと焦がれた人に逢えるな⋮⋮。﹂
ホルスターに下げたドイツ軍制式ハンドガンP8を、そっと撫で
る。
地獄へ案内してやる
そして、まるで恋人に語り掛けるかのように呟いた。
﹁待っていろ。ボーデヴィッヒ。今、逢いに行くから。﹂
- 86 -
?
﹂
Mission07 見えざる刺客
﹁ATTENTION
三日後、格納庫前に整列したシュネー隊員達を前に、レオは右脇に
ヘルメットを抱えたパイロット装備で直立していた。
﹁ブリーフィングルームがまだ瓦礫だらけなので、ここで簡易ブリー
フ ィ ン グ を 行 う ⋮⋮ 伝 達 事 項 は た だ 一 つ。本 日 を も っ て 我 が シ ュ
ネー隊はこの洋上の鉄の巣箱をオサラバする事だ。我々の最初の目
的地は北極。かつて旧ソ連軍が築いた、氷の上の秘密基地を目指す。﹂
氷上の秘密基地。今言った通りかつてのロシアの拠点なのだが、ソ
ビエト連邦崩壊の折に資料が焼失、破棄されていたのをドイツ軍が使
用している物だ。
復旧にあたっては、かつての旧ソ連兵達が協力していたらしい。
シュ ター ジ
IS登場、そして白騎士事件による軍事的パワーバランス崩壊以来
急速に軍国化、秘密警察だ何だと言った名前を再び聞くようになった
ドイツを、第二のソ連とでも見做したのだろうか。
実際それは、強ち外れてはいないかも知れない。少なくとも今のド
イツは、旧東ドイツに性格が近くなってきている。
国内に蔓延るネオナチや平和主義者を一掃した日には、それは現実
となってしまうだろう。
﹁⋮⋮古巣へ別れを惜しむような奴も居るだろうが、猶予は既に使い
果たした。既に我らの飛び立つ準備は整っている。﹂
そう言って、レオは後ろを振り返った。
- 87 -
!!
そこには、5機の白いジェット戦闘機が、列を成してそのエンジン
の鼓動を早朝の寒空に力強く響かせていた。
双発のエンジン、二枚の垂直尾翼、特徴的なシルエット、そして、可
変翼。
EF︱14 ユーロキャット。ノースロップ・グラマン・ヨーロッ
パとなったグラマン社製戦闘機、F︱14トムキャットの発展機であ
る。
特徴的な可変式の主翼や、全体的なシルエットはあまり変わりはな
く、最新鋭のアビオニクスや三次元推力偏向ノズルを備えた新型エン
ジンを備える、ドイツ海軍が誇る〝空の槍〟。
- 88 -
それらは今、シュネー隊のチームカラーである純白に塗られ、響く
エンジン音はまるで、主がそのコックピットへと乗り込むのを今か今
かと待ちわびているかのようだった。
整ったシルエット。それにレオは思わず感嘆の息を漏らした。
単一の目的を⋮⋮敵を撃ち落とし、人を殺す果たす為に生み出され
た鋼の怪鳥。戦いの為の飛行機。人殺しの為の道具であるというの
に、それは不釣合いな程に、見る物を惹きつける美しい姿をしていた。
﹁⋮⋮質問は。﹂
﹂
レオは再び隊員達に向き直った。途端、一人が勢い良く手を挙げ
る。
﹁はい隊長
!
﹁クルト。﹂
﹁隊長のISはどうなったのでありすか
さ。﹂
﹁⋮⋮こいつも一緒なんですか
ドライバー
ルが手を挙げた。
﹂
﹁シュネー隊の、我々孤児部隊のリーダーとして、だ。所詮軍からの鼻
全員の視線が集まる中、レオは言葉を選ぶ事もなく、即答した。
くのか。﹂
﹁あ ん た は I S 操 人 と し て 行 く の か。そ れ と も 戦闘機乗り と し て 行
ファイターパイロット
やや開けて、三番機パイロットとなるギルバート・カノンフォーゲ
﹁⋮⋮因みに、隊長。﹂
後半の言葉は、どちらかと言うとユリシアへ向けた物でもあった。
だ。IS学園にも同行する。﹂
﹁彼女も我が隊のメンバーだからな。⋮⋮安心しろ。彼女は俺の後席
隣に立つ人物というのは、予想に違わず、ユリシアだ。
別の隊員が、隣に立つ人物へと目を向けて、言いにくそうに言った。
﹂
いで、IS学園側も運び込まれるISをチェックしたがっているの
﹁本国から別口で既にIS学園へと送られている。〝例の一件〟のせ
?
つまみ者。俺達の行く道は、俺達にしか解るはずも無い。﹂
- 89 -
?
﹁⋮⋮どうせ今迄も地獄暮らしだしな。別れを惜しむ奴なんて、居は
しない。﹂
二番機パイロットのガクトが言った。
各員、搭乗
﹁軍本部の、天国を信じてる奴らには、地獄を住処として来た悪魔の気
持ちなぞ解る訳が無い。俺達の意志は、俺達が決めるッ
﹂
﹁⋮⋮良かったの
﹂
⋮⋮悪魔の影を背負った、鳥の姿が。
それぞれの機体の尾翼には、青白い鳥の姿が描かれていた。
走った。
レオの号令の下、各パイロット達が自分へと充てがわれた機体へ
!!
﹁何がだ。﹂
方、隊の皆から敵視されかねないわよ
﹂
﹁貴方が、私と一緒に居るって事。IS 操 人になった事もだけど、貴
ドライバー
キャノピーが閉じられると、後席のユリシアが言った。
?
離陸前のチェックを進めつつ、レオは言った。車輪どめが外れされ
んて、誰にもさせない。﹂
られた存在。俺達こそ、俺達の家族だ。俺達の繋がりを断ち切る事な
﹁⋮⋮言って無かったかな。俺達シュネー隊は、同じ孤児、同じ見捨て
?
- 90 -
!!
﹂
た機体は、ゆっくりと滑走路へと進み出す。
﹁じゃ、私が敵視されてるのは
﹁⋮⋮認められないのさ。俺を含めて、皆⋮⋮ISには良いイメージ
が無いからな。﹂
脳裏を、チラッとラウラ・ボーデヴィッヒの影が掠める。俺達の仲
間を、家族を明らかに故意に殺しておいて、奴はのうのうと生きてい
る。持て囃されている。向こうの隊長が死んだのを此方が殺したと
言う。
﹂
そして、皆が皆、奴らの言い分だけを聞く。
﹁⋮⋮貴方は、私に比較的優しいけどね
≪シュネーシャンツェよりアドラーへ。応答せよ。≫
と共に、未だ暗みの残る空へと飛び去って行った。
主脚が地を離れ、後輪が地を離れ、やがて5機のEF︱14は轟音
ロットルレバーを押し込み、鋼鉄の滑走路を疾走した。
全機が滑走開始位置に付くと、管制官からの離陸許可で、レオはス
かない。﹂
﹁⋮⋮何故かは解らない⋮⋮。だが、お前は何故か、あまり嫌悪感が湧
?
﹁アドラーよりシャンツェ、感度良好だ。﹂
- 91 -
?
数時間程飛んだ後、レオ機のレシーバーにノイズ混じりの声が唐突
に届いた。
現在、海上要塞ムッターシュテッツから、とある輸送機がユーラシ
ア大陸を横断し、日本へと進行中だ。
対外的には、この機こそレオの乗る機体であり、途中ロシア空軍の
護衛を受けつつIS学園へ向かう手筈となっている。所謂、囮。
そんな物の存在もあって、飛行中の道程で完全に無線封鎖をしてい
たレオにとって、それはかなり久々に聴く言葉だった。
≪編隊の機影をレーダーで捉えた。そのまま進入してくれ。≫
- 92 -
﹁シュネー・リーダーよりシュネーシャンツェ、了解。﹂
レオはそう言ってから気付いた。
シュネー。部隊名でもあるこの言葉の意味は〝雪〟。北極に備え
られた氷上の基地が〝雪〟を名乗るのもまた少し違うような気もす
るが、厄介者を纏めて汚れ仕事をさせる部隊と、存在を公には出来な
い基地。全く関係の無い、性格の似た二つの存在が、同じ名を冠して
いる事は、なかなか奇妙な偶然であるように思えた。
﹂
﹁雪の巣ね⋮⋮。私達シュネー隊の鳥が降りる巣としては、丁度良い
名前じゃない
﹁まあそうだな。といって、定住する訳でも無いのだが⋮⋮。﹂
後席のユリシアが茶化した。
?
レオは目をチラッとキャノピーの窓枠、そこに備え付けられたバッ
クミラーへとやり、ユリシアの方を見た。彼女がレオの視線に気づい
て微笑み掛けると、レオはまたしても心の中から何かが出てきそうな
感覚に襲われ、目線を逸らして後方に広がる空へと視線をやった。
オゾン層が半ば破壊された北極圏を通るに当たり、レオ達のEF︱
14はキャノピーの紫外線対策が特に強めに施されている。搭乗者
は色素の薄い白人系の人種が多い事もあって、機内から見た外部はサ
ングラスを通したように暗い。
そういう訳で、ヘルメットのバイザー越しに外を見ているレオとし
てはまるで薄暗い中を飛行しているような錯覚に陥るのだが、その薄
・
・
・
・
暗い空の中にとある物を見付け、レオは眉を顰めて、ヘルメットのバ
﹂
イザーを一時的に上げた。
﹁⋮⋮どうかした
・
・
﹁⋮⋮後方に何か居たような気がして⋮⋮いや、気がするんじゃない。
居る。﹂
バイザーを上げていても見える。バイザーの汚れじゃない。
その瞬間、その点が二つに分裂した。
⋮⋮いや違う。何かを撃ち出したのだ。
≫
後方に何か⋮⋮≫
途端、機体のミサイルアラートが警報を発する。
≪何だッ
﹂
≪ミサイルだ
ブレイク
散開
- 93 -
?
!!
!?
!!
ブレイク
﹁散開
!!
叫ぶと同時に、5機のEF︱14は5本の筋を描きながら、展示飛
行を思わせるような散開を見せた。
﹂
誰かがチャフを撒いたのか、接近していたミサイルは目標であるレ
迎撃行動に移る
オ達からは逸れて、虚空へと飛び去る。
﹁⋮⋮アドラーよりシャンツェ、敵だ
めている。
・
F︱14に食らい付き始めた。その内1機は、レオをターゲットに定
トを持つそれは、輝かしいオレンジの翼を煌めかせて、バラバラにE
開発経緯からドイツやイギリスのタイフーンと似通ったシルエッ
力戦闘機だ。
ラファール⋮⋮フランス製のカナード翼付きの双発デルタ翼型主
ギルバートがレオに伝えて来た。
オレンジ色のラファール⋮⋮≫
≪シュネー3よりシュネー1、あの3機、フランスのラファールだ。
う点というような大きさには見えなくなっていた。
空中で、レオは上を、その点達は下を通りすれ違う。その頃には、も
を切り裂きながらこちらへと向かって来る所だった。
ピーフレームで囲われた空の中には、3つの点が、極北の冷たい空気
天地逆転したままレオは言った。彼の目の前、縦長の楕円形キャノ
!!
シャンツェよりシュネー各
エース部
- 94 -
!!
!?
それはフランスの怪鳥、リュミエール隊だ
!!
≪オレンジ色のラファールだと⋮⋮
≫
機へ、逃げろ
隊だ
!!
シャンツェの管制官が慌てて声を張り上げる。
!!
リ ュ ミ エ ー ル 隊 ⋮⋮。名 前 は レ オ も 聞 い た 事 が あ る。隊 長 の 優 れ
た資質と容姿から、軍の広告塔として利用されているエース部隊。
その撃墜数、機動、どれを取ってもフランス国内に他に並ぶ物は無
いとさえ言われた程の実力者達だと言う。
エルロンロール機動でキャノピーすれすれに飛び抜けた機関砲弾
をかわしつつ、レオは後方を定期的に睨んだ。
あのラファール、主翼に書かれた白いナンバーは1。つまり今レオ
一体何故
は、フランス空軍中トップクラスのパイロットに追われている事にな
る。
情報が漏れていた
して鋭角的に機体を上昇させた。
﹁良いだろう⋮⋮相手に取って、不足無いッ
ファイターパイロット
!!
を許可する
﹂
止めろ
勝てはしな⋮⋮≫
﹁シュネー1より各機へ、身に降りかかる火の粉は自分で払え。交戦
べき事を思い付かなかった。
時醸成された本能に従い、狼となって相手を喰らう以外、この場です
過去の記憶は全て戦闘訓練に埋め尽くされている。レオにはその
を前にして震えた。
レオの戦士としての戦闘本能が、戦闘機乗りとしての精神が、強敵
﹂
頭から追い出すと、レオは操縦桿を一気に引き、スロットルを押し出
様々な疑問がレオの脳裏を掠める。溢れ出んばかりのその疑問を
?
≪シャンツェよりアドラーへ
!!
- 95 -
?
!!
!!
エー ス
≪大丈夫さ、ウチの隊長は奴らより速い。≫
キャット
基 地 か ら の 指 示 を、ガ ク ト の 声 が 阻 ん だ。同 調 す る 声 が 上 が り、
シュネー2以下の各機は、まさしく猫のように戦場となった寒空を飛
び跳ね回った。
HUDの透明板に戦闘中のレオの〝眼〟となる緑色のゲージが映
り、その向こうの縦長楕円形の窓枠の中の景色が〝晴れる〟。レオは
ヘルメットのバイザーを降ろすと、緩やかなカーブを描いて高度を下
げつつ、ラファールの背後を狙った。
訓練に明け暮れた時代の記憶はそこまでハッキリとは残っては居
で無くてはならないのだッ
ファイターパイロット
戦闘機乗りだ
ス機動で躱すと、レオは一気に上昇、降下するラファールと空中で交
嵐のように降り注ぐDEFA791の30mm機関砲弾をシザー
た。
かな翼を見せ付けるように高く舞い、直上からレオ機へと襲い掛かっ
鋭い弧を描いてラファールへ追いすがると、ラファールはその鮮や
!!
- 96 -
ない。だがそれでも、口癖のように言い続けて心の真ん中に刻み込ま
ターゲット・インサイト
ル フ ト バッ フェ
!!
れたこの言葉だけは、決して忘れる事は無い。
⋮⋮目 標 確 認 ッ
戦え
戦えッ
!!
お前はドイツ空軍のパイロットだ
!!
ドイツ空軍は地球上から消滅するその瞬間まで、まさに恐るべき存在
!!
!!
差してすれ違った。
⋮⋮つは俺が⋮⋮≫
≪⋮⋮いちょ⋮⋮んご⋮⋮≫
≪いら⋮⋮
﹂
戦闘のさなか、レオのレシーバーに耳慣れぬ声が、ノイズと共に聞
こえて来た。
﹁⋮⋮混線か
何の目的で我々を襲
何らかの要因により、お互いの無線会話が混じりつつあるのだ。
﹂
≫
﹁⋮⋮ 貴 様 ら、フ ラ ン ス の リ ュ ミ エ ー ル だ な
うッ
≫
≪⋮⋮れは⋮⋮敵の声
≪混線⋮⋮
≪⋮⋮我々の目的⋮⋮れは貴様の死だ
≫
レオも機体を水平にすると、ラファールを追って旋回に入る。
と水平飛行に移った。
向こうもこの時混線に気付いたらしく、戸惑うかのようにフラーっ
!?
﹁ッ
﹂
へと鋭く襲い掛かった。
やがてそう声が響くと、ラファールは急に反転し、旋回中のレオ機
!!
- 97 -
!!
?
?
?
!!
!!
咄嗟に加速し、すれすれで機関砲弾を躱す。大きく開いたEF︱1
4の可変翼はサッと閉じて、レオのEF︱14は鏃のように飛んだ。
格 闘 戦で落としてやるッ
ドッグファイト
≫
≪⋮⋮が俺としても⋮⋮ミサ⋮⋮ルなんかでケリは着けた⋮⋮な
い。来いよ
違った。
﹁⋮⋮予想通りの答えだな⋮⋮だが残念だ。俺は⋮⋮ッ
﹂
互いの弾が互いの機首に、キャノピーに傷を付け、2機は再びすれ
に機関砲弾を放った。
そこへラファールが喰いつく。ヘッドオン状態の2機はほぼ同時
がらグルリと旋回しつつ上昇した。
昇、大きく加速していたレオはそれに追いすがる事はせず、減速しな
〝眼〟の中にラファールの背を収めると、ラファールは直角に上
山をグルッと周ると、再びラファール目掛けて突っ込んだ。
ラファールのパイロットが無線で挑発する。レオは海に浮かぶ氷
!!
まらぬ勢いで20mmの鉛弾を目標へ放つ。
20mmガトリング砲の砲身が射撃と同時に休息回転し、目にも留
の内にトリガースイッチを強く押し込んでいた。
ラファールの機首が真上を向いたその瞬間、レオの指はほぼ無意識
与えてくれた。
に反転させ、HUDの透明板に敵を捉えるのに充分過ぎる程の余裕を
眼
元 推 量 偏 向 ノズルは運動性能に優れるEF︱14をあっという間
ベクタード・スラスト
だが今回はレオの方が早かった。コブラ機動すら可能にする三次
双方共同じように反転、再びお互いがお互いに向き直ろうとする。
!!
- 98 -
!!
﹁⋮⋮俺はここで貴様らの期待通り、海に沈むつもりは無いッ。﹂
≪⋮⋮かな⋮⋮この⋮⋮れが⋮⋮≫
HUDに表示された照準レティクルの中で、ラファールは燃えた。
HUDの透明板の中で四分五裂し、炎の玉となってレオを通り越し、
≫
そして地面へ吸い込まれるように落ちて行った。
≪⋮⋮クッ⋮⋮シャルロットォォォォッ
最後の断末魔と共に、つい先程までラファール〝だった物〟は氷の
幕を突き破り、北極の海に浮かぶ細やかな炎の柱をとなって消えた。
⋮⋮シャルロット。最期に彼が叫んだ言葉。人名だ。
恋人か、それとも⋮⋮
再び爆発が上がり、また別のラファールが海へ沈む。
レオはそれを沈んだ眼差しで見送った。
落とした敵への哀れみなどではない。
敵へ哀れみを感じた事など一度も無い。
何故なら、これが戦うという事だからだ。敵に哀れみを感じる位な
ら、最初から戦いの待つ空へと駆け上がらなければ良いのだ。
いかに美しい飛行機も、それは戦いの為に造られた。それは凶器な
全部落としたぜ
≫
!!
- 99 -
!!!
のだ。哀れみを持つ凶器など、レオは未だ嘗て出会った事が無い。
また撃墜
!!
≪おしっ
!
ガクトの歓声が無線で届く。ゆったりと水平飛行に移ったレオ機
の周りに集合したシュネー隊の機体は、1機も欠けてはいなかった。
敵への哀れみを棄てる。人への情を棄てる。人としての感情を棄
てる。その信念が、こうして彼等を生き残らせているのだと、レオは
信仰していた。
﹁⋮⋮シュネー隊よりシャンツェへ。着陸許可を要請する。﹂
レオは疲れ切った声で無線に告げた。
- 100 -
Mission08 氷の下で
氷の大地に敷かれた滑走路。そこに降り立ったEF︱14のコッ
クピットから降り立つと、レオはどっと出た疲れに押し潰されるかの
﹂
ように地面にへたり込んだ。
﹁ちょ、レオ
彼の後から機体を降りたユリシアが慌てて駆け寄る。レオが立つ
のを助けようと差し伸べた彼女の手を払い除けて、レオは搭乗用の足
﹂
場を掴んで何とか立ち上がった。
﹁⋮⋮大丈夫
﹁⋮⋮ああ。﹂
心配そうなユリシアにレオはそう答えた。だが彼の様子はとても
〝大丈夫〟な状態と言えた物では無く、どちらかといえば今にも倒れ
﹂
そうな病人と言った方が適切に思えた。
﹁⋮⋮エルフォード少佐ですね
﹁シュネー隊の皆様、お待ちしておりました。私はこの基地、シャン
び口を開いた。
やがてシュネー隊のパイロット達が何事かと集まった所で、彼は再
ると、レオも同じようにして敬礼した。
代の、ドイツ軍寒冷地仕様の軍服を着込んだ将校がピシッと敬礼をす
と、そこへ一人の男性将校が近付いて来た。どう見てもレオと同年
?
- 101 -
!!
?
ツェの司令官をしております、ドライゼ大尉と申す者。﹂
﹁⋮⋮大尉でもう基地司令か。﹂
レオが意外そうに言った。大尉と言ったら、空軍なら小隊指揮官辺
りの階級だ。それがここに来ると基地司令に早変わりするとは。そ
れもこの若さで。
﹁⋮⋮元々基地司令は私ではございませんでした。ですが前司令官が
3日前に亡くなられまして、基地の皆様の推薦により急遽副官の私が
代理を務めております。﹂
ドライゼはいやに礼儀正しい口調でつらつらと述べた。ドライゼ
は指をパチンと鳴らして整備クルー達に作業を開始させると、近くの
軍用ジープのエンジンへ乗るよう、レオ達を促した。
﹁長旅に空戦でさぞお疲れでしょう。兵舎まで御案内致します。どう
ぞこちらへ。﹂
レオが助手席に着き、他パイロットが後席に好き勝手に収まり、最
後にユリシアがボンネットの上に腰を降ろすと、ジープは滑走路の上
の氷の欠片を砕きながら、ささやかな基地施設へと走り出した。
この基地の主要設備は地上には露出していない。このシャンツェ
では管制塔や格納庫など一部の施設を除き、全て地下、氷の大地の下
に収められている。
最下部には潜水艦とのドッキング設備を備え、レオが前まで居た
ムッターのように短時間ながら光学迷彩を展開する事すら可能。
⋮⋮だが光学迷彩で姿を消していた筈のムッターは、正体不明勢力
による攻撃を受けてしまっている。
- 102 -
それは何故か。答えはここに来て解った。
﹁ここでは光学迷彩は一時的にしか展開出来ないのですが⋮⋮仮に常
時展開出来たとしても、それで侵入者を確実に抑える事は出来ませ
ん。航空基地である以上、航空機の発着時には迷彩を解かねばなりま
せんから。﹂
現状の光学迷彩では、敵からの発見の可能性をほぼ0に抑える事が
できる代わりに、自軍へと展開中の要塞の位置を知らせる手段が無い
﹂
のだ。下手に無線を送れば、それを傍受される可能性もある。
﹁でもでも、ケーファーは問題無しに接舷出来たぜ
後席からガクトが体を乗り出す。ドライゼはガクトの方を向く事
も無く答えた。
﹁ケーファーはそもそもの拠点がムッターです。要塞の大凡の位置は
掴めています。しばらくその周辺を行けば光学迷彩の膜を突き破れ
るでしょう。目測を、方向を誤ってもケーファーは〝停止〟も〝減速
〟も可能です。それに充分な広さを確保して、光学迷彩の膜は張られ
ています。﹂
飛び立ったは良い物の降りる場所
そこまで言うと、ドライゼは言葉を止め、フロントガラスに付着し
た氷片をワイパーに弾かせた。
﹁さて、一方の航空機はどうです
る。運良く膜の中に飛び立っても、すぐ飛び出てしまったり、高度が
合わない、速度が合わないのであれば再び膜を飛び出して再び正しい
﹂
アプローチを感でやり直す必要があります。ムッター所属機なら感
覚で覚えられるかもしれませんが、初めて飛来する機はどうです
?
- 103 -
?
は目に見えない。膜はドーム状に展開する都合上、上に行く程狭くな
?
﹁ぁぁ⋮⋮解った、解ったよ。﹂
ガクトは少しげんなりした様子でドライゼの話を止めた。
ガクトが席に引っ込むと、レオは溜息をついてドライゼの言葉に同
意した。
﹁確かにそうだ。本来ムッターに来る航空機なんて、年に1回あるか
ないか、程度が関の山だったが⋮⋮そうだ。ISの専門技術者を入れ
る為に何機も飛んで来たからな⋮⋮﹂
視界の中で流れて行く北極の氷の大地を眺めながら、レオはまた溜
息をついた。
⋮⋮これもまた、俺のせいか。日本行きの特務も、ひょっとしたら
ムッターが俺を追い出したがっている、という事のようだな⋮⋮。
﹁到着致しました。﹂
やがてちょっとしたプレハブ小屋のような所の前で、ジープは停止
した。パイロット達が車を降りると、ドライゼは車をガレージへ格納
しに向かった。
﹁こんな⋮⋮掘っ建て小屋⋮⋮﹂
﹁基地の殆どは地下だ。ここから地下に降りるんだろ。﹂
ドライゼを待つ間、パイロット達はそんな事を雑談していた。
- 104 -
そしてそんな時でも、ユリシアは皆から明らかに避けられていた。
おかしな物だ。普通なら、こういう状況に置かれた女性は男性陣か
らちやほやされるだろうに。︵それでも、結局話しにくいなどと距離
を少し置かれるのだろうが︶
﹁⋮⋮因みに俺が居ない間の指揮はどうする。﹂
レオはそう言って、全員の注意をレオに向けた。
﹁⋮⋮どうせ、シュティーアの指揮官に従う気なんて無いだろ。どう
する。﹂
﹁そ こ は や っ ぱ 俺 だ ろ。栄 え 〝 無 き 〟 シ ュ ネ ー 隊 二 番 機 の ガ ク ト・
リーフィルこそ適任者⋮⋮﹂
﹁それはない﹂
﹁やだ。﹂
﹁無理だな。﹂
﹁断る。﹂
﹁我々に死ね、と。﹂
﹁それジョークか。﹂
﹁冗談は名前だけにしとけ。﹂
残り7名の全員一致で、ガクト隊長案は儚くも永久に否決された。
- 105 -
﹁⋮⋮なんじゃそりゃぁぁぁ
何でだよ
﹂
茹で蛸の如く顔を真っ赤にしたガクトが大声で叫ぶ。一方の残り
!!
﹂
のパイロット達は、ほぼ同時に言い放った。
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁だって馬鹿だし。﹂
﹁⋮⋮んだよ畜しょぉぉぉぉぉぇぅ
!!
﹂
︶叫びが轟く。
?
何とか言ってくれよぉぅ
北極の虚空にガクトの魂の︵
﹁⋮⋮なあレオ
!!
対するレオは、若干申し訳なさそうに、だが至極当然とでも言いた
そうに、
﹁⋮⋮俺もそう思う。﹂
ガーン、ガラガラガラ⋮⋮
ガクトは、自分でそんな擬音を言いながら崩れ落ちた。
﹁⋮⋮で、どうする。俺としてはギルを推すが。﹂
崩れ落ちたガクトを無視してレオは言った。
- 106 -
!?
そう言ってガクトはレオへ懇願の眼差しを向けた。
!
﹂
一方推薦されたギルバートは鳩が豆鉄砲食らったかのような顔で
﹁え⋮⋮俺
﹁ギル⋮⋮かぁ⋮⋮まあギルなら俺任せられるな。得意の皮肉で司令
官と喧嘩しそうだけど。﹂
﹁俺も。﹂
﹁激しく同意﹂
﹁著しく同意﹂
パイロット達が口々に同意する。
そういう訳で、外国語で何やら騒ぐガクトを他所にギル隊長案は可
決された。
﹁お待たせしました。﹂
そこへドライゼがやって来た。彼の先導の元、レオ達はプレハブ小
屋の中の斜行リフトへと乗り込む。
ドライゼが操作パネルに触れると、リフトは音を立ててゆっくりと
動き出した。明るい地上から、真っ暗な地下へと。不気味な静けさの
中に、リフトの駆動音だけが響いた。
﹁⋮⋮あ、それと皆様、いきなりで申し訳ありませんが⋮⋮この基地、
﹂
- 107 -
?
米軍が半分租借しています。﹂
﹁⋮⋮は
?
思わずレオは聞き返した。
﹁米軍が半分租借しています。昨年からですが、軍本部には報告して
おりません。﹂
﹁何故。﹂
﹁国連の正式決定だ、もう軍本部には伝わっている、と。ですがあなた
方の反応を見る限り⋮⋮﹂
伝わっていない。レオは心の中で彼の言葉を補完した。
斜行リフトの中はひんやりとした空気が立ち込めていた。ドライ
奴
ら
ゼの顔が青ざめて見えるのは、多分寒さのせいでは無いだろう。
- 108 -
﹁⋮⋮噂に過ぎませんが、前司令は、米軍に弱みを握られていたようで
⋮⋮それで彼らに従うしか無かったのでしょう⋮⋮そして私は⋮⋮
﹂
彼らに従う以外、この局面を乗り越える術を知りません⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮米軍の領域って、入れるのか
を眺めていた他の隊員達も、何事かと集まって来る。
途端ドライゼがレオに詰め寄った。リフト端の手摺りから下や上
へ。﹂
﹁解 っ た。ド ラ イ ゼ 司 令 は 隊 員 達 を 兵 舎 ま で 頼 む。俺 は 米 軍 の 領 域
域の真ん中に位置するよう領域分けをしましたから⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮行けます。地表へのリフトは両軍共通で使えるように双方の領
レオは、遥か彼方に消え去った地上の光を見上げながら言った。
?
﹁ッ⋮⋮
、何を言い出すのです
ドライバー
貴方は自分が何を言ったのか解っ
!!
ファイターパイロット
もし彼らが貴方を、IS 操 者だと知ったら⋮⋮﹂
!?
﹁へ
ノー
ネ
﹁エルフォード、だと⋮⋮
ス
ス
﹂
とずかずか乗り込んで行った。
強引にユリシアの手を引くと、レオは彼らと逆の道、米軍の領域へ
⋮⋮え、ええ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ユリシア、念の為一緒に来い。﹂
字型の通路に繋がる扉が口を開けて待ち構えていた。
やがてリフトは止まった。僅かばかりの照明で照らされた先は、T
だ。﹂
S 学 園 に 向 か う 事 が 確 定 し て い る。彼 ら も 下 手 な 事 は 出 来 な い 筈
﹁おっと⋮⋮俺は戦闘機乗りだ。お間違えの無きように。俺は既にI
ていますか
!?
耳を疑っていた。
レオ・エルフォード⋮⋮
ト
ドライバー
あの男性IS 操 者の⋮⋮
≪は、はい⋮⋮是非挨拶を、と⋮⋮。≫
?
勲章を下げた灰色の軍服の男が、受話器から聞こえた言葉に自分の
北極基地シュネーシャンツェ、米軍司令官室。
?
?
- 109 -
?
﹁⋮⋮どういう事だ⋮⋮一体何のつもりで⋮⋮﹂
奴の真意が読めない。ドライゼとかいう小童から
軍服の男はその顎に生えるゴワゴワの髭を撫でながら唸った。
何のつもりだ
事態を聞いて異議を唱えに来たか⋮⋮
⋮⋮いや、あり得ない。彼は自分と自分の部隊の事しか仲間と見な
さない男だという情報だ⋮⋮。
⋮⋮まさか私を殺してこの基地をドイツの元に戻そうと⋮⋮
﹁⋮⋮許可が下りました。ご案内致します。﹂
男は、ニヤリと笑って口を開いた。
もしかすると⋮⋮上手くすれば、私本来の任務完遂を⋮⋮
る種の特殊ケース。
⋮⋮奴がそのつもりで来ても、奴は何も出来まい。それに、奴はあ
否定した。
部屋の隅で伏せている国鉄色の機械の犬を見て、彼はその可能性を
も護衛用小型オート兵器がある。
⋮⋮だが、ここには数多くの武装したハイテク兵達が、この部屋に
り得ない話では無い⋮⋮。
奴の部隊をドイツ軍の連中が人質に取って彼にそれを強要する、あ
?
自身に向けられたM4カービンの銃口が下げられ、将校らしき男が
- 110 -
?
?
現れると、レオはフッと笑って挙げた両腕を下ろした。
ドライバー
﹁有難う。⋮⋮意外とあっさり許可する物だな。﹂
﹁それは、貴方は世界に二人しか居ない男性IS 操 者ですから。﹂
どう見ても作り笑顔な将校の顔を見ると、レオの頭の中で先ほどド
ライゼの言った事が木霊し始めた。
⋮⋮まあ監禁は無いだろうな⋮⋮。そうするとIS学園のみなら
いや、それならIS学園でデータを
ずドイツ軍、国連からも怪しまれる。
何かの研究への協力要請⋮⋮
取れば合法的に行えるはずだ。
実 際 に レ オ が I S 学 園 と い う 国 際 空 間 で I S を 使 用 し て 取 れ た
データは、各国に公開されるのだ。機密である部分は公開されない場
合もあるが、模擬戦闘などでレオがISを使用している時、他国がそ
のデータを取る事は許されているのだ。
では一体⋮⋮この違和感は一体⋮⋮
ぐるぐる回る疑問をとりあえず頭から追い出すと、レオは黙ってそ
の将校について行った。
﹁⋮⋮ねぇ。﹂
﹂
- 111 -
?
やや進んだ所で、ユリシアが小声でレオに言った。
﹁何だ。﹂
﹁何で私だけ連れて来るの
?
あ
い
つ
ら
ドライゼが案内し終わった所で皆に襲われるのがお望みか
﹂
﹁お前⋮⋮他の隊員達がお前をどう思ってるのか、解らない訳無いだ
ろう
﹁⋮⋮ほう。司令官殿は差別的なのな。﹂
マーやヘルメットを装着した兵士2名に挟まれている。
その扉は、少しだけ他の扉と形が違った。扉の両脇は、ボディアー
き当たりですので、そちらへお願い致します。﹂
﹁ここから先は、私は入室を許可されていません。真っ直ぐ進んで突
やがて一際大きな扉の前で、将校は立ち止まった。
オの頭にそんな疑問が浮かんだ。
そもそも米軍は何をしにこの北極基地を半分乗っ取ったのか。レ
だけ。
路の窓から見掛けた格納庫の中も、あったのは戦闘機が一個小隊分程
米軍は基地施設そのものにはほぼ手を加えて居なかった。途中通
﹁は、はぁい⋮⋮。﹂
よ。解ったら余所見してないでついて来い。﹂
﹁一応お前も俺の部隊員だからな。面倒は俺が見なきゃならないんだ
校に気付かず別の方へ行きそうになったユリシアを引っ張った。
途端ユリシアが赤くなって俯く。レオは溜息を付くと、曲がった将
?
嫌な予感を感じつつ、開いた扉の中へレオは足を踏み入れた。その
向こうにはもう一枚扉があった。
- 112 -
?
ユリシアがそれに続こうとする。が、ユリシアがそこに入ろうとす
ると、兵士二人が彼女の両腕を掴んだ。
﹂
﹁立ち入りを許可するのはエルフォード少佐のみです。貴女は許可さ
れていません。﹂
﹁え⋮⋮そうなの⋮⋮
レオはそこで足を止めると、しばし考えた後、兵士二人へと言った。
﹁⋮⋮彼女は置いて行く訳にはいかん。彼女がここに残るというなら
⋮⋮俺は帰るかな。﹂
すると、将校は慌てた様子で無線を取り出し、何処かに居る司令官
へ指示を仰いだ。
⋮⋮この慌てよう⋮⋮何かある。
レオはそう感じた。これで彼らがあっさり彼女の同行を許可した
のなら、彼らは間違いなくレオをここに引き留めたがっている、とい
う事になる。
﹁⋮⋮解りました。ご一緒で構いません。﹂
やがて将校はそう言って、ユリシアを通路へと促した。
ユリシアが通ると、彼女の背後で扉がゆっくりと閉じる。
二枚目の扉の向こうは、まるで別の建物だった。中世ヨーロッパの
城の中のような内装に、槍を持って起立している騎士甲冑達。カー
ペットまで敷いてあるさまに、レオは思わず圧倒された。
﹁これは⋮⋮これは⋮⋮﹂
- 113 -
?
﹁まるでお城⋮⋮。﹂
周 囲 を 見 回 し つ つ レ オ と ユ リ シ ア は ゆ っ く り と 通 路 を 奥 へ 進 む。
二人を除けば、この空間には突き当たりの部屋の前に起立している、
先程と同じ装備の武装した兵士二人しか居なかった。
﹁お待ちしておりました、エルフォード少佐。生憎今司令官殿はお留
守でして⋮⋮先に中でお待ち下さい。﹂
レオが扉に近づくと、兵士がそう言って扉を開いた。中は真っ暗
だった。
﹁照明はセンサー式ですので、ご安心を。﹂
﹂
﹂
- 114 -
PDWを装備した兵士二人に促され、レオとユリシアは言われるが
ままに部屋の中へと足を踏み入れた。
28mm弾を装備
⋮⋮P90。先程ユリシアを止めた兵士も彼らもそれを装備して
いた。
ボ デ ィ ア ー マ ー す ら 貫 く 事 の 出 来 る 5.7
⋮⋮彼らは何かの特殊部隊だろうか。
そしてレオ達に反応して天井のセンサーが光り、部屋の照明が点い
×
た瞬間、今のP90に関する事はレオの頭から一気に消えてしまっ
た。
﹁な⋮⋮
﹁これって⋮⋮
?
?
部屋の中の光景にただただ驚いていた二人は、彼らの背後に、兵士
ではない、一人の人影がゆらっと現れた事には、気付かなかった。
- 115 -
Mission09 φ
部屋の中は、大凡軍事基地の中にある部屋とは到底思えない光景が
広がっていた。
青空の描かれた壁紙。白い雲の描かれた天井。壁に設置されたバ
スケットゴール。その近くに転がる古びたバスケットボール。部屋
の真ん中に陣取る、ぐるぐると回る構造をしてた真っ赤な滑り台。奥
の壁に引っ掛けられたダーツの的。床の上に散乱した積み木。無造
作に放られたノート。床に置かれた飛行機の玩具。敷かれた玩具の
レール。
まるで⋮⋮まるで⋮⋮
﹂
- 116 -
﹁⋮⋮幼稚園か⋮⋮ここはッ
た。
止まりとなっており、レオが見ていると、やがて汽車はそこで止まっ
けにレールは途中でもう一つ別のレールが上から突き刺さって行き
発したかのように原形をとどめておらず、レールも歪んでいる。おま
楕円形に並べられたレールの上をよたよたと走る汽車の玩具は爆
具のロケットが突き刺さっている。
具はエンジンにあたる部分が壊され、コックピットにあたる部分に玩
だが、ダーツの的は弾痕でメチャメチャにされており、飛行機の玩
その〝違い〟とは一体何なのか、言葉でそれは説明し辛い。
屋は、何かが〝違って〟いた。
⋮⋮だが、良くよく観察してみれば、このプレイルームのような部
まるで、幼児が遊ぶプレイルームだ。
!?
バスケットゴールはネットがズタボロで、枠も変形、弾痕もあれば
何かで切ったような跡もある。バスケットボールはナイフで斬られ
たかのように一筋の長い切れ込みが入っており、中の空気も抜けて
すっかり萎れていた。
滑り台も弾痕でボロボロであり、トンネル状になっている部分に
は、ボロボロのサンドバッグが何個も詰められている。
⋮⋮どれもこれも、幼児が遊んだ跡とは到底思えない。
﹂
そして何より、この部屋には薬莢が大量に転がっていた。何よりも
この部屋に不釣合いな物。
﹁⋮⋮ず、随分酔狂な趣味の人が居たモンよねェ⋮⋮
苦笑いしながらユリシアが言った。彼女も、この部屋に立ち込める
異常な雰囲気は感じ取れたらしい。彼女は床に落ちたノートを興味
本位で開き、直後、再び息を飲んだ。
ノートには、全ページを埋め尽くす量の数式、それと戦術理論が書
き込まれていた。驚く程の正確さと内容の豊富さが、まるで子供の書
いたような拙いアルファベットで。
反対側の表紙を見ると、何だか抽象的なモヤモヤした物が描かれて
印が書き込まれていた。
いた。何なのか良く解らないが、端の方に人の形が描かれており、頭、
胸などに
ノート普通のノートの使い方とは逆に書かれている事が解った。右
から始まって、左が終わりのページらしい。
﹂
﹁何⋮⋮何なのよこれ⋮⋮﹂
﹁解らない⋮⋮だが⋮⋮ッ
!?
- 117 -
?
