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要 旨 本稿の目的は、これまで標準化戦略研究で取り上げ

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要 旨 本稿の目的は、これまで標準化戦略研究で取り上げ
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
研究論文
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー
― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
内田 康郎(富山大学)
要 旨
本稿の目的は、これまで標準化戦略研究で取り上げられてこなかった「ユーザー主導による標準化プロ
セス」の実態を解明し、これをもとに標準化戦略研究全体の体系化を図ることにおかれる。ここで、標準
化戦略とは競争優位の確立を目的に、技術標準をもとに構築する事業戦略を意味するものだが、その意味
での研究はこれまでさまざまな成果が見られるようになっている。だが、これまでの標準化戦略研究はラ
イセンサ側から捉えたものが多かったが、近年の標準化はライセンサを巻き込みながらユーザー主導で進
められる標準化プロセスも確認されるようになってきている。そこでは、ライセンスを持たない企業も積
極的に標準開発作業に参画するだけでなく、標準開発メンバーの間では、ライセンサの持つ特許を無償で
利用できるようライセンサに対してロイヤリティフリー(RF)での実施許諾を求めることなど、これま
での標準化戦略研究では対象とされなかった特徴が確認できる。こうした標準化プロセスは、ライセンサ
の事業戦略のあり方にも大きく影響するものと考えられる。
本稿は、こうした知財を無償化させるユーザー主導の標準化プロセスの内容を明らかにしながら、この
ことがライセンサの競争戦略に対してどのような意味をもたらすのかについて検討することを目的とする
ものである。
この目的に則って、事例分析としてインターネットで使われる技術の標準化を進めるW3CやRFIDの国
際標準化を推進するEPCglobalを対象に進めていく。どちらもユーザー主導での標準化をRFで進めてい
る標準開発機関である。
これらの事例分析を通じて、ライセンサ主導の標準化プロセスとの間での相違点を見つけ出し、ユー
ザー主導の標準化プロセスがライセンサにどのような意味をもたらすかを明らかにする。同時に、本研究
によって標準化戦略研究全体の体系化に資することを目指している。
1.はじめに
そこでは、ライセンスを持たない企業も積極的に
本稿の目的は、標準化戦略研究の体系化におか
標準開発作業に参画するだけでなく、標準開発メ
れる。ここで、標準化戦略とは競争優位の確立を
ンバーの間では、ライセンサの持つ特許を無償で
目的に、技術標準をもとに構築する事業戦略を意
利用できるようライセンサに対してロイヤリティ
味するものだが、その意味での研究はこれまでさ
フリー(RF)での実施許諾を求めることなど、
まざまな成果が見られるようになっている。だ
これまでの標準化戦略研究では対象とされなかっ
が、これまでの標準化戦略研究はライセンサ側か
た特徴が確認できる。こうした標準化プロセス
ら捉えたものが多かった。これに対し、実際には
は、ライセンサの事業戦略のあり方にも大きく影
ライセンサを巻き込みながらユーザー主導で進め
響するものと考えられる。
られる標準化プロセスも確認することができる。
本稿は、こうした知財を無償化させるユーザー
─ 93 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
主 導の標準化プロセスの内容を明らかにしなが
化機関に登録された後の規格であることを考える
ら、このことがライセンサに対してどのような意
と、競争戦略上意味を持ってくるのはその前の段
味をもたらすのかについて検討することを目的と
階、すなわち企業が標準を追求する過程(標準化
するものである。そして、本研究が標準化戦略研
プロセス)にあることになる。そこで、国際標準
究の体系化に資することを目指している。
になるまでの過程において、標準が具体的にどの
次節では、先行研究の整理を通じて本稿の分
ような戦略的意味を持つか、標準と競争戦略の関
析対象を特定し、第3節においてユーザー主導
係についてこれまでの先行研究から明らかにされ
の標準化を進める実際の標準化機関(Standard
ている内容を以下で整理する。
Developing Organization, SDO)の取り組みを紹
これまでの研究をもとに標準化プロセスを大別
介し、第4節で事例分析を通じて本稿の主張をま
すると次の2通りのプロセスに分類できる。すな
とめていく。
わち、市場を通じて標準化させるプロセスと市場
を通さないプロセスの2つだ。市場を通すプロセ
2.問題設定と本稿の分析枠組み
スとは、企業間競争を通じて進められる標準化で
1)先行研究の検討
ある。かつてのビデオ規格間の競争が象徴的だ
本稿で言う標準とは、主に工業製品に用いられ
が、90年代に「ウィンテル」と言われたインテル
る技術標準のことを意味するが、国際ビジネス
やマイクロソフトの隆盛もこのタイプで説明され
においてこうした意味における標準の国際化が
ることが多い。デファクト標準を巡る競争がこの
重要性を増してきた理由の一つは、WTOのTBT
タイプである(2)。
協定である。TBT協定(Agreement on Technical
一度、デファクト標準の確立に成功すると、当
Barriers to Trade, 貿易の技術的障害に関する
該企業には他の競合企業を凌駕するほどの圧倒的
協定)とは、WTOに加盟する国や地域におい
な競争優位がもたらされるため、90年代以降、こ
て、新たな標準規格を必要とする場合には、原
の現象のメカニズムや効果について戦略的な関心
則として既にISO(International Organization
が強く見られるようになっていく。デファクト標
for Standardization)やIEC(International
準を巡る競争では、戦略上、競合規格に対してい
Electrotechnical Commission)等の発行する国際
かに早く普及させるかが何よりも重視されるた
標準を基礎とすることを義務づけるものである
め、そのための戦略として、ネットワーク外部性
(1)
。これにより、企業は国際ビジネスにおいて
の効果からデファクト標準の持つ競争優位を説明
独自規格を持ち出すことが認められず、国際標準
する研究が多く確認されるようになった(Katz
化機関の定める標準規格、すなわちデジュール標
& Shapiro 1985, Farrell & Saloner 1986, Arthur
準に準拠するか、もしくは当該規格を新たに国際
1994, 浅羽 1995, 竹田・内田・梶浦 2000, 竹田
標準化することが義務づけられるものとなった。
2010, Schilling 2002, Burg & Kenney 2003, Suarez
2005)(3)。
だが、当然のことながら、国際ビジネスにとっ
て国際標準が重要となった背景にあるのはWTO
また、ネットワーク外部性の効果を最大化させ
のルールがあるからということだけではない。国
るための仕組みを重視した戦略的アーキテクチャ
際的な競争優位性と直結するのも国際標準であ
という概念(Doz & Hamel, 1998)や、標準化さ
る。つまり、競争戦略の観点からも国際標準は重
れた技術からプラットフォームとしての機能を見
