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微生物と人工物を融合した夢のマイクロシステム

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微生物と人工物を融合した夢のマイクロシステム
日本機械学会誌 2013.11 Vol.116No. 1140
793
微生物と人工物を融合した夢のマイクロシステム
1. はじめに
微細加工技術で構造物を作製し,工
学システムを高集積・高機能化する研
究が進んでいる.アクチュエータと制
御回路をマイクロサイズに集積化し
て,高次機能の実現が求められるが,
現在の微細加工技術での達成は困難で
ある.ここで微生物に目を向けると,
小さな体内にアクチュエータ・セン
サ・制御回路・エネルギー変換回路を
統合し,さまざまな機能を発揮してい
ることに気づかされる.たとえばある
種の微生物は,アクチュエータに繊維
状の繊毛という運動器官をもち,個々
の繊毛が同期し,大きな流れを作り出
して摂食や遊泳を行う.繊毛の運動は
高度に調節され,規則正しく動く波を
形成しながら協調運動を行う.そこで
生物のもつ優れた運動機能をマイクロ
システムに応用できれば,機械工学の
新たな分野を切り拓くとともに,独創
的な製品開発につながることが期待で
きる.
2. 繊毛運動による流れの混合
著者の研究グループは,微生物の中
でも繊毛虫に属するツリガネムシ
(Vorticella convallaria) の 繊 毛 運 動
をマイクロ流体デバイスとしての工学
(1)
.
的応用に初めて適用した(図 1)
細 胞 体 の サ イ ズ は 直 径 で 40~60μm
である.繊毛運動により,約 104μm
の面積に渦状の流れを作り出し,発生
する最高流速は 100μm/s 以上となる
(2)
.まずツリガネムシをシリコーン
ベースのゴム,ポリジメチルシロキサ
ン(PDMS)で作製したマイクロ流路
内(幅 400μm,
高さ 30μm)に導入し,
自発的に接着させた.
続いて直径 0.5μm の蛍光粒子を含
む流れを導入し,輸送による撹拌を蛍
光顕微鏡で観察・評価した.溶液の導
入中,ツリガネムシは安定的に流れを
形成し,粒子を輸送して二層流を混合
し た. 低 流 速 で あ る 20μm/s で は,
十分な撹拌混合が得られ,流速が低い
方が混合結果は向上した.これは流速
の低下が,繊毛運動の持続と撹拌時間
の延長に効果的なためである.マイク
ロ流路デバイスでは,一般的にレイノ
ルズ数は小さく,層流となり溶液の混
合は難しいが,ツリガネムシの繊毛運
動により溶液混合を成し遂げた.
3. ツリガネムシのパターニング
ツリガネムシを用いたデバイスを安
定的に作製するためには,微生物を所
望の位置にパターニングすることが重
要である.二層構造の流路デバイスを
開発し,細胞体よりもわずかに大きい
空間(50μm × 50μm × 40μm)を持
つポケット内に閉じ込め,設計した箇
所に細胞を自発的に接着させた(図
2)
.ツリガネムシを吸い込む流れを
作り出して,ポケット内に誘導すると,
ツリガネムシは細胞体よりも小さい捕
獲用流路(15μm × 15μm)の前に留
まる.ツリガネムシの遊泳による脱出
を防ぐため,制御層に空圧を印加して,
PDMS 薄膜を押し上げ,ツリガネム
シをポケット内に閉じ込めた.6 時間
静置し,自発的に接着させると,ほぼ
すべてのツリガネムシがポケット内に
接着した.バルブを開放すると,ツリ
ガネムシは流路の開口部に口部を向け
るように姿勢を変化させた.位置のパ
ターニングに加え,姿勢方向の制御に
も成功した.PDMS を材料に利用し
たことで,閉空間でもツリガネムシの
生体活性は維持された.ツリガネムシ
がパターニングされた流路に二層流を
導入すると,姿勢が制御されたことか
ら,効率的に混合が行われた.溶液中
で撹拌を行った持続時間を測定する
と,およそ 1.5 時間程度であった.
4. おわりに
微生物の繊毛運動をマイクロシステ
ムのアクチュエータとして適用した本
成果は,微生物の実際的な工学応用に
一歩近づくものである.ツリガネムシ
は小型な撹拌素子であり,これを基本
素子として応用したポータブル型の化
学合成や分析装置への展開にもつなが
り,生物を機械部品として利用したマ
イクロシステムの一つのモデルとな
る.本稿で紹介した以外にも,著者ら
はツリガネムシの柄の収縮動作(リニ
アアクチュエータ)や藻類の一種であ
るボルボックス(Volvox)の走光性を
利用したマイクロシステムの開発に取
り組んでいる.本研究の成果を契機に,
さらにマイクロシステム内での微生物
─ 43 ─
ツリガネムシ
摂食流れ
Y 字流路
100 m
流路内への導入
二層流の混合
図 1 マイクロ流路中のツリガネムシと
繊毛運動による溶液の撹拌混合
捕獲用流路
バルブ閉状態
ポケット
ツリガネムシ
制御層
バルブ閉
0h
50 m
バルブ閉
6h
図 2 パターニング用多層流路とポケット
内に固定したツリガネムシ
の応用が進むことを期待したい.
(原稿受付 2013 年 8 月 26 日)
〔永井萌土 豊橋技術科学大学〕
●文 献
( 1 )Nagai, M., ほか , Mixing of solutions by coordinated ciliary motion in Vorticella convallaria and patterning method for microfluidic applications, Sensors and Actuators
B: Chemical , 188,(2013), 1255-1262.
( 2 )Nagai, M., ほか , Three-dimensional twocomponent velocity measurement of the
flow field induced by the Vorticella picta
microorganism using a confocal microparticle image velocimetry technique, Biomicrofluidics 3,(2009)014105.
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