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全ページ - 日本電子株式会社
ISSN 0386-6572
Vol. 41, 2009
創立60周年記念号
1.2nm
1μm
Serving Advanced Technology
東京大学 大学院医学系研究科 教授
(社)
日本顕微鏡学会 会長
廣川 信隆
祝 辞
このたびは日本電子株式会社が創立60周年を迎えられまして、誠におめでとうございます。今回日本電子
ニュースの創立60周年記念号にご祝辞を書く機会を頂き大変光栄に思っております。
私は、生命科学の研究者として電子顕微鏡を研究の有力な方法の一つとして使ってきました。私と日本電
子の電子顕微鏡との出会いは、1979年よりカリフォルニア大学サンフランシスコ校に Research Fellowとし
て、また1983年よりワシントン大学医学部の准教授として研究生活を送っていたころに始まります。その性
能のよさと使いやすさそしてまた、優れた maintenance service に大変満足し、それ以来日本電子の電子顕微
鏡とのお付き合いが今日まで続いています。その当時は、研究費のシステムは、日米で大きく差があり、そ
れを反映して、生命科学の研究も一部の例外的な研究を除いて全体として米国に大きくリードされていまし
た。私は、1983年に東京大学に赴任しましたが、幸いなことにそのころから日本の経済的発展の反映として、
特別推進研究費や、特定領域研究費、COE拠点研究費など決して米国に引けをとらない大型の研究費が申請
可能となりました。そのような背景の下に、日本の生命科学研究も急速に発展し、世界をリードする先駆的
研究が日本の複数の拠点で遂行されるようになりました。一方電子顕微鏡の世界では、日本電子が、世界に
打って出たころ、世界の市場を席巻していた、RCAや、シーメンスは、撤退を余儀なくされ、日本電子の電
子顕微鏡が目覚しく発展し世界中の研究室に見られるようになりました。私は、常ずね全社を上げて高性能
な装置を作り、それをユーザーが使いやすいように優れたサービスを提供し、国際的な成功を収めてきた日
本電子のご努力に大きな敬意を持ってきました。私たち生命科学者も、国の科学技術政策の発展のバックア
ップの下に、世界をリードする研究成果を上げることができるようになって来ました。その背景には、研究
の手段となる装置の開発がある事は、いうまでもありません。その意味で貴社の発展と、日本の生命科学の
発展は、大きく科学の世界での日本の国際的貢献という意味で表裏一体の関係にあるといっても過言ではな
いでしょう。また、日本が、今後国際的に科学の分野でその発展に貢献し続けるためにも、研究手段である
装置の開発は、大変重要です。
現在の厳しい経済状況において、わが国は科学技術の国際競争力の強化が求められています。そんな中で
貴社は創業以来60年間優秀な製品を作ることで、わが国はもちろん世界の科学技術の進化を支えてまいりま
した。今後も更なる発展をお祈りいたしております。
( 2)日本電子ニュース Vol.41(2009)
大阪府立母子保健総合医療センター 研究所長
日本質量分析学会 会長
和田 芳直
祝 辞
創立60周年おめでとうございます。お慶びを申し上げるとともに、長きにわたり日本の分析機器を牽引
して頂いていることを感謝いたします。私が関係しております質量分析につきまして、御社が世に送り
出された装置の数々は常に国際的に高い評価を受け、我が国研究者はその力を借りて有機化合物等の精
密かつ正確な質量情報を取得することで世界をリードすることができました。多くの装置が大学を中心
とした質量分離理論研究者と企業との理想的な共同作業でなされたことも特筆すべきであり、また、ユ
ーザーが操作するにあたって遭遇する疑問や障害に対する御社サービス陣の技術指導や助言は、我が国
のよき文化を体現した細やかなものであります。このようなすばらしい企業精神は隠れたところでも時
代を動かす礎となっています。例えば、個人的な昔話でありますが、1991年当時、私は我が国の市場に
登場する以前のエレクトロスプレイイオン源を、JEOL USA, Inc. のラボで見せて頂いたおかげでタンパ
ク質の質量測定が開く新しい生命科学を実感し、帰国後に急ぎ整備した御社の質量分析計 JMS -SX102に
より、タンパク質翻訳後修飾の疾患解明という21世紀プロテオーム時代の医学への展開を先駆ける仕事
をすることができたのでした。
御社は目先の流行を追わず、高い視点から性能を追究することを続けてこられました。先進の計測技術
が物質創生や生命機能のブレークスルーを支えることは言うまでもありません。そのような分析科学の
中核として、科学の未来、そして人類の幸福を支える企業として、これからも発展されることを確信し
ております。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
( 3)
日本電子株式会社 代表取締役社長
(社)
日本分析機器工業会 副会長
栗原 権右衛門
トータルソリューションに注力
戦後間もない昭和24年5月、電子顕微鏡の開発会社として、前身である日本電子光学研究所が創立されて以来、
多くの皆様に支えられ、おかげさまで日本電子は60周年を迎えるに至りました。
この間の科学技術の進歩は目覚しく、お客様の御期待に応えるべく、数多くの理科学機器や産業用機器を
開発、販売してまいりました。透過型や走査型電子顕微鏡の他、EPMAやNMR、質量分析装置、エックス線
装置などの分析機器、半導体用の電子ビーム露光装置、偏向銃や直進銃などの産業用機器、血液自動分析装
置などが、幅広い分野で活躍しております。
当社の経営理念には「創造と開発」を基本とし常に世界最高の技術に挑戦し 製品を通じて 科学の進歩
と社会の発展に貢献しますと謳われています。我々の第一の使命は、まず、市場のニーズを反映した最先端
の優れた装置を開発し、タイムリーにお客様にお届けすることです。60年の間、当社を取り巻く市場環境も
大きく変わりましたが、電子顕微鏡をはじめとする理科学機器を中心に、環境、医療、半導体といった検査、
計測機器市場への展開を図り、業容を拡大してまいりました。
しかし今日の日本電子にとりまして注力すべきことは、ただ単に優れた装置をお客様にお届けするだけでなく、
装置がライフタイムを全うするまでの間、お客様に最大の御満足を戴けますよう、最良のソリューションを
提供させていただくことにあると認識しております。これをより良い形で実現するため、この度、長年保守
サービスを担当してきました日本電子データム株式会社を7月1日付で統合致しました。保守サービスに加え、
最新のアプリケーションやノウハウの提供、装置設置室やサンプル測定の御相談等、日本電子ならではの充実
したソリューションを提供することにより、お客様の御期待にお応えしたいと存じています。日本電子ニュース
の刊行もソリューション提供の一環と位置づけ、今後も内容の充実に努める所存です。
創立60周年を期に、日本電子はグローバルな視点から、最良の装置とソリューションを提供する企業として
努力してまいりますので、今後とも引き続き御愛顧を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
( 4)日本電子ニュース Vol.41(2009)
日本電子株式会社 相談役
前(社)
日本分析機器工業会 副会長
原田 嘉晏
創立60周年を迎えて
弊社は、1949年5月に透過型電子顕微鏡の開発・生産・販売を行うために設立されて以来、今年で60周年を
迎えました。
JEOLグループは60年間の企業活動を通じて、先輩諸氏と全社員の努力により売上高約1,000億円、従業員数
約3,000名の規模まで成長しました。この60周年という節目の年を迎えられたことに感謝し、祝いたいと思います。
その間、多くのユーザーの皆様方に厳しいご指導と温かいご支援をいただいたからこそ、ここまで発展できたと
認識しており、皆様方に心より御礼を申し上げます。
JEOLグループは、創立50周年を契機に、第二の創業と位置づけ、21世紀の最初の10年間に進むべき方向を
指し示した経営ビジョン「JEOL SPIRIT-1」を策定し社内外に発表しました。その骨子は、事業領域を理科学
機器事業と産業機器事業のTWIN COREと位置づけること、そして、行動規範としてNo.1ソリューション、
グローバルネットワーク、イノベーションの三つの使命を果たしていくことです。
この経営ビジョンに則り、3年毎の中期経営計画を策定し、単年度事業計画へと展開を図ってきました。経
営ビジョンに沿って、お客様の立場となり、全社員の意識改革を進めております。
JEOLグループが60年間に市場導入をしてきた多くの製品群は、材料科学や生命科学の基礎研究分野において、
そして、産業界における技術開発や品質管理の分野において必要不可欠な装置となっており、今後ともユーザ−の
皆様方のご期待に応えていく所存です。例えば、JEOL創立の原点である電子顕微鏡は、現在でもJEOLの
フラッグシップです。近年の電子顕微鏡は、収差補正技術、トモグラフィー技術、試料冷却技術、位相板技術、
試料環境制御技術、分析技術などの技術革新が取り入れられ、大学、国立研究所、企業における世界の基礎
研究分野において有益な装置として活用されています。
また、現在、世界的な経済不況に陥っていますが、このような時こそ、新しい技術や産業の創出が必要です。
JEOLグループは世界の科学技術政策を遂行していく上で、また、世界の産業を発展させていく上で必要不可欠な
企業であると思っています。
今後とも、経営理念に則り、それぞれの製品の競争力を高めることによって、科学の進歩と社会の発展に
貢献していく所存です。ユーザーの皆様方の厳しいご指導と温かいご支援を引き続きお願い致しまして、
私の挨拶とさせていただきます。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
( 5)
Vol.41.2009
多孔体物質の構造研究における
高分解能走査電子顕微鏡法の役割
Sam M. Stevens†,††、Kjell Jansson†、Changhong Xiao†、朝比奈 俊輔 †††、
Miia Klingstedt†、Daniel Grüner†、阪本 康弘 †,††††、宮坂 慶一 †,†††††、
Pablo Cubillas††、Rhea Brent††、Lu Han†,††††††、Shunai Che††††††、
Ryong Ryoo†††††、Dongyuan Zhao†††††††、Mike Anderson††、Ferdi Schüth††††††††、
寺崎 治 †,†††††
目次
†
祝辞 ..........................................................2
祝辞 ..........................................................3
††
トータルソリューションに注力 ..........4
†††
創立 60 周年を迎えて .............................5
††††
多孔体物質の構造研究における
高分解能走査電子顕微鏡法の役割
.........................6
†††††
††††††
†††††††
電子顕微鏡を活用した構造生理学研究
......................13
††††††††
Department of Physical, Inorganic & Structural Chemistry、
Arrhenius Laboratory, Stockholm University
The University of Manchester
JEOL Europe
Osaka Prefecture University
Korea Advanced Institute of Science and Technology
Shanghai Jiao Tong University
Fudan University
Max Planck Institute Mülheim
高分解能電子顕微鏡による
炭素ネットワークの可視化 ...........22
清酒の老香成分ジメチルトリスルフィド
(DMTS)前駆物質の探索および同定
.......................28
ゼオライトやメソ多孔体などのナノ多孔体は、その空隙を利用してそこで様々な化学反応
を起こさせたり、その空隙内に有機分子、金属ナノ粒子や無機化合物クラスターを安定させ
保持することができる物質系として応用への大きな期待が持たれている。これら物質のナノ
スケールでの構造評価、組成分析や結晶成長の機構解明は、望む機能を有するナノ多孔物質
を設計する上で必要不可欠である。
近年の走査電子顕微鏡は、特に低加速電圧領域での性能の向上が著しく、多くは絶縁体で
ある多孔体の微細な表面構造を高分解能で直接観察できるまでになっている。また試料に入
射する電子のエネルギーを適切に選ぶ事により、ナノ粒子の組成、粒子の位置(細孔壁の内側
にあるか外側にあるかを含め)や表面での化学組成に関する情報を区別して得る事ができる。
本稿では、幾つかの多孔材料(ゼオライト LTA、ゼオライト LTL、メソ多孔体 SBA-16 と
FDU-16、と金ナノ粒子を内包したチタニア中空殻)を例に挙げ、近年の高分解能走査電子顕
微鏡 (HRSEM) の進歩について原子間力顕微鏡(AFM)や透過電子顕微鏡(TEM)との比較を
まじえて紹介する。更に、特に最新の観察試料の作製法等にも触れながら超低入射電圧を用
いた HRSEM 観察が多孔材料を応用する際に必要で有用な構造情報を与える事を示す。
天然抗酸化剤をシーズとした創薬
.......................34
JBX-9300FS を使用した
ナノインプリントモールドの開発
.......................42
製品紹介 ..............................................48
Cover micrograph
ゼオライト LTA の結晶成長ステップを示す
高分解能 SEM 像。
同じ領域を AFM と SEM で観測し、正方形
はじめに
療薬品の可逆的吸脱着を可能にする。また、
(i)
、
で囲んだ領域に AFM 像を重ねて表示。
AFM 像で観測された 1.2 nm 高さのステッ
(ii)の多孔体ではその多孔構造を細胞組織工学
の特徴から便宜上以下の3つに分類する。
や薬剤伝達システムとしても利用できる。
(iii)
の場合、ナノ粒子を内包したナノ中空殻は,利
晶性の骨格構造中に存在するゼオライトや非
用過程中にナノ粒子が互いに凝集するのを防
晶質シリカ壁に囲まれて存在するシリカメ
ぎ、その化学特性を保ち、更にナノ中空殻との
ソ、マクロ多孔体結晶、
(ii)不均一な大きさの
複合機能を示す系として注目されている。多孔
細孔(例えばミミズ状)が不規則に配列した
体結晶を最も効率よく且つ多方面で利用する何
Department of Physical, Inorganic & Structural
シリカメソ多孔体、
(iii)ナノ中空殻とナノ粒
れの場合にも、微細構造および成長機構を知り、
Chemistry、Arrhenius Laboratory, Stockholm
子を内包したナノ中空殻。
これらナノ多孔材料は様々な分野での応用に
用途に合わせ空孔のサイズ、外表面への孔の開
有望視されており、例えば、
(i)の場合、細孔
水性、ゲスト物質の性質等を制御して行く事が
は不均一触媒反応で酸点や広い表面積を供給す
重要である。
ナノ多孔材料に関していえば、走査電子顕
SEM 像で明瞭に観察され、両者の対応は極
めて良い。
データご提供:寺崎 治 先生*,**
University
**
ここでは取り上げるナノ多孔材料を構造上
(i)均一な大きさの周期的に配列した細孔が結
プ(LTA 骨格モデルと模式図参照)は全て
*
る、
(ii)では細孔は遷移金属等による修飾や医
Korea Advanced Institute of Science and
Technology
†
SE-10691 Stockholm, Sweden, [email protected]
き具合、結晶の大きさと形、細孔表面の親/疎
微鏡は焦点深度が深く使い易い装置であるた
め、結晶成長の傾向をつかむ上で統計処理に
†††††
Daejeon 305-701, Korea, [email protected]
( 6)日本電子ニュース Vol.41(2009)
十分な量のデータを短時間に収集し、結晶サ
イズや外形を評価する方法として長い間利用
る像を比較し、HRSEM で観測できる表面凹
内で試料上を線状に順次走査させ試料から放出
されてきた[1]。しかし、走査電子顕微鏡はナ
凸の大きさを見積もり、限界について述べ、
される情報を場所の関数である像として記録す
ノスケールで結晶成長を議論するのに十分な
HRSEM が結晶の表面構造をナノメータスケ
る。試料室において、入射電子は試料と相互作
表面微細構造の情報を供給できず、AFM、
ールで、かつ広範な試料域で正確に評価可能
用して弾性散乱もしくは非弾性散乱過程を経て
TEM や粉末 X 線回折法など他の解析手法に
であることを示す。次に最新の断面試料作製
反射電子(BE)、二次電子(SE)オージェ電子、
より提案された結晶成長メカニズムを支持し
(CP)法を紹介し、HRSEM で結晶表面にとど
結晶のサイズや外形を示す補助手段として利
まらず結晶内部の細孔構造も観測可能である
各種 X 線や可視光を生成する。二次電子は入
射電子から直接生成される SE1 と試料内で散
用 さ れ て 来 た に 過 ぎ な か っ た 。[ 例 え ば 、
ことを実例をあげて示す。これは3次元構造
乱された電子によって生じる SE2 の2種に分
AFM 観察によりゼオライト LTA の結晶表面
を投影像として観察する TEM と異なる利点
類される。SE1 は試料の表面形状に非常に敏
上のテラスの高さや形状、結晶成長ユニット
である。大多数の多孔結晶は絶縁体であり像
感であるが、SE2 は試料のより深い領域の大
の存在やその合成条件に依存した成長様式が
質低下の原因となるチャージアップとは無縁
きな体積で生成されるため表面の凹凸像の劣
明らかになっている[2]]
。
ではない。ビームサイズを小さくできる加速
化を生む。また、入射エネルギーを低く抑え
そのような中、最近の目覚ましい技術の進
電圧を試料入射直前まで保ち、ジェントルビ
て特性 X 線を EDS や WDS 法により検出する
歩により、いわゆる高分解能走査電子顕微鏡
ーム機能(試料台に電圧のバイアスをかける
と試料表面での元素分析を高い空間分解能で
(HRSEM)法が可能になり、これまで困難で
方法)を用いて試料入射時のエネルギーを低
行なう事ができる。一方、反射電子と呼ばれ
あった結晶表面のテラスや微細構造、メソ孔
くしてチャージアップを避けることが可能で
るラザフォード散乱に起因した入射電子の高
などを直接観察できるようになって来た。そ
ある事を示す。さらに試料から放出される電
角側への散乱は原子番号に強く依存し、組成
の理由としては、対物レンズの色収差や球面
子の中から適当なエネルギー幅を r-Filter を
コントラストを与える。入射電子によって生
収差の改善と試料への入射電子エネルギーの
用いて選べば成因の異なるコントラストを区
成された電子はシンチレータもしくは半導体
精密な制御が可能になり、プローブ径を小さ
別して観測可能である事を示す。最後に本稿
検出器によって検出され、増幅された後その
く保ちつつチャージアップの影響(特に絶縁
の物質群に対して組成コントラストが極めて
強度に対応したグレースケールとして電子線
体で顕著)を大幅に減少させる事が可能にな
有用であることを述べる。
の走査位置と同期した形で画面上に表示され
る。本報告で取り上げた HRSEM 像は、スト
ったことが挙げられる。また検出する二次電
子や反射電子のエネルギー領域と検出角を調
実験結果と議論
も可能になって来た。このような技術の進歩
ックホルム大学電子顕微鏡センター(スウェ
ーデン)にある日本電子製高分解能走査電子
整することによって選択的に情報を得ること
装置および電子と物質の相互作用の概観
顕微鏡(JSM-7000F、JSM-7401F)を用いて撮
影されたものであり、電界放出型の電子線源
により重要な結晶情報、例えば、メソ多孔結
晶においてチャンネルが開いているか閉じて
走査電子顕微鏡本体は大きくカラムと試料室
を装備し、インレンズ検出器、ジェントルビ
いるか、チャネルの湾曲具合[4]、ゼオライト
に分ける事ができる。カラムには電子線源,絞
ーム機能、エネルギー分散型 X 線分析機能を
における双晶や結晶が成長する最前面の情報
りやレンズなどが含まれ、生成された電子線が
持つ。また、詳細は本報告とともに文献[6]を
[5]が報告されている。
加速され電磁レンズによって縮小される。その
参照していただきたい。先ず、トポグラフィ
縮小された電子線を走査コイルによって試料室
ックコントラストから話を始めよう。
本稿ではまず HRSEM と AFM で観測され
日本電子ニュース Vol.41(2009)
( 7)
は最近まで走査電子顕微鏡で観察されず、
可能な上に、先に述べたように表面構造の情報も
AFM による報告のみであった。表面の凹凸に
得られる事にある(Fig. 2 D、E)。AFM ではスキ
関する HRSEM の感度が極めて向上し、直接
ャン領域がカンチレバーもしくはピエゾ素子によ
AFM と比較したときの HRSEM の有効性を
1.2 nm 高さのゼオライト LTA 表面テラスを明
るステージの駆動範囲に制限され、そのピエゾ素
Fig. 1 に示す。Fig. 1A はほぼ同じ大きさと形
瞭に観察できる。ゼオライト LTA の同一表面
子の特性による像の歪みも生じる。一方、HRSEM
を有する二つのゼオライト LTA 双晶の像であ
を AFM と HRSEM で観察し、二つの像を重
ねて Fig. 2 に示した。図から分かる様に AFM
像は歪みが小さく無視できる。その事をゼオライ
る。AFM では結晶表面の大きな勾配のためこ
の種の大域を示す像は観測できない。Fig. 1B、
で観察された全てのテラスは HRSEM でも観
ト LTL の4枚の HRSEM 像を継ぎ目無く高精度
で重ねて Fig. 3A に示す。またデジタル拡大した
C に Fig. 1A の長方形 B、C で囲まれた双晶境
察され両者の一致は良い。AFM による表面の
像でも表面の微細構造が結晶の長手方向全体に連
界を含む領域の拡大像を示す。表面ステップが
凹凸の観察結果(Fig. 2 B、C)によると、表面
続して観察される(Fig. 3A2、A3、A4)。
境界まで、また境界に沿ったマクロポアが鮮明
テラスの全ては 1. 2 nm の高さであるから、
に観察することができるのに対し、AFM では
HRSEM の表面凹凸に関する垂直方向の感度は
て物理的に結晶表面を走査するため、そのチッ
チップの形状による制限のためこれらの観察が
この観察条件での走査電子顕微鏡の横方向保証
プの形状による影響が避けられない。ゼオライ
困難である。
ト LTL の全体 SEM 像を Fig. 3B 2 に、そこで長
序論で述べたように、結晶成長メカニズムを
分解能 1.5 nm より高いことを示している。
HRSEM の利点は、AFM に比べデータ収集に
議論する上で重要なナノ多孔材料の表面テラス
要する時間が短く、広範囲を同時に観察する事が
面のくぼみを含む領域の SEM 像を Fig. 3 B 3 に
感度、分解能および原子間力顕微鏡
(AFM)との比較
AFM は電子線の代わりにカンチレバーによっ
方形に囲んだ領域の AFM 像を Fig. 3B1 に、表
Fig. 1 HRSEM images of twinned crystals of zeolite LTA.(B)and(C)show the interface between the two twins located in the boxes on(A). 1 keV landing energy, 2.5 keV column energy. In-lens detector, Sb mode(See Figure 8.1D).
Fig. 2(A)composite HRSEM(left, grayscale)and AFM(right, redscale)image of the exact same(100)surface of the exact same crystal of
zeolite LTA.(B)Cross section is of AFM height measurements corresponding to the purple line with a zoom in(C).(D)whole(100)surface of zeolite LTA with a magnification of the position of prevailing screw dislocation in(E). HRSEM: 1 keV landing energy, 2.5 keV column energy, In-lens detector, Sb mode. AFM: Constant Force Mode.
( 8)日本電子ニュース Vol.41(2009)
示す。これらの像の比較から AFM ではくぼみ
程度の分解能で観察可能なことを示す。
の詳細を観察できないが、 SEM 像ではその微細
構造を観察可能であることが判る。AFM では試
料表面がカンチレバーに対して垂直でない場合
の銀を含むエポキシやカーボンペーストに包埋
する。その後少し温めたり、真空下に置いて気
試料断面の作製と透過電子顕微鏡観察と
の比較
泡を取り除いて CP 処理をするとより平坦な断面
が得られる。また、研磨時の試料汚染を極力押
(例えばば表面が湾曲したシリカライト- 2 [7]や
結晶表面が大きな角度で交叉した(Fig. 1))には
CP 法は、Fig. 4 に示すように試料上方にシー
浄し、SEM 本体へ入れる前にも 250 ℃程度で焼
チップの形状に起因する影響が出て結晶表面の
ルドプレートを置きそれからはみ出した部分を
構造を正しく反映しない。
上方から加速したアルゴンイオンを照射して削
き出しをするとよい。
Fig. 5 にメソ多孔体 SBA-15 の HRSEM 像を示
さえるため、前もって試料台はエタノールで洗
これ迄述べて来た様に AFM と SEM は互い
り取る方法である。アルゴンイオンビームによ
す。これらの像にはメソ孔が U 字状に曲がって
に相補的な関係にある。つまり、垂直方向に高
る試料の研磨速度はビームの試料に対する入射
いる様子(Fig. 5A)やたまたま結晶が欠けた所で
い分解能を持つ AFM と、水平方向に高い分解
角に大きく依存し、試料表面がビームに対して
ヘキサゴナル構造に配列した内部構造(Fig. 5B)
能を持つ SEM とを組み合わせることによって
平行な場合、実効的に研磨速度がゼロになる。
が明瞭に観察されている。また、試料断面から
表面微細構造(ステップの位置と高さ等)を高
このため、CP 法は他の研磨方法、たとえば機械
得られた像(Fig. 5C、D)でもメソ孔が観察され
精度で評価することが可能となる。次に近年新
研磨法や化学研磨法と比較して汚染やダメージ
ており、CP 条件を適切に選べば、メソ孔の構造
しく開発された断面試料作製(CP)法を適用す
が少なく非常に平坦な表面を作る[9]。多孔体結
を保持したダメージの少ない試料断面を作製す
ると、表面構造のみでなく結晶の内部構造も同
晶のような粉末試料の場合、まず試料を導電性
ることができる事を示している。たとえばここ
Fig. 3 Zeolite LTL images.(A1)is a composite of four SEM images, the areas highlighted at the top(magenta - A2), middle(cyan - A3)and bottom(green - A4)of the crystal are 2x digital zoom of those images. Right hand crystal is
shown in both AFM(B1), SEM(B2)and HRSEM(B3)images, notice the probe-tip dilation effect in the AFM
reducing the amount of information around the small crater towards the bottom of the crystal. HRSEM: 0.8 keV
landing energy, 2.3 keV column energy. In-lens detector, Sb mode. AFM: Constant Force Mode.
