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1 文化と表情変化の知覚:集団カテゴリーによる効果は見られるのか? 間
文化と表情変化の知覚:集団カテゴリーによる効果は見られるのか? 間山ことみ 1・石井敬子 2・宮本百合 3 1 北海道大学大学院文学研究科 2 北海道大学社会科学実験研究センター 3 ウィスコン シン大学マディソン校心理学部 連絡先: 060-0810 札幌市北区北 10 条西 7 丁目 北海道大学社会科学実験研究センター 石井 敬子 E-mail: [email protected] 電話・Fax: 011-706-3056 Culture and the perception on change of emotion: Is there any effect by group categorization? Kotomi Mayama1, Keiko Ishii2, & Yuri Miyamoto3 1 Graduate School of Letters, Hokkaido University Sciences, Hokkaido University 3 2 Center for Experimental Research in Social Department of Psychology, University of Wisconsin - Madison Correspondence should be addressed to: Keiko Ishii Center for Experimental Research in Social Sciences Hokkaido University N10W7, Kita-ku, Sapporo 060-0810 E-mail: [email protected] Phone & Fax: 81-11-706-3056 1 英文アブストラクト It is well known that people can judge more accurately for emotional expression by members of their own group than one by members of their outgroup. Indeed, our previous study demonstrated this in-group advantage effect in the perception on change of emotion by using a morph movie paradigm. The current study investigated whether this in-group advantage effect would appear by manipulating only social category given arbitrarily to each stimulus. Japanese participants watched both happy-to-neutral and sad-to-neutral Japanese movies labeled arbitrarily as Japanese and Chinese and judged the point at which emotional expression had disappeared. The in-group advantage effect did not appear, nevertheless the manipulation of social category worked well, suggesting that mere difference on social category will not result in the in-group advantage effect. (124 words). Key words: emotion, in-group advantage effect, culture 日本語アブストラクト 他者の感情を認識する際、表情を表出している人物とそれを知覚する人物が同じ集団のメ ンバーであるときのほうが、異なる集団のメンバーのときよりも判断が正確であることは、 内集団優位性現象として知られている。過去の研究は、内集団ないしは外集団の人物の表 情がだんだんと消えていく動画を作成し、その表情の消失を判断する課題においても、内 集団優位性現象が見られることを示唆している。本研究では、日本人参加者を対象に、日 本人ないしは中国人という刺激へのラベル付けの差異のみで、この現象が生じるのかどう か検討した。ラベル付けの操作に問題がなかったものの内集団優位性現象は見られず、そ の現象は単なる社会的カテゴリーの差異のみで生じないことが示唆された。 キーワード:感情、内集団優位性現象、文化 2 文化と表情変化の知覚:集団カテゴリーによる効果は見られるのか? 私たちの社会的コミュニケーションの中で、表情が果たす役割は非常に大きい。