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被疑少年取調と適正手続保障 : アメリカ少年法における
権利放棄準則の展開(その2・完)
葛野, 尋之
一橋研究, 13(4): 59-85
1989-01-31
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://doi.org/10.15057/6025
Right
Hitotsubashi University Repository
被疑少年取調と適正手続保障
59
被疑少年取調と適正手続保障
一アメリカ少年法における権利放棄準則の展開(その2・完)一
幕 野 尋 之
皿 実証研究の紹介
被疑少年の権利放棄に関する準則が展開する中で,それに関するいくつかの
実証研究が行われた。ミランダ警告によって告知される諸権利についての少年
の理解力に関する研究は,少年は単独では真に有効な権利放棄を行う能力を欠
いているという絶対準則の基礎となる認識に支持を与える認定を提供している。
また,取調への親の立会が有する手続的保障の効果に疑問を投げかけるものも
ある。これらは,被疑少年の権利放棄に関する法の展開,とりわけ学説の展開
に大きく寄与したのである。本来,実証研究の成果を紹介するにあたっては,
その研究過程に関する種々の事項を十分に検討したうえで,それとの関係にお
(1)
いて当該研究が有する妥当性を評価しなければならない。しかし,本稿におい
てはそれを行うことができず,ごく簡単な紹介にとどめざるをえない。
11〕ファーガソンとダグラスによる研究
ユ969年に実施され,70年に報告された,カリフォルニア州サン・ディエゴ郡
次席検事ファーガソンとサン・ディエゴ大学ロー・スクール講師ダグラスの研
究は,ミランダ警告によって告知される諸権利の少年の理解力に関するもので
(2)
ある。少年が自己の権利を十分な理解と合理的判断に基づき放棄しうるかを半1」
断する目的で,サン・ディエゴ市警察署において実務上用いられているミラン
ダ警告とそれを簡明な語句によるものに修正した警告とのそれぞれについて,
少年の理解度が調査された。標本は,2つのサン・ディエゴ郡拘禁施設に収容
されている少年と2つの一般の中学校の生徒との計90人であった。身柄拘束中
の警察取調に類似した状況下において,45人に公式のミランダ警告が,残り45
人に修正された警告が与えられ,少年が権利放棄し任意に供述を申し出た後,
それらの少年についてミランダ警告の構成要素(黙秘権,供述の不利益使用の
60
一橋研究第13巻第4号
可能性,弁護人依頼権,尋問前または尋問中いつでも弁護人を要求する権利,
および公費による弁護人の選任)の中のいくつを識別できるかが,面接調査さ
れた。その結果,言十90人中86人が任意に権利放棄した。しかし,そのうち満足
いく理解をしていたのは5人にすぎず,81人(94%)は「十分な理解と合理的
判断に基づく」放棄という法の基準に満たない権利放棄をしたとする。少年の
理解が最も低かったのは,尋間前または尋問中いつでも弁護人を要求する権利
にっいてであった。また,公式の警告と修正された警告との問で,少年の権利
の理解について有意な差異はなかったと結論してい乱
{2)グリッソーらによる一連の研究
①被疑少年の取調手続,黙秘権放棄の頻度に関する研究
セント・ルイス大学心理学部に所属する社会心理学者グリッソーらは,被疑
少年の権利放棄に関する一連の調査を行った。まずユ977年に公表されたのは,
(3)
現実の被疑少年の取調手続および黙秘権放棄の頻度に関する調査である。セン
ト・ルイス郡のあるミズーリ州において,74年には,警察は,少年の身柄を拘
束した場合身柄を直ちに少年裁判所係官(通常は拘禁センター)に送致するこ
と,およびできるだけ速やかに親または後見人に通知することが「勧告」され
ていた。しかし,ミランダ法則の遵守の他には,何らの絶対的な手続規準も存
(4)
存しなかった。75年初に至って,73年ミズーリ州控訴裁判所K.W.B.半1」決が
「利害に関心を持つ成人」準則を適用したことに対応して,少年の権利放棄に
際して少年裁判所係官および親,後見人または弁護入が立会うことが自白の許
容性の要件となるであろうことが内部通達された。間もなく州の警察官職務執
行マニュアルもこのような手続を要求した。本研究は,1974年から75年にセン
ト・ルイス郡少年裁判所に重罪について送致された事件から無作為抽出によっ
て491人707件の送致を標本とし,その事件記録を分析した。その結果,第1に,
全送致件数(74年330件,75年377件)中,取調が行われたことが言己録に明記さ
れたものは,74年39.7%,75年34,2%であり,取調が行われたことが記録から
推認されるものは,同じく34.8%,30.O%であった。これらの合計は同じく74.
5%,64.2%である。ミランダ警告は,これらについて80∼90%程度行われて
いる。取調が明記されたものについて,74年において親の立会は約50%あった
が,少年裁判所係官の立会は約12%にすぎない。75年においては親は約70%,
少年裁判所係官は約57%に立会った。しかし,両年ともに弁護人の立会はO.8
被疑少年取調と適正手続保障
61
%にすぎない。第2に,取調に対する少年の反応については,74年と75年との
間にほとんど全く差異はなかった。両年について取調が明記されているものと
推認されるものとを合わせて,何らかの供述がなされたのは90.6%であり,黙
秘権の放棄を拒否または供述を拒否したものは9.4%にすぎない。このような
認定から,重罪について送致された事件では被疑少年取調の頻度は非常に高く,
取調を受けた少年のほとんどは自己の黙秘権を行使しないこと,および75年に
至って実施された手続的保障は被疑少年の権利放棄の頻度に影響しないことが,
結論されている。
②告知された諸権利の理解に関する研究
1980年に公表された研究は,少年がミランダ警告によって告知される諸権利
(5)
をどの程度理解することができるかについての調査であった。セント・ルイス
郡拘禁センターおよび少年矯正施設に収容されている少年,ならびに対照実験
用に203人のハーフウェイ・ハウスに居住するパロールに付された者と57人の
犯罪歴のない者とを含む成人を対象に,第ユに,セント・ルイス郡で実務上用
いられる標準的なミランダ警告に含まれる語句の理解度が,第2に,ミランダ
警告によって告知される諸権利の機能および意味の理解度が調査された。少年
の標本数は,第1の点に関する3つのテスト中2つについて431,残りの1つ
について105,第2の点に関する1つのテストについて160であった。このよう
な調査に基づき,要約的に次のように結論されている。すなわち,①類型的に,
15歳未満の少年は,語句の理解と諸権利の機能・意味の理解との双方について,
絶対的基準および成人との比較による相対的基準の何れによっても理解したと
は言えない。その大多数が,ミランダ警告が含む4つの権利のうち少なくとも
ひとっを誤解していた。また,成人と比較した場合,諸権利の機能・意味の理
解は著しく低い。②類型的に,ユ5・16歳の知能指数80未満の少年は,双方の理
解について何れの基準によっても理解したとは言えない。③類型的に,16歳の
少年はユ7歳∼22歳の成人と同程度の理解をしている。しかし,15・16歳の知能
指数80以上の少年の1/3∼1/2が,絶対的基準に従えば理解が不十分である。④
少年の性別ないし社会経済的地位は,諸権利の理解に対して有意な関連性を持
たない。また,人種は低い知能指数の少年についてのみ関連性を持つ。すなわ
ち,黒人少年の方が理解の程度が低い。⑤裁判所の手続に過去付された経験は
ミランダ警告の語句の理解度と直接の関連性を持たない。しかし,そのような
62 一橋研究 第13巻第4号
(6)
経験があれば黙秘権および弁護人依頼権の機能・意味についての理解は高まる。
③少年の権利放棄に対する親の態度に関する研究
1979年には,警察取調において少年の権利の効果的な擁護者の役割を親にど
の程度期待することができるかを評価する目的で行われた,権利放棄に関する
(7)
親の助言についての調査が報告されていた。セントリレイス市の高等学校(標
本I,408人)および中学校(標本I,345人)のP.T.A.会議に出席した計753
人を対象に,「15歳の男子少年が住居侵入,窃盗の容疑で逮捕され,尋問のた
め少年拘禁センターに収容された。少年の親は尋問に立会うように通告された」
という仮定的状況を示し,もしこの少年が自分の息子であったならば,どのよ
うな助言をどのような理由で与えるかを質問した。なお,用いた質問表にミラ
ンダ警告を示した。その結果,35%(標本I)および32%(標本I)が犯罪へ
