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東京湾底質における福島第一原子力発電所事故由来の 放射性セシウム

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東京湾底質における福島第一原子力発電所事故由来の 放射性セシウム
BUNSEKI KAGAKU Vol. 62, No. 12, pp. 1079-1086(2013)
© 2013 The Japan Society for Analytical Chemistry
1079
アナリティカルレポート
東京湾底質における福島第一原子力発電所事故由来の
放射性セシウムの濃度変化
添盛
晃久 ,小豆川勝見 ,野川
1
1
憲夫 ,桧垣
正吾 ,松尾
2
基之
2
Ⓡ1
ドの再処理工場で 1957 年に起きた事故後などで実施例が
1 緒 言
.溶存態のセシウムの化学的性質として,土壌を
ある
12)13)
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災に伴って発生した福島
構成する微細粒子に吸着すると離れにくいという性質 は
第一原子力発電所事故により,大量の放射性核種が東日本
地上で広く確かめられており,河川並びに海洋中でも微細
を中心に広く拡散した
1)∼11)
14)∼17)
.事故の被害は大きく,
14)
粒子に吸着して移動すると考えられる .
15)
今後長期にわたって被ばくによる悪影響が懸念されてい
ここで事態を複雑にしている要因として,日本は世界の
る.今回の事故による放射性核種の拡散を正確に把握する
中でも多雨の国であること,河川が広く分布していること
ことは,事故直後から将来にわたる被ばくの程度を見積も
などから,今回の事故後いったん地表に沈着した放射性セ
るうえで極めて重要であることは言うまでもない.事故当
シウムが土壌の微細粒子とともに再度移動し河川に流出
初被ばくの影響が懸念されていたのは,主にヨウ素 131
後,沿岸域で沈降するという二次拡散も懸念されている.
( I),テルル 132( Te)セシウム 134( Cs),セシウム
そのため,発電所の近海だけではなく,新潟県 などの日
137( Cs)である.事故後 2 年以上経過し,短半減期核
本海側地域や,岩手県釜石湾 のような,発電所からの直
131
132
134
137
種である
I(半減期約 8 日)や
131
Te(同約 2 日)は検出
132
できなくなっている一方で,半減期約 2 年の
年の
Cs,同約 30
134
16)
17)
接の汚染は大きくない水域においても,事故直後の拡散に
加えて二次拡散の影響も検討する必要がある.
Cs は,引き続き検出・測定される核種として研究対
東京湾は,このような二次拡散の影響が懸念される地域
137
象となっている.
事 故 後, 土 壌
の一つである.原子力規制委員会・海上保安庁や千葉県が
,森林 ,大気 ,河川 など様々な
4)
5)
6)
7)
8)
湾内の複数地点で定期的なモニタリングを行っている
18)19)
フィールドで,多種多様な分析化学的手法を駆使してこれ
が,海上保安庁の定点観測によると ,荒川河口から南東
らの核種の拡散に関する知見を得ようとする動きが高まっ
約 7 km 地点で 2011 年 8 月から 2012 年 7 月にかけて
ている.それらの中で,海洋への拡散
は,沿岸域の住民
9)10)
18)
−1
が 14 Bq kg
−1
乾 土 か ら 40 Bq kg
−1
乾土から 66 Bq kg
−1
134
Cs
乾 土 へ, Cs が 20
137
乾土へと,有意に増加してい
への影響だけでなく,水産業への影響や,海流を通じての
Bq kg
海外諸国への影響なども併せて懸念されており,研究の進
る.江戸川・荒川など大規模な集水域があり,北関東 ∼ 東
展が待たれているフィールドである.
関東に沈降した放射性セシウムが雨水などによって集めら
文部科学省などによる定期的なモニタリング による
11)
と,2013 年 1 月時点で,福島第一原子力発電所付近の千葉
県から宮城県にかけての沿岸域では,海水中に
−1
−1
約 0.001 Bq L , Cs が最大約 0.008 Bq L
137
Cs が最大
134
検出されてい
る.一方,同時期・同地域で,海底土(底質)では, Cs
れそれらの河川を通して東京湾に集積していると考えられ
るが,統合的なデータ提示・議論はまだなされていない.
