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ブータン・ 国技“ダツェ”のようす(解説p. 2) 地理・地図資料 2012年度 3学期号 表紙写真でめぐる旅 ⑮ ブータン 2011年8月、近年ますます脚光をあびつつあるブータン王国に住む知人宅を訪問 する機会を得た。 「幸福の国」 ともいわれるブータンの生活の内実を垣間見たので、 ① ● 写真とともにレポートする。 写真はすべて2011年8月撮影/帝国書院 大平原 寛 ② ● ③ ● ④ ● ⑤ ● ⑥ ● ⑦ ● 解説 ブータン 成蹊大学 准教授 財城真寿美 表紙の写真は、2011年に国王夫妻が来日したことでにわ れによって財をなした農家が建てた大きな伝統的家屋をみ かに注目されたブータン王国の国技、 “ダツェ”のようす ることができる。また最近は、ブータン産のマツタケが日 である。二組に分かれて、約130m離れたそれぞれの陣地 本人観光客に人気があり、観光地では「マツタケありま の的を狙う弓術競技である。伝統的な弓は竹製だが、最近 す」という日本語表記をみることもある。ちなみにブータ は輸入された洋弓を使う人が多い。的に矢が当たると味方 ン人は、マツタケの匂いが強いため、日本人のマツタケ好 は歓声をあげ、歌と踊りで祝福する。そして、射手は色の きを知るまではほとんど食さなかったという。 ついた絹の布を腰にはさむ。写真はブータン唯一の国際空 多くの日本人がブータン王国を、真の豊かさの指標「国 港が位置するパロの競技場のようすであるが、射場は小さ 民総幸福量(GNH)」を世界に提唱し、自らその上位にあ な村々にもつくられている。 る国と記憶しているだろう。確かに、手厚い社会保障や昔 ブータン王国はヒマラヤ山脈に位置する九州ほどの面積 ながらの自然共生型の生活によって、多くのブータン国民 の国で、南部のインド国境付近は標高約200mだが、北部 は自分が幸福か不幸かを考える必要のない生活を送ってき は7000m級の山々と深い谷が続く起伏の大きな地形が特徴 たようだ。しかし近年は、近代化やテレビ・インターネッ である。そのため、となりの村に移動するために標高 ト解禁による情報化により欲求が多様化し、首都ティン 3000mの峠を越えることも当たり前である。主要な河川は プーへの人口集中や若年失業者の増加などが問題になって 北の中国国境から南のインドに向かって流れており、豊富 きた。また、消費によるごみの増大によって処分場が足り な降雨や雪どけ水と地形の高低差を利用した水力発電が行 なくなってきている。そしてブータン国境周辺のネパール われている。国内の電力をまかなうほかに、インドに売電 やインドには、ネパール系ブータン難民(19世紀後半~20 することにより、発電は主要な外貨獲得手段となっている。 世紀初頭にブータンに移り住んだネパール系住民で、1990 約71万(2011年)の人口のほとんどが標高1000m~3000m 年代初頭の国の民族主義政策から国外へ逃れた人)が未だ の地域に住み、農業を行って生活している。主要な作物は に約6万人いるといわれているが、ブータン政府は難民の 米、麦、とうもろこし、じゃがいもで、とくにブータン産 帰国策には消極的であるなど、さまざまな課題を抱えてい のじゃがいもは甘みがあっておいしいとされる。じゃがい るのもブータンの実情である。 もをはじめとする農作物はインドへ輸出され、村々ではそ 取材レポート 帝国書院社員 大平原 寛 はないが、目抜き通りの交差点では伝統建 象で魔除けとされているのだ。 築の下で警官が車を誘導していた(写真 ブータンを訪問した日本人は口を揃える ④)。この国にも首都への一極集中の波が ようにして、どことなく懐かしさを感じる 押し寄せ、最近では路上駐車と渋滞が問題 という。数十年前の古き良き日本の原風景 2011年8月、近年まで鎖国状態にあった 視されている。 に出会えたような錯覚に陥るのだ。人々は ブータン王国を訪問した。玄関口となるパ ブータン人のいうところの大都会ティン 信心深くマニ車をまわし(写真⑦)、他者 ロ空港は、首都ティンプーから車で1時間 プーを抜け出し、山中を車で行くこと約6 に対して不信や警戒の念をあまり抱かない。 ほど離れた場所に位置する。写真②のよう 時間、ハという町に移動した。道中、いく なんと言っても日本人の顔立ちに似ている な急峻な山間のわずかな平坦部につくられ つかの村を訪問し、現地の人々の生活に触 人 々 が、 日 本 の 着 物 の よ う な 民 族 衣 装 た空港への着陸は困難を極め、世界で最も れる機会があった。驚いたことにどんな田 ( 「ゴ」男性用、 「キラ」女性用)を着ている パイロット泣かせな空港のひとつといわれ 舎の村に行っても日常生活レベルの英会話 姿を見ると、一昔前の日本にタイムスリッ る。着陸に成功した際、唯一国際線を運行 が可能で、写真⑤の一家の父母も流暢な英 プした気がするのは私だけではないはずだ。 するドゥルクエアー機内から拍手と歓声が 語を話した。ブータンでは地域によって言 あがった。パロからティンプーに移動する 語が異なるため、教育はもっぱら英語で行 途中、青空市を見つけた(写真③)。ブー われてきたからだ。 タン入りを果たすまで、商魂たくましいデ 都市、地方を問わず、がっしりとした重 リー、そしてエキゾチックななかにもどこ 厚感があるブータン建築の民家があちらこ となく欧米の匂いを感じさせるカトマンズ ちらで見られた(写真⑥)。壁や柱はカラ を経由して来た我々にとって、ブータン人 フルな絵で彩られ見ていて飽きないが、壁 の素朴さとのんびりさには、拍子抜けさせ 面にポーという男根の絵が描かれており度 られた感があった。 肝を抜かれた。ときには木製のポーが軒先 首都ティンプーは、ブータン人にとって にぶら下げられることもある。ブータンの 大都会である。この国にはひとつも信号機 仏教では、生命の源であるポーは信仰の対 中 国 ティンプー④⑦ パロ②③⑥ ハ⑤ ブータン王国 インド バングラデシュ 0 50km 2 地図にみる現代世界 2010年国勢調査からみる日本の人口高齢化 神奈川大学人間科学部 准教授 平井 誠 日本の人口ピラミッド(1920年) 男性 はじめに 2010(平成22)年に実施された国勢調査によると日本の 人口は1億2805万であった。世界第10位の人口規模を有し ているが、前回調査(2005年)に対する増加率は0.2%で 7 国勢調査開始以来最低の水準にとどまった。 6 5 4 3 2 1 0 男性 摘されてきたように、日本の人口が死亡による減少を出生 によって補えない自然減の局面に入っているためである。 国勢調査の結果も、 前回調査に比べ日本人は減少(−0.3%) 7 6 5 4 3 2 1 0 男性 日本の人口が停滞・減少している要因の一つは、少子化 である。日本の合計特殊出生率(TFR)は、1975年以降2.0 を下まわる状態が続いており、2011年は1.39であった。こ 長く続いたことで、年少人口および生産年齢人口が減少し、 7 6 5 4 3 2 1 0 男性 ち人口高齢化が進行してきた。 本稿では最新の国勢調査である2010年調査の結果を用い て、日本の高齢化の現状を概観することとする。まず日本 検討する。さらに、高齢化の進行とともに顕在化してきた 高齢者による居住地移動の動向を検討する。 日本の人口高齢化 2 3 4 5 6 7(%) 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 女性 0 1 2 3 4 5 6 7(%) 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 女性 0 1 2 3 4 5 6 7(%) 7 6 5 4 3 2 1 0 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 女性 0 1 2 3 4 5 6 7(%) (資料:国勢調査) 図1 日本の人口ピラミッド (1920年、1950年、1980年、2010年) のために、老年人口の割合は1920年よりも低い水準(4.9%) となった。この第一次ベビーブームの後に出生率が急激に 人口の年齢構造の変化を人口ピラミッドから確認してみ 減少し、人口転換における少産少死期に移行する。 よう(図1) 。日本最初の国勢調査が行われた1920 (大正9) 1980年の人口ピラミッドは富士山型とは異なる形状へ変 年の人口ピラミッドは若年層の幅が広く、年齢の上昇とと 化している。30歳代に達した第一次ベビーブーム世代と、 もに幅が狭まる、いわゆる富士山型を示している。この頃 彼らの子どもにあたる第二次ベビーブームの年齢層が突出 は日本の人口転換における多産少死の時期で出生率は高い し、その他の年齢層が少ないつぼのような形を示す。その 1) 3 1 日本の人口ピラミッド(2010年) その結果として人口に占める老年人口割合の増加、すなわ の高齢化の進行について確認し、さらに高齢化の地域差を 0 日本の人口ピラミッド(1980年) 体としてわずかな人口増加となったものであった。 のように合計特殊出生率が人口置換水準に達しない状態が 女性 日本の人口ピラミッド(1950年) これは、毎年発行される人口動態統計によってすでに指 したものの、外国人の流入がそれを補ったために、人口全 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 水準であった 。死亡率が本格的に低下を始める時期にあ 二つのベビーブームに挟まれた20歳代および0-4歳の人口 たり、これ以前の年齢層の死亡率はまだ比較的高い水準に が少ないため、人口に占める高齢者の割合は高まり老年人 あった。そのため年少人口の割合が高く老年人口の割合は 口割合は9.1%であった。 低い(5.3%)人口構造であった。 2010年の人口ピラミッドは、二つのベビーブームが突出 1950年の人口ピラミッドは、1920年と同様に年齢の上昇 するつぼ型であることは変わらないが、1980年から30年経 とともに幅が狭まる形を示す。人口ピラミッドの中で0−4 過したため、人口ピラミッドの二つの山が上方に移動し突 歳がとくに突出しているのは、終戦直後の第一次ベビー 出する形となった。少子化の進行により、若年層の割合は ブーム(1947-49年)を示すものである。この大量の出生 いっそう減少し、高齢層が多数を占めている。2010年の老 年人口比率は23.0%であり、人口の約4分の1が65歳以上 (%) 25 という人口構造になっている。 イタリア このように日本の人口は、きわめて高齢化の進んだ状態 20 ドイツ イギリス となっている。表1は、2010年における老年人口割合の上 位10か国を示している。世界でも高齢化の先行地域であっ 15 フランス たヨーロッパの国々が含まれ、ドイツやイタリアの老年人 イツやイタリアをも上まわり、日本は世界で最も高齢化の 5 進んだ国である。 