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戯 曲 の 解 体
の 解 体 ﹁不条・理の演劇﹂の再検討 ﹁不条理の演劇﹂と言語 山 田 巨 る﹁不条理の演劇﹂︵一門ゴO ]リゴ①伊げ厩OOhけゴ①﹀げ匂自¢同ユ︶ー しばしばアンチ・テアトル︵い、︾昌葺げ$耳Φ︶とも呼ばれ イォネスコの演劇観 るーは、現代演劇の中に不動の位置を確立したように ォネスコは劇作家ではなく道化師である、といったよう ジック・ホールまがいのナンセンスに過ぎないとか、イ 思われる。もちろん、 ﹃ゴドーを待ちながら﹄はミュー の演劇L 一九五〇年にパリの﹁小劇場でイォネスコの﹃禿の女 リカ、南米、日本における今日までの霧しい上演、再演 ぼる上演記録、また、ヨーロッパ諸国はもとより、アメ ?合@一じごΦo犀φけ計同りO①ー︶、イオネスコ ︵団“σqαμΦH9の回数が示すように、 ﹁不条理の演劇﹂は、短命のうち 歌手﹄が初演されて以来十余年を経た今日、ベケット における﹃ゴドーを待ちながら﹄の優に四百回以上にの 免れなかった訳ではない。とはいえ、パリのバビロン座 いいほど加えられる非難とそれに伴う論戦を、それらが な、前衛的な芸術が新たに出現する場合、必ずといって 二十世紀演劇と﹁不条理の演劇﹂ ポピュラー。エンターテイメントと 演劇と戯曲 ﹁不条理 人 フ︵︾同けゲ母﹀魯日o∼H㊤Oo。ー︶をはじめとする、いわゆ アリズムの演劇運動とは違って、演劇の本質に迫る何物 111 戯 曲 :ilt Sk はじめに 第五章 第第第第 四三ニー 早早早早 ?B 口①ωoρHO這−︶、ジュネ︵壼p口○①p①♂同Oさー︶、アダモに挫折した﹁表現主義の演劇﹂や、ダダやシュール・レ (QQ かを備えた、持続的な生命力を持っていることを明らか ﹁不条理の演劇﹂を、その中に数えている。 る に、およそ予期されざる悲劇とは反対のもの、ファルス ジャン“マリ・ドゥムナックは、ベケットの作品の中 の中から出現したまぎれもない現代の悲劇、ギリシァ悲 にしたようである。或はまた、それらが伝統的な戯曲と 劇におけるよりも﹁層根本的な問を投げかける悲劇を認 肩を並べてコメディi・フランセーズの演目となってい るように、反演劇としての牙を失い、演劇のジャンルの こういった事実はまた、多くの批評家、研究家の見方 ン・コット︵冒昌内oεは、ベケットやイォネスコの作 ︵恥魯魯神愚鳴騎蕊Oミ、Ooミ鳴ミSoミ建導お①軽︶において、ヤ あるいはまた、 ﹃われらの同時代人シェイクスピア﹄ ﹃悲劇の復活﹄というエッセイを書いている。 ヨ め、ジョージ・スタイナーの﹃悲劇の死﹄に反論する 中に飼い馴らされてしまったとも言えよう。 にも反映した。 ﹁不条理の演劇﹂を、伝統から全く孤立 に代って逆に、それらが、現代人の苦悩と不安の根源を した一時期の奇妙な演劇、或は演劇的現象だとする見方 問いかけるという、極めて今日的な問題に専念しつつ、 品の中に充溢する﹁グロテスク﹂なるものの照明の下 に、シェイクスピアの作品を分析し、 ﹃リァ王﹄とべケ なお、 ﹁文学及び演劇の、多数の甚だ古く、大いに尊敬 ヨ これらからも明らかなように、﹁不条理の演劇﹂は、現 ットの﹃勝負の終り﹄を比較して.いる。 近代の諸戯曲はもちろん、古代から現代に至る演劇の伝 ﹁不条理の演劇﹂が、その内容と形式の双方において、 すべき伝統的諸様式を結合するものであること﹂、即ち、 統をふまえたものであることが確認されつつある現状で た位置を占めるに至ったばかりではない。スタイアンや コットの例において明らかなように、 ﹁不条理の演劇﹂ 代演劇の新しい段階として、二十世紀演劇の中に確定し の評価に際して、新たに採用された批評基準の幾つかは、 ある。 の二十世紀戯曲の中で益々顕著になる、喜劇的でありな 例えば、スタイアン︵一゜一U.ωけくp昌︶は、イプセン以後 ところで、ここに、、っ厄介な問題が出て来る。﹁木 る。 する再検討を、我々にうながすまでになっているのであ 過去の演劇に新しい光を投げ、ひいては演劇の本質に対 ︵紆時8ヨΦを︶という概念の中に包括し、その系譜を がら悲劇的効果を備えた一群の戯曲を、 ﹁暗い喜劇﹂ イプセン、シェイクスピア、エウリピデースにまでさかの ぼらせる一方、今日におけぞその最も代表的な例として、 112 条理の演劇Lにおける言語の問題である。しばしば﹁不 と言った一クレタ人の主張のように、パラドックスであ のか。それは、あたかも、﹁全てのクレタ人は嘘つきだ﹂ るのか。いかにして、またなぜ、彼等にはそれが可能な り、不可能なことではないのか。この疑問は、いま一つ 現代人の存在状況のありのままの表現として、現代文明 新しい問題に我々を直面させる。はたして、それが彼等 条理の演劇﹂は、演劇の本質への回帰であると同時に、 ションの不可能性を、その結果としての入間の孤立、不 て書かれた彼等の作品を、 ﹁戯曲﹂と呼んで差しつかえ に可能であるにもせよ、そのような言語不信を根底にし における言語の混乱、崩壊を、人聞同志のコミュニケイ 或はまた、 ﹁不条理の演劇﹂の劇作家達は、コミュニケ の、ギリシァ以来の伝統を持つ﹁戯曲﹂だと呼べるであ 安、絶望をまざまざと映し出している、と言われている。 イションの手段としての言語を全く信用していないの だ、とも言われている。彼等は不条理についてすら、論 ろうか。問題はさらに広がって行くであろう。もし呼べ ないものだろうか。 コ不条理の演劇﹂は、厳密な意味で 議しようとはしない。言語による論証によってではな ー3 エイクスピアの演劇に通じる人間の条件の究極的、根源 1 ないとしたら、 ﹁不条理の演劇﹂が、ギリシァ演劇やシ とする努力、これこそが、マーティン・エスリン︵竃舞島謬 く、入生についての不条理の感覚をそのまま表現しよう ものであるという見方や、演劇の本質への回帰であると 的条件に対する直視であり、悲劇と喜劇の源泉に触れる いう主張はどうなるのか。 ルトルやカミュに代表される実存主義の演劇から区別す るものなのである。 か。そもそも﹁不条理の演劇﹂はどのような種類の演劇 はたしてこれらの対立する見方はどこまで正当なの 国ωωぎ︶によれば、 ﹁不条理の演劇﹂の劇作家達を、サ な言葉で表明されよう。 ﹁言語に信頼をおかぬ人間がな 当然、ここに、疑問が起る。例えば、それは次のよう のだ﹂ ︵遠藤周作氏︶と。人生の究極的意味は言語によ っては把えられない、言語による表現が偽りでしかない、 を迎えているのではあるまいか。それらの諸点を明らか 々はあらためて﹁不条理の演劇﹂の再評価を試みる時期 熱狂的な賛辞、ほぼそれらが出尽した感のある今日、我 はいかなる位置を占めているのか。怒りに満ちた非難と なのか。過去数千年に亘る西欧演劇の流れの中で、それ こう信じる︵或は感じる︶作家達が、どうして戯曲を、 ぜ言語をつかって書くのだ。伝達の機能を観客に強いる 極めて高度の言語芸術作品である戯曲を書くことが出来 てみたい。 トとイォネスコの作品について、幾つかの観点から論じ にするために、ここでは、﹁不条理の演劇﹂、特にベケッ は、英国人の夫妻、ミスター・スミスとミセス・スミスの 教えられていたのである。それだけではない。教則本に に考えたこともない、すっかり忘れていた不動の真実を はスミス氏に、 ﹁私達は七人の子供を持っています﹂と 会話が描かれていた。全く驚いたことには、スミス夫人 どのようなことを指すのか。幾つかの作品を、このよう ているのか。言語の効用を否定し、言語を破壊するとは ﹁不条理の演劇﹂において、言語はどのように使われ に他方は、 ﹁そうですね。でも都会は田舎よりも人口が では、一方が﹁田舎は大都会よりも静かです﹂と言うの る。スミス夫妻がマーチン夫妻を招いて団樂するところ ことも憶えていないほど忘れっぽいのだろうか。まだあ る。スミス氏はそれを知らなかったのだろうか。そんな 第一章 ﹁不条理の演劇﹂と言語 な観点から見て行きたい。 ﹁私達はメアリーという女中を使っています﹂とか伝え か﹁私達が住んでいるのはロンドンの郊外です﹂とか、 まず、よく言語の関節を外してしまったと言われるイ と呼び、その成り立ちを、 ﹃言語の悲劇﹄︵卜織ミ鵡鴨ミ“ を見よう。イォネスコはこれを﹁反戯曲﹂︵p暮7且α8︶ イォネスコにとってこの英会話の教則本の対話こそ、 ではないのか。 ありその証明がなされている。しかし全くのナンセンス ト的な論理の筋道を踏んでいる。どちらも自明の真理で ォネスコの﹃禿の女歌手﹄︵卜貸G§ミ㌣躇O潜§竃レ㊤お︶ 多いし商店も多いです﹂と答える。彼等の主張はデカル 犠ミ、§晦鵡鴨︶と題するエッセイの中で、ほぼ次のように 説明している。 現実の無意味な対話のパロディであり、伝統的戯曲のパ ロディと映ったのである。彼はこの教則本を元にして、 この作品を書く前に、イォネスコは英語を学ぶつもり で、英会話の教則本を毎日繰り返し読んでいたのである この戯曲の全組織は、教則本から採られた言葉を結び合 反戯曲、即ち戯曲のパロディを作ろうという気になった。 わせたものであり、教則本のスミス夫妻とマルチン夫妻 が、そのうちに驚くべき事実を発見した。彼は単に英語 は私達の下にあります﹂、といったような、我々が真面目 を学んでいるだけではない、コ週間は七日間ですL、﹁床 114 人。英国の靴下をかがっている。長い英国の沈黙。 の、別の英国の肱掛椅子には、英国人のスミス夫 はそのまま戯曲中の人物となった。しかし書いているう ちに戯曲の意味は驚くべき変貌を遂げた。イォネスコは 英国の時計が英国の十七時を打つ。 スミス夫人 まあ、九時。晩のお食事は、スープにお 言う。 ﹁私にとって起ったのは一種のリアリティーの崩 壊であった。言葉は意味のない化石化した音響となっ た。人物もまたもちろんそうだ。それは、心理を失った 魚にポテトのフライに英国のサラダ。子供たちは英 国のお水を飲んだわ。みんな、ほんとによく食べた。 ぬけがらとなり、世界はこの世のものとは信じられない もののように見えてきた﹂ だってあたしたち、ロンドンの郊外に住んでいて、 ︵以下訳文は諏訪正氏による︶ ヨ スミスっていう名前ですからね。 これが、イォネスコ自らが語る﹃禿の女歌手﹄の成立事 情であるが、では、そのようにして書かれたこの戯曲は、 のあらましを見ておこう。 どのような構造を持ち、どのように言語を使うのか。そ 題は食事について、消化不良について、死んだ友人とそ 礼儀正しく異様に論理的な会話がしばらくの間続く。話 こういった調子で、英会話の教則本そのままのような、 つろいでいる。その光景は、どぎつい課刺に満ちたト書 然の結果、混乱が起る。 ︵ボビー・ワトソン︶の一族は全て同じ名前である。当 の家族について、と転々として行くが、この死んだ友人 幕があがると、おなじみのスミス夫妻が居間の中でく きが次のように説明している。 英国の中流家庭の室内。英国の肱掛椅子がある。 スミス夫人 だあれ? ボビー・ワトソンのこと? スミス夫人 死んだボビi・ワトソンのもう一人のお スミス氏 どのボビー・ワトソン? 英国の夕暮れ。その肱掛椅子のひとつにかけた英 国人のスミス氏は、英国の炉ばたで、英国のスリ ッパをはき、英国のパイプをくゆらせ、英国の新 じさんのボビー・ワトソンじいさんの息子のボビi 聞を読んでいる。彼は英国の眼鏡をかけ、半白の、 小さな英国の口髭をたくわえている。かたわら ll5 スミス氏 いや、そいつじゃない。別なやつだ。死ん ・ワトソンのこと。 ぜいの女のひとたちと映画を観ました。それから、 を過して参りました。男のひとと映画館に行き、大 メアリイ⋮⋮わたくしは女中です。とても楽しい午後 ママ だボビー・のワトソンのおばさんのボビー・ワトソ 妻が到着したことを告げる。スミス夫妻が着替えのため 彼女は、スミス夫妻が食事に招待していたマーチン夫 聞を読みました。 ブランデーとミルクを飲みに出かけ、そのあとで新 スミス夫人がボビー・ワトソンについてうるさく質問 ンばあさんの息子のボビー・ワトソンだ。 するうちにスミス氏は面倒になり、そんな質問には答え に退場し、マーチン夫妻が登場する。︵第三場︶。 かったような気がいたしますの。 マーチン夫人 あたくしもですわ、どこかでお目にか うな気がいたしますのですが。 その、ひょっとすると、どこかでお目にかかったよ マーチン氏⋮⋮失礼でございますが、奥さま、どうも 誰であるのか全く忘れてしまっている。︵第四場︶。 ところが、マーチン夫妻は、奇妙なことに、お互いが られないよ、と叫ぶ。おきまりの夫婦喧嘩が始る。 スミス夫人 男ってみんな同じ1 一日中どでんとし て、煙草をくわえてる。さもなきゃ、 ﹂日に十五回 もお白粉をはたいたり、口をなおしたり。じゃなき スミス氏 男が女みたいなまねをして、一日中煙草を ゃ、一日中酒びたり1 すい、お白粉をぬり、口紅をつけ、ウイスキーを飲 んでいるのをみたら、なんっていうつもりだ。 い。︵以上第一場︶。 ンドンにやって来たらしい。 に、同じ列車、同じコンパートメントに乗り合わせてロ にマンチェスターの生れであり、かれこれ五週聞ほど前 彼等の身上話は、不思議な符号を示し合う。彼等は共 スミス夫人がヒステリーを起し、スミス氏がそれをな 両者の対話の言い違い、或は論理の混乱に注意された だめているところへ女中メアリイが登場する。︵第二場︶。 116 なんって不思議で、なんっていう偶然なんでしょう マーチン夫人⋮⋮なんって不思議でしょう。ほんとに 白なのです。では彼等は本当は何物なのでしょう。その のところはこうなのです。マーチン氏の娘は右の目が白 で左の目が赤。しかしマーチン夫人の娘は右が赤、左が ままに放っておくのが一番いいのです。なぜ私はこんな ようなことは解ろうとしてはいけません。物事はあるが マーチン氏 なんって不思議なんでしょう。なんって ことを言うのか、なぜって、私の本当の名前はシャーロ 次の場面はスミス夫妻がマーチン夫妻を迎えて、英国 ック・ホームズと言います。︵第五場︶。 奇妙で、なんっていう偶然1⋮⋮ ンドンの同じ通り、同じ番地の同じ建物の同じ部屋に住 この偶然の一致はそれだけに尽きない。彼等は同じロ 風に談笑する場面である。しかし彼等には、話す内容が ざっとこんな調子で、台詞のやりとりにつれて時計が ︵沈黙︶ スミス氏 だが、寒いわけじゃない。 ︵沈黙︶ マーチン氏 みんな、風邪ですな。 ︵沈黙︶ マーチン夫人 まあ、ほんとに。 ︵沈黙︶ マーチン氏 フム、フム、フム、フム。 全くない。︵第七場︶。 んでいるらしい。さらに両者の一人娘が、二才で髪がブ ロンド、片目が白で片目が赤であるという事実さえ判明 する。時計が二十九回鳴り、長い間考えぬいた後、マー チン氏は言う。 ﹁それでは奥さま、疑問の余地もありま すまい。もうお目にかかった訳ですな。あなたはわたし の妻ですよ。﹂ 彼等が部屋の片隅で再会を喜んでいる間に、女中が現 われて観客に語りかける。マーチン夫妻は並はずれた偶 然の一致から極めて論理的な手続きを踏んで、お互いが 夫婦であることを確認しました。それもまた取り違えに 過ぎません。決定的な証拠と思われるものは彼等の娘の 目の色が、片方は白、片方は赤であるからですが、本当 117 鳴る。会話は次第に活発になる。 マーチン夫人 喫茶店のそばの通りにね、男のひとが と し いたの。身だしなみがよくて、年齢のころは五十ば が入ってきてこの一座に加わり、ナンセンスな会話が続 く。︵第八場︶。署長が提案する。皆がそれぞれ自分の体 験の中から拾ったとっておきの話しを披露し合いましょ 話です。あるとき、一頭の牛が一ぴきの犬にたずね 署長 よろしい、ではと。⋮⋮﹃犬と牛﹄、体験的な寓 う。まず署長が話しはじめる。 スミス氏 どうしました?. ました。なぜ君は、鼻をのみこんでしまわなかった かり、いいえ五十前ね。そのひとったら⋮: スミス氏︵妻に︶ 腰を折るんじゃない、失礼な。 スミス夫人 どうしたの? のだい? 失礼、と犬が答えました。だってぼく、 他の人々もそれにつられて同じような話をそれぞれ披 象だとばかり思い込んでいたんだもの。 マーチン夫人 本気になさらないでしょうけど、その ひと、地面にひざまずいて、身をかがめているの。 露し合う。人々はそれをいかにも有意義な話として受け スミス夫人 あなたのほうよ。最初に腰を折ったのは、 マーチン氏・スミス氏・スミス夫人 おやまあ1 いには女中まで、私もお話がしたいと言ってとび込んで 取り、 ﹁悪くない﹂とか﹁魅力的だ﹂とか批評する。つ マーチン氏 ご静粛に。︵妻に︶どうしたね、その男?. マーチン夫人 そうなの、身をかがめてるの。 城に火がつき 石に火がつき 森でけものが燃えあがり、 メアリイ⋮⋮ 詩を読みはじめる。︵第九場︶。、 来る。彼女は人々の反対を押しきって﹃火﹄という題の スミス氏 そんな。 マーチン夫人 いいえ、ほんと。あたくし、なにをし てるか見ようと思って、そばに行ってみたの⋮⋮ スミス氏 すると? マーチン夫人 ほどけた靴のひもを結んでいたの。 他の三人 まさか1 やがて、火事を注意して見廻っていたらしい消防署長 ユ18 きき カカード こ・::・ これらはもはや意味を失った音響であるが、イォネス コはここで、音それ自体の響きの照応を、かなり巧妙に 駆使している。以下原文を引いて見よう。 ζ6ω言肩鵠”国◎犀国けOΦo。℃犀p犀pけo①◎D堕犀四犀四一〇①も。り::: oロo鋤山ρρ¢①=o㊤oロ山①::: ]≦ヨ①ω冨一↓娼”ρ漏㊦=①o鋤o㊤山ρρロ⑦=①0900仙ρρロo=O 〇四匹①匹①〇四〇四山Φo励︾ぬロ①=opωo鋤α①ロ①o⇔o⇔α①o。・:・: ]≦°H≦﹀幻盛Z ρ賃①=o自。ωop山①山Φo鋤o⇔ユoPρ償①=①o舘− とえ椅子がなくっても。 ζヨ①H≦︾閑目7ζ゜ω竃肩否開閃鑓昌嶋o凶ω゜ ζ゜ω︼≦一↓国”℃﹁ロユげOヨヨ①一 ・ ● ● . ● ● ● 9 9 ● ■ ■ スミス氏 常にあらゆることを考えねば。 一≦°ω護一↓国“︾矧ρ斜ρ∬餌℃ρごP∼::: ]≦°]≦﹀炉o↓一Z⋮しd凶N鋤霞ρげ①鋤午ロ﹃房“げ巴ω①屋[ ]≦ヨ①H≦﹀力目Z︸しd節N四炉しd帥一NpPしu櫛NgDぎ免 ]≦ヨ①ζ﹀沁目諸]≦°6D竃肩属”OOで℃似OQoロ=絶 ζヨ①ω竃肩鐸ζ︾開目客“OO唱唱似o° して来る。 スミス氏 騨蟹鵡、鵬鵡、鵬鵡、 カカト カカト カカト ト カカト カカト カカト ×﹄﹂ ケル カカロド ケル カカロド ケルロ ζ旨①ζ﹀垣目2”切堕PF快σq”一”ヨ“℃uさω︸ゴ毒” ケルコカカヨド ケルコカカ ド スミス夫人 うんこ、うんこ、 うんこ、うんこ、うん 礁欝・蹴鴫蹴鰐蹴 でたらめに鳴り渡る時計と共に彼等の調子は一段と激 マーチン氏 天井は高く、床は低い。 マーチン夫人 ひとは椅子にすわることができる。た スミス夫人 人生では、窓から外を見る必要があるわ。 れることができる。 マーチン氏 きょう牛を売るものは、あす卵を手に入 は言えない言葉の断片となる。︵第十一場︶。 署長が帰った後、四人の人物の会話は、もはや会話と る。 彼女はスミス夫妻に無理矢理に部屋の外へ押し出され つ つ 鵡、麟期鵡、鵬鶯鵡 、 鵬 劉 鵡 。 ユ19 男林 にに 火火 がが の音響を叫び合う。照明が消えた暗黒の中からー 最後は全員が手を振り上げて混乱し、耳元ででたらめ のことではあるが、それを口にする人物達の人格の崩壊 戯曲の進行につれての、この言語の崩壊現象は、当然 全員いっしょにあっちじゃなくてこっちから、あっ 備えた、伝統的な風俗喜劇中の人物であるかのように見 ス中産階級の家庭にくつろぐ、特定の性格と行動原理を を伴う。開幕時におけるスミス夫妻は、典型的なイギリ ちじゃなくてこっちから。 目Oごω閻2°。国ζしσ島6、①ωけ冨ω唱舞坪oげωけ℃β。脱8一”o.える。しかし、彼等の会話の条理が急速度で崩壊して行 る リティーを欠いた存在であることが明らかになる。人物 くにつれて、性格の統一性が崩れ、彼等が全くパーソナ 語った内容を記憶してもいない。彼等の間にあっては、 達は、それぞれの発言に対して全く責任を持たないし、 ①゜。け冨ω℃霞亙o、o°。け嚇門三”⋮・: の代りにマーチン夫妻によって再現された後、幕となる。 再び明りがつくと第﹁場冒頭のシーンが、スミス夫妻 この作品における言語の使われ方について、安堂信也 を全く表わさないというのではない。むしろ人物は表現 識の表現でも表出でもない。発言する内容が人物の内面 言語は伝達の機能を果してはいないし、人物の感情や意 氏は、次のような解説を行っている。 いるのである。最後の場面では、スミス夫妻に代ってマ すべき内面を全く欠いた、空虚な人物として提示されて ス夫妻がマルーチン夫妻に変身したこと、言い換えれば、 ーチン夫妻が開幕の状況を再現することによって、スミ ﹃禿の女歌手﹄の中で言葉ははじめ、パラグラフとし ての条理を保っている。しかしパラグラフ間の脈絡が のであることが暗示されている。彼等は、伝統的な喜劇 人物そのものも同﹁性の原理を持たない、交換可能なも 断たれて行く。