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商標の使用と適用除外 3―内容表示・ 原材料表示と商標

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商標の使用と適用除外 3―内容表示・ 原材料表示と商標
商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
商標の使用と適用除外 3―内容表示・
原材料表示と商標の使用又は商標的使用
加藤 ちあき
弁理士
目 次
1.はじめに
2.題号を巡る問題
(1)書籍の題号と商標登録
(2)漱石事件
(3)書籍の題号と商標権の行使-
「POS 事件」
(4)書籍の題号という場合の「書籍」とは何か ?
3.原材料表示を巡る問題
(1)
「タカラ本みりん事件」
(2)商標と原材料表示
(3)
「タカラ本みりん」の「タカラ」は商標ではない ?
4.結びに変えて-地域ブランドを巡る問題
(1)地域団体商標制度の導入
(2)地域ブランドと原材料表示
1.はじめに
私に与えられた研究課題は,「商標の使用と適用除外 3 -商品の内容表示・原材料表示と商標の使用又は
商標的使用」であり,指定された事案は「書籍」に付された題号が他人の所有する登録商標と類似する場合
(「POS 事件」)と,自己の登録商標を原材料表示として付した商品について他人が類似の登録商標を所有し
ている場合(
「タカラ本みりん事件」
)の二つのケースであった。
我が国の商標法上,商標とは「文字,図形,記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと
色彩との結合であって,業として商品等を生産・譲渡等する者がその商品等について使用するものをいう」
と規定されており(商標法第 2 条第 1 項第 1 号及び第 2 号),標章の使用とは「商品又は商品の包装に標章
を付する行為」等をいうとされている(第 2 条第 3 項各号)。
したがって,一見すると,
上記いずれの事案も,
形式的には標章を商品に付する行為,
すなわち
「商標の使用」
に該当するかに見えるのであるが,これらの行為が果たして商標権侵害を構成するのか否か,一方,商標権
侵害を構成しないと結論するならば,どのような理論構成を用いるのが妥当であるのか,また,これらの判
決で導かれた結論は,他の事案にも同様に及ぶのか,がこの研究課題の主たる論点であった。
2.題号を巡る問題
(1)書籍の題号と商標登録
書籍の題号と周辺法との諸問題は,従来から「書籍の題号の保護はいかにあるべきか?」という観点から
論じられてきたようである。これは例えば,
ドイツ商標法第 5 条第 1 項が「会社の象徴及び著作物の標題は,
取引上の表示として保護されるものとする」と規定し,同第 3 項で「著作物の標題とは,印刷物,映画作品,
音楽作品,演劇又はその他これらに相当する作品の名称又は特別な表示をいう」と明瞭に定義していること
とは対照的に,我が国の知的財産法には「題号」に関する直接的な保護規定がないことに起因するものと思
われる。
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確かに,我が国の著作権法上,著作物の題号は,同一性保持権(第 20 条第 1 項)によって,内面的には
保護されるものの,情報が集約されたエッセンスとしての題号の外形的な財産的価値に対する保護は,今な
お十分とはいえない。
他方で,題号は他の著作物と同じ無体物ではあるが,それらが化体する媒介手段としての書籍は,独立し
て取引の対象となるものであり商標法上の「商品」に該当することから,古くから商標法による保護が求め
られる例が少なくなかった。しかしながら,題号は,書籍という商品に付されるものの出所を表示するわけ
ではなく,内容(コンテンツ)を表示するものであり,商品(=書籍)上には,必ずその商品の出所である
出版社名等が別途表示されるのが通例である。また,題号を商標(出所表示標識)と捉えたときには,その
書籍の作者(=著作物の出所)と出版社等(=商品の実際の出所)とが異なることになるが,それでよいの
かという問題もある。そこで,従来,書籍の題号を自他商品識別標識たる商標と認めて登録し商標法上の保
護を与えることは妥当ではないと考えられてきた 。
(1)
さらに,著作権の存続期間は著作者の死後 50 年が原則(著作権法第 51 条第 2 項)であるが,商標権は,
更新を重ねることが可能(商標法第 19 条第 2 項)な半永久的権利であるため,著作物の題号について商標
登録が可能となれば,著作者の遺族は,著作権が消滅した後も商標登録を得ることによりその指定商品(書
籍等)について永久に独占排他権を享受できることとなり問題であるという点も指摘されていた 。
(2)
(2)漱石事件
このような書籍の題号と商標登録の問題については,大審院のいくつかの判決
(3)
において一応の決着を
見たが,現在の特許庁の登録実務における「書籍の題号」の取り扱いに関し,決定的な指針を与えたのが,
いわゆる「漱石事件」 であったといわれている。
(4)
この事件は,夏目漱石の遺族が,
著作権の存続期間満了後に「夏目漱石小説集」等の計 29 件の商標につき,
「書籍」を指定商品とした商標登録出願を行ったというものである。