国名 割合(%) 日本 韓国 0 1950 55 60 65 70 75 80 85 90 95 2000 05 10(年) 表1 老年人口割合の高い国(2010年) 順位 アメリカ 合衆国 カナダ 10 口割合は20%を上まわる。しかし日本の老年人口割合はド (資料:国勢調査) 図2 65歳以上人口の割合の推移ー諸外国との比較(1950-2010年) 1 日本 23.0 2 ドイツ 20.7 3 イタリア 20.2 4 ギリシャ 18.9 5 スウェーデン 18.1 6 ポルトガル 17.9 国の多くは40年以上かけて高齢化が進んできた。それに対 7 オーストリア 17.6 8 ブルガリア 17.5 して日本の倍加年数は1970年から1994年の24年ときわめて 9 ベルギー 17.1 短かった。現在の日本は、世界で最も高齢化の進んだ国で フィンランド 17.0 あるが、それは、先行した国々が経験したことのないきわ 10 (資料: 『人口統計資料集 2012』より引用) 注)原資料は国連の『Demographic Yearbook, 2009-10年版』 いる。ノルウェーは92年、スウェーデンは85年、現在日本 とほぼ同じ水準まで高齢化の進んでいるドイツは40年、イ タリアは61年であった。現在老年人口比率が14%を超える めて速いスピードで進行してきたのである。 人口高齢化の地域差 日本の高齢化をヨーロッパの国々と比べたときの重要な 特徴は、その進行スピードである。図2は、老年人口比率 日本全体の高齢化には上述のような特徴があるが、日本 の変化を示しているが、いずれの国も右肩上がりで上昇し 国内では、高齢化の程度やその進行スピードに地域的な差 ており高齢化の進行が確認できるが、日本はほかの国々よ 異が存在する。図3は、都道府県別の高齢化の状況と、老 りも傾きが急であることが明らかである。この急激な高齢 年人口割合と高齢化の進展度3)を、全国水準を基準として 化は、第一次ベビーブーム後に出生率が急激に低下したこ 四つのタイプに区分し、1970年と2010年について示したも とと中高年死亡率の低下によってもたらされた。このよう のである。 な高齢化のスピードを比較する指標の一つである倍加年 日本の老年人口割合が7%に達した1970年についてみて 2) 数 を比べると、老年人口割合が世界で最も早く7%に到 みると、四つのタイプのうち最も多いのは27県を占めるタ 達したフランスは1864年から1979年までの115年を要して イプⅠである。これは老年人口割合と高齢化の進展度の両 1970年 2010年 老年人口割合の全国値:7.1%(1970年) 進展度の全国値 :12.7 (1965-1970年) 老年人口割合の全国値:23.0%(2010年) 進展度の全国値 :14.5 (2005-2010年) Ⅰ:老年人口割合≧全国値、 進展度≧全国値 (27) Ⅰ:老年人口割合≧全国値、 進展度≧全国値( 6) Ⅱ:老年人口割合≧全国値、 進展度<全国値 ( 9) Ⅱ:老年人口割合≧全国値、 進展度<全国値(29) Ⅲ:老年人口割合<全国値、 進展度<全国値 ( 6) Ⅲ:老年人口割合<全国値、 進展度<全国値( 6) Ⅳ:老年人口割合<全国値、 進展度≧全国値 ( 5) Ⅳ:老年人口割合<全国値、 進展度≧全国値( 6) (資料:国勢調査) (注)凡例中の数字は該当する都道府県数を示す。 図3 都道府県別の老年人口割合および進展度(1970年、2010年) 4 方とも全国水準よりも高いものである。これらは、おもに 大都市圏への人口移動は弱まり、都心から郊外への移動を 東北地方の日本海側から北陸・四国・九州地方にみられる。 中心とする大都市圏内移動が活発になった。大都市圏に流 東京、大阪、名古屋の三大都市圏周辺は老年人口の割合が 入した人口は郊外に建設された住宅地域等に定着し年齢を 全国水準より低いタイプⅢ、Ⅳである。この中でも東京都 重ねている。また郊外で成長した子どもたちの世代が、進 と大阪府がタイプⅣになっているのは、都心から郊外への 学・就職によって郊外を離れるために、若年層の流出も起 人口流出によって高齢化が進行したためと考えられ、人口 こりつつある。そのため現在の大都市圏は、老年人口割合 を受け入れた郊外(千葉県、 神奈川県、 埼玉県、 兵庫県など) は全国の水準より比較的低いものの、高齢化が急速に進み は進展度も低いタイプⅢになったと考えられる。1970年に つつある(タイプⅣ)。 は、非大都市圏を中心として速いスピードで高齢化が進ん このことは、日本国内における老年人口の分布にも表れ だ一方で、大都市圏では高齢化は顕在化していなかった。 ている。図4は、1970年と2010年における都道府県別の老 2010年において、四つのタイプの中で最も多いのは、タ 年人口シェアを示している。東北地方や中国地方、四国地 イプⅡ(29県)である。このタイプは、老年人口割合は全 方、九州地方などの、早い時期から高齢化が進んだ非大都 国水準よりも高いものの、その進展度は全国を下まわる。 市圏では老年人口シェアが低下しているのに対して、大都 このタイプは、東北から中国・四国・九州など非大都市圏 市圏の都府県は老年人口シェアが増加しているものが多い。 に多くみられる。つまり、非大都市圏の多くで高齢化は進 その結果、三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)の老 んでいるが、その進行は弱まってきた状態にある。残る3 年人口シェアは38%から47%に増加している。なかでも、 タイプの中で、東京、名古屋、大阪の大都市圏には、タイ 東京大都市圏では郊外(埼玉県、千葉県、神奈川県)にお プⅠおよびⅣがみられる。この二つのタイプは高齢化の進 ける老年人口シェアの増加が著しく、全体の25%を占める。 展度が全国水準よりも高いものであり、現在急激に高齢化 日本の人口高齢化は、かつては非大都市圏を中心とする問 が進行している。大都市圏地域における高齢化の急激な進 題であったが、現在は多くの人口を抱える大都市圏の問題 行が読み取れる。なかでも、大阪大都市圏や名古屋大都市 であり、年齢構造の急激な変化が進んでいるのである。 圏の郊外にあたる地域でタイプⅠとなっているのは、高齢 化の進行が速く、2010年時点で老年人口比率が全国水準を 高齢人口移動 上まわったためと考えられる。 人口高齢化の進展とともに顕在化したのが、高齢者自身 このような、大都市圏と非大都市圏における高齢化の進 による居住地移動である。2010年国勢調査の移動調査では、 行の違いは、日本の人口移動の動向と密接にかかわってい 270万人(老年人口全体の約8%)が過去5年間に居住地 る。1970年は、青年層を中心に、非大都市圏から大都市圏 の移動を経験していた。その大部分は市町村内の短距離移 へ大量の人口移動が発生した時期にあたる。そのため、青 動であるが、都道府県の境界を越える移動者も37万人を数 年層を失った非大都市圏は急速に高齢化が進み(タイプ え老年人口の分布に影響を及ぼしている。 Ⅰ) 、彼らを受け入れた大都市圏では高齢化の進行が緩や そこで高齢人口移動の地域性を検討してみよう。2010 かであった(タイプⅢ) 。しかしその後、非大都市圏から 年国勢調査を用いて、65歳以上人口の移動率4)を都道府県 10 (%) 1970年 9 2010年 8 7 6 5 4 3 2 1 沖縄 鹿児島 宮崎 大分 熊本 長崎 佐賀 福岡 高知 愛媛 香川 徳島 山口 広島 岡山 島根 鳥取 和歌山 奈良 兵庫 大阪 京都 滋賀 三重 愛知 静岡 岐阜 長野 山梨 福井 石川 富山 新潟 神奈川 東京 千葉 埼玉 群馬 栃木 茨城 福島 山形 秋田 宮城 岩手 青森 北海道 0 (国勢調査より作成) (注)老年人口シェア=当該県の老年人口÷日本の老年人口×100 図4 都道府県別の老年人口シェア(1970年、2010年) 5 (%) 3.0 転入率平均値 0.96% 都市圏から他県へ向かう前期高齢者の移動について、移動 転出超過 2.5 東京都 選択指数5)を図6に示した。東京大都市圏を発地とする移 動は関東地方内を目的地とする移動のみでなく、北海道、 転入超過 東北地方および九州地方への移動が多く、大阪大都市圏を 転出率 2.0 1.5 大阪府 1.0 兵庫県 京都府 佐賀県 移動も多いことがわかる。つまり高齢期の比較的早い時期 埼玉県 千葉県 の移動において、大都市圏から非大都市圏へ向かう移動が 転出率平均値 0.86% 滋賀県 茨城県 山梨県 0.5 発地とする移動は近畿地方のみでなく西日本全域へ向かう 奈良県 神奈川県 増加しているのである。この移動は、かつて高度経済成長 期に非大都市圏から大都市圏に大量に流入した集団就職の 富山県 移動を反転させた移動パターンととらえることができる。 沖縄県 このような移動が退職後のUターン等を示している可能性 0.0 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 も少なくないが、今後詳細な研究が必要である。 3.0 (%) 転入率 日本は総人口の減少という新たな状況に至っているが、 (資料:国勢調査) 実際に人口減少に直面しているのは進学や就職で若年層が 図5 65歳以上における都道府県間移動率(2005-2010年) 他地域へ流出する非大都市圏地域の県である。これらの人 別に示した(図5)。転入移動の場合、最小値は富山県の 口減少県において、高齢者の流入は、社会福祉サービスの 0.45%、最大値は千葉県の2.10%であり、転出移動では最 需要をいっそう高め負担の増加をもたらすことが懸念され 小値は沖縄県の0.33%、最大値は東京都の2.47%で、転入・ る。しかしその一方で、高齢者の流入は人口減少を緩和さ 転出ともに、移動率の違いがみられる。図中の点線は、転 せる流れと考えることも可能である。高齢者の中でも比較 入移動率、転出移動率の全都道府県の平均値を示しており、 的若い者が非大都市圏に流入することは、地元での購買行 図中右上に位置する都府県は、転出移動と転入移動の両方 動や、コミュニティ活動への参加などによって、地域の社 とも全国の水準を上まわる、移動の活発な地域である。こ 会経済活動に新たな刺激をもたらすことも期待される。高 れらは、東京都、大阪府、千葉県、神奈川県、埼玉県、奈 齢人口の流入は、地域に対して長短両面の効果をもたらす 良県など、東京と大阪の2大都市圏に属する県が該当する。 が、非大都市地域への高齢者の流入を積極的に活用するこ 高齢者の居住地移動が、大都市圏において活発なことが示 とが、今後人口減少社会における地域の運営に大きな鍵と される。また大都市圏の中でも、東京都と大阪府、兵庫県 なる可能性もある。 