ついで文としての条理は保ちながら、 意味は持ちながら、文法的な規則が崩壊し、ついには ︵性格を備えた人物︶でもタイプへ類型的人物︶でもな が常にその描写に専念してきたところのキャラクター 各文との脈絡が断たれて行く。やがて、単語としての なる。 語としての条理を失って単なる音としてのシラブルに ら 120 が、 ﹃禿の女歌手﹄に即してみるとき、彼の言う﹁オブ ではなく、オブジェとして言語を使うのだと述べている の無内容な入物でしかない。 ジェとしての言語﹂の意味を理解するのに難くない。 い。皮肉にも彼等が口にするナンセンスな言葉そのまま ﹃禿の女歌手﹄にあっては、言語の崩壊と人物の内的 のオブジェ化を最も端的に例証するものであり、その意 崩壊とが、平行して進行する、と言えるであろう。それ たたましい騒音となって舞台に充満し、騒音そのものの 味では極めて注目すべき作品であるとはいえ、作品それ のほとんど全てに共通する、言語の崩壊、あるいは言語 力によって人物達を圧倒してしまう。内面性を剥奪され 自体の価値という点に関しては、いささか疑問視されざ ところで、この、﹃禿の女歌手﹄は、﹁不条理の演劇﹂ た人物達は、この騒音の言語から身を守る手段を全く持 だけではない。脈絡を失い、不条理と化した言語は、け たない。無意味なシラブルをわめき散らしながら、人物 上演不可能を宣告され、バタイユによって﹁九五〇年に ロバンソンに見せたところ、野蛮で無知な作品として、 上演された後も、長く真面目な批評家からは黙殺されて るを得ない。イォネスコが、はじめこの作品を演出家の あたかも伝達と思考の機能から解放された言語が、それ いたこと、この作品が注目されるようになったのは、それ 達は手足をふり乱してお互いにつかみかかり、踊り狂う。 自体の魔術的な力で人物達を把え、痙攣させ、人形のよ に続く﹃授業﹄︵卜鳴卜禽§9HO蟄初演︶や﹃椅子﹄︵卜塁 Qざ躇鳴勲H霧b。︶、なかんずくべケットの﹃ゴドーを待ち はなく、言語が人間を支配しているのである。破壊され た言語が、悪意を抱いて入間に復讐を企てているように ながら﹄︵肉蕊﹄貸§§ミOo§きHり㎝ω︶の上演の成功を うに操っているかのようだ。人間が言語を支配するので も見える。 この作品の位置を物語っているとも言えよう。 見た後、それらの作品との関連において、その意味が論 事実上、この作品においては、言語崩壊のもたらす人 じられるようになったからであることは、ある意味では、 う。ついでに触れるが、ジャン・ヴァニエ︵旨$ロ<p等 間の内的崩壊という一種の悲劇的意味よりも、イギリス 語の悲劇﹂という題を与えた理由はもはや明らかであろ 三巽︶が、イォネスコをはじめアダモフやベケットは言 中産階級の上品ぶった会話と中味のない日常生活に対す イォネスコがこの作品について触れたエッセイに﹁言 らした、彼等は心理を表現する手段として言語を使うの 語に新しい機能を与え、演劇と言語の関係に革命をもた 121 観客は、ともすると、その背後にある、より深い意味を のに対する調刺の野蛮さと無遠慮さの毒気に当てられた ている。このイギリス的なるもの、ブルジョワ的なるも なのである。全世界の人間が全て、今日ではブルジョワ ョワジーではない。彼によれば、ロシア人もブルジョワ ﹁ブルジョワジー﹂とは、いわゆる階級としてのブルジ 話を学んでいたら、それらの社会のプチ・ブルジョワジ ーの課刺になっていただろう。しかもイォネスコのいう る諏刺が、はるかにどぎつく、露骨に前面に押し出され イギリス紳士階級に対する痛烈な訟刺を盛り込んだ。し 見落しかねない。ワイルドやショウもその作品の中に、 化している、今日にあっては文化そのものがブルジョワ 化し、化石化し、創造力を失っていると彼は見る。 かし、彼等の洗練された﹁ウェル・メイド・。フレイ﹂の ﹃禿の女歌手﹄の最初の上演が伝統的戯曲形式と社会 的ではない。 ない。それらの言葉、あるいは言葉の断片は、全く文学 コントは、文字通りのナンセンスであって、滑稽ですら ても不思議ではない。入物達の語るナンセンスな会話や た観客が、そこに、機知やユーモアを感じなかったとし 野でがさつであることか。伝統的なフランス喜劇に慣れ われるので、ここでは、言語とコミュニケーションとい であり、いまさら詳しい内容を見るまでもないことと思 の演劇﹂の典型的な実例として、あまりにも著名な作品 の作品は、 ﹃ゴドーを待ちながら﹄とともに、 ﹁不条理 ことであるのか、 一切不明である。いうまでもなく、こ は、登場人物は名前を持たず、どこの国で、いつ起った されるのは、彼の第三作﹃椅子﹄であろう。この作品で 誠刺、というイォネスコの意図が、よりはっきりと表明 ョワジー﹂ ︵冨葺Φぴo霞σq①9ωδロ昌一く臼ωΦ=①︶に対する 階級としてのブルジョワジーではなく﹁普遍的ブルジ 秩序を、パロティi化して見せる悪ふざけだと見られた う観点から、極く簡単にその内容を追ってみたい。 まれる課刺に比べて、イォネスコの諏刺は、何とまあ粗 形式、興味ある性格描写と行動、機知豊かな対話から生 としても無理からぬことである。 る。彼等のとりとめもないナンセンスな会話から判断す ある島の古ぼけた塔の一室に、老人の夫婦が住んでい しかし﹃禿の女歌手﹄が単なるスキャンダル、英国社 して、イォネスコは次のように述べている。もし、自分 れば、老人は、人生に敗北した門番であるらしい。彼等 会に対する課刺をねらったものだけではないことを強調 が英会話ではない、イタリア語かロシア語かトルコ語会 122 つのメッセージを伝えることになっている。それは、老 は、これから大勢の偉い人々をこの室内に招待して、一 らは意味のない文字のなぐり書きでしかない。 彼は唖である。彼は黒板に字を書いて示す。だが、 それ ﹃椅子﹄においても、認刺のどぎつさと鋭どさは悪趣 人が彼の全人生を通じて得た貴重な思想であり、それが たらすに違いないような優れた思想なのである。しか 伝えられさえすれば必ずや、後生の人類全体に恩恵をも スコの言う、 ﹁普遍的ブルジョワジi﹂に、現代人全て は、単なる特定の階層やその風俗習慣を超えて、イォネ ことが出来ない。そこで彼は、 一人の弁士をやとって、 に共通する、人間の条件そのものに向けられている、と 味なまでに露骨である。しかし、誠刺の対象は、ここで 客達が来たら、︸切を語ってもらう手はずになっている。 言っていい。 ﹃禿の女歌手﹄で描かれたものが、言語の し、老人自身は雄弁の才がなく、彼の思想を上手く話す やがて、客達が現われる。しかし彼等は観客の目には で問題とされるのは、コミュニケイションそのものに対 自壊作用、病的な細胞分裂であるとするならば、﹃椅子﹄ する不可能性の宣告である。人間達は、今日、何等かの 子と、それに向って語りかける言葉の調子によって、客 体験、思想、感情を伝え合うことは、ほとんど、 ︵そし 視えない。ただ、老人達が舞台の上に運んで来る裸の椅 え、その間を縫ってうろうろする老人達の様子から、客 達の存在が、職業が、性質が解る。次第に椅子の数がふ である。老入達が語りかけているのは、空の椅子であっ て﹃椅子﹄においては絶対にといっていいほど︶不可能 て、実在の人物ではない。意志を伝えあおうとする相手 ついに国王陛下御自身まで到着されたらしい。今や、弁 達が部屋の中にぎっしり充満したことがはっきりする。 は、他の客とは違って、実在の、眼に見える人物である。 士の登場を待つばかりとなった。彼が現われる。彼だけ に、老人達は歓喜のあまり、窓から飛び降りて自殺する。 いる。やがて彼が伝えてくれるであろうメッセージを前 ゴドーと同様に、老人のメッセージ自体もまた、無内容 来ることを待望されていながら決して訪れることのない は何一つ触れようとはしない。名前だけで実体のない、 メッセージとは何であろうか。老人はその内容について 一体老人が人類に光明をもたらすであろうと信じていた は、自己の幻想にしか過ぎない。そればかりではない。 弁士は、空の椅子を前にして語ろうとする。しかし彼 彼は舞台の袖に黙って立ち、演説の始まる時間を待って の語る言葉は、不明瞭な、ごろごろいう音声に過ぎない。 123 なものであることは明らかである。アイロニーは倍加さ れる。コミュニケイションにおいて人間にとって真に重 このような諸点に注目して、リチャード・ 曲﹂︵山鑓B鋤ωoh昌o昌−8日日ロ三〇p。臨oロ︶だと定義する イォネスコの諸作品を、 ﹁非コミュニケイションの戯 コi ︵閑学 それ自体が人間の幻想にしか過ぎないのである。 どころか、伝え合おうとする、その真に重大な何物か、 ことは、厳密な意味では、しばしば誤っていると私は 。ゴ霞島Oo①︶は次のように述べている。 ﹃禿の女歌手﹄においては、言語の崩壊と人格の崩壊 が、それぞれ語るべき何物かを持っていながら、お互 考える。この定義が暗示するのは、イォネスコの人物達 大な何物かが伝えられ得ない、と言うのではない。それ は平行して進行した。 ﹃椅子﹄においてもまた、これと であり得るとすれば、彼等は彼等が口にする通りのも 語らない。彼等は何物でもないからだ。彼等が何物か たない。彼等は、彼等自身の内側からは何︼つとして ヘ ヘ ヘ へ 多数の場合、イォネスコの人物達は語るべき何物も持 いに理解することが出来ない、ということである。大 類似した相関関係を見出すことができる。即ち、コミュ ニケイションの不可能性は、孤独な、赤裸々な自我を明 瞭に意識させるのではなく、かえって自我の喪失をもた の体験を、よしそれが不条理の感覚であれ、相互に伝え なし﹄や﹃誤解﹄等の作品においては、人物達は、彼等 らすのである。サルトルやカミュの戯曲、例えば﹃出口 合おうと必死になって努力し、苦悩する。その努力は徒 循環から逃れる出口はない。 の、即ち無意味なるもの、なのである。この悪意ある 労に終らざるを得ないにせよ、人物達は一種の悲劇的と いっていいような、孤立した自己の存在感覚を、確認す いま、我々は、イォネスコの二つの作品について、言 伝え合うべき内容を持たない。繰りかえすまでもなく、 て、そのことに苦悩し絶望する人間はいない。人物達は 気においても、イォネスコのそれとはかなりの相異があ 彼の作品は、その語法においても、作品のもたらす雰囲 関連に注目してきた。ベケットの作品についてはどうか。 語の崩壊、コミュニケイションの途絶と入格の崩壊との 彼等は、もはや統﹂的な性格も人格も持たない、うつろ ることは確かである。例えば、イォネスコの作品の基調 ることが出来る。しかしながら、イォネスコの作品にあ っては、コミュニケーションが不可能であるからといっ な存在だからである。 124 には認められない。むしろ逆に、ベケットの世界は、中 ワジー︶に対する、怒りに満ちた認刺の毒素はべケット であると言ってさえいい、現実の世界︵普遍的ブルジョ 理由で、あるいはまた、それが推論的、論証的言語や思 ーリーや、ダイナミックな事件が描かれていないという しばしば﹁不条理の演劇﹂は、そこに特筆すべきスト 世の宗教劇を連想させるほど、象徴的、寓意的である。 考を無視するという理由で、詩的演劇、或は拝情詩的演 特に言語について言うならば、イォネスコが好んで、現 劇と呼ばれることがある。しかしそれは、通常の意味で なかんずくそれら言語の崩壊に伴う人物達の自己喪失に い。文法的なコンテクストの破壊、対話の機能の喪失、 しかし、これらの相異は表面的なことがらに過ぎな ケットの言語は、むしろ情緒的、多義的である。 て来た、化石化した言葉や言い廻しを使うのに反し、ベ 実の会話や、新聞雑誌や、語学の教科書等の中から拾っ o=きσQ爵σqΦ︶に向うのである。 壊ーエスリンの言う、言語の価値降下︵山Φ︿巴ロ卑剛oづ 文学的とすら言い得ないような、言語のオブジェ化、破 なのである。言語に関しては、すでに見たようにそれは 的なのではなく、比喩として、舞台形象それ自体が﹁詩﹂ 詩的なのではない。言語そのものの響きとイメージが詩 おいて、ベケットもイォネスコも、同﹁の基調の上に立 っていると言っていい。そこでは、言語の解体と、人格 にあって、思考とコミュニケイションの道具であること と裏のように結び合わさっている。言語は、人物達の間 言語の混乱、および、それを目のあたりに見た現代人の く、その背後にひそむものは、今日、現実に起っている 価値降下に向かわせるのははたして何か。言うまでもな は何か、イォネスコやベケットをして、急進的な言語の ﹁不条理の演劇﹂における言語の解体の意味するもの を止めてしまった。内面を失った入物達は伝え合う何物 および行為の解体︵あるいは無意味化︶とが、貨幣の表 をも持たないばかりではない。彼等の行為について、行 し指摘され続けてきたことである。もちろん、それは、 言語不信感であることは、多くの論者によって、繰り返 グロテスクでナンセンスなものとなると同時に、人物達 為の結果について、何事も認識しない。崩壊する言語が ケーション、科学技術の進歩、政治的社会的動揺に伴う 単に、今日さかんに言われているようなマス・コミュニ 言語の記号化、騒音化等の言語混乱の諸現象を、 ﹁不条 の行為もまた、奇妙で滑稽な1一言でいえば不条理な ものに変貌するのである。 125 虐 ネスコがその作品を通じて明らかにするのは、単に今日 理の演劇﹂が訟刺的に拡大して把えているというに留ま この、言語の優位性、語られ、論証によって伝達され た、本来西欧的なものであったと考える。 いても、ほぼそれとパラレルに、言語表現への意志もま 得るものの優位性は、ギリシァおよびユダヤの天才の特 らない。エスリンの意を汲んでいえば、ベケットやイォ 言語が誤った使われ方をしているということだけではな にリアリティーを秩序づけようと努める。文学、哲学、 古代およびキリスト教の世界観は、言語による支配の下 神学、法律、人文諸科学は、合理的な論証の範囲内に、 質であり、キリスト教世界にもたらされたものである。 比べても圧倒的だといわれるほどの著しい語彙の増加に 人間的体験の︸切、その記録された過去、その現在の条 いつき得ないという事実である。過去のいかなる時代に もかかわらず、言語は、増々多様化する現実の諸側面を 件および未来への予想を包含しようとする努力である。 く、現代人の直面する多面的なリアリティーに言語が追 義者達が指摘するように、言語は、それ自体の文法的制 数の奇妙な余白という例外を除いて 言語の壁の中に 覆い尽せないように見える。それどころか、論理実証主 約によってリアリティーを歪曲し、別のもの1言語的 リアリティiーにすりかえてしまう。多くの人々にと 貯蔵されるという信念を、厳粛に証言しているのである。 それらは、全ての真理と真実がーその頂点における少 って、現代は、リアリティーに対する言語の無能力性が 露呈された時代である。 の死﹄を公にした同じ一九六一年に、﹃言語からの後退﹄ 悲劇没落の一原因に数えた。そのスタイナーが、 ﹃悲劇 味と行動の大きな領域は、数学、記号論理学、化学お な様態を明瞭化しないし、それらに適応出来ない。意 していない。言語は、行動、思考、感情の全ての主要 全てを包含していた。今日、言語は狭い領域しか包含 と題するエッセイを発表して、今日においては言語その よび電子的関係式のような非言語的言語に所属してい 十七世紀までは、言語の領域は体験と真実のほとんど ものもまた死に瀕していることをうったえている。 る。他の領域は非具象絵画やミュージック・コンクレ 言語の老化とそれに伴う想像力の澗渇を、近代における ﹃悲劇の死﹄において、悲劇的精神を本質的に西欧的 ートのような準言語または反言語に所属している。言 ジョージ・スタイナーはその著、﹃悲劇の死﹄の中で、 なるものと見たスタイナーは、 ﹃言語からの後退﹄にお 126 に対して彼等の言葉は自然の到達手段ではなかった れ、語るに難い何物があったであろう。 ︵それら万物 科学であれ、形而上学であれ、美術あるいは音楽であ ミルトンのような人々にとって、天が下のものは全て、 ある、というのは、シェイクスピア、ダン、あるいは 語の世界は縮少した。⋮⋮この縮少は甚だしいもので ほど明瞭に描き出すものである。 見たような、 ﹁言語の価値降下﹂によって、ぞっとする や、危惧どころか事実でもあるらしい︶iを、さきに する手段とはなり得ないのではないか、という危惧、︵い あっては、言語が、もはや真理を発見し、蓄積し、伝達 は、 ﹁不条理の演劇﹂を、抽象絵画やアンチ・ロマンと る言語からの後退を反映する諸現象の一つーエスリン の演劇﹂は、現代科学および芸術の各分野で進行してい しかし、スタイナi的な観点から見るかぎり﹁不条理 か。︶ スタイナーはこのように言って、E・P・ブラックマ 同傾向の、現代における反文学的芸術運動の一環と見る 我々が理解し、過去三千年が理解してきたような、言葉 えることが出来るであろうか。というのは、次の時代は、 人の言語不信、言語に対するニヒリズムの意識の表明で 現象ではない。換言すれば、 ﹁不条理の演劇﹂は、現代 るにせよ、言語と文学の将来にとって必ずしも望ましい ﹁はたして誰が、次の時代が言葉による表現を選ぶと考 ーとして、たとえその最も大胆な、意識的な反映であ ーの言葉を引用しつつ、このエッセイを結んでいる。 の時代ではないかも知れないのである。﹂ トの作品を文字通りの反戯曲︵㊤コけ一畠H餌bP⇔︶、すなわち、 い。事実、スタイナーは、 ﹃悲劇の死﹄においてベケッ を示唆するものとしての積極的な意味を持つとは言い難 あるに過ぎず、それを超克し、言語芸術の新しい可能性 理の演劇﹂のような現象が出現したのかが明らかになる このような背景に照らしてみると、なぜ今日、 ﹁不条 であろう。それは、単に今日、我々の日常生活の周辺で 文学的な戯曲の範疇にはとうてい入れることの出来ない 一種の形而上的な人形劇と見、彼の考察する悲劇史、戯 起っている言語の混乱と騒音化を課刺的に拡大して見せ 曲史の範囲の外に置くのである。 11 な危機ー我々現代人が多かれ少かれ心の奥底に抱かざ ところが、エスリン、コi、サイファー︵謡嘗①ωで るだけではない。それらの現象の背後にひそむより重大 るを得ないところの、言語に対する信仰の喪失、今日に 127 10 の後退﹂の点にこそ、最も有意義な、ニヒリズムの克服 者達は、他ならぬその、 ﹁言語の価値降下﹂、﹁言語から 嘗臼︶等﹁不条理の演劇﹂の意味を積極的に評価する論 現不可能なものであるとして、次のように述べている。 的概念的な思考とは無縁であり、言語のみによっては表 セイの中で、イォネスコが伝えようとする真実が、論理 の可能性を認めているのである。彼等はいずれも、 ﹁不 条理の演劇﹂における言語の価値降下を、現代科学や芸 い得ないことを言おうと努力しているのだ。というの イォネスコはべケットと同じように、究極的には、言 うようなー現象であるとは考えない。いや、むしろ我 それが真に絶望的な1人間精神を完全に破砕してしま け、言語に対するニヒリズムをうながしているにせよ、 とである。この無意味の世界は、コーによれば、単なる るもの、不毛なるもの、無意味なるものとして提示するこ 理化、オブジェ化であり、既成の論理的な世界を虚偽な ネスコが採用した手段は、すでに見たような言語の不条 この非概念的、非言語的な真実を表現するためにイォ てしまうからである。 12 としても、それはその意味を変え、真実ではなくなっ は、それを言うべき言葉は存在しないし、もしあった 術における言語批判とパラレルな関係にあるものと見 る。その点では彼等は、スタイナーのとなえる、言語か らの後退が現代における必然的な傾向だ、という前提を 容認していると言ってもいい。とはいえ彼等は、この傾 々がこの事実を卒直に受け容れ、大胆に直視することこ 向がたとえいかに深く、人間精神に危機の感情を植えつ そ、我々に新しい真実を、というよりも我々の硬化した とは︵それ自身の用語以外によっては定義づけられ得な 得るところの﹁不条理﹂の世界なのである。 ﹁﹃不条理﹄ による分析を拒みはすれ、なおかつ有意義な意味を含み 消極的な無意味の世界ではなく、言葉による定義と理性 ヒリズムを乗り超える契機となり得るのである。そして 論理と言語が隠していた究極的な真実を知覚せしめ、ニ ﹁不条理の演劇﹂こそ、言語の価値降下を通じて、我々 いが、なお意味を備えている︶積極的な肯定である。そ に言語を超えた真実をーよし悲劇的なものではあれ、 究極的な人間の条件を啓示せしめようとするものだ、と れこそが無意味の意味であり、それこそが世界について 13 の新しい知覚の出発点なのである﹂かくしてコーは、﹁不 彼等は考える。 例えばコーは、さきに触れたイォネスコに関するエッ 128 普通対立が存在すると思っているところには対立を示 その代りに動きに満ちたダイナミック心理学を導入し 条理の演劇Lの意義を以下のように評価する。 よう。我々は我々自身ではない。個性は存在しない。 すまい。我々は性格の同一性と統一の原則を廃棄し、 るいはカミュにおけるのと同様に、絶望は存在しない。 ⋮⋮イォネスコの中には、サルトルやベケットや、あ ば、現代の物理学者や論理学者が採用しつつある新しい と心理学を樹立しようとする試みは、サィファーによれ このような古典的な因果律の法則を破棄し新しい論理 そんなものは全く無視してしまおう。 