の関与について何らかの供述をするように助言すると回答し,63%(I)およ
び66%(π)が黙秘を,57%(I)および58%(I)が弁護人の要求を助言す
ると回答した。しかし,黙秘およびまたは弁護人の要求を助言すると回答した
者も,その多くは,最終的には「自白」すべきだと考えているようだとしてい
る。すなわち,その多くはr弁護人または親が尋問に立会い,供述を補助する
時点まで」の一時的な黙秘を助言するのである。また,供述を助言するのは,
全ての標本中約35%が正直に真実を話すことがr道徳的に」正しいことだとい
う理由に,同じく約20%が自己の行為について正しくr責任」を負うべきだと
いう理由に,また同じく約40%が供述した方が受ける処理ないし処分が結果的
に軽くなるというr戦略的」理由による。以上の認定に基づき,「当該問題に
関する親の指導・助言は,多くの場合,法的訓練を受けた弁護人の十分な代替
(8〕
にはならない」と結論している。
また,この報告には次のような調査結果が合わせて紹介されている。すなわ
ち,1978年セント・ルイス郡における親が立会った警察取調390件について,
現実に少年に対して権利放棄に関する何らかの助言を与えた親は全体の約1/3
にすぎなかった。そして,そのうち約60%が黙秘権および弁護人依頼権の放棄
を助言し,権利放棄をするなという助言を与えた親は約ユ6%(全体の約4%)
にすぎなかった。ここから,親が取調に現実に立会ったとしても,少年に対し
て全くまたはほとんど助言を提供することはなく,親の立会は警察取調の結果
(9)
に対して何らの認めうる効果も与えないとしている。
被疑少年取調と適正手続保障
63
V 権利放棄準則をめぐる議論
一手続的権利保障のr実質化」という観点から一
11〕手続的権利保障のr実質化」
身柄拘束中の取調において被疑少年の権利放棄が真に有効なものとしてなさ
れることを確保するためには,成人被疑者の場合と異なる特別な有効性判断の
基準またはより手厚い手続的保障が必要とされるのではないかという関心が,
(lo≧
被疑少年の権利放棄に関する準則の展開を生んだ。この権利放棄準則の展開に
おいて,一連の合衆国最高裁判決が示した基本的な考え方は重要な意味を持つ
ものであった。ユ967年合衆国最高裁ゴールド判決は,憲法上の適正手続の要件
として黙秘権の保障を判示する際,少年による当該権利の放棄については,成
人の被疑者・被告人による場合とは異なるr特別な問題」が生じることを指摘
した。そこから,半1」決は,少年の自認の許容性を判断するうえでは「最大限の
配慮」が必要であると説いた。またそれに先立ち,合衆国最高裁は,48年ギャ
レゴス判決および62年ヘイリー判決において,刑事訴追された少年の自白の許
容性を判断するうえで,それぞれ一般論として「特別な配慮」ないし特別な取
(=1)
り扱いが必要であると述べていた。ここから,被疑少年の自白ないし権利放棄
の取り扱いについては,最大限の配慮ないし特別な配慮が必要であることが,.
(12)
一般に認められてきたのである。
それでは,なぜ,被疑少年の権利放棄について特別な問題が生じ,その取り
扱いについて最大限の配慮ないし特別な配慮が必要とされるのであろうか。そ
(13)
れは,一般に,少年のr未成熟性」のためであると説明されている。この未成
熟性とは,身柄拘束中の取調ないしそこにおける被疑少年の権利放棄との関係
でいかなる意味を持つのであろうか。この点について,ある論者は,先の3つ
の合衆国最高裁判決の分析を通じて次のように説明している。すなわち,被疑
少年の権利放棄に関して生じる特別な問題ないし困難性は,身柄拘束中の取調
との関係で少年の一般的特性として存在する成人に比べてのそのr著しい弱さ
(greatervu工nerabih七y)」に起因するとする。さらに,このr著しい弱さ」
は次のような少年一般に顕著な特性に基づくものだとする。それは,第王に,
ミランダ判決が指摘した身柄拘束中の警察取調に内在する強制的圧力に耐え,
それに抗しうるほどには,少年は十分な情緒的成熟を得ていないこと(情緒的
未成熟性〔emotiona1immaturi七y〕)であり,第2に,ミランダ警告によって
64
一橋研究 第13巻第4号
告知される諸権利の意味,および権利放棄・自白によってもたらされる結果に
ついて十分な理解をし,それらに関して合理的判断をなしうるほどには,少年は
十分な知能的成熟を得ていないこと(知能的未成熟性〔menta王immaturity〕)
である。そして,このような少年の情緒的・知能的未成熟性は,被疑少年の権
利放棄の有効性に対して極めて大きな影響を有するとする。すなわち,身柄拘
束中の取調において,一方で,少年の情緒的未成熟性は権利放棄がr任意に」
なされることを妨げる要因として働く。他方,少年の知能的未成熟性は権利放
棄が「十分な理解と合理的判断に基づき」なされることを妨げる要因として作
用するのである。こうして,身柄杓東中の取調との関係において少年の一般的
特性である情緒的・知能的未成熟性は,有効な権利放棄を困難にする要因とし
て作用し,その意味において,被疑少年の権利放棄については成人被疑者の場
合と異なる特別な問題が生じるのである。このような少年の情緒的・知能的未
成熟性に照らして,被疑少年の権利放棄が真に有効になされたかを判断するに
ついて,あるいはこのような未成熟性の権利放棄に対する影響を排除するため
(工4〕
に,特別な配慮ないし特別な手続的保障が必要とされるとするのであ乱
以上のような意味での最大限の配慮ないし特別な配慮の要求は,身柄杓東中
の被疑少年取調における適正手続保障との関係で,いかなる意味を持つのであ
ろうか。ミランダ判決は,有効な権利放棄を要件として,弁護人の立会を欠く
取調の結果採取された供述であっても許容されうる場合を認めた。このことは,
被疑者が有効な権利放棄を行いうること,言い換えれば,被疑者が自己の権利
を行使するかそれとも放棄するかについての決定を「任意に,かつ十分な理解
と合理的判断に基づき」行いうることを前提としていた。その意味で,ミラン
ダ法則がその意図された被疑者の権利保護の効果を十分に発揮しうるかどうか
(15)
は,まさに権利放棄の問題に左右されるのである。被疑者の有効な権利放棄こ
そがミランダ法則による効果的な手続的保障の不可欠の前提なのであるから,
被疑少年の権利放棄について,その情緒的・知能的未成熟性のゆえに成人被疑
者の場合と異なる特別な問題が生じるということは,すなわち,ミランダ法則
が有する手続的保障の効果が,通常,被疑少年に対しては成人被疑者の場合ほ
ど期待できないことを意味する。そうして,被疑少年の権利放棄についての最
大限の配慮ないし特別の配慮の要求は,そのような配慮によって被疑少年の有
効な権利放棄を確保し,それを通じてミランダ法則が有する手続的保障の効果
被疑少年取調と適正手続保障
65
を被疑少年に対しても実質的なものとして確保しようとすることの要求に他な
らない。言い換えれば,身柄拘束中の取調において被疑少年の情緒的・知能的
未成熟性が,その有効な権利放棄を妨げる要因として作用していないかを精査
するために,あるいはそのような要因として働くことをあらかじめ防止するた
めに,被疑少年の権利放棄について特別な配慮または特別な手続的保障が要求
されるのであり,そして,このことは,被疑少年に対するミランダ法則が有す
る手続的保障の効果の実質化,すなわち身柄拘束中の取調における被疑少年に
対する手続的権利保障の実質化という要求を意味するものなのである。
12〕手続的権利保障のr実質化」と権利放棄準則
被疑少年の権利放棄について要求される最大限の配慮ないし特別の配慮は,
身柄杓東中の取調を受ける被疑少年に対してミランダ法則が有する手続的保障
の効果を実質化するという要求に他ならない。被疑少年の権利放棄に関する準
則は,このような意味における手続的権利保障の実質化を目指して展開してき
た。権利放棄準則の展開には,このような最大限の配慮ないし特別な配慮の要
求をいかにして満たすかという問題が投影されているのである。ここでは,権
利放棄の有効性に関してどのような判断基準を用い,まナこ権利放棄を採取する
にあたってどのような手続規準を設定することによって,被疑少年の有効な権
利放棄を確保し,被疑少年に対するミランダ法則の手続保障の効果を実質化し
うるかが問われるのである。
「事情の総合的考慮」準則は,被疑少年の権利放棄について直ちに特別な手
続的保障を要求することはなく,裁判所の事後的判断においてr実質化」の要
求に答えようとする。すなわち,裁判所が具体的事案において存在したすべて
の事情に照らして少年の情緒的・知能的未成熟性が有効な権利放棄を妨げる要
因として作用しなかったかを十分に精査し,そのうえで権利放棄の有効性を判
断することによって,r実質化」の要求に応じようとするのである。ここで,
