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new wave - Performing Arts Network Japan

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new wave - Performing Arts Network Japan
国際交流基金 The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Presenter Interview
2013.3.27
プレゼンター・インタビュー
Mullae Arts Village,
a base for artists of Seoul’s ‘new wave’
ソウルのニューウェーブの拠点
文來(ムンレ)芸術工場
Profile
ソ・ミョング氏
Mr. Suh Myung-Gu
1974 年生まれ。成均館大学卒業。大学では
行政学を、大学院では経営学を専攻。
メタ企画コンサルティングに入社し、伝統、
多元複合アートなど多様な公演作品を製作
し、イギリス、フランス、スペイン、ベルギー、
オランダ、スイスなどツアー公演。韓国 EU 修好記念文化プログラム、モンゴル芸術
委員会ならびにモンゴル国立芸術大学との交
流協力事業、世界ボイス・フェスティバル、
世界平和祝典、ベルリンでのアジア・太平洋
週間など、多様な国際交流プログラムとフェ
スティバルのプログラムを企画。芸術プログ
ラム開発ならびに地域文化研究プロジェクト
にも参加。2009 年からはソウル文化財団で
文來芸術工場マネージャーとして勤務し、ソ
ウル市創作空間での芸術製作と新しい芸術助
成システム、地域芸術生態系助成などに関心
を持って活動。ソウル文化財団の芸術助成事
業とソウル市創作空間をつなぐ立体的な芸術
ソウル市は 2008 年から市内の使われなくなった公共施設や工場などをリフォーム
し、文化芸術の地域拠点「ソウル市創造空間」として活用。現在、創造空間は計 11
施設になり、その内、9 施設をソウル文化財団が直接運営している。その中で特に
注目されているのが、ソウル市永登浦(ヨンドゥンポ)区、文來洞(ムンレドン)3
街に 2010 年に新たにオープンした「文來(ムンレ)芸術工場」である。文來洞は、
かつて韓国の鉄鋼業を支えた一大工業地帯だ。近年は商業施設やマンションとして
開発されてきたが、取り残された古い町工場をアーティストがスタジオとして活用
するようになり、自然発生的に「文來芸術村」が誕生。その支援を目的に開設され
たのが文來芸術工場だ。芸術村のアーティストや地域住民と共に文化芸術のニュー
ウェーブの発信基地として文來芸術工場を運営するマネージャーであり、ソウル市
が志向する「市民とともに創造する「文化都市ソウル」の現場責任者でもあるソ・ミョ
ングさんに話しを聞いた。
聞き手:木村典子[舞台芸術コーディネーター・翻訳者、在ソウル]
写真提供:ソウル文化財団
創作助成システムマップを開発・運営し、地
■
域のオルタナティブスペース・ネットワーク
ならびに公演芸術ネットワークなど、芸術コ
ミュニティー活性化の糸口をつくるための事
業を行っている。
文來芸術工場
ソウル特別市永登浦区キョンイン路 88 キル
5-4
Tel: + 82-2-2676-4331
Fax: + 82-2-2676-4646
http://www.seoulartspace.or.kr/G05_
mullae/main.asp
http://cafe.naver.com/mullaeartspace/
──「ソウル市創造空間」の概略をお聞かせください。
呉世勲(オ・セフン)元・前ソウル市長は、文化(カルチャー)と経済(エコノミクス)
の融合を掲げ「カルチャーノミクス」という政策を推進しました。カルチャーノミ
クスは文化で地域を再生させ、産業に付加価値を生み出すということです。その一
環として 2008 年から本格的に進められたのが「ソウル市創造空間(以下、創造空間)
」
の開設です。当初は、文化による都市再生を目的に市内の古い建物をリフォームす