要な意味を持つ。もとより、国際標準が国際標準
出し、プラットフォームを構築した企業の競争
─ 94 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
優位を分析するもの(今井&国領 1996, Gawer &
を避け、競合規格との間での規格間調整を通じ、
Cusumano 2002)、あるいはネットワーク外部性
市場に投入するよりも前にあらかじめ標準化を進
により競合規格を凌駕する現象を「収穫逓増」と
めておく方法である(山田1997, 2004)。先のデ
呼び、複雑系の概念から説明する研究も見られる
ファクト標準が市場での競争の結果として標準化
ようになる(Arthur 1996, 田坂1997)。
が進むことから「事後標準」と呼ばれるのに対
このようにデファクト標準を獲得するための企
し、製品を市場に投入する前に標準化を進める
業間競争がその後の圧倒的な競争優位につながる
プロセスは「事前標準」と呼ばれている。当初
ものとして大きな意味が持たされるようになって
DVDを標準化する際、技術ライセンスを持つ企
いく。
業によって1995年に結成された「DVDコンソー
だが、これだけの競争優位の確立につながるデ
シアム」も、市場に投入する前に標準化が進めら
れたケースである(4)。
ファクト標準を巡る競争は、逆に言えば、規格間
競争で劣勢になれば状況を覆すことは極めて厳し
梶浦(2007)は、こうした標準化に向けたコン
いことも意味するものとなっている。規格間競争
ソーシアムがSDOとしての機能を備えると主張
に敗れた規格は市場から完全に淘汰されることも
する。SDOでは、ライセンサ間の抱える技術的
少なくない。
問題を乗り越え、合意を形成する場としての意味
そのため、市場を通さずに標準化を目指す動き
が持たされるものとしている。
がみられるようになっていく。ハイリスクな競争
図1 標準開発機関数の推移
図1は、情報通信分野において標準化を目的と
ス・ベースで標準化が進められるため、合意形成
して活動しているSDOの数がどのように推移し
に向け、メンバー間での調整が必要になってくる
ているかを示したものだが、近年SDOを通じた
(梶浦2007, 新宅・江藤 2008)。つまり、標準化
標準化が増加傾向にあることがわかる。
までのプロセスで見られるのは「企業間競争」で
だが、SDOを通じた標準化が一般化するよう
はなく「企業間調整」ということになる。調整の
になる一方で、新たな課題も浮上するようにな
際、各社の利害が絡む場面では難航することが珍
る。多くの場合、SDOにおいてはコンセンサ
しくない。DVDにおいても、コンソーシアムが
─ 95 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
組まれた後になって、特許料の配分方式を巡って
る。決して日本企業に革新的技術が無いわけでは
意見が対立し、その結果パテントプールがソニー
なく、「儲けるための仕組みづくり」(7)が見出
等の「3C」と東芝等の「6C」とに分裂した事
せないという点こそが日本の製造業における問題
例はよく知られている(5)。
であるとの指摘がある中、国際標準と知財を結び
最近では、標準化を策定するメンバー間での合
つけたビジネスモデルは、コンセンサス標準が一
意に基づきながら進められる標準化プロセスのこ
般化した今日においてイノベーションのコモディ
とをコンセンサス標準と呼ぶようになってきてい
ティ化に対する有力な方策ともみられるようにな
るが、このコンセンサス標準では一社だけで標準
っている。
化を進められるのではなく、SDOにおいて他社
また、その一方で必ずしも知財収入ばかりがコ
との協調を通じて進められるため、策定された標
ンセンサス標準の目的ではないとする主張もみら
準は関係各社と共有することが前提となってい
れる。江藤(2008)は、コンセンサス標準の中に
る。標準を他社と共有する点において、かつての
はライセンサ側が意図的にRFにする事例を紹介
デファクト標準とは異なり、一部の特定企業だけ
するとともに、コンセンサス標準の目的の一つと
が儲かるといった標準化プロセスは想定しにくく
して市場の拡大が挙げられることを示している。
なった(Krechmer 2006, 新宅・江藤 2008)。そ
同様に、立本(2011)は中国における携帯電話産
のため、コンセンサス標準をもとに企業がどのよ
業をモデルに、ライセンサが収益化を見込むこと
うに収益源を確保することができるかという視点
のできる領域と標準化を進める領域とを使い分け
から分析が進められるようになり、これを理論化
るビジネスモデル(競争/非競争領域の設定)を
する研究が増えてきている。
説明している。携帯電話端末の標準化が中国現地
例えば、標準を他社と共有するこのプロセスで
企業の参入を増やし市場を拡大させる効果を持つ
は、標準の組み込まれた製品を一部の特定企業だ
一方で、欧州の携帯事業者は携帯電話の実用化に
けで自由にコントロールすることができなくなる
欠かせない基地局の市場で収益を上げているとい
ため、自社の保有する知財を標準の中に組み込
う事例である。標準化と収益化の2つの領域をコ
み、自社の知財相当分のライセンス収入を得るな
ントロールするビジネスモデルと言えるだろう。
ど、国際ビジネスにおいて標準と知財の関係か
以上、先行研究をもとに標準に関する主だった
らさまざまな検証が進められるようになっていく
特徴を整理すると図2のようになる。標準化プロ
(榊原2005, 榊原・香山2006, 梶浦 2009)。
セスは、製品をまず市場に投入することから市場
特に、「イノベーションのコモディティ化」
(6)
での競争を通じたデファクト標準、競争を避けて
といった現象が進む日本の電機・電子分野に
形成されるコンセンサス標準に分けることができ
おいて、革新的技術をどう収益に結びつけるかと
る。前者が事後標準で後者が事前標準となるが、
いうことが大きな課題となっている中、その打開
それぞれにおいて標準化の目的が異なるため、戦
策の一つとして国際標準と知財を結びつけたビジ
略的性格も分けて整理することができる。
ネスモデルも見出されるようになってきている
だが、これまでの研究で共通するのはいずれの
(小川 2009)。世界的に普及する製品の中核技
場合も標準を推進する主体がライセンサに限定さ
術に自社技術が採用されることとなれば、たとえ
れている点であり、冒頭で述べたユーザー主導の
完成品がコモディティ化し競争力を失ったとして
標準化については解明されているわけではない。
も、当該技術からの知財収入を見込むことができ
先行研究では、標準推進方法(「どうやって標準
─ 96 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
図2 標準に関する主な特徴整理
2)ユーザー主導型SDOの特質
化を進めるか」)についての研究が多く、標準推
進主体(「誰が標準化を進めるか」)の点につい
RFを前提として標準化を進めるSDOとし
てはライセンサからの視点からしか提示されてい
て、代表的なものを図4に示す。後に詳述する
ない。
が、図4に示すSDOではライセンサ側の権利と
この標準推進主体と標準推進方法の2点から整
して形式的には RAND(Reasonable And Non
理したものが図3だ。縦軸に標準推進主体、横軸
Discrimination, 合理的かつ被差別的な実施許
に標準推進方法をとると、先行研究において分析
諾)を条件とした有償の実施許諾の宣言も認めて
が進められてきたのは主に「A」と「B」という
いるものもあるが、あくまで形式的であり、実際
ことになる。だが、本稿冒頭でも触れたように、