Example condition:
6kV, 120uA, 3hr
Example Mehod:
Back side Ar ion irradiation CP
The argon ion beam is parallel to a
cross section surface.
Ar ion
Shield Plate
Si
Sample
CP block
Fig. 4 Schematic of the Cross Section Polisher as viewed from the side
(top-right)and isometrically(bottom-left).
日本電子ニュース Vol.41(2009)
( 9)
Fig. 5 Mesoporous silica SBA-15.(A)and(B)are HRSEM images of the unaltered crystals clearly displaying surface channels and terminations.(C)and
(D)are HRSEM of the powder after cross section polishing, notice surface profile is visible along with grain boundaries and change of channel orientation.(E)and(F)are of crystals with spherical morphology viewed both as a cross section(HRSEM)and projection(HRTEM) respectively.
Fig. 6 Mesoporous silica SBA-16(top row)and reciprocal carbon analogue FDU-16(bottom row)imaged at different accelerating voltages.
Contrast normalized to that of the HOPG substrate. No surface bias. In-lens detector, Sb mode.
では、TEM では直接観察が難しい SBA-15 メソ
に極端にコントラストを強くしたり弱くした
エネルギー(しきい値)は試料の性質によっ
孔のドメイン境界での配列の乱れが明瞭に観察さ
り、またイメージに歪みをもたらす。これは
ても大きく異なるが、そのσ = 1 前後での入
れ、結晶内でドメイン毎にメソ孔の配列を明らか
入射電子により試料表面で電荷が局所的に極
射電子線エネルギーへの依存性はほぼ共通で
にすることも可能となる。比較のために、球状シ
端に多くなったり少なくなったりして不安
ある[10]。シリカ材料の場合このしきい値は
リカメソ多孔体から CP 法で作製した試料の
定・不均一な静電場を生じた結果である。こ
0.5eV から 1.5keV の間にある。互いに同じ対
SEM 像(Fig. 5E)と TEM 像(Fig. 5F)を示す。
の不安定で不均一な電場は試料から放出され
称性でほぼ同じポア密度と形を有するシリカ
Fig. 5E ではコントラストの線状(細孔が紙面に
る電子の軌跡やエネルギーに影響を与える。
とカーボンのメソ多孔体 SBA-16(上)と FDU-
平行)から点状(細孔が紙面に垂直)への変化を
多孔材料の多くはシリカを原料とする絶縁体
16(下)の HRSEM 像の入射電子エネルギー依
見て取ることができる。これまで、TEM では十
であるので、チャージアップの影響が顕著に
分に薄い試料片を作るため試料を粉砕することが
見られる。入射電子線の試料表面に対する角
存性を Fig. 6 に示す。コントラストは下地の
HOPC(highly ordered pyrolytic grahite)で規
多く、結晶表面と内部構造の区別が難しいがこの
度によって放出する電子線量の変化は前述の
格化してある。この図からわかるように
CP 法で試料を作るとその区別が容易になる。
トポグラフィックコントラストの起源である
SBA-16 では 1.4keV と 1.7keV の間にしきい値
が、基本的に入射電子線量と放出電子線量を
が存在するのに対して、FDU-16 ではしきい
等しくすること
(両者の比をσとするとσ = 1)
値のエネルギーはやや高めでずっと幅広いと
がチャージアップを軽減する条件となる。放
いえる。これまで実際の SBA-16 の HRSEM
ジェントルビーム法は絶縁体多孔物質
のチャージングを著しく軽減する
出される電子線量は加速電圧(正確には試料
観察においては,最適なしきい値エネルギー
チャージアップは絶縁体材料を観察する際
への入射エネルギー:ランディングエネルギ
の電子では回折誤差や色収差が原因でプロー
に常に問題になる。チャージアップは局所的
ー)に大きく依存する。σ = 1 を満たす入射
ブサイズを十分小さく保つことができず、表
(10)日本電子ニュース Vol.41(2009)
面の微細構造観察に要求される解像度を得る
大きく異なるので、r-filter によってそれらを
を得る事が可能になり、今や超低入射エネルギ
ことができなかった[11]。
分離して検出する事は容易である。インレ
ー HRSEM は高い分解能を保ちながらチャー
5keV 以下で顕著になる分解能の低下を押さえ
ンズ検出器は高い S/N 比を持つ(ジェントル
ジアップによる像劣化を抑えて多孔体を高分解
るために近年ジェントルビーム法が開発された。
ビーム法と組み合わせるとより効果的)ばか
能で観察できる強力な実験手段である事を示し
この手法は高い加速電圧(カラムエネルギー)を
りでなく、対物レンズ内に配置した複数の
た。より詳細な解説は、目下準備中のレビュー
保ったまま、試料台に負のバイアスをかけるこ
電極にかける電圧を調整する事により観測
[14]も参照していただきたい。
とにより、試料への入射エネルギーを低くする。
この手法によって高い分解能(小さいプローブサ
する電子のエネルギーを選択できる。
Fig. 8 に金ナノ粒子を内包したチタニアナ
謝辞
イズ)を保ったままチャージアップの少ない条件
ノ中空殻[13]を r-filter を用いて観察した結果
を得る事が可能になる。
を示す。全電子(二次電子から反射電子まで、
The Knut & Alice Wallenberg Foundation,
この手法のもう一つの利点は、試料台にかけ
相対的に二次電子が多い)からなる Sb モー
Swedish Research Council, Japan Science and
られた負のバイアスは試料表面上に生じる電場
ドでの像(Fig. 8.1A)
、二次電子によるトポ
Technology Agency、EPSRC and ExxonMobil
の大きさよりも数桁大きいため、局所的なチャ
ロジカルコントラスト像(Fig. 8.1B)
、主に
反射電子を選択的に取り込んだ Bs モードに
Research and Enginnering から財政支援を受
よる組成コントラスト像(Fig. 8.1C)を示す。
は技術的なサポートを頂き、Mohammad Jalil,
製した階層構造を持つ多孔材料[12]の HRSEM 像
Bs モードではチタニアナノ中空殻の内外に存
Peter Alberius そして L. Itzel Meza には実験
を示す。ジェントルビーム法(ステージバイアス
在する金ナノ粒子が輝度の高いスポットとし
試料を提供して頂いた。黒田一幸教授(早稲
0.5keV)の適用の有無による像の違いが Fig. 7C1
て観察されている。これらの像から見られる
田大学)には永年ご支援とご教示を頂きまし
と C2 で明瞭に見られ、より高い加速電圧(カラ
ように低入射エネルギーでは電子が試料表面
た。深く感謝申し上げます。
ムエネルギー)を用いることにより分解能の向上
にしか入らずまた試料から出てくる二次電子
も顕著である。また Fig. 7 D では、マクロ孔とそ
の量が深さとともに急激に減衰するので、ナ
の壁に存在するメソ孔が、このジェントルビー
ノ中空殻表面にある場合のみ金ナノ粒子が観
ム法による分解能の改善によって同時に観察で
察できる。一方 Bs モードの場合にはナノ中
[1] Yang et al. Revision of Charnell's procedure
きることを示している。
チャージアップは HRSEM 像観察で情報量
空殻内の金ナノ粒子も明るいスポットとして
towards the synthesis of large and uniform
観察できる。従って、これらを組み合わせれ
crystals of zeolites A and X. Microporous
を低下させる一因であり、上述した様に試料へ
ば金ナノ粒子の全てを観測できると同時に粒
の入射エネルギーをステージバイアスで調整す
子の位置を区別することが可能となる。加え
る事によりチャージアップを軽減し表面の微細
て、Fig. 8.3 ではナノ中空殻とその中のナノ粒
構造を詳細に観察することが可能となる。次節
子(直径 20 nm 以下)の化学組成を高空間分解
では試料から放出される電子線のエネルギーを
能 EDS で確認した。同じ領域で観察したチタ
選別し意図した構造情報を選択的に取り出す方
ンと金の元素分布図(Elemental/Chemical
法について述べる。
Map)を Fig. 8.4 に示す。
r-filter を用いて異なる成因に基づく
コントラストを分離する
結論
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Materials vol. 28 (1) 1-7 (1999); Meza et al.
Differentiating fundamental structural units
during the dissolution of zeolite A. Chemical
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Kingdom) (24) 2473-2475. (2007)
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Stages of LTA-Type Zeolite by Complementary
Characterization Techniques. European
ージアップや像の歪みを緩和する効果がある。
Fig. 7にポリスチレン(Fig. 7A)を鋳型として作
概要で述べたように入射電子と試料の相
互作用によってさまざまな種類の電子が試
料から放出される。それらは異なったエネ
ルギーや強度を持ち、異なる軌跡を描く。
幸いに二次電子と反射電子のエネルギーは
本報告では HRSEM 法がミクロ、メソ、マク
ロ多孔体の表面のみならず内部の構造をもナノ
スケールで得る有力な実験手法である事を
TEM や AFM と比較しながら示した。CP 法,
ジェントルビーム法、r-filter 法などの新しい手
法を組み合わせる事により一層豊かな構造情報
けた。JEOL SAS(Europe)
と JEOL Ltd.に
参考文献
Fig. 7 Hierarchical Porous Material.(A)polysterene spheres used to form macroporous template,(B)free powder,(C1)and(C2)taken without and
with a 500 eV stage bias of the free powder lightly crushed exposing mesoporous network highlighted in(D)
. 3 keV column energy. In-lens
detector, Sb mode.
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(11)
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[14] Jansson et al. To be submitted.
Fig. 8.1 Au@TiO2; Titanium nanoparticles creating interconnected macrospherical cavities, each encapsulating a gold nanoparticle. Images constructed of a mixture of SE and BE electrons(Sb mode)using r-Filter(A)
, of only second SE electrons(B)
, snd of only BE electrons(C)
.
8.2 A reduced landing energy of 500 eV(column energy 1.5 keV)produces topographical images(A and B)showing clearly the encapsulated gold(see as a compositional contrast change in top right image(C)- the position of the gold)
.
8.3 Confirmation, by EDS chemical analysis, of position of gold nanoparticle as found in Figure 8.2.
8.4 EDS mapping of spheres(A)showing titanium K-lines(B)and gold M-lines(C)
.
(12)日本電子ニュース Vol.41(2009)
電子顕微鏡を活用した構造生理学研究
藤吉好則
京都大学大学院理学研究科 生物科学専攻生物物理学教室
構造生理学研究室
極低温電子顕微鏡の進歩と高分解能観察に必要な試料作製法の進歩によって、生物学上重要と考えられる分子の構
造と機能研究が進んでいる。例えば、電子線結晶学を用いた膜タンパク質の構造研究は、2 次元結晶さえ作製されれ
ば、自然な状態に近い脂質膜内にある状態で、構造解析が出来るようになった。独自に開発したヘリウムステージを
搭載した日本電子製極低温電子顕微鏡を用いて、膜タンパク質の立体構造を 3 Åより高い分解能で解析できるように
なっている。ここでは、水チャネルやギャップ結合チャネルの構造と機能研究の例を紹介し、電子顕微鏡を活用した
構造生理学と名づける新しい研究分野の現状を紹介する。
はじめに
析し、どう証明するかという課題を抱えてい
状である。しかし、電子線結晶学は、膜タン
る。また、現状では解析できる分解能が比較
パク質が生理的な条件である脂質膜にある状
電子顕微鏡で分子構造が観察できることを
的低いこともあって、確かな原子モデルを得
態で、高い分解能の構造を解析できて、構造
塩化フタロシアニン銅で確認したが、電子線
るまでには、まだ単粒子解析法の進歩を待た
に基づいて生理機能を理解する上で最適の方
による試料損傷の問題を乗り越えるために長
法であるので、構造生理学という新しい学問
年苦労しなければならなかった。すでに、染
なければならない。
一方、電子線結晶学は、大まかに 4 つの理由
色法やシャドーイングなどの技術によって、
から膜タンパク質の構造の詳細を研究する方法
ると信じて研究を進めてきた。
電子顕微鏡法は生物学における重要な欠くべ
の1つとして、すでに有力な候補となっている。
電子顕微鏡を用いて生物試料を観察する上
からざる構造情報を与えてきた。しかし、細
1)膜タンパク質が自然な状態に近い脂質膜の中
で、試料の電子線損傷と乾燥による変性の 2
胞のシグナル伝達やエネルギー代謝、その他
にある状態で構造を解析することが出来る。
つの問題が我々に困難な課題として立ちはだ
の細胞の生理機能を理解する上で鍵となる膜
2)結晶性がある程度悪くても立体構造を解析
かってきた。これら 2 つの問題を乗り越える
タンパク質について、その分子機構を理解で
することが出来る。ただし現状では、解析
ために、操作性の良い安定なヘリウム試料ス
きるような高い分解能で構造解析するには電
可能な分解能は結晶性によって制限される。
テージと、氷包埋試料を交換できるクライオ
分野を切り開くには中心となる研究手法であ
子線損傷の問題を乗り越えることが必要不可
3)2 次元結晶の両側が開いており、人為的な
トランスファーシステムを備えた極低温電子
欠であった。その電子線損傷のために、像の
相互作用による分子構造の変形の影響が少
顕微鏡を開発する必要があった。凍結切片作
シグナルとノイズの比(S/N)は極めて悪くな
ない。また、N. Unwin によって構造解析
製法などの新たな手法の開発と共に極低温電
らざるを得ない。その S/N を向上させるため
されたニコンチン性アセチルコリン受容体
子顕微鏡などの装置の開発が、電子線トモグ
には、像の平均化操作を行う必要がある。平
(AChR)の例のようにスプレー法と急速凍
ラフィーや単粒子解析、そして電子線結晶学
均化の 1 つの有力な方法として、単粒子解析
結法を用いて動的な構造変化を研究するこ
の有効性を高めてきている。それゆえ、より
法が広く用いられるようになっている。単粒
とが出来る[1]。
複雑で困難な研究課題にも電子顕微鏡を活用
子解析法は結晶を作製しないで、立体構造を
4)位相を直接像から計算できるので、分解能
して挑戦できるようになってきた。個人的に
解析できることから、非常に多くの生物学的
が等しいときには、X 線結晶学より質の良
は長年悪戦苦闘を強いられてきたが、やっと
研課題に応用され始めている。それゆえ、単
い位相情報が得られる。それゆえ、密度図
構造生理学という新たな研究分野で研究を進
粒子解析法は生体高分子の立体構造解析には
の質が良い。
めることが出来る楽しい時代になってきたと
最も広く用いられるようになってきている。
電子線結晶学は、人類に最初に膜タンパク
しかし、現状ではこの単粒子解析法で、同じ
質の構造に関する姿を与えた手法であった。
試料を解析したとして発表された構造がまっ
R. Henderson と N. Unwin は 1975 年に、バク
たく異なっている例が散見される。そのこと
テリオロドプシン(bacteriorhodopsin)の構造
は、発表された構造の 1 つのみが正しいこと
を解析するという先駆的仕事を行った[2]。そ
を意味しており、間違いの無い構造をどう解
の後、R. Henderson らは、電子線結晶学を用
2 次元結晶を用いて高い分解能のデータを
いてバクテリオロドプシンの原子モデルを解
収集するには、結晶を薄い非晶質の氷かトレ
析した[3]が、高分解能の解析を行う上での技
ハロースなどの糖を含む層に包埋する必要が
術的な困難さと 2 次元結晶作製の困難さのた
ある[4]。そして、この様な急速凍結試料を低
めに、この技術の普及は限られているのが現
温を保ったまま、霜などをつけないように低
606-8502 京都市左京区北白川追分町
[email protected]
感じている。
安定で操作性の良い
極低温電子顕微鏡の開発
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(13)
温電子顕微鏡に装着して観察する必要があ
代の極低温電子顕微鏡とヘリウムステージの
る。その場合に、Fig. 1 に示す様に、傾斜軸
から書いた[5]。Fig. 3 に示す様に、液体窒素
タンクとシールド、そして、液体ヘリウムタ
に垂直方向の回折点がボケて減衰してしま
ンクと 1.5K ポットは、輻射熱を最少にするよ
う。傾斜した試料から、特に傾斜軸に垂直方
うに金メッキを施した。試料を装着するポッ
向の高分解能のデータを収集するためには、
トは、超流動ヘリウムを用いて 1.5K まで冷却
氷の層の厚さを最適化しなければならない。
2 次元結晶の平面性を高くするには、Fig. 2
できるようになっている。電子線結晶学で構
バクテリオロドプシンの構造を解析するた
造を解析する場合に必要な像の分解能は 3 Å
めに傾斜の像を撮影したときに、試料のチャ
に示す様に結晶を包埋する層を薄くする必要
程度であるが、生物試料を構成する原子は軽
ージアップによる像が飛ぶという深刻な問題
がある。しかし、その層を薄くしようとする
原子が多い。それゆえ、可能なら高分解能側
に遭遇した。バクテリオロドプシンの構造を
と試料が乾燥してしまう危険度が高くなる。
の情報の減衰が少ない出来る限り高い分解能
3.0 Å分解能で解析するために必要な 200 枚程
この様に、2 次元結晶を最適な薄い氷に包埋
の装置であることが望ましい。水分子や脂質
度の高分解能像を撮影するために、1 万枚を
して、高分解能のデータを収集できる最適の
分子を分離して観察するには、一般に 2.5 Å
超える像を撮影しなければならなかった。電
試料を作製するには、ピンポイントに最適化
程度の分解能が必要であるが、装置の分解能
子顕微鏡装置そのものの状態は完全であって
した試料作製条件が必要である。特に 3 Å分
としては 2.0 Å程度の分解能があると理想的
解能より高い分解能のデータを収集するに
である。それゆえ、装置分解能としては、2.0
も、試料のチャージアップによる像飛びのた
めに Fig. 4 に示す様に、解析に使えない多く
は、この試料作製の条件の厳しい最適化が必
Å分解能を達成できるように設計し、プロト
の電子顕微鏡フィルムを使うことになった。
須である。その最適化は、試行錯誤以外に方
タイプの操作性の悪い点を改良して、第 2 世
傾斜しない試料からは容易に高分解能像が撮
法は無いので、効率の良い安定な極低温電子
代の極低温電子顕微鏡を開発した[6]。さらに、
影できたが、傾斜した試料の場合には Fig. 4
顕微鏡無しに高分解能の構造解析は不可能で
高分解能の情報の減衰を最少にするように電
の 60 度傾斜の像の光変換パターンに見られる
ある。それゆえ、我々は、試料の観察が終わ
界放射型電子銃を備えた完成度の高い第 3 世
ように、像が飛んでしまって、傾斜軸に垂直
って、10 分以内に新しい試料の 2 Å分解能の
代の極低温電子顕微鏡を 1994 年に開発するこ
方向の情報は低分解能さえ情報がないような
像を撮影できる極低温電子顕微鏡を開発し
とが出来た(Fig. 3)。次いで、試料を自動で
像となってしまった。このように像が飛んで
た。この様なシステムを用いて、1 日に実際
交換できる自動クライオトランスファー装置
しまっている使えない像の割合がほとんど
試料交換した記録は 34 回である。
を備え、電界放射型電子銃とオメガフィルタ
で、良い像が撮影できる割合は、わずかに
生体高分子の像は通常 3 Åよりは悪い分解
ーを備えた第 4 世代の極低温電子顕微鏡を開
能である。その値は、装置の分解能によって
発した。単粒子解析用の極低温電子顕微鏡と
2%程度であった。
この問題を解決するためにいろいろ試みた結
制限されているのではなく、電子線による試
して加速電圧 200kV の極低温電子顕微鏡を第
果、カーボンサンドウィッチ法によって、試料
料損傷によって制限されているので、電子線
5 世代の装置として開発した(Fig. 3)
。最近、
が対称になるように作製することによって、こ
損傷が最大の問題となる。電子線による試料
電子線トモグラフィー用のデータや、他の目
の像の飛びの問題を飛躍的に軽減できるように
の損傷は、電子線が照射されている試料温度、
的の解析を目指して、トップエントリーのヘ
なった[7]。すなわち、チャージアップによって、
20K と 8K の条件で室温に比べて、それぞれ、
リウムステージを堅持しつつ、外部制御の試
試料が傾斜している場合に電子線が曲がるが、
1/10 と 1/20 に軽減される。それゆえ、我々
料傾斜を可能にする第 6 世代の極低温電子顕
試料を対称になるように作製するとそれが補正
は極低温電子顕微鏡の開発を行い、1986 年に
微鏡を開発した。それを改良して、傾斜角度
されて、像が飛ぶ問題を軽減することが出来る。
分解能 2.6 Åの極低温電子顕微鏡の開発に成
によって試料位置を上下できる極低温電子顕
この方法によって、良い像が撮影できる割合が、
功したが、論文は充分に耐久テストを行って
微鏡を第 7 世代として開発した。これら各世
2%程度から、90%以上に向上した。
模式図を Fig. 3 に示す。
カーボンサンドウィッチ法
Fig. 2 2次元結晶を氷包埋法で観察する場合の氷の厚さと試料の平面性を示す
模式図。出来る限り薄い膜に包埋すると平面性が良くなるが、乾燥しす
ぎる危険性が高くなる。
Fig. 1 AQP4 の2次元結晶を 60 度傾斜で撮影した電子線回折像。傾斜
軸(白い直線)の方向には、2 Å分解能を超える回折点が観察さ
れるが、その傾斜軸に垂直方向の回折点はボケて高分解能の回
折点は観察されない。
(14)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Development of cryo-EM: 1st - 7th generations
1st G Kyoto U
1986
4th G Harima, Tokyo
2001
2nd G
1988
PERI
3rd G
1994
5th G Tokyo
2004
Kyoto U
Helium stage
6th G Kyoto U
2006
7th G with U-SET system
Fig. 3 極低温電子顕微鏡の歴史。第1世代から最新の第7世代までを示している。また、ヘリウムステージの模式図も示す。
Fourier transforms of Bacteriorhodopsin images
60°
Untilted
Fig. 4 傾斜しない像の高分解能像を撮影することは比較的容易である
が、傾斜した像は試料のチャージアップによる像飛びのために、
困難である。200 枚程度の良い像を撮影するために 10,000 以上の
使えない像が撮影された。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(15)
このカーボンサンドウィッチ法のさらに良
水チャネル、アクアポリン− 1
い点は、電子顕微鏡で生物試料を観察する場合
容易ではない。なぜなら、プロトンは水の水
素結合のネットワークを通して、ドミノ倒し
水は地球上の生物の中で最も大量に存在す
のように伝播してしまうからである。これを
乾燥の問題を最少に出来ることである。分解能
る分子である。それゆえ細胞膜は効率の良い
阻止しようとすると、水分子間の水素結合を
が 3 Å程度の場合にはそれほど問題ではない
水チャネルを必要とする。1992 年に偶然
断ち切る必要がある。しかし、水素結合を断
が、それより高い分解能のデータを収集しよう
28kD の膜タンパク質が赤血球の膜から発見さ
ち切ろうとするとそのエネルギー障壁が高く
とすると、わずかな乾燥でも高分解能の回折点
れ、蛙の卵を用いた実験でそれが水チャネル
なって、1 秒間に 30 億もの水分子を透過する
が消えてしまう。例えば、水チャネルアクアポ
であることが証明されて、アクアポリン−1
ことが出来なくなってしまう。しかし、細胞
リン− 0(AQP0)の結晶をカーボンサンドウィ
(AQP1)と命名された[9]。神経細胞をはじめ
におけるプロトンの制御、すなわち、pH の
ッチ法でデータ収集して構造解析を行った結
とする細胞膜はイオンの透過を厳密に制御し
制御は極めて重要で、pH が変化すると細胞
果、電子線結晶学による構造解析の記録となる
ているので、水分子が透過するときには、い
死や、シグナル伝達が制御されないという事
1.9 Å分解能で構造解析が出来た[8]。この様な
かなるイオンも透過することは許されない。
態になる。この様に重要でありながら、不思
高い分解能の構造解析によって、芳香族に穴が
実際、AQP1 の機能を測定すると、1 秒間に 1
議で理解が困難な水チャネルの機能を理解す
開いて観察され、水分子も観察された。しかも、
AQP0 とその結晶内のすべての脂質分子が Fig.