また千葉県の報告によると ,2013 年 2 月時点でも底質中
19)
で
Cs, Cs が検出される地点があるが,両者の濃度の和
134
137
−1
乾土と開き
134
は,検出されている地点でも 11 ∼ 129 Bq kg
乾土
がある.湾内の底質でも一様に汚染されているのではな
と,海水と底質との密度差を考慮してもオーダーが大きく
く,何らかの物理的化学的機構が働いていると推定されて
異なり,海水中の放射性セシウムは拡散しやすいが,底質
いる.
−1
が最大約 130 Bq kg
−1
乾土, Cs が最大 240 Bq kg
137
では海水に比べて拡散しにくい状況が確認できる.底質で
一方で東京湾においては,かつて埋立地用あるいは航路
の放射性物質の濃度変化に関する研究は,英セラフィール
確保のために掘削がなされており,自然海底(平場)より
も局地的に数メートル ∼ 十数メートル水深が深くなって
1
2
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 : 153-8902 東京
都目黒区駒場 3-8-1
東京大学アイソトープ総合センター : 113-0032 東京都文京区
弥生 2-11-16
いる浚渫窪地(深堀)という特異的な地形
20)∼22)
がある.こ
の地形が,東京湾で生じる青潮などの環境問題の原因だと
して,水質に関する研究や海底生物に関する研究などが行
B U N S E K I K A G A K U
1080
われている
Vol. 62 (2013)
.それらの研究によると,深堀においては
22)
23)
2 実 験
単に物理的な高低差だけではなく,たとえば塩分 ,懸濁
24)
態炭素の集積 ,海水中の硫化物イオン濃度 といった点
2・1 試料採取
において平場と大きく異なる性質を示している.このよう
東京湾内,千葉県千葉市美浜区(幕張地区)の湾岸から
な地形では,研究報告こそなされていないものの,放射性
約 1 ∼ 3 km の沖合において,深堀 2 地点(調査点 1,調査
25)
26)
セシウムの濃度変化においても自然海底と異なる傾向を示
点 2)と平場 1 地点で採取した.採取地点の詳細は Fig. 1
すことが予想される.
に,試料の採取日と各地点の水深及び採取試料の平均含水
そこで著者らは,このような特異的な地形を持つ東京湾
率については Table 1 に示す.採取地点付近では東京港埠
の幕張沖を調査地とし,深堀底質と平場底質との間で放射
頭㈱発注の水底土砂埋戻し工事が複数年度にかけて行われ
性セシウム濃度の変化傾向にどのような違いがあるか分析
ており,深堀では時期によっては一部採取不可のものも
を行った.事故以前の 2010 年 8 月から 2013 年 2 月まで半
あった.
年おきに計 6 回同一地点で採取した底質試料について,
Cs と
試料採取にあたっては,直径 11 cm × 長さ最大 50 cm の
Cs の濃度を測定し,その時間変化並びに地形で
円柱状採泥が可能な HR 型不撹乱柱状採泥器(離合社)を
の傾向の差異について検討することにした.検討にあたっ
用いた.採泥器を湾上から投下し自重で貫入させ,引き揚
ては,半年刻みの経時変化の傾向を考察するとともに,
げて十分量の底質が採取されていることを確認し,すみや
2012 年 8 月の試料と 2013 年 2 月の試料の一部では深さ方
かに採泥器内側のアクリルパイプを取り出しゴム栓で密閉
向の変化傾向の考察も試みた.
した.
134
137
2・2 試料調製と測定
採取した底質試料はまずアクリルパイプごと直立させた
まま約−50 ℃ の冷凍庫で 24 時間程度凍結し,凍結後,熱
水をアクリルパイプ表面に注ぐなどして試料表面を急速に
解凍することで,試料の形を崩さないまま押し出して任意
の幅で切断することを可能とした.この手法を用い,経時
変化を見るための試料は表層から 3 cm を切断し,鉛直方
向の変化を見るための試料は表層から 6 mm ないし 3 cm
で切断を行った.またこの切断幅の決定にあたっては,東
京湾において鉛 -210 堆積年代測定法 を用いた堆積速度の
27)
実施例があり,約 1.2 cm y
−1
と報告されている ことを考
28)
慮した.
切断した試料を観察したところ,深堀底質は泥状になっ
ており,平場底質では砂状になっていることを確認した.
次に,オーブンで 110 ℃・12 時間以上加熱乾燥し,加熱
Fig. 1
前後の試料質量の値から含水率を算出した.乾燥後,すり
Sampling points
鉢などで砕塊し密度が一様になるようにした.このような
Circles ( ● ) on the right map; our sampling points (A
is the deeper site 1, B is the deeper site 2, and C is
the shallower site).
