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旭硝子における新事業 - Asahi Glass

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旭硝子における新事業 - Asahi Glass
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 57(2007)
旭硝子における新事業
―差別化技術が創出する新事業の展望―
New Business Development in AGC
–Vision for the new business based on competitive technologies–
佐藤 安雄
Yasuo Sato
執行役員 新事業推進センター長
Executive Officer, General Manager of New Business Promotion Center
当社事業の根幹は、素材と部材であり、「モノづくり」である。当社の持続的成長のため
には、新事業の創出は不可欠であり、また、競争力の根源は「技術力」である。本稿では、
「差別化技術」をプラット・フォームとした新事業創出の展望について述べる。
まず第一に、当社100年の歴史を振り返りながら、新事業創出にとっての「独自技術」の
重要性について述べる。1990年代後半から立ち上がったフラットパネル・ディスプレイ事
業は、当社の歴史上、最も代表的な新事業である。それ以前の事業が、基本的には技術導
入であるのに対し、革新的な「独自技術」が新しい事業を生み出したという点で、当社に
とって大きな転換期でもあった。
第二に、当社新事業創出の成功確率を高める為に、「事業ビジョン」構築の重要性を述べ
る。1996年に策定された新事業育成制度(NB制度)については、具体的な新事業開発の
テーマに取り組む中で、当社独自の新事業創出の基本スキームとして活用できることを示
す。今日までの新事業開発から失敗の教訓を導きながら、新事業開発の基本方針を述べる。
更に、現在進行中の具体的な新事業を紹介しながら、新たに顕在化してきた課題について
明らかにしている。
第三に、新事業の種の発掘についての展望を述べる。当社のコア技術である、「ガラス」
と「フッ素」は魅力的な素材であり、それを創り出す技術力は、競争力のある新事業を創
出する可能性を秘めている。当社の基盤であるコア技術のプラットフォームを、一歩一歩
着実に充実させていくという長期的な視点が、継続的な新事業の創出へとつながっていく
と考えている。
The AGC Group is a global materials and components suppliers. The basis of the
Company’s business is“Monozukuri(Quality Manufacturing)
”
. Creation of new
business is essential for sustainable growth of the Company, and the root of
competitiveness is“Technical Strength”
. In this paper, I express our vision for the
creation of new business with“Competitive technologies”as its platform.
Firstly, the paper refers to the importance of the“Company’s Original Technologies”
for the creation of new business by looking back over the history of the Company
spanning 100 years. The flat panel display business which grew up in the latter half of
the 1990s is the most representative new business in the history of the Company. It was
the greatest turning point for the Company in the sense that the innovative“Company’s
Original Technologies”created the new business, while business before that was
basically the introduction of foreign technologies.
−59−
旭硝子研究報告 57(2007)
Secondly, I express the importance of the construction of the“Business Vision”for
the purpose of enhancing success and establishment of the creation of new business of
the Company. The paper shows that the new business development system
(NB System)
created in 1996 can be utilized as a basic scheme for the creation of Company’s own new
business, while new business development themes are being handled. I express basic
policies of new business development, showing lessons of failures in the new business
development up to today. Further, the paper also introduces concrete new businesses
currently in progress, and clarifies newly revealed issues.
Thirdly, I also describe perspective of how to cultivate the seeds of new business.
“Glass”and“Fluorine”
, which are the core technology of the Company, are attractive
materials, and technologies to manufacture them have strong potential to create
competitive new business. The long-term viewpoint of enhancing steadily step by step
the“Core Technology Platform”as the Company’s foundation will lead to the creation
of continuing new business.
1.