る試みからスタートしました。現在 11 の創作空間がありますが、いずれも洞(日本
の区より小さな行政区域)事務所や保健所、市史編纂室などの公共施設、商店街や
工場など、廃屋になりつつあった建物を再利用したり買い上げたりして開設された
ものです。創造空間は一言でいうなら、
「芸術」─「人」─「都市」をつなぐ文化空
間であるとともに、ジャンルを横断し、地域社会との交流を通じて、地域の文化活
性化だけでなく市民の芸術参画を実践する空間です。2008 年から施設整備に着手し、
2009 年から本格的に事業がスタートしました。
各創造空間を簡単に紹介しましょう。松坡(ソンパ)区の「蚕室(チャムシル)
創作スタジオ」
(07 年)は障害者アーティストの創作空間です。麻浦(マッポ)区
の「西橋(ソギョ)芸術実験センター」(09 年)は、弘益大学という美術大学があ
るエリアにあり、視覚芸術を中心にしています。中(チュン)区の「新堂(シンダン)
ソウル文化財団
http://www.sfac.or.kr/main.asp#main
ソウル市創作空間
創作アーケード」(09 年)は、大型ショッピングセンターの進出で廃れてしまった
市場とその地下商店街を利用し、店舗を工芸作家のアトリエにしています。衿川(ク
http://www.seoulartspace.or.kr/main.asp
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Presenter Interview
Mullae Arts Village,
a base for artists of Seoul’s ‘new wave’
ソウルのニューウェーブの拠点
文來(ムンレ)芸術工場
ンチョン)区の「衿川芸術工場」
(09 年)は、印刷工場を視覚芸術と国際アーティ
スト・イン・レジデンスの施設にしました。西大門(ソデムン)区の「延禮(ヨンヒ)
文学創作村」
(09 年)は、市史編纂室を文学の執筆空間として利用しています。「弘
恩(ホンウン)芸術創作センター」
(11 年)は、コンクリート会社の建物をダンス
中心の稽古場として使っています。城北(ソンブク)区の「城北芸術創作センター」
(10
年)は、保健所をアートによる心のケアという芸術療法をテーマに運営しています。
スタジオ M30
冠岳(クァンアク)区の「冠岳子ども創作遊び場」
(10 年)は、旧住民センターで
芸術教育をテーマに子どもとアートをつなぐ試みを行っています。そして、永登浦
(ヨ
ンドンポ)区文來洞にある文來芸術工場(10 年)が、私がマネージャーとして勤務
している施設になります。これら創造空間の多くは市内でもあまり環境のよくない
地域にあるのが特徴です。この他、舞台芸術の稽古場などを運営する「南山創作セ
ンター」
(07 年)
、劇場を保有する「南山アートセンター」
(09 年)があります。こ
のように創造空間はそれぞれに分野と目的を特化して開設され、運営されています。
──文來芸術工場の設立経緯を教えてください。
文來芸術工場は 2010 年 1 月に 6 番目の創造空間としてオープンしました。他の
創造空間と異なるのは既存の建物を利用したのではなく、新たに建設された施設だ
ということです。
ボックスシアター
文來洞は、鉄工所や資材販売店などが密集する工業エリアです。1970 年代、朴
正熙(パク・チョンヒ)大統領時代の高度成長期に形成され、多い時には 800 余り
もの小中規模工場や大手鉄鋼会社の加工所などがありました。80 年代までは「韓国
の鉄材は文來洞を通る」といわれるほど一帯は国内有数の鉄鋼産業地帯として名を
馳せ、栄えていました。しかし、90 年代からの産業構造の転換と人件費の安い海外
の生産工場に押され、町は衰退していきました。現在は都市開発により大型マンショ
ンやオフィスビルが建ち始めていますが、まだ再開発から取り残された工場街が残
る、過去と現在が混在する面白い地域です。
ここに 2007 年くらいからだと思うのですが、アーティストたちが少しずつ集まっ
てきました。ソウルには、演劇ならば大学路(テハンノ)、美術ならば弘大(ホンデ)
と、アーティストたちが集まるエリアがあります。しかし、これらの地域は商業施