Table 1
作業は,γ 線の検出効率を上げるために行うものである.
その後,U8 容器に試料が 10 ∼ 40 mm 程度の高さになる
Water depth and average water content of sediment sample at each sampling site
Deeper site 1
Deeper site 2
Shallower site
sampling
date
water depth/m
water content/%
water depth/m
water content/%
water depth/m
water content/%
2010/7/20
2011/2/16
2011/8/22
2012/2/21
2012/8/22
2013/2/18
̶
̶
19
18
19
19
̶
̶
93
87
85
86
25
23
26
25
26
̶
67
74
71
69
84
̶
18
10
11
10
11
11
58
63
63
64
69
68
アナリティカルレポート 添盛,
小豆川,
野川,
桧垣,
松尾 : 東京湾底質における福島第一原子力発電所事故由来の放射性セシウムの濃度変化
半減期補正を施した
1081
Cs, Cs の濃度変化のグラフを
134
137
Fig. 2 に示す.
先述のとおり,今回の測定結果には,いったん加熱乾燥
を行い放射能濃度を測定した後に含水率補正を施して湿重
量あたりの値として算出したものを用いる.加熱乾燥した
ものを測定することで湿潤状態よりも測定の精度を上げる
一方で,再度含水率補正を施すのは,実際の海底での放射
性セシウム濃度を議論できるようにするためである.
2010 年 8 月,2011 年 2 月の採取試料ではすべての地点
で
Cs, Cs とも検出されなかった.事故前から,過去の
134
137
海外諸国の核実験などの影響で
Cs をはじめとする長半
137
減期の核種が東京湾でも微量検出されるという報告 も
17)
あったが,今回の考察の際には無視できるといえる.
Fig. 2 Time dependence of the radioactive cesium
concentration (wet basis) in sediments of Tokyo-bay
▲ , 134Cs conc. at deeper site 1; △ , 137Cs conc. at
deeper site 1; ● , 134Cs conc. at deeper site 2; ○ , 137Cs
conc. at deeper site 2; ◆ , 134Cs conc. at shallower site;
◇ , 137Cs conc. at shallower site.
2011 年 8 月の試料からは,すべての地点で
134
137
Cs, Cs
が検出された. Cs が全地点で検出され,かつ,測定誤差
134
を勘案すると両核種が事故当初ほぼ 1 : 1 で検出されたと
いう報告 とも一致することから,今回の事故由来の放射
29)
性セシウムと断定できる.
この時点では,平場での濃度が深堀の調査点 1,2 の濃度
ように封入し,東京大学アイソトープ総合センターの高純
よりも 2 ∼ 3 倍程度上回っている.この時点での汚染が事
度 Ge 半導体検出器(princeton gamma technologies)で
故直後のフォールアウトにより直接もたらされた結果なの
γ 線測定を行った.試料の放射能に応じて 3600 ∼ 14400 秒
か,それとも二次拡散による影響なのかはまだ判断できな
間(live time)測定した.計数効率補正には,放射能標準
い.しかし海底の落とし穴的な形状にある深堀にはまだ放
体積線源 MX033U8PP(日本アイソトープ協会製)を用い
射性セシウムが多くはたどり着いておらず,平場付近に主
て充填高さごとに算出した計数効率を用いた. Cs は
に分布している状況が推定できる.
137
−1
661.7 keV のピークから放射能濃度(Bq kg )を求めた.
次に 2012 年 2 月時点では,すべての地点で
134
137
Cs, Cs
134
Cs は最も放出率の高い 604.7 keV をはじめとし,検出で
の濃度が増加している.2011 年 3 月の事故後,新たに両核
きた複数のピークから加重平均を求めた上で放射能濃度を
種が大規模に拡散されたという報告はない.また,フォー
算出した.またサムピークによる補正も行った.測定の精
ルアウトにより直接もたらされた放射性物質ならば,その
度としては,95.5 % の信頼度が期待できる信頼限界(標準
ままとどまるか,海流などにより拡散されて濃度が低くな
偏差)2σ を定め,その信頼度の範囲で濃度の値を算出し
ることが予想されていたが,結果としては,そのような見
た.それに満たない測定結果は不検出として棄却した.