まえがき
市場環境が常に変化する中で、継続的に発展し成
長を続けることは、企業にとって最大、かつ、もっ
とも困難な課題でもある。当社の100年の歴史を振
り返ると、今日まで発展を遂げてきた背景には、時
代の要請にこたえて、古い事業の土台の上に、新し
い事業を創出し、積み上げていくことによって、事
業を拡大してきた。
で示して
いる3つの主要事業領域は、当社の進むべき道を示
しているが、それを時間軸に展開して並べてみると、
開口部材事業をスタート台として第1の事業を構築
し、次にそれを土台として、第2の柱としてディス
プレイ部材事業を発展させ、更に第3の柱として未
来の牽引車とすべく、エレクトロニクス&エネル
ギー(以下、略してE&E)事業を育てていこうとい
う構図になっている。それぞれの事業領域の成長に
とって、新事業創出への取り組みが必要であるが、
特に第3の柱の構築への貢献が期待されている。
当社事業の根幹は、素材と部材であり、「モノづ
くり」である。新事業においても競争力の根源は
「技術力」が鍵であると考えている。ここでは、上
述 の 視 点 に 立 っ て 、「 差 別 化 技 術 」 を プ ラ ッ ト
フォームとした当社新事業の展望について述べる。
2. 「独自技術」が新事業を創み出す
2.1 100年の歴史からみた事業の変遷
新事業はどのようにして創出できるのか。当社の
風土や体質に合った新事業の創出のあり方を知る為
には、当社の歴史を振り返ってみることが、貴重な
示唆を与えてくれる。Fig. 1は、当社事業の変遷を、
マクロに示したものである。当社事業の発展は単調
な道のりではなく、ビジネスのライフサイクル、す
なわち、導入─成長─成熟─衰退のサイクルを経な
がら、古い事業の上に新しい事業が重なり合うよう
にして、成長してきていることがわかる。大きく捉
えると、ディスプレイ部材事業は、開口部材事業に
対する新事業になっており、E&E部材事業は、更な
る将来の成長を目指した新事業であるとも言える。
当社の事業の変遷を、技術的側面から見ると興味
深い事実がわかってくる。Fig. 1で示す、第1期、
第2期の事業の基盤となっている技術は「導入技術」
である。創業者が導入した並板ガラス成形法は言う
までもなく、板ガラスのフロート成形法、自動車ガ
ラスの曲げ成形法、CRT(Cathode Ray Tube)ガ
ラスの製造技術、フッ素材料の基本技術等々も導入
技術である。これらの事業は、他社に対していち早
く技術導入することによって、創業者利益を獲得で
きた。ただし、単に技術を導入しただけでは、事業
の拡大はできない。不断の、粘り強い地道な改善へ
の取り組みの中で、「モノづくり」を徹底的に造り
込み、世界のトップレベルの品質と生産効率まで高
めてきた。すなわち、技術の潜在力を究極まで高め
ることによって、競争力を高め、事業を発展させる
ことができた。日本の製造業が持つ強みの一端を、
当社の歴史からも読み取ることができる。
2.2 「独自技術」
とマーケット・フィッティング
一方で、上述した「造り込み」で得られた利益の
一部を、独創的かつ革新的な生産技術の研究開発に
継続的に投入してきた。このことが、第3期で急成
長するFPD(Flat Panel Display)事業を生み出す原
動力となった。当社のFPD事業の差別化技術となっ
ている、液晶用無アルカリガラス基板の溶解技術お
よびフロート成形技術は、そのルーツをたどると、
実に20年前から開発を続けてきたものである。「導
入技術」ではなく、革新的な「独自技術」が新しい
事業を生み出したという点で、当社にとって大きな
転換期でもあった。
−60−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 57(2007)
Fig. 1
当社事業の変遷
では、「独自技術」があればすぐ新事業を生み出
せるかと言うとそう単純ではない。現在の液晶用ガ