にはRFで運営されている。
3
3
3
3
3
実際にユーザー主導による標準化も確認でき、当
この図に示すすべてのSDOに共通するのが、
該SDOにおいては知財が無償化されるケースも
会員企業がさまざまな業界から集められている点
見られるようになってきているが、このことにつ
である。業界を越えたメンバーが集まって標準化
いて競争戦略の視点から行われた分析は見出せな
を進めるという点、すなわち業際標準が進められ
い。ユーザー主導で進められる標準化が実際に確
ていることが特徴の一つとして挙げられる。ま
認されるようになるなか、このことがライセンサ
た、標準化を進める上で必要となる技術特許を持
にとってどのような意味を持つのかを明らかにす
たない企業が多く集められていることも特徴点と
ることは、国際標準が重要性を増す今、標準化戦
して見出せよう。ライセンスを持つ企業を中心に
略研究を体系的に捉えるためにも明らかにするべ
10社で設立されたDVDコンソーシアムとは大き
き領域であると考えられる。
く異なる。
そこで、本研究における研究対象を図3に示す
業界の枠を越えさまざまな企業が集まって業際
「C」とし、「A」や「B」との違いや、ユーザ
標準が進められるようになった背景にあるのは、
ー主導の標準化がライセンサにどのような影響を
多くの企業が事業領域の業際化に対応せざるを得
もたらすかについて明らかにすることを目的とし
なくなったことが挙げられる。今日さまざまな機
て本稿を進めていく(8)。以下で、ユーザー主導
器で見られるデジタル化の進展、およびインター
型の標準化プロセスが見られるようになった要因
ネットを通じたサービス提供が一般化してきてい
について考察する。
るが、このことが機器間の接続性(拡張性)や情
報伝達の容易化(相互運用性)を実現し、多様な
─ 97 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
図3 標準化戦略研究の体系化
注)「ライセンサ主導」に対し「ライセンシ主導」ではなく「ユーザー主導」としているのは、ここでいうユーザーの中には
ライセンシだけでなくライセンサ自身も含まれることが考えられるためである。
サービスを一つの機器によって提供できる環境が
は難しく、業界を超えた企業連携の構築が不可避
つくり出されるようになった。現在、携帯電話か
となることが考えられる。当然のことながら、こ
らスマートフォンへ急速に市場がシフトしてきて
の動向は標準化プロセスにおいても大きな影響を
いるように、消費者側は、より利便性が見出せる
及ぼすものとなる。
ものを選好するようになってきている(Uchida
このような業際化が進む状況において、標準化
& Teramoto 2000,内田2011)。一方、企業側が
プロセスに求められるのは標準自体の業際化であ
こうした動向に応えるには、一企業の事業領域だ
る。今日、業際化が進む分野で国際ビジネスを展
けで顧客に提供するサービスのすべてを賄うこと
開するには、「標準の国際化」に対応するだけで
図4 RFで標準化を進めるSDOの一例
─ 98 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
はなく、「標準の業際化」にも対応しなくてはな
で示した「C」型のSDOでは、業界を越えて活用
らなくなってきていると言える。業際標準を作る
できる標準となるよう技術的な調整が進められて
ためには、業界を超えた企業間の調整の場が必要
いることが考えられる。これは、「B」型のSDO
となり、図4に示したSDOはそのための役割が
においてみられるライセンサ間での「利害の調
持たされているものと考えることができる。
整」とは大きく異なる点であろう。
また、業界を越えて集まった企業にとって何が
また、ユーザー主導のSDOで見られるRFにつ
重要かといえば、つくられた標準が実際に使える
いても、この実用可能性という文脈の中で捉える
かどうかという点である。ユーザーにとって扱い
ことができる。ライセンスの無償化が当該SDO
にくい標準は採用が遅れてしまうこともある。実
においてルール化されることとなれば、ユーザー
は、かつてのメモリーカードの規格争いにこれと
企業にとって当該コスト負担が解消されるだけで
同じ原理が働いていた。メモリーカードの規格
なく、特定のライセンサの利益が優先されるの
争いはソニーのメモリースティック(MS)が東
ではないかという疑念を取り払う効果も期待でき
芝、パナソニック、米サンディスクの推進する
る。こうしたユーザー側の心理的な障壁を取り除
SDカードに比べ、ユーザー企業の伸び悩みが挙
くことで採用が促され、より実用可能性を高める
げられるのだが、その背景にあるのがMSで用い
上で大きな意味を持つものと考えられる。
られていた技術の特殊性にあった。
以上から、ユーザー主導のSDOにおいては、
メモリーカードの主な用途の一つに楽曲な
ユーザーにとって実用化されることを最大の目標
ど、音声データの記録がある。ソニーではこの
として運営されていることを感じ取ることができ
音声データの圧縮技術としてATRAC(Adaptive
る。次節において、実際のSDOをもとにこのこ
TRansform Acoustic Coding、ステレオ信号を符
とについて確認してみることにしよう。
号化する技術)と呼ばれる同社独自の技術を採用
3.ユーザー主導のSDOの実態
していたのだが、この技術は同社製の機器間での
互換性は保たれているものの、他社製の機器との
一般に、多くのSDOにおいては、RANDの
互換性が無く、汎用性に欠けていたことが業界を
宣言が認められている。先にも触れたように、
越えた企業の採用を遅らせた原因となっていた
RANDは有償による知財の実施許諾が進められ
(9)
るパターンであり、すなわちロイヤリティの発生
。
メモリーカードはさまざまな機器間で使われる
を前提とするパターンとなる。先に見たDVDも
ため、本来ならば業際化を前提とした標準化が進
RAND条件に則って多数の企業にライセンスさ
められなくてはならず、その意味で業界の枠を越
れている。
えさまざまな企業が採用しやすい技術仕様でなく
だが、ここで対象となるのは図3で示した
てはならなかったと言えるだろう。その点、MS
「C」型のSDOであり、あくまでユーザー主導型
の場合は、ライセンサであるソニー側の論理が強
SDOの活動実態を見ていくことが目的となる。
く働いていたことが感じられるのだが、ユーザー
調査の対象として取り上げたのは図4で示した
主導で業際標準を開発する際、当然のことながら
SDOのうちW3CとEPCglobalとした。その2つ
ユーザー側の論理が優先されるため、いかに実用
を選択した理由は、どちらもRANDとRFの間で
可能性を高めるかという部分からの調整が進めら
一部のライセンサ企業の葛藤を確認することがで
れていることを想像することができる。先の図3
きるため、本稿の目的であるRFを進めるユーザ
─ 99 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
ー 主導のSDOがライセンサ企業の戦略にどのよ
パーテキストをはじめ、インターネットで利用さ
うな影響力を持つかという点で示唆が得られるも
れる技術の標準化を進めるSDOとして知られて
のと判断したからである。
いる。創設者、Tim Berners-Lee氏がかつて欧州
調査の方法はW3Cについては主に公開情報か
原子核研究機構に技術コンサルタントとして在籍
らの分析を行い、またEPCglobalについては公開
していた1980年代後半にハイパーリンクなどの技
情報自体がW3Cに比べて少ないため、ヒアリン