は転入に比べ転出のほうが高く転出超過を示すのに対して、 注 1)阿藤誠『現代人口学─少子高齢社会の基礎知識』日本評論社、 2000年。とくに第7章。 2)老年人口割合が7%から14%に達する年数。 3) (比較年の老年人口の割合÷基準年の老年人口の割合−1) ×100 で求められる値。 4)国勢調査では「5年前の常住地」という質問で移動を集計 しているので、実際には2005年時点で60歳以上人口の、そ の後5年間での移動を集計している。 5)発地と着地の人口規模から予想される期待移動数と実際の 移動数を比較した指標。100より大きいほど期待値以上の移 動が行われたことを意味する。 その他の県は転入超過を示す。大都市圏の中心における高 齢者の流出傾向と郊外における流入傾向が明らかである。 高齢人口移動において、大都市圏地域の移動率が高く非 大都市圏地域の移動率は低いこと、大都市圏の中でも都心 (東京都、大阪府)が転出超過を示しその郊外県において 転入超過を示すことなどは、1970年代から指摘されてきた が、その傾向は現在も継続しているといえよう。 しかし、このような大都市圏を中心とする高齢者の人口 移動に近年変化が認められる。東京大都市圏および大阪大 ◎ ● ● ● ● ◎ ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ◎ ◎ ● ◎ ● ● ● ● ● ● ● ● ◎ ○ ● ● ○ ○ ○ ○ ○ ○ ● ● ◎ ● ◎ ○ ○ ● ◎ ◎ ~ 150 ◎選択指数 150 ~ 200 ●選択指数 200以上 ○ ● ● ● 沖 縄 県 鹿児島県 ○ ○ 宮 崎 県 ● ○ ○ 大 分 県 熊 本 県 長 崎 県 佐 賀 県 福 岡 県 高 知 県 愛 媛 県 香 川 県 ○ ○ ● ● 徳 島 県 山 口 県 広 島 県 岡 山 県 ● ◎ ● ● 島 根 県 鳥 取 県 和歌山県 ○選択指数 100 ◎ ◎ ● ● 奈 良 県 兵 庫 県 府 府 県 県 大 阪 府 京 都 府 ● ○ ○ ● ◎ ● ◎ ○ ● ● ● ● 滋 賀 県 三 重 県 ◎ ● ○ ● ● ◎ 愛 知 県 静 岡 県 ● ◎ ● ● 岐 阜 県 長 野 県 ● ● ● ● 山 梨 県 福 井 県 ◎ ◎ ● ● 石 川 県 富 山 県 新 潟 県 神奈川県 ○ ◎ ◎ 東 京 都 ○ ○ ◎ ◎ ○ ◎ ◎ 千 葉 県 埼 玉 県 ○ ○ ◎ ◎ ○ ○ ◎ ○ 群 馬 県 栃 木 県 ○ ○ 茨 城 県 福 島 県 都 阪 庫 良 山 形 県 秋 田 県 京 大 兵 奈 宮 城 県 岩 手 県 発地 埼 玉 県 千 葉 県 東 京 都 神奈川県 青 森 県 北 海 道 着地 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ◎ ○ ○ ● ◎ ○ ○ ○ ◎ ○ ○ ◎ ○ ○ ○ ● ◎ ○ ◎ ● ● ◎ ○ ○ ○ (資料:国勢調査) 図6 前期高齢者の東京・大阪大都市圏から他県への移動選択指数(2005-2010年) 6 知りたい! 世界の今 ユーロ導入国の危機克服に向けた取り組み (株)ニッセイ基礎研究所 経済調査部門 上席主任研究員 伊藤さゆり モナコやバチカンなどEUに加盟していないヨーロッパの ヨーロッパの単一通貨・ユーロ ヨーロッパの単一通貨ユーロは、国どうしの戦争を繰り 小国、将来のEU加盟をめざす西バルカン諸国、アフリカ 返してきたヨーロッパが、第二次世界大戦後、 「二度と戦 やオセアニアのユーロ導入国の旧植民地の国々には、自国 争を起こさない」という政治的な思いで推し進めてきた統 通貨としてユーロを利用したり(ユーロ化) 、ユーロに対 合の成果として導入された。 する価値を固定する対ユーロ固定為替相場制度を導入した ユーロを導入できるのは、 欧州連合(EU)に加盟する国々 り、ユーロを為替政策の基準通貨としている国がある。 のうち、財政赤字や政府債務残高、インフレ率などの「経 このようにユーロは、ユーロ圏の内外で広く浸透してい 済収斂基準」を満たした国である。ユーロ導入国(ユーロ るが、その存続を危ぶむ見方は発足当初から根強く、2009 圏)は1999年の導入当初11か国であったが、2012年までに 年秋にギリシャが政府債務の不履行(デフォルト)の危機 17か国まで拡大している。ユーロ圏の人口は3億3000万で、 に陥り、ユーロ圏のなかで債務危機が広がったことで、 ユー すでにアメリカ合衆国の人口3億1400万を上まわっている。 ロ圏の分裂やユーロの崩壊への不安が台頭した。 EUの加盟国はユーロ導入当時の15か国から中東欧や地中 海諸国の新規加盟で27か国に拡大しており、ユーロ圏17か ユーロ危機の根本の原因は、多様な国が通貨を共有、金 国とユーロ未導入の10か国に二分化している(図1) 。イ 融政策を欧州中央銀行(ECB)に一本化する一方、政治・ ギリスとデンマークは、ユーロ導入を決めた時点のEUの 財政の統合はせず、各国が主権を維持してきたことにある。 加盟国で、ユーロを導入しないオプトアウト(適用除外) 19世紀のヨーロッパには、「ドイツ−オーストリア通貨 の権利を認められている。その他の未導入国は、最低2年 同 盟(1857年 〜1867年 )」、「 ラ テ ン 通 貨 同 盟(1865年 〜 に1度行われる審査で「経済収斂条件」への適合が認めら 1926年、フランス、ベルギー、スイス、イタリア、ギリシャ) 」 、 れれば、ユーロを導入する義務を負う。現在のEUの人口 「スカンディナビア通貨同盟(1872年〜1931年、スウェー はすでに5億を超えているが、2013年7月にはクロアチア デン、デンマーク、ノルウェー) 」などは、政治・財政統 が28番目の加盟国となり、アイスランド、トルコ、西バル 合を伴わない単一通貨圏は長期にわたり存続できないとい カン諸国などがEUと加盟交渉を進めている。ユーロ圏も、 う事例がある。 今後、さらに拡大する可能性がある。 他方、経済理論では、単一通貨圏は、政治・財政統合を ユーロは、国際的な貿易や金融取引に用いられる国際通 欠いても存続可能だが、①圏内の経済が構造的・循環的に 貨としてはアメリカ合衆国のドルに次ぐ地位を占めている。 同質性が高く、圏内の景気や雇用の格差が持続不可能な水 0 準に拡大しないこと、または、②圏内の経済は構造的・循 500km アイスランド 大 ユーロ参加国を、 「経済収斂条件」で選定する方法は、 ノルウェー 西 ロシア 洋 エストニア フランス ポーランド ドイツ ルクセンブルク チェコ スロバキア ベルギーなども上まわっていたことから、厳格に適用でき ウクライナ リア ブルガリ ア イタリア 地 中 アルジェリア 比60%をヨーロッパの統合の中核であるドイツやオランダ、 ベラルーシ なかった。債務危機の震源地となったギリシャは、1998年 スイス オーストリアハンガリー モルドバ スロベニア ルーマニア スペイン ユーロ圏 (17か国) リトアニア オランダ 海 黒 海 トルコ ギリシャ クロアチア チュニジア マルタ ①の同質性の条件を満たすためといえるだろう。しかし、 実際の審査では、条件の一つである政府債務残高の対GDP ラトビア デンマーク ベルギー モロッコ 備えているといった条件を満たす必要があると考える。 スウェーデン イギリス ポルトガル 環的に異質だが、景気や雇用格差を調整するメカニズムを フィンランド アイルランド ユーロ未導入の欧州連合 (EU) 加盟国 (10か国) 5月の最初の審査で不合格となり、2000年の再審査を通過 したが、このとき、財政赤字を過少申告していたことが 2004年に明らかになっている。結果としてユーロ圏は、北 *1 ヨーロッパから南ヨーロッパに広がり、気候、地形、経済 欧州連合 (EU) 非加盟国 規模や産業構造、所得水準、そして財政事情も多様な国々 キプロス *1キプロスについては, 北部地域は正式に加盟していないが, 一国として扱っている。 図1 ヨーロッパにおける統合のひろがり(2012年) 7 ユーロ制度の問題点 が参加することになった。 異質な国々からなる単一通貨圏では、②の格差調整のメ は、アメリカ合衆国で住宅バブルが崩壊、2008年9月の大 カニズムの働きはとくに重要であった。だが、ユーロ圏の 手金融機関の破たんをきっかけに世界的な金融危機が起き 場合、国境を越える資本移動が大きく拡大したが、労働移 るまで続いた(図2)。しかし、世界金融危機に続く世界 動には大きな変化はなかった。労働は資本に比べて、単一 同時不況で金融市場にリスクを点検する動きが広がると、 通貨導入の影響を受け難く、言語、文化、社会慣行の違い ギリシャ政府の過剰債務問題がクローズアップされ、一気 などが妨げとなる。1980年代以降、ヨーロッパの労働市場 に修正を迫られることになった。 ではさまざまな改革が進められてきたが、アメリカ合衆国 (億ドル) と比較すると労働者の保護が手厚く、賃金の決定方法も物 4,000 価連動性など硬直的で企業の業績や労働者の能力に見合わ 3,000 ない制度が残っている国が少なくない。 とくに、 南ヨーロッ 2,000 パは労働市場の規制が強い。 1,000 ユーロ参加国は、そもそも多様なうえに、労働移動が限 0 定的なため域内の格差が拡大しやすかったが、格差是正の −1,000 ためのユーロ圏としての共通予算など財政による所得移転 −2,000 のしくみの構築は見送られた。かわって導入されたのは、 −3,000 参加国の財政政策を相互に監視する体制である。金融政策 −4,000 を一本化したうえに、財政政策を相互に監視すれば、政府 債務の累積を未然に防止するとともに参加国独自の政策の スペイン スロバキア ポルトガル オランダ マルタ ルクセンブルク イタリア ギリシャ ドイツ フランス フィンランド アイルランド スロベニア エストニア キプロス ベルギー オーストリア 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12(年) (注)2012年は国際通貨基金(IMF)による見通し (資料)IMF「世界経済見通しデータベース」 (2012年10月) 図2 ユーロ参加国の経常収支 選択肢が狭まる。それにより各国の構造改革が促され、景 気と雇用格差を調整する市場のメカニズムが強化されると 段階的に進んだ金融安全網の整備 期待されていた。 ギリシャ政府のデフォルト危機が表面化したとき、最初 しかし、現実には危機を未然に防止するメカニズムは働 に問題となったのは、財政の相互監視などを通じて未然に かなかった。財政政策の相互監視体制は、ギリシャ政府の 防止されるはずであったユーロ参加国の債務危機に対応す 財政統計の不正は見抜けなかった。過剰な財政赤字を早期 るしくみを欠いていたことだった。高債務国の無秩序な破 に発見し是正を求める手続きも、ドイツやフランスといっ たんを許せば、おもな貸し手であるドイツなどのユーロ圏 た中核の国々の違反に厳格に対処できなかったため、骨抜 内の金融機関が大きな影響を被り、ユーロの金融システム きになった。 