ラス基板事業は、90年代後半から急速に立ち上がっ
てきた事業である。長年培ってきた独創的な技術が、
市場の変化にうまく対応できた、ことばを代えて言
えば、タイムリーに市場ニーズにフィッティングで
きた点に、成功へと結びついた秘訣がある。開発当
初の時点では、現在のような市場が立ち上がること
は予想できるはずもなく、革新的で難易度の高い技
術に対し、果敢に挑戦し続けたことが、着目すべき
ポイントである。
長年培ってきた「独自技術」とマーケット・
フィッティングの関係は、液晶ディスプレイを構成
する基本部材おいて、日本の材料メーカーが優位な
位置を確保できている共通の要因ともなっている。
差別化技術を構築していく時間軸またはスピード
は、市場の変化のそれとは大きく異なる。これを如
何に整合できるかが、「技術経営」の難しさでもあ
り、根幹でもある。市場拡大の予測だけを根拠に参
入した新規事業で失敗した例は数多くある。当社の
コア技術であるガラスとフッ素化学へのこだわりと
そこで培った「独自技術」こそ、新事業が生み出さ
れるベースであると考えている。
3. 新事業創出への第1歩は「事業
ビジョン」
3.1 新事業育成制度(NB制度)の位置づけ
当社には、1996年に策定された新事業育成制度
(略してNB制度)があり、新事業を創出する為の基
本スキームとして運用されている。Fig. 2にNB制度
の概略を示した。新事業の進展段階に応じて、ス
テージゲートの思想が組み入れられている。入口・
出口の条件や各ゲートのクリア条件、組織体制や期
間等詳細に定義されているが、ここでは省略する。
ところで、筆者が2003年4月新事業・技術企画室
に移った際、新事業の育成に向けて、NB制度をどう
位置づけるかが最初の課題であった。着任した当時、
制度の運用が始まってから既に7年余り経過してい
たが、一部を除き、新事業はほとんど失敗の連続で
あったと言っても過言ではない。この原因がNB制度
自体に問題があるとの意見もあったが、運用の中身
が本質的な問題であるという経営トップの意見もあ
り、原点に立ち戻って当社における新事業の育成の
あり方について考えることにした。
なぜ当社の新事業は成功しないのか、当社に相応
しい新事業の育成方針は何なのかを考えてみた。た
だし、過去を立ち止まって振り返っているだけでは、
真の教訓を引き出せるものではないので、少なくと
も一つの具体的な新事業を立ち上げながら、NB制度
や新事業育成のあり方を実践的に見直していくこと
にした。
筆者がガラス系の事業に関わってきたというキャ
リアも考慮して、ガラス技術を差別化の技術プラッ
−61−
旭硝子研究報告 57(2007)
Fig. 2
新事業育成制度(NB制度)
トフォームとする新事業を立ち上げていくことを試
みた。具体的にはマイクロガラス事業、すなわち、
ガラスの非球面レンズを柱とした事業の開発であ
る。2003年8月に事業企画チームとしてスタートし
て以来、2004年2月には事業開発チームに進階し、
2006年4月には事業推進部として、NB制度の最終ス
テージまで進めることができた。2008年1月には、
E&E事業本部に「卒業」の予定となっている。NB
制度の原則に沿って事業化に至った初めての新事業
ということになる。この他、この4年間でNB制度に
沿って、8つの新事業開発に取り組んできた。2005
年7月にE&E事業部が発足した経緯もあり、早めに
「卒業」する新事業もある一方で、なかなかステー
ジを進階できないものもある。しかし、NB制度の基
本は、当社の新事業育成のスキームとして十分機能
できることを実証できていると判断している。一方、
2006年9月には新事業推進センターがスタートし、
これを契機に、基本思想は堅持しつつも、NB制度の
運用は柔軟に適用することにしている。
3.2 新事業開発の「失敗」から何を学ぶか
新事業により継続的に発展を続けている3M社の
成功確率は 3/1000 であると言われている。当社にこ