つのチャネルで、30 億もの水分子を透過しな
るために、電子線結晶学によって、AQP1 の
がら、いかなるイオンもプロトンも透過しな
構造が 3.8 Å分解能で解析された。この構造
5 のように綺麗に分離して観察された。この様
い、驚異の速い水透過と高い水選択性の機能
解析によって、水チャネルの驚異の機能が解
な高分解能の解析は、このカーボンサンドウィ
を有していることが明らかになった。水が透
明された[10]。この電子線結晶学による解析
ッチ法によって初めて可能となった。
過する場合に、プロトンを透過させないのは
は、ヒト由来の膜タンパク質の構造が解明さ
に電子線損傷と双璧をなす深刻な問題である、
Fig. 5 1.9 Å分解能で解析
された AQP0 と 2 次
元結晶内の脂質分子
の構造。
(a)
(b)
Fig. 6 電子線結晶学で解析された AQP1 の構造(a)
、色々な表示法で示した生理的条件で形成している
4量体の構造(b)
(16)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Fig. 7 速 い 水 透 過 と 高 い 選 択 性 を 示 す
AQP1 チャネル内の水分子の配置を
示す模式図。
れた最初の例であると共に、Fig. 6a に示す様
え、水分子は酸素でそのアミド基と水素結合を
ことによって、1 種類のタイプの 2 次元結晶の
に、不思議な折りたたみ構造(AQP fold と命
自然に形成する。水の分子軌道とアミド基が水
データだけを選別して、AQP4 の構造を最終的
名された)がはじめて明らかになった。
チャネルの軸に平行に配置していることから、
には 3.2 Å分解能で解析することに成功した。
最初の AQP1 の構造解析は分解能が不十分
その水分子は、水素をチャネルの軸に垂直方向
膜の相互作用が異なる種類の選別は 6 Å分解能
であったので、ヘリカルバンドルが右巻きか
の像で感度良く出来て、撮影した 70%の結晶が
左巻きかが問題で、バクテリオロドプシンの
に向けるために、その隣り合う水分子との水素
結合が出来なくなる(Fig. 7)。この様に水素結
構造解析[11]をもとに、注意深く解析して、
合を断ち切ることで、ドミノ倒しのように通過
造解析は困難であったが構造解析に成功する
右巻きのヘリカルバンドルであることを解明
してしまうプロトンを阻止できる。水がチャネ
と、AQP4 が星状膠細胞の終末足で特徴的な結
した[12]。発表当時は間違った絶対構造が発
ルを通るときのエネルギー障壁は、水素結合を
晶性のアレイ構造を形成しているが、そのアレ
表されるなど混乱した状態であったが、バク
切る位置の水分子がアミド基と水素結合を形成
テリオロドプシンを元にきちんとした解析を
できるために、3kcal 程度と低いので、1 秒間
イ構造を安定化させる相互作用の分子機構が明
らかになった(Fig. 8)。また 2 枚の膜が接した
行っていたので、我々の構造が正しいという
に 30 億の水分子を透過することが出来る。こ
2 重膜による 2 次元結晶は、AQP4 が水チャネ
確信を持っていた。この様に、低分解能の構
の機構を水素結合解離機構(hydrogen bond iso-
ルでありながら接着性の機能を有することを示
造解析の時には、注意深い解析を必要とする
lation mechanism)と名づけた[10]。地球上の生
唆している(Fig. 8)。それで、細胞接着性の分
が、最終的には 3.8 Å分解能の構造解析で、
物にとって、水の透過とイオンやプロトンの透
子を発現していないL細胞を用いて、AQP4 の
Fig. 6 のように右巻きのバンドルであること
過阻害は極めて重要で、電子線結晶学を用いた
細胞接着機能を検証したところ、細胞接着性の
が確認された[10]。
1 秒間に 30 億もの水分子を透過する速い水チ
AQP1 の構造解析とこの hydrogen bond isola-
機能が確認された。AQP4 と AQP1 は共に、速
tion mechanism は、AQP1 を発見した共同研究
い水透過をその機能とするが、AQP4 特有の性
ャネル AQP1 は、20 Å程度の部分が狭いチャ
者 Peter Agre 博士のノーベル賞受賞に貢献し
質も存在する。AQP4 は長いスプライスバリア
ネルを形成しており、その内壁は、ほとんど疎
たと評価されている。
ント(AQP4M1 と命名)が発現されるとアレイ
構造をとらないが、短いスプライスバリアント
水的であった。当初、水チャネルなので親水的
でなければならないと考えたが、この疎水的内
膜の中心間の距離が 45 Åの結晶であった。構
AQP4 の構造解析
(AQP4M23)は大きなアレイ構造を形成する
[13]。電子線による構造解析によって、この様
壁は水を速く透過する AQP1 の性質には必要な
構造要素であった。また、チャネルの狭い部分
AQP4 は脳に多くの発現が見られる水チャネ
なアレイ構造を安定化させる分子機構と、チャ
の直径は 3 Åで、直径 2.8 Åの水分子がちょう
ルで、高次の脳機能などにも関係して大変興味
ネルでありながら、細胞接着機能を有する構造
ど通り抜けられる穴径となっている。水チャネ
深い分子である。それゆえ、昆虫細胞の発現系
が解明された[14]。
ルは AQP fold と名づけられた不思議な折れ畳
を用いて AQP4 を発現、精製、2 次元結晶化し
み構造をとっており、ループ B と E が膜の中
て、電子線結晶学で構造を解析した。しかし、
リアルラメラ(glial lamellae of the hypothala-
に入って、ほとんど完全に保存されている
この 2 次元結晶は 2 枚の膜が重なったものであ
mus)で見られる構造と同じと考えられる。こ
NPA 配列から短いヘリックスを形成している。
り、しかも、その 2 枚の膜がいつも一定の相互
のチャネルでありながら細胞接着機能を有する
その短いヘリックスが、プロリン 77 と 193 番
作用をしているのではなく、複数のタイプの結
ことは、浸透圧や温度、グルコースのセンシン
で接してチャネルの一方の側に配置した構造を
晶が混在していたために、構造解析が極めて困
グの機能を果たしているグリアルラメラと関係
とっている。この 2 つの短いヘリックスが作る
難な結晶であった。しかし、我々が開発した極
静電場のために、チャネル内に入る水分子は酸
低温電子顕微鏡[6]とカーボンサンドウィッチ法
が有ると考えられる。細胞を接着する相互作用
は、C ループに存在する不安定な短い 310 ヘリ
素を NPA 配列、特にアスパラジンのアミド基
[7]を活用して、高分解能の電子線回折像を撮影
ックスによって主になされているので、極めて
の方に向けて NPA 配列の近傍に来る。それゆ
したその同じ結晶から電子顕微鏡像も撮影する
弱い接着能を示している。それゆえ、ついたり
AQP4 の接着性の機能は、脳の視床下部のグ
Fig. 8 電子線結晶学を用いて 3.2 Å分解能で解析された AQP4 の構造(End on view)
(a)
、AQP4 が接着することによって形成する 2 枚の膜の接着構造
(Side view)
(b)
。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(17)
離れたりを容易に行うことができる構造である
きているのみならず、Fig. 10 に示す様に脂質
晶学は、ヘリウムステージを用いて、絶対温
[14]。AQP4 のようなチャネルでありながら細
分子も綺麗に観察できている。特にチャネル内
度 10K 以下程度の低い温度でデータが収集さ
胞接着性の機能を有するチャネルをアドヘネル
のほとんどの水分子の温度因子は、40 Å2 以下
れていることによるのかもしれない。この
(adhesive channels という意味で“adhennels”
)
の低い値を与えている(Fig. 9b)。実際、最近
AQP4 の構造解析の分解能は 2.8 Åで解析され
発表された X 線結晶学で同じ AQP4 の構造
ているが、1.9 Å分解能で解析された AQP0
が、1.8 Å分解能で解析された。ところが、非
常に興味深いことに、分解能が高いにも拘ら
の場合にも、同じ傾向が見られ、水チャネル
分子の部分の温度因子は、30 -40 Å2 であるが、
ず、チャネル内の水分子の密度は綺麗に分離
そのチャネル内の水分子の温度因子は、1.7 Å2
と非常に低くなっている[8]。
と呼ぶことにした[14]。
AQP4 の高分解能の構造解析
AQP1 の構造解析に基づいて、速い水透過
して観察されていない[16]。この違いは、少
と高い水選択性、特にプロトンをも通さない
し不思議に思われる。2 次元結晶を用いる電
解析された AQP4 チャネル内の水分子は1
機構を説明する hydrogen bond isolation
子線結晶学では、電子線損傷のために、多く
列に並んでおり(Fig. 9a, b)
、水分子間の距離
mechanism を提案した。しかし、その分解能
の結晶を用いてデータを収集する。それゆえ、
は、Fig. 9a に示されている。模式図(Fig.
は 3.8 Åと低かったので、水分子を観察する
おそらく僅かに異なる条件で作製された試料
9b)に示すように、NPA 配列のところに見ら
ことはできていなかった。それゆえ、AQP4
を用いてデータが収集されているはずであ
れる水分子は上下で水素結合が断ち切られて
の構造解析の分解能を 3.2 Åから 2.8 Åへ向上
る。AQP4 の構造解析結果は、このような異
いるが、他の部分では赤い点線で示すように
させることによって、水チャネル内の 7 つの
[15]。さら
水分子を綺麗に観察した(Fig. 9a)
なる試料条件においても、同じ位置に水分子
水素結合が形成されている。チャネルの中は
が存在することを示している。この様に、多
水チャネルでありながら、基本的に疎水的な
に、Fo-Fc マップから、チャネルの最も狭い
くの結晶を用いて 構造研究しなければならな
表面となっているが、Gly209、Ala210、Ser211、
部分(ar/R)に存在する水分子も観察すること
い点は、電子線結晶学の弱点であると考えら
His95、Gly94 and Gly93 の残基の主鎖のカル
が出来て、AQP4 チャネルの中に 1 列に配列
れるが、それにも関わらず、非常に明確な密
ボニル基、そして、NPA 配列の Asn213 と
した 8 つの水分子を観察することが出来た
度で水分子が観察されていることは、この水
Asn97 のアミド基は疎水的なチャネル内部に
(Fig. 9a)
。なお、Fig. 9b の模式図の右に水チ
分子の存在位置の安定性の高さを示してい
水と水素結合を形成できるパートナーとして
ャネル内の水分子の温度因子を示している。
る。電子線結晶学で解析された水分子の密度
手を出していることにより、水分子がチャネ
この ar/R 部分の水分子は不安定であり 2Fo-
は Fig. 9a のように、きちんと互いに分離して
ル内に容易に入れることが出来る(Fig. 9b)
。
Fc マップでは極めて弱い密度となっている。
観察されているが、上記のように 1.8 Åという
疏水的な水チャネル内でこれらの水素結合の
この水分子と水素結合している両側の水分子
高い分解能で X 線結晶学を用いて解析された
パートナーの配置と、短いへリックス HB と
は比較的高い温度因子(B-factors)を与えてお
り(35 Å2 程度)、他の水チャネル内の水分子
AQP4 の水の密度図は分離が悪くなっている。
HE が作る静電場の働きにより、アミド基と
この様な差は、何に起因しているのであろう
の水素結合形成と、その NPA 配列のところ
の温度因子(2.9 Å2 to 13.2 Å2)と比較すると明
か?電子線結晶学は脂質分子の中で構造が解
で、1列に配列した水分子間の水素結合の切
らかに動きやすいことを示している
(Fig. 9b)
。
析されているが、X 線結晶学のでは界面活性
断によって、速い水透過を実現しながらプロ
ところで、X 線結晶学では、2.8 Åの分解能
剤の中に AQP4 分子がある状態で解析されて
は水分子を観察するには不十分であると思われ
いるという違いによるものかもしれない。も
トンの透過を防ぐ機構、さらには、正電荷を
有する狭い ar/R のところで H3O+ の透過を防
るが、我々の電子線結晶学による構造解析では、
う1つの可能性は、X 線が液体窒素温度より
ぐ機構によって、水チャネルの速い水透過と
Fig. 9 のように水分子を綺麗に分離して観察で
高い温度条件で解析されているが、電子線結
高い水選択性の機構を説明することが出来
Fig. 9 電子線結晶学で解析された AQP4
チャネル内の水分子の構造。2.8 Å
分解能で解析されたチャネル部分
の密度図(a)、水チャネル内の水
分子の配置を示す模式図。水素結
合を赤い点線で示す。 それぞれの
水分子の温度因子の値が右に示さ
れている(b)
。
(18)日本電子ニュース Vol.41(2009)
る。AQP4 の高分解能の解析[16]によって始め
伝達など多様な生理機能において、重要な役
の2次元結晶は驚くべきことに,厚さが 240
て、AQP1 の低い分解能に基づいて提案した
割を担っている。ギャップ結合チャネルの中
hydrogen bond isolation mechanism [10]を完
で 2 番目に短いコネキシン 26(Connexin26 :
Åもあり、何と膜が3層からなる2次元結晶
であった(Fig. 11 に示すように Mem-1, Mem-
全に実証することが出来たと考えている。
Cx26)も広く分布している重要なギャップ結
2 and Mem-3 の3層の膜から2次元結晶が形
合チャネルである。この Cx26 は難聴に関わ
成されている)。この2次元結晶の中では、
る変異、 Met34 の変異(hCx26M34T 変異体)
すべてのヘミチャネルがギャップ結合を形成
が知られている。この部分の変異を詳細に調
している(Fig. 11b)。これは、この分子のギ
ギャップ結合は細胞間を繋ぐチャネルとし
べた結果、このメチオニンをアラニンに変異
ャップ結合を作りやすい性質と良く一致した
て、各種イオンや、代謝産物、ヌクレオチド、
させた hCx26M34A が昆虫細胞での発現に適
結果である。この結晶の Mem-1 と Mem-3 に
ペプチドなどの透過を制御しており、生体機
しており、カルボキシル末端にヒスチジンを
はヘミチャネルが密に詰まっていないが、
能において重要な役割を担っている、例えば、
付加した hCx26M34A 変異体が安定に精製で
Mem-2 にはヘミチャネルが密に詰まっている
ギャップ結合は、心臓の形成維持や、生殖、
きるようになったので、2次元結晶を作製し
(Fig. 11c、d)
。Mem-1 と Mem-3 に密にヘミ
免疫、そして電気シナプスにおけるシグナル
て、電子線結晶学で構造を解析した[17]。こ
チャネルが入れないのは、細胞質側の構造が
ギャップ結合チャネル
Fig. 10 電子線結晶学を用いて 2.8 Å分解能で解析された AQP4 と脂質分子の構造。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(19)
大きくて、互いにぶつかってしまうからで、
共同研究者に心より感謝したい。また、科学
[10] Murata K, Mitsuoka K, Hirai T, Walz T,
Mem-1 と Mem-3 には1つおきにしかヘミチ
研究費特別推進研究と、JST、NEDO プロジ
Agre P, Heymann JB, Engel A, Fujiyoshi
ャネルが入れない構造となっている。この様
ェクトの支援を受けて進めたものであるの
な、2次元結晶のために、Mem-1 と Mem-3
で、ここに感謝する。
Y: Nature, 407, 599-605 (2000).
[11] Kimura Y, Vassylyev DG, Miyazawa A,
の分子は、支持膜の表面や気液界面との相互
Kidera A, Matsushima M, Mitsuoka K,
作用のために、構造が変形するおそれがある。
Murata K, Hirai T, Fujiyoshi Y: Nature,
389, 206-211 (1997).
しかし、Mem-2 の分子は、Mem-1 と Mem-3
の膜によって外界の接触から守られているの
参考文献
[12] Walz Y, Hirai T, Murata K, Heymann JB,
Mitsuoka K, Fujiyoshi Y, Smith BL, Agre
で、変形の影響が少ない構造を解析できる可
能性が高い。それゆえ、解析した構造は
[1] Unwin, N: Nature, 373, 37-43 (1995).
Mem-2 部分を使って議論する。
[2] Henderson R, Unwin PN: Nature, 257, 28-32
電子線結晶学を用いて解析した分解能は 10
P, Engel A: Nature, 287, 624-627 (1997).
[13] Rash JE, Yasumura T, Hudson CS, Agre P,
Nielsen S: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95,
(1975).
11981-11986 (1998).
Åと高くないが、この構造解析によって、新
[3] Henderson R, Baldwin JM, Ceska TA,
しいプラグと名づけた密度が、膜貫通部分の
チャネル内に観察された(Fig. 12 の左上青の
Zemlin F, Beckmann E, Downing KH: J.
Mol. Biol., 213, 899-929 (1990).
[14] Hiroaki Y, Tani K, Kamegawa A, Gyobu N,
短いヘリックをはめ込んでいる部分がプラ
[4] Hirai T, Murata K, Mitsuoka K, Kimura Y,
Mitsuoka K, Kimura K, Mizoguchi A,
Fujiyoshi Y: J. Mol. Biol., 355, 628-639 (2006).
グ)[17]。Fig. 12 の左上の構造の 1-、2-、3- の
Fujiyoshi Y: J. Electron Microsc., 48, 653-658
表示の部分の膜面に平行な断面の構造を図の
(1999).
[15] Tani K, Mitsuma T, Hiroaki Y, Kamegawa
それぞれの番号のところに示す。3 の部分か
[5] Fujiyoshi Y, Mizusaki T, Morikawa K,
らわかるように、このチャネルは 14 Å程度の
Yamagishi H, Aoki Y, Kihara H, Harada Y:
Ultramicroscopy, 38, 241-251 (1991).
大きな径のチャネルを形成しているが、 2 の
図から明らかなように、プラグが塞いでいて、
[6] Fujiyoshi Y: Adv. Biophys., 35, 25-80 (1998).
開口部分は 6 Åより狭くなっているので、水
[7] Gyobu N, Tani K, Hiroaki Y, Kmegawa A,
和したイオンは透過できない。すなわち、チ
Mitsuoka K, Fujiyoshi Y: J. Struct. Biol., 146,
ャネルが閉じた構造を示している。この変異
325-333 (2004).
体のアミノ末端(N-末端)部分を削った分子の
[8] Gonen T, Cheng Y, Sliz P, Hiroaki Y,
構造を解析すると、このプラグの密度が著し
Fujiyoshi Y, Harrison SC, Walz T: Nature,
438, 633-638 (2005).
く減少するので、プラグは N-末端のへリック
スで形成されると考えられる。
チャネルが開いた状態と思われる、Cx26
Nishikawa K, Suzuki H, Walz T, Sasaki S,
[9] Preston GM, Carroll TP, Guggino WB, Agre
P: Science, 256, 385-387 (1992).
A, Nishikawa K, Tanimura Y, Fujiyoshi Y:
J. Mol. Biol., 389, 694-706 (2009).
[16] Ho JD, Yeh R, Sandstrom A, Chormy I,
Harriese WEC, Robbins RA, Miercke
LJW, Stroud RM: Proc. Natl. Acad. Sci.
USA, 106, 7437-7442 (2009).
[17] Oshima A, Tani K, Hiroaki Y, Fujiyoshi Y,
Sosinsky GE: Proc. Natl. Acad. Sci. USA,
104:10034-10039 (2007).
[18] Maeda S, Nakagawa S, Suga M, Yamashita
E, Oshima A, Fujiyoshi Y, Tsukihara T:
Nature, 458, 597-602 (2009).
のワイルドタイプの構造が X 線結晶学で解
析されたので、詳細な原子モデルが作製さ
れた[18]。この様な原子モデルが出来たこと
は、歴史的意味があり、今後電子線結晶学
Mem-1
を中心に、複雑なギャップ結合チャネルの
ゲーティング機構の解明が進むであろうと
Mem-2
期待される。
Mem-3
結論
像を拡大して写し出す電子線の能力と、独自
に開発した極低温電子顕微鏡、及び、そのため
Mem-1
Mem-1
Mem-2
Mem-2
Mem-3
Mem-3
の試料作製法の開発によって、生物試料の詳細
な構造を解明することができるようになって来
た。実際、Fig. 13 に示すように、生物学的に
重要な膜タンパク質の構造が脂質膜の中にある
状態で解析されるようになってきた。しかも、
その中の高分解能の解析では、水分子や脂質分
子の構造まで解析されるようになって来た。こ
の電子顕微鏡技術を活用して、より複雑な複合
構造の解析も可能になりつつあるので、生理学
的な機能の研究とあわせることによって、新し
い構造生理学と名づける分野での研究が進むで
あろうと期待している。
謝辞
ここに述べた研究は、参考文献にあげる共
同研究者の力によるものであり、すばらしい
(20)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Fig. 11 TCx26 の2次元結晶。
3 層の膜からなる 2 次
元結晶の模式図(a)、
実際の密度図(b)、第
1 番目の膜の構造(c)、
第 2 番目の膜の構造
(d)
Fig. 12 Cx26 の構造。左上
に示す密度図の 1-、
2-、3-のそれぞれの
位置の構造を対応
する番号のところ
に示す。
Structures of membrane proteins analyzed by
cryo-electron microscope with top entry helium
stage
AQP1
Nature, 407,
599-605 (2000)
Nature, 387,
624-627 (1997)
HK-ATPase
EMBO J., 28,
1637-1643 (2009)
MGST-1
JMB, 360,
934-945 (2006)
AQP4
AQP0
bR
Nature, 438,
633-683 (2005)
AChR
Cx26
Nature, 389,
206-211 (1997)
LHC
PNAS, 104,
10034-10039 (2007)
Nature, 458,
597-602 (2009) by X-ray
JMB, 355,
628-639 (2006)
Nature, 423,
949-955 (2003)
Nature, 367,
614-621 (1994)
Fig. 13 電子線結晶学を用いて解析された膜タンパク質の構造。
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(21)
高分解能電子顕微鏡による
炭素ネットワークの可視化
末永和知、劉崢、佐藤雄太、越野雅至、金伝洪
独立行政法人 産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センター
この記事では球面収差補正機構を備えた高分解能電子顕微鏡によるナノカーボン材料の原子レベル構造解析研究の一部をご
紹介します。カーボンナノチューブの炭素ネットワークを構成する炭素原子を直接観察することで、そこに存在する五員環や
七員環などのトポロジカル欠陥やその移動の様子を捉えることができます。またレチナールなどのカーボン単原子鎖(...-C=CC=C-...)の観察も可能になり、その中でシス・トランス異性体の識別も行えるようになりました。また最近ではカーボンナノチ
ューブやフラーレンが成長する様子も捉えられ、成長機構を原子レベルで解明するのにも役立つようになりました。
はじめに
造の直接観察は非常に困難になります。そこ
の信頼度は80%以上となります。後にご紹介
で電子顕微鏡の加速電圧はできる限り低く保
する炭素ネットワーク構造成長の実験におい
ナノチューブ、グラフェン、フラーレンな
ったまま、球面収差係数をできる限り小さく
ては、Nanofactory社製のその場観察用ピエ
どに代表されるナノカーボン材料には実に多
することで、典型的な炭素原子間距離である
ゾステージも用いられました。
様な物性があります。同じカーボンで構成さ
0.14nmを分解できることが重要となります。
れた物質でもその特性が様々に異なる理由
そうすることで、激しい電子線損傷を起こす
は、炭素原子のネットワーク構造の多様性に
ことなく炭素原子ネットワークの構造の直接
起因します。そのため炭素原子のネットワー
観察が可能となります。
ク構造を直接観察することは、ナノカーボン
材料の基礎的な物性を理解する上でも、また
カーボンナノチューブ中の
点欠陥の観察
カーボンナノチューブの物理的性質とくに
実験条件
デバイスとしての輸送特性がナノチューブの
巻き方(カイラル指数)に依存することはよ
ナノカーボン材料の各種産業への応用を考え
る際にもたいへん重要な指針を与えます。高
今回の実験には結像系球面収差補正機構
く知られていますが、他の全ての材料と同様
分解能電子顕微鏡を用いて、炭素原子ネット
(CEOS社)を装着した日本電子JEM-2010Fが
にカーボンナノチューブの物理的特性はその
ワーク中の六員環や五員環配列の直接観察を
用いられました。このとき球面収差係数はお
実現するためには、炭素原子ネットワークの
よそ0.5∼10ミクロン程度に設定されました。
格子欠陥に大きく左右されます。カーボンナ
ノチューブ一本一本のカイラル指数(n、m)
構造を直視するための空間分解能が必須であ
高分解能電子顕微鏡像は、わずかなアンダー
を決定するには、電子線回折もしくは高分解
ることは当然ですが、それに加えて特に軽元
フォーカス条件(Δƒ= -2 to -7 nm)で撮影さ
能観察が主に用いられます [1、2]。電子線回
素である炭素単原子を捉えるのに十分な感度
れました。この条件下では加速電圧120kVに
折よりも高分解能観察のほうが、カイラル指
が必要になります。一般に電子顕微鏡の分解
おいて、0.14nmの点分解能が十分に達成でき
数だけでなくナノチューブに存在する各種の
能を向上させるには、使われる電子線の波長
ます。撮影にはCCDカメラ(ガタン社:モデ
欠陥構造までも観察できるという点で大きな
(λ)を減少させるか(すなわち加速電圧を高
ル894)が用いられ、高分解能像撮影の典型的
メリットがあります[3]。一般にカーボン材料
くするか)もしくは球面収差係数(Cs)を減少
な露光時間は1フレーム当たり0.5∼1.0秒と
中の欠陥構造は、かなり古くから注目されて
させるかのどちらかがきわめて有効です。ナ
なります。必要に応じて数枚のフレームがド
いました。とくに原子炉材料としても広く炭
ノカーボン材料の場合、加速電圧を高くする
リフト補正されたのち重ねあわされました。
素材料が用いられていたために、中性子など
と炭素原子のたたき出し現象(ノックオン効
高ドーズの撮影条件では電子線の密度は試料
上でおよそ∼100,000 電子/nm2程度となり、
が照射されたときの炭素材料中の格子欠陥
カーボン単原子のコントラストは、バックグ
の応用研究の立場からも重要でしたが、残念
ラウンドノイズから十分な統計的信頼度で分
ながら我々の研究以前には炭素材料中の格子
離されます。カーボン単原子のコントラスト
欠陥を直接観察した例はありませんでした。
のSN比が3以上のとき、カーボン単原子検出
原子空孔や五員環・七員環、フレンケル対な
果)が問題となり、炭素原子ネットワーク構
305-8565
つくば市東1-1-1中央第5
[email protected]
(22)日本電子ニュース Vol.41(2009)
は、基礎科学的見地からも原子炉材料などへ
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(a)
(b)
Fig. 1(a)
:加速電圧120kVで結像系収差補正機構を
用いて撮影された単層カーボンナノチューブ
の高分解能像。カイラル指数は(18、0)である。
(b)
:
(a)の赤枠内の拡大図。
(c)
:
(d)
(18、0)
ナノチューブのシミュレーション像とモデル
図。(e)
:示された直線に沿ったコントストプ
ロファイル。C-C結合距離(0.14nm)が分解さ
れているのがわかる。
(c)
(d)
(b)
(c)五員環・七員環対欠陥の例。単層
Fig. 2(a)
カーボンナノチューブは2000Kで熱処理され
た。この対欠陥は、C-C結合の回転(StoneWales 変態)に起因する。Scale bar=0.5nm.