私たち は、対面している相手の気持ちを、特に顔に現れる表情から読み取り、その情報をもとに、 自分自身の取るべき行動を決定することが多々ある。たとえば、友達が悲しんでいること を表情から読み取った場合、どうして悲しんでいるのかを考えたり、自分が何か悲しませ るようなことをしただろうかと自分の行動を見直したりするだろう。また原因がわかった 場合には、何か慰めの言葉をかけたり、励ましたりするだろう。 どのような社会や文化であれ、表情がコミュニケーションにおいて重要な役割を果たし ているという点は、共通していると言っても過言ではない。しかし一方で、表情を手がか りに相手の気持ちを推測したり、自分がおかれている環境や状況を判断したりする方法に は、文化差が存在する可能性が高いだろう。なぜなら社会的コミュニケーションは、当該 の文化における日常的な習慣と密接に絡み合っているが、そういった習慣に日常的に参加 することを通じて、それに見合った行動パターンを人々は身に付けていくと考えられるか らである。 実際、これまでの研究は、感情認識における文化普遍性と文化特異性を示している。そ の1つの例は、Ekman による表示規則の研究 (Ekman, 1972) である。表示規則とは、本人 が実際に感じている感情に関係なく、特定の状況においてどのような表情を表出するべき か(または隠蔽・抑制すべきか)に関する一種の社会的な因習である (Ekman & Friesen, 1969)。 彼らは、感情そのものは文化普遍的であるが、どういった状況においてそれをどう表現す るかは、文化によって異なると主張した。彼らは、この点を日米比較実験により確かめた。 具体的には、アメリカ人と日本人の実験参加者に対し、ストレスレベルを喚起させるよう なビデオを見せ、そのときの表情を録画した。その際、それぞれの参加者は、ある別の参 加者と一緒にそのビデオを見たのち、年齢が上で立場が高い研究者といっしょにもう一度 ビデオを見るよう求められた。これら 2 つの場合における表情反応を比較したところ、全 体的にアメリカ人は一貫して嫌悪、恐れ、悲しみ、怒りなどの否定的な感情も表現したが、 日本人は研究者とビデオを見た場合には、きまって笑顔を見せていた。これは、日本にお いては目上の人間の前では本心を出してはいけないという規則があり、そのような規則が 当てはまる状況において人々はその規則に従って行動したことを示唆するだろう。 また、近年、Elfenbein and Ambady (2002) は、これまでに行われた感情認識に関する多く の研究をレビューし、それらのメタ分析を行うことで、感情認識における文化普遍性と文 化特異性について検証した。その結果、表情を表出している人物とその表情が何を示して いるかを判断する人物が異なる文化のメンバーである場合にも、概ね感情は正しく認識さ れていたものの、両者がともに同じ国、民族、地域のメンバーであるときの方が、より正 答率は高いことが示された。感情認識におけるこのような傾向は、内集団優位性(in-group advantage)と呼ばれている。 3 加えて、Elfenbein らは、表示規則や感情の読み取りに関する解読規則のみでは、文化差 を説明するのに不十分であることを主張した。なぜなら、彼女たちが用いた写真刺激は、 特定の文脈とは切り離された上で作成されたものであり、それ故に表示規則はほぼ取り除 かれているにもかかわらず、内集団優位性現象が見られたからである。このことは、むし ろ文化的学習や文化的表出スタイル(Albas, McCluskey, & Albas, 1976; Allport & Vernon, 1993; Scherer, Banse, & Wallbott 2001) 、感情概念の差異(Russell & Yik, 1996) 、感情認知の 仕方の差異(Anthony, Copper, & Mullen, 1992)など、文化の日常的な慣習に関連した多くの 要因がこの現象に関与していることを示唆する。 本研究の目的は、対人コミュニケーションにおいて不可欠な動的な表情の変化の知覚に も内集団優位性の現象が見られるかどうかを検討することにあった。我々はすでに先行研 究においてこの点を探索し、内集団優位性現象を見出している (Ishii, Miyamoto, Niedenthal, & Mayama, 2009)。具体的には、Niedenthal, Halberstadt, Margolin, & Innes-Ker (2000) を援用 し、日米のターゲット人物のある表情(幸せ・悲しみ)がだんだんと消えていき、中性的 な表情に変化する動画を作成した上で、それらを別の日本人とアメリカ人のグループに提 示し、その最初の感情が消えたと判断する速さに文化差があるかどうかを調べた。これま での文化心理学の研究は、ある文化において歴史的につくりだされ、暗黙のうちに共有さ れている人の主体の性質についての通念が洋の東西で異なり、アメリカをはじめとする欧 米文化では、自己を他の人やまわりのものごととは区別し、切り離された実体であるとす る相互独立的自己観が優勢であるのに対し、日本をはじめとする東洋文化では、自己を他 の人やまわりのものごとと結びついた実体であるとする相互協調的自己観が優勢であるこ とを示している (Markus & Kitayama, 1991)。