権利放棄に際して親またはそれに代わる成人の援助が保障されたかという事情
を有効性の判断において重視する裁判所判決が多く存在するとも指摘されて
(I6)
いる。しかし,判断基準および手続規準としての明確性を欠くこの準則によっ
ては,現実にはすべての場合に有効な権利放棄を妨げる事情が十分に考慮され
ることはなく,被疑少年の有効な権利放棄は確保されないと批判されている。
これは,この準則がミランダ法則の手続的保障の効果を実質化させるうえで不
66
一橋研究 第13巻第4号
十分であるという批判に他ならない。
それに対して,絶対準則は,被疑少年の権利放棄の採取にあたって絶対的に
従うべき特別な手続要件を定めることによって「実質化」の要求に答えようと
する。すなわち,協議,立会という形でのr利害に関心を持つ成人」または弁
護人の援助をいかなる場合にも保障することによって,被疑少年の有効な権利
放棄を確保するための手続を事前に要求するのである。「利害に関心を持っ成
人」または弁護人の援助によって,身柄杓東中の取調における少年の情緒的・
知能的未成熟性を補完し,これらが有効な権利放棄を妨げる要因として作用す
(17)
ることを未然に防ごうとする。こうして,有効な権利放棄を確保し,被疑少年
に対するミランダ法則の手続的保障の効果を実質化しようとするのである。一
サ
して,このような絶対準則についても,親をその典型とする「利害に関心を持
つ成人」の援助によっては必ずしも少年の情緒的・知能的未成熟性は補完され
ず,有効な権利放棄は確保されないと主張されれ「弁護人の必要的関与」準
貝11は,有効な権利放棄を確保し,被疑少年に対するミランダ法則の手続的保障
の効果を十分に実質化するためには,法律家である弁護人の援助こそが必要だ
とされるのである。
13〕r社会の安全」の要求と権利放棄準則
被疑少年の権利放棄に関する準則は,いずれも,有効な権利放棄を確保する
(18)
ためには特別な配慮が必要だという認識を基礎に置いでい孔しかし,権利放
棄準則の展開において,被疑少年の有効な権利放棄の確保,すなわち被疑少年
に対するミランダ法則が有する手続的保障の効果の実質化という要求に対して
は,しばしば外在的な制約が働く。それは,被疑少年に対する効率的かつ取り
こぼしない的確な法執行を強調する「社会の安全」の要求である。r実質化」
の要求を強調し展開した絶対準則に対しては,それが被疑少年からの権利放棄・
自白の採取を著しく困難にし,効率的かっ的確な法執行の重大な妨げになると
(19)
いう批判がしばしばなされているのである。
1979年合衆国最高裁フェアー判決は「事情の総合的考慮」準則を適当だとし
たが,その根拠として,とりわけr様々な前歴を持つ経験豊富な年長少年」は
単独でも有効な権利放棄をなしうるであろうことを指摘し,この準則がそのよ
うな少年を取り扱ううえでr警察および裁判所に厳格な柔軟性のない制約を課
さずにすむ」ことをあげてい乱また,83年ペンシルヴエニア州最高裁クリス
被疑少年取調と適正手続保障
67
マス半一」決は,「社会の利益および正義の実現という利益」の達成を強調して,
先例を覆し,「利害に関心を持つ成人」準則の適用を排除した。さらに,テキ
サス州法におけるr弁護人の必要的関与」導員1」の規定に対しても,それが効率
的かつ的確な法執行の重大な妨げになるとして痛烈な批判がなされ,被疑少年
からの権利放棄・自白の獲得を容易にする目的に基づく法改正へと至ったので
(20〕
ある。
被疑少年の権利放棄に関する準則の展開には,このように,r実質化」の要
求と「社会の安全」の要求との対抗を見ることができる。権利放棄準則には,
これら二つの対立する要求についてそれらをどのように調和させるか,あるい
はどちらを重視するかという問題が投影されているのである。すなわち,「事
情の総合的考慮」準則は,権利放棄の有効性の判断にあたりいかなる事情をい
かに評価するかを裁半1」所の裁量に委ね,同時に絶対的な手続要件を定めないこ
とによって,法執行に対する抑制を最小限にとどめようとする。効率的かつ的
確な法執行を強調するr社会の安全」の要求に基づき,被疑少年の権利放棄・
自白の獲得を相対的に容易にするr柔軟な」手続を許容し,それによって,逆
にr実質化」の要求は制約を受けるのである。他方,絶対準則は,よりr実質
化」の要求に基づき,被疑少年の有効な権利放棄の確保のために厳格な手続要
件を定める。それによって,法執行への抑制の度合いは高まり,r社会の安全」
の要求は制約されることになる。そこでは,単独で有効な権利放棄をなしうる
であろう少年,あるいは合衆国最高裁フェアー判決に述べられたr様々な前歴
を持っ経験豊富な年長少年」に対する法執行をr過度に」制約し,r必要以上
の」手続的保障を与えるということ以上に,単独では有効な権利放棄をなしえ
ないであろう多くの少年に対して必要かつ十分な手続的保障を与えることが重
(21)
視されるのである。
(4〕近年におけるアメリカ少年法制の変革との関わり
このように,「実質化」の要求とr社会の安全」の要求との対抗の中で展開
してきた被疑少年の権利放棄準則は,近年,特に1970年代後半以降におけるア
メリカ少年法制の変革との関係でどのように捉えることができるであろうか。
まず,アメリカ少年法制の変革の動向を,主として連邦レベルの政策の動向に
(22)
注目し概観してみよう。
68
一橋研究 第13巻第4号
①ユ960年代から70年代半
近年における少年法制の変革の前提として,1960年代後半から70年代半まで
の変革の動向にも触れなければならない。この期において,パレシス・パトリ
エの法理をその基礎としつつ,個々の少年の福祉・教育を目標として,科学的
アプローチおよび手続の非形式性を強調してきた伝統的少年司法に対する批半1」
が噴出した。それは以下の点についてのものを含んでいた。すなわち,①無数
の少年が不必要にも抑圧的取り扱いを受け,非行少年の烙印を貼与されている。
②少年司法制度は少年の,とりわけ重大犯罪をした少年の社会復帰ないし再犯
防止に成功していない。それどころか,少年司法制度に取り込まれることによっ
て,少年が再犯に至る可能性はより高くなる。③現実に運用されている手続お
よび処遇は恣意的濫用に及ぶことが多く,はなはだしい人権侵害を生んでいる。
ラベルのいかんは別として,少年裁判所の手続を経た少年が収容されているの
(23)
は,多くの場合r処罰のための刑事施設」に他ならない。要するに,現実の少
年司法制度は少年に対する保護的な配慮も効果的な処遇も提供していないとす
る,制度の理想と現実との落差に対する批判であった。そして,このような批
判は,少年裁判所の権限を大きく縮小すべきだという主張を生みだしたので
(24)
ある。
伝統的な少年司法制度に対してこのような批判がなされる中,非行について
逮捕される少年および少年裁判所が処理する事件数の一貫した増加傾向は,少
年非行に対する公衆の強い関心を生み,少年非行の統制あるいは少年司法制度
の改革に関する問題を国家的関心事にまで高めた。60年代を通じて増加する犯
罪および非行に対処するため,65年にジョンソン政権下において法執行および
司法運営に関する大統領委員会が設けられた。67年に公刊された当委員会報告
(25)
書r自由社会における犯罪の挑戦」および特別委員会報告書r少年非行および
(26〕
青年犯罪」は,貧困,差別,機会の欠如という社会構造の中に非行原因を求め
ると同時に,少年司法制度それ自体が持つ問題点を鋭く指摘しれ少年裁判所
について,rそれは,非行に至った青少年を社会復帰させること,非行傾向を
減少または抑制すること,少年犯罪者に対して正義と同情をもたらすことの何
(27)
れにおいても,これといった成功を収めていない」と断じナこのである。すなわ
ち,一方で,少年の福祉・教育ないし少年の社会復帰という目標を掲げながら
も,現実の少年司法制度はおよそそのような目標を達成しうるものとして運営
被疑少年取調と適正手続保障
69
されてはいない。少年司法制度の理想と現実との問には著しい落差があると指
摘したのである。他方,ラベリング論の主張に基づき,少年裁判所の公的手続
が実際に非行をより助長・促進する可能性を指摘した。こうして,少年裁半1j所
前の手続における処遇の開発・整備の必要性と重要性が強調され,少年裁判所
の権限縮小が求められたのである。このような視点に基づく主要な具体的政策
提言としては,①ステイタス・オフェンスに対する少年裁判所の管轄の排除,
②ティバージョンの積極的活用による公的手続の回避,③代替手段の活用によ
る施設収容の回避,および④少年裁判所手続に付された少年に対する適正手続
保障を含むものであった。
ここに示された適正手続保障の提言は,その後一連の合衆国最高裁判決を通
