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資本市場クォータリー 2007 Summer
金融機関経営
統合に合意したワコビア証券と AG エドワーズ
関
雄太
▮ 要 約 ▮
1.
2007 年 5 月 31 日、大手金融グループのワコビア・コーポレーションは、地方
証券大手の AG エドワーズを買収し、傘下のワコビア証券と統合することで合
意したと発表した。合併が実現すると新生ワコビア証券の合計顧客資産は
1.147 兆ドルに達し、米国のリテール向け証券会社中 3 位、正外務員資格を保
有するファイナンシャルアドバイザー数 14784 名は、全米 2 位となる。
2.
ワコビア証券は近年、ベビーブーマー層顧客の獲得やフィー収入の拡大を狙っ
た営業改革に取り組んで成功を収めていたが、激化する資産獲得競争の中で一
気に地位を高めたいというのが、今回の統合のモチベーションになったと考え
られる。AG エドワーズも業況は好調で、収益構造への転換にも成功していた
が、顧客ニーズの多様化が進展し、中長期的に成長を続けるには商品提供能力
の強化が必須になってきたことなどが、統合を決断した背景にあったと考えら
れる。
3.
今回の統合発表は、米国リテール証券ビジネスにおける競争の激化を改めて印
象付けた一方で、リテール銀行ビジネスと証券ビジネスとの関係についても、
いくつかの示唆を含んでおり、今後の成否が注目される。
Ⅰ
ファイナンシャルアドバイザー数で全米 2 位の証券会社が誕生
2007 年 5 月 31 日、ワコビア・コーポレーション(ティッカー:WB)は、AG エドワー
ズ(同 AGE)を買収し、傘下のワコビア証券と統合することで合意したと発表した。合
意条件によると、AG エドワーズ株1株につき、ワコビア株 0.9844 株と現金 35.80 ドルを
割り当てる。ワコビア株価(5 月 30 日終値)で計算すると、買収価額は総額で約 69 億ド
ルとなり、1株当たりの買収価額 89.50 ドルは、AG エドワーズ株の 5 月 30 日終値 77.15
ドルに対し、16%のプレミアムとなる。2007 年第 4 四半期に完了が予定される合併後の
会社名称はワコビア証券、本社はセントルイス(ミズーリ州)、現在 AG エドワーズの
CEO であるロバート・バグビー氏が会長、同じくワコビア証券の CEO であるダニー・
ルードマン氏が社長兼 CEO に就任する。なお、現在もワコビア証券の株式 38%を保有し
ているプルデンシャル・ファイナンシャルは、ワコビアによる AG エドワーズ買収に対す
132
統合に合意したワコビア証券と AG エドワーズ
る支持を表明するとともに、保有しているワコビア証券株の取り扱いを検討しているとし
た。
合併後のワコビア証券の合計顧客資産は 1.147 兆ドルに達し、米国のリテール向け証券
会社中、メリルリンチ(1.503 兆ドル、米国外を合わせると 1.648 兆ドル)、スミスバー
ニー(1.277 兆ドル)に次ぐ 3 位となる。シリーズ 7(正外務員資格)を保有するファイ
ナンシャルアドバイザー数では、合計 14784 名とスミスバーニーを抜き全米 2 位となる
(図表 1)。
合併によるプレゼンス向上という点で、業界ランキングと同様に強調されているのは、
全米 50 大都市圏(MSA)でのシェア拡大である。買収合意にあたり投資家向けに作成さ
れた説明資料では、50 大都市圏(48 都市圏に進出)におけるブローカレッジ収入のシェ
アは 14%に上昇、最も人口成長率が高い 10 大都市圏でのシェアは 7%から 12%に上昇し
今後の成長の基盤になる、としている1。こうした大都市圏のベビーブーマー層を中心と
する個人投資家に対し、対面営業のアクセスを拡大し、SMA などフィー型サービス、銀
行関連プロダクト、投資銀行部門が引き受ける証券を供給する体制を築くのが、合併会社
のビジョンと理解することができる。また両社は、重複する業務・管理部門を整理するな
ど、コスト効率の追求も図るとしている。
Ⅱ
ワコビア証券の戦略
ノースカロライナ州シャーロットに本社を有するワコビアは、資産額で全米第 4 位の銀
行部門を中心とした総合金融グループである。このグループの大きな特徴は、証券ビジネ
スに強いことで、ワコビア証券(リテールブローカレッジ部門)とエバーグリーン(資産
運用部門)で構成される「キャピタル・マネジメント部門」は、連結営業収益の 2 割強、
同じく純利益の 10-12%を占めている。そのワコビア証券は、ワコビアの前身である
図表 1 合併後のワコビア証券概要
収益(直近12ヶ月、百万ドル)
顧客資産(十億ドル)
本社
営業網
ブローカレッジ支店
シリーズ7登録外務員数(人)
総登録外務員数(人)
ワコビア証券
AGエドワーズ
合併会社
5,250
773
リッチモンド
(バージニア)
768
8,166
10,687
3,110
374
セントルイス
(ミズーリ)
744
6,618
6,618
8,360
1,147
セントルイス
(ミズーリ)
1,512
14,784
17,305
参考:リテール証券
業界予想順位
2位
3位
2位
(出所)ワコビア資料より野村資本市場研究所作成
1