通しよりも,河川を通して関東近辺に沈降した放射性セシ
乾燥状態で得られた底質の放射性物質の濃度に,含水率
を加味し,乾燥前の濃度を算出した.さらに,すべての試
ウムが集められ東京湾に流れてきた,すなわち二次拡散の
影響が強く表れたものと考えられる.
料で 2011 年 3 月 21 日時点に半減期補正を施した.半減期
ここで注目すべきは深堀の両地点と平場との濃度増加傾
補正を同一日に設定することで,同一地点での異なる採取
向の違いである.2011 年 8 月時点では平場の方が高濃度
日の放射性セシウム濃度を比較し,その増減により,採取
だったが,2012 年 2 月時点では逆転し,深堀の調査点 1,
日においてまだ壊変していないものとすでに壊変してし
調査点 2 ともに平場を 2 ∼ 3 倍程度上回る濃度となってい
まったものを合わせて「事故当初放射性セシウムだったも
る.これは深堀では海流の影響を受けにくく ,放射性セ
の」の移動を議論することができる.半減期補正を 2011 年
シウムを吸着した粒子が移動しにくい一方で,平場から移
3 月 21 日時点に設定したのは,原子炉からの大規模な放出
動してきた粒子を深堀が集積するという,いわば一種の
が既に収束している時期だと考えられたためである.
ホットスポット的役割を深堀が果たしていると言える.こ
3 結果と考察
3・1 底質における
Cs, Cs の半年ごとの濃度変化
134
137
30)
こに,深堀の特殊性が,今回の放射性セシウム拡散におい
ても確認されたことになる.
そして 2012 年 2 月以後,深堀と平場で濃度の増加ある
2010 年 8 月から 2013 年 2 月まで,同一地点で半年おき
いは減少がすべて同時に生じているが,一貫して深堀の方
に採取した表層 3 cm の底質試料について,含水率補正と
が高濃度になっている.このことから,先述したような
B U N S E K I K A G A K U
1082
Vol. 62 (2013)
明らかにされた.
そして 2013 年 2 月の試料では,2012 年 8 月分に比べる
と,横ばいあるいは微増傾向を示した.事故後に地上で行
われた土壌分析結果では,微細粒子に吸着した放射性セシ
ウムは土壌表層に集中して残存し
,時間が経っても
4)15)33)
下の層へ沈降しにくい という性質が明らかになってい
33)
る.しかし,この知見が海底の底質にも当てはまるかどう
かはまだ確かめられていない.そのため今回の,表層 3 cm
で横ばい・微増傾向となっていることの説明には,河川か
らの流入も,流出して太平洋へ拡散していくことも行われ
ず,状態が維持されているという説明と,流入が引き続き
行われている一方で拡散あるいは放射性セシウムを吸着し
た粒子の底質深部への沈降が進み,表層部分では見かけ上
濃度の大きな変動とはなっていないという説明とができる
だろう.
どの説明が妥当かを議論するデータとしては,Fig. 2 で
示した表層 3 cm の経時変化のみでは不十分であるため,
Cs, Cs の鉛直方向の濃度変化も検討することにした.
134
137
3・2 底質における
Cs, Cs の鉛直方向の濃度変化
134
137
2012 年 8 月から 2013 年 2 月にかけての放射性セシウム
Fig. 3 Depth profile of the radioactive cesium
concentration at deeper site 2 on 2012/8/22
の濃度変化を説明するために,著者らは,2012 年 8 月と
Upper bar, 134Cs conc.; Lower bar, 137Cs conc. (Bars
with dotted line show the detection limit of each
nuclide).
く数十 cm にわたり深さ方向に 6 mm ないし 3 cm に切断し
2013 年 2 月に採取した試料のうち,表層 3 cm だけではな
た試料を用い,放射性セシウム濃度の鉛直分布についても
測定・議論することにした.2012 年 8 月の深堀調査点 2 で
の鉛直分布のグラフを Fig. 3,2013 年 2 月の深堀調査点 1
ホットスポット的な機能は一時的に生じるものではなく長
でのグラフを Fig. 4,平場でのグラフを Fig. 5 に示す.濃
期間持続するものと考えられる.
度について,検出下限に満たない値であったものについて
2012 年 8 月の採取試料では,引き続き
Cs, Cs とも
134
137
は,グラフ中では検出下限値を点線の棒で示した.縦軸の
に検出されたが,2012 年 2 月時点と比べて一様に濃度は低
深さは底質表面からの深さを表し,切断層の中間の深さ,
下した.東京湾では今回の事故後 3 年間は放射性セシウム
たとえば 0.0 ∼ 0.6 cm の層では 0.3 cm と記した.