じて大きな展開を見せた。また,その他の政策提言については,ニクソン政権
下における刑事司法の基準および目標に関する国家諮問委員会による73年の報
(28)
告書によって改めて支持を受けた。そして,これらの委員会が提示した諸政策
の全国的実現を目指す連邦政府の積極的活動は,1968年少年非行防止および統
(29)
制法を経て,関係専門家集団および関係利益団体の広汎な支持を背景に,議会
(30)
の圧倒的多数をもって制定された1974年少年司法および非行防止法によって著
しく拡大した。少年司法に関するかつてない包括的な連邦法である本法は,非
行防止プログラムの開発・整備とともに,ティバージョンおよび施設収容の回
避を全国的規模で促進することを主要な目的としていた。少年司法および少年
非行問題の責任機関として連邦司法省の下部機関である少年司法および非行防
(31)
上局(OJJDP)が設置され,それを通じて各州に補助金が支給されたのである。
連邦政府の積極的活動の中,具体的な諸政策の実現の程度は全国一様ではな
(32)
いと指摘されてい孔クリスバーグとシュウオーツは,ユ974年から79年までの
少年司法の全国的運用に関する公式統計を分析した結果,ステイタス・オフェ
ンスの少年裁判所の管轄からの排除という改革はかなり顕著な成果を見せたが,
犯罪少年に対する少年司法の干渉の排除はさほど大きな成果をあげていないと
(3冒)
している。また,数多くのティバージョン・プログラムが積極的に実施された
が,プログラムの効果に対する疑問とともに,少年裁判所以外の機関による社
会統制のr網の拡大(net−Widening)」という潜在的効果の著しい拡大や適正
(34)
手続の欠如といった新たな問題点も指摘されている。施設収容回避について,
先のクリスバーグとシュウオーツの分析によれば,全国的傾向として拘禁セン
70
一橋研究 第13巻第4号
ターおよび少年院への収容はいくぶん減少しているものの,これらの施設への
(35)
収容率は州によって大きく異なることが示されてい乱
②ユ970年代後半から80年代
以上のような,少年司法ないし少年裁判所の権限縮小を主眼とする基本的に
リベラルな方角に向かった改革は,ユ970年代後半に至り,保守的傾向を反映し
(36)
た方向への改革へと生まれ変わる。少年裁判所からのティバージョンの積極的
活用と同時に、少年裁判所手続に付された少年について,一方で,犯罪行為に
ついての応報的なr責任」を強調し,他方で,抑止効を過ぎての犯罪(非行)
(37)
統制を強調する少年司法が近年における変革の中で生じているのである。
(38) (39〕
フェルドおよびルビンの指摘を整理すれば,もちろん州によってその程度は
一様ではないが,近年の変革は次のような諸局面において現れているとされ乱
すなわち,①ステイタス・オフェンスの少年裁判所の管轄からの排除,または
ステイタス・オフェンスに対する少年裁判所の干渉の著しい限定,②立法また
は少年裁判所の管轄権放棄によって,一定の重大犯罪少年について,通常の刑
事手続による処理の拡大・積極化,③手続の方式性を強調する適正手続の導入
によってもたらされた,少年の二一ドの判断から非行事実の有無の判断への少
年裁判所手続の焦点の移行,④少年の二一ドないし最善の利益ではなく,当該
犯罪行為の重大性および前科・前歴の程度に均衡した定期処分の決定,⑤重大
犯罪少年および常習非行少年に対する処分の厳格化,⑥被害者のr権利」への
関心を背景とする賠償の積極的活用,および再犯防止の観点からの罰金処分の
拡大・積極化,⑦インテクから処分決定に至る手続の様々な場面における検察
官の関与の拡大,⑧少年法の目的規定における,社会の安全の保護ないし犯罪
からの公衆の保護,および犯罪行為についてr責任」を問うという観点の導入
という諸点であ乱このような諸局面に現れた変革は,伝統的な少年司法の理
念・性格とは明らかに相容れないものであり,フェルドが指摘する通り少年司
法の「刑事司法化」に向かう変革を示すものである。
また,クリスバーグらは公式統計の分析を通じて,70年代後半以降,全国的
な現実の制度運用において次のような傾向が見られると指摘している。①少年
の人口構成比は減少し,少年の被逮捕者数も1974年をピークとして減少してい
る。すなわち,工975年から82年にかけて,総数でユ5%,殺人,強姦,強盗およ
び加重暴行罪という重大暴力犯罪について15%,またステイタス・オフェンス
被疑少年取調と適正手続保障
71
について64%減少してい乱しかし,②警察による少年裁判所への事件送致率
の増加,および通常の刑事裁判所への事件送致率の急増が見られる。③少年裁
判所の処分が厳格になっている。すなわち,79年から8ユ年にかけて保護観察処
分の率が減少し,同時に施設収容および刑事手続への移送の率が増加している。
また,賠償および罰金処分の積極的活用が顕著である。④拘禁センターへの収
容について収容件数は減少しているが,収容期間が長期化している。⑤少年院
への収容について収容件数の増加と収容期問の長期化が見られる。⑥施設収容
率および期問については州による差異があ乱⑦少年院その他矯正施設収容に
ついて,公営施設への収容の割合が減少し,民営施設への収容の割合が増加し
(40)
ている。そして,これらの認定から,クリスバーグらは少年司法運用の全国的
傾向はより方式的に,より自由拘束性が高く,より処罰自勺になっているとして
いる。また,少年矯正施設は,ますます人種的小数者である黒人およびスパニッ
(41)
クによって占められる傾向にあるとも指摘している。
このような近年におけるアメリカ少年司法の変革の背景について,どのよう
(42)
なものが考えうるであろうか。以下の諸点が重要であると思われ乱舞1に,
アメリカにおける少年非行の状況である。連邦捜査局(FB互)が集計・発表す
(43)
る統計によれば,1960年代を通じて,非行について逮捕された少年の全人口に
対する比率は増加し,74年にピークを迎えた。しかし,76年以降は減少傾向に
ある。また,殺人,強姦,強盗および加重暴行という重大暴力犯罪について逮
捕された少年の総人口比は,75年以降も減少傾向を示さずほぼ一定である。し
かし,それが著しい増加傾向を示しているのでもないことに注意しなければな
らない。(グラフI,I参照)少年非行の状況との関係でより重要なことは,
それが公衆の観念においてどのように受けとめられているか,言い換えれば,
少年非行ないし少年司法制度に対してどのような世論が形成されているかとい
うことである。世論は,公式統計が示す少年非行の状況を正しく反映してはい
(44)
ないと指摘されている。この点について,ガルヴィンとポークは,ユ982年に公
表された全国世論調査の結果を紹介している。それによれば,「重大少年犯罪
の発生率は,一貫したかつ驚くべき増加を続けている」という質問に対して,
87%が賛成し,うち63%が強く賛成している。r少年犯罪問題は,多くの人々
が言っているほどには,現実には深刻ではない」という質問に対して,賛成は
15%であり,うち強い賛成は6%にとどまっている。また,r少年裁半1」所は,
72
一橋研究 第13巻第4号
グラフI
130
18歳未滝被逮捕者人口比(1966∼85)
人口比(:10,000)
ユ20
110
100
90
80
・ … 70 ・ … 75 . . ・ ・ 80 ・ … 85
F.B.I.,UNIFORM CRIME REPORT
グラフ皿
18歳未満重大暴力犯罪被逮捕者人口比(1966∼85)
人口比(110,000)
・ … 70 ・ . ・ ・ 75 ・ . ・ . 80 ・ . ・ ・ 85
F.B.I.,UNIFORM CRIME REPORT
重大犯罪行為を認定された少年に対して甘すぎる」という質問に対して,73%
が賛成し,うち45%が強く賛成している。しかし,r少年裁判所制度の主要な
目的は,処遇および社会復帰にあるべきだ」という質問に対しては,78%が賛
成し,うち52%が強く賛成しているという,一見r矛盾した」回答結果が示さ
(45)
れている。そして,このような世論は,他の要因と重なりあい,公衆の犯罪に
対する恐怖へと至っている。また,公衆の多くは,それが現実の犯罪状況の悪
(46)
化に基づいていると信じている。この犯罪に対する恐怖は,少なくとも重大犯
被疑少年取調と適正手続保障
73
罪者については,成人と少年との区別的取り扱いという関心を失わせる。重大
犯罪少年について,成人に対してと同様の厳格な処罰的対応が求めるのである。
さらに,公衆の犯罪に対する恐怖を背景に,一定の政治的勢力は重大非行少年
に対する厳格な対応を求める政治的圧力を形成する。このような公衆の犯罪に
対する恐怖,そしてその結果生じた政治的圧力が,近年における少年法制の変
(47)
革の推進力になっていると指摘されているのである。