術が開発されている(11)。同氏は、文章中の単語
グ調査とEPCglobalの国際コンファレンスへの
から別のデータにリンクされるような仕組みがで
出席を通じて情報収集した。なお、ヒアリング
きれば、文献サーベイの作業効率が飛躍的に上が
調査は、2006年から2011年にかけ、EPCglobal
ることを自身の担当する業務を通じて思いつく。
Japan やEPCglobal USといった事務局の他、
決して商用目的ではなく、学術利用目的として考
EPCglobalメンバー企業(ライセンサ企業、ラ
案された技術は、特許料など無しで誰でも自由に
イセンシ企業)、さらにEPCglobalが推進する
使えるようにするべきとの考えが当初よりあっ
RFIDの国際標準化を審議するISO/IEC JTC1
た。
SC31(10)の委員に対して実施した。
W3Cの公式Webサイトによれば、2012年7月
1)W3C
現在、民間企業や大学、政府機関など373の会員
①W3Cの概要
によって構成されている。活動資金は会員からの
W3Cは1994年、米MITにおいて設立された非
会費によって賄われている。図5はW3Cに所属
営利組織である。HTMLやXHTMLといったハイ
するメンバーを業界別に分類したものだが、さま
図5 W3Cにおけるメンバー構成
─ 100 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
ざまな分野からメンバーが集まっていることがわ
あくまでも実装できるどうかが重視されていると
かる。
いうことである。この点は本稿にとって重要な部
分であるため、W3Cの標準化の方針についても
②標準化プロセス
う少し具体的に説明する必要があるだろう。
標準化プロセスは、図6に示す通りである
(12)
。標準はまず各WGにおいて、実装されるべ
き機能やユースケースなどを考えることから始め
られる。その後、当該WGでの検討を踏まえ、ま
とめられたものが作業草案(Working Draft)と
して公開されることになる。この作業草案は、
W3Cのメンバー以外も確認することができるた
め、広く公開されることになる。その作業草案を
何度か公開し仕様をさらに練り上げ、要件を満た
した後にWGは最終草案(Last Call)のアナウン
スを行う。
最終草案の案内期間中には、各WG間で仕様
の整合性が確認されることになる。W3Cでは標
準のことを勧告(Recommendation)と呼んでいる
が、ここまでの作業で特に問題が無ければその仕
様を勧告候補(Candidate Recommendation)と
して公開していく。
この段階で実装者、すなわちユーザー企業は仕
様を実装することが可能となる。ただし、仕様に
不明瞭な点、あるいは実装するには難しい問題等
があれば、当該仕様はWGに戻されるなど、実用
可能性については厳密にチェックされることにな
る。特に問題が無い場合に限って、当該仕様は先
へ進められる。
WGはテストケースを作成し、仕様どおりに実
装されているかを確かめ、問題が無ければ当該
仕様が勧告案(Proposed Recommendation)と
して公開されることになる。そして、最終的に
図6 W3Cの標準化プロセス
W3Cの諮問委員会で審議、および決議を通じて
仕様は勧告、すなわち標準化されたものとして公
開されることになる。
以上がW3Cにおける標準化プロセスとなる
が、このプロセスからわかることは、W3Cでは
─ 101 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
③標準化の範囲
(Internet Explore)やSafari、あるいはFirefox
普段われわれが実際にWebページを閲覧するた
等があるが、それぞれでレンダリングエンジンは
めにはブラウザソフトが必要となるが、ブラウ
異なっている。そのため、それぞれのブラウザソ
ザソフトを開発するためにはレンダリングエン
フトでは、Webページの内容によっては表現上の
ジンが必要となる。レンダリングエンジンとは、
誤差や表現する際のスピードなどで違いを確認す
HTML (Hyper Text Markup Language)のよう
ることができる。だが、実際には一般の利用者が
なWebページ記述用言語で書かれたデータを解釈
使う分には、それほど重大な差が生じているわけ
し、実際に画面に表示する文字や画像などの配
ではない。あまり大きな差が生じない理由は、
置を計算するプログラムのことである。現在、
W3Cが実用可能性を重視した標準化プロセスを
一般に利用されているブラウザソフトとしてIE
進める方針と密接な関係がある。
図7 Webページの仕組みの概念図
けでなくCSSについても標準化を進めたこととな
W3Cが標準化を進めた中でもっとも大きな功
る。
績と言えるのがHTMLだが、このHTMLが標準
化されただけでは実際にWebページを構成するこ
開発者によっては、可能な範囲で独自の技術も
とはできない。実際にWebページを構成するには
実装していくため、上述したように数種類のレン
CSS(Cascading Style Sheets)と呼ばれる技術
ダリングエンジンやブラウザソフトが生まれたの
が必要となる。CSSはHTMLと組み合わせて使
だが、基本的な部分は同一であるためブラウザソ
用される技術だが、HTMLがウェブページ内の
フト間でも利用者が実感できるほどの違いが作り
各要素の意味や情報構造を定義するのに対して、
出されるまでには至っていないのである。
CSSではそれらをどのように装飾するかを指定す
ブラウザソフトで大きな差が生じないという点
る重要な役割を担っている。つまり、ブラウザソ
は、実はブラウザソフトを開発する企業にとって
フトをつくるにはレンダリングエンジンが必要
は戦略上大きな意味を持ってくるため、この点に
となるのだが、W3Cはこのレンダリングエンジ
ついてはまた後述することとし、ここではW3C
ンを開発するために必要な技術としてHTMLだ
が進める標準化の範囲を確認しておきたい。図
─ 102 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
7にも示したように、HTMLはWebページで
がRANDをサポートすることは暫定的ではあっ
活用されてはじめて実用化されることとなる。
たものの、これまでの方針を大きく変えたことに
W3Cが進める標準化は、ユーザー企業が実際に
なる。
HTMLを活用する上で最低限必要なところまで
RANDを認めようとした背景にあるのは、会
をその領域としていることがわかるのである。
員に民間企業が多く含まれるようになってきたこ
とが挙げられる。こうした企業が持ち寄った技術
④RFに方針決定した背景
に対して、特許料を認めない場合に予想される標
また、W3Cにおいて確認すべき重要な点とし
準化作業への影響を避けるための措置だった。同
て、標準化に必要な技術が当該技術を持つ企業
時に、将来の特許紛争を防ぐこともRAND容認
からRFで提供されているという点も押さえてお
へと変化した要因となっている。予め、特許の中
かねばならない。先に触れたようにTim Berners-
身を公開し、合理的な管理を目指すことでいわゆ
Lee氏の方針もあり、W3Cは原則として標準化す
るホールドアップ問題などに対して予防線を張っ
るすべての技術は、特許料無しで使えるべきであ
ておこうとの意図もあった。だが、いずれにしろ
るというポリシーとなっている。具体的には、
RANDによってロイヤリティが発生することに
W3C標準のなかに標準化作業に携わった関係者
なるため、この部分が大きく注目されたものと考