φ、と い う 記 号 も 書 き 込 ま れ て い る。も う 一 度 読 み 返 す と、こ の
×
その瞬間、レオは背中にゾッと寒気を感じた。今まで地上では感じ
た事の無い、悪寒のような物⋮⋮。敵機にロックオンされ真後ろに付
かれた時に感じる、あの感覚だ。
自分が死ぬかもしれないという恐怖。これは死の恐怖だ。
レオは反射的に後ろを振り向いた。
﹂
そして、そこには真っ白な顔があった。
﹁⋮⋮ッ
思わず後ずさる。そこには、レオと同じ位の少年が無表情で立って
いた。
目も鼻も口も無いように一瞬思えた程真っ白な肌に、薄い金色の
髪。瞳はエメラルドグリーン⋮⋮なのだが、何よりもその目が恐ろし
かった。
まるでそこにぽっかり空洞が開いているかのような目。ユリシア
などは床に尻餅をついて、微かに震えていた。
白い私服を着た少年。ただそれだけの筈なのに、その少年を見てい
ると⋮⋮いや、その少年が近くに居ると、まるで今にも殺されるかの
﹂
ような感覚と、恐怖を感じた。
﹁⋮⋮僕の部屋に何か用
が論文を発表するような口調で。
やがて少年が言った。驚く程ハキハキとした口調で。まるで学者
?
- 118 -
!!
﹁お前⋮⋮は⋮⋮﹂
﹁ここは、僕の部屋だけど⋮⋮。﹂
少年が首を傾げる。あまりにもあどけなさ過ぎる仕草。この部屋
﹂
の有様と少年の出で立ち、仕草⋮⋮そのどれもが全く噛み合わず、レ
オは困惑⋮⋮いや混乱した。
﹁ええっと⋮⋮ここは⋮⋮貴方のお部屋
少年は
﹁うん。僕の部屋。それが何かな
なり、レオは更に戸惑った。
﹁⋮⋮これは⋮⋮お前⋮⋮が⋮⋮
どうにか言葉を絞り出すと、レオは目線でボロボロの遊具達を、〝
﹂
笑いとは明らかに違う笑顔。余計彼がどういう人物なのか掴めなく
ニッコリと笑みを浮かべて言った。案内の時の将校のような作り
﹂
ややあって、ユリシアが恐る恐る問い掛けた。問い掛けられると、
?
﹂
明らかに違う使い方をされた〟遊具達を示した。
﹁⋮⋮そうだよ
ように少年が頷く。
﹁⋮⋮それも、お前が書いたの⋮⋮か
﹂
?
- 119 -
?
?
壁に掛けられていた黒い帽子を頭に深く被りながら、さも当然かの
?
﹁うん。出来⋮⋮どうかな
﹁ふ⋮⋮φ
ファイ
﹂
﹁僕は⋮⋮φ。﹂
何か変な事書いてしまったかな
﹂
で来るような気がして、少年が歩み寄る度に、少しずつ後退った。
だが、彼が一歩近付く度にレオは、まるで自分の心に何かが入り込ん
レ オ は そ れ を 見 る 事 が で き な か っ た。何 故 だ か は 一 切 解 ら な い。
た。
ハッとしたように少年は言うと、一歩、また一歩とレオに歩み寄っ
⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮ そ う だ ⋮⋮ 自 己 紹 介 し な い の は 失 礼 だ よ ね。ご め ん な さ い
すかのように頷く。
ユリシアが持っていたノートを示すと、少年は先程の行動を繰り返
?
を教える筈の採点者が、自らが間違っていた事を認める形⋮⋮だか
ら、僕は好きな物を自分の名前にする。一文字で済むから凄く、楽。﹂
彼が近寄る度、レオは頭に突き刺さるような痛みを感じ始めてい
た。
そしてそれは、彼の姿が視界の中で大きくなるにつれ一層激しく
⋮⋮
やがてレオは滑り台に背中を付ける形となり、これ以上後には引け
なくなった。にも関わらず、彼の脚は本能的に後ろに下がろうとす
- 120 -
?
﹁僕はその記号が気に入っている。○を/で訂正させる⋮⋮僕に正解
?
る。
やがて彼の⋮⋮φの⋮⋮ファイの顔がレオの目の前まで迫った時、
彼の中で何かが終わりを告げ、足元の地面が崩れ、視界がぼやけ、風
景が線を引いて混じり合い、そして全てが無へと帰った。
﹁気が付いたかい。﹂
- 121 -
一つの若い男の声で、レオはハッと我に帰った。
⋮⋮いや、意識を取り戻したと言った方が良い。レオはベッドの上
﹂
で横たわっていた。
﹁ぅ⋮⋮ん⋮⋮
﹁⋮⋮俺は⋮⋮﹂
う判断した。
若い男。彼の着ている米軍マークの付いたジャケットから、レオはそ
レオを真正面から見据えるようにして壁に背をついている茶髪の
⋮⋮それも米軍の。
の類から見て、ここは医務室のようだ。
ゆっくりと起き上がる。幾つかの治療器具が収められた棚や点滴
?
﹂
ファイ
ファイ
﹁気絶したんだよ。 φの部屋で。 φと一緒に。﹂
﹁気絶した⋮⋮
﹁両方
彼女は先にお帰り願った。彼女にはな∼んにもしてはい。話聞い
﹁同時にさ。お前と一緒にいた女が証言した⋮⋮おおっと心配するな
﹂
端両方が気絶するとは。﹂
たけど、流石に今回のケースは始めてだったよ。まさか顔合わせた途
﹁覚えてないか
まァそうだろうな⋮⋮奴には色々と厄介事が付いて
それに被さっていたグラスを手に取り、中に水を注いだ。
男は壁のボタンに触れると、デスクに置いてあった水のポットと、
いたフライトジャケットの襟を直した。
レオはベッドから脚を床に付けると、ゆっくりと立ち上がって着て
?
?
水をたっぷりと注いだグラスをレオに差し出すと、彼はおちゃらけ
た様子で言った。受け取った水を勢い良く飲み干し、内臓の悲鳴を無
﹂
理矢理無視しつつ、レオはさっきまで自らが寝転がっていたベッドに
腰を降ろした。
﹁⋮⋮それはそれは⋮⋮で、お前は
ク。一 応 大 尉。で も 誰 も 気 に し な い、米 軍 内 で い っ ち ば ∼ ん き な く
﹁ぉぉ∼ぅ、まだ自己紹介してないな。俺はセイト。セイト・アスミッ
バッと広げた。
名を訪ねられた男は、良くぞ聞いてくれたとばかりに両手を大きく
?
- 122 -
?
ただけ。﹂
?
ちゃ∼い︵一番きな臭い︶部隊の隊員さ。﹂
﹂
﹁きな臭い、ね⋮⋮。自分でそう言う程なら知ってるだろうから⋮⋮
ファイ
まあ無駄と知りつつ一応聞くが、あのφ っての、何者だ
レオにそう尋ねられると、セイトは、う∼む、と唸り、腕を組んで
見せた。
非常にわざとらしい仕草だ。
﹁⋮⋮本当は言っちゃいけないんだが⋮⋮ウチの司令が気に食わない
ドライバー
ので教えちゃう。端的に言えば奴は実験体だな。米軍が、い∼や世界
中の何処もかしこもが欲しがっている人材⋮⋮男性IS 操 者を得る
為のな。﹂
﹁⋮⋮どうやって。﹂
あいつ、ちっさい頃に家族をク
﹁色々、だ。そりゃもう色々やった。だけどあいつ⋮⋮ちょいと問題
があってね⋮⋮。奴の部屋見たろ
ぶっ壊れた奴になっちまってるのさ。﹂
要するにレオやシュネー隊員と同じ孤児である、と。
レオは聞いた途端に立ち上がった。
﹁孤児だから家族も何も無い、だから都合が良いとでも言うか
﹂
ないさ。警察が保護して施設に行って養子に引き取られて⋮⋮そこ
﹁御怒り召されるな。だったらあんなぶっ壊れた奴に目ェ付けたりし
!?
﹂
- 123 -
?
ソッタレな奴に⋮⋮クソッタレにされてな⋮⋮。以来あんな何処か
?
でだよ。奴はトンデモ無い事しちまったんだ⋮⋮﹂
﹁何をした⋮⋮
?
レオはセイトに詰め寄った。
セイトは暫く黙っていたが、やがて意を決したようにレオに背を向
け、数歩歩くとまたレオに向き直り、
﹁⋮⋮教えない。﹂
﹁ッ⋮⋮。﹂
﹁さて、⋮⋮これは個人的な忠告だけどサ。今の内にこの場を離れた
方が良い。﹂
そうセイトが言うや否や、医務室の扉が自動で開かれた。
外には恐らく彼の配下であろう武装兵が2、3人程恭しく控えてい
た。
﹁長話が過ぎた。本来先に言うべきだったんだが、ここにあまり長居
すると一生出らんなくなるぞ。﹂
突然真剣そのものになったセイトの口調からただならぬ物を感じ
たレオは、彼の勧めに従って部屋を出た。
どの道拳銃一挺程度しか携帯していない状況で、敵⋮⋮とは言い切
らないまでも、何か企んでいるような連中の巣窟に好き好んで居座る
のはレオとしても願い下げだった。
それに、あの得体の知れない少年。
〝あれ〟から一刻も早く遠ざかりたい、という気持ちも無かった訳
では無かった。
武装兵に連れられてレオが立ち去ると、セイトは自分も医務室を出
- 124 -
て、レオ達とは逆方向に通路を歩きながら手元の携帯端末の画面を眺
めていた。
﹁⋮⋮あいつもこいつも⋮⋮変な待遇されるような奴は変な境遇持っ
てるモンなんだなぁ⋮⋮。﹂
と、そこでセイトは唐突に足を止めた。そこでセイトは彼の右の壁
に掛けられた絵画に目をやるとそこに付いた僅かな黒い染みを見た。
﹁⋮⋮まあ、人の事は言えないか。﹂
- 125 -
その日の夜。米軍領域最深部。
﹁うぐぅ⋮⋮ッ。﹂
重装備の兵士が壁に叩きつけられ、呻いた。彼の周りには彼と同じ
﹂
ような格好をした兵士が4、5人程伸びている。
﹁いい⋮⋮一体何をしようと言うんだッ
に、何もしないまま2人で寝ちゃうんだもの。失礼だよ。﹂
﹁⋮⋮トモダチに会いに行くんだ。折角向こうが遊びに来てくれたの
た。
の目の前には黒い帽子を深く被った少年が、ニッコリと微笑んでい
そこに居る中で唯一倒されていない兵士が震える声で叫んだ。彼
!!
﹁こ⋮⋮こ⋮⋮こんな夜更けに訪ねるのも失礼に当たるだろう⋮⋮
明日行けば良いじゃないか⋮⋮さあ部屋に戻れ⋮⋮﹂
﹁明日には居なくなっちゃうよ。大丈夫。彼は起きているよ⋮⋮邪魔
をするな。﹂
そう言って少年⋮⋮ファイは右腕を突き出した。その腕に白い装
甲と鋭い爪を纏い、兵士のボディアーマーを破壊して遥か向こうの壁
に叩きつける。
それで非常スイッチでも押してしまったか、館内にけたたましくも
耳障りな警報音が鳴り響き始めた。
﹁全くもう⋮⋮。﹂
﹂
走る兵士、そしてそこに混じるセイトを見掛けたファイは、〝とって
も楽しい気持ち〟になった。
﹁皆、ばぁ∼か。﹂
やがてエレベーターは地上へと辿り着き、扉が開かれた瞬間、凍え
るような風が吹き込んで来る。
- 126 -
ファイは白い装甲を纏った腕で壁を叩くと、破壊された壁の中から
顔を出した配線を引きちぎり、耳障りな音を黙らせた。
何しでかすか解らねぇぞ
そして通路を少し進み、そこにある貨物用エレベーターに乗り込ん
で地上を目指す。
﹁⋮⋮奴を見つけ出して止めろォ
!!
エレベーターの戸が閉まる直前、その隙間から慌てて彼の部屋へと
!
?
上がった先は小さな倉庫だった。小さな自動ドアのみで外と隔て
られたその倉庫内は、外に居るのと何ら変わらない程の寒さだ。
ファイはそんな刺すような寒さを物ともせず、薄いジャケットを着
たまま自動ドアを開き、外へ出た。
外は静かだった。あれ程騒がしかった地下よりも遥かに居心地が
良い。
﹁僕の部屋、ここに作ってくれても良かったのに。﹂
ファイはそう呟くと、首に下げたペンダントを手に取り、そこに嵌
められたクリスタル状の物体を取り外して掌に乗せた。
﹁皆、ばぁ∼か。誰も気付かないんだから。﹂
ファイはフッと笑みを浮かべると、それを空高く放り投げた。
漆黒の空へ舞い上がったクリスタルは突然七色に光り輝くと、青い
光の輪へと変化して、ゆっくりとファイの周りへと下りて行った。
ゴスペル
そしてその光が一斉にファイの身体を包み、彼の身体を白い装甲と
爪、兜で包んで、彼の背に一対の純白の翼を出現させる。
﹁さぁ⋮⋮。僕を新しいトモダチの元へ導いておくれ⋮⋮僕の福音。﹂
ファイの言葉に答えるように翼がひとりでに羽ばたくと、銀色の雪
と真っ黒な夜空のコントラストの中を一筋の青白い光を曳いて、ファ
イは飛び立った。
- 127 -
ドイツ軍領域地下3階、兵舎士官室。
レオはふとベッドから起き上がった。
何か、外に何かが居る。先程会ったファイという少年の事を考えて
眠れなかった矢先の出来事だった。レオの手は無意識の内に枕元に
置かれていた筈の拳銃へと伸びる。
だが、拳銃はそこには無かった。枕元に拳銃を置たのはムッターで
の話だ。ここではそんなスペースは無い。
銃は少し離れた机の上にあった。レオはできる限り音を立てない
ようにしてベッドを抜け出すと、真っ暗な部屋の中ドアから目を離さ
ずに横切り、机の上の拳銃、ドイツ軍制式ハンドガン P8を左手に
取り、セイフティを解除してスライドに手を掛ける。
部屋の外の気配は消えて居なかった。音も何も無かった、静寂その
ものだったが、その気配は消えるどころかゆっくりと、確実に近付い
て来るようだった。
﹁この気配⋮⋮この感じ方⋮⋮まさかとは思うが、ひょっとして⋮⋮﹂
レオはその気配には覚えがあった。その気配を前に感じてから、ま
だ一日も経たない程鮮明に。
レオはそっとドアの横の壁に張り付くと、その気配を探った。
今、その気配は壁一つ隔てた向こうから感じ取れる。
⋮⋮そう⋮⋮歩いて来て⋮⋮そして⋮⋮向こうもこちらを感じ取
り⋮⋮ッ。
レオがP8のスライドを引くのと、部屋のドアのノブが吹き飛ぶ
- 128 -
の、そして乾いた音が響きドアが勢い良く開くのは完全に同時だっ
た。
一瞬後、部屋の中に一つの人影が飛び込んで来る。レオはその影に
P8を向けた。
その瞬間、レオの額にヒンヤリとした感覚が伝わった。
レオが今そうしているように、影もまた拳銃をレオに向けていた。
真っ暗でほぼ何も見えず、またレオも黒っぽい格好をしている筈な
のに、まるで影はレオがそこにいるのを初めから解っているかのよう
に、何も迷わず、正確にレオの額に銃口を向けている。一方レオの銃
口は、確かに影の方を向いていたが、そのまま発砲したとしても影に
﹂
致命傷を負わせるどころか、擦りすらしないような方を向いていた。
﹂
僕のトモダチッ
φ⋮⋮ファイの声だ。レオはそう認識すると、暗がりの中に銃口を
向けた。
そのファイは人智をおおよそ越えた動きをしていた。壁際に跳ん
だかと思えば天井へ跳んで、さらにそこを蹴って反対の壁へを跳ぶ。
⋮⋮その時彼の背に白い翼が見えたのは、果たしてレオの気のせい
﹂
だったのだろうか。
﹁⋮⋮ニッ
ファイは再びレオへと飛び掛かった。ファイはニヤリと顔を歪め
!!
- 129 -
﹁ッ
﹁やはりいたねッ
!!
影は叫ぶと、一気に部屋の暗がりの中へと飛び退いた。
!
!?
﹂
ながら、右肘を突き出してレオに突き当てた。
﹁ぐふ⋮⋮ッぅ
﹁ッ
﹁ッぇぇっ
﹂
ま重力に従って真下に両脚蹴りを放った。
でもするかのように壁を2、3度蹴ると、天井に両手をつき、そのま
そして、またも恐ろしい事にファイは通路の壁を蹴ると、逆上がり
﹂
し、通路の奥へと飛ばした。
8を向けようとするが、ファイはそれをあっさりと右脚で蹴り飛ば
そこへファイが部屋のドアから飛び出た。レオは左手に持ったP
﹁ぁぁ⋮⋮ッぅ⋮⋮﹂
枠にぶつかりながら外の通路へと転がり出た。
更に左脚で回し蹴り。レオの首筋へ蹴りはヒットし、レオはドアの
!!
﹁ぅわあ
﹂
咄嗟にレオは渾身の力を込めて左脚を上に上げた。
!!
﹂
ようとする隙にレオはその場を逃れ出た。
ファイ
!!
﹁⋮⋮何の真似だッ
!!
!?
﹁遊びに、だよ。さっき出来なかったからさァッ
﹂
レオの脚はファイの両脚を横に逸らし、ファイが慌てて体勢を整え
!!
- 130 -
!!
そう叫び、ファイはレオに飛び掛かった。
レオはサッと横に跳ぶと、両手を組み合わせてファイの無防備な背
﹂
を思い切り打った。
﹁ぐっ⋮⋮
先程蹴り飛ばされた拳銃は通路の奥、エレベーターボールの前まで
飛ばされていた。レオはそこへ走りP8を拾うと、エレベーターの呼
び出しスイッチを押した。
⋮⋮他の階に逃れることが出来れば、一旦奴を撒く事が出来る。ど
ファイ
うせこの近辺には誰も居ないのか、これ程大騒ぎしても誰一人来る様
子が無い。非常ベルのボタンは、残念ながら奴の側だ。
レオはそう踏んで、再びファイに向き直った。
後は、エレベーターが来るまで奴を⋮⋮
そこでレオの考え事は終わった。その瞬間は、ファイの黒い靴の底
しか見えなかった。飛び蹴り。
ファイは着地すると、今度は反対側の脚でレオを蹴り、壁に叩きつ
けた。
レオの手からP8が零れ、彼の背後にあったエレベーターのドアが
開いた。
ファイは落ちたP8を崩れ落ちたレオの下から引き摺り出すと、脚
でそれをエレベーターの中へと放り込んだ。
一方のレオは視界にお星様が見えるような気分になりながら、一応
意識はあった。ファイのベルトに吊り下げられた手榴弾に気付く程
- 131 -
!!
には。
レオは反射的にその手榴弾を掴み、ホルダーに下げた状態のまま手
榴弾のピンを抜いた。そしてファイの腹部めがけて蹴りを入れる。
こ れ で 倒 れ て く れ れ ば、そ の ま ま フ ァ イ は 爆 死 す る 筈 で あ っ た。
が、ファイは蹴りを入れられたにも関わらず、平然とした顔でレオを
振りほどくと、手榴弾をエレベーター内に投げ込んだ。
﹂
同時に、エレベーターの扉が閉じ始める。
﹁ッ
レオは倒れたまま慌ててエレベーター内に手を伸ばし、中に落ちた
P8を取り出そうとした。届かないと気付くと、床を引っ掻くように
して手を伸ばし、閉じ掛けたエレベーターの扉の中へと手を入れ⋮⋮
⋮⋮ サ ッ と 引 っ 込 め た。レ オ の 袖 に 引 っ か か り な が ら、エ レ ベ ー
ターの扉が完全に閉じる。
引き抜いたレオの手に、P8は握られていなかった。駄目だった。
瞬間、エレベーターの中で手榴弾が爆発した。爆発のエネルギーは
エレベーターのドアを簡単に吹き飛ばし、レオとファイは反対方向ま
﹂
で一気に転がった。
﹁⋮⋮ッぅ
基地内にけたたましいベルが響き渡る。どうせエレベーターの爆
は非常ベルのボタンを押し込んだ。
こへぶつかったのだ。ファイより先に立ち上がると、爆煙の中でレオ
この時運はレオに味方した。ファイが壁にぶつかり、レオら更にそ
!!
- 132 -
!?
発で非常事態である事は知れ渡っているだろうが⋮⋮
﹂
と、鈍い音と共にベルが止まった。
﹁⋮⋮
レオは音のした方を見た。煙が晴れた後、そこにはファイと、破壊
﹂
されて中の配線が引き千切られた壁があった。
﹁な⋮⋮にィ⋮⋮
﹁訳が解らんッ
﹂
ファイはそう言うと、手に持った拳銃をレオに向けた。
﹁駄ァ∼目だよ。これは僕らだけの遊びなんだから。﹂
?
ける。
そして、ファイが落とした拳銃を拾い上げ、それをファイに突き付
込むと、そのままファイを床に叩きつけた。
だが、それでファイに隙が出来た。レオは左拳をファイの腹に叩き
に斬り裂き、赤い血が僅かに飛ぶ。
を抜くと、それを一気に振った。ナイフの切っ先はレオの鼻先を僅か
ファイは拳銃を取り落とす。が、ファイはすぐさまズボンからナイフ
レ オ は 咄 嗟 に フ ァ イ へ と 飛 び 掛 か っ た。左 ス ト レ ー ト が 決 ま り、
!!
﹁チェックメイトだ。ファイ。﹂
﹁ぅぅ⋮⋮﹂
- 133 -
?
﹂
ファイは一気に弱々しい表情になり、捨てられた子犬のような目で
レオを見た。
﹁おぉ∼い、待った
そこで、レオの背後から声がした。
反対側の通路から走って来るセイトと武装兵達の姿を認めると、レ
オは深く溜息を付いて、ファイに向けていた銃口を下げた。
- 134 -
!!
Mission10 IS学園
6/24、太平洋上。
ドイツ海軍原子力航空母艦 ケーファー級2番艦 シュティーア。
ドイツ軍事強化計画の象徴たるその海に浮かぶ鉄の死神の上に、レ
オは立っていた。一昨日負った鼻の切り傷は赤い一筋の線となって
治りつつあり、腰のホルスターに下げられた銃はP8とは別の物に
なっている。
﹁⋮⋮いよいよ、か。長い旅路だったな﹂
ほぼ暮れかけてオレンジ色に染まり切った太陽の光を浴びながら
甲板上に駐機している自らの愛機⋮⋮EF︱14の機首に手を触れ
﹂
- 135 -
ると、レオはそう語りかけた。
原子力航空母艦に、EF︱14。海軍戦闘機兵器学校の名を冠した
昔懐かしのアメリカ映画を思い起こさせる光景。その映画はレオは
﹂
断片的にしか知らないが⋮⋮。
﹁レオ∼
所だった。
﹁⋮⋮どうした
!!
!?
﹁スケジュール変更だって
﹂
聖地への旅路はまた空から、だそうよ
つつ見ると、レオの後席に座る女性、ユリシアが甲板に上がって来た
誰かに名を呼び掛けられ、レオは振り返った。海風で靡く髪を抑え
!
ユリシアはレオに駆け寄ると、持っていた端末を手渡した。
!!
レオはその端末に映った内容をサッと目を通すと、やはりな、と
いった表情でまた海の向こうを向いた。
﹁⋮⋮用心深いな﹂
征服された気分になる、とか﹂
﹁それ以外にも、この空母がIS学園に直接接舷するのは色々マズイ
んじゃない
レオはフン、と切り捨てた。
ま あ ⋮⋮ I S 学 園 の 訓 練 機 も 入 っ
﹁弱い犬程よく吠える。米軍の虎の威を借る事しか出来ん癖して﹂
﹁で も I S 保 有 数 は 世 界 一 よ
ちゃう計算になるけど﹂
﹁⋮⋮日本はお嫌い
﹂
見せしても、そんな度胸のある政権には見えなかったがな。俺は﹂
い。純然たる国際空間だ。いざとなればそれを領有する姿勢をチラ
合えるような国だぞ。それにIS学園は厳密には日本の領土ではな
﹁それがどうした。弱腰政権がそれを武器にやっと海外に対等に渡り
?
?
﹁そう⋮⋮ところで傷は
﹂
⋮⋮政治や気質はまた別だ。レオはそこまでは口にしなかった。
は﹂
﹁⋮⋮別に。多分嫌いじゃないと思う。国土や環境、諸々の文化とか
ユリシアに言われ、レオは暫く言葉に詰まった。
?
- 136 -
?
﹂
ユリシアはいつの間にかレオの背後にピッタリ迫ると、背後からレ
オの鼻筋の赤い横筋に触れた。
折角心配してあげてたのに
﹁触るな、手付きが変態臭いぞ﹂
﹁ちょ、失礼ね
﹁悪い、思っても言うべきでは無かったな﹂
が最後の瞬間、ファイの動きを鈍らせた。レオはそう考えていた。
ち上がる時にファイの腹部に脚を食い込ませて踏み台にした事、それ
ファイを壁に押し付ける格好となった事、そしてレオがそこから立
こう側に飛ばされていなければ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮運が良かっただけだ。エレベーターの爆発でファイが俺より向
らした。
武装兵に連れられるファイを目で追いつつ、セイトは感嘆の声を漏
﹁まさか⋮⋮奴を接近戦で制しちまうなんて⋮⋮﹂
二日程前の事だ。
れ、この傷を負った時の事を思い返した。
軽く拗ねるユリシアを冗談めかして宥めると、レオは自分で傷に触
!
﹁⋮⋮違うな。さっき生き残ってた監視カメラの映像を見て確信した
- 137 -
!
﹂
よ。やはり、米軍の見解は正しかったようだ﹂
セイトは首を横に振った。
﹁⋮⋮その言葉、何を含ませている
レオはセイトを睨んだ。エレベーターの修理の為駆け付けた兵士
達が二人の横を通り過ぎるのを待って、セイトは口を開いた。
﹁米軍は、ファイを特殊体質の持ち主と考えている。米軍がファイを
拾ったのもそこに理由がある。奴はかつて孤児院から姿を消し、一ヶ
月後に一人でネバダのグルームレイク⋮⋮いや、エリア51へと潜り
込み、そこのISを起動させてしまったんだ。﹂
﹁⋮⋮﹂
エヴァンジェ
﹁それが、アメリカとイスラエル共同で開発された第三世代型IS、開
エヴァンジェ
発 コ ー ド 福 音 と 呼 ば れ る 機 体 だ っ た。制 式 テ ス ト パ イ ロ ッ ト は ナ
ゴスペル
ターシャ・ファイルス。階級は解らんが、以来今日に至るまで、福 音
⋮⋮いや、奴が〝ゴスペル〟と呼んでいるのを受けてコードは福音に
変更されたが⋮⋮それの行方は不明だった。だが⋮⋮﹂
そこまで言うと、セイトはファイの連れて行かれた方向に目をやっ
た。
﹁⋮⋮まさか、奴が隠し持っていたとは⋮⋮﹂
セイトは溜息と共に続けた。
﹁そう言うわけで、この極北の地で、何処にも逃げ場のないここで奴の
実験をする事になった。いざとなればアラスカから飛んで来れるこ
- 138 -
?
こは、絶好の地だった﹂
﹁だから、米軍はここを無理矢理乗っ取った
﹂
﹁人聞き悪いな。だが、そうだ。そしてそこにお前がやって来た⋮⋮
研究者達はお前という新たな特異体をファイという既存の特異体と
接触させる事で新たな変革を狙った⋮⋮結果、奴はこういう行動に出
た﹂
セイトはポケットからデータ端末を取り出すと、その監視カメラの
映像を呼び出した。恐らく殆どのカメラはファイが事前に破壊して
いたのだろう。その映像はとても遠くからの、それもノイズの激しい
映像だった。
﹁お 前 は そ の 目 で 見 た だ ろ う。奴 の 人 間 離 れ し た よ う な 素 早 い 動 き
を。奴は間違いなく、無意識の内にISに自らの動きをサポートさせ
ていた。意識的では無いと言える理由に、奴はISによるサポートを
時々しか作動させていない。外装も発現していない﹂
セイトは映像を部分的に再生、巻き戻しを繰り返して示した。通路
﹂
の壁を跳んで倒れたレオに蹴りを放った時、エレベーター前に居るレ
オに飛び蹴りを放った時⋮⋮。
﹁改めて見ると⋮⋮蹴りばかりだな
しきものを纏っていたと思わしき事があった。或いは⋮⋮馬鹿馬鹿
しい仮説だが、脚そのものをISに変質させていたか﹂
ISの脚部外装は、とても服の内側に収まるような物では無い事は
解っていた。と言って、後者の説を採る程、研究者達もロマンチスト
- 139 -
?
﹁脚に纏ってたんだろ。以前奴が格闘戦の訓練で、服の内側にISら
?
ではない。
よって、彼らは前者の説を無理矢理押し通すしか選択肢は無かっ
た。
⋮⋮奴が最初に部屋の中を跳ね回った時に見えた白い羽のような
物は、もしかして⋮⋮
レオはふとそう思ったが、それを口にする前にセイトは端末の映像
を消した。
﹁だがこの映像で着目すべきはそこじゃない。お前だ。最後の瞬間を
含め、お前はファイの動きを完全に見切っていた。でなければお前
は、ファイに一撃も当てられていない筈だ。さっきお前はファイがダ
メージを受けていたと言ったが、それで動きを鈍らせるあいつではな
- 140 -
い。実例だってあるんだ⋮⋮﹂
セイトはキッとレオを見た。
その目に一瞬だけ映った怒りの感情は、果たして何だったのだろう
か⋮⋮
﹁⋮⋮そういやお前、拳銃⋮⋮﹂
そう考えて走り出そうとしたレオを、セイトは呼び止めた。
で米軍の目を逸らして居る隙に、出来る事はしておかなければ。
そうと決まればそうのんびりとしてはいられない。騒ぎの後始末
レオはそう言って、踵を返した。
﹁⋮⋮二度目の忠告だな。従わせて貰おうか﹂
ぐここを発った方が良い﹂
﹁兎に角こうなった以上、研究者達はお前をも調べたがるだろう。す
?
﹁あ⋮⋮﹂
レオはそれで思い出した。エレベーターの爆発の時、P8を取り出
し損ねた事を。エレベーターも床や扉が吹き飛んでいた事を考える
と⋮⋮
﹁⋮⋮これ⋮⋮良かったらそのままお前が使ってくれ。俺の個人的な
詫びだ。﹂
セイトはそう言って、ファイのものだった拳銃を差し出した。
- 141 -
それが、今レオがホルスターに下げている拳銃だ。FNエルスター
ル U S A F a i v e ︱ s e v e N U S G。特 徴 的 過 ぎ る デ ザ イ
ンは、その知識を持つ者が見れば、見間違う事は無いだろう。
28弾を使用。発射時の高い初速による貫通力により、100
弾薬に北極基地の重武装米兵が装備していたP90と同じ5.7
mm
?
﹁⋮⋮ちょっと、聞いてる
﹂
られた上ではあるが、本銃の携帯は一応認められた。
のセキュリティ体制を信用していない。よってかなりの制限が加え
結構強力なハンドガンなのだが、現在ドイツ他一部の国はIS学園
mほどの距離があってもボディアーマー貫通が可能とされている。
×
﹂
ユリシアが突然目の前に現れ、レオはハッと現実に引き戻された。
﹁ああ⋮⋮すまん、何か言ったか
﹁んもぅ⋮⋮計画変更につき、直ぐに飛び立つようにって。私達単機
で﹂
何度も言うように、ドイツは日本の、IS学園の安全対策に信用を
置いていない。本来ならそのまま空母で学園に乗り付ける予定だっ
たのだが、急遽、本人のみが非公式にEF︱14で先行し、公式的に
はその翌日、レオ・エルフォードは空母でIS学園に乗り込んだ事と
する。
北極基地の時の事態を受けて、決定された事だった。
﹂
貴方の護衛兼、データ取りの為って。貴方
﹁ああ⋮⋮あれ、お前も来るのか⋮⋮
﹁言った筈だよね⋮⋮
?
ユリシアは半ば呆れたように言った。
そういえばそんな話があった。IS学園がほぼ女子生徒のみで構
成されている事、生徒という形にしておけば、護衛もスムーズに行く
﹂
事、そしてその女性研究者が、女性しか信用していない事。
﹁⋮⋮ぁぁ、そうだったな⋮⋮
それに、そうしてせかせか動いている方が、レオも余計な考え事に
ろ早めに済むものならそうしておきたい。
すぐ出立だ。詳しい時間指定があるのかは知らないが、いずれにし
レオはそう言って、くるっと踵を返して歩き出した。
?
- 142 -
?
のISを開発する例の研究者⋮⋮あの人たっての希望だって﹂
?
頭を占領されずに済むというものだった。
数十分後、レオはEF︱14のコックピット内に座り、太陽が沈み
暗闇に支配されつつある空を、房総半島に沿うように北向きに飛行し
ていた。
左脚にバンドで固定した地図と外の景色⋮⋮といっても殆ど見え
なくなって来たが⋮⋮とで視線を行き来させる事十数分、レオはよう
やくお目当ての物を見つけた。
﹁⋮⋮あれだ﹂
東京湾に浮かぶ人工の孤島。もう陸と海の区別は街や道の灯でし
か判別出来なくなりつつあったが、それでもその島は、明るく照らさ
れた純白の⋮⋮何を象っているのか良く解らない塔に、アーチ状構造
物の前面に設置された、これまた照明で煌々と照らされたエンブレム
ははっきり識別出来た。
≪接近中の軍用機へ、所属と飛行目的を明かせ≫
レオのレシーバーに女性オペレータの声が届いた。
⋮⋮随分たどたどしい英語だった。ドイツ訛りの英語を使ってい
たレオが言えた話では無いかもしれなかったが、その子供が大人の振
りをして話しているような口調に、レオは何だか面白みを感じた。
﹁此方はドイツ軍第2独立機動小隊 シュネー隊所属、シュネー1。
同隊所属のレオ・エルフォード少佐及びユリシア・リィンフォース中
尉だ。IS学園への編入の為、着陸指示を求めたい﹂
レオはきびきびとした英語で言った。訛りの強い英語で航空無線
- 143 -
をするのは余りに失礼かつ非効率的だろう、と徹底的に仕込まれたの
が役立った⋮⋮気がした。
≪待っていたよエルフォード、歓迎しよう≫
どうすれば良い
羽田空港に
別の声が答えた。今度はかなりキツめの性格の女性のようだった。
﹂
﹁⋮⋮歓迎されているとは意外だな
降りれば良いのか
≫
?
﹂
?
か
≫
まあ冗談言ってる間に誘導灯を付けた。見える
房総半島からここに通ずる一直線上の道が
?
事になるな⋮⋮
≪となると、貴官が着艦フックで掘った穴は貴官自身に埋めて貰う
た。
向こうで日本語によるやり取りが行われた後、再びキツめの声が届い
向こうが不敵に答えたので、レオもそうやって返した。暫く無線の
のグラウンドにだって降りてみせるぞ
﹁フン⋮⋮シュネー隊をナメないで頂こう。やれと言われればそちら
≪そうだな⋮⋮海にでも降りて貰うか⋮⋮
?
﹂
で半島までの光の橋が掛かったかのような風景だった。
﹁確認した。大丈夫なのか
物だ。安心して良い。アウトバーンとでも思え≫
≪そこは有事において自衛隊が離着陸に使用する事も想定された
?
- 144 -
?
?
?
それはレオにも確認出来た。暗闇にぼうっと光る一筋の道。まる
?
As you wish.
﹁了 解 し た﹂
、フラップ角30 、エアブレーキ開⋮⋮ギ
レオはフッと笑みを浮かべ、大きく旋回して指定された道路と一直
線上に機首を向けた。
ランウェイ インサイト
﹁滑 走 路 視 認。仰角7
アダウン、アプローチ、ゴー﹂
相手は民間人と知りつつ、レオは一応敬礼して見せた。
た。
先程のキツイ声の女性が出迎えた。スーツの似合う、黒髪の女性だっ
EF︱14を地上クルーに任せ建物内に入ったレオとユリシアを、
されるクラスの担任、織斑千冬だ﹂
﹁ようこそ、エルフォード。そしてリィンフォース。私が貴官の配属
に停止した。
14は急速に減速し、やがて建物内に通ずるゲートに程近い所で完全
やがて後輪が着地し、前輪が着地する。エアブレーキによりEF︱
度を整えると、誘導灯の灯りに吸い込まれるように降りて行った。
するすると流れるようにEF︱14はレオの手で降り立つ為の支
°
﹁レオ・エルフォード少佐、ユリシア・リィンフォース中尉、只今IS
学園へ着任致しました﹂
- 145 -
°
﹁⋮⋮ここは軍隊では無いぞ
学園だ﹂
千冬はフッと笑って言った。レオは敬礼の手を下げると、千冬の導
きに従って中の通路を進んだ。
通路内は、レオがこれまで過ごして来たような基地などの冷たい通
路とは違い、暖かみを感じさせるような色合いで彩られていた。
ユリシアはその彩りが醸し出す雰囲気に表情を和らげ、レオは逆に
曇らせた。
お前は異物だ。異質な存在だ。排斥すべき物だ。
レオには何やら、通路全体がそうレオに言っているように思えた。
⋮⋮と同時に、そう感じる自分を馬鹿馬鹿しいと笑いたくなる気持
ちもあった。
﹁教室の紹介は後で良いだろう。一応これで基本的な場所の紹介は終
えた筈だ⋮⋮さて、貴官らも知ってるとは思うがここは全寮制だ。全
生徒はそこの寮に住む事となっている﹂
ある程度建物内を回った後、千冬が言った。寮は本館から川や湖な
どが簡易的に再現された中庭を通って行ける場所に何個かの建物に
そう、技
別れて存在しており、外観は寮、と言うよりはちょっとしたホテルか
何かのように思えた。
﹂
﹁⋮⋮おっと、エルフォードは〝生徒〟では無かったかな
術協力がどうとか⋮⋮
?
口調だった。
- 146 -
?
思い出したように千冬が言った。明らかに少し馬鹿にしたような
?
﹁欧 州 情 勢 は 複 雑 怪 奇、と 言 う 事 に し て お い て 下 さ い。プ ロ フ ェ ッ
サー﹂
﹁違いない﹂
千冬はそう言って笑った。
﹂
やがて寮の建物に着くと、その入口からもう一人の教員が出迎えに
出て来た。
﹁あ、織斑先生、その子達が⋮⋮
ね
﹂
山田真耶です。⋮⋮下から読んでも〝やまだまや〟で覚えて下さい
﹁ええっと、初めまして。私が貴方達の入る事になるクラスの副担任、
彼女はささっと千冬の前に出ると、レオの前で礼をして見せた。
話しているようなオペレーターの正体だろうか。
⋮⋮声から察するに、その教員こそ、例の子供が大人の振りをして
は表情を曇らせると、慌てて千冬を窘めた。
千冬は緑色の髪と低身長が特徴的なその教員に言った。その教員
﹁ちょ⋮⋮織斑先生、失礼ですよ⋮⋮﹂
﹂
﹁あ あ。片 方 は 例 の 〝 技 術 協 力 様 〟 だ。相 応 に 丁 寧 に 対 応 せ ね ば な
?
その場の空気が、暫く停滞の底に沈んだ︵ような気がした︶。
- 147 -
?
﹁⋮⋮﹂
?
﹁⋮⋮やめとけ真耶、ドイツ人に冗談言っても通じないぞ
通じてないですか∼⋮⋮
﹂
欧米は横書きが基本だ。〝下から〟じゃ余計通じない﹂
﹁えぇ∼⋮⋮
しかも
?
﹂
﹁あ⋮⋮ハイ⋮⋮じゃリィンフォースさん⋮⋮ですね
はこっちです、ついて来て下さい
?
外彼女の身長は平均レベルだった
﹁⋮⋮何か身長低く見えるだろう、彼女
レオの考えを知ってか知らずか、千冬はこっそりとレオに尋ねた。
﹂
先程低身長と感じた真耶。だが実際にユリシアと並べてみると、案
に気付いた。
真耶に連れられて行くユリシアを見送るレオは、そこである間違い
﹁ああ﹂
でね∼﹂
﹁あ、ハイ。じゃあレオ、ひと段落落ち着いたら一度そっち行くわ。後
?
貴女のお部屋
千冬はそう言って、ユリシアに真耶の方について行くよう促した。
女⋮⋮リィンフォースの方を頼む﹂
﹁⋮⋮通じてないな。まあこいつは私が部屋まで案内する。真耶、彼
情を変えないまま⋮⋮
真耶は助けを求めるかのようにレオを見た。一方のレオは全く表
?