15 ない。⋮⋮行動や動機については触れる必要はない。 ⋮⋮人物は各々、他者ではないと同様に自己自身では ーションであり、激しい解決であり、人間の精神が全 むしろそこに存在するのは、一種激昂したインスピレ の限定をはるかに超越した王国を探索しつつあるのだ く未知の領域、物質性を超越し、論理を超越し、言語 という感覚であり、それに比べれば全ての我々の意味 ある伝統が枯死した無意味なものに映るところの、意 14 味の新しい次元の発見なのである。 は、それが因果律の論理を、たとえこの論理が適用でき 方法と規を﹁にするものである。十九世紀科学の限界 た。かくして、不当な首尾︸貫性と必然性が体験を突き ない幾つかの観察があったにせよ、採用したことであっ ウィリi・サイファーもまた、 ﹃現代文学と美術にお ける自我喪失﹄ ︵寒鴨卜O鴇亀ミ鴨い鴨蠕§§§§ 殺した。原因結果の法則のブレイク・ダウンに現代科学 鳶鳶§、ミ鳴§魁﹄ミロO①卜。︶の中で、イォネスコが、伝 統的な因果律の法則を廃棄し、新しい論理のシステムを は直面している、とサイファーは言う。 の中で、イォネスコがその作中人物の詩人に語らせてい 古典的論理は、現代入の体験を、その観察や知識を、 ム﹂とは、 ﹃義務の犠牲﹄︵ミq職§塁§§ミミきちαω︶ 採用したことを重視する。この﹁新しい論理のシステ る次のような劇作法である。 法は、二iルス・ボーアの補足の法則によって、矛盾 した、だが現実の事態を、我々が処理し得る唯一の方 体系的に覆うことは出来ない。従ってそのような矛盾 私は対立の存在しないところに対立を示し、常識が、 129 の両頂を認めることである。古典物理学ではそのいず れかに決定しようとしたであろう代りに、光を粒子で あると同時に波動であると認めることによって、我々 は前進することが出来る。 16 サミュエル・ベケットは、無は無よりもさらに真であ る。物質と同じく反物質も存在するようである。﹁方 ると言っている。 17 ずる。そこでは矛盾と非論理とが共存するのである。 を区別する古い論理は、体験から得られた論理に道をゆ めに、対立の論理を−反論理を採用する。肯りか否か るありのままの直観を投影しようとする詩的な努力と る。彼は、 ﹁不条理の演劇﹂を、作家によって感じられ 評価することは、また、エスリンにおいても行われてい として、 ﹁不条理の演劇﹂の言語の価値降下を積極的に そしてより根源的な真実に直面し、それに適応する手段 伝統的な言語や論理によっては把えられない、新しい、 イォネスコやベケットが採用する反論理は、現代科学 見、言語の価値降下をその一つの手段と考えるのである な体験と同時に情緒的な体験をも包含しなければなら もし論理が実存的であるならば、それは我々の合理的 れた、アトム化された多くの概念の連続に変えてしま り、センテンスの連続なりの内部に時間的に組み立てら 瞬間的で同時的な直観を解体して、一つのセンテンスな なぜなら、言語による表現は、﹁多くの知覚の複合体の、 同様に偶然を、 一回性を、特殊な場合を扱う。例外は ものを、言語的な表現に、概念的思考の論理的、時間的 う﹂からである。存在についての直観、我々の体験その 130 科学者は、従って、彼等が観察した事実と手を握るた 方法によってはもはや把えられない、矛盾に満ちた現代 者が採用する新しい方法と同じく、伝統的な論理や思考 スから示唆されたところの、次のような言語観が下敷き て知られる、ドイツの哲学者ルートウィッヒ・クラーゲ が、そこには、彼が﹃魂の敵対者としての知性﹄によっ にされているのである。我々は、直観されるがままの真 人の諸体験にに対応すべく生み出された新しい論理− うに結論する。 実存的論理なのである。こう述べてサイファーは次のよ ない。真理と同時に間違いを、調和と同様に不調和を 実を、言語によってありのままに表現するのではない。 含まなければならない。そして新しい科学は必然性と 法則と同じく真理である。否定は肯定と同時に真であ 18 連続に翻訳することは、とりもなおさず、存在について シァ悲劇や中世宗教劇が、いや宗教そのものが扱ってい 価値降下を通じて、現代人の究極的真実、かつてはギリ たところの、人間の条件そのものの悲劇的な真実に観客 の全体的直観を破壊し、本来それが持っていたところの 複合性と詩的真実を奪い去ることなのである。我々の体 論理的思考であり、知性による分析作用である。即ち、 以上見たように、コー、サイファi、エスリンは、そ 四 と述べている。 を直面させ、生の肯定に向かわせようとするものである 知性は魂の敵対者なのだ。 れぞれ論旨の相異はあれ、いずれも、言語に対する不信 験の言語を絶した豊饒さを澗渇させるものは、概念的、 では、直観されるがままの真実、作者の孤独の体験は、 感の表明としてしばしば引き合いに出される﹁不条理の 実を、禅仏教の論理と真実に比較しているとしても驚く る新しい論理とそれが表現する言語を超えた究極的な真 これらの論者がいずれも、 ﹁不条理の演劇﹂が採用す リズムの克服を認めるのである。 的な真実を表現しようとする努力を、言い換えればニヒ によっては把えられない裸の体験、新しい、しかし根源 と文法的規則と論理的法則の呪縛を破り、単に言語のみ ﹁不条理の演劇﹂の最も積極的な意義を、澗渇した言語 ズムとして否定的に見ようとはしない。逆にそこにこそ、 演劇しにおける言語の価値降下を、言語に対するニヒリ いかにしたら、表現可能なのか。詩的イメージもその方 理的思考とは違って、多義的であり、感覚的連想を伴う 法の一つだ、とエスリンは言う。それは概念的言語や論 全ではあれ、世界についての我々が直観したままの現実 多数の要素を同時的に喚起するので、たとえいかに不完 を伝達することができる。 ﹁不条理の演劇﹂もまた、同 様な詩的努力を、舞台における具体的イメージによって 行う。それは、概念的言語や推論的思考を解消する点で は、純粋詩よりもさらに前進することができる。舞台は 多次元的媒体である。そこでは、視覚的要素、動作、光 線、言語の同時的使用が可能である。であるから、舞台 は、それらあらゆる要素の対位法的相互作用によって成 っとする光景に直面させるショック療法的な効果と禅の には当らない。なるほど、観客を理解に苦しむようなぞ 理の無視と禅的な論理との間に、いわゆる言語によって 一喝と痛棒との問に、イォネスコやベケットにおける論 り立っ複合的イメージの伝達に、特に適していると言え る。 かくしてエスリンもまた、 ﹁不条理の演劇﹂が言語の 131 は把えられない究極的真実と禅の不立文字との間にアナ いない。既成の論理、因果律の法則を、明らかにそれが イファーの言うような新しい実存的論理は展開されては て自壊させる、それが﹃禿の女歌手﹄におけるイォネス 不可能な領域にまで拡張したり、相互に衝突させたりし ロジーが存在しない訳ではない。また、ルネサンス以来 のヨーロッパ合理主義の行きづまりとその反省の現われ コの手法である。この事実から出発して、新しい論理と として、近年におけるヨーロッパやアメリカにおける禅 意味を発見するのは、作品中の人物ではなくて観客なの である。 の流行と﹁不条理の演劇﹂の成功とを比較することも、 は、文化史的、思想史的な比較論であって、演劇学上の たしかに、 ﹁不条理の演劇﹂は、今日における言語混 あながちうがち過ぎだとは言いきれない。しかしそれら る論理と内容が、禅仏教のそれであると言ったら、これ 比較形態論とはなり得ない。 ﹁不条理の演劇﹂が採用す え、それが言語の危機を克服し言語を超えた真実を表現 乱と危機を痛切に反映しているには違いない。とはい しようとする積極的な方法であるのか、たとえもしそう 32 だとしても、はたしてそれが文学作品としての戯曲の名 1 ﹁不条理の演劇﹂を積極的に評価するあまり、作品それ は褒め過ぎであろう。コーもサイファーもエスリンも、 自体の形式と内容を、それが観客に及ぼすであろう効用 自身は、言語に対していかなる態度で望んでいるのか、 の主張するかぎりでは、甚だ不明確である。﹁体作家達 論理を超えた真実が存在すること、それらはよし悲劇的 自己の作品をいかなるものと考えているのか。その点を に価するものであるのか、コーやサイファーやエスリン ではあっても、それに大胆に直面することによってのみ 明らかにする必要があるだろう。そこで、次章では﹁不 と混同しているように思える。知的な包容力のある観客 超克されるのだということ、それらの論理や真実が宗教 条理の演劇﹂の作者達の演劇理念を見ることにする。 ならば、言語の価値降下を通じて、人間にとって言語と 的な時には禅的な体験にさえ通じるものであることを、 理解するであろう。しかし作品自体に即していえばどう か。さきに見た通り、そこには、文法的規則を破壊され、 不条理と化した言語と、人格と個性を喪失し、認識する 能力を失った人物が存在するだけである。そこには、サ 第二章 イォネスコの演劇観 ﹁不条理の演劇﹂の作者達は、自己の作品をいかなる ものとみなしているのか、彼等自らがどのような演劇を 創りつつあると考えているのか。 きはジャーナリストとのインターヴューによって、ある によって、彼は積極的に自己の演劇のヴィジョンを人々 ときは批評家達との論争を通じて、またあるときは講演 に伝えようとする。その文体は、彼の作品のそれとは違 って平明であり、論理的な秩序に従い、いささかも不条 理ではない。その数あるエッセイの中で彼の演劇の理念 が最も雄弁に語られているものは、おそらく、 ﹃演劇の れは、彼が、なぜ演劇のために書くのか、という問いに 体験﹄︵肉愚“ミ§鳴§§融ミ藁りα。。︶ であろう。こ 対する自らの答えであり、彼の演劇に対する信仰告白で ベケットについては、ここで触れることは出来ない。 というのは、彼は自己の演劇論はおろか、自作について なぜ、演劇のために書くのか。どのような劇作家にと っても答え難いこの問題に対して、イォネスコは皮肉と あるといってもいい。以下、このエッセイに従って、イ 33 オネスコの演劇観を見て行くことにしたい。 1 すら、ほとんど語ろうとはしないからである。さながら ベケットは、 一度自己の作品が発表された以上、その解 釈は読者や観客の自由にまかせられるべきであって作者 の側からの解説は余計なことだ、と考えているかのよう 逆説を混えて次のように答える。私が劇場のために書く であり、また、発表された少数の書簡やインターヴュi を信用せず、言語による表現を、作品創作におけるのと 記事における、著しく曖昧な調子は、あたかも彼が言語 ようになったのは、どうやら、私が劇場を嫌いだったか と反逆を見ることは容易であろう。しかし、以下からも ららしい、と。この一句に、伝統的な演劇に対する痛罵 明らかなように、彼が嫌いだったというのは、特定の様 にさえ思わせる。しかしそれらはいずれも推測の域を出 ない。 式の演劇︵例えば写実主義演劇︶に留まらず、演劇と 同様、極めて厄介で困難なことだと考えているかのよう ネスコの姿勢である。すでにその﹁部は見たが、彼は進 いうコンヴェンションそのものに対してなのである。イ このようなべケットの態度とおよそ対照的なのがイォ んで自己の作品に解説を加えるばかりではない。あると である。彼にとって、演劇において、虚構と真実は融和 エンションそのものにおける虚構と真実の相互関係なの しているとは見えない。 オネスコもベケットと同じく、生れついての演劇人では は、彼が三十六才のときであり、その上演を通じて彼が ない。彼が最初の作品、 ﹃禿の女歌手﹄を書き始めたの ヘ ヘ ヘ へ は、文学や音楽、絵画に比べて演劇は嫌いで、劇場には いるかのようであった。舞台の上で、生き、動き、活 舞台の上にはあたかも二つのリアリティーが混在して 自らの方法を確立し、彼の演劇の魅力に夢中になるまで 足を運ぶ気がしなかった、と彼は言う。 な限定づけられたリアリティーと、それに対立し、重 なり合い、敵対しているところの想像力に満ちたリア 動する平凡な人々の、具体的、肉体的、惨めで、空虚 リティーである。二つの対立する世界は合﹂し、融和 彼はさらに﹁演劇の上演が私を魅惑することは決して 思えた。﹂と告白し、また、﹁それ︵演劇︶は私に同化の することが出来ない。 なかった。むしろ、 一切が滑稽で苦々しいことのように 惑させたのだ。私を困惑させたのは俳優だ﹂と言って、 愉しみとか感情をもたらしはしなかった。演技が私を困 らではない。 述べる。何もこれは彼の見た俳優の演技が下手だったか し、それを創り上げる以前に破壊してしまうかのよう の身振り、態度、会話が喚起しようとした世界を破壊 舞台上のどの身振り、どの態度、どの会話も、それら そうだ、確かにその通りだったのだ。私にとって、 この感情を分析して彼は言う。 ﹁劇場の中で私を嫌悪 ﹁俳優になろうとする入の気持が全く解らなかった﹂と させるのは、舞台の上に血肉を備えた人物が現存するこ だからと言ってイォネスコは虚構それ自体に反対する に見えた。あたかもそれは、決定的な流産、致命的な 失敗、途方もない愚行に思われたのである。 ージョンを破壊してしまう﹂。﹁たとえば、俳優達が、自分 とであった。彼等の肉体的現存が相像力に満ちたイリュ の役に同化しきって舞台の上で本当の涙を流して泣くの 小説の中で人は物語を告げられる。それが作りもので ヘ ヘ へ 訳ではない。 に思われる﹂ あろうとなかろうとかまわない。そこでは、読者がそれ を見るとき、私は我慢がならないし、実に不謹慎なこと イォネスコに嫌悪を催させたのは、演劇というコンヴ 134 を信じることを妨げるものは何もない。映画や、音楽や ことのように思われるのである。 もちろんこの嫌悪にはリアリズムに対する彼の反擁も リアリティーを、日常的、現実的世界に還元してしまう いない。だからこそそれらは自律的な芸術として、ただ である。そこには外的な要素は何一つとして含まれては のは、後に見るようにリアリズムの名においてである。 含まれている。彼が演劇のコンヴェンションを攻撃する 絵画もそうである。それらは純粋の虚構︵構造的形式︶ それだけで成り立ち得るのである。 ーと同様、極めて範囲が広いことに注意すべきであろう。 しかし、彼の言うリアリズムは、彼の言うブルジョワジ それは演劇上の自然主義、写実主義にとどまらず、モリ それに反して、演劇は本質的に不純なもののように思 われる。虚構的な要素が、それとは無縁な要素と混ざ エールからブレヒトに至る、近代演劇全体に渡っている 同されてさえいるのである。 の上演という演劇のコンヴェンションに対する嫌悪と混 のである。そして彼のリアリズムに対する嫌悪は、戯曲 り合っていた。その虚構性は不完全であった。そうだ。 それは不可欠な変形あるいは転換を未だ行っていない ヨ 素材に過ぎない。 ない。俳優の肉体的現存は、一方では演劇愛好者を劇場 ォネスコの嫌悪は、我々にとって理解に苦しむものでは 戯曲を上演するという演劇形態に強い嫌悪感を抱いたの にひきつけるとともに、他方、多くの人々に、それを贋 戯曲の上演という演劇のコンヴェンションに対するイ だ、と言えるであろう。いうまでもなくこれは、作者が 物、いかがわしいものと感じさせ、劇場から書斎に、上 以来西欧演劇の主流であるとみなされてきたところの、 戯曲を書き、俳優達がそれを演じるという、宿命的な二 る。 演を見ることよりも戯曲を読むことに向わせたものであ ここからも明らかなように、イォネスコは、ギリシァ 重性を背負った芸術である。戯曲の、文学作品として一 いえ、戯曲を読むことに対してもまた、満足を見出した しかし、イォネスコは、戯曲の上演に背を向けたとは 度完成された世界を、肉体を備えた生身の俳優が演ずる ことによって、舞台の上のリアリティーに置き換えて見 訳ではない。 せるということ、このことがイォネスコにとっては、逆 に、想像力に対する冒濱、すなわち俳優の現存によって 135 こでも批判はリアリズムの名において加えられている。 撃するのは、モリエール以降の近代戯曲であり、再びこ とはいえ、彼が﹁読み物となってしまった﹂として攻 出来なかった。全てが不満だという訳ではない!と 私は、私がこれまでに読んだ戯曲に対してすら、満足 いうのは、私は、ソポクレース、アイスキュロスあるい 値を認めるのにやぶさかではなかったからだ。なぜ不 い。あるいはむしろこうである。それらのテーマは、 所属している時代の水準よりも、どちらかというと低 はシェイクスピア、またはより後代のクライストとか 満であったのか。それら以外の戯曲は全て、特に演劇 ある特定の政治的態度の表明であって、それらを図解 ロギーから生まれたものに過ぎない。それは、それが 的であるとはいい得ないその文学的性質によって、途 多くの作家達が選ぶテーマは、特定の流行中のイデオ 方もない読み物となっているからだ、と私は考えた。 滅びるに違いない。なぜなら、イデオロギーは、流行 する戯曲は、それらを鼓吹したイデオロギーとともに ビュッヒナーとかの戯曲の幾つかに対しては、その価 どのみち、シェイクスピアとクライスト以後、私は戯 とともに滅び行くからである。⋮⋮戯曲それ自体のも 作られたところの、苦労して作られたコミットする戯 のではない教義に、思考と言語の体系に仕えるために 曲を読んで面白いと思ったことはない。 我々は、イォネスコの論理における視点の交代に注意 曲に比べれば、キリスト教徒の墓所やギリシァやエト 近代の戯曲が読み物と化した、ということは、次のよ て伝えるのである。 ルスクの石碑の方が、はるかに多く人間の運命につい しなければならない。戯曲の上演が、本来表現すべき想 像的リアリティーをもたらさずに、日常的現実をしか舞 台の上にもたらさないことに彼は憤慨したはずである。 ︵臣Φ象二。巴︶なものに対する嫌悪であった。しかしここ 達は、広義のリアリズムの立場で戯曲を書くようになっ うな事実を指していると見て間違いはない。近代の作家 言わばそれは、演劇における肉体的なるもの、演劇的 では、視点は逆になって、演劇性の不在、その文学性、 た。それは、現実の世界にその明瞭な対応物を持つよう その﹁途方もない読み物﹂としての性質が攻撃の対象に なっているのである。 136 な世界を戯曲の中に作ることであり、またそれは、特定 運命に対する直面と、それによってもたらされる形而上 の条件の究極的状況とは、イォネスコにとって、グロテ 形而上的な苦悩の感覚﹂であると見てよい。そして人間 想像的リアリティーを伝え得ない、単なる読み物と化し スクであると同時に悲劇的であり、また喜劇的なのであ 的な真実、エスリンの定義する、 ﹁不条理に直面しての てしまったのだ。 る。注意すべきことは、イォネスコにとって、この三つ の思想的、政治的、心理学的な立場から戯曲を書くこと では、演劇が本来伝えるべき真実、先ほどから度々繰 でいることである。彼にとって、悲劇的なものと喜劇的 の形容詞はばらばらのものではなく、同一の焦点を結ん を意味する。その結果、戯曲は本来演劇が伝えるべき、 か。イォネスコは、シェイクスピアとモリエールを比較 即ち、彼の演劇の祖先としてイォネスコが挙げるのは、 ヘ ヘ ヘ へ このような究極的な人間の条件の表現の原型として、 するのか理解できない。﹂ いえば、なぜ人々が喜劇的なものと悲劇的なものを区別 なものは、同﹁なのである。彼は言う。 ﹁私の立場から り返してきた、想像的リアリティ!とはどのようなもの しつつ、ほぼ次のように論じている。 ﹁シェイクスピアは、人間の全体的な条件と運命につ いての問を掲げた﹂。それに比べると、モリエールのちっ シェイクスピアである。 ﹃リチャ!ドニ世﹄について触 ぽけな問題はあまり重大であるとは思えない。 ﹁私には そのような悲惨さや、偽善や、寝取られ男の物語には興 れつつ、彼は言う。 そして耐えられ得ないものだけが、真底から悲劇的であ 決されるからだ。耐えられ得ないものには解決がない。 らあるが、決して悲劇的ではない。なぜか。それらは解 象的思考の不確実な真理やいわゆるイデオロギー演劇 たということは疑いない。その証拠にも、それは、抽 的真実と演劇的リアリティーの本質的構造を再現出来 この永遠の生きた現在こそドラマである。これが悲劇 エールは、 ﹁もちろん時には少しばかり悲しく劇的です 味がない。私は彼の非形而上的な精神が嫌いだ。﹂モリ り、根底から喜劇的であり、本質的に演劇的なのだ。﹂ イォネスコが演劇に求める想像的リアリティーとは、 に、演劇の原型に、演劇の言語に触れているのだ。 とは何の関係もないではないか。我々は演劇の本質 き 合理的ないかなる解決をもはばむ、究極的な人間の条件、 137 ているように見える﹁不条理の演劇﹂も、根源的には、 この点からのみ判断すれば、 一見して伝統から孤立し あんぐりあけたまま、それらの人形達がお互いに話し ⋮⋮だが私は笑わなかった。そのパンチ・アンド・ジ ュディ・ショウは私をそこに釘づけにした。私は口を クで獣的な性質を、カリカチュアという極めて単純化 ていた。