...

不確実な時代に必要な 発想法

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

不確実な時代に必要な 発想法
第
1
章
不確実な時代に必要な
発想法
第 1 章 不確実な時代に必要な発想法
1
issue
イノベーションの始まり
新しい時代を切り開くためには、社会変革の原動力となる技術を見極
め、その機能を最大限に活用して、大きな流れを作ることが大切であ
る。18 世紀の産業革命は、それまでの手作業を機械化し、工業社会に
変化させた大きな社会変革である。その変革のカギになった技術は、蒸
気機関の発明であった。
ここで大切なことは、蒸気機関の発明が革新的だっただけではなく、
それを利用して工場ができ、工場と市場をつなぐ鉄道や鉄製汽船などが
生まれ、それらすべてが組み合わされて大きな社会変革に結びついたこ
とである。
現在は、コンピュータ、インターネット、ならびに情報のデジタル化
技術が変革の原動力となる技術であろう。20 世紀の後半、これらの技
術を用いて遺伝子解析を発展させたバイオテクノロジーや微細加工に適
用したナノテクノロジーが出現した。
ビジネスの分野では、パーソナルコンピュータの製造販売システムに
適用した米国デル社の直接販売や、Web サイトを商品販売の窓口にし
たアマゾン・ドット・コムのインターネット販売が登場した。21 世紀
に入ってからは、facebook に代表されるソーシャル・ネットワーキン
グ・サービスと呼ばれるインターネット上のコミュニティを活用した新
しい製品を製造する方法 1)が模索されている。
18 世紀の産業革命は、蒸気機関の発明から 200 年の間に起こった社会
的な大きな変化である。インターネットやコンピュータは、普及し始め
てから 30 年程度しか経っていない(表 1.1)
。これからは、これらの技
術を活用した社会変革が猛烈な速度で進んでいくことになるだろう。
12
1 イノベーションの始まり
表 1.1 18 世紀の産業革命と現代の比較
機械工業技術(18世紀から約200年)
(黎明期)
家内工場から工場制工業へ
17世紀:蒸気機関の概念の登場
16 ~ 17世紀 (繊維産業の機械利用)
1764年頃:ジェニー紡績機の発明
(本格的開始) 蒸気機関の登場
1700年前半 蒸気機関の実用化
1769年 ワットによる新方式蒸気機関の開発
1785年 紡績機械への蒸気機関の応用
1809年 鉄製汽船の商用化
1825年 蒸気機関車と鉄道の登場
1830年頃 紡績産業を中心とした工場の大規模化
注)
年号はWikipediaによる
情報通信技術
(1990年前半から約30年)
(黎明期)
パソコンの登場と普及
1969年:ARPAネットの構築
1970年代 パソコンの登場
1980 ~ 90年代:パソコンの普及
(本格的開始) インターネットの普及
1990年前半 WWW、HTMLの登場
インターネットの商用化・普及
1995年 Windows95の登場
1999年 i-modeの登場
2000年頃 ADSLの商用サービス開始によるブロードバンドの急速普及
2003年 光ファイバーの商用サービス開始
2004年 Googleが上場
2010年 iPadの販売、スマートフォンの普及
2012年 Facebookが上場
13
第 1 章 不確実な時代に必要な発想法
2
issue
新しい価値を·
創造するための視点
まえがきにあるように、ハーバード大学のクリステンセン教授は、あ
る時代のトップメーカーが次世代の製品開発に失敗した事例を分析し、
2)
ハイテク産業における『イノベーションのジレンマ』
を著した。
1980 年代前半、デスクトップ PC 用の 5.25 インチハードディスクの
トップメーカーであったシーゲートテクノロジーの例では、同社は当
時、売れ始めていたポータブル PC 用の 3.5 インチハードディスクを製造
する技術を持っていた。しかし、主要顧客の関心が得られなかったこと
を理由に製品化を断念したため、ポータブル小型 PC が普及する時代に
入ると、ハードディスクメーカーのトップの座から落ちていったのであ
る。
成功体験を持つ優れた経営者と高い技術力を持った企業ほど、イノ
ベーションのジレンマに陥りやすい。その理由は、クリステンセン教授
が名付けた「破壊的技術」は登場した時点で単価が安く、性能も劣って
いるからである。このような事例はハイテク製品だけではなく、小売
業、流通業、サービス業などあらゆる業界に見られ、
「成功企業が陥る
失敗の法則」といっていいほど繰り返されてきた。
先進国の大企業が新興国市場に参入するとき、先進国で販売していた
商品やサービスを新興国の購買力に合わせて機能を低下させ、販売して
きた。しかし、それでは、大きな発展は望めないという。
『リバース・
イノベーション』3)の著者ビジャイ・ゴビンダラジャンは、先進国の大
企業は新興国の市場を直視し、先入観を持たずにイノベーションを起こ
すべきだと述べている。
その成功事例として、米国 GE 社が開発した携帯式心臓診断モニター
14
2 新しい価値を創造するための視点
がある。米国で開発された高価な心臓診断装置は、インド国内に多数設
置することはできない。そこで、20 ドルの電池による携帯式心臓診断
モニターを開発し、現地で測定した必要な情報だけをインターネットを
用いて別の場所にいる医師に送るシステムを開発した。
この製品は、新興国のインド向けに開発されたが、先進国の米国でも
販売されヒット商品になった。新興国で開発された製品が、先進国に逆
輸入されたのである。また、P&G 社がメキシコ現地向けに開発した生
理用ナプキンは、臭気が漏れないことが先進国でも高く評価され、マー
ケットを広げたという。新しい価値の創造は、先進国から新興国への一
方向の流れだけではなく、あくまでも利用者の立場で先進国の視点と新
興国の視点を繰り返し、サービスや商品の価値を少しずつ高める発想が
重要なのだろう。
既存の市場のみを考えていると、
「イノベーションのジレンマ」に
陥ってしまう。新しい価値を生むためには、将来の発展が期待できる新
興国も含めた広い市場を考えなければならない。変化が激しく将来が不
確実な環境では、現状の延長上で考える視点と、現状を否定した新しい
視点の両者を繰り返すことが必要になる。
15
第 1 章 不確実な時代に必要な発想法
3
issue
イノベーションと市場
イノベーションの仕組みを、図 1.1 に示すように技術と市場、および
既存と新規を掛け合わせた 4 つの分野に分けて考えてみよう。
宅配便やインターネットバンキングなどの新しいビジネスモデルの構
築は、既存技術を既存市場に適用する①分野のイノベーションである。
既存の技術で新製品を生み出し新しい市場を開拓した i-phone や i-Pad な
どは②分野、LED 照明や電気自動車の開発は、既存市場の製品やサー
ビスを新技術で置き換えた③分野のイノベーションである。ロボット、
新技術
③
LED照明、
電気自動車
既存技術
①
宅配便、
インターネットバンク
既存市場
④
ロボット、
再生エネルギー
②
i-phone、i-Pad
新市場
図 1.1 イノベーションを実現する技術と市場の組合せ
16
Fly UP