http://www.wachovia.com/file/WB_AGE_Investor_Presentation.pdf
133
資本市場クォータリー 2007 Summer
ファーストユニオンが、1998 年にウィート・ブッチャー・シンガー、1999 年にエヴァレ
ン・キャピタル、2000 年にファースト・アルバニーなど、多くの地方証券会社を買収す
ることで成長してきた。その後、ワコビアは、2003 年にプルデンシャル・ファイナン
シャルとジョイントベンチャー形式でリテール証券部門を統合することを決定し、この時
点でワコビア証券は登録外務員数全米 4 位、顧客資産全米 3 位という、トップクラスのリ
テール証券会社となっていた2。
地方証券会社の集合体ともいえるワコビア証券は、繰り返し発生する買収・統合の度に、
優秀なアドバイザーが顧客ごと他社に移籍したりすることのないよう、人事政策や研修を
入念に検討・執行し、結果としてアドバイザーの離職率を低く保つことに成功してきた。
人事・企業文化への影響を考慮しているのか、銀行部門・証券部門の距離感が大きいのも
ワコビアの特徴で、ワコビア証券の本社はシャーロットから遠く離れたバージニア州リッ
チモンドに置かれ、図表 1 に示されているブローカレッジ支店の多くも合併前の証券会社
の支店を継承したもので、銀行店舗とは関係のないディストリビューションネットワーク
となっている。また銀行店舗に配置されるファイナンシャル・スペシャリスト(限定され
た金融商品の販売が可能な外務員資格(シリーズ 6)保有者)も、ワコビア証券の社員と
して独自の人事管理・研修・コンプライアンス体制の下に置かれているため、実務的には
銀行の従業員が投資信託を販売しているというイメージとはかけ離れている。
さらにワコビア証券は近年、シミュレーション機能に優れたファイナンシャルプランニ
ングツール「エンビジョン」を活用したアドバイス型営業の強化を標榜し、マネージドア
カウント(一任投資勘定)資産の積み増しを図るなど、ベビーブーマー層顧客の獲得や
フィー収入の拡大を狙った、大がかりな営業改革に取り組んでいた3。こうした一連の戦
略の結果、プルデンシャル証券の統合はスムーズに行われ、同時にフィー型資産の拡大と
収益率の改善を達成するなど、理想的な統合・拡大を行ってきたといえる。しかし、米国
の富裕層・ベビーブーマー層の資産獲得をめぐる競争は日に日に激化しており、メリル、
スミスバーニーとの距離をなかなか縮められないでいたばかりか、資産成長(Grow
Assets)戦略を推進する UBS ウェルスマネジメントの追い上げにあい、今年に入って顧
客資産で逆転されたとみられていた(図表 2)。独立系最大手の AG エドワーズとの統合
で、資産獲得競争での地位を一気に向上したいというのが、ワコビア証券にとって大きな
モチベーションになったと考えられる。
2
3
飯村慎一「ワコビアとプルデンシャルがリテール証券部門の統合を発表」資本市場クォータリー2003 年春号
参照。
長島亮「米国におけるファイナンシャルプランニングツールの発展」資本市場クォータリー2006 年秋号参
照。
134
統合に合意したワコビア証券と AG エドワーズ
図表 2 リテール証券大手の利益率・顧客資産推移
税前利益率
ワコビア(リテールブローカレッジ部門)
メリルリンチ
スミスバーニー
モルガンスタンレー
AGエドワーズ
2003
14.2%
17.2%
21.9%
10.9%
9.8%
2004
14.0%
19.1%
22.7%
8.0%
11.3%
2005
18.1%
20.5%
20.6%
11.7%
12.4%
2006
25.2%
20.2%
18.9%
9.2%
16.7%
07Q1
29.4%
24.7%
23.2%
14.8%
-
2003
1,164
912
NA
603
565
300
2004
1,244
978
595
653
602
319
2005
1,341
1,130
629
684
617
343
2006
1,483
1,230
746
760
686
374
07Q1
1,503
1,277
777
773
690
-
顧客資産(10億ドル)
メリルリンチ(米国)
スミスバーニー
UBSウェルスマネジメント
ワコビア(リテールブローカレッジ部門)
モルガンスタンレー
AGエドワーズ
(注)
UBS の顧客資産は、スイスフラン建てデータを各年末の為替レート(04 年 1.1403 フラン/ドル、05 年
1.3134 フラン/ドル、06 年 1.219 フラン/ドル、07 年 3 月末 1.2156 フラン/ドル)で米ドルに換算。モルガ
ンスタンレーは 11 月決算。AG エドワーズは 2 月決算。
(出所)各社財務書類より野村資本市場研究所作成
Ⅲ
収益性を改善していた AG エドワーズ
一方の AG エドワーズは、セントルイスに本社を置くリテール特化型の地方証券会社の
最大手である。1887 年にアルバート・ギャラティン・エドワーズ氏が創業した老舗で、
2001 年にバグビー氏が CEO に就任するまでは、創業者一族が経営にあたっていた。
同社は、顧客の利益を優先する倫理観の強い証券会社との評判が高く、また、ディスト
