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フランスにおける公証人の民事責任 - TeaPot
Title Author(s) Citation Issue Date URL フランスにおける公証人の民事責任 : 職,公序,不法行 為責任 山倉, 愛 お茶の水女子大学人文科学研究 2016-03-28 http://hdl.handle.net/10083/58474 Rights Resource Type Departmental Bulletin Paper Resource Version publisher Additional Information This document is downloaded at: 2017-03-31T06:54:08Z 人文科学研究 No.12, pp.319ー332 March 2016 フランスにおける公証人の民事責任 ―職,公序,不法行為責任― 山 倉 愛 1.導入:フランスにおける公証人 フランスにおいて、公証人は社会的にも文化的にも一定の地位を有するものとして存在する。公証人は、 例えば、文学作品において、様々な顔を持って描かれる。古典的な例で言えば、ロッシーニによるオペラ 化でも有名なボーマルシェの戯曲『セビリアの理髪師』 (1775年)やバルザック『シャベール大佐』 (1832 年)1 にも登場する。そして、公証人の存在が幅をきかせ、ある一定の存在感を持って登場するのは、法 的な文脈において最も顕著である。すなわち、法的な文脈においては、家族法・財産法・取引法などあら ゆる分野において、当事者同士が法律行為を行う際に、顔を出す。時には、両当事者を仲介する仲介者と して、また当事者間の交渉に関与し法的な文書を作成する文書作成人として、法律行為を行う市民の前に 登場する。公証人の取り扱う法的な分野は広く、家族法・財産法・取引法の全分野を網羅しているといっ ても過言ではない。そして、単なる法律業務を執り行うに留まらず、予防司法としての役割も担うことが 期待され、公益的な役割も担う公吏として存在する点にも留意が必要である。法曹界における父権的な存 在ともいえる存在である。 このように、フランスにおける公証人は、社会的にも歴史的にも法的にも(日本におけるのとは段違い に)大きな意味を持っている。では、なぜ、長い歴史の中で現在に至るまで、公証人がこのような優位な 地位を保持してきたのか。そもそも何のために公証人の制度が存在し、いかに機能し、法的にも社会的に もいかなる役割を担ってきているのか。このようなフランスにおける公証人制度そのものへの関心が本稿 執筆と私の公証人研究の関心の底に存在している。 本稿では、公証人の制度論そのものを取り扱うのではなく、公証人の民事責任論という法的な文脈の中 における公証人の問題を扱う。公証人の民事責任、すなわち、公証人がその職務遂行において何らかの形 で依頼者ないし第三者に損害を与えてしまった場合の法的責任の問題がいかに法的に処理されているの か、そして責任の性質がいかに法的に扱われているか、さらに、このような各論的な問題がフランス民事 法の大きな体系の中でどこに位置づけられ、何の問題として認識されているか。公証人の民事責任を巡る 問題は、公証人そのものの問題に留まらずに、フランス民事法全体に波及する問題を含んでいる。よって、 今回、本論文においては、フランスにおける公証人の民事責任の問題を通じ、フランス民事法の一端と公 証人制度の一端に関する考察を行う。さらに、日本法との関係で考察し、日本法との結節点についても、 ごく簡単に検討対象とする。フランスにおける公証人の民事責任論を通して、民事法全体の水脈の中で立 体的に考察を加え、何が透けて見えるのかを考察する。 ― 319 ― 2.フランスにおける公証人の民事責任論の考察 2.1 判例の紹介 フランスにおける公証人がいかなる存在か、フランスにおける公証人の民事責任がいかなる形で具体的 に問題になっているか、公証人の民事責任がフランス法上いかに議論されているかを観察するために、以 下の判決を紹介する。やや古い時代のものだが、この判決は、フランスにおける公証人の民事責任論を考 察する上での重要な先例として位置付けられているので、取り上げる。以下、簡単な事案と判旨のうち公 証人の民事責任に関する部分のみを適宜抜粋する。 ① 破毀院Req. 16 févr. 1910, Dalloz(以下D. )1912. 1 . 183 [事案] 依頼者の嫁資dotの範囲内で買換えremploiが行われた。当該契約は必要的公証行為であり、公証 人は契約に公署力authenticitéを与えた。しかし、当該買換え行為の対象となる不動産の売却に際して、 その価値が過大評価されたため、当該契約は違法illégalだった。当該契約の結果、買主である依頼者に損 害が発生した。 (根拠条文としてフランス民法1382条。) [判旨] 公証人の責任を認めた。 ⑴ 当事者間で締結された委任による合意に基づく契約責任の外に、公証人が事務管理者でなくても、 職務fonctionに基づき課された義務違反に由来する職業的責任responsabilité professionnelleを負う。 ⑵ 違法であると確認できかつすべきであった契約に公署力を与えた公証人は責任を負いうる。 ⑶ 必要的公証行為において、既婚者である女性の嫁資dotが危機にさらされるような場合には、公証 人は、当事者らへの協力を拒否し、婚姻契約の法に違反することを不可能にしなければならない。 ⑷ 購入した不動産の取得の対価(価額)le prix が、譲渡された嫁資の価値の買換えremploi de valeurs dotalesの際に、実際の不動産の価値sa valeur réelleと一致しない(不動産の価値が過大評 価されている)場合に、依頼者の承諾した買換えがいかに異常で危険かについて、依頼者に公証人 が告げなかったのは、単なる職業的フォートfaute professionnelleではなく重大な職業的フォート faute professionnelle graveである。 [分析] 本買換えは、詐欺的なものとされ、その詐欺行為に公証人が加担したものとして認定されている。 事案としては、公証人に責任が課されるのが当然とも評価できる事案だが、問題はその法律構成である。 まず、⑴において、公証人の職務 fonction に基づく義務違反に由来する職業的責任 responsabilité professionnelle を正面から認めた。さらに、公証人と依頼者の間に委任契約関係や事務管理関係が存在 しなくても、責任が発生するとし、ここで成立する責任とは不法行為責任とする。 さらに、⑶で、違法な結果の実現を回避すべき義務、すなわち、具体的な形での結果回避義務が明示さ れる。 そして、⑷では、公証人が依頼者に不利であり損害を与える可能性のある危険な結果について告知しな かったことが職業的フォートを構成するとされ、重大なるフォートと判示される。これは、情報提供義務 を実質的な内容とする。この義務違反に対し、重大なフォートが職業的フォートとして認められているこ とも注目すべき点である。 なお、同種の事案についての先行判決は多数あり公証人の民事責任が問題とされた事案の一群をなして いる。その中でも興味深いのが、Paris 控訴院 , 15 mars 1895, Dalloz périodique(以下 D. P. )1909. 1 . 196である。この事案は、同じく、嫁資 dot の買換え remploi をめぐる事案だが、当該買換え対象につい ての権原 titre の審査 examen が問題となった。