審決は,当該商標を「単にその刊行物がいかなる内容のものか,著作者が誰かを認識せしむるに過ぎない」
と認定し,「特定人の営業に係る商品であるということの表彰力を何等具備していないから,自他商品識別
の標識として特別顕著性を有するものとは認めることができない。又これら商標を指定商品中 夏目漱石の
著作又は夏目漱石に関する事項を掲載しないものについて使用するときは,…商品の誤認を生ぜしむるの虞
があることを免れない。
」と述べ,これらの商標の登録を認めなかった(筆者注:現行商標法でいう第 3 条
第 1 項第 3 号「識別力のない標章」及び同第 4 条第 1 項第 16 号「品質誤認」に該当)
。
この漱石事件を受けて,特許庁の現行実務は,一般の書籍(単行本等)の題号については,題号がただち
に特定の内容を表示するものと認められるときは,品質表示に該当するものとして商標登録を認めず,一方,
雑誌・新聞等の定期刊行物や全集・叢書の題号については,原則として,自他商品の識別力がある(題号も
商標となり得る)ものとするとの解釈をとっている(特許庁商標課編「商標審査基準」
)。
(3)書籍の題号と商標権の行使-「POS 事件」
では,書籍
(5)
の題号と同一の構成からなる登録商標が存在する場合に,その商標権は,書籍の題号に及
(1) 足立泉「商標法における『書籍の題号』の取り扱いについて」湯浅・原法律特許事務所編『知的所有権の保護―その実務傾向』
355 頁(発明協会,1987 年)
(2) 中山信弘「書籍の題号」中山信弘編『工業所有権法の基礎』260 頁(青林書院新社,1980 年)
(3) 大判昭和 7 年 6 月 16 日 民集 11 巻 11 号 1136 頁「American Automobile」事件,大判昭和 7 年 10 月 28 日 民集 11 巻
19 号 1939 頁「日本酒新聞」事件,大判昭和 13 年 4 月 16 日 民集 17 巻 9 号 747 頁「相撲」事件,大判昭和 18 年 11 月
18 日 民集 22 巻 23 号 1165 頁「宏道流」事件
(4) 特許庁審決昭和 24 年 10 月 25 日,昭和 23 年抗告審判第 181 乃至 190 号審決ほか,審決公報号外 18 号
(5) なお,以下,本稿で単に「書籍」という場合は,小説,論説文といった一般の書籍(単行本)を指し,雑誌・新聞等の
定期刊行物や百科事典・辞書といった編集著作物は除外する。
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商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
ぶのか?この論点につき,代表的な裁判例である「POS 事件」 を題材にして考えてみることとする。
(6)
POS 事件とは,
多少図案化したアルファベット文字で表された商標「POS」について,指定商品を「印刷物」
(7)
等とする商標権を有している原告 X が,
「POS 実践マニュアル」
「実践 POS Q&A50」「PONR の理解- POS
による看護記録の実際」
「POS の導入と実際」等の題号を付した書籍を販売した被告 Y に対し,自己の商標
権に基づき,当該書籍の出版の差し止め及び損害賠償を求めた事案である
。
(8)
裁判所は,商標法第 2 条第 1 項並びに第 3 項の「定義に従うとすれば,被告標章は,被告書籍の表紙に題
号として表示されているものであっても,標章であって,書籍という商品について使用をするものであるか
ら,商標であり,また,その使用行為は,書籍という商品に標章を付するものであるから,商標としての使
用であるといわざるをえない。
」と述べる一方,同法第 3 条の規定によれば,登録商標とは,
「本来,何人か
の業務に係る商品であることを認識することができる商標,すなわち,出所表示機能を有する商標であるこ
とは明らかであり,したがって,前記同法 25 条本文にいう『登録商標の使用をする権利』とは,出所表示
機能を有する商標の使用をする権利を意味するものであるから,出所表示機能を有しない商標の使用若しく
は出所表示機能を有しない態様で表示されている商標の使用は,『登録商標の使用をする権利』には含まれ
ないものと解するのが相当である。そうすると,このような商標の使用は,同法 25 条本文に規定する登録
商標の使用権を侵害するものということはできない。」と結論づけた(アンダーライン筆者)
。
このように「POS」事件判決は,被告が販売した書籍に表された「題号」を「標章」と,
「書籍」を「商品」
と位置づけ,
「題号」は「商品」について使用をする「標章」であるから「商標」であり,
「題号」の表示は
「書籍」という「商品」について「標章」を付するものであるから「商標としての使用」に該当すると述べた。
しかしながら,この判決の論理は「書籍」と「商品」の関係を交錯して捉えている点でやや問題があると
思われる。例えば,この判決では,商標法第 2 条第 1 項第 1 号の「業として商品を生産し,証明し,又は譲
渡する者」という主体的要件についての認定が欠けている。題号を付すのは書籍を著した者(=著作者)で
あるが,題号の付された著作物を形にし世に送り出す者,すなわち「業として商品を生産し,証明し,又は
譲渡する者」は,通常,出版社である。
(4)書籍の題号という場合の「書籍」とは何か?