どの欠陥が理論的には予想されていました
ブに欠陥や歪みがある場合やナノチューブが
たとえば五員環や七員環などは、トポロジカ
が、実験的にはそれらひとつひとつを検出・
電子線に対して少しでも傾いている場合には
ル欠陥と呼ばれ、炭素材料中の欠陥構造の一
とくに困難になります。シミュレーション像
)やモデル図(Fig. 1(d)
)と比較した
(Fig. 1(c)
つとしてたいへん重要です。とくに理論的に
識別する手段はなかったのです。
欠陥構造も含めたカーボンナノチューブの
は、炭素ネットワーク中のC-C結合のひとつが
原子構造を直接観察するためには、上に述べ
ところ、Fig. 1のカーボンナノチューブは(18、
90度回転することで発生する五員環・七員環
たように、C-C結合距離である0.14nmを分離
0)というカイラル指数を持つ金属ナノチュー
の対欠陥が古くから予言されていました。
するだけの分解能が必須となります。この分
解能を実証するために、Fig. 1(a)に単層カー
ブであることがわかりました。チューブ軸に
我々は今回、このStone-Wales変態と呼ばれる
対して多少の回転(2度程度)がありますが、
対欠陥の生成を初めて実験的に確認しました
ボンナノチューブの高分解能電子顕微鏡像の
コントラストのプロファイルを採ると、六員
[4]。カーボンナノチューブを真空中2000Kの高
例を示します。一番強く現れるのは炭素原子
環を構成する炭素原子のうち隣あう二つの原
温で熱処理した直後に室温までクエンチして、
のzig-zag鎖同士の間隔である0.21nmですが、
子が 0.14nmの間隔でしっかり分離して撮影さ
)
。すな
れていることがわかります(Fig. 1(e)
直後に高分解能電子顕微鏡観察を行いました。
とくに赤枠で囲った部分に注目すると、カー
ボンナノチューブを構成する炭素ネットワー
わち今回の実験では、ネットワーク構造中の
でにFFT解析を用いて重なりある二枚のグラ
ク構造の六角形(六員環)が見られます(Fig.
)
。このような六員環構造の直接観察には
1(b)
炭素原子の配列を直接観察することが可能と
フェン層のうち欠陥を含まない一枚のコント
なるわけです。
炭素ネットワーク中の六員環以外の構造、
ラストは十分弱められています。Fig. 2(b)
(c)
厳しい撮影条件が必要で、例えばナノチュー
Fig. 2にその結果を示しますが、この図ではす
に示されたように高温処理したナノチューブ
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(23)
には五員環・七員環の対欠陥が存在すること
がわかります。これは高温でのカーボンナノ
ズ量というのは極めて低く(たとえば数百か
ら数千電子/cm2)、これ以下のドーズでは高
上記の分子結晶の場合とはまったく異なりま
チューブの変形機構がトポロジカル欠陥の生
分解能像において単分子を分離するための十
す。孤立した分子の場合は、たとえ電子線照
成に起因するという初めての証拠になります。
分なSN比が得られないと思われます。しか
射によりひとつの結合が切断されてラジカル
孤立した分子の電子線損傷のメカニズムは
しこの考えには大きな落とし穴があります。
種が発生した場合も、その結合がCross-link
これらトポロジカル欠陥がナノチューブに沿
実はこの臨界ドーズ量というのはたいていの
するための隣り合う分子がいないわけです。
って自由に移動することが必要になります。
場合、分子結晶の電子線回折強度の変化から
その場合はいったん切断された結合も瞬間的
このような活性化されたトポロジカル欠陥の
求められたものです。そのためいわゆる
に元の結合に戻る可能性が高く、結果として
直接的な証拠が最近その場観察により得られ
“Cross-linking”と呼ばれる結晶内で隣り合う
孤立した分子においては見掛け上結合が切れ
ました。Fig. 3は熱処理後の単層カーボンナノ
分子同士の結合が電子線損傷の主なメカニズ
たようには見受けられません。すなわちノッ
チューブの一連の高分解能電子顕微鏡像です。
ムになります。すなわち非弾性散乱により切
クオン効果における原子位置の移動はあるに
ここでは六員環は緑色に、五員環と七員環は
断された結合が隣り合う分子と新しい結合を
しても、分子構造における大きな構造変化は
それぞれ青色と赤色に塗られています。およ
作ってしまうことです。結晶内の分子は主に
起きにくいのです。
そ10秒間の観察中にこれらのトポロジカル欠
このCross-linkingによりその回折強度が下が
陥が活性化されてナノチューブに沿って移動
っていきます。
次にカーボンナノチューブの塑性変形には、
孤立した分子を高分解能電子顕微鏡で観察
する場合、我々は上記の単層カーボンナノチ
していることが捉えられました。カーボンナ
ノチューブが塑性変形を示す証拠が原子レベ
ルで初めて得られたことになります。
トポロジカル欠陥以外にも各種の欠陥構造
が調べられました。高温での高分解能電子顕
微鏡観察により炭素ネットワーク中の原子空
孔の成長や移動が直接観察されました。ひと
つの原子空孔に注目してその移動時間と移動
距離から多原子空孔の活性化エネルギーを見
積もるとおよそ∼2.2eVとなりました[6]。す
なわち原子構造を直視できるようになったこ
とで、統計的にではなく一つの格子欠陥に注
目してその挙動を調べることができるように
なったわけです。また二層ナノチューブ中の
フレンケル欠陥(原子空孔と格子間原子の対)
の熱緩和過程についても調べられました。カ
ーボンナノチューブ中おいては、高温では空
孔と格子間原子の再結合が起こるためフレン
Fig. 3 トポロジカル欠陥の移動を捉えた一連の高分解能電子顕微鏡像。六員環は緑色、五員環と七員環はそ
れぞれ青色と赤色で示してある。欠陥の移動が見られるのは大きく変形している箇所である。もう一
枚のグラフェン層はFFT解析によってコントラストが消されているが、干渉している可能性がある。
ケル欠陥が消滅します。我々は様々な低温
(180K)から高温(700K)まで様々な条件でこ
(a)
(b)
(c)
のフレンケル欠陥の生成と消滅の様子を直接
観察することに成功しました[7]。それにより
グラフェン層間に存在するフレンケル欠陥が
再結合する臨界温度がおよそ450-500Kである
ことを突き止めました。ここで求めた臨界温
度は、原子炉壁材料の研究者に古くから知ら
れるWignerエネルギーと呼ばれる内部エネ
(d)
ルギーの発散温度(473K)とほぼ同じでした。
すなわち50年来議論され続けてきた照射され
た炭素材料の欠陥構造が、実は層間に生じる
フレンケル欠陥であることが実験的に初めて
明らかにされたのです。
(e)
単分子イメージング
ひとたび高分解能電子顕微鏡によるカーボ
ン原子の観察が可能になると、この手法の次
に重要な応用分野は、分子ひとつひとつの構
造を直接イメージングすることです。これま
で有機分子は入射電子線による照射損傷を受
けやすいため、とくに高分解能電子顕微鏡で
観察することは難しいと考えられてきまし
た。一般に有機分子を観察する際の臨界ドー
(24)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Ret(all-trans)-C60
Ret(11-cis)-C60
a11-trans
Fig. 4 C60 フラーレン分子につけられたレチナール分子。
(a)
:all-trans(b)
:11-cisの異性体。
(c)
:トラ
ンス形レチナール分子の高分解能電子顕微鏡像。
(d)
:対応するシミュレーションと(e)
:原子モ
デル。緑の矢印はシクロヘキサン、赤の矢印はメチル基をそれぞれ示す。
ューブを支持材に用います[8]。カーボンナノ
チナール発色団が大きな役割を果たしている
炭素からなる球形の分子を結合させました。
チューブの構造は非常に安定で、孤立した単
ことはよく知られています。とくにレチナー
このフラーレンはレチナール分子の観察時に
分子を支えるのに適しています。なぜなら内
ル分子のシス・トランス異性化が、外部から
目印となりますし、またレチナール分子を観
包された分子がたとえ電子線損傷を受けて結
の光を感じる第一段階です。ただしこのよう
察用の試験管であるナノチューブのなかに閉
合のひとつが切断された場合も、ナノチュー
なレチナール分子のシス・トランス異性化や
じ込めるときの手助けにもなります。Fig. 4に
ブの内壁にはラジカルな結合は存在しないた
コンフォメーション変化を実際に分子レベル
め観察したい分子の構造自体が大きく変化す
で観察した例はありませんでした。我々はこ
はこうやって合成したレチナール分子のシ
)b)
)と
ス・トランス結合のモデル図(Fig. 4(a(
ることがないからです。こうやって電子線損
の視覚の第一段階を分子レベルで明らかにす
高分解能電子顕微鏡による観察結果の一例(c)
傷にきわめて弱いと考えられてきた有機分子
るために、レチナール分子の構造変化を直接
が示されています。カーボン単原子を検出す
であっても、我々は単層カーボンナノチュー
観察することにしました[11]。レチナール分子
るためのSN比を得るのに十分なドーズ量
ブ内に閉じ込めることでその構造や分子ひと
はカーボン単原子の鎖(...-C=C-C=C-...)であっ
つひとつの動きを捉えることに成功してきま
て共役結合(一重結合と二重結合)をしていま
(100,000電子/cm2)を与えた場合、共役結合か
らなるカーボン単原子鎖だけでなく、シクロ
した[9、10、11]。ここではその中から一例を
紹介します。
す。これだけ小さな分子の場合、電子顕微鏡
ヘキサンやメチル基ひとつからと思われるコ
では見つけにくいことも考えられるので、レ
ントラストを得ることもできました。詳しく
人間などの視覚には、ロドプシンの中のレ
チナール分子にフラーレンと呼ばれる60個の
は参考文献[11]をご参考ください。
単分子の異性体決定は、各種のフラーレン
分子についても行うことができます[12、13]。
例えばC80というフラーレン分子は、80個のカ
ーボン原子で閉殻構造をとっているため、12
個の五員環と30個の六員環で囲まれています。
そのため五員環と六員環の並べ方によってC80
分子には7つの異性体が存在します。ここでは
その中からD5d という対称性をもった分子を選
択してその構造解析を行った例を紹介します。
Fig. 5にはこのD5d対称のC80分子をカーボンナ
ノチューブの中に閉じ込めた時の電子顕微鏡
観察結果を示します。一連の高分解能像から
わかるように、ナノチューブ内部でC80分子は
回転したり移動したりします(Fig. 5中の赤い
矢印)。例えば0秒においてこのC80分子は五員
環二つが重なるような向きに配列しています
(モデル図では橙色)。次に45秒後には4つの六
員環が重なるように向きを変えながらナノチ
ューブの内部を0.5nmほど移動しています(ピ
レン構造を橙色で示しました)。すなわち5つ
あるD5d対称鏡面のうちの一つが電子線の方向
Fig. 5 D5d対称性をもつC80 フラーレン分子の動きをとらえた一連の高分解能電子顕微鏡像(左)
。
対応するモデル図(中)とシミュレーション(右)
。
にちょうど投影されていることになります。
最後に79秒後には二本のzig-zag鎖に対応する
強いコントラストが現れていて、アントラセ
ン形の構造が鮮明に捉えられています。この
ように分子がゆっくりと移動する場合には、
単分子を異なる3方向から観察することができ
るため、同位体識別を含む分子構造の決定が
容易になります。
ここまでに単分子の構造観察をする場合に
は単層カーボンナノチューブが支持材として
適していると記述しましたが、実際にはナノ
チューブ自身を構成する炭素原子が観察した
い分子と重なりあうために観察が困難になる
場合もあります。電子顕微鏡のコントラスト
が高くなりすぎると、これまでは透明だと思
われてきたカーボンナノチューブ試験管の壁
の構造までが見えてきてしまい内包する分子
Fig. 6(a)-(h)C60フラーレン分子の高分解能電子顕微鏡像。修飾フラーレン(C60-C3NH7)がナノチュ
ーブ外壁に固定されている。分子の内部構造が確認できるが、中には大きく変形しているもの
もある(
(d(
)g)
など)
。
構造を直接観察できなくなるわけです。そう
いう場合はあえて観察したい分子をナノチュ
ーブの中に入れるのではなく、その外壁に固
定することで、ナノチューブの構造に干渉し
ないままで単分子の構造解析が可能になりま
す。Fig. 6にはこの手法でC60フラーレン分子
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(25)
を観察した例を示します。C60分子をナノチ
い分子をナノチューブの内部ではなく外部に
ューブの外壁に固定するために、ピリジンと
固定することでも分子ひとつひとつの構造解
我々は触媒金属としてタングステン(W)粒子
いう官能基でC 60 分子を化学修飾しました
析や方位決定を行うことができます。
を用いました[15]。W粒子の存在下で、フラー
(C60-C3NH7)。ピリジンはナノチューブの表
面に強く物理吸着するためにC60分子を固定
するアンカーとして働きます。得られた高分
フラーレン分子の成長を観察する場合は、
レン分子が外部からの過剰炭素を取り込んで成
炭素ネットワーク成長過程の
その場観察
解能像を検証するために、いろいろな方位か
長していく過程を捉えた一連の高分解能像を示
します(Fig. 8)
。Fig. 8(a)の観察初期ではナノ
チューブ内の二つのフラーレンのうちひとつだ
らC60分子を観察した場合のシミュレーショ
ンを行いました(Fig. 7)
。C60分子はIhと高い
ナノカーボン材料研究において最も重要な
けにW粒子が接触します(白矢印)。最初は直
テーマのひとつに、成長メカニズムの解明が
径およそ0.9 nmであったフラーレン分子が、W
対称性を持つのですが、それでも30通りの異
あります。とくに炭素ネットワークが成長す
粒子が吸着したとたんに成長をはじめます
なる方位からのシミュレーションが必要でし
るときに、どうやって過剰な炭素原子をその
た。Fig. 7にはそのうち16通りの結果を示し
ネットワークの中に取り込むのか、開放され
- e)
)。フラーレンは直径方向にほぼ
(Fig. 8(b)(
一様に成長し、それに伴いW粒子はフラーレン
ています。これらシミュレーションと実験結
た端構造が必要なのか、また触媒金属粒子は
分子上を移動していき局所的な歪みを導入しま
果を比較することで、個々の分子の方位を大
どのように働くのか、など多くの基礎科学的
す。決してナノチューブのように一方向に成長
雑把に決定することができます。例えばFig.
6(a)に観察されたC60分子は六回対称軸に沿っ
に重要な疑問がありました。そこで我々はこ
しないことに注目が必要です。この成長はW粒
れらの基本的な問題に答えを出すために、系
て投影されており、Fig. 7(I)の向きに対応し
統的なその場実験を始めました。ここではそ
子がフラーレンから離れていく瞬間まで続きま
)
。このフラーレンの直径は最終的
す(Fig. 8(f )
ます。これはFig. 6(e)のC60分子も同様です。
Fig. (
6 b)ではC60分子がたがいに反対向きの五
の一部をご紹介いたします。
金らは、まず触媒金属の存在しない条件で
秒あたり2個のカーボン原子の分だけ成長と考
員環を正面に向けているため、Fig. 7(II)の方
のカーボンナノチューブの成長を観察しまし
えられます。
位に対応します。同様にFig. 6(c)は、二回軸
た[14]。この報告の中で、触媒金属が存在しな
上記の実験などから、我々は炭素ネットワ
についての投影像でありFig. 7(III)の方位に近
い場合はカーボンナノチューブはその先端を
ークの成長メカニズムについて重要な知見を
いと考えられます。Fig. 6(d)は(b)と同じく
五回対称軸について投影されたC60分子ですが、
閉じたまま、すなわちダングリングボンドが
得ました。フラーレンやナノチューブが閉殻
ない状態で成長することが確認されました。
構造のまま成長する場合は、五員環がふたつ
大きく変形していることがわかります。これ
そして成長中のカーボンナノチューブにはか
以上隣り合うことが必要でありそのため炭素
らに比べてFig. 6(f、g、h)の分子は対応する方
ならず非対称な先端構造が存在することが分
ネットワークは歪な構造とります。触媒金属
位が見つかりません。これはすでに観察され
たC60分子が構造を変えるほどの変形を被った
かりました。これはすなわちふたつ以上の五
粒子は過剰炭素原子をネットワーク中に取り
員環が並んで存在することを示唆するもので
込むために必要な活性化エネルギーを大幅に
ものと考えられます。以上のように観察した
す。
下げます。過剰炭素を取り込んだあとは上記
に約1.1nmとなりおよそC84±4からC136±8まで一
Fig. 7 さまざまな方位からみた修飾フラーレン(C80-C3NH7)のシミュレーション像(左)と原子モデル(右)
。たとえば(I)は六回対称軸から観察されたC60
フラーレン分子であり、Fig. 6
(a)
と対応する。
(26)日本電子ニュース Vol.41(2009)
のStone-Wales変態によって炭素ネットワー
化学反応など動く原子を高い時間分解能で捉
クは再構成されます。ただしより高温での炭
えようという場合は、洗練された電子光学系
素ネットワークの成長は、カーボンのダング
を持つ低加速の電子顕微鏡や高効率の検出器
リングボンドを持ち反応に直結する開端構造
などの開発が必要不可欠となるでしょう。
[6] C. Jin, K. Suenaga and S. Iijima, Nano
Letters, 8, 1127-1130 (2008) .
[7] K. Urita, K. Suenaga, T. Sugai, H.
Shinohara and S. Iijima., Phys. Rev. Lett.
94, 155502 (2005) .
も見つかっています[16、17]。
[8] K. Suenaga et al., Science 290, 2280-2282
おわりに
謝辞
(2000) .
[9] Z. Liu, M. Koshino, K. Suenaga, A. Mrzel,
この記事では、球面収差補正機構を備えた
ここでご紹介した研究は、科学技術振興機
高分解能電子顕微鏡を比較的低い加速電圧
構CRESTプロジェクト、ERATOプロジェク
(120kV)で用いることで、ナノカーボン材料
ト、NEDOナノカーボン技術プロジェクト、
の炭素ネットワーク配列を直接観察する例を
文部科学省特定領域研究によってサポートさ
ご紹介させていただきました。炭素は原子番
れました。
96, 088304 (2006).
[10] M. Koshino, T. Tanaka, N. Solin, K.
Suenaga, H. Isobe and E. Nakamura,
Science 316, 853 (2007).
[11] Z. Liu, K. Yanagi, K. Suenaga, H. Kataura
号が(Z=6)という軽元素であるので、その単
原子を背景ノイズから分離するためには相当
H. Kataura and S. Iijima, Phys. Rev. Lett.
参考文献
and S. Iijima, Nature Nanotech. 2, 422-425
(2007) .
量のドーズが必要となります。我々の経験で
は、分解能をC-C結合間距離である0.14nmと
[1] J. M. Zuo, I. Vartanyants, M. Gao, R.
[12] Y. Sato, K. Suenaga, S. Okubo, T. Okazaki
した場合、カーボン単原子の検出信頼度80%
Zhang, and L.A. Nagahara, Science 300,
and S. Iijima, Nano Letters, 7, 3704-3708
を達成するためにはおよそ∼100,000 電子
/nm2が必要となります。ただしこの目算はカ
1419-1421 (2003)
ーボン単原子が観察中に全く動かない場合で
あって、その場合は電子顕微鏡像撮影時の露
[2] R. R. Meyer et al., J. Microsc. 212, 152-157
(2003)
[3] A. Hashimoto, K. Suenaga, A. Gloter, K.
光時間を単純に増加させれば、SN比はより
Urita and S. Iijima, Nature 430, 870-873
向上します。実際にはたいていの場合、観察
(2004)
(2007).
[13] Z. Liu, K. Suenaga and S. Iijima, J. Am.
Chem. Soc., 129, 6666-6667 (2007).
[14] C. Jin, K. Suenaga and S. Iijima, ACS
Nano, 2 , 1275-1279 (2008).
[15] C. Jin, H. Lan, K. Suenaga, L.-M. Peng and
中に分子や原子は入射電子線の影響で移動す
[4] K. Suenaga, H. Wakabayashi, M. Koshino,
S. Iijima, Phys. Rev. Lett. 101, 176102 (2008)
ることになります。そのため電子顕微鏡の加
Y. Sato, K. Urita and S. Iijima, Nature
Nanotech. 2, 358-360 (2007).
[5] C. Jin, K. Suenaga and S. Iijima, Nature
Nanotech. 3, 17-21 (2008).
[16] C. Jin, K. Suenaga and S. Iijima, Nano
速電圧を高くするとノックオンによる原子の
移動が激しくなると同時に構造的なダメージ
も導入されるため好ましくありません。今後、
Research, 1, 434-439 (2008).
[17] Z. Liu, K. Suenaga, P.J.F. Harris and S.
Iijima, Phys. Rev. Lett., 102, 015501 (2009).
Fig. 8 フラーレン成長の様子を捉えた一連の高分解能電子顕微鏡像。高温で撮影するためにNanofactoryホルダが使われた。矢印は触媒に使われるW粒子を示す。
Scale bar = 2 nm.