?
- 148 -
?
﹁⋮⋮まあ⋮⋮﹂
﹁思っても言ってやるなよ﹂
﹁言いませんよ﹂
そんな短いやりとりの後、千冬とレオは寮の最上階へと辿り着い
た。長い通路の向こう、途中の扉から興味津々と熱い視線を送るラフ
﹂
な格好の女子生徒達の向こうに、幾つかのバッグを抱えた男子がい
た。
﹁千冬ねぇ∼⋮⋮、これで全部∼
男子が千冬に尋ねた。瞬間、千冬は目にも留まらぬ速さでその男子
﹂
?
の真後ろにまで移動すると、何処から取り出したか解らない出席簿で
﹂
彼の頭に叩き⋮⋮いや、当たる寸前で止めた。
﹁⋮⋮私が、何を言いたいか解るな
﹁こ、ここは寮だからセーフってのは無し⋮⋮
?
﹂
千冬は訳が解らなくて突っ立ってるレオに手招きすると、ズラッと
並んだドアの内一つに入って行った。
- 149 -
?
男子は真っ青な顔で恐る恐る尋ねた。千冬はにっこりと笑みを浮
かべると⋮⋮
﹂
﹁寮も学園の一部だァァァァッ
﹁アゲェェェェェェェェッ
!!!
頭部に痛烈な一撃を貰い、その男子は床に崩れた。
!!
﹂
レオはそっと床にしゃがむと、床に崩れた男子をそっと突ついた。
﹁⋮⋮生きてるか、お前⋮⋮
ドライバー
﹁お、おう⋮⋮三途の川が見えたが何時もの事だ⋮⋮気にするな⋮⋮﹂
これが、レオ・エルフォードと織斑一夏、二人の男性IS 操 者の
ファーストコンタクトであった。
﹂
⋮⋮後々思い返しても、非常にシュールな出会い方だった。
﹁⋮⋮とまあそういうわけで、俺が織斑一夏。宜しくな
設置されている。
られた長い机と二つの椅子があり、机の上には個人用端末がそれぞれ
の接続端子などが備えられている。その正面には真ん中を板で仕切
情報などが映っており、娯楽用には映像ソフト再生機やゲーム機など
二つのベッドの間にある大型スクリーンにはニュースや通知、気象
テルと言ったような風情だった。
らされた部屋の中は学生寮と言うよりも、やはり外観と同じく高級ホ
レオはもう一つのベッドに腰を降ろした。オレンジ色の灯りに照
﹁⋮⋮レオ・エルフォード。宜しく。﹂
方に腰を降ろして男子⋮⋮一夏は自己紹介した。
部屋への荷物運搬が終わり千冬が帰った後、二つあるベッドの内片
?
窓際、つまり部屋の奥の方のベッドと机は一夏が使っているらし
- 150 -
?
く、彼の私物やテキストなどが置かれていた。
もう一方の机にはレオ用の真新しいテキストや部屋と机のキー、生
徒手帳などがある。
それと、ビニールに詰められた制服もある。だがこの制服は、窓際
のハンガーに吊るされた一夏の物と思われる制服とは大分異なる物
となっていた。
レオはそれを手に取ると、一夏の方を見た。
﹂
けど⋮⋮何か色々違うよな⋮⋮出してみろよ﹂
﹁⋮⋮これ⋮⋮制服か⋮⋮
﹁だと思うよ
﹁⋮⋮思うんだけどさ、それ、俺のよりカッコ良くね
﹂
のように前の合わせ目が横に来ているのは変わらなかった。
だ。袖や襟元のデザインは共通だが、双方ともライダースジャケット
他に多少デザインも異なるようで、丈も少し長いロングジャケット
所には金色の縁取りがある。
だが、レオが手にしたそれは黒地であり、赤のラインがあるべき場
た。
袖に黒い部分があったりする他は殆ど上下真っ白に等しいものだっ
通常IS学園の制服は白地に赤のラインといったデザインで、襟や
レオはビニールからそれを取り出すと、両手で拡げてみせた。
?
に見えるが﹂
﹁⋮⋮そうかな。俺には虚栄心の強い軍人かぶれを皮肉ったデザイン
すと、少し下がって二つを比べてみた。
一夏が呟いた。レオはとりあえず一夏の制服の横にそれらを吊る
?
- 151 -
?
﹁それ⋮⋮誰の事さ﹂
﹁ここの連中が考えた、理想のレオ・エルフォード⋮⋮といった所だ﹂
レオは馬鹿馬鹿しくなって笑った後、制服の入っていたビニールを
﹂
折って畳んで、ゴミ箱の上でそれを離した。
﹁何、冗談だよ﹂
﹁⋮⋮なあ、お前⋮⋮軍隊⋮⋮なのか
ル フ ト バッ フェ
ファイター
俺の機体を。空軍の⋮⋮ああ、段々
暫く後、テキストを整理しているレオに、一夏がそっと尋ねた。
﹁⋮⋮お前は見なかったのか
﹁じゃあ⋮⋮あいつと知り合いかな⋮⋮
﹁⋮⋮っと⋮⋮どうか⋮⋮した⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮ラウラ・ボーデヴィッヒ⋮⋮だな
ドイツ軍から来た奴がウ
人が知り合いだったとしてもそれが平和的な形であるとは決して限
何か不味かったか。確かに学園に来た当初の彼女の姿を見れば、二
に置き、それを開いた。
レオはそう言うと、銀色のジュラルミンケースを少し乱暴に机の上
﹂
レオは少し強い音を立てて、最後のテキストを本棚に叩き込んだ。
チのクラスに居るんだ。ラウラって奴で⋮⋮﹂
?
?
?
- 152 -
?
良く解らなくなって来たが、俺はドイツ空軍の戦闘機パイロットだ﹂
?
らない。
あいつ⋮⋮来てすぐはキッツい奴
一夏はレオの若干の態度の変化に気付き、軽々しくその名を出した
事を後悔した。
﹁あ、ああ⋮⋮知り合いだった
﹁変わった、と
わったんだ。だから⋮⋮﹂
﹁変わっただと⋮⋮ふざけるなッ
﹂
あ っ た の は 解 る け ど、何 が あ っ た の か は 知 ら な い。け ど、彼 女 は 変
﹁あ、あ あ ⋮⋮ 変 わ っ た。変 わ っ た ん だ。俺 ⋮⋮ お 前 と 彼 女 に 何 か
た。
ジュラルミンケースの中身を取り出し、レオはゆっくりと振り返っ
﹂
だったんだけど、今は皆と自然に打ち解けててさ⋮⋮その⋮⋮﹂
?
理したとでも言うかッ⋮⋮﹂
のか。あんな事をしておいて、一人で勝手に忌まわしき過去の事と処
﹁⋮⋮その様子じゃあ、あいつの中では何もかも〝終わったこと〟な
を、解っていなかったのか。
シャルルは自ら過去を明かしてくれたが、誰もがそうじゃないこと
一夏は自らの軽率さを再び後悔した。
いという予感はした。これは一夏自らが招いたのだ。
一夏はレオの態度の豹変に⋮⋮いや、これ以上踏み込むべきではな
レオは一夏の襟首をグッと掴み、持ち上げる。
!!
﹁⋮⋮何があったんだ⋮⋮一体⋮⋮﹂
- 153 -
?
暫く後、レオは一夏の襟首を掴んだ手をそっと離し、ベッドに腰を
落とした。
﹁⋮⋮いや⋮⋮お前に言っても仕方ないことだ⋮⋮すまない。気を悪
くしたな。忘れてくれ﹂
そう言って、レオはベッドに倒れこんだ。勢い良く倒れた身体は、
ベッドと反発して少し跳ねる。相当なハードランディング。
﹁⋮⋮レオ⋮⋮お前⋮⋮﹂
レオは何も言わなかった。気を鎮めようとしているのだろうか
背を向けたままのレオに、一夏は少し躊躇いながら言った。
﹁⋮⋮そうだな⋮⋮明日。明日の朝にでも、ラウラとは会う事になる
だろう。俺は、お前と彼女の間に何があったのかは知らない。だから
とやかく言う権利は無いのかも知れない。けれど⋮⋮会ったらまず
は話をしてみてくれ。あいつは⋮⋮あいつは変わったんだ。きっと
⋮⋮﹂
一夏は立ち上がると、足音を立てないようそっと部屋を出た。
最もレオにはしっかりと聞こえており、彼が部屋を出た後、レオは
寝返りを打って、以降ずっと天井を眺めていた。
- 154 -
?
ラウラ
﹂
Mission11 哀しき叫び
﹁ラウラ、起きてるか
!
た。
﹁ラウラ
ラウラ
﹁⋮⋮いちかぁ⋮⋮
﹂
どうしたの
﹁シャル⋮⋮ロット。ラウラ起きてるか
?
﹁あ∼⋮⋮うたた寝してる⋮⋮ね。起こす
﹁頼む﹂
﹂
は尋ねた。シャルロットは部屋の中を振り返ると、
彼女の少し前までの偽名で、シャルルと呼びそうになりながら一夏
﹂
だが、今回用があるのは彼女では無い。彼女のルームメイトだ。
彼女にとって一番に頼れるのは一夏だった。
夏は彼女の秘密を知る唯一の人間であり、正体を皆に明かした今でも
具として使役する親に従わされていた1人の少女。つい最近まで、一
む。一夏としては決して許せない、本妻の子では無いからと子供を道
親の経営する会社の生存戦略の為、男子生徒として学園に乗り込
金髪の女子生徒⋮⋮シャルロット・デュノアだった。
扉が開く。出て来たのは少し前まで男子生徒として知られていた
﹂
寮の廊下に並び立つ扉の一つを叩きながら、一夏は大声で呼び掛け
?
シャルロットは部屋の中へと戻った。それに続いて一夏も部屋の
?
- 155 -
?
!
?
!
中に足を踏み入れる。
銀髪の少女⋮⋮ラウラは机に突っ伏して眠りこけていた。軍人に、
それもこの若さで特殊部隊の隊長である彼女の安らかなその眠りを
妨げるのは一夏にも少し憚られた。が、一夏は彼女に聞きたい事が
あった。
﹂
彼女への遠慮より、その意識の方が勝っていた。
﹁ラウラ、ラウラ、一夏が来てるよ。ラウラ
一夏か⋮⋮
上げて目を開けた。
﹁んぅ∼ん
どうした、急に⋮⋮﹂
シャルロットが数回彼女の頬をつつくと、ラウラは可愛らしい声を
!
﹁大事な話なんだッ
﹂
﹁何だ、私の心は既に⋮⋮﹂
﹁ラウラ、お前に聞きたい事がある﹂
しかも二人とも、赤い瞳をしている。
⋮⋮レオと髪の色が似ている。一夏はふとそう思った。
長い銀髪を髪でとかしながらラウラは起き上がった。
?
ラウラは、戸惑いつつも表情を硬くした。
﹁⋮⋮何だ﹂
?
﹁レオ・エルフォード。こいつを知ってるか
﹂
強い口調で一夏は言った。何時もと態度が違う。そう感じ取った
!!
- 156 -
?
﹁ッ
﹂
途端ラウラはビクッと身体を跳ねた。
﹂
この驚きよう、何かある。一夏はそう感じ取り、ずいと顔を近付け
た。
﹁⋮⋮知ってるんだな
﹁⋮⋮知らん﹂
た髪色のアイツをッ
﹂
﹁知らない⋮⋮知らないッ
そんな奴は知らないッ
﹂
!!
ラウラは一夏を突き飛ばしながら叫んだ。彼女の小さな肩は、何に
!
﹁知らないとは言わせない。ドイツ軍の戦闘機パイロット、お前と似
嘘だ。一夏はラウラの両肩を掴み、更に強い口調で言った。
震える声でラウラは答えた。
?
!!
﹂
怯えているのか、酷く震えていた。
﹂
﹁ラウラッ
﹁一夏
!!
た。
一夏は彼女を押し退けようと必死にもがいていたが、その内にラウ
ラの姿が目に入り、我に返った。
⋮⋮ 怯 え て い る。怖 が っ て い る。そ の 歳 や 階 級 に 不 釣 り 合 い な 小
さな身体を丸め、ぶるぶると震わせている。
- 157 -
!?
更にラウラを問い詰めようとする一夏を、シャルロットが引き止め
!
一体何がそうさせるのか、それを知りたいのは事実だが⋮⋮。
﹂
一夏の感情の高ぶりは、自然と消えて行った。
﹁⋮⋮ごめん、取り乱した﹂
一夏はそう言うと、もがくのを止めた。
﹂
明日来る予定の編入生。二人目の男
﹁⋮⋮ねえ一夏、そのエルフォードって人、誰
ドライバー
﹁千冬ねぇから聞いてないか
性IS 操 者﹂
﹁ああ、もう今日の内に来るんだっけ
そこまで一夏が話した時、急にラウラが立ち上がった。
﹁もう来てるよ。で、そいつがラウラの名を出した途端に⋮⋮﹂
?
﹂
いんだ⋮⋮﹂
﹁ラウラ
何処行くの
﹂
伸ばした一夏の手は、虚しく空を掴んだ。
﹁⋮⋮ あ の ラ ウ ラ が あ そ こ ま で 怖 が る っ て ⋮⋮ 一 体 何 が あ っ た ん だ
- 158 -
?
?
彼女は俯いたまま一夏やシャルロットを押し退くと、部屋の出口へ
と歩いた。
﹁ちょ、ラウラ
?
﹁⋮⋮すまない二人とも⋮⋮少し、外に出て来る。少し一人になりた
?
一夏が止める間もなく、ラウラは廊下へと走り出てしまっていた。
!
⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮色々あるんだよ。人には⋮⋮。強引に聞こうとすれば、彼女の
心の傷を抉る事になるよ﹂
一夏は目を伏せた。
﹂
﹁⋮⋮俺は⋮⋮彼女を傷付けたのか、彼女の傷を抉ってしまったのか
⋮⋮
一夏は手を下ろすの、無意識の内に握り拳を作っていた。
﹁⋮⋮報告レポートは見た。そう浅い関係じゃないあの男が言うんだ
から信じられるかも知れない。奴は変わったのかも知れない﹂
フライトジャケットから私服に着替え、ベッドに腰を下ろしたレオ
はすぐ横の窓に寄り掛かっている女子⋮⋮割とラフな格好をしたユ
リシアに言った。
一夏が出たほぼ入れ違いに、彼女が部屋を訪れて来たのだ。
﹁レオ⋮⋮﹂
口を開こうとした彼女に、レオは少し待てと手をかざした。
﹂
﹁でも⋮⋮誰も自分の過去を知る者が居ない中で変わるってのは、あ
る意味楽だったんだろうな⋮⋮
?
- 159 -
?
?
羽織った白い上着の袖を掴みながら続ける。
最早その声色にはなんの怒気も無く、ただただ淡々と紡がれてい
た。
レオはかなり落ち着いていた。だが、それが余計に彼の怒りの強さ
の現れであるようにも、ユリシアには思えた。
そんな彼の話を、ユリシアは窓の外を眺めながら、ただ黙って聞い
ていた。
﹂
﹁まるで何事も無かったかのように放り出しておいて自分は変わりま
したって振る舞う。それは⋮⋮卑怯だと思えないか
﹁⋮⋮﹂
﹁どうあっても、俺は奴がやった事を許したく無い。あんな形で、仲間
を殺されて⋮⋮この手で復讐するまでは⋮⋮﹂
無意識にレオの左手が腰の辺りへと伸びる。
だが、私服であるレオのベルトには、拳銃のホルスターは付いてい
なかった。
﹂
﹁⋮⋮まあ、兎に角明日、教室で彼女と会う事になるでしょうけど⋮⋮
お願いだから教室で乱射なんてしないでよね⋮⋮
へと向いていた。
﹁⋮⋮安心しろ。弾は一発しか入っていない﹂
- 160 -
?
ユリシアの視線は今度はレオの机の上にある拳銃、ファイブセブン
?
翌日。窓から差し込むまだ天辺まで登り切って居ない午前の陽射
しを受けながらレオは廊下に立っていた。
例の黒と金の制服を着込み、内ポケットには念の為ファイブセブン
を忍ばせている。
それを制服に忍ばせる時は流石のレオも馬鹿馬鹿しくなって笑っ
ていた。
こんな所で何が襲って来るとも考えにくいものだが。
﹂
⋮⋮だが、レオがそれを制服に忍ばせているのは、護身の為にして
いるつもりは無かった。
﹁はい、ではユリシアさんに続き、もう1人の編入生を紹介します
彼の目の前の教室の中から、昨晩の副担任と思しき声が聞こえる。
ざわつく教室内の空気を御すことが出来ていないような感じでも
あった。
﹁静かに、小娘共﹂
今度は千冬の声。千冬が言葉を発すると、一瞬にして教室内はしぃ
んと静まった。
﹂
﹁⋮⋮よろしい。もう1人の編入生だが⋮⋮織斑に続く男子だ。入っ
て来い、エルフォードッ
オは一歩前に踏み出すと、センサーにより彼を認識してサッと開いた
﹂
- 161 -
!
教室内が再びざわつく暇をみせずに千冬はレオを呼び掛けた。レ
!
自動ドアの向こうへと足を踏み入れた。
﹁え、黒⋮⋮
?
﹁制服違くない⋮⋮
﹂
﹁それに髪の色⋮⋮ボーデヴィッヒさんに似て⋮⋮﹂
教室内を横目で観察しながら、レオは教卓の横まで歩いて行った。
聞いてはいたが、中々多国籍な生徒達がそこには居た。日本人らし
い生徒が多数のようだが、欧米人のような者も居る。そして⋮⋮ラウ
ラ・ボーデヴィッヒの姿も、そこにあった。
﹁⋮⋮ッ﹂
レオは気付かれないほど僅かに目を細めてラウラを睨む。ラウラ
はそれに気付いたのか顔を背けた。
やがて教卓の横へ着くと、レオは彼女達を正面に見据えた。
﹁⋮⋮私が、ドイツ軍第2独立機動小隊隊長、レオ・エルフォードだ﹂
感情を乗せない声でレオは名乗った。ざわついていた教室内は、戸
惑いの色を見せている。
﹁⋮⋮彼は生徒としてだけではなく、各国代表やお前達への技術協力
も兼ねた形で此処に来て居る。ただの生徒では無いことを、彼の制服
が示している。まああまり気にせずに接してやれ﹂
千冬が言った。
⋮⋮本音としては、こうして制服を異質な物にする事で監視しやす
くする為だろう。
これ程はっきりとした反対色なら、他の生徒に紛れる事も出来な
い。スパイ行為や破壊工作などといった物への警戒の現れだろうか。
- 162 -
?
﹁⋮⋮皆よりは一つ二つ程年上だな。だがカリキュラムは一からやる
必要があるので一年生からのスタートだ。まあ⋮⋮〝仲良くしてや
れ〟。エルフォード、そこの空いてる席に座れ﹂
﹁解りました、プロフェッサー﹂
レオはそう言って、幾多の机と席の間を抜けて、最後尾の空席へと
座った。
暫く後、彼の隣に座った金髪の女子生徒がそっと話し掛けて来た。
﹂
﹁えっと⋮⋮よろしくね、レオ君﹂
﹁⋮⋮ああ。君は
﹁僕はシャルロット・デュノア。フランスの代表候補生なんだ﹂
その名にレオは引っかかる物を感じた。
シャルロット。レオはつい最近、その名を耳にした事があった気が
する。
〟
そ う、つ い 最 近 ⋮⋮ 此 処 で は な い 何 処 か ⋮⋮ 何 処 か の ⋮⋮ 空 の 上
⋮⋮ノイズ混じりの⋮⋮
﹁シャルロット⋮⋮あ⋮⋮﹂
〝シャルロットォォォォッ
北極の空の上で殺し合った、あのオレンジ色のラファールの事を。
レオの脳裏にその時の情景が蘇った。
!!!
- 163 -
?
あのパイロットが叫んだ、最期の断末魔を。
﹁⋮⋮おい⋮⋮まさか⋮⋮﹂
レオは小さく呟き、デュノアの方を見た。
シャルロットなんてそれ程珍しい名前では無いとはいえ、彼女はフ
ランス代表候補生、ラファールはフランス空軍か海軍の戦闘機。
偶然であると信じたい。信じたいが⋮⋮
レオは彼女から目を逸らし、前へと視線を戻した。
﹂
奴が叫んだ名は⋮⋮彼女の事か⋮⋮
﹁え
うん⋮⋮何かな
機の﹂
﹂
デュノアはハッとしたように目を見開いた。
⋮⋮義兄さんの事知ってるの⋮⋮
﹂
?
戦闘
- 164 -
﹁⋮⋮デュノア⋮⋮だったな
?
昼休み。暫く考えていたレオは意を決してデュノアに声を掛けた。
?
﹁変な事聞くが⋮⋮君、知り合いか何かにパイロットは居るか
?
﹁ぇ ⋮⋮ も し か し て 兄 さ ん ⋮⋮ い や 兄 っ て 言 っ て も 義 理 の 兄 だ け ど
?
?
﹁義兄
﹂
﹁うん、母親が違うんだけど⋮⋮海軍のエースパイロットなんだ。雑
誌とかにも載ってて⋮⋮あ∼、ちょっと待って﹂
デュノアは何だか嬉しそうに鞄の中を漁り始め、間も無く雑誌から
の切り取ったページと思しき物を何枚かファイルから取り出した。
﹂
﹂
皺一つ無い、ホチキス止めされたそれがレオの前に置かれ、特集記
事がレオの目に映る。
﹁⋮⋮フランス語読める
﹁読むだけなら。⋮⋮この写真、これが君の
だ
﹂
﹁うん。ゲイツ・デュノアって言ってね、凄く強くて凄くカッコいいん
レオは一面にデカデカと載った黒髪の青年の写真を指差した。
?
?
をまじまじと見つめた。
レオとそう大して変わらない年齢だろう。少し年上な位か。なの
に、これ程誇らしげな表情を見せるとは⋮⋮。
⋮⋮幸せな男だったようだな。
レオは言葉にせず、そう彼を評した。
﹁⋮⋮これが義兄さんの飛行機。ラファールって⋮⋮レオ君にはそれ
位解るか。僕の専用機や、デュノア社が造ってる第二世代型ISと同
じ名前なんだ﹂
- 165 -
?
レオは写真の中の、誇りに満ち溢れた表情をしたゲイツ・デュノア
!
デュノアはページをめくり、次のページに載っている写真を指差し
た。先程のゲイツ・デュノアのバックに、レオも見覚えがあるオレン
ジ色のラファールが駐機されている。
﹁⋮⋮このオレンジ色なんだけどね⋮⋮僕の専用機と同じ色なんだ。
ISに塗るとそうでもない気がするんだけど、戦闘機に塗ると⋮⋮何
か派手だよね、これ﹂
デュノアはそう言って〝嬉しそうに〟苦笑した。
それから少しの間、彼女の義兄自慢をレオは黙々と聞いていた。内
容の殆どは彼の経歴に関する物であったが、彼女自身としてはそんな
以上に自慢したい事があってウズウズしているのを、経歴など別の内
容で代替して我慢している、そんな風に見えた。
招きかねない程近くまで詰め寄る。
﹁⋮⋮今言った通りだ﹂
とてもではないが、これ程までに義兄大好きな態度を示す彼女に
- 166 -
﹂
﹁⋮⋮ で、何 か 一 人 で 喋 り っ 放 し だ っ た ん だ け ど ⋮⋮ 知 り 合 い な の
⋮⋮
﹁義兄さんに会ったの
!?
デュノアは明らかに表情を変えた。彼女は人目も憚らずに、誤解を
﹂
少なくとも、間違ってはいない筈だ。
レオは答えに詰まりそうになりながらもそう答えた。
﹁⋮⋮同じ空を飛んだ。つい最近な﹂
?
﹁自分が彼を殺した﹂と進んで言う気にはなれない。
﹁そう⋮⋮あ、ご、ごめん⋮⋮﹂
レオがそっとデュノアの肩に手を乗せて少し押す力を加える。そ
シャルロットに兄弟がいたなんて
﹂
こでデュノアは自分とレオとの距離に気付き、慌てて二、三歩程後退
る。
﹁知らなかったなぁ
﹁き、聞いてたの⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮つーか〝聞こえた〟。ところで飯食いに行かね
上。そう⋮⋮レオも一緒に、皆でさ﹂
例によって屋
振り向くと、背後に立っていた一夏を見て少し目を逸らした。
唐突にシャルロットの背後から声がした。シャルロットは驚いて
?
僕らだいたい屋上でお昼食べ
お陰で違和感の塊と化している事にも気付かずに。
意識を集中していた。
そう思うからこそ、一夏はいつも以上におバカな口調で話すように
たのか、一夏に予想出来てしまった事を。
の変化、そしてレオの誤魔化すような答えから、彼が何をしてしまっ
悟られてはいけない。シャルロットと話していた時のレオの表情
一夏は出来るだけ何時もの調子を保つように努めて言った。
?
?
﹁えぇっと⋮⋮レオ君はどうする⋮⋮
るんだけど⋮⋮﹂
?
- 167 -
?
明らかに何か隠した様子の一夏に戸惑いつつ、シャルロットはレオ
に尋ねた。
レオとしては、それは少々考え物だった。
例えこれから如何なる学園生活を送るとしても⋮⋮言い換えれば
如何なる〝任務〟を命ぜられるとしても、現地での良好な人間関係の
構築はその手の任務において基本中の基本だ。
だが⋮⋮一方でレオには、任務とは関係無く、また如何なる任務よ
りも優先すべき事がある事も事実だった。
織斑やデュノアの言う〝皆〟、〝僕ら〟の中に奴が含まれて居るの
は想像に難くない。
そいつと⋮⋮奴と⋮⋮ボーデヴィッヒと共に食事をする⋮⋮。
﹁⋮⋮遠慮しておく。出来上がった集団の中に割り込むのは苦手だ﹂
返答は、考えるよりも先に決まっていた。レオはすっと席を立つ
と、バッグを肩に引っ掛けて足早にその場を立ち去った。
幸い普段教室の出入り口近くに座っているボーデヴィッヒは席を
外していた。
恐らくボーデヴィッヒは織斑やデュノアと合流すべくまたこの教
室に戻るだろう。
まだ生徒が沢山残っているこの教室の中で奴と鉢合わせする前に
この場を離れる。レオはそれを最上の選択肢と判断し、それを実行し
た。
廊下に出ると、教室内以上に沢山の視線が自身に注がれているのが
解った。隣の教室から顔を出してこちらを覗き見している生徒を睨
み付けて引っ込ませると、レオは階段の方向へと足を向けた。目指す
先は食堂。
一年生教室と階段、食堂との位置関係から多くの生徒が流れる西階
段ではなくその逆、少し遠回りとなる東階段の方は、西階段と対照的
- 168 -
にほぼ誰も居なかった。
丁度電灯が切れかかっているのも理由の一つだろう。喧騒から離
れた階段を一段降りるごとに、足音が響き渡る。
降りて行く内にレオは、足音が彼の物だけではない事に気付いた。
彼の後ろには誰も居ない。レオとは逆に、その足音は階段を登ってい
るのだ。
踊り場でぶつかってはたまらない。レオはそう思って外側へとず
れた。こうすれば登って来る相手を内側を降りるより早く視認出来
る分避けやすくなる。
だが、その相手を視認した途端レオはハッと足を止めた。
そしてそれは相手も同じだった。出会いたく無い奴と会った。二
人⋮⋮レオとボーデヴィッヒは同じ表情をしていた。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
言葉もなく睨み合う⋮⋮いや、正確には睨んでいるのはレオだけ
だ。ボーデヴィッヒの方は視線を逸らし、一刻も早くこの場を離れた
くてたまらなさそうな表情をしている。
今度は逃げたいのか。レオの感情が更に逆撫でされた。
﹁⋮⋮大凡三ヶ月ぶりだな。ボーデヴィッヒ﹂
レオが口を開く。ボーデヴィッヒは⋮⋮何とビクっと身体を震わ
せた。
﹁⋮⋮あ、あ⋮⋮そ⋮⋮うだな⋮⋮﹂
- 169 -
﹂
﹁⋮⋮どうしたボーデヴィッヒ。散々憎しみの視線を送った相手を忘
れたか
﹂
レオは一歩、一歩とボーデヴィッヒに近付いた。近付く度にボーデ
仲間殺しのその顔ッ
ヴィッヒの顔色が明らかに悪くなる。
﹁⋮⋮俺は忘れてないなッ
!!
﹁⋮⋮どうした。何時もの高慢な態度はどこへ行った あのデカ
た。
で別人であるかのように、弱々しく後退ろうとしてもがくだけだっ
リーを殺した時や彼女らの隊長をレオが〝殺し返した〟時とはまる
デヴィッヒは、まるで彼の知るボーデヴィッヒでは⋮⋮試験時にラ
レオがボーデヴィッヒの顎先を掴み、グイと持ち上げる。だがボー
!!
まの木像に成り果てた
﹂
イ口叩いてたボーデヴィッヒは⋮⋮いつからこんな⋮⋮されるがま
!?
これが本当にボーデヴィッヒか
か
こいつは本当に、あの時⋮⋮仲間を殺したあのボーデヴィッヒなの
?
も弱々しい抵抗をする。それが、レオを苛立たせた。
そのままボーデヴィッヒを壁に押し付ける。ボーデヴィッヒは尚
!?
ものな奴が⋮⋮
﹁お前だけは⋮⋮お前だけは絶対に許さん⋮⋮絶対に許さんッ
﹂
レオはボーデヴィッヒを一度放すと、腕を大きく振るってよろめい
!!
?
- 170 -
?
こんな⋮⋮蛇に睨まれた蛙、A︱10の前の戦車のように無力その
?
﹂
た彼女を別の壁に叩きつけた。
﹁うぁ⋮⋮ッ
その事実から逃げられると思うなッ
﹂
!!
がら⋮⋮
﹁何とか⋮⋮言ってみたらどうだッ
!
﹂
何故なら、それを止めてボーデヴィッヒを許してしまえば⋮⋮
かった。
である事も理解出来ているにも関わらず、レオはそれを止められな
だが、そこまで理解出来ているにも、また己の言動がチンピラ紛い
﹂
流れの強い渦の中で、必死にもがいている。半ば沈みそうになりな
を知らない。
決して許される罪では無い。そう理解しているからこそ、逃れる術
彼女はその罪を悔いている。そして、それに囚われている。
た手に囚われ、がんじがらめになっているのだ。
寧ろ、彼女はその罪に、レオと言う、過去から追い縋って伸びてき
は無かった。
違い、過去の罪を全て済んだ事、終わった事として処理している訳で
はレオが想像していたような、そうであって欲しいと願ったそれとは
ボーデヴィッヒは変わった。織斑も言っていたように。だが、それ
それは最早ボーデヴィッヒへ向けられた物では無かった。
たッ
﹁そうだ⋮⋮何がどう変わっても、貴様はラリーを、俺達の仲間を殺し
!!
﹁ちょ、何やってるの
!?
- 171 -
!!
聞き覚えのある声が響いた。一階層下、ボーデヴィッヒが登って来
何でこんな事⋮⋮﹂
たであろう所からデュノアが足早に駆け上って来た所だった。
﹁ラウラ大丈夫
﹁え⋮⋮
﹁レオ君⋮⋮
﹂
駆け下りた。一度も振り返らずに。
レオは視線を逸らすと、ボーデヴィッヒをデュノアに任せて階段を
﹂
﹁来てくれて助かったよ、デュノア⋮⋮﹂
自分でも止められそうに無かった。
正直な所レオは彼女の妨害に安堵していた。
を助ける。
デュノアはサッとボーデヴィッヒに駆け寄り、彼女が起き上がるの
!?
﹁え⋮⋮織斑先生
?
?
﹁デュノア⋮⋮少し、良いか
話さなければならないことがある。﹂
千冬は少し目を逸らすと、やや言い辛そうに口を開いた。
﹂
女は振り返った瞬間、彼女の視線の先には、織斑千冬が居た。
デュノアは眉を顰めるが、兎に角今は彼に構っている暇は無い。彼
?
- 172 -
?
食堂に着くと、それまで楽しげに談笑していた生徒達の話し声が一
斉に止み、視線が全てレオへと注がれた。
薙ぎ払うようにレオは周囲を見回す。席は大概埋まっている。空
席は⋮⋮入口近くの一つだけ。大人しそうな生徒が一人居るが、残念
ながらそれ以外は団体さんで占められたような状態だった。
﹁⋮⋮失礼。良いかな。ここ。﹂
﹁⋮⋮どうぞ。五月蝿くなければ。﹂
女子生徒の答えを聞くと、レオはバッグをその席の横に置いた。
些か排他的な態度だったが、レオにとっては逆に質問や興味の視線
隊の
- 173 -
で邪魔されないだけ、かえって有難い。憎悪や嫌悪などが無い分、あ
の海上要塞より遥かに居心地が良い。ややあけて、カウンターでミー
トソーススパゲティを注文したレオは、トレーを持って先程の席に着
き、両肘をついて手を組み、そこに顎を載せて少し考え込む。
⋮⋮デュノアがああもサッと擁護に入る。あのデュノアが例えど
れほどのお人好しであろうと関係無しに、ボーデヴィッヒはその位の
人間関係はここで築けている。
レオの知るボーデヴィッヒでは、考えられなかった光景。今のボー
デヴィッヒはもはや、レオの知るボーデヴィッヒとは完全に別の人間
へと変わった。それは何度も確認出来た。
兎
シュヴァルツェア・ハーゼ
勿論それは喜ぶべきなのだろう。本人にとっても、 黒
隊員にとっても、そしてこの学園の生徒にとっても。
ではそのボーデヴィッヒに過去の罪を問い詰めるのはどうなのか
確かに犯した罪は消せない。仲間殺しを許す事は出来ない。
のは⋮⋮。
の仕方が解らずに戸惑っている。そんな彼女にただ罪を問い詰める
だが⋮⋮今のボーデヴィッヒは明らかに悔いている。そして贖罪
?
彼女の罪を赦して良いのか
⋮⋮だが。レオは手にしたフォークを握り締めた。
だから彼女を許せるのか
?
ファ イ ブ セ ブ ン
それは⋮⋮ラリーへの、ボーデヴィッヒに殺された彼への裏切り。
そして隊の仲間への裏切りではないのか
?
仲 間 を 殺 し た 者 に は 同 じ だ け の 苦 し み を。そ う 思 っ て こんなもの
﹂
まで隠し持って来たのではないのか
なら俺は⋮⋮
﹁⋮⋮食前のお祈りでもしてるの
?
た。
てしまった掌を見ると、考え事は保留にして食事に集中することとし
レオはやれやれ、と強く握り過ぎてフォークの持ち手型に跡が付い
⋮⋮それもそうだ。
﹁誰もそんな悩んだような表情しろなんて言ってない。﹂
だが。﹂
﹁⋮⋮ご親切に。五月蝿くなければ良いというから静かにしていたの
い。﹂
﹁⋮⋮ 話 が 長 い 女 子 を 想 定 し て る と 言 っ て も、昼 休 み は 無 限 じ ゃ な
げうどんを食べている。
女子生徒は興味無さげに、しかし視線はこちらに向けながらかき揚
目の前の女子生徒の声で、レオは我に返った。
?
摂食は与えられた自由ではない、責務だ。体調管理は全ての軍人の
基軸任務である⋮⋮。
- 174 -
?
昔さんざん言われた言葉を思い起こしながら。
- 175 -
Mission12 悪魔の音程 G︱cis
食事を終えて教室へ戻ると、またも生徒達の視線がこちらへ一斉に
向いた。
⋮⋮このクラスからの視線は穏やかな物だ。ここまで戻る途中す
れ違った他クラス、他学年の生徒からの視線の中には、憎悪、軽蔑、或
いは完全無視を決め込む生徒も居た。
考えてみれば女尊男卑の根幹に居るわけだから、当然そういった思
想に染まる生徒だって居る訳だ。
﹂
この学年には織斑が居る。そういう経緯から、女尊男卑の思想が薄
れているのだろう。
﹁えぇっと⋮⋮エルフォード君⋮⋮だよね⋮⋮
レオが席に着くと、三人程の生徒が恐る恐る話し掛けて来た。
⋮⋮ 聞 い た 事 が あ る。こ う い っ た 編 入 生、転 入 生 の 初 日 と い う の
は、周囲の生徒からの質問攻めで一日費やせる、と。
あ ま り 気 は 進 ま な か っ た が、現 地 で の 人 間 関 係 構 築 と い う 事 で、
﹂
バッグなどが消えている。授業はまだ一限残っているというのに。
- 176 -
?
ボーデヴィッヒの絡まぬ所では排他的になる必要は無い。レオはそ
う判断した。
﹁何だ﹂
﹂
?
何があったか
﹁デュノアさん、何があったか知らない
﹁デュノア
?
レオは思わず聞き返した。彼女の席へ視線をやれば、成る程彼女の
?
﹁⋮⋮知らん﹂
﹁さっき織斑先生と一緒に居たって話。顔色も良く無かったみたいだ
し⋮⋮それでか知らないけど、次の織斑先生の授業、休講だって﹂
見回せば、帰り支度を始めている生徒もちらほら居る。既に帰った
と思しき生徒も。
噂好きの女子だけあって、こういう情報は伝わるのが早い、という
﹂
ことか。織斑やデュノア含めた専用機持ちの生徒は、既に姿も見えな
い。
﹁皆帰ったのかな
﹂
﹁多 分 ね ⋮⋮ 鞄 無 い し。⋮⋮ っ と、と こ ろ で 話 変 わ る け ど さ、エ ル
フォード君ってやっぱ寮に居るの
着いて来た。
﹁⋮⋮織斑と同じ部屋﹂
﹂
﹂
バッグを肩に引っ提げて教室を出ると、先程の生徒達が一歩遅れて
?
﹁へぇ⋮⋮ってあれ、あれってその織斑君じゃない
﹁ん
?
して言った。
手摺から顔を出して下の様子をうかがうと、成る程織斑が誰かを探
し回っているのか、キョロキョロと辺りを見回しながら駆け足で移動
していた。
- 177 -
?
渡り廊下を歩いている時、生徒の一人が下の階のバルコニーを指差
?
﹁織斑くぅ∼ん
﹂
レオの隣ので生徒がそう言って手を振る。織斑はパッと振り向く
とレオの姿を見付けて叫んだ。
﹂
﹁見付けたぞ⋮⋮レオ⋮⋮千冬ね⋮⋮じゃねえ⋮⋮織斑先生が話があ
﹂
﹂
俺が案内するから⋮⋮そう⋮⋮少し戻ったトコの階
るから急いで来いって
﹁話
﹁視聴覚室だ
段で降りて来い
無いのは連れてくるなって言われてて⋮⋮﹂
﹁あ∼⋮⋮解った。じゃあエルフォード君、織斑君またね∼
﹂
﹁来たか⋮⋮えっと、悪いけど織斑先生はレオに用があるんだ。関係
織斑は、降りた所で待っていた。
いた。
から一階下へと走る。健気な事に先程の生徒三人も、彼について来て
レオもまた駆け出した。今出てきた方の校舎へと入り、左手の階段
﹁⋮⋮ったく。一息つく暇も無し、か﹂
織斑は叫んで走り出した。
!
た。
先程の生徒三人と別れ、織斑とレオは小走りでバルコニーを横切っ
!
- 178 -
!
!
!
?
﹁聞いたぞ
ラウラと早速揉めたらしいな
走りながら織斑が問い掛ける。
﹂
無抵抗過ぎて逆に混乱した
﹂
﹂
あいつ変わったって 何があったか知らない
﹁揉める程でも無かったな
﹁足止めるなって
!
!?
せると、誰かの啜り泣く声のようなものが響く。
闇の中から千冬の声が聞こえた。そしてもう一つ。良く耳を済ま
﹁⋮⋮リィンフォースがまだが⋮⋮まあ良い。始めるぞ﹂
ぼうっと光るスクリーン以外完全に真っ暗だった。
中は照明が落とされた上全ての窓がカーテンで締め切られており、
に続きレオも入室する。
若干息切れを起こしながら織斑は視聴覚室のドアを開いた。織斑
⋮⋮﹂
﹁ふ ぅ ⋮⋮ ち ふ ⋮⋮ い け ね。織 斑 先 生 ∼ ⋮⋮ レ オ 連 れ て 来 ま し た ∼
うやく足を止めた。
そうして二人は誰も居ない廊下を駆け抜け、最も奥の教室の前でよ
﹂
﹁⋮⋮それは⋮⋮﹂
けど話してみたらどうなんだ
﹁だから言ったろ
!