設が立ち並び、地価が高騰しています。そのため、大学路や弘大に稽古場やアトリ
エを構えて活動していた彼らが、より家賃の安い文來に移ってきました。現在、舞
台芸術では演劇、ダンス、パフォーマンス、視覚芸術では絵画はもちろんメディアアー
ト、映像、そしてプロデューサーやキュレーター、文化政策研究者など 200 人余り
がここを活動拠点にしています。
散策してみるとわかりますが、建物の 1 階で鉄工所や資材販売店が営業していて
も、建物の老朽化にともない 2 階、3 階、地下には多くの空き部屋があり、大家は
安い賃貸料でそこを貸しはじめました。安価な賃貸料はアーティストにとって魅力
です。ひとり、ふたりと集まり始め、今ではスタジオ、アトリエ、アート関連のオフィ
スなどが随所に見られるようになりました。また、空間「413」、オルタナティブスペー
ス「ムン(門)
」
、ギャラリー「チョン茶房(タバン)プロジェクト」
、鋳物工場を利
用したオルタナティブスペース「イポ」などの小規模劇場やギャラリーも生まれま
した。
私たちはこの一帯を「文來芸術村」と呼んでいます。それは国や自治体の誘導で
形成されたものではありません。自然発生的に徐々に広がったものです。「文來オル
タナティブネットワーク」というここで活動する人々の自治組織も結成され、
「文來
都市菜園」
「文來町内シネマ」「文來アートデイ」「アートマーケット」などの独自の
文化も芽生えてきています。創作空間事業が始まった時、自主的に出来たアートエ
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リアとそこに集まっているアーティストをサポートできる施設があれば有用ではな
ソウルのニューウェーブの拠点
──文來芸術工場の施設を紹介してください。
Mullae Arts Village,
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文來(ムンレ)芸術工場
いかと文來芸術工場が構想されました。
お話したように、この周辺のアーティストは個人の活動スペースを持っているの
で、大型プロジェクトや共同プロジェクト、稽古場などの共同で使用できる空間と
機材で構成されています。1 階は作業も展示も可能な大型スタジオ M30、2 階は稽
古場としても使用できるボックスシアターと楽屋、3 階はギャラリー、録音室、映
像編集室、オープンカフェ、4 階は会議室、セミナー室、ホステル、共同キッチン、
テラスがあります。ホステルは 1 泊 5,000 ウォン(約 430 円)と有料ですが 9 部
屋あり、文化芸術関係者のみが使用可能です。
──ミョングさんご自身の経歴について教えてください。文來芸術工場で仕事され
るようになったきっかけは?
大学では文化芸術とは全く関係のない行政学を、大学院では経営学を専攻しまし
た。幼い頃から音楽をはじめダンス、映画が好きで、高校生の頃には文化芸術関係
の仕事がしたいと漠然と思っていました。卒業後にメタ企画コンサルティングに入
社しました。この会社は文化空間・芸術経営、地域マーケッティング・文化戦略、
文化産業戦略・コンテンツ開発などのコンサルティングと開発事業、公演や文化イ
ベント、フェスティバルなどの制作を行っていて、韓国の制作者第一世代のカン・ジュ
ンヒョク先生が運営に参加していました。8 年くらい勤務しましたが、仕事は勉強
にもなりましたし、面白かったのですが、民間ですから収支バランスや一般観客の
趣向などを考慮しなければなりませんでした。新しい舞台芸術の流れを開拓したく
ても、劇場や稽古場などの空間を保有していないので限界を感じていました。そん
な時に創造空間の話があり、ソウル文化財団に席を移しました。自分の関心が、文
化芸術のフィールドでの実践からアーティストを支援する仕事へと移ってきていま
した。
最初に新堂創作アーケードの立ち上げにマネージャーとして配属され、09 年 10
月にオープンさせました。その後、文來芸術工場の立ち上げに準備段階から関わり、
現在も勤務しています。
──創造空間は施設毎に分野と目的が特化されていますが、文來芸術工場の分野と
目的は?