の数字を形式的に当てはめれば、成功できる可能性
は無いに等しい。実際にも、新事業への取り組みで
多くの失敗を積み重ねているわけであるが、もっと
も代表的な失敗原因として、以下の4点があると考
えている。
①市場の急激な変化への対応力が不十分
市場の急激な変化は当然であって、問題は市場の
変化への対応力が弱い事業戦略になっている点にあ
る。ひとつの画期的な新商品だけで、新事業を立ち
上げようとする事業戦略では、市場の変化に対する
リスクは極めて高い。また、業界のインサイダーと
なっていないために、市場の動きを適確に読めな
かったことももう一つの要因である。
②事業としてトータルの競争力が弱い
研究開発から提起される新事業は、「唯一無二」
の新材料があれば事業化できると考える傾向が強
い。事業は、開発のみならず、販売・製造・経理と
いった要素がトータル的に結合して成り立つもので
ある。製品のサプライチェーンの中で、しかも競合
他社に対して何が差別化できるのか、競合する製品
も常に進化することを念頭に置いたビジネス戦略に
不十分さがある。
③新事業に挑戦する人材と社内からの支援不足
NB制度には「社内ベンチャー」的な発想が入って
いる。そのため、新事業の組織に対して独立志向が
強く求められ、結果的には社内のサービス部門の支
援組織から孤立してしまった。また、どちらかとい
うと安定志向が強い風土の中で、新事業にチャレン
ジしようとする人材は少ないという問題がある。
④他社との共同開発が不成功
共同開発はお互いに不足しているものを補い合う
ことにメリットがある。しかし、もっと重要な点は
リスクの共有である。新事業立ち上げの過程で壁に
遭遇したとき、問題に対するリスクを共有できない
ために、Win-Winの協力関係を構築できなかった
ケースがある。
3.3 新事業の成功確率を高めるには
上述した「失敗からの教訓」も踏まえながら、当
社にとってどのようにして新事業の成功確率を高め
ていくかについて基本的な考えを以下に述べる。
成功確率を高める為の第1の点は、事業ビジョン
主導型の事業育成である。PDCAサイクルで言えば、
Pにあたる部分であり、NB制度で言えば、新事業に
向かう最初の関門である「事業企画」のステージの
大切さである。この段階で、事業戦略やビジネスモ
デルの仮説を十分に練り上げることが、事業の成功
に導く第1歩であると思っている。現在、事業ビ
ジョンの基本フレームとして、「差別化できる技術
プラットフォーム」とそれをベースにした「複数の
新商品」を開発していくという考え方を重視してい
る。これは、一つのカテゴリーの商品に絞った為、
市場変化の直撃にあって失敗した新事業からの教訓
−62−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 57(2007)
で も あ る 。「 太 い 幹 」 と し て の 「 技 術 プ ラ ッ ト
フォーム」があれば、応用分野(出口商品)の可能
性は多様であり、異なるセグメントにも参入できる、
すなわち、出口は複数可能である。
これに加えて、事業のバリューチェーンの中での
位置付けを明確にした上で、競合他社との競争力と
なる差別化技術は何なのか、また、販売・製造(開
発)・経理といった、事業をトータル的な視点から
見て、ビジネスの勝因を決定づけるものは何なのか
を明らかにする必要がある。すなわち、事業のビジ
ネスモデルは何なのかについて、事業ビジョンに反
映させることが重要である。更に、撤退も含めた出
口ルール(条件)を具体的に明示しておく必要があ
る。
第2の点は、「ヒト」の問題である。新事業の創
出は、リーダーの“熱い思い”が鍵であり、強力な
リーダーシップを発揮できる環境づくりへの配慮が
必要である。新事業を牽引する中核となるメンバー
は、リーダーの人選を最大限配慮することが望まし
い。また、新事業の特別の困難さを考慮した人事制
