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学長を退任して - 国立大学財務・経営センター

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学長を退任して - 国立大学財務・経営センター
□特別寄稿
見ればただなんの苦もなき水鳥の
-学長を退任して-
前茨城大学学長
菊池
龍三郎
8月一杯で4年の任期が終わり学長を退任しました。任期中は多くの学長の方々にご厚
誼を賜り、また色々とご教示を頂き心から感謝しております。
退任に当たって、今後の国立大学のあり方に関して何か提言をということで執筆の依頼
を受けました。多少は書けるかと思って引き受けたのですが、苦労話しか浮かんできませ
ん。それも不思議なもので、書く段になると、苦労だったと思っていたことが他の学長に
は苦労ではなかったかもしれないと思ったりして、なかなか書きにくいものでした。その
意味では、これはごく個人的主観的な体験談に過ぎません。
さて法人化後の学長とは何か。退任する時、ある職員から、「学長は普段いかなる心境
で業務に当たっていたのですか。」と問われ、即座に、「見ればただなんの苦もなき水鳥
の足に暇なき我が思いかな」という古歌を返しました。ここでの「水鳥」を「学長」に置
き換えればその有り様も苦労も端的に理解して貰えると思ってのことです。
以下は、取り留めのない体験談になりますが、愚痴話のような「足に暇なき我が思い」
を思いつくままに述べてみたものです。
1.国際化のスピードへの戸惑い・・・アジア学長会議での驚きと違和感
2.大学内教育組織をヨコにつなぐ試み・・・サステイナビリティ学連携研究機構への参
加がもたらしたもの
3.財政問題への対応
(1)急がば回れで行くべきだったか・・・財政難と学長運用教員60人確保
(2)アリとキリギリス・・・スタート時の現金不足と目的積立金問題
4.非公務員化に伴う諸問題
(1)36協定って何だ・・・休日勤務の問題
(2)労使でどこまで決められるか・・・地域手当の問題
5.先ず隗(かい)より始めよ・・・地域貢献のための学内募金
6.ヘルプ・ミーの「支援」ではなく「茨苑」・・・農学部発日本酒の命名をめぐって
7.自治体の首長クラスへの働きかけの必要・・・運営費交付金問題
8.他人の芝生は本当に青々と緑だった・・・外部資金獲得問題
9.おわりに
-1-
1.アジア学長会議での驚きと違和感
就任後間もなく、中国の上海外国語大学で開催された第2回アジア学長会議に出席しま
した。日本からは国立では茨城大学と大阪外国語大学、私立では立命館アジア太平洋大学
(APU)などでした。テーマは確かグローバル時代における大学の国際戦略を問うという
ものだったように記憶しています。
何の準備もなしに出席したのですが、ホテル到着後すぐに国営新華社のインタビューが
ありました。予定時間を大幅に超える1時間に及ぶやりとりの中で、中国の教育に対して
どんな感想をもっているかとの質問がありました。その数日前に NHK テレビの特集番組
で中国の義務教育の現状が紹介されたばかりでした。上海の富豪の豪邸が立ち並ぶ一帯で
は親も子も将来はと問われると迷いなく口を揃えてハーバードとかオックスフォードへの
留学と答えるのです。自信に満ち溢れていました。一方、出稼ぎに来ている両親を追って
上海に来ている小学生の息子は、夕食の準備をして夜遅くまで一人で両親の帰りを待って
います。健気さが伝わってきます。彼が通学しているのは正規の公立小学校ではありませ
ん。親も子もひたすら公立小学校への入学を待っています。しかし、政府や市当局は親の
出稼ぎは認めてもそれに伴う子どもの移住は認めないという方針からなのか、結局その願
いは叶わず、ひとり遠い郷里に戻っていくという格差社会中国の現実に肉薄する番組でし
た。それをみていた私は、迷いなく、中国の人々はもはや日本の教育から学ぶものは何も
ないと思い込んでいるだろうが、と断った上で、NHK の番組を紹介し、すでに日本は今か
ら百年前に少なくとも初等教育については100%に近い就学率を達成している。ハーバ
ードもオックスフォードもいいが、高い山にはそれだけ広い裾野が必要ではないか。中国