分野的には舞台芸術、その中でも多元(ダウォン)芸術をテーマにしています。
韓国では演劇、ダンス、美術、音楽など、既存のカテゴリーに属さない、ジャンル
を越えたクロスオーバーな新しい創造活動を多元芸術と呼んでいますが、定義が曖
昧で論議もあります。最近では融合・複合ジャンルと呼ばれることもあります。
事業は大きく 2 つに分けられます。1 つは、多元芸術を中心に若く将来性のあるアー
ティストを育成するインキュベーター事業です。この事業を通して私たちは文來芸
術工場が新しい文化芸術の流れを作る産屋(うぶや)であってほしいと思っています。
もうひとつは地域住民や労働者とアーティストのコミュニティー事業で、文化芸術
で地域を活性化していきたいと思っています。このふたつの事業目的を柱にプログ
ラムを組んでいます。しかし、両者はまだつながった動きにまではなっていません。
──柱の 1 つが多元芸術ということですが、具体的にはどのようなプログラムを実
施しているのですか。
2011 年を例に挙げると、8 つのプログラムを実施しました。劇団モムコル『錆び
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文來(ムンレ)芸術工場
た時間たち』がその代表例といえると思いますが、パフォーマー、デザイナー、映
像作家、花火師などがプロダクションを組んで野外パフォーマンスを展開しました。
文來の路地や空き地など町を背景にしたサイトスペシフィック・アートです。この
プロジェクトでは、その後、ソウル国際公演芸術祭、光州などでその「場所」を生
かした作品づくりが行われました。今年に入ってからは、演出家ナム・ドンヒョン
が羊を出演させた、資本主義社会の動力ともいえる交換の原理を贈与の原理に転換
劇団モムコル『錆びた時間たち』
(2011 年)
させようと試みるパフォーマンス『与えられるもの、売れるもの、与えたり売った
りできないが保存しなければならないもの』を公演しました。この作品はコンセプ
トを変えて、今度は『羊の沈黙』というタイトルでフェスティバル・ボムで公演さ
れます。このようにここで製作したものを発展させて、より大きな場で発表する作
品が少しずつ生まれています。
文來芸術工場が実施するプログラムはあくまでも過程であって、完成品を求める
ものではありません。創造活動の過程をサポートし、助成しているのです。韓国の
一般的な助成制度は、「助成金申請─審査─事業発表─結果・決算報告」というシス
テムになっています。文來芸術工場で活動しているような若い将来性のあるアーティ
ストには、このようなシステムは妥当ではないと思います。私たちがプロデューサー
的な役割を果たし、インキュベーションしてこそ、若い人材は育ちます。予算、空
間、そして必要な設備や機材などの物質的なサポート、それだけではなく、メンタル、
結果に対するクリティック、ネットワーク、プロモーションなど、立体的なサポー
トシステムが必要です。オープン時からこのような助成システムを独自に開発して
試みてきました。
今年からはソウル文化財団が実施している「有望芸術育成事業」の助成金の一部を、
文來芸術工場の多元芸術、音楽、伝統音楽を対象としたプログラムに回し、予算管
理も任されることになりました。また、弘恩芸術創作センターではダンス、西橋芸
術実験センターでは視覚芸術を対象に、将来性のあるアーティストを育成していく
ことが決まっています。
──もう 1 つの柱であるコミュニティー事業にはどのようなプログラムがあります
か。
青少年を対象にした芸術教育プログラムを実施していますが、これは多くの創造
空間や文化センターでも行っています。