の濃度が上昇するだろうというシミュレーション結果も報
まず 2012 年 8 月の深堀調査点 2 のグラフについて考察
告されている .シミュレーションでは荒川・旧江戸川の
を行う. Cs は 17.7 cm までのすべての層で検出(17.7 cm
大規模な集水域の河口付近について述べられているが,著
で 1.19 Bq kg
者らが調査対象とした東京都幕張沖で採取した実試料(表
により放出されたものも含まれている可能性がある.一方
層 3 cm の底質試料)では, Cs, Cs 濃度は事故後 1 年
で
5 か月時点で減少に転じた.この付近では主な河川として
は今回の事故由来の放射性セシウム吸着粒子がその深さま
花見川がある.花見川は,その上流に印旛沼があり,千葉
で沈降している証拠となる.また今回の採取試料のうち 10
県のモニタリングによると , Cs と
Bq kg
31)
134
32)
137
134
−1
2013 年 3 月時点で 520 ∼ 2680 Bq kg
Cs の濃度和が
137
と一定の汚染が認め
137
−1
検出)されているが,これは過去の核実験
Cs は 11.7 cm で 1.27 Bq kg
134
−1
−1
検出されている.こちら
を上回る,相対的な高濃度層は,多少のばらつき
はあるものの 2.7 ∼ 5.7 cm の層だといえる.
られる沼だが,主には利根川方向へ流出していくので,花
鉛 -210 堆積年代測定法を用いた堆積速度測定について
見川流域には大きな影響を及ぼさないと考えられる.その
は,堆積粒子の沈積速度が一定で,かつ堆積後の再移動が
ため,荒川・旧江戸川河口付近での予想と異なることもあ
ないことを前提としている .著者らが採取した試料は約
り得る.このように,実試料を測定することで,東京湾の
20 ∼ 30 cm の表層部分に着目しているため,粒子の撹乱・
中でも,数 km 離れると濃度の増減は地点ごとに異なる傾
浮遊などが生じており,今回の測定結果について,この知
向を示すという,シミュレーションでは不明瞭だった点が
見はある程度は当てはまらないものと予想されていた.実
34)
アナリティカルレポート 添盛,
小豆川,
野川,
桧垣,
松尾 : 東京湾底質における福島第一原子力発電所事故由来の放射性セシウムの濃度変化
1083
Fig. 5 Depth profile of the radioactive cesium
concentration at shallower site on 2013/2/18
Upper bar, 134Cs conc.; Lower bar, 137Cs conc. (Bars
with dotted line show the detection limit of each
nuclide).
と言える.
Fig. 4 Depth profile of the radioactive cesium
concentration at deeper site 1 on 2013/2/18
134
137
Upper bar, Cs conc.; Lower bar, Cs conc. (Bars
with dotted line show the detection limit of each
nuclide).
次に同日の平場の結果について論じる.放射性セシウム
が検出されたもっとも深い層は, Cs で 15.3 cm(濃度
134
−1
−1
1.80 Bq kg ), Cs で 18.3 cm(濃度 0.882 Bq kg )だっ
137
た.この採取地点においても粒子の沈降は盛んに行われて
いたと言えるが,同日の調査点 1 の濃度傾向と比べると沈
降が進んでいない.また,深堀での二つの採取試料と異な
−1
際に測定結果によると,事故由来の放射性セシウムを含む
る特徴としては,10 Bq kg
を上回る層がなく,表層から
層は事故後 1 年半で 10 cm 以上のところまで沈降している
10.5 cm まで広く一様な濃度分布を示していることが挙げ
ことが示されたのは大変興味深い.
られる.