ひとつの書物が世に出るときを想像してみる。普通は,著作者が原稿を書き題号を付す。この書物を綴じ
る作業を行うのが出版社である。書籍にする際に使用する紙の種類や書体を選定し,字配りや構成を考え,
挿絵・写真の有無等を決定し,表紙,キャッチコピー,外箱等の飾りを加えて世に送り出す。この作業を行
う者が「業として商品を生産し,証明し,又は譲渡する者」である。書物は裸で世に出ることはできないか
ら,書籍という「衣服」をまとう必要があるのである 。
(9)
したがって,そもそも書籍の題号という場合の「書籍」とは,商標法上の「商品」
,すなわち独立して商
取引の対象となる市場交換価値を有する書籍(従来は,有体物としての書籍)を意味しているのではないと
(6) 東京地判昭和 63 年 9 月 16 日 無体例集 20 巻 3 号 444 頁,判時 1292 号 142 頁
(7) 昭和 34 年法第 26 類(現行国際分類第 16 類)の「印刷物」という指定商品の中には,小説,
論説文といった一般の「書籍」
のほか,雑誌・新聞等の定期刊行物や第百科事典・辞書といった編集著作物が含まれる。このほか,カレンダー,チケッ
ト,ポスター等も「印刷物」である。
(8) POS とは,
Problem Oriented System(= 問題志向型の診療記録を作成する方式)の略語であり,
当時の医療関係者の間では,
当該方式や使用方法を示す略語として普通に用いられていたようである。
(9) 中山前掲注(2)260 頁は,「書籍の題号は,その書籍の出所を表示するものではなく,またその書籍の装丁や紙質とも
関係なく,もっぱらその書籍の内容と関連しているにすぎない。従って,商品と商標との関係と,書籍と題号との関係
は異なるものであ」る,と述べる。
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思われる。
有体物としての書籍の体裁を考えた場合,商標法上の商品であり著作物の衣服でもある「書籍」には,当
該著作物の題号と,
商品の出所(出版社等)を示す商標とが付されているのが常であり,題号のみ,あるいは,
出所表示のみが表示されるということはあり得ない。なぜなら,題号それ自体は,無体物である著作物(=
情報)について付されているのであって,取引対象たる「商品」としての書籍について付されているのでは
ないからである
。著作物やその題号が化体している「商品」としての書籍は,媒体(一方から他方へ伝
(10)
えるなかだちとなるもの:小学館国語大辞典)に過ぎず,このことは,
「商品」が有体物であっても無体物
であっても関係が無い。
このような見解に対しては,商品の出所から無体の側面を切り取ることは困難であるとする反対論が存在
する
。これら反対論によれば,上記見解は,商標法上の商品を「有体物」に限定する理解から出発して
(11)
いる点を問題であるとする
。しかしながら,
「有体物」になぞらえれば理解が容易になるだけで,商品と
(12)
しての書籍が無体物であっても基本的な考えは同じであると思われる。このことは,現代の電子書籍のよう
に,書籍が無体のまま取引されている現状を見ても明らかである。すなわち,電子書籍であっても,購入者
は,その書物の題号とその書物の出所を示すサイト運営者の商標を(ダウンロード形式であってもストリー
ミング形式であっても
)必ず目にするのであって,それは,有体物たる書籍の場合と何ら変わりはない。
(13)
したがって,以上述べてきたように,書籍をイコール「商標法上の商品」とのみ捉え,その有体物上の表
示を「商標としての使用」行為とした本判決の認定は,その前提において誤っていたように思われてならない。
上記の点については,
その後の「気功術」事件判決
が,
「被告が商品であるテキスト教材に表示している『気
(14)
功術』他の語は,被告商品の内容を端的に表すものとして付された書籍の題号と認められ,商標法 26 条 1
項 2 号所定の商品の品質を普通に用いられる方法で表示しているに過ぎず,同条 1 項の規定により,本件商
標権の効力は及ぶものではない」と判示しており,こちらの整理の方がより自然に思われる。
3.原材料表示を巡る問題
(1)
「タカラ本みりん事件」
次に,自己の登録商標を原材料表示として使用した商品について,他人が類似の登録商標を所有している
場合に関し,いわゆる「タカラ本みりん事件」
を題材として検討してみることにする。
(15)