度上のインセンティブも考慮する。
第3は支援体制の問題である。当社のような“モ
ノづくり”を主体とした大企業においては、社内ベ
ンチャー的な発想ではなく、全社のサービス機能を
積極的に活用していく支援体制をとるべきであると
考えている。特に、近い将来の競争力の源泉となる
研究開発については中長期的な視点に立って、直近
の事業収支とは直結しない考え方で戦略的に投資し
ていく必要がある。
3.4 当社新事業の現状と課題
現在、「コーポレート(新事業推進センター)が
担当する新事業」と「既存事業部(E&E等)が担当
する新事業」の二つの流れで新事業の開発を進めて
いる。
「コーポレート新事業」は、下記の条件の新事業
について、新事業推進センターがNB制度を基本ス
キームとして育成を担っている。
・既存事業の領域外の事業である。
・リスクが極めて高いまたは事業化までの期間が
長い事業である。
・複数事業部にまたがる事業である。
Fig. 3、Fig. 4には、現在進行中の主な新事業を示
した。なお、図示した新事業の中で、GSとCMPの
二つの新事業については、現在E&E事業本部が担当
している。
新事業としてのゴールに近づいているものもある
一方で、いくつかの課題も顕在化してきている。
ひとつは新事業のリーダーにどういう人材を配置
していくかという問題である。新事業は、起業家精
神に溢れ、リーダーの“熱き思い”と強力なリー
ダーシップが無ければ立ち上がってこない。その一
方で、新事業として進展するに従い、その発展段階
に応じて、然るべきキャリアが無ければ効率的なマ
ネジメントが困難になってくるといった問題が起
こってきている。個々の新事業の進展状況に対応し
て、誰に新事業の「経営」を担ってもらうべきか、
創業者のモチベーションに十分配慮しながら、適正
な人材配置や体制を考えていく必要性を感じてい
る。
もう一つの課題は、コストと品質を造り込む生産
技術が、新事業のスピードに追従できていない問題
である。新事業の量産化技術の開発を加速すること
を狙って建設した先端技術開発棟の活用も、必ずし
もまだ軌道に乗っていない。また、基盤となる生産
技術については、既存事業も含め横断的な切り口で
みながら、要素技術を継続的かつ系統的に開発して
いく体制が求められてきている。
第3は知的財産権(IP)への取り組みの問題であ
る。新事業にとって、従来に増してIPが事業に大き
な影響を与えるようになってきている。事業を防衛
し、あるいは、事業の競争力を確保する為にIP問題
は決定的な条件になる。IP戦略を事業戦略の中に位
置づけて取り組むことに加え、特許問題が生じた場
合の戦術面でもレベルアップが必要になってきてい
る。
4. 「ガラス」と「フッ素」は魅力的な
コア技術
4.1 素材の魅力と事業チャンス
では、当社の基盤とするコ
ア技術は、ガラスとフッ素およびその関連技術であ
ると定義している。新事業を創出する土台はこの基
盤技術を差別化の基本として展開することにある。
ガラスは当社の基幹材料である。そのガラス素材
には、新事業創出につながる、他の材料には無いい
くつかの特徴と魅力があると考えている。
第1は、物性としての魅力である。溶融ガラスが
持つ粘性の「非線形性」や高温ガラスの冷却過程に
現れる粘弾性の「時間依存性」等が最も代表的な性
質である。現象の再現性はあるが、定量的な現象の
把握は現在でも完全には困難である。更に、ガラス
のもっとも特徴的な性質は光との関わりである。21
世紀は光の時代とも言われており、あたらしい価値
を生み出す機能材料として、「ナノガラス」が注目
を浴びている。
第2は参入障壁の高さである。科学的な解明が難
しい物性ゆえに、「モノづくり」のノウハウの蓄積
や生産技術がモノを言い、投資リスクも高い。いず
れのガラス製品分野においても、世界を見渡しても
競合は数えるほどであり、ガラス素材を上手く活か
せれば、競争力のある事業を生み出せる条件が十分
ある。