が特許を持っている技術があったとしても、それ
えられる。
を誰でも自由に利用できるようにするというのが
技術を持つ企業の多くにとっては、こうした
W3Cのパテントポリシーである。WGに参加する
RANDへの変更は歓迎されるものとなる。なぜ
企業や個人は、関連する技術を特許料なしでライ
なら、もともとインターネットが商用目的で生ま
センスすることに同意しなければならないとい
れたものでは無いとはいっても、その後、状況は
う条件がWGへの参加条件として盛り込まれてい
大きく異なってきているからだ。一般の企業の開
る。特許料の配分を巡ってパテントプールが分裂
発する最新の技術が導入されることにより、イン
したDVDコンソーシアムとはやはり質的に異な
ターネットの効果が飛躍的に高められることにも
ることがわかる。
なるため、こうした企業が開発意欲を多く持つた
だが、実はかつてこの方針を見直そうとの動き
めにも特許料を認めることは理に適った判断であ
があった。W3Cにおいても、RANDを認めるべ
ると理解することができる。だが、RANDを容
きだとの要望が大きくなり、2001年には一度その
認するパテントポリシーが公開された直後から、
方針を変更しようとしている。この変更が関係者
会員、非会員の別なく、W3Cに対して世界中の
間で物議を醸すこととなる。その結果、パテント
ユーザーから反論が寄せられることになる。もと
ポリシーを巡ってW3Cは大きく揺れ動くことに
もとW3CがRFで始められたSDOであるだけに、
なるのだが、最終的にRANDではなく、あらた
RAND容認に対するユーザー側からの反論は予
めてRFを前提としたパテントポリシーを制定す
想以上だったことが考えられる。
ることになる。このときの経緯について、もう少
し詳しくみてみよう。
これに対して、W3Cでは、IBMやマイクロソ
フト、サン・マイクロシステムズ(2010年にオラ
W3CがRANDを認める方針を打ち出したのは
クルにより吸収合併)、アップル、ヒューレッ
2001年8月である。同年8月16日付でパテントポリ
ト・パッカード(HP)、富士通といった企業に
シーも公開している(13)。この時点ではまだW3C
よって構成される委員会を設立して事態の収拾を
─ 103 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
図ることとなる。事態の収拾を図るとはいえ、こ
用性を阻害する特許をRFに基づきライセンスす
の委員会を構成するメンバーにはRANDを歓迎
ることに同意しなければならない」と規定されて
すべきベンダー側企業も多く含まれていたため、
いる(17)。
とは言え、多くの国では特許によって技術を保
W3Cにはこの委員会の審議内容を危惧する意見
(14)
も多く届けられたという
護する権利は法によって認められている。W3C
。
当該委員会では、有償化に向けて積極的だった
もその権利まで押さえ込むことまではできないた
IBMやマイクロソフトに対し、サン・マイクロ
め、RFを強要することはできない。あくまでも
システムズが無償化の立場をとっていた。サン社
当事者には理解を求めていく姿勢となっている。
は、マイクロソフトなど競合企業への対抗上、そ
そのため、会員企業がRF方針に賛同せずに、
れまでも同社の開発するソフトなどの技術仕様を
「例外」的措置を求めることも制度上は可能であ
一部オープン化する戦略を取ってきたが、その姿
る。だが、実際には例外的措置を認めさせるこ
勢がここでも踏襲された恰好になる(15)。
とは、極めて難しいという。例外となるには、
その後、2001年10月には、アップルとHPがそ
PAG(Patent Advisory Group)と呼ばれる組織
れまでの方針を転換しRF支持を表明する。その
を結成し、ここでPAGが承認すればW3Cディレ
時のコメントは両社の公式ウェブサイトを通じて
クターが納得したうえでこれを承認し、さらに
公開されているのだが、公開された情報だけでは
W3C Advisory Boardの合意と共にメンバーのレ
肝心な両社の態度を翻したその真相まではつかむ
ビューを経たうえで、場合によっては一般告知も
(16)
。だが、当時、当該委員会を
行い、それでも例外を適用しなくてはならないと
構成する企業名は一般にも公開されており、この
判断された場合に限って、最後に再びW3Cディ
ことが少なからずこれら2社の意思決定に影響を
レクターが承認して、それでようやく認められる
及ぼしていたものと想像することができる。両社
というプロセスとなっている。これだけの複雑な
がWebサイトで公表した内容は、RFの正当性を
手続きを進めるのは現実的ではなく、例外を実現
主張するという点で共通しているのだが、このと
することは極めて難しいと言える(18)。
ことができない
きの主張が世界中に存在する圧倒的多数のRF支
以上がRFを進めるW3Cのケースである。た
持者からの支持を取り付けることを全く意識せず
だ、W3CがRFをもとに標準化を進めることがで
に行われたものとは思えない。
きた背景には、先にも触れたようにインターネッ
また同時に、両社とも当該技術領域においては
トそのものがもともと社会インフラとしての性格
ライセンサであると同時にユーザーでもあるた
を帯びていたこともあるだろう。そこで、次に
め、インターネットのさらなる普及が両社にとっ
は、はじめから商用目的として生み出された技術
て多くのメリットをもたらすものとの判断があっ
領域においてRF標準を推進する事例を見てみよ
たことも考えられる。
う。
結局、この2社の判断も影響しそれ以降RFを
前提とした議論が進められ、2003年5月に正式な
2)EPCglobal
パテントポリシーが発表された。新たなパテント
①EPCglobalの概要
ポリシーはW3Cの公式サイト上に公開されてい
EPCglobalは、2003年10月にアメリカで設立さ
るが、それによると「W3C勧告仕様の策定に参
れた。RFIDのユーザー企業側であるウォルマー
加するすべての人は基本特許、すなわち、相互運
トと、RFIDのライセンサ企業である米インター
─ 104 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
化を呼びかける場所という位置づけとなってい
メックが中心となって設立されたSDOである。
現在は正式にはGS1の一部門としてGS1
る。
EPCglobalと呼ばれている。GS1(Global
興味深いのは、この段階ではEPCglobalのメン
Standard One)は、サプライチェーンの効率化
バーでなくても参加できるという点である。メン
を地球規模で目指すSDOであり、100以上の国や
バーではなくてもユーザーとしてEPCglobalに対
地域から会員企業が集められている。かつては、
して当該技術の標準化を求めていくことが認めら
GS1がバーコード、そしてEPCglobalがRFID
れているのである。また、一方でこの時点ではラ
と、標準化の内容が分かれていたためにGS1の
イセンサ側から出される主張は除外されるという
下部組織としてEPCglobalが独立する形をとっ
取り決めもある。ライセンサが既に保有する技術
ていたのだが、どちらも同じ物流に関する標準
をもとに将来の標準化を目指そうという動きを制
化を進める機関であることもあり、2010年4月に
限するためである。
GS1に統合された形となっている。現在、GS1
DGでの審議の結果、EPCglobal側にその要求
EPCglobalは世界中から集まった約1500社の企業
内容が承認されると、Industry Action Groups
で構成されている。