文來芸術工場独自のプログラムとしては、2011 年に写真・映像作家が鉄工所で
働く人々とワークショップを実施しました。ここは都市開発が進んでおらず路地ご
とに昔の姿が残る、また韓国のダイナミックな産業の歴史が残る独特な地域ですが、
アーティストがこの地域を見る視点、働く人々が見る視点、住民が見る視点はそれ
ぞれ異なります。写真や映像を学ぶとともに、その視点の違いを話し合ったりしな
がら、一人ひとりがアーティストとしてこの地域を表現する作品をつくり、展示し
ました。ここで働く人々も住民も、アーティストに対して最初は若干警戒心があり
ました。しかし、このようなプロジェクトを通して交流が生まれ、お互いを理解す
る契機になりました。お酒も飲んで親しくなりましたしね。
12 年にはさらに拡大して、総勢 60 名にも上るアーティスト、労働者、住民が 6
カ月間のワークショップを通じて作品をつくりました。作品展示期間中、路地のあ
ちらこちらで小さなイベントを行ったり、通常休む日曜日に工場を開けて臨時ギャ
ラリーにしたり、1 カ月ほどフェスティバルを開催しました。
このほか、文來芸術工場の施設だけでなく路地や鉄工所、文來一帯を活用したフェ
スティバルも開催しています。フィジカルシアター、ダンスを中心とした「文來アー
トフェスティバル」(文來アートフェスティバル組織委員会主催)、パフォーマンス
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を中心とした「場(パン)アジア─パフォーマンスアート・ネットワーク・アジア」
(ソ
ロパフォーマンスアートセンター主催)、ストリートパフォーマンスを中心とした「境
界のない芸術プロジェクト」
(境界のない芸術センター主催)などです。これらは、
主催団体は別途いますが、私たちもサポートして共に運営しています。
──地域の人々はコミュニティー事業に積極的ですか。
コミュニティー事業 MEET プロジェクト
「24 時間マンガプロジェクト」
(2011 年 9 月)
一般的な文化センターや住民センターとは異なり、教育プログラムや生涯学習事
業が定期的に実施されているわけではないので、日常的に来館する人は多くはあり
ません。しかし、コミュニティー事業やフェスティバルを通じて徐々に交流が図ら
れています。地域、アーチスト、そして私たちが協働することは、多様なエナジー
効果を期待できると思っています。
──方針や運営、プログラムはどのように決定されるのですか。
創作空間全体の方針はソウル文化財団の創作空間本部が担当していて、ここに市
の文化政策が反映されるのは当然のことです。ただ、それぞれ分野も特化され特色
もあるので、基本的には各創造空間の裁量でプログラミングし、運営できるシステ
ムになっています。文來芸術工場の場合、ソウル文化財団の職員である私たちが基
本的に方針を出し運営しているわけですが、今年からは文來芸術村のアーティスト
と企画者、そして地域住民で構成された「文來芸術工場運営委員会」が組織され、
コミュニティー事業 MEET プロジェクト
「キッチン遊び─多国的晩餐」
(2012 年 9 月)
直接運営に参加してもらう体制になりました。
プログラムは、私たちがアーティストに提案することもありますし、アーティス
トが提案してくることもあります。誰が提案したのかが重要なのではなく、提案さ
れたことを話し合い、共につくっていくことが大切だと思います。これまで非定期
的に歓談会などを開いて、常に話し合いの場を持つようにしていましたが、今後は
文來芸術工場運営委員会でプログラムも決定していくことになります。
──様々な事業・プログラムを実施していますが、年間予算は?