ここまで来ると、一種のホラーだ。
- 179 -
!?
!
!
!
!
と、照明が一つだけ点灯した。僅かな光の下に、織斑千冬とシャル
ロット・デュノアが居る。
﹁⋮⋮何の趣向ですか、これは﹂
﹁つい先程、学園に報告書が届いた。数日前に行われた北極海上空で
の空中戦について、な﹂
レオは心の奥に突き刺さる物を感じた。
もしも神とやらがこの世にいるのなら、レオは教えて欲しかった。
何故だ。
何故俺は、やることなすこと全て裏目に出てしまうのか。
﹁回収出来た残骸から、交戦した勢力の片方は、フランス海軍である事
が解っている。〝オレンジ色のラファール〟⋮⋮そう⋮⋮﹂
﹁⋮⋮僕の義兄の部隊だよ。義兄さんが戦死したって報せが、さっき
届いたんだ﹂
デュノアが蚊の鳴くような声で言った。
闇の中を見回すと、部屋に居るのはその二人とレオ、織斑だけでは
無かった。目が慣れて来て部屋の中の様子が解るようになると、イギ
リス代表候補生 セシリア・オルコットの姿や織斑と良く連むと噂の
生徒の姿、そしてボーデヴィッヒの姿も見えた。
全員が、レオを取り囲むように立っている。まるで裁判か何かのよ
うに。
﹁⋮⋮そしてそのフランス海軍エース部隊を⋮⋮恐らく損害無しに退
- 180 -
けたと思しき勢力は、グラマン製艦上戦闘機F︱14 トムキャット
に酷似した機体を使用していたそうだ。〝白いF︱14〟にな。
現在第一線で配備されているF︱14系列の機体は製造元のノー
スロップ・グラマンごと欧州へ活動拠点を移し、EF︱14としてド
イツ海軍及び空軍に配備されつつある。そしてエルフォード、お前の
搭乗機も白いEF︱14だ﹂
デュノアが再び俯く。千冬は扉の近くに居る織斑に合図して、自分
の所の照明を落とさせた。再び部屋中が暗闇に包まれ、スクリーンが
闇の中に浮かぶ。
﹁⋮⋮お前の機体のガンカメラを調べさせて貰った﹂
宣告が下され、そしてスクリーンに映像が映った。
﹂
ター ン
- 181 -
その映像はレオが忘れる筈も無い景色を映し出している。北極の
ベクタード・スラスト
冷たい空、眼下の氷海、そしてオレンジ色の無尾翼デルタ機。
ガンカメラの映像が旋回した。 推 力 偏 向 ノズルを使った旋回だ。
そして正面に敵影を収める。相手は旋回を終える寸前。
﹂
一瞬の間すら空くこと無く、20mm弾の軌跡が映像を横切った。
躊躇した形跡すら感じられない。
﹁一緒の空を飛んだって⋮⋮こういう事⋮⋮だったの⋮⋮
映 像 は そ こ か ら ス ロ ー モ ー シ ョ ン に な り、炎 を 上 げ て 砕 け 散 る ラ
デュノアが涙混じりに言う。彼女への追い打ちであるかのように、
?
ファールの姿を、機体に書かれた01の文字すら判別できる程鮮明に
映し出した。途端、デュノアが再び啜り泣き始める。
﹁⋮⋮映像は以上だ。エルフォード、何か言うことは
?
﹁⋮⋮先に仕掛けて来たのは向こう側、反撃しなければ我々が死んで
い ま す。我 々 シ ュ ネ ー 隊 は 一 人 で も 欠 け た ら 意 味 は あ り ま せ ん。
⋮⋮最も、ここでその理屈が通じるとも思っていませんが﹂
後ろめたさを感じとられないよう注意深くレオは言った。途端部
やっぱり⋮⋮﹂
屋中の空気が俄かに重くなる。
﹁そう⋮⋮だよね⋮⋮
﹂
﹁でも⋮⋮でも⋮⋮ッ
﹂
!!
﹂
﹁⋮⋮本当にこうしなきゃならなかったの⋮⋮
済む方法は⋮⋮無かったの⋮⋮
?
はそう問わずには居られない。
彼女にはレオをなじるつもりは無いのかもしれない。しかし、彼女
嗚咽に混じってデュノアは問いかけた。
?
本当に、殺さずに
レオの両肩をしっかり掴んだまま、デュノアは泣き崩れた。
⋮⋮ッ∼⋮⋮ッ
壁に頭を打ち、後頭部へ鈍い痛み。これも罰の一つか。
い切り詰め寄って、そのまま背後の壁へと押し付けた。
デュノアはバッと立ち上がると、千冬が止める間も無く、レオへ思
⋮⋮ッ
ん だ の は 辛 い、け ど、そ れ で 君 を 憎 む の は 筋 違 い だ っ て ⋮⋮ で も
﹁解ってる⋮⋮わかってるんだ。仕方ないって。確かに義兄さんが死
口を開いたのはデュノアだった。
?
!!
- 182 -
!!
あれ程嬉しそうに義兄について語っていた彼女だ。その仇が目の
前に居て、復讐や敵討ちという最も簡単で手っ取り早い感情の捌け口
に走らなかったデュノア。そんな彼女の口から出た今の問いを、無駄
と知りつつも誰が止められるだろうか。
レオは天井を仰いだ。
そうだな⋮⋮。
そんな方法もあるのかも知れないな⋮⋮。
俺がもっと射撃が上手くて、エンジンや翼だけを効果的に壊せて、
パイロットに脱出をさせる余裕を与える事が出来たら、それも可能
だったろう。
⋮⋮漫画や映画のように。
・
・
・
﹂
・
・
人を殺して生き延びるなんて
?
- 183 -
﹁⋮⋮シャルル⋮⋮﹂
織斑がそっとデュノアをレオから離した。
﹁⋮⋮こんな風に呼び付けて⋮⋮正直気が引けた。けど、彼女はどう
しても確かめたかったんだ。義兄を殺したレオ・エルフォードは、本
当はどんな思いで義兄を殺したのか。って﹂
・
それを聞くと、レオは暗闇の中で眉を顰めた。
どんな思いで⋮⋮だと
⋮⋮
君。レオ君だって、辛いんだよね⋮⋮
まして人殺しを楽しむような人なんかでもない。辛そうだよ、レオ
﹁⋮⋮ 解 っ た よ、一 夏。レ オ 君 は ⋮⋮ 決 し て 殺 人 鬼 な ん か じ ゃ 無 い。
?
デュノアはそう言った。そしてレオは悟った。
?
違う⋮⋮。
違う⋮⋮ッ。
違う⋮⋮ッ
彼女は何も解っていない。理解を示したつもりでいて、その実何も
理解してはいない。
ル フ ト バッ フェ
﹂
ドイツ空軍のパイロットに⋮⋮いいや、軍人にそんなことを問い掛け
るのは⋮⋮っ。
⋮⋮それは、冒涜だ。
﹂
﹁⋮⋮デュノア⋮⋮何か勘違いしていないか
﹁⋮⋮へ
?
オは言った。
﹁俺は、今までこの手で幾度も、幾度も操縦桿のトリガーを引いて来
た。その度に幾つもの命を身勝手に奪って、そうやって生きて来た。
だがな⋮⋮その中で俺は、一度たりとも、落とした敵に哀れみを感じ
﹂
た事など無い﹂
﹁ぇ⋮⋮
デュノアは一瞬息を止めた。
﹁寧ろ、快感すら憶えてしまう自分が居る﹂
- 184 -
!!
デュノアが涙に濡れた顔を上げる。その目を直視出来ないまま、レ
?
?
⋮⋮生き残ったという事実を、自分の命を、未来を勝ち取ったとい
﹂
う快感がな。
﹁な⋮⋮﹂
﹁何⋮⋮ッ
織斑姉弟、デュノアなど、部屋中の人間が絶句する。
明らかに不味い展開。
そう解っていても、レオは言葉を止める事はしなかった。
本当は人を殺したくないのに、そうしなければ生き残れない可哀想
な存在。
そんな風に自分や同じように死闘を繰り広げるパイロット達を決
どんな理屈をこねくり回しても人殺しは
め付けられたくは無かった。
﹂
ま と も な 人 間 が 耐 え ら れ る 事 じ ゃ な い ⋮⋮ な の に
﹁快感⋮⋮人を殺してか
人殺しだッ
⋮⋮お前は⋮⋮ッ
!?
﹂
!?
!?
始めた。二人の顔をじっと見つめたまま。
レオは織斑とオルコットの周りを、円を描くようにゆっくりと歩き
﹁さあな。少なくとも今言ったように哀れみなど感じた事は無い。﹂
んのお兄様を撃った時も、そう感じたとッ
﹁そんな事が許されるとでもお思いですか⋮⋮ッ シャルロットさ
口を開いた。
織斑が叫ぶ。彼の作り出した波の勢いに乗るように、オルコットが
!?
- 185 -
?
!!
﹁⋮⋮そうすることで俺は今まで生き延びて来た。
そうしなかった以
余裕や甘さは自分の死に直結する、そうしたく
俺は軍人だ、その兄貴とやらも軍人だ。そうする覚悟が無くてこの
道に進める物かッ
ウイングマーク
その結果を責め立てられる理由など無い
無ければそ の 翼、自分ですぐにもげば良いッ
﹂
﹂
上、俺もそいつも同類だ
なッ
﹁⋮⋮何でッ
!!
!
﹁っ⋮⋮
﹂
何も無い場所を貫く。
どうしてこんな奴が
!?
﹁どうして⋮⋮どうしてッ
﹂
!!!
のデュノアの背に、組んだ両手による一撃を加え、床に叩きつける。
ロングデザインの制服から羽音のようにバサッと音を立て、ガラ空き
ト弾を躱すより簡単だった。回転するように再び身を翻し、他のより
真っ直ぐな感情任せの攻撃。レオにとって、これは無誘導のロケッ
へ突撃した。
デュノアは織斑やオルコットの制止も聞かず、デュノアは再びレオ
生きてて、義兄さんが⋮⋮ッ
どうしてよッ
レオはサッと身を翻した。突き出したデュノアの腕が、その武器が
!
ジ。何やら破壊力有り気なパイルバンカーだ。
銀色の光が消え、その腕にISの装備が展開される。色はオレン
に突っ込んだ。
その手に銀色の光を纏わせると、彼女は唐突にバッと振り向いてレオ
と、今まで泣きじゃくっていたデュノアが勢い良く立ち上がった。
!!
!!
- 186 -
!!
!!
﹁ぅぁッ
﹂
﹂
仕上げに再び起き上がる前に、レオは彼女の背を踏みつけた。
エルフォード
﹁っぅ⋮⋮﹂
﹁止めろ
﹁止めろ⋮⋮
私は自分の命を奪われない為に、最善と思う行動を
千冬が叫んだ。レオは顔を彼女の方に向けると、ニヤリと笑った。
!!
とったまでです。それを止めろ、と
?
﹁ふっざけるなよッ
﹁がぁッ
﹂
?
﹁⋮⋮と言うことはこう言うことか
欲しいが、俺は死のうが一向に構わないと
悪いがそう読み取れるの
デュノアの兄には生きていて
デュノアから脚を退けると、レオは織斑の前に立った。
デュノアが呻き、織斑が拳を抑えて膝を付く。蹴った脚を下ろして
﹂
﹁ぐぅ⋮⋮﹂
ターキックを当てた。
たまま、反対の脚をぐるっと回し、背後に迫った織斑の拳へカウン
今度は織斑の拳が飛んで来た。レオはデュノアの背中に脚を乗せ
!!
たこの結果、責め立てられる道理などありませんな﹂
⋮⋮今の話そのままですなプロフェッサー。自分の命を勝ち取っ
?
?
- 187 -
!!
!
!!
だが、これは俺の理解力の問題か
﹂
﹁勝手な理屈を⋮⋮ッ
﹂
織斑﹂
の元、未来永劫その身を喰い合う﹂
﹁それを有史以来ずっと繰り返して来たのが人間だ。様々な大義名分
じゃねぇ
﹁そうやって殺して殺して殺しまくって⋮⋮そんなの人間のすること
?
﹁っぅぅッ
殺そうとした時、お前は諸手を上げてその結末を迎える、と
﹂
例え自分を殺そうとしている相手であっても、反撃は許さないと
?
ではなくお前の首根っこを同じように掴んでいて、本気で俺がお前を
﹁今俺はお前の手首を掴んでいる。だがもしも、例えばこの手が手首
﹂
腕、それをレオはパッと掴み、握る腕に力を込めた。
続いてオルコットがレオに歩み寄った。振り下ろされた彼女の右
!?
更に手に力を込める。オルコットの表情から怒りが消え、苦痛が、
﹂
そしてレオの右手がオルコットの喉元に近付いた時、恐怖が代わりに
浮かんだ。
﹁臨場感が足りないなら、今実際に試すか
逃れようとして、それでも身体が言うことを聞かず、ただジタバタと
オルコットは後退るように脚をジタバタさせた。必死にレオから
?
- 188 -
!!
!?
﹁そんな⋮⋮﹂
?
もがくだけ。
⋮⋮成る程。こうも死が間近に迫る経験は初めてと言うわけか
ISという、兵器を操る立場であるのに。
レオはオルコットの手を離した。オルコットは掴まれていた右手
首を押さえて、ただその場にうずくまる。
﹁セシリア⋮⋮﹂
もう一人の、黒いポニーテールを緑色のリボンで結んだ生徒がオル
コットに駆け寄る。レオに対し恐怖と軽蔑の目線を浴びせながら。
﹁本当に抵抗しないとはな⋮⋮。お前の中では、世の中の争いは全て
愛と話し合いで解決するなどと本気で思っているようだな﹂
﹁そんな事は⋮⋮ッ﹂
﹁子どもの喧嘩じゃないんだ。生きる為に足掻くか、それを止めて死
ぬか。やるか、やられるか。俺たちが選択出来るのはそれだけだ﹂
オルコット達は怯えたような目でレオを見た。
﹁⋮⋮理解⋮⋮出来ませんわ⋮⋮﹂
オルコットが弱弱しく言った。
そうだろうな。安全な籠の中の小鳥に解る話でも無いだろう。
⋮⋮いや、むしろ理解出来ない方が幸せなのかも知れない。
﹁⋮⋮どうやら、お前の中ではそれが正しいらしいな。お前の中では﹂
- 189 -
?
レオの背後で織斑がゆっくりと立ち上がった。
﹁絶対的な正しさなど存在しない。もしあると言うなら、それこそお
前の中での正しさに過ぎん﹂
俺と決闘だ
俺は、俺が生き延びる為に最
!!
﹁ああそう⋮⋮本当に自分こそ正しいって信じ切ってるみたいだな。
じゃあ俺が⋮⋮俺がおまえの根性叩き直してやる
﹂
レオはそう判断した。
⋮⋮中身の無い虚勢だ。
一夏はレオを指差して言った。
を決める
1対1で、おまえの好きな殺し合いで、だが秩序のある戦いで正義
!
仲間を傷付けられ⋮⋮いや、確かに傷付けたな⋮⋮その怒りに震え
る正義の味方のご登場、か
適な手段をとっただけだ。﹂
﹁⋮⋮今の話を聞いていなかったのか
何の映画の主人公のつもりだ
?
﹂
!?
織斑、そしてレオは睨み合った。
間に俺が潜り込む事が出来た。それだけのことだ。﹂
﹁俺も生きる為に足掻き、奴も生きる為に足掻いた。そして僅かな隙
の兄さんを生贄にしても良いってのかよ
さっき言ったよな⋮⋮。だったら、お前が生き延びる為にはシャルル
﹁⋮⋮シャルルの兄さんが生きて、自分は死んで構わないのかって、
?
?
- 190 -
!
お互いに、自分は正しいと信じてやまない。
けど俺
互いに譲るつもりの無い争いは、果てしなく続くように思えた。
﹁どうせお前は平和ボケだ何だって言うんだろうな⋮⋮ッ
﹂
どんな理屈をこねくり回そうと、人を
まともな人間のする事じゃない
にはそんな事認められない
殺せば人殺しだ
!
⋮⋮。﹂
﹂
お前に、この境地が
﹁そんなのは境地なんかじゃない⋮⋮、ただの開き直りだ
?
るやり方で教えてやる。﹂
﹁上から目線で偉そうに言うな⋮⋮偉そうにッ
!!
一の交戦規定だ﹂
﹁争いにもルールはあるだろうにッ
﹂
よ。空戦にルールは無い。ただ敵を殺すだけ、生き残る事、それが唯
﹁秩序のある戦いと言ったな。そう言う戦いはごっこ遊びと言うんだ
﹂
⋮⋮。良いだろう。お前の言う〝決闘〟、受けてやろう。貴様でも解
﹁⋮⋮ ど う や ら 舌 戦 で 話 が 付 く ほ ど、お 前 は 利 口 じ ゃ な い よ う だ な
た。
無限に続くように思えた口論の後、やや沈黙を挟んでレオが言っ
!!
生きると言う快感の前では効力を失う。解るか
﹁正論も侮蔑も結構だ。だかな⋮⋮なじられようが軽蔑されようが、
!!
!!
﹁そろそろ、ここでの言い合いは止めておけ。お前たちの〝決闘〟、時
⋮⋮そこから先は睨み合いとなった。そこへ千冬が割り込む。
!!
- 191 -
!
﹂
間と場所は私が確保しておく。確保次第掲示するが、それまで、お前
達には私闘の一切を禁ずる。良いな
﹁⋮⋮はい﹂
織斑が引き下がった。レオは軽く一礼すると、千冬の、そして織斑
の横を通って教室を出ようとした。
﹁⋮⋮お前は俺の友達を、仲間を傷付けた﹂
織斑の横を通り過ぎる時、織斑は小さく言った。
﹁⋮⋮同じだけの咎を受けて貰う。覚悟しろ﹂
普段の織斑とは思えない低い声。千冬や他の生徒は、その声色自体
に驚きを禁じ得なかった。
﹁⋮⋮フッ﹂
レオはおかしくてたまらなかった。
何という事か、今の織斑の言葉、このIS学園に乗り込む前のレオ
自身がボーデヴィッヒに関して言った言葉そのままではないか。
そしてレオが教室の戸に手をかける寸前、扉が勢い良く開いた。
﹂
﹁ハァ⋮⋮ハァ⋮⋮すみません⋮⋮迷ってしまって⋮⋮って⋮⋮アレ
⋮⋮
な表情を浮かべていた。
- 192 -
?
思わず頭がカクッと落ちたレオの前では、ユリシアが世にも間抜け
?
﹁馬ッ鹿じゃないの
﹁っぅ⋮⋮﹂
﹂
EF︱14を格納している格納庫。そこでレオは事情を話した所
早速ユリシアに怒鳴られていた。
﹂
﹁折ッ⋮⋮角穏やかに解決出来そうだったのに何で自分から状況悪化
させるのよ貴方は
﹁さあな⋮⋮本当チビの頃から人殺ししてたせいで、戦争が大好きに
﹂
なって気が狂ったのかも⋮⋮﹂
﹁茶化さない
た。
﹁⋮⋮で
われた
何でよ。織斑君あたりにお前のかーちゃんデベソとか言
﹂
と来ない。本当にデベソだったかも知れないし﹂
だが、親代わりになってくれた人の事は解る。
どういうわけか、断片的にしか知らないが⋮⋮
- 193 -
!?
!!
再びユリシアが迫る。レオは溜息をついて、真っ暗な天井を見上げ
!!
﹁⋮⋮母親なんか知らない。だからそう言われてもイマイチ⋮⋮ピン
?
?
あのレオの最古の記憶、屋敷の中で大人達に囲まれていた記憶。そ
こで、レオを受け入れてくれた、赤い髪の女性⋮⋮
赤い髪
﹂
そこでレオは思い出した。そうだ。あの人は赤っぽい髪をしてい
た。
そして目の前にいるユリシアの髪も⋮⋮
﹁⋮⋮まあ、あの人としては好都合でしょうね
﹂
ユリシアが溜息をついて言った。
﹁あの人
⋮⋮﹂
⋮⋮何かあったら今度は報告してね。あの時みたいな事になったら
﹁明日1630から。第二アリーナを使うそうよ。私も同行するから
﹁成る程⋮⋮。俺のISか⋮⋮﹂
そしてその冷たい感触に懐かしさを覚えた。
レオはフッと笑って、EF︱14の胴体に触れた。
テストしたくてウズウズしてる﹂
﹁貴方のISの開発担当。例の先生よ。貴方とISがここに揃って、
?
あの時⋮⋮忘れもしない、ムッターで初めてユリシアと模擬戦闘を
行った時、レオは意識を失った⋮⋮
意識を失ったまま、戦闘を行ったのだ。
- 194 -
?
?
あれが何だったのか、結局わからずじまいだ。
﹁⋮⋮解った﹂
レオは頷いて、EF︱14のシルエットを眺めていた。
- 195 -
﹂
Mission13 騎士 ∼堕ちた者∼
﹁渡す物
翌日1530。同室の織斑との険悪な空気が解消出来ないまま、授
業中も心なしか部屋中の空気が重苦しいと感じていた中、レオは個人
用端末を耳に当て、小声で話していた。
相手はギル。現在シュネー隊を率いて貰っている男。シュネー隊
最年長。
≪ああ。シュティーアに引き渡された新装備⋮⋮というかなんと
いうか⋮⋮試作サンプルがあるんだ。で、本来それは俺らと関係無し
でボーデヴィッヒにテストさせる予定だったのが⋮⋮その⋮⋮基地
司令副官のアグニス大尉がさ、折角だしアンタがやったらどうかって
≫
﹂
﹁人様の任務盗ってどうする⋮⋮ボーデヴィッヒで別に問題ある訳で
は無いだろ
と、レ オ の 時 計 が 小 さ な 電 子 音 を 鳴 ら す。ア ラ ー ム。そ ろ そ ろ ア
あいい、いつ引き渡すつもりだ﹂
﹁一応、俺でも問題無い訳か⋮⋮アグニスめ、何させるつもりで⋮⋮ま
いるって事で奴が選ばれたんだ≫
しい⋮⋮ただ特殊部隊であって、他国の技術が公開されている場所に
≪いや、それがそもそもボーデヴィッヒ向きの仕事じゃなかったら
販機の企業ロゴを指でなぞる。
自販機コーナーの陰。時折通り過ぎる生徒達を目で追いながら自
?
- 196 -
?
リーナに移動する時間だ。
≪学園側に許可は得たから、今リーフィル⋮⋮ガクトがヘリで向
かってる。どうもお前も俺らも良いイメージは持たれてないみたい
だから、会合場所は海岸のヘリポートだ。港湾、外来受け入れ施設の
反対側。廃棄物処理とかの船はそちら側にある施設から出入りする
らしく、一般生徒が立ち寄るような場所ではない≫
﹁解 っ た。悪 い が 俺 は 今 か ら 仕 事 が あ る。後 で テ キ ス ト に で も し て
送ってくれ﹂
≪了解≫
〝Meeting Over〟と表示された端末をポケットにし
まうと、レオは足早に、出来る限り他の生徒達と会わないようにして
アリーナへの道を急いだ。
デュノアや織斑との一件は、プロフェッサーやあの場にいた生徒達
以外には知らされていない。正式には。
が、噂というものは何処から出てくるのか全く解らないと言うか、
それとも当事者同士の険悪な空気から何かを悟ったか、或いは当事者
から主観的な、断片的な情報を得て妙な結論に至ったか、何れにせよ、
レオに対する視線や周囲の態度は俄かに硬化していた。
﹁あ、エルフォード君⋮⋮﹂
それでも、今すれ違った生徒のように例外は居た。喧嘩き何かと判
断して双方から事情を聞こうとしているか、妙な結論に至った末に文
句の一つでも言いに来たか、大多数の生徒達から睨まれつつもレオに
話かけようとする生徒も居た。
が、そういうのはレオが拒否した。睨むか、無視するか、或いは姿
- 197 -
を見た途端立ち去るか。
そうでもしないと、その生徒に、その生徒の着ている制服から彼女
らやボーデヴィッヒを思い出し、関係無い筈のその生徒にまで危害を
加える羽目になってしまいそうだった。
﹁何処に居ても厄介者、か⋮⋮﹂
誰も居ない通路に出ると、レオは思わず呟いた。
﹁いつもそうだ⋮⋮いつも、こんな風になってしまう⋮⋮もう慣れた
が、それでも⋮⋮﹂
軽く壁を叩き、より早足になる。
彼の背後の曲がり角の影から、彼を覗き込んでいた生徒の存在に気
- 198 -
付く事なく。
﹁30秒の遅刻ですよ少佐﹂
﹁秒カウントまでしたか⋮⋮文句ならエレベーターに言え。今日は早
﹂
く終わった物だから、生徒達でごった返していた。一本次のを使わせ
て貰ったよ﹂
﹁痴漢呼ばわりされたくありませんものね
﹁⋮⋮黙れ﹂
彼女との短いやりとりの後、ピットエリアに出たレオは、目の前に
アリーナに到着してすぐ、白衣の女性科学者に出会った。
?
広がる発進口、その向こうの空に早くも懐かしさを覚えていた。
﹁さて⋮⋮まずそこのハッチの向こうでこれに着替えて下さい﹂
そう言って、女性科学者は綺麗に畳まれたウェットスーツのような
物を手渡した。
ISスーツ。ISを装着する際に着込む専用スーツ。装着者の身
体にピッタリとフィットするそれは、制服の下に着込むにも最適であ
り、実際実習前後にはそうやって着る生徒が多いらしい。
デザインは基本的に、女性用は︵というか殆どが女性用だが︶スクー
ル水着か何かのようだった。聞けば〝その手の〟マニアにも人気だ
という話だが、それはつまり、ISスーツを着込むという事は女子用
スクール水着を男が着るという具合になるのではなかろうか⋮⋮。
だが、いざ着替える段階になると、それは杞憂ということが理解で
きた。その黒に白ラインが入ったISスーツは、まさしくウエット
スーツそのもののような全身タイプ、肌の露出が極めて少なかった。
また通常のスーツが僅かに存在するコネクタやサイズ調整スイッチ
を除きゴムのような生地が全てなのに対し、こちらには肩や腰の左右
などにアーマーのような物が追加され、他にもオプション装備の装着
が可能なのかコネクタが各所に存在していた。
まるで、SFに出てくるスニーキングスーツだ。
装着を終え先程のピットに戻ると、科学者他多数居た整備士及びク
ルー全員は一階層程上のオペレーションルームに居り、ピットにはレ
オただ一人だけが立っていた。
≪それでは、ISの装着、フィッティング作業を開始します。少佐、
カタパルト手前の待機ブロックへ≫
- 199 -
スピーカーから女性科学者の声が響く。言われるままに、レオは正
方形の溝が入った区画の真ん中へ立った。
﹂
≪では装着作業に入ります。機械により装着致しますので、そのつ
もりで≫
﹁⋮⋮ん
瞬間、レオの足元が30cm程せり上がった。さらにその周囲の床
がスライドし、正方形の溝の中にスルスルと消えて行く。
その下では、鈍い金属の輝きを発するするアーマーパーツのような
物が幾つか、銀色のアームに掴まれてせり上がって来る所だった。
﹂
ドライバー
﹁ここから始めるのか⋮⋮織斑の話だと組み上がった機体に〝乗り込
む〟形でフィッティングしたそうだが⋮⋮
科学者集団がオペレーションルームで口々に言う。それに連動し、
﹁脚部ユニット、装着完了、続けて各アーマーパーツ、装着作業へ﹂
をした足が装着される。だいぶ尖った爪先だった。
れ、少しばかり延長される形となった脚の足首に、ヒールの高い構造
その上に両脚を載せると、続いて左右から装甲パーツで脚が挟み込ま
そしてまず、靴のようなパーツがレオの前に並べてせり上がった。
﹁⋮⋮おいおい⋮⋮﹂
面白そうでしたので≫
て組んだ方が調整の手間が省けますし⋮⋮何よりこの装置が物凄く
≪パーツ状態で搬送して来ましたので。どうせなら操 者 本人使っ
?
背後からアーマーが押し付けられ、肩部分から折り畳まれたアーマー
- 200 -
?
が、胸の鳩尾の辺りまで覆い尽くす。同時に腰部アーマーが前後から
装着され、その左右を、小型のコンテナのような物が挟む。
床下からせり上がって来るパーツはそこまでで、今度は天井から
アームとアーマーパーツが複数降りてくる。左右にスタンバイされ
た〝袖〟のような腕部アーマーに両腕を押し込むと、膨らむように待
機していたパーツが一斉にスライドして一気に縮小、腕を軽く締め付
けた。
続けて肩にも、ブロックのような角ばったパーツが装着される。そ
してそれを、後ろから三本の爪がガッチリと掴む。
両腕のアーマーパーツを固定していたアームが離れて両腕を降ろ
すと、両肩パーツの外側に、斜め上方向に細長いパーツがセットされ、
﹂
その先端から、何とホイールが現れて軽く回転した。
﹁ホイール⋮⋮
踵と爪先の間に
≪狭所においての活動時、スラスターパーツを展開する必要無く機
動性を維持する為ですね。足裏にもありますよ
≫
ルドパーツが被さる。
部から移動した、透過防止処置を施された窓ガラスのように黒いシー
バイザーディスプレイにより顔の中程までが覆われ、その上に後頭
頭部パーツが被せられた。
物が装着され、その後もう一本のアームにより、ヘルメットのような
アームが降りて来た。一本のアームから顎部プロテクターのような
そして各アーマーの装着と接続、固定が完了すると、最後に二本の
に意識が行った。
︵この場合床に︶足をつけて立っている筈なのに突然遠のいた床の方
チラと脚の方を見れば確かにそうだった。だがそれよりも、地に
?
シールドパーツにより形作られたシルエットは、さながら羽を大き
- 201 -
?
く開いた⋮⋮蝙蝠にも見えた。
≫
≪アーマー接続、完了。スラスターパーツは後にするとして、初期
起動に入ります。少佐、無線が聞こえますか
﹁聞こえる。これはオープンチャネルという奴か﹂
完全に元通りに閉じた床を一歩前に歩きながら、レオは言った。
≪それでは、オペレーションシステム、作動開始。メインシステム
起動、ENパックよりエネルギー供給スタート≫
レオの視界の中で、ディスプレイが始動した。一瞬だけ映っていた
﹁UNCONNECT﹂の文字が消え、幾つかの起動シーケンスの後、
ハイパーセンサーが起動、突然〝目が覚めた〟ような感覚に襲われ、
ディスプレイに浮かぶ各ウインドウが、レオが何時も手足を動かす時
のように、そうしたいと思うことで消えたり、移動したりするように
なった。
M
I の確立を確認≫
マンマシーンインターフェイス
≪ハイパーセンサー起動、 M
ドライバー
≪個体識別情報の登録完了、フィッティング完了。拒絶反応微弱、
ドライバー
ファーストシフト
操 者 ストレス反応微弱、全て許容範囲内≫
≪ 操 者 データインストール、一次移行、発動します≫
同時に、鋼の色をした機体カラーが濃紺色へと変化して行き、黒い
≫
- 202 -
?
ヘッドバイザーの中で赤い電流のような走査パターンが走り、二つの
蒼い〝眼〟が輝く。
≪少佐、こちらが確認出来ますか
?
レオはオペレーションルームの方を見た。ズーム、スキャンが自在
に可能となっており、内部に誰が居るのかも全て、レオには把握出来
た。
﹁あれ⋮⋮ユリシア居たのか﹂
≪今来たトコ。織斑先生を連れてね。一応私もこの人の助手やら
ないとね∼≫
そう言って、ユリシアもオペレーター席に着いた。それともう一人
⋮⋮
﹁レノア⋮⋮お前は⋮⋮﹂
≪どうも、少佐。一応私は、貴方の専属オペレーターですからね。
まあご心配なさらずともこれが終われば、私はシュティーアの方に移
動しますよ≫
ムッターにて色々とイラつかせてくれたオペレーターもそこに居
た。
やれやれ。頭痛のタネがまた増えた気がした。
≪ではカタパルトへ≫
レ オ は T 字 型 を し た タ イ プ の カ タ パ ル ト シ ャ ト ル の 上 に 立 っ た。
両脚を開くようにしてシャトルに固定し、展開されてゆくカタパルト
レールを見守る。
≪火器管制システム、模擬戦闘モードへ設定、問題無し。各部可動
テスト完了、ステータスオールグリーン。脚部スラスター始動≫
- 203 -
≪アリーナのテストターゲット、及びダミービル、配置完了、仮想
訓練プログラム、エントリー≫
レオの眼前で、アリーナ全体にまばらに乱立するダミービルとア
リーナの地面に風景が上書きされ、晴天下の市街地の風景を映し出し
た。
≫
≪それでは、完熟操作及び戦闘テストを開始致します。少佐、準備
はよろしいですね
カタパルト動作の確認の声の中からオペレーターの声を聞き分け
ると、レオは前屈みになってカタパルトシャトル先端のハンドルを掴
み、反対の左腕を後方に見えるように大きく伸ばして親指を立てる。
≪その機体のオペレーションシステムには、簡易的な会話型イン
ターフェイスが搭載されています。簡単な指示なら、口頭での指示に
より自動で実行可能です≫
﹁ほう⋮⋮では初めに一つ問おう。お前の名は何だ﹂
レオが呟くと、バイザーディスプレイ中央にウィンドウが出現、自
サブスラスター
らの名を、誇らしげに映し出した。
﹁了解だ⋮⋮それでは⋮⋮S S ブースト﹂
﹂
次の言葉は、オペレーターと全く同時だった。
﹁ナハト・リッター、発進ッ
≪ナハト・リッター、発進
≫
!!
!
- 204 -
?
カタパルトシャトルが白煙と轟音を上げて突き進み、レオは、ナハ
ト・リッターは空中へと躍り出た。細く、繊細な黒いシルエットが蒼
天を切り裂く。フルスロットル、フルブースト。脛部分に装備された
スラスターが青い炎の線を引き、ゆっくりと下降しつつレオは道路の
ような風景に見える地上へ着地した。爪先と踵の間からホイールが
迫り出し、それを使って道路を滑走する。
≪まず、本機には他の学園へ持ち込まれた機体同様、学園規定によ
り実戦レベルの戦闘力に至らないようリミッターが施されています。
それでも本機のパワーは、以前少佐が搭乗したシュヴァルベに対し機
体の出力は桁違いに向上しております。よってまずはメインスラス
ターユニット無しでの動作テストより開始したいと思います。それ
では⋮⋮ルート情報を送信します≫
ン
- 205 -
バイザーシールドの内側で、HUDに映る風景に青白い道筋と黄色
いチェックポイントが重なる。オペレーターより送信されたデータ
により出力されたレーダーマップを一瞥すると、レオは着地時に減速
させた機体を更に加速させた。
狂ったように値が揺れ動くチェックポイントまでの距離カウント
ター
と自機の現在速度を示すインジケーターを睨みながら、レオは最初の
﹂
曲がり角 を ド リ フ ト す る よ う に 急 旋 回 し た。減 速 が 甘 か っ た か、ダ
ミービルに左手が触れ、火花を散らす。
﹁成る程ッ⋮⋮確かにこれは慣れが必要だ⋮⋮ッ
身体を動かすには、やはり機体のサポートが必要となる。機体デザイ
に問題無いが、纏ったアーマーの重量を支えて尚生身の時と謙遜なく
体は他ならぬレオ自身なので、反応してから身体を動かすまでの速度
いったデータを吸収するまで、機体が〝硬い〟。無論装着している身
機体のパワーに対する慣れだけではない、機体がレオの操作の癖と
!
ンに溶け込んだ、二の腕辺りから腕部アーマーへ伸びる爪のような
パーツや、脚部に同じように装備されたパーツがそれだ。ISスーツ
の両腰部にあったアーマーパーツのような物が、それらのコネクタを
兼ねていた。
そしてそれの感度や反応速度が、レオ自身の意思と若干のズレを発
生させている。これを解決するには、暫く機体を動かして機体にデー
タが吸収されるのを待つしか無かった。
そうして二、三箇所程のターンを熟すと、レオは二つのビルの間に
入った。
ルートは真上へと伸びている。どうすれば良いか、レオは考える必
要は無かった。ジャンプして真上へと跳び、両肩アーマー先端のホ
イールが距離を調整した上でビルとビルの壁に食らい付き、高速でレ
オを上方へと導く。
ダミービルの屋上に着地すると、ルート情報はそこで途切れてい
た。代わりに、黄色いターゲットが複数、レオの周りを漂い始める。
≪ターゲットを破壊して下さい、格闘、及び腰部のワイヤーアン
カーが使用可能です≫
HUDに機体ステータス画面を呼び出すと、腰部を挟むように装備
されたコンテナのような部分が点滅している。ワイヤーアンカーの
基部だ。レオがそうしようとした瞬間、コンテナが展開、ワイヤーが
ターゲット目掛けて飛び、先端の鍵爪がターゲットの中央を貫く。
ターゲットがまるで割られたガラスのように粉々に砕けるのを見
届けると、レオは右へ跳び、左脚による蹴りを次のターゲットへと当
てた。空中に飛び出したレオは、片手の爪をダミービルの壁へと突き
立てながらビルの下へ降下し、ホイールで地面を引っ掻きながら鋭く
- 206 -
ターン。ビルとビルの隙間へと飛び込み、左腕による突きでそれを砕
く。
残りターゲット数は3、先程屋上に登った時の要領で壁と壁の間を
上昇すると、レオは脚部サブスラスターを下方向へ全力噴射、屋上を
飛び越えて上空に踊り出る。眼下のターゲットは、三つ共彼の視界内
に収まっていた。後はこのまま重力に従って降下、地面に脚が付くよ
り前に全てのターゲットへ攻撃出来る。
﹂
だが⋮⋮
﹁⋮⋮ッ
今まさに左脚による踵落としで破壊しようとしたターゲットは右
後方からの射撃攻撃により破壊されてしまった。
﹁⋮⋮誰だッ⋮⋮﹂
サブスラスターを吹かしてダミービルに戻ると、レオは先程の射撃
が飛来した方向を向き、最大望遠で遠くの映像を呼び出した。アリー
﹂
≫
ナのピットに、狙撃態勢を取ったままのISが二機。
﹁⋮⋮レノア、あれは
≪あんなのは予定に無いわよ⋮⋮
ユリシアが困惑の声を見せ、レノアがオープンチャネルで定型の警
65⋮⋮≫
先的に占有しています、使用権受領コード、UN245︱MW910
第一学年一組の、ドイツ軍所属レオ・エルフォード少佐のチームが優
≪⋮⋮アリーナへ進入中のISへ通告します、当アリーナは現在、
?
?
- 207 -
!?
告をコールする。だが、無意味だった。
狙撃中のISは狙いをターゲットからレオへと移し、早速一撃放っ
た。ロックオン警告の時点でダミービルの下へ飛び降りたレオは頭
に一撃撃ち込まれるのを回避すると、ビルの陰から向こうを覗き込ん
だ。IS⋮⋮あれはラファール・リヴァイヴだ。学園の高等練習機で
あり、非常事態対策チームの使用機でもある。識別コードを見る限
≫
り、練習機を持ち出した機体のようだが⋮⋮
﹁⋮⋮何か嫌な予感がして来た⋮⋮﹂
≪⋮⋮あんたがエルフォードね⋮⋮
と、プライベートチャネルでレオへと通信が入った。知らない声。
だが通信中の相手の情報を表示するウィンドゥによると、レオより上
≫
デュノアさ
がモニタリングされている事を利用して、相手二人のステータスと現
在の通信ログを、レノアへ送信した。
﹁⋮⋮聞こえている。何か用か﹂
貴方一体何様のつもりかしら
!?
≪何かじゃないわよ
≫
!?
正面向いて話す勇気すら無いの
!?
級生の生徒二名のようだ。
返事なさいよッ
まあ、年齢的にはレオと同じような物なのだが。
≪聞こえてんでしょ
!!
んにあんなことして、一夏様に喧嘩を売るなんて
≪何ステータス隠してんのよ
≫
!?
- 208 -
?
もう片割れの上級生が怒鳴る。レオはテスト用に機体ステータス
!?
!!