「タカラ本みりん事件」は,しょうゆ,つゆ,だしの素などの商品について,
「宝」「タカラ」
「TAKARA」
などの文字からなる登録商標を有する X(醤油メーカー)が,
「タカラ本みりん入り」の表示を含むラベル(被
告標章)を付してつゆ,だしを販売する Y(酒造会社)に対し,該行為は,X の有する商標権を侵害し,か
つ不正競争防止法第 2 条第 1 項第 1 号に該当するとして,該つゆ,だしの販売の差止及び損害賠償を求めた
事案である。
裁判所は,以下のように述べて原告の主張を斥けた。
(10)中山信弘前掲注(2)260 頁
(11)田村善之「商標法概説〔第 2 版〕」(弘文堂,2000 年)233 頁の注(1)は,
「1991 年改正により役務商標登録が認められ
るようになって以降は,このように有体物概念を用いた説明は困難となっている。商品が有体物に限られるとしても,
それならば,何故,そこからはずれたものを無体のサービスとみて役務商標の登録を認めないのかということが理論的
に問題となるからである」と述べるが,少なくとも,後掲注(13)で記したように,「そこからはずれた」「無体のサー
ビス」についての役務商標の登録は既に認められており,問題は実務的には解消していると思われる。
(12)田村前掲注(11)233 頁
(13)ちなみに,有体物として販売される書籍は,国際分類第 16 類の「書籍」であり,ダウンロードされる書籍は,第 9 類の
「電子出版物」となる。一方,ストリーミングで提供される書籍は利用者側に保存されないので,商標法上の商品とはな
らず,このサイト運営者の商標は,第 41 類「電子出版物の提供」という役務について使用されていることになる。
(14)東京地判平成 6 年 4 月 27 日 判時 1510 号 150 頁
(15)東京地判平成 13 年 1 月 22 日 判時 1738 号 107 頁
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商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
「被告各標章において,被告商品の正面に位置するラベルの中央部の最も目立つ位置には,被告商品の普
通名称である『お魚つゆ』
,
『万能だし』
,
『白だし』及びその用途である『煮魚』,
『煮物』の表示が,いずれ
も目立ちやすい大きな文字で記載されていること,これに対して,
『タカラ本みりん入り』
,
『これ一本だけ
で料亭の煮魚』,
『清酒たっぷり』等の表示部分は,右名称部分を囲むように,比較的小さい文字で記載され
ており,その内容から判断して,いずれも被告商品の特徴や長所を説明的に示していると理解するのが相当
である。
」
「①『タカラ本みりん入り』の表示中,
『タカラ本みりん』の部分は『入り』の部分と字体が異なっているため,
『タカラ本みりん』の部分が一連のものと理解され,体裁上「タカラ」の部分のみが区別されるように記載
されていないこと,②被告各標章の中央部分の右下には,
『宝酒造株式会社』という被告の商号が記載され
ていること,③被告の製造,販売に係る『本みりん』は,日本国内でトップシェアを有し,
『タカラ本みりん』
の商標は日本国内において著名であること,④『だし』
『つゆ』等の調味料にみりんを入れることはごく自
然であると解されること等,右表示部分の体裁,
意味内容,
『タカラ本みりん』
商品の販売状況に照らすならば,
右表示部分に接した一般需要者は,右表示部分を被告商品に原料ないし素材として『タカラ本みりん』が入っ
ていることを示す記述であると認識するのが通常であるといえる。」
「以上を総合すると,被告各標章における『タカラ本みりん入り』の表示部分は,専ら被告商品に『タカ
ラ本みりん』が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であって,商標として(すなわち自
他商品の識別機能を果たす態様で)使用されたものではないというべきである。のみならず,
右表示態様は,
原材料を普通に用いられる方法で表示する場合(商標法 26 条 1 項 2 号)に該当するので,本件各商標権の
効力は及ばない。
」(アンダーライン筆者)
(2)商標と原材料表示
本事案で争われた点は,①「タカラ本みりん」の表示は商標として使用されているか,②該表示は,商標
法第 26 条第 1 項第 1 号及び第 2 号所定の表示に該当するか,③該表示の使用は,原告の商品又は営業との