(IAG)がつくられる。ここからはEPCglobalの
2011年の総会において、このGS1全体の方針と
メンバーであることが必要となるが、まだパテン
してRFによる標準化を推進することが宣言され
トポリシーの同意書にサインするところまでは求
た。だが、かつてGS1傘下として独立していた
められていない。というのは、このIAGでは、標
EPCglobalは、すでに設立当初よりRFで進めら
準化された技術を活用するユーザー企業が中心と
れていた。そこで、ここでは主に独立機関として
なって、DGから上がってきた要求仕様をまとめ
活動していた頃のEPCglobalについて中心に見て
ていくことが目的であって、まだWGでの作業が
いくこととする。
進められるわけではないためである。
ここまでは業界ごとに要求仕様がまとめられ
②標準化プロセス
てくることになるのだが、中にはよく似た要求
EPCglobalでは、標準化を進めるWGのメンバ
仕様も少なくない。そこで、Joint Requirement
ーであれば、誰でも無償で当該技術を使えるよう
Groups(JRG)において、それらを整理かつ統
になっている。ただし、EPCglobalのメンバーに
一し、業界を越えて活用できるよう当該仕様に関
なりさえすれば、誰でもWGのメンバーになれる
して具体的な検討が進められていく。そのため、
わけではない。WGに参加するためにはさらにパ
このJRGからパテントポリシーへの同意が求めら
テントポリシーの同意書に署名することが求めら
れるようになる。そして、実際に要求仕様を開
れる
(19)
発するのがTechnical Action Groups(TAG)であ
。後に詳述するが、EPCglobalではこの
る。
パテントポリシーに署名することが、事実上RF
以上がEPCglobalの標準化プロセスだが、ここ
に同意したことと同じ意味を持ってくることにな
からわかることはユーザーの意向が多く取り入れ
る。
EPCglobalにおける標準化プロセスは図8に示
られているという点である。その意味で、先に見
す通りだ。図からわかるようにすべての標準化作
たW3Cとよく似ている。ユーザーの声を反映さ
業はまずDiscussion Groups(DG)から始められ
せながら標準化作業が進められており、ユーザー
る。このDGは、業界ごとに有志が集まって標準
主導の標準化プロセスであることが確認できる。
─ 105 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
図8 GS1 EPCglobalにおける標準化プロセス
また、技術を提供した企業がユーザーから特
インターメックの場合は、最後までRANDを
許料を徴収することができない点もW3Cと同
主張し続けた企業だったのだが、結局EPCglobal
じである。それほどまでに厳格な対応をとる
はインターメックの技術をRFIDの標準化に必要
EPCglobalがどのような背景からRFを推進する
な必須特許から除外することを決定し、RFに同
ようになったのかを次に見ていこう。
意するライセンサの技術をもとに開発することを
決めたという経緯がある。
③RFを推進する理由(20)
このように、EPCglobalにおいてもRANDを宣
実は、EPCglobalにおいても先のW3C同様に
言することは権利として認められてはいるもの
パテントポリシー上はライセンサがRANDを宣
の、必須特許に関する技術はほぼすべてRFで活
言することは可能となっている。しかしながら、
用するなど徹底されていることが分かる。つま
実際にはEPCglobal側はRFでの活用を強力に推
り、EPCglobalの場合、パテントポリシーに同意
し進める。
するということは実質的にRF、すなわち「知財
の無償化」を認めることと同じ意味を持つことに
EPCglobalによると、これまで複数の企業から
なる。
RANDの宣言があったとのことである。実は、
設立当初のメンバーであるインターメックも
EPCglobalがここまで徹底する理由は、WG内
RANDを宣言した企業の一社だったことが分か
で特定の企業にRANDを認めてしまうと、標準
っている。ただ、いずれの場合にもEPCglobal側
化を進める過程で当該企業だけが利するような開
はこうした企業に対してはRANDを取り下げRF
発に向かいかねないという危惧がメンバー間に生
に切り替えるよう粘り強く交渉を続けるという。
まれるためだという。SDOにおいて、こうした
EPCglobalではRAND宣言した企業が出た場
危惧をメンバーが持ってしまうと、円滑な標準化
合、当該特許の回避についていろいろ検討され
作業に支障が生じることが予想され、仮に標準化
ることになる。仮に回避できないという判断とな
されたとしてもその後の普及が進みにくくなると
った場合、最終的にはもう一度WGに差し戻して
いう考え方をEPCglobalは持っている。その考え
仕様を作り直させるところまで徹底しているとい
方が、ユーザー側の意向を最優先するという方針
う。
につながっている。
─ 106 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
④標準化の範囲
タグに盛り込むデータの構造や記述方式の標準化
EPCglobalが進める標準化はRFIDそのものだ
であり、さらにはタグを実際に使う際の使い方に
けではない。RFID自体はタグであり、当然タグ
至るまで標準化の検討が進められている。その内
を構成する技術的仕様は標準化されるが、タグだ
容を図9に示すが、同様にユーザーが実際に使え
けが標準化されても実用化は進まない。2006年に
る段階までを射程に入れている点がW3Cと共通
RFIDはISO/IEC18000-6 TypeCとして国際標準
していることがわかる。
化されたのだが、この後EPCglobalが進めたのは
図9 EPCglobalにおいて進められる標準化の内容
4.ユーザー主導の標準化プロセスから分か うに、B型(上段)の場合、図10のXはライセン
ること
サ間の利害調整の領域となっていた。Xの中身に
以上、ユーザー主導で進められるSDOの実態
自社の知財を同梱させ、これを有償化することが
を、W3CとEPCglobalから見てきた。この2例
できれば、それをもとに収益化を実現させること
に共通するのは各SDOで検討される内容が、本
が可能となる。SDOでパテントプールを設置す
来標準化が進められるべき技術領域に限定されて
るケースがこれに該当する。また、Xを実用化す
いるわけではなく、標準化された技術をユーザー
る際、Yが必要となることを考えれば、あえてX
企業が実装できるよう実用化の段階にまで広げら
では収益化を考えずSDOメンバーと協調路線を
れているという点である。このことは、ライセン
取りながら標準化を進めるのと同時に他社への普
サ主導のSDOとの間で大きく異なることが確認
及を促し、自社はYで稼ぐというビジネスモデル
できる。図10がその内容を示したものだが、ここ
があることもこれまでの先行研究で明らかにされ
では図3で示した「B」型を上段に、「C」型を
てきた。立本(2011)が取り上げた携帯電話端末
下段に記載した。
(X)と携帯電話基地局(Y)の関係などはこの
これまでの先行研究でも明らかにされてきたよ
ケースである。さらに、江藤(2008)の指摘する
─ 107 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
ライセンサ自らXを無償化するという方法も、Y
にあり、同時に収益源をXまたはYの組み合わせ
を押さえておくことで収益化を実現させるビジネ