一気に怒声が届く。返答時にこちら側のステータスを非公開にし
た事が余計向こう側の怒りを買ったようである。
﹁事情を正確に把握しているかは知らないが、仮に噂話程度の認識で
≫
ここまで来ているのなら今すぐ引き返せ、後で恥をかくぞ﹂
≪舐めた口をォッ
と、叫ぶや否やリヴァイヴの背部ミサイルコンテナがご開帳、古今
のSF映画も納得の特濃ミサイル弾幕が二機がかりで展開された。
そして、レオがサッと身を潜めたことでその全てがダミービルへと
命中、VRヴィジョンが掻き消された後嫌な音を立てながらビルが少
しずつ傾き始めた。
﹁⋮⋮うむ、これは不味いな﹂
着々と迫り来るダミービルを見上げながら、色々とよろしくない状
況下であるにも関わらず酷く冷静に、顎に手を当ててレオは呟いた。
﹁全く、男のヒステリーも女のヒステリーもみっともないがなぁ⋮⋮﹂
そして、ビルがレオへと倒れた。
﹁⋮⋮駄目か、全く応答しない﹂
オ ペ レ ー シ ョ ン ル ー ム。幾 度 目 か 解 ら な い 即 時 I S 解 除 命 令 を
- 209 -
!!
コールした後、千冬はヘッドホンを苛立たしげに指で弾いた。
﹁流石にそちらのダミービルまで壊すとは予測していませんでしたが
⋮⋮﹂
レノアが手元に浮かぶ複数の操作ディスプレイを操りながら言っ
大丈夫
レオ
﹂
た。ダミービルがレオへと倒れたのは、そのタイミングだった。
﹁ちょ⋮⋮レオ
!!
束した後彼の救出を⋮⋮﹂
﹁その必要はありませんよ、プロフェッサー織斑
﹂
﹁全く⋮⋮仕方ない。教師による対策チームを出す。彼女ら両名を拘
た。
レーションルームに来ている辺り意識はしっかりしている様子だっ
テータスが全てグリーンになっている上にしっかり通信ログがオペ
慌 て て ユ リ シ ア が 通 信 で 呼 び 掛 け る。返 答 は 無 い。が、搭 乗 者 ス
!?
今は⋮⋮あら、随分子供っぽい事を﹂
﹁⋮⋮申し上げておきますが、今現在も彼女達は攻撃を続けています。
冬にそれを示した。全員が見守る中、千冬は暫し考え込む。
ナハト・リッターのステータス操作画面を呼び出すと、レノアは千
すが﹂
インスラスター及び武装を展開して⋮⋮無論貴女の許可があればで
﹁⋮⋮ナハト・リッターで無力化すれば良いのです。出力制限解除、メ
携帯端末を取り出した千冬を、レノアが止めた。
?
- 210 -
!?
アリーナ内の様子を移すカメラ映像では、二機のリヴァイヴが倒れ
たビルをドシドシと踏みつけていた。奇声を上げながら。勿論奇声
についてはレオが送って来るログによる確認なのだが、最初は面白そ
うに奇声の部分を文字で再現しようとしていたレオも、そろそろ飽き
て来たのか非常に単調か表現しか使わなくなっていた。
﹂
﹁⋮⋮流石に、今度の〝決闘〟までにカバーしきれないダメージ蓄積
や怪我を負ってしまえば、貴女の弟君も納得は致しますまい
やがて千冬は意を決したか、それとも何か企みを思い付いたか、神
妙そうな面持ちでナハト・リッターの制限解除を許可した。
≪⋮⋮了解した≫
無線通信の向こうでレオが言った。その声色は、千冬に自分の決断
を早くも迷わせる響きを持っていた。
倒れたダミービルが震え始めた時、彼女達は自分達の行いを後悔す
べきかと思い始めた。突如としてダミービルの底から、獣の唸りか、
あるいは機械の軋みのような音が響き始めたかと思うと、二つのリ
ヴァイヴを乗せたままビルが立ち上がり始めたのだ。
そしてダミービルだった物が再び地面に落ちると、煙の中に一対の
翼を持った影が揺らめいて現れた。
他のISにおけるウィングや航空機の翼のような無機質な物では
無いがまるっきり生物の翼でもない、鋼の冷たさと鳥の翼のようなし
なやかさを併せ持つ翼は、IS⋮⋮ナハト・リッターの背部メインス
ラスターユニットから伸びていた。
- 211 -
?
﹁⋮⋮さて﹂
先程までとは打って変わって赤い目を宿したヘッドバイザーの奥
で、レオはまるで密かに嫌っている相手に通りでばったり出会った男
のような礼儀正しい笑みを浮かべた。
﹁こちらの申し出はまだ有効だぞ﹂
右手には長大なロングブレード〝アンシュタンド〟を持ち、左腕に
は盾と牙が一体化したような複合兵装〝ブリッツクォレル〟が備
わっている。細かった両脚部の外側には黒いコンテナが増設され、先
程までのか細いイメージは何処かへと消え去っていた。
﹂
- 212 -
﹁な⋮⋮ぁ⋮⋮﹂
﹁ぇ⋮⋮ぇ偉そうにィぃ
識しない内に、彼の放つ紫色の光弾は全て、装甲を避けて搭乗者の剥
一 発。こ れ は 敵 の 腕 へ。二 発。今 度 は 腹 へ。三 発。左 太 腿 へ。意
たリヴァイヴへ銃口を向けると、レオはトリガーを引いた。
狙うまでも無い。ダミービルに激突し先程倒したビルに崩れ落ち
姿を変えた。刀身が割れ、片方が引っ込み、銃身が表へと迫り出す。
ロングブレードを軽く振ると、それは変形してロングライフルへと
を突き立て、突き飛ばす。
そうしてよろけたリヴァイヴに、左腕の〝牙〟、ブリッツクォレル
た。
ミングに合わせて右手のアンシュタンドを上に振り抜くだけであっ
時間がダイレクトに頭の中へ流れ込み、レオのすべき事は、そのタイ
た。それをレオから見れば、予測軌道、速度、自機へ到達するまでの
片方のリヴァイヴが、相方が止める間も無くレオへと突っ込んで来
!!!
き出しの身体へと飛び、機体の緊急防御システム⋮⋮シールドバリア
発生用エネルギーを大幅に消費する絶対防御機能を立て続けに発動
させていた。
やがて敵のシールドバリアは霧散する。エネルギー切れ。機体は
一応稼働するものの、シールドバリアを失い、文字通り生身の身体が
ドライバー
剥き出しになった状態で尚こちらへ突っ込む可能性は低い。
⋮⋮筈なのだが、そのリヴァイヴの操 者はまだ戦意があったよう
だ。瓦礫に埋れた自らの身体に鞭打ち、死にかけのスラスターを叱咤
激励するなりなだめすかすかして立ち上がろうとする。
シールドバリアの無いISへ、アンシュタンドの一撃を喰わせる訳
にはゆくまい。ブリッツクォレルにしても同じ。
それに⋮⋮
レオは折れたダミービルの根元に降り立つと、アンシュタンドを一
度足元へ突き刺し、掌より少し大きなコンクリート片を持ち上げ、リ
ヴァイヴを睨んだ。
⋮⋮こんな相手は、武器に対する冒涜だ。
ドライバー
リヴァイヴのスラスターが一気に噴射し、機体が空中に浮き上が
る。 操 者が叫ぶ。
ドライバー
耳障りな。レオは右腕を横薙ぎに振るい、手にしたコンクリート片
を離した。
一直線に飛んだそれは、大口開けて怒鳴るリヴァイヴの操 者の顔
面へ⋮⋮正しくは口へ⋮⋮拳の代役としての務めを果たした。
- 213 -
絶対防御機能が作動するも、ドン底のエネルギーで形成できたなけ
﹂
なしのシールドはあっさり抜かれた。リヴァイヴはコンクリート片
一つで再び自らをかたどった穴へ落ちた。
﹁⋮⋮で、だ。流石にもう少し利口な判断は出来るだろう
アンシュタンドを抜いて残ったリヴァイヴへと銃口を向けると、レ
オは告げた。
彼の口調はこう告げていた。〝お前も奴と同じ目に遭いたいか〟
リヴァイヴは、手にした突撃銃を落とした。投降の意思を見せる為
に捨てたのでは無く、愕然と、手から力が抜けて、だ。
﹁⋮⋮おかしいわ⋮⋮こんな⋮⋮こんなの⋮⋮絶対何かの間違い⋮⋮
でないと⋮⋮お⋮⋮かしい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮敵ISの武装解除を確認﹂
オペレーションルームで、レノアが事務的に告げた。ユリシアが
ほっと胸を撫で下ろし、千冬が手にした端末を落とす。対応班を呼び
出そうとした画面のままの端末を拾おうとした時、千冬は自らの手の
震えに気付いた。
ドライバー
⋮⋮彼の相手取った生徒は、それぞれ三年生のランク3とランク
5、三年生の中でも上位の実力を持った操 者だ。それが⋮⋮あのI
Sを初めて扱った筈のエルフォードに、短時間で沈められる。
機体性能の差か、確かにあのISは、通常訓練用もしくは競技用に
カテゴライズされたISに例外無く施される出力制限を一時的に解
- 214 -
?
除していた。が、それによるアドバンテージが作用していたのは結局
の所最初のダミービルを持ち上げた時位。後は全て、解除していよう
がしていまいが関係無かった。
しかも、とどめは武器による一撃でも、格闘による一撃でも無かっ
た。
明らかに、まずい。
明らかに、今の一夏と対決して、一夏が無事で済む相手では無い。
千冬は脳裏に浮かぶ嫌なビジョンを精一杯抑え込み、やっとの事で
端末を操作し終えると、出来るだけ平静を装って踵を返した。
﹁⋮⋮今教師陣が来る。後始末は彼女らに任せておけ﹂
普段通りの落ち着いた口調でいられた事に驚きつつ、千冬はオペ
レーションルームを足早に立ち去った。
追い詰められ、急かされているかのように。
その姿に、教師としての落ち着きなど無かった。
- 215 -
Mission14 悪夢の決闘
その日の食堂は、何時もと雰囲気が違った。
雑多な会話が入り乱れる和気藹々とした場所。それが今日は、ある
一箇所に置かれた丸テーブルをその中心とした、ピリピリとした、世
界全体を破滅させるだけの力を持つ未知の爆弾が今まさに起爆寸前
であるのような、近寄りがたい雰囲気に包まれている。
そのテーブルには、二人の生徒が座っていた。一人は白い制服に身
を包み、きつねうどん︵メニューにおいての表記は何故か〝けつねう
ろん〟︶の大盛りを喰らう織斑一夏。そしてその向かいに、黒い制服
に身を包んでハンバーグステーキを黙々と食すレオ・エルフォード。
この二人はそれこそ顔を合わせる度に絶対零度の空気を生み出し、
周囲を気まずさで圧倒するのだが、今日は何時も以上に敵愾心剥き出
しの様子だった。まるで相手の全てが気に入らないかのように、相手
がさも冷静そうに食事しているのも、犬のようにガツガツと喰らって
いるのも、相手がナイフとフォークを使っている事も、箸を使ってい
る事も、水を飲むタイミングがいちいち重なるのも、制服の色が違う
のも、何もかも、相手の一挙一動が気に入らないかのように。
彼ら二人による決闘。それが今日だった。
お互いの敵愾心を醸成し⋮⋮モチベーションを高めるという意味
で は こ う し て 二 人 で 睨 み 合 う の も 間 違 っ て は 居 な い か も し れ な い。
が、この二人の場合、下手にモチベーションを高めすぎると冗談では
無く血を見る羽目になるかも知れない。そんな雰囲気が、二人からは
感じ取れた。
﹁⋮⋮ 何 で 今 日 に 限 っ て あ の 二 人 が 一 緒 の 席 に 座 っ て る の よ ォ ∼
⋮⋮﹂
- 216 -
﹁偶然空きがあそこしか無くて⋮⋮そこに二人同時に⋮⋮ばったりと
⋮⋮﹂
食堂の隅の方で、女子生徒がヒソヒソと話した。和気藹々とした食
堂が、一転して絶対零度の真っ只中に叩き込まれた原因についてだ。
﹁⋮⋮大丈夫⋮⋮かな⋮⋮レオ⋮⋮﹂
その中に、ユリシアも紛れ込んでいた。レオが順調に敵を増やして
いるのに対し、彼女はそれなりに生徒達の中へと溶け込んでいた。
レオと違い、彼女が女だからなのか。そう考えると、ユリシアはレ
オに少し後ろめたさを感じた。
とはいえ彼女に声を掛けるのはレオに対しそこまでの敵愾心を抱
いてはいない人間だけだ。当然ながらその中に織斑の取り巻き達は
含まれてい ない。
結局の所彼女もレオも、他の生徒達にしてみれば似たような立ち位
置に立っていた。それでも関係を持ってくれる生徒達を、本人が拒絶
したかしないか。レオとユリシアを分けたのはそこだった。
と、唐突に織斑が立ち上がった。空になった食器を重ねた盆を持ち
上げて、無言で返却台へと戻す。
﹁⋮⋮逃げるなよ﹂
食堂を出る寸前、織斑はレオに聞こえるよう言った。振り返りもせ
ず、顔は廊下に向いたまま。
﹁⋮⋮背を向けてるのはお前、逃げているのはお前だ。昼間から寝言
を言うな﹂
- 217 -
フォークを止めてレオは言った。
﹁⋮⋮決闘から、だ﹂
﹁⋮⋮無論、それが望みならば﹂
短い会話の後、織斑は廊下に消えた。レオは最後の一欠片を口に
し、水を飲み干すと先程の織斑のようにトレーを返却台に戻した。
ユリシアが見守り、残り殆どの生徒からの刺すような視線を浴びな
がらレオは食堂を出ようとする。その時、ユリシアの視界の隅で生徒
﹂
が一人立ち上がった。
﹁⋮⋮ッぅ
その生徒はトレーから割られていない卵を一つ掴むとレオ目掛け
て投げつけた。
﹁ぁ⋮⋮﹂
当然それはレオにも見えた。飛んで来る卵の色、速度、軌道、到達
タイミング含めて、レオには全て〝視えていた〟。
レオの瞳に一瞬電流のような走査パターンが走り、次の瞬間、レオ
の左手が卵を弾いていた。
卵は割れること無く上へ跳ね、横に傾いた独楽のようにクルクルと
﹂
回転し⋮⋮床へ激突して潰れた。クシャ。という音だけが食堂に響
く。
﹁ ちょっと
!
- 218 -
!!
﹂
受付の所から割烹着姿の女性が顔を出し、怒鳴った。
﹁食べ物を粗末にしないでおくれ
﹁⋮⋮甘い、な
﹁今のは、流石にどうかと思うが
何だか他人と壁を作って接しているように見えたので、強く記憶に
隣、だったろうか。そこに座っていた。
その人物はユリシアも見覚えがあった。同じ教室で。織斑の隣の
﹂
そして、代わりに別の人影が立ち上がった。
立ち上がり損ねた身体を、ユリシアはそっと席に戻した。
何かとばっちりが行くかも知れない。
する者は居ないだろう。それどころか、今居 る数少ない友人達にも
だが寸前で身体が止まる。ここで抗議の声を上げても、彼女に味方
しようとした。
思わずユリシアは立ち上がりそうになった。レオの代わりに抗議
とだけ言い、悠々と食堂を出て行った。
﹂
レオはそれを鼻で嗤うと、ただ
投げ付けたのは向こうだ。これも言わなかった。
それはおかしい。レオはそうは言わなかった。
た生徒の方は席に戻り、ほくそ笑んでいる。
かっただろう。だが彼女は、明らかにレオにのみ怒鳴っていた。投げ
それを投げた生徒にも言うのなら、この光景は何ら不自然でも無
!
!?
- 219 -
?
残っていた顔だった。
名指しで呼ばれた生徒が彼女の方を振り向くと、彼女は首を軽く振
り、その特徴的なポニーテールを揺らした。
彼女に引き続き、ユリシアは今度こそ腰を上げる事ができた。
﹁あ⋮⋮あの⋮⋮﹂
﹂
﹁⋮⋮遅かれ早かれ、こうすれば話し掛けて来ると踏んでいたが、当た
りだったようだな
食堂での一騒動の後、ユリシアはどうにか人混みの中から先程の生
徒を見付けると、そっと声を掛けた。
﹁ええ⋮⋮まあ⋮⋮さっきはありがとう⋮⋮レオに味方してくれて﹂
﹁私はエルフォードに味方しようとしたつもりは無い。ただ、道理に
合わない事を否定しただけだ﹂
彼女はそう言うと、そっとユリシアの手を引き、人通りの多い廊下
から非常階段前に続く、暗く人気の無い場所へと連れ込んだ。
﹁ちょ⋮⋮な、何を⋮⋮﹂
﹁⋮⋮本音を言うと、私はエルフォードがした事は簡単には許せるこ
とでは無い、と思っている﹂
声を沈めて、二人はそっと会話した。
- 220 -
?
﹁⋮⋮だが、私はデュノアや一夏については知っていてもエルフォー
ドについては、何も知らない。だから⋮⋮意識しない内に考えが一夏
寄りになってしまう﹂
﹁まあ⋮⋮クラスメイトだし⋮⋮それはそうだろうけど⋮⋮﹂
﹁幼馴染、というのもある。だが⋮⋮私には、エルフォードが完全に間
﹂
違っていると考えるには、少し違和感を感じるんだ﹂
﹁今許せないって言ってなかった⋮⋮
﹁確かに⋮⋮人を殺す、人の命を奪う、人の未来を消し去る。それはど
んな理屈でも正当化出来ないと思う⋮⋮だが、エルフォードだってそ
﹂
んな事も解らない⋮⋮殺したくないが仕方無く殺すのでは無くても、
好きで人殺しをやってる人間では無いだろう
きを耳にしたんだ。何だかやけに意味深な﹂
﹁⋮⋮それで⋮⋮、それが何を意味するのか知りたい、と
﹂
﹁実は⋮⋮盗み聞きと言いたくは無いが私は先日、エルフォードの呟
を見回すと、更に声を落とした。
そこまで言うと、彼女は周囲を気にするようにキョロキョロと周り
?
彼女⋮⋮篠ノ之箒は真剣な眼差しでユリシアを見つめていた。
オ・エルフォードについて﹂
のだ。無理な頼みと承知の上で、頼めないだろうか。教えてくれ。レ
﹁少なくとも片方の理屈だけで片方を断罪するような事はしたくない
?
- 221 -
?
﹁甘いんだよ、卵一つで俺を侮辱した気でいるなどと﹂
レオ・エルフォードは部屋で一人ベッドに横たわっていた。
あのガンカメラ映像観賞会⋮⋮いや、レオ・エルフォードによるゲ
イツ・デュノア殺害現場映像観賞会以来、この部屋は一気に居心地が
悪 くなった。朝起きても、夕方部屋に帰っても、織斑はしっかりと
そこにいる。部屋の中で乱闘など起こらなかったのが奇跡のように
思えるが、プロフェッサー織斑の厳命、私闘禁止というのは中々に効
き目の強い物であるらしい。
しかし⋮⋮卵か。
- 222 -
ムッターにおいて自らのロッカーがほぼ毎日欠かさずに凹まされ、
落書きされていた事、日々の嫌がらせなどを考えると、卵を投げられ
た程度ではもはや侮辱などと呼べなく思えていた。
例えばこの学校にそういった個人用ロッカーがあれば、ムッターの
ロッカーと似たような運命を辿る事になっていただろうか
視力矯正の為の物ではない。もしそうならレオはパイロットなど
物体⋮⋮コンタクトレンズを取り外した。
レオはそっと両目に手を当てると、慎重に彼自身の眼球から透明の
﹁⋮⋮慣れないとこうなるから⋮⋮﹂
開いた。
レオは一休みする為に目蓋を閉じ⋮⋮違和感を覚えてすぐに目を
?
やっていられない。
擬似ハイパーセンサーユニット。独軍の新世代型眼球装着式ハイ
ヴォーダン・オージェ
パーセンサーデバイスだ。
またの名を⋮⋮〝 越 界 の 瞳 〟。
ボーデヴィッヒの金色に輝く左眼と似通ったものだ。コンタクト
レンズ型にする事で感度及び情報伝達速度は低下したが、代わりに着
脱が自在になり、副作用も起こらなければそもそも人体に手を加える
必要が無い。
欠点としてはこの充分高性能な上超小型なデバイス製造には非常
高い技術を必要とする事であるが、そこはそれ、本国の科学者をして
〝ドイツの科学力は世界一〟と自負する程の変態的技術力を惜しむ
こと無く投入した結果が、このプロトタイプだ。先程の卵で確認出来
た通り、ハイパーセンサーとしての機能は果たせている。
これを付けているだけで、世界が変わる。ありとあらゆる物を身近
に感じられるようになり、ありとあらゆる物について知ることが出来
る。
⋮⋮その時として膨大なデータを送り込んで来るデバイスから送
られるデータを、人間の脳が捌き切れるか、という問題はある、が。
受け手の事は無視で、技術の限界だけを求める。この辺りが、本国
の科学者達が変態呼ばわりされる由縁か。
⋮⋮いや、本国の連中に限らず、科学者は何処であろうと変態だら
けとも言える。
そこで部屋の戸を叩く音が聞こえ、レオは一気に現実に引き戻され
た。
- 223 -
﹁⋮⋮織斑なら居ないぞ﹂
レオは少し大きな声で言った。基本的にこの部屋にレオ目当てに
訪れる客は皆無だ。精々ユリシアか、あるいは担任教師のどちらかだ
﹂
が、ユリシアはノックでリズムを取るし、教師の場合は呼び掛けなが
ら叩く。今回はその何れでも無い。
﹁⋮⋮なら好都合だ。エルフォード、居るな
だが、今回はレオが目当てだったらしい。レオは首を傾げた。
﹁⋮⋮何事かな。決闘なら放課後の筈だが⋮⋮﹂
レオはベッドから身を起こすと、ドアのチェーンロックが掛かって
いる事を確認して、ドアの鍵を開けた。ガチャッ。という音が外まで
響き、ドアがそっと開かれ、チェーンがピンと張り、ドアが途中で凍
り付いたように止ま る。
﹁⋮⋮すまないが、少し話がある。これを外して貰えないか﹂
外から声がして、見覚えのある女子生徒の顔がチラと見えた。
﹁⋮⋮確か、あの時の視聴覚室に居たな。あれに関してなら今日の決
闘 で 片 が 付 く だ ろ う。そ れ 以 外 な ら ⋮⋮ お 前 と 話 す 事 な ど 無 い な
⋮⋮っ﹂
そう言って、レオはドアを閉じようとした。だが動かない。その女
子生徒は片足を引っ掛けて、ドアを閉じるのを阻止しようとしてい
た。
﹁⋮⋮何を話したいんだ﹂
- 224 -
?
レオはやれやれと溜息をつくと、やや開けてそう問うた。
彼女の方は周囲を見回して誰も居ないことを確認すると、そっと、
言った。
﹁お前自身について、だ﹂
暫く後、レオは彼女の足を蹴り、ドアを閉じた。
初めこそ彼 女は拒絶されたと思いはしたが、その後聞こえて来た
ガチャガチャという音で、それが間違いと気付く。
やがてドアノブが一瞬だけ素早く動くと、彼女は慎重にドアを開け
た。
ドアは、すんなり開いた。彼女はサッと部屋に入ると、すぐに鍵を
閉じた。
﹁チェーンも掛けておけ。織斑は鍵を持ってる筈だ﹂
﹁それなら心配無いだろう。あいつは今、授業中だ﹂
編入︵厳密に言えば誤りだが︶の時点で、レオは受講する授業を取
捨選択する権利を与えられていた。レオの場合一般教養については
既に受講する必要は無く、一部を除いてIS関連の授業のみの受講と
いうことになっている。
ナ
ハ
ト・
リッ
ター
空き時間の費やし方は、専ら体力トレーニングか、IS関連知識の
纏め、及び自らに与えられた機体のデータを参照しつつ、教材として
使われる戦闘データから見るべき点を書き出し、ナハトのデータと照
らし合わせて有効か否かを判断、メモしておく事。現在の任務から少
し離れるのならば一転して空戦戦術の書き出し、そのシミュレーショ
ン、メモへの幾何学模様の量産⋮⋮つまり落書きなど、だ。
- 225 -
そ う で な い な ら ム ッ タ ー で も 密 か に 趣 味 に し て い た ナ イ フ 投 げ
ダーツらしき物を中庭でやるか、あるいは、今ベランダで何故か喧嘩
のようなことをしている鳩と鴉の小競り合いを眺めるか。
他にもこういう生徒は居る。ボーデヴィッヒも似たような物だ。
﹂
だが、その中に篠ノ之は含まれて居なかったような⋮⋮
﹁⋮⋮サボタージュか
﹁⋮⋮それで
IS
?
﹁だが
﹂
した。だが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮確かに、姉さんは強引に世界を変え、そして歪めた挙句に姿を消
な感情を抱いているか﹂
かも在来兵器の操り手である俺が、お前に、引いてはその姉に、どん
が起こした化学変化、それがどういう結果を生み、そして男であり、し
るようだが俺はそんな事はしない。忘れた訳ではあるまい
﹁クラスメイトも、お前自身も、意識してその事実から目を逸らしてい
篠ノ之箒はピクリと反応した。
そこまでして俺の何が知りたい。篠ノ之束の妹﹂
﹁体調不良、という事にしてな。満更嘘でも無かったが⋮⋮﹂
?
かった。
レオはその様子を見て取ると、ベッドに腰を下ろして腕を組んだ。
暫く互いに無言となる。その時レオは、ベランダの鳩がカラスにほ
- 226 -
?
篠 ノ 之 は そ こ か ら 先 は 言 え な か っ た。何 を 言 え ば 良 い か 解 ら な
?
ぼされるがままにされている光景に気を取られてもいた。
嫌に気性の荒い鴉だ。
﹁⋮⋮しかし、今日はそんな話をしに来た訳では無かったな。ボーデ
﹂
ヴィッヒとの因縁でも聞きたいか﹂
﹁因縁
篠 ノ之は興味深げに聞き返した。
﹁⋮⋮何。本当他愛もない話だ。だが、俺がデュノアの義兄を殺した
のが気に食わないなら⋮⋮味方を、俺の仲間を殺したボーデヴィッヒ
﹂
だって、断罪されるべきだって話さ﹂
﹁味方殺し⋮⋮だと⋮⋮
⋮⋮思っていたんだがな⋮⋮﹂
だ一つ、奴を⋮⋮ボーデヴィッヒを、同じ目に遭わせてやる事。そう
を。殺 し て や り た い さ。ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ を ッ。俺 達 の 求 め る 事 は た
﹁許 せ な い さ。ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ が。憎 ん で い る さ。ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ
﹁⋮⋮﹂
した訳でも無いだろうに﹂
〟で、俺は仲間を失った。敵と戦った訳でも無いのに。奴は何らミス
﹁直接銃で撃ったとかでは無いんだがな。性能実験中の〝不幸な事故
初耳なのだろう。自ら語るとも思えない。
篠ノ之はまるでそんな事は初耳だと言いたげな表情だった。実際
?
レオはばつが悪そうにベッドへ横たわった。篠ノ之は聞き返すと、
- 227 -
?
織斑の使う机の下から椅子を引き出し、そこへ腰掛けた。
﹁⋮⋮ここへ来て、それがまさか揺らぐとは、な。俺の憎んでいたボー
デヴィッヒは、あんな⋮⋮俺が殴っても何も抵抗せず震えるような奴
では無かった筈。織斑は正しかった。奴はあれから⋮⋮変わってい
たんだ﹂
﹁⋮⋮編入してすぐの頃は、一夏に敵意剥き出しの状態だったがな。
タッグマッチトーナメントの一件以来⋮⋮﹂
その理屈で行
﹁その話は聞いている。軍から与えられた〝ラウラ〟ではなく、一人
の少女としての〝ラウラ〟として生きろ、だったか
くと俺達の仲間を殺したのは〝軍から与えられたラウラ〟で、今いる
のは〝一人の少女としてのラウラ〟であってもはや違う人間だ、とい
う事になるが⋮⋮﹂
だが。とレオは起き上がった。再びベランダが視界に入り、白い鳩
がカラスをつつき返してからベランダから落ちるのが目に入る。黒
本人が変わり、そして
いカラスは片翼に違和感の残る飛び方で、空へと飛び去った。
﹁⋮⋮だったら仲間殺しの罪は許されるのか
い。それは裏切りだ﹂
﹂
﹁⋮⋮じゃあどうするんだ。決して消えない罪の呪縛でボーデヴィッ
ヒを縛るのか
﹁そんな事はそれこそ許されない。だが⋮⋮だったら俺はどうしたら
良い。ボーデヴィッヒを過去の罪から救い部隊の仲間を裏切れば良
- 228 -
?
悔いているから罪は許されると、そう仲間に告げる事は俺には出来な
?
今まで殆ど聞く一方だった篠ノ之が言った。レオは首を横に振る。
?
いのか
﹂
それともボーデヴィッヒを、部隊の仲間の怒りの受け皿を
させれば良いのか
﹁⋮⋮エルフォード⋮⋮﹂
﹂
﹁⋮⋮ 誰 も 何 も 教 え て は く れ な い。答 え ろ ッ ⋮⋮ 答 え て み ろ 篠 ノ
之ォッ
遂に声を荒げてしまった。レオは手の力を抜き、無意識に浮き上
がった腰を再び落とすと、両手で膝を掴んで項垂れた。
﹁⋮⋮済まん。お前に言う話では無かった﹂
篠ノ之は立ち上がると、少し空間を空けてレオの横に腰掛けた。
﹁⋮⋮お前にとっても⋮⋮仲間は、大切か﹂
﹂
﹁気付けば一緒に居た、一緒に居ることが当たり前になった。彼らを
裏切る事は、自分を否定する事と同じだ﹂
﹁そんな仲間に囲まれていても⋮⋮〝何処にいても厄介者〟か
レオは顔を上げた。
ドアノブを捻る音が、会話を断ち切った。
﹁⋮⋮俺は⋮⋮﹂
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ 済 ま な い。お 前 の 独 り 言 が 聞 こ え て し ま っ た ん だ。あ れ は
?
- 229 -
?
?
!!
﹁ん⋮⋮。ええっと⋮⋮鍵カギかぎ⋮⋮
﹂
外で声がする。織斑だ。
﹁一夏⋮⋮ッ
﹁⋮⋮あれ、箒
﹂
﹂
鴉と鳩が散らかした羽根が、一息に舞う。
先程の鴉のように。
うにはためかせて跳躍していた。
篠ノ之が振り返ると、レオはベランダに出て、黒い制服を羽根のよ
篠ノ之の背後から聞こえた。
ガチャ。鍵の外れる音がする。それと重なって。それと似た音が、
と知られたら⋮⋮。
彼との関係は、悪化しかねない。彼女がエルフォードと会っていた
い。もしここに彼が入って来てしまえば⋮⋮
篠ノ之が慌てて立ち上がる。ドアのチェーンロックは掛けて居な
?
なりつつ、ベランダの窓を閉めた。
﹁ああ⋮⋮一夏⋮⋮﹂
﹁何だよ鍵まで掛けて⋮⋮俺に何か用か
﹂
?
- 230 -
!?
入れ違いに、一夏が部屋に入って来る。箒は焦りを隠そうと必死に
?
屈託の無い笑顔で問い掛ける。昼にエルフォードと居た時と別人
のように。
﹁ああ、うっかり掛けてしまったようだな⋮⋮つい癖が⋮⋮﹂
我ながら下手な誤魔化しだとは箒も理解していた。
だがそれでも一夏は気にしていないようだった。相変わらずの鈍
感さ。何時もはそれに苛立つ事も多いが、今回はそれに助けられた。
﹁ふ∼ん⋮⋮﹂
一夏は興味なさげだった。一夏は部屋の真ん中に立つと、自分の
ベッド〝では無い方の〟ベッドの皺に触れ た。
箒は、それを見ては居なかった。
﹁⋮⋮一人で待ってたのか﹂
一夏は尋ね、そのベッドに手をついた。そこがつい先程まで箒が腰
を下ろしていた場所だと、彼は知らない。
﹁⋮⋮ああ﹂
箒はそう答えた。一夏はそこから少し手をずらして、また手をつい
た。そこがエルフォードの腰掛けていた場所だと、彼は悟った。
﹁⋮⋮そうか﹂
一夏は箒を見た。彼女がしきりと窓の外を気にするのを見て、彼
は、ためにならない程多くを知った。
- 231 -
レオは一階の部屋の手摺りから手を離し、やっとの事で地面へ降り
立った。
ベランダの手摺りを一階一階掴んで離して掴んで離してという作
業を繰り返した自分の手を労わるように軽く揉む。
﹁⋮⋮お人好しめ﹂
レオは自分に呟いた。垣根を掻き分けて中庭に出ると、右手首に巻
いた時計を確認して、レオはアリーナへと向かった。
そろそろ出向いておかなければ、織斑シンパの生徒達に囲まれなが
ら出向く羽目になるかもしれん。
決闘の時間。アリーナの観客席は満員御礼だった。
学園に2人しか居ない男による一騎打ち。客寄せとしてはこれ以
上無い素材だったであろう。
だが、この観客達の殆どは知らない。この見世物の結末を。そして
これが、見世物に留まる物では無い事を。
﹁⋮⋮この日を楽しみにしていた。エルフォード﹂
楕円形のアリーナ両端に設置されたピット。その片方に立ち、IS
ス ー ツ を 纏 っ た 織 斑 が 言 っ た。そ の 声 は プ ラ イ ベ ー ト チ ャ ネ ル に
よって反対側のピットへと届き、同じくISスーツを纏ったレオの目
の前で、織斑の顔と共に映し出される。
﹁残念だよ。もっと違う交わり方があっても良かったのに﹂
- 232 -
レオが答える。それが本心から出た言葉なのかは、レオ自身解らな
かった。
﹁⋮⋮この決闘の結末はただ一つ。片方が〝戦闘不能〟になる事だ。
それ以外は無いと思え﹂
織斑は続けた。
戦闘不能、か⋮⋮。
E が0になること
シールドエネルギー
ISにおける模擬戦闘とは、片方の機体の S
で終わりを告げる。そして、それを戦闘不能状態と看做す⋮⋮。
ゲー ム
レオは笑った。
﹁⋮⋮これは、試合とは違うぞ﹂
織斑が遠くで腕を突き出す。腕を⋮⋮腕に巻いた腕輪の姿となっ
ている彼のIS、白式を呼び出す為に。
自らも同じようにすべきだ。レオはスーツの腰にあるコネクタに
接続されたホルスターから銀色のハンドガン状デバイスを右手で抜
いき、トリガー部分に指を掛けクルクルと回してから構えた。
﹁⋮⋮だが、戦いとも異なる﹂
ナハト・リッターを展開するに当たって重要な役割を果たす物。だ
が、これそのものはナハト・リッターの待機形態ではない。
レオは逆側のホルスターから指三本程度の大きさのメモリーキー
を取り出しながら、これに関して先ほど言われたばかりの話を反芻し
- 233 -
た。
﹁適性値
﹂
﹁そう。貴方がムッターで気絶したまま戦った事は⋮⋮実はそのせい
なんじゃないかって﹂
そんな話をしながら、ユリシアはレオにデバイスを手渡した。マス
ケットやM1ガーランドのような古い長銃のストックを取り除いて
銃身をハンドガンサイズに切り詰めたような緩やかな傾斜︵潰れた〝
へ〟の字型とも言える︶を持つそれは、既に拳銃を持つ事に慣れたレ
オの手に非常にすんなりと収まった。
﹁⋮⋮適性が低いならそもそもあんな風に意識失ったまま動いたりは
しないだろう﹂
ナハトには貴方が男性である事を考慮して、も
﹁そうかもしれないけど⋮⋮でもナハトのテストではあんなこと起こ
らなかったでしょう
ういう事か
﹂
﹁⋮⋮と言うことは、こんな回りくどい起動デバイスを使わうのもそ
て⋮⋮﹂
起動と稼働が行える機構が備わってるの。だからひょっとしたらっ
し貴方の適性が低くても扱えるよう、特別に適性が低くても安定した
?
には待機形態では無い。ただナハト・リッターのデータが記録されて
るメモリーキー。それがナハト・リッターの待機形態⋮⋮いや、厳密
だの起動ユニットに過ぎない。本命はこちらではなく、これに装着す
レオは拳銃デバイスを左手でクルクルと回して見せる。これはた
?
- 234 -
?
いるだけの事だ。
もしこれが実用化されれば、男性でもISを展開出来るかもしれな
い。だが現在の状況から言えば、仮に展開出来たとしても、その男性
にコアが反応し適合しない限り指の一本も動かせないだろうが。
﹁⋮⋮まあ⋮⋮そうなんだけど⋮⋮そのデバイスについてはもうひと
﹂
つ事情があって⋮⋮﹂
﹁⋮⋮
﹁⋮⋮ま、まあそれは後でも良いの。それよりそろそろ時間よ。私は
絶対よ∼
﹂
前と同じようにオペレーションルームから見てるから頑張ってね∼
⋮⋮あ、後そのデバイスは右手で持つ事
!!
!
に今この現状において必要性の低い、それも何か裏を勘ぐりたくなる
ような情報⋮⋮ユリシアの態度からそんな匂いが嗅ぎ取れた⋮⋮を
態々知る必要は無い。邪魔になる。
レオは左手のメモリーキーを高く放り投げた。ナハト・リッターと
同じ紺色と、彼の制服のような金色の縁取りで装飾されたそれはピッ
トの照明と太陽光を反射しながら宙を舞い、まるで逆再生の如く彼の
手に戻る。
レオは右手に持ったデバイスの銃身上部スリットに、円と長方形を
くっつけた形のそれをを差し込んだ。デバイスの先端から透明素材
製のバレルが伸び、そのバレルを包んだ骨組みのようなフレームの間
から青い光を発した。
- 235 -
?
⋮⋮なんだか誤魔化されたような気がしたのは事実だ。だが、確か
!
≪READY.≫
≫
音声と共に、唸りのような音が響く。レオはスッと右腕を持ち上
﹂
げ、銃口を上へ向け、
﹁来い⋮⋮ナハトッ
≪行くぞ⋮⋮白式ぃ
叫び、トリガーを引いた。叫んだのは織斑と同時だった。
デバイス銃口から黒い電流を伴った紫色のエネルギーの塊が飛び
出し、レオの頭上へ留まる。それはやがて変形し、分離し、ばらばら
になってはまた結合し、彼のIS、ナハト・リッターの装甲を象った
幻影となった。やがてそれはレオ自身と重なり、彼の身体へとISが
装備される。
全てのアーマー、そして背部スラスター、ウイングの全てが装備さ
れた後、最後に頭部をバイザーディスプレイが覆い、バイザー表面に
蒼い眼が浮かぶ。
最後に左腕に複合兵装〝ブリッツクォレル〟が装備され、持ち上げ
た右腕が降りる頃には、デバイスはロングブレード〝アンシュタンド
〟へと姿を変えていた。
その反対。織斑の立つピットエリアでは、織斑の腕の白式から眩い
純白の光が迸り出た。
虹色を含む白い輝きは彼の腕から糸のような輝きを伸ばして全身
へ行き渡らせ、彼の姿に被さって彼のIS、白式のシルエットをワイ
ヤーフレームのように浮かび上がらせる。
- 236 -
!
!
やがて白式のシルエットが完全に出来上がると、フレーム同士の間
に装甲が形成され、一層輝きを増す。そしてその光が消えた時には、
織斑が白式を纏い、右手に刀、雪片弐型を持ち、立っていた。
﹂
﹂
﹁⋮⋮ッタァ
﹁⋮⋮ハッ
物だ。
﹁織斑⋮⋮ッ﹂
﹁ェェルフォォォドォォォッ
﹂
フ ル ブー ス ト
様の色をして溶け込んでいるが、あれはそう偽装してあるだけの人工
他にも、幾つか高台になっている場所がある。外観こそ他の地面同
り高いところでアーチを形作っていた。
る。天井が展開すれば、観客席をも覆い尽くすだろう。骨組みはかな
にはいかにもドーム状に天井を展開出来そうな骨組みが組まれてい
ウンドでは無かった。雨天時の使用でも想定しているのか、アリーナ
このアリーナは他のアリーナのような、真っ平らなだけの露天グラ
ぼうっと浮かび上がらせる。
空では黒い怪鳥が翼を広げて空に舞い、太陽を背にしてその黒い影を
表では白い閃光がアリーナ地面の砂を散らしながら空を切り裂き、上
アリーナの反対側で、彼らはお互い同時にピットを飛び出した。地
!!