次に 2013 年 2 月の調査点 1 について考える.この試料
以上のように確認された放射性セシウム濃度の特徴的な
で放射性セシウムは, Cs, Cs ともに,27.3 cm までの
鉛直分布は,単なる撹乱・浮遊による影響以上の,海底表
すべての層で検出され,27.3 cm での濃度はそれぞれ 1.08
面での粒子移動メカニズムを明らかにする手がかりとな
134
−1
Bq kg ,1.11 Bq kg
−1
137
だった.Fig. 3 と Fig. 4 は採取場所
る.粒子移動の要因として,底質中を流れ動いている間隙
が異なる(前者は調査点 2,後者は調査点 1 となっている)
水の動きと共に,放射性セシウムを吸着している微細な粒
が,3・1 節で議論した経年変化によると,濃度の傾向はほ
子も移動しているというメカニズムが考えられる.この考
とんど同じなので,両者を比較しても意味のある議論がで
えに基づき深堀と平場を比較すると,底質の粒状の影響も
きると考えられる.その考え方に基づくと,放射性セシウ
考慮して説明できる.試料採取の際,深堀底質で泥状,平
ム吸着粒子は半年でさらに 10 cm 以上深く潜り込んだこと
場底質で砂状となっていることを著者らは確認していた.
になる.また表層から 10.5 cm まで広い層で 10 Bq kg
−1
上回っているが,その中でも 15 Bq kg
−1
を
を上回っている,
また,今回の実験に先立ち 2009 年 9 月 4 日に平場と深堀と
で採取した底質試料について,粒径分布を測定したところ,
相対的高濃度層は,4.5 ∼ 8.1 cm の層だとみられ,こちら
平場でのメジアンは 75 μm,深堀でのメジアンは 15 μm と
も 2012 年 8 月の鉛直分布から約半年間でさらに沈降した
いう値を示し,目視観察結果とも整合している.泥状の粒
B U N S E K I K A G A K U
1084
Vol. 62 (2013)
子の層よりも砂状の粒子の層のほうが,明らかに粒子間の
経時変化では,平場と深堀とで濃度増加・減少は同時に
間隙が生じやすいため,間隙水が伝わりやすく放射性セシ
推移していたものの,そのペースは大きく異なっていた.
ウムを吸着した微細粒子が良く移動し,そのために広く一
事故直後の 2011 年 8 月には平場の方が高濃度だったが,
様な濃度分布となったと考えられる.
2012 年 2 月には深堀の方が濃度が大きく上昇し,以後は深
堀の方が常に平場より高濃度となる状況が維持された.海
3・3 インベントリを用いた議論
底の落とし穴のような見かけを持つ深堀は,放射性セシウ
ここで,さらに考察を進めるために,三つの採取試料そ
ム吸着粒子の沈着においても,一度そこに落下すると拡散
れぞれに対し,インベントリ(単位面積当たりの降下量)
しにくくとどまりやすいという,いわば海のホットスポッ
を算出する.算出に当たっては,まず乾燥試料の放射性セ
ト的な役割を果たしていると考えられる.
シウム濃度(半減期補正は 2011 年 3 月 21 日に統一)と乾
鉛直分布も加味したところ,時間が経つにつれて放射性
燥試料の質量とをかけ合わせ,切断層ごとの放射性セシウ
セシウムを多く含む層が下方に沈降している様子が確認で
ム量( Cs と
Cs の和)を得る.層ごとに算出したこの
きた.これは,海底表面での撹乱・浮遊などによる移動メ
放射性セシウム量について,最上層から最下層までの和を
カニズムだけではなく,放射性セシウムを吸着している微
とることで,採取したアクリルパイプ内の放射性セシウム
細粒子が間隙水と共に物理的に下方に拡散していることも
の総量が得られ,その値に対しアクリルパイプの断面積で
影響していると考えられる.またその鉛直方向への拡散
割ることで,その採取試料におけるインベントリを得る.
も,底質の土壌成分が異なる深堀と平場では,後者の方が
このようにして得られた三つの採取試料のそれぞれのイン
均一に分布しやすいという違いが確認できた.インベント
134
137
ベントリ値を用いて議論を進める.
リも考慮すると,2012 年 8 月から 2013 年 2 月にかけて,
まず,2012 年 8 月に深堀の調査点 2 で採取した試料と
表層付近の濃度は微増あるいは横ばいとなっていたが,実
2013 年 2 月に深堀の調査点 1 で採取した試料のインベント
は河川からの流入は引き続き行われており,各地点で放射
−2
リを比較する.計算の結果,前者は 1.57 × 10 Bq m ,後
3
−2
性セシウムの分布が一定になっていたのではなく流入と底
という値となった.3・1 節で議論し
質深くへの沈降が進むことで表層付近だけ見かけ上濃度が
た経年変化では,2012 年 8 月から 2013 年 2 月にかけて表
横ばいとなっていると言える.またそのメカニズムも,深
層部分でほとんど横ばいに近い微増変化となっていたが,
堀の方で盛んになされていたことが確認できた.