(公証人の審査に瑕疵があった。)判決は、公証人の責任 ― 320 ― フランスにおける公証人の民事責任 を導く根拠として、公証人の関与 participation du notaire の具合を問題としている。この点で、公証人 の民事責任の理由づけが異なる。本判決では、より直截に、公証人の職務から公証人の責任を導いている。 関連して、公証人の民事責任の発生の理由づけについて、破毀院 Req. 29 juin 1902, D. 1902. 1 . 451 も参考になる。同判決は、依頼者の関与なしに公証人が行動することはなく、公証人が受任者あるいは事 務管理者でなく、当事者間によって定められた arrêté 合意 conventions を書面に記した rédiger に過ぎな い(公証人の行為が書面の作成に限定されていた)場合、公証人は依頼者の行った法律行為について責任 を負わないとし、公証人の責任を否定した。公証人が法律行為の生成への関与過程に依頼者との関係で主 導的な役割を果たしていなかった(ゆえに公証人の関与は書面の作成に限定されていた)ことを理由とし て、公証人の責任を否定する。つまり、前述の Paris, 1895判決と同じく、公証人の関与の具合を問題と して法的責任の成否を判断している。その際に、公証人と依頼者との間に契約関係や事務管理の関係が認 められないことを公証人の責任否定の根拠として挙げている 2 。この点、公証人の責任を肯定するに際し て、 「当事者間で締結された委任による合意に基づく契約責任の外に、公証人が事務管理者でなくても、」 と明記している①判決とは論理を異にする。 Req., 1902判決は、公証人の法的責任を不法行為責任とする判決の一例として Savatier 3 では引用され ているが、Poulpiquet 4 では引用されていない。現在における先例的な価値は疑問である。契約関係や事 務管理関係が認められないような場合にも不法行為責任の成立を認め、公証人の民事責任成立の範囲を広 げた①判決の法理が現在は生きている。 さらに、破毀院(民事部)Civ. 9 mai 1916, D. 1921. 1 . 24は、公証人と依頼者との間に委任契約が締 結されていると認定しながら( commis の表現)、契約上の責任ではなく、不法行為責任が成立すると判 示する。この点、①判決において、すでに、公証人の民事責任は公証人と依頼者の間に契約関係や事務管 理関係が存在しなくても成立するとの判断が明示されていたが、さらに推し進めて、仮に公証人と依頼者 の間に委任契約関係が成立していても、不法行為責任が成立することを認めたといえる。公証人と依頼者 との間の法的関係性に関わりなく(委任契約関係が成立していても) 、公証人の民事責任が不法行為責任 として成立しうることを認めた5 。 このように、判例においては、依頼者と公証人の関係に関わらず(具体的には委任契約関係があっても なくても)公証人には民事責任として不法行為責任が成立しうることが認められている。 2.2 学説における判例の位置づけと学説の紹介 以上、前節にて、公証人の民事責任(特にその法的性質と内容と根拠)を考える上で大きな意義を持ち、 先例としての位置づけを与えられている判例を紹介した。次に、本節では、前節で紹介した判例の学説に おける位置づけを概観し、その上で、公証人の民事責任そのもの及び公証人の民事責任に関係する学説の 紹介及び考察を行う。 2.2.1 法的性質論とその根拠論―Savatierの議論を中心として まず、前節で紹介した公証人の民事責任を判示した判決は、学説においてどのように位置づけられてい るのかを検討する。 以下では、Savatier 6 の議論を主に参考にする。Savatier を主な考察の対象とする理由は、Savatier は、 公証人の民事責任を、体系書の中でまとまった形で扱っているからである。さらに、公証人の民事責任論 を単体で取り扱うに留まらず、後述の通り、民事責任論一般との関係の中で位置づけているからである。 ― 321 ― 2.2.1.1 法的性質論:契約責任か不法行為責任か ①判決では、公証人の職務 fonction に基づく義務に対する違反を根拠とし、公証人に職業的責任 responsabilité professionnelle の成立を認め、その法的性質を不法行為責任とした。①判決は、職務に 基づく義務違反を不法行為としての職業的責任を導く根拠とする論理構成を採っていた。 では、Savatier は具体的にどのように議論を展開しているか。Savatier は、①判決を公証人の民事責 任が不法行為責任を構成することを示す箇所で引用する。そして、公証人の民事責任の各論で公証人の民 事責任の法的性質についての考察を行う 7 。すなわち、公証人の民事責任は契約責任と構成されるのか不 法行為責任として構成されるのかについての検討を行う。以下のように述べる。 公証人と依頼者の間には契約関係が存在し、公証人としての公的な職務 fonctions を履行するにあたっ ても、公証人と依頼者との間に契約が存在し続けるので公証人の法的責任は第一義的には契約責任であ る 8 。しかし、不法行為責任が成立する余地も認め、公証人の民事責任について契約責任と不法行為責任 の競合を認める9 。 不法行為責任が成立する範囲としては、公吏 officier public として公証人が職務を遂行する場合を挙げ る。具体的には、公署義務や助言義務を遂行する場合、さらには、守秘義務や自己利益追求禁止義務など の義務が問題となる場合に不法行為責任が成立する。それらの義務は、公証人が受任者(すなわち委任契 約に基づく地位)としてではなく、公吏 officier public として義務の遂行を行う結果、導かれる10。 さらに、Savatier は、具体的局面において、契約責任と不法行為責任のどちらが成立するかはその都度 決定されるとし、いかに決定がなされるかは、契約責任が依頼者にとって不法行為責任よりも有利なもの として立ち現れるのならば、契約責任の援用を否定すべきではないが、契約があるからといって、職務の 無知 méconnaissance de fonctions による不法行為責任を依頼者が放棄することを認めるのではなく11、 実際上の有用性を重視し、依頼者にとって有利なほうを選択できる旨を述べる12。 このように、Savatier は、公証人の民事責任について契約責任の成立を認めつつも、結局は、公証人 が公証人としてすなわち公吏として職務を遂行する場合、つまり、公証人の中心的な職務遂行すなわち公 署義務や助言義務の遂行の際には、基本的には、不法行為責任としての責任が(主に)成立するとの認識 を示す。このような立場は、Poulpiquet によって二元説と呼ばれる13。Savatier は、公証人の民事責任に つき、契約責任の成立を否定しないが、公証人の主な職務範囲(公吏としての職務)である公署職務や助 言義務に関しては、(排他的ではないものの)不法行為責任が成立するとしている。ここで、不法行為責 任成立の根拠として、公吏 officier public として公証人が職務を遂行する場合という公証人の職務遂行に 際する地位ないし遂行される職務の性質に着目している点に留意が必要である。①判決において、職務に 基づき課された義務が不法行為責任の根拠として挙げられていたが、その職務の中身を、公証人の公吏と しての職務に基づく場合に、より具体化し、限定的に考えているとも考えられる。