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(27)
清酒の老香成分ジメチルトリスルフィド(DMTS)
前駆物質の探索および同定
磯谷敦子
独立行政法人 酒類総合研究所
DMTSは清酒の貯蔵により生じる老香の主要香気成分であるが、清酒における生成機構は明らかとなっていない。本研究では、
清酒中のDMTS前駆物質について検討した。DMTS生成ポテンシャル(強制劣化試験により生成するDMTS量)を指標として、清
酒中より網羅的にDMTS前駆物質を探索したところ、2つの主要前駆物質が見出された。このうち、ポテンシャルが高かった
DMTS-P1についてさらに精製を行い、構造解析を行った。その結果、DMTS-P1は、新規化合物1,2-ジヒドロキシ-5-(メチル
スルフィニル)ペンタン-3-オンと同定された。この化合物の由来は現在のところ不明であるが、化学構造から、メチオニン再生
経路(メチルチオアデノシンからメチオニンを再生する代謝経路)が関与する可能性が推察された。
をはじめとして、エステル類、酸類、カルボ
とが報告されている[14、15]。メチオナール
ニル化合物、含硫化合物等さまざまな成分が
の由来はメチオニンのストレッカー分解と考
清酒(日本酒)を貯蔵すると、淡黄色から
報告されている[3]。「老香」はさまざまな成
えられている。麦汁煮沸のような加熱工程が
褐色へと色が変化する(Fig. 1)
。色と同様に
分からなる複合香といわれており、単一の成
メチオニンのストレッカー分解を促進すると
香り、味も大きく変化し、新酒のフルーティ
分ではその香りを説明できないが、我々のこ
考えられる。ビールでは、ホップ由来のS-メ
ーな香りが減少するとともに、カラメル、焦
れまでの研究から、長期間貯蔵した清酒に特
チルシステインスルフォキサイドも前駆物質
げ、醤油、ナッツなどと形容される複雑な香
有のカラメル様の香りはソトロンが主体であ
の一つであると報告されている[16]。
り、口当たりのなめらかさや苦味を増した味
り、一般的な清酒の貯蔵・流通期間(数ヶ月
清酒については、DMDSの生成に関する報
へと変化する。一般的には、このような清酒
から2 年程度)で生じる「老香」には、ジメ
告がある[17]。佐藤らは、清酒を酸性、塩基
の変化は劣化とみなされ、変化した香りは
チルトリスルフィド(DMTS)の寄与が大き
性、および中性画分に分画し、DMDSの生成
いことが明らかとなっている[4]。
に対する寄与を調べたところ、どのフラクシ
はじめに
「老香」とよばれる。一方で、長期間貯蔵した
清酒に特有の複雑な香りやなめらかな味を楽
DMTSは硫黄様、タマネギ様のにおいを呈
ョンからもDMDSが生成した。しかし、メチ
しむ消費者もあり、蔵内で10年、20年と貯蔵
する物質で、加熱調理したタマネギ[5]、ブロ
オニンとシステイン以外の前駆物質は同定さ
した清酒が「熟成酒」として市場に出回るよ
ッコリ[6]、チーズ[7]、ウイスキー[8]、ビー
れていない。さらに、閾値が低く香りへの寄
うになっている。
ル[9]などの食品や飲料から広く見出されてい
与が大きいDMTSについては研究されていな
清酒には100種類以上の香気成分が確認さ
る。ブロッコリやタマネギなどでは、これら
い。そこで我々は,清酒よりDMTS前駆物質
れている[2]。つくりたての新酒の香りは、果
の植物に多く含まれるS-メチルシステインス
の探索および同定を行った。
物や花を連想させる、エステルやアルコール
ル フ ォ キ サ イ ド や ス ル フ ォ ラ フ ァ ン( 4 -
類が主体である。一方、古酒(貯蔵した清酒)
methylsulfinylbutyl isothiocyanate)といった
の香りに寄与する成分としては、3-ヒドロキ
含硫化合物が、熱または酵素によって分解し、
シ -4,5-ジメチル-2(5H)-フラノン(ソトロン)
ジ メ チ ル ジ ス ル フ ィ ド( D M D S )お よ び
DMTSを生じることが報告されている[10-
〒739-0046
広島県東広島市鏡山3-7-1
[email protected]
(28)日本電子ニュース Vol.41(2009)
実験、結果、考察等
[methyl-d3]-メチオニンを添加した
強制劣化試験
13]。また、ウイスキーの蒸留工程や、ビー
ルの貯蔵中には、メチオナールがメタンチオ
新酒に含まれるメチオナールは微量であ
ールを経てDMDSおよびDMTSに変化するこ
るため、まず、メチオナールの前駆物質で
0年
20年
26年
Fig. 1 清酒の貯蔵による色の変化
A
B
2000
1000
m/z 126
m/z 129
m/z 132
DMTS→
3000
Abundance
DMTS→
3000
Abundance
m/z 126
m/z 129
m/z 132
2000
1000
[methyl-d3]DMTS
↓
0
0
18.0
18.2
18.4
18.6
18.8
19.0
19.2
18.0
19.4
18.2
18.4
18.6
C
Strecker
degradation
S
COOH
S
18.8
19.0
19.2
19.4
RT
RT
oxidation
O
S
S S S
H
NH 2
methionine
methional
methanethiol
DMTS
S
H3 C S S
C H3
(MW 126)
methionine
+
methional
+
methanethiol
+
[methyl-d3]-
[methyl-d3]-
[methyl-d3]-
methionine
methional
methanethiol
H 3C S S S C D3
(MW 129)
D3 C S S S C D 3
(MW 132)
Fig. 2 [methyl-d3]-メチオニンを添加した試料(A)とコントロール(B)の強制劣化試験後のGC-MSクロマトグラムおよびメチオニンのストレッカー
分解によるDMTS生成機構(C)
あるメチオニンがDMTSの生成に及ぼす影
シールし、70℃で1週間インキュベーショ
った(Fig. 2B)
。これらの結果から、メチオ
響について検討した。メチオニンのストレ
ンし,強制劣化試験を行った。終了後、既
ニンのメチル基がDMTSに導入されること
ッカー分解によりDMTSが生じるなら、
報[4]に従い、GC-MSによりDMTSを分析し
が示された。しかし、[methyl-d3]-DMTSの
[methyl-d3]-メチオニンを清酒に添加すれば、
た。ただし、[ methyl-d 3 ]-DMTSおよび
ピーク面積は無標識のDMTSのわずか6%で
[ methyl-d 3 ]-DMTSおよび[ dimethyl-d 6 ]-
[dimethyl-d6]-DMTSの分析はSIMモードで
あり、また、[dimethyl-d6]-DMTSに相当す
DMTSが生じるはずであると考えた(Fig.
m/z 129および132のイオンをモニターした。
強制劣化試験前の試料にはDMTSは検出さ
れなかった。強制劣化後、[methyl-d3]-メチ
オニンを添加した試料から、[ methyl-d 3]DMTS に相当するm/z 129の小さなピーク
が、無標識のDMTS(m/z 126)の少し前に
検出された(Fig. 2A)
。コントロールからは
[methyl-d3]-DMTS のピークは検出されなか
るm/z 132のピークは検出されなかった。メ
2C)。そこで、日本電子製アミノ酸分析計
JLC-500を用いて清酒試料のメチオニン濃度
を測定し、その試料に天然のメチオニンと
同濃度(66μM)の[methyl-d3]-メチオニンを
添加した。コントロールとして無標識のメ
チオニンを同量添加した。これらの試料を9
mLずつ10-mL容のガラスバイアルに入れて
チオニンのストレッカー分解だけでDMTS
が生じると仮定すれば、無標識のDMTSと
[ methyl-d 3 ]-DMTSおよび [ dimethyl-d 6 ]DMTSの量比は1:2:1となるはずである。
以上の結果から、清酒貯蔵中のDMTS生成
に対するメチオニンのストレッカー分解の
寄与は小さく、他の前駆物質や生成機構の
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(29)
存在が推察された。
陽イオン交換樹脂による分画
じpH(4.2−4.4)に調整後、70℃1週間の強制
ことから、A画分にはN画分からのDMTS生
劣化試験を行った。清酒1 mLもしくはそれ
成を抑制する成分が含まれると考えられた。
に相当する量の画分の強制劣化試験によっ
て生成するDMTS量(ng)をDMTS生成ポテ
DMTS前駆物質を探索するため、まず、
清酒からのDMTS前駆物質の精製
陽イオン交換樹脂を用いて清酒成分の分画
ンシャルと定義した。Table 1に、未処理の
清酒3種類(純米酒J1、J2、本醸造酒H2)お
清酒試料1 Lを、500 mLのDowex 50WX4
を行った。100 mLの清酒を、ガラスカラム
よびその分画画分のDMTS生成ポテンシャ
を充填したガラスカラム(50 × 500 mm)に
に 充 填 し た 陽 イ オ ン 交 換 樹 脂( D o w e x
ルを示した。いずれの清酒についても、陽
通液し、N画分を得た。これを濃縮、凍結乾
50WX4、H+形、200−400メッシュ、60 mL)
イオン交換樹脂に吸着しなかった画分(N画
燥後、120 mLの超純水に溶解し、逆相カラ
に通液した。カラム体積の3倍の超純水で洗
分)は吸着画分(A画分)よりもDMTS生成
ム(TSKgel ODS-80Ts、21.5 × 300 mm)で分
浄後、溶出液を合わせてN画分(陽イオン交
ポテンシャルが高かった。A画分にはアミ
画した。クロマトグラフィーは以下の条件で
換樹脂非吸着)とした。次に、カラム体積
行った。試料4 mLを注入し、流速4 mL/分で
の10倍の0.5 Mアンモニア水を通液し、溶出
ンやアミノ酸といった塩基性成分が含まれ、
N画分には酸性および中性成分が含まれる。
液をA画分(陽イオン交換樹脂吸着)とした。
これらの結果から、DMTS前駆物質は主に
ール濃度を直線的に50%まで増加させ、75分
それぞれの画分を減圧濃縮後凍結乾燥し、
酸性/中性画分に存在することが示唆され
間保持した。溶出液は10 mLずつ回収した。
20 mLの超純水に溶解した。このうち1.8
た。意外なことに、N画分のDMTS生成ポ
フラクションの一部(2.7 mL)
、エタノール1.6
mLを10-mL容のガラスバイアルに入れ、清
テンシャルは未処理(分画前)の清酒よりも
mL、100 mMコハク酸緩衝液(pH 4.0)0.9 mL
酒と同濃度となるようエタノールを添加し、
高かった。N画分にA画分を添加すると(A
を10-mL容のガラスバイアルに入れ、超純水
超純水で9 mLにメスアップした。清酒と同
、DMTS生成ポテンシャルが減少した
+ N)
を加えて9 mLとした。フラクションに有機
fraction
0.5
50
10
0.4
40
8
0.3
30
DMTS-P1
DMTS producing potential
before fractionation 14
10
0.2
absorbed(A)
1.1
n.d.
0.1
not absorbed(N) 112
22
22
A+N
8.8
3.2
26
n.d., not detected.
0.2
20
4
0.1
10
2
0.0
0
0
DMTS-P2
20
40
60
Fraction (10 mL/tube)
80
10
10
8
8
DMTS produced(ng/mL)
DMTS produced(ng/mL)
Fig. 3 N画分の逆相クロマトグラム
6
4
2
0
6
4
2
0
frc N
DMTS-P1 DMTS-P1
frc N
frc N
DMTS-P2 DMTS-P2
+ frc N
Fig. 4 DMTS-P1またはDMTS-P2とN画分との相乗作用
DMTS-P1もしくはDMTS-P2を単独、またはN画分(1/16希釈)と組み合わせてコハク酸緩衝液(pH 4.0, cont. 18% EtOH)に添加し、
強制劣化試験後のDMTS生成量を測定した。エラーバーは標準誤差を示す(n =3)
。
(30)日本電子ニュース Vol.41(2009)
6
, Organic acids (mM)
H2
MeOH (%)
J2
DMTS-producing potential (ng/mL)
(ng DMTS/mL sake)
J1
Glucose (%)
Table 1 清酒試料および陽イオン交換樹脂分
画画分のDMTS生成ポテンシャル
超純水を75分間流した後、62.5分間でメタノ
溶媒が含まれる場合は、減圧濃縮および凍結
が増加した。
乾燥により除去し、残渣を超純水に溶解した。
まとめた。精製ステップにおいてDMTS生成
ポテンシャルが高かったDMTS-P1につい
ポテンシャルが徐々に減少していることか
強制劣化試験を行い、DMTS生成ポテンシャ
て、さらにクロマトグラフィーにより精製し
ら、DMTS-P1はカラムでの分離に対して不
ルを求めた。
た。DMTSを生成したフラクション(DMTS
安定であるか、他の前駆物質や触媒成分が精
製により除去された可能性がある。
その結果、Fig. 3に示すとおり、DMTS生
生成フラクション)を集めて濃縮、凍結乾燥
成ポテンシャルを有する主要ピークが2つ見
し、12 mLの20 mMギ酸溶液(pH 2.8)に溶解
出された。これらは、N画分の主要成分であ
した。超純水のかわりに20 mMギ酸溶液を移
る有機酸(クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハ
動相として、再度逆相クロマトグラフィーを
ク酸)およびグルコースとは分離されていた。
行った。その結果、水を移動相とした場合と
1番目のピークのDMTS前駆物質(DMTS-P1)
同じリテンションタイムでDMTS-P1は溶出
びNMR分析を行い、DMTS-P1の構造決定
は水のみで溶出し、2番目のピーク(DMTS-
した。pHの異なる溶離液を用いたクロマト
を行った。精密質量分析は、日本電子製
P2)はメタノールのリニアグラジエントで溶
グラフィーでも同じ挙動を示したことから、
JMS-T100LPにAgilent-1200 HPLCシステム
出したことから、DMTS-P1はDMTS-P2より
DMTS-P1は酸性成分ではなく中性成分であ
を連結させた装置を用いた。精製した
も極性が高いと考えられた。
ると考えられた。さらに、イオン排除カラム、
DMTS-P1を逆相カラム(JK-C18、2.0 ×150
DMTS-P1の構造決定
精製されたDMTS-P1の精密質量分析およ
Amide-80カラムを用いてDMTS-P1を精製し
mm)に供し、超純水を移動相として0.2
(1/16希釈したもの)との間には相乗効果がみ
た。Fig. 5に示すとおり、Amide-80カラムで、
mL/分で流した。溶出液をESI(+)-TOFマ
られた。Fig. 4に示すとおり、DMTS-P1また
DMTS -P1は画分7の単一ピークとして分離さ
ススペクトロメトリーに導入した。正確に
はDMTS-P2にN画分を添加すると、単独の場
れた。
また、DMTS-P1およびDMTS-P2とN画分
合に比べて、それぞれ10倍程度DMTS生成量
質量を分析するため、内部標準としてギ酸
DMTS-P1の精製をFig. 6およびTable 2に
ナトリウムを添加した。Fig. 7に示すとおり、
Table 2 清酒からDMTS-P1の精製のまとめ
RT
0
10
20
30
40
300
chromatography
DMTS-producing
step
potential(ng/mL)
sake
4.3
cation exchange
182
reversed-phase
2.4
reversed-phase
0.82
(20mM formic acid)
A220
200
100
ion exclusion
0.04
amide-80
0.04
Sake sample J3
(diluted 1:1 with ultrapure water)
Cation exchange resin
0
(Dowex 50WX4)
not absorbed(N)
DMTS producing potential (ng/mL)
1 23 4 5 6 7 8
Fig. 5
9
0.00
0.01
Reversed-phase chromatography
(MeOH/H2O: 0/100→50/50)
Reversed-phase chromatography
(MeOH/20mM formic acid: 0/100→50/50)
0.02
0.03
Ion exciusion chromatography
Nomal phase chromatography
(Amide-80)
0.04
Fig. 6 清酒からのDMTS前駆物質(DMTS-P1)の
精製スキーム
0.05
Amide-80カラムによる分画
矢印で示したリテンションタイムで溶出液を分取し、9個のフラクションに分けた。
(31)
日本電子ニュース Vol.41(2009)
ポジティブモードの高分解能ESI-MSにより、 (C-2, CH)
、210.4(C-3, C=O). COSY data: H-1
1、H-2、H-4およびH-5プロトンとの間に相関が
DMTS-P1の分子式はC6H12O4Sと推定された
→ H-2; H-2 → H1; H-4 → H5; H-5 → H-4.
みられ、メチレン炭素(C-5)とH-6のメチルプ
(m/z 181.0534、[M + H]+、Δ -0.1 mmu)。
HMQC data: H-1 → C-1; H-2 → C-2; H-4 → C-4;
ロトンとの間に相関がみられたことから、C-2
m/z 361.0988のピークは二量体[2M + H]+で
H-5 → C-5; H-6 → C-6. HMBC data: H-1 → C-3;
あり、m/z 117.0566のピークは組成式C5H9O3
H-2 → C-3; H-4 → C-3, 5; H-5 → C-3, 4, 6; H-6 →
(calcd. 117.0552)と推定され、メチルスルフ
C-5
DMTS-P1の 1 Hお よ び 13 C NMR、 1 H- 1 H
ォキサイド部分が脱離した構造 [M - S(O)
+と考えられた。
COSY、HMQCスペクトル解析を行ったとこ
Me]
NMRスペクトルは日本電子製JNM-ECP500に
ろ、すべての13Cおよび1H シグナルを帰属す
より測定した。NMR 操作および解析には
ることができた。13C NMRおよびDEPTスペ
1H NMRは500.16 MHz、13C
クトルから、DMTS-P1の6つの炭素は、カル
Deltaを用いた。
NMRは 125.77 MHzで 行 っ た 。 測 定 は
ボニル炭素、2つのメチレン炭素、酸素が結
CD3CN/D2O(80:20)溶液中で、5℃で行った。 合した2つのsp3炭素、およびメチル基である
化学シフトは、CD3CNのδH 1.93およびδC
ことが明らかとなった。高分解能ESI-MS分
1 Hおよび 13 C NMR、
1.28を内部標準とした。
析の結果より、DMTS-P1にメチルスルフォ
1H-1H COSY、HMQC、HMBCいずれも標準パ
キサイド部分が含まれることが示唆されたた
ルスシーケンスにより測定した。得られたス
め、δH 2.57のシングレットシグナルはメチ
ペクトルデータを以下に示す。
ルスルフォキサイド部分C-6のメチルプロト
1,2-dihydroxy-5-(methylsulfinyl)pentan-3ンと帰属した。1H-1H COSYスペクトルでは、
、およ
、2.89(m, 1H,
δH 3.70,δH 3.79(H-1αおよびH-1β)
one. 1H NMR: δ2.57(s, 3H, H-6)
、3.00(m, 2H, H-4)
、 びδH 4.21(H-2)の間に相関ピークがみられ
、3.05(m, 1H, H-5β)
H-5α)
3.70(dd, 1H, J = 3.0, 12.0 Hz, H-1α)
、3.79(dd,
た。したがって、2つの水酸基がそれぞれC-1
、4.21(t, 1H, J = 3.5 (δC 63.2)
1H, J = 3.0, 12.0 Hz, H-1β)
およびC-2(δC 77.8)に結合してい
、37.2(CHz, H-2). 13C NMR: δ31.5(C-4, CH2)
ると考えられた。
、46.2(C-5, CH2)
、63.2(C-1, CH2)
、77.8
HMBCにおいて、カルボニル炭素(C-3)とH6, CH3)
およびC-4炭素はカルボニル炭素(C-3)に結合し
ており、メチルスルフォキサイド部分はC-5に
結合していることが示唆された(Fig. 8)
。
以上の結果から、DMTS-P1の構造は、1,2ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペン
タン-3-オンと決定した。我々の知る限り、本
化合物はこれまでに文献等に報告がなく、新
規化合物と考えられた。
DMTS-P1からDMTSの生成機構の推定
高分解能ESI-MS分析において検出された
m/z 117.0566の娘イオンは、メチルスルフォキ
サイド部分が脱離した構造に相当する。した
がって、メチルスルフォキサイド部分は
DMTS-P1から容易に脱離し、DMTSの生成に
寄与すると考えられる。Ostermyerらは、S-メ
チルシステインスルフォキサイドの加水分解
により不安定なメタンスルフェン酸を生じる
と報告しており[18]、Chinらは、メタンスルフ
ェン酸から生じるメタンチオールの酸化によ
ってDMDSが生じると報告している[12]。メタ
relative
abundance
O
O
S 5
4
6
3 2 1 OH
OH
Fig. 8 1,2-dihydroxy-5-(methylsulfinyl)pentan-3oneの主要なHMBC相関(1H から13Cへの
矢印)および1H-1H COSY 相関(太線)
m/z
Fig. 7 DMTS-P1のHR-ESIマススペクトル
O
O
O
S
OH
+ H2 O
O
H+
S
OH
H
OH
S
OH
O2
S
DMDS
(32)日本電子ニュース Vol.41(2009)
OH +
methanesulfenicacid
O
S
H +
methanethiol
Fig. 9 DMTS-P1からDMDSおよびDMTSの推定生成経路
O
S
OH
OH
S
S
2O
OH
HO-
1,2-dihydroxy-5-(methylsulfinyl)
pentan-3-one (DMTS-P1)
2
-H
S
S
S
DMTS
OH
ンチオールの酸化によって、DMDSとともに
ており、DMTS-P1に比べてAmide-80カラムに
DMTSも生じる[7]。S-メチルシステインスル
対する親和性が低いことが観察されている
フォキサイドの場合と同様に、DMTS-P1につ
( デ ー タ は 示 し て い な い 。)こ の こ と は 、
Stoewsand, G. S. S-Methylcysteine sulfox-
いても、メチルスルフォキサイド部分からβ-
DMTS-P1よりも疎水的な性質であること(Fig.
ide in Brassica vegetables and formation of
脱離によりメタンスルフェン酸を生じると考
3)と矛盾しない。しかし、メチオニン再生経
えられ、Fig. 9に示した経路によりDMTSが生
路の代謝中間体は、水酸基やリン酸基を有す
methyl methanethiosulfinate from Brassica
sprouts. J. Agric. Food Chem. 40, 2098-
成すると推定される。
る親水性の化合物なので、DMTS-P2はこの経
5616, (2002).
[10] Marks, H. S.; Hilson, J. A.; Leichtweis, H. C.;
2101, (1992).
なお、DMTS-P1とN画分との間には相乗効
路には含まれないと思われる。DMTS-P2の由
[11] Kubec, R.; Drhova, V.; Velisek, J. Thermal
果がみられた(Fig. 4)。DMTS-P1の分解によ
来を解明するには、構造解析等の新たな情報
degradation of S-methylcysteine and its
って生じると考えられるメタンスルフェン酸
が必要である。
sulfoxide―important flavor precursors of
Brassica and Allium vegetables. J. Agric.
は反応性が高いため、N画分中の他の含硫化合
物と反応してDMTSを生じる可能性がある。
さらなる研究が必要であるが、DMTS-P1お
よびDMTS-P2の発見は、清酒製造工程中の生
成機構の解明を通じて、老香の制御の可能性
DMTS前駆物質の由来の推定
を提示できるものと考えられる。
Food Chem. 46, 4334-4340, (1998).
[12] Chin, H.-W.; Lindsay, R. C. Mechanism of formation of volatile sulfur compounds following the action of cysteine sulfoxide lyases. J.
DMTS-P1は新規化合物であるため、清酒
謝辞
Agric. Food Chem. 42, 1529-1536, (1994).
[13] Jin, Y.; Wang, M.; Rosen, R. T.; Ho, C. T.
製造工程においてどのように生成するのかは
不明である。一つの可能性として、メチルチ
精密質量分析にあたり、分析機器本部との
Thermal degradation of sulforaphane in
オアデノシン(MTA)からメチオニンを再生
ご調整等をいただきました、日本電子株式会
aqueous solution. J. Agric. Food Chem. 47,
するメチオニン再生経路[19]が考えられる。
社広島支店支店長 糸島幹雄様、HR-LC/MS
3121-3123, (1999).
この経路はバクテリア、酵母、植物、および
分析およびデータの解析を行ってくださいま
[14] Prentice, R. D.; McKernan, G.; Bryce, J. H.
動物に幅広くみられる。この経路では、まず
した、分析機器本部 田中和子様、NMRデー
A source of dimethyl disulfide and
MTAの加水分解によりメチルチオリボース
タ等に関してアドバイスいただきました、分
(MTR)を生じ、MTR-1-リン酸(MTR-1P)に
析機器本部の皆様に、心より感謝いたします。
dimethyl trisulfide in grain spirit produced
with a coffey still. J. Am. Soc. Brew. Chem.
56, 99-103, (1998).
変換される。続いてMTR-1-Pは、イソメラー
[15] Gijis, L.; Perpete, P.; Timmermans, A.; Collin,
ゼ、デヒドラターゼ、エノラーゼ、ホスファ
ターゼによる一連の酵素反応により1,2-ジヒ
参考文献
S. 3-Methylthiopropionaldehyde as precursor of dimethyl trisulfide in aged beers. J.
ドロキシ-5-(メチルチオ)-1-ペンテン-3-オンを
Agric. Food. Chem. 48, 6196-6199, (2000).
生じる(Fig. 10)
。この不安定な化合物は、好
[1] Isogai, A.; Kanda, R.: Hiraga, Y.; Nishimura, T.;
気的条件において自発的に分解して2-ケト-4-
Iwata, H.; Goto-Yamamoto, N. Screening and
[16] Peppard, T. L. Dimethyltrisulphide, its
メチルチオ酪酸または3-メチルチオプロピオ
Identification of Precursor Compounds of
mechanism of formation in hop oil and
ン酸を生じるか、もしくはジオキシゲナーゼ
effect on beer flavour. J. Inst. Brew. 84,
により酵素的に2-ケト-4-メチルチオ酪酸に変
Dimethyltrisulfide (DMTS) in Japanese Sake.
J. Agric. Food Chem. 54, 2479-2483, (2009).
換される。最終的に、このケト酸がアミノ基
[2] 高橋康次郎、清酒の香り、食品工業、2.15.