それこそが私にとって、真実の持つグロテス された形式の中に強調しようとするかのような、奇怪 たり、動いたり、棍棒で殴り合ったりするのを見つめ 的であると同時に喜劇的な、宇宙における人間の運命を ことはない。事実それは、究極的な人間の条件を、悲劇 扱うものだからである。では両者は同一なのか。 悲劇および喜劇の伝統を汲むものであると考えられない 決定的な相異がある。通常、我々が悲劇を問題にする もはや明らかなことである。イォネスコにとって、演 の、世界の光景そのもののように思われた。 で信じ難くはあるがなお真実よりも真実であるところ 場合、戯曲の文学性の問題ときりはなして論ずることは 出来ない。悲劇は、比喩として使われる場合を除けば、 文学としての戯曲の一ジャンルなのである。ところがイ 界は、彼においては同一のものと感じられている。なぜ はファルス︶という本来は両立することのない二つの世 ・アンド・ジュディなのである。悲劇とギニョール︵或 とは全く顧慮されていない。グロテスクであると同時に なら彼はそれらを文学によってではなく、演劇の言語に 劇の原型は、シェクスピアであると同時にまた、パンチ 悲劇的かつ喜劇的な演劇の原型は、ギリシァ悲劇やシェ おいて理解するから。 ォネスコは悲劇を、文学としてではなく、彼の言う﹁演劇 イクスピアの悲劇のような戯曲を前提とする演劇にのみ そして、このような演劇、 ﹁我々の失われた内面をよ それ自体の言語﹂において考える。戯曲の文学性というこ 限られない。言葉によるテキストを持たない、戯曲を前 みがえらせてくれる演劇の聖なる怪物﹂は、さきに見た ヘ ヘ は、幼年時代のイォネスコが人形劇パンチ・アンド・ジ や心理学や文学の言語に変えて以来もはや見られなくな った、とイォネスコは考える。そしてまた、このような ように近代リアリズムが、演劇の言語を、イデオロギー 提としない演劇によっても可能なのである。次に示すの ュディ︵℃⊆コ。ゴp巳甘ξ︶を見たときの印象であるが、 さきのシェイクスピアについての批評と比較されたい。 138 の演劇において目指しているものであることは言うまで 演劇の復権、失われた演劇の言語の再生こそ、彼が自己 にも自然にふるまおうと努め過ぎたからなのだ。その うに見えて私を困惑させたのは、きっと彼等があまり そればかりではない。俳優が自然ではないもののよ それを、よりはっきりとあからさまに示すことを、気 演劇の手練手管を隠すことを意味しなかった。むしろ の、文学的なものを排除し、リアリズム、とりわけ自然 意味しないことは明らかである。逆にそれは戯曲的なも ここで使われているドラマという言葉が、 ﹁戯曲﹂を 自然ではないことを恐れてはならない。 ようになるだろう。しかし全く別の意味でだ。俳優は 10 反対を試みることによって、彼等は再び自然に見える ヘ へ ヘ ヘ へ もない。いかにしてそれは実現されたのか。 ドラマをその演劇でもなく文学でもない中間の領域か ら追い出すことは、ドラマそれ自体の領域を、その本 のきいた客間喜劇の色裾せたアイロニーを捨てて、カ 来の王国を回復させることである。私にとってそれは、 リカチュアとグロテスクの方向へと押しやることを意 ルスを、パロディーの極端な誇張を。ユーモア、もち 回復させること、演劇を思想から、文学から、日常的論 して見せようとする。それが、ドラマそれ自体の領域を ︵暮Φp鼠。巴ξ︶を極度にどぎつく、悪趣味なまでに露呈 主義の演劇が慎重に避けていたところの﹁芝居らしさ﹂ ろんあっていい。だがバーレスクの方法でやろう。戯 味した。客間喜劇はもうたくさんだ。その代りにファ 曲的な喜劇は不要だ。耐え難いものへの帰還。﹁切が のである。従って、演劇は、絵画や音楽の言語と同様、 演劇独自の言語を持つことが可能であり。また持つべき 理から解放し、それ独自の芸術として自立させることな だ。暴力的に喜劇的で暴力的にドラマティックな、暴 なのである。 痙攣する。そこにこそ悲劇の源泉が横たわっているの 力の演劇。 るとすれば、演劇がそれ自体の独立した言語を持ち得 もし人が演劇は、言葉のドラマを意味するのだと信じ 心理を描くのを止めるか、あるいは心理に形而上的 この誇張は平凡な日常的真実の関節をはずす。それは るのだということを理解することは難かしい。もしそ 次元を与えよ。ドラマとは感情の極端な誇張である。 同時に、言語を分解しばらばらにする。 139 それに反して言語を、演劇が行い得るショック療法の ろの思考の他の形式、哲学や倫理の下僕でしかない。 うであれば、演劇は単に言語によって表現されるとこ るべきなのである。﹂そしてまた、﹁言語がそれによって とした形を与えることが許されるどころか、またそうす 化し、物に生命を与え、背景を動かし、シンボルに確固 えざる現存も物質化され得る。作家には、俳優を道具と た。舞台の視覚的要素によって拡大され得る﹂。 マイムによって補足されるのと同じように、それらもま 11 は伝え得ないところにとって代る身振りや演技、パント 諸手段の中のただの一つに過ぎないと考えるならば、 一切が変ってくる。まず第一に、演劇が言語を使用す る本来のやり方がある。即ち対話の中で使われる行動 の言葉、葛藤の言葉である。⋮⋮言語をより演劇的に ここからも明らかなように、イォネスコは彼の演劇を、 に存在するドラマの真の性質を明らかにさせようとす するやり方は別にある。言語に歪みを与え、狂乱の中 の、もちろんそこで言語は使われこそすれ、演技や、装 言葉のドラマi﹁戯曲﹂の上演とは明らかに別種のも 演劇、﹁不条理の演劇﹂においては、従って、たとえ作 表現の媒体として言語だけには頼らない。このような メージの綜合だと考えていると見てさしつかえない。 小 道 具 や 照 明 等 の 舞 台 の 視 覚 的 要 素 と 同 列の 置 や も の へ 40 、と価値をおとしめられたところの、多次元的な舞台のイ ー るやり方である。調子全体は可能なかぎり圧縮すべき であり、言語は、それほど多くの意味を包含しようと する無益な努力の中で破壊し、爆発するほどになるべ きである。 11 このように、演劇の表現手段の一つとしての言語の、 能なのである。それは、言語による思考、表現、伝達が 不可能になったということを、舞台の上で演技して見せ 者が言語に対する信頼を抱かないにせよ、充分表現は可 ることが出来、その事実をありのままに観客に理解させ 文学の場合とは異る演劇としての独自の使い方を述べた 演劇は耳と同じく眼にもうったえかけるものである﹂と ることが出来る。 後、イォネスコは、﹁だが演劇は言葉以上のものだ。⋮⋮ 葉のみには限られないことを強調する。 ﹁演劇において する答えの﹁つにはなろう。﹁方でそれは、我々の時代 このことは、なぜ作家達が書くのか、という問いに対 言って、演劇の表現手段−演劇の自律的言語1が言 与えられてもいい。しかしまた、我々の内面の恐怖の見 禁じられていることは何一つとしてない。人物は生命を の言語の危機と混乱をグロテスクなカリカチュアによっ て反映することが出来るし、また一方、作者達が表現手 段としての言語の効用を現実に疑っている場合にすら、 作品を﹁ドラマ﹂と呼ぶにせよ、言葉のドラマ、即ち﹁戯 いうことは別の問題である。イォネスコははたとえ彼の しかし、これが文学作品としての戯曲であり得るかと かれているという点については疑問の余地はない。しか とである。戯曲が、近代における少数の例外、いわゆる レーゼ・ドラマを除いて、舞台での上演を目的として書 戯曲とは演劇の台本︵8蓉︶であるQこれは自明のこ 第三章 戯曲と演劇 曲﹂とは対立するものと見る。それはまた、次のような し、逆に、演劇の台本、必ずしも全て戯曲であるとは言 演劇それ自体の言語によって、表現可能なのである。 挿話によっても明らかであろう。 公開朗読会がヴィユi・コロンヴィエ座で行なわれた。 たテキスト、台本を備えている場合が多い。しかし戯曲 するからである。そのような演劇もまた、文字に書かれ 彼が﹃犀﹄︵勘ミ謡8帖き勲HOqQ。︶を書き上げた後、その えない。なぜなら、戯曲を前提としない演劇もまた存在 集った聴集に向ってイォネスコはこう言ったという。 のである。 作品として、上演を離れてもなお存在価値を持つべきも は単に演劇の台本であるだけに留まらず、独立した文学 戯曲の持つこの二重性、演劇の一構成要素であると同 ﹁戯曲は上演されるために作られたもので、読まれるた なところには来ませんね。﹂ めのものではありません。私があなた方だったら、こん 12 時に、詩や小説と並ぶ文学の一ジャンルであるという事 はないはずである。しかし、劇場と文学はどうやら折り 実は、しばしば入を困惑させてきた。本来それは矛盾で 品を、上演のみを目的とした台本と考え、それが文学作 品として読まれ得るものか否かについては関知しないよ これを彼一流の逆説として取るにせよ、彼は、その作 うに思われる。はたして、これを﹁戯曲﹂と呼んで差し 二流の戯曲が演出家と俳優の手腕によって興行的成功を 合いが悪いらしい。文学作品としては大した価値のない もたらす場合があるかと思えば、優れた文学作品を上演 つかえないのかが問題になる。 のか。 では、戯曲とは厳密に定義すればいかなるものを指す 141 が台なしにすることもしばしばである。そして、劇場が という言葉も同様である。︼体それらは﹁脚本﹂を指す 置かねばならない問題であろう。 のであろうか、それともその上演された状態を指すので 英国の演劇学者アラダイス・ニコル ︵﹀=胃身8Z学 戯曲の文学性を歪めるのではないかという危惧が︵ある 8一一︶は、最近の著、﹃演劇と戯曲理論﹄︵壇ミ§馬ミミ こそ、戯曲とは何かを我々が考える場合、まず解決して の魅力が、それにとりつかれた演出家や俳優をして戯曲 や研究者を書斎に閉じ籠らせる一方、他ならぬその劇場 §“bミ§ミ讐↓ミo遂”お①悼︶の中で、右に触れたよう あろうか。区別は曖昧である。そしてこの用語の曖昧さ が文学であることを忘れさせ、上演のための台本に過ぎ な締餌日鎖と普$需Φの混用に注目するとともに、それ いはその危惧の背後に隠された、イォネスコの指摘した ないと思い込ませることもある。ここからも明らかなよ らの混用はただ混乱をもたらすだけであるとして、これ ような俳優の肉体的現存への嫌悪が︶一部の文学愛好者 うに、戯曲を文学として見るか、あるいは、単なる台本 日9の訳語として使ってきた。しかし伍鑓ヨ四は、イォ そればかりではない。我々はいままで﹁戯曲﹂を山冨− されたところの多彩な実験を試みてきた。にもかかわら 演劇は、十八世紀以来﹁連の理論的活動によって鼓吹 かれたものである。 42 ついでながら、この著は、ほぼ次のような立場から書 1 らの語の厳密な区別を試みている。 に過ぎないと見るかによって、戯曲の概念は全く異なっ ネスコの場合がそうであったように、必ずしも常に﹁戯 たものとして把えられかねない。 曲﹂の意味でのみ使われてはいない。戯曲が上演された ところでは華やかな活動が展開されているとはいえ、そ の背後で、演劇は今日危機に瀕しているのではなかろう ず、演劇の観客は近年目立って減りつつある。一見した か。湧き上がる疑問は端的にいえばこうだ、とニコルは とするしないにかかわらず、演劇的現象全体を意味する 場合もある。しかしそうなるとまた、山冨日9は島雷茸① 場合の演劇を指す場合も、またより広義に、戯曲を前提 ︵演劇、劇場︶という言葉と重なり合って来る。事実、 プローチは、果たして一般の公衆に対して、彼等が演劇 言う。今日支配的であるところの演劇における理論的ア の中に潜在意識的に求めるものを与えているのであろう 英語においては、山建日9と島8霞①およびそれらの形 れていると言っていい。我国の﹁芝居﹂あるいは﹁劇﹂ 容詞α鑓日象5臣Φβ・窪o巴の用法はほとんど常に混同さ いかなる実験もただ舞台と公衆との溝を大きくするだけ か。それを与えないかぎり、舞台に新風を送ろうとする に終りかねない。我々は今、やみくもに新しさを求めて いう観念を伝えるものである。 て、舞台での上演に適した形で書かれた文学作品﹂と 前進するのでなく、立ちどまって演劇の根本原理を考え の意味に限定し、その混同を避けるべきだと提案するの であるQ 即ちニコルは、臣$霞Φを﹁演劇﹂、山箪ヨ餌を﹁戯曲﹂ るものは何か。我々は演劇に対して何を求めるべきであ る必要に迫られていはしないか。演劇において表現され り、何を求めるべきではないのか。ニコルは言う。﹁過去 劇︶と匹這日9︵戯曲︶は決して同一のものではないと が明らかになる、とニコルは言う。第一にけゴ雷貫①︵演 のものとして提供すべきものは何かということと、舞台 るとはいえ、それぞれ個有の領域を持つということであ ﹁度この作業上の定義が出来上ると、自ら二つのこと の公衆に対する関係というものと、この二つについて見 ユ 定めることの必要が今口ほど急迫した時はかつてない﹂ る。この二つの領域は重なり合う部分もある。しかし演 四世紀に亘る演劇の歴史において、舞台が舞台ならでは ﹃演劇と戯曲理論﹄は、このような意図をもって書か 劇の領域は戯曲の領域を超えてかなり向こうまで広がる に着目する。それは、演劇上の努力の甚だ多くが、戯曲 このように述べた後、ニコルはさらに次のような事実 じくらい向こうまで広がっている。 いうことであり、第二に、両者は互いに密接な関係にあ が、さきに触れた、普Φρ#①と氏舜ヨpの区別である。 れたものであるが、その冒頭において企てられているの し、戯曲の領域はまた同様に、演劇の領域の反対側に同 ば、 ﹁集合し‘た観客の前で、 一群の人々︵俳優と呼ん 島o簿冨なる語は、建物に適用された意味を除外すれ その全分野に亘って戯曲とは何の関係もない。そこには 言葉で表現された物語の筋があるにせよ、音楽が卓越し 文学とは全く関係を持たない、ということだ。オペラは た重要性を持ち、言葉はたとえ耳に入ってもほとんど注 でもいい︶によって行なわれる演技﹂を意味とすると て容認されるならば、α冨8餌および覧ミという語 意を払われないことは明瞭である。バレエとマイムも戯 言えるであろう。もし差当りこれが作業上の定義とし って、 ﹁﹁人の作家あるいは数人の作家の協同によっ の意味するものは何であろうか。それらは同義語であ 143 曲とは無縁である。バレエにおいては通例、或る種の物 であるから、 ﹁文学的演劇﹂と呼ばれてもよい。 は文学作品としての戯曲を一団の俳優達が演奏するもの マイムと同様、言葉は全く姿を見せない。或はまた、優 であるとは限らない。 ﹁演劇﹂と﹁戯曲﹂の二つの円は しかし演劇の全てが戯曲を前提とする、﹁文学的演劇﹂ 語が踊り手の動きに対して一つの枠を提供するものの、 に二世紀以上に亘って甚だ人気のあった演劇的ショウで 円によって覆われていない﹁戯曲﹂の部分には、純粋の 完全に重なり合うものではないからである。 ﹁演劇﹂の 上演を予想しない、いわゆるレーゼ・ドラマがある。も 文学作品として読まれるためにのみ書かれたところの、 ことが出来ない。ここでは役者が演技の進行中にシナリ オ即ち筋書きを基礎にして対話を創作して行くのである あるコンメディア・デラルテも戯曲の範囲の中に入れる が、しかし、作者の台詞を記憶し戯曲を演奏する俳優の 分は、すでに見たような、オペラ、バレエ、コンメディ う一方の﹁戯曲﹂の円によって覆われない﹁演劇﹂の部 ア・デラルテといった、戯曲を前提としない演劇の領域 演技と、時のはずみで対話をこしらえる喜劇役者の演技 である。それらは﹁文学的演劇﹂に対して﹁非文学的演 が全く別のものであることは明らかである。ニコルはこ のように言って、次のように結論する。﹁演劇は、従っ バレエ、コンメディア・デラルテ、マイム、1これら 劇﹂と呼ばれてもいいであろう。非文学的演劇といって て、戯曲の上演よりも遥かに多くを包含する。オペラ、 ヴィ・ドラマのシナリオと同じく、文学として読まれる に変えないかぎり独立した意義を持ち得ず、映画やテレ い。しかしそれは、役者がそれに生命を与え舞台の形象 も、その全てが文字で書かれた台本を持たない訳ではな ニコルの定義を我々の言葉で書き直せば、次のように ことはないのである。 全てと、またそれ以上のものが演劇の領域を拡張し、我 ヨ なる。演劇と戯曲の関係は、交叉し合う二つの円として 々を戯曲の境界から遥か遠くへとつれ去る﹂。 図式化される。一方の円は﹁演劇﹂であり、もう一方の 後に、演劇の観客とは何か、観客が演劇に対して求める ニコルは、島①ρ。ヰ①と自鑓ヨpの厳密な定義を試みた るべきか、を考えて行くのであるが、ここでは、いま、 ものは何か、という問いかけを通じて、演劇はいかにあ 上演を予想する戯曲、或は戯曲を前提とする演劇︵戯曲 の上演︶を意味している。我々が通常演劇と呼びドラマ 円は﹁戯曲﹂である。両者の重なり合う紡錘状の部分は と呼ぶ西洋演劇の多くのものはこの部分に入る。それら ユ44 日p一︶から派生した言葉であって、物真似を主とした即 ミーモスはギリシァ語の動詞、 ﹁模倣する﹂︵ヨぎ①◎− 興的な演技を行う役者、あるいはその芸を意味する。即 別種のものとして理解されていたらしい。 曲﹂の区別は、誰にせよ、今日において演劇のあり方を その詳細に亘って見る訳には行かない。 問うとき、ぜひとも認めて置かねばならない前提であろ ちその芸は、鳥や蛙や獣の声の模写、金貸し、娼婦、軍 しかし彼の理論の出発点となる、この﹁演劇﹂と﹁戯 う。なぜなら、戯曲を前提とする﹁文学的演劇﹂と、前 迫っているかを誇るものである。課刺的であると同時に 提としない﹁非文学的演劇﹂とでは、その演技の方法に 卑狼な冗談に満ちたそれらの演技は、アリストパネース た世態風俗の写実、描写を目的とし、いかにそれが真に するものにおいて、全く異質のものだからである。言い 人、政治家等様々な人間の性格や癖の真似、あるいはま 換えれば、それらは同じ演劇の範疇に入っているとはい の古喜劇のそれと類似するところが多分にあったであろ おいて、その芸術理念と目的において、また観客の期待 これはまた、歴史的に見てもそうである。西欧演劇史に え、全く別のコンヴェンションに立っているのである。 う。しかし喜劇と比べて、ミーモスははるかに短かく、 合唱隊を持たず、多くの場合仮面を使用しない。より大 おいて、文学的演劇と非文学的演劇は、それぞれ異る経 きな相異はその上演のあり方と俳優の身分である。喜劇 として、その祭式的要素を失うことがなかったのに反し、 の上演が悲劇の上演と同じく、アテナイの市民的な祝典 路をたどって発展した、異るタイプの演劇であったと言 える。 古代世界において、我々は、ギリシァではミーモス ところの、悲劇や喜劇とは別種の、より民衆的な非文学 く欠いていた。しかもそれは円形劇場においてではな させることがあったにせよ、そのような宗教的側面を全 ︵巳ヨoω︶、ローマではミームス︵日圃B岳︶と総称された ミーモスは例え戯画化された神話上の人物や神々を登場 的演劇が存在していたことを知っている。 く、街の広場または大道に臨時に組立てられた仮舞台の の中から選ばれた名誉あるアマチュアであったのに反 上で上演されたらしい。また、悲劇や喜劇の俳優が市民 し、ミーモスの役者は、奇術師やアクロバット・ダンサ 式における模倣的舞踊にまでさかのぼり得るものであ る。しかしいったん祭式から分離して以来、両者は全く 起源の点からいえばミーモスもドラマも共に、原始祭 別の発展経路をたどった。両者はギリシァ人にとっても 145 る諸芸能は、ドラマに比べてはるかに強い大衆の支持を ローマにおいてミームス、あるいはミームスに類似す として軽蔑されていたのである。 1と同様に職業的芸人であり、社会の中の最下層の人種 旅芸人の群に混って、そこごこの辻々に大衆の人気を集 れを汲む役者達は、疑いもなく、都市や村落を渡り歩く 表面から姿を消すことになる。とはいえ、ミーモスの流 から近代演劇の繭芽が見られるまで、西欧演劇は歴史の れは、その観客に対しグロテスクで卑狼なユーモアを提 人達の処刑と同類のショウにまで堕落する。とはいえそ 形劇場に進出し、サーカス、剣闘技、野獣との格闘、罪 見することによって、文学的演劇の繁栄をもたらした。 ルネサンスは、失われていた悲劇、喜劇の伝統を再発 隆盛を導く陰の力となったと考えられる。 期における宗教劇や世俗的喜劇、ファルスやソティーの めていたに違いない。そして彼等の技芸は、多くの民俗 供し、時代とその風俗に対するアクチュアルな謁刺的精 しかしそれに劣らず非文学的演劇もまたコンデメィア, 46 デラルテをはじめとして華やかな開花期を迎えた。イタ ー 的行事から生まれた諸芸能と混じり合いながら、中世後 神を失いはしなかった。 リアに生れたこの即興的な対話と身振りの演技は十六世 時代末期には、もはや戯曲の上演が行われなくなった円 例えば、ローマ帝国にキリスト教が進出しはじめるや 紀から十八世紀初頭まで甚だ多くの人気を博し、全ヨー 受け、戯曲の上演を完全に圧倒するに至る。そして帝政 人物に仕立て上げたり、洗礼の秘蹟を桶の中での水浴び 否や、ミ!