間で混同を生じさせるか,という三つであったが,このうちの①について裁判所は,被告標章における「タ
カラ本みりん入り」の表示は,原料ないし素材を記述的に表示したものであって,商標として使用されたも
のではない,と認定した。
ここで興味深いのは,被告標章における「タカラ本みりん入り」の表示中,裁判所が原料ないし素材だと
判断したのは「本みりん」ではなく「タカラ本みりん」であったという点である。裁判所は,被告標章に含
まれる「タカラ本みりん」の表示部分は,商品「だし」
「つゆ」について使用されている商標ではなく「タ
カラ本みりん」が「原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であ」ると述べた。すなわち,
裁判所は,本事件の認定にあたって「タカラ本みりん」が著名商標であることから,被告商品に接した一般
の消費者は,被告商品には,ただの「本みりん」ではなく「タカラ本みりん」が使用されていると認識する
はずだと解したようである。
これは,特定商品名の表示(=商標)が一定の著名性を獲得した場合には,原材料表示となり得ることを
示したものであり,
この判示自体は是認できるように思われる。しかし,
本判決はあくまで
「タカラ本みりん」
商標の著名性を前提としているので,本判決から即座に,どのような商標を表示しても,原材料表示であり
さえすれば,
常に商標法第 26 条第 1 項第 2 号所定の「原材料の表示」
に該当する,と解するのは早計であろう。
この点について,もう少し深く考察してみたい。「タカラ本みりん」商標の著名性を前提とするならば,
本事件でいう「タカラ本みりん」の表示部分は,
「だし」,
「つゆ」の原材料表示であっても,裏を返せば「本
みりん」について使用されている商標でもある,というふうには読めないだろうか。すなわち,「タカラ本
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商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
みりん」の表示は,たとえ「だし」
,
「つゆ」についての商標の使用には該当しなくとも,自己の「本みりん」
については,出所表示,品質保証,宣伝広告といった商標の有する諸機能を発揮していたのではあるまいか。
(3)
「タカラ本みりん」の「タカラ」は商標ではない?
控訴審
(16)
において,控訴人は,この点を強く主張したようである。しかし,裁判所は以下のように判示し,
控訴人のかかる主張を退けた。
「控訴人は,被控訴人の使用する商標『タカラ本みりん』は,被控訴人の業務に係る商品を表示する商標
として使用され,『出所表示機能』
,
『品質保証機能』
,『広告的機能』を果たしており,自他商品識別標識と
しての商標として広く知られ,認識されているものであり,被告各標章中の『タカラ本みりん入り』の文
字の部分は,
『タカラ本みりん』の顧客吸引力を被告商品に利用する目的で使用しているといわざるを得ず,
これに接する需要者は,被控訴人の広く知られた商標を見て,被控訴人の業務に係る商品を表示し,自他商
品を識別する商標と認識するというのが相当である旨主張している。
」
「しかしながら,
(中略),被告各標章中の『タカラ本みりん入り』の表示部分は,専ら被告商品『だし』
,
『つ
ゆ』に『タカラ本みりん』が原材料として入っていることを示すものであることは明らかであるというべき
である。被控訴人の商標『タカラ本みりん』が商品『本みりん』につき著名であることから,
『タカラ本み
りん入り』の表示部分が被告商品『だし』,
『つゆ』について顧客吸引力を有しているとしても,この表示部
分自体は,被告商品『だし』,
『つゆ』の原材料として被控訴人の『タカラ本みりん』が用いられていること
を表示する態様のものであり,その原材料に関する顧客吸引力を利用するにすぎず,それを超えて商品『だ
し』,
『つゆ』について,その出所を表示し,自他商品の識別機能を果たす態様では使用されておらず,商品
『だし』,
『つゆ』に係る商標ないし商品表示には当たらないと解されるのである。
」
「控訴人の上記主張は,被控訴人が使用する『タカラ本みりん』の標章が,本件では問題とされていない
商品『本みりん』に使用され,該商品『本みりん』について『出所表示機能』
,
『品質保証機能』
,
『広告的機
能』を果たす商標として使用されているという事実を根拠として,『だし』