第2に,刑事司法全体にわたる動向と軌を一にしたものとして,従来のアメ
リカ刑事司法制度が依拠してきた社会復帰理念の衰退をあげることができる。
ここで,工960年代後半以降の増加する犯罪および刑務所暴動を背景として,社
会復帰を目標とする処遇が再犯防止の観点から効果的ではないとする批判が,
社会復帰理念の衰退に寄与したことは否定できない。たとえば,1966年に開始
され,74年に報告されたマーチンソンらによる社会復帰プログラムの効果に関
する研究は,1945年から67年の間のそれに関する23ユの資料を再検討し,それ
らが扱った社会復帰プログラムについて,「いくつか稀有な例外はあるが,今
までに報告されてきた社会復帰の試みは,再犯に対して評価しうるような効果
(48)
をほとんどあげていない」と断じた。マーチンソンらによるこの研究に対して
は,様々な角度から問題点が指摘されているものの,r社会復帰を通じて再犯
を減少させる確実な方法を現に我々が持っているという希望を正当化する根拠
(49)
は,ほとんど全く提供されていない」という結論は,従来信じられてきたいわ
ゆる医療モデルに基づく社会復帰処遇の効果に対して強い疑問を投げかけ,社
会復帰理念の衰退に影響力を与えたのである。
再犯防止上の効果への疑問に加えて,社会復帰理念に基づく諸制度について,
それが運用上はなはだしい不公正を生み出しているという批判がなされた。具
体的には,アメリカ刑事司法の中核的要素であった不定期刑制度について,そ
の運用に伴う量刑,パロールの決定という場面での裁量の行使において,不統
一かつ著しく盗意的・差別的運用がなされ,不当に人権を侵害しているとされ
(50)
たのである。他方,社会復帰理念およびそれに基づく諸制度に対しては,社会
復帰処遇の再犯防止上の効果への疑問を強調し,効率的な犯罪統制のために刑
罰の持つ抑止効と施設収容が有する隔離・無害化の効果とに注目する立場から
(51)
の批判もなされている。効率的な犯罪統制を実現するために,「有罪とその報
いとしての処罰との結合一すなわち正義一が確立され,それが治療と予測され
74 一橋研究 第13巻第4号
(52)
た将来の行動との結合に代替する」ことが主張される。ここにおいては,抑止
効と隔離・無害化の観点から確実かつ厳格な処罰を確保するために,不定期刑
制度の廃止が訴えられるのである。
社会復帰理念の衰退を分析したアレンは,社会復帰理念が台頭し支持される
ための社会的・文化的条件として,①人格および人間行動の変容可能性に対す
る広汎かつ強力な確信の存在,ならびに②社会復帰とは何を意味するか,また
治癒した者としていない者とをどのように区別するかに関して合意の形成を可
(53〕
能にするほどの,価値観についての合意の存在という二点をあげている。しか
し,「政治的,社会的諸制度に対する信頼が急速に失われ,公共目的について
(54)
の意識も著しく減退している」ユ970年代のアメリカ社会においては,そのよう
な社会的・文化的条件が欠けているとする。そして,具体的には,犯罪増加に
対する恐怖に加え,公民権運動から発生した権力に対する敵意,ベトナム戦争
に対する抵抗,刑事制裁と政治的抑圧とを同一視するいくらかの黒人運動家の
傾向,およびウォーターゲートの経験が,社会復帰理念の衰退に寄与している
(55)
としている。
不定期刑制度の採用と並び,少年裁判所制度の導入がもともとアメリカ刑事
司法における社会復帰理念の台頭に基づくものであることに照らすならば,こ
の社会復帰理念の衰退は,少年の福祉・教育を目標とする個別化された科学的
アプローチという伝統的な少年司法制度の基礎を揺がすものであった。この点
は,1967年大統領委員会報告書,あるいは同年の合衆国最高裁ゴールド判決が,
制度の理想と現実との落差に注目し,伝統的少年司法制度を批判したのとは異
なっている。これらは,制度の現実を痛烈に批判しながらも,伝統的な少年司
(56)
法制度が有する特性を度重に保持しようとした。それに対して,ここに現れた
社会復帰理念の衰退は,伝統的な制度の目標それ自体の放棄,転換を迫るもの
であったのである。
背景の第3は,社会復帰理念の衰退と表裏の関係にある現象としての犯罪学
におけるいわゆる新古典学派の台頭である。新古典学派は異なる二つの立場を
含んでいる。それは,モリス,フォン・ハーシュらに代表されるジャスト・ディ
(57)
ザート論と,ウィルソン,ヴァン・デン・ハーグに代表される功利主義的犯罪
(58)
統制論とである。これらは何れも,刑事司法制度の目標としての社会復帰理念
の放棄を訴え,犯罪行為自体に対応する刑罰を主張し,r正義(juStiCe)」を強
被疑少年取調と適正手続保障
75
調する点において共通しており,具体的な政策提言においても重なり合う部分
が多い。しかし,基本的は発想においてこれらの間には大きな差異があ孔エン
(59)
ピイの整理に照らしながら,少年司法との関係でそれぞれの主張を見てみよう。
ジャスト・ティザード論は,国家権力の抑制ないし個人の人権抑圧の防止と
いう観点から,社会復帰理念および抑止目的を批判する。ジャスト・ティザー
ド(juS七deSert)すなわち「正当な報い」としてのみ,刑罰はr正義」の実
現として正当化されうるとするのである。そして,「濫用と裁量は一枚のコイ
(60)
ンの表裏である」として,司法制度のあらゆる場面での裁量の縮小を求める。
そこでは,個人的二一ドに基づく処分ではなく,当該行為が受けるに値する正
当な報いとして処分が決定される。非行をした少年にではなく,その犯罪行為
それ自体に注目し,犯罪行為に対する処分を行うのである。さらに,個人の人
権尊重および処分の正当な報いとしての正当化から,国家権力による干渉の謙
抑性が導かれる。これに対して,功利主義的犯罪統制論は,刑罰目的としての
犯罪抑止と施設収容が有する隔離・無害化の効果,およびそのような刑罰を通
じての社会の安全の保持を強調する。抑止効および隔離・無害化を通じて社会
の安全を効果的に保持しうるだけの刑罰が,「正義」の実現として正当化され
る。効率的な犯罪統制という観点から社会復帰理念は放棄され,このような意
味での「正義」にかなった確実かつ厳格な処罰の実現が求められるのであ孔
それぞれの立場からの具体的政策提言は次のようなものである。ジャスト・
ティザード論からは,①慈善の名の下に行われる法による抑圧を防止するため
に,ステイタス・オフェンスの少年裁半1」所の管轄からの排除,②犯罪者ではな
く犯罪行為それ自体に注目することから,通常の刑事責任を問う年齢の下限の
引き下げ,③少年の権利保護のため,広汎な裁量的権限を持つ少年裁判所の廃
止または根本的改革,④社会復帰を目標とする処遇ではなく正当な報いとして
の処罰,⑤処分決定における裁量を排除するために定期処分の採用,⑥当該行
為および前科・前歴に均衡する処分決定,⑦処分決定にあたって正当な報いな
いし「正義」の実現の観点からr最も人権侵害の小さい代替手段」の選択,⑧
したがって施設収容処分は「必要悪」およびr最後の手段」としてのみ選択さ
れる,という諸点が主張される。これに対して,功利主義的犯罪統制論からは,
①司法制度の目的は犯罪者の捕獲とその処罰にあり社会的サービスの提供には
ないから,ステイタス・オフェンスの少年裁判所の管轄からの排除,②「少年
76
一橋研究 第13巻第4号
は成人と同程度にまではその行為について責任を問われるべきでないというこ
とは確かである」が,r成人に適用されるものと同一の法の下で少年に責任を
問わないとする理由はほとんど存在しない」。成人についても少年についても,
(61)
その犯罪行為から「社会を防衛ないし保護する必要性は同一である」ことから,
通常の刑事責任を問う年齢の下限の引き下げ,③成人と少年との取り扱いを区
別する必要はないから,少年裁判所の廃止または根本的改革,④統一性を伴っ
た確実かっ厳格な処罰を通じて抑止効を確保するため定期処分の採用,⑤抑止
効と隔離・無害化の効果とを確保し社会の安全を保持するためには,重大犯罪
少年および常習犯罪少年には厳格な処罰すなわち施設収容処分がなされなけれ
ばならない。そのために,当該犯罪行為および前科・前歴の重大性に基づく処
分決定の導入,という諸点が主張される。このように,それぞれが基礎とする
立場は大きく異なるものの,具体的な政策提言は多くの点について共通してい
る。これらの政策提言は,伝統的な少年司法制度の理念とは全く相反するもの
であり,少年法制の著しい変革を要求するものである点で一致している。少年
司法をまさに「刑事司法化」させる主張なのであ乱
これら両派の主張は,現実の法制の変革の中でどのように実現されたのであ
ろうか。フェルドおよびルビンの指摘した変革の諸局面に照らすならば,それ
らはジャスト・デザート論の主張に基づくものであるようにも見える。しかし,