中でも、相互協調的な文化の特徴として、その 文化における人々は、他者の気持ちを察することやその人の立場に立って考えることが期 待されているという点が挙げられる。例えば、東 (1994) によれば、日本のような人間関係 を強調する文化における子育てでは、他者の気持ちに配慮することが奨励される。また、 Morling, Kitayama, & Miyamoto (2002) は、アメリカ人参加者と比較し、日本人参加者は日常 生活において自分の周りの人々に合わせる経験を数多く報告することを明らかにしている。 これらは、相互協調的自己観が優勢な東洋の文化において、人々は自己の行動に対して他 者の承認を必要とすることが日常的現実となっている可能性を示唆する。さらにそのよう な日常的現実のもとでは、他者の笑顔とは、自分が適切な行動をとり、その場がうまくい っていることを示すシグナルとして機能しているかもしれない。そして、万が一その笑顔 が徐々に消えていくとしたら、それは自分自身の行動の不適切さやその場の空気を乱して いることのサインであるかもしれない。このことから、特に幸せ表情において、日本人は アメリカ人よりもその消失に対して素早く判断しやすいだろう。Ishii et al. (2009) の結果は、 この予測に符号するものであった。さらに重要なことに、この結果とは独立に、表情の種 類にかかわらず、自文化の刺激人物の変化は、他文化の刺激人物の変化よりも速く判断さ れていた。つまり、内集団優位性現象はこれまで、主に写真を用い、ターゲット人物の表 4 情が何を指しているかを記述させたり、いくつかの選択肢から選ばせたりする課題を通じ て調べられてきたが、動的な表情の変化の知覚に注目した Ishii らの実験でも、類似のパタ ーンが得られたのである。このことは内集団優位性現象の頑健性を示唆するだろう。しか し、この現象がどこまで頑健なのかは不明である。 本研究は、内集団優位性現象の頑健性を評価する1つの試みとして、刺激の物理的な特 性を統制した上で、果たして社会的なカテゴリーの相違のみによって内集団優位性が生じ るかどうかを検討した。Ishii et al. (2009) では、刺激人物が内文化に属しているか外文化に 属しているかは、その刺激人物の人種から容易に特定された。一方本研究では、人種によ る差異をコントロールした。具体的には、Ishii et al. (2009) が用いた日本人の刺激を日本人 参加者に提示し、その際、日本人ないしは中国人であることを示すラベルをつけた。刺激 とラベルの組み合わせはカウンターバランスされ、特定の刺激が常に日本人ないしは中国 人にならないようにした。つまり、人種差のない刺激セットをすべての日本人参加者に見 せ、刺激人物の集団所属性のみ操作し、日本もしくは中国といった社会的なカテゴリーの 情報しか手がかりがないといった極めて限定された状況においても、果たして内集団優位 性現象が生じるかどうかを検討した。 方法 参加者 北海道大学の日本人学生 26 名(男性 15 名、女性 11 名)が実験に参加した。 手続き 実験は一人ずつ行われた。まず参加者は、表情変化知覚課題に取り組んだ。この課題で は、参加者は、日本人および中国人の刺激人物の「幸せ」または「悲しみ」の表情が次第 に消えていき、最終的には中性的な表情に至る動画を見て、最初の表情が示している感情 が感じられなくなった時点を報告するように求められた。各試行、参加者は動画を一度、 最初から最後まで見た後、もう一度その動画を再生するボタンを押し、その人物が、最初 に示していた感情をもはや示していないと感じた瞬間になったら、「一時停止」ボタンを押 して動画を止めるように求められた。また「一時停止」ボタンの左右にあるボタンを押す ことで、その位置を微調整することができた。そしてその回答で良いと思ったら「最終回 答」ボタンを押すよう求められた。各試行におけるそのような手続きは、内集団優位性現 象を示した Ishii et al. (2009) と同様であった。 ただし、Ishii et al. (2009) と異なり、本研究では自文化・他文化の操作として、Ishii らが 作成した日本人刺激のみを用いて、その半数に対しては、刺激の左上の部分に日本の国旗 を示し(自文化条件)、残りの半数に対しては、中国の国旗を示した(他文化条件)。参加者 には、判断課題の内容とともに、刺激人物が日本人であるか中国人であるかは、動画の上 の国旗によって示されることを事前に説明した。また刺激セットのバージョンを 2 種類用 意し、一方のバージョンにおいて日本人(もしくは中国人)に割り当てられた刺激を、も 5 う一方のバージョンにおいては中国人(もしくは日本人)に割り当てた。参加者は、いず れか一方のバージョンの刺激セットに対し、回答した。