モスの役者達は、司教をグロテスクで好色な ロッパに亘って、非文学的演劇はもちろん、文学的演劇 の幾つか︵例えばモリエール初期のファルス︶にさえ強 ごっことして見せたあげく、最後にそこから道化師が、受 い影響を与えた。 十八世紀後半から十九世紀にかけて栄えた非文学的演 演技をさえ行ったのである。 洗を終えたキリスト教徒として引き上げられるといった 劇﹂に対して憎悪を抱き、演劇を圧迫したのは無理から ヘ へ キリスト教が力を得て以来、 ﹁貫してこのような﹁演 スの流れをひくものと考えられる、ミュージック・ホー 劇は、おそらくコンメディア・デラルテや多くのファル 英国においては、コミック・オペラやメロドラマととも ル︵日二ω幽o由p=︶の演技である。これは、ヴィクトリア朝 ぬことである。五世紀には俳優は全て破門され、⊥ハ世紀 には一切の劇場が閉鎖された。 このときから、九世紀末において中世教会の儀式の中 彩な種類を誇る。その上限はファルスやメロドラマやミ 非文学的演劇は、文学的演劇に比べてはるかに豊富、多 一環を形成し続けてきたと言えよう。当然のことながら に正統演劇 ︵δσq三日象①時p日麟︶の中には数えられな 衆演劇として、大衆娯楽︵層。o巳錠①三①答p。ぎヨΦ暮︶の ンス、アクロバット、手品、寸劇、ナンセンスな対話、 かったところの、大衆演劇の一つであり、滑稽な歌、ダ 観客に向って直接語りかける漫談等、芸人達の雑多な技 さきに見たパンチ・アンド・ジュディ・ショウのような ュージカル・ショウとして文学的演劇に接し、下限は、 ルの芸人達の演技が、正統演劇の俳優達のそれとは根本 人形劇はもちろん、民俗的祭礼の諸芸能や、魔術使や手 芸によって成り立っていた。これらミュージック・ホー 的に異っていたことはいうまでもない。彼等は、なお 巳⇔団とは言わずに≦o時と言った。即ち、彼等は戯曲 確かに、ニコルの考えるように、演劇的努力の甚だ多 覆い尽すのである。 品使いや大道の香具師の芸に接する、極めて広い領域を を演ずる俳優達のように﹁役﹂を演ずることをしない。 西欧以外の演劇を合わせて考えるとき一層はっきりす くがドラマとは何の関係もないのである。因にこれは、 ﹁演技者﹂︵℃①以。同旨曾︶と呼ばれたにせよ自らの演技を る。我国の漫才を思わせる彼等の演技は、年少の頃ミュ 自分の名で︵もちろん芸名であるが︶舞台に立つのであ る。演劇あるいは演劇的現象を生み出さなかった民族は 悲劇をギリシァ人が独自に生み出した純粋にギリシァ的 ほとんど存在しないといっていい。しかし、西欧以外の なるものと定義し、中国や日本の演劇を彼の考察の範囲 ージック・ホールの中で育ったチャップリンのそれをは このように非文学的演劇は、文学的演劇とともに、は から除外した。筆者の私見を加えるならば、これは悲劇 じめとする無声映画の中に、また、アメリカにおいて今 るか古代にまでさかのぼる長い歴史を持ち、時には文学 のみならずあらゆる戯曲についてもそう言える。文学的 入る。ジョージ・スタイナーは﹃悲劇の死﹄において、 的演劇を圧倒するに至るほど強い民衆の支持と称賛を拍 演劇、ドラマを生み出したのは西欧、それもギリシァに 全ての演劇は、どちらかといえば非文学的演劇の範疇に しさえしたのである。事実それは、近代におけるバレエ のみ限られる。ギリシァ戯曲の伝統を、おそらくセネカ 日なお盛んなヴォードヴィルや各種のショウの中に採用 やパントマイムのような芸術的に洗練された形式を除け されている。 ば、文学的演劇よりもより強く民衆の嗜好を反映する大 147 を通じてルネサンスの西欧人が学ばなかったとしたら、 て蔑まれ、法律の庇護を拒まれることもしばしばであっ ば、総じて俳優の地位は社会における最下層のものとし マチュアの市民達が戯曲を上演する少数の例外を除け た。 ない。 このようにドラマが、文学的演劇が、西欧においてす はなく、文学的演劇の俳優についても同様である。にも もちろんこれはロウ・コメディの役者についてのみで 西欧近代のドラマは存在しなかったといっても過言では かかわらず、演劇がドラマと同﹂視されてきたのは何故 ら演劇の領域の一部を占めるに過ぎないという事実にも やエリザベス朝英国においてそうであったように、国家 かかわらず戯曲の上演が、単なる娯楽以上の、アテナイ 的、国民的祝祭ですらあり得たということは何故であろ であろう。今日においてすら、この章の初めに見たよう 風潮があるのはどういう訳か。 える教師であり予言者であるところの、詩人としての劇 うか。その理由の一つは、それが、民衆に知識と徳を与 な用語の混乱があり、演劇即ちドラマと見て怪しまない それには当然の理由がある。近年、それも十九世紀末に スであれ、シェイクスピアであれ、ラシーヌであれ、そ ようとする祭典であると言えよう。そして、ソポクレー して公的な役割を担う、聖なるものとしての詩を表現し もの、現世的なるもの、俗なるものによって、社会に対 いない。戯曲の上演は、俳優の演技という、肉体的なる 作家が書いた戯曲を上演したということにあることは疑 なって、マイムやコンメディア・デラルテの芸術性が確 認されるまで、多くの西欧人の目にとって、それらの非 文学的演劇は、純然たる娯楽以上の価値を持つとは映ら なかったということである。文学的演劇の場合と違っ て、非文学的演劇がその観客にうったえかけるのは、役 の戯曲は上演される︸方、紙に書き記され、文学作品と 者達の華やかな技芸、演技の巧みさを置いて他にない。 しかしおよそそのような俳優の技芸に対してこそ、キリ して朗読あるいは黙読されたのである。 スト教的市民倫理は、侮蔑をむき出しにしたのである。 たとしても不思議ではない。 ﹁演劇﹂といえばすぐ、こ 演劇即ドラマという考え方が西欧人にとって普通だっ それらは物真似であり、偽善者︵﹃嵩o癖蹄Φ︶ の語源が ギリシァ語の俳優︵ピ℃。ζ翫゜。︶から由来したように、 のような、戯曲を上演するタイプの演劇のみが連想され 人を欺く、中味のないそらごとであった。こうした心情 を助長したのは、役者や俳優の身分上の低さである。ア 148 我々は、厳密な意味での戯曲とは何か、を考えつつ、 真面目な考察の対象とすらならなかったのである。 たに違いないからである。それ以外の演劇は、近年まで ばならない形式は何か。 相違は何か。戯曲が、戯曲ならではのものとして備えね 戯曲と、非文学的演劇の台本が書かれるときの理念上の スの相異を考えて見よう。 我々はいま一度ふり返ってギリシァのドラマとミーモ 完結した一つの行動の模倣﹂だと言った。ミーモスもま アリストテレースは、詩学第五章で、悲劇を﹁それ自体 し、文学的価値という観点のみによって、戯曲を単なる 文学的演劇と非文学的演劇の区別を行ってきた。しか 演劇の台本から区別するのは、かなり困難であるように た模倣である。しかし高津春繁氏によれば、それは、﹁悲 思われる。文学的価値の判断が常に評家の主観に左右さ れるばかりではない。文学という概念が過去に比べ、は れた当座にあっては、明らかに文学作品とは考えられな アリストテレースが、﹁行動﹂の概念をいかに考えてい い。要は物真似の真に迫るにあった﹂のである。 劇や喜劇のように島9ヨ四即ちアクションを要求しな かったに違いないファルスや宗教劇の台本、あるいは我 のものであるということは、多くの論者にとってほとん たかはしばらく措くとして、戯曲にとって、行動が必須 るかに広い範囲にまで広がったからである。それが書か 国の歌舞伎の脚本について、今日の我々はその文学的意 ど異論のないことになっている。しかしその行動をいか ヘ へ 味、意義を探ることが出来る。 一方また、ギリシァ及び ローマにおいては、文学作品としてのミーモスの台本す らが書かれている。それらは実際に行われていたミ!モ は全くないといってもいい。例えばそれは、俳優の舞台 なるものと解するのか、これについては各人各説で定説 を導くところの、いわゆる劇的な行為と解されてもいる。 上での動作と解されたり、対立と葛藤をもたらし、破局 スの上演とは関係なく、純粋の読み物として書かれたよ シァのへーロンダースのミーモスは、文学作品であると うであるが、ローマの文学的ミーモスは別として、ギリ 豊かだと思われるのは、アメリカの演劇学者、フランシ このような様々な行動の解釈の中で、恐らく最も実り 念﹄︵§鳴﹂ミミミ犠§恥ミ、魯一〇お︶あるいは ﹃劇文 ス・ファ!ガソン ︵閃﹁帥口9°。﹁①賊σq5ωωoコ︶の﹃演劇の理 同時に上演もされたと主張する論者もある。 は、文学性という曖昧な基準以外に、別に求める必要が 戯曲を、非文学的演劇の台本と厳密に区別するために あるだろう。戯曲を単なる台本と区別するものは何か。 149 ースの考えをふまえつつ、演ぜられるものとしてのドラ る。彼は、悲劇は行動の模倣であるというアリストテレ 卜疑ミミミ♪Hり零︶等の著書に見られる行動の解釈であ 学における人間像﹄︵§恥ミミ窺§ぎ轟馬§bミミミ魯 神の動き﹂ ︵日08呂三εp。一︶こそ悲劇の、そしてまた このような﹁行動﹂或はダンテの言葉を使えば、 ﹁精 ろの一つの行動或は動機のことを考えているのだ。 とき、彼は一定の時間に亘って魂の生活を支配するとこ ﹁行動﹂は外的な行為や事件ではないとはいえ、結果 全ての戯曲の精神的内容なのである。 最後に言葉によって模倣されるところの精神の動きとし い。我々はある人の﹁行動﹂を、彼のやっていること、 として現われる行為︵αΦΦ畠︶を欠いた行動はあり得な マを、まずプロットによって、次いで登場人物によって、 いわゆるドラマティックな対立や葛藤といった戯曲の効 ての﹁行動﹂として理解しようとする。言わばそれは、 るのだ。精神の動きとしての行動を、外的な行為や事件 即ち彼の外面的、または目に見える行為によって推察す の排列として目に見えるようにしたもの、それがプロッ 果の面から行動を把えようとしていた従来の傾向に代っ トである。行動は戯曲の精神的内容であり、プロットは て、 ﹁行動﹂から戯曲を理解し直そうとする新しい試み であると言えよう。 さらに言えば、劇作家は、彼の知覚した行動を、まず最 その存在を触知し得る動きとして限定すると言えよう。 解説が加えられているので、ここに詳しくは触れない。 初にプロットによって模倣すると言ってもいい。そのよ ってその代表的著作﹃演劇の理念﹄が邦訳され、詳細な ファーガソンの戯曲理論は、すでに山内登美雄氏によ ただそのあらましを見れば次のようなものである。 たものである。恐らく英語の動機︵Bo甑くΦ︶という言葉 り多く﹁目的﹂︵ε巷o。■①︶あるいは﹁意図﹂︵臥日︶に似 めに、即ち、期待と緊張によって一定の時間観客の心を する。プロットとは普通、観客に特定の効果を与えるた ろのプロットの概念とは別のものであることは注意を要 このようなプロットの概念は、通常いわれているとこ うな意味で、アリストテレースはプロットを悲劇の第一 アリストテレースが﹃詩学﹄で使っている言葉、﹁行動﹂ の形式、即ち悲劇の魂と呼んだに違いない。かくして行 お 動と、プロットを欠いた戯曲は、あり得ない。 がその意味を最も良く暗示しているであろう。 ー暇餌臨ωは、外的行為や事件を意味しない。むしろよ 悲劇は一つの行動の模倣だとアリストテレースが言う 150 のそれに関係していると言ってもいい。そしてまた古 分は、この意味、観客にカタルシスを与える手段として 訳ではない。いや、彼のプロットについての議論の大部 た、このような意味でのプロットの概念を使っていない 件の排列として理解されている。アリストテレースもま 繋ぎとめて置く手段として構築されるところの、外的事 の心に映る人間なり、人間と世界との関係なりを、拝情 式の文学と区別する理念上の相異となる。劇作家は、彼 純粋に読むためにのみ書かれたレーゼ・ドラマや対話形 た当然、戯曲を他の文学形式、拝情詩や小説はもちろん、 中に秘められた﹁行動﹂であるとするならば、それはま かしファーガソンは、プロットの二つの概念を区別し、 定の性格を備えた人物達の、相互に影響し合う行為とし を具体化しなければならない。特定の状況における、特 ろう。戯曲としてその行動を実現するために、彼はそれ 詩人や小説家とは違って、行動において把える。彼は人 間を行動するものとして直観する、と言ってもいいであ 前者を戯曲の第﹁の形式、行動の最初の実現として重視 ットとしてである。 て、それらの行為がもたらすところの事件の連鎖、プロ 来、劇作家や研究者達が注目してきたのも、このような するのである。 劇的効果をもたらす手段としてのプロットであった。し こうして、まずプロットによって実現された行動は、 ない。しかも、表現手段として彼が採用する言語は、記 は行動を、完成した文学作品として表現しなければなら て、劇作家にはただ言語しかないということだ。即ち彼 ーガソンは言う。 ﹁良く書かれた戯曲において、私達が 注意すべきことは、それらを表現するための媒体とし もしそれを完全に理解すれば、私達は、プロット、人物、 述や描写の言語ではない。少数のト書きを除いて彼に許 は、言葉、即ち入物達の台詞によって実現される。ファ 台詞、及びその他のことが同じ源泉に由来していること されているのは、対話︵山芭oσq器︶、より︸般的にいえば 次いで諸人物の具体的性格によって実現され、最終的に を、別の言葉で言えば、それら多様なメディアに適した 談話︵紹①①9︶形式のみである。この対話の中に、劇作 なる対話形式の文学とは本質的に異ることは言うまでも ればならない。こうした戯曲の対話が、日常会話や、単 家は彼が表現しようとする﹁切のものを、盛り込まなけ 形態をとって、行動即ち動機を実現していることを知覚 するはずである。﹂ 戯曲を非文学的演劇の台本と区別するものが、戯曲の 151 ない。戯曲の対話は﹁行動﹂を推進させるところの、意 の相手に向つて働きかける対話であり、戯曲全体の意味、 味がぎっしりつまっている対話である。﹁見して平凡な ー戯曲全体を貫くリズミック・パターンー精神の動 だからこそ俳優は、言語のみによって表現された戯曲の きとしての﹁行動﹂を実現するところの対話なのである。 対話から、人物の具体的な性格と個々の行為を、戯曲全 日常的対話を写実しているかのように見えるイプセンの よれば、次のような、豊かな意味に充満しているのであ 体の行動を読みとって、舞台の上にそれを実現すること 対話ですら、エリック・ベントリー︵匹ざしd①昌ユΦ団︶に る。 それが秘めていたもの、 ﹁行動﹂を、舞台の上に、はっ きりと眼と耳に把えられるものとして具体化することで ゜が可能なのである。俳優が演ずることによって、戯曲に 何かがつけ加えられるのではない。戯曲の上演は、本来 れている人物、話題になっている人物に、それぞれ光 ある。いわばそれは、作曲家がその総譜の中に表現した イ。フセンの一センテンスは、四つまたは五つの機能を を投げる。それはプロットを前進させる。それは人物 音楽を、オーケストスラが、耳に聴える音として演奏す 同時に果たす。それは、語っている人物、語りかけら 達が受けとるのとは別の意味を観客に伝えることによ って、アイロニカルな機能を果たす。⋮⋮最後にイプ ることに例えられよう。戯曲が、役者の芸を披歴させる アであれ、いかなる様式の相異にもかかわらず、いやし い得ることではない。ソボクレースであれシェイクスピ ころの﹁個の完成した文学作品であり、対話あるいは談 戯曲とは、俳優によって演ぜられることを予想したと に定義し直すと、ほぼ次のように言えるであろう。 これまでに述べてきたような﹁戯曲﹂の概念を、簡単 ある。 ための台本や、舞台芸術︵チ①卑臼蝉二︶を実現させよう とする演出家のためのシナリオと決定的に異るゆえんで センの一センテンスは、幕全体を構成するリズミック ー0 ・パターンの一部なのである。 くも戯曲であるならば必ず備えていなければならない対 話形式によって、精神の動きとしての﹁行動﹂を模倣す もちろん、これは単にイプセンの対話についてのみ言 と特定の性格を備えた人物が、特定の状況の下に、特定 話の性質なのである。即ち、戯曲の対話は、特定の過去 152 ろうか。 らば、はたして﹁不条理の演劇﹂は﹁戯曲﹂と言えるだ さて、 ﹁戯曲﹂が、このようなものだと考えられるな るもの、である。 いる。これらの戯曲は、しばしば偶然の地点から出発 11 して、終りもまた偶然であるように見える。 と、きちんと構成された結末を持つように期待されて いる。 ﹁ウェル・メイド・プレイ﹂は、始まりと、中間 あるものでは、対話は意味のないおしゃべりと化して ﹁不条理の演劇﹂は、厳密な意味での﹁戯曲﹂とは言え さきの、イォネスコの演劇観からも察せられるように プであり、とりわけ、その機械的なプロットの組立と固 定的な人間観によって悪評高いものである。しかし、こ ウエル・メイド・プレイは、戯曲の中でも特殊なタイ のエスリンの記述から見ても、 ﹁不条理の演劇﹂が、行 ないようだ。それは対話形式を使つている。しかし、そ を破壊している。人物は全く性格を欠いている。彼等の 動の模倣としてのプロットと人物の性格を欠いたもので れはもはや対話とは言えないような、対話の機能と論理 ないように見える。エスリンは、﹁﹃不条理の演劇﹄の戯 ような原則を無視する、というよりも、その作者達は、 あることは明らかであろう。 ﹁不条理の演劇﹂は、その 行為、動作は、動機や目的を欠き明瞭な結果をもたらさ 曲は、幾世紀にも亘って戯曲を支配してきたところの、 直線的なプロットを持つ戯曲は時間的な展開を叙述す うなものである。 る。そのような戯曲の構造は、エスリンに従えば次のよ ゐ へ 12 というベケットの直観のイメージ﹂の投影であると考え れが、﹁人間の実存においては、本当は何事も起らない、 エスリンは、 ﹃ゴドーを待ちながら﹄に触れつつ、そ とはしないのだ、と言えよう。 人間とその宇宙についての直観を行動によって把えるこ あらゆる規準を嘲笑する﹂と述べて、次のような、﹁ウェ ル・メイド・プレイ﹂との比較を試みている。 ﹁ウェル・メイド・プレイ﹂は、客観的に描写され、 れている。だが、これらの戯曲︵﹁不条理の演劇﹂筆 確固とした動機を持った人物を表現するように期待さ 者注︶は、しばしば確定的な人間を欠いているし、完 イ﹂は、機知あるやりとりと、論理的に構成された対話 全に動機のない行動を表現する。﹁ウェル・メイド・プレ の楽しみを持つべく期待されている。これらの戯曲の 153 る戯曲形式にあっては戯曲の時間的広がりは全く附随 る。それに反して、凝集化した詩的イメージを提示す ずしも無形式で夢のようにまとまりのつかないものでは まに表現したものとはいっても、 ﹁不条理の演劇﹂は必 孤独の直観によって感じられたところの真実をありのま では、 ﹁不条理の演劇﹂は一体何であるのか。作家の 曲の形式上の構造は、従って、複合的イメージ全体を は一定の時間にまで広げざるを得ない。そのような戯 するのは物理的に不可能であるという理由から、それ しかし、それほど複雑なイメージを一瞬のうちに提示 身もまた、この事実を認めている。﹃不条理の演劇﹄、第 生まれたものではないことは明らかである。エスリン自 伝統を備えている。ただしそれは、 ﹁戯曲﹂の伝統から 挑戦のように見える﹁不条理の演劇﹂も、明瞭な形式と ない。︼見して極めて前衛的な、あらゆる形式に対する ヘ へ ぬ ヘ へ ヘ ヘ ヘ ヘ へ それは、理想的には一瞬にして了解されるべきである。 的なものしか過ぎない。内奥の直観を表現するために、 相互に作用し合う諸要素のシークェンスへと広げる、 コ ユ ﹁不条理の演劇﹂の構造に対する、このエスリンの見 語的コンヴェンションをひたすら期待するからである。 え、理解不可能におちいるのは、演劇の自然主義的、物 スコの﹃禿の女歌手﹄のような戯曲にショックをおぼ 五章﹁不条理の伝統﹂の中で彼は言う。 ﹁観客がイォネ 方が、はたして正しいか否かは別として、 ﹁不条理の演 い。そこでは、同じようなナンセンスなクロス・トーク 同じ観客をミュージック・ホールの客席に案内するがい 表現上の単なる工夫に過ぎない。 劇﹂が、行動の模倣としての戯曲ではないことは明らか いささか尋常ではないやり方で結びつけた点にある﹂と 14 統への復帰である。その斬新さは、そのような前例を、 初めで、﹁﹃不条理の演劇﹄は古い、原始的ですらある伝 ささかも理解に苦しむことはない。﹂彼はまたこの章の は同じようにプロットも物語的内容もないが、観客はい が喜劇役者とその相手役の間でとり交されている。それ であろう。それは、作者がその孤独な直観によって把え た、静的な状況としての人間の究極的な条件を、舞台の 具体的な、詩的︵非論証的な︶イメージによって表現し ようとするものである。エスリンは、これを悲劇、喜劇 を超越した新しいタイプの戯曲︵爵p日勉︶だと見るので あるが、我々の定義からすれば、これが戯曲の範囲を逸 脱したものであることは言うまでもない。 述べている。彼が、その伝統として数えるものを挙げれ 154 ギαー ﹁純粋﹂演劇︵、.召お.