,『つゆ』の被告商品についても
同じく商標として使用されていると主張するものであり,この主張は,
『タカラ本みりん』の標章が付され
ている商品が,一方が『本みりん』であり,他方は『だし』,
『つゆ』であり,別個のものであることや,そ
れぞれの商品において,
『タカラ本みりん』の標章が使用されている具体的態様の差異,特に,『だし』
,『つ
ゆ』の被告商品においては,原判決が判示する態様で『タカラ本みりん入り』と表記されている点などにつ
いて,十分な考察を加えていないものであり,その主張を首肯することはできない。
」
(アンダーライン筆者)
本件においては,いうまでもなく,Y の「タカラ本みりん」商標の著名性が大きなポイントである。著名
であるが故に,当該商標に化体した莫大な顧客吸引力を利用して,Y 本人が,その「本みりん」の入った「だ
し」,
「つゆ」を販売した。この場合,当該商品(だし,つゆ)に接する需要者は,そのだし,つゆに,原材
料として「タカラ本みりん」が使用されていると当然認識する。
しかし,さらにいえば,
「タカラ本みりん」が著名であるが故に,その表示の正当性(すなわち,当該だし,
つゆにタカラ本みりんを原材料として使用し,販売することについてのある種の正当性)をも同時に認識す
るのではないか。つまり消費者は,「タカラ本みりん入り」と表示されている以上,この商品(だし,つゆ)
は,あの本みりんで有名な「タカラ」が製造・販売している商品か,少なくとも,その「タカラ」から製造・
(16)東京高判平成 13 年 5 月 29 日
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商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
販売について正当な権原を許諾された者の商品であると認識するのが自然ではないかと思われる。
したがって,上記だし,つゆを,Y とは無関係の第三者が販売する場合には,たとえ,その商品に「タカ
ラ本みりん」が本当に原材料として使用されている場合であっても,
「タカラ本みりん入り」の表示を,Y
の許諾無く無断で第三者が使用することは許されないと思われる。なぜなら,その場合には,当該だし,つ
ゆが,あたかも Y の子会社や系列会社といった緊密な営業上の関係や,同一の表示による商品化事業を営
むグループに属する関係にある営業主の業務にかかる商品であるかのごとき「広義の混同のおそれ」が生じ
るからである。
そう考えると,このことは,裏を返せば,やはり「タカラ本みりん」は,Y の業務に係る商品(本みりん)
を表示する商標として使用されているといい得るのではないかと思う。そして,これに接する需要者は,Y
の広く知られた商標を見て,その本みりんが原材料として使用された商品(だし,つゆ)を,Y が製造・販
売しているか,少なくとも,Y から正当な権原を許諾された者の製造・販売にかかる商品であると認識する
のだろうと思われる。
したがって,
「タカラ本みりん入り」の表示は,
だし,
つゆの原料ないし素材を記述的に表示したものであっ
て,商品「だし,つゆ」についての商標の使用ではない,という裁判所の認定を否定するつもりはないが,
「タ
カラ本みりん入り」の「タカラ」の部分は,やはり「本みりん」についての商標として使用されており,自
己の本みりんについて,出所表示,品質保証,宣伝広告といった商標の有する諸機能を発揮していたものと
考える。
そして,その使用の結果,消費者は,間接的に,当該商品「だし,つゆ」が,原告である醤油メーカーの
「タカラ」ではなく,
「本みりん」で有名な酒造会社の方の「タカラ」の商品だと認識するのではないか,と
思料する。
4. 結びに変えて-地域ブランドを巡る問題
(1)地域団体商標制度の導入
上記論点に関連して,最近話題になっているのが,いわゆる地域ブランドを原材料とした商品に関する表
示の問題である。
平成 17 年の商標法改正により「地域団体商標制度」が導入され,地域ブランドの保護が図られることと
なった。従来,地域の名称(例:夕張)と商品の普通名称(メロン)のみからなる商標は,識別力を有しな
い,特定の者の独占に馴染まないといった理由により,原則として商標登録を受けることができず,全国的
な知名度を獲得するまで,第三者の便乗使用を排除することができなかった。しかし,地域団体商標制度の
下では,このような「地域の名称」+「商品の名称」のみからなる商標であっても,近接都道府県に及ぶ程
