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日本におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツ

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日本におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツ
日本におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツ
Reproductive Health and Rights in Japan
池上清子(日本大学大学院)
Kiyoko IKEGAMI (Graduate School of
Social and Cultural Studies, Nihon University)
[email protected]
1.日本のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(RH/R)の歩み
歴史的にみると、RH/R が ICPD で国際文書に明記された 1994 年より 10 年も早く、1985
年の世界女性会議で RR が提唱されている。日本でも同様に RH より RR の概念が先行して
いた。加藤シヅエらによる産児調節運動は大正時代から、行動計画に記載された RR の内容、
特に女性の自己決定権を運動の基本に据えていた。戦後、当時の社会的背景があったとは
いえ、優生保護法が 1948 年に成立し、人工妊娠中絶が家族計画の推進よりも先に法的に可
能となったことは、世界的にあまり例がない。この点については少なくとも両者が同時並
行して推進されるべきであった。
日本には戦後、明示的な人口政策はなく、母子保健との抱き合わせや夫婦子ども 2 人と
いう家族モデル像の徹底を通して、1970 年代には TFR が人口置換水準に近づいていた。
また、丙午年生まれの女子を嫌う社会的な慣習が強く影響した選択が行われた経験を持つ。
“結婚適齢期”という考え方が社会的に存在した時期でもあり、個人が RR の考えの下、結
婚時期を自由に選択しにくかった時代でもあった。
避妊法の選択肢は現在まで、非常に幅が狭いままで推移している。また、人工妊娠中絶
に関する法的課題(明治時代の刑法の堕胎罪との関係)は残ったままである。
晩婚化、女性の高学歴化・社会参加などで、TFR1.56 ショックという社会現象がおきた。
日本ではその後も、産みたくても産めない状況や未婚率の上昇が続き、結果、TFR として
は 1.26 まで下がった(2012 年は 1.41)
。希望子ども数は 2.5 前後あることをみると、産め
ないという、RR が保障されていない状態である。産めないという背景には、経済的な理由
や関連する非正規雇用の問題、保育所不足などがあり、従来の子どもに対する手当(直接
給付)では、子どもにコストがかかるという認識を覆して出産へのモチベーションにはつ
ながりにくい。
2.先進国との比較から見える日本の課題
リプロダクティブ・ヘルスのコンポーネントを、先進国数か国と比較することによって
日本の課題が浮き上がってくる。9つあるコンポーネントを以下に示すと、①子どもの生
存、②母子保健、③思春期保健(性教育)
、④家族計画、⑤安全な人工妊娠中絶、⑥不妊へ
の取り組み、⑦HIV/エイズを含む性感染症(RTI)
、⑧更年期の健康、⑨その他(FGM な
ど健康に害のある慣習など)である。日本国内の問題でない⑨を除いた、8 つに関しては比
較してみると、*先進国の中でも評価できるカテゴリー(例えば子どもの生存など)
、*数
値・状況自体は良くないが、日本としては改善がみられるカテゴリー(例えば人工妊娠中
絶や MMR など)
、*課題が山積しているカテゴリー(例えば性教育や HIV/エイズなど)
の3つに分けられる。しかし、たとえ評価できるカテゴリーであっても、それぞれには課
題がある。主なものを挙げると、①ネグレクトを含む児童虐待、②先進国中では中程度で
ある妊産婦死亡、③性教育の内容、④低い CPR、少ない避妊法の選択肢の幅、保険適用外
であること、⑤10 代の中絶の減り方が少ない、⑥不妊治療の助成制度の年齢制限、生殖補
助医療の法的未整備、⑦新規 HIV 感染者の横ばい傾向、⑧更年期障害に関する理解。
特に、他の先進諸国と比べて、③と⑦は、日本の課題である。少子化の下、単に RH/R
の問題というよりも、思春期や若者の課題であり、将来の日本を支える一人ひとりの生活
の質を保障する観点からも、早急な対応が必要である。しかも、10 年前の ICPD+10 の時
期でも同様の指摘がされていたことから、あまり改善が進んでいないことも課題である。
3.今後の日本におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツ
日本では、少子化対策が大きな課題となっているが、RH/R が人口政策的発想となじまな
いことは ICPD で明らかになっている。理由は、RH/R が個人の自由な選択を基礎とする特
質を持つからだ。このため、数値目標は、妊産婦死亡の削減のような保健医療的な施策と
はなじむが、子どもの数を多くするという対策とは相いれない。この点については、
ICPD+20 を機に、改めて確認する必要がある。
今後の日本の RH/R を考える上で、母子保健との関連を基礎としつつも、より幅の広い
セクシュアルヘルス(性の健康)へと発想の転換が必要な時期にきている。ICPD「行動計
画」の中で、セクシュアルの文言が除外されてはいたが、1994 年以降、世界的にはセクシ
ュアルが付いた SRH/R が一般的潮流となっている。思春期保健の推進や HIV/エイズの対
応がセクシュアルヘルス(性の健康)という枠組みで捉えられてこそ、RH の包括的な推進
(情報発信とサービス提供)が可能となるからである。
加えて、思春期保健については、ケアの継続性(continuum of care)という保健の視点
からも、内容の拡充が必要である。これは、望む妊娠、安全な出産と子どもの生存とを結
びつける保健概念であり、その延長として、妊娠・出産・育児の準備をする意味からも、
思春期からの情報提供(思春期保健の推進)が不可欠となるからである。
2015 年以降の開発枠組みには、MDGs のなかで未達成の課題(unfinished agenda)と
して MDG5 (MMR の削減と SRH/R の推進)をいれる提案がなされている。母子保健として
入れ込むのか
(WHO が提案する Elimination of Preventable Maternal Mortality)
または、
性の健康の視点とするかは、議論の余地がある。
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