実際上、①判決におい て、問題となった職務は、必要的公証行為であり、まさに公署行為そのもの、つまり、公証人が公吏とし て職務を遂行した場合なので、Savatier の認識と整合的なものといえる。 2.2.1.2 意思自治の減退傾向及び不法行為責任の領域の拡大の現象と公序と公証人の民事責任 2.2.1.2.1 意思自治の減退傾向及び不法行為責任の領域の拡大の現象と公序 前節で概観したように、公証人には不法行為責任が成立する。その根拠として、①判決では公証人の遂 行する職務 fonction に基づく義務違反が挙げられていた。Savatier では、公吏 officier public としての職 務を遂行する場合に不法行為責任が成立するとされていた。では、不法行為を構成する職務に基づく義務 ― 322 ― フランスにおける公証人の民事責任 違反とは何か、公吏としての職務遂行に際して課される義務とはいかなる性質のものなのか、それらが、 なぜ不法行為責任を導くものとされるのかについて考察する。 この点の考察には、公証人の民事責任を巡る膨大な判例群の概観や、公証人の民事責任につき叙述され た体系書や論文のうち、公証人に課される具体的義務違反の中身を叙述する公証人の義務の各論部分の参 照がもちろん必須であり、有意義である。しかし、本稿では、それらの点はひとまず置き、より高次の観 点から理論的な検討を行う。なぜなら、不法行為責任を構成する公証人の義務違反の具体的中身への興味 もさることながら、まず、なぜ公証人の民事責任が不法行為責任として構成されるかについての理論的関 心が根底にあるからである。公証人の民事責任が不法行為責任として性質決定される際の理論的な背景に ついての検討は、公証人の民事責任論に留まらない広がりを見せ、大枠に存在する民事法体系全体を透け てみせることとなり、結果、公証人の民事責任論の各論的考察を行うに際しても、有益になると考えられ る。この点に関しても、Savatier の議論を参照する。 Savatier は公証人の民事責任の法的性質論の問題を単にそれ単体の問題として認識し論じているので はない。Savatier は、さらに大きな枠組みで公証人の民事責任を取り扱う。具体的には、まず、職業的 責任の一類型として公証人の民事責任を位置づける14。職業的責任論の中で公証人の責任を扱うこと自 体は、他の論者と同様であり、この限りでは特筆すべきことは少ない。Savatier の議論の特筆性は次の 点にある。すなわち、Savatier は、職業的責任論をさらに一段大きな枠組みの中で捉える。具体的には、 民事責任の体系書( Savatier, supra note3 et note6)執筆時の1951年に、意思自治の減退傾向 déclin de l'autonomie de la volonté とそれに伴う契約責任の領域の減少と不法行為責任の領域の拡大の現象を観 察し、その一例として職業的責任を認識する。具体的な Savatier の論の展開は以下の通りである15。 まず、大前提として、Savatier は契約責任及び不法行為責任の発生淵源について次のように述べる。契 約責任は意思自治 l'autonomie de la volonté から導かれる。つまり、両当事者の合意に由来する責任で ある。一方、不法行為責任は、公序 ordre public に由来するものである16。意思自治が不法行為責任を導 くことはない17。 しかし、近年の傾向として、意思自治の減退する中で、契約責任の領域が減少し、不法行為責任の領 域の拡大する現象が観察される。意思自治の減退傾向とは、強行法的な性質を持つ法規範 règles légales impératives18が意思自治にとって代わることである19。 意思自治の減退の傾向が、契約責任の原則にいくつもの修正をもたらしている。具体的には、意思自治 の減退傾向の現れが、職業的責任、刑事罰の拡大、事実関係ないし事実状態の格上げという 3 つの現象で ある。3 つの現象の中では、強行法的な性質を持つ法規範の影響が多くみられ、契約責任の領域の減少、 不法行為責任の領域の拡大が観察される20。 具体的に、職業的責任がいかなる規律に服して法的責任が構成されているかについて、Savatier は次 のように述べる。 公吏 officier public や私的な職業団体 corporations privées には、職業的規範 règles professionnelles が課される。職業的規範に違反すると、民事責任が発生する。この民事責任は契約責任ではなく不法行為 責任である21。このように、Savatier は、職業的責任 responsabilité professionnelle を導くのは職業的規 範違反であるとし、その法的性質は不法行為責任であるという。そして、職業的規範とは、公吏や各職業 団体に課された職業(務)上の要請に基づく規範を意味する。職業的責任では、職業的規範が強行法的な 性質を持つ法規範の中身である。つまり、ここで想定されている不法行為責任を導く職業的規範は強行法 的な性質を持ったものである。強行法的な性質を持った法規範としての職業的規範が不法行為責任として ― 323 ― の職業的責任を導くと構成されている。 さらに、意思自治の減退傾向の 2 つ目の例として挙げる刑事罰の拡大につき、以下のように述べる。 刑事罰 sanctions pénales の拡大は統制経済 économie dirigée に代表されるように、契約の現代的規制 réglementation によって導かれる。例えば、長時間労働は犯罪を構成する。刑事罰に違反する場合には 刑事上の規範 règle pénale に違反し、不法行為責任を構成する22。ここでは、刑事罰という法律に明確に 定められた刑事上の規範が強行法規に基づく法規範の中身ということになる。 最後に、Savatier は、意思自治の減退傾向の 3 つ目の例として、事実関係ないし事実状態が法的な 関係にとって代わるという現象を取り上げる。事実関係は当事者の合意に依拠していないが、事実関 係 relation de fait は契約に代わる。具体的には、賃貸されている場所の事実的な支配状態の関係 une relation d'occupation des liex loués が賃貸契約 contrat de louage の代わりとなる。法的帰結としては、 占有の継続 maintien en possession や使用継続 maintain dans les lieux の申し立てを導く。また、労働 契約においても、労働契約 contrat de travail が労働関係 une relation de travail に代替される23。 このように、Savatier は、公証人の民事責任を強行法的な性質を持つ法規範である職業的規範に基づ く職業的責任論、さらに、意思自治の原則に基づく契約責任と公序に基づく不法行為責任という民事責任 の振り分け論という法体系におけるより高次の位置づけの中で考察している。 2.2.1.2.2 Savatierの議論と公証人の民事責任論の関係への一考( Savatierの議論と公証人の民 事責任論の分析) 以上の Savatier の考察を公証人の民事責任との関係で位置づける。 公証人が公吏として行う職務に基づく義務違反が不法行為責任を導く。これは、2. 2. 1. 1以前で確認し たところだが、2. 2. 1. 2. 1の検討を通して、以下のことがわかった。