[17] 佐藤信、蓼沼誠、高橋康次郎、小池勝徳
転移反応によりメチオニンになる。
Saccharomyces cerevisiae のゲノムからも、
[3] 高橋康次郎、清酒の古酒の香り―老香につ
この経路をコードする遺伝子が同定されてい
る[19-21]。
60-67、(1987).
いて―、醸協、75、463-468、(1980).
[4] 磯谷敦子、宇都宮仁、神田涼子、岩田博、
1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルチオ)-1-ペンテン3-オンとDMTS-P1の化学構造を比較するとv前
者のスルフィド基が後者ではスルフォキサイド
に酸化されv前者のエンジオールが後者ではジ
オールとなっている点が異なるが、両者は類似
している(Fig. 8およびFig. 10)。したがって
DMTS-P1がメチオニン再生経路と関連している
可能性が推察される。しかし、この仮説を確認
するためにはさらに検討が必要である。
本研究では、ほかの前駆物質としてDMTSP2も見出された。DMTS-P2の精製は現在行っ
O
S
OH
OH
Fig. 10 メチオニン再生経路の代謝中間体化合
物1,2-dihydroxy-5-(methylthio)-1-penten-3-oneの構造。
337-340, (1978).
清酒の熟成による香味の変化に関する研
究(第5報)貯蔵による揮発性含硫化合物の
変化、醸協、70、588-591、(1975).
[18] Ostemayer, F.; Tarbell, D. S. Products of
中野成美、市販酒の老香に関与する香気成
acid hydrolysis of S-methylcysteine sulfox-
分、醸協、101、125-131、(2006).
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A. E.; Bigler, P.; Altmann, M., Trachsel, H.;
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Ypr118w, a methylthioribose-1-phosphate
isomerase related to regulatory eIF2B subunits. J. Biol. Chem. 279, 37087-37094, (2004).
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(33)
天然抗酸化剤をシーズとした創薬
福原 潔
国立医薬品食品衛生研究所 有機化学部
生活習慣病の予防に有効な機能性食品やサプリメントに含有している天然抗酸化剤は多様な生物作用を有しているが、癌や
心血管系疾患の原因となる酸化ストレスに対してはラジカル消去作用によって予防効果をあらわす。しかしながら近年、ポリ
フェノールなどラジカル消去活性の高い天然抗酸化剤のなかには毒性を示す化合物も報告されており、より効果的で安全性の
高い予防物質の探索および開発が望まれている。本研究では代表的な天然抗酸化剤であるカテキンとレスベラトロールについ
て、抗酸化活性の増強および毒性の軽減に有効な構造修飾について検討を行った。
平面型カテキンは天然カテキンから1ステップの化学修飾によって合成でき、分子全体の立体構造を平面に固定化すること
によって抗酸化活性を大幅に増強させること、また、主な毒性と考えられるプロオキシダント効果を天然カテキンと比べて軽
減させることに成功した。平面型カテキンは強力な抗ウイルス作用および癌細胞の増殖抑制効果も示すことから医療への利用
が期待される。レスベラトロールは抗酸化作用をはじめ癌の化学予防に有効な多様な生物作用を示すが、細胞寿命を延ばすこ
とも明らかとなりアンチエージング物質として話題になっている。しかしながらレスベラトロールはin vitroにおいて遺伝毒性
を示し、抗酸化の本体である 4' 位の水酸基は遺伝毒性の活性本体としても作用している。抗酸化活性と毒性が同じ構造に由来
している為、誘導化は非常に難しい課題であったが、水酸基のオルト位にメチル基を導入することによって抗酸化能を飛躍的
に増強させること、および遺伝毒性をほぼ完全に消失させることに成功した。
抗酸化剤の機能解析や構造修飾・分子設計には、抗酸化剤のラジカル消去活性とその反応機構の解析が必須である。本研究
においては唯一ラジカルを直接観測できるESRを利用して化合物の抗酸化剤としての評価を行った。
はじめに
また、共役二重結合を含む成分としては緑黄
せて紹介する。
色野菜に含まれるリコピンやカロテン、アス
平面型カテキンの開発
近年、癌や心臓病、脳疾患などの生活習慣
タキサンチン等のカロテノイド類がある。現
病の発症や老化促進の原因への酸化ストレス
在、これらの天然抗酸化剤を含む様々なサプ
の関与が明らかになるにつれて、予防目的と
リメントや機能性食品が生活習慣病の予防目
して天然抗酸化物を含有している食品や飲料
的として利用されている。筆者はこれらの天
の摂取が大きな話題となっている。天然抗酸
然に豊富に存在する抗酸化物質に着目し、構
代表的なフラボノイド系抗酸化剤の中でも
化物は脂質過酸化におけるラジカル連鎖反応
造を化学修飾することによって抗酸化活性を
特に強力な抗酸化作用を有するケルセチンは
を停止させたりDNAの酸化的損傷の原因と
増強させたり抗酸化作用以外の生物活性を制
フリーラジカルによるDNAの酸化的損傷や
なる活性酸素種を消去することによって、生
御することができれば、医薬品として医療の
細胞死から生体を防御するが、動物レベルの
体内で発生する酸化的ストレスを抑制して生
現場で疾病の予防や治療に有効な化合物を開
実験では大量投与すると発がん性を示すこと
活習慣病の予防効果を示す。その構造的特徴
発することができると考え研究を展開してい
が報告されている。一方、
(+)-カテキンはケ
としてはポリフェノールや共役二重結合を含
る。本稿ではラジカル消去活性の増強を目的
ルセチンのような強力なラジカル消去活性は
む成分が多く、天然に存在する代表的なポリ
として行った天然カテキンの立体構造固定化
示さないが、変異原性や発癌性はほとんどな
フェノールとしては緑茶や赤ワインに含まれ
とレスベラトロールのメチル誘導体について
く安全性の高い天然抗酸化剤である。そこで
ているカテキンやアントシアニン等のフラボ
紹介する。なお,抗酸化作用は抗酸化物質と
(+)-カテキンを化学修飾することによってケ
ノイド類やイソフラボン、レスベラトロール,
ラジカル種との酸化還元反応を伴うため、抗
ルセチンと同様の強力なラジカル消去活性を
酸化活性の解析にはESRが必要不可欠であ
有することができれば、優れた抗酸化剤とし
る。そこで新規抗酸化物質を開発する過程で
て利用可能になるのではないか、と考え(+)-
利用したESRによるラジカル消去能の評価お
カテキンの構造修飾について検討を行った。
よびラジカル消去機構の解析についても合わ
フェノール性抗酸化剤は活性酸素種を電子
158-8501 世田谷区上用賀1-18-1
[email protected]
(34)日本電子ニュース Vol.41(2009)
設計と合成
OH
HO
A
O2
B
C
6'
OH
OH
HO
O
O
HO
k
+
O
Planar Catechin (PC1)
Fig. 1 Synthesis of planar catechin(PC1).
HO
H
O
+
O•
O
O
OH
OH
OH
OH
OH
O
O
O
O
OH
3 OH
(+)-Catechin (Cat)
•
OH
OH
O
Planar Catechin (PC1)
G•
GH
Fig. 2 Radical scavenging reaction of PC1 with galvinoxyl radical(G•).
2
-3
10 kHT, M s
-1 -1
3
1
0
0
0.05
0.10
0.15
3+
[Sc ], M
Fig. 4 Plot of k vs [Sc3+] in the reaction of PC1 to cumylperoxyl radical in
the presence of Sc(OSO2CF3)3 in EtCN at 203K.
Fig. 3 Formation of cumylperoxyl radical from photoirradiation of
tBuOOtBu and its reaction with PC1.
カテキンのラジカル消去能を解析した(Fig.
2)
。嫌気性条件下、G・のアセトニトリル溶液
ラジカル(PhCMe2COO・)を用いて検討した
[8]。tBuOOtBuとクメン(PhCHMe2)のプロピ
オニトリル(EtCN)溶液に、-70℃で紫外線を
必要とされる。筆者らは(+)-カテキンの構
に平面型カテキンを加えると、G・に由来する
428nmの吸収が減少し、G・が効率良く消去さ
造はB環がAおよびC環に対して垂直になって
れた。そこで本反応を擬一次条件下、G・に由
いるのに対して、ケルセチンはC環のC2=C3
来する428nmの吸光度の時間変化を速度論的
に解析し、平面型カテキンからG・への水素移
移動反応または水素原子移動反応によって還
元的に消去する。従って優れたラジカル消去
活性を有する抗酸化剤には、強力な還元力が
が二重結合のため、B環のカテコール構造と
照 射 す る と 、 Fig. 3に 示 す 反 応 機 構 で
PhCMe COO・が生成し、g=2.0156に
2
PhCMe2COO・に由来するESRシグナルが観測
された。このESRシグナルは、Fig. 3に示す
二量化反応等で徐々に減衰するが、反応系に
とに着目した。すなわち、
(+)-カテキンの立
動速度定数(k)を1.1×103 M-1 s-1と決定した。
同様にして求めた(+)-カテキンのk値は2.3×
体構造を平面に固定化できれば、また平面固
102 M-1 s-1であることから、平面型構造へと化
定化によって電子供与性のアルキル基をB環
学修飾することによってラジカル消去活性が
の濃度依存的に減衰が顕著に加速された。こ
れは、平面型カテキンがPhCMe2COO・を効
に導入できればラジカル消去活性が向上する
約5倍増強することが明らかとなった[1]。
率良く消去していることを示している。この
共役して分子全体の平面性が保たれているこ
平面型カテキンを加えると、平面型カテキン
のではないかと考えた。そこで(+)-カテキン
活性酸素種に対するフェノール性抗酸化物
ESRシグナルの変化を速度論的に解析するこ
のC環のアルコールとB環との間の結合反応
質のラジカル消去反応には二種類の機構が考
を検討した。その結果、oxo-Pictet Spengler
えられる。すなわち、フェノール性抗酸化物
とにより、EtCN中、-70℃における平面型カ
テキンによるPhCMe2COO・消去のkを9.6×
反応を利用することによってアセトンを導入
質からの一段階水素原子移動反応によって活
することに成功し、B環の立体構造を固定化
性酸素種を還元する機構と、一電子移動反応
102 M-11 s-1と決定した。次に、平面型カテキ
ンによるPhCMe COO・消去反応に電子移動
することができた(Fig. 1)
。なお,合成した
とそれに続くプロトン移動反応で進行する機
過程が含まれているかどうかを調べるため
平面型カテキン(PC1)の立体構造の平面性は
構である。ESRはフェノール性抗酸化物質の
に、反応速度に対する金属イオンの効果につ
X線構造解析により確認した[1]。
反応性や反応機構を直接研究する手法として
優れている。筆者らはラジカル消去反応速度
いて検討した。EtCN中、-70℃で、平面型カ
テキンとPhCMe 2 COO ・ との反応系に、Sc
への金属イオンの効果についてESRを用いて
Fig. 4に示すように、
(OSO2CF3 )
3 を加えると、
解析することにより、
アセトニトリル
(MeCN)
スカンジウムイオン
(Sc3+)の濃度の増大に伴
ラジカル消去能と反応機構
2
ヒドロキシルラジカルや脂質ペルオキシル
中では、ビタミンEモデル化合物は前者の機
って、k値が顕著に増大した。これは平面型
ラジカル等の活性酸素種は非常に高い反応性
構で[2-5]、また、
(+)-カテキンは後者の機構
カテキンからPhCMe2COO・への水素移動の
を有しているため、抗酸化剤のラジカル消去
でラジカル消去反応が進行することを明らか
活性の速度論的解析は難しい。そこでこれら
にしてきた[6-7]。そこで平面型カテキンのラ
過程で、一電子移動反応が進行して生成する
PhCMe2COO がSc3+と錯形成するため、Sc3+
の活性酸素種のモデルである比較的安定なガ
ルビノキシルラジカル(G・)を用いて平面型
ジカル消去反応機構についても、低温におい
の濃度に依存して電子移動過程が顕著に加速
てESRで直接検出できるクミルペルオキシル
されていると考えられる(Fig. 5)
。これらの結
(35)
日本電子ニュース Vol.41(2009)
果より、平面型カテキンの水素移動反応は
酸素を電子移動還元することがわかった[10]。
関与する生体高分子の酸化的損傷の原因とな
(+)-カテキンと同様、一電子移動反応とそれ
そこでこの反応溶液について室温下、ESRを
る。実際、スーパーコイル型pBR322 DNAは
に続くプロトン移動反応によって進行してい
測定してみると2.0048にg値をもつシグナルが
によって発生させた
Fe3+/H2O(Fenton反応)
2
ることが明らかとなった。そこで次に第二高
観測された(Fig. 6a)
。このスペクトルは3つ
ヒドロキシルラジカルによって側鎖の切断反
調波交流ボルタンメトリー(SHACV)法によ
の超微細結合定数(hfc)でコンピューターシ
応が極めて効率よく進行する。そこで本反応
って一電子酸化電位(vs SCE)を測定すると、
ュミレーションすることができ、また、分子
を生体分子の酸化障害のモデル系として用
い、平面型カテキンと
(+)-カテキンおよびケ
すのに対して平面型カテキンは1.01Vに一電
軌道計算により解析した結果、セミキノンラ
を生成していること
ジカルアニオン(PC1・-)
子酸化電位を示すことから、平面型カテキン
がわかった。一方、この反応溶液の凍結ESR
断への影響を検討した(Fig. 7)
。その結果、
は(+)-カテキンより一電子移動反応が進行し
スペクトル
(77K)を測定したところ、スーパ
(+)-カテキンは高濃度添加するとDNA切断
やすくなっていることが明らかとなった。
ーオキシドアニオンに特徴的な2.070にg値を
の抑制がみられることから抗酸化効果が確認
もつブロードなシグナルを直接観測すること
された。しかし、低濃度ではDNA切断量が
ができた
(Fig. 6b)
。以上の結果より、平面型
増加してしまいプロオキシダント効果を示す
カテキンのジアニオン体は酸素を一電子還元
ことがわかった。また、ケルセチンはプロオ
(+)-カテキンは1.18Vに一電子酸化電位を示
プロオキシダント効果
ルセチンについてFenton反応によるDNA切
フェノール性抗酸化剤はラジカル消去作用
してスーパーオキシドアニオンを発生し、自
キシダント効果のみが観測され、本反応条件
によって生体内の酸化ストレスを抑えること
らはセミキノンラジカルアニオンになること
下では抗酸化効果はみられなかった。一方、
から様々な生活習慣病の予防物質としての利
がわかった。次に,
本反応についてジアニオン
平面型カテキンの場合は全ての濃度でDNA
用が期待されているが、動物実験では細胞毒
の減少量をUVによって測定し、スーパーオ
切断の抑制がみられ、プロオキシダント効果
性を示す報告例も多く、それは抗酸化剤のプ
キシドアニオンの生成能について速度論的解
は観測されないたことから非常に優れた抗酸
ロオキシダント効果として問題となってい
析を行ったところ,平面型カテキンは(+)-カ
化剤であることがわかった[11]。
る。実際、フェノール性抗酸化剤は、その還
テキンと比べて約1/2程度のスーパーパーオ
元力によって活性酸素種をラジカル消去して
キシド生成能を有していることがわかった。
抗酸化作用を示す一方、酸素を還元してしま
この結果は,平面型カテキンはジアニオン体
うとスーパーオキシドアニオンを生成する。
になると(+)-カテキンと同様にスーパーオキ
天然型フラボノイドを様々な疾病の予防お
筆者らは安全性の高い(+)-カテキンでもジア
シドを発生するが、比較的プロオキシダント
よび治療目的として利用するためには、ラジ
ニオン体になると酸素を電子移動還元してス
効果の弱い安全な抗酸化剤であることを示唆
カル消去能の増強、細胞膜透過性(脂溶性)
ーパーオキシドアニオンを生成することを明
している。
の向上、また、ラジカル傷害部位に対する分
らかにしてきた[9]。そこで、平面型カテキン
についても、MeCN中でMeO を添加してモノ
アニオン体(PC1-)
とジアニオン体(PC12-)を
抗酸化作用
発生させ、酸素との反応性について検討して
みたところ、PC12-は(+)-カテキンと同様に
脂溶性平面型カテキン
子標的剤としての機能が必要である。筆者ら
はカテキンの平面固定化反応を利用すること
によってこれらの問題を全て解決することが
ヒドロキシルラジカルは活性酸素種の中で
可能であると考えた。すなわち、1)天然型フ
最も反応性が高く、老化やフリーラジカルが
ラボノイドの平面構造を固定化することによ
OH
1.10G
OH
HO
O
O
2MeO
2MeOH
HO
6.60G
O2•
O2
HO
O
O
OH
Sc3+
O
(b)
•
PC1•
g = 2.005
g// = 2.050
+
PhCMe2OO
O
2500
Sc3+
OH
Proton
Transfer
g// = 2.070
g = 2.0048
OH
O
OH
PC12
(a)
OH
O
H
O
PhCMe2OO • +
•–
1.10G
OH
Electron
Transfer
H
H
PC1
O
HO
O
O
PhCMe2OOH + Sc3+
•
O
H
5G
50 G
O
HO
O
298 K
77 K
O
OH
Fig. 5 Sc3+-accelerated G•-scavenging reaction by
PC1 via an electron transfer.
(36)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Fig. 6 ESR spectra of PC1• (a)and
O2• (b)
generated in the reaction of PC12- with O2 in MeCN.
るラジカル消去能の増強と新たな生物活性の
ると防御作用は抑制されることがわかった。
発現、2)平面固定化の際、アセトンの代わり
依存的に増殖阻害作用を示すことがわかっ
た。その作用はアルキル側鎖を長くする程強
抗ウイルス作用と癌細胞増殖抑制作用
にアルキル側鎖を有したケトンを導入するこ
とによる膜透過性の向上、3)標的部位に高親
くなり、PC8で最も強力な阻害効果を示した。
なお、平面型カテキンで処理した細胞ではク
和性な置換基をケトンに導入することによる
(+)-カテキンに代表される多くのフラボノ
ロマチンの凝縮が観測され、アポトーシス特
分子標的剤としての誘導化、が可能である。
イド系天然抗酸化物は抗酸化作用の他に抗菌
有のDNAの断片化がヌクレオソーム単位で
現在、多くの平面型カテキン誘導体を合成し、
作用、抗ウイルス作用、脂質代謝促進作用等、
進行していることが確認された。
その化学的性質と生物作用について検討を行
様々な生物作用が報告されている。筆者らは
以上の生物作用はラジカル消去とは直接関
っているが、本稿では、長さの異なるアルキ
ル側鎖(R = C1 ∼ C9)を導入して脂溶性を向
平面型カテキンの生物作用について検討した
係ないが、多様な(+)-カテキンの生物作用を
ところ、抗酸化作用の他に、抗ウイルス作用
誘導化によって制御できることを示した始め
上させた平面型カテキン誘導体(PCn)につい
やアポトーシス誘導を伴う癌細胞の増殖抑制
ての例であり、平面型カテキンの医療への利
て紹介する[12]。
作用があることを見出した。抗ウイルス作用
用を期待させる極めて興味深い結果である。
これらの誘導体はアセトンの代わりにアル
キル側鎖(R = C1∼C9)を有するケトンを(+)-
についてはニューカッスル病ウイルス感染
カテキンに反応させて合成した(Fig. 8)
。活
ルス(VSV)感染BHK細胞における感染性ウ
性酸素のモデル化合物としてDPPHラジカル
イルスの培地への放出を指標として検討した
を用いて、DPPHラジカルに対する水素移動
[13]。(+)-カテキンでは0.5mMでも阻害が認
反応速度をMeCN中で解析した結果、アルキ
められなかったのに対して、平面型カテキン
ル側鎖が長くなるに従ってラジカル消去能は
(PC1)は250μMの濃度で細胞融合、感染性
レスベラトロールは葡萄果皮に含まれてい
増加し(PC1 < PC2 < PC3)
、さらに長くなる
VSVの放出を顕著に阻害した。アルキル側鎖
る天然抗酸化物質であり、近年その多彩な生
と(PC3 ∼ PC6)ほぼ同程度の強力なラジカル
が長い平面型カテキンほど(PC4∼PC6)低濃
物活性(脂質過酸化の抑制、制癌作用、抗炎
消去能を示すことがわかった。
度での阻害が確認された。これはアルキル鎖
症作用、エストロゲン活性等)が次々と明ら
一方、リン酸緩衝液中、AAPH由来ペルオ
が長くなることによって脂溶性が向上し、細
かになった。特にがん発症の三段階(イニシ
キシルラジカルに対するラジカル消去能は、
胞内に取り込まれやすくなったことが示唆さ
エーション、プロモーション、プログレッシ
アルキル側鎖が長くなるに従って増強し、
れる。抗ウイルス作用のメカニズムとしては、
ョン)のいずれの過程にも作用することから
PC3、PC4で最も強力な消去能を示した。し
平面型カテキンは非常に強力なα-グルコシダ
かし、さらに側鎖が長くなるとラジカル消去
ーゼ阻害活性を示すことから、蛋白質の品質
がん予防物質として注目を集めている。また,
レスベラトロールは酵母においてNAD+依存
能の低下がみられた。同様の傾向は、ヒドロ
管理機構に係わる翻訳後修飾への影響が考え
性蛋白質脱アセチル化酵素であるSir2を刺激
キシルラジカル(Fenton反応)による酸化的
られるが、詳細については現在検討中である。
することでDNAの安定性を増大させ、細胞
DNA損傷反応に対する防御作用でも見られ、
癌細胞の増殖抑制効果については、
(+)-カ
寿命を70%延長させる効果があることが報告
PC4、PC5で最も強い防御作用を示すがさら
テキンはHL60およびU937の増殖に殆ど影響
された。これはレスベラトロールによって刺
にアルキル側鎖を長くして脂溶性を増加させ
を与えないのに対して平面型カテキンは濃度
激されたSir2が脂肪調節因子PPAR-γの働き
BHK細胞の細胞融合および水疱性口内炎ウイ
メチルレスベラトロールの開発
レスベラトロール
を抑制してカロリー制限と同様の効果を示す
ことによる。このようにレスベラトロールは
生活習慣病や老化の予防に働く様々な薬理作
(+)-Catechin
Quercetin
Planar Catechin
用を示すが、一方、従来のフラボノイド系ポ
リフェノールやビタミンEと同様の抗酸化作
Fe3+ / H2O2
Fe3+ / H2O2
Fe3+ / H2O2
用も明らかになっており、4’
位の水酸基が活
性酸素や脂質ペルオキシラジカルに対する消
1
2
3
4
5
6
7
8
Form II
去作用に関係していることが報告されてい
Form III
Form I
る。そこで筆者らは活性酸素種のモデル化合
物であるGalvinoxyl radical(G・)に対する反応
9 10 11 12 13 14
Fig. 7 Effects of(+)-catechin, quercetin and PC1 on DNA breakage induced by Fe3+/H2O2. Assays
were performed in 50 mM sodium cacodylate buffer, pH 7.2, containing 45μM of pBR322DNA,
for 1h at 37 ℃. Lanes 1, 6, and 10; DNA alone, lanes 2, 7, and 11; 10mM H2O2 and 10μM FeCl3,
lanes 3 -5, 8 and 9, and 12-14; 10mM H2O2 and 10μM FeCl3 in the presence of 0.25, 1.25, and 2.5
, and 0.25, 1.25 and 2.5
mM(+)-catechin(lanes 3 -5), 0.25 and 1.25 mM quercetin(lanes 8 and 9)
.
mM PC1(lanes 12 -14)
OH
HO
O
R
OH
OH
(+)-Catechin
OH
O
R
R =(
)
nH
n =1∼9
HO
消去反応が進行することがわかった。また、
この反応速度に対する金属イオンの効果を検
討したところ、マグネシウムイオンの濃度の
増大に伴って顕著に k が増大したことから、
レスベラトロールのラジカル消去反応は(+)カテキンや平面型カテキンと同様に一電子移
動反応とそれに続くプロトン移動反応によっ
OH
OH
速度(k)を平面型カテキンと同様の方法で解
析したところ、4.1 M-1s-1 でG・へのラジカル
て進行することがわかった[14]。
O
O
R
R
OH
Lipophilic Planar Catechin
(PCn)
Fig. 8 Synthesis of planar catechin analogue(PCn)with various lengths
of alkyl side chains.