第3の魅力は、「他素材への包容力」である。さ
まざまな部材と結合し斬新な機能材料を作り出すイ
−63−
旭硝子研究報告 57(2007)
膜・コーティング技術で燃料電池へ
燃料電池用
膜・電極接合体
MEA
光を操るレンズ
クリーンエネルギーシステムに高耐久・高性能の心臓部材を提供
半導体製造プロセス材料
マスクブランクス
EUV
MG
精緻な成型技術で「部品の高機能化」を実現
フッ素化学技術を活用し、固体高分子形燃料
電池(PEMFC)システムの核となる部材であ
るMEA(膜・電極接合体)の実用化を推進し
ています。低抵抗で耐熱性に優れたフッ素系
プロトン導電性ポリマーの開発、耐久性に優
れたポリマーコンポジットの開発、および優
れた発電特性・電圧安定性確保のためのMEA
構造の最適化という三点にフォーカスして、
自動車、電機、ガス業界など多岐にわたる市
場へのソリューション提供を目指していま
す。
高集積化・光源短波化ヘ
非球面
ガラスレンズ
携帯電話やデジタルカメラ、通信用レンズな
どに使われる非球面ガラスレンズ。設計次第
で自由に光を曲げることができるという優れ
た 特 性 か ら 、次 世 代 D V D プ レ ー ヤ ー / レ
コーダーや車載用レンズなど新しい分野への
活用も期待されています。
超微細加工ヘの
取り組み 半導体製造プロセス材料
CMPスラリー
CMP
多層構造を実現するスラリー・研磨技術
次世代の極超紫外線光源リソグラフィに挑む、マスクブランクス
高集積化のための超微細
加工ヘの技術革新が進
む、半導体製造プロセス
分野。旭硝子は、合成石
英材料・SiC材料・フッ素
樹脂を用いたペリクル・
レジスト材料などを通し
て、お客様に素材による
ソリューションを提供し
ています。
現在は、次世代のフォト
リソグラフィ光源である
EUV(極超紫外線)対応
フォトマスクブランクス
の開発に取り組んでいま
す。
原料砥粒からスラリーまでの一貫生産体制を活か
し、お客様のデザインルール、CMP(化学的機械
的研磨)プロセスに対応した、スラリー+研磨ソ
リューションを提供しています。
CMPによる断面構造
Fig. 3
進行中の主な新事業
(1)
−64−
研磨後の8インチウェハー
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 57(2007)
遺伝子組み換え技術との融合
分裂酵母利用
タンパク質製造システム
ASPEX
旭硝子のソフトビジネス
C-sol
組み換えたんぱく質生産をサポートするトータルソリューション
ITを駆使し、製造現場を支援します
cDNAからのタンパク質発現や高い効率・信頼性
が求められるプロセス開発、cGMPコントロール
の生産に至るまで旭硝子は組換えタンパク質生産
のあらゆるステージで最適のソリューションを提
供します。
旭硝子で培われたシミュレーション・解
析・ソフト開発・評価技術を駆使し、プ
ラント監視システムやCAEカスタムソフ
トの開発、製造工程クリーン化コンサル
ティング等のソリューションビジネスを
展開しています。
Aspexとは:分裂酵母利用タンパク質製造シス
テムAsahi Glass Schizosaccharomyces
pombe Expression Systemの略称です。
ASPEX
素材・加工技術で薄く、小さく、より高密度
ハードディスク用
ガラス基板
PEA-CON2
GS
熱画像による
場内温度分布
高歪点、高温領域への対応、
独自の強化・研磨技術でソリューション
ダストの流れのシミュレーション
用途が広がり急拡大が見込まれるハード
ディスク駆動装置(HDD)市場。一層の
大容量化や垂直磁気記録方式への対応が求
められています。
旭硝子は、様々な精密ガラスのノウハウを
活かして、HDD用ガラス基板の開発を進
めています。
使いやすさを追求した
高性能プラスチック光ファイバー
全フッ素光学樹脂
光ファィバー
LUCINA