の自信も結構だが、一国の教育力というものは高さと裾野の広がりの両方が必要なのでは
ないか、そしてそれは高等教育についても同じだと思うと述べたのです。さすがに新華社
の記者達になると、中国が抱えている巨大な格差という内部矛盾にはとっくに気付いてい
て、明日からのシンポジウムでもそこのところを問題にして欲しいとのことでした。
翌日からの学長会議では、予想したとおり特に中国の重点大学などの国際戦略をいやと
いうほど聞かされました。端的に言えば、大学の国際戦略イコール政府の世界戦略・経済
戦略です。就任早々でまだ国際化の中で国立大学がどういう課題を抱えているかについて
クリアに認識できていない時期であったためか、なんとなく違和感が残ったのですが、そ
れでも国際化への対応が急務なことは痛感しました。私たちのような地方国立大学の国際
戦略とは何か、自問自答しながら、結局私は「グローバルに考え、ローカルに行動する」
という使い古された言い方でしか表現できないのではないかと話したのです。これについ
ては討議の中でソウル大学の副総長がこちらの発言に同意してくれました。
われわれのような地方の中規模国立大学にとっての国際戦略とは何か、具体的な答の見
いだせないままにいました。しかしまもなく、足もとの大学教育全般にわたって、国際水
準の確保、国際規格の教育の導入等が大急ぎで、厳しく求められてきていること、先ずそ
れに迅速に対応することが急務だと気付かされました。
2.大学内教育組織をヨコにつなぐ試み・・・サステイナビリティ学連携研究機構への参
加がもたらしたもの
その意味からも、第2期の中期目標・中期計画の中にぜひ取り込みたいと希望し努力し
-2-
たのは、大学院教育の充実、特に国際化対応と共通性の確保でした。
第1の課題は、国際化への対応です。私たちの大学ではまだ端緒についたばかりですが、
在任中に全研究科・全専攻で、英語による授業を例えば毎年1%ずつでも増やしたいとの
希望をもっていました。なぜなら英語による授業を増やすことは、留学生だけでなく日本
の学生・院生にとっても教育効果が大きいことは既に実証済みだからです。実際には決し
て簡単ではないが、これから中期目標・中期計画の中に是非取り込んで貰いたいと強く期
待しているところです。
第2の課題は、大学の明確な方針として各研究科間、各専攻間の垣根を低くし、併せて
各研究科に共通する基礎部分をつくることです。各研究科の独立性の強さに起因する分立
主義が問題だとは誰もが指摘することです。しかし実際には、各研究科の独立性に切り込
むことは決して簡単ではありません。大学院改革とは、各研究科に対してどこまで執行部
がイニシアティブをもって臨めるかという課題でもあると言えます。私たちの大学でもこ
れまで大学院改革と称して色々と組織を再編してきました。しかし実際には、改革は全学
的な観点からなされたというよりも各研究科任せであったと言えます。しかし、大学院の
新設時ならともかく、国際競争が進む現在、大学としての大学院教育のポリシーに基づく
改革が急務です。私たちは、今回の大学院教育の改革において、平成21年度から全学共
通科目群や全学共通プログラムを導入することにしました。様々な抵抗や反対がある中で
やっとできたと言うべきかもしれません。
これらの課題に何とか見通しが立ったのは、平成18年4月から、小宮山東京大学総長
の提唱で東京大学を基幹校とする「サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)」が
スタートしたからです。地球環境と社会の持続性を確保するための新しい学問の創造をめ
ざすこの取り組みに京都大学、大阪大学、北海道大学とともに本学も参加することになり
ました。本学は「アジア・太平洋の地域性を生かした気候変動への適応」をテーマに掲げ、
平成18年5月にその研究教育に当たる「茨城大学地球変動適応科学研究機関(ICAS)」
を設置しました。このテーマに関係する本学の研究者全員が取り組むことになり、これは
確実に広がったと思っています。この新しい学問は、従来の学問領域の垣根をどんどん越
えていくことを求めていることから、本学の場合で言えば、工学部や理学部や農学部だけ