に深刻な混乱が広がる。こうした事態を回避するため、 ユー 債務危機の発生 ロ参加国政府は、2010年4月に金融支援を求めたギリシャ ユーロ導入後、世界金融危機が発生する2008年までの間、 よる二国間融資800億ユーロと国際通貨基金(IMF)の300 ギリシャのほか、アイルランド、ポルトガル、スペインな 億ユーロからなる支援を決め、ギリシャと同様に資金繰り どでは対外的な競争力が低下し、経常収支の赤字が拡大し の危機に直面したユーロ参加国の支援の枠組みとして欧 た。独自通貨を採用する新興国などの場合、経常収支の赤 州金融安定メカニズム(EFSM)と欧州金融安定ファシリ 字が一定の水準を上まわる状態が続くと、競争力に見合う ティー(EFSF)という金融安全網を3年間の期限付きで 水準に為替相場が減価するとの観測が強まる。資本流入の 立ち上げた。 縮小あるいは流出によって通貨が下落、経常赤字が是正さ EFSMは、EU27か 国 の 共 通 予 算(EU財 政 ) を 暗 黙 の れる。90年代後半にタイやインドネシア、 韓国などに広がっ 保証としてEUの欧州委員会が債券を発行して調達した資 た通貨危機が典型的な事例である。 金で支援する枠組みで、支援可能額は600億ユーロである。 しかし、ユーロ圏の場合、単一通貨の導入で域内におけ EFSFは、ユーロ圏政府がECBへの出資に応じた比率で保 る為替相場の変動リスクが消滅したため、通貨危機への警 証した債券を発行して資金を調達し、支援を行う枠組みで 戒が緩み、経常赤字の大きさが軽視され続けた。ユーロ圏 ある。2010年6月の発足当初の支援可能額は2500億ユーロ の経常赤字国は、ドイツなどユーロ圏の経常黒字国などか であったが、資金繰り難がスペインやイタリアなどの大国 ら低い金利で潤沢に借り入れを行えたことも経常赤字拡大 にも及び始めたことで、2011年10月に制度を改定し、支援 と対外債務の累積につながった。借金依存の成長が可能な 能力を4400億ユーロに引き上げた。これらの枠組みを利用 状況で競争力を高める構造改革も期待ほど進まなかった。 した支援額は(表1、次頁)に示したとおりである。 域内における経常収支の不均衡と国境を越える資本移動 さらに2012年10月には3年間で役目を終えるEFSM、 8 EFSFを 引 き 継 ぐ 常 表1 ユーロ圏危機国への支援内容 EFSF EMS 二国間融資 IMF 欧州 金融安定 メカニズム 欧州 金融安定 ファシリティー 欧州安定 メカニズム (※1) 国際通貨 基金 設の金融安全網であ 合意時期 る欧州安定メカニズ ム(ESM) が 始 動 し ギリシャ(第一次) (※2) た。ESMは、 ユ ー ロ 2010年5月 800 ギリシャ(第二次) 2012年3月 参加国による資本金の アイルランド 2010年11月 225 177 払い込みが完了する ポルトガル 2011年5月 260 260 スペイン 2012年7月 キプロス 2013年1月 2014年にフル稼動とな り、5000億ユーロの支 850 780 未定 37 総計 485 37 2,920 0 848 1,065 175 5,493 (※2)未実行分も含む当初約束額(ユーロ圏支援は244億ユーロ、IMF支援は100億ユーロが未実行) 民間投資家の損失負担等に関連して発行した短期債券355億ユーロ、第一次支援の未実行分(244億ユーロ)を含む (表2)を、 市場は「遅 (※4)アイルランドの国庫資金と年金積立基金 すぎて小さすぎる」と (※5)改定協定発効前のEFSFが実施した支援に関わる現金準備 (資料)EFSF 受け止めた。対応が後 表2 ユーロ圏の金融安全網の変遷 手に回った原因は、① 10年5~6月 EUの基本条約で、EU 欧州金融安定メカニズム(EFSM) (支援可能額:600億ユーロ) 創設 欧州金融安定ファシリティー(EFSF) (支援可能額:約2500億ユーロ) 創設 期限付き安全網 および加盟国による政 府機関などへの信用上 の便宜や、債務保証、 引受けなどを禁じてい 改定欧州金融安定ファシリティー(EFSF) (支援可能額:4400億ユーロ) 常設の安全網 るため、金融安全網は、 欧州安定メカニズム(ESM) (最終支援可能額:5000億ユーロ) (資本金:あり 払い込み資本金:800億ユーロ) 請求払い資本金:6200億ユーロ) 12月 11年7月 10月 12月 予定 12年2月 10月~ 2013年6月 2014年 新規支援 停止 改定協定 改定協定 改定協定 で合意 調印 発効 設立で 設立条約 基本合意 調印 ESMを補い 新規支援 支援を継続 停止 設立1年 修正設立 前倒しで 条約調印 合意 稼動開始 フル稼働 (資料)ESM どのプロセスで、利害関係が異なる17のユーロ参加国政府 るなどユーロの危機に対応するため大胆な政策を打ち出し 間で調整し、関連法案をまとめ、さらに各国で批准手続き てきたが、2012年9月にはユーロの分裂や崩壊への不安か を行うという段階を踏まなければいけなかったことなどに ら高債務国が不当に高い金利で資金調達せざるを得ない状 ある。 況に対応する新たな国債買い入れプログラム(OMT)の 金融安全網の能力不足を補うECB 導入を決めた。 常設の金融安全網・ESMは、ユーロ参加国の出資にも OMTの導入というECBの決断は、ユーロ防衛への強い とづく政府間組織でEFSFよりも強固であり、その発足に 意思を示し、金融安全網への不安に起因する市場の動揺を よってユーロ圏はより柔軟に危機に対応できるようになっ 封じ込めた点でも高く評価されている。だが、 「中央銀行 た。だが、5000億ユーロという支援能力は、イタリアのよ による財政ファイナンスに相当する」という批判もある。 うに国債発行残高が1兆6000億ユーロ、年間の国債償還額 とくに、二度の世界大戦後にハイパー・インフレーション が1000億ユーロを超える大国の危機に対応するしくみとし を経験したドイツでは否定的な見方があり、ECBの金融 ては十分ではない。ESMは、出資国の財務相が全会一致 政策を決定する政策理事会のメンバーでただ1人、ドイツ で増資を決めれば支援能力を引き上げることはできるが、 の中央銀行・ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)のバイト ドイツやオランダ、 フィンランドなど財政健全国では、ユー マン総裁が反対をした。 ロ危機発生以来のなしくずし的な救済負担の増大に反発が 9 1,726 175(※4) 最大 1000 (※3)銀行増資支援は最大480億ユーロとされており、金額は未確定 ②創設や規模の拡張な 225 最大1000 融安全網づくりの動き る必要があったこと、 1,100 260 こうした段階的な金 に抵触しない制度とす 総計 280 48 (※1)ギリシャ向けはユーロ参加国、アイルランド向けはイギリス、デンマーク、スウェーデンが貸手 この「救済禁止条項」 その他 300 最大1446(※3) その他(※5) 援ができるようになる。 (単位:億ユーロ) EFSM 経済成長への配慮、規制監視強化偏重の是正 強まっており、実現は困難だ。 本稿執筆時点で、ユーロの危機はいまだ収束していない こうしたESMの能力不足を補うとみられるのがユーロ が、2012年半ばを境に、ギリシャ危機が表面化してから続 圏の中央銀行・欧州中央銀行(ECB)だ。ECBは、銀行 いた危機の拡大一辺倒という流れは変化しつつある。 の資金繰りの支援のために3年ものの資金を大量に供給す ESMの発足とECBの決断に加えて、2012年6月に開催 されたEU首脳会議で、EUが国民総所得(GDPと海外から ることになるだろう。 の所得の純受け取り)のおよそ1%に相当する1200億ユー こうしたユーロ圏の統合の深化は、ヨーロッパの金融セ ロの投資促進策を含む「成長雇用協定」で合意したことも ンターであるイギリスを始めユーロ未導入のEU加盟国に 好影響を及ぼしている。EUの成長戦略の財源はEU27か国 も影響を及ぼす。ユーロ圏と非ユーロ圏の断層は深まる可 の共通財政やEUの政策実行のための政策金融機関・欧州 能性もある。 投資銀行(EIB)の融資で、これらをハイテク産業・研究 表3 ユーロ圏の統合深化の4本柱 開発(R&D)投資、失業率の高さがめだつ若年層の訓練・ 財政同盟 予算決定への関与の強化、ユーロ共同債の導入、ユーロ共通予算導入 教育、雇用の受け皿となる中小企業の資金繰り支援、資源 利用の効率化、EUをつなぐ通信・交通・エネルギーイン フラなどの建設に活用する。危機に陥った高債務国の財政 赤字や銀行の不良債権問題が、景気の落ち込みでかえって 悪化する流れに歯止めをかけ、構造改革を助ける効果が期 待される。 ユーロ危機の原因となった制度の欠陥を、統合の段階を 深めることで改めようという新たな流れもある。2012年6 銀行同盟 金融監督体制の一元化、預金保険制度、金融危機管理基金の共通化 経済同盟 経済政策の調整の強化 政治同盟 欧州議会、各国議会の権限強化と相互の連携強化 (資料)ファンロンパイEU大統領による報告書 ユーロ危機対応の奏功は日本にも利益 月までの危機対策は金融安全網の構築・強化と並行して規 本稿執筆段階で、ユーロ参加国の経済は景気後退局面に 制や監視を強めるというパターンが定着していた。これに あると思われるが、景気の落ち込みの度合いには国ごとの より、危機を未然防止できなかった財政政策の相互監視体 ばらつきが大きい。資金繰りに行き詰まり支援要請した 制の見直しや、構造改革を促すためのヨーロピアン・セメ 高債務国や、政府債務残高の水準が大きいイタリアの実 スターと称する政策調整の制度の導入(2011年〜) 、国の 質GDPは世界同時不況による景気後退前のピークである 信用力に影響を及ぼす民間部門の過剰債務や競争力の問題 2008年の水準を下まわっている。これらの国々は2013年も などを幅広く監視し、是正を促す「マクロ不均衡是正手続 財政再建のための引き締めや金融機関のリストラを進める き」の導入(2012年〜)などの成果があがったものの、危 ことからマイナス成長が続く見通しだ。ギリシャやスペイ 機国の景気悪化や危機国の拡大阻止には効果がなく、統合 ンでは、2012年の時点で、すでに労働の意思と能力がある を深める議論が避けられなくなった。 人の4人に1人が失業している状態だが、2013年にかけて 統合の深化は、財政同盟、銀行同盟、経済同盟、政治同 失業者の数はさらに増大するおそれがある。 盟という四つの領域で検討されているが(表3) 、債務危 その一方、競争力が高く、財政も健全なドイツなどの実 機との関連では銀行同盟と財政同盟が注目されている。 