度に知られていれば,登録を受けることができることとなった。
新しい商標法は,正当な第三者の使用の保護について,出願前の使用者については,先使用権の要件を緩
和(商標法第 32 条の 2)することにより,また,商品特性の表示としての使用については,効力制限規定
である商標法第 26 条を維持することにより手当をしている。
しかし,地域ブランドの中には農水産物や畜産物も多く,その物自体が取引される場合のほか,原料ない
し素材として用いられることも多い。この場合,他人による地域ブランドの使用が,当該地域ブランドの顧
客吸引力を利用した「便乗使用」であるのか(便乗使用の場合には,地域団体商標権の効力が及ぶのか)
,
原材料を表示しているに過ぎないのか(出所表示機能を果たしていないから商標権の効力は及ばないのか)
については,表示されている態様を検証する他ない
。
(17)
(17)平成 18 年度地域団体商標制度説明会テキスト 43 頁には,「表示されている態様からみて,商品の普通名称や産地,品質
当を表示するものにすぎず,出所表示機能を果たしていないと認められる商標については,商標権の効力が及ばない(第
26 条)」と書かれている。
パテント 2009
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Vol. 62 No. 4(別冊 No. 1)
商標の使用と適用除外 3―内容表示・原材料表示と商標の使用又は商標的使用
(2)地域ブランドと原材料表示
一例を挙げると,国際分類第 31 類に「徳島県鳴門市・徳島市・板野群産の金時さつまいも」を指定商品
として「なると金時」という標準文字からなる地域団体商標が登録されている。
この「なると金時」(
「鳴門金時」と表示される場合もある)は,徳島県北東端の鳴門地方で古くから生産
されているサツマイモのことであり,中身が黄金色のサツマイモを金時いもと呼んだことから,鳴門金時と
呼ばれるようになったようである
。
(18)
なると金時を原材料に使用した菓子は,キャラメル,クッキー,マフィン,ケーキ,まんじゅう等,和菓
子・洋菓子を問わず多数存在する。試みに,インターネットの検索エンジンを利用して「なると金時を使用
した」というタームで検索を行うと,相当程度の結果が抽出された。
上記「タカラ本みりん」事件の判旨に従えば,このような菓子に「『なると金時』入り」と表示して販売
する行為は,当該菓子について「なると金時」という商標を使用しているのではなく「なると金時」いもを
原料ないし素材として使用していることを表示しているに過ぎないこととなる。したがって,原材料表示の
域を出ない限り,商標権侵害の問題は起こり得ないように思われる。
しかし,ここで注意しなければならないのは「なると金時」には大きな顧客吸引力が化体していることで
ある。つまり「なると金時」を使用したお菓子であることを宣伝することにより,
商品の売上は(単なる「い
も」の場合と比較して,おそらく)飛躍的に増大する。よって,
(上記「タカラ本みりん」のように)当該
商標の権利者本人,あるいは,その者から許諾を受けた者がその菓子を販売する場合には問題ないであろう
が,権利者に無断で「なると金時」の表示を商標的に使用する第三者が現れた場合には,別途考慮が必要と
思われる。
たとえば,
「なると金時」ばかりが非常に大きく表示されており,
「入り」や「使用」といった原材料表示
としての記述的な表現がなく,もっぱら「なると金時」の顧客吸引力と自他識別機能に依存するような使用
の場合には,原材料表示であっても一定の救済が与えられて然るべきであると思う。さもなければ,地域団
体商標制度の趣旨が没却されることにもなりかねないからである
。
(19)
現実には,
「便乗使用」と「商品特性としての使用」の線引き(=表示態様の検証)は困難を極めるよう
に思うが,これらの点については,地域団体商標制度の発展と,判例の蓄積を待ちながら,今後も研究を重
ねていきたいと思う。
(18)徳島県物産センターウェブサイトより http://www.tokushima-shop.jp/?mode=f4
(19)この点に関し,研究会では,原料購入代金に加えて,更に地域団体商標の使用料を求めるのは,「二重取り」のような気
がする,という意見も聞かれた。
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