の話ではないし、広域水圏環境科学教育研究センターだけの課題でもなく、人文学部も教
育学部も取り組む課題である訳です。そして現在、本学では、この新しい学問分野の開拓
に全学的規模で熱心に取り組んでいます。
このサステイナビリティ学連携研究機構への参加がきっかけとなって、本学の大学院教
育に共通科目や共通プログラムを取り込む機運が高まり、そのための条件が次第にできて
きたと考えています。
期待しているもうひとつの効果は、これにより学部学生・大学院生が自分は世界とつな
がっていると実感できるようになることです。英語による授業の増加への期待もここから
生まれています。
3.財政問題への対応
(1)急がば回れで行くべきだったか・・・財政難と学長運用教員60人確保
平成16年9月に就任した時の引き継ぎでは、茨城大学の財政状況は暫くは大丈夫だ
-3-
ということでした。暫くというのがどれくらいの期間かはっきりしなかったのですが、少
なくとも4,5年は大丈夫なのだろうと勝手に決め込んで安心していました。10月にな
って財務課長らが来て言うには、うちはもうもたない、金がないとのこと。聞いていた話
と大分違うじゃないかと言ったのですが、彼らはこのままではあと1,2年で完全に行き
詰まると引き下がらないのです。そこで急遽、総合戦略会議(今は違う名称ですがその頃
は“戦略”という言葉を使うとこれまでと違う新しい発想が生まれてくると思い込んでい
ました。)で第1期中期目標期間中の財政シミュレーションをいくつかつくってみました。
確かにどれを見ても先行きは暗いのです。どうするかと言えば、結局のところ、本学のよ
うに人件費比率の高い大学では、財政構造を少しでも変えるには人件費を削減するに尽き
るということになりました。経営協議会でも、外部委員から「人件費削減に果敢に取り組
んで欲しい」という注文がついていた程でしたから喫緊の課題であったわけです。そこで
また色々なシミュレーションを作成し、最終的に全学教員の1割に相当する60人を学長
運用教員に充てることとしました。1割というのは無謀とも言える数字でしたが、全学の
危機感に訴えて何とか学内合意を取り付けることができました。とにかくその頃は夢中で
した。しかし、本当のところなぜそれ程に経営が困難になるのかよく分かってはいなかっ
たのです。これは一大事と慌てて駆けだしたというのが本当のところでした。
この第1期中期目標期間中の財政基本計画は、平成16年度中に役員会、経営協議会、
教育研究評議会等において承認されました。その時点での見通しは、大まかに第1期が終
了する平成21年度末までに拠出される60人のうち約30人程度を財政健全化に充て、
残り30人分、できればそれ以上を本学の将来の発展のための投資部分に充てようとする
ものでした。
具体的には、①法人化後における自立的な教育研究機関としての今後の発展に不可欠な
基盤整備、②本学にとって戦略的に重要な教育プログラムの遂行、③国際的な研究拠点づ
くり等の重点研究分野の育成及びこれと関連する大学院の再編・充実計画に必要な条件整
備等を投資の対象としました。
①に関しては、例えば教養部解体以降教養教育の充実をどう図るかが課題であったこと
から、大学教育センターの点検評価部門、教育支援部門、理系基礎教育部門等の充実、さ
らに総合英語プログラムの導入を図るための担当部門の整備等、人的体制整備に充てるこ
ととしました。
②と③については、その時点ではっきりしていたのは、東海村に建設中
の大強度陽子加速器計画(J-PARC)の関連で出てきた新しい研究センター構想の具
体化でした。これへの投入分は少なくないと腹を決めていました。さらにその翌年には、
前述した東京大学を基幹校として組織された「サステイナビリティ学連携研究機構(IR
3S)」に参加する計画が出てきました。またKDDI茨城衛星通信センターの撤退が予
定されていた中で大パラボラアンテナを宇宙電波望遠鏡に改造・利用しようとする計画が
あり、国立天文台を中心とする大学間研究連合に参加することになり、それに伴う人的手
当も必要になるなど、次から次へと要求が出てきました。これらにはできるだけ財布の紐
を固くして対応していたのですが、しかしその頃はまだ、どんとこい、いくらでもこい、