、チ8茸Φ︶、即ち、サーカスやレ ヴィユーに見られる、あるいは奇術師、アクロバッ ト・ダンサー、闘牛士、マイムの役者の芸に見られ るような抽象的、舞台的な効果、 ︵bP9島 ωO①昌①ω︶、 第四章 ポピュラi・エンターテイメ ントと﹁不条理の演劇﹂ ﹁不条理の演劇﹂にミュージック・ホールやサーカス 道化︵20に三昌σq︶、おどけ︵出ooぎσq︶、ドタバタ喜劇 の道化芝居︵90毛β警o妻︶の技法が採用されているこ ︵閏冨αΦユo犀9国o頃日pコ︶、ヒュー・ケンナi ︵口自σqゴ とは、エスリンのみならず、 フレデリック・ホフマン ユ 冗談︵<o菩巴口o蕊①蕊⑦︶、 15 強い寓意的内容をしばしば備える、夢や幻想の文学 等、多くの論者の指摘するところである。特にデイヴィ 等の諸点について詳細に論じている。 を、対話、戯曲の構造、人物、演技、観客に与える効果 劇、即ち﹁非・正統演劇﹂︵≡①αq三8簿Φ山冨日餌︶の影響 イム、ラジオ及びテレヴィジョンその他における大衆演 讐①α鑓ヨ簿︶に対するミュージック・ホ⋮ル、パントマ の戯曲をも含む、今日の多くの﹁正統演劇﹂︵冨σq三ヨー ィリアムズやジョン・オズボーン等の写実主義的な傾向 において、 ﹁不条理の演劇﹂はもちろん、テネシー・ウ ヨ bミ§黛§駄ミミミbミミミ烏さ、§馳︶と題する小論 ソンは、﹃現代演劇と大衆演劇の諸形式﹄︵Ωミ貯§ミ亀藁 囚①昌昌費︶、ピーター・デイヴィソン︵勺Φけ①H 同︶帥ぐ一㎝Oβ︶、 である。 エスリンが、 ﹁純粋﹂演劇と呼ぶものは、我々の用語 でいえば、 ﹁非文学的演劇﹂の領域に入ることは言うま でもない。そして﹁不条理の演劇﹂は、課刺文学や幻想 的文学、絵画の影響を除けば、主として非文学的演劇の 流れを汲むものであることは間違いない。そこで、次の 章では、それら非文学的演劇の中でも特に強い影響を及 ぼしていると考えられる、ミュージック・ホール、ある いはヴォードヴィルの演技を﹁不条理の演劇﹂との関連 において考察して見ることにする。 以下、主としてデイヴィソンに従って、 ﹁不条理の演 劇﹂がどのようにポピュラi・エンターテイメントの技 155 に、この問題に対するディヴイソンの扱い方に触れて置 る。 してのそれ、ロウ・コメディ︵δξ8日Φ侮く︶ なのであ ところで、すでに見たことであるが、文学的演劇とし 法を採り入れているかを見て行くことにするが、はじめ く必要がある。ベケットとピンター ︵ミこミ国ミミ゜ ﹃真似目な﹄、なかば悲劇的ですらある骨組 ︵.ω①二〇信゜。.” は、﹁ミュージック・ホールやパントマイムの諸要素が、 なるが、ミュージック・ホールが含まれるところの非文 全く別のものだ。第三章で触れたことを繰り返すことに がある。単にそれは芸術と娯楽という二つの目的の相異 ィやファルスとの間には、ほとんど越え難いほどの相異 HO。。Ol︶の作品に触れつつ、彼は言う。これらにあって ての悲劇、喜劇と、非文学的演劇としてのロウ・コメデ る いる﹂。即ちデイヴィソンは、﹁不条理の演劇﹂の構造そ 学的演劇は、文学的演劇とは次の点で異るものである。 ヘ へ Φ<9四ρロ餌玲窪pαqざヰ餌ヨ①芝o蒔︶の中にはめ込まれて だけではない。両者は形式において、演技の質において、 は本来矛盾する大衆演劇の諸技法を採用しているか、に れ自体は戯曲と見て疑わず、ただ、それがいかに戯曲と ンナー、ホフマンも同じである︶。従って、デイヴィソン の模倣の実現ではない。 2 一種の台本を使うことがあるにせよ、それは行動 1 文学作品としての戯曲を前提としない。 はその観客に対する効果を次のように見る。 ﹁悲劇的あ ヴァラエティ・ショウと戯曲の上演との相異について言 特にミュージック・ホールにおけるヴォードヴィルや 焦点を当てていると言っていい︵この点はエスリン、ケ るいはなかば悲劇的な骨組の中における、 ﹃非・正統演 えば以下の通りである。 劇﹄の存在は常に、我々に多意識的知覚の能力を要求す る。⋮⋮喜劇的なものと喜劇的でないものを同時に知覚 ら 役者は役者それ自身であって、何物かになって見せると と呼ばれることはすでに触れた。多ぐの場合、舞台上の ることをしない。彼等の演技が僧9とは呼ばれず毛o鱒 う、 ﹁喜劇的なものと喜劇的でないもの﹂即ち、なかば いうことはない。たとえ一種の役を演ずることがあるに 1 役者は、戯曲を演奏する俳優とは違って、役を演ず 悲劇的なものと喜劇的なものの対比が、通常の意味での する能力である﹂ 悲劇と喜劇の対比ではないことである。ここに言う喜劇 せよ、その場合、役は彼自身の個性に比べて副次的なも 注意せねばならないことは、ここでデイヴィソンが言 は、文学的演劇としての喜劇ではなく、非文学的演劇と 156 のに過ぎない。戯曲の上演において、俳優は役そのもの を食い、胸につかえた仕科をして、今度は噴水の絵から とか、公園のこれまた背景画のベンチに腰を掛けて弁当 ージック・ホールの演技は、丁度その逆である。例えて ヴィエの演ずるリチャードニ世を見るのであって、リチ ャードニ世を演ずるオリヴィエを見るのではない。ミュ 役を演じている俳優ではない。我々はローレンス・オリ とも稀ではない。このような演技によって観客を、舞台 ーグや傍白をふんだんに使って直接観客に語りかけるこ た、お芝居らしい演技が要求される。役者達は、モノロ ある。演技もまたそうである。大袈裟で、ぎくしゃくし 装置が、およそ非写実的な、お芝居の装置だったからで 水を飲むLといった演技が爆笑をさそい得たのも、その になりきろうとする。たとえその俳優がいかに高名であ 言えば、チャップリンの演技がそれである。彼がどのよ ら、観客は笑ってはくれまい。言わばここでは、虚構を 上の世界や人物に同化させまいとする。もし同化した ろうと観客が劇場で観るのは、彼が演じる役であって、 のである。 が使われると言っていいだろう。 1 虚構として観客が受け容れるように、あらゆる手練手管 57 うな役に扮そうと、我々が見るのは常にチャップリンな 2 舞台の上で一種の物語が演ぜられるにせよ、それ もちろん戯曲の世界もまた虚構である。しかし戯曲の は観客に対して現実のイリュージョンを与えることは決 してない。パントマイムの役者が銃殺される男を演じ け容れることが前提となる。これは単に写実主義の舞台 上演にあっては、観客が虚構をイリュージョンとして受 についてのみ言い得ることではない。ギリシァの野外劇 る。愚か者が騙され、道化が尻持ちをつく。観客がそれ 場においてであれエリザベス朝の劇場においてであれ、 らを見て笑いころげるのは、それらが文字通りのお芝居 に過ぎないことを知っているからである。従って写実的 そこに提示された非写実的なコンヴェンショナルな舞台 な、現実のイリュージョンをさそうような舞台装置は、 目にとつてそれは世界とも宇宙ともなり得たのである。 を、観客はただ舞台として見た訳ではない。観客の心の ヘ へ に解らせるような装置が使われる。例えば、これは榎本 を使うにせよ、贋物の、舞台そのものであることを観客 虚構として作られた世界を観客がイリュージョンとして ここでは不用である。舞台はしばしば裸のままか、装置 健一のカジノ・フォーリーの舞台であるが、 ﹁背景に描 受け容れ易いように、虚構らしさを排除する、これが文 へ ぬ ヘ へ かれた帽子掛けに帽子を掛けようとすると落ちてしまう ウはその逆に虚構を虚構として、お芝居をお芝居として 学的演劇であるとすれば、ミュージック・ホールのショ イの﹃強者﹄以来、現代戯曲の中に度々採り入れられて を通じて、チェーホフの﹃煙草の害﹄やストリンドベル モノローグに似た長いスピーチは、部分的、或は全幕 中人物としての役を演じつつ、なかばは観客に向って語 人的な述懐︵ω巴h−8日ヨΦ暮︶の形をとるが、なかばは劇 い。それらにあっては、モノローグはとりとめのない個 除けば、ベケットやピンタ⋮では、必ずしも明瞭ではな 性︶のメッセンジャーとして積極的に使っていることを 介者として、あるときは作品全体の意味︵または無意味 言廻しとして、あるときは登場人場の役割の観客への紹 王﹄︵﹂い鴨﹄∼O篤防鳴§驚ミ、斜 同ゆ①卜⊃︶に至るまで、あるときは狂 メアリイ︶や﹃椅子﹄︵唖の演説者︶以来最近の﹃瀕死の るという手法は、イォネスコが﹃禿の女歌手﹄︵特に女中 持つものであるとは言えない。その観客に直説語りかけ の全てが、ミュージック転ホールのモノローグに起源を ︵肉ミ富蚕H8㊤︶等なかなか数も多い。もちろんこれら の日々﹄︵§§勲ドリOH︶、ラジオ・プレイ﹃襖火﹄ 後のテープ﹄︵尊§、恥卜蕊、ξ魯一㊤αG。︶、 ﹃あ、美し ベケットの ﹃勝負の終り﹄︵、§§穿ミ貸お雪︶、﹃最 ースデー・パーティー﹄ ︵↓謙鳴しσ焼ミ討織建建、耐”一〇αGQ︶ ︵目ゴΦ物8ミし08︶、﹃産婆﹄︵§恥O賊鳩ミ瀞鴨き困O①O︶、﹃バ いる。﹁不条理の演劇﹂においても、ピンターの﹃部屋﹄ 受け容れることを観客に要請するのである。 このように、ミュージック・ホールのショウの理念と 技法は、文学的演劇のそれとは本質的に異なるものであ る。この、戯曲にとって全く異質であると言っていいミ ュージック・ホールの技法を、 ﹁不条理の演劇﹂はいか なる形で採り入れているのか。 ミュージック・ホールにおける基本的な演技であり、 ﹁不条理の演劇﹂に対して決定的な影響を与えたと考え られるものは、デイヴィソンによれば、観客に向って直 接語りかけるモノローグと、二入あるいは三人の役者に よって演じられるクロス・トーク︵o﹁oωωみロ涛︶︵強いて 邦訳すれば﹁掛け合い漫才﹂︶の技法であると言う。 ﹁種の漫談と言ってもいい、 ﹁観客に直接語りかける モノローグは、しばしばとりとめもなく、非論理的で、 あたかも役者の個人的体験を語るかのような体裁をと る。例えば﹃今晩、この小屋へやって来る途中で妙なこ とが起りました⋮⋮﹄とか、 ﹃私の女房が⋮⋮﹄とかあ た調子で語られるものである。﹂ るいはもっとしばしば﹃女房のお袋が⋮⋮﹄、とかいっ 158 トの﹃勝負の終り﹄におけるハムのモノローグはその典 ンのつけ加えたω冨σq①岳8。一す昌であり、.下段がベケッ な上演台本の形に直して見せている。上段がデイヴィソ ト自身による英訳の原文である。 導§§⋮⋮芝げΦHΦ≦器同” ︵聖ミ吻馬゜ONO§凡骨゜︶,犀、ぎ酵旦 ≦Φ.お︷同三ω冨山.︵ぎ§馬゜︶乞Φ帥Hぞ 含圃゜・竃9︵寒§鳴゜︶目冨同Φ、=びΦ Bヨ①け三昌σq量箸ぎσqぎ日蛍 8日9①゜・℃Φ①。プ︵き蕊ε 冨巴もく臼ω冒8島①hsけ曽 昌巴゜・°︵9ミミミ、ミ昌ミ≧謹゜︶ ω鳳β■ω貫ω覚器貫巴毒p窃。旨夢Φ 鶏日Φ匂・唱。仲゜︵建蕊ε勺Φ島p℃ω 蹄、ω曽葎二①︿ユp︵聖§ε﹀ 年け8碧8曇︵津蕊鴨.ミすミ§㌣ ミミミゆ︶穿。口σq7。hチ鼻一一”ω ︵建蕊郵きミ§ミ誉ミ.︶↓冨 ω8Q酔冒ρミ冨お≦器= 目き。鋤日。。冠邑自σq8ミ鶏α゜・ ヨρ8募げΦξ.勺巴ρ≦。弓 159 りかけるかのような調子で行われることがある。ベケッ 形的な例であって、デイヴィソンは、これを、次のよう いΦ゜。ω8口粘己①暮. 訂轟ま口σq凶けo塗 ︾牙gεおω8藁ω琶① 域﹃ぞ達官α゜ Q。 Lingeringly. derfilly pale and thin, he seemed on the point of (Pause. Narrati’ve纏θ.) Firm rejection. No,1,ve done that bit. Superior, trace of (Pazase. Narプative tone.)lcalm− ‘Oxford’accent。 filled my pipe As confidential aside. the meerschaum, lit it with With air of careful choice. ・・・… @1et us say a vesta, to the act). drew a few puffs. Aah! (Pause.) Sharp:personal involvement Well, truding into h三s act. what is ityou wantP (P伽sθ.) Fresh enthusiasm, drawing It was an extraつrdinarily out ‘extra−ordinarily’and bitter day, I remember, zero ‘extraordinarゾ. Slight‘Ox− by the thermometer, But fQrd’accnet, conciderlng it was Christmas Eve there was noything・・− extra−ordinary about that. Seasonable weather, for once OOH Relishing the word(not for its truth but for aptness in a way.(Pause.) Sharp. Well, what ill wind blows Spoken straight .as you my way?He raised his apPlicable to ‘act’or face to me, intruder. Stress initia1‘b’,‘d’,‘t’, black with mingled dirt No sentimentality. and tears. Normal tone comments on (Pa%se. 1>bγmal tone.) style of act. Self−satisfac− that should toin without smugness. do it. Bring out ambivalence:are (1>drratiue to〃e.)No, no, don’t we in act or involved ? look at me, don,t look at me。 He droPPed his eyes and mumbled something, apolo− ‘Presume’stressing doubt. Slightly supercilious. gies I presume. (PamSe.)1,m a bUSy man, yOU know, the final touches, be− fore the festivities, you know what it is. (Pause. Forcibly.)Come on now, what is the object of 6州 Sharpish, involvement again. デイヴィソンの指示を参考にしつつ邦訳すれば以下の 通りである。 ハム・::・ どこまでやったっけな、俺は? ︵沈黙 沈んだ調子で︶ 終ってしまった。俺達はもうお終いだ。 もうすぐ終りだ。 ︵沈黙︶ お話はもう止めだ。 ︵沈黙︶ ︵沈黙︶ 何かが俺の頭の中にしたたり落ちてくる、 頭のてっぺんから。 ぴしゃ、ぴしゃ、いつも同じところでだ。 ︵ナッグの押し殺した笑い︶ ︵沈黙︶ 多分、ちっぽけな静脈、 ︵沈黙︶ 辞田ωぎく9ωδ昌”°::・ 8 ちっぽけな動脈、 ︵沈黙、よσ興奮して︶ もうたくさんだ。お話しの時間だ。どこまでやった ︵沈黙、物語の調子で︶ っけな、俺は? その男は俺の方ににじり寄ってきた。腹這いになっ て。青白く、ぞっとするほど青ざめ痩せ細り、奴 はあたかもそこでー ︵沈黙、普通の調子で︶ これで一服、 海泡石の奴さ。 ︵沈黙、物語の調子で︶ いや、こいつはもう済んだ話だ。 それに火を⋮⋮さてと、マッチ。 俺は落ち着きはらってパイプを ふう1 ︵沈黙︶ ︵沈黙︶ さて、どんな話が聴きたい? そりやあとてつもない天気だった。憶えているが、 寒暖計は零度だ。だが考えて見りゃあクリスマス 162 ・イヴだったから、少しも⋮⋮とてつもないなん る。それも当然である。本来これはミュージック・ホー しかし、 ﹁不条理の演劇﹂に決定的な影響をもたらし ルのモノローグであり、その見事な裏返しだからである。 ならば。 てことはないな。季節にふさわしい天候だ。言う たのは、モノローグよりもむしろ、二人の役者によるク ロス・トークの演技であろう。この技法は、ミュージッ ︵沈黙︶ え、、 一体どんな風の吹き廻しでやって来たんだ? ク・ホールのみならず、喜劇映画や、ラジオやテレヴィ ている。しばしばこのクロス・トークはスピードのある ジョンのショウによって、今日なお持続した生命を誇っ 奴め顔を上げて俺を見た。泥と涙で真つ黒の顔。 ︵沈黙、普通の調子で︶ この話がいい。 上に非論理的、ナンセンスで、言葉のとり違えによって 隔行対話︵ω誉ゴoヨ旨三p︶の形式をとり、モノローグ以 駄目、駄目だ。見ちゃいけない、見るなったらこっ ︵物語の調子で︶ ちを。奴は目を伏せてぶつぶつ言った。弁解のつ 例としてデイヴィソンは、喜劇役者フラナガン︵閏貯口卑− 1 途方もない結果に至る。そのようなクロス・トークの﹂ 63 いる。 何をさ? やるよ。 私しゃアフリカまで出掛けて昔やっていた仕事を ?jとアレン︵﹀=①昌︶の対話をレコードから再現して もりだったと俺は思うが。 ︵沈黙︶ 忙しいんだぜ、俺は。これが最後だよ。お祭がある ︵沈黙、強制的に︶ んだから。解っているだろう。 さあ何のためにやって来たのか言ってしまえ。 ハムは追憶とも幻想ともつかぬとりとめもない話を、 なかばはナグに、なかばは自己自身に語り聴かせている のであるが、いつしか観客は、それが彼等に向って話さ れているのではないかという不気味な錯覚に捕えられ σq 穴を掘ってお百姓さん達に売る?。 穴を掘ってお百姓さん達に売るのさ AFA F に入ったって六、七百度だ。 穴を掘る。かんかんお天道様が当っている。日陰 ガス ベン ガス 何に火を点けうって? 行って火を点けうったら。 え\?・ とすりゃあ、ー暑くって穴は掘れまい。 ガス ベン 言い間違えだろ、ガスの?・ やかんにさ。 一寸待った、お天道様がそんなにかんかん照りだ 平気、平気、暑さよけのマントをかぶるから。 待った待った。暑過ぎて穴は掘れませんよ。 ベン あんたがさ。 間違えた、誰が? ︵目つき険しく︶何だって、俺がガスのことを ガス そうだとも、そう言うつもりだったんだろう、 言ってるって? ︵激しく︶俺が、行ってやかんに火を点けうと ガスに火を点けうって。 けうってことだ。 言ったら、その意味は、行ってやかんに火を点 だってやかんは燃えやしないよ。 それは言葉の綾ってもんだ。やかんに火を点け ろ。言葉の綾だよ1 あんた、それ間違って憶えたんだ。 やかんに火を点けろ1皆そう言うじゃないか。 そんな言い方、聴いたこともない。 ベン ガス ベン ガス ベン ガス ベン それじゃあ穴を下から掘り上げるとしよう。 穴を下から掘り上げる? その通り。 じゃあ空気︵巴円︶はどうする? 何だってまたそんなことを。私しゃこの通りつる っ禿だよ。 違う違うーあんたの吸う空気︵巴同︶だよ1 ああ、髪︵プ餌 蹄 ︶ 、 過 去 時 称 と 来 な さ っ た 。 ⋮ ⋮ このような対話から、 ﹁不条理の演劇﹂の対話へは一 いるピンターの﹃ダム・ウェイター﹄︵§馬bミミ曽ミ轟 歩前進するだけだ。例えば、デイヴィソンも例に挙げて 鷺きH㊤①O︶を見よう。 ︵脅迫する︶どう言うことだ。それは?・ 皆はこう言うぜ、やかんを火にかけるって。 ベン ガス ガス ペン ⋮⋮さあ、さっさと火を点けろよ。 164 F A AFAFAF F FA いう形式は、ほとんど常に保持し続けている。二人の人 ような言葉や論理の取り違いから笑いが生まれるために 法をそのままの形で活用することはほとんどない。右の として、ベケットの人物は二人ずつ組になっているもの クロブとハムのそれである。また、その変装された形態 ミールとエストラゴンの対話であり、 ﹃勝負の終り﹄の 式だとも言える。即ち﹃ゴドーを待ちながら﹄のウラジ 物の、とりとめのない隔行対話が、彼の作品の基本的形 は、観客の側に強い論理的期待が存在しなければならな ラッキー、ナグとネルがそれに加わり、﹃最後のテープ﹄、 が甚だ多い。今挙げた二つの作品においても、ポゾーと ベケットにおいては、このようにクロス・トークの技 い。観客にそのような期待を植えつけるものは、文学的 これら二人ずつ組になった人物達が、性格上の対比、 されている。 ﹃ああ美しの日々﹄においても、この基本的形態は保存 喜劇にあつては、論理的に構築されたプロットと明瞭に トやイォネスコにあっては、こうした非論理的なものを 論理的なものが入り込んだときに笑いが生ずる。ベケッ その台詞の上では、性格を描き分けられてはいない。ま 意志の対立や葛藤を示すことはほとんどない。人物達は 描かれた人物の性格であって、予期に反してその中に非 人物達はナンセンスなものをナンセンスなものとして知 擾ね返すところの、作品全体の論理的骨組が存在しない。 ャード・コーが次のように述べていることを挙げた。