文來芸術工場自体の年間総予算は約 8 億ウォン(約 6,800 万円)です。3 億ウォン
(約
2,400 万円)余りは人件費などで、5 億ウォン(約 4,300 万円)が施設運営管理費
と事業費です。ただ、私たちがやりたいことをやるためにはこの事業費だけでは十
分ではありません。ですから、先ほどお話した有望芸術育成事業助成、地域住民とアー
ティストが協力して行うコミュニティーアート事業助成、財団教育チームの事業予
国際サウンドアート創作ワークショップ
(2011 年 6 月)
算など、ソウル文化財団の既存の助成金プログラムや各部署の事業費と文來芸術工
場のプログラムをマッチングさせて、プログラムごとに別途に事業費を確保してい
ます。この予算は年間で約 2 億 5,000 万ウォン(約 2,200 万円)くらいになると
思います。
──海外との交流プログラムはありますか。
海外アーティストとの交流プログラムは 3 つです。1 つはオーストラリアの REM
Theater と交流協定を結んでいて、毎年それぞれフィジカルシアターのアーティス
ト 2 名を選んでチームをつくり、韓国とオーストラリアで発表する共同創作ワーク
ショップを実施しています。
もう 1 つは、シンガポールのサブステーションと交流協定を結び、同じくそれぞ
れ視覚芸術のアーティスト 2 名を選んで共同創作ワークショップを実施しています。
これは視覚芸術といっても場所や空間の特徴をいかすサイトスペシフィック・アー
トのプロジェクトに限定しています。
このほか、
毎年「国際サウンドアート創作ワークショップ」を開催しています。ヨー
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文來(ムンレ)芸術工場
ロッパ、アメリカなども含め国内外のサウンドアーティストが集まり交流する場を
提供し、他ジャンルのアーティストでも関心があれば参加できる講座やワークショッ
プを実施し、最終的にパフォーマンスや展示として発表しています。
これらはすべて公募によって参加者を選定しています。
──日本との交流は?
これまではホステル滞在など個人的な交流のサポートはしてきましたが、まだ本
格的な交流には至っていません。サウンドアートやクロスオーバーアートに関して
はもう少し国際交流を拡大したいと思っていますし、横浜のアートシーンにも関心
があります。
──ホステルを運営されていますが、こうした滞在施設を生かしたアーティスト・
イン・レジデンス事業も実施されていますか。
一般のレジデンス施設のように一定期間スタジオや宿泊施設を提供し、滞在制作
してもらう事業は行っていません。ホステルは、基本的に、海外や国内(地方)のアー
ティストがプロジェクトを行うために短期間宿泊できる施設です。例えば、韓国と
日本のアーティストが共同でプロジェクトを行う場合、文來芸術工場の事業でなく
とも、申請をすれば一定期間ホステルや施設を使用できるようにしています。ホー
ムページで申請を受け付けているので、実際多くのアーティストが利用しています。
フランス、ドイツ、日本、東南アジア、オーストラリア、アメリカなど各国のアーティ
ストが滞在してきましたし、昨年は国内の 100 人以上が利用しました。
──ホステルの利用条件はありますか。
韓国のアーティストとのプロジェクトという形で申請をしてもらっています。内
容を検討して、部屋に空きがあれば、提供することになります。音響室や映像編集
室など他の施設も同様です。必ずしも交流・共同プロジェクトが条件ではありませ
んが、個人の創造活動のための使用は文來芸術工場のコンセプトや予算とは相容れ
ないので、交流・共同プロジェクトの方が有利です。プロジェクトのベースキャン
プとして使用されなければいけないのに、宿泊施設のように使用される危険もある
ので、このような制限をかけています。
──最後に、2011 年 10 月に新市長に就任した朴元淳(パク・ウォンスン)市長は
都市化の中で消滅しつつあるコミュニティーの再生を掲げ、文化芸術をはじめ政策
各分野で実践しています。ソウル市創作空間もその政策から地域との関係に重点を
置いているように思えますが、個人的にはどのように見ていますか。
ソウル市は昨年から「マウル芸術創作所」事業を展開し、現在 23 の施設が開設され、
今後も増設される予定です。マウル芸術創作所は、マウル(村・町)を基盤に住民
たちが直接運営しながら住民の文化活動を増進させ、文化芸術を通して共同体の再
生を図るものです。同じく地域に根ざしながらも、創作空間は規模も大きく、
専門アー
ティストの活動を通して地域住民のコミュニケーションを図るものなので、質が異
なります。あえて分けるなら、ソウル市創造空間は芸術創作助成、マウル芸術創作
所は文化福祉助成と言えると思います。いつの時代も芸術創作助成と文化福祉助成
のどちらかにバランスが偏ってはいましたが、今後はこのバランスをどう取るかが
重要だと思います。
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