何しろ手持ちが30人分もあるのだから何とでもなると鷹揚に構えていられた時期でし
た。
しかし、60人確保が決まった翌々年度には、いわゆる総人件費の5%抑制方針が出た
-4-
わけです。それで試算し直してみたら結局、手元に残る将来への投資分は30人から20
人以下になってしまい急に心細くなってしまいました。そうかと言って大きなことを言っ
てきた手前、急に不景気なことも言えず辛いところでした。しかも各研究科、学部の教育
力を低下させない教育体制をどうつくるかは、次の学長に引き継いだ課題ですが苦労の種
を蒔いてしまったところがあります。例えば、学部長などがしばしば学長裁量経費などの
無心に来るのですが、その時など決まって「あれだけの数の学長運用教員の拠出にうちの
学部は死ぬ思いで大変な貢献をしてきているのですから、せめてこれくらいは」などと堂
々と経費要求の正当性の根拠にするのです。あの苦労は何だったのかと思い、元はと言え
ば、慌てて駆け出したためであり、急がば回れの慎重さがあったらもっと楽だったのにと
後悔することも少なくありませんでした。
他大学の学長の方々の話では、総人件費の抑制方針が出された時になってから必要な取
り組みを行ったとのことですが、さしたる抵抗もなかったと聞いています。外圧を利用し
て難なく人件費削減をやり遂げるあたり、やはり馬鹿正直な自分などよりも遙かに上手で
あると痛感しました。あの頃の苦労を振り返ると思わず溜息をつくこともあります。
(2)アリとキリギリス・・・スタート時の現金不足と目的積立金問題
就任直後に財務課長達から、このままでは立ち行かない、金がない云々と直談判があっ
た話は前に述べました。後になってよく分かったのですが、この話の原因のひとつには、
16年度入学生に係る授業料の前倒し徴収分の国庫納付に伴う現金不足の問題があったと
思います。私たちの場合それが5億数千万円もありました。どうも法人化に当たって財政
上どのような経緯があったのかほとんど理解できていなかったせいもあるのでしょうか、
法人化後時間が経ってから始めて聞かされたような気がして、この巨額の現金不足問題に
は途方に暮れ、かついささか納得のいかないもののように思われたのです。しかし学長自
身がよく飲み込めていなかったのですから学内教職員の受け止め方は尚更です。いわく6
0人削減の時の理由として挙げていなかったではないか、いわくこんな大事なことを知ら
なかったではすまされないのではないか、いわく学長は次々に財政危機の新しい理由を持
ち出してくる等々。要するに、学長が危機を都合のいいように使い分けているといった批
判でした。
平成17年度には研究費を全学的に60%カットしました。これまで曖昧だった教員研
究費の中身を精査し図書費など全学共通経費は大学負担分とするなど必要な手当はしてお
り、純然たる個人研究費としてはそれほど減った訳ではなかったのです。しかし、全学的
には大変な悪評で、今後茨城大学の研究に元気が出なかったりすればそれは一にかかって
学長の非常識な所業のせいであるとの批判があちこちで起こりました。本当に親の心子知
らずです。困ったのは、この60%という数字が色々なルートで全国に流れ、あたかも教
員を劣悪な研究環境のもとに置いている大学であるかのようなイメージを与えてしまった
ことです。
色々と言われましたが何とか凌ぎ、現金不足を解消するまではとにかく節約節約と、全
学的に節約に精を出すことになりました。その中で生み出された剰余金で現金不足が解消
し、さらに目的積立金ができれば、今は苦しくとも第2期には明るい未来が待っているか
ら我慢してくれと口癖のように言い続けていた時期でした。アリとキリギリスです。
-5-
しかし、現金不足が解消し積立金ができ始めた昨年あたりから、どうも第2期には持ち
越せないようだとの話で、にわかに風向きが変わってきました。それなら目的積立金の趣
旨目的に沿って有効に使用しようということになり、施設・設備のマスタープランに従い、
長年の課題に急ぎ充当しようということになりました。当分は無理だと言われてきた関係
者の中には、急転直下の推進話に、本学には“埋蔵金”があったのではないかなどと怪し