社会の安全の保護という法目的の強調,あるいは処分の厳格化という点に照ら
すならば,それらが功利主義的犯罪統制論の主張に合致するものであることは
明らかであ乱そうすると,ジャスト・ティザード論の主張に基づくかに見え
る諸点も,実は,少年犯罪,とりわけ重大なまたは常習的な少年犯罪に対する
確実かつ厳格な処罰の確保という観点からのものと考えられるのである。この
ような観点からは,ジャスト・ティザードとしての処罰の要求はまさに「目に
は目を。歯には歯を」という厳格な処罰の要求へと至る。そこでは,少年に対
して犯罪行為について厳しくr責任」を問うことが求められるのである。社会
復帰理念の衰退と犯罪に対する恐怖に対応するうえで,少年に対する処分の厳
格化ないし施設収容の積極化・長期化を否定するジャスト・ティザード論の主
張は,公衆および政治的指導者に受け入れられなかった。変革は,結果的に,
犯罪統制ないし社会の安全の保持という要求に合致した厳格化,すなわちいわ
(62)
ゆるタフ・ジャスティスの方向に向かっているのである。たとえば,ジャスト・
被疑少年取調と適正手続保障
77
ティザード論を最もよく反映したとされる1977年のワシントン州における改正
法についてみれば,ステイタス・オフェンスに対する少年裁判所の管轄が廃止
され,年齢ならびに当該犯罪行為および前科・前歴の重大性に基づき決定され
る定期処分が採用されている。しかし同時に,その目的規定においては犯罪行
為に対するr責任」が強調され,「犯罪行為からの市民の保護」が第1位にあ
(63〕
げられている。そして,施設収容の法定期間は長期化されているのである。こ
れらは,明らかに功利主義的犯罪統制論の主張に合致した方向である。
犯罪統制と社会の安全の保持とを強調する方角に向かう変革は,ユ980年代に
至り「法と秩序」を掲げるレーガン政権下での連邦行政府の示す政策において,
(64)
より顕著となったと指摘されている。当時のOJJDP局長レグナり一は,少年
犯罪の重大化(凶悪化)および常習犯罪少年問題の深刻化を前提としたうえで,
社会復帰理念に基づく伝統的な少年司法制度を犯罪統制のうえで失敗したとし
て非難す乱そして,抑止目的の強調,その意味において社会復帰に代わる司
法制度の任務としてのr正義」の実現を訴え,「犯罪者は犯罪者として取り扱
われるべきだ」として,特に重大暴力犯罪者について伝統的な成人と少年との
(65〕
区別の廃止という方向への改革を主張している。また,彼は,レーガン政権の
意向を反映したとする連邦行政府の政策の焦点は,重大犯罪少年および常習犯
罪少年対策であると言い,それらに対する確実かつ厳格な処罰の必要を主張す
る。伝統的な少年司法制度は「しばしば社会および被害者の利益を犠牲にして
きた」と非難し,「時代遅れの」制度の至急の改革を訴える。r裁判所は,青少
年犯罪者に自己の犯罪行為について社会に対する責任を負わせなければならな
い」とし,その意味における「正義」を実現する,同時にそれを通じて秩序の
(66)
維持に奉仕する少年司法制度の確立を訴えるのである。このような方向への改
革を指向する連邦行政府の政策の集大成として,OJJDPの補助金を得て,ア
メリカ立法情報交換会議(ALEC)がクレアモント・マッケナ大学の州・地方
行政に関するローズ研究所と共同で作成した模範少年司法法典が1986年に発表
された。そこでは,社会復帰理念に基づく処遇モデルが放棄され,r少年が自
己の(犯罪)行為について責任を間われ,(少年司法)制度が公共に対して責
任を負う」という意味での「責任モデル」が採用された。この法典化の主要な
目的は,そのようなr責任モデル」に基づく現実の少年司法制度の改革にある
という。少年に対し自己の犯罪行為についての「責任」を追求することを通じ
78 一橋研究 第13巻第4号
(67)
て,確実かっ厳格な処罰の確保を目指しているのである。
③権利放棄準則との関わり
被疑少年の権利放棄準則は,先に見たとおり,少年の手続的権利保障のr実
質化」の要求と効率的かつ的確な法執行を強調するr社会の安全」の要求との
対抗関係の中で展開してきた。このとき,近年の少年法制の変革の方向は,こ
の対抗関係の中に投影されるであろう。犯罪行為について厳しく「責任」を問
い,同時に確実かつ厳格な処罰の確保を通じて効果的な犯罪統制を可能にする
という方角に向かう近年の変革の中で,r社会の安全」の要求が強力に主張さ
れ,効率的かっ取りこぼしない的確な法執行が強調されることにな乱そして,
身柄拘束中の被疑者取調は,一般に,犯罪統制の要求が最もその勢いを強める
場面である。具体的には,被疑者の権利放棄・自白獲得への強烈な要求が生じ
(68〕
るのである。すなわち,被疑少年の権利放棄準則との関係では,被疑少年の権
利放棄・自白の獲得を容易にし,効率的かつ的確な法執行を可能にするr柔軟
な」準則が強く求められることになる。「事情の総合的考慮」準則がr社会の
安全」の要求によりよく合致したものとして,それに対抗するr実質化」の要
求を強く反映した絶対準則を圧倒することになるのである。約10年にわたる
「利害に関心を持つ成人」準則の適用を排除したユ983年ペンシルヴエニア州最
高裁クリスマス判決におけるラーセン裁判官補足意見の一節を再び弓1周しよう。
意見はr事情の総合的考慮」導員11を支持し次のように言う。すなわち,r当裁
判所が本日適用を排除した絶対準則は,正義の実現という利益を過度に犠牲に
してきれ我々の経験に従えば,少年である被告人の利益だけでなく,社会の
(69)
利益への関心を反映させたより柔軟なアプローチこそ好ましいのである。」こ
こにおいて,犯罪行為について厳しく「責任」を問うこと,同時に犯罪統制の
ための確実かつ厳格な処罰の確保,その意味における「正義」の実現を強調す
るという方角に向かう近年における少年法制の変革の権利放棄準則への反映を
窺うことができるのである。
w むすぴにかえて
以上,アメリカ少年法における被疑少年の権利放棄準則の展開を,被疑少年
に対するミランダ法則が有する手続的保障の効果の実質化,すなわち手続的権
利保障のr実質化」の要求と効率的かつ的確な法執行を強調するr会会の安全」
被疑少年取調と適正手続保障
79
の要求との対抗関係の中で捉えようと試みた。その情緒的・知能的未成熟性に
照らして,被疑少年の真に有効な権利放棄を確保するために特別な手続的保障
を求める絶対準則は,「実質化」の要求がr社会の安全」の要求に優越するこ
とを承認するものである。しかし,このような「実質化」の要求を強調する絶
対準則に対しては,「社会の安全」の要求を強調する立場から批判がなされる。
そこでは,法執行,具体的には被疑少年の権利放棄・自白の獲得に対する抑制
を最小限にとどめる「柔軟な」権利放棄準則としてのr事情の総合的考慮」準
則が求められるのである。そして,少年司法のr刑事司法化」という方向に進
む近年における少年法制の変革の中で,r社会の安全」の要求が強調され,そ
れに伴いr実質化」の要求は制約されることになるのであ乱
最後に,近年における適正手続保障の動向一般にごく簡単に言及し,本稿の
むすびにかえることにしよう。
適正手続保障は,伝統的な少年司法制度に対する改革の柱であった。ユ967年
大統領委員会報告書は,少年裁判所の権限縮小を求め,少年裁判所前段階にお
ける非公式的処遇を開発・整備し,管轄権の縮小およびティバージョーンの活
用を勧告した。同時に,少年裁判所はその他の代替手段が利用不可能な場合に
のみ用いられるべき手続であり,少年裁判所が決定する処分の自由拘束性の高
さという意味での少年にとっての不利益性に照らして,少年裁判所手続におけ
る適正手続保障の導入・強化を強く勧告したのである。同報告書は適正手続保
障について次のように言㌔すなわち,r必要とされるのは,少年裁判所が有
する独特な性質を放棄することないし刑事裁判と全く同じモデルを採用するこ
とではない。個人の生活の中に政府が強制的に介入するいかなる場合にも司法
が必要不可欠であることを認めた制度の枠内で,裁判所が人道的な社会復帰の
目的を効果的に実現することを可能にする制度を構成することによって,適正
(70〕
手続と福祉という二重の目標を調整することが必要とされるのである」。また,
少年裁判所の非行事実認定手続における適正手続保障を憲法上の要請とした同
年合衆国最高裁ゴールド判決も,r適正手続の基準に従うことは,……少年手
(71)
続が有する実質的利益の放棄ないし排除を州に対し強制するものではない」と
し,さらにrその提唱者達が独特な利益を有すると主張した少年裁判所制度の
(72)
特色は,憲法的支配の導入によって損なわれない」と述べた。要するに,これ
らは適正手続保障の導入・強化による少年裁判所のr刑事手続化」を全く意図
80
一橋研究 第13巻第4号