質GDPは2008年水準を上まわっており、足もとの景気悪 銀行同盟は、金融監督を一本化したうえで、預金保険や 化の度合いも軽微で、失業率も低水準で推移している。 金融危機管理の財源を各国が責任をもつ体制から、共通財 今後、こうした域内の格差は、高債務国の経常収支が信 源に切り替えることをめざすもので、銀行の問題と母国政 用と競争力の回復を通じて改善し、成長が再開、雇用が拡 府の信用力がお互いに悪影響を及ぼしあい、金融システム 大に転じるというルートで解消されることが望ましい。そ の安定を脅かす悪循環を断ち切ることができる。 のためには、高債務国による財政健全化、労働市場などの 財政同盟は、各国の予算決定に対する関与の度合いを高 構造改革の取り組みを、金融安全網や成長戦略を通じて支 める見返りに、政府債務の共通化、いわゆるユーロ共同債 援する一方、統合を深めることでユーロ制度の欠陥を克服 の導入と域内格差是正のための所得移転のしくみとしての し、ユーロ圏の分裂やユーロ崩壊といった観測を打ち消さ ユーロ圏共通予算の創設などを検討する。ユーロ共同債が なければならない。 導入されれば、信用力の低い国が資金繰りに行き詰まり破 日本にとって、ヨーロッパは、輸出先としての重要度が たんすることはなくなるため、南ヨーロッパの国々の期待 アジアやアメリカ合衆国よりも低く、ヨーロッパ向けの投 は高い。しかし、財政の健全性を維持するインセンティブ 融資の規模の面でもヨーロッパの危機の影響は相対的には が削がれるリスクがあるため、ドイツなどは慎重な立場を 受け難いといえる。それでも、外国為替市場におけるユー 崩していない。 ロ安円高基調の定着、ヨーロッパを主要相手国とする新興 ユーロ参加国の間では、危機の克服、ユーロの存続には 国等の景気減速などを通じて、日本経済にもマイナスの影 統合の深化が必要という大枠では一致しているが、具体的 響が及んでいる。ユーロ危機対策が奏功し、先行きの不透 な内容を詰める段階では政治的な駆け引きが繰り広げられ 明感が解消されることが日本にとっても望ましい。 10 いきいき授業実践 平成25年度『新詳地理B』 平成25年度『新詳高等地図』 平成25年度『新詳地理資料 COMPLETE 2012』 フィールドワークから「外来生物」の被害を学ぶ ~生徒の「探求心」を育てるための授業実践記録~ 兵庫県立姫路東高等学校 佐々木浩二 1.はじめに 今回のテーマは、私が以前勤務していた飾磨工業高校 3.地理Bで「外来生物」を授業で取り上げる場合 (1)地図帳の活用 の学校設定科目「時事社会」で実践した授業内容である。 『新詳高等地図』p.126「⑧生物多様性」 (図1)を活 「時事社会」という教科は、3年生を対象とし、前期 用して、グローバルな視点から環境問題をとらえなが (4~9月)は、現在起きている政治、経済や国際情勢 ら、日本で起こっている「外来種の移入」に興味・関心 などのさまざまなテーマに焦点をあてた講義形式の授業 をもってもらい、生徒に「ブラックバス」 「ヌートリア」 を行い、後期(10~2月)は、地歴公民科の教員2名 「アライグマ」などを例に挙げながら、どのような背景や が、チームティーチングで生徒による探求型の課題研究 影響があるのかを班別学習で調べさせる課題を設定する。 を行う授業である。 この授業では、NIE(教育に新聞を)の授業実践でも あり、生徒に問題意識をもたせるために、新聞記事を活 用して3分間スピーチや新聞スクラップなどを生徒に課 題として取り組ませていた。 担当教師は、各班(3名程度)の設定したテーマを調 査・研究する生徒へのアドバイスを行いながら、2月に 行われる「時事社会」の学習成果発表会まで指導・助言 を行う。 図1 『新詳高等地図』p.126⑧生物多様性 私の担当した班は、生徒が切り抜いてきた新聞記事 (p.13)をもとに、身近な自然環境に「外来生物ヌート リア」がどのように生息しているのか、その実態を調査 班別活動を行うために、 し、新聞記事の事実を確かめる活動を通じて、ヌートリ 『新詳地理B』(以下、教 アが日本に来た経緯や日本人がどのように関係してい 科書)「第Ⅰ部 さまざ き、現在の状況になったのかを探求していった。 まな地図と地理的技能 2.授業の目的 2章 地図の活用と地域 身近な環境問題の一つとして、 「外来生物の被害」に 調査」(図2)で、地域 関する新聞記事が報道されることが多い。近年は地球規 調 査 の 手 順 を 学 び、 レ 模での環境問題が大きく取り上げられているが、身近な ポート作成や発表までの 環境問題として「外来生物の被害」に関する記事を生徒 流れを学ぶことで、「目 にスクラップさせる課題を設定し、環境問題に関する興 的意識」を高くもって調 味・関心を深め、よりよい環境を維持するために必要な 査を行うように指導する。 考え方や行動力を身につける。 11 (2)教科書の活用 (3)資料集の活用 図2 『新詳地理B』p.16 ②地域調査の手順 また、新聞記事の情報を自分の目で確かめる「行動 では、なぜ外来生物ヌートリアが、日本で繁殖するの 力」や各班で設定したテーマを生徒たちが協力して取り だろうか。 『新詳地理資料 COMPLETE 2012』 (以下、資 組むことで、 「探求心」のある生徒、 「自主性・主体性」 料集)p.42 2「世界の気候区」に着目させて日本と原産 のある生徒を育てることを目的としている。 地(南米)の気候の共通点を考えさせる。 4.指導計画(学校設定科目「時事社会」 後期 約12時間) 時間 班別学習活動 • 班ごとにテーマ設定をする。 1 2 (3~4名の班をつくる) 指導上の留意点 • 前期の学習内容や最近の新聞記事を各自もち寄り、テーマを設定させる。 例「政治」 「経済」 「国際情勢」 「文化」 「産業」 「環境」 「食文化」などの大き (教員1名が2~3班を担当する) なテーマからより具体的なテーマを設定できるようにアドバイスする。 • 生徒のもち寄った新聞記事「外来 • 身近な環境問題「外来生物の被害 ヌートリア」を取りあげた班に、新聞 生物の被害 ヌートリア」につい 記事に関することを具体的にどのように調査・研究するかを新聞以外の情 て、これからどのように班別学習 を行うか計画する。 報メディアを活用して調べる計画を立てさせる。 例 インターネット・書籍・テレビなど。 • 地域調査の手順は教科書を参考にして進める(教科書p.16~19) 。 •「外来生物の被害 ヌートリア」に 3 ついて、多様な情報メディアを活 用して調べる。 • 班員の生徒一人ひとりに役割分担させ、責任をもたせる。 例「インターネット」で調べる生徒、図書館で「書籍」から調べる生徒、 姫路市立水族館に実物を見に行く生徒、図書館で過去1年間の「新聞記 事」を集める生徒など。 •「外来生物の被害 ヌートリア」に 4 • 新聞記事のコピーは時系列にしたがって模造紙にはる。 関する情報を集め、模造紙にまと • 見学した水族館での写真を模造紙にはる。 める。 • 書籍は必要なページをコピーし、模造紙に要点をまとめる。 • インターネットの情報は印刷をして関連する情報を模造紙にまとめる。 •「外来生物」には、どのような種類 5 の生物が存在するかを学習する。 • 模造紙にまとめた外来生物ヌートリア以外に、新聞では植物や動物などさ まざまな記事がある。例えば、文化財を傷つける「アライグマ」 、希少な 在来種を食べる「ブラックバス」や「ブルーギル」など生徒のレポートを 発表させ、身近な生活空間に存在することに気づかせる。 • なぜ「外来生物の被害」が広がっ ているのかを調べる。 6 •「外来生物」が増加する理由には、 「外来生物」の「原産地の気候」と「日 本の気候」を比較させ、 「歴史的な背景」や「経済のグローバル化」など • 日本国内で多種多様な外来生物の 複合的な原因があることに気づかせる。例えば、戦前の兵士の防寒具とし なかで「ヌートリア」に焦点をあ て飼育されていた「ヌートリア」 、ペットとして輸入されたが、逃げ出し て学習する。 増殖した「アライグマ」など生徒のレポートを各自発表させる(資料集 p.422の「世界の気候区」を参考にする) 。 7 •「ヌートリア」の新聞記事(p.13参 • 生徒が住んでいる地域で、学校内で「ヌートリア」の生態から聞き取り調 照)をもとにして、自分たちが住 査を行う。 「ヌートリア」の目撃情報を地形図にマークさせる(授業以外 んでいる地域に「ヌートリア」が の休み時間利用) 。 いることを事前調査する。 8 • 目撃情報をマークした地形図をも とに事前調査を行う。 • 調査結果のレポートをもとに後日 9 再調査を行う。 • 目撃情報をマークした地形図をもとに、班員が登下校の途中に目撃場所周 辺を調査してレポートにまとめる。 • 担当教師が生徒と同行して、生徒が担当した場所を再調査し、 「ヌートリ ア」の生態を調査する。地域住民への聞き取り調査を行う。巣穴や泳いで いるようすを写真に記録する(後日ヌートリアの死骸があるとの情報を得 て、生物担当の教員と再調査する) 。 10 11 • 調査結果を模造紙にまとめ、授業 • 発表会への準備を行う。 • 授業での発表をふまえ、模造紙や発表資料の改善を行い、プレゼンテー ションソフトで要点を簡潔にまとめ、発表準備をさせる。 •「時事社会」の発表会で調査結果を 12 • 調査結果を模造紙にまとめ、発表できるように原稿を作成させる。 で発表する。 全校生徒の前で発表する。 • 調査した生徒3人が各担当分野を発表する。聴く側を飽きさせないように 「ヌートリア」の関連事項をクイズ形式にして問いかけながら発表を進め させる(発表時間15分間) 。 *発表会当日、新聞記者に取材された新聞記事(p.14)参照 12 5.外来生物ヌートリアについて 県加西市では絶滅危惧種に指定されているベッコウトン ヌートリアは、南米産のネズミであり、頭胴長50~ ボの生息地を壊滅させるなど、在来種の生態系への影響 70cm、10kgほどの大きさになる。手足に水かきをもっ も深刻である。さらに、岸辺には直径20~30cm、長さ た半水棲の動物で流れが緩い川や水路、ため池などに生 1~6mに及ぶ入り組んだ巣穴を掘ることも問題で、堤 息している。 防や土手、水田の畦などがしばしば破壊されてしまう。 日本には本来分布していない外来種で、特定外来生物 6.事前調査(兵庫県西部 姫路市周辺の目撃情報) として環境省に指定されている。原産地は南米(アルゼ ヌートリアが発見された場所を校内で聞き取り調査 ンチンやボリビア、チリ)に分布し、草食性の動物で、 し、姫路市周辺の地形図(5万分の1)にマークしても 粗食に耐えるわりに繁殖力は旺盛で、とくに多く生息す らい、市川・夢前川・大津茂川・揖保川を重点的に現地 るのはアルゼンチンのラプラタ川流域である。日本で 調査することにした(指導計画7、8時間目) 。毎日登 は、洋溝鼠、舶来溝鼠、海狸鼠(かいりねずみ)、沼狸 下校中に決められた場所を班員が調査した。このとき、 (しょうり、ぬまたぬき)などともよばれていた。 