からぬことを言う者もいる始末です。
しかし、自分の不明は不明として、やはり国立大学法人化にはもう少し準備期間が必要
だったと強く思います。法人化のスタート時期だけがはっきりしていて、あとは走りなが
ら設計するといった状況でしたからやむを得なかったとは思いますが、それでも説明不足
が多かったと思います。この後に書く労使関係の問題もそうですが、この授業料の前倒し
徴収に起因する現金不足問題なども、国庫納付の代わりに現物で支給されているという国
の方の説明はあったにしても、法人化という荒海に漕ぎ出そうとする国立大学にとって、
直ぐに理解を得られる理屈ではなかったと思います。もう少し準備期間と誰にも納得のい
く説明とがあれば、大学の対応も違っていたと思っています。
4.非公務員化に伴う諸問題
法人化直前になっての非公務員化は晴天の霹靂でした。労働基準法の世界に入ったとは
いえ、36協定など言葉しか知らない学長でしたから心許ないものでした。学長として団
体交渉に出席したのは年に1、2回でしたが、労使間の問題や懸案についてはしばしば報
告を受けており、その中で強く思ったことがあります。
労使関係はある種の力関係ですから、その結果として、労使間で決着した問題に関して
は大学間で実態に相当の違いが出てきているのではないか、それらをそれぞれの法人が対
応すべき問題だと片づけてしまってよいのかということでした。
(1)36協定って何だ・・・休日勤務の問題
例えば労働時間管理の問題があります。公務員法や教特法の時代でなくなったことは分
かってはいても、個々の問題への対応では実に色々な問題が発生してきます。法人化後、
大学教員に関しては、厚生労働省通達を踏まえて専門業務型裁量労働制を採る大学が多く
なりました。本学では、教員の裁量労働制については、当初特に理系教員の間で批判があ
りました。実験等で教育研究が日常的に夜間や休日に及ぶ理系教員の労働実態が裁量労働
制によって合法化されてしまい、加えて、いわゆる見なし労働時間の考え方は労働時間の
実態を曖昧にし結果的に多忙化に拍車をかけるのではないかとの懸念があったためです。
そこで私たちのところでは裁量労働制の変形形態を採用しました。しかし大学の様々の業
務の管理に具体的にどう当てはめていくか課題が多いと思っています。そしてこれについ
ても全国的な情報がもっとあってよいと思っていました。
特に職員については対応が大変でした。大学入試センター試験を皮切りに1月から4月
まで入試や卒業・入学関連の業務がぎっしり詰まっている学務系とそうでないところでは
勤務の実態は相当に異なり、大学としての対応も難しいところがあります。そうした中で、
休日勤務に対しては振替を基本とする大学の方針と、割増賃金プラス代休を全学的に保証
すべきであるとの組合の主張はなかなか調整が大変でした。これらについても大学間で少
なからぬ違いがあるように思われました。勿論、各大学が完全に足並みを揃えることは難
-6-
しいとは思っていますが、それにしても労働時間の考え方やその管理のあり方など、国立
大学法人としての基本的かつ共通の問題に関しては、大学に設計を任せるという前にもう
少し共通理解を図る必要があったのではないかと痛感しています。私たち自身の側の理解
の甘さも含めて、スタート時点での設計の不備、準備不足、理解不足が後になって響いて
いる感じがします。
労使関係は、相互に経験を積み重ねながら成熟した関係になっていくとは思いますが、
大学間の違いが大きくなりはしないかといささか気になるところです。
(2)労使でどこまで決められるか・・・地域手当の問題
大学財政の相当部分が運営費交付金によって賄われている現状では、ベースアップにし
ても、地域手当にしても労使間の話し合いで決められる余地はそう多くはないはずです。
私たちの大学は、10%、6%、0%の3キャンパスがあり、0%の農学部の隣接地はつ
くば市でここは確か12%だったと思います。なぜ農学部キャンパスが0%なのか、この
比率の根拠も納得いかないところでしたが、人事院が0%だからといって他のキャンパス
と差をつける訳にはいきません。職員人事などができなくなってしまいます。そこで3キ
ャンパスを同じ比率にすることにしました。当然これについては組合も反対はしませんで