最初の 2 試行で練習をした後、全 部で 16 試行を行った(Figure 1 参照) 。 Figure 1 次に、参加者は、先程の表情変化知覚課題で用いられた 24 枚の写真(8×3 [幸せ、ニュー トラル、悲しみ])のそれぞれに対し、幸せ、悲しみ、嫌悪、怒りがどの程度感じられるか を7点尺度(1:まったく感じない~7:強く感じる)で答えた。なお、表情変化知覚課題 と写真の表情評定は、IBM Think pad A31p(ラップトップ型コンピュータ:ディスプレイサ イズ 15.0 インチ、解像度 1280×1024 ピクセル) 、また実験プログラムは全て、Microsoft Visual Basic 6 により作成された。 最後に、操作チェックとして、参加者に対し、1)国旗によって表されたそれぞれの人 物の国籍が実際には違うのではないかと疑った程度(7 点尺度、1:全く疑わなかった、7: とても疑った) 、2)日本の国旗がついていた人たちを日本人らしいと感じた程度(7 点尺 度、1:全く日本人らしいとは感じなかった、7:とても日本人らしいと感じた)、3)中 国の国旗がついていた人たちを中国人らしいと感じた程度(7 点尺度、1:全く中国人らし いとは感じなかった、7:とても中国人らしいと感じた)をそれぞれ尋ねた。 実験刺激 Ishii et al. (2009) で用いた日米の刺激のうち、モデルが日本人のもの 16 個を実験刺激とし て用いた。なお、Ishii らは、日米の刺激を作成するに当たり、まず 120 枚の写真(日本人 20 名とアメリカ人 20 名それぞれの幸せ顔、ニュートラル顔、悲しみ顔)を用意した。これ らの写真を日本人とアメリカ人各 10 名に提示し、幸せ、悲しみ、嫌悪、怒りがどの程度感 じられるかを7点尺度(1:まったく感じない、7:強く感じる)で答えてもらった。次に そこでの評定値をもとに、実験刺激として、日本人、アメリカ人それぞれ男性 4 名、女性 4 名、計 16 名の幸せ、悲しみ、ニュートラル表情の写真を選択した。選択した写真の幸せ顔 の評定の平均値は、幸せ、悲しみ、嫌悪、怒りがそれぞれ 6.08, 1.50, 1.37, 1.29 であった。 幸せの評定値は、他の 3 つの評定値よりも有意に高かった(p < .0001) 。悲しみ顔の評定の 平均値は、幸せ、悲しみ、嫌悪、怒りがそれぞれ 1.58, 4.82, 3.38, 2.77 であった。悲しみの 評定値は、他の 3 つの評定値よりも有意に高かった(p < .0001)。さらに、各人物の幸せも しくは悲しみ表情とニュートラル表情の 2 枚の写真をモーフィングして中間顔を作成し、 それらをつなげて 100 個のフレームからなる動画を作成した。動画は日米それぞれ 16 個あ り(= 4 名×2 [表情: 幸せ・悲しみ] ×2 [性別: 男性・女性])、1つの動画につきその長さは 8.33 秒(1 秒につき 12 フレーム)であった(Figure 2 参照)。 結果 操作チェック 内・外集団の操作を疑った程度、日本人らしいと感じた程度、そして中国人らしいと感 じた程度の平均値(標準偏差)は、それぞれ 3.42(2.20) 、3.77(1.40) 、4.23(1.53)だった。 6 Figure 2 これらの値に対して、尺度の中央値である 4 からの差を検定したところ、いずれも有意で はなかった。ただし、内・外集団の操作を疑った程度に関して、 「全く疑わなかった」と答 えた参加者は、全体の約 40%を占めていた(26 人中 11 人) 。さらに、日本人らしさと中国 人らしさの項目では、いずれも過半数の参加者が 4 以上の評定値をつけていた(日本人ら しさ:26 人中 16 人、中国人らしさ:26 人中 17 人)。これらの結果から、操作に問題はな かったと総合的に判断した。 表情に対する評定 幸せ顔の評定の平均値は、幸せ、悲しみ、嫌悪、怒りがそれぞれ 6.17, 1.31, 1.34, 1.18 で あり、幸せの評定値は、他の 3 つの評定値よりも有意に高かった(p < .0001)。悲しみ顔の 評定の平均値は、それぞれ 1.47, 4.01, 4.12, 3.34 であり、悲しみの評定値は、幸せの評定値 よりも有意に高かった(p < .0001)ものの、嫌悪の評定値とは有意な差はなく、怒りの評定 値とも、わずかな差しか見られなかった(p < .10) 。Ishii らは、悲しみと他の否定的な感情 の間に明確な差異がみられるよう刺激を選定し(実験刺激の項を参照のこと)、また Ishii et al. (2009) の日米の参加者による評定でもそのような差異は確認されたが、残念なことに今 回の調査ではそのような差異がはっきりと見られなかった。1つの解釈として、Ishii et al. (2009) と比較し、本実験における参加者数は少なく、その点が差の検出力に影響を与えた のかもしれない。しかしこの点は、本研究が注目する内集団優位性現象と直接関連しない ため、それによる影響はほぼ皆無だったと考えられる。 