人 た、第一章でイォネスコの対話の崩壊を見たとき、リチ 物の対話の崩壊を人物同志のコミュニケイションの不可 覚する能力をさえ欠く。それらは彼等にとって異常なこ 観客に対して著しく奇妙な感じをもたらす。これははた さらに続けて、コーは次のような注目を行っている。不 能性を示すものとして簡単に受け取る訳には行かない。 とではなく、自然な、日常的なことなのである。これは して笑うべきことなのか否か。エンターテイメントの笑 頼らなくても、いとも容易に意志を伝え合うことが出来 思議なことに、人物達はそれが必要な場合には、言葉に いは、ベケットやイォネスコにあっては、より皮肉な、 深刻な、不条理な笑いへと変えられていると言っていい であろう。 笑いの質が変えられていると言っても、ベケットは、 その作品において、二人の役者によるクロス・トークと こうしたことは、 ﹁戯曲﹂の対話にあっては絶対に考 る。 11 165 10 は、それを演じる役者が彼自身の声の調子、独特の表情 に必ずしも描き分けられていなくてもいい。人物の性格 ここにあっては、人物の性格は台本︵もしあれば︶の上 ・トークにおいては、最もありふれた常套手段である。 えられないことだ。逆にミュージック・ホールのクロス ンはこれらについてはほとんど触れようとはしない。お ところが、いささか奇妙なことではあるが、デイヴィソ ずり落ちたズボン、等々枚挙にいとまのないほどである。 鮮かなシルクハットの一巡、首吊りの試みとその失敗、 同じ動作の絶え間ない繰返し、尻持ち、足蹴、手さばき そくそれは、西欧人の目にとってあまりにも自明なポピ ュラi・エンターテイメントの手法であるので、触れる としぐさで作り出すものーというよりも、役者は役を 演じる訳ではないので、役者自身の人格︵唱①諾o口鑑身︶ までもないと思われたからであろヶ。筆者も、これらに ない場合があっても、二人の個性的な役者がそれを演じ 上の動作や、台詞の表現方法を指示するト書きの量が、 それは、ベケットやイォネスコの作品において、舞台 して、次のことだけは注意して置く必要があるだろう。 ついては詳しく論じるつもりはないが、ただ、それに関 がそのまま人物の性格となるのである。台本を読んだだ さえすれば、観客がそれを混同することはあり得ない。 の一にのぼる︶。イォネスコの演劇観から考えれば、それ 166 けではどちらの人物の言葉なのか一見して見分けがつか 以上、 ﹁不条理の演劇﹂が、ミュージック・ホールの 伝統的な戯曲に比べて著しく増加していることである Sドーを待ちながら﹄では作品全体の語数のほぼ三分 二つの技法、モノローグとクロス・ト:クの演技を、い は、舞台上の動作に、言葉と同程度あるいはそれ以上の かなる方法で採り入れているかを、主としてデイヴィソ ンに従って見ながら、筆者の考えを述べてきた。モノロ 意味と重要性を与えている、と言うことになるが、しか しまたそれは、彼等の対話が、 ﹁戯曲﹂の対話とは違っ の演劇﹂の対話あるいはスピーチに関することがらであ る。 プロットを進行させている戯曲にあっては、ギリシァ て、行動を暗示することが全くないという事実を裏書き 悲劇やシェイクスピアの戯曲に明らかな通り、ト書きは していると言えよう。対話そのものが行動の模倣であり、 より多く、より明瞭に、それは人物達の動作において認 ・ホールの技法は、それだけにとどまるものではない。 められる。﹃ゴドーを待ちながら﹄はその好例であって、 ところで、 ﹁不条理の演劇﹂が採用したミュ!ジック ーグと言い、クロストークと言い、これらは、 ﹁不条理 (『 全く不必要か、あっても極くわずかで足りる。しかし、 によって虞笑を誘うようなミュージック・ホールの演技 ﹀°⇒傷詳ゴづOげOく①ド q三〇同σq2♂匡①゜ Oゴ碧旨ぎσq①︿Φ5ぎσq≦①げΦゲ鋤︿言σq° と同様観客にも訪れていることに気がつく。 を、台本の上に正確に文字で記そうとするならば、ト書 ︾署母Φ三ぞ口o戸 役者が語っていることとその動作がちぐはぐであること きはほとんど一句毎に必要なのである。 H什、o自ゆ≦h巳゜ Hけ.ωo昌ζげ①σqぎ昌﹃ぴq. ﹁不条理の演劇﹂はこのように彩しくミュージック・ シチュエーション、その骨組もまた、ミュージック・ホ 素敵な晩を過したじゃありませんか。 日ゲ①Oマ0環ω. 日ゲΦヨqω剛9ゴロ= 日﹃①O畔O自ω゜ を○憎ωΦ爵鋤pチ①燭鋤ヨoヨ一B①゜ ホールの技法を採用しているだけではない。作品全体の ールのヴァラエティ・ショウと類似した関係にある。 ュエーションを、真打役者ゴドi氏が現われるまで、観 ヒュー・ケンナーは、 ﹃ゴドーを待ちながら﹄のシチ 客が退屈して帰ってしまわないように、舞台の上でヴォ メディアンに例えている。劇場支配人がウラジミールと でも、まだ終ったって訳じゃないんです。 忘れられませんね。 ードヴィルの様々な技芸を披露して見せている二人のコ エストラゴンに命じた仕事は、ゴドi氏がやって来るま まことにその通り。 で、観客をなんとかして劇場につなぎとめて置くことで ある。すりきれた帽子、ずり落ちたズボン、滑稽な歌、 たまらんこっちゃ。 まだ始まったばかりです。 パントマイムより下手糞ですよ。 には事欠かないにせよ、彼等は一体どんな役を演じたら サーカスより、 尻持ち、首尾一貫しないお話、そのような即興的な技芸 いいのか教えられてはいなかったらしい。彼等は繰返し ミュージヅク・ホールより、 繰返し、次に何をやったらいいのかを相談する。︵をゲ舞 餌げo暮ゴ9口σqぎσQo口o霞ω巴くΦ。。∼︶。そして退屈が、彼等 167 サーカスよりひどい。 どうやら彼等は、観客に受けていないらしい。いっそ のではあるまいか。 のこと、さっさと幕を下ろして帰ってしまった方がいい い①け、ωσqo° ぐ﹃①O鋤昌導け゜ 芝げ︽昌〇一、国 たゴドーを待っているのである。 12 なかった場合、急挙かり出された役者達が即興でこのよ 主演の役者︵スタi︶が何かの事故で出番に間に合わ ルでは常套の手段であったに違いない。あるいはそのよ うなショウをやって見せることは、ミュージック・ホー うな事故を意識的に台本に仕組むこともあったであろ する役者達、最後にいよいよ出番になったと思ったら、 う。主演者になりたがっている道化とそれを妨げようと ﹁だってもう、このショウは終りなんだぜ﹂で幕になる といったシチュエーションである。 恐らくべケットは、このようなミュージック・ホ!ル ゴドーさんを待ってらっしゃるんだから﹂と解されても 示すように、チャップリンでお名じみの、道化師扮する ではない。シルクハット、だぶだぶのズボン、ドタ靴が 168 芝①、同Φ≦巴け言σqho﹃Oo山9° @ω冨三pσqζ︶︾窪 のショウに通暁して居り、それによって﹃ゴドーを待ち 下りちゃいましょうよ。 ラエティ・ショウの形式を裏返しにして、この作品を書 いたのではあるまいか。お互いにディディと呼びゴゴと ながら﹄のヒントを得たに違いない。ベケットは、ヴァ どうして? 呼び交すウラジミールとエストラゴンは劇中人物として の役とそれを演じる喜劇役者という二重の役を演じてい るのではないのか。多くの舞台写真が示すように、ウラ いい。ウラジミールとエストラゴンばかりか、観客もま ジミールとエストラゴンは浮浪者の扮装で現われるが、 フランス語のテキストでは、ミ①、お乏臥江口σqhoHOo− 山oρは、○昌讐8巳Oo匹9である。即ち、﹁皆さん、写実主義の舞台とは違って、リアリスティックな浮浪者 ︵絶望的に︶あ\1 だって私達、ゴドーさんを待ってるんだから。 そりゃ出来ません。 (島 ところの浮浪者なのである。即ち、次のように見て間違 いない。ベケットは、ディディとゴゴという喜劇役者が 浮浪者の役を演じているところを、その作品に描いたの 第一景 スミス夫妻のナンセンス・クロス・卜iク。 五場︶。 マーチン夫妻のナンセンス・クロス・トーク 第二景 観客に直接語りかける女中のモノローグ︵第 女中の狂言廻し︵原作の第一、二、三場︶。 だ。言わばこれは、劇中劇︵℃冨︽鼠臣ぎ営錯︶を劇全 第三景 とのダブル航イメージの効果を狙ったものである。 体へと拡大したものであり、役とそれを演ずる喜劇役者 スミス夫妻、マーチン夫妻、二組のコメディ ァンのクロス・トーク︵第七場︶。 た観客に語りかけるナンセンス・コント。 消防署長の登場。五人それぞれが相互に、ま 女中の狂言廻し、劇中劇︵第八、九、十場︶。 スミス、マーチン両夫妻による大詰めのドタ バタ・シーン︵第十一場︶。 ° 因みに、このような循環形式は、ベケットでは﹃芝居﹄ エピロー グ マーチン夫妻による最初の場面の再現。 第⊥ハ景 第五景 第四景 こうして見るとべケットは、デイヴィソンの考えるよ うに、戯曲という骨組の中にミュージック・ホールの技 法を採用したどころか、ショウそのものの骨組を借りて、 不条理の感覚を表現した、とさえ言えるのである。 イォネスコもまたそうだ。パントマイムの手法と形式 の見事な裏返しである﹃椅子﹄については、いまさら触 れるまでもない。彼が英会話の教則本から着想を得、そ についてもそう言える。ここでもまた、二人ずつ組にな れをそのまま戯曲に仕立てたと公言する﹃禿の女歌手﹄ った人物達、スミス夫妻とマーチン夫妻のクロス・トー がら﹄における第一幕と第二幕の同じシチュエーション ︵蝕§H㊤Oω︶において採用され、また﹃ゴドーを待ちな の繰返しにも反映されている。これもまた、本来の戯曲 クが、基本的な技法として採用されている。英会話の教則 種と仕掛けはミュージック・ホールの演技なのである。 本は彼にヒントを与えはしたであろう。だが彼の手品の やパントマイムでは、古くからあった手法である。 にあっては全く見られなかった形式であるが、サーカス ィ・ショウとして見ると、その構成は次のようなもので ﹃禿の女歌手﹄をミュージック・ホールのヴァラエテ ある。 169 今まで論じてきたことを要約すれば次のようである。 娯楽の要素は全くない。それが表現するのは、人間の究 やポピュラー・エンターテイメント本来の目的である、 フィスティケイトされた感覚である不条理の意識だ。も 極的条件の直観であるところの、ある意味では極めてソ し﹁不条理の演劇﹂を戯曲と呼ばず台本と呼ぶにせよ、 ージック・ホールその他のポピュラi・エンターテイメ ントの技法を極めてふんだんに採り入れている。そし ﹁不条理の演劇﹂は、サーカス、パントマイム、ミュ て、その極端な場合には、演劇そのものの構造として、 するところの、舞台芸術のためのシナリオなのである。 テイメントの台本とは違って、俳優の絶対的服従を要請 従ってその上演に際して俳優は、ロウ・コメディの役者 それは、役者の即興的演技を許すポピュラー・エンター の模倣は、極めて稀薄化され、ほとんど確認することが その結果、戯曲本来の形式と理念、対話形式による行動 出来ない。 とはもちろん、戯曲を演奏する俳優とも本質的に異る演 ヴ一・ラエティ・ショウの形式を借りて来ることがある。 したこともなかった訳ではない。シェイクスピアにおけ もちろん、正統的な戯曲が、非文学的演劇の技法を採用 ュディー・ショウの場合と同じく、作者は、彼の絶対的独 技が必要である。イォネスコが好むパンチ・アンド・ジ うのである。即ち、そこに提示される世界はエリック・ 裁の下に、俳優をマリオネットとして、操り人形として使 るダム・ショウ︵臼日げω﹃o類︶や仮面劇︵8霞辟ヨロ鱒︶ ィア・デラルテの技法の採用は、それらの中でも代表的 の上演に際して下した批評、﹁非戯曲的演劇性﹂︵§山話− ベントリーがニューヨークでの﹃ゴドーを待ちながら﹄ の技法、モリエールの文学的ファルスにおけるコンメデ にせよ、それによって行動の模倣としての戯曲そのもの なものである。しかし、たとえそのようなことがあった 結論すれば﹁不条理の演劇﹂は、かっては悲劇や真面 日国臨oチ①緯ユ8囲算く︶の世界なのである。 14 目な文学がその追求に専念していたところの一種悲劇的 の構造が変化することはなかったのである。 ﹁不条理の演劇﹂においては、戯曲の形式は完全に解 とも言える世界観を、ミーモスの流れを汲む非文学的演 劇の形式を借りて表現したところの、新しいタイプの演 た、と 員えるであろう。 劇だと言えるであろう。 体し、代って非文学的演劇の技法と形式が採り入れられ の台本と化していると言うのではない。そこには、もは だからと言って、 ﹁不条理の演劇﹂が、非文学的演劇 170 と、自然主義からの離脱、解体の傾向を示すストリンド ﹃三人姉妹﹄︵同㊤OH︶︵初演以下同じ︶﹃桜の園﹄︵目ゆO膳︶ センの戯曲に比べてのことである。二十世紀の戯曲に比 ベルイの﹃死の舞踏﹄︵H㊤OH︶﹃夢の戯曲﹄︵H㊤O刈︶、 ﹃幽 しかし、それはソボクレースやシェイクスピアやイプ べたならばどうであろうか。多くの二十世紀戯曲もまた の箱﹄︵おOω︶、﹃春の目覚め﹄︵おOO︶を、もはや自然主 霊ソナタ﹄︵H⑩OQ。︶、あるいはヴェデキントの﹃パンドラ 義という同﹁の範疇に入れることには困難を感じる。 ﹁不条理の演劇﹂と同様、非文学的演劇の技法を彩しく っているのではあるまいか。だとしたらそれはなぜか。 採用し、行動の模倣としての戯曲とは呼べないものにな 次章では、それらの点を明らかにしつつ、二十世紀演劇 ?gb⊃︶で、オニールが自然主義的傾向の一幕物でデビュ 一九﹁○年代にはクローデルが﹃マリアへのお告げ﹄ における﹁不条理の演劇﹂の位置を考えてみたい。 ル、ゾルゲ、コ!ンフェルト、カイザー等の表現主義者 !する︸方、シュテルンハイム、ハーゼンクレーフェー が、或はまたアポリネールとクコトーが時代の先端を行 くものとして続々と登場する。 ルロ、ブレヒト、オケーシイ、ジロドウが脚光を浴び、 一九二〇年代にはこれらの諸作家に加えて、ピランデ 第五章 二十世紀演劇と﹁不条理の演劇﹂ 二十世紀の演劇、と﹁口にいっても、その様式、傾向 第二次大戦以後はさらに甚だしい。等しく現代人の苦 様式で着実に書いている。 マンやショウは、彼等がすでに一九〇〇年代に確立した リオットとオーデンが新たに加わる。その間、押ウプト 次の三十年代には、マクスウェル・アンダーソンが、エ は︸様ではない。今世紀のどの年代をとって見ても、我 々はそれぞれ異なった主義に鼓吹された。それぞれの様 式に従って書いている、ほとんど対照的なといっていい ほど戯曲を劇作家を、見ることが出来る。 ェーホフ、ゴーリキー、ストリンドベルイ、ヴェデキント、 一九〇〇年代には、十九世紀末以来ひきつづいて、チ ショウ、ハウプトマン、イェイツ、シング等が健筆をふ との間に、いかなる様式上の類似があると言うのか。過 べケットとの間に、テネシi・ウィリアムズとサルトル 悩に満ちた状況を描いていると言われながら、アヌイと るい、その作品が競って上演されている。しかしながら、 様式的にますます完成の度を深めるチェーホフの作品、 171 (H ないかのように見える。 まりにも多彩であり、そこに様式上の統﹁は全く存在し 去のいついかなる時代に比べても、二十世紀の戯曲はあ ともされなかった。なぜか。またどうして最近になって ザベス朝にあっては、演出家は存在しなかったし、必要 う。 演出家が出現したのか。その理由を説明してニコルは言 この戯曲形式と内容の多彩さはまた、それらを上演し、 いう事実にもかかわらず、二十世紀の演劇は、過去のいか このような著しい様式の雑居性、演劇理念の多様性と を持つているとは言えないのである。 劇やエリザベス朝演劇に比べられ得るような一つの様式 を持っている。しかし二十世紀演劇と言う、ギリシァ演 タニスラフスキーの、メイエルホリドの、コポーの演劇 り正確には個々の演出家の名前でしか呼びようのないス 劇、自然主義演劇、象徴主義演劇、表現主義演劇を、よ い換えれば、我々は相互に相容れようとしない多くの演 り、それぞれの演劇のヴィジョンの多彩さでもある。言 カンパニーは崩壊し、個々の上演のだめに俳優の一群 するようになったからであった。その頃、ストック・ 十九世紀中頃、演劇上の全く新しい一組の条件が存在 家の必要は、全然なかった。それが必要となったのは、 して舞台が設備の点で比較的簡単であった間は、演出 1 ンパニーと言われる固定した一座の伝統が持続し、そ 72 持っていたためである。⋮⋮その後も、ストック・カ 明がなかったため、また時代が固有の特徴的な様式を 少とも固定した﹁座をかかえていたため、装置だの照 かった。それは劇場が相互の芸をよく知った俳優の多 エリザベス朝にあっては、演劇は演出家を必要としな 作家達を育て鼓舞したところの演劇運動の多様さであ なる演劇とも決定的に異なる特徴と理念を備えている。 こにはもはや、エリザベス時代には存在したところの、 のをもたらした。そういうことすべてにもまして、そ になった。ガス及び電気照明は、舞台に或る新鮮なも 演劇における独立した機能としての演出、上演に関係 時代の特徴的な様式についてのあの確かな感覚が存在 が契約されるようになった。装置の効果は、より精巧 する様々な仕事を統括するものとしての演出家の出現は 演出家の存在と、演出家を中心とした綜合芸術としての 演劇史においては極めて最近の事件であり、十九世紀末 しなかった。結果は、この複雑な枠の中の多様な要素 演劇という理念である。 になってやっと確立されたものである。ギリシァやエリ 等のより新しい世代の演出家達は、単なる戯曲の解釈者、 俳優という演奏家達の指揮者であることに満足してはい なかった。これには幾つかの事情がある。当時は、これ た、イプセン、ショー、ストリンドベルイ、チェーホフ て、当時の商業劇場が﹁向に上演しようとはしなかっ こうして新しく生れた演出家達は、十九世紀末におい を許した。そしてそれら技術の進歩と複雑化、劇場に関 なかったような視覚的、聴覚的印象を作り上げる可能性 劇場の諸機構の進歩は、舞台に、これまで考えられもし た時代である。一方、電気照明、舞台装置、音響効果等、 が強く感じられ、これに代る新しい様式が模索されてい らの若い世代の演出家達にとって自然主義の行きづまり 等の戯曲を続々と上演した。それらの戯曲の真価が舞台 係する人々の数が増加するにつれて、それらの彩しい要 を調成すべく一人の人間に責任を負わせることによっ ユ てのみ調和を確保しうるということであった。 ︵訳文は山田肇氏による︶ 上に発揮され、彼等の提出した問題が世に問われたのは、 統括する演出家の権威が高められて行ったのは当然 ︵︾p傷欲>p酔oぎρHQ◎αGQーμO心ω︶、 ブラーム ︵○詳oじd素 肖を 鋤ー 近代劇運動の推進者であったところの、アントワーヌ このこと自体にはさしたる問題はない。問題はこれら のi ことでもあった。 ゲβ同Q。α①IHO冨︶、グライン︵智ooげ↓°○冨凶P一゜。①N 一〇ωα︶、スタニスラフスキー︵囚oコω富ロ怠口ω訂巳ω冨︿犀団9 を愛するようになったということである。演劇は、単に の演出家達が、次第に戯曲よりもより多く舞台そのもの 演出家の本来の仕事は、上演のために選ばれた文学作 理念の実現ではないし、あるべきですらない、と︸部め 戯曲によって成り立つものではない。舞台は、劇作家の 一Q。①ωlHOω。。︶等の演出家の努力の結果である。 品としての戯曲を解釈し、俳優が舞台上でその完全な演 演出家達は考えた。 奏が出来るように、上演に関係する全ての人々の仕事を 導き、統制することである。 ︵チ①暮ユo鉱β。諄︶に変えようとした。彼は言った。 ﹁劇 巴σqHGo刈卜⊃ーH㊤①①︶、ラインハルト︵ζロx閃①ぎ﹃鋤a計困cQ刈 ωは、演劇を、演出家の芸術であるところの劇場芸術 彼 その最も極端な例は、ゴードン・クレーグであろう。 ところが、二十世紀に入ると、クレーグ︵Oo巳807 ーおお︶、メイェルホリド︵国5讐Φ≦。プζΦ饗チ。匡vH。。お ー一〇心ω︶、タイーロフ︵﹀冨X鋤昌幽Φ﹃↓薗マOメ一QoQQ軌i一〇㎝O場 ︶はもはや戯曲を上演することに頼るべきではない。や 173 がてはそれ自体の作品を上演すべきだL。彼は、戯曲を追 ヨ 芸術のためには不要であり邪魔なものであった。 ﹁イー 放しようとしたばかりではない。生きた俳優すら、彼の バー・マリオネット︵口﹃①同 HP餌吋一〇コ①一け︶、言葉のない戯 とがあるのではない。 も同じなのである。 る それは大多数の演出家にとって このような一九〇〇年代における演出家中心主義の拾 の急速な崩壊期に当る訳であるが︶、演劇および戯曲理念 の革命と言っていいほどの根本的変化が起ったと言え 頭とともに︵それはまた同時に、演劇における自然主義 る。さきに見た、演劇を綜合芸術として把えようとする 出すものであることは明らかである。﹂ クレーグは極端な場合である。また彼の理想が実際の 考え方である。 曲、俳優のいない演劇は、より深い神秘へと︸歩を踏み この傾向、劇作家を彼等の芸術の中心から追い出そうと り、我国においても一種の常識にまでなっている。それ 演劇は綜合芸術だ、という考え方は今日極く普通であ 舞台に実現されることはなかった。しかし彼に見られる かれ共通の要求でもあった。そのような理由で、エリッ は次のような演劇観だと言えるであろう。 