したが、最終的に大学が6%を約束するように迫ってきました。ここは粘って最終的に3
%までは約束しました。さらに4%出すかどうかは今年度つまり平成20年度に協議する
こと、6%はその後の努力目標とし大学の財政状況に関する資料に基づき誠実に話し合う
ことにしました。
交渉の過程で分かったことは、組合が、当然のことながら、他大学の情報をどんどん流
してくることです。いわくどこどこの大学では何%約束したとか、どこどこの大学ではも
っと上で交渉中だなどと有利な情報をもとに、本学は人件費が余っているのになぜ執行部
は決断できないのかと迫るわけです。休日勤務の振替問題もそうだったと思いますが、交
渉というのは本当に大変だと改めて担当の理事達の苦労を身にしみて感じたところでし
た。
国立大学といっても一様ではありません。ところがどこかの大学で組合に有利な結論が
出されると、当然のことながらそれがあっという間に全国に流れ、それがその後の交渉の
スタートになります。この点でも、法人側も大学間の情報交換や連携をもっと強化すべき
ではないかと痛感したのですが、その場合、国大協などからのさらにきめ細かな情報提供
が望まれると思っています。ただし、これはこの1年の間に相当に充実してきていると思
っています。
5.先ず隗(かい)より始めよ・・・地域貢献のための学内募金
法人化後すべての国立大学において、地域貢献、地域連携が格段に充実してきているこ
とは事実だと思います。昨年、経済財政諮問会議の民間側委員のアピールが契機となって
発生した運営費交付金問題で、国大協の要請に応じて私たちが地域への緊急アピールを行
った時、すぐに理解ある反応が返ってきたのは、地域貢献や地域連携の実績があったため
であると思っています。
本学でも「地域に支えられ、地域から頼りにされる大学」をスローガンとして、平成1
6年9月に大学と地域社会の窓口となる「茨城大学社会連携事業会」を設立し、翌年には
-7-
学内に大学全体の地域連携活動をまとめる推進本部を置きました。これを窓口に毎年募金
を行ってきました。この資金をもとに留学生への学資支援はもとより、教員や学生が企画
し実践する地域参画プロジェクトなどが次々に動きだし、中にはユニークなプロジェクト
もあって、県民や地域住民に大学の存在感を改めて具体的な形で示すことができたと思っ
ています。
しかし問題は資金集めでした。学外者に協力して貰うためには、先ず学内者が率先して
ということで全学部の教職員に呼びかけたのです。先ず隗(かい)より始めよ、というと
ころです。全学的な受け止め方は好意的で積極的に協力してくれました。しかし、募金は
毎年のことであるため段々寄付疲れとでもいうべき現象が出てきているところです。加え
て、学外からの募金が当初の見通しが甘かったこともあって期待した額に達せず、必要な
資金の調達に苦労するようになりました。これに対しては、本学の地域貢献が法人化後ど
れだけ充実し、いかに地域における大学の必要感、存在感を高めることにつながっている
かを縷々説明することで理解を求めてきました。
地域連携、地域貢献の実績は今後の地方国立大学にとって、存在意義を示す大きな柱の
一つになることは疑いないと考えます。問題は色々なアイディアを具体化するのに必要な
資金をどう確保するかであり、財政基盤の弱い大学にとっては頭の痛い問題です。
ただしその中での明るい材料は、大口の寄附者はなかなか増えないのですが、小口の寄
附者が増えてきたことです。長期的に見て裾野を広げる努力が大事だと改めて思ったとこ
ろでした。
6.ヘルプ・ミーの「支援」ではなく「茨苑」・・・農学部発日本酒の命名をめぐって
それには大学のことをもっと知って貰う必要があります。各大学とも、そうした観点か
ら地域へのアピールを目的に様々に工夫を凝らし、多彩な企画を打ち出しています。数年
前、山形大学を見学してきた教職員達が当時の仙道学長の似顔絵の入った学長煎餅がいた
く気に入り、うちでも作ろうという話になりましたが、仙道学長と違い私の顔では絵にな
らないからと固く断りました。
その時、農学部長が酒米など米の専門家で、農学部で生産した山田錦と卒業生が開発し