表情変化知覚課題 もし日本人における内集団優位性現象が、判断者が刺激人物を、単に自分と同じ文化の 人物であると思っているだけでも生じるのであれば、日本人に割り当てられた刺激に対し ての方が、中国人に割り当てられた刺激よりも、より速く、その感情が消えたと判断しや すいだろう。これを検証するために、参加者ごとに、最初の感情が消えたと判断した位置 の写真のフレーム数の平均値を算出し、2(刺激の社会的カテゴリー:日本、中国)×2(刺 激の表情:幸せ、悲しみ)×2(参加者の性別:男、女)×2(刺激セットのバージョン)の 分散分析を行った(このときの F 値を F1 と表現) 。これに加えて、刺激ごとにも最初の表 情が消えたと判断した位置の写真のフレーム数の平均値を算出し、同様の分散分析を行っ た(このときの F 値を F2 と表現) 。結果を Table 1 に示す。刺激の表情の主効果が有意であ り(F1 (1, 22) = 4.37, p < .05; F2 (1, 14) = 6.61, p < .05) 、参加者は悲しみ感情 (M = 76.1) より も、幸せ感情 (M = 71.1) を速く消えたと判断しやすかった。これは、Ishii et al. (2009) と一 貫する結果だった。一方、刺激の社会的カテゴリーの主効果は有意ではなかった。つまり、 参加者が刺激人物を日本人であると思うか (M = 74.5)、中国人であると思うか (M = 72.7) によって、判断に差は見られず、内集団優位性現象は生じなかった。 考察 本研究では、感情認識における内集団優位性現象 (Elfenbein & Ambady, 2002) が動的な表 7 Table 1 情の変化の知覚の際にも見られるという Ishii et al. (2009) を踏まえ、日本人参加者を対象に、 Ishii et al. (2009) の日本人刺激のみを用い、日本人ないしは中国人という刺激に付された社 会的カテゴリーのラベルを操作しただけでも果たしてこの内集団優位性現象が生じるのか どうかを検討した。もしも内集団優位性現象が生じるのであれば、日本人であると言われ た場合のほうが中国人と言われた場合よりも、ターゲット人物が表出する感情の変化を早 く判断することができるだろう。結果は、刺激人物に付された社会的カテゴリーによる効 果は全く見られず、内集団優位性現象を支持しないものであった。一方、感情の主効果は 有意に見られ、刺激人物のカテゴリーにかかわらず、幸せ表情の消失は悲しみ表情のそれ よりも早く判断されやすかった。この点は、Ishii et al. (2009) と一貫していた。 本研究のこのような結果によれば、内集団優位性現象は、少なくとも単なるカテゴリー の差異によって生じるものではないと言える。むしろ、当該の文化には日常的な慣習の中 で形成されてきた何らかの表情のパターンがあり、少なくとも日本人参加者においてそれ は与えられた社会的カテゴリーによって影響されず、しかもそういった表情のパターンこ そが内集団優位性現象に深くかかわっていることを示唆する。 ただし本研究の知見に対する解釈として、日本人の感情表出のパターンと中国人の感情 表出のパターンは、少なくとも日米におけるそれらの差異よりも小さく、さらにその差を 検出するのが難しいほど類似しているために、社会的カテゴリーの差異は認識されていて もそういった類似性が結果に反映されたということも可能である。この点は、実際に中国 人の刺激を作成し、日本人参加者が日本人および中国人の刺激に対して、果たして同じよ うに判断するのか、それともこの場合には中国人刺激よりも日本人刺激に対して判断が速 いといった内集団優位性現象が生じるのかを今後検討することによって明らかになるだろ う。また、日本人参加者を対象とした本実験では、他文化のカテゴリーとして同じアジア 系の中国を用いたが、ヨーロッパ系アメリカ人参加者を対象とし、アメリカと他のヨーロ ッパの国(例えば、イギリス)を用いて自文化・他文化を操作することで、果たしてその 場合も本研究と同様にカテゴリーによる効果が見られないのかどうかを検討するのも1つ のやり方である。このように、今後、本研究の知見を踏まえていくつかの検討を重ねるこ とで、内集団優位性現象の妥当性を評価していくことは不可欠であろう。 8 引用文献 Albas, D. C., McCluskey, K. W., & Albas, C. A. (1976). Perception of the emotional content of speech: A comparison of two Canadian groups. Journal of Cross-Cultural Psychology, 7, 481-490. Allport, G. W., & Vernon, P. E. (1933). Studies in expressive movement. New York: Macmillan. Anthony, T., Copper, C., & Mullen, B. (1992). Cross-racial facial identification: A social cognitive integration. Personality and Social Psychology Bulletin, 18, 296-301. 