Savatier によると、公証人の職務遂 行の義務違反の法的問題は、より大枠の概念である職業的責任の一類型として内包され、さらに職業的責任 は不法行為責任を構成する。職業的責任を導くのは職業的規範であり、強行法的な性質を持つ法規範である。 強行法的な性質を持つという意味は、字義通り、当事者の意思で放棄できない性質を有することであり、ま さに、意思自治の原則にとってかわる。公証人が公吏として行う職務 fonction に基づく義務は職業的規範に 内包され、職業的規範は強行法的な性質を有するので、意思自治に対置する存在であり、具体的事件におけ る公証人―依頼者という具体的な個人間を超える公益的な観点を帯び、個に対置し個に還元されない一般利 益の性質を帯びる。つまり、意思自治に対置し、公益性ないし一般利益を体現する存在として法体系内に君 臨している公序の原理の一端が公証人の不法行為責任を発生させる根拠として立ち現れる24。 つまり、Savatier の一連の叙述を通して、公証人が公吏として行う職務に基づく義務違反が不法行為 責任を導くという論理の中に次の論理が追加され、その意味するところが構造的に明らかになった。公証 人が公吏として行う職務に基づく義務は強行法的な性質を持つ法規範としての職業的規範という中間概念 に吸収される。同概念は公序の一端を体現するものであり公序概念(後述の通り、職業的公序と呼ばれる もの)へと結節され取り込まれる。その結果、公序を発生淵源する民事責任である不法行為責任が、公証 人の義務違反の責任として発生する。このような論理が追加されて明らかになった。公証人が公吏として 行う職務に基づく義務違反が不法行為責任を導くという論理が中身を持ったものとして構造化され実質化 された。職務に基づく義務―職業的規範―公序という順にそれぞれの概念の中に吸い上げられ、結果とし て、不法行為責任を成立させている。職務に基づく義務違反が職業的責任を導くという論理と公序が不法 行為責任を導く論理が実質的に結び付けられた。職務に基づく義務違反と不法行為責任の 2 つの概念を結 ― 324 ― フランスにおける公証人の民事責任 節する中間概念として公序(ここでの具体的内容は職業的規範)が機能している。ここでの公序概念は、 法解釈上の概念というよりも説明概念に近いともいえるだろう。 このように公証人の民事責任について公序概念を媒介させて考えると、各論的な公証人の義務について の論述も整理して理解しやすいものとなる。つまり、例えば、①判決で問題となっていた必要的公証とい う職務内容は、公証人の職務の中心的ものであり、また、公証行為の真実性担保義務からも、強行法的な 性質を持つ職業的規範が課されていると考えるのは自然である。また、免責特約の禁止も、公証人の職務 に強行法的な性質を持つ職業的規範が課されていることから自然に理解できる25。そして、①判決⑶で判 示される結果回避義務を内容とする責任も、公序の問題であり、強行法的な性質を持つ職業的規範の規律 の下にあることから説明がつきやすい。つまり、本稿では詳しく扱わないが、例えば、一般的な助言義務 ないし情報提供義務26において、その根拠は信義則に求められることが多い27が、その前提には、当事者 (公証人の局面では依頼者)の法律行為に関する自己決定権の存在が前提とされている。しかし、①判決 ⑶で見たような結果回避義務が問題となる局面では、依頼者に自己決定権(例えば、判決①では、依頼者 に不当な評価の買換えを行うか否かの決定権はなく、そのような行為はなされてはならない。)は存在し ない。このように、自己決定権が存在しないのも、公証人の職務に基づく義務の問題が、公序ないし強行 法的な性質を持つ職業的規範の規律の下にあることを考えれば、理解がしやすく、不法行為責任が成立す ることとの論理的な整合性も高い。 このように、公証人が公吏として行う職務に基づく義務違反が不法行為責任を導くという論理に、強行 法的な性質を持つ職業的規範及び公序という説明的な中間概念を加えたことで、構造的な見通しがよくな り、各論の段階においても、議論がしやすくなっていることがわかる。 2.2.2 公序の分析 前節で考察したように、Savatier の議論を考察することによって公証人の民事責任論への見通しがよ くなった。繰り返しになるが、公証人が公吏として行う職務に基づく義務は強行法的な性質を持つ法規範 としての職業的規範という中間概念に吸収され、同概念は公序の一端を体現するので公序概念へとつなが れ取り込まれる結果、公序を発生淵源とする民事責任である不法行為責任が公証人の義務違反の責任とし て発生する。結局、公証人の民事責任が公序の規範の下に規律される。では、不法行為責任としての公証 人の民事責任の受け皿となっている公序とはそもそも何かについて、フランス法における認識を概観し、 その上で、上述の Savatier の議論との摺合せを行い、その内容をより深化させる。 2.2.2.1 フランス法における公序28 まず、フランス法において、公序がいかに認識され、議論が展開されてきたかについて、簡単に概観す る。フランス法における公序概念の基本的認識については、山口29によると、次のような広がりを見せる。 古典的には、すなわち、19世紀までは、国政的公序 ordre public étatique ou politique と市民的およ び家族的公序 ordre public civil et familial の 2 つのみが認められており、自由主義的契約概念及び裁判 所に対する不信感から、公序概念は非常に限定的で必要最低限の範囲でしか認められていなかった30。 しかしながら、19世紀末、さらに20世紀に入ると、経済的社会的状況の変化に応じ、 「法の社会化 socialisation du droit 」31が進む中で、経済的公序 ordre public économique が新たな公序概念として発 見される。経済的公序はさらに指導的公序と保護的公序32とに分けられた。経済的公序の登場に伴い、公 序概念自体が多元的なものとして認識される。 ― 325 ― その中で、職業的公序 ordre public professionnel も登場する。職業的公序は、医師、薬剤師、弁護士、代 訴士、公証人等の司法補助職、建築士などの職業活動に従事する者の職業法の分野に見られる公序である。 それらの職業法の分野では、公序的強行性の認められる慣習がある。それぞれの職業的慣習に由来する職業 活動に関する強行的規制が職業的公序とよばれる。職業的公序とされている職業的活動に関する強行的規制 は、関係職業団体自身に認められた広汎な裁量権限に依拠している33。このような職業的公序はしばしば大 衆の利益保護を目的とするので経済的公序概念の中核概念と軌を一にするとして評価されている34。 2.2.2.2 公証人における公序 以上、フランス法における公序概念がいかに展開し、いかなる内容を持つものとして認識されてきた かを簡単に概観した。ここで、上述の Savatier の意思自治の減退傾向の叙述を振り返ると、その中身は、 公序についての叙述であったと分析できる。 まず、意思自治の減退の現象の第一の例として挙げられていた職業的責任では、不法行為責任を導く根 拠として、強行法的な性質を持つ職業的規範が挙げられていたが、これは、まさに、上で概観した職業的 公序そのものである。公証人についての公序も職業的公序の一例である。 そして、第二の例の刑事罰の拡大は、経済的公序のうち指導的公序と内容をほぼ同一とする。さらに、 第三の事実関係ないし事実状態が法的関係にとってかわる現象であるが、これも、実質的に問題とされて いるのは、賃貸借関係や労働関係などの社会法の分野における弱者保護であり、経済的公序のうち保護的 公序と同質である。 