た酵母をもとにして蔵元に委託して日本酒を作る企画が持ち上がり動き出しました。さて、
その日本酒の命名を学長がすることになりました。農学部はその昔の旧海軍航空隊(予科
練)の跡にありますが、いくらなんでも予科練と名付けるわけにもいきません。水戸でも
工学部のある日立に関係した名前でも、あるいは県の最北端の岡倉天心ゆかりの日本美術
院跡にある五浦美術文化研究所に因んだ名前でもいいとのことでした。水戸では副将軍や
黄門様というのは既に他の商品名に使われています。日立は工業都市で殺風景なイメージ
しか湧いてきません。五浦も天心も既に饅頭などに使われているということで相当に考え
てしまいました。そこで、本学の同窓会などが「茨苑会」という名称を使っていて学内や
卒業生の間では結構ポピュラーになっていることに気がつき、「茨苑」と命名したのです。
さて、肝心の日本酒の方の味は評価が高かったのですが、問題は名前です。これの学内
での評判が芳しくないのです。予想外でした。なぜ駄目なのだと聞きました。そうしたら、
いくら何でもこの名前はない。「シエン」と聞いて「茨苑」という言葉を思い出せるのは
学長くらいのもので、誰もが「支援」を連想してしまう。国立大学の経営が難しい、財政
-8-
が大変だ、危機だなどと言われている時に、いくら貧乏な大学だからといって、あまりに
も惨めな名前ではないか、学長自らが最初から白旗を掲げているようなものではないかと
いうものでした。要するに不景気な名前だというのです。なるほど、そこまでは思い至ら
なかったと言うしかありません。そうかと言って、発売早々商品名を変える訳にもいかず、
今のところそのままになっています。
そういう訳で、農学部発の日本酒は味はよかったにもかかわらず、名前は不評でした。
これは学長を退いた後も言い伝えられることと覚悟しています。ただし、心配した売れ行
きは2年とも直ぐに完売したということでホッとしています。
ここで言いたかったことは、今や商品開発ひとつを取ってみても、大学は素人の集まり
だから適当でいいということは通らない、大学にも高い企画力が求められる時代に入った
ということです。特に名称などは、学長ひとりの思いつきで決めることであってはならな
いのです。その意味でもこれは学長としての失敗のひとつでした。
7.自治体の首長クラスへの働きかけの必要・・・運営費交付金問題
なお昨年の運営費交付金問題の時には、茨城県の橋本知事に協力要請に行ったところ、
橋本知事は直ちに動いて下さったのでしたが、国政レベルにもっと国立大学の主張を反映
させたいならば、少しやり方を考えた方がよいとして次のような助言がありました。
例えば国会議員の方々に動いて貰いたいのならば、先ず地方の首長クラスを動かすのが
よい。なぜなら今や国立大学は多くの自治体との間で連携協力協定を締結するなどして相
当に地域社会に貢献しているし、地域の活性化にとってもきわめて大きな存在であること
から、国立大学が困っていると聞けば地元に限らず県内の自治体の首長は直ぐに動くこと
は間違いない。国立大学の必要についてもっと首長レベルから声を上げて貰った方がよい。
そうすれば国会議員の方々ももっと耳を傾けざるを得ない筈で、今の動き方は順序が逆で
はないかというものでした。
国大協などからの要請を受けて各学長も国会議員の方々に説明に行ったりしましたが、
なかなかお会いできなかったりして率直に言って無力感や徒労感を感じることもあったと
思います。やり方を変えた方がよいというのは参考になる助言だと思い、ここで紹介して
おきます。
8.他人の芝生は本当に青々と緑だった・・・外部資金獲得問題
法人財政安定化のためにも外部資金の獲得が焦眉の急の課題であることは、誰しも痛い
ほど感じています。私たちも科研費の申請率や採択率を上げる努力をはじめとして色々と
やってはきました。しかし、外部資金を大幅に増やす決定打がないのです。
今年の2月19日のネットの Science Portal は、「外部資金得られない国立大学の生きる
道は」と題して、科学技術政策研究所の研究グループが行った調査研究報告書「国立大学
法人の財務分析」を取り上げています。この調査は基盤的資金(運営費交付金、施設整備補
助金)に対する外部資金(外部資金、科学研究費補助金)の比率をもとに全国87大学のクラ