揖保川でヌートリアを発見する。 ヌートリアの日本への移入の歴史は明治末期に始ま る。水中でも濡れずに体温を維持することができるヌー トリアの毛皮は、柔らかく上質な毛皮で、価格もほかの 毛皮獣のものより安価に入手できるため、第二次世界大 戦頃には、軍用防寒服用として飼育された。とくに日本 では、軍隊の「勝利」にかけて「沼狸」 (しょうり)と よばれ、1944年ごろには、日本全国で約4万頭が飼育さ れていた。終戦後、毛皮の需要が激減し、毛皮価格の暴 落に伴い、その多くが野外に放逐され野生化した。現在 これらの子孫が各地で定着している。 日本では「侵略的外来種」として問題になっており、 イネやオオムギ、葉野菜などに対する食害のほか、兵庫 図3 ヌートリアの発見場所(地図中●印) 外来生物「ヌートリア」に関する記事 産経新聞 2009年12月28日 (提供:産経新聞社) 神戸新聞 2010年2月22日 (提供:神戸新聞社) 朝日新聞 2010年10月22日(提供:朝日新聞社) 13 7.現地調査のようす (生徒が作成したプレゼンソフトから) るヌートリアの写真撮影に成功したのは「奇跡」だと 思った。」「ねばり強く調査した結果が出て充実した調査 になった。」という声が出された。 8.学習成果発表会 泳いでいるヌートリア 発見 揖保川周辺 毎日の登下校中の調 査中に、揖保川でヌー トリアを発見する。 事前調査、現地調査をふまえて模造紙に新聞記事や写 真・地形図・書籍・インターネットの情報を利用して ヌートリアに関してまとめた。学習成果発表会ではプレ ゼンソフトを活用して発表した(左下の新聞記事参照) 。 9.おわりに 本校に勤め2年目になり、現在2年生の地理Bを担当 ヌートリアの巣穴発見 揖保川周辺 事前調査で目撃され た揖保川河川敷を本格 的に調査したところ、 発見した巣穴である。 している。工業高校で実践してきたことは、本校の授業 にも十分活かされている。「知識を学ぶ授業」だけでな く、「考える授業」「知識を活かして行動できる授業」を 生徒とともに創っていくことを心がけている。 なぜなら、現代社会を生きる私たちに必要なことは、 自らが「課題」を設定でき、課題に対する「答えの見つ け方」を学ぶことが重要になってきている、と私は考え ヌートリアの巣穴調査 揖保川周辺 巣穴の奥行きなど大 きさを木の棒で計測し ているようす。 ている。 そして、生徒も教師もお互いが「探求心」をもって授 業に臨むことは当然だが、私自身は毎年何か一つテーマ を決めて調査・研究することを課している。自ら何かに 現地調査の意義は、教師と生徒が共同調査を通じて、 「挑戦する姿」を生徒に見せられる教師が「魅力ある教 調査に対する意識も向上し、モチベーションも継続でき 師」と私は考えている。生徒とともに創る授業、「探求 る点にある。 心」を育てられる授業を今後もめざして教材研究を続け 調査した生徒は、ヌートリアの実態をより身近に感 ていきたい。 じ、地域の環境の変化により興味・関心をもつように 最後に、姫路東高校は姫路城の外堀・土塁の内側に位 なった。調査を終えて生徒からは、 「橋の上からの調査 置しており、隣接する住宅街で最近「アライグマ」を発 ではわからなかったが、河川敷に下りて調査したらよう 見した。興味のある生徒がいれば、世界遺産「姫路城」 すがよくわかった。 」 「巣穴周辺で発見できた、泳いでい にアライグマが侵入しているのかを調べてみたい。 アライグマ 姫路城周辺の住宅街で 発見したアライグマ 参考文献・資料 ・池田透(監修)『外来生物が日本を襲う!』2007 青春出版社 ・中村三郎『帰化動物たちのリストラ戦争』2001 角川書店 ・西川潮・宮下直(編著)『外来生物 生物多様性と人間社会への影響』 2011 裳華房 ・河合雅雄・林良博『動物たちの反乱』(PHP サイエンス・ワールド新書) 学習成果発表会が取り上げられた新聞記事 読売新聞 2011年2月8日(提供:読売新聞社) 2009 PHP 研究所 ・松井正文『外来生物クライシス』2009 小学館 ・多紀保彦(監修)自然環境研究センター『日本の外来生物─決定版』 2008 平凡社 ・神戸新聞 2010年2月22日 ・産経新聞 2009年12月28日 ・朝日新聞 2010年10月22日 ・読売新聞 2011年2月8日 14 自然環境と防災を極める! ステップアップ ワークシート⑮ 問題 ウォーミングアップ! ●自然災害が起こりやすい日本の地形 1.日本の地形について、次の文章の①〜③にあてはまる語句を、 図1 日本の地体構造 A プレート プレートの境界 また、図1のA〜Dにあてはまる語句を書き入れよう。 千 島 弧 島 ・ カ ム チ ャ ツ カ 海 溝 火山前線 大断層帯 0 500km がずれたり、プレートの内部が破壊されたりすることが多いため、 帯 西 日 本 火 山 B プレート 帯 外弧 フ トラ 日本 南海 南 西 球 弧 東 シ ナ 海 125° 琉 (A )プレート (B )プレート C プレート 35° 伊 豆 小 笠 原 海 溝 140° 135° 130° D 相模トラフ 原 弧 小 笠 伊 豆 中央構造線 南 西 諸 島 海 溝 も多い。 内 帯 40° プ レ ー ト 糸魚川・静岡構造線 (フォッサマグナ西縁) 日 本 海 溝 東北日 本弧 日 本 海 な場所ではプレートの沈み込みなどによる圧力により、プレート (② )が生じやすい。プレートが沈み込む場所の近く ではマグマが生成されやすいため、日本列島には(③ ) フォッサマグナ 火山帯 あり、四つのプレートが隣接する場所に位置している。このよう 東日本 日本列島は( ① ) 造山帯に属する弧状列島で 45° オホーツク海 千 海溝・トラフ 30° 150° 145° (C )プレート (D )プレート ●険しく山がちな国土 2.日本の川と外国の川を比較した次の文章の(①)にあてはまる語句を答えよう。また、図2を見て、②〜⑦に適す るものを○で囲もう。 図2 外国と日本の川の比較 1200 1000 標高︵m︶ (この図は源流まではかいていない) 常願寺川 800 富士川 木曽川 利根川 信濃川 ガロンヌ川 コロラド川 ロアール川 アマゾン川 600 メコン川 400 200 0 0 200 400 600 800 ナイル川 ライン川 1000 1200(km) 河口からの距離 図2から、日本と外国の河川の(① )が違うことがわかる。 じょうがん じ がわ 例えば日本の常願寺川は、 、河口から約50kmの地点で標高(③ 1000m以上 ・ 200m未満 (② 長く ・ 短く ) ) 一方、アマゾン川は、 、河口から約1300km以上の地点で標高(⑥ 1000m以上 ・ 200m未満 (⑤ 長く ・ 短く ) ) のところから流れており、 (①)が(④ 緩やか ・ 急 )である。 のところから流れており、 (①) が(⑦ 緩やか ・ 急 )である。 3.図3を見て、次の文章の①〜④に数字を書き入れよう。 図3 地形別にみた日本の人口 山がちな日本では、山地が(① )%を占め、 台地に住む人の 割合30% 山地に住む人の 低地に 割合20% 住む人の 割合50% 平野は、 (② )%にすぎない。しかも、そのなか の低地は国土の(③ )%だが、そこに全人口の (④ )%が居住している。その結果、自然災害が 起きたときに人的、物的な被害を受けやすい。 低地 台地 14% 11 平野 25 15 山地 75 ステップアップ! ●日本の自然災害の特徴 [A]火山災害 4.①〜⑤にあてはまる語句を から選び、書き入れよう。 :火口から噴出した(② )が斜面を流れ下る 噴火 →(① ) :火口から噴出した高温のガスが砂礫や(④ )といっしょに斜面を高速 (③ ) で流れ下る :噴火後の雨で、堆積した(②)と土砂と水が混ざり合って高速で谷を流れ下る 噴火後→(⑤ ) 土石流 火砕流 溶岩流 マグマ 火山灰 [B]地震 5.地震についての次の問いに答えよう。 (1)地震の種類について、①〜⑦にあてはまる語句を から選び、書き入れよう。⑧、⑨はあてはまる語句を書き 入れよう。 地震の種類 (① )型地震 (④ )型地震 要因 例 二つのプレートの境におけるずれ 単一のプレートの中にある (⑤ )のずれ (② )地震 (③ )地震 (⑥ )地震 (⑦ )地震 活断層 ひずみ 直下 海溝 海嶺 東北地方太平洋沖 新潟県中越 兵庫県南部 スマトラ沖 ・地震が発生した場所の地震の大きさ: (⑧ ) 各地点のゆれを示す指標: (⑨ )←地震の大きさだけでなく、震源からの距離や地盤の状況による (2)地震により引き起こされる災害にはどのようなものがあるか、①〜③にあてはまる語句を書き入れよう。 ・プレートが隆起したことで海水が押し上げられ、高さを増して陸を飲み込む。……(① ) ・地震の震動により、水と砂を含む地盤が一時的に液体のようになる現象。地 下でライフラインが寸断されたり、地上の構造物が傾いたりする。…………………(② )現象 ・崖くずれや地滑り……………………………………………………………………………(③ )災害 [C]風水害 6.風水害についての次の問いに答えよう。 (1)風水害について、①〜⑦にあてはまる語句を から選んで、書き入れよう。 日本では、初夏から秋にかけての(① )や(② )の時期に豪雨が発生しやすい。 山間部では、急な斜面に多量の降水がもたらされることによって地盤がゆるみ、 (③ )や (④ )が発生する。また、くずれた土砂が水とともに谷を流れ下る現象である(⑤ ) も発生する。 水が堤防を越えたり、堤防が決壊したりすると、 (⑥ )になり、浸水の被害が生じる。 海岸部に(②)が近づくと、気圧の低下と風の吹き寄せによって(⑦ ことがある。 )が生じ、浸水が広域にわたる 土石流 地滑り 崖くずれ 洪水 高潮 梅雨 台風 (2)風水害を防ぐためにどのような工事が行われているだろうか。考えられるものを二つあげてみよう。 ( )( ) 16 ジャンプアップ! ●新旧の地形図比較で災害の危険度を考える 7.災害を受けやすい土地とはどのようなところだろうか。次の新旧の地形図を見て考えよう。 (1)新旧の地形図を比較すると、現在の土地における災害の危険度を把握することができる。読み取りの結果を現在の 地形図と比較すると、本来は危険な場所が現在どのように使われているかがわかり、防災に役だつ。右の地形図では、 かり や た 刈谷田川は改修され、かつての河道の一部や、かつて水田であった後背湿地が宅地になっている。現在宅地化されてい る地域を、左の古い地形図に赤で着色しよう。 2004年7月に洪水被害を受けた新潟県中之島町中心部の市街地の変化 (2万5千分の1地形図、「見附」昭和23年資料修正、「見附」平成13年修正) (2)かつて河道であった場所やかつて水田であった後背湿地が宅地になっている場所では、どのようなときにどのよう な被害が生じる可能性があるだろうか、地盤や標高を考慮しながらあなたの考えを書いてみよう。 ●災害に備える 図4 災害に備えてさまざまなくふうを している小学校 8.大災害の際は、ライフライン(電気・水道・ガス)がとだえ、生活に影響を与える。 (1)阪神・淡路大震災の経験から、神戸市のある小学校では、さまざまなくふうがな 倉庫 されている。どのようなくふうか、 ( )に書き入れよう。 屋上のプールの水 屋根のパネル 屋根のパネル…(① )する装置 倉庫…(② )などを備蓄 屋上プールの水…(③ )用 地下水槽の水…(④ )用 (2)普段から非常用持ち出し袋を用意しておこう。どのようなものを入れておけばよ いか、書いてみよう。 17 地下水槽 の水 ※震災後に再建された。 ステップアップ ワークシート⑮ 解 答 ウォーミングアップ! 1. (① 環太平洋 ) (② 地震 )(③ 火山 ) (A 北アメリカ )プレート (B ユーラシア )プレート (C フィリピン海 )プレート (D 太平洋 )プレート 2. (① 勾配 )(② 短く )(③ 1000m以上 ) (④ 急 ) (⑤ 長く )(⑥ 200m未満 )(⑦ 緩やか ) 3. (① 75 )(② 25 )(③ 14 ) (④ 50 ) ステップアップ! 4. (① 溶岩流 )(② マグマ )(③ 火砕流 ) (④ 火山灰 ) (⑤ 土石流 ) 5. (1) (① 海溝 )(② スマトラ沖 )(③ 東北地方太平洋沖 ) (④ 直下 ) (⑤ 活断層 ) (⑥ 兵庫県南部 )(⑦ 新潟県中越 ) (⑧ マグニチュード ) (⑨ 震度 ) ②③、⑥⑦順不同 (2) (① 津波 )(② 液状化 )(③ 土砂 ) 6. (1) (① 梅雨 )(② 台風 )(③ 崖くずれ ) (④ 地滑り ) (⑤ 土石流 ) (⑥ 洪水 )(⑦ 高潮 ) ③④順不同 (2) (斜面の安定工事、砂防ダムの建設、堤防の建設、遊水池や地下貯水池の整備 などから二つ書けていればよい) ジャンプアップ! 7. (1) (2) かつて河道であった場所では、地盤が弱く、地震の際にはゆれや液状化の被害が大きい可能性がある。か つて水田であった後背湿地が宅地になっている場所も、それに加えて標高が低いため堤防の決壊や内水氾濫 による浸水被害を受けやすい。 など 8. (1) (① 太陽光で発電 )(② 食料 ) (③ 災害時の消火やトイレ ) (④ 水道水 ) (2) 水、非常食、懐中電灯、ラジオ、ウェットティッシュ など 18 ステップアップ ワークシート⑮ 教科書:『高等学校 新地理A』 地図帳:『新詳高等地図』 解説 自然環境と防災を極める! 昭和学院高等学校 西 岡 陽 子 ■地理を学ぶにあたって 新年度から新学習指導要領のもとで、地理Aに「日本 ステップアップ! の自然環境と防災」というテーマが登場する。今回は、 ●日本の自然災害の特徴 新年度に先立ち「自然環境と防災」を取り上げる。 [A]火山災害 東日本大震災でのすさまじい津波の威力は、 「想定外」 地震と違い、火山活動はある程度予知が可能であると と形容されるほどのものであった。しかし、三陸海岸は されている。噴火に先立ってマグマだまりに圧力の変化 江戸時代以降でも幾度も大津波の被害に遭っており、災 が起こり、さらに人間には感じられない地震も地震計で 害の経験を語り継いできた地域、防災教育が継続的にな 観測できるからである。ただし、どのような噴火か、山 されていた地域では犠牲者が少なかったところもある。 体のどの部分から噴火が起こるかは予知できないという。 地球は明らかに活動期に入っているとされ、日本でいつ 気象庁では、活火山を「おおむね1万年以内に噴火した なんどき再び大地震が起きてもおかしくない状況である。 火山および現在活発な噴気活動のある活火山」と定めて おりしも8月末に、 「南海トラフでM9.1の大地震が発生 おり、この定義に基づいた日本の活火山は110ある。中 すれば、最悪32万人が死亡するが、適切な避難行動や対 でも活動が活発な47火山は、24時間体制で観測が行われ 策をとれば、死者数を最大5分の1に減らせる」との予 ていて、噴火の予兆現象を捉えることが可能であるので、 測が国の有識者会議から発表された。学校教育において 情報に注意することが大切である。日本は、火山がある 実生活に役立つ防災教育を行うことは急務である。 からこそ、温泉に恵まれ(外国人にとっても日本の大き ウォーミングアップ! 19 暇の過ごし方の一つである。 な魅力の一つ) 、風光明媚であり、地熱発電の可能性も ●自然災害が起こりやすい日本の地形 追求できる。 日本列島が環太平洋造山帯にあり、ちょうど四つのプ [B]地震 レートの境界上に位置していることは、自然災害を考え 海溝型の地震は津波を発生させる可能性がある。被害 るうえで重要である。世界の地震の震源と火山の分布を を防ぐには一刻も早く、少しでも高い所に逃げるしかな みると、ともに造山帯に一致する。つまり日本列島は、 い。三陸地方に伝わる「津波てんでんこ」は、共倒れを ほぼ地震火山地帯に位置する。事実、世界の火山の約 防ぐためにばらばらに逃げろ、という教えで、例えば、 20%が日本に分布しているといわれる。造山帯に位置す 地震発生時に別の場所にいる親子がそれぞれ逃げること ることは、地滑り、崖くずれなどの土砂災害も発生しや を意味する。これは家族間の信頼があってこそ可能であ すいということである。 ろう。 「釜石の奇跡」として知られる釜石市の防災教育 ●険しく山がちな国土 は、片田敏孝氏の指導によるもので、「津波てんでんこ」 日本の国土は険しい山々からなる。川の勾配を断面で のほかに、①「想定にとらわれるな!」、②「その状況 比較した図はおなじみであるが、日本の川は短く、勾配 下において最善をつくせ!」、③「率先避難者たれ!」 が急である。日本で最も勾配が急な川の一つであるとい の避難三原則からなる。東日本大震災の際には、 「前回、 われる常願寺川は、立山連峰から富山湾に56㎞、3000m 津波はここまで来なかった」と言って避難をしぶる家族 を一気に下る。雪どけ水が激流となるさまはすさまじい を子どもが説得、逃げて助かったという事例も多くみら ばかりである。一方、ヨーロッパやアメリカの川は長く、 れた。 緩やかに流れている。ライン川はヨーロッパ物流の大動 地盤がその支持力を失い、地下でライフラインが寸断 脈であるし、アマゾン川でも河口から1500㎞のマナオス されたり地上の構造物が傾いたりする液状化は、東日本 まで大型船が航行できる。マナオスの標高は72mにすぎ 大震災では、東京湾沿岸など震源から遠く離れた地域で ない。日本の川下りといえば、船頭がたくみな竿さばき もみられた。崖くずれや地滑りなど土砂災害は、直下型 を披露するものだが、イギリスなどでは、家族で船を貸 (内陸型)地震のときに多くみられる。阪神・淡路大震 し切り、ゆっくり蛇行する川を何日もかけて下るのが休 災では、おもな死因は家や家具の下敷きによる圧死であ り、家の耐震性や安全な寝室の重要性が注目された。ま とくに都市地域では、農地や山林が宅地化する過程がわ た、地震による火災の恐ろしさも忘れてはいけない。阪 かる。山間地域では山地の傾斜から土砂災害の危険性が、 神・淡路大震災では、ケミカルシューズの生産地域で、 また海岸地域では津波の危険性を読み取ることができる 通電後に可燃物に引火したことが原因の大火災が発生し であろう。地名からも土地本来の性格(例えば○○新田) た。東日本大震災では、気仙沼湾でタンクの燃料に引火 を知ることができる。土地の安全性を地形種類別に整理 したことで火災が広がり、東京湾岸の市原市でも製油所 した今村の著書は大いに参考になる。また、当該地域の の石油タンクに引火し爆発がみられた。大都市の工業地 危険性を知るうえで、過去の災害史を調べることは欠か 帯付近で大地震が起きた際の被害は計り知れない。 すことができない。 [C]風水害 ●災害に備える 日本は世界でも雨の多い国である。梅雨末期に梅雨前 「ハザードマップ」を授業で活用することも大切であ 線上を低気圧が通ると、この低気圧に南海上から湿った る。ハザードマップには、予想される災害の内容や避難 しつ ぜつ 空気が大量に流れ込み(湿舌現象) 、集中豪雨の原因と 所、医療機関の場所などが示されており、各自治体で発 なってしばしば災害をもたらす。台風によりもたらされ 行されている。例えば千葉県市川市の「洪水ハザードマッ る雨の量も多い。熱帯で発生した台風は、太平洋高気圧 プ」には、江戸川と真間川がそれぞれ氾濫した場合の水 の周りをまわるように進み、日本に近づくと、偏西風に 深、各避難所の判定(何階まで使用できるか)、アンダー のって北東に向きを変える。地球温暖化に伴い緯度の高 パス(一部地下道形式の立体構造で、周辺より低くなっ い海域でも海水温が高まっているため、台風が勢力を維 ている道路。浸水すると通行できなくなるおそれがある) 持したまま日本列島に近づくケースが増えているといわ の場所が示され、過去の水害写真、浸水深のイメージ図 れる。災害をもたらす雨の降り方は、1時間あたり雨量 なども記されている。一度避難所まで事前に歩いてみる と積算雨量(それまでの総雨量)に関係している。以下 ことを勧めたい。 の時間あたり雨量も参考になる。1時間あたり20~30㎜ 大災害が起きると、電気、ガス、水道のライフライン になると、側溝、下水、小さな川があふれ、小規模な崖 が途絶するので物の備えも必要である。ワークシートで くずれが始まる。1時間あたり50~80㎜になると、土石 示したのは神戸市立本庄小学校の例であるが、防災の拠 流など多くの災害が発生する。都市部では地下室や地下 点となる学校での防災対策は、防災教育とともに重要で 街に水が流れ込む場合があり、マンホールから水が噴出 あろう。なお、各家庭でも最低3日間(広域災害を考え する。最近では1時間あたり雨量が100㎜近くにもなる ると1週間)の水、食料など必需品の備蓄を勧めたい。 ケースもみられる。 阪神・淡路大震災の際には、倒壊した建物から人を助け ま ま がわ 河川や排水溝への排水が排水設備の能力を超え、低地 出すためにノコギリ、バール、ジャッキなどの工具が求 が冠水する「内水氾濫」は、都市型水害ともいわれる。 められたという。また、消防・警察などの救助が見込め 以前は、雨水が農地や森林などに吸収されていた。しか ない大災害では、隣近所の人々の互助が重要な役割とな し、都市化により地面がアスファルトに覆われるように る。日頃からのご近所のつながりあいを大切にしたい。 なると、水は地面にしみこまず、排水能力を超えると氾 濫する。都市のヒートアイランド現象も豪雨の発生を加 速させている。全国の市街地を流れる都市中小河川のか なりの部分は、1時間50㎜の雨への防備ができていない。 東京都では、神田川・環状7号線地下調整池を建設し、 これに備えている。 