遺伝毒性
筆者はレスベラトロールの遺伝毒性を明ら
かにする目的でレスベラトロールおよびレス
ベラトロールの水酸基の数および位置が異な
る類縁体について姉妹染色分体交換(SCE)試
(37)
日本電子ニュース Vol.41(2009)
験を行った。その結果、Fig. 9に示すように
在下では酸素の還元活性化反応を引き起こし
すビタミンEと類似構造を有することとなり、
レスベラトロールは高頻度にSCEを誘発した
てしまうことを現している。
メチル基の超共役作用によってラジカル消去
能が増強されることも予測される。そこで、
[15]。そこで類縁体についてもSCE試験を行
い構造活性相関について検討したところ、レ
メチルレスベラトロールの合成
本研究ではレスベラトロールの水酸基のオル
ト位にメチル基を導入したレスベラトロール
スベラトロールと同類の 4’位に水酸基をも
筆者は有効性と毒性がどちらも同じ水酸基
誘導体5種類の合成と抗酸化作用について検
シスチルベンは強力なSCEを誘発したが、4’
に由来するレスベラトロールについて、ラジ
位に水酸基を有していない3, 5-ジヒドロキシ
カル消去活性を増強させ、かつ遺伝毒性を軽
討を行った[20]。
合成はWittig-Honer反応を利用して行った
スチルベン、3, 3’
-ジヒドロキシスチルベンお
減させる為の誘導化法として水酸基のオルト
(Fig. 12)
。まず、レスベラトロールのメチル誘
よび 3-ヒドロキシスチルベンはSCE誘発能を
位へのメチル基の導入を提案した。すなわち、
導体の構造をオレフィン部分で2つに分け、A
示さなかった[16]。これらの結果より、レス
レスベラトロールにメチル基が導入されると
環(3, 5-ジヒドロキシ誘導体)としてビスベン
べラトロールの抗酸化作用の本体である 4’
酵素や様々なシグナル伝達に関わる生体高分
ジルオキシベンジルリン酸エステル 1 とその
位の水酸基は遺伝毒性の発現にも必須である
子との結合がメチル基の立体障害によって阻
4 -メチル体 2、また、B環(4-ヒドロキシ誘導体)
ことがわかった(Fig. 10)
。さらに遺伝毒性の
害され、毒性が軽減されることが推定される。
として4-ベンジルオキシベンズアルデヒド 3と
作用機構について詳細に検討した結果、すべ
また、メチル誘導体は強力な抗酸化作用を示
その3-メチル体 4、3,5-ジメチル体 5をそれぞれ
つ3, 4’
-ジヒドロキシスチルベン、4-ヒドロキ
ての生物に必須でDNAの合成および修復に
おいて中心的役割を果たす酵素であるリボヌ
クレオチドレダクターゼをレスベラトロール
が阻害することを明らかにした[17]。これは
酵素の活性中心にあるチロシルラジカルをレ
スベラトロールが消去してしまうことによ
る。すなわち、レスベラトロールの抗酸化作
用の本体である4’位の水酸基が、リボヌク
レオチドレダクターゼのチロシルラジカルを
還元反応によって消去してしまう為、酵素阻
害が起きてDNA複製が阻害され、遺伝毒性
を引き起こすことがわかった。
また、レスベラトロールは銅(II)イオンが存
HO 3
Control
在すると銅(I)結合型活性種を形成し、活性酸
素を発生してDNA鎖を切断することを明らか
4'
にした[18]。このDNA切断反応では、レスベ
ラトロールは銅(II)イオンの還元剤として働い
HO
5
OH
Resveratrol
10μg/mL
ていることが考えられる。そこで銅(II)
イオン
の一価への還元をESRによって解析してみた
ところ、銅(II)
イオンはDNA存在下では複合
体を形成して特徴的なESRシグナルを示すが、
ここにレスベラトロールを添加するとESRシ
Fig. 9 Micrograph of representative sister-chromatid exchange(SCE)in SPD8 cells treated
with 2.5μg/mL of resveratrol for 48 h.
グナル強度は大きく減少することがわかった。
このシグナル強度の減少は銅
(II)イオンがレス
HO
HO
ベラトロールによって反磁性の銅(I)イオンへ
4'
と還元されていることを示している。尚、こ
4
4'
OH
OH
OH
HO
100
100
80
80
80
60
60
60
40
40
40
った。これらの結果より、レスベラトロール
20
20
20
は銅(II)イオンおよびDNAと複合体を形成す
0
100
RESVERATROL
DNA存在下においてのみ観測されることから、
レスベラトロールによる銅(II)
イオンの還元は
DNAとの複合体形成が必須であることがわか
SCEs/cell
の銅(II)イオンのESRシグナル強度の減少は
0
2.5
5
10
0
0
0
2.5
5
10
0
ると、銅(II)
イオンの還元を介して酸素分子を
HO
還元活性化していることが明らかとなった。さ
HO
HO
100
100
ナル強度の変化から,還元活性化反応に関する
80
80
構造活性相関について検討した。その結果、4’
60
60
60
位に水酸基を有していないレスベラトロール
40
40
40
類縁体はシグナル強度の減少がみられないこ
20
20
20
とから、還元活性化反応に4’位の水酸基が関
0
100
80
0
0
2.5
5
10
0
2.5
5
10
Dose (μg / mL)
ラトロールのラジカル消去反応の本体である
(38)日本電子ニュース Vol.41(2009)
10
OH
類縁体を用いたときの銅(II)
イオンのESRシグ
4’位の水酸基による還元反応が、銅イオン存
5
OH
OH
らにFig. 11に示すように、レスベラトロール
係していることがわかった[19]。これはレスベ
2.5
Dose (μg / mL)
Fig. 10 Results of SCE induced by resveratrol and its analogues.
0
0
2.5
5
10
合成した。次にA環とB環をWittig-Honer反応
Galvinoxyl radical(G・)を用いて平面型カテキ
増える程、抗酸化活性が増強することがわか
で縮合させてトランス型のスチルベン骨格(6
った。3’位と5’位がメチル化された化合物15
∼10)を合成した後、AlCl3でベンジル基を脱
ンと同様の方法で解析した。その結果、レスベ
ラトロールのG・への水素移動反応速度定数(k)
保護して目的とするレスベラトロールのメチ
は4.1 M-1s-1 であるのに対して、4’位の水酸基
がレスベラトロールと比べて約62倍増強され
ル誘導体5種類(11∼15)を合成した。なお反応
のオルト位(3’位)にメチル基を導入した化合
た誘導体を得ることに成功した。
生成物のオレフィン水素は1H NMRでのカッ
プリング定数が大きい( J = >14Hz )ことから
物11のkは 5.7 ×10 M-1s-1、両方のオルト位(3’
トランス異性体であることを確認した。これ
らは全て新規化合物である。
ラジカル消去能とメチル基の効果
合成したレスベラトロールのメチル誘導体
とレスベラトロールの活性酸素に対するラジ
カル消去能を活性酸素のモデル化合物である
子移動反応によって消去するが、これは、中
kは1.7×102 M-1s-1となり、メチル基の導入でラ
ジカル消去能が顕著に増強されることがわか
った。また、化合物13のkは2.5×10 M-1s-1、で
あることからレスベラトロールの3位と5位の
水酸基の間のメチル基も抗酸化活性を増強さ
せることがわかった。さらに化合物13 の3’
位が
メチル化された化合物14のkは1.6 × 102 M-1s-1と
なり、水酸基のオルト位へのメチル基の数が
間体としてレスベラトロール由来のラジカル
R1
カチオンが一電子移動反応によって生成する
ことを示唆している。従って、メチル基を水
酸基のオルト位に導入するとメチル基の超共
役作用によってラジカルカチオンが安定化し、
その結果、ラジカル消去活性が増強することが
予測される。実際、アルゴン雰囲気下、メチル
レスベラトロールのMeCN溶液中にG・を添加し
BnO
R2
O
OEt
CH2 P
OEt
+
BnO
R2
NaH
THF
CHO
HO
+ DNA
AlCl3
(CH3)2NC 6H5
OBn
R3
3 : R2 = R3 = H
4 : R 2 = H, R 3 = CH3
5 : R 2 = R 3 = CH3
1 : R1 = H
2 : R 1 = CH3
R1
BnO
R3
BnO
Cu(II)
上述したようにレスベラトロールはG・を電
および4’位)にメチル基を導入した化合物12の
BnO
A
のkは2.5 × 102 M-1s-1となりラジカル消去活性
R2
6 : R 1 = R 2 = H, R 3 = CH3
7 : R 1 = H, R 2 = R 3 = CH3
8 : R 1 = CH3, R 2 = R 3 = H
9 : R 1 = R 2 = CH3, R 3 = H
10 : R 1 = R 2 = R 3 = CH3
R1
OH
HO
R3
11 : R 1 = R 2 = H, R 3 = CH3
12 : R 1 = H, R 2 = R 3 = CH3
13 : R 1 = CH3, R 2 = R 3 = H
14 : R 1 = R 2 = CH3, R 3 = H
15 : R 1 = R 2 = R 3 = CH3
B
+ Resveratrol
C
+d
Fig. 12 Synthesis of methyl analogues of resveratrol.
D
+e
E
+f
F
2600
2800
3000
3200
3400
3600
Gauss
R3
R4
R1
R2
Resveratrol: R 1 = R 3 = R 4 = OH, R 2 = H
d: R 1 = H, R 2 = R 3 = R 4 = OH
e: R 1 = OH, R 2 = R 3 = R 4 = H
f: R 2 = OH, R 1, R 3, R 4 = H
Fig. 11 Effect of resveratrol and its analogues on the
ESR spectra of Cu
(II)in the presence of calf
thymus DNA. Spectra A is CuCl2 and spectra
B-F show after addition of 2mM NP of calf
thymus DNA in the absence(B)or presence
of 1mM chemicals(C: resveratrol ; D: d; E: e; F:
f)
. All spectra were recorded after incubation
for 30min at room temperature.
(39)
日本電子ニュース Vol.41(2009)
てESRを測定すると2.0047にg値をもつシグナル
レスベラトロールは 4’位の水酸基がリボヌク
作用や癌細胞増殖抑制作用を示すこともわか
が観測された(Fig. 13a)。このスペクトルは3
レオチドレダクターゼの活性中心にあるチロ
った。これらの生物活性に着目して構造展開
つの超微細結合定数(hfc)でコンピューターシ
シルラジカルを消去することによってDNA
すれば平面型カテキンの創薬への可能性はさ
ュミレーションすることができ、ラジカルカチ
のde novo合成が阻害され、その結果、染色
らに広がることであろう。レスベラトロール
オンがメチル基の超共役作用によって非局在化
体異常を誘発する。レスベラトロールのメチ
のような比較的構造がシンプルなポリフェノ
されていることがわかった(Fig. 13b)
。
ル誘導体が染色体異常を誘発しないのは、4’
ールが生活習慣病の予防薬として多様な生物
位の水酸基によるチロシルラジカルの消去反
活性を有していることは非常に興味深く、今
応をメチル基が立体障害によって阻害してい
後レスベラトロールは創薬シーズとして大き
ることが考えられる。
く期待される。筆者らが行ったメチル基の導
染色体異常
CHL細胞に対する染色体異常(CA)試験を
行い、遺伝毒性について検討を行った。CHL
入は比較的簡単な誘導化ではあるが、抗酸化
おわりに
活性と遺伝毒性の本体である4’位水酸基の作
細胞にレスベラトロールおよびそのメチル誘
用に対する制御を可能とし、ラジカル消去作
導体を添加して48時間インキュベートした
抗酸化剤のラジカル消去活性は上述したよ
用はメチル基の超共役作用によって飛躍的に
後、染色体異常を顕微鏡下で観察した。その
うに還元力を増強させるための誘導化が必要
増強し、染色体異常の頻度はその立体効果に
結果、Fig. 14に示すようにレスベラトロール
である。しかしながら、還元力を増強させす
よって大きく低下した。生活習慣病の発症や
は高頻度に染色体異常を誘発するのに対し
ぎると酸素分子に対する還元反応が進行して
進行の過程に、また、老化の促進に活性酸素
て、4’位の両オルト位にメチル基を導入した
活性酸素種が生成するようになり、こうなる
の関与が明らかとなっている昨今、従来の天
3, 5 - diMe体12は染色体異常の頻度は大きく低
と抗酸化力が増強してもプロオキシダントの
然抗酸化剤よりも強力なラジカル消去活性を
下した。また、4’位のオルト位にメチル基を
影響が出てしまって優れた抗酸化剤にはなら
有し、安全性が高く長期的投与が可能な抗酸
有する他の誘導体も同様に染色体異常の頻度
ない。筆者らが開発した平面型カテキンは強
化剤の開発は医療の現場でも望まれることで
が少ないことがわかった。一方、3位と5位の
力なラジカル消去能を有している一方、スー
あろう。メチルレスベラトロールがその端緒
間の4位のみに水酸基を有する誘導体6はレ
パーオキシドアニオンの生成能は少ない。ま
となることを願いつつ、現在さらなる構造展
スベラトロールと同程度の染色体異常がみら
た、Fenton反応によるDNA切断反応に対し
開を検討中である。
れた。以上、レスベラトロールは高頻度に染
ても有意に抑制効果を示すことから、ラジカ
創薬研究において、天然は様々な生理活性
色体異常を誘発するのに対して、4’位水酸基
ル消去反応に金属イオンの影響を受けない優
物質の宝庫である。しかし必ずしもその活性
のオルト位にメチル基が導入すると染色体異
れた抗酸化剤であると考える。平面型カテキ
が強いとは限らず、また、興味深い活性をも
常の頻度は大きく低下することがわかった。
ンは抗酸化作用に加えて、強力な抗ウイルス
つ化合物が天然に大量に存在するとも限らな
g = 2.0047
HO
HO
(a)Exp.
CH3
CH3
H3C
H3C
OH
OH
HOHO
CH
CH33
Galvinoxyl
Galvinoxyl
•
Radical (G
Radical
(G•))
3G
GH
GH
HO
(b) Sim.
HO
H
H3C
H3C
3G
0.601mT
0.601mT
H
0.141mT
0.141mT
C H3
C H3
O•
HO
HO
O•
C H3
0.141mT
CH
3
0.141mT
Fig. 13 (a)ESR spectrum of phenoxyl radical generated in the reaction of 15(5.0×10 -4 M)with G・(5.0×10 -5 M)in deaerated MeCN at 298K.
(b)The computer simulation spectrum.
(40)日本電子ニュース Vol.41(2009)
い。筆者は、カテキン等、天然に豊富に存在
大学薬学部)
、小澤俊彦先生(横浜薬科大学)
.
する化合物について、有機化学的手法を用い
[6] Nakanishi I., Miyazaki K., Shimada T.,
Ohkubo K., Urano S., Ikota N., Ozawa T.,
参考文献
て特定の活性をシャープに増強させたり体内
Fukuzumi S., Fukuhara K., J. Phys. Chem.
A 106, 11123-11126, (2002).
動態が制御可能な誘導化を行うことができれ
ば優れた予防薬や医薬品の開発につながる!
[1] Fukuhara K., Nakanishi I., Kansui H.,
[7] Nakanishi I., Kawashima T., Fukuhara K.,
と考え研究を進めている。酸化ストレスの予
Sugiyama E., Kimura M., Shimada T.,
防薬の開発には電子スピンサイエンスの分野
Urano S., Yamaguchi K., Miyata N., J. Am.
Kanazawa H., Okuda H., Fukuzumi S.,
Ozawa T., Ikota N., ITE Lett. Batt. New
Chem. Soc. 124, 5952-595, (2002).
からのアプローチは必須である。また、酵素
Tech. Med. 5, 585 - 588, (2004).
の活性中心におけるラジカル反応機構等、近
[2] Nakanishi I., Fukuhara K., Shimada T.,
[8] Nakanishi I., Ohkubo K., Miyazaki K.,
年多くの生体反応にラジカルの関与が明らか
Ohkubo K., Iizuka Y., Inami K., Mochizuki
Hakamata W., Urano S., Ozawa T., Okuda
になっていることを考えると、ESR技術を駆
M., Urano S., Itoh S., Miyata N., Fukuzumi
S., J. Chem. Soc. Perkin2 1520-1524, (2002) .
H., Fukuzumi S., Ikota N., Fukuhara K.,
Chem. Res. Toxicol., 17, 26 - 31, (2004).
[9] Nakanishi I., Fukuhara K., Ohkubo K.,
Shimada T., Kansui H., Kurihara M.,
Urano S., Fukuzumi S., Miyata N., Chem.
Lett. 1152-1153, (2001).
[10] Fukuhara K., Nakanishi I., Shimada T.,
Miyazaki K., Hakamata W., Urano S., Ikota N.,
Ozawa T., Okuda H., Miyata N., Fukuzumi S.,
Chem. Res. Toxicol. 16, 81-86, (2003).
[11] Fukuhara K., Genes and Environment, 28,
41-47, (2006).
[12] Hakamata W., Nakanishi I., Masuda Y.,
Shimizu T., Higuchi H., Nakamura Y, Oku
T., Saito S., Urano S., Ozawa T., Ikota N.,
Miyata N., Okuda H., Fukuhara K., J. Am.
Chem. Soc. 128, 6524-6525, (2006).
[13] Hakamata W., Muroi M., Nishio T., Oku
T., Takatsuki A., Osada H., Fukuhara K.,
Okuda H., Kurihara M., J. Appl. Glycosci,
53, 149-154, (2006).
[14] Nakanishi, I., Shimada T., Ohkubo K.,
Shimizu T., Urano S., Okuda H., Miyata
N., Ozawa T., Anzai K., Fukuzumi S.,
Ikota N., Fukuhara K., Involvement of
Electron Transfer in the RadicalScavenging Reaction of Resveratrol,
Chem. Lett., 36, 1276 -1277, (2007).
[15] Matsuoka A., Furuta A., Ozaki M.,
Fukuhara K., Miyata N., Mutation
Research, 494, 107-113, (2001).
[16] Matsuoka A., Takeshita K., Furuta A.,
Ozaki, M, Fukuhara K., Miyata N.,,
Mutation Res., 521, 29- 35, (2002).
[17] Matsuoka A., Lundin C., Johansson F.,
Sahlin M., Fukuhara K., Sjoberg B-M.,
Jenssen D., Onfelt A., Mutat. Res. 547,
101-107, (2004).
[18] Fukuhara K., Miyata N., Bioorg. Med.
Chem. Lett. 8, 3187-3192, (1998).
[19] Fukuhara K., Nagakawa M., Nakanishi I.,
Ohkubo K., Imai K., Urano S., Fukuzumi
S., Ozawa T., Ikota N., Mochizuki M.,
Miyata N., Okuda H., Bioorg. Med. Chem..
14, 1437 -1443, (2006).
[20] Fukuhara K., Nakanishi I,, Matsuoka A.,
Matsumura T., Honda S., Hayashi M,
Ozawa T., Miyata N., Saito S., Ikota N.,
Okuda H., Chem. Res. Toxicol., 21, 282287, (2008).
使した電子スピンサイエンス研究の重要性は
[3] Nakanishi I., Kawashima T., Ohkubo K.,
創薬においてますます高くなると考える。
Kanazawa H., Inami K., Mochizuki M.,
謝辞
Fukuhara K., Okuda H., Ozawa T., Itoh S.,
Fukuzumi S., Ikota N., Org. Biomol. Chem.
本研究は以下の方々のご指導、ご協力によ
3, 626 - 629, (2005).
りなされたものであります。心から御礼申し
[4] Nakanishi I., Matsumoto S., Ohkubo K.,
上げます。奥田晴宏先生、松岡厚子先生(国立
Fukuhara K., Okuda H., Inami K.,
医薬品食品衛生研究所)、中西郁夫先生、安西
Mochizuki M., Ozawa T., Itoh S.,
Fukuzumi S., Ikota N., Bull. Chem. Soc.
和紀先生(放射線医学総合研究所)、宮田直樹
Jpn. 77, 1741-1744, (2004).
先生(名古屋市立大学大学院薬学研究科)、大
[5] Nakanishi I., Miyazaki K., Shimada T.,
久保敬先生、福住俊一先生(大阪大学大学院工
学研究科)、寒水壽朗先生(崇城大学薬学部)、
Inami K., Mochizuki M., Urano S., Okuda
袴田航先生(日本大学生物資源学部)、室井誠
先生、長田裕之先生(理化学研究所)、浦野四
H., Ozawa T., Fukuzumi S., Ikota N.,
Fukuhara K., Org. Biomol. Chem. 1, 4085-
朗先生(芝浦工業大学)
、伊古田暢夫先生(就実
4088, (2003) .
(a)
15
resveratrol
Cell with chromosome aberrations (%)
(b)
60
resveratrol
4-methylresveratrol (13)
11
14
12
15
40
20
0
60
40
20
0
60
40
20
0
0
5
10
20
0
5
10
20
Concentration (µg/mL)
Fig. 14 (a)Micrograph of representative chromosomes in CHL cells treated with
20μg/mL of resveratrol or 15 for 48 h. Arrows indicate the structural chromosomal aberration(CA).(b)Results of CAs induced in vitro by resveratrol and methyl analogues.