スター分析を行ったものです。報告の骨子は、運営費交付金など基盤的資金への依存の割
合が高い大学と低い大学、端的に言えば基礎体力と高いブランド力によって外部資金を得
やすい大学とそうでない大学の二極化が起こっていること、外部資金を得にくい大学では
-9-
そのことが教育・研究・社会貢献等大学が展開する様々な活動への制約条件になっている
というものでした。Science Portal の記事は、調査結果を詳しく伝えた2月1日の科学新聞
における「外部資金割合が20%未満の場合は、何らかの機能に特化していかなければ、
経営は厳しくなりそうだ」との同研究所研究員のコメントを紹介しています。この調査で、
外部資金収入の比率が20%に満たないとされている大学の数は48と全体の55%に上
ったといいます。その点では私たちの大学もかなり厳しいのです。
他人の芝生は気のせいで青々と緑に見えるといいます。しかし、大学の中には自分の俸
給が運営費交付金から出ていないことは分かっているが、どんな外部資金から出ているか
は分からない教員が数多くいる大学も少なくないと聞きます。多様な資金で必要な人材を
数多く色々な形態で雇用し様々な活動を展開できるという私たちとは対極にある大学の存
在を知るにつけ、他人の芝生は実際に青々と緑なのだと思い知らされることが多かったと
思っています。
この報告書の「4.まとめ」は、次のように締めくくっています。「国立大学法人の可
能性は非常に限定的である。競争的環境が強調されるが、法人化の時点で各大学法人は同
じスタートラインから出発していないことがあらためて認識される。・・・中略・・・問
題は今後、各大学法人が競争的環境のみに目を奪われ、制約を取り除く努力をして可能性
を追求すればするほど、民営化論に加担する可能性があることであろう。」
どうすればよいのでしょうか。この結論は、民営化によって、日本の国立大学の均衡あ
る配置、言い換えれば高等教育力全体の裾野の広がりと高さの確かな保証はなくなること
を予測しています。確かに民営化は取り返しのつかない失敗になることは明白だと思いま
す。しかし、だからといって競争的環境を無視してよいということには絶対にならない筈
ですし、許されないことだと思います。地方の中規模総合大学は今後どのように進めばよ
いのか。何らかの機能に特化しなければ生き残れないと言うのでしょうか。追い込まれる
前に決断すべきなのでしょうか。いずれにせよ悩みは尽きません。すべての問題がそうだ
とは言いませんが、いずれにしても、法人化設計段階できちんと詰めておかなかった問題
のツケが今後何倍にもなってさらに国立大学にのしかかってくるのではないかと危惧して
います。
9.おわりに
他大学の元気のいい学長の方々にお会いすると、学長は悲観的なことを決して言っては
ならない、余裕のあるところを見せておかなければいけないといつも心がけているように
お見受けしておりました。私も学長は将来へのビジョンや希望を常に語っていなければな
らないと思い、そう努めてきたつもりです。しかし、いつでも何かをやっていなければな
らない、動いていなければならないこのせわしさ、余裕のなさは何だったのだろうかと思
います。
冒頭に述べたように、退任時にある職員から学長の心境とは何かを問われて、すぐに返
したのが「見ればただ何の苦もなき水鳥の足に暇なきわが思いかな」という古歌でした。
ここでの「水鳥」を「学長」に言い換えれば法人化後の学長、少なくとも私の心境を端的
に言い表していると思ってのことです。
法人化直後の多難な時期に学長という経験をさせて貰いました。貴重な経験であったと
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自分では思っています。その間、多くの学長の方々にご厚誼賜り、色々とご教示賜ったこ
とに改めてお礼を申します。
最後に、皆様の益々のご健勝をお祈りするとともに、競争しながらも大事なところでは
しっかり連携協力して、国立大学の共存共栄に少しでも近づいてくれることを切に望んで
おります。
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