者は 6.92 × 10 Bq m
3
インベントリ値並びに 3・2 節の議論とをあわせて考える
分析化学的手法を用いて得られた以上の研究成果は,今
と,状況が変化せず維持されていたのではなく,河川など
回の福島第一原子力発電所事故が及ぼす近海への長期的影
からの流入は引き続き進んでいる一方で底質深くへの沈降
響を考えるうえで非常に有益な知見であると言える.この
も進んでいるという様子が解明できたことになる.
ような悲劇的な事故は世界で二度と起きてほしくないが,
次に,2013 年 2 月に採取した平場での試料のインベント
リについても加味して考察する.計算の結果,3.21 × 10
3
−2
万が一,新たな放射性物質拡散の問題が生じたときに,今
回得られた知見が初期の対応にも必ず役立ちうるだろう.
という値となった.2012 年 8 月採取の深堀試料に
さらに今回の研究成果は,放射性セシウムを吸着した「微
比べると大きな値となっているが,2013 年 2 月採取の深堀
細粒子」の挙動を確かめたことにもなり,長年未解明と
試料に比べると小さい.同時期で比較すると,3・1 節で述
なっていた海底表面の物質移動メカニズムの解明にもつな
べたように深堀の方が平場よりも放射性セシウムが集まり
がることが期待される.
Bq m
やすい「海のホットスポット」的な性質がここでも述べら
れたことになる.
以上の議論から,平場と深堀とで異なる挙動を示すこと
が,放射性セシウムを吸着した微細粒子の移動・拡散につ
いても言えることが分かった.
4 結 言
本研究では,福島第一原子力発電所事故由来の放射性セ
シウムが東京湾幕張沖にどのような流入傾向を進めている
のかを,半年おきの採取試料を用いて,特に深堀と平場の
性質に着目しながら解析・議論を進めてきた.議論にあ
たっては,表層 3 cm の経時変化と,鉛直分布の二つの視
点から考察した.
謝 辞
本研究の実施にあたっては住友財団の環境研究助成を受
けた.また本研究の一部は科学研究費補助金基盤研究 B
(22310006)の助成によって行われた.試料の採取にあ
たっては,三洋テクノマリンの支援を受けるとともに,測
定の一部を東京大学アイソトープ総合センターで実施し
た.ここに感謝の意を表します.
文 献
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B U N S E K I K A G A K U
1086
Vol. 62 (2013)
A Change in the Concentrations of Radioactive Cesium in Tokyo-bay’s
Sediments Released by the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Station Accident
1
1
2
2
Akihisa SOEMORI , Katsumi SHOZUGAWA , Norio NOGAWA , Shogo HIGAKI and Motoyuki MATSUO
1
2
Ⓡ1
Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, 3-8-1, Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8902
Radioisotope Center, The University of Tokyo, 2-11-16, Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0032
(Received July 16, 2013; Accepted September 4, 2013)
The concentration of radioactive cesium in sediments of Tokyo-bay, released by the
Fukushima Dai-ichi nuclear power station accident, was measured every half year from July ’10
to February ’13 in order to analyze the trend of concentration. The samples were collected at
two artificial deeper sites in dredged trenches and one natural shallower site, which were
located off Makuhari in Tokyo-bay, then they were brought into a Ge detector to measure the
γ-rays. According to an analysis of the upper layer of the samples, both 134Cs and 137Cs had
been detected since the samples of August ’11, and they must have been released by the
accident. Furthermore, from February ’12 to February ’13, the concentrations of 134Cs and
137
Cs in upper layer of sediments had been higher at deeper sites than shallower site. The
deeper sites look like pitfall traps for fine particles clinging to 134Cs and 137Cs, so we can call
these sites “the hotspot in the sea”. We also examined the depth profiles of 134Cs and 137Cs in
samples taken on August ’12 and February ’13. As a result, 134Cs and 137Cs were found to have
gone deeper in the sediment on February ’13 than on August ’12, and the inventory of them
was also larger on February ’13. In addition, this phenomenon was observed more clearly at
deeper sites than shallower site. Though 134Cs and 137Cs had not increased very much in
upper layer from August ’12 to February ’13, we clarified that they had been flowing into the
Tokyo-bay.
Keywords: radioactive cesium; Fukushima; sediment; Tokyo-bay.
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