簡易性と高速大容量伝送で身の回りのIT化を加速する光ソリューション
®
全フッ素光学樹脂光ファイバー“ルキナ(Lucina)
”は、プラスチック光ファイバーの
良さである、簡易取扱い性・安全性に加え、高性能・広範囲の波長における低損失を実
現した、新しいカテゴリの光ファイバーです。光なのでノイズフリー、デバイスに高精
度が不要、簡易な現場施工性、小さく曲げても光が漏れない、といった優れた特徴で、
銅線の簡易性と石英ファイバの高速性を提供します。
Fig. 4
進行中の主な新事業
(2)
−65−
旭硝子研究報告 57(2007)
ンターフェースとなる特徴を有している。ガラスへ
の表面処理は最も典型的な応用例である。また、化
学とガラスとの融合による新技術も期待できる。
フッ素材料についても、ガラスと類似した魅力あ
る素材である。フッ素の技術を独自に深掘りして事
業機会を発掘すると共に、もう一方では、ガラス材
料との融合も目指していけば、当社の新しい競争力
をもった新事業が構築できると期待している。
4.2 長期的にみた当社の新事業
新事業の重点領域は、
の中
でも示されている通り、将来の高成長・高収益を期
待する第3の柱、「エレクトロニクス&エネルギー
(E&E)部材」の事業である。この事業領域は従来
事業とビジネスのライフサイクルも異なり、スピー
ド感には雲泥の差がある。当社にとって、このお客
様業界のスピードについていける経営判断や技術開
発を進めていく風土改革は必須である。一方では、
当社は板ガラスや自動車ガラスのようにライフサイ
クルの異なる事業を同時に持っているというのも現
実である。速さの異なる事業を持つことは、矛盾で
あり弱点にも見える。
しかし、当社の土台となっている「技術プラット
フォーム」という視点から見ると、スピード感の異
なる事業であっても、底流ではつながっており、シ
ナジーもある。当社の新事業を支えるものは、“モ
ノづくり”であり、その土台は「差別化技術」であ
る。「技術プラットフォーム」を構築していく方向
性は、製品の変化のスピードに振り回されること無
く、長期的な視点に立って着実に技術を積み上げて
いくことが必要である。
現在、10年先を見た技術戦略として、Technology
Outlook の活動が展開されている。ディスプレイ部
材事業が当社の「独自技術」が土台になって、第2
の柱に成長したように、E&E部材事業を発展させる
土台も、当社独自の「差別化技術」が鍵を握ってい
る。全社を上げて注力すべき「太い幹」の技術が抽
出されることを期待している。
5.
あとがき
当社の現在の業績を牽引しているディスプレイ部
材事業も、2010年ごろには大きな転換期を迎えるだ
ろうと言われている。その意味でも、次の時代の成
長を担うE&E事業について、スピードを上げて第3
の柱に育てていく必要があり、新事業への期待は極
めて大きい。E&E関連のお客様業界に参入するには、
当社の持つ体質やマネジメントを大きく変えていく
必要がある。しかし、当社の持つ歴史や風土を必ず
しもネガティブにだけ捉えるだけではなく、ある場
合にはそれを強みとして、当社の持つ遺伝子にあっ
た新事業の創出に向けたアプローチの方法を見出し
ていく必要がある。
ガラスやフッ素化学の素材や“モノづくり”の技
術は、それ自体が、「差別化できる技術プラット
フォーム」になっており、コンペティターも限られ
ている。魅力ある素材の潜在力を活かして、あたら
しい時代のニーズに応える事ができれば、新事業の
創出へと発展させることは十分可能であると確信し
ている。
新事業の芽を果実が実るまでもっていく道のりは
険しく、“熱い思い”をもった地道な取り組みが必
要である。「AGC発展の原動力は技術力にある」の
基本にたって、「差別化技術」を土台とした新事業
の創出を図っていく考えである。
−66−
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