剣を構えて、轟音響かせながら突撃。接した互いの剣が火花を散らし
二機はお互いの存在を認識すると、ほぼ同時に全力噴射、お互いの
!!!
- 237 -
!!
た
﹁ッ⋮⋮
﹂
一瞬その場に留まった後、二機はぐんと高度を下げた。織斑がレオ
に押されているのだ。織斑の方が、斬りつけるタイミングがズレた。
太陽光により、敵機の姿を正確に目視出来なかったのだ。
⋮⋮それでもしっかりガードし、カウンターで蹴りを叩き込む辺り
は、彼も最早素人では無い事を物語っている。
蹴りはレオの左腕、ブリッツクォレルに喰らい込んで防がれてい
た。これは完全に偶然だった。
やがて織斑の方も推力で持ち直すと、二機は完全に空中で止まっ
た。続いて、お互いに相手の剣をずらすなり弾くなりしようと横向き
の力を加え、スラスターもそれに従った為に二機は鍔迫り合いの姿勢
のままゆっくりと回り始めた。
こうなると、手数の多い方が先手を取れる。レオは左腕のブリッツ
クォレルの〝牙〟で織斑を突くと、スラスター、そして大きな翼を羽
ばたかせて後退した。
ブリッツクォレルは、複合兵装と言うだけあって複数の機能を持
つ。一つはエネルギーの牙、そしてその一対の牙の間から発生する
爪、盾、そして⋮⋮
﹂
レオはブリッツクォレル先端を織斑に向けると、先端から青白い光
弾を複数発放った。
舐めるなッ
!!
﹁射撃兵装なら封殺出来ると
?
- 238 -
!!
織斑は叫ぶと、信じがたい事に放たれた光弾を手にした雪片弐型で
﹂
全て弾き返した。
﹁何⋮⋮とッ
レオはサッと身を翻し、翼をしならせ、一回転しながら光弾を躱し
た。そしてその勢いで、突っ込んで来た織斑の雪片弐型をロングブ
レード、アンシュタンドで防ぐ。
﹁⋮⋮驚いたよ。公開データ上での様子とは大違いだな﹂
レオは純粋な驚きを込めてそう言った。
﹁驚くには早い。俺はあの時より倍の力を手に入れた﹂
そう言うと、織斑は手首を捻った。押し合っていた剣が〝外れ〟、
アンシュタンドの金色の縁取り、金色の刃が織斑のすぐ横の空を斬
る。
﹁ッ⋮⋮﹂
そう来たか。レオは察した。勢い付いたアンシュタンドはそのま
﹂
ま大地へ⋮⋮無論大地へは届かない高度にあるが⋮⋮振り下ろされ、
レオの身体もそれに引き摺られる。
﹁その大きな得物⋮⋮切り返しで勝てると思うなッ
E を糧とし、その名の
シールドエネルギー
E 無力化能力。零落白夜。自らの S
通り敵機のシールドバリアを無力化して敵機へ直接のダメージを与
S
シールドエネルギー
発生させながら、雪片弐型を振り上げた。
織斑はサッと雪片弐型を引くと、雪片弐型の刀身から青白い閃光を
!!
- 239 -
!!
える能力だ。
だが訓練用の出力へ抑えられた零落白夜は、敵機の直接破壊とはま
た別の側面を持ち始める。
この状態の零落白夜は通常のシールドバリアを無力化する。が、そ
の向こう。搭乗者を守る最後の壁、絶対防御をも貫く事はしない。そ
E を大幅に失う。ただでさえ
シールドエネルギー
して絶対防御を発動した機体は、 S
﹂
E を喰らう雪片弐型のような攻撃で絶対防御を
シールドエネルギー
一度のヒットで S
発動させた場合、減少するエネルギー量は⋮⋮
この零落白夜は敵機の破壊はせず、勝利を掴む事が出来る。
﹁犠牲を生み出す事をしなければ勝てないお前達とは⋮⋮違うッ
叫び、織斑は雪片弐型を振り下ろし、斬りつける。この速度に、レ
オのアンシュタンドが間に合う事は無い。それどころかそうやって
出来た隙は、零落白夜の一撃へより正確さを加えるだろう。
レオはそれを解っていた。だから、レオはそうしなかった。
反撃する代わりに、彼は落ちた。
アリーナの地面へ。真っ逆さまに。
﹁んな⋮⋮﹂
零落白夜が空振りし、織斑は驚愕した。
レオは落ちながら、右手のアンシュタンドをロングライフルへと変
形させ、織斑へピタリと向けている。
光弾が放たれ、織斑は雪片弐型を落とした。
レオは翼を大きく羽ばたいて、地面に激突する寸前で浮かぶと、さ
- 240 -
!!
らに一撃放った。
今度は織斑の顔面へと命中し、織斑は先程のレオのように大地へ落
ちた。
﹂
レオと違う点と言えば、織斑は見事に地面に突っ伏した点か。
﹁うぁ⋮⋮ッ
﹁⋮⋮結構な事だな。力が二倍なら、挫折も二倍だ﹂
レオが大地に足を着けて光弾を放ち、織斑が跳ぶ。レオは丸腰の織
斑が自分に飛び掛かって来るのを見て取ると、アンシュタンドの銃口
を織斑へ向けた。
E は限界に近付いて
シールドエネルギー
既に振り回された雪片弐型の影響で奴の S
いる。敵機のエネルギー総量が解る訳ではなくても、それまでの彼の
訓練映像から察するに、あと二、三発分残っていれば良い方だろう。
だが、その二、三発を発動させるつもりは無い。その位ならば、こ
の一撃で消せる。
﹁みっともないぞ、織斑。プロフェッサー織斑から教えを受けたなら、
もう少しましに戦え﹂
﹂
そしてアンシュタンドが光を放つ。紫の光球は織斑へ一直線に飛
ぶと、彼の目の前で炸裂、無数の光弾となって織斑へ襲った。
その全ては織斑へと降り注ぎ、閃光が彼の姿を覆った。
その姿を見て、レオは溜息を漏らした。
﹁⋮⋮それとも、プロフェッサー織斑もこの程度だと言うのか
?
- 241 -
!!
全く、呆れた結末だ⋮⋮
その後は続かなかった。レオの頭の中で白い炎が爆発し、レオはよ
ろけて地面へ滑る。
なんだと⋮⋮
彼の前では、織斑が吠えるような声と共に拳を振るっていた。白式
はまだ形を保っている。
アンシュタンドのヒットで、既に墜ちていても良い筈なのに。
そこでレオは気が付いた。自らが下した織斑へと評価、その決定的
な誤りに。
E を消費して放つバリア無力化攻撃が備
シールドエネルギー
彼のISに、自らの S
わっている事は知っていた。そして多くの局面において、その特性
E を消耗すること⋮⋮が仇となっている事を。
シールドエネルギー
⋮⋮自らの S
レオは記録映像を見て、彼がその能力を常に発動した状態で戦闘し
ているのを見て、安堵した。
彼は攻撃のチャンスを逃したくないあまり、能力を常に発動状態に
しておく傾向がある、と。
彼の身体は常に金色に光っていたか
だが、レオは記憶を反芻した。この戦いにおいて彼の刀は、青白い
光を常に発していたか
?
NOだ。彼は、能力を垂れ流しにしては居ない。彼はあの時点で全
?
- 242 -
?
く消耗していない。
そしてこの仮説には、もう一つの側面があった。
織斑は、アグニスが見せた記録映像さえも欺いている。
どうやら、彼を〝妙な立場に放り込まれただけのただの高校生〟と
して見る事はこれで出来なくなったようだ。
織斑が再び雪片弐型を拾って構えると、レオはサッと立ち直ってロ
ングブレードに変形したアンシュタンドを構えた。
そして再び切り結ぶ。だがその織斑の一撃には、新たなうねりが加
わっていた。
﹂
- 243 -
﹁千冬ねぇを⋮⋮侮辱するなァァァッ
青く輝く刃が渦巻き、火花を散らして、上手からの一閃がレオの防
かも先程の手は、この低すぎる高度ではもう使えない。
シュタンドでは決して防げない一撃がレオを襲っているだろう。し
もしも無理に反撃を行ったなら、その次の瞬間にはこの大きなアン
を潰される。
を含んだ青白い一撃を混ぜ合わせ、それを防ぐ為に貴重な反撃の機会
気が付けば、攻撃を防ぐ事で精一杯となっていた。随所に零落白夜
相手を叩き伏せる、恐ろしい表情。
に秘めた怒りを解き放ち、野獣のように、本能の赴くままに目の前の
そ し て 気 付 く。織 斑 の 表 情。最 早 何 時 も の 織 斑 の 顔 で は 無 い。内
度に、その攻撃はより力を増す。
気のせいなどでは決して無い。彼が一撃放つ度に、その一撃を防ぐ
!!!
御を圧倒的な力で破る。その度にレオは受けた力を後ろに流し、さら
に後ずさる。だが、それもそろそろ限度を迎えようとしていた。彼は
ますます強くなる。
そしてレオは、織斑の力の源を改めて悟った。
この男は、怒りの申し子だ。
熱く白く燃える反応炉のように、内に隠したエネルギー全てを解き
放ち、白く燃える拳で目の前の敵を粉砕する。
やがてレオは遂に防御をミスした。アンシュタンドが地面に叩き
つけられ、青白い一撃がすぐそばまで迫る。
まずい。そう思ったのも束の間、彼は何故かその一撃を逸らした。
直撃コースにあり、もしシールドバリアが無ければ首が引き裂かれ
ていたであろう一撃は、そのせいで惜しい所で空を切った。
しかも、彼は自ら攻撃を逸らした事に気付いて居ない。尚も攻撃を
振るい、ガード崩し用の攻撃と本命の一撃とで能力を切り替え、また
彼の視界を火花で覆う。
⋮⋮これだけの力を放ってもなお、彼は自分を抑えていた。
剣捌きだけでなく蹴りなどを交えながら嵐のように攻撃を繰り返
す間にも、幾重にも張り巡らされた意志の壁で、怒りを閉じ込めてい
る。それも自分では気付かぬままに。
この意志は、恐れで固められている。
おそらくは、自らへの恐れだろう。その怒りによって突き動かされ
る自分が何をしてしまうのか。それが怖いのだ。
あるいは、既に一度か二度、その危険域を越えてしまった事がある
のか⋮⋮
- 244 -
織斑。恐怖に蝕まれているぞ。何がそん
レオは次の一撃をアンシュタンドで〝掴む〟と、彼の心へと攻撃を
加えた。
﹂
﹁⋮⋮怖がっているのか
なに怖いんだ
?
﹂
アンシュタンドとブリッツクォレル。二つの銃口を織斑へ向ける
物よりも、昔からこの手にいつも収まっていた武器へ。
レオは武器を、戦術を取り替える事にした。剣のような使い慣れぬ
の土俵に立つ必要は無い。
そろそろ剣で斬り合うのも大概にしておくべきだ。わざわざ相手
び退くと、アンシュタンドをロングライフルに変形させた。
そうやって生まれた空白の空間は、レオに余裕を与えた。レオは飛
く事も出来なくなった。
き立て⋮⋮織斑は自分がしている事を〝考え〟始めた途端、満足に歩
怒りが深まれば深まる程、恐怖もまた深まる。その恐怖が怒りを掻
た。
たった一言で、彼は自分の感情を抑える為に戦いから注意を逸らし
更に雪片弐型が振るわれるが、彼は既に集中を失っていた。
け止める事が出来た。
再び織斑は雪片弐型を振るった。今度はレオもその攻撃を楽々受
ないか
﹁ナハトを⋮⋮夜の暗闇を怖がるには、少しばかり歳を取りすぎてい
織斑の目が見開かれた。レオは言葉を続ける。
?
と、レオは高空へ飛び上がった。
- 245 -
?
Mission15 歪んだ世界
ゲー ム
戦いは続いていたが、それはもはや大勢の観客の元で行う試合では
無かった。一夏の言った通りに。
空中を舞いながら光弾をばら撒き⋮⋮いや、無意味にばら撒いてい
るのでは無い。その光弾の一つ一つが、一夏の回避コースを一つ一つ
潰していた。仮に光弾一つをかわしても、そこにはまた別の光弾が飛
んで来る。
そしてそうしている内に、お互いの距離はグイグイと引き離され、
エルフォードの方へ状況が傾く。
- 246 -
一夏の怒りは恐怖の壁で抑制され、今は壁の中の範囲でのみ燻って
いる。
これ以上その怒りを引き出す事は彼には出来なかった。この力は
一度増大を許せば自分でも抑える事は出来ない。
そしてそれが、どういう結末を招くのか⋮⋮
大事に至らなかった例もあれば、〝至ってしまった〟例もある。
﹂
﹁どうした⋮⋮、あれだけプロフェッサー織斑を持ち上げておきなが
ら、その程度でもう終わりか
すだけの力を発動させてしまう。
して怒りを爆発させてしまえば、この雪片弐型は、零落白夜は人を殺
彼の言うことは許せない。一夏の心は変わっていない。だが、そう
へと命中弾を送り込んで行く。
エルフォードが一夏に言った。言いつつ、非常に単純な戦法で一夏
?
例えリミッターが掛けられているとしても、使い手が見境を無くし
﹂
てしまえば、〝守る為の武器〟は簡単に〝凶器〟となってしまう。
﹁そんな⋮⋮こと⋮⋮ッ
﹂
﹁っ⋮⋮ふぅ
﹁ハァぁッ
﹂
の腹に食い込ませた。
までと逆方向⋮⋮一夏の方へ飛び出すと、エルフォードは左脚を一夏
と、突然エルフォードが進路を変えた。大きな翼を羽ばたかせて今
!!
﹁お前⋮⋮は⋮⋮﹂
ルフォードを見た。
レッドゾーンに突入しつつある S
E ゲージを通して、一夏はエ
シールドエネルギー
そしてその目の前に、エルフォードが降り立つ。
高台となった場所へと激突、うつ伏せに倒れた。
一夏は為す術もなくその全てを受けると、アリーナの地面⋮⋮いや
領でまた間合いを保ち、左腕のブリッツクォレルで一夏を狙い撃つ。
そしてトリガーを引く。引きながら再び一夏を蹴り、バック転の要
に展開されるシールドバリアをかわして絶対防御を発動させる裏技。
密着撃ち。零落白夜のような技を持たない機体が機体を囲むよう
一夏に密着させた。
エルフォードは食い込ませた脚を曲つつ、アンシュタンドの銃口を
!!
向けられたアンシュタンドの銃口を咄嗟に雪片弐型で払い、ブース
- 247 -
!!
トを掛けつつ無理矢理立ち上がってエルフォードへ斬撃を放つ。左
自分の手で人を犠牲にする事ッ
﹂
腕のブリッツクォレルの〝盾〟部分でそれを阻まれると、一夏は叫ん
だ。
﹁お前は⋮⋮平気なのかよッ
!!
﹁うがぁぁッ
﹂
と変形させて叩きつけた。
エルフォードはそう答えると、アンシュタンドをロングブレードへ
﹂
﹁何を今更⋮⋮それに耐えられない人間が、軍人でいられるものかッ
!
がッ
﹂
﹁ど ん な 決 断 に も 犠 牲 は 付 き 物 だ ⋮⋮ そ の 犠 牲 を 払 う 勇 気 も 無 い 奴
!!
型で受け止めた。
!!
﹂
!!
﹁馬鹿馬鹿しいッ
そんな戯れ言で武器を振るえると思うかッ
の力が無くても、誰も傷付けない、皆を守れるだけの力を⋮⋮﹂
﹁俺は⋮⋮俺はこのISで、皆を守りたいと思ってるッ
今はまだそ
またアンシュタンドの右斬り上げ。一夏は辛うじてそれを雪片弐
!!
を殺す力〟は別物ではないッ
どちらもただ同じ〝力〟だッ
!!
﹂
﹁お前は事の始まりから勘違いをしている⋮⋮〝守る為の力〟と〝人
きつけ、その頭を踏みつけた。
エルフォードはアンシュタンドの〝牙〟で一夏を高台の地面へと叩
エルフォードの回し蹴りが一夏へとクリーンヒットした。続けて
!!
!!
- 248 -
!!
﹁ぅ⋮⋮ぅぅ⋮⋮﹂
・
・
・
・
・
・
E が0になる以外、
シールドエネルギー
一夏が呻く。本来の模擬戦ならばここでストップが掛かるだろう。
・
だが、今回は模擬戦とは違う。どちらかの S
この戦いを止める方法は無い。
⋮⋮そう、一夏自身、千冬にそう宣言したのだ。
〝邪魔だては決して許さない〟と。
〝犠牲を生み出さなければ勝てないお前達とは違
守る為に戦うなどという夢物語にすがって寝言を抜か
﹁〝守る〟だと
﹂
う〟だと
すなッ
?
貴様が身勝手
!!
﹁そん⋮⋮な⋮⋮﹂
相手に命じて喚いているだけだッ
﹂
な正義感を振りかざし、自分の大切な人の代わりに死ねと、目の前の
は所詮貴様が新たな犠牲を産むことに過ぎないッ
﹁例え誰かを守る為に武器を振ろうと、そうやって敵を倒そうと、それ
﹁な⋮⋮ぁ⋮⋮﹂
?
それを踏みにじって自分の守りたい物だけを守る。そんな事は、一
然相手も同じだ。
自分には守りたい物がある。だがそれは相手が人間であるなら、当
う思いが一夏の心を支配していった。
だが⋮⋮そう思おうとすればする程、相手の方に正しさがあるとい
手な理屈だ。
一夏は必死に否定した。そんな事は無い。あんなのは人殺しの勝
!!
- 249 -
!!
夏も、一夏の守りたい人達にとっても望むことではない。
﹂
だが、〝守る為の戦い〟とは、そういう事を自分の中で正当化する
だけの言い訳に過ぎない⋮⋮
﹁誰も傷付けない、犠牲を生まない戦いなど⋮⋮妄想でしか無いッ
の地面を引っ掻く。
﹂
﹁じ⋮⋮じゃああんたは何で戦うんだ
んだ
何で軍人になって戦場に出る
き、白式のスラスターユニットが切り裂かれ、アンシュタンドが高台
アンシュタンドが一夏へと振り下ろされた。一夏は慌てて飛び退
!!!
﹂
ジャンプ
エルフォードは、アンシュタンドを上に振り上げた。切っ先は一夏
﹁フン⋮⋮﹂
た。
だが、そうするにはスラスター無しでの跳躍は、あまりにも遅かっ
エルフォードを飛び越えて彼の背後へ。
そして後退りではかわせない一撃が飛んで来た時、一夏は跳んだ。
崖っぷちまで追い詰められた。
振 る っ た ア ン シ ュ タ ン ド を か わ し て い る 内 に、一 夏 は 高 台 の 端、
﹁そんな⋮⋮﹂
以外に理由など⋮⋮理由など無いッ
は、例え自分以外の全てを犠牲にしても、そこから生き延びる。それ
﹁生き残る為⋮⋮だ。どの道戦場に出ることは変わらない。ならば俺
!
!!
の膝に当たり、それからもう片方の膝を斬る。
- 250 -
!
バランスを完全に崩し、一夏は背中から高台へ落ちた。
﹁あぁ⋮⋮ッぅ⋮⋮﹂
﹁戦いに理屈の通る意味を求めて何が得られる。答えが見つかるより
も早く、望みが砕ける間も無く死ぬだけの事⋮⋮﹂
よろよろと立ち上がった一夏にエルフォードは容赦無くアンシュ
E が少しずつ、少しずつ0に近付いて行
シールドエネルギー
タンドを斬りつけた。 S
く。
﹁お前にその力は身に過ぎた力だ⋮⋮。手放す事を勧めたいが⋮⋮お
前はそうもいかないよな﹂
飛 ぶ こ と す ら、歩 く こ と す ら ま ま な ら な く な っ た 一 夏 へ、エ ル
フォードはアンシュタンドで光弾を放って続け様に叩きつけた。為
す術無く一夏は再び高台の端へと追い込まれる。
﹁世の中理不尽に満ちているものだ⋮⋮。理由の無い悪意も転がって
いれば、理由があるからこそ理不尽な悪意もある⋮⋮正しさなんて時
として存在しない﹂
﹁ぁ⋮⋮ぁ⋮⋮﹂
立ち上がる事すら出来ず、ただ後退り続けた一夏は、ついにその手
が高台の端に触れた途端、凍り付いた。
逃げられない。絶対に勝てない。
違いすぎる⋮⋮操縦者としてのポテンシャルも、目の当たりにして
来た世界も。潜り抜け来た経験も。
- 251 -
何もかも、自分は彼に敵わない。
﹂
﹁そんな事も知らずに、振るう正義にも意味は無い。今⋮⋮この場で
消えるが良いッ
そしてエルフォードは、アンシュタンドを振るった。防ごうとした
﹂
雪片弐型が宙を舞い、続けてブリッツクォレルが一夏の腹を突くと、
一夏もまた宙へ舞った。
﹁ぅ⋮⋮ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
だが、それが逆に怖かった。
あの眼は⋮⋮人間の眼では無い。機械で表示されたカメラアイだ。
そしてそれに恐怖した。
た。
彼はただ、高台の上から彼を見下ろす無機質な青い眼を見つめてい
だが一夏は、そんなものは耳に入っていなかった。
る。
試合終了のブザーが鳴り、審判が震える声で勝者の名を読み上げ
﹁⋮⋮っ⋮⋮ぁ⋮⋮ぅ⋮⋮﹂
えた。光の粒子となって、空気中へと散った。
身体中に痛みとスパークが走り、電撃と共に彼の身体から白式は消
刺さり⋮⋮最後に自らも地面へと落ちた。
足が高台から離れ⋮⋮天地がひっくり返り⋮⋮雪片弐型が地面に
!!!!!
死を目の当たりにした感覚。一夏は、それに恐怖しつつ、その〝眼
- 252 -
!!!
〟から視線を外す事が出来なかった。
一夏は痛む身体を総動員すると、アリーナのグラウンドを引っ掻
き、〝彼〟から、少しでも遠くへと逃れようとした。
やがてエルフォードがISを解除した時、一夏はようやく平静を取
り戻した。
負けた⋮⋮。
自分は奴に負けた。
完膚無きまでに負けた。
戦闘においても、信念においても。
一夏は、足元が崩れ落ちるような感覚を覚えながら、最後の力を振
り絞るようにして右拳をアリーナの砂に叩きつけた。
決闘から一日過ぎた休日の朝。レオは何時もの黒い制服をクロー
ゼットのハンガーに掛けながら、苛立たしげに爪先を床へとコツコツ
当てていた。
今現在織斑は決闘直後の気絶による検査の為医務室生活を強いら
れている。
結果としては特に異常も無く、今日にも復帰出来るそうだが、それ
までこの織斑の臭いがプンプン漂う部屋はレオ一人の生活スペース
となっていた。
- 253 -
同室の礼儀として掃除は彼の分もしっかりしているものの、レオは
織斑の顔を思い起こす度に、あの日の決闘を思い起こして苛立ってい
た。
あの決闘。結局意識を失う事は無かった。それどころか、レオはあ
の決闘の成り行きを完璧に覚えていた。
織斑が怒りを解放しかけ、そしてたった一言で揺らいだ事、その後
ストレス発散が如く攻撃と口撃を同時に織斑へ喰らわせた事。
そして彼のISが解除され、彼が地面を這う姿を見て、自らに湧き
上がった感覚の事を。
高揚感。そして勝利の快感。今までのような生き延びた事による
﹂
と、部屋の鍵、そして小さめのアタッシュケースを手に取り部屋を出
た。
彼は今、黒いスーツを着ていた。ワイシャツも暗い色合いなので基
本的にいつもの黒い制服とそう変わらない気がする格好ではあるが、
今日は休日である事を利用し、市街の方に駐在している独軍の関係者
との会合を本日にセッティングしてある。
いかにデザインが違うとは言え、市街地にIS学園の制服を着て行
く気は無い。
- 254 -
快感では無い。相手を叩きのめし、相手が恐怖に怯えて震える姿を見
て喜ぶ感情。
ふざけるなッ
⋮⋮これでは、ISを使って男を見下す女どもと何も変わらないで
は無いかッ
﹁⋮⋮馬鹿馬鹿しいッ
!!!
クローゼットの戸を乱暴に閉じる。レオは少し荒れた息を整える
!!
!!
そういうわけでこれから出掛ける訳だが、運が良いのか悪いのか、
部屋の鍵を掛けて廊下へ出て暫くした所で、織斑とばったり遭遇して
しまった。
﹁ぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
お互い黙って向かい合う。少し気まずい雰囲気が漂い、織斑が視線
をレオから逸らす。
﹁⋮⋮出掛けるのか﹂
﹂
- 255 -
織斑が恐る恐るといった様子で言った。
﹁⋮⋮市街の方にな。身体の方はもう大丈夫なのか
を思い出してしまう。
と、そして織斑のあの態度を見ていると、やはり否が応でも決闘の事
そう言ってレオは織斑の横を通り過ぎた。やはり織斑を見ている
﹁⋮⋮まあ、気を付けて行く事だな。じゃあ失礼﹂
⋮⋮当たり前だ。別に喧嘩をやった訳では無いのだ。
とは予想していなかったようで一瞬驚きの表情を見せる。
織斑はまさかレオから自らの身体を労わるような言葉が飛び出る
思って⋮⋮﹂
﹁え⋮⋮まあ⋮⋮特に異常は無いって。んで、俺も一度実家帰ろうと
?
エレベーターに乗った所で、レオの携帯端末が鳴った。シュネー隊
のギルからだ。
﹁⋮⋮こちらエルフォード﹂
≪隊長か、決闘はどうだった。そろそろ教えてくれても良いだろう
≫
レオはうんざりしてガラス張りになっているエレベーターの壁を、
それを通して見える外の風景、手前に見えるIS学園の建物⋮⋮外来
受付ゲートと、そこから大河にも見える海を走る一本の複層ブリッ
ジ、その向こうの発展を遂げた繁栄の象徴、摩天楼のような物を見た。
﹁勝った。何度言わせる気だ﹂
≫
≪にしては随分苛ついてるからな。まさか、素人の筈の織斑に苦戦
して苛立ってるのか
﹁⋮⋮黙ってろ﹂
そんな気がした。
失う。
自分もそれらと同類などと思われれば、レオは今度こそ、居場所を
彼らだって、ISやそれを操る女どもを好いている訳は無いのだ。
ら、もう自分は⋮⋮彼らの中へは帰れない。
なったなどと。未遂で終わったから良いものの、そんな事話そう物な
言えるわけ無い。ISを装着して勝った途端その力に酔いそうに
レオは声を低くして言った。
?
- 256 -
?
やがてエレベーターが地下に入り、ガラス張りだった壁は一転して
暗い鏡になった。
そこに映る自分の表情は、おおよそ仲間と話している時の顔とは思
えなかった。
≪ああ⋮⋮済まん⋮⋮≫
﹁用事はそれだけな訳無いだろう、何の用だ﹂
﹂
レオは肩と耳で端末を挟みつつ、ネクタイを少し締めながら言っ
た。
﹁ああ⋮⋮例の〝関係者〟との会合の話、場所解ってるか
≪承知している。モノレールの駅からそう離れてないあのビルだ
ろう≫
脳 裏 に マ ッ プ を 浮 か び 上 が ら せ な が ら レ オ は 言 っ た。エ レ ベ ー
トが言ってた筈だろ
﹂
≫
あいつは馬鹿だがそういう情報は経験に基
づいてるから確かだぞ≫
﹁⋮⋮だが、ダイヤは正確だぞ
?
?
- 257 -
?
ターの戸が開き、今までとは一転して無機質な、ムッターを思い起こ
す地下駐車場へと出る。
﹂
≪そうだが⋮⋮まさかモノレールで行く気か
﹁だとしたら
?
≪冗談じゃない。日本の鉄道網は信用出来た物じゃ無いってガク
?
レオはフッと笑みを浮かべながら駐車場内を進んだ。
特に動いている車両も無い。まばらに駐車してある車を避けなが
ら、レオは区画番号を見ながら奥へと進んだ。
≪そっちじゃない。特にこのご時世男は虐げられててね。ここの
所、満員電車での痴漢発生率が高いそうだ。〝被害者がまるで被害を
受けない、むしろ得する事例〟が、な≫
駐車場の中程まで来た所で、レオはようやく動いている車輪に出
会った。オレンジ色の派手なトラック。民間業者のロゴがデカデカ
と描かれている事から所属は一発で見抜けたが、それが彼の遥か後ろ
へと走り去ってから、レオは違和感を感じて振り向き、トラックの方
へ目をやった。
- 258 -
⋮⋮今のトラック、荷台の塗装が少し変じゃ無かったか⋮⋮
レオが振り返った時、トラックは角を曲がった所だった。
特に変わった所は見受けられなかったが⋮⋮
スを乗せた。
と、レオはそこに停めてある白い大型自動二輪の上にアタッシュケー
会話を続けながら駐車場を進み、ようやく目当ての番号を見付ける
変なリスクは負いたく無い⋮⋮だから⋮⋮こいつを使う﹂
﹁⋮⋮さあどうだか。まあ俺も少し顔が売れたらしいからな。あまり
感覚を向けられた、そんな気がした。
トラックが曲がる寸前、一瞬だが、空中戦の最中の時に感じていた
?
﹁⋮⋮ バ イ ク を 一 台 レ ン タ ル し た。学 園 側 で 業 者 と 契 約 し て る ら し
い﹂
≪あ、ああ⋮⋮なら良いんだ。まあそれだって、空を飛ぶのとは違
うんだ。気を付けて行けよ≫
﹁解ってるさ﹂
端末を切ってアタッシュケースにしまい、そのアタッシュケースを
トランク内にしまうと、レオは差し込んだキーを捻り、ホワイトパー
ルのフルフェイスヘルメットを被った。
免許証の更新は済ませてある。こんな事まで学園内で済ます事が
出来る辺り、IS学園とは余程〝サービス精神旺盛〟と見える。
これだけするのに、どれだけ金を使ったのやら。
国立と言うがそんな所にまで金を掛ける必要はあったのか⋮⋮
足元から控え目な咆哮が響くと、レオはヘルメットのバイザーを降
ろした。
﹁⋮⋮ 本 音 言 う と 地 面 を 走 る の は 嫌 い だ が ⋮⋮ だ い た い 必 要 な 時 に
﹂
限ってタクシーは通り掛からない。自前の〝足〟がある分仕方なし
と思うしか⋮⋮ッ
うな痛みを感じた。
と同時に激しい嘔吐感。鳩尾の辺りからこみ上げて来る何かに、レ
オはたまらず頭を抱えて大きく振り、咳のような音を発しながら、V
字型に伸びるハンドルへ被ったヘルメットごと頭をぶつけた。
嘔吐感もだが、同時に頭の中の先程違和感を感じた場所から、まる
でそこから何かが頭蓋を食い破って出てくるかのような痛み。
視界が歪み、白い電灯が黄色と黒の渦へと変化する。目の前のデジ
- 259 -
?
と、レオは突然頭に、頭の中⋮⋮とでも言うしか無い場所に刺すよ
!?
﹂
タルスピードメーターはブラックホールとなり、足元から地面が崩れ
始める。
﹁んぅ⋮⋮ぐ⋮⋮ぅぅ⋮⋮ぅ⋮⋮
色々とぶちまけそうな予感に駆られて、レオはヘルメットを取ろう
とした。
⋮⋮のだが、先程まで激しく襲って来ていた嘔吐感や頭痛は、瞬間
サーッと引いてしまった。
別に何も無かった、そう言わんばかりに渦は白い電灯へ戻り、ブ
ラックホールもスピードメーターに変わる。
﹁⋮⋮﹂
目覚めの悪い悪夢か、或いは悪酔いか。そんな印象を受ける体験に
首を傾げるも、エンジン音の催促にレオは気持ちを切り替えた。
海を断つ巨大な橋の上を白い大型バイクが真っ直ぐに走り抜ける。
あの橋はIS学園への生徒の出入り、もしくは陸上からの生活物資
の搬入などにしか使用されず、その生徒の出入りも基本的にはモノ
レールを使用して行われる為、彼の知る限りでは、あの橋の上には殆
どにおいて三台以上の車両が存在した試しが無い。
それもあれ程大きな橋。暴走族やゼロヨンのレーサーが見れば泣
ホワイト・グリント
い て 喜 ぶ 直 線 コ ー ス。そ こ を 走 り 抜 け る あ の バ イ ク は、さ な が ら
白 い 閃 光。
その様を、一夏はモノレール駅の方から眺めていた。
- 260 -
?
格好は私服、そろそろ夏に突入する事もあり、夏服に近付きつつあ
る服装。彼にとっては、IS学園の制服よりこちらの方が過ごしやす
かった。
モノレール到着のアナウンスと共に、彼の視界は銀色の車体に遮ら
れた。車窓から覗く人影は極めてまばら。
この時間帯には、こちらから乗り込む人間の方が圧倒的に多い。
一夏の背後にも、IS学園の制服を着たままの生徒や私服姿の生徒
がぞろぞろと並んでいた。
⋮⋮お嬢様達、だ。
一夏がモノレール駅に入った時も、駅で待っていた時も、モノレー
ルに乗り、一夏や生徒が席についてからも、彼女らはずっと喋り通し
だった。
流行のファッション、次の授業の課題、今日回る店の選択。などな
ど。
自分があれ程エルフォードへその意義をぶつけたISに関しても、
それを当たり前に持つ彼女らにとっては、日頃身に纏う服と同程度の
重さしか無い。
これについてはかつてラウラが転入⋮⋮いや編入したての頃に一
度彼女が非難しているのを聞いた覚えがある。が、実際こうしてそれ
をまじまじと感じると、あの時の彼女の気持ちが解る。
モノレールが駅に着き、自動改札機を通ると彼は余計憂鬱になっ
た。
改札機の前には何組かの⋮⋮生徒の家族と思しき集団がぽつぽつ。
IS学園に関連付けた格調高く虚しさの響くスローガンを記した垂
れ幕の下には、それしか居なかった。
- 261 -
ここは良い。ここは〝整理されて〟いる。階段を降りてIS学園
直通モノレールのホームから一般ホームへ出て、そして外へ出れば、
その目の前で声高に叫ぶ集団が、警官に引き摺られて護送車輌に押し
込まれる所だった。
地面に落ちたプラカードを見る限り、IS学園の存在への抗議活動
のようだ。
行き過ぎたエリート思想を育み、格差社会の形成を助長する悪の枢
軸。聞き慣れた文句が、落ちたプラカードに踊る。
彼らを押し込む警官は女性ばかり、男性警官はと言えば、少し離れ
たパトカーの前に固まって、苦々しく事態を見守っている。
一夏の背後からは、
﹁物騒な世の中﹂だの﹁怖い人も居る﹂といった
呟きがあちらこちらから聞こえて来た。その誰もが、足元のプラカー
ドやチラシの文句に触れない。
この世界では、彼らは最早完全に虐げられる存在でしかない。叫び
は騒音と取られ、主張は雑音に過ぎない。世界を憂慮したところで、
人一人に出来ることも無ければ、人が集まっても何にもならない。
そんな世界で一夏は、バッグから帽子を取り出して深々と被った。
喧騒に紛れ、〝歪な空間〟から〝歪な世界〟へと足を踏み出す。
今ここで自らの存在がバレてしまえば、また騒動になる。
あの集団、彼らに持ち上げられるかもしれなければ、IS学園で平
穏に過ごしているという事で女性達の正義の道具にさせられること
もある。
一度起爆すれば、この場の全ての〝平穏〟が破壊される。
彼は理解していた。自分の存在が及ぼす影響力は、〝核〟ほどもあ
ると。
特にこういう場面となると、余計に。
- 262 -
大都会の真ん中だけあって、横断歩道一つ渡る頃には、一夏からプ
ラカードも警官も、何も見えなくなっていた。
彼の実家は、駅のすぐ前にそびえ立つ真っ黒なビルの前から発車す
る路線バスで十数分程の辺りにある、ちょっとした高級住宅地に位置
している。
最早名前どころか顔も身長も触れられた感触も触れた感覚も全て
忘れ切った両親の影が唯一感じ取れる所。
織斑の名札の前には、一人の人影があった。彼も良く知る、真っ赤
な髪色の元同級生。
一夏は慎重に表情を作ろうとし⋮⋮直後、自分がそうしようとした
事に驚きを隠せないままその人影の横に立った。
﹂
では、IS学園に居る時に他の生徒達と話す時のような気構えもポー
ズも無くて済む。
﹂
﹁んにゃ、週末毎に様子見に来てんだ。お前居るかな∼って﹂
﹁おいおい、そんなに俺と会いたかったのかよ
﹁お前にっつーかあれだ、学園に関して報告を受けたいと思ってネ﹂
?
- 263 -
﹁お、一夏じゃねえか﹂
人影、五反田弾は一夏の姿を認めると驚きの表情を浮かべた。
これなら都合良い。これなら自分が今浮かべている驚きを、友人と
家に何か用か
バッタリ出会った事への驚きだとミスリードを狙える。
﹁よォ弾、何だ
?
一夏は問い掛けた。気心知れた間柄でもあり同性でもある彼の前
?
﹁バ∼カ、お前の喜びそうな話なんかねぇよ﹂
一夏は一言一言言う度にここ数日の内に溜まった緊張を吐き出し
先週新しく発売したゲーム見せたいし﹂
た。門の鍵に手を掛けようとした時、弾がそれを止めた。
﹁⋮⋮どうせなら家来るか
﹁今月頭に行ったばっかじゃねぇかよ⋮⋮﹂
一夏は肩を竦めた。全くこの阿呆は。今は少し一人になりたかっ
たというのに。
だからこそ態々実家まで戻って来たと言うのに。
﹂
﹂
﹁だってなぁ⋮⋮お前なんだか顔色悪いし﹂
﹁え⋮⋮
弾の目つきが真剣になった。
﹁⋮⋮解ったよ。またお邪魔しよう﹂
んのか﹂
﹁乗ってみればそれかよ⋮⋮またモテる為の読心術とかでも実践して
るけど⋮⋮﹂
﹁あら⋮⋮本当に何かあったのか⋮⋮まあ、俺で良ければ、話位は聞け
?
どうやらハッタリだったらしい。一夏は大きく溜息をつくと、また
- 264 -
?
﹁隠しても無駄だぜ。何かあったのか
?
仲間同士の下らない会話に戻りつつ、弾の後に着いて行く事とした。
- 265 -
Mission16 絶望を砕く
遥か足下に広がるミニチュアの市街地。
外の空気と自らとを遮断する透明なガラスの壁。
それに少しだけ映る、アタッシュケースを手にした自分の姿。
レオ・エルフォードはしばらくその三つを交互に眺めていたが、や
がて近付いて来る人影に気付き、ガラスの壁から離れた。
﹁お待たせしたね、少佐殿。私がフランク・ウェルナー⋮⋮君の目当て
の人物だ﹂
カラフルな私服の上に羽織る白衣が胡散臭さを醸し出す長身の男。
胸には銀色に煌めくバッジを付け、首から下げたIDカードがその人
物の素性を声高に主張する。
フブキ・ヘビーインダストリアル社に出向している、エアバスグ
ループ︵航空宇宙企業としての側面が強いが、エアバスに限らずその
手の企業は軒並みIS関連開発に乗り出し、所によってはそれを主軸
としつつある︶傘下企業 M&F社技術顧問 フランク・V・ウェル
ナー。
男性でありながらIS関連企業にて地位を確立しているという意
味では、織斑や自分と同じような存在と言えるが、それがかえって〝
誇りを捨てた〟、〝恥知らず〟というように受け取られ、レオがこれ
まで聞いて来た限りでは、彼は事あるごと陸海空問わずあらゆる男性
軍人により罵詈雑言を浴びせられていた。
自分もそう感じていないと言えばそれは嘘になる。が、それ以上に
現状のレオにとって、このままIS適性を軍や企業の思うがままに利
用されるが最後、ただでさえ孤児部隊と罵られて来たものがその同じ
部隊の仲間からも嫌悪されるようになり、やがて彼のようにIS関連
- 266 -
企業にある〝欲しくも無い〟地位以外居場所が無くなるだろうとい
う、ある種反面教師のように映った。
﹁⋮⋮初めまして、私は⋮⋮﹂
﹁敬語禁止。私は年齢だ階級だで上下関係が出来るのは嫌いだ﹂
﹁⋮⋮ドイツ軍孤児部隊の、レオ・エルフォード少佐﹂
差し出されたフランクの手を見て、レオはそう名乗りつつ軽い敬礼
﹂
で返した。フランクは暫く自らの手を眺めていたが、やがて気を取り
直すように咳払いすると、
﹁随分と⋮⋮ネガティブな自己紹介じゃない
﹁部隊名よりそう言った方がよく知られているからな﹂
﹁名は体を表すって意味でね。少なくとも私は君らをそう言って蔑む
意思は無いつもりだけど﹂
﹁良く言う﹂
レオは素っ気なく返した。だが一方で、このフランクという人物に
今まで見たことのないものを見つけ、心の底では彼に興味を抱き始め
ていた。
この世界にもこうして、自分達を最初から蔑みとやっかみ、そして
嫌悪の目で見る事の無い人物が居るというのか、
男性なのに﹂
- 267 -
?