このように、公序論と摺合せの作業を行うと、Savatier が意思自治の減退現象の考察において実質的 に問題としていたのは、公序の問題であったことが確認できる。また、Savatier の展開する議論が、フ ランス法一般の認識と整合的であったことも確認できる35。フランス法一般の中でも観察され Savatier の 具体的叙述でも観察される公序の多元化は、公証人の民事責任を含む不法行為責任としての職業的責任が 職から導かれるという論理の中で、両者を結ぶ結節概念ないし受け皿として、公序概念が機能しえること を許容し可能にしていると言える。 職業的公序及び公証人における公序についていくつか付言する。 職業的公序は前節で見た通り、経済的公序などが生成し、公序の多元性が顕在化する中で、19世紀の後 半以降に生成が始まり20世紀の前半にその内容が固まってきた。 まさに、①判決や1890年代に始まる公証人の助言義務の生成36と時期を同じくする。①判決では、職務 に基づく義務が説かれ、職業的責任、職業的フォートが不法行為責任として肯定されている。職業的公序 が具体化した一例ともいえるだろう。より具体的に事例を振り返ると、①判決は必要的公証における義務 違反の事例であり、必要的公証行為は強行法規的な性質を持つ職業的規範が課される職務なので、職務に 基づく義務違反、さらには職業的公序に基づく義務違反の事案であったともいえる。 なお、公証人における公序は公証人の公吏としての性格ゆえ、上記の古典的公序の 1 つである国政的公 序に分類される余地もある37。 3.日本法との関係 詳細は別稿に譲り、本稿では、職業的責任38の法的性質論に関し、本稿と密接に関係する範囲について のみ、ごく簡単に日本法を紹介し検討する。 ― 326 ― フランスにおける公証人の民事責任 日本の職業的責任の法的性質をいかに扱うについては、学説上、諸論ある。例えば、契約責任として捉 える下森は、意思自治や当事者自治の枠組みで捉えられる従来の古典的な契約責任の枠組みを改変し、契 約責任の再構成を行いその範囲を拡大させる。契約責任の再構成とは、当事者の合意により導かれる基本 的契約責任と法規ないし信義則によって導かれる補充的契約責任の 2 つに契約責任を分けて構成し、後者 を拡大した契約責任とし、後者の中に職業的責任を入れ込む39。このアプローチはドイツ法的であり、根 本的な発想は、安全配慮義務・保護義務論や情報提供義務などの契約締結上の過失論に見られる枠組みと 共通する。契約責任を拡大させて処理する方法は、ドイツ法での不法行為責任の硬直性という不都合への 対処を前提とするものであるともされる40。また、職業的義務について、依頼者と職業人との間の関係を 信認関係と位置づけ、従来の契約関係における義務とは異質な忠実義務のような義務が発生することを提 言する見解もある41。これは、英米法的なアプローチである。 また、判例は、職業的責任につき、契約責任とするものと不法行為責任とするものの両者が観察され、 そのどちらに性質決定がなされるかにつき、排他的でなく、事例毎に柔軟な立場を採っている。 なお、公証人の法的責任は、国家賠償法 1 条の問題として扱われる42。公証人の行う公証作用が同条の 「公権力の行使」に該当し、公証人は国の機関として権限を行使するからである。同条は、条文の体裁の 通り、民法709条の不法行為の条文に対応する形をなしており、公務員の不法行為と賠償責任について定 めた条文である。よって、公証人は、日本法においても、広義の不法行為責任の枠組みの中で法的責任が 捉えられていると言える。その含意についてさらなる検討が必要であるが、フランス法で検討したような 公序ないし公の概念と関係しうるものだろう。 このように、日本法を見てみると、Savatier のように、職業的責任を公序と不法行為責任の枠組みで 考えるのが一般的とは言えない。しかしながら、日本における職業的責任論においても、その性質の把握 について様々な軸が示されている中、公序という新たな軸を取り入れる可能性があることを示唆する際の ヒントとなるともいえる。 4.まとめと今後の展望 本稿では、フランスにおける公証人の民事責任論というテーマの下、フランスにおける公証人の民事責 任に関する判決の紹介に始まり、判例の学説における位置づけを確認し、主に、公証人の民事責任に関す る法的性質論及び派生的な法体系全体に関する議論を考察した。 判例及び学説では、公証人の民事責任の中心部分、すなわち、公証人が公吏として行う職務に基づく義 務違反が不法行為責任を導くとされていた。その理由づけを、法体系上のより高次の広い視点から考察す ると、結局は、公証人の民事責任の法的性質は、公序(ここでは強行法的な性質を持つ職業的規範という 形で現れる)に関する規律の下に服するものとして認識され、その結果として不法行為責任が成立すると されていた。職―公序(職業的規範)―不法行為責任という概念が連続して展開され、職が公序概念を挟 んで不法行為責任という法的な責任を導いていた。職と公序と不法行為責任という私法体系上の大水脈に 遭遇したのである。 今後、検討すべき課題は莫大であり、様々な可能性がある。次のような可能性が挙げられるだろう。 大きな枠組みとしては、フランス法内在的な考察及び日本法との関係双方において、すでに多数存在し ている公序論との関係、さらには、不法行為論との関係、両者の関係についての検討も必要である。 また、公証人の民事責任論、さらには、職業的責任(ないし日本法的に言えば専門家責任)という各論 ― 327 ― 的な観点からも多くの考察が必要である。公証人の民事責任を職業的責任の中でいかに位置づけるのか、 他の職業との関係はどうなっているのか、さらには、職業的責任についていかなる議論の蓄積と広がりが あるのかの考察も日本法及びフランス法双方において必要である。 さらに、公証人の民事責任論単体で見た場合にも課題は多い。フランスにおいては、公証人の具体的な義 務には、公署義務と助言義務の二大義務があるといわれているが、特に後者の助言義務につき、多大に広が る議論が蓄積している。 フランスにおける公証人の助言義務は、1890年代から判例によって形成されたが、近年その範囲が拡大 しているという43。そして、助言義務の問題は、公証人に留まらず、情報提供義務一般の問題とも関連す る。情報提供義務は、契約締結上の過失とも関係し、信義則上の義務とされるが、フランスにおいては、 1945年の Juglart 論文を皮切りにし、1960年代以降に判例を中心として形成されたものとされている44が、 同様の義務が公証人の分野では、ずいぶんと先行して展開がなされていたのが注目に値する。このように、 公証人の助言義務の問題も、今後の検討課題である。情報提供義務はその淵源として信義則が引かれるが、 本稿で見たように、公証人の民事責任(助言義務も含む)は、公序の観点から導かれる。ここからさらに、 信義則と公序(や一般利益)の関係も問題となるだろう。 また、フランスにおいて、そもそも公証人とは、その存在は何なのかの検討自体も必要である。公証人 は、12世紀に法典とともに再発見され、大革命期を経て、生き残ってきたフランス的な制度であるが45、 歴史的に見た場合も現代的に見た場合もそれ自体として興味深い存在である46。 また、公証人の存在論とも関係するが(また公序概念とも関係するが) 、しばしば公証人論で問題とな る「公」概念とはそもそも何かの問題も残る。