リビューションにほぼ特化した体制を築いてきた。実際、フルサービスを標榜はするもの
のトレーディング業務や投資銀行業務の比重は小さく、また自社投信を持たないことで、
利益相反の可能性が小さいことを売り物にしてきた。こうした経営戦略に加えて、大手金
融グループの傘下に入らず独立を堅持したことや保守的な営業方針を採用していたことで、
IT バブルの時などには、ともすれば時代遅れの証券会社と見られがちでもあった。しか
し、IT バブルの崩壊と相次ぐ金融不祥事、ベビーブーマー層の高齢化によって中立的な
アドバイスの付加価値が見直されるとともに、業績は著しく改善し、またマネージドアカ
ウントなどを強化してフィー収入中心の収益構造への転換にも成功、株価も上昇していた
(図表 3・4)。
AG エドワーズが、ただ単に生き残りを目指すのであれば、今の時点で大手金融グルー
プへの合流を急ぐ必要はなかったともいえるのであろう。しかし、競争の激化で顧客資産
の伸びは緩やかなペースにとどまっており、その一方で顧客ニーズの多様化が進展し、中
長期的に成長を続けるには、預金やローン、オルタナティブ投資商品などの提供能力が必
須になってきたことなどが、今回の決断の背景になったと考えられる。投資家向け資料の
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資本市場クォータリー 2007 Summer
図表 3 AG エドワーズの業績推移(2002 年度~2006 年度)
フィー
コミッション
その他の収益
純収益
純利益
ROE
2002
653
888
673
2,214
119
7.1%
2003
723
1,081
718
2,523
159
9.2%
(単位:ROE以外は百万ドル)
2004
2005
2006
919
1,063
1,266
1,034
1,018
1,032
654
660
812
2,608
2,740
3,110
186
226
331
10.5%
12.3%
16.6%
(出所)会社財務書類より野村資本市場研究所作成
図表 4 AG エドワーズの株価推移(最近 5 年間)
(出所)MSN Money
中では、地方証券としての企業文化の共通性、ワコビアがこれまでの買収・統合を円滑に
進めてきた実績が強調されている。AG エドワーズにとっては、銀行部門と適度な距離を
保ち、ファイナンシャルアドバイザーの離職率が低いワコビア証券が最適な統合相手と見
られた可能性が高い。
Ⅳ
買収合意の意義と今後の展開
このように見てくると、今回の買収合意を外形的にみて「大銀行グループが独立証券会
社を買収して傘下に収める」と説明するだけでは、充分に狙いを言い当てていないことが
わかる。いくらワコビアが強大な資本力を持つといっても、AG エドワーズは、ワコビア
銀行が現在展開していない中西部を中心に多くのブローカレッジ支店を有しているわけで、
銀行免許を持っていない州で証券ビジネスを積極的に展開するなど、経営が銀行中心の発
想であれば、なかなか出てこないアイデアであろう。もちろん、ワコビアは、昨年ゴール
136
統合に合意したワコビア証券と AG エドワーズ
デン・ウェストを買収(2006 年 5 月発表、同 10 月完了)して、カリフォルニア州を中心
に銀行業務の強化を図っているから、中西部での銀行買収にもまったく関心がないわけで
はないであろうし、ゴールデン・ウェストの買収効果でキャピタル・マネジメント部門の
収益比重がやや下がっていたから、証券業務の強化を急いでもいいと考えていた可能性は
ある。また、ワコビアにおけるクロスセル戦略では、証券会社における銀行関連サービ
ス・プロダクトの提供が、逆ルートのチャネル(銀行顧客への証券商品販売)よりも、重
要となってきている可能性が高い。
ワコビアが、投資家向けプレゼンテーション資料の表紙に「Retail Brokerage: Defining
the End Game」という題を付したことも注目される。「End Game」とはチェスの試合にお
ける「終盤戦」のことで、ケネディ・トンプソン CEO は「当社はリテール証券業務で有
機的に成長するためのすべてを手に入れた」とコメントしている4。ファイナンシャルア
ドバイザーの数とクオリティを確保することが、最後の勝負を決するだろうといった意味
と解釈できるが、現在、大手との格差が大きい AG エドワーズ所属ファイナンシャルアド
バイザー1 名当たりの顧客資産・収益性を引き上げることは十分に可能という、ワコビア
の自信を示しているようにも思われる。ワコビアのデイビッド・キャロル氏(キャピタル
マネジメント部門長)は、すでにエンビジョンを活用したフィー型ビジネスへのシフトを
具体的な構想のひとつとして示しているが、新生ワコビア証券が今後のゲームでどのよう
に戦うのか、また他社はどのような対応をするのかが注目されよう5。
4
5
“Wachovia in Deal to Acquire A.G. Edwards”, New York Times, 6/1/2007
“What to Watch as Big Brokers Tie the Knot”, WSJ, 6/2/2007
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