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(41)
JBX-9300FSを使用した
ナノインプリントモールドの開発
法元 盛久†、石川 幹雄†、桑原 尚子†、滝川 忠彦††、佐々木 志保††
大日本印刷株式会社
†
研究開発センター 電子デバイス研究所
††
ナノテクノロジーの量産技術として注目されているナノインプリント用モールドでは30nm以下のパターン形成が要求されている。
現状の半導体フォトマスク製造用の電子線描画装置では対応が困難なため、日本電子(株)のJBX-9300FSを導入した。その結果、次世
代半導体リソグラフィ用として、ハーフピッチ22nmのCMOSプロセス開発TEG用ナノインプリントモールドの試作が可能となった。
さらにその成果を用いて、パターンドメディア用モールド製造プロセスの開発も行っている。JBX-9300FSが30nm以下のパターン
を有するモールド製造に有効な電子線描画装置であることを確認した。
はじめに
ナノメートルスケールのパターンを形成す
る技術として、ナノインプリント技術の開発
代半導体リソグラフィ(Next Generation
では30nm以下のパターンを50kV-VSB方式で
Lithography: NGL)と、高密度磁気記録を目
描画することは困難である。そこで、フォト
指すハードディスクドライブ用バターンドメ
マスクの生産で実績があるJBX-9000MVと同じ
ディアがある。
プラットフォームを用い、ビーム径を10nm以
が進んでいる。ナノインプリント技術は熱サ
弊社ではNILが半導体リソグラフィとして
下に絞ることが可能なスポットビーム(Spot
イクルプロセスを用いるホットエンボス、あ
半導体技術ロードマップ(International
Beam: SB)の電子光学系を搭載した、加速電
るいは光硬化性樹脂を用いる2P法(Photo
Technology Roadmap for Semiconductor:
Polymerization)として従来から知られていた
ITRS)の2003年版に、NGLの候補技術の一つ
圧が100kVのJBX-9300FSを導入した。
半導体リソグラフィでは、下地パターンに
技術の延長上にある。1995年に当時ミネソタ
になったことから、半導体フォトマスクの延
合せてその上の層を形成する必要がある。そ
大学のS.Chou教授が、インプリントで転写し
長上の技術と位置付け、NILプロセスの型と
の合せ精度は、NGLの対象世代では10nm以
た樹脂層の残膜部を酸素アッシングで除去す
して使用されるナノインプリントモールドの
下が要求される。その要求に合った高精度モ
ることでリソグラフィとして使うことを提案
開発に取組んできた。さらにそこで培われた
ールドの描画を行うためには、各種の外部ノ
した。200nm以下のパターンが転写できるこ
技術を用いて、パターンドメディア用のモー
イズの影響を無くすることが必要であり、恒
とを示し[1]、"Nanoimprint Lithography
ルド開発に着手している。本稿ではそれらの
温の磁気シールドチャンバー内に設置してい
(NIL)"と命名した。この提案が近年、ナノテ
開発状況について、これまでに学会で報告し
る。以下、導入したJBX-9300FSの描画精度
た内容を纏めて報告する。
について報告する。実験にはZEP520Aレジス
クノロジー分野における量産技術として注目
を集める出発点になっている。現在、NILの
実用化の検討が進んでいる分野として、次世
トを使用し、設計寸法依存性以外の実験では
JBX-9300FSの描画精度
基板種類はサイズが6インチ角で厚さが
6.35mmのフォトマスク用途の石英基板を、
†
千葉県柏市若柴250-1
[email protected]
(42)日本電子ニュース Vol.41(2009)
最先端のフォトマスク描画には、JBX-
また設計寸法依存性の実験にはシリコンウエ
3050MVなどの加速電圧が50kVの可変成形ビ
ハを使用した。計測は、寸法測定にはCD-
ーム(Variable Shaped Beam: VSB)を用いた電
SEMを、位置精度測定にはレーザ干渉計を用
子線描画装置を使用している。しかし現時点
いた座標計測器を使用した。
【条件】
・偏向領域 : 1mm×1 mm
・測定点: 25 点(5×5)
・描画 : 1pass
・設計寸法 : 25 nm
X座標(μ
m)
Y
レンジ
5.0 nm 5.0 nm
3σ
3.1 nm 3.8 nm
Fig. 1 偏向フィールド内の寸法均一性
X
[m
m
]
X
Ax
is
[m
m
]
Ax
is
Y座
標(
μm
)
【測定結果】
分布
【条件】
・面積 : 30 mm×24 mm
・測定点 : 30 点(6 × 5)
・設計寸法 : 32 nm
・パターン種: ライン&スペース
Y
Y方向寸法
CD [nm]
X方向寸法
【測定結果】
・平均値 : 29.9 nm
・分布 (レンジ) : 1.3 nm
( 3σ ) :1.2 nm
Fig. 2 モールド面内の寸法均一性
設計寸法からのシフト量(nm)
Table 1 偏向フィールド内の位置精度
1パス描画
50% (1 : 1 LS)
偏向フィールドサイズ
0% (孤立ライン)
25% (1 : 3 LS)
-
500μm × 500μm
1mm × 1mm
測定結果
(マップ出力)
-
設計寸法(nm)
Fig. 3 寸法精度の設計寸法依存性
方向
分布
レンジ
3σ
X
Y
X
Y
18.5nm
10.6nm
8.0nm
7.5nm
8.2nm
6.0nm
5.3nm
5.0nm
【条件】
・面積 : 30 mm × 24 mm
・測定点:12 点 (4 × 3 )
・描画 : 1pass
【測定結果】
分布
X
Y
レンジ
6.0 nm 7.0 nm
3σ
4.0 nm 4.0 nm
Fig. 4 モールド面内の位置精度
Fig. 1に、通常ローカル寸法精度と呼ばれ
子の領域が30μm以上と大きくなり、結果とし
る。パラメータの最適化により、さらに合せ
る偏向フィールド内の寸法精度を示す。偏向
て近接効果による寸法誤差が大きくなる。そ
フィールドサイズは1mm角、設計寸法が
の影響は、設計寸法および局所のパターン被
込むことも可能であると考えている。
Table 1に、偏向フィールド内の位置精度
25nmの孤立ラインを、X方向とY方向各25点
覆率によって変わる。近接効果による寸法誤
(ローカル位置精度)を示す。フィールドサイ
の測定結果である。寸法分布は、レンジで
ズは、1mm角と500μm角の2種である。500
5.0nm、3σ値はX方向が3.1nm、Y方向が
差は、通常寸法リニアリティと呼ばれる設計
寸法依存性を用いて評価されている。Fig. 3に、
3.8nmと良好である。
設計寸法が22nmから120nmの範囲で、孤立ラ
方向が5.0 nmと良好である。一般に偏向量を
Fig. 2に、通常グローバル寸法精度と呼ば
イン(1本のライン)・被覆率25%のLSパターン
大きくするとスループットは改善するが位置
れるモールドサイズを想定した面内の寸法精
(ライン部:スペース部=1:3)
・被覆率50%の
精度は悪化する。なおこの実験は1パス描画
度の計測結果を示す。設計寸法が32nmのラ
LSパターン(同1:1)の3種類のパターンにお
であるが、一般に多重描画することで精度は
イン&スペース(Line & Space: LS)パターン
ける設計寸法依存性の計測結果を示す。横軸
向上する。実際には必要精度に合せて、フィ
で、30mm×24mmの領域内30点の計測結果
は設計寸法で、縦軸が設計寸法からのシフト
ールドサイズおよび描画の多重度を選択して
である。平均値は29.9nmで、寸法分布はレン
量を示している。新たに開発した近接効果補
いる。
ジで1.3nm、3σ値は1.2nmである。なお、ロ
正プログラムを用いて照射量補正を行うこと
Fig. 4に、モールド面内の位置精度(グロ
ーカル寸法精度は主に描画装置に、グローバ
で、孤立ラインでは30nm程度まで、1:1のLS
ーバル位置精度)を示す。30mm×24mmの領
ル寸法精度はおもに塗布・現像・エッチング
パターンでも40nm程度まで良いリニアリティ
域内12点の計測結果である。3σ値は、X方向
プロセスに起因する。
加速電圧が大きいと基板からの後方散乱電
が得られている。また、孤立ラインと1:1の
が4.0nm、Y方向が4.0nmと良好である。
LSパターンの寸法差も5nm以内に収まってい
μm角の場合の3σ値は、X方向が5.3nm、Y
以上JBX-9300FSの主要な描画精度を示し
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(43)
た。現時点における半導体NGL用のモールド
の場合はSiO2膜を使用している。JBX-9300FS
ものである。なお、シリコンウエハでエッチ
開発用としては十分な描画精度が得られてい
などの電子線描画装置を用いてパターン部分
ング量が浅い場合にはハードマスクを使用せ
る。以下、モールドの開発状況について報告
に照射し、現像してレジストパターンを形成
ず、レジストをマスクにシリコンを直接エッ
する。
する。レジストパターンをマスクとしてハー
チングする場合もある。
石英および
シリコン微細加工プロセスの開発
ドマスクをエッチングし、さらに基材エッチ
Fig. 6に、JBX-9300FSを用いた場合の石英
ングした後にレジストとハードマスクを除去
基板の加工例を示す[4]。ハーフピッチで
することで、基板表面にレリーフパターンを
18nmまでのLSパターンが形成されているこ
有するマスターモールドが形成される。この
とを示している。
Fig. 5にモールドの基本製造プロセスフロ
ハードマスクプロセスは、石英基材の場合は
Fig. 7に、同じくJBX-9300FSを用いた場合
ーを示す。石英またはシリコン基板の上にド
レベンソン型位相シフトマスク用に[2]、また
のシリコンウエハの加工例を示す。同様にハ
ライエッチング用のハードマスクを成膜した
シリコン基材の場合は電子線リソグラフィ用
ーフピッチで18nmまでのLSパターンが形成
基板を準備し、電子線レジスト膜を回転塗布
のステンシルマスク用に[3]開発済みであった
されていることを示している。ただし
で形成する。ハードマスク材料としては、石
プロセスをベースとして、パターンサイズの
hp20nmとhp18nmの鳥瞰SEM写真では隣接
英基板の場合はクロム系薄膜、シリコン基板
微細化に対応した膜厚などの最適化を行った
ラインがショートしている部分がある。これ
モールド
Fig. 5 基本モールド製造フロー図
Magnification: 150k
ハーフピッチ
32 nm
24 nm
22 nm
20 nm
18 nm
上面SEM
写真
鳥瞰SEM
写真
断面SEM
写真
Fig. 6 6インチ角石英基板の微細ライン&スペースパターンのSEM写真
(44)日本電子ニュース Vol.41(2009)
写真無し
は、現像プロセスにおけるレジスト像の倒れ
形成されている。レリーフパターン部分は15
らMolecular Imprints社のナノインプリント装
に起因するものである。
μm高くなっているメサ構造になっている。
置を使用して転写した、hp22nmのナノインプ
下側は東芝機械(株)のナノインプリント装置
リントレジスト像の断面とトップビューの
用で、底面が45mm角、上面が40mm角の台
SEM写真を示す[5]。高さ47.5nmのレジストが
形形状になっている。上面の35mm角前面に
形成されており、パターンエッジの直線性を
ナノインプリントモールドの試作
モールドの外形形状は現時点では標準の仕
hp100nmのLSパターンが形成されている。
示すLWR(Line Width Roughness)およびLER
様は定まっておらず、ナノインプリント装置
いずれもレリーフパターンを形成後の6イン
(Line Edge Roughness)値がそれぞれ3σ値で
によって仕様が異なっている。一般には、6
チ角石英基板から切出したものである。
半導体NGL用では、hp22nmを目指した
3.1nmおよび3.5nmと、他のリソグラフィに比
インチ角の石英基板あるいはシリコンウエハ
から切出し加工して作製される。
CMOSプロセス開発用のモールドを試作して
較して非常に良い値を示している。
パターンドメディア用のモールドパターン
Fig. 8に、石英モールドの外形写真例を示
い る 。 Fig. 9に 、 JBX-9300FSで 描 画 し た
描画には、同心円パターンを石英ウエハに描
す。上側は、米国Molecular Imprints社のナ
hp32nm、hp24nmおよびhp22nmの、ライン系
画する必要があり、回転ステージを有する電
ノインプリント装置用のもので、サイズは
およびホール/ピラー系の石英モールドパター
子線描画装置が必要となる。現在はそのモー
65mm角である。中央にレリーフパターンが
ンを示す。またFig. 10には、石英モールドか
ルド製造プロセスの開発用にJBX-9300FSを
Magnification: 100k
ハーフピッチ
32 nm
24 nm
22 nm
20 nm
18 nm
上面SEM
写真
鳥瞰SEM
写真
Fig. 7 200mmφシリコンウエハの微細ライン&スペースパターンのSEM写真
Magnification: 150k
ハーフピッチ
32 nm
24 nm
22 nm
LSパターン
または、
配線パターン
Molecular Imprints社のナノインプリント装
置用石英モールド ( 65 mm × 65 mm )
29.4nm
19.8nm
ホール
ホール
ホールアレイ
または、
ピラーアレイ
東芝機械社のナノインプリント用石英モー
ルド( 45 mm × 45 mm )
Fig. 8 石英モールドの外形写真
断面SEM写真
ピラー
Fig. 9 JBX-9300FSで描画した石英モールドパターンのSEM写真
項目
測定結果
線幅 (平均値)
24.5 nm
LWR(3σ)
3.1 nm
ピッチ (平均値)
44.7 nm
LER(3σ)
3.5 nm
TOP-SEM写真
Fig. 10 ハーフピッチ22nmのナノインプリントレジスト像とLER計測結果
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(45)
使用している。Fig. 11に、6インチ径の石英
描画を想定してJBX-9300FSの寸法精度およ
ウエハの60mmφ領域に、hp24nmのLSパタ
び位置精度の合せ込みを行い、期待した描画
ーンを形成した結果を示す。現在hp20nm以
精度を確保することができた。その結果、
とであり、その改善の取組み状況に付いても
下のパターン形成を目指して、描画およびプ
30nm以下の微細なレリーフパターンを有す
報告したが、依然として課題が大きいことも
ロセス条件の最適化を行っている。
るナノインプリントモールドの開発に適用す
事実である。本格的な生産への適用の為には、
ることが可能になり、具体的にはハーフピッ
100kV-SBの高スループット化、あるいは50
チ22nmのCMOSプロセス開発TEG用ナノイ
kV-VSB機の解像性能の向上も必要と考えて
ンプリントモールドの試作に適用した。
いる。
スループット改善の取組み
100kV-SB方式は解像性能には優れるが、
用していく計画である。
現状の最大の課題はスループットが低いこ
さらにそこで培われた技術を用いて、パタ
謝辞
高加速度化によるレジスト感度低下および小
ーンドメディア用モールド製造プロセスの開
ビームサイズ使用によるショット数増加に起
発にも使用している。今後はナノインプリン
因する低スループットの欠点がある。その対
トの有望な応用分野である、光学素子あるい
JBX-9300FSの高精度化と安定稼動に協力
策として二つの取組みを行っているので、簡
はバイオデバイス用途のモールド試作にも適
をいただいた日本電子(株)の皆様に感謝の意
単に紹介する。
一つ目の取組みは、高解像の化学増幅型レ
ジスト(Chemically Amplified Resist: CAR)を
(30mm, 0)
用いたプロセスの開発である。高解像性能を
有するZEP520Aレジストの100kVにおける感
度は300∼400μC/cm2程度で、CARの感度の30
∼40μC/cm2と比較すると一桁悪い。一般に感
度と解像性能は相反する関係にある。そこで、
感度が100μC/cm2程度でZEP520Aと同程度の
48 nm
解像性能を有するCARレジストプロセスの検
討を、JBX-9300FSを使用して行った。新CAR
(0, -30mm)
Center
(0, 30mm)
レジストは東京応化工業(株)に提供していた
だいた。Table 2に、新CARレジストプロセス
のベーク温度の最適化および基板とレジスト
の接着性の改善などを行った結果を、その他
の方式との比較した[6]。hp24nmを解像し感度
は112μC/cm2である。解像性はZEP520Aに比
48 nm
48 nm
48 nm
較すると劣っているが、感度が100μC/cm2程
(0, -30mm)
度でZEP520A並みの解像性を有する化学増幅
型電子線レジストの可能性を示すことができ
たと考えている。Fig. 12にパターンドメディ
アを想定したレジストパターンを、Fig. 13に
はシリコンモールドパターンの形成結果を、
それぞれZEP520Aレジストとの比較で示す。
48 nm
パターン形状はほぼ同等で、感度は3倍以上改
善されている。
二つ目の取組みは、50kV-VSBの電子線描
画装置と組合せたミックス描画である。一定
の寸法より小さいパターンは100kV-SBで描
Magnification: 100k
Fig. 11 石英ウエハに加工したhp24nmライン&スペースパターンのSEM写真
Table 2 レジストプロセスの解像性と感度の比較
画し、大きいパターンを50kV-VSBで描画す
E-beam resist
Primer
Resolution(Half Pitch)
Sensitivity
る方式[7]、および輪郭部を100kV-SBで描画
ZEP520A
HMDS
18 nm
340 μC/cm2
し内側を50kV-VSBで描画する方式[8]、の2
Conventional CAR
HMDS
50 nm
30 μC/cm2
種類がある。Fig. 14の(1)
に後者の方式の説
New-CAR
HMDS
32 nm
72 μC/cm2
明を示す。輪郭部をJBX-9300FSで、内側の
New-CAR
Agent B
24 nm
112 μC/cm2
塗り潰し部をJBX-9000MVIIでミックス描画
レジスト
感度
したときのレジストパターンの写真をFig. 14
の(2)と(3)に示す。また(4)には、シリコン
26 nm
基板をエッチングした後のSEM写真を示す。
スループットの改善率はパターンの内容によ
って依存するが、JBX-9300FSの高い位置精
度およびアライメント描画機能を活用した有
効な手法と考えている。
まとめ
半導体NGL用のナノインプリントモールド
(46)日本電子ニュース Vol.41(2009)
ZEP520A
360 μC/cm2
設計パターン
および、
SEM写真
24 nm
26 nm
150 nm
26 nm
Fig. 12 パターンドメディアを想定したレジストパターン形成例
新 CAR
104 μC/cm2
を表します。また、新化学増幅レジストを提
Masks" Proc. SPIE Vol. 4186, 890 (2000).
供しいただいた東京応化工業(株)の鈴木様に
[3] M. Kitada, et al.: "Experimental analysis of
感謝の意を表します。
ly amplified resist" Digest of NNT'08, 204
(2008)
image placement accuracy of single-mem-
[7] M. Ishikawa, et al: "Hybrid EB-writing
brane masks for LEEPL" Proc. SPIE
Vol. 5853, 921 (2005)
technique with a 50kV-VSB writer and a
100kV-SB writer for nanoimprint mold
fabrication" Proc. SPIE Vol. 6607, 66073i-1
[4] A. Fujii, et al: "UV NIL mask making and
参考文献
(2007)
imprint evaluation" Proc. SPIE Vol.7028,
[8] H. Fujita, et al: "Hybrid EB-writing tech-
p70281W-1 (2008)
[1] S. Y. Chou: "NANOIMPRINT LITHOGRAPHY" USP 5,772,905
nique with 100kV-SB and 50kV-VSB writ-
[5] S. Sasaki, et al: "UV NIL template making
and imprint evaluation" Proc. SPIE
[2] S. Murai, et al: "Establishment of
ers: Use of the former for outlines and latter for bodies after pattern data splitting"
Microelectronic Engineering Vol. 85,
Vol.7122, 71223P-1 (2008)
Production Process and Assurance
[6] M. Ishikawa, et al: "Si-mold fabrication
Method for Alternating Phase Shift
process by using high-resolution chemical-
E-beam resist
Dose condition
Issue7, 1514 (2008)
Resist image
50 nm
Silicon mold
Measurement area
including 10 10
holes
50 nm
ZEP520A
350 μC/cm2
D : 19.9 nm
3 : 1.6 nm
50 nm
50 nm
New-CAR
100 μC/cm2
D : 22.8 nm
3 : 2.5 nm
Fig. 13 パターンドメディアを想定した
シリコンモールドの試作結果
D: diameter
116 nm
36 nm
元パターン
輪郭パターン
内側パターン
(1) 輪郭部と内側塗り潰し部へのデータ分割の説明
(2) JBX-9300FSで輪郭部のみの描画時
のレジスト像
(3)JBX-9000MV IIで重ね描画のレジスト像
(4) 基板エッチング後の鳥瞰SEM写真
Fig. 14 ミックス描画の説明、およびJBX-9300FSとJBX-9000MVIIとのミックス描画によるレリーフパターン形成結果
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(47)
製品紹介
JEM-ARM200F
原子分解能分析電子顕微鏡
The Power of STEM
Cs corrected Microscope
JEM-ARM200Fは、STEM Csコレクタを標準搭載
した原子オーダーの分析が可能な加速電圧200kV
の電子顕微鏡です。機械的安定性、電気的安定性
を向上させたことで最高水準の観察・分析が可能
です。
78 pm real imaging by HAADF method (Pico meter order microscopy)
RAW data
Specimen: Si (112)single crystal
(48)日本電子ニュース Vol.41(2009)
Acc vol:200kV
特長
高安定な鏡筒・架台
最高性能の分解能で観察・分析が行えるように、電子顕微鏡の根幹
である鏡筒、架台の剛性を高め、機械的な安定性を高めています。
鏡筒は鏡筒径を太くすることにより機械的、熱的安定性を向上さ
せており、架台はその鏡筒を支えるべく最適な形状となっていま
す。また、鏡筒には磁気シールドと断熱シールドを効果的に配置
することで外部環境の影響を受け難い構造になっています。
高安定な電源
高圧安定度、対物レンズ電流安定度を従来装置の1/2に改善しました。
鏡筒、架台の安定性に加えて高圧安定度、対物レンズ電流安定度が
改善したことにより、より高分解能での観察が可能になっています。
球面収差補正装置の搭載
STEM Csコレクタを標準搭載しています。専用の組込み部品を取
り付けることでTEM Csコレクタの搭載も可能です。
STEM Csコレクタを搭載した標準構成では、0.1nm以下のプローブ
サイズでSTEM像観察、EDS*分析、EELS*分析を行うことができ
ます。また、ビームを小さく絞るだけでなくプローブ電流も向上
させることができるので、よりS/N比の良い分析が可能となります。
TEM Csコレクタを搭載した場合は、球面収差補正を行った高分解
能での透過像観察が可能です。
集束レンズ絞り
集束レンズ絞り径を8段階に可変できます。TEM像観察、STEM像観察、
EDS分析、ナノビームなど多様な目的に応じて絞り径を選択すること
により、より最適な条件で観察、分析を行うことができます。
試料汚染防止装置
高分解能での観察・分析に影響を及ぼす試料汚染を抑えるためのアン
チコンタミネーション・コールドトラップの冷却タンク容量を大きく
しました。これにより試料周辺を長時間清浄な雰囲気に保つことがで
きます。
走査透過像観察
明視野走査透過像と暗視野走査透過像の同時観察、同時取得が可能で、
新しく採用した像検出室には、明視野走査透過像検出器と暗視野走査透
過像検出器の間に走査透過像絞りを構成することができ、最適な光学条
件で明視野像と暗視野像を同時観察、同時取得することができます。
さらに反射電子検出器(オプション)および暗視走査透過像検出器
(オプション)を追加することによりHAADF像、LAADF像、BF像、
反射電子像の4画像を同時観察、同時取得できるようになります。
*:EDS、EELSはオプションです。
HR-Elemental identification by EELS (Atomic column by column EELS map)
Sr-M map
HAADF signal (acquired simultaneously)
RGB map
Ti-L map
O-K map
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(49)
製品紹介
JXA-8530F
フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)は非常に細く
集束された電子ビーム(電子プローブ)を試料に照射し、
そこから発生する特性X線の波長や強度、二次電子や反
射電子の量などを測定することによって、試料の構成元素
や化合物の濃度、分布状態、形状,平均原子番号などを、
ミクロからマクロの領域まで、非破壊で多面的かつ広範
囲に調べることができる装置です。
JXA-8530Fは、世界初のFE-EPMA、JEOL JXA-8500Fの
ハードウェアを更に使い易くするだけでなく、分析およ
びデータ解析環境を、PCウインドウに一新しました。
FE電子銃が実現した極微プローブは、低加速電圧での
分析照射電流で、0.1ミクロンオーダーの分析分解能と微
量元素の高感度X線検出を可能としました。
鉄鋼中のTiCNの粒子の分析
焼結体(AIN)のYのX線マップ
FEとLaB 6 の各電子銃を用い
BEI
て、同じ加速電圧と照射電流で
LaB6
FE
分析したマップです。輝度の高
いFEでは、粒界に分布するYが
高い強度で検出できます。
ラインプロファイル
(50)日本電子ニュース Vol.41(2009)
12kV, 100nA
12kV, 100nA
製品紹介
JMS-T100GCV
ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計
JMS-T100GCVは、ガスクロマトグラフと接続した飛行時間質量分析計
(GC-TOFMS)です。この高性能GC-TOFMSの分光計は、リフレクトロ
ン型TOFMSをベースに設計されています。微量成分の精密質量測定が
できるだけでなく、SIM分析に匹敵する高感度測定を高分解能マスク
ロマトグラムで提供することにより、GC/MS分析のあらゆるニーズに
対応します。
イオン源にはEI(電子イオン化:Electron Ionization)イオン源を標準搭
載し、さらにオプションではCI(化学イオン化)イオン源、FD/FIイオ
ン源、EI/FI/FD共用イオン源等の多彩なイオン源が使用可能です。
JSPM-5410
走査形プローブ顕微鏡
JSPM-5410は、環境制御型走査形プローブ顕微鏡の最上位機種と
してリニューアルしたものです。現代制御理論を用いたスナップ
サーチ機能を搭載し、従来の10倍の走査速度で観察をすることが
できます。
特長
● スナップサーチ機能により従来の10倍の走査速度を実現
● 水平方向0.1nm、垂直方向0.02nmの高分解能
● 標準搭載のノンコンタクトモードにより、ダメージレスで
高分解能観察が可能
● オプションの追加により大気中から、 液中、 ガス中、
真空中での観察が可能
● オプションにより試料加熱、冷却が可能
● 新アイコンの採用により、ソフトウェアの操作性が向上
日本電子ニュース Vol.41(2009)
(51)
http://www.jeol.co.jp/
本社・昭島製作所 0196-8558 東 京 都 昭 島 市 武 蔵 野 3−1−2
1(042)543−1111(大代表)6(042)546−3353
営業統括本部 0190-0012 東京都立川市曙町2−8−3 新鈴春ビル 3 F
1(042)528−3381 6(042)528−3386
電子光学機器販促G/SEソリューション営業G/計測機器市場営業1G/2G 1(042)528−3353
分析機器販促G 1(042)528−3340 産業機器販促G 1(042)528−3481
半導体機器販促G 1(042)528−3491 医用機器ソリューション販促G 1(042)528−3325
ソリューションセールス本部 1(042)526−5098
札幌支店 0060-0809 札幌市北区北9条西3−19・ノルテプラザ5F
1(011)726−9680 6(011)717−7305
仙台支店 0980-0021 仙台市青葉区中央2−2−1・仙台三菱ビル 1(022)222−3324 6(022)265−0202
筑波支店 0305-0033 つくば市東新井18−1
1(029)856−3220 6(029)856−1639
東京支店 0190-0012 立川市曙町2−8−3・新鈴春ビル6F
電子光学機器営業グループ 1(042)528−3261
分析機器営業グループ 1(042)528−3281
産業機器営業グループ 1(042)528−3481
半導体機器営業グループ 1(042)528−3491
医用機器ソリューション営業グループ 1(042)528−3341
横浜支店 0222-0033 横浜市港北区新横浜3−6−4・新横浜千歳観光ビル 1(045)474−2181 6(045)474−2180
名古屋支店 0450-0001 名古屋市中村区那古野1−47−1・名古屋国際センタービル
1(052)581−1406 6(052)581−2887
大阪支店 0532-0011 大阪市淀川区西中島5−14−5・新大阪INビル 1(06)6304−3941 6(06)6304−7377
関西応用研究センター 0532-0011 大阪市淀川区西中島6−9−27・新大阪メイコービル 1(06)6305−0121 6(06)6305−0105
広島支店 0730-0015 広島市中区橋本町10−6・広島NSビル5F
1(082)221−2500 6(082)221−3611
福岡支店 0812-0011 福岡市博多区博多駅前2−1−1・福岡朝日ビル 1(092)411−2381 6(092)473−1649
海外事業所・営業所
Boston, Paris, London, Amsterdam, Stockholm, Sydney, Milan, Singapore, Munich ほか
(通巻 204号)
MGMT. SYS. MGMT. SYS.
R v A C 024 R vA C 425
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貿易法の安全保障輸出管理の規制品に該当する場合
がありますので、輸出するとき、または日本国外に
持ち出すときは当社までお問い合わせください。
No.
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9401H969C(Kp)
(Kp)
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