ジャンプアップ! ●新旧の地形図比較で災害の危険度を考える 生徒たちには、この機会に居住地域の地形図にふれさ せたい。2万5千分の1と5万分の1の地形図の購入方 法は、 国土地理院のホームページを見てほしい。明治 (迅 速測図) 、大正、昭和、平成にわたって経年比較すると、 ■参考文献(日本のおもな自然災害の一覧や災害対策本も含めた) 本 ・今村遼平『これだけは知っておきたい 安全な土地の選び方』1985 鹿島出版会 ・藤吉洋一郎監修『いのちを守る!災害対策大百科 第1巻 災害はこ うしておきる!−歴史と仕組み編−』 『同左第2巻 災害がおきたら こうなる!−予測と備え編−』 『同左第3巻 災害がおきたらこうしよ う!−対処と行動編−』2008 日本図書センター ・北原糸子・松浦律子・木村玲欧編『日本歴史災害事典』2012 吉川弘 文館 ・夏緑『子どものための防災BOOK 72時間生きぬくための101の方法』 2012 童心社 ・片田敏孝『命を守る教育 3.11釜石からの教訓』2012 PHP研究所 ・ 『なるほど知図帳 日本の自然災害 危機の対策』2012 昭文社 DVD ・藤吉洋一郎ほか3名監修『日本列島 大災害の記録 Vol.1地震・津 波・噴火編、Vol.2気象災害編、Vol.3大災害に学ぶ編』2008 NHK エンタープライズ 20 ちりさんぽ 〜地形図とともに出かけよう〜 都心の住宅地で 河川争奪跡をたどる 監修 東京学芸大学 教授 加賀美雅弘 解説・写真 中央大学附属中学校・高等学校 松下 直樹 写真 帝国書院 東京都大田区・世田谷区・目黒区 この地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「東京西南部」を使用したものである。 凡 例 今回のちりさんぽ 行程10㎞・ 15,000歩・所要時間4時間 (2012年11月実施) 写真の方向 さんぽルート 5 2 3 6 九品仏川緑道 (九品仏川の暗渠部) GOAL GO AL 4 かつての九品仏川 (推定) 1 ST STAR TAR ART T 第9回のフィールドは、武蔵野台地の南東端に位置する大田 区から世田谷区を経て目黒区へと向かうルートです。まず、東 急多摩川駅付近にのびる見晴らしのよい高台に登ると、国指定 かめのこやま こ ふん 史跡の前方後円墳である亀甲山古墳をはじめ、8基からなる多 摩川台古墳群があります。かつて、この地を治めていた権力者 がその力を誇示するために、多摩川を望む高台の景勝地に墓を 築かせたものと推察されます。 次に訪ねる大田区田園調布では、武蔵野台地上の緩やかにう ねる丘陵部に計画的な住宅地として開発された景観を確認する ことができます。都内有数の高級住宅街を特徴づけている半円 状の道路と、駅から放射状に伸びる直線の並木道を地形に目を 配りながら歩くと、意外に起伏が多いことに気づきます。また、 急坂や馬坂と名づけられた急勾配の坂も多く、急傾斜地に建設 された住宅もしばしば目にします。田園調布の開発は、渋沢栄 一とその息子・秀雄が追い求めたモダンなアーバンデザインを 大いに反映したものであり、今も邸宅が並ぶ街並みに往時の面 影をたどることができます。 と ど ろ き けい こく さらに、世田谷区にある等々力渓谷に向かいます。ここは、 や ざわがわ 25 かいせきこく 谷沢川の下方侵食によって形成された開析谷です。谷壁にはい くつかの露頭が観察でき、透水層である礫層と不透水層である 粘土層との境目から流れ落ちる湧水が滝となって川に注いでい ます。 等々力渓谷を刻んだ谷沢川は、かつては不動の滝などの湧水 を源流とする短い河川でした。ところが、この川は豊富な湧水 こくとうしんしょく によって激しい谷頭侵食を進め、流路を北に伸長しながらやが く ほんぶつがわ て九品仏川に到達しました。東急大井町線の等々力駅付近で九 品仏川に合流した谷沢川は、九品仏川の上流部を奪い取る形で 現在の流路を形成しました。この地は谷沢川と九品仏川との河 川争奪の事例としてよく知られています。 一方、河川争奪が起こる以前の九品仏川は、現在の谷沢川上 流部を源流として東に向かって流れていました。しかし、谷沢 川に上流部を横取りされた九品仏川の流水が枯れたため、世田 じょうしん じ 谷区にある浄真寺付近を水源とするようになりました。等々力 駅の北側から浄真寺付近にかけて、ほぼ東急大井町線に沿うよ うに今も緩やかな谷状の窪地が続いていますが、これはかつて の九品仏川の流路跡であると推測されます。 現在、九品仏川は浄真寺付近から目黒区自由が丘の繁華街を のみがわ 流れ、さらに呑川へと注いでいます。これらの流路の大部分は あんきょ 暗渠となっており、浄真寺の北に隣接する公園内の遊歩道、九 品仏川緑道や自由が丘駅前の遊歩道などに整備され、憩いの場 として利用されています。 1 4 2 5 6 3 ■写真解説■ 1田園調布の駅舎と道路:田園調布は、実業家・渋沢栄一が発起人とな ■ り創設された田園都市株式会社によって、1918 (大正7)年に日本初の 4等々力駅に近い谷沢川のカーブ(九品仏川との河川争奪):谷沢川は、 ■ 豊富な湧水によって谷頭を侵食しながら流路を北に伸長し九品仏川に 計画的な住宅専用の市街地として開発された。都内有数の高級住宅街 到達した。九品仏川との河川争奪に勝った谷沢川は、九品仏川の上流 であり、写真のような欧風の駅舎、そこから放射状にのびる直線の並 部を横取りする形で現在の流路となった。写真は谷沢川上流に向かっ 木道、さらに住宅街を走る半円状の道路が印象的である。田園調布に て見たもので、急カーブを描く流路には、谷沢川が九品仏川に到達し 建設された道路は道幅が思いのほか狭く、歩道が整備されている道路 流水を争奪したようすがうかがえる。河川争奪の地形は、この他に山 も限られている。これは、ヨーロッパの田園都市と大きく異なる点であ 口県岩国市の錦帯橋で著名な錦川水系の宇佐川と高津川との間で起き るが、おそらく開発当時、自動車の交通はまだ多くなかったのであろう。 きんたいきょう にしきがわ たものなど日本各地で確認することができる。 2等々力渓谷:豊富な湧水によって、南から谷頭を掘り込みながら九品 ■ 5旧九品仏川周辺の緩やかな傾斜:谷沢川との河川争奪が起こる以前の ■ にともなって活発化した下方侵食によって武蔵野台地の南東端に全長 つての九品仏川の流路に向かって左岸から撮影したもので、前方の低 約600mに及ぶ深い谷を刻んだ。写真のように緑豊かな渓谷は、都市 い土地(横断歩道付近)を九品仏川が右から左へ流れていたことが推 住民にとって絶好の憩いの場となっている。 測される。地形図にも幅の広い谷が谷沢川の上流部から九品仏川の現 仏川まで到達した谷沢川は、九品仏川の流水を奪い取り、水量の増加 ■ 3不動の滝とその周辺の地層:右写真のように等々力渓谷の谷壁には、 上から黒土層、立川・武蔵野ローム層、武蔵野礫層、東京層などを観 察することができる。武蔵野台地を流れてきた地下水は透水層である 礫層が露出するところで湧出する。左写真にみられるように苔むした 九品仏川は、現在の谷沢川の上流部を源流に流れていた。写真は、か 在の源流である浄真寺付近にかけて続いていることが読み取れ、かつ ての九品仏川の流路をたどることができる。 6九品仏川跡の遊歩道:1974年以降、九品仏川では暗渠化が進み、現在 ■ は遊歩道や緑道が整備されている。写真左側に立ち並ぶ住宅は、道路 露頭の表面の状況から、谷の壁面からの湧水がいかに豊富であるかが 面から階段で玄関にあがるようになっており、水に備えた住宅の構造 わかる。 から、この遊歩道が九品仏川の流路であることがわかる。 26 地理の写真館 地域学習からみえるもの 写真・文 鳥取県立智頭農林高等学校 ① ● ② ● ③ ● ④ ● ⑤ ● 地理教育のなかで必要性がうたわれているものの、なかなか実施 部への移住が進み、現在では通年で居住しているのは2戸のみであ できていなかった地域調査に取り組んだ。本校の位置する鳥取県八 る。日中に畑仕事などのために通ってくる10世帯ほどの「通いの住 頭郡智頭町は県の東南部に位置し、周囲を山に囲まれた典型的な中 民」によってかろうじて集落が維持されている。いわば限界集落を 山間地域である(写真①)。このような地域で派生する課題とは、 はるかに超えた「超限界集落」である(写真②) 。この集落の実態 や ず ぐん ち づ ちょう 多くの地域がそうであるように、人口流出に伴う地域経済、地域コ に迫るためには、地域の住民と関わることによってしかできない。 ミュニティの崩壊である。本町も1970年代には1万2000人の人口を 「 (1mを超す)雪の重みで屋根が壊れると、 (そこに住んでいない 維持していたが、2010年には8000人を割り込むようになっている。 のでお金をかけて)修理することはねーな」 。住民の方から出てく この影響が最も顕著に現れている中心商店街への個別訪問と、山間 る言葉に、この集落を維持していくことの困難さを実感する。生徒 地域にある集落での聞き取り調査を行った。 たちの反応も「川の水がとてもきれい。自然がいっぱいで素敵なと 中心商店街では、シャッターを降ろした店舗や空き地が目につき、 ころなのに後継者がいないのが残念」と自分の感覚を素直に表現し 人通りもほとんどない。生徒たちの聞き取りのようすを側で聞いて ている(写真⑤) 。 いると、 「もうこんなになっちゃって…」という商店主たちの諦め 地域学習の授業では、地元の商工会や町役場から資料を入手し、 にも近い嘆きの声が聞こえてきた(写真③)。聞き取りデータを起 それをもとに地域の傾向を把握することは十分可能である。しかし、 こし、観察したデータを地図に記入していく。意味のある活動に参 そこには数字やグラフの裏にある人々の生活や息づかいは伝わって 加することは、そのプロセスのなかで必ず言葉を媒介とした言語活 はこない。地域の人と関わることが、地域の課題を自分ごととして 動が伴ってくる(写真④)。 とらえ、 「なんとかせなぁいけん」と思えるかどうかが、地域を担 一方、町の中心部から車で15分程度の距離(標高差270m)の山 う人材の育成につながることになる。地域の課題は地域ごとに異な 中にある板井原集落は、昭和30年代の山村集落の遺構を色濃く残し りその答えはない。問題点は把握できたとしても、その先の答えは ていることから、鳥取県の伝統的建造物群保存地区に指定されてい 教科書には書いていないだけでなく、実は誰もわかっていない。 る。中央のメディアで取りあげられることもあり、年間1万人近く オープンエンドな課題を自分ごととしてとらえ、その解決に向かっ の観光客が訪れる智頭町の観光名所の一つでもある。かつては23戸 た何らかの活動に参画できるかが、現地調査を介した地理教育に求 の居住者がいたが、生活の困難さから30年ほど前から智頭町の中心 められている。 いた い ばら 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4