する傾向は、この年代の多くの演出家にとって多かれ少 ク・ベントリーは、クレーグを、演出家中心主義の原因 というよりは徴候と見るのである。例えばラインハルト ルを綜合するものであり、劇作家、俳優、演出家、装置 演劇とは、文学、美術、音楽という異なる芸術のジャン もはるかにピアノを愛しているように見えるのと同じ それ自体の偉大さであった。ホロヴィッツが音楽より 戯曲や劇作家に対する熱中でもなかった。それは舞台 ラインハルトが代表したのは、様式の偉大さではなか ったし、また数年後に明らかになったように、特定の なるほど演劇がその上演に際しては、多くの芸術家達 すものと思われる。 演劇が綜合芸術だ、と言うのはぼこのような内容を指 れ共通であり、演劇について普遍的に言えることだ。 よって完成するものだ。そしてまたこのことは、ギリシ ャ演劇であれエリザベス朝演劇であれ、今日の演劇であ におけるこの傾向を指摘して、ベントリーは言う。 く、ラインハルトは戯曲よりも舞台をより多く愛した の協力が必要であり、彼等の分担した作業を統﹁するこ 家、音楽家等、異なる才能を持つ芸術家達の協力、協同に ように見えた。このこと自体の中に特にユニークなこ 174 犀ロ霧ヨ①昂︶の理念とも、圃また、二十世妃初頭に拾頭し がその楽劇上演に際して用いた﹁綜合芸術﹂ ︵○①゜・ロ日学 え方は、この用語を、はじめリヒアルト・ヴァーグナー て言えないことはない。しかしそのような綜合芸術の把 とが必要であるという点では、これを綜合芸術だと言っ 術において彼は劇作家の絶対的権威を追放し、作曲家を 信じたのは文学ではなく音楽である。そしてその綜合芸 いた。ベントリーはヴァーグナーがその綜合芸術の理念 において、本質的に反文学的であったと指摘する。彼が 合は常に⋮⋮後者の屈服に終らねばならない﹂と彼は書 発展させたアッピアや、クレーグ、ラインハルト、メイ ヴァーグナーの﹁綜合芸術﹂の理念を受け継ぎそれを たアッピア︵︾山oぢげ①︾喝且♪μQ◎Ob⇒−HObQo。︶やクレー そグ れに代らせたのである。 りではない、それはギリシァからイプセンに至る演劇 い。 舞台芸術の組織の中の︸片、単なるスクリプトに過ぎな て演出家を演劇の中心に据えた。戯曲は、彼等の巨大な − 75 はそのまま踏襲したと言える。彼等は、劇作家を追放し とはしなかった。しかし、ヴァーグナーの反文学的傾向 エルホリドは、彼のように、作曲家をその演劇の絶対者 等の演出家達の意図した綜合芸術の理念とも異なるばか ︵戯曲の上演︶の概念を正しく把えてもいない。 ものか。彼は、悲劇の精神を復活させようとしたその楽 ヴァーグナーの意図した﹁綜合芸術﹂とはどのような 劇の作曲に際して、他人の書いた台本︵リブレット︶に 満足せず、自らペンをとった。また、喜歌劇作家ロルツ ィングが彼のスコアに合わせてリブレットを書いたのに である。彼の台本は、彼の音楽から切り離しては読まれ 以上に文学者だったということを意味しない。むしろ逆 劇は、詩入の書いた戯曲の上演であり、そこに当然、音 む非文学的演劇しかなかった。ドラマとしての文学的演 いては戯曲を上演する文学的演劇とミーモスの流れを汲 だしい相異がある。すでに見たように、ヨーロッパにお 得ないものだ。音楽上の天才ではあったにせよ、ヴァー 楽や装置や衣裳やの要素が加えられたにせよ、それらは このような綜合芸術としての演劇は過去の演劇とは甚 グナーは文学者としての才能はなかった。しかもそれは 戯曲そのものに含まれていたところの精神、 ﹁行動﹂の したと言われる。しかしこのことは、彼が作曲家である ただ、彼の文学的才能が音楽的才能に追いつかなかった 実現、具体化であった。それを綜合芸術であるとは言え 反して、ヴァーグナーは、彼のリブレットに従って作曲 という不幸な偶然によるものではない。 ﹁音楽と詩の結 ないのである。 という信念 し、現実を変革し得るという信念 2 現実の中に︵存在しない︶イリュージョンを挿入 これを、文学的演劇と呼ぶことは出来ないし、かといっ 綜合芸術としての演劇は、そのいずれにも属さない。 劇だ。それは、文学的演劇、非文学的演劇と並ぶ反文学 としての演劇は、二十世紀独自の全く新しいタイプの演 えられると言っていいだろう。 り、演出家としては、スタニスラフスキーやアントワー 世紀においては、自然主義、象徴主義の戯曲と演劇であ このイリュージョニズムの中に数えられるものは、今 である。 フ 的演劇と呼ぶことが出来よう。 このイリュージョニズムの終焉によって、事実上、社 て非文学的演劇の中に数えることは出来ない。綜合芸術 ベントリーは、 一九〇〇年代における自然主義演劇に 会の進歩、前進、改革を呼号するいわゆるスローガンの 演劇は終り、演劇の本質的機能の追求と、いままで無視 ヌはもちろん、クレーグやラインハルトまでがこれに数 と演出家中心主義の拾頭を、今世紀独自の、新しい、危 対する反動として起った、演劇における綜合芸術の理念 険な傾向と見るのであるが、逆に、ドイツの演劇学者メ く一九二〇年代における反イリュージョニズムの出現を 反イリュージョニズムによって明らかにされた演劇の のルネサンスが訪れた、とメルヒンガーは見る。 ルヒンガ∼︵ω圃ΦσQ窪巴ζ①露首σq9︶は、これにひき続 されて来た過去の様々な様式の再評価と復活、即ち様式 もつて、二十世紀演劇の革命と見、それによって演劇様 ることである。ここで意味する﹃演技﹄とは、プラット 質は、事実上、演技のためのプラット・フォームを立て 本質的機能とは何か。メルヒンガーは言う。 ﹁舞台の本 ぼ一七五〇年頃より一九一〇年頃に至る、中産階級の時 式のルネサンスが訪れたとして、大いに称揚する。 イリュージョニズムとは、メルヒンガーによれば、ほ 実あるいは現実のイリュージョンであるという見せかけ イーを見せかけるものではない﹂。即ち舞台上の演戯が現 ・フォームの上で行われることは何事にせよ、リアリテ 念を 意 味 す る 。 即 ち ー を止めるということ、演劇は演劇というコンヴェンショ ョンあるいはユートピアを舞台の上に作り得るという信 代に栄えた演劇様式であって、二つの意味でイリュージ 1 舞台の上に現実世界のイリュージョンを作り得る ユ76 ざりにされていたコンメディア・デラルテ、中世宗教劇、 この演劇の本質の確認は、近代においてしばしばなお ン以外の何ものでもない、と言うことである。 たような演劇それ自体の言語をそれに代えようとする動 言語を追放して、さきの﹁イォネスコの演劇観﹂で触れ 々顕著になった。しばしばその極端な場合には、文学的 作術にももたらした、とメルヒンガーは見る。例えばそ 2 ﹁様式のルネサンス﹂とは、事実上、非文学的演 の文学的戯曲は、書かれることが極めて稀になった。 のシナリオとなり、°対話形式による、行動の模倣として れは、ピランデルロによるコンメディア・デラルテの技 劇のルネサンスである。それは、今まではとかく娯楽に きとなる。当然のこととして、戯曲は綜合芸術たる演劇 法の採用であり、ブレヒト、フライ、テネシー・ウィリ 過ぎないものとしてしか見られていなかった、非文学的 ファルス、マイム等の西洋演劇の諸伝統はもとより、東 アムズ、ジロドゥ、オニール、ホーフマンスタール等に 洋の諸演劇の技法の積極的な応用を、舞台のみならず劇 よる中世道徳劇、神秘劇の手法による戯曲である。また、 ルテ、サーカス等の技法を伝統的なイリュージョンの演 劇を破るものとして採用した。しかしその結果は当然、 演劇を芸術として見直し、ミーモス、コンメディア・デラ 進行を説明するのは、中国演劇の技法の採用である。 戯曲概念の混乱と戯曲の解体を導かざるを得なかった。 ブレヒトにおいて、俳優が観客に名乗りを挙げて物語の メルヒンガーは、このように一九﹁○年代に始まつて 法の導入はしばしば演劇の本質への回帰だとして称揚さ 3 以上二つの傾向、文学の追放、非文学的演劇の技 ンスと見、二十世紀演劇の現状と未来に極めて楽観的態 今日に至る反イリュージョニズムの勃興を様式のルネサ への回帰ではない。演劇の本質として、しばしば言われ れる。だが、演劇の本質への回帰とは、必ずしもドラマ ける以下のような諸傾向に注意しておくべきであろう。 るところの純粋演劇、抽象演劇は、事実上、非文学的演 度をとるのであるが、しかしながら、二十世紀演劇にお 〇年代の演出家中心の綜合芸術としての演劇に見られ 1 反イリュージョニズムの演劇においても、 一九〇 が、これはベントリ!も言うように、演劇の起源と本質 と精神を今日の劇場に復活させようという動きがある れる中世ミサや古代祭式にドラマの本質を見、その機能 劇に他ならない。また演劇がそこから発生したと考えら ころか、タイーロフの﹁演劇の再演劇化﹂の主張、アン た、反文学的傾向は克服されていない。いや克服するど トーナン・アルトーの﹁残酷演劇﹂の宣言において、増 177 を混同し、演劇を演劇以外のもの、ミサや祭式に変える 文学と芸術が追求し続けてきた根源的な問題、人間の条 少くともこの、人間の条件についての究極的な意味の 問いかけ、という点において、 ﹁不条理の演劇﹂は、一 件についての究極的な問いを投げかけるものである。 種の悲劇的精神の表現ではあり得る。それは、ソポクレ ことでしかない。 合芸術としての演劇に端を発する、これらの反文学的な ースやシェイクスピアの悲劇に比較し得るような悲劇の いずれも一九〇〇年代における演出家を中心とする綜 ひそむ水面下の流れであるとするならば、 ﹁不条理の演 諸傾向或は演劇観が、二十世紀演劇の多様な流派の中に 二十世紀演劇の、いずれも戯曲の成立を危くするとこ れ、それらの悲劇のもたらす受苦と認識は、悲劇的ヒー ソポクレースの悲劇であれシェイクスピアの悲劇であ 復活だと言えるであろうか。 ろの三つの傾向は、すでに見てきた不条理の演劇の諸特 ローの行動の結果として、ヒーロー及び登場人物達が請 劇﹂はその中でいかなる位置を占めるか、すでに明らか 徴でもある。即ち、e言語の価値降下、戯曲の台本化に け負つたものである。ところがベケットやイオネスコに 次の相異は確認しておく必要があろう。 おいて、⇔非文学的演劇の技法の採用において、⇔以上 おいて、 ﹁不条理に直面しての形而上的苦悩の感情﹂を であろう。 の二点をもって演劇の本質への回帰だとするイォネスコ なぜなら登場人物はもはや人間としての人格も、行為者 知覚し、受け容れるのは登場人物ではなく、観客である。 としての主体性も持つていないから。もちろん人物達も の演劇観において。 演劇に見える﹁不条理の演劇﹂は、二十世紀の演劇がそ こうして見ると、 一見しては極めて例外的なタイプの だしオィディプースやハムレットのような行動する人間 彼等なりに探索し、試し、苦悩し、絶望しさえする。た としてではない。喜劇役者、道化としてである。彼等は であるどころか、最も典型的な二十世紀演劇の嗣出子だ とさえ言えるのである。それは、大多数の二十世紀の戯 もそもの初めから培ってきた傾向の実現であり、反演劇 曲が、対話形式による行動の模倣の実現から隔り、戯曲 すら、認識することは出来ない。このこと、彼等がもは 自己とその条件について、その行為の無意味性について や認識することが出来ないということの、より深い意味 の解体に向う傾向を代表するものであって、非文学的演 劇の技法と形式を、極めて大胆に採用つつ、二十世紀の 178 を感じとるのは観客をおいて他にない。観客達は人物達 における人間の条件として受け容れる。それも当然であ をアレゴリカルなものとして、観客達自らを含めた今日 めさせるが、それでいて、言語の錬金術によって、詩 れわれの神経をいまにも切れそうなところまで張りつ を開示する。そこでは、苦悩、孤独、また疑惑が、わ 明瞭なものの礼賛がよくしうるより遥かに多くのもの ﹃リア王﹄は、その仕立てられた明瞭さにおいて、不 の追求は、これを表現的なものにすることが出来る。 る。﹁不条理の演劇﹂は、観客にそのような効果を、多義 人・劇作家は、彼の﹁無﹂を、単なる謎ではなくして とその行為をーその多義的な意味、あるいは無意味性 て設計されているからである。この実例から或は人はこ 様々な情緒を掻き立てうる﹂つの情緒的体験にしてい 的で相互に矛盾し合う謎めいた印象をもたらすものとし う考えるかも知れない。そのような現代人の苦悩、人聞 る。 ︵訳文は山田肇氏による︶ エ ユ の究極的条件は、文学的な戯曲によらなくても、いや、 よらないからこそ、表現可能ではないのか。戯曲が解体 今日における演劇の危機を打開する唯一の方法は、文 学としての戯曲の復興をおいて他にない、そして、その ー ﹁不条理の演劇﹂と呼ばれるのは、ここに挙げた四人の はじめに 作家の作品を中心とする、ヨーロッパおよびアメリカの一 って呼ぶことが、いつ、誰によって始められたのかは詳か 179 1 し、文学が劇場から追放されたとしても、演劇の未末は 豊かな可能性に輝やいている。 戯曲の栄光と力とは語られる言葉のうちにある、とニコ ルは考えるのである。 エスリンにも見られるこのような考え方に対してアラ ダイス・ニコルは、さきに触れた﹃演劇と戯曲理論﹄の にとって危険な傾向であるといましめている。 中で次のように言ってそれが戯曲のみならず演劇の未来 喚起的な言語という手段を放棄し、現代にあって﹁純 粋な、前文学的な演劇の基本的橿⋮成要素﹂に基く戯曲を ら希望をもたらすものではないことは疑いもない。 にしないが、この呼び名が広く行われるに至ったのは、マ 群の現代戯曲である。これらを﹁不条理の演劇﹂の名をも ⋮⋮われわれは、無を追求するとするにもせよ、その無 打ち立てようとする努力が、逆行的で舞台のために何 註 条理の演劇﹄︵§鳴§§、鳶ミ,き鳴﹄酵ミミ矯甥゜鴫゜Uoβげ− ーティン・エスリン︵ζ9﹁酔一コ 閏U切ロワ一一口︶が同名の著書、﹃不 なお、 ﹃悲劇の死﹄については拙稿﹁悲劇とミソロジー﹂ H∠°団゜HO㊦ド 氏訳、 ﹃新劇﹄昭和四十年、九、十月号。 6 ﹁悲劇の復活﹂、ジャン日マリ・ドゥムナック、渡辺守章 ︵﹃文芸研究﹄第一五号︶を見られたい。 い。 節]Z°鴫゜一〇①み 7冒p内。零らぎ譜熔§蕊○ミO§§ミ・。ミ§ピ。巳。p 稿、﹁不条理の演劇﹂︵﹃文芸研究﹄第十二号︶を見られた 8畠ざ巳9︶を公にして以来のことである。なお詳細は拙 2 どちらかと言えば、 ﹁不条理の演劇﹂は主としてイギリ 8 ﹃雲﹄現代演劇協会機関誌、九号、七三頁。 スおよびアメリカで、﹁アンチ・テアトル﹂はフランスで 行われている呼び方である。これらに数えられる作家達は、 1 国二σqひ口ΦHo目①゜・oρ窪.Uo⇒巴島芝舞ωo互き鳳$黛蕊織 第一章 ほぼ重なり合うと言っていいが、エスリンが﹁詩的アヴァ ンギャルド﹂︵唱o①二。ρ轟口学αq碧匹①︶として﹁不条理の演 ︵ざミ軸鷺、﹀♂、馬匂℃Z’鴫.ONO<Φ℃M①q・q。鳩μり①♪℃℃°μ刈軌ー鴎QoO 劇﹂から除外するピシェット ︵︸由ΦP﹃一 勺凶Oゲ①陣梓①︶、シュァ 80 3 諏訪正氏訳﹃禿の女歌手﹄ ﹃今日のフランス演劇1﹄白 2﹂ミ3やHδ゜ 1 デ︵O⑦o﹁σqΦ。・ω昏窪餌象︶、ゲルドロード︵ζ甘ザ巴窪①Oぴ? ︵い、︾p二臣σ韓お℃oひ島宕①︶の中に数える一方、ジュネを 冠①8α①︶を、ボワデッフルは﹁詩的アンチ・テアトル﹂ 4H8①ω8”§蘂蚕8日①押℃壁ω9Ωp=冒簿旦6㎝♪ bウqωーα9 水社、八ー四二頁。 5 安堂信也氏﹃今日のフランス演劇1﹄解説、四二七頁。 アンチ・テアトルの中に入れない。なおボワデッフルはア 上的アンチ・テアトル﹂︵ピ.﹀馨言ま韓お旨2巷ξの一ρ器︶︵ア 6冨碧くき巳①コ郎§§ミ旦ト§寒黛鷺.寄、§鳴薯− ンチ・テアトルを﹁詩的アンチ・テアトル﹂の他に﹁形而 ︵い.︾コ葺げ$茸Φ8け巴︶︵ベケット︶の三つのカテゴリーに 7き鷺恥§織Oミミミ≧ミ禽”℃﹂胡゜ ミ§肉鳴ミ鳴ミ騙一㊤①Govω喝ユロσQ”℃℃°一CoOi一QQ①. ダモフおよびイォネスコ︶、 ﹁総体的アンチ・テアトル﹂ 囎貸ミ偽§、純隷ミミミへ“ミ,ミミSミu勺⇔ユ9Hり①軽。︶ 8奪ミ‘署﹂宝し8し。。O. 分類している。 ︵空①旨①島①bdo冨偶①牢o”S鳴ミ箕ミ越ミー 3国ω巴﹃↓ぎ§§ミ魚鳳ミき的ミ糞唱.益゜ 5の8﹁σq①ω㎡①ぎ①コ§馬爵ミ魯魚ぎ題曇ピ。巳8節 さ轟ミ轟ぎ工魯ミ騎鳥\bミミミQミ賊き鳴§恥ミ越噸しo鴇隅昌Φ鴇 49﹃ω貯帥﹃§鳴bミ隷9ミ量9ヨ﹃邑σQp這爵 9空。訂巳O。Φn寒題ミ奪ミ恥ら臼§鴨さ§ミ偽馬§・ d.℃°H㊤①窃vb°卜⊇O° n ︹甲①OHσq① ω什①一P①H⋮肉僑馬ミ犠駄 ぎミ 、壽鳴 ゴNOミ矯 諮塁O蕊 勾恥壁帖鳴ミ層一り①ど ωロ日ヨ①♪ 喝゜卜∂Oω゜ U ∩ ①O﹁σqΦωけ①一昌①目”§馬 b鳴亀、壽 働\ぎ題甚”]UO⇒島Oコリ 閃鎚げ①﹁ 帥 閏印げ①♪ Hり①HuOO°ω膳Olし◎αO° 9奪ミ゜やト。9 m 、守帖“こ 娼゜bQ①。 皿 、ひ軸.織こ 娼゜卜⊃O° 且 h伽帖匙こ 喝喝゜卜⊃Qoiトつり゜ お 国ωω=5鱒§°鳥篭G喝゜Hb⊃A° 第三章 2 奪凡職こ ℃°一一゜ B 奪“概G 唱勺゜卜⊃①ーb⊃刈゜ 切 菊一〇げPけ匹OOΦ”魯゜昏勘G︾灼◆01HO° 3奪ミ‘署﹂卜。占ω. 山O口層O°︸肖簿同目㊤℃MHり①卜⊃︾唱゜一〇. 亀ミ翫卜、ひ2.尾゜”節口儀ObP国O窪ωρ 一〇①企℃°HOQo. 聡 ω団唱ゲΦ同”§鴨トO恥防焦牒瀞恥的恥黛帖嵩 さ駄鳴ミNト頴鳴q黛、ミ、鴨 刊、二頁。 4 高津春繁氏による。 ﹃へーローンダース 擬曲﹄生活社 − ﹀﹁Z一〇〇=°”§鳴§恥犠鳳鳶亀遷“b§ミ窺、軌ら ↓隷鳴O、璽噂 ︼UO⇒− η 、守帖儀こ℃° HOら 週 N守帖亀こ 唱’ωトつ. 娼 団びωζ目⋮↓瀞馬 ↓討鳴轟馬ミミ馬ご恥山勢軌黛ミ︾℃°boりO幽 5じd①ど帥巨コ出巨三コσq①コ§QO、喧蕊ミき鳴§鳴ミ蚕 E HO⇒ΦωOO”§01昏、、鳴︾けOヨ① 押b℃.卜⊃b⊃O−b⊃卜⊇刈゜ P ﹂守軸.織己℃燭.ωHb⊃1ω一①。 ト勘馬ミ、ミ、辞ヴ伺噸属゜︼UOロげ一①傷餌団切℃℃°H目α1一H①﹁ 8 国゜閃①Hσq臼ooωO口嚇 §恥ミミ軸犠轟さミ賢題軋蕊﹄︶ミミ軸黛識ら 7 高津春繁氏、前掲書、二頁。 フ﹁°く﹁==一 知 ぐ﹃四巴σq一目り①一植勺。①ω曾 第二章 Hり①幽匂喝゜αObつ゜ 6 勺゜=9﹃一口O= ①α゜6U蔓OミOOミS貸§帖O§牒O蝋︾恥 §鳴黛帖鳶導 2 奪軌亀゜噂勺゜日刈゜ − き、鳴肋黛嵩職OOミミ、恥、き鳳偽偽℃娼℃°一㎝1一GQ° Qり ﹂辱帖織己℃°HQQ曜 4♂ミ゜竜﹂り゜ m 国゜︼W①P二①楓靭§恥、、曼触ミ\帖偽尋、.Q恥 §篤遣神恥、巳 ツ﹃°団゜ 9奪ミ‘署幽=①1にN ζ①H一匙圃PうりHOα軌植灯゜り刈゜ 5奪ミ゜u唱﹄HI卜。P U 国ωω一一ロ ①匙⋮卜守恥ミミbミミ輔蹟゜いOP伍OPu℃①コσqβ四PM喝゜刈. 6奪ミGや悼O° 8 奪凱織こ℃℃°ωbつー匂oQo° 7奪ミ‘℃.撃 181 国ωω躍p”§鳴§§、蕊旦き鳴毎寓ミミリ噂.トっ㊤心. lZ80=”§°9鎚喝.Hωの 第五章 4ゆ①三8黒§恥ミ起ミ慧蝋蕊§ミ鳶き唱﹂。。° 困り目゜屋≦の①山①9山ΦぎΦ日QppHり①卜⇒u㌘H蔭彊゜ 3Ω。a89臥σq”Oミき恥ミ、ミき馬§§ミ匂り。巳8 学研究会編、昭和三十九年、九−十頁。 2 山田肇氏﹁演劇の種類﹂ ﹃演劇研究1﹄、明治大学演劇 奪ミG唱やトのり蔭ib ⊃ り 窃 ゜ ﹂ミ様噸℃°N鱒O. 奪執“鳩唱.b⊃ωO° 第四章 1 男=o鴫日燭p”留ミミ災しロミ神鳴誉ω゜H臣⇒o団ωd﹁°℃°H㊤①b∂. 6 演劇の三つのタイプの把え方は、山田肇氏の御教示に負 2 出.囚①コβ曾”⑦貸ミ§ミ密6曹タZ°団゜OHo︿Φ℃話ωωレO①ピ 5奪ミこ署゜α①1αメ 3℃﹄帥岳。﹃6§、§蔦。ミミbミ§黛§“、愚ミミ bミミミ勘さ、§勲冒︾魯§誘ミb§§3ω団山器団q°勺゜ を参照されたい。 −演劇の三つのタイプー﹂︵﹃文学﹄一九五七年一月号所載︶ うところが大きい。なお、山田肇氏﹁現代演劇の諸問題日 4奪ミ”唱゜嵩O° H89 5﹂ミ罫写H。。ρ 六月号、五八頁。 @山田肇氏﹁演劇復興のために﹂ ﹃悲劇喜劇﹄昭和三九年 Qざo=”号.9、己℃やらト⊃16QQ. Hりら刈゜2.嶋゜<冒♂αqρ巳O抑眉唱GQ軌OIω﹃O° 9ゆ雪二Φ憎ミq鳶き§ミ遷ぎ§⑦§§隷ミ§§ミリ 8 Nミ“匂やωω゜ bミミ§”Z°網゜缶oユNO箒℃器ω゜。℃Hり①♪℃°=QQ. 7ζ①=。冒σq①コ§鳴9§§穿遷ミ魯ミ討曼§§§ 年、=七頁。 6 向井爽也氏著﹃日本の大衆演劇﹄東峰出版、昭和三十七 7U碧冨。﹃奪ミ”㍗嵩。。. 9等ミ゜︾や嵩卜 8きミ゜も℃﹂①刈ー嵩P ㌻国ミ§9§恥§ミ塁物”いo巳8℃魯σqgP窓・ O①ION , O0Φ”愚゜亀餅やb⊃9 =去卲E器コ魯゜亀き℃唱゜Hω心1お①・ ヲじd①三9図”q§ミ§§ミ帖ら§§㌣腎ミ軌ミ切ぎ§ミ蹄 ↓謙§壁魁いo⇒αo♪Uo口げ゜・oPHOαメ℃旭゜=GQ−H軌Oo° 11 10 182 15 14 13 12 10 13 12 11