の中から選択できる自由度を持てる点に見出せる
スモデルとなっている。ライセンサにとって、B
と言えるだろう。
型を主導する際に見出される戦略的な意味は、標
ところが、その一方で業際化の進行を前提とす
準化をビジネスモデルの一環として捉えられる点
る技術領域の場合には、すでに述べた通り標準自
図10 ライセンサ主導SDOとユーザ主導SDOにおける調整領域の違い
体の業際化が必要となってくる。そのため、特定
図4で示したSDOのうち、本稿では取り上げな
のライセンサの論理だけで標準化を進めるのでは
かった他のSDOでも共通している。使い勝手を
なく、さまざまな業界のユーザーに使われる技術
良くするために、XとYを含めてSDOメンバー全
でないと、標準化しても普及しない可能性が出
体で検討が進められているのである。そして、や
てくる。ここに、ユーザーが主導するSDOの意
はりユーザーにとって使い勝手を良くするという
義を見出すことができる。業際標準としての調整
理由から、RFで標準化が進められていることも
機能をユーザー主導のSDOが担っているのであ
述べた通りである。
このように、ユーザー主導で進められる標準化
る。
図10では、こうしたユーザー主導のSDOを下
プロセスの場合、XとYの双方で仕様の共通化が
段に示した。本稿では、これを「C型」と呼んだ
図られるため、当該技術が実用化される段階では
が、このタイプの場合には本稿で見てきたように
技術上それほど大きな差は生じないことになる。
ユーザーの論理で標準化が進められるため、標準
先に、ブラウザソフト間でそれほど大きな差が見
化された技術はユーザーが実際に活用できるかど
出されないとしたが、それはW3CがXとYの双方
うかが重視されている。そのため、SDOで調整
にまたがって標準化を進めたからである。
されるのはライセンサの利害ではなく、標準化さ
実は、C型においては、ここに戦略上重要な意
れる技術の「使い勝手」だった。W3Cにしろ、
味を見出すことができる。C型、すなわちユーザ
EPCglobalにしろ、各SDOでは標準をうまく使い
ー主導型SDOの場合、ライセンサは実用化まで
こなすところまで検討されていた。同じことは、
のプロセスにおいて差別化領域を自由につくれな
─ 108 ─
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
いことになるのである。W3Cの事例で紹介した
うした高付加価値版タグの技術仕様で差別化は図
ように、日常的な場面において一般的なユーザー
れないことになるのである(21)。
がブラウザソフト間の違いをはっきりと認識でき
これらのことから言えるのは、ユーザー主導型
ないのは、特定のライセンサがXとYの領域にお
の標準化プロセスでは、当該SDOにおいてライ
いて自由に差別化を図れないからである。これと
センサは知財の無償化を想定する必要があるとい
同じことはEPCglobalからも確認できる。
うことだけではない。本稿によって確認されたの
実は、2006年にEPCglobalのメンバーとなった
は、図10の上段に見られるような収益源を下段の
日立は、RFIDのユーザー企業側が抱えるニーズ
ような状況では見出しにくいという点である。こ
をもとにその後新たなRFIDの活用方法を思いつ
れまで述べてきたように、業際化が進行し、そ
くことになる。RFIDはその性格上、1枚のタグ
のためさまざまなユーザーに利用されることを優
がサプライチェーンを構成するさまざまな企業間
先せざるを得ない状況下では、ユーザー主導型
で利用されるのだが、日立が考えたのはユーザー
SDOの存在意義が見出されるようになってきて
によって書き込まれた情報が他のユーザーから見
いる。そして、こうした場合において、ライセン
られないようセキュリティを意識した活用方法だ
サは知財を無償化しなくてはならなくなるという
った(図10のYに該当)。だが、この技術をタグ
ケースを本稿で紹介した。だが、このタイプの標
に施すためには現行タグの技術仕様を一部変更し
準化プロセスをより正確に理解するためは、知財
なくてはならなかった(同様にXに該当)。日立
が無償化されるということだけでなく、収益源の
にとっては、すでに市場に出されている現行タグ
設定が困難となるということまで含めた理解が必
の置き換えまで考えていたわけではなく、あくま
要となるだろう。
で現行タグと並行させ、現行タグの高付加価値版
以上、本稿は標準化戦略研究の体系化を図ると
として見なしていた。そのため、この新たな技術
いう目的のもと、ユーザー主導の標準化プロセス
を現行タグと競合状態にならないようにすること
に注目し、これがライセンサにとってどのような
によって、高付加価値版タグの一部の技術だけで
影響をもたらすかを考察してきた。これまで先行
も秘匿化できれば、この部分に関しては図10の上
研究では取り上げられてこなかった標準化プロセ
段と同様の戦略オプションを得ることになる。
スを取り上げ、その実態を分析できたことには一
だが、結局この構想が実現されることはなく、
定の意義があるものと感じている。
しかしながら、本稿にはまだ多くの課題が残さ
EPCglobal全体で共有される技術となってしまう
のである。
れている。まず、標準の業際化とユーザー主導型
その理由についてEPCglobalによれば、高付加
標準化プロセスとの関係性だ。本稿では、標準の
価値版タグも現行タグの技術に則ってつくられて
業際化がユーザー主導をもたらすとの立場をとっ
いるため、たとえ一部であるとはいえEPCglobal
ており、事例を紹介した後にこれを論理的に証明
がその技術の秘匿化を認めてしまうと、それまで
しようと努めてきたのだが、本稿の内容では必ず
のルール、すなわちXとYの双方をEPCglobalメ
しも十分とは言えないだろう。同じことは、ユー
ンバー全体で共有するという方針と矛盾してしま
ザー主導型SDOとRFとの関係性についても当て
うからとのことである。日立が提案した技術であ
はまる。本稿で紹介した事例から、ユーザー主導
りながら、やはりこれまで同様にEPCglobalのメ
型SDOではRFを推進する傾向は引き出せたもの
ンバーであれば自由に使えることになるため、こ
の、一般化するためにはさらに多くの事例調査を
─ 109 ─
ユーザー主導の標準化プロセスとロイヤリティフリー ― 国際標準化に向けた新たなプロセスがもたらす戦略的意味 ―
の匿名のレフリーの先生方からは、論理構成や実
進めなければならないと考えている。
今後、ますます国際標準化の重要性が増す中、
証方法等も含めて極めて重要な指摘をいただい
本稿で検討したユーザー主導型標準化プロセスに
た。ここに心より感謝申し上げる次第である。な
おけるライセンサのビジネスモデルについて、新
お、本研究は、平成22年度科学研究費補助金(基
たな展開がみられることを期待している。
盤研究(B))「持続的国際競争優位の動態的創
出と国際標準化技術との関係性に関する研究」
*謝辞
(課題番号22330113)による研究成果の一部であ
ることを付記する。
本研究は、国際標準活動に取り組んでいる国
内・海外の企業関係者、および国際標準化機関の
協力があって進められたものである。また、2名
【注】
(1)
(2)
(3)
正確には、既に存在する国際標準だけではなく、
日本の製造業がつくった製品がコモディティ化
間もなく国際標準化される規格も対象となるこ
する現象については、近年さまざまな著者によ
とを付記する。
り論じられているが本稿では榊原 (2005) を参考
デファクト標準について、山田(1997)によれ
にしている。
ば「標準化機関の有無にかかわらず、市場競争
(7)
榊原 (2005)、p.85.