せず,むしろ,伝統的な少年司法制度の理念を慎重に保持しつつ,それと適正
手続との調和こそを求めたのであ乱
ところが,近年における少年法制の変革の中で,適正手続保障は少年裁判所
手続のr刑事手続化」の方角に向かっている。効率的な犯罪統制を可能にする
ために,的確にr有罪」を認定し,犯罪行為のr責任」を問い,同時に確実か
つ厳格な処罰を確保する,そのための厳格に方式化された手続を構成するとい
う意味における適正手続保障が行われているのである。近年における適正手続
保障の動向についてオーリンは次のように指摘する。r適正手続革命は現在も
進行中である。しかし,それは少年裁判所手続をより一層刑事手続化するとい
う方向に進行している。ときには,それは少年裁判所を廃止すべきだという提
案にまで至っている。これは,少年の権利のより十分な保護に関心を有した
(73)
(ユ967年および73年)国家委員会から遥かに外れるものだ」と。また,先の1986
年模範少年法典は,そのr背景および目的」においてr非行に関する手続の事
実認定機能の完全性を確保するために,少年犯罪者はすべての適正手続の権利
を保障されるべきである」とする。そして,ここでの適正手続保障は,基本的
に刑事裁判所手続と同様の手続の構成を意味している。原則的にr非行手続は
(74)
刑事手続のルールに従うべきである」とされているのである。
近年における少年法制の変革は,少年に対しても犯罪行為について基本的に
は成人と同様の「責任」を負わせるべきだという考えをその基礎に持つ。そこ
には,特に重大犯罪者および常習犯罪者について,成人と少年との区別を基本
(75)
的に排除すべきだという関心が存在するのである。こうして,一方で,ステイ
タス・オフェンスの少年裁判所の管轄からの排除が,他方で,重大犯罪少年な
(76)
いし常習犯罪少年について通常の刑事手続における処理の積極化が現在進行し
ている。さらに,このような関心からは,適正手続保障について,少年ないし
少年手続の特性に照らした特男1」な手続的保障という意味における適正手続の構
成はなされないことになる。近年における変革の中では,犯罪行為について厳
しくr責任」を問うことを通じて,効率的な犯罪統制のための確実かつ厳格な
処罰の確保,その意味における「正義」の実現を可能にする厳格に方式化され
た手続こそが要求されるのである。具体的には,インテイクおよび処分決定手
(77)
続における検察官の関与の拡大がそれを端的に表している。ここでは,基本的
に通常の刑事手続における手続的権利保障の適用という意味での適正手続が構
被疑少年取調と適正手続保障
81
戒され,少年手続独自の特別な手続保障という観点は生じえないのである。
しかし,被疑少年の権利放棄に関する問題の検討を通じて,情緒的にも知能
的にも未成熟である少年については,たとえミランダ法則が形式的に保障され
たとしても,すなわち成人に対してと同様の形で適用されたとしても,その手
続的保障の効果は成人に対してのもの以下でしかありえないことが明らかになっ
た。そこでは,未成熟な少年に対する手続的保障の効果の十分な確保を意味す
るr実質化」の要求が存在し,それに基づく特別な手続上の保護が求められて
いたのであ乱さらに,少年手続における手続的権利保障一般について,刑事
手続において被疑者・被告人に保障される手続的権利をそのまま適用したとし
ても,少年に及ぶその手続的保障の実質的効果は成人の被疑者・被告人に対し
てのもの以下でしかありえず,実質的にはそれ以下の保障をしたことにしかな
(78〕
らないという指摘がなされている。そうすると,一般に,少年に対する手続的
権利保障が有する効果を実質的なものとして確保するためには,成人の被疑者・
被告人に対して以上の特別な手続上の保護が必要となるはずである。「実質化」
のためのより手厚い手続的保障が求められるのである。近年におけるアメリカ
少年法制の変革はまさに少年司法のr刑事司法化」の方向に進行している。注
意すべきことは,r刑事司法化」と不可分に結び付いた少年手続のr刑事手続
化」を意味する適正手続保障は,未成熟な少年に対する手続的権利保障の実質
化という観点を含まないということである。「実質化」の要求に答えるため,
言い換えるならば,少年に対する手続的権利保障を決して「絵に描いた餅」に
しないためには,r刑事手続化」を意味するものではなく,少年ないし少年手
続の特性を十分に考慮し,それに照らした特別な手続的保障を含んだ適正手続
こそが構成されなければならないはずである。
(1) MONAHAN,J.&L.WALKER,SOCIAL SCIENCE IN LAW33_一81
(ユ985)参照。
(2) Ferguson&Doug1as,A Study of Juveni工e Waiver,7SAN DIEGO
L.REV.39(1970)、
(3) Grisso&Po]]ユicter,Jnterrogation of Juveniユes,1L.&HUMAN
BEHAVIOR32ユ(1977)一
(4)In re K,W.B.,500S.W.2d274(Mo.App.1973).
(5)Grisso,Juveni1es’Capacities to Waive Miranda Rights,68CAL.L.一
REV.ユ134(1980).
82
一橋研究第13巻第4号
(6) Id.at1160.
(7) Grisso & Ring.Parents’Attitudes toward Juvei1es’Rights in
Interrogation,6CRIM.JUST、&BEHAVIOR21!(1979)一
(8) Id.at224,
(9) Id.at213_214(citing,Grisso,Parent−Chi1d Communications Prior
to Interrogations[1978コ).引用されているのは,グリッソーがデータを分析
したうえでセントリレイス郡少年裁判所に提出した未公刊の報告書である。
(1O)権権利放棄準則の諸相について,本稿皿(本誌第13巻2号)参照。
(11)一連の合衆国最高裁判決について,本稿皿11鰺照。なお,被疑少年の権利放
棄の有効性について「事情の総合的考慮」準則に基づく判断が適当だとした79
年フェアー判決も,「多くの場合,経験不足であり,教育も十分ではなく,さ
らに判断能力も未熟である少年が関係するとき生じる特別な問題」を考慮に入
れるべきことを指摘している(Fare v.Michae1C.,442U.S.707,725[1979])。
(12) Grisso,supra note5,at1136_1137.
(13) レヴィは,被疑少年の権利放棄に関する問題の困難性は,一方で,身柄杓東
中の被疑少年取調においては,少年の未成熟性との関係で殊更の強制的要素が
働くこと,他方,たとえ権利告知を受けたとしても,少年はそれを十分に理解
できないことに由来するとする。そして,これらの点が被疑少年の有効な権利
放棄を妨げる要因として作用することを指摘している(Levy,What Standard
Shou1d Be Used to Determine a Vahd Juveniユe Waiver?,6
PEPPERDINE L REV 767,778,780一_781[1979])。
(14) Note,Preadjudicatory Confessions and Consent Searches,57B.U.L−
REV.778,783_785(1977).
(15)本稿皿12〕参照。
(16) DAVIS,S.RIGHTS OF JUVENILES3・59(3d ed.1986);Note,Waiver
of Miranda Rights by Juveni1es,21J・FAMILY L・725,733−734(1982−
83).
(17) Note,supra note14,at785.
(18) Grisso,supra note5,at1137.
(19)Fe1d,Crimina1izing Juveniユe Justice,69MINN,L,REV−141,188−189
(1984).
(20)本稿皿(3)参照。なお,76年アイオワ州最高裁トンプソン判決は,「利害に関
心を持つ成人」準則の適用を求める主張を退け,次のように述べている。すな
わち,「未成年者が不相応な役割を果たしている増加の一途をたどる犯罪の波
に現実に対応することを求められたとき,ほとんどの裁判所は,明らかに,社
会の自己保全の利益(sodiety’s se1f−preservation interest)を考慮し,少
年の自白の一括的排除を拒絶してきた」(In re Thompson,241N.W.2d2,5
[Iowa1976])。
(21) Grisso,supra note5,at1137_1142.