それとも、単に技術屋としてその手の風聞に興味が無いだけか。
ド ラ イ バー
﹁⋮⋮ところでさ、君IS操者なんだよね
?
﹁そうだ。⋮⋮こっちのパーソナルデータは送った筈だぞ、見れば一
目瞭然だろう﹂
彼のオフィスと思しきサンルームのような部屋に通されると、レオ
はガラスの壁際にアタッシュケースを置き、ケースから離れないよう
にしていると見せかけながら外の景色のみを眺めて出来るだけフラ
ンクの方に視線を向けないように注意を払っていた。
確かに彼は興味深い人間かもしれない。だが、だからといってこの
男に接近し過ぎれば、やがては少し前までの彼への印象、反面教師と
同じ未来へ自ら進んで飛び込むような事態にもなりかねない。
必要以上に馴れ合う必要などない。故に彼は、あまり意味は無さそ
君のIS⋮⋮ナハト・リッター。あれね、機体組んだの私
うだが彼から2m程の距離感を維持し続けていた。
﹁ま、ね
なのだよ﹂
﹁それはそれは。良い機体を組んで頂いた﹂
その感想は嘘ではなかった。機体の〝慣らし〟も済んだ現状、ナハ
ト・リッターは反応も良好にして非常に〝しっくり来る〟、兵器とし
てはかなり優秀な物であった。
唯一、背部ユニットから生える大きな翼による被弾面積の増加とい
う欠点はあれど、逆にその大きな翼が羽ばたくことによりPIC出力
方向を偏向して得られる莫大な加速力の方をレオは重要視した。
戦闘機にしても大柄なEF︱14で格闘戦を行う事だってある、そ
ういう事でレオにとって被弾面積増加はさほど大きなデメリットと
は感じられなかった。
﹁こっちに出向する前の事だったね。懐かしいな∼⋮⋮。で、今はこ
のフブキで保有してる機体を弄らせて貰ってる訳なんだけど⋮⋮私
としては自分の作品の〝その後〟を見届ける主義でね。それでわざ
- 268 -
?
わざ会合がてら君を呼んでナハトのデータを届けて貰った訳なんだ
け、ど⋮⋮、どうやら喜んで貰えてるようで嬉しいね﹂
﹂
﹁⋮⋮喜んでいるのは貴方と、それから軍と企業だけだと思うが﹂
﹁あらら、IS嫌いなクチ
紹介しようじゃない﹂
﹁来たね⋮⋮エルフォード君、突然だけどここで我が社のアイドルを
クは﹁おっ﹂と声を上げると、軽く両手を広げて見せた。
と、レオの背後で戸の開く音がした。それに続く女性の声。フラン
﹁⋮⋮失礼します﹂
間に自分までこの国に〝馴染んで〟しまったのか。
郷に入っては郷に従えとは言うものの、フランクはともかくいつの
⋮⋮何でお互いに日本語で話しているのか。
自分はドイツ軍人で、フランクはドイツの企業からの出向。それが
⋮⋮と、そこまで言ってレオはふと気付いた。
いたに違いない。
顔は見なかったが、その時のフランクはおそらくニヤニヤと笑って
の軍人の方を嫌ってたかもしれないし﹂
﹁わかんないよ
孤児部隊なんて言われ続けて寧ろ在来兵器や旧来
﹁空軍出な時点で好意的になると思うか﹂
?
﹁う、ウェルナーさん⋮⋮流石にアイドルは止めて下さい﹂
- 269 -
?
﹁あれ、君にも毎回敬語禁止って言わなかったっけ
場合はその方が似合ってるから良いけどね∼﹂
⋮⋮まあ君の
レオが振り返ると、黒髪を横に束ねたサイドテールの女性が、フラ
ンクにからかわれて軽く赤面している所だった。
﹁⋮⋮アイドル云々は冗談と聞き流すとして⋮⋮﹂
レオが口を開くと、女性は表情をパッと変えてキツ目の目つきでレ
オを睨んだ。
⋮⋮敵意などではなく、単純な照れ隠しだろう。レオは何故かそう
悟った。
﹁紹介しよう。我が社のアイドル⋮⋮っと、解った。ちゃんと説明す
﹂
るからスカイアッパーとかきあいパンチとかは勘弁して﹂
﹁⋮⋮で
﹂
ンダストリアル実質最高戦力と名高い未来の私の嫁⋮⋮もとい、未来
の日本代表、神楽坂美咲ちゃんなのだ
・
クさとはまた別な癖の強さを感じた。
・
・
・
・
そう理解すると同時に、レオはこのフランクという人物に、フラン
る辺り、こういった紹介は何時ものことなようだ。
⋮⋮美咲と呼ばれた彼女がなんともうんざりとした表情をしてい
アピールした。
じゃんじゃじゃーん、などと擬音を口にしながらフランクが彼女を
!
- 270 -
?
﹁⋮⋮フブキ社ISテストパイロットの中でも最高の人材、フブキ・イ
レオは少しうんざりしつつ催促した。
?
﹁⋮⋮レオ・エルフォード少佐。よろしく﹂
軽く会釈し、再び窓の外へ身体の向きを変える。些か失礼かもしれ
なかったが、これ以上フランクの奇っ怪な行動︵今現在も何故か変な
表情をしている︶を眺めているのもまた精神衛生上良さそうでは無
かった。
﹁⋮⋮で、その企業最高戦力様が、一体何の用だ﹂
﹁ん∼、ちょっとね、データが欲しいんだ。彼女の機体の﹂
美咲が首に下げた白いネックレスに触れた。
成る程、あれが彼女のISという事だろうか。
モンドグロッソ
﹂
?
- 271 -
﹁データ取りなら社の中でやれば良いだろう、わざわざ部外者にやら
せるか﹂
﹁それがね∼⋮⋮ココのスタッフてんでダメなの。IS学園卒業生だ
から経歴的に彼女の引き立て役にはなるかもだけど、私の求めるレベ
ルには全く達して無い。ISって日本産なのに何でかネェ∼﹂
フランクはそう言って椅子にもたれ掛かった。そのままグルグル
と椅子を回している彼の横では、美咲が少し苦々しげな表情で彼を見
ていた。
﹂
﹁私の要求したレベルなんてM&Fの入社試験レベルなのにさ∼、変
だと思わな∼い
のは酷じゃないか
⋮⋮それこそ掻っ攫うような勢いで採用していた筈。それと比べる
﹁⋮⋮M&Fでは世界大会の元選手候補達をテストパイロットとして
?
﹂
レオが言った。フランクはピタッと椅子を止めると、
﹁じゃココではそうしてないの
と美咲に尋ねた。
ドライバー
﹁⋮⋮モンドグロッソ日本代表は二回共織斑千冬でした。彼女は当時
⋮⋮いえ、今現在に至るまでで最高の実力を持つIS 操 者と見て間
違い無いでしょう。実力も評判も、それに伴う人気も高い、そんな彼
女以上に代表選手に相応しい人材など存在し得なかったのです。そ
んな状況下で彼女を越えようとする人はそう多くなく、結果今も昔
も、日本代表を目指す道を歩んだ人材は殆どと言って良い程存在して
いません。そして、当時彼女と代表の座を賭けて争った数少ない代表
候補生の大半はIS学園や自衛隊に引き抜かれていますし⋮⋮﹂
﹂
﹁あ∼ハイハイ、解った解った。まあそんなこんなで相手役が使い物
にならない。だから⋮⋮﹂
﹁俺なら使い物になる、と
レオが後を引き継いだ。
付き、数少ない仲間を裏切る事になる。それは充分解っていた。
だが、この場でそれを断る事が出来るとも思えない。〝任務〟とし
てここに来ている以上、それを引き受ける事も任務内容に入れられて
いるのだろう。
これは任務だ、いつもの任務なのだ。
そう割り切ることが出来れば良いのだが⋮⋮
- 272 -
?
こういうことを引き受けてしまえば、自分はまた一歩ISの方に近
?
レオはアタッシュケースを持ち上げてフランクのデスクに置くと、
彼の前でケースを開いてみせた。
中には黒いクッション材に埋まるようにして収められた拳銃型起
動用デバイスとナハト・リッターのメモリーキー、そしてもう一つの
データチップが収まっていた。
﹁とりあえず先に御所望のデータを渡す。あんたのお眼鏡に適うかど
うかは、それを見て判断してくれ﹂
フランクは嬉々としてデータチップを自分のノートパソコンに接
続し、読み出されるデータを凝視していた。
レオはその間、もしかしたら自分は自ら引き受けざるを得ない状況
に飛び込んでしまったのではないかと、早くも不安になっていた。
- 273 -
IS学園 インフィニティブリッジ側セキュリティゲート
﹁害虫駆除業者が到着。11:25、確認⋮⋮﹂
保安部の歩哨の横をゆっくりとオレンジ色のトラックが通過する。
運転席の女性がやれやれといった顔で額の汗を拭き、助手席の女性が
手元の端末を確認する。
﹂
﹁もう⋮⋮すっかり遅れちゃったわね∼⋮⋮朝に橋渡り終えた筈がも
う昼になるわよ
近づけると、待ち受けていたスーツの女性に軽く会釈してトラックを
運転席の女性が言った。彼女はトラックを物資搬入口へバックで
?
降りた。
﹁⋮⋮駐車場ですれ違ったあのスーツの少年⋮⋮あれがエルフォード
か﹂
続いて助手席の女性が降りて来る。二人は待ち受けていた女性に
IDカードを示すと、トラックの荷台を大きく開いた。
﹁⋮⋮ごめんなさいね遅くなっちゃって。うっかり駐車場の方に入っ
ちゃって﹂
﹁寧 ろ 好 都 合 だ っ た わ。今 朝 は 保 安 ガ ー ド メ カ が 少 し 多 過 ぎ た か ら
⋮⋮今は連絡した通り定期メンテナンスに入れてるし、残りは反対側
ゲートの方に入れてる。あっちの方が荷物が多いし﹂
﹁Y、A、そろそろ始めるぞ﹂
﹁⋮⋮解ったわ﹂
トラックの荷台には二組の鎧のような物が鎮座していた。
⋮⋮ISだ。
三人の内二人がISを装着し始めると、残った一人は害虫駆除業者
のロゴが書かれた大きなケースを担いで、学園の中へと進んで行っ
た。
﹁はい、お待たせしました∼﹂
- 274 -
織斑一夏の前に盆に乗った定食が置かれ、彼は意識を現実に戻し
た。
﹁ああ、ありがと。蘭﹂
一夏ははにかんでそれを持って来てくれた赤髪の少女に礼を言う。
少女は微笑みながら店の厨房へと引っ込んで行った。
五反田弾の家は、彼が昔から馴染んでいる定食屋だった。弾の妹、
五反田蘭が看板娘の五反田食堂。一夏は月一回程のペースで実家に
戻るとその都度ここの売り上げ︵と宣伝︶に貢献しているのだが、今
回珍しく月二度目の訪問となり、蘭にひどく驚かれてしまった。
- 275 -
﹁⋮⋮で、そのエルフォードとか言う奴と決闘なんてやった訳か﹂
ややあけて弾が言った。エルフォード。その名を聞くとどうして
も表情が暗くなる。
﹂
﹁ああ⋮⋮だけど⋮⋮俺の完敗だった。言い負かされた上にぶちのめ
された⋮⋮﹂
﹁⋮⋮奴は、何て言ったんだ
人を傷付けないで皆を守れるって⋮⋮ISの力は壊すための力じゃ
﹁夢物語だった⋮⋮所詮綺麗事だったんだ。ISの力なら今度こそ他
一夏は箸を置くと、深々と溜息をついた。
武器を振るう資格なんて無いって﹂
﹁どんな決断にも犠牲は付き物だって。犠牲を払う勇気も無い奴に、
?
なくて、守るための力なんだって⋮⋮でも違った。力に良いも悪いも
無かった。現に俺の使い方次第で、雪片は人殺しが出来たんだ⋮⋮リ
ミッターなんて付けてる時点で気付くべきなのに⋮⋮﹂
あ の 時。エ ル フ ォ ー ド の 決 闘 中、自 分 は 確 か に、目 の 間 の エ ル
フォードを倒そうと、地面に叩き落とそうと、そして遂には⋮⋮目の
前から消そうと、雪片を振るった。
その時自分は確かに、白式を、雪片を、零落白夜を人を傷付ける為
に、目の前の敵を斬り殺す為に使っていた。
⋮⋮誰も傷付ける事無い、守る為の力だと思っていたISで。
﹁もうあの時みたいに、見境なく目の前の奴をブン殴って、遂には守り
たい奴まで傷付けそうになる事はしたくないって⋮⋮そう思ってた
﹂
力の振るい方を決めるのは自分な
俺は⋮⋮俺
かったが、店の奥の方で蘭が恐る恐る一夏の方を見ている。
﹁⋮⋮ごめん⋮⋮﹂
﹁昔 の 事 を い つ ま で も 引 っ 張 る 事 は 無 い ん だ ⋮⋮ そ れ に あ の 時 の お
前、間違っちゃいなかったと思うぜ﹂
- 276 -
のに、俺は⋮⋮ッ
﹁一夏⋮⋮﹂
﹁その理由を力の形の方に求めた
!!
のに、使う道具が振るい方を決めるものだと思い込んだ
﹂
は⋮⋮ッ﹂
﹁一夏ッ
!!
!
弾が大声を上げ、一夏は言葉を噛みちぎった。幸い他の客はいな
!!
弾が言った。弾の脳裏に過る過去の記憶。血を吐きながら壁に叩
きつけられる同級生に、なお執拗に蹴りを放つ目の前の親友。何人も
何人も血塗れにしてアスファルトの地面に叩き落とし、吼える親友
⋮⋮
同じ記憶が一夏の脳裏にあった。必死で自分を止めようとする弾
や蘭、そして⋮⋮
﹁い、一夏さん⋮⋮電話⋮⋮﹂
蘭の声に一夏はようやく自分の端末が鳴っている事に気付いた。
今何処に居るの
無事
≫
﹁あ⋮⋮っと⋮⋮もしもし、織斑で⋮⋮﹂
≪一夏
!?
﹁ぅおい⋮⋮今弾のトコの定食屋だけど⋮⋮どうかしたか
﹂
が、それ以上に彼女の怒号に一夏は驚きというか圧倒された。
脳裏に今まさに出てこようとしていた彼女からの電話に些か焦る
馴染の一人。電話の相手は彼女だった。
鳳鈴音。二組のクラス代表にして中国代表候補生、そして一夏の幼
!?
﹁警報
﹂
だけど⋮⋮≫
≪それが今学園で緊急警報が鳴りっぱなしで⋮⋮侵入者らしいん
?
る。
- 277 -
!?
一夏は思わずガタッと立ち上がった。弾や蘭もその単語に反応す
!?
同様の連絡はレオの元にも届いていた。データチップをノートパ
ソコンから抜き取りながら、レオはユリシアからの連絡で状況を整理
していた。
﹂
﹁⋮⋮つまり、生徒達は奥の方に緊急退避、ブリッジ側外来ゲート付近
にISが侵入している訳だな
≪詳しくは不明だけど⋮⋮でも避難する時廊下の情報ディスプレ
イで外来ゲートの映像を少し見掛けて、偶然そこを通過する紺色のラ
ファール・リヴァイヴを見掛けたから多分⋮⋮≫
ラファール・リヴァイヴ。ご存知世界的に広く採用されている第二
世代型ISの名機だ。ISそのもののイメージビジュアルにも登場
している他、ISを見かける多くの場面において、このラファール・
リヴァイヴの姿を見る事が出来る。
﹂
そんな場面の中には、所謂〝スパイ〟の使用機として見掛ける事も
あった。
﹁⋮⋮ラファール・リヴァイヴ⋮⋮確認出来たのは何機だ
ダミー・ブリップ
≪最低でも二機。専用機持ち達が確認しようとしたけど、移動型
?
対応は始まってい
偽装光点 だ ら け で 確 認 不 可 能 だ っ た っ て。例 の カ メ ラ の 場 所 も ⋮⋮
≫
﹂
﹁⋮⋮となると少数での行動の線が強いか⋮⋮
るのか
?
ダ ミー
散したチームのだいたいが偽装に引っ掛ってるみたい。まだ誰も会
敵出来てないみたい≫
- 278 -
?
≪緊急対応チームのラファールが出動してる見たいだけど⋮⋮分
?
現状、ラファール達は移動型ダミーを設置しながら施設内を進行し
ているらしい。だが、それではその内手が尽きて捕縛されるのは目に
見えている筈。
侵入している機体も対応チームも同じラファールリヴァイヴを使
用している上、対応チームの方が数が多く、あちらの機体は全体的に
チューンナップが施されている。
侵入したのがスパイにしろ破壊工作員にしろ、侵入して早々に発見
された上にこの状況に自ら持ち込んでいる。彼⋮⋮いや彼女らの策
がこれだけならば下策も良い所だが、そうなって来ると別の可能性の
﹂
方が強くなって来る。
﹁⋮⋮陽動か
どの道今俺にも
≪それは先生達も解ってるみたいよ。ゲートとかもセキュリティ
メカで埋まってるし≫
﹁なら、ひとまず様子見で良いんじゃないか⋮⋮
実際、そのメカはなかなかに有効であった。
の向こう、遠く離れたIS学園のモニュメントタワーに目をやった。
つい先程フランクからそう自慢された事を思い出しつつ、レオは窓
礎設計を担当したのだから⋮⋮。
何せIS学園に採用されているセキュリティメカはフランクが基
高性能らしいからな﹂
お前にも何が出来るでも無いし⋮⋮ここのセキュリティメカは結構
?
- 279 -
?
先程から天井裏に潜み、真下の廊下を闊歩する黒いロボット犬のよ
うなセキュリティメカを警戒している女性にとっては、特に。
このまま歩み去ってくれれば良いが。そう願って隙間からメカを
覗いているが、そのロボット犬はしぶとくその場を警戒し続けてお
り、彼女は向こうに聞こえるのでは無いかという錯覚を覚える程高鳴
る心臓の音を聞き続けるばかりだった。
仲間に助けは呼べない。無線デバイスを起動したが最後、その駆動
音を聞きつけられる筈だ。かといってこのままじっとしていてと、セ
キュリティメカは一体ではない。こういった天井裏ダクト用のボー
ルのようなメカも既に確認されている。
だが、そう思案している内に状況が動いた。ロボット犬が再び移動
を始め、彼女の下から動いたのだ。
彼女はベルトに装備した円筒を外すと、天井の板を少しズラして床
に落とした。直後円筒に備わったランプが点灯し、ロボット犬のカメ
ラアイが点滅、眠るようにして崩れ落ちる。その隙に彼女はサッと廊
下に飛び降りると、胸ポケットから取り出したミニカーサイズの装置
を起動させ、ロボット犬の前に走らせる。そして素早く近くのドアへ
と駆け寄ると、取り出したハンドガンでドアロックを破壊、サッと中
へ飛び込む。
直後、ロボット犬が再起動する。しばらく困惑するような様子を見
せた後、そのカメラアイが獲物を⋮⋮欺瞞エフェクトにより人影と誤
認させられたシルエットを見つける。
猛犬よろしく駆け出し、まるで鼠のような装置を追い掛けるロボッ
ト犬を見送ると、彼女はホッと一息ついた。
﹁⋮⋮ さ て、お 仕 事 お 仕 事 ⋮⋮ 一 応 こ こ 保 管 庫 で 合 っ て る 筈 だ け ど
⋮⋮﹂
- 280 -
自分達に与えられたのはこの学園にある、あらゆる国の最新技術情
報や機密データを盗み出す事。陽動に出たラファール二機はコア登
録抹消済みの機体を回収した物。仮に彼女らが失敗しても、機体登録
から所属が割れる事は無い。
⋮⋮末端の自分にはどうやってそうしたかのは解らないが、アメリ
カの本社内ではある人物との取引が行われたらしい、との事。詳しい
事情は不明だが、その人物が自らの依頼をこなす見返りとして技術提
供を行ってくれているお陰で、我が社は世界一のシェアを誇るように
なった。
この任務はそんな謎めいた人物からの物。失敗は許されない。
⋮⋮ここは学園内部でも最下層に位置する。事前に確認した学園
見取り図によると、ここは保管庫区画であり、この奥に学園内の全て
- 281 -
の機体と全てのデータが収められたデータルームが存在するとの事。
﹂
となればこのまま奥へ進めば良いが⋮⋮
﹁⋮⋮何⋮⋮これ⋮⋮
そしてある程度近付くと、その必要が無い事を悟った。
Sへと近寄る。
彼女はハンドガンをその人影に向けると、一歩、また一歩とそのI
に覆われていて確認できないが⋮⋮。
ISを装着したまま寝ている人影。顔は全体がマスクのような物
事だった。
のISだが、最も特徴的だったのは、〝そのISに人が乗っていた〟
ており、後付けでパーツを追加されたのか左右非対称な部分もあるそ
所々の装甲が剥離し、右腕部が切断されて細いコードのみで繋がっ
のような台の上に寝かされている漆黒の⋮⋮IS。
彼女はある物に視線を奪われていた。保管庫の中央、まるで手術台
?
その人物は腹部に大きな亀裂があった。そしてその割れ目から無
数のコードや千切れたチューブ、割れたチップなどが覗いており、こ
の人影は完全な、人の形をした機械なのだと声高に主張する。
﹁ふぅ⋮⋮びっくりさせないでよね⋮⋮﹂
彼女はハンドガンを降ろし、そっとそのISに触れようとした。
﹂
その指がISに触れる寸前⋮⋮
﹁⋮⋮止まりなさいッ
﹁ッぅ
﹁⋮⋮へ
﹂
眼〟が点灯した。
でもう片方の手がそのISに触れた時、そのISの頭部に、複数の〝
彼女は咄嗟にハンドガンをその人影へ向けようとした。その途中
﹂
シルエットを浮かび上がらせ、手にした拳銃を彼女に向ける。
保管庫の扉が勢い良く開かれた。続いて一人の人影が逆光で黒い
!!
﹁ひッ⋮⋮
﹁な⋮⋮ッ
﹂
を挙げて彼女の頭を掴む。
ドで繋がった右手が指をまるで節足動物のように蠢かせ、今度は左手
直後、そのISが切り落とされた右腕を持ち上げた。露出したコー
?
﹂
頭を掴まれた彼女も、それに拳銃を向ける人影⋮⋮ユリシア・リィ
!?
!?
- 282 -
!?
ンフォースも、その後から部屋に飛び込んで来た教員達も状況を理解
できないまま、そのISは起き上がり、頭部をまるで怪物の口のよう
に〝開いた〟。
次の瞬間誰もが唖然とする中、そのISは掴んだ女性を自らの胴体
に〝ぶつけ〟、破損した胴体を完全に破壊すると突き刺さる破片に苦
痛の表情を浮かべる彼女の頭を、開いた頭部へと押し込む。
そして再び頭を閉じると、そのISは残りの四肢を彼女に接続し、
左腕に埋め込まれた砲口をユリシアに向けたーーー
TVに映ったIS学園から一機のISが飛び出した時、一夏、そし
- 283 -
て弾は手にした箸を落とした。
小規模な襲撃事件として生中継されている映像だったが、そのIS
﹂
﹂
の姿を認めた瞬間一夏の脳裏にある光景が浮かんだ。
﹁あれは⋮⋮ッ
﹁おいおいおい何だあれェェェ
≫
﹁おおおおおおおい何だあれはァ
≪わわわわ解んないわよォ
!?
コントか何かのように先頭の語が上ずって連呼される。
!!
﹂
最新の通話履歴⋮⋮つまり、鈴音の元へ。
出すと、慌てて手近な連絡先へ電話を掛けた。
アナウンサー共々混乱する弾や蘭をよそに一夏は携帯端末を取り
!?
!?
﹂
⋮⋮こっからじゃ見
﹁あれ⋮⋮あ、あれ⋮⋮あの⋮⋮ぁアイエスぅ⋮⋮あれってあの時の
≫
⋮⋮こっからじゃわわぁ
⋮⋮時の⋮⋮むじ⋮⋮無人機じゃ⋮⋮
≪ほ、本当ォ
えないけど本当
!!
!!
し混雑しているらしい、
電話口から混沌とした音が聞こえて来る。
何
聞こえ⋮⋮きィッーーー≫
﹁生中継映像で見えた⋮⋮あれ、二機合流した⋮⋮ヤバイだろあれ
≪え
!!
光らせていた。
﹁おい鈴⋮⋮鈴
鈴
リィィィンッ
﹂
!!!
葉で現状を伝えようとしている。
そばに居ながらパニックは起こさず平静を保とうとしつつ簡素な言
アナウンサーがやや平静な声で伝える。流石プロ、被害箇所のすぐ
や周囲へ無差別に破壊行為を行いつつあり⋮⋮﹂
﹁ーーー繰り返しお伝えします、現在突如現れた謎のISがIS学園
セシリア、シャルロット、ラウラ⋮⋮全て通話不可。
途切れた電話へと叫ぶ。焦りを感じながら他の連絡先へ繋ぐ。箒、
!!
中に突如現れた謎の無人機に〝非常に良く似た〟ISが腕の砲口を
い事にそれと同じタイミングで、あのIS⋮⋮かつて鈴との模擬試合
直後、何かが炸裂したかのような音と共に通話が途切れた。恐ろし
﹂
一夏は一夏で人の事を言えた物でも無いが、明らかに鈴の方も混乱
!? !?
!?
!!
- 284 -
!?
だがそこに少しだけ滲み出る焦りの感情が、一夏の焦りを余計掻き
立てた。
居ても立ってもいられなくなり、一夏は店の戸を乱暴に開いて店を
飛び出した。
⋮⋮だが、数歩も進まない内にその足は止まった。
〟
〝例え誰かを守る為に武器を振ろうと、そうやって敵を倒そうと、
それは所詮貴様が新たな犠牲を産むことに過ぎないッ
あの時の言葉、エルフォード言葉が脳裏に蘇り、躊躇いが彼の中で
増大する。
⋮⋮あの機体は確かに無人機かも知れない。だがそれに合流した
﹂
本当に許されるのか⋮⋮
も、その為に他人を犠牲にしかねない力を、その側面を無視して振る
うのは本当に正しいのか⋮⋮
﹁俺⋮⋮俺は⋮⋮﹂
?
のかよ
﹂
﹁⋮⋮何だよ⋮⋮友達を守りたいって気持ちが、そんなに間違ってる
?
﹁弾⋮⋮﹂
- 285 -
!!
機体には確かに人が乗っているだろう。このまま我武者羅に飛び出
行かないのか
して皆を守るにしても、零落白夜の威力は時として⋮⋮
﹁⋮⋮どうしたんだよ一夏
!?
彼 の 背 後 か ら 弾 が 問 う。仲 間 は、友 達 は 助 け た い し 守 り た い。で
!?
弾が一夏の正面に立ち、肩を持って揺さぶる。
!?
そんなに正しいのか
﹁武器を振るう責任とか覚悟とか、そんな事の方を優先してただ友達
﹂
が危険な目に遭ってるのを見過ごすのがッ
よッ
!!
仲間を守る為戦うのが夢物
〝正しさなんて時として存在しない⋮⋮〟
﹂
﹁そうやって諦めるのが立派なのかよ
語だなんて誰が決めたッ
!?
﹂
ます
やらないで後悔するより、やって後悔する方が良いですッ
を持ってるのに、それを使わないで見てるだけなんて⋮⋮絶対後悔し
良く解らないけど、折角一夏さんは皆を護って、助けられるだけの力
﹁⋮⋮一夏さんが行かないと駄目ですよ⋮⋮私には力とか覚悟とかは
寄りながら、言葉を続けた。
店の戸口から弱々しい声がする。蘭だ。蘭は店を出て一夏に歩み
﹁⋮⋮駄目ですよ⋮⋮﹂
れたエルフォードの影が重なる。
続け様に叫ぶ弾の言葉に、一夏の代わりに一夏の心の中に生み出さ
〝夢物語に縋って綺麗事を⋮⋮〟
!!
﹁力はただ力って言ったよなぁ⋮⋮確かにお前はISで一度過ちを犯
したかも知れない。でもお前はさっき、皆を守りたい、その一心で飛
び出そうとしたな。それだ。今のお前はそのISの力の意味を知っ
- 286 -
!?
!!
﹁蘭⋮⋮﹂
!!
た上で、皆を守る為にそれを使おうとしている。だったら⋮⋮その力
は、皆を守る為の力だって、胸張って言える筈だ﹂
弾の言葉に一夏は一筋、光を見たような気がした。
力に固定された意味は無い⋮⋮。振るう人間の気持ち次第で、その
力はどうとでも姿を変える。
天使にでも悪魔にでも。
間に合わなくなるぞ
﹂
そうだ⋮⋮俺、昔千冬ねぇに剣道教わりながら、そんな事言われた
な⋮⋮。
﹁⋮⋮さあ行け
るッ
俺は皆を守る⋮⋮その為に今度こそこの力、間違わずに使って見せ
した。
一夏は弾と蘭に一度だけ振り返ると、ただ真っ直ぐ続く小道を走り出
弾が一夏の背をポンと叩く。それに押されて一歩前に踏み出すと、
!
するのか〟
またエルフォードの声が響く。
〝その力も信念も、他者から与えられたお題目に過ぎない。一人で
勝ち取った物など何ひとつ無い半端者、借り物の想いでまた過ちを繰
り返すか〟
⋮⋮確かに俺は一度過ちを繰り返しそうになった。
だからこそ、それに気付いたからこそ、同じ過ちをまた繰り返す事
- 287 -
!
〝そして他人の言葉を自分の物として、また与えられた観念を盲信
!!
はしない⋮⋮ッ
俺は⋮⋮俺は前に進むよ⋮⋮俺は仲間を見捨てたくない、もう人を
無用に傷付ける事はしたくないし、関わる人全てを守りたい。それだ
けは譲れないッ⋮⋮
〝そしてまた夢物語に縋りだす。現実も見えない愚か者が⋮⋮〟
﹂
その諦めを打ち砕いて、その夢物語を叶えるッ
確かに今は夢物語だ⋮⋮だが俺は、それを幻想の一言で諦めたくな
いッ
﹁白式ィィィッ
対応チームのISと交戦中、これを次々と撃退しています≫
≪リィンフォース中尉が遭遇した正体不明機は現在学園側の緊急
SIGNAL〟の文字が映し出された画面を見つめた。
つい先程まで通話していた相手の名前を呟きながらレオは〝NO
﹁ユリシア⋮⋮一体どうしたと⋮⋮﹂
た。
い光の線が一夏の身体を網羅し、そして一夏は白式を纏って飛び出し
右腕を前に突き出し、一夏は力の名を叫んだ。それに呼応して青白
!!
フランクのノートパソコンを使って繋がれた空母シュティーアと
- 288 -
!!
!!!!!
!
の通信ウィンドウに映し出されたレノアが言った。
﹂
﹁緊急対応ったってラファールと打鉄じゃ∼ん、まるで相手になって
ないけど∼
フランクが馬鹿にした口調で言う。レオと美咲はガラスの壁の向
こうに見えるIS学園と、そこに時折輝く光弾の煌めきを見て、
ア
ン
ノ
ウ
ン
﹁押されてはいますけど、しっかりと消耗させていますね﹂
﹁のようだ。あの正体不明機、パワーもスピードもあるが、乗ってるの
アンノウン
は脳筋臭い。あの様子だと削られて終わるな。護衛のラファールは
数で抑え込めているし不明機から面白いように引き剥がされている。
この時点で奴らに勝ち目は無いし、もしもこの上自衛隊機が合流する
ともなれば奴らの勝ち目は零を通り越す﹂
それぞれISのハイパーセンサーや擬似ハイパーセンサーで望遠
映像を作成してそれぞれ感想を漏らす。
﹂
フランクはややばつが悪そうに椅子に座って回転すると、両手を軽
く挙げて間の抜けた姿勢をとった。
﹁じゃ∼皆で対応チームの腕前見学会といこうじゃない
さしか無いでしょうが⋮⋮ぇ
﹂
﹂
﹂とガラス
﹁まあ正攻法で攻めてる訳ですからドキュメンタリー番組程度の面白
?
?
?
美咲は途中で言葉を止めた。その隣でレオも﹁何⋮⋮
に触れる。
﹁ん⋮⋮どったのどったの
?
- 289 -
?
フランクは眉を顰めると、自分のパソコンのキーを叩き、一つの
アンノウン
ウィンドウを表示、美咲のハイパーセンサーに入っている情報を共有
した。
例の不明機と対応チームのラファール・リヴァイヴは、東京湾とI
E はレッド
シールドエネルギー
S学園とを結ぶ大橋、インフィニティブリッジの第二層⋮⋮上から二
アンノウン
つ 目 の 層 に 平 行 に 並 ぶ 道 路 の 上 に 居 た。不明機 の S
ゾーンへと突入しており、ラファールの方は半分以上残っている。
アンノウン
その二機は何故か、不自然に密着していた。ラファールがもがき、
不明機はその右腕でラファールの頭部を掴むと⋮⋮
アンノウン
⋮⋮ 違 う。あ の 二 機 は た だ 密 着 し て い る の で は な い。ラ フ ァ ー ル
が不明機に掴まれているのだ。
E が減少して行く。
シールドエネルギー
E が増えて行き、逆にラファールの S
﹂
- 290 -
﹂
アンノウン
そう認識した直後、二機のステータス表示に変化が起こった。
﹁⋮⋮へ⋮⋮
S
﹁⋮⋮吸い⋮⋮﹂
﹁⋮⋮取った⋮⋮
E を吸い尽くされて機体が消滅した
シールドエネルギー
ヘビー
に衝突、そこに敵ラファールのグレネードランチャーを受けてそのま
た隊員は、次の瞬間には不明機の重 レーザー砲の直撃を受け、橋の桁
アンノウン
対応チームの隊員を、他の隊員の機体へ投げつける。それを受け止め
二 人 は そ う 形 容 し た。 S
?
シールドエネルギー
目 の 前 ⋮⋮ い や 目 の 前 の 画 面 の 中 で 何 の 脈 絡 も な く、不明機 の
フランクも、美咲も、レオもそんな声しか出なかった。
?
ま二人とも海中に没した。また別の機が二人を救い出すべく桁の陰
に隠れて降下する。
﹁あ∼、一気に減ったね∼﹂
アンノウン
﹁おまけに〝あんなもの〟を見せ付けられて皆腰が引けてる。攻めて
たつもりが敵の肥やしになってた、ではたまらない﹂
﹂
﹁と言って引け腰で相手出来る機体でも無さそうです。あの不明機、
そもそも何なの⋮⋮
レオ、美咲がその光景に釘付けになりながら呟く。
と、フランクのパソコンから高い警報音のような音が発し、部屋中
に響いた。
レノアの通信ウィンドウがトップに躍り出て、インカムを抑えなが
ら告げる。
≫
聞こえているなら広域レーダーを確
!
飛行物体がそのビルへと向かっています
≪少佐、エルフォード少佐
認して下さい
!
き、先ほどフランクが美咲のハイパーセンサーと共有した情報の中か
ら目的の広域マップを呼び出し、それを拡大した。
このビルを中心とした、インフィニティブリッジを含む広域のマッ
プに、新たな光点が加わっていた。
少しここから離れた住宅街エリアから、このビル目掛けて一直線に
飛来している。
波形パターンは⋮⋮航空機ではない。パターンが少し異なる上に
- 291 -
?
レオは窓から離れると、フランクを押し退けてパソコンのキーを叩
!
小さすぎる。高度は⋮⋮
直後レオは窓に顔を戻した。瞬間、その窓から見える真ん中に白い
光の流星が流れたかと思うと、一瞬で彼らのいるビルを通り過ぎ、イ
ンフィニティブリッジへと飛翔して行った。
﹁あれ⋮⋮は⋮⋮﹂
美 咲 が 呟 く。一 瞬 見 え た 白 い シ ル エ ッ ト。そ れ を 捉 え て 逃 さ な
かったレオの擬似ハイパーセンサーには、スキャニング結果にこう記
されていた。
ISS︱063J K02 Byakushiki
Registered Driver:Ichika Orimu
スを開き、中からISデバイスとナハト・リッターのメモリーキーを
抜き出した。
﹁⋮⋮ここの壁は割らないで欲しいな。屋上直通のエレベーターがそ
こにあるからそれ使ってよ﹂
- 292 -
ra
Now Wearer:Ichika Orimura
レオは顔を顰めた。
﹁⋮⋮どこまで愚かな⋮⋮﹂
﹂
あれ程痛めつけられて尚夢に縋るか⋮⋮ッ
﹁⋮⋮性懲りも無くッ
!!
レオはそう吐き捨てるように言うと、壁際に置いたアタッシュケー
!!
フランクがそう言って指を指す。レオはその指の先で待機してい
た直通エレベーターに乗り込むと、屋上のパネルを押した。
- 293 -
Mission17 覚悟の戦い
屋上へのドアが開かれると、レオはその開きかけのドアを通り抜け
るようにして屋上へ出た。
そこはヘリポートになっていた。周囲は高めの柵で囲まれており、
ヘリの着地点が二つ程刻まれた広い空間。
そのど真ん中に、一羽の鴉が居た。
街中で見掛ける鴉のようにゴミを漁るでもなし、ただ屋上に立っ
て、黒い球のような眼でこちらをじっと見つめている。
﹁⋮⋮﹂
- 294 -
レオはその鴉に不可解な物を感じていたが、特に気にも止めず、デ
バイスのパワースイッチを入れた。
≪STANDING BY.≫
カバーがスライドして露わになったスリットにメモリーキーを差
し込もうとした時、レオはふと目を上げた。
そこに鴉はもう居なかった。代わりに、黒い服装の少女のような人
﹂
影が、背を向けてぽつりと立っている。
﹁⋮⋮お前は⋮⋮
⋮⋮見た所フブキの社員証を下げている様子も無し、本当にこの場
にじっとレオを見つめた。
レオはそっと問い掛ける。人影はこちらを振り返ると、何も言わず
?
に場違いな、ただの少女に見える。
だが、この少女の額から垂れ下がる前髪、その奥に光る黒い瞳で見
つめられた時、レオの直感が違和感を訴えた。
答えは直ぐに解った。
この少女は何も言っていないように見えて、口だけが何かを訴える
かのようにしっかりと動いていたのだ。
レオが耳元で自分の指を鳴らしてみても、しっかりとその音を自分
の耳は捉えている。
では何故だ、雑音一つ無いこの場所で何故あの人影の声だけは自分
に届かないのか。
そう考えた途端、レオはまるで自分が周囲から隔絶された空間に居
るかのような、嫌悪に近い感覚をおぼえた。
振り払うように首を振る。そしてまたあの少女に視線を戻した時
⋮⋮
少女は既にそこには居なかった。
強い風が吹く音に打たれ、レオはようやく気づいた。今までビルの
屋上に居て、その上自分のジャケットが風で靡いていたにも関わら
ず、風の音が全く聞こえて居なかった事に。
﹁⋮⋮なん⋮⋮﹂
オカルトじみた光景が目の前に広がっていたのだ。
これは何だ、学園を出た時も少し変な感覚に襲われたが今の⋮⋮そ
の⋮⋮幻覚はそのせいなのか。
幻覚。その単語を思い出すと、レオも少し落ち着きを取り戻した。
- 295 -
幻覚、そう、今のは現実では無い。
屋上に出た時直射日光を受けて少し頭がクラついたのかも知れな
い。
あるいは、そもそも体調があまり良く無いのかも知れない。
その時、頭上を何か黒い影が横切った。鴉だ。鴉はレオが見ている
前で、黒い羽根を広げて飛び去った。
﹁ぁ⋮⋮﹂
その姿に見とれ、レオはしばし動きを止める。そして次の瞬間もう
一つの影が視界に入った時、レオは対応が遅れてしまった。
- 296 -
突如として右手の辺りに衝撃を受け、レオはデバイスとメモリー
キーを取り落とした。
すぐさま横へ飛ぶ。転がるようにして反対側へと移動するレオに、
﹂
幾つもの鉛の弾が襲い掛かった。
﹁⋮⋮ッ
⋮⋮そして思い出した。そんな物は持ち歩いていないという事を。
セブンに手を伸ばした。
いた。レオの足元に火花が散り、レオはスーツの中に隠したファイブ
レオが口を開くと同時に、その装甲服は手にした拳銃の引き金を引
﹁お前は⋮⋮﹂
ら噴射炎が吹き出して、その人影を空中に留めている。
黒⋮⋮いや、黒鉄色の装甲服を着た人影だ。背中のバックパックか
レオはサッと起き上がると、その影を見た。
!?