東洋(1994). 日本人のしつけと教育―発達の日米比較にもとづいて. 東京大学出版会. Ekman, P. (1972). Universal and cultural differences in facial expression of emotion. In J. R. Cole (Ed.), Nebraska symposium on motivation (pp. 169-222). Lincoln, Nebraska: University of Nebraska Press. Ekman, P., & Friesen, W. V. (1969). The repertoire of nonverbal behavior: Categories, origins, usage, and coding. Semiotica, 1, 49-98. Elfenbein, H. A., & Ambady, N. (2002). On the Universality and Cultural Specificity of Emotion Recognition: A Meta-Analysis, Psychological Bulletin, 128, 203-235. Ishii, K., Miyamoto, Y., Niedenthal, P, M., & Mayama, K. (2009). When your smile fades away: Cultural differences in sensitivity to the disappearance of facial expressions. Unpublished manuscript, Hokkaido University. Markus, H. R. & Kitayama, S. (1991). Culture and the self: Implications for cognition, emotion, and motivation. Psychological Review, 98, 224-253. Morling, B., Kitayama, S., & Miyamoto, Y. (2002). Cultural practices emphasize influence in the U.S. and adjustment in Japan. Personality and Social Psychology Bulletin, 28, 311-323. Niedenthal, P. M., Halberstadt, J. B., Margolin, J., & Innes-Ker, A. H. (2000). Emotional state and the detection of change in facial expression of emotion. European Journal of Social Psychology, 30, 211-222. Russell, J. A., & Yik, M. S. M. (1996). Emotion among the Chinese. In M. H. Bond (Ed.), The handbook of Chinese psychology (pp. 166–188). Hong Kong: Oxford University Press. Scherer, K. R., Banse, R., & Wallbott, H. (2001). Emotion inferences from vocal expression correlate across languages and cultures. Journal of Cross-Cultural Psychology, 32, 76–92. 9 Table 1. Judgment on happy and sad faces in the Japanese and Chinese conditions. Each standard deviation in parenthesis. Face (Total) Happy Sad Japanese 71.77 (10.72) 77.16 (10.09) 74.46 (8.74) Chinese 70.48 (12.65) 74.97 (12.58) 72.73 (10.24) (Total) 71.12 (11.38) 76.07 (10.24) Condition 10 Figure 1. An example of the screen of the task on the perception on change of emotion 11 Figure 2. An example of the movies used in the present study. 12