の結果、事実上市場の大勢を占めるようになっ
(8)
図 3 にみる「D」も存在しないわけではないだ
た規格」と定義されており、本稿も同様の考え
ろうが、現実的にあまり多く見られるタイプで
方を持っている。
はなく、従って一般化しにくいことが想定され
Arthur(1996)によれば、ネットワーク外部性
るため本研究からは対象外とする。
(9)
の効果を引き出すためには、ポジティブ・フィー
(4)
(6)
よ り 具 体 的 に は、 次 の よ う な 背 景 が あ る。
ドバック(当初はわずかな差でも増幅され大き
ATRAC 方式で記録されたデータに著作権保護
な差になることによって均衡がなくなる現象)
機能を施す技術に「メモリースティック・オー
を引き出すことの重要性が指摘されている。
ディオ(MS オーディオ)
」と呼ばれる技術が
DVD コンソーシアムは、その後 1997 年 9 月
ある(一般には MagicGate と呼ばれている)
。
により多くの会員企業を集めながら「DVD
これもソニーが MS とほぼ同時期に開発したも
フォーラム」と名称を変更している。また、
のだが、音楽データファイルをこの MS オー
DVD-ROM の規格はこの DVD フォーラムか
ディオ形式で記録する場合、当初その記録媒体
ら Ecma International (European Computer
は MS には以外は無かった。一方、SD カード
Manufacturer Association、ヨーロッパ電子計算
陣営も「SD オーディオ」と呼ばれる著作権保
機工業会 ) を通じて 1999 年に ISO/IEC の認証
護機能を付帯する技術が開発されたのだが、こ
を受け正式に国際標準化されている。
の技術は MP3、AAC、WMA 等、多くのデー
(5)
「3C」はソニー、フィリップス、パイオニアが、
タフォーマットをサポートする体制がとられて
また「6C」は東芝、日立、日本ビクター、松下
おり、汎用性の点で MS との違いを見出せるの
電器、三菱電機、タイムワーナーの 6 社によっ
て構成されている。
である。
(10)
─ 110 ─
RFID(電子タグ)の国際標準化は、ISO と
国際ビジネス研究第 4 巻第 2 号
IEC の合同委員会(JTC1)の中の小委員会
参照(2012 年 7 月アクセス)
。
(18)
SC31 (Sub Committee 31) で審議されている。
(11)
(12)
Tim Berners-Lee 公式 Web サイト (http://www.
のドメインリーダー Daniel J. Weitzner 氏が専
w3.org/People/Berners-Lee/) 参照
門誌のインタビューにこたえた内容を参考にし
標準化プロセスは主に W3C Process Document
ている。インタビューの記事については、IT
Chapter7 に記載されている内容
専門情報サイト
「アットマークIT」
を参照(http://
(http://www.w3.org/2005/10/Process-20051014/
www.atmarkit.co.jp/fxml/tanpatsu/26w3cpatent/
tr.html)参照(2012 年 7 月アクセス)
。
(13)
(14)
patent2.html)。
(19)
このパテントポリシーについては W3C 公式
(16)
と呼ばれているのだが、ここでは先の W3C で
policy-20010816/)を参照(2012 年 7 月アクセス)
。
記載した内容と統一させ「パテントポリシー」
日 経 BP 社「IT pro」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/
としている。なお、GS1 EPC グローバルとなっ
free/ITPro/USNEWS/20011005/2/) 参 照(2012
ている現在は、GS1 の IP ポリシーへの同意が
求められている。
(20)
日 経 BP「IT pro」
(http://itpro.nikkeibp.co.
ここの記述内容は、EPCglobal Japan 本部松本
jp/members/ITPro/USURA/20020718/1/?ST
孝志氏 ( 流通システム開発センター国際部 EPC
=system)参照(2012 年 7 月アクセス)
。
グループ事業部長 )、浅野耕児氏 ( 同所上級研
このときのアップル社および HP 社の声明
究員 )、森谷麗子氏 ( 同所研究員 ) へのインタ
に つ い て は そ れ ぞ れ W3C の 公 式 サ イ ト で
ビューによる。なお、それぞれの所属はインタ
確 認 す る こ と が で き る。 ア ッ プ ル は http://
ビュー当時のものである。
(2010 年 9 月 2 日実施)
(21)
lists.w3.org/Archives/Public/www-patentpolicy-
(17)
正確には GS1 EPCglobal では「IP ポリシー」
サイト(http://www.w3.org/TR/2001/WD-patent-
年 7 月アクセス)
。
(15)
このあたりのことは、W3C Technology & Society
あるいは別の方法として、日立が EPCglobal を
comment/2001Oct/1488(2012 年 7 月アクセス)
、
脱退して自由な道を進むという選択肢もあるに
また HP 社は http://lists.w3.org/Archives/Public/
はあるが、仮に将来的にこの新たな技術で国際
www-patentpolicy-comment/2001Oct/att-1506/01-
標準化を目指す場合、RFID の国際標準化を審
00-HP_s_Proposal_for_Royalty_Free_W3C_
議する SC31 において EPCglobal との間での紛
Standards.html(同上)参照。
争も予想されるため、決して平坦な道ではない
W3C 公 式 サ イ ト( 日 本 語 版 )
(http://www.
ことが考えられる。
w3.org/2003/05/patentpolicy-pressrelease)
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