確かに部屋を出る直前にはスーツの内ポケットに収めていたが、結局
は部屋のガンロッカー代わりの金庫に置いて来たのだ。
金庫については指紋認証と暗証番号によるロックを掛けてあるか
らそちらについての心配は今はしなくても良い。
問題は、拳銃を持たぬまま明らかに全身に武器を隠し持っているよ
﹂
うな装甲服の人間の前に立っているこの状況の方だ。
﹁⋮⋮レオ・エルフォード⋮⋮だな
装甲服はジェットパックを切って屋上に⋮⋮レオより少し遠くに
降り立つと、機械により加工された声で言った。フルフェイスヘル
メットのようなシルエットにT字だかY字のような細いスリットが
入ったヘルメットを被っているせいで、顔は解らない。
﹁⋮⋮そうだ﹂
﹁ふむん。初撃がかわせなかったもののその後の追撃は全て避けた。
流石だよ、面白い⋮⋮。﹂
そう言うと、装甲服は手にした拳銃⋮⋮かの有名な化け物拳銃、デ
ザートイーグルを何と片手で持ってレオに向けた。
﹁でも命令だ、死んでくれ﹂
直後、装甲服が引き金を引いた。レオは咄嗟にしゃがむが、弾丸は
﹂
レオのスーツの左肩に切り傷を入れた。
﹁ッ⋮⋮ぇぇえぃっ
- 297 -
?
少し痛むが、マグナム弾が掠めたと考えれば、寧ろこれで済んでよ
!!
か っ た と 誤 魔 化 し が 効 く。レ オ は そ れ を 無 視 し て 装 甲 服 に 飛 び 掛
かった。
これだけ全身を重そうな装甲で包んでいるのだ。転倒させれば、動
きを封じられる筈。
だが装甲服には空を飛ぶという手段があった。ジェットを吹かし
て空中に踊り出ると、その装甲服は一度屋上より下層へと降りて視界
から消えた。
⋮⋮ あ の 手 の 装 甲 服 と ジ ェ ッ ト パ ッ ク は 見 憶 え が あ る。歩 兵 用
アーマードスーツを目指して開発が進められていた装備が、かつてド
イツにもあった。先ほどデザートイーグルをよりにもよって片手で
バカスカ撃っていたが、あれもアーマースーツのパワーアシストの類
と考えればまだ納得が行く。
だがIS登場によりそれは一気に廃れ、空中飛行成功まで漕ぎ着け
- 298 -
たプロトタイプの殆どは破棄されたと聞いている。
しかしそんなプロトタイプの中でも、空中であれ程機敏に動ける上
に空中静止すら成功させた例など無い。
レオは屋上の床面を蹴ると、先程落としたデバイスへと走った。
そしてそれを拾い上げ、再びメモリーキーを押し込む。
≪READY.≫
如何にそんな装甲服だろうと、ISであれば余裕で対応出来る。気
には喰わないが自分の兵器に対する好きだ嫌いだで命まで落として
はたまらない。
それを天に掲げ、トリガーを引こうとした時そのデバイスを持った
﹂
レオの手首に細いワイヤーが絡み付いた。
﹁何⋮⋮ッ
!!
直後レオはそれに引き摺られ、またもデバイスを落とす。屋上に落
ちたデバイスから衝撃でメモリーキーが排出される。
≪ERROR.≫
﹂
そのままレオは柵に叩きつけられる。
﹁たは⋮⋮ッ
逆に引っ張られるのを避ける為か、レオが立ち上がる時にはその装
﹂
甲服は放ったワイヤーを切断して、またもビルの下に潜った。
﹁この⋮⋮ッ
レオは柵を掴んで起き上がると、両目の前に指で横線を引くように
して、装着した擬似ハイパーセンサーのスイッチを入れた。モードを
切り替え周辺スキャニング。
世界が青白く染まって行き、周囲の様々な反応を表示して行く。熱
源走査に切り替えると、ビルの下の方に一際大きな熱源が軌道を描い
ていた。
それが再び屋上に出てこようとした時、レオは柵を乗り越えて飛
﹂
び、丁度出てきた装甲服へ飛び蹴りを当てた。
﹁ぅおっ
てレオは空中に投げ出される。なかなか危うい所で柵をガッチリと
掴むと、そのままぶらさがるようになりつつも装甲服の方へと視線を
戻した。
- 299 -
!!
!!
装甲服がバランスを崩して離れ、装甲服のデザートイーグル、そし
!!
⋮⋮とりあえず、奴がまた姿勢を戻す前には屋上に戻っていなくて
はなるまい。この状態ではただの的だ。
レオは柵をよじ登り、やっとのことでそれを乗り越えて屋上に降り
﹂
立った⋮⋮のかと思った時、突然屋上が脚から離れた。
﹁なっ
気が付けば装甲服は自分の真後ろに居た。本来響く筈のジェット
パックの轟音も響かせずに後ろからレオを羽交い締めにすると、装甲
服は高く飛び上がって、ビルの上から離れた。
レオの足下にミニチュアよりも小さい市街地が広がる。先程居た
ビルのヘリポートでさえ、掌サイズにしか見えない。
⋮⋮あのビルは何階建てだったか⋮⋮については正直な所考えた
くない。いつもはこれ以上の高度で飛行しているレオなのだが、戦闘
﹂
機のコックピットの中でもなく、ISもパラシュートも無いこの状況
では、ここで装甲服に離されたらお終いだ。
﹁地に落ちろよ⋮⋮戦闘機パイロットさんっと
﹁未練がましくッ
﹂
それは、装甲服の脚だった。
の手は必死に掴む物を探して、それを掴んだ。
落ちるような感覚がレオを襲う。当然そんな事されては困ると、レオ
だがその装甲服は無情にもそれを実行した。臓器が全てサーッと
!!
服を振り回し続けた。
掛けて装甲服を振り回しつつ、どうにか屋上の上へと戻るように装甲
焼かれないようにしつつ、レオは体重をあちらこちらへと立て続けに
装甲服が反射的にレオを振り落とそうとする。降り注ぐ噴射炎に
!!
- 300 -
!!
﹁ちょこざいっ
﹂
装甲服は装甲服でジェットパックを操作して自らを上下前後左右、
全ての方向へ乱雑に振り回し、ついでにもうひとつデザートイーグル
を取り出して撃ち、レオを振り落とそうとする。
二人は暫く空中で踊るように暴れ続け、その内に段々と高度が下が
り、やがて先程の屋上と同じような高さへと降りて来ていた。
それに気付くと、装甲服はジェットパックを操作し、自らをビルの
壁へと二度程、強烈に叩きつけた。
そして装甲服の右肩に引っ掛けていたレオの右手を引き剥がすと、
装甲服はサッと身体の向きを変え、安定を失ったレオをビルの壁と反
﹂
対側へ、何も無い空中へと蹴り飛ばした。
﹁うぉぁぁぁッ
﹁僕の代わりにスカイダイビングを楽しんでくれ﹂
そう言い捨て、装甲服は屋上へと飛んだ。
一方のレオは、全身にかかる強風に晒されながら、地表目掛けて
真っ直ぐに落ちていた。
彼 と 地 表 の 間 に は 何 ら 阻 む 物 は 無 い。先 程 の 装 甲 服 の よ う な
ジ ェ ッ ト パ ッ ク も 無 い し、射 出 座 席 で 飛 び 出 し た 時 と 違 っ て パ ラ
シュートも無い。ISは先程の屋上に落としたまま、恐らくあの装甲
服に回収されるだろう。
打つ手無し、進退ここに極まれり、だ。
- 301 -
!!
!?
だが、レオがそうしてあまり喜ばしく無い最期を受け入れる気によ
うやくなった時、彼の下⋮⋮いや正確には横⋮⋮に、突然白い物体が
並んだ。
丁度頭から落下する形となっているレオの腹の下に並ぶよう、羽根
の生えた人型の白い物体はレオに近づくと、レオを掬い上げるよう
に、上昇に転じた。
﹁ッ⋮⋮﹂
﹁ヒッチハイカーは大抵道路の傍に立ってる物ですが⋮⋮中々良い方
法ですね、これなら確実に目を引けます﹂
その白い物体にレオが捕まると、その白い物体が言った。
レオが目を開くと、擬似ハイパーセンサーがその白い物体の正体を
- 302 -
表示する。
IS︱165J Fu01 Yukikaze
Registered Driver:Misaki Kagur
azaka
お前⋮⋮﹂
Now Wearer:Misaki Kagurazaka
﹁ミサキ⋮⋮カグラザカ⋮⋮
﹁それはそれは⋮⋮尻拭いのような真似をさせて申し訳ないな﹂
とになるのか。
操 者。ということは、この白いのがフブキの保有するIS、というこ
ドライバー
神 楽 坂 美 咲、先 程 フ ラ ン ク か ら 紹 介 さ れ た フ ブ キ の I S テ ス ト
りません﹂
﹁流石に放ってはおけません。出動許可は得て居ます。何の問題もあ
?
﹁捕まっていて下さい、上がります﹂
レオを背に乗せたまま、美咲⋮⋮彼女のIS、雪風は青白い軌跡と
共に真っ直ぐ上昇した。抜群の上昇性能。仮にも高速機であるナハ
トに比肩し得る加速力だ。
屋上に出た時、丁度先程の装甲服が飛び立とうとしている所だっ
た。鉢合わせする形となった装甲服の手には、レオのISデバイスが
握られている。
﹂
﹁美咲、頭低く下げろ﹂
﹁え
レオはそう言うと、美咲の背、そして肩を踏み台とするように空中
﹂
へ飛び出し、装甲服へと飛び蹴りを当てた。
﹁っぅ
トイーグルとデバイスを取り落とす。
屋上に降り立つとレオはサッとデバイスを拾い上げ、メモリーキー
を再び差し込み、振り向きつつ装甲服の方に向ける。
同時に装甲服がデザートイーグルを取り戻し、同じようにレオにそ
れを向け、両者一斉にトリガーを引く。
≪COMPLETE.≫
デバイスから飛び出た光はデザートイーグルから放たれたマグナ
- 303 -
?
今まさに飛び上がらんとしていた装甲服がバランスを崩し、デザー
!!
ム弾をあっさり弾き返し、その向こうのデザートイーグル本体や装甲
服自身を呆気なく弾き飛ばした。
そのままその光はレオの元へと戻り、彼と同じく膝をついて銃を構
えた姿勢のIS ナハト・リッターの幻影を形成させる。
その幻影がレオ自身と重なり、ナハト・リッターが装着されるのを
見た装甲服は、突然別の用事を思い出したようだった。
ここ以外の、別の場所に。
装甲服は腕部から炎を撒き散らし始め、レオ、美咲両名を牽制しつ
﹂
つ屋上から飛び出した。
﹁逃げる⋮⋮ッ
﹂
﹁二手に分かれます、あれは私がッ⋮⋮貴方は学園の方をお願いしま
すッ
雪風の飛んだ跡には青白い、粉雪のような粒子が舞っており、レオ
﹂
も一瞬その美しさに見惚れそうになった。
﹁⋮⋮任せたッ
見える大きな橋へと進路を定めた。
コー ス
ら飛び立っていた。一対の大きな翼を羽ばたかせると、レオは遠目に
だが彼はレオ・エルフォードであるからにして、一瞬後には屋上か
!!
- 304 -
!!
美咲が叫び、市街へと飛び去る装甲服を雪風で追う。
!!
インフィニティブリッジ 第二層 貨物運搬車両用ルート
IS学園と都市部とを結ぶ大橋、インフィニティブリッジは天辺の
片側四車線もの広さを持つ一般交通用ルートと、その下に三角形を形
作るようにして設置された、上り線下り線用で分けられた、二車線分
の輸送車両専用ルート二本、そしてその二つの間を走る鉄道用ルート
で形成された、全体として〝足の生えた台形〟とでも言うべき形をし
ている。
その台形の底辺角に位置する輸送車両専用ルートの上で、IS、白
式を纏った織斑一夏は三機のISと相対していた。
ア
ン
ノ
ウ
ン
何者かが乗り込んだラファール・リヴァイヴ二機にデータ不一致の
正体不明機一機。
あの搭乗者がテロリストなのか、それとも産業スパイか、あるいは
他の何かなのか、恐らく今封鎖された都心部側の方ではそんな事を
あーだこーだと言い合っているのだろう。
だが、今こうして雪片弐型を構えて三機を睨む一夏にとっては、そ
れはさして重要な事では無い。
アンノウン
﹁⋮⋮お前達は何者だ⋮⋮なんて、聞くつもりは無い﹂
一夏は雪片弐型を斜めに構え、その切っ先越しに不明機を睨んだ。
﹁お前達は⋮⋮俺の仲間を傷付けた。怖がらせた。皆がもう何度恐ろ
しい目に遭ったかも知らないで、またこんな事をした⋮⋮﹂
- 305 -
機体各部のスラスターを開放し、来るべき全力噴射に備えさせる。
﹂
﹁お前達が誰だろうともう関係無い、お前達は日常を壊す⋮⋮敵、それ
イグニッションブースト
で充分だ。お前達を倒すのに、それ以上の理由なんか⋮⋮ッ
﹁⋮⋮無いッ
アンノウン
﹁⋮⋮このっ
﹂
E 残
シールドエネルギー
﹁⋮⋮箒相手だと、だいたいカウンターされるんだけどな、今のは﹂
一夏は不明機へと雪片弐型の切っ先を向けた。
﹁⋮⋮何⋮⋮この子供⋮⋮﹂
ファールと一夏との間に割って入る。
嫌な音と共にシールドバリアが霧散し、他の二機がサッとそのラ
量が0を指し示す。
体の不幸だったと言えよう。狼狽する操 者の視界の中で S
ドライバー
⋮⋮いや出来なかった。そのお粗末な腕で運用されたのがその機
ラファールは回避しなかった。
﹂
け、そのまま反対側へと飛び抜けた。
彼我の距離を詰めると一夏は手近なラファールへと青い刃で斬りつ
零 落 白 夜
各部スラスターが一斉に吼えた。 瞬 間 加 速。最大加速で一気に
!!
再び一夏が動き、今度はラファールが実体シールドで一夏の一撃を
防いだ。
﹁⋮⋮それで防いだつもりかよ﹂
- 306 -
!!
!!
間髪入れず、一夏の蹴りが炸裂した。
アンノウン
腹部に深々と食い込んだ脚を押し出してラファールの体勢を崩し、
アンノウン
そのままそれを不明機の方へと蹴飛ばす。
不明機は左腕に対して明らかに〝浮いた〟形状の右腕でそれを弾き
飛ばし、背部ターレット型アタッチに装備された、旧式然としたシル
エットの大型スラスターを噴射、何だかレトロな雰囲気を感じさせる
アンノウン
黒煙を上げながら一夏へと迫った。
⋮⋮先程から、何故かこの不明機だけ何の言葉も発さない。
アンノウン
無人機。その言葉が脳裏を過る。だが⋮⋮
確かにあの不明機は少し前にこの目で見た事がある。もう少し〝
整った外見〟だったが。
は硬直した。
何の為に
どうやって
アンノウン
- 307 -
その時の無人機は無力化した。あの時に無人機へ与えた損傷は右
腕 切 断 と、致 命 的 損 傷 と な っ た 腹 部 の 破 損。今 目 の 前 に あ る 不明機
は、丁度その箇所が明らかに新造部品と解る程にその他の部位から〝
浮いて〟いた。
そのちぐはぐな外観はまるでこれが、あの時の無人機を修復した機
体であるかのようだ。
アンノウン
あの無人機なのか⋮⋮
誰が
?
あの無人機を修復した
アンノウン
?
そしてそれらを誤魔化す答えを適当に見繕うとした時、一夏の思考
不明機を睨む度に疑問が次々湧いて来る。
?
迫り来る不明機を雪片弐型で迎えながら一夏はふと考えた。
?
?
⋮⋮駄目だ、そんな事が出来る可能性は一つしか無い。
﹁⋮⋮何で⋮⋮﹂
ドライバー
実力も無い、姉の七光りだけ
道路に倒れこんだラファールの片割れの声に、一夏は意識を戻し
た。
﹁織斑⋮⋮一夏⋮⋮だと言うの⋮⋮
の⋮⋮研究資料的価値しか無い非力なIS 操 者だと⋮⋮そうデータ
アンノウン
が示していたのに⋮⋮何故こんな⋮⋮﹂
最早何度目か解らない不明機の突撃を逸らしつつ、一夏はそのラ
ファールを見下した。
﹁⋮⋮それでも、お前達より遥かにマシって事さ。下らない競争か何
﹂
かの手駒にしかなれないお前達よりはな﹂
﹁⋮⋮何を⋮⋮ッ
雪片弐型がブレードを防ぎ、一夏が目を細める。
﹁⋮⋮何が女尊男卑だよ﹂
白式の左肩スラスターが光を放ち、瞬間、雪片弐型が実体ブレード
ドライバー
を左に薙ぎ払う。
ラ フ ァ ー ル の 操 者 が 驚 愕 を 顔 に 浮 か べ る よ り 早 く、右 肩 ス ラ ス
ターが噴射、右下に振り切った雪片弐型を左手に任せた一夏の右拳
﹂
- 308 -
?
ラファールが実体ブレードを構えて一夏へと飛び掛かった。
!
が、ラファールの頭部を襲った。
﹁ぐふぅ⋮⋮ッ
!!
﹁⋮⋮ISが使えるから女は偉い、なんてさ⋮⋮使える癖に、いや使え
﹂
るからそんな手先にしかなれないお前達は、偉くも何とも無ぇ⋮⋮
よッ
アンノウン
左手の雪片弐型を後ろに突き、一夏は言葉を切った。
アンノウン
一夏の背後の不明機の右腕が雪片弐型の切っ先に止められ、直後振
﹂
り返りつつの雪片弐型による左下よりの斬り上げが、不明機の追撃
チャンスを潰し、自分の物とする。
﹁⋮⋮これで終わらせる⋮⋮今度こそ、必ずッ
﹁⋮⋮だぁぁぁぁぁぁぁッ
アンノウン
﹂
裂けるようにして変形し、青白い光刃を発生させる。
そう叫び、一夏は雪片弐型を担ぐように構えた。雪片弐型の刀身が
!!
﹁な⋮⋮﹂
ゲージが一夏の動きを止めた。
構わない。このまま切り捨てる。そう判断しようとしたが、一つの
ラファール・リヴァイヴだ。
た。
だがその答えを得る前に、両者の間にもう一つの影が割って入っ
不明機は反応しきれていない。これは無人機か、それとも⋮⋮
アンノウン
瞬 間 加 速と共に一夏は不明機に切りかかった。
イグニッションブースト
!!!!
E が0⋮⋮そう、最初に一夏が切り捨て
シールドエネルギー
そのラファールは、 S
- 309 -
!!
た筈のラファールだった。
確かに、シールドバリアが0になっても機体そのものの稼働は一応
E が0になった時点
シールドエネルギー
可能だ。IS学園での模擬戦闘においては S
ドライバー
で戦闘終了としている為、このラファールの行動は一夏にとっては想
定の外だった。
このまま斬りかかれば⋮⋮確実にラファールの操 者が⋮⋮
そう〝考えた〟途端、一夏の動きは止まった。
そしてその不自然な隙は、敵に為にならないほど有益な情報を齎し
た。
アンノウン
- 310 -
SEが0のラファールが、ブレードを構えて突っ込んで来る。今の
白式の装備では、どう切りつけてもそのラファールの搭乗者に致命的
な傷を与えてしまう。
如何にISとは言え、装甲が施されていない生身の身体が露出した
箇所の防御は全てシールドバリア頼み。シールドバリアが消えてい
﹂
る状態では⋮⋮。
﹁ぐふ⋮⋮ゥッ
が一夏を再び道路へと飛ばし、ラファールのブレードが一夏を襲う。
だが、そこには既に不明機が待ち構えていた。左腕によるアッパー
振り注ぎ、反射的に道路の下、海面の方へ飛び退く。
続けて二機のラファールのアサルトライフルから弾丸が雨の如く
回し蹴りによって一夏は道路に叩き落とされた。
ラファールのブレードが白式のシールドに刺さり、続けて放たれた
!!
一気に勢いを削がれた一夏は、最早防ぐ事は出来ても反撃に出るこ
とが出来なくなっていた。
何でなんだ⋮⋮
一夏は自らを罵った。
皆を守りたい、なんて啖呵を切って飛び出しておきながら⋮⋮いざ
その時になるとこんな⋮⋮情けない様を見せて⋮⋮
最低だ⋮⋮俺⋮⋮。
アンノウン
﹂
〝守る〟なんてヒーロー
不明機の腕に掴まれた一夏の喉元に、ラファールのブレードの切っ先
が突き付けられる。
ねぇッ
﹂
﹁ぐぁぁっ
﹂
ブレードが一夏の喉を引き裂く。
⋮⋮勿論喉は引き裂かれていない。多量のSEと引き換えにシー
ルドバリアがその切っ先を防いだ。
これを後数回繰り返されれば、本当に喉を掻き切られる羽目になり
- 311 -
﹁⋮⋮やっぱり、非力じゃないか、坊や
みたいな格好を付けて、粋がっている子供に過ぎないじゃないの
アンノウン
不明機の締め付けがきつくなり、ブレードが喉に当たる。
大人の世界ではねぇ、血を流す事を躊躇しない事も
!!
?
ヒーローみたいな事言ったって、結局敵を殺してる事に
﹁良い事⋮⋮
あるのよ
?
変 わ り な い、そ ん な 事 に も 気 付 か な い で 戦 う、君 は 本 当 に 子 供 だ
!
!!
!!
そうだが。
﹁後 悔 す る ん だ ね ⋮⋮ 軽 々 し く こ こ に 飛 び 込 ん だ 自 分 の 軽 率 さ を ッ
﹂
再びブレードが振り上げられる。
そのブレードは空を裂き、切っ先を煌めかせながら一夏の喉元目掛
けて振り下ろされ⋮⋮
﹂
⋮⋮紫色の光弾により、真ん中からへし折られた。
﹁ッ
﹁何ッ
﹂
!?
部裏のホイールで疾走しながら、レオは狙撃姿勢を取っていた可変ブ
道路を真っ直ぐ、翼を含めた背部飛行ユニットを展開しないまま脚
レオ・エルフォードの声が、ラファールを嗤った。
≫
≪そんな所で動きを止めた、貴様らのその判断も軽率さと言えるな
⋮⋮忘れる事の出来ない機影があった。
その方向、市街方面へ続く道路の遥か彼方に、一夏のよく知った
全員の注意が光弾の飛来した方へ向く。
!?
レード アンシュタンドのスコープから目を離した。
- 312 -
!!
アンノウン
E 0。
シールドエネルギー
敵機は三機、内二機がラファール・リヴァイヴ、片方は S
最後の不明機は、識別不能、該当データ無し。
右腕部より敵機のエネルギーを吸収する機能があり、攻撃方法は左
腕部レーザーキャノンと格闘攻撃を確認済。
アンノウン
⋮⋮行ける。レオはそう判断した。
不明機にロックオンすると、レオは再びスコープを覗いた。
⋮⋮先日から気にはなっていたし、フランクにも言ったのだが、右
手に持ったライフルと自分の利き目が一致していない。
恐らくパーソナルデータの伝達漏れだろうか。急な機体調達の弊
害か⋮⋮
アンノウン
﹂
ある程度近付けばそこまで問題にはならないが、ここまでの遠距離
狙撃となると少し厳しい。
アンノウン
﹁⋮⋮だが、当てて見せよう。タコ頭は水底が似合いだッ
越えた辺りで霧散する。
﹁外した⋮⋮と思ったか﹂
へ命中し、よろめかせて織斑を脱出させる。
その時には、既に二発目が放たれていた。回避直後の不明機の頭部
アンノウン
スを取り⋮⋮不明機が飛び退いた事でそのまま空中を貫き、橋を飛び
アンノウン
紫 色 の 光 弾 が 不明機 へ 飛 ぶ。光 弾 は 不明機 の 頭 部 へ 命 中 す る コ ー
!!
このロケーション、アンシュタンドのような光弾弾のミスショット
はまずい。
やはり接近して格闘戦へ持ち込む他無い⋮⋮な。
- 313 -
?
﹁フライトユニット起動、展開﹂
言葉と共に展開したナハト・リッターの一対の翼が生物的に羽ばた
き、アンシュタンドがロングブレードへと変形する。
このナハト・リッター、基本コンセプトは高機動射撃戦。だが搭乗
者の練度不足を計算に入れ、今の所速度を活かした一撃離脱格闘戦に
どちらかと言うと主眼を置いている。
練度不足とは情けないが、それならばそれ、ナハト・リッターの速
力、その目でとくと、味わうと良い。
レオはアンシュタンドを構えると、フル加速でラファールに斬り付
けた。
斬った後腕部アーマーを損傷したラファールを尻目にすぐに上昇
に転じ、ループ機動を描いて織斑の横へ飛ぶ。
﹁⋮⋮待たせたな。嬉しくない奴が手助けに来た﹂
﹁あ、ああ⋮⋮でも気を付けろ、今のラファールはSEが⋮⋮﹂
織斑が恐る恐るといった具合に言う。
それについてはレオも把握済みだった。相対するだけで網膜には
そのラファールに重ねてステータスウィンドゥが表示される。
﹁そうか、そうだな⋮⋮。それは好都合だ﹂
嘘偽り無きステータスを見ると、レオは呟いて左腕の盾、ブリッツ
クォレルから光弾を放った。
ドライバー
体勢を立て直そうとしたラファールの脚部アーマーを光弾が貫き、
操 者が呻く。
- 314 -
続けてレオはアンシュタンドを変形させ、ブリッツクォレルと組み
合わせてスラスター、武装、装甲を次々撃ち抜いた。
最後の一発はラファールのヘッドバイザーに命中し、ラファールは
スクラップ同然となって道路に倒れた。
ドライバー
シールド無しで身体に纏ったアーマーが次々破壊される痛みに、ラ
ファールの操 者はとうに屈していたようだった。割れたバイザーの
﹂
裂け目から、閉じた目とそこを伝う鮮血が覗く。
﹁⋮⋮殺した⋮⋮のか
﹁バイタルサインは正常値だし、出血量も小さい。この辺り便利な道
具だ。ISは﹂
アンノウン
アンシュタンドをブレードへと戻し、レオは残った二機を睨んだ。
片 方 は ラ フ ァ ー ル。こ れ は ど う と で も な る。も う 片 方 の 不明機。
これは少し警戒が必要だ。SE吸収能力は洒落にならない。
E を吸収する。あの右腕に掴ま
シールドエネルギー
﹁⋮⋮警戒しろ織斑、奴は敵機の S
れたら最後と思え﹂
﹁あ、ああ⋮⋮でも⋮⋮俺⋮⋮﹂
レオは腰を少し落とし、右手で持って左手を添えたアンシュタンド
を切っ先を左斜め下に向けて構えた。
﹂
﹁どの道その得物では血を見ない訳にはいかない。剣というのはそう
いう武器だと解釈しているが違うか
織斑も真正面に雪片弐型を構える。
?
- 315 -
?
敵機もそれぞれに武器を構えながら、お互いのスラスターを唸らせ
る。
﹁⋮⋮出来ないなら無理にとは言わん、すぐにでも逃げ去る事だな﹂
﹂
﹁⋮⋮っざけんなよ⋮⋮俺はもう宣言しちまったんだ、皆を守る、その
為にこの力を振るうって
叫び、織斑が真っ先に動いた。瞬間加速、イグニッションブースト。
アンノウン
ラ フ ァ ー ル が 実 体 シ ー ル ド で 彼 の 前 に 躍 り 出 て、そ の 向 こ う か ら
不明機が右手を持ち上げる。
﹁⋮⋮単純馬鹿が、これは死んでも直るまい﹂
レオは冷めた目で呟くと、織斑に続いて道路を蹴った。
アンノウン
雪片弐型が実体シールドに防がれ、その上から織斑に掴み掛かる
不明機の腕を、アンシュタンドが弾き飛ばす。
アンノウン
振り上げたアンシュタンドをロングライフルに変形させつつ振り
下ろし、至近距離で不明機へ撃ち込む。その下では実体シールドの表
面を滑るように雪片弐型が動き、蹴りに続けて放たれた零落白夜の一
アンノウン
撃が、ラファールを圧倒する。
ラファールが飛び退き、不明機がその横に着く。
﹁ッ ⋮⋮ あ の 男 ⋮⋮ な ん て 奴 ⋮⋮ あ い つ が 戦 況 を ひ っ く り 返 し て
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
アンノウン
不明機がゆっくりと、その頭部をラファールに向ける。
- 316 -
!!
﹁仕方ない、殲滅もデータ取得も出来なかったけど、逃げの手を打つと
しましょう﹂
﹁⋮⋮﹂
﹂
ドライバー
アンノウン
﹁⋮⋮ ど、ど う し た の ⋮⋮ 何 か 言 い な さ ⋮⋮ ぇ ⋮⋮ ち ょ、ち ょ っ と
⋮⋮ッ
アンノウン
ラファールの操 者が言い終わらない内に、不明機がその右手でラ
ファールの頭部を掴んだ。
レオ、織斑が呆然と見ている前で、不明機はラファールのヘッドバ
ドライバー
イザーを砕きつつ、ラファールのSEを吸い取った。
アンノウン
やがてISが消失したラファールの操 者を、まるでゴミでも投げ
〟
アンノウン
捨てるかのように放り投げるの、不明機は再びレオ、織斑へと突進を
始めた。
〝キシャァァァァァァァッ
﹁⋮⋮もう、化け物じゃねぇか⋮⋮﹂
﹁人で無いなら、お前からすればやり易いだろうな、行くぞッ
!!
﹁織斑
﹂
クォレルの固定ロックを解除し、織斑へと投げ渡した。
レ オ、織 斑 が 飛 び 出 す。飛 び 出 し な が ら、レ オ は 左 腕 の ブ リ ッ ツ
﹂
パーツ同士で軋んだ音か、獣の咆哮のような音を上げる不明機。
!!
- 317 -
!!
!
﹁おうッ
﹂
事前に打ち合わせておいたかのような円滑さで、織斑は左腕にブ
リッツクォレルを装備した。
武装からデータが送り込まれ、白式のウィンドゥにブリッツクォレ
ルのデータがダウンロードされる。
レオはフリーになった左手を左脚に伸ばすと、左脚部側面に固定さ
れたコンテナを開き、中に格納された武器を取り出した。
⋮⋮織斑との戦闘では、結局見せず仕舞いだった武装。
GMW︱06S/G 複合射撃兵装。何のことは無い、グレネード
ランチャーを銃身下部に備えた、ただのサブマシンガンだ。
妙な機能が無い分、レオにしてみれば扱い易い武装だった。
例えるならば米国の短機関銃 クリス ベクターのフォアグリッ
プの代わりにH&K AG36似のグレネードランチャーが備えら
れたような、中々に近未来的シルエットの銃。デザインに凝ったせい
アンノウン
で開発費が跳ね上がったとフランクに自慢されたその銃のダットサ
﹂
イトに不明機を捉える。
﹁うぉぉぉぉぁッ
織斑が前に出て雪片弐型で斬りつけ、その後ろからレオがGMW︱
!!
﹂
06とアンシュタンドのライフルモードで援護する。
﹁ハァァァァッ
!!
- 318 -
!
アンノウン
アンノウン
不明機も光弾を乱射する中、織斑はその光弾を全て避け切り、全身を
﹂
黄金色に煌めかせ、零落白夜の一撃で不明機のシールドバリアを切り
裂く。
﹁行けェッ
﹁砕けろッ
だ。
﹁タァッ
﹂
﹂
飛び出す。
アンノウン
﹁ハァァァァ⋮⋮セェェェィッハァァァァァッ
見て取れた。
﹂
今不明機がそのスパイにより動かされている訳では無い、という事が
アンノウン
絶したまま千切れたコードや固定器具に拘束されており、少なくとも
タコ頭と評されたマスクのその下では、学園に侵入したスパイが気
た。
ムが対応しきれなかったのか、不明機の頭部アーマーの左半分が砕け
アンノウン
先が不明機へヒットし、先の連続しての高火力攻撃により防御システ
アンノウン
スラスター角度を調整し、脚から不明機へ突っ込む。飛び蹴り。爪
!!!
よろめいた不明機。そこへ織斑は道路を蹴って跳び、斜め上方向に
アンノウン
シールドバリアの消えた〝裂け目〟目掛けてグレネードを撃ち込ん
織 斑 が 前 の め り に 伏 せ る。そ の 背 後 か ら レ オ は 零 落 白 夜 に よ り
!!
!!
﹁こいつ⋮⋮﹂
- 319 -
!!
アンノウン
﹁乗機にパイロットが操られるとはな⋮⋮﹂
アンノウン
二人は交差した軌道を描いて不明機の射撃を回避、逆に不明機を挟
み 撃 ち に す る ポ ジ シ ョ ン へ 転 が り 込 み、ブ リ ッ ツ ク ォ レ ル の レ ー
ザー、ライフルモードのアンシュタンド、GMW︱06で一斉射撃を
浴びせる。
先程の打撃でいよいよ基幹システムにダメージを喰ったか、今の斉
﹂
アンノウン
射で回避もままならないまま、今度は胴体部分のアーマーが崩れる。
﹂
﹁やれる⋮⋮織斑ッ
﹁てぁぁぁぁッ
アンノウン
ネードを放ち、レオは不明機へと接近、連続した爆発で損傷した背部
アンノウン
対装甲爆裂投擲弾。炸裂するそれらに加えてGMW︱06のグレ
投擲する。
それぞれの指と指の間に挟んで全て一度に抜き放ち、不明機へそれを
アンノウン
右脚側面のコンテナを開放、迫り出して来た複数のダーツ状の武器を
ブリッツクォレルで防いでる間に、レオはアンシュタンドを手放し、
不明機はぎこちない動きで光弾を織斑へと浴びせる。織斑がそれを
アンノウン
ターンだった。
る。これが、今回の相手に対して二人が無意識の内に選択した基本パ
零落白夜でシールドが消えた所へ、レオが一瞬のラグもなく追撃す
不明機は左脚部に大きな亀裂が走っていた。
アンノウン
の立っていた所へ、織斑はレオの立っていたポイントで停止する。
織斑が飛び込み、レオとほぼ同時に不明機を斬りつけ、レオは織斑
!!
へとGMW︱06の銃口を密着、フルオートで全弾を不明機へと撃ち
込んだ。
- 320 -
!!
アンノウン
ドライバー
そして織斑が正面から零落白夜で斬り裂き、完全に露出した操 者
ドライバー
を、ブリッツクォレルの〝爪〟で穿り出すようにして不明機から取り
除く。
﹁よし⋮⋮﹂
気絶したままのその操 者を肩に担いで織斑は下がり、続いてレオ
﹂
もそこに並ぶ。
﹁どうだ
アンノウン
﹁生きてる⋮⋮筈。機体の方は⋮⋮﹂
織斑が不明機の方を見る。
アンノウン
不明機は、動きこそ更に鈍重になったもののまだ稼働していた。
﹁やっぱり⋮⋮﹂
ドライバー
﹁操 者 が 気 絶 し た ま ま 動 い て い た ん だ、ま あ 予 想 通 り と い っ た 所 だ
な。織斑、零落白夜はまだ使えるか﹂
﹁今ので決めるつもりだったからな⋮⋮もう無理だ﹂
それを聞くと、レオはGMW︱06のマガジンを交換しながら織斑
の前へ出た。
アンノウン
﹁ならそいつを安全な所まで持って行け。後は単騎でやれる﹂
そう言って、レオは一対の翼を羽ばたかせて不明機へと接近した。
- 321 -
?
﹁わ⋮⋮解った﹂
織斑が道路上を滑走して反対方向へと去る。
アンノウン
それを尻目にレオは四肢の制御もままならず、背部スラスターだけ
でどうにか動いている不明機へとGMW︱06の照準を合わせた。
≫
そしてトリガーに指をかけた瞬間、通信ウィンドウが視界を塞ぐ。
≪エルフォード
アンノウン
ドライバー
﹁プロフェッサー織斑⋮⋮弟君なら敵パイロットを引き渡しに行きま
したよ﹂
ウィンドウを傍に逸らしながらレオが言う。不明機の操 者は織斑
アンノウン
ドライバー
が 運 び 出 し、先 に 撃 破 し た ラ フ ァ ー ル か ら は か な り 距 離 が 離 れ た。
不明機 に 吸 収 さ れ た 方 の ラ フ ァ ー ル の 操 者 は 確 認 出 来 て い な い が、
少なくともこの近辺には転がっていない。
≫
≪そ、そうか⋮⋮学園内は落ち着いた。後はその機体だけだが⋮⋮
﹂
そいつは破壊するな≫
﹁何⋮⋮
≪破壊せず無力化しろ、と言った
アンノウン
不明機が光弾を放ち、GMW︱06がレオの手から弾き落とされる。
- 322 -
!
いつに無く荒々しい声でプロフェッサー織斑が怒鳴る。と同時に
!
?
﹁⋮⋮了解プロフェッサー、可能ならば、そうさせて頂きましょうッ
﹂
!!
そう言って通信を切る。
﹂
手間を掛けさせてくれる⋮⋮。
﹁⋮⋮ハッ
ある程度の距離とポジションを確立すると、レオは道路を蹴って跳
んだ。放たれた光弾を空中前転で躱し、角度を調整、全推力を背後に
回した上で、突っ込む。
﹂
先程の織斑のように。
﹁ッハァァァぁぁッ
﹁⋮⋮ッ
﹂
構造材が散乱していた。
そのレオの爪先のすぐ先、先程からの戦闘で破損、落下した鉄骨や
爪先で削りながら着地する。
不明機︽アンノウン︾が橋桁に背中からぶち当たり、レオが道路を
不明機の頭部を蹴った。
アンノウン
レオの左脚が胴体に空いた穴へと喰い込み、さらにレオは右脚で
!!!
﹂
アンノウン
フ ル ブー ス ト
アンノウン
をレオは左手で拾い上げると、再び全力噴射で不明機へと迫る。
﹁⋮⋮貰ったァッ
腹部の大穴を通して、不明機の胴体を貫いた。
アンノウン
よろよろと橋桁を離れる不明機へ、レオの突き出した鉄骨が飛び、
!!
- 323 -
!!
瞬時に判断、その中で最も大きな、アンシュタンド程の長さの鉄骨
!!
アンノウン
レオは左手を伸ばしたまま、不明機は右腕を伸ばしたまま、両者は
アンノウン
暫し硬直する。
アンノウン
そして、不明機のカメラアイが消えた。
﹁⋮⋮﹂
そして、不明機が後ろにゆらりと倒れ込み、橋を離れ、その下の海
アンノウン
面へと真っ逆さまに落ちた。
レオが下を覗き込む中、不明機は盛大な水飛沫を上げて海へと没し
た。
﹁⋮⋮だから⋮⋮言っただろう⋮⋮﹂
水飛沫を一通り浴び、雫の滴るヘッドバイザーを上にスライドさせ
開放、左掌のみISを解除し、レオは顔を拭った。
﹁⋮⋮貴様には水底が似合いだ﹂
その内織斑や学園のISが駆け付けて来るだろう。レオは溜息と
共にISを解除した。
元のスーツ姿に戻り、ネクタイを締め直すと、レオは残骸だらけな
上濡れた道路を歩き、織斑が戻って来る頃には、既にそこから立ち
去っていた。
- 324 -
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