(22)近年におけるアメリカ少年法制の変革については,その政治的・社会的・文
化的背景ないし要因との関係で分析しなければならない。本稿はその分析を中
被疑少年取調と適正手続保障
83
心的課題とするものではないので,ここではごく簡単な叙述にとどめ,近い将
来別稿において行う。
(23) Restor&Gi1man,How Did We Get Here?,1CRIM.JUSTICE
REV.77,8小_87(1967).
(24)KLEMPNER,J.&R.D.PARKER,JUVENILE DELINQUENCY
AND JUVENILE JUSTICE250(1981).
(25) PRESIDENT’S COMMISS1ON ON LAW ENFORCEMENT AND
ADOMINISTRATION OF JUSTISE,THE CHALLENGE OF CRIME
IN A FREE SOCIETY(1967)、
(26)PRESIDENT’S COMMISSION ON LAW ENFORCEMENT AND
ADOMINISTRATユON OF JUSTISE,TASK FORCE REPORT:
JUvENILE DELINQUENCY AND YOUTH cRIME(1967).
(27) PRESIDENT!S COMMISSION,supra note25,at80.
(28)NATIONAL ADVISORY COMMITTEE ON CR1MINAL JUSTICE
STANDARDS AND GOALS, A NATIONAL STRATEGY TO
REDUCE CRIME(ユ973).
(29) Juveniユe Dehnquency Prevention and ControユAct ofユ968,42U.S,
C.§3801.
(30) Juveni1e Jusuice and De1inquency Prevention Act of1974,42U.S.C.
§5601.
(3!)Krisberg,et a1一,The Watorshed of Juveni!e Justice,32CRIME&
DELINQUENcY5,5−7(ユ986);○1son−Raymer,The Ro1e of the Federa1
Govemment in Juveni1e Deユinquency Prevention,74J,CRIM.L.&C.
578,588−593(1983).
(32) Ohhn,The Future of Juvenne Justice Pohoy and Research,29
cRIME&DELINQUENcY463,465(1983)、
(33) Krisberg&Schwartz,Rethinking Juveni1e Justice,29CRIME&
DELINQUENCY333,355(1983).
(34) ヴィトとウイルソンはティバージョンに関する問題点を以下の点について整
現している。すなわち,①公式の手続による烙印が非行を増加させることと
同時に,ティバージョンが烙印の貼与をもたらさないことは証明されていない
こと,②担当諸機関が行使する裁量の拡大によってその濫用の可能性が拡大す
ることと,③社会統制の「網の拡大」をもたらすこと,④ティバージョン手続
における適正手続保障の欠如,⑤ティバージョンの積極的活用によって,少年
司法制度について本来必要とされる改革への関心が低下すること,⑥ティバー
ジョンが再犯を減少させるという証拠はないことである(VITO,G.F、&D.
C.G,WILSON,THE AMERICAN JUVEMLE JUSTICE SYSTEM23−
25[1985])。
(35) Krisberg&Schwartz,supra note33,at342−355.
(36) Krisberg,et a1.supra note31,at28;Ohユin,supra note32,at466.
(37) Gardner,Punitive Juveni1e Justice,10INTERNAT工ONAL J.L.&
84
一橋研究第13巻第4号
PSYCHIATRY129,136−137(1987).
(38)
Fe1d,supra note19,atユ6ユー163.
(39)
Rubin,Retain the Juveniユe Court?,25CRIME&DELINQUENCY
(40)
Krisberg,et a1,supra note31,at11−28.
(41)
Id.at28.
(42)
この点については,今後の補充および修正を留保する。
(43)
FEDERAL BUREAU OF INVETIGATION,UNIFORM CRIME
(44)
Oh工in,supra note32,at470.
(45)
Ga1vin &Po1k,Juveni1e Justice:Time for New Derection?,29
CRIME&DELINQUENCY325,329−330(1983)(citing,HAUGER et a1.,
281,283−288(1979).
REPORT.
SUMMARY:PUBULIC ATTIUDES TOWARD YOUTH CRIME,A
NATIONAL PUBULIC OPINION POLL CONDUCTED BY THE
OPINION RESEAGH CORPORATION[1982コ).
(46)
公衆の犯罪に対する恐怖が形成される要因としてはマス・メディアによる扇
情的な報道の影響がしばしば指摘されている(Ga1vin&Po工k,Id.at327;
ALBANEsE,J.S.,DEALING wITH DELINQUENCY137[i985コ)。オー
リンは,メディアの影響に加えて,社会の不秩序ないし社会共同体の統合の喪
失という漠然とした感覚,および小数民族特にヒスパニック系移民の増加によ
る人種的・民族的葛藤の拡大・深化をあげている(Oh1in,supra note32,at
470−471)o
(47)
(48)
Heuum,Juveni1e Justice:The Second Revo1ution,25CRIME&
DELINQUENCY299,304−305(1979).
Martmson,What Worksワ,35PUBLIC INTEREST22,25(1974)
(49)
Id1at49.
(50)
このような批判を表明するものとして,特にGayユin&Rothman,Intro−
duction,in VON HIRSCH,A.,DOING JUSTICE(1976)参照。
(51)
このような批判を表明するものとして,wILSON,J.Q.,THINKING
ABOUT CRIME (ユ975);VAN DEN HAGG,E.,PUNISHING
CRIMINALS(ユ975)参照。
(52)
VAN DEN HAGG,E.,Id.at187.
(53)
ALLEN,F.,THE DECLINE OF THE REHABILITATIVE IDEAL
11(1981).なお,A11en,Drimina1Justice,Lega1Va1ues and the
Rehabihtative IdeaI,50J.CRIM.L、,C.&P.S.226(1959)参照。
(54)
ALLEN,Id.at18.
(55)
1d.at29−31.
(56)
PRESIDENTIS COMMION,supra note25,at81;PRESIDENT’S
COMM1SSユON,TASK FORCE REPORT,supra note26,at31;In re
Gau1t,387U.S.1,21,22(1967).
(57)
MORRIS,N一,THE FUTURE OF工MPRISONMENT(ユ974);VON
被疑少年取調と適正手続保障
85
HIRSCH,A.:supra note50参照。
(58)
注(51)の文献参照。
(59)
EMPEY,L.,AMERICAN DELINQUENCY449−468(revised ed.1982).
Fox,The Reform of Juveni1e Justice,25JUVENILE JUSTICE2,7
(60)
(1974).
(61)
VAN DEN HAGG,E,supra note5ユ,at173−174.
(62)
EMPEY,L.,supra note59,at489−490.
(63)
Feユd,supra note19at251−256−
(64)
Krisberg,et a1。,supra note3ユ,at7−9−
(65)
Regnery,Getting Away with Murder,34POLICY REV.65,65−68
(1985).
(66)
Regnery,A FederaユPerspective on Juveni1e Justice Reform,32
CRIME&DELINQUENCY39,40,43−44,48−51(1986).
(67)
これについては,JUVENILE JUSTICE DIGEST,Vo1.!4,No.9,10
(1986)に紹介されている。なお,CRIMINAL JUSTICE NEWSLETTER,
(68)
パッカーによるr犯罪統制モデル」に関する叙述を参照(PACKER,H.L.,
Voユ.ユ7,No.10(ユ986)に関連記事が掲載されている。
(69)
THE LIMITS OF CRIMINAL SANCTION158一工63[1968])。
Commonwea1th v.Christmas,465A.2d989,993(Larsen,J.,ooncur−
ring,Pa11983)一
(70)
PRESIDENT’S COMMISSION,supra note25.at86.
(71)
In re Gau1t,387U,S.1,21(1967).
(72)
Id,at22.
(73)
Ohhn,supra note32,at466.
(74)
JUVENILE JUSTICE DIGEST.Voユ1ユ4,No.9,p−4(ユ986).
(75)
Bo1and&Wi1son,Age,Crime,and Punishment,51PUBULIC
INTEREST22,32−34(ユ978).(抑止効と隔離・無害化とを通じての効率的な
犯罪統制の実現のために,すべての犯罪少年に対する確実な処罰の確保,およ
び確実かつ厳格な処罰の確保の観点から,特に重大犯罪を繰り返す常習犯罪少
年の処理について,刑事司法制度の再編成による少年裁判所の管轄からの排除
と通常の刑事手続による処理を主張している)
(76)
当該犯罪行為および前科・前歴の重大性を基準とする,通常の刑事手続にお
ける処理の拡大について,Fe1d,The Juv㎝i1e Court Meets the Principユe
of thG Offence,78J.CRIM.L.&C.471(1987)参照。
(77)
Rubin,supra note38,at287−288−
(78)
Rosenberg,Constitutiona1Right of Chi1dren Charged with Crime,
27UCLA L.REV.656,659−660(ユ980)、
(筆者の現住所 〒185国分寺市日吉町1−38−2−211)
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