私法 civil、個人 individuel、私 privé、特殊 particulier の 対比概念として、また公権力の意味や公空間など開かれたという意味47など、「公」public という語で概 念されるものには多様性・多元性がある。その中で、公証人がいかなる関わり方をしているのかは大きな 関心事である。 このように、挙げればきりがないが、本稿では、問題関心の第一歩として、主にフランス法を主軸とし て、公証人の民事責任論における法的性質論についての構造的な分析を行った次第である。 (注) 1 バルザック自身、若い時分に公証人になることを両親に所望され、一時期はその道を試みていたことも有名 な話である。シャベール大佐に登場する公証人クロタは、局所的な登場だが、登場人物の様々な人間模様の 中、老人の哀愁や人の欲や嘘、憎悪・軽蔑・同情などの感情があふれ、小気味の良い論理劇を挟む心理戦の 中、抜け目なくやや冷淡な印象を持って登場する。その評価はなかなか難しいが、ある種の合理性を体現し、 情よりも合理性、情より事実・真実を伝える存在として登場しているようにも読める。つまり、見方によっ ては、ある種の合理性であり理性(必ずしもバルザックにおいてプラスの評価がなされているとはいえない が)の体現として登場しているようにも読める点が興味深い。フランス社会における公証人のイメージ像を 考える上で、興味深い表出である。 2 しかし、ここで判断されているのは契約責任の成否ではなく不法行為責任の成否である。本判決では、公証 人と依頼者との間に契約関係や事務管理関係が存在しない場合は、当事者間に特別な法的な関係が認められ ないような薄い関係であり、公証人の関与の度合いが少ないと評価され、公証人の不法行為責任を否定する ための材料として用いられていると分析されるだろう。ただし、このような論理を取ると、契約関係や事務 管理関係が認められない場合には同時に不法行為責任も成立しないこととなり、公証人の民事責任が成立す ― 328 ― フランスにおける公証人の民事責任 る場合は限定的となる。 3 Savatier, Traité de la Responsabilité Civile en Droit Français; Civil, Administratif, Professionnel, Procédural, t2, 2éd, 1951, p409, no803. 4 Juris Classeur Responsabilité civile et Assurances (J.-CL. RESP. CIV. ET ASSUR.), de Poulpiquet, [Nature et fondement de la responsabilité civile], art.1382 à 1386, fasc.420-40, nos22. 5 このような立場は公証人の民事責任論の法的性質についてSavatierが採用する二元論の立場に近いものであ る。詳しくは後掲注15参照。 6 Savatier, Traité de la Responsabilité Civile en Droit Français; Civil, Administratif, Professionnel, Procédural, t1, 2éd, 1951, nos110-110bis.; Savatier, supra note3, nos803-835. 7 Savatier, supra note3, p409, no803. 8 Savatier, supra note3, p409, no803. その場合でも一定の局面(例えばno803で挙げる第三者責任)では不 法行為責任が成立する。 9 Savatier, supra note3, p409, no803. 10 Savatier, supra note3, p413, no809. さらに、Savatier, Du droit civil au droit public à travers les personnes, les biens et la responsabilité, 2éd, 1950, Lgdj, chap.Ⅱ, p116.においても、助言義務につき、Savatierは以下の ように述べる。公証人と依頼者との間に契約関係が認められれば、公証人の責任は契約責任となる一方、公証 人が公吏officier publicとして機能していれば、依頼者に助言conseilを行っていたとしても、公吏officier public としての役割に基づいていれば、公証人の責任は不法行為責任に基づくものとなる。 11 Savatier, supra note3, p409, no803. 同旨を述べるものとして、Savatier, supra note10, p116. 12 Savatier, supra note10, p116. 13 Poulpiquet, Responsabilité des Notaires: Civil/Discipline/Pénal, 2éd, 2009, Dalloz, p26s., no11.61 et no11.62. 公証人の民事責任の法的性質に関しては、契約責任か不法行為責任かのどちらかに決定されなければならな いとする一元説(一元説はさらに契約責任説と不法行為責任説にわかれる)と、あるときは契約責任あると きは不法行為責任の二重の性質を有するとする二元説がある。Savatierは二元説を採るが、一元説かつ不法 行為責任説が多数説である。Mazeaud et Tunc, Traité théorique et pratique de la responsabilité civile, t1, 6éd, 1965, Montchrestien, p600, nos514; Poulpiquet, La responsabilité civiles et disciplinaire des notaires (de l'influence de la profession sur les mécanismes de la responsabilité), 1974, Lgdj, p443s., p468s.; Picard,《 La gestion d'affaires dans la jurisprudence contemporaine, destion d'affaires et responsabilité notariales 》, 1921, Revue trimestrielle de droit civil (RTDciv.), p431; Poulpiquet, supra note4, nos22 など。Poulpiquet自身も一元説の不法行為説を採用する。一元説の不法行為説は公証人の職 務の義務的性質や報酬の法定(なお、報酬でなく謝礼金の事前の自由決定は認められている)などに着目す る。各説の理由づけや立場についての詳細はPoulpiquet, supra note13, p22s., nos11.00s.を参照。 14 Savatier, supra note6, p138s., no110bis.1では、後述の通り、職業的責任についての言及がなされ、職 業的責任を具体的に論述する章としてSavatier, supra note3, nos803-835公証人の責任la responsabilité notariale(職業的責任についての独立の章の中)を引用している。 15 Savatier, supra note6, p138, no110bis.1による。この章は、Savatier, supra note6の1reにおいては存在せ ず、2édにて初めて入れられた叙述である。2édは1951年に出版されており、Savatier, supra note10の出版 後であることは留意すべきである。 16 このように、意思自治の原則が契約責任を導き、公序が不法行為責任を導くものであるとの認識は、 Mazeaud et Tunc, Responsabilité Civil délictuelle et contractuelle, t1, 6éd, 1982, p247-249, no192.(以 下、単にMazeaud )でも共通である。Mazeaudは次のように述べる。契約責任と不法行為責任は互いに 衝突する内容を持つ 2 つの大きな原理である。契約責任の原理と不法行為責任の原理の対立とは、合意の 義務的な拘束力(強制力)la force obligatoire des conventionsと特別な法律の規定の価値la valeur des dispositions légals spécialesの対立である。後者(不法行為責任)は一般性généralitéと不法行為責任に関 ― 329 ― する規定の公序ordre publicの性質による。前者(契約責任)の合意に拘束力を与えて規律するのが契約責 任の規範であり、法律による規範に強制力を与えるのが不法行為責任の規範となる。不法行為責任は、上記 のように、一般的な性質généralを有し公序ordre publicの性質によって導かれる。このように、不法行為 責任を一般的な性質を有し、合意が存在しない場合に発生するという側面のみならず、公序による性質を持 つと解するのは、契約責任と不法行為責任の競合を認めやすくしている。ちなみに、Mazeaudは職業的責 任に関する叙述においてSavatierの体系書を参考としている。例えば、Mazeaud, p574, no509(1), p594s., no513(1)の脚注にてSavatier, supra note3 et note6を引用している。 さらには、日本法を見てみると、平野裕之「契約責任の本質と限界」法論58巻 4 = 5 巻(1986)575頁,608 頁が同様の指摘をしている。同論文及び同「利益保障の 2 つの体系と契約責任論」法論60巻 2 = 3 巻(1987) 519頁の論説を考察すると、問題関心はさらに法益論へと進んでいる。Savatierのようなある意味単純な意 思自治―公序の二分論とそれに対応する契約―不法行為の二元論に問題関心が終始しているわけではない。 17 Savatier, supra note6, p137s., no110.以下は、no110bis.による。 18 ここでのrègles légales impérativesとは、成文法か否かに関わらず、強行法規的な性質、すなわち、当事 者の意思によって排除できない、つまり、意思自治の原則に服さないという性質を持った一群の法規範を指 すと考えられる。まさに、意思自治の減退を逆の角度から言い直すものであり、具体的な中身は、後述の通 り公序の一端をなすと分析できる。 19 また、強行法的な性質を持つ法規範の発展と意思自治の減退傾向が見られるが、しかし、原則として、法は、 当事者の意思la volonté des partiesを契約の基本とする。契約法の領域においては、義務des obligations は両当事者の根本的な合意un accord fundamental des partiesに依拠する。この両当事者の根本的な合意 に基づく義務違反への制裁が契約責任であるとされる。Savatier, supra note6, p138, no110bis.ここでは、 古典的な契約法観に立ち、契約責任の範囲を厳格に画し、契約責任の変質及び拡大を認めないSavatierの立 場が観察される。 20 Savatier, supra note6, p138, no110bis. 21 Savatier, supra note6, p138, no110bis. 22 Savatier, supra note6, p139, no110bis. 23 Savatier, supra note6, p139, no110bis. ここで興味深いのは、Savatierは、賃貸借や労働法といった典型 的な社会法の領域の問題を事実状態の問題として把握し、議論をしている点である。本稿ではこれ以上、検 討の対象としないが、Savatierは、事実状態(占有)を賃貸借や労働法の領域において契約に対峙し、契約 に優先するものとして取り上げ、さらに、それを強行法規に基づく法規範ないし公序の問題と連続的に捉え ている。このような事実状態(占有)が公序の一端の問題として認識されていること自体が興味深い。この 点、意思自治の減退傾向の例として挙げられていた前二者とは性質を異にするものといえるだろう。 前二者は、 「上」からの規制や規律を問題とし、後者は「下」にある事実状態を直接的に問題とする。後述の 通り、 「下」に存在する個人や弱者を保護し、法の適正化を図る目的で、強行法的な性質を持つ法規範は存在 し、観念され、意思自治の減退傾向の例として挙げられていた 3 例はすべて、 「下」に存在する個人や弱者を 保護する指向がある点では共通する。ただ、3 番目の例のみ、その方法の方向性が違うといえるだろう。 24 Savatierによってここで説かれている強行法的な性質を持つ法規範と公序の関係がいかなるものかについ て、Savatier自身は明記していない。しかし、その字義的な内容(強行法的な性質を持つという点で公序の 内実を含むものであるし)及び論理的前提として(意思自治にとって代わるのは強行法的な性質を持つ法規 範であり、不法行為責任を導くが、Savatierによると、不法行為責任は公序によって導かれる)、強行法的 な性質を持つ法規範は公序の一端をなすものという認識でよいだろう。 25 免責特約がある場合でも、公序の原理からその効力が否定されるべき場合があり、それと整合性を有する ように、公証人の民事責任が不法行為責任となるとの言説がフランス法に見られる。Savatierも、免責特 約の禁止は、公序を担う性質があり、助言義務とも役割が共通するとの認識を正面から示す。具体的には、 Savatierは、公証人が公吏officier publicとしての役割を果たす場合に不法行為責任が成立するとするが、 Savatier, supra note3, p413s., no809において、次のように述べる。 ― 330 ― フランスにおける公証人の民事責任 公証人は、依頼者との関係で、免責特約の禁止なども義務付けられるが、この義務も公証人の担う公的な職 務の性質から導かれる。また、そのような義務が、公序ordre publicを担うものとされている。そして、こ のように、免責特約の禁止は、助言義務の精神に通じるものであるとされる。すなわち、助言義務において は、証書から生じる危険性について両当事者に知らせることを公証人に課し、不法の証書を作成させること を防止させ、十分な正確性をもって、当事者が無用な紛争に巻き込まれることを回避させる。このように、 公証人の公的な職務ゆえに課せられる助言義務は、公証人に、両当事者に対する危険な結果を回避させる義 務を課すので、免責特約は認められないこととなる。 このように述べ、公証人の公的な職務から免責特約の禁止や助言義務が導かれ、それらの義務が公序を担う ものとして、それぞれの概念が連続的かつ整合的に認識されている。 免責特約の効力の否定については、法律行為論に分類される(奥田昌道ほか「取引関係における違法行為と その法的処理―制度間競合論の視点から」私法59巻(1997) 3 頁,道垣内弘人、山本敬三発言参照。)と考 えられるが、そのような法律行為論と契約責任―不法行為責任の法的性質論を整合的に解する立場は法体系 全体の解釈論を考える上で参考に値する。同様の認識を示すものとして、同山本発言。 26 後藤巻則「フランス契約法における詐欺・錯誤と情報提供義務( 1 - 3 )」民商102巻 2 号180頁,3 号314頁, 4 号442頁(1990)及び馬場圭太「フランス法における情報提供義務理論の生成と展開( 1 - 2 )」早稲田法 学73巻 2 号55頁(1997) ,74巻 1 号43頁(1998) 。 27 注26後藤198-201頁。 (有斐閣,1995)が挙げら 28 フランス法における公序を検討するものとして、大村敦志『公序良俗と契約正義』 れる。同書は法律行為論(契約の有効性)と公序(給付の均衡の要請)の関係について検討する。 29 山口俊夫「現代フランス法における「公序( ordre public )」概念の一考察」国家学会編『国家と市民:国 家学会百年記念第三巻民事法・法一般・刑事法』45頁(有斐閣,1987)。 30 公序概念は一般利益intérét généralの名において抑止することを本質的命題としていた。注29山口51-52頁。 31 経済的社会的弱者の保護立法の動きであり、国家が弱者保護のために積極的に介入する動きが見られた。賃貸 借や労働法分野、経済法の分野などで顕著だった。私法と公法の中間の新たな領域として、社会法droit social が形成されることとなった。山口俊夫「フランス法学」碧海純一=伊藤正己=村上淳一編『法学史』175頁, 203-204頁(東京大学出版会,1976)。 32 指導的公序は、狭義の経済的公序概念に内包され、公権力をして一定の経済的目標の達成を可能とするため の公序、規制法としての公序であり、絶対無効を導く。これに対し、保護的公序は、経済的・社会的劣位に おかれた契約一方当事者の保護を目的とする公序であり、相対的無効を導く。法的効果と保護法益にも着目 された概念である。注29山口59-66頁。 33 ここでは、職業団体による自律的なルールの形成のような自主規制を伴う職業団体による自治を指すものと 考えられる。このような自主規制を含む強行的規制が職業的公序の中身とされる。職業団体の自主規制、自 治の側面を捉えて、注29山口54頁は、 「フランス革命が一掃することを望んだ中間団体の再興を思わしめる」 と評している。中世ギルドに通ずる印象である。 34 注29山口54頁。 35 ただし、留意すべきなのは、注29山口の叙述でもわかるように、公序が議論されるのは、法律行為論、すな わち、法律行為(契約)が無効になるか否かの文脈であり、不法行為責任が発生するか否かの場面とは異な る。しかし、SavatierやMazeaudは不法行為責任の発生淵源として取扱い、公証人の判例も、判決①のよう に公序という言葉を明言しないものの、実質的に職業的公序の問題を取扱い、不法行為責任を導いていた。 36 助言義務は、判例によって形成された。1890年代からの助言義務生成期に蓄積された判例群は、破毀院Req., 22 janv. 1890, D.91. 1. 194, Recueil Sirey(以下S. )90. 1. 460; 破毀院Civ., 6 août 1890, D. 91. 1. 195, S.92. 1. 252; 破毀院Civ., 8 nov. 1899, D. 1900. 1. 22, S. 1902. 1. 410; 破毀院Req., 6 nov. 1905, D. 1908. 1. 537, note L.G.; 破毀院Civ., 9 mai 1916, D. 1921. 1. 24, S. 1918-1919. 1. 77; 破毀院Civ., 21 juil. 1921, D. 1925. 1. 29, S. 1922. 1. 172; Dijon控訴院, 15 mars 1933, Dalloz, hebdomadaire de jurisprudence Dalloz(以 下D.H. )1933. 293; Dijon控訴院, 28 juin 1934, D.H. 1934. 500; 破毀院Req., 26 oct. 1937, S. 1938. 1. 23, ― 331 ― Gazette du Palais(以下 Gaz. Pal. )1937. 1. 927; JurisClasseur périodique (Semaine juridique)(以下 J.C.P. )1938. 2. 135, 破毀院Req., 8 mai 1939, J.C.P. 1940. 2. 1504, Gaz. Pal. 1939. 2. 275などである。 37 そもそもある具体的な側面における公序を 1 つの性質に決定する必要はなく多元的な性質を持つものとして 認識する余地もあるだろう。 38 日本では若干範囲の異なるものの専門家責任と呼ばれる領域である。 (日本評論社,1993) 9 頁, 39 下森定「第一章日本法における「専門家の契約責任」」川井健編『専門家の責任』 16-18頁。 40 円谷峻「第二章日本法における「専門家の不法行為責任」」注39,51頁,64頁。 41 能見善久「第二章専門家の責任―その理論的枠組みの提案」専門家責任研究会編『専門家の民事責任』別冊 NBL28号(1994) 4 頁。 42 公証人に国賠 1 条の責任が認められた場合に公証人個人は責任を負わない旨を判示したものとして最三昭和 30年 4 月19日民集 9 巻 5 号534頁。日本における公証人の法的責任については、飯塚和之「第 9 章公証人の 責任」注39,245頁や宇賀克也「公証行政に関する国家賠償(上・下)」ジュリスト1009号40頁,1010号61頁 (1992)など参照。 43 Biguenet-Maurel, Le Devoir de Conseil des Notaires, 2006, Defrénois, Collection de Thèses, t16に詳しい。 44 詳細は、注26後藤、馬場を参照。なお、Ghestinは1962年の時点では、情報提供義務を一定の事情が存在す る場合に例外的に限定的に認めているにすぎないが、その一事情として、一方当事者が特別の資格qualité spécialeを持ったものの場合を挙げ、その具体例として公証人を挙げている。注26馬場100頁、同102頁。 45 Poulpiquet, supra note13, p10s., no04.20s.; Faggion et al., Le notaire, entre métier et espace public en Europe Ⅷe-ⅩⅧe siècle, 2008, Publications de l'Université Provance. 46 近年の関心として、ヨーロッパ法との関係で公証人職は問題となっている。また、Mekki先生を中心に迎え、 「公証人職の将来」という題目の下、2014年 9 月21日に早稲田大学比較法研究所日仏セミナーが開催された。 近年における公証人への問題関心を示すものである。 47 Faggion et al., supra note45は、公権力や公的な権威及び公空間espace publicと公証人の関係につき、歴 史学的な検討を行う。そこでは